「ふぅ……」
民間警備会社日本対特殊災害警備機構社長、と同時に秘密武装組織日特の総帥でもある吉村は溜め息をついた。
目の前に有る書類、書類、書類――
そのすべてに彼のサインが必要なのだ、溜め息もつきたくなる。
去年の今頃は確かこの半分程度ではなかっただろうか?
それがここ二ヶ月の間で順調に数を増やしていき……ついに爆発した。
何故こんなことに、などという説明をするまでも無い。 原因は分かりきっている。
海鳴で起きたジュエルシード事件が原因で行った同地域で一般人への連続偽装工作やマスコミへの戒厳令を行った結果だ。 国内でこれほどの事件が起きたのは初めてだった。
さらにそれに連なる時空管理局による日特のオーパーツ封印施設の襲撃、海鳴沖への時空管理局次元航行艦の着水、海上自衛隊への協力要請、またマスコミへの戒厳令。
管理局との戦闘で負傷した封印施設の警備員達は現場に復帰できていない。 非殺傷の魔法攻撃なので傷一つついていないが、ほとんどの隊員は身体の痺れが取れず、中にはまだ意識不明の者もいる。
魔法に対する抵抗力を持たない人間が手加減無しの攻撃魔法を受けた上に、日特には魔法攻撃を受けた人間にするべき治療方法の知識が無い。
それでも、個人差はあるが長くても一週間ほどで回復するらしいが、その一週間が問題だった。 一週間の間に、封印施設の警備が薄くなったことをしった他国の部隊が押し寄せてこないという保障はないのだ。
それに対応するため、海外の遺跡に派遣している部隊のいくつかを呼び戻す必要がある。 つまり、それらの遺跡は他国に渡してしまうことになる。
「ふぅ……」
他国に遺跡が渡るということは、その遺跡で得られる古代の技術で他国の部隊が強くなるということにも繋がる。
それはつまり、これから先の戦いで日特が不利になる可能性があるということだ。 古代の遺産と現代の技術が組み合わさったとき、そのような兵器ができるかなど想像できない。
それに対抗するため、日特技術開発部への追加予算の投入が決定した。 最終的に今年度の予算は他の部署と比べて3倍近い差となる予定である。
他の部署からの猛反発は目に見えている、しかし認めないわけにはいかなかった。
幸か不幸か時空管理局との戦いでデバイスなるものの回収に成功した。 一刻も早い解析をしてもらいたいというのが吉村の気持ちだった。。
デバイスを自由に扱え、管理局の魔導師と同レベルの戦闘能力を持つ隊員がいれば――
さらにそこから地球の技術だけでデバイスを作り、日特による魔導師部隊を作り出せたら――
そうすれば、海外の遺跡を放棄してもお釣りがある。 逆に裏世界の軍事バランスを日本に向けて大きく傾けることも可能だろう。
技術部からの返事は『今年度中には解析を終了させ、何らかの成果をお見せできるはずです』との事だった。
どこまで本当か分からないが、せいぜい期待させてもらうことにする。 高い予算を奪っていったのだから、それに見合うだけの成果は出してもらわないと困る。
取らぬ狸の皮算用、ではないがそれくらいの希望を持っていなければ現在の状況を乗り越えることは出来なかった。
「ふぅ……」
「溜め息をつくと幸せが逃げるわよ。 いえ、元々そんなに幸せでもなかったわね」
吉村の耳に、いきなり少女の声が聞こえた。
デスクの上にあるノートパソコン、そこに1人の少女の姿が映っていた。
それを見た瞬間、吉村は露骨に嫌そうな顔をする。 画面の中の少女、アリスはクスリと微笑みを浮かべると、パソコンのデスクトップ画面を占拠した。
得意げに仕事を邪魔するアリスに向けて、吉村は機嫌を悪くしながら話しかける。
「何の用だ。 この魔女め……」
「酷いわね、アリスはたいしたことしてないわよ」
「嘘をつけ! 封印施設に忍び込んだ第三の敵、時空管理局の船の海鳴沖着水、どれもお前の仕業だろう!」
「バレた?」
「なんだかんだで5年の付き合いだ。 それくらい分かる!」
デスクから立ち上がった吉村は部屋に備え付けられている戸棚に近づいてウイスキーのビンを取り出した。 そのままコップにも注がず、水で割ったりもせずにラッパ飲みをする。
仕事中に酒を飲むなど組織のトップといえども許されないことだが、吉村は半ばやけになっていた。
どのみち、アリスがパソコンの画面を占拠しているので仕事ができない。
この状態を何とかするには、早くアリスの話を聞いてパソコンを開放するしか無いということを、吉村は良く知っていた。
「それで、今回は何をやらせる気だ?」
「ジュエルシード、今なのはちゃんが6個持ってるけど、それをフェイトちゃんとの決闘で賭けるチップにする許可を海鳴に送って欲しいの」
「できるわけ無いだろう! ジュエルシードは特級危険物だ!」
「でも日特総帥の許可があれば問題ないでしょう?」
「理由が無い、そこまでの強行をすれば私の首どころか命すらも危なくなる」
「心配される程度の命があると思ってるの? このクズが。 アリスがやろうと思えば、一時間後には貴方を浮浪者にすることも可能だってこと、忘れてるみたいね」
突然、アリスの雰囲気が変わる。
今までの明るい表情ではなく、まるで虫けらでも見るかのような表情に、吉村は思わず身震いをした。
パソコンの画面越しにもかかわらず、アリスの迫力に恐怖を覚えた吉村は顔を真っ青にしながら何度も頷く。
それを確認して、アリスは満足そうに微笑む。 アリスが満足したことで、吉村はほっと一息つくことができた。
「分かった、手続きはしておく……」
「ありがと、お礼に貴方の口座に10億ほどふりこんでおくわ」
「実際に金をくれるなら嬉しいが、お前の場合データを書き換えるだけだろう? 税金対策で苦労するから止めてくれ」
「そうなの?」
「人間ってのは、色々と大変なんだ。 特に大人はな」
吉村はソファから立ち上がって書類を拾い始めた。
期日も迫っている書類もたくさん残っているので、そんなに長い時間サボるわけにはいかないのだ。
パソコンを使う仕事はできないが、それはアリスが消えてからまとめてすればいいだけだと気がついた吉村は、とりあえず紙書類の仕事だけでも先に終わらせることにした。
手際よく書類に判子を押していく吉村を、アリスはつまらなそうな顔をしながら見続ける。
「仕事って楽しいの?」
「楽しくなくてもやらなければならない。 そういうものだ。 本当なら昔のように前線に出たいところなんだが……」
「すればいいじゃない」
「偉くなると地位にしがみつきたくなるのも人間だ。 今更捨てようとも思わん」
「だったら、精々アリスの機嫌を損ねないことね。 女の子は気まぐれだし、何するか分からないわよ」
「組織のトップが小娘に脅される。 なんとも情けない話だ」
愚痴をはきながらも仕事を続ける吉村の手が止まる。 その視線は、一枚の書類をじっと見つめていた。
その書類には先日起きた日特と管理局との戦闘、その詳細な情報が欠かれている。
転移で現れた。 空中を自在に動き回る。 対象を傷つけることなく無力化。 F22を叩き落した。
どれも現在の地球の科学力では不可能なことだ。 地球が自力で同じことを際限するには、果たして何世紀たたないといけないのか、吉村には想像できなかった。
「便利なものだな、魔法というのは」
「難しいのは最初の設定だけ。 それもストレージだけで、インテリ以上なら持ち主に合わせてくれるわ」
「その技術を日本で独占か?」
「管理局との友好的な関係、世界で一歩進んだ魔法技術、現役魔導師の確保、大魔導師プレシア・テスタロッサの研究資料、ついでに日特幹部連中の不祥事記録盛り合わせもつけてあげるわ」
「なるほど、ジュエルシード使用許可を出して有り余るほどの特典だな。 初めからそう言ってくれれば気持ちよく協力できたのに」
「それじゃ、次はプレシアとフェイトちゃんをたきつけないと」
パソコンの画面からアリスが消える。 それとともに、パソコンはアリスが現れる直前の画面に戻った。
それを確認してから、吉村は日本が次元世界の魔法技術を手に入れたときのことを想像してみる。
報告によると、転移魔法は一人の魔導師で大勢の人間を送ることも可能らしい。
だとすれば、有る程度目的地の状況さえ分かっていれば、数人の魔導師で完全装備の部隊をタイムラグ無しで戦場に送り込むことも可能なはずだ。
もしかしたら、次元世界の魔法技術で一番役に立つのはこの転移魔法かもしれない。 攻撃魔法等は確かに強力だろうが、その辺りは同程度に強力な武器さえ持てばいいだけの話だ。
転移魔法をうまく使えば世界中の古代遺跡を日特が確保できるだろう。
世界中の裏の組織の頂点に日特が立つ、そのさらに頂上には当然日特総帥である自分の姿が。
世界を操るほどの力を持つアリス、その機嫌を損ねないようにすれば自分の地位は安泰だ。
どうせアリスはエリカのことしか考えていない。 特別といっても、エリカは日特内では下っ端だ。 適当にいい待遇にしておけばエリカの方から文句が来ることは無い。
ジュエルシード、最初に報告を受けたときはとんだ疫病神と思っていたが、意外と福の神だったのかもしれない。 ジュエルシードが日本に落ちたおかげで時空管理局との接触が20年は縮まったと考えていいだろう。
これなら自分が現役でいられる間に時空管理局が認める管理世界となり、他の次元世界との交流を開始することも夢ではない。
その第一歩として、とりあえず残りの書類を片付ける吉村だった。
プレシア・テスタロッサはいらついていた。
現在手元に有るジュエルシードは15個、すでに4分の3を手中に収めたがまだ足りない。
一応これでもアルハザードに辿り着くことは出来るだろう。 しかし確実に自分の目標を達成するためには、すこしでも多くのジュエルシードは必要だ。
できることなら21個すべて、一度きりのチャンスなのだから失敗は許されない。
時空管理局が現れたが時既に遅い。 すべてのジュエルシードは自分達と現地の組織で回収した。
つまりジュエルシードの捜索で管理局に邪魔されることは無いわけだが、これを吉と見るべきか凶と見るべきか?
このまま大人しく隠れたままでアルハザードへの転移を開始すれば、もはや邪魔されることは無いだろう。
15個のジュエルシードでは成功率およそ6~7割という計算結果が出ている。 賭けに出るなら勝ち目があるが……
安全か? 確実性か?
その両天秤を決めることが出来ず、プレシアは部屋の中を歩き回りながら考えていた。
そこにアリスが現れる。 アリスはプレシアの様子を見ると、少し笑いながら話しかけた。
「悩んでるみたいね」
「余計なお世話よ、そう思うならまたジュエルシードを盗んできてくれないかしら?」
「アリスにそこまでする義理は無いわ」
「……この際だから聞いておくわ」
プレシアが指を鳴らすと数体の傀儡兵が現れてアリスを取り囲んだ。
少しでも怪しい動きをしたら殴り倒すつもりらしい。 しかしアリスはそんなことなど気にせずに微笑み続けている。
その様子がさらにプレシアをいらつかせる。 何もかもお見通しのような態度が、自分を小ばかにしているように感じられるからだ。
アリスに対して魔法攻撃は効果が無い。 アリスは何らかの方法で魔法の発動を阻害できることを先日プレシアは知った。
ならば物理攻撃で叩けばいい。 傀儡兵が直接殴れば、子供程度の大きさのアリスなどひとたまりも無いはずだ。
それはアリスも分かっているはずだが、周りにいる傀儡兵をちらりと見ただけで何の対策もとろうとしない。
「ずいぶんと余裕ね、それともこの状態から逃げ出せるとでも? ルイゼの娘だからって、完全に信用しているわけではないの。 私の計画の害になるようなら手加減しないわよ」
「聞きたいことがあるなら早く聞きなさい。 答えるかどうかは気分しだいだけど」
「……貴方の目的は? なぜ私の計画に協力するの?」
「貴方の計画に乗ればアリスの計画がやりやすいってだけよ」
「そして、最後の最後に裏切る気?」
「アリスにそんなつもりは無いわよ」
気に障ることを言われたせいか、アリスはすこしばかりの敵意を含んだ目でプレシアを睨みつける。 その目線に、思わずプレシアは目をそらしてしまった。
状況は圧倒的にプレシアが有利、なのに彼女は冷や汗をかいた。
プレシアはアリスがどのような能力を持っているか未だに把握できていない。 アリスの態度を見ていると一瞬でこの状況をひっくり返す可能性も否定できなかった。
底知れぬ不安がプレシアを支配するが、そんなプレシアを見ながらアリスは溜め息をつくと同時に圧迫感が消えた。
アリスからの敵意が消えたことで、プレシアも深呼吸をして心を落ち着かせる。 そこで今まで息を止めていたことに気がついた。
それほどまでにアリスの圧迫感はすごかったのだ。
「プレシア、貴方は娘を愛している?」
「当然よ、この子は私にとってすべてよ」
アリスの質問に答えながら、プレシアが背後の円筒を見る。
中に入っている一人の少女の姿はフェイトによく似ていた。
アリスもそれを見て少しだけ微笑む。
「私も同じ、とっても大好きな人と幸せになりたい。 そう思ってるだけ」
「……そう、そんなこと言われたら納得するしかないわね」
プレシアは傀儡兵を消して部屋から出て行った。 フェイトに日特のジュエルシード奪うように命令するつもりなのだ。
プレシアが完全に見えなくなったのを確認してから、アリスは円筒の方を改めて見た。
中の少女は死んだように眠っている。 いや、眠ったように死んでいる。
その少女をじっと見つめながら、アリスは呟いた。
「アリスは幸せになるわ。 でもアリシアちゃん、貴女はどうなの? プレシアの計画が成功して、生き返って、それで幸せになれるの?」
返事をしないアリシアをしばらくじっと見ていたアリスだが、やがて姿を消した。
次にアリスが姿を現したのはフェイト・テスタロッサの目の前だった。 アリスはジュエルシードを手に入れる方法を考えて悩んでいるフェイトを戦わせるために適度に思考誘導をするつもりなのだ。
逃げれない状態にして、最後まで戦って、力尽きて、日特に捕まる。
そんなシナリオに持っていけるように、一応保険もかけておくつもりでフェイトと話をしにきたのだ。
「って思ってたのに……何でそんなに沈んでるの?」
アリスがフェイトの所に来た時、フェイトはかなり落ち込んでいた。
母親の攻撃魔法で撃墜されたのだから落ち込みはするだろう。 病み上がりで本調子じゃないかもしれない。
このまま日特と戦ったら確実に負けるのが予想できた。
アリスの計画ではフェイトに戦ってもらい、日特に捕まってもらうところにある、それならこの状態も悪くない。
しかし、あまり精神的に沈みすぎて戦わなくなったら、それはそれで困る。
そういえばこんな時にうるさいアルフがいない。 それが原因だろうかと思い、アリスはフェイトに尋ねてみた。
「アルフは……どこかに行ったって、私主人失格だね」
「あんまり主人っぽいことしてたと思えないけど?」
フェイトはさらに沈んだ。
アリスは自分の失言に気がつく。 軽い冗談のつもりだったのに、フェイトはかなり精神的に参っているらしい。
とりあえずフォローしなければならないだろう。 今のフェイトを見ていると、さすがに軽率な発言だったと反省してしまう。
「使い魔と主人ってよりも友達同士みたいってこと、仲良さそうだったから貴方を置いてどこかに行くなんて思えないけど?」
「でも……いないし」
「はぁ、仕方ないわね」
ため息をついたアリスが、両手を大きく広げた。
目を閉じて何かブツブツ呟いているが、探知魔法を発動させたわけではないらしい。
そもそも探知魔法では別の次元にいる目標を調べることなど出来ない。 高ランクの魔導師でも別次元へ干渉するのは難しいことなのだ。
ならどうやって調べているのだろうか?
少しだけ気になったフェイトは、アリス向けて聞き耳を立ててみた。
「スパイ衛星ツキミソウにアクセス、軌道変更……海鳴上空に固定、見知らぬ場所には行かないだろうし合ってると思うけど……」
フェイトにはアリスの言っている言葉の意味が分からない。 ただ魔法以外の方法で探している事だけは分かった。
少しばかりの時間が過ぎて、アリスが目を開く。
どうやら見つかったらしく、フェイトに向かって微笑みかけた。
「アルフ、日特に捕まってるわよ」
アリスは 笑顔でとんでもない事を言い出し、さすがにこの事態を予想していなかったフェイトは驚いた。
すぐにでも日特に捕まっているアルフを助けに行きたいが一人では難しいこともフェイトは理解している。
同時に、もしかしたら、これはいい状況なのかもしれないとも考える。
日特がどんなところかは分からないが、なのはのような少女がいるならそんなに悪い組織では無いのかも知れない。
エリカの話によれば日特は魔法技術を求めているらしい、だったら魔法技術のカタマリである『使い魔』を乱暴に扱ったりしないだろう。
それにアルフも有る程度の魔法を使える。 それを教えることを条件にすれば、むしろいい待遇で迎え入れてくれる可能性も十分にあった。
「アルフはそれでいいでしょうけど、貴方はどうするの? ジュエルシードを日特から奪う手段、考えてる?」
「まだ考えてない……」
「そう、ならいい方法があるわ、ジュエルシードを賭けて決闘するのよ」
「決闘?」
アリスの考えた作戦はこうだった。
向こうのジュエルシード6個とこちらのジュエルシードをかけて一対一の決闘をする。
集団相手だと勝つ可能性は少ないが、一対一なら勝ち目もある。
闇雲に襲撃したり、見張りがいるのにこっそり忍び込んだりするよりも確実だろうと言うのだ。
「それだと、私が負けたらジュエルシードを取られちゃう」
「バカね、そんなこと無視すればいいのよ。 ワザワザ相手に合わせる義理は無いわ」
「そんな……」
フェイトは嘘をつくことに抵抗があるらしい。
しかし他にいい案が無いことも事実、二つの気持ちの間で葛藤している。
その迷いを打ち消すべくアリスは行動する。 フェイトの肩を掴んで真正面から顔を見た。
一瞬驚いたフェイトだが、アリスの真剣な目を見つめ返す。
「いい? 残りのジュエルシードはすべて日特が確保しているわ。 これ以上手に入れたいなら何とかして日特から奪う以外に方法は無いの」
「うん」
「プレシアの体調がよくないのは知っているでしょう? 時間をかけるわけにはいかない、悠長に作戦を練ってる暇なんて無いわ」
「うん」
「もう逃げることは出来ないわ、戦って勝つ、それしか道は残されてないの。 全力で、魔力のすべてを振り絞りなさい」
「うん、分かった!」
フェイトは迷いが吹っ切れたようだ。 覚悟を決めた表情で決闘の準備を始めた。
それをアリスは満足そうに見る、真剣だった表情はもはや無く、口元を歪ませて微笑んだ。
少女のかわいらしい微笑み、計画がうまくいった悪党の笑み、相反する二つがあわさった表情。
フェイトがこの顔を見たら、きっと考えを改めるだろう。
きっとアリスがよからぬ事をたくらんでいると分かったはずだが、今のフェイトにそんなことを気にする余裕は無かった。
そしてバルディッシュに起きた僅かな変化にも――
「頑張ってね、フェイトちゃん」
「頑張るよ、アリス」
「そしてバルディッシュも……」
『No problem, ALICE. Please leave it.』
「それにしても、やっぱり混乱してる時にまくし立てると思考誘導しやすいわね。 よく考えれば他に方法もあるでしょうに」
アリスの呟きはフェイトには聞こえなかった。
同じころ、日特のスパイ衛星ツキミソウにプログラムバグが発見され軌道が変わり、技術部が一時的に混乱したがすぐに修正された。
この物語とは関係ない、些細な出来事である。
「で、この手紙が押し付けられたわけね」
「すいません、突然の奇襲で対応できませんでした」
日特海鳴待機所、アースラでの情報分析が終わってエリカたちはここに戻ってきた。
海鳴から遠く離れた海上に浮かんでいるアースラよりも陸地にある日特待機所の方がすばやく行動できるだろうという判断だったが、残念ながらジュエルシードの発見はできていない。
それも当然、すでにすべてのジュエルシードはフェイト一味と日特で回収してしまっているのだ。
しかし相手の回収状況を知ることは出来ない日特は、一応回収し残しがあることを想定して動かなくてはならない。
そうして部隊を分けて街を探索していると、ある意味とんでもないものを見つけてしまった。
フェイトの使い魔であるアルフがボロボロの状態で発見されたのだ。
すぐさま待機所内に運び込まれて治療が施される。 魔法ダメージは安静にしていれば回復するし物理的な傷は通常の治療で何とかなった。
後は動物用の点滴と栄養のある食事ですぐに回復していく。 なんだかんだ言ってもやはり狼、生命力はかなり高かった。
十分に回復したら尋問をすることになる。 アルフはフェイトへの忠義も強くなかなか口を割らないだろうと日特の面々は予想していた。
しかしその予想は外れる。 回復したアルフはフェイトを助けてくれと頭を下げて頼んできたのだ。
話を聞くとフェイトはプレシアの本当の娘ではないらしく、しかもプレシアはフェイトを全く愛していない。
このままではフェイトは散々働かされた挙句ボロ雑巾のように捨てられてしまう。 そうなる前にフェイトを助けて欲しい。
その話を聞いたなのははすぐにフェイトを助けに行こうと言い出したが、そんなに簡単なことではない。
そもそもフェイトと接触する機会がもう無い。 アルフの話で21個すべてのジュエルシードをお互いに回収してしまった事が判明した。
つまり海鳴にフェイトが現れる理由が無い。 フェイトと接触できなければ助けるも何もないのだ。
どうしようかと頭をひねっていたところに、本部から指令が届く。 その内容は、『残りのジュエルシードを得るために現在の6個を利用しても良い』ということだった。
ほぼ同時に見回りに出ていた日特隊員がフェイトの襲撃を受け負傷する。 魔法ダメージなのでしばらく安静にしていれば問題ないが数人の隊員が病院送りになる。
その気絶した隊員の懐に入れられていた手紙にはフェイトからのメッセージが書かれていた。
やたら丁寧な文体で書かれた内容はジュエルシードを賭けての決闘の申し込みとその日時についてだった。
「できすぎね」
「ああ、できすぎだ」
「どういうこと?」
エリカ、松さん、クロノが真剣に考えている中、ユーノとなのははいまいち状況がつかめていなかった。
それに気がついたエリカが簡単に説明をする。
「ジュエルシードは特級危険物、永久封印が基本だし使用には特別な許可が必要だ」
「うん、聞いたことがある」
「本部から今持っているジュエルシードを使って残りのジュエルシードを手に入れろという指令、ほぼ同時にフェイトからの挑戦状」
「それは……できすぎだね」
「アルフは何か知ってるの? フェイトが決闘なんて考える理由」
「フェイトが自分でそんなこと考えるとは思えないよ、何かあるとしたら……あの女だね」
「アリス……か」
アルフからの情報で今までアリスがしてきたことが分かった。
偽情報で混乱させて日特封印施設から9個のジュエルシードを奪った第三の敵、これもアリスの仕業であると判明したのだ。
しかしそこからが分からない、アリスは時空管理局に対する恨みは無いと言っていた。
その言葉を信じるならアリスは別の目的でプレシアの手伝いをしていることになる。
ジュエルシードを集めて何をしようとしているのか?
やはり考えても分からないのでひとまず保留となり、フェイトへの対応を考えることになる。
アルフの話から考えるとフェイトの決闘もアリスが画策しただろうとのこと。 まずこの申し出に伸るか反るかを考えなくてはならない。
アリスの企みが何か分からない以上、申し出を受けることは相手の罠に突っ込むのと同じことを意味する。
しかし拒否すれば、それはそれで何をするか分からない。 アリスは日特封印施設に忍び込んでジュエルシードを奪う程の能力を持っている。
結局、罠と分かっていても誘いに乗るしかないと言う結論になるのだった。
「と、するとフェイト嬢ちゃんを戦わせることで何かしようとしてるのか?」
「一対一でですか?」
「もしくはフェイト・テスタロッサに注目を集めさせて別の何かをするつもりか……」
「残りのジュエルシードは全部ここよ。 その考え方なら、アリスはジュエルシードその物がいらないってことになる」
「だったら……やはり誘いにのるしかないな」
こうしてフェイトと決闘をすることは決まった。
ならば次に誰が相手をするかを考えなくてはならない。
本当のところ、いちいち相手に合わせて一対一をする必要は無い。 アースラの魔導師も借りで数人がかりで取り囲むという手も当然できる。
しかし……アリスという少女ならそれを想定していそうな気がして怖い。
例えばフェイトを囮にして回りの魔導師たちもまとめて吹き飛ばす。 プレシアは次元を超えて魔法攻撃ができるのでその可能性も十分にあった。
やはり代表一人に戦ってもらい、他の人員は何かあったときのために待機しておくべきだと判断された。
「だったら私がいくわ」
この状況では、日特の代表としてエリカが名乗り出るのはある意味当然だった。
だがエリカには対魔導師戦で決定的な弱点が有る。 彼女は空を飛べない。
つまりフェイトがジャンプでも届かない場所に陣取って魔法攻撃を連打してきたらなす術が無い。
以前の戦いではビルを駆け上ったが、今回指定された場所は海。 船で海上に出れたとしてもそこまでだった。
残念なことにエリカが魔導師と互角に戦うにはある程度の条件が必要なのだ。
同じ理由で恭也も却下、彼も接近戦しかできない。
「なら僕が行こう、魔導師との戦いに一番なれてるのは僕だ」
クロノならいかなる状況にも対応できる、管理局執務官の肩書きはダテではないのだ。
だが万が一のことがあった場合、アースラクルーをまとめるものがいなくなってしまう。
現在アースラにおける最高責任者はクロノ、艦長であるリンディはクロノを解放するために日特に出向いている。
そして武装隊で一番階級が高かったロバートは日特との戦闘で戦死。 つまりクロノがいなくなれば、それだけでアースラクルーは行動できなくなってしまう。
これから先、プレシアの隠れ家に攻め込むことを考えると管理局の協力は必要不可欠といっていい。
ゆえにクロノを戦わせるわけにはいかない。 個人の能力とは関係ないところで決定してしまった事情にクロノは不満そうだった。
と、なると残りは――
「私が行きます」
「なのは……」
「行けるか? 今まで負け越してるだろ?」
温泉、ビル街、どちらもなのはは負けていた。
どちらも日特が割り込んで勝負無しという結果になったが、あのまま続けていれば敗北は確実だった。
基本的な能力はフェイトの方が高い。 なのはは魔導師になってまだ2ヶ月も経っていないのだ。
はっきり言って勝ち目は無い。 勝ちにこだわるならまだユーノの方が可能性が有る気もする。
「でも、私はフェイトちゃんとお話したい。 これをアリスちゃんが仕組んだんならアリスちゃんとも」
「……分かった。 なのは嬢ちゃんに任せよう」
なのはの決意を受けて松さんは許可をだした。
この勝負の勝ち負けはあまり重要ではない。 重要なのはいかに戦力を温存した状態でアリスの仕掛けたであろう罠に立ち向かうかだ。
そんなことはなのは自身も理解している、それを理解した上で自分が囮になると宣言した。
そんな気持ちを見せ付けられたら誰も反対できない。 皆が口々に「がんばれ」となのはを励ます。
そして勝つ必要が無いとはいえ、負けないことに越したことは無い。 決闘の日まで時間が無いので詰め込めるだけの戦術を詰め込むことになる。
接近戦を恭也、防御魔法をユーノ、魔法戦術をクロノ、近代兵器をエリカ。
本当に短い時間にこれだけの練習をしてモノに出来るはずが無い。 しかし、ぜひやらせて欲しいとなのはが頼み込んだので教えることになったのだ。
この程度で何かが変わるとは思えない。 けど何かをやらないでいられない。
決戦は、もう目の前まで迫っていた。