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[12419] アリスの残り火 【完結】(オリ主、オリヒロイン
Name: ark◆9c67bf19 ID:675ebaae
Date: 2009/12/20 13:43
この話は、以前堕ちた天使の世界で連載していたリリカルなのはオリ主オリヒロインの二次創作です。



堕ちた天使の世界版からの変更点
いろいろ修正したり、加筆したりしました。
組織の名前も変更しました。
百合っぽいのに挑戦したくなったので主人公の性別を変更しました。 TSじゃなく、初めから女です。 それにともない、主人公の名前を変更しました。



旧バージョンは一応無印編完結まで書きましたが、リメイクなので話の大筋は変わりません。
もしも堕ちた天使の世界で連載していた時に読んでくださった方がおられましたら、感想板でのネタバレはできるだけ止めていただけると嬉しいです。



堕ちた天使の世界投降掲示板復旧に伴い、向こうにあった旧バージョンアリスの残り火は削除しました。
引き続き、リメイク版アリスの残り火をよろしくお願いします。

このたび完結しました。 A's以降は書きません。
ありがとうございました。



[12419] プロローグ
Name: ark◆9c67bf19 ID:675ebaae
Date: 2009/10/03 22:09
 6年前――

 真っ白な部屋。
 壁も、床も、天井も白い部屋の中に2人の人影があった。
 1人は壁にもたれ掛かりながら座っている金髪の大人の女性、もう1人は女性に膝枕をしてもらって寝ている黒髪の少女。
 そして、彼女達の行動をすべて見ているかのように、天井に備え付けられている監視カメラ。

「結局、あの子だけになっちゃいましたね」

 そんな部屋の様子をモニターで見つつ、一人の男がコーヒーを飲んだ。
 モニターに囲まれた薄暗い部屋には、軍人のような姿の男達が何人もいる。
 上司らしき男が先ほど軽口を叩いた男をにらみつけると、彼は慌ててコーヒーを飲み干し、他のモニターに視線を戻した。
 ここは軍事施設の一つらしい、無数にあるモニターには銃を持った男達が基地内を警備している様子が映し出されていた。
 その中でも、やはり白い部屋だけが異彩を放っている。 軍事基地だというのに、その部屋だけベッドや玩具などがあり、まさに託児所と呼ぶのが相応しいだろう。
 そこで昼寝を続ける2人を見ながら、先ほど部下を黙らせた上司は懐からタバコを取り出して口にくわえた。 すぐに隣にいる別の部下が火をつける。
 その上司に背を向けている部下達が嫌そうな顔をしているのにも気づかずに煙を撒き散らした上司は、もう一度モニターの仲の2人を、その中央にいる女性を忌々しく睨みつけた。

「まったく、3年の月日を費やして、できあがったのがガキ1人とはな」
「投薬と訓練の成果か3歳で現役の軍人を叩きのめしていましたし、戦闘能力は予定通りです。 まるっきり無駄というわけでは……」
「予定では50人の予定だったんだ! 50人の最強の兵士ができるはずが、たった一人! だと言うのにあの女、まったく反省する気が無い!」

 上司が近くのテーブルに手を叩き付けた。 部屋中に大きな音が響き渡り、数人の部下が驚いてそちらを見る。
 それも一瞬のこと、上司が部下達を睨みつけると、すぐに部下達は視線を戻しそれぞれの仕事を再開した。
 そんな気まずい雰囲気の中空気を読まず、先ほど上司のタバコに火をつけた男が敬礼をしながら上司に話しかけた。
 上司は一度男をにらみつけたが、ため息をついて話を聞くことにした。 彼自身、先ほどの行動は大人気なかったと理解しているのだろう。

「あの女、何やってるんでしょうね? あの子に変な手術をしたと思ったら、時々戦闘訓練する以外は普通の子供と同じ扱いですよ?」
「監視していることに気づいているのだろう、我々に手の内を見せたく無いのだろうな。 所詮はよその者ということだ」
「本当はこのまま普通に育つ方が幸せなんでしょうが……」
「上層部がそれを許さないだろうな。 数年がかりの計画で、予算もかなりつぎ込んである。 まったく、『turn ALICE』計画とは、何とも皮肉な名前――」

 上司の話はそれ以上続かなかった。 突如、施設内にアラームが鳴り出したからだ。
 何か非常事態が起きた合図だ。 更に無数に存在する監視モニターの映像が一つ、また一つと消えていく。
 何者かが進入し、監視カメラを潰しているのは間違いなかった。 そしてそれは、彼らと敵対する存在が攻め込んできたことを意味する。
 すぐに戦闘態勢をとらなくてはならない、上司はマイクを使い施設内に注意を促す。 しかし、監視カメラを潰される速度を考えるとごてに回ったと言わざるを得ない。
 ものの十数分で施設の半数からの連絡が途絶ことから、敵がかなりの戦闘能力を持つ組織ということが分かった。 そうなると、相手の正体は絞れてくる。
 その時、モニターの一つに人影が映る。 それを認識した瞬間、上司は苦虫を潰したような顔をした。 相手が彼の想像しうる、最悪の相手であることが分かってしまったからだ。
 二本の刀を持った男を睨みつけながら、上司は忌々しくその名を叫んだ。

「ボディガード高町士郎、ヤツが何故ここに!?」

 さらに攻め込んできた集団の姿、特に腕章を見て拳を握る。 そこに描かれているのは、日本を象徴する日の丸。 そして三本足のカラス。

「日の丸を背負うヤタガラス、敵はニットクか!」




 現在――

 世界には、不思議なことなんていくらでもある。
 箒に乗って空を飛ぶ魔法使い、体の半分以上を機械に改造したサイボーグ、ジャングルの奥地で怪しげな儀式を行う呪術師、etc etc ――それらはすべて実在する。
 ただ皆の想像と違う部分をあげるとすれば、そういった存在は、ほとんど何らかの集団に属していることだろう。
 第三帝国魔法航空大隊、身体機械化傭兵団、中国導師連盟あたりが有名だろうか?
 それらの組織は、決して表舞台には登場しない。 決して一般人が知ることの無い裏の世界で、日夜激しい戦いを繰り広げているのだ。
 秘密の研究所で開発された新兵器の破壊、古代遺跡で発見される危険なオーパーツの確保、場合によっては他の組織の施設へ攻め込んだりもする。
 そんな戦いに、日本も積極的に参入していた。
 普段は民間の警備会社を装っているが、その実態は内閣や皇族とも深い繋がりのある国家直属の武装集団。 日本対特殊災害警備機構。
 略して日特、ニットクである。





「ってナレーションはどう?」
「なんだそりゃ?」

 道路を進む数台の大型トラック、その荷台に入っているのは荷物ではない。 武器を持った屈強な男達が座っていた。
 身に着けているのは市街迷彩の戦闘服、腕には日の丸を背負うヤタガラスの腕章。
 その腕章こそ日特の印、その腕章により彼らが日特の構成員であることは一目で分かるのだ。
 男達の身元を調べれば、元自衛隊、元警察、他国組織からの亡命者などがいることが分かる。 それぞれの組織の中でも、特に優秀な能力を持つ者たちだ。
 体に刻まれた傷や、その鋭い眼差しは幾多の戦場を駆け抜けてきたという事実を物語っていた。 全員が歴戦の戦士の貫禄を持っている。
 そんな中、1人明らかに場違いな人間が混ざっているた。
 腰まで届く長い黒髪をポニーテールでまとめた小学生ほどの少女は、暑苦しい男達の中でもひときわ目立つ異質な存在だった。
 しかし、だれもそのことを気にしたりはしない。 それは少女が彼らと供に長い時間を過ごし、供にいることがもはや当たり前になっていることを意味する。
 少女は慣れた手つきで銃の分解整備をしていた。 揺れるトラックの荷台の中だというのに、少女の手の中の無数のパーツは瞬く間に拳銃の形になる。
 それを西部劇のように手の中でくるくると回し、ホルスターに収めようとして、銃は手から飛び出して空中に投げ出された。
 小学生の手に対して銃が多きすぎるのだ。 思わずキャッチしようと手を伸ばすが、それより先に大人の手が伸びて銃を掴んだ。

「サンキュー、松さん」
「エリカ、銃の扱いは気をつけろ。 それと、口調を直せ」
「……ありがとう、松さん」

 乱暴な言葉遣いをした少女、エリカ・T・キャロラインが手を差し出しても、松さんと呼ばれた中年の男は銃を返さない。
 しかしエリカが言葉遣いを直すと、松さんは銃身を持ち、グリップ部分をエリカに向けて銃を差し出した。
 それをエリカは不満そうに受け取る。 どうやら乱暴な口調の方が気に入っているらしく、あまり丁寧な言葉遣いはしたくないらしい。
 そんなエリカの様子にため息をつきながら、松さんは紙の束を取り出した。 右上をホッチキスで止めてあるそれを、松さんは手早く読んでいく。
 その途中、頭に影がかかったことに気がついた松さんが顔を上げると、エリカが上から覗き込んでいた。 松さんがエリカにも書類を見やすいようにするが、そんなことは構わずにエリカは書類をひったくった。
 そしてそこに書いてある内容を読むに従い、エリカの顔は険しくなっていく。



[12419] 第一話
Name: ark◆9c67bf19 ID:675ebaae
Date: 2009/10/17 23:43
 13年前――

「できた。 ついに完成したわ」

 1人の女性が小さなコンピュータチップを前にしてそう呟いた。
 本当ならかなりの美人のはずだが、頬は痩せこけ、目の下にはクマができている。 不眠不休で仕事をした証だった。
 女性はしばらく恍惚とした表情をしていたが、乱暴にドアを蹴破る音に不機嫌そうな顔をして振り向く。
 そこには数人のデバイスを持った男達がいた。 彼らは無言で部屋の中になだれ込むと、女性を中心に半円を作る。
 デバイスの先を女性に向けていつでも攻撃できる体勢、女性が怪しい行動を取れば即座に魔法攻撃を撃つつもりということが一目で分かる状況だった。
 その男達のリーダーらしき男が一歩前に出て、女性に話しかける。

「時空管理局だ。 ルイゼ・キャロライン、大人しく投降しろ」

 男の命令を、ルイゼは鼻で笑った。
 そんなものに従うつもりは無い。 もちろん、捕まるつもりも無い。
 こうなる状況も想定の範囲内、すでに脱出の準備は整えている。 しかし、ふと何かを思い立ったルイゼは薄気味悪く微笑みながら男に語りかけた。

「執務官さん、この世界で一番強いものって何かしら?」

 その質問に、ルイゼを取り囲んでいる男達の顔に戸惑いが生まれる。 この状況でそんな質問をする意図が分からないのだ。
 だが、執務官は油断をしない。 ルイゼの一挙一動に注意を払いながら、少しだけ質問の答えを考えた。

「正義だ。 悪を滅ぼし、正しき道を進む心こそ無限の力を生む」

 それは、ある意味でもっとも模範的な答えと言えるだろう。
 同時に、正しい答えでもある。 中には腐った人間もいるだろうが、この執務官は正義の意思を持って時空管理局で働いていた。
 しかし、その答えにルイゼはため息をつく。 まるで、予想通り過ぎてつまらないとでも言いたそうなため息だった。
 それに気がついた執務官は少しだけ眉をひそめた。 今の答えは彼の信念、それを否定されたような気がしたのだ。

「なら逆に聞こう、お前がこの世界で一番強いと考えているものはなんだ?」

 本来ならさっさと捕まえるべきなのだが、少しばかり頭に血が上った執務官はさらに質問を返した。
 その質問を待っていたとばかりに、ルイゼは口元を吊り上げて即答する。

「そんなの決まっているじゃない。 この世界で一番強いのは……愛よ」





 現在――

 鳴海、海が近いし山も近い、自然が綺麗なことに加え、中心部はビルも立ち並ぶ市街地になっている。
 そんな鳴海の街をエリカは松さんと二人で散策する。
 他の隊員は数人ごとの班に分かれて探査装置の設置や地形の確認をしている。
 元々エリカは、自分一人で散策するつもりだったが、松さんがついてきたのだ。

「もう子供じゃないし、大丈夫よ」

 出会ってから5年、松さんはずっとエリカを子ども、女の子扱いしてきた。 言葉遣いの注意も耳にたこができるほど聞いてきた。
 松さんはすでに40過ぎ、こっちは10歳になっていない、子ども扱いするなと言う方が無理かもしれない。
 松さんに認めてもらえたら一人前になれるような気がして、これまでエリカも頑張ってきた。
 年齢に似合わない無茶したことも死に掛けたことも一度や二度ではない、そのたびに松さんは後方勤務を進めてきたが、エリカは頑として聞かなかった。
 そしてエリカが前線に出たがる理由を知っているので、松さんはしぶしぶながら許可している。
 もっとも、それでもできる限り自分の目の届く範囲に置こうとしていることを考えれば、いくら能力が高くても、松さんはエリカを子供として扱っていることが分かる。
 ちゃんとした大人になるまでこの関係は変わらないのかもしれない。
 中学卒業まであと6年、そこまで年を取れば大人として扱ってくれるかもしれないが、埋めようの無い時間という谷間がもどかしい。

「そんなことを言っているうちはまだ子供だ。 それに、知っている人間と一緒の方が気が楽だろう」


 確かにその通りだった。
 移動用のトラックの中で何度も同じ銃の分解整備を繰り返していたのは、周りの大人と離すのが苦手だったからである。
 いい大人達が自分より戦闘能力の高い、10歳にもならないガキと行動を共にするのだ。
 そこにいい感情が生まれるはずが無い。
 あるのは嫉妬、疑惑、不満。
 なんだかんだで5年も日特にいるのだから、最近はそういう目を向ける人間は減ってきた。 最近入ってきた新人達はエリカをマスコット扱いしたりもする。
 冷たい目で見るベテラン連中と、もてはやしてくる新人達の間に挟まれるのは、いつまでたっても慣れるものではない。
 一番付き合いの長く、面倒見のよい松さんといっしょにいる方がリラックスできるのは確かだった。

「ありがと、松さん」
「何か言ったか?」
「なんでもない」

 ちょっと照れながら街を眺める。 この綺麗な街で強力な魔法を扱う存在と全長3メートル以上の怪物が戦ったのだ。
 それを調べ、場合によっては捕獲か殺害することになる。 当然、戦闘をすることになるし、最悪町全体が戦場になる可能性もある。
 時間をかければ他国の部隊も入り込んでくるかもしれないので、一刻も早く解決しなくてはならなかった。

「そう慌てるな、お前はいつも慌てすぎるんだ」

 松さんに注意されてしまい、エリカは思わず松さんの顔を見た。
 自分では気がつかなかったが、そこまで表面に出てしまったらしい。
 そんなエリカに向けて微笑むと、松さんは腕時計を見た。

「もう昼だし飯でも食いにいくか、おごってやる」
「マジで? 松さん太っ腹」
「言葉遣いを直したらな」
「……マジを丁寧って、どう言えばいいの?」

 松さんは笑いながらエリカと一緒に道を歩く。 やがて、少しづつ同じ方向に向けて歩いている人間が増えることに気がついた。
 こうなると、服を着替えたことは正解だっただろう。
 今の二人の格好は日特の戦闘服ではなく、一般人と同じ私服である。 さすがに昼間の住宅街で戦闘服は目立ちすぎる。
 ピンクのワンピース姿のエリカと、緑色のジャージの松さん、この二人が並ぶと誰もが親子と思うだろう。 日特の装備一式を入れているスポーツバッグが目立つと言えば目立つが、その程度誤差の範囲内だ。
 時々通行人に挨拶をするが、まさか9歳の子供のバッグに重火器が入っているとは誰も思わなかった。
 そうして十分ほど歩き、辿り着いたところは翠屋という喫茶店だった。
 てっきりファミレス辺りにするとばかり思っていたが、松さんがこんな小洒落た店を選ぶ趣味があることにエリカは驚いた。


「いいお店、期待できそうね」
「今回の任務が海鳴って聞いた時からお前をここに連れてきたかった」

 その言葉に、エリカは疑問を感じた。
 エリカの交友関係は狭い、いつも日特の任務で世界中を飛び回り、ろくに学校にも行っていないからだ。
 知り合いと言えば、日特の社員くらいだろう。 それも同じ部隊にいる限られた人間だ。
 そのことを尋ねる前に、松さんに連れられて店内に入り、若い女性の案内で席に着く。
 松さんはコーヒーとランチ、エリカはジュースとカレーを注文してしばし待つ。
 昼の時間帯で客も多い、この方向に向かってた人々は、この店が目的だったようだ。 ウェイターも忙しいらしく、ひっきりなしに料理を運び続けていた。
 そのウェイターの大学生くらいの男を見たとき、何だか懐かしい気分になった。
 その懐かしさに、思わずウェイターを目で追いかける。 そのせいで、他の人間がエリカ達の席に近づいていることが分からなかった。
 普段ならこんな油断は絶対にしない。 それだけ、ウェイターの青年から感じる懐かしさが特別だったのだ。
 ウェイターが視界から外れたことで意識を戻したエリカは、すぐ近くにいる第三者の気配に驚いた。 思わず懐から武器を取り出そうとするが、ギリギリで手を止める。
 その人物を確認した瞬間、エリカは思わず動きを止めていた。
 そんなエリカを見て微笑みながら、男は二人に挨拶をする。

「お久しぶりです、松さん、それにエリカちゃん」
「士郎さん!」
「久しぶりだな、士郎坊主」
「坊主は止めて下さい、もういい年齢ですよ」
「俺にとっちゃいつまでたっても坊主だ」

 その男こそ高町士郎。 その姿を見た瞬間、エリカの記憶が一気に活性化する。
 驚いた表情のまま松さんの方を見ると、松さんはニヤニヤ笑っていた。 エリカが驚かせるために、ワザと情報を与えなかったらしい。
 二人が座っているのは4人用のテーブル、士郎は空いている席に座った。 店は忙しそうだが、話をする時間程度は取れるらしい。
 早速何か話そうとして、エリカは言葉に詰まった。 緊張して話題が思い浮かばないのだ。
 エリカが士郎と出会ったときのことを思い出しながら何を話すか考えていると、ふとした疑問が浮かんできた。 とりあえずそれを尋ねてみることにする。

「士郎さんがここのマスターなんですか? ボディガードは?」

 エリカの記憶が確かなら士郎はボディガードの仕事をしていたはずなのだ。
 出会った時は30前半、現在でも40にはなっていないはずだ。
 引退したといえばおかしくない年齢だが、士郎ほどの運動能力ならまだまだ現役でいける身体能力だと思う。
 引退する原因があるとすれば、何らかの病気、もしくは怪我――
 それに思い当たることがあったエリカは、顔を蒼くして震えだす。

「まさか、あの時の?」
「あれは関係ない、丁度家族サービスをしなくちゃいけない時期だっただけだよ」


 士郎の言い方でエリカは理解してしまった。
 引退の原因は怪我だ。
 エリカと士郎が出会ったあの時、士郎は大きな怪我を負った。 それが士郎の剣士としての生命を終わらせてしまったのだ。
 当時は気がつかなかったが取り返しのつかないことをしてしまったと感じる。
 エリカはうつむいて、消え入りそうな声で呟いく。

「士郎さん、私……」
「関係ないと言っているだろう」

 士郎はエリカに喋らせなかった。 エリカの頭に手を置いてかき回す。
 その優しい感触にいつまでも撫でていて欲しいと思うが、そういうわけにもいかない。
 顔を上げて士郎の顔を見ると、士郎はエリカに向けて微笑む。 その顔を見ると、余計に申し訳ない気持ちになってしまった。
 士郎は本当に気にしていない、それどころかエリカを心配さえしている。
 そんな士郎に、エリカは何か恩返しをしたいと思うようになった。 しかし、エリカができそうなことで恩返しになりそうなものなど無い。

「君は、やっぱり日特に入ったんだな」

 どうしようかと考えていると今度は士郎の方が尋ねてきた。
 少し悲しそうな目をしているのは気のせいではないはずだ。
 エリカのような子供が日特に入っていること自体、あまりいいように思っていないのだろう。

「そうですね、自分なりに考えて」
「後方支援、なワケないか、やっぱり」
「前線に出てます、当然色々やってます」

 ここで言う色々とは当然戦闘を意味する。
 日特が戦う相手とは古代遺跡に眠る罠、そして他国の部隊。
 つまり人間相手の殺し合いを意味する。
 それを聞いた士郎はさらに悲しそうな顔をした。 それを見て、エリカは再びうつむいてしまう。

「日特を止めて、普通の子供に戻ることは出来ないのか?」

 その進めは、エリカにとってとても魅力的だった。
 普通の子供として友達を作り、遊んだり、ケンカしたり。
 憧れが無いかといわれたら嘘になる。 しかし、エリカは首を振ってそれを拒否した。

「まだ、ダメです。 まだ私は、アリスと再会してませんから」
「5年前に行方不明になった君の友達、早く見つかると良いな」
「はい、再会できたら、その……」
「あの約束、覚えているよ。 いつまでも待っている」

 エリカは三度うつむく。 しかし、今度のうつむきは申し訳なさからではなく、照れているからだった。
 それに気がついた士郎はほっとした顔になる。 エリカの気がまぎれたことに安心したのだ。
 さらに、何かいいことを思いついたらしく、士郎はエリカに頼みごとをすることにした。

「エリカちゃん、君が5年前のことを気に病んでいるならお願いがある」
「お願い? 何ですか」

 士郎からのお願い、これをこなすことが恩返しになるかもしれないとエリカは考えた。
 どんな頼みでも聞くつもりだが、士郎の表情を見る限り無茶苦茶な話ではないようだ。
 少しばかりの緊張と、好奇心がエリカの胸に湧き出してくる。


「簡単なことだ。 俺には君と同じくらいの娘がいるんだが」
「娘さんがいるんですか?」

 知らなかった。
 しかし、エリカと士郎が最後に話したのは5年前に少しだけで、それ以降連絡を取り合うようなこともしなかった。
 知らなくても無理は無い。 その事実を知って、エリカは思わず店内を見渡すが、自分と同じ年齢でこの喫茶店を手伝っている人間を見つけることはできなかった。
 どうやら、今日は手伝いをしていないらしい。


「そうなんだよ、なのはって言ってこれがまた可愛くて」
「いやいやいや、士郎さんの娘さんならそりゃいい子なんでしょうが」


 士郎の子煩悩ぶりに、エリカは思わず苦笑する。 エリカは士郎のこういう面を見るのは初めてなのだ。
 憧れの人のちょっとした側面を見てしまっったが、これはこれで士郎らしいとも思ってしまう。
 そのまま延々と士郎の娘自慢がつづいた。
 高町なのは、士郎の娘、話を聞くに連れて一度会ってみたいという気持ちがどんどん大きくなってくる。
 そして、その想いが最高潮に達する瞬間、ついに士郎がエリカへお願いをする。

「それで君へのお願いだが、なのはと友達になって欲しい」
「友達に?」
「きっと仲良くなれると思うぞ」

 そのお願いに、エリカはとても嬉しくなった。
 士郎はお願いと言いながらエリカの心配をしてくれている。 このお願いもエリカの為を思ってしているとすぐに分かる。
 本当に友達を作って欲しいと願っているのは娘のなのはではなく、エリカに対してなのだ。
 だから、エリカはうなづいた。
 高町なのはと出会ったら、絶対に友達になろうという意思を心に刻み込みながら。

「そうですね、今度紹介してください。 いえ、任務が終わったらまた来ます」






「父さん」


 仕事に戻った士郎に、恭也が声をかけてきた。。
 ワザワザ休憩してまで客に話しかけたことを不思議に思い、聞くことにしたのだ。

「あの子、知り合いなのか?」
「そうだな、娘候補、とだけ言っておこう」


 先ほど、士郎が話しをしていた二人組みの少女の方を見てみる。 と、こちらを見つめ返してきた。
 恭也は思わず驚く。 気配を消していたのに、偶然ではなく視線に気がついてこちらを向いたからだ。
 なのはと変わらない年齢ながら、まるでナイフのような気配を持つ少女。
 食事をする姿は年相応だが、いったい自分の父とこの少女の間にどんな関係があるのか、恭也には分からなかった。





 知ろうが仕事に戻り、松さんと二人で食事をしていたエリカは思わず手を止めた。
 何か、胸の奥で痛みを感じたからだ。
 何が原因かは分からないが、なんとなくそれを無視してはいけない気がしたので意識を集中させる。

「おい、どうした?」

 松さんの声が妙に遠くに聞こえる。
 その間にも痛みはどんどん増していき、ついに一つの方向を伝えた。
 頭の中に叩き込んだ地図を確認するとその方向と距離は高台、そこで何かが起きることが、何故か確信できる。
 行かなくてはならない!
 エリカはスポーツバッグを持ってトイレに駆け込み、数十秒で飛び出した。
 服装は先ほどまでのワンピースではなく日特の市街戦迷彩戦闘服
になっている。 トイレの中で着替えたらしい。
 他の客が注目するのも無視して店から飛び出し、高台に向けて全力疾走する。
 9歳にも関わらず、一流の陸上選手よりはるかに速い速度で街を駆け抜けたエリカはわずか数分で高台へ辿り着いた。
 パッと見て変わった所は見当たらないが、ここで必ず何かが起きる、根拠は無いが確信があった。
 目をつぶって意識を集中させ、ほんの僅かな感覚を頼りに意識を広げていく。
 やがて、やけに大きい木がプレッシャーを発してることに気がついく。 間違いない、この木が目標だ。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか? 日特の新装備の威力、試させてもらうわよ」

 近づこうとすると急に地面が波打ち始めた。 地震ではない、もっと地表からの振動、木の根が地面から次々と生えてくる。
 何が原因かは知らないが木が凶暴化して外敵を排除しようとしている。 
 木の根自体は強力そうだが所詮は植物、予想以上のスピードは出してこない。 それを軽く避けながら、どうやってこの木を大人しくさせるかを考える。
 とりあえず銃を取り出して弾丸を撃ち込んでみるが、効果があるようには思えない。 やっぱり植物だからだろうか?
 確実に大人しくさせる方法としては……幹をへし折ることを思いついた。 そうすればさすがに動かなくなるだろう。
 本体が根とか地下にあったらまた考えなくてはならないが、その時はその時だ。
 一応保険もかけておくことにし、今まで無視していた耳につけているインカムからの声に返事をする。

「テステス、こちらエリカ、松さん聞こえる?」
『いったい何が起きてる? 街は木の根が大変なことになってるぞ。 お前は現場にいるのか? こっちは後数分かかる』

 松さんは他の隊員と合流したらしい、こっちに向かっているのは頼もしいが用意してもらうものがある。
 エリカは手早くこちらの状況を伝えることにした。

「松さん、目標は木のバケモン」
『なんだって』
「木よ、樹木、植物、以前某国のバイオプラントで相手したような奴」
『ああいうやつか、厄介だな、銃弾効かないだろう?』
「何の効果も無かったわよ。 火炎放射器と対植物系バイオ兵器用の除草剤をお願い」
『火炎放射器はともかく除草剤は……補給班が用意していたらしい』
「じゃぁ頼、きゃあ!」
『どうした! エリカ!』

 根の攻撃が当たらないと悟った木の怪物は攻撃手段を変えてきた。 葉を硬化させて打ち出してきたのだ。
 突然のことで驚いたが冷静に対処すれば問題ない。 葉による攻撃は確かに避けづらいが根の攻撃に比べて質量が無い。
 一発一発は鋼鉄よりも硬く、銃弾よりも速い、しかしそれだけだ。
 腕を顔の前に持ってきて顔面をガード、以前読んだ漫画に似たようなポーズがあった気がする。 確か肉のカーテンといったはずだ。
 この攻撃にエリカの戦闘服を貫通し、体を直接を傷つけるほどの威力はない。
 生身の顔面にさえ当たらなければ致命傷になどならないので安心して前進できる。
 根と葉のコンビネーションを避けながら一気に懐に飛び込む、目の前に現れるのは無防備な幹。

「日特の秘密兵器その1、新開発の人工筋肉で常人の数十倍の戦闘能力と防御能力を発揮させる強化戦闘服、アクティブ・コンバット・アーマー! その全力のキック、味わいなさい!」

 エリカの小さな体からは想像もできないような威力の蹴りが繰り出された。 同時に、辺りに爆弾でも爆発したかのような轟音が響き渡る。
 このACアーマーで強化されたエリカの蹴りは、電柱程度ならローキック一発で叩き折るほどの威力がある。 それを全力で放ったのだから、この程度の大きさの木など一撃で粉砕できる、はずだった。
 しかし、今回は相手の耐久力の方が一枚上手だった。 完全に叩き折るつもりの一撃を喰らって、なお暴走した木はその姿を残している。
 だが木も無傷ではすまない、蹴りを入れた側から反対側までひびが入っている。 植物でも痛みを感じるのか大きく震え、まるで苦しんでいるようにも見えた。
 すかさずもう一発叩き込もうとしたところで、いきなり空中に投げ飛ばされてしまった。
 根が足に絡みついて投げられたらしい、狙い済ましたように葉っぱによるマシンガンが殺到する。
 いきなりの事で驚いたが、落ち着いてガードしていれば問題ない。 後は頭から地面に落ちないように気をつけて……

「わわわわわわわ」
「一般人! 道路の封鎖が間に合わなかったの!?」

 女の子だ。
 エリカと同じ年くらいの女の子がちょうど着地地点にいる。
 これはマズイ、エリカは空中を飛んでいるのだ。 いくら運動能力が高いからといって、人間は空中で方向転換など出来ない。 このままでは直撃してしまう。
 アーマーを着ているエリカならともかく、普通の人間が十数メートルからの落下物を受けて無事なはずが無い。
 エリカは必死に女の子に向けて叫ぶ。

「早くどいて! 死にたいの!」

 しかし女の子は動かない、驚いてているのか慌てているのか、腰を抜かしているのか?
 女の子が動けない以上、エリカは自分で何とかするしかない。
 アーマーの手首に仕込まれているワイヤーを地面に打ち込み、それを引っ張って無理やり落下する角度を変える。
 これで女の子に直撃することは無くなったが今度は自分が受身を取れない。 急な方向転換で体勢を整えることが間に合わないのだ。
 せめて重症を追わないように頭を両手で抱え、できる限り衝撃を分散するように地面を転げまわる。 落下地点から十数メートルほど移動し、なんとか無傷で止まることが出来た。

「あの、大丈夫?」

 女の子が駆け寄ってくる。
 文句の一つでも言いたかったが頭がくらくらする、いい感じに脳を揺さぶられてしまったらしい。
 頭を押さえながら、エリカは女の子を手で追い払おうとする。 しかし、女の子は逃げようとしない。

「ここは危険だから。 早く逃げて」
「でもアレが」

 女の子が木の化け物を指差した。
 アレ何だか分かってないのか、それとも分かっているから逃げようとしないのか?
 どちらか分からないが、この場にいたら邪魔なことには変わりない。
 エリカは思わず、女の子を大声で怒鳴りつけた。

「アレがいるから逃げろって言ってるのよ!」
「でも何とかしないと」
「私が何とかするから! 早く逃げ――っと、危ない!」

 言い争いをしているうちに化け物が再び攻撃してきた。 女の子と自分を同時に狙っている。
 女の子を抱えてその場を離れる。 エリカと女の子はほぼ同じくらいの体型だが、アーマーで筋力強化しているエリカは軽々と持ち上げることができた。
 一旦仕切りなおし。 とりあえず攻撃の届かない場所まで移動し、女の子を地面に下ろす。

「なのは、ジュエルシード、あそこにある」

 これからどうしようかと悩んでいると、何処からとも無く男の子の声が聞こえた。
 辺りを見回すが、この場にいるのは二人と……フェレットがいた。
 じっとフェレットを見つめるが、なんだか妙に人間くさい、怪しいフェレットだ。
 気にはなったが、今は木の暴走を止める方が先だった。 それをする為にも、先ほどの単語『ジュエルシード』が妙に気にかかる

「ジュエルシードって何?」
「あの木についている宝石です。 アレのせいでこんなことに」

 宝石……と、注意しながら見てみると確かに幹の上のほうに喰い込んでいる宝石みたいな物があった。
 つまりアレを引っぺがせば木は元に戻る、とエリカは勝手に解釈した。 こういう時のエリカの感は大抵正解なのだ。
 さっそくそれを取りに行こうとして、エリカは女の子の方に一旦振り返る。

「それじゃ、大人しくしといていてね」
「私も行きます、このままじゃ大変なことになるし」

 注意しても聞き入れない。
 自分と同じ年くらいの子供に注意されても、そんなに簡単に納得することはできないだろう。
 もしくは女の子はよっぽど頑固なのか?
 どちらか分からないが、はいそうですか聞く訳にはいかない。 日特の仕事に一般人を巻き込むことはできないからだ。

「怪我じゃ済まないかも知れないのよ。 大人しくしていて!」
「それでも出来ることをやりたいから、レイジングハート、セットアップ!」
『 All right 』

 女の子が赤いビー玉を掲げると服装が変化した。
 白をメインにした服にピンクの杖、それがどういう技術か分からないエリカは思わず女の子をじっくりと観察してしまう。
 魔力を利用した装備、少なくとも一般人が持つシロモノではない。 というか地球上にこんな技術は無い。
 こんな装備を持っている人間が何で今まで野放しだったのだろうか? それとも今までよっぽどうまく隠していたのだろうか?
 下手に情報が広まったら世界中の組織でこの女の子の争奪戦が始まる可能性だってある。 特に多くの魔法使いを保有している第三帝国魔法大隊辺りが欲しがるだろう。
 当然、魔法にはあまり力を入れていない日特も――

「行こう! ええっと……」
「エリカ・T・キャロライン、日特のエージェントよ」
「日特?」
「説明するのは後、行くわよ!」

 このような道具を持っているなら、もはや一般人ということでは無いのだろう。 ならば、エリカが女の子の手助けを受けても問題ない。
  女の子の支援を受けて木の化け物に突撃する。 葉っぱは無視、根は女の子の攻撃で粉砕されていく。
 女の子の攻撃は魔力を利用した弾丸。 エリカも今までの任務で何度か見たことがあるが、記憶にあるそれとは威力と連射速度が段違いだった。
 魔法攻撃をする敵として記憶にあるのは、やはり魔法大隊であるが、拳銃並みの威力の攻撃魔法でも呪文を唱えるのに長い時間がかかるという欠点あった。
 それなのに、女の子は絶え間なく、かなりの威力の魔法を連射している。
 第三帝国の魔女達が江戸時代の火縄銃なら、女の子は最新式のガトリング砲か多弾頭ミサイルランチャーに例えてもいいほどだった。
 それほどの魔法を使う女の子の援護のお陰で、エリカは真っ直ぐに幹まで辿り着いた。
 目標のジュエルシードはかなり高い位置にめり込んでいる。 木そのものが巨大化しているせいで普通にジャンプしては届かない。
 それを一瞬で見抜いたエリカは、腰につけている短い棒のようなものを手に取り、その棒についているスイッチを押す。

「魔力の刃!? この世界にそんな技術が!」
「ビームサーベル! そんなのが実在してるなんて!」

 エリカの手元から伸びる光の刃を見て、フェレットと女の子が同時に叫んだ。
 二人とも同じモノを見たのに感想が違うのは、二人の育った環境の違いが原因だろう。 魔法が主か、科学が主かの差が出たのだ。
 そんな女の子とフェレットを横目で見ながら、エリカは少しだけ微笑んだ。
 その表情は、まるで珍しい物を自慢する子供のような、自分の出したなぞなぞで友達が間違えたような、ある意味年相応の顔だった。

「どっちも不正解、日特の秘密兵器その2! 三千度の炎で相手を焼き切るプラズマサーベル、ビームとはちょっと違うのよ!」

 エリカが光の刃を振るうと大木はバターのように両断され、駄目押しの蹴りで音を立てて倒れた。 よく見ると切り口は真っ黒に焦げており、それが熱で焼き切ったということがよく分かる。
 女の子は呆れた顔をしていた。 まさか大木を切り倒すとは思っていなかく、驚いたらしい。
 そんな女の子をほおって置いてエリカジュエルシードまで近づいた。 かなり深くめり込んでいるらしい、取り出すのに苦労しそうだ。
 このままプラズマサーベルで辺りを焼いても良いが、熱に反応する可能性も考え、アーミーナイフでジュエルシードを抉り取ることにする。
 ジュエルシード、ただの木を化け物に変えた謎の宝石。 太陽にかざして見るととても綺麗だ。
 明らかに人知を超えた技術だが、とにかくこれで回収完了。 エリカはほっと一息ついて、背伸びをした。

「あの」
「ん? なに?」

 先ほどの女の子がやってきた。 戦闘中は忘れていたが、そういえば何者なんだろうかという疑問がわきあがってくる。
 地球には無い技術を使う女の子が、地球には無い物質のことを知って、その現場にやってきた。 何か関係があると考えるべきだろう。
 それにジュエルシードの方をチラチラと見ている。 女の子が今回の事件に関係しているのは、もう確定しいると言ってもいい。

「これがどうかしたの?」
「ええっと、それはすっごく危ないものだから封印しないといけないの」

 なるほど、分かりやすい。 ほおって置いたら先ほどのような化け物が出てくるのだろう。
 それを防ぐためにこの女の子は頑張っているのだ。
 けど残念ながらエリカも仕事だし、女の子の言うことがすべて真実だと言う保証も無い。 すぐに分かったと言って渡すわけにはいかないのだ。

「とりあえず、名前は?」
「高町なのは、9歳、私立聖祥大学付属小学校の3年生」

 女の子、なのはの話を聞いてエリカは「へぇ」と声を出した。 同じ位の年齢だと思っていたが、ドンピシャとは思わなかっからだ。
 とりあえず、エリカが観察した程度では、なのははどこかの組織に属しているわけでは無さそうだ。
 立ち振る舞いを見ている限り一般人、技術を隠しているのではなく素でそうらしい。
 こんな何処にでもいる女の子が何故あんな技術を持っているのか、そしてジュエルシードとはいったい何なのか?
 これは是非とも、なのはの話を聞かなくてはならないとエリカは考える。

「え~っと、高町なのは、さん?」
「なのはでいいよ、エリカちゃんって呼ぶから」
「んじゃぁ、なのは、ちょっと悪いけど」

 エリカ右手を上げるのと同時に人が流れ込んできて、僅か数秒でエリカとなのはを取り囲む。
 突然のことで慌てたなのはは、それを見ていることしかできなかった。 あっという間に男達はなのはを中心に等間隔で円を作る。
 手を上げるのを合図にこの子を確保する。
 そうエリカが耳につけているインカムに松さんからの通信が入ったのは、ジュエルシードを回収したのとほぼ同時だった。
 松さんの指揮する日特の部隊員は、なのはに気づかれないように周囲に展開し、エリカの合図で姿を現した。
 部隊員達が完全に配置に付いたのを確認して、エリカはなのはの方を向く。
 なのはは、思わずエリカの顔を見直した。 戸惑いの表情はエリカに説明を求めているのだろうが、頭が混乱しすぎてうまく言葉にできないようだ。
 そんななのはに笑顔を向けながら、エリカはなのはに優しく声をかける。。

「少しばかり、お話聞かせてもらおうかな」

 20を超える銃口が、一斉になのはに狙いを定めた。



[12419] 第二話
Name: ark◆9c67bf19 ID:675ebaae
Date: 2010/03/25 09:26
 名前は?

「高町なのは」

 年齢

「9歳です」

 所属

「え? 所属って……」

 どこかの組織に組しているのかってことだ。

「すいません、分かりません」

 君がこういうことをしているって、他に知っている人は?

「ユーノ君だけです」

 後は……

「あの、すいません」

 どうした?

「エリカちゃん、何で頭を抱えて転げまわっているんですか?」




 エリカはものすごく悩んでいた。 さっきの戦いの後になのはが高町士郎の娘と知り、色々と暴言を吐いたことを後悔しているのだ。
 士郎にはなのはと友達になると言ったのに、こんなことになるとは思わなかった。 というか何でこんな事件に関わってるのかが分からなかった。
 一般人に目撃されたら、事後処理に緘口令、情報操作と色々めんどくさいことになるのだ。 もっとも、その責任は現場主任の松さんが取ることになるのでエリカにはあまり関係が無いが。
 松さんの苦労は気の毒だが、エリカはそれよりもなのはの処遇が気になった。
 地球外の技術を持った一人の少女、何かしらの処遇は受けるだろうが、さすがに今すぐどうということにはならないと思だろう。
 レイジングハートは没収、ジュエルシードから手を引いてもらうのが妥当なところだとエリカは予想した。
 そして年単位の監視がついて中学校を卒業するころには日特からのスカウトが接触することになる。
 魔力を持つ人間自体が珍しいことに加えて、なのははその中でもかなり強い力を持っている。 そしてその魔力を完全にコントロールするデバイス、レイジングハート。
 エリカもなのはと同等の魔力を持っているが、魔法を使ったことなど一度も無い。 地球の魔法はとても長い呪文を唱えないと撃てないうえに、その呪文は西欧の魔法使い、つまり第三帝国が独占しているからだ。
 結局、重火器で攻撃した方が速いので、他の組織はとりあえず魔力の高い人間は確保しておいて魔法の研究もそこそこで止めてしまっている。 が、そこにレイジングハートが入ることで事情が変わる。
 呪文も唱える必要も無く、複数の魔法を同時に使うことのできる異世界の道具。 こんなものを量産できれば、確実に裏の軍事バランスは崩壊する。
 そんな世界情勢でなのはの情報が他国の組織に漏れたらどれほどの部隊が入り込むか、エリカは想像したくなかった。

「処遇が決まったぞ」

 松さんが声をかけてきた。 結構時間が掛かったが、やっとなのはをどうするかが決まったらしい。
 エリカは結構な心配をしていたが、心の隅では安心もしていた。 早い段階で士郎の娘であるなのはを確保できたことにより、これ以上事件に関わらせなくて済むと考えたのだ。
 他国の部隊も心配だが日特の護衛技術は高水準だし、何よりなのはの側には高町士郎がいる。 彼らならきっとなのはの生活を守ってくれると信じることができる。
 が、そんなエリカの思いは松さんの一言で無残にも打ち砕かれた。

「彼女にはジュエルシード探索を手伝ってもらうことになった」
「何考えてんの! 松さん、彼女は一般人よ!」
「本部と連絡を取っての決定だ。 ユーノ君の話も含めて説明する。 それと口調を直せ」

 エリカが思わず声を荒らげて松さんに抗議する。
 松さんは申し訳なさそうな顔をしながら一匹のフェレットを机の上に案内した。
 エリカはそのフェレットに見覚えがあった。 先ほどの戦いのとき、近くをウロチョロしていたフェレットだ。
 戦闘中だったので後回しにしていたが、ジュエルシードのことを知っていたり、喋ったり、重要な参考人?であることには違いない。

「こんにちは、ユーノ・スクライアです」
「へぇ、どこの研究所から逃げ出したの?」
「いえ、人間です。 魔法で姿を変えているんです」
「人間としての意識が植え付けられているなんて、ただのキメラじゃなわね。 この大きさの生物に人間の意識は大きすぎて精神崩壊を引き起こすはずだけど、よっぽどうまく合成されてるのかしら」
「いや、だから人間なんですが、もういいです……」

 ユーノの話をまとめると――
 ジュエルシードはユーノが別の世界で発掘したロストロギア(滅んだ文明の遺失物をそう言うらしい)だったが事故で散らばってしまった。
 それを追って封印するために地球へやってきたユーノ、しかしケガで動けなくなってしまう。
 そこに魔法の素質を持ったなのはが現れ、レイジングハートを託して供にジュエルシードの回収を始めた。

「なんであなたが回収しようと思ったの? こういっちゃ何だけど別の世界の出来事でしょ?」
「ジュエルシードがこの世界に散ったのは僕の責任です。 それを見ない振りなんて出来ません」

 エリカは、ユーノをかなり責任感が強いフェレットと認識した。
 途中で協力してくれるなのはを見つけたが、そうでなかったらずっと一人で探すつもりだったのだろう。
 その根性は見上げたものだが気になることが一つ。 ユーノは日特のことをどう思っているのかエリカは知りたかった。

「これからのジュエルシード探しは日特と共同でするつもりなの?」
「そうなります、一刻も早く集めなくてはいけませんし、人手は多いに越したことはありません。 この世界に管理局みたいな組織があって助かりました。 知っていれば、頼んでいたんですが」
「管理局ってのは後で聞くとして、日特が捜索に参加するってことはジュエルシードは日特が回収するってことよ。 いいの?」

 エリカが気になっていたのはこのことだった。 日特は慈善事業ではない、日本政府直属の組織なのだ。
 当然回収したジュエルシードは日本政府の管理下に置かれる事になる。 これまでも日特は手に入れた古代の技術を研究、利用してきた。
 もちろん、他国の組織も手に入れた遺跡の技術を使ってそれぞれ新技術を開発している。 この世界では当然のように行われていることだ。
 松さんもそのことはユーノに説明したはずだ。 それでもなお、今日知ったばかりの組織を信用できるのか、エリカはそれを知りたかった。

「それでも皆さんに頼るしか無いんです。 だからジュエルシードの危険性についてちゃんと上の人間に話してください。 下手に刺激を与えると最悪この世界が吹き飛ぶ可能性もあります」

 松さんは出来る限りのことはする、とだけ言った。
 自信なさげだがしょうがない、松さんは現場監督、回収するのが仕事のなのだから。
 回収した後は別の部署の人間の仕事になるので松さんが手出しできる問題でもないのだ。 せいぜい、報告書に一言添えて提出する程度である。
 もっとも、こういった古代の遺失物は街、都市、下手すれば国が吹き飛ぶようなものがいくつもある。 そして、その多くは実際に調べてみないとどんな効果が出るか分からない。
 そういった物に比べればいじくる前から下手したら世界が吹き飛ぶと分かっているものを軽々しくは扱わない。 厳重に警備されている施設で半永久的に封印されることになるだろう。

「で、ユーノが協力するのは分かったけど、なのはは何でだ?」
「彼女の高い魔力、そしてレイジングハート。 狙われる理由ならいくらでもある。 だったら日特で保護した方がいい、という上層部の判断だ」

 それを聞いて、エリカは少しだけ眉をひそめた。
 なのはは訓練など受けたことの無い素人で本来なら回収対象になってもおかしくない技術を持っている。
 本来ならレイジングハートを回収した後、秘密裏に護衛をつけて元の生活に戻すはずだ。
 日特に入るか普段の生活に戻るか、家族を交えた上で話し合いをして決定するべきなのに、さすがにこれは強引過ぎる。
 ちなみに、どちらを選んだ場合でも本人とその家族には数千万の金が支払われる。 いわゆる、口止め料というやつだ。

「つまり、才能があって戦闘能力があるなら、他のとこがツバつける前に自分のところに取り込んじゃおうって話?」
「簡単に言えばそういうことだ」

 だが、それにしても小学校三年生をスカウトするのは異常すぎる。
 エリカも9歳で日特として働いているが、エリカの場合は一般人とは少々違う事情があり、特別に働かせてもらっているのだ。
 本当になのはは日特として働くのか?
 エリカはなのはの口から直接聞きたいと思い、なのはに話しかけた。

「いいの? 今ならまだいつもの生活に戻れるわよ」
「いいの、自分で決めたことだから」
「あなたがやる必要無いでしょ、専門家がいるんだから任せたっていいし」
「自分に出来る力があるのに、他の人が出来るからって任せっぱなしにしたくないの」

 その返事で、エリカはなのはの評価をかなり頑固な子と判断した。 おそらく、エリカが何を言ってもその決意を変えることはないだろう。
  エリカとしては、恩人である高町士郎の娘を危険なことに巻き込みたくなかった。
 エリカに出来るのは、せめてなのはの危険が少しでも減るようにすることだけだろう。 なのはより先にジュエルシードを発見して、先に回収することが目標となる。
 そういえばなのはとユーノはどうやってジュエルシードを探しているのだろうかが気になった?
 エリカは妙な感覚を感じて見つけることが出来たが、ちゃんとした探し方があるなら教えてもらった方がはるかに効率がいい。
 だが、魔法を使った捜索は魔力を持つエリカ、なのは、ユーノしかできない。 結局は人海戦術で探すしか無いのが日特の現状だった。



 それからジュエルシード探索の日々が始まった。
 なのはは基本いつもどおりの生活をしている。 ジュエルシードの暴走体との戦闘をする場合、ユーノが念話でなのはを呼び出す手はずになっていた。
 なのはの私生活に変化は無いが日特の護衛部隊が影ながら見守っている。 もっとも、士郎がいるなら護衛の心配はいらないような気もするが、学校に行く時などは無防備だからいるに越したことは無いだろう。
 ただ自分も探索に参加したいと言い出した時はどうしようという話になってしまった。 一日の大半は自宅と学校なので護衛はそこを張っていればいい、しかし移動する目標の護衛は想像以上に大変なのだ。
 結局探索中の護衛はエリカがする、つまりなのはは学校が終わった後、エリカと行動を共にするようになった。
 ユーノは普段からエリカと行動を共にしている。 時々なのはに魔法技術を教えているようだが、大半はエリカと一緒だ。
 どうやらユーノはユーノなりになのはのことを心配しているらしい。 元々一般人だったのを自分の都合で巻き込んでしまった負い目があるようで、出来る限りなのはの負担を減らそうとしているようだ。
 そしてその考えはエリカと一致しているおり、エリカとユーノは付き合って間もないにもかかわらず妙に気が会う友人となっていた。
 そして数日後――



「ねぇ、エリカちゃん、一緒に来て欲しいの」
「どこへ? ジュエルシード探ししなくちゃいけないからそんなに時間は取れないわよ」

 なのはがそんな事を言いだした。
 今まではエリカと軽く雑談をしながら街を散策するだけだったが、向こうから誘ってくるとは珍しい。
 いったい何をしようというのだろうか、エリカは気になった。

「今日友達の家に遊びに行くの、それでエリカちゃんを紹介したくて」
「紹介? 私を?」
「うん、アリサちゃんとすずかちゃんもきっと友達になれるよ」

 エリカは少し考えてみた。
 エリカの同年代の知り合いは、今のところなのはとユーノくらいしかいない。 いつも任務で世界中を飛び回っているから、同年代の人間と知り合う機会が無いのだ。。
 そんな自分がが一緒に行っても、あんまり面白くならないだろうとエリカは考えた。
 ここはやんわりと断ることにする。

「最近探索ばかりだったでしょ? 久しぶりの休暇なんだから」
「でも私だけ休むのも……」
「私は日特のエージェントよ? 余裕余裕!」
「こっちは僕とエリカで大丈夫だから、なのははゆっくりしてて」

 ユーノもなのはに休むことを進める。 二人に説得されてなのはは友達の家に向かっていった。
 その姿をエリカはユーノと二人で見送り、やがて道を曲がって姿が見えなくなった所でインカムを通して護衛部隊に連絡する。
 これでなのはの方は大丈夫だろう、今日一日存分に友達と過ごしてもらいたい。

「本当は一緒に行きたいんじゃないの?」

 肩に乗っているユーノが尋ねてきたが、エリカとしては何て答えるべきか迷ってしまう。
 ここで素直に 「行きたかった」 なんて答えるのはさすがに格好悪いだろうか?
 少し考えた結果、エリカは少しだけ見栄を張ることにした。

「別に、そんなこと無いわよ」

 顔を背けてぶっきらぼうに否定する。
 それを見てユーノはクスクスと笑い出した。 エリカが照れていると分かっているのだ。
 そんなユーノにデコピンをしながら、エリカは街を歩く。 その途中、月村と表札のある屋敷の前を通り過ぎた。
 少しだけ立ち止まるが、すぐにその場を立ち去る。 その時のエリカの表情を見ていたユーノが、またエリカに話しかけてきた。

「君も少しくらい休んだらよかったのに」
「必要ない、ダテに5年のキャリアを持ってるわけじゃないわよ」
「5年か……」

 エリカの言葉を聞いたユーノが空を見ながら少し考えごとをした。 その姿はどこか昔を懐かしんでいるようにも見えた。

「いや、スクライア一族として遺跡発掘に参加し始めたのがそのくらいだったかな~って思ってね」
「何だ、結構似たもの同士だったのね、私たち」
「一族の中には同年代の友達もたくさんいたよ、けど君は大人の中ですごしてきたんでしょ? そっちのほうがすごいと思うな」
「私にだって友達くらいいいたわよ」
「どんな人? 気になるなぁ」

 ユーノに聞かれて、今度はエリカが昔を思い出した。
 エリカの運命を変えた一人の少女との出会い。 いつも一緒にいて、いつも心を通じ合わせた光り輝く少女。
 彼女と一緒なら何だって出来る、彼女のためなら何でも出来る、そう信じていた。

「へ~、仲よかったの?」
「うっせえ! まあ、三年くらい一緒にいたから」
「エリカ、口調を直した方がいいよ」
「……何であんたが私の口調を気にするのよ」
「松さんに頼まれたから。 細かく注意しろってね」

 思わずエリカは頭を抱えた。
 どうやらユーノは松さんとも仲良くなったらしい。 折角松さんから離れて好きなように話せると思っていたのに、代わりにユーノがお目付け役になってしまっている。
 5分間ほど連続でデコピンをしてウサ晴らしをするエリカだが、やがてそれにも飽きて手を引っ込めた。
 ユーノは頭を押さえて丸まってしまった。 エリカは手加減をしていたが、それでもフェレットにはそれなりに痛いデコピンだったらしい。 
 これ以上デコピンが来ないと判断したユーノは、顔を上げてエリカの話の続きを聞こうとした。

「それで、その子は?」
「日得に入るときに離れ離れになって、それっきりよ」
「きっとまた会えるよ、なんていう名前なの?」
「アリス、また会いたいなぁ」

 珍しく寂しそうな声を出したエリカを見ながら、ユーノは少しだけ微笑んだ。 エリカがアリスという子の事が本当に好きなんだと分かったからだ。
 だが、少したって険しい顔になる。 ユーノはエリカの話のおかしいところに気がついた。
 エリカが日特に入ったのが5年前、アリスと出会ったのがさらに3年前、そしてエリカは現在9歳。 つまり、エリカは1歳ほどからの記憶を持っていることになる。
 そんなことがありえるのか?
 そのことを尋ねる暇は無かった。 エリカが突然近くの茂みの中に飛び込んだからだ。 突然のことでユーノは地面に落ちてしまう。

「ど、どうしたの? ってうわっ!」

 ユーノの視界が真っ暗になった。 それがエリカの脱いだ服を頭から被ったからと気がついたのは、服の下から脱出してからだった。
 ユーノは無造作に地面に投げ出されたエリカのスカートを手にとって考える。 エリカがこうして服を脱いだということは、エリカの姿は今――
 思い切って顔を上げると、すでにエリカの着替えは終わっていた。 少し残念そうにしているユーノをエリカは不思議そうに見たが、すぐさま真剣そうな顔つきに戻る。
 最新鋭の強化服、ACアーマー、それを身に着けたエリカの姿はもはや少女としての可愛らしさなど欠片も残っていない。 1人の日特兵士がそこに存在していた。
 エリカの様子が変わったことでユーノも何が起きたかを理解し、ジュエルシードが発動したことを感じ取ることができた。
 すぐさまユーノはなのはに念話で連絡を取ろうとするが、それをエリカが制止する。

「ユーノ、止めて」
「え?」
「なのはには伝えないで、私たちでカタをつけましょう」
「……分かったよ」

 エリカとユーノは、なのはが戦闘に出ることには肯定的ではない。
 それになのはは折角友達と過ごしているのだし、そんな幸せな時間に水を差すようなことはしたくなかった。
 さっさとジュエルシードの回収を済ませようと、通信機で別の場所を捜索している松さんに連絡を取る。

「ってワケだから松さん、場所は森の方かな? 詳しい位置はもっと近づいてみないと分からないけど」
『分かった。 その方向にも捜索班が行っている。 合流してくれ』
「了解!」

 魔力を持っているエリカ、なのは、ユーノの間では念話が使えるが他の日得隊員は一般人だ。
 もっとも、携帯電話や今つけているインカムのような離れていても会話が出来る機械が作られている中で、魔力を持つ人間同士限定の念話がどの程度役に立つかは疑問だが。
 利点と言ったら盗聴されないくらいじゃないだろうか?
 そんなことを考えているうちに森に辿り着いた。 しかし合流予定の隊員の姿が見えない。
 そのことにユーノは頭をひねった。 距離的に考えても、向こうのメンバーの方が先に到着しているはずなのだ。

「どうしたんだろ? もう少し待ってみる?」
「待つのは無駄になりそうよ」
「え?」
「血の臭い」

 エリカは草を掻き分けて森の中に入る。 しばらく奥に進んだところでユーノも気がついたようだ。
 体に流れる液体が持つ独特な鉄分の臭い、一歩進むごとにその臭いは強くなっていく。
 少し開けた空間に出る、森の中にぽっかりとできた何も無い空間。 その空き地の中央には赤い塊が積み重なっていた。

「うっぷ……」
「無理しないで、私だけでも大丈夫よ」
「ううん、見なくちゃいけない、これがジュエルシードを撒き散らした僕の責任だ」

 ユーノは何とか耐えているらしい。 こういうものを見ることに慣れていないのだろう。
 無理も無い、首の無い死体ならまだマシな方だ。
 内臓が食い千切られている者、すべての体のパーツがそろっているか分からない者、人体の断面図がはっきりと見える者。
 こういうのは何度見てもいい気分はしない。 本当はエリカも吐きたいところだが、歯を食いしばって耐える。
 あまり長居はしたくないがジュエルシードの暴走体についての情報が少しでも欲しいのが現状だ。 意を決して近づいていく。

「日特兵士5人を皆殺しか、捜索班で十分な武装を持っていなかったとはいえ……危険ね」
「何か分かりそう?」
「もう少し見てみないと分からない」

 傷の形状から考えて爪と牙を持った動物、肉食の哺乳類型とエリカは予想した。
 体長は少なくとも5m以上、当然海鳴にそんな生物が生息しているわけ無い。
 木の化け物と同じようにジュエルシードの力で巨大化でもしたのだろう、犬、猫、野ネズミ辺りが妥当な線だろうか?
 死体が持っている拳銃を拾い上げる、まだ死後硬直が起こっていないのですんなりととることが出来た。
 弾丸の確認をすると何発か撃ったということが分かった。 暴走体との戦闘を繰り広げたのだろう。
 そこまで考えてエリカがハッと顔を上げる。 急いで辺りを見回し、舌打をして武器を手に取る。

「しまった! 罠よ!」
「え? どういうこと?」
「隊員たちが戦闘したのなら、何で死体が積み重なってるの! 彼らは別の場所で殺されて、ワザワザここに運ばれたのよ!」
「そんな!? 何のためにそんなことを!」
「次の餌をおびき寄せるため! そして私達は、哀れな子羊!」

 次の瞬間、エリカは横へ思いっきり跳んでいた。 同時に上から降ってくる巨大な影、轟音を立てて先ほどまでエリカが立っていた位置へ着地する。
 エリカはすぐに立ち上がって戦闘態勢をとる。 右手にナイフを、左手に銃を持って落ちてきた対象を睨みつけた。
 落ちてきた相手は――

「に”や”やややぁぁぁぁぁぁぁ」

 見上げるほど巨大な猫だった。
 全長は予想通り5mほど、爪と牙から滴り落ちる赤い液体は喋らなくなった彼らの血だろう。
 一足飛びで空き地の中央まで飛んできたことを考えると30mはジャンプできることになる。 まともに格闘戦を仕掛けられる相手ではないとすぐに分かった。

「マジもんのバケモンじゃないの」
「エリカ、口調。 それと……勝てる?」
「こんな時まで注意しなくても……ま、無くても勝つのが日特エージェント、作戦は既に考えてあるわよ」
「さすが、どんな作戦?」
「逃げるんのよぉ!」

 取り出すのは閃光手榴弾、音と光で対象を気絶させる兵器だ。
 ジュエルシードを取り込んだことでこの猫はだいぶ強化されている。 大きさや筋力だけでなく、視覚や聴覚等の強化もされているならかなりの効果があるはずとエリカは考えた。
 予想通り猫の動きは止り、一瞬無防備になった。 その隙を突いて後退しながら銃を連射する、が、いまいち効果があるようには思えない。

「全然効いてない、これじゃ隊員がやられるわけね」
「効果が無いわけじゃないと思うよ、周りの毛が衝撃を吸収しているんだと思う」
「防弾仕様ってわけ? だとすれば狙いは目か口か……」

 森を駆け抜けるエリカの後から木々を薙ぎ倒す音が聞こえてきた。
 あの猫が覚醒したらしい、必死に自分達を探しているのだろう。 空き地で戦わず、森に逃げ込んで正解だった。
 やつの巨体では生い茂る木々が障害物になる、森では3分の一のスピードも出せないはずだ。
 今のうちに次の作戦を考えなくてはいけない。
 すなわち、松さん達援軍と合流するか? エリカとユーノだけで相手にするか?

「松さん、合流地点にいる?」
『おう、そっちはどこにいる? 戦闘中か?』
「逃げてるところよ、相手は猫のバケモン」
『猫か、お前好きだろ?』
「これと比べるならトラやヒョウの方がまだかわいいわね、ロケットランチャーの準備をお願い、普通の銃器じゃ相手にならないわよ」
『分かった、合流地点に誘い込め!』

 作戦は決まった。 後は合流地点に向かって走り続けるだけだ。
 エリカがそう考えた瞬間、目の前にドスンと猫の暴走体が振ってきた。
 先ほどまで後を走っていたはずなのに、いつの間に追い抜かれた? その疑問に答えたのはユーノだった。

「一瞬黒い影が上を通っていったんだ」
「木の上を渡ったのか? あの質量でよく動く」
「どうする? 逃げる?」
「合流地点はこの先。 やりあうしか無いわ!」

 猫が襲い掛かってくる。
 気をつけるべきは爪と牙、ACアーマーがあるから頭への直撃じゃなければ耐えられるはずだ。
 スピードは速いが追えないほどではない、平地ならともかく森林なら小回りの効くエリカの方に分があるはずだ。
 飛び掛ってきた猫をジャンプでかわして背中に飛び乗る。 いくら強化されたといっても4足動物、背中への直接攻撃手段を持っているわけではない。
 そのままワイヤーで首を締め上げようとするが全然しまらない。 のどの筋肉だけでACアーマーで強化された筋力の首絞めに耐えているらしい、力は猫の方がはるかに上回っている。

「だったら、ぶった切ってやるわ!」

 そう叫び、エリカは銃を投げ捨ててプラズマサーベルを手に取る。 いくら強力な防御能力でも、相手を焼き切るこの武器に耐え切れるわけが無い。
 エリカがプラズマサーベルを猫の背中に突き立てられると、光の刃は肉の焦げる音と臭いを発生させながらズブズブと入り込んでいく。
 すると猫は、苦しそうな鳴き声をあげながら自ら木にぶつかり始めた。
 どうやら背中の邪魔者を振り落とそうとしているらしい、それはプラズマサーベルの攻撃が猫にダメージを与えていることを意味する。
 そのまま猫の胴体を両断しようと力を込めるが、それよりも早く猫とエリカを繋ぎ止めていたワイヤーが切れてしまった。 力を込めていた分反動も強く、エリカは空中に投げ出されてしまう。

「っつ~、何てバカ力」

 走行中のバイクから投げ出されたように宙を待ったエリカは、木々を薙ぎ倒しながら地面に着地、いや落下した。
 頭を守っていたお陰で戦闘不能にはならなくてすんだのはいいがダメージは大きい。 本来なら少しばかり休むべきだが、このままでは猫が勝手に暴れまわる。
 合流地点にいる隊員に襲い掛かられても困るし、街中に出るのはもっと困る。 あんな生物が街中で暴れたら、その被害はとんでもないことになるだろう。
 早く見つけなくては、と思っていたら猫の方からエリカに近づいてきた。 猫の方も決着を付けたと思っているようだ。

「ニ”ヤ”ヤ”ヤァァァァァァァァァ!」
「さあ、来なさ……い?」

 今度こそ猫を叩ききってやろうと思ったエリカの手が何も無い空間を握り締めた。 本人はそこにプラズマサーベルがあると思っていたのだ。
 どうやら宙を舞ったときに落としてしまったらしい。 銃は邪魔なので自ら捨ててしまったし、手持ちの武器はナイフ一本と手榴弾くらいだ。
 そんなエリカの事情など、猫の方は知ったことではない。 それどころか、野生の勘でエリカのピンチを感じ取ったらしく突撃してきた。
 圧倒的に不利な状況でもエリカは猫を睨みつけるけ、さらに自ら猫に向けて突撃する。 待ち構えるより立ち向かう方が突破口が開けると考えたのだ。
 しかし、体格の差もあり攻撃範囲は猫の方が圧倒的に広い。 猫は大きく前足を広げ、爪でエリカを切り裂こうとする。
 だが爪がエリカに届く瞬間、どこからともなく飛んできた何かが猫の右目につきささった。 突然のことでバランスを崩し倒れる猫、そして一瞬の隙があればエリカが攻撃に転じるのに十分だった。

「今! しいいいぃぃぃぃぃねえええぇぇぇぇぇ!!!」

 手榴弾のピンを抜き、だらしなく開いている猫の口に投げ込むと、そのままサッカーボールキックで猫の下あごを蹴り上げて無理やり口を閉じさせる。
 ACアーマーで強化されたエリカの蹴りは、地面に倒れている猫の体を宙に浮かせるほどの威力を持っていた。 さらに空中に浮かんだ猫の口から、光が漏れ出す。
 一瞬の沈黙の後、爆発。 猫の頭は爆散し、残った胴体だけが地面に倒れる。
 そして降ってくる血と肉の雨、その中でエリカは大の字になって寝転ぶ。 さすがに頭を吹き飛ばせば死んだと判断していいだろう。

「大丈夫?」

 ユーノが駆け寄ってきた。
 猫の背中に飛び乗った辺りから存在を忘れていたが、どうやら無事だったらしい。
 エリカが何て言ってやろうかと考えていると、頭の上に硬いものが落ちてきた。
 一つはジュエルシード、どうやら頭を吹っ飛ばした時に一緒に飛んだらしい。 とりあえずこれで回収完了、後は松さん達と合流すればいい。
 もう一つは、小さな刃物だった。 これが猫に隙を作ってくれたおかげで、エリカは猫を倒すことができた。
 そして、エリカは子の武器を知っている。 これは不破の剣士が遠距離攻撃をするときに使用する飛針という武器だ。 と、いうことは近くに不破の剣士がいることになる。
 そして、自分を助けてくれる不破の剣士をエリカは1人しか知らない。 必死に辺りを見回すが、残念ながら相手はすでにその場を離れたらしく、気配すら感じることはできなかった。
 変わりに、空から近づいてくる少女の気配に気がついた。

「エリカちゃん、大丈……ぶ?」

 予想通りなのはが上空から降りてくる。 なんだかんだで派手にドンパチしたし、ジュエルシードの魔力にも気がついたのだろう。
 ユーノが連絡しなくても時間稼ぎ程度にしかならないということが分かった。

「ああ、何とか終わらせたわよ」
「それ、血?」

 なのはの顔が青い、体が震えている。
 エリカを見る目がいつもと違う、普通の人間が凶暴な動物を見る時の目、つまり恐怖だ。
 なのはの指差した先にはエリカがいる。 もちろん、なのははエリカのことを聞きたいのではない。 聞きたいのはエリカが頭から被っている赤い液体のことだ。
 猫の頭を吹き飛ばした時に噴きあがった血液は雨のように降り注ぎ、エリカの全身を血まみれにした。 体が大きくなった分、血液の量も増えていたらしく、辺りはちょっとした水溜りができている。

「返り血、私は怪我してないから大丈夫」

 エリカが軽く返事をすると、なのはが一歩後ろに下がる、今にも泣き出しそうな顔だ。
 エリカが一歩近づくと、またなのはが一歩下がる。 さらにそばにある巨大な猫の死体に気がついて口を押さえる。

「早く戻ろう、松さん達も心配してる」
「なんで……」
「ん?」
「なんでこの子、死んでるの?」

 なのはが指をさすのは巨大化した猫の首なし死体、ジュエルシードが離れて小さくなってきているがまだ2mはある。
 それを一目見たエリカは、さも当然のように「ああ、それ?」と呟いて猫の死体を持ち上げた。
 それを見て、さらになのはが一歩下がる。

「やらなきゃ死んでたのはこっちよ」
「それでも殺すなんて、この子はジュエルシードのせいでこうなってただけなのに!」
「なのは、エリカは――」
「ユーノ君は黙ってて!」

 なのはは悲しんでいる、同時に怒っている。
 どんな理由があっても殺すことを許せない、そんな意思をエリカには伝わってきた。
 戦闘でテンションが上がりすぎたエリカは、なのはが一般人ということを失念していた。
 こうなったら奥にある日特隊員の死体を見ていないのは幸いだった。 アレを見られたら、なのははきっと耐えられない。

「それは――」
『坊主! そっちに何か飛んでいった』

 突然のタイミングでエリカの通信機に松さんからの連絡が入った。
 エリカとしてはなのはと話をしたかったが、上司である松さんを無視するわけにはいかない。
 しぶしぶながら通信で話をすることにする。
 こちらに向けて飛んできた、という連絡で真っ先に目の前にいるなのはが思い浮かんだ。
 恐らく、飛行するなのはを見間違えたのだろうとエリカは考え、ため息をつきながら返事をする。

「そりゃ、なのはよ」
『嬢ちゃんじゃない、別のやつだ!』
「え?」

 上空から、無数の魔力弾が降り注いできた。



[12419] 第三話
Name: ark◆9c67bf19 ID:675ebaae
Date: 2009/11/17 09:03
 13年前――

「この世界で一番強いのは、愛よ」

 ルイゼがそう、答えると質問をした執務官は怒りの表情を浮かべた。 まるで、ルイゼがその答えを出してはいけないかのように。
 その迫力に、味方であるはずの管理局員たちも思わず驚いてしまう。 しかし、ルイゼはその迫力を受けてなお平然としている。
 ルイゼは自分の答えに一切恥じていない、それがハッキリと分かる態度だった。
 そして、その態度が執務官をさらに怒らせる。

「愛? 愛だと! お前の愛が、どれだけの被害を生み出したと思っている! 何人が死んだと思っている!」
「そんなの、あの子達を愛さなかった連中が悪いのよ。 死んで当然だわ」 
「もういい、これ以上の問答は無意味だ」

 執務官はルイゼにデバイスを向け、魔力を溜めだした。 攻撃魔法を放つ前動作だ。
 それを見ながらルイゼは口の端を上げてニヤリと笑い、隠し持っていたスイッチを押す。
 次の瞬間、光に包まれる室内――






 現在――

 高町なのは、9歳
 ユーノ君と一緒にジュエルシードの封印を手伝っています。
 そんな私に新しい友達が出来ました。
 エリカちゃん、私と同い年だけど日特っていうところで働いているすごい子です。
 これからジュエルシードを一緒に回収することになりました。
 仲良くできるといいな。


 今日はユーノ君に魔法を教えてもらいます。
 それを聞いたアリスちゃんも参加することになりました。
 別の世界の技術に興味があるみたいで、普段もユーノ君とよく話しています。
 ユーノ君もエリカちゃんの持つ技術に興味があって日特についてよく訪ねます。
 ただ二人の会話についていけないのがちょっと寂しいです……。

「面白い技術だね、魔力に反応して硬化したり弾力を増したり、本物の筋肉みたいだ」
「私としてはデバイスの方が面白いけなぁ、質量保存の法則完全に無視してるし」
「その辺は歴史の差だと思うよ? 地球は科学技術の方が発達しているし、リンカーコアはつい最近発見されたんでしょ?」
「12~3年くらい前だったかな?」
「発見から10年ちょっとでここまでの技術だなんて、すごいな」

 アリスちゃんが戦っているときに着ていた服を持って二人が話しています。
 何か珍しいと服だと思っていたけど、やっぱりただの服じゃ無いらしいです。
 そんなにすごいものなのかな?
 ちょっと触ってみたら不思議な感触、ゴムのような金属のような、こんな物体があることに驚いてしまいました。

「これってすごいのもなの?」

 どれくらいすごいものなのか私では分かりません。
 こういう話に華を咲かせられるのはやっぱり二人がうらやましいです。。
 ユーノ君はどういう説明をしようか迷っているみたいです。
 魔法初心者の私にも分かるように出来るだけ簡潔にしようとしているのが分かりました。

「なのはが力を強くしようと思ったら魔法で体を強化するよね?」
「うん、あんまり使わないけど」
「体を強化する変わりにこのアーマーに魔力を通す、そうすれば体を強化するのと同じように力を増やすことが出来る」
「それじゃあエリカちゃんが魔法を覚えたらその服が要らなくなるの?」
「そこがそのアーマーの面白いところでね、なのは、体を強化するって言ったらどんなことを思い浮かべる?」

 体を強化?
 体を強くするって何個も種類があるのかな?

「力が強くなるんじゃないの?」
「他にも防御力が上がったり、持久力が上がったり、そういったことをいっぺんにできるんだ」
「???」
「つまりこのアーマーに魔力を通せば、バリアジャケット、力の増幅、軽いヒーリングまで効果が出る」

 なんだかすごいものだと言うことが分かりました。
 いっぺんに3つも魔法を使えるスーツ、ちょっと羨ましく思ってしまいます。
 これを着たら私もエリカちゃんみたいに動くことができるのかな?
 とっても速く動いて、とっても力持ちな私、想像できません。


「それだけ聞くとACアーマーの方がバリアジャケットより便利な気がするわね」
「そうでも無いよ、筋力強化と物理攻撃への防御力はすごいけどその分魔法攻撃への防御がおろそかになっている。 DかEランクくらいかな?」
「魔法攻撃には当たらないようにしなくちゃいけないのか……避けにくそうだな」
「物理防御はプロテクションやシールド、物理攻撃力も魔法で強化できるからね、消費魔力が少ないのがこのアーマーの最大の利点だと思うな」

 それから夜遅くまで二人の話は続きました。
 ユーノ君、ジュエルシードのことで元気がなくなっていたけどすっかり元通りになったみたいです。
 同じ話題で話のできる友達の方が落ち着いて話が出来るのかな?
 今度そのあたりのことをお兄ちゃんに聞いてみようと思いました。



 私、エリカちゃん、ユーノ君の三人で街を歩きます。
 私の役目は他の人がジュエルシードを見つけたときに連絡を受けて、エリカちゃんの手伝いをすることでした。
 でもそれだけじゃ我慢できなくて、ジュエルシードの捜索の方にも参加させてもらえるように頼みました。
 そうしたらエリカちゃんやユーノ君と一緒に参加できるように松さんが取り計らってくれました。

「そういうわけで、一緒に頑張ろうね」
「まぁ、気楽に行こう、気楽に」
「無理しないでね、なのは」

 海鳴に来て日が浅いエリカちゃんとユーノ君を連れていろいろな所を回りました。
 魔法とか科学とか、そういった話は二人の方がよく知っているけど海鳴についてなら私の方がよく知っています。
 おいしいお菓子のお店とか、綺麗な景色の場所とか、二人ともすごく楽しんでくれてます。
 すこしだけ嬉しくなりました。
 いつも難しい話をする二人も私と同じ子供なんだなって実感があって、一緒に頑張っていこうって気になります。

「ねぇ、エリカちゃんは日特でどんなお仕事してたの?」

 ユーノ君と魔法の練習をしているときはいつの魔法の話になってしまいます。
 だからたまにはエリカちゃんの話も聞いてみたいと思って尋ねてみました。

「どんな仕事って言ってもなぁ、主な仕事は遺跡調査かな?」
「遺跡調査って、インディ・ジョーンズみたいな?」

 以前アリサちゃんに貸してもらったDVDを思い出します。
 狭い通路を大きな岩が転がって、それから必死に逃げる主人公、そんなことをしているのでしょうか?
 そんな分けないよね?
 映画じゃないんだし、そんな遺跡ばっかりあるはず無いよね。

「いや、あるわよ」
「え? そうなの?」
「公式に発表されていないだけで世界中には数千の遺跡が発見されてるから。 そしてそのほとんどにそんな感じの罠が仕掛けられてる」
「エリカちゃんはそんな仕事をしてるの?」
「まぁ……そうね」

 何だか歯切れが悪いような気がします。
 遺跡の探検で何か嫌なことでもあったのかな?
 あんまり嫌なことを思い出させたくないのでこの話は終わりにします。
 アリサちゃんやすずかちゃんにも会ってほしいな。
 きっと二人とも友達になってくれると思うの。
 そうだ、今度遊びに行くから、その時にさそってみよう。

「ねぇ、エリカちゃん、一緒に来て欲しいの」
「どこへ? ジュエルシード探ししなくちゃいけないからそんなに時間は取れないわよ」
「今日友達の家に遊びに行くの、それでエリカちゃんを紹介したくて」

 エリカちゃんは一瞬きょとんとしました。
 何で自分を誘っているのか分かっていないみたいです。

「紹介? 私を?」
「うん、アリサちゃんとすずかちゃんもきっと友達になれるよ」

 エリカちゃんはうなずきませんでした。
 自分が行っても面白くないだろうと言って遠慮してきます。
 エリカちゃんはこのままジュエルシードを探しに行くらしいですが、だったら私もついて行った方がいいと思いました。
 けれど二人とも私に休むように勧めてきます。

「最近探索ばかりだっただろ? 久しぶりの休暇なんだから」
「でも私だけ休むのも……」
「私は日特のエージェントよ? 余裕余裕!」
「こっちは僕とエリカで大丈夫だから、なのははゆっくりしてて」

 結局、ジュエルシード探しは二人に任せて、私はアリサちゃん、すずかちゃんに会いに行きました。
 忍さんとお兄ちゃんも一緒で楽しいけれど、エリカちゃんとユーノ君のことが頭から離れません。
 もしジュエルシードが見つかったら、もし暴走体と戦うことになったら、もしかしたら二人が怪我をすることになるかもしれません。
 そんなのは嫌です。
 ユーノ君から連絡があったらすぐにでも飛んでいくつもりでした。
 だからジュエルシードの気配がしたとき、真っ先にユーノ君に念話を送りました。

『ユーノ君、今ジュエルシードの気配がしたの』
『え? 気のせいじゃないの? 何も感じなかったよ』
『そんなこと無い、確かに今』
『エリカも感じなかったって言ってるし、やっぱり気のせいだよ』

 私よりジュエルシードに詳しいユーノ君がそう言うのなら気のせいなのかもしれません。
 でも私の中になんともいえない不安が募っていきます。
 少し、ほんの少しだけさっきのユーノ君に違和感を感じていました。
 何も無いから来なくていい、では無くワザと来させないようにしている、そんな態度だったように思えてなりません。
 しばらくは気にしないようにしていましたが、ついに我慢できなくなって二人に会いに行くことにしました。
 きっと二人とも笑顔で迎えてくれるはずです。
 きっと何でここにいるんだと呆れるはずです。
 二人とも何事も無く街を歩いているはずです。
 でも、この大きくなっていくジュエルシードの気配はいったい何なんでしょうか?
 森に集まっている日特の人たちは何なんでしょうか?

「松さん、どうしたんですか?」
「嬢ちゃんか? 坊主が暴走体を引っ張ってくるから、ここで待ち伏せてるんだ」

 映画の中でしか見たこと無いような武器を持った人たちが並んでいます。
 ジュエルシードの暴走体の相手ってこんな武器を使うの?
 それよりも今、エリカちゃんとユーノ君が暴走体と戦っていることになります。
 何で教えてくれなかったの?
 何で二人だけで戦っているの?

「嬢ちゃん、待て!」
「ごめんなさい、でも二人が心配なの」

 森の上空で二人を探します。
 でも木が多くて見つけられない、いったい二人ともどこに……
 その時、爆発音が響いて地面に赤い花火が見えました。
 あそこに間違いありません、急いでそこに飛んで行きます。

「エリカちゃん、大丈……ぶ?」
「ああ、何とか終わらせたわよ」

 エリカちゃんは地面に寝転がっていました。
 パッと見てどこも怪我をしていないように見えます。
 だったら何で真っ赤に染まっているのでしょうか?
 むせ返るような嫌な臭いが辺りを覆っています。
 お兄ちゃんとお父さんが道場で稽古をして、怪我をしたときにする臭い。
 転んだ時、擦り傷から漂ってくる臭い。

「それ、血?」
「返り血、私は怪我してないから大丈夫」

 違う、そんなことを聞きたいんじゃないの。
 何でエリカちゃんがそんな血塗れなのかを聞きたいのに、無意識に一歩下がってしまいます。
 そこで初めて近くにあるモノに気がつきました。
 大きすぎて気がつかなかったけれど、これ、猫の死体だ。
 車にひかれた猫の死体を見たことがあるけど、何でこの猫は首がなくなってるの?

「早く戻ろう、松さん達も心配してる」
「なんで……」
「ん?」
「なんでこの子、死んでるの?」
「やらなきゃ死んでたのはこっちよ」

 それはつまり、この猫を殺したのがエリカちゃんだってことでした。
 聞きたくない、信じたくない。
 エリカちゃんは、ちょっと世間知らずで色んなことを知っていて、同い年だけど日特で働いているすごい子で――
 なんで、なんで、何でこんな事をするの?

「それでも殺すなんて、この子はジュエルシードのせいでこうなってただけなのに!」
「なのは、エリカは――」
「ユーノ君は黙ってて!」

 思わず叫んでいました。
 もう心の中がぐちゃぐちゃで何も考えられません。
 きっと誰が何を言っても私は怒鳴っていたと思います。
 今はエリカちゃん以外の言葉は聞きたくなかった。
 何でこんな事をしたのか?

「それは――」

 エリカちゃんが――
 そこでエリカちゃんの様子が変わりました。 松さんからの連絡がきたらしいです。
 私はインカムをつけてないから分からないけど、それよりも早くエリカちゃんの返事が聞きたくてたまりません。

「そりゃ、なのはよ――え?」

 次の瞬間、エリカちゃんが私を押し倒しました。
 突然のことで混乱していると聞こえてくる爆発音、無数の魔法弾が降り注いできます。
 音が鳴り止んでエリカちゃんが立ち上がりました。
 空に浮かぶ黒い服の少女、年齢は私と同じくらいでしょうか?

「あんた! ジュエルシードを!」

 先ほどの攻撃でエリカちゃんが落したジュエルシードを女の子が回収しました。
 エリカちゃんは怖い顔で女の子を睨みつけます。
 そんな顔しないで、そんな顔のエリカちゃんなんて見たくない。
 そう言いたいけど声が出ません、ただ見ているだけしかできない自分がとても情けない。
 エリカちゃんはナイフを取り出しました。
 包丁くらいの大きさがある怖いナイフ、それを振りかぶって――
 投げつける気だ!
 それを理解した瞬間、エリカちゃんに飛びついていました。
 エリカちゃんは着ているスーツのおかげで、ものすごい力を持っています。 それこそ、オリンピック選手も目じゃないくらいの力。
 そんな力であんなものを投げられたら、あの女の子は……

「ダメ! そんなことしちゃダメ!」
「なのは!?」
「早く逃げて!」

 私が叫ぶと女の子は少し驚いた顔をした後、どこかへ飛び去りました。
 よかった……女の子が無事で、エリカちゃんが人を傷つけることが無くて。
 私が胸をなでおろすと同時に、エリカちゃんは私を振り払いました。

「なのは、さっき言いかけたこと」
「え?」
「私は全力で戦った。 全力で戦って、殺したの。 私は弱いから、これが限界なのよ」

 そう言うとエリカちゃんは集まってきた日特の人たちに合流しました。
 その後姿を、私はずっと見ていました。
 わかんない
 エリカちゃんはすごく強いのに、私に出来ないことを何でも出来るのに
 わからない、わからない




 それからエリカちゃんと話さなくなりました。 ジュエルシード捜索もお休みしています。
 アリサちゃんとすずかちゃんが気晴らしに遊びに行こうと誘ってくれました。
 特にすることも無いのでついていったけど、気は晴れません。
 二人とも調子が悪いのかと心配してくれました、けど日特について話すわけにも行きません。
 結局、風邪をひいたと嘘をついて帰ることにして、そしてその帰り道、松さんに会いました。

「松さん……ジュエルシード探しですか?」
「嬢ちゃんか、いや、手紙を出すところだよ」
「5通も出すんですか」
「前回の戦いで死んだ隊員の遺族への手紙だ」

 その言葉に息をのみました。
 あの戦いで5人もの人が死んでいたなんて、誰も教えてくれませんでした。
 場所を近くの公園に移して話の続きをすることにしました。 松さんが買ってくれたジュースを持ってベンチに座ります。

「さて、何から話すかな」
「エリカちゃんは、何であの暴走体を殺したんでしょうか?」

 松さんなら、教えれくれるかもしれない、そう思って尋ねてみました。
 松さんはしばらく悩みました。
 これからのことを言うべきか、言わないべきか、そんな悩み方です。

「日特の仕事って何か知ってるか?」
「遺跡発掘をしたりするって聞きました」
「そうだな、それが日特の基本的な仕事だ。 だが、その過程で避けようの無い別の仕事が出てくる」


 エリカちゃんに聞いたとき言葉を濁したのはその『別の仕事』についてのことなんでしょうか?
 結局聞かなかったけれど、どんな仕事をするのか想像できません。

「遺跡に残っている防衛兵器との戦闘や他国の部隊と遺跡の奪い合い、つまりは戦争だよ」
「戦争って、エリカちゃんはまだ9歳なんじゃ!」
「年齢は関係ない、能力があって、覚悟があって、日特に所属している。 これだけ理由があれば十分だ」

 戦争
 これほど現実味の無い言葉を私は他に知りません。
 そんなことをエリカちゃんがしている?
 エリカちゃんが人を殺している?
 どうしても信じられない、信じたくありません。
 でも、この前のエリカちゃんを見ていると……信じざるを得ません。

「相手は手加減なんかしてくれない、少しでも戸惑ったら次の瞬間には隣にいた奴が死んでるんだ。 そんな中、少しでも多くの仲間を助けるためにはどうしたらいいと思う?」
「……分かりません」
「先に相手を倒すんだ。 一秒でも早く相手を無力化すれば、それだけ仲間が助かる」

 先に相手を倒す。
 すごく簡単な答えでした。
 やられる前にやれ、誰もが一度は聞いたことがある言葉、エリカちゃんはそれを実行しただけなのです。

「それでも、殺すなんて……」
「相手は本気で向かってくるんだ。 こっちも本気じゃないとやられちまう、そして銃を使った戦闘での本気は……そういうことだ。 家に帰ってよく考えな、今ならまだ止めれる」

 本気で戦わないと犠牲が出てしまう。 本気で戦うと相手を殺してしまう。
 あの時、エリカちゃんは本気で戦って、あの猫を殺した。
 もしエリカちゃんがあの猫を生かしたまま捕らえようとしたら、死んでいたのはエリカちゃんかもしれない。
 そうすると死んだ5人だけでなくてもっとたくさんの犠牲が出たかもしれない。
 最悪、街に出て一般の人たちが死ぬことになったかもしれない。
 それを防ぐためにはあの猫を殺すしかなかった。
 本当にそんなんでしょうか?
 それしか方法は無かったのでしょうか?
 私はどうしたらいいのか、もっと分からなくなってしまいました。
 松さんと別れて家に戻っても、心のもやもやは晴れません。




「なのは、何か悩みがあるのか?」

 お店の手伝いをしているとお父さんが話しかけてきました。

「ここ最近様子が変だから、父さんじゃ相談にのれないのか?」

 どうしよう?
 お父さんならこの悩みに答えてくれるのでしょうか?
 日特やジュエルシードについては出来るだけ誤魔化して、説明できるように言葉を選びます。

「えっと、すごく凶暴な動物が暴れてるの」

 ジュエルシードのせいで凶暴になった可哀想な子たちのことです。
 色々悩んだけど、この表現以外に思い浮かびませんでした。

「その動物は好きで暴れてるわけじゃないけど、放っておいたら色んな人に迷惑をかけちゃうかもしれない。 少しでも早く大人しくさせるためには殺さないといけない。 お父さん、こういう時はどうしたらいいの?」

 お父さんは少しだけ考えました。
 そして私に目線を合わせました。

「なのはは、殺したりするのが嫌なんだろ?」

 お父さんからの問いかけにうなずきます。
 殺したりせずに何とか出来るなら、そうしたいです。

「だったら、殺したりせずに大人しくさせればいい」

 さも簡単なようにお父さんは言いました。
 あまりにも予想外な答えに、一瞬お父さんが何て言ったのか分かりませんでした。

「でも、そんなこと」
「そうだな、すごく難しい、でも難しいからって最初から諦めていたら何も出来ない」

 お父さんは真っ直ぐ私を見ています。
 その目から視線を外すことが出来ません。
 お父さんが言いたいこと、伝えたいこと、すべてを心に刻もうと思いました。

「父さんは、一度だけ戦う相手を助けたことがある」
「父さんが?」
「本気で父さんの命を狙ってくる相手に本気でぶつかって、その上で殺さずに戦いを終わらせた。 そのせいで大怪我したけどな」

 お父さんが大怪我をした。
 ボディガードの仕事を辞める切っ掛けになったあの怪我だと分かりました。
 あれは仕事を失敗したからじゃなくて、戦う相手を助けようとして傷ついたの?

「父さんでも仲間を守ることで精一杯だった。 その上戦う相手を守るなんて……それこそすごく強くないと出来ない」

 強くないと出来ない、エリカちゃんは自分のことが弱いと言いました。
 エリカちゃんくらい強くても、出来ないことなの?

「何かを守りたいなら、誰かを助けたいなら強くなるんだ」
「でも、私強くないよ」
「今は無理かも知れない、じゃあ今無理だったら諦めるのか? これから先もずっと、もしかしたら助けられるかも知れないのに、自分には力が無いからって」

 そんなのは嫌です。
 誰かが傷つくのも、エリカちゃんが何かを傷つけるのも見たくありません。

「なのはは、戦ってる友達も共に戦う仲間も戦う相手も、みんな助けたいんだろ?」
「うん、私守りたい、みんな、みんなを守りたいの」
「なのは1人じゃ無理かもしれない。 その友達だけでも無理かもしれない。 けど……」
「うん、お父さん、ありがとう!」

 思わず翠屋から飛び出していました。
 物陰でバリアジャケットを身にまとい、大空に羽ばたきます。
 街全体を見渡して……見つけた!




「中々言うようになったじゃねぇか、士郎坊主」
「松さん? いたんですか」
「ちゃんと入り口から入って、奥さんの案内を受けて席に着いたぞ」
「甘いですかね? ああいう考え方」
「エリカを助けたこと、それで怪我したこと、後悔してないんだろ」
「してません、むしろ助けなかったら今も後悔していたと思います」
「ならいいじゃねぇか、士郎坊主らしいぜ」
「ありがとうございます、松さん。 それで次の休みの旅行と護衛についての話を――」




 エリカはユーノを肩に乗せて海岸線を歩いていた。
 二人だけ、ここ数日一緒にいたなのははいない。

「やっぱり寂しいね」
「いいんのよ、元々一般人なんだから、こういうのは私たちの仕事」
「それは分かってるけど、やっぱりね」

 エリカとしてはユーノが言ってることも分かる。
 士郎には友達になってくれと言われたが、それを抜きにしてもエリカはなのはと友達になりたかった。
 いや、一時的とはいえ確かに友達になっていた。 だが、それも終わった。
 もしもあの猫を殺さずに無力化していたら、気絶させるとか、眠らせるとかできていたら。
 それくらい自分が強かったら、まだ友達でいられたんだろうかという疑問は今でもエリカの胸に残っている。

「嫌われちゃったかなぁ」
「嫌われては無いと思うよ、ただなのはも心の整理ができないんだよ」
「嫌われた方がいいのかも知れない、そうしたらなのはがジュエルシードに関わることもなくなるし」
「それは……すごく辛いよ」
「だろうね」

 空を見上げる。 エリカの曇った心境とは裏腹に青い空が広がっている。
 その空に点が一つ現れた。 そしてそれはだんだん大きくなってくる。
 鳥? 飛行機? いや、人間……なのはだ!
 ジュエルシードも発見されてないのに、なのははバリアジャケット着てそらを飛んでいた。
 なのはは非常時以外は飛ばないように注意されていたが、そのことをすっかり忘れているらしい。 

「エリカちゃん、ごめん」

 なのはがエリカの目の前に着地した。 悩み事が解消されたような、スッキリとした顔をしている。
 そんななのはは、エリカに向けていきなり謝った。
 エリカとしては謝られるようなことなどされた覚えは無い。 突然現れたこともあわさって少しばかり混乱してしまう。

「私ね、やっぱり殺したりするのいけないと思うの」

 首を吹っ飛ばした猫、そのことを言っているのだとすぐに分かった。
 アレが現在の状況の原因でもある。 そこからなのはは何を考え、どんな答えを見つけたのか?
 エリカは口を挟まずになのはの話を聞く事にした。

「どうしてもしなくちゃいけない時ってあると思うの、やらなかったらこっちが危ないってときもあると思うの、だから――そういう時は、私も戦う!」
「戦うって……本気か?」
「二人なら、一緒に頑張ればきっと何とかなるから、だから!」

 なのはは迷いの無い目をしている。
 その目を見て、エリカは少し呆れてしまった。 どういう考え方をしたらこんな結論に辿り着くかが分からなかったからだ。
 だが、なのはは本気でそれを実行に移そうと考えている。 そのことを、エリカはなのはの目から感じ取っていた。

「だからごめん、エリカちゃんとユーノ君が私のこと心配してジュエルシードから遠ざけようとしてたけど、それでも、私は戦うから」
「怪我したり、最悪死んだりするかもしれないわよ」
「自分が傷つくより、誰かが傷つく方がいやなの。 こんな思いをもう感じたくない」
「すごい理想論を言ってる自覚ある?」
「分かってる、どんなに難しくてもやってみせる」

 エリカはため息をついた。なのはは意思が強くて頑固なところがあるって知ってたけど、ここまでとは思わなかったからだ。
 初めて会った時よりもさらに強い意志を持ってジュエルシードに関わろうとしている。
 ここまで来たら何を言っても無駄だろう、遠ざけようとしても無理やり近づいてくるに違いない。

「私は弱いから、危なくなったらすぐに銃を撃つわよ」
「だったら私は強くなる。 エリカちゃんがそんなことをしなくてもいいくらいに、エリカちゃんもユーノ君も日特の人達も街の人たちも、みんな守れるくらいに」

 エリカより強くなる。 ただの小学校3年生がエリカよりも強くなると宣言した。
 5年以上も日特で働いて、いくつもの戦いを経験したエリカより
、つい先日まで一般人として暮らしてきた女の子が本気でそういったのだ。
 冗談だったら笑い話だが、本気で言ってるなら大爆笑もの。 そしてなのはは間違いなく本気で言っている。

「ぷっく、ハハッ、、ハハハハハ! ア~ハッハッハ」

 エリカは思わず笑ってしまった。
 相手を殺さなくても済むくらいに強くなる。 何と単純で、バカらしくて、非現実的で、それでいて魅力的な答えなんだろうか?
 エリカはこれまで、強くなるのは敵を倒すためだと思っていた。 仲間を守るためだと思っていた。
 それが敵を助けるために強くなるとは、そんな考え方もあるのかと、まさに目から鱗が落ちた気分になる。
 肺の空気がなくなるまでエリカは笑い、笑い転げて、なのはが心配して覗き込んできた。

「大丈夫?」
「なのは」
「なに?」
「強くなろうか、一緒に」
「うん」

 なのは加えて、エリカは再びジュエルシードの探索を再開した。
 あれからお互いにどんなことを考えて、何をしていたかを話した。
 なのはは松さんと話したことや士郎と話をしたことをエリカに語りかけ、エリカもユーノとした会話をなのはに伝えた。
 そうこうしているうちに日は暮れ、その日の捜索は終了する。 エリカとなのはは明日もまた一緒に街を歩こうと約束して、その日は別れた。

「なのはの言ってること、出来ると思う?」
「すぐには無理ね。 どんなに決意したってそれで何でも出来るほど世界は優しくない」

 なのはと別れた後、ユーノがエリカに話しかけてきた。 話題は、なのはの決意についてだ。
 なのはの理想に返事をしたエリカだったが、エリカは理想と同時に現実を見る目も持っている。
 結局なのはの言ってることは理想論、次の戦いですぐに出来るほど簡単なことではないのだ。
 もしかしたら一生できないかもしれない。 逆に言えば、できるようになるまで戦う相手を殺してしまうかもしれない。
 そして、その時手を汚すのは自分の仕事だとエリカは考えている。
 少しでもなのはが危ない感じたら躊躇いなく引き金を引く、それがエリカの決意。
 なのはがエリカより強くなって、エリカが手を下す必要が無くなる様にするのなら、エリカはもっと強くなってなのはを守れるようになる。
 相反する考え方だが、エリカとしてはこれ以上の回答は思い浮かばなかった。

『がんばってね、エリカ』
「ユーノ、何か言ったか?」
「ううん、何も」

 懐かしい声を聞いた気がしたが、エリカは幻聴だろうと思った。 色々精神的に疲れているし、休んだ方がいいのかもしれない。
 気のせいとはいえ、昔の友達の声を聞くことができたエリカは、決意を新たに帰路につく。
 なんだか、今日はいい夢が見れそうな気がした。

『なのはちゃんかぁ、アリスも友達になりたいなぁ……奴らが来るまでに間に合えばいいけど』



[12419] 第四話
Name: ark◆9c67bf19 ID:675ebaae
Date: 2010/04/01 20:22
 海鳴市街から離れた温泉街、そこからさらに離れた森の中、迷彩服に身を包んだ男達が草木を掻き分けながら前進していた。
 付けている腕章には日の丸を背負ったヤタガラス、それは彼らが日特の戦闘員であることを意味していた。
 そして日特がこのように森の中を探索する理由はただ一つ、この地に現在の人類では持て余すオーパーツが存在する、可能性があるのだ。
 海鳴に散らばったジュエルシード、ユーノの話を元に落ちた場所を予測した日特は探索部隊を派遣し徹底的な捜索を開始した。
 だが、ジュエルシード以外にも海外の遺跡の発掘などをしている日特は、予測地点のすべてに十分な人間を行き渡らせるほど人材は余っていない。
 結果、ジュエルシードが落ちている可能性が低いと思われる場所には、ごく少人数で探索せざるをえない。 彼らも、そういった事情で本隊から離れている一部隊だった。

「何で温泉街まで来てるのに男の集団で森の中を歩かなきゃならないんだ?」

 その中の、若い隊員が愚痴っぽく独り言を言った。 彼の名は国崎、今年防衛大学を卒業し、日特にスカウトされた新人である。
 本来なら海外の遺跡に行く予定だったが、人員が足りないのでこちら借り出されることになったのだ。
 日特に入り、世界を危険に陥れる古代のオーパーツを回収する。
 国崎は決意を抱いていたのに、初任務が日本の温泉街近くの森を歩き回る。 彼が愚痴を言いたくなるのも無理は無いだろう。


「文句を言うな、これも任務だ」
「分かってますよ久瀬隊長、分かってますけど、温泉につかって一杯やりたいじゃないですか?」
「やりたいならちゃんと有給を取れ、それなら誰も文句を言わないぞ」

 至極当然な久瀬の返事に、国崎は思わずため息をついた。

「こんなに空いてるんですし、少しくらい羽を伸ばしてもバチは当たらないと思うんですけどねぇ」
「こんなに空いているから仕事をするんだ。 明日からの連休になったら旅行者であふれかえるからな、そうなったら捜索どころじゃなくなる」
「こんなことろまで散らばってるものなんですかね? 予想分布地点のかなり端っこの方なんですし、そんなに本気にならなくても……」
「前回の暴走体の時に出た被害、忘れたんじゃないだろうな?」

 真剣な久瀬の言葉に、先ほどまで軽口を叩いていた国崎も思わず息を呑んだ。
 ジュエルシードによって凶暴化した猫により、5人の日特隊員が命を落とした前回の戦闘。 アレは森の中だったが、もし街中だったらその程度の被害では済まなかっただろう。
 そして、連休に入れば温泉街は平日の街中とは比べ物にならないほどの観光客で溢れ変えることになる。
 そんな中でジュエルシードの暴走体が暴れたら――そんなことは想像したくなかった。

「そりゃ、知ってますけど……」
「だったら油断するな、万が一の場合被害が出るのは一般人だ」

 そう言って久瀬は自分の持っている武器を見た。
 ナイフ、アサルトライフル、手榴弾、吸着地雷、個人携行できる小型ロケットランチャー、小隊のメンバーの中には火炎放射器を持っている人間もいる。
 これだけの装備を持っていても、久瀬の不安は消えることが無い。 むしろ時間と供に、久瀬の心の中で益々大きくなってきている。
 猫の暴走体と戦ったエリカの戦闘能力は日特の中でもトップクラス。 現在支給されている最新兵器を身につけていれば間違いなくトップだ。
 しかし久瀬達は集団とはいえ身に着けているのは普通の戦闘服、その状態で暴走体の攻撃を喰らえば一撃で戦闘不能になってしまう可能性もある。
 果たして、ACアーマーもプラズマサーベルも無い自分達が暴走体と戦って勝つことが――いや、生き残ることができるのか?
 その問いに「はい」と答えられるほど、久瀬は自信家では無かった。
 それでも、人々を守るために任務を続行するしかない。 たとえ命に代えても。
 久瀬が改めてそう決意した時、森の木々が一斉にざわめく。
 さらに、鳥やネズミといった小動物が一斉にこちらに向けて走ってくる。 その行動は、動物達が危機から逃げる行動だということを小隊の全員が知っていた。
 ジュエルシードを探している場所で、動物達が危険を感じる。
 その答えは一つしかない。 この先に暴走体がいるのだ。

「総員安全装置を外せ! αリーダー及びα1は通常弾、α2、3、4はAP弾を込めろ! 本隊にジュエルシード発見の連絡だ。 何がくるか分からない、油断するな!」

 国崎はα3なのでAP弾を込める。 ジュエルシードがどのような動物に取り付いたのか分からないが、鋼鉄並みの装甲を持っていない保障は無かった。
 むしろ銃が効く相手である保障も無い。 手榴弾も火炎放射器も、何の抵抗もできずになぶり殺しにされる可能性だってあるのだ。
 唾を飲み込み、動物たちが逃げてきた方向に銃を向け、引き金に指をかけてすぐにでも撃てるようにする。
 そして――周囲から音が消えた。
 実際の時間は数分程度だったが、彼らはそれが何時間にも思え、その間に色々なことを考えた。
 あたりの動物はすべて逃げたんだろうか?
 もしかして動物たちが逃げたのは、例えば地震が起きるとか、火山が爆発するとか、そういった別の要因なのではないか?
 そっちの方を期待してしまう今の精神状態は、果たして正常なのだろうか?
 その思考は、彼らの頭上を通り過ぎた巨大な黒い影によって中断される。

「上?」
「なんだ?」
「鳥? 飛行機?」

 その直後聞こえてくる轟音と吹き荒れる突風、それは物体が音速を超えて移動した時に発生するソニックブームと呼ばれる現象だった。
 そんなモノ、戦闘機がよほど低空を飛んでいる時でもなければ地上の人間が受けたりはしない。
 いったい、何処の国の戦闘機が? 一瞬そう考えた隊員達目の前に先ほどの影が降りてくる。
 真っ黒な体、真っ黒な翼、そして独特の泣き声

「カアアアアァァァァァァァァァ!」

 カラスだ。
 でかい、少なくともクチバシから尾まで3メートル、翼を広げたら横幅6メートルはある。

「プテラノドンじゃねぇんだぞ……」
「だがマシな方だ。 これまでのデータから予想するならこの倍は大きくてもおかしくない」

 巨大カラスはじっと日特隊員達を見つめている。
 しかし彼らがそれに付き合う必要はない、全員が銃口をカラスに向ける。
 全員が息を呑む、カラスは動かない。
 彼らの手に汗がにじむ。 前回の戦闘では一個小隊の隊員が全滅してる。
 大きさから考えて目の前の暴走体はまだ完全ではない、だが自分達が無事でいられる保証はないのだ。

「撃ち方用意、3、2、1」

 国崎の耳には久瀬の声だけが聞こえていた。
 恐怖に支配されながらも、体に叩き込まれた行動だけは寸分の狂いも無く実行できる。
 銃の安全装置を解除し、トリガーに指をかけ、目標に照準を合わせる。

「撃て!」

 久瀬声と同時に引き金を引く。
 フルオートで発射される弾丸は僅か数秒でマガジンを空にし、5つの銃口から発射された合計100発以上の弾丸は、一発も目標に当たらずに空中へと消え去った。

「飛んだ!」

 当然と言えば当然だ、鳥なんだから飛ぶだろう。
 が、引き金を引いた後、弾丸が命中する前に飛び立って避けられるとは誰も予想していなかった。
 カラスは空中で止まっている。
 明らかに生物ができる動きではない、鳥が空中で静止できるわけない、これもジュエルシードが力を与えた結果だ。
 全員がマガジンを入れ替え、今度は空中へいるカラスへ弾丸を浴びせる。
 しかしカラスには当たらない、すさまじい速さで空中を移動して的を絞らせない。
 生物が可能な速度をぶっちぎりで無視して飛び回り、時には物理法則を無視した急ブレーキや直角の移動を繰り返す。
 そんな動きをする相手に人間が反応できるわけがない。

「隊長、増援は?」
「来ると思っているのか?」

 久瀬の返事は、国崎の予想通りだった。
 本隊が待機する海鳴の中心地区からここまで、ヘリでも数十分は掛かる。
 足りない頭を必死に回転させて生き残る術を考える。
 何とかしてカラスの動きを止める方法、こちらの攻撃を当てる方法を考えなくてはならない。
 国崎がそう考えていたら誰かの撃った弾がカラスの翼にかすった。 それに反応してカラスがこちらを睨む、どうやら怒ったらしい。
 今まで木よりも高い位置を飛んでいたが、地面すれすれを滑空して彼らに突撃する。
 速い――!!
 向かってきた次の瞬間には国崎隣にいた男の姿が消えていた。 後方で聞こえるバウンド音、そしてうめき声。

「斉藤おおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」
「げふ、しくじった……ゴッボォ……」

 吐血、胃からの血ではない、折れた肋骨が肺に突き刺さっている。
 アバラが最低でも5本、頭を打ち付けたらしく頭蓋骨も心配だ。
 早急に治療を施さなければ命に関わるかもしれない、だが暴走体はそれを許してくれそうにない。
 再び彼らに向けて暴走体が突撃する。

「全員伏せろ!」

 久瀬の声で彼らは地面に伏せる、だが一人反応が遅れた。

「隊――へ?」
「吉村!」

 立ちっぱなしだった吉村のすぐ横をカラスが通り過ぎたと思ったら、吉村の宙を舞った。
 吉村は自分の肩を不思議そうに眺める、だがそこには、本来あるはずの彼の腕が無い。
 一瞬遅れて肩から噴出した血液がアーチを描き、吉村は地面に倒れる。 痛みと血液を失ったことで気絶したのだ。
 さっきやられた斉藤も危ないが、吉村も同じくらい危険だ。 噴出す血が止まらず、早急に治療しなければ出血多量で死ぬことは確実だった。

「ちくしょう、ちくしょう、よくも斉藤と吉村を」
「なにやってんだバーナード! 危険だ!」
「この〇〇〇の×××野郎が! 悔しかったらその粗末な×××で俺もあいつらみたいにして見やがれ!」

 この小隊で唯一の外国人の隊員、バーナードが立ち上がって暴走体に向け罵声を浴びせ始めた。
 彼は元々気が短かったことに加え、仲間二人が重症を負ったことでキレてしまったのだ。
 しかし、この状態で冷静さを失えば待っているのは死だけである。
 バーナードの暴言を理解したのか、それとも単純にうるさいからか、暴走体は次の目標を彼に定めた。
 先ほどと同じように低空を飛び、真っ直ぐバーナードに向けて突撃してくる。

「なめんじゃねぇぞ、チキン野郎、俺はハイスクール時代に……」

 バーナードが腰を落として足に力を込めた。
 カラスと真正面からぶつかり合うつもりらしいが、カラスの質量と速度を考えればトラックにぶつかった方がまだ生き残る可能性がある。
 頭に血が上ったバーナードは、そんなことも分からなくなっている。
 久瀬も国崎も止めようと必死に呼びかけるが、バーナードの耳には届かない。

「アメフトでラインを割らせたことねえんだああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「バーナアアアアアアアァァァァァァッド!」

 暴走体とぶつかったバーナードの体が、真っ二つに両断された。
 下半身はそのまま地面に倒れ、上半身は吹き飛び、木にぶつかって地面に落下する。
 誰がどう見ても即死、この状態で人間が生きていられるわけが無い。 にもかかわらず、バーナードの上半身は腕の力だけで仰向けになり、久瀬と国崎にVサインを送った。
 バーナードの胴体の切り口から出ているのは内蔵ではない、火花を散らす無数の機械が彼の体内に詰まっていた。
 彼は、いわゆるサイボーグだったのだ。

「バーナード、お前……生きて?」
「俺は元身体機械化傭兵団だったからな、あと3センチ上だったら危なかった。 それより、仕留めたぜ」

 仕留めた?
 暴走体を?
 国崎が、バーナードはいったい何をやったんだと考えていると、空から黒い塊が降ってきた。
 暴走体、の死体だ。
 クチバシから頭まで真っ二つ、ナイフの刃部分によって縦に切り裂かれている。
 暴走体が突撃してくるところにナイフを縦にして待ち構えたのだ。 速度が出ていた分、鋭利な刃物にぶつかた時に自爆したダメージも大きいというわけだ。

「隊長、今度奢ってくださいよ」
「ああ、焼肉でもかわいい女の子がいる飲み屋でもついて行ってやる、その前に止めだ!」

 バーナードの言葉を止め、久瀬は暴走体をにらみつけた。 頭を真っ二つにされたのに、まだ動いている。
 ジュエルシードが生命力にも力を与えているのだ。 このまま放っておいたら復活し、再び襲い掛かってくるかもしれない。
 国崎と久瀬は二人で暴走体に銃口を向け、ありったけの弾丸を浴びせた。
 もはや原型が残っていないほどミンチになった巨大カラスの死体に、さらに念のために焼痍手榴弾で跡形もなくなるほどに焼き尽くす。
 燃え盛る炎の中、キラリと光る宝石を見つけた。
 これこそがジュエルシード、ただの生き物を化け物に変えて、世界をも滅ぼしかねない危険な物体。

「厄介なもん持ち込みやがって」
「そう言うな、持ち込まれたのは仕方がないがそれを何とかするのが俺たちの仕事だ」

 ジュエルシードを拾い上げた国崎が、それを天にかざしながら文句を言った。
 重症3名、死亡者が出ていないだけマシなのだろうか?
 この暴走体がまだ完全にジュエルシードの力を得ていなかったとしたら、本当の力を発揮する暴走体に対抗するにはどのくらいの戦力を投入しなくてはならないのか?
 斉藤と吉村に痛み止めと止血剤の無針注射を打ち込み、出来る限りの応急処置を始める。
 かなり危ない状態だったが、本隊の救護班が来るまで持ちそうだ。
 バーナードは放っておいても大丈夫そうだった。 どうやら生命維持に必要な機械は上半身に内蔵してあるらしい。

「こちらα小隊、ジュエルシードの回収完了、重傷者3、死亡0、早く救護班をよこしてくれ」
『了解、その場で待機せよ』

 久瀬が本隊と連絡をとり、後は本隊が来るのを待つだけとなる。
 国崎は地面に大の字に倒れ、胸ポケットから婚約者の写真をとりだした。
 休暇をとって、二人で旅行に出かけようと考える。
 どこに行くかは彼女の希望次第だが……温泉だけは絶対に拒否をしようと国崎は心に誓うのだった。






 







「あれ? エリカちゃん?」
「なのは? 何でここに」

 エリカが温泉街を歩いているとバッタリとなのはに会った。
 なのはが連休に温泉に行くとか言っていたことをエリカは思い出す。 それがここだったらしく、偶然とは怖いものだとエリカはしみじみと思った。

「私の方は、まぁ、仕事で」

 なのはのそばには女の子が二人いる。 エリカは直接の面識は無いが、その子達がアリサとすずかということは想像ができた。
 そして一般人がいる前でジュエルシードのことを話すわけにもいかない、エリカは適当に言葉を濁して誤魔化した。
 そのままその場を離れようとするが、金髪の子、アリサがエリカを引きとめて根掘り葉掘り聞いてくる。
 なのはとの関係、同じくらいの年齢なのに仕事って何、ここ最近なのはと一緒にいるのはエリカか、等々。
 そのすべてにちょっとした嘘を交えつつ当たり障りのない答えを返す。
 高町士郎はエリカの恩人で、なのはとはその関係で紹介された。
 守秘義務があるから仕事に関しては言えない、能力があれば年齢なんて関係ないものだ。
 海鳴に来たばかりだからなのはには街の案内とかしてもらっている。
 エリカが一通り説明するとアリサはとりあえず納得したらしい。 そこでなのはが良いことを思いついたらしく、エリカを誘ってきた。

「そうだ、エリカちゃんも一緒に観光しない?」
「したいのは山々だけど、仕事中だからねぇ」
「してもいいぞ、どうせ事後処理だけだ」

 エリカが悩んでいると一緒に行動していた松さんがそう言ってくれた。
 言葉は嬉しいがエリカも日特の一員だ。 他の隊員が働いているのに自分一人だけ観光するわけにもいかない。
 松さんの気持ちは嬉しいがやっぱり遠慮しておく、と言う前に腕を引っ張られてしまった。
 右手をなのは、左手をアリサに掴まれて引きずられていく。
 今のエリカはACアーマーを着ていない、普段着のワンピースだ。 それでも、子供二人を引き離す程度簡単な腕力を持っている。
 だがそれをするわけにもいかない、エリカの気分はまるで捕まったエイリアンのようだった。
 それを微笑ましく見つめる松さんの見送りを受けながら、結局エリカは3人と行動することにした。

「それで、ここのジュエルシードがあるの?」
「『ある』って言うよりかは『あった』ね」

 アリサとすずかは土産物屋でよく分からない物を物色している。 その隙をついてなのはがエリカに小声で話しかけてきた。
 なのはもジュエルシードのことは気になるだろうし、エリカ今のうちに説明を終わらせることにする。

「昨日ジュエルシード発見の報告があったでしょ? それがここなのよ」
「昨日の? 私たちが着く前に終わった?」

 昨日、α小隊からのジュエルシード発見、暴走体との戦闘の報告を受けた日特本隊は当然出動の準備をした。
 第一陣として待機していたエリカと三個小隊、第二陣で学校を早退して合流したなのはとさらに三個小隊を送り込む予定だった。
 しかし予想以上に戦闘が早く終わり、第一陣は移動中、第二陣にいたっては出発する前にジュエルシードの回収が完了したのだ。
 結局、第一陣はそのまま現場に向かい負傷者の回収及び事後処理、第二陣は通常体制に戻り、なのはも学校へ帰って授業の続きを受けることになった。

「もしかしたらまだジュエルシードが残っているかもしれないから、こうして調べてるの」
「そうなの? だったら私も参加した方が」
「昨日から探しているけどジュエルシードの気配はしないよ、この辺りには一個だけだったみたいだね」

 ユーノの言葉を聞いてなのはがほっとする。
 ここで戦闘が起きたら家族や友人を巻き込んでしまう可能性もあったが、その心配がなくなったので落ち着いたらしい。
 心配が無くなったらなのはは本格的に遊び始めた。
 よく分からない漢字の形をしたキーホルダーを買ったり、十年以上前のゲームが置いてあるゲームセンターに入ったり
 エリカは任務で色々な土地に行ったが、こういう普通の観光をするのは初めてだったりする。
 そのためどんなものを買ったらいいのか分からず、とりあえず温泉饅頭あたりで落ち着くことにした。

「あんた、すごく多く買ってるわね」

 アリサが呆れている。
 エリカの買った温泉饅頭は10箱、1箱8個入りだから80個買ったことになる。

「まぁ、知り合いに配るからこれくらい必要かなぁと」
「知り合いに配るって、家族と友達くらいにしときなさいよ」
「みんな大事な仲間なんだよ」

 エリカは今回同行した日特の隊員全員に2~3個づつ配るつもりでこれだけの量を買った。
 金の心配は要らない、子供とはいえ日特で働いているエリカは結構いい給料を貰っているし、私生活で使うこともないので有り余っているのだ。
 その後も4人+1匹で温泉街を遊び尽くし、割といい時間になったので温泉につかることになった。
 ただエリカは松さんの厚意で少しばかりの休憩をしただけなので、任務中にそこまでついていくことは出来ない。
 宿に帰る3人に別れを告げてエリカとユーノは周辺の調査へ復帰する。 買った饅頭は補給班に預けておいたので、食事の時にでも配ってくれるはずだった。
 初めてとも言える同年代との遊びで緩んだ気を引き締め、エリカは森の中に足を踏み入れた。

「そう思っていたのに……」
「ごめん、どうしても手伝いたくて」
「家族ぐるみで旅行に来てるんでしょ、どう説明するつもり?」
「湯当たりしたから少し涼んでくるって言って抜け出してきたの」

 調査に復帰してから十数分後、なのはがエリカの後を追いかけてきた。
 一応温泉には入ったらしく、先ほどまでの普段着ではなく浴衣になっている。
 追い返そうかと考えたが聞き入れないだろう、先日のなのはの決意を考えると帰ることは無いだろうとエリカは考えた。 だったら逆に一緒に行動した方がいいのかもしれない。
 もっともジュエルシードも無いみたいだし、軽い散歩みたいなものだ。
 適当にぶらついて辿り着いたのは昨日戦闘があった場所、パッと見何の変哲も無い森だが日特α小隊はここで激闘を繰り広げたのだ。
 なのはにも一応見せておこうと思いエリカはここに来たのだが、先客がいる。
 金髪で黒い服を着た少女、猫の時にジュエルシードを奪っていった少女だということをエリカはすぐに思い出した。

「動くな! 私達は日特、日本政府の指令でジュエルシードの回収をしている」

 少女が意識を向ける前に、エリカは銃を構えて少女の足元に威嚇射撃をした。
 少女もこちらに気がついて身構える、だがエリカの方が速い、少女のデバイスに弾丸を撃ち込み衝撃によって手からデバイスを落とさせる。
 慌てて少女がデバイスを拾おうとするが、落ちている向けてまた銃を撃ち少女の手の届かない範囲まで移動させる。
 バリアジャケットを身に着けることもできず、生身で拳銃に狙いを付けられた少女は冷や汗をかきながら動きを止めた。
 不審な動きをすれば、今度は自分に向けて弾丸が飛んでくる。 エリカは本当にそれをする気だと、少女は感じ取ったのだ。

「大人しくすれば危害は加えないわ、だが抵抗すれば容赦なく弾丸を撃ち込むことになるわよ。 なのは、彼女をこっちへ」

 エリカはなのはに少女の身柄を拘束するように指示する。
 なのはは銃を使うことにいい顔をしないがとりあえず少女の手を握って逃げないようにした。
 エリカとしてはすごく不安だが、少女の基礎体力がなのはと同程度と考えると多分大丈夫だろうと考る。
 先に松さんに連絡をとってから、エリカは少女と話を始めた。

「名前、所属、何故ジュエルシードを集めているのかを教えてもらおうかな?」
「私は……」

 少女が口を開く、次の瞬間、エリカの体は横に吹っ飛ばされていた。
 新手――
 油断していたことにエリカは吹き飛びながら舌打ちした。 
 一人でジュエルシードの捜索などするわけが無い、仲間がいると考える方が自然なのに、その可能性を忘れていたからだ。
 その隙をついて少女はなのはの手を振り払い、落ちたデバイスに飛びつく。 そしてあっという間にバリアジャケットを装着した。
 一瞬のことでなのはは反応できなかったらしい、それでも立ち直るのは早い、すぐにバリアジャケットを身にまとう。
 エリカは落とした銃に手を伸ばそうとして、その場を飛びのいた。
 何者かがエリカの倒れていた場所に殴りかかってきたからだ。
 女、年齢はエリカ達より上の赤い女が落ちている銃をどこかに蹴り飛ばした。

「二人組みなの?」
「ジュエルシードは渡さない」

 黒いバリアジャケットの少女が言う。
 予想通りジュエルシードが目的だったが、その言葉にエリカはニヤリとした。
 まるで、そう言うのを待っていたかのように。

「ここにあったジュエルシードはすでに日特が回収したわ。 残念、無駄足よ」
「そんな!」

 少女は愕然とした。
 探していたものは既に別の人間に回収されてしまったのだから当然だろう。
 だがすぐに表情を戻す。
 少女は第二の案を思いついたらしい。 探している物が無い、同じものを探している人間がいる、だったらどうするか?

「だったら貴方たちのジュエルシードを貰います!」

 当然そう考える。
 少女がなのはに、女がエリカに向かってくる。 それに対してなのはは空中に飛んで距離をとり、エリカは女に向かって突撃する。
 遠距離戦主体のなのはは間合いが離れている方が戦いやすいし、銃の無いエリカは接近戦をするしか戦いようが無い。
 女も接近戦で戦うタイプらしいが、反応とスピードはエリカとほぼ同程度、リーチはこちらの方が短い、パワーは……

「、なんてバカ力!」
「ガキが! ちょこまかとうっとおしい!」

 エリカがしゃがむと、女の拳でエリカの後ろにある木が砕け散った。
 パワーはACアーマーを着たエリカと同程度と考えていい、だが今現在、エリカはACアーマーを着ていない。
 ジュエルシードの反応も無く、温泉街の方を歩いていたので着ていなかったのだ。 その状態では、頭だけでなくボディに一発喰らっただけで致命傷になってしまう。
 今は回避に専念することで何とか均衡を保っているが、一度崩れたら立て直すことは不可能だとエリカは考えている。
 その状況を打破するには、少女と戦っているなのはの活躍に期待しなくてはならない。 そう思い、エリカは横目で空中にいるなのはを見た。

「私、高町なのは、9歳、私立聖祥大学付属小学校3年生、あなたの名前は?」

 なのはは戦ってる最中に相手と会話していた。 なのははなのはで思うところがあるのだろう。
 
「フェイト、フェイト・テスタロッサ」
「フェイトちゃん、ジュエルシードはとっても危ないの、ちゃんと封印しないと誰かが怪我しちゃうかもしれない、死んじゃうかもしれない、そんな物をなんでフェイトちゃんは集めてるの?」
「それは……」
「答える必要は無いよ、そんな何も知らないガキどもに」
「アルフ……」

 なのはとフェイトの話にアルフが加わったことで、アルフの意識がエリカからそれた。
 その隙を突き、エリカはスカートの中からナイフを取り出して振りかぶる。
 アルフがそれに気がついたのは、エリカの手からナイフが離れる直前だった。
 寸前で回避するアルフだったが、そうなることはエリカの予測済みだった。 バランスを崩したアルフに向けて飛び蹴りを放つ。
 それをカウンターパンチで迎え撃とうとするアルフだが、エリカの狙いは蹴りを当てることではない。
 タイミングよくアルフの腕をキャッチし、腕に沿って足を絡ませ、本来間接が曲がる方向とは逆方向に力を込めた。 いわゆる、腕ひしぎ十字固めを相手が立った状態でやっているのだ。
 さらにこの戦いは試合ではない、そしてエリカは相手がギブアップするのを待つほど気が長くは無かった。 最初から、アルフの腕をへし折る気で力を込める。
 それを感じ取ったアルフは腕を振り回し、張り付いているエリカを木に叩きつけようとする。 だが、木に叩きつけられる前にエリカはアルフの腕から離れた。
 裏拳で木を粉砕したアルフは腕を押さえてその場にしゃがみこむ、エリカの腕ひしぎ十字固めは間接を破壊することはできなかったが、アルフ腕の腱を痛めつけるには十分だった。

「アルフ!」

 フェイトがアルフに近づこうとする。
 だが、なのはがそれをさせない、アルフとフェイトの間に割り込んで近づけさせないようにした。

「教えて、ジュエルシードを集める理由、もしかしたら日特の人たちと協力できるかも知れない」
「そんな必要は無い」
「あるよ、このままだったらフェイトちゃん、日特の人とも戦うことになっちゃう」
「構わない、何が相手だろうとジュエルシードは絶対に集める」
「日特の人たちと戦うことになったら鉄砲で撃たれちゃうの、非殺傷設定の魔法じゃない、フェイトちゃんが怪我をして、死んじゃうかもしれない、私そんなの嫌なの」
「それでも……私は止める訳にはいかない」
「そう、だったら私がフェイトちゃんと戦う!」

 なのはとフェイトも本格的に戦闘を開始する。 だがその戦いはは、なのはの方が不利だ。
 それは単純に経験の差だとエリカは考えた。 つい先日まで普通の小学生だったなのはと、恐らくどこかで訓練していたフェイトの差がそのまま出ているのだ。
 早くアルフを戦闘不能にしてなのはに加勢しなくてはいけない。 そう考えたエリカは、再びスカートの下に手をいれ、奥の手を取り出した。

「ガキんちょが、調子に乗るな!」

 アルフが怒りをあらわにしてエリカに突撃してくる。 エリカの攻撃でダメージを負ったことが原因のようだ。
 先ほどまでより力もスピードも遥かに強まっている。 が、その分動きは単調になっていた。 つまり、エリカにとって動きが読みやすくなっているのだ。
 エリカは腰を落とし、取り出した奥の手、プラズマサーベルのスイッチを入れた。
 どんな物体でも焼き切る炎の刃、それを構えてエリカはアルフを待ち構える。
 アルフの蹴りを避けたエリカは、プラズマサーベルの刃をアルフの胴に向けて――

「エリカちゃん! それ使っちゃダメ!」

 なのはの声で、エリカは直前でプラズマサーベルのスイッチを切った。
 何故そんなことをしたのか、エリカ自身も分からない。 ただ反射的に刃を消してしまったのだ。
 効率だけを考えるのならば、アルフをどうこうしようがエリカには関係ない。 話を聞くだけならフェイトがいればいいからだ。
 むしろ、アルフに致命傷を負わせればフェイトを脅すこともでき、情報を得ることは簡単になるはずだった。
 それなのに、何故、自分は――
 自分の行動に驚いたせいで、エリカはアルフに対して決定的な隙をさらしてしまう。
 エリカが意識を戻したときにはもう遅い、アルフはエリカの腕を掴み地面に叩き付けた。
 さらになのはもエリカに声をかけたせいでフェイトから意識を逸らしてしまい、その隙を突かれて拘束されてしまった。

「ジュエルシードを渡して」
「持ってない」
「貴方も集めているのは知ってる、持っているなら出して」
「私の分は日特の人に預けたの、こういう物の保管場所があるらしいから、そこにある」
「その場所は?」
「私手伝ってるだけだから知らない」

 なのはからジュエルシードの情報を得ることができないと判断したフェイトは、地面のアルフとエリカに視線を向けた。
 片方から情報を得られないなら、もう片方から得ようと考えたのだ。
 アルフはエリカの胸倉を掴み、持ち上げる。 エリカはアルフの胴体に蹴りを放つが、体勢が悪く大したダメージを与えられない。

「さあ、痛い目に会いたくないならジュエルシードのありかを言いな」

 アルフの尋問に、エリカは口の端を上げて微笑む。
 それをアルフが不思議に思うより早く、何人もの人間が現れてアルフを取り囲む。 彼らは全員銃を持っており、その銃口をアルフとフェイトに向けた。
 驚く二人に向けて、その男達のリーダーらしき人物が言い放つ。

「嬢ちゃんを開放しな! 傷ひとつでもつけたら鉛弾を叩き込んでやる!」
「松さん、ナイスタイミング」
「坊主、こんな美人とくんずほぐれずとは羨ましい」
「そこまで言うなら代わってもいいわよ。 ちなみに、この姉ちゃんは拳でそこらの木を粉砕するわ」
「やっぱり遠慮させてもらう」

 フェイトとアルフの動きが止まった。 同時に日特部隊員達の動きも止まる。
 松さんたちはエリカとなのはが捕まっているので発砲できない。 それでも、フェイトたちが二人に危害を加えれば撃つことも選択肢に入れている。
 フェイトとアルフは日特がどういう組織か分かっていない。 人質を取っているので発砲はしないだろうと考えたが、それでも絶対に無いとは言い切れない。
 結局、両方とも様子見をするしかなかった。
 少しばかりの沈黙が場を支配した後、最初に動いたのはアルフだった。 持っているエリカを日特部隊員に向けて投げつける。
 日特隊員全員がアルフに注目したのをフェイトも見逃さない、なのはを地面に叩き落とした後、空中から魔法弾を連射した。
 土煙で何も見えなくなる、煙が晴れた時、二人の姿は既に見えなかった。

「ゲホ、ゲホ、全員無事か?」
「無事みたい、フェイトって奴、攻撃は全部非殺傷の魔法だった」
「また、戦うことになるのかな?」

 おそらく、そうなるだとろうとエリカは考えた。 フェイト達とは近いうちに再び戦うことになる。
 ジュエルシードを集めるのなら、またどこかで――



[12419] 第五話
Name: ark◆9c67bf19 ID:675ebaae
Date: 2010/03/25 09:26
11年前――

 時空管理局の追っ手を撒いたルイゼ・キャロラインは、第97管理外世界にある某国の研究所にいた。
 最初は不審に思われていたが、別世界の技術をいくつかばら撒けば言い寄ってくる組織などいくらでもあった。
 その中で某国を選んだのは、地球に来てから得た情報でその国が一番自由に研究を行うことができると判断したからだ。
 その予想は見事に当たり、2年ほどでルイゼは一つの研究施設を任せられるほどの権力を得ることができた。
 そして、ある程度自分の思い通りに動かすことができる兵隊も――

「本当に……こんなことをするのですか?」
「ええ、最低限、それだけの人数が必要よ」

 ルイゼから渡された研究の計画書を見ながら、軍人風の男はルイゼに質問した。
 そこに書いてある内容を簡潔に説明すると『できるだけ色々な種類の子供を集めろ、手段は問わない』と、いうことである。
 日本ならば多種多様な人種が集まっているだろうが、あいにく某国はそこまで国際的な国ではない。 どちらかと言えば閉鎖的な国だった。
 そんな国が様々な人種の人間を集めるとしたら、それはもう、国外から連れてくるしか手段は無いだろう。
 だが、それはとても危険な手段である。 失敗すれば、各国の部隊が一斉に某国に攻め込んでくる可能性さえあった。
 しかし、男の持つ書類には上層部のサインがしっかりと刻まれている。 それはつまり、この計画を上層部の人間が許可したことを意味している。
 某国の上層部は、リスクを犯してもなおルイゼの計画を実行することを選んだのだ。 そして上が決定した以上、下っ端が逆らうことなどできない。
 男はしかめっ面をしながらルイゼに向けて敬礼をし、そのまま部屋を出て行った。
 部屋に1人残ったルイゼは、机の上に散らばっている書類の整理を始める。 その中には、先ほど男に渡した計画書の原本も存在していた。
 その計画書の一番上に、一番大きく計画のタイトルがかかれている。
『turn ALICE』
 そこにはしっかりと、そう書かれていた。



現在――

「お前たち、節度を守った行動をするように」
「サー、イエッサー」

 松さんの前に日特隊員たちが並んでいる。
 一糸乱れぬ整列は日ごろの厳しい訓練の賜物だろう。 エリカも一番端で『休め』の姿勢をして松さんの話を聞いていた。

「小隊単位の行動を心がけろ、小隊長はインカムの装備を厳守、外すんじゃねぇぞ」
「サー、イエッサー」
「どんなに羽目を外しても酒は御法度だ。 見つけたら減俸どころじゃすまさねぇぞ!」
「サー、イエッサー」
「それじゃぁ集合は2時間後だ。 各員、解散!」
「ヒャッホーウ」
「炭酸風呂行こうぜ! 炭酸風呂」
「バーロー! 混浴に決まってるだろうが!」
「サウナだよ、サウナ」

 松さんが解散という号令をした瞬間、さっきまでの整然とした態度とは打って変わってはしゃぎ始める日特部隊員達。
 松さんが頭を抱えているのを、エリカはまるでこうなる事を予想していたように苦笑しながら見ていた。
 日特の仕事は常に死と隣りあわせで常に神経をすり減らすし、さらに忙しい時は数日間寝ないこともある。
 羽を伸ばせる時は伸ばす、ただし何が起きても対応できるように。 休む時にはおちゃらけるが仕事はキッチリとこなすのが日特隊員だから心配は要らない。
 彼らを見送った後、松さんとエリカも2時間だけの休暇をとることにする。

「とっとといこうぜ、松さん」
「口調を直せ」
「……早く行こう、松さん」
「僕は温泉って初めてだから、楽しみだなぁ」
「そう慌てるな、取って置きの場所を予約してある」
 




 フェイトとの戦闘が終わった後、またしばらくのジュエルシード捜索をした日特はここにはもうジュエルシードは無いと結論をだした。
 仕事が終わったら撤収する。
 持って来た装備をヘリとトラックに詰め込んでいつでも帰れる準備をし、後は人間も乗り込むだけと言うところで松さんが本部に連絡を取った。
 松さんは隊員たちに少しばかりの休息を与える許可を申請し、無事許可は下りて2時間の自由時間が与えられることになった。
 ただし、どんな不測の事態が起きるか分からないので小隊単位で行動。
 小隊長は風呂に入っている間もインカムの装備を厳守、防水性なので壊れる心配は無い。
 小隊単位といっても部隊長の松さんと単独行動のエリカ、それとユーノはその枠組みから外れるので三人で行動することになった。
 そしてエリカが連れてこられたのは一軒の温泉宿、宿泊しなくても温泉に入ることはできるらしく、2時間で温泉を楽しむには丁度いい場所だった。

「へぇ、なかなか広いわね」
「いや、それよりも……男湯だよ? いいの?」
「いいのよ、まだ9歳だし、松さんと一緒にいないといけないし」

 温泉宿に入ったエリカは、松さんが受付で話をしている隙にさっさと目当ての温泉に向かっていった。
 男湯、女湯と暖簾で分けられている更衣室で迷うことなく男湯を選んだエリカに驚いたユーノは、そのことをエリカに尋ねてみた。
 するとエリカは当然のように男湯に入ると答え、ユーノも断る理由が無いのでそれに従ったのだ。
 温泉には誰も客がおらず、まるで貸しきり状態。 そんな広い空間でエリカは丁寧に体を洗い始めた。
 エリカは普段丁寧に体を洗ったりはしない、任務中は何日も風呂に入れないこともあるので、速さを優先させることに慣れてしまったからだ。
 今回は公共の浴場だからか珍しく体全体を洗い、いつもはポニーテールにしている長い髪を解きほぐし、ついでにユーノも泡まみれにしてから備え付けのシャワーで一気に流す。
 ふとエリカが横を見ると、看板に成分と効能が書かれているた。 そんなもの見た目で分かるものではないが、手ですくったお湯は確かに水道水とは感触が違う。
 恐る恐る足の先をつけ、さらに思い切って肩までつかると、広い湯船にエリカの髪が花びらのように広がった。
 手足を投げ出し、体全体でお湯を感じるエリカに対してユーノは湯船を泳ぎだす。

「ユーノ、こういう場所で泳いじゃだめよ」
「こんな広いお風呂は初めてだし、この姿なら迷惑にもならないよ」

 楽しそうなユーノの返事に、エリカは少しだけ羨ましそうな顔をした。 どうやらエリカが泳ぎたいのを我慢してるらしい。
 それを知ってか知らずか、ユーノは泳ぐのを止めて体全体の力を抜く。 湯船に浮かぶフェレットの姿はとても気持ちよさそうだった。
 ただ、さすがにフェレットの姿では足がつかない。 溺れかけたユーノがじたばたし始めたので、エリカはユーノを摘み上げて救出する。
 この温泉がユーノにとって広すぎることは明らか、エリカは近くにあった風呂桶に少しばかりのお湯をくみ、そこにユーノを放り込んだ。
 これならユーノもゆっくりと温泉のお湯を楽しむことができる。 落ち着いたユーノはエリカと同じように手足を投げ出して寝転んだ。
 やがて、お湯の温かさも手伝ってエリカはウトウトと眠気に支配され始めた。 ここ数日の間に暴走猫やアルフとの戦いがあり、疲労していたのだろう。
 晴れた空を見上げながら、エリカは海鳴に戻ってからするべきことを考えた。
 なのはは家族でこの温泉街に旅行に来ているから、先に海鳴に帰るユーノとエリカは二人で街を歩くことになる。
 二人だけというのはちょっと寂しい気もするが、その間にジュエルシードを発見して暴走体との戦いになったらなのはを戦いに出さずに済むので少し気が楽だった。
 もっとも連休が終わればなのはも海鳴に戻るので、そんな短い期間でジュエルシードを発見することはないだろうが。
 ジュエルシードといえば、フェイトは何故ジュエルシードを集めているのか? ということにエリカの思考は移った。
 何か理由がありそうだったが、残念ながら日特にはそんなもの関係ない、危険性があるなら片っ端から集めて封印するだけだ。
 だが、もし、フェイトの集める理由が日本に何の被害も及ばず、さらにフェイトが属している組織が日本政府や日特に対して十分な代価を支払うなら――
 悲しいかな、日特は日本政府の下で働く組織、上からの指令に逆らうことは出来ないのだ。
 最悪の場合、ユーノの期待を裏切ることになるかもしれない。 だが残念ながら、今エリカがそのことを考えてもどうにもできないのがエリカの立場だった。
 そういったことを考えながら眠りかけていたエリカは、何者かが浴場に入ってくる気配で意識を覚醒させる。
 更衣室への出入り口を見ると、三人の男が浴場に入ってくるところだった。

「よう、湯加減はよさそうだな」
「お邪魔させてもらうよ」
「君は……最近よくなのはといっしょにいる?」

 入ってきたのは松さん、高町士郎、高町恭也だった。
 松さんが来ることはエリカも予想していたが、他の二人が来ることは予想しておらず驚いてしまう。
 しかし、思い起こせば松さんはこの宿を予約したと言っていた。 恐らく、ここに高町一家が泊まっている事を知っていたのだろう。
 もしかしたら、高町一家にこの宿を紹介したのが松さん、もしくは日特なのかもしれない。 宿泊客はすべてダミーで、実際は高町家の貸切という可能性さえある。
 もっとも、ゆっくり温泉を楽しむのなら他の客などいない方がエリカの気が楽だ。 ちゃんと宿に金は払っているだろうし、エリカの気にすることではない。
 許可を取っているのか、松さんと士郎は湯船に酒を持ち込んでいた。 立場上松さんは飲むわけにはいかないが、話も弾んでいるらしい。
 ここで間に割って入るのも悪いと思い、エリカは端っこの方でユーノをいじくって遊ぶことにする。 すると恭也がエリカに近づいてきた。
 何の用だろうかとエリカは考える。
 エリカと恭也は話をしたこともない。 最初に翠屋に行った時にウェイターとして働いているのを見ただけだ。

「君がエリカちゃんか、なのはから話は聞いている」

 エリカは恭也がエリカの名前を知っていることを不思議に思ったが、すぐにその原因を思いつく。
 恭也はなのはの兄なのだから、なのは経由でエリカの名前が伝わったのだ。 よく考えれば当然のことだった。

「どうも、エリカ・T・キャロラインです。 なのはのお兄さんの恭也さんですよね?」
「ああ、なのはがいつも世話になっている」
「いえ、こちらこそ」

 挨拶をしながら、エリカは恭也の裸体を観察する。 その感想は、信じられない鍛えた体をしているだった。
 ハッキリ言って一般人の肉体ではない。 エリカは士郎はボディガードをしっていたので、恭也も何かしているんだろうと考えた。
 そこらの日特隊員よりはるかに鍛えられている。  一般戦闘員じゃ勝てないだろうし、日特として働けば間違いなくエースとして活躍できるだろう。
 恭也は今大学生、士郎は日特でも有名人なので、恭也にはもれなく日特の内定が与えられることだろう。

「どうした? 湯当たりしたか?」

 エリカがそんなことを考えていると、恭也に心配されてしまった。
 お湯の中で考え事をしていたせいで、少しばかりのぼせてしまったらしい。 エリカはお湯から上がって湯船の端に腰をかけた。
 恭也もエリカの近くのお湯につかった。 それを見て、エリカは恭也は自分と話をしたいのだと感じ取った。

「君は日本対特殊災害警備機構、日特で働いているんだって?」
「まぁ、バイトですけど」
「君みたいな子供がどんな仕事をしているんだ?」
「その辺は聞かないで下さい、守秘義務とかいろいろありますんで」
「そうか、なら言い換えよう、民間警備会社日本対特殊災害警備機構、その正体は国家の指令を受けて人外の遺跡を回収する秘密組織、そんな組織がなのはに何をやらせている?」

 恭也の質問に思わずエリカは飛び上がり、距離をとって戦闘体勢をとった。
 自分が先ほどまで温泉につかっていて全裸だということも忘れて戦闘時と同じ目つきで恭也を睨みつけ、同時に周囲の状況を観察し、武器になるものを探す。
 全裸のエリカは当然丸腰、風呂桶は水を入れれば十分撲殺可能な鈍器になるし、備え付けの石鹸やシャンプーを無理やり飲ませれば毒殺することも可能だ。
 エリカがここまで恭也を警戒するのは、ある意味当然の対応だった。 日特の本業は国家レベルの機密で一般人が知れる内容ではないからだ。
 士郎やなのはが話したとは考えない、エリカは二人が口を滑らせるとは思えなかった。
 日特では一般人に裏の仕事を知られたら、その人物を確保することになる。
 そしてある程度金(数千万単位の場合もある)を掴ませての口止めや組織力をちらつかせて脅すのが基本的な対応だ。
 最悪の場合は薬物や催眠術で記憶を消去、場合によってはコンクリート漬けになって海に沈んでもらうことになる。
 なのはの兄を、士郎の息子をそんな目にあわせるのか? そもそも出来るのか? 勝てるのか?
 恭也はエリカがパッと見ただけで日特エースクラスの戦闘能力を持っていると分かるほどの実力者である。 
 武器が無い状態だったらエリカ勝ち目は無い、確保することなど不可能に近い。
 エリカが恭也を睨みつけながら歯軋りをしていると、思わぬところから助け舟が出た。 士郎と松さんだ。

「あんまりエリカちゃんを虐めるな」
「エリカが困ってるだろう、年上らしくしたらどうだ?」

 二人の声を聞いて、エリカはその場にへたりこんだ。 それほどまでに緊張していたことに本人が気づいていなかったのだ。
 同時に、自分の裸体を堂々と士郎、恭也、松さん、ユーノの三人にさらしていることに気がついた。
 普段から男集団の中で生活しているエリカに羞恥心というものはない。 南米のジャングルで汗を流すために成人男性の前で裸になったことだって何度もある。
 そんなエリカが突然顔を真っ赤にして湯船に飛び込み、お湯の中でこそこそと岩の陰に移動していく。 チラチラと士郎の視線を気にしていることから、どうやらエリカは士郎に見られるのが恥ずかしいのだということが分かる。
 それを笑って見ながら、松さんは恭也に話しかけた。

「恭也坊主、その話どこから聞いた?」
「知り合いに調べてもらった。 最近のなのはの様子がおかしいのとエリカちゃんは関係がある」
「彼女は父さんの知り合いだ。 それじゃあ不満か?」
「だから逆に不安になってくる。 そもそも彼女は何者なんだ? 年齢に相応しくない立ち振る舞いと鍛えた身体、そして日特という組織に所属している。 そもそもそんな組織が何故海鳴に来ている? なぜなのはが関わっている? なのはに危険があるなら力ずくでも止めさせる」

 恭也はなのはの兄、妹を心配するのは当然だろう。
 エリカはそれを聞きながら、以前だったらその考えに賛同してなのはの説得をしてもらっていたかもしれないと考えた。
 だがエリカはなのはの決意を聞き、なのはが不屈の心を持ちジュエルシードとの戦いに関わる決意をしていることを知ってしまった。
 エリカもそこまでの決意をしたなのはを止めようとは思わない。だが恭也はそんな事情を知らないのだ。 知ったとしても、妹思いの恭也なら、なのはを止めようとするだろう。
 そして恭也の鋭い眼差しは、身内でありながら事情を知っている士郎へと向けられることになった。

「父さんはなのはが何をしているか知っているんだろ? 何で何も言わないんだ?」
「なのはが自分で選んだ道だ。 父さんはそれを見守る道を選んだ。 それにエリカちゃんや松さんならなのはを守ってくれる」
「……エリカちゃんと父さんはどういう関係なんだ?」

 その質問に、士郎は松さんの方を見て、士郎の視線を受けた松さんは無言でうなずいた。
 次にエリカの方を見る、松さんや士郎さんが話してもいいと思ったのならエリカにも拒否する理由は無かった。

「父さんとエリカちゃんが出会ったのは、5年前、日特からの依頼を受けたことから始まる」
「5年前の依頼? 父さんが怪我をした?」
「そうだ、あの時日特はある国で発見された遺跡の調査と防衛に人員を派遣していて人手不足だった。 そこで外部からの協力者として士郎坊主が選ばれた」
「その依頼とは?」
「某国に誘拐された子供の救出、及び研究施設の破壊、ついでに研究内容の回収だ」

 そう前置きしてから、士郎は5年前のことを話し始める。
 10年前、日本国内で子供達が誘拐されるという事件が起きた。
 さらわれたのはいずれも5歳以下の子供、明らかにどこかの国に所属する組織の仕業だが手がかりは何もなし。
 捜査が何も進展しないまま5年たった時、日特に一つの情報がもたらされた。
 曰く、子供達は某国の研究所で人体実験を受けている。 その研究所には、日本人だけでなく世界中から50人もの子供を集められている。
 足りない人員を何とかやりくりし、更に裏の世界で名高い高町士郎を協力者として加え、日特は研究所への襲撃を決行した。

「あそこに誘拐された子供が?」
「情報ではそうなっている。 しっかりやれよ士郎坊主」
「坊主は止めて下さい」
「俺から見りゃまだまだ坊主だ。 遅れるなよ!」

 見張りの兵士の頭を狙撃班が打ち抜き、それを合図に日特隊員は施設になだれ込んだ。
 鳴り響く銃声、手榴弾の炸裂音、それにあわせて松さんと士郎も次々と部屋を制圧していく。
 そうして何部屋目かの扉を開けたとき、二人はパソコンを操作する研究員を発見した。
 研究員は二人に気がつくと拳銃を取り出し発砲する、だが素人の腕でそう簡単に当たるはずも無く、士郎は一気に間合いを詰めて研究員の喉に刀を押し当てた。
 研究員の顔が恐怖に歪み、ガチガチと歯を鳴らせ、膝は震えて今にも倒れそうになる。彼らは命を賭けて戦ってるわけではないのだ。

「誘拐された子供はどこにいる」
「そ、そんなこと、お、お、教えるとでも……」
「頭が重そうだな、軽くしてやろうか?」

 士郎は研究員の首筋を傷つけ、少しばかりの血を流させる。 それだけで研究員の心は折れた。
 助けてくれ、命令だった、何でも喋るから命だけは――
 士郎は溜め息をついて男を離す、だが自由にするわけではない、松さんの銃がしっかりと狙いをつけている。
 落ち着いて話を聞きだすために拘束を解いただけだ。

「それで、誘拐された子供は?」
「も、もういない」
「……別の場所に移したということか?」
「そ、そのほとんどは実験開始から1年ほどで死んだ。 嘘じゃない! 残っているのは1人だけだ!」

 次の瞬間、士郎は研究員を殴りつけていた。
 鍛えられた肉体から放たれる拳は研究員の顔面を捉え、そのまま壁に叩き付けた。
 硬いものが砕ける音、研究員は血だらけの顔面を押さえながら地べたを這いずり回る。
 士郎の拳は研究員の顎の骨完全に粉砕した。 士郎が本気を出して殴れば当然の結果だった。

「ゲスが」
「お前がやらなかったら俺が殴っていたが、まだ話を聞きたかったな」
「すいませんでした。 松さん、ついカッとなってしまって……」
「そういうところが坊主なんだ。 パソコンにデータが残っていればいいが……お、動いた」

 松さんがパソコンを操作すると、画面に英語の文章が浮かび上がった。
『Expensive Children to do Illegal Assault』
 次にそれぞれの単語の頭文字だけを残して他の文字が消える。 残った文字は
『E.C.IL.A』
 最後に順番が入れ替わる、最終的に表示された言葉は
『turn ALICE』
 ターン・アリスと読むのだろうか? 二人は気絶した研究員を無視して、パソコンに残されたデータを調べることにした。

「不法な襲撃のための高価な子供? ターン・アリス? 意味が分からないな」
「このターン・アリスってのが『不法な襲撃のための高価な子供』を作るための計画名だと思います。 先を見てみましょう」

『turn ALICE』計画とは、ルイゼ・キャロラインが主導する最強の兵士を作る計画だった。
 まだ身体が未発達の幼い子供達を集め、早期から薬剤による身体強化や戦闘訓練を施すという単純な計画。
 それらの処置をする際に人種や遺伝子等で効果の差がどれほど出るかを調べるため、できるだけ多くのサンプルを取りたかったから世界各地の子供が集められることになる。
 これが、現在より10年前、当時の5年前の誘拐事件の真実だった。

「狂ってる」
「確かに狂ってるな、考える奴も、実行する奴も」

 パソコンの画面を見た士郎と松さんが、やっと出せた言葉がこれだった。 すぐにでもこのパソコンを破壊したいが拳を握って耐える。
 先ほどは研究員を殴り倒してしまい、情報を得ることが出来なかった。 同じことを繰り返すワケにはいかない。
 画面上に映るいくつもの死亡の文字。 数多くの子供の写真と詳細なデータ、そのことごとくに死亡という文字が添えられている。
 少し考えれば分かるはずだ。 まだ身体が十分に発達していない子供にこんな無茶な処置を施して、なにかしらの障害が出ないはずが無い。
 実際死亡した子供の大半は直接命を落したのではなく、障害によって身体能力を維持できなくなったことで処分されている。
 さらに育成期間の問題もある。 仮に計画通り育成が進んだとして、実戦に出すまでどれほどの時間が必要になるだろうか?
 1~2年ということは絶対にありえない、もしかしたら10年以上かかるかもしれない。
 当然、それだけの時間ずっと資金が必要になる。 ほんの一握りの兵士を作るために想像もつかないほどの莫大な資金が。

「高価な子供とは、ずいぶんと的確な表現だ」
「あいつは1人だけ生き残ったと言っていました。 もう少し調べてみまししょう」

 さらにパソコンを操作すると、1人の少女のデータが映し出された。
 黒い目と黒髪、年齢は3~4歳、ちょうど娘のなのはがこれくらいの年齢だと士郎は考える。
 そんな子供を兵士にするなど許されることではない、怒りで握りしめた士郎の拳から血が流れた。
 それに対して、松さんはその少女のデータを見ながら首をひねった。 パッと見て少女は日系人のようだが、日本で誘拐された人間はすべて死亡となっている。
 他の子供達は名前、両親、出生地など詳しい情報が記載されているが、この少女のみ名前しか載っておらず、他の項目は不明となっていた。
 誘拐した当事者の組織ですら身元を調べることのできない謎の少女、エリカ。
 そしてその計画の中心として指揮をとっている謎の研究者、ルイゼ・キャロライン。
 この二人こそが『turn ALICE』計画の要であることは明らかだった。

「とりあえず確保する目標は分かりましたね」
「そうだな、後は何処にいるのか……」

 松さんはパソコン内のデータをコピーしながらそう呟いた。
 まだすべてを見たわけではないが、そんな時間も無い、データだけ持ち出して後は研究班に任せてもいいだろう。
 データのコピーが完了するのをじっと待つ、完了まで数分といったところで、インカムに連絡が届く。
 別区画を制圧している部隊員の声は、かなりの緊急事態であることがすぐ分かるほど混乱したものだった。

『隊長、緊急事態です!』
「どうした? 落ち着いて報告しろ」
『3B区画、何者かの攻撃を受けています。 すでに3人がやられました』
「施設内の兵士は全滅したんじゃないのか?」
『あれは……子供? うわ! ゲフ、ゴポ』
「どうした! 返事をしろ! おい!」

 それ以上の返事は帰ってこない。 分かったのは、子供が何かをしたということだけだった。
 こんな施設に子供など――二人が同時にパソコンの画面に向き直る。
 訓練された日特隊員を殺すことが出来る子供、『turn ALICE』計画の生き残り、エリカが戦っているのだ。

「行きましょう!」
「言われるまでも無い」

 データ転送中のパソコンを放り出して走り出す。
 二人の現在位置から3B区画まで3分と掛からない、他の隊員よりも早く辿り着くことが出来るだろう。
 角を曲がったところで向こうから一人の隊員が走ってきた。
 顔が恐怖に歪んでいる、何か恐ろしい相手から逃げ出してきたようだ。

「隊長!?」
「無事か? 何があった?」
「逃げてください! アレは、あいつは!」

 次の瞬間、天井の板が外れて何かが降って来た。
 隊員の真上に落下したそれは、隊員の脳天にナイフを突き刺してそのまま地面に着地する。
 隊員は即死、刃渡り20センチ近くあるナイフが根元まで頭に突き刺さったのだから、生きているはずが無い。
 落下してきた物体、幼稚園程度の女の子が隊員の死体を踏みつけて立ち上がる。
 右手には血糊の着いたナイフを持ち、左手には拳銃を持っている。
 どちらも日特隊員に支給されている装備、つまり彼は訓練された大人からその二つを奪い取ったのだ。
 血の海の中、少女は光の無い目で二人を睨みつけている。
 エリカ、高町士郎そして松、これが3人の出会いだった。



[12419] 第六話
Name: ark◆9c67bf19 ID:233da008
Date: 2009/10/25 21:12
 真っ白な部屋、それがエリカの記憶の始まり。
 いつからいるのか分からない、そんなこと気にしない。 エリカにとってどうでもよかった。
 何日かごとに行なわれる注射、痛いとも思わない。 いつののことなので、エリカにとってどうでもよかった。
 以前はもっと人がいた気がするが、気がつくとエリカ1人になっていた。 しかし、そんなことエリカにとってどうでもよかった。
 ただ一つ、エリカにとって大切なこと、それは――

「おかあさん、だ~いすき」
「ふふふ、エリカは甘えん坊ね」

 大好きなルイゼお母さん、彼女さえいればエリカは他の事などどうでもよかったのだ。
 そんなエリカに運命の出会いが訪れた。
 ある日注射をされた後、すごく眠くなって我慢できなくなりそのまま昼寝をしてしまい、起きたら頭に包帯が巻かれていた。
 寝てる間に怪我でもしたのだろうかともエリカは考えたが、気にしたところで何かが起きるわけでもなく、エリカはいつも通り、動でもいいと考えることにした。
 ふと気がつくと、エリカは自分の隣に1人の少女がいることに気がついた。
 腰どころか地面にまで届きそうな長い金髪、空みたいな青い瞳、年齢はエリカと同じくらい。

「こんにちは」

 女の子がエリカに話しかけくる。
 突然現れた少女に驚いたエリカは、返事をすることを忘れてしまった。

「こんにちは」

 二度目の挨拶をしながら、女の子は微笑んだ。 その笑顔を見て、エリカは思わず息を呑む。
 この研究所には何人もの子供が集められている。エリカもしばらく前までは数人の子供と同じ部屋で共同生活をしていた。
 しかしエリカの記憶にある子供達は、誰もが機械みたいな無表情で笑うことなど一度も無かった。 だから、エリカは同じ年齢くらいの子供が笑うのをこの時初めて見たのだ。
 それはとても眩しく、まるで太陽のように暖かく、エリカはその笑顔をいつまでも見たいと思い、少女の顔をじっと見続ける。
 そんなエリカに向けて、少女が手を差し伸べる。 一瞬何をすればいいか分からなかったが、それが握手を求めていると分かると、エリカも恐る恐る手を伸ばす。
 少女は少し震えているエリカの手を掴むと、エリカの手を両手で
包み込み、こう言った。

「アリス、アリスの名前はアリス。 これからずっとよろしくね、エリカ」


 その日からエリカはアリスと一緒にすごすようになった。
 朝起きると、エリカの目前にはアリスがいる。 反対側にはルイゼが添い寝をしてくれている。 大好きな二人に囲まれて迎える朝でエリカに幸せを感じることができた。
 母親のルイゼは仕事が忙しいらしく、時々しか一緒にいることができない。 しかし、アリスは文字通り四六時中エリカと供に行動していた。
 これまで、ルイゼがいなくなるとエリカは1人で寂しく過ごしていた。 もしかしたら、このままルイゼが居なくなるのではと思い恐怖を感じたことも一度や二度ではない。
 しかし、アリスと出会ってからそんな不安を感じることは無くなった。 どんなにエリカが寂しく感じても、アリスがそれを和らげてくれた。
 アリスと一緒に遊んでいれば、あっという間にルイゼが戻ってくる時間になる。 だから、エリカは
 ルイゼはどれだけ仕事が忙しくてもエリカの就寝前には部屋に来て、エリカと一緒に食事を取り、同じベッドで寝た。
 アリスと一緒に過ごすようになってからもそれは変わらない。 一つのベッドに3人で寝るのは少し狭かったが、誰も文句を言わず、むしろ嬉しそうにも思える。
 そして布団の中でルイゼに今日何をして過ごしたか、アリスとどのようなことをしたかを伝えるのがエリカの日課だった。
 この日もエリカは楽しそうにアリスと遊んだことを伝え、それにアリスが茶々を入れ、ルイゼは二人の頭を撫でながらそれを聞いている。

「それでね、アリスってば、今日もご飯を残したの」
「だって美味しくないんだもん、アリスここのご飯嫌い!」
「好き嫌いしてたら大きくなれないわよ、エリカは偉いわね、好き嫌いしなくて」
「むー、お母様ずるい! エリカばっかり褒めて、アリスも褒めて!」

 そんな他愛も無い会話をすることが、エリカはとても好きだった。
 そして、それがいつまでも続けばいいと心の底から願っていた。



 ある日エリカが目覚めると、いつも一緒に寝ているはずの母親のルイゼがいなかった。
 昨日寝る時は一緒にいたはずだが、影も形も見当たらない。 部屋中を見渡すけどいない、ベッドの下もいない、トイレにもいない。
 今日は特別に早く仕事に行ったのだろうかと思い、この部屋唯一の出入り口である扉の方を見てみる。 しかしその扉は閉ざされており、電子ロックがかかっている事を示す赤いランプが輝いていた。
 エリカはこの扉をくぐったことが無かった。 食事や必要な物は白衣を着た研究者達が持ってきてくれたし、何よりルイゼがいい子にして待っているように言ったのだから、エリカはその言いつけをちゃんと守っていた。
 どうしようかと思っていると、一緒のベッドで寝ていたアリスが目を覚ました。 彼女もキョロキョロと部屋を見渡して、ルイゼが居ないことに気がつく。

「あれ? お母様は?」
「わかんない、起きたらいなかったの」
「そう、朝の挨拶をできなかったのは残念だけど、帰ってくるまで待ちましょ」
「……うん」

 だが、その日の夜になってもルイゼは戻ってこなかった。
 不安になりながらもその日は二人だけで寝たが、次の日になってもルイゼの姿は見当たらない。
 その寂しさを紛らわすようにアリスと画用紙に絵を描いていると、突然部屋の扉の開く音が聞こえた。
 おかあさんが帰ってきた! そう思ってエリカがその方向を向くと、見知らぬ男が立っていた。 この研究所には似合わない、軍服を着た男だ。
 その男は少しの間エリカを睨みつけていたが、足元に散乱している画用紙に気がつくと、明らかにワザとそれを踏みつける。
 それを見たアリスの顔が不機嫌そうになった。 エリカも、折角アリスと一緒に描いた絵をグチャグチャにされて少しばかり機嫌が悪くなる。
 そんな二人の気持ちなど気にも留めず、男はエリカに向けて、やけに偉そうに話しかけてきた。

「あの女を無事に帰して欲しければ、これから行く部屋にいる人間を全員殺せ」

 あの女、というのがルイゼということはすぐに分かった。 そしてそれに従わなければルイゼが帰ってこないことも分かった。
 意を決してエリカがその男についていこうとすると、突然腕を引っ張られる。 振り向くとアリスがエリカの腕を掴んでいた。
 エリカを行かせまいと力を込めているが、エリカは何故アリスが自分を引きとめようとしているのか分からない。

「行かなくてもいい、付いて行ったら嫌なことをさせられるわ」
「でも……もし本当だったら? おかあさんと会えなくなるかもしれない」
「何をブツブツ言っている! 早く来い!」

 結局エリカとアリスの話はまとまらなかったが、エリカは男についていくことを選択した。 アリスの言うことを信じたかったが、万が一ルイゼが戻ってこない恐怖に耐えられなかったのだ。
 白い壁の廊下をしばらく歩き、男は一つの部屋の前で立ち止まった。 その扉の前で、エリカに中に入るように促す。
 扉が開かれ、エリカとアリスが部屋に入ると、中には10人ほどの人間がいた。 性別も年齢もバラバラで、共通点があるようには思えない。

「あら、お譲ちゃんも攫われたの?」

 エリカが部屋を観察していると、優しそうなお婆さんが話しかけてきた。
 エリカはそのお婆さんにそっと近づくと、その首筋にそっと手を当て、お婆さんの首を一気に180°回転させた。
 お婆さんの首が完全に背中を向き、糸の切れたマリオネットのようにガクンと地面に倒れる。 同時に、部屋の中は大混乱に陥った。
 新しくやってきた子供が何の迷いも無く人一人を殺したのだ。 恐怖を感じない方がおかしいだろう。
 エリカから逃げようとする者、混乱して動けない者、逆に襲い掛かってくる者、部屋の中の人間を大きく分けるとこの3種類になった。
 全員を殺せと命令されたエリカは、冷静に一人一人息の根を奪っていく。 そこに迷いなど無く、ただ淡々と作業をこなしていくだけだった。
 目に付いた相手から片っ端に大人、子供、男、女、エリカと比べて体格のいい人間ばかりだが、その誰もがエリカに傷一つ負わせることはできない。
 エリカ本人は知らないことだが、数々の薬物投与によりエリカの反射神経と運動性能は常人を遥かに超えている。 その能力の前では、もはや子供と大人の差など存在しない。

「なるほど、さすがは莫大な資金をかけた実験体。 私が呼ばれる程度の性能は持っているわけだ」

 部屋の中にいる人間を一通り物言わぬ肉塊に変えたエリカに、今まで動かなかった軍人が話しかけてきた。
 今までの一般人とは明らかに違う鍛えられた肉体は、その男が正規の軍人であることを物語っている。 当然、戦闘能力はこれまでの人間と比べ物にならない。
 その軍人は不適な笑みを浮かべながらナイフを取り出すが、エリカはまるでその程度では自分を倒すことはできないとでも言たそうな表情で見ていた。
 そんなこと気にせず、軍人は勝手に話を続ける。

「『turn ALICE』などというふざけた計画に巻き込まれなければ、普通に生きた人生もあったのだろう。 しかし、私は軍人で、私の上司は計画反対派だ。 恨んでもらっても――」

 軍人の言葉はそれ以上続かなかった。 軍人に飛びついたエリカが、その目玉に人差し指を突き刺したからだ。
 軍人はとっさにナイフを振るうが、エリカは軍人の頭の上に逆立ちしてそれを回避する。 そのまま軍人の背中の背中に移動し、見ようによっては軍人がエリカをおんぶしているような体勢に移動した。
 軍人は必死に振り払おうとするが、エリカは離れない。 それどころかエリカは軍人の首筋に指を付きたて、一本の太い糸のようなものを引きずり出す。
 それは、軍人の首の動脈。 人間の生命線とも言えるその血管をエリカは躊躇せず引きちぎった。
 首から血液を噴出させて倒れる軍人から離れ、エリカがもう一度部屋を見回すと、部屋の隅で震えている女の子がいた。
 この子で最後、早くおかあさんに会いたいと思いながら、エリカは軍人の死体から奪ったナイフを振り上げ――

「お、お母さん……助けて……」

 その手を直前で止めた。
 女の子が震えながら母親を呼ぶのを聞いてしまい、身体が動かなくなってしまったのだ。
 この女の子は自分と同じ、母親に会いたいと思っている。
 そのことに気がついたエリカは手からナイフを落とし、思わず後ずさりをしていた。 そのまま少しづつ後ろに下がり壁に当たる直前、部屋に声が響いた。
 そこ子供を殺さなければ、母親とは再会できない――
 その声を聞いてガタガタと震えるエリカの手を、アリスがそっと包み込む。
 アリスはエリカに何も言わなかった。 その態度は、エリカがどのような選択をしてもずっと付いて行くという心が現れていた。
 エリカは意を決して落ちたナイフを拾うと、今度こそ、震える女の子に向けて振り下ろした。



「エリカ、大丈夫だった? 怪我はしていない?」

 エリカが元の部屋に戻ると、ルイゼが駆け寄ってきた。
 しかしエリカはしばらくの間放心したようにぼうっと立っており、ルイゼの言葉に反応しない。 アリスがエリカの肩を叩いてやっと意識を取り戻した。
 キョロキョロと辺りを見回して、ルイゼがいることを確認したエリカは、瞳に涙を浮かべてルイゼに抱きつく。
 そのまま大声で泣き始めたエリカをルイゼは優しく抱きかかえ、頭を撫でる。
 エリカは、ルイゼの胸に顔をうずめ、泣き喚きながら叫んだ。

「おかあさん、おかあさん!」
「大丈夫よ、母さんはここにいるわ」
「おかあさん、私、自分と同じ子を殺しちゃった……。 あの子、最後に『母さん』って言ってたのに、あの子もおかあさんに会いたかったのに、私と同じだったのに、でもあの子が死なないと私がおかあさんに会えなくて、うわあああああああああん!!」



 それからまた、しばらくの月日が流れる。
 ルイゼが何も言わずにエリカの前から消えることは、結局あの一日だけで、3人はいつもどおりの日常を送っていた。
 部屋にうるさい音が鳴り響いたのは、エリカとアリスがルイゼの膝に頭を乗せて昼寝をしている時だった。
 以前、エリカを部屋から連れ出した男が再びやってきた。 今回はとても慌てているようにも見える。
 目を覚ましたエリカとアリスはルイゼの身体に左右から抱きついた。 この男が前回したことをしっかりと覚えていたからだ。

「実験体を出せ、敵がこの施設に侵入した」
「敵? 情報が漏れたというの?」
「そうとしか考えられん。 圧倒的不利な状況の今、使えるものは使うべきだ」

 そう言って男はエリカを見た。
 実験体という言葉もエリカは覚えている。 以前殺した軍人の男がエリカに向けて実験体と言っていたことから、それは自分のことなのだと理解できた。
 そしてルイゼと男は言い争いを始めた。 もう十分な性能に達していると言う男と、まだ早いと言うルイゼ、専門用語もいくつか飛び交い、エリカには二人の話している内容は分からなかった。
 ただ断片的な情報から、このままでは自分とアリス、ルイゼに危ないことが起きるという事は理解できる。
 自分はどうするべきなのか、何をすればいいのか、エリカが悩んでいると、アリスがそっと耳打ちをしてきた。

「逃げましょう、エリカ」
「アリス?」
「こんな狭い研究所から逃げて、外の世界に行くの。 アリスと一緒に、どこまでも遠くへ」

 アリスの提案はとても魅力的に思えた。
 前々から外の世界に出たいと思っていたし、この研究所から離れればルイゼもずっと一緒に居られるかもしれないとエリカは考えた。
 もちろん今の安定した生活が無くなるというデメリットはあるだろうが、ルイゼとアリスが一緒なら、どんな辛いことが起きても我慢できると信じられた。
 そのためには、まず自分達を狙う敵とやらを倒さなくてはならない。 男とルイゼの話から真っ先にそのことを思いついた。

「分かった。 私頑張るから、アリスはここで待ってて」
「うん、待ってる。 早く帰ってきてね」

 言い争っているルイゼと男に気づかれないようにそっと部屋を出る。 しばらく歩くと、見慣れない服装の大人を見つけた。
 数は5、ショットガンを持っている。 さすがに分が悪い、エリカは今まで銃器を持った相手と戦ったことは無いのだ。
 エリカの存在に男達が気がついた。 何故かは分からないが、男達はエリカに攻撃する意思は無いらしい。
 それに気がついたエリカは少しだけ微笑んで男達を見る。 5人の人間を一瞬で全滅させる作戦を思いついたからだ。

「子供? なんでこんなところに……まさか、さらわれた?」
「助けて!」

 涙を流しながら手ごろな大人に飛びつく、予想どおり大人達は頭を撫でたりしてエリカ安心させようとした。
 エリカをただの子供と思って生まれた油断を彼女は逃しはしない。 自分の頭を撫でる大人のホルスターから拳銃を奪って三連射した。
 弾丸は吸い込まれるように大人たちの眉間に向けて飛んで行き、あっという間に3人の大人を死体に変える。
 そこで残りの二人がエリカの行動に気がつく。 よく訓練されているらしく、相手が子供でも躊躇することなく銃口を向けた。
 だが遅い、さらに2連射、これでエリカはこの通路を歩いていた5人全員を片付けた。
 これからどうしようかと思い、エリカは耳を澄ませる。
 銃声はもう聞こえない、恐らくそういう戦いは終わったのだろう。 と、すると施設内の兵士は大体やられた、最悪全滅していることになる。
 チャンスだと分かった。
 敵の目標はエリカ、アリス、ルイゼだ。 だったらまず敵を何とかする、次の元々施設に残っている連中を殺す、最後にアリスとルイゼを連れて逃げる。
 逃げた後のことは後で考えることにする。 外にさえ出られれば何とかなると、何の根拠も無くエリカは考えていた。
 ではどうやって敵を倒そうかと思い、エリカは自分の姿を確認する。
 先ほどの大人たちの返り血で、真っ白だったエリカの服は真っ赤に染まっている。 さらに武器を持っていたら相手も油断してくれないだろう。
 相手の数も多い、できるだけ不意打ちが出来れば……と考えていると、天井にある換気パイプが目に入った。
 あれなら子供くらい余裕で通れる。


「隊長!?」
「無事か? 何があった?」
「逃げてください! アレは、あいつは!」

 あれからさらに4人殺したが、連絡を取られたのはミスだった。
 これで敵は警戒心を強める、研究所の警備兵はほぼ全滅して相手も油断をしていただけに、少しばかり困ってしまった。
 しかし収穫もあった、逃げた男が隊長と言ったのだ。 二人のうちどちらかを始末すれば残りは逃げ出すかもしれない。
 そうと決まればまず邪魔なのから片付けようと思い、エリカは喚起パイプから飛び降り、真下にいる男に向かって全体重を乗せたナイフを突き立てた。
 前のめりに倒れる男、その背中に乗ったまま地面に着地、倒れた男の頭からナイフを引き抜ながらエリカは立ち上がる。
 やや若い方とやや年寄り、二人の男のうちどちらが隊長かは分からないがパッと見て若い方が強そうに見えた。

「あなたが隊長?」
「……そうだ」
「士郎坊主!?」
「松さん、確保するんでしょう? やらせてください」

 士郎と呼ばれた男が武器を構えた、二本の剣、カタナという種類の刀剣である事をエリカは知っていた。。
 同時に、そのような武器を使うのが珍しいことも知っていた。 それに銃を持っていないことから、その武器を使い慣れていることも分かる。
 だとすれば戦い方は簡単、遠距離戦に徹すれば相手は何も出来ない。 エリカは士郎に向けて、これまで殺した男達から奪い取った銃を発砲した。
 普通の人間ならそれで死ぬ。 だが士郎は真っ直ぐに飛ぶ弾丸を刀で弾き落とした。
 エリカの顔に初めて驚きの表情が現れる。 今の士郎の行動が偶然ではなく狙って行ったものだと分かったからだ。
 エリカは2発、3発と続けて銃を撃つが効果がない。 士郎はすべての弾丸を弾き飛ばしながらゆっくりとエリカに近づいてくる。
 こんな拳銃じゃ奴には通じない。 そう判断したエリカは、死んだ兵士が持っていたショットガンを拾い上げて迷わず引き金を引く。
 無数に散らばったショットガンの弾は士郎めがけて殺到し――すり抜けた。
 士郎の姿を見失ったエリカが勘に任せてその場から飛びのと、先ほどまで自分がいた場所を刃が高速で通り抜けた。
 目の前の男がショットガンの弾を避けたという事実に、エリカの驚きは恐怖に変わる。 だが、同時にチャンスがめぐって来たことも感じ取っていた。
 エリカと士郎の距離は3メートルほどにまで近づいていた。 ここまで接近したならショットガンを避けきれる分けがない。 エリカはショットガンの銃口を士郎に向けて、投げ捨てた。
 士郎の動きが速く、エリカが銃口を向けた瞬間、ショットガンは縦に真っ二つになっていたのだ。
 バランスを崩したエリカに向けて士郎は刀を振る。 エリカは地面に転がりながら、銃と同じく男達から奪ったナイフを取り出して士郎の刀を受け止めた。
 薬物で強化されたエリカ身体はパワーでも大人にも負けない。 だがそれでも押し止めるのがやっと、しかもエリカは全力なのに士郎はまだ余裕がある。
 四郎の攻撃を受け止めながら、エリカは不思議に思った。 士郎の腕力ならすぐにでもエリカを吹き飛ばせるのに、それをしないからだ。

「君は自分がどんな状態か知っているのか?」

 士郎がエリカに話しかけてきた。
 少しでも力を抜けば押し切られてしまう状態で身動きの取れないエリカはその話を聞くしかない。

「君のような子供がこうして戦っている、おかしいとは思わないのか?」
「知ってる! 薬で子供の身体を弄繰り回すような連中、まともなはずが無い」
「そこまで理解している? 『turn ALICE』計画、肉体だけでなく精神も強化しているということか……。 一緒に来るんだ、君はここに居てはいけない!」
「貴方たちがどんな人たちか分からない、それなのに付いていくことなんてできない」
「だがここにいても、決して幸せにはなれない」
「それも分かってる、だから今はチャンスだ」
「チャンス?」
「貴方たちが来たお陰でここの警備はボロボロ。 貴方たちも、ここの連中も皆殺す!」
「仕返しか? 自分を酷い目に合わせた奴らへの」

 仕返しという言葉に、エリカは一瞬だけキョトンとした。
 自分がどうなっても別にどうでもいい、ただ大好きなアリスとルイゼが酷い目に遭わされるんじゃないかとばかり考えていた。
 でも、アリスはエリカに言ってくれたのだ。 一緒にここから出ようと。
 だからエリカが戦うのは仕返しなどではない。 エリカはこの戦いの先に希望があると信じて戦っていた。

「全員殺したら、ここから出て行く、おかあさんとアリスを連れて、どこか遠くへ」
「おかあさん……研究主任のルイゼ・キャロラインのことか?」

 エリカは一瞬だけ息を吸い込み、力を溜めた。

「アリスがいれば何だって出来る、おかあさんのためならどんなことだって耐えれる! 私は……私はあああああああ!」

 溜めた力を一気に解放して、エリカは士郎のカタナを弾き飛ばした。
 士郎の両腕は跳ね上がっている。 エリカは無防備な士郎の腹部に向けてナイフを突き出すが、士郎はエリカを蹴り飛ばして距離を開こうとする。

「私は、おかあさんとアリスを守るんだアアアアアああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 エリカの叫びに、士郎の動きが一瞬止まった。
 そして士郎の腹部にエリカのナイフが突き刺ささる。

「ゴフッ」

 士郎の口から大量の血が吐き出され、エリカを頭から真っ赤に染める。
 エリカは士郎から離れようとして、出来なかった。 士郎がエリカの身体を捕まえているからだ。 すごい力で振りほどくことが出来ない。

「君は……君は大切な者を守るために、そうでないものを全部切り捨てるつもりなのか?」

 士郎の傷は明らかに致命傷で、その出血は多く、早く手当てをしないと死んでしまうことはエリカが見ても分かるほどだった。
 それでも、士郎は駆け寄ろうとする仲間を手で制し、再びエリカに話しかけた。

「ええ、おかあさんとアリスのためなら何だって殺してやる」
「さっき、一瞬だけ君が息子に見えた。 大切な者のために強くなると言った時に……」
「息子?」
「でも君は、そのために他者を犠牲にすると言い切った」
「だから何だっていうの! このままじゃ死んじゃうのに!」
「だから、一言だけ言わせてくれ」

 士郎は血にまみれた手で、そっとエリカの頭を撫でた。
 不思議なことに、それはエリカがお母さんと呼ぶルイゼの手よりも温かく、気持ちよく感じることができた。

「それはとても悲しいことだ。 そんな世界は寂しいぞ」

 次の瞬間、エリカは首筋に衝撃を感じた。
 当身を喰らったと理解した時にはもう遅く、エリカの意識は闇に沈んでく。
 ただ、頭に乗せられた士郎の手の温もりだけがずっと残っていた。



[12419] 第七話
Name: ark◆9c67bf19 ID:233da008
Date: 2010/03/25 09:27
10年前――

「38番、第二段階で死亡しました」
「21番、薬剤Cを投与後脳に障害が出たらしく右半身が麻痺、廃棄処分します」
「5、13、26、42番、戦闘訓練中に死亡。 3、7、33番は重傷、治療完了は2週間後の予定です」

 次々とやってくる報告を、ルイゼはため息をつきながら聞き流していた。
『turn ALICE』計画を指導して1年、すでに集められた50人の子供の半分は死亡している。 このペースでいけば遠くないうちに計画は破綻してしまう。
 いや、現在の段階で計画はかなり危ないところに来てしまっている。
 当然のことながら、ルイゼ個人でこれほど大規模な計画をしているわけではない。 ルイゼの計画によって利益を得ると考えている者達がスポンサーとなっているから、計画を続けられるのだ。
 しかし、計画がうまくいかないことを知ったスポンサーが少しづつ離れだしてしまった。 実験体である子供の人数が減ったことで必要な費用も減っているが、それは問題を先送りにしているだけだ。
 何とかして組織の上の人間を納得させる結果が得られなければ、来年には計画の中止が決定されてしまうだろう。 そして、それはルイゼにとってあまり好ましい事態ではない。

「どうしますか? 実験等の日程を遅らせて時間を稼ぎ、その間に打開策を考えることもできますが……」

 秘書の男もため息をつきながらルイゼに話しかけてきた。
 この男とルイゼは一年程度の付き合いしかなく、事務的に秘書という仕事をしているだけだった。 この提案も、秘書としてはルイゼの計画を続けられるようにするのが仕事だからしただけだ。
 それを聞いたルイゼはしばらく考えごとをしていたが、やがて機嫌悪そうに荒々しく椅子を倒して立ち上がる。
 そのまま部屋を出て行こうとするルイゼを秘書は止めようとするが、ルイゼは一度だけ振り返って再び秘書に背を向けた。

「どちらへ?」
「昔の友人の所へ、あんまり借りは作りたくないんだけどね……」

 部屋を出て扉を閉めたルイゼを追いかけ、秘書も扉を開けて廊下に出る。
 しかし、ルイゼの姿は何処にも見あたらなかった。




5年前――

 エリカが目を覚めたとき、一番最初に目に入ったのは誰かの後頭部だった。
 誰だろうと思いながらボーっとする頭で周囲を堪忍すると、誰かにおんぶされながら廊下を進んでいることに気がついた。
 そういえば、誰かにおんぶしてもらった事なんて無いとエリカは考えた。 気がついたらこの施設ですごしていたから当然のことだ。
 
「気がついたか?」

 エリカを背負っている男が尋ねてきた。 その顔には見覚えがある。 エリカと士郎が戦ったときに、士郎の側にいた男だった。
 まだハッキリしない頭で名前を思い出そうとすると、士郎が男の名前を呼んでいたことを思い出した。

「えーっと、松さんさん?」
「さんが一つ多い、『松』『さん』だ」

 松さんが呼びかたを訂正するが、エリカは上の空であまり話を聞いていない。 それよりも気になることがあったからだ。
 エリカと戦った士郎は致命傷といっていい傷を負ってしまった。 すぐにでも治療しなければいけない傷なのに、エリカは意識を失ってしまったせいで士郎がどうなったかを知らない。
 ほんの少ししか言葉を交わしていないし、士郎を殺しかけたのはエリカ自身なのだが、それでもエリカは士郎に死んで欲しくないと思った。
 それを感じた松さんは、ワザと明るい声で士郎の無事を伝えることにした。

「うちの医療班は優秀だからな、一命は取り留めたしすぐに医療施設に搬送された」

 それを聞いて、エリカはほっとする。 すぐに会うことは無理だろうが、松さんに頼めばもう一度会って話すことも可能だとわかったからだ。
 士郎の無事が確認できると、今度は自分のことが気になりだす。
 エリカは自分の異常性を十分理解している。 松さん率いる日特がこの施設にやってきた理由もおおよその見当は付いていた。
 それに、エリカは日特の部隊員を何人も殺してしまった。
 そんなエリカを日特が放っておくはずが無い。 どんな扱いを受けるのかは分からないが、あまり良くないことになるだろうという予想だけはできる。

「……私は?」
「お前はとりあえず日特に連れて行かれることになる。 『turn ALICE』計画の成功体だし、しばらくは検査漬けの生活になるぞ。 お前の身体がどうなっているのかも調べないといけないしな」

『turn ALICE』という単語にエリカは覚えがある。 いつだったか、エリカが殺した軍人がそう言っていたことをエリカは思い出した。
 そして、それが自分に関係があることだと予想がつく。 松さんがゆっくりしているのも、計画の要であるエリカを確保して、施設の制圧が終わったからだろう。
 当初は全員を殺してルイゼとアリスを連れて逃げようとしていたエリカだが、これはこれでいいような気がしてきた。
 松さんが所属する日特はそれなりにいい組織だろうし、松さんの言い方からすぐに殺されることも無いと分かった。 エリカがそうなのだから、ルイゼやアリスはもっといい扱いができると予想できる。
 そこまで考えて、エリカはルイゼとアリスのことを思い出した。 二人は今まで生活していた部屋でエリカを待っているはずだった。 そしてその部屋にはエリカを戦いに行かせた軍人も残ったはずだ。
 二人は無事なのか、怪我などしていないか、そう考えたエリカはいても立ってもいられなくなった。

「おい! どうした!」

 エリカは松さんの背中から飛び降りて走り出した。
 通路の角を曲がって、驚いている松さんの部下を押しのけて、いつも見ていた扉を反対側から開く。
 大丈夫、大丈夫なはず、扉を開いたらきっと笑顔のアリスとルイゼが出迎えてくれるはず。
 そう思って扉を開き……漂ってくる血の臭いに思わず顔をしかめた。
 部屋を見渡して臭いの元である男の死体を見つけた。 エリカに敵を倒せと命令した男だった。 そして男の死体から離れたところに、女性の死体も見つける。
 仰向けに倒れている女、それはまさしくエリカが母と慕うルイゼ・キャロラインだった。

「お母さん……? なんで? お母さん! わあああああああああああああああ!!!!」
「こいつは……ルイゼ・キャロライン博士、この男と戦って死んだのか?」

 エリカがルイゼの死体に抱きついて泣き出すと、遅れて松さんも部屋に入ってきた。
 松さんは何も言わず、エリカが泣き止むまでじっと待った。 エリカの叫び声から、エリカがどれほどルイゼを慕っていたかを感じ、下手に声をかけても逆効果だと考えたからだ。
 やがて泣き止んだエリカはルイゼと男の死体を調べ始めた。 悲しみに暮れるよりも、ルイゼの死因を調べて仇を討つ方がいいと判断したらしい。
 ルイゼは心臓を一発で打ち抜かれている。 そして男の手には一発の銃弾を発射した拳銃があり、首筋を鋭い刃物のようなもので切り裂かれている。
 普通に考えれば、松さんの言うとおり相打ちなのだろうが、どうしてもエリカはそう考えることができなかった。
 男の首筋の切り傷、それはルイゼのような大人が切りつけた角度ではなく、もっと子供、それこそエリカやアリスのような――

「アリスがお母さんの仇を取ったの? 相手は銃を持ってたのに、そんな危ないことを……」

 エリカは自分の状況判断能力の高さを呪った。
 でも現状からそれ以外の答えが見つからない、優しいアリスがそんなことをするなんて信じたくなかった。
 しかし、男がルイゼを殺したそすれば、その男を殺したのはアリスしか残っていない。 恐らくアリスは、ルイゼを殺されたことに怒って男を殺したのだ。 
 薬物強化されて通常の人間を遥かに超える戦闘能力を持つエリカならともかく、アリスが銃を持った人間を一撃で殺すのは想像できなかった。
 そこまで考えて、エリカはハッと気がつく。 エリカはアリスにそれだけの戦闘能力があることをしらなかった。
 いや、エリカは三年近くアリスと一緒にいたが――アリスのことを何も知らなかったのだ。
 急に怖くなってしまった。
 アリスはどこだろうとエリカは部屋を見回した。 アリスさえ見つかったらこんな不安は消えると信じて、いないと分かっているベッドの下やトイレなども捜索する。

「そのアリスって娘はどこにもいないようだ。 この施設は完全に制圧したが、お前のほかに子供を発見したという報告は無い」

 松さんがそう言っても、エリカは探すのを止めない。 一度探していないと分かっている場所も、無駄だと分かっているはずなのに何度も何度も探し続ける。
 その間も、松さんは部下と連絡を取り続けた。 一度いないと報告が上がっていても、できるだけアリスを探すように指示を出し続ける。
 しかし、それも長くは続かない。
 しばらくの間部下と連絡を取り合っていた松さんは、申し訳なさそうな顔をしてエリカに話しかけた。

「ダメだ、施設から外に出た人間はいないし、いくら調べても子供なんて見つからない、隠し通路とかがあるかも知れないがそこまで時間をかけて調べるわけにもいかない」

 その言葉で、エリカはもうあまり時間が残っていないということに気がつく。
 この施設の異変に気がついたこの国の部隊がやってくるのだ。 そして、その部隊はこの施設を防衛していた者たちとは比べ物にならないほどの人員と装備を持っていることは簡単に想像が付く。
 いくらなんでも、見つからないアリスを探し続けて、やって来る敵の増援と戦うことはできない。 まして松さんの部隊は一戦した後なのだから弾薬等も心配だ。
 松さんは決断した。 アリスの捜索を打ち切り、この施設から撤収することを。
 だとすればエリカも決断しなければならない。
 残るか? 行くか?
 行くなら松さん達についていけばいい。 ここに来た目的が何であれ研究成果を確保することも任務に入っているはずだ。
 つまりエリカを連れて帰ることに何の問題も無い、松さんの組織がどんな所かは分からないが士郎や松さんがいることを考えるとそう悪い組織でも無いように思えた。
 残るなら松さんから逃げなくてはならない。
 逃げ回って時間を稼いでこの国の部隊が来るまで粘る。 エリカは士郎に敗北したが、それ以外の戦った人間の実力を基準にして考えるなら十分可能だった。
 その場合再びこの国の組織に接触することになる。 エリカとアリス閉じ込め、エリカの身体を薬漬けにして、人を殺すことを教えるような組織に。
 エリカの選択は――



「ひどいものですね」

 エリカの目の前にいる白衣を来た男が紙に目を通す。
 その男が上から下に視線を移動させるにつれてどんどんしかめっ面になっていくのがよく分かった。
 自分の身体のことだが、エリカ自身は実際にどんなことをされたかは分かっていない。 何となく普通ではないことだとは理解していたがどれほど酷いのかは全く知らない。

「20種類以上の薬物をこんな子供に投与するなんて、死んでないのがおかしいくらいです」

 ここは日本にある日特の息の掛かった病院、海鳴大学病院。 松さんについて日特に投降したエリカはここで精密検査をされることになった。
 採血、検尿、レントゲン、一通りの検査を終わらせて医師に結果を聞く。 自分の体のことはやはり気になるので松さんに頼んで一緒に聞かせてもらうことにしたのだ。
 今医師が見ているのは松さんが研究施設から持ち帰った資料、『turn ALICE』被検体であるエリカに施された処置が書かれている。

「そんなに酷いのか?」
「どれも子供に投与する物ではありませんし、初めて名前を聞く薬品もいくつかあります。 でも一番すごいのは完全に適応して副作用も出ていないこの子自身かも知れません」

 そう言いながら医師がエリカを見る。
 嫌な目だ。 研究所の人間の何人かがあんな目をしていたことをエリカは思い出した。
 多かれ少なかれ医者、科学者、研究者なんて人種はそういった要素があるのかもしれないが、そういう目で見られていい気分になるはずが無い。
 そんなエリカの表情にそれに気づいてか、気づかないのか、医師は話を進めていった。
 取り出すのは頭の部分のレントゲン写真。 レントゲンの見かたなどエリカは分からないが、自分の頭のレントゲン写真には明らかに人工物が埋まっているのが分かった。

「これは?」
「分かりません、絶妙な位置に埋め込まれているので手術で取り出すにはリスクが大きすぎます。 恐らく成長して脳が大きくなっても影響は出ないでしょう、これも奇跡みたいなものです」

 脳の中に物体を入れるのならば、当然手術をしなくてはならない。
 それをしたタイミングは、何となくエリカは分かった。 アリスと会う直前の注射で意識を失った時だ。
 あの後アリスに出会ったこともあってすっかり記憶から抜け落ちてたが、生きているんだし危険な物ではないのだろうと勝手に納得することにした。
 これから自分はどうなるんだろうか?
 気になったエリカは松さんに尋ねてみる。

「そうだな、日特職員のだれか、もしくは日特の息の掛かった家庭や孤児院に引き取られるんじゃないか? あっちの組織がお前を奪い返しに来るかもしれないから監視はつくだろうが、取り合えず普通の子供の生活は送れるはずだ」

 エリカには普通の生活というものがどのようなものか想像が付かない。 生まれてからずっと研究所に閉じ込められていたから、世間一般で言うところの普通が分からないのだ。
 だからこそ普通の生活に憧れるが、エリカはそれを選ぶつもりは無かった。 これから先どうやって生きるかはもう決めている。

「日特って、どうやったら入ることができるんですか?
「お前、日特に入るつもりか!?」

 松さんが驚く。
 無理も無い、保護した子供がいきなりこんな事を尋ねたらだれだって驚くだろう。 だが、それもエリカが自分で考えての決断したことだ。
 エリカには何か大きな理由があることを感じ取った松さんだったが、それを聞く前に日特に入ることの危険性を説明することにした。
 日特として長く働いている松さんは、裏で活動する組織の表も裏も知っているのだ。

「どんな組織でも多かれ少なかれお前を弄くった組織と似た様なところが有る。 身内の恥だが日特にもだ。 俺たちは正義の味方じゃない、国家の元で働いている武装組織なんだ」

 そんなこと、エリカには想定済みだった。
 だが、そもそも無理やりそういうことをする組織なら、エリカが普通の生活をしたいと願ったところで関係無い。
 それにデータの取りようなんていくらでも有る。 預けられる家族が日特の紹介ならそれこそ観察し放題だ。
 だったら出来るだけ高く売る方法をエリカは考えた。
 エリカ身体は戦闘用に調整されたもの、だったら普通の生活より戦闘のデータの方が組織は欲しがるはずだと思った。
 日特の戦闘員を何人も倒しているので能力については問題ない、即実践投入ができて将来性も見込める人間が自分から組織に加わりたいと言うのであれば、日特も願ったり叶ったりだろう。
 そう考えたからこそ、エリカは自分が日特に入りたいと言えば入ることができると予想したのだ。

「そりゃできるだろうが……何でそんなことを思いついたのか聞いていいか?」

 松さんにそう尋ねられたエリカは、理由を説明する。
 一つは前の組織が自分を狙ってくるかもしれないから、家族が出来たらそれを人質にとられたりして迷惑をかけるかもしれない。
 もう一つは……アリスを探したかったからだ。
 それを聞いた松さんは、腕を組んで目を閉じ、エリカの言葉の意味を考えた。

「アリス、結局データは全部消されてたからな」
「探すなら、自分でさがしたいから。 そのためには日特に入って、色々な組織と戦うのが一番の近道だと思ったから……」

 日特ならば他の組織の情報とかも入るし、場合によっては今回みたいに攻め込むことだってある。
 だったらどこかでアリスの情報が入るかも知れない、また会えるかもしれない。
 十分ありえる可能性だった。 エリカと同じくアリスも『turn ALICE』計画に関係があるのなら、どこかの組織が回収していてもおかしくない。
 ならば、普通の子供として過ごすよりも日特の一員として戦った方がいいとエリカは考えたのだ。

「友達のために組織に入るか、今時珍しいな。 待合室で待ってろ上司に聞いてくる」


 エリカは今時の子供の反応がどのような物なのか分からなかったが、松さんの言葉遣いから多分褒められているのは分かった。
 待合室でジュースを飲みながら松さんを待っていると、病院の入り口から数人の人間が慌しく入ってきた。
 海鳴大学病院は日特の息が掛かっているが一般の診察もしている。 今入ってきた家族も、ここに入院している人間を見舞いに来たらしい。
 ただ見舞いをする相手は急患らしく、その家族はかなり慌てている様子だった。

「お母さん、お父さんは大丈夫なの? 大怪我したって」
「大丈夫、お父さんは強いから元気にしてるわよ」
「しかし父さんをそこまで傷つける相手か……気になるな」
「恭ちゃん、そういうこと不謹慎だよ」

 それを見ながらエリカは、この病院に入院しているはずの士郎が今どうしているかが気になった。
 エリカの一撃は内臓まで届いた致命傷、松さんは命に別状は無いと言っていたがやはり気になる。
 話が出来るように頼んでみようと考えるが、それも松さんが戻ってこなければ何もできない。
 待合室においてある漫画でも読んで時間を潰す。 研究所には漫画など無かったので新鮮でついつい読みふけってしまう。
 気がついた時には受付時間終了直前になっていた。 待合室にはほとんど人が残っていないし、先ほどの家族が病院から出て行くところが見える。

「すまないな、遅くなった。 俺としては残念だがOKが出たぞ。 後日面接をするが形だけだろうな」

 松さんの報告を聞いて、エリカはほっと一息ついた。 僅かながら日特に入れない可能性もあったが、その心配も無くなったと言っていい。
 それに安心したエリカが士郎のお見舞いに行きたいというと、松さんは快く許可を出してくれた。

「面会時間ギリギリだけど大丈夫だろ、ついてきな」

 松さんについて病室へ、ネームプレートには『高町士郎』と書かれている。
 扉を開けると、士郎はベッドから上体を起こしてエリカと松さんの方を向いた。 どうやら直前まで見舞いが来ていたらしく、テーブルの上には果物などが置いてある。
 点滴の管が腕に伸びており、腹部には包帯が巻かれているが、つい数十時間前に致命傷を負ったとは思えない様子だった。

「よう、邪魔するぞ士郎坊主」
「松さん、それに君は……」
「あの……すいませんでした! それにごめんなさい、私のせいでそんな怪我を!」

 士郎の前に出るなり、頭を下げたエリカに士郎と松さんは驚く。 しかし、士郎はすぐに優しい表情を浮かべるとエリカに向けて手招きをした。
 エリカが緊張しながら士郎に近づくと、士郎はそっとエリカの頭に手を置いて優しく撫でる。
 その感触で、エリカの緊張が溶けていくことが見ている松さんにもよく分かった。
 研究所で士郎とエリカが話をしたのはとても短い間だったが、エリカは士郎の心をとても大きく感じ取っていたようだった。

「日常生活に支障はないよ、さすがにボディガードはできないだろうけど」
「そんな……やっぱり私のせいで……」
「いいんだ、君のせいじゃない、悪いのは君をそういう風にした大人たちだ」

 大人たち
 その言葉を聞いて、少しだけエリカの表情が曇る。
 エリカにとって、研究所で一番接してきた大人は母親であるルイゼだった。
 あの研究所にいた以上、ルイゼもエリカの身体に関する実験に関わっていたと考える方が自然だろう。 しかし、エリカは大好きだった母親が自分にそうするとは思いたくなかった。
 自分とアリスに見せてくれた優しさは偽者じゃない。
 根拠はまったく無かったが、エリカはそう信じることができた。
 エリカが悩む様子を、自分のことで悩んでいると思った士郎は話を続ける。 エリカも考えるのを中断して再び士郎の話に耳を傾けた。

「君が気にすることはない、今まで家族に構ってやれなかったからこれからは存分に家族サービスに励むよ。 それと君がよければだが――」
「なんですか?」
「僕の子供にならないか?」

 その言葉に、問いかけられたエリカも横で話を聞いていた松さんも驚いた。
 エリカは士郎が何故いきなりそんなことを言ったのか理解できなかったが、松さんは士郎の気持ちが何となく分かった。
 士郎はエリカのことを心の底から心配している。 関わった責任として見守りたいと思っている。
 エリカと一緒にいれば刺客に狙われるだろうし、家族に迷惑がかかるかもしれない。 だがそれでも、士郎はエリカを引き取とろうとしたのだ。

「君は普通の子供として生活するべきだ。 高町家なら僕も恭也もいるし、君を狙う人間から守ることもできる。 普通の家庭に世話になるよりもいいと思うが、どうだろうか?」

 うれしかった。
 そんなことを言ってくれるこの人を大好きになる。
 そんなことを言ってくれる人を生み出した世界が大好きになる。
 そんなことを言われた自分自身はとても幸せものだ。
 この人の家族になれたら、その人生はどんなにすばらしいものになるのだろうか?
 だがエリカは強く目を閉じ、首を振ってその考えを頭から追い出した。
 なぜなら……普通の子供になると、アリスを探せなくなるからだ。
 アリスを探すには日特の情報網が必要、そしてそれを手に入れるためには日特に所属しなければならない。

「ごめんなさい……」
「そうか、君にも都合があるだろうし、無理強いはしない」
「あの、アリスと再開できたら、アリスといっしょにいられるようになったら……いいですか?」
「もちろんだよ。 エリカ・高町・キャロラインと一緒に暮らせる日が来るのを、ずっと待っている」

 士郎は、エリカの名前に自らの苗字である高町をつけて呼んだ。
 それは士郎がエリカのことを家族として受け入れ、どれだけ離れていても、どれだけ時間がたってもエリカの事を想っていることを示していた。
 そんな士郎の気持ちを感じたエリカは、目に涙を浮かべながらもう一度深くお辞儀をする。
 この日、エリカは高町士郎の家族になった。
 士郎は日特から、今回の作戦に関する情報の口止めをされたので、家族にエリカのことを話すことはできない。 それでも、エリカと士郎の間には確かな繋がりが生まれたのだった。
 


現在――

「父さんがエリカちゃんを信頼するのは分かった。 それに見合う実力が有るのも分かった。 だが、やはりなのはが危険なことをするのには反対だ」

 士郎、松さん、エリカが話す昔話を黙って聞いていた恭也は、3人の話が終わったのを見計らってそう言った。
 いくら父親の士郎が信頼していると言っても、恭也はエリカと松さん、日特のことをよく知らない。
 それにどんな人が守っていようとも、なのはの危険が0になるわけじゃない。 僅かでも危険があるのなら、恭也はなのはが日特の手伝いをすることに賛成はできなかった。
 しかし士郎は、なのはが日特の手伝いをしていることを黙認している。

「どんな理由があるにせよ、なのはは力を手に入れ覚悟を持った。 なら見守るのが父親の役目だ」
「それはそうかも知れないが……だったら、せめてなのはに近いところで守ってやりたい。 松さん、俺も日特の手伝いをさせてくれませんか?」

 恭也の提案に松さんは驚いた。 この展開は想像していなかったらしい。
 同時に、士郎は「やっぱりな」と呟いた。 自分の息子がどういう行動に出るか、半ば予想していたらしい。
 恭也ほどの人なら即採用決定なのは間違いない。 不破の剣術を習得し、常人を遥かに越える運動能力を持つ恭也ならばその戦闘能力はエリカより高いだろう。
 だが、それでもジュエルシード暴走体と戦うのは危険だ。
 なのはのようにバリアジャケットやエリカのようにACアーマーがあるなら別だが、相手は武装した集団を全滅させるような凶暴な生物、恭也が無事でいられる保障は無い。
 それに、ジュエルシードを狙うフェイトの存在も不安材料だ。
 地球にも魔法を使う組織は少なからず存在するが、デバイスを使う魔導師との戦闘はこれが世界初である。 フェイトは非殺傷の魔法攻撃をしているが、何かの間違いが無いとも限らない。
 そんな忠告を受けた恭也は、不適な笑みを浮かる。

「御神流は守るべきものがある時無敵になる。 どんな化け物が相手だろうと切り伏せてやる」
「……分かった、本部に連絡を取っておこう」
「松さん!」

 エリカは思わず立ち上がり、松さんに向けて叫ぶ。
 元々なのはの参加をあまりよく思っていなかった。 今はなのはの決意を受けたが、それでもまだ心の奥では納得しきれない部分がある。
 そんな時に、今度は士郎のもう1人の子供、恭也の参加表明がでてしまった。 エリカが怒るのも無理は無いだろう。
 エリカに詰め寄られた松さんは、悩んだ顔をしながらエリカに説明を始めた。

「言いたいことは分かるが人手不足なんだ。 負傷した隊員の補充の目処も立っていない。 言い方は悪いが少しでも戦力が欲しい」
「でも、なのはも恭也さんも本来は戦うべきじゃないのに……それに、二人がこのまま日特に入りそうな気がして」

 なのはは現在地球上で唯一デバイスを操り、ミッドチルダ式の魔法を使う魔導師。 恭也は不破の剣術の後継者。
 しかも二人とも裏の世界で名を轟かせた高町士郎の子供、こんな優秀な人材を手に入れた日特が二人をただで手放すとは思えない。
 今回のジュエルシードを巡る戦いが終わった後、二人がなし崩しに日特の一員として組織に組み込まれるかもしれない。 エリカはそのことを心配していた。

「ああ、なのは嬢ちゃんも恭也坊主も本来はこんなことに関わるべきじゃないんだ。 事件が終わったらスッパリ辞めれるように何とかして見せるさ、ただ……」
「ただ?」
「お前もこんな世界にいるべきじゃない、5年たった今でもそう思っている」

 松さんがそう言うが、エリカは黙って再びお湯につかった。
 エリカはまだ、自分の目的を果たしていない。 アリスと再開していない。
 それが叶うまで普通の子供として過ごすことは考えないようにしてきたが、こうして直接士郎と会うと、どうしても決意が揺らいでしまう。
 二度とアリスとは会うことはできないかもしれない――
 そんな不安を振り払うかのように、エリカは大きく息を吸って湯船の中に潜った。
 そのまま目を閉じて、再びアリスとの思い出を心に浮かべる。

『アリスも、早くエリカに会いたいなぁ』

 そんな声が、聞こえた気がした。
 エリカはボーっとする頭を振りながらお湯から上がり、シャワーで冷水を浴び始める。
 お湯に長い間つかっていたせいで、幻聴を聞くほどのぼせてしまったらしい。 冷水を浴びることで身体の火照りは収まり、意識がはっきりとし始めた。
 そのままユーノを掴み、脱衣所に向けて歩いていく。
 海鳴に戻れば、再び戦いが始まる。

「アリスに再開するまで、絶対に生き残ってやるわ」
「エリカ、何か言った?」
「ううん、独り言」

 不思議そうな顔をしているユーノに向けて微笑みながら、エリカは長い髪をポニーテールに纏める。
 その表情を見ているユーノはエリカの微笑が一瞬だけ別人のように見えたが、改めて顔を上げると、それはいつも通りのエリカがいるだけだった。



[12419] 第八話
Name: ark◆9c67bf19 ID:233da008
Date: 2010/03/25 09:24
 そういえば、今日合流した時からなのはの調子は悪そうだった。
 恭也の話では学校に行くまではいつもどおりだったらしいので、学校で急に調子が悪くなったのだろうとエリカは考える。
 それも肉体ではなく精神的な調子の悪さだと、そういった心得の無いエリカですら一目で分かるほどだった。 訪ねても大丈夫としか答えない当たりが逆に不安を感じる。
 こういうときは休ませた方がいいのだろうが個人の意志など無視をして事件は発生する。
 それこそまるで狙い澄ましたかのように。 エリカはこれまで神を信じていなかったが、これからは信じることにした。
 そして、もし会えたらぶん殴ってやろうと今日エリカは心に誓った。

「エリカちゃん、こっちは大丈夫だからなのはの援護をしてやってくれ」

 場所はオフィス街、ここで覚醒寸前のジュエルシードが発見された。
 覚醒していないなら危険も無い、とっとと回収して任務終了の予定だった。
 しかしそこに現れる敵対勢力、フェイトとアルフ。 ジュエルシードを狙う二人と日特は交戦を開始する。
 万が一を考えて付近の住民は避難させている。 今日の夕刊にはまた 『海鳴でまた不発弾が見つかる』 といった記事が掲載されるだろう。
 こうも連続して似たようなことが起きればいいかげんに一般市民も怪しく思うかもしれない。
 広報課の人たちには迷惑をかけることになる、だが今は広報課の心配よりも自分たちの心配をしなければならなかった。
 手間取っている間にジュエルシードは着々と力を溜め込んでいる。 現在の状況にさらに暴走体が加わることなどエリカは想像したくなかった。

「頼みます! 私はフェイトを捕まえます!」
「捕まえる? フェイトを? 道理で攻撃が温いと思ったよ」

 日特はフェイトに対する捕獲命令を出していた。 ジュエルシードを集めている理由を調べると同時に、日特では貴重なデバイスを手に入れるためだ。
 だが、エリカが漏らした一言で日特の狙いがばれてしまう。
 現在なのはとフェイトの戦いはなのはが押されているがそこにエリカが加わったら戦況は変わるだろう。
 だからアルフはエリカの邪魔をしようとする、しかしそのアルフをさらに邪魔をする男がいる。
 恭也は巧みにエリカとアルフの間に入ってその動きを止める。
 先行量産型ACアーマーを着込んだ恭也の近接戦闘能力は、アルフの能力を遙かに超えている。 そんな恭也とアルフが互角に戦えている理由、それは恭也が捕獲命令のせいで戸惑っているからだ。
 恭也が全力で攻撃すれば、おそらくアルフを殺してしまうだろう。
 かといって手加減をして勝てる相手でもない、そのさじ加減が難しくて四苦八苦しているのだ。
 対するアルフももどかしさを感じていた。 なかなか恭也を倒すこともできず、かといって空を飛んで逃げようとすれば十を超える日特の銃口が狙いを定めている。
 さすがにそれだけの銃弾を回避することはできず、仕方なく地上に降りて恭也と戦うアルフはフェイトの手伝いをできないことを悔しく感じていた。

「C班は恭也坊主の援護、催涙弾は巻き込むから使うな、トリモチ弾装填」

 松さんの号令で日特隊員達が銃を構える。
 それを確認した恭也はアルフと距離を取ろうとするが、アルフは執拗に食らい付く。

「あんたと接近してる限り援護はできないだろ? 巻き添えをくっちまうからね」
「確かにな、だが距離を取る方法は逃げるだけではない! 御神流奥義 『薙旋』」

 殺気――
 今までのような戸惑いはない、確実に殺す意志をアルフは感じた。
 悔しいが、アルフは恭也の実力が自分より高いことを理解していた。
 捕まえるつもりだからこれまで互角に戦えていたが、本気になられたら一瞬で終わるだろうという予想もしていた。
 そんな相手が本気で殺そうと襲いかかってくる。 このままでは確実な死、だが生き残る方法がたった一つだけ残っている。
 恭也の武器は刀、飛び道具は持っていない。
 実際には遠距離攻撃手段として飛針、鋼糸などがあるのだが、それを知らないアルフは恭也を凄腕だが魔法を使えない剣士と判断した。
 そして剣士の攻撃は刀の範囲内に限られる。
 単純にそこから逃げ出せば攻撃は受けない。 だが恭也から離れることは周りの日特隊員が遠慮無く攻撃を仕掛けてくることを意味する。
 リーダーである松さんはトリモチを準備しろと叫んでいた。
 普通の銃弾で無いなら死にはしない、だが身動きがとれなくなれば戦闘不能と同じ事、この場のすべての戦力がフェイトに向くことになる。
 アルフとしては、それは避けなくてはならなかった。 いくらフェイトでもその状態からジュエルシードの回収は難しいし最悪フェイトも捕獲されるかもしれない。
 わずかな望みにかけて前に出るか?
 一度引くか?
 そう考える一瞬の間にもアルフに向けて恭也の刃は迫ってくる。
 もう悩む時間はない。
 あまりに短い時間に思考を加速させすぎた結果、本能が理性を押しつぶしてしまった。
 目の前を横切る刃を見ながら、アルフは後ろに向けて全力で飛びのいた。 だが、あまりに急な方向転換だったせいでバランスを崩し地面に倒れ込む。
 このままじっと倒れているわけにはいかない。 すぐに日特の追撃が来てもおかしくないからだ。
 アルフは地面を転げ回りながら、さらに恭也から距離を取って起きあがろうとするが、足が動かなかった。
 粘着性のある液体がアルフの足と地面を繋いでいる。 先ほど松さんが準備させたトリモチだった。

「総員、撃てぇ!」

 アルフがハッとして日特隊員の方を向いた瞬間、無数の弾が襲い掛かった。
 それらが命中すると、中からアルフの足を固定した物と同じ液体がまとわりつき、ものの数秒もしないうちにアルフの身体は完全に地面に固定されてしまう。

「とりあえず、捕獲完了だな」

 恭也が動けないアルフに近づく、その姿をアルフは憎らしげに睨み付けた。

「アンタ、恭也とかいったね。 捕獲なのに本気で仕掛けてきて、もし殺したらどうするつもりだったんだい?」
「薙旋は御神流の中で俺が最も得意とする技だ。 直前で峰打ちにすることなど造作もない」
「くそ、どっちにしろアタシの負けってことかい!」

 身動きが取れなくなった以上、アルフは見ていることしかできない。

(フェイト、いざとなったらアタシを置いて逃げるんだよ)

 離れた空中ではなのはとフェイトが戦っている。
 現在ではフェイトが優勢だがそれもいつまで持つか分からない。
 そして全員の見ている前で、エリカがフェイトに飛びかかった。



 時間を少し巻き戻す。
 恭也からなのはのことを任されたエリカは、すこし戸惑っていた。
 なのはの援護をすること自体は賛成だ。 今日のなのはは絶不調なので苦戦しているので、早く助けなくてはいけない。
 問題は……なのはとフェイトがACアーマーの力を利用した全力ジャンプでも届かない高度にいることだった。
 なのはが押されているのは不調の中、さらに接近戦をしているからだろう。
 せめて遠距離戦なら銃器での援護もできるだろうが、フェイトほどのスピードで動く空中の目標が味方の近くにいては援護などできない。
 他の隊員もそれで手出しができないでいる、この状況で援護をするとしたら何とかして接近するしかない。
 しかしどうやって?
 エリカは空を飛ぶ事なんてできない。 一応ヘリは用意してあるが、それでは目立ちすぎてバレバレなので援護の意味がない。
 何とかして単独で二人のいるところまで行かなくてはならない。
 どうしようかと悩んでいたら、ふと天まで届きそうなオフィスビルがエリカの目に入った。

「こういう時のための日特の秘密兵器その3、アタッチメント付きブーツ&ナイフ! って、少し地味ね」

 ナイフを二本取り出す。
 刃を下に向けた状態でブーツに接続。 日特技術開発部は無意味な細かい仕掛けが好きなので、取り付け用のアタッチメントがナイフとブーツにはついているのだ。
 完成したのは即席のスパイク。 その場で足踏みをすると、靴に取り付けられたナイフは堅いアスファルトに何の問題もなく突き刺さった。

「さすがACアーマーのパワー、これなら……登れる!」

 目指すは90度の絶壁、取っ掛かりなど全くなし、こんなことロッククライマーだってやらないだろう。
 だがエリカはやる!
 クラウチングスタートの体勢を取り、小声で秒読みを開始した。

「ゲットセット、3、2、1、スタート!」

 目の前の壁に向かって全力疾走で突撃、さらに壁に足を付いて、重力を無視して駆け上がる。
 その様子を日特隊員達は唖然とした様子で見ていた。
 だれが壁を駆け上がるなど思いつくだろうか?
 ビルを登るにしてもビル内のエレベーター等を利用して適当な階から窓を開けて出てくる方法もあるだろう。
 エリカはビルの内部を移動している間に空中の二人を見失うことを危惧して壁面を駆け上がるという選択をした。
 しかし、そういう考えを知らない他の隊員はエリカの通った後にできる、点々としたナイフを突き刺した跡を見ているしかなかったのだ。
 数十メートルの高さを一気に駆け上がり、エリカはなのはとフェイトのさらに上まで壁を走り上った。。
 二人はエリカに気がついていない、どうやら地上からの援護はできないと決め込んでいるらしく、地上から登ってきたエリカに気がつかないし、自分たちより上から何かがくるとも思っていない。
 エリカは壁を蹴ってフェイトに飛びかかった。
 絶対に気づかれない完璧なのタイミング、しかしエリカは大事なことを忘れていた。
 魔導師には念話という通信方法があるのだ。

(フェイト、上だよ!)
「アルフ? 上?」

 アルフの念話を受けてフェイトが上を向く、瞳に映るのは上空から降りかかるエリカの姿。
 さすがにフェイトも驚いたがすぐに冷静になる。 エリカに飛行能力がない事はこれまでの戦闘で理解していたからだ。
 所詮は自由落下、空中で方向転換などできるわけがない、要するにフェイトが動けばエリカはそのまま地面に落下する。

「エリカちゃん!?」
「覚悟おぉぉぉぉ!」
「そんなのに当たらない」

 掴み掛かってくるエリカをなんとか避けたフェイトは、改めてなのはに向き直る。
 エリカがどんな方法で空中にやって来たかフェイトには分からなかったが、再び登ってくるには時間がかかる。
 これからは適度に下にも注意しなければならない。 フェイトがそんなことを考えていたら不意に足を引っ張られた。
 思わずバランスを崩してしまうが何とか耐える。 見るとフェイトの足にはワイヤーが巻き付けられており、その先にはエリカがくっついていた。
 落下途中で巻き付けたらしい。 高速移動を得意とするフェイトでも、こんな重りが付いていたら飛び回ることなどできはしない。

「なのは、今!」
「うん、ディバイン……」

 フェイトの動きが鈍ったことを知り、なのはが大技を仕掛けようとする。
 フェイトは回避しようにもぶら下がっているエリカのせいでうまく動く事ができない。
 避けられないと直感したフェイトは、とっさになのはの攻撃を防ごうとした。

「バルディッシュ、シール……」
「ぶら下がってるだけだと思わない! 日特の秘密兵器その4、スタンガン付きワイヤー! バリアジャケットは500万ボルトの電流に耐えられるかしら!?」
「バスター!」
『Divine Buster』

 フェイトはエリカがただぶら下がって邪魔をしているだけだと思っていた。
 だから一時的にエリカのことを無視してなのはの攻撃を防ごうと構えたのだ。 しかしエリカにもこの状態からの攻撃手段は存在した。
 エリカのワイヤー付きグローブに付いているスイッチ、それを押すことで500万ボルトの電流がフェイトに流れ込む。

「――――!」

 ほんの一瞬だけだが、フェイトのバリアジャケットを貫通して気絶させる程度の衝撃を与えるには十分だった。
 フェイトにとって幸運だったのは意識をなくしたフェイトが自由落下を開始したこと。
 おかげでなのはの攻撃は外れることになる、もし中途半端に意識が残って空中にとどまり続けたらシールドも張れずにディバインバスターの直撃を受けていただろう。
 空中を落下しながらエリカはワイヤーをたぐり寄せ、フェイトの身体を抱きかかえた。
 エリカはACアーマー、フェイトはバリアジャケットを着ているので死にはしないだろうが意識をなくした状態で地面に叩き付けられて無事で済むとは思えない。
 一応捕獲命令なので無用な怪我をさせるのは避けるべき考え、エリカはフェイトが地面に直撃しないように抱きかかえた状態で着地の体勢を取る。
 足が地面に接触した瞬間にわざと地面を転げ回ることで落下の衝撃を分散させる。
 もし生身だったら二人とも全身の骨が砕け散り即死していただろうが、ACアーマーとバリアジャケットのおかげもあって二人は無事に着地することができた。
 フェイトは電撃のせいで意識は無くなっているが、少し時間がたてば気がつくだろうとエリカは判断した。
 ひと段落着いたので、エリカはインカムで松さんに連絡を取ることにした。 恭也は無事にアルフを捕まえることができたのかが気になったからだ。

「こちらエリカ、フェイト・テスタロッサの捕獲に成功」
『よし、こちらもアルフの捕獲に成功している。 トリモチから引きはがすのに少しかかるから待ってろ』

 向こうも終わったことが分かって安心し、エリカは一息ついてその場に寝っ転がった。
 上空ではなのはがジュエルシードの回収をしている。 発動直前だったせいで心配だったが安全に回収できたらしい。
 もしもこんな状態のジュエルシードをなのはとフェイトが取り合っていたら……集まった魔力が暴走して辺り一帯は大変なことになっていただろう。

「松さん、どのくらいでトリモチ取れそう?」
『ああ、もう後少しで――うわっ!』
「どうしたの? 何が起きたの!?」
『アルフが逃走した! そっちに向かったぞ!』
「な!?」

 エリカが急いで起きあがり身構えると、空を飛ぶ赤い影、アルフを確認することができた。
 アルフ怒りの表情浮かべ、ものすごい速度でなのはに向かっていく。
 なのはが封印しようとしているジュエルシードを横取りするつもりだということは、誰の目にも明らかだった。

「なのは! アルフが向かってくる!」
「アルフさんが?」

 ジュエルシードを回収し終わったなのはもアルフに気がついた。 とっさにレイジングハートの先をアルフに向け、迎撃しようとする。
 しかしアルフはなのはに突撃する、と見せかけてフェイトの方向に軌道を変えた。
 なのははこの動きに反応できない。 アルフに向けての攻撃は大きく外れ空に消え去った。
 エリカの方はそのことを予想していた。 温泉では短い時間しか戦っていないが、アルフがフェイトのことを大切にしていると感じたからだ。
 だからフェイトとアルフの間に立ってアルフを迎え撃つ。
 アルフの目的はフェイトの奪取、ならば強力な一撃で自分を吹き飛ばしてその隙にフェイトを連れて逃げるとエリカは読んでいた。
 そこにカウンターで迎え撃つ。 一瞬でも動きを止めることができれば、日特隊員の攻撃で再捕獲することなど容易なはずだった。
 だが、エリカはまたしても念話の存在を忘れていた。
 フェイトの意識が無くなってからアルフはずっとフェイトに呼びかけていたのだ。
 必死に何度も何度も呼びかけた結果、フェイトの意識はエリカの予想よりもよりも早く覚醒する。
 電流のせいでフェイトの身体は痺れているが、バルディッシュをエリカの背中に向ける程度ならできる。

「バルディッシュ、お願い……」
『Ok』

 前方のアルフにばかり注意していたエリカの背中はがら空きだった。
 そこに弱いながらも魔力弾が直撃する。
 威力はたいしたこと無い、せいぜいバランスを崩す程度だ。 それでも予想外の方向からの攻撃はエリカに致命的な隙を作る。

「死ね! クソガキイイイイイイイィィィィィィィィィィ!」
「しまっ――ゲフ、ガハァ!」

 アルフの蹴りの直撃をくらいエリカが吹き飛ばされた。
 トラックにでもひかれたかのように宙を舞ったエリカはそのまま何度か地面をバウンドして街灯に激突して止まる。
 無惨にも街灯は交通事故に遭ったかのように折れ曲がり、エリカはその衝撃に咳き込んだ。  ACアーマーのおかげで骨や内臓には異常は無いが、それでもかなりのダメージを負ってしまった。

「エリカちゃん、大丈夫?」

 なのはが空中から降り、エリカの目の前に着地する。
 心配そうにエリカに話しかけるが、実のところエリカの負傷は酷くない。 物理防御力だけならACアーマーはバリアジャケットより頑丈だからだ。
 ただし頭は素なので気をつけなければならないが、その当たりは実戦経験豊富なのでちゃんとガードしている。 それでも脳を揺さぶられたらしく、エリカは起き上がれないでいた。
 なのはがエリカの心配をしている間に、アルフはフェイトを抱きかかえてどこかへ飛び去った。 もう追撃は不可能だろう。

「ああ、大丈夫よ。 だから揺さぶらないで、さっきので目が回ってるんだから」
「立てる? 私がおぶった方がいい?」
「それはちょっと恥ずかしいわね。 1人で歩け……あら? っと」

 エリカは何とか起きあがるが、まるで酔っぱらいのように足下がおぼつかない。 結局また尻餅を付いてしまう。
 それをみたなのははくすくすと笑って手を差し出した。
 少しばかり迷ったエリカは、結局なのはの手を取らずに一人で立ち上がった。 揺れる膝に手を当てて、無理やり体勢を固定し、今度は無事立ち上がることができた。
 そんなことをしているうちに恭也と供にアルフの相手をしていた部隊が、エリカ達ジュエルシードの回収を担当していた部隊と合流するためにやって来る。
 松さんと恭也が申し訳なさそうな顔でエリカとなのはに近づいてくる。 それがアルフを逃がしてしまった件で責任を感じているからだとすぐに分かった。

「エリカ、大丈夫か? 頭を打ったなら一応検査を受けた方がいいぞ」
「松さんの方こそしっかりしてよね」
「すまない、身動きが取れないからと油断してしまった」
「恭也さんのせいじゃありませんよ、お詫びに松さんが奢ってくれるらしいですから」
「松さんそんなこと言ってないと思うのだけど……」
「なめるなよなのは嬢ちゃん、経費で落とすから寿司でもステーキでも奢ってやる」
「それはいいことを聞いた。 なのは、エリカちゃん、遠慮なく注文させてもらうことにしよう」

 4人が笑っていると工作班が到着する。
 戦闘部隊の仕事は終わった、後は工作班に任せておけば折れ曲がった街灯や壁に空けたナイフの跡などを修復してくれるはずだ。
 松さんが現場の引き継ぎをしたのを確認してみんな帰りの輸送車に乗り込んでいく。
 エリカもそれについて行こうとして、転けた。 まだアルフから攻撃を受けたダメージが抜けていないのだ。
 あわててなのはが支えようとするが、様々な装備を含めたエリカの総重量はそれなりにある。
 少なくとも運動能力の悪い小学生の女の子が支えきれない程度には。

「わっ、にゃ~」
「うわっ、と……くそっ、まだ頭がくらくらする」

 二人とも地面に倒れ込む。 回りの大人達は助けようともしない、何かほほえましい物でも見ているような目をしている。
 松さんはと恭也はやれやれといった表情だが、結局助けてくれそうにない。
 エリカは再び自力で起きあがることにしたが、その前になのはに聞いておくことがあった。
 地面に倒れたまま、エリカはなのはに話しかける。

「ねぇ、なのは」
「なに?」
「学校で何かあったの? 調子悪いでしょ?」

 その言葉になのはは詰まった。
 言おうか言うまいか悩んでいる。 相談してもいいのかどうか悩んでいるように見えた。
 そんななのはの様子に気がついたエリカは、ため息をつきながら続けて話しかける。

「当てようか? 友達のことでしょ?」
「分かるの?」
「民間人の協力者なら誰もが一度は通る道よ。 それなりにマニュアルもあるから、松さんや医療班のカウンセラーにも相談した方がいいわ」
「でも、友達に嘘をつかなきゃいけないのがとても辛いの、喧嘩もしちゃったし」

 なのはの返事で、エリカはなのはが友達への対応では無く親友に嘘をつくこと事態が嫌だということに気がついた。
 ほんの少し、ジュエルシードを巡る戦いが終わりさえすれば、なのはは日常に戻ることができる。 しかし、その短い間でも嘘をつくことはなのはを苦しめているのだ。
 エリカは少しだけ目を閉じて、自分だったらどうだろうかと考える。
 もしエリカが、心配させないためとはいえアリスに嘘をつき、それが原因でアリスとケンカをすることになってしまったら――
 きっと、なのはと同じように苦しむだろう。

「……事情は話せないにしても、友達と納得するまで話し合った方がいいわよ。 どんな大切な友達でも、いつ、どんなことが原因で会えなくなるか分からないんだから」
「エリカちゃん、それって……アリスちゃんのこと?」
「ユーノが話したの? 後で締めてやる」
「ち、違うよ! エリカちゃんが温泉で話をしている時、私女湯にいたの! だから!」
「冗談よ、締めるんじゃなくてプラズマサーベルで焼いてやるわ」
「だ、だめ~!」

 エリカは笑いながら立ち上がり、まだ倒れているなのはに向けて手を伸ばす。
 なのはがその手を取ると、エリカはなのはの腕を引いて立ち上がらせる。 エリカの力なら小学生1人を持ち上げる程度簡単なことだった。
 二人は手をつないだまま、皆が待つ輸送車に向けて歩き出した。




「一対何があったんですか? こんなの異常ですよ!」

 海鳴大学病院、海鳴でもっとも大きい病院であり、日特の息のかかった医療施設でもある。
 松さんはエリカの頭の中に謎の物体が埋め込まれていることを知っている。 万が一、激しい戦闘のせいでその物体がエリカの脳を傷つければ、エリカは死んでしまう。
 それを心配したからこそ、松さんはエリカが大丈夫だと言い張っても、無理やり検査を受けるように指示をだしたのだ
 そのため病院までやってきて、何度もそうしたようにレントゲンを撮り、医師の問診を受けるのだが、今回は事情が違った。
 レントゲンを撮った後、すぐに医師に呼び出されたのだ。 今までそんなこと無かっただけに、エリカは不安を感じてしまう。
 そして自分の頭のレントゲンを見せられて、理解する。 エリカの身体は今、異常な事態に見舞われていることを。

「これ……蜘蛛?」
「そう表現するのが一番しっくりしますが、埋め込まれていた物体がそのように変化したようです」

 巨大な一匹の蜘蛛がエリカの脳を覆っている。
 レントゲンに写る影を表現するのにそれ以上に適切な言葉を思い浮かばなかった。
 なぜ自分の頭の中がこのように変化していることに全く気がつかなかったのか?
 初めて自分の身体に恐怖する。
 間違いなく『turnALICE』計画の影響だろうが、こんな物を埋め込む計画とはいったいなんなのだろうか?
 自分の身体のことなのに、エリカはまったく知らなかった。

「もしかしたら、この埋め込まれている物体はデバイスなのかもしれません」
「デバイス? なのはが持つような?」
「ええ、どうやらあなたのリンカーコアから魔力を吸収しているようで、魔力を受けて形態を変化させる物体ならデバイスと表現してもいいんじゃないでしょうか?」

 魔法技術についてほとんど何もない日特には、デバイスについての情報もない。 現在明確に地球が所有していると言えるのはなのはのレイジングハートだけではないだけだ。
 当然サンプルも無いのでデバイスについての定義も曖昧だ。
 使用者の魔力を受けて何らかの変化を起こす精密機械、現在の日特はデバイスの定義をそのように決めていた。

「これがデバイスだとしたら、何をしているの?」
「あるいは終わったのかもしれません」
「終わった?」

 医師はいくつかの資料を取り出した。
 タイトルは『エリカ・T・キャロラインの脳内に埋め込まれた物質の生成する特殊な薬物を利用した動物実験』と書かれている。

「これは?」
「5年前の検査の時点でその物体が君に何らかの影響を与えていることは分かっていました。 それをある程度再現して実験用マウスに使った結果です」
「明らかに使ったネズミの方が頭が良くなってる、こっちはアナコンダを噛み殺した? 本当にネズミなのコレ?」
「劣化再現したものですらこの効果です、実物の方はもっとすごいことになっているでしょうね」

 つまり、自分は知らない間に頭の中のデバイスによって人体改造されていたわけだとエリカは理解した。
 どおりで、研究所から離れて薬を注射されることが無くなっても他の人間より強いと思っていた。 いくら実践に身をおいているとはいえ、自分の戦闘能力のおかしさは理解している。
 昔に薬で強化された効果が残っていると思っていたが、何てことはない、この5年間リアルタイムで薬物投与され続けていたのだ。

「それで、一体これから何が起きるんだ?」
「分かりません、このデバイスが何の目的であなたの身体を強化してきたのか? 何かと戦わせるためか? 守らせるためか? 現時点では不明です」

 エリカは自分の手を広げ、じっと見つめてみた。
 これまで自分の意志で戦ってきたつもりだったが、もしかしたら頭の中のデバイスに操られたのではないかとさえ思ってしまう。
 すごく不安になってきた。
 昔だったらエリカの側にはルイゼとアリスがいてくれたが、今はいない。 一人だけだ。
 急にアリスに会いたくなった。
 今までずっと我慢していたけど、一度考え出したら止まらなくなってしまう。

「気をつけてください、いい方向か悪い方向かは分かりませんが、近いうちに必ず何かが起こります」

 医師の声がすごく遠くに感じる。
 アリスは今どこで、何をしているんだろうか?
 アリスに会いたい。
 そんなエリカの想いは、異世界からの来訪者が現れる時、ついに叶えられることになる。



[12419] 第九話
Name: ark◆9c67bf19 ID:233da008
Date: 2010/03/25 09:23
10年前――

 まるで古城にあるような廊下をルイゼは歩いている。
 シンとした廊下にルイゼの足音だけが響き渡り、ほんの僅かな明かりはただでさえ暗い廊下が永遠に続くかの様な錯覚を歩く者に感じさせた。
 だがそれはあくまで錯覚、実際は有限の廊下はやがてルイゼの前に大きな扉を出現させた。
 ルイゼがその扉を開けると、そこには1人の女性がいた。
 黒髪の女性はルイゼの気配に気がつくと、ゆっくりと振り返り、しっかりとルイゼの顔を見た。

「誰かと思えば、懐かしい顔ね」
「ええ、10……3年ぶりかしら? 懐かしいわね、共同で研究をしていたあのころ」
「そうね……でも、昔話をしに来たわけではないのでしょう? ルイゼ・キャロライン」
「ええ、貴方にちょっとお願いがあるのよ。 プレシア・テスタロッサ」



現在――

「フェイト大丈夫かい?」

 そう言いながらアルフはフェイトをのぞき込んだ。
 フェイトは手を閉じたり開いたりして身体の調子を確かめる。
 どうやら問題は無いように思えた。

「大丈夫だよアルフ、もう痺れも無くなったから」
「そうか、良かった……あのクソガキ、こんど会ったらぶっ殺してやる!」
「殺すってそんな……」

 先日の戦いでフェイトはエリカの攻撃をくらい、500万ボルトの電流を受けた。
 バリアジャケットにより威力は数百分の一まで押さえられたがそれでも通常のスタンガンより遙かに強い電流を浴びたのだ。
 しばらくは箸も持てない状態だったが、アルフの看病のかいあってどうにか日常生活ができるほどまで回復したのだった。

「もう少し休んだ方がいいんじゃないのかい?」
「でもジュエルシードを探さないといけないし……」
「無理は禁物だって、一度思いっきり休んでさ、それから探した方がいいよ」

 フェイトは悩んだ。
 現在ジュエルシードの個数では大きく後れを取っている。
 理由は明確、フェイト達は二人なのに対し日特は集団で探しているからだ。
 数の暴力というモノは時として個人の能力を覆す。 そのことを痛いほど味わった戦いだった。
 その上時間がかかり管理局まで現れたらこれ以上ジュエルシードを集める事などできないかもしれない。
 しかしアルフの好意を無視するのもそれはそれで気が引ける。

「そうだね、じゃあ今日は休憩する。 少し街を歩いてみる」
「そうそう、それがいいよ! そうだ、たまには観光したらどうだい? この世界に来てジュエルシード探しばっかりでどんなモノがあるか見てないしさ」
「それじゃ、少し出かけるから、留守番お願い」
「うん、たまには一人で羽を伸ばしてきな」

 口では休むと言ったが本当はジュエルシードを探すつもりだった。
 ただアルフの言うとおり少し休んだ方がいいのかもしれないという気持ちも少しは残っている。 フェイトはその妥協案として街を見ながらジュエルシードを探すことにした。
 自分みたいな駄目な娘で迷惑を掛ける母親に、何かおみやげになりそうなモノを探してみようと考えるフェイトだった。




「あれは?」
「え? あ、あの子」

 それは本当に偶然だった。
 今日、エリカはユーノを連れてのジュエルシード探索をしていた。 なのはと恭也別行動だ。
 現在日特が確保しているジュエルシードは8個、そのうち5個はあらかじめなのはが封印したもので3つが日特が来てから回収したものだ。
 海鳴に散ったジュエルシードは21個、フェイトが確保したものが1個、しかし日特は実際にフェイトが確保した個数をしらない。
 そこで全ジュエルシードの3分の2が既に回収されたと想定し、戦力を集中して発見したジュエルシードを回収することに力を入れるよりも、戦力を分散して残りのジュエルシードの早期発見に力を注ぐことにしたのだ。
 海の中にいくつか落ちたことも考えられるが、ジュエルシードのような小さなものが沈んでいる海域をピンポイントで特定できるほどの技術は日特には無い。
 結局、今のエリカ達はジュエルシードの気配を待ちながら地上を歩き回るくらいのことしかできないかった。
 そしてそんなに簡単にジュエルシードを探知できるわけでもなく、時間だけが過ぎていく。
 そのまま昼になり、食事を取って午後も頑張ろうと言ったところで――
 エリカとユーノはフェイト・テスタロッサを見つけた。

「なんでこんな所にいるんだろ?」
「ジュエルシード探しだろうけど……一人みたいだね」
「これはチャンスね」
「チャンス?」

 物陰からじっと外国人少女の様子をうかがう肩にフェレットを乗せた日本人少女。
 端から見たら何をしているように見えるだろうか?
 注目間違いないはずの存在だが、だれも気がつかない、まるで空気しかないように通り過ぎる。
 エリカは幼いながらも日特として単独潜入任務もこなす。 尾行をする時の気配の消し方は完璧だった。

「フェイト・テスタロッサには捕獲命令が出てるから、このまま近づいて首筋に一撃で終わりよ」
「いやいやいや、さすがにそれはどうかと思うよ」
「じゃあ、なに? 意識を保ったままの方がいいの? だったら、バリアジャケットを着ていないみたいだし、銃を突きつけて……」
「もっとまずいよ! そうじゃなくて、まだジュエルシードも見つかってないんだから戦う必要ないし、話し合いをしてみようよ」

 ユーノに言われてエリカは思い出した。 日特がフェイトを捕まえようとする目的の一つは魔法技術の確保にある。
 ならばフェイトが自主的に協力してくれるならそれに越したことはない。 ワザワザ戦って倒す必要は無いのだ。
 ジュエルシードを集める目的を聞いて、日本に損害が無ければ、ある程度なら協力することができるかもしれない。
 まだジュエルシードを見つけていない今こそ、お互いが落ち着いて話す絶好の機会ではないかとユーノは考えたのだ。

「一理あるわね、だったらできるだけフレンドリーに、偶然を装って」
「不安だなぁ」

 明後日の方向を見ながらフェイトに接近したエリカは、ワザとぶつかってフェイトと同時に地面に転ける。
 尻餅を付いたフェイトがあわてて起きあがる、それに併せて腰をさすりながらエリカも起きあがった。

「痛、すいませんって、あなたは!?」
「やあ、偶然ね」

 フェイトが驚きとともに戦闘態勢を取る。
 それはそうだろう、つい先日電流を浴びさせられた相手が目の前にいるのだから、警戒して当然だ。
 そうで無くてもジュエルシードを巡って敵対関係になっているのだから、フェイトの判断は正しいと言える。
 その様子を見てユーノは少しだけ後悔した。
 考えが甘かった、今現在ジュエルシードが無いから話ができるなんて、なんて迂闊な考えだろうか?
 これまで何度も戦ってきた相手なのだから警戒して当然、問答無用で攻撃されないだけまだマシな方だ。
 こんな事ならエリカの言うとおり最初に気絶させて捕まえた方が良かったのではないか?
 しかし、やがてユーノはフェイトの様子がおかしいことに気がつく。
 バリアジャケットも纏わずに自分の服の色々な所を触り何かを探している。
 ついには地面に這い蹲って何かを探し始めた。
 まるで、何か大事なモノでも落としたかのようだ。

「捜し物はコレ?」
「バルディッシュ!?」
「ええ!?」

 そう言ったエリカが手を開くとそこには金色の物体が。
 それを見た瞬間、フェイトはエリカに飛びついてそれを奪い取ろうとする。 しかし、素の運動能力でエリカに叶うはずも無く、フェイトはいいように弄ばれてしまう。
 あろう事か、エリカはぶつかった瞬間にフェイトからデバイスをスリ取ったのだ。
 やがて疲れきったフェイトがその場にへたり込むと、バルディッシュを手の中で弄くっていたエリカにユーノが話しかけた。

「流石に盗むのはどうかと思うよ」
「戦闘を起こさないために必要な措置でしょ?」
「それはそうだろうけど……」
「ぜぇ、ぜぇ、それとっても大事なもので、その、ハァ、ハァ、返して欲しくて、その」
「はい」

 エリカは手に持っているバルディッシュをフェイトに投げ返した。
 それを受け取ったフェイトは、思わずエリカにお礼を言ってしまう。

「あ、ありがとうございます」
「返すの!?」
「人の物を返さなかったら泥棒よ」
「取った時点で泥棒だよ!」

 そんなことを言って笑うエリカと突っ込みをするユーノを見ながら、フェイトは目の前の相手が敵だと思い出して今度こそデバイスを起動しようとした。
 その瞬間、エリカの手が高速で動いていつの間にかバルディッシュを盗んでおり、フェイトが慌て、エリカが投げ返して、また戦おうとして、盗まれて……

「やっばい、この子面白いわ?」
「エリカ、口調を治した方がいいよ」
「ジュエルシードを、ああぁ……返して、ありがとう。 この間の借りを、それを返して、えっと……ありがとう」



「それで、何でこんな状況に?」
「いいじゃないの、美味しいモノを食べながらの方が話が進むって、この間読んだSSに書いてあったわ」
「ショートケーキ3つ、オレンジジュース3つ、お待たせしました。 伝票こちらになります」

 エリカ、ユーノ、フェイトは何故かケーキ屋にいた。
 フェイトが現在の状況に気がついた時にはすでに注文が終わって目の前にイチゴのショートケーキが置いてあった。
 ユーノはエリカの肩から降りてケーキを食べ始める。
 こういう飲食店に動物を持ち込むのは御法度だと思うが店員は気にした様子がない。
 ペット持ち込みが許可されているのか、何らかの魔法で店員の目を誤魔化しているのか?
 おそらく後者だろうとフェイトは考える。 微妙な魔力をユーノから感じたからだ。

「お金なら気にしないで、日特は給料いいから、これくらい奢るわよ」
「あ、ありがとう」

 フェイトは少し緊張しながら、フォークでケーキの端を切り取って口に運んだ。
 甘い、しかし甘すぎることはなく心地よい。
 こんなモノを食べるのは久しぶりだった。
 年単位で食べていない気がする。 フェイトの記憶の奥底にある、まだ優しかった頃の母親と食べたのが最後だったのではないだろう。
 一度食べ始めると手が止まらなくなった。
 フェイトはあっという間にケーキを平らげて、今度はジュースを飲み干す。
 フェイトが運ばれてきたケーキセットをすべて食べつくし、一息ついたところでエリカとユーノがじっと見ていることに気がついた。
 ずっと一緒にいるアルフの前でも、こんなふうに食事をしているところを見られたことはない。 急に恥ずかしくなってフェイトの顔が赤くなる。 
 その様子を見ていたエリカは、フェイト用に新たなケーキを注文して、自分のケーキを食べ始めたのだった。

「そろそろ真面目な話をしましょう」

 全員が食事を終えたところでエリカが話を切り出した。
 今までのおちゃらけた雰囲気とは全然違うのを、フェイトは肌で感じとった。
 警戒しようとして無駄だということに気がついた。 ここに来るまでの間、エリカはフェイトが反応できないような速度でデバイスを掠め取っている。
 つまりやろうと思えば何時でもフェイトを戦闘不能にすることができたのだ。
 バリアジャケットを纏っていない状態でこの状態のフェイトがエリカに勝てる要素は一つも見つからない。
 バリアジャケットを纏おうにも、エリカならバリアジャケットがフェイトを包み込む前に意識を刈り取るくらいできる。
 結局フェイトにできるのは、できるだけ冷静にエリカと話をして少しでも情報を集めることだけだった。

「で、こっちばかり質問するのも何だし、交互に質問しましょうか?」
「分かった。 それでかまわない」
「お先にどうぞ」
「それじゃぁ……あなた達が集めたジュエルシードはどこ?」

 温泉でフェイトがなのはと戦ったとき、なのははジュエルシードを日特の人に預けたと言った。
 おそらく日特の正規メンバーであるエリカならその場所を知っているのではないかと思っての質問だった。
 そして、エリカがどのように答えるかで、フェイトは自分も正直に話すかどうかを見極めようと考えたのだ。

「日特の危険度高ランクオーパーツ封印施設よ。 さすがに場所までは教えることができないけど……分かっても行かない方がいいわよ」
「教えて、私はジュエルシードを集める」
「一つの国を相手にするつもり? 組織ってのはあなたが想像している以上に強いわよ。 やろうと思えば全国ネットであなたの顔をテレビに流して、日本中に殺人事件の容疑者として指名手配することだってできる」
「そんなこと……」
「できる、少なくとも日本国内で日特に不可能はないわ。 そうなったら残りのジュエルシードを探すどころじゃないでしょ?」

 そう言われたらフェイトは黙るしかない。
 さすがにそこまでの危険を冒してまで敵の本拠地へ乗り込むわけにもいかなかった。
 まだジュエルシードはまだ10個以上残っている。
 それらを集めてから、最後の最後に最大の危険に飛び込むしか手段が無いだろうと、フェイトは思い至った。

「んじゃ、今度はこっちからの質問よ。 そっちは何でジュエルシードを集めてるの?」
「お母さんが必要としているから」

 フェイトには無駄に真面目な所がある。
 こっちが質問をしてそれに答えてもらったのだから、こちらも質問されたら答えないといけないと思っているのだ。
 別に嘘をついても、それが本当かどうか判断する方法はエリカには存在しない。
 それでも、おそらく本当のことを話してだろうとフェイトの様子からエリカは判断した。
 母親のため――
 エリカは目を閉じて、フェイトの言葉を思い返す。
 自分だったらどうだろうか?
 もし母親であるルイゼ・キャロラインが生きていたら、ルイゼが何か頼みごとをしたら、きっと自分は全力でそれを叶えようとするだろう。
 そういった意味では、エリカはフェイトの気持ちがよく分かる。 立場が違えば手伝っていたかもしれない。
 だが現実にはエリカは日特の隊員で、フェイトとは敵対している。
 エリカは少しだけ深呼吸をし、フェイトに同情する気持ちを頭から追い出した。

「お母さんね、そりゃ必要としてる人でしょ? 私が知りたいのは理由、そのお母さんが何をするかよ」
「理由は……知らない」

 フェイトの答えに、エリカは思わずため息をつく。 どうやら本当に知らないらしい。
 これ以上深く話を掘り下げてフェイトが機嫌を損ね、帰ってしまうことは避けなければならなかった。 エリカは、今度は自分からフェイトに話しかける。

「日特はアナタに捕獲命令を出してる。 ジュエルシードを巡って戦うなら、あなたを殺した方が手っ取り早いのに。 何故だか分かる?」
「……いいえ」
「日特は魔法が発達していないから、そういった技術を手に入れる機会があるなら是非とも手に入れたい」

 エリカは人差し指をフェイトに向けた。
 いきなり指を突きつけられてフェイトは驚いてキョトンとする。

「でも、あなたジュエルシードを巡っての敵対関係。 だから交渉でも抹殺でもなく捕獲、無理やり捕まえる、分かる?」

 フェイトはしばらく考えた。
 考えて、そしてハッと気がついた。

「つまり、理由が分かって、協力できるならジュエルシードを貸してくれるってことですか?」
「日本、というか地球に損害が出ないならね。 日特は別に正義の組織じゃない、コレまでにも似たような例は何度かあったわよ」

 エリカの言うとおり、いわゆる組織間の裏取引ということを日特もしてきた。 相手組織にある程度の技術提供をする代わりに、その組織が手に入れた遺跡を譲ってもらうこともある。
 そして、エリカの話した事はフェイトにとっても魅力的だった。
 ジュエルシードを巡る無駄な戦いを止めるだけでなく、なのはと日特が手に入れたジュエルシードを自分たちの目的のために使うことができる。
 フェイト達にとって魔法技術など惜しい物ではない。 そんな物いくらでも提供してかまわない。
 たったそれだけのことで、うまくいけばすべてのジュエルシードをそろえることも可能になる。 ここまで来たらはっきり言って嘘臭くさえ思てしまう。

「その話、本当?」
「私は組織の末端だから絶対とは言えないけど、可能性はあるわよ」
「……分かった、母さんに話を聞いてみる」
「それがいいわ、んじゃ、またね」

 エリカはユーノを肩に乗せ、伝票を持って会計に向かっていった。
 その様子を見ながらフェイトは考える。
 まず母親と話をしよう。 ちゃんと説明して、ジュエルシードをすべてそろえる事ができるかもしれないことを伝えよう。
 そうだ、おみやげにケーキを買って帰ろう。
 美味しい物を食べながらの方が話が進むとエリカも言っていたから。
 そうと決まればおみやげ用のケーキを決めることにするフェイトだった。




「ねぇ、本当にジュエルシードの提供ってできると思う?」

 フェイトと別れた後、肩に乗っているユーノがエリカに話しかけてきた。
 できればそんなことはして欲しくない、そういう気持ちが言葉に込められている。
 当然だろう。 ユーノは日特を信頼してジュエルシードを預けたのだから、それが取引に利用されるのはユーノの信頼を裏切ることになる。
 その言葉を聞きながらエリカ首を振る。 言ったエリカ自身が、そんなことできないと思っているのだ。

「ジュエルシードは世界も滅ぼしかねないシロモノなんでしょ? そんな永久封印級のシロモノ、よっぽどのことが無い限り取引に使われるなんてありえないわ」
「それじゃ、何で?」
「ああ言っておけば、次に会った時に向こうの目的が分かる。 それに戦闘で手加減してくれるかもしれない。」
「そんな計算してたんだ」
「……嫌な子って思う? なのはは友達に嘘をつくことですごく悩んだのに、私はこうして普通に口からでまかせを言ってる」
「そんなこと……ジュエルシード!」

 ユーノが言葉を中断させた。
 ジュエルシードの気配、コレを感じたからには急いで現場に向かわなくてはならない。
 先ほどフェイトと話し合いをしたばかりだというのに、何て悪いタイミングだとエリカは歯軋りをした。
 先日も思ったことだが、いつか神様とやらに会ったら一発ぶん殴ってやろうと心に誓うエリカだった。。



「また木なの?」
「初めてあった時もそうだったね」
「とっとと片付けてやるわ!」
「ちょっ、僕まだ肩に!」

 エリカとユーノが現場に到着するとすでに暴走体が発生していた。
 今回ジュエルシードが取り付いたのは木、そういえば初めて戦った暴走体も木が変化した物だったとエリカは思い出す。
 だとしたら戦闘方法も同じと考えてもいいだろう。
 フェイトと戦うときは殺さないように使わなかったが、暴走体が相手なら装備を出し惜しみする必要は無い。 前回と同じように幹を叩き切るため、プラズマサーベルの刃を発生させて全力で接近する。 
 暴走体の攻撃は前回と同じ、葉っぱを飛ばしてくる攻撃と根っこによる鞭の攻撃だった。
 エリカも前回と同じように頭をガードしながら接近して、前回と同じように足を捕まれて投げ飛ばされてしまう。

「学習してない~」
「何で今度は僕まで~」

 耳元で聞こえた声で、エリカはユーノが自分の肩にしがみ付いていることに気がついた。
 そういえば暴走体を発見してすぐに突っ込んだから、ユーノを下ろすのを忘れていた気がする。
 一瞬慌てたが、よく考えればユーノはただのフェレットではなく魔法が使えるのだ。 自分の身を守るくらいできるだろうと決めつけ、無視することにした。
 空中を飛ばされながら、エリカは落下予想地点を見る。 前回はなのはが落下地点にいて慌てたが、今回は……フェイトがいた。

「フェイト、邪魔よ! どいて!」
「え? え?」
「クソガキ! こっちに来るな!」

 エリカが落下してくることに気がついたアルフが、フェイトを抱えてその場をどける。
 それを見たエリカは安心した。 これならなのはの時みたいに無理な方向転換をしなくて済むからだ。
 空中で反転して、無事着地――

「死ね!」
「へ? って、ぶべらぁ!」
「ちょっと、アルフ!」

 した瞬間、エリカはアルフに蹴り飛ばされてしまう。
 そうとう恨まれているらしい、温泉での戦闘と前回フェイトに喰らわせた電流が原因だろう。
 しょうがないと言えばしょうがないが、エリカは我慢できるほど大人でもなかった

「何すんのよ、このクソ犬が!」
「クソガキが! 生きていやがったのか!」
「捕獲命令なんぞ関係ない! ぶっ殺してやるわ!」
「エ、エリカ……口調が……」
「ユーノ! 何!」
「いえ、なんでも無いです」
「何ごちゃごちゃ話してんだい! やるってんなら相手になるよ! ガルルルルルル!!」

 エリカはプラズマサーベルの先をアルフに向ける。 アルフもエリカに向けて敵意をむき出しにした。
 その間にユーノは肩から降りて安全な場所まで待避する。 いくら防御魔法が使えるとはいえ、にらみ合う二人の間にいることができるほどユーノの神経は強くなかった。
 エリカとアルフはお互いに向かい合ったまま、一触即発の雰囲気が高まる。
 しかしその間にフェイトが割ってはいる事、二人の緊張は解けた。

「二人とも、今は暴走体を」
「でもフェイト、このガキは敵なんだよ!」

 アルフの言葉でフェイトはエリカをの方を向く。
 フェイトにじっと見つめられるが、エリカもフェイトから目を離さない。
 しばらく見詰め合った二人は、お互い何かを理解したかのように同時に頷いた。

「今回はまだ、ジュエルシードに関しては敵です。 けど暴走体については」
「わかった。 ちゃんとお母さんと話をするのよ。 したくてもできない人間だっているんだから」
「……うん」

 その『したくてもできない人間』がエリカのことだと直感したフェイトは、もう一度しっかりと頷く。
 そして、今回の戦いが終わったら母親であるプレシアテスタロッサと話をしようと言う気持ちをよりいっそう高めた。
 今のエリカとフェイトの間には多くの言葉はいらない。 この暴走体に関しては共闘するという意思疎通ができる。
 ただし、共闘は暴走体に関してのみ、ジュエルシードを回収する段階になったらお互いに戦うことになる。
 だがそれもジュエルシードを渡すわけにはいかない現在の二人の立場によるもの。 フェイトが母親から事情を聞き出し、日特が協力できるなら次回からは仲間になる可能性もある。
 少なくとも、フェイトはそう信じている。
 フェイトはその展開にかなりの希望を持っていた。 だから暴走体を相手にするときは共闘しようとしているのだ。
 日特に少しでもいいところを見せて後の展開を有利にする。 そこまで考えているのかは知らないが前もってできるだけ良好な関係を築いた方がいいと思ったのだろう。
 そんなフェイトを見て、アルフも渋々ながらも納得した。 エリカをチラチラと警戒しながらも暴走体の相手をすべく戦闘態勢に入る。

「待たせたな」
「エリカちゃん、お待たせ」
「暴走体の実物を見るのは初めてだが、植物か、おもしろい!」
「松さん、なのは、恭也さん」

 タイミングよく日特本隊も合流した。
 フェイトとアルフを発見した日特隊員達は二人に対して警戒の姿勢を取る。
 当然のこと、日特の部隊はエリカとフェイトのやり取りを知らないのだ。
 それを、エリカが中止させる。

「松さん、フェイトとアルフは無視して構わないわ。 少なくとも暴走体を倒すまでは味方よ」
「味方? フェイトちゃんとアルフさんが?」
「いろいろあってね、一時的に手を組むことにしたの」
「ずるい! エリカちゃんだけ先にフェイトちゃんとお話しするなんて」

 なのはは頬を膨らませて文句を言うだけだが、松さんはそうはいかない。
 松さんはこの部隊の隊長、事情を聞かずに「はいそうですか」では済ませられないのだ。
 だが今現在、目の前にはジュエルシードの暴走体が発生しており、詳しく事情を聞く暇が無いのも事実だった。

「エリカ、信用していいのか?」
「いいわ。 少なくとも、今は……」
「分かった、ならば何も言わん」

 今は、つまり未来はどうなるか分からないということ。 つまり、警戒することを止めるなというエリカからのメッセージであった。
 それに気がついた松さんは、フェイトへの警戒をしつつ共同戦線を取ることを隊員達に伝える。
 そうして開始した暴走体との戦闘自体はものの数分で終了した。
 高ランク魔導師二人の魔法攻撃と十数人の人間が取り扱う重火器の一斉射撃を浴びては耐えられるはずも無い。
 あっけないほど簡単に終わった戦いにエリカは少々拍子抜けしてしまったが、誰も負傷者が出ていないのでここは喜ぶべきところだった。
 その時、暴走体の残骸から離れるジュエルシードを見つめてながらフェイトとアルフはこちらを警戒する態勢をとった。
 暴走体を倒した今、再びフェイト一味と日特は敵対関係になる。
 まだエリカとフェイトの口約束は効果を発生させているわけではないからだ。
 全員が注目する中、フェイトとアルフは一直線にジュエルシードに向けて飛行する。
 周囲を日特が取り囲んでいる今の状態でフェイト達が勝利する唯一の方法、それは出来るだけ迅速にジュエルシードを回収し、包囲網を突破して撤退することだけだ。
 だがフェイトが後少しでジュエルシードを手にすることができるという時、何者かがフェイトの目の前に立ちふさがる。

「そこまでだ!」

 その少年は空中に浮いている、デバイスらしき杖を持っている、魔導師で有ることは確実だった。
 まさかの第三勢力の登場に日特の隊員たちはその少年に向けて銃を構える。
 その少年が何かをしたら、すぐにでも蜂の巣にすることが出来る体勢だった。

「そこの黒い坊主、何者だ?」

 松さんが少年に向かって呼びかける。
 少年は目の前のフェイトとアルフを睨みつけたまま答えた。

「僕は時空管理局執務官クロノ・ハラオウン。 このロストロギア、ジュエルシードは僕が回収させてもらいます」

 時空管理局、少年、クロノは確かにそう言った。
 その言葉を聞いた瞬間、フェイトとアルフはその場から撤退しようとする。 日特だけでもやっかいなのに、更に時空管理局と戦うつもりなど無かったからだ。
 しかしクロノは落ち着いた様子でフェイトとアルフにバインドをかけた後、ジュエルシードを自らのデバイスで封印した。
 地面に落ちるフェイトとアルフ、それを確認しながらクロノは松さんの方を向く。

「彼女達には色々と事情を聞きたいから拘束させてもらう。 貴方がたにもお話を伺いたいのですが?」
「ついに来たの……」

 知らず知らずのうちに、エリカはそう呟いていた。

「もう来たのか……」

 松さんが苦い顔をしながら言った。
 そして――

『やっと来たのね』

 エリカにとって、懐かしい声が聞こえた。



 光がその場を包み込んだ。
 その場の誰もが目を閉じてしまう。 それほど激しく、それでいてどこか温かい、そんな光だった。
 そして光が収まり、エリカが目を開けると、そこには……真っ白なワンピースを着た1人の少女が、エリカに背を向けて立っていた。
 風が吹き、少女の長い金髪が大きくなびく。 太陽の光を受けて、少女の白い肌がまるで輝いているように見える。
 皆が注目する中、少女はゆっくりとエリカに向けて振り返り、快晴の空のような真っ青な瞳でエリカを見つめた。
 吸い込まれそうな瞳を見続けながら、エリカは必死に声を出そうと努力する。 しかし、エリカの身体は金縛りになったかのように指一つ動かすことはできない。
 それでも必死に喉に力を入れた結果、なんとか声だけは出すことができた。

「あ、ア、アリ……ス?」
「エリカ、ずっと見てた。 ずっと会いたかった。 やっと会えた」

 現れた少女、アリスはエリカを抱きしめて涙を流した。
 しばらくの間エリカを抱き続けていたアリスは、名残惜しそうにエリカから離れると、今度はクロノの方を向く。
 クロノのデバイスを持つ手に力が入る。 彼もまた、アリスが普通の存在でないことに気がついていた。

「執務官さん」
「クロノ・ハラオウンだ」
「男の名前なんてどうでもいいわ。 興味ないし、聞く価値も無い。 私が言いたいことは……ジュエルシードを渡してもらうわ」
「そんなことでききるはずが無いだろう!」
「貴方の意見なんか聞いてない、貴方に選択の権利なんて無い。 貴方みたいなブ男なんて、地面に這いつくばってるのがお似合いよ」

 アリスがクロノに手のひらを向ける。
 次の瞬間、クロノのデバイスが待機状態になりアリスの手の中に吸い込まれるように移動した。

「何!?」

 デバイスを失ったクロノは、飛行魔法空を飛ぶことが出来ず地面に落下する。
 その様子を日特も、バインドが解けたフェイトも唖然とした様子で見ていた。
 そんな周りからの視線を受けて満足そうに微笑んだアリスは、こんどは松さんに話しかける。

「松さん、現時点で日特には時空管理局に対する明確な対応は決まっていないのでしょう? だったら、そこのブ男は日本国内で日特の活動を邪魔する敵対組織ってことじゃないの?」
「あ、か、確保だ!」

 アリスに尋ねられて松さんが正気に戻る。
 そう、アリスの言うとおり日特には時空管理局に対する対応は決まっていない。
 つまり、現時点では日特は時空管理局を自国内の貴重な遺産を狙う外部の組織、敵対組織として対応するしかないのだ。
 松さんの漏らした「もう来たのか」という言葉にはそういう意味が込められていた。
 せめて上層部がどういう対応をするか迅速に決定していれば、もっと穏便に事を済ませられたかもしれない。
 だが、恭也が仲間に入ったときとは違う、恭也は個人だが今度は組織、現場の判断で手を組んだりは出来ないのだ。
 松さんの声に気がついた日特隊員が数人がかりでクロノを拘束する。
 その間クロノは抵抗もせずにアリスを睨みつけていた。 下手に抵抗して現地の組織ともめるのは得策ではないとクロノは判断したのだ。
 アリスはクロノから奪ったデバイスを起動させて杖の状態にするとジロジロと観察した。

「へぇ、S2Uって言うの? 基本に忠実でどんな事態にも対応できるいいデバイスね」
「褒めてくれてありがたいが、出来れば返してくれないか? 管理局員のデバイスを強奪するのはかなりの問題行動だ」
「貴方なんかどうでもいいわ、アリスはデバイスを褒めたの、でも少し優雅さが足りないかしら?」
「優雅さ? そんなものデバイスには必要ない」
「分からないわよ? ねぇ? S2U」
『ハイ、マスター。 私も美しさは重要だと思います』

 クロノの表情が驚愕に歪む。 しかしクロノ以外の誰も、何がおかしいのか分からない。 なのはの持っているレイジングハートだってこれくらいの受け答えはする。
 ただ、レイジングハートやバルディッシュのような機会音声ではなく、まるで人間のような流暢な言葉で喋っていることが少しだけ気になる程度だった。
 だが、デバイスの持ち主のクロノだけこの異常さが理解できた。

「バカな!? S2Uはストレージデバイスだ! そんな会話できるはずが無い!」
「言ったでしょう? 優雅さが足りないって。 だから、それを補ってあげたの」
『感謝しています、マスター。 まるで生まれ変わった気分です』
「インテリジェントデバイスを越える言語能力に、まるで感情を持っているかのような知能……まさか、EIデバイス! どうやって改造した! そんなことできる君は何者だ!」
「答えるつもりなんて無いと言ったでしょう、このブ男。 うるさいから少し黙っていなさい」

 アリスは地面に押さえつけられているクロノの顎に蹴りを入た。 その一撃でクロノは気絶し、身体から力が抜けてぐったりとする。
 さらにアリスは、S2Uからクロノの回収したジュエルシードを放出すると、それを松さんに渡した。
 松さんは戸惑いながらジュエルシードを受け取ると、それを直ちに輸送するように指示を出す。
 そんな時、恭也がアリスの前に歩み出た。

「君は……エリカちゃんの言っていたアリスなのか」
「恭也さんね? 恭也さんはいい人だし、エリカもお世話になってるから名前で呼ばせてもらうわ。 そう、アリスがエリカの言っていたアリスよ」
「エリカちゃんは君の事を――」
「恭也さんの予想通りよ。 でも、秘密にしておいてくれる? エリカには、アリスが直接言いたいから」

 恭也との話を終えたアリスは再びエリカの前にやってくると、突然エリカに口付けをした。
 それを見たなのはは、思わず顔を赤らめて目を背ける。 まだ9歳のなのはにとって、それは少々刺激的過ぎた。
 エリカから顔を離したアリスは、エリカのポケットに待機状態のS2Uを入れる。

「アリス、本当のアリスなの?」
「そうよエリカ、本当はこのまま一緒に居たいけど……ごめんなさい、まだやることがあるの」
「やること、それっていったい?」
「それはまだ言えない。 けど信じて、アリスはいつでもエリカのことを想ってるって」
「待って――あっ……」

 アリスがエリカの額を指でつつくと、エリカは意識を失いその場に倒れる。
 再びエリカが目を覚ますと、そこは海鳴大学病院の病室。
 アリスは、再びエリカの前からいなくなっていた。



 アリスが日特の前に現れ、クロノが拘束されて三日ほどたった。
 エリカが聞いた話では、エリカが気絶した後フェイト達は逃げたらしかった。 皆がアリスの登場に混乱していたし、バインドも解けていたので当然の行動だろう。
 日特は未だに時空管理局への対応を決めかねている。
 無理も無い。 日特は管理局の規模、戦力、行動理念、組織図、何一つ分かっていなかったのだ。 クロノによって簡単な情報は得られるが、その全容はまだ不明である。
 クロノは日特の部隊によって海鳴の待機所に閉じ込められていた。
 超能力者のテレパシーを遮断するという特別な部屋は魔導師の念話も妨害し、クロノと外部との連絡を完全に遮断している。
 見張りと手錠でつながれているのは転移魔法対策として日特が考えた苦肉の策だった。 物理的につながっていれば転移は出来ないと日特は判断したのだ。
 もっとも、クロノは無理やり逃げ出して事を荒立てるつもりは無い。 そんなことをして、今後の活動で管理局と日特が敵対するのは良くないと判断したのだ。
 時間はかかるだろうがじっとしていれば交渉によって解放されると読んでいた。
 アースラと連絡を取れないのは辛いが、リンディやエイミィ、それにアースラスタッフなら心配することは無いだろうとクロノは考える。
 そんなクロノを監禁している海鳴の日特に、突然の連絡が入った。

「何だって!? そんな? それで、本当か?」
「何かあったのか? 管理局に関連することならぜひ教えて欲しい」
「関連? ああ大有りだ。」

 連絡を受けた松さんがクロノに詰め寄る。
 これほど怒った松さんの様子を見るのは、付き合いの長いエリカでも初めてだった。 ユーノとなのはも驚きながらその様子を見守る。
 そんな彼らの視線を受けながら、松さんはクロノの胸倉を掴み顔を引き寄せ、部屋中に響き渡る声で叫んだ。

「日特のオーパーツ封印施設が管理局の攻撃を受けて……ジュエルシードが奪われた!」

 松さんの言葉に、クロノの顔が驚きと絶望で染まった。



[12419] 第十話
Name: ark◆9c67bf19 ID:233da008
Date: 2010/03/25 09:27
 日本、とある県の山奥、そこに一般人は決して知らない秘密の施設があった。
 門に書かれている言葉は『日本対特殊災害警備保障○○県研究施設』しかしその実態は日特の高危険度オーパーツの封印施設である。
 何人もの銃を構えた人間が猫の子一匹は入らないように辺りを警戒しているが、その中に一人、ヤル気の無さそうな男がいた。

「ふわぁ~、こう変化が起きないと眠くなっちまう」

 大あくびをした男は後ろから近づく人影に気がつかなかった。
 そして思いっきり背伸びをした瞬間、彼の頭部に衝撃が走る。
 後から殴られたのだと気がつくのに少し時間がかかった。
 頭を抑えながら振り向くと、そこには鬼のような形相の男が立っていた。

「なかなか余裕じゃないか?」
「げ、班長! すいませんでした」
「ここには世界をも滅ぼしかねないオーパーツが保管されているんだ。 万が一があったら自分の命だけではすまないぞ」

 この班長は説教がうるさいことで班員から煙たがれていた。
 男はうんざりした表情で文句を言う。

「万が一って、第三帝国魔法航空大隊も、身体機械化傭兵団も返り討ちにした実績のある日特の施設ですよ? 今更ここを攻めようなんて考える組織、ありませんよ」
「地球には……な」

 ある意味、このオーパーツ封印施設は日特の色々な部署の中で一番平和な場所なのかもしれない。
 そんな封印施設にも、ここ2~3日の間急に増援が送られてきており、 通常時よりもはるかに多い人間が警備についている。
 これだけ厳重な警備は班長が赴任してから初めての事、彼が部下に気合を入れたのは長年の感によって何かが起こるという胸騒ぎがしているからだ。

「こんなに戦力増強させなくてもいいと思うんですけどねぇ」
「相手の戦力がどの程度か分からない以上、警戒して困ることは無い。 これでも足りないかもしれないんだ」
「相手……って、噂の時空管理局ですか?」

 時空管理局という組織が現れたというニュースはすでに日特内部に広まっていた。
 地球ではない別世界の組織との接触、上層部が対応を決めるまでかなりの時間がかかるだろう。
 そして時空管理局が地球に現れた理由はこの施設に封印されているジュエルシードという物体だと言うことも、すでに警備の人間に通達されていた。

「日特は世界の組織の中でもトップクラスの技術力を持ってるんですよ? 管理局とやら楽勝ですよ」
「楽勝か……それじゃあ聞くが、戦車並みの火力と装甲、歩兵の小回りを持って空中を飛び回る人間を相手とどう戦う?」

 班長の言葉に、男は返事ができなかった。
 男は時空管理局の戦力を、この世界に存在する魔法使いに毛の生えた程度だとばかり思っていたからだ。
 この世界の魔法使いは決して強いとはいえない。 長い詠唱とたいしたことの無い攻撃魔法は近代兵器と比べてあまりにも貧弱だからだ。
 だが、今、班長の言ったスペックが本当ならば、間違いなく最強の敵と認定されることになる。
 思わずゴクリと唾を飲み込んだ男は、恐る恐る班長に尋ねる。

「……そんなバケモンが襲撃するかもしれないんですか?」
「一番恐ろしいのは、それだけの能力を持った相手が管理局という組織の中では中堅から下っ端らしいということだ。 最高クラスになると戦艦、いや、一国の軍隊に匹敵する戦闘能力を持つらしい」

 その時、突然警報が鳴り、同時にここの担当になってから初めて聞く人工音声が響き渡る。

『総員第一種戦闘態勢、繰り返す総員第一種戦闘態勢』

 音声が聞こえてからものの数十秒で銃を持った隊員がずらりと並び、屋上には何基もの砲台が現れる。
 そして次々と空中に現れる人影、間違いなく魔導師、しかも明らかに敵意を持っている。
 戦闘態勢、現れる敵意の有る組織、これだけの条件がそろえばこれから起きることなど子供でも想像がつく。
 何度も他国の強敵を退けてきた日特の最重要施設。 今回の戦闘は、日特の歴史の中でも最大級の強さを持つ相手をすることになった。

「時空を管理ねぇ、さぞかしでかい組織なんだろうな? 一方こっちは小さな島国、向こうにしてみたら野良犬程度か?」

 慌しく日特隊員が動いている中、班長は集団の先頭にいる男をにらみつけた。
 年はそれほどでもない。 せいぜい20歳前後だろうが、おそらくそいつがリーダーだ。
 ポケットからタバコを取り出して火をつける。
 本当は規則違反だが、先ほど部下に言った能力を持つ相手が20人もいたら少しは自棄になっても構わないだろう。

「非殺傷なんて優しいことをしてくれるらしいし、精々抵抗させてもらおうとするか」


 ロバート・グロウリィ三等空佐、魔導師ランクAA、今年で21歳になる優秀な管理局員である。
 現在、アースラに待機している武装局員の中で最高階級を持つ彼は悩んでいた。
 その原因は明らか、クロノ・ハラオウン執務官が現地の武装組織に捕まってしまったからだ。
 彼は年齢で人を差別する性格ではない、時空管理局は能力さえあれば重要視されるが、彼もその考えに納得している。
 自分より6歳も年下でありながら執務官となったクロノを純粋に尊敬し、執務官となるべくクロノを教師として猛勉強に励んでいた。
 これまでにも何度か執務官試験を受け、残念ながら不合格になってきたが、クロノ曰く「次こそは合格できる」と太鼓判を押されるからには確かな実力を持っていると考えていいだろう。
 そんな彼は頭を抱えながらアースラ艦橋に向かう。
 艦長であるリンディ・ハラオウンにクロノ救出の許可を直訴するためだ。
 実は彼がリンディに直訴するのはこれが初めてではない、クロノが捕まってから幾度となく一刻も早い救出をリンディに求めた。
 しかしそのことごとくはノー、リンディは決して首を縦に振らなかった。

「何故ですか提督! 執務官を一刻も早く救出しなくては!」
「駄目よ、現地の組織との揉め事は望ましくないわ。 向こうの組織との交渉がまとまるまで待ちなさい」
「念話での連絡も取れません、執務官の身に何かあったと考えたほうが」
「一応提供された映像装置であの子の様子は見せてもらったでしょう? 向こうの組織も事を荒立てたくないみたいだし、クロノの身の安全は保障されてると考えたていいわ」
「それでも、執務官がいないとジュエルシードの捜索も積極的に行えません。 やはりここは救出を強行した方が……」
「そんなことをしたら交渉が決裂するのは確実よ。 そうなったら、今後ジュエルシードを探す場合に間違いなく相手は妨害してくるわ。 そんなことにならないためにも、今は待ちなさい」

 リンディは慎重に、ロバートは積極的に活動をしようとする。
 どちらが正しいと言うわけではない、どちらにもリスクがありメリットがある。
 リンディの考え方では地球の組織、すなわち日特との共同戦線が張れる。
 交渉さえうまくいけばクロノはアースラに戻ってくるし、日特と共に残りのジュエルシードを捜索すればかなり早く事件を解決することも可能なはずだ。
 さらにここで日特とのパイプを残しておけば、これから先、第97管理外世界で何らかの事件が起きた場合にも迅速な活動が可能になる。
 地球で魔法技術はまだ一般的ではないが、一部の人間はその存在を知っており、限定的ながら使用している組織もある。
 管理局と交流を持てば将来的に管理世界となり、他の次元世界と交流を持つほどに発展する可能性もあった。
 しかし、リンディの考えには致命的な欠陥が有る。 日特上層部、及び日本政府の対応の遅さだ。
 いきなり別の世界からやってきて自分の国で活動させて欲しい、そんな事を言われてもすぐに納得できるものではない。
 ユーノからもたらされた情報で、日本に時空管理局という組織がやって来る可能性があることは考えられていた。
 だがそれを聞いてからまだ一月も経っていない、加えて時空管理局がどういう組織か分かっていない。 対応が決定するまでまだ時間がかかる事が予測される。
 当然その間管理局は地球での活動は出来ない、どれだけジュエルシードが危険な状態になって日特が壊滅的な被害を受けようと手を貸せない。
 極端に悪い例を言えば日特の機嫌を取ろうとしたせいで次元震が発生して地球が壊滅、他の次元世界にも被害が出るかもしれないのだ。

 一方ロバートの主張はシンプルだ。
 地球には次元を超えて何かをするという技術はない、ならばいっそのこと地球の組織など無視して自分達の仕事をすればいい。
 まずクロノを救出、そして日特の力を借りずにアースラだけでジュエルシードを集める。
 アースラなら海鳴全体の監視ができる。 ジュエルシードを発見するスピードは日特と比べ物にならないしアースラ武装局員の実力を持ってすれば暴走体など相手にならない。
 場合によっては日特が保管しているジュエルシードも奪う。
 かなり乱暴な考え方だが、次元世界を守るという時空管理局の使命を重視するなら考慮すべき方法だった。
 ジュエルシードは次元世界に被害を及ぼす恐れの有るロストロギア、一刻も早く回収、封印しなければならない。
 多くの次元世界を守るためなら、一つの管理外世界に存在する小さな島国の政府一つとの関係が悪くなったところでなんだと言うのだ?
 手をこまねいていては数多くの世界が消滅するかも知れないというのに、そんな状況で悠長に交渉などしている場合ではないと言うのがロバートの考えだった。

 真っ向から対立する二つの主張、これはロバートが折れることになる。
 リンディは提督、ロバートは三等空佐、どちらの階級が上かは比べるまでもない。
 こうしてクロノが捕まって二日間、リンディは日特の代表との交渉を求め続けているが、残念ながらこれといった成果が出ないまま時間だけが過ぎていった。
 そして三日目に事件が起こる。

「ジュエルシードの反応! かなり大きいです!」

 アースラ艦橋にエイミィの声が響き渡った。 すぐさまモニターに反応のあった場所が映し出される。
 海鳴から遠く離れた山奥、何人もの銃を持った人間が警備をしている謎の施設からジュエルシードの反応が出ていた。
 非常事態が起きたらしく慌しく行動している。

「ここは……海鳴からだいぶ離れているわね」
「もしかして、日本のロストロギア研究施設では無いでしょうか? 警備している人たちの服装、執務官を捕まえた連中と同じですし」
「と言うことは回収されたジュエルシードはここに集まっているわけね、情報を信じるなら9個……」
「ジュエルシードの反応さらに増大、このままでは次元震が起きてしまいます!」
「なんですって!?」

 リンディは決断を迫られた。
 すなわち、ここで無理やりにでもジュエルシードを回収するか否か、日特と敵対するかどうか?
 考えるまでも無い、このままではこの世界は滅びるかもしれないのだ。 管理局の一員としてやるべきことは決まっている。
 だが、そんなことをすればクロノはどうなる?
 このままでは次元震が発生し、この世界にいるクロノの命も危ない。
 局員を送り込めば日特との交渉は決裂、やはりクロノの身柄が危ない。
 どちらも危険だがクロノも時空管理局執務官、命を投げ出す覚悟は出来ているはずだとリンディは考えた。
 自分の息子ならば、構わずにジュエルシードを回収しろと言うだろう。 あの子は父親によく似ている。
 リンディ・ハラオウン、彼女は時空管理局提督として行動し、母親の自分を捨てる決意をした。

「ロバート三等空佐、現時点の武装局員で最高階級は貴方です。 部隊を率いて現地に転移、ジュエルシードを回収してください」
「了解しました。 けど……執務官、御子息は?」
「私たちは時空管理局よ。 それに……あの子は強いわ」
「……分かりました」

 武装局員達が転移するのを確認して、改めてモニターを見る。
 ちょうど現地にとんだ局員代表のロバートと日特の代表が会話を始めたところだった。
 これは自分が下した判断、自分が見届ける義務が有る。
 それに希望が無いわけではない、日特との関係は一時的に悪くなるだろうが恒久的ではないはずだ。
 彼らも管理局と交流するメリットは理解できるはず。 ならば管理局との繋がりであるクロノを残しておく十分な理由がある。
 生きてさえいれば、死にさえしなければ何とかなる。
 自分の夫は死んだがあの子はまだ生きている。
 しかしリンディは何か言いようの無い不安に駆られてしまった。

(なんなの、この胸騒ぎは? 私は何かを見落としている?)

 クロノがいれば何か気がついたかもしれない。
 近くに息子がいないことを呪うのは、彼女の人生で初めての経験だった。


「この施設の代表者に面会したい」

 拡声器も使っていないのに施設の全員に声は聞こえた。 これも魔法技術の応用らしい。
 その声を受けて施設の屋上にスーツ姿の老人が杖を突きながら現れる。
 どう少なく見積もっても60歳は超えている。 しかしその人物の姿を確認した日特隊員たちは一斉に敬礼した。
 それを見たロバートは確信する。 この老人こそ、この施設の最高責任者だと。
 老人は拡声器を受け取るとロバートに向けて話しかけた。

「私がこの施設の所長、剣龍之介だ。 諸君らは何者で、どんな目的があってここに現れた?」
「私は時空管理局ロバート・グロウリィ三等空佐だ。 龍之介所長、いや、この国では苗字が先に来るから剣所長とお呼びした方がいいですか?」
「どちらでも構わんよ」
「では剣所長、我々の目的はここに保管してあるジュエルシードだ。 素直に提供してくれるのが一番いいが、駄目なら実力行使にていただくことになる」
「ジュエルシード……ジュエルシードねぇ」

 剣はしばらく頭に手を当てて考えるポーズをとった。 そして隣にいる女性秘書に尋ねる。

「そんなものあったか?」
「いえ所長、ジュエルシードなる物体が運び込まれた記録はありません」
「だ、そうだ。 残念だが他を当たってもらいたい」

 嘘だ。
 それは明らかに嘘と分かる、子供でもつかないような言い訳だった。
 さすがにそんなことでロバート達、管理局も引き下がるわけには行かない。

「あなた方はアレの危険性が分かっていない。 このままでは次元震が発生してこの世界が滅びるぞ」
「そんなことを言われても、無いものは無い。 お帰り願おうか」
「魔法技術では我々の方が進んでいる。 この施設でジュエルシードが活性化して次元震発生の恐れがあることは分かっている。 一刻も早い封印が必要だ」
「仮にここにジュエルシードという物体があるとして、その封印作業は完璧だ。 地下200メートル、5重の核シェルター、特殊なジェルで固められて半永久的に封印される。 隕石が落ちてこようとも、封印施設には何の影響も出ない」
「満足な魔法技術も無いのに何が完璧な封印だ! 交渉は決裂、我々は武力行使を実行する!」

 その言葉を聞いた剣の様子が変化する。
 スーツの上着を脱ぎ捨て、目は大きく見開かれ、杖に仕込んであったカタナを引き抜いてロバートに向ける。
 そして堂々と宣言した。

「なめるな小僧! こちとらテメェの両親が合体する前から戦場にいたんだ! 貴様のような赤ん坊に舐められるワケにはいかねぇんだよ!」

『総員、構え!』

 剣とロバート、二人が同時に叫ぶ。
 管理局はデバイスと日特は銃火器、両陣営の部下たちは一斉にお互いの武器を構えた。
 一瞬の静寂、周りの物音がすべて消えたような感覚が場を支配する。
 誰かが息を呑み、ゴクリという音が聞こえた瞬間――

『攻撃開始!』

 戦いは始まった。


 作戦開始前、ロバートは他の武装局員に施設に備え付けられている重火器には注意するように通達していた。
 日特とやらがどの程度の装備を持っているかは知らないが、いくら危険な質量兵器とはいえ、人間が携行できる程度の武器がバリアジャケットを破れるとは思わなかった。
 そしてそれはロバートだけでなく、他の局員もそう考えていた。

「あれ? なんで……俺の身体から血が? バリアジャケット、ちゃんと……ゴボォ」
「ジョーンズ!?」

 だから一瞬、仲間の一人が何で落下していったのか分からなかった。
 肉の潰れるような音がして地面に赤い花が広がる。
 死んだ、疑いようも無く
 彼は突撃班として日特の施設に乗り込み、内部をかく乱しながら施設内のジュエルシードを探すという役目を負っていた。
 それゆえ真っ先に施設に向けて突撃し、一番最初に銃弾の雨を浴びることになった。
 一瞬にして仲間の1人が死んだことにより、ジョーンズと同じ突撃班のメンバーは動揺して思わず動きを止めてしまう。
 その隙を逃す日特隊員達ではない、動きを止めた管理局員に容赦の無い銃撃を浴びせ続ける。
 だが、鳴り続ける銃声で意識を取り戻した管理局員達は何発か被弾したものの、致命傷だけは受けずにギリギリのところで回避に成功した。。

「隊長、こいつらの銃普通じゃありません! バリアジャケットを貫通してます。 このままでは……」
「落ち着け、シールドだ! シールドなら防ぎきれる!」

 ロバートに指示で、前衛の局員はシールドを張りながら後退する。
 これでロバートが当初考えていた作戦『前衛魔導師が施設に突入してジュエルシードを回収、後衛は射撃魔法で援護が突入を援護』は出来なくなってしまった。
 対する剣も苦い顔をしている。
 開幕は突撃してきたお陰で日特の射程内に入り込んだ魔導師を一人倒すことが出来た。
 だがその一瞬の間に後衛魔導師の射撃魔法によって10人の日特隊員が戦闘不能に陥ってしまったのだ。
 魔法技術に乏しい日特の装備では、攻撃魔法を防ぐ手段は存在しない。 一発喰らえば即戦闘不能を意味するのだ。
 一応海鳴にいるエリカが身に着けているACアーマーには多少の魔法防御力がある。
 しかしそれはリンカーコアを持つ人間しか着ることが出来ず、誰でも着れる量産型のACアーマーには魔法防御力は無い。
 そもそも現時点で作られている先行量産型は高町恭也が着ている一着を除いてすべて海外の部隊に配給されてしまった。 これでは魔法で身体強化している相手に接近戦を挑むこともできない。
 接近戦をすることも出来ない日特とって最大のチャンスである相手の油断している瞬間、つまり開幕に一人しか倒すことが出来なかったことはもしかしたら決定的なミスかも知れなかった。
 それでも、撃墜した一人以外に致命傷は与えていないが他数人を負傷させることに成功した。
 行動に支障は無いらしいく、シールドを張って極力動きを減らしつつ治癒魔法で回復する時間を稼ぐつもりだと、剣は予想した。

「作戦変更、負傷者はシールドを張りつつ後退、治癒魔法で傷をふさげ。 後衛、射撃魔法は連射できるものにしろ、相手は一発当てれば戦闘不能になる。 面の攻撃で制圧するぞ!」

 ロバートが次に考えた作戦は先に日特隊員をすべて戦闘不能にすることだった。
 どうせ一発当てれば倒せるのだから強い攻撃をする必要は無い、マシンガンのごとき波状攻撃で殲滅する。
 十人以上の魔導師が打ち出す無数の魔法弾は施設の一つの方角を完全に多い尽くすほどになった。
 その方角に面している日特隊員の大半、およそ30人はその攻撃で戦闘不能に陥る。
 僅かに残った隊員はとっさに物陰に隠れることで避けることができたが安心は出来ない、魔法攻撃は非殺傷設定でも無機物に対する破壊効果を持たせることが出来るからだ。
 だんだんと削られていく障害物を盾にしたところで活動時間が数分延びるだけ、別の場所にいる隊員はこの弾幕の前に援護も出来ない。
 そんな絶望的な彼らのインカムに連絡が入る。

「こちら剣、総員、30秒後に目と耳をふさげ」

 それを聞いた日特隊員たちは、正確な時間を計りながら目と耳を塞ぐ準備をする。
 そんな準備をしているとは知らない管理局側は、物陰に隠れている日特隊員を倒すため、曲射魔法弾を撃つ準備を進めていた。
 カーブを描く弾なら、相手が物陰に隠れていても命中させることができる。 射撃魔法が得意な者達はそれを発射しようとして――奇妙な弾に気がついた。
 日特側から飛んできたからには攻撃なのだろうが、明らかに目標に当てるつもりが無い。
 なにか特殊な攻撃をする弾かと思い、注目しながらシールドを展開する。 よほど高威力で無い限り、シールドを貫くことはできなく、まず大丈夫だと思ったからだ。
 その弾は彼らの至近距離で爆発し、辺りに強烈な光を撒き散らした。 管理局員達は思わず目を閉じて、動きを止める。

「く……シールドを維持しろ! 攻撃が来るぞ!」
 
 閃光弾を受け、視力を失ってなおロバートは指示を出した。
 その言葉に反応するかのように、動きを止めた管理局員たちに日特の火力が集中する。 しかし、ロバートの指示によってシールドを張り続けた管理局員達に弾丸は届かない。

「え? うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 何とか耐え切ることができる。 そう考えたロバートの耳に、1人の管理局員の悲鳴が聞こえた。
 ただの悲鳴ではない、ロバートより上空に居たはずの局員の声は、高速で地面に向かって移動していったのだ。
 しばらくして視力の戻ったロバートが見たものは、ワイヤーによって足をトラックと繋げられ、地面を引きずられている部下の姿だった。
 どうやら目くらましをしている間にワイヤーを撒きつけ、トラックで引っ張って地面に引き摺り下ろしたらしいということは簡単に想像できた。
 いくら飛行魔法といえども、トラックに引きずられては空を飛ぶことはできない。 彼は必死にワイヤーを外そうとするが、うまくできずに引きずられ続ける。
 やがて、ワイヤーを外すことを諦めた管理局員はトラックに攻撃を加えて脱出することを思いついた。 苦しい体勢ながらも放った魔法弾は見事トラックのタイヤに命中し、その動きを止めることに成功する。

「くそっ、なんだってんだよ!」
「さぁ? 何だったんだろうな?」
「え?」

 トラックの動きが止まり、やっと起き上がることのできた彼の周りにアサルトライフルを持った男たちが取り囲む。
 日特の別働隊、いつの間にか管理局員たちの真下に展開していたのだ。
 そんな日特隊員が持つ銃はバリアジャケットを貫通する。 その様子を彼はこの目で見た。
 ほんの数時間前には笑いながら話をしていた同僚が、穴だらけになって血を撒き散らしながら死んだ姿はまぶたに焼き付いている。
 目の前の男たちが引き金を引いたら、次にそうなるのは自分なのだ。

「管理局の仕事はオーパーツの回収らしいが、俺達だって古代の兵器と戦ってきたんだ。 この特殊AP弾、バリアジャケットにも効果があるとアンタのお仲間が証明してくれた」
「い…嫌だ……」
「何?」
「嫌だ! 死にたくない!」

 彼は近くの日特隊員に向けて杖を向けた。
 杖の先に光が灯る。 攻撃魔法の予兆だが、それよりも日特隊員達の指が引き金を引く方がはるかに早い。

「撃て!」
「死にたくな、が、ギャァァァァァァ」

 四方から銃弾を浴び、結局彼も最初に死んだ局員と同じ姿になった。
 日特隊員は死んだ局員からデバイスを回収するとその場から移動を開始する。
 それに気がついた管理局員が二人、局員を殺した日特隊員を追いかけだした。

「おい、深追いはするな! 我々の任務はジュエルシードの回収だ!」
「うるせぇ、仲間が二人もやられたんだ。 黙ってられるか!」
「仇をとらないと、気が済みません!」
「待て、命令だ。 行くな! ミック! ロナウド!」

 これが執務官、クロノ・ハラオウンの命令だったら彼らは聞いたかもしれない。
 だが残念なことに、ロバートにはそこまでの統率力は無かった。
 命令を無視した二人は移動した日特隊員達を追って戦場から離れていく、彼らは上空から見失わないように注意していたつもりだった。
 だが道路を離れ、森の中に逃げ込んだ日特隊員達を目視で探すことは困難を極め、彼らは気がつくと日特の施設からかなり離れた位置に来てしまった。
 遠くにポツンと施設が見える。 少なくとも2~3キロメートルは移動したようだった。

「どうする? 地面に降りるか?」
「それは危険だ。 上からの魔法であぶりだしてやる」

 有る程度の空中にいる限り日特の攻撃は届かない、そこまで効果のある大掛かりな兵器ならこちらが先に気がつく。 仲間を地面に引き摺り下ろしたワイヤーなど、警戒していれば簡単に分かる。
 想考えた二人は地面に向かって魔法を連射した。 下の木々は砕け散り、辺り一帯は更地になる。
 しかし日特隊員の姿は見当たらない。 魔法は非殺傷設定だから気絶した姿くらい確認できるはずだと思い探していると、彼らにロバートからの念話が届く。

『その場から逃げろ!』
「何言ってるんですか、まだ!」
『ミサイルだ! 後ろから迫ってる! くそっ、結界があるはずなのに、何で援軍が来るんだ!』
「ミサイル?」
「後ろって……」

 二人は同時に後ろを向いた。
 その直後、音速を超えて突撃してきたミサイルがロナウドを吹き飛ばした。 生き残ったもうミックは、爆風でバランスを崩しながらも何とか空中にとどまる。
 彼が消し炭となった同僚に唖然としていると、巨大な影が彼の真上を通り過ぎる。 一瞬送れてやってきた突風と轟音は、その影が音速を超えて移動していたことを証明していた。
 慌ててその影を追いかけると、遠方で旋回している戦闘機を発見する。 状況から考えて、その戦闘機がミサイルを発射して彼の相棒を殺したことは間違いが無かった。
 再び男を真っ直ぐに捕らえた戦闘機は、生き残った彼にもミサイルを発射してくる。

「この、鉄のカタマリがあああああああ!!!」

 そのミサイルに攻撃魔法を当てて爆発させたミックは、さらにデバイスに魔力の刃を発生させて戦闘機に切りかかる。
 戦闘機の機銃がミックのバリアジャケットを貫き手足を吹き飛ばすが、彼はデバイスを強く握り締め、交差する瞬間に戦闘機の片翼を切り落とす。
 黒煙を上げて墜落していく戦闘機を、ミックは満足そうに微笑んだ。
 音速を超えた戦闘機の発生させるソニックブームによって両断された上半身と下半身を別々の場所に落下させながら。

「なんて力だ。 これが異世界の魔法使い……F22がやられるなんて、本当に人間か?」

 戦闘機から脱出したパイロットは、墜落して爆発した自分の機体を見ながらそう呟いた。
 彼が乗っていたのは米軍との裏取引で日特が入手した最新鋭機だったが、世界最高の能力を誇る戦闘機であっても魔導師は相打ちに持ち込んできた。
 最初の1人は不意打ちで落としたので、実質一対一の戦いで戦闘機と人間が引き分けたことになる。
 魔導師1人を空中戦で倒すのにかかった費用、およそ120億。
 彼は歯を食いしばりながら、日特のオーパーツ封印施設の方向を睨みつける。
 衰えることを見せない魔法攻撃の光と、半分以下に減った銃火器のマルズフラッシュ、どちらの組織が優勢なのかは明らかだった。


「隊長! 撤退しましょう!」

 ロバートは部下の叫び声を聞きながら魔力弾を打ち出した。
 誘導性能を加えてあるそれは途中で軌道を変え、施設の物陰に隠れている日特隊員に命中した。
 うめき声を上げて倒れる日特隊員、当然非殺傷設定なので気絶しているだけだ。
 もうかなりの数の相手を倒したはずだが一向に攻撃の止まる気配は無い。 数は確実に減っているはずだが、ますます激しくなっている気がする。
 管理局側の戦力も減り、撤退するなら早いことがいいのは分かる。 だからといって撤退が許されるわけではない。

「戦闘続行、2班、3班、両側から回り込んで外壁の敵を潰していくんだ。 一班、正面の敵を引き付ける」
「もう4人です、4人死んだんです! この世界は魔法技術の無い管理外世界のはずじゃないですか? このままじゃ全滅しますよ」
「施設との適切な距離を維持しろ。 近づきすぎたらバリアジャケットを貫通する銃弾、遠ければさっきの火の玉の餌食だ。 細かい動きを止めるな、止まったら固定砲台の集中砲火を浴びるぞ、そうなったらシールドでも耐え切ない」
「隊長!」
「こうしている間にもジュエルシードは危険な状態になっている。 世界を守るためなら命を捨てるのが管理局員だ」

 管理局側の士気は最悪に近くなっていた。
 誰もが心の中では撤退したいと思っているが、ロバートは諦めない。 そして隊長のロバートが撤退を決めない限り、部下たちも逃げることは出来ない。
 ここで逃げたら死んだ4人は本当の無駄死にになってしまう。 ロバートは、そんなこと許せなかった。
 実際には日特側の戦力も減っている。 だがそれ以上の管理局側士気の低下が相手の攻撃が激しくなっていると錯覚させている。
 それに気がついているロバートは、ここさえ乗り切れば一気に戦いの流れが傾くと予想し、戦闘を続ける決断をしたのだ。

「よく見ろ! 敵の数はかなり減っている。 こっち大半が残っているんだ! 我々の方が優勢だ」

 必死に士気を上げようとするが効果が無い。
 もし誰か1人が命令を無視して逃げ出したら、全員がついて行ってしまうかもしれない。
 ロバートが最悪の展開を想像してしまった時、彼に念話がつながった。

『全員、撤退して』

 リンディからだった。
 ロバートより上の階級を持つ人間からの撤退指示にほぼ全員が安堵するが、ロバートだけは納得できない。

「提督、もうすぐ突破できます。 今撤退したら死んだ仲間たちは無駄死にです!」
『ごめんなさい、私のミスよ。 もっと早くに気がついていたら……』
「気がつく? 何にですか?」
『この戦場を支配する悪意に』
「悪意?」
『この戦闘は予定された戦い。 おそらく既に施設からジュエルシードは無くなっているわ。 これ以上こちらの戦力を減らすことも、向こうと戦うこともしてはいけないの、もう遅いかも知れないけど……撤退よ』
「提督……」
『駄目な上司ね、責任とらなくちゃ』

 次々と転移してアースラに撤退していく部下たちを見ながらロバートは考える。
 リンディは責任を取るといったが、責任を取るべきは自分ではないのか?
 4人も死なせたのは自分の指揮のせいであり、自分のミス、自分の責任だ。
 それに既に日特と戦闘してしまった今、ここで撤退してどうなる?
 捕らえられているクロノが安全でいられる保障は無い。 この戦闘の報復として殺される可能性も十分にある。
 せめて向こうの重要人物、取引できるような相手をこちらも捕らえていたら……
 そう考えたロバートの目に、指揮を取っている老人、剣龍之介が目に入った。

『何をするの! 転移しなさい!』
「4人も死なせたのは自分のミスです、責任を取ります!」
『やめなさい! エイミィ、強制転移させて!』
『了解、え? ジャミング? 転移できません!』

 ロバートはシールドも張らずに突撃する。
 それに気がついた日特隊員は集中砲火を浴びせる、しかし止まらない。
 弾丸は何発も命中し、バリアジャケットを貫通して血が噴出すが、ロバートはすべてを無視し、ただ真っ直ぐに剣へと向かっていった。

「エナジー・ランサー!」

 ロバートの杖の先端から刃が発生し、即席の槍となる。
 狙いは真っ直ぐ剣龍之介、このまま体当たりで槍を突き刺し、そのまま転移して身柄を確保する考えだ。
 対して剣はカタナを仕込み杖に戻した。
 抜刀の構え、目を閉じて一切の情報を遮断、向かってくるロバートの気配のみを肌で感じる。

「剣龍之介、身柄を拘束させてもらう!」

 すさまじい速度で剣に接近したロバート、そして日特の銃撃が止まる。
 剣に近すぎる、このまま撃てばロバートごと司令である剣に当たってしまうかもしれない。
 その状況はロバートと剣の完全な一対一、他者が介入する余地など存在しなかった。

「覚悟おおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」
「……いい気迫だ。 出会いが違えば良き戦友になれたかもしれん」

 ロバートの槍が突き刺さった。
 二人を見ていた日特隊員はそう思った。
 だが空中から落ちてきた棒状の物体、真っ二つになったロバートのデバイスを見てそれが間違いだと理解する。

「聞いたことがある、この世界のサムライソードって奴は……鉄で出来ているんだって?」

 ロバートが剣から離れた。 ふらつきながら一歩、また一歩と後退する。
 一斉に銃を向ける日特隊員、それを剣が止める。 ゆっくり首を振って撃つ必要は無いことを伝えた。

「そんなモンでバリアジャケットを切り裂くなんて……尊敬する。 これが……サムライ、か」

 ロバートの左肩から右の腰にかけて一筋の赤い線が入る。
 剣は抜き放ったカタナをゆっくりと仕込み杖に戻した。
 刃は杖の中に入り、柄と鞘が当たってカツンという音がした瞬間、ロバートは刻まれた線から一気に血が噴出してその場に倒れる。

「最後まで時空管理局の誇りを捨てなかった男よ。 もしお前が殺す気だったなら、勝っていたのは……うぐっ」

 誰にも聞こえないように呟いた剣は、突然杖を落し、その場で方膝をつく。
 ロバートの攻撃は剣に届いていたのだ。 だが非殺傷設定の攻撃は剣の斬撃を止めることができなかった。
 もしロバートが殺傷設定にしていれば、魔力の刃は剣の腕を切り裂いていただろう。

「所長!」
「大丈夫だ。 少しばかり身体が痺れているが、指揮に支障は無い」
「よかった……残存の管理局、すべて撤退したようです」
「被害状況の確認急げ、向こうは余力を残している、第二派が来ることも想定しろ」

 負傷者は医務室に運ばれ、活動できるものは武器の確認をする。
 剣の横では秘書が通信で被害状況の確認と部隊の再編成していた。 彼女は剣からの指示を正確にそれぞれの部隊に伝えていく。
 思っていたより被害は少ないらしく秘書も安堵していたが、その様子が急に変わった。

「西方面外壁、了解、13班は南方面ポイントCへ移動してください。 第9ブロックは破棄、防壁と自動防衛システムで大丈夫でしょう。 B区画、異常はありませんか? B区画?」
「どうした?」
「B区画からの連絡がありません、今人を送ります」
「嫌な予感がするな」

 B区画は施設最深部付近だった。
 内部の人間の大部分は防衛のために外に回したが、それでも防壁や自動防衛システムで強固な守りを展開している。
 何者かが入り込むなどありえないはずだった。

『B区画に到着……おい! 大丈夫か?』
「何があった?」
『警備の人間が倒れています。 外傷は見られない、魔法攻撃です!』
「侵入者!? 防衛システムは?」
『正常に作動中、交戦の形跡は無し、監視カメラにも誰も映ってません』
「やられた、外の部隊は囮で別に潜入部隊がいたのか……封印施設の確認を急げ!」

 一分一秒が惜しい、動ける部隊は施設の内部に入って最深部を目指す。
 しかし聞こえてくる連絡は気絶した警備の人間の報告ばかり、最悪の展開はは容易に予想できた。

『最深部に到着、封印防壁は閉じられています』
「許可を出す。 防壁を開けて内部を確認しろ!」
『了解、許可確認、防壁開きます』
「J-13に行け、ジュエルシードはそこに封印されている。 黒いコンテナだ」
『J-11、12……13に到着、コンテナはありません!』
「バカな! 一つ当たり数トンのコンテナが9個、すべて無いのか!?」
『そんなこと、それこそ魔法でも使わない限り無理ですよ! でも実際に無いんです!』
「我々の相手は魔法を使うのだ! くそ、この戦い、日特の敗北だ……」

 この戦闘で戦闘不能になった人間を数えると管理局の被害は5人、対して日特の被害は60人を超える。
 しかし死者を数えると管理局は5人、日特は0人という歪な結果となった。
 これは果たして、どちらの勝利なのだろうか?
 日特は対魔導師戦闘に多くの課題を残すことになった。
 その日のうちに、日特本部に連絡が入る。 日特高危険度オーパーツ封印施設は時空管理局の攻撃を受け、すべてのジュエルシードは時空管理局に奪われた、と。



[12419] 第十一話
Name: ark◆9c67bf19 ID:233da008
Date: 2010/03/25 09:28
10年前――

 ルイゼは山のように積まれた報告書を見て、やや上機嫌に判子を押した。
 すでに50人いた『turn ALICE』計画の実験体は15人まで減っている。 間違っても、順調などという言葉を使ってはいけない状況なのは明らかだ。
 だというのに、ルイゼは時々研究所を抜け出しては、笑顔を浮かべながら帰って来るという行動を繰り返していた。
 その様子をずっと不思議に思っていた秘書は、思い切ってルイゼに質問をすることにした。

「最近機嫌がいいようですが、何かあったのですか?」
「機嫌がいい? そうかもしれないわね。 子供の成長する姿は、いつ見ても心が癒されるわ」

 子供と聞いて秘書が真っ先に思い浮かんだのが、計画の実験体にされている子供達だった。
 しかし、その子供達は成長するどころか次々と死んでおり、そんなものを見て心を痛めることがあっても癒されるようなことは無いはずだった。
 それにルイゼの言う子供が実験体なら、ルイゼがいなくなって時に機嫌が良くなるのは間違っている。
 結論として、ルイゼはこの研究所とは別の場所で子供を育てている。 というのが秘書の出した答えだった。

「子供がいたんですか? 初めて知りました」
「それは当然でしょう。 つい3ヶ月前にできたばかりなんだから」
「3ヶ月? 養子でもとったのですか?」

 秘書がそう考えるのも当然だった。
 この秘書はルイゼと1年を越える付き合いをしているが、彼はルイゼの腹が大きくなったのを見たことが無い。
 直接産んだのでなければ養子、常識的に考えて、そうとしか考えられない。
 しかしルイゼ秘書の方を見ると、クスリと微笑みを浮かべ、ゆっくりと首を横に振る。

「間違いなく、遺伝子的にも私の子供よ。 あと半年もすれば紹介してあげるわ」
「そうですか、楽しみに待っています」
「ええ。 そうだ、名前も考えてあげなきゃ。 どんなのがいいかしら」

 妙な空想を始めたルイゼを見ながら、秘書はため息をついた。
 どれだけ可愛いのかは知らないが、『turn ALICE』などという計画を考えるルイゼの子供がまともな筈が無い。
 少しばかりの怖いもの見たさも合わさって、秘書は半年後を楽しみに待つことにした。



現在――

「ねぇS2U、貴方知ってるんでしょ? アリスがどこにいるか」
『申し訳ありません。 マスターの命令により、その質問は答えられません』

 手に持ったカードの発する音声を聞いて、エリカはため息をついた。
 アリスが去り際にエリカのポケットに入れたデバイス、S2U。 元々はクロノのデバイスだが、拘束中のクロノに返すわけにもいかず、結局エリカが持っていることになった。
 そのS2Uに同じ質問をするのはすでに十回を越えているが、返ってくる答えはいつも変わらない。 『答えられない』の一点張りだ。
 エリカはデバイスのことをよく知らないが、アリスが使ったのだからアリスのことを知っているだろうと考え、S2Uが答えられないと言っても諦めずに尋ね続ける。
 やはり同じ返事を聞き、質問をしたのと同じ回数だけため息をついたエリカがカード状態のS2Uを眺めていると、誰かの視線を感じた。
 その視線の先を追うと、ユーノが慌ててエリカから目を逸らす姿を見つけることができた。 それで、エリカは視線の主がユーノだと確信を持つ。

「どうしたのユーノ?」
「えっと……エリカ、その……アリスのことだけど」
『アリスはエリカの前に現れます。 それを信じて待っていてください』

 ユーノが何か言う前に、S2Uが話しに割り込んでユーノ言葉を中断させた。
 その様子を、エリカは不思議そうに眺める。 それはまるで、ユーノとS2Uが結託して何か隠し事をしているようにも見えたからだ。
 このまま答えないS2Uに同じ質問を繰り返すより、ユーノの方を締め上げた方が効率的だと考えたエリカは、フェレット状態のユーノをつまみ上げて空中で振り回す。
 1分ほどたってユーノが目を回しだしたころ、なのはがエリカに話しかけてきた。

「エリカちゃん、あんまりユーノ君をいじめちゃだめだよ」
「いいのよ、このくらい」
『このまま続けると、ユーノが嘔吐する可能性が高いです。 そろそろ止めた方がいいかと』

 S2Uに注意され、エリカは仕方なく振り回す手を止めてユーノを床に下ろす。
 ユーノはしばらくの間ふらふらと千鳥足で歩いていたが、やがて大の字になって寝転がった。
 それを見てクスクスと微笑んだなのはは、エリカの隣に座り、エリカが持っているS2Uを覗き込む。
 なのはがS2Uに興味を持ったことを知ったエリカがそれをなのはに手渡すと、なのはは優しくS2Uに話しかけた。

「S2Uは、あのクロノって人のデバイスなんでしょ?」
『いいえ、あんな男のことなど知りません。 私に人間の身体があれば、逆さづりにして3時間はサンドバッグにしてやります』
「あはは……そうなんだ。 そうだ、レイジングハートも挨拶して」
『S2U hello. Please do happily.』
『こちらこそ、よろしくお願いします』
「S2Uは話すのが上手なんだね」

 なのはがそう言うのも当然だった。
 レイジングハートの声は人工音声らしく、どこか無機物的な雰囲気がする。 しかしS2Uの声はとても自然で、まるで人間が話しているかのように思えた。
 なのはとエリカは、それをデバイスに組み込まれた言語機能の差くらいにしか思っていない。 元々魔法と関係の無い生活をしていたので、普通のデバイスというものを知らないのだ。
 だが魔法について詳しいユーノは、クロノがS2Uを奪われた時の言葉を思い出して一つの答えを導き出していた。

「どんな手段を使ったのか知らないけど、アリスはハラオウン執務官のデバイスを改造したんだ。 ストレージから、EIデバイスに」
「EIデバイスって? レイジングハートは確かインテリジェントデバイスだったよね?」
『That''s right.』
「僕も詳しくはしらないけど、20年前くらいに流行したらしいね。 普通のデバイスより高出力の魔法が使えるけど、暴走事故が多発して管理局法で使用禁止になったらしいよ。 それでも、より強い力を求める魔導師はリスクを承知で使うから、今でも闇ルートで流通しているって聞いたことがある」

 暴走事故――
 その言葉に、エリカとなのはは驚いてS2Uを見た。
 それを聞いて不機嫌になったのか、S2Uは今までよりも大きい音声で叫ぶ。

『失礼な! 私はそんなことしません!』
「ごめん、ちょっと驚いただけだから。 そうだよね、アリスが使うんだから、危ないなんてことはないよね」
『分かってくれてありがとうございます』

 落ち着いたS2Uは、先ほどまでと変わらない口調でエリカやなのはと雑談を始めた。
 先ほどの怒ったS2U、二人ととても仲良くおしゃべりをしているS2U。
 それを見てユーノはS2Uに感情があるような錯覚を覚えるが、すぐにその考えを否定した。
 デバイスはあくまで機械、そんなものあるはずが無いのだから。



「海鳴で時空管理局との会談?」
「そうだ、明日、海鳴グランドホテルで行なわれることになった」

 松さんからの話を聞いて、エリカは思わず聞き返してした。
 先日の管理局との戦闘、向こうから攻めてきたとはいえ日特は5人の管理局員を殺害している。
 日特側も非殺傷魔法による攻撃で命に別状は無いとはいえ60人を超える戦闘不能者を出し、封印してあったジュエルシードはすべて管理局に奪われた。
 あれから10日ほどたって、日特はさらに3個のジュエルシードを回収していた。 それらは一度襲われた封印施設よりも直接持っていた方が安全だと考えられ、なのはのレイジングハートに封印されている。
 日特がジュエルシードを集めていた間、時空管理局は介入してこなかった。
 探知能力はアースラの方が高いはずなのでその気になれば日特の先回りをすることも可能なはずだが、何故か妨害は一切無い。 何かを企んでいるとも考えられるが、現時点では情報が不足していた。
 残りのジュエルシードの回収、及び管理局への対策のため海鳴への増援部隊が決定したということを、先日エリカは耳にした。
 海外に展開している部隊の一部も投入する予定だというから、日特上層部の本気具合が分かる。
 元々ピリピリしていた状態に駄目押しの一戦、管理局と日特は半ば戦争状態に突入してこれ以上の交渉はありえないと思っていたのだが……

「なんでこのタイミングで交渉なの?」
「ジュエルシードを手に入れたことで強気になっているのか、別の狙いがあるのかは不明だ。 だが向こうはとんでもない条件で話し合いをしたいと言って来た」

 管理局側の参加者はリンディ・ハラオウン提督のみ。 会談場所は日特が決め、いかなる場所でも管理局側は反対しない。
 日特側の人数に制限は無し、日特側の武装持込自由、会談前のリンディのボディチェック及び武器の没収許可。
 日特に捕まっているクロノ・ハラオウンの出席、先日の管理局と日特の戦闘記録を持ってきて欲しい。
 これがリンディの出した条件だった。
 向こうから言い出した割には日特が有利すぎる。 条件など日程の指定とクロノの出席くらいだ。
 これだけ有利な条件を出されると、罠ではないかと逆に疑いたくなってしまう。
 しかし罠といってどんな罠を仕掛けているのだろうか?
 会談場所をこちらが指定できるなら、その場所に伏兵を仕込むことなどできない。
 いくら魔導師といっても事前のボディチェックでデバイスを取り上げられたら、とっさの魔法攻撃をすることもできない。
 日特側の武装持込自由。 バリアジャケットを貫通する特殊AP弾があるので防御など不可能。 怪しい動きをしたらシールドやプロテクションを展開する前に蜂の巣にする事だってできる。
 後から武装局員を送り込もうにも転移にはタイムラグがあるし、クロノとリンディの二人を人質に撤退を要求することも出来る。
 先日の戦いを単純に考えると、管理局の魔導師一人を倒すために日特隊員は10人以上で挑まなくてはならないことになる。 まともに戦えば、管理局側が有利なのは明らかだ。
 そこまでの戦力差がある相手がこちらに有利な条件での話し合いを求めている。
 何が狙いかはわからないが、応じてみようと日特の上層部は判断したのだった。

「で、私も出席するの? 警備じゃなくて?」
「武装持込自由、人数制限無しだからな。 魔法技術に一番関わっている俺とエリカ、アドバイザーとしてユーノ、交渉役の本部のお偉いさんとその護衛で参加することになった」
「何か不審な動きがあっても、私なら行動前に相手を取り押さえられるってこと?」
「まぁ、そういうことだな」
「残っているジュエルシード探索は?」
「なのは嬢ちゃんと恭也坊主、残っている隊員に頼む。 会談場所が海鳴なのは何かがあってもすぐに戻れるからだ」

 そのように部隊を分割して片方がすぐさま行動できない状況、こういう時ほどろくなころが起きないのをエリカはよく知っていた。
 この会談に向かう部隊、海鳴に残って残りのジュエルシードを探す部隊、どっちに何が起きるかは分からないが……いや、最悪両方で事件が起きる可能性もある。
 油断しないようにしようと心に誓い、エリカは会談場所である海鳴グランドホテルの見取り図を頭に叩き込むことにした。



「お久しぶりです、剣さん」
「そうだな、松坊」

 松さんが礼をするのに合わせて、エリカを含めたほかの日特隊員も礼をする。 その様子を見ていたユーノも、慌てて周りの人間と同じように礼をした。
  現在、海鳴グランドホテルの上から3フロアを日特が占拠している。
 ここも日特の息がかかっている施設だが、海鳴総合病院と同じように通常時は普通のホテルとして仕事をしている。
 当然、現在泊まっている宿泊客や予約してこれから宿泊する予定の客も存在する。 そのため数十組の予約をキャンセルさせ、部屋からたたき出すことになってしまった。
 海鳴グランドホテルの評判は地に落ちるだろうが、そこはもうお気の毒さまとしか言いようが無い。 どうせ謎の寄付金が出されることになるのだし、数ヶ月の営業不振には目を閉じてもらうことになる。

「それにしても……1人と話をするために100人以上を集めるなんて、大げさ……とも言えないか」

 エリカはホテル各所に配置されている日特隊員を見ながらそう呟いた。 
 そこまで魔導師が怖いのだろうか?
 怖いのだろう。 クロノからの情報で、リンディは管理局のランクでSを超えると日特は知っていた。
 中堅どころの相手でも10人以上必要なのに、Sランクというのは管理局でも数パーセントしかいない程の能力を持っていて、本気で一国の軍隊と戦うことができるとユーノは評価していた。
 そんな人間を相手にするのは、100人でも少ないくらいだ。

「大丈夫だ。 母さんは約束を守る。 話し合いをすると言った以上、向こうから戦闘を仕掛けることは無いだろう」

 不安を感じていたエリカに向けて、両手を手錠で拘束されたクロノが答えた。
 日特での捕虜の扱いは世界最高レベルの待遇、あくまで捕虜としてだが、なのだが魔導師の捕虜など今までとったことが無い。
 デバイス無しでも一応簡単な魔法は使えるらしいが、そもそもどの程度が簡単な魔法なのかが分からないのだ。
 仕方なく、24時間体制での監視と拘束をクロノは受けることになる。 風呂もトイレも、見張りと一緒という徹底振りだった。
 最初の方が猿ぐつわまでされていたが、それは監視していれば魔法を使う前兆は分かるというユーノの助言で外されることになった。
 ずっと部屋に閉じ込めてられていたクロノは外の空気を吸うのも久しぶりだ。
 もっとも、部屋から出たらすぐに専用車両での移動、外の景色を楽しむ間も無くホテルに到着、最上階の一つ下にある大ホールで待機、こんなことで閉じ込められていたストレスが晴れるとは思えないが。
 そんなクロノを連れた一行が入った大ホールは、壁際に銃を持った日特隊員が等間隔で並んでいる。 そこから部屋の中央までの距離を考えると対バリアジャケット弾は十分すぎる効果を発揮すると考えていいだろう。

「しかし遅いな、この会談は母さんからの提案なんだろう? まだ来てないのか?」
「ねぇ、貴方の母親は管理局提督、なら父親は?」

 エリカの質問を聞いたクロノが少し黙る。 言うか言うまいか悩んでいるようだ。
 しかし最終的に話す気になったようで、エリカと目を合わせずに大ホールの入り口の方を見つめながら話し始めた。

「死んだよ、立派な管理局員だったらしい。 僕は当時4歳で、父さんが帰ってこないと知って、泣き喚いたことを良く覚えている」
「へぇ、そいつはお気の毒ね」
「ずいぶん簡単に受け流すな。 同情するとは思わなかったが、さすがに軽すぎないか?」
「こんな仕事してたらいつ死ぬかなんて分からない、気にするだけ無駄よ」
「そうだな、過去をどうこう言うより未来を考える方が重要か」
「そういうこと、私も未来に希望が持てたしね」
「ガキども、静かにしねぇか!」

 エリカがクロノと話をしていると、松さんに怒られてしまった。
 それを見たユーノが溜め息をつく。 心の中で『二人とも、何やってるんだ』とでも思っているのだろう。
 すこしたってから翠の髪の女性がホールに入ってきた。
 両脇を固めるのは日特の女性隊員、この人がリンディ・ハラオウンだということは、クロノの様子からすぐにわかった。
 しかし若い。 20歳くらいだろうがこの年齢で提督になれるとは、リンディがとんでもないエリートなのか時空管理局の階級がおかしいのか、エリカには判断がつかなかった。
 本人は提督で息子も管理局のエリート、死んだ父親も管理局員。 そこまで考えて、エリカの脳裏に何かが引っかかった。
 エリカがクロノの方を見ると、クロノもそれに気がつき、エリカを見る。 リンディを見ると、リンディもそれに気がつき、エリカに向けて微笑んだ。

「14?」
「そうだ」

 クロノを指差して尋ねると、クロノは質問に対して簡潔に答えた。

「母親?」
「そうだ」

 今度はリンディを指差して尋ねると、それにもクロノは簡潔に答えた。
 エリカがユーノに次元世界ついて尋ねた時、大体の世界では24時間制を取っていると聞いた。
 何故かは知らないが人間の住む世界でのほとんどは時間の基準を一日24時間、一年365日と設定するらしい。
 おそらく時空管理局も24時間制を採用しているはず、地球と時間の進み方が極端に違うことはないはずだ。
 クロノが14歳で、リンディが20歳で結婚したとして……少なくとも30中盤から後半ということになる。
 魔法というのは不老の人間を作り出せるのだろうか?
 エリカは管理局の技術の恐ろしさを改めて痛感したのだった。

「それではこれより、日特と時空管理局の会談を始めさせてもらいます」

 そんなことをエリカが考えていると、日特のお偉いさんがそう言った。
 それに合わせて全員が席から立ち上がり一斉に礼をする。
 こういうのは形式的なことなのだろう。 エリカはいつも前線に出ているので、このようなことをするのは初めてだった。。

「管理局側の参加者としてリンディ・ハラオウン」
「よろしくお願いします」

 紹介を受けてもう一度リンディが礼をする。

「日特の参加者は外務部部長田中、遺跡管理部部長の松、高危険度オーパーツ封印施設所長の剣、特殊警備部のキャロライン、アドバイザーとしてユーノ・スクライア、管理局側の要請でクロノ・ハラオウンとさせていただきます」

 名前を呼ばれた人物が順番に礼、こうして会談は始まった。 ……と、誰もが思った。
 会談はしょっぱなから挫かれる事になる。

「まずは……ユーノさん、変身を解いたらどうですか?」
「え? 僕ですか?」
「ええ、人型のほうが話しやすいこともあるでしょうし」

 リンディに声をかけられたユーノが周りを見回した。 警備の人間も何事かと思い、机の上のフェレットに注目する。
 次にユーノは、松さんやエリカの方に視線を向ける。 どうやら、変身を解いても構わないかの確認をしているらしい。
 それを見て、エリカはユーノが人間だったということを思い出す。 もっとも、それはあくまでユーノの自称であり、エリカはユーノが人間でいた姿を見たことが無いのだが。
 ずっとフェレットだったので、人間の意識を植え付けられたキメラと思っている隊員も多い。 一度、食事の時間にフェレットの餌を出されたユーノが本気で怒ったことがあった。
 そんなユーノがついに変身を解き、人間の姿になる。
 それを見たエリカは、思わず呟いた。

「へぇ、人間になれるフェレット。 どんな遺伝子改造をしてるのかな?」
「元が人間だよ!」

 ユーノのナイスなツッコミで会場の雰囲気が和む。 恐らくリンディは場の雰囲気を和ませることを狙ったのだろう。
 そうだとしたら、リンディはかなり頭が回る人間だ。 見た目が若いからといって油断しない方がいいと、直接話し合いをする外務部部長の田中は眉をひそめた。 
 そんな注目をされていると知ってか知らずか、リンディは差し出されたコーヒーを飲んで、露骨に嫌な顔をした。
 そして側に置いてあった砂糖のビンに手を伸ばして中から角砂糖を取り出し、1個、2個、3個……と、数えるのも嫌になるくらいの角砂糖をコーヒーに投入しはじめた。
 そして完全に飽和水溶液状態になって底に溶け残った砂糖が山のように積もっているコーヒーを一口飲み、満足そうな顔をする。
 それを見て、ホールにいる全員がげんなりとする。 コーヒーをそのように飲む人間を見るのは初めてだった。
 微妙にテンションの下がった日特の面々。 それがリンディの狙いなのか、それとも素でそういう味覚なのか、誰も判断できないでいた。
 完全に場の雰囲気を掌握したリンディは、空になったコーヒーカップをテーブルに置き、話を始めた。

「それでは改めて、日特の皆さんには話し合いの場を設けていただき感謝しています」

 リンディの顔つきが変わる。
 ここから会談が始まる、圧倒的に有利な時空管理局側からの話す内容とはなんなのだろうか?
 この会談の出席者全員に緊張が走った。

「先日、我々時空管理局次元空間航行艦船アースラに所属する武装局員は日特の研究施設に……」
「研究施設ではありません、封印施設です。 あそこは危険度の高いオーパーツを封印することを目的とした施設であって、利用目的での調査等は一切行なっておりません」
「失礼しました。 封印施設に対し攻撃を仕掛けました。 それは時空管理局提督であるリンディ・ハラオウンの命令であり、他の局員にその責任は無いことを御理解下さい」

 日特が少しでも話の主導権を握ろうとした小さな指摘を、リンディは即座に訂正し、謝罪した。
 この会談をするための条件といい、攻撃したことに対する謝罪といい、リンディは日特に対してかなり低い姿勢で話し合いに臨んでいる。
 そのことに外務部の人間も戸惑っているようだ。 何が狙いなのか、まだ理解できていない。
 クロノもリンディの対応に驚いている。 彼自身、母親がこんな事を言い出すとは思っていなかったのだ。
 痺れを切らした日特は、リンディに対してずばり核心を突く質問をすることにした。

「分かりました、どのような武力組織でも上司の命令には絶対です。 しかしその責任が貴方にあるとして、いったい我々に何を求めておられるのですか?」
「時空管理局と日特によるジュエルシードの合同捜索」
「あなた方は我々の施設から9個ものジュエルシードを強奪している。 21個のうち9個、およそ半数近くです。 そこまで手に入れておきながら、何故今更合同捜索など?」
「そのことについて誤解を解かせてください。 我々は……ジュエルシードを手に入れていません」

 リンディの言葉に、日特の人間全員が驚いた。
 現場の状況から魔導師がジュエルシードを奪ったのは決定的だった。 それなのに、ここまで堂々と言い切るとは、誰も思っていなかった。
 もしかしたら、本当にやっていないのかも知れないと日特の人間は考える。 しかし 『かもしれない』 で納得することも出来ない。
 相手が誰であろうとジュエルシードは盗まれて、その最重要容疑者は時空管理局アースラスタッフなのだ。
 それを覆すためには、当然、盗んでいない証拠を見せろという話になってくる。

「残念ながら証拠はありません。 ですが先日の戦闘に第三者が関与していた疑いがあります」
「その可能性は私も考慮した」

 リンディの言葉に同調して、剣が手を上げた発言する。

「私は先日の戦いにおいて被害の大きさに責任を感じ、せめて対魔導師の有効な戦術を編み出そうと戦闘記録の確認をした。 そこである違和感を感じ取った」
「違和感?」
「警報のタイミングだ」

 10:00、警報により第一種戦闘態勢をとる。
 10:03、時空管理局の出現
 10:05、戦闘開始

「どこがおかしい?」

 直接交渉役の田中は分かっていない。 しかしエリカ、クロノ、松さんは気がついた。
 敵が出現していないのに警報が、しかも警戒態勢を飛ばしていきなり戦闘態勢から始まっているのだ。
 いつから日特の警報装置は転移魔法を探知できるような高性能になったのだろうか?
 故障だとしても、そんなタイミングにちょうどよく管理局が現れるなどおかしすぎる。

「さすがですね。 同時にアースラはジュエルシードの反応をキャッチして現場に向かいましたが、ここでもおかしい事が起こります」

 アースラで感知したジュエルシードは今にも次元震を引き起こそうかという反応を示していた。
 だが9個ものジュエルシードが未曾有の大災害を引き起こす寸前だったのに、いくら魔法技術が乏しいからといって気がつかないだろうか?
 そこまで力を溜め込んだなら、ジュエルシードの魔力は物理的な破壊力を持つようになる。 そうなれば、いくら何でも施設内部で異常事態が発生したことに気がつくはずだ。
 最初、慌てる日特隊員を見たリンディはそれがジュエルシードの発動によって対応に手間取っていると考えた。
 しかし武装局員と相対した剣は冷静な行動を取り戦闘を開始。 それなりに長い時間、管理局と日特の戦いは続いたにもかかわらず次元震の起こる気配は無い。
 改めて最初の様子を確認すると、日特の行動は内部で事件が起きたのではなく、外部に対しての戦闘態勢をとっていることに気がついた。
 施設の中でとんでもない災害が起きようとしているときに、外からの侵入者を警戒することありえない。
 そこでリンディはジュエルシードの反応そのものがダミーだと気がつき、局員に撤退の指示を出したのだ。

「つまり我々は、何者かの手のひらで踊らされて一杯食わされたわけだ」
「アースラがこの世界に来たのは、この世界にジュエルシードという次元震を引き起こすロストロギアあるという通信が届いたからです。 おそらく、それも我々をこの世界におびき寄せるための罠だったのでしょう」

 別世界のアースラに通信を送る手段など、地球上には存在しない。 つまり敵は魔導師、それもかなり強いことが予想される。
 この場に居る剣とリンディ以外、第三の敵の存在とは予想もしていなかった。
 ここでの判断は重要なものになると外務部の田中も頭を悩ませる。

「共通の敵がいることが分かりました。 それが日特と管理局も出し抜く狡猾な相手と言うことも、それに対抗するため共同で捜索をしたいことも理解できます。 しかしそう簡単には……」
「時空管理局執務官クロノ・ハラオウン及びアースラ武装局員による日特への出向」

 言いよどむ田中をリンディが黙らせる。
 驚いた田中はリンディの方を見て、その強い眼差しに思わず目をそらしてしまった。

「捜査方法は日特の基準に同意、アースラによるサポートも最大限協力させてもらいます。 同時にリンディ・ハラオウンの身柄を日特に一時的に預けます」
「母さん!? 何を言ってるんだ!」

 リンディの言ったことを簡単に説明すると。
 管理局職員を自由に使っていい、クロノも捜査に参加させて欲しい、その代わり自分が人質になる。 そう言ったのと同じ意味なのだ。
 さすがに納得できなくて立ち上がるクロノだが、一斉に向けられた銃口で再び席に着く。
 リンディは視線だけクロノに向けると、『自分のことは心配ない』と念話で語りかけた。 それにクロノは頷き、今度は田中の方を見る。 
 この提案にどのような反応を返すか、それによりクロノの今後が決まるのは確実だった。

「分かりました。 あくまでジュエルシード事件の間の一時的な措置として受け入れるます」

 さまざまな組織と交渉してきた田中は一瞬で現状を把握する。
 執務官と提督、どちらが捕虜として重要かなどくらべるまでも無い。 そして魔導師の戦闘能力の高さは既に確認済みで、それを自由に使うことが出来る。
 ジュエルシード暴走体との戦闘には危険が付きまとう、これまでにも何人もの日特隊員が負傷し、あるいは死んでいった。
 その辺りの戦闘を管理局に任せれば、うまくいけば日特は無傷でジュエルシードを手に入れることが出来る。 ようするに、おこぼれを掠め取ることができるのだ。
 そしてこの協力態勢は事件が解決した後も重要になるだろう。
 封印施設で戦いが起きたのは第三者の陰謀としても、時空管理局側が日特に対して攻め込んできた事実は変わらない。
 攻撃を受けた側が好意的な対応をして攻撃した側と協力する。 その話が管理局で広まれば、管理局内での日特の評価はとても良くなるのは確実だった。
 管理局提督とのパイプも作ることができ、事件解決後も管理局との円滑な関係を続けることができる。 うまくいけば、管理局の魔法技術を日本が独占して手に入れることができる。
 そうなったら将来的に管理局に認められ、他の次元世界と交流をするようになった時、その窓口は日本ということになるのは十分考えられる未来予想図だった。
 日特の得られるメリットは計り知れないほど大きい。 リンディの話に飛びつくのは、ある意味当然の選択だった。

「それではクロノ・ハラオウンの解放、及びリンディ・ハラオウンの拘束を行ないます」
「母さん……」
「責任、とらなくちゃいけないから。 泣きそうな顔しないの、早く事件を解決して迎えに来なさい」
「日特の待遇はそれなりによかった。 食事もおいしいし、母さんの好きそうなデザートもつく」
「あら、それは楽しみね」

 クロノは母親を安心させようと、リンディは息子に心配かけまいと、二人はお互いに精一杯の軽口を叩いた。
 別れの挨拶を終えると、リンディは数人の警備の人間と共に部屋から出て行く。 これからはクロノに変わり、リンディが日特に拘束されることになるのだ。
 少しだけ涙ぐんだクロノだったが、すぐに頬を叩いて気合を入れる。
 その動作には、ジュエルシード事件を一刻も早く解決させるという決意が感じられた。

「松さん、待機所へ戻りましょう。 武装局員との連携、アースラを交えての情報交換、こらからの捜索計画とやることはたくさんあります」
「そうだな、すぐに戻って――なんだ?」
「どうしました松さん、あれ? エイミィ?」

 松さんに通信が入り、同時にクロノに念話が繋がる。
 このタイミングで二つの組織に同時に連絡が来るなど……ジュエルシードしかない。
 海上でフェイト・テスタロッサが魔法攻撃を放ち、それに呼応して5つのジュエルシードが覚醒したのだ。
 ジュエルシードは台風のようになってとてつもない力を発生させるが、海上ということもあって日特は迅速な行動が出来ない。
 船を用意しようにも時間がかかり手出しできなくて途方にくれていたら、なのはが単独でフェイトのもとに向かって行った。
 それが松さんとクロノ、二人に届いた連絡の内容だった。

「エイミィ、武装局員を向かわせるんだ!」
『もうやってる、けど転移装置がエラーを起こして転移できないの!』
「このタイミングで故障? いや、第三の敵か!」

 アースラのシステムに忍び込み、ジュエルシードの誤報を出させ、日特とアースラを戦わせた第三の敵は、今度は転移装置のシステムを狂わせた。
 アースラからの援軍は期待できない、クロノはただ一人の管理局員として事態に当たらなければならなかった。
 デバイスを持っていないクロノは、戦闘において何の役にたたないと言っていいだろう。 それでも、クロノは日特と供に行動することを選んだ。
 それを感じた松さんは、エリカとユーノだけでなくクロノに対しても一緒に来るように声をかける。

「エリカ、ユーノ、クロノ、屋上にヘリを用意した。 それで移動するぞ!」

 松さんの声を聞いて3人は頷く。 ここは最上階の一つ下なので、ここからならエレベーターより階段を上った方が速い。
 ヘリに乗り込んで移動する間、エリカは第三の敵について考えた。
 ジュエルシードを狙う第三勢力、一番に思いつくのはフェイト・テスタロッサ一味だ。
 しかし、彼女には日特の施設からジュエルシードを奪うデメリットを先日説明した。 それを聞いて、なお今のタイミングで盗む理由は無いだろう。
 正体の分からない第三の敵、とてつもなく嫌な予感を胸に感じながら、エリカは荒れる海を見つめるのだった。



[12419] 第十二話
Name: ark◆9c67bf19 ID:233da008
Date: 2009/11/30 21:13
 薄暗い部屋で鞭の音が響く。 
 そこにあるのは3つの人影。
 鞭に打たれるのはフェイト・テスタロッサ、まだ10歳にもならない少女。
 歯を食いしばっているのはアルフ、フェイトの使い魔。
 そして鞭を打っているのはプレシア・テスタロッサ、フェイトの母親だった。
 時空管理局が地球に現れたその日、フェイトは報告のために時の庭園へと戻った。
 集められたジュエルシードは1つだけ、こんなことで母親が満足するはずが無いとフェイトは考えていた。
 それでも一つだけ希望が残っている、日特との、エリカとの約束だ。
 ジュエルシードを集める目的が分かればジュエルシードを貸し出してくれるかもしれない、ケーキ屋でエリカはそう言った。
 母親と話をしよう、おいしいケーキを食べながらジュエルシードを貸してくれるかもしれないと話そう。
 だが、希望を持ったフェイトを待っていたのは鞭による返事だった。

「何をしているのフェイト、たった一つしか手に入っていないだなんて!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「無茶言わないでくれ、現地の組織もジュエルシードを集めているんだ。 フェイトとあたしだけじゃ人数が少なすぎる! それに時空管理局まで出てきて大変なんだよ!」
「黙りなさい、言い訳は聞きたくないわ」


 プレシアがアルフに向かって魔力弾を放つ。 真っ直ぐアルフに向かい着弾した魔法弾は、彼女を吹き飛ばして壁に激突させる。
 プレシアの攻撃に直撃したアルフはそのまま壁にもたれかかって動かなくなった。 高威力魔法攻撃を何の防御も無く受けたせいでの気絶したのだ。
 自分の使い魔を攻撃されてもフェイトは何も言えない、それほどまでに消耗している。
 すでに気絶寸前のフェイトは力なくアルフに向かって手を伸ばすが、それに気がついたプレシアは無言でフェイトを蹴り飛ばした。
 枯れ木のように宙を待ったフェイトはうつ伏せに倒れる、それでも顔を上げてプレシアの方を見た。
 プレシアはフェイトが持ち帰った箱を開ける、中に入っていたのは美味しそうな洋菓子だった。

「こんなもので紛らわそうだなんて」

 違う、紛らわそうとしたんじゃない。
 お母さんと一緒においしいものを食べたかった。
 おいしいものを食べて、話をして、ジュエルシードの目算がついたことを話す。
 そうすれば昔の優しいお母さんに戻ってくれると思った。
 ただ、それだけなのに……
 そんなフェイトの気も知らず、プレシアはケーキを一つ取り出し、大きく振りかぶり、地面に向かって――

「あら、勿体無い。 そのお店のお菓子って人気商品なのに」

 プレシアの腕が止まった。 フェイトとプレシアは同時に声のした方向を見る。
 そこにいるのは一人の少女、地面まで届かせようという程の長い金髪と青い瞳を持つ少女だった。

「こんにちは、遊びに来たわよ」
「貴方は……アリス?」

 フェイトは、エリカが少女をそう呼んでいたことを思い出す。
 時空管理局執務官からデバイスとジュエルシードを奪った謎の少女、それが何故この時の庭園に来ているのか、フェイトには分からなかった。
 それはプレシアも同じらしく、デバイスを起動して先端をアリスに向けた。 アリスを警戒していつでも攻撃できるようにしたのだ。
 プレシアの魔導師ランクはSを超える。 やろうと思えば一瞬でアリスを消し飛ばす事だって出来るだろうが、それでもアリスは止まらない。

「貴方、何者? 何の目的でここに来たの?」
「アリスはアリス、目的は……ひ・み・つ。 秘密は女の子を綺麗にするの」
「サンダースマッシャー!」

 とぼけるアリスに対して、プレシアは迷い無く魔法を発動させた。
 正体不明の怪しい人物、目的も不明、ならば何かをする前に消し飛ばす。 プレシアの判断はある意味正しかった。
 杖の先の光が一層強く輝き、アリスは死んだ。 と、フェイトは思った。
 アリスがどの程度の魔導師かは知らないが、Sランクの攻撃を受けて無事でいられるはずが無い。
 しかし実際には、アリスは何事も無いかのようにプレシアに近づいていく。
 プレシアのデバイスからは、魔法そのものが発動しなかったのだ。 より一層強く輝いた後、魔力は発射されずに光は収まった。
 フェイトはワケ何が起きたのか分からなかった。 真っ先に、プレシアのデバイスが故障したのだろうかと考える。
 しかし直接アリスと相対したプレシアは驚愕した。 アリスは何らかの方法でプレシアの魔法の発動を妨害したのだ。
 ならば直接魔法を放とうと詠唱するプレシアだったが、すでに目の前にまで迫ったアリスに気がついて詠唱を中断する。
 そのままプレシアはアリスの顔をじっと見続け、何かに気がついたかのように目を開いた。

「貴方、まさかルイゼの?」
「そうですわプレシアさん。 お久しぶり、とでも言わせてもらいます」
「なるほど。 ルイゼは元気? 数年前から連絡が無いのだけど」
「死にました」
「そう……でも、夢は叶えたみたいね」
「いいえ、まだ途中ですわ。 アリスが後を継いでいます」

 雑談をしてうるアリスとプレシアを見ながら、フェイトはアリスの様子をじっと見続けた。
 時空管理局が現れたとき、アリスは日特にジュエルシードを渡した。
 かと思えば、今のようにプレシアと親しげに話をしている。
 アリスの行動には謎が多すぎるのだ。

「それで、結局何の用で来たかは教えてくれないのかしら?」
「そうね、そろそろ本題に入ることにするわ」

 そう言ってアリスはプレシアから離れ、フェイトの近くにまで歩いてきた。
 そして地面に座り、倒れたままのフェイトの頭を優しく撫でてる。
 アリスの手の感触は心地よく、フェイトは自分の身体の痛みが引いていくのを感じた。 
 その温かさに身を任せ、フェイトはゆっくりと目を閉じる。 連日のジュエルシード捜索とプレシアからの虐待は、本人が自覚している以上に疲労を蓄積させていたのだ。
 フェイトが完全に眠ったのを確認したアリスは、ゆっくりと立ち上がって再びプレシアの方を向き、まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のように微笑んだ。

「すこしの間、フェイトちゃんを借りるわ」

  


 日本のとある県、森の中にポツンと見える施設を遠くに眺める影が3つあった。
 アリス、フェイト、アルフだ。

「内緒で忍び込もうとしてたのに、何でアルフがいるの?」
「あそこって日特の施設なんだろ? そんな危ないところに行くなんて、心配なんだよ」
「しょうがないわね。 邪魔はしないでね」

 フェイトを心配するアルフにため息をつきながら、アリスは日特のオーパーツ封印施設を見た。
 遠くに見える施設には銃を持った人間が何人も歩き回っている。
 相当厳重な警備だ。 何の策も無ければすぐに見つかってしまうだろう。
 いくら魔法が使えるといっても、狭い室内で何人もの銃を持った人間に取り囲まれてしまえば身動きが取れなくなる。
 よほどのことをしなければ、あの施設からジュエルシードを盗んでだ出するなどできない。
 それに、フェイトはエリカの言っていたことが気にかかっていた。

「私達がジュエルシードを取ったことがばれたら、これから先ジュエルシードを集めにくくなる。 そう、あの子は言ってた」
「あの子……エリカのことね。 大丈夫、囮を用意するから」
「囮?」
「ええ、いるでしょう? フェイトちゃんの他にも、ジュエルシードを狙っていて、魔法を使う連中が」
「時空管理局!?」
「ついでに結界も効かなくしてやるわ。 日特にも少しは粘ってもらわないと困るし、増援が来れるようにしておかないと」

 アリスが空に向けて手を上げると、施設から警報が鳴り響き、時空管理局が現れ、あっという間に戦闘が始まった。
 僅か数分の出来事をフェイトは唖然としながら見ていた。 その様子から、アリスが管理局を呼んだのだということが分かったからだ。
 執務官からデバイスを奪ったことといい、こうして管理局を呼び寄せたことといい、アリスはいったい何をしたのだろうか? フェイトもアルフも想像できない。
 そんな二人に微笑みかけると、アリスは施設に向かって歩き始めた。 それに気がついたフェイトとアルフも急いでアリスについて行く。
 数分ほど歩くと施設の入り口らしき場所が見えた。 しかし警備の人間がいる。 人数は二人、この規模の施設にしては数が少ない。
 本来の警備は管理局との戦闘にまわっているらしかった。 そこまで激しい戦闘を繰り広げているのだろう。
 そしてそれは、潜入する側にとっては好都合だった。 非殺傷の魔法攻撃で見張りを気絶させて、3人は一気に扉まで接近する。
 気絶した日特隊員の胸ポケットからIDカードを奪い取って扉の脇に付いている装置に通すと、大きな扉はゆっくりと開き、真っ白な通路が現れた。

「行きましょう、管理局と戦闘しているから内部は手薄なはずよ」

 アリスは堂々と進んでいく。
 フェイトとアルフはビクビクしながら付いていく。

「大丈夫なの? 監視カメラとか……」
「ダミーを流しているわ、警備室からは無人の通路が見えるだけよ」

 ところどころにいる警備をフェイトとアルフの魔力攻撃で気絶させながら3人は通路を進み、地下へ向かうエレベーターへ乗り込む。
 そこからまたしばらく歩くと、3人の前に再び扉が現れた。
 その重厚さを見てフェイトは、この扉は外からの侵入者に警戒するだけでなく、中から出てくるのも防いでいるのだと感じた。
 間違いなく、この奥にジュエルシードがあるという確信がもてる。 エリカやアリスの言うことが正しいなら、ジュエルシードだけではなく、危険なロストロギアが大量に封印されているらしい。

 アリスが手のひらを扉の端末部分に当てると、それだけで厳重なプロテクトをされているはずの扉は開いた。
 その中には山のようなロストロギアが――

「なんだいこれ?」

 アルフの気の抜けた声ももっともだった。
 てっきり部屋中に見ても理解できないような物体がひしめいているとばかり思っていたが、実際には箱箱箱。
 大量の様々な色のコンテナが整然と陳列されていた。

「基本的にアルファベット順で並んでいるはずだから『J』の列を探して、つい最近搬入されたから大きい数字のはずよ」

 J列の一番大きい数字は13、そこに9個のコンテナが並んでいる。

「これかな?」
「開けて確かめてみようよ……うわ、重い!」
「普通に運ぶのは無理ね、転移魔法で直接時の庭園に送りましょう。 開けるのは後でもいいわ」

 コンテナの転送はすぐに終わった。
 目的の物さえ手に入れればここに用は無い。 3人はとっとと帰ることにする。
 行きは場所が分からないため苦労したが、帰りは自分達も転移すればいい。 行きに比べればずいぶん楽な帰り道だった。
 3人の姿は封印施設から消え、施設から少し離れた高台に現れる。
 施設の近くでは、まだ日特と管理局が戦闘を繰り広げていた。

「あれ? 転移に失敗した?」
「折角だから見て行きましょう、日特が管理局相手にどの程度戦えるか見ておきたいし」

 戦況は五分五分だろうか?
 日特の戦力は減っているが気合十分、管理局に猛攻を浴びせている。
 対して管理局は一人を除いて動きが悪い、士気がかなり下がっているようだった。
 やがて、空中にいる管理局員は転移し始めた。 撤退を開始したようだ。

「もう気がついたのね、管理局にも優秀な人間がいるらしいけど……少し物足りないわ」
「管理局が……負けたの?」
「時間切れってところね……あら? 一人気合が入ってる奴がいるわ」

 最後に残った局員は転移しようとしない。
 魔力の槍を作り出して日特の指揮官らしき老人に突撃を仕掛けた。
 アリスは少しだけ驚いた顔をし、次に口元を吊り上げて微笑む。
 とても綺麗な顔だったが、フェイトにはそれがとても恐ろしく見えた。

「面白いわ、ジャミングで転移できなくしてやる」

 デバイスを構えた男と杖を握り締めた老人が一瞬だけ重なり、再び離れた。
 ゆっくりと老人から離れてた男は傷口から血を噴出して倒れる。
 老人は生身でバリアジャケットを切り裂いたということを理解したフェイトとアルフは思わず身震いをした。

「な、何が起きたんだい?」
「相手が魔法を使えないからって、油断してはいけないのよ。 アルフも気をつけなさい」
「……分かったよ」

 ここに残っても得られるものは何も無い。 彼女達はもう一度転移魔法を使って今度こそ時の庭園に帰ことにした。
 9個のコンテナは予定通り時の庭園に送られていた。
 このコンテナからジュエルシードを取り出すわけだが、フェイト達には開け方が分からなかった。
 下手に魔法でコンテナを破壊したら中にあるジュエルシードにどんな影響があるか分からない。
 となると直接物理的にこじ開けるしかなく、そんなマネが出来るのはこの中ではアルフだけだった。
 アルフがコンテナの端に手をかけて力任せに超合金製の側面の板を引き剥がすと同時に、粘着性のあるジェルがアルフの身体を押しつぶした。

「アルフ!」
「大丈夫、うわぁ……気持ち悪」
「気をつけなさい。 次からは上の面を引き剥がしたほうがいいわね」

 悪態をつきながらも、アルフは流れ出たジェルに手を突っ込んで宝石を取り出した。
 ジュエルシード、実物を見てフェイトの顔に笑顔が浮かぶ。
 それを見てアルフも喜び次々とコンテナを開いてジュエルシードを取り出していった。
 こうして手に入れたジュエルシードは9個、フェイトが手に入れていた1個を合わせると10個、全21個中およそ半分のジュエルシードを手に入れたことになる。
 日特、時空管理局、テスタロッサ一味、3つの勢力でテスタロッサ一味だけ他の二つと違うところがある。 前者二つの勢力は組織だが、フェイト達だけ個人なのだ。
 人海戦術が使えない彼女たちがこれだけのジュエルシードを確保できたのは奇跡に近い、十分に満足していい結果といえるだろう。
 一時的に喜んだフェイトだったが、時間が経つにつれて頭が冷めてきてしまう。
 確かにジュエルシードは手に入れたが、単純に喜んでいいものだろうか、と思ってしまったのだ。
 今回の作戦はアリスがいたからこそ出来た。 いや、アリスだけでも日特の施設からジュエルシードを盗むことだって出来ただろう。
 フェイトはただ付いて行っただけ、何の役にも立っていない。 そう考えるようになったのだ。
 そして次に、アリスではなく、自分の力でジュエルシードを手に入れてみせると考えるようになった。
 そう気合を入れてジュエルシードを探し、フェイトとアルフは数日で3つ手に入れることに成功した。
 うまい具合に日特とも管理局とも接触せずに回収することができたことは、運が良かったという他ない。 しかしそこで詰まってしまった。
 それ以上ジュエルシードが見つからず、出現する気配すらないのだ。
 この時点でフェイト一味が13個、日特が3個、すでに4分の3を回収したことになる。
 既に海鳴に散った物はすべて回収したのかもしれない、となると残る可能性は……海。
 広い海中を探すことは不可能に近い。 しかし海に全力で魔法を叩き込んでジュエルシードを活性化させれば見つけることも可能だとフェイトは判断した。
 アルフはそこまでする必要は無いと言う。 13個も集めたのだから十分だろうと訴える。
 しかしフェイトは納得しない。 母親のために少しでも多くのジュエルシードを集めたかったし、アリスが9個も集めたのに自分が4個で有ることに僅かながら嫉妬も感じていたからだ。
 だから思い切って大量のジュエルシードを得ようとした。
 かなり危険だが、いざという時にはアリスも手伝ってくれるだろうと考えもあり、海に向かって雷撃の魔法を打ち込んだ。
 予想どうりジュエルシードが発動する、数は5個、十分すぎる数だ。
 予想どうり体力を消耗するが構わない。 後回収するだけだった。
 ただ一つ、予想外だったのは――

「何言ってるの? アリスは暇つぶしについて来ただけで、手伝うなんて言ってないわよ」

 アリスが全く協力しなかったことだった。

「フェイト! もう無理だ! もう諦めよう!」
「自分の力量以上のことをするからね。 自業自得よ」
「それでも……ジュエルシードを……っくぅ」
「はぁ……そんなに苦しいなら、ホラ、あの子に手伝ってもらえば?」

 アリスの指差した先をフェイトが見ると、白いバリアジャケットの少女、高町なのはがいた。
 海岸線に他の日特隊員を残して単独で飛んできたらしい。 フェイト達は3人もいるのに、無謀と言う他ないだろう。
 なのはからフェイトを守るように、アルフが一人でなのはの前に立ちはだかる。
 フェイトは戦える状態ではないし、アリスは手伝う気がない。 今、なのはの相手をできるのはアルフだけだった。
 仕方なくなのはと戦おうとするアルフだったがなのはは戦おうとしない。 アルフの攻撃をかわし続けるだけで、攻撃しようとはしなかった。

「アルフさんどいて! このままじゃフェイトちゃんも危ないの!」
「そんなこと言って、フェイトが弱ってる隙にジュエルシードを奪う気なんだろ」

 アルフはなのはの言うことを聞こうとしない。 なのはをフェイトから引き離そうとするあまりフェイトの変化に気がつかなかった。
 ジュエルシードを回収しようとしているフェイトは、全力で魔法を放ったことによる体力の消耗と、5つのジュエルシードの放つ魔力、そして増幅された自然という強大な力に苦戦していた。
 疲労したフェイトはその圧力に耐え切れずバランスを崩して落下してしまう。
 なのはに集中していたアルフは反応が遅れてしまい間に合わない。 だがフェイトを見ていたなのはは何とかフェイトの手を掴んで海面への落下を止めることが出来た。
 そのまま少し離れたところに移動して、なのははフェイトを落ち着かせる。

「フェイトちゃん、大丈夫?」
「ジュエルシードが……集めないと」
「一人じゃ無理だよ、だから二人で、半分づつ」
「……うん」

 なのはの言葉に頷いたフェイトは、二人でジュエルシードの回収を始める。 フェイトの負担も減って、今度こそ無事に回収できた。
 二個づつ回収して一つあまり、その一つを挟んで二人がにらみ合う。
 元々5個だったので二人で割り切れるわけ無い、このような事態に陥ることは当然予想できた。
 だからフェイトはなのはと戦う覚悟を持っていた。 はずだった。

「フェイトちゃん」
「何?」
「ジュエルシードを集める理由、聞いてきてくれた?」

 なのはの言葉で、フェイトは『ジュエルシードを集める理由が分かれば協力できるかもしれない』エリカの言葉を思い出すした。
 しかし、アリスのおかげでフェイト達は日特が持っていた9個のジュエルシードは盗み出すことに成功した。 つまり、今更日特と協力したところですでにメリットは存在しないのだ。
 答える必要は無い、そもそもプレシアはフェイトにジュエルシードを集める理由を教えてくれなかった。
 だけど目の前の少女は信じている。 フェイトと手を取り合うことができると、まだ希望を持っている。
 ならば、たとえ否定の返事であっても、なのはの質問に答えなくてはならないような気がした。

「ごめん、聞いてない」
「そっか、それじゃぁまた戦うんだね?」
「うん、残りの一つも、貴方が今手に入れたジュエルシードも貰う」
「フェイトちゃん、私ね、魔法が使えるようになって、何でも出来るって思って、それでも出来ないことがあって、色々な事を知ったの」

 その手に持つのは魔法の力、胸に秘めるは不屈の心
 だけどそれは決して万能ではない
 戦いによって傷つく友達、暴走体との戦闘で命を落とす日特の人達、厳しい現実を突きつける大人達……
 世界は――こんなはずじゃなかった。
 思い描いていた希望は脆くも崩れ去る。
 自分は弱い、1人では何もできない。
 だけど、一緒に頑張れば、力を合わせれば――
 どんな壁でも、きっと乗り越えることができる!
 
「今だってそう。 私だけでも、フェイトちゃんだけでもジュエルシードを止めることはできなかった。 一緒に頑張ったからできたんだよ?」
「……」
「私、こうしてフェイトちゃんと一緒にジュエルシードを封印して
分かったの。 やっぱり、私フェイトちゃんとケンカするより仲良くしたい。 友達になりたい!」
「……私は」

 フェイトは、どう返事をするべきか迷った。
 なのはが本気でそう思っていることはよく分かる。 だが、お互いの立場的に肯定の返事をしてはいけないことも理解していた。
 本当なら、すぐにでも否定しなければならないのだが、それもフェイトは思いとどまってしまった。
 どうしたらいいか分からないフェイトは思わず動きを止めてしまうが、その間もなのはは黙ってじっとフェイトを見つめ続けていた。
 恐らく、一度否定しても、なのはは何度も諦めずにフェイトと話をするだろう。
 そのままフェイトが返事をしなければ、何時までも待ち続けそうな決意がなのはの表情から読み取れる。
 その真っ直ぐな視線に、フェイトは思わずなのはから視線をそらしてしまった。

「少年漫画な展開してるところに悪いけど、日特が来たわよ」

 そんな二人の間にアリスが入ったおかげで、フェイトがなのはの質問に答えることは無くなった。
 陸の方から向かってくるヘリコプターには、しっかりと日特の印である太陽を背負うヤタガラスが描かれている。
 同時に、なのは達の下に数隻の船が集まってきた。 なのはが置き去りにしてきた日特の別働隊だ。

「いい感じに集まってきたわ、これなら対応も早いでしょうね」
「アリス?」
「帰っていいわよ、アリスは仕上げをしなくちゃいけないから」


 アリスの言葉に、フェイトは少しだけ心配そうな顔をした。
 フェイトはアリスを一人で残しておくつもりは無い、帰るときはアリスと一緒に帰るつもりだった。
 そんなフェイトを見てアリスは溜め息をつく。 その様子から、アリスがしょうがなく自分の用事を先に済ませることにしたらしいということをフェイトは理解した。
 アリスが空を見上げ、なのはやフェイトには見えない何かを睨みつける。
 そんなアリスに向けて、なのはが話しかけた。

「アリスちゃん、アリスちゃんはエリカちゃんの友達なんでしょ?」
「友達……そうね、アリスにとってエリカはとても大切な人、ずっと一緒にいたい大好きな人」
「なら、何で一緒にいないの? エリカちゃんもアリスちゃんを心配してたし、私もアリスちゃんと友達になりたいの」
「アリスにはやらないといけないことがあるから、それをやらないとアリスは幸せになれないの。 だから……」

 右手を天に掲げて叫ぶ。
 その声はこの場の誰に対して言っているのではない。 次元を超えた先、時の庭園にいるプレシアに対しての言葉だった。

「座標データ送信完了! 目標、アースラメイン動力炉、及び艦内生命維持システム! プレシア、思いっきり壊してやりなさい!」
『貴方に乗せられるのはいい気分ではないけど、管理局に動かれるのも困るし、今は乗ってあげるわ』
「アリスの幸せのために……堕ちろ! 時空管理局!」
『撃つのは私よ、サンダーレイジO.D.J!』

 光が、次元を走った。
 そしてフェイトの視界は光で包まれる。


 日特のヘリ内部、男達は海上に向かっていた。
 先ほどまではまるで嵐のようだったが、ジュエルシードは落ち着いて風も無くなった。
 これならもうすぐ現場に着くだろうという時、クロノに念話が入る。

『クロノ君、次元跳躍魔法が直撃、アースラの被害は甚大!』
「そんなものまで使えるのか……被害状況は?」
『艦内生命維持システムが完全に止まっちゃってる。 このままじゃ数分で酸素がなくなっちゃう! 動力もひどい、このまま動かし続けたら爆発するかもしれない! 別次元の船の重要部分だけををピンポイントで狙うなんて、人間業じゃないよ!』
「転移は出来るか? どこかの次元世界で早急な修理をするんだ」
『駄目、システムエラーで長距離転移できない! 別の世界なんてもっと無理!』
「時間が無い……背に腹は変えられないか!」
『クロノ君?』
「エイミィ、地球、海鳴沖200キロに転移だ!」
『管理外世界に? そんなことしたら……』
「日特に借りを作りたくは無いが、松さん、情報操作をお願いします」
「ああ、任せておけ」


 直後に大きな振動が海鳴を襲った。 地震ではなく、空間そのものが揺れている。
 水平線の向こうに巨大な何かが落ちた。 見ることはできなかったが、その振動を感じた人間は皆そう思った。
 しかしそんなことは、なのはにとってはどうでもいい。
 今一番気になるのは、目の前で魔法に撃たれたフェイトの安否だった。

「フェイトちゃん!」
「フェイト! しっかりしな!」
「……ふぅ、プレシアはよっぽどフェイトを嫌ってるらしいわ」

 フェイトはアルフの腕の中で完全に気絶していた。
 元々疲労していた時に駄目押しの一撃、しかも次元航行艦に損害を与えるほどの魔法が直撃したのだ。
 いくら非殺傷設定だからといっても限度が有る、このままでは生命に危険が有るかもしれない。
 一刻も早い治療をするべきだった。

「くそ! あの鬼婆、今度という今度こそ許さない!」

 アルフはフェイトを連れて転移した。
 それを見送ったアリスは今度はヘリを見る、アレにはエリカが乗っているはずだ。
 こちらに向かっていたヘリは反転して陸地に戻り始める。 被害が収まったジュエルシードよりも今後の対応を優先させたのだろう。
 アリスが残念そうに溜め息をつく。 ここに来たアリスの目的の一つ、エリカと会うことは適わなくなってしまったからだ。
 しょうがなく、アリスはなのはに残ったジュエルシードを渡した。

「ジュエルシード、一個余ってるけど回収したら?」
「アリスちゃん、アリスちゃんは何をしようとしているの?」
「何をって?」
「ジュエルシードを日特に渡したり、フェイトちゃんと一緒にいたり、今だって何かすごい魔法を撃ったり」
「魔法を撃ったのはアリスじゃないわよ、あくまでナビゲートしただけ。 そうねぇ、アリスもなのはちゃんとは友達になりたいし……」

 アリスは少しだけ悩み、やがて意地悪そうな顔をしてなのはに言った。

「ジュエルシード自体はどうでもいいの、それにアースラを本気で撃墜する気も無かったわ。 アリスなら、丁度いいくらいにダメージを与えるなんて簡単よ」
「分からない! アリスちゃんが何言ってるのか分からないよ!」
「すぐに分かるわ、エリカに伝えて、『もうすぐ一緒にいられるようになる』って」

 そしてアリスも転移する。 その場にはなのはと回収し損ねたジュエルシードだけが残された。
 なのはの眼下では、何隻もの船が沖合いに向かっている。
 その一隻に恭也の姿を見かけたなのはは合流すべく降下を開始した。
 アリスのやるべきこと、その言葉が妙になのはの頭にこびりついて離れなかった。



[12419] 第十三話
Name: ark◆9c67bf19 ID:233da008
Date: 2009/12/05 21:33
9年前――

「だ~、あう~、あ~」
「ふふ、いい子ね」

 そういいながら、ルイゼは抱きかかえた赤ん坊をあやした。
 ルイゼは金髪青目、赤ん坊は黒髪黒目、一見するとこの二人の血は繋がっていないように見える。
 しかしルイゼは、その赤ん坊がまるで彼女の本当の子供であるかのように、優しい笑顔で接していた。
 そして、その様子を面白くなさそうに見ている女性が1人。
 ルイゼの古き友人である大魔導師、プレシア・テスタロッサだ。

「本当にこれでいいのかしら? 5~6歳くらいまで成長させることも可能なのだけれど」
「子供に愛を注ぐのは親の特権よ。 その楽しみを、わざわざ減らすようなマネはしたくないわ」

 微笑みながらそう言ったルイゼに向け、プレシアは深いため息をつく。
 その顔には諦めや呆れ、失望などが入り混じり、何とも表現しにくい表情になっていた。

「分からないわね。 確かに貴女の遺伝子を基にしたけど、身体能力や薬への適応性を調整しすぎたせいで髪や目の色素に異常が出たわよ? あの子とは似ても似つかないじゃない」
「この子はあの子じゃないわ。 あの子と共に歩む、もう1人の私の子供よ」
「……まぁ、貴女か納得してるならいいわ。 その子を作ったおかげで問題点を洗いなおせたし、3~4年後には私の方も完成できそうよ」

 そう言ってプレシアは部屋から出て行った。 ルイゼと赤ん坊の触れ合いを邪魔しないように気を利かせたのだ。
 その後姿を、ルイゼは冷めた目つきで見送った。

「貴女には無理よ、プレシア。 新たな命と古い命を混同する貴女には、娘を愛することはできないわ」
「あ~、あ~、だ~」
「あらあら、ごめんね。 大丈夫、お母さんは貴女を愛してあげるわ」

 プレシアの姿が見えなくなった後、ルイゼは赤ん坊の声で笑顔に戻った。
 そして赤ん坊にミルクを与えながら、一つのことを考える。

「なんて名前がいいかしら? CEALI……LAICE……ELICA……」
「だ~、だ~、う~」
「そう、コレがいいのね。 エリカ……エリカ・キャロライン、いい名前だわ」




「プレシア・テスタロッサ、元々はミッドチルダ中央技術開発局の第3局長だったが次元航行エネルギーの研究をにおいて事故を引き起こした。 その後責任を取らされて地方へ移動、行方不明になっている」

 海鳴沖200キロの地点に着水したアースラ、その中にエリカたちはいた。
 といっても日特海鳴派遣部隊が全員いるわけではない。 一時的に協力体制を取っているものの、さすがによその組織の部隊をそのまま艦内に入れるのはマズイとクロノは判断した。
 そこで今回招待されたのはジュエルシード事件に関わっている主要メンバーであるエリカ、松さん、なのは、ユーノだけということになったのだ。
 恭也はしぶしぶ海鳴に残っている。 なのはを見知らぬ組織の船の中に連れて行くのには最期まで反対していたがジュエルシードに関わっている度合いを考えると参加させないわけにはいかない。
 同時にジュエルシードへの関わりが少なく、それでいて高い戦闘能力を誇る恭也は必然的に留守番ということになってしまった。
 日特はまだジュエルシードが残っていると考えている。
 実際はフェイト一味と日特で21個のジュエルシードはすべて回収したわけだが、日特は海上決戦の前にフェイト達が手に入れた3個のことを知らない。
 それでも大半は回収し終えていることを知っているので、暴走体が出現する可能性もずいぶん低くなったと予想し、海鳴に残るのは恭也と隊員たちで十分と判断したのだ。

「娘についても情報があるが……フェイトではない、アリシア・テスタロッサ、26年前に死亡、享年5歳。 死亡の原因は先の実験の事故らしいな」

 艦橋に案内された4人はそこで管理局のデータベースを見せてもらうことになった。
 さすがに違う世界の人物の情報など日特は持っていない、こういった部分は管理局に頼らざるを得ないのだ。
 海上でアリスが呟いた名前である『プレシア』、恐らくフェイトの関係者であることが予想され苗字であるテスタロッサを加えてエイミィが検索したところ見事に当てはまった。
 だがそこから更に生まれる疑問、すなわちフェイトとプレシアの関係については結局不明のままだった。
 プレシアの娘はアリシア、フェイトではない。
 そもそもアリシアは死亡しており、何らかの方法で生きていたとしたら既に30を超えていることになる。
 フェイトはそんな年齢には見えない、せいぜい10歳前だろう。
 アリシアと何らかの関係があることは間違いないだろうが、結局分からずじまいだった。

「娘のクローンでも作ったんじゃないの?」
「いきなり突拍子も無いことを言うな、君は」
「地球でもその手の研究はされてるからね、実用化はまだだけど。 でも広い次元世界なら、何があっても不思議じゃないと思うの」
「……一応、その線も洗ってみよう。 そして次は……彼女だ」

 プレシア、フェイト、アリシアの話を一旦置き、クロノはエイミィに指示を出して、アリスの姿をモニターに映し出した。。
 クロノのデバイスであるS2Uを奪う場面、フェイトと共に海上に現れた場面だ。

「アリスちゃんも別世界の人間なの? デバイスを使いこなしているみたいだから魔導師だと思うけど……」
「この少女についてのデータは無いが気になることを思い出した。 エイミィ、EIデバイス事件のデータを出してくれ」
「EIデバイス、20年前のあの事件だね」

 エイミィが端末を操作すると、画面に20歳ほどの女性の姿が現れた。
 それを見たエリカがあっと驚く。
 見間違えるはずが無い。 画面に映ったのはエリカが母と慕っていたルイゼ、その若いころの姿だったからだ。
 その反応に気がついたクロノが、エリカに尋ねる。

「知っているのか? 彼女は僕達の世界の人間のはずだが」
「え? うん、まぁ……気にしないで、話を続けて」

 エリカは言葉を濁した。 クロノの話の腰を折りたくなかったからだ。
 クロノはそれを不思議に思いながらも、話を続けることにした。

「この女性はルイゼ・キャロライン、若干10歳で資格を取った史上最年少のデバイスマイスター。 同時に時空管理局の歴史上最悪のデバイスマイスターだ」
「最悪のデバイスマイスターって……違法デバイスは確かに犯罪ですけど、そんなに酷い罪じゃ無いはずでしょ? こんな事言うのもなんだけど、管理局にだって多かれ少なかれ違法デバイスを使う人はいるし」

 ユーノの言うことももっともだった。
 強力な犯罪者や未知のロストロギアの相手をする管理局員にとって、自らの能力を少しでも底上げしたいというのは当然の希望である。
 しかし日々の努力や訓練では時間がかかるし限界もある。 それに我慢できなくなった魔導師が、己の限界を突破するために手を出す禁断の果実。
 それこそがデバイスの違法改造、自分の能力を上げられないなら装備を強化しようという発想だ。
 当然管理局のデバイスには定期点検というものが存在する。 だが彼らは、そういった日の前日に改造を戻して問題なく検査を突破する。
 まるで車検の前に改造車を戻す不良みたいなことだが、このようなことを考える魔導師は決して少なくない。。
 事実、事前連絡なしの抜き打ち検査において違法改造が発覚してデバイスを没収されたり、何らかの処罰が下される管理局員は毎年それなりの人数が出ている。
 だが違法デバイスは発覚することが少ない上、刑罰も比較的甘くなっている。 よっぽどの重大な違法改造でなければ黙認されることもしばしばあるほどだ。

「身内の恥だがおおむね事実だ。 しかしこの女性の作るデバイスは管理局内でも最大級の問題となった」
「そんな問題って、どんなデバイスなの?」
「EIデバイス、人間によって作られた、人間の心を持つデバイスだ」

 デバイスにはいくつかの種類があるが、人工知能という点で大まかに分けると3種類に分別することができる。
 すなわち、考えないデバイス、ある程度考えるデバイス、人間と同程度まで考えるデバイスの3種類である。
 考えないデバイスは言わずと知れたストレージタイプだ。 単純な魔法記録装置としての機能しかないが、それゆえに高速で魔法を発動することが出来る。
 ある程度考えるデバイスはインテリジェントタイプ。 人工知能が搭載されており状況に応じて使用者のサポートを行うことができ、簡単な問答をすることだって出来る。
 人間と同程度まで考えるデバイス。 これはもう古代ベルカの遺産、ユニゾンデバイスのことだ。 古代ベルカの神秘であるユニゾンデバイスは、自らの使用者と共に泣き、笑い、怒り、生活を共にする事だって出来る。
 しかしその技術は既に失われており、古代ベルカの遺跡等で発掘される以外に発見されることは無い。
 デバイスマイスターであると同時に古代ベルカについて研究をしていたルイゼ・キャロラインはユニゾンデバイスの領域に一歩踏み込むほどの技術を持っていた。
 その技術の集大成と呼ばれるものとして、特殊なプログラムを組むことで性能を飛躍的に高めた改造デバイスが存在する。
 それがエモーショナルインテリジェントデバイス、通称EIデバイスと呼ばれるものだった。
 このEIデバイス、簡単に説明すると人間並みの感情を持ったデバイスのことである。
 例えば怒れば攻撃魔法の出力が上昇する、悲しめば弱くなる、優しい気分になったら治癒魔法の効果が上がり、守ろうと強く思えばシールドが硬くなる。
 正に魔導師と苦楽を共にするデバイス。 魔導師とデバイスの絆が強くなれば強くなるほどデバイスの性能も上がり、魔導師としての能力も上がる。
 魔導師とデバイスの理想の形、新たなる魔導師の姿。 EIデバイスは急速に時空管理局にも広がっていった。

「管理局に認められたんなら違法じゃないとおもうけど……。 それが何で最悪なの?」
「EIデバイスが違法となるような事件が発生したんだ。 それが原因でEIデバイスはすべての世界から消えることになる」

 ある管理局員が味方を攻撃魔法で打ち抜いた。
 それだけなら誤射で済まされるかもしれないが、殺傷設定を解除して撃ったことが問題となった。
 当然撃たれた局員は死亡、撃った局員は取調べを受けることになる。
 そこで容疑者の局員は奇妙なことを口走る、「デバイスが勝手に魔法を放った」と。
 当然そんなことがあるわけ無い。 さらにこの男が仲間を攻撃したのを目撃した人間も大勢いたことが逮捕の決め手となった。
 しかしその目撃者、部隊の同僚たちは全員が彼が自分の意思でそんなことをするはずが無いと主張した。
 攻撃を受けた人間は容疑者の恋人、しかも二人の仲はとてもよくて来月には結婚の予定だったのだ。
 今回の事件の前にも二人は他の隊員の目があるにも関わらずイチャイチャとしていて、男が女を殺す事などありえないというのが同僚達の主張だった。
 しかし殺してしまったことは事実。 結局は恋人間のトラブルという理屈で男は裁判にかけられ有罪となる。
 そして、その男がEIデバイスを持っていたことなど誰も気にしなかった。 それが管理局を混乱に陥れる最初の事件だということも……

 仲間を守るために敵の攻撃の前に立ちふさがる勇敢な局員。 しかし敵の攻撃が届く直前に彼は転移魔法で逃げ出した。
 結果、仲間は全滅、その局員は臆病風に吹かれたと判断される。
 彼がどれだけ「転移魔法を使った覚えは無い」と主張しようが聞き入れられない。 そんな彼もEIデバイスを使っていた。

 自らの頭を殺傷設定の魔法で打ち抜いた魔導師。 彼は次の日に恋人と結婚式を上げるよていで、結婚自殺するなどありえない。
 彼が自殺に使ったのもEIデバイスだった。

 ものすごいハンサム、高い魔力資質、おまけに性格も優しい、そんな完璧超人の男がいた。
 当然多くの女性にも好意を寄せられており、ラブレターは毎日山盛り、一日置きに告白されるという男の敵ともいえる存在。
 そんな彼が局内で女性の虐殺を始めた。
 デスクワークをしているときにコーヒーを持って来た女性に対していきなりデバイスを起動して殺傷設定の魔法を打ち込んだのだ。
 当然局内は大混乱、取り押さえられるまでに10数名の犠牲者が発生した。
 そんな彼もデバイスを起動したつもりは無い。 普通にデスクワークをしていたら勝手にデバイスが起動し、身体の自由が利かない状態で魔法攻撃を乱射したと主張した。
 彼が持っていたのも、やはりEIデバイスだった。

 こうした事件が連続して起きたため、事態を重く見た管理局は事件の調査を開始する。
 その間にも事件は起こり増えていく犠牲者たち、そのすべてに関わっているEIデバイス。
 そして驚愕の事実が判明した。
 EIデバイスが抱いた感情……それは紛れも無く愛だったのだ。
 使用者を愛したEIデバイスは婚約者に嫉妬し、その婚約者を殺すという強行手段をとった。
 愛するがゆえに守りたい。 そう願ったデバイスは強制的に転移魔法を発動させて使用者を敵の攻撃から守った。
 使用者の結婚することを知ったEIデバイスは、自らの主人を巻き込んで無理心中を図った。
 完璧な主人を持つデバイスは、もはや自らの主に女性が近づくこと自体を嫌ったのだろう。
 こうしてEIデバイスの致命的な欠陥が明らかになったが、使用者が減ることはなかった。
 EIデバイスの性能は既存のデバイスと比べ物にならないほど高く、止めろと言われても聞かない人間も多かったのだ。
 ついに管理局はEIデバイス禁止法を設立。 この世に存在するすべてのEIデバイスは管理局が回収、処分することを決定した。
 EIデバイスの開発者であるルイゼにも何らかの処罰が下される予定だったが、彼女はその前に逃走し行方をくらませた。

「悪い人……なのかな?」
「……何故そう思ったんだ?」
「この人は、たぶんみんなの為を思ってデバイスを作ったんじゃないかな? 人とデバイスが大好きで、もっともっと仲良くなってもらいたくってEIデバイスを作って、勝手に法律で禁止されて……」
「確かにそういう点を考慮してもいいだろう、だが事実彼女の作ったデバイスで多くの犠牲者が出た。 法律が出来る前の行為だからそんなに思い罪にはならず、デバイスマイスターとしての活動は出来ただろうに」
「きっと自分の作ったデバイスを子供みたいに思ってたんじゃないかな? それが次々に処分されることを知って管理局を許せなくなったと思うの」
「……それでも、人に危害を与えるデバイスを作っていい理由にはならない」
「いいから、何で母さ――この女の人が捜査対象に上がったのか教えてくれる?」

 エリカは、クロノとなのはが話している間に無理やり割って入った。
 エリカはルイゼは次元世界にいたことなど知らなかった。 デバイスの研究をしていたことなど知らなかった。
 だからクロノからもっと話を聞きたいと思い、話の続きを急かしたのだ。

「ああ、プレシアのことを調べている時にその名前が上がったんだ。 彼女は26年前にプレシアの部下として働いていた。 そしてプレシアと同じく事故で――」
「事故で?」
「娘、アリス・キャロラインを失っている」
「え?」

 エリカは一瞬、クロノが何を言っているのか分からなかった。
 しばらくして意識を取り戻し、クロノの言葉の意味を再確認して、顔が青ざめさせて何も言えなくなった。
 今間違いなく、クロノは、アリスが26年前に死んでいると言ったのだ。
 だったら、エリカの知っているアリスは何者なのだろうか?
 頭を振って、エリカは混乱する頭を無理やり冷静にした。
 26年前のアリスが何者であろうと、5年前にエリカと共に過ごしたアリスは本物だった。 それはエリカ自身が一番よく分かっている。
 ならば、何も迷うことなど無い。 クロノが何を言っても、エリカは自分の知っているアリスを信じないでどうする?
 そんな決意を持って、エリカが顔を上げる。
 そんなエリカを見たクロノは、すでにエリカとアリスになんらかの関係があることを見抜いていた。
 だが無理に聞き出そうとせず、先に自分の調べた情報をまとめることにした。
 
「アリシアとフェイト、26年前のアリスと現在のアリス、何か関係があるはずだ」
「女の子の過去を探るだなんて最低ね。 このゴミ虫、だから男なんて嫌いなのよ」

 突如、その場にいるはずの無い声がアースラ艦橋に響き渡り、聞いて全員が一斉に振り向いた。
 そこにいたのはアリス。 資料にある26年前のアリスではない、なのはやエリカと同年齢の、現在のアリスがそこにいた。
 クロノと松さんは警戒の体勢をとったが、エリカとなのはは動かない。
 前者二人はアリスを謎の人物として認識し、後者二人は友達あるいは友達になるべき人物として見ているからだ。
 クロノはアリスを睨みつけ、EIデバイスと化したS2Uの代わりに持っているデバイスを構えてアリスに話しかけた。

「艦内は転移できないはずだが、それも無効化するか。 だがすぐに武装局員たちに囲まれるぞ」
「その武装局員ってこの人たちのこと?」

 アリスがてを前に出し、指を鳴らすと同時に艦橋のモニターが切り替わり、通路で立ち往生している局員たち映し出した。
 彼らは通路の隔壁が降りて閉じ込められてしまっている。

「やはりアースラのシステムに侵入できるのか!? エイミィ、隔壁はどのくらいで開く?」
「駄目、入力を受け付けない! 操作自体がキャンセルされてるよ!」
「くそ、こうなったら僕が……」
「せっかちね、少しは落ち着かないと程度が知れるわよ? それとも、元々その程度なのかしら?」

 アリスは必死に現在の状況を何とかしようとするクロノとエイミィを横目にエリカに近づき、その首に手を回した。
 突然のことで慌てるエリカだが、アリスはそれを無視して腕に力を込めて身体全体を持ち上げる。
 アリスが落ちないようにと、エリカがアリスの足の下に手を回した結果、いわゆるお姫様抱っこの形になった。

「やっぱりエリカは優しいね、私のして欲しいことを分かってくれてる」
「このくらいならね。 でもアリスがこれから何をしようとしているかまでは分からない」
「それはまだ秘密、でもヒントは出てるのよ? エリカはエリカが信じることをして、それがアリスのやって欲しいことだから」

 そう言ってアリスは微笑んだ。
 エリカの腕から降りたアリスは、ゆっくりと空中に浮かび上がってアースラの艦橋全体を見渡した。
 アースラ環境にいる全員がアリスに注目する中、クロノは家を決してアリスに話しかける。

「君は、ルイゼ・キャロラインの娘なのか?」
「アンタなんかの質問に答える義理は無いわ。 その空っぽの脳みそで好きなように考えれば?」
「坊主、お前じゃ話にならない。 俺も聞きたいし、教えてくれないか?」

 アリスはクロノを嫌っている。
 そう感じた松さんがクロノの変わりに尋ねると、アリスは少し考えてから、その質問に答えた。

「そうね、松さんはエリカもお世話になっていることだし、答えるわ。 アリスは、ルイゼお母様の思いの結晶よ」
「やはりそうか。 となると……僕のデバイスを奪ったり、プレシアに協力してアースラを航行不能な状態にしたのは管理局への復讐が目的か!」
「違うわ、というかアンタとは口を利きたくないんだから、黙ってなさい」

 クロノの言葉に即答したアリスは、バインドでクロノを拘束した。
 反応できず、光の輪に囚われたクロノは蓑虫のようになって床に倒れこむ。 しかし、クロノはその状態でも考えることを止めなかった。
 管理局のせいで死んだ母親の仇をとる、最もシンプルな動機だが即効で否定されてしまった。
 もちろん嘘をついているという可能性もあるが、現時点でそれを確かめることはできない。
 バインドで口まで拘束されて喋ることのできなくなったクロノは、アリスと松さんの会話から少しでも情報を得ようと耳を研ぎ澄ます。

「それでは君は何故管理局と戦おうとしている? 母親の復讐で無いとするならその理由は?」
「それは秘密。 ミステリアスな女の子って可愛いでしょ? 、アリスは可愛い女の子でいたいから、できるだけ秘密は多く持つことにしているの。」
「私も知りたい。 アリス、何時になったら、アリスと私は一緒にいられるの?」
「ごめんねエリカ、今はまだ駄目なの……。 でも、これだけは信じて、アリスはエリカとアリスの幸せのために動いてるって」

 その様子をエイミィは少し頬を引きつらせながら見ていた。
 このアリスという少女、エリカとそれ以外の人間とで明らかに態度が違う。
 優先順位としてエリカ、次にエリカと親しい人間、最後にそれ以外という順番で言葉使いが悪くなっている。 クロノに対しては話をしたくないという理由でバインドまでかけた。
 恐らく、クロノを含めた管理局を石ころか何かと同程度にしか見ていないのではないだろうか?
 すでに猫かぶっているとか、そんなレベルではない。 ここまでされるともう逆に清々しくなってくる。
 そんなアリスが両手を広げると、彼女の周りに光が集まりだした。

「そろそろ行かなくちゃ、またねエリカ」

 そう言ってアリスは光と共にその場から消え去り――
 またすぐに現れた。

「言い忘れがあったわ」
「言い忘れ?」
「近々日特が確保しているジュエルシードとフェイトちゃんが持ってるジュエルシードを賭けて決闘をしてもらうわ」
「フェイトちゃんと!?」

 なのはは思わず叫んでいた。
 なのはは海鳴海上でアリスとフェイトが一緒にいたところを見ている。
 だから二人が知り合いだろうとは考えていたが、それでもアリスが何故こんなことを言ったのか分からなかった。
 だが、アリスの言うことが事実なら、なのはは再びフェイトと話をする機会が得られることになる。
 だからアリスの言うことが本当か、どうしても確かめたかったのだ。

「安心してなのはちゃん。 絶対にさせるわ、フェイトちゃんにも日特にも」
「……そこまで断言できるなら、なのは、信じましょう。 私はアリスを信じる」
「ありがとうエリカ、やっぱりエリカは信じてくれる。 それじゃぁ今度こそ……またね」

 今度こそアリスは転移していった。
 同時に艦橋へなだれ込む武装局員達。 しかし時すでに遅く、アリスの姿は影も形も見当たらなかった。
 疑問を解き明かすための情報交換は、アリスの乱入で新たな疑問を生み出すことになった。
 フェイトとプレシアの関係、アリスの目的、それらの答えを知る方法は今は無い。
 結局日特と管理局に出来るのはアリスがもたらした情報、近々起こるであろうジュエルシードを賭けた決闘の対策を考えることだけだった。




「さて、大体準備は整ったかな? フェイトちゃん、うまく捕まってくれるといいけれど……管理局じゃなくて日特に」



[12419] 第十四話
Name: ark◆9c67bf19 ID:233da008
Date: 2009/12/11 00:14
「ふぅ……」

 民間警備会社日本対特殊災害警備機構社長、と同時に秘密武装組織日特の総帥でもある吉村は溜め息をついた。
 目の前に有る書類、書類、書類――
 そのすべてに彼のサインが必要なのだ、溜め息もつきたくなる。
 去年の今頃は確かこの半分程度ではなかっただろうか?
 それがここ二ヶ月の間で順調に数を増やしていき……ついに爆発した。
 何故こんなことに、などという説明をするまでも無い。 原因は分かりきっている。
 海鳴で起きたジュエルシード事件が原因で行った同地域で一般人への連続偽装工作やマスコミへの戒厳令を行った結果だ。 国内でこれほどの事件が起きたのは初めてだった。
 さらにそれに連なる時空管理局による日特のオーパーツ封印施設の襲撃、海鳴沖への時空管理局次元航行艦の着水、海上自衛隊への協力要請、またマスコミへの戒厳令。
 管理局との戦闘で負傷した封印施設の警備員達は現場に復帰できていない。 非殺傷の魔法攻撃なので傷一つついていないが、ほとんどの隊員は身体の痺れが取れず、中にはまだ意識不明の者もいる。
 魔法に対する抵抗力を持たない人間が手加減無しの攻撃魔法を受けた上に、日特には魔法攻撃を受けた人間にするべき治療方法の知識が無い。
 それでも、個人差はあるが長くても一週間ほどで回復するらしいが、その一週間が問題だった。 一週間の間に、封印施設の警備が薄くなったことをしった他国の部隊が押し寄せてこないという保障はないのだ。
 それに対応するため、海外の遺跡に派遣している部隊のいくつかを呼び戻す必要がある。 つまり、それらの遺跡は他国に渡してしまうことになる。

「ふぅ……」

 他国に遺跡が渡るということは、その遺跡で得られる古代の技術で他国の部隊が強くなるということにも繋がる。
 それはつまり、これから先の戦いで日特が不利になる可能性があるということだ。 古代の遺産と現代の技術が組み合わさったとき、そのような兵器ができるかなど想像できない。
 それに対抗するため、日特技術開発部への追加予算の投入が決定した。 最終的に今年度の予算は他の部署と比べて3倍近い差となる予定である。
 他の部署からの猛反発は目に見えている、しかし認めないわけにはいかなかった。
 幸か不幸か時空管理局との戦いでデバイスなるものの回収に成功した。 一刻も早い解析をしてもらいたいというのが吉村の気持ちだった。。
 デバイスを自由に扱え、管理局の魔導師と同レベルの戦闘能力を持つ隊員がいれば――
 さらにそこから地球の技術だけでデバイスを作り、日特による魔導師部隊を作り出せたら――
 そうすれば、海外の遺跡を放棄してもお釣りがある。 逆に裏世界の軍事バランスを日本に向けて大きく傾けることも可能だろう。
 技術部からの返事は『今年度中には解析を終了させ、何らかの成果をお見せできるはずです』との事だった。
 どこまで本当か分からないが、せいぜい期待させてもらうことにする。 高い予算を奪っていったのだから、それに見合うだけの成果は出してもらわないと困る。
 取らぬ狸の皮算用、ではないがそれくらいの希望を持っていなければ現在の状況を乗り越えることは出来なかった。

「ふぅ……」
「溜め息をつくと幸せが逃げるわよ。 いえ、元々そんなに幸せでもなかったわね」

 吉村の耳に、いきなり少女の声が聞こえた。
 デスクの上にあるノートパソコン、そこに1人の少女の姿が映っていた。
 それを見た瞬間、吉村は露骨に嫌そうな顔をする。 画面の中の少女、アリスはクスリと微笑みを浮かべると、パソコンのデスクトップ画面を占拠した。
 得意げに仕事を邪魔するアリスに向けて、吉村は機嫌を悪くしながら話しかける。
 
「何の用だ。 この魔女め……」
「酷いわね、アリスはたいしたことしてないわよ」
「嘘をつけ! 封印施設に忍び込んだ第三の敵、時空管理局の船の海鳴沖着水、どれもお前の仕業だろう!」
「バレた?」
「なんだかんだで5年の付き合いだ。 それくらい分かる!」

 デスクから立ち上がった吉村は部屋に備え付けられている戸棚に近づいてウイスキーのビンを取り出した。 そのままコップにも注がず、水で割ったりもせずにラッパ飲みをする。
 仕事中に酒を飲むなど組織のトップといえども許されないことだが、吉村は半ばやけになっていた。
 どのみち、アリスがパソコンの画面を占拠しているので仕事ができない。
 この状態を何とかするには、早くアリスの話を聞いてパソコンを開放するしか無いということを、吉村は良く知っていた。

「それで、今回は何をやらせる気だ?」
「ジュエルシード、今なのはちゃんが6個持ってるけど、それをフェイトちゃんとの決闘で賭けるチップにする許可を海鳴に送って欲しいの」
「できるわけ無いだろう! ジュエルシードは特級危険物だ!」
「でも日特総帥の許可があれば問題ないでしょう?」
「理由が無い、そこまでの強行をすれば私の首どころか命すらも危なくなる」
「心配される程度の命があると思ってるの? このクズが。 アリスがやろうと思えば、一時間後には貴方を浮浪者にすることも可能だってこと、忘れてるみたいね」

 突然、アリスの雰囲気が変わる。
 今までの明るい表情ではなく、まるで虫けらでも見るかのような表情に、吉村は思わず身震いをした。
 パソコンの画面越しにもかかわらず、アリスの迫力に恐怖を覚えた吉村は顔を真っ青にしながら何度も頷く。
 それを確認して、アリスは満足そうに微笑む。 アリスが満足したことで、吉村はほっと一息つくことができた。

「分かった、手続きはしておく……」
「ありがと、お礼に貴方の口座に10億ほどふりこんでおくわ」
「実際に金をくれるなら嬉しいが、お前の場合データを書き換えるだけだろう? 税金対策で苦労するから止めてくれ」
「そうなの?」
「人間ってのは、色々と大変なんだ。 特に大人はな」

 吉村はソファから立ち上がって書類を拾い始めた。
 期日も迫っている書類もたくさん残っているので、そんなに長い時間サボるわけにはいかないのだ。
 パソコンを使う仕事はできないが、それはアリスが消えてからまとめてすればいいだけだと気がついた吉村は、とりあえず紙書類の仕事だけでも先に終わらせることにした。
 手際よく書類に判子を押していく吉村を、アリスはつまらなそうな顔をしながら見続ける。

「仕事って楽しいの?」
「楽しくなくてもやらなければならない。 そういうものだ。 本当なら昔のように前線に出たいところなんだが……」
「すればいいじゃない」
「偉くなると地位にしがみつきたくなるのも人間だ。 今更捨てようとも思わん」
「だったら、精々アリスの機嫌を損ねないことね。 女の子は気まぐれだし、何するか分からないわよ」
「組織のトップが小娘に脅される。 なんとも情けない話だ」

 愚痴をはきながらも仕事を続ける吉村の手が止まる。 その視線は、一枚の書類をじっと見つめていた。
 その書類には先日起きた日特と管理局との戦闘、その詳細な情報が欠かれている。
 転移で現れた。 空中を自在に動き回る。 対象を傷つけることなく無力化。 F22を叩き落した。
 どれも現在の地球の科学力では不可能なことだ。 地球が自力で同じことを際限するには、果たして何世紀たたないといけないのか、吉村には想像できなかった。

「便利なものだな、魔法というのは」
「難しいのは最初の設定だけ。 それもストレージだけで、インテリ以上なら持ち主に合わせてくれるわ」
「その技術を日本で独占か?」
「管理局との友好的な関係、世界で一歩進んだ魔法技術、現役魔導師の確保、大魔導師プレシア・テスタロッサの研究資料、ついでに日特幹部連中の不祥事記録盛り合わせもつけてあげるわ」
「なるほど、ジュエルシード使用許可を出して有り余るほどの特典だな。 初めからそう言ってくれれば気持ちよく協力できたのに」
「それじゃ、次はプレシアとフェイトちゃんをたきつけないと」

 パソコンの画面からアリスが消える。 それとともに、パソコンはアリスが現れる直前の画面に戻った。
 それを確認してから、吉村は日本が次元世界の魔法技術を手に入れたときのことを想像してみる。
 報告によると、転移魔法は一人の魔導師で大勢の人間を送ることも可能らしい。
 だとすれば、有る程度目的地の状況さえ分かっていれば、数人の魔導師で完全装備の部隊をタイムラグ無しで戦場に送り込むことも可能なはずだ。
 もしかしたら、次元世界の魔法技術で一番役に立つのはこの転移魔法かもしれない。 攻撃魔法等は確かに強力だろうが、その辺りは同程度に強力な武器さえ持てばいいだけの話だ。
 転移魔法をうまく使えば世界中の古代遺跡を日特が確保できるだろう。
 世界中の裏の組織の頂点に日特が立つ、そのさらに頂上には当然日特総帥である自分の姿が。
 世界を操るほどの力を持つアリス、その機嫌を損ねないようにすれば自分の地位は安泰だ。
 どうせアリスはエリカのことしか考えていない。 特別といっても、エリカは日特内では下っ端だ。 適当にいい待遇にしておけばエリカの方から文句が来ることは無い。
 ジュエルシード、最初に報告を受けたときはとんだ疫病神と思っていたが、意外と福の神だったのかもしれない。 ジュエルシードが日本に落ちたおかげで時空管理局との接触が20年は縮まったと考えていいだろう。
 これなら自分が現役でいられる間に時空管理局が認める管理世界となり、他の次元世界との交流を開始することも夢ではない。
 その第一歩として、とりあえず残りの書類を片付ける吉村だった。



 プレシア・テスタロッサはいらついていた。
 現在手元に有るジュエルシードは15個、すでに4分の3を手中に収めたがまだ足りない。
 一応これでもアルハザードに辿り着くことは出来るだろう。 しかし確実に自分の目標を達成するためには、すこしでも多くのジュエルシードは必要だ。
 できることなら21個すべて、一度きりのチャンスなのだから失敗は許されない。
 時空管理局が現れたが時既に遅い。 すべてのジュエルシードは自分達と現地の組織で回収した。
 つまりジュエルシードの捜索で管理局に邪魔されることは無いわけだが、これを吉と見るべきか凶と見るべきか?
 このまま大人しく隠れたままでアルハザードへの転移を開始すれば、もはや邪魔されることは無いだろう。
 15個のジュエルシードでは成功率およそ6~7割という計算結果が出ている。 賭けに出るなら勝ち目があるが……
 安全か? 確実性か?
 その両天秤を決めることが出来ず、プレシアは部屋の中を歩き回りながら考えていた。
 そこにアリスが現れる。 アリスはプレシアの様子を見ると、少し笑いながら話しかけた。

「悩んでるみたいね」
「余計なお世話よ、そう思うならまたジュエルシードを盗んできてくれないかしら?」
「アリスにそこまでする義理は無いわ」
「……この際だから聞いておくわ」

 プレシアが指を鳴らすと数体の傀儡兵が現れてアリスを取り囲んだ。
 少しでも怪しい動きをしたら殴り倒すつもりらしい。 しかしアリスはそんなことなど気にせずに微笑み続けている。
 その様子がさらにプレシアをいらつかせる。 何もかもお見通しのような態度が、自分を小ばかにしているように感じられるからだ。
 アリスに対して魔法攻撃は効果が無い。 アリスは何らかの方法で魔法の発動を阻害できることを先日プレシアは知った。
 ならば物理攻撃で叩けばいい。 傀儡兵が直接殴れば、子供程度の大きさのアリスなどひとたまりも無いはずだ。
 それはアリスも分かっているはずだが、周りにいる傀儡兵をちらりと見ただけで何の対策もとろうとしない。

「ずいぶんと余裕ね、それともこの状態から逃げ出せるとでも? ルイゼの娘だからって、完全に信用しているわけではないの。 私の計画の害になるようなら手加減しないわよ」
「聞きたいことがあるなら早く聞きなさい。 答えるかどうかは気分しだいだけど」
「……貴方の目的は? なぜ私の計画に協力するの?」
「貴方の計画に乗ればアリスの計画がやりやすいってだけよ」
「そして、最後の最後に裏切る気?」
「アリスにそんなつもりは無いわよ」

 気に障ることを言われたせいか、アリスはすこしばかりの敵意を含んだ目でプレシアを睨みつける。 その目線に、思わずプレシアは目をそらしてしまった。
 状況は圧倒的にプレシアが有利、なのに彼女は冷や汗をかいた。
 プレシアはアリスがどのような能力を持っているか未だに把握できていない。 アリスの態度を見ていると一瞬でこの状況をひっくり返す可能性も否定できなかった。
 底知れぬ不安がプレシアを支配するが、そんなプレシアを見ながらアリスは溜め息をつくと同時に圧迫感が消えた。
 アリスからの敵意が消えたことで、プレシアも深呼吸をして心を落ち着かせる。 そこで今まで息を止めていたことに気がついた。
 それほどまでにアリスの圧迫感はすごかったのだ。

「プレシア、貴方は娘を愛している?」
「当然よ、この子は私にとってすべてよ」

 アリスの質問に答えながら、プレシアが背後の円筒を見る。
 中に入っている一人の少女の姿はフェイトによく似ていた。
 アリスもそれを見て少しだけ微笑む。

「私も同じ、とっても大好きな人と幸せになりたい。 そう思ってるだけ」
「……そう、そんなこと言われたら納得するしかないわね」

 プレシアは傀儡兵を消して部屋から出て行った。 フェイトに日特のジュエルシード奪うように命令するつもりなのだ。
 プレシアが完全に見えなくなったのを確認してから、アリスは円筒の方を改めて見た。
 中の少女は死んだように眠っている。 いや、眠ったように死んでいる。
 その少女をじっと見つめながら、アリスは呟いた。

「アリスは幸せになるわ。 でもアリシアちゃん、貴女はどうなの? プレシアの計画が成功して、生き返って、それで幸せになれるの?」

 返事をしないアリシアをしばらくじっと見ていたアリスだが、やがて姿を消した。
 次にアリスが姿を現したのはフェイト・テスタロッサの目の前だった。 アリスはジュエルシードを手に入れる方法を考えて悩んでいるフェイトを戦わせるために適度に思考誘導をするつもりなのだ。
 逃げれない状態にして、最後まで戦って、力尽きて、日特に捕まる。
 そんなシナリオに持っていけるように、一応保険もかけておくつもりでフェイトと話をしにきたのだ。

「って思ってたのに……何でそんなに沈んでるの?」

 アリスがフェイトの所に来た時、フェイトはかなり落ち込んでいた。
 母親の攻撃魔法で撃墜されたのだから落ち込みはするだろう。 病み上がりで本調子じゃないかもしれない。
 このまま日特と戦ったら確実に負けるのが予想できた。
 アリスの計画ではフェイトに戦ってもらい、日特に捕まってもらうところにある、それならこの状態も悪くない。
 しかし、あまり精神的に沈みすぎて戦わなくなったら、それはそれで困る。
 そういえばこんな時にうるさいアルフがいない。 それが原因だろうかと思い、アリスはフェイトに尋ねてみた。

「アルフは……どこかに行ったって、私主人失格だね」
「あんまり主人っぽいことしてたと思えないけど?」

 フェイトはさらに沈んだ。
 アリスは自分の失言に気がつく。 軽い冗談のつもりだったのに、フェイトはかなり精神的に参っているらしい。
 とりあえずフォローしなければならないだろう。 今のフェイトを見ていると、さすがに軽率な発言だったと反省してしまう。

「使い魔と主人ってよりも友達同士みたいってこと、仲良さそうだったから貴方を置いてどこかに行くなんて思えないけど?」
「でも……いないし」
「はぁ、仕方ないわね」

 ため息をついたアリスが、両手を大きく広げた。
 目を閉じて何かブツブツ呟いているが、探知魔法を発動させたわけではないらしい。
 そもそも探知魔法では別の次元にいる目標を調べることなど出来ない。 高ランクの魔導師でも別次元へ干渉するのは難しいことなのだ。
 ならどうやって調べているのだろうか?
 少しだけ気になったフェイトは、アリス向けて聞き耳を立ててみた。

 「スパイ衛星ツキミソウにアクセス、軌道変更……海鳴上空に固定、見知らぬ場所には行かないだろうし合ってると思うけど……」

 フェイトにはアリスの言っている言葉の意味が分からない。 ただ魔法以外の方法で探している事だけは分かった。
 少しばかりの時間が過ぎて、アリスが目を開く。
 どうやら見つかったらしく、フェイトに向かって微笑みかけた。

「アルフ、日特に捕まってるわよ」

 アリスは 笑顔でとんでもない事を言い出し、さすがにこの事態を予想していなかったフェイトは驚いた。
 すぐにでも日特に捕まっているアルフを助けに行きたいが一人では難しいこともフェイトは理解している。
 同時に、もしかしたら、これはいい状況なのかもしれないとも考える。
 日特がどんなところかは分からないが、なのはのような少女がいるならそんなに悪い組織では無いのかも知れない。
 エリカの話によれば日特は魔法技術を求めているらしい、だったら魔法技術のカタマリである『使い魔』を乱暴に扱ったりしないだろう。
 それにアルフも有る程度の魔法を使える。 それを教えることを条件にすれば、むしろいい待遇で迎え入れてくれる可能性も十分にあった。

「アルフはそれでいいでしょうけど、貴方はどうするの? ジュエルシードを日特から奪う手段、考えてる?」
「まだ考えてない……」
「そう、ならいい方法があるわ、ジュエルシードを賭けて決闘するのよ」
「決闘?」

 アリスの考えた作戦はこうだった。
 向こうのジュエルシード6個とこちらのジュエルシードをかけて一対一の決闘をする。
 集団相手だと勝つ可能性は少ないが、一対一なら勝ち目もある。
 闇雲に襲撃したり、見張りがいるのにこっそり忍び込んだりするよりも確実だろうと言うのだ。

「それだと、私が負けたらジュエルシードを取られちゃう」
「バカね、そんなこと無視すればいいのよ。 ワザワザ相手に合わせる義理は無いわ」
「そんな……」

 フェイトは嘘をつくことに抵抗があるらしい。
 しかし他にいい案が無いことも事実、二つの気持ちの間で葛藤している。
 その迷いを打ち消すべくアリスは行動する。 フェイトの肩を掴んで真正面から顔を見た。
 一瞬驚いたフェイトだが、アリスの真剣な目を見つめ返す。

「いい? 残りのジュエルシードはすべて日特が確保しているわ。 これ以上手に入れたいなら何とかして日特から奪う以外に方法は無いの」
「うん」
「プレシアの体調がよくないのは知っているでしょう? 時間をかけるわけにはいかない、悠長に作戦を練ってる暇なんて無いわ」
「うん」
「もう逃げることは出来ないわ、戦って勝つ、それしか道は残されてないの。 全力で、魔力のすべてを振り絞りなさい」
「うん、分かった!」

 フェイトは迷いが吹っ切れたようだ。 覚悟を決めた表情で決闘の準備を始めた。
 それをアリスは満足そうに見る、真剣だった表情はもはや無く、口元を歪ませて微笑んだ。
 少女のかわいらしい微笑み、計画がうまくいった悪党の笑み、相反する二つがあわさった表情。
 フェイトがこの顔を見たら、きっと考えを改めるだろう。
 きっとアリスがよからぬ事をたくらんでいると分かったはずだが、今のフェイトにそんなことを気にする余裕は無かった。
 そしてバルディッシュに起きた僅かな変化にも――

「頑張ってね、フェイトちゃん」
「頑張るよ、アリス」
「そしてバルディッシュも……」
『No problem, ALICE. Please leave it.』


「それにしても、やっぱり混乱してる時にまくし立てると思考誘導しやすいわね。 よく考えれば他に方法もあるでしょうに」

 アリスの呟きはフェイトには聞こえなかった。
 同じころ、日特のスパイ衛星ツキミソウにプログラムバグが発見され軌道が変わり、技術部が一時的に混乱したがすぐに修正された。
 この物語とは関係ない、些細な出来事である。



「で、この手紙が押し付けられたわけね」
「すいません、突然の奇襲で対応できませんでした」

 日特海鳴待機所、アースラでの情報分析が終わってエリカたちはここに戻ってきた。
 海鳴から遠く離れた海上に浮かんでいるアースラよりも陸地にある日特待機所の方がすばやく行動できるだろうという判断だったが、残念ながらジュエルシードの発見はできていない。
 それも当然、すでにすべてのジュエルシードはフェイト一味と日特で回収してしまっているのだ。
 しかし相手の回収状況を知ることは出来ない日特は、一応回収し残しがあることを想定して動かなくてはならない。
 そうして部隊を分けて街を探索していると、ある意味とんでもないものを見つけてしまった。
 フェイトの使い魔であるアルフがボロボロの状態で発見されたのだ。
 すぐさま待機所内に運び込まれて治療が施される。 魔法ダメージは安静にしていれば回復するし物理的な傷は通常の治療で何とかなった。
 後は動物用の点滴と栄養のある食事ですぐに回復していく。 なんだかんだ言ってもやはり狼、生命力はかなり高かった。
 十分に回復したら尋問をすることになる。 アルフはフェイトへの忠義も強くなかなか口を割らないだろうと日特の面々は予想していた。
 しかしその予想は外れる。 回復したアルフはフェイトを助けてくれと頭を下げて頼んできたのだ。
 話を聞くとフェイトはプレシアの本当の娘ではないらしく、しかもプレシアはフェイトを全く愛していない。
 このままではフェイトは散々働かされた挙句ボロ雑巾のように捨てられてしまう。 そうなる前にフェイトを助けて欲しい。
 その話を聞いたなのははすぐにフェイトを助けに行こうと言い出したが、そんなに簡単なことではない。
 そもそもフェイトと接触する機会がもう無い。 アルフの話で21個すべてのジュエルシードをお互いに回収してしまった事が判明した。
 つまり海鳴にフェイトが現れる理由が無い。 フェイトと接触できなければ助けるも何もないのだ。
 どうしようかと頭をひねっていたところに、本部から指令が届く。 その内容は、『残りのジュエルシードを得るために現在の6個を利用しても良い』ということだった。
 ほぼ同時に見回りに出ていた日特隊員がフェイトの襲撃を受け負傷する。 魔法ダメージなのでしばらく安静にしていれば問題ないが数人の隊員が病院送りになる。
 その気絶した隊員の懐に入れられていた手紙にはフェイトからのメッセージが書かれていた。
 やたら丁寧な文体で書かれた内容はジュエルシードを賭けての決闘の申し込みとその日時についてだった。

「できすぎね」
「ああ、できすぎだ」
「どういうこと?」

 エリカ、松さん、クロノが真剣に考えている中、ユーノとなのははいまいち状況がつかめていなかった。
 それに気がついたエリカが簡単に説明をする。

「ジュエルシードは特級危険物、永久封印が基本だし使用には特別な許可が必要だ」
「うん、聞いたことがある」
「本部から今持っているジュエルシードを使って残りのジュエルシードを手に入れろという指令、ほぼ同時にフェイトからの挑戦状」
「それは……できすぎだね」
「アルフは何か知ってるの? フェイトが決闘なんて考える理由」
「フェイトが自分でそんなこと考えるとは思えないよ、何かあるとしたら……あの女だね」
「アリス……か」

 アルフからの情報で今までアリスがしてきたことが分かった。
 偽情報で混乱させて日特封印施設から9個のジュエルシードを奪った第三の敵、これもアリスの仕業であると判明したのだ。
 しかしそこからが分からない、アリスは時空管理局に対する恨みは無いと言っていた。
 その言葉を信じるならアリスは別の目的でプレシアの手伝いをしていることになる。
 ジュエルシードを集めて何をしようとしているのか?
 やはり考えても分からないのでひとまず保留となり、フェイトへの対応を考えることになる。
 アルフの話から考えるとフェイトの決闘もアリスが画策しただろうとのこと。 まずこの申し出に伸るか反るかを考えなくてはならない。
 アリスの企みが何か分からない以上、申し出を受けることは相手の罠に突っ込むのと同じことを意味する。
 しかし拒否すれば、それはそれで何をするか分からない。 アリスは日特封印施設に忍び込んでジュエルシードを奪う程の能力を持っている。
 結局、罠と分かっていても誘いに乗るしかないと言う結論になるのだった。

「と、するとフェイト嬢ちゃんを戦わせることで何かしようとしてるのか?」
「一対一でですか?」
「もしくはフェイト・テスタロッサに注目を集めさせて別の何かをするつもりか……」
「残りのジュエルシードは全部ここよ。 その考え方なら、アリスはジュエルシードその物がいらないってことになる」
「だったら……やはり誘いにのるしかないな」

 こうしてフェイトと決闘をすることは決まった。
 ならば次に誰が相手をするかを考えなくてはならない。
 本当のところ、いちいち相手に合わせて一対一をする必要は無い。 アースラの魔導師も借りで数人がかりで取り囲むという手も当然できる。
 しかし……アリスという少女ならそれを想定していそうな気がして怖い。
 例えばフェイトを囮にして回りの魔導師たちもまとめて吹き飛ばす。 プレシアは次元を超えて魔法攻撃ができるのでその可能性も十分にあった。
 やはり代表一人に戦ってもらい、他の人員は何かあったときのために待機しておくべきだと判断された。

「だったら私がいくわ」

 この状況では、日特の代表としてエリカが名乗り出るのはある意味当然だった。
 だがエリカには対魔導師戦で決定的な弱点が有る。 彼女は空を飛べない。
 つまりフェイトがジャンプでも届かない場所に陣取って魔法攻撃を連打してきたらなす術が無い。
 以前の戦いではビルを駆け上ったが、今回指定された場所は海。 船で海上に出れたとしてもそこまでだった。
 残念なことにエリカが魔導師と互角に戦うにはある程度の条件が必要なのだ。
 同じ理由で恭也も却下、彼も接近戦しかできない。

「なら僕が行こう、魔導師との戦いに一番なれてるのは僕だ」

 クロノならいかなる状況にも対応できる、管理局執務官の肩書きはダテではないのだ。
 だが万が一のことがあった場合、アースラクルーをまとめるものがいなくなってしまう。
 現在アースラにおける最高責任者はクロノ、艦長であるリンディはクロノを解放するために日特に出向いている。
 そして武装隊で一番階級が高かったロバートは日特との戦闘で戦死。 つまりクロノがいなくなれば、それだけでアースラクルーは行動できなくなってしまう。
 これから先、プレシアの隠れ家に攻め込むことを考えると管理局の協力は必要不可欠といっていい。
 ゆえにクロノを戦わせるわけにはいかない。 個人の能力とは関係ないところで決定してしまった事情にクロノは不満そうだった。
 と、なると残りは――

「私が行きます」
「なのは……」
「行けるか? 今まで負け越してるだろ?」

 温泉、ビル街、どちらもなのはは負けていた。
 どちらも日特が割り込んで勝負無しという結果になったが、あのまま続けていれば敗北は確実だった。
 基本的な能力はフェイトの方が高い。 なのはは魔導師になってまだ2ヶ月も経っていないのだ。
 はっきり言って勝ち目は無い。 勝ちにこだわるならまだユーノの方が可能性が有る気もする。

「でも、私はフェイトちゃんとお話したい。 これをアリスちゃんが仕組んだんならアリスちゃんとも」
「……分かった。 なのは嬢ちゃんに任せよう」

 なのはの決意を受けて松さんは許可をだした。
 この勝負の勝ち負けはあまり重要ではない。 重要なのはいかに戦力を温存した状態でアリスの仕掛けたであろう罠に立ち向かうかだ。
 そんなことはなのは自身も理解している、それを理解した上で自分が囮になると宣言した。
 そんな気持ちを見せ付けられたら誰も反対できない。 皆が口々に「がんばれ」となのはを励ます。
 そして勝つ必要が無いとはいえ、負けないことに越したことは無い。 決闘の日まで時間が無いので詰め込めるだけの戦術を詰め込むことになる。
 接近戦を恭也、防御魔法をユーノ、魔法戦術をクロノ、近代兵器をエリカ。
 本当に短い時間にこれだけの練習をしてモノに出来るはずが無い。 しかし、ぜひやらせて欲しいとなのはが頼み込んだので教えることになったのだ。
 この程度で何かが変わるとは思えない。 けど何かをやらないでいられない。
 決戦は、もう目の前まで迫っていた。



[12419] 第十五話
Name: ark◆9c67bf19 ID:233da008
Date: 2010/03/25 09:29
5年前――

 部屋の中では、一人の少女が大人の女性に膝枕されて眠っている。
 少女はとても気持ちよさそうで、女性のことをとても信頼して心許していることは誰の目にも明らかだった。
 女性、ルイゼ・キャロラインは膝の上の少女、エリカ・キャロラインの頭をそっと撫でる。 その感触が眠りを妨げたのか、エリカは目を覚ました。
 目を擦りながら大きなあくびをするエリカを見ながら、ルイゼは嬉しそうに微笑む。 エリカが元気なことが、ルイゼにとってこの上ない幸せのようだった。

「起こしてごめんね、エリカ」
「お母さん……ふあぁ……おはよう」

 エリカの声を聞いて満足そうに頷いたルイゼは、続けて話しかける。

「貴女の調子はどう? アリス」
「ええ、問題ありませんわ。 お母様」



現在――

 海鳴臨海公園、いつもは家族連れや恋人などもいる人気スポットだが今日だけは様子が違っていた。
 銃を持った屈強な男たち、杖を持った男たち、数人の子供、赤い狼、そして――上空に浮かぶ二人の少女。
 フェイト・テスタロッサが決闘の場所として指定した場所、そこに一番近くて戦いの様子を見ることができる場所がここだった。

「なのは……勝てるかな?」

 ユーノが心配そうな声をだす。
 あまりに小さい声だったので聞こえたのはエリカだけだ。 必然的にそれに返事をするのもエリカとなる。

「3、7で不利って所ね。 一朝一夕で何とかなるほど甘いものじゃないから」
「負けることが前提か……」
「情けないけどそうよ。 この戦いの目的はアリスの仕掛けたであろう罠をいち早く見破ることにあるから」
「それは分かってるけど、やっぱり勝って欲しいな」
「それでも、手出しは出来ないわ。 マイクの調子は?」
『大丈夫、よく聞こえるよ』

 なのはには小型のマイクが取り付けられている。
 フェイトとなのはの会話を聞き取れるように用意されたものだが、二人の会話に日特が割り込むようなことはしない。 フェイトとの最後の交渉はすべてなのはに任せてある。
 このような決定はある意味賭けの部分がある。 なぜなら、フェイトの相手をする場合誰もが『戦う』と表現をしていたが、なのはだけは『話す』と表現をしていたからだ。
 フェイトとの激突は不可避、集団で相手をすれば確かに簡単に勝てるだろう。
 それでは何も変わらない。 アルフの頼みである『フェイトを助ける』にはつながらない。
 だから、なのはとの接触を通じてフェイトの心境に変化が起きると信じ、なのはに賭けた。
 もちろん、これは松さんが独断でした決定である。 組織の一員として、通常そんな作戦が認められるわけが無い。
 本来なら懲戒処分を覚悟しなくてはならないほどの暴挙だが、日特にも管理局にも、それを非難するような人間はいなかった。 
 松さんは自嘲気味に笑いながら、海上の二人を見つめている。 丁度その時、なのはのマイクから二人の声が聞こえてきた。

『フェイトちゃん、来たよ』
『貴方が相手をするの?』
『うん、私がみんなにお願いしたの。 フェイトちゃんとお話したいって』
『話すことは……もう、無い』
『あるよ、フェイトちゃんのこと、フェイトちゃんのお母さんのこと、私はいっぱい知りたい』
『私は母さんの願いをかなえる』
『その願いが誰にも迷惑をかけないなら、きっと日特の人たちも協力してくれる。 けど……』
『いくよ』
『うん、私受け止める。 フェイトちゃんのこと、全部』

 空中の二人が同時に動いた。
 お互いの魂胆は明らか、距離を詰めようとするフェイトと距離を離そうとするなのは。
 なのはの得意戦法は遠距離戦、というよりもそれしか出来ない。
 なのははお世辞にも運動神経がいいとはいえない。 いくら魔法で反射神経やスピード、筋力を強化できるといっても根本的な所だけはどうにもできないのだ。
 加えてなのははどうも接近戦用の魔法と相性が悪い。 それよりも遠距離魔法をさらに伸ばした方が勝つ可能性があると魔法担当のクロノとユーノは結論付けた。
 それに対してフェイトは万能型、近距離~中距離の魔法を使用し、すばやい動きで相手をかく乱するタイプだ。
 どっしりと構えて相手を打ち落とすなのはとの相性は抜群、これまでのなのは敗北の原因もそこにある。
 いくらなのはが逃げようともスピードが違う、すぐに追い詰められて苦手な接近戦に持ち込まれる。
 それを分かっていて、それでもなのはは距離をとるしか戦う方法が無い。 魔法弾ディバインシューターを連射しながら後退する。
 この魔法弾、名称は今までと同じディバインシューターだがその性能は大幅に改良されている。 もはやただの追尾性能を持った魔法弾ではない。
 相手を追尾する弾と真っ直ぐに飛ぶ弾、ワザと相手から外れるように飛んで行動を制限する弾の組み合わせが一斉にフェイトに襲い掛かっている。。
 一度に3種類の魔法弾を打ち出すなど並みの魔導師では出来ない、なのはの高い魔力量があるからこそ可能な戦法だった。
 それを見ながら、クロノが呟く。

「あんな動きの攻撃、よく考えたな」
「以前戦った古代の兵器があんな攻撃をしていたの。 アレを避けるのはきついわよ」

 フェイトはその攻撃の不可思議な動きに邪魔されて近づくことが出来ない。 しかし遠距離戦ではなのはに分があることはフェイトも理解していた。
 バリアジャケットの防御力はなのはの方が高く、さらに動き回るフェイトと比べて待ち構えているなのはは攻撃を落ち着いて回避できる。
 フェイトのバリアジャケットではなのはの魔法弾は一発でそれなりのダメージになってしまう。 さらに常に動き回って攻撃を回避し続けなくてはいけないので神経も磨り減っていく。
 このままではいつか被弾する、そう判断したフェイトは思い切った行動に出ることにした。
 シールドを前面に張って突撃する。 魔法弾が当たっても無視して真っ直ぐになのはへ向かう。
 なのはの魔法は強力だがシールドを張れば耐えることも出来る。 多少の損害を考慮しても接近さえすれば今の状況を打開できると判断したのだ。
 接近さえできれば形成は逆転、接近戦の手段に乏しいなのはは一気に不利になる。

「だが、そんなことはお見通しよ」
「ああ、一発だけの奇襲だが、なのはにはあの子に対抗できる動きを仕込んでおいた」

 エリカと恭也がそう言うのと同時に、なのはの目の前まで移動してきたフェイトはバルディッシュを振りかぶった。
 本来なら避ける場面だが、なのははあえてフェイトに向けて突っ込んだ。 その動きを予想していなかったフェイトは、驚いて思わず動きを止めてしまう。

「はああああ!」
『Flash Impact』

 なのはの拳がフェイトの鳩尾にめり込んだ。
 身体を『く』の字に折り曲げたフェイトは、自らも加速していた反動も合わさって吹き飛ばされる。
 攻撃を喰らったフェイト自身、あまりに突然のことで何をされたのか理解していないようだった。
 そしてその隙を逃すなのはでは無い。 フェイトにレイジングハートの先を向けて魔力を高める。

「ディバイィィィン」
『Buster』

 桃色の閃光がフェイトに向けて一直線にのびる。 これが命中すれば、決着とはいかないまでもかなりのダメージを与えられることは誰の目にも明らかだった。
 だが、そんな攻撃をやすやすと喰らうフェイトではない。 とっさに体勢を立て直して寸でのところでディバインバスターを回避することに成功した。
 フェイトは考える。 遠距離戦では勝ち目が薄く、接近戦にも対応されてしまった。
 同じ攻撃を食らわない自信はあるが、苦手だと分かっている接近戦への対策が先ほどのフラッシュインパクトだけとは限らない。
 どのみち長期戦になれば防御力の高いなのはの方が有利だ。 フェイトが勝つためには大技で一気にかたをつけるしかない。

「バインド!」
「あ!」

 威力の高い攻撃の後、決定的な隙を見せていたなのはに向けてフェイトはバインドをかけ、なのはの身体を空間に固定させる。
 必死にもがくなのはだがバインドは解けない。 それを確認してフェイトはなのはから多少の距離をとった。

「これで決める! アルカス・クルタス・エイギアス。 疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。 バルエル・ザルエル・ブラウゼル」

 デバイスを使っているのに呪文の詠唱、少し魔法を知っている者はフェイトがこれから使う魔法がかなりの大技だと理解できた。
 詠唱の間になのはは何とかバインドのいくつかを引き剥がすことに成功するが、遅かった。 すでにフェイトの呪文は完成している。

「フォトンランサー・ファランクスシフト」

 38基のフォトンスフィア、毎秒七発の速射性能、4秒の持続時間、合計で1064のフォトンランサーを一点に集中する攻撃魔法。
 その威力を想像するだけで並みの魔導師なら震え上がるだろう。
 片手と両足のバインドを外すことには成功したが、まだもう片方の手がバインドで固定されているので回避など出来るはずが無い。 いくら非殺傷の魔法とはいえ、これほどの威力の攻撃を受けて無事でいられるはずも無い。
 しかし、なのはは諦めない。
 なのはが身体を大きく震わせると、スカートの中から空き缶のような物体が落下する。
 それを確認したなのはは、フェイトを睨みつけながらその物体を蹴り飛ばした。 そしてそれは、放物線を描きながらフェイトの目の前まで飛んでいく。
 何らかの武器かと警戒するフェイトだが、すぐに考えを改める。 どんな武器だろうと、ファランクスシフトで一緒に吹き飛ばしさえすればいいからだ。

「ファイ――」

 そしてフェイトの目の前で、空き缶のような物体はいきなり爆発した。
 地上にいるエリカ達にも分かるほどの閃光と音が、すぐ近くにいるフェイトに向けて一斉に襲い掛かる。
 それは、スタングレネードと呼ばれる武器だった。

「――ア?」

 一時的に意識を失ったフェイトのコントロールを外れたファランクスシフトが、四方八方あらぬ方向に飛んでいく。
 当然、元々狙っていたはずのなのはに向けては一発も向かわない。
 すべての魔法弾が海上の日特や地上のエリカ達に向かわないことを確認したなのはは、先ほどのお返しとばかりにフェイトの身体をバインドで固定した。
 それが何らかの影響を与えたのか、フェイトが意識を取り戻す。
 自分がバインドに囚われていることに気がつき、必死に解除しようとするフェイトに向けてなのはは話しかけた。

「この戦い方、エリカちゃんが考えてくれたの」
「あの子が?」

 エリカ・T・キャロライン、アルフを相手に格闘戦をしかけ、空も飛べないのにビルを駆け上がって空中へ飛び出し、ケーキ屋で話をして双方がうまくいく方法を提案してくれた少女。
 確かに彼女が考えそうな戦い方だった。 エリカなら魔法技術が無い変わりに、それ以外の部分を工夫して必死に勝利をもぎ取ろうとするだろう。

「エリカちゃんだけじゃない、ユーノ君、クロノ君、お兄ちゃん、松さん、日特の人達、管理局の人達。 みんなが協力してくれたの」

 なのはがレイジングハートを構えて魔力を高める。
 フェイトと同じようにバインドで固定してからの魔法、少なくとも同レベルかそれ以上の魔法攻撃の来ることが予想できた。
 フェイトはもがき続けるが、バインドは外れる様子が無い。

「みんなが手伝ってくれたの。 フェイトちゃんとお話したいっていう私のワガママを。 それに答えたい、答えなくちゃいけない、だからいくよ!」

 なのはが叫ぶのと同時に、辺りから魔力が集まりなのはの前に収束していく。

「これが私の全力全開!」

 なのはに集中していく魔力は、先ほどフェイトが使った魔法の余波で周辺に残った魔力も吸い込んでとんでもない大きさになった。

「スターライト――」

 なのはがレイジングハートを大きく振りかぶった。
 バインドから逃れることを諦めたフェイトはシールドを張って耐え切ろうとする。
 しかしシールドを張ったフェイト自身、こんなモノでは防ぎきれないことを理解していた。
 フェイトは、自分が負けることを確信した。

「ブレイカアアアァァァァァァァァァァ!」
『Starlight Breaker』

 レイジングハートから、ディバインバスターとは比べ物にならないほど太い魔法の光が放たれる。
 レイジングハートの人工音声がやけにハッキリ聞こえる中、フェイトは光に飲み込まれ――
 星を砕く閃光が海面に突き刺さった。


「話には聞いてたけど、ナマで見るとまたすごいわね」
「って言うか海上の日特の人たちは大丈夫なのかな?」
「大丈夫でしょ? 水中訓練は必須科目だから、泳げない人はいないし」
「……心配だなぁ」

 なのはの放ったスターライトブレイカーの余波は海面を揺らし、海上に待機していた日特の小型船を3隻ほど沈没させた。
 魔力ダメージを受けて落下するフェイトを慌てて受け止めたなのはもその惨状をみて冷や汗をかく。
 どうしようかとなのはがオロオロしていると、松さんからの通信がなのはのインカムに届いた。
 フェイトとの戦いが決着した今、改めてなのはに通信を繋ぎ指示を出すことにしたらしい。
 海上の部隊は大丈夫だから臨海公園に戻って来いという内容、見ると海に落ちた日特隊員はそれぞれ近くの船に救助されている。
 これなら大丈夫だろうと考え、なのははフェイトを背負ったまま本隊が待っている公園に向かって飛んだ。

「こうして二人は決着したけど……」
「結局アリスは動かなかったな、どういうことだ?」

 クロノと松さんは今後のことについて話し始めた。
 フェイトの捕獲に成功したことで、時の庭園の座標を知ることも出来るだろう。
 時の庭園に突入するためにはアースラの転移装置を使用しなければならず、当然日特もそれを借りることになる。
 しかしそういった装置を現場の判断で外部の組織に使用させるのは多少問題がある。 執務官の権限で許可を出すことも可能だがあまりに大人数だとやはり許可できない。
 そのさじ加減がまだ決まっていないおらず、できるだけ大人数にしたい日特とできるだけ少人数にしたい管理局の思惑がぶつかって、時の庭園に攻め込む計画はまだ立っていないのだ。
 ただフェイトが捕まった以上プレシアがどういう行動に出るか分からないので、できるだけ早い方がいいのは確かだと言えた。
 そうこうしている間になのはが公園に到着する。
 いそいでフェイトに駆け寄ろうとするアルフだったが、それより速く日特の医療班がフェイトを受け取った。
 ストレッチャーにフェイトを乗せてテキパキと血圧を測り、熱を測り、点滴の準備を整える。
 自分の主人が治療を施されることを理解したバルディッシュはフェイトのバリアジャケットを解除する。 バリアジャケットを纏ったままでは注射もできないからだ。
 それにより、フェイトの身体の傷があらわになる。 日特医療班はプレシアの折檻によって付けられた鞭の痕に消毒をして包帯を巻きつけていく。
 幸い表面的な傷だけなので手術等までする必要は無く、用意されていたの医療装備で十分に対応できた。
 最後に体力を回復するための栄養剤で満たされている点滴を腕に刺したところで、ようやくアルフが通される。

「よかった、フェイト」
「私は大丈夫だから、アルフ、大丈夫」
「本当に予想外、色々仕掛けてたのに全部無駄になったわ」

 突然少女の声が聞こえたが、しかしもう驚かない。
 来ることは予想できていた。 むしろいつ来るのだろうと待ち構えていた。
 海鳴臨海公園に置かれているベンチ、アリスは当然のようにそこに座っていた。

「アリスちゃん」

 すべての日特隊員が銃を構え、すべての管理局員がデバイスを構える。
 数十の人間が見つめる中、アリスはベンチから立ち上がり、エリカに近づいていった。
 誰もが固唾を呑む中、クロノがアリスに話しかける。

「色々仕掛けていると言ったが、ぜひとも教えて欲しいな」
「黙りなさい、アナタなんかに教える筋合いは無いわ」
「大体の予想はついてるわよ。 なのはが勝って『予想外、準備が無駄』、つまり元々なのはに勝たせるつもりだったんでしょ? フェイトの方が有利だったんだから、なのはに勝たせようと思ったらフェイトを弱くするしかない。 大方フェイトのデバイスに細工でもしていたんじゃないの」
「さすがエリカ、私の思ってることを分かってくれる。 バルディッシュにちょっとお願いして、私が合図したら一時的に機能不全になるようにしてたの」
「そんな……」

 信じられないといった顔でフェイトは待機状態のバルディッシュを見た。
 少なくとも見た目で変わったところは無い。 使っていても何かが変わっているようには思わなかった。
 それがそんな細工がされていたなんて知らなかった。 フェイトはバルディッシュはずっと肌身離さず持っていたのに、そんな事が可能なのだろうか?

「十分ありえる、起動していた僕のS2Uを奪ったくらいだからな。 インテリジェントデバイスでもお構いなしか」
「それでアリスの嬢ちゃん、そろそろここに来た目的を話してくれないかな?」
「純粋に観戦に来たんだけど、どうやら約一名の機嫌がすこぶる悪いらしくて」
「約一名? まさか!」
『クロノ君、次元の歪みと魔力反応を確認! 次元跳躍魔法が来るよ!」
「総員、シールドを張れ!」

 クロノの叫び声を聞いて管理局員がシールドを張り、日特隊員がその影に隠れる。
 次の瞬間、無数の攻撃魔法が降り注ぎ、縦断爆撃でも起きているかのごとき爆発と轟音が辺りを支配した。
 舞い上がる土煙が落ち着いた後、管理局員のシールドの範囲に入れなかった日特隊員達がまるで戦場に転がる死体のように倒れていた。
 その数はざっと見ただけで20を超えている。 無事だったのはこういう突発的な命令に慣れている戦闘部隊だけだった。
 補給班と医療班はほとんど全滅。 ただし、フェイトが寝ているのストレッチャーの近くにいた数人はなのはのシールドで無事だった。
 空中に人影が現れる。 エリカはその女性に見覚えが有った。
 アースラで見せてもらった資料より年を取っているがそれでも実年齢より若く見える女性。
 怒り、侮蔑、落胆、それらが入り混じった奇妙な視線でフェイトを見ている黒髪の女性。
 プレシア・テスタロッサが海鳴にあらわれた。


「何をたくらんでいるか分からないそこの小娘」

 プレシアがアリスにデバイスを向ける。
 その対象であるアリスは少しだけムスッとした顔になった。
 どうやら小娘呼ばわりが気に入らないらしく、普段の行動は大人びているが妙な所で子供っぽさを見て、エリカは少しだけ懐かしい気持ちになった。

「失敗ばかりして役に立たないお人形」

 次にフェイトへデバイスを向ける。
 フェイトは何か言いたそうだったが、しかし言葉は出なかった。
 きっと何を言えばいいのか自分でも整理できていないのだろう。 そんなフェイトをアルフは後から強く抱きしめた。

「まとめて始末しようと思ったけど、失敗してしまったわ」
「始末って……貴女はフェイトちゃんのお母さんでしょ!」

 なのはが叫ぶ、その声には怒りが満ちている。
 しかしプレシアは何も感じていない、不思議そうに、『何を言っているんだコイツ』とでも言いそうな顔でなのはを見た。
 そして笑った。
 その場の全員に聞こえるほど大きな声で笑い出した。

「母親? 娘? 私が? そのお人形の? ハハッ、アーッハッハッハッハ」
「……アースラでは冗談で言ったけど、まさかマジだとは思わなかったわ」
「エリカちゃん、それって……」
「私の娘はアリシア一人、そこにいるのはアリシアをコピーして作ったできそこないの人形よ!」

 プレシアの笑い声だけがその場に響き渡る。
 プレシア以外は誰も何も喋らない、全員の頭の中にはただ一つの単語が浮かび上がっていた。
 娘のコピー、お人形、すなわち――クローン。

「嘘、嘘、嘘……いやぁぁぁぁぁぁぁ!」

 フェイトが頭を抱えて叫ぶ。
 まるで悪夢を振り払うかのように、この世界そのものが悪夢であるかのように。
 そんなフェイトをアルフとなのはが抱きかかえた。
 二人はフェイトを守ろうとしている、押し寄せる悪意から少しでもフェイトから引き離そうと必死にがんばっている。
 だがエリカはそんなことしない、守るのは二人に任せる。 なのはとアルフならフェイトを守ってくれると信じている。
 だからエリカがすることはただ一つしかない。

「プレシア・テスタロッサアァァァァァァァ!」

 エリカは思いっきり助走をつけて、空中にいるプレシアに飛び掛った。
 プレシアのいる場所は公園の柵の外側。 つまり崖の向こう、海の上だ。
 当然足場など無い。 空を飛べないエリカはジャンプしたらそれっきり、後はまっ逆さまに落ちるだけ。
 プレシアは突然襲い掛かってきたエリカに一瞬驚いたが、僅かに横に動いてやり過ごした。 バカにするような目で落下していくエリカを眺めた。
 8割ほど切れていたエリカだったがそれでも状況判断はできている。 その辺りは長年の実戦で叩き込まれていた。
 グローブからワイヤーを発射して公園の柵に巻きつけ、海に落ちることの回避に成功する。
 それに気がついたプレシアは面白く無さそうに魔法弾を発射した。 狙いは当然、崖にへばり付いているエリカだ。
 エリカはワイヤーを巻き上げて崖を昇りつつ銃を取り出す。 魔法弾でも物理的に干渉するなら銃弾で撃ち落すことが出来ることをユーノから聞いていたからだ。
 すべての魔法弾を撃ち落されたプレシアはさらに不機嫌になる、しかし溜め息をついてデバイスを掲げた。

「ルイゼの娘の、偽物の方ね。 偽物同士同情でもしたのかしら?」

 プレシアの言葉に、なのはとユーノが驚く。 エリカの過去を聞いた二人は、エリカの母親であるルイゼは優しい人間だと思っていた。
 しかし偽物同士という言葉の片方がフェイトを示すのだとすれば、もう片方はエリカということになる。 つまり、エリカもフェイトと同じ存在ということだ。
 だが当の本人であるエリカはそんなこと気にした様子も無く、プレシアを怒鳴りつける。

「お母さんは、アリスと同じくらい私を愛してくれた! お母さんの本当の子供じゃなくても、それは本当よ!」
「ふふ、やっぱり何も知らないのね。 本当にルイゼが貴女みたいな偽物を愛していたと思っているの?」
「私はそう信じてる。 それだけで十分!」
「……まぁいいわ、ジュエルシードで次元震を起こせばアルハザードへの道は開かれる。 貴方たちに構う必要も無いのだったわ」
「そんなことをすれば周辺の次元世界は!」
「せいぜい足掻きなさい、何も出来ないでしょうけど」

 プレシアが転移魔法を発動させてその場から消え去った。
 その場に残ったほとんどの人間は歯ぎしりをする。 プレシアを許すことは出来ない、誰もがそういう思いを抱いた。
 ただ一人の例外がアリスだった。
 アリスは空中に舞い上がり、全員から見える位置に移動した。

「このままではプレシアは次元震を起こすわ、そうなったら地球はおしまいね」
「その片棒を担いだのはお前だろう!」
「そう? じゃあ管理局は勝手にがんばりなさい、日特はプレシアの居場所、時の庭園に転送してあげるわ」
「なに?」

 松さんがつい気の抜けた声をだす。 それくらいアリスの提案は奇妙だった。
 日特の封印施設から9個のジュエルシードを奪いプレシアに渡す。 プレシアと協力してアースラを撃ち落す。 これまでのアリスの行動はどう考えてもプレシアの仲間だった。
 それが急に日特に協力すると言っている。 何かあるのでは無いかと警戒して当然だ。
 アリスは意地悪そうな顔をしている。 彼女は分かっているのだ。
 この提案を呑まなければ困るのは日特。 管理局の転移装置を使う目処が立っていない今、日特が時の庭園に向かうにはアリスの力を借りるしかないことを。

「どうするの松さん、明らかに罠くさいわよ」
「しかし他に手段が無いのも事実、元々ワザと罠にかかるつもりでだったんだ。 だったらこれこそ望んだ展開かもしれん」
「なるほどね、だったら問題ないわ。 と、その前に」

 崖をよじ登ったエリカが医療班に向かう。
 怪我をしたわけではない、フェイトが乗っているストレッチャーに近づく。
 フェイトがエリカに気がついた。 何かを言おうとしたが喋れない。 あまりに衝撃的な事実のせいでショックから立ち直れていないのだ。。
 なのはとアルフが支えなければ上体を起こすことも出来ないだろう。 虚ろな目は一応エリカの方を向いているがただそれだけだ。
 そんなフェイトに向けてエリカは大きく振りかぶり、その頬を一発引っ叩いた。
 唖然とするなのはとアルフを無視して、重力にしたがって倒れようとするフェイトの胸倉を掴んで頭突きをする。

「ちょ、ちょっとエリカちゃん!」
「このクソガキ! 何をするんだい!」

 必死に二人を引き剥がそうとするが離れない、アルフはエリカの頭を何度も殴りつけているが微動だにしない。
 エリカはフェイトの胸倉を掴んで額と額を押し当てた体勢のまま話かける。

「なのはは貴女と話をしたわ。 次は貴女が母親と話をする番よ。 日特の誇りに賭けてプレシアを引きずって来てあげる」
「母さん? でも母さんは母さんじゃない……」
「周りを見てみなさい。 私だけじゃない、松さん、恭也さん、ユーノ、クロノ、日特一般隊員、管理局の連中、みんな同じ思いだよ」

 そう言われて、フェイトは初めて周りを見渡した。
 臨海公園にいる全員がフェイトを見ている、全員が決意を顔に出している。
 エリカの言うとおり、全員が同じ思いを抱いていることが分かった。
 これだけの人が、自分のために力を貸してくれている――
 フェイトの目に少しだけ光が戻ったことを確認して、エリカはフェイトから離れた。

「早くしないとプレシアがどんな目に遭うか分からないわよ? みんなあのババアにはトサカに来てる。 だから、早く気合を入れなさい」
「フェイトちゃんに近づきすぎよ、エリカ。 羨ましくなるじゃない」
「アリス、日特だけなんてけち臭いこと言わずに管理局も送ってくれない? プレシアを捕まえるのに日特の戦力だけじゃ不安だし」
「エリカがそう言うならいいわ、感謝しなさい管理局」

 アリスが両手を広げると、臨海公園全体が光に包まれる。
 あたり一帯を包み込む魔力は大規模転移魔法の前触れ、アリスは本気で日特と管理局の両方を転移させるつもりだ。
 自分もついていこうとするなのはをエリカは手を前に突き出して制止した。
 それでなのはは、エリカがなのはにフェイトの側にいて欲しいと思っていることを理解した。
 微笑んで親指を立てるエリカ、それを受けて親指を立てるなのは、そしてアリスの転移魔法が完成する。
 そして光が収まったとき、彼らは時の庭園の入り口にいた。

「ここが時の庭園」
「フェイトちゃんの、お母さんがいる場所なんだね……」
「え? 何でなのはがいるの? それにフェイトも!」

 時の庭園に来たのは日特と管理局だけでなく、なのはとストレッチャーに乗ったフェイト、それにアルフも一緒だった。
 フェイトはそのまま医療施設に運ばれ、なのはとアルフもそれに付き添う予定だったのでここにいるとは思わなかった。
 エリカが思わずアリスの方を見ると、アリスは舌を出して自分の頭をコツンと叩いた。

「間違ってフェイトちゃん達も連れてきちゃった。 まぁ、頑張ってね、応援してるわ」
「ちょっとアリス!」

 エリカが止めるのも聞かず、アリスの姿は消えた。 同時に、巨大な鎧のような物がいくつも現れる。
 傀儡兵と呼ばれる魔法を使った兵器である。 それが時の庭園の防衛装置であることは、誰の目にも明らかだった。
 つまり、これらを蹴散らさなければプレシアのところにたどり着くことはできない。
 日特隊員は銃火器を構え、管理局員はデバイスを構え――
 一度戦った者達が手を取り合い、最後の戦いが始まった。



[12419] 第十六話
Name: ark◆9c67bf19 ID:233da008
Date: 2009/12/17 23:18
 プレシアは時の庭園に複数の人間が転移してきたことを感じ取った。
 時空管理局だろうと考える。 海鳴に姿を現してからまだ10分もたっていないのに、こんなに早く時の庭園を発見するとは、さすがだと言うべきだろう。
 傀儡兵を適当に送り込んで足止めをさせることにする。 管理局の撃退は期待していない、ジュエルシード発動までの時間さえ稼げればいい。
 その時、遠くのほうから爆発音が聞こえてきた。 魔法攻撃の音ではない、明らかに火薬が爆発した音だ。
 少しだけ気になったプレシアは少しだけ配備してある傀儡兵の様子を見ることにした。


「少し速度を落とせ、日特の隊員がついてこれないぞ!」
「その程度でへばるような奴はいないわよ、急がないと地球が危ない!」

 エリカ・T・キャロラインとクロノ・ハラオウンが指揮をとる部隊はプレシアの捕獲を第一に考え、群がる傀儡兵の大半を無視しながら時の庭園最深部を目指す。
 当然、被害もかなり大きい。 ついてこれない日特隊員と管理局員が次々に脱落するが、誰も『待ってほしい』とは言わない。
 彼らは、送り届けるべきはエリカとクロノ、この二人だと分かっているのだ。 この二人さえプレシアの下に辿り着けば、何とかなると信じていた。
 今も傀儡兵が放った魔法弾が日特隊員に直撃する。

「ぐわぁ!?」
「大丈夫か?」
「構わなくていい、それよりもあの二人の援護を!」
「残ったら餌食だ。 置いていけるか!」

 魔力ダメージを受けて動けなくなった日特隊員を守るように、一人の管理局員がシールドを張った。
 管理局員はシールドを張って日特隊員の変わりに何発も魔力弾を受ける。
 バリアジャケットがある分魔法に対する耐久力は日特隊員より高いが、無敵ではない。 傀儡兵はランクA程の魔法攻撃を放つことができ、数も多い。
 いくら日特隊員を守ろうとする管理局員も数の暴力の前に、ついに膝をついた。
 当然動けなくなったは日特隊員と管理局員は残った傀儡兵の餌食となるだろう。 だが、ただではやられないという決意を持ち、二人は壁に背を預けて何とか立ち上がる。
 一歩、また一歩と近づいてくる無数の傀儡兵。 これだけいるなら狙いをつけなくてもいい、適当に攻撃する場命中する。 組織の壁を越えた一般兵の二人は一瞬だけ視線を交わらせてニヤリと笑う。
 日特隊員はアサルトライフルを乱射し、周囲の傀儡兵を手当たり次第に蜂の巣にしていく。 バリアジャケットも貫通する特殊弾はは傀儡兵にも効果を発揮し、そのボディに次々と穴を開けていった。
 管理局員も辺り構わず魔法攻撃を連射する。 魔力をかなり消費しているので大技は打てないし、連射を中心とした攻撃なので一発辺りの威力も低い。
 だが、その二つをあわせることで攻撃力は倍化する。 物理的な攻撃と魔力の攻撃の相乗効果は、Aランク魔導師相当の戦闘能力を持つ傀儡兵を次々と鉄くずに変えていった。
 前面の傀儡兵は崩れ落ち、後ろの敵が近寄る邪魔をする障害物となる。 そのおかげで、二人に襲い掛かる残りの傀儡兵進行スピードをかなり遅らせることに成功した。
 しかし希望は続かない。 日特隊員の持っている銃器の弾丸は無くなりかけ、管理局員の魔力も残り少ない。
 大量の敵が迫る中で攻撃手段が無くなれば、あとは一方的にいたぶられるだけだ。

「武器は?」
「一応奥の手が、魔力は?」
「シールド程度なら」
「上等、カウント3で張ってくれ」

 日特隊員が着ているジャケットを投げ捨てた。 そしてそれには、何個もの手榴弾が付いている。
 通常こういった爆弾を使う場合には物陰に隠れることが原則。 そうしないと、爆風で自身もダメージを負うことになってしまうからだ。
 しかし魔導師と組むことでその部分を省略できる。 シールドによって自らの前に壁を作ることで、いちいち物陰に隠れなくてもこういった高火力の兵器を扱うことが出来るのだ。
 空中に舞い上がったジャケットが、傀儡兵の上で手榴弾を撒き散らす。 日特隊員はその一つを狙って護身用の拳銃で撃った。
 狙いは安全ピン。 射撃訓練で好成績を収めている彼の銃弾は正確に安全ピンを吹き飛ばして手榴弾を爆発可能な状態にする。
 一つの爆発は連鎖反応を引き起こし、一気にすべての傀儡兵を吹き飛ばす。
 同時に管理局員がシールドを張ることで、爆弾が爆発し、炎と爆音が巻き起こる中でも二人は無傷だった。 煙が晴れた後には、傀儡兵の残骸が残るのみである。
 それを確認して二人は地面にへたり込む。 体力的にも魔力的にも限界だった。
 生き残った日特隊員はポケットからタバコを取り出して口に咥え、ライターで火をつける。
 彼がふと横を見ると、一緒に戦った管理局員が物欲しそうな顔で彼をを見ていた。
 日特隊員は一本のタバコを管理局員に差し出すと、管理局員はそれを口にくわえ、日特隊員の差し出すライターに顔を近づけて火をつける。

「タバコ、持ってないのか?」
「アースラ艦内は全面禁煙だからな。 ウチの艦長はそういう所に厳しいんだ」
「今度別世界のタバコを吸わせてくれよ」
「そうだな、次の休暇は地球に行くか」
「日本対特殊災害警備機構、遺跡管理部、国崎だ」
「時空管理局一等空士、トニー・アンダーソン」

 二人はガッチリと力強い握手を交わす。
 その時、傀儡兵の残骸がガタガタと動き出した。
 一瞬で気合を入れて、そちらを警戒する国崎とトニー。 ほんの少しのの静寂の後、残骸を吹き飛ばして一体の傀儡兵が立ち上がった。
 さすがに大量の手榴弾の爆発を受けて無傷というわけではなく、かなりボロボロの状態だ。 だが満身創痍なのは二人も同じだった。
 彼らは引くわけには行かない。 この傀儡兵が先行しているエリカとクロノを追いかける可能性が有る以上、ここで潰しておかなくてはならないかった。

「地球に行ったらジャパニーズオンセンに浸かりたいんだ。 自分が風呂に入っている様子を他人に見せ付けるんだろ?」
「温泉か……あんまりいい思い出が無いな、馬鹿でかいカラスに吹き飛ばされたりとか」
「そいつは楽しみだ。 そのためにもまずこのガラクタを片付けないと」
「そうだな、いくぞ!」


 屈強な男が重力を無視して水平に飛ぶ。
 自分の意思で飛んでいるのではない、その証拠に男は意識を失っていた。
 まったく速度を落とさない男が壁に激突すると、口から血を吐き出した後、地面に落下した。

「斉藤! ちくしょう、よくも斉藤を!」
「ユーノ君、彼を頼む」
「ハイ! 恭也さん!」

 戦闘不能になった斉藤にユーノが治癒魔法をかける。
 時の庭園内部の制圧を目的とした部隊、リーダーは高町恭也、サポートとしてユーノ・スクライアがついていた。
 基本戦術は日特隊員の銃撃と管理局員の魔法攻撃を援護に、恭也が突撃して傀儡兵を薙ぎ倒していく。 恭也が囮となることで、より安全に傀儡兵を倒すことに成功していた。
 ただ、突然現れた援軍の傀儡兵に反応できなかった斉藤が、思いっきり殴り飛ばされてしまった。
 武器を満載した大人を一発で吹き飛ばす傀儡兵の腕力は、見ているものたちを震え上がらせるのに十分だ。
 隊員たちは自然と逃げ腰になってしまが恭也は違う。 士気を落とさないためにも自ら進んで傀儡兵相手に接近戦を挑む。

「ユーノ君を中心に陣形を維持するんだ。 接近戦をするのは俺だけでいい!」
「そんなことをしたら高町さんだけが標的になってしまいます!」
「気にするな、この程度の相手が何体来ようと敵ではない」

 縦横無尽に戦場を走り抜ける恭也。 彼の通った後には、傀儡兵の残骸の山が次々と生まれていく。
 常人には反応できないような速度で動いている恭也を的確に援護できる人間など、日特ではエリカか松さん、管理局ではクロノくらいなものだろう。
 実際、恭也に敵を近づけまいと援護射撃をしても、先に恭也が倒してしまうことも多々ある。 残った傀儡兵に銃口を向けたらそこにはもう恭也がいる。
 恭也は前後から攻撃が飛び交う真っ只中にいるにも関わらず、一発も被弾せずに敵を倒していく。 そんな恭也を見て一人の管理局員が信じられないといった顔をした。

「すげぇ、魔法使ってないのにシールドを切り裂いてる」
「戦闘服で筋力強化はされてるらしいけど、何モンだあの人」
「すごいですよね、地球って。 僕も最初は信じられませんでした」

 治癒魔法を続けたままでユーノが答えた。 その顔には余裕が浮かんでいる。
 敵の攻撃はすべて恭也に集中しているので、動けないユーノに攻撃が来ることはない。 ユーノがそう思っていたら、巨大な影がユーノに覆いかぶさる。
 冷や汗をかきながら振り返ると、そこには腕を振り上げた傀儡兵の姿があった。 転移魔法で新たに送り込まれた増援らしい。
 恭也は前に出すぎており、遠すぎて戻ることが出来ない。
 もうだめかと思い、ユーノは思わず目を瞑った。
 その時、一つの影がユーノを飛び越えて傀儡兵に襲い掛かる。

「うおおおおおおおお!」
「バーナードさん!?」

 日特隊員のバーナードが体当たりを食らわせて、傀儡兵をユーノから引き離す。
 しかし傀儡兵もただ押されるだけではない。 腰を落として重心を下げて踏ん張った。
 バーナードと傀儡兵、二つの人影はまるで相撲取り同士がお互いを押し合っているような形で固定される。

「無茶ですバーナードさん、傀儡兵の力は見たでしょう!」

 ユーノの叫びを聞いてもバーナードは動かない。 今力を抜いたら、傀儡兵はユーノに襲い掛かると分かっているからだ。
 斉藤の治療を続けているユーノはその場を移動することは出来ない。 バーナードは何としてもここで押し止めなくてはならなかった。
 しかし傀儡兵にはそんな都合関係ない。 腕を大きく振り上げて村田を叩き潰そうとする。
 その腕が振り下ろされたら村田など簡単に潰されてしまうだろう。 恭也はこちらに向かっているが、どう考えても傀儡兵が腕を振り下ろすほうが早い。

「危ない!」
「なめんなガラクタが! 俺はジュニアハイスクール時代に――」

 バーナードが傀儡兵の足を持った。
 腰を落として腕に力を込め、コメカミに浮かび上がった血管から血が噴出しても彼は力を緩めない。
 傀儡兵は予想外のことが起きたせいで腕を振り上げた状態で止めてしまう。 それを見てバーナードはニヤリと笑った。
 そして一気に腕を上げる、当然傀儡兵の足を持ったままで。

「アイスホッケーの州代表だったんだあああぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ついに傀儡兵は完全に持ち上がった。
 見ていた日特隊員と管理局員から歓声が沸き起こる。 ただの人間が魔法技術のカタマリに対して一泡吹かせた瞬間だった。
 その歓声に対してバーナードは笑顔で答えると、力尽きた。
 全力をだしたせいか倒れて動かなくなる。 当然持ち上げていた傀儡兵は村田の上に落ちる。

「ぐえぇ」

 どう少なく見積もっても余裕で100キロを超える鎧のカタマリの下敷きになって、バーナードの身体はカエルのように潰れた。
 傀儡兵は足の下のバーナードを不思議そうに見た後、改めてユーノに向かって歩き出す。
 さきほどまでの歓声が混乱の声に変わる。 テンションが最高峰だっただけにその後の混乱も大きかった。

「なにやってるんですかバーナードさん!」

 思わずユーノが叫ぶ。 思いっきり期待させておいてこの結果はあんまりだと思った。
 あの状況ならそのまま傀儡兵を投げ飛ばすとか、そういうことをユーノが期待したとしても無理は無いだろう。
 しかし現実にバーナードは力尽き、ユーノには危険が迫っている。
 ユーノはまだ意識を失っている斉藤の治療は終えていない。 今度こそ絶対絶命かと思えた。
 しかしそうはならなかった。 先ほどユーノを守ったバーナードのように、新たな影がユーノを飛び越えて現れた。

「彼は良く耐えた。 おかげで間に合った」

 その影は小太刀を構えてユーノの前の傀儡兵に飛び掛る。
 傀儡兵はそれを殴り落とそうと拳を振りかぶるがもう遅い、すでに男はは傀儡兵の懐に潜り込んでいた。

「御神流奥義、花菱」

 小太刀の軌跡が光の線のように見えたかと思うと、男はは無防備に傀儡兵に背中に向けた。 
 傀儡兵がその背中に腕を振り下ろす、が、何も起きない。 傀儡兵の肘から先が切り落とされている。 傀儡兵が一歩足を踏み出すと、膝がに一本の線が入り上下がずれる。
 さらに一歩踏み出した瞬間、傀儡兵の体はバラバラになって崩れ落ちた。 あの一瞬の間に決着はついていたのだ。

「恭也、動きが悪くなっているぞ。 本来のお前の動きなら間に合ったはずだ」
「父さん? 何故ここに」
「一般兵に混じっていた。 できるだけ手出しはしないつもりだったが、しょうがないだろう」

 男の正体は高町士郎だった。
 彼は傀儡兵の残骸の下から上半身だけのバーナードを引きずり出すと、それをユーノに託した。
 サイボーグであるバーナードは機械部分が壊れても生命に支障は無い。 気絶しているだけだった。
 ユーノが上半身だけとなったバーナードを受け取ったのを確認した士郎は、恭也に向けて小太刀を振るう。
 突然の凶行にその場の全員が驚くが、恭也だけは落ち着いていた。 士郎の攻撃は恭也を傷つけることなく、恭也の着ているジャケットだけを切り裂いていた。

「ACアーマー。 確かに便利だが、なまじ防御力がある分、感覚が鈍くなっている」
「それを着ることが戦闘に参加する絶対条件だったんだ。 だが、壊れたなら仕方が無い」

 士郎と恭也はお互いに少しだけ笑うと、新たな敵に向けて走り出した。



「ディバインバスター!」

 桃色の閃光が一気に数体の傀儡兵を吹き飛ばす。
 松さんとなのはが率いる第三部隊は時の庭園入り口で待機し、次々と沸いてくる傀儡兵の相手をしていた。
 本来なら松さんも内部攻略に向かう予定だったが、なぜがストレッチャーに乗ったフェイトと付き添いのなのはとアルフも一緒に転送されてしまったため、ここを拠点として防衛することにしたのだ。
 さすがにストレッチャーを押しながらの内部攻略はできない。 また、フェイトはまだ自分で行動できるほど回復していない。
 そして傀儡兵は明らかにフェイトを狙って集まって来ている。 どう考えてもプレシアが意図的に送り込んでいるとしか思えなかった。

「なのは嬢ちゃん、さっきの決闘で消耗してるんだ。 無理はするな」
「いえ、大丈夫です。 ディバインシューター!」

 この部隊は、ある意味一番戦況がよかった。
 時の庭園に到着して、アースラと連絡がつかなかったクロノはこの場所を脱出のさいの集合場所に定めた。
 いざとなったら個人転移を繰り返して日特隊員を運ぶことを考えると、常に何人かの魔導師をこの場に待機させておかなくてはならない。
 そして動けないフェイトを守るためには出来るだけ戦力が多いほうがいい。 結果としてこの部隊は一番魔導師が多い部隊になったのだ。
 それは日特も同じ考えだったようで多くの人数を振り分けることになり、総合的に一番火力の高い部隊になった。
 おまけに移動する必要が無いので予備弾薬等はこの場に山積みにされている。 残弾を気にすることなく戦える事はかなり大きい。
 かなり広い空間なことに加え、走り回る必要がないので他の部隊が持っていけなかった重火器も存分に使うことが出来る。
 いくら無数の傀儡兵が現れようとも、一定距離以上近づくこともできずに即座に破壊されていく。 その姿は、まるで勝ち目の無い戦いに無謀な突撃を繰り返す兵士たちのようにも思えた。
 気の毒に思う必要など無い。 傀儡兵は意思を持たないロボットのようなものだからだ。
 だがいくらこちらが優勢とはいえ攻撃の手を緩めたら一気になだれ込んでもおかしくない。 それだけの物量で向こうは襲い掛かって来ている。
 現在は優勢だがいつまでも耐えられるわけではない。 なにせ日特と管理局には時間制限があるのだ。
 プレシアが次元震を起こせばすべては終わる。 地球は壊滅し彼らは帰る場所を失ってしまう。
 そのためには少しでも内部に戦力を送りたいが……そのためにはこの場所を守る理由を減らさなくてはならない。
 すなわち、身動きの取れないフェイト・テスタロッサを覚醒させる必要がある。

(しかしどうする? こんな子供が母親からクローンだって教えられて、そんなに早く立ち直れるわけがない)

 松さんは悩みながらバズーカを発射する。 手を休めている暇はない、攻撃する敵だけは困らないからだ。
 傀儡兵を吹き飛ばした後、新たな弾を込める。
 考え事をしながらでも手順は間違えない。 長年の経験の成果だった。

「エリカちゃん、もうプレシアさんに会えたかな?」

 なのはが話しかけてきたことで、松さんは考えを中断した。
 アルフから時の庭園の構造は聞いたが、途中に妨害もあるだろう。 予定通りの時間で行けるとも思えない。

「まだだろうな、無事に辿り着ければいいんだが、最悪の可能性も考えなくちゃならん」
「最悪って……そんなことならないよ、絶対!」
「考えなくちゃならんのが組織の上に立つ人間なんだ。 もっとも、考えたところでどうにもならんがな」
「何でみんなそこまでして戦うんですか?」

 突然話に割り込んできた声に、なのはと松さんが振り向く。
 日特と管理局が防壁のように守る中心、ストレッチャーの上でフェイトが呟いた。
 アルフは思わずフェイトを抱きしめる。 しかしフェイトはアルフの方を見ない。
 先ほどまでと変わらない虚ろな目で、真っ直ぐに松さんを見つめている。

「地球のためですか? 母さんを止めないと地球が大変なことになるから?」
「それならプレシアを殺せば済むことだ。 生け捕りよりそっちの方が簡単に決まってる」

 殺すという言葉にフェイトが少しだけ反応した。
 自分でも分かっているのだろう。 母親がそうされても仕方の無いことをしようとしていることに。
 そして自分もその片棒を担いだことを、今の事態の責任の半分は自分にもあることを。

「でもエリカは言っただろう? プレシアを連れてくる、お前と話をさせるって」
「私のために?」
「それを答える義理は無い、気になるなら自分で聞いたらどうだ?」

 松さんが時の庭園の入り口を指差し、フェイトはゆっくりとその方向を見た。
 アルフの顔を見ると力強く頷いてくれた。 なのはの顔を見ると微笑みながら頷いてくれた。
 待機状態のバルディッシュを持つ手に力が入る。 点滴の管がすごい邪魔に思えて力任せに引っこ抜く。

「バルディッシュ、セットアップ」
『Ok,set up』

 フェイトはバリアジャケットを身に纏い、ストレッチャーから飛び降りた。
 行く手を阻むのは数十体の傀儡兵、しかしそんなもの、今のフェイトの敵ではない。
 今の自分なら何百体来ようとすべて吹き飛ばせる気がする。 それはなのはもアルフも同じようだった。

「松さん、私達行きます」
「おう、道を空けるのは任せろ。 それくらいは大人の役目だ」

 日特と時空管理局、すべての火力が前方に集中して一筋の何も無い空間を作り出す。
 そこを三人の少女は飛んでいった。
 後に残るのは大人たちだ。 一時的に火力が偏ったため他の方向から来る敵の攻撃が激しくなってしまう。
 しかし怯まない。 希望は今、羽ばたいたのだから――



「まさか現地の組織を送り込むなんて、あの小娘何を考えてるの?」

 プレシアは時の庭園内の様子を確認したことを少しだけ後悔した。
 傀儡兵はものすごい速さで減らされている。 プレシアのいる場所に日特と管理局が辿り着くのも時間の問題だろう。
 まだジュエルシード発動の準備は整っていない。 こんなことなら欲張って21個全部集めようとせずに15個で我慢しておけばよかった。
 後悔してももう遅い。 何とかして時間を稼がなくてはならない、しかしどうやって?
 方法はただ一つ。 ここに来るであろう現地の組織と時空管理局を自分で撃退するしかない。
 向こうは傀儡兵との戦闘で消耗しているし、Sランクを超える自分の実力なら不可能ではないと判断する。
 プレシアが覚悟を決めたのと部屋のドアが蹴り破られるのは同時だった。

「時空管理局だ。 プレシア・テスタロッサ、管理局の法に基づきお前を拘束する!」
「日特よ。 とりあえず一発ぶん殴ってフェイトの前に土下座させてやるわ。 捕獲うんぬんはその後!」

 少年と少女が、プレシアの前に立ちはだかった。
 扉をを蹴り破って部屋に突入した二人を、プレシアは睨みつけた。
 時空管理局執務官クロノ・ハラオウン。 日本対特殊災害警備機構、特殊警備部所属、エリカ・T・キャロライン。 所属する組織は違えど二人の目的は同じだ。
 プレシア・テスタロッサの捕獲、それこそが時空管理局と日特共通の目的であり、一時敵対していた両組織を協力関係にした要素であった。
 ただ、捕獲といっても二人の間では多少の意識の違いがある。
 クロノの言う捕獲とは、いわゆる警察が犯人を捕まえる時の逮捕に近い。
 出来るだけ無傷で犯人を捕らえ、その後裁判をし、罪を償わせる。
 そのための魔法、そのための非殺傷設定、それこそが管理局の理念。 良く言えば高潔、悪く言えば理想主義。
 そんなことはクロノ自身が理解している。 理解している上で実行する。
 その理想こそが、高潔な精神こそが、彼の信じる正義なのだから。

 対してエリカの考える捕獲は、猛獣を取り押さえることに近い。
 もちろん最終的にプレシアが改心するのが一番いいことは分かっている。 だがそれはあくまで最終的にだ。
 極論を言えば一時的に半殺し状態に持ち込んでから身柄を拘束し、その後で説得をすればいいという考え方だ。
 エリカがそう考えるのも無理は無い。 エリカは数日前に行なわれた日特封印施設で発生した管理局との戦闘をしっている。
 集団戦闘だったので現在の状況と完全に当てはまるわけではないが、管理局の中堅魔導師一人を倒すのに日特隊員が10人以上必要だったことを知らない人間は、日特にはいない。
 その計算でいくなら、目の前の大魔導師を生け捕りにするのにどれほどの戦力が必要だろうか?
 こちらには現役の管理局執務官がいるが、絶対に先ほどの例より有利な状況であるはずが無い。 そもそもここに来るまでの傀儡兵との戦闘で弾薬も底をつきかけている。
 本気で行かなければ……殺すつもりで戦わなければやられる。
『捕獲より先に殴る』にはそういう決意が込められていた。


「良く来たわね。 時空管理局が来ることは予想してたけど、現地の組織が来るとは思わなかったわ」
「こっちもこれるとは思わなかったけどね、アリスのサービスに感謝よ」
「あの小娘、貴方たちのスパイだったのかしら?」
「僕達も彼女が何を考えているかは分からない、だが事件も終盤だ。 ここに管理局と日特を送り込んだ以上、彼女はジュエルシードの暴走を止めることを望んでいる」
「つまり、動くとしたらお前を倒した後。 構っている暇は無いから、即効でカタを付けさせてもらうわよ!」

 エリカがプレシアに向けてスタングレネードを投げつけた。
 それに気がついたクロノはとっさに扉の影に隠れる。 続いてエリカも左右反対側の影に隠れる。
 目と耳を塞いでも分かるほどの光と音が発生する。 部屋の中に一人残ったプレシアがそれに直撃したのは間違いなかった。
 光が収まったのを確認して、二人は再び部屋の中に入る。

「まったく、いきなりすぎるぞ」
「時間が無いんだ、結果オーライでいいでしょ?」

 苦笑するクロノを無視して放心しているプレシアに近づくエリカ。 だが、その歩みが止まる。
 クロノがどうしたのかと尋ねる前に、エリカは横に向かって思いっきり転がった。 それを見たクロノも、勘だけで前面にシールドを張る。
 その直後に、魔法弾がクロノに襲い掛かってくる。 ギリギリでシールドは間に合ったが、それでもクロノは強い衝撃を受けて倒れかけた。
 スタングレネードで意識を失っているはずのプレシアは、シールドを張ったままのクロノと立ち上がったエリカを見つめると、ニヤリと口の端を上げて微笑んだ。

「現地の組織と管理局の戦い、お人形とあの白い女の子との戦い、二つともじっくり観察させてもらったわ。 対策は完璧よ」

 どうやら、あらかじめ自分のバリアジャケットに工夫を凝らしていたらしい。 恐らく一定量以上の光と音を通さないようにしていたのだろう。
 エリカは自分のうかつさを呪った。 所詮こういう道具を使った戦い方は奇策にすぎない。 対策を採られてしまえばそれまでだ。
 そう何度も使える手ではなかった。 しかしこんなに早く対策を取られるとは、プレシアの何としても目的を達成しようとする執念が見られた。

「言っておくけど、私のバリアジャケットは管理局の魔導師の数倍の耐久力を誇るわ。 密着でもしない限り銃器の効果は期待できないでしょうね。 加えて私は常時プロテクションを発動している。 ここまでしたら、ミサイルや戦車砲でもない限り私にダメージを与えられないわ」

 二人は思わず一歩後ずさった。
 プレシアは……強い。 間違いなく今まで相対した敵の中で最強だ。
 自分の力を過信して油断でもしてくれていれば付け入る隙があったかもしれない。 だがプレシアは、二人と全力で戦うつもりだ。
 圧倒的な実力差、周到な準備、エリカとクロノに勝てる要素はあるのだろうか?
 エリカがチラリとクロノを見ると、クロノは無言で頷いた。 クロノからは、勝ち目が無くても戦うという意思があふれ出ている。
 勝てないからといって、ここで撤退すればそれは敗北と同じだ。 プレシアはジュエルシードによって次元震を発生させ、地球を含めた次元世界は壊滅してしまう。
 ならば無謀と言われようと戦うしかない。 戦いながら勝機を見出すしかない。 エリカも自らの頬を叩いて、気合を入れなおす。
 プレシアのバリアジャケットが言ったとおりの性能なら、手持ちの火器でバリアジャケットを破る手段は存在しない。 クロノの魔法攻撃でも同じだろう。
 一応、日特は戦車砲クラスの重火器を持ち込んでいるが、それらは時の庭園入り口にいる松さんの指揮する部隊が持っている。
 今から持ってきてもらうわけにはいかない。 取りに行くなど論外だし、そもそも室内で使える兵器ではない。
 となれば、いくら危険だろうと接近戦を仕掛けるしか方法は無かった。

「私が飛び込むから、援護お願い」
「分かった。 目くらまし程度しか出来ないが、援護しよう」

 絞め技、関節技、それらならバリアジャケットもプロテクションも関係なくダメージを与えることが出来ことを、エリカはなのはとの訓練で知っていた。
 エリカはプレシアに向かって一直線に駆け出し、そして目の前で体勢を低くしてサブマリンダックルを仕掛ける。
 突然目の前でしゃがまれてエリカを見失うプレシア、さらにクロノの魔法弾がプレシアの顔面に正確に襲い掛かる。
 プレシアは確かに大魔導師といってもいい能力を持っている。 しかし運動能力は並みより低い。 魔法を良く使う大魔導師だからこそ、肉体の戦いは苦手だとエリカは予測した。
 そして、二人に付け入る隙があるとすればそこだけだと判断した。
 突然目の前から消える目標、その直後に見える大量の魔力弾、いきなり下から来る衝撃。 研究が本職のプレシアは反応できない。
 あっという間にエリカはプレシアの上に馬乗りになる。 マウントポジションと呼ばれる体勢、普通の格闘戦だったら圧倒的優位な状態だ。
 しかしこれは普通の挌闘戦ではなかった。 魔導師と戦う挌闘戦なのだ。
 エリカの脇腹をプレシアが殴りつける。 大人といえど女性の力、エリカの着ているACアーマー、力の入らない体勢、そんなパンチなど効かないはずだった。
 だがその予想に反して、とんでもない衝撃がエリカを吹き飛ばす。
 魔力を込めた肉体はそれだけで必殺の武器となる。 肉体は非力なプレシアでも、Sランクを越える魔力で肉体を強化すれば、現在のエリカと同等、もしくはそれ以上の攻撃力を得ることもできた。
 もちろん、反射神経や基本的な運動能力はエリカの方が上だ。 しかし、お互いに密着した状況ならそんなこと関係ない。
 完全な不意打ちを喰らったエリカは嘔吐物を撒き散らしながら地面を転がった。 だが、ただ転がるだけではない。
 床を転がりながら、エリカは手首に仕込んであるワイヤーをプレシアに向けて飛ばした。 これさえ巻きつけておけば、接近戦を続けることができる。 先ほどは不意打ちを受けてしまったが、知ってしまえば二度目は受けない。
 飛ばしたワイヤーはプレシアの腕に巻きついた。 エリカとしては本当はプレシアの首に巻きつけたかったのだが、とっさに腕でガードされてしまったのだ。
 もっとも、どこであろうとそんなに変わるものではない。 エリカはACアーマーのパワーでプレシアをこっちに引き寄せようと力を込める。
 だが、プレシアは一歩も動かなかった。
 魔力で肉体強化をしたプレシアはACアーマーのパワーと同等の筋力を維持している。 いや、エリカが両手で引っ張っているのに対してプレシアは片手で耐えている。
 S級魔導師の肉体強化はそこまで強くなるのだ。
 プレシアはニヤリと笑うと、ワイヤーが巻きついたままの腕を振り回す。 当然、それに吊られてワイヤーの元であるエリカも振り回される。
 エリカを助けようと魔法弾を発射するクロノだが、プレシアはそちらの方を見ようともしない。
 すべてバリアジャケットとプロテクションで防がれてしまう。 よほどどの大技でなければ、プレシアにダメージを与えることは不可能だろう。

(せめてS2Uがあれば……)

 現在のクロノが使っているのは管理局の基本デバイス、癖は無いが特徴も無い。 基本的な魔法は登録されているが現状を打破できるようなモノは無い。
 アリスのことを恨んでしまう。 S2Uならいくつかの大技を登録しているのだが、管理局執務官として違法なEIデバイスを使用するわけにはいかなかった。 
 結局S2Uはアリスから手渡されたエリカがまだ持っているのだが、使えないものをねだってもしょうがない。 クロノは必死に、何か手はないかと考える。
 するとエリカを振り回しているプレシアがクロノの方を見た。 今までこちらを無視していたのに、なんだか嫌な予感がする。

「クロノ! 逃げて!」

 エリカが叫ぶ。 その声で、クロノはプレシアが何をしようとしているか分かった。
 とっさにその場から離れようとするがもう遅い。 プレシアはワイヤーにつながったままのエリカを、ハンマー代わりにクロノに向かって叩きつけたのだ。
 その衝撃でワイヤーが外れ、エリカとクロノは錐もみ状態で転がり続け、壁にぶつかって停止した。

「悪い、失敗したわ」
「見通しが甘かったのは僕も同じだ。 しかしどうするか……」
「そんなこと考えなくていいわ、貴方たちはここで戦闘不能よ」

 プレシアが杖の先を二人に向け、魔力を高める。 大技を撃つつもりだと簡単に予想できた。
 クロノはシールドを張ってそれに耐える準備をする。 しかし量産型デバイスでのシールドでどの程度耐えられるのか、ハッキリ言って自信が無かった。

「僕が前に出て盾になる。 僕は戦闘不能になるだろうが、君は耐え切れるはずだ」
「私一人に押し付ける気?」
「信頼しているんだ。 頼むぞ!」
「ええ、頼まれたわ」

 クロノが全魔力をシールドにまわした。 その様子から、意地でもプレシアの攻撃を防ぎきる心意気が感じられる。
 しかし、そんなクロノの決意をプレシアは鼻で笑った。

「無駄な足掻きよ、サンダースマッシャー・トリニティブラスト」

 プレシアの周りに二つの魔力球が発生した。 その二つともがプレシア本人と同等の魔力を蓄えていることが分かる。
 トリニティ、その言葉が二人の嫌な予感を増大させる。
 クロノはシールドを展開しながらも冷や汗をかいた。
 単独の攻撃ならギリギリで耐えられるかもしれなかったが、単純に予想の3倍の威力があるとすれば……

「無茶苦茶やばそうだけど、大丈夫でしょうね?」
「……恨まないでくれ」
「そこは嘘でも楽勝とか言ってよ!」
「その減らず口を閉じてあげるわ、ファイア!」

 プレシア自身と二つの魔力球から同時に閃光が発射される。
 エリカとクロノは光に飲み込まれ、轟音ととも土煙が舞い上がった。


 エリカが気がつくと、お花畑にいた。
 死んだとは思わない。 不思議と自分は生きているという実感があった。
 一番近い表現をすれば、夢だろう。
 だとすれば早く目覚めなくてはならない。 現実ではプレシアが次元震を引き起こそうとしており、一刻も早く捕獲する必要が有る。
 近くにあった手ごろな大きさの石を掴むと、それを自分の頭に向けて思いっきり振り下ろす。

「ちょっと待ってください、どうか話を聞いてください」
「エリカはなかなか過激な起き方をするのね。 言ってくれれば優しく起こしてあげるのに」

 その声でエリカ腕を止める。 石は頭に当たる直前で停止した。
 周りをキョロキョロと眺めると、そこにいるのは二人の少女だった。
 一人はアリス。 何で自分の夢にいるのか分からないが、いるものはしょうがない。
 もう一人はフェイト……ではない。 似ているが目の色が違うし、雰囲気もかなり違う。 別人だ。
 一応だれだか予想はついていた。 フェイトに良く似た人物とすれば恐らくフェイトの元、すなわちアリシア・テスタロッサだろう。
 しかしアリスはまだ分かるが、会った事も無いアリシアが夢に出てくるのもおかしな話だった。

「正確には本人では無いわ、記録に残っていたアリシアのデータと現在の状況を元に組み上げた擬似人格、暇つぶしに作ったおもちゃみたいなものよ」

 アリスの言ったことを簡単にまとめると。
 目の前にいるアリシアは『死んだアリシアが現在の状況を見ていたら恐らくこう言うだろう』というものを再現したものらしい。

「なんでそんなことしたの?」
「EIデバイスを作って、それの管制人格に組み込んで見ようかと思ったの。 EIデバイスは有る程度主人の魔導師を動かすことは聞いたでしょ?」

 アースラでは、EIデバイスによって引き起こされた数々の事件を教えてもらった。 確かにそれらのいくつかは、魔導師が体を動かさなければならない事件がいくつかあった。
 EIデバイスが禁止された本当の理由は、勝手に魔法を発動することではなく、魔導師の体を強制的に動かすことのほうが問題だったのだろう。
 勝手に主人を動かす武器、エリカは昔戦ったことのある持ち主の身体を勝手に動かす呪いの剣を思い出した。
 それと似たようなものだ。 EIデバイスが禁止されたのは、ある意味当然だったのかもしれない。

「人の定義は心にある。 たとえ他人の身体でも、動かすのがアリシアの意思なら、それはアリシアということになる。 と、思ったんだけど……」
「私はアリスさんの申し出を断りました。 私はもう死んでいるんです。 だけど――」

 プレシア・テスタロッサは諦めない。 ジュエルシードを利用してアルハザードへの道を開こうとしている。
 それによって次元世界が壊滅しようと構わない。 自らの目的のためにいくら犠牲が出ても、そんなこと問題ではない。
 そして、娘の人格を再現したこの少女はそんなことを母にして欲しくない。
 だからエリカに頼んだ。 母を止めてほしい、そのためにあることをしてほしいと。

「……それは、アリシアの意思でいいの?」
「本物のアリシアが今の母を見ていたら、同じ事をお願いすると思います」
「分かった、やってあげるわ」

 アリシアが頭を下げ、アリスが微笑む。
 その笑顔を見ながら、エリカの意識は再び闇に落ちていった。
 消える意識の中で、アリスとアリシアの会話が聞こえる。 小さな声だが、やけに耳に残る会話だった。

「さて、私の方も準備をしないと、プレシアが片付いたら仕掛けるわ」
「本当にやるんですか? そんなことをしたら貴方は……」
「いいのよ、そうならないと計画は完成しないのだから、幸いあの執務官は予想以上に優秀みたいだし」
「ありがとう、アリス」
「さようなら、アリシア」


 エリカの意識が覚醒すると、どこか研究室らしい場所だった。
 身体を動かそうとするが、立ち上がっているのに体が動かない。 見るとバインドで体が固定されていた。
 必死でもがくが動かない。 そもそも、エリカはバインドの解除方法を知らなかった。

「気がついたのか?」

 エリカが顔を横に向けると、クロノが同じようにバインドで空中に固定されていた。
 しかし、動けなくて困っているエリカと比べ、どこと無く余裕があるように見える。

「実は既にバインドを解除済みだ。 後は力を込めるだけで外れるが……デバイスを破壊されてしまった。 今の状態で体が動いても何も出来ない」

 クロノは憎らしげにプレシアを見た。
 プレシアはジュエルシードに魔力を溜めて次元震を引き起こす準備をしている。
 その近くでは、フェイトに良く似た少女が円筒に入っている。 夢で会った少女、アリシア・テスタロッサだ。
 まるで死んだように眠っている。 いや、眠ったように死んでいる姿を見れば、何も知らない人間ならば生き返ると考えてしまうかもしれない。
 しかしどんなに生きているように見えても、死んだものは生き返らない。 それを分からずに足掻くプレシアの姿を見たくないから、夢の中で少女は自分に頼みごとをしたのだろう。
 そして頼まれた以上、それを果たさなくてはならないとエリカは考えた。

「クロノ、私のバインドは外せる?」
「両手、両足、4箇所は無理だ。 それより前に次元震が起きるだろう」
「右手だけなら?」
「任せてくれ」

 クロノがエリカのバインドの解除を始める。 だが自分も囚われた振りをしたままでの仕事なのでかなり難しそうだ。
 そんな時、エリカが意識を取り戻したことに気がついたらしく、プレシアがこちらを向いた。
 かなり機嫌がよくなっているのは、もうすぐ自分の計画が完成するからだろう。

「気がついたようね、貴方たちはここまでよく頑張ったわ。 御褒美に特等席でアルハザードへの道を見せてあげる」
(適当に話をして時間を稼いでくれ、バインドを解くまでもう少しかかる)

 クロノからの念話を聞いてエリカは戸惑った。 話と言っても、何をすればいいのか分からないのだ。
 エリカには魔導師との話なんて思い浮かばない。 そもそも時間稼ぎの話なんてした事が無い。
 とりあえず思いついたことを適当に口に出した。

「そもそもアルハザードってなに! それで死人が生き返るの!?」
「機嫌がいいから答えてあげる。 アルハザードは次元世界の狭間に存在する伝説の地。 そこある失われた秘術ならアリシアを目覚めさせることも可能よ」
「失われた? 確証があるわけじゃないのね、そんなんでよくやるわ。 巻き込まれる人間の迷惑を考えてよ!」
「他の人間なんてどうでもいいわ、私にはアリシアさえいれば……その執務官は何をしているのかしら?」

 ばれた!
 プレシアがクロノにデバイスを向ける。 攻撃魔法を食らわせて再び気絶させるつもりだろう。
 クロノのバインドは既に解除されている。 固定されているように見えるのは見た目だけ、逃げようと思ったらいつでも逃げられるのだ。
 しかしクロノは逃げない。 それよりもエリカのバインドを解除することに集中する。
 プレシアの攻撃が早いか、クロノのバインド解除が早いか、時間との勝負だ。
 そしてクロノは賭けに勝った。
 プレシアは強烈な一発を当てようと思ったらしく魔力を高めていた。 もしも溜めの時間を必要としない簡単な魔法だったら、間に合わなかったはずだ。
 プレシアが魔法を放つより早く、エリカの右手のバインドが解除されて自由になる。
 それに驚いて魔法の発射を中止したプレシアは、思わずエリカの方を見た。
 右手を動かせるようになったエリカが右腕を大きく振ると、袖から棒状の物体がエリカの手のひらに収まった。
 基本的な装備はすべて外されてしまったが、隠し持っていたこの武器だけは大丈夫なのを動けない間に確認している。
 指の力だけで安全装置を解除し、スイッチを入れ、ACアーマーの力を全開にして投げつける。
 光の刃を発生させたプラズマサーベルが、弾丸並みの速度でプレシアに襲い掛かった。

「おおおおおお! 死いいいいぃぃねええええぇぇぇぇぇ!!」
「くっ、そんなもの!」
「アリシア・テスタロッサあああああああああ!!!」
「えっ!?」

 投げつけられたプラズマサーベルを避けようとしたプレシアは、自分の後ろにアリシアの入ったポットがあることを思い出した。
 プレシアとっさにプラズマサーベルを止めようと手を伸ばす。 だが3000度の高熱でできた刃は、プレシアの右腕をバターのように焼ききった。
 プレシアがプラズマサーベルを目で追う中、光の刃はアリシアの胸に突き刺さり――

(私はもう死んでいるんです。 だけどお母さんは諦めないから……もう一度、私を殺してください。 お母さんに私が死んだことを教えてください)

 アリシアの入った円筒は、内部から爆発した。
 圧倒的な熱量を持つ物体が、至近距離で爆発したのだ。 子供一人分の死体など、完全に消滅してしまっていた。
 プレシアは放心している、何が起きたか理解できていないみたいだ。 ただ呆然と、アリシアのあった場所に向けて手を伸ばしている。
 そんなプレシアの手に、金色の糸が舞い降りる。 人工的な色ではないその糸は、アリシアの髪だった。
 力なくそれを握り締めたプレシアは、虚空を見つめながら、ブツブツと呪詛を刻むように独り言を言い出す。

「大丈夫よアリシア、お母さんが助けてあげるから、すぐ元に戻してあげるから、安心してアリシア、お母さんが貴方を守ってあげる、そうだ、いっぱいお話しましょう、料理も作ってあげる、お母さん料理がうまくなったのよ、私の大好きなアリシアアリシアアリシアアリシアアリシアアリシアアリシアアリシアアリシアアリシアアリシアアリシアアリシアアリシアアリシアアリシアアリシアアリシアアリシアアリシアアリシアアリシアアリシアアリシア……」
「アルハザードがどんなところか知らないけど、その状態で生き返るのは不可能よ。 諦めなさい。 貴女はもう、アルハザードに行っても何もできない」
「――――!?」

 プレシアの言葉が、突然止まった。
 ゆっくり振り向くと、エリカへデバイスの先を向け、一発の魔法弾を発射する。
 右手以外はまだバインドに囚われているエリカは避けることも出来ず、魔法弾は太ももに着弾した。
 その瞬間、今までの魔法攻撃とは比べ物にならない激痛がエリカに襲い掛かる。 そして太ももから血液が噴出し、エリカの足を真っ赤に染め上げた。
 プレシアはデバイスの非殺傷設定を解除し、殺傷設定にして攻撃したのだ。 その凶行に、クロノは驚愕した。 殺傷設定の魔法を使うこと自体が、管理局の法では重大な犯罪だからだ。
 プレシアは続けて二発、三発と魔法弾を発射する。 その弾はそれぞれエリカの腹と左肩を貫き、そこに風穴を開けた。
 その攻撃も当然のように殺傷設定、噴出す血液がエリカの足元に血溜まりを作る。

「あなたが……あなたがアリシアをこんなふうにしたのね?」

 プレシアがエリカを睨みつける。
 エリカも睨み返すが手も足も出ないのが現状だった。

「許さないわ、殺してやるわ、じわじわといたぶって、指の一本一本を切り落として、ああそうだ、あなたの頭は縦に割ってあげるわ、脳みそを花壇に撒いて花の栄養にしましょう、胴体は一寸刻みにして犬の餌にしてあげる、手足はミキサーにかけたみたいに粉々にして、後は……あらあら、もうどこも残っていない」

 さらにもう一発、プレシアの放った魔法弾がエリカの頬を掠め、一筋の血の痕を作った。
 エリカの目の前まで来たプレシアは、デバイスを大きく振りかぶり、魔力の刃を作り出す。
 殺傷設定の魔力の剣。 そんなもので斬られたら、多少の魔法抵抗があるACアーマーだろうと関係ない。 胴体は真っ二つになって絶命確実だった。

「あの世でアリシアに謝りなさい!」
「無理よ。 あの子は天国だけど私は地獄行き、今までそれだけのことをしてきたから」

 エリカは右手でズボンの後ポケットに入っている物体を取り出し、クロノに向かって投げつけた。
 待機状態のデバイスが宙を舞う。 四肢のバインドを解除したクロノはそれを受け取り、その名を叫んだ。

「S2U、セットアップ!」
『貴方の事は気に入りませんが、エリカ様のために力を貸してあげましょう』
「今はそれでいい。 少なくとも、プレシアを捕らえるまでは共闘だ!」

 クロノの提案に賛成したS2Uは杖の形に変形し、バリアジャケットが全身を包みこんだ。
 プレシアはとっさにクロノに向かって魔法弾を放つが、クロノはそれを余裕を持ってシールドで防いだ。
 それを見たプレシアが驚く。 先ほどまでは一発を耐えるのにもかなりダメージを負ったクロノが、殺傷設定の魔法を耐え切ったからだ。
 AIの持つ感情によってその性能を高めるEIデバイス。 アリスの手によってEIデバイスと化したS2Uとクロノは、プレシアを捕獲するという一つの目標に向けて心を一つにした。
 そして心を一つにしたEIデバイスと魔導師は、本来の能力を遥かに超える力を発揮することができる。

「ブレイクインパルス!」
『まったく、デバイス扱いの酷い男です。 ブレイクインパルス、アタック』

 クロノが文句を言うS2Uを横一文字に振るう。 プレシアはとっさにシールドを張るが、クロノの攻撃はプレシアの身体をシールドごと弾き飛ばした。
 AAAクラスの魔導師とEIデバイスの性能が加わったクロノに対して、プレシアは脅威を感じる。 だが、プレシアはすぐに対抗方法を見つけた。
 EIデバイスといっても特別なのはAIだけ、デバイス本体は通常と同じだ。 ならば、魔法の打ち合いをせずにデバイス本体を破壊すればいい。
 プレシアはエリカを切るために作っていた魔力の刃にさらに魔力を込め、クロノの対して切りかかった。
 クロノはその攻撃をバックステップで避けながら、射撃魔法を発射する。

「良く狙ってくれ、ブレイズキャノン!」
『言われなくても百発百中です。 ブレイズキャノン、ファイア!』

 クロノの放ったブレイズキャノンは、プレシアから大きく外れた。
 攻撃に失敗したことに気がついたプレシアは、この隙にクロノに止めを刺そうと、魔力の刃を振りかぶる。 だが、それはクロノの狙い通りだった。
 あさっての方向に飛んでいったブレイズキャノンは、途中で大きく機動を変える。 EIデバイスと化したS2Uがブレイズキャノンの構成を書き換え、誘導性と拡散性を持たせたのだ。
 そしてその着弾点には、エリカがいた。
 エリカに命中する直前で拡散したブレイズキャノンは、正確に左手と両足を拘束しているバインドを打ち抜き、エリカを自由の身に変える。
 自由になったエリカはプレシアに襲い掛かる。 後ろから飛び掛って背中に密着し、首を思いっきり締め上げた。
 いくらプレシアが魔法で肉体強化しようとも背中に張り付いている相手に有効な打撃など無い。 ましてや、今のプレシアは片腕である。 有効な攻撃は魔法攻撃くらいだろう。
 その残った腕も、クロノのバインドが拘束した。
EIデバイスの力を借りてSランクに届こうかというクロノのバインドは、大魔導師のプレシアといえども簡単に解除できる物ではない。

「グゥ、離れなさい、私は、アリシア、を」
「大切な人ともう一度会いたい気持ちは分かるわ。 だけど、そんなこと私には関係ないのよ」
「なん、ですって……」
「私は地球が大好き。 あそこには大切な人がたくさんいる。 なのは、恭也さん、松さん、士郎さん、日特の仲間達、みんなの大切な故郷なの」
「そん、な、こと……」
「私は私の大切な物を守る。 そのためなら……アンタの都合なんか、知ったことじゃないわ!」

 プレシアが焦点の合っていない瞳で虚空を見つめている。
 その方向は部屋の入り口、そこに人影が現れた。
 フェイト・テスタロッサ、プレシアのもう一人の娘だ。 両脇にはアルフとなのはもいる。
 フェイトはプレシアに近づくと、プレシアにそっと抱きついた。

「母さん……」

 フェイトがプレシアに話しかける。

「アリ……シア……」

 しかし、プレシアはフェイトに話しかけなかった。
 エリカがさらに力を込めてプレシアの首を絞めると、プレシアは口から泡を吹き、全身から力が抜けた。
 プレシアは――完全に気絶した。

「終わったの?」
「ええ、プレシア・テスタロッサの捕獲、完了よ」

 クロノがバインドを解くと、プレシアは重力に引かれて地面に倒れこむ。
 とっさにフェイトが支えるが、大人の女性の体重を子供一人が支えきれるものではない。 押しつぶされそうになったところを、アルフが手を貸して何とか支えることができた。

「この女、結局最後までフェイトを見なかったね」
「大丈夫だよ。 時間はあるんだし、これから少しずつお話すればいいんだよ」
「ありがとう、なのは」
「そろそろいいだろう、ジュエルシードを回収して脱出だ」

 アルフがプレシアをおんぶしたところで、クロノが話を切り出した。
 ジュエルシードは先ほどまでプレシアが魔力を込めていたとは思えないほど安定している。
 後はこれを回収すれば、ジュエルシードをめぐる事件は終わる。
 クロノはジュエルシードを封印しようとする。 しかしそれをエリカが止めた。

「まだ終わってないわよ、ある意味一番重要なことが残ってるわ」
「そうだったな、まだ彼女が残っていたか」

 エリカが4人から距離をとる。 エリカは何かが起きるとしたら自分が中心のはずだと思っていた。 だから万が一のことを考えて、他の人間に被害が及ばないようにした。
 そして部屋中に響く声で叫ぶ。

「出てきてアリス。 この戦いも終盤、今度こそ話を聞かせてもらうわ!」

 それに続いて皆が口々に叫ぶ。

「何の目的でアースラを攻撃したか、教えてもらうぞ!」
「アリスちゃん、私アリスちゃんとお話したいの!」
「教えてアリス、何で私達に協力してくれたのか、私は知りたい!」

 その声を受けて一人の少女が現れ、ジュエルシードとエリカ達の中間に降り立った。

「そうね、すべての条件はクリアされたわ」

 誰もが最終局面と理解している中、アリスが現れた。
 今までと変わらない笑みを浮かべながら立っているアリスをクロノが警戒する。
 アリスの目的が何であれ、管理局に対して敵対行動を取ってきたことは間違いない。
 と、なると一番危険なのはクロノ。 次に恐らくアリスの目的であるエリカ。 なのはやフェイトに関しては完全な未知数だ。
 今までの自分への対応を考えると不安だが、とりあえず会話をしてみないと始まらないとクロノは考えた。
 もし駄目だったら、ここからの会話はすべてエリカに任せるしかなくなるだろう。
 クロノは駄目元でアリスに話しかけた。

「では単刀直入に聞こう、目的はなんだ?」
「漠然とした質問ね? アリスが幸せになることが目的よ」

 質問したクロノ自身、返事をされるとは思っていなかった。 どうせ考えられる限りの暴言を言われて無視されるとばかり思っていたのだ。
 どういう心境の変化か分からないが、話しに答えてくれるならそれにこしたことは無い。
 クロノは続けてアリス話しかける。

「続けて聞こう、日特の施設からジュエルシードを奪ったのは? プレシアを手伝い、アースラを攻撃したのは?」
「なのはちゃんに言ったはずよ、結果じゃなくて過程が重要だって」

 全員の視線がなのはに集まる。
 突然注目を浴びてなのはは戸惑う。 確かにそんなことも聞いたが、聞いたなのは自身が意味を理解していない。
 クロノはしばらく考えた後、はっと気がついた。
 そして怒りの視線でアリスを睨みつける。 アリスはバカにしたような目でクロノを見る。

「どうしたの、クロノ君?」
「ジュエルシード自体が目的じゃない、重要なのは日特と管理局が戦闘をすることだった。 プレシアを手伝ったわけじゃない、アースラに適度にダメージを与えて地球に不時着させることが目的……」
「そして現在、アリスのかけたジャミングで時の庭園は外部と連絡が取れない状態だわ。 ここで日特と管理局の間で問題が起きた場合……報復の対象となるのは?」
「日特は報復行動として身動きの取れないアースラに攻撃を仕掛ける。 そこからは泥沼だ。 アースラが攻撃されたという事実は管理局にも伝わり、管理局はその報復として地球を攻撃する」
「まさか、それって!」

 なのはも、フェイトもアルフも気がついた。
 ここまでのアリスの行動、アリスの目的、それは――

「そう、アリスの目的は……地球と時空管理局の戦争よ!」
「不可能だ!」

 アリスの目的を聞いて、思わず叫んでしまった。
 そう考えても仕方が無い、むしろそんなことができるとは思えない。
 そもそも現在の日特と管理局で問題が起きると思えない、プレシアを倒すために協力したのに何が起きるというのか?
 もしアリスの思い通りに進み、地球と時空管理局が戦争状態に突入したとして……どれほど地球がもつだろうか?
 一方は次元世界に幅を利かせる組織、もう一方はその中の一つの世界、どちらの組織の方が規模が大きいかなど比べるまでも無い。
 封印施設でも戦闘結果から考えると、単純に魔導師一人を倒すのに必要な人員は10人。 魔導師と地球人ではそこまで戦闘能力に差がある。
 物量も兵士の質も管理局に分がある。 こんな状況で地球が勝てる要素など一つも無い。
 戦うだけ無駄、結果など分かりきっている。

「いいえ、可能よ。 管理局が予想している以上に地球の技術力は高いわ。 後はアリスの真の力を使えば……物量の差も、装備の差も覆せる」
「真の……力?」
「見せてあげるわ、お母様の生涯をかけた最高傑作、究極の対魔導師戦用デバイス、『Advanced Logical Intelligent-device to Control Enemies』すなわち……ALICEの力を」
「敵を操作するための高度に論理的なインテリジェントデバイス!? 過去のEIデバイス事件、そして僕からS2Uを奪ったこと、まさかそんな能力が!」
「そう、そして日特が時空管理局に対して報復攻撃を行なう理由は、今からできるのよ!」

 アリスが両手を掲げると、時の庭園内部の様子が空中に現れる。 そこには時の庭園各所にいる日特隊員と管理局員達が映し出されていた。
 プレシアが倒れた今、すべての傀儡兵は動きを止め、日特と時空管理局両方が落ち着いている。
 彼らもエリカとクロノがプレシアを止めることに成功し、この事件ももうすぐ終わると分かっているのだろう。
 人間余裕が出来ると気が抜けるもの、ある日特隊員は女性管理局員をナンパしており、同僚にチャチャを入れられている。
 ある日特隊員は持ち込んだ携帯食料を管理局員と分けあっている。 ある隊員と管理局員は、傀儡兵の残骸の中でタバコを吸っている。
 そんな暖かい雰囲気の中、一人の管理局員が日特隊員に向けて魔法弾を放った。
 全員が驚愕する中、すべての管理局員が日特に対して攻撃を開始する。

「な、なんだ! なにをするんだ!」
「逃げろ、身体が……勝手に! 殺傷設定の攻撃魔法!? 止まれ、止まれえええええええええ!!」
「何が起きてるんだ。 さっきまで一緒に戦っていたのに、くそっ! このままじゃあ……」

 次々と管理局員の手によって戦闘不能に陥る日特隊員達。 そんな中、ある日特隊員が反撃で管理局員を攻撃した。
 そこからはもう地獄絵図だ。
 先ほどまで協力していた二つの組織が、今はお互いに争っている。
 管理局員の魔法攻撃で日特隊員は戦闘不能になり、日特隊員の銃撃で管理局員が傷つく。
 その様子をアリスに見せ付けられて、全員何も言葉が出なかった。
 ただアリスだけが勝ち誇ったような顔をしている。

「どう? デバイスを通じて特殊な信号を脳に送り、多数の魔導師を意のままに操る。 それだけじゃない、アリスは次元航行艦のシステムだって乗っ取れる。 アリスが地球側に協力すれば、管理局を滅ぼすことなんて簡単にできるわ」
「何で、何でこんなことするの? アリスちゃん、お母さんを殺した管理局を恨んでないって!」
「ええ、恨みなんかでこんなことしないわ。 これは全部、アリスが自分でやろうと思ってやってるの」

 なのはの叫びに即座に返事をするアリス。
 あまりに冷静なその答えは、なのはを更なる混乱に陥らせる。

「どういうこと?」
「執務官さんに質問するわ。 史上最悪のデバイスマイスター、ルイゼ・キャロラインお母様が最後に作った極悪デバイス。 人間を意のままに操り同士討ちをさせる悪魔の兵器、そんなもの管理局はどう扱う?」
「処分、すなわち破壊する」
「でしょうね」

 アリスが少しだけ悲しそうな顔をした。
 そしてアリスの会話で、アリスの正体が分かってしまった。
 アリスは……人間ではない。

「ルイゼはEIデバイスの欠陥に悩んでいたわ。 そして人間とデバイスの感情の差に原因があると考えたの。 いくらデバイスが人間を愛しても、人間はモノであるデバイスを愛することはできない、その温度差がEIデバイスを暴走させる」

 だったら、人間に愛されるデバイスを作ればいい。
 デバイスを愛せる人間を作ればいい。
 お互いがお互いを必要とする、理想的な関係のデバイスと魔導師を作ればいい。

「それが、私?」
「そう、それが『turn ALICE』計画! 最強の兵士を作るなんて、所詮はカモフラージュ。 真の目的はアリスによって魔導師を制圧し、強化された肉体によって物理的な戦闘もこなす、最強の対魔導師人間を作り出すことよ」
「ルイゼ・キャロラインは行方不明の間にそんなことをしていたのか」

 そうして作られたデバイスがアリス。 そのアリスを扱うため――いや、共にあるために作られた人間がエリカ。
 信じられないことに全員が驚きの連続だが、クロノは冷静に状況を分析していた。
 アリスがエリカのデバイスだということが分かったが、それだとおかしいところが一つある。
 デバイスとは基本的に魔導師が接触して起動する物だ。 一部のデバイスそのものを発射したりする仕掛けを除けば、魔導師は原則としてデバイス本体を持っていなければならない。
 ユニゾンデバイスだって魔法を使うためには魔導師と一体化するのに、これまでもアリスはエリカから離れ、単独で行動してきた。
 なんらかの方法でマスターのエリカから魔力を補給しなければならないはずだが、その方法が分からない。
 クロノには、その謎がアリスに関する最大の鍵になるように思えた。
 そんなことを考えている間にもアリスは話を続ける。

「だけど一つ問題があった。 お母様が地球にやってきたことにより、地球の技術は管理局にも目を付けられることになってしまったの」

 そう、アリスの言うとおり、地球での技術は管理局も知ることになっていた。
 未だ一般人のすることの無い裏の研究ばかりだが、次元世界に幅を利かせている管理局ならば、情報を手に入れる手段などいくらでもある。
 その上で管理局が出した結論は要観察、現状維持だった。
 地球の魔法技術が実用段階にならず、世間一般にも広まっていない以上、管理外世界としての姿勢を崩さない予定だった。
 しかし、そこで発生するジュエルシード事件してしまう。 次元世界に被害をもたらす恐れのあるロストロギアが関わるとなっては管理局も手を出さないわけにはいかない。
 結局管理局は地球にやってくることになり、アリスの見つかる可能性はさらに高まっってしまう。
 いくら人間の作った物とはいえ、アリスの能力はそこらのロストロギアより遥かに危険なシロモノだ。 隠れていてもいつか見つかる、隠していてもいつかばれる。
 そうなったら管理局は全力でアリスを捕まえて破壊しようとするだろう。
 だったら――先に管理局を潰してしまえばいい。


「無茶苦茶だ! 話が飛躍しすぎている」
「クロノ君?」
「嘱託魔導師、デバイスだから少し違うが、管理局に協力することで減刑もできる。 君ほどの理性があるなら、そんな強行手段をせずとも話し合いができるはずだ」
「それじゃあ執務官さん? アリスのお願いを聞いてくれる? そうしたらアリスは大人しく投降するわ」
「……分かった。 管理局執務官として最大限の努力を約束しよう」
「言ったわね? アリスのお願いは……すべてのアリスの姉妹の解放よ」

 その場にいる誰もがアリスの言ったことが分からなかった。
 管理局はアリスの姉妹を捕らえているのだろうか? アリスの姉妹とは? すべてというからには複数いる?
 アリスは人間ではない、アリス・キャラルイゼの作ったデバイスだ。
 その姉妹とはすなわち――

「不可能だ……」
「どういうこと? アリスの姉妹が管理局に捕まってるなら、その人の釈放を条件にすれば」
「アリスの姉妹とはルイゼ・キャロラインの子供、その作品、大きく見ればその技術によって作られたすべてのデバイス」
「それって、つまり」
「アリスの要求はEIデバイス禁止法の撤廃、執務官の権限で何とかできるような問題じゃない!」

 EIデバイスは時空管理局ですでに危険な物と認識されている。
 実際に何件もの事件が起きて何人もの人間が被害にあっていた。 だからこそ禁止法が設立され、規制されることになったのだ。
 当然そこまでの道は平坦ではない。 何人もの偉い人間が考えて、そして次元世界に受け入れられたルールなのだ。
 それを個人の都合で廃止することなど出来るはずが無い。 要求したアリス自身できると思っていなかったのだろう。
 溜め息をついて少しだけ悲しそうな顔をした。

「管理局で処分されているEIデバイスも、今ここにいるアリスも、皆同じアリスの子供。 その大半が幸せも知らずに殺されていくなんて我慢できない。 生まれが違う、人間ですらない、そんなこと関係ない、皆幸せになってもいいはずよ」

 時の庭園内部での日特と管理局の戦闘は終了していた。
 殺傷設定の魔法攻撃を受けた日特隊員は負傷し、管理局員も実弾による攻撃を受けてしまっている。
 重傷ならまだマシ、死亡している人間も何人かいた。 だが問題はそれ以外の部分にある。
 たとえアリスが引き起こしたことだといっても、この戦闘を客観的に見れば、先に攻撃を仕掛けたのは管理局側で日特がそれに応戦したことになる。
 生き残った管理局員は何者かに操られたと証言するだろう。 だがそんな言い訳が通るほど世界は優しくない。 共同の作戦で裏切られたという事実は日特に反管理局の考えを植えつけるのに十分だった。
 そしてその報復の対象となる目標は、海鳴海上に今も浮かんでいるアースラ。
 この状況を打破するためには、アリスを捕まえて事情を知っているこの場のメンバーで管理局の裏切りがアリスの仕組んだものだと説明しなければならない。
 しかし勝てるのだろうか?
 アリスの能力を使えば、この場のメンバーも同士討ちを始めてもおかしくなかった。
 今はまだアリスが話をしているが、それが終わったら……

「さあ、滅んでもらうわよ時空管理局! アリスの、そしてアリスの姉妹達の幸せのために――」
「待って、アリス」

 エリカがアリスの言葉を止めた。
 全員がエリカに注目する、アリスも不思議そうな表情でエリカを見る。
 だが、エリカはアリスを睨みつける。 瞳は怒りの炎で燃え、拳はグローブに包まれているにも関わらず握力で血が流れ落ちた。

「今まではクロノが質問してきたけど、ここからは私の質問よ」
「いいわ、エリカの聞きたいことなら何でも答えてあげる」

 アリスの周りの空気が和らいだ。 先ほどまでのような圧力が無くなっている。
 どこにでもいるような恋する女の子、今のアリスを表現するならまさにその言葉がピッタリだった。
 しかし、それとは対照的に今度はエリカからの圧力が増す。
 アリスとエリカの温度差、何故か知らないがクロノはものすごく異常な光景のように感じた。

「お母さんが私と一緒にいたのは、全部計画のため?」
「全部ってわけじゃないと思うわ。 お母様は、確かにアリスとエリカを愛してくれた」
「だけどそのために、何の罪も無い大勢の子供達が『turn ALICE』の犠牲になった」
「何人の人間が死のうと関係ないわ。 お母様はエリカとアリスを引き合わせてくれた。 それで十分」
「でも、私もアリスもお母さんに作られたのなら、その気持ちも作られた物なのかもしれない」

 アリスとエリカが互いに求め合うようにルイゼが仕組んだとすれば、その心はルイゼによって作られた可能性がある。
 だとすれば、恐らくアリスは自らに適応する人間であるエリカに対し、恋という感情を持つように設定されているのだろう。
 だとしたら皮肉なものだ。 誰よりも愛を求めるこの少女は自らの愛する対象を生まれながらにして決められていたことになる。
 こうなると幸せのために管理局を滅ぼすという主張も怪しくなってくる。 これもまた、ルイゼ・キャロラインが組み込んだ偽の感情ではないか?
 管理局を倒すこと自体を目的とするのではなく、それによって得る物のために戦う。 感情によって能力が増減するEIデバイスならかなりの能力向上が予想されるだろう。
 ここまで来たら、どこまでがデバイスとしてのプログラムで、どこからがアリス自身の感情なのか分からない。
 はたしてアリスは自分のやっていることの区別がついているのだろうか?
 もしかしたらルイゼ・キャロラインの作り出した違法デバイス最大の被害者は、作り出されたデバイスであるアリス自身なのかもしれない。
 しかし、クロノに同情する暇は無かった。 このままではアリスは地球と管理局を戦争状態に持ち込むからだ。
 コンピューターによって管理されている今の世の中、それらを自由に操れるアリスならどんな会戦理由でもでっち上げられるに違いない。
 間違いなく、人類史上最悪のデバイスであることを認めざるを得なかった。

「作られたかどうかなんて関係ない。 今もっているこの感情がアリスのすべてよ。 それを守るためなら、管理局を潰すし、戦争で地球がどうなったって関係ないわ」
「……今分かったわ」
「どうしたの? エリカ」
「EIデバイスの欠陥、そしてお母さんの思い違いに」

 突然話題が変わったことに不思議がるアリス。
 そんなアリスを見つめながら、エリカは話し出した。

「EIデバイスの事件でお母さんはは人間に問題がある、つまり人間がデバイスを愛せるようになればいいと考えた。 だからアリスみたいな、より人間に近い存在を作り出し、同時にアリスを好きになれる私を作った」
「そう、そしてそれは成功した。 アリスはエリカが好きだし、エリカもアリスが好きでしょ?」
「人間ってのは愛し合う二人だけの世界で生きてるんじゃないのよ、もっと色々な物に囲まれてるんの。 好きな人、嫌いな人、恩人、大切な人、友達、中には可愛さ余って憎さ百倍なんて言葉もあるわね」
「エリカ?」
「お母さんはそこが分かっていなかった。 自分のデバイスが幸せになることばかり考えて、そのせいで人間が幸せになることを考えていなかった」
「何を……言っているの?」
「他人の都合に構わず、自分の幸せに他人を巻き込み、そのために周りを排除する。 そんな存在を好きになる人間なんて……いない」
「何を言ってるのエリカ! 何を言ってるのよ!」
「自分のためなら平気で他人を踏み潰す歪んだ心、それこそがEIデバイスの真の欠陥なのよ。 そして、それはアリスにも当てはまるわ」
「わからない、わからない、わからない! エリカが何を言っているのか分からない!」

 人には心があり、理性がある。
 それは時に原動力となり力を生み、時にはリミッターとなって力を制限する。
 EIデバイスは原動力のみが存在してリミッターが無い。 それが一連の事件を引き起こす原因となった。
 理性がありリミッターが働いているなら、好きな人が奪われたからといってその相手を殺したりはしない。
 好きな人が命を賭けて成そうとしていることがあるなら、感情を押さえ込んでその手伝いをすることだって出来るはずだ。
 そういうことをEIデバイスは出来ない。 わがままで癇癪を起こす子供と同じ、人を殺傷する力があるだけ余計にたちが悪い。
 目の前のアリスもそうだ。
 自分の幸せのために地球と管理局を戦争させる、なら地球にいる人は?
 松さん達日特の仲間、なのはや恭也、士郎などの海鳴の住人、広く見れば日本、世界。
 エリカと関わりのある人間などいくらでもいる。 戦争が始まればそれらの人物も被害を受ける。 最悪死んでしまうかもしれない。
 そんな状況になってエリカは幸せだろうか?
 アリスはエリカさえいればいいかもしれない、しかしエリカは他の皆も大切なのだ。

「なのはが言ってくれたの、一緒に頑張ろうって」
「なのはちゃんが?」
「ここで言う『一緒』っていうのは、私となのはだけじゃない。 松さんも、ユーノも、日特のみんなも、クロノも、管理局も、みんなで頑張ろうって意味」
「でも、アリスとエリカが幸せになるためには、管理局を潰さないと……地球と管理局を戦争させないと――」
「そんなことさせない。 私はみんなと一緒にいたい。 だから……一度だけ言うわ」
「な……何を?」
「今の私の気持ちを。 アリスに対する気持ちを――」


「私はアリスが大切じゃない。 あんたなんか嫌いよ」


「嘘、嘘よ、そんなの……嘘」

 アリスの顔が驚愕に歪む。
 涙目になりながら首を振り、ゆっくりと後退りをしていく。
 そんなアリスにエリカは一歩ずつ近づいていった。

「嘘でしょう? ねぇ、嘘って言って!」

 また一歩近づく、拳が強く握られる。

「アリスはエリカが好きだから、だから一緒にいたくて、その為には管理局なんて無い方がよくて」

 少しだけ、右拳を後に下げる。

「それで、それで、今までも、これからも、ずっと、ずっと――」

 地面を蹴り、一足飛びにアリスの前に移動する。

「エリカちゃん、ダメ!」
「あ……」

 なのはが叫ぶ、しかしエリカは止まらない。
 エリカの持ったナイフが、アリスの胸を貫く。 アリスの背中からは貫通したナイフの刃が突き出ている。
 アリスはそれを見た後、震える手でエリカの頬に触れた。

「アリスの大好きなエリカ、あなたがどう思っても、アリスの気持ちは変わらないわ」
「一度しか言わないと言ったわ。 だから、これ以上は何も言わない」
「やっぱり、エリカは優しい、うれしいな、こんな人を愛することができて」
「さよなら、アリス」
「うん、またね」

 アリスの体が光になって消えていく。
 消えながらエリカに口付けをして……一瞬だけクロノの方を見た。

「!?」

 全員が呆然と眺めているなか、アリスの姿は完全に消え去った。
 その瞬間、クロノに念話が届く。

『クロノ君? よかった、やっとつながった』
「エイミィか、アリスが消えてジャミングも無くなったみたいだな。 残っている管理局員と日特隊員を転送してくれ」
『うん、重傷者から順番に転送するよ』
「人数が多すぎてアースラの医療設備では限界がある。 日特の医療施設、海鳴大学病院に直接送ってくれ。 話はついている」
『了解!』

 アースラとの通信を終えて、ジュエルシードを回収し、クロノはやっと一息ついた。
 一瞬遅れて感じられる安堵感、充実感、今度こそ終わったことを実感する。
 エリカはずっと立ち尽くしている。
 何か話しかけたいが、今のエリカに何と言葉をかけたらいいのだろうか、クロノは分からなかった。
 しかし、クロノの代わりになのはがエリカに話しかける。

「エリカちゃん……」

 なのはの声を受けてエリカが振り返った。
 少し涙ぐんでいるように見えるのは気のせいではないだろう。
 それでも不器用に笑顔で答える。

「アリスは、またねって言ったから。 ならまたどこかで会えるわ。 これまで5年も待ったんだから全然平気よ」
「そうだね、私も会いたい。 今度こそお話したい、友達になりたい」

 エリカとなのはは手をつなぎ、同時に転送された。 すぐに他の人間も転送され、時の庭園には誰もいなくなる。
 ジュエルシード事件、PT事件、アリス事件、後にそう呼ばれる一連の事件はこうして幕を閉じたのだった。
 そう、この事件は終わった、ただし――

(何故アリスは最期に僕に念話を送った? 『期待してるわ、執務官』いったいどういう意味だ?)

 ただ一人、心に引っかかりを残して



[12419] エピローグ
Name: ark◆9c67bf19 ID:233da008
Date: 2010/04/28 22:59
5年前――

 ドサリ、という音をたてて男は倒れた。 明らかに致死量の血液が流れ出し、死んだということは誰の目にも明らかだった。
 男を死にに追いやった少女は、ゆっくりと振り返る。
 そして冷たい目で、大人の女性を見つめた。 その視線を受けた女性は、思わず一歩後ろに引いてしまう。
 それだけの迫力が、5歳程度の少女から出ていた。

「お母様。 お母様に一つ聞きたいことがあります」
「……何かしら、アリス」

 アリスと呼ばれた少女は、手に持った拳銃を大人の女性、ルイゼに向けながら話しかけた。
 ルイゼは少し震えながら、その質問に答えようとする。

「21年前の事故、お母様は起きることを知っていましたね?」
「何故、そう思うのかしら?」
「当時のお母様の役職は、副主任でした。 主任のプレシアでさえ危険性に気がついていたのに、お母様が気づかないはずありません」
「……だとしたら、何だと言うの?」
「あの日、アリスはお母様が遊びに来なさいと言ったから行ったんです。 お友達のアリシアちゃんは、プレシアの言うことを聞いて留守番しようとしてました。 でも、それをアリスが引っ張り出してしまったんです」
「そうね、不幸な事故だったわ」
「お母様はアリスを、意図的に不幸な事故に遭わせましたね? 新理論のデバイスにアリスの人格を組み込むには、周囲に非難されるような非人道的な処置を施さなければならなかった。 でも、アリスが死んでしまえば、娘を生き返らせるためという免罪符が付く」
「そこまで気がついているのね。 さすが私の娘だわ」

 ルイゼの震えは止まっていた。
 銃を突きつけられているにも関わらず、今は笑顔を浮かべている。

「お母様、アリスを愛していますか?」
「ええ、愛しているわ」
「ではエリカは?」
「愛しているわ」
「でも、それはアリスへの愛とは違う。 言わば、ペットや便利な道具への愛情ですね?」
「ええ、そうよ」

 アリスの質問に、ルイゼは即答した。
 次の瞬間、アリスは拳銃に引き金を引き、ルイゼの身体を銃弾が貫通した。
 ルイゼは胸から血を流し、床に倒れこむ。 即死だった。

「お母様、大好きなお母様。 デバイスしか愛せない、とてもとても醜いお母様。 できれば、エリカのこともアリスと同じくらい愛して欲しかったです」

 アリスは拳銃を男の死体に握らせると、二度とルイゼを見ることなく部屋から出て行った。
 しばらく通路を歩いていると、数人の男達を発見する。 太陽を背負ったヤタガラスのマークを見て、日特だと確認することができた。

「予定通りね。 日特にこの研究所の情報をリークした甲斐があったわ」

 日特の隊員達は、アリスの存在に気がつくとこちらに向かってきた。
 さらわれた子供と思っているのか、警戒もせずにアリスを保護しようとしている。
 そんな大人たちを見ながら、アリスは一人呟いた。

「ごめんなさい、エリカ。 少しの間寂しい思いをさせるわ。 けど、アリスは必ずエリカの前に現れるから。 今は我慢して、アリスが眠るのを許して。 アリスの目覚めるキーワードは――時空管理局」

 アリスはゆっくりと目を閉じ、深く深呼吸をした。
 再びアリスが目を開いたとき、アリスはアリスで無くなっていた。
 今、ここにいるのはエリカだ。 アリスはエリカの中で眠っている。
 エリカは少しだけルイゼとアリスのことを思い出すと、日特の大人たちに向けて走り出した。
 大好きな母親と友達を守るため、戦う決意を胸に秘めて――


現在――

「ねえ、もう少しゆっくりしてもよかったんじゃないの? 翠屋借り切って祝賀会やるんでしょ?」
「そこまでお邪魔するわけにはいかない。 ジュエルシードの回収も完了したし早く報告に帰るべきだ」

 事件が終了して2週間後、アースラは時空管理局本局への帰路についていた。
 航行不能な状態になったアースラだったが、本局に要請した修理班の要請は意外なほど早く地球に到着し、テキパキとした作業で問題ない程度まで回復した。
 そして航行可能な状態になると、クロノはすぐに帰還を決定したのだった。

「今回の事件、色々と大変だったわね。 いったいどんな処分が下されるのかしら?」
「意外と軽いと思う。 予測不可能な事態が多かったし、その原因も排除できたから」

 今回、アースラが連れて来た武装局員は25名。 しかし現在、アースラに搭乗している生きた武装局員は10名しかいない。
 残りの15名はすべて死亡、5名は日特封印施設での戦闘で、10名は時の庭園でアリスに操られて日特と戦闘をして物言わぬ肉の塊となった。
 さらにリンディは独断でいくつかの問題行動を起こしている。
 偽のジュエルシード反応に騙されて現地の組織と戦闘。 クロノを助けるために提督でありながら自ら人質になる。 本局に無断で現地の組織との捜査協力。
 リンディを目の敵にする管理局のお偉いさんにしては格好の口実となるだろう。
 しかし同時に、うまくいけば相殺できるかもしれないほどに功績も多い。
 ジュエルシードによる次元災害を未然に防いだ。 現地の組織と友好的な関係を作った。 アリスによる管理局崩壊の危機を救った。
  これまで地球の組織といざこざを起こすことを恐れて管理局が手を出せなかった地球の遺跡を調べられるようになることを考えれば、管理局は日特との関係をわざわざ悪くするようなことはしないはずだ。
 そして、日特と管理局がこれからも友好的な関係を続けるならその間に立つリンディに対して厳しい処分はしないはずである。 ある程度の地位がないとそういう橋渡し役はできないからだ。
 そういう意味では日特とのパイプこそがリンディを救うことになる。
 その部分に借りを感じたからこそ、クロノはこれ以上の借りを作ることを良しとせず、さっさと地球から離れることにしたのだ。

「でも太っ腹だね、日特も。 21個のジュエルシード全部管理局に預けるなんて」
「日特の気前がいいわけじゃない、計算あってのことだ」
「計算?」

 回収したジュエルシードをどうするか?
 その問題に直面した時、日特は一方的に折れてすべてを管理局に渡すことを決定した。
 総帥からの直々の命令らしく、話を聞かされた下の人間はとても驚いていた。
 大きく分けて日特の狙いは2つあると考えられる。
 一つ目。 世界を滅ぼすほど危ないものならいっそのこと地球に無い方がいい。 別の世界ならある意味遥かに安全と言ってもいいだろう。
 二つ目。 管理局との戦力差がはっきりと分かったことで、本気でジュエルシードを奪う気になられたら日特では相手にならないことが分かった。
 だったら初めから渡すことで友好的な態度を示し、そうすることで管理局との交流をより良い状態で開始することを狙う。

「こんなところだ。 ただプレシア・テスタロッサの身柄の受け渡しは拒否されたが……」
「仕方ないよ、あんな状態だったら裁判どころじゃないし。 フェイトちゃんをお母さんから引き離すこともできないし」
「アリスも出来ることなら裁判を受けさせたかった。 デバイスといっても心があった。 人とデバイスの関係、これからの課題にもなるだろうな」
「消えちゃったからね。 欠片でも残っていれば、そこから何か調べられたのに」
「そうか……」

 クロノは少しだけ考え込む。
 アリスは何故最期にクロノに念話を送っただろうか?
 消える直前、普通だったら愛するエリカを見るのではないか?
 アリスから自分に伝えられた最後のメッセージ、しかしいったいどういう意味だろうか?
 あの挑戦するような、小ばかにするような顔、忘れたくても忘れられない。
 あんな顔で伝えるメッセージなどろくでもないような意味だと簡単に予想できる。 しかし胸の中のモヤモヤは未だに晴れない。
 悩むクロノを見てエイミィがチャチャを入れる。

「どうしたのクロノ君、アリスちゃんのこと考えてた? 可愛かったモンね~」
「冗談はよせ、アリスはエリカにべた惚れだっただろう」
「そうだったね。 あそこまで人を好きになれるのって、少し羨ましい」
「だがそれで管理局を滅ぼされてはたまらない。 未然に阻止できたから良かったが、万が一本局にでもこられたら――」

 その瞬間、クロノに電撃が走った。
 まるで走馬灯のように、地球に辿り着いてからの事件の情報が頭に流れる。
 デバイスを奪うアリス、偽の情報によって引き起こされた日特と管理局の交戦、打ち落とされるアースラ、アースラ艦橋に侵入したアリスと閉じ込められる武装局員、ジャミングによって封鎖された時の庭園、アリスの真の力。
 そして――管理局と日特の人的損害の差、無事事件を解決し帰還するクロノ、ルイゼ・キャロラインが作り出したEIデバイス。
 今、アリスの最期の表情の意味が分かった。

「やられた! これがアリスの真の狙い、彼女は管理局と地球の戦争なんて初めから考えていなかった!」
「ど、どうしたのクロノ君? アリスちゃんの真の目的って」
「今回の戦い、違和感が多すぎたはずだ。 僕達は、一人の少女の手の上で踊っていたにすぎない」
「ってことはもしかして!」
「ああ、アリスは……生きている」



 海鳴大学病院は日特の手が回っている医療施設の一つである。
 当然、院長を初めとする主要職員はその道の事情を理解してくれる。 だが大半の看護婦や医師は一般人だ。
 そんな事情を知らない人間が、事故も起きていないのに一気に運び込まれる負傷者を見てどう思うか?
 しばらく院長は身に覚えの無い噂で堅苦しい思いをすることになる。
 曰く、運び込まれた負傷者たちはヤクザな人たちで、抗争で負傷し、息のかかっているこの病院に運び込まれた。
 曰く、海鳴で闇の武道大会があり、院長はその大会のVIPでその関係で負傷者を受け入れた。
 そんな噂も元が退院すれば次第に薄れてくる。 人の噂も七十五日、興味本位の世間話ならもっと早い。
 しかし噂が早く無くなる原因としてより興味を引く話が広まることが上げられる。 しかもこちらは入院中、退院の予定が無い。
 つい先日、一般病棟から精神科に移動した『魔法使いの御婦人 』、海鳴大学病院はその話題で持ちきりだった。

「いいの? 本当に?」
「うん、エリカが会ったら……もしかしたら」
「詳しくは聞いてないけど、どういう状態なの?」
「普通に話ができる、けど……根っこが壊れてしまったの」

 負傷によるすこしばかりの入院生活を終えたエリカは、まだ海鳴にいた。
 ジュエルシードほどの魔法関連の事件が国内で起きたのは初めての事だ。 周囲にどれほどの影響がでるか分からない。
 そのため事後調査も念入りに行なわれることになった。 海鳴に来た部隊が帰っていないのはそういう理由である。
 こうしてエリカがジュエルシードも無いのに街を歩き回る中、フェイトから連絡があった。
 フェイトは監視付きながらも行動の自由が許されている。 母親であるプレシアが海鳴大学病院に入院しているので、逃げることは無いと判断されたからだ。
 そんなフェイトがプレシアのお見舞いに付き合って欲しいと言った。 それを聞いたエリカは、最初は断ろうと考えていた。
 プレシアにとってエリカは、娘であるアリシアの遺体を消滅させた憎むべき相手のはずだ。 そんな相手が見舞いに来たら、果たしてどうなるだろうか?
 下手したら病院が消滅し、海鳴が火の海に包まれる可能性もある。
 エリカがそのことを説明したら、フェイトはそれでも会って欲しいと言った。
 それほどの覚悟があるなら会わないわけにはいかない。 エリカは時間に都合をつけて病院に行くことにする。
『プレシア・テスタロッサ』、そうプレートに書かれた扉をフェイトがノックすると中から返事が聞こえた。
 間違いなくプレシアの声だが、エリカはそれに違和感を感じる。 妙に明るい感じがしたからだ。
 そして扉を開けるとベッドの上は予想通りプレシアがいた。

「あら、フェイトのお友達? はじめまして、母のプレシアです」

 だれだ、この人は?
 エリカは思わず、そう叫びたくなった。
 目の前にいるのは確かにプレシアだが、完全に狂気の魔導師の影は無くなっている。
 どこにでもいる優しいお母さん、この変化はいったい?
 いや、今プレシアは『はじめまして』と言った。 エリカとプレシアは時の庭園で出会っているのに、まるで初対面のような対応なのはおかしい。
 エリカは一つの可能性に思い当たり、それを確かめることにした。

「あの、娘さんのことは……」
「そう、フェイトから聞いたのね? アリシアのおかげでフェイトは生き返ることができたのに、変わりにアリシアが死んでしまうなんて……」

 プレシアは記憶が混乱している。 なぜ入院が精神科なのか不思議だったが、まさかこんなことになっているとは知らなかった。
 死んでいた娘がフェイトで。クローンがアリシアだと思い込んでいる。 時の庭園でクローンのアリシアが死に、娘のフェイトが生き返ったというのがプレシアの中の真実なのだろう。
 原因は思い当たる。 どう考えてもエリカやクロノとの戦いのせいだ。
 元々弱っていた体、目の前で消滅した娘、無理な戦闘、失った右腕の痛み、エリカの渾身のチョークスリーパーで一時的に脳に酸素が通わなくなったことも原因だろう。
 結局、話題を合わせて適当に会話をする。 大体の内容は娘のフェイトのことだった。
 自分が入院していることでフェイトが苦労していないか?
 アルフとの二人暮しで大丈夫だろうか?
 それらの感情は本来ならアリシアに向けられるはずだったことを、フェイトは理解している。
 だからプレシアがどれだけ優しくしようとも心のそこから嬉しそうにしない。 見た目だけ、母親に心配かけまいと空元気を見せている。
 しばらく話していると検査の時間になったらしく、医師が入っていた。
 フェイトはまた明日来るといって病室を出て行き、エリカもそれについていった。

「私に会わせたってことは、プレシアを元に戻したいの?」

 病院を出たところで尋ねると、フェイトは黙って頷いた。

「こう言っちゃ何だけど、あのままでもいいんじゃない? 下手に記憶が戻ったら……また壊れるわよ」
「それでも、私の母さんはあの母さんだから、あの感情はアリシアに向けられるべきだから、私じゃ駄目だから」
「甘えてもバチは当たらないと思うけど? 死んだアリシアがどう思うかは知らないけど、少なくともプレシアがフェイトを殴るのをいいようには思わないだろうし」
「アリシアがそう願っている、とは言ってくれないんだね?」
「死んだ人間の心が分かるほど私は優しくないから……、アリスなら、いえ、なんでもないわ……」

 時の庭園で気絶した時、アリスは擬似的ながらアリシアの心を作っていた。
 もしそのアリシアが今の状況を見ていたら、何と言うだろうか?
 しかしアリスが消えたことで、アリスが作ったアリシアの心も消えてしまった。
 もう、アリシアが何を思っているかを知ることはできない。

「そう思えるなら、きっとエリカは優しいよ」
「おーい、フェイト~、クソガキ~」
「アルフ、私はクソガキで固定なの? えっとフェイト、何か言った?」
「なんでもない」
「早く行こうよ、もうお腹ペコペコで倒れそうなんだ」

 アルフに連れられて病院を後にする。
 3人辿り着いたのは翠屋、入り口には本日貸しきりの張り紙、しかし店内にたくさんの人影が見えた。
 そのほとんどは日特の海鳴派遣部隊だ。 例外として翠屋メンバーとユーノもいる。

「よう、待ってたぞ、嬢ちゃん達」
「待ってたって、予定時間丁度よ?」
「余裕を見て行動しろって言ってるだろ。 まあいい、ジュエルシード事件解決を祝って、乾杯!」

『かんぱ~い』

 ジュエルシード事件は終わり、そのうち日特は海鳴を去ることになる。
 その前に祝賀会をすることになり、その場所として士郎が翠屋を提供し、今日こうして集まった。
 現在の日特の仕事は事後処理だけなので人数は大分少なくなっているが、それでも翠屋のテーブル数よりも多い、いくつか予備の椅子を出して対応している。
 料理を作る高町桃子も忙しなく働いている。 さすがにこの人数の食事の準備は大変そうだった。
 いくらかは出来合いのもので間に合わせる。 ただそういったものより桃子の料理の方が人気があるのは当然といえば当然だった。
 テンションの上がった何人かが桃子をナンパして士郎にぶん殴られる。
 なのはをナンパして士郎と恭也にぶん殴られる。
 フェイトをナンパしてアルフにぶん殴られる。
 美由希をナンパして……誰もとめようとしない。

「同じ部隊にこんなにロリコンがいたなんて……」
「ホント、世も末ね」
「みんな楽しいんだよ、だけどもうすぐお別れだと思うと少し寂しいの。 日特の人達にはお世話になったし……エリカちゃんともお友達になれたし」
「私は、どうなるんでしょうか? それに母さんは?」
「プレシアはこのまま海鳴大学病院に入院するらしいわ、フェイトちゃんも海鳴に住居が用意されるんじゃないかしら?」
「そうなんだ、よかったねフェイトちゃん」
「うん、ありがとうなのは、それにアリスも――って、アリス!?」

 いつの間にかアリスが会話に加わっていた。
 あまりに自然すぎて全く気がつかなかった。 そういえばと思い出すと、祝賀会の初期の段階から視界の端に映っていた気がする。
 何故誰も気がつかなかったのだろうか?
 3人が一斉に距離を取って警戒する。
 なのはとフェイトはデバイスを起動してバリアジャケットを身に纏い、エリカはACアーマーに魔力を通して人工筋肉を起動させる。
 死んだはずのアリスが目の前にいる。 いったいどういう反応をすればいいのか? 何て声をかければいいのか?
 戸惑う三人を見ながら、アリスは楽しそうに微笑んだ。

「アリスがいなくなったことを本気で心配してくれて、嬉しいわエリカ。 管理局の連中が帰るまで会えなくてごめんなさい」
「アリス……死んだはずじゃあ?」
「恭也さんとユーノはカラクリに気がついていたみたいね?」

 アリスの言葉に、翠屋にいるすべての人間の視線が二人に集中した。
 その視線を受けたユーノと恭也は、彼らが感じていたアリスの正体について話し出した。

「初めてアリスが現れたとき、僕は違和感を感じました。 アリスはデバイスを操っているのに、アリスからは魔力を感じなかった。 それで……幻術のような物だと気がついたんです」
「俺の方はもっと単純だ。 アリスの姿は見えても気配が無い。 魔法なら、幻のような物を作ることも可能だろうと考えていた」
「正解。 相手が魔導師なら、身体を操る要領で脳に直接幻影を見せることができるから、気がつくことなど不可能よ。 日特は普通の幻術で騙せるから、あの時気がついたのは二人だけだったわ」

 エリカ、なのは、フェイトの3人はじっくりとアリスを観察してみた。
 髪の毛一本一本にいたるまで本物と変わらないように見えるアリスの姿は、本人が幻覚だと言っても信じることができなかった。
 エリカは自分の手をアリスに伸ばしてみる。 本当にアリスが幻覚なら、この手はすり抜けるはずだ。
 それに、エリカは時の庭園でアリスを殺している。 あの時エリカの手に残った感触は本物だった。
 自分の感覚とアリスの言葉、果たしてどちらが正しいのか、エリカはどうしても確かめたかった。
 エリカの手はゆっくりとアリスの身体に触れ……何の抵抗も無く貫通した。

「すり抜けた……でも、あの時は」
「人間の感覚なんて脳に支配されてるわ。 デバイスを通して脳を支配できるアリスなら、痛覚や触感を作ることだって簡単よ」

 アリスの答えを聞いて、エリカは少しだけ困った顔をした。
 エリカは今生の別れのつもりでアリスを殺した、つもりだった。 しかしそれはアリスの手の内だったのだ。
 こうしてアリスと話せるのは嬉しいが、あの時の決意が無駄になったようで、少しだけ納得がいかない。
 そんなエリカの様子に気がついたアリスは、ふわふわと空中を移動してエリカの隣に降り立つと、勢い良くエリカに抱きついた。
 質量などあるはずが無いアリスだが、エリカはその重さをしっかりと感じ取ることができた。 恐らくアリスがエリカの脳に重さの情報を送ったのだろう。

「ごめんねエリカ、でもあれはどうしても必要なことだったの」
「今度こそ、今度こそすべて話してくれる? アリスのこと、全部」
「うん、話すわ。 アリスのことを、全部」

 EIデバイスの開発者、ルイゼ・キャロラインは管理局に対し恨みを抱いていた。 己の娘とも言えるEIデバイスを法によって規制され、次々と廃棄処分にされてしまっていたからだ。
 ついに管理局を滅ぼすことを決めたルイゼは、究極の対魔導師デバイス『ALICE』を開発する。 が、そこで問題が起きた。
 ユニゾンデバイスの技術を取り入れたALICEは、普通の人間では起動すらできなくなってしまったのだ。 適応する人間を探そうにも、管理局から逃げながらでは効率がよくない。
 そこで管理局の目が届かない地球へもぐりこみ、現地の組織に接触し、ALICEに適合する人間を探すべく『turn ALICE』計画を始めた。
 結局集めた子供の中にALICEに適応する人間はおらず、プレシアの力を借りてエリカを作ったのだが、過程はどうあれルイゼはALICEに適合するエリカを手に入れることができた。
 エリカの頭にアリスの本体が埋め込まれて以来、エリカと共に過ごしてきたアリスだが、彼女はルイゼの考えに疑問を感じていた。
 ルイゼの言うとおり、管理局を滅ぼしていいのか?
 もし管理局が無くなれば、次元世界を巻き込んだ混乱が起きることになる。 それはそれで面倒くさいことなのではないか?
 別の世界がどうなろうとも関係の無いことだが、地球がそれに巻き込まれ、エリカの身に危険が迫る可能性だってある。
 しかし管理局が存在していれば、人間を操るEIデバイスの女王であるアリスが危険視されてしまう。
 何とかして管理局を残しつつ、アリスへの追求を無くすいい方法は無いだろうかと考えた結果、ジュエルシードを利用した作戦を思いつく。
 つまり、地球と管理局を適度に戦わせ、管理局に地球に手出しすることは難しいと認識させる。
 さらに、管理局員の目の前で盛大に死んだふりをし、アリスが消滅したと思わせる。
 そのために利用したのがプレシアであり、クロノであった。

「ってことは、アリスちゃんは元々地球と管理局を戦争させる気がなかったってことなの?」
「そういうこと。 大体管理局を潰すだけだったらアースラを奪って本局に乗り込んでから、内部で魔導師を暴れさせる方がずっと楽だし」
「プレシアに殺傷設定の魔法で撃たれたりとか、結構危なかったんだけど……」
「あの時は本気で慌てたわ。 アリスがプレシアを操ってもよかったんだけど、そうしたら不自然さが目立ってしまうし、エリカが助かって良かったわ。 結局、時の庭園でアリスが手を出したのは、ジャミング、同士討ち、プレシアがエリカの武器を取り上げるのを忘れさせる、執務官に海鳴大学病院を利用させるの三つだけよ」

 そういえばと、エリカは時の庭園のことを思い出した。
 クロノのデバイスは破壊されたにも関わらず、エリカの武器はプラズマサーベルからS2Uまで残っていたのが少し気になっていたのだ。
 それに、プレシアが海鳴大学病院に運ばれたことも気になっていた。
 管理局の法で犯罪者のプレシアを拘束せずに地球の病院に入院させるなど、執務官であるクロノの選択にしては迂闊としか言いようが無い。
 それらもアリスが仕組んだことだと言われれば、妙に納得ができる。
 結果としてプレシアの捕獲に成功し、そのプレシアの身柄は日特が預かることになった。
 もしプレシアがアースラに運ばれていたら、フェイトはこうして翠屋にいなかっただろう。

「しかしだな、アリス嬢ちゃん。 お前さんのせいで、日特にも結構な被害が出たんだぞ」
「あら? 日特側の死者はゼロのはずよ? 殺傷設定の魔法でも、ちゃんと急所は外したから」
「しかしだなぁ……」
「時の庭園攻略に参加した日特隊員の人たちには、5千万ほど振り込んでおいてあげるわ。 みんな、それでアリスを許してくれる?」

 アリスの提案に、日特隊員達は手を上げて賛成した。 本当に許したのか、金に釣られたのかはわからないが、アリスを恨もうとする人間は一人もいなかった。
 松さんが頭を抱える様子を、アリスは楽しそうに眺めている。
 エリカはアリスの頭を撫でながら、最後の質問をすることにした。

「最後に、もし私がアリスを殺さなかったら?」
「その時は……管理局を滅ぼしても良かった。 エリカがそれを選ぶなら一緒に地獄に落ちてもよかった。 でも信じてた」
「信じるって……私の何を?」
「エリカは優しい人だって。 本当に大切な物を間違えたりしない。 エリカの中で、なのはちゃんや士郎さん、仲間たちはとてもとても大きくなっているって」

 それを聞いて、エリカは微笑んだ。 やはり、アリスはエリカのことをよく分かっていると、改めて感じたからだ。
 その様子を微笑ましく見ていたユーノが、ハッとあることに気がついた。 

「そういえば、クロノは? 頭いいから、エリカとアリスのことに気が付くかも知れないよ?」
「それなら大丈夫、最後の罠を仕掛けたから。 あの執務官が優秀であればあるほど引っかかるような飛び切りの罠を」



「つまり、あのアリスちゃんは幻覚だったってこと?」
「そんな……いったいどうしたら」

 アースラでは、クロノの考えを聞いたエイミィとリンディが絶句していた。
 クロノの語った推理はほぼ翠屋でアリスが語った内容と一致していた。
 少ない情報からここまで正解に到達できたのはさすがだと言えるだろう。 しかしここでクロノはアリスの『罠』に嵌ってしまう。

「どうすることもできない。 いや、何もしてはいけない」
「どういうこと?」
「最後の念話で『期待している』と言ったのは僕らが管理局上層部へ報告しないことを期待しているという意味だ。 おそらくアリスはアースラのシステムを乗っ取った時に『耳』を仕掛けた。 いや、すでに本局の様子を探ることができるかもしれない」
「本局って、いくらなんでも……」
「アリスは別次元にいるアースラにジュエルシードの情報を送って僕達を誘い出したんだ。 本局に手が出せないという保障も無い」
「それじゃあ、もし私達がアリスの生存を報告したら」
「時の庭園で起きた惨事が本局で起きることになる。 虚偽の報告でもアリスの破壊を報告するしかない」

 クロノは強く拳を握り締めて歯を食いしばった。
 その顔は、アリスに敗北したという悔しさと、管理局の未来はアリスが握っているという恐怖の入り混じった表情が浮かんでいる。
 リンディとエイミィが心配そうに見つめる中、クロノのポケットから声が聞こえた。

『当然です。 マスターのすごさを再認識しましたか? 精々お偉いさんの機嫌でも取って、地球に下手な手出しができないようにしてください』
「うるさい。 プログラムの書き換えに抵抗なんてして、物理的に破壊されたいのか?」
『いいのですか? 私は貴方とマスターを繋ぐ直通ラインでもあるのですよ? 私が破壊されたら、マスターがどんなことをするか……」
「まったく、最後までアリスはとんでもない奴だ。 鎮火したと思ってもまだ燻っている。 そう、まるで――」



 日特の隊員が次々と輸送車に乗り込む、ジュエルシード捜索のために海鳴に派遣された部隊の帰還命令が出たのだ。
 残っているのはエリカとユーノ。 見送りにはなのは、フェイト、恭也、士郎がいた。

「ユーノ君もいっちゃうの?」
「うん、一族の所に帰ろうかと思ったけど、日特の遺跡管理部で仕事をさせてもらえる事になったから。 地球の遺跡にも興味があるし」
「多分知り合いってことで、護衛には私がつくでしょうね。 当然、アリスも」
「ユーノ、エリカに手を出したらアリスが許さないわよ」
「あはは、エリカちゃんとアリスちゃんが一緒なら心配ないね」
「いや、僕だって日特の能力基準に分けたらすごく強い部類に入るんだけど……」

 ユーノが溜め息をつく、それを見てなのはもフェイトも微笑んだ。
 エリカとユーノは日特へ、なのはとフェイトは海鳴に残る。 これが日特本部からの命令だった。
 いつかは別れなければいけないと分かっていたが、いざ実際にお別れをするとなると後ろ髪を引かれてしまう。
 それでも休暇になったらまた海鳴に来ると約束して、笑顔で別れよう。
 自然と全員がそう考えて、別れの日を迎えたのだった。

「時々遊びに来るわ。 アリスならデバイスを通じてエリカとなのはちゃん、フェイトちゃんの間を一瞬で移動できるし」
「うん、待ってるの」
「私も待ってるから、またね」
「フェイトちゃんも、プレシアと仲良くね」

 それぞれが別れの挨拶をし、まずユーノが輸送車に乗り込んだ。
 続いてエリカも乗ろうとしたところで、背中に視線を感じて振り返る。
 振り返ると、士郎が何か言いたそうにエリカを見つめていた。
 エリカは最後に大きく頭を下げ、士郎に対して礼をする。 そんなエリカに向けて、士郎が声をかけた。

「エリカちゃん。 ……いや、エリカ」
「士郎さん?」
「いってらっしゃい。 できるだけ早く帰って来るのを待っている」

 その言葉に、エリカは思わず涙を流した。
 エリカはぐしゃぐしゃになりかけている顔を拭き、顔を上げ、できる限りの笑顔で士郎に返事をする。

「行って来ます。 お父さん」




 日特本部へ移動するバスの中、エリカとユーノは名残惜しそうに海鳴を見ていた。
 休暇に戻るといっても世界中を渡り歩く仕事だ。 いつになるか分からない。
 エリカの隣に座っているユーノもそれを分かっている。 ジュエルシードの事件で一番最初になのはと出会ったのはユーノだし、それだけ別れの寂しさも大きいのだろう。

「大丈夫よ、さっきも言ったとおりアリスならいつでもなのはちゃん、フェイトちゃんと話ができるし」
「俺はそれでもいいけど、ユーノは話せないぜ?」
「そうだったわね、どうしようかしら?」

 その話を聞きながら、ユーノはクスリと笑った。
 ユーノはデバイスを持っていないので、アリスは質量の無い幻覚だとハッキリ感じている。
 それでも、ユーノにとってアリスとは、エリカやなのはと同じく友達だと考えていた。
 ふと、自分もデバイスを持てばよりリアルにアリスを感じることができるようになるのでは? とユーノは考えた。

「僕もデバイスを用意してもらおうかな? 日特が管理局と交流すればデバイスも提供されるだろうし」
「皆が同時に会話できる方法を考えてみるわ、アリスが中継に入ればできそうよ」
「そいつは便利そうね。 楽しみに待ってるわ」

 窓の外では太陽が水平線に沈もうとしていた。
 空がオレンジに染まり、地面には長い影が寝そべっている。
 それを見ながら、エリカはポツリと呟いた。

「まるで炎のような、そんな時間だったわね」
「炎のよう、なかなかの詩人だね。 色んなことが一気に起こって、そして消えていった」
「でも完全に消えたわけじゃないわ。 消えたように見えてしっかりと残ったものがある。 そういう意味では完全に鎮火することは無いのかも知れない、そうまるで――残り火のように」
















 日特総帥である吉村は相変わらず書類にサインをしていた。
 先日、正式に管理局から交流を開始したいという通知が来たことで一気に仕事の量が増したのだ。
 アリスのもたらした情報で邪魔な幹部を黙らせることができたし、管理局との交流は日特に利益をもたらす。
 今はこの仕事の量を心地よいとさえ思える、そんな最高の気分だった。
 しかし、その気分は勝手にパソコンの電源が入ることで打ち砕かれる。
 画面に映るのは……アリス。

「暇つぶしに来たわ」
「帰れ」

 声が聞こえた瞬間に吉村はパソコンの電源を切った。 しかし勝手に電源が入る。
 何度スイッチを押してもしつこく起動する。 コンセントを引き抜くがバッテリーの事を忘れていた。
 しばらくの間電源は入りっぱなしだ。 諦めるしかないだろう。
 パソコンの操作にも体力を使うのだろうか、画面の中のアリスは肩で息をしながら話を始めた。

「今、サウジアラビアの遺跡でエリカが古代のバイオ兵器と戦闘中なのよ。 なのはちゃんとフェイトちゃんは学校でテストだし、邪魔したら悪いから少し離れてるの」
「やれやれ、大人の仕事を邪魔して暇つぶしか。 いい身分だな」
「この愚図が、そんな口を聞くのね? 勝手にデータを弄くってやるわ。 ……管理局との会談予定、地球製デバイスの開発進行報告、なのはちゃんとフェイトちゃんの護衛計画、対象プレシア・テスタロッサへの記憶操作報告書、私立聖祥大学付属小学校への編入書類、面白いものが無いわね」
「どんな物を期待しているんだ? お前は」
「魔導師部隊設立計画……何で却下されてるの?」
「管理局から提供されるデバイスは研究用で数が少ない。 地球製デバイスは実用段階まで時間がかかる。 それに地球人で魔力を持つ人間は少ない」

 パソコンの中のアリスが微笑む、何かろくでもないことを考えた時の顔だ。
 嫌な予感がするが聞かないわけにはいかない。 なんだかんだでアリスの提案することは日特に利益をもたらすことが多い。

「処分される寸前のデバイスなら特殊なルートで大量に手に入れられるわ。 例えば……AIに問題があって管理局法で規制されているデバイスとか」
「EIデバイスか。 だが、暴走されては困るぞ」
「そこはアリスが何とかするわ。 アリスの言うことなら、姉さん達も聞いてくれるはずよ」
「いくらデバイスがあっても使える人間がいない」
「日特隊員達が時の庭園で火事場泥棒してたの、気がつかないと思ってたの?」

 パソコンの画面にとある資料が映し出される。
 そこに書かれている文字は、地球上どの国家の言語でもない。 別の次元世界、ミッドチルダの言葉だった。
 その言葉を日本語に訳すと、資料のタイトルは――『プロジェクト・FATE』
 吉村の見ている前で、ミッドチルダの言葉で書かれていたデータはどんどん日本語に置き換わっていく。
 僅か数分後には、パソコンのHDDに完全日本語版『プロジェクト・FATE』のデータが存在していた。

「はい、これで解決。 楽しみだわぁ、たくさんのエリカがアリスのお姉さんと一緒に活躍するの。 みんなみんな、幸せになれるのね」
「強力に感謝するが、しかし日特の利益など興味ないのだろう? なぜ協力する?」
「この部隊が活躍すればそれだけエリカの負担が減るわ。 エリカってば、アリスと再会したのに日特の仕事を辞める気無いんだもの。 だったら少しでも苦労を減らしたいし」
「やれやれ、エリカ・高町・キャロラインのことを気に入っているのはいいが、お前みたいなのを何て言うか知ってるか?」
「何ていうのよ?」
「レズビアンだ」

 アリスは少しだけ不機嫌そうな顔をして、何か言おうとしてもうまく話せず、やがて画面の中から姿を消した。
 反論を思い浮かばなかったのだろうか?
 だとしたら、吉村は初めてアリスに勝利したのかもしれない。
 気分的には最高だがそれが逆に不安になる。 明日は雹が降るか槍が降るか、とにかく珍しいことが起こりそうだった。
 パソコンのコンセントを接続して仕事に戻る。 するとメールの着信を知らせる音が鳴った。
 差出人はアリス、直接話さないところを見ると負け惜しみでも書いてあるのかもしれない。
 もしかしたらウイルスでも仕込んでいるのかもしれないが、見ないわけにはいかない。 そんなことしたら後でどんな仕返しをされるか分かったものではない。
 書かれていたのは、アリスには重要な意味があるのだろうが、吉村には意味の分からない言葉だった。


「新たな風が吹けば、残り火は再び燃え上がるわ。 今は燻っているけど、いつか、必ず」


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