とある町にある一軒の喫茶店。
名前は喫茶『親知らず』
知る人ぞ知る隠れた名店というやつである。
「僕が一番うまくガンダムを使えるんだ!」
そして店の中のカウンターにいる男。
「だってよ……アーサーなんだぜ?」
ウェイター服を着ている。
「絶対にぃ、負けないのだぁ!」
黒い髪。
鋭い目。
かっこいいぞ。
そんな感じの俺である。
三人称と見せかけて俺の一人称だったりするのだ。
叙述トリックだ。
「だってよ……アーサーなんだぜ? あ、さっき言ったか」
ちなみに現在、一人しりとりの真っ最中である。
午前11時。
暇である。
思わず一人しりとりをしてしまう程暇なのである。
というのも客がいないからだ。
いなすぎる。
昼前なのに店内に客はゼロだ。
「……はぁ」
溜息も出るってもんだ。
今月も赤字だ。
「……誰か500万円分ぐらい喰っていかないかな?」
そうすれば問題解決である。
そうでもなければ閉店の危機だ。
――カラーンコローン
ドアベルの音。
客だ。
「……汚い店ですね。お嬢様、こんな汚い店では服が汚れてしまいます」
「構いません。それにこういった汚い店こそが隠れた名店だったりするんですよ?」
「成る程、流石お嬢様。……しかし汚い。呼吸もしたく無いです」
言いたい放題の客が来た。
レトロって言えや。
しかし、変わった客だ。
「お嬢様、こちらに」
「ありがとうございます」
メイドである。
メイドとお嬢様である。
うわーはじめてみたー。
存在していたのかー。
「店主、この店で一番高いコーヒーを」
しかし気の強そうなメイドだ。
ぶっちゃけタイプだ。
ここだけの話、俺は少しMなのであの無表情で見下す様な視線が堪らない。
罵られたいね!
「店主、店主……聞こえていますか? あなたの耳は飾りですか?」
メイドがカウンターまでやってきた。
近くで見れば、見るほど美人だ。
切れのある目に、青い髪……マニアには堪らんな。
「さっきから呼んでいるでしょう」
「誰を?」
「店主をです」
店主。
店主?
「家に店主はいないが」
「……では、貴方は何です?」
「店長だ」
てんちょ、と呼ぶのも可だ。
「……では、貴方が店主ですね」
「匠だ。店主なんて名前じゃない」
「……面倒臭い。では店長、コーヒーを」
「匠店長と呼ぶといい」
「コーヒーを」
メイドが威圧してきたので働く。
「一番高い物をお願いします。……たかが知れていますが」
「カチン!」
「……今のは何ですか?」
「怒った時の音だ」
……このメイド、たかが、と言ったか?
「一番高い物で、いいんだな?」
「そう言いました。こんな店の高い物ではたかが知れていますが」
「カチンカチンカチン!!!」
「……今のは?」
「凄く怒った時の音だ」
いいだろう。
いいだろう。
一番高い物だな。
へへへ。
……。
……。
メイドが席に戻った。
「お嬢様、しばしお待ちを」
「構いません。……ここは落ち着きます」
「この汚い店が、ですか?」
「はい、汚いですが……懐かしい感じがします」
「懐かしい、ですか?」
「はい」
「家の裏のゴミ焼却場を思い出すからですか?」
「……そういうことじゃないです」
そんなに汚いかなぁ。
しっかりと掃除はしているんだが……。
コーヒーを持っていく。
「お待たせしました」
「……遅いですね。格が知れます」
「まあまあ、頼子さん。……では頂きます」
メイドの名前は頼子か。
ズズリと一口。
「「……!」」
二人の顔が驚愕に染まる。
くくく……その顔が見たかった。
「これは……! よ、頼子さん……」
「はい、お嬢様。……店主、これは……」
褒めろ。
ホメまくれ。
讃えろ。
祝福しろ。
メイドはその震える口を開いた。
「――醤油、ですね?」
「……」
……?
醤油?
「ちょいと失礼」
「あっ」
お嬢様のカップをもらう。
一口。
……。
……うん。
「醤油じゃねーか!」
「……だから先ほどからそう言っています」
メイドの冷たい顔。
少し興奮する。
いや、しかし、いやいや。
「……この店ではコーヒーを頼んだ客に醤油を出すのですか?」
「ソ、ソースも出すよ?」
良く分からないフォローをしてしまった。
「ちょ、ちょいとお待ちを」
厨房に引っ込む。
コーラをがぶ飲みしている少女が一人。
喉を突く。
「てめえ! こら! てめえ! アホか!」
「げ、げほぅっ、げほ、……コ、コーラが器官に……何をするんですかっ」
「こっちの台詞だ! つーかがぶ飲みはやめろって言っただろうがっ!」
げほげほと咽る少女。
バイトである。
「あっ、間接キス……ですね。えへへ」
「頬を染めるな。殺すぞ」
「す、すみません……で店長は何を怒ってるんですか?」
何を……だと?
眉をへの字にして、困った顔でこちらを見てくるリセ。
「社会に対する不満をリセにぶつけられてもリセは困るんですが……」
「違うわっ! 俺さっきお前になんてオーダーした!?」
「醤油を二人前ですね」
「アホかっ! どこの世界の喫茶店で醤油頼む人間がいるんだ!?」
「リセもおかしいとは思っていましたが……」
「気付け! そこで気付け!」
「そろそろ休憩入ってもいいですか?」
「いいわけねーだろが! てめえ捨てるぞ!?」
「す、捨てんといて下さいっ。リセはここを追い出されたら行く所無いんですっ」
涙目ですがり付いてくるリセを振り払う。
まずは何はともあれお客様だ。
「おい、今すぐコーヒーを二人前入れろ」
「ソースを二人前、と」
「お前の耳は塞がってんのか? え? こら?」
「み、耳を引っ張らないで下さい」
フロアに戻る。
二人の客はちびちびと醤油を飲んでいた。
「ひぃっ!」
俺は恐れおののいた。
「何で飲んでるんだ!?」
「出された物は残さず。我が家の家訓ですわ」
「例え毒が出されようが飲まなければなりません」
めっちゃ気分悪そうですけど!
なんて酷い家訓だ……。
い、いやそれより。
「こ、これをどうぞ」
「……これは?」
「まあ、綺麗」
パフェを差し出す。
「お詫びとコーヒーまでの繋ぎです」
「食べるのが勿体無いですわ」
「また醤油が出てきたら……その時は分かってますね?」
「つ、次は大丈夫、うん」
汗を拭きながら下がる。
「頼子さん、このパフェ凄くおいしいですわっ」
「……私、甘い物は……あら。これは……中々」
よし。
流石俺のパフェ。
パフェなら右に出る者はいないと近所の小学生に言われた俺だ。
再び厨房へ。
「さて、あとはこのレモンを浮かべれば……」
「コーヒーだって言ってるだろうがっ!」
「あひんっ」
今まさにコーヒーにレモンを浮かべようとしているリセを蹴り飛ばす。
匂い。良し。
見た目、良し。
味、良し。
「上出来だ」
「隠し味に醤油を入れようとしたんですけど……」
「入れてたらお前に明日は無かったぞ」
「ナイスリセ!」
自分で自分を褒めるリセ。
どんだけ醤油好きなんだよ。
何はともあれだ。
フロアに。
「お待たせしました! コーヒーです!」
「いい香りですね」
「……変な物は……入ってませんね」
失礼なメイドだ。
当然といや、当然だが。
ズズリと一口。
二人の目が大きく見開かれた。
「おいしい……!」
「これは……確かに……!」
いい顔だ。
メイドが尋ねてきた。
「店長、このコーヒー、何か特別な製法でも?」
「ひ、ひみつ」
秘密である。
何故かバイトが作るコーヒーが何故か分からないが旨いなんて言えない。
原因不明である。
「ご馳走様でした。……私、このお店気に入りましたわ、汚いですが」
「……そうですか、汚いのに」
汚い、かなぁ。
「店長さん、御代は?」
「500万円」
ふいてみた。
「頼子さん」
「はい」
メイドがスカートの中からキャッシュケースを取り出す。
……あるある。
「……これでよろしいですか」
どん、メイドの手により積まれる札束。
……も、漏らしそうだ。
「い、いや、今のは冗談――」
「お嬢様、そろそろ時間です」
「まあ、そんな時間ですか……では店長さん。私達はこれで」
え、あ、いや……ちょっと。
ドアを開けるメイド。
外には人力車が。
人力車の上のお嬢様が口を開く。
「ではまた。近い内に来ますわ……それまでに少し掃除をしていてくださいね」
「ではお嬢様、行きます。……店長、次に来るまでに掃除をしておきなさい」
メイドの引く人力車は砂埃を上げて去った。
……。
残される俺と札束。
……。
……。
リフォームするかな?