横島さんの真剣な顔が好き。
美神さんの呪に抵抗し、解析し、分解する。すごい。
晩秋にしては暖かな黄色い日差しの中、私は彼を見つめてる。何度も何度も私を助けてくれた人。不器用だけど優しい、すごく優しい人。大好き。
「せ、せんせー」
隣でシロちゃんが心配そうに叫ぶ。ズルイ……、本当は私も声を出して応援したい。でも、すごく高度な技術だって私は学校で習って知っているから、横島さんの集中の邪魔になるかなって思って声が出せない。
なのにシロちゃんはそんなことおかまいなしに声を出す。ズルイ。
あ、もうすぐ7時だ。ご飯の支度をしなきゃ。横島さんがふぅって感じで息を吐く。どうやら解呪が済んだみたい、こんな短時間で、本当にすごい。大好き。
台所に向かう。ずっとずっと見つめていたいけど、おいしいご飯を作って横島さんの役に立ちたい。ちらり、とタマモちゃんを見る。さっきまで「たーいーくーつー」とか言っていたのに、横島さんが呪をかけられている時は心配そうに見つめているのを私は知ってる。ズルイ。
横島さんが事務所にくるまでは、こんな早起きは絶対にしなかったのに。横島さんが勉強しているときに狐形体でたまに彼の膝に座っているのを私は知ってる。ズルイ。
台所に入る。今日の味噌汁はちょっと関西風に出汁をじっくりとって、少し甘めのお味噌でさっと仕上げてみる。
でも、気付いてくれないだろうなぁ、横島さん……。
サンマをじっくりと七輪で焼き上げ、シイタケの戻し汁で炊き上げた山菜たっぷりの炊き込みご飯を、しゃもじでさっとかき混ぜる。ほんの少し、横島さんにばれないように、味が変わらないようにヤモリの黒焼きを混ぜ込む。
少しでも霊力が回復しますように……。
白菜の塩もみを小鉢に盛って、さっとレモンをかける。上に鰹節を散らし、お醤油を2、3滴。
横島さん、喜んでくれるかなぁ。
第3話 『When one is loved, one doubts nothing. When one loves one doubts everyithing.』
「こら、うまい。こらウマイ」
がつがつと、もう本当に音が聞こえそうな勢いで、横島さんがご飯を食べてくれる。
嬉しい。彼のご飯を食べている姿も大好き。本当は二人きりで食べたいけど。
でもいい。事務所の皆で食べるご飯も賑やかで楽しいから。
「横島さん。たくさん作ったので、いっぱい食べてくださいね」
精一杯の笑顔で私は言う。横島さんが口の中をご飯で一杯にしながら、嬉しそうにコクコクと頷く。
嬉しい。大好き。
あ、シロちゃんがタマモちゃんとじゃれて肘が横島さんにあたる。ズルイ。私は横島さんの斜め前に座ってるから、さわれない。ご飯のお代わりのときに手が触れ合う、その瞬間だけ。
彼の隣はシロちゃんとタマモちゃんがいつも座ってる。どっちが横島さんのすぐ隣に座るかで毎朝揉めているのを私は知っている。ズルイ。
「あんたら、またご飯抜きになりたいのっ!おとなしく食べなさい!」
はぁ……、そして横島さんの正面に座ってるのはいつも美神さん。ズルイ。
美神さんはズルイ。本当にズルイ。昔からずっと寝起きは不機嫌だったのに、なかなか起きなかったのに、どうして横島さんが住みだしてから、きちんと起きるようになったんですか?
昔は寝起きに化粧どころか、洗顔もいい加減にしていたのに、最近はうっすらとメイクをして、丁寧に髪を梳かしてセットしてるのはどうしてなんですか?
本当にズルイ……。
こぽこぽと音を立てながら、横島さんの湯呑みに緑茶を注ぐ。横島さんの湯呑みは、私がプレゼントした物。ずっと前にもらった洋服のお返しとして。
横島さんがこっちを見てる。どんな事考えてるのかな。ちょっと気の抜けたあのぼーっとした顔も好き。全部好き。
食器をかちゃかちゃいわせながら片付けしていると、
「美神オーナー、また協会のかたが見えられました」
人工幽霊一号さんがいう。
「ふうっ、シロ。あんた散歩に行ってきなさい。勿論、横島クンを連れて行っていいからね」
美神さんの声のすぐあと、
「ほんとぉでござるか美神殿!さぁ!せんせえ!行きましょう!すぐ行きましょう!さぁさぁ」
シロちゃんの元気一杯、嬉しさ溢れる声が台所まで響く。ちょっとムッとする。
横島さんは最近忙しい。昔から騒がしい、元気一杯な人だったけど、最近はそれとも少し違う。
世界最高のGSになる為に、必死で勉強してる。学校も真面目に行っているし、バイトの除霊もいっさい油断せずに真剣に行ってる。
だから、最近は一緒に過ごす時間が極端に減ってしまった。
昔は食材のお買い物に付き合ってくれて、他の女の人をジロジロと見ながら、でも荷物は全部持ってくれたりしてた。
「おキヌちゃんに荷物なんかもたせられるかー」
なんて、道の真ん中で叫んだりして。恥ずかしかったけど、すごく嬉しかった。
いろんなこといっぱい喋りながら、二人でタイヤキを半分づつ食べたり。
「散歩に行くなら、お買い物にも付き合ってください!」
なんて言えない。必死に頑張ってるのを知っているから。
ガガガッって音が聞こえる。なにかが階段を転げ落ちるような。
「おキヌちゃんも、ちょっと厄珍堂に行ってきてくれる?頼んでいた物が入荷されてると思うから」
洗物がちょうど終わったところ。
キュッと水道を締めてタオルで手を拭きながら返事をする。
「はい、では行ってきますね。なにかあったら携帯にお願いします」
さっとカーディガンを羽織り、トントンと階段を下りる。
玄関で二人組みの男性とすれ違う。さっき言ってた協会の人かな。
軽く会釈して横を通ろうとすると、眼鏡をかけた男の人がいう。
「コンニチハ。氷室キヌさん。世界で4人目のネクロマンサー」
ぞくっと背中が粟立つ。なんだろう、この嫌悪感。そそくさと脇を通り、事務所から抜け出す。
怖い。横島さんにそばにいて欲しい。でも、彼は散歩中。きっと散歩が終わったら、また美神さんと二人で勉強。修行、勉強、修行!!
厄珍堂への道をとぼとぼと歩きながら、私は思う。
はぁ、美神さん……。私が実家に帰省してる時に呪いに初めて気付いたって、本当なんですか?
前から気付いていて、私がいない隙に、初めて気付いたっていうフリをしてるんじゃないんですか?
横島さんに生きる目的を与える為に世界最高のGSにするって、美神さんはいいですよね。修行、勉強ってずっと横島さんを一人占め、毎日一緒。
私が、たまたまいない時に呪いに気付いて、一人で彼の相談に乗って、彼に頼られて、なし崩し的に勉強するって決めて。ズルイ……。
横島さんが学校から事務所に帰ってくる時間になったら、そわそわと時計を眺めてるの気付いてますよ。
「あんた、ものおぼえ悪いわねー」
なんて言いながら、嬉しそうに彼と会話して、道具の使い方を勉強する時は危険だからって、二人きりで結界を張った部屋にずっと閉じこもって。
ほんと、ズルイ……。
彼女もズルイ……。横島さんを助けて、そのまま死んじゃって。ずっと彼の心は虚ろなままで。何一つかわってないように見えるけど、でもやっぱりどこか違ってて。
昔の彼を返して欲しい。ズルイ。死んだら何も言えない。彼の心から永遠に彼女は消えない、いなくならない。ズルイ……。
はぁ、美神さんが、ルシオラさんが……、憎い……、憎い……。