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[12534] 文珠の男 ( ダーク気味)
Name: サカナ◆289a31e3 ID:a3e00616
Date: 2010/04/22 14:23
 
 ・GSの二次小説です。

 ・原作アフター物です。

 ・原作知識が無いと、はっきり言って訳が解らないと思います。原作はこのSSの百万倍以上面白いので、未読の方はぜひ読んでみてはいかがでしょうか。

 ・ダーク気味と書いておりますが、あくまで『原作と比較して』というつもりです。よって、ドカドカ人が死んだり、ヘイトがありまくる、という話ではありません。

 ・一話、一話が短いです。これは筆者の力量不足です。すみません。努力します。

 ・文珠があるため、横島忠夫は最強キャラだと思いますが、あくまで原作基準でいきたいと思います。いわゆる、最強の横島忠夫好きの方が読むとつまらないと思います。

 ・メインは 美神令子、おキヌ、横島の三人です。筆力が無い為、他キャラの扱いが雑です。頑張ります。

 ・一言でも批判、感想など頂けたら励みになります。もちろん、何も書き込みされなくても全然OKです。

 ・以上です。今まで読んでくださった方、これから読まれる方、一人一人に感謝です。

 



[12534] 文珠の男 プロローグ
Name: サカナ◆289a31e3 ID:c0a3e4bb
Date: 2010/01/08 12:03
 緊張
 
 そこにある空間が、今にもギシギシと音を立て弾けそうな緊張。
その空間に立つ二人の主役。

 世界が滅ぼうとしている。
人々の生活や、大いなる自然、文明、芸術、歴史、生きる物すべてが連綿とつないできたモノ。
それら全てが今、滅び、無に戻ろうとしている。
 それを決めるのはその二人。
 いや、正しくは一人。

 17歳の少年、横島忠夫。

 体をガタガタと震わせている。恐怖に怯えるように、酷寒に耐えるように。
しかしその左手だけは、しっかりと文珠を握り締めている。
 そして右手に握り締めているモノは……。

『魂の結晶』

 遥か太古の昔から優れた霊能力者、英雄、王、指導者などの力あるものの魂を数万人分も集め、結晶化させたモノ。
それは『世界』そのものですら、変革させるほどのエネルギーをも持つ結晶。

その結晶を作り出した存在が叫ぶ。

「恋人を見殺しにするのか!?寝覚めが悪いぞ!」

 世界全てを敵に回しながらも、なお圧倒するほどの知力、魔力、カリスマを持つ存在。完全なる魔王。神話的な存在。人など足元にも及ばぬ一柱、アシュタロス。
 その魔王たる存在の、言葉に込められた言霊は、もはや予言、いや呪い……。

「これしかねえ……。どうせ後悔するならっ!てめえがっっ……!!」

 少年が叫ぶ。壊れそうな心を押し殺し、全ての想いを込めながら。
 たった17年しか生きていない、アシュタロスにとってみれば、ゴミにも等しい霊力しかもたぬ少年。
 その少年が……、力ある者の魂、数万人分を結晶化した『ソレ』を壊す。

 幸運が味方したとしても、日本がまるごと地図から消し飛ぶだろうか。
悪ければ、地球ごと無くなってもおかしくないほどのエネルギーの塊。
 いや、普通であるならば、壊すどころか傷をつけることすら到底不可能だ。
宇宙を改竄するほどのエネルギーを手のひらサイズまで圧縮した結晶。
 魔族が食べようが、千年の時が経とうが、まったく変化しないほど安定した結晶。それほど安定した結晶を『壊』す。
 余分なエネルギーを生じさせること無く、力を100%コントロールし、ただ破壊する。

そう、







『恋人を見殺しにして………』











「うあああああああああああああああああああっっっ!!!」

その血を吐くような叫びに、私は目を覚ます。

「人工幽霊一号っ!灯りをつけて!!状況報告っ!」

 ベッドから飛び降りながら、神通棍をつかみ、耐霊、耐魔力のこもったガウンをネグリジェの上から羽織る。
時刻は明け方の4時くらい。時計を見なくても、体感でわかる。敵対的な魔力や霊力は感じない。その位わからなきゃGSなんてやっていられない。
 叫び声は居間兼事務所で仮眠しているはずの丁稚のようだったが、無闇に突撃はできない。
 丁稚が心配で、軽い吐き気がする。
しかし、不意の事件に私まで巻き込まれ、二人仲良く死んでしまっては目も当てられない。
 逸る気持ちを必死で抑えつつ、左手の親指の爪を噛みながら、人工幽霊の報告を待つ。

「オーナー、見た所大丈夫なようです。半径50M以内に害意ある存在は感知できません。横島さんがうなされただけのようです。」

人口幽霊一号の心配そうな声に、私は少しだけ落ち着きを取り戻す。

「あの声がうなされただけなんて……。いいわ、居間には横島クン以外にはいないのね?」

 確認しつつ、神通棍を右手に持ちながら居間へ小走りで向かう。
あの叫びはただごとでは無かった。文字通り、魂の絶叫……。

「シロ様とタマモ様も起きて、居間に向かい始めたようです。」

「そう、わかったわ、ありがとう」

 丁稚が寝ているであろう、居間の扉の前に立つ。鼓動を静めるように大きく息を吸い、吐く。
 いつでもベストの判断を。最善の動きを。
扉を大きく開く。
 そして見る。
居間のソファーの上にいる丁稚の姿を。

「ぐっ、ああああああああああああっっっ!ルシオラッ!!!ああああああ」

 見る。
夢に魘されながら、叫び声をあげる彼の姿を。
 握り締めた両手から、あまりにも強く握っているせいだろう。
ポタポタと両手から血を零す、愛しい弟子の姿を…。




[12534] 第1話 『The darkest hour is always just before the dawn』
Name: サカナ◆289a31e3 ID:d9a7391e
Date: 2010/01/08 12:28
「朝……、寒くなってきたわね」

 美神除霊事務所。
居間兼事務所に置いてある愛用の椅子に座り、窓の外を見ながら私は、ぽつりとこぼす。
 時刻は朝の五時を少し過ぎた所ぐらいだろう。
まだ、朝日は昇らない。窓から見える街並み。その暗い街の所々に、灯りがポツポツと見える。
暗い。
 そう、夜明け前が最も暗い。

「そっすね……」

 ソファーに、丁稚が軽く俯いた様子で座っている。
髪はボサボサ、両手は包帯だらけ。
 シロが半狂乱になりながら、無理やりに治療した結果だ。
手のひらを舐められるのを丁稚が断固として拒否したため、なれない救急道具を使い、下手ながらも必死に、そして丁寧に包帯を巻いていた。
 ちなみにタマモは逃げようとする丁稚の監視と称し、ずっと睨みつけていた。
おキヌちゃんが居てくれれば、もっと簡単に治っただろうけど。

「ま、おキヌちゃんがいても泣いて泣いて、ヒーリングどころじゃなかっただろうけど…」

 ブラックコーヒーがたっぷりと入ったカップから口を離し、私は呟く。
たまの連休でおキヌちゃんは実家へ帰省中。
 丁稚は全く動く様子が無い。
タマモとシロが、屋根裏部屋に戻る前に煎れてくれたコーヒーに手を伸ばす様子も無く、ただ座っている。
 まるで、怒られるのを待つ子供のように。

「手、文珠で治さないの?」

 彼をまっすぐに見つめながら、私は口を開く。
その言葉にビクッと体を震わせ、彼がゆっくりと顔を上げる。

 その眼差し。

 無性に、叫びたくなる。
だけど、心の震えを抑えながらゆっくりと口を開く。

「治せないんでしょ?自分は、自分だけはっ。それが、どうしてか解ってる?どういう意味なのか解ってるの?」

 声が震えてしまう。だめ……、涙がこぼれそうになる。唇をかみながら、窓の外を見る。
まだ、太陽は昇らない。
 そう、夜明け前が最も暗い。







・文珠の男   第1話 『The darkest hour is always just before the dawn』






「霊力とは、存在力。生きる力。生きようとする力。希望。私達GSはその『生きていたい』という生物としての根源たる力を持って、死んだ存在、害ある存在、生きたいという思いが歪んでしまった悪霊と戦い、時に導く」

 そう、ただ『生きていたい』という思い。
死んでしまった存在に対抗するためには、死んでいないという事実をもって立ち向かうしかない。
 私は伊達に金に執着していない。それが私の『生きていたい』根源だから、いや…… 根源だったから。
彼が煩悩で霊力が上がったのは、それがかつては彼の生きたい理由だったから。
 それは、なんだってかまわない。必要なのは、ただひたすら純粋であることだけ。
その理由が復讐だろうと、死んでしまったママに対する思いだろうと、恋心だろうと。
はっきりと形にならなくたっていい。
 ただ、強く強く『生きたい』と願うことができれば。
 それが霊力。

 でも今の彼にはソレが無い。生きようとする力が無い。
例外として『他人を守る』その時だけ。
他人を守る、その時は馬鹿馬鹿しいほどの力を発揮する。
 でもそれが一転、自分にふりかかると、素人が自転車のサドルにかけた呪いすら文珠をつかっても解呪できない。
 ましてや、自分の治療なんて全く出来ない。
そう、自分のために生きようとしていないから。

「彼女はきっと……、あなたに……、生きていて欲しいって願ったと思うわ……」

 窓を見ながら、私はやっとの思いで言葉を搾り出す。
何を言っても、それは届かないのかもしれない。
彼に希望をあたえることなど、できないのかもしれない。
 でも、伝えなければ。私は彼の雇い主であり、彼の師だ。
彼の力が特異すぎて、力そのものを導くことは出来なかったが、しっかりと戦い方、生きぬく事、現世に固執する事を伝えてきたつもりだ。
 精一杯、生きていることを楽しむ事。それが根源だから。
 だからこそ、生きる意味、希望を喪失した弟子を導かねばならない。

「明日から、毎日GSの勉強をするわよ。あんたには知識が全く足りないから」

 なかば虚ろな目で私を見つめる。私が何を言ったのか、理解しているのかどうか……。
 あの日から、ずっと悪夢に苛まれ、己を責め続けているのか……。

「横島クンには呪いがかかってる。アシュタロスの言霊が、今も責め続けてる。神話クラスの呪いを解けるのは文珠だけ。でも、今の横島クンじゃとても無理よ。私が教えられるのは知識と戦術だけ。だから伝えるわ、私の全てを……。それしか横島君にあげられるものがないから」

「美神さん……」

「いい?世界最高のGSになりなさい!そう……、ルシオラに見る目が有ったと!!彼女が命を捧げた男は最高だと!!彼女の想いは、間違っていなかったって、彼女は最高にいい女だったって証明なさい!!あんたは世界最高のGSから、全てのノウハウを継ぎ、盗み、世界最高の男になるの!それがあんたの生きる意味よ!!」

 ガンッとテーブルをたたきながら、叫ぶように言葉を吐き出す。私にはそれしかない。我ながら情けない気もするが、戦う事しか知らない。ずっとずっと走り続けてきた。20歳そこそこで世界最高のGSと呼ばれたが、それしかない。
 だから、それを伝える。それが私なりの彼女に対する感謝であり、敬意だ。同じ男を愛した女への。

「ルシオラ……、見る目があったって証明……」

 彼が、ゆっくりと噛み締めるように言葉をこぼす。

「ありがとうございます……、美神さん……」

 ふっと息がもれる。手のひらと背中に凄まじい汗。ほんのわずかでも彼に伝わったのだろうか?私は彼に伝えきれたのだろうか?
 皆が、そして私が、どんなにか彼に生きて欲しいと……、彼女にどれほど感謝しているのかという事を。

 ふと、顔に光があたる。窓を見る。

 ゆっくりと朝日が昇る。 



[12534] 第2話 『Live and learn』
Name: サカナ◆289a31e3 ID:ba8ec37f
Date: 2010/01/08 12:38
「うおっ、おお、み、美神さん、こ、これキツイっす!死んでまうっ!」
 
 晩秋の黄色い日差しの中、美神除霊事務所の裏庭で、俺は座禅を組みながら叫ぶ。
ちらりと薄目で周りを確認する。
こちらを心配そうに見つめているのは、おキヌちゃんとシロ。おお、さすが事務所の良心、そして我が弟子よ。
 対照的にニヤニヤと笑いながら、美神さんとタマモはこっちを見ている。つか、タマモ。「たーいーくーつー」とか叫ぶならどっか言って欲しい。なんで朝から皆して俺を見物しとんのじゃ。
 これはあれだな、授業参観。俺が美神さんの修行で失敗しないか、ハラハラドキドキで見物しとるんだ。
まぁ、俺が頼りないから心配かけてんだな。情けねえな、俺。
 
 「ほら、集中しなさい!次いくわよ!」

 美神さんが俺に向かって手を伸ばし、目が爛々と光る。

(こ、これは陰陽、い、いや仏式、原始仏教式の対人呪!)

 必死になって頭のなかで、呪式を思い出す。じりじりと俺の精神が美神さんの呪に侵食されていくのがわかる。
 これは、1ヶ月ほど前に習った呪式の応用だ!と思う……。マズい、侵食が完了するまでの時間が無い。とにかく自分の霊波をコントロールしつつ、心理世界に呪式防壁を張り巡らせる。

「せ、せんせー」

 叫ぶなシロよ。集中が乱れる。よし、解析の目処がたった。あとはこの呪を構成ごとに解体して無力化すれば……。
 すっ、と俺にかけられていた重圧が減っていく。いや、分解されていくのだ。呪とはシステム。強力な呪いほど、多くの段階を踏んで構成されている。ならば、その構成をほんの少しでもズラしていけば、呪はその効果を失う。

「はぁ、やりました。美神さん」

 なんとか、間に合った。しかし凶悪な呪だったぞ、今のは。霊力を奪われて、完全に霊的戦闘力をゼロにする呪。
 そうか、あのデジャブーランドのろくでもないアトラクションの仕掛けはこの呪の応用だったんだな。
おそろしい装置だとしか思ってなかったがなるほど、元は呪術だったのか。

「美神さん、これって」

 美神さんは少し照れくさそうに頬をそめて、自分の頬を人差し指でポリポリと掻く。

「そうよ、ま、あれは私の霊力をベースに再構成した呪だったからね。まぁ、私には抜群にきいたわね……、アハハ」

 美神さんにスパルタでオカルトの修行を始められてはや2ヶ月。いや、たった2ヶ月だが、この人の引き出しには唖然とさせられる。西洋、東洋を問わず、マイナーな呪、悪魔、妖怪に至るまで知識がある。
 呪術はエミさんの専売かと思っていたが、美神さんはエミさんの呪から何度と無く逃れているワケで、対策というか知識もさすが世界最高といわれるだけはあるなぁと、改めて納得してしまう。
 ガチンコの霊的格闘であれば、俺も美神さんと互角以上に戦えるかもしれないが、悪魔、妖怪の中には視線だけで人を石にしたり、虜にしたりする存在もいる。
 そういった存在に対抗するためには、単純な力だけだは勝てない。そう、守れない。
今は己を鍛える。俺は世界最高のGSになりたい。彼女が救った世界を守っていきたい。

「ほら、ぼさっとしない!次、九十八呪め、いくわよっ!」








第2話 『Live and learn』








 脂ののった秋サンマの炭火焼きに大根おろし、秋茄子と油揚げの味噌汁。きのこと山菜の炊き込みご飯。白菜の漬物に鰹節と醤油がさっと掛かって、まさに至福。

「こら、うまい。こらウマイ」

 毎週日曜の朝修行のあと、この朝食が何より嬉しい。

「横島さん。たくさん作ったので、いっぱい食べてくださいね」

 おキヌちゃんの笑顔がまぶしい。隣でギャーギャーとわめきながら油揚げを取り合っている二人が微笑ましい。

「あんたら、またご飯抜きになりたいのっ!おとなしく食べなさい!」

 美神さんは、朝はパンとコーヒー党なのだが、毎週日曜のこの時間だけは、皆にあわせてご飯を食べている。
 2ヶ月前のあの日から、俺はこの美神除霊事務所で寝起きしている。まぁ、風呂は俺だけ銭湯で、眠る時は地下室だが……。
美神さんから事情を聞いたおキヌちゃんが、俺のためにネクロマンサーの笛で奏でたメロディーを録音してくれた。
 その旋律を、美神さんが改造した地下室に埋め込んだスピーカーから、大音量でながしながら、俺は眠る。 
 少し、ほんの少しだが、俺は悪夢に魘されることが減った。俺のために、本当に感謝してもしたりないと思う。
 あいかわらず時給は上がっていないが…。

「美神オーナー、また協会のかたが見えられました」

 いそいそと食器の跡片付けを始める姿を見、将来、おキヌちゃんの手料理を食べる事になる野郎は世界一の幸せもんだなぁ、絶対呪ってやる、なんて思いながら俺が食後の緑茶をすすっていると、人工幽霊一号の声が響いた。

「ふうっ、シロ。あんた散歩に行ってきなさい」

 美神さんが、コーヒーから口を離してシロに告げる。ちらりと、俺のほうを見る。はっきり言って悪い予感しかしない。何故だ。

「勿論、横島クンを連れて行っていいからね」

「ほんとぉでござるか美神殿!!さぁ!せんせえ!行きましょう!すぐ行きましょう!さぁさぁ」

 まて、シロ……。シャツの首を掴んだまま引きずるのはやめろ。首、首が絞まる。頚動脈に食い込んでる。こ、声がでねぇ。やばい、最近勉強ばかりで散歩に付き合ってなかったもんなぁって、うお、やばい階段、このままでは階段にぃいいい。
 うっ、タマモっ、狐形体で腹の上にのるのやめろ。てめぇ散歩っつってもずっと俺の頭の上にしがみついているだけじゃねーか。ちょ、ほんと階段、階段のカドが痛い。ちょ、ちょっとーーー!!!!

 ガガガッと音を立てながら階段落ちを敢行した俺が、やっとの思いでシロの呪縛から抜け出し、自転車を用意して正門まで行くと、初めて見る男二人が立ち、俺をじっと見つめている。

「横島忠夫君だね。ハジメマシテ。世界の英雄」

「せんせえ、さぁ行くでござる。さあ、力の限り!なんと良い天気でござろうか!」

 あっ、と思うまもなくシロに引っ張られる。二人組みから、恐ろしい勢いで遠ざかる。
 なんだろう。凄まじく嫌な感じがした。特に後ろで俺を見つめていた眼鏡の男。

「俺は英雄じゃねぇ」

 ぽつりと、呟く。




[12534] 第3話 『When one is loved, one doubts nothing. When one loves one doubts everyithing.』
Name: サカナ◆289a31e3 ID:e6e01222
Date: 2010/01/08 13:04
 横島さんの真剣な顔が好き。
美神さんの呪に抵抗し、解析し、分解する。すごい。
 晩秋にしては暖かな黄色い日差しの中、私は彼を見つめてる。何度も何度も私を助けてくれた人。不器用だけど優しい、すごく優しい人。大好き。

「せ、せんせー」

 隣でシロちゃんが心配そうに叫ぶ。ズルイ……、本当は私も声を出して応援したい。でも、すごく高度な技術だって私は学校で習って知っているから、横島さんの集中の邪魔になるかなって思って声が出せない。
 なのにシロちゃんはそんなことおかまいなしに声を出す。ズルイ。

 あ、もうすぐ7時だ。ご飯の支度をしなきゃ。横島さんがふぅって感じで息を吐く。どうやら解呪が済んだみたい、こんな短時間で、本当にすごい。大好き。
 台所に向かう。ずっとずっと見つめていたいけど、おいしいご飯を作って横島さんの役に立ちたい。ちらり、とタマモちゃんを見る。さっきまで「たーいーくーつー」とか言っていたのに、横島さんが呪をかけられている時は心配そうに見つめているのを私は知ってる。ズルイ。
 横島さんが事務所にくるまでは、こんな早起きは絶対にしなかったのに。横島さんが勉強しているときに狐形体でたまに彼の膝に座っているのを私は知ってる。ズルイ。

 台所に入る。今日の味噌汁はちょっと関西風に出汁をじっくりとって、少し甘めのお味噌でさっと仕上げてみる。
 でも、気付いてくれないだろうなぁ、横島さん……。
 サンマをじっくりと七輪で焼き上げ、シイタケの戻し汁で炊き上げた山菜たっぷりの炊き込みご飯を、しゃもじでさっとかき混ぜる。ほんの少し、横島さんにばれないように、味が変わらないようにヤモリの黒焼きを混ぜ込む。
 少しでも霊力が回復しますように……。
 白菜の塩もみを小鉢に盛って、さっとレモンをかける。上に鰹節を散らし、お醤油を2、3滴。
 横島さん、喜んでくれるかなぁ。









第3話 『When one is loved, one doubts nothing. When one loves one doubts everyithing.』









「こら、うまい。こらウマイ」

 がつがつと、もう本当に音が聞こえそうな勢いで、横島さんがご飯を食べてくれる。
 嬉しい。彼のご飯を食べている姿も大好き。本当は二人きりで食べたいけど。
でもいい。事務所の皆で食べるご飯も賑やかで楽しいから。

「横島さん。たくさん作ったので、いっぱい食べてくださいね」

 精一杯の笑顔で私は言う。横島さんが口の中をご飯で一杯にしながら、嬉しそうにコクコクと頷く。
 嬉しい。大好き。
 あ、シロちゃんがタマモちゃんとじゃれて肘が横島さんにあたる。ズルイ。私は横島さんの斜め前に座ってるから、さわれない。ご飯のお代わりのときに手が触れ合う、その瞬間だけ。
 彼の隣はシロちゃんとタマモちゃんがいつも座ってる。どっちが横島さんのすぐ隣に座るかで毎朝揉めているのを私は知っている。ズルイ。

「あんたら、またご飯抜きになりたいのっ!おとなしく食べなさい!」

 はぁ……、そして横島さんの正面に座ってるのはいつも美神さん。ズルイ。
美神さんはズルイ。本当にズルイ。昔からずっと寝起きは不機嫌だったのに、なかなか起きなかったのに、どうして横島さんが住みだしてから、きちんと起きるようになったんですか?
 昔は寝起きに化粧どころか、洗顔もいい加減にしていたのに、最近はうっすらとメイクをして、丁寧に髪を梳かしてセットしてるのはどうしてなんですか?
 本当にズルイ……。

 こぽこぽと音を立てながら、横島さんの湯呑みに緑茶を注ぐ。横島さんの湯呑みは、私がプレゼントした物。ずっと前にもらった洋服のお返しとして。
 横島さんがこっちを見てる。どんな事考えてるのかな。ちょっと気の抜けたあのぼーっとした顔も好き。全部好き。
 食器をかちゃかちゃいわせながら片付けしていると、

「美神オーナー、また協会のかたが見えられました」

 人工幽霊一号さんがいう。

「ふうっ、シロ。あんた散歩に行ってきなさい。勿論、横島クンを連れて行っていいからね」

 美神さんの声のすぐあと、

「ほんとぉでござるか美神殿!さぁ!せんせえ!行きましょう!すぐ行きましょう!さぁさぁ」

 シロちゃんの元気一杯、嬉しさ溢れる声が台所まで響く。ちょっとムッとする。
横島さんは最近忙しい。昔から騒がしい、元気一杯な人だったけど、最近はそれとも少し違う。
 世界最高のGSになる為に、必死で勉強してる。学校も真面目に行っているし、バイトの除霊もいっさい油断せずに真剣に行ってる。
 だから、最近は一緒に過ごす時間が極端に減ってしまった。
昔は食材のお買い物に付き合ってくれて、他の女の人をジロジロと見ながら、でも荷物は全部持ってくれたりしてた。

「おキヌちゃんに荷物なんかもたせられるかー」

 なんて、道の真ん中で叫んだりして。恥ずかしかったけど、すごく嬉しかった。
いろんなこといっぱい喋りながら、二人でタイヤキを半分づつ食べたり。
 
「散歩に行くなら、お買い物にも付き合ってください!」

 なんて言えない。必死に頑張ってるのを知っているから。

 ガガガッって音が聞こえる。なにかが階段を転げ落ちるような。

「おキヌちゃんも、ちょっと厄珍堂に行ってきてくれる?頼んでいた物が入荷されてると思うから」

 洗物がちょうど終わったところ。
キュッと水道を締めてタオルで手を拭きながら返事をする。

「はい、では行ってきますね。なにかあったら携帯にお願いします」

 さっとカーディガンを羽織り、トントンと階段を下りる。

 玄関で二人組みの男性とすれ違う。さっき言ってた協会の人かな。
軽く会釈して横を通ろうとすると、眼鏡をかけた男の人がいう。

「コンニチハ。氷室キヌさん。世界で4人目のネクロマンサー」

 ぞくっと背中が粟立つ。なんだろう、この嫌悪感。そそくさと脇を通り、事務所から抜け出す。
 怖い。横島さんにそばにいて欲しい。でも、彼は散歩中。きっと散歩が終わったら、また美神さんと二人で勉強。修行、勉強、修行!!

 厄珍堂への道をとぼとぼと歩きながら、私は思う。

 はぁ、美神さん……。私が実家に帰省してる時に呪いに初めて気付いたって、本当なんですか?
 前から気付いていて、私がいない隙に、初めて気付いたっていうフリをしてるんじゃないんですか?
 横島さんに生きる目的を与える為に世界最高のGSにするって、美神さんはいいですよね。修行、勉強ってずっと横島さんを一人占め、毎日一緒。
 私が、たまたまいない時に呪いに気付いて、一人で彼の相談に乗って、彼に頼られて、なし崩し的に勉強するって決めて。ズルイ……。
 横島さんが学校から事務所に帰ってくる時間になったら、そわそわと時計を眺めてるの気付いてますよ。

「あんた、ものおぼえ悪いわねー」

 なんて言いながら、嬉しそうに彼と会話して、道具の使い方を勉強する時は危険だからって、二人きりで結界を張った部屋にずっと閉じこもって。
 ほんと、ズルイ……。

 彼女もズルイ……。横島さんを助けて、そのまま死んじゃって。ずっと彼の心は虚ろなままで。何一つかわってないように見えるけど、でもやっぱりどこか違ってて。
 昔の彼を返して欲しい。ズルイ。死んだら何も言えない。彼の心から永遠に彼女は消えない、いなくならない。ズルイ……。


 
 はぁ、美神さんが、ルシオラさんが……、憎い……、憎い……。






[12534] 第4話 『A calm comes before a storm』
Name: サカナ◆289a31e3 ID:e8868bfe
Date: 2010/01/08 13:22
「た、ただいま戻りましたぁ……」

 拷問、そう散歩という名の拷問から、俺がなんとか生還したのは昼の1時。
いったいどこの世界に5時間もの間散歩する奴がいるっちゅーんじゃ。
 しかし、シロのニコニコとした笑顔を見ていると、なんも言えん……。
俺って奴は、俺って奴は、もしかしてヘタレなのではないだろうか……。
 先に事務所に帰るシロ達を見ながら、自転車を倉庫に入れ、一人寂しくズリズリと足を引き摺り二階へと上る。
 お、なんか肉の焼ける匂い。豚のショウガ焼きかっ。くぅ、腹減ったぞぉ。
台所の前を通りがかると、ニコニコとおキヌちゃんが出てくる。

「横島さんっ!おかえりなさいっ!お腹すいてるんじゃないですか?」

 ああ、おキヌちゃん……、笑顔が、笑顔が素敵。ポイント高い、ポイント高いぞ!おキヌちゃん。
 さっ、とタオルを俺に手渡してくれる。ああっ、タオルからいい香りが……。

「ありがとう、おキヌちゃん」

 うぅ、おキヌちゃんはホント優しいなぁー。ひょっとすると、うちの事務所でまともなのは、彼女だけかもしれん……。

「えへへ、今日のお昼は横島さんの好きな……、あっ」

「せんせー!次はいつ散歩に連れて行って貰えるでござるか?拙者、拙者、今日は先生がお疲れだと思い、控えめに我慢したでござる。次は、次はいつでござろうかっーーーーー?」

 おキヌちゃんの横をすり抜けて、シロが強烈に俺の首筋に抱きついてくる。ちょ、苦しい。あ、タマモ、そのタオル、俺が今使おうとしてたのにっ!てめぇ、ずっと俺の頭に乗っていただけのくせにっーーーーー!

「あーーーーーーっもう、うっさいわねアンタらっ!揃ってご飯抜きにするわよっ!」

 美神さんの怒声が廊下に響きわたる。ま、まずいっ、なんか機嫌が悪い感じだ。今メシ抜きとか洒落にならん。

「そ、そりゃないっすよー、美神さん。それだけは堪忍してくださいっ!」

 なんとかシロを振り切って、事務所兼居間まで小走りで向かう。
あ、手を洗うの忘れてた。まっ、いいか。いつも洗ってないしな。







第4話 『A calm comes before a storm』






「あんた、明日から一週間、学校を休みなさいっ!」

びしっ!っと俺に指を突きつける美神さん。

「ぐぼぉ」

 突然の理不尽な命令に、食後のコーヒーを思わず噴出してしまう。
当然、目の前に座っている美神さんに直撃。あ、あかん。死んだかもしれん。

「ア、アンタという奴はーーーーーーっ!!!!」

 いつも思うのだが、この人はどこから神通棍を取り出しているんだろう。
キンッという音が響く。
 ああ、思えば俺は素人時代からこうやって霊力入りの神通棍で叩かれていたから、知らず霊力が身に付いたのかも知れん。
 ううっせめてレジストしてみるか。いや、でも下手に抵抗したら余計に被害が増えるかも知れんっ!って、打撃が来ない。

 「ふぅ……。ま、まぁ、突然言った私も悪かったかも知れないけど……、でも師匠にコーヒーぶっかけるのはどうかと思うわよっ!!」

 タオルで顔を拭きつつ、美神さんが言う。
おおっ、今日は機嫌が良かったのか。散歩から帰ってきたときは機嫌悪そうだったのに。

「帰ってくるのが遅いっ!」

 なんて言ってたのだが……。
そうか!お昼が美味しかったからだなっ。ありがとう、おキヌちゃん!

「出席日数は足りてるんでしょ?ちょっとアンタを本腰入れて鍛えるから、一週間!、時間がどうしても欲しいのよ。もう今日からの一週間の仕事は全部キャンセルしたんだから。絶対に学校休んでもらうわよ」

 びきっっと空間が凍る。あの拝金主義でワーカーホリックの美神さんが一週間も仕事を休む。
 これはマジだ……。皆、美神さんを信じられないものを見るような目で見ている。
 おおおっ、あのおキヌちゃんまでもが、殺気の篭ったような目で美神さんを睨んでいる。
 わかる。その気持ちは良くわかるぞぉ。

「わかりました。よろしくお願いしますっ」

 しかし冷静に考えてみれば、美神さんは俺のために時間を作ってくれるということであり、俺には感謝してもし足りない状況だ。深く頭を美神さんに下げる。
 全く、師匠の仕事の妨げになるとは……。

「まったく……。そういう訳だから、おキヌちゃん。あとでシロとタマモと三人で、乾燥ヤモリを大量に倉庫から出しといてもらえる?」

 本棚からドサドサと魔術書を取り出しつつ美神さんは言う。
今日は地脈の利用法だったな。予習の成果を少しは見せられるといいなぁ。
 よし、一丁気合入れてやりますか!

「でも、 タマネギとヤモリはきらいっスー!!」

 無駄だと知りつつ、叫ぶ。



[12534] 第5話 『The best way to predict the future is to invent it.』
Name: サカナ◆289a31e3 ID:06a78439
Date: 2010/01/08 13:28
 「美神さん……。なんか、こう、ズバッっと霊力が強くなる方法なんかないんスか?」

 美神さんの講義が一段落つき、ノートを見つめ返しつつ、俺は愚痴をこぼす。
知識を詰め込みすぎ、考えすぎで頭が痛い。あの日から6日間、ずっと地道な勉強を繰り返している。
 唯一、体を動かす事ができるのは一日3時間の神通棍等を使った美神さんとの組み手だけ。
 神通棍を扱いだしてから2ヶ月と少し。ずいぶん慣れてきた感はあるものの、俺は美神さんと違い、道具に対する才能はあまりないので神通鞭にもできない。
 正直、こんなんでいいのかと不安になってしまう。

「アンタ、根性だけじゃなく脳ミソまで腐ってきたの?変な漫画でも読んだ?」

 まさに『はぁ……』といった様子でため息を吐き、両肩をすくめながら我が師はジロリと俺を睨む。

「霊力とは生命力。鍛えたからってそんなに増えるワケないでしょ!ま、乱暴に言えば体重みたいなものよ。どんなに太っても、体重10tの人間なんかいないでしょ。まぁ、アンタはまだ霊的成長期だから、少しは伸びるでしょうけど。でもまぁ、マイトってやつで言えば、どんなに優れたGSでも、せいぜい110前後が限界だと思うわよ。それ以上に肥大しちゃったら、きっと体と魂が弾けちゃうわ。人間だもの」

 コキコキと首を回しつつ、美神さんは言葉を続ける。

「要は戦い方よ。強敵と出会う。で、勝てそうにないなら逃げればいいの。それで勝てる状況を作ってから戦う。アンタ、ずっと私の傍にいてそこらへんはわかってるでしょ?なっさけないこと言わないでよね。私の一番弟子なんだからさ」

 ううっ、確かに……。体重10tの人間か……。どんだけ太ってんだよ……。

「とにかく出会い頭に一撃で逃亡不可能になる事態を避けること。そして、単独行動はできるだけやめなさい。信頼できるパートナーを見つけて、何があろうと絶対に諦めない事よ……。いい?」

 美神さんの、師匠の言葉。真っ直ぐに俺を見つめる。
なんだか、もやもやとした不安が俺の中に沸き起こるが、瞳の力に押されて何も言えない。

「さっ、休憩終わり!また馬鹿な事言ったらシバくわよ」










第5話 『The best way to predict the future is to invent it.』









「ううっ、終わったぞぉおおおおお」

 約束の一週間が過ぎ、俺は真っ赤な夕日の射す事務所の庭で大きく声を張り上げる。
 なんというか、レベルアップした気はあまりしないが、基礎を固めたような感じがする。とにかく地道な努力を積み重ねた一週間だった。一ヶ月を凝縮したような。
 美神さんと、眠る時以外はほぼ二人きりだったにもかかわらず、ほとんど無駄口を叩いた覚えがない。昨日のことぐらいか。

「横島さん。お疲れ様でした。本当に頑張りましたね」

 庭に座り込んでいる俺の肩を、おキヌちゃんがギュっと揉んでくれる。おおおおっ、痛いけど気持ちいいっ。
 
「ご飯もずっとオニギリとか、サンドイッチばっかりでしたから……。今晩は腕によりをかけて準備しちゃいますね。もうすぐシロちゃんとタマモちゃんが夕食のお使いから帰ってくると思いますし」

 おキヌちゃんの両手が俺の首筋のコリを、キュッキュッといった感じでマッサージしてくれる。あああ、癒される。この包み込んでくれそうな優しさ……。

「そそそ、それでですね、横島さん……。あああっ、あの……、ちょ、ちょっと…… だけ……、め、目を閉じていて貰えませんか?目もお疲れでしょうから……、ままま、まっさーじ……、しちゃいます……、ね……」

 なんという気配り。まさに至れり尽くせり。
やっぱり、おキヌちゃんは俺のことを……。いや、どうだろうなぁ。しかし、もしかすると……。
 なんて都合のいい事を考えながら瞳を閉じようとすると、

「ちょっと、横島クン。事務所まで上がってきてくれる?」

 事務所の窓から美神さんの声。なんというかシリアスな雰囲気の時の声だ。

 「はいっ、すぐ行きます。ありがとう、おキヌちゃん。晩御飯すっげぇ楽しみだよ。マッサージありがとね」

 立ち上がり、階段に向かい歩きながら、おキヌちゃんへと手を振る。
おキヌちゃんは一瞬、事務所の窓を見つめた後、にこやかに笑って手を振り返してくれた。
 うむ、もしかして、以心伝心?

 「これ、アンタのよ」

 事務所兼居間に入るなり、美神さんが言いながら何かをシュッと投げる。
一瞬、武器かと思ったが、違う。白いカードのような物。
 空中で受け止め、即座に霊的解析。うむ、呪いはかかっていない。表面を見る。

「え、これって」

「そ、GS免許。アンタ、見習い卒業よ。ちょっと早いけどね」

 なんとなく寂しそうに、美神さんが笑う。

「もちろん、世界一にはまだまだ及ばないけど……。まぁ、アンタもこれで私と同じ立場ってワケよ」

 微かに俺の手が震える。少しだけ前に進んだのか。俺はあの日から、一歩を踏み出すことができたのか?

「私、今から少し外出するから。ご飯先に食べといて」

 さっ、と美神さんが荷物を持って俺の横を通り過ぎる。
美神さんが独自に調合したという香水の、甘いような、なんともいえない良い香りが、赤い、真っ赤な夕日の射し込む事務所に漂う。

「あ、そうそう。忘れてたわ」

 隣に立ち、柔らかな笑顔で俺を見つめる美神さん。暖かで、しかし意思の強さを感じさせる眼差し。
 俺と彼女の視線が正面から交わる。

「おめでとう。横島忠夫君。今までありがとう」

 美神さんのあまりにも美しい、そして何か儚げな笑顔。なんだろう、何処かで見た笑顔に似ている。ずっと忘れない。忘れられない笑顔。
 そう、まるでこの一瞬が最後だとでもいうような、壮絶なほど美しい笑顔……。

「あ、うっ……」

 あまりに美しい笑顔に魅了された俺を横目に、夕焼けに支配された真っ赤な居間を、悠然と美しく歩み去る我が師。








 そして、


 この日、この夕刻を持って、


 美神除霊事務所に、


 美神令子が、戻ることは、


 二度と無かった。

 



[12534] 挿話1
Name: サカナ◆289a31e3 ID:bdc40bd0
Date: 2010/01/08 13:32
 美神令子が己の事務所を去る、その一週間前。







「はい、では行ってきますね。なにかあったら携帯にお願いします」

 おキヌちゃんがトントンと階段を下りていく音を聞きながら、愛用の椅子に座る。

「ふぅ」

 コーヒーを一口飲み、軽くため息。

「なーんか嫌な予感がするのよね。この客」

 思わず独り言を呟きながら、自分の髪を触る。枝毛がある……。そういえば最近、美容室に行っていない。いや、行く暇がない。
 と、コンコンと居間にノックの音が響く。どことなく虚ろに……。





---挿話 1---






「はいはい、どうぞ」

 ドアが開き、二人の男がゆっくりと入ってくる。立ち上がりソファーへと誘導する。握手はしない。

「いや、お久しぶりですね。相変わらずお美しい」

 枚方とかいう名前だったと思う、GS協会広報課の課長。GS免許試験のときに厄珍と組み実況をしていた、笑顔が胡散臭い、いかにも広報向けの男。

「ハジメマシテ。世界最高のゴ-ストスイーパー。私はGS協会事務課課長のタナカと言います」

 こいつ……。顔を見るだけで嫌悪感を覚える眼鏡の男。
どことなく、死臭が漂っているような、陰気を身に纏っている。
 これは、ブードゥー系か……、いや大陸系の呪術師か。はっきりわかるわけもないが、どちらにせよ気に入らない。

「お弟子様共々、ますますご活躍のようで、協会としても嬉しい限りです」

 私の険悪な視線など、全く意に介さずに喋る枚方。

「ありがとうございます。それで、今日はいったい何の御用でしょう?昨日の電話の折、何度も申し上げましたが、広報の仕事はお断りさせて頂きますわよ」

「それはわかっております。しかし今日は用件が違いまして、先週に貴方が申請された横島忠夫君の免許を持ってきたわけです」

 茶色のA4サイズの封筒をブリーフケースから取り出すタナカ。

「あら、それは、それは。ワザワザ課長様がお二人も揃って持ってくるなんて、いつから協会はそんなに暇になられたのかしら?しかも普通は申請から厳重な審査を経て発行まで一ヶ月はかかる筈の本免許を、こんなにも早く……。有難いことですわ」

「いやいや、世界の英雄の免許ですからね。私どもと致しましても期待しているわけです。特に10日後に核ジャック事件の慰霊祭を控えている今は」

 封筒を受け取り、変な仕掛けがないか、目の前の二人にばれないように霊気を通す。

「大変ですわね。オカルトGメンが主導となった事件ですものね。協会としても頭が痛いことでしょう?」

「ええ、GS協会不要論まで出ている状況でしてね。そう、ところで最近マスコミがですね……」

 わざとらしいため息を吐く枚方。隣のタナカとチラリと目配せをする。

「どこで聞いたものやら……、『ルシオラとは誰か?』と騒ぎだしておりましてね……」

 瞬間、怒りで目の前が真っ赤に染まる。

「いえいえ、まだごく一部のマスコミですよ。しかし困ったものです。若干17歳の英雄と魔族の禁断の愛。しかも、少年を救う為に己を犠牲に!!『アレ』は見た目は素晴らしかったですからね。写真なんか流出したらもう大変です。大騒ぎが目に浮かびますね」

 ギリッと奥歯を噛み締める。誰が情報をリークしたのかなど知れている。目の前の男達しかいない。あの事件の詳細を知っているのはGメンと協会だけ。

「仰られたように、核ジャック事件以降、我々の権威は下がる一方でしてね、マスコミも抑えられないのですよ。残念、まことに残念なことです」

「貴方が無理のようですので、ここは本免許も得たことですし、是非とも横島忠夫君に広報部に協力していただきたいのですよ。そうすれば少なくとも『ルシオラ』がマスコミに流出することは免れるでしょう。なんと言っても人界唯一の文珠使い、悲恋の英雄ですからね」

 考える。罠を食い破る方法を。気があせる。情けない……。どうして私は丁稚の事となるとこんなに……。考えろ。なにか……

「ふぅ、私が……、10日後の慰霊祭に協会の広報担当として出席すればよろしいのかしら?」

「話が早くてありがたい。一週間後の飛行機でヴァチカンへ行って頂きます。所属はGS協会広報課。我々がいかに有能で、必要な組織か、お母様とも協力してアピールして頂きたいものです」

 情けないが何も思いつかない。仕方ない。内部から情報を漁りなんとか食い破るしかない。この美神令子をここまでコケにするとは……。
 丁稚の免許の入った茶封筒に目を落とす。

(仕方ない……、か……)

「もういいわ、わかったから出て行って」

「いや、しかし意外でした。お弟子さんの為に、あの美神……」

「アンタら出ていけっつってんのよ!!もう喋るなっ!!!!」

 二人組みが事務所から出て行く。何度も深呼吸をする。

「人工幽霊一号。さっきの会話、絶対に誰にも教えちゃ駄目よ。そして、一週間後、横島クンを所長代理にするわ。あなたの仮オーナーにもね。わかった?」

「はい。美神オーナー」

 己の頬を叩き、気合を入れる。とりあえず、依頼を全部キャンセルする。
それから、書かなければいけない報告書も山ほどあるし、税金関連の書類もある。
 そして、並のGS以上の実力が有るとは言え、丁稚にはまだまだ教えたいことが沢山ある。
 両親の遺伝なのか異常に吸収が良く、物覚えの良い弟子ではあるが、地味な基礎を嫌がる傾向がある。とにかくこの一週間で基礎をもう一度叩き込む。
 
「慰霊祭が終わったら帰ってくるわ。私の居場所はココだから……」

 一人、呟く。





[12534] 挿話2
Name: サカナ◆289a31e3 ID:9074675e
Date: 2010/01/10 00:30
 美神令子が己の事務所を去る、その一週間前。








「これが令子ちゃんから注文うけてた、神通棍6本と吸魔護符各種8セット、それと呪墨汁3個ね」

 厄珍堂のカウンターに紙袋入りの袋が置かれる。
幽霊のときから何度もココには来ているけど、相変わらず怪しい雰囲気の店だなぁって思う……。不思議と他のお客さんと会ったことない気もするし。

「はい、ありがとうございます」

 頭を下げて厄珍さんから荷物を受け取る。よかった、あんまり重くない。

「しかし意外だたね。あの令子ちゃんが小僧の為に道具を買うとは」

「えっ……!?」

 思わず、荷物を落としそうになる。

「その荷物きっと小僧用だと思うよ。令子ちゃんの道具とは違って陰陽師系に相性が良いように作ってある特注品ね、それ全部よ」

 チリチリと胸の奥が痛い。苦しい、最近の美神さんの事を考えると胸が苦しくなる……。美神さんが、横島さんの為に……。
 微かに頭痛と眩暈がする。目の前が暗くなる。

「えと……、高いんですか、やっぱり……」

「モチロンね、それ全部で10億以上よ。いや吃驚ね……。ほんと、あの小僧許せないね」

 じっとりと背中に汗が出る。私なんかじゃ絶対に手の届かない金額。
美神さんが横島さんの為に……。

「かっ、帰りますね。お邪魔しましたっ」

 引き戸を開けて外に出る。

「はぁ……。美神さんが……、かないっこないよ……。わたしなんか……」

 こぼれそうな涙を必死で堪える。

「はぁ……」

 微かに痛む額を押さえ、私は、とぼとぼと事務所へと足を進める。
深く、ため息をつきながら。


 ――― 挿話 2 ―――


 わたしは、まるで崩れ落ちそうな体を誤魔化しながら、とぼとぼと荷物を持ち事務所へと向かう。
ずっと前から、解っていた事なのに……。美神さんはお金持ちで、すごく美人で、横島さんの師匠で頼られてて、そして、世界最高のGS。
 わたしは世界で四人しかいないっていうネクロマンサーだけど、今はまだ高校生。美神さんには何一つ勝てない。解ってた。
わたしでは美神さんみたいに、横島さんの力にはなれない。除霊の時はいつも守って貰ってばっかりで……。勿論、こんなすごい贈り物なんてとても無理……。
 悔しい。悔しい……。
解っていたのに、涙がこぼれそうで、胸が、頭がズキズキと痛い。

「先程はドウモ、氷室キヌさん。世界で4人目のネクロマンサー」

 ビクッと体が震える。わたしの目の前、歩道に立ち塞がるように眼鏡の男性が独りで立っている。まるで、わたしを狙う悪魔の様……。

「あ、え、協会の方…… ですよね。さっき会った」

「ええ、美神氏に追い出されましてね。まぁ交渉は成立したのですが、ね」

 怖い。この人は本当に嫌な感じがする。死者を冒涜する悪魔のような。

「少し、アナタにお話がありましてね。お茶でも如何でしょう?」

「えっと、わたし、急いで戻らないと」

 嫌だ、嫌……。横島さん……。なかば強引に横を通ろうとする。

「ルシオラ……、の情報をマスコミにリークしたのは……、アナタ、ですね?」

 どさっっと荷物を落とす。フラフラと足が縺れる。息が、呼吸が苦しい……。
胸が痛い……、頭がズキズキと熱を持つ。嫌、嫌……、どうして、どうして……。

「安心なさい。横島忠夫君には言いませんよ。アナタには感謝しているんです」

 汗、汗が止まらない。あれは出来心だったの。横島さんが弱って、わたしに頼ってくれるんじゃないかなって思った馬鹿な出来心。
 ずっと美神さんと一緒で、彼の心にはずっとルシオラさんがいて、わたしに出来ることは癒す事だけで、助けて。助けて。

「傷心の英雄を幽霊から蘇った薄幸の美少女が癒す。実に美しいハナシです。安心なさい。私は美しいハナシが大好きなのですよ。さぁ、そこの喫茶店へ行きましょう」

 喫茶店、紅茶、眼鏡の男の話。はっきり覚えてない。
 でも。

「美神氏は横島忠夫君の事がよほど大事なようです」

「あの美神氏が少女のように顔を赤らめて彼のために怒り」

「彼の代わりに慰霊祭に行く」

「そうそう、彼の免許を受け取った彼女の嬉しそうな顔……。実に美しい笑顔でした」

「このままでは、貴女に勝ち目は全く無いでしょうね」

 心が、ズタズタになる。解ってる。自分でそんなことは。かなわないって……。
わたしなんかじゃ、美神さんには到底かないっこないって事くらい……。

「さあ……、それではこれをアナタに差し上げましょう」

 スッとテーブルに置かれた小さな布。2センチ程度の正方形に細かな魔方陣が描かれている。

「これは……、なんでしょうか……?」

 くすっと薄く笑う眼鏡の男。

「おまじないですよ、恋を叶える」

 わたしを見つめ言葉を続ける。

「何でもいい。彼女が一週間後に着ていく服に縫い付けても。バッグでもいい。勿論プレゼントでも。『一週間後に彼女のすぐ側にソレがある』ということが重要です。なに、おまじないです、只の」

 クスクスと笑う男。

「初恋は叶えないといけませんよ、氷室キヌさん。ご健闘お祈りします」

 ゆったりと伝票をつかみ、男は立ち上がる。




 わたしも、その布をしっかりとつかみ、ゆったりと、立ち上がる……。



[12534] 第6話 『You must do the things you think you cannot do』
Name: サカナ◆289a31e3 ID:f7b3190d
Date: 2010/01/10 00:51
 彼女が泣いている……。
何度も、何度も抱きしめた、折れそうなほど細い肩を震わせて。
長い睫毛、白く儚いほどに綺麗な頬を、ポロポロと涙が流れている……。

「泣くなっ!泣かないでくれっ!!!!」

 無駄。
そう、俺の叫びは彼女へは決して届かない。
 これは夢、あの日から、何度も何度も繰り返す夢……。

「ヨコシマ……、貴方に辛い選択をさせてごめんなさい……。最後に嘘を吐いてごめんなさい……。許して……、怒らないで……、お願い、私を憎まないで……」

 彼女が泣いている。たった独りきりで、凍えそうな寒さの中で。
抱きしめたい。愛しているのだと、ただ、ありがとうと伝えたいのに、俺と彼女の間には透明な壁がある。決して破れない壁。
 彼女の慟哭が俺には聞こえるのに、俺の叫びは彼女に決して届かない。

「寒いの……、ヨコシマ……、怖いよ。ああっ、ごめんなさいっヨコシマ……」

 愛した女が泣いている。
あの小さく、暖かく、柔らかかった両手で、美しい顔を覆いながら……。

 俺を想いながら泣いている。

 止められない……。俺には、惚れた女の慟哭すら止める事ができない。

「痛い……、苦しいよ、ヨコシマ……」

 彼女が泣いている。
何度もキスをした、愛した唇を震わせて。
 固く、固く拳を握る。叫ぶ。
俺は此処にいると、今でも愛していると!! お前が何よりも大切だと!!

「ああああああっ!ルシオラ、泣くな!ルシオラっ!」

 俺なんかの為に泣かないでくれ!何度も何度も、精一杯壁を殴る。俺は此処にいると!!!

 しかし、叫びは、届かない……。

 ルシオラが、泣いている……。









第6話 『You must do the things you think you cannot do』








「横島ッ!横島!しっかりしてっ!お願いよっ!横島!!!」

 うっすらと意識が浮かんでいく……。目が覚める、この瞬間がたまらなく辛い。
まるで、ルシオラを見捨てて俺だけが。
 そう、きっと今もルシオラは独り苦しんでいるのに、俺はそれを、また、『見殺し』にして……

「横島ッ!!!」

 パンッっと乾いた音が響き、俺の頬がジンジンと痛む。
その痛みが、俺を引き上げる。
 俺は生きていると、彼女の為に世界一のGSにならねばならないと。

「うっ、タマモ…… か、すまない。助かった……、ここは……」

 辺りを見渡す。
見慣れた事務所兼居間に、空になった酒瓶が並んでいる。
 痛む頭を振りながら、ゆっくりと思い出す。

「そっか……、俺の免許祝いって事で、おキヌちゃんが酒を取り出してきて、そのまま寝ちまったのか……」

 ソファーから身を起こす。
両手は血まみれ。床を何度も殴りつけたのか、拳もなかなかの状態だった。
 参った……。ここまで酷いのは久しぶりだ。やはり、地下の部屋で寝ないと不味いな……。

「もう……、おキヌちゃんも馬鹿犬も飲み過ぎでダウンしてるんだから、しっかりしてよねっ!!!」

 タマモがロッカーから救急箱を取り出しながら叫ぶ。

「ほら、手出しなさいっ!痛いわよっ!」

 小さい頬を膨らませながら、消毒薬のビンを開ける。
ぎこちない手付きで、だが丁寧に俺の両手に消毒液を塗り始めるタマモ。
 カナリ痛い、が有難い。俺に妹がもしも居たとしたら、こんな感じなのかも知れない。

「なぁ、結局、美神さんは帰ってきてないのか?」

 多分、朝の六時くらいだろう。朝日が昇っている。

「美神さん?帰ってないみたいよ。香水の匂いがしないもの」

 慣れない手付きで包帯を巻きながら、タマモが答える。
 ふむ、タマモに礼を言いながら考える。ま、まさか、西条の奴と一緒にいる、なんてことは……。

「美神さんも子供じゃないんだから、ほっときなさいよ。アンタの女じゃないんでしょ?」

 キュッと包帯を結び終えたタマモが言いながら立ち上がる。

「うっ、お前はなんて恐ろしい事を……。まぁ、そりゃそうなんだが、な……」

 答えながら、学校の準備でもしようと立ち上がろうとすると、

「横島オーナー、美神オーナーから伝言があります」

「はっ?オーナー?俺が?なんじゃそりゃ!?あ、いやいや、まず先に伝言を頼むわ」

 動揺しながら、なんとか指示を出す。
 タマモ……、興味ないのか……、のんびりと茶なんか飲んでんじゃねーー!!

 ピョンと居間のTVに美神さんが映る。

 内容は、

 『あと4日したら帰る』     
 『その間は俺が所長代理』
 『昼はカオスとマリアが手伝いに来る』
 『赤字を出したらコロス』

 という事だった。いつもの事ながら、ご、強引過ぎる……。
が、俺には以前の経験がある。あの時の経験を生かして、帰ってきた美神さんを吃驚させて……、

 と、電話が鳴る。早速依頼か!?

「はい、こちら美神除霊事務所。所長代理の横島です!」

「横島君か、美神氏はまだかね?飛行機はとっくに出てしまったよ。何度携帯にかけてもつながらないし、事務所の電話も昨夜何度もかけたのだよ」

「はっ?いえどちら様でしょうか?」

「GS協会広報課課長の枚方だっ、美神令子はどこだ?待ち合わせの場所に来なかったぞ、一体どうなっているのか?」

 美神さんが、仕事の待ち合わせをドタキャン?ちょっと考えられない……。いったい……。

「聞いているのかね?とにかく今からすぐそちらに向かう。君はそこにいてくれよ」

 ゆっくりと受話器を戻す。いったい、どういう事なんだ……。
ふと、昨日の美神さんの笑顔が脳裏に蘇る。夕日に照らされていた、あの美しすぎる笑顔。
 そうまるで、あの時、東京タワーで最後に見た『彼女』のような微笑み……。

 嫌な想像が膨らむ。大きく唾を飲み込み、その悪い妄想を追い払おうと足掻く。
しかし、悪い予感が、止まらない……。
 
 胸の奥、俺の勘が、大きく警鐘を鳴らしていた。
 



[12534] 第7話 『Facts are stubborn things』
Name: サカナ◆289a31e3 ID:0f6f01a0
Date: 2009/10/21 16:00
「まあ、少し落ち着くんじゃ小僧。よしマリア紅茶を煎れてくれ。あれじゃぞ、一番高そうな葉を使うんじゃぞ」

「イエス・ドクターカオス」

 枚方に掴み掛かった俺を見ながら、30分ほど前にやってきたカオスが言う。
その声に俺はゆっくりと手を下ろした。

 薄暗い曇り空の朝。
美神除霊事務所に、居心地の悪い沈黙が漂う。

「はぁ…、何度も言うが、一週間ほど前にアンタは二人で此処にやってきたよ。それは間違いない。おキヌちゃん、シロ、タマモも見てるんだ」

 ソファーに座る三人を見る。三人とも暗い顔で頷く。

「勿論、俺も見ている。と言うより、そっちから挨拶してきたじゃねーか。それから、どうして俺が突然ヴァチカンまで行かなきゃならねーんだ。俺は嫌だ、美神さんが戻ってくるまで、事務所を離れるわけにはいかんだろ」

 軽く舌打ちしながら、椅子に腰掛ける。

「だがね。先週、私は一人で此処へ来たんだ。そもそも今GS協会は予算不足、人手不足で大変な毎日なんだ。二人も出向く余裕なんかどこにもない。いや、不思議な話だ」

「それは人工幽霊一号が記録を見せてさえくれれば、ハッキリとアンタの嘘だってわかるってのに…、くそっ!」

「皆さん・紅茶が・はいりました」

 焦れた俺の精神をマリアの声が和らげる。

「ほう、良い香りじゃな。脳が休まるのう。さて、ここいらで状況をまとめるぞ」

 カオスの冷静な声。

「枚方と言ったか?貴様は一週間ほど前に此処に一人で来たと、認識しておる。しかし、皆が見たのは二人組みじゃった」

「まあ、私とシロはチラッっと見ただけだけど…、おキヌちゃんはどうだったの?」

「え、ええ…、私も眼鏡の人を、ちょっと見ただけです…。詳しい事は何も…」

 おキヌちゃん、美神さんを心配しているんだろう、顔が真っ青だ。

「おキヌどの、具合悪いのではござらぬか?拙者、お部屋までお送り致すでござる」

 シロがおキヌちゃんを半ば強引に部屋まで連れて行く。
それをカオスは横目で見ながら、紅茶をズズッと一口啜り、口を開く。

「さて、どちらが正しいのか。人工幽霊一号が映像を全部見せてくれれば良いのじゃが、美神のお嬢ちゃんとの約束で、それは無理。またそれとは別件で、協会として2日後の慰霊祭に美神のお嬢ちゃん、または小僧が協会の顔として出席せねば、協会としての危機にもなりかねん、という事か」

 顎に手をあてるカオス。

「人工幽霊一号よ、美神のお嬢ちゃんには写真は止められておらんじゃろ?出来るだけ多くの角度からその男の写真が欲しいのう。勿論、身長や、体、手などに傷なんかあればその拡大写真も頼むぞい」

「はい…」

 申し訳なさそうな人工幽霊一号の声。

「気にする必要はないぞ、自分に出来る事をするしかないんじゃよ、結局、この世はな…」







第7話 『Facts are stubborn things』






 この男だ。眼鏡をかけた、嫌な雰囲気の男。俺は写真を睨み、枚方へ見せる。

「ふむ、全く知らない顔ですね。ならば、私はこの眼鏡の男に催眠術でもかけられたのか、時間がないと言うのに迷惑な話だ」

 腕時計を見つめながら枚方は他人事のように言い放つ。

「催眠呪で操られていたというより、この眼鏡男を不自然に思わせない術か何かにかけられておったんじゃろ、マリアこの写真をもとに立体映像をイメージし、可能性の高い10種類程度の変装パターンの写真を作るのじゃ」

「イエス・ドクターカオス」

「こいつはワザワザ此処に顔を出しておる。それには何らかの目的があったんじゃろうがなぁ。それから、如何に不意を突かれたとはいえ、美神のお嬢ちゃんがこう簡単に行方不明になるのも考えにくい。どうもウラがあるのう」

「お話中にすまないがね、横島忠夫君。そろそろ出発しないかね。どうしても昼の飛行機でヴァチカンへ行ってもらうよ。どんな手を使っても…、だ。協会の名誉がかかっているんだからね」

 やってみろ!!と立ち上がりかけた俺をカオスが手で制する。

「小僧、美神のお嬢ちゃんが心配じゃろうが、お前はヴァチカンへ行くべきじゃ。お嬢ちゃんの事は、ワシとマリア、狐と狼のお嬢ちゃんで探すわい」

 テーブルの上には眼鏡の男の写真が、様々な角度、数種類の変装パターンとともに何枚も並べられている。

「こいつは情報を得ようと思えば、枚方を催眠にかけて聞き出すだけで良かった筈じゃ。それをワザワザお主たちに顔を見せたという事は…」

「何かのワナってコトよね」

 タマモがあとを引き継ぐ。

「そうじゃ、小僧がヴァチカンに行かなければ、協会の権力が落ちるじゃろう。それが目的なのか、それとも全然別の目的があるのかは分からん。たとえば、美神のお嬢ちゃんを探しにあせる小僧、もしくは他の事務所のメンバーが狙いなのかもしれん」

「結局、分からないんだろ!コイツを探し出して捕まえる。美神さんを助け出す。俺がヴァチカンに行く必要は無いだろ!カオス、美神さんを探させてくれ」

「小僧…、おヌシは霊能に関して天才じゃ。それに若い。じゃから組織のやり方に反発を覚えるのもわかる。ワシとてそうじゃった。しかし、組織は必要じゃ。協会もまだまだこれから改善される余地もあるし、何よりも、美神のお嬢ちゃんが受けた仕事じゃぞ。おヌシが引き継がんで誰が引き継ぐというんじゃ?ヴァチカンには美神の母親や西条もおるじゃろ。協力してそっちでも情報を集めるんじゃ」

 1000年生きたカオスの言葉に、俺は咄嗟に反論できない。ただ、手を握り締める。
 バンッっと扉が開く。おキヌちゃん…。

「私も横島さんについて行きます。でないと、横島さん眠る事さえ難しいわ。横島さん、私も連れて行ってください」

 軽く、ため息をつく。仕方なく俺は頷く。

「ヨーロッパには伊達 雪之丞もおるハズじゃ。なんとかマリアに連絡を取らせてみよう。こっちはワシらにまかせるんじゃ」

「横島さん・マリアも・頑張ります」

 マリアが俺の手を握ってくれる。
固いはずのその手が、俺には暖かく、柔らかく感じた。




[12534] 第8話 『We who want to catch are ourselves caught』
Name: サカナ◆289a31e3 ID:97e17d45
Date: 2009/10/21 15:49
「コレは…、まずいぞいマリア!!やるんじゃ!!」

「イエス!!ドクターカオス!!!」

 叫びと共に、マリアの右足に仕込まれたクレイモアが発動する。
 ドゴッ!!っと体が震えるほどの轟音が、テニスコート程の広さの暗い倉庫の中に響き渡る。
 ガガガッ!!と凄まじい閃光と破壊の暴風がマリアの足を起点として、扇状に広がっていき、倉庫内の用途不明の木箱や、錆の浮いた機械をなぎ倒し、ときにバラバラに破壊する。

「アーーーーーーー」

 それをどうにかギリギリで回避したのか、ボロボロになりながらも体中から腐臭を漂わせ、3体のキョンシーがマリアに迫る。
 ときおり黒くグロテスクな蟲の這い回る青白い肌、真っ黒に落ち窪んだ虚ろな瞳。
 符の貼られた無表情な顔で、歯だけをガチガチと噛みながら、俊敏な動作で襲い掛かる3体の死体。
 痛みなどとっくに感じず、ただ術者の命にのみ従う、あわれな存在。

「ヒーーー」

 叫びとも何ともつかぬ声を上げ襲い来る。
 一人は子供。ごく普通の花柄がプリントされたワンピースを着た、小学校2,3年生ほどの小さな少女。
 生前は、元気な子だったのか、おとなしい少女だったのか。
それすら、全くわからぬまま、ただ盲目的に襲い掛かる。
 小さな口を不釣合いなほど、裂けそうなほどに大きく開きつつ。虚ろな目で。

 一人は、生前はさぞ美しかったであろう整った容姿を持った、30前後の女性。
 しかし、その長い髪も今は垢と泥にまみれ、バラバラと振り乱すがまま。
マニキュアを塗られた長い爪は醜くひび割れ、乾いた血がこびり付き、所々指があらぬほうに折れ曲がっている。
 元は綺麗であったろう、水色のワンピースも所々が破れ、ジクジクと腐敗しつつある体が見え隠れする。

 最後の一人は、30前後の男。
鍛えられたであろう肉体で、まるで二人をかばうかのように警棒を振るう、警察官の制服を着た男。

「家族…、だったのかのう…」

「イエス・ドクターカオス・少女の骨格に・二人の遺伝的類似点あり・31.423%の・可能性・あります…」

 応えながらも、マリアは勢いよく振られる警棒をギリギリで避け、女性に拳をあてて怯ませ、少女の噛み付こうとする頭を体ごと足で押し返す。

「はやく楽にしてやるんじゃ…」

「イエスッ!!!」

 ゴオッ!!という音と共に、マリアの両手から、激しい炎が荒れ狂う。
2000度を越す高温の炎が、3体を浄化していく。

「アー」

 吹き荒れる熱気の中、まるで我が子を守るかの如く寄り添う3体は、そのままマリアの炎に焼き尽くされていく。

「土は土に、灰は灰に、塵は塵に…。むごい事をする…」

「イエス…・ドクターカオス…」

 燃やし尽くしたマリアが、炎をとめ返事を返す。
その言葉も、悲しみに震えているように聞こえた。






第8話 『We who want to catch are ourselves caught』








 横島忠夫がヴァチカンに向かってから、はやくも2日目の夜8時。
カオスは、初日にすぐ日本GS協会に登録しているデータの洗い出しをかけたが、これは成果がなかった。
 ならば、GS試験に受からなかった霊能者の可能性ありとして、受験者全員の記録を照合してみたが、これも該当者なし。
オカルトGメンの手配中の犯罪者の中にもいまだ、それらしい男は見つからない。
 世界GS協会に現在問い合わせてはいるものの、受験者の数まで含めると膨大な人数になることや、まだ国家的にGSの整備が遅れている国も多い事もあり、なかなか返事が来ない。
 シロとタマモは唐巣神父と協力し、ダウジング、卜占などの結果を元に探しているが、こちらも見つからず、ズルズルと2日目が過ぎようとしていた。

「まいったのう…」

 美神除霊事務所のソファーに座り、カオスはこの2日間のデータをもう一度見直す。
美神令子の車、シェルビーコブラは空港の近くで見つかっていた。当然、徹底的な科学捜査、オカルト的な捜査が行われたが進展は無かった。

「ふうっ…」

 昨日の小僧との国際電話を思い出す。伊達 雪之丞と会えたようで、おとといよりは少しだけ、落ち着きを取り戻しているように思えた。
 なにより、元幽霊のお嬢ちゃんがずっとそばを離れず世話をしているらしい。

「はやく見つけなければのう」

 またもや、ため息を吐く。妙神山にでも行くか?しかし、人界の出来事には基本的には神族は関わらない。
神族が何かの用事やあちらからの頼みで、人界に関わる事はあるが、人間同士のゴタゴタには関わらないであろう。
 妙神山はあくまでも修行の場であり、神の相談窓口ではないのだ。

「マリア、紅茶を頼む」

 事務所の柔らかなソファーに深く腰掛け、己の鈍った頭の働きを悔しく思う。
電話越しの小僧の必死な声が蘇る。
 義理はない。
ここまで必死に探す義理は無いのだが、日本へ来てからの楽しかった日々を思う。
 そして、あの日を思い出す。
美神と小僧が700年前から戻ってきたあの日…

『こころは・いつも・あなたと・共に』

 あの言葉を聴いた時の胸の震えを…。

「フッ、借り…ではないじゃろうが…、しかし…」

 日本に来て、それからの日々が楽しかった事だけは事実。
そう、まるで仲間が出来たような…。

「ジリリリッ」

 電話が鳴る。ふむ、と右手で紅茶を受け取りながら、左手で受話器を取り上げ、耳に押し当てる。

「横浜第8倉庫ブロックXX-XXX、ミカミレイコがいる」

 それだけで電話は切れた。
 悪戯であろうと思う。どこから情報が漏れたのか、この手の悪戯がこの2日で何度かあった。
 現に、シロとタマモも1時間ほど前、同種の電話で東京湾のほうに向かった。
しかし、行かぬわけにもいかず、愛用の黒いコートを身にまとい立ち上がる。

「行こうか、マリア」

 メモをテーブルに置き、事務所を出る。

「寒いのう…」

 夜の街に呟いた。






 薄暗い倉庫の中で、パチパチと音を立てながら、3体のキョンシーが燃え尽きる。
 最後まで、寄り添うように…。
 互いを、支えあうかのように…。

 倉庫について、カオスが中に入った瞬間、強烈な殺気と、腐臭が漂い3体のキョンシーが襲ってきたのだった。
 炎で浄化したものの、なんとも言えない怒りにも似た何かを抱きながら、油断なく辺りを見回す。

「近くに術者がおるはずじゃ!逃がさんぞ…、油断するなマリア!」

 炎にゆらゆらと動く影。
 ふと、己が入ってきた倉庫の入り口を、振り返ったカオスの目が、驚愕にこれ以上ないほど開かれる。

「お、おぬし…。ま、まさか…、まさか…」

 ギュンと入り口から、強烈なスピードで何かが振るわれる。

「マスター!!!」

 咄嗟にマリアが盾になるが、バチバチバチッと凄まじい霊力の余波が辺りに流れ、マリアが吹き飛ぶ。
 ドンッっとマリアが壁に激突。周辺のゴミが朦々と巻き上がる。
更に、いっさいの躊躇も無く飛来するボウガンの矢。

「ぐっ…」

 回避しようとするものの、しかし、右肩と左足の太ももに深く矢尻が食い込む。
 激痛…、しかしそれは全く気にならなかった。己の目が信じられないのだ…。

 カオスは見る。


 サラサラと、長い髪を夜風になびかせる美しい姿を…。


 何度も見たことのある動きで、ゆっくりと神通鞭を振り上げる姿を…。


 死体特有の無表情な顔と、それに貼られた符を…。


「ま、さか…、美神令子を…、キョンシーにする…とは…」


 その呟きを最後まで言い切らぬまま、鞭は振り下ろされた。


 皆が捜し求めている、その本人の手で…。



[12534] 挿話3
Name: サカナ◆289a31e3 ID:fdc29ea0
Date: 2009/10/23 15:51

 全て大理石で造られた、純白に輝く巨大な大聖堂。
天井の窓から光が美しいラインを描き、中にいる人々を照らす。
そこに彫られたいくつもの彫像は、そこにいる人々を優しく見つめ続ける。
人々の弱さを赦すように…、人々の咎を代わりに背負う聖人の如く…。

 ヴァチカン大聖堂

 世界各国から多くの人々が集まり、聖歌隊の合唱で正午より始まった慰霊祭も、もうすぐ終わりの時を迎える。
輝く太陽も既に傾き、少しずつ夕闇の刻が迫る。

 あの事件の終盤、突如として多くの魔物が世界各地に復活し、暴虐を尽くした。
GS、警官、軍隊、彼等の中からも多くの尊い犠牲がでた。

 しかし、それ以上に一般の人々に犠牲者が多かった。完全に不意をつかれた為に、避難など行われておらず、戦う力のない人々の被害は相当の数に上った。
 妻を、我が子を、年老いた親を、恋人を、友人を、それぞれがそれぞれの大切な人を守ろうと戦った。
いや、名も知らぬ子供であろうとも、避難所に向かう力持たぬ他人の為に、戦うすべのない普通の人達が、精一杯の勇気を振り絞り戦った。

 絶望。まさに絶望であっただろう。驚異的な力を持つ魔物の群れ。
だが、己が死ぬと解りつつも、愛する人、他人の為に、力なき拳を振り上げた人々が多くいたのだ。
 
 抵抗むなしく斃れた人々、気高く散った人々、必死に逃げ途中で力つきた人々。
その人達全てに、追悼の意を、感謝の念を、祈りを捧げる。
 
 せめて、安らかに眠れるように…、と。



 ルシオラ…、君にも、この祈りが、想いが、届いているだろうか…。







 挿話3







 「それでは最後に、国際刑事警察機構、超常犯罪課、日本支部より、核ジャック事件で総指揮を執り、世界を救ったミチエ ミカミより、慰霊の辞がのべられます」

 大聖堂の中に、割れんばかりの拍手が鳴り響く。
 各国首脳陣、霊的代表者、各国の著名人、世界の一流マスコミの記者達などの中を、背筋を伸ばし、勲章を付けた制服を着た隊長が、西条を後ろに携え、ゆっくりと壇上に上がっていく。
 一際大きく鳴り響く拍手。
 しかし、隊長は口を開かない。
まるで、涙を堪えるかのように俯いている。

 静寂

 異常さを感じたのか、大聖堂の中に沈黙が広がっていく。
 隣に立つおキヌちゃんが、俺の左手をギュっと強く握り締める。
 隊長が、ゆっくりと顔を上げる。

「国際刑事警察機構、超常犯罪課所属、ミチエ ミカミです。皆様はもしかすると、華々しい話を期待されてらっしゃるかも知れません。しかし、私は…、私は、英雄などではありませんでした。ただ、娘を守ろうとした、それだけの愚かで、つまらない母親です」

 ザワザワと大聖堂内がどよめく。
 隊長の声は震えている。

「私には、気高い精神も、自己犠牲の心もありはしませんでした。ただの醜く足掻く母親でした。ここに、こうやって立つ資格などありません」

 軽く、息を吸う。

「本来、ここに英雄として立ち、賛辞を受けうるのはただ一人。今は亡き一人の少女だけでしょう」

 隊長の声が震えている。

「彼女は人間ではありませんでした。魔族…。アシュタロスにより造られ、たった一年しか寿命を与えられなかった魔族でした。しかし、誰よりも純粋で、気高く、美しい精神を持つ、一人の弱い少女でもありました」

 まるでその声は懺悔をするかの様に。

「彼女は一人の少年と恋に落ちました。種族を越え、敵、味方すら越えた二人の愛は、しかし、砕けてしまいました。そう、私達大人が不甲斐無かった為に…」

 隊長の声が震えている。もはや嗚咽のように…。

「それは私たちを救う為…。彼女が彼と過ごせたのは僅かに数日のみ。そう、彼女は、たったそれだけの短い時間で、彼を愛し、そしてこの世界をも愛し、そして己と引き換えに世界を救ってくれました…」

 隊長の頬を涙が伝う。

「人と魔族の愛…。それは新たな可能性でした。私達は何ものでも愛し、愛される事ができるという可能性…。それは、失われてしまいました。しかし、しかし…、彼女が救った世界に私は希望を持ちます」

 俺の頬を涙が流れる…。

「私達は何ものとでも愛し、愛される事ができると!きっと未来は、素晴らしいものになると!私達生き残った人々は、彼女の、そしてこの事件で亡くなった方々の想いを無駄にはしないと!きっと…、私達は精一杯生きると…」

 隊長が泣いている。言葉が続ける事ができないほどに…。息を吸う、呼吸を整える。

「最後に、彼女に…、そして失ってしまった…、全ての人々に、黙祷を捧げ終わりたいと思います」

 日が沈む。夕日が、純白の大聖堂を赤く、赤く染めていく。

 『昼と夜の一瞬の隙間…』

 彼女とのかけがえのない思い出。
 
 『敵でもいい、また一緒に、夕日を見て、ヨコシマ…』

 俺に愛する事、愛される事を教えてくれた人。

 『私達…、何も、何も失ってなんかいない…』

 それはまるで、蛍のように…。夢だったかのように…。

 でも、残っている。俺の心に、確かに彼女は残っている。希望を残してくれた。




 黙祷




 会場の全ての人々が、祈りを捧げている。




 ルシオラ…、君にも、この祈りが、想いが、届きますように…。







[12534] 第9話 『You can lead a horse to water, but you can't make him drink』
Name: サカナ◆289a31e3 ID:0b1a4cb1
Date: 2009/10/26 23:57
「横島君。少し話があるんだが、いいかね?」

 慰霊祭が終わり、飛行機が出発するまであと11時間もあった。
あせる気持ちを抑えながら、雪之丞とこれからについて話し合おうと、ホテルの部屋に戻ろうとした俺を、GS協会の枚方が呼び止めた。

「あ?俺をダシにしてICPOとパイプが結べたんだ。俺はもう必要ないハズだろう?それとも、まだ何か利用するつもりか?」

 枚方は大げさに両肩をすくめるようにしながら言葉をかえす。

「嫌われたものだ…。美神美智恵氏もいる。どうしても三人で話したい事があってね。頼む」

 スタスタとロビーの更に奥にある部屋に向かいながら言う。

「ちっ」

 隊長がいるなら仕方が無い…、と思いつつも美神さんの事を思うと気があせる。ゆっくり呼吸を整えながら、ドアを開け、狭いながらも豪華な調度品のある部屋に入った。






第9話 『You can lead a horse to water, but you can't make him drink』







 轟音


 地上から遥か高く、日本へと向かう超高速旅客機の特別チャーター便。
座りなれない、高級なシートに腰を下ろし、枚方から貰った資料に目を通す。
 疲労で、なかなか内容が頭に入ってこない。隣を見れば、おキヌちゃんがすやすやと寝息を立てており、その向こうでは雪之丞がガツガツとメシを食い漁っている。

「かわんねーな、アイツ…」

 いや、それともやはり、アイツも変わったのだろうか。
 雪之丞はあの事件の最終段階に現れ、完全に魔族と化していた勘九郎を、魔族から元の人間に戻すべく、悪魔祓いの本場であるヨーロッパで修行をしつつ、人間に戻す為の情報を集めていたらしい。
 昔、香港の時に美神さんをして、「パワーだけならメドーサに匹敵する」とまで言わしめた程の魔族になった勘九郎を、瞬時に制圧できる戦闘力。
 単純な力だけなら、きっと俺の遥か上をいっているだろう。その力を得るためにどれほど努力してきたのか…。
きっとアイツも相当の覚悟と目標を持ち、努力を続けているのだろう。

「ふぅ…」

軽く息を吐きながら、俺は半ばウトウトとしながら、数時間前の会話を思い出していた。







 ホテルの奥にある小さな一室。しかし、そこに置いてある家具は一流品だと見ただけで解る。その部屋の中に、俺と枚方、そして隊長が向かい合う形でテーブルを挟み座っている。

「まず、彼女…、ルシオラさん…の事で、君にどうしても謝罪したくてね…」

 枚方が俺の目を見つめながら口を開く。

「君に断り無く、彼女を英雄として祭り上げた事、本当にすまなかった。信じて貰えないかもしれないがね、どこからか彼女の情報が、マスコミにリークされているんだ。まあ、君のおかげで協会も存在感をアピールできたし、当分は抑えられると思うのだが…」

 チラッっと横に座る隊長を見る。

「ええ、横島君には本当に申し訳なく思っているわ。手遅れになるまで隠し、傷を大きくするよりも、先手をとって彼女の功績を明らかにし、GS協会、ICPOの名の下に彼女の名誉を守る事にしたの…。御免なさい」

「下手に隠すと、こういった情報というのは無責任に、面白おかしく騒ぎ立てられかねないからね。だが、そういった政治的判断とは別に、あの美神美智恵氏の演説は、我々の本心でもある」

「でも、それでも私達が、ルシオラさんを利用した事に変わりは無いわ…。それを私個人としても、令子の母親としても、すごく申し訳ないと思っています…」

 二人の言葉を聴きながら俺は思う。ルシオラが、ある意味こういう形で世界のさらし者になった事について、確かに憤る気持ちはある。
 しかし、

「それは…、そりゃ確かに、俺も出来れば彼女の事はそっとしておいて欲しかった…、です。でも、俺は彼女を守りきれなかった…。それにこのまま情報が漏れ続けたらずっと酷い事になることも判る」

 つばを飲む。

「それに、今、俺がここで彼女の気持ちが解ったつもりで文句を言っても、俺は彼女ではないから、彼女が今どういう気持ちかわからないから、きっとそれはどうしようもない気がするんです。きっと、大事なのは、確かに俺の中に彼女が、ルシオラが残してくれたものがあって、俺はそれを大事にして生きていく事だけだと思うんです」

軽く手を握る。

「彼女が残してくれた、楽しかった日々の思い出や、俺を愛してくれた事、辛かった事、悲しかった事、それを全部ひっくるめて、俺は自分の目標に進んでいきます。だから、その事については、どうしようも無いことだと思います…」

 解らない。本当にこれで良かったのかどうか…。もしかしたら、ルシオラは嫌だと思っているのかもしれない。
だが、俺にはそれは解りようが無い事だ。
そう、もう彼女の気持ちはわかってやれない。どんなに悲しくて、どんなに辛くても。もはや死んだ人のことは解らない。
 でも、ここでヒステリックに叫ぶのは間違ってる。
 ここで、自虐的に喚くのも間違ってる。それは最もしてはいけない事。それは己の責任から目をつぶり、耳をふさぎ、ひたすら逃げる事。
 自虐に酔う事に何の意味もない。そこにあるのは、俺はこれほどの罰を受けている特別な人間だと、己に酔う歪んだナルシシズム。
そして、なんて俺はなんて可哀相なんだと、己を甘やかす醜すぎるマゾヒズムだけ。
そんな醜すぎる心からは、責任を持った行動なんて出来ない、してはいけないと思う。

 俺はもう違う。俺は、自覚し、希望を持って前へと進む。

「君は、ずいぶん成長したんだな」

 枚方が俺を、じっと見つめながら言う。

「君は覚えていないだろうがね、私は君がGS試験の折、実況をしていたんだよ」

 過去を懐かしむように中空を見ながら言葉をつなぐ。

「あの時の事は、今でもはっきりと覚えているよ。GSと言うのは、皆ある種エリートだからね。皆、己に自信を持ち、悪く言えば、プライドがものすごく高い人達がほとんどだ。まあ、あの冗談みたいな試験の倍率を見れば仕方ないがね…」

「しかし、君は違った…。何と言うか、そう気負いもなく、ただただ必死だった。私は、君が格上の霊力者達と足掻きながら、それでも必死で戦う姿を見て、笑みがこぼれるのを抑えられなかったよ」

 楽しそうに笑う枚方。

「思ったよ…。君なら新しいGSの希望になれるかもしれないと…。君は知らないかも知れないが、どうしても霊力者と言うのは古い伝統に固執するものだからね。だが、君みたいなGSが増えればこの閉塞したGS協会に風穴を開けられる、と期待したものだ」

 一転、顔を曇らせる。

「しかし、君には重荷を背負わせてしまったね。ホテルでは君の隣の部屋だったのだが…、夜聴こえたよ…。あの叫び声…。まさか、あれほど君が…。いや、私が言っても仕方の無い事だな」

 隊長は何も言わず、ただ俺のほうを心配そうに見つめている。

「これからも、GS協会としては君達を利用させて貰うよ。だがね…、私個人としては、君の幸せを祈っている。本当にすまなかったね」

 とっさに何も言い返せない。ただ、気に食わない男だとばかり思っていた。
だが…。組織としての顔、個人としての顔。きっと家庭に戻れば、この人にも家庭人としての顔もあるのだろう。
世の中は曖昧模糊として、何が善で何が悪であるかなど判り難い。だが、それこそが、生きるという事かもしれない。だからこそ、希望がもてるのかもしれない。

「それでね、横島君…。令子の事なんだけど…。ドクターカオスが夕方から連絡がとれなくなっているらしいの…。いま、西条君が日本のICPOの手配をしている所なんだけど」

 隊長の声に、一気に気持ちが冷める。
カオスまで行方不明?!これは…。

「ああ、そのことだが…。もう、チャーター機を手配している。日本への直行便だ…。そう、もうじき車も着く筈だろう。今から、君と氷室さん、伊達君の三人で日本へ向かいたまえ」

 ドサッっとテーブルにコピーされたファイルが置かれる。これは…。

「それから、これが多分眼鏡の男だ。核シャック事件で死亡扱いになっていたため発見が遅れてしまった。ちなみに、これを探したりなんやかんやで、私は3日以上寝てないのでね、そろそろ失礼する。伊達君と氷室さんには私から連絡しておくよ」

 言いたいことを言った為か、サッっと勢いよく立ち上がる枚方。一瞬俺を見つめ、そのまま部屋を出る。

「私と西条君は、どうしてもまだ帰れないの…。横島さん…、令子を、令子をどうか救って下さい。宜しくお願いします…」

隊長が俺に頭を下げる。
俺は、俺にできる事を…。
笑顔を作る。明るく、何も不安など無いように。

「隊長、いや、お義母さん。それは令子さんを僕に下さるって事ですかっ!?」

両手を握る。彼女がこれ以上不安に潰されないように。

「そう…。そうよね…。貴方がいるならきっと、きっと…。絶対に令子も貴方を待っているわ。お願い」

彼女も無理に微笑む。そう、俺たちは希望を信じて進むしかない。
たとえ、どんな事が待っていたとしても…・。

 ファイルを持ち、振り返らずに扉を開け、部屋を出た。







 夢を見ている。
また、この夢だ。
 だが、何か違う…。
なんだ?なにが…。

「ヨコシマ…、会いたかったわ…」

 ルシオラ…。
そう、壁が無くなっている。あれほど、何度も、何度も拳を打ち込んでも、びくりともしなかった壁が…。

 俺が愛した人。俺に全てを、文字通り、命すらかけて俺を愛してくれた…。
 俺の愛した人。彼女に全てを、文字通り、全てをかけて彼女を愛した…。

「そう…、やっと…、そう…、ありがとう、ヨコシマ…、愛してるわ…」

 ああ、もっと一緒に…、必死で腕を伸ばす。しかし、俺達はグングンと引き離されて…。







「おい、横島っ!起きろっ!たくっ気持ち良さそうに寝やがって…。とうとう着いたぜ…」

ガクガクと、雪之丞に乱暴に首を振られて目を覚ます。なんだろう…。今なにか大切なものを…。

「おい、横島。あの資料が正しいとなると、かなりヤバイぜ…。言いたくはねえが、覚悟だけはしとけよ…」

軽く、息を吸う。前を見る。

「大丈夫だ。俺は美神さんを助ける。俺なら出来る…。だから…、背中は任せたっ」

ニヤリッと笑う雪之丞と、拳を合わせ、俺は席を立つ。



[12534] 第10話 前編 『Gather Ye Rosebuds While Ye May』
Name: サカナ◆289a31e3 ID:9a343a1e
Date: 2009/11/28 00:59
「シロ、タマモ、苦労かけたな。明日、美神隊長、西条と合流する。それまで休憩だ」

 美神除霊事務所。
その居間で、空港からタクシーで帰った俺とおキヌちゃんは、待っていたシロ、タマモと軽い食事を終わらせ、二人に明日まで休息すると告げる。
 この数日、二人とも美神さんを探し続けて、まともに休んでいないんだろう。憔悴した面持ちで、だが瞳だけは爛々と光っている。
美神さんが心配で、いてもたってもいられないんだろう。
 現に、明日まで休むという俺の提案に、不満そうな表情を見せている。
そんな彼女達をなだめるように、両手を向け言葉を続ける。

「ここ何日も碌に寝てないだろ?疲れた顔してるぞ。先に寝ておいてくれ。俺たちも、もうじきしたら休むからさ。なに、明朝からまた忙しくなるし、手がかりが掴めない以上、人海戦術でやるしかない。休憩も大切だ」

「ですが先生!拙者達は平気でござる。我々は仲間を助ける為なら、自分の命など惜しみませぬ。こんな所で、じっとしてはいられないのでござる!」

 シロがソファーから勢い良く立ち上がり、大きな声で、まるで叫ぶように反論する。
予想通りの反応。俺は、軽くため息をつきながら、俺は隣に座るおキヌちゃんに、一瞬目配せをする。
おキヌちゃんは、俺のその視線に気付き、シロ達に気取られぬよう軽く頷く。

「すまんが、俺達も長旅で疲れているんだ。明日、隊長が例の眼鏡の男についての資料をもってくるから。あせる気持ちはわかるが、そんなんじゃ、助けられるものも助けられなくなっちまう。落ち着いてくれ、シロ」

 勿論、これは嘘だ。明日、隊長たちは来れないし、資料は雪之丞が持ったまま、今頃は弓式除霊術道場にいる頃だ。
シロ、タマモを騙すのは正直、気が引ける。しかし……。これから、俺がする事を彼女達には知られる訳にはいかない。

「ヨコシマ……。あんたがそんなに大人だとは知らなかったわ。いいわ、あんた達は休んでて。私とシロで探すわ。今!こうしている今も美神さんは、苦しんでいるのかも知れないのよ……。それなのに……、こんな所……で、ゆっくりなん……、なん……、か……。ん……、にゃんか……、し、してりゃれ……」

 最後まで言葉を言い切らぬまま、タマモがふにゃふにゃと糸の切れた人形のように、テーブルへと突っ伏す。シロもソファーで穏やかな寝息を立て始めている。

「おキヌちゃん、すまないけど毛布を持ってきてくれないか?」

 眠ったタマモ、シロを楽な体勢でソファーに横たえて、上から毛布をかける。やはり、疲れがピークに達していたんだろう。
打ち合わせどおり、おキヌちゃんが二人の料理に混ぜた眠り薬で、深く夢の世界に入っていったようだ。
 二人の柔らかな髪を撫でる。やはり、随分無理をしていたのだろう。目の下にクマができており、頬も少しやつれているようだ。

「ごめんな……」

 最後に軽くシロの頭を撫でる。「ん……せんせぇ……」と呟くシロ。少しは良い夢を見てくれるといいが……。
そう願いながら立ち上がり、おキヌちゃんを見つめる。

「あと一時間くらいで雪之丞が来る。おキヌちゃん、ちょっと手伝って欲しい事があるんだ。地下室に一緒に来てくれないか?」

 無言のまま、こくりと頷くおキヌちゃんと一緒に、地下室へと向かう扉を開く。
そのまま、中へ入る。約2ヶ月寝起きをした場所。電気と換気装置のスイッチを入れる。
 古い入り口からはちょっと思いつかない程、かなり大きな空間が広がる。
地下室ながら、テニスコートほどのサイズがあり、床には美神さんが俺の為に書いた魔法陣、壁には大きなスピーカーが埋め込まれている。
 そして、部屋の中央にはベッドが一つだけ置かれている。俺が眠るときに使うベッド。
そのベッドの向こう側に回り、ベッドを挟むようにしておキヌちゃんと向かい合う。
 軽く息を吐く。ゆっくり、震えそうになる声を抑えながら、なんとか、声を振り絞る。


「おキヌちゃん……。美神さんのいる場所……。教えてくれないか?」







 第10話 『Gather Ye Rosebuds While Ye May』 前編







「横島さん。何の事……ですか……。わ、わたし、知りません」

 俯いたままでおキヌちゃんが答える。その肩が微かに震えているのがわかる。
どうして、こんな事になってしまったのか……。逃げ出したくなる心を抑え込み、俺は言葉を続ける。

「あの美神さんが行方不明になった夜さ……、GS協会の枚方さんは何度も電話をかけたって言っていた。でもずっと通話中だったてさ。だが朝に俺達が起きた時、普通に電話が通じていた」

「映像で確かめたんだ。あの夜、おキヌちゃんが俺の免許祝いでお酒を持ってきてから、電話を触ってた。人工幽霊一号に確認したよ。映像でははっきりわからなかったけど、夜の宴会前に、受話器を少しだけずらし、真夜中に皆が寝てから、受話器をもとに戻したんだね」

「最初さ……、ルシオラ……の情報がリークされているって隊長達から聞いて、その内容を聞いて不思議に思ったんだ。あの、アシュタロスを倒した時、俺の中にルシオラが存在していた事を知っているのは、美神さんとおキヌちゃんだけなんだよ。報告書には載ってないんだ……。それなのに、その情報が漏れていた。そこから、すまないとは思ったんだけど、おキヌちゃんの行動を人工幽霊一号に調べて貰ったんだ……」

 おキヌちゃんはずっと俯いたまま、何も言い返さない。
辛い。酷く辛い。声が止まりそうになる。

「あの眼鏡の男はここに現れた。資料によると、あいつは死体使役師、鬼遣いだ……。堂々と姿を見せたりして、その正体を隠そうともしていない。美神さんをさらうだけが目的なら、わざと姿を見せる必要はない。たぶん俺……。いや俺達の破滅が目的だと思う。だから、きっとアイツはこの状況を想定してたと思う。おキヌちゃんはアイツの狙い通りに動き、そしてアイツの場所を知っている筈だ。俺達三人の関係をバラバラにする。きっとそれがアイツの目的、復讐だろうから」

 雪之丞に預けてある資料の内容を思い出す。

『秦 金人。GS協会に所属。40歳。死津喪比女事件(付属資料B-34参照)の折、師であり妻でもある 秦 令子を亡くしている。
死体使役に特化した才能を持ち、特に死者の生前の霊力を、鬼へと転化させる呪式の開発、使役に多大な功績を残す。
 核ジャック事件の際、一人娘 秦 絹江 を魔族(痕跡、目撃証言からチューブラー・ベルと推測される)に殺害されており、また金人氏も現場に残された大量の血痕より、死亡と断定』

 しかし死亡した、と思われていたが眼鏡の男……、秦 金人は生きていた。そして、きっと俺達が憎いのだろうと思う……。
もしかしたら、それ以外にも、全然別の理由があるのかも知れない。
 でも、俺にはワザと姿を見せたことや、所々に見られるヤツへの手がかりが、俺達が憎くてたまらず破滅させようとしているように思えてならない。

 
 俯いていたおキヌちゃんが、ゆっくりと顔を上げる。覚悟を決めたような表情で、青ざめた唇を開く。

「横島さん……彼は復讐の為に、私達をバラバラにする事が目的だって言いましたよね……。でも、とっくに私達、バラバラだったじゃないですか……。ルシオラさんが亡くなって、私も、そして美神さんも、横島さんの事を愛しているって自覚しはじめた時から、とっくにバラバラだったんですよ」

 ぽつりと呟くように、涙を堪えるように、おキヌちゃんは言葉を続けていく。

「昔……、私だけが横島さんの事が大好きで……、美神さんはお姉さんみたいな感じで、仲良く三人で楽しい日々でしたね。そう、おままごとみたいな、三人とも結論を出そうとしない恋愛ゴッコの日々。でも……だんだん美神さんが変わっていっちゃって……、私も、きっと美神さんも、横島さんを独占したくなっちゃったんですね。きっと、ルシオラさんの死がきっかけで……」

「横島さん。やっぱり、美神さんが好き……なんですか?私じゃ駄目なんですか?ルシオラさんみたいにはなれないけど、でもずっと、ずっと!大好きだったの……。ごめんなさい、このまま横島さんを美神さんの所には行かせたくないっ! 私、300年間ずっと独りでした。毎日毎日、山の中で独り。気が狂ってしまえば楽になれたんでしょうけど、それも出来ずに……」

「全部横島さんだったの。私を救ってくれたのも。横島さんと出会い、楽しいこと、嬉しいこと、全部教えてもらいました。ううん、今こうやって呼吸して、生きてる事だって! 全部…… 横島さんがくれたものなんです。だから、簡単には諦められない……」

 決意を決めたように、おキヌちゃんが、大きく後ろに下がって、俺との距離を置き、懐から何枚か札を取り出す。
と、その札を全て破り捨てる。
 あれは……、吸魔護符!!その破り捨てられた吸魔護符から、黒い霧のように悪霊が姿を現し始める。
 それを確認すると、おキヌちゃんは、袂から笛を取り出し、唇をつけ息を吹き込み始める。
ネクロマンサーの笛……。甲高い、物悲しい旋律が悪霊を律し、おキヌちゃんの意思のまま操られ始める。

「おキヌちゃん……」

 迫り来る悪霊をギリギリで回避する。懐から神通棍を取り出し、霊力を込めようとする、が……。

「横島さん……。ごめんなさい。お食事の中や、横島さんのお洋服に霊力が出せない呪を仕込ませて貰いました」

 俺を悲しそうに見つめたまま、笛から唇を離したおキヌちゃんの声が届く。
そう、神通棍は何の反応も見せない。栄光の手も発動できない。
 そんな俺に、暗いおキヌちゃんの声が続く。

「この、横島さんから頂いていた『文珠』使わせて貰います。本当にごめんなさい。美神さんは必ず私が助けますから」

 おキヌちゃんが右手に『忘』の文字が光る文珠を持っている。俺にそれを見せたあと、また笛に唇をつける。
その旋律でコントロールを取り戻した悪霊が、今度は逃がさぬといったように、高速で俺に迫りくる。
 黒い『死』の意思を持つ塊。生きる物を憎む怨念をギリギリで回避し続ける。
なんとか、おキヌちゃんに近づこうと足掻き続ける。
 しかし、霊力を封じられている上に、おキヌちゃんはどんどんと遠ざかり、地下室の入り口付近まで下がっていく。
 このままでは、おキヌちゃんに辿り着くまでに、悪霊に動きを封じられてしまい、文珠をぶつけられてしまうだろう。

「おキヌちゃん……。どうしようも無いのか……くっ!」

 前に跳び、頭上を掠める悪霊の体をくぐり、なんとか近づこうとする。
駄目か……、俺の動作を予想した動きで悪霊が回り込む。
 そう、俺達はずっと一緒だったんだ。俺の動作をおキヌちゃんが予想できないはずが無い。
 そう、いつでも、俺達はすぐ側で戦っていたんだ。

 俺が、辛かった時、苦しかった時、泣いたこともあった。情けない時だって、逃げた事だって何度もあった。
 でも、おキヌちゃんはいつでも、どんな時だって俺の側で微笑んでくれていた。俺を支え続けてくれていた。
 それだけじゃない。何度もご飯を作りに汚い家まで来てくれて、一緒に笑って、一緒に泣いて……。
 
 毎年毎年、バレンタインデーにはチョコをくれた。

 給料日前にはお弁当だって作ってくれた。

 初詣、七夕、クリスマス、春夏秋冬、いつだって俺の側で、おキヌちゃんは菊の花のように微笑んでくれていた。

 弱い俺は、何度彼女に助けられただろう。何度、彼女に勇気を貰っただろう……。


 それが、どうして、こんな事に……。
 悪霊の攻撃を回避する。回避し続ける。
両手、両足を使い、時に転がり、無様に見えようと、決してあきらめずに回避し続ける。

 知らぬうちに、俺の頬を、ポロポロと涙がこぼれていく。
 
 笛を吹いているおキヌちゃんの頬にも、涙が、輝く真珠のようにポロポロとこぼれている。

 覚悟を決める。
本当は解っていた。美神さんか、それとも、おキヌちゃんか……。
 
 俺が、二人同時に幸せになんて出来ない事を……。

 俺が、どちらかを選ばなければいけないって事を。

「行くよ、おキヌちゃん」

 小さく呟き、決意する。ポケットの中の缶を握り締める。
 
 俺は、前に進む……。
 
 それが、どんなに辛くても……。
 
 それが、どんなに彼女を傷つけてしまうとしても……。

 でも、涙が止まらない。解っているのに、涙が、止まらない。

 だが、どんなに悲しくても時は流れ行く。

 地下室の中で、一つの決着が、一つの結末が、今、カタチになろうとしていた。

 



[12534] 第10話 後編 『Gather Ye Rosebuds While Ye May』
Name: サカナ◆289a31e3 ID:9a343a1e
Date: 2009/12/01 09:48
 ウゥゥウウ……

 俺の耳元ギリギリを怨嗟の唸りを上げながら、悪霊が掠めていく。
体を捻り回転しながら跳躍、そのまま右手、右足をコンクリートの床に叩きつける。
 その反動を利用して、立ち上がりバランスを取り戻そうとする。
しかし、その動きすら予想し、畳み掛けるようにまた別の悪霊が迫り来る。

 悪霊とは死した人の魂が、なんらかの要因により現世に固執し、その結果『生きたい』という願いが歪んでしまった存在だ。
その固執した要因がどんな理由であれ、その願いを叶える事が悪霊の第一目的であり、常にそれに気をとられている為、悪霊の動きは、チグハグで分裂症的な行動となりやすい。
 普通であれば、戦術的な動きで襲い掛かる悪霊など、ほとんど存在しないのだ。
だが、この悪霊達はおキヌちゃんに操られている。それゆえに、動作に無駄が無く、隙を見せない。

 時間が欲しい……。10秒、いや5秒でいい。
それだけの時間、深く集中出来れば、なんとかレジストできる。戦闘できるだけの霊力を取り戻せる……。
 口内に残る苦い唾を足元に吐き出し、遠くに立つおキヌちゃんを見る。
 その前方に、彼女に近づかせぬようにと、盾となりて悪霊達がうごめく。
 
 これまでの回避の中で、なんとか自分の指を喉に突っ込み、無理矢理に胃の中身をぶちまけていた。
呪符の位置も、ようやく解析済み。俺の着ているデニムジャケットの左胸、心臓の上辺りから基点となる呪を感じる。
 しかし、回避しながらジャケットを脱ぐ隙は無く、ましてやレジストする余裕など全く無い。
解析すら薄氷を踏む思いで、ギリギリ回避しながらやっと終わらせた所だ。

 仕方が無い。

 正直、これほどまでにおキヌちゃんの霊体操作が巧みだとは予想していなかった。
きっと彼女も必死に努力を重ねてきたのだろう。俺と同じように……。
事務所の皆の力になれるようにと、血を吐く思いをしながら、毎日毎日、練習を繰り返していたのだろう。

 ポケットから、用意してあった缶を取り出し、中の液体を振る。
悪霊が俺の左前方から、巨大な顎を開き、歯を突きたてようと、暗い口腔内を見せながら空中を滑るように迫る。

 右に跳ぶ、と見せかけ、突如方向を変える!

 遠く離れたおキヌちゃんに向かい、真っ直ぐに! 息を止める。一体の悪霊が迫る……。

 ぞぶりっ……、と俺の左肩に歯が立てられる。まるで、何本もの鋭利なナイフを突き立てられたかのような痛み……。
いや、もはや痛みを通り越し、熱い。ただ、燃えるような熱さ……それを左肩から感じる。

 足を踏ん張る。腰を落とし、喰い付かれたままの肩の熱さなど全く気にせず、右手を鞭のようにしならせ缶を投擲する。
おキヌちゃんの足元へと目掛け。
悪霊が喰らいついたままの俺の肩から、左頬に目掛け熱い血が迸る。太い血管をやられたのか……。肩の骨がバキバキと音を立てている。
 だがそんな事はどうでもいい。とにかく投擲した缶を見つめる……。あれが失敗したなら、もはや強引な手段をとるしかなくなる。
 俺の祈りが届いたのかどうか?
その缶は回転し、中身の透明な液体を振りまきながら、おキヌちゃんの手前2、3メートル辺りへと転がり止まる。
 
 重い金属製の缶が床のコンクリにあたる鈍い音が、地下室の中で流れる笛の音に混じって響く。
だが、その目の前に投げられた缶など全く気にせずに、おキヌちゃんは真っ青な顔で、俺の肩を見つめている。

 ボロボロと涙をこぼし、全身をガクガクと震わせて、真っ青な顔色、今にも倒れ込みそうな表情で俺を見つめている。

(良し……、これ以上は無いほどの場所)

 俺はそう考えながらも、ギリギリと歯を折れんばかりに噛み締め、右手で悪霊の頭を掴み、無理矢理に引き剥がし、空中に投げる。
喰らいつかれたままの左肩から、ブチブチブチッっというような、何本もの繊維が引き千切られる音がする。
 投げ飛ばされたまま空中に浮く悪霊の口が、グチャグチャと俺の肩の肉を咀嚼するように蠢いている。
 
 熱い……。更に俺の頬に肩から血が飛び散る。思わず深く呼吸しそうになるが、必死に押さえ込む。
ここで呼吸は出来ない。何故なら……。

 「きゃあああ、ごほっ……。こ……、なに……、コホッ、これ……ごほ……、う……」

 おキヌちゃんの叫びと、咳き込む声。
 写真の現像液……。高濃度の酢酸。ソレに数種類の液を混ぜた物。
用意していた缶の中身。ソレを俺が投擲し、部屋へとぶちまけたからだ。凄まじい刺激臭と目を刺す程の痛み。
 揮発した酢酸が、おキヌちゃんの立つ方向にある排気口へ向かい流れていく。

 おキヌちゃんの道具は『ネクロマンサーの笛』
それが笛である以上、絶対に呼吸が必要になる。特に大きな音を出す為には、腹式の深い呼吸が必要になる。
 なら、催涙性のある揮発性が高い液体を撒けば? 
安定した呼吸など絶対的に不可能だ。旋律など奏でることは出来ない。
ましてや、おキヌちゃんは地下室の排気口の真下辺りに立っている。
彼女の周辺に向かって、気化した酢酸が流れて込んでいく。とても演奏できる状態では無い。

 おキヌちゃんの辛そうに咳き込む音が聞こえる。
 ギリッと奥歯を噛み締める。ここまでしなければならなかったのか?
自責の念が込み上げる。いや……。

 周囲を見る。悪霊達がおキヌちゃんの支配から逃れている。
与えられた突然の自由に戸惑っているのか、何もせず、虚ろな瞳で空中に漂っている。

(俺は、俺に出来ることを……。いつでもベストの判断を。最善の動きを。己の運を信じて決断を!!)

 迷うな、今、この瞬間しかない……。

 血に塗れたデニムジャケットを脱ぎ捨て、瞳を閉じる。深く己に埋没する。
俺の霊力の根源を探る。深く、己を分析していく。霊力を取り戻す為に。

 集中する。俺の根源……。 『生きたい』という思い……。
かつて、それは煩悩だった。勿論、今もそれはある。だが変わった。それは少しづつ変わった。
 集中する。何の為だ……。 俺は、誰がために……?

 ルシオラのいない世界。 『彼女と引き換えに守った世界』

 だがそれは、俺には『生きたい』と思える世界では無かった。
 では、今、俺は、何の為に?
やはり、それでもルシオラの為なのか?
 ルシオラに見る目があったと……、彼女が最高の女だったと証明する為か?

 いや、違う……。ルシオラが最高の女だった事なんて証明する必要なんてない。

 誰にも、何も言わせはしない。証明する必要もない程、彼女は最高の女、だった。

 集中する。ならば……、俺は今、何の為に?

「だから伝えるわ、私の全てを。それしか横島君にあげられるものがないから……」

 ふと思い出す……。あの日、昇る朝日に照らされた我が師の顔を。

「いい?あんたは世界最高のGSから全てのノウハウを継ぎ、盗み、世界最高の男になるの!それがあんたの生きる意味よ!!」

 あの時の美神さんの声が蘇る……。
 そう、確かに彼女は泣いていた。
 あの時……、美神さんの声は震えていた。嗚咽を抑え切れず……。
 美神さんは泣いていた……。小さな子供のように……。
 小さな拳を震わせ、激しくテーブルに拳を打ちつけ……。
 何故、美神さんは泣いていた? 彼女は誰の為に、泣いていたのか。

 集中する。

 今、俺は、誰が為に、『生きてたい』と願うのか。

「おめでとう。横島忠夫君。今までありがとう」

 あの日、夕焼けの中、微笑んだ彼女の笑顔を、想う。

 ただ、想う。







 第10話 『Gather Ye Rosebuds While Ye May』 後編







 何秒経ったのだろう。5秒か? それとも10秒? 一瞬だったような気もする、しかしもっと長かった気もする。
瞳を開ける。
 悪霊がやっと俺に気付いたというように、ゆっくりと動き出す。
 戦術も何も無い、ただ、憎しみを俺にぶつけるだけの直線的な動き。
大きく口を開いている。その口腔内に真っ赤でグチャグチャになった俺の肩の肉が見える。
 迫る。俺の顔ごと、噛み千切らんと、生者への限りない羨望と怨嗟を込めて。

 『栄光の手』

 栄光……、それは誰に捧げる栄光なのか。俺は栄光など、本当に欲しがっていたのか?
いや、それはこれから掴む。最後の時が来るまで、精一杯に生きた、という栄光を。

 神々しい程の霊光と共に、刃が悪霊へと突き刺さる。
俺の右手から、かつて無いほどに高出力の刃が輝き、一撃で悪霊を天に還す。
振り向き様に、右手を振るう。俺の霊力に吸い寄せられるように、悪霊が群がってくる。
 息を止めたまま、ただがむしゃらに右手を動かす。
この2ヶ月の訓練の成果。解る、悪霊のパターンが、効率的な剣の振るい方が。
毎日繰り返した、美神さんとの訓練。それは、確かに俺の中で息づいていた。

 


 数秒後、全ての悪霊を還す。ゆっくりと、右手から栄光の手を消し、おキヌちゃんを見る。
咳き込み、ボロボロと大粒の涙をこぼしながらも、彼女はゆっくりと俺に近づいてくる。
涙で、視界も定まらないのだろう。だが、ふらつきながらも、俺に近づこうとしている。
 俺も、ゆっくりと彼女に近づいていく。

 おキヌちゃんの右手が、笛を離す。床にネクロマンサーの笛が落ち、カラカラと乾いた音を立て転がる。
代りに、その右手には文珠が握り締められている。

「よ、こほっ……、よこしまさんっ……、ごほっ……、ごめん……なさい……ご……ごめんなさい」

 咳き込みながら、彼女が文珠を投げつける。その文字。彼女が込めた想い。

 それは『忘』ではなく『癒』

 輝きながら、その文珠が、俺の肩にあたる。
 噛み千切られ、ごっそりと抉られた俺の肩の肉がみるみる内に『癒』されていく。

 涙で滲む視界の中で、それをなんとか確認したのか、安堵したように、おキヌちゃんが崩れ落ちるように床に座り込む。
顔を俯け、肩を痙攣させ、ただ咳き込み続けている。

「ご、めんなさい……。ごめん……なさい……、まさか、こんなに、ごほっ……怪我なんか…、させる、ごほっ、つもりは……」

 おキヌちゃんの慟哭。その声に敵意は無い。もう、終わったんだ。こんな無意味な争いは。

 俺は瞳を閉じて想像する。清らかな空気を……。
太古の深い森の中、そこに静かに湛えられた泉に在るような空気を。
遥か天高く、孤高にそびえる険しい山に在るような空気……。
どこまでも限りなく透明で、命を包む、そんな澄み切った空気を。
 ただ、想像する……。

 『浄』

 右手から、文珠を発現させる。
地下室の穢れ、篭る薬品の匂い、血の香り、それら全てが『浄』化されていく。
俺の祈りに応えるように、戦いなど元から無かったかのように。

 目を開ける。おキヌちゃんは蹲った姿勢のまま、額を押さえ、冷たい汗を流しながらブルブルと震えている。
良かった……。呼吸は落ち着いたようだ。肺の中の空気も『浄』化されただろう。そういうふうに、想像したのだから。
 そっと近づき、俺は右手をおキヌちゃんの額に当てる。
ジーンズの後ろポケットから、用意してあった札を取り出す。
 対鬼用の陰陽符。
 
 『生成』

 嫉妬、悋気に狂い、能面の般若に成る前の鬼。
 
 あの眼鏡の男、秦は鬼遣いだった。
いつから、俺達を狙っていたのか。核ジャック事件後から、俺達を憎み、調べ、ひたすら計画を練っていたのか?
 人を鬼に落とす呪い。

『霊力を、鬼へと転化させる呪式の開発、使役に多大な功績を残す』

 GS協会の資料に、そう記されるほど、鬼、死体に特化した男。
 だが、核ジャック事件後の俺は鬼になる程の気迫や根源が無く、もとより美神さんはそんな隙など無い。
 
 おキヌちゃん、ある意味生まれたばかりとも言えるほどの、純粋で未熟な彼女の心の隙をついた鬼堕とし。
ほんの僅かな、きっと本人さえ気付かないほどの嫉妬の想い。
 それを餌に、育ったのだろうか。彼女の額に、ほんの僅か、角に成りかけの突起がある。それに霊力を流していく。

「おキヌちゃん……」

 俺の霊力に反応し左手に持つ陰陽符が燃え尽きる。
それを確認し、右手をゆっくりと上にあげる。まるで、おキヌちゃんから面をはずすような動作で。
 俺の右手に一瞬、能で使用する『生成』そっくりの面が浮かび、塵となって消えていく。
これで、憑いた鬼は消えた。
 ゆっくりと息を吐き出す。なんとか上手く出来た。
力任せではなく、美神さんに教えられてきた知識を使った除霊。

「悪い夢だったんだよ。あとは、俺がなんとかする。おキヌちゃんはゆっくり眠って……」 

 俺の声に、ビクッっと体を震わせ、おキヌちゃんはゆっくりと顔を上げる。

「違います……。横島さんもわかってるはず。あれは私の本心でもあったの……。悪い夢なんかじゃなく、悪かったのは私の心……。鬼の呪いは、ほんの些細な、ただのきっかけ……」

 唾を飲む。おキヌちゃんの頬を流れる涙、震える声、真剣な眼差し。俺は、口を挟むことが出来ない。

「美神さんが憎かった。でも、美神さんが大好きだった。ルシオラさんと共に笑う横島さんの笑顔が好きだった。でも、すごく憎かった。幽霊だった時には感じなかったそんな矛盾した想い。ずっとあなたが好きだった。でも、それは叶わない望みだって解ってた。解っているのに、諦められなくて。わかっているのに……、どうしても……、あきらめたくなくて……」

「毎日、貴方の顔を見るのが嬉しかった。でも、ふとした時、貴方の顔を見るのが辛かった。ルシオラさんの事を考えてるって解ったから。事務所で皆といると楽しかった。でも、皆といると辛かった。だって横島さんは私だけの人じゃないって解るから。こんな、ぐちゃぐちゃで矛盾だらけで、嬉しいのに悲しい思い。毎日幸せなのに、毎日が辛い……。生きるって、こんなに辛い……、こんなに、こんなに、胸が苦しいんですね……。私、ちっとも知らなかった」

「あの場所で横島さんに出会って、それから、ずっと、ずっと……、優しくて温かな貴方を見ていました。生き返ってからも、ずっと貴方の背中を見つめていました。どんどん成長していく貴方を追い続け……、貴方の隣に在りたいと、私も走り続けて……。でも、もう終わり。今ここで、横島さんを見送ります……。このメモ、この場所に、きっと美神さんはいます。横島さんを絶対に待ってます」

 ゆっくりと差し出される白い指先。おキヌちゃんの震える細い指先に、一片の紙が挟まっている。
静かにそれを受け取る。

「私の初恋……。夢を追い、夢に傷つき、そして終わったとき、それが夢だったと気づくもの……。まるで、まるで……。そっか……初恋って……、横島さんって、わたしの、わたしの……、青春……、そのもの、だったんですね……」

 その言葉を最後に、おキヌちゃんが崩れ落ちるように泣き出す。
両手で顔を抑え、いつかのように、まるで子供のように膝に顔を埋めて……。

 その震える肩を抱きしめてあげたい。だが、伸ばした両手をおし止める。
 ギリギリと強く歯を食いしばる。ここでの優しさ。それは、本当に優しさなのだろうか?
わからない。わからないが、俺は美神さんを助けなければならない。
 こぼれそうな涙を堪え、思わず胸から溢れそうになる謝罪の言葉を押さえ込み、ただ無言で歩き、地上への扉を開ける。
 強く、地上の風が吹き付ける。

「横島、終わったのか?」

 扉の前に立って待っていたのは、雪之丞。そして、弓さんと一文字さん、おキヌちゃんのクラスメートであり、彼女の親友。
雪之丞に無理を言い、手配してもらっていた。
 雪之丞の言葉に軽く頷きを返し、弓さん達を向く。

「おキヌちゃんを……、どうか、どうか、頼みます……」

 ようやく、ようやくそれだけを言い切り、頭を下げる。唇を噛む。手を握り締める。
 俺は進まなければ……。覚悟していた事だろうに、どうしても胸が痛む。

「貴方に言われるまでもありません……。氷室さんは私達の、大切な、大切な親友です。どうか、安心なさって下さい。ここは私達に任せて、さあ氷室さんの所へ参りましょう……」

 彼女たちが地下室へと駆け下りていく。俺に出来ることは、ここにはもう無いだろう。

「おい、行くぜ……。しっかりしろよ!!女、待たせてるんだろうがっ!!」

 バンッ!!と大きく背中を叩かれる。
その背中に痛みが、俺を少しずつ、立ち直らせてくれる。

「ああ……、行こう」

 雪之丞を見る。軽く口を歪めるように微笑んでいる。
 空を見る。
もうすっかり日は落ち、夜空が広がっている。
 大きく息を吸う。足を踏み出す。
 
 俺は、先に進まねばならない。そして、美神さんを助ける。

 息を吐く。その息が微かに白い。

「もうすぐ冬か……」

 小さく、呟いた。



[12534] 第11話 『Without a struggle, there can be no progress』
Name: サカナ◆289a31e3 ID:9a343a1e
Date: 2010/01/05 15:43
「そこの、そう、そのカドを右だ。そのまま山道に入るみたいだぜ。ま、この地図が合っていればだがな」

 雪之丞の言葉に頷きを返し、コブラのハンドルを握りながらギアを切り替える。
助手席に座る雪之丞のナビにしたがって山道を進んでいく。
事務所を出てから、市街地を抜け、かれこれ三十分ほど夜道を走っている。
 おキヌちゃんのメモに記された住所。
それを地図で調べた所、俺達が目指す場所は山奥に立てられた洋館だった。
 人の住む街から隔離した場所に建てられた館。周りに民家など一軒も無く、ただ地図には広大な敷地のみが示されている。

「横島……。美神の旦那だがよ……」

 ぽつり、と雪之丞が呟くように言葉をこぼす。言い辛そうに、ちらりと俺を見る。

「ああ……。ある程度、覚悟はしてる」

 ぽつりと、その一言だけを答える。

「そうか、ならいい。ま、俺がアッチで調べた事や、学んだ事は伝えたがよ……。上手くいくかどうかはわからねえぜ。何しろ、俺も試してねえからよ」

 その言葉に、軽く頷きで応え、山道のカーブにあわせてハンドルをきる。
所々にある見晴らしの良い場所から、遥か遠くに街の明りが見える。随分と山奥まで入ってきている。

「しかし、横島。お前と二人きりってのも久しぶりだな。あれか、妙神山の修行以来か」

 地図をサイドボードへとしまい込みながら、雪之丞が口を開く。
カーブに合わせブレーキを踏み、軽く減速をする。

「そこでお前は文珠なんて能力を手に入れちまって、ホント……、出鱈目なヤツだぜ」

 ごそごそとコンビニの袋からパンと牛乳を取り出し、雪之丞は言葉を続ける。

「最初GS試験でお前と戦った時、俺とどこか似ていると思ったがよ……。そのなんていうか、力の求め方がな。似ていると思った。そう、まあ似ていたんだがだが、本当は違ったんだな。真逆だった」

 雪之丞が、もそもそとパンを頬張りながら、話す。

「お前は美神の旦那の為、俺は死んだママの為に力を求めていた。対極だったんだな。俺はずっと、死んじまったママの為に強くなるって思ってたんだが、死んだ人の為ってのは、本当は自分の為なんだな……。結果的に、俺は俺の為だけに力を求めていたんだ。弓を守れなかった時、ようやくそのことに気がついた」

 一旦、言葉を止めて雪之丞は牛乳を飲み干す。

「逆にお前は、根本的には美神の旦那の為だけに力を求めていた。それが、あのルシオラ……とお前が出会い、それから、お前は変わっていったんだな。力の求め方が……。まあ、結局……。いや、まあ俺が言いたい事はよ、どちらかだけじゃ駄目だって事だ。自分の為に頑張り、そして人の為にも頑張る。それが、大事なんじゃねーかなと最近思うぜ」

 雪之丞の言葉。最後はまるで独り言のように呟いている。

「俺もお前も、あの猿の所で修行してよ、お前は文珠、俺は魔装術の奥義を手に入れた。だがよ、『人間の潜在能力を引き出す』って、正直ワケがわからなかったぜ。だってよ、人間がどんなに鍛えても魔族には勝てねえからな、ワケがわからねえ。だが最近ようやく、やっとその意味が解った。『人間の潜在能力』ってヤツの凄まじさがな」

 俺は横目で雪之丞を一瞬だけ見る。パンを食べ終わり、今度は袋からスナック菓子を取り出している。

「文珠もそうだろ?『力の方向を完全にコントロールする能力』ワケわかんねえ説明だぜ。なのに、何億マイトのアシュタロスの霊力をコピーしたり、地面を柔らかくしたり、爆発したりする。俺は、その文珠の不可解さから、魔装術の本当の深淵に辿り着けた。もう、弓を、大切な奴を、守れないなんていう情け無い事はねえ」

 文珠……。俺の能力。この力で、美神さんを守れるか。俺は救えるだろうか。

「そろそろだな。横島……、お前なら、絶対に旦那を助けることが出来る。俺のライバルだからな」

 雪之丞は、にやりと微笑むと、目を閉じて集中を始める。霊力を高めるため。自分を信じる為に。
俺も、ハンドルを握りつつ、ゆっくりと呼吸を整える。車内にピリピリした緊張が充満していく。
吐く息、吸う空気。それぞれに霊力を込め、ただ、闘いに向け集中を高める。
 憶えている。美神さんも、除霊直前の運転席で、ハンドルを握りながら、こういう風にしていた事を。
闘いの前の空気。一本の糸が限界まで張り詰めている、そういう雰囲気が車内に漂う。

 ブレーキを踏み、コブラを停める。目の前には広大な洋館。
 かつては立派な建物だったのだろうが、現在では、窓ガラスは所々砕け、白い壁はひび割れ、所々にツタが絡みつき、不気味な雰囲気を周囲に漂わせている。
 そしてなにより、その館からは濃密な死の気配が感じられる。入り口には赤く錆びた鉄格子。その奥に広大な庭が広がっている。
その広い庭の向こうに、俺達を拒絶するように金属製のがっしりした扉がそびえ立っている。
 車の座席に座ったまま、左手に文珠を作成する。

『把』『握』

 俺の脳裏に、この周辺の地図が3Dマップのように浮かぶ。鉄格子を越えた広い中庭に、数十体ものゾンビのような気配を感じる。
濃密な死を漂わせた、敵意ある存在。そして、扉のずっと奥、館の最深部にあたる場所に感じる。
 彼女の気配を。美神さんの気配を。

「すぐに行きます」

 雪之丞にも聞こえないように、小さく呟いた。






第11話 『Without a struggle, there can be no progress』







 車内で、作戦の最終確認を終わらせ、左手の文珠を霧散させる。使用した霊力を少しでも己に循環させようと瞳を閉じる。

「先に行くぜ、横島」

 ゆっくりと雪之丞が車を降りる気配。

「ああ」

 短く応じ、最後に深く息を吸い、車を降りて錆びた門の鉄格子に向かう。
道具を確認する。腰に神通棍を4本、ポーチには各種札が揃っている。

「行こう。雪之丞」

 赤く錆びた鉄格子を握り、霊力を流し解析を行う。トラップはない。
右足に霊力を込める。すばやく、だが十分に。サイキックソーサーを作る要領で右足に霊力を流し込む。
そのまま腰を捻り、左足で体重を支えながら、思い切り右足を門に叩きつける。
バチバチバチッ!!と霊力の余波が周辺に流れ、強烈な甲高い悲鳴のような音とともに勢いよく、錆びた扉が開かれる。

 開かれたばかりの扉から、濃密な殺気。数十体もの生ける屍から放たれる殺気を感じる。

「どけっ!!横島ッ!!」

 俺の正面に雪之丞が素早く回り込み、両手から何発も霊波砲を放つ。
轟音とともに、何体もの生ける屍が吹き飛んでいく。

(人工幽霊一号……、座標、角度いいか?)

(いけます。横島オーナー)

 テレパシーの声に軽く頷く。

(撃てッ!!)

 雪之丞が作った時間的な空白。その隙を逃さず、コブラからミサイルを発射させる。
目標は広大な広さを持つ中庭。発射と同時に、打ち合わせどおりに雪之丞に手で合図を送る。
 
 二人で門の外まで一気に跳び下がり、着弾のショックに備え、腰を落とし両腕をクロスさせ顔をカバーする。
 
 一瞬、地面が浮き上がるほどの衝撃。体全身にビリビリとした轟音が響く。
 強烈な熱。そして、白い煙が朦々と巻き上がり、恐ろしいほどの熱が中庭に吹き荒れる。
バチバチと音を立てながら、庭の木々が高熱で打ち倒され燃えあがる。生ける屍達が何体も、ゆっくりと燃えながら倒れ伏していく。

「横島ッ!!」

 雪之丞の声に頷きながら、コブラから取り出した無反動砲を肩に担ぐ。
門の鉄格子の向こう、館の正面入り口にある巨大な扉を照準に捉える。

「20秒後だな。いくぜッ!!」

 魔装術を全身に展開し、顔まで黒い仮面に覆われた雪之丞が、極限にまで無駄を省いた滑らかな動作で、スルリと鉄格子の向こうに入っていく。
あまりにも滑らかな動き。それゆえにまるでコマ送りの映像でも見ているかのように、雪之丞の気配が捉えられない。
 スピードやパワーだけではない、それは技の粋を極めたかのような。

「シッ!」

 雪之丞の腕や足が動く度に、近くにいる燃え残った生ける死体達がグズグズに分解され、動かぬ死体に戻っていく。
俺の構えている場所から広い中庭を抜け、正面の門までの障害物を、滑らかな動作で一切の遅延なく排除する雪之丞。

(8、7、6 ……)

まるで影が滑るように、何の停滞も無く、ただただ屍達を排除しながら凄まじいスピードで疾駆していく。

(…… 2、1、0!!)

 心の中でカウントする数字がゼロになると同時、息を止めゆっくりと引き金を引く。
発射と同時に、後方に白煙が噴射され、思い切り蹴られたような衝撃が後ろから俺を襲う。
 轟音と共に、中庭奥のターゲットである巨大な扉が粉々に吹き飛び、その前に雪之丞が油断なく辺りを見回しながら立っている。

「くっ、無反動砲つっても、思い切り反動あるやんか……」

 愚痴りながら、足元に砲身を投げ捨て、右手に神通棍を持ちながら前方へ、鉄格子の中へと走りこむ。
ここまでは打ち合わせどおりに進んでいる。中庭に数十体もいた屍達も、ミサイルと雪之丞の手によって全て無力化されているようだ。
 スムーズに館入り口の巨大な扉だった場所に辿り着く。
無反動砲によって粉々に爆破された扉。その扉から覗く館の内部は暗く、不吉な予感を感じさせる。

 『把』『握』

 左手に文珠を発動させ、右手で館に触れ、解析を始める。瞳を閉じ、全霊力を解析と館内部の把握に努める。
どんなトラップも見逃さぬように。美神さんの位置を逃さぬように。

「横島ァッ!!どけッ!!」

 ドンッ!!と雪之丞の叫びと共に、後方に突き飛ばされる。
驚いて目を開けると、そこに……。

 「横島さん・雪之丞サン・ごめんなさい」

 暗いマリアの言葉を聞き終える間もなく、数発の小型ミサイルが飛翔してくる。
魔装術を展開したままの雪之丞が、俺を庇うように全身で受け止めるように立ちふさがる。

「おおおおおおおおお!!」

 雪之丞の叫び。そしてミサイルの轟音が響き渡り、扉周辺の木材やコンクリートの破片が飛び散る。

「ちっ!!」

 『癒』の文珠を作成しながら、それと平行して『護』の文珠を作成しようと集中する。

 ゾクリ……。背中に強烈な悪寒が走る。
文珠の作成を中断し、相手の逆を突いて館の中に飛び込む。
 
 俺がさっきまでいた場所。ソコに何本ものボウガンの矢が突き刺さる。
ソレを横目でみながら、さらに回避すべく転がる。俺のいた位置に鞭の先端が音速で飛来する。
空気を切り裂くバチバチとした音。恐ろしいほどの量の霊力が付与された鞭。

「横島ぁ!!マリアは俺が相手する。てめぇはっ!!ぐっ、おおおおおお」

 雪之丞の叫びと共に、霊波砲とミサイルが相殺しあう轟音が響き渡る。
それを感じながらも、俺は無様に転がり、ときに飛び跳ね、なんとか攻撃を回避していく。
 少しでも狭い部屋を探す。広い部屋で縦横無尽に鞭を振るわれたら、それだけで勝負がついてしまう。
何もさせられぬまま終わってしまう。

「くっ」

 腰から右手で神通棍を抜き取り、霊力を通す。それで、ギリギリ鞭を弾きつつ後退する。
あの訓練期間。俺は神通棍では彼女にまともに勝った事が無い。
 破魔札を左手で数枚抜き取り、霊力を込め投擲。
俺の霊力に導かれ、『彼女』に向かい札が飛翔する。が、空中でボウガンの矢と相殺される。
 そのまま鞭が飛来。凄まじいスピード。もはや人の目では認識できない。風を切る不吉な音だけが耳に届く。
勘で神通棍を振るう。辛うじて防ぐが、衝撃とともに右手の神通棍が砕け散る。
 
「ぐはっ」

 霊力の余波をまともに浴びる。首筋から胸にかけて、ビリビリした痛みが俺を襲う。
文珠を作成する間が無い。破魔札を更に投擲し、後方に跳び下がる。
 空中でサイキックソーサーを作成、破魔札の直後にヒットするように投射。
しかし、『彼女』はそれをも予測した動きで回避し、ボウガンを撃ってくる。
 だが、なんとか次の部屋に逃げ込む事に成功する。間髪いれず、木製の扉に矢が突き刺さる不吉な音が響く。

「相変わらず……。格好いいッス、美神さん……」

 深く息を吐き、扉の向こうからくる彼女を待ち構える。
長く綺麗な髪、スーツから細く長い足、どこにそんな力があるのか不思議なほど華奢な肩。神通鞭を持つ右手。
 だが、その美しい顔には札がある。あの照れた微笑も、良く笑う顔も、宝石のように綺麗な瞳も見えない。

「助けますよ、美神さん。一緒に帰りましょう」

 神通棍を構え、俺は呟きながら、油断無く構える。

 師と決着をつける為に。

 一緒に、あの場所に帰る為に。
 



[12534] 第12話 『Where there is a will, there is a way』
Name: サカナ◆289a31e3 ID:9a343a1e
Date: 2010/04/22 12:40
「おい、マリア。退く気は……、無さそうだな」

 俺はマリアを睨みながら、半ば答えを予想しつつ声をかける。
ミサイルと霊波の余波で、ボロボロになった暗い大広間の中、俺とマリアは10メートル程の距離を保ちながら睨み合う。

「マスターの・生命の危機です・雪之丞サン・すみませんが・退けません」

 マリアのはっきりした返答。魔装術の仮面の中で、俺の頬がゆっくりと笑みの形に歪んでいくのが解る。
楽しい……。背中にゾクゾクした歓喜にも似た震えが走る。
 ヨーロッパの魔王の最高傑作たるマリア。その体術はあのメドーサと短時間ながら互角にやり合えるスキル。
数多くの現代兵器を豊富に操り、さらに防御能力たるや、アシュタロスの攻撃にもギリギリで耐えるレベル。
 カオスが少し耄碌ぎみであることや、マリア自身が控えめな性格である為か、あまり積極的には戦わないが、その戦闘能力は間違いなくトップクラスのGSに匹敵するだろう。
 楽しい……。やはり、俺は闘う事こそがっ!!

「おもしれえ……。なら、無理にでも押し通るまでだッ!!!」

 会話の間、右手に練りに練っていた霊波弾を放射ッ!!
そのまま、両足で床を蹴り、一気に間合いを詰める。
 床を這うように接近し、すくい上げるようなショートアッパーを狙う。

「ちいッ!!」

 甘かったッ!!マリアの左目が、俺の動きを予想していたかのように輝きを増している。
カウンター!!その左目から強烈な勢いで、レーザーが発射される!!
 背後でジュッという、壁が焦げる音。ギリギリで回避。
だが、まずい……。間髪いれず、第二射、第三射のレーザーが発射。

「ぐっ……」

 魔装術表面の色をできるだけ、銀色系に変化させようと霊気を変調する。
しかし間に合わない。俺の左肩、さらにギリギリで捻った足の太腿部分にレーザーが照射される。
 
「おおおっ」

 右手で手近な場所にある家具、そして床を粉々に破壊し、粉塵を舞わせ、さらに両手から収縮させる前の霊力を体全体に霧のように漂わせる。
レーザーの直撃を受けた左肩と足がドクドクと熱を持つ。だが、粉塵で光線を拡散させることに成功したのか、被害はギリギリに抑えられた。
 レーザーは、ほぼ光速に近い速度で照射される。エネルギー消費の面で、そうはマリアも連射してはこないだろうが、その攻撃速度が厄介すぎる。
霊的な攻撃ではなく、純粋な物理エネルギーなため、呪いなどの付与効果は無いが、それでも十分に凶悪な能力。
 近づこうとすれば、カウンターでレーザーが照射されるために、接近戦に持ち込む事ができない。
かといって、こういう風に間合いを離されてしまうと……。

 マリアが、後方に下がった俺を確認し、膝を曲げたまま、左足をゆっくりと挙げる。
その脛の部分が、一瞬、カッ!!と輝く。

「FFV 013 クレイモア!!」

 マリアの声と同時、左足から強烈な爆風が吹き荒れる。
扇状に熱、そして凄まじい勢いで、鋭く尖った小型の鉄片が発射される。
 魔装術の収束率を最大まで高め、亀のように丸まり、接触面積を抑え耐え抜く。
体中に粉々になりそうなほどの衝撃。周囲の家具や、壁が粉々に打ち砕かれ、瓦礫が俺に降り注いでくる。

「ぐっ……、くっ、まだ残ってやがったのか……」

 後方からゆっくりと接近してくる、多数の死の気配を感じる。キョンシーどもが、まだ残っていたのか……。
体の上に落ちてくる瓦礫の山を振り払いながら、なんとか立ち上がろうとするが、

「レーザービーマー・充電完了。チェックメイト・です。雪之丞サン」

 まだ瓦礫に埋まったままの俺。強烈な爆風により粉塵のはれた部屋に、マリアの声がはっきりと響いた。





 第12話 『Where there is a will, there is a way』





 瓦礫に半ば埋まったままの雪之丞サンを油断なくロックオンしたまま、ワタシは声をかける。

「レーザービーマー・充電完了。チェックメイト・です。雪之丞サン」

 体内のエネルギー残量が残り少ない。合理的に行動するならば声などかけずに、今すぐレーザーで雪之丞サンを行動不能にすべき。
解っているのだが……。頭部の記憶部位に我がマスター、ドクター・カオスの姿が浮かぶ。
 応急処置は行ったのだが、足の矢傷がひどい。少しでも早く手術が必要な容態。
だが、ドクター・カオスのすぐそばに、常に油断無くあの眼鏡の男がいる為、手が出せない。
 眼鏡の男は約束した。この館に侵入してくるであろう、横島さんとその仲間を捕獲すれば、ドクター・カオスを解放すると。
仲間を裏切りたくは無い。しかし、マスターの命は絶対のモノ。
 矛盾する思いを努めて考えないようにしながら、ワタシは最後の通告を行う為、口を開こうとする。

「マリア、くっ、最高だ。楽しいぜ」

 雪之丞サンがワタシよりも一瞬はやく声を出す。ゆっくりと体に降り注いだ破片を落としながら、彼が立ち上がる。

「無駄です・雪之丞サン・この距離では・レーザー回避の確立0.000013%以下です・投降して下さい」

 ワタシの警告。左目部分のエネルギービーマーは最大充電完了。視界はクリア。部屋の粉塵の量も、レーザーの熱量を妨げるほどは漂っていない。
ならばすぐに撃つべきだと解っているのだが、しかし躊躇してしまう。
 その時、雪之丞サンの後方30メートル、二つほど遠くの部屋からキョンシー達の接近してくる音が聴こえる。
どこか安堵する。このまま睨みあっていれば、もうじき雪之丞サンは彼らに捕獲される。
 逃げられぬように、このままロックオンしていればいい……。

「しょうがねえ……。一気に黒幕ごと叩き潰す予定だったが、ここで使う。怨むなよ、マリア」

 雪之丞サンが立ち上がり、どこか優しい瞳でワタシを見つめる。

「理解不能・どんな行動も無駄です・雪之丞サン・撃ちたくありません・投降して下さい」

 脳内で計算する。どんな行動を雪之丞サンが行おうとも、それよりも絶対に早くワタシのレーザーが命中する。

「ところでマリア。横島の『文珠』 あれはよ、何なんだろうな。マリア、理解してるか?アレが何をしてるのかよ?」

「時間稼ぎですか・雪之丞サン・横島さんは・ここから35メートルほど遠くで・交戦中・援護はありません」

 意味不明な事を言いながら、雪之丞サンがゆっくりと魔装術を解除していく。
理解出来ない。ここで魔装術を解いてどうなるというのか。

「宇宙を構成する四つの力……『文珠』は『力を100%コントロールする能力』 横島は『外』に影響を与える為に力を求めていた。逆に俺は自分自身の為に『内』の為に力を求めていた。人間の力、クオリア、現象的意識……」

 完全に魔装術を解いた雪之丞サン。これまでの攻撃で傷を負っていたのだろう。肩と足から血を流し、全身いたるところに細かい傷がある。
だが、傷など気にならない様子で彼は言葉を紡いでいく。

「第五の力『人間の潜在能力』 意思で世界を切り開く!!」

 ナニカ……、危険だ。理解不能だが、危険だと、このままでは負けると、ワタシの人工霊魂が警告を発している。

「雪之丞サンッ!!」

 抑え切れない。不安に駆られるまま、全力でレーザーを発射!!彼の命を奪わぬよう、左足を狙う。
ワタシの左目から、ほぼ光速に匹敵する速度で陽子を照射。一時的に体内の電圧が一気に低下する。
 リスクの高い攻撃。しかし、これは回避できない。どんな行動であれ、亜光速を回避する事は出来ない。
エネルギーの一時的な低下が回復し、徐々に視野が回復していく。
 
 広い部屋の中、先程まで雪之丞サンが立っていた場所……、いない……。回避、有り得ない。理解不能。いったい何が……。
ピーーーーー!!!人工霊魂からの警告。これは……、ハッと自分のボディーを見る。現代兵器の直撃にも耐えうる強度を持つ、ワタシの体。
 
 砕けている。胴の部分から、まるで、斧で横に真っ二つに叩き切られたかのように……。
ピーーーー!!!またも人工霊魂から警告、一瞬遅れて、恐ろしいほどの衝撃。これは、これはッ!!理解不能、理解不能!!
 上半身だけが凄まじい勢いで後方の壁に吹き飛ぶ。ワタシの両手が無い……。粉々に砕け散り、空中に吹き飛ばされている。
理解出来ない。いったい何が……。
 壁がぐんぐんと視界一杯に広がってくる。受身をとることも出来ない。0.41秒後には叩きつけられるだろう。
負けたのだ、しかし何に……。ハッっと気付く。

「超加速・お見事です・雪之丞サン」




 ドゴンッ!!!
 上半身だけのマリアの腕を砕き、壁にむかって思い切り蹴りとばす。限界だ……、加速空間を解除。
とたんに俺の全身に引き千切られるような激痛が走る。ミシミシと弾け跳びそうになる肉体を、皮膚の下に展開した魔装術で無理矢理に止める。
 神族や魔族とは違い、人間には肉体がある。
その為、加速空間に入っている時に、ボキボキに砕け、限界にまで圧縮されそうになる肉体を支えるために、皮膚の下に魔装術を展開する必要があった。
もちろん解除の時に、弾けそうになる肉体を支える為にも使う。しかし、痛みそのものだけは、抑える事ができない。

「ガハッ!!」

 口から逆流してきた胃液と血を吐き出す。内臓が恐ろしい加速度により傷つき、吐いても吐いても、口の中に血があふれる。
通常空間に戻ると同時に、全身を覆う鎧状に魔装術を展開する。まだ決着がついたかどうか、はっきりしていない。
 マリアに大ダメージを与えたハズだが……。

「超加速・お見事です・雪之丞サン」

 マリアの声と共に、壁にマリアがぶつかる轟音が響く。
ふらつく視界、絶え間なく襲う吐き気を堪えながら、ゆっくりと壁に蹴り飛ばしたマリアまで近づいていく。

「俺の勝ちだ。マリア」

 腕をもがれ、上半身だけのマリアに言う。

「イエス・雪之丞サン」

 左のポケットから、横島から突入前にもらった文珠を取り出し、マリアに見せる。

「見えるかマリア?文珠だ……。これでカオスのジーさんを治す。場所を言え。こうなっちまったら、俺に頼るしかねーだろ」

 互いに万全な状態で文珠を見せていたら、文珠の奪い合いでの争いになっていただろう。
だが、マリアはもう動けない。なら、カオスを治療する為に俺に場所を教えるしかない。
 それが同時に黒幕の場所を教える事になり、結果カオスの命を危険に晒すことになってしまってもだ。

「イエス・ドクター・カオスはここから・北方向30メートル先の階段上・右奥の部屋です・宜しくお願いします・雪之丞サン」

 あきらめたのか軽く微笑みを見せながら話すマリア。
その言葉に頷き、部屋の出口を見る。
 一瞬、横島を助けに行くべきか迷う……。
だが、あの二人の間に俺が入ってもいいのか?どういう結末であれ、それはあの二人が導き出さねばならないのではないか?

「先にカオスのジーさんだな」

 呟いて、魔装術を高める。部屋の外に多数のキョンシーの気配。
 俺は両足に力を込め、一気に出口へと駆け出す。

「おおおおっ!!!」

 両手から霊波砲。扉ごと吹き飛ばし、遠くの階段を見つめながら、多数のキョンシーを祓っていく。

「横島……、しっかりやれよ」

 脳裏に親友の姿を浮かべながら、俺は階段へと疾駆する。
 横島の勝利を信じながら。


 ※更新が遅れました。すみません。
私用の為、遅れました。一応の仮更新です。近日中に修正します。
申し訳ありません。



[12534] 第13話 『The die is cast』
Name: サカナ◆289a31e3 ID:a58d69f2
Date: 2010/04/22 14:31
 ようやく逃げ込んだ狭い部屋の中、わずかにスピードの落ちた師の攻撃をギリギリで回避していく。
鞭の先端を加速するための、十分な空間がないこの部屋。
 攻撃力も落ちているはずなのだが、それでも床へと触れた鞭の先端は、バキバキという音を立てながら床の木、調度品などをたやすく破壊していく。
しかし、それも当然か……。美神さんの一撃はゴーレムの岩をも砕き、中級クラス魔族であるガルーダでさえも滅する。
まともにヒットなどすれば、とても人間の肉体が耐えられるレベルじゃない。

「ひぃいい。し、死ねる……」

 頬をかすめる鞭。ポトポトと血が流れ落ち、俺の一張羅であるGジャンへと染みが出来ていく。ウエストポーチから札を4枚抜き取り、回避直後、体勢が崩れたままの師へと目掛けて投射ッ!!
2枚の札は彼女の真正面から、その影に隠れるように1枚。そして、師の頭上から襲うように大きく迂回させた最後の1枚が高速で飛翔する。

 が、いともたやすく防がれる。目前の3枚を鞭で払い落とし、頭上の1枚は大きく振り上げられた彼女の蹴りで弾き飛ばされた。完全に体勢を崩していたはずだが、その動作すら利用し、転がるようにキックを放ち、全ての札を防いだ我が師匠……。あまりに出鱈目な、その身体能力。
そして、俺が息をつく暇もなく、鞭、そしてボウガンの矢が迫る。
 信じられないことに、時折、若干カーブしながら迫り来る彼女の矢。緩急織り交ぜた鞭の打撃。単純な攻撃なら、かつて西条の銃弾を叩き落したように対応できる。だが、美神さんの攻撃は予測を超えた軌道を描きながら俺を襲う。

『――― 駄目、駄目っ!! 横島クンッ!! アンタは確かに、回避に関しては天性のセンスを持ってる。だけど、それに頼りすぎなのよ……、まったく……。いい……? 大きな動作で回避したら、次の手が打てないでしょ? アンタがずっと不意打ちや相打ちを狙うだけなら、そんな回避でもいいわよ。でも……、世界最高のGSになるんでしょう! 弱い人を守るんでしょう! アンタがオーバーに逃げてたら、今度は弱い人、守るべき人が狙われるわよ? さ、もう一回いくわよっ!!』

 あの訓練期間での美神さんの声が脳裏へと浮かぶ。奇をてらった動作ではなく、ただひたすら基礎となるシンプルな動作訓練。その反復練習を続けた日々。
 俺の頬を矢がかすめる。足元ギリギリの床を、鞭の先端が砕き、周囲へと埃が舞い上がっていく。
相手の動作で攻撃を見切り、積み重ねた経験と霊能者の勘を信じて、ギリギリで攻撃を回避。
 そのまま、ジリジリと間合いをつめていく。俺の有利な間合いになるように……。サラサラと長髪を空中へと舞わせ、踊るように攻撃を繰り出す彼女の側へと……。

『――― センスとか、才能とか、天才とか、そんなモノは、努力の果ての果てにあるモノよっ。いい? 積み重ねた経験を信じなさい。地味で苦しい練習が、結局は一番の糧になる。苦しいとき……、負けそうなとき……、逃げ出したいとき……、そんな時、自分が積み重ねた経験だけが、アンタの背中を支えてくれるわ』

 一瞬だけサイキックソーサーを盾状へと展開し、彼女の鞭を弾く。荒くなりそうな息、恐怖に押しつぶされそうな心を必死で保ちながら、ただ彼女へと歩み寄る。
 じわり、じわり、と彼女を壁際へと追い込む。やっぱり、美神さんの外見をしているが、コレは断じて彼女ではない。俺は強い確信を抱く。
我が師のここ一番でのハッタリや、冗談みたいな決断力は目前の存在にはなかった。ただ、師のカラダへ染み付いた動作を繰り返しているだけの存在。ここに在るのは肉体だけ。魂はどこかに囚われている……。

「どこですか……、美神さん……」

 かつて……、宇宙のタマゴの中でも、彼女を探して俺は彷徨った。あの時と同じ……、いや……、あの時はルシオラを失った……。ほんのわずか、一瞬だけの時間すら稼げなかったために……。わずか溢れてくる、後悔と自責の念を振り払う。
 過去は取り戻せない。たかが人間である俺たちは、ただ過去から学ぶしかできない。だから、今回は彼女を救う。絶対に、美神さんを取り戻す。

 壁際へと追い詰め、流石に落ちてきた鞭の速度。だが、一切の油断はせず、俺は準備していた札を取り出す。かつて、美神さん自身が作成した呪い。霊力を一時的にゼロにする、彼女特製の呪術。
 なんども死線を潜り抜け、俺は、ようやく彼女の目の前へとたどり着く。
美しい微笑み。照れた顔……。遠い記憶……、前世の中で見た、彼女の泣き顔……。
 
 それを脳裏へと浮かべながら、とうとう俺は彼女を腕の中へと、強く、強く抱きしめた。






 第13話 『The die is cast』







 変わらない……。あの燃えるような夕日が差し込んでいた事務所であった時と同じ甘い香り。美神さんにふさわしい、甘く、どこか刺激的で、でも優しげなその香り。そして、抱きしめた俺の腕の中、すさまじく細いウエスト。名の通り、美の女神のようなそのスタイル。
 
 だが……、そのカラダはゾッとするほどに冷たく、柔らかさを感じなかった。
俺の胸から溢れてくる、言葉にできないほどの恐怖。もしかして、もう、助けることはできないのでは……という、絶望が襲う。
しかし、その心を抑え付ける。信じる。自分が積み重ねてきたモノを。師から授かった知識と経験、友人から貰った協力を……。

 細い腕からは想像できないほどの力で、俺の抱きしめる腕を振りほどこうと暴れる彼女。必死の思いで抱きしめつつ、右手にもった札へと霊力を流し込む。
 脳裏へ、もし美神さんが元気な時にこんな事をしたら、グチャグチャになるまで殺されるだろうなぁ……という、馬鹿な考えが一瞬だけ浮かぶ。
いや……、霊力を札へと流し込みながら、俺はギシリと奥歯をかみ締める。取り戻す……、絶対に……。そんな、馬鹿馬鹿しくも楽しかったあの日々を……。

 基点があるハズだ。『生きていたい』という美神さんの根源を操作しているモノが……。完全に死体使役師の思い通りに使われていた彼女のカラダ。
美神さんの霊力を阻害し、その大元を解析、分解しなければ。

 股間を狙ってくる彼女の膝を太ももで防ぐ。俺の首筋へ噛み付こうとする口をギリギリで回避。美神さんが俺の腕でもがくたび、スーツの胸元から見事すぎる胸の谷間が見える。見えるのだが、それを鑑賞する余裕など全く無い。
 背中を冷たい汗が流れ落ちる。攻撃を回避し、札へと霊力を注ぎ、美神さんの肉体を流れる霊力を解析しつつ、さらに文珠作成に入る。
俺の脳の血管がドクドクと脈打ち、すさまじい頭痛が襲う。絶えられないほどの吐き気。体中から大量の冷たい汗が流れ落ち、眩暈すら起こる。

「ああああああああっっっ!!!」

 喉の奥から叫び声を上げ、途切れそうな意識を引き上げる。無茶なのは判ってる。カラダへ負担がかかる事も。命がけだと云う事も。
だが、ここで……、ここでやらなきゃ、全てが無駄になる。
 美神さんと積み重ねた日々も、シロとタマモの決死の努力も、カオスを巻き込んだ事、雪之丞を死闘へと巻き込んだ事、隊長や、GS協会の枚方が一睡もせずに見つけてくれた資料も。

 ―― そして、そして……、おキヌちゃんを深く、深く傷つけてしまった事すらも……。

「美神さんっ!!」

 ただ、彼女の名を大声で叫ぶ。その瞬間、くたり……と、唐突に力なく腕の中で脱力する我が師の肉体。瞬時に解析を終える。彼女のスーツ。そのスカートのポケットへと何かがあった。躊躇わずにそれを取り出す。

「なっ!! 何でコレが……!?」

 取り出したモノ……。それは、俺のかつて使っていたバンダナ。どこかで紛失したはずのソレには、俺の霊力と血が染み付き、容易に解析が出来なくなっている。
 よほどコレを怪しいと疑ってかからない限り気づけないだろう。小さな魔方陣のようなモノが隠して縫い付けられており、それが美神さんの魂を吸引し固定していた。何故、美神さんがこんなボロ布を大事そうに? 疑問を考えないようにしながら、ギリギリで作り出した文珠を取り出す。

 今、作成できた文珠はたった一つのみ。ストックは数個あるのだが、それは今、絶対に使う訳にはいかない。この一個を無駄には出来ない。
唇を舐めつつ、俺は文珠へと意識を集中しようと……、

「お見事ですね。流石は世界の英雄です。どうですか? そのバンダナ……。氷室さんから、美神氏へのプレゼントですよ。ヴァチカンへ向かう直前、美神氏が氷室さんから受け取った時の、あの照れたような、実に嬉しそうな笑顔……。君にも、ぜひ見て欲しかったですな。はははっ、罠とも知らず、いそいそと大事そうにポケットへと入れて……。実に、実に、滑稽でした」

「秦ッッッ!!」

 怒り……。つま先から髪の毛の先まで、瞬時に沸騰するような怒りが俺の全身を貫く。だが、無闇に突撃はしない。
ギシリ……、と奥歯をかみ締めながら、我が師の体をゆっくりと床へ横たえて、それを守るように立つ。

 部屋の薄暗い明かりに、その男の眼鏡が反射して瞳の奥は見えない。だが、その口元はニヤニヤと嬉しそうに笑みのカタチへと歪んでいた。
そして……、すさまじいほどの魔力……。ヤツのカラダから、霊力ではなくはっきりとした魔力があふれ出し、部屋の中へと濃く充満していく。

「チューブラー・ベル」

 俺は、限りない憎しみと怒りを込め、ぼそりと呟く。
いくつか、雪之丞と検討していたパターン。その中でも、もっとも最悪だと予測していた事態……。
 霊体癌、チューブラー・ベル……。眼鏡の男、秦 金人氏の娘を殺し、そして、秦氏の肉体、能力さえも奪った悪魔……。
ニヤニヤと俺をあざ笑うように微笑むその姿。それを見ながら、俺は文珠を右手で持ち、目前で腕を構えてヤツを睨み付ける。

 狭い部屋。床がボロボロに砕け、調度品などの残骸が散らばったその部屋へ緊張が高まっていく。
一本の糸……。それが限界まで張り詰め、弾け飛ぶようなその空間。
ギシギシと音を立てそうなほどのにらみ合い。

 その狭く、薄暗い部屋の中、俺はゆっくりと呼吸を繰り返す。
背後で横たわる、美神さんをただ守るように……。








■あと2話で終わります。待たれていた方、本当にすいません。感想いただけるとすごく嬉しいです。
 



[12534] 第14話 『Pride』
Name: サカナ◆00cd4dd8 ID:e3a0ac61
Date: 2010/11/10 17:41

 バンダナを巻いたGSが放つギラギラとした強い視線――怒り、憎しみ、悲しみ、憤り、そんな感情が入り混じった眼光――それは、『悪魔』チューブラー・ベルにとって毎度お馴染みの視線と言えた。
 子供や恋人に寄生し、じわりじわりと霊的中枢を喰いながら侵蝕を続けて命と体を奪い尽くし……そして、愛している親、恋人を殺す。その時に対象である人間が浮かべる瞳の色。
 ニタリ……と、悪魔は笑みを浮かべる。支配している肉体――秦 金人の全身から隠す事無く魔力を発散させていく。
 ここまで、ほぼ計画通り。悪魔であるチューブラー・ベルには、人間の感情は理解出来ない……いや、そもそも理解する気も無い。だが、『悪魔』であるが為、彼は人間の感情を利用する事が、まさに悪魔的と言えるほど巧みだった。
 
 ――あの日、コスモプロセッサで復活した大量の魔族達は、信じられない事に、たかが人間であるGSの手で撃破されていった。大量の核ミサイルを魔王であるアシュタロスに利用され、滅びる直前まで追い詰められた人間の団結と底力を、魔族達は完全に侮っていた。国境、人種、貧富の差、宗教、全ての垣根を越え魔族に立ち向かった名も無きGS、軍人、警察官、一般人たち。
 リーダーであるアシュタロスが滅びた事を皮切りに、大量に復活した魔族たちは、勇気ある人々の手によって滅ぼされていった。
 それらの脅威を目の当たりにしたチューブラー・ベルは、奪った秦の体に潜みつつ、作戦を練ったのだ。
 奪った秦の知識……連日報道されるニュースを見、そして完全無欠である魔王アシュタロスがどうやって滅びたのか? をGS協会へ侵入し密かに調べ上げ、一人の少年の名前に辿り着く。

 ――横島 忠夫

 その少年の事を知った時、チューブラー・ベルは狂喜した。神器――文字通り神々にしか扱えないはずの道具――である文珠を創り出せる人間……もし、この少年の肉体を奪えれば、容易く、そういとも容易く世界を地獄に変える事ができるから。
 チューブラー・ベルには魔王アシュタロスのような理念や理想は無い。彼にあるのはただ、果てし無く深いドロのような殺意……悪だけ。人の苦しみ、悲しみ、嘆きが彼の悦び。横島忠夫の肉体を奪い、文珠を自在に創り出せれば、どのような人物であろうとチューブラー・ベルは瞬時に寄生できる。
 それが大国の指導者であろうと、軍事国家の独裁者であろうと。悪魔の望むとおりに、世界に死と苦しみが蔓延するだろう。中身が入れ替わった指導者たちは、侵略戦争を起こす。いったん燃え上がった戦争という火は瞬く間に世界を地獄に変える。
 そんな邪悪な未来をゆめみながら、横島忠夫を狙い始めるチューブラー・ベル。
 だが悪魔は、少年の肉体へ寄生することは、不可能だとすぐに気付いた。獲物である横島忠夫――魔王アシュタロスを倒し、世界を救ったGSとは思えないほど平凡な少年――は常に大勢の人物に囲まれていたからだ。
 毎日、朝日が昇る前に少年を起こしにくる犬族、朝、夕方、休日に訪れて、料理、洗濯、掃除を行う元幽霊の少女。気まぐれにフラリと現れる妖狐、そして、少年は己のモノだと言うように、世間から守るように、彼に常に目を光らせている世界最高のGS。
 一見、付け入る隙など無いように思えたが、チューブラー・ベルは辛抱強く付け狙い、そして僅かな傷をみつけ……そこを無理矢理に押し広げた。
 
 その結果が今、チューブラー・ベルの目前にある。死体と化した師の肉体を庇う為、広範囲にわたる文珠を使えない横島忠夫。魔族に対する『浄』や『聖』などを行えば、同じ部屋にある死体……師の肉体も傷つけてしまう。
 逆に、チューブラー・ベルにとってはGS美神令子の死体などどうでもいい。秦の知識を使い、おびき寄せる為と、上手くいけばダメージを横島忠夫へ与えられるかと期待して、キョンシーへ加工したが、もはや価値は無い。思う存分暴れる事が出来る。

 もう一度、ニタリとチューブラー・ベルは笑みを浮かべた。彼の戦闘能力は高く、中級魔族と遜色無いレベル。人間などとは基礎能力からして全く違うのだ。唯一注意すべきなのは文珠のみ。
 いや、その文珠も……。

「お見事だな、世界の英雄。驚かない所を見ると、私が、いや、オレがチューブラー・ベルだと気付いていたようだな。いやいや、さすが立派な師匠を持っているだけはある。くくく、そこで無様に死体となった女もさぞ喜んでるだろう」

 秦の皮をかぶったまま、馬鹿にするように言葉を吐き出す悪魔。その言葉に怒りを隠せず、右手に持った文珠へ力を込める横島。ギリギリと彼の奥歯が音を立てて噛み合わされる。全身から迸る霊力……それは永い時を過ごしたチューブラー・ベルの記憶にある人間の中でもトップクラスの力。

「テメェ……」

「まあ待て。いいのか、こんな所で文珠を使っても。女の肉体が巻き添えになる。傷がついたら困るだろう? ……それに、ハッタリは止せ。キサマに文珠を使う余裕は無いハズだ。ふふ、オレを倒した後、『反』『魂』を行わねば……その女、助けられまい」

 もう一度、ニタリと微笑む悪魔。そう、横島忠夫は文珠を使えない。彼が美神令子を救う為には、前提として傷の無い肉体と、文珠『反』『魂』、さらにその前に『地』『脈』も必要になる。
 元々が自然の宿る山々ではない屋敷……それも大量の死体があった場所。そこに地脈を引くには、横島の知識、技能では力不足……文珠の力が必須。成功率の事を思えば、無駄な文珠を使うわけにはいかない。一個でも予備を残して置きたい状況。
 そして、それはチューブラー・ベルの読み通りでもあった。焦りの色を浮かべた獲物の顔を見つめ、魔族は全身に魔力を行き渡らせ……蓄えていた魔力を一気に開放した。




 第14話 『Pride』





 文珠使い、横島忠夫の目の前に立つ黒眼鏡をかけた秦――チューブラー・ベルの肉体――の体表面に稲妻のごとく魔力が迸る。グググッと大きく身長が伸び、服が破け、みるみるうちに腕や足がたくましく太くなっていく。口は大きく耳まで裂け、覗く鋭い牙はまるで狼男のよう。

「ぎゃはははッ、いくぜ。文珠使いッ!」

 大きく笑い声を上げ、GS目掛けて突撃を行う悪魔。
 凄まじい迫力の突撃に対し、一瞬で栄光の手を展開させ、迫る悪魔から美神さんの肉体を守るように立つ横島忠夫。少年の背筋を走る恐怖の感情……けれども、それを上回る怒りが彼の全身に満ちていく。
 左手の力を抜き、いつでも背中に挿した神通棍を抜けるように構える少年。振るわれる悪魔の右手……恐ろしいほど魔力がこめれれたその拳を、剣状に展開している栄光の手によって方向を逸らす。
 バチバチバチッ! と周囲に迸る霊力と魔力の余波。横島の顔の皮膚が裂け、ピリピリした痛み、血液が流れる……が、それに一切構わず、少年は動く。重い攻撃を右へ逸らせ為に、がら空きになったチューブラー・ベルのわき腹めがけ、左手で抜き打ちざまに腰から神通棍を放つ! 

「おおおッッ!」

 横島が美神との修行で散々学んだ事。それはいかに魔族の不意をつくか? という事。元々、魔族と人間では基礎能力から天と地の違いがある。正面から堂々と戦う……なんてのは、よほど実力が無い限り無謀。

『いい、横島クン? 私達の仕事は、正々堂々としたスポーツじゃないわ。卑怯な手を使っても、いかにリスクを減らし、余裕を持って依頼をこなすか? が重要よ。もし、霊や魔族との対決になるのなら、まず頭で出し抜く事を考えなさい。依頼人を、そう……守りたい人を守る! それが、私達GSの仕事よ。真正面から戦う……なんてのは、他の人に任せなさい。いい?』

 横島の脳裏にこだまする師匠の言葉。散々に打ちのめされた訓練の日々を思い返しつつ、彼の左手は閃光のように走った。
 バチッ!! と空気が破裂する音と共に神通棍が唸りを上げ、魔物のボディーに霊力の光が生じる。うっすらと立ち昇る煙。

「ギギッ! この程度が効くかッ!」

 しかし、チューブラー・ベルは一向にダメージを負った様子も無く、凶悪な勢いで蹴りを繰り出す。横島よりも圧倒的に大きな体躯とスピード。しかも、美神の肉体を守る為、横島はあまり大きく動くことも出来ない。
 神通棍を投げ捨て、咄嗟にサイキックソーサーを左手に展開、蹴り上げられた足をギリギリで逸らし、今度は右手、栄光の手で攻撃を繰り出す。

「ちっ」

 しかし通じない。人間では到底できない動き……右足を蹴り上げた体勢のまま、左足一本で空中に跳ね、栄光の手の剣先を回避。ニタリ、とした笑い顔を見せる悪魔。
 
 圧倒的に有利な立場であるチューブラー・ベル。しかしその悪魔も内心で僅かに焦っていた。彼の目標である横島忠夫の肉体は、できればほぼ損傷の無い状態で手に入れたい。よって気絶するぐらいの一撃を叩き込み、じっくりと寄生するつもりだったのだが……。

「ギギギッ!」

 悪魔の目前にいつの間にか迫り来るサイキックソーサーの刃。内心の驚きを隠しながら、必死に回避するチューブラー・ベル。しかし、回避した先……その足元を狙い打つように飛来してくる破魔札!
 ドンッ! という爆発音とともにチューブラー・ベルの右足首が焼け焦げる。ほとんどダメージは無いのだが、いつの間に投射されていたのか? 全く気付けなかった事が憎憎しい。
 外見の若さに似合わず老練な戦術の組み立てを行い、ギリギリで攻撃を回避し、すぐさま反撃を行う目前のGSに対し、抑え切れない苛立ちが募っていく。

「人間如きがッ」

 大きく腕を振り、空気を裂くように攻撃を繰り出す……が、ギリギリで回避するGS。ブチブチと横島の髪の毛を爪が切り裂く、が同じタイミングで悪魔の死角――わき腹へと目がけて叩き込まれる神通棍。
 バチバチバチッという音と、ツンと空気の焼ける臭いが漂う。

「クソッ!」

 チューブラー・ベルは怒りを顔に露にしながら、大きく後方へと跳躍した。油断なく神通棍を構えている獲物を睨みつける。
 悪魔、チューブラー・ベルの予想より、横島の戦闘能力は遙かに上だった。文珠さえなければ、若い年齢、GSである期間を考慮して楽に制圧できる相手だと考えていたのだが……。

「チィ!!」

 再び着地した足元で破裂するいつのまにか飛翔していた破魔札。ほとんどダメージは無いのだが、こうやって時間稼ぎをされ、仲間がやってくると面倒になるかもしれない。キョンシーを多数配置しておいたとは言え、先程の屋敷の外からのミサイル攻撃という不意打ちで、相当の数を減らされている。
 あまり時間が無い……、焦りと怒りを感じつつ、チューブラー・ベルは意識を奪った肉体――秦 金人――死体使役師の知識、霊力にアクセスした。己の実力だけでは制圧しきれなかった……という苛立ちを感じつつも、悪魔はニヤリと笑う。
 遊ばずに最初からこうすれば良かった。使い道の無くなった美神の死体……横島が霊力を流し込んだ為に、若干動作に不安があるが、大丈夫だろう……を盾に攻める。愛する相手に襲われる人間が浮かべる絶望の表情、それはチューブラー・ベルにとって大好物であった。

「やるな、GS。ならオマエの師匠と同時にならどうかなッ」

 横島の背後で、ユラリ……と立ち上がる女性の肉体。長く細い足、折れそうな細いウエストまで艶やかに流れる髪の毛、ツンと上を向いたふくよかな胸。札に隠された気の強そうな美しい顔。そして、生気のない虚ろな瞳。
 美神令子の肉体がゆっくりと糸に操られる人形のように、横島へと目がけて動き出す。それは、決して鋭い動きではない。だがしかし、同時に迫る恐ろしい悪魔とタイミングを合わされた場合……回避は不可能!

「くっ、み、美神さんッ!」

 迫る悪魔の右拳を寸前で回避した横島だが、その代償として美神の蹴りがわき腹へとめり込んだ。ミシミシと音をたてて軋む肋骨……鍛え抜かれた美神の容赦の無い攻撃で横島の口から胃液があふれだす。
 その隙を逃すはずもなく、次々に迫る攻撃。チューブラー・ベルの攻撃は回避するものの、どうしても美神の攻撃を受け続けてしまう横島。美神の右手がしなり、少年の首元へ鋭い突きが叩き込まれる。

「ぐはッ!」

 たまらずにフラフラと後退する少年。口から真っ赤な血があふれ出し、Gジャンを朱に染めていく。そこにトドメをさすべく、背後から蹴りを繰り出そうとした悪魔。
 しかし、その視界の端に一瞬、何かがコロコロと転がるのが見えた。そう、まるでビー玉のような小さくて丸い珠が……。

「くくくっ」

 だが、チューブラー・ベルはすでに予想していた。追い詰められた横島は必ず文珠を使用するだろうと……。そして、美神の死体がある関係上、決して部屋ごと巻き込むような広範囲な文珠は使わないと!
 余裕をもってバックジャンプを行う悪魔。同時に美神の肉体も後方へと下げ、防御の態勢を整える。もう一息……あと少しで文珠の男の肉体が手に入る……チューブラー・ベルはニタリと大きく笑みを浮かべ、――突然、腹部へと襲ってきた激痛に悲鳴を上げた。

「――――ッッ!! な、なんだ、これは!?」

 チューブラー・ベルの腹部へ深々と突き刺さっていたモノ……それは、美神令子が先程まで使用していたボウガンの矢。文珠を使用したはずの横島が、一体なぜ!? 驚愕に目を見張った悪魔の先で、横島忠夫はニヤリと笑みを浮かべた。

「くくっ、ひっかかりやがった。コイツは本物のビー玉さ。どうだ、美神さん特性の矢は?」

 口から血が混じった唾を吐き出し、勢い良く床を蹴る横島。右手にはまるで太陽の如く栄光の手が煌いている。
 ――霊体ボウガンの矢は、特性の銀などで鍛えられており、矢そのものに対魔能力がある。破魔札などと異なり、どんな霊力を込めずに打ち出せる上に、構造上、音がほとんどしない。チューブラー・ベルの腹部にしっかりと食い込んだ銀の矢はズキズキと傷みを発している。

「ぐぐっ、キサマ、今まで油断させる為に!?」

 何度も繰り返された無駄な破魔札の攻撃……それによって、チューブラー・ベルに『距離をとれば安全』だという意識が刷り込まれていた。美神による攻撃によるピンチ……そこで文珠に似せたビー玉を転がして回避させ、悪魔の油断を誘った上で必殺の矢を撃ち出すとは……。

「ギギギッ!」

 腹部からあふれ出す激痛を堪えつつ、一直線に向かってくる少年に対し、拳を振り上げるチューブラー・ベル。さっきまでの攻防で、横島よりも自分の戦闘能力のほうが上だと、攻撃を受けても大した事はない……とわかっている。
 悪魔は十分な勝算を込めて、相打ち覚悟で右拳を撃ちだす。

「――――ッッッッ」

 ドンッッ!! という重い衝撃音とともに、部屋が霊力と魔力の余波を受け、グラグラと地震のように揺れる。舞い上がる埃、バラバラとおちてくる家具や木の板。暗い部屋に、視界が塞がるほど濃い埃が充満する。

「くっ……ぐっ」

 部屋に響くうめき声。ガラガラと物が崩れ落ちる音と共に、フラリと人影が立ち上がる。立ち昇った煙……それがゆっくりとおさまっていく。

「き、キサマ……、こ、これさえ……ワザと……」

 部屋の中央に立ち、驚いたような声を上げているチューブラー・ベル。顔に余裕の笑みは無く、苦痛の表情を浮かべている。そして、その右腕は根元から断ち切られ、胸に届くほど鋭い切れ込みが入っていた。

「くっ、はは、ザマぁみやがれ」

 笑みを浮かべ、フラフラと立ち上がる横島。しかし、少年の左腕も骨が折れあらぬ方向を指しており、肘から白い骨が見えていた。ドクドクと噴きだす鮮血……だが、痛みに構わずに一歩ずつ悪魔へ近づく少年。右手に輝く栄光の手だけが、いささかも衰えることなく輝いている。

「ま、待てッ! お、俺を殺せば、同時に女の肉体も滅びるぞ」

 横島の眼光を浴びた悪魔……チューブラー・ベルが必死の叫びを上げた。もう勝てない、このままでは殺される……はっきりとした確信が背中を通り抜け、苦痛を堪えつつ言葉を紡ぐ。

「ッ!? 嘘だ!」

「ほ、本当だ! オレ様の魔力で女の死体を維持してる、俺を殺せば一瞬で塵になるぞ。た、頼む……見逃してくれ。お前の腕なら反魂の術で復活できるだろ? な?」

 脂汗を流しつつ、横島に頼み込む悪魔。そして、その言葉は真実だと、横島も理解していた。ギリギリと苦悩のあまり奥歯を噛み締める少年。
 横島がストックしてある文珠はあと6個……まず『地』『脈』を行って大地を安定させ『反』『魂』を用いて美神さんを復活させる……というのが計画だった。が、絶対条件として、美神令子の肉体が完全に近い形で保存されている事、というのがある。
 チューブラー・ベルを一瞬で倒し、余裕のある文珠をつかって美神の肉体を『復』『活』させるか? しかし、万全でない体調で続けざまに並列運用ができる可能性は低い。

「クソ……」

 チューブラー・ベルを見逃せば、多数の犠牲者が出る……だけでなく、今までの事が全て無駄になる。かといって、ここで美神さんを復活させなければ二度とチャンスは無い。また……愛する人を見殺しにする? 横島の背筋に冷たい汗があふれ出し、失う恐怖が全身を支配した、その時!

「隙だらけダゼ!!」

 苦痛にあえいでいたはずのチューブラー・ベルが凄まじい速度で横島へと駆ける。その右手には『種』、犠牲者の肉体へ同化し、寄生する為の霊体癌が光っていた。

「なっ! し、しまった!!」

 呆然としていた横島に迫る悪魔の肉体――もはや回避しようが無い距離に迫っている――へと目がけ、突如まばゆい光が輝いた。

「もうっ、アンタはっ、いつまでたっても詰めが甘いのよッ!」

 横島の体の横をすり抜け、バチバチと輝きに包まれた神通鞭が振るわれる。その霊力は凄まじく、容赦なくチューブラー・ベルの肉体を崩し、そして魔力の中枢を破壊していく。

「な、み、美神さんッ!」
「ぐああああっっ、ば、馬鹿な、キサマッッ!」

 響き渡る悪魔の悲鳴を聞き、ニッコリと微笑む美女。顔は文字通り死人の如く青ざめ、髪に艶も無い……しかし、それはまぎれも無く美神令子だった。

「横島クン……、後は私がするわ」

 フラ……と力なく立ち上がる美神。額の札は剥がれ落ち、美しく強気な表情のまま、それでいて優しい視線で横島を見つめる。青ざめた肌……細い腕で再び神通鞭を振るう。

「美、美神さん、もう止めて……」
「ふふっ、アタシがここまで虚仮にされて、仕返ししない訳が無いでしょ! それにね、ゴーストスイーパーは悪魔と取引はしないのよ……横島クン、貴方も、アシュタロスの時にそうだったわ。ふふふ……世界最高のGSに、絶対に、なりなさい」

 ニコリと微笑みを浮かべながら横島を見つめる美神。柔らかそうな眼差しで、何も言えないままの少年の姿を見る。それはまるで、人生の最後に見る物のように。

「そんなに傷だらけで……でも、強くなったわね、横島クン。ふふっ、いつのまにそんなに強くなっちゃったのかしら? ……ありがとう、横島忠夫クン」
「やめて下さいッ!!」

 美神の言葉と共に、神通鞭が閃光を発する。響き渡る魔族の声無き絶叫……そして。

「美神さんッ! 美神さんッ!!」

 サラサラと黒い塵になり、部屋の中に崩れていく美神のカラダ。暗い部屋の中、横島の悲鳴が響き渡っていく。














◆◆◆


やれやれ、あと一話で終わりです。待たれていた方申し訳ありません。サークルでずっと登山ばかりしていました。雪焼けが酷い。
なるたけはやく最終話はアップしたいです。
それがすんだら、最初の文章を改定したいですね。なんというか、酷い文章だww
読んでくださって、ありがとうございます。感想など頂けたら幸いです。それでは。


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