「ふあー、おはようレイジングハート」
《Good morning, master》
「着替え終わったら、いつものお願いね」
《OK》
レイジングハートと短く言葉を交わし、なのはは私服に着替えて居間へ降りる。そこでは母である桃子が朝食の準備をしており、父の士郎が新聞を読んでいた。
「おはよー」
「ああ、おはようなのは」
「おはようなのは。行ってらっしゃい」
「はーい行ってきまーす」
朝の挨拶を済ませると、なのははその足で家から出て行く。ユーノとの散歩で朝の散歩が日課になってしまった……ということにしてある。
なのはは玄関を出ると、道場の方から聞こえる恭也と美由希の稽古の音を背に目的地へと向かった。
そんなこんなで家を出たなのはが向かった先はいつもの高台。過去にユーノと一緒に魔法の練習をしていた場所である。
あの事件が一応の終結を見た日から、もう2週間程になる。
なのはは最初、さつきを探すのにサーチャーを用いていた。海鳴市の中を探しつくすと、次は近隣の市町をいくつも数日かけて隈なく探した。
しかしさつきが見つかることはなかった。その手掛かりとなりそうなものや、魔法の力等に関係しそうなものも、何も。
様々な結界やサポート魔法が使え、更に魔法について色々とアドバイスしてくれるユーノがいればまだ違った結果になったのかも知れないが、今のなのはにはここが限界だった。なのは自身もそれは気付いていた。
だがなのはは諦めたわけではなかった。いつになるかは分からないが、ユーノとは再開を約束しているのだ。リンディやクロノといった心強い助っ人達と共に。
そして、一緒にさつきと友達になろうと約束したフェイトとも。
1人では無理でも、彼らがいれば必ずさつきを見つけられるとなのはは考えていた。ならば、今自分にできることは自身の戦闘能力を上げること。
勿論さつきと再び会い見えることが出来た時、話し合いで全てが解決できるのならばそれにこしたことはないのだが、戦闘に発展する、もしくは持ち込んでまで彼女を引き止めることになる可能性はかなり高いだろう。その時の為の準備である。
つまるところ魔法の特訓だ。特になのはが力を入れたのは、バインドと誘導弾の練習だった。
フェイトとの戦いにおいて見せたあの動き、実は元々はさつきに対抗するためのものなのだ。
一度戦闘を始めたら、攻撃を当てることのできるヴィジョン、耐え凌ぐことのできるヴィジョン、そのどちらもが見えなかったさつきという強敵。
しかしなのはの砲撃魔法の威力は絶大である。耐久力自体はさほど高くないさつきなら喰らえばひとたまりもない筈だ。
問題は、そのさつきの動きが早すぎて優々と砲撃を撃ってる暇も無ければ当てることもできないということであった。
参考になったのは、そんなさつきを、見事に翻弄して撃退寸前まで追い込んだクロノの戦い方であった。
正直言って、なのはは牽制やバインド等を舐めていた。当てなきゃ意味がないのは同じなのだから、最初から高威力の方を当てていけばいいじゃんという思考だったのだ。
ユーノのようなチェーンバインド等が使えるのなら兎も角、なのはの様な普通のバインドで狙って縛れるスキルがあるのならそもそもそこを狙って砲撃を撃とうよという考え方だ。
だから、なのははどのみちさつきの動きに何とか付いて行くことができないと駄目だと思っていた。
しかしクロノはなのはのその認識を覆した。さつきの動きに付いていけなくても、誘導弾によって相手の動きを自分でコントロールする。理屈では分かっているつもりでいても、実際目にするとその強さはとんでもなかった。
勿論、なのはは直ぐにクロノのような動きが出来るようになるなどと思ってはいない。
しかしその真似事だけでも、今までのやり方よりは格段に有効な筈である。
何しろさつきが戦闘の素人だという事はクロノにお墨付きを貰っている。誘導弾とバインドを積極的に使っていけば、砲撃に繋ぐチャンスに繋げることが出来る可能性は格段に高まる筈であった。
「じゃあ今日もよろしくね、レイジングハート」
《OK, my master. Ready to count.》
レイジングハートの返答と共に、なのははそこら辺に落ちていた空き缶を空へとほおる。
《Start.》
当然ながら空き缶の形は不安定だ。無造作に弾くと変な風に力が作用し、どこぞへとすっ飛んで行ってしまう。
空中で無造作に回転しながら落下するそれを、なのはの手から放たれた魔力弾が地へ落ちる前に再度打ち上げた。
その日のなのはは気分が高揚していた。
実は今日はアリサとすずかにフェイト達を紹介する日なのである。先日フェイトの方から先日ビデオレターが送られて来たので、その『非魔法関係者用』の方を持参しての訪問だ。
ちなみにフェイトの方であるが、流石にまだ裁判等は行われてはいないもののその準備等は順調で、扱いの方に関してもリンディ提督監督の下という名目でかなり自由にさせてもらえているらしい。
空き缶を一度もミスることなく正確無比に打ち上げながらそちらに思いを馳せていたなのはは、そこでいずれはさつきもと思い、その途端高揚していた気分が低迷してしまった。
まず思い出すのは、あの事件があの事件が終結した日の夜のこと。
~~~
『じゃあなのはちゃん、これからもさつきちゃんと関わっていくつもりなんだね?
……うん、じゃあ後でモニタールームまで来て』
夕食の後エイミィにそう告げられたなのはは、頃合を見計らって言われた部屋に赴いた。
扉を開けて中に入ると、そこには呼び出した本人であるエイミィが数々のモニターの前にある椅子に陣取り、
その後ろにクロノとリンディ、ユーノといつものメンバーが勢ぞろいである。
「あ、あの、何が始まるんです?」
「いやいや、なのはちゃんこれからもさつきちゃんを追っかけ回すつもりなら、分かってる情報だけでも整理しといた方がいいでしょ?」
「私達も、もう彼女を追うことは無いとは言え気になるものは気になってしまってね」
「ああ、特に時の庭園で彼女が起こしたと思われる現象、僕はあれがどうしても気になる。
君ももしかしたら今後も交戦するかも知れないんだ。色々分かってた方がいいだろう」
なのはは成る程と納得するも、さつきの情報をまとめるということで身を硬くする。
それはつまりなのはにとっては、つい先程まで知らなかったさつきの真実、それと向き合うということ。
ずっとそれを聞き出そうと頑張って、戦ってまで聞き出そうとして、でもやっと知ることができたそれは、予想を遥か外に行くもので、予想より遥かに重いもので。
しかしなのはは放っておけないのだ、さつきのことを。
あんなことがあった後でも……いや、あんなことがあったからこそ、ますますその気持ちは強くなっていた。
ならばこれはいずれ通らなければならない道と、なのはは部屋の奥へ進み皆の輪に入る。
というか事件が終わった直後で色々と忙しい筈なのにこんな事してていいのだろうかこの人達は。
「あっ、でもそれならフェイトちゃんも」
「ごめんなさいね、それは無理なのよ。
これは時空管理局としての仕事とはまた別だから、隔離中のあの娘達を出す訳にはいかないの。
とりあえず、さつきさんについて知っていることは聞いてきたわ」
「そう……ですか」
フェイトと話が出来るチャンスかと期待したなのはだったが、リンディの言葉に気落ちする。
ちなみに、リンディはさつきを逃がしたアルフならば情報を提供することを渋るかも知れないと思っていたのだが、
そこはそこ、彼女はリンディ達にもさつきを逃がしたことについてちゃんと負い目を感じていたらしく、情報くらいならと素直に答えてくれていた。
「さて、では始めましょうか。
じゃあまずはなのはさん、地球において、『吸血鬼』とはどういうものということになってるのか教えてくれないかしら。
こちらでも一応データは集めたのだけれど、やっぱり直接現地の人の話が欲しくて」
「あ、はい。えーっと、私もそんなに詳しい訳じゃないんですけど……。
人の血を吸って、不死身で、お日様の下に出られなくて、ニンニクや十字架が苦手で、噛まれた人は吸血鬼になっちゃう……でしょうか」
リンディの要求に応えるべく、なのははとりあえず『吸血鬼』と聞いて連想することをあげていった。
「んー、やっぱ信憑性があるのはそこら辺か……
でもさつきちゃん、普通に太陽の下に出てたよね?」
なのははエイミィの言葉にうん、と頷くと、もう一つ疑問点を進言する。
「あ、あの、それと私、さつきちゃんに一回噛まれてるんですけど……」
「何だって!?」
「……それで、何事もなかったの?」
「はい。ね、ユーノ君?」
「うん。レイジングハートも検査してくれたから間違いないと思います」
「うーん、だとしたら余計にアテにならないね、なのはちゃんの世界の一般常識」
「あ、でも、血を吸われて死んじゃわないと吸血鬼にならないって話もありますし、
太陽の下でも大丈夫ってのも、珍しいですけど無い訳では……」
「あ、やっぱそこら辺は曖昧なんだ」
早々に疑われだした自分の世界の認識に、慌ててリカバーに入るなのは。
何故か慌ててしまうのだこういうのは。特にこの中で唯一の地球の常識持ちとしては。
「そうね、じゃあ今までのさつきさんの記録から判明することを纏めましょうか。
そこで不明な点が出てきたら、なのはさんの知識を参考に」
「はい」
リンディの方針に、なのはは了解の意を示す。
「んーっとじゃあまずは……」
エイミィがパネルを操作し、モニターに映像が映し出される。
そこには、傷ついた状態のさつきと、その次に現れた時のさつきが。
「やっぱこれだよねー」
「なのはさんの言っていた『不死身』にあたる特徴かしら?」
「しかし、本当に不死身な生物なんて有り得ません。
そうでなければ、今頃地球は吸血鬼で溢れている」
「え、えっと、一応その『不死身』っていうのも結構曖昧でして……
不老不死だったり、弱点を突かれない限りはどんな状態からも回復できるだったり……」
「なのは、その弱点って?」
「さっき言ってた太陽とか……ごめん、他にもあったんだけど覚えてないや。
でも吸血鬼って言ったら、そういう弱点以外は基本的に無敵ってイメージかも」
「うーん、一応僕達が調べた中にも吸血鬼の倒し方は沢山あったけど……
あれだけ沢山弱点とかが出てきたのはそういう理由からか……」
ちなみに、そのデータは例によって『あまりに大量すぎて信憑性が無い』ので脇に避けている状態である。
「プレシア女史は、この能力を『身体状態のセーブ』って言ってたわよね」
「つまり、身体の状態が常に固定されているって言うんですか?
そして何らかの要因で変化しても時間が経てばその状態に戻る?
有り得ない」
リンディの言葉に、クロノが意見を言う。
「確かに有り得ないわ。でも、他でもないあのプレシア女史の解析結果よ。
流石に、彼女程の魔導師がさつきさんの言うことをそのまま真に受けたということもないでしょうし。
しかも、そう考えるとあの火傷のことも説明が付く」
と、そこでリンディはなのはの方をチラリと見てふっと真剣だった顔を和らげた。
「まぁ、なのはさんは別に彼女と殺し合いをする訳ではないのですし、
今まで通り『とても強力な回復能力』を持っているということでいいでしょう」
「ですね」
クロノの相槌に並んで、なのはとユーノも頷く。別にクロノ達は原理まで調べたがる学者ではないのだ。
そもそも魔法ならともかく、レアスキルの原理など考えるだけ無駄なのだ。原理が分かってしまったらそれはもうレアスキルではない。
だから大切なのはどうやって起こしているかではなく、何を起こしているのか、何が可能なのか、その法則と結果なのである。
全員一致でこの件はもういいということで、エイミィが再びパネルを操作する。
「んじゃー次ねー。
えっと、このパワー!」
「それは彼女が人間で無かったのなら納得だ。
僕自身、彼女は強すぎる魔法生物と同じだと思っていたし」
「だねー。んじゃあ次は……」
と、そこでユーノが割って入った。
「あ、次は彼女の使う暗示についてでお願いします」
「ん? ああ、なのはちゃん達が受けてた記憶操作ってやつ?」
「はい、僕達はそれでなのはが彼女に血を吸われたことと、
彼女が吸血鬼ではないかという推測を忘れていました」
ユーノの言葉を聞いて、クロノがあることを思い出す。
「君が僕に渡してくれたプログラム、あれも確かそれ対策だったな」
「うん、同系統のものだと思う。
なのはが血を吸われた時にも喰らっていたんですけど、どうも意識を飛ばされてたみたいで」
「気を失わされていたと?」
「あ、いえ、少し違います。倒れたりはしてなかったようですし、呆然自失と言った方が正しいかと。
レイジングハートが対策プログラムを作ったんですけど、結果から逆算してのものだったので大元の原理についてはどうにも。
ただ思い返してみると、彼女と目を合わせることがトリガーだったかなと」
ユーノの返答から、リンディはそういえば、と引き継いだ。
「フェイトさんも言っていたわね、さつきさんと目を合わせたら、一度だけ体の自由がきかなくなったことがあったと。
なのはさん? 吸血鬼について、似たような伝承は?」
「え、えっと……ちょっと思いつかないです……。
というよりそういうのは怖い話ではお決まりで……」
なのはの言葉に皆が首を傾げる。
それになのはがどう説明したものかとえーっとえーっとと悩んでいると、エイミィが色々と調べ始めた。
「うわー、ホントだ。一杯出てくるよ。
目を合わせたら魂を抜き取られる、身体を乗っ取られる、金縛りに合う、記憶を奪われる、石にされる、好きだと気付く、リンゴが落ちてくる、死んじゃうその他諸々……。
あー、でもやっぱり殆どが精神干渉って思われるのだね」
「お化けと目を合わせると~ みたいなの、もうお決まりなんです」
「……まぁ、原理はともかく、対処法と効果が分かればいいでしょう。
うーん、そうね……目を合わせることで発動する、精神干渉系の魔法――いえ、レアスキルと考えるのが妥当かしら」
「いや、そんなの魔法でもレアスキルでもなくもっと別ものでしょう。そんな能力、根本から違うとしか思えない。
しかし、目から作用する精神干渉とは催眠術みたいだな」
「催眠術とは言い得て妙ね。なのはさん達が受けてた記憶操作も、ちょっとした切欠で思い出せるものだったようですし。そこまで強いものではないのでしょう。
これの対処はもうできてるのよね?」
「はい、レイジングハートを持ってさえいればブロックしてくれる筈です」
応じるようにレイジングハートの表面が光った。
それを受けて皆から促されたエイミィが、場面を次のものへと移す。
「んじゃあ次だね。んーっと、この結界を通り抜けたやつ」
「一応確認しておくが、ユーノ」
「うん、魔力干渉、物理干渉完全シャットアウトの隔離結界だよ」
「考察しようにも、この場面映像記録しか残されてないんだよねー」
「お化けが壁を抜けられるっていうのはよく聞くけど、吸血鬼ってそんなこと出来たっけ……?」
皆がうーんと考え込む。
と、ユーノの脳裏に思い起こされるものがあった。
「あっ」
「何だ?」
「これで思い出したんですけど、そういえば彼女、気になる事を言っていたことが。
確か、ジュエルシードが一種の結界を張った時、『こういうのに敏感』だって。
それでジュエルシードの位置を特定したりもしていました」
「……『結界』に関係する能力? 駄目ね、情報が少なすぎる……というより、分散しすぎてるわ」
その後様々な意見が飛び交うこともなく、結局のところ『彼女は結界に対して何かしらのアドバンテージを持っている』というだけの結論でこの件は終了してしまった。
「さてさてじゃあ次だね」
言って、エイミィが映し出したのは時の庭園での事件終結直前の映像。
ジュエルシードから感じられる魔力が急に弱まり、クロノやプレシアの魔法が不具合を起こした場面。
「あの時クロノ君には通信で伝えてたんだけど、実はこの時さつきちゃんからエネルギー反応があったんだよねー。
だからこれ、さつきちゃんの仕業だと考えて間違いないと思うよ」
「現象としては、AMFに似てますね」
「AMF……アンチマギリングフィールドだったか。
だけどそれはAAAランクの結界魔法の筈じゃ」
「一応僕も簡単なのなら作れるけど、でもこれは違うよ。ほら」
ユーノの指差す先では、さつきとクロノに向けて雷を放つプレシアの姿が。
「AMFは魔力結合を強制的に解除させる魔法だから、その場合あの雷の威力も弱まるんだ。
それにそれじゃ、ジュエルシードの放出する魔力が弱まった理由が分からない」
「そうなんだよねー。
あの時起こってた現象なんだけど、まるで魔力素そのものが消滅してるみたいなんだよ」
エイミィがモニターを見ながら解説する。
そのモニターには素人目にも分かり易いように魔力素の濃度がサーモグラフィーのように表示されていた。
「……魔力素を別のところに飛ばしていた?」
「やっぱそうなのかなー。
でも忽然と反応が消えちゃうんだよね。何かひっかかるなー」
こちらもまた議論が交わされたが、あーでもないこーでもない、という言葉が飛び交った結果『彼女はなんらかの方法で魔力素を消すことが出来る』という全く進展のない結論に落ち着いた。
まぁ何が起こっていたのかが知れた分、クロノとしては無駄ではなかったようだが。
そして議題は遂に本題へと移る。
ここまでは前座。今後のこととはあまり関係ないが、各々が生じた疑問をスッキリさせておこうというだけのもの。
ここからは彼女の能力以外――彼女がジュエルシードを望んだ理由へと移る。
『会いたい人が……いる……
取り戻したい時間が……ある……
帰りたい場所が……あるの……っ!』
『こんな、人の命を奪わなきゃ生きていけないような体になんてなりたくなかった!
たとえあの世界を犠牲にすることになっても、それでも可能性に賭けたかった!
それでもわたしは……人間に戻りたかった!』
「『人間に戻りたかった』、か……」
「フェイトさん達は、『行きたいところがある』って聞いていたらしいわ。
……疑問が、全て解けたわね」
空気が一気に暗くなった気がした。皆の顔に影が落ちる。
「帰りたい場所……会いたい人……。
家族か、友人か、好きな人か、その全てか。吸血鬼という名の人外になってしまったことで、居場所を失ってしまったのね」
リンディの言葉に、なのはがピクリと身体を震わせた。
「……私、それなのに、あの時……」
両手で胸元を掴んで、視線を下に落とし、なのはの口から言葉が漏れる。
「あの時、あの夜の事を思い出して……もしかしたら吸血鬼になっちゃうんじゃないかって不安だったのを思い出して……。
それで、さつきちゃんのことも、少しだけ怖いと思っちゃって、それで……」
「君が気に病むことは無いよ。誰かが悪いとすれば、それは最初に君に牙を突き立てた彼女だ。
君が感じた恐怖心は正しい」
なのはの独白に、クロノがそう返した。
だがなのはは、その言葉にも納得のいかない表情。
それを見て、クロノは思う。
(そもそも、君がそこまで優しくなければ、彼女も傷つくことはなかったろうに)
聞くところによるとさつきは、なのはに噛み付いたことがあるという。
いくら精神干渉を使っていたとは言え、拒絶されたくない者にはそもそもそんなことはしないだろう。
ならば、その時のなのはには拒絶されたところで何の問題も無かったということ。
なのはが彼女にぶつかっていくうちに、さつきの心情に変化が生じたのだ。そういう意味では、確かになのはが悪いと言えるのかも知れない。
だがそんな彼女だからこそ、クロノ達だって応援したいのだ。
「リンディさん、何とかしてあげることって出来ないんですか?」
「彼女の身体を、精密に検査してみなければ分からないけれど……。
ここまで人と違う性質を持っているとなれば……残念ながら難しいでしょうね」
縋るような目でなのはがリンディに聞くも、その返答は芳しくない。
リンディとて、何とかしてあげたいと思わないわけがない。
だがだからと言ってジュエルシードを使わせてあげる訳になどいかないし、真っ当な手段でどうにか出来るかと言われればほぼ不可能だろうと予想できてしまっていた。
と、そこでエイミィがふと声を上げる。
「でも、何で今までずっと秘密にしてきたのに、わざわざあの場面でバラしちゃったんだろう?」
「贖罪のつもりだろうね。無意味で自己満足に過ぎないと分かっていても、やらずにはいられないのが人間だから」
エイミィの疑問の声に答えたのはクロノ。どんどん空気が重くなっていく。
そんな空気を気にしながらも、なのはの方をチラリと伺って、クロノは更なる爆弾を投下した。
「しかし艦長、彼女、この……」
言いながら、問題の場面を再度再生する。それは、さつきの言ったとある一言。
『こんな、人の命を奪わなきゃ生きていけないような体になんてなりたくなかった!』
「こんなことを言うという事は既にもう……」
「……そうね、その可能性は高いわね」
あえて言葉を濁したクロノの言わんとしていることを察して、リンディもその考えを認めた。
「違和感は感じていたんだ。彼女が僕に放った拳、あの威力はもしバリアジャケットを付けていなければそのまま体を貫通している程のものだ。
普通なら、人相手にそれだけのものを向けるのなんて簡単にできることじゃないというのに」
「でも、仮にそうだとしてそれはなのはさんの世界の問題だし、それで彼女とどう接するのかは、なのはさんが決めることよ」
クロノが、今度はしっかりとなのはの方を見る。
なのはの顔色は悪い。クロノ達の言いたいことも、理解してはいるのだろう。
「仮にも自分の世界を犠牲にしてまで元に戻りたいと言っているんだ。彼女の心の闇は、相当に深いぞ。
君はどうする、高町なのは」
クロノは言う、彼女のことはそのままにしておいた方がいいのではないかと。
今までとは違う、ここまで情報を纏めた上での、なのはへの最終確認。
「わ、私は……」
クロノの言葉に、なのはは思う。
状況は、もう一人のユーノがジュエルシードによって生み出された時に似ていた。
どこが似ているのかと思う者もいるだろう。だがなのはの中で、あの時の状況と重なったのだ。
「私は……」
存在そのものが危険なブラックボックスだった偽ユーノ。他人を犠牲にしなければ生きていけないさつき。
偽ユーノは自分からその存在を消した。
なのははあの時後悔した。あれしか解決策はなかったのかと。もっと他に、出来ることがあったのではないかと。何故自分は見ているだけで何もしなかったのかと。
一体何が正しいのだろうと、全てが終わった後、もう遅いと理解していながらも悩んだ。
そしてさつきは――
――『じゃあね、なのはちゃん』
さつきも、消える。自殺するなどという訳ではないだろうが、あの時のあの言葉は、どのような形であれもう二度となのはの前に現れないつもりで放たれたものであることは間違いないだろう。
成る程確かに、人を犠牲にしなければ生きていけないさつきの味方をしたい、助けたいと思ってしまうことは、一般的に見て正しくはないのだろう。
だが、それでもなのはは……
「私は、もう、後悔したくない」
~~~
と、まぁこんな風に決意を新たに固めた、そこまでは良かった。色々と問題はあるが、それの解決に向けても頑張っていくつもりだった。
いつかさつきと分かり合えて、一緒に笑える日が来ればいいと思った。
《――ninety-eight,――ninety-nine,――one-hundred,――hundred-one,……》
レイジングハートのカウントが100を超える。なのははそこで缶を1つ追加した。
シューターも1つ増やし、流石に厳しいので予備のシューターを1つ待機させておく。
問題は、昨日の帰り道、アリサとすずかにビデオレターの事を伝えた時に起こった。
~~~
「新しい友達を2人、紹介したいんだ」
「わぁ」
なのはのその言葉にすずかは嬉しそうに相槌を打ったが、アリサの反応は若干異なった。
「――2人?」
聞き返された言葉に、なのははすまなさそうに頷く。
「うん……ごめんね。3人って言ってたけど、失敗しちゃった」
「……それってつまり、諦めたってこと?」
非難するようなキツイ言い方ではなく、まるで相手を気遣う時のようにアリサ尋ねた。
そんなアリサの対応に、なのはが一瞬だけ嬉しそうな気配を見せたのに気づいたのは、残念ながらすずかだけ。
「ううん、諦めてないよ、まだ。
でも今は、何もできなくて。もう少し時間がかかりそう」
「そうなの?」
「じゃあ、あんたあの『ただいま』って……」
あれは一時的に、ということだったのかと、そんな誤魔化しの言葉ならば気づいた筈だという自信があってもどうしても湧き上がってきてしまう不安を言葉にする。
「ううん、それは本当。残ってるのは、こっちのことだけだから。
だからもう、どこにも行ったりしないよ」
内容はわからずとも、意味は伝わった。
そしてそれは、アリサ達の不安を吹き飛ばして高揚に変えると共に、彼女達にある期待を抱かせるに十分だった。
「じゃあ、今度こそ私たちも何か手伝えるのかしら?」
アリサとしても、期待度は高くとも一応振ってみただけの感覚の言葉だったろう。
だがその言葉に、なのはは一瞬満面の笑みになって、そのまま固まった。
その日、なのはは帰宅してすぐ浮かない顔で自分の部屋のベッドに寝転んだ。
考えるのは、先程の帰路でのこと。アリサからの何か手伝えるかという提案。
その気持ち自体はとても嬉しかったが、なのはは当然のようにそれとなくはぐらかしてそれを断ろうとし、事実断った。
しかし何故当然断るという流れになるのか。アリサの言葉で気付いたが、さつき関係のことは魔法とは何の関係も無い。
2人の唯一の繋がり、接点として魔法が絡んでくるが、それはあまり関係ないし、更に言うと事件の解決してしまった今ならアリサ達に魔法のことを知られても問題ないまであった。
アリサやすずかに吸血鬼の存在を知られてしまう? むしろ知らせておくべきなのではないのだろうか。
ショックもあるかも知れないが、自分達の世界にそういう存在が住んでいるということは知らないよりも知っていた方が安全な気がした。
ならば何故か。巻き込んでしまった場合、危険だからだ。危ないからだ。
何があぶないのか。それは当然……
(さつきちゃん……)
なのはは、さつきを自然と危険と関連付けていた自分に気付いた時、背中を冷たいモノが走り抜ける感覚がした。
確かになのはは、さつきと交戦することも視野に入れて日々訓練を重ねてはいる。
だがそれは、さつきの方もなのはが"力"を持っていることを知っているからだ。
彼女は、何の"力"も持たない女の子相手にその力を振るうだろうか?
(そんな筈、ない)
だって、さつきも最初はなのはに直接力を振るうのを避けていたのだ。
―― こんな、人の命を奪わなきゃ生きていけないような体になんてなりたくなかった!
(ない……)
だって、さつきはなのはが危険なことから手を引くようにと動いてくれたこともあった。
―― しかし艦長、彼女、この……
―― こんなことを言うという事は既にもう……
(ない、よね……)
でも、さつきが"そういう"生物であることは彼女自身が認めた覆しようも無い事実で。
例えそうだとしても何か道はある筈だと、最初から諦めるのは嫌だと、居なくならなくていいと伝えたいと。
だが、それにアリサ達を巻き込むとなると……。
(さつきちゃん……)
それに不安を覚えること自体、さつきの事を信用していないということと同義ではないのか。
そんなことで、本当に彼女を受けいれることが出来るのか。
(わたし、さつきちゃんのこと、何も知らないよ……)
心優しい娘だということは知ってる。これは間違いない。
しかしそれ以上は知らない。かつてのなのはは、それ以上を知りたくて頑張っていた。
しかし……
(知ろうとして、いいのかな……)
その結果、さつきを傷つけた。
さつきのその秘密を暴くことが、さつきにとって嫌なことだと知って、それがなのはを信用できないからだと理解して、
その上で追い求め、結局最悪の形でさつきを傷つけた。
さつきだけじゃない、フェイトだってそうだ。あの娘のことを知りたいと思い、遠慮なくぶつかって行って、そのせいで歪めてしまった。
ジュエルシードを取り込んだフェイトの暴走体の姿が、その中身だった。
だからなのはは、知ろうとすることを、他人の内に踏み込もうとすることを怖いと。そう、感じてしまった。
~~~
《hundred-sixteen,――hundred-eightteen,――two-hundred》
「シュート!」
カウント200と同時に、なのはは2つの缶を同時にゴミ箱へと打ち込もうとする。
しかしそれは上手くいかず、空き缶は両方ともあらぬ方へと飛んで行ってしまった。
慌てて予備のシューターを向かわせ、片方はそのまま反転させてリカバーを狙うも二兎を追う者なんとやら、丁度缶のど真ん中を狙う形となってしまいすっ飛ぶ威力を加速させただけだった。
なのははため息を吐いて飛んで行ってしまった缶を回収しに行く。
《Don't worry. Masters skill absolutely great》
「ありがとうレイジングハート」
もう一度、小さくため息。
あとがき
※この話から3話まで、投下して時間が経ってから中身の順番入れ替えたりと改定しております。読み直してくださって違和感感じた人はすいません。
おかしなところなどありましたら教えていただけると助かります。
久々のQ&Aコーナー
違和感持つ人いるかなー? と思っていたところで案の定質問が来てしまったので、こちらでも返答をしていきます。
Q.
クロノが
>仮にも自分の世界を犠牲にしてまで元に戻りたいと言っているんだ。
と言っていましたが、『自分(さつき)の世界』を犠牲にしたら、さつきの言う『会いたい人』も死んでしまうので矛盾が生じますが。クロノ達のその辺の考えは如何に?
A.
この時、クロノ達から見たさつきの情報と行動からは、以下のイメージが得られると思います。
1、戻りたい筈の場所を壊してまで元に戻りたい程、自分の居場所を奪った『自分が吸血鬼であるという事実そのもの』を嫌悪するようになってしまっている
2、そもそものその戻りたかった場所はもう既になくなってしまっている。それでもさつきから居場所を奪ったのはさつきが吸血鬼であるという事実で、つまり自分が吸血鬼である事実というもの事態が仇のようなもの。だから人間に戻りたい。
3、元に戻ったところで今更戻ることなど叶わない。既に拒絶されてしまっている。ならいっそのこと……!
いずれのパターンであっても、さつきの心には深い傷が残っているであろうことと、自分の身体が吸血鬼であることへの嫌悪感を抱いていることが想像できます。
それを経ての、クロノの『彼女の心の闇は、相当に深いぞ』発言でした。
文中で十分に表現できず、申し訳ないです。
もうテンプレなんて言わせない。
これでもうさっちん空気じゃなくなりますよー!
さあ本編の始まりです。大変長らくお待たせしました!
しかし、感想版で次はA'sかという声が多いですが……だったらサブタイ悩んだりしませんよー!
大体無印はなのはとフェイトの物語とか言っといてさっちんメインの話がA'sな訳ないでしょがー。
しかし、非殺傷設定の解釈変えちゃったせいでさっちんの殴る時に概念付加設定がただの邪魔設定になってしまってる……。
もう無かったことにして修正しようと思ったのですが、第0話の修正が無理ゲーすぎて泣けた。
あの設定固有の描写はもう書きませんので、皆様の中で無かったことにしていただけると嬉しいです。