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[12769] エルフの森からこんにちわ(現実→Mount & Blade PoP MODの世界へ)
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2019/03/22 12:01
※現在新話を作成中ですが、難航しています。もうしばらくお待ちください。



【題名変更】エルフの森からこんにちわ【旧題どうせならもっと有名な作品に行きたかったです(現実→Mount & Blade PoP MODの世界へ)】

 はじめまして、初めて書かせていただきますNolisといいます。

 この作品は中世世界(ぽい)の騎馬戦をたのしめるゲームMount & Blade のMOD Prophesy of Pendor(PoP)の世界に現代人が行ってしまうお話です。

 このゲームは本筋といいますかメインシナリオというものが存在しないので、基本は登場人物や地名・装備品名など設定を使わせてもらう形になっており、オリジナル展開となります。

 初投稿で荒い文章かもしれませんがよろしくお願いします。

10/17 初投稿
11/11 ポッキーの日に3点リーダーをまとめて修正
12/3 その他板に移動しました
12/28 ザルカー討伐編の書き直し開始
2010/4/20 ちょこちょことはじめから修正
5/31 題名変更
8/12 更新再開
2011 9/30 こそこそと改定開始
2012 8/15 こそこそ主人公のウザさ改訂中。迷走してすみません……
2014 11/24 空いた時間にちょこちょこ修正中
2017 10/23 小説作家のアニメを見るとちょっとだけやる気が出たので最初の一部を加筆修正
2018 12/16 ウザさ修正とりあえず完了。追加キャラ登場。ついでに新話追加
2019 3/22 しぶとくsage更新 そろそろ新話書かなきゃ……



[12769] 1馬力目「なにがあったのでしょう」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:04
「こ……こっ……」

 や、やぁはじめまして。俺の名前は加藤和樹、普段は歴史戦略モノ(H○iとか)やFPSとかまぁPCゲーばっかりしているせいか、いつも赤点スレスレな専門学校生……なんだけど、俺は今とても困っているんだ。理由はとても簡単で、なぜならそれは───











「ここどこだあぁああああああああああああああ!!??」










 気がついたら知らない森の中でした……









「おおお、おちつけおちつけ……コレは夢いや痛い、どうなってるんだ!?」


 な、なんということでしょう。頬をつねっても痛く……痛い。夢ではなさそうだ。
 しかしどういうことだろう? PCゲームしながら寝落ちするのが土曜日の日課なのだが、なんと今俺がいるのは自室のPCデスクではなく暗いどっかの森の中。神社とかの神聖な感じとは違うものの、妖怪とかよりも妖精っぽいのが出てきそうな神秘的な森? かもしれない。
 
 ……と、とにかく落ち着こう、これはあれだろう? 寝て起きたら別世界にいらっしゃ~いな展開だろ? 二次創作SSや異世界召還モノでなれっこ……すみません、実際に起きるとガチでテンパります。


「慌てるなまてコレは罠だじゃなくて……とりあえず何かあるかな」


 なんだかまだ混乱しているけども、とにかく所持品チェックだ。もし異世界召還系なら日本に帰れる可能性は低いし、今後人に出会うまでに死んでしまうかもしれない。今のうちに何か対策を考えないと……
 
 しかしアレだ、異世界召還系の主人公って都合よくヒロインが居たり、親切な人が居たりするものだけれども、実際のところは治安の悪い世界なら即ヒャッハーされるか怪しい奴ということで牢ぶち込みコース、まぁ、今のように周りに誰も居なさそうな森なら飢えより先に野生動物にやられておしまいだよなぁ……

 気を取り直しボディチェックの要領で確認してみると、風呂入った後だから服がパジャマなのはいいとして、他に役に立ちそうなのはポケットに突っ込んでおいた携帯と、PCを立ち上げるまで暇つぶしで聞いていた再生中の携帯プレイヤー(スピーカー機能付き)。うん、暇つぶしにしかならないねこれ。携帯は当たり前のように圏外でした。
 とりあえず森の中でもスリッパ履いていたおかげで足の裏が痛くならないのは救いだが、さすがにこの登山ブーツが活躍しそうな森でスリッパは非常にしんどいものがある。

 とりあえずなんでこうなったかを考えるために、ここにいたるまでの流れを少し思い出してみよう。何かヒントがあるかもしれない。スキマとか旅の扉とかなんかあったっけ?


「よし、整理しよう。えっと、俺たしか寝る前に風呂入って、PCの電源入れて起動までの10分の間ココア飲みながらいつもみたいに音楽聴いて……」


 ん、まて、いまものすごーく大事なことを思い出した気がするぞ。風呂……PC……っ!?
 違う、そんなことより、もっと大切なことがあるじゃないか!



「俺の、俺のココアがっ!!」


 もう自分でもわけがわからないけど今、自分に起きている確かなことはただひとつっ! 風呂上りの……ホットココア(牛乳マシマシ)がっ、お預けだとっ!? 許せん、転生とかその辺をつかさどる神様に御恨みもうしあげる。

 そんなアホな事で現実逃避している時、突然遠くから声が聞こえた。



───助けてっ!誰かっ!!



 助けてだと!? 内容的に誰かが何かに襲われているようだ。声的に若い女性と思われる。つまりこれは第一森人発見かつ初回イベントというわけか?

 わけがわからないけども情報収集のために人に接触するのって大事だろう、うん。
 相手が危ない装備とか持ってたりしたら全力で逃げよう、うん……
 というか初回イベントって何だよ俺……うん……


───キィンキィン


 モヤモヤ考えつつ、こそこそと先ほど声が聞こえたほうに近寄ってみると、なにやら金属と金属がぶつかる音が聞こえる。
 この音、斬り合い? なんだ時代劇でも撮影中……わけないか。とりあえず近寄ってみればココが異世界か過去か未来かはてまたただ場所を飛んだだけかどうか判断付くだろう。
 
 それとまぁ、もし斬り合いとかになってたら───

『若い女の子(ぽい声)を救わないで何が漢かっ!』 




───こうして俺は死亡フラグへ向かって、声の聞こえた方へ突貫するのであった。





<???視点>

「きゃっ!? こ、こないでっ!!」


 私としたことが失敗しました、ここがノルドールの聖なる森だからニンゲンはいるはずがないと思ってたのですが……いまさら考えてみればここは森の外に近い場所、ニンゲンがここまで彷徨って来る可能性を考えなかった私のミスです。

 本当はこんな森の外近くまで来るつもりはなかったのですが……みんなからよく言われる方向音痴がこれほどとは……やはり一人歩きは控えたほうがいいのでしょうか。


「***?****?」

「*******!?」

「*******?」


 自分の方向音痴に後悔しつつ、目の前の状況を確認する。錆びた剣を構えたニンゲンが3人、よくわからないことを話し合ってる。そういえば私まだ大ババ様にニンゲンの言葉教えてもらってないんだった……じゃなくてっ!
 今はそんなこと考えてる場合じゃない。

 最初は全力で走って逃げたのだけれど、始めてみるニンゲンに足がすくんでしまっていたのかうまく逃げれず結果は失敗、その後も何度か剣を斬り合わせながら村まで逃げ切ろうとしたのですが、振り返ればいつの間にか後ろは崖で目の前にはニンゲン。
 もうどうやら逃げれないみたい、です……


「こ、これ以上近寄ったら斬りますっ! だから近寄らないでっ!!」


 念のためにと兄上から借りた剣を改めてニンゲン達に向ける。今の私ができる精一杯の威嚇。私の剣術なんかじゃとてもニンゲンを三人も相手にはできないし、何より今まで戦ったこともないです。さっき斬り合えただけでも十分今の私の技量では上出来と思えるほどですし。

 どうしよう、ニンゲン達が追ってくる……私勝てるかな、でも勝たないとニンゲン達にどんな酷いことをされるかくらいは大ババ様に教わりました……ニンゲンに好き勝手にされるくらいなら、いっそ……


「****?」

「****!」

「***!」


 ニンゲン達がまた何か話し合ったかと思ったら、剣をこちらに構えてじりじりと近寄ってくる。だめ……怖い、震えが止まらない。お父様、お母様、お兄様……助けてっ!
 
 
「助けてっ!誰かっ!!」


 助けを叫び震えながらあたりを見回しても分かることはただひとつ、周りに助けは無くて目の前には剣を持ったニンゲンが3人……


「****!」

「****!」

「****!!」


 私の叫び声に反応したのか、ニンゲン達がそれぞれの得物を振りかぶった。私は死を、そしてその後の地獄を覚悟して目を閉じました。
 
 でもその得物が私に振り下ろされることは、突然森の中に響き渡る声で中止されたのです。






「まてぃっ!!」







「「「***!?」」」

「えっ!?」


 突然私とニンゲン達以外いないはずのこの場所で、私たちのノルドールの言葉が聞こえた。ニンゲン達も驚いている。

 でもこの声……違う、私たちじゃない。こんな森の外れに偶然でもノルドールの民が居るはずがない、じゃあ今の声はいったい……




「怯え震える女性に対し凶器を振るい脅すものどもよ、守るべきか弱い者を襲い人としての道を踏み外す……人それを『外道』と言う。」


 その声はとても自信に満ちた声でそう言った。『守るべきもの』? 『外道』? 私はその声がこんな時に何を言ってるのかとわけがわからなくなっていました。

 今思えばあの声でニンゲン達の注意がそれている間にさっさと逃げ出してしまえばよかったのです。でも、この時の私はなぜかこの声の主が知りたくて、その声がした方へと私の目線は釘付けになってしまいました。


「***!!」

「****!?」

「**?」


「えっと……何を言ってるかは知らんが、お前らに名乗る名はないっ!! くらえっ!!」


 そういって突然姿を現した声の主は全身灰色の少しだぶだぶな見慣れない服を着たニンゲンでした。でも目の前のニンゲン達となにか違うような……だってあまりにも身に付けているものや雰囲気が違います。

 そんなことを考えている間に声の主は聞いたことのない音を出し続ける四角い箱のようなものをニンゲン達に投げつけました。ニンゲン達は突然の音に驚いてあわてて四角い箱から距離をとり、必然的に私との距離も離れました。

 ここでやっと私も気づきます、今が逃げる機会はいまですっ! そう思ったとき私の手は引っ張られていました。


「さあ!今のうちに逃げるぞ!!」


 声の主は私の腕をつかむと駆け出します。急に引っ張られたから私は転びそうになったけれどなんとか姿勢を保って一緒に走り出すことができました。でもこの私を引っ張るこのニンゲンは私を見て怖くないのでしょうか。ニンゲンの間では私たちノルドールの民は珍しい物を持っている凶暴な民族といわれているらしいのですが……

 いやその前に私はなんでニンゲンがこんなに近くで、そして私の腕に触れているのに怖くないんだろう。
 どうやら私はいろんなことがありすぎて少し感覚が麻痺しているようです。とりあえず悪いアレとはちょっと違うみたいだから話くらいは聞いてみたいですね。言葉は私たちと同じようですし。




<和樹視点>

 これは幸運値を人生のほとんど分使ったかもしれない。でもほっとけないだろう。『漢』なら。

・女の子の周りを野郎3人が囲んでて、凶器で脅してた。

・女の子も剣を持っていたけど震えてた。しかも背後崖で逃げ場なし。

・左手には音楽がかかりっぱなしの携帯プレイヤー


 だめもとでロム兄さんごっこしてみたけど野郎達がなにいってるかわっぱりわからなかった。何語だろうあれ? とにかくこの女の子に話を聞いてみよう。


「はっ、はっ、ねぇ、君は───」

「あ、あのっ!助けてくださってありがとうございます!」


 全力疾走中にもかかわらず息ひとつ切らさずお礼とは恐れ入る。しかも俺としてはかなり全力疾走に近い状態にもかかわらず女の子はだいぶ余裕のようだ。こっちは呼吸するのにやっとでまともに話しかけることすらできないよ!

 どういたしましてを言う余裕も無くしばらく走り続け、そろそろ首が反るぐらい息が切れてきた。どれだけ走ったか分からないがさすがにもう限界なので、走るスピードを徐々に遅くして背後を振り返ってみる。幸いにして追ってくる気配は無いようだ。携帯プレイヤーの音も誰かの足音も聞こえないくらい離れたから大丈夫なはず。俺と女の子はいったん走るのをやめてとりあえず立ち止って話を振ってみた。


「とり……あえず、もう、追ってこない、みたいだから、走りながら話すの、はやめよ、はふぅ」


「え?あ、はい。あの……大丈夫ですか?」


 息絶え絶えな俺に対してかなり余裕そうな女の子は、頭巾をかぶっているせいでいまいち顔が見えない。しかしずいぶんときれいな声をしている子だなぁ……

 息を落ち着けながらあまり失礼にならないようにチラッと女の子の様子を確認してみる。まずこちらの第一森人、見た感じ身長は結構高めで、肌の色はびっくりするほど白い。
 頭には頭巾をしていて、隠せていない所から見える髪の毛は綺麗で薄い銀髪。染めているような色ではないから自毛なのかな?
 
 服装はゲームでよく見る村娘が着ている服装にかなり特徴的な模様が刺繍されていて、鎧の類は着ていない。

 それにしても……片やあの場から走って逃げ出してきたのに息切れひとつしない女の子。片や息絶え絶えにしゃべる俺。
 俺体力無っ! いや逆転の発想だ、命をかけた火事場の馬鹿力を使ったから体が悲鳴を上げているだけだと。最近テストが近いからってまったく運動してないなんてことは無いよ、ホントダヨ。
 
 とにかくこの第一森人にここの詳しい場所と現状を聞いてしまおう。それが一番手っ取り早いはず。


「とりあえず自己紹介しましょうか。自分の名前は加藤和樹、専門学校生です。貴方は?」

「あ、はい。私の名前はセニア、ノルドールの民です……えっと、センモンガッコウセイとは?」


 ん? 女の子はノルドールの民って言ったよね……え? ノルドール? ちょっとまて ノルドールって……


「えっともしかして君は……」

「ええ、私は……」


 そういって女の子は顔の耳から後ろを隠していた頭巾を俺の前ではずしてくれた。そしてそこにあったのは───


「え、エルフ耳……だとっ!?」


 俺のびっくりした声に反応したのかぴくぴくと上下にゆれるエルフ耳だった。



[12769] 2馬力目「兄上様、襲来」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:05
<前回までのあらずじ>

・気がついたら森にいました

・現実逃避してたら女の子のSOSが聞こえました

・ヒロインフラグだと思ったら死亡フラグでした

・携帯プレイヤーの尊い犠牲によりなんとか死亡フラグを折ってお互い自己紹介

・女の子が頭巾をとったらエルフ耳

            ↑いまここ




<和樹視点>

「エルフ耳? いや今はそれよりも聞きたいことがあります。やはりあなたはニンゲンなのですね、それにしては私たちの言葉を使えるようですが……」



 なにやら自称ノルドールの女の子がマシンガン質問を浴びせてくるが、ちょっと頭が受け取り拒否をしている。

 おい、ちょっとまて。ノルドールって単語にエルフ耳。もしかするともしかしなくてもここはM&BのMADの一つであるPoPの世界? なんというマイナーゲー(しかもそのMOD)だ。
 異世界召還系だったら、ゲームならこうもっとFでファンタジーな大作のやつとか、アニメなら魔砲少女とかピンク髪でくぎゅぅううう! とかそういうところじゃなくて!?

 よりにもよって四勢力に分かれた人類と邪教徒と遊牧民とエルフがいて150年間ず~っと戦争を繰り返し続けているペンドール大陸ですかそうですか。
 うわぁ……どうすりゃいいんだ。プレイした人なら分かると思うけどこのゲームって「天が許しても俺がゆるさんっ! な賊狩りプレイ」とか、「夢はでっかく大陸征服」な殲滅プレイとか……ようするにこのゲーム『話の流れ』ってもんがない。

 メインストーリーのないオブリビオンみたいなゲームって言うと少しはわかるかな? ドラゴンとか居ないけど。

 普通のゲーム世界召還系だったらさ、こう、死んでしまうキャラクタを助けたり、歴史の改変に挑んだりするじゃないですか? しかしここはM&B PoP世界のようだ。うーん自由度最高だとは思うけど、メインストーリーの無いこの世界で俺は何をすればいいんだろう……


「あの……カトウカズキ……さん?」


 おっと、ずいぶんと考え事をしていたようでさっぱり話を聞いていなかった、ごめんよセニアさん。しかし改めて彼女を見ると美人だ。ゼ○ダ姫というか、なんだろう、とにかく美人だ。
 何と言っても目を引くのがその綺麗な銀髪だ、胸くらいまで伸びたコットン100パーセントもびっくりなさらさらヘアーには驚きを隠せない。
 しかもエルフ耳、ぼんきゅっぼん、ノルドールの民族衣装というお年頃の男には大変ドストライクな美人さんだ。正直女神さまです、別な世界では金髪でロードス島あたりに居そうだ……


「あ、ごめんなさい、ちょっと考え事を……えっと、自分のことはできれば和樹って呼んでください」

「わかりました、ではカズキさん、まずあなたもどうやら混乱しているようですが教えてください。ニンゲンのあなたがどうしてこの森にいるのですか?」

「そっちも疑問に思うってことはどうやら長くなりそうですね、いったんそこにでも座りませんか?」


 こっちも聞きたいことがあり、向こうも聴きたいことがある。これは長くなりそうだということで、とりあえずお互い近くの木の根に座って一休み。決して走りすぎて足が生まれたての鹿のようにガタガタしそうなのをこらえるためではない。

 それはともかく、セニアさんはとても不思議そうにこちらを見つめてくる。え、ゲームじゃ人とか賊とか普通にノルドールの森の南とか西に侵入してた気がするのですが。人がいるとそんなに不思議なんですか?


「その様子だとこの森について知らないようですね。この森は私たちノルドールの民が住まう聖なる森。ニンゲンはこの森の入り口とその周辺までしか入れないのです。無理に進もうとすれば帰り道どころか自分がどこにいるのかすらわからなくなります」

「なるほど。えっと、そうすると先ほどの盗賊らしき一味はいったい?」

「あのニンゲン達ですね。彼らは森の外から来ましたが、カズキさんは森の中から来ましたよね? 森の中から人が出てくる、というのは本来はありえないのですが……」


 ゲームをやりこんだ既存プレイヤーだが聞いたことの無い話だ。。一応このMODのWIKIはあるけど英語だから某興奮翻訳に頼って流し読みしたくらいなので、知らない設定があったりするかもしれないし、そもそもゲームにはない設定がこの世界にはあったりするのかもしれない?
 無理し進むと迷う森と言われてもプレイヤーキャラは、軍団を率いて普通にこのノルドールのいる森ウロウロできるしなぁ。
 
 待てよ、そういえばさっきからセニアさんとは普通に会話できるのに、盗賊連中がなに言ってるかさっぱりわからなかったな。
 
 異世界召還系は最初にチート能力をもらえるものだが、もしかすると自動翻訳がチート能力なのだろうか……?


「なるほど、参考になるかわかりませんが、実は自分はかくかくしかじかしかくいきゅー……」






<セニア視点>

 カトウカズキと名乗った彼の語った事情は驚くべきものでした。

『自分はどうやらここじゃない世界から来たようです』

 そんなことを言われて素直に信じることは普通はないでしょう。けれども彼の持っていた『ケイタイ』に映る風景や人を見る限り、私たちノルドールが保有していない技術があり、それが彼の世界に存在していると認めなければいけませんでした。

 ノルドールは今現在ニンゲンの作る装備や道具などのすべてにおいてニンゲンの技術力を上回っています。ノルドールの中でも珍しくニンゲンの機械や知識などが好きな私としては彼の持ち物の技術には非常に興味があります。


「あなたの話はだいたい理解しました。ところでカズキさん、あなたは元の世界に返る手段はあるのですか?」

「いえ、今のところは……」


 少し寂しそうにそう言うと、彼のおなかがかわいく”ぐぅ~”と鳴ったので、ニンゲンにもかわいいところはあるものだと少し笑いながら、私は持っていた携帯固形食をひとつちぎって分け与えました。
 彼はショウユがほしいと言っていましたがショウユとは何のことでしょうか。やはり彼から聞きだせることは非常に多々あるようですね、ぜひともいろいろ聞き出してみたいです。

 でもひとつ問題が。情報を聞くためにどこかでゆっくりとしたいのですが、ノルドールの村にニンゲンであるカズキさんを入れるのはまず無理です。ノルドールとニンゲンは昔から多くの血を流し、戦い続けています。
 そんなノルドールの人たちに彼を紹介したら間違いなくその場で殺されてしまうでしょう。となると私が彼をこのあたりに匿い、毎日食料を持って来るべきなのでしょうか……しかし匿うとしてもこんな森の外縁部にそう匿えるようなところも……

 そんなことを考えていると、彼は私が先ほどからすっかり忘れていたことを思い出させてくれました。


「あの、セニアさんの話ですとノルドール人は人間族のことを徹底的に嫌っているようですが、自分は大丈夫なのでしょうか? 人間なのですが……」


 そういえば言われるまで気がつきませんでした。どうして私はニンゲンの彼が怖くないし嫌いでもないのでしょうか、やはり命を助けられたことが原因なのかもしれないですね。


「あの、カズキさん。助けていただいたわけですし、もっと砕けてお話しませんか? 私のことはセニアと呼んでくださって構いませんよ」

「えっと、じゃあお言葉に甘えて。俺のことも和樹と呼び捨てにしていいですよ。でもさん付けはしますよ。えっと、なんというか、美人さんを呼び捨てするのはちょっと照れくさいもので……」

「ふふふっ」

「えっと、なんで笑うのかな……えっと、そんなに俺変なこと言ったかなぁ?」

「ふふっ、いいえ、ノルドールと人間がお互い砕けて話すというこの状況がなんだか面白くって」

「セニアさんの話を聞く限りでは、たしかにありえない状況みたいなのかな?」


 そんなことをしばらくのあいだ、木の木陰で座りながら話しているといつの間にか彼と私は親しくなっていました。なかなかどうしてニンゲンの友達というのも面白いかもしれないですね。



───セニアー!どこにいるんだー!



 そんな楽しいかもしれない未来を想像していると、静かな森にこだまする声、この声は兄上だ。そういえばずいぶんと彼と話し込んでしまいました。兄上にも彼を紹介……だ、だめです! ノルドールの中でも特にニンゲン嫌いな兄上に彼が見つかれば結果は簡単に想像がつきます。か、カズキにはいったんどこかに隠れていてもらわないと。


「えーっと、誰の声?」

「カズキ、今のは私の兄上の声です。帰りが遅いのを心配して探しに来てくださったのでしょう。ですがあなたは兄上に見つかってはなりません、固形食糧とコートを渡しますのでそれで今夜はしのいでください」

「了解! ……えっと、セニアさんのお兄さんってもしかして……」

「ええ、大のニンゲン嫌いです。ニンゲンとの争いがあるといつも最前線で部隊を率いるほどですので。なのでカズキは……っ! いけません、早くどこかにっ!!」


 さきほどまで小さかった足音が急に大きくなってきます、カズキのニンゲンの臭いに気がついたのでしょうか。私はあわてて彼をせかしました。






 結果───







 彼は木の根で盛大にころんだのでした。




<和樹視点>

 ちょっ!? 「ニンゲンクゥ、クッテツヨクナル」的なお方だったのセニアさんのお兄さん!? なんとしても早く逃げないと!!


「ですのでカズキは……っ! いけません、早くどこかにっ!!」


 急に近づく足音とセニアさんに急にせかされたれたのと、さっきの全力逃亡により疲労していたこともあり、俺は見事なまでに木の根っこにつんのめってしまった。


「ふべしっ!?」
 

 つんのめり全力で顔面を強打する。いてて……鼻が痛い。それに足もくじいたかもしれん、いやいやとにかく木の反対側でもいいから隠れないとっ!!


「おおセニアまったくいつまでこんな所……そこの貴様っ! 何奴っ!!」


 あっ、間に合わなかったとか思う前に、しゅっという音が聞こえたと思ったらセニアさんの兄上様が、根っこで転んだままの俺に対し剣を喉元に突きつけてます。1ミリあるのかコレ!?
 絶賛死亡フラグ祭りです。俺ゲームの世界に来たと思ったら美人のエルフと楽しくしゃべって試合終了ですか、やすにし先生、まだ俺あきらめてないんですけども……
 

「兄上っ! その者はニンゲンに捕まるところを助けてくださったのです! 剣をお引きください!!」


 おおー焦るセニアさんもかわいいなぁ……人間死ぬ一歩手前になると急に何かを悟るとか言うけど、今まさに俺は悟ったよ。かわいい女の子はなにしてもかわいいんだなぁ。HAHAHA、すばらしいね。世界の真理のひとつを死ぬ前に悟れたよHAHAHA……ひでぶ。



「貴様、ニンゲンか! ニンゲンが我らに益をもたらすことなどするはずがなかろうっ! おのれ貴様っ、妹がニンゲンをかばうなどと……なにをしたっ!!」


 だから助けたんだよっ! と言いたいが喉元には1ミリあるかないかの所に剣があり、ヘタに話せば刺さりそうだ。その上左足で俺の右肩はがっちり踏みつけられ身動きひとつ取れやしない!
 踏まれてムカついたのと慌てるセニアさんを見て少し生きる気力がわいてきた。冤罪過ぎる上、間違いなくこのままだと殺されるので、喉に剣が刺さるの覚悟でなんとか兄上様の誤解を解かねば。
 まったく……この兄上様、見た目は指輪物語的な意味の弓兵さんばりなイケメンのくせにずいぶんと暴力的だなまったく!


「じ、自分はは別にセニア様にやましい気持ちがあって近づいたわけではなくてですねあのですねかくかくしかじかしかくっ!?」

「黙れニンゲン!」


 回る視界、体に響く衝撃、ひどく痛む後頭部。あぁ、どうやら説明を全部できる事なく首根っこつかまれブン投げられたようだ。俺の中で兄上様はシスコンキャラが定着したのはおいといて、やましいとか言ってしまった。余計に勘違いの元撒いてどうする!?

 キレてる上にシスコンキャラ(決め付け)に過剰反応しそうな単語言ったからか非常に、ひじょーに怒ってる。いやまぁ俺が兄上様の立場だったら間違いなく俺の事通報するけど、話さないと通じないことだってきっとありますよ?

 そんなことを投げ飛ばされた後、背中に走る痛みから意識を逃すために現実逃避していると、また兄上様が剣を向けてゆっくり近づいてきた。
 なんだろう、兄上様の背後にどす黒いオーラが……あれだね、これは歩道橋の上でZソー持っている女の子と同じぐらいやばいオーラだね……あぁ、首のかぁ……

 それでもやっぱりせっかくM&Bの世界にきたっぽいんだし、冒険のひとつもせずに死ぬなんて真っ平ごめん!! と柄にもなく覚悟を決めていたらセニアさんからシスコンの兄に対する最強の言葉が飛び出してきた。


「……もう! お兄様のばかっ! 話も聞いてくれないお兄様なんてだいっきらいっ!!」


 するとなんということでしょう、突然目の前のセニアさんのお兄様は全身の力が抜けたように剣を落としその場でひざをつくと『うわぁあああああああああああ!!!』とか盛大に叫び始めた。

 ほぅ、やはり俺の見立て通り重度のシスコンだったようだ。こ の シ ス コ ン め が っ !
 というかセニアさんキャラがおかしい、それは会ってまだ短いけどわかる、たぶんきっと彼女のキャラではない気がする……

 というか、さっきまでのちょっとシリアスな雰囲気がいきなりギャグ展開じゃないか! わけがわからないよ!


「あの~セニアさん、キャラ変わってません?」

「ふふっ、昔から兄上はこう言うと一発で言うことを聞いてくれるんですよ?」

「うあああああおおおおおおおおおおおおあああああ!!」


 口に人差し指を当ててふふふと笑うセニアさんかわいいなぁ。まて、何だこのカオス、誰か収拾してーっ! なんだ、ここはよくわからんけど俺が突っ込まなきゃいけないのか!? 


「さて兄上、そろそろ落ち着いてください。とにかく村へ彼をつれてってもよいですか?」

「……う、うむわかった」

「で、ではお言葉に甘えてお邪魔しますね」

「まったく、ニンゲンの言葉はわから……む? ノルドール語?」


 おお、セニアさん勢いでOKさせたよ。セニアさんの兄上様が……って、面倒くさいので心の中では兄上様でいいか。
 まぁその兄上様はようやく俺がノルドール語(仮)を話している事に気がついたようだ。俺はそのまま日本語を話しているつもりなんだけどなぁ。

 まてよ、他の言語だとどうなるんだろう。


「セニアさーん、ぐーてんもーげーん」

「え?」


 あえての英語でなくドイツ語でいったが無理だったか。まだだ、洋ゲーで鍛えた言葉はまだまだあるぞ!


「いやセニアさんがいなければ本当に兄上様に殺されてたよ。スパシーバ」

「えっと、スパシーバ……? どこかで聞いたことのあるような、レイヴンスタンの言葉でしょうか? 先ほどのぐーてんもーげんとやらはわからないのですが……」

「……ニンゲン、我らの言葉ではなくいきなりどうしたというのだ」

「あ、いや、これといって深い意味はないのですが」

「……」

「あ、あはは……」


 レイヴンスタン王国といえばこのゲームでは厄介な盗賊ミストマウンテン族の住む北の山岳地帯を主な領土とするさむーい王国だったはず。

 寒い=ロシアなら、南の帝国はローマ軍団兵みたいな装備してたからイタリア語になってたりして。てことはさっきの盗賊みたいな野郎どもは西のサーレオン王国からか、北のヤツ族かな。

 ヤツ族ならモンゴルというか中央アジアっぽい装備のはずだから、普通のヨーロッパ人ぽかったからあの野郎どもはたぶんサーレオンの流れ者だろう。

 とりあえず、兄上様の目線がとっても怖いので、話題を変更しよう、うん。目線で死にそうですよ……


「えっとですね、どうやら俺の世界の言葉とこちらの言葉は多少つながっているようでして……よろしければ後で色々とお話を聞かせていただけると幸いなのですが……」

「ええもちーーー」

「いろいろとはなにごとだっ!!」


 兄上様、自重してください。 首が、首が絞まってうぎぎぎぎ息がががが……


「はぁ……兄上、ニンゲンが嫌いなのは結構ですがどうやら彼はニンゲンはニンゲンでもどうやら違う世界の住人のようです。もし精霊様の世界の住人だったら精霊様たちにどのような制裁を受けるのかお分かりですか?」

「ぐっ……うぅむ。」


 兄上様の一挙一動死にそうになってばかり居る気がするが、どうやら別世界=神々や精霊の世界、としておけばノルドール人には効果はばつぐんだっ!で死亡フラグ回避が可能とわかった。
 それにしてもこのセニアさん、すばらしい説得術である。

 よしこれでとにかく突撃ノルドールの晩御飯が可能になったわけだ(ほぼ100%セニアさんのおかげ)。ところで晩御飯といえばたしかこのゲームの食料って基本パンとか干し肉とかばっかりだった気がする。

 ゲームでは安くて大量に手に入る干し魚にはだいぶお世話になったが、今ならわかる。もし現実世界に帰ってプレイすることがあったら今度は食料はバリエーション豊富にしよう。たぶんこの世界の兵士たちもきっと干し魚だけでは飽きるだろうし。


「ではカズキ、村はこちらですのでついてきてください。」

「了解です、どうぞよろしく」


 なんてことを考えつつ途中セニアさんといろいろ話しながら、兄上様の殺意のこもった目線を受けながら俺はノルドールの村へといくのでした。





あとがき

和名翻訳は現在進行中の翻訳を使用しております。興奮翻訳先生だとトンデモ翻訳になりますので(汗)



[12769] 3馬力目「突撃!ノルドールの村!」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:06
前回のあらすじ

・兄上様はシスコン

・兄上様は人間嫌い

・兄上様自重


<和樹視点>

───ノルドール・ノヴォ村長の村


 やってきましたノルドールの村。うん、あたりまえだけどマジ中世の村。ゲームの村と同じだよこれ、だめだこの風景を見ると村長を探す癖がついてるわ。

 いろいろ驚いていた俺だが、ほかの人からするといろいろじろじろ見ているように見えたのか、兄上様から「ジロジロ見てるんじゃないこのニンゲンがっ!」と怒られました。そんなこといわれてもシカタガナイジャナイカー……

 その後村の中央ぐらいにあるちょっと大きめの館っぽい(公民館?)ところに兄上様とセニアさんに連れられてはいりました。
 そしてただいま俺は村の偉い人に囲まれていろいろとちびりそうです。

 すばらしい殺気のこもった周囲からの目線。やめて! 俺のライフはもう0よ!!

 まぁそりゃ兄上様がいくらノルドール内でも筋金入りの人間嫌いであってもノルドール全員がそんなわけないって思ってたけど……ってそんなことはなかったよ! そもそもゲームでも人間の作成キャラとノルドールは友好値最悪だったし、みんな人間を敵視してるんだった。


「カズキ……といったな、まずそちのいう別世界とはどのようなところかまず説明してもらおうかのぅ」


 声の方向に振り向くとそこには黒いロープを羽織ったおばあさんが。まさにナ○シカの大ババ様みたいな人が出てきたよ。エルフっぽいノルドール人も年取るのね、何歳って聞いたら千年とか言われそうだから笑えない。
 というかみんな怖いです、ぼくはわるくないてんいしゃだよ。ガクブル


「カズキ?」


 心配そうに、うつむいた俺の顔を見るようにこっちを覗き込むセニアさん。マジかわえぇわぁ。残念ながらセニアさんを眺めてると兄上様と周りの目線が時間が立つたびにきつくなってるので、俺は急いで説明し始めることにした。


「はい、改めまして自己紹介させていただきます。自分は加藤和樹と申します。専門学校生をやっております。まず、最初に皆様に知って頂きたいことがございます。
 自分はこの世界が物語として存在する世界から来ました。そして、その物語を体験できる装置が自分の世界にはあります。
 その装置を使い自分はこの世界の出来事を知り、多少ではありますが体験したことがあります。とはいえ、なぜノルドールの皆様の言葉が理解できて、かつ皆様に通じるのか。なぜ気がついたらあの森に居たの。残念ながら自分には解りません……」


 めっさみんな驚いてるよ、当たり前だよ俺だって自分で言ってて何言ってんだって思ってんだからさ。


「うーむ、いまいちわからんがの。それは、わしらが死んだ後のずっと後の世界から来て、歴史を元にした物語を体験できる装置を使ったからわしらを知っている。そういうことかの?」


 周りにいた好々爺っぽい人が話しかけてきた。なんとか変な方向に勘違いされないように説明できればいいんだけど、うーん、うまく説明できないなぁ。

 ちなみに転生SSとかで自分がキャラクタで自我なんてないみたいなこといわれて混乱したりする描写とか見たことあるから、未来から~的な事にしたり、物語として本に残っていたとかしとけば、神話の世界とか歴史を基にした物語とかに思考がいってくれるとおもってました。
 かなりこじつけで理解するのは厳しいですね。はい自分でもわかってます、即席な自己論理武装です本当にありがとうございました。


「それはよくわかりません、あくまで物語でしたので。どの時代の歴史を元にした物語なのかもわかりません。もしかしたらどこかの国の伝承を元にしたのかもしれませんし」

「時代、のう……ふむ、ではそちらの知っているこちらの世界の現状をきいてみようかの?」


 好々爺っぽい人の質問に、さっきの大ババ様がうなづいた。どうやらこのおじいさんがいろいろ質問してくるご様子。大ババ様っぽい方はちょこちょこ横に立っている人となんだか話し合っている。

 それにしてもこちらの世界……今のペンドール大陸の情勢のことかね、地図とか勢力とか言えばいいのかな?


「まず、あなた方は大陸の東に位置する森に住まうノルドール族の方々。そしてこの森の北には領土を持たない遊牧民的な生活を送るヤツ族、そして西にはサーレオン王国。南にはストーム……なにがし城を有する帝国……で合ってますか?」

「うむ、間違いない。じゃが城の名前はシールドストーム城での。あとできれば誰か知っている個人を言ってみてくれんかね、時代まで合っているかはまだわからんからの」

「あの城は俺が子供の頃からあるからなぁ」

「ニンゲンからすれば遥か過去といったところかのぅ」


 周りのノルドールの人たちの一部が興味を持ってくれたようだ。まぁ、大方の人たちは今にでも俺を殺したいって目で見てるけど……

 それにしてもこの好々爺(仮)さんめっちゃ頭柔らかいな、俺があの立場なら絶対こんな的確な質問できないと思うけども(汗)
 それにしても人物で知ってる人……あーあんまり思いつかないなぁ。コンパニオンの人でも言ってみるか、それとも国王様とか……覚えてねぇ。

 そういえばやたらと身の上話が悲しい話で覚えてる人が居たな。たしかマディガンの英雄 ジギスムント・シンクレアさんだっけ?


「じ、人物ですか……北のレイヴンスタン王国か西のフィアーズベインにジギスムント・シンクレアという黒い騎士甲冑を着た人物がいるはずですが。自分の知識ではまだご存命のはずです。率いていた部隊は壊滅したようですが……」


 ジギスムントさんの名前を出したらまさかの周りのノルドールさんたちがおおーとなにやらざわざわし始めました。なんでせうか? これってもしかして地雷でした!?


「ジギスムント様なら私知っていますよカズキ、以前『マディガンの英雄』と呼ばれ義勇軍を率いて賊の討伐をされていた方のはずです」

「以前、ということは現在はやはりもう野に下っているんですか?」

「それはわかりませんが、最近活躍の噂は聞きませんね。以前はこのノルドールの人のあいだでもよく話題になる人でした」

 
 地雷踏んだかと思ってあせっていたところにセニアさんが解説をいれてくれました。
 にしてもジギスムントさんも俺とあの野郎どもと同じ人間族なんだけどいいのかね? 集まった方々の中には明らかに尊敬の念がうかがえるんだけど。


「ニンゲン、ジギスムント殿のようにニンゲンにも弱きを守り、悪を打ち砕く誇り高きものがいることぐらいは我らとて知っている」


 わーお、人間嫌い党党首の兄上様がそういうくらいなんだから、ジギスムントさんマジすごい。ゲームで彼をスカウトする時に払う4000デナリ以上払ってでもこの世界ではぜひパーティーに加えたい。


「さで、カズキとやらよ。そちの話は大体わかった。で、これからどうするつもりかの?」

「この村の場所を知った以上、ここで殺しておくべきでしょう大ババ様」

「そ、そんなっ!彼は私の命の恩人なのですよっ!?」


 兄上様いきなり口封じですかっー!? 命助けて死亡フラグ拾うとか俺ついてなさ過ぎるだろ。
 周りの人たちも「ニンゲンに村の場所を知られたからのぅ」とか「確かにここで殺しておいたほうが……」とかまてぃ、俺はまだ死にたくないよ!
 というかつれてこられたのに知られたとか理不尽です。

 と、ここで先ほどの好々爺(仮)さんが助け舟を出してくれた。


「大ババや、このニンゲンはわしが引き取るでの。ニンゲンの生活知識や、こやつの言う物語の知識を生かせればノルドールの民のためにもなるでの」

「ひ、引き取るって、ニンゲンを!?」

「お気をたしかにっ! こやつはニンゲンですぞ!!」


 周りの人からすると人間族引き取るのってすんごいんですね。爺さんさすがっ! もうこの人に任せるっきゃない!!


「助けていただけるのならば、非才の身なれど、全身全霊をもって職務にあたります!」


 なんだか時代がかった言い方になってしまった。
 でも、俺だってこの先生きのこれるかわからないからもう全力全壊で保身に回りますよ。ノルドールの村でこの時代の知識とかゲッチュウしておかないと野垂れ死にそうだし。


「大ババや、よろしいですかの?」

「うむ、そちのよきようにするがよい」


 よしっ!再び死亡フラグを回避したっ!!


「よかった……」


 おうセニアさん、あんたのおかげでっせ。もー軽く涙目になりながら俺が助かったのを喜んでくれるなんてもう……いかん萌える。


「ではカズキといったな、ついてくるでの」

「サーイェッサーッ!」

「む?」


 よし、反射的にしてしまったがこれで英語もないっぽいのが確認できた、いやいやまだ決め付けるのは早いか。次は何語言ってみようか。
 とりあえず転移して即死亡は避けられたうえ、野垂れ死ぬこともなさそうなので一安心。いまは黙ってこの好々爺(仮)についていこう。








 さて好々爺(仮)の家に到着しました。現実世界では寮生活だったから家が広く感じるなぁ。あ、そういえばこの好々爺(仮)の名前聞いてなかった。


「すみません、あなたのおかげで命拾いしました。この時代でできることはまだよくわかりませんが、これからよろしくお願いします」

「なに、気にせんでいいでの。わしもタダで助けたわけではないからの」


 かっかっかと好々爺(仮)が笑う。こんなおじいちゃん前からほしかったんだよな。見た目もエルフ耳じゃなけりゃ某山岳地帯の少女のおじいさんみたいだし。


「さて、わしの名前はノヴォルデットじゃ。この村の村長をやっておるでの」

「ノヴォルデットさんですね。これからよろしく……って村長様でしたか!? し、失礼しました!」


 村長さんだったんですか!? 、見た目から村長~って人だしなぁ。まてよ、そうすると大ババ様と呼ばれた人はいったいどんだけ生きているんだ。
 さすがに村長より若くはないだろう。もう千年どころか万年でも納得してしまいそうだ。


「くっくっく、硬くならなくてもいいでの、では早速だがなにかこの村になにか貢献できそうなことはあるかの?」

「知識ではなく、即実行できそうなことですか?」

「そうじゃ、まずは知識を教えてもらうよりもカズキがニンゲンでも我らノルドールの民のために働いてくれる”友”として認められるのが先での。でないと今日の夜にでもセニアの兄に寝首をかかれるでの、かっかっか」


 兄上様はやっぱり危険すぎる、洒落にならんとです。となるとこの村のためにわたーしにもーでーきることーは現代の知識を生かすこと、やっぱり知識じゃんね。
 そういえば、この時代は地球の過去とは違うから意外と中世にあってもこの世界にはないものがあるかも。ゲーム内でも攻城兵器の投石器とかかなり小ぶりだったし、トレバシェットとかバリスタ作れば城攻めかなり楽なんじゃ……

 でもノルドールの人たちは別に城に攻めるつもりないだろうしなぁ。日常で役に立ってすぐ使える知識か……あ、あるじゃん! 助けて、アルキメデス先生~!


「あの、今井戸からどうやって水を汲んでいますか?」

「む、どうもなにも桶に紐を付けて井戸に投げ入れてすくっているがの。別に楽な方法があるのかの?」

「ええ、俺の世界にはポンプというものがありまして……」


 とりあえずポンプの説明をしてみる。あ、なんかギコギコする手押し方式(?)のポンプは原理よくわかんないので初期のねじ巻きみたいにしてくみ上げるタイプを教えました。欠点として一度水をポンプで取り出すと圧力が自然に下がるまでダバダバ流れで続ける=地盤沈下の危険な所。

 ヘウレーカとかヒストリエとかあのへんの本とか読んでると、無駄に古代ギリシア期の技術とか機械仕掛けとか覚えるよね。まぁ技術が好きで俺専門学校に入ったわけだし……

 原理ともらった紙に羽ペンで図を描き描きしていくと「ほほぅ!」と喜んでました、古代ギリシアで作れたんだし、加工技術に関しては近代レベルのノルドール人なら作れるよね?


「こんな感じなんですが、作れそうですか?」

「これならいけるでの、当然カズキも手伝うんじゃぞ」

「サーイェッサーッ!」

「カズキの世界では返事は『さーいえすさー』と言うのかの、ふむ」

「あ、自分の世界にもいろんな国があっていろんな言語があるのです。自分が話しているのは日本語、今のは英語というものです」

「ノルドール語がそちらの日本語とやらに対応しておるのかの、『えいご』とやらは……サーレオンかの? サーと呼ばれる人がいた気がするんじゃが」


 サーレオン王国はロングボウ兵とかいるからイングランドと対応してるのかな。
 でもサーレオンとは隣接してるのに言葉わからないのか。そういえばあの野郎どもが何言ってるかわかんなかったし。あ、俺の英語スキルが低いんですねわかります。


「お隣の国なのに言語よくわからないんですか?」

「うむ、基本的にこの村の住人も含めて人間族について詳しい知識を持ち合わせているのはいないでの。まあセニアのような知識大好きノルドールでなければ他国のことを知ろうとなんぞせん」


 知識大好きノルドール(笑)
 でもたしかに、携帯電話にものすごい反応を示していたセニアさんを現実世界の図書館とかに連れてったら一月くらい出てこないだろうな。
 いかん、学校の窓辺で放課後一人夕日を浴びながら静かに本を読むエルフ……見たいっ!


「他にこの村や技術力で作れそうなものは……」

「ほほーなるほどのぅ。それとな、あまり村長だからといって固くならんでいいでの。わしの家でこれから過ごすんじゃ、かしこまっていては肩もこるじゃろうての」

「はい、そういうことでしたら俺も助かります。それでは、今日からよろしくお願いしますノヴォ村長」

「うむ」



 とりあえずノヴォ村長にネジ、上下水道、衛生概念、人間の倫理観(現代日本編)、日本食を教えておいた。
 これならばきっとできるって信じてる。目指せうどんっ!





あとがき

言語に関しての設定等はオリジナルです。ゲームではみんな英語(パッチ入れれば日本語)です。



[12769] 3.5馬力目「日本人とは、風呂に命をかけるらしい」
Name: Nolis◆28bffded ID:c9cf6fa7
Date: 2018/12/16 18:06
───かぽーん

 
「あぁ……なんと、至福なんでしょう……」


 たしかカズキの国ではこのような気分の時「ごくらくごくらく」と言うのでしたね。あぁ……至福すぎます。カズキの言うふやけて融けてしまいそうな気持ちとはまさにこの事でしょう。
 
 
───かぽーん


 ……どこからとも無く聞こえてくる音を気にせず、肩まで浸かるとしましょう。
 ゆっくりしすぎで説明を失念していました、今私はカズキが見つけた温泉というものに入っています。
 
 私の調べた限りでは、文明がニンゲンの何倍、何十倍も進んでいる我々ノルドールにおいても、お風呂という文化はあまり馴染みのあるものではありません。我々が火を使うには薪が必要で、聖なる森で伐採することのできる木材は
 限られているからです。ニンゲン達においては木材があるにもかかわらず、お風呂に入れるのはごく限られた王侯貴族だけだと書物には記載されていました。
 
 ところがカズキの国では毎日お風呂に入れるというのです。以前カズキに整備してもらった「じょうすいどう」によって、ノヴォ村長の村では川の水が自由に使えるようになりました。飲み水は今までのように井戸か「じょうすいどう」の水を「しゃふつ」して「ゆざまし」
 にして飲んでいます。「しゃふつ」した後に飲める程度の暖かさで飲むと「さゆ」と言うそうです。同じ飲み水なのに呼び方が違うなんて、カズキの国の人々は不思議ですね。
 

───かぽーん


 ……また話がそれてしまいましたね。このようにカズキの国はとても水が豊富で、いつでも大量の水を使うことができるので各家庭で毎日お風呂に入れるというのです。すでに薪は副次的な役割に甘んじており、「がす」や「せきゆ」を使うそうなのですが、この方式による
 加熱方法について、カズキもまだ研究中のようです。いつか実現できれば森を切り倒すことなく生活できる日が来るのでしょうか。
 

───かぽーん


 さて、しかし現在カズキの発案した「じょうすいどう」の給水力は各家庭が一斉に水を使うとすぐに水量が弱くなってしまう程度のものでしかありません。薪の供給力から考えても各家庭へのお風呂一般化はまだまだ長い道のりでしょう。
 そこでカズキが考えたのが温泉でした。私達ノルドールも熱い水が流れ出す場所は山近くにあることは知っていましたが、まさか人の手で温泉を作り出すことができるとは驚きです。
 
 カズキが言うには「卵くさいにおいのするところで井戸を掘れば大体温泉が出るよ」とのことですが、それと同時に「その匂いは毒でもあるから、必ず鳥やねずみなど小さい生き物を連れて行って、湯気が出ている所やにおいの強い所ではくぼ地や谷には行かない事」
 などなぜか温泉採掘に詳しいようです。
 
 
───かぽーん


 また、井戸を掘るにしても、円筒の「てつぱいぷ」を作成して、ひたすら地面に打ちつけ続けることで簡単にどこでも井戸を掘削できるようにするなど、カズキの機械・土木に関する知識は私の書籍による知識を凌駕しています。
 「にほん」がすごいのか、カズキがすごいのか……普段の気の抜けたカズキを見ているといまひとつ実感がわきませんが、学生だっただけはありますね。「せいねんかいがいきょうりょくたい」という組織で学んだ知識も多いと言っていました。
 

───かぽーん


 ……このカズキが見つけた村から近い温泉につかってとてもいい気分なのであまり深く気にしていませんでしたが、そろそろ気になってきました。
 
 
「カズキ? 先ほどからかぽんかぽんとどうしたというのですか」

「えっ、あっ……えーっと、な、なんでもないですうるさくしてごめんなさい」


 さきほどからかぽーんかぽーんと一人でブツブツ言っていたカズキに声をかけるとただでさえ温泉に浸かって赤くなっている顔がさらに赤くなり、目もあわせてくれなくなりました。何をそんなに恥ずかしがっているのでしょうか?
 
 
「カズキ? なぜ目を背けるのです? 聞いてますか?」

「ハイ キイテマス」

「ずいぶんと恥ずかしそうですが……カズキの国ではお風呂に入るのは羞恥を感じるものなのでしょうか?」

「イエ チガイマス」

「ではいったいどうして?」


 カズキの国ではお風呂にまつわるなにかがあるのでしょうか? 私、余計に気になってしまいます!
 
 
 
 
 
 
 
 
<和樹視点>


「カズキ? なぜ目を背けるのです? 聞いてますか?」

「ハイ キイテマス」


 今セニアさんと俺は温泉に入っています。温泉です! 温泉ですって!!  分かりますか皆さん、温泉ですよ? パツキンのチャンネーと温泉でヨクコンですよ。セニアさんは湯浴み着とかいう服着ているから恥ずかしくもなんとも無いと思っているようですが
 服着てても混浴ですよ? まさに頭がふっとーしそう状態です。温泉はとてもいい湯加減なのに茹で上がりそうです。ほんとうにありがとうございました。
 
 
「ずいぶんと恥ずかしそうですが……カズキの国ではお風呂に入るのは羞恥を感じるものなのでしょうか?」

「イエ チガイマス」

「ではいったいどうして?」


 ……美人と一緒に温泉というシチュエーションでこっぱずかしくなってるだけなんて言えない! 思考回路がもうショート寸前! 早く上がりたいよ!! 
 いかん、混乱してきた。ちょっと頭を落ちつかせるためにこうなった経緯を整理しよう。
 
 
 ・日本人としてはお風呂に毎日入りたい。仕事帰りの風呂ほど至福なものは無い(後は湯上りのビール)
 
 ・自作上水道では給水量に限度があり、また薪の材料も乏しい(聖なる森で無許可の伐採はNG)
 
 ・森に訓練と野草採りに出かけたら大地から上がる湯気と卵の腐った匂い(セニアさんいわく「無秩序な伐採が神の怒りを招いた場所」)
 
 ・近くのちょっと台地になったところで井戸作成キット(発展途上国用の鉄パイプを人力で打ち付けるタイプ)を使って掘ってみたら温泉どばー(しかも源泉で適温という奇跡)
 
 ・吹き出た温泉の隣に石と土嚢で作った石畳風呂を作成したらそこに源泉を流し込むとあら不思議。まさかの天然温泉である。
 
 
 一応念のため森の外で捕らえた鹿を一日待機させてみたものの健康に問題なさそうなので硫黄や亜硫酸ガスとかやばいガスで死ぬことはなさそうだ。ということで雨対策の簡単な建物を作り村営の銭湯(温泉)とした。
 まずはそのお試しということでセニアさんと入浴することになったのだ。
 
 他の村人に勧める前に人体実験(俺のこと)と、ノルドールの判断(セニアさんが気に入るかどうか)が必要なようだ。
 
 結論としては大成功。セニアさんは気持ちよさそうにしているし、俺もまさかペンドール大陸に来て温泉に入れるとは思わなかった。
 ただ、その、ね? 最初に言ったとおり、いくら湯浴み用の服をきているとはいえ、きれいな女性とお風呂に入るとか、しかも服を着てたほうが逆にしたたる……うぁああああ! 煩悩退散! 煩悩退散!!
 
 
「……カズキー? かーずーきー?」


 いかん、ちょっとぷんぷんしたセニアさんが回りこんできた。やめてください、かわいすぎて死にそうです。この心臓ばっくばくしているのはのぼせているのではありません。かわい死しそう。
 ほっぺたひっぱらないでください、ありがとうございます……じゃなくて! 耳引っ張らないでください、ありがとうございます、じゃなくて!!
 
 
「お気に召しましたか?」

「もぅ、どうしたんですか? まぁとてもいい温泉なので許してあげます。とってもお気に召しましたよ」

「それは何より、じゃあ早速村のみんなで使うようにしましょう。こちらの国での温泉に入るための作法とかありますので、まずはそれを皆さんに伝えてからですね」

「そうですね、でもその前に───」


───ふにゅん
 
 
 !? なんだこれは! どうしたというのだ!! 背中! 背中の皮膚神経報告せよ! この感触は何だ! なんだと、セニアさんが後ろから抱きついて首に腕を回しているだと!? つまりこれはいわゆる───
 
 
「あててますか?」

「何のことですかカズキ?」

「イエナンデモアリマセン」


 まて落ち着け、コレは孔明の罠だ。どう考えてもこれは兄上様と水浴びした時とかにするスキンシップとかに違いない。過剰反応してはいけない。でも背中の感触に少しは意識を……いかん、これはいかんぞ。
 
 
「兄上も訓練が終わったら来るそうなので、それまでこうして入っていましょう。兄上に入用作法を伝えてみますので、ではカズキの国の作法とやらを教えてもらえますか?」

「ハイヨロコンデ」


 のぼせて死ぬか、到着した兄上様にぶっ殺されるか、はてまた俺の考えていることがセニアさんに察せられてボコボコにされるか……結果は神のみぞ知る……
 
 
 
 
 
 
 
 
 結局その後やってきた兄上様は鎧装備一式を外したとたん温泉にダイブしたため、体と頭を洗ってからという最低限のマナー(あと湯船に髪をつけないこと(タオルについてはセニアさんほか女性は湯浴み着を着るっぽいのでスルー))
 を教えつつ無事生き残ることができた。
 
 
 さらにその後、ノヴォ村長の村だけでなく、あらゆるノルドールの村から人が入りに来るようになり、いままで疎遠だった村と村の関係性の強化につながっていくのだから、温泉さまさまである。

 ただまさかその後この温泉があんなことになるなんて……



[12769] 4馬力目「Lv1の最強装備」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:06
前回のあらすじ


・一瞬だけでも風の谷に行った気がしました

・「ねんがんのあんぜんちたいをてにいれたぞ」→「ころしてでもおいだす」→「なにおするきさまらー」

・ノヴォ村長との友好度があがった!




───和樹が村にやってきてから1月後


<セニア視点>


 カズキが村に来てもう一月がたちました、彼も順調にノルドールの生活に慣れているようでよかったです。
 最初は夜になるたび兄上が家を出て行くのでカズキが明日死体になっていないか心配で眠れませんでしたが、『ぽんぷ』と『ねじ』といったカズキの世界の技術により村の生活はとても楽になりました。

 『じょうすいどう』というものも大変すばらしく、家にいながら水が使えるのです。これには驚きました。
 そのような努力により、現金ではあると思いますけれども、彼をニンゲンということだけで差別するのはこの村ではもはや兄上だけです。カズキは村の有識者達と、カズキの世界の知識を、どう村に役立てるかについてなど話し合いのため大体ノヴォ村長の家にいます。なのであまり遊びにいけないのが少し私としては寂しいのですが……
 
 この村につれてきてから、彼は普段からいつも村のみんなのことを考えてくれて、どんな小さな悩みでも一緒に解決するまで考えてくれて、いつも誰かを気にかけている。そんな不思議な人です。

 村の子供が川で溺れた時、息をしていなかった子供に『じんこうこきゅう』をして、当時は死体を痛めつける行為に見えた村人たちが止めようと何をしても、その子を助けようとし続け最後には見事蘇生させた時から、カズキはなんだってできる、なんでも知っているすごいニンゲンと思われたようです。

 そのおかげか、今ではなにか困ったことがあるとすぐノヴォ村長の家に相談に行くのがこの村のあたりまえの日常となりつつあります。

 そんな万能のニンゲンは今何をしているのかというと───



「ニンゲンっ! 気合がたりんっ!!」

「レンジャー!」

「む?」


 彼は現在、村の鍛練場で兄上が武器や乗馬の稽古をつけています。
 彼の世界では、すでに移動手段としての馬は廃れているらしくさっぱり馬に乗れないことがわかりましたし、彼の祖国では戦争がここ最近なく武器の心得など『じゅう』とナイフしかないとのことでした。
 とりあえずこちらの世界でどんな物が使えるか、ということでいろいろ試してみるといろんな意味で見事でした。

 ・乗馬の訓練では馬に乗った瞬間反対側に落馬。
 ・弓の訓練では矢を番えただけで肉離れ。
 ・剣を持たせれば「ガトツ!」などわけのわからないことを言って標的の藁を切るのかと思えば剣を折る始末。

 それでも最近は少しはまともになってきたと思います……初めて会った時の凛々しい彼はどこに行ったのでしょうか。そうです、今の彼の姿はだめなニンゲンとして村人を油断させて生き延びる彼の処世術に違いありません。
 それにあの川おぼれた子供を村人から石を投げつけられながら『じんこうこきゅう』していた時の鬼気迫る表情を知っているので、やはり彼は普段はふざけているフリをしているのかもしれませんね。


「よしニンゲン、馬に乗れっ!ついて来い!!」

「レンジャー!」

「む?」


 どうやら兄上とカズキは乗馬の訓練もかねて少し遠出するようです。夜ご飯までにカズキに帰ってきてもらわないと……私は『にほんしょく』の魅力に取り付かれてしまったのです。もうただのパンとサラダには戻れません。
 とにかく今はカズキの世界の研究で毎日充実しています。行ってみたいなぁ、カズキの世界。


───ところで「れんじゃー」ってなんのことでしょう? 今日もカズキに聞くことがまたひとつ出来ましたね。




<和樹視点(セニア視点の一月前)>


 やっぱりペンドール大陸は危険がいっぱい。ヨハネスブルグのコピペを笑ってられないぐらいに。
 
 野盗・追いはぎ・森賊・レッド兄弟団・黎明騎士団・悪魔崇拝教・ミストマウンテン族・ヤツ族・スネーク教徒・ヴァンズケリー海賊団……どんだけいわゆる「ごろつき・犯罪」組織が多いんだ!! 
 
 まぁ簡単にペンドール大陸の危険性を皆さんにお伝えするならば───
 
 
・ゲーム開始直後なら大丈夫だろうと近隣の村に向かったら、盗賊60人に襲撃されて捕虜になった
・向こうが徒歩なら大丈夫と騎乗突撃したら数分後敵に囲まれて袋叩きにされた
・村から税金が入ってこないので数名の護衛兵と村に向かったら村人が一人残らず賊に連れさらわれていた
・キャンプで野営中の正規軍が襲撃され、気が付いたら300人の部隊がわずか数名になっていた
・宗教組織が一国家の全戦力に匹敵する軍を保有、というか一国の総力戦で挑んでも宗教組織の大軍に敗れることも
・隊商が襲撃され、荷馬車も「護衛の精鋭騎士団も」一部収奪された
・都市から村までの1日の間に賊に10回襲われた
・諸侯軍に合流すれば安全だろうと思ったら、諸侯軍の全正規兵が殲滅されており、農民主体の雑兵だった
・全諸侯の30/100が賊軍の捕虜経験者、しかも諸侯軍にたてつく者など居ないという慢心から「大規模で精鋭軍団ほど危ない」
・「そんな危険な大陸なんてあるわけない」と1000名のフルプレート装備の騎士団と共に行った聖騎士が五年経っても骨の一つも戻ってこない
・「ゲームなんだから最初から襲われるわけがない」と訓練場から出て行ったプレイヤーが身包みはがされて奴隷として発見された
・賊で最近流行っている遊びは「村人の人口を増やすこと」永く続く戦争で男手がなくなった村を襲い続ける(いろんな意味で)と、いつの間にか人口が増える事から
・海を挟んだバークレーからペンドール大陸間は賊の襲撃にあう確率が150%。一度襲撃されて撤退中にまた襲撃される確率が50%の意味
・ペンドール大陸全体における戦死者数は一日300人、うち約280人が賊に襲われたスコア

 
 ……ということで村に来てすぐ、井戸のポンプ作りと平行して武器の訓練を受けることになりました。受けることにはいいんですが……ノヴォ村長いわく、相手がは兄上様とのこと。あれだけこちらをニンゲンニンゲンと
 嫌っている兄上様ですよ。ノヴォ村長、俺に死ねと?


「これを機会に仲良くするでの」


 「はーい、みなさんにはこれから殺し合いをしてもらいまーす」と目の前で言われた気がする。あ、一方的な殺戮か。村長っ! かっかっかとか言ってる場合じゃないですよ!!







「ニンゲンっ!今日こそはその息の根をとめてくれるっ!!」

「アィイイイ!!」


ーーーぴんぽんぱんぽーんーーーーーー

ただいまお見せすることができない惨状
 ですのでしばらくおまちください

ーーーぴんぽんぱんぽーんーーーーーー










 ひでぶ、とりあえず訓練場に行ったら開始の合図もなしに木刀持った兄上様が突貫してきました。一振りで脳天直撃で気絶です。その後も木刀でぼこぼこにされました。
 不安がって見に来てくれたセニアさんがいなければそのまま木刀は咽か胸に突き立ってたでしょうね。ハハッ……ははは……



「兄上っ!これでは稽古ではありません!!」

「なに、まず反射神経の確認だ……殺すつもりなど……殺すつも……ころ」

「もういいです、殺すなどと物騒なことばかり言う兄上なんてもう知りません!」

「うわあああああああああああああああああああああああああ!!」


 う、うーん。えっと、気絶から回復したらいつの間にかまたおなじみのコントしてました。セニアさんほっぺ膨らませて腰に手を当てて「ぷんぷんっ!」ってしてる。いやまて、これは「ぷっぷくぷー」状態と言わざるを得ない。
 しかしここで「めっ!」ってメガネをかけて言って欲しい気もする。落ち着こう。セニアさんがかわいすぎて頭が混乱している、げふんげふん。
 
 さて、兄上様もセニアさんが「許してあげますからカズキの指導、しっかりしてくださいね?」といって先ほど復活したので今度こそ訓練してくれるんでしょう。


「……ではニンゲン、普段使っている武器を取れ」

「あのぅ、武器を普段使いしたことが無いんですが」



 ……セニアさんも兄上様も目と口が○になってしまった。だが待って欲しい、平成日本じゃそうそう武器なんて手に入らないし、薪割りですらしたことないからなぁ。あ、投げナイフならできるよ!
 後は第一次第二次両大戦最強といわれた近接格闘武器ならお手の物か。ふふふ、雪国の男はスコップとスノーダンプの扱いならお手の物さって、どっちもあるわけないよなぁ



「本当にないのか?」

「そういえば投げナイフなら趣味でやってたのでできますよ」

「趣味、ですか」

 二人そろって「暗殺者でもないと投げナイフなんて」ってあきれているような……
 えーっと、みんなっ! 中2病の時ってそういうのに憧れるよね!?
 「中2病(笑)」なんてことないよね、投げナイフは男の子ロマンだよね!?


「むぅ、とにかくこの武器庫には我らノルドールの武器とニンゲンとの戦で手に入れたニンゲンの武器がある。好きに使ってみるといい」

「投げナイフは副兵装としてはいいのでしょうが、戦場で使うには剣、馬上戦闘を行うつもりなら槍は必須です。ぜひノルドール自慢の弓も試してみてください」

「えっ、ノルドールの装備も使っていいんですか?」

「カズキはこれから村の一員になるのですから、使っても文句は「ぐぬぬ」……兄上ぐらいしか言わないでしょう」

「あ、あはは……」


 ここでまさかのノルドール装備!! ゲームでチートアイテムだったノルドールアイテムが使えれば俺無双とかできるんでは? かっこいいところセニアさんに見せられるかも?



 ま さ に こ れ ぞ 主 人 公









───1ヵ月後




 前略、現実世界とお父さんお母さん。一月前の和樹は調子に乗っていました。
 馬に乗れば乗った反対側に落ち、弓を番えれば肉離れを起こし、石を布に包んでまわして飛ばせば自分の顔面にあたり、投げ槍を投げれば30cm先の地面に突き刺さるという天才的センスを持っていました。訓練をつけてくださっているセニアさんの兄上様も呆れて何も言えないようです。

 っじゃなくて、現実逃避してる場合じゃないっ!!
 
 一月もノルドールの村にもまれ、今はいちっぱしのノルドール(汗)まで進歩しました。(笑)でないだけすばらしい進歩です。
 村人も上水道と井戸ポンプ、ネジのおかげでだいぶ生活が楽になったと喜んでいます。

 村人の子が川で遊んでいる時に溺れたところにたまたま出くわし、呼吸止まっていたので日本の感覚で人工呼吸したところ、よくよく考えてみればこの時代の人から見れば俺って死体に接吻する変態さんというか、悪魔崇拝教徒扱いされて一緒に居たセニアさんからバケモノを見る目で見られ、
 兄上様からぶん殴られ、周辺の村人から石を投げつけられ……まぁ、無事その子が蘇生してくれたから良かったものの、そうでなかったら間違いなく殺されていたと思う。というかセニアさんからそんな目で見られたら生きてられない。

 あ、あと日本食も試験的にノヴォ村長の食事で振舞ってみました。
 小麦があったのですいとんです、めんつゆの作り方がわからなかったのでうどんは断念しました。
 他にはただパン食べるだけだとつまらないので食パンの形に作ってもらった厚めのパンに切れ目を入れて蜂蜜パンをつくったり、チーズフォンデュにしてみたり。
 これがセニアさんとか村の女性に大ウケで、今では週一で日本食教室開いてます。

 そんなわけで現実世界の食べ物はすべて日本食だと思われてるけどまあいいか。牛がいるからすき焼きも……いやいやここは焦らずウィンナー、いやいやハンバーグもいいかもしれない。



 そして俺はただいまノヴォ村長の家に兄上様にに訓練するから完全装備で来いといわれたので全装備を付けて来ています。


「で、最終的にはその装備と武器にしたのか……特殊じゃな」


 と、出迎えてくれたノヴォ村長に言われるほど、普通にゲームをプレイするにはまずしない装備品だ。王道の騎士装備でもないし。




装備品

頭部:錆びたノルドールヘルム

胴体:ボロボロのノルドールのコート

足:使い古したノルドールのブーツ

手:穴の開いたレザーグローブ

武器1:ひびわれたポールハンマー

武器2:大袋入りの投げナイフ

武器3:欠けたノルドールルーンソード

武器4:穴のあいたノルドールマジックシールド

馬:ノルドール黒色馬



 本来ならばまさしくノルドールのチート装備多数なのですが、自分自身のスペックがお察しなのと、兄上様の嫌がらせにより本来の性能を発揮できないのである……
 「ニンゲンに合う大きさがこれしかないものでな」とかニヤニヤしながら言いおってからに、訓練でぎゃふんと……ぎゃふんとさせられるだけか。

 装備品は一般的にポジティブな表現がついてる武器が、本来の性能より上回っている証拠で、ネガティブな表現付きは性能ダウンというわけだ。
 
 つまり、「重厚なポールハンマー」であれば重量UP+打撃力UP なのだが、「ひびわれたポールハンマー」では値段と打撃力がダウンなのである。
 
 ポールハンマーはVS騎士の時に正面きってランス突撃なんて俺にはできないので(そもそもあんな長いランスなんて持てるか!)、すれ違いざまにこう右手で横に伸ばしてゴインっ! といっぱつぶちかますためにしました。現実世界じゃ鍛えてた程度の筋力じゃ馬上で横に振れるのこれくらいなんだもん。

 大袋入り投げナイフはそのまま使えるからということで採用。使い道?そんなものはロマンさえあればいいんです。

 剣も野戦では大事だということで無理やりしごかれて少しは使えるようになりました。普通のペンドールソードとかだと多分重くて使いこなすのは何十年もかかるのでしょうが、ノルドールルーンソードの軽いといったらもう……お土産品のうっすい木刀?
 ぶんぶん振れます。ぶんぶん切れます。ぶんぶんはちがとぶん。

 ノルドールマジックシールドはなんでしょう、重弩で攻撃されても不思議な斥力(?)が働いてごいんごいんはじいたりしてくれます。
チハの主砲を受けるケーニッヒス・ティーガーみたいなもんです、わかりにくいですね。

 馬のノルドール黒色馬は、村に来た日がちょうどこの子の出産日で、ノヴォ村長に初仕事をしろということで出産のお手伝いをしたとです。 
 それ以来ずっと一月世話してきたので今では私がおじいさん、ではなくだいぶ仲良くなれました。鐙がなぜかノルドールの間では使われていなかったので簡単な物ながら自作装備。うーん、すばらしい馬だ。どうしてもお尻はいたくなるけどね。


「かっかっか、ニンゲンの鎧でなくてよかったのぅ。フルプレートじゃったらいまごろお前はぺしゃんこでの」

「あ、あはは……」


 あれ確か40kgとかあるはず。自衛隊の人が転移してこない限り転移者が使うの無理でしょ。これ装備してるだけでも現代人の俺にはつらいのだ。
 とりあえず兄上様がいる村の出口まで行ってみましょうか。




「馬に乗ってても……疲れた……」

「ふん、気合が足りんぞニンゲンっ!」

「レンジャー!」

「む?」


 さて、いつものやり取りを兄上様と。レンジャーとはつらい時やくじけそうな時に力を与えてくれる魔法の言葉。まぁ、理解できない言葉を言うと兄上様が「む?」と首をかしげて会話が終了するからなんだけれども。
 
 この後は兄上様にくっついて森の境界まで警備をかねて出撃だそうです。まさか賊とかいるわけないよね、そういうのって死亡フラグですよねー


「よしニンゲン、馬に乗れっ!ついて来い!!」

「レンジャー!」

「む?」


 大丈夫、セニアさんが最初に言ってたじゃないか「この森にはニンゲンは普通入れない」って。初めてのフル装備での遠乗りだけど何とかなるよね。





 あ、昼間なのに一つだけ星が見える。







あとがき


日本語化が終わってない装備は勝手に日本語にして見ました。主人公のスキルは軒並み0か1ですよ。剛投が2くらいかな?
スキル的に装備できないものは……こう……オーガニック的な何かですよ、はい。



[12769] 5馬力目「戦場まであと何マイル?」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:06
前回のあらすじ

・あ、昼なのにお星様が一つ見える




<和樹視点>
 聖なる森の外円部まで兄上様と乗馬の訓練のためにきたらですね、えっとですね、そのですね
 いやはや、出かける前にフラグ立てたせいか今目の前に死亡フラグが広がっています。やっぱりフラグって本当にあるんですね。


「ノ、ノルドール!こんな時にっ!!」


「ノルドール!? ……ここまでですか」



 訓練のために聖なる森の外円部に到着するやいなや、戦闘が行われているような音が聞こえてきたので、兄上様と一緒に急行してみたところ今に至るのである。
 ……現状をよく確認しよう。目の前ではゲーム的に見るなら最低限の装備しか持たない難民崩れの匪賊さんご一行となにやら赤い服を着込んだ賊が、隊商を襲っている光景が広がっている。
 
 というか匪賊さん、こんな時にって言われても困るんだけど……



「ニンゲン、せっかくの装備を試す機会だがいかんせん数が多い。どっちにつく?」


 あれ? 人間皆死すべし党の兄上様が人間を助けるのだろうか?
 これは……明日の天気は晴れ、所によりボム兵が降るでしょう。外出する際は赤い配管工と一緒に出ることをお勧めしますというわけですね。



「変な顔をして何を考えているかは知らんが……なに、援護したほうも後で始末すればいい。とりあえずはここから軽く射かけ、数が減ったら騎乗突撃すればいい。簡単だろう? なぁ?」



 守りたくない、この笑顔。満面の笑みですよ。そしてどう考えても兄上様、ついでにきっと俺も戦死扱いで殺す気マンマンですよね、騎乗突撃って俺を先頭に突っ込む気ですよね!



「ノ、ノルドールが何だっ!俺がやってやる!!」

「ふん……弱いっ!」

───ブンッ

「がはっ!!」

 
 諸君。兄上様は人間が嫌いだ、匪賊どもが雑多で貧相な武器で切りかかってくるのをノルドールルーンソードで一撃の下に切り伏せた時など……げふんげふん。
 
 いや、実際にはノルドールの登場で混乱したのか、単身でボロボロのファルシオンをもって突っ込んできた追いはぎっぽいのが馬上でニコニコしている兄上様に馬上から切り伏せられただけなんだけどね。

 アホだなぁ、どう考えてもノルドールに勝てるわけがない。まずこの森近くで略奪行為をするならノルドールの強さを知らないのは文字通り致命的だ。
 そうそう、つい最近、村に上水道を引いてセニアさんたち女性陣が大喜びしている時に、村の大ババ様がよくわからない指輪みたいなペンダントをくれました(兄上様までセニアさんの笑顔を見てニコニコだったし)。指輪だったけれどとりあえずセニアさん発案の紐を通して
 ネックレスとして首に吊るしていたのだが、さっきの皆さんは日本語(ノルドール語)しゃべってるように聞こえた。つまりどうやらこの指輪は翻訳こんにゃく的なマジックアイテムのようだ。これは片時も手放すことが出来なさそうだ。

 ま、ともかくこれで追いはぎ側に味方することが出来なくなったわけで。でもまあここまで介入しちゃったんだからしょうがないし、そもそも個人的には隊商に味方したかったし、もうこうなったら勇気をもらうためにまたアレをやるか……






「まてぃっ!!」
















<レイヴンスタン隊商の護衛兵>

 それは突然でした。

 我々はレイヴンスタン~エートス間の隊商を護衛するためにはるばる護衛してきました。ですがやっと目的地である帝国への国境に近づいたところで追いはぎに襲撃されたのです。
 彼らも餓えていたのでしょう、装備も錬度も悪くない40名からなる我々隊商護衛兵相手に、劣悪な装備の20人で挑むのは自殺行為でしかかありません。追い剥ぎを撃退するのは簡単でした。ですがその後がなんとも我々はついていないとしか言いようがありませんでした。
 
 まず我々の移動予定は以下の通りでした、帝国領に入るためにはレイヴンスタン王国の東から出発した場合、サーレオン王国を丸々横断することになります。現在レイヴンスタン王国とサーレオン王国は交戦状態にあり、さすがに隊商を攻撃するのは騎士道に反するということで表向きには攻撃されませんが、あくまで表向きな以上通るのは危険すぎます。

 もっと東に迂回すれば今度はそこは残虐で名高いヤツ族の縄張りです、ここを通るのもとてもじゃないですが無理でしょう。そうなると考えられる最短かつ最良のコースは、一度サーレオン王国に入り、すぐさまサーレオン王国、ヤツ族、そしてノルドールの三つの勢力が存在する細い獣道に進路を変え全力で抜ける。我々はここを行くしかなかったのです。

 ですが実際はどうでしょうか? 追いはぎに襲われ、その音に気がついたのか近くで野営していたと思われる赤い服の集団、この集団は悪党で名高いレッド兄弟の私兵『レッド兄弟団の殺し屋部隊』というのですが、彼らまでもが隊商に攻撃を仕掛けてきたのです。

 レッド兄弟団は20名ほどなのですが騎乗した構成員がこれまた強く、残念ですが急いでこの勢力の緩衝地帯を抜ける必要があったため、強行軍さながらの移動をして疲労のたまった我々ではどうしようもなかったのです。
 正面からは追い剥ぎが、背後からはレッド兄弟団が迫ります。
 護衛兵の数も一人また一人と減ってゆき、残すところ私の後ろにある荷馬車の周りにいる7名だけとなりました。さきほどから10人以上がすでに逃げ出しています……こんなところで逃げてもどうせノルドールかヤツ族に殺されるだけだというのに。
 私もあの時からさんざんいろんな目にあってまでなんとか生きてきましたが、どうやら私はここまでのようです。先に逝った兄弟たち……ごめんなさい。

 ふと意識を戻すと、目の前には馬から右半身を傾け斧で私の首を刈り取ろうとするレッド団構成員がいました。もうすぐ私は自分の命が消えることを覚悟して、目を瞑ったのですが───






 でも、その斧は永遠に私の首を刈り取ることはなかったのです。









「まてぃっ!!」






 森から聞こえた声


 湧き上がる悲鳴


 私はこのとき初めて女神アストラエラに感謝しました



「日々の糧を得るためにただひたすら働く者を襲い私腹を満たすものどもよ。たとえそれが自身の不幸や餓えが原因であろうと断じて見過ごせんっ! 人それを……『正義感』と言うっ!!」


















<和樹視点>

 分かってる、分かってるよ。正義感なんて言ってるがあくまでこれは自分の自己満足でしかない。
 そりゃあ追いはぎっぽい人の中には明らかに農具で武装してる人とかいるし、彼らもこの戦火の犠牲者なのはわかるんだよ。
 でも、俺が、本当に、助けたいっ! 理由はっ! やつらをぶちのめす理由はっ!!





 胸のでかい女性兵士(←ここ大事)に手を上げたことだぁあああああああああああああああっ!! 



 その罪、万死に値する。大丈夫、ポールハンマーは非殺傷武器(兄上様に脳天一撃食らってもなんでか気絶だけなのは身をもって確認済み)だからランス突撃しなければのーぷろぐれむ。
 そりゃ……俺だってこの状況下でこんなことでも考えてなきゃ怖くて足がすくんで……だって1ヶ月前まではただの学生だったんだ。

 それが、人の命を、奪うだなんて……そう簡単に割り切れるとか慣れるとかできるわけないし、そもそも実戦とか初めてだし。いくら非殺傷兵装とはいえ投げナイフやランス突撃でもすれば間違いなく人を殺す。

 そう思うだけで、ロム兄さんからもらった気合と虚勢は一気に失われていく。歯がかみ合わない、ガチガチ鳴るし、体も震える。


「ニンゲン、お前は俺の後ろから離れるな」

「わ、わかってますよ」

「お前を死なせん、約束だからな」

「えっ?」


 まてまて、兄上様はいったい何をおっしゃっておるのでごじゃりまするか?
 約束って、なんのことでごじゃるおじゃる。
 やばい混乱がおさまらないでごじゃるでじゃる。
 

「お前がここで死ぬと新しい『にほんしょく』が食えん。なにより……セニアが悲しむ、そ、それだけだっ!ついて来いっ!!」

「お、おおぉお!!!」

 なんだかよく分からないが兄上様のデレ要素により色々と悩みとかが吹っ飛んだ気がする。
 とにかくポールハンマー振り回しながらノルドール黒色馬の突撃で気絶させまくりましょう。震えたり後悔したり……それは生き残ってから。

 早速俺たちは隊商を背後から襲う赤い服を着た10人ぐらいの集団に狙いを定める。すると集団から二人の騎乗兵が突出してきた、兄上様じゃなくても、これくらいまずできなきゃ、この世界で明日を見ることなんかできやしないっ!


「ノルドールがぁあああああ!くらえええええええええええ!!」

「っ!?でてこなければ……やられなかったのにっ!!」

「がぁあああああああ!?」


 まずはすれ違いざまにポールハンマーでレッド兄弟団の赤シャツを一人馬から落馬させることに成功、赤いだけじゃ3倍にはなれないんだよ。
 前を見れば兄上様が右手に剣を、左手に弓を持っている。射撃しながらあの人剣を振るってるよ、兄上様ってやっぱりこの世界基準でも相当強いんじゃないだろうか




 

 瞬間、左腕に鈍い痛みがはしる。






 ああ、俺の左腕から、血が……いっぱい……あ、槍が刺さったのか。そりゃ痛いって・・・あ、くそ、いてぇ。


「なっ!? カズキぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」


 あ、兄上様が初めて俺の名前、呼んで……やべぇいてえ、名前、呼んでくれ、てちょっとうれしいかも。






 まじかよ、あの敵、まだ投げるのかよ、もう、ゲームじゃ投槍、なんて……産業廃棄物な、くせ……に。














あとがき

主人公の死亡フラグは108個あるぞ!



[12769] 6馬力目「私の心は雨模様」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:07
前回のあらすじ


・ま た や と う か !

・兄上様フラグ

・死亡フラグ





<兄上様視点>

 目の前で何がおきたかわからなかった。
 いや、わかっている。戦が始まりすぐ一人の騎乗したニンゲンを処理したとはいえ、やつはまだ初陣な上、戦を知らない世界から来たのだ。
 すこし俺はやつの実力を過信していたのかもしれない。

 結果、やつが赤服のニンゲンが放った投槍で左腕を負傷した。槍は刺さったままで出血は見てわかるほど酷い。我らノルドールのコートといえどやつに渡したものはすでに精霊の加護がかなり薄まったボロボロなコート、とてもではないが投槍などを防げるものではない。

 くそっ、俺があの時ボロボロのコートを渡さなければ……もっと早くやつとニンゲンどもの区別をしていればっ
 俺とてわかっていたはずだ、あいつが来てからセニアはよく笑うようになったと。村人たちに笑顔が増えたと。あいつが居て楽しかったと!

 ニンゲンがあいつの馬に群がっていく、やめろ、そいつは……俺の、我らの……っ!


「我らの家族に近づくなぁああああああああああああああああああああああっ!!」


 反射的に叫んだ後俺はただ全力で、馬上でぐったりとしている”カズキ”に群がるニンゲンを処理していった。












<隊商護衛兵視点>

 最初は圧倒的でした。
 ノルドールの守る森から現れた二つのノルドール。明らかに強者の空気をまとったノルドールは切りかかった追いはぎを剣の一振りで体を上と下に分離させました。もう一つのノルドールは新兵のような印象を受けましたが、そうなのかどうかはわかりません。それでも馬上から戦場を支配するような目で眺めていました。

 口上を述べた後、二つのノルドールは我々護衛兵ではなくレッド団に向かって突進してゆきました。
 新兵のようなノルドールは突出したレッド団騎兵をポールハンマーの一撃で打ちのめし、熟練兵のようなノルドールは弓と剣で瞬く間に歩兵を殲滅していきます。

 我々と交戦していたとはいえまだ30人近い人数は残っていたはずだったのですが、今ではもう10人もいないことでしょう。
 これが噂に聞くノルドールの戦い。たった二人で瞬く間に戦場の空気を支配する、これではいくらレッド兄弟団とはいえただの蹂躙戦ですね……

 その時、レッド兄弟団歩兵が投げた投槍が新兵のようなノルドールの左腕に突き刺さり、彼はそのまま馬にもたれかかるように倒れてしまいました。

 熟練兵のようなノルドールは大声で叫ぶと周りの歩兵を馬で吹き飛ばし一気に怪我をしたノルドールへと突き進むものの、それよりも早く次々と兵士が新兵らしきノルドールに群がってゆきます。
 ノルドールの武器や装飾品は法外な値段で売れます、彼らにとってみれば一人分の装飾品や装備品だけで遊んで暮らせることでしょう。
 
 群がる歩兵、必死の形相で仲間を救おうとするノルドール、騎手を守ろうと懸命に賊から逃げる黒いノルドールの馬。私たち護衛兵は助けられっぱなしでこのまま黙って見ていいのでしょうか……いえ、あのノルドール兵士は言いました、『正義感』と。

 ノルドールに……ノルドールにああまで言われて我々人間が黙ってみていられるものですかっ!


「護衛兵各員っ!あのノルドールを救出します、動ける者だけついてきてください! 突撃っ!!」

「うぉおおおおおおおお!!」


 雄叫びと共に護衛兵すべてが突撃を開始します。やはり皆も同じ気持ちでしたか……待っていてください、私は借りを早く返す主義ですから!




















<和樹視点>

 あ、あれ、目が見える……まだ死んでないのかな、確か、俺……腕に槍が……それで……


「心配しないでください、今止血しましたので大丈夫ですから」


 あ、さっきの女性兵士じゃないか、良かった、たすけ、られたじゃないか。


 遠くから叫び声と悲鳴が聞こえる。戦況はどうなっているんだろう……兄上様は無事だろうか、でも兄上様なら大丈夫だろう。
 そんなことを考えていたら兄上様の馬の足音が聞こえてきた、足音が特殊なんだよねノルドールの馬って。


「貴様っ!そやつから離れろっ!!」


「まってください!あなたたちと戦うつもりはありません!!」


 体から力が抜ける感覚もだいぶ弱まってきた……効果が弱まっているとはいえさすがのノルドール製、投槍は貫通はしていないようだ。いかんいかん、まずはおそらく俺を治療してくれたこの人を殺そうとしている兄上様をとめないと!


「兄……上様、大丈夫です。彼女、に治療を……してもらいました。だから、殺してはっ、殺さないで……」


 畜生、まだうまく声が出せない。参ったな、お願いだから兄上様、殺すなんて早まった事しないでくださいよ。
 この人、人間だけどノルドールの装備で固めた俺を助けてくれたんだし、いい人じゃないか。


「……っく! わかった、だが早くそやつの本格的な治療をしなければならん」

「それには賛成します、まだ止血しかしておりませんから」

「俺は借りは早めに返す主義でな……このままニンゲンの国に行ってもこいつの容態では近くの村にすら辿り着けんだろう。身内を救ったから特別だ、ついて来い」

「気が合いますね、私も借りは早めに返す主義なんですよ。では彼を」

「うむ」


 なんとか殺し合いに発展しなくて済んだみたいだ。そういえばさっき兄上様、俺のこと身内って……あっ、思わず涙がでそうだ。
 とにかく今は生きて帰れたことを感謝しないと……出かける時に見えた星も今は見えない、あれってやっぱり死兆───


「ではついてくるが良い。ニンゲン、名をなんと言う」

「私の名前はレスリーです、誇り高きノルドールよ」

「レスリーか、俺の名前はイスルランディア……その度胸、ニンゲンにしておくには惜しいメスだな」

「あらあら、人間の性別上ではメスではなくて女というのですよ?」

「ふん、知るか」

 
 あ、あれ? さっきまですごい剣呑とした空気だったのにいつの間にかイイ雰囲気になる予感がしてきましたよ。そうかっ! この世界の主人公は兄上様なんだな!?

 転移した世界で主人公になれるかと思ったらモブ決定でござるの巻き……いでででででっ!? 隊商の馬車に乗せてくれてるのはわかるけどもう少しやさしくあばbbbbbbb!!


 そっか、今回の一件で命をかけたおかげでやっとわかった。


兄上様と俺


・剣を振るうと、敵を切り裂くのが兄上様。剣(包丁)を振るうとご飯ができるのが俺。

・女性と話をすると、あっという間に恋愛フラグをたてるのが兄上様。あっという間に胸に目が行くのが俺。

・暇になると鍛錬をしだすのが兄上様。暇になると寝てしまうのが俺。

・etc etc etc etc etc etc orz……


 HAHAHA、どう考えても主人公は兄上様です本当にありがとうございました。ん、まてまて、そんなことより何かもっと大事なこと言ってた気がするぞ……

 兄上様……名前……イスルランディア……!!


 









 兄上様って、ノルドール貴族兵士500人を率いてプレイヤーと戦う敵側キャラクターじゃないか。こいつはお先真っ暗だ。










あとがき

ちょっと今回は短く。うーん、やっぱり毎日更新だと書きだめの在庫ががががが。
ちなみにノルドールと人間がお互いを物扱いしているのはオリジナル設定です



[12769] 7馬力目「きっとしっと」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:07
前回のあらすじ

・主人公は兄上様、俺モブ

・拾った死亡フラグは警察に届けてはいけません



<セニア視点>

 馬の足音が聞こえる、兄上とカズキは無事に帰ってきたようです。でも馬車のような音もするので、どうやら二人だけではないようですね……何があったのでしょう。私は少し不安になりながらもきっと大丈夫だと自分に言い聞かせて兄上たちを迎えにいこうと家を出ました。

 最初に目に映ったものは馬車に乗せられて、左腕に血がびっしりとついた布を巻いているカズキ、そして返り血を浴びている兄上。
 兄上たちの後ろからは怪我をしたニンゲンが数人と武装したニンゲンが5人。そうか、カズキが怪我をしたのも、兄上が武装したニンゲンを村に連れてきたのも、ぜんぶ……アイツらがっ!


「貴様らっ!カズキに何をしたっ!!」


 私はカズキを傷つけ、兄上を脅すニンゲンどもに対して入り口の横に立てかけておいた弓を構えました。前回カズキに助けられた時は無かった怒りと覚悟を持って、ニンゲン相手に一矢報いて見せましょう!


「ご、誤解です!私たちは彼らに助けてもらって、それに彼を早く治療しないといけな───」

「嘘だ!兄上がニンゲンをそんな簡単に連れてくるはずがないっ!!」

「落ち着かんかっ!セニア、武器を向けるでない。おぬしの兄が連れてくるほどなのだ、よほどの事態なのだろう……よかろう、歓迎はできんが村へ入ることを許可しよう。じゃが武器は入り口でおいてってもらうでの」

 
 先ほど発言したニンゲンの後ろにいたフルプレートを着けた3人から不満と反論が聞こえる。大ババ様に私とノヴォ村長はカズキの世界で言う『ほんやくこんにゃく』という物をもらったのであのニンゲンが何を言っているのかは理解できる。先頭のニンゲンの”女性”はすぐに帯刀していた剣と背負っていた弓をその場で投げ捨て、後ろのニンゲンにも促した。

 ……落ち着きなさいセニア、カズキは彼女の言う通り早くしないと危ないかもしれないのです。武器を捨ててまで誠意をあのニンゲンは示したのです……信じましょう、兄上とカズキを助けたいというニンゲンを。


「……失礼しましたニンゲン、彼をこちらの家へ。医術に詳しい方がいるなら一緒に来てください」

「あいよ、じゃアタイがついてくよ。医術なら学んでる」


 赤い髪をしたニンゲンが武装したニンゲンの後ろの馬車から出てきて、兄上と先ほどのニンゲンと一緒にノヴォ村長の家に向かってくる。
 先ほどの失態で少し場に居づらかったので。私は一足先に村長の家で治療の準備を始めました。







<和樹視点>

 セニアさんまでテンパってるなんて……みんなには心配かけたなぁ。初出撃でいきなりアィイイ!だもんなぁ、鍛錬場でLv3になるまで古参剣闘士の筋肉ムキムキマッチョマンにしごいて貰うかな。

 日ごろの兄上様を見てると訓練スキルと戦略スキルは4とか5ぐらいありそうだけど。あ、でも知力的な意味でもっと低いか、いや失礼だな。

 そういえば……馬車から降ろしてもらって、家まで運んでもらったんだけどこれって人生初めてのお姫様抱っこの相手は兄上様か。普段はニンゲンニンゲンと鬼の形相で追い掛け回してくるのに、いざとなったら誠意を持って対応してくれるとか、普段の態度がとてももったいない気がするぞ兄上様!

 などと痛みから気を紛らわすために一人でアレコレてたら、人間族っぽい赤い髪の女の人がやってきました。

 
「あー、考え事をしてる所わりぃが傷口を見せてくれないか?」

「あ、すいません。どうぞ」

「そういやあんた……ノルドールじゃないね、アタイらと同じ人間だろ?」

「あははーいろいろありましてー」

「ふーん、いろいろで名前で呼んでもらうなんてノルドール相手だとめったにないけどなー」

「あはははー」


 いかん、一人称がアタイなんてこれまた珍しいぞ。いやまてノルドールでないことばれた、なぜばれた……って今ヘルメット取ってるから耳でばれたか。どっちにしてもこのことが知られるとノルドールの立場というかなんというかいろいろまずいのでは? 村に迷惑をかけるわけにはいかないし
 でも口封じなんて無理だしどどっどどうしよう!?


「ま、細かいこたぁきかねーよ。ちょいと傷縫合するから我慢しろよー」


 ニカっと笑って気にしない宣言、すごいイケメン力だ。女性だけど。しかしまてまて、縫合ってまて、その布袋から出した状態の針でやるの!? 衛生的に……って、ノルドールの間でしか普及してねーですよ。やばいって破傷風とか感染症とかやばいって!


「ニンゲン、まず縫合するのなら消毒してください。そこの棚にある『あるこうる』を『だっしめん』につけて針を拭くんですよ」

「へ?」

「わからないのでしたら消毒は私がやります、カズキから離れてください」


 ちょと、横にいたセニアさんなに怖いオーラ出してるんですか? 医者っぽい女性は相当びっくりしてますよ。気持ちはありがたいけれど、折角治療してくれるようなので(消毒云々はともかく)ここは穏便に収めないとね。


「あのーセニアさん、いきなり怪我して帰ってきたのは謝りますんでどうかお怒りをお静めくださいませ」

「怒ってません、怒ってませんけど怒ってますっ!」

 
 俺が怪我して帰ってきたから怒ってるんですねってことにして女医さんへの攻撃をこちらに向ける作戦だったのに、なぜかヒートアップするセニアさん。ちょっとアルコール脱脂綿にしみこませすぎじゃありませんか? 


「怒ってるじゃありませんか」

「怒ってません」

「いやいや、怒ってますよね」

「怒ってませんっ!」

「アタイから見ても怒ってると思うんだけど?」

「はい2対1で民主主義的に怒ってることになりました」

「お、お、怒ってませんっ!バカっ!カズキのバカっ!」


 「うわーんっ!」とか言いながらセニアさん出てっちゃいました、というかアルコールでベジョベジョの脱脂綿顔面に投げつけないでください。目とか鼻とかいろんなところがスースーしてヤバイです!
 
 

「ほー……ふーん。ああごめんよほれとってやる」

「うぅ、ヒリヒリする……助かりました。えっと、その、とりあえず針消毒してもらえます?」

「『しょうどく』?」


 えっ、消毒知らない? そうか衛生概念が無いのは分かったけど、まさかの器具の煮沸とかも無いのかもしれない。さっきセニアさんに怒られてきょとんとしてたのは、びっくりしたからじゃなくて本当に知らなかったからなのか。
 

「わしがしておくでの」

「お、おう。じゃあその『しょうどく』とやらを頼むよ」


 折角女医さんとお知り合いになれたので、この世界の人間族の医療技術といざという時のための(怪我しやすい体質なもんで)家庭の医学を流し読みした俺の現代医学知識とのすり合わせするのもいいか。俺が医者キャラ……ないな、幕末に行った某先生にはなれっこない。
 
 ノヴォ村長が消毒を終えてこっちに戻ってきた。おうふ、女医さんが縫合を始めたけど麻酔無しなんですね。麻酔なしって痛いんですね、声もでなあばばばばばばばばあばっば









───1時間後




「おーい、大丈夫かー」


 だ、大丈夫ですよー。痛いの痛いのどんでけー いやー矢じゃなくて槍が腕に突き刺さりましたからねー 傷口見たくないなぁ……
 痛みで意識が飛んでたせいか、あたまがぼーっとする。視線を声のする方向へ向けると、セニアさんと兄上様とノヴォ村長、大ババ様に女性2人がこっちを見てる。この女性二人誰だっけ?
 うーん、いかんいかん、考えようとすると痛みが増して、痛みを感じないようにしようとするとぼーっとする……


「あの、えっと──」

「あ、そういや自己紹介がまだだったな。アタイはレッド・ガイディア、流れの医者をやってる。」

「初めまして、今回は救援感謝します。私は隊商護衛兵の隊長、レスリーです」

「ご丁寧にどうもありがとうございます。自分は加藤和樹、この村でお世話になっています。」


 なるほど、勝手に女医認定してましたけどレッドさんやっぱり医者だったんですね。それとレスリーさん、切られそうになっていた女性兵士さんですね。本来以上に胸部が膨らんだフルプレートはイケナイと思います。


「悪かった、キサマを守れなかった」

「いえ、俺のほうこそ一人倒したからって油断してました」

「……むぅー」

 お互いの自己紹介してるだけなのにどうやらセニアさんは気に食わないようだ。やっぱり人間族とノルドールの壁はまだまだ厚いなぁ。









あとがき

コンパニオン登場っ! 
今回は会話を多めにしてちょっと会話文中心の練習をしてみました。



[12769] 8馬力目「食に支配される村」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:08
前回のあらすじ

・ニンゲンさんいらっしゃ~い

・切れるノルドール

・ベルリンの壁より高い軋轢の壁





<和樹視点>

 セニアさんの視線が怖いのと、女性をジロジロ見るのはアレなのでぱっと見でしかないけれども、レスリーさんもガイディアさんもかなり美人である。しかしながら彼女達はこの村の住人でもないし、まして人間なので
 あまり長居することは無いだろう。彼女たちと隊商と護衛兵の皆さんはこの後どうするんだろうか?

 と思ったらレスリーと名乗った女性が手を上げてます。

 
「すみませんが私は一度隊商長と話しをしてきてもよろしいでしょうか、積荷は食品など日持ちのしないものばかりなのです」

「すまんのぅ。残念じゃがすぐにこの村から出すわけにはいかんでの。そちらの人員にも怪我をしているニンゲンはおおいじゃろうて、すこし休んでいくといいでの」

「う~ん、アタイは別にいいんだけど積荷がなぁ……」


 食品かぁ……米とかはゲームになかったから多分無理だとしても、この村に流れてこない久しぶりの人間の食料だ(無謀にも森に踏み込んできた野盗連中の持ち物ぐらいしか入ってこない)。なにかおいしいものが作れればいいんだけど、ちょうどいい食材とか調味料とかないかな。


「食品か……何を運んでイテテ……たんです?」

「あぁ、無理なさらず。えっと、エール3グループに植物油4グループ。それから……あぁ目玉商品として香辛料が7グループですね」


 グループっていう単位はこの世界の商いの基本となる単位で、なんでも「1グループ約50人前」らしい。つまりエール3グループなら毎日夜に50人が飲んでも3日楽しめる量ってことになる。
 英語が基本言語っぽいペンドール大陸では単位は一応英語っぽいので統一されてるみたいです。
 ま、まてよ……さっき運んでる物資の中に聞き捨てならない物がありませんでした!?


「こ、香辛料ですかっ!? 胡椒? 唐辛子?」

「なんだカズキ、えらく反応するな?」

「胡椒が主ですが、ある程度砂糖などもありますよ。ほかのものに付いては隊商長に聞いてください」


 いやいや兄上様それどころじゃないですって、香辛料はその価値から大航海時代をへてオランダとかイギリスの、いや世界の歴史を動かすぐらいにすんごいものなんですよ?
 そういえばM&Bプレイしていると、よく交易成金するために買い占めたもんだなぁ。ま、歴史とかはおいといて、植物油とパン粉で揚げ物とかハンバーグが作れるようになるじゃないか!
 誰でも作れるカレーライス。全ては愛のターメリック。


「兄上様、『ハンバーク』と『てんぷら』の元になるものを運んでるみたいですよ」

「うまいのかの?」

「うまいのか?」

「おいしいんですか?」


 間髪居れずにノルドール三人の反応でした。
 もはやノルドールは日本食に支配されつつあるなこれ、というかセニアさんその幸せそうな顔はやめて、まだ作れると決まったわけじゃないんですけんども。
 両手を頬にあてて「きゃわー」ってあの、それは反則です、萌え死にますって!
 まてよ、いいこと思いついてしまったぞ。あれをこう言ってそうしてふんふふ~んしててーれってれーっ!すれば……よし、提案しようそうしよう。


「ん、おいしいですよ。そうそう、提案があるのですがレスリーさん、そちらの失礼ですが隊商長さんを呼んできてもらえないでしょうか? 自分はちょっと動けそうにもないので……村長、もしよろしければ香辛料や食料の件、少しまかせていただいても?」

「わかりました、少々お待ち「よし、その提案をノルドールは了承しよう」……ください」

「イスル、気持ちはわかるが自重せい」

「むぅ……」


 兄上様……いくら食いっ気があるからってあちら側の反応とかそもそもまだ俺なにも提案の内容言ってないです!
 アンパン世界のようにジャ○おじさんのパン工場が世界を食料によって支配するように、俺にも……むりです、食で支配する前に俺が兄上様の暴飲暴食で過労死します。


「……ほっ」


 セニアさんがレスリーさんがでてったら急にほっとしてる。ずいぶんと今日は感情の起伏が激しいようで。
 すいませんすいません、自分が足引っ張ったせいで心配かけるし装備壊すし人間族の人呼び入れちゃうしごめんなさいゴメンナサイ


「えっと、セニアさん、先ほどからそわそわしたり飛び出したり本当にどうしたんです?」

「えっ、いえ、別に……そう、血を見るのが初めてでちょっと取り乱したというかなんと言いますか……それで、その、えっと……」

「ふふふ~ん?」

「な、何ですか赤髪ニンゲンっ!」

「いんやぁ~べっつに~」

「ちょ、ちょっとセニアさーん?」


 な、なぜかまたカオスになってきた。ガイディアさんはニヤニヤしながらしきりに俺とセニアさんを交互に見てくる。
 というかノヴォ村長っ!その哀れむような蔑むような目で俺を見ないでっ!小学生の時のトラウマががががががががががg


「つれてきましたよ……なんですこの空気?」


 結局セニアさんとガイディアさんの(セニアさんによる一方的な)にらめっこはレスリーさんが隊商長をつれてくるまで続いたのでした。


















 


 はてさて、隊商長が来たので早速提案してみましょう。


「はじめまして、この度は救援真にありがとうございました。私はこの隊商の長をやっておりますカラヴァウルドです。ご提案との事ですがどういったっことでしょうか?」

 おっと、記憶が確かならこの人って奴隷商人だったような? M&Bでは非殺傷兵器によって敵を倒すと捕虜にでき、カラヴァウルドさんのような奴隷商人に売却するといいお金になるのだ。ちなみにこの人はゲームで見たとおりシワシワだけれどもヨボヨボしていない頭ツルツルなお爺さんです。

 今回俺たちがこの隊商を助けなかったらもしかすると生活のために奴隷商人になるのかな。そういえばレスリーさんもゲームのコンパニオン(特殊NPC)だったような気がする。勧誘する時にヤツ族に襲われ~うんぬんかんぬんあったはず。これは歴史をちょっと変えたかな。


「寝ている状態から失礼します。カラヴァルド殿、私、この村にお世話になっている人間族の加藤和樹と申します。こちらの提案というのは、この村に滞在する許可をする代わりに食料や運んでいた物資をこちらにご提供していただけないかというものです」

「えっ、そ、そんなことはっ!?」

「ほほぅ?」


 あれ、以外に兄上様が冷静でセニアさんがテンパっとる。ちなみにこの話はさっきのカオス空間のうちにノヴォ村長に話は通してある。だってさ、せっかくタダ同然で香辛料とか手に入るチャンスなんだよ、もらっとかないと。


「すみませんがそれでは我々は護衛兵に給料を渡すどころか大赤字で……そんなことをすれば野盗になりさがるしかありません。
 できればそちらで買い取っていただけると我々としては助かるのですが……助けていただいたのですし、村に馬車の修理と怪我人のある程度の回復ができるまで滞在する許可をいただければ積荷は仕入れ値で結構です。」

「ふむ、仕入れ値といってもわしらノルドールにはニンゲンの交易に関する知識がなくての、言葉はわるいんじゃがふっかけられてもわからんでの」

「それでしたらノルドールの工芸品か武器などの物品と交換でどうでしょうか?」

「それは無理です、我々ノルドールの武器や防具にはこの森の精霊の加護が付与されています。つまり精霊より賜りし加護を持つ物をむやみやたらにニンゲンに売りさばくことなどとてもできません。」


 うん、まぁ当たり前だけど、なんだか提案したのは俺なのにいつの間にか話が俺抜きでどんどん進行しております。
 しかし買取不可で交換不可となるとどうすれば……あ、そういえば精霊の加護がない物なら物々交換できないかな。 


「カズキ、なにか意見はありますか?」

「うーむ、そうです兄上様」

「む?」

「人間の文化を研究するためなどで保存してる人間の武器とか道具などを売却しては?」


 今回の装備を選ぶときに行ったけれど、すごい大きさの倉庫のなかにこれでもかってぐらいの装備が積まれてたもんなぁ。絶対すごい価値あるよあれは。
 いい仕事してますねぇと言いたくなる壺や大量の書物も含む。ニンゲンニンゲンと嫌いながら、ちゃんと敵対者の研究は怠らないとは、ノルドールやりおる……


「ほう、たしかに結局カズキがこの村に来るまで数百年あの倉庫は開けていなかったでの」

「数百年前の武具など……ある程度希少価値の出るものもあるかもしれませんね」

「で、どうしましょうかカラヴァルドさん。自分としては悪くない話だと思うのですが?」

 
 さあカラヴァルドさんはどうでるかな?
 できればひび割れたポールハンマーとか錆びたペンドールグレートソードとかを一個100デナリ程度と認識してくれてエール2グループぐらいと交換してくれるとありがたいんだけど。

 そう考えるとこの世界の武器ってすんごい高いんだよね、ヴァンズケリー海賊団とか討伐してるとあっという間に5000デナリくらいたまって、沿岸部の村で1グループ6デナリの魚とかを購入すれば50人の部隊が約276日も食ってけると換算できてしまう。

 戦乱の時代だからこそもっと食料は高いと思ってたんだけどね。まあ相場としてパンが1グループ35デナリ程度だから一人で生きていくのなら野盗が悲しいけどいかに経済的かわかる。


「隊商長、他の護衛兵と相談してですが我々護衛兵への報酬はノルドールから受け取る武具や防具でかまいませんよ?」

「ふむ、そうか、わかりました。でしたらまずその倉庫を見せてください。」

「できれば穏便に済ませたいですね、倉庫はこちらです」


 何気にセニアさんが今日ずっと黒いオーラ出しっぱなしかもしれない。レスリーさんも思わず苦笑いだ。

 そんなことをセニアさんに悟られないように考えていると、ベッドから起き上がった状態の俺に、ヒソヒソ声でガイディアさんが話しかけてきた。ちょっと顔近いと思いますよー 死にかけたあとなんで、色々と、ね?


「こえーノルドールだなぁ」

「なんだかレスリーさんとセニアさんは相性がよろしくないですからねぇ。いつもはとってもやさしいんですが」

「あー、硬っくるしい言葉遣いはやめとくれよ、それにアタイのことはレッドでいいよ」

「ではレッドど、殿じゃないや、レッド嬢? ええと」

「レッドでいいんだよ、なぁカ ズ キ !」

「いたた、ベシベシたたかないでくださいよ!」


 どうやら女医のレッドさんはかなりの姉御肌のようだ。怪我しているんだからべしべしとたたくのはやめていただきたい。というかセニアさんの目のハイライトが消えかけてるヤバイヤバイ。


「あーそういやあんた達3人はノルドール語以外も話せるのかい? アタイらとこんなに話せるなんてさ。ノルドールって言語が違うって聞いたことがあったんだけど」

「たしかに、そういえばカズキ様とセニア様、それに村長様とイスルランディア様は人間語を喋っているようですね。外で待機しているほかの人たちいわく「言葉がわからない」らしいのですが?」


 あ、そういえば俺命名『ほんやくこんにゃく』(大ババ様からもらったやつ)を持っているのはさっきレスリーさんが挙げた人だけだった。それじゃ通訳もかねて俺が行かないと……


「そうなると通訳が必要になりますね。では自分があいでででであばばばば」

「ばかもん、無理に動こうとするからじゃ。わしとイスルが通訳をしてくるから安心して休んでいるでの?」

「はいです……」


 ん、となるのこの家にはレスリーさんと俺とレッドさんの三人……これはフラグなのか!?










あとがき

なんのフラグかって?
そんなのわかりきったことじゃないか。

ちなみにグループという単位についてはオリジナル設定です。食糧消費率とお値段はゲーム設定です




[12769] 9馬力目「諸君、私は混沌が好きだ」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:08
前回のあらすじ

・ノルドールと香辛料

・セニアさんコワス

・この時代の食料安すぎ




<セニア視点>


 カラヴァウルドさんに研究用の道具が貯蔵されている倉庫を見てもらったところ、今ではほとんど使われていない珍しい武器などもあり、交換でOKとのことです。ただ、焼け太りかもとムフフと笑っているところはしっかり見てしまったので、交換する際にはレスリーさんに立ち会ってもらえば
 まぁ不正は無いでしょう。ちなみに奥の箱に入っていた『ニンジャブレード』というものは特に価値が高く性能も抜群とのことで、一度兄上に見てもらう必要があるかもしれませんね。兄上はなぜか鑑定もできるのです……なぜ頭だけ残念なのかはわかりませんが。
 それにしてもこれでまたカズキが新しい『にほんしょく』を作ってくれると思うと……いけない、まだ隣にはカラヴァウルドさんがいるのだからにやけた顔など見せるわけにはいきません。


「ではありがとうございました、一旦隊商の皆と話してきます」

「はい、それでは」


 緩みそうな顔を気合で引き締めていると、カラヴァルドさんはそのまま隊商が仮設の待機所を作っている馬止め前に行ってしまったので、私はとりあえずカズキのいるノヴォ村長の家へと向かうことにしました。

 しかし、家の前についたとき、なにやら中から声が───


「……ん、っく」

「……我慢……しちゃえよ……」

「……気持ち……お礼……」



 ……なんですかこの声は? 先ほどのニンゲンの女とカズキのようですが。 

 そのままこそこそとノヴォ村長の家の玄関前に来ると、中から声がはっきりと聞こえたのでちょっと聞き耳を立ててみることにします。



 





「だ、だめだって……っく!」

「ふふ、こんなに硬くなって……」

「あら、本当ですね……では私も……」








 今の声はナンダ、あのニンゲンとカズキはいったいナニヲしているンダ






「だ、だめだってっ!ちょっと待ってっ!!」

「いいじゃんかよぅ、助けてもらった礼だよ……ほら、ほれほれ……」

「ぐっ、だ、だからっ!」

「ふふふ、口ではそんなこと言って……気持ちいいくせに……」





 ギシギシと聞こえてくる寝床の音。家にはニンゲンのオスとメスが3人……




「ちょっ!?もう……!」

「ふふふ……」

「ほれ、ほれほれ~」




 アノメスブタドモヲハヤクカズキカラトオザケナイトカズキガニンゲンニオセンサレテシマウ
 オイダサナキャイタメツケナキャオドサナキャコロサナキャハメツサセナキャキリコロサナキャブチノメサナキャ…………



「ナニヲシテルキサマラーッ!!!」



 私が全力で玄関をぶち怖して家の中に突入した時、カズキが治療を終えて寝ている寝床には───










「あででででっ!!だめだって!!」

「よほどあの兄上にしごかれてたんだなぁ……筋肉がかっちんこっちんだぜ?」

「それに先ほどの戦闘でだいぶ体に疲れがたまっています。どうでしょう、気持ちいいですか? レッドの言うとおり、これは無理のしすぎですよ」









 マッサージを受けているカズキと、それを行うニンゲンが二人いたのでした。






<和樹視点>

 いきなり服脱がされてキャーエッチーとか考えてたらマッサージされました。そういえばこちらの世界に転移してから訓練→ごはん→訓練→ごはん→現代医療・工学知識教育→ごはんの繰り返しで休んだことが無かったなぁ。

 これでもばぁやとかに肩たたきとかすると気持ちいいって言われたし、農作業の後とかにも、家族や一緒に作業した人みんなにやってたから、こっちの世界の皆さんにも腕が治ったら俺もマッサージしてみようかな。

 まぁ、そんなことを考えながら気持ちいいけど痛い(特にレッドさんわざと痛くやってる)マッサージを受けながらほんわかしていると、最初に想像していたフラグが光臨したのでした。


「ナニヲシテルキサマラーッ!!」


 どごぉーん!!という音と共に玄関の扉が吹っ飛んで反対側の壁にぶつかって粉々になった。声の主を立ち上る土煙の中で探してみれば……あばばばばばばばばばばばば


「な、いきなりなんで……セニア、さん?」

「げほっげほっ!なんだよ、も……」

「小便はすませました? 神様へのお祈りは? 部屋のスミでガタガタふるえて命ごいをする心の準備はよろしいですか?」


 どこの執事だ!? まずいセニアさんがめっさ黒いオーラ出しながらこっちに最大級の笑顔で接近してきます、めーでーめーでーっ!至急救援を、至急救援をっ!!



───撤退は許可できない、現有戦力を持って部所を死守し、武人としての責務を全うせよ!


 ……幻聴まで聞こえてきたよ。今までの死亡フラグの中でも最もレベル高いんじゃないの? 野盗相手にあわあわしていたあの可憐なセニアさんはどこにいっちゃったの?

 というか呼吸音がコーホーコーホーって聞こえるよ、息がまだ秋なのに白く見えるよ、目が光ってるよ!!


「あわわわわっ」

「はわわわわっ」


 レッドさんにレスリーさん、はわあわ言っちゃってかわいいなぁってそんなこと言ってるレベルじゃない!!命が危ない、俺が危ないっ!!


「安心してくださいカズキ、なんっにも心配することはありません。あなたに近づくニンゲンをちょっと処理するだけです」

「しょ、処理ってアタイたちをかい!?」

「あぅ……」


 レスリーは気絶した!
 というかセニアさん、その手に3枚持った鉄のおぼんはどうするつもりなのでせうか?


「なんの音じゃさわがしへべらっ!」


 騒ぎを聞きつけてきたノヴォ村長はセニアさんのおぼんの投擲で気絶したっ!顔面痛そ。


「の、ノヴォ村長!こ、これはいったひでぶっ!」


 あ、兄上様ーーー!? 兄上様までおぼん投擲に一撃で……投擲武器でヘッドショットとか難しすぎるでしょ。
 というか振り返らずに当てるセニアさんにはジギスムントさんでもきっと勝てない。700人のフィアーズベインベルセルク兵でもきっと勝てない。

 ああ、我々の想像を超える、聖母のような笑みを浮かべて、ああっ!前に、前にっ!!


「すこし……頭を冷やしましょうか……」












 結局、セニアさんが正気に戻ってジャンピング土下座を敢行するまでの数分間の間に、人間3人は地獄を見たのでした。





あとがき

作者には……エロはむりだった……話がそうえばほとんど進んでないなぁ
ああ、窓から桃色の光が……



[12769] 10馬力目「つくってわくわく」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:08
前回のあらすじ

・かーなーしーみのー

・むーこおーえとー

・たどりーつきかけちまったよおいっ!?



<和樹視点>

 とりあえず混乱を収拾するために食べていた料理の後片付けも一通り終わったので、日本食の試作品としてセニアさんが作ったメンチカツのうち、未だに積み上がっている失敗メンチカツを食い続ける兄上様をスルーして護衛兵の皆さんががいる馬止め場の仮設キャンプへとやってきた。
 マッサージのおかげかは分からないが、槍が刺さった腕を吊っていれば歩き回れるぐらいにはなったので、少しは動いたほうが良いだろうとレスリーさんをお目付け役にしてもらいちょいとお出かけ中だ。

 重傷者をいつもは他の村のノルドールたちを泊めるための館に搬送し、軽症者は俺が現代医学の初歩の初歩の初歩を教えた村人の家で治療を受けたらこのキャンプに戻ってきている。殺菌消毒や、湿潤療法だけでもかなり効果があることをこっちに来てから体感しました。今ならわかる、すばらしき赤チンキ。シップとかもう神です。ワインとタオルのあわせ技で死ぬ人はコレだけ減るんだっていうね。

 ちなみに助けられた護衛兵は重傷者を含めても10人、隊商の一般人はわずか6人だ。40人以上の隊商だったのに、重傷者をのぞいたこのキャンプに居る人たちは本当に少ない、レスリーさんを含めた護衛兵7人(軽症2名)、隊商の一般人はノヴォ村長の家で今ごろげっぷしてるレッドさんを抜いて4人。

 俺がもっとしっかりしていればとかそんな甘ったれたことは考えないようにしているつもりでも「あの時ああしていれば」「あの時油断しなければ」と後悔の念は尽きない。

 最初に振るったポールハンマーで相手の鎧ごと打ちのめした感覚が今でも消えない、思い出すだけで手が震えてきてしまう。
 ペンドール大陸で生き延びるにはこんなことに慣れなきゃいけないのか……やだな。


「慣れなくてもよいのではありませんか?」

「えっ?」


 とぼとぼ歩いていた俺に対して、後ろから震える手を握って声をかけてきたのはニコニコ笑顔のレスリーさんだった。その一言で目の前にいたキャンプの人々も一斉にこっちを見てくる。


「あなたのことはセニアさんから聞きました……戦いのない国から来たのですね。私も昔は海を渡った別の大陸で家族と楽しく、平和に過ごしていました。今では護衛兵などといった荒事をしていますが、すぐには慣れるものではないですよ。

 それでも、世界はこんなはずじゃなかったことばっかりでも、前を向いて生きていく意志さえあればこんな物騒なペンドール大陸でも結構生きていけるものなのですよ?」

「レスリーさん……」

「おうよ、おみゃーがいなけんばおらさ今頃こん酒のんでなんかいねべや」

「我々の命だけでは不足かな、これでも本当に君達には感謝しているんだよ?」

「……ありがとう、助けに来てくれた時の言葉、忘れない」

「かっこよかった、かも?」



 あはは、ロム兄さんごっこがいまだに尾を引いてる。でも、みんないい人たちだなぁ。あれ、なんで、涙が……えっと


「す、すみません。なんだか……涙が……」

「泣きたい時には素直に泣くといいです。大丈夫、村の人は誰も見ていませんよ」

「うっ…くぅ……すみません」


 結局俺は泣き止むまでレスリーさんに後ろからずっと抱きしめてもらっていた。ホームシックとか初めて人の死を見たこととかでちょっと俺、疲れてたのかな。




 



 

 しばらくした後、泣きやんだ俺は今度はレスリーさんに抱きしめられていたことで顔を真っ赤にしてフリーズした。
 そうだよ、俺こんなすばらしいイベントのために来たんじゃなくてレスリーさんに鎧の魔改造を手伝ってもらうんだった。


「えーっとあっと、あー、まぁ、その、実はレスリーさん、お願いがありましてですね」

「あらあら、ふふっ、ずいぶんとうぶなんですね」

「いや、その、げふんげふん。それはさておきまして、実は今回の戦いで、このノルドールコートがちょっと防御力に問題があると認識した次第でして……」


 あらあらうふふとこっちを見つめるレスリーさん、たまりません。
 ではなく、あの後兄上様にOHANASHIをしてみたところ「ボロボロのノルドールコート」は本来の精霊の加護が薄まっているだけでそれでも鎖帷子程度の防御力があるらしいのですが、どうやらイヤミでくれたあのボロボロのノルドールコートは極め付きなまでにボロだったらしい(セニアさんにはビンテージ物って言われたけれども)

 そして刺さっていた槍を引っこ抜いて治療してくださったレッドさんいわく「あの刺さってた槍、多分帝国軍の近衛兵がつかってるめちゃ重いやつ」だそうで……なんでレッド兄弟団とかがそんな高い物もってるのさ……

 そういえばゲームでの話だけれども、城攻めの時とかによくなる現象で、投槍が首とか腕とか平気で貫通するのだ。それこそガッチガチのプレートメイル着込んでてもブスリ。
 いや鎧だから貫通するのは仕方がないにしても首貫通しても平気で戦う騎兵とか、弓を射るノルドールとか恐ろしい。俺も腕でなくても生きてられたのかな?
 
 ちなみにゲーム的な数値で今回の攻撃力と防御力の関係を言うのなら

・ノルドールのコート 防御力52ぐらい

・プレートメイル   防御力55ぐらい

・精巧な帝国近衛兵の投槍 攻撃力34ぐらい


 ここから予測するに


・イヤミのボロボロノルドールコート 防御力30前後


 と推測できる。比較対照としていろいろな防具を上げてみると

・重厚な部族民のコート 防御力30

・局部的チェーンメイル 防御力30~38


 重厚とはいえタダの分厚いコートレベルの防御力とはこれいかに。となると本来のノルドールコートにある精霊の加護はきっと半重力フィールドでも形成してるんですねわかりません。

 ちなみにあの兄上様に簡単にこうなった理由を吐かせる方法は下記の通りでした。


「兄上様、ノルドールの誇るこのコートが下賎な人間のボロい槍で貫通したのですが?」

「やはりアレが原因なのか……」

「そうですね、やはりアレかと。」

「うむ、あまりにもボロボロだったからあのコートにしたのだが……成功だったが失敗だったな」

「そうですかそうですか、兄上様ちょっとOHANASHIしましょう」


 というやり取りが。とはいえいくらボロいとはいえ初めて兄上様から直接もらった大事な物だ、できるだけあのコートを使って生きたい(誤字にあらず)。
 ということで先ほどまで装備のチェックをしていたこともあるし、『人間向き』の装備に詳しいであろうレスリーさんに聞いてみた次第。


「新しいのに変えてみてはどうでしょうか?」

「初めて兄上様にいただいたコートなので、大事にしたいのですよ」



 うーん確かに新しい防具に交換するのが一番手っ取り早いんだけれども、大事なことだから2回言うけどやっぱり初めてもらった品だし……大事にしたいし。
 あれ、今の感動するところだった? 隊商の人達からのニヤニヤとした目線はなんですかね?


「え、自分なにか変なこと言いました?」

「んにゃ、深くはきかねぇだ」

「兄様思いなやつだなぁ」

「兄と弟の種族を超えた……愛……ぶふぅっ!!」


 まて、最後のヤツちょっとまて。


「えーまぁ、一応改良するにはある程度の方針が必要なのですけれども」

「重いと自分潰れます」

「簡潔にありがとうございます」


 ただでさえ馬上で尻が痛くなるのにこれ以上重い装備になったら冗談抜きでボラギノールが必須アイテムになってしまう、持ってないしこの世界にないけどね。


「そうなりますと……コートを基本として被弾しやすい各部位に優先的に皮鎧を追加していく感じでどうでしょうか。鎖帷子では森での奇襲には不向きでしょうし」

「いいですね、皮鎧てどのぐらい重いんですか?」

「そうですね……全身を覆うくらいですとそこそこといった程度ですけれど、今回は腕周りと肩、それに胸に腹と首周りを重点的に追加してみましょうか」

「ノルドールの技術と人間の発想のあわせ技ですね」


 確かに鎖帷子やプレート系より革系のほうが軽くて動きやすそう。実際こっちの世界に来てはじめて触って実感したんだけど、革鎧ってけっこう硬いんだよね。色塗ると革ってだいぶわからなくなるし。
 頭の中ではクシャナ殿下の鎧の鉄の部分が皮鎧になったノルドールコートが浮かんできた。かっこいいかも!


「では、改良は明日にして……今日は少し付き合ってもらいましょうか」

「えっ?」

「なんでぇわかんねぇのかい?速飲みだよ速飲み!俺らの酒が飲めねぇのか!?」


 みなさんすでに宴会準備スタンバってるよ、これは……は、速飲み競争やろうっていうのかいオヤジ。


「いいですよ! さぁ早飲みいざっ!!」

「のーんでのんでのんでのーんでのんでのんでー!」

「男と女の……夜の宴会……ぶふぅっ!!」



 はい、最後の人。お兄さん怒らないから明日射撃訓練場の標的並べしてくださいね。
 ま、いーや飲んでまえ飲んでまえー!! どーせこのエール交換したやつだからね!

ごくごく……ごくごく……ぷはっーーー!

 異世界飲みニケーションの時間だぁあああああ!!





いちじかんごぉ~~~~~~~~





「じゅんちょーによってまふね~」

「そーゆーレスリーたんもえろいね~」

「ごくごく……ぷわはぁ。『えろい』ってなんれふかぁ?」

「からだでおしえたろかぁ?」

「ふふふ、いいですよぉ、ほぉら~」

「みせつけおってからに~もみしだくぞぉ~」

「きゃあ~せっきょくてけぃ~」


 


 ちなみにべろんべろんに隊商の人たち全員と一緒に次の日の朝壮絶な二日酔いになるのはお約束でした。

 ただ、お互い気兼ねなく会話できるようになったのは怪我の功名なのかな?




あとがき

夜になっても家に帰ってこない→探す→女とイチャイチャ→かーなーしーみのー


 感想掲示板でご指摘があったのですが、このゲームの戦闘画面において敵の投槍が直撃するとどんな重装甲の鎧でも槍がグラフィック上貫通した状態で表示されることがよくあります(中には顔面貫通とか、首貫通とかも)。そのためノルドールのコートでも貫通されたという構成にしておりました。
 今回の話の中でゲーム内でのボロボロのアイテムについて多少触れておきました。今後の番外編でひび割れた・痛んだ・普通・精巧・名匠の手掛けたについて表現していけたらなと思います。ご指摘ありがとうございました!



[12769] 番外編1(多少暗い内容ですので注意)
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:09
番外編1「不幸自慢は嫌いではありませんよ?」(多少暗い内容ですので注意)



<レスリー視点>


 ……夢を見ていました

 私たちがペンドール大陸に来る前の生活、あの頃は幸せでした。少し後先考えない性格でも頼もしい兄がいて、よく気が利く弟がいて、大切な時間があって……

 バークレーで兄弟と一緒にすごしていた日々。そんな平穏な日々を壊したきっかけはこのペンドール大陸に住むエルフの話。
 ノルドールと呼ばれるそのエルフが作る装備・工芸品は、人間の作るものとはまったく別次元の性能・美術的価値があり、ノルドールの古びた剣一本で城と領地が手に入るとまでバークレーでは言われていました。
 もちろんそれほどの価値があるのは理由があって、ノルドールは基本人間を嫌い交易することができないのです。
 つまりノルドールの装備・工芸品は攻め込んで奪うしかないのです。しかしその圧倒的な性能を誇る装備に身を固めた弓騎兵や弓兵相手に勝利することはほとんど無く、よって手に入れることは事実上不可能なのです。
 しかし、実際には手に入らないはずにもかかわらず少数の品物は確かに王侯貴族の収集物として人間側の手元にあるのです。
 
 そんなある日、エルフの住む北に位置する平原に住む「ヤツ族」に大金を払って依頼することにより手に入れられることを兄は酒場で聞いてきたのです。


「みんなで金持ちになるんだっ!」


 その兄の一言で所持金のすべてを持ってペンドール大陸に私達はやってきたのです。


 結果はよく考えれば十分予測のついていたことでした、兄が酒場で聞いてきた情報はヤツ族が得物を自らの縄張りに誘いこむための餌だったのです。ヤツ族との交易のために編成した私達の隊商は壊滅、大盤振る舞いで雇った護衛兵達は瞬く間に皆殺しにされ、私と大切な兄弟、そしてわずかな護衛兵の生き残りがヤツ族の頭領の前につれてこられました。


「おぅ、なかなかいい女が居るじゃねぇか」

「頭領、では男はどうします?」

「殺せ、男に価値はない」

「了解しやしたっ!」


 その一言で始まった殺戮。生き残ったのはまだ若い女性の護衛兵と私だけ、私達は目の前で家族と仲間を皆殺しにされました。
 大切な家族が、目の前でむごたらしく殺されたのです。最後に見た家族の表情は……絶望、後悔、懺悔、憎しみ、不条理、怒り───


「そっちの女はちぃと筋がはりすぎてんなぁ、お前らの好きにしろ……お前は俺と来い」

「ほら、さっさと歩けっ!」

「ぐっ!?げほげほっ!!」

「い、いや、はなしてっ!いやぁああああああああああああ!!」


 護衛兵の子はニヤニヤと気味の悪い笑顔を浮かべた男達に連れて行かれ、私は私が殺戮から目をそらさないようにと首をつかんでいた男に催促としてお腹に蹴りを入れられました。こらえようのない嘔吐感、もう涙も吐くものも兄弟の死を見たときに枯れ果てていました。


「てめぇ……誰が傷つけていいってったぁ!?」

「ぎゃぁあ!」


 蹴りを入れた男が頭領に切り殺される、首だけで転がっている男と目が合う。もうどうでもいい……何も考えたくない……


「へっへっへ……じゃぁおじょうちゃん、俺と楽しいことしようかぃ」

「……」


 ただ男に抱えられ移動式の家の中に運び込まれ、寝床に転がされる。外から聞こえるのはあの護衛兵の子の悲鳴と男達の歓喜の声。いやだっ、聞きたくない、聞きたくないっ!!


「耳塞いだって無駄だぜじょうちゃん、おとなしく俺を楽しませりゃわりぃことはしねえよ?」

「あ……あぅ」

「そうそう、いい子だ」


 男のなすがままに服を脱がされてゆく、私の心に残った最後の意識が男の顔から目線をそらす。偶然にもその先にあった物は先のとがったノルドールの工芸品。それを見た瞬間、目の前で殺される家族を思い出しました。
 もうすべてがどうでもいいと思っていた気持ちの中に湧き上がる一つの感情、これは……憎しみ。

 こいつだ、目の前のこいつがすべて悪い、こいつが兄弟を殺した、こいつが……こいつがっ!

 男の口が近づいてくる、機会は一度だけ。私はどうなってもかまわない、ただ……こいつだけは……絶対に殺すっ!


「へっへっへ、久しぶりの上玉だぁ……」


 想像通り舌を伸ばして私の口をむしゃぶりつくそうとしてくる、狙うのは伸ばされた舌。そして男のわき腹。


ーーーグチャリ


「ぎ、ぎがぁあああああああああ!!」


 舌を追いきり噛み付けると同時に男のわき腹に蹴りを入れて覆いかぶさられた状態から離脱します。男が口から血を流しながらこちらを睨みました。
 私の横には悪趣味な骸骨がついた槍、私は迷うことなく切っ先を男に向けます。


「いてぇ……いっきしょうこのアマぶっころしてやるっ!!」

「お前がぁあああああああああ!!」


 舌を噛み千切るのには失敗しましたが、まだうまくしゃべれない頭領は腰に挿していた短刀を腰だめに構えて私に向けて踏み込んできました。私も無我夢中で両手で槍を握り締めて全力で突き出しました。


「ぐぎぃ!」

「あぐっ!?」


 私の槍が男の右肩に深く深く突き刺さり、男の短刀が私の右腕の肉をえぐります。

 怯んだ男、後ろは鍵のない皮でできた扉。迷うことなく飛び出して私は家の前にあった馬にまたがりただひたすら駈けました。












「っは!?」


 気がつくと視界には一面の星空。私は……そうです、あの宴会でお酒に酔ってそのまま寝たのですね……
 夢の中の感覚が今でも残っています、口の中には何もないはずなのにあの男の血の味がする気がします。


「ぐが~~~~」

 
 私に寄りかかっていびきをかいていたのはカズキでした。この人も私には想像もつかないつらいことを体験したのでしょうか。


(初めて兄上様にいただいたコートなので、大事にしたいんですよ)


 ノルドールのものとはいえ、ボロボロのコートを大事にするカズキ。人間でありながらノルドール人のイスルランディアさんを兄と呼び、ノルドール人であるセニアさんやイスルランディアさん、ノヴォルデット村長に家族と言われる人間。
 あの言葉を言った時の彼の乾いた笑みにはどれほどの思いがあったのでしょう。


(す、すみません。なんだか……涙が……)



 震える手を必死に握り締めて、立ち尽くしていた彼。なぜか私はどうしても彼を抱きしめなければならないと感じていました。
 なぜそう思ったかはわかりません、でも……彼は私に似ている気がしました。何か大切な……大切な何かを無くしてしまったような雰囲気でしょうか。

 出会ってまだ少ししかたっていませんが、その中でもどんな時でも笑って、どんな時でも明るく、どんな時でも前向きで……そんな彼の存在は私にはどうしても儚く見えてしまいます。そう、この世界ではあまりに儚い。それでももう少し彼のそばであの笑顔を見ていたいと思うのは彼の魅力なのでしょうか……


───ガシャン

 音がした方向を向けばそこにあったのは私が「はじめてもらったモノ」。

「初めて貰った物……ですか、兄上、家族に防具をあげるのはあなただけではないようです」

 音はきちんと木に立てかけておいた盾が倒れた音、そしてその横にある物は……私の大切な人からもらった剣。


「また、隊商を失ってしまいましたね……」













 ヤツ族の宿営地から脱出し、裸でサーレオン王国のとある村に逃げ込んだ私は、ただ復讐の為だけに3年間その村で自分を鍛え続けました。
 村の人々はヤツ族の使う馬に裸でまたがっていた私を見て事情を察して匿ってくれました。ヤツ族の平原に近いこの村ではよく見る光景だったのかもしれません。

 3年の間色恋沙汰だってなかったわけではありません、それよりも優先すべきことが私を戦いに駆り立てました。家族を殺されてから3年後、生き残った後初めて参加した戦いは「ヤツ族討伐」隊への参加。

 そしてそれから2年、私はヤツ族を殺しに殺しました。集落もためらわずに焼きました、情けなんて言葉は私の頭の中にはありませんでした。
 何回目の討伐だったでしょうか、ある集落を焼き討ちしていた時、ある男が見覚えのある盾を持っていました。


「兄上が……私にくれた盾っ!!」


 私は一撃で盾を持っていた男の腕を切り落とし、盾を取り返しました。


「ま、まってくれっ! た、盾がほしいならくれてやる!」

「……どこで手に入れました?」

「へ、ひへっ?」

「どこで手に入れたのかと私は聞いているのですが?」

「ざ、ザルカーってやつが率いてる軍閥との交易の時にこっちのブツと交換したんだよ!」


 ザルカー……そいつが、私の家族を殺した仇?


「ザルカーというのは右肩を怪我していませんでしたか?」

「し、してた! 右腕を動かすのをいつもおっくうだって言ってたっ!!」

「そうですか、情報提供ありがとうございました。それでは」

「ぎゃぁああ!」


 最後まで命乞いをしていたゴミを切り捨て、男の服で剣についた血をぬぐった後、あらかた掃討が終わっていたので、私は討伐隊の隊長のもとに向かい隊長に言いました。 「ザルカーの率いる軍閥を討伐しよう」と。

 結果は実行不可能との事でした。私はヤツ族を殺せればそれでよかったのですが、隊長は戦利品で私腹を肥やすことが優先だったようで500人を誇るザルカー軍閥と戦うことは命の危険があるとして頑なに拒否したのです。レイヴンスタン王国とサーレオン王国が討伐の機会をうかがっている今、ヤツ族の戦い方、知識をふんだんに持っている私達が兵を挙げれば両国の支援を得ることはたやすいでしょう。

 私は結局現隊長に不満を持つ討伐隊の人間と一緒に隊を離脱し、ザルカー軍閥を殲滅しあの男を今度こそ殺すための軍閥を作り始めました。
 お金がなければ兵を養えないのは当たり前で、私達はヤツ族の勢力圏を通る隊商を専門とした護衛隊としてレイヴンスタンとサーレオン、帝国を結ぶ交易路の護衛を続けました。そのおかげもあり、最近は40人の優秀な護衛兵を傘下に持つ軍閥として立派に成長していました。

 なにより私にとって大きかったのは……愛する人ができたこと。
 私が愛した人はレイヴンスタン王国のある村で第三次義勇兵応募を行った時に参加した人。彼もまたヤツ族に父を殺され復讐に燃えていました。
 最初は傷のなめ合いだったかもしれません、それでも彼と共に過ごすうちに私の復讐で塗り固められていた心は少しずつ幸せで満たされていきました。
 
 そんなやさしい彼は兄から盾を貰った話をすると「じゃあ僕は父から受け継いだ双剣を君に一振りあげるよ」といってその形見の剣を私にくれました。
 部隊のみんなと彼と笑いあう厳しくも楽しい居場所。それがこの護衛兵軍閥だったのです。


 そんな夢のような時間も今日終わりました。


 今回請け負った任務、確かに難しい護衛内容でしたが隊商が10人ほどで荷馬車も10台以下の身軽な隊商の護衛ということもあり、依頼を受けたのが最大の失敗だったのかもしれません。結果は一緒に一つの焚き火の前で眠る4人の部下。
 そこに愛しい彼の姿はありません。私の育てた部隊のほとんどは今日の戦いで愛しい人と共に消え去ったのです。


「みんな私をおいて逝ってしまうのですね……」


 私はカズキを起こさないように声を押し殺して泣きました。彼から貰った剣と兄から貰った盾を抱きしめて……












あとがき

 いろいろとあってうつな気分真っ盛りの作者です。気分が欝な時にSSを書くと欝展開になるんですね。
今回はいろいろとチラ裏の規約に引っかかりそうな気がするのと、なんだか番外編としてもレスリーさんの過去の独白だけなので後で消すかもしれません。
 う~ん、本編を進めないと……

推奨BGM「防人の歌」




[12769] 11馬力目「村長ですが、家の空気が甘々です」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:09
前回のあらすじ

・魔改造フラグ

・酔っ払い

・二日酔いフラグ



<セニア視点>

 昨日食事をした後レスリーさんと会いに行くと言ってカズキが家に帰ってこなかった。
 昨日の夜ご飯はカズキの当番だったのですが食器を洗ったり、家事を私がすることになったのも別にいやではないです。

 昨日食事をした後レスリーさんと会いに行くと言ってカズキが家に帰ってこなかった。
 ただ昨日帰ってこなかったのが心配なだけです。

 昨日食事をした後レスリーさんと会いに行くと言ってカズキが家に帰ってこなかった。
 
 
 カ ズ キ が 家 に 帰 っ て こ な か っ た 

 ……いけないいけない、先日勘違いからつい怒ってしまってノヴォ村長や村のみんなから笑われたばかりじゃないですか! ここは冷静に、そう、冷静に。
 

「お、落ち着きなさいセニア。またあんな風に早とちりをしてしまえば今度こそ私はカズキに『やんでれ』なノルドールとして嫌われてしまう……そう、レスリーさんに会いにいったんだからきっと隊商の人とそのまま宴会にでもなって、そのまま一緒に寝ただけ。そう、きっとそう」


 胸に手を当てて、鏡の前で自分に早口で言い聞かせる。大丈夫、私はまだ冷静。
 でも……やっぱり気になってしまう、カズキの寝顔はとてもかわいらしくて朝あの顔を見て活力というか……そう、あの顔を見ないと習慣が崩れるのです。


「……見に行くだけなら大丈夫よね?」


 そう、見に行くだけなら別にまた暴走してしまうこともないだろう。あれ、こういう考え方をするのが『しぼうふらぐ』とカズキに言われた気が……あとでまた意味を教えてもらいましょう。






「おはようございま……す」

「ぐがーーーー」

「ふふふ、むにゃむにゃ……」


 隊商の皆さんの居る宿営場所にやってくると最初の予想通りみなさんは焚き火を囲むようにして寝ていました。
 そこらじゅうに転がる酒樽。一晩たってもまだエールの臭いがします。
 カズキとレスリーさんは一緒に居た。ただしカズキの寝相に関しては明らかにおかしい体勢だったのですが。


「カズキ……とりあえずその手を胸からどけたらどうですか!」

「ん~……ん? んぅ……」

「あっ……あふぅ……」


 私の声に反応してレスリーさんの胸から手を離すもののその手は今度は彼女の太ももに。カズキってこんなに助平な人だったでしょうか?
 ちなみに二人だけちょっと他の人から離れた木に二人仲良く寄りかかって寝ています。

 さらにカズキはレスリーさんの、その……大きな胸を揉んでにやけていました。いまだに緩みきったカズキの寝顔、どんな夢を見ているんでしょう。
 とにかく落ち着きなさいセニア。以前私も見ているはず、カズキの寝癖と朝の『ていけつあつ』はいつもこんなものだと!


「そ、そそ、そんなに胸が好きならレスリーさんのではなく……その、私のを……」


 わ、私は何を言っているのでしょう!? 頭が沸騰しそうで、胸がどくんどくんと! 
 あ、カズキが手を伸ばしてきてっ!? や、やっぱりそのあのえと……恥ずかしい。


「う~んセニアさん」

「は、はひっ!?」

「なにしてんの?」


 起きているようないまだに寝ているようなカズキの一言で先ほどまでの混乱がとたんに収まったので、少しカズキを観察することにも余裕が出てきました。
 するとカズキはずっと私の腹部を凝視しています。私の腹部になにか気になる点でも?


「へそだし~すたいる~かわえぇよ~」

「え……なっなななっ!!!」

「ぐぅ~」


 なんということでしょう、私も人のことが言えないようです……着替えて上着を着てきたはずなのですが、帰ってこなかったカズキが心配で寝不足になっていた私はどうやら下着に上着だけを羽織って家を出てきたようです。
 穴があったら入りたいと思いながら誰にも見つからないように私はこそこそと家に戻るのでした。








<和樹視点>

 なんか朝早くにおっぱい占いの夢が現実になった気がしたんだけど気のせいか。って朝から何を考えてるんだ──

───ズキズキ

 あがー、頭が、頭が割れるぅ!


「うぅ……カズキも起きられたのですか?」

「いったた……おはようございます。レスリーさんも二日酔いですか?」

「の、飲みすぎました……」

「同じく……」


 周りを見回すと酔いつぶれている隊商の皆さんと大量の酒樽。結局昨日二人だけでたぶん5人分くらいのエール飲んだかもしれない。今日は確実に午前中は俺終了のお知らせである。頭が痛くて思考もうまく回らないし吐きそうだし。
 あーうん、鎧の強化するって話はあでででで、この頭痛じゃやっぱ無理無理!


「カズキ、悪いのですがコートの改良は明日か午後でよろしいでしょうか?」

「し、仕方ないですね……」


 とりあえず村長の家に戻ろう、連絡しないでこっちで寝ちゃったから多分みんな心配してるだろうし。










 「頭痛が痛い」といいながらフラフラ帰ってきた俺を見て、セニアさんがまたぷっぷくぷー状態だったが、無事なんとか切り抜け昼まで二度寝してしまった。幸い昼に起きた時には頭痛も消えていたので、コート改造の件について打ち合わせしておきたいこともあるので
 レスリーさんたちのところに向かうことに。
 出かけようと玄関に向かうと、さっきまで『日本食』の練習をしていたセニアさんがお見送りに来てくれた。料理練習中ということもありエプロン姿である。ノルドールの民族衣装にエプロンである。
 
 スクショ、網膜のスクショボタンはどこにありますか? というか転移する時になんでカメラ持ってこなかった! できれば数百万円のすごいカメラとかで連射して保存しておきたい。


「朝はあんなに頭が割れるなんて言ってたのに、出かけるの?」

「予定があるから仕方ないですよ」

「もう……遅くなるの?」

「うーんちょっとわかんないです、遅くなってもご飯前には帰ってくるつもり」

「わかった、当番今日は私が変わっておきます」

「ん、ありがとうございます」


 愛して……はっ!? なしてナチュラルに夫婦っぽい会話をセニアさんとしとるんです?
 新婚イチャイチャな雰囲気で話していると、セニアさんの背後から殺気が……どうやら兄上様が料理の監督もかねて居たようです、兄上様コワイ。こりゃセニアさんの彼氏になる人は苦労するなぁ。
 
 というかセニアさん、魔性の女か何かのスキルでもお持ちなんですかね?
 無意識にあんな新婚さんみたいな会話をさせているのなら恐るべし。



「行ってらっしゃい」

「いってきまーす」

「わしの家なんじゃが……」


 いや、ごもっともですが、口ひげに食べ物のカスをつけてもぐもぐしながら言っても説得力ないですよ村長!


あとがき

夫婦の会話というものをとりあえず両親にお願いしたところ砂糖吐いたので最後はそれっぽい何かで〆
毎日更新してたらSS更新が日課に




[12769] 【閑話】兄上様の日記
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:10
○月×日

 今日セニアが森の外近くまで出かけたいというので剣を貸してやった。
 本当は森の外は危険だからあまり行かせたくないのだが、ほかならぬセニアの頼みなら仕方がない。
 
 それに今日は森にニンゲンが入ってしまったせいか精霊が怒って大地を揺らした。
 そうだ、そもそもなんでニンゲンがセニアと親しく会話しているのだ、気に食わない。ニンゲンなんぞすべて我らノルドールの作る工芸品や武器のためだけに戦争を仕掛けてくるほど愚かな生き物なのに。
 
 村に入れたもののノヴォ村長があのニンゲンをかばって、村のために働けば命だけは助けてやることになった。
 俺は絶対に認めん、意地でもセニアに近づく害虫は俺が殲滅せねば……今日の夜にでも夜襲をかけてみるか。
 
 
 
○月△日

 くそっ! 昨日の夜に行った夜襲はノヴォ村長にとってお見通しだったらしく、扉の開けようとしたら上からたらいが落ちてきて頭を打った、いたい。
 あのニンゲンとセニアが楽しそうに今日も井戸のそばで話している。周りのノルドールも最初は訝しげに見ていたが、あのニンゲンが料理の話をし始めたところ次々に主婦が集まってきて見えなくなった。料理程度で懐柔されるとはノルドールとしての誇りはないのか?


○月□日

 あのニンゲンが井戸を便利なものにした。なにやら『ぽんぷ』とか『あるきめですせんせい』、『みきさーしゃのげんり』など言っていたがニンゲンの言葉はよくわからない。そもそもやつらの言葉を理解する必要がないのだ、我らノルドールがニンゲンに教わることなど何一つない!
 
 
 追記
   夜に出た『ちーずふぉんでゅ』とかいう食べ物はおいしかった。
   
   
   
○月▽日
 
 今度はあのニンゲンが『じょうすいどう』とやらを作ろうと言ってきた。なにやら各家庭で水を汲んでこなくてもいつでも使えるそうだ、ばかばかしい……そんなことができるはずがない。
 だが村の生活が便利になるならばやってみようとノヴォ村長と大ババ様の発言で結局やってみることになった。今日は『じょうすいどう』のために竹を何本か精霊に断りを入れて切り倒した。これで失敗したなどと言ったら、精霊への生贄にしてやる。
 
 
○月Θ日

 今日は切り倒した竹の中を上半分だけくり抜いてくれと言われた、何に使うかわからんがとりあえずしておいた。
 竹と竹をつなぐ所を薄く剥いだ木の板で囲んで水漏れをなくしていた、どうしたらあれで水が漏れなくなるのか俺にわからん。セニアがとても感心していた、だから話をするんじゃない、あのニンゲンに近づきすぎだ。
 
  
○月〒日

 昨日作った『すいどう』を森の水源に接続する。先が2つに分かれている木などを使ってどうやら斜めにして各家庭に水を送るようだ、冬は使えないだろうが、まあ便利にはなるだろう。台所の『じゃぐち』を開けると確かに水がでた、家の外にいちいち出る必要がないのは確かに便利だ。
 ただ各家庭が一斉に『じゃぐち』を開けると少し経つと水の勢いと量が減ってしまうのは、今後このニンゲンに改良を……俺は何を考えているんだ、早くこいつはこの村から追い出さないと。
 
 
○月Γ日

 『すいどう』が予想以上に村人から評価を得ている。今のところ壊れたら直せるのはこのニンゲンだけだから技師として残してもいいのではないかという声がちらほらと聞こえてきた。なにより主婦をあのニンゲンが味方につけたのが難点だ、あの人々の勢いは多分帝国軍の戦列歩兵と正面から押し合いができるほどだからな。
 主婦の後押しも受けてあのニンゲンの書いた設計図を基に『ぽんぷ』がつくられて井戸につけられた。取っ手をぐるぐると回すだけで途切れることなく水が汲めるようになった。『すいどう』にくらべて早く大量に水を取れるので主婦たちは洗濯につかっているようだ。あのニンゲンが作った『ふろ』とやらも好評のようだ……誇りあるノルドールの文化を捨ててあのニンゲンの思うがままにされるとは嘆かわしい。
 
 追記
   今日の『さんどいっち』はおいしかった、『まよねーず』とやらはすばらしい
   
   
○月Λ日

 きらい 言われた 俺は…… あのニンゲン    すべて   あの
 
 
○月Ξ日

 あのニンゲンにごはんを差し入れされた、俺が昨日ずっと自室に引きこもっていたのを心配したらしい。何も食べていない俺の腹を考えて軽い流動食をくれた……うまかった。
 別に……ごはんを作らせるくらいなら別に家に来ても文句は言わないようにする。以前は話し込むためによく俺の家に侵入してきたが、今はご飯のときだけ来るようになった。ごはん作るなら……べつに……悪いやつではないようだし、嫌いではない。
 
 
○月*日

 ニンゲンが風邪をひいた。本人いわく季節の変わり目ということ、とこちらの世界に慣れていないのが原因だと言われた。
 風邪が一日でいきなり出るはずがない、そういえば昨日もぼーっとしていたり人の話を聞いていなかったような気がした。なのに俺は無理に畑仕事を手伝わせた……俺のせいだな。
 あのニンゲンを寝かせてごはんをセニアとふたりでたべた。ふたりで食べるとなんだかいつもよりおいしくなかった。心配であまり今日は眠れそうもない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……兄上様の日記、最初はほっとんどご飯と俺に対する恨みでできてるね」
 
「後半は見ているとちょっと笑ってしまいそうですけどね」


 いやぁ、ご飯を作っているうちに最初は家に入れてくれなかった兄上様だが(もともとノヴォ村長の家で寝泊まりしている)、最近はご飯を作るからというと別にお昼前とかでも家に入れてくれるようになった。
 まあセニアさんと喋ってたりするとすさまじい形相で睨んでくるけども。ちなみに今なんで兄上様の日記を見ているのかというと、セニアさんが「これ、どうやら兄上が書いている日記みたいです。兄上に許可貰ったから一緒にみません?」と言われたからなんだが……ぜったい俺の分の許可は取ってないでしょ、これ。
 
 
「ん、どうした二人で一体なに……セニアこれはいったいどういうことだっ!?」

「一緒に見てもいい? って聞いたじゃないですか。いいと言われたのでカズキと一緒に見ているだけですよ」

「そ、そうですヨ……」


 ぜったいやばいでしょ、これはまずいだろ、ぜっっっったいこれはやばいだろ。兄上様の後ろからすさまじいオーラが───
 
 
「そぉこになおれえええニンゲンー!! 今日こそ切り殺してくれるわぁああああ!!」

「理不尽だー!?」









「……やっぱり仲がいいですね」

「「どこがっ!?」」







あとがき

 ちょこっと描写不足のところを書き足してみました。蛇足だったり余計だったら後々削除するかもしれません、毎回削除しては書き足しを繰り返してすみません(汗)



[12769] 12馬力目「4人の黒髪の戦乙女」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:10
前回のあらすじ

・鎧の強化マダー?

・夫婦の会話

・二日酔い



<和樹視点>

 ただいた家族総出のお見送りを受けて意気揚々と出かけている最中です。ついに、ようやく念願の強化ノルドールコートを手に入れるぞ! これで今度こそTHE・主人公として戦働き……いや、生残性を上げるのに努めよう。

 というわけで、隊商の生き残りの方が泊まっている来客用の建物にやってきました。ところが中に居る方々に聞いてみるとどうやらレスリーさんは今工房に居る様子。というわけで行ってみる事に。腕の怪我もあるのであんまり長距離は歩きたくないんだけど
 まぁ失った血液増産ってことで歩くとしますか。



「こんにちわレスリーさん、鎧の様子はどうです?」

「あ、ちょうどいいところに来ましたね。でも一応仮止めしてあるだけなのでまだ着るのは待ってくださいね」


 武具や防具を製造する工房に到着すると、目の前にはそこそこきれいになったノルドールコートに以前倉庫に眠っていた皮鎧が追加されている。首の下あたりに半月状に一つ。胸部に一枚、両腕と肩部分が覆われて……ぶっちゃけこれFateのはらぺこ王さんの鎧の鉄製の所が皮製になっただけな気がする。
 あ、スカートと一体型になってるわけではないですよ。ただひざまでたけが来てる服だからそれっぽく見えなくも……

 ちゃんと足は前面にのみ皮鎧が追加されてる。かっこいいなぁ……ケンプファーとか突撃思考の装備・兵器って好きなんだよね。でも個人的には防衛による敵兵力吸引後の大規模火力投射による反撃突破が好きなのです。消耗抑制+逆襲突破=アクティブディフェンス……なんちゃって。
 H○I2とかE○Wとかの話はおいといて、レスリーさん午前中は二日酔いで休んでるはずじゃ……これは無理させちゃったなぁ、しかしこれは気に入った! 腕の怪我が泣ければすぐに着込みたいぐらい。

「いいですね、すっごくいいです! 腕の怪我さえなければすぐ装備したいぐらいですよ!」

「お気に召したようでなによりです」

「お、お気に召さないと姉さんの午前中の頑張りが無駄になるか、ら?」


 新しい鎧を眺めていると、語尾に? マークがつく不思議ちゃんの空気漂う子がレスリーさんの後ろからちょっと顔をのぞかせてきた、隊商の人にこんな雰囲気の人いたっけ?


「ええと、初対面かな? 名前教えてもらっても───」

「ひぅ!?」

 
 女の子は目に見えるほどびくんとはねてレスリーさんの後ろに隠れてしまう。俺今なにかそんなにびっくりすること言った!? お兄さんよくわからないけど罪悪感でいじけちゃうよ?
 小学校のころカズキ菌ば~りあっ!ってされたトラウマ再発するよ!?


「こらカルディナ、ちゃんとカズキさんに自己紹介しなさい」

「こ、今回はきゅ、救援ありがとうございま、す?」

「あ、うん。どういたしまして」

「わ、私カルディナって言います。よ、よろしくおねがいします?」


 むむむ、こっちの世界に来る前に似たキャラを知ってる気が……そりゃあんだけゲームしてたんだからキャラ被るのもあるか。
 顔はアジア系で髪は短い黒、髪はヘアピンみたいなのでまとめている。背も小さくて見たまんまおとなしいというか不思議ちゃんだ。


「どうも、今後ともよろしく。昨日の宴会の時見かけなかったけれども……」

「へぅ……」


 いかん、セニアさんの清楚な感じもたまらんがこの感じもなかなか……
 とか邪なことを考えていたらレスリーさんが鎧の調整にはいってしまっていた。二人をおいてスルーですかそうですか。


「レスリーさん、何か手伝うことはありますか?」

「カズキさんはけが人なんですから気にしないでください。最終調整が終わるまであと二時間程度かかりますので少々お待ちくださいね」


 うーん二時間は何気に長いなぁ、そういえばまだレスリーさん以外の隊商護衛兵の人と顔合わせしてなかったはず。隊商の一般人の皆様とは昨日の飲み会の時にしたんだけど、護衛兵の人たちは別にグループ作って飲んでたしなぁ。
 そっか、ちょうど今カルディナさんがいるんだから紹介してもらえばいいのか。


「えっと、カルディナさん」

「へぅ!?」

「えっと護衛兵の皆さんにまだ自己紹介とかしてない人居るから挨拶しておきたいので、いっしょに来てくれます?」

「あぅ……了解?」

「ちなみにカルディナさんはどうしてこちらに?」

「えと……姉さんの手伝い?」

 そういえばさっきからこの子レスリーさんのことを姉さんって呼んでたね。
 でもレスリーさんはどう見てもカルディナさんみたいにアジア系じゃなくてアラブとかインド系のようなそんな感じだから、この大陸の事だし……多分いろいろあるんだろう。
 そういえば生き残ったほぼ無傷な護衛兵の人ってレスリーさんとカルディナさんを除くと後3人か……もしかして全員女の人だったりしたら俺駄目だとわかっていてもウハウハなんだけどまぁ、そんなことないだろうし護衛兵の人たちに対して失礼だろう、自重自重。












 なに、今日は俺の願いがかなう日なのですか?


「お礼が遅れました。今回は救援感謝します、私はセイレーネ、帝国出身です」

「助けてくれて有難うございます。僕はゲデヒトニス、変な名前かもしれないけどよろしく!」

「……カザネ」


 あ、ありのままおこった事を話そう。『みんな女の子なわけない』って思ってたらみんな女の子だった。なにを言ってるか(ry


「あ、あの……」

「あ、ごめんごめん」

「へぅ!」

 
 カルディナさんは話しかけるだけでビクッと俺的感覚ではオーバーに反応するとはこれまた対人恐怖症な子ですなぁ。あれか、人が怖いから迫ってくる敵を全部ぎったんぎったんにしてたら兵士として育っていたんですねわかりません。
 語尾が?になるのが狙っているのか、しかし違和感がない。そして視線を向けると身長が一番高い護衛兵のセイレーネさんに隠れてしまった。

 セイレーネさんは、肩の背中まで伸びる黒い髪をポニーでまとめ、かなり身長の高いTHE騎士という雰囲気。今は軽装だが、戦場では重いフルプレートをなんなく着ている上に、3mはあろうほどのハルバートをぶんぶん振り回す。それなんて関羽状態とのこと。

 ゲデヒトニスさんは、中肉中背のちょっと褐色がかった肌の色をしたボーイッシュな方。
 こちらもフルプレートを着込み、3m以上のヘヴィランスを使った騎兵突撃が得意だそうな。
 護衛兵の皆さんに聞いたところ、一番武力で優っているのは彼女だそうです。ヴェッカヴィアという女尊男卑の国に生まれて訓練を受けていたものの、その国是に納得が行かずこのペンドールにやってきたそうだ。

 カザネさんは、なんだかいつでも半目の弓兵。胸当てやすね当てなど最低限の装備とかなり長い髪が特徴的。
 ロングボウより力が必要ないものの、精度を極めたらしい長弓を使っている。そして無口キャラなようで、出身とかあんまり話をしてくれない。ちょっとさびしい。

 レスリーさんがちょっと茶色がかった髪の色に対して他の護衛兵の4人は黒髪だ。黒髪のヤツ族狩り……他の三人もポニーテールにしたら完全に関羽、いやいやなんでそこでゲームとかのキャラクターの発想に行くんだっ!? 煩悩退散煩悩退散ブツブツ


「今後ともよろしく黒髪の戦乙女達。俺の名前は加藤和樹。この村で技術指導・土木技師・医師として暮らしています」

「お、乙女っ!? ぼ、僕が!?」

「乙女だなんて……似合いません」

「……(ジーーーー)」

「乙女……いいかも?」


 恥ずかしいこと言って穴があったら埋まりたいほど自爆したけども、やっぱりこういったきざっぽい台詞は予想通りウケてない。セニアさんには一度して反応が面白かったからきっとキザはノルドールにしかウケないんですね。

 というか、やっぱりわかっていても言うだけではずかしい……ノルドールにウケても人間族にはウケないということが分かったので、大きな恥をかくまえに済んだんだと思おう。



「そ、そうだ聞いた所によるとカズキさんこの大陸の出身じゃないんですよね。カズキさんの生まれたところはどんなところですか?」

「ごほんごほん。えっとですね、自分が住んでいたのは機械文明が高度に発達した『日本』という国の……」


 レスリーさんが完成したから着てみてくれと俺を呼びに来るまで4人娘に日本とか現実世界の話をしていました。ゲデヒトニスさんが一番食いついてたな、武力一番でありながらどうやら工作機械とかにも興味があるようだ。
 
 カザネさんは本を読みながらちょこちょこと会話。カルディナさんはセイレーネさんの後ろに隠れてちょっとだけ。セイレーネさんがこまったやつだなぁといった感じで話をつなげてくれたりこの4人の関係とかがだいぶ分かってきた。
 結論から言うとみんな良い人だ。こんな倫理観なんてゴミのような価値しかない世界でもこんな善人が居るなんて、ノヴォ村長の村以外にも良い人居るんだなぁ。


「いよーうっ! 鎧を改修したって聞いたから呼ばれてないけどきてやったぜ?」

「ノルドールのコートをどう人の手でいじるのかが楽しみで私も……」

「役に立つのか?」



 そして所変わって先ほどの工房。レッドさんや兄上様にセニアさんもやってきたので早速レスリーさんから『レスリーの改良したノルドールコート』を受け取る。そんなにずっしりと重くなったと感じるほどではないからいけるかも。
 さすがに怪我した腕は通せないのでそっちには袖を通さないようにっと。


「よっと……あ、片手だけでも着れますね。稼動範囲も装着感も悪くない……屈むのも……OK 重さも許容範囲内です。これなら長時間着ていてもへばらなくてすみそうです!」

「やはりプレートでの強化より皮にして正解でしたね」

「多少厳つくなってはいますがかっこいいですよ?」

「セニアさん!俺かっこいいんですか!?」

「かっこ、いい?」

「帝国や他では見ない感じになりましたね」


 カルディナさん、疑問形で言ってるわけじゃないのはわかってるけど?マークは少ししょげます……まあいいや、新しいおもちゃを貰った子供のごとく今俺のテンションは有頂天っ!!


「よし、新しい防具を体に慣らすために模擬戦だ!」

「え゛っ、兄上様!?」


 ちょ、ちょっとそれは無理じゃないかなー?。兄上様の訓練とかしゃれにならん、というか俺まだ病み上がりだって!


「兄上、まだカズキは病み上がりですから模擬戦は無理です!」

「医者の立場からすると傷開くってどころじゃないぜ?」

「むちゃ振り?」

「……無謀」

「僕もやめたほうがいいと思いますよ?」

「私は努力と根性は好きですが無謀は嫌いです」

「セイレーネは本当に根性などの言葉が大好きですね。ちなみにですが私も反対です」


 兄上様の発言に総突っ込みでした。




あとがき

現在時間って戦いの次の日なんですよねこれがまた。



[12769] 13馬力目「開戦」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:11
前回のあらすじ

・はらぺこ王の甲冑(っぽい)

・黒髪の戦乙女×4

・誰か俺にもわっふるな展開をぎぶみー



<和樹視点>

 俺の初陣から2週間後。やっと傷もある程度治りもとの生活が戻ってきた。その間隊商の皆さんがこの村の設備(上水道とかポンプとか)に慣れてしまって元の生活に戻るのが大変だと言ったり、レスリーさんたち護衛兵のみなさんが村を気に入ってくれて、隊商を帝国に送り届けた後そのまま森の警備隊として村に駐屯することになったりといろいろありました。ノヴォ村長の村のみんなも俺という人間族第一号が居たこともあり、護衛兵の皆さん達ともすっかり打ち解けているようだ。

 長い長い対立の歴史の果てに、この村限定とはいえ人間とノルドールの共存が成立したのだ。
 そして今俺は───









「カズキ、敵の兵力は?」

「兄上様、敵戦力は300ほどで騎兵50、軍団兵200、クロスボウ兵50です」

「うむ、レスリー敵はどう動く?」

「はい、おそらくは騎兵でこちらの左翼の進出を牽制し、その間に軍団兵でこちらの中央を突破するものかと」

「わかった、では俺が敵右翼を弓騎兵による射撃で牽制し敵の騎兵による側面攻撃を抑える。中央はカズキ、右翼からレスリーが敵に側面攻撃をかけろっ!」

「「了解っ!」」




 絶賛帝国と戦争中でした。



 ど う し て こ う な っ た ! ?






 事の始まりは3日前、ノルドールの勢力下であるこの森に帝国軍の大軍が押し寄せてきたのだ。
 帝国はかねてより精強な軍団兵による軍によって領地を拡大し続けてきた。現在もサーレオン王国とDシャア朝との長い戦争が続いている。そんな忙しい時期にこの森に大軍を派遣した理由は「迂回攻撃」をする必要がどうしてもあったからだ。

 その必要とされた理由は地理的問題だ。前々回のサーレオンとの講和において制定された国境線は帝国とサーレオンの軍が通行可能な地点をほぼ一箇所に集約した形となっている。地図で表すなら下記な感じだ。



           ラリア(都市)

    要塞   砦   森森森
山山山山     山山山山森森森 ↑サーレオン王国
         拠点      ↓帝国

←Dシャア朝


 歴史的な出来事でたとえるのならば、国境線にマジノ要塞線を築かれたドイツ軍が守りの薄いアルデンヌの森を突破するって事。第二次大戦と違うところは守りの薄い連合軍に兵力的に不利だったベルギー対ドイツではなく、ほとんどの戦力を集中し、技術的に優勢に立っているノルドール対帝国ということだ。

 実際にはこの「迂回攻撃」計画は、森を突破する際にノルドールの攻撃によって被る損害を鑑みて、前回の戦争の際前皇帝はこれを実行するのはやめておいた。だが現在の皇帝マリウスは膠着化した戦局を打開すべくあえてこの作戦を取ったようだ。
 さらに今回カラドヴァルドさんたちの隊商がノルドールの森を突破して帝国に来た事から、ノルドールの聖なる森外縁部ならノルドールも手を出してこないと考えたようだ。

 とはいえあくまでノルドールに攻撃されることを前提に帝国はこの作戦に多少手を加えてはいるらしく、偵察に出たカルディナさんの報告によると総戦力1800の帝国軍は500をノルドールに対する牽制として側面防御と兵站維持にあたらせ、残りの1300でサーレオンの主要都市であるラリアとバーローシールド城の制圧を狙っているようだ。

 この世界の軍の規模というのは現実世界よりかなり小規模だ。
 まず村と呼ばれるものは人口100程度で、都市と呼ばれるものが人口1000~5000程度だ。近代戦における動員可能兵力は人口の10%と言われているが、この中世っぽいペンドール大陸では根こそぎ動員をかければ一時的という制限はあるもののだいたい35%まで動員は可能だ。

 現在のノヴォ村長の村で動員可能な戦力は50名。これはノルドールの村は人間にくらべ比較的大規模であるのと同時に、女性も弓兵として参戦可能なことに由来する。さらにノルドールの各村では協定があり、どの村が攻め込まれても各村から応援が駆けつけることになっている。現在到着しているノルドールの援軍は100名。そしてレスリーさんたちがサーレオンでかき集めてくれた義勇兵50名が現在兄上様の率いる『イスルランディア軍』の総兵力だ。帝国が攻め込んできた地域に一番近いノヴォ村長の村が指揮権を有するそうなので、その指揮官に兄上様が選ばれている。

 ノヴォ村長の村出身者で編成した部隊は俺やレスリーやレッドさんが居るおかげで人間の部隊との軋轢はあまりないのだが、他村からの援軍はあからさまにすきあらば誤射してやるといわんばかりの嫌悪感を見せている。そんなこともあり、ノルドールの援軍(主に貴族弓騎兵)を兄上様が率い、ノヴォ村長の村民と義勇兵をレスリーさんと俺で2つの部隊に編成している。

イスルランディア軍 総兵力200

イスルランディア本隊 100
・ノルドール弓騎兵70
・ノルドール弓兵30

レスリー隊 50
・サーレオン軽装歩兵25
・サーレオンハルバート兵10
・サーレオン騎兵10
・サーレオンロングボウ5

カズキ隊
・ノルドール弓兵30
・ノルドール重歩兵20


 装備について、ノルドールの弓の引きやすさを生かした銃剣付きの戦列クロスボウ歩兵とかできればいいんだけどなぁ……戦争のドクトリンと兵装が500年ぐらい進むけど。

 ちなみに部隊のノルドールの皆様は前述の通りノヴォ村長の村出身者で固めた士気の高い重装備なノルドール歩兵部隊だ。

 ノヴォ村長が若いころ、森で一番外縁部にあるこの村は大きな戦渦に巻き込まれたらしく兵士が沢山亡くなったらしい。
 それから生存性重視の、斥力バリアがごとくなノルドール大盾を装備した重歩兵を中心にこの村では訓練してきたらしい。
 戦闘方法は帝国軍軍団兵式の大盾を並べて壁を作り、そこから槍を突き出す。その後ろから弓兵で矢を射かけ、重歩兵で突進を受け止めたら両側面からノルドール騎兵による突撃……まんま鶴翼の陣、シャカの雄牛戦法である。

 現在俺の率いる部隊では重歩兵をセイレーネさんとゲデヒトニス君に、弓兵をカザネさん。歩兵隊の後ろでカルディナさんと俺が馬上より指揮を出している。


「隊長、準備ができました。あとは気合と努力で戦列を維持すれば勝利はこちらのものですっ!」

「……隊長、弓兵の指示はまかせて」

「隊長は僕が守りますっ!!」

「隊長は絶対に……死なせない?」

「よし……命預けてもらった以上、絶対に勝たないと!」


 ちなみに部隊編成の時に名前が出てた護衛兵黒髪の4戦乙女は本人達の希望によりうちの部隊です。実際部隊の指揮経験から考えると、こうした優秀な下士官に支えてもらうのはとても助かる。
 ……そうはいってもひざが笑うし腕の震えも歯がガチガチと鳴る音も止まらない、それでも俺は戦わなくちゃいけない。よくしてもらった村とかわいい部下達を守るためなら……俺だって戦えるっ!



───ドンドンドンドン



 敵の行進太鼓の音が聞こえてくる……兄上様の弓騎兵隊が敵の右翼霍乱のために出撃した。こちらの左翼のノルドール弓兵が、兄上様たちを追撃してきた敵を射抜くために弓を番える、あとは敵が射程に入るまで待つだけ。


「敵、有効射程に入りますっ!」

「射撃開始っ!蜂の巣にしてやれ!」

「「うてぇーーーー!!!」」



そして戦いが始まった






あとがき

M&Bですから戦争は回避不可能なイベントですよね。



[12769] 14馬力目「勝利と代償」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:11
前回のあらすじ

・平和っていいね

・アニメとかで攻めてくるのって大抵帝国だよね

・部下女の子でうっはうは



<ゲデヒトニス視点>

 僕はあの時は死を覚悟していた。
 次々に倒れていく戦友たち。助けてくれと叫びながら逃げ惑う護衛すべき民間人。
 隊商の人々を乗せた馬車を守っていたのは僕を含めてわずか数人、僕はここで死ぬのかと思っていた……でも


『まてぃっ!!』


 そんな時に隊長は現れた。僕だって女の子だ、白馬の王子様に憧れたことだってある。馬は白くないしノルドールのコートを着ていたけど隊長は間違いなくその時僕の「王子様」になった。






「射撃開始っ!蜂の巣にしてやれ!」 


 隊長からの射撃開始指示が聞こえる。全軍の中央で戦列を支えることになった僕達重装歩兵隊は、作戦通りに盾で身を隠しながらしゃがんでいた。
 頭上をカザネの弓兵隊から放たれた大量の矢が通り過ぎる音がした後、前方の敵から悲鳴と雄叫びが上がる。こちらの射撃距離に焦った敵がもうすぐこっちに突撃してくる……ここは通さない、誰一人として!


「歩兵隊シールドウォールっ!一兵も通さないでっ!!」

「「「「シールドウォーーーーールッ!!」」」」



 2回目の弓の斉射音と共に立ち上がり自分の盾を右隣の味方の盾にかぶせるようにして守盾壁を形成する。今僕がいる場所は初めて経験する正規軍同士の衝突の最前線。
 左翼では敵の軽騎兵が露出しているように見えた弓兵を攻撃しようと前進してきたものの、陣地全周囲に対して巧妙に艤装した坂茂木に行く手を阻まれ停止したところを弓兵隊に狙い撃ちにされている。僕達の目の前の敵は最初の一斉射で焦ったのか隊列を崩してばらばらに突撃してくる。


「わっ!?」


 僕の横で盾を構えていた兵士が盾に大量に放たれた投槍によって盾ごと吹き飛ばされる。
 幸いただはじかれただけのようで、すぐさま彼は盾を構えなおして戦列に戻った。
 それを見ている間にも、僕の盾にも大量の矢や投槍が突き刺さるがまだ貫通されていない。開戦前にこのノルドールの盾をくれた隊長に感謝すると同時に僕は盾を再び構え直すのでした。






<和樹視点>

 今回はこちらが迎撃の形をとることができたため、弓兵が初期配置地点から移動せずに射撃し続けることができるような少しこんもりとした場所があったのでそこに弓兵を配置している。先ほどの一斉射を見る限りカザネさんはちゃんと有効射程圏内まで敵をひきつけ一斉に矢を浴びせているようだ。 

 ノルドール弓兵隊にとって有効射程とはいえ帝国にとっては攻城用重クロスボウ並みの射程で攻撃されたこともあり、敵はすぐさま距離を詰めるべく横列での前進から散開してこちらに肉薄してくる。このまま隊列を整えたまま前進し続けた場合の損害を恐れたのか、それも隊列を整えたままでなくても数と勢いで突破できると考えたのだろうか?

 どっちにせよこれで敵の最大の長所である突破力は一時的に封じた、あとはレスリーさんがどのタイミングで側面攻撃を仕掛けるかだ……うまく頼みますよ。


「うわあああ!!」

「ぎゃああああ!!」


 敵味方問わずに聞こえ続ける悲鳴や断末魔……正直耳をふさいで、目をそむけてしまいたい。でもこの地獄は俺が自分の意思で選んだんだ、逃げちゃだめだ……逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだっ!!


「た、隊長、敵がこちらの戦列に近すぎて弓兵が射撃できないのでカザネが新たな射撃指示を要請して、る」

「カザネさんに連絡、射撃目標変更。敵戦列後方のクロスボウ部隊または突撃中の敵歩兵。以後はそちらにて任意に射撃目標の変更を許可すると重ねて連絡。」

「りょ、了解。伝令に行って、きます」


 正直素人の俺が指示するより、敵のどこに射撃を集中すべきかなんて弓兵出身のカザネさんに任せたほうが効果が出るだろう。本来なら指揮できる位置から俺が指示を出すべきなんだが、今回はこちらの弓兵が周囲より若干高所に居るのでまかせようと思ってる次第。

 今回俺の部隊が引き受ける敵の総数は200……そのうち敵歩兵は150、20の重歩兵による防衛ラインと30の弓兵射撃では正直あっという間に押し込まれる戦力だ。敵の騎兵をさっさと追い払った左翼からの援護射撃があるとはいえいまだ110近い軍団兵がこちらの重装歩兵を突破しようと殺到してくる。

 今はまだこちらの戦列に到着した敵が40程度だからいいもののもうそろそろ突破されるのは眼に見えている。


「もう少し……もう少しだ」


 こうしている間にも敵の歩兵は次々とこちらの戦列を突破しようと押し込んでくる。正直戦列はすでにこちら側に弧の形にまで押し込まれている、もはや乱戦に移行しかけている状態だ。あ、セイレーネさんが盾を投げつけてハルバートの一振りで敵が数人吹っ飛んだ……あそこだけ中世じゃなくて三国志の世界に見えてくるな。


「隊長、大丈夫ですよ。村のみんなを信じてくださいな」

「イグンさん……そうですね、みんなならまだ耐えてくれますよね」

「そうですそうです、そうやって部下を信頼すれば必ず部下はその信頼に答えてくれるさ」

「いやぁ部下というかなんというか」


 かなり押し込まれているので不安になっていることがはたから見て分かってしまったのか、俺の部隊での村の兵士代表であるイグンさんに励まされてしまった。
 イグンさんは村でも戦闘に長けた古参兵だ。川でおぼれた子供に人工呼吸をして蘇生させた事があったのだけれども、その時の子供のお父さんであり、それ以来こうして軍事に関する事ではいつもお世話になっている。今回護衛兵の4人娘以外に真っ先に志願してくれたのが彼だ。


『『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』』


 突然右前方から聞こえる大音量の雄叫び、敵の動きが急に乱れはじめた。敵が驚いて動きを止めると同時に森から放たれる弓によって次々と殺されていく帝国軍兵。
 
2方向からの交差射撃によって敵軍団兵は装備するその大きな盾を使い身を守ることに精一杯になりこちらの歩兵への圧力がだいぶ減った。
 盾を合わせるように密集し始める敵兵、今だ雄叫びと射撃だけで姿を現さない森の中の友軍。

 右左正面からの射撃に対応するために盾をあわせて防御体制に入った敵の今一番無防備な背後から


「つっこめぇえええええ!!!」


 レスリー隊歩兵部隊が敵歩兵へと突撃を敢行した。













 今回の戦いは、最後のレスリー隊の背後からの突撃により敵の士気は崩壊。兄上様に足止めさせられていた敵右翼も味方の敗走を目撃した後撤退したそうだ。現在兄上様は騎兵を率いて追撃を行っている。

 どうやらレスリー隊は敵側面に射撃部隊のみを残して雄たけびを上げて側面に敵の注意をそらした後、軽装歩兵を中心とした部隊の強行により敵の背後を取ったようだ。
 あれは俺もてっきりレスリーさんたちは側面から攻撃をかけるのかなって思ったぐらいだし、そりゃ効果は絶大ですね。

 そして視線を先ほどまで戦争が行われていた目の前に戻すと、前の賊との戦いとは比べ物にならないほどの死体がそこらじゅうに横たわっていた。
 友軍の損害のほとんどは敵の主力を迎え撃った俺が預かっていた部隊だった……それなりに長く村で過ごした俺にとっては戦死したり負傷した村の人の姿を見るのは本当につらかった。

 でも俺はまだ命が重いと感じて、人の死が悲しいと思える事ができる。感覚が麻痺しないように、この戦闘で失った村人や戦友たちを「ゲームの戦死者数」と割り切らないで彼らが死んだことを忘れないようにするのが俺なんかにできるせめてもの……


「隊長……勝ったんですから、もっとうれしそうな顔をして欲しいです」

「……指揮官が不安な顔をしていると兵士も不安」

「ほめてやってくれ隊長、隊長の部下は立派に戦ったよ」

「認めて……あげてほしい?」

「……そうですね、勝ったのだから」

「死んだみんなのためにも、一発頼みますよ?」

 レッドさんたちの応急手当を受けた兵士や、無傷の兵士が俺の回りに集まってきた。ホント、俺なんかにはもったいないくらいすばらしい仲間だよ。やっぱり勝った後はアレをやるしかないかっ!!

「よし……勝鬨をあげよっ!!」

『『うぉおおおおお!!!』』




帝国との戦いはまだ始まったばかりだ









第一次帝国軍迎撃戦

ノルドール軍勝利

兵力

・帝国軍300
・ノルドール軍200

死傷者

・帝国軍110(追撃戦での死傷者と降伏者含む)
・ノルドール軍30


カズキ隊死傷者
歩兵15
弓兵5


あとがき

中央を受け持ったカズキ隊の損害ちょっと再編成必要なレベルかも。レッドさんの治療スキルでも戦線復帰できる人は何人になることか……



[12769] 15馬力目「近づく決戦」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:12
前回のあらすじ

・帝国と戦争が始まりました

・何とか勝ちました

・和樹たちの戦いは始まったばかりだ!



<和樹視点>

 開戦から1週間、帝国との戦争は新たな局面に向かっていた。
 こちらは先日の戦闘で、ノルドールへの牽制と予備兵力であった帝国軍500のうち300ほどを撃破し、聖なる森に攻め込むのであれば断固たる措置をとる事を証明した。これにより帝国軍は予備兵力を失い、残余の200をすべてこちらに対する防衛兵力として展開することとなった。つまり、現在帝国軍ラリア攻撃部隊を含めた帝国軍への補給線は護衛なしの丸裸なのである。

 サーレオン側の前線基地であったバーローシールド城を陥落させた帝国軍は、その勢いでサーレオン東部の地域首都であるラリアを陥落さえできれば現地で補給や徴兵が可能となり、補給線にこだわる必要が無いと判断したようだ。
 確かに、後方防衛用兵力をすべて引き抜いてラリアを陥落させ、ノルドールさえ押さえ込めれば(基本的にノルドールは森から出てこないので)サーレオンに対する講和交渉で優位に立てると判断したのだろう。ところが現実はそう甘くない。丸裸の補給部隊が次々と襲われたのだ。
 
 俺が兄上様と聖なる森外縁部にてレッド兄弟団や野盗と遭遇したように、いたるところでレッド兄弟団や野盗、はてまた背教騎士団と呼ばれる各種野良騎士団の連中までその丸裸の補給部隊を襲い略奪し放題だ。その結果は火を見るより明らかで、帝国の兵站は完全に破綻した。今回の勝利の後、直ちに襲撃が始まったところから、おそらくはサーレオン側で敗残兵などを見つけた誰かが工作でもしてるんだろう。帝国軍と犯罪者集団がぶつかり消耗しあえば一石二鳥というわけだ。
 捕虜からの情報によると、帝国にとっては長期的包囲による兵糧攻めではなく、電撃的奇襲により一週間以内のサーレオン側重要拠点の陥落を狙った侵攻だったようだ。しかしラリア周辺の偵察兵からのの情報によれば、補給なしで攻め立て続けるのは不可能で、サーレオン王国の主要都市で今回の侵攻作戦の目標だったラリアを強行・強襲で陥落させることはできずに包囲もできずに後退したようだ。

 バーローシールド城の帝国軍の300は守備隊50を残してラリアへ250の援軍を向かわせたもののラリア早期攻略を失敗した知らせを受けむなしく軍を返したようだ。
 このラリア攻撃により800の攻撃を継続していた帝国軍はその数を600にまで減らしているという。サーレオンの予備兵力と新規編成された軍あわせて400が現在ラリア守備隊350の救援に向かっていて、このままの戦闘状況であればおそらく守備隊とあわせて650程度で600の帝国軍と決戦に臨むようだ。

 物資が欠乏し攻囲に失敗して士気が低下した帝国軍と、新兵が戦力の中心の兵力で連携に欠けるサーレオン軍。正直なところどちらが勝つかはわからない、もちろん帝国が勝てば北をバーローシールド城にラリアでふたを閉められ、南は帝国軍のシールドストーム城に押さえられてしまい敵中に孤立する……こうなれば絶対数で劣るノルドールの敗北は必定だ、これだけは避けなければならない。

 だから俺達がすべきことはただ一つ 


「兄上様、提案があります」




<イスルランディア視点>

 今俺達はノヴォ村長の家を臨時司令部として今後の作戦について話し合っている。
 集まっているのは俺とカズキにセニア、ノヴォ村長にレスリー。そしてさらなる援軍として来たノルドール軍の各村代表者。そして今まで幾多の戦いをくぐり抜けてきたノルドールの指揮官、アルウェルニ殿だ。
 本来であれば、アルウェルニ殿が指揮をとり、この会議でも音頭を取るべきお方だが、閣下はすでにノルドールとしてもご高齢で、最後の指揮をとった戦いで脚を負傷して以来、前線を退いている。

 そのため今回は戦場に一番近いこのノヴォルディアに指揮権があるということで、俺の助言役として来てくださっている。

 さて、状況をまとめると緒戦を勝利で飾ったものの、現状はあまりよくはない。
 敵軍の残存兵力140のうちバーローシールド城に逃げ込み再編成したのはどうやら100程度のようだ。つまり現在俺達の軍が相手取るのは最大400の帝国軍、相手にとって不足はないが正面きっても野戦を挑んでただで済む数ではない。
 こちらもカズキの部隊を中心に負傷者が勝っても出ているのだ。レッドを中心とした衛生兵と医療班が懸命の治療を行った結果、5~6人は戦列に復帰できるものの実質カズキ隊を抜いた140程度で戦わなくてはならない。
 
 帝国のやつらの大盾が憎い……あれさえなければこちらの射撃で今頃敵に復帰するニンゲンなど一人も居なかったであろうに。
 こちらはノルドールの誇る弓騎兵など弓による攻撃が主であるからして、あの大盾を使われると非常に厄介なのだ。
 大盾で防御を固めていた敵は射撃で行動が阻害されただけでそれほどの損害は出していなかったようだ。レスリー隊が歩兵にもかかわらず敵を追撃したため弓兵隊による撤退中の敵に対する射撃が誤射を恐れてほとんど行われなかったことも原因の一つだろう。

 その上敵左翼はほとんど丸々撤退したようなものだから俺の追撃もうまくできなかった。やはり連携力不足がここまで足を引っ張るか……

 
「これが現在我らがおかれている状況だ、何か意見があるものはいるか」

「このまま敵の補給部隊の襲撃を続けてニンゲン同士殺しあった後皆殺しにすればいい」

「んだ、やつらでかってに殺し合いしてくれりゃもんでーはねぇ」


 ふむ、確かにほかの村の士官の意見は最もだ。だが俺達がここで待機しているだけだと、サーレオンと帝国が決戦を行いどちらが勝っても、対峙する400の敵軍が守っているバーローシールド城~シールドストーム城の道を使って帝国はほぼ無傷で撤退することができることになる、むしろ帝国のノルドールのみに対する再侵攻の可能性は捨てきれない。再侵攻の不安を抱えていては居られぬ以上、ここで帝国には大規模な損害を出してもらわなければならない。つまり帝国に主力を無事撤退される。これだけは今後を考えると絶対に阻止すべきことだ。
 サーレオンには最低でも勝ってもらう必要がある。だがニンゲンに期待するのは……いや、今はノルドールすべての未来がかかっている。余計な感情は不要だ。


「兄上、現在わが軍がとりうる選択肢は3つではないでしょうか。
1つは現状維持。これはサーレオンと帝国との決戦の如何によって今後の方針を決定するものですが、現状のまま手をこまねいていれば帝国が勝利した場合我々ノルドール社会が完全に敵中に孤立することになります。」

「それは絶対に避けなければならないですね」

「ふん、ニンゲンのメスでもその程度はわかるか」

「だまるんじゃ、わしの村の住人をわるくいうことは禁じたはずじゃ」

「ふんっ、ノヴォルデット、貴様も随分とニンゲンに甘くなったなぁええ?」

「……やめぬか、我らは協力してこの困難に立ち向かわねばならない」

「は、はい……」


 さすがはアルウェルニ閣下だ、あんな頭の固い他の村のやつなんぞ一喝で黙らせるか。昔は俺もああ頭ごなしにニンゲンを否定していたのであったな……


「続けます。2つめは我々と対峙する帝国軍に野戦を仕掛け勝利後敵の退路を遮断する事。この場合帝国が勝利した場合でも敵の補給を完全に絶つという点について決戦がどちらに転んでも限定的ながらも戦局に影響を与えることができます。帝国もさすがに占領直後の地域から大規模な兵力を養うだけの物資を徴発するのは難しいでしょう」


「じゃがそれじゃとわしらがまず140の兵力で300の敵を撃破できるかという前提条件を考えねばならんのぅ。あくまでわしらノルドールは野戦において敵がこちらに攻撃を仕掛けてくることを前提とした編成じゃ。今回の挑発によって行われた戦で敵もそうやすやすと挑発には乗ってこんじゃろ」

「森から遠く離れて攻撃に出るのは承服せぬ者を大勢居るだろう。それに帝国軍と何度か戦ってきた経験上、やつらは兵士一人ひとりが農民であり、兵士であり、技術者だ。むしろラリアで長期持久の可能性もあるぞ」


 確かにノヴォ村長やアルェルニ殿の言う通り、我らの軍においてこちらから攻撃を仕掛けるのに適しているのはサーレオン義勇兵を中心としたレスリー隊48名だ。これだけで攻撃を仕掛けたところで返り討ちにあうのがやらずともわかる。
 これだけ弓兵偏重の編成だとこうも戦術面での柔軟性に欠けることを再認識させられる。

 ところで先ほどからカズキはぶつぶつと「退路が遮断さえできれば『あむりっつぁ』なんだけどな」とか「専守防衛とかまさに『じえいたい』」とか何を言っているんだ?


「3つ目は対峙する敵に対し小規模な押さえを置いてサーレオンと帝国との決戦において帝国の背後から射撃中心による攻撃でサーレオン軍の勝利を援護すること。この場合サーレオン側からの攻撃を受ける危険性がありますが弓騎兵での一撃離脱を心がければこちらの損害をおさえ、サーレオンの勝利を援護することが可能です」

「んだがニンゲンにてーかすっちゅーのも」

「ああ、ニンゲンを援護するなどもってのほかっ!」


 あの威勢のいいだけの貴族どもが……あからさまにレスリーとカズキを見おってからに。そういえば先ほどからカズキはずっとうつむいたまま発言していないな、何か考えるところでもあるのか。


「カズキ、お前はどの案が適当だと思う?」

「兄上様、提案があります……4つ目です」

「カズキ、私の案のほかに何かあるのですか?」

「ふむ、きかせてもらおうかの」

「カズキはなにを考えていらっしゃるのです?」


 作戦会議に参加していた者すべての視線が座っているカズキに集中する。
 カズキの言う4つ目とはなんだ……俺ではとてもではないがセニアの案以外は思いつかん。


「兄上様、自分は全兵力をもって敵帝国軍本体をサーレオン軍と協力し挟撃することを提案します」


 他村のノルドールが立ち上がって「不可能だ!」「全兵力だと!? 森の防衛はどうするのだ!」「長年争ってきたニンゲンのサーレオンが話を聞くものか!」と野次を飛ばす……俺もさすがにそれは無理があると思うのだが、カズキのことだ何か訳があるのだろう。


「まぁ待たぬか、まずは理由を聞こうではないか。ニンゲンの若者の面白い話が聞けるかもしれん」

「くっ……」

「アルウェルニ殿がそう仰せならば。ではカズキ、理由を頼む」

「はい、先ほどの会話で出た通り現在帝国軍の押さえはこちらの挑発に乗って攻撃しないように厳重な防御にて待ち構えているでしょう。こちらが全軍で移動したという情報があっても策略として動かない可能性は十分です。さらにこのノルドールの森は、人間族が村まで侵入できない結界があるわけですし、危険はないと判断していいでしょう。それに間接的な支援のみでサーレオンが勝利できるとは思えません」

「なぜです、帝国軍は物資は欠乏し都市攻めで疲弊しているはずでは?」

「セニアさん、こちらの射撃が帝国軍の軍団兵に足止めにしかならなかったのを覚えていますか。ノルドールの誇る弓の威力は城攻用重クロスボウに匹敵します、それで貫通できない大盾で防御した帝国軍が『テストゥード』で都市に攻め寄せたとすればサーレオン都市側のロングボウ部隊の射撃による射撃ですらほとんど効果が期待できません」

「確かに、あのニンゲンの大盾は忌々しいものがある」

「私も以前帝国と何度も戦ったが、奴らの大盾の防御力、甘く見るでないぞ」

「なるほど……つまり報告の600は攻撃に参加しなかったほぼ無傷の部隊で、死傷者と思われている200のうち半数とは言わないまでも戦列に復帰すると?」

「そうなると無傷の600を中核とした帝国に対して新兵と経験不足の予備軍のサーレオンは圧倒的不利じゃな」

「……それを挟撃により撤退路を維持する帝国軍を攻撃し撤退路を遮断するまでもなく野戦で敵本隊を殲滅するというわけか」


 たしかに我ら140が全軍をもって戦端が開かれた戦場において帝国の背後に布陣し、射撃を浴びせることができれば前方のサーレオン軍に盾を向けている軍団兵にかなりの出血を強いることが可能だろう。

 布陣さえしてしまえば戦力の半数程度を逆茂木で射撃安全地帯を確保することによって敵の反撃による損害も最低限に抑えることも可能だ。
 だがカズキ……我らがニンゲンを忌み嫌うようにニンゲンも我らを忌み嫌うのだぞ?


「おそらくサーレオン側に挟撃を納得させ、今回限りでも友軍として認識してもらうことは皆さんが考えている通りかなり難しいでしょう。ですがサーレオンの司令官がよほどのバカでない限り提案を「今回限り」で了承するでしょう……それ以外、確立の高い勝つ方法がないのですから」

 
 うーむ、確かに相手の司令官がよほどのバカでなければ話はつきそうだが、しかしサーレオン側の司令官がバカか貴族だった場合はそうそう簡単なことにはならないだろうな……


「だ、誰が説得に行くんだ!」

「んだ、行った所で話しを通す前に殺されるのが関の山だ。そこのメスが行ってもあいてにされないべ」


 確かに話を通すにはそれ相応の者が赴かなければ少なくともまともに取り合わないだろう。俺やセニアが行ってもノルドールということで話しにならない。だがレスリーでもノルドールと一緒に戦う傭兵隊といっても信用されないだろう。
 ふと目線がアルウェルニ殿と合う、閣下は少し嬉しそうな目でカズキを見ていた。

「自分が行きますよ、『ノルドールのイスルランディア軍司令官イスルランディアの弟である人間族の男』なら、ぱっと見て切り殺されることもないでしょうし話も信用してくれるでしょう」


 うぅむとうなりつつも、他の村の者も納得したようだ。ニンゲンが一人犠牲になる程度ならば痛くはないということだろう。

 カズキを危険にさらすのは気が進まないが、これしかないか……


「では私も一緒に行かせてください。戦場に私が居ても役にはたちませんがノルドールである私がカズキを家族といえばそれだけで十分な証拠となるでしょう」

「殺されるかもしれんぞ……いいのか」

「大丈夫ですよ、兄上こそちゃんと勝ってくださいよ?」


 ふむ、そうだな、かわいい妹にここまで言われては圧倒的勝利を贈るしかないだろう。


「面白い、ならばニンゲン族のカズキとやら、やり遂げることを期待しているぞ」

「はっ!」

「では反対意見がなければカズキの案を採用するでの……ないようじゃな。では、これより各員準備にかかってくれでの」


 さて、さっさと平和な日常に戻るためにも帝国を殲滅せんとな。うまくいけばこの協力と交易の許可によってサーレオンとは平和的関係を保てるかもしれん。

 そうして考えていると、周囲の村長たちから色々と話しかけられていたアルウェルニ殿がこちらに向かってやってきた。なにか俺はまずいことをしただろうか。もう少し閣下に配慮すべきだったか……


「これは面白いニンゲンを拾ったなぁイスル、こちらからも身分の証明となる文を一枚したためておこう。そういえばあのニンゲン……たしかお前の義理の弟と申しておったな」

「はい、カズキが閣下になにか失礼なことでも……」

「いや、ただ……良いな、実に良いことだ。ニンゲンとノルドールが共に兄と弟の関係を築ける。この戦時がひと段落したらぜひともノヴォルディアでの共存関係を研究したいものだ」

 
 そうか、閣下はニンゲンとノルドールが手を取り合うことに理解を示してくださるのか……よかった。


「ええ、こたびの戦役が終わったら是非とも」

「うむ、それまであの頭の固い村長たちの相手は任せてくれたまえ」


 サーレオンへの工作はカズキ達にまかせ、俺たちは出撃の準備だ!



あとがき

やっぱり最後はフラグ



[12769] 16馬力目「こちらス○ーク、潜入に成功した」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:12
前回のあらすじ

・ノルドールに包囲の危機迫る

・新兵と寄せ集めVS疲れ果て物資も少ない熟練兵

・勝つも負けるもノルドールにおまかせ



<和樹視点>


「貴様何者だっ!」

「サーレオン軍の野営地に何用か!」

「控えろっ!この方は『ノルドール連合イスルランディア軍』の副司令官であるぞ!!」

「……理解していただけたかな?」


 何者だと言われたら「地獄から来た男」と返したくなる衝動を抑えて、ただいまセニアさんと俺はサーレオン軍の野営地に二人で乗り込んでます。フードかぶって顔を見せない俺達二人はとても怪しかったに違いない。現代なら間違いなく「不審者が出没します」が町内会報に載る。
 ところでセニアさん? ノルドール連合ってなんですか? というか副司令官って誰の事ですか? えっ?


「ノルドール連合……?」

「聞いたこのがない組織名だが……貴様らあのノルドールどもの使いか、死にに来たのか?」


 番兵さんは今にも斬りかかってきそうな態度だ。これがこの世界でのノルドールと人間の壁か……村長の村にすこし慣れすぎたかなぁ。あの、番兵さん剣を抜かないでくださいよ! 怖いですって!! あなたじゃなくて隣のセニアさんがですけどね!!

 と、とにかくポーカーフェイスで乗り切るしかない!



「使者をいきなり切るか……これだから粗野なニンゲンは」

「まったくです副指令、やはりこんなやつらなどほおっておきましょう。助力など最初から考える必要性すらなかったのです」

「まったくだな、では失礼するよ……あさってごろの決戦では君たちの屍を見に来るとしよう」


 耳が見えないようにフードの角度を調整しつつ、出荷されるブタを見る目で話しかけましょう。これでノルドールの人間に対する態度の出来上がりです。ほんと、ノヴォ村長の村の人意外からの目線ってこんなんだからね。会議中死にたくなりましたよえぇ。
 
 ため息をついた後きびすを返そうとしたら番兵の中でも装備の整っている人がすこし反応した。正直なところサーレオン軍の中でも敗北する気配というか、ダメなんじゃないかという空気はあるようだ。 この兵隊さん、「副司令官が……いやしかし……」とかぶつぶつ言って困ってますが
 司令官がアルウェルニさんか兄上様で、副司令官は兄上様かレスリーさんです本当にありがとうございました。


「ま、待っていただきたい!」

「隊長!?」

「はて、殺されに来たのではないので帰ろうとしたのですが?」

「帰れと言ったり待てと言ったり……ニンゲンはやはり理解しがたい生き物です」


 セニアさん、身にまとったそのオーラは俺もドン引きでございます。今のセニアさんはまさしく女王様というかハマーン様というか……踏んでくださいじゃなくて番兵も俺もビビってしまっているのだけども。


「先ほどは失礼したノルドールの使者よ、馬はこの先の馬止めでよろしいのでしたらそちらに止めさせていただきます。ただいま司令部までお連れいたしますので少々お待ちください」

「かまわない、よきに計らってくれ」

「え、あ……う、馬はこちらへ」


 番兵もあの恐怖には撃沈か、いやびびってるのは新米っぽいほうでベテランぽい偉そうな人は何か思うところがあるんだろうな。とにかく馬を下りてついてってみよう。


「副指令、あまり私からお離れにならないように」

「うむ、わかった」


 ……正直この口調はとても疲れる、疲労度当社比130%ぐらい。セニアさんいわく「カズキのいつもの話し方では敵になめられるだけなので、『ロム兄さん』の状態を維持していてください」だそうで……正直ロム兄さんを維持し続けるのは無理だったので今はえらそうな社長風にしてます。威厳がないだろう、えっへん……


「大変お待たせをしました、こちらへどうぞ」

「副指令」

「う、うむ」


 こ、これは!? セニアさんが腕を組んで来た!? なんということでしょう、セニアさんほどの美人に腕を組んでもらえるなんて……もう死んでもいいかもしれない。
 むしろこんなご褒美があるということは、俺の死期が近いのかもしれないのか……

 ま、そんなことは置いておいて俺達は偉そうなほうの番兵と一緒に司令部にお邪魔するのでした。






<セニア視点>


「初めましてノルドールの使者よ、私はこの軍を率いるヘレワード男爵……以前バーローシールド城の城主だった者です」


 司令室に居たのはヘレワード男爵と名乗った男と数人の副官らしき人のみでした。サーレオンの未来を決めるほどの決戦の指揮を執るのがもしかして「男爵」のこの男なのだろうか……サーレオンにとっても重要な一戦となるこの戦いの指揮官に爵位が低い男爵のものが就任するのは不自然すぎます。
 本来、決戦などであればもっと大貴族が来たり、サーレオン有数の司令官が来るものではないのでしょうか?


「はじめまして男爵、私はノルドール連合イスルランディア軍司令官イスルランディアの妹セニアです」

「はじめましてヘレワード男爵、私はノルドール連合イスルランディア軍副司令官加藤和樹。サーレオンの未来に関する話をしに来たので、できれば人払いをお願いしたい」

「ふむ、わかった。お前達一端下がってくれ」


 男爵の支持に対し、なにやら副官らしき人たちの反応が薄い。内部統制がうまくいっていないのでしょうか?
 やはりこの様子では単独での勝利はおぼつかなかったかもしれませんね。
 
 サーレオン側の司令部要員達が退席した後、早速カズキが交渉を開始しました。



「して話とは?」

「その前に一つよろしいでしょうか、なぜ男爵はノルドールの私達を前にして冷静で居られるのでしょうか?」

「ははは、そのことでしたら親近感がわいたといったところですよ」

「親近感?」


 カズキへの親近感とはいったいどういうことなのでしょうか、まさかこの男爵がノルドールの血を引く……はずもないですね。そうするといったいどういうことなのでしょう?


「お互い肩がこる話し方はやめましょうカズキさん。ぶっちゃけ無理にガチガチな話し方しているのばればれです」

「おっと、分かってしまいますか? 自分としては威厳あふれるノルドールであったつもりでしたが」

「ええ、どうにも背伸びしているというか、なんだか違和感がすごかったですよ」

「それは恥ずかしい限りです。もう少し練習を積まなくては」


 えっと、いつのまにかなぜか男爵とカズキは意気投合したように笑いあっている……正直なところさっきまでのカズキのほうがちょっぴりかっこよかったのですが……また思考がそれました。


「では、簡単にこっちの要件をお話しますね。正直なところ、サーレオン軍単体では、近日中の帝国との決戦が発生した場合……勝算はありますか?」

「さて、どうやってサーレオン軍の現状を掴んだかはわからないけれども、やっぱりわかります? ぶっちゃけ新兵が調練でも足を引っ張って現在取れる行動が限られて仕方ない限りで。
 挙げ句の果てに予備隊の部隊を中心に士気ががたがたなんですよ、もう今は藁にもすがりたいんです。もうノルドールでもミストマウンテンでもなんでもこーいって感じです」


「それほどとは……失礼を承知で言わせて貰えば、サーレオン軍は張子の虎であったという訳ですか。それと、ずいぶんと貴族の割には軽いのりですね」


「ははは、もうどーでもよくなっちゃったんですよ、うちの城を守る優秀なサーレオン兵が負けたのに、人間とノルドールの混成軍が帝国に勝利したなんて聞いた時はもう軽く欝に入りましたよ。いやー昔からきつく貴族としてのなんのと教え込まれてきたので今そのしがらみの象徴だった城がなくなったからか、精神が今自由なんです」



 おかしいです、私の予定ではもっと難航するはずでした。まだ5分もたっていないのにすでにノルドールとの共同戦線についてサーレオン側から提案したいと言ったも同然の発言です。

 私の常識がおかしいのでしょうか、目の前の会談(?)にはまったく本来会談にあるべき駆け引きやそういったものがありません……偶然です、この光景は偶然の産物なのです。そうなのです。


「では共同戦線について、同意とみなしてよろしいですかね?「その通りです」では、連携について詳しいことはそちらのセニアさんも交えて詰める必要があります」

「なるほど、了解しました」

「え、ええぇ!?」


 な、いきなり私に話をふるのですか!?こういうのをカズキの世界であまり多用すべきではない『むちゃぶり』というものではないのですか!?
 私はあくまで人質というか、共同戦線への保険程度の認識だったのですが……



「さて、それではセニアさん、カズキさん、具体的な話を詰めましょう。まずは軍の配置についてですが……」


 いきなり真顔に戻って話しかけてくる男爵。えぇと、急に話題が進んでちょっと混乱中です。
 ……なんだか考えるのが面倒になってきました、もうどうにでもなってください。
 結局具体的な話し合いは私がすべて行いました……その間カズキはさりげなく司令部にあったサーレオンの機密資料のようなものを気づかれないように盗み見ていたようです。
 
 そうですか、そのために私に話をふったのですね……さすがカズキです。自分ではなく、他の者との会話を持たせ、相手注意を逸らし、その油断を最大限生かすすべを知っているというのですね。



 ちなみにこの後話の詳細と連携作戦案をまとめたら夜になっていたので、私達は使者用の臨時休憩所で一泊するのでした。



あとがき

ゲーム中の男爵はこんな人じゃないですよ(汗)



[12769] 17馬力目「今度は大丈夫でしょう」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:13
前回のあらすじ

・不審者二人のぶらり潜入工作

・司令官が男爵とはこれいかに

・なんか軽いノリでOKだったよ



<和樹視点>

 なんというか種族の対立とかいろんな障害があると思っていたら、なんだか軽いノリで共同戦線についてOKされてしまった。
 まぁ結果よければということで、作戦についてや細かいスケジュールなどについてはセニアさんにお任せしてました。

 すると必然的に暇になってしまったので、司令部にある書類を目でちらちらと盗み見していると、なんとこの男爵、国家元首と同じ苗字で同じ血族?……えーっと、何でこの人男爵なんて爵位に甘んじてるんだろう?


「カズキさん、話し合いは一通り終わりましたよ」

「副指令、具体的な作戦案は話し終えました。あとは作戦に多少の変更があったので部隊に戻ってあちら側の準備をするだけです」

「無事合意に至ってなによりです。ノルドール側としては人間との共同作戦ということで不安もありましたが、男爵がサーレオン軍の司令官でとても心強いです」


 いたって真面目な表情で報告するセニアさん。セニアさん現実世界に生まれてたら図書館の司書さんかバリバリのキャリアウーマンになってたんだろうなぁ……もし現実世界から物を持ってこれたなら女性用のスーツを持ってきたかったかもしれない。あと眼鏡なんかも……いやいや、もうすこし役立つ物もってこようよ俺。


「で、カズキさんには悪いんだけどこのまま帰られたんじゃ部下が納得しないんだよ。「ノルドールなんて信用できない」ってね。というわけでどちらか人質としてここに残ってほしいわけ」


 ひ、人質かぁ……まぁそんなこともあって切捨てやすい俺の出番ってわけだ。セニアさんにはカズキ隊の面倒も見てもらわないといけないので次期隊長権をニグンさんにお任せして、小部隊の指揮をセイレーネかデニスに任せてもらうよう伝えておかないと。
 

「……副指令は軍に必要な方です、私が残りますので必ず勝って私を取り戻しに来てください。戦いが終わったら後でゆっくり話しでもしましょう」

「しかし……であればここは私が───」

「いいえ、重ねて申し上げます。ノルドール軍には副指令が必要です。ですからどうかここは私にお任せください。」

「……わかりました。吉報を待っていてください。」


 セニアさんが人質になるのは最初のプランで最後の手段としては考えてたはずなんだけども……やっぱり仕方がないか。本人が名乗り出てついてきてたんだし。そういえばなんか言葉の最後だけ女王様モード(真面目モード)が解けてたような……気のせいか?
 人質を出さないと信用されないとはいえ、やっぱり離れ離れになるのは心配だし、想定済みであったとはいえきっと兄上様に帰ったらコロサレル……


「では明後日戦場で会おうカズキさん、信じてるよ~」

「男爵こそ、ご武運をお祈りしております」


 なんだかよくわからないけどこの男爵は信用できそうだ。まてよ……国家元首と同じ苗字で男爵って事はもしかしてこの人が反乱を起こして解放軍フラグなのか?
 いやいや、今はとにかくこの情報を兄上様とレスリーさんに伝えないと。













「兄上様、サーレオンはこちらの作戦案を了承しました。やはり酷い状況でしたよ」

「どのぐらいだ?」

「新兵は血気はやって訓練の邪魔でしかなく、予備隊は寄せ集めなおかげで連携もまともじゃない。そんなこんなが軍団全体に知れ渡っているせいか勝てる気がしないってことで士気はダダ下がりでございました」

「……これではこちらの援護があっても勝てるかどうか心配です」

「なに、どんなことがあろうとも粉砕、突撃、そして勝利だっ!」

「セイレーネさん、さすがにそれだけじゃ……」


 司令部へ半日で戻ってきた俺はとりあえず司令部に居たみんなと軽く雑談した後、サーレオン側が出してきた計画の変更について説明する。
 最初の作戦案は

・サーレオン軍は『塹壕』か『蛸壺』を掘ってその中にサーレオン軍の主力とするロングボウ部隊を隠しておく。なおその際歩兵部隊はその背後に布陣する。布陣位置は下記の通り

   歩兵歩兵
   陣地陣地

ノ森森     森森   森森ノ弓騎兵
弓森森     森森ノ歩兵 森
兵森森     森森森
         森森
↓帝国軍

・帝国軍のクロスボウ部隊の射撃には蛸壺にこもらないサーレオンのクロスボウ部隊が応戦する。数において劣るため早々に打ち合いは終わらせること。歩兵隊は盾にしゃがんで身を隠すこと。

・帝国軍軍団兵が前進してきて、投槍の体勢に入って盾の防御力のない時隠れていたロングボウ隊で一斉射撃

・戦列が崩れた帝国軍に対して歩兵隊突貫。騎兵戦力に劣るサーレオン軍はこれで近接白兵戦に持ち込む

・蛸壺か塹壕に展開するロングボウ隊で帝国騎兵を攻撃。軽騎兵ばかりの帝国軍騎兵は上の地図で右から回り込んでこようとするはず、そこをノルドール歩兵隊で通せんぼ。

・帝国軍の主な戦い方として戦列の中央突破があるため、おそらく彼らは歩兵突貫後、こちらの歩兵の後ろからちくちく撃ってくるロングボウ部隊を殲滅しようと一箇所に兵力を集中する。

・そこに隠れて敵の背後に機動したイスルランディア軍の弓騎兵と、最初から森に伏せていたノルドール弓兵がジャーンジャーンジャーンげぇノルドールっ!?で登場し森から射撃。


 うん、我ながら計画上だけの作戦だ。やはりというか、サーレオン側や他の村からの友軍指揮官のみなさんから突込みがはいった。

・歩兵隊が突撃した後ロングボウ隊は味方が邪魔で攻撃できないが?

・イスルランディア軍の歩兵で帝国騎兵を止められるのか?

・弓兵の伏兵はばれるんじゃないか?

・帝国軍がこんなサーレオン側に有利な地形で決戦を望むのか?


 一番目の問題について。実地でもし無理なようであれば、サーレオンロングボウ隊はノルドール歩兵の左の森にひっそり移動させて弓兵で奇襲をかけるときに一緒に射撃してもらう。

 二番目の問題は戦列の前面を圧倒的防御力を誇るノルドール歩兵でシールドウォールするから大丈夫なはず……機動隊がごとくの大盾とノルドールソードを構えた重歩兵部隊のシールドウォールが破られるとは思えないが……

 三番目の問題は、森の中に軍団兵を投入しても軽装な弓兵を追撃できるとは思わないから森の中で殲滅されるって事はないはず……それこそ事前に弓兵を蛸壺に隠しておく必要があるかもしれない。

 四番目は……帝国側に士気も低く寄せ集めのサーレオンは鎧袖一触だと思わせるか、そのほかの森を抜ける道に罠を仕掛けまくって誘導するか……たぶん挑発は厳しいかなぁ。
 一応四番目に関しては男爵に秘策があるそうなのでそれに頼るしかないかもしれない。


「と、質問についての回答は以上です。イスルランディア軍の準備のほうは?」

「カズキの部隊はまぁアタイもがんばったけどやっぱ戦闘可能なのは30人そこそこだわ。」

「ふんっそうなると独立して動くのはきつかろう。ニンゲンと組めばいいさ」

「……カズキには悪いですが通せんぼする部隊を私と一緒に参加してもらいます」

「了解です、では和樹隊はレスリー隊の指揮下に入るということで」

 
 通せんぼするだけで活躍の舞台があまりない通せんぼ部隊に、人間族の部隊であるレスリーさんの部隊と、人間の俺が率いる和樹隊は当てておこうって魂胆が丸見えではあるけれども、それで他の村からの援軍が兄上様の指揮の元効率よく動けるのならばプラスであると自分を納得させる。

 焦ってもなんにもならない。少しづつでいいから他の村のノルドールの人たちに信じてもらわなければ。

 作戦会議が終了したので自分の部隊駐屯地へ向かうと、途中で待っていたかのように現れたのはニグンさんだった。というかなんでそんなにニヤニヤしてるんですかね?


「ニグンさん、部隊の方はどうですか? あとなんでニヤニヤしてるんです……」

「いや別に。あぁ隊長、『しぼうふらぐ』言ってたやつは戦列の後方に下げときましたよ」

「あれだけ注意したのにやっぱり居ましたか」

「知識があってもつい言いたくなるんだよなぁ。四人娘はとりあえず大丈夫だったけど」


 やはり俺の部隊に死亡フラグを言ってたやつが居たというわけね。
 ちなみに村の皆様に教えておいた死亡フラグは「俺(私)~が終わったら~」「今度子供が~」「~が終わったら~伝えたい~」などなど……まあ古今東西の死亡フラグの有名どころをすこし。

 さらに余談だけども、村に来たばっかりのとき、「あ、セニアさん。今日の訓練が終わったら相談したいことが……」といったところ、俺に相談させないようにとこっそり聞いていた兄上様に訓練で殺されかけました。死亡フラグを俺が言ってたことに気がついたセニアさんが助けに来てくれなかったら死んでました……んー死亡フラグでなんか引っかかるなぁ、何だろう?

 ニグンさんとそんな雑談をしながらテクテク歩いていると、駐屯地には俺の部下総勢33名が整列して待っていてくれた。


「カズキ隊いつでも出撃できます!」

「お任せ、あれ?」

「隊長は僕たちが守ります!」

「射撃指揮はおまかせ……」

「「「カズキ隊準備よし! 準備よし! 準備よし!!」」」


 護衛娘4人に隊員達が大きな声で盾を打ち鳴らす。やる気200%ってわけだ。へっぽこ指揮官かもしれないが、やっぱり今回も可能な限り損害を出さずに勝利を目指さないと。
 
 
「ほら、隊長、シャキッとせいや。一発掛け声頼むぜ!」


 ベシベシとニグンさんに叩かれてなんというか、すごい力があふれてきた。もうね、何だろう、負ける気がしない。たぶんアドレナリンどっばどばなんだろう。
 これは腹から声出して気合い入れないとな!
 
 
「よし、ではこれより作戦位置に移動開始だ! カズキ隊! 出撃!!」

「「「「了解っ!」」」」


 前回は突破されかかってぎりぎりの戦いだったけれど、今回は騎兵を通せんぼするだけだ。だから今度はこの仲間たちを一人も欠けず連れて帰ろう。そう強く心の中で決意しなおし出撃するのであった




あとがき

ちなみに投稿の際にプレビューができないのは自分だけなのでしょうか?
画像認識になってからボタン押してもでてこない……



[12769] 18馬力目「ラリア郊外の戦い(前編)」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:13
前回のあらすじ

・ぼくのかんがえたひっしょうのさくせん

・人質となったセニアさんを助けに行くのは俺ではなく兄上様しか想像できない

・今度こそ俺は安全なはず……?





<ヘレワード男爵視点>


「司令、さきほどおっしゃっていた秘策とは……?」

「そうだな……敵の司令官はたしかジャスタス総督だったかな」


 参謀に秘策とか聞かれましたが、正直あのジャスタス総督なら釣るのはもう余裕ですね。あの武人っつらしてるヤツには「ヤツ族の部隊がラリアを攻撃中、サーレオン軍は少数の兵力を森の出口に残し撤退準備中」ってね。
 ちなみにおそらくあっちの参謀とか副官は罠だとかいろいろ言うだろうけど、ジャスタスは「いかなる奇計奇策があろうとも軍団兵の中央突破によって打ち砕いてくれるっ!!」とかいって突っ込んでくること間違いなし。もうあいつとは西部戦線で3回戦ってるからわかるよ。
 今回の迂回攻撃の鍵は早さだったからあいつが司令官になったんだろうけど……もう少しまともな人事もあったんじゃないかと、司令官なら。


「さて、じゃあこの手紙をジャスタス総督へ送ってくれ。そこらへんの難民に任せれば切られても大丈夫だろう」

「了解しました、では今後のわが軍の行動は?」

「そうだな、とりあえずノルドールの言う『たこつぼ』というものをあらかじめ掘っておくか」

「司令……兵士に土木作業を行わせるのですか?」


 うーん、どうもうちの副官は頭が固いなぁ。近くの村から労働者を徴用したら計画ばれるかもしれないし、兵士にやらせるしかないでしょう。ま、当然兵士にも監視はつけるけどね。


「それしかないだろう、新兵達に「土木作業を行えば訓練は無し」とでも言えばやる気にもなってくれるだろう」

「それでは新兵達がまともに戦えませんよ?」

「いいんだよ、もともとそのための新兵だ」


 ま、雄叫び上げて突撃するための新兵だ。一人3発以上の矢を受けない限り死ぬ権利すら与えないけどな。










<和樹視点>


───ワァアア!


───ガキンッ!アィイイイッ!!



 遠くから戦場の音が聞こえる……ただいまノルドールと人間が手を組んで戦う後の世界戦史に乗りそうな大戦に参加しています。偵察が得意なカルディナさんの報告によるとヘレワード男爵の挑発作戦は完璧に成功中らしい。ほんとにあれで引っかかったのかよ!もうビッテン○ェルトじゃないんだから……それともあれか、フハハどこを狙っても敵軍にあたるぞっ、放て放てっーー!!ってそれだと死亡フラグか。


「隊長、現在の状況を報告しま、す?」

「ん、報告お願いします」

「現在ロングボウ隊は所定の位置へ移動……中? ただ予定と違って最初の射撃戦でサーレオンのクロスボウ隊が敗走?」

「それはひどい……士気低いとは聞いていたけれどここまでとはなぁ」

「そのため突撃したサーレオンの新兵ばっかり軽装歩兵隊を中心に被害……甚大?」


 まいったなぁ、これだとせっかくの作戦『ドキッ!パクリだらけのカンナエ(嘘)。殲滅もあるよっ☆』が失敗してしまう。このまま行けば帝国軍は軽装歩兵隊を突破してそのまま各個撃破の予感、何とかしなければ。

「まいったなぁ、近接格闘戦に持ち込む前に削られたか。カザネさん、こちらには敵が来そうですか?」

「……私ならそのまま騎兵を突撃させて突破路を開く」

「僕も同じだと思います、正直なところ僕らとレスリー隊長の部隊で森を突っ切っても間に合うかどうか……」

「私は森を回って敵の背後からの突撃を提案します。サーレオン側も気合のある熟練兵がぎりぎり持ちこたえてくれるでしょう」


 さてどうしようか、兄上様の弓騎兵隊はすでに移動中だ。もうまもなく敵の後背にでて退路をふさぐだろう。奇襲射撃もすぐなはず……。併せて100に満たない俺達ができることか、やっぱりサーレオンの戦線補強ぐらいだろうか?


「あ、隊長……そういえばサーレオン戦列はもう湾曲、してた?」

「なっ!? それを早く言って!!」


 それってもう突破される寸前じゃないか! まずいぞ、今気づいたけれど突破されたら男爵のところで人質になっているセニアさんが危ない、俺の命も危ない、助けなければ……いつも助けてもらってばかりだけれども、こんな時ぐらい役に立たないと!!


「隊長、いきましょうっ!」

「私も同感です……惚れた女一人守らないで何が男ですか!気合でこうかっこよく救出してください!!」

「みんな……」


 誰がセニアさんに惚れた好いたと言った、生まれる前から好きでしたわ。
 まぁ冗談はさておき、ここで俺の部隊が離脱すれば40人のレスリー隊だけでこの道を封鎖しないといけない、ここで帝国軍の予備戦力がこっちに来たらかなりやばいことに……行きたいけれども、ここの戦線を放棄するわけにもいかない。


「セニアさんを迎えにいってやってくださいカズキ、きっと彼女もあなたを待っていますよ」

「れ、レスリーさんいつの間にっ!?」

「ふふふ、いつの間にでしょう?」


 レスリーさんまで……しかもいつの間にかレスリー隊が両翼を伸ばして和樹隊が抜けても大丈夫なように戦列を組みなおしている。よしっ、ならばこっちは行くだけ!!


「カズキ隊、これよりサーレオン軍中央の援護に向かう! レスリーさん、こちらを頼みます!」

「囚われの乙女を助けに、行く?」

「「「うぉおおおおおおお!!!」」」

「って、カルディナさんその突っ込みはちょっと……」


 せっかく部隊のみんなのテンションが上がったものの、そういう恥ずかしいことを言われるとどうもなんというか、うん、恥ずかしい。



「隊長、私のことは呼び捨てで、いい?」

「あ、なら僕も」

「命をかける仲なんですから、遠慮はいりませんよ隊長!」

「……同じく」


 ……みんな、ありがとう。こう言われたらこっちも最善を尽くすしかないね。いっちょやりますか! 部下頼りの救出作戦だ!


「ありがとう、では和樹隊! 続けーー!!」

「「「おおーっ!!」」」









<セニア視点>


 ヘレワード男爵の配慮なのかどうかはわかりませんが私は今彼と一緒に陣地に居ます……正直ここから見えるだけでも戦況はよくありません。

 まず第一の失敗は最初の両軍クロスボウ隊の撃ち合いにおいて、サーレオン側のクロスボウ隊が早々に敗走したことでしょう。本来ならば撃ち合ったクロスボウ隊は両軍の歩兵がお互いに距離を詰めた時点で後方に下がるか、側面へ移動して射撃を継続するため自然と配置転換の間は撃ちとめになるはずです。

 ですがこちらのクロスボウ部隊が敗走したために、帝国のクロスボウ隊は退却も配置転換もしようとせずに射撃を続けています。このまま敵の軍団兵が投槍攻撃可能位置まで接近するまでに受ける損害は到底許容できるものではないでしょう。

 かといってこちらが突撃すれば敵クロスボウ隊の一斉射で突撃の威力は大幅に落ちるでしょう、それもまた損害も馬鹿にはできません……正直にこの時点で勝利はおぼつかない状態です。


「撃ち合いに負けただけだっ!軽装歩兵隊つっこめっーーーー!!」

「「「うおおおおおお!!」」」


 サーレオン軍の新兵から編成された軽装歩兵隊が突撃していきます、やはり敵クロスボウの一斉射で突撃した200以上の歩兵隊のうち20~30はなぎ倒されました。ですが男爵は顔色一つ変えていません……すでに軽装歩兵隊は突撃を中止し敵軍団兵の突撃により防戦一方なのですが。


「男爵、人質の私が言うのもおかしいことかもしれませんが───」

「いいんだよ、そのための新兵だ」

「えっ?」

「敵の突撃はもう終わって近接白兵戦に移行した。これで損害なく薙ぎ払える」


 新兵を盾にしてクロスボウの一斉射と歩兵の突撃による被害を熟練兵部隊から守ったということですか!?
 確かに兄上も言っていたように兵法では当たり前なのかもしれませんが……それに薙ぎ払うとは?


「投射隊に連絡、攻撃を開始せよと」

「了解!」


 伝令の兵士が走っていく……投射隊とはいったいどういうことでしょうか。前の作戦打ち合わせにはなかったはずです!


「男爵、投射隊とはいったいどういうことです!事前の作戦はいったいっ!」



───バシュンッ!


「えっ?」


 こ、これは……以前カズキが作っていた攻城兵器の、確か『バリスタ』っ!
 バリスタは本来攻城戦や重装甲の敵相手に使う兵器のはずです。なぜこんなにたくさんの、しかも野戦に持ってきているのですか!


「ば、バリスタを乱戦中の戦場に撃ち込むとはどういうつもりですかっ!」

「へぇ、バリスタを知っているんだ。あぁ、団子になってくれたおかげで、味方一人につき3人、いや5人は敵を巻き込んで死んでくれる。これで敵の軍団兵は終わりだよ」

「こ、こんな戦い方って……」


 目の前に発射音の数から推測して約20機のバリスタによる地獄が広がり始めていました。バリスタから放たれた大きな矢は鎧を着た人間を簡単に貫いてしまう代物です、そんなものを軽装歩兵隊の戦列を突破しようと集中した帝国軍軍団兵に放てば……一撃で5人6人があっというまに吹き飛ばされます。もちろん戦列をかろうじて維持していた軽装歩兵隊も少なくない数が巻き込まれています。味方をも巻き込むことを前提とした作戦なんて……


「これが本来の作戦さ、まぁ仲間を大事にする気持ちはわかるよ。でも勝たなきゃ誰も守れないんだ、この大陸ではね……命は平等じゃないんだ」

「……それが、それがあなたの答えですか。確かに私も村の人々と知らないニンゲンの命を比べればそれは……いえ、なんでもありません」


 仕方がないのかもしれないけど仕方がないと思いたくない。そう思えるのも人種も身分も関係なく人はみんな平等と言っていたカズキの影響なのですね。
 なぜでしょう……カズキの事を思い出しただけで無性に彼に会いたい、会って顔を見たい、声を聞きたい、大丈夫だよって抱きしめてほしい。



 やっぱり私はカズキのことが───



「敵騎兵こちらに突っ込んできますっ!!」

「弓兵の射撃はどうしたっ!!」

「行われていますが10騎近い騎兵がぁっ!!」


 目の前で伝令がクロスボウによって胸を貫かれ絶命しました、なんで、どうしてここまで敵の騎兵が!


「護衛兵!」

「味方ごと撃ち殺して、貴様らそれでも人間かっ!!」

「この外道めがぁあ!!」

「男爵をお守りしろっ!」


 め、目の前で男爵の護衛兵と突破してきた敵騎兵が戦闘を開始しました。やっぱり、私には……だめだ、怖い、戦うなんて無理だ!
 悔しい、どうして、どうしてここで私は剣を振り上げられないのですか!!

「セニアさん、下がってっ!!く、くそうっ!!」

「もらったあああああああ!!」


 男爵が2騎の帝国騎兵と切り結んで、周りの護衛も男爵の護衛で手いっぱいで





 私の視線には馬上から剣を抜き放ち突撃してくる敵騎兵が───








あとがき


死亡フラグは感染症なのかもしれません(汗)



[12769] 19馬力目「ラリア郊外の戦い(後編)」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:13
前回のあらすじ

・作戦は終わるまでが作戦です

・生まれる前から好きでした

・地球が危ない、俺があぶない、でもセニアさんはも~っとあぶないです




<和樹視点>


 俺の和樹隊はサーレオン弓兵の展開する森を突っ切って無理やり味方の戦列の背後に回ろうとしてた。だがそこで見たものはもう酷いものだった……誤射を前提とした攻撃。日本人としての甘さからか、俺はどうも受け付けることはできないやり方だ。
 
 ああ、あれか。どうやら男爵は「いかんか」王と同じ性根だったのかもしれない。しかし軍事的には劣勢だった中央線戦は混乱の度合いを増やし、完全に乱戦に突入した。
 コストの低い軽装歩兵で重装かつよく訓練された帝国軍団兵もろとも倒す。重ねて言おう。コストと言う面では確かに良い作戦だ。


「バリスタで味方ごと団子になった敵を撃つなんて」

「……本来なら後方の熟練兵の士気が下がるのは必然、でも仲が悪いからそれほど影響はでていない」

「そろそろ軽装歩兵隊は敗走するな……これはさすがに気合でどうこうなるものではない」

「うちは村の見知った顔で編成しているからよ、サーレオン側の味方意識の低さは理解できないよなぁ。まぁ、隊長がアレに怒って」


 残りの四人娘も含めてみんな同じ気持ちのようだ。やっぱりコストとかそんな考え方で戦うのはおかしい気がする。というか第一に前回の作戦会議ではそんなことするなんて聞いてなかったぞ!?
 何はともあれあの硬い防御力を誇る帝国戦列歩兵はばたばたとなぎ倒されていっている。今ようやく散開するか突撃するかし始めたが、先ほどから始まった両側面からの射撃でかなり混乱している。一応こちらの側面射撃は味方に当たらないように団子になった敵の後方部分を優先射撃するってことになっているので、誤射を前提とした攻撃とは大違いだ。


「隊長、敵騎兵隊の一部が後方の歩兵隊を突破していますっ!」

「セニアさんが……あぶないっ!?」

「な、なにっ!? ったく! サーレオン側の射撃部隊と騎兵はなにやってんだ!!」


 まずいぞ、最悪のパターンだ。このまま俺の部隊で熟練兵の戦線を支えたとしても突破した敵騎兵が男爵やセニアさんが居るところに突入したら……いかん、それだけは絶対に阻止しないとっ!!

「ま、ここは俺らに任せてもらおうか」

「……ここは任せて、隊長たちは行って」

「そういうことです、バァーンと敵を追い払って見せますので先に行ってください」

「ニグンさん、カザネ……セイレーネ……」


 三人の申し出は焦る俺としてはかなり魅力的だ。だけど部隊長の俺が部隊を置いて行ってもいいものか、でも今この部隊で騎乗しているのは俺と四人娘だけだ。


「いってやれよ隊長、そっちには敵兵一人行かせませんって」

「セニアのじょうちゃんは昔っから見てんだ、ここで見捨てたらおりゃ隊長をゆるさんぞぃ?」

「戦場で……男が惚れた女を助けに……フヒヒ」

「ってわけだ。カズキ隊! 俺の指揮下に入れー!」

「うるせーぞニグン! 隊長、ニグンが指揮してると死にたくなるから早めにお嬢も連れてきてくださいな!」


 部隊のみんなまで……やっぱり同じ村で過ごしてきた仲間は見捨てられないよなっ! 


「よし、ニグンさん。指揮をお任せします。カザネとセイレーネはニグンさんの援護を。あくまで任務はサーレオン軍の戦線維持支援だ」

「今死にたくなるって言ったやつは誰だー!? 今日の最前線はお前だからなー!」

「……任された」

「はははっ!了解した、お前らっ気合を見せろーー!!」

「「「うおおおおおお!!」」」


 ははは、なんとも元気のいいことで。これで全力でセニアさんを救いに行けるってもんだ!
 とにかく急がないといけないので早速ゲデヒトニスとカルディナと一緒に男爵の居るところに突貫だっ!!


















「セニアさん、下がってっ!!く、くそうっ!!」

「もらったあああああああ!!」


 俺達が到着した時には男爵の居たところはすでに戦闘中、10騎程度の帝国軍騎兵を4人くらいの護衛兵と男爵が迎撃中で……セニアさんが無防備でっておいまてなんで武器くらい持ってないんだ!? いつものセニアさんなら死んだ敵兵から武器を……まずい、もう1騎セニアさんのほうに向かっていってるっ!!


「トニー、カルディナは男爵を援護っ!!」

「了解っ! ……トニーって僕?」

「了解!?」


 まずいっ、このまま突っ込んでも間に合わない。こうなったら今まで日の目を見ることのなかった唯一俺の得意な武器に賭けるっ!


「あたれええええっ!!」


 そして俺は全力で投げナイフをセニアさんに襲い掛かろうとする敵騎兵に投擲した。







<セニア視点>


 どんどん近づいてくる敵兵、恐ろしさのあまり私は目を瞑りました。すぐ目の前で伝令の兵士が倒れているのになぜ私は剣をとらないのでしょうかっ!
 剣なんかもったってどうしようもない、そう心はあきらめようとします。でもなぜでしょう、それでも心のどこかではきっと彼がまたかっこいい言葉と共に助けに来てくれるような気が、そんな気がします。


───ガキィンッ!


「……間に合った」


 何かがはじける音、そして何時も聞きなれた私の大切な家族の声。瞼を開けるとそこにあったのは何時も見慣れたあの背中。





「セニア」



「君をっ」



「助けに来たっ!!」



 ああ、来てくれた、やっぱり彼は来てくれた!! 


「カズキっ!!」


 彼を見たとたん私の心を支配していた恐怖とあきらめがあっという間に消えうせ、生きようとする心が私を突き動かし始めます。
 すぐに死んだ伝令兵の盾と剣を拾うとカズキの横に並びます。


「無事でなによりです……ちょっとオイタしようとしたやつにお灸すえてくる」

「はいっ!」

「セニアさん、早く僕の馬へっ!!」

「じゃ、ちょっと行ってきます……帰ったらセニアさんの手料理が食べたいかな。できれば日本食で」


 そう笑って言った後、彼はそのまま走り出しました。彼の進路上には盾に突き刺さった投げナイフをを投げ捨てる一騎の帝国歩兵。まさかカズキの『ちゅうにびょう』の成果である投擲の技能で救われるなんて……『ちゅうにびょう』冥利につきるのではないですか?


「いきますよ、つかまっててください!」


 今は私が居ても皆さんの邪魔になるだけです……カズキのことが心配でしたが、ゲデヒトニスさんの馬に彼女の後ろに乗って、私は戦場を離脱しました。






<和樹視点>


 ふぅ……セニアさんの前ではかっこいい人間であろうと努力したら赤坂さんですか。正直もう汗だらだらです。なんたって馬を狙って投げた投げナイフが盾で防がれたんですもの。しかもその敵騎兵がこっちをガン見してます、うん逃げたい。


「お前、名をなんと言う」

「……ノルドール連合イスルランディア軍、加藤和樹」

「カトウカズキ……帝国軍シールドストーム城城主リマスク、いざ勝負っ!!」


 な、なんだってー!? あろうことか相手がゲームでガチムチでめちゃめちゃ強いリマスク司令かよっ! 勝てるわけがっ!?
 しかももう剣を構えて突っ込んできてる、リーチは俺のポールハンマーが上だが……俺の技量であのリマスク司令にランスチャージができるか、いやこれしかないっ!!


「うぉおおおおりゃぁあああ!!!」

「うぉおおおお!!」


───ガキィンッ!


「ぐっ!?」

「ぐぬぅ……浅かったか」


 お互いの正面突撃の結果は俺のポールハンマーがリマスク司令の鎧にヒビを入れて、司令の剣が俺の右ももを抉った……相手もヒビの入ったところを抑えて苦しそうだが、俺は正直もっとやばい。皮鎧の部分だったから何とか足ごともってはいかれなかったけど、馬にこのまま跨り続けるだけでも厳しい。
 だけど、こんなところで死んでたまるか……前みたいに気絶している場合じゃない、俺がこいつを倒さないと次はカルディナやゲデヒトニスがやられるかもしれないっ!


「ま、まだ……まだだっ!」

「ふむ、意気込みは良し……だがその程度ではな」


 畜生、司令は馬首をこちらに向けるとまたこっちに突撃してくる。痛みと恐怖で目がかすむけど、意識がまたやばいけど、なんとかポールハンマーを構えなおす。こうなったら刺し違えてでもヤツだけは、俺が止めてみせるっ!!


「来いよリマスク! かかって来いっ!!」

「よかろう、これで止めだっ!!」

「隊長っ!下がって!?」


 刺し違えるチャンスを手に入れるために挑発していたらカルディナが俺とリマスク司令の間に割って入ってきた。いや、ナイスタイミングです。君が居なければ俺はこの後2秒後くらいに首飛んでたと思う……そう思ったらちょっと下腹部から液体が暴発しそう。出撃前にトイレ行っとけばよかったなぁ。


「ふん、興がそがれたな……次会った時はその首、貰い受ける」

「何度来ても……隊長は、私が守る……」


 ふぅ、なんとか司令は撤退してくれたみたいだ。彼に従って生き残った5騎が離脱していく……なんとか生き残ったよ。


「隊長、報告?」

「ん、くっ!……大丈夫だ、報告を頼むよ」

「……ごめんなさい、まず止血?」


 俺を馬から下ろしてくれた後カルディナがてきぱきと止血していく、よく見るとカルディナが気に入ってるって言ってたハンカチで止血している。なんだか悪いなぁ、今度買いに行ってあげないと。






あとがき

やっぱりかっこよく決めれない主人公。



[12769] 20馬力目「瀕死」
Name: Nolis◆28bffded ID:cefc8ab8
Date: 2018/12/16 18:13
前回のあらすじ

・間に合った……

・新たなるライバル、その名は「リマスク」っ!

・カルディナとデートフラグ?



<和樹視点>

 結局カルディナに止血してもらってたら戦闘はもはや追撃戦に移行してました、前もこんなことがあったような……気にしないでおこう。


「隊長、報告?」

「ん、お願いします」

「戦闘は私たちの部隊の到着で戦列が持ち直して、辛うじて、勝利?」


 ふむ、そうなるとまたうちの部隊から損害が大量発生な予感が……これ以上数が減ったらもう戦えませんよ、というかこれ以上親しい人を失いたくないしね。やっぱり現代日本人に戦争は無理だよ……


「詳しい損害の報告とかは後で聞くよ、追撃は兄上様たちかな?」

「おそら、く?」

「ん、了解」


 とりあえず部隊のところまで行かないと……おお、お前は気が利くなぁマキバオー。そんなに心配しなくても大丈いてててて。

「ま、マキバオーとりあえず舐めるのやめてあわわ」

「きっと心配……だった?」


 ノルドールの馬は本当に頭がいいからなぁ。ちなみにマキバオーとは俺の愛馬だ。突撃力に特化したノルドール黒色軍馬で、ちょうど村につれてこられたころにこいつの出産を手伝ったら懐いてしまったという訳だ。子馬もかわいいもんなぁ……でもやっぱりお前が一番だよマキバオー!


「騎乗……できる?」

「うーん、ちょっと無理そう」

「じゃあ隊長は私の、後ろ?」

「た、助かいたた……」

 
 こ、コレは乗るのが自転車じゃなくて馬かもしれんが噂の、伝説の男女の二人乗り(後ろは横乗りが大事っ!)ではないのかっ!?
 現実世界のお父さん、お母さん。息子はついに伝説の二人乗りを体験しました……いかん、出欠からか思考がぼーっとし始めてきた。早めに部隊に戻ろう。
 











 
 途中で会ったサーレオン兵に俺の部隊がいる所を教えてもらった後、俺とカルディナは部隊の待機しているところまでやってきた。部隊の人数は1、2、3……8人足りない、どうか軽い怪我で済んでくれ……


「8人か……」

「……軽症者はすでに復帰、残りは戦死と重傷者」

「お疲れカザネ、ゲデヒトニスとセイレーネは?」

「そういえば見かけな、い?」

「……セイレーネは重症、ゲデヒトニスはまだ未帰還」


 な、ちょっとまて。重症って……それにゲデヒトニスも帰ってないのかっ!?それじゃセニアさんも!!


「カルディナ、疲れてるとこ悪いが探すのを手伝ってっ!?」

「だめ、今それ以上動くと死んじゃう……」

「……あなたがまず治療を受けるべき」

 ちっくしょう……怪我のこと思い出しただけで太ももがじくじく痛む。そういえば太ももを投射兵器系で撃ち抜かれると「ごめん……みんな……」的な死亡フラグが発動するから今思えば抉られただけですんでよかったと逆に感謝する必要があるのかもしれない。


「悪い、確かに……無理かも」

「隊長は無理、しすぎ?」

「……同感、衛生兵っ!重症一名搬送するっ!」

「了解っ!第二野戦治療室へどうぞ!!」


 重症って、そんなに俺やばいのか?参ったな、じくじく痛むし目は霞むし眠いけどまだしにゃーしないと思ったんらけど。もしかいて動脈付近はばいのろなあ、あれ、あ、落としちらった、拾わ……あ……


「「隊長っ!?」」









<セイレーネ視点>

 ……不甲斐無い、まさかこの私がここまでやられるとは。指揮補佐を隊長から命じられた時点で今回は少し自重すべきだったか……やはり精進と気合が足りなかったのか、村に帰ったらまた特訓のしなおしだな。


「隊長っ!しっかり!?」

「レッド、急いでっ!」

「わーってるっ!隊長さんよぉそー簡単に死なせねぇぞ!!」

「村のやつらとイスル指令呼んで来い! あーいや村の奴らにはオレが行く!」


 た、隊長!?隊長に何が起こったのだっ!!ええい寝ている場合ではない、いったい何が起こったというのだ!


「わ!ま、まだセイレーネさんは寝てないとだめですってばっ!!」

「止めるな、隊長が、隊長がっ!」

「あなただって重症なんですっ!歩けなくなってもいいんですか!!」

「ぐ……くそっ!」

 
 クソっ……あの時あの敵兵に腰を切りつけられなければ。医者が言うには全治二ヶ月だというではないか、二ヶ月も隊長の力になれないのか、また私は置いて行かれるのか……
 この村に来てから、私は一番になるために努力を重ねた、でも
 
 武を極めようとしても私はゲデヒトニスに勝てない。
 知を極めようとしてもカザネには勝てない。
 女としての技術を極めようとしてもカルディナには勝てない。

 せめて今回隊長から任された指揮ぐらいは3人に負けないようにと努力したが結果がこのざまだ……隊長に嫌われないだろうか、もういらないと言われないだろうか、もう捨てられるのは嫌だ……


「心肺停止っ!!」

「隊長!?隊長!?」

「ばかやろうっ!こんなところで勝手にくたばってんじゃねぇぞ!!」

「『しんぞうまっさーじ』だ、早くっ!!」


 心肺停止だと、隊長の医療講義にあった「死ぬ一歩手前」の状態ではないかっ!
 どうして……私はただ横になっていることだけしかどうしてできないんだっ……!!


「もう一人重傷者ですっ!」

「そっちは私が診る、レッドは隊長の治療を」

「おうよっ、たくっ!帰って来いっ!死ぬんじゃないよっ!!」


 結局私はただ己の無力さを嘆いて泣くことしかできなかった……。




ラリア近郊の戦い

勝利 サーレオン・ノルドール連合軍


投入兵力

帝国軍       1080人(うち300は戦場未到着)
サーレオン軍    650人
イスルランディア軍 140人


損害

帝国軍       600人(追撃戦における死傷者と捕虜と降伏部隊を含む)
サーレオン軍    300人(誤射による軽装歩兵隊の損害を含む)
イスルランディア軍 10人 (和樹隊8人、弓騎兵隊2人)




[12769] 21馬力目「一番いらない主人公属性」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:14
前回のあらすじ

・なんとか、勝った?

・セイレーネ重症

・いつもの死亡フラグ




<和樹視点>


 あ、あれ?なんだここ。目を開けたら俺の実家の部屋じゃないか……父に母どっちもいるし、窓から外を見ればなつかしのおらが~はったけ~じゃないか。
 都会に出てからずいぶんとそういえば土いじりしてなかったなぁ。



───カ……キ


 ん? なんだ今の声、せっかく目の前に久しぶりにそろう家族と豪華な食事があるのに……



───カ……ズ……た……ちょ……


 ああ、そういうことね。なるほど、だんだん把握してきたぞ。ようするこれ走馬灯なんだろう、死ぬには残念ながら早い気がするけど、このペンドール大陸で一般人の俺がここまで生きてこれたんだ……もう十分だろ……


───カズキっ! 隊長っ!!


 ……俺のバカヤロウ、何が十分だ。まだ迷惑ばっかかけて借りばっかり作って、勝手に死んでられるか!



「カズキっ!!」

「隊長っ!!」




 こっちの世界に来て慣れ親しんだ声に目を覚ました俺の視界に入ったのは……よし、まずはあれやるか。


「……知らない天井だ」

「ばかっ!心配したんですからっ!!」

「アタイの腕に感謝するんだね……無事で何よりだよ」

「カズキは戦場に出ると何時もこうですね……そしていつも通りの発言、ありがとうございます」

「隊長、痛くない?大丈夫?」

「隊長……うぅー僕隊長が死ぬかもしれないって聞いて本当に心配だったんですよーー!!」

「……よかった、心配した」

「お前はほんとかわらねぇなぁ」


 ボケに突っ込んでくれたのはレスリーさんとニグンさんだけか。なにはともあれ……かなり心配かけちゃったなぁ。
 さっきから手があったかいのは……セニアさんが両手で俺の右手を握り締めてくれてるよ。しまった、無事なセニアさん見たらガチで涙が出てきちまった。


「セニアさん、無事で……よかった」

「人の心配をする前に自分の体を労わってくださいっ! 出血がひどくて危ないところだったんですよ!!」

「うん……てうげふぅ!?」

───ムギュ


 こ、このすばらしきいい匂いとこのふくよかな感触は、その、もしかすると。抱きしめられてる?

 えっ? えええっ!? なんで!?


「……一人にしないで」

「うん」

「……無茶しないで」

「うん」

「……ずっとそばに居て」

「うん」

「もう……離さない」

「うん」


 そのままセニアさんは俺のことをずっと抱きしめていました。家族にこんな心配かけてしまったなんて、というか前回の約束守れなかったなぁ……本当にごめんよ。





<その他の皆様>

(これは……ノルドールと人間の愛ですか)

(……砂糖を吐くというのはこのこと)

(わーわー!セニアさん大胆すぎますってばっ!!)

(隊長気がついて、ない?)

(あちゃー鈍感だけはアタイでも治せないわ)

(だめだ、ニヤけが止まらねぇ)


「あ、そういえば重症って言ってたセイレーネは!?」

「ん、正直戦線復帰まで長ければ半年かかるかもしれないね」


(女性に抱きつかれておきながら他の女性の話をするべきではないと思うのですが……)

(……空気が読めてない)

(ぼ、僕も積極的に隊長にきゅ、きゅうあ、ああわわ僕は何を考えてっ!!??)

(二股、前提?)

(バカ、そういうのは後で聞くもんだ……ま、部下思いなのがこいつのいいとこなんだけどさ)

(だからなんでこいつばっかりモテるんだ? まぁいっつも体張ってるからなぁ。まぁ、今回は許してやろうじゃないか)


「今度見舞いにいてでででででっ!」

「カズキは寝ていないとだめですっ!!」

「あたたー……了解……」


((((ごゆっくり……))))







<和樹視点>

 セニアさんの家族愛あふれる抱擁によってベホイミを受けたがごとく気分だけ完全復活した俺は、セニアさんから具体的に俺がどうなったか聞いてみました。

・心肺停止

・出血多量

・つきゆび

 うーん、つきゆびなんて実に俺らしい。出血多量で心肺停止とか死亡フラグもいいところじゃないか、よく助かったな俺。
 まてよ、心肺停止になったら『人工呼吸』と『心臓マッサージ』をしろと教えたはず……俺の趣味で現代医術は村の人には女性にしか教えてないから(女医ってなんでこんなに響きがエロいんだ)、も、もしかすると、き、きききゲフンゲフンいや落ち着け俺、医療行為で行われたことを気にしたらしてくれた人に非常に失礼だろう俺。俺自重、素数を数えるんだ……1、2、3って違う!


「ん……みゅぅ……」


 んなっ!?抱きついたまま寝てるセニアさんの寝息があばばばばばばばばば!!萌え死ぬっ!もう無理、萌え死ぬっ!!


「うぅん……カズ、キ……くー」


 も……だめ……ぴょこぴょこ動く、耳が、寝言が、俺の、心を、ウワァアアアアアアア-----!!!


「カズキ、意識が戻ったと聞いたが……無事だった……か……」

「あ、兄上様!?」

「……」


 オワタ、兄上様に見られた。いや俺の症状とか具体的に戦いの後丸々一日寝てたとかずっと心配だったから手を握り続けてくれてたとかいろいろありましてね、それでその疲れからかセニアさんはいまちょっとここでつい寝てしまっているだけでしてね!?」


「……そのまま寝せておいてやれ。そうだ、現状の軍事方面での報告を聞くか?」

「あ、はぃい!」

「……む?」


 あ、れ?兄上様いつもだったら「セニアに手を出すなニンゲンーーーーー!!」って切りかかってくるのかと思ったのですが、いやさすがに負傷者に対してそんなことはしないか。


「まあいい。前回の戦いの結果は帝国の損害は『85ぱーせんと』ほどだ、ほぼ殲滅できたといっていいだろう」

「包囲は成功したんですね」

「ま、俺の追撃の効果も多分にあるがな」


 よかった、これで帝国軍を逃してしまっていてはそろそろ再編成が終わっている300の帝国軍に合流されてまた4~500の軍と一会戦するかもしれなかった。セニアさんの話によるとレスリーさんの部隊もうまく敵の背後に回りこんだみたいだったし。


「こちらの損害は?」

「カズキ隊が8人、俺の弓騎兵隊から2人だ。サーレオン側は軽装歩兵のほぼすべてが死傷、もしくは逃亡した」

「となると、サーレオンの損害は300程度ですか」

「まぁそんなとこだ。捨て駒の軽装歩兵が居なくなっただけだと男爵は言っているが、正直かなりつらいだろう。熟練歩兵にも少なくない犠牲は出ているからな」


 まとめると純粋に軍事的に考えれば『ドキッ!パクリだらけのカンナエ(嘘)。殲滅もあるよっ☆』作戦は成功したと考えてもいいだろう、ただしサーレオン軍も漏れなく半数を失って壊滅状態だけど。
 気になるのはずいぶんと追撃した部隊と通せんぼしたレスリーさんの部隊や伏せていた弓兵部隊の損害が少ないことだ。何かあったのかな?


「不思議そうな顔をしているな、損害の少ない理由はお前の予想通りだったからな」

「予想?」

「もう帝国軍の部隊は戦えなかったのだ、兵糧がほとんど底をついていて包囲されたことを知った帝国軍は大部分降伏した」


 そいつは何より。俺の勘だけどリマスクさんは逃げ切ったかな。
 そういえば捕虜どうするんだろう。この世界では捕虜は奴隷商人に売って軍資金とするのが一般的だ、これほど大量の捕虜を買い取れる奴隷商人いるのかねぇ。


「捕虜はどの程度です?」

「捕虜はほぼすべてが軍団兵で数は400、栄養失調などで捕らえるまでもなく今は病院だ。会戦最初の突撃が気力を振り絞った突撃だったんだろう。……まあ、その気力も包囲とバリスタで打ち砕かれたのだろうな」

「城攻めの損害は軽微でも補給がなくすでに形骸化しつつあったわけですね……で、捕虜はどうするんです?」

「うむ、敵のジャスタス総督は自分と護衛数名が逃げるために武器をとって最後まで戦っていた味方の兵士を逃亡の邪魔だといって切り捨て逃亡した」

「そいつはまた……裏切り者が出ても文句は言えませんね帝国は」


 なんともまあ悪役みたいなことする司令官がいたものだ、味方を大事にしないと必ず負けるんだぞって男爵もか。
 しかしそうなると最後まで戦っていた帝国兵を中心にジャスタスへの復讐心というかなんというかいろいろすごいことになってそうだな、食べるものも無い状態で戦わせてその上で味方が切り捨てられたとあっちゃ捕虜達の大半は開放しても復帰しないんじゃないかなぁ。


「そういうわけでだ、実際に最後まで指揮をしていたホルスという男が切り殺された部下の敵討ちがしたいと言って寝返ってくれたぞ、数は現時点で100だが怪我の治療が終わればもっと数は増えるだろう。」

「あまり信用はできませんが、それでも味方が増えるのはありがたいですね。男爵ならまちがいなく「最初の突撃に使え」って言いそうですけど」

「ふん、違いない」


 はてさてこの戦争、どこまで続くのかなぁ……一般人な俺としては、統一とか覇権とかとなんて求めちゃいないから早く平和になってくれ。

 この世界に来て、平和の尊さをヒシヒシと感じたよ……




あとがき

カズキは主人公属性「鈍感」を手に入れた



[12769] 22馬力目「年貢の納め時」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:14
前回のあらすじ

・家族愛

・親愛

・恋愛っ!?(マテ

※痛々しいイチャコラネタがあるので、苦手な人はブラウザバックか次に飛んでいただければ……



<和樹視点>

 さて、ラリア近郊の戦いから早くも一週間がたちました。帝国の残存兵力はノルドールの森に近いシールドストーム城に引き返してとりあえずは小康状態といったところでしょうか、サーレオン東部軍(男爵軍を中心とする)も戦力の半数近くを失ったりしたので逆侵攻とか無理だそうです。

 うちのイスルランディア軍はそこまで被害甚大ではないにしろ、正直そろそろ限界です。職業軍人でない村民をここ最近連続して戦場に出してるわけだしね。
 しかしまぁこの一週間いろいろありましたよ。箇条書きするとこんな感じ。


・最近セニアさんがいっつもそばにいてくれる。食事のときあーんしてくれるのマジ最高

・最近セニアさんが特に理由もなく指を絡ませてくる、マジ最高

・最近兄上様が、セニアさんと俺が一緒にいるとよく苦笑いしている

・最近ゲデヒトニスが……


 まて、冷静に考えてみたらいくらなんでもセニアさん俺にべったりしすぎてないか?これはもしかするともしかするのか!?
 KOOLになれ、いやいやCOOLだよいやそんなことじゃなくて現実世界で全くその手の縁がなかった俺がひょっとするとひょっとするのか、いやきっとこれは孔明の罠なのかいやそうじゃなくて……


「何をやっとるんじゃカズキ?」

「あ、ノヴォ村長」

「さっきから百面相での、柄にもなく何を悩んどるのかのー」


 かっかっかと笑ってお茶を飲むノヴォ村長。ただいま各村の代表者がノヴォ村長の村(特に名前がないので)に集まって今後の対策会議をしております、久しぶりの自分のベットはいいね、ノルドールの生み出した文化の極みだよ。


「ノヴォ村長、以前『フラグ』って話しました?」

「ん、教えてもらったでの」

「すいません、聞きたいのですが、自分『恋愛フラグ』来てますか?」

「……!?ゴフッゴフッ!」


 あ、あれ?村長が飲んでたお茶噴出してむせ始めた……まさか俺調子に乗って舞い上がっていたのかっ!?恥ずかしいので穴をほって埋まってますー!!今セニアさんに脳内で告白したら「それはちょっと……」って言われた。うん、やっぱりそんなことはないさ。


「……カズキ」

「俺のライフはもう0です……なんです」

「アホ」

「なんですと!?」

「鈍感」

「えっ」

「さっさとすることせい」

「ちょっ」

「セニアを呼んでくるでの」

「はっ?」

「……大丈夫じゃろうか」


 そういうとノヴォ村長はため息をつきながらセニアさんを呼びに行きました。しかしなんでまた?
 あれ、そういえばなすて村長はセニアさんをよんでくるとですか?俺セニアさんになにかしましたか……そうか、この前あーんしてもらったとき谷間に目が行ってたのがばれたのか、ならばジャンピング土下座をってこの右足じゃ無理か。


───コンコン

「カズキ、居ますか?」

「早っ!?」

「えっ? あの、えっと、入りますよ?」


 ノヴォ村長これはいくらなんでも早すぎはしませんか、出て行って10秒前後でノックが聞こえたのですが。
 いやまぁわかってますよ、俺も一週間前の返事をずっとしないでこうしてグダグダしてたのでさすがに村長も気がついてしまったか。
 ……あわわ、思い出すだけで多分顔真っ赤。と、とりあえずこ、こっここまでお膳立てされれば俺も男だ! 当たって砕けろ!!


「セニアさんっ!!」

「ひゃい!?」

「率直に申し上げます! 結婚してください!!」

「……」


 ゴフッ!セニアさんが止まった、ザ・ワールドばりに今世界は停止している…俺もしかするとやっちまった?
 振られる前は仲良かったのに振られた後会話が成立しなくなるパターンですか。どうしよう、セニアさんに嫌われたら生きてけない……
 
 というかなんでいきなり結婚の申し込みしてるんだ! まず付き合って下さいからだろ!! あぁ、あぁあぁああああああああああ


「あ、あのーセニアさん」

「……グスッ」

「ちょえな、なんで泣くの!?」


 あわわ!また泣かせちゃったよ、やっぱり俺みたいな「ニンゲン」は嫌だったか……いやいや俺みたいな男そのものが酸素の無駄遣いですよ。ふっ、所詮数百年生きるノルドールに惚れた百年も生きられない人間の淡い恋だったんだよ。


「カズキ……私……」


 後生です、セニアさんこれ以上俺を刺激しないで……俺のガラスハートが壊れちゃふべらっ!?










<セニア視点>

 ラリア近郊の戦いから一週間。カズキの寝顔を見て幸せな気分になった後寝るのが日課になってきてしまった私は、カズキの寝ているノヴォ村長の家の前にやってきました。あの本当に安心した表情で眠る姿はもう……だめです、きっとこのまま考えてしまっていてはまた顔が緩んでしまいます!


「……何時もの時間に本当に来るとはのぅ、さっきのことも似たもの同士かの」

「そ、村長いつのまに?」

「まぁいいじゃろ、今日はイスルとわしですこし話し合いをしてくるでの。家を空けるから防犯のために泊まっていってもかまわんでのー」

「は、はぁ」

「それではじゃ……『しーきゅーしきゅーこれより作戦を開始する』ようでの」

「え?」

「なんでもないでの~」


 な、何だったのでしょうか。とにかくい、今は……いや今夜は、カズキと、そ、その……二人っき、きりですね。こ、これは先週の告白の答えを聞けるのでしょうか、いやおそらくカズキのことです。今の今まで結構わかり易い攻勢に出ていたつもりでしたがそれすら気がつかず、好きだといくら言っても家族だからねと返してくるのが目に見えています。もう……私から夜這いをするしかって何を考えているのですか!
 と、とにかく家の前で立っているだけでは怪しまれますね。家には寝ているカズキしかいませんがノックして、おじゃまします。できるだけ平静を保っていつも通りに。


「カズキ、居ますか?」

「早っ!?」


 早いとは何のことでしょうか?時間はいつも通り……まってください、なぜいつもは寝ているはずのカズキが起きているのでしょうか?も、もしかして実は寝顔を見に来るのが知られていたのですか!?うぅ……穴を掘って埋まりたいというのはこのことなのですね。


「セニアさんっ!!」

「ひゃい!?」


 びっくりしました、と、突然どうしたというのですか!あ、あれ……カズキの目がとても真剣です。まさか……これはもしかするともしかするのでしょうか、でもノルドールの私を「家族」という補正を抜いた上で好きで居てくれるのでしょうか……私の告白ももしかすると気がついていないのかもしれませんし。でもカズキの視線は……あ、そ、そんなに見つめられたら私……



「率直に申し上げます! 結婚してください!!」

「えっ?」


 ……な、と、突然……何を……そんな、私、嘘じゃ、ない……


「あのーセニアさん?」


 わかってます、返事をしなければいけませんよね……本で読んだことは本当だったようです、うれしくても……涙が……出るのですね……カズキには言葉よりも行動で示さないとだめだ、とレスリーさんが言っていました、私はあなたにあなたの世界でもっとも大切なものの一つを捧げましょう。


「カズキ……私はっ……」


 そうして私は寝床から無理に立ち上がっていたカズキに『ふぁーすときす』を捧げました。







<和樹視点>

 え、こ、この柔らかい感触は……えっ、ま、まさかそんな? なんと!?


「これが……私の、答えです。ふふふ、『ふぁーすときす』なんですよ?」

「え、えと、お、俺、そ、そのっ!?」

「一週間前に言ったじゃないですか、ずっとそばに居てって……」

「て、てっきり家族としてだと、お、おもってっ!?」


 んな!?に、二回目のキスだとっ!?やばい、理性がボロボロと崩れていく。頭がフットーしてしまってまともに思考が働かない、もしかするともしかしたじゃないか!女神アストラエラ様ばんざーい!こっちの世界の神様にばんざーい!!


「ふふふ、安心してください。『らいく』ではなくて『らぶ』ですよ?」

「え、えと。俺この世界に飛ばされた時はどう生きていいかわからなかったし、こんな殺伐とした世界なんかからとっとと元の世界に帰りたいとも思ってた」

「はい……」

「でも、セニアさんと一緒に居られるなら……俺の居場所はここだよ」

「もう、セニアさんじゃなくてセニアで……いいんですよ?それに今日は誰も帰って来ないそうですし……」


 おわっ、抱きつかれて俺はバランスを崩してベットに逆戻り……セニアさ、もといセニア。なぜにマウントポジションを取っているのですか?これは期待しちゃいますよ、男はすべからく狼にトランスフォームしちゃうんですよ?
 欲望とのシンクロ率400%で暴走警報緊急停止命令受け付けませんよ!?直で言っちゃうなら襲っちゃいますよって今まさに襲われとりますがな……セニアが猛禽類の目だっ、妖艶としか表現できないお姿だっ、か、肩からふ、服がすこしずれててむ、胸がっ!こりゃ食われるよ……よろしい、ならば食らうがいい。むしろ大歓迎だっ!!


「じゃ、じゃあ……セニア」

「はい……あなた……」


 そしてセニアは俺のズボンのベルトに手を───





───ゴトッ


「ひゃぁ!?」

「何やつ!?」


 わっ、セニアの耳がこうピーンと、ピーンと、尻尾があったらきっとピーンとなってるよ、やばい俺耳フェチになったかもしれん。というかいったい誰だ、せっかく俺が大人の階段を登ろうとしたときに!







<ノヴォ村長の家の外>



「これが……私の、答えです。ふふふ、『ふぁーすときす』なんですよ?」


───イチャイチャ




「ヒソヒソ(若いのぅ)」

「ヒソヒソ(ぐ、か、カズキなら仕方がない、ゆ、許してやる)」

「ヒソヒソ?(やっと成就?)」

「ヒソヒソッ!?(く、くくく口付けだなんて、ぼ、僕だってって僕は何をっ!?)」

「ヒソヒソ……ブフゥーー!?(これは・・・怪我の体を押して見に来たかいがあった。夜二人っきりで愛を語り合う……ぶふぅーー!?)」

「ヒソヒソ(見事な攻勢です、相手に反応をさせずに一気に決めるカズキの世界の『でんげきせん』は恋でも有効なのですね)」




「でも、セニアさんと一緒に居られるなら……俺の居場所はここだよ」

───イチャイチャ






「ヒソヒソ(さて、そろそろお邪魔虫は逃げるでの)」

「ヒソヒソ……(こ、今夜だけは先週の功績に免じて見逃してやる……)」

「ヒソヒソ?(告白してすぐ合体?)」

「ヒソヒソ……!?(ぼ、僕は別に隊長の一番でなくても……って何を考えて!?)」

「ヒ……ヒソヒ……(血が……たり……ん)」

「ヒ、ヒソヒソ!?(ちょ、ちょっとセイレーネ!?)」


───ゴトッ


「ひゃぁ!?」

「何やつ!?」


「「「「「「(ばれた……)」」」」」」






あとがき

また今回の話を書く参考までに両親に愛をささやいてもらいました。砂糖を吐きました。恋愛したいです。ちきしょーーー!!

追記
三点リーダーに関してはウィキペからもってきました。これで大丈夫なはず……



[12769] 23馬力目「ザルカー討伐」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:15
前回のあらすじ

・ひょ?

・うひょ?

・ホアァアアアアアーー!!


<和樹視点>

 物音がしたのでついつい「何やつ!?」と叫んでしまった、どこの殿様ですか俺。というかちょ、おま、何でみんなぞろぞろ家に入ってくんのさ!?というかみんないるし、なにこれさっきまでの全部丸聞こえですかそうですか……やばい、死にたい。そうだ、樹海行こう。


「すまんのう、忘れ物を思い出して来てみたら……のう?」

「えと、村長の護衛?」

「俺は時間が惜しいから移動しながら喋っていただけだ、だけだったらだけだっ!」

「……知的探究心」

「私はカザネに付いて来ただけですが……とりあえずセイレーネを何とかしませんと。はい、下を向いてください」

「へへっ、男女が、夜に、ふへへっ」

「た、隊長とセニアさんはは、早くその、えっとっ!!」

「「あ……」」


 いかん、ベットの上でいまだにセニアにマウントポジションとられたまんまだった。おいまてよ、このほとばしる憤りはどうすればいいんだ、処理せんと大変なことになるぞ。ってその前にまず露出がいつもより多めなセニアをなんとかせんと。


「あ、えっと、これでも着てくださいな」

「あ、ありがとう……」


 とりあえず上着をかけてやる……まて、一斉に顔をそむけんでくれ、俺だって恥ずかしいんだ。
 ああ、でもちょっと涙をためて上目遣いでこっちに照れ隠しの笑顔を向けるセニア……萌え死ぬ、おそらく付き合い始めたらガチで萌え死ぬ。


「それでは失礼しました、セイレーネの応急処置が終わったので私達は去ります」

「ご、ごゆっくり?」


 そこの男達ーー!なんか発言してくれ、空気がヤバイって俺やばいってもうあっぷあっぷだって!!セニア、立ち上がろうとしたからって服引っ張らないで、その仕草でもう俺死ねるから。



「「「「「……ごゆっくり」」」」」」


 ちょ、おまえたちーーーーっ!? 


「ちょっと待った、この空気どうすればいいんだよっ!?」

「ふふふ、アナタニハワタシマセンヨ……」

「ん、なんか言った?」

「いえいえ、なんでもありませんよ?」


 一瞬女王様モードの片鱗が見えた気がしたけど気のせいだ、わ、ちょ、いきなりせっきょくてきであわはぁーー!?


















───数日後


「ここに、カトウ・カズキとセニアを婚約者として認めることを宣言するでの」

「おめでとうございます『カトウ・セニア』さん」

「この風習、好きかも?」

「……僕だって僕だってボクダッテ」

「落ち着け私、気合で耐えるのだ……よし、大丈夫」

「いやーやっと手を出したかー。アタイはいつくっつくかわかんなくてやきもきしてしかたなかったんだよ」

「オレにとっちゃ弟分と妹分みたいなもんだからなぁ。すっげー複雑だ」


 あれから数日後、村人総出で俺とセニアの婚約披露宴ですよ。まさか兄上様が認めてくれるなんて驚きだよ、「お前にしかセニアは任せられん」とか言ってくれた時は本気で涙でましたよ。ちなみに結婚じゃなくて婚約なのはエルフであるノルドールの決まりだそうです。

 なんでも百年も生きない人間と数百年生きるノルドールが結婚してしまうと、伴侶となった人間が死んでしまった後宗教的な意味で再婚できなくなって残されたノルドールがあまりにかわいそうだからだそうな。つまり以前にもいたんですね、人間に恋したノルドールって。


「ま、わしのことじゃがの?」

「な、なぜ思考が読み取れたんですか!?」

「かっかっか、伊達に年をとってないでの」

「し、失礼ですがちなみにおいくつで?」

「……千年はいっとらんから安心するでのー」


 いったい千才以下で何を安心すればいいんだ……あ、寿命か。ようするに十倍以上生きるわけだ、犬の一生と人の一生ほどの差はないけどいいなぁ、長生きできて。にしてもノヴォ村長にらぶろまんす(笑)か……想像つかない。


「まあ、今日は無礼講だ。カズキも飲むといい」

「了解です兄上様」

「俺にも「様」などつけるな。不自然だろう」

「いえいえ、「兄上」よりも「兄上様」と呼びたいんですよ、尊敬の気持ちを込めて」

「むぅ……ならば仕方ない、許す」


 兄上様もずいぶんと丸くなったなぁ、始めて会った時のもう人間嫌いがすっかりないかな。今ではレスリーさんや四人娘達を見ても何にも言わないしね、むしろ彼女らにぶーたれる別の村のノルドールをしかってるところを見たこともあるし。


「もう……あなた、私のことを忘れてませんか?」

「ごめんごめん、でもセニアを忘れることなんてあるはずないじゃないか」

「ふふふ、もう「カズキ」のいじわるっ」

「うーん、やっぱり人前では「カズキ」のほうがいいかな」

「どうして?」

「セニアの「あなた」って言葉は二人っきりの時にとっておきたいからかな?」

「もう……わかりましたカズキ」



───イチャイチャ



「……塩分大目の食事を出していて正解での」

「まったくだ……お、これうまいなもぐもぐ」


 おっとっと、いかんいかん。兄上様は相変わらず食い物に目が無い様で、アニメでよく見る骨付き肉を一人で食べるなんてそうそうできませんよ。今度村で大食い大会を開いてみるのもいいかもしれないね……見てるだけで胃もたれしそうだ。


「なんだっけ、カズキ隊長の世界だと『あまぁーい』って言うんだっけか」

「私もあの人が生きていれば……私はまだ引きずりますか、仕方がありませんね」

「やばいねぇ、このお茶が砂糖たっぷりに感じるよ」

「ねえねえカザネカザネ、僕も───」

「……重婚は不可」

「重婚だと……三人で、くんずほぐれ……はふぅ……」

「浮気相手候補、多数?」


 ……なにやら物騒な話をしているような、とりあえずスルーしとけって気がするのでスルーしましょう、うん。


 ドンちゃん騒ぎしながらこのまま俺達はノヴォ村長の村で宴会を夜遅くまで楽しみました。


















───1ヵ月後


「そこには元気に走り回るセイレーネの姿がっ!?」

「何を言っているんですか?」

「ごめん、無性に言いたくなった」


 セニアといちゃいちゃ生活を始めて早いもので一月がたちました。俺の右足も治ったしセイレーネの傷も治った(?)ことでイスルランディア軍はほぼ戦力を回復したといっていいでしょう、他の負傷兵達も治ったしね。さすがはレッドさんとノルドールが誇る医療団だ。


「隊長っ!これでまた隊長の剣となって戦えます!!」

「うん、期待してるよ」

「ぼ、僕だって隊長の騎士ですっ!!」

「ゲデヒトニスが護衛騎士なら戦場でも安心だよ」

「また、悪化?」

「……あの時は奇跡的に敏感だった」

「そう言ってやるな娘っ子たち。カズキ隊長がそんなイイオトコだったら娘っ子達も困るだろう?」

「僕はそれはそれで……」

「いい、かも?」

「……だめだこりゃ」


 ただいま目の前ではセイレーネがリハビリを兼ねて訓練中なのだが、再編成された俺の部隊の騎乗部隊の一人をぶったおしたところです。……おまえ本当に一月寝てたのか? どう考えても絶好調です本当にありがとうございました。


「そろそろ……私がいなくてもいいですね」

「え、レスリーさんどこかに行ってしまうんですか?」

「ええ、ごめんなさいセニアさん。私は家族の敵を討ちに行きたいのですよ」

「ああ、あいつか……」

「「ザルカー」」


 ザルカー……そうか、あれから一月レスリーさんは俺の回復を待っててくれたんだ。本当は早く自分の軍閥を作り直して戦いたかっただろうに、ずいぶんと待たせてしまった。

 そう、あの戦いの後俺達が村で一月ほど再編成と休息をとっている間に、帝国とサーレオンの戦争は終わりました。
 
 結果はサーレオンの勝利という形に落ち着いたご様子。帝国側は大兵力を東部に向けてたせいで西部で行われたサーレオン軍との決戦に戦力差が響いて大敗したらしくそのまま国境線からずるずる押し込まれ、結局城を2つ近く落とされて講和に踏み切ったという。講和条件として現在の戦線を国境線とすることと賠償金で決着が付いたそうだ、サーレオン側の得たものは城二つに大規模な村二つ。
 
 ちなみに東部で大活躍した男爵には新しい封土と報奨金がでたそうで、男爵は協力のお礼として報奨金の大半とサーレオン側の勢力圏だった聖なる森の北部分を事実上ノルドールに管理権を預けてくれるそうです。書類上はサーレオン王国の領土だけども、実効支配がノルドールってことだね。

 ちょうど新しい封土がそこだったそうでこちらとしてもうれしいことなんだけど……まぁどう考えても森の北にはヤツ族がいる草原があるわけで、正直ヤツ族の討伐と治安維持が面倒くさいからあげちゃえってことなんだろうな……あの腹黒男爵め。
 あと残念ながらサーレオンとの同盟はできませんでした……交易は大々的に行われるみたいだけどね。

 主君に邪魔だと部下を切り殺されたホルスさんたちですが、見事シールドストーム城から兵力の少ないままうかつに出てきたジャスタス総督を野戦で討ち取ったそうです。現在は「敵は討ったから恩を返す」とのことで、いまだにレッド団や夜盗に背教騎士団が出没するラリア~ノヴォルディア間の護衛を警備を行っています。

 ノヴォ村長の村はノルドールの主要都市として各地に散らばっていたり捕虜になっていたノルドールがサーレオンや帝国と講和したことにより戻ってきたりしていつのまにか成長しました。人口も500人を超えたし、名前がないと困るだろうということで村人の『投票』によりノヴォ村長の治める土地として「ノヴォルディア」となりました。ペンドール大陸で唯一の上水道完備、人間族とノルドールが平和的に共存するまさに新世界です。

 下水は公衆便所を作って対応してます、これもお金がたまったら改善しないとなぁ。台所から出る汚水はまだ対応させてないんだよね……この世界にいろいろ求めすぎかもしれないけど。

 M&BはM2TWとかとちがって衛生概念はゲーム上で反映されなかったけれども、ここは現実。当然人口が増えれば衛生問題や治安の問題も出てくる。

 兄上様はノルドール連合軍の総司令官、前回の戦いが終わった後、アルウェルニさんは完全に引退して、今はどこかで静かに暮らしているとのこと。第一回連合軍司令官任命会議の時に、今回の一連の戦闘にて指揮をとった兄上様を推挙してくださり、実質ほかの村からの反対や不満の声も強い中連合軍が結成されたのはアルウェルニさんのおかげのようだ。怪我をしていてしばらく会えていないが、やっぱり足の怪我に戦場の空気が悪くさせたのかな……
 あと、連合軍といっても主力のイスルランディア軍と3つの国境警備隊しか保持してないんだけどね。
 セニアは本の虫だった経験を生かして財務大臣と総務大臣を兼任したような内相というポストについてお仕事、おかげで男爵から貰ったお金や税金を無駄なく使えます。
 
 ちなみに各村がそれぞれ国のように独立して統治しながらも、軍事力のみは連合軍として一本化しています。どうやらほかの村の村長や貴族の皆さんはこっちに兵力預けていれば維持費がなくなるのにメリットを感じたようですな。

 俺は情報処理技術者を目指してた経験を生かして、大雑把だったりまとまってない情報を論理的にまとめてかつ、兄上様にわかりやすいようにまとめる作業を行っています。QC7つ道具とか実際こういう場で使うと便利だね。
 エクセルとワードとパワーボインとの三種の神器が欲しい今日このごろです。

 一応俺の役職というか立ち居地は兄上様の副官かセニアの秘書のはずなのに「わからないことがあったらカズキ殿に聞け」というノリができてしまって、いつのまにか周りから見てずいぶんと偉い立場についています。最近はだいぶ慣れてきたけどね。

 俺の作る行政や組織の新人に対する『マニュアル』はだいぶ好評のようでなにより。無料でこういった手引きが読めるのは新しい役人や新人にはありがたいらしい、中身は現実世界のビジネス検定対策本みたいなものなのですかねー。

 さてさて、世間では首都として扱われているせいかノヴォルディア国とか間違って言われ始めたノルドール連合ですがだいぶ落ち着いてきたところです。最高意思決定機関は今まで各村で行っていた行政を各村長の協議会によって決定する方式になってます、アラブ首長国連邦や国連安保理みたいですねわかります。

 この協議会の議長は、対帝国との戦いで主導となったノヴォ村長となっています。まぁ一部の村は人間が住んでいるノヴォルディアを快く思わない人もいるけど、少しずつ意識を変えていくしかないと思ってる。なによりもまずは人間とノルドールの信頼関係の構築から始めないと。

 そしてその協議会で出てきた話が最近北の森(以後北領)でヤツ族の軍閥が略奪のかぎりを尽くしているという報告。そしてその軍閥の名前がレスリーさんの敵討ちの相手であるザルカー率いる「ザルカー軍閥」という話。

 正直北に管轄地が増えたのでヤツ族との国境紛争が増えてきている、しかもヤツにとっての南の草原は「ザルカー軍閥」が事実上支配しているのでこれまたレスリーさんが反応するわけです。


「レスリーさん、ザルカーの兵力はわかりました?」

「おそらく600ほどかと思います、兵力の大半は家族を人質に取られたりザルカーの恐怖で無理やり戦わされているようですので、実質ザルカー軍閥の正規兵は200ほどですね。私に任せていただければ600のうち150ほどは切り崩せるはずです」


 憎しみとかいろんな想いが詰まっているであろう表情で答えるレスリーさん。でもやっぱりいつもと比べてここ最近落ち着きがないというかレスリーさんのあの冷静さが足りないような気がする。いつもならこんなに意見を押し出してくる人じゃないしね……復讐に人生をささげるとも思えないけど心配で仕方がない。


「カズキ、男爵からの連絡によりますとサーレオン側でもザルカー軍閥に手を焼いていたらしく、近々討伐軍を派遣するようです」

「それではサーレオン側と協力して兵を出せないか検討してもらえないでしょうか……カズキ、軍は出せますか?」

「正直帝国がまだ心配だからあまり大規模には派遣できないです、徴兵なんてしたら今回の戦いに参加した人からせっかく村に戻ったのにってことで士気やノヴォルディアの信頼にもかかわってきますし。常備軍のほとんどは国境警備隊とイスルランディア軍ですから、もし出すとしても出せるのは兄上様のところから100ちょっとでしょうね」

「くっ……」


 レスリーさんにザルカー軍閥の戦力を450まで切り崩してもらったら、ノルドール連合北領の治安維持を名目として男爵とまた一緒に戦うことになりそうだ……あんまりというか戦争はしたくないんだけど仕方がない。実際にノルドールにも被害は出てるんだ、もはや見過ごせるレベルじゃない。
 100年の戦争より一年の平和が勝るっていうのは本当なんだなぁ……。



 でもさ、今俺見過ごせないとか戦争したくないとか思ってるけどさ……なんか俺、最近どうしたんだろう。よくわかんないけど言葉にはできないというかいらいらするというかなんと言うか……ああもう、考えてもしょうがないか。








あとがき

対帝国編は終わって今回からレスリーさんの敵討ちが中心となるザルカー討伐編となります。


12/28
ザルカー討伐編を一旦削除して書き直しします。なんというか見直したりすると自分で書いたのに納得がいかないもので……前回次で最終回と言ってごめんなさい。



[12769] 24馬力目「姉妹」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:15
前回のあらすじ

・年貢納めました

・ノヴォ村長の村は町に進化したっ!

・なんだろ、よーわからん気持ち



<カルディナ視点>

 ラリアの戦いから一ヶ月、最近レスリー姉さんはよく盾と剣を眺めて一人で物思いにふけることが多くなりました。
 そして昨日、鍛錬場でレスリー姉さんがどこかに行ってしまうと言っていたのでとっても心配でした。
 血は繋がってないけど私の大切な姉さん、一人でどこかになんて行かせない。一緒じゃないといや……







 私達姉妹の始まりは7年前、私がヤツ族にさらわれた事から始まりました。
 Dシャア朝のある村で育った私は、とある事情で6年前ラリアに住んでいる親戚に会いに行きました。理由は食い扶持を減らすため、貧しい農村では悲しいですがよくあることです。
 売春宿に売り飛ばさなかっただけでも両親は私を愛していたのだと今は思っています。

 あとは典型的なお話です。私を預かった親戚は私を邪魔者扱いしていつも重労働させました、それでも寝るところと食事があったので街の孤児たちのように盗みをしたりすることもなくそこで必死に数ヶ月働きました。

 そのころです、親戚が私を奴隷商人に売りさばこうとしていたのは。偶然にも親戚と奴隷商人が私の値段を相談していた所を盗み聞きしてしまい、売られるという恐怖感から私は寒い冬の街からひたすら裸足で逃げました。

 どれほど走ったでしょうか、疲れてもう動けない私をヤツ族の一人が見つけたのです。


「おい、俺の言ってることがわかるか」

「は、はい……」

「ヤツの言葉を覚えさせれば通訳には使えるか……よし、お前は俺のものだ」

「え?」


 そのまま私は布袋に入れられると、ヤツ族に担がれて見事親戚に奴隷として売られる所から逃げ出したのです。
 ですが私にとってヤツ族での生活は素敵な思い出とはいえません。ただひたすら「通訳」するための道具として一日中ヤツ族の言葉を覚えさせられました。
 授業中に間違えるものなら容赦なく殴られましたしご飯も減らされました。


「これは?」

「ヤツ語でシミ、ター?」

「で?」

「Dシャア語でサーベ、ル?」

「ペンドール語」

「えと、ソード?」

「まったく……ようやく使えるようになってきやがったか」


 このころからです、私がみんなに喋り方が変だと言われる喋り方になったのは。私の先生となった人の顔色を伺って発言しているうちにこうなってしまいました。
 先生の奥さんは先生と同じく厳しかったけど、それでも時々は哀れんではくれました。親戚に引き取られてからずいぶんと久しぶりに感じる蔑みや侮蔑、嫌悪以外の視線や態度を受けてずいぶんと喜んだものです。

 それから1年がたったのでしょうか、私は人前では感情を一切出さずにただ「通訳」としての機能を果たす道具として多くの死を目にしてきました。秘密を喋れば助けてやると言われ、その秘密を私が聞いて訳して先生に伝えるとすぐに首を落とされることなどいつものことでした。

 基本的にみんなは私を道具として扱ったけど、ヤツ族の人でもいい人は居ました。私に剣術と馬術を教えてくれた……だめ、名前がどうしても思い出せない。
 でもその人は鍛錬の後は何時もご飯をくれたりボロボロになった服で居た私をみかねて服をくれたし、その人の奥さんはその後も服を私の成長に合わせて何時も作ってくれたし、寒い時にはテントに招いてくれて一緒に暖かい物も食べさせてもらった。
 あの人とその奥さんが居なければ私はいったいどうなっていたんだろう?

 そんな生活を続けていた時、私はレスリー姉さんに出会いました。姉さんが所属する部隊が私の居たヤツ族の宿営地を襲撃したのです。
 あっという間に炎に包まれる宿営地、不思議と燃え盛る宿営地を見て悲しいと思いました。どんな環境でも少しは愛着を覚えるようです……悲しいと思ったのはあのやさしくしてくれたヤツの夫婦を思い出したからなのかもしれないけど。


「おいっ!逃げるぞついてこい!!」

「……は、い?」


 燃える宿営地を呆然と眺めていたら、さらわれた時のように無理やり先生の馬の後ろに乗せられ、姉さん達が攻めて来た方向とは逆に逃げました。ですが姉さん達はただの一人も逃がす気がなかったので伏兵を置いて逃げるヤツ族を皆殺しにしていました。
 ここですぐ殺されなかったのは先生が私を守ってくれたから、私が居ないとDシャア語やペンドール語がわからないのでそういう打算もあったと思います。


「子供と一緒に逝けるとは幸せですね?」

「なっ!?」


───ビシャッ

 この逃走劇は逃げ始めてまだ夜が明ける前にレスリー姉さんの声と共に私の体中にあったかい液体が降り注ぐことで終わりました。ちょうど季節は私がさらわれた時と同じ冬、違うのは目の前の先生に首があるかないか。
 騎手を失った馬から放り出されて私は赤い雪原をころがりました。


「ごめんなさい、子供でも容赦しないことにしています……恨むならヤツ族に生まれたことを恨むといいでしょう」

「……ヤツじゃ、ない?」

「え?」

「わ、わたしヤツじゃ、な、い?」


 首筋には剣が触れる感触。周りには姉さんだけで他にはいまだに血を噴出しながら痙攣する先生だったものがあるだけでした。


「ではどこの子なのです、確かにペンドール語が喋れるようですが」

「D、シャア?」

「うまい嘘ですね、たしかにDシャア族とヤツ族は似ていますからわからないでしょう」

「信じなくてもいい……もう、疲れたから、家族いないから、殺してもい、い?」


 正直なところ私は疲れていました、それこそ命がどうなってもいいくらいに。ヤツ族での生活も今夜で終わりました、もうつらい目にあうのは嫌だしいっそこのまま……そういう感情が私を支配していました。


「この男はあなたの家族なのですか?」

「ちが、う?」

「ではあなたの家族が居ないというのは?」

「いらないから捨てられ、た……?」


 レスリー姉さんはとてもつらそうな顔をした後「ごめんなさいね」と言って剣を振り上げた……やっとこのつらかった日々から開放されると思うと死の恐怖よりうれしさがこみ上げてきました。

───ザンッ!

 剣が何かに突き刺さった音と私の顔に風が当たるのが同時に感じました、目を開けるとそこには私の目の前に剣を突き刺したレスリー姉さんの姿が見えました。


「ヤツ族はこれですべて処理しました……さて、迷子のあなたはどうしますか?」

「ま、迷子?」

「そうです、寒くて怖かったでしょう」

「わ、わかんな、い?」

「なら私の妹になりませんか、私も家族が居なくて寂しかったんです」


 こうして私はレスリー姉さんの妹になったのです。












「カルディナ、ちょっといいですか?」

「あぅ、なにか、用?」

「ええ、今後のことについてすこし……」


 どうやら夢を見ていたようです。レスリー姉さんが部屋に来ているなんてぜんぜん気が付きませんでした。


「今後?」

「カルディナ、もしカズキが討伐のために出撃するノルドール軍を指揮しない場合、あなたはカズキと一緒に居なさい」


 どうして、なんで私を置いていくの?どうして付いて行っちゃいけないの?


「どうして、一緒に行、く?」

「……これは、私の問題なんです。多分、私はあいつを目の前にしたらきっと自分を保てないでしょう」

「姉さんはどんな時でも姉さ、ん?」 

「ありがとう、でもそんなやさしいカルディナにはだからこそ怒りに我を忘れた醜い私を見てほしくない……そんな勝手な理由です」


 レスリー姉さんを一人でなんて行かせない……でも、隊長をどんな時でも守るってあの戦いで隊長の前で誓った。
 どっちを選ぶかなんて私にはできない。でも、姉さんは一人で行かせちゃいけない気がする。


「隊長にたの、む?」

「何を頼むのですか?」

「一緒にきても、らう?」

「だめですよ、カズキにはカズキのすべきことがあります。私の復讐に付き合わせてはいけません……これは私の問題なのです」


 姉さん意固地になってる、恨みで冷静さがなくなって回りが目に入らなくなってる。やっぱり一人じゃ行かせられない、私も……隊長も行かないといけない。そうじゃないと姉さん、きっと死んじゃう。


「……夜遅くに失礼しました、伝えたかったのはそれだけです。おやすみなさいカルディナ」

「あぅ……おやすみなさい、姉さ、ん?」


 パタンという音と共に姉さんが見えなくなりました。また明日会えるはずなのに、昨日の姉さんの言葉を聞いてからずっと一度でも姉さんが見えなくなるとそのまま一生会えなくなる不安がしてきます。
 今の私が姉さんにできること……わからない、だれか教えて。隊長、教えて……私どうすればいいの?



[12769] 25馬力目「ゲデヒトニス・ジャケット」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:15
前回のあらすじ
・カルディナの口調

・冷静さダウン中

・移り行く死亡フラグ




<和樹視点>

 昨日の各村長会議によって正式にザルカー軍閥討伐が決定された。日程はバーローシールド城から出撃するヘレワード男爵軍400と北領国境警備隊駐屯地にて「たまたま」遭遇するために、1週間後に出撃となった。
 前回のラリア近郊の戦いの時もそうだったように、今回もノルドール軍との共同作戦を事後報告で済ますつもりだよあの腹黒男爵……よくもまあ逮捕とか召集食らわないなぁあの人も。


「最終的に出撃させる兵力はどの程度になりそうなんですか兄上様」

「まあそうだな、まず帝国が南にある以上は南領警備隊は動かせん。それに全軍と将官を動かすのもまずいだろう……まあそれでも兵力的な問題でイスルランディア軍を動かすしかないだろうが」


 やっぱりなぁ。確かに帝国の再侵攻(さすがに今は無いとは思うが)の危険性を考えると全軍と将官を動かすのはいろいろと住民にも不安を与えそうだ。
 現在、以前からノルドール勢力圏にある土地(以後南領)を防衛しているのはイスルランディア軍と1つの国境警備隊。そして厳密には防衛兵力ではないもののホルスさん率いる隊商警備隊だ。


イスルランディア軍 200

・本隊    100 弓騎兵中心
・和樹隊   50  弓兵中心、人間族とノルドール混成
・レスリー隊 50  人間族歩兵中心


国境警備隊×2(北領・南領)100

・北領警備隊 50 弓騎兵中心、人間族とノルドール混成
・南領警備隊 50 南領貴族騎馬兵中心

ホルス隊商警備隊 100

・本隊 100 帝国軍団兵中心


 捕虜になっていた元軍人さんが多数帰国してくれたおかげで、兵力を減らさずに徴兵していた村の農民達の大半は返してあげることができた。
 最大の懸案事項である帝国への押さえとして、腹黒男爵からの情報ではサーレオン側がラリアに守備隊300とは別に400の部隊を配備しているらしい。
 一方帝国側には、カルディナ達諜報に適した人を帝国側に送り込んだり、ホルスさんの旧知の皆様に情報提供をお願いしたところどうやらこちらの国境に一番近いシールドストーム城に詰めている兵力は200で、統治者であるジャスタス総督を失った帝国主要都市イスズには再編成中の300ないし350の部隊が居るそうだ。

 少なくとも主要都市には少なくとも300程度は兵力を常駐させるのが一般的なので、それに加えて再編成中のイスズの兵力はほぼ無視できると見ている。
 シールドストーム城のリマスク司令ら200で即応可能なのは100以下とこちらでは予測している。そうなると帝国軍は帝国国内での防戦はまだまだ可能だがこちらへの再侵攻作戦は難しいと予測できる。一応リマスクさんの部隊100以下と渡り合えるようにこちらでも準備しないといけない。

 その対応兵力としてはホルスさんの護衛兵と南領警備隊で対応できると思う。ただ現在の主力軍であるイスルランディア軍が討伐のために本国を留守にするというのは、野心がくすぶったままの帝国が再侵攻という馬鹿な真似をするかもしれないという不安を市民に振りまくことになる。

 だからといってイスルランディア軍が出撃しないとなるとノルドール連合から派兵できる部隊はたったの50だ。いくらレスリーさんがザルカー軍閥を450程度にまで切り崩すとはいっているものの、失敗した時を考えて少なくともできるだけ兵力は確保しておきたい。他のヤツ族が応援に来る可能性も……いや、それはないか。
 どっちにしたって中途半端な兵力を派兵しても損害が出るだけだ。やるなら全力でってことかな……?


「ではサーレオンで傭兵を雇いますか? 兵力はこれで対応できるのでは?」

「国庫はセニアの報告によると今回の討伐軍の編成だけで手一杯だ。レスリー隊の編成ですでに傭兵を雇ったから雇用相場も上がっているだろうし、なにより北領の整備にラリア~ノヴォルディア間の『さーびすえりあ』の建設もあるしな」


 街道の警備にあたるホルスさんの部隊は降伏した軍団兵が中心のため、街道を巡回させるにも速度的な意味で無理があるしラリア~ノヴォルディア間はけっこう長い道のりだ、どこかで一夜明かすことも考えられる。帝国~サーレオンをつなぐ道が現在西にしかないが、この道が開通すればラリア~ノヴォルディア~イスズという商業ルートが生まれ、莫大な利益と経済圏を作る可能性が考えられる。

 そのために安全に隊商が休んだり夜を明かすために40ずつの兵士が駐屯する兵舎を隣接させた高速道路のサービスエリアみたいな場所を2箇所に設置してみようという考えだ。あまりの20名が午前午後と1回ずつ街道を警備する予定。
 俺がサービスエリアについて説明したらすぱぱぱぱぱーんと中身をつめてくるセニアとノヴォルディアの官僚の皆さんすごいなぁ……

 最近は基本的に襲撃してくる夜盗やレッド兄弟団は10程度、多くても40だ。馬を持っている夜盗は少なく、十分に隊商護衛兵で対応できると見ているがその護衛兵も夜や疲れたときは休息が必要と思ったわけですだ。サービスエリアが儲かればそれだけ税収も上がる。
 それに護衛兵を雇う数を減らせる隊商側としても、おいしい話じゃないかと。


「……そうだな、悪いがカザネは残してもらえないか、あいつが居ないとお前が抜けた穴を埋められそうもない。さすがにセニア一人ではつらいだろう」

「そうですね、カザネなら内政もでき……って兄上様、和樹隊も出撃ですか? 前回の損害がまだ……」

「『イスルランディア軍』で出ると言っただろう。稼働兵力が足りんのだ……お前たちは輜重隊等の後方防衛に充てるようには努力はする。まぁ相手の出方次第だ」

「……兄上様のご命令とあれば。可能な限り損耗を避けるように努力します」

 まだ傷が痛む程度の兵も出撃対象にしないと、充足間に合いそうもないかなぁ。それに俺が戦場に出ると今までの経験上かならず重症だからなぁ……だからって今回もそうなるとは思わないことだ。なぜならそれはいっつもやる気満々のセイレーネとカルディナに守ってもらうから。

 ……いや、我ながら情けないのはわかっているんですが。でもセニアのために絶対に帰ってこないといけないし……そうだ、今回の討伐が終わったらヤツ族の工芸品でもお土産に持って帰ろうかな、もちろん略奪や戦利品じゃなくて購入でだけど。









 さてさて兄上様との会議の後、ぶらりと立ち寄ったのは鍛錬場。兄上様にしごかれたころは10人ぐらいが訓練できる程度だった訓練場も今じゃ改築されて多い時は50人以上が訓練している。大きくなったなぁ鍛錬場。


「あ、隊長っ!おい蛆虫どもっ!!隊長がお見えだ、はぁ食いしばって立てっ!!」

「「「サーイエッサッーーー!!」」」

「お、おう……これはなかなか」


 そしてここで現在訓練を受けているのは俺の部隊。核をなしていたノヴォ村長の村人がノヴォルディア設立に携わっているため、ほとんどが北領からのノルドール・人間族混合の義勇兵を中心とした部隊だ。
 そしてヤツ族対策として、現在弓兵を中心とした部隊に再編成中の真っ最中だ。ちなみに大体義勇兵の皆様の半分は新兵だったはず。

 まあということで隊商護衛兵時代に訓練の経験を持つゲデヒトニスが訓練教官として出撃までの間みっちり扱いてます、やっぱり新兵訓練といえばハート○ン軍曹の偉大なる教え『海兵隊式』しかないだろう。
 映画のまんまをゲデヒトニスに教えたところ「効果的な予感がしますっ!!」といってなぜか採用されてしまった……いいのかな。

 ちなみに新兵の訓練は最初はキャラ的にセイレーネがする予定だったのだが、いつもは凛々しく仲間内ではやさしいゲデヒトニスが妙にやる気をだして「や、やりますっ!!」とのことなので任せてます。正直なところ結果だけ今こうして目の前で見ていると適任だったかなと思わざるをえない。
 そして熟練兵というか経験者はセイレーネに訓練というか教練をお願いしている、まあセイレーネの趣味でいつも模擬戦ばっかりしているそうだけど。


「隊長、今日はどうしましたか?も、もしかしてぼ、ぼぼぼ、僕にあ、会いに来た、来たとかかっ!?」

「おちつこうかゲデヒトニス、はーい深呼吸ー吸ってー」

「すーーー」

「吐いてー」

「はーーー」

「吐いてー」

「はー……う……」

「吐いてー」

「は……げほげほっ」


 なんと、こんなコテコテが成功するとは思わなかった。あ、そういえば新兵たちが見てるの忘れてた……あー、これは指揮と士気の問題でまずいんじゃないかな。全面的に俺が悪いんだけれども、俺とゲデヒトニスがこのままではなめられてしまう。
 な、何とかせねば……こ、ここはほんのすこししかない威厳とオーラを最大まで高めてこう大物っぽい雰囲気をこう某サ○ヤ人的にシュワシュワと出すイメージで。


「……さて諸君」

「「「……」」」

「悪い、変なところ見せたな」

「「「問題ありませんサーーーッ!!」」」


 び、びびるわぁーっ!?いやぁスイマセーン、本当に海兵隊みたいになるとは……仕方ないねってなんで俺まで外人になってるんだ。
 

「じゃ、ゲデヒトニスは訓練を続けてくれ。邪魔して悪かったね」

「い、いえとんでもありません……えへへ」

「「「「……」」」」」


 い、いかん。目線が、目線がヤバイ。ここはあれだ、さっきの大物っぽい雰囲気にさらに俺のなけなしの覇気(笑)でこう隊長っぽい何かをこう心の中で出しておこう。

「では、俺はこれで……」

「はいっ!……お前ら何突っ立ってるっ!隊長に敬礼っ!!」

───ザッ!!

「隊長、相談したいことがありますので後で部屋にうかがわせて貰いますっ!」


「わかった……」



 そしてそのまま不動の姿勢で敬礼された男達に見送られながら俺は冷や汗だらだらで鍛錬場を後にした。そういえばあの太ってるやつの目がよくわからんが危ない気がしたんだが……。











<部隊員視点>



「この○○○の蛆虫どもっ! 踊りをしてるわけじゃないんだぞっ!! これは殺し合いだっ!! 相手は砂袋じゃない、敵だっ!!」


「「「「サーイエッサーッ!!!!」」」」


「ふざけるなっ!!○○落としたかっ!! 腹から声を、相手を声で殺すほど声を出せッ!!」


「「「「サーイエッサーッ!!!!!」」」」



(こ、これはしんどい……)


(これは敵、これは敵、これは敵、これは敵、これは敵、これは敵)


(あんなかわいい子がこんな……なにがあったんだ)


(ハァハァ……モットノノシッテ)



「あ、隊長っ!おい蛆虫どもっ!!隊長がお見えだ、はぁ食いしばって立てっ!!」


「「「「サーイエッサーッ!!!」」」」



(あれが噂の隊長か……)


(あれも敵、あれも敵、あれは……隊長だ)


(あの人が俺達の隊長か、『ぐんそう』があれだからいったいどういう人なんだ)


(ゲデヒトニスチャンニテヲダスノカノイツ……)



「隊長、今日はどうしましたか?も、もしかしてぼ、ぼぼぼ、僕にあ、会いに来た、来たとかかっ!?」



(『ぐんそう』がああも可愛くっ!?……何者なんだ俺達の隊長は)


(ぐっ……俺は、隊長になれない……)


(なんだ、『ぐんそう』も女の子らしい一面があるじゃないか)


(ボクッコ……ハァハァ)



「じゃ、俺はこれで……」


「はいっ!……お前ら何突っ立ってるっ!隊長に敬礼っ!!」



(な、なんだこの威圧感……これが隊長の本当の姿)


(これが……『ぐんそう』をも従える隊長の本気かっ!)


(ほぅ、さすが『ぐんそう』をあそこまで飼いならすだけはある)


(グ……ゲデヒトニスチャントボクトノサイダイノテキメ)







あとがき

寒いのでSSを書く時に布団かコタツから抜け出せなくなってしまった……



[12769] 26馬力目「恋するお年頃」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:15
前回のあらすじ


・死亡フラグを背負って出撃準備

・海兵隊式新兵訓練

・ゲデヒトニスが用事があるようで





<和樹視点>


 鍛錬場から離脱した俺は小腹がすいたので食堂に立ち寄ってみることに。鍛錬場のすぐ近くに銭湯と食堂があるのってすばらしいと思って兄上様と当時村長だったノヴォ市長に許可を貰って村人総出で作ったのです。

 最初は学食式にいろいろメニューを選べたのだけど、兵士も増えてきたので今は仕官でもお昼休みは給食式になってます。一応おつまみとかお菓子コーナーが併設してあるのでつまむにはもってこいだ。


「どうもー誰か居ますか」

「……居ます」


 入り口でとりあえず確認したところ、厨房ではカザネがなにやら小さい鍋でぐつぐつ煮込んでました、んー今日の献立に煮込み物あったかな?
 今日はたしかジャムパンとこの前作成に成功したクリームシチュー。そっかということはカザネはクリームシチュー作ってるのか、でもなんでそんな小さな鍋で作っているのだろう。


「なあカザネ、なんでそんな小さい鍋で作っているんだ?」

「……材料を分けてもらって練習」

「おおカザネも料理に目覚めたかっ!?」

「……お昼ちょっと足りなかった」


 ちょ、ちょっとねぇ……お昼はいつも二人前は食べてるはずなんだけど。
 そうそう実はカザネが四人娘の中でいちばん食いしん坊だったりするのだ。村に来てすぐは自重してたらしいが、最近は食事の時普通に大盛りとかおかわりをするようになってもはやノヴォルディアや兵士達の間では有名な話になっている。

 趣味の一環として朝昼晩と食堂で料理を作ることが多い俺としては、幸せそうにもきゅもきゅカザネが食べているところを見ると料理したかいがあったなぁといろいろ元気をもらえるのだが、でも物理的にカザネの体に昼食べた飯だけでもどうやって入ってるかわからんレベルなのにさらに間食ですか……大食いの人々の胃袋はばけものかっ!?


「そっか、俺もちょうど小腹がすいてた所だし一緒に食べようか。おばちゃん、このパンいくらです?」

「隊長さんもよく食うねぇー150デナラだよー」

「はい、どうもいただきます」


 食堂の大きな鍋でおそらくシチューを煮込んでいる食堂のおばちゃんに許可を貰ったので、お金をお会計のところにおいていちばんおいしそうなパンをなんとなく選んでとる。こういうのは奥から二番目をとるのが俺の流儀。

 この世界のお金の単位は「デナラ」「デナリ」「デナル」が一般的で、だいたいノヴォ村長の村時代の村民の月収が100デナリほど。1000デナラ=1デナリ=0.001デナルとなっている。

 この時代のパンは戦乱真っ最中の他国では40個で30デナリとかかなり高いのだが、幸いにもここノルドールの街や村ではこれからどうなるかはわからないものの、今のところ戦乱で田畑があらされることがなかったおかげで食品の高騰は避けられている。

 パン以外の野菜とかは自分で育ててるやつを食べればいいので収穫の時は農家は食費が少し減ったりもするが、基本結構食費はしんどいものがある。だから農民は飢えて夜盗になってしまうんだろうけど。

 ちなみにこの世界のパンは基本フランスパン型です、食パン型もただいまチャレンジ中。


「……あげる」

「ん、いいの?」

「……味見を兼ねてる」

「ありがと、それじゃいただくね」


 カザネが火を止めていたので、そろそろ出来上がるんだなと思い席に行こうかと思っていたらクリームシチューの入ったマグカップをくれた。カザネはどうやらシチューを煮込んでた鍋のままで食べるご様子、なんとなく面倒くさいからってことでチキン○ーメンを鍋で煮込んだま後容器に移し替えないでそのまま食べるのを思い出してしまった。

 まあそんなことは置いといて、料理の先生として弟子の味は確かめておかねばなるまい……あ、うまいわ。


「んーこれはなかなか、おいしいよ」

「……よかった」

「はむ、んーパンにも合うな。あ、お礼ってほどでもないけれどパン半分あげるよ、ほい」


 食べかけのパンを半分にして、かじっていない方をカザネに贈呈。こうして食べているところを見るとリスっぽく見えてくるから仕方がない、いやはや四人娘は本当にそれぞれ個性があって可愛いなあ……もちろんセニアには負けるけど。

 そのままカザネと一緒食べて後片付けをした後、おそらく書類がてんこ盛りになっているだろう俺の部屋へ戻るのでした。いや、鍛錬場行ったり食堂行ったりしたのは現実逃避なんかじゃないんだよ、これは……そう、見回りなんだそうなんだっ!









「で、それが理由でこうなったのですか?」

「はい、ごめんなさい」

「もう、仕方ないんだから」


 見回りという名のサボりから俺の部屋に戻ってくると机の上には書類の束が。ちょうど近くにセニアがいたので援護要請して手伝ってもらえることになったけれども……この量は徹夜一直線だ。積み上げた人の技量を尊敬できるレベルだし。

 だが、今日の夜のため、2日ぶりにセニアといちゃつくために俺はこの圧倒的戦力差を覆さねばならんのであるっ!
 って、自分に喝を入れないとこの量を前にすると心が折れそうだ……


「私は許可申請の書類などをやっておくので、あなたは報告書のまとめをお願いします……あ、えと、今日で2日目ですし」

「あはは、そうだね。そうと決まれば全力全開で!」


 よーし、俺夜のためにがんばっちゃうぞーって、何か今日夜に予定があったような……気のせいか。











<ゲデヒトニス視点>


 訓練も終わって今日の仕事の汗を流した後、夜になったので僕は隊長の部屋へと向うことにしました。

 ……隊長の部屋へ夜に行く。お、落ち着け僕。大丈夫、べ、別に告白するとかじゃなくて普通にすこし隊長と話したいことがあるだけだから別にやましいことが……よし、大丈夫。落ちついた。うーん、どうしても隊長のことを考えると僕だめになっちゃうなあ。


「ではイスルランディア司令に書類を提出してきます……それじゃあ後で、ね?」

「はい、了解しました……後で、ね」



 うぅ……部屋にたどり着いたら隊長の部屋の前でいきなりセニアさんに見せ付けられてしまいました。でもいつかきっと僕だって、隊長と、その……ああいう会話ができるはず。

 扉が閉まってセニアさんの足音が聞こえなくなったところで、周りを確認しつつ隊長の部屋の前へ移動します。さすがに他の人に見られたらその、隊長の世間体に悪いと思うし。でも僕は周りの人からそういう風には見られることもないか、自分で考えてちょっと悲しいなぁ。

 よし、扉の前まで来たぞ。せ、背筋をのば、伸ばしてこんこんと、扉をたたくだけだ。よし。



───コンコン



「隊長、ゲデヒトニスですが今よろしいでしょうか」

「はい、どうぞ」


 かちこちになりながらもなんとか隊長の部屋へ足を踏み入れる。噛まずに言えたしこのまま落ち着いていこう……

 よし、今日はとにかくこれだけは隊長に聞かなきゃいけないんだ。


「失礼します、その今日はその……お聞きしたいことがありまして」

「言える範囲でならもちろん、どうしたんだい?」

「ええとですね、ラリアでの戦いの時僕のことを隊長は『とにー』と呼んだのを覚えていますか?」


 そう、僕が今日までずっと気にしていたのは隊長が僕のことをあの時だけ『とにー』と呼んだこと。ゲデヒトニス以外で僕のことを呼んだのはあの時だけで、いったいどういう意味で言ったのかがずっと気になっていた。

 も、もしそ、その『とにー』が隊長がつけてくれた愛称ならすごくうれしいんだけど、なんというかその……どういう意味かわからなくって。


「ああ、あの時ゲデヒトニスのことを呼んだらとっさにでてきたのがトニーだったんだよ。ごめんね」

「じゃ、じゃあその……『とにー』というのは僕の愛称、でいいんでしょうか」

「あっ……えっと、トニーは俺の世界じゃ男の子につける名前だからちょっと違うね、ごめん」

「そ、そんな別に……」


 やっぱり、隊長は僕を女の子としては見てくれないのかな。僕の名前はこの大陸の人間じゃないシンガリアン族の名前だからたしかにわかりにくいとは思うし、僕自身昔から男の子って見られるけど。でも隊長には、その……女の子として僕を見てほしい、かな、なんて。


「よし、それじゃ今度からデニスって呼んでいいかな?」

「『でにす』、ですか?」

「こっちはちゃんと女の子の名前というか愛称だよ。えっと、嫌だったかな」

「と、ととととんでもないですっ! 光栄ですっ!!」


 隊長に男の子として見られていると思って沈んでいたところに聞こえた『でにす』という言葉。つ、つまりその隊長はぼ、僕のこ、こことを女の子の名前で呼んでくれ、くれる。

 これってつまり……よかった! 隊長は僕のこと女の子としてみてくれてたっ!! 愛称がもらえただけなのに飛び跳ねたくなるくらいうれしくって仕方がない。今日は部屋に帰って寝たらいい夢を見れそうっ!!
 

「ありがとうございます隊長! 僕幸せですっ!!」

「え、ちょっとデニス突然抱きついてきてどうした!?」

「愛称なんて家族にもつけてもらったこと無かったんですよっ! うぅ~うれしくってうれしくって!」

「え、か、家族……?」
 


───ガチャ


「あなた、兄上はすでにお休みになっていたので書類の提出と報告は明日にで……も……」

「「あっ」」


 えと、えっと、その、僕はうれしさのあまり今に座った隊長に抱きついていて、隊長の顔が妙に近くって……これじゃあセニアさんからは僕と隊長がその、ええと……口付けしてるように見えたりするかも。どどどどうしよう!?


「お、お見苦しいところを見せて失礼しましたっ! それではおやすみなさい隊長、セニアさんっ!!」

「ちょ、デニスっ! いったいどうしたってんだよ」


 こうなったらとにかく逃げるしかありません、以前レスリーとレッドさんと隊長が3人で家にいたときセニアさんはいろいろと勘違いして玄関の扉を吹き飛ばして突入したと聞いています。おそらくきっと今回もそうなるに違いありませんっ!!
 


───ドダンッ!


 ふ、ふぅ……な、なんとか離脱できた。扉の前に居たセニアさんが何か言おうとしていたのはわかったけどとても怖くて聞けなかった……とりあえずなぜかこの短距離での疾走で息が上がってしまったので、そのまま隊長の部屋の扉によたれかかってしまおう。す、すごくどっと疲れたよ……


「カ・ズ・キ、先ほどいったいゲデヒトニスと何をしていたのでしょうか?」

「……ぞ……か」

「えっ?」

「あ、いやごめんなんでもないよ」

「……なんでもないように見える顔色じゃないですよ、さっきのことはとりあえず置いておいて、本当にどうしたんですか」


 は、図らずも室内の声が聞こえてしまう……盗み聞きじゃないんだ、だ、だって不可抗力だもんね。でも隊長の声になんだか元気が無いような、えと、その……気になって耳を扉によたれかかったまま聞き耳をたててしまう。
 そうして隊長の部屋の中に意識を集中していた僕は近づく足音と気配にさっぱり気付けなかった。


「夜遅くにゲデヒトニスは隊長の部屋の前で盗み、聞き?」

「か、カルディナ!?」


 な、なんでこういうときにカルディナが隊長の部屋に来るのーーー!?






あとがき

※ゲーム内の通貨はデナリだけです。デナラ・デナルは作者が勝手に考えた物です。ゲーム内のデナリだけではどうにも小さなものの値段が小数点以下でないと表現できないためオリジナル単位を作らせていただきました。



[12769] 27馬力目「忘れていたい」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:16
前回のあらすじ

・はらぺこカザネ

・最近の違和感

・カルディナ襲来



<カルディナ視点>

 今日は姉さんのことについて自分ひとりで考えていても何も思いつかないだろうと思って、夜だけど隊長に相談しようと隊長の部屋までやってきた。
 到着した隊長の部屋の扉の前にはゲデヒトニスが居て、耳を扉につけたと思ったら顔を真っ赤にしてあたふたして……盗み聞きをしているんだろうか?


「ゲデヒトニスは隊長の部屋の前で盗み、聞き?」

「か、カルディナ!?」


 私が声をかけたとたんびくんと体を跳ねさせて、ぎぎぎぎという金属のすれる音が聞こえるかのようにゆっくりとこちらに首を回す。そんな行動をとったらなにかやましいことをしたんじゃないかとすぐにわかってしまうと思うんだけど……あわあわ言っているゲデヒトニスもかわいい、かな?


「どうしてあせって、る?」

「あ、ええとあせってはないんだけど、あのえと、その今はちょっとまずいというかなんと言うか……そう、これは不可抗力による偶発的な仕方のない事故なんだよ! と、ところでカルディナはこんな夜遅くにどうしたのかな、かな?」

「……隊長に相談が、あって?」

「そっか……と、とにかく今は隊長は部屋でちょっと用事があるらしいから明日の昼ごろとかにしたほうがいいと思うよっ!」


 えと、別に隊長が今夜なにか用事があるのなら明日でもいいけど、ゲデヒトニスの慌てようが何となく気になる。今までのことをまとめて今扉の向こうがどうなっているのかとゲデヒトニスが何で焦っているか推理してみようかな。

・その1、夜に隊長の部屋の扉に耳をつけて盗み聞きしていたこと。

 これは入ろうとしたら話し声が聞こえてきて気になってしまったという可能性もある。あんまり感心できるものじゃないし、通路から丸見えで怪しすぎる。私以外に見つかってたら相当恥ずかしいんじゃないんだろうか?

・その2、ゲデヒトニスの顔が真っ赤。

 ゲデヒトニスが顔を赤らめるなんてことは隊長にほめられた時と、色恋沙汰の時だけ。隊長の部屋ということを考えると、隊長が誰かと一緒に居てゲデヒトニスのことをほめてるかいちゃいちゃしているかのどちらか。もしくはさっきほめてもらったばっかりということも。


ここから想像するに───


「えと、隊長にほめて、もらった?」

「えへへ、実はそれだけじゃなくって……って僕は何を言ってるんだ!?」


 えと、ゲデヒトニスがほめてもらうだけじゃなくって他に何かしてもらった……荒い息、赤い顔。も、もしかすると隊長その、えと……なにしたのかな?
 まあ私が考えていることでなかったにしても、隊長のことが気になって盗み聞きするなんて周りの目を考えたほうがいいと友人として思うんだけどな。


「なんで部屋の中がそんなに気に、なる?」

「いや、だからこれは不可抗力で……」

「混ざればいいの、に?」

「ま、ままま混ざるってえとそのうえぇっと!?」


 扉から飛び跳ねるようにして離れてゲデヒトニスは頭から湯気が出そうなほど顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。すこし『いじる』しすぎたかも。
 今思い直してみるとゲデヒトニスって結構乙女なところがあって、それに今目の前の彼女は女の私から見ても……いけない、私にそんな属性はないは、ず?

 ま、まあ要するにもうすこしゲデヒトニスが積極的なら隊長と浮気かセニアさんと3人でくんずほぐれずな展開になってもおかしくない気がする。
 なんにせよ、今日はちょっと隊長に相談は無理みたい。でもゲデヒトニスから元気をもらったというかなんというか慌ててる姿を見たらさっきまでの暗い気持ちがすこし楽になった気がする。


「とりあえず今日は寝、よう?」

「うんそうだねそうしようそうしなきゃそうでないとそうだよ」

「『ななめよんじゅうごど』で殴、る?」

「じゃあおやすみなさいー!」

 
 ゲデヒトニスはぶつぶつ言い出したので、隊長から言われた「壊れたかなと思ったら『ななめよんじゅうごど』で『ちょっぷ』しろ」と教わったので、たたこうと思ったら全力疾走で逃げてしまった……私も帰りますか。


「隊長、それじゃおやすみな、さい?」








<和樹視点>


───おーい、朝ごはんだよー

───いってらっしゃいな、学校がんばってね?

───次のテスト範囲はここだからちゃんと補修して置くように、あ予習だね、ん、これは復習か。はっはっは



 なんだこの声……
 
 
 
───おい副部長、部室の鍵は持ってきたか? 持ってこなかったと思って事前に私が持ってきたぞ

───おい和樹、昨日駅前のPCショップでCPU大安売りしてたぜ!

───おい聞いたか、クリスマスが中止になったってよ!?



 ああ、そういうことか……いまさらだろ、こんなこと夢に見るの。



───あ……た……



 ああ、もう聞きたくない。せっかくこっちの世界が俺の世界だって思えて来たんだ……もう思い出させないでくれよ。
 
 
 





「あなた、どうしたの?」

「え……あ、うん、なんでもない。とりあえずおはようセニア」

「おはようじゃないです……悪い夢でも見たの?」

「えっと、うん、なんでもないよ。そんな気にするほどでもってふもきゅっ!?」


 朝目が覚めて、まず見えたのは不安そうにこちらを見るセニア。そしてまだ頭がぼわーとしている時に急に頭が引っ張られてその後に来たのは、ぼわーっとした意識を一気に覚ますやわらかい感触……や、やはりこれは少なくともEはあるぞ。


「なんでもないわけ……ないじゃない」

「ふぇ?(え?)」

「じゃあどうして、泣いてたの?」

「ぷっは……あ、あれ? ほ、本当だ。あ、あはは」


 抱き寄せる力が弱まったので名残惜しくもすばらしいセニアの双丘から顔を離してみると、そこには濡れた後……確かに位置的によだれでも鼻水でもないな。
 しかしこんな所を見られるとは恥ずかしいなぁ。幼稚園のころに寝小便垂れた時のごとく恥ずかしいかもしれない。あ、もちろんたとえだよ。
 
 
「あなた……その、もしかして」

「んー今日もいい天気だね、さーて今日も仕事がんばっちゃおうかなーっ! じゃ、俺は着替えて朝会に遅れないように食堂いってくるよ。じゃあまた後で!」

「ちょ、ちょっと!」


 短距離走選手もびっくりかもしれないような気がしないでもないと思われる可能性があると推測できなくもないダッシュで急いで部屋から逃げ出す俺。服はどうやら昨日仕事着のまま寝たみたいで……せっかくのセニアとの夜だったのにこの服の様子だとすぐ俺爆睡したっぽいな、ごめんよセニア。
 さてさて飯食って今日も一日がんばろー……恥ずかしさのあまり勢いで飛び出してしまったからさて、このあとどうしよう。
 
 まあそんなこんなで、頭の中がこんがらがっているというか恥ずかしいという気持ちともちと違うよくわからない気持ちに急かされるように飛び出した俺には部屋から出た直後にセニアが言った言葉を聞き取ることができなかった……いや、聞き取りたくなかったのかもしれない。
 
 
 
 
 
 
 
 
「帰りたいのですか……カズキ」











あとがき


 新年明けましておめでとうございます、これからザルカー編はずっと書き直しばっかりですが今年もお付き合いください。では



[12769] 28馬力目「異端」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:16
前回のあらすじ

・乙女心

・カルディナのお悩み相談はまた今度

・いまさらなホームシック?




<和樹視点>


 さて、今日の朝会の始まり始まり。ノヴォルディアとノルドール連合軍の関係者が参加するこの会議に参加しているのは俺、兄上様、ノヴォ市長、南領国境警備隊隊長、ホルスさん、レスリーさん、セニア、そして財務というかセニアの内政面での補佐を勤めているカザネだ。
 基本的にこの朝会は現状の確認や関係部署の連携のために情報交換を行う場となっていて、南領国境警備隊みたいな部隊はほとんどが南領の貴族で編成されてるおかげで独立軍みたいなものだ。
 
 まあそんな部隊が居るように指揮系統が一つじゃないのがノルドール「連合」としての弱点なところ、軍備の面だって徴兵をどっかの村長に拒否されたら強制するにはいちいち会議を開かないといけない。


「さて、まずはイスルから聞こうかの」

「はい、現在討伐軍はあと一週間ほどで出撃可能です。やはり補充の兵士達との錬度の差が激しいのが原因です」

「うむ、では警備隊はどうか?」

「南領国境警備隊の警備において現在特に帝国側やサーレオン側に変わった動きはありません。ただ背教騎士団とレッド兄弟団の活動が活発化してきているのが気がかりです……それとスネーク教徒と悪魔崇拝軍も」


 ……この警備隊長とはやっていける気がしない。直接顔をあわせて話しをするのは今回が初めてだけども、かなり俺のこと睨んでいる……いわゆるツンデレとかであれば……いや、現実逃避はやめよう、虚しいだけだ。
 しかし見た目はノルドールのわりに小さな体格。首後ろで金髪の髪をまとめているほどの男としては長い髪や中性的な外見や体格のおかげかいわゆる男の娘疑惑が俺の中で勝手に湧き上がっていた。

 まあそんなことは置いといて、レッド兄弟団と背教騎士団の活動が活発化しているというのも無視できない問題だ。ラリア~ノヴォルディア間の護衛はホルスさんたちだけだから、この二つの勢力が連携して襲ってきたりしたらかなりこの交易路も危なくなる。

 レッド兄弟団はショ○カーと同じような組織構成になっていて、まず幹部団員が各地のレッド兄弟団を総括している。そして実際に略奪や戦闘において指揮するのは赤いシャツを着た赤戦闘員。そのほかのやつらは食い扶持稼ぎやレッド団に組した元夜盗とかがその赤戦闘員に指揮されて戦う、まさしく黒戦闘員。
 戦力としては赤戦闘員1人が指揮するのが黒戦闘員10人ぐらい。襲撃してくる時は赤戦闘員3人ぐらいのグループが多いので30人に襲われると隊商護衛兵の平均的な人数である40人なら撃退は可能だが、予算を切り詰めて数が少なかったり規模が小さい隊商とかだと危険だ。

 背教騎士団はさらにたちが悪く、没落した貴族や騎士団の掟や規則を破ったものが寄り集まってできている。騎士団がそのまま夜盗化した物もあれば、ただのチンピラ同然な奴が騎士団名乗ってる場合もある。装備も手入れがかけていたりするものの優秀な騎士団のプレートメイルを着込んでいたりするのでかなりタフだ。正直移動速度を稼ぐために軽装備の隊商護衛兵で護衛された隊商なんかが襲われると40対14でも危ない時があるらしい、だいたい襲撃は20人未満が多いそうだ。

 
「そうなるとザルカー討伐が終わったら、そちらにも対処しないといけないですね」

「そうですね、他にも対処しなきゃいけないことがあるようですが……」

「できればこちらを見て言わないで欲しいのですが」

「自意識過剰ですねニンゲン」

「……」


 いや、本当に心当たりがないのだけれども、相当目をつけられているような。なんだかなぁ、この人と居るだけで俺もこいつから発せられている『死ね死ねオーラ』に感化されて、こう、不穏なことを考えてしまいそうだ。
 イヤミなやつというだけならこんな気持ちにはならないと思うが、なんなんだろうこの南領国境警備隊隊長は。


「まああれはほおって置いてカザネ、財政について報告を頼むでの」

「……国庫は交易路の整備と商人の誘致、討伐軍の編成で残り少ない。無駄遣いはできないから討伐軍にはヤツ族の装備も含めて戦利品を持ち帰ることを期待します」

「そうなると武器や防具も含めた戦利品を売って金にしないといけませんね、あのヤツ族の物が売れればいいですが」

「ま、そこはこの広い大陸ですし物好きは居ますよ。帝国でも結構な値段でヤツやノルドール関係のものは売られているわけですから。どう思いますレスリーさん?」

「そうですね……」


 先ほどまでは何時も通りだったレスリーさんの表情が、ホルスさんが言ったヤツ族の名前が出たとたんに険しい物に変わる。ここのところレスリーさんはずっとこの調子で、レッドさんも「ここんとこ食欲ねーみてーだし、こんなんが続くと正直医者としても友達としても心配なんだわ」とのことで完全にお手上げ状態の御様子。うーん……討伐が終わったら元のやさしいレスリーさんに戻ってくれるといいんだけれども。


「ほかに特に何かある者はおるかの?」

「……特に無いようですね」

「では解散での。ああカズキ、先に食堂に行って今日の分の漬物の確保を頼むでの~」

「了解っ! では自分はここで失礼しますよ!」


 よーし、朝会もこれにて完了。ノヴォ市長からの大人気メニューである漬物の奪取任務をこれより開始としましょう!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<ノヴォ市長視点>


───キィ、バタン


「行ったかの……」

「さて市長、ニンゲンだけをのけ者にしていったいどういったお話で?」


 むーん、まったくこの警備隊長もなかなか堅物での……まぁ今はいい。それよりもわしが皆に言わねばならんこと言うのが大事での。
 
 
「まずは会議『もーど』でなく何時も通りで今はかまわんでの。さて皆知っておるか、最近フィアーズベイン領を侵攻中の悪魔崇拝軍と帝国領のスネーク教徒が言っておる事を」

「むぅ、俺は聞いたことは無いな。そもそもあいつらの言っていることは常に支離滅裂だしな」

「いえ、わかりません」

「……知らない」

「カズキもおそらく知らないと思います、私も全然です」


 ふむ、まだこのノヴォルディアではそこまで噂にはなっていないという事か……だがあまり楽観視もできんでの、悪い噂というものはいい噂よりも良く広まるからの。
 
 
「一応心当たりがあります、もしかしたら市長の聞いてる事は『異端』のことですい?」

「そうじゃホルス、その話しをどこで聞いたんじゃ」

「ああ……この前捕まえた背教騎士団に悪魔崇拝軍崩れがいたのでそこから少し」


 ふーむ、ホルスの言う『異端』という言葉だけではないんじゃが、今そのことはいろいろな言葉でいわれておる。
 悪魔崇拝軍は文字通り悪魔を崇拝し、この世の破滅を至上目的とするまあ宗教的な軍団じゃ。ペンドール大陸の主にフィアーズベイン王国とDシャア朝の国境あたりを縄張りとし、一部地域では実効支配している所もあるとの話しがあるほどの規模をほこっとるそうじゃ。
 
 スネーク教徒軍は前述の悪魔崇拝軍と同じく教徒が武装化した集団で、指導者の名前はK・ユダと言うことと、もともとペンドール大陸には存在しなかった宗教をあがめているということしかわかっておらん。
 子供をさらっては洗脳し精強な騎士として育てているという話しも聞いたことがあるでの。まったく宗教が絡むとろくな事が……いやはやわしらも精霊を信仰する宗教的国家と言えなくもないかのぅ。


「市長、その『異端』と言うのはいったいどういうものなのですか?」

「わしが独自に調べたところによると、悪魔崇拝軍とスネーク教徒軍の言う『異端』というものはどちらの勢力も『自分達がこの世界に召喚した存在で、自分達と共に世界を変える、滅ぼす存在』だそうでの」


 レスリーはもうわしの言わんとするところがわかったようでの、じゃがそんなに顔を青ざめさせることもなかろ……む、もしやあのことを知っておるのはわしの時代の村民とイスルにセニアだけだったかの!?
 

「それでその『異端』とやらがあのニンゲンと関係があるとでも?」

「む、そうじゃ……イスルたちは覚えておるはずでの、カズキが初めてこの村に来た時に言った言葉を」

「……言葉?」

「むぅ……俺にはわからん」

「えっと、たしか『この世界が物語として存在する世界から来た』のような意味だったはずです」


 まったくイスルはこういうことはすぐ妹任せか……まあこれも今はいい、だいたいセニアの言った意味で間違ってはいないはずじゃ。
 
 別な世界、物語、この世界に存在しない技術、知識。やはりカズキは別世界から来たということは今では疑いようのない事実じゃ。
 そしてこの『異端』という言葉。わしとしては繋がって欲しくは無かったんじゃがのぅ



「待ってください、それはつまり───」




「そうじゃ、奴らの召喚した『異端』とはカズキのことかもしれんでの」






[12769] 29馬力目「○○○○の噂」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:16
前回のあらすじ

・出陣準備

・不穏な動き

・転移者ばれ



<和樹視点>


 うん、最近どうにも一部の街の人からも陰口というか避けられているというか。
 以前は街に顔出しに行けば村のころからの仲じゃない人でも気軽に声をかけてくれたんだけど、なんだか最近は話しかけると困ったような顔をしたり落ち着きが無かったりなど……正直のけ者にされているというかハブられている気持ちになってしまう。

 ああ、今の俺の気持ちはまるで『小学生の時にかくれんぼで女子トイレに隠れてそのことでクラス中からハブられた気持ち』とでもいうか。 いや、決して俺のことじゃないよ、ちがうよ、そんなことなかったよ。
 
 
「あ、隊長……」

「ん、やぁセイレーネ」


 ぼーっとしながらどこの誰かかのトラウマになっているであろう事を考えながら、食堂で給食を受け取った俺に声をかけてきたのはちょうど俺の後ろで給食をもらったセイレーネだった。あ、もしかして俺ぼーっとしてたから後ろつっかえてたのかな。
 
 
「え、あ、いえ……その、なんでもないです」

「なんでもないと言うやつに限って何にもないことは無いんだぞ。まあ飯一緒に食べているうちに聞き出させてもらおうか、ということで一緒に食べない?」

「あ、うぅ……すみません部下たちとの先約があるので失礼します!」

「あ、ああなら仕方ないか……」


 結局目線をこっちに合わせることなく足早にセイレーネは俺から離れていってしまった……まいったなぁ、俺は放置プレイされて喜ぶほどMじゃないんだけどなぁ。しょうがない、一人で食べよう。
 ここ最近セニアの仕事が忙しいようでなかなかお昼を一緒に食べれない日が続いている、正直セニアと一緒に食べれないならわざわざ忙しい昼時の食堂の設備を借りてまで作るほどの気力も最近でなくなってきた。
 
 
「あ、隊長今日もお一人ですか?」

「今日もって……何時も一人じゃないよ……でもここ最近一人でばかり食べているからさみしいです、かまってください」

「あ、あはは……僕でいいならいいですけど」


 俺がなぜかここ最近誰も座らない食堂の一番端のテーブルで給食を食べていると、おぼんに二人前くらいのっけてやってきたのはデニスでした。
 うーんこの子もご飯をいっぱい食べるとなると大食い選手権inノヴォルディアの行方はわからなくなるやも知れぬ……って、なんでご飯に手をつけないでずっと周りをちらちら見たりしとるんだろう? たしかになんだがこっちに視線が集まってる気がしないでもないようなそうでもないような。
 
 
「なあデニス、どうしたさっきからきょろきょ───」

「きょ、今日も天気がよ、良かったですね!」

「え、ああうん、そうだね」

「ご、ご飯おいしいですね!」

「うん、確かにここの給食は世界一だね」

「えと、そ、それから───」


 いやいやさすがに俺でもわかるぞ、どうしてまたデニスはそんなに無理に話題を作ろうとするのかな。まずご飯を食べてからでもぜんぜんいいんだし。ああ、もしかすると何かよからぬ俺の噂でも流れてるな。デニスが無理に話題作ろうとしてるんなら大抵はそういった事だし。

 以前南領警備隊のやつが俺のことを「素性も知れぬ下賎なニンゲンがどうして偉そうにしているのだ」という話しを、そこらじゅうの酒屋で言いふらしていた時もこんなことになった記憶がするなあ。
 
 
「はい、一旦停止。それで? 今度はどんな俺に伝えにくい話を仕入れたのかな」

「え、あう、その……」

「さぁさぁ、あんまり頼りにならない隊長だけれども、すべてご飯が冷める前に喋ってしまおうか」

「うぅ……その、ごめんなさい。隊長には言っちゃだめだってセニアさんがってあわっ!?」


 ん? セニアが口止めをしているのか……これは他の人に聞いても迷惑かけるだけかな。後でセニアに聞いてみるとしようか、ああでも最近忙しいらしくって朝会で顔をあわせることぐらいしかできていないから、セニアから聞くといってもどのタイミングで聞き出せばいいものか……

 もしかするとデニスが口止めされていることと、ここ最近の俺に対する微妙なみんなの態度は同じことなんかもしれない。まあノヴォ村長の村に来たころからヒソヒソされるのは慣れてるし、仲間や部下達、そしてセニアが居れば別に俺はいいさ。
 そうは思っていても、仲の良かった人たちからヒソヒソ言われればそれは傷つくけれども。
 
 
「わかった、じゃあ後でセニアに聞くさ。まあデニスが口を滑らしたという事はなかったということで」

「えと、その、き、気にしちゃだめですよ。僕たちは隊長のこと信じてますから!」

「え、あ、うん。ありがとう」


 そんないきなり面と向かって言われると照れるじゃないか。それになんだかさっきの発言の後食堂の視線が少し和らいだような……気のせいか。
 ちょいと恥ずかしくて今日の給食であるパスタをずるずるとつい音を立てて食べてしまう、うーん未だに音を立てないでうまく食べれないなぁ。えっと、こっちをずっと見つめながら食べないで欲しいなデニス。まいったなぁ、こう、ずっと見られているとその、視線がぁ、えっと……
 
 
 
 
 
 
 
 
<セイレーネ視点>
 
 
 私はさっき隊長に会った時、何時も通りに会話しようと思ったのにできなかった。普通に会話しようと話しかけたのはいいのだけれど、隊長と目線が会うとどうしてもそちらを見ることができなくなってしまった。
 こうなってしまった理由は、一週間前の食堂で聞いた一つの噂とこのあいだの朝会で聞いてしまったこと。
  食堂で聞いたのは「カズキ隊長は異教徒達が召喚したこの世の『異端』だ」という噂。

 カズキ隊が編成されて以来隊長に対するよくない噂話など何度も聞いてきたが、これはいつものやっかみの噂だと聞き流すわけには行かなかった。なぜならばこの世界において異教徒とは侵略者であり、やつらの崇める神は魔王でもあり悪魔でもあるからだ。この噂はまるで隊長がその悪魔だとでも言うかのような噂であったから。

 最初は私も今までの僻みややっかみの噂よりもたちの悪いだけの噂だと思ってその話をしていた兵士を注意した、「隊長のどこが『異端』なのか」と。
 返ってきた返事は「ではセイレーネ様はカズキ隊長が何人なのかご存知ですか? どこの出身かご存知なんですね」と聞き返してきた。
 
 私は答えられなかった。あの森での戦いで命を助けられて以来共に戦い続けてきたし、一緒にこのノヴォルディアですごしてきた仲間なのに私はそんなことも知らなかった。

 ゲデヒトニスは山脈を越えた向こうにある異民族の国家ヴェッカヴィア出身、レスリー隊長は海の向こうの大陸バークレー出身、カザネは北方のミストマウンテン族とレイヴンスタン人の混血でフィアーズベイン出身だったはず。セニアさんとイスルランディア殿はもちろんノルドール人でノヴォルディア出身だ。
 でも……隊長はイスルランディア殿を兄と呼んでいるがノルドール人ではない。ではなぜ人間と敵対関係にあったノルドールに身を寄せて、しかも生き延びられたのか。わからない、自分の中で確かな形があった隊長という存在の輪郭がぼやけていく。

 
「ほら、セイレーネ様だってカズキ隊長が何者か知らないじゃないですか。異教徒の神だか使いと一緒に戦うなんて自分達はごめんですよ!」
 

 私は結局その噂を言うのはとにかく士気にかかわるからやめろと言ってその場を後にすることしかできなかった。
 
 そして、私はこのあいだの朝会にてこの噂の抑制について提案すべく会議室の扉を開けようとしたときに聞いてしまった。
 

「えっと、たしか『この世界が物語として存在する世界から来た』のような意味だったはずです」


 物語……世界? セニアさんはいったい何を言っている?
 これ以上聞いてはいけない、これ以上聞いたら私と隊長の関係がもう今のままではいられないと心のどこかではわかっているのに聞き耳を立てたまま私は扉の前から動くことができなかった。
 そして、ノヴォ市長の言葉を聞いて、聞いてしまったことを心のそこから後悔する事になった。
 

「そうじゃ、奴らの召喚した『異端』とはカズキのことかもしれんでの」
 
 
 
 
 隊長、あなたは、いったい……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

<???視点>


「くっくっく、流言はずいぶんと良く広まってくれたな」

「それはそうだろう、ノルドールがこの大陸の歴史に名を残すほどの動きを見せるなど何千年ぶりか」

「やはり情報は本当だったか……」

「しかしこれでもうすぐで『異端』は世界の敵となる。これで事を起こす大義名分が出来るというものよ」

「長きに亘り耐えてきた我らの苦労が報われるときが来ましたな」

「我らは『異端』を使い一度この世界をやり直すのだよ」

「では今回はヤツの働きに期待しようか。ではな古き王家の末裔よ」

「それでは失礼しますぞ、神の地上の代行者……」






[12769] 30馬力目「裏でいろいろ」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:16
前回のあらすじ

・悪い噂

・はぶらないでー

・どう考えても怪しいやつら登場



<イスルランディア視点>

 
 出撃前日のカズキが居ない朝会、いつもの和らいだ空気ではなくここ最近続く陰鬱な空気で会議は進行していた……まったく、これもすべて市内で広まっているあの噂のせいだ。

 噂は俺の兵士だけでなくカズキ隊の隊員にまで広まっているらしく、最近護衛兵の四人もカズキとの関係がぎくしゃくしているようだ。この前の演習でもカズキ隊は俺の命令は迅速にかつ正確にこなすのに、カズキの命令では動きも正確性に欠ける上に動作に遅延が目立つ有様だった。

 正直なところ戦う以前の問題だ、士気の低い軍を参加させたところで烏合の衆になるどころか足手まといになるだけだからな。
 そう、カズキ隊がそんな様子だから俺は村長会議の結果に驚きを隠せなかった。
 
 
「カズキ隊を出撃させるとはどういうことか市長っ!?」
 
「……今回の討伐に出撃する部隊に変更はないでの、それが会議の結果じゃ」

「ならば軍司令官として進言する、訓練ですらまともに作戦行動が取れない部隊を戦場に連れて行けば足手まといになるだけだ」

「わしとて、わしとてカズキを出撃させたくないでのっ!」


 なぜだ、なぜわざわざカズキ隊が出撃しなければならない? 俺のイスルランディア隊とレスリー隊、それに北領国境警備隊でサーレオン軍と連携すれば勝利は難しくないはずだ。
 
 
「内務大臣としては、賛成……です、けれども」

「セニア、お前までもかっ!?」

「兄上……おそらくカズキにかかっている「噂」の嫌疑を晴らすには出撃して戦果を挙げるしかないかと」

「ぐ、ぐぬぅ……」


 わかっている、セニアとて死ぬ可能性の高い戦場へカズキを送り出すことがつらい事など。だが、そもそもなぜ村長会議でカズキ隊の出撃が強要されるのだ? やつらにいったいなんの思惑が───
 
 
「さっさと死んで欲しいからですよ司令、だって国民感情としては不安要素たるあのニンゲンが死ねば少しは安心するでしょうし」

「な、貴様っ……!」

「残念ですが村長会議の出席者の多くはその考えのようですね、なればやはりセニアの言う通りにカズキが自身で噂や嫌疑を晴らすべきです」

「レスリーとラトゥイリィの言うとおりでの……そういうことでのイスル、今回はカズキ隊を出撃させるしかないでの……だからこそ、絶対に死なせるでないぞ。生きて帰ってくるまでが討伐じゃ」

「南領警備隊隊長としてはカズキ隊の戦力低下はごめん被りたいので、せいぜい損害を出さないようにがんばってきてください。あんなニンゲンなんかでも口げんかの相手が居なくなると今日のようにこの朝会が暇で仕方がないですしね」


 ……ならば仕方がない、こうなった以上なんとしても俺がカズキを守らねばならないな。だが討伐において重要なのはザルカー本人の命であるからカズキ隊を本格的に参戦させずにこの目標を達成するには……明日までには新しい作戦の打ち合わせをしなければ、今日は俺の睡眠時間を削るとするか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


<レスリー視点>


「……では俺は作戦を練り直してくる」

「うむ、たのんだでのイスル」


 ノヴォ市長の言葉に軽く会釈すると、イスル司令はそのまま肩を落として部屋から出て行きました……さて、まずはあの報告からいたしましょうか。
 
 
「市長、例の件についてご報告が」

「……うむ、頼むでの」

「ザルカー軍閥に現在所属している兵力は550で、そのうち100を離反させることに成功しました」

「む、ずいぶんと軍閥の戦力が減っているように感じるが?」

「ええ、どうやらヤツ族穏健派と交戦し引き分けたそうです。その結果が略奪を成功させ続けてきたことで維持させていた兵士の士気低下をもたらし、離反も予定より楽にこなせました」



 
 
 

 
 この会議の3日前、離反した者達100人をノヴォルディアからそう遠くない森に集めて、ザルカー軍閥の現在の状況について詳しく聞く機会がありました。その時に手に入れた情報の一つがヤツ族の中でも略奪を良しとしない一派と、略奪肯定派だが草原の南を勢力下に治めるザルカーに反感を抱く一派が共同してザルカー軍閥と交戦状態になったことです。

 このヤツ族内での戦いの結果は、両者痛み分け……というほど簡単には行かなかったようですね。
 ザルカー軍閥は今まで連戦連勝、そして大量の略奪品がもたらす富によってかろうじて団結していました。もともと多くの軍閥員は、成り上がり者で残虐なザルカーを慕ってはいませんでしたし、無理やり参戦させられているものもいたからです。
 
 ですがこのヤツの内戦によって引き分けた形のザルカー軍閥は、勝利も略奪品も得ることができずに草原の南に戻ったのです。戦えば勝ち、勝てば手に入れていた富が得られないとあれば、今までいい汁を吸っていた連中からすれば、それだけで離反する理由となったようでした。
 
 
「あなた方が離反者のなかでも我らノヴォルディアのために戦いたいと言う者たちですね」

「へ、へぇそうでやす。俺たちゃあんなザルカーの野朗と死ぬつもりはありゃしやせん。これでも弓騎兵として俺たちはなかなか使いどころがあるとおいまっせ?」


 そしてこの目の前で気色が悪い笑みを浮かべるヤツ族のように、離反者のなかでもそのまま傭兵として戦いたいという人も出てきました……あからさまにその人の部下は全力で拒否しているようでしたが。こちらとしてもヤツ族などと共に戦うことはありえません、あれらは敵でしかないのですから。
 まあ一応ここは本音は伏せた上で断っておきましょう、いきなり逆上して襲い掛かられても困りますし。
 
 
「ですが一度離反した者を信用することは難しいですね、残念ですがその提案は断るしかないようです」

「ま、まってくだせぇ! こ、こんなこともあろうかと手土産を持参いたしやしたっ!!」


 手土産、ですか。正直なところ彼らの処遇については「信用できない」と「ヤツ族」というだけで決定しているのですが……まあいいでしょう、話だけは聞いてあげましょうか。
 
 
「それでは拝見させてもらいましょうか、それで手土産というのは?」

「へぃ、軍閥に残ってるやつらの一部の家族でごぜえます。脅しに使うなり奴隷として使うなりご自由にどうぞ」

「……」


 この男……いえ、この薄汚いヤツ族はどうやらどうしようもないほどに愚かですね。このヤツ族がつれてきた『人質』は確かに脅しか奴隷に使うしかもうできないでしょう。
 注意して見なければただの力なく座り込む両手を縄で縛られた人たちにしか見えないでしょうね、ですがこの人たちはただ捕まって人質にされただけというわけではないですね……
 
 
 
 
 
───なぜなら、すべての人質が女性で、目から生気を感じることができなかったから。




 ああ、そうなのですね。やはりさすがはあの「ザルカー」の元にいたわけではありませんね……本当にまったくもって愚かです、こともあろうに私への手土産がこの人質達ですか。
 まあいいでしょう、これで本当に微塵も情けをかける必要もありません。
 
 
「ど、どうでしょ───」



───ザシュッ! ゴトッ


「さて、この人々を壊したのは誰ですか?」

「「なっ!?」」


 この塵のようなヤツ族の首を一閃で切り落とし、私は静かにこれの後ろに居たヤツ族に聞きます。だれがこのようなことをしたのかと……答えは全員で『ふぁいなるあんさー』でしょうが。
 
 
───ザワザワ


「ああそうです、素直に実行犯をさしださない場合は全員火あぶりですのでがんばって実行犯を突き出してください」


 一瞬で離反した残りの99人から発せられていた戸惑いが消え、目が血走り、全員が一斉に自分の近くのヤツ族がやったと言い出し始めました。いいですね、それぞれが戦友を見捨てて自己保身に走る様子などまったくもって胸のすくような気分です。
 せいぜい今まで楽しんだ分、苦しみのた打ち回るといいでしょう……壊された人質たちのためにも。
 

「さあどうしました、殺してでもかまいませんから実行犯を連れてきた者だけには恩赦を与えましょう。さて、誰でしょうか?」

「ま、待ってくれ! 私が命令したんだ、人質になるやつを連れて来いと! 私はどうなってもいい、だから部下の命だけはっ!!」

「そうですか、それであなたが命令してつれてこさせた人はその後どうしました?」

「べ、別になにもしてはいない! そ、こにいるはずだ。ナターシャ、こっちに来てく言ってやってくれ!」


 この隊長格らしき男に呼ばれて一人の女性が人質の集団からこちらにふらふらと歩いてきました。年齢は30歳前後といったところでしょうか、髪や目の色で判断するにどうやらレイヴンスタン人のようです。
 そして彼女は男の前まで来るとひざ立ちになり、男のズボンに手をかけました。
 
 
「な、おいナターシャ! どうしたんだいったいっ!?」

「はふぇ?」

「しっかりしろ! おい、どうしたん───」

「さて、これではっきりしましたね。ではヤツ族の蛆虫さん、さようなら……殺れ」


 まったく、表情を見る限りではこの隊長格の男は知らないようですが、やはり他のヤツ族は所詮こんなものでしょう。まあそもそも略奪を繰り返す者に非人道的行為をすることをためらう者はいないですしね……略奪はしないにせよ、私もその一人ですが。
 
 
「ちょ、た、たすけてげはっ!」

「く、くるなぁ! ひゃがっ!?」

「あ、ああ……」


 離反してきた99人を包囲していた私の部隊が次々と「処理」してゆきます……いい表情ですよ隊長さん。どうですか、目の前で部下を皆殺しにされる気分は。あなた方に略奪されてきた村の人も同じ気分になったと思いますよ?


「そ、そんな……なんで……」

「これで後はあなた一人、さてさてあなたの処分は被害者代表としてナターシャさんに決めてもらいましょうか」

「……?」

「ナターシャさん、この男はいい人ですか?」

「……(コクコク)」

「ほう? では先ほど殺したヤツ族はどうですか?」

「……(ブンブン)」


 なるほど、どうやら本当にこの男は何も知らなかったようですね……おそらく引き分けた後に戦力の増強として雇った傭兵隊の隊長などそのようなものでしょうね。まあ100人分の武器や防具、それに新しいノヴォルディア市民も「保護」できたので良しとしましょうか。
 
 
「よかったですね隊長さん、どうやらあなたは何も知らなかったようなので先ほどの光景を見せ付けるだけで許してあげましょう」

「知らなかったんだ……」

「何がですか?」

「あいつらが、あんなことしてたのは……だが、俺の部下のした事だ。こんなことで済むとは思わないが、殺してくれ、頼む」


 この男の装備を見るに、傭兵とするならばまだ経験が浅い……つまり元々はどこからか逃げてきた実力者といったところでしょうか。そうなると部下はどこで拾ってきたのでしょう、まあ別にどうでも良いですが。
 一応責任感はあるようなのでせっかく殺さずにしておいたのです、この男の使い道がないか考えましょうか。
 
 
「まず名前と以前何をしていたか教えてもらいましょうか、もしかするとそのナターシャさんを食べさせることのできる仕事を斡旋できるかもしれませんよ?」

「俺は、俺はっ───」














「と、このようなことがありました」

「ふむ、そうなるとその男は登用できたのかの?」

「はい、私の隊でもっとも頼れる前線指揮官の一人です」


 そう、実際に彼は今よく働いてくれている。彼さえ居れば隊の指揮を任せてザルカーの首を取りにいけるのですから、これ以上望むべきではないでしょう……さあ、楽しみで仕方がありませんね。
 
 
「それともう一つの方も順調です」

「……本当にいいんですか、カズキに伝えなくて」

「いいんじゃ、今伝えればカズキがどんな事になるか想像がつかんでの……少しでもカズキの生還を望むなら最後まで隠し通すべきでの」


 そう、もう一つイスルランディア殿にも秘密裏に進めていた事は「カズキに異端の噂を知らせないこと」
 ノヴォ市長の言うとおり、出陣は強制的に村長会議で決定されているのですから少しでも彼の生還率を上げるのは大事なことでしょう。今のところは彼に四六時中カザネかデニスがついているので、彼に知られてはいないようですね。
 
 
「あのニンゲンの指揮がおろそかになればそれだけ死ぬノルドールが増えるんです、セニアさんもご理解ください」

「でも、でも……やっぱりこんなのって───」

「今日のところはこの辺にしておこうかの、では解散じゃ。」







あとがき

うぅ、この先ずっとこういう展開になる予定です。最初のノリも大事にしたい(作者が楽しく書ける)のでまったりというかギャグ番外編を近日中に書きたいです。



[12769] 番外編2「平和な村の一日」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:17
「……この物語は、ノヴォ村長の村の日常を淡々と描く物です。過度な期待はしないでください……隊長、これでいいですか?」

「うん、いい感じ」

「えと、馬鹿ばっか?」

「何をしとるでのお前達」









~まだノヴォルディアと呼ばれる前のノヴォ村長の村にて~




<和樹視点>


「兄上様ちょっと聞きたいことがあるのですが」

「む、どうしたカズキ」

「魔法ってあります?」


───ピキッ



 うわっ、空気が凍った。
 今俺が空気を凍らせたのは部隊の訓練が終わって、四人娘や兄上様にセニアさん等々みんなでお昼ごはんタイム中の時。
 で、でも……気になるじゃないか! 魔法だよ魔法、こんなファンタジーなペンドール大陸なら魔法の一つや二つあるでしょ!? 何、俺そんな変なこと聞いた!?
 
 
「……隊長、以前話してくれた『ちゅうにびょう』のことは実体験からだった?」

「さすがに魔法……ぷくくっ、あっはっはだめだってっ! いくらなんでもその年で魔法って! アタイの腹筋が持たないってばわはははは!」

「隊長疲れ、てる?」

「そ、そうですこの後一緒に鍛錬しましょう! きっと気分転換になりますよ!」

「すこし訓練を厳しくしすぎたようですね、今後注意しましょう」

「あの、僕はきっとあると思いますよ!? だって夢があるじゃないですか!」


 あーぼっこぼこですな人間族の皆様。しかもレッドさん、腹抱えて笑わないでください……涙目になるほどツボに入ったんですねわかります。
 そしてカザネ、べ、別にあの厨二病の例は実体験なんかじゃないんだぞ!?
 
 
「またいきなりなんで魔法なんじゃ?」

「カズキ……どこか頭を打ったのですか?」

「もぐもぐ、精霊の加護があるからあるのではないかもぐもぐ」


 うぐっ、兄上様はともかく村長もセニアさんもひどいなぁ。だってデモニックウォーリアー(ちゃんと書庫の本で調べた)とかいう死体の騎士とかが悪魔崇拝軍にいるそうじゃないですか、だったら魔法ぐらいあるのでは?
 それにしても兄上様とゲデヒトニス、そしてカザネはよく食べるなぁ……そろそろあわせて30人前は食べとるんではないでしょうか?
 
 
「そ、そんなに言わなくてもいいじゃないですか……で、具体的に言うとこう手から刀をぬ~っと出してみたり魔法の砲撃でばったばったとなぎ払ったりしてみたいんですよ」


 そう、俺にとっての魔法とは「今はこれで精一杯」レベルでなく、「受けてみてっ! これが私の全力全壊っ!!」レベルです。ただの魔法には興味ありません。あ、でも「今のはメラだ」とかも言ってみたいかも……ふふふ、俺自重ふふふ、俺自重ふふふっ はっ!? どこからか電波が……
 
 
「も、だめ、酸欠になるっぷくくっ!」

「衛生兵、呼ぶ?」

「……きもちわるい」


 ふっふっふ、虹裏……じゃなかったペンドール大陸ナンバーワンの厨二病であるこの俺を知らないとはって何を考えているんだ俺は。いかんいかん、魔法のことを考えすぎて夢が広がりすぎた。
 それにつけてもさっきからカザネひどいな、カルディナも何気に哀れんだ目で見ないで欲しいな。心が痛いよ。
 
 
「え、ええとですね多分召喚とか使役のような魔法はあると思いますよ、実際に悪魔崇拝軍の死人が動くのをサーレオンで見ましたから。」

「そうですね、でもゲデヒトニスそれは不死というのが正しいのではないでしょうか? まあ私は魔法を見たことが無いのでなんとも言えませんが」


 なるほど。つまりゾンビの悪魔崇拝軍と交戦したら映画とかのセオリー通り頭を狙えば倒せるのかな。
 ってそもそも今俺が知りたいのは魔法だ、物体の壊れる線とかより……まてよ、精霊さんがいるならセルシウスとかいるんじゃないか?  
 
 ま、ないよな……







「ふむ、ではご飯を食べた後に精霊様の宿る木に行ってみるかの?」

「もぐもぐそれじゃあ俺の新しい剣を一緒にお願いするもぐもぐもぐもぐ」

「兄上、ちゃんと飲み込んでから喋ってください……きたないです」

「あ、それ僕も見てみたいです」

「えっ本当ですか? それは興味が」


 精霊様の宿る木ってあれですか、ゼルダ的な木なのかな。いやむしろこのー木なんの木気になる木的なものかも。
 興味があるし見に行ってみましょうか、笑いすぎてびくびく痙攣しているレッドさんはほっておいてってちょセイレーネ! 俺の春巻き食べたなっ!! 知らない振りしても無駄だぞっ
 
 
「セイレーネ、俺の春巻き食べただろう。ほっぺについてるぞ」

「え、ど、どこですか!?」

「コテコテだけど自爆したな、というわけでセイレーネのから揚げもぐもぐ」

「ああっ私のから揚げが……」

「……そもそも勝手に隊長の春巻きを『ぼっしゅーと』したのが悪い。あと、おかわり」


 どの世界でも唐揚げは美味しいなぁ。よし、じゃあ食べ終わったらノヴォ村長にくっついていってみますか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


「で、でかい……」

「手をつないで囲もうとすれば50人は必要での、これほど大きな木はそうそうないでの~」


 すさまじいでかさですよ、ゼルダ的な木だったけど喋りはしないみたい。いままではご神木としてあんまり近づかない方がいい的なことを言われてたから、こんなに近くで見るのははじめて……どこぞやの神男のようにこれでゴッ神木扱いしてみたいかも……いや、呪い殺されそうか。
 そして今ノヴォ村長が兄上様に頼まれた新しい剣に精霊の加護を付与するために儀式を行うようだ。
 
「この森を司る精霊よ、この剣にあなたの加護を……」


 おお、村長が木の根元にある祭壇のような物を置くところに剣を神妙において……ってそれで終わり!?
 
 
「え、村長これで終わりですか?」

「うむ、終わりでの。後は明日の朝にとりに来るだけじゃ」


 あーうん、このワクワク感の落とし所はいったいどこに持ってけばいいのだろう……
 
 
「えと、隊長ほどではないですけど僕もちょっとびっくりというか拍子抜けというか……」

「……残念」


 ご飯を食べ終わった後一緒についてきたのはゲデヒトニスとカザネ、セニアさんと兄上様はまだ食事中(セニアさんは兄上様の食事に無理やりつき合わされてるみたいだけど)、セイレーネは食後の運動だかで鍛錬場へ。ほんでもってレスリーさんにカルディナは笑い死に一歩手前のレッドさんと一緒に居るご様子。
 
 
「儀式をなんだとおもっとるでの……大々的なものを見たいのなら一月後の祭りを楽しみにしているといいでの~」

「お祭りかぁ、僕隊長と見て回りたいですっ!」

「……楽しみ」


 え、何だろうこの俺の両腕に抱きつく二つの萌え生物。えっと、その、うーん、いけない、これは色々といけない気がする。

 でも、ちょっとやってみたい、うん、少し悪魔の囁きに負けてみよう。
 
 
「ねぇゲデヒトニス、犬の鳴きまねしてみて」

「くぅ~ん? わんわんっ」

「……」

「わぅ? わんわんっ♪」

「……関東、万歳」

「わんわんって隊長、どうしたんですかっ! しっかりしてください隊長っ~!!」


 これは、いろんな意味で、クリティカル……ガクッ
 
 
「ふむ、後でセニアにこのことを言っておこうかの」


 あーお昼なのに星が見えるような……
 



[12769] 31馬力目「出撃といえばワンダバダ」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:17
前回のあらすじ

・隠し事

・無理やりの出陣

・副隊長さんゲット?



<和樹視点>


 さて、いよいよこれから出撃です、先ほどノヴォ市長の演説も終わりただいま市外に出て遠征軍全員で手を振ったり敬礼しているところ。
 絶対に今回もここに帰ってくるんだ、死んでも帰ってってこれは死亡フラグだな、いけないいけない。
 
 
「遠征軍はこれより北領国境警備隊基地へと移動する、行軍開始っ!」

「「「うおおおおおおおお!!」」」」


 うん、士気も悪くないし何より指揮官が兄上様だ。うちの和樹隊は補充兵も入ったし編成も変えたからまだ錬度不足で補給隊と行動を共にする予定です。
 うーんもう少し時間があれば部下ともっと話をしたかったんだけれども、カザネが今回抜けるため、その穴を埋めるのにてんてこ舞いだったからなぁ……
 
 
「隊長、私たちもそろそろ」

「それじゃ行こうか! 和樹隊行軍開始!」

「「「ヤ、ヤボール!」」」

「確かにかっこ、いい?」

「オレにはわからん……なんでこれがかっこいいんだ?」


 うーん、いまいち思い切りが足りないかな和樹隊の諸君。あ、そうそう『了解っ!』っていうのも結構かっこいいけれど、『ヤヴォールッ!』の方がかっこよくありません?
 なんたって戦車がパンツァーになるんだからドイツ語はすごいと思う、前の世界で「このテストはこれで終わりだっ! クーゲルシュライバーっ!!」って言ってボールペンで名前書いたらうるさいって先生に怒られたけど……かっこよくないですか?
 
 
「ん~いまいちアタイは慣れないねぇ『どいつご』つーのはさ」

「補給隊も変えてみますレッドの姐御?」

「姐御言うんじゃないよバカタレ」

「いいですよ、もっと、もっと言ってください!」

「くそっ、お前ずるいな姐御に罵ってもらえて」

「へへっ、俺これでまた戦えるぜ」

「あ~~ったくこの野郎どもが!!」


 ……なんというか、補給隊も補給隊で元気そうでなにより。そうそう、補給隊には野戦病院のためにレッドさんを中心とする医師団も10人くらい参加してます。
 ノルドールは精霊の秘薬とかあるからいいとして、人間族は『傷が化膿するのは傷が治るために必要な現象である』とか平気で言う連中が医療の主流なもんで、手術のためにわざわざノヴォルディアに来る人もいるくらいだ。

 詳しくは覚えてないけどその一派はレッドさんいわく怪我したら熱した油か何かを傷口にぶちまけて火傷させておいて「これで助かります」とか言うのまで……家庭の医学の偉大さはよくわかりました。小学校の読書の時間に読んでおくといい本のひとつかもしれない。
 
 まあ医療班の話しはここら辺までにして、現在の遠征軍についてなんだけどまあサーレオン軍との連携を考えているから結構特殊な編成だ。
 
 
ザルカー軍閥討伐隊

イスルランディア軍 200

・本隊 100
   ノルドール弓騎兵 50
   ノルドール重装歩兵50
   
・レスリー隊    50
   サーレオン重装歩兵 10
   サーレオンパイク兵 40
   
・和樹隊      50
   ノルドール弓兵   20
   レイヴンスタン義勇弓兵 20
   サーレオンロングボウ兵 10
   

 そう、この編成は軽騎兵中心の400で出撃してくる腹黒男爵とで打ち合わせた編成。「パイク兵+重歩兵と弓兵で狙い撃ち作戦」だっ!
 基本的に弓騎兵の倒し方は射撃系でちまちま削るか同じ弓騎兵で戦うしかないんだけれど、今回はザルカーの首印さえ上げてしまえばあの軍は瓦解するって事がわかっているので(レスリーさん調べ)サーレオン軍の軽騎兵で誘い込んで、V字の塹壕をつくりそのVの中に誘い入れてしまえば一網打尽にできるって事らしい。
 兄上様もできるならどうせ逃がしても賊になるであろうヤツ族は殲滅しておきたいようだ。
 
 レスリー隊で足を止めて和樹隊で狙い撃ち、背後をサーレオン軍が遮断して本隊が予備隊として突破されそうなところの補強かな。でもそうなるとパイク兵は野戦で別な勢力と戦うことにでもならない限り塹壕から狙い撃ちする以上あんまりいらない気が、でもまあそこは兄上様に何か思う所があるんだろう。

 いまさらだけど俺結局ゲームとか本で知った知識しかないから、この世界の戦い方って言うのがいまだに深く理解できてないんだよなぁ。もっと精進せねば。
 まあ兄上様はやはりプレイヤーを恐れさせるイスルランディアなわけでして……食堂とかでよくボケかます兄上様と同一視できない今日この頃。でもまあ……うまくいくものかな?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
~ノルドール連合国北領国境警備隊基地~


 さて、三日の行軍の末たどり着いたものの、そうすんなりとは事は運ばないようだ。
 
 
「ですからこの命令書にあるようにこちらに従ってください」

「お断りします」

「キサマ、いくら北領にある程度の権限を与えてるとはいえこちらの指示には従ってもらうぞ」

「あんな災いを基地入れることなどできません、休みたいのなら外の塹壕にでもどうぞ」


 なにやら国境警備隊の基地での受け入れについて認識の齟齬が発生しているようです、遺憾の意を───
 
 
「た、隊長は部隊の野営準備の手伝いをしてください!」

「外は寒いから野営の、準備?」

「まあ……た、たしかに寒い……」


 うん、なにやら遺憾の意を表明するのはまた次の機会になりそうだ。まあともかくこんなに寒い中兵士達を待たせるのもなんなので、野営の準備をさっさとしておきましょうか。東北出身なので寒いのは一応平気なつもりかな。まあロシアやフィンランドみたいな寒さには対応不能ですけど。

 この北領国境警備隊基地は収容人数100程度と比較的小規模なもので、もともと駐屯している50人を考えるとここまでの行軍で体調不良になった人や靴ズレになった人に医療チームを入れたらそこで満杯でしょうね。
 まあそのほかの元気な皆さんは焚き火しながら基地周辺の塹壕に入って塹壕に布張って仮設テントでお休みすることにしよう、普通にテント張ってるより防衛的な意味でも塹壕に詰めとくのは悪くないでしょ・・・・・・これで雨降ったら最悪だけれども。
 
 
「よし、じゃあ体の調子が悪い者や軽くても怪我した者以外は塹壕に入る準備してくれ! 塹壕に味方と一般人以外の怪しすぎるやつが警告を無視して近寄ってきたら射撃を許可、猪や鹿が近寄ってきたら夜ご飯が豪華になるぞー!」

「「「おおー!」」」


 夜ご飯が猪鍋になれば寒さもだいぶマシになるだろうね。さあおいでませイノシシさん。
 ……それにしてもセイレーネがどこか上の空というか元気がないな、カザネが留守を守っているからだろうか?
 

「なぁセイレーネ」
 
「……」

「えっと、もしもーし」

「……」

「セイレーネさーん」

「……私は」

「……わっ!」

「はっ!? あ、すみませんなんですか隊長!?」


 やっと気がついたようだ、あやうくスルーされすぎて心に傷を負う所でしたよ。
 
 
「何かあったのか? 最近様子がいつもと違う気がするんだが」

「あ、いえ、その……」

「まぁ、なんだ、セイレーネならこう今日もバァーンと行きましょうっ! って元気が無きゃさ?」

「それは、ですが……」

「俺のことについて何かあったんだろう? いつも頼りっぱなしなんだからセイレーネが何か困っていることがあれば俺でよければ頼ってくれ、これでも隊長やっているんだからさ」


 うん、たぶんきっと元気が取り柄のセイレーネがここまで落ち込むというか悩むんだから相当な事だろう。最近俺への態度がおかしいのもこれに関連してだろうし、まあ俺の悪い噂でも聞いてなにかひと悶着あったんだろう。
 となるとこういう時こそ隊長として、部下を助けてやらんと。いっつもというかほぼすべて四人娘に頼りっぱなしだしな。
 
 
「隊長……実はその、私は───」








「伝令っ! 基地から10時方向っ! 砂煙を確認したそうですっ!!」

「偵察隊より報告っ! 所属不明の部隊がザルカー軍閥の小規模部隊と交戦中ですっ!!」

「なにっ!? 今行く!」


 なんだってこんな時に!? 行軍し終えて装備もおろしたり休んでいる途中の現在、すぐに動ける状態ではないんだぞこの部隊は!
 

「隊長、騎乗可能な騎兵はすべて行動を共にすべしの、命令?」

「司令自ら確認のために出撃するそうです。もしかするとサーレオン軍の偵察隊か他のヤツ族の可能性もあるので、連れて行く兵力は機動力の高い騎兵でとの事です。僕らも動ける人員だけで装備軽めで行きましょうか?」

「そうだね、了解した。デニスは慣れてるだろうし重装備でいいよ、この拠点での戦闘が発生した場合はセイレーネが指揮を執ってくれ、では行ってくる!」

「え、わ、私もっ!」

「いや、この部隊について詳しい指揮官が居ないと部隊と拠点が心配で戦えない。ここなら3,400の敵が来ても200あれば守備できるだろうしね」

「しかし……」


 どうやらセイレーネは納得いかないご様子だ……現代日本人だった俺が言うのも変な感じなんだが、戦場じゃ迷いがあったらいくらセイレーネでも危険だ。
 しかもザルカー軍閥と交戦中の部隊が突然こっちにも襲い掛かってくる場合を考えたら、信頼できる(基地の駐屯部隊は、さっきのゴタゴタを考えると信頼はできない)部隊が後詰にいるのは心強いことだ。まあ作戦の予行演習としてこのザルカー軍閥を使うのもありかもしれない。
 とりあえずその辺は兄上様に任せて行きますか。
 
 
「まぁ、娘っ子、カズキ隊長は俺たち古参兵に任せとけって、な?」

「今回もこの大盾で隊長は守ってやるさ」

「騎乗していくんだからその盾はおいてかないといかんぞ」

「そいつはいけねぇ、隊長の護衛はカルディナ嬢にまかせます」

「任され、た?」

 
「む、カズキ達も準備できたようだな。ではこの55人で出撃する、戦場に着いたらまず様子を見るぞ。迂闊に手を出すなよ、俺の指示を待てっ!」

「「「了解っ!!」」」

「カズキ」

「はい?」

「俺から離れるなよ、絶対にだ」

「りょ、了解」


 なんだろう……兄上様の目が本気だ、これは以前俺がレッド団と交戦した時の兄上様と同じだ。どうしたんだろう急に。でも今度こそ怪我しないといいけどなぁ……無理か。
 
 
 
あとがき

 資格試験におわれる今日この頃、ここのところ更新が遅くなってごめんなさいです。



[12769] 特別編「日本のお菓子会社がすべての元凶」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:17
2月13の2日目特別編


※注意
   何でM&Bの世界にチョコレートがあるかなどは気にしてはいけません、だって番外編でもなく特別編ですから。
   どうしても気になる人はシベリアで木の数でも数えてくると落ち着くかもしれません。








<和樹視点>


 ───知らなかったんだ、こんなことになるなんて……
 
 
 ───だってさ、誰も想像できないだろ……?
 
 
 ───そう、あれは……あっちの世界歴で2月14日のことだった……
 
 
 
 
 
 
 
 
~2月14日~




「お、おはようあなた!」

「……ん、おはよう。どしたの朝から?」


 ん、朝起きたらいつもは隣で俺の髪をいじくってたりするはずのセニアが、なんでかノルドールの民族衣装+エプロンという最強コンボでもじもじしてました。
 なんだこれは、夢か、幻か、それとも俺を萌え殺そうとする第三勢力の陰謀かっ!?
 
 
「きょ、今日はその……あれの日ですねっ! えとそれでその、えと、だから……その」

「今日? 今日って何か予定がはいっていたっけ?」


 萌え死にしかけている頭を使ってなんとか考えてみるもののそこまで慌てる用事はなかったような気がする。今日……たしか今日は2月の───
 
 
───ドガッ!
 
 
「おはようカズキ起きてるか! よし起きてるな、さあ今日は早朝から訓練だっ!!」

「あ、おはようございす兄上様。ちなみに朝っぱらから『海兵隊式』は勘弁してください。その日どころか明日にまで響くんですよ」

「……チッ」


 朝っぱらから起きてること前提で部屋に完全装備でやってきた兄上様。お願いですからドアは手で開けてください、ドアは蹴破るものではありませんよ。
 あとできれば突っ込まずにスルーしたかったんだけど……いまセニア舌打ちせんかった? 気のせいだよね、ソンナニコワイカオデチガズベテコオリツクヨウナギョウソウヲシナイデ
 
 
「まあ兄上はいったんおいておいて、実はあ……じゃなくてカズキにこんなものを作ってみたんですけどよかったら───」


───ドガッ!


「おはようございます隊長っ! 今日はあの日ですから私も隊長の言っていたあれを作ってみま……お、お取り込み中でしたね。さ、先に食堂に行ってきますね」

「ちょっと! この展開わけわかんないんだけどって勝手に逃げないでセイレーネっ! 少しはこの状況の収集手伝ってくれてもってそもそも何しに来たんだっ!?」


 わけがわからん、兄上様に引き続きドアを蹴破って入ってきたのは騎士甲冑+エプロンという誰得スタイルのセイレーネ……なんだけど勝手に入ってわけわからん事言って帰って行きました。だめだ、寝起きなこともあいまって正直わけがわからん。

 後ろからは「ゴゴゴゴゴゴ」じゃなくてもはや「ドドドドドドドド」と言ったほうが適切なまでのオーラが伝わってきて正直冷や汗で溺死しそうです。だれか助けて……
 
 
「あーまあなんだ、とりあえず訓練に───」

「ごっほんっ! えーとカズキ、今日が何の日か覚えてませんか? 今日はカズキが教えてくれたバ───」


───ドガッ!


「いよーうっ! おはようさんだぜカズキって……おじゃましますたんーアタイは逃げるよ。邪魔して悪かったね」

「なに!? 俺は朝っぱらから人がいろいろ来るところに突っ込むべきか、それとも毎回蹴り破られてんのに律儀に閉まる扉に突っ込めばいいのっ!?」

「むぅ、俺でもわかるぞ。これは名誉ある転進をしたほうが安全そうだな」

「……クスクスクス」


 アパームっ! 早く鎮静剤もってこーいアパーーーーームッ!! もうわけわからんがわかるのはただ一つ、逃げないとガチで死ぬ。これは間違いない、まず逃げよう、今逃げよう、すぐ逃げよう。

 この際兄上様には生贄となってもらおう、兄上様なんだからきっとなんとかしてくれる。今はできるだけ不自然さを感じさせないようにゆっくりと扉に向かうだけだ。大丈夫、できる。俺にならこのカオス空間からの脱出はできるはずだ!
 
 
───ガチャッ


「おはようございます、隊長?」


 普通の入り方の子きたああああああああああああああああああ!!
 
 
「ちょうどいい所に来たねカルディナ! ちょっと朝飯付き合ってくれじゃあいっしょに行こうかちょっと急ごうねさあ早くしないとご飯冷めちゃうよ!!」
 
「えっ、た、隊長!?」


 よし、ナイスタイミングでカルディナ一名様はいりまーす。では兄上様、後のことは頼みました。心の中で敬礼しておこう、我々を逃すために殿を務めたことを決して忘れることはないでしょう。
 そして俺とカルディナは寝起きテンションのままカオス空間と化した部屋から離脱するのでした。
 
 
「し、しまった先に逃げられたかっ! ま、まて落ち着けセニアいったいなにをぬ、ぬがああああああああっ!?」
 
「キシャアアアアーーーーッ!!」
 

 
 
「た、隊長……今すごい、声?」


 あーあーキコエナイキコエナイ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さて、なんとか自室から離脱した俺たちは、とりあえずセイレーネが待っているであろう食堂に行くことにした。魔王と化したセニアと戦うにあたって少しでも戦力をかき集めんといかんからね。勝てるかはおいとくけど。
 
 
「あ、たいちょ……朝からそうですか、これが今日のセニアさんのアレの原因ですね」

「え、何が?」

「隊長……その、手?」

「のわっ!? ご、ごめんっ!」

「あっ……」


 これは恥ずかしい、部屋から逃げてくるときについついカルディナの手を握ってきてしまった。しかも食堂に入る時も手をつないだまんまで入場……これはカルディナに恥をかかせてしまったし迷惑だっただろう。
 ところでカルディナ、なんで手を放した瞬間残念そうな顔をするのかね。ちょっと罪悪感が湧いてしまうんだけれども?
 
 
「まあ特に突っ込みませんよ。というわけでこれをどうぞ」

「え、なにこれ?」


 セイレーネが手渡してきたのは食料品の携帯に使う通称『お弁当箱』だ。なにか作ってきたんだろうか?
 
 
「私も、あげる?」

「ん? カルディナもか」


 さてさて、お二人から渡されたお弁当箱にはいったい何が入っているんでしょうか……いざ御開帳っ!
 
 
「こ、これはっ……!」







 受信した電波の通り表現しよう。


 あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!
 
 『俺は生まれてこのかたチョコをもらえてないなあ思ったらいつのまにかチョコを貰っていた』
 
 な……何を言ってるのかわからねーと思うが俺も何でもらえたのかわからなかった……
 
 催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ(ry
 
 
 
「こ、これはいったい!?」

「隊長が教えて、くれたから?」

「『ばれんたいん』ですよね今日は、確か隊長の国では一番大切な男性に女性が……あぅ、えぇとですねこれは、その……」


 バレンタインだと……そんなばかな、俺にとって最も無縁な行事だったはずだ。どうしてこうなった……いやうれしいですけどね。
 
 
「……はい、隊長にあげる」

「お、ここにいたのかぁ。ほーれおまちどーさん! アタイの手作りだよ~食ってみ食ってみ」

「た、たたた隊長っ! ぼ、ぼぼぼぼぼぼぼ僕もつ、つつつつつ作ってみましっ!? あぅ……舌噛んだ」


 いつの間にかカザネとレッドさんにデニスも参加して食堂の円テーブルひとつ占拠しての大試食会の様相をていしてまいりました。開けてみるとそれぞれみんないろいろ工夫を凝らしたチョコだ……麦チョコ1つでも貰ったことのない俺にとっては天国です、本当にありがとうございました。

 あとデニス、いろいろとやばいだろう。そんなにかわいくされると「3月目ーの浮気ぐらーいおおめにみーろーよー」「両手をついて豚のような悲鳴を上げるほど痛めつけてもゆるしてあっげなーい☆」のフラグが立ちかねない。
 いかんいかん、不埒なことを考え始める前にさっさといただいてしまおう。そう、喜びをかみしめながらいざはじめてのチョコへっ!
 
 
「みんなありがとう……そ、それじゃあいただくね」

「甘いもんはいいよなー」

「……どうぞ、確かにレッドの言う通り頭の回転がよくなる気がする」

「作るの、がんばった? でも食べ過ぎると、太る?」

「はっはっは、そんなの訓練で動けば問題ないって」

「あ、味のほうは大丈夫なはずだけど、えと、その、うえええと」

「あ、試作品も含めて多めに作ったのでみなさん一緒にどうぞ?」


「「「「「「いっただっきまーす」」」」」」


 ……ん? 今一人人数が多かったような?



───パクン モグモグ





 ……あれ、みんななんでフリーズしてるのかな、かな? 俺が最初に食べたのはデニスの作ったちょっと焦げたチョコの塊だったけどちゃんと食べれたよ。
 まて、なんかみんなの様子がへんだぞ?
 
 
「あっれー? なにこれめちゃ気分が高揚するんだけど-☆」


 ちょっ! カザネのキャラがおかしいことに!?
 

「きゃっ!? わ、私なんで鎧なんかってた、隊長!? 見苦しいところを見せてごめんなさい! も、もう穴を掘ってうまってます~!」


 まてまてまて、セイレーネそのガッツさんとかアリューゼさんとかに匹敵する大剣で地面掘ろうとしないでっ!
 
 
「あーかずきー、らからいったんらよー、さっさとだねーアタイらをねーひゃひゃひゃ」


 レッドさんは意識朦朧ー!?
 
 
「みんな、どうしたの?」

「おお、カルディナは無事だったか!」


 よ、よかった……さっきもそうだけどカオスの中の救世主はやっぱり君しかいな───
 
 
「無事、ですよ? まずはこの雌豚共をひき肉にして、から?」

「ぜんっぜん無事じゃないだろう!?」


 これはまずいぞ! 阿鼻叫喚の地獄絵図だ! ま、まて食堂にいた他の皆様。逃げないで! おいてかないでっ!!
 
 
「た、隊長……これはいったいなにが?」

「今度こそ正常な人がいたか……えっと一応確認するけどデニスはんむっ!?」


 ホワイ? 何が起こった? この唇の温かい感触は何?
 
 
「ぷはっ! ちょっといったいなんだ!?」

「ふふふ、それ以上は言わなくてもいいの……だって、僕がそうしたかったんだから」

「えっ?」

「なぁに? 知らないふりするのね……なら、あむ」

「なっ! ちょっ!?」


 み、耳かぷって、甘噛みされてちょ、ちょっとまてい、息が耳にってまてまておかしいぞこの状況!?
 
「ちょっデニスさん! これはいったい!?」

「さんなんてつけなくていいの。あぁそうだ……隊長、カズキって呼んでも、いい?」

「え、あ、うん、えっと、別に構わないけどってまて」

「ふふっありがと……じゃあ素直なカズキにはごほうびをあげちゃおうかな、このお菓子よりももっとあまぁいあまぁいの」


───スルスルスル


 まてまてまて、なんで服ぬいどるんですか。というかなんで俺に馬乗りしてるんですか、なんでそんな火照った顔でゆっくりとボタンをはずして行くんですか。
 
 
「さぁ、来てカズひでぶっ!?」


───ドゴッ! ドゴーンッ!!


 え、なに、何がおきたの? 服をはだけさせたデニスがいま俺のズボンに手をかけた瞬間、デニスの頭部に突如として左ストレートがクリーンヒットして壁に見事な人型をあとを残して吹っ飛んで行きました。
 ぼかぁもうわけがわかりませんよ、もうね、おれも、さっきのデニスの口についてたチョコでですね、はへ? ふはへ? なんだか意識が朦朧と……
 
 
「みぃつけた」

「んなっ!?」


 すべての混乱状態に陥った人をせん滅して片手にチョコをもって接近してくるのはセニアじゃあーりませんか。
 
 
「さぁ、あーん」

「え、まって、そのチョコのせいでみんなこうなったんだよね?」

「あーん」

「な、なにで出来てんのそれ!? 薬物かなにかですかっ!?」

「カズキへの愛です、さぁあーん」



ちょっと、おま、まって





ほんと、らめらって、も、だめだって










アッーーーーーーーーー!!!!!







ビクンビクン




















「どうかしたんですか、ずいぶんと騒がしいようです……何がどうなってるのですか?」

「あ、レスリーも食べる? たべるよね、ねぇ、食べてよ、たべなさいよっ! たべぐふっ!」

───ドスッ!

「き、危機一髪でしたね……今日この日のためだけに気絶させるための手刀を覚えたようなものです。で、私にこの状況をいったいどうしろというのですか?」







あとがき
ついむしゃくしゃしてやった、反省は多分にしていますごめんなさい。



[12769] 32馬力目「誤射はつきものの援護射撃?」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:18
前回のあらすじ

・まさかの駐留拒否

・第三勢力登場

・とりあえず様子見




<イスルランディア視点>


 部隊を率いて戦場に近付くと、偵察隊から報告のあった場所をちょうど見下ろせる丘があったので、早速そこから戦場の様子を確認してみることにした。
 そこから見えたのは総勢300ほどの部隊が入り混じって交戦中の草原。すでに多くの屍が転がっている……やはりザルカー軍閥と交戦中の部隊が掲げる紋章は俺もわからなかった。

 ふと横を見るといつもは冷静沈着なレスリーが、先ほどからずっと会話に参加しようともせず苦虫をつぶしたような顔のまま「甘い」「殲滅」などと独り言を繰り返している……これは相当重症だな、彼女ならあのザルカー軍閥の部隊にザルカーが居ないのはわかるだろうに。
 
 
「……」

「レスリー、気持ちはわかるが今はまだ様子を見る」

「……了解っ! くっ」


 一応声はかけてみたが……この様子では駄目だな。レスリーは次から俺の横にでも括り付けんと何をしでかすことやら。今も両目は血走り、手に持つ槍をそのままへし折るのではないかと思えるほどに握りしめている。

 さて、この今にも臨界点を超えそうなお嬢さんを抱えて我が軍は一体どうすべきか。突っ込むにしてもこちらの被害を考えるとあまり乗り気にはなれんな、これが俺単騎ならば話は別だが今俺は軍の指揮官だ、部下を必要以上に危険にさらせん。

 さて、俺一人で考えても思考が堂々巡りするのならば他の人に意見を聞けばいいだけだ。だがしかしいつもの参謀役であるレスリーは今回は冷静な判断が難しいだろうし、そうなると……だめだ、カザネは今ノヴォルディアに居る。
 
 
「よくわからないけどあの旗印見たこと、ある?」

「えっ、どうカルディナ、思い出せそう?」

「だいぶザルカー側が押してますね、損害としてはほとんどザルカー側とはいえ戦力差がかなりありますし」


 うむ、ゲデヒトニスの言うとおり戦局は徐々にザルカー側に傾きつつあった。どちらも弓騎兵を中心とする部隊編成だが、どうやら交戦相手はだいぶ疲弊しているようだ……装備も見たところ長距離の行軍には適していないところを見るとこの近くのヤツ族だろうか?
 
 
「このまま手をこまねいているのも……兄上様、介入しますか?」

「すべきだろうな、だが兵をむやみに危険にさらすわけには……」

「隊長、私たちを助けてくれた時にやったあの作戦を試、す?」
 
「えっ、あ、あれをまたやるの……」


 以前? むぅ、以前とはカズキが隊商を救援に向かって槍で負傷した時のことだろうか。だが俺は何かあの時作戦など言っただろうか……うーむ思い出せん。まあカズキに何か考えがあるのだろう、まずは聞いてみようか。
 
 
「悪いがさっぱり覚えてないな……でその作戦とはなんだ?」

「やらないといけないんですね……我々は今丘の上にいます、そしてこちらはほぼ弓騎兵と騎乗弓兵です。兵科的には軽騎兵に分類される我々では、この乱戦に突入するのは防御力的に不安が残ります」

「えと、お互いが消耗したら弱ったほうを、助ける? それとも撃ち、逃げ?」

「隊長よく言ってますからね、『撃ったら逃げる、引き撃ちができる限り弓騎兵に敗北はない』って。つまり射かけたら弓騎兵の機動力を生かしてすぐに引き上げるんですよね?」

「だが騎乗弓兵はどうする? 馬上からでは攻撃できんぞ」

「初撃を放ったら先に離脱させましょう。殿と最後の攻撃をノルドール
弓騎兵に任せれば安心できます」


 なるほど、ここからなら混戦となっている戦場に向けてある程度射撃して撤退すれば被害はほとんどなしで一定の戦果をあげれるだろう。だがそれではこの距離からだと混戦中のあそこに射かければ、どちらかの軍勢にだけあてられるというわけではない。最悪どちらの軍も敵にまわ……いや、どちらもヤツ族なのだから仲間になるかもなどという期待は捨て置いたほうがよさそうだな。

 それにしても戦う前から逃げることを考えるとは、まったくカズキの考えはよくわからん。まあ「逃げる」ときたら『てんぷれ』とやらを返しておくか。
 
 
「『知らなかったのかカズキ、ヤツ族からは逃げられない』だぞ」

「ええ、弓騎兵の熟練兵達相手に簡単に逃げられるとは思っていませんよ。というか兄上様、それ、覚えていたのですね」

「イスルランディア様も随分と隊長に染まりましたよね」

「デニスが言うことじゃ、ない?」

「……作戦を前にのんきなものですね」

「姉さんも、もう少し力をぬいた方が、いい?」

「余計なお世話です、カルディナは自分の心配をしていなさい」

「……はい」


 やはりレスリーは危ういな。悪いが射掛ける場合でも、先頭にたたせるのは危険だ。命令無視の危険性を考えれば最後尾に回すか……
 
 
「さて、ではその作戦で行こう。各自攻撃準備。第一斑は下馬後立ち膝、第二班も同じく下馬後そのままで、第三班は騎乗したままで一斉に射撃する。できればザルカー軍閥を狙えよ!」

「和樹隊展開完了!」

「……レスリー隊準備よし」


 今まさにこちらが射かけようとした時、急速に所属不明のヤツ族がこちらの射撃予定地点から遠ざかっていく。どうやってこちらの攻撃気づいたかは知らんが、この機動だけでも指揮官の優秀さと部下の錬度がわかるな。
 現にザルカー側はいまだに追撃すべきかいったんその場から離れるべきかの判断がつかずにただうろたえるか兵士の間隔を詰めるだけだ。

 射るのならば今が最良の時っ!


「よし、放てーっ!!」















<???>


 全く……ここ最近てんでついてないな。今回の任務では「護衛の薄い隊商を襲撃するために40騎程度の部隊が移動中、これを撃破して敵の戦力を削げ」となっていたはずだ。この目の前の大部隊のいったいどこが40騎程度だというのか?

 こちらは120騎を率いて出撃したもののすでに20騎近くを失っている、相手には60近い損害を与えているもののすでにこちらも限界だ。すでにこちらは包囲されかかっている、どうせ部族連合もそこまで戦果は期待していないだろうし、ここは俺の軍閥の損害をいかに減らすかを考える時だな。どこで軍を引かせるべきか───
 
 そんなことを考えつつ馬上から部下へ指示を飛ばしていると、まるで目の前に剣を突き付けられたような感覚を覚えた……これは殺気だ。前方のザルカー軍からじゃない、方向的には左方向にある丘の上からだ。

 今は何者の姿も見えないがあの殺気はただ事ではない、ちょうどいい機会だここは一旦逃げるとしよう……どうもいやな予感しかしないからな。
 
 
「おいっ! 退避の笛を鳴らせ、急げっ!!」

「りょ、了解っ!!」


───ブブオー ブオブオー


「退避ー退避ーっ!!」

「離脱だ、離脱しろー!」


 よし、さすがは俺の部下たちだ。素早く部下をまとめて離脱を開始している。
 そして、我らの部隊が離脱するのと同時にザルカー軍から悲鳴が上がった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<レスリー視点>


 ……まったくもって生ぬるい攻撃ですね。こちらが丘の上から一方的に射かけているのは良いのですが、これでは目の前のヤツ族を殲滅することはできないでしょう。

 できることならイスルランディア殿の弓騎兵隊を使って殴りこみたいところですがここは抑えましょう。私にはあそこにザルカーが居るとは思えませんし、ここで無理に押し込んで損害を出すよりはましだとここは自分に言い聞かせましょうか。
 
 
「クロスボウ持ちは発射した後装填したあと、騎乗し先んじて後退してください。弓持ちもノルドール馬でないものは同じように」

「了解っ! クロスボウ持ちは装填後俺のところに集まれ、いいな!」

「「了解っ!!」」


 「彼」もこの部隊に入って初めての戦いですから気合いが入っていますね。私の部隊からは5人しか連れてきていませんが、彼らは騎乗しながら射撃できる数少ない兵士でもあります。将来は「彼」にサーレオン人の弓騎兵隊を作ってもらうのも悪くないかもしれませんね。
 
 
「装填完了っ!」

「よし、騎乗後離脱するっ! ではレスリー隊長お先にっ!!」

「確認しました、では後ほど……」


 クロスボウ持ちの退却とともに徐々に撤退準備に入ります、私は今5射目で4っつほどヤツを仕留めたところです。少し数が多いですがほかの兵士が3射する時間で射ているので問題ないでしょう、少々射たりないですが。
 
 
「射撃終了っ! これより全軍退却するぞ!!」

「撃ち方やめーっ! 撃ち方やめーっ!」

「騎乗済みは援護でそのほかは急いで、騎乗?」

「隊長も早くマキバオーに乗ってください!」

「ああ、さっさと逃げるぞ!」


 あちらはあちらで何時も通りの流れというか空気ですね、戦場においてもなぜか和んでしまいそうな空気を作れるのはカズキの才能の一つかもしれません。
 見たところイスルランディア殿も騎乗して撤退を開始したようなので私も続くとしましょうか……次に見つけた時は皆殺しにしないとこれは気が済みませんね。
 
 
「ではこれにて失礼します、よっ!」


 私はザルカー軍閥に向けて最後に一射した後離脱しました。











<和樹視点>


 見事な射ち逃げを成功させた俺たちは、馬に乗るときに突き指した俺以外基本無傷で駐屯地まで帰還した……なんだかやっぱり締まらないなぁ。俺が馬にくくりつけていたクロスボウも当たったかどうか……

 まぁ恥ずかしさでやかんを沸かせそうになっていると、目の前に見えてきた駐屯地になにやら動きが。駐屯地正門前にどう見ても守備隊の出迎えには多すぎる部隊が居る。騎乗している兵がほとんどおらず、しかし駐屯地部隊と戦闘しているわけでもないので敵対しているわけでもない。なんだろうこの兵士たちは?
 
 
「司令官自ら偵察ですか、お疲れ様です」

「うむ、ヘレワード男爵もここまでの道のりお疲れ様でしたな。それで連れてきた兵士は約束通りですかな?」

「いや、それが……」


 駐屯地からこチラへ向かってきて、なにやらずいぶんと不穏な会話を始める腹黒男爵ことヘレワード男爵と兄上様。どうやらこの部隊はヘレワード男爵指揮の部隊のようだ。しかし少なくとも450は居るはずのザルカー軍閥と対抗するには、こちらの討伐軍200と駐屯軍50では全然足りないように見える。
 この腹黒男爵様には、最終的な連絡では400を率いて出るということになっていたんだけど、どう見てもサーレオン軍は200ちょっと居るか居ないかといったところだろう。その割にはやたらと補給隊の数と物資の多さが目立つが。別動隊が強行軍で向かってきているとかだろうか?
 
 
「男爵、あまり言いたくはないがどういうことだこの人数は。軽く見ただけでも200すら怪しいが?」

「えーとですね、実はサーレオンも含めたこの大陸にある人間族国家すべてに『神の敵が現れた、出陣の準備をせよ』と教皇から命令がくだりまして。それで結局この出陣自体も取り消されかけたんですけど、自分が無理に出撃を押し通したため手勢だけということになったわけでして……」


 教皇か……日本では話のタネにしても笑ってごまかせても、信仰熱心な国や人の前、しかも中世ヨーロッパやこの世界じゃシャレにならない。話を聞く限りだと十字軍に近い動員なのだろうか。そうなると宗教の旗の下に集う軍集団なんて、恐ろしい以外の何者でもないぞ……
 
 
「あと耳に入れておきたいのは、最近Dシャア朝とフィアーズベイン王国で勢力をのばしていた悪魔崇拝軍でも、大規模なあいつらなりの宗教的動員を始めたらしいです。ミストマウンテン族もなにやら軍を集めているらしいですし、かなり情勢はきな臭いですよ」

「そうだな……たしかにろくでもないことになりそうだ」


 ……ちょっとまて、それってもしかするとゲームで発生する大規模軍イベントじゃないか!
 大規模軍イベントは、普通賊軍(ミストマウンテン族や悪魔崇拝軍にスネーク教徒などを含む)は兵力が多くても50ほどなのだが、突然名前ありの指導者が率いる500から時には1000になるほどの大群が出現する。

 こいつらが出現すると、交易路は徹底的に荒らされ、パトロール部隊どころか、各諸侯の軍も撃破され捕らえられるわでろくなことがない。しかも数が数だから敵対する勢力の領内まで誘引しても、その国の軍が逃げて行ってしまうほどだ。

 さらに名前ありキャラとその護衛兵が半端なく強いので死ねます、それはもう重装槍騎兵1000で交戦しても勝てるかどうか……正直そこそこのPCでもフリーズるほどの大規模会戦を起こさないと撃退は容易じゃない。
 
 となるとそんな奴らが国境線沿いで活動を始めたとなるとサーレオン王国は気が気でないんだろう。なんといってもつい最近まで帝国と総力を挙げた戦争が終わったばかりだ、せっかく集めた兵士も戦後復興のために故郷に帰しただろうし、深刻な戦力不足なんだろうなぁ。
 
 
「男爵お久しぶりです、ノルドール連合イスルランディア「後背より先ほどの所属不明部隊急速接近っ!!」えーまずはそちらの対応が先ですね」

「所属不明? とりあえずこっちは先に駐屯地の防衛体制を整えてくる、さっさとカズキたちも逃げてくれよ」


───ドドドドドドドドドド
 

 結構多いな……もしかするとあの戦場から離脱した後全軍でこっちを追っかけてきてたのか? というかなんで兄上様駐屯地に引き返そうとしないんですか!?
 
 
「全軍何もするなよ……戦いに来たという気配ではない、まずは話を聞くぞ」

「なっ!? イスルランディア殿、あれはヤツ族ですよっ!!」

「レスリーはだまっていろ。大丈夫だ、指揮官自ら先頭に立ってこちらに来ている。こういう手合いに話が通じなかったことはない……たとえそれがニンゲンだったとしても、な?」

「ま、まぁ兄上様がそういうのでしたら……」


 まあ兄上様の野生の勘(?)はまずはずれないから大丈夫だろう……というか兄上様、こちらにウィンクされても困るんですが。お、いつの間にか前方のヤツ族の軍が停止して指揮官らしき人がこちらに来ている。
 
 
「さきほどの『援護射撃』感謝するよ誇り高きノルドールよ。俺の名はラドゥ、ヤツ族部族連合所属のまあ簡単に言えば穏健派だ。」










あとがき

 書いていた一時データを保存しておかなかったせいで一度全部書き直すはめになって更新遅れました、ごめんなさい。



[12769] 33馬力目「弱り目に泣きっ面に次々と」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:19
前回のあらすじ

・テンプレ

・大規模軍イベント

・ラドゥさん登場



<和樹視点>


「さきほどの『援護射撃』感謝するよ誇り高きノルドールよ。俺の名はラドゥ、ヤツ族部族連合所属のまあ穏健派だ」


 一人で此方に進み出てきたヤツ族の人は、どうやらザルカー軍閥と戦争中で略奪をしない穏健派のようだ。でも穏健派だと言ってもノルドールと友好関係を築いているわけではないから注意が必要だ。まあ兄上様の野生的勘が大丈夫だと言っているならば大丈夫だろうけれども。
 
 
「そうか、我らはノルドール連合イスルランディア軍だ。こちらの北領の治安維持のため、ザルカー軍閥を討伐しに来た」

「はじめまして、自分はサーレオン王国軍バーローシールド城城主のヘレワードでございます」


 ……いつの間にか腹黒男爵が会話に交じってきている。さっき駐屯地に防衛体制をとらせに行ったはずじゃ……
 
 
「あ、なにか不思議そうな顔をしているなカズキ。実はいつまでも動かない君たちを見て別に焦るほどのことじゃないのかもと思ってね、特になんにもせずに引き返してきたのさ」

「はぁ、そうですか……」

「あーこほん、お尋ねしたいのだが……ザルカー軍閥に対するには貴軍らの兵力がいささか足りないような気がするのだが?」


 ラドゥと名乗ったこのお方、片目をつむりながら口元を隠してこほんとひとつ咳払い……ダンティズムの塊というか某伝説の傭兵そっくりという言葉が一番似合う気がする。

 まあ言われるまでもなく、確かに正攻法で野戦を挑むには兵力は不足気味だ。弓騎兵相手に戦う方法は、近代戦まで時代を進めないと完封は望めないが、古代中国が行ったように消耗戦に持ち込めば、ライフルマスケットを上回る性能を持つノルドール弓を装備するこちらに分がある。
 作戦通りに作ったV型塹壕に誘いこんで十字砲火すれば……
 
 
「心配は御無用です、我々には作戦がありますので……ヤツ族の方に助勢を求めるほどではありません」

「ほぅ、この方はどちら様かなイスルランディア殿。なにやら殺気を向けられているようですが?」

「落ち着けレスリー、ラドゥ殿、失礼した。彼女はイスルランディア軍レスリー隊指揮官のレスリーだ。」


 ……相変わらず視線で相手を殺すがごとくの絶対零度のレスリーさん。今のところは敵ではないのだから、外交関係を悪化させそうな態度は勘弁してください、ここで外交的にこじらされると、ノヴォルディアに帰った後俺とセニアが過労死してしまう。
 
 
「ふむ、貴女があの『ヤツ族殺し』のレスリーか。噂はかねがね……同族がいろいろとお世話になったようだな」

「……今回は何も言わないでおきましょう、では私はこれで失礼します」


 捨て台詞とともに去るレスリーさん、えーっと、この空気残して勝手に帰らないでいただきたい。残された俺と腹黒男爵と兄上様はどうすればいいのだろう。
 
 
「ふんっまあいいさ、それで我々に対する貴軍の対応はどうするおつもりかな?」

「レスリーがああは言ったが、お互い共通の敵を持っている。貴軍の騎馬兵力を考えると、我が軍としてはぜひとも協力していただきたい」

「ヤツ族だが?」

「目を見ればわかる、ラドゥ殿は信用に値する人だ。そんなことを言うならば我らはノルドールだぞ?」

「ふむ、言われてみるとそうだな。これはこれは……はっはっは」


 な、なんなんだこの流れはまったく付いていけないぞ。というか目を見ればわかるって……やっぱり兄上様には主人公属性「ティンと来た」を保有しているんですね、わかります。
 
 
「お、お話中のところを失礼します。自分はノルドール連合イスルランディア軍和樹隊隊長の加藤和樹であります、ラドゥ殿はなぜ此方に来られたのですか?」

「ん、自己紹介は……もう別に必要もないな、我が軍は『40騎程度の小規模なザルカー軍が隊商を襲撃せんと行動中、これを撃破せよ』という命令受けて来たのだ。だが……各個撃破されかけたのは此方の方だよまったく」

「それで、どうなさいます? 我々と共に闘いますか?」


 腹黒男爵……あなたが敬語を使ってるのを見ると背筋が寒くなってくるんですが。絶対何か企んでるでしょう。
 
 
───b


 ……なぜ後ろ手で俺に向けてサムズアップするんですかね、というかなんで俺の心が読んでいるんですかねこの腹黒男爵。
 
 
「いいだろう、条件は此方の兵士の治療と休養でいい。宿営地に戻ろうにもまたあいつらと遭遇してはかなわんからな」

「うむ、なればノルドール・サーレオン・ヤツの連合軍というわけだ……不思議なものだな、共通の敵により長きにわたり剣を交えてきた我らが今度は手を合わせるとは」

「いいじゃないですかイスルランディア殿、我々は我々の新しい時代を作ればいいのです。100年後には『長きにわたり手を携えてきた───』とか言われるかもしれないんですし」

「そうはならないといいな、はっはっは」

「「「はっはっは」」」


 なんというか、この世界の歴史上の人物になるであろうお方が3人もここにいるといったところか……モブな俺はいったいどうすればいいんだろうね、うん。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さて次の日、寒い寒いと寝巻から出たくないと思いつつもノルドール軍全体で『ラジオ体操』をしていると、土木作業中のはずのサーレオン軍が帰り支度を始めている。
 ちょっとまってくれ、何がどうなってるんだ!? ただでさえ数的劣勢なのにここで200のサーレオン軍が戦線離脱ってどういうことだ!?

 とにかく話を聞くためにラジオ体操から抜け出してサーレオン軍の司令テントへ……あーもう今回のラジオ体操のスタンプもらい損ねた!

 
「失礼します! ヘレワード男爵はいますか!? これはいったい───」

「あぁカズキ、まずはこの紙切れを読んでくれ」

「え……はいそれでは失礼して」



『ヘレワード男爵へ
    
  現在西部国境線において悪魔崇拝軍との大規模な戦闘に突入せり。戦況我が方が不利とみて一時軍全体の再編成と集結を行う。ただちに貴殿の有するホワイトスタック要塞とバーローシールド城に最低限度の守備兵を残し、首都サーレオンへ来られたし。
  なお、ノルドール連合側に対してはすでに使者を出立させたので問題はない
   ラリア統括官 アラマール公爵』
  
  
  
 なんと……サーレオン王国東部方面の司令官でもあるラリア統括官からの直接の命令。しかもノルドール連合へすでに連絡済みと来ている。これでは引きとめるわけにもいかない……だがどうする、これでは兵力も火力も何もかも足りないじゃないかっ!!
 
 
「カズキ……我々が持ってきた補給物資はすべて『速やかな行軍を行うためにここに投棄』していく。約束を違えたことを心より詫びる、すまない……」

「……わかりました、とにかくこちらの指揮官である兄上様にまずそのことを報告しないと───」


───バサッ!!


「朝早く失礼しますっ! こちらにノルドール連合軍のカズキ隊長はおられませんかっ!?」

「どうしたんだデニス、このサーレオン軍の動きのことか?」

「それもありますけどとにかく来てくださいっ! 大変なんですっ!!」


 ものすごいあわてて司令テントに来たのは息絶え絶えのデニス、いくらなんでもこの急ぎ具合は尋常じゃない……なにか嫌な予感がする。あたってくれないといいけれども。
 
 
「ちょうどいいね。じゃあいっしょに行こう、話は早い方がよさそうだ……すみません男爵、自分たちはこれで」

「こちらこそすまない、私も一緒にそちらに行くよ」
















 デニスに手を引っ張られて駐屯地内の司令室に到着。今日はやけに走ってる気がする……正直いくら兄上様に鍛えられているとはいえ、駐屯地とサーレオン軍司令テントまで寒い中往復するのはつらい。
 
 
「た、ただいま戻りました。一体どうしたんですか兄上様?」

「む、来たか……まずはこれを見てくれ」

「こちらも手紙ですか……では失礼します」




『イたスたルた大た変たでの、た南領た警た備隊をた含む貴族た共が「ノルドたール貴た族た同た盟」と名た乗りた反た旗たをた翻したてたきたでたのっ!! ホたルスたの警た備隊たや傭た兵隊たは人た間のた住むたノヴォたルデたィアた近辺たの集た落たの護た衛のたためたに出た払ったておたってたまるたでた戦力たが足たりん。た討伐たは一た旦中た止したてすたぐにた戻ったてきたてくたれっ!!
 ノたヴォたルたデッたトた市た長  『たぬき』』
 
 
※訳↓
 
『イスル大変での、南領警備隊を含む貴族共が「ノルドール貴族同盟」と名乗り反旗を翻してきたでのっ!! ホルスの警備隊や傭兵隊は人間の住むノヴォルディア近辺の集落の護衛のために出払っておってまるで戦力が足りん。討伐は一旦中止してすぐに戻ってきてくれっ!!
 ノヴォルデット市長  『たぬき』』
 
 
 
 
「なるほど……って大変じゃないか!?」

「読んでもいいかなイスルランディア殿?」

「かまわんよ、男爵のことは信用している」

「では失礼して……読めないんだけど?」


 男爵は困ったように手紙をひっくり返してみたり逆向きに読んでみたりしているようだけれど……あ、この超お手軽暗号文の読み方がわからないのか。


「男爵、それは『た』をぬかして読めがいいんですよ?」


 デニスさん、うちの軍の暗号方式すらっと教えてしまうのはどうなのさ。まあ腹黒男爵のことだから口外はしないだろうけど。それに本式の暗号方式はシーザー暗号だからまあいいのかな?
 
 
「え、うんなるほどね……うわーそっちもたいへんだねこりゃ。こっちもこんな様子でね、これをどうぞ」

「うむ、どれどれ……ふむふむ。わかった、これは一旦どちらも討伐から手を引くことになるな」


 となると、この駐屯地の部隊はここに今まで通り残留させるとして、ラドゥさんの部隊はどうするんだろう……一日休んだくらいじゃ強行軍で帰るのも大変そうだ。
 それにしてもこうも俺たちの周りでいろいろ起きると何かの陰謀な気が……まさかね。
 
 
「まずは兄上様、状況を説明するためにラドゥさんを呼んできま───」


───バタンッ!


「偵察隊より報告っ! ザルカー軍本体と思われる400の部隊が接近中っ!?」

「「「な、なんだってーっ!?」」」


 まったく、どうしてこう次々と悪いことが重なるんだよ畜生っ!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あとがき

 悪いことって重なりますよね……はぁ……




[12769] 34馬力目「かかってこい、相手になってやるっ!」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:21
前回のあらすじ

・共同戦線

・どう考えても主人公は兄上様

・悪いことは重なるもので……




<イスルランディア視点>


「偵察隊より報告っ!? ザルカー軍本隊と思われる400の部隊が接近中っ!?」


 司令室に飛び込んできたカルディナの言葉は今俺が最も聞きたくなかった言葉だった。
 現在我が軍はノヴォルディアまで一時撤退し、貴族のアホ共を成敗しなくてはならない。だが現有戦力のすべてで退却すればこの駐屯地が抜かれ、その後ろにある多くの村や町がザルカー軍閥の手によって灰燼に帰すだろう。それほどの損害を出すことは人口の少ないノルドール連合では何としても避けねばならない。
 
 だがこの駐屯地の駐屯軍100を残していったところで、貴族軍の討伐後に我々がここに増援を送り込むまでは到底持つまい。町や村から住民を避難させるまでですら持つとはとても思えない。カルディナの偵察隊が確認したザルカー軍閥の本隊がもし、さきほどまでラドゥ軍閥と交戦していた部隊とは別だった場合……レスリーの離反工作をしてなおそれだけの兵力を保有しているのだ。駐屯地軍を足止めに使ったとしてもすぐに突破され、歩兵に避難民の足では簡単に弓騎兵を主力としたザルカー軍閥に追いつかれ殲滅される。
 
 つまり、この駐屯地で最低でも避難が完了して追撃の危険がなくなるまで踏みとどまってもらわなければならない。また、拠点防衛戦ということを考えるとできるだけ弓兵の多い方がいい。だがそれに該当する部隊は……
 

 
 
───カズキ隊だ



 あいつの部隊は基本的に全員が騎乗できるのは以前の訓練と入隊面接で確認済みだ、馬を全員分残してやればそれに乗って脱出できるかもしれない。 それに状況把握に優れるカルディナに、ヤツ族との戦いになれているデニス、そして接近戦では無類の強さを誇るセイレーネの居るカズキ隊なら間違いなく2、3日は総攻撃を受けても持ちこたえてくれると信じたい。
 だが……俺は、カズキを死ぬかもしれない任務に就かせるわけには……いやだがこれしか、いやそれでもっ!
 
 
 「兄上様、考えがあるのですが」
 
 「……すまん、少し待ってくれ、状況が整理できていない」
 
 「えっとですね。兄上様達は撤退して避難を優先してください。兄上様なら俺たちが全滅する前に避難させることができるって信じてますから」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<和樹視点>
 
 
 いやはや、俺としたことがずいぶんと思い切ったこと言ったなあ。でも、これは俺たちがやるしかない。
 おそらくこの拠点を放棄すれば間違いなく弓騎兵中心のザルカー軍閥に撤退中に追いつかれて部隊・後背の村落に多大な被害を出すことになる。ここの駐屯部隊だけではさっき戦ってたヤツ族が別の隊だった場合、兵力は5倍以上になる。駐屯地に城壁があるとは言え兵力差で間違いなく負ける。
 
 それにここでザルカー軍閥をある程度の日数防がないと周辺の村落どころか北領すべての村や町が危険に晒されるわけで……せめてその人達の避難が終わるまで何とかここで食い留めなければいけない。
 幸い塹壕を掘ったりして少なくとも南北戦争後期ごろ程度の塹壕陣地は構築できたと思う。第一次大戦みたいなのは無理だけどこれなら寡兵でもできるだけ損害を減らしながら戦える……はず。
 
 待ち構えるだけなら歩兵や騎兵の機動性は必要ない。ゆえにライフルの出現より前でも塹壕の価値が十分発揮できる。
 
 全員が騎乗戦闘ができるわけではないけども、騎乗可能というのも俺の部隊がとどまる必要性のある理由。弓騎兵相手に徒歩で追撃から逃げるのは無理だろうし。
 
 
「だ、だがそれでは……」

「死にませんよ、生きてセニアに会うって決めてますから」

「大丈、夫?」

「僕たち撤退の合図があれば逃げる訓練受けてますからっ!」

「それは威張る所じゃない気が……でもまあ、私たちなら覚悟はできています。後は気合で補えばいいんです」


 なんというか……みんなの信頼がすごく嬉しい。こんな俺に最後まで付き合ってって落ち着こう、これじゃまるで俺が死ぬみたいじゃないか落ち着くんだ、きっとあっという間に兄上様が何とかしてくれると。よし、信じる信じる。
 
 
「……わかった、ではこの駐屯地でカズキ隊の騎乗可能な兵士はここで───」

「それとラドゥ軍閥だな」

「ら、ラドゥ殿っ!?」


 話はきかせてもらったとばかりに扉に背を預けて腕組みするラドゥさん、男前すぎます。というかなんでラドゥさんもここに残るんですかっ!?
 
 
「カズキ殿、此方は全軍が弓騎兵だ。逃げるにはちょうどいいだろう? それに単独で目の前の軍の追撃を振り切って北方の宿営地に撤退できるとは思っていない」


 ラドゥさんはどうやら本気で残ってくれるみたいだ。今回の防衛に回せる騎兵や騎乗可能な兵士が少ないの以上、正直心の底からありがたい増援である。
 
 
「わかった、サーレオンからも20騎程度だが兵士を回そう。カズキ、お前が死ぬと俺が困る。もちろん腹黒仲間としてな?」

「腹黒とはひどいですね……でもいいんですか? 兵士をこちらに回して」

「なーに、物資を捨てて急いで行くんだ。落伍者が出てもおかしくはないだろう?」


 腹黒男爵には頭が上がらない。騎乗可能な兵力は落伍者で誤魔化せない貴重な戦力だろうに。これは何としても兄上様の合図まで守りらないと。
 
 
「まてまてイスルランディア殿! ここは俺たちの北領駐屯地だ、そこのニンゲンだけに任せておけるか!」

「……その反応だからお前たちに防衛は任せられんのだ。カズキ隊と協力して防衛に当たれるのか?」

「その言葉、結果で返させてもらいましょう。いいですか? ここを抜かれたらどれほどの被害が出るか……それを肝に銘じて戦ってるんです。だからこそニンゲン『だけ』に任せておけないんですよ!」
 
「わかった……カズキは俺の家族であり、机上演習ではあいつの防御は桁外れだ。拠点防衛なら俺以上だろう……共同指揮してもらえるか?」

「……イスルランディア殿の家族ですか。であれば、一日目は指揮を預けてみるとしましょう」
 
「……わかった。合図は狼煙だ、狼煙があがったら退却の合図だ。それまでは何としても持ちこたえてほしい。最悪3日は防いでもらわねばならん」

「了解しました、和樹隊は合図まで駐屯地を死守しますっ!」

「「ヤボールッ!」」

「北領駐屯地隊! よそ者に後れを取るなよ!!」

「「うぉー!!」」



 和樹隊と北領警備隊全員で覚悟を込めて兄上様へと敬礼する。
 
 初めて会ったときはやたらとニンゲンニンゲンと下に見てきた北領駐屯地隊隊長だが、なんだかんだ使命感のあるいい男のようだ。指揮も一日目は任せてくれるようだし。
 
 だが順調のように見えてなんだかセイレーネは敬礼せずに目が泳いでいる。何かあったのだろうか。
 
 
「どうかしたセイレーネ?」










「……狼煙、か」
















───次の日







「前方に敵軍視認っ!」

「第一種戦闘態勢っ! 頭上げるなよ、矢を持ち場に突き刺しておけっ!!」

「ゲデヒトニス分隊配置完了っ!」

「カルディナ分隊配置、完了?」

「こちらはいつでもいいぞ、ではお手並み拝見といこうか」

「隊長、カズキ隊含むすべての部隊配置完了しました」

「了解です。では各員の奮闘に期待します、死なない程度に必死になりましょう」


 今回兵士たちもちょっとビビっている(兵力差と責任重大なので)ため、偉大なる人々の言葉を借りながら戦前の前口上をすることになった。
 北領駐屯地部隊は露骨にもっとましな事言えんのかって顔しているし、ラドゥ軍閥はお手並み拝見って感じですましちゃってるし。でもうちの和樹隊はいつも通りだった。
 クスクスゲラゲラと指をさして笑ってくれる。しかしながら誰だ今こっち見ながら「プークスクスwww」したやつ。後で訓練100倍だからな!


「ラドゥ軍閥さん、駐屯地部隊のみなさん、いやすいませんねぇうちの隊長はこんなん奴なんですわ」

「……住民を守る戦いなのだからもう少し真剣にしてほしいものだが」

「北領隊長さんも、ま、気楽にやりましょうや」

「イグン、お前もノリが軽すぎじゃないか。お前の村はあんなのに兵の命を預け続けているのか」

「……あんなんだからさ、守ってやらにゃいかんって気がしないか? あれで結構かわいいもんだぞ」


 俺の横でヒソヒソ北領防衛隊隊長とイグンさんが話しているが、なんだか旧知の仲のようだ。これは北領警備隊への指示・連絡はイグンさんに任せた方がいいかもしれない。


「イグンさん、イグンさん」

「はいよはいよ隊長さん」

「北領駐屯地隊の連絡将校はイグンさんやってもらえませんか? どうも仲よさそうですし」

「あいよ、まーかしとけぃ 弱みも強みもばっちりさ。あれはあれでやる気は十分のようだしな」


 イグンさんはニカっと歯を見せてサムズアップすると、そのまま北領駐屯地隊長と共に駐屯地部隊へと歩いていく。これで横のつながりは大丈夫そうだ。指揮・指示が適格に届く限り何とか
 戦える可能性はどんどん上がる。ほうれん草はどんな組織でも大事なのだ。

 さて、意識を目の前の迫る敵軍に向けると、どうやらこちらの防衛体制が整う前に弓騎兵で攻撃し戦線を崩し、そこに歩兵を突入させてくる戦法のようだ。
 まずは矢戦で敵を圧倒しないことには始まらない。こちらは指揮系統を分散して臨機応変に対応する予定だ、一応作戦も考えてあるしね。
 

 
 
北領駐屯地防衛隊 220

和樹隊    50

ラドゥ軍閥  100

駐屯地隊   50

サーレオン軍 20


兵力割

ラドゥ軍閥 50

第一防衛隊 北領駐屯地隊 50(ラドゥ軍閥より兵力抽出)

第二防衛隊 セイレーネ分隊   40

第二防衛隊 カルディナ分隊   40

駐屯地守備 和樹隊本体     20

予備隊 ゲデヒトニス他交代要員 20




ザルカー軍閥  600(確認できる範囲で)

本隊 480

分隊 120



 さて、こちらの防衛陣地は両側をノルドールの聖なる森にはさまれた位置に存在する。迂回すれば北領に進むための道はあるにはあるのだが、一旦サーレオン領内へとはいらないといけない。
 ノルドールが今まで征服されずに済んできたのも、この森の力といっても過言ではない。精霊の加護がある者か、加護のある者と一緒に森に入らないと強制的に迷子になるまさに迷いの森だ。

 まあもぐり隊商が入り込めないとか、人が入らないせいで危険な獣が多くいるとかいろんな副次的効果もあるんだけどもね。
 ま、その迷いの森があるおかげで戦線は短く、なおかつ守備拠点や防衛陣地で待ち構えられるこのノルドール側の利点は大きい。だからチート装備のノルドール弓なんかができたんじゃないかと思うわけですよ。
 

 塹壕は逆茂木に馬防柵を前面に配置し、しゃがめば体をすべて隠せるほどの深さ。第一塹壕には試験的な有刺鉄線も追加で設置されている。
 V字型に作った第二塹壕にはバリスタにちょっとした秘策を置いてある。まあこれは第二塹壕が突破された時のお楽しみかな。
 
 駐屯地を中心に横に伸びる最終防衛ラインにはカタパルトからバリスタにありとあらゆる移動不可な大型装備が設置してある。最終防衛ラインだから突破されないこと前提で考えないと。
 
 駐屯地自体は典型的な中世の防衛要塞で、二つの塔の間に城門があって石作りのそこそこ立派な要塞だ。先史以前のノルドールが建設したといわれる遺跡を修復して使っているそうで、その修復した部分がそのほかの遺跡の部分に比べて弱いようだ……どこぞやの聖地の城壁みたいに
 まさかそこにたまたま敵の攻城兵器の攻撃がクリーンヒットなんてことはないよね、そう思いたい。
 
 セイレーネとラドゥさんには第一線で100でもって彼女と彼の得意である最初の矢戦を戦う。デニスは50で第二の左、カルディナは50で第二の右。そして俺が20で駐屯地の守りを固める。
 
 第一線でできれば1、2回は敵の攻撃を撃退しておかないと後が続かない……別に丸々3日以上維持するとか、この拠点を死守するわけじゃないんだ。大丈夫、兄上様たちならうまくやってくれるはずだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<セイレーネ視点>


「射撃用意、よく狙えよノルドールさんたちよぉ」

「ああ、落ち着いて狙え。こっちは半分隠れているから安心しろ、敵の矢が刺さるわけがないぞ。」

「分隊長、自分はのっぽなので上半身がでてしまうのですが?」

「はっはっは、ならあぐらをかいて弓を射ればいいさ」

「いや、むしろニンゲン、お前はあえて上半身をさらして攻撃をすべて受け止めればいいんじゃないか?」

「ふんっ! かわいい幼女に涙目上目づかいでお願いされなきゃそんなことしないねっ!!」

「憲兵かセニアさんがいなくてよかったな、聞かれてたら間違いなく頭冷やされてたぞお前」


 まったく、本当にカズキ隊の兵士はおもしろい。絶対的兵力差での防衛戦にこれから臨むというのに緊張感というものがあまり見られない。
 基幹戦力であるラドゥ軍閥の兵士たちも巻き込んで周りから見れば随分と能天気な雰囲気だ。
 かくいう私もそこまで緊張していないのはやはり隊長のおかげといったところか……私もずいぶんと隊長に染まったということだ。
 
 ラドゥ軍閥の兵力も含めた部隊の再編成の時、私は隊長に異端の噂話を教えることにした。さすがに駐屯地警備隊の兵士がどうしてこうも自分を敵視するのかわからないまま指揮をとらせるわけにはいかなかったから。
 最初は隊長がどういった反応をするかわからなかった、私ならここはお前の居て良い世界じゃないと言われたらひどく落ち込んで悩むと思う。でも隊長は違った。
 
 
「……うん、そっか。話してくれてありがとなセイレーネ。まぁ俺自身よく考えてみれば異端って言われるのも仕方ないね。ところでこの噂を聞いて俺のこと薄気味悪いとか思った?」

「そんなことありませんっ! 隊長は隊長ですっ!!」

「なら良かった。そう言ってくれる人が居る。それだけで俺には十分だよ」


 そうだ、私はいままで何を戸惑っていたのだろう……隊長がもし噂通りこの世界を滅ぼす存在であろうとも、いやそんなことをできる人ではない。
 ノルドール族と人間族の確執を取り除いたり、『にほん』の知識を使って人々の生活を良くしたり……いつも周りに笑顔をくれる彼が噂のようなことをする人ではないと私は断言できる。そして、今なら言える……貴方に出会えてよかったと。
 
 
「間もなく射程距離入りますっ!   今っ!!」

「よし、攻撃開始っ! 攻撃開始っ!!」

「ヤツ族の弓使いをノルドールに見せてつけてやれっ! ラドゥ軍閥攻撃開始っ!!」



 もはや私に迷いはない、さあかかってこいっ! 相手になってやるぞザルカーっ!!






あとがき

 今まで作者的に4人娘では一番影の薄かったセイレーネの活躍にご期待ください



[12769] 35馬力目「流れは急に止まらない」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:21
前回のあらすじ

・戦闘開始

・スッキリセイレーネ

・絶対死守命令、後ろには政治局員が(ry






<セニア視点>


「はぁー」


 突然ですが疲れました、誰か私に休みをください。カズキが居ないことと新たに領地に組み込まれた北領への整備計画のおかげで、睡眠美容そっちのけで書類仕事です……あぁカズキ、あなたのその素晴らしき事務処理能力がこれほどこの国にとって重要だったと今気がつきました。
 
 
「あ、あのーセニア様、北領の道路整備計画についてなのですが……」

「あぅ、では必要資金と工事責任者についてと予定表を提出してください。単位に関しては『人月』でお願いします」

「わかりました、それではこちらが頼まれていた先週の議事録になります。では」


───ドサッ!


 ……先週の議事録を丸ごと持ってこいと言った過去の私を殴り飛ばしてあげたいです、ただでさえ書類が積み上がっているこの机に新たな山ができました、わーい、あはは。
 
 
「セニア様、南領での『のーふぉーく農法』の普及率についての書類です。それに貴族からの陳情が多数届いておりますのでご確認ください」


───ドサッ!
───ドサッ! ドサッ!


「……わかりました、確認しておきます」


 また仕事が増えましたね、あぁ今手元で計算中の治安部隊新設のための『くりてぃかるぱす』の計算がどこまで進んだかわからなくなったじゃないですか……ふふふ、ああそういえばホルスさんから申請されていた軍団兵の補充についても考えないといけないですね。これはなんだか楽しくなってきましたよ? ふふふ、ふふふふふふふふっ
 
 
「セニア様、し───」

「クスクスクス、はい、なんでしょうか? また書類ですか、でしたらそこに置いといてください」

「え、あ……いえそれもありますが、ノヴォルデット市長が会議室に集まるようにとのことです」

「そうでしたか、では今すぐ向かいましょう。お昼近くになったので皆さんも一旦休憩にしましょう」


 休憩の一言で執務室にいた多くの役員が疲労のためか次々と机に沈んでゆきます、できれば私も同じことをしたいのですが呼び出しとあっては仕方がありません。
 はぁ……休みたい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 会議室に到着すると最後に来たのが私なのか、他の重役につく人がすべていました。朝会以上の総勢18人の重役を集めての会議とはどうやらこのノヴォ市長の表情から察してもろくなことではないですね。
 
 
「さて、集まってもらったのは緊急事態が発生したでの」

「緊急事態とはなんですか市長?」


 やっぱり緊急事態ですか……まって、今起こりうる緊急事態と言えばカズキの参加している討伐隊がらみでは? いえ、まだそうだと決まったわけではないでしょう……落ち着きなさいセニア、私は公の場では『くーるびゅーてぃ-』でなければいけないのだから。
 
 
「うむ、まず南領で貴族の反乱が発生したでの。ノルドールの誇りと貴族のあるべき姿を叫んでおっての、規模は急速に拡大中での」

「……私から報告、反乱に参加した主な貴族や村長はヘルウェティイ、アエドゥイ、ブローウィンキア、ブラーカータ他10名。あちらの大将はアルウェルニ」

「なんとっ!? アルウェルニ殿がっ!! それでは南領の中央において反乱に参加していない有力貴族や村長を探すほうが難しいですぞっ!!」

「南領がそれでは二分されたと同じことっ! どう対処なされるのですかっ!!」

「やはり改革を急ぎすぎたのでは……もう少し緩やかに行うべきでしたな」


 カザネの報告により重役から次々とあがる声、確かに現在南領に領地をもつ貴族の半分近くと多くの村が反乱を起こしたことになる。それに本来人間との共存に理解を示していたはずの英雄、アルウェルニ様が敵に回るだなんて……
 恐らくは……連合を二つに分ける大規模な内戦に発展するしかないかもしれないです、いえ、なるでしょう。
 反乱を地域で考えると、東に関しては反乱がおきなかったものの、主だった軍事力を持つのはシンガリアンとの国境の山脈にある村であるベルギカだけで、実質東の各村は孤立してしまっています。南領中央の昔からの貴族がこぞって反乱し、それに付近の村が同調したようですね。
 
 北領は現在ザルカー軍閥と戦闘中で兵力の抽出は無理、防衛だけで精いっぱいでしょうし。東のベルギカも山岳地帯の村なだけあって人口も少なく防戦が精いっぱい……兵力的に頼れるのはやはりここ南領西部周辺とノヴォルディアの兵力しかないようですね。
 
 
「……おそらく反乱軍の兵力は200前後。でもこれは常備軍」

「じゃな、根こそぎ動員すればおそらく5、600はいくじゃろうて。」

「……南領国境警備隊駐屯地は敵地中央に位置するため中立を宣言、でもおそらく敵側に動員される」

「こちらの防衛体制はどうなっているのかね」

「それは私から。現在ノヴォルディアの守備兵は200、それに即応可能な兵力としてはホルス殿率いる街道警備隊100に現在ノヴォルディアに拠点を構える傭兵団の30のみです。動員すればノルドールだけで400は……人間族も動員してよいのならば600ほどです」

「いや、動員はいかん。ただでさえ人口の少ないこの国がこの内戦で大きく人口を損ねればもはや国力の低下は百年単位でとりかえせまい」

「そうですな、できれば反乱軍が動員を終える前に先手必勝で攻め込むのが大事でしょう」

「いや、まずは討伐軍を引き返させてその軍と合流してからでも遅くはないのではないか?」


 人口の多い中央で反乱を起こされた以上、持久戦はこちらの不利を招くだけです。ですが確かに一度討伐軍と合流してからというのも悪くはないかもしれません。

 合流さえしてしまえば兵力の差もかなり縮まります。そんな状況であれば、兄上が指揮して戦えば個人個人は強いものの威勢のいいだけの貴族軍に負ける姿など想像ができないですし。

 北領の防衛は一旦ヘレワード男爵と駐屯軍に任せておけば大丈夫でしょうから……でも、本当に今回の反乱はこれだけなのでしょうか? もっと大きな何かと関係があるような気がします。でなければここまで大規模な反乱にはならないはずです、カザネから渡された反乱に参加した村や貴族の中にはノヴォルディア側に非常に協力的だった人もいますし。
 でも、そうした人々や村もやはり共存派だったアルウェルニ様が反乱に加担した以上、逆らうわけにもいかなくなったのでしょう。
 
 
「そうじゃな、では一旦討伐軍には戻ってきて───」

「市長っ! サーレオンの使者が緊急とのことで来ておりますっ!!」

「緊急とはなんじゃ? とにかく早く通すでのっ!」



───ガチャ


「お取り込み中のところ申し訳ありません。私はサーレオン王国アラマール公爵の───」

「よい、緊急なんじゃろう。なにが起きたでの?」

「はっ、現在サーレオン王国西国境線において悪魔崇拝軍との全面戦争が勃発いたしました。残念ながら帝国との戦後間もない時期でもあり、戦況は芳しくありません。国中の軍の再編成と戦力の投入を陛下は考えておられます。そのため一時ザルカー軍閥討伐のための兵力をこちらに組み込むとのことであります」

「なんと……それでは討伐は今回は無理」

「それどころか北領の維持すら難しいのでは!?」

「これでは討伐軍を当てにするどころではありませんぞ!」

「報告をありがとう使者殿、では気をつけてお帰りくださいでの。もてなせなくて悪いがわが国も現在貴国に匹敵する危機にあっての」

「さ、左様ですか。では私はこれにて失礼いたします」


 これは……してやられましたね、まさか反乱軍が悪魔崇拝軍やザルカー軍閥と手を組んでいたとは。破壊と略奪のために存在する軍と手を組んだところで、手に入る物はすべて焼き尽くされた国土だけだというのに。
 
 
「ではやはり持久戦ですか」

「いや、小規模な防衛隊を残してイスルには戻ってきてもらうでの。今すぐ出撃したとしても兵力的に劣勢かつ準備不足の状態で戦うことになっては勝てる戦いも勝てんでの、今は準備を万全にしてイスルと合流することが先決じゃ。二線級の市民兵と貴族の弓騎兵では勝負にはならんでの……」

「……資金に余裕がない以上討伐軍と合流後、一会戦において敵軍を殲滅して一気に反乱を収束させる。これしかない」

「幸いと言ったら変かもしれないですが、敵の主だった貴族は部隊を指揮して戦いに参加すると思います。敵主力野戦軍撃破後は各反乱村を各個に鎮圧すればよろしいかと」

「それが難しいのじゃが……まぁそうじゃな、では各員速やかに準備をはじめるでの。イスルへの使者は一番足の速い馬で頼むでの」

「はっ!」


 会議に集まっている重鎮は中央や東部出身者も居る。だが動揺はしているみたいだけれど相手側についたりはしなさそうだ。最大限自分に出来ることはないか話し合っている。
 
 大丈夫、この国はまだ生まれたばかりだけど守るために戦ってくれる人は大勢いる。だからきっと大丈夫。
 
 そう私は自分に言い聞かせました。








 さきほどの衝撃的な会議の後、今だ誰もお昼休みから帰ってこない執務室にふらふらしながら帰ってきた私は、さっそく各部署に出陣準備のための書類を書き始めることにしました。
 もうすぐ昼休み中の役員も集合の鐘で急いで戻ってくるでしょうから先に始めていても問題ないでしょう。
 
 
「はぁーどうしてこうなるかなぁ……」


 盗賊やレッド団との戦いに帝国との戦争、それが終わったと思ったらザルカー軍閥に反乱軍……私たちはただ静かに、平穏に大切な人と過ごしたいだけなのに。
 書類を書こうとして、先ほどの書類の束を一旦どかそうとした時に目に入ってきた書類はこの気分をさらに悪化させる内容でした。
 
 
「『帝国海岸線にスネーク教徒の大軍が上陸』ですか……はぁー」


 世界は一体どうなっているんですか、これから何か大陸を巻き込む何かが起こるとでも言うのでしょうか……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あとがき

 ひさびさにM&BのMODあさりをして、「NE-KENGEKI」を導入してみました。面白いですよ。



[12769] 36馬力目「北領駐屯地遅延作戦 第一日目」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:21
前回のあらすじ

・中央で反乱

・根こそぎ徴兵されると人口ヤバイ

・こちとら平穏に暮らしたいだけです








<和樹視点>


───1日目


「損害報告っ!」

「死者18、負傷31ですが大半は軽傷で継戦可能っ!」

「第二塹壕はっ!?」

「現在ゲデヒトニス分隊がセイレーネ分隊とラドゥ軍の撤退を支援中っ! カタパルト準備よしっ!!」

「よし、煙幕弾発射っ! 煙幕弾発射だっ!!」


 先ほどの開戦から2時間はたっただろうか、現在第一塹壕を残念ながら早期に放棄するしかないようだ。
 まず開戦してすぐに突出してきた弓騎兵隊との射撃戦に勝利し、弓兵の援護の元突撃してきた敵歩兵隊第一波は第一塹壕前の罠や有刺鉄線で突撃の勢いをそがれて大半を弓によって粉砕できた。
 
 ここまではいい、でもその後が続かなかった。こっちは100の兵力を横に広げてとうせんぼしているわけだが、ザルカー軍閥は一点に繰り返し歩兵隊の突撃を仕掛けてきておりまさしく落とし穴を兵士で埋めて、塹壕を死体で埋めて突撃してきたのだ。泣き叫びながら突撃してくる敵兵士がほとんどだったことを考えると、背後の督戦隊に徴発された哀れな人々だったのだろう。
 
 なんにせよ、結局第一塹壕の中央が突破されたのだがそのまま第二塹壕にまで突撃してきたのが不幸中の幸いで、下手にそのまま第一塹壕を包囲されたりしたらそこでこちらは終了のお知らせだった。まぁ突撃しかしかできない奴隷兵(らしき)にはそういった機転は利かなかったようで、丁重に突出した部隊を十字砲火で撃破した。
 
 どちらにせよもう第一塹壕で防衛するのは不可能になったのでさっそく第二塹壕へ撤退させることに。塹壕間の移動の時に身を敵にさらすことになるのでカタパルトで煙幕弾を投射して撤退を援護する。
 撤退が完了し煙幕が晴れたころには、第一塹壕前と第二塹壕前が無数の死体で埋め尽くされていた。正確な数は測れないが100近い戦果じゃないだろうか?
 
 
「観測兵より、報告? 戦果100、確実?」

「こちらの損害49名で、負傷者の中ですぐにでも継戦可能なのは10名です」

「普通なら手放しで喜びたいところなんだけど……予定より少し第一塹壕の放棄が早すぎたかなぁ、こうなったら意地でも第二塹壕で粘らないと」


 ……まだ一日目の午前中を防衛しきった所で第一塹壕を敵に渡すことになってしまった。それに突破されたためこっちの損害も予定より多めだ。うん、やっぱり予定通りにはいかない。
 
 
「隊長、午後に攻撃はあると思いますか?」

「それはないんじゃないかな。デニスだっていくら奴隷兵とか消耗しても気にしない兵士が死んだといってもさ、他の正規兵のやる気はどうなる?」

「あぅ……僕なら部下を突撃させるのはためらいますね。それに突撃したら最後、ほぼ戦死確実となれば略奪を中心とした個人の利益を追求する部隊じゃちょっと」

「そういうこと、まずは正規兵の士気を鼓舞したり塹壕の突破方法の再検討するよね。本当は第一塹壕の時点でそれくらい考えてほしかったんだけどね……まさかゴリ押しで来るとは」


 さすがに奴隷兵の肉の盾がなければザルカー軍閥の正規兵だって突撃したくないだろう。時間稼ぎという意味で成功したと考えてもいいのかな?
 

「まあいつ来るかなんて相手の都合次第だからさ、当直の兵士だけ残して一時半数休憩に入らせてあげて。負傷者は駐屯地へ運んで……戦死者は遺品を個人別に分けてから埋葬しよう。俺もそっちに行く」

「了解です、では僕とカルディナは戻りますね」

「じゃあまた、後で?」

「ん、じゃあまた後で。行くついでにセイレーネとラドゥさん呼んで来てね」

「「了解(?)」」


 はてさて、それじゃ防衛計画の修正案を考えないと。最大の3日守りきるためには少なくとも丸々1日かそれ以上この第二塹壕でしのぎ切らないといけないしなぁ。
 負傷者もできるだけ最後の予備戦力として残しておきたいし……あ、今日の夜に夜襲があるかもしれないから備えないと。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<ザルカー軍閥視点>


───1日目の深夜



───ソロリソロリ


 月がちょうど雲に隠れている時、彼ら夜襲隊200は足音を立てないよう静かに第二塹壕へと進んでいた。ザルカー軍閥の中でも精鋭といえる部隊を中心としたこの夜襲隊は、敵に発見されることなく第二塹壕にあと10mほどの距離まで接近していた。
 
 先頭に立っていた指揮官が突撃の合図を指笛を鳴らしできるだけ静かに夜襲隊は第二塹壕へと突撃する。だが、そこに和樹隊はおろか人の居た痕跡すらなく、ただいやな臭いだけがたちこめていた。
 
 
「誰もいない、だと?」

「な、なんだこの変な臭いは?」

「こいつは罠なんじゃ……一旦ばれないうちに退却した方が───」


 誰も居ない第二塹壕に戸惑うザルカー軍閥の夜襲隊は結局陣地をそのまま確保し続けることにした。もしこのまま罠の「可能性」というだけで退却しようものなら激昂したザルカーに自分以下指揮官の首が切り落とされることが目に見えていたからだ。
 
 だが、その判断が間違っていたことに自分たちの少し先にに小さな光がぽつぽつとでき始めてようやく彼らは気がついた。やはりこれは罠だったのだと。
 
 
「放てっーーー!!」


 ほんのわずか先から聞こえた声に合わせて小さな光、火矢とカタパルトから発射された火炎弾が塹壕とその後ろに降り注いだ。
 
 
───ブワッ!!


 火矢が第二塹壕に突き刺さると同時に勢いよく塹壕にそって火が燃え上がり始める。塹壕に立ち込めていた匂いは油をしみこませて塹壕の底に敷きつめていた藁からだった。火はとどまることを知らずにすでに塹壕に身をひそめていた50近い夜襲隊ごと激しく燃え上がる。
 塹壕後ろに着弾していた火炎弾は第二塹壕と第一塹壕の間に炎の壁を作りだし、部隊最後方に居た数十名を除いて完全に夜襲隊を包囲していた。すでに火は鎮火不能なほどに燃え盛り、塹壕に留まることも退却することもできずただただ夜襲隊の大半は焼き尽くされるだけとなっていたのだ。
 
 そこかしこから聞こえる燃え死ぬ兵士の悲鳴、この声がザルカー軍閥の精鋭としてヤツの草原を支配していた者たちの断末魔だった。わずかに生き残っていた兵士たちは炎から逃れるためもはや前に進むしかなかった。どう考えても万全の準備で構えている敵軍へ。
 
 
「うわあああああああ!!」

「ザルカー軍閥万歳っ!!」

「熱い、熱いちくしょう、畜生っ!!」


 雄たけびを上げながらの決死の突撃、まさに精鋭の名に恥じない素早い動きで突撃する彼らの視界に入ってきたのは、今まさに自分をこれから射すくめるであろう矢を番えたノルドール弓兵だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<カルディナ視点>


 隊長が言うには今夜敵軍が夜襲しにくる可能性が非常に高いということで、私の部隊とデニスの部隊で迎撃を行うことになった。作戦通りにすれば十分撃退できる予定……だけど。
 それにしてももうすぐ一日が終わって新しい日がはじまりそうな時間になっても特に何も起きてない。今夜は夜襲なしなのかな?
 
 
「よっカルディナ……定時連絡だ。北領の連中はすっかり疲れて寝込んじまって訓練不足ってやつだ。でもどうやら夜襲はこっちに来そうだぜ」

 
 ニグンさんはたぶん北領の人たちからくすねてきた携帯食料と矢束を私たちに配ると、その場で臭いを嗅ぎ始めた。夜襲と臭いになんの関係があるんだろう?


「気の、せい? 死体の、臭い?」

「違うね……敵の臭いでよ、よく目を凝らしてみてろ。ほれ、あそこ」


 示された方向を見てみてもぜんぜんわからない。臭いを嗅ごうとしても感じるのは死体の臭いしかしないと思う……もう私の鼻はこの臭いを臭いとも思わなくなってるからわからないけど、ニグンさんがそういうのならたぶん間違いないはず。
 
 
───ピィッ


「今の、指笛?」

「やっぱりな、俺の言うとおりだろう?」


───カサカサカサ
──カサカサ
─カサ     


 少しだけしていた物音が消えた。うん、間違いない。部隊規模の数が「仮装第二塹壕」に引っかかったんだ。
 仮装第二塹壕は隊長が夜襲対策にと第二塹壕前に掘らせた近寄らないと気がつけないように、塹壕の正面をわざと若干高めにもってある塹壕のこと。視界の悪い夜に近付いたらまず本当の第二塹壕との区別はつかないはず。そして事前に油を染み込ませた藁を底に引いて引火しやすいようにしてある。
 
 
「音が消えたな」

「火矢の、準備? デニスにも、連絡?」

「よっしゃ、連絡は任しとけ」


 ニグンさんがデニスへ連絡に向かうのと合わせてカズキ隊とラドゥ軍閥の兵士さんが火矢の準備を始める……たぶんこれから私が目にするのは今まで見てきた中でも最もひどい物の一つになると思う。でも、こうしないと守れない。許してほしいとも思わない、だって、これが私の本当の戦い方。レスリー姉さんと私はずっとこうやってヤツ族と戦ってきたのだから。
 
 
「放てっーーー!!」


 デニスの声が聞こえる、デニス分隊の塹壕から光る火矢が飛んで行くのと同時に隊長たちのいる駐屯地と第三塹壕から火炎弾がカタパルトで投射される。私たちも攻撃しなきゃ。
 
 
「攻撃、開始……」

「放てっ!」


 火矢が仮装第二塹壕に突き刺さると瞬く間に火が塹壕にそって広がっていく。火炎弾も塹壕の後方に着弾して炎の壁を作り出している……もうあの人たちにはこれで前に進むしかない。
 
 
「ぎやぁあああああああああああ!!」

「あづいあづいいいいぎぃいい!?」

「誰か、誰か助けでくれぇ!?」

「あぁあああああああ!!」


 聞こえてくる敵兵の悲鳴、私の横に居た入隊したての志願兵の子は両耳をふさいで泣いていた。でも聞かなきゃいけない、だって彼らを火あぶりにしたのは私たちなんだから。
 
 
「い、いやだ、聞きたくない……聞きたくない」

「慣れろなんて、言わない? でも……目をそむけちゃ、だめ……」


 火あぶりを始めてすぐにこちらに向かって泣き叫んだり火だるまになりながらあの地獄から生き残った兵士たちが、まとまりもなくただすさまじい速度で突撃するも、一人ひとり確実にノルドール弓兵が射ぬいていくことによってその兵士たちも次々と倒れ伏すことになった。
 
 
 次の日の朝、第二塹壕と今だ火のくすぶる所がある仮装第二塹壕までの間に100近い焦げたり射殺された死体が散在していた。
 
 
「昨日は最悪の、一日?」

「分隊長、朝食はどうします?」

「ニンゲン、こんな死体だらけの場所でよく朝ごはんが───」

「カズキ隊のノルドールさんは死体を見たら朝食が食べられないと、ほーほー」

「言ったな、分隊長、我々も朝食にしましょう!」
 

 いまだくすぶっている死体だらけの場所で、みんなが干し肉をかじり始めた。隣にいた志願兵の子はまだ心の整理がついていないのか、死体を見ては目を背けて震えている。
 この底抜けの仲の良さと楽天さがこの子にももう少しあればきっと大丈夫。あと一回戦えば大丈夫かな?
 
 
「なぁちみっ子、その腕章、ノルドール志願兵なんだろ? だったらそろそろ慣れとかないときついぜ。だろう分隊長?」

「ガキンチョが志願兵なんて良い度胸だ。大人のノルドールの手本を見せてあげよう」

「まだまだ、戦える?」

「「もちろん!」」


 最悪な昨日は終わったけど、今日はもっとひどいだろうから。
 
 だからみんな、がんばろう。生き残ろうね。
 
 
 
北領駐屯地遅延作戦

一日目防衛成功

損害

 和樹隊・駐屯地部隊・ラドゥ軍閥軍 戦死者:18名 負傷者:31名  計:49名
 
 ザルカー軍閥     戦死者:推定200 負傷者:不明(ほぼ戦死とみられる)
 

残存兵力

 和樹隊・駐屯地部隊・ラドゥ軍閥軍  171名
 
 ザルカー軍閥  推定400名以上
 
 

 現在の戦線:第二防衛ライン
  残り期限 :あと二日
 
 
 
 
 
 
 
あとがき

グロ注意には……まだ引っかかりませんよね?



[12769] 37馬力目「北領駐屯地遅延作戦 第二日目」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:22
前回のあらすじ

・あっというまに第一塹壕終了

・ばれてる夜襲

・「かかったなっ!」







<ザルカー視点>


───2日目、朝



 あぁもう朝か、まったくよぉ……なんでこの兵力差で押しきれねぇかねぇ。奴隷兵はほっとんど役に立つ前に死んじまうし弓騎兵も使えねぇ、まぁ昨日の夜につっこんだ古株たちがまぁ何とかしてくれてんだろ。
 
 
「お頭、お、おはようごぜぇます」

「んぁ? ああ、んで昨日の成果は?」

「へ、へぇ……それが夜襲に出た200のうち帰ってきたのが───」

「あぁ!? 帰ってきただぁ!?」


 ったく、古株で頼りにぁなるやつらだとおもってたが予想以上に使えねぇ。平和ボケのヤツ族あいてにゃまあ頼りになってたってのに帰ってきただと? 俺は次の陣地をぶんどってこいって命令したんだよ。なんでできねぇんだ!
 
 
「へ、へい。そんでもって帰ってこれて今戦えるのが30人いるかいないかでありやして……」

「くそったれ……」


 これでこっちの残りは450ってところか残りはよぉ? まぁあの司祭から貰った奴隷兵でどうせ兵士はいくらでもいんだし、宿営地の部隊引っ張ってくりゃぁまあ減った分はたりんだろ。
 ったくよぉ……愛しの憎い憎いレスリーちゃんもいねぇのにこれ以上やってられっかってんだ。あぁ畜生、また右肩がうずいてきやがる。はやくあんのアマぶちころさねぇと気がすまねぇ。
 
 
「おい、宿営地で暇こいてるやつかたっぱしから連れてこい。100も残しときゃヘタレのヤツ族は手ぇ出せねえだろうからそんぐらいは残しとけよ?」

「わ、わかりやしたっ! 100残すんなら400は連れてきやすっ!!」

「うるせぇよ、わーったならさっさと今日の夜までにひっぱってこい」

「よ、夜まででやすか!?」


 あぁ? なんだよこいついちいちうるせぇなぁ、俺ぁ朝からいらいらしてんだよ……
 
 
「いちいちうるせぇんだよ、やれったらやれボケ」

「へ、へいっ!!」


 ったくよぉ、あの司祭も人使い粗いったらありゃしねぇ。兵士だけ押しつけてあの異端を始末しろだってんだから自分でやれってんだよ。
 あぁめんどくせぇ、さっさとあの駐屯地に居る異端ちゃんをぶっころしてさっさとレスリーちゃんをぶっころしにいきてぇなぁ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<和樹視点>



───ユサユサ


「おはようございます隊長、その、朝です……起きないのかな?」


 今日起こしに来てくれたのはデニスか……昨日の夜当直だったのに起こしに来てくれるなんて嬉しいね……とりあえずこれはいじるしかない、いやなんとなくだけど。
 

「あと300秒……」

「素直に5分って言えばいいじゃないですか、隊長が起きないと僕だって困るんですよ?」


 うぅ~とデニスが唸る声が聞こえてくる……うん、やっぱりこの反応がかわいすぎる。もはや殺傷兵器に近い、セニア以外で俺が萌え死にするなら間違いなくデニスのせいだ、間違いない。
 

「そっか、じゃあ困らせようかな。困った顔するデニスはかわいいからね」

「え、そんないきなりっ!? えとえと、その……えと」

「さて、デニスいじりも終えたことだし作戦会議に向かいますか」

「た、隊長最初から普通に起きてましたねっ!」


 いや、戦場でこんな風におちょくるのは非常に不謹慎だとは思うんだけどさ……あれだ、昨日の夜に聞こえてきた兵士たちの悲鳴が耳から離れないんだよ。でも隊長として朝からテンション低めで作戦会議でるのもいろいろと兵士たちに悪い影響(士気の低下とか)与えそうだし。

 まぁデニスのいつも通りの反応のおかげでいろいろと元気が出た。
 うん、やっぱりデニスの反応は素晴らしい癒し効果。動物に触れて心のケアをする物に通じるものがあるかもね。
 
 
「元気出させてくれてありがとうデニス。昨日寝てないんだろう? お願いだから無茶だけはしないでくれ」

「へ? えと……はい、作戦会議が終わったら少し休ませてもらいます」









 さて駐屯地内の作戦司令室に到着……ここからでも血の臭いと肉の焦げた臭いがする。吐き気がこみ上げてくるけどポーカーフェイスでいないと、全部俺が命じてやらせたこと……この戦いが終わったら悩んだり考える時間はいっぱいあるんだから今いろいろ考えてる暇はない。
 そう、今は考えるな、考えるな、考えるな。
 
 
「カズキ殿、昨日は大戦果でしたな。この調子で今日も戦いましょうぞ」

「ええ、ですが予定より早く第一塹壕を突破されて仮装第二塹壕の罠も使うことになりました。今日は昨日より厳しい戦いになると思いますが頑張りましょう」

「まず偵察隊から、報告?」

「ん、カルディナよろしく」


 昨日の夜に戦ったままの姿の体中泥だらけのカルディナが報告を始める……カルディナにも分隊の指揮と偵察隊の指揮を兼任させてだいぶ無茶させている、早く兄上様の狼煙があがらないものかなあ。
 
 
「敵軍に今のところ、動きなし? 再編成、中?」

「装備から見るに、初手の雑兵と違い夜襲してきたのは動きから見て精鋭だったのだろうな、午前中は再編成で安泰と見るべきかな?」

「そうですね、では夜に戦ったデニスとカルディナの分隊は休ませてラドゥさんとセイレーネで防衛にあたってください。」

「けが人の中にももう戦列に戻しても大丈夫そうなのも居ますけど、隊長、どうしますか?」


 いくら本人が大丈夫だといっても塹壕の衛生環境を考えると、少しでも怪我してる人を塹壕に入れるのは今後を考えるとアウトだと思う。やっぱり負傷兵の人たちは最後の最後まで休ませとかないとね。
 
 
「とりあえずまだ休ませよう、負傷者はできるだけ動かしたくない」

「了解です」

「そうだ、カズキ殿。矢を死体から引き抜く許可をくれ。塹壕から出なければいいだろう?」

「できるだけ塹壕から身を出さないように回収してくださいね」

「問題ない、死体を縄ででもひっぱってから取ることにでもするさ」


 うん、間違いなく午前中に攻撃がなければ午後に総攻撃が来るだろうね……でもそれは第二塹壕で防ぎきるか第三塹壕でしのげるはず。でも今日中に第二塹壕を突破されるともう後がない、なんとしても守り抜かないと。
 
 
「今日第二塹壕を抜かれれば明日に予想される総攻撃を第三塹壕で防衛することになる。だから今日はなんとしても第二塹壕を守りきろうっ!!」

「「「オォーッ!!」」」


 と、部隊の気持ちを盛り上げていると現れたのはニヤニヤしているニグンさんと渋い顔をしている北領隊長さん。どうしたんだろうか? 昨日は指揮させてもらったから今日は北領隊長さんが指揮を執るということで話をしに来たのだろうか?
 
 
「あ、あのだな……か、カズキ殿」

「え、あ、はい。なんでしょう?」

「昨日はすまなかった。素晴らしい防衛戦指揮だった。あんな戦い方は想像もしていなかった……できれば、その、今日も……指揮を、たのみ、たい……」

「かーっ! ちゃんとお願いするなら大きな声で頼めって言っただろうに」

「いや、だが、昨日の件でいまさら、その……」

「カズキ隊長はそんな人じゃねぇよ。なあ?」

「えっ、あ、ハイ」


 の、ノルドールのツンツンキャラはなんなのだろうか、みんなツンデレなのか? すっごい申し訳なさそうな感じで話しかけくるけれども……まぁ、とりあえず今日も俺が指揮を執ることになるわけですね。
 ならばいっちょ今日も張り切って守りますか! 絶対耐えてみせるぞ!!







───二日目、午後2時



「敵襲ーーっ!!」

「ついに来たか……総員配置につけっ!!」


 お昼のおにぎりを食べ終えたところで敵襲の知らせ……これは俺達のわき腹を痛くする作戦ではないだろうけど急に動いたからわき腹が痛い。うんやっぱりそれもあるだろう……少なくとも俺は今猛烈に痛いです。
 
 
「隊長状況、報告?」

「ん、頼む」

「敵約150で、弓兵? 散兵で、射撃戦?」

「了解、じゃあカタパルトとバリスタは節約して昨日休んでた弓兵を出そう。ラドゥさんの下馬弓騎兵に迎撃をお願いして、ノルドール弓兵は予備として駐屯地に配置換えで」

「やぼー、る?」


 塹壕で戦えるからラドゥさんの下馬弓騎兵70で十分対応できるはず、散兵で攻めてきたのならこっちに絶え間ない攻撃を行って休ませないとかじわじわ削りに来た、とかそんな理由かもしれない。
 それにしてもレスリーさんが戦力を100も引き抜いたはずなのになんでザルカー軍閥はこんなに数がいるんだよ……全軍の3割が戦死したら中世的軍隊って本来なら崩壊するんじゃないか? まあ大半の損害が奴隷兵だったとしても賊上がりの兵士が中心なんだからいったいどうなっていることやら。
 
 
「伝令っ! これより迎撃の指揮をラドゥ殿、カルディナ分隊長が執ります!」

「了解、デニスは休みに入れてセイレーネと俺が予備に入る」

「はっ! では失礼しますっ!!」


 うーん、今のところローテーションを組んで何とか24時間体制で防衛にあたっているけどそろそろ疲労困憊ですよこっちの兵士は。俺も正直疲れてきた、え、働いてない? いやいや矢の分配や臨機応変にローテーションを組みなおしたりで矢面に立たなくても大変なんですよって誰に言ってんだ俺……いかんいかん。
 
 
 
 
 
 
───午後4時


「カズキ殿、一応手痛い損害を与えて押し返したぞ」

「お疲れ様ですラドゥさん、戦果は?」

「相手の損害は戦死40確実。こっちの損害は戦死10、負傷12だ」

「これでこちらは残り149人ですね……これでこの日をしのいだら明日で最大の期限ですが」

「兵士は残っていてももう2時間以上も弓を引いてたんだ、ふらふらで今日の夜に当直をさせるのはむりだぞ?」


 ラドゥ軍閥の兵士もこれで負傷者を含むと半数まで減ってしまった。経験豊富なラドゥ軍閥の兵士の数が減るということは射撃による防衛力の大幅な低下を招いてしまうわけで……まいったなぁ。今日の夜の当直はセイレーネに任せて今からの指揮はデニスに任せよう、失われた兵士のことを考えても今は仕方がないと割り切るしかない。
 
 
「伝令、悪いけどデニスを起こしてきて」

「そんなことだろうと思いまして、すでに来てますよ隊長」
 
「それはちゃんと休んでいないって事だろうに……まぁちょうどよかったデニス、ラドゥさんの防衛指揮、引き継ぎよろしく。夜になったらセイレーネとカルディナが指揮交代ってカルディナに伝えといて」

「了解です、隊長も僕がそばにいない間無理しないで下さいよ」

「ん、わかってるって」


 さて、あの射撃戦をしかけてきた理由を考えないと……今日の夜にまた来るための威力偵察? それともやはり純粋に損害覚悟でこっちを削りに来たか?

 疲労狙いなら間違いなく今夜夜襲で来る、だけどそれほどの余裕がこれだけの損害を連日出し続けているザルカー側にあるのか? うーんわからん、レスリーさんやカザネが居れば相談できるんだけどなぁ、まあラドゥさんに聞けばいいか。
 
 
「あぁカズキ殿、また矢の補充をお願いする。残余はどの程度残っているのだ?」

「え、はいえーとですね……そうか、そういうことか」

「ん、どうしたのだ?」


 今俺の手元にある残りの各物資備蓄量の資料には訂正と上書きが繰り返されているが、そこの中でも一番書き直しや訂正が行われているところがある……残りの矢数だ。
 個人携帯は50本としているが、現在兵力50のラドゥ隊が補給待ちということを考えると彼らへの補給だけで最大2500本の矢が必要だ。それに対して現在の残本数はすでに5000本を若干上回る程度となっている。

 そもそもこうなった理由は考えてみれば簡単だった、そもそも兵力100程度の駐屯隊で籠城することが前提の矢の備蓄数だ。そりゃ二倍の兵力で塹壕戦のようにほぼ全兵力で矢をぶっぱなしてればそりゃあっという間に使い切りますよねー……すっかりその点を失念していた。
 ノヴォルディアから持ってきた矢は全部隊に2回補給できる程度で、すでに一日目で持ち込み分は使い切っている。

 これではあと1回全軍に矢を再配分したら在庫は空だ。ザルカー側がこっちの残矢数を正確に知っているとは思えないが確かに今回の射撃戦でだいぶ使用したから……あと2回だね、全力で戦えるのは。
 
 仮定として今夜夜襲があったとしよう、まずそれで個人携帯分を完全に使い切ったら最後の補給。そして次の日に午前中に攻めてきて守りきったとしても、午後に攻撃されたら弓矢の援護なしで塹壕内での白兵戦となる……バリスタやカタパルトだけじゃ損害は与えられても突撃自体を止めるのは難しい。どっちももう火炎弾の在庫は空だ。
 
 
 そしてその日の夜……敵の夜襲はなかった。俺は内心ほっとしていたのだが、夜襲がなかった理由を次の日の朝知ることになる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 次の日の朝、700近いザルカー軍閥が雄たけびを上げて突撃を開始した。
 
 

 
 
二日目防衛成功

損害

 和樹隊・ラドゥ軍閥軍 戦死者:10名 負傷者:12名  計:22名
 
 ザルカー軍閥     戦死者:推定40 負傷者:不明
 

残存兵力

 和樹隊・ラドゥ軍閥軍  149名
 
 ザルカー軍閥  推定400名以上(三日目早朝にて推定800以上)
 
 

 現在の戦線:第二防衛ライン
  残り期限 :あと1日
 

 
あとがき

 だんだんM&Bの戦力数とかけ離れてきました、ちなみに普通は500VS500でもゲーム的には総力を挙げた決戦です。まずヘタレのAIはそんなこと起こしてくれません。



[12769] 38馬力目「北領駐屯地遅延作戦 第三日目(前編)」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:22
前回のあらすじ

・二日目は比較的平和?

・そろそろ物資ヤバイ

・朝駆けの大軍勢





<デニス視点>


 僕は夢を見ていた。
 
 
 隊長と一緒に戦って、その横にはいつでも僕が居て、結婚して子供が生まれて幸せにおばあちゃんになる夢。
 
 
 でも現実は違う。隊長の横にいつでも居られるわけじゃなくて、本当の意味で隣に居るのはセニアさんで……
 
 
 なんでこんな時にこんな夢を見るんだろう、なんでこんなものを見せるんだろう。
 
 
 でもセニアさんが一番でいいんだ、僕は隊長の一番じゃなくても側に……側に居られるだけでいいんだ。だから僕は───
 
 
 そこで僕は伝令兵の悲鳴のような報告で目を覚ました。
 
 
 
 
 
「ゲデヒトニス分隊長っ! 敵軍およそ700が突撃してきますっ!!」








 たしか、昨日の夜は休んで今日の朝からの指揮を担当する予定だったはずだ、休んでいる場合じゃないしただ事じゃない。僕も急いで指揮を執りに行かないとっ!
 
 
「了解です、すぐに総員を起こしてカタパルトとバリスタに援護要請を出して。僕もすぐに向かうっ!」

「了解!」

 うん、頭もだいぶ回り始めた。700という大軍が攻めてきたのなら射撃戦だけで押しとどめられる問題じゃないはず。僕も塹壕内での白兵戦を覚悟しなきゃいけないね……白兵戦になるなら愛用のヘヴィロングランスは持っていかずに、ノルドールルーンソードを腰に差していこう。
 
 
 
 
 
 






「ゲデヒトニス分隊長っ! 間もなく白兵戦に入りますっ!!」

「ぎりぎりまで射撃を続けてっ! ここを落とされたら後は第三塹壕だけだよっ!!」

「「ヤボールッ!」」


───バシュンバシュン


 バリスタやカタパルトの援護射撃は始まっているけど一日目の時ほど効果を発揮してくれない。一日目ですでに火炎弾は使い切っているのと、敵が密集せずにばらばらに突撃してくるからだ。
 僕の防衛する第二塹壕右翼にはぱっと見ただけでも300以上の敵が殺到してきている、すでに40近い敵が援護射撃とこちらの攻撃で倒れたはずだけど一向に減る様子がない。僕たちは50人しか居ないのにっ!!
 
 
「分隊長っ! こいつは下がるしかない、さっさと下がらないと第三塹壕まで行けなくなる!!」

「俺たちだけじゃいくらなんでも無理ですっ!!」


 できるならここで防衛したいけど、ここはくやしいけどみんなが言う通りだと思う。こんな時のために僕たち分隊長には独断専行が許可されている……確かに残念だけど第二塹壕を今は放棄して第三塹壕で戦うしかない、ね……
 
 
「わかった、油の準備をしてから撤退っ!」

「了解っ! よし、陣地に油まいてとっとと逃げるぞっ!!」


 第二塹壕放棄の時にはこれで炎の壁を作って時間稼ぎしろと隊長から言われていたので、油を塹壕に撒いて火をつける。これですこしは敵の足を止められるはず。
 左を見ると同じ今日の朝担当であるラドゥさんの守る左翼の第二塹壕からも火の手が上がった。やっぱりあっちも一旦退却するみたいだ。僕たちも遅れないようにしないと。
 
 
「塹壕前後も含めた点火完了しましたっ!」

「うん、じゃあ駆け足で第三塹壕に行くよ!!」



 時間稼ぎといってももう稼げる時間はそう長くない。早く、早く、イスルランディア司令の合図はまだなのっ!?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<和樹視点>


「伝令っ! 敵軍およそ700が第二塹壕に向けて突撃を開始しましたっ!!」

「700!? 700って確かなのか!!」

「はい、偵察隊からの報告です!」


 なんてこった……昨日の時点でザルカー軍閥で動けるのは400いるか居ないかと予想してたのにまだ兵力を隠していた?
 違う、昨日夜襲しなかったのは増援を待っていたんだ。あぁ糞っ! 700と140じゃ話にならないぞ、それに第二塹壕には100しか居ないから足止めさせながら第三塹壕に素早く下げるしかない……ああ畜生、なんだってこんなことに!!
 
 
「デニスとラドゥさんに第三塹壕への撤退命令、それにバリスタ・カタパルト隊に射撃開始命令を!」

「はっ! なおバリスタとカタパルトはすでに射撃を開始しております、では私はこれで!!」


 伝令が作戦司令室から退出すると同時に勝手に大きなため息がでる。まあこうなった以上できる限り粘るしかないかな。
 それにしても独断専行許可しておいてよかった……さすがに俺が寝てたり総指揮官が両翼のどちらかに居る時に期を見た射撃命令なんて不可能だからね、リアルタイム通信を可能にする無線機がない以上信頼のできる指揮官に独断専行させた方が現時点では効率的だ。

 それにしてもどうする、第二塹壕は第一塹壕と同じく火計で足止めは可能だけど塹壕ごと埋められたらそんなに長くは足止めできない。あとは第二塹壕と第三塹壕との間にある罠で少しでも……ああまいったな。
 
 
 
 
 
 
───3日目、午前10時



 第二塹壕の炎の壁のおかげでなんとか今まで時間を稼ぐことができた……けどもうその炎も塹壕ごと埋め立てられて消えてしまった。初日の火計でトラウマとなっていてくれたのか予想以上に消火活動が鈍く、朝の突撃で第二塹壕を奪取した後は、今のところは特に目立った動きはない。

 こちらの損害の方は負傷者5名に死者4名。残り140人で、今現在なんとか動ける負傷者30を戦列に戻して170人での防衛だ。一方のザルカー軍閥は予備を抽出したのか依然700ほど、うん、やばい。人海戦術で突っ込まれたら間違いなく終わる。
 
 
「隊長、どう思います?」

「……何が何でも守りきるしかないですね。できれば今すぐにでも兄上様の狼煙が上がってくれればとっとと撤退できるんですけども」

「はっはっは、まったく隊長は変わらないなぁ。村に来た時も何とかなるって言ってたですしね」

「人生ポジティブシンキングですよ、前向き前向き」

「貴方の下で戦っていれば今回も生き残れる気がするよ、ご利益が強くなりそうだからいつも以上に隊長にべったりなセイレーネ分隊長様のお邪魔にならない程度の近くで戦わせていただきます」

「たとえニグンさんでも、邪魔をするとこのツヴァイハンダーで自分の背中を見ることになりますよ? はっはっは」


 ニグンさんには兄上様と同じぐらい鍛錬に付き合ってもらったり、村での生活に慣れるまでいろいろと面倒見てもらってたなあ……っておい、何気に彼死亡フラグっぽくないですか? 突然生き残れる気がするとかいいだしちゃってるんですが!?
 
 
「ちょとまってください、いきなりそんなことを言いだすと死亡フラグっていいませんでしたっけ?」

「無意識に言ってるわけじゃないから大丈夫ということでひとつ」

「いやいや大丈夫とかそういう問題じゃ───」

「ニグンさんも私と一緒に隊長を守るんですよ、死んだら任務を果たせないでしょう。死にそうになったら気合です!」


 こういうときにはセイレーネの気合というか元気が兵士たちにどれだけ勇気を与える事か……いやぁ、まさしく鼓舞ってこういうことなんだろうなと理解できる頼もしさだ。周りからも悪い意味じゃない笑い声が聞こえてくるし。
 
 
───ワアアアアアアアアアアッ!!


 突然背筋が凍り、大地を揺るがすほどの咆哮。先ほどまで笑顔だった兵士たちの顔が引きつる……さぁ、おいでなすった。
 
 
「よし射撃開始っ! 射ればあたるぞ、ありったけ浴びせてやれっ!!」

「熱湯の準備はできているな! 早く城門前にもってこいっ!!」

「カタパルト・バリスタ攻撃開始しますっ!」

「ここを落とされたら後がないぞっ! 守りきれっ!!」


 たとえどう考えても無理そうだって耐えてみせる……兄上様やセニアと交わした約束は絶対に守ってみせるっ!!
 俺はここで死ねない、絶対帰るんだ、もう一度セニアに会うんだっ!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「梯子かかりましたぁっ!!」

「熱湯をあびせてやれっ!」

「あぁあああ目がぁ、目があぁああ!!」


 次々と梯子をかけては城壁に突入してくる敵兵士、俺の指揮する駐屯地はまさしく最大の激戦区となっていた。こちらの守備兵は負傷兵を含む50人、一方攻めよせるザルカー軍閥は300。

 いくら防衛戦だからといっても次々と梯子で登ってこられちゃ押し切られるからできるだけ梯子は蹴落とす方向で戦う。城門への攻撃も今のところは熱湯を中心とした攻撃でしのいでいる……でもそろそろバリスタ・カタパルトも弾切れ初めてこっちの熱湯も品切れだ。
 
 
「お前が大将か「やらせんっ!」ぐぁっ!?」

「隊長は一旦さがれ! この混戦状態じゃそっちにかまってられないぞ!!」

「助かります! でもここで指揮官が下がるわけには……」

「いいからさがれ! 城壁での混戦はセイレーネと俺にまかせろ!!」


 後ろからいきなり切りかかってきた敵兵をニグンさんが使い込んでいるだろう剣で胸を刺し貫く、敵兵はその後力なくその場に倒れ伏したが次々と梯子を上って他の敵兵が城壁へ上ってくる。
 さすがにまともに戦えない俺がいても邪魔なだけだということで、一旦城壁から降りて作戦司令室へと戻る。だが到着した後届く報告は悲惨なものばかりだった。
 
 
「左翼すでに崩壊寸前っ! ラドゥ殿も負傷しましたぁ!!」

「右翼いまだ持ちこたえておりますが後持って僅かだとのことですっ!!」

「左翼にカルディナと負傷者の中から動ける人を集めて送って! 右翼には弾切れになったカタパルト・バリスタ隊から逐次兵力を投入!!」

「駐屯地城壁の半数を占拠されましたっ! 城門はまだ持ちこたえていますがこのままでは……」


 報告であわてて窓から城壁の方を見るとすでに城壁正面は城門付近を除いて100以上の敵兵がひしめいており、奪還はどう考えても不可能に見える……できればこの時点で使いたくはないんだけど、使うしかないか。
 
 
「セイレーネに連絡、城壁内に小麦粉を撒けと」

「りょ、了解っ!」


 事前にできた最大の突貫改修工事で、城壁の内側下半分を板で覆って部屋のようにした。そこに小麦粉を充満させて……できればこれをするともう二度と城壁を使えないんだけど背に腹は代えられない。この一撃で敵の士気を挫いて後退させないと冗談なしにこの時点で詰みだ。頼む、ぶっつけ本番になるが……成功してくれっ!
 
 
「これより城門前からの撤退を支援する、全員出るぞ! 俺についてこいっ!!」








 なんとか城門前に着くとすでに城壁から城門前は一方的な攻撃を受けつつあった、ニグンさんやセイレーネが粘ってはいるものの正直もう限界のようだ。
 
 
「セイレーネ、後退準備はいいかっ!」

「隊長っ!? ええ準備はできてっ! こ、このっ!!」



 まずい、セイレーネのツヴァイハンターは大剣なため、一度振り切ると次の攻撃態勢に移るのに時間がかかる。ちょうどセイレーネが敵の体の上下を泣き別れさせたところで後ろから別な敵兵がセイレーネにつかみかかった。
 剣で刺すか、いやだめだ貫通したりしたらセイレーネが危ない。なら俺が持っている武器で最高の命中精度で貫通しない武器はこれしかないっ!


「当たれっ!!」


───ビュンッ グサッ!


「ぐぇ!?」

「隊長! アレの準備はできたぞ、はやく離れよう!!」

「隊長助かりましたっ! 一旦総員離脱っ!! 中央へと後退だっ!!」

「下がれ下がれっ!!」


 腰につるしてある投げナイフを投擲し、セイレーネにつかみかかった男の喉に突き刺さす。我ながらマイナー武器なのに活用機会が多いなぁと思いながらも負傷者を半ば引きずるようにしながら駐屯地中央の最後の防衛拠点へと後退する。
 敵兵士の大半は今だ城壁の上、あれをやるなら今しかない。
 
 
「よし火だっ!」

「了解っ! これが最後の火矢だ、くらえっ!」


───ビュンッ


 ニグンさんの火矢が城壁に向かって飛んでいく、そして火矢が城壁後ろに積み上がった藁束にきれいに刺さり───
 
 
 
 
 次の瞬間、遺跡を補修してできていた石造りの城壁が100以上の敵兵ごと爆ぜた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あとがき

 フリーバトルで700対170をプレイしてみました。300ほど削ったところで全滅しました……



[12769] 39馬力目「北領駐屯地遅延作戦 第三日目(中編)」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:22
前回のあらすじ

・ヤバイマジヤバイ

・数の暴力

・城壁どかーん




<ラドゥ視点>



「踏みとどまれっ! ここより後ろはないぞっ!!」

「ヤツの誇りを守り抜けっ!」

「俺だって、やってやるやってやるっ!」


 俺の守備担当になった第三塹壕左翼陣地、どうやらここが俺の墓になるようだ。
 次々とこちらの射撃をくぐり抜けて塹壕へ到達する敵軍、一度白兵戦に持ち込まれてしまえば60しか居ない寡兵のこちらが瞬く間にすりつぶされるのは目に見えて分かっている。
 だが止められない、すでにもう100近い敵兵が塹壕に到達し始めている。後ろを振り返る余裕すらないがおそらく撤退合図の狼煙はまだなのだろうな……
 
 
「その首もらいうけるっ!」

「失せろ雑兵っ!」


───ヒュン ズバッ!


 そのまま切りかかればいい物をわざわざ話しかけてきた雑兵の首を飛ばす。うむ、やはりこの塹壕内では槍より剣の方がいいな。
 俺個人の武はそれなりに自信を持っている、よほどの人数が同時にかかってこない限り……くっくっく、そうだな。目の前の30人はさすがに無理と見えるのだが?
 
 
「たぶんこいつが軍閥の大将だ! やっちめぇ!!」

「「「うおおおお!!!」」」


「大将を守れっ!」

「「うおおお!!」」


 近くにいたわずかな味方が加勢にくるも戦局は絶望的、だが指揮官たるもの最後まで動じてはならないし逃げるなどもってのほか。ならばせめて最期は誇り高く、ヤツ族としての意地というもの見せつけて散るのみっ!
 
 
「我が名はラドゥ軍閥の大将ラドゥ! 我を恐れぬものはかかってこいっ!!」


 近くの死体から剣を引き抜き、次の瞬間斧を振りかざした敵兵に右手の剣を突き刺し左手の剣で槍を構えた兵士の槍を叩き切る。
 悲鳴のような声をあげてさらにこちらに突撃してくる敵兵5人に対して、先ほど突き刺した敵兵を投げつける。これでこの5人の動きは抑えた。
 再び聞こえる悲鳴、今度は味方の兵士が4人の敵兵に槍で貫かれる。その兵士に一瞬視線を向けた隙に今度は別の5人が槍先を構えて突っ込んでくる。
 胴体への致命傷となる3本の槍は両手の剣で薙ぎ払い、残り2本が首をかすり脛を貫く。だが槍は短槍なのですでに敵は俺の剣の間合いに入っている。
 
 
「刺したのにっ!? ば、化け物っ!!」

「なっ!?」


 右手と左手で合わせて2人の首を飛ばし、足に刺さった槍をへし折ってさらに肉薄。再び剣を振るって2人の首を飛ばす。最期の一人は俺の足元でへたりこんでいた。
 
 
「た、助けてくれ……」

「……言うことはそれだけか?」


 最初に死体を投げつけた5人が体制を立て直して再びこちらに向かってくるのまでにこの男のとどめをさそうとした時、耳をつんざくような音が鳴り響いた。
 
 
───ドゴーンッ!!


「な、なんだ今の音はっ!?」

「じょ、城壁が吹っ飛んだぞ!」

「今度はなんだよ畜生っ!?」


 突然の轟音と音と共にあっというまに吹き飛んだ城壁。敵味方問わずその音と光景に混乱している。俺も正直何が起きたのかわからないが敵も混乱している以上……もしかするとこれは好機なのでは?
 
 
「さて、ザルカー軍閥の諸君。できれば使いたくなかったのだが……ここであれと同じことをしてもよろしいかな?」

「ひっ!?」

「なに痛いと感じる前に死ねる、ここで我らと共に吹き飛ぼうではないかっ! くくく、はっはっはっあ!!」


 恐らく俺は敵から見れば右脛に槍が突き刺さり、首から血を流し全身先ほど首を飛ばした敵兵士の返り血で真っ赤に染まりながら狂ったように笑う化け物に見えることだろう。できればこのはったりに恐れをなして引いてくれるとありがたいのが。
 
 どうやら俺は運が良かったようだ。目の前の敵兵たちから「し、死にたくねぇえ……」という声が出ると、生き残っていた味方も俺の意図を察したのか「さぁ共に吹き飛ぼう」「一緒に死のうではないかっ!」と声があがった。
 圧倒的に兵数で上回っていた敵軍は起こるはずもない城壁を吹き飛ばすほどのなにかに恐れをなしてもはや戦意を失い次々と逃げ出し始めた……どうやら俺がこの第三塹壕で死ぬことになるのは多少先に延期されたようだ。
 

「さて、兵士諸君よく戦ったな! 勝鬨をあげろっ!」

「「「うおおおお!!」」」


 血まみれになりながらも笑い、我らの誇り高き勝鬨が戦場に響く。悲しいことに聞こえた勝鬨の声の数はあまりにも少なかったのだが。
 
 
 
 
 
・第三塹壕左翼 防衛成功

 ラドゥ隊 兵力60  残存兵力 15
 
 ザルカー軍閥 兵力 200  残存兵力 およそ100
 
 
 
 
 

 
 
 
<和樹視点>


 爆発
 
 普通現代人なら爆発といえば火薬をつかって起こすもの、と考える。でもこの世界には火薬はなかった。なら他に爆発っていったら?
 すぐ思いつくのは水蒸気爆発、あとは芸術……これはネタか。
 今回みたいに城壁の一部を吹っ飛ばすような爆発、あまり馴染みはないかもしれないが粉じん爆発というものがある。
 
 理論上は密閉された空間に粉を撒いて火をつけるとドカンといくってわけなんだけど、密閉するのと爆発が発生するほどの粉じんを充満させないといけないわけで、簡単に使えるわけではないし、不発に終わる場合が多い。
 
 幸いにも今回の城壁爆破には遺跡に継ぎ足しされた新しい部分のみを狙えばよかったので密閉する範囲は城門裏の小規模ですんだ。ただ使った小麦粉はそんな局部的に吹き飛ばすだけで、兵士達に何回パンを焼いてやれるかわからないほどの量になったけどね……帰ったら会計担当のカザネに冷ややかな目で見られることを覚悟しよう。

 さらに幸運なことに敵が密集していた城壁がちょうどその弱い所で一緒に崩落に巻き込めたのはかなり大成功。もしこれで不発だったら後は中央の拠点に引きこもるくらいしかなかったんだ、いやー爆発してよかったよかった。
 
 
「た、隊長今のはっ!?」

「セイレーネ今は後で……ザルカー軍閥の諸君っ!!」


 拠点にあった書類とかで簡易のメガホンを作って(丸めただけとも言う)できるだけ大声で敵軍に話しかける。さっきのにはびびってくれたよね、よね!?
 
 
「今のを見ただろうっ! 次は右の城壁を、その次は城門ごとお前たちを吹き飛ばすっ!! 死にたい奴だけかかってこいっ!!」

「ちょ、拠点みんな吹き飛ばすんですかっ!?」

「まぁまぁ待て待て、ハッタリだから」

「え、あ……はぁ」

「ハッタリに関しては隊長の右に出るものはいないからなぁ」


 そういえばセイレーネには見せたことなかったか。ニグンとか村の人々には昔見せたことがあるんだけど、そのほかの兵士からすれば一撃で城壁ごと吹き飛ばされるとわかったら相当な恐怖なんじゃないかね? 実際に今攻めよせていた敵軍はすべての行動を停止してただ崩れ去った城壁と転がる無数の死体を見つめるだけだ……頼む、お願いだから撤退してくれっ!
 あんまり信じてないけどお願いします神様仏様T-72神様! どうか敵軍が撤退してくれますようにっ!!
 
 そして願いが通じたのか、兵士の中からこんな声が聞こえた。
 
 
「味方が逃げ出してるぞ!?」


 その声の主が指さす方向に敵味方問わずすべての視線が向く、視線の先ではラドゥさんが防衛する第三塹壕左翼から敵軍が敗走していた。
 
 
「て、撤退っ! てったーいっ!!」

「に、逃げろっ!?」

「あんなので死にたくねぇ!」


 彼らの撤退がキーになったのか我先にと敵は撤退を開始した……とりあえずはなんとか、守りきった?
 戦果としては敵にはかなりの損害を与えたもののこちらも損害は甚大だ。こちとら負傷兵まで戦闘に投入したおかげで無傷な人を探すほうが難しいありさまで、まぁなんとか俺は鎧に傷がついた程度で済んでるけどね。

 俺に近寄る敵兵をセイレーネがそりゃもうばったばったと……やっぱり未だに人がふっとぶっていうのは信じられない。まぁ丸々じゃなくて上半分とか下……あーやめよう、考えただけで吐き気がしてくる。
 視線をちょっと城壁側に向ければ目に入る色は赤に赤に赤にピンクにと、もう吐き気がどちらにせよ急にこみ上げてくるわけでして。
 まずいなぁ、レスリーさんは慣れなくてもいいとは言ってくれたけど慣れるしかないんだよな、俺が命令した結果がこの死体の山なんだから……
 
 でもとにかく勝ったんだ、勝ったんだから。今は込み上がってくるものを無理やり飲み込みなおしてできるだけ兵士の前ではキリっとしていなくてはいけない。指揮官って本当に大変だね、やっぱ兄上様はすごいよ。
 
 
「よし、兵士諸君勝鬨をあげろおおっ!!」

「「おおおおっ!!」」


 頼もしい兵士たちの勝鬨……だけどその声を満足にあげれたのは俺の周りではわずかに8人だったのだけれど。
 
 
 
 
 
 
・駐屯地 防衛成功

 和樹隊 50  残存兵力11
 
 ザルカー軍閥 300  残存兵力100
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「隊長っ! さっきの音は一体っ!?」

「城壁が、粉々?」

「あれには驚いたな、今度仕掛けでも教えてもらおうか」

「お二人とも右翼防衛お疲れ様。そしてラドゥさんも助かりました、あの左翼の敗走で一気に全軍潰走にまで持ちこめたようなものです。というか止血も終わってないのに歩き回らないでくださいっ!」


 死傷者の運搬を始めようとした時、全身返り血に染まったデニスや血まみれで兵士に支えられながらふらふらとラドゥさんが司令室に入ってきた。カルディナも目立った外傷はないものの全身ぼろぼろだ……
 
 
「ラドゥ殿、その傷で動いては……」

「ふむ、そういうあなたこそ治療が必要ではないか?」

「そうだよセイレーネ、僕のこれは返り血だけどセイレーネのは自分のでしょっ! 出血多量で死んじゃうよっ!!」

「ほらな、血が抜けすぎると命にかかわることぐらいわかるぞ」

「ラドゥさん人のこと、言えない?」

「娘っ子達はどうしてこうなんというか、ニンゲンはやっぱりわからねぇ……」


 生き残った衛生兵(とは言っても全軍で2人だけ)はすべて医療室に居るので、俺が無理やりアルコールで消毒してセイレーネとラドゥさんの簡単な止血だけ行う。というかラドゥさんどう考えても脛に槍が突き刺さったまま歩いてくるって何を考えていらっしゃるのでしょうかね?

 セイレーネも返り血を抜いてもどう考えてもその出血量はやばい、なに、大丈夫いけるいける? ばかもん、さっきからふらふらして壁にもたれかかってるくせに大丈夫なわけないでしょうがっ!!

 まぁ二人の治療をしながらお互い何とか生き残ったことに感謝しつつ損害と戦果の報告を聞く。いやぁ聞けば聞くほど本当に紙一重の勝利だった。
 
 
「右翼は残存兵力30、敵軍は総数およそ200で60は倒したと思います。右翼の敵は走って突撃してくるんじゃなくて、盾を構えてじりじりときましたから白兵戦の時間はそう長くなかったですよ」

「そうか、となるとこっちの残存兵力は……56人。しかも皆戦えるってだけで無傷は俺ぐらいか」


 敵軍残存兵力は逃げ帰った敵だけでも350人くらいか……装備を見るからに奴隷兵っぽかったから督戦隊みたいのはまだ残っているはず。そうなると50VS400以上、こっちはほぼ負傷兵でしかも防衛陣地は半壊。だめだね、もうこれ以上は持ちこたえられそうにない。
 
 
「隊長っ! 負傷兵が隊長に話があるとっ!」

「え、うんわかった今行く!」

「ほら、セイレーネも一緒に医務室へ行くんだよ!」



 負傷兵が俺に話……人としてどうかと自分でも思うけれども、どうか俺と付き合いの長い兵士じゃないように。まあ俺に話があるんだからそんなことはありえないんだろうけどね、ふぅ……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 セイレーネを休ませるために3人娘と共に医療室につくと、そこは医療室とは名ばかりのもはや死体置き場となっていた。そんな部屋の中で俺を呼んだ彼は静かにその中で横たわっていた。
 その彼は村の時から一緒に戦い続けた古参兵だった。
 
 わき腹に巻かれた包帯はすでに真っ赤にそまっており、位置的にたぶん肝臓をやられたんだろう。肝臓は現代でも交通事故とかで損傷すると止血するのが難しく非常に死亡率の高い部位だ。実際それで俺の……いや思い出すのはやめよう、今は彼だ。
 
 
「お疲れ様です、調子はどうだい」

「あぁ、カズキ隊長……城門は守りぬきましたぜ」

「あなたのおかげです。村に来てからずっとあなたには迷惑かけてばかりでした。今回も城壁では危ないところを助けてもらった」

「へへっ……今でもかけ、られてますよ……それより隊長には……見えましたか?」


 できるだけ彼には優しく話しかける。すこし話しただけでもだんだん彼の息が粗くなってくる、先ほどまで居た衛生兵は首を横に振ると他の負傷者の所へ行ってしまった……思い出せば彼の事を名前で呼んだ記憶がない、付き合いが長いのに悪いことしたなぁ……
 そうだその見えたとはなんのことだろう? 敵が敗走するところ? それとも彼が城門を守り抜いたところ?
 
 
「見えなかったんで、すか……城壁が吹き飛ぶ前……狼煙が、見えたじゃ、ないですか……」

「「「!?」」」


 どういうことだ!? 狼煙があがったって報告は受けてないっ! でもたしかにあの厳しい防衛戦中に背後を顧みる余裕は誰にもなかったとも言える。でも本当に狼煙があがっていたら、いやでもそう決めつけるのは早計かもしれない。
 彼が嘘を言うはずはないのだけれど、出血で幻覚を見たのか本当に見たのかがわからん、皆に聞いてみよう。
 
 
「デニス、狼煙を見たか?」

「えと、僕は……見てません。部下からの報告も今のところ、ないです」

「カルディナは?」

「私も、残念だけど……?」

「そんなっ!? 彼は見たと!!」


 気まずそうに顔をそむけるデニスとカルディナ、そして俺に涙目でつかみかかるセイレーネ。
 わかってるさ、俺だってほぼ負傷兵で陣地もぼろぼろ、敵はこっちの8倍近くな今この状況を考えれば撤退すべきなのはわかってる。そしてそれができる最期のチャンスだということも。
 でも兄上様との約束では狼煙があがらない限り3日はなにがあっても守り抜くと決めた、途中退却の合図であるその狼煙があがっていない以上撤退はできない。残念だけど……腹をくくるしかない。
 
 
「ごめん、俺たちはその狼煙を見ていない」

「見えたじゃないですか……撤退しないと、みんな、みんな……」

「ごめん、ごめんなさい、でも俺は撤退の命令を下せない」

「みん、な……生きて……」


 ぽとり、と最期の瞬間彼が俺に伸ばした手が床へと落ちた。村のころから一緒に戦ってきた仲間が今目の前で死んだ、期間はどうであれこの3日で仲間が65人死んだ。
 なぜだかわからないけれど悲しいのに、涙がでない。とても悲しいはずなのに、こんなに大切な仲間だった人が死んだってのに。あぁ俺もだいぶ人として壊れてるのかなぁ……
 
 
「……彼には悪いけれど現在の情報では撤退はしない。残念だけど、皆の命散らすことになるかもしれない」


 玉砕という言葉が頭をよぎる。死にたくない、もう一度セニアに会うまでは死ねない。そう思う心とたとえ死んでも3日は絶対死守するという思いが両方浮かんでは消えてゆく。
 でも、狼煙があがっていないということは北領の住民の撤退が完了していないということだ。ここで俺たちが撤退すれば何百人何千人の住民が死ぬかもしれないし、ザルカー軍閥が防衛準備の整っていないノヴォルディアに押し寄せるかもしれない。

 今日の日が暮れるまでに狼煙があがらなければ……おそらく今日の夜が人生最後の時になると思う。
 思い出してみるとこの世界に来ていろんなことがあったなぁ……あれ、走馬灯だよこれ。ははは……やっぱ笑えないわ。


「どうせすぐにまた攻めてくるとは思えないから夕方まで皆治療や物資の再確認を終えたら休んだり好きなことをしてくれていいよ」


 ここで死んだら元の世界に帰れたりして……ははは、そりゃないか?








あとがき

個人戦の描写が難しいです……もっと精進しないとorz



[12769] 40馬力目「北領駐屯地遅延作戦 第三日目(後編)」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:22
前回のあらすじ

・なんとか撃退

・被害甚大

・玉砕覚悟






<セイレーネ視点>


───狼煙


 それは私にとって嫌な思い出しかない曰くつきのもの
 
 それは私にとって別れの象徴
 
 
「……彼には悪いけれど現在の情報では撤退はしない。残念だけど、皆の命散らすことになるかもしれない」


 隊長の言葉で思考が元に戻る、私はつらそうな顔をして目線をそらす隊長につかみかかっていることを思い出してすぐに手を離す。感情的になりすぎた……
 私の横には隊商兵として助けられた時から共に闘ってきた古参兵の遺体。前の時とは違う、今度はちゃんと最期を看取れた。
 
 
「すぐにまた攻めてくるとは思えないから、夕方まで皆治療や物資の再確認を終えたら休んだり好きなことをしてください」


 その一言を残して隊長は医療室から出て行き、だれも喋ることも動くこともできない空気が漂いただ負傷兵のうめき声だけが聞こえる……そんな状況を最初に破ったのはデニスだった。
 
 
「えと、まずさ……彼を運ぼう」

「うん……?」

「あ、そ、そうだな……」


 三人で彼が寝ていた布の四隅をつかんでその布で彼を包む、あとは彼をすでに溢れかえっている死体安置所ではなく土に埋めるだけだ。
 医療室から運び出して、戦死した兵士をまとめて埋める穴に彼をそっと横たえる。どうか安らかに眠ってくれと私は祈りをささげて隊長の後を追った。
 
 
 
 
 
───第三日目 午後4時



 隊長が馬を隠してある蛸壺陣地に居ると伝令に聞いたので、私はおそらくは隊長のいるであろう隊長の愛馬マキバオーの居る蛸壺にやってきた。やはり隊長はそこに居て、一人でマキバオーの体をなでていた。

 声をかけようと思ったけれど、なにやら隊長がマキバオーに話しかけていたので少し気になって悪いとは思いつつも立ち聞きをすることにした。
 
 
「なぁマキバオー、俺さ……何のためにこの世界に来たのかな?」

「ぶるるっ……」

「お前に言ってもどうしようもないのはわかってるんだけど、さ……気づいたらこの森に居て戦って村で生活して戦って戦って戦って。俺の来る前ノルドールは平和だったんだってさ。
 大ババ様やノヴォ市長に聞いても人間と仲は悪いながらも特に戦争に発展するほどの出来事もなく、皆それなりに平和だったって。

 でもさ、俺がこっちに来てからはどうだよ? 帝国が攻めてきて、ザルカーともこうやってやりあって反乱が起きてもっとノルドール人間問わずに死ぬ……そんでもって悪魔崇拝軍が俺のことなんかの使いと勘違いして狙ってんだってよ。

 本当にさ、やっぱ俺この世界にとって『異端』だったんだよ。俺が居ると争いが起こってみんな、大切な人や仲間がみんな死んじまう……もう人が死ぬのを見たくないんだよ。ああもう……なんで、なんで俺は来ちまったんだよ……」


 なんてことを聞いてしまったんだろうと思った。できるのならさっき好奇心で立ち聞きしようと思った私を殴ってやりたい気分だ。
 私は隊長はいつも笑っていたりのんびりしていたりしている人だと思っていた、でもこの人はずっと我慢してたんだ。本当にこの人は強い、でも弱い部分だってある……彼だって人だから。
 
 
「誰か、誰か俺を消してくれ、居なかった方がよかった───」




「違いますっ!!」



 は、反射的に大声を出してしまったっ!? 隊長も驚いたようにこちらを見ている……ど、どうしよう。そうだ言わなければ! 隊長のせいじゃない、隊長はここに居たっていいんだと!
 

「なぜ居ない方がいいなどとて言おうとするんですかっ! 隊長がいなければあの時私たち護衛兵は全滅していて、帝国との戦いに負けたかも知れなくってっ! なにより人間とノルドールが仲直りできて、それに、それに……」

「セイレーネ……」

「誰がなんて言おうと隊長が居てくれたから私は楽しくて、幸せでっ! 隊長の、貴方の側で戦えるだけでもよくってっ!! それから、その……」


 まてまてまて落ち着いてセイレーネまだあわてるような時間じゃない、なにやら隊長に対して言ってはいけないというかなにやら恥ずかしい事を言ったようななんというか私は何を!?
 
 
「セイレーネ……俺は……」


 や、やめてください隊長……そんな目で見ないでください、わかってます、わかってますから……隊長の一番はセニアさんで私たちは絶対に彼女を超えることなんてできないのはわかってます。だからそんな目で見ないでください……
 
 
「いいんです、私はただの剣なんです。誰かに振られるだけの……でもできるなら貴方の側に、貴方の剣で居させてください」


 ずっと言えなかった事を言えたような、なんだか隊長が悩んでいたのに私の悩みが勝手に解決してしまった。でも……いつか言いたかった。なんだか胸につかえていた……あ、あの隊長なんでそんなに笑っていらっしゃるのでしょうか? な、なにか私が面白ことでも?
 
 
「隊長なんで笑ってるんですか」

「いや、なんだか告白みたいだなってね?」

「こ、告白だなんて……ぶふぅ!?」

「おーずいぶんと久しぶりに鼻血噴いたね……でもありがと、なんかよくわからないけど俺元気出たよ」


 あふれ出る鼻血を両手で押さえながら、まぁ隊長の元気が出たならいいかなと自分を納得させる。でも告白だなんて、したかったけど別に今でなくてもじゃなくってああもう今日の私は一体どうしたっ!?
 
 
「どべばぼかっばべぶ(それはよかったです)」

「えっと本当に大丈夫? よし、じゃあこうしよう」

「ばびぼべぶか?(何をですか?)」

「セイレーネが剣なら俺が振るうよ、俺はへっぽこかもしれないけど『ノルドールの大剣』なんて通り名なんてセイレーネにあれば尚の事よし! なんてね?」


 ノルドールの大剣……かっこいい、かっこいいですっ! ちょうど私の剣も大剣のツヴァイハンターですからぴったりですっ!!
 それに、隊長に剣として振るわれるのなら……決めました、前々から考えていましたがちょうどいいので今一緒にしてしまいましょう。
 
 ───ガチャッ
 
 
「え、な、なんだいきなり膝をつくなんて?」

「カズキ隊長……いえ、我が主」

「えっ!?」

「これからは貴方の剣として生きるのだから主と呼ぶのは当然の事、なにをそんなにあわてているのですか?」
  
「いや、えぇと……あーうー」
  
「主様どうされたのですか急に? なにか私に至らぬ───」

「あー! だめだ違和感が半端ないっ!! セイレーネは今まで通りのセイレーネで居てくれ!」

「は、はぁ……そういうのならわかりました主様」

「様も禁止、主も禁止」

「そ、そんな困ります主」

「あ、でもご主人様とか呼ばれるよかましな気がしてきた。ん、まてそういう話ではなくてえっと」


 どうやら主と呼ぶことに関しては許してもらえたようだ。これからはノルドール連合国イスルランディア軍和樹隊隊長としての『かとう・かずき』様ではなく『かとう・かずき』様という個人に私は忠誠を誓い、この身をささげる。うむ、もう私は決めたっ!
 
 
「主、我が身が朽ち果てるまで主と共に戦い、どんな敵からでも主を守ります。我が剣と誇りに誓って!」

「えと、うん……わかった。でも朽ち果てるまでとは言っても死に急いじゃだめだからな、お兄さんとの約束だぞっ」

「はい、我が主」

「つっこんでよそこは……」

「す、すみません……」

「「……」」


「ぷくくっ」

「ふふふっ」


「「あっはっはっ!」」


 なんだろう、よくわからないけれどやっぱり隊長の側に居られるのは楽しい。たとえ今日この後死ぬとなっていたとしても……いややめよう、まだ狼煙があがるかもしれない。せめて最後まで希望を捨てないでいよう。
 

 ところで戦場でのこういった話は……主が前何か言っていたような?
 
 
 
 
 
 
 
 
───第三日 午後9時



 結局、狼煙は最期まであがることはなかった。主やラドゥ殿たち全員で話し合った結果、今夜来るであろう敵の夜襲があればこちらは朝まで持ちこたえるのは不可能。ならばこちらから逆に夜襲をかけてやろうということに決定した。
 攻め込むのはけが人も含めて戦えるもの全て、もはや動けぬ者は駐屯地に敵が攻めて来次第駐屯地に放火するということにした。
 
 思えばこの寡兵でよくもまあこれだけの戦果を出せたものだと感心する。ラドゥ殿の熟練弓騎兵が協力してくれたのが非常に大きな理由の一つだとは思うが、塹壕戦に火計など我が主の計略は見事だった……主の言っていた元の世界、か。私も無理だとはわかっているが行ってみたい。
 
 
「おーい、ぼーっとしてるけど大丈夫か?」

「え、はい大丈夫です我が主」

「ん、ならいいけど」


 今は我々は駐屯地内での最後の準備中だ、片腕のない兵士や体中に包帯を巻いたままの兵士もいる。だが兵士たちの士気は見た限りでは高く思える……これから死ぬであろう夜襲をかけるとは思えない表情だ。
 
 
「なぁセイレーネ、ところでこの戦いが始まる前に狼煙の話が出たじゃないか。その時となりで何か言ってたみたいだけど。何かあったの?」

「あぁ狼煙の事ですね……昔私がまだレスリーさんに出会う前の事です」

「会う前? なんだか鬱な話の予感……よし、この戦いが終わったら聞かせてよ。俺も俺の世界の事とかでいろいろ話したいことあるしね」

「終わったら、ですか……わかりました、終わったらお話しましょう」

「隊長準備、よし?」

「出撃準備整いました」

「こちらもいつでもいいぞ、派手にやろうではないか!」


 この戦いが終わったら……ですか、それは『死亡ふらぐ』では? でもその『ふらぐ』を何度も打ち破ってきた主ならきっと生き残りそうな気がします。では、行きましょうっ!
 
 
「さぁバァーンと行きましょうっ! 怪我してても気合で突撃ですっ!!」




 
 
 
<和樹視点>


 ラドゥ殿やカルディナにデニスが各分隊の生き残りを駐屯地に整列させ、これで夜襲の準備は整った。だけど誰かに俺たちがちゃんと約束を守ったと兄上様たちに伝えてもらわないと。せめて誰かにこの戦いがあったことを伝えたい。なんというか自己満足かも
 しれないけど、どうやって兵士たちが戦って、どうやって俺たちが死んだか。せめてそれだけでも伝えたくて。
 
 
「えっと、あぁそこの君、ちょっといいかな」

「ふぇ!? な、なんですかっ!?」


 動けない負傷者の中に居て、まるで授業中寝ている時に背中をシャーペンでぷすりとやられたみたいに反応した兵士は、一日目の夜襲の時に泣いていたとカルディナから報告のあった兵士。ヘルメットから見えている耳から見てノルドールの子みたいだ……かわいいなじゃなくて落ち着け俺、俺はショタじゃないぞ。とりあえず彼の負傷具合なら馬にはまだなんとか乗れそうだ。
 
 
「伝令をお願いしたい、兄上様にこれを……あー血がついちゃったな、あはは……まあとにかく頼んだよ。馬は俺のマキバオーを使ってくれ、ここで死なせるには惜しい馬だからね」

「え、でもそれじゃ……」

「頼んだよ」

「や、やぼーる!」


 伝令をまかせた兵士は血のにじむ右半身をかばうようにしながら、馬の待機している蛸壺へと向かって行った。これで後は……行くだけ。
 重傷の負傷者から目の前に整列した兵士に視線を戻す。なにかかっこいい事を俺が言えればいいんだけど、まぁそんな柄じゃない。でも一応……かっこわるくても何か言っておくか、たぶんそういう場面だろう。
 
 まったく、風呂上がりのココアの心配から始まったこの世界での人生でまさかこんなことになるなんてね……ずいぶんと日本から遠い所に来てしまったなぁ。
 
 
「よし、あーみんな聞いてくれ。えーこほん、この戦いで多くの仲間が死んだ。ラドゥ軍閥のみなさんも和樹隊も北領警備隊もサーレオン軍も……そしてたぶんこの攻撃でまた多くの仲間が死ぬことになると思う。
 でも俺たちの背中には北領に住むすべての人はもちろん、ノルドール連合国の国民すべての明日と命がかかってる。俺たちが敵を通せば貴族の反乱とあわせてこの国は国土全てが戦乱と略奪により荒野と化すだろう……

 俺たちはイスルランディア司令と約束したように何があっても撤退の合図である狼煙があがらない以上、3日は敵にここを通させるわけにはいかない。今夜敵はおそらくこちらを夜襲するつもりで準備しているはずだ、だからこれからこちらから逆に夜襲をかける。攻め込もうと準備している以上守る準備はしてないだろうからね?
 
 今日で3日目の夜、ここで攻め込まれたらこっちはこの夜を守り通すことは恐らく無理だろう。引くのなら今しかもうないだろう、でも今もし最後の住民が避難していたら? ここで俺たちが下がれば彼らは目の前のザルカー軍閥によって皆殺しにされるだろう、だから死んでもこの夜はこの道を通させないっ! たとえ地に臥すとしても敵に背を向けてではなく、剣を持ったまま前のめりに倒れようじゃないかっ!!
 
 ……今まで貴方達と共に戦えた事を誇りに思います……では、行きましょう。精霊の加護があらんことを」
 

「「「精霊の加護があらんことを」」」
 



 駐屯地の城門から光が消え、音を立てないようにゆっくりと開け放たれる城門。静かに、そして息をひそめて俺たちは突撃を開始した。
 
 
 
 
 
 
 
 
あとがき

 面白くないとしても……ギャグが書きたいです。あと更新遅れてすみませんでした。



[12769] 41馬力目「人種と貴族と伝統と」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:23
前回のあらすじ

・俺たちの戦いはこれからだっ!

・ご主人様はかんべんなっ!?

・第三部完(嘘)





<イスルランディア視点>


 北領駐屯地から撤退して早二日、俺たちはまだ北領の人口の半数も避難させることができないでいた。
 理由はさまざまなものがあるが一番大きいのは賊の攻撃だ。村から最低限の荷物を荷馬車につんで避難する人々を賊共は襲うため、遠い村には騎兵を送り近くは歩兵と護衛の兵力がいくらあっても足りないほどだ。

 だが避難を完了させない限りカズキには厳しい遅延作戦を継続させることになる、何としても早く撤退を完了させねばと焦ればまた避難民に被害が出る、それはわかっているのだが……
 
 
「北西部の避難完了しました、北東部は残念ながらまだ半数ほどです」

「うむ、ではレスリーは騎兵20騎を連れて南東部を頼む」

「……了解しました、ではこれで失礼します」


 今軍を指揮できるのは俺とレスリー、それにレスリー隊の副官とこの前加わった元傭兵隊長で、各自北西、北東南西、南東の四つに分けて避難を担当している。現在南領中央部は現在反乱軍が占拠しているため、避難民は北領南西部を経由してノヴォルディアへと向かうしかない。

 一応南領東部のベルギカは反乱に加わらず抵抗中とのことだが、人口のもともと少ない山岳地帯の村にあまり多くの避難民を行かせるわけにはいかん。長距離の移動に耐えない老人やけが人を送るだけで、そのほかの避難民はすべて北領を横断してノヴォルディア付近まで送らねばならない。
 
 荷馬車の速度に合わせて全人口の約30『ぱーせんと』もの人々を移動させるのだ、予想していたよりもこれは相当時間がかかる事は間違いない。2日目には撤退の狼煙をあげることができると踏んでいたが、これでは3日の夜までは……カズキには悪いが耐えてもらうより他はない。
 
 
「司令、南領中央部から避難した人間族からの情報が入りました」

「うむ、それで?」

「『この森に居るすべてのニンゲンを殺せ、奴らはこの森に穢れをもたらす』というアルウェルニ殿の命令により人間族の虐殺が行われたとのことです」

「虐殺……だと?」

「……ええ、なんでも人間族は一か所に集められて彼らを南領国境警備隊が森の外へ連れ出して殺した……という噂が流れております。そのため人間族はすでに南領国境警備隊はすでに反乱軍に加担していると思っているそうです。情報提供者は自分は逃げてきたから殺される現場は見てはいないとのことです」

「わかった、引き続き情報収集を頼む」

「はっ!」


 人間族への虐殺、まさかカズキが懸念していた『じぇのさいど』が現実となってしまったか……これでまたノルドールと人間族の壁がまた厚くなってしまったな。
 アルウェルニ殿はもともとこの森に攻め入ってきた人間族を撃退した英雄だ、俺が生まれるずっとずっと前から幾多の戦場で勝利を重ねている。それでいて誰にでも平等で優しく、平和を愛する理想的な貴族であったはずだ。どうして彼が今回の反乱の大将となっているかが未だに俺にはわからん。

 そして人間族であっても平等に接してきた彼が虐殺を命令するとはとても思えない、何か理由でもあるのか? だがあれほどの人がこのような事を起こす理由とは何だ……だめだ、俺にはわからん。まぁこういうことはカズキやカザネにでも任せておけばいいのだと思考を放棄する。
 
 それと中立を宣言していた南領国境警備隊が反乱軍の命令で動いていたとなると……彼らも正式に反乱軍に加担したと見ざるをえないな。だが南領国境警備隊隊長……たしか名前はラトゥイリィだったな。
 あいつは日頃からニンゲンニンゲンと差別的な態度をとっているように見えて、処罰や報酬待遇などは人間族もノルドールも平等に扱っていたはずだ。なのに今回の虐殺に加担しただと……いやもしかすると一か所に集めて連れて、どこに連れて行った? まだこの話も噂だ……もしかすると、いやできることならそうであってほしいものだ。
 
 
「司令、避難民の移送についてなのですが……」

「うむ、わかった今行く」


 今は悩むより行動あるのみ、だな。避難が完了するのは残念だが3日目の夜近くになりそうだ……カズキ、それまで耐えてくれよ。
 
 
 
 
 
 
 
 





<反乱軍大将アルウェルニ視点>


 誇り、貴族にとって誇りとは何か?
 私にとって誇りというものは安くはないが高くもない、なぜならば誇りを捨ててでも生き延びねばならない時があるからだ。事実私はそうして何度か絶体絶命の場面をくぐり抜けてきた。
 この国の貴族にとって誇りとは何か?
 昔の貴族たちであればこの聖なる森を守り抜き、決して敵に後ろを見せない事だと言ったであろう。だがこの国の貴族は長く特権の中で生き過ぎた……今や彼らが常日頃から誇り誇りと叫ぶ物とはただの見栄をはること、ただそれだけだ。貴族だから偉い、貴族だから平民を蔑にしてもいい、貴族だから貴族だから……彼らはなぜ自分たちが貴族足り得ているのかを長い時間の中で見失ったのだ。

 ノルドールは人間の何倍も何十倍も生きる、そして彼ら貴族は人間の何倍も何十倍も堕落し果てた。もはやこの国の未来にとって彼らはただの害でしかないだろう。
 かく言う私も老いた……軍の先頭で剣を振るい仲間と武勇を競っていた時代は歴史となり、私自身の命ももはや長くはあるまい、だがこの老体がノルドールと人間の作るこの国の未来に少しでも役に立てるのであれば……この身投げだす事など容易い事。それだけの可能性を「異端」の彼は私に教えてくれた。

 人間との共存、今まで下等種族とあざけ笑っていた人間とノルドールの民への平等と教育、中央集権。見栄しかもはや持たぬ貴族たちにとってこれら貴族の権利を縮小し立場を低下させるこれらの政策は耐えられるものではなかった。私とてこれら早急な改革には反対だ、だが人間の寿命は短い……彼らが彼らの時間で事を進めれば我らにとって急であり、我らの時間で進めれば彼らにとってあまりにも遅すぎる。
 
 日に日に現体制に不満を持つ貴族が次々と増えてゆき、ついには村の長まで巻き込んで反体制派は急速に拡大してゆく。優秀な指揮官の居ない彼らはこのまま無視し続ければ人間を根絶やしにすべく行動を始めるだろう。それに対して私ができることと言えば一人づつ諭してゆくことだけだった。そして、ついに来るべくして来たとでも言うべき声が私にかかった。
 
 
「我らノルドールの聖なる森を守護する貴族は、穢れを持ち込むニンゲンを粛清すべく軍を起こす。ついては貴公に大将となってもらいたい。拒否するのならば……残念ですが後はおわかりですな?」


 貴族の中でもっとも人間嫌いを公言していたアエドゥイがそう私を誘ったのだ。
 誇りとは何か、私は国家への忠誠心を曲げず正義を貫くことと考える。この老体がその誇りを守るのならばこの話は断りここで殺されるべきであろう、だが私は真に国家にとっての利益のため、誇りを捨ててでもこの国に繁栄をもたらす……そう決めた。
 
 扇動し、誘導し、阻止し、妨害する。反乱軍の大将として貴族の暴走を阻止し、反乱を一手に集結させるためにあえて汚名を被る。これが私がもはや共に戦った友すら忘れるほど長く生きた意味、そう信じて。
 
 
「よかろう、ではこの反乱に参加する貴族を集めてくれたまえ」





───遅延作戦2日目同日 反乱軍本拠地ブローウィンキア


「なぜだっ! なぜベルギカや他の村はこの誇りある戦いに参加しようとしないっ!?」

「ニンゲン共に飼いならされおって……今に後悔するがいい、誇り高き我らが軍勢が精霊の裁きをやつらに下すであろうぞ」

「すぐにでもノヴォルディアを攻め落とし聖なる森への裏切り者共を即刻処断すべしっ!」

「まずは我らの領土を先に浄化せねばなるまい、ニンゲン狩りはまだ終わらんのかっ!」


 ブローウィンキアにあるアルウェルニの館では連日まったく生産性のない会議が繰り返されていた。すでに反乱を起こしてはや3日がたとうとしているのに、彼らが決めて実行したことと言えば人間狩りと事前に連携を取っていたザルカー軍閥に反乱を起こしたという使者を出すということだけ。そのほかの事は何一つ決まらずこうしてただひたすらどなり声をあげるだけであった。
 
 
「おいラトゥイリィ、ニンゲン狩りのほうはどうなっている?」

「……はい、すでに支配地域の大半は捕らえました。あとは殺すだけです」

「では我らの前で順々に首を刎ねようぞ!」

「それはよいですな、できれば女子供を先に殺して絶望を男に与えてやってからというのもどうですかな?」

「はははっそれはいい!」

「お、お待ちください。我らは森から出ることはないとアルウェルニ様はおっしゃられました、つまりここで首を刎ねればこの森にけがらわしいニンゲンの血がしみわたることになりきゃっ!?」


 突如会議の場で報告をしていた南領国境警備隊隊長ラトゥイリィが一瞬で立ち上がったアエドゥイに頭を鷲掴みにされる、この男が機嫌が悪い時によく他人にすることだ。平均的なニンゲンの2倍はあろうかという身長を持ち、その怪力で敵兵を薙ぎ払う男。

 だが今その大きな手に握られているのは剣ではなく同胞のノルドールの頭だ、彼が本気を少しでも出せばたちまちラトゥイリィの頭はつぶされてしまうだろう。
 おそらくは平民出身のラトゥイリィが「我ら」と自分とアエドゥイをひとくくりにしたことにでも腹をたてたのだろう、これでは戦いの時まともに指揮を聞く所が想像もできん。
 

「さて、『我ら』だと……平民出のお前と一緒にしないでもらおうか?」

「やめぬかアエドゥイ、内輪で争う必要もあるまい。後で私からこやつには言っておく。ラトゥイリィは部隊に戻れ」

「ふん、よかったな隊長さん?」

「……先ほどは失礼しました、今後発言には注意します。では、これで」


 アエドゥイは悪びれる様子もなく深く椅子に座りなおすと、興味をなくしたかのようにあくびする。だが彼からは深く頭を下げ部屋から出て行こうとしたラトゥイリィにぼそりと、しかし明確な殺意と敵意をこめた声が投げかれられた。
 
 
「そうそう隊長さん……ちゃんと『きれいに』殺しといてくれよ?」





「……はい」




 そしてまた何事もなかったかのように生産性のない会議が今日も繰り返された。
 
 
 
 
 
 



あとがき

 キャラクター名などの再確認などでPoPをプレイしなおしたら止まらなくなったでござるの巻。
 最近遅筆ですみません、頑張って完結目指します。



[12769] 番外編3「魔法のないファンタジー世界は怖すぎる」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:23
<和樹視点>

 さて、そろそろ厚着じゃないと外を出歩くのが寒くなってきた季節です。帝国との戦争で医師不足を改めて痛感したノヴォルディアでは、現在新米の医者や衛生兵の中でも適性がありそうな人を選抜してレッドさん率いる「戦場の医師団」に加えるため、俺はその医者の卵たちの前で講演会をするはめになりました。
 いやレッドさんすればいいじゃんと思うんだけどさ、結局「本当の意味での現代医療とか衛生概念把握してるのはカズキだけじゃん」とレッドさんに押し切られましてですね、はい。どう考えても面倒くさいから俺に押し付けたんですねわかります……
 
 それにしてもこちらの医療とか衛生は半端なかったですよ、まずは衛生についてかな。衛生概念についてはローマを元にしたっぽい帝国を除く人間族の都市はほぼすべて糞尿垂れ流し、もしくはそれに属す程度の汚さらしいですよ奥さん。帝国では税金を払う代わりに公衆浴場と公衆トイレを使えて(帝国臣民の義務らしい)、うちらノルドールの村々は各家庭ででたものを集めて一か所にまとめてポイでござい。ノヴォルディアは村のころから俺が上水道にこえだめとかいろいろした結果当時世界最高の衛生水準にあったはずっ! とか思いたい。
 医療に関してはもうね、ひどいよ。この世界には医療系統は二つに分かれていて、ひとつは古来から伝わる漢方のような考え方をもつ『ガレニア派』、そしてもう一つが……名前がね、ないのよこれが。言うなれば常識とでも言えばいいのか、ようするに医療=彼らの常識的な医療とでも言うべきか……赤くて甘くてしゃりしゃりしてるもの=りんご といったたとえでいいのだろうか? まあ「(彼らにとって)当たり前の医療知識>古臭い考え方のガレニア派」ということらしい。
 
 実際にレッドさんに聞いてみたところレッドさんは今や珍しいガレニア派の人間で、やっぱり漢方みたいな考え方をしていた。例をあげると
 
 Q:戦場で血を流しました、なんだかふらふらします。どうしましょう?
 
 A(ガレニア派):血液を失うと体液の調和が崩れる、だからある特定の根を煎じたものを飲ませれば良い。できればその後は安静にすること。
 A (常識)  :生命力が流れ出てしまったのでまた満たさねばなりません、さぁ共に神に祈り教会で休みましょう。できれば安静に。
 
 
 とのこと、漢方っぽい薬はいろいろあってなにやら現代日本ではアウトっぽいものまでありましたよ……痛み止めらしいけど。
 でもどちらの考え方でも細菌とかそういった考え方はさっぱりなかった(そりゃそうだろうけどね)ので、まずはそこからレッドさんと話し合ったのもいい思い出。とりあえずこの目の前の医者の卵たちにも説明してあげないとね。
 
 
「さて、みなさんはじめまして。ノルドール連合イスルランディア軍所属、加藤和樹です。今日はレッド医療班長の代わりに私が講義する事になりました、どうぞよろしくお願いしますね」


 一応昔は現代医学知識でチートできるわけねーよ、知識ったって最低限度の事が役立つわけねーよ。と考えていたものの、アルコールによる消毒とか止血方法やゴム手袋のかわりの皮手袋とか、煮沸消毒とかまぁいろいろ役に立つこと役に立つこと……いかに現代日本人の知識がどの方面においてもチートかわかりました。まちがってる知識も相当あるかもしれないから注意が必要だけど。
 そう考えるとファンタジー物のRPGとかって大抵魔法とかそれに準ずるなにかあるじゃないですか、実際この世界に来てみると治療魔法でもないとやってられませんよ。

 主人公パーティーのレベルが99でも切り傷ひとつで感染症→死亡とかだったらゲームの面白さ0の予感、M&Bはコンパニオンは死なないもののそのほかの兵士たちはあっという間に戦死していくところがリアルといえばリアルなんだけどね……一日かけて最高位まで育て上げたペンドール近衛騎兵が戦死した時の悲しみといったらっ! もう、言葉に、できない。
 
 
「では今日は感染症とは何かについてご説明いたします、それでは配布した資料の2枚目をご覧ください」


 ふっふっふ、ビジネス検定の勉強で鍛えたプレゼンテーション技能が火を吹くぜっ!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
───講義終了



「きりーつ、礼っ!」

「「「「ありがとうございましたー!」」」」

「はい、今日はお疲れさまでした」



 うん、風邪ひいた人のくしゃみから飛び出たばい菌君が手やケーキなどを介して健康な人の体に入ってその人を病気にさせるという壮大なストーリー(嘘)は予想外に好評だった。
 残念だけど実際に細菌をこの世界で証明して見せろと言われても俺の知識じゃ無理です、高校は生物じゃなくて物理取ってたんです。

 医者の卵の皆さんは未だ興奮冷めやらぬご様子、選抜したカザネとレッドさんいわく「あふれ出る好奇心と探究心を持ち、社会の常識にとらわれない柔軟な発想力と理解力を持つ人物達」とのことだが、ぶっちゃけこの様子だとみんなマッド……おっと、これは失礼口が滑りかけた。ではおそらく俺に今日の講義任せて遊んでいるであろうレッドさんの所にでも行きますか。
 
 
 
 
 
 
 
 
「レッドさーん、講義終わりましたよー」

「Zzz」

「もしもーし?」

「Zzz」


 食堂か医療準備室にでもいるだろうと思ったら案の定食堂でレッドさんは爆睡してました、いやーつつきたい衝動に駆られる……くっ、し、沈まれ俺の右腕っ!?
 
 
「……また『ちゅうにびょう』ごっこですかカズキ?」

「うぇ、あ、あはは別になんでもないですよなんでも……」

「そうですか、ところで見たところレッドを起こしに来たようですね」

「ええ、でも起こすのもなんですし……どうしましょう」


 食堂でエイリアンハンドシンドロームごっこをしていた俺を憐れむというか蔑むような視線で見ていたのはレスリーさん、今日もいい視線でした、我々の業界ではその視線は苦痛です。
 
 
「そうですね……でしたら昔のいやなあだ名でもお教えしましょうか、実は小さい頃レッドは男の子とよく間違えられていましてレッ君と───」

「だぁれがレッ君だぁあああ!!」


───ブンッ! バシッ!


「おはようございますレッド、とりあえず起きたそばから人を殴ろうとするのはやめてもらえませんか?」

「あぁん? いきなりアタイのアレをカズキに話そうとしたじゃないかっ!」

「むしろアレを聞いたとたん眠りから覚めるというのは興味深いですね、今度レッドが死んだり仮死状態になったら試してみましょう」

「試すなっ! アタイのその話は忘れろっ!!」

「まぁ落ち着いてよレッ君……あ」


───ダダンダッダダッ! ダダンダッダダッ!


 あ、あはははは……たうみねぇたぁのBGMが脳内再生される。レッドさんがゆっくりと椅子から立ち上がり目がキュピーンという効果音が似合うほど怒りに輝き手をコキコキとさせて……すいません、先ほどの発言は事故です。事故だったんですっ!!
 
 
「ちょま、レッドさんさっきの間違い間違いっ! ごめんぽろっと言っちゃった許して!」

「目をつぶって歯ぁくいしばれぇ!!」

「ぼ、暴力はんたーい、平和的にいkひでぶっ!?」


 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……隊長起きた?」

「ぐ、ぐおおお頭痛い……あれ、カザネ、ところで俺どのくらいこうしてた?」

「……私が食べてる間」

「いや、それってどれくらい? 外はまだ明るいけど。というかレッドさん俺ぶん殴ってさっさと行ったんかい、それとレスリーさんも放置ですか」

「……レッドはすぐに出て行った、レスリーにはここまで連れてきて「起きるまで見ていてあげてください」とお願いされた」

「あーうん、ごめんね」

「……別にいい」


 まだ太陽の位置を見るにそこまで時間はたっていないご様子、これ以上どこかで時間をつぶせば俺の執務室には部屋の天井にとどかんばかりの書類が積み上がることになるので、さっさと帰ることにしましょう。
 
 
「あーじゃあ俺は政務に戻るとするよ、カザネはどうする?」

「……いっしょに行く」


 もぐもぐと食べていたパンを一気に頬張ると、俺の服の裾をつかんで一緒にトテトテと歩くカザネ。まさに歩く萌え兵器です、ほっぺいっぱいにパンを頬張ってもぐもぐしている所はもはや鼻血噴出レベル。だが落ち着け……YesロリコンNOタッチだ、紳士たるものそこは忘れてはいけない。くっ、やめろ、ほっぺをぷにぷにしようとするな! ぐぅ静まれ、静まれ俺の右腕っ!!
 
 
「……『ちゅうにびょう』でもやっているのですかニンゲン」

「のわっ!? なんだ南領警備隊隊長じゃないか」

「なんだとは失礼ですねニンゲン」

「あーごめん、なんだと言ったのは謝る。そんで急にどうしたの?」

「いえ、兵士の訓練中にふと視線にニンゲンが見えたもので」

「ふーん、ちなみに何度も言ってるけどニンゲンって呼ぶのやめてくれ。俺たちだって名前がそれぞれある個体ですよ」

「それは失礼しましたニンゲン……おっと、これは失礼」

「ぐぬぬ」


 本日二度目の発作を抑え込んでいると、訓練場の方から南領警備隊隊長さんが憐れみと侮蔑の目を向けながらやってきましたとさ。ちなみに俺とよくしゃべるノルドールのなかでは未だに俺の事をニンゲンと呼ぶのはこいつくらい、そんな嫌われるようなことしたっけかね。
 彼が訓練していた兵士の方を見ると人間族とノルドールの混成部隊の訓練をしていたようだ、今日のメニューは走りこみだったのか皆ひぃひぃ息を切らせながら走っている。
 
 
「ちょっと失礼、この豚共が! ミストマウンテン族のウジ虫共の方がまだ体力があるぞ!! キサマっ! ノルドールとしてそんな体力で恥ずかしくないのか!! そこのお前もだ、ニンゲンのくせしてそんな体力でこの部隊で戦えるとでも思っているのか!!」

「「「さーいえっさーっ!」」」

「ふざけるな! もっと腹から大声だせっ!!」

「「「さーいえっっさーっ!!」」」


 俺がデニスに教えた海兵隊式の訓練方法のおかげで新兵の多くはガッツを手に入れた! うん、どこぞやの軍曹ほど厳しくして人格破壊させるわけじゃないからいまのところ微笑む太っちょみたいな事件は発生していない。
 そういえば彼は俺の事ニンゲンニンゲン言うわりには、訓練の時は人間族やノルドールを差別しないでやってるんですね。つまり……俺が嫌いというわけね。
 
 
「ま、訓練邪魔するのも悪いから俺は執務室に戻るわ。じゃあね」

「では私も訓練に戻ります、仕事をさぼらないでくださいよニンゲン」











───クイクイ

「どうかしたんですかカザネさん」

「……ラトゥイリィ、言わなくていいの?」

「何がです?」

「……ニンゲンてわざと言う理由」

「ええ、いつまでも人の事を南領警備隊隊長と肩書でしか呼ばないからです。それと人の性別勘違いしているところですかね」

「……『つんでれ』」

「誰がですかっ!」







 いま何か聞こえたような……気のせいか。
 
 
 
 
 
あとがき

 時間が、時間がない。ガレニア派についてはゲームで説明されているのですが、コンパニオンのジェレムスの所属する医療派閥の名前がわからないです、ゲームをプレイしたことのある人で知っている方がいたら教えてください。



[12769] 42馬力目「どうやって誘いこんだらいいもんか」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:23
前回のあらすじ

・期限いっぱい

・反乱軍

・虐殺っ!?






<イスルランディア視点>


───遅延作戦3日目同日 朝


「ノヴォルディア軍がこちらと合流するために行動を開始した?」


 朝会中に入ってきた伝令によると、ノヴォルディア駐屯軍を中核としてその他傭兵団や各国義勇兵から編成された300(守備兵50を残して)ほどの部隊が、こちらと合流するために出撃したとのことだ。
 現在のところ撤退作戦は順調に進み、間もなく各地に派遣していた護衛兵と合流できる。合流した部隊からの完了報告があり次第、カズキたちに見える所で撤退合図の狼煙をあげれば今回の撤退作業は完了だ。

 だが情報によると反乱軍が近々動くとのことだ、さすがにいくらアホの貴族共だといっても何もしないままただじっとしているわけもないな。こちらの兵力は出撃前からカズキ隊や若干の騎兵を除いた250人、反乱軍が連絡を受けた時点で200程度、だがそこに南領警備隊が参加したという情報が入っている.
 だがそれでもノヴォルディア軍と合流すればこちらは数で有利だ。
 
 しかし問題は残る。なぜならばおそらくノヴォルディア軍の大半は国内治安維持のための二線級部隊か、本来反乱軍の主力であろう弓騎兵と相性が悪いホルスの軍団兵だろうからだ。俺の指揮する本隊の弓騎兵隊は腕利きぞろいだがいかんせん数が違う、まともにやりあったらこちらがすり潰されるだけだろう。

 弓騎兵を中心とした部隊を撃退するだけならば簡単だ、大盾の歩兵で即席の壁を作り、そこから射程の長い弓でもなんでも射撃系武器で狙い撃ちすればいい。
 だがノルドール弓騎兵は違う。彼らは突撃騎馬の2倍近い速度で縦横無尽に動き回る機動力、クロスボウ並みの威力と射程を持ちそして弓の射撃速度を持つ攻撃力を兼ね備えている。射程外から狙い撃ちにしようとしたら逆に狙い撃ちされた人間族の部隊も多い事だろう。
 我らノルドール弓騎兵と射撃戦がしたいのならそれこそ同数以上のサーレオンロングボウ兵を連れてこなければな……
 
 しかしこれでは撃退するだけだ。こちらとしては一会戦で大将や貴族共を討ちとってこの反乱を一気に収束させたい、そしてその貴族や大将とはすべからくノルドール弓騎兵だ。だが前述の通りただの弓騎兵でない以上殲滅は困難というわけでこれが難しい。
 なぜならばやられそうになったり包囲されそうになればその機動力を生かして戦場から離脱すればいいからな。
 このペンドール大陸の長い歴史の中でノルドール軍を完膚なきまでに殲滅した話は俺は聞いたことがない。あったのかもしれないが市長に大ババ様からでさえそのような話を聞いたことがないのだ、それを完全に撃破するとなると簡単なことではない。
 
 
「はい、伝令の話によると主力はホルス殿の軍団兵でそのほかは市民兵だそうです。残念ですが反乱軍相手では……」

「そうだな……軍団兵を中核にして歩兵隊で方陣を組むか? だが殲滅するためには奴らを誘い込まんとな、とすると……うーむ」

「一騎打ちというのも悪くないかもしれませんが……次から次へと戦士が出てくるでしょうから効果はあまり……、それに連戦で誰かが討ちとられれば逆にこちらが士気崩壊するかもしれません。」


 数で勝るとはいえ包囲できるほどの戦力差ではない、やはり罠をはってそこに誘い込むしかない。ノルドール弓騎兵を殲滅する方法……考えろ、なにか、なにかあるはずだ。今まで多くの戦いが歴史上あったが、無敵の兵科というものは存在しない。
 
 
「あーちっといいかい?」

「なんだレッド、今俺はどうやって敵を殲滅するか考えているんだが」


 朝会中今日は一度も発言していなかったレッドが手を挙げて話しかけてくる。俺としては悪いが今は考え事をしているので後にしてほしいのだがな。
 
「それだよ、おそらくイスル司令はどうやって殲滅するか悩んでるけどさ、逆にどうして殲滅するのが難しいのか考えればいいんでないかい?」

「難しい理由など簡単だ。誘い込んでも状況が不利だとわかれば持ち前の機動力で逃げ、隙を見せれば圧倒的攻撃力で突き崩される……まてよ、殲滅するのであれば逃がさなければ……足を止める、足……馬……そうか、馬だっ! 馬だな!!」

「へ、あーまあなんか思いついたんならそいつはよかった。アタイでもちったぁ役に立つだろ?」


 きしし、と満面の笑顔で笑うレッドとは対称にレスリーは不満そうだ。おそらくレスリーも馬という機動力を奪ってしまえばいかにノルドール弓騎兵といえども、ただの攻撃力の高い弓兵へとなり下がることは分かっているはずだ。だがその肝心の馬の機動力を奪うという事は普通に考えれば不可能だ……槍衾ではそもそも寄ってこない、火計でも強引に押しとおる可能性がある。
 だが敵がこちらに自ら向かってきていたら? そうだ、あの弓騎兵隊を餌で誘い出して馬の機動力を奪う、そして立ち止まった弓騎兵を射撃と槍による包囲で一挙に殲滅する。いや槍兵での包囲では間に合わん……それ以外の、そうか物理的に退路を遮断すればいいのか!
 
 
「イスル司令、それでどうやって馬から機動力を奪うのですか? それに弓騎兵をどうやって一か所に集めたものでしょうか……」

「レスリー、答えはカズキの世界の歴史だ。村のころの世界史であっただろう、『わーてるろー』の戦いだ」

「ええ、その戦いの話はカズキから聞きましたが、たしか『なぽれおん』という一度は『よーろっぱ』を征服した男の最後の戦いですね」

「そうだ、そして『なぽれおん』が投入した騎兵隊はどうなった。そしてその騎兵隊と戦った『うぇりんとん』はどう戦った?」

「その話が馬とどのような……なるほど、誤認と尖った歩兵陣地ですね」


 馬という生き物は本来尖ったものや火を恐れる。カズキの話によれば『うぇりんとん』は『じゅう』に尖った槍をつけた『じゅうけん』を装備した歩兵で方陣を組んで騎兵隊の突撃を阻止したとのこと、だがそれがわかっていれば『なぽれおん』とて騎兵隊を突撃させなかったであろう。
 ではなぜあの騎兵隊は突撃したのか、カズキは『いぎりす』『おらんだ』連合軍が丘の向こうに引いたように見えたことから撤退の準備に入ったと考えたか、『たいほう』の損害ですでによわっている敵軍を一気に突き崩そうとしたかのどちらか、あるいは両方だと言っていた。つまりこれは騎兵隊を誘い込む『うぇりんとん』の罠だ。

 カズキの世界では『うぃきぺでぃあ』や『でぃすかばりーちゃんねる』など数多くの検証がなされていて、それぞれ理由が違ったりするので本当のところはわからないとは言っていたが。そういえば主力の歩兵を伏せさせたとも言っていたな……
 
 
 ノルドール弓騎兵は弓騎兵であると同時にその強力な突進力で重騎兵ともなりうる、わざと隙をみせて奴らにこちらの弱点と見える所へと突撃してもらい槍でもなんでも尖ったもので馬の足を止める。『わーてるろー』にあった丘がない以上槍衾や方陣で待ち構えるわけにはいかん、『うぇりんとん』は丘の反対側に隠れて方陣を組んでいたからだ。

 つまり方陣のかわりに素早く展開でき敵騎兵を完全に止められる尖ったものさえあれば……まあそこは後々合流するカザネやホルスに任せよう。どうも俺にはそういったことに関して頭の回転は良くないからな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
───遅延作戦3日目同日 夜



「素早く展開できる尖ったもの、ですか。そうですな……組み立て式の長槍などはどうです? 帝国軍が昔使っていた物を書物で見たことがありますよ」

「……丸太を5本使えばいいのができる、まかせてほしい」


 ノヴォルディアから出撃してきたカザネとホルスの部隊と合流した俺の軍は総勢550、久しぶりの大兵力だ。だが敵もこれと同じ程度の戦力をそろえてくることを考えるとどれほどの兵士がノヴォルディアへと帰れるものか……これは骨が折れるな。

 カズキも遅延作戦で相当苦労しているだろうがそれも明日の朝には終わる。この戦いに勝利し、部隊をザルカー軍閥対策に北領南領の境で迎撃する準備さえ整えさせればいい。取らぬ狸のなんとやらと言われるかもしれないがこれ以上はさすがにカズキももたんだろう、今日の夜には狼煙をあげる兵士を送って明け方ごろに狼煙があがる予定だ……うむ、後は反乱軍に勝つだけだな!
 
 
「カザネ、イスル司令は考え事に集中しているようですので無視するとして、具体的にはどういったものにするのですか?」

「……先をとがらせた丸太を縦に4っつ、ただの丸太を横にひとつの柵を作る。地面に先が『わい』の形になった木を刺してそこに設置する」

「なるほど、ということは、おそらく尖った方は地面に埋没させて隠して……ただの柵として見せるわけか」

「ん、角度つけて配置……弓兵の前に」

「足を止めた後の背後遮断はどうするのですか? ああなるほど、そこでわざわざバリスタをまたわざわざノヴォルディアから持ち込んだのですね」

「なるほど、ならその辺の事については更に詳細を詰める必要が……あの、イスル司令? そろそろ議論に復帰してもらっても?」

「む、ああすまん。」


 俺としたことが少し意識が別の方向に飛んでしまっていたな、なんにせよ明日に向けて準備せんとな……敵の現在位置も分かっているし、敵を決戦に持ち込ませるための布石はすでに打ってある。さあ歴史上初めてのノルドール弓騎兵殲滅を実現するとするか!
 
 
「またどこかに思考が飛んで行ってしまっていますね、ではバリスタの配置についてですが……」

「……こういう配置はどう?」

「あー、いや……イスル司令を無視して進めてもいいので?」


 さて、反乱軍に与したアホ共を捕縛した場合はどうしてくれようか……ふっふっふ。
 
 
 
あとがき
 スカパーで「伝説の戦い」シリーズ見ていたらやっていたワーテルローとウィキペディアの記述が結構違うことに焦りました。映画ワーテルローとも微妙に違うので、今回のたとえ話は後々別なものに変更するかもしれません。



[12769] 43馬力目「ブローウィンキア近郊の戦い」(名前修正)
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:23
前回のあらすじ

・殲滅むずい

・歴史に学ぶ

・装備が行き届いているのはホルス隊だけ







 遅延作戦4日目同日 昼、ここ反乱軍の主拠点ブローウィンキア近くの平原に二つの軍が展開していた。
 
 一つはイスルランディア司令率いるノルドール連合国イスルランディア軍総勢550
 
 一つはアエドゥイ率いるノルドール貴族連合軍総勢400
 
 
 決戦の時は近かった───
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<イスルランディア視点> 


「総員配置完了しました、例の装備も設置完了です!」

「了解した、持ち場に戻れ」

「はっ!」


 まもなく、まもなく決戦が始まるな……この戦いは負けなければいいという戦いではない、作戦通りに遂行し敵軍を殲滅し、味方の損害が皆無でなければこの国に未来はない。完全に、そしてただ一遍の面白味も感じさせぬほどの完璧な勝利でなくてはならない。
 こちらの配置は、軍中央に大盾を構えたホルスの軍団兵100名。左翼に俺の弓騎兵50とレスリーのパイク兵と重歩兵100名。右翼にカザネの弓・クロスボウ・投槍の混成射撃部隊100名、それの前面に射撃の邪魔にならないようにしゃがんで待機する市民兵100名。そして最後の戦列予備として義勇兵と傭兵隊の50をホルスの後ろに待機させている。
 カザネが作った柵は右翼の市民兵と混成射撃部隊との間に設置し、バリスタを右翼の両端に配置している。
 
 一方敵軍は、こちらの編成を見てか(こちらから見て)右翼がノルドール貴族弓騎兵200名。中央がノルドール重歩兵100名、左翼が南領警備隊100名だ。南領警備隊の編成は弓騎兵50に軽歩兵50の編成で、錬度もなかなか高い。ラトゥイリィが本気で従っているとは考えにくいが油断は禁物だ。
 おそらく敵はこちらの攻撃を一番損害を気にしなくて済む南領警備隊に引きつけて、貴族弓騎兵と指揮官アエドゥイの突破力をもって右翼の市民兵の戦列を蹴散らし、その背後で柵にかくれて戦う混成射撃部隊を狙うつもりだろう。射撃部隊さえ撃破してしまえば敵にとってこちらは後はただの的だ。
 そうそう、引きこもりがちだった敵軍を誘き寄せるのは簡単だった、「臆病者共め、貴族の風上にもおけん」と書いた矢文を送りつけ、ブローウィンキアに軍を進めるだけでいいからな……それでアルウェルニ殿ですら抑えきれないほど、この国の貴族は腐っていたとも言えるのだがな。
 
 
 そんなことを考えながら敵を睨みつけていると、慌ただしい様子でいつもならば冷静なレスリーが馬を俺の横に寄せてきた。

 
「司令! 伝令が来ましたっ!!」

「レスリーが伝令ぐらいでそんなに慌てるとはな、して内容は?」

「そ、それがカズキに関してとのことです!」

「何っ!? わかった、すぐ行くっ!」












 レスリーと一緒に伝令を持ってきた伝令兵が治療を受けているという医療隊の所につくと、そこには半身を血に染まった包帯で巻いてレッドに治療されている兵士と……カズキの愛馬マキバオーが居た。
 なぜ、なぜここにマキバオーがいる? カズキはどうした? その兵士の傷はなんだ!?
 
 
「イスルランディア様、でしょうか」

「……そうだ、何があった」

「カズキ様からこれを貴方様に、と」
 
 
 伝令兵から手渡されたものは血のついた手紙、『にほんご』で兄上様へと書いてある。この血は怪我をしている兵士のものではない、ではこれは誰の血だ? 落ち着け、大丈夫だ、中身を読めば全てわかる。カズキが無事だという内容に決まっている。あ、あやつに何かあるものか……い、今まで幾度となく死線をくぐり抜けてきたお、男だぞ?
 
 





 『遅延作戦の戦況に関して、この手紙によって緊急御通知申し上げる。

 北領駐屯地遅延作戦において、敵攻撃を開始後、和樹隊およびラドゥ軍閥他義勇兵、防衛戦闘に専念し、使命を果たさんと最大限努力す。

 然れども、自身の知れる範囲に於いては、すでに防衛は不可能と見ゆ。全参加将兵全てが死力を尽くし、圧倒的兵力差の中、現時点までの防衛を成功させるも、もはや今夜夜襲あればただ敗れるのみ。
 
 遅延作戦の失敗は国土を焦土と化さん。よって今夜敵本陣へ夜襲を敢行し、我らに出来る最後の遅延を果たさんとす。
 
 遅延作戦参加将兵斯く戦えり。将兵に対し、後世特別の御高配を賜らんことを。ノルドールとペンドール大陸の未来に、精霊の加護があらんことを。
 
 
   北領遅延作戦総指揮官 加藤和樹』

 
 
 
「あの……馬鹿者がぁあ!!」

「し、司令!?」

「なぜだ、なぜ死に急いだっ! いや、俺のせいだ……俺が、俺がもっと早く伝令を出していればっ、俺がもっとうまくやっていればっ!!」


 俺が遅延作戦のために駐屯地に残した、それはわかっているっ! だがなぜカズキばかりがこのような目に会うのだっ!! 親も兄弟も友達も何もかも失って、村で生活を初めてやっと村に慣れたと思えば賊との戦いで重傷を負い、今度こそ平和にと過ごし始めれば帝国との戦いが始まりっ! セニアと幸せな生活を送ろうとすれば『異端』などと言われ迫害されっ!! そして今度は迫害された挙句送り込まれた戦地で時間稼ぎのために命を散らす……あんまりだ、神よ、精霊よっ! なぜ我らが家族のカズキだけこのような目にあわされるのかっ!! なぜだ、なぜだっ!!
 
 
 自分でもわかっている……切り替えろ、今の俺はイスルランディア「司令」だ。戦いを控えた今泣き散らしたり後悔する暇はない、後悔するのも泣き散らすのも戦いが終わって平和になった後いくらでもできるっ! 今俺に出来ることはカズキが命をもって得てくれた時間を最大限に生かす事のみ!!
 
  
「……レッド」

「あいよ……司令の反応で最悪だけど中身は察したよ」

「この戦いが終わるまで誰にも口外するな、士気の低下を招く」

「わかった、伝令の子はアタイの方で預からせてもらうよ」

「……頼む」
 
「レスリーも、わかったな」
 
「……了解いたしました」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
「聞けっ! 平和を乱し無力な人々を差別し迫害するもの共よ! 種族が違うというだけで多くの人々を殺し、貴族の誇りという名の虚栄心を満たす……人それを、『下種』と言う」

「……キサマ、我らが誇りを馬鹿にするかっ!」

「ふん、我が軍を恐れぬのならばかかってこいっ!!」

「言わせておけば……弓騎兵隊突撃開始! 敵投射隊を殲滅せよ!!」


 カズキからの手紙を懐に入れた後、俺は布陣を完了して一人自信満々に雄叫びを上げ続けるアエドゥイの前に進み出ると、カズキがやっていたように口上を述べた。
 俺の口上が終わると敵軍は指揮官のアエドゥイを先頭に貴族弓騎兵ほぼ全軍をこちらの右翼へと差し向けた。敵は射撃をしつつこちらの右を回り側面か背後から投射混成部隊へと突撃をかけるようだ……だがそれは囮、こちらの右翼に展開する市民兵を右翼側面への防御をさせるための陽動。
 
 だがあえて今回はその陽動に乗ることにする、なぜならば敵の陽動に乗ることがこちらの囮なのだから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<アエドゥイ視点>


「馬鹿がっ! 引っかかったな!!」


 こちらが敵軍の左を回り投射部隊を背後から攻撃すると見せかけて、投射部隊の前面を防御する市民兵共を側面へと誘導する。こうも素直に陽動に引っかかってくれるとは有り難い限りだ。
 市民兵が移動すると同時、ノルドール馬の俊敏な機動性をもって進行方向を急速に変えて一気に前面の空いた投射部隊へと肉薄する。目の前には斜めった柵が見えるが、あの程度の高さではこのノルドール馬の脚力をもってすれば飛び越えることなど造作もない。悪いがこれで投射隊を撃破すれば後の残りはただの的だ、イスルランディア……覚悟はいいかぁ?
 
 
「よし、総員剣を抜け! 突貫する!!」


 剣を抜き終えた弓騎兵が隊伍を整えて敵投射隊へと突貫する、あの程度の雑兵など騎射するまでもない。だが俺たちの剣は敵に届くことはなかった。
 
 
「……今ですっ!!」


───ギィ ドガッ!  ヤァ!!


 柵が、ただの柵だと思っていたものが突然逆茂木へと変わったのだ。中心に一本横に組まれた丸太を支点として回転し、突如地面に埋め込まれていた部分がこちらに向いたのだ。
 
 
───ヒヒーンッ!!


「お、お前落ち着け!」

「う、うわ振り落とすなうわあああ!?」

「ぐ、ぐっ! 馬の統率がっ!!」


 柵のこちらに向けられた鋭い部分が馬の恐怖心をあおり、そしてさらに柵が回る時に発せられたどしんという音にと策に隠れていた敵兵の叫びに馬が驚いて部隊の突貫は完全に停止してしまった。突撃を強制的に止めさせられたこともあり、多くの兵士が馬から投げ出されても居た。それでもノルドール馬ならばまだ再度突貫する事もできなくはない。もっとも再度突貫しようにも目の前の柵、いや逆茂木に阻まれて進むことはできそうになかったが。
 
 
「は、反転しろ! 一旦後退だ!!」

「構え! 放てっ!!」

「ぐわっ!?」

「ぎゃぁああ!!」

「し、しまったっ!?」


 足を止めていた我が軍の弓騎兵隊に対し、逆茂木の裏側に居た投射部隊が一斉に攻撃を攻撃を開始する。盾も持たずただ足を止めているだけの弓騎兵は次々と射すくめられ、瞬く間に数を減らしてゆく……このままではたとえ勝ったとしても損害が大きすぎる。だがなんとかして今は後退せねば!
 
 
───バシュン!


 突然バリスタの音が聞こえたと思うと、敵のバリスタが弓騎兵隊の背後に縄を張って後退を阻止しようとしたようだ。馬を立て直した貴族の一人が縄を飛び越えようとすると、たちまち馬が悲鳴を上げ転倒してしまう。それを見た他の兵士は縄を剣で切ろうとするが金属音と共にただはじかれるだけだった。
 剣でも切れない馬を転倒させる縄。それは正確には縄だけではなかった、縄の周りを金属のような棘で覆っていたのだ。転倒した馬を見ると足のあちこちから出血している、どうやらこれが原因で間違いない。
 そして悟った、もはやこの200名のノルドール弓騎兵と貴族は逃げ道などないと。前には逆茂木と投射兵、背後は馬を転倒させる棘、そして側面にはいつの間にか先ほど移動していた市民兵が槍先を揃えていた……ならば死中に活を見出すのみっ!!
 
 
「我が名はアエドゥイ! イスルランディアよ、一騎打ちで勝負しろ!!」










<イスルランディア視点>


「我が名はアエドゥイ! イスルランディアよ、一騎打ちで勝負しろ!!」


 次々と射殺されてゆく兵士の中から名乗り声が聞こえる、知っている、こいつは人間族を以前から虐げて見下していた敵指揮官かつ愚か者だ。ならば俺がこの手でその息の根を止めるというのもいいだろう。敵軍のほぼすべてが弓騎兵隊の救援のために行動を開始し始めている今、ここで敵の前でアエドゥイの首を飛ばせば一気にこの戦いを終結させる事も可能だ。敵軍の歩兵隊は多くがは貴族の部下や領民だからな。
 
 
「ここに居るぞっ! 来いアエドゥイ!」

「この聖なる森への裏切り者めっ! 覚悟しろ!!」


───キィンッ!


 素早く馬を走らせて一気にアエドゥイに切りかかる、誤射される事など気にしている場合ではない。できるだけ射線から避けるようにやつは端に移動したためすぐに見つけることができた。やつが俺の剣をはじくとお互い馬に乗ったまま素早く距離をとる。さすが貴族の中でも腕の立つ男だと言われているだけはある。
 
 
「ぐっ……この裏切り者め、あんな『異端』とニンゲンに森が毒されているのがなぜわからん! あやつが来てから幾多の戦乱がノルドールを襲ったではないか!」

「だからなんだ?」


───キィン!


「なんだだと! あやつらが来てから全てが狂いだした、世界中で戦乱が起こりこの国はめちゃくちゃだ!!」

「それがカズキや人間族と何の関係がある?」


───キィン!


「あの『異端』とニンゲンがすべて悪いのだ! あやつの推し進める政策も我らノルドールを軽んじているではないか!!」

「まったく……そうやって全て人間族とカズキのせいにして、自分がどんどん惨めになっている事もわからんか」


───キィィイイン! ドサ


「なっ!?」

「惨めな男が剣を振るったところで俺には傷一つつけられん」


 大振りで切りかかってきたやつの剣を弾き飛ばし、馬から突き落としてやつが立ち上がった所で剣をのど元に突き付ける。目はそらさず、ただ無表情に相手を馬上から見下ろす。
 こいつは絶対に許さない、カズキやノヴォルディアの人々全てが今まで必死に築き上げてきた人間族とノルドールとの絆を傷つけた罪は重い。
 
 
「さて、とりあえずお前が殺した人々への謝罪と、人間族とノルドールの絆を傷つけた事への謝罪を兼ねて……まずはそこに跪け」

「ふん、誰がするか! 俺は誇りある───」

「跪け」


───バシュンッ!


「ぎ、ぎぃああああああ!?」


 俺の合図と共にバリスタが発射され、やつの左足を吹き飛ばし強制的にアエドゥイは地に伏すことになった。いつの間にか敵味方問わず南領警備隊を除く全ての兵士が動くことをやめてただこちらを見ていた。南領警備隊だけはゆっくりと敵軍左翼から反乱軍の背後へと移動していているようだ……これでラトゥイリィが何をしようとしているかは大体わかった、ならば退路遮断はまかせようではないか。
 
 
「逆族アエドゥイが死ぬまでの間黙祷することで、今回の反乱における被害者への鎮魂とする。総員黙祷っ!」

「な、なにが黙へぶっ!」

「黙祷と言ったはずだ、喋るな」


 ぎゃあぎゃあとわめき、這いつくばっていたアエドゥイの口に蹴りを入れて強制的に喋ることを中断させる、正直にいえば俺は今猛烈に怒っている。今すぐこの男にとどめを刺してやりたいくらいに。
 
 
「おへが、おへはほこりは……」

「───以上をもって黙祷を終える。さて……次に跪かせてほしい裏切り者の貴族は誰だ?」

「お、俺はに、逃げ「退路はすでにないぞ?」なっ!?」


 まだ包囲されているわけではなかった敵の重歩兵隊から何人かの貴族が逃げ出そうとしたが、すでに敵軍の背後に展開を完了していたラトゥイリィの軍が完全に退路を遮断していた。貴族たちもやっと悟ったのだろう、そして次々と武器を捨てて跪き始めた。
 本来ならば敵味方甚大な損害を出していたかもしれない戦いだった。だが奴らの主力とも言える弓騎兵隊はその数すでに50を下回り、指揮官も兵士の前で無残にも死んだ。これで戦意を持ち続けられる兵士などおらん。
 ともかく、これで損害は両軍合わせて200名以下に抑えられた……元は反乱軍とてノルドールの兵士、無駄に死んでほしくはない。
 
 

「……さて、後はアルウェルニ様と馬鹿な村長達だけだな」


 今回の反乱に参加した貴族のほとんどは今回の戦いで戦死したか捕虜となった、後は総指揮官であるアルウェルニ様と反乱に加担した村長共をひっとらえるだけ。
 カズキ……俺は信じぬぞ、待ってろよ……これを終えたら絶対迎えに行くからなっ!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あとがき

 そろそろ用語も増えてきたので、いまさら感がぬぐえませんが用語集のページを近日中に作成予定です。

追記 最後名前間違ってましたね……誰か突っ込んでくださいorz
 自分で気付かなかったら(汗)



[12769] 44馬力目「お土産の中身は死亡フラグ」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:24
前回のあらすじ

・交戦

・兄上様無双

・もうすぐ反乱鎮圧?





<アルウェルニ視点>


 目の前で繰り広げられる生産性のない会議はいつも通り、だがいつもと違うところもあった……ほとんど人がいないのだ。
 今回の出陣に参加した貴族達は司令官のアエドゥイも含めて誰も帰還しなかった、そうあの腐っても精強なノルドール貴族兵が誰も帰還しなかったのだ。
 
 ある居残り貴族は周りに対して「お前らの誰かが内通した」と言い、別な居残り貴族は「ニンゲンなんぞに負けるはずがない、誤報だ」と叫び、挙句の果てには「敵司令のイスルランディアはノルドールだからニンゲンに負けたことにはならない」などと言い出す始末……正直何を考えているのかと言いたくなるほどだ。

 どちらにせよ反乱軍に残ったのは出陣する事を怖がったり貴族のくせに馬に乗れないような肉だるま、そして私だけだ。この拠点の守備隊などをかき集めたところで50にもなるまい。もはや抗戦するだけ無駄だということはさすがの馬鹿共でもわかるのだろう、話は一つの所へと集約してった。
 
 
───どうやったら自分たちが助かるか


 そう、その結論に行きついた馬鹿共は一斉にぎらついた目でこちらを見る。まあ恐らくはそうなるであろうと思っても居たし、そうなるように願っていた。これでイスルも心おきなく彼らを殺れるはずだな。
 
 
「……そもそもこたびの反乱は貴殿が起こしたようなもの、どうなされるおつもりかっ!」

「左様、貴殿にたぶらかされたおかげで我は破滅ぞ!? どうしてくれるのか!!」

「こ、このままでは死罪だぞ!」

「かくなるうえは土産を持参して助命を乞えば……あるいは」

「むしろ手柄としてくれるやもしれんぞ」

「……ふん、手柄か」


 なんと愚かなことか……こやつらの処断は反乱に参加した時点で決まっているのに、本当に馬鹿としか言いようがない。
 私が出していた斥候からの情報によれば、ラトゥイリィは無事イスル達と合流し囚われている人々を救出に向かったようだ。イスルにはちと難しいかも知れんがカザネやレスリーなど頭の回る者もいる、南領警備隊の処遇は安心してもいいだろう……さて、後はこれ以上犠牲を出さないようにこの反乱を収束させるのみ、もう死ぬのは年寄りだけで十分であろう……
 
 
「で、ではアルウェルニ殿……その首頂戴いたしますぞっ!」

「こ、この扇動者めっ!!」

「て、手柄だっ!」

「……この馬鹿どもめ」


 ふん、本来であれば私がこやつら全員を切り殺してもいいのだが……このまま私が切って捨てるよりも、生かして捕らえ公開処刑でもなんでもした方が少しは役に立つであろう。
 さあ来るがいい、これで……これで私の長い長い戦いがやっと終わる……先に散って逝った友よ、今往くぞっ!
 
 
「やれるものならさあ首を刎ねよっ! 手土産にできる首はこの一つぞっ!!」


───ザシュッ!











<レスリー視点>


 ブローウィンキア近郊での戦いの後、負傷者を後送したり降伏したものを戦列に加えたりと再編成を行い残すところの問題は後一つでした。
 
 
「さて、南領警備隊の処遇についてですが……反乱軍にやむにやまれぬ事情があったとはいえ与したことは変わらぬ事実。イスル司令、どうされるのですか?」

「レスリー隊長、お言葉ながら最後は南領警備隊の活躍により敵部隊を包囲の後確保できたので、処分なしとはいかないのですか?」

「そうだな……ホルスの言いたいことはわかる。だが反乱軍に与したものを処罰なしで組み込むのは問題があるのだろう?」

「ええ、こうする事が初めからわかっていた事とだったとしても、何らかの対応を取らねば示しがつきませんね」


 そう、南領警備隊の処遇問題です。反乱発生直後こそ中立の立場をとって時間を稼いだものの最後にはこうして戦いの場まで反乱軍として参加したのです、もともと反乱軍の退路を断つために参加していた……そうだとしても一度は反乱に参加したと国民には思われています。残念なことですが何らかの対応をしなければ。ホルスの意見はこの場に居合わせた者の考えとしては間違っていませんが、対外的に見てあまり得策ではないように思えます。
 
 
「示しか……カザネは何か案はあるか?」

「……本来ならば隊長であるラトゥイリィを処断、でも今回は不適切」


 私もラトゥイリィの処断には反対です。今回の戦いで確かに重要な役割を果たしているのです。処断したとあれば兵士からの求心力は一気に失われるでしょう。それに個人的にも、ラトゥイリィには助かって欲しいですしね。
 さて、ではどうしましょうか……そうです、ちょっと強引ですがこれでなんとかなるかもしれません。


「そうですね……でしたらばそもそも示しをつける必要をなくせば良いのではありませんか?」

「ふむ、というとどういうことだ?」

「ええ、まずはかくかくしかじかということでですね」

「ふむふむ、まるまるうまうまということか」


 私がイスル殿に提案したのは「南領警備隊はある任務のために敵軍に潜入していた」と国民に説明する事です。南領警備隊の皆さんも最後までできれば反乱軍に身を置きたいとは思わなかったでしょうし、それに退路を遮断し反乱軍の降伏に一役かったという功績を誇るわけでもなくただただ処遇を静かに待っているところを見れば、今後も十分信頼できる部隊と言ってもいいはずですね。

 今回南領警備隊はラトゥイリィの指示で人間狩りの先頭に立ち、貴族達に捕まる前に速やかに避難させて命を守ったり、捕まってしまった人間族の人々をこちらで処断すると言って連れ出し別な場所で匿ったりなど多くの功績をあげています。この事を発表すれば国民にとって南領警備隊は処罰すべき対象ではなく、むしろ英雄として認識されてもおかしくないでしょうね。
 
 
「わかった、今回はレスリーの案を採用しよう。そうと決まればラトゥイリィを呼んできてくれ、恐らく部下たちがどうなるかやきもきしてそうだからな」

「では呼んで来ましょうか。……レスリー隊長、そういった考えがあるなら先に言ってくださればやきもきせずに済んだのですが」

「自分で言っておいてなんだかすみませんね」

「だがレスリーが最初に言った事も一軍の指揮官としては考え方としては正しい事だと思う。だが生憎俺はどうにも甘くてな」

「基本的にこの国はお人好しで成り立っていますからね。それもまたいいと思いますよ」

「確かに、違いないですな」
















「南領警備隊隊長、ラトゥイリィ参りました……」

「今回の潜入作戦、およびブローウィンキア近郊での戦い、よくやってくれた。警備隊が敵の退路を遮断してくれたおかげで敵もすぐ降伏してくれた上、虐殺されかかっていた民間人の避難も見事だ」

「え、あの……処罰などはないのですか? 一度は反乱に与したのですよ?」

「もう潜入作戦は終わったのだ、別にもうその事については問題ないだろう?」

「作戦……なるほど、そうですね。ですが助けられなかった人もおります、私はそれらの責任をとって隊長職を辞任させていただきたいのですが……」

「そうか、そう言うならばわかった。南領警備隊は一度解散して再編成する事にしよう。今回の件については以上だ、では───」


 先ほどは居なかったレッドも含めた、今回の戦いに参加した将やイスル司令達が集う野戦天幕に現れたラトゥイリィはとても沈んだ表情をしていました。
 後に聞いたところによるとどうやら彼女の部下の貴族兵は貴族であるがために自分も含めて処断されるのではないかと恐れていたそうです。どこかの身内に甘い隊長さんのようですね?

 部下への処罰がないとわかると一瞬嬉しそうな表情を見せたのですが、すぐさま神妙な顔になり辞任すると言いました。こういう生真面目なところもどこかの隊長さんに……似て……落ち着きましょう、まだ、まだ死んだとは限りません。
 そう不思議と彼が死んだと信じることができないのです……あの人や家族を失った時は実際に目の前で見たからでしょうか。とにかく彼の死体を見るまで私は信じないことにしました……ずいぶんと私も弱くなりましたね。
 

「し、司令! 敵反乱軍の貴族達が司令にお会いしたいとのことです!」

「……今さら何の用かはしらんが会うだけは会ってやる、通せ」

「了解しました!」


 反乱軍の貴族が本当にいまさら何の用なのでしょうか? 生きて会いに来るということは前回の戦いに参加しなかった臆病者か、ベルギカの攻略に向かっていた貴族のどちらかでしょう。
 残念ながらすでに喜び勇んで反乱に参加した者の未来は決まっているのですが……まあ降伏してくれた方が攻める手間も省けるので一応会ってみるということなのでしょう。

 少し思考の海に浸っていると、なにやら箱一つ抱えた貴族を筆頭に10人程度の貴族がイスル司令の前で平伏していました。まさかとは思いますがその箱は……
 
 
「表を上げろとは言わん、いまさら何用があって俺に会いに来た」

「こ、こたびの反乱に参加したことを深く、深く謝罪いたします。それで今回はこちらをイスルランディア司令にお持ちいたしました、どうぞ」

「見る気もせんな……レスリー、見てくれるか」

「わかりました、よろしいですね?」

「……好きにするといいでしょう」


 私に箱を手渡す時の貴族の顔は本当に渋々といった顔とでも言うのでしょうか、人間族の私が司令の代理に受け取るということ自体がすでに嫌悪の対象なのでしょう……本当にこのノルドール達はどうしようもないほど凝り固まっていますね。
 前回の戦いで降伏した貴族も、大半は彼らと同じようなものでした。本当に一握りだけは脅迫されていたり周りが全て反乱軍に参加したため仕方なくという者もいました。

 そういう人は領地縮小などの軽い処罰や形式上の処罰のみ、もしくはラトゥイリィと同じような対処となりました。他の貴族は……彼ら領地の平民の皆さんに任せたり、曲がりなりにも貴族兵ですから爵位や領地を没収し一兵士となるのであれば助命ということになりました。領民に任せた貴族の殆どはむごたらしく殺されたようですが……まあ日頃の行いがわかるというものですね。
 
 そんなことを考えつつ手渡された箱を開けてみると、そこにはアルウェルニ様の……首がありました。
 本当に、本当に愚かなのですねっ!
 
 
「イスルランディア司令、中身を確認いたしました……中身は反乱軍の指導者であるアルウェルニ様の首にございます」

「……そうか、して諸君らは何か言いたいことはあるか? せめて遺言くらいは聞いてやろう」

「なっ!?」


 アルウェルニ様はたとえ今回の反乱の指導者であるとしても、多くの人々から尊敬され慕われているお人です。そのようなお人の首を持参したということの重大さがこの貴族達にはわからないのですね……本当に愚かとしか言いようがありません。
 もともと死ぬか一兵卒として彼らにとっての恥辱にまみれた余生を過ごすしかない選択が、今ここで死以外あり得なくなりましたね。
 
 
「何ということをおっしゃるのですか! 我らは敵の総大将の首を取ってきたのですぞ!!」

「左様、手柄を立てた我らを殺すというのか!」

「この───阿呆共がっ!!」


───ドンッ!


 命乞いのために土産を持ってきたのに死ねと言われたのがよっぽど彼らを怒らせたのか、ただの『ぎゃくぎれ』なのかはわかりませんが、先ほどまでの態度からうってかわってぎゃあぎゃあとわめき散らした貴族に対し、イスル司令は作戦地図などが乗っている机を思い切りたたくと剣を抜いてあっという間に貴族の一人の首を飛ばしました。

 私としては後でこの野戦天幕に飛び散った血を洗い流すのが面倒なので、ここで切り殺すのはやめていただきたいと思うのですが……今は違います、できることならさっさとこの畜生以下の者共をくびり殺したいですね。ここまで深い怒りを覚えたのはザルカーの時くらいでしょう。
 
 
「ま、まってくだされ! そ、そこに居る南領警備隊長の平民も元は我らと同じ陣営に居た者。我らだけ処断してなぜやつは処断せんのですか!!」

「そ、それは……「いやーさすがラトゥイリィだね~、完全にこいつらだまされてやんの」え?」


 首を飛ばされた貴族の真横に居た貴族が腰を抜かしながらラトゥイリィの事を自分たちと同じだというと、彼女は表情を暗くしてうつむいてしまいました。そして何か彼女が言おうとした時、割って入るようにレッドが笑いながら彼女の肩をばんばんと叩いています……レッドなりの励ましとラトゥイリィへの矛先をかわすにはいい考えですね。
 
 
「だまされただと?」

「だってよ、くっくっく……そもそもラトゥイリィはお前らに殺されかけてた人達を助けるためにこっちが送り込んだんだっつーの。それを今の今まであんたらのわけわかんねー同志とやらだと思ってたわけ? こりゃアタイは笑うしかないさーね」

「なっ!?」

「この平民がっ!!」


───ザシュザシュ! ドサッ!


 レッドの話を聞いて激昂し剣を抜いた残りの貴族達を、すでに背後に回っていた私とカザネで切り殺して今回の話し合いは完了でしょうか……なるほど、これがカズキの言っていた「おはなし」というやつなのですね。まさか実践する事になるとは思いもしませんでしたが。
 
 
「さて、このゴミの始末は元部下や領民に引き渡しておいてくれ。では諸君、これより我々はブローウィンキアへ向かうぞ……アルウェルニ殿の亡骸を確保して残りの貴族をとらえればこれで今回の反乱は完全に鎮圧する事になる、全軍進軍準備っ!」

「「「了解っ!」」」

 会議に参加していた人たちが慌ただしく準備を始めていると、今度は別な伝令が野戦天幕へと入ってきました……今度は何でしょうか?
 
 
「どうされたのですか?」

「はっ! アルウェルニ様の伝令兵と申す者が司令に遺言を届けに来たとっ」

「なんだとっ!?」


 ふぅ、どうやら今日はいろいろな出来事や問題ごとを抱えた来客ばかりが来る日なのでしょうか?
 それにしても一つ疑問が残ります、なぜアルウェルニ様ほどのお方があんな貴族共に首を取られたのでしょうか……少し気になりますね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あとがき

 ふと気になって調べてみると、この作品って首が飛ぶ描写がやたらと多い事に気がつきました……なんででしょう?



[12769] 45馬力目「もう遅延作戦なんか絶対にしないよ」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:24
前回のあらすじ

・びびり貴族

・死んだなんてみ、認めないんだからねっ!? byレスリー

・「厄介事を運ぶ者」と書いて「伝令兵」ととく、その心は?




<セニア視点>


 カザネやホルスさん達が出撃して何日か経った後、今私は机の上にある莫大な量の資料から情報を取捨選択して国際情勢についての報告書を作成中です。各地に派遣した斥候や外交官からの資料や報告書なのですが……多いです、これはもうとても。なぜ寝台ほどの大きさがある特注の机びっしりに資料が山積みになっているのでしょう?
 
 
「セニア内相、こちらがフィアーズベインに派遣中の外交官からの報告書になります」


───ドシンッ!


「……わかりました、明後日までには目を通しておきます」

「お疲れ様です、ではこれで……」


 さて、また追加の報告書が来ましたね。先ほどから私の部屋に資料や報告書を運んできてくれるあの官僚も、私と同じくもう一週間近く睡眠時間を大幅に削っているはず……あの人も私も、び、美容がおざなりになっている……これは女として大丈夫なのでしょうかね。はぁ……
 さて、気分を変えるためにもとりあえず現在まで把握できた国際情勢についてまとめてみましょうか。
 
 
・最近発生した戦争(継続中も含む)

 帝国VSDシャア朝:引き分け、終結済み
 フィアーズベインVSレイヴンスタン;継続中、フィアーズベインが優勢
 
 
 帝国VSサーレオン:サーレオンの部分的勝利、終結済み
 帝国VSノルドール:ノルドールの勝利、終結済み
 
 
 ここまではこの大陸でも別に珍しくない国家間の戦争と言えるでしょう、帝国が当時国家として成立していなかったノルドールと交戦した以外は特記すべき事もないです。
 ですがこの次からがおかしくなります。
 
 
 ノルドール連合国VSザルカー軍閥:ノルドール側遅延作戦、継続中
 ノルドール連合国VSノルドール貴族連合:連合国側圧勝、終結間近
 
 サーレオンVS悪魔崇拝軍:サーレオン軍壊滅的敗北、継続中
 
 レイヴンスタンVSミストマウンテン族:詳細不明、しかしかなりの大軍がレイヴンスタンに侵攻中とのこと、継続中
 
 帝国VSスネーク教徒:最近上陸した破壊者ユダ率いる大軍に帝国は現在かなりの劣勢、継続中
 
 フィアーズベインVSヴァンズケリー海賊団:特に大きな動きなし、継続中
 
 Dシャア朝VS馬賊・Dシャア反乱軍:大規模な反乱が発生、馬賊と連携して戦火は拡大中、継続中
 
 
 このように国家間の戦いではなく、国家を持たない独立軍や蛮族、宗教的軍と国家間の戦いが頻発しています。まさしく大陸すべてが戦火に包まれているといっても間違いではないです……
 巷ではこれら一連の戦争を異端であるカズキが持ち込んだと言う人も居るようですが、村のころからずっとカズキの事を見てきた人たちがそんなことはないと説き伏せて回ってくれているおかげで、だいぶ街で言う人は少なくなりました。この話をしていたのが大体差別的な貴族が中心で、彼らが皆反乱軍側に回ったということも理由の一つでしょうけど。
 
 国際情勢はこれくらいでいいでしょうか? さてそれではさっき追加された資料を確認しましょう……えっとどれどれ、「ヴァンズケリー海賊団に対し、帝国が領地を提供し、独立国として建国することを提案する」……なん、ですって?
 
 
「こ、これは一大事ですよ! し、市長はどこ!? 」


 これは早くノヴォ市長を含めた重役会議を早急に開く必要がありますね、最近の国際情勢は複雑怪奇ですし……これは一体何が始まるのでしょうか

 ちなみに私はこの後渡された報告書の一番下に「『大陸全土に異端によってこれらの戦争が引き起こされた』という噂が各地に広まっている」という報告書を見つけて再び会議を開くことになるのでした……ああカズキ、早く帰ってきてください。私だけじゃ過労死してしまいます……
 
 
 
 
 
 


───三日後


<イスルランディア視点>


 ブローウィンキアにまだ残って居たヘタレ貴族を逮捕し、アルウェルニ殿の亡骸を回収した俺たちは、レスリーとホルスに後を任せ二日駆けに駆けて北領駐屯地へと向かった。恐らく手紙の内容通りであればすでに陥落し、ザルカー軍閥が駐屯しているかすでに略奪されて廃虚になっているかだと思われるので、敵がいた場合を考えカザネと10騎の精鋭と共に俺自ら偵察に来た次第だ。
 
 そう、手紙が届いてから三日後───そこには元気に檄を飛ばすカズキの姿がっ!
 
 
「……は?」


 そう、手紙が届いてから三日後───そこには元気に檄を飛ばすカズキの姿がっ!
 
 
「生き……てる……?」


 そう、手紙が届いて(ry
 
 
「生きていたかっ! 良かった……」

「ん? おぉ!? おーい兄上様ーそんな少数の部隊でどうしたんですかー?」

「……生きてた、やっぱり隊長は生きてた!」

「司令、よかったですな」

「これは我々がお伴する必要もなかったですかな?」


 うむ、やはりな。あの幾多の『しぼうふらぐ』を立てながら今まで生き抜いてきたカズキがそう簡単に死んでなるものか。見ただけでわかるほど焼けただれた陣地に城壁が吹き飛んだ駐屯地など、相当な激戦があったのは確かなようだ。
 実際今カズキ達が行っている駐屯地の修繕作業に携わる人数はわずか10人にも満たないほどだ……考えたくはないが、恐らくその他の兵士たちは……
 
 
「馬鹿者、結果論で物を語るな。まあ今回は戦いが終わった後すぐの強行軍、よく耐えてついてきた……ありがとう」

「我らは誇り高きノルドール貴族弓騎兵隊、司令の強行軍について行けずしてなにが司令の護衛兵かと」

「ええ、私たちなら大丈夫だと選んだ司令の人を見る目が一番賞賛されるべきですよ」

「いやいや、ここは遅延作戦なのに守り抜いたっぽいカズキ隊長をほめにいきぁせんかね?」


 ブローウィンキアに立てこもった敵軍との戦いで傷ついたぼろぼろの装備のまま、ここまで一人の脱落者もなくついてきた彼らは俺の誇れる素晴らしい精鋭だ。全員が村のころからの顔なじみということも俺たちの連帯感を強くしている。まあカズキの護衛兵4人娘と同じようなものだな?
 
 
「まずはカズキに何があったか聞く必要があるな……とりあえず顔を拭けカザネ、きれいな顔がぐしゃぐしゃだぞ」

「えぐっ、で、でも……たい、ちょう……生きて……」

「カザネちゃん……司令も人の事言えませんよーご自分の顔を見た方がいいともいます」

「ふんっ、真の男はうれしい時は恥ずかしがらずに泣くものだ!」


 さて、俺をこれほどまで心配させた事を後悔させてやるからなっ!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<和樹視点>


 な、なんぞこれ……どうしてこうなった?

───ギュッ


「……幻じゃない、ちゃんといる、隊長がここにいる……」

「えと、あの、えぇとね……ごめん、心配かけちゃったね」

「……(フルフル)」

「大丈夫、俺は生きてるよ……心配してくれて有難う」

「……(コクコク)」


 えーと現在なにが起きているかと言いますとですね、再開早々にカザネのダイレクトアタックっ! 俺は腰にタックルを受けた! ということ。もともと頭をなでるのにちょうどいいくらい身長が小さいカザネが、ほんでもっていつもはそんなに表情を出さない彼女がもう、ね? 顔赤らめて涙流して俺に抱きついてきているわけですよ……やばい、不謹慎だとわかっているけど萌える。
 と、とにかく撫でておこう。精神衛生的に何かしてないと俺の心が爆発してまうねん! なんでエセ大阪弁やねん!?

 
───ナデナデ


「……ん、ん~♪」

「ごふっ! こ、こいつぁやばいぜ……」


 やばい、やばいってもんじゃねぇ……ハイスピードとかナデポとかそんなもんじゃねぇ。言葉に表せない何かがカザネから発せられている……尻尾と耳が見えるのは俺の気のせいだな、うん。
 ちなみにこれって俺ナデポか? ねぇねぇこれナデポなの? もちろん撫でてる俺が萌えてるから逆ナデポという名前の方が正しいと思うけど。
 
 
「隊長、負傷者の……えと、か、カザネ来てたんだ……あ、イスルランディア司令もはるばるお疲れ様ですっ!!」

「主、糧食の再配分について……えーと、これはその、えぇと」

「イスル司令こんにちは? 隊長は何をしている、のかな? かな?」

「おお、三人とも無事だったか……見ただけでもわかるほどの激戦だったようだな」


 俺がカザネの事を撫でているとすぐにカルディナとセイレーネとデニスがやってきた、というかおいおまいたち怪我はどうした? そんなすぐに鎧着てほいほい出歩くけるほど軽くなかったはずだぞ? つかカルディナめちゃめちゃ怖いんだけど、その表情やめてはくれんかね?
 

「そうだな、お久しぶりだなイスル司令。今回の遅延戦のツケは高くつぞ? なんたって俺の軍閥がほぼ壊滅したくらいだからな」

「ラドゥ殿……今回は遅延作戦への尽力、まことに感謝しております。ノヴォルデット市長以下全ノルドール連合国国民が貴方と貴方の部下への感謝を忘れることはないでしょう」

「そう言っていただけると助かるが、さて軍閥の再建はどうしたものかな……まあ今は考えても仕方ない。そちらも現状の把握が必要だろう。なぜ我々が生き残っているか不思議だろうしな?」


 なんかいつの間にか兄上様とラドゥさんの間で主人公っぽい会話が繰り広げられております、俺やっぱ空気ですねわかります……あーもうこうなったらカザネの事かまいまくってやる! うりうりうり~
 
 
「主、とりあえず現状説明をイスル司令に行うので一緒に来てください……あとカザネばかりずるいです」

「うぅ~隊長、僕の事なでてくれたことないのに……」

「……ん~♪」

「『なでぽ』?」


 なんというカオス、とにかく作戦司令室に行かねば。おーい、兄上様ー俺を置いていかないでー! 無視しないでー!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「では、話を聞こうか」

「了解。まず兄上様に宛てた手紙を書き終えた後、遅延作戦参加将兵のうち動けるものは全て3日目の夜、敵陣地となっていた第二防衛線へと突貫しました。本来ならばそこで恐らく全滅していたはずだったんですけど……」

「確かにな、話を聞けば聞くほどあの戦力では遅延すらままならなかったというのがよくわかる……まさかザルカー軍閥側に増援が来るとはな」

「しかもどうやら大半の援軍は奴隷兵のようでした、おかげで迎撃したこっちの兵士の士気は下がるしトラウマになる兵士も……いました」


 逆ナデポから辛くも復帰した俺は、あちらこちらに未だ戦闘の傷を残す作戦司令室で、兄上様に北領遅延作戦において何があったかの詳細な説明を開始していた。兄上様も敵軍にあれほどの大兵力の増援があったことは驚きを隠せないようで、説明を開始した直後は「俺のせいでお前を死なせかけた」と謝罪の嵐……いや、正直兄上様がこれだけ俺の事を心配してくれてたってことがわかってちょっち泣いてしまったのはお兄さんとの秘密だぞ!?
 

「そうか……そうすると恐らく敵がいなかったのだろう? でなければどう考えても助かるはずがない」

「ええ、俺たちが突貫した第二防衛線には敵軍が居ませんでした。最初は罠かと思ってたんですけど、カルディナの偵察隊に探ってもらったらこっちの夜襲準備中にどうやらすたこらっさっさと撤退したらしく……なんででしょうね?」

「主も最初は偽装撤退と睨んで再度の防衛準備を今まで続けていたのですけど……今のところ敵軍の動きすらつかめない状態で」

「弓騎兵相手に撤退するにはあんまりにも負傷者が多すぎて、動かしたら死ぬかもしれない人も居たのでここで僕たちは防衛を続けようということになってたんです」

「……そこに私たちが来た」

「そういうことになるな、俺の部下で元気な奴を数人穏健派の皆さんに派遣しているからもう少しすればなにか撤退の理由が分かるかもしれん」


 まあ情報をまとめようとすればするほどわからないことだらけだ……まず撤退の理由。
 死体の数から考えるに多大なる犠牲を出したザルカー軍閥だけど、まだこの北領駐屯地を押しつぶすには十分な戦力があったはずだ。古来より全軍の半数を失っても恐怖で戦い続けられる軍は居たわけであるし、恐慌状態になって撤退したというわけでもないだろう。でなければいくら夜襲準備に追われていたとはいえ、俺達が撤退に気づけないということはないだろうしね。
 
 次にわからないのは現在サーレオン軍と交戦中の悪魔崇拝軍だ。どう考えてもこの時期にサーレオンへ侵攻してくるというのは出来過ぎてない? おかげで俺たちはサーレオン軍の増援を手にし損ない討伐を中止することになったし、反乱軍の発生とあいまって危険な戦力の分散を行うことになったわけでして。
 
 そして最後は世界規模の国家対非国家の戦いだ。兄上様いわくノヴォルディアに居るセニアからの報告では、現在世界中で大規模な賊や私兵集団が蜂起して、ペンドール大陸に有る国家群との大陸全土にわたる戦争が開始されたようだ。なんという第三次ペンドール大戦。
 おそらくこの流れの中にノルドール連合国とザルカー軍閥、そしてノルドール連合国と反乱軍というものが含まれるんだろうね。
 
 そして兄上様が言うには報告書の中でいちばん目を引いたのがこれらしい

───『大陸全土に異端によってこれらの戦争が引き起こされた』という噂が各地に広まっている

 まあ前からこの噂は広まってたんだけど、この大陸全土が戦火に包まれている今この噂が流れるとどうなるか……そりゃ俺=諸悪の根源になりますん。俺どうやら一部からは魔王扱いらしいですよ? フハハハハ、勇者のLvが99になるまで俺は待たないからなっ!!
 
 ……さて、冗談はほどほどにしておいてともかく負傷兵を連れて一旦ノヴォルディアへと戻るとしましょうか。あーその前にここへ詰める別な部隊が来るまで待たにゃあかんか……早くセニアに会いたいなぁ。
 
 
 
 
 
 
 
あとがき

 そろそろ自分のシリアス在庫がゼロになるので、また番外編を次にでも入れたいと思います……今日電車内で書いていたら隣の人にガン見されてしまった(汗)





[12769] 番外編4「護衛戦隊護護ファイブ(-1)」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:25
<デニス視点>

 
「うん……準備よしっ!」


 今僕は僕の人生の中で最も重要な戦いの一つに参加しようとしている。護衛兵のころから愛用し、今はさらに精霊の加護も付与したプレートメイルを装備して、背中には馬上でよく使うへヴィロングランスではなくショートスピアを背負い今ここに立っている。
 
 
「デニス分隊長、俺らは全員分隊長が勝つ方にありったけ賭けてますから負けないでくださいよっ!!」

「うんっ! 負けないよ……絶対に勝って、お願いを聞いてもらうんだっ!!」

「そのいきでさぁ! 頼みましたぜ!!」


 そう、僕はこの戦い……絶対に負けられないんだ。この戦い……勝って、勝って!
 
 
───いっしょにお祭りを回ってもらうんだっ!!






















「え、精霊祭ですか?」

「うん、この前デニスに犬の真似してもらったじゃんか。あの時に一緒に見て回ろうって話してただろ?」

「え、えとえと……そ、そんなことも言ったような言わなかったような……」


 冒頭の三日前、食堂で一緒に食事をしていた隊長が僕を精霊祭に誘ってくれました。僕は隊長と一緒に初めての精霊祭を回れるということですごくうれしかったです……おかげで聞き耳を立てている人々に気がつけなかったんですけど。
 
 
「でもセニアさんと回らなくていいんですか? その、僕とだけだと……悪いというか」

「えーとだな、実は祭りは二日あるらしくってセニアは初日内相として仕事があるから回れないらしいんだ。それでその、デニスを誘ったわけなんだけど……だめ?」

「も、もちろんばっちこーいです!」

「お、よかったよかった」


 なるほど、そういう理由なら僕が一日隊長を独占してもいいとってことですよね! これは期待せざるを得ないですよー!!
 「かわいい」とか「綺麗だね」とか言われてみたいのでちょっと服やお化粧とか……ぼ、僕にはあんまり縁のないことだけど試してみる価値はあるはずです。レスリーさんや村のころから仲のいい人とかにちょっと助言を乞うてみようかな。
 
 
「それじゃあ───「それでは主は私とは回ってくれないのですか?」んな!?」

「セイレーネ……隊長が最初に誘ってくれたのは僕なんだけど」

「ごめんデニス、でも私も主と回ってみたいので混ぜてもらっても?」

「え、あれセイレーネいつのまに?」


 せっかく隊長と二人っきりの精霊祭に向けての準備を考えていたのに、セイレーネが話に割り込んできました。隊長が最初に誘ってくれたのは僕なのにいまさら出てきて僕と隊長との二人っきりの時間を奪おうとするなんて……いくらセイレーネでも許されないよ。
 
 
「えっとだな、なんならデニスがいいなら三人で───「二人だけ、ずるい?」「……抜け駆け」んなっ!?」

「二人とも……最初に隊長が誘ったのは僕なんだけど」

「主、私だけ一人で回れと言うわけではないですよね?」

「私も、一人はいや?」

「……たいちょう(うるうる)」


 セイレーネと睨みあいをしていると、セイレーネだけじゃなくてカザネとカルディナも来てしまった。
 くっ……優しい隊長のことだ、涙目で服の裾をつかむカザネには提案を断ることはできそうにないし、笑顔なのに背後にどす黒い殺気(たぶんセニアさんの『やんでれ』時と同質)をまとったカルディナには冷や汗をかきながら肯定してしまいそうだ。

 隊長とお祭りを一緒に回るのは……ボクダケデイインダ
 
 
「わかったよ……じゃあ皆で隊長と一日お祭りを回れる権利を賭けて模擬選だっ!!」


 ふふん、僕は武に関してなら4人の中で一番強い自信がある。これなら僕が勝ったも同然、ふふふ、ふふふふふふふふ……
 
 
「その勝負乗った、主をそばで守るのは私だということを見せてやる……」

「……いい、やる」

「覚悟して、おけ?」








「あー皆で一緒に回ればいいんじゃって、もういないし……」


















 そして今、訓練場には僕たち隊長の護衛兵4人が武器を構えて開始の合図を待っていた。ノヴォ村長とラトゥイリィの発案でいつの間にか大規模な模擬戦のお祭りとして観客を入れることにしたらしく、僕たちの部下や街の人々まで見物に来たようだ。
 
 
「制限時間は無し、決定打となるのはいつもの訓練通り相手に降参と言わせるか気絶させれば勝利とします……みなさん、できるだけ怪我しないでくださいよ?」

「大丈夫だよラトゥイリィ、僕なら手加減しても勝てるから」

「心配、無用?」

「……矢の先は潰してある」

「この大剣相手に無傷で済むと思うなよっ!」

「だからセイレーネは相手をできるだけ怪我させないように戦ってくださいってばぁー!!」


 ラトゥイリィの抗議は完全に無視されて今戦いが始まろうとしている……ふふふ、僕が勝ったら隊長と一緒に祭りを回って、夜になったら二人で夜景を見ちゃったりして、そのまま、そのまま……ふふふふふっ
 
 
 
「もういいですよ……はじめちゃってください」

「さあ始まったぞ! さあ剣をふるえ、矢を番え、槍を構え交戦しろ! そうだ早く早く早く早くはやげふっ!?」

「兄上、いくらなんでも飲み過ぎです……飲み過ぎの兄上は嫌い、です」

「う、うわああああああああああああああああああああああ!!」


 えーと一応始まりの合図も出たことだしいざ突貫ーーーー!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<カザネ視点>

 イスル司令が酔っぱらってセニアさんにぼこぼこにされているのをこのまま見ていたいけど、だめ。目の前からカルディナとデニスがこっちに向かってくる。
 私は一人だけ弓、遠距離攻撃のできる私が残っていると後々厄介だからみんなこっちに攻めてきた。でもそれを攻撃の機会としてセイレーネがまず一番私たちの中で武にたけているデニスを倒すために突貫した、なら私はカルディナを接近させないように矢で迎撃するだけ。
 
 
「……っ!」

───シュン カキィン

「効か、ない?」


「デェエエニィイイイスゥウウウウーーー!」

「セェエエエイレェエエエネェエエーーー!」


───ガキィンッ!!


 私の放つ矢はカルディナの短刀に切りはらわれる、どうやらヤツに居たころ訓練された短刀と投げナイフで私と戦うようだ。
 カルディナはヤツの戦い方である短刀と投げナイフでの戦い方と、投げ槍とロングソードを使った帝国式の戦い方どちらもできる。前者は暗殺や一対一に強く、攻撃的な戦い方なので護衛兵になってからはあまりしない。後者は普通にショートランスとしても使える投げ槍で敵を接近させず、距離を取ったら投げ槍で貫き、近づいたらロングソードで戦う防衛的な戦い方。
 
 護衛する相手のいない個人対個人の戦いだからこそカルディナはあの戦い方をする、あぶない、今さっそく投げナイフが飛んできた。
 
 
「うーん……やっぱり当たら、ない?」

「……切りはらわれると当てれない」


「うぉおおおおおおおお!!」

「でぇりゃぁあああああ!!」


───ガキィン! ドゴォーーーンッ!!


 ……今まで意識しないようにしていたけど、無理。どう考えてもデニスとセイレーネの戦いが人間同士の戦いに見えない、あれはもはや悪魔に憑かれた何かと何かのぶつかり合い……勝てる気がしない。よく表情を見ればカルディナも冷や汗をかいて嫌そうな顔をしている、うんわかる、あれに正攻法で勝つのは無理。
 
 
「カザネ休戦、する?」

「……適切、あれをはるから頼んだ」

「うーん、がんばる?」


 正攻法で勝てないのならそれ以外で戦えばいい、不意打ち上等、『かてばかんぐん』。
 
 
「……えい」

───ボムッ!













<セイレーネ視点>


 主と一日祭りを回れる権利……欲しい、そういえば遅延作戦の後はずっとごたごたとしていてあれ以来長く話したり二人っきりになったことはない。これはぜひとも権利を手に入れて、その、えと、誰も居ないところでくらいならキスとか抱きしめてもらったりとかしてもらってもえとえとえと……と、とにかく私も負けるわけにはいかない、分隊の部下の財布と自分の欲望のためにっ!!
 
 
「デェエエニィイイイスゥウウウウーーー!」

「セェエエエイレェエエエネェエエーーー!」


───ガキィンッ!!


 一直線に突撃して横なぎに払ったツヴァイハンターをはじいたのはデニスのショートスピア。さすがはデニスだ、私のこの一撃をはじくとは……でも私も負けられない、たとえ実力で勝てなくても愛と言う名の忠誠心ではだれにも負けないっ!!! そしてその忠誠心で実力の差など埋めてみせるっ!!
 
 
「うぉおおおおおおおお!!」

「でぇりゃぁあああああ!!」


───ガキィン! ドゴォーーーンッ!!


 横にはじかれたツヴァイハンターの勢いを殺さないようにそのまま一回転して遠心力を乗せた重い一撃をデニスに対して横なぎにもう一度振るう、だがその一撃も上から叩きつけるようなデニスの一撃でまたしてもはじかれてしまう……しかも悪い事にはじかれた剣が地面にめり込んでしまい隙が生まれる。だがこれしきの事で私はまけるかあぁあああ!!
 

「……えい」


───ボムッ!


「な、なんだ!?」

「煙幕っ!くっそーカザネのしわげふっ!?」

「なっ!? おいどうしたデニスっ!!」


 今まさにデニスが私に槍を突き付けようとし、私がノルドールルーンソードを抜刀しようとしたその瞬間視界が一面白い煙で覆われた。こういった戦法をとるのはカザネやカルディナだ、そしてこの状況に最も適しているのはカルディナ。
 煙のおかげでうっすらとしか見えないが、おそらく今デニスが煙にまぎれて接近してきたカルディナにやられたのだろう……ツヴァイハンターではこういった状況には不向きだ、このままルーンソードを構えて静かに敵の気配を探る。
 
 
───ヒュンッ


 わずかな風切り音が聞こえると同時に二方向から二つの影が飛び出してくる、一つは囮、もうひとつが本命っ!!
 
 
「でぇええいい!!」

「っ!?あっ!!」


 私が思い切り剣を振り下ろした先にはダガーで私の剣を受け止めているカザネ、もう一方に対処するために素早く剣でカザネを払い飛ばすともう一方の影が私の顔横を通り過ぎる。カルディナの投げナイフ……彼女はたしか投げナイフを7本持っているはず、少なくともこれで1本消えた。
 
 
「来なカザネ!煙幕なんかに隠れてなんかないでかかってこいっ!!」

「えーと、『ちきしょうぶっころしてやる』?」

「しまった後ろかっ!?」


 背後から声が聞こえたかと思うと素早く放たれる4本の投げナイフ、剣で2本たたき落とし左手の手甲で1本をはじき、残りの一本は回避する。これであと1本。
 だが回避とはじくことで体制を崩した私に軽装のカルディナは一気に切りかかるっ! だが私は負けんっ!!
 
 
───ガキィンッ!


「……毒を塗りこんでおけば、勝った?」

「そうだな、だがこれは殺し合いではなくて模擬戦だ。実力で勝ってこそ、だぞ?」

「ぶー、『かてばかんぐん』?」

「ふん、煙幕も晴れてきた……これで終わりだっ!!」

「負け、『ふらぐ』?」

「……零距離、とった」


 手甲でカルディナの短刀を受け止め、剣を右手で振るうもルーンソードは彼女の投げナイフで受け止められる。私は背後すぐに迫るカザネ対策に素早く地面に刺さったままのツヴァイハンターの柄を蹴りあげた。
 
 
「……あ」

「今っ!」

「きゃっ!?」


 カザネのダガーは蹴り上げたツヴァイハンターの柄にあたって止まり、力に任せてカルディナをカザネに向かって弾き飛ばす……よし、これで距離を取った。あとはこの大剣の長さを生かして撃破するだけ!
 
 
「カザネ弓、は?」

「……切れた」

「ふははははっ! これで投射武器は全て尽きたようだな!! これで私の勝ちだああああ!!」


 素早くツヴァイハンターを拾い一か所に固まっている彼女たちへ全力で振りかぶる、この大剣の横振りから逃れられは……なんだとっ!?
 私が剣を振り切った時、吹き飛ばされていたのはカザネのみ。まて、これはどういう……まさかっ!?
 
 
「カザネを踏み台にしたっ!? でも短刀と一本の投げナイフでなにがっ!!」

「一本あれば、十分?」


───ガキィンッ!!


 私の大剣を短刀で受け止めたカルディナは空中に居たこともあって吹き飛ばされるが、一矢報いんと投げナイフを投げる。だが私にはあたらないな、なんとかかわせる……だが確かに一本は私はその攻撃をかわせた。そう、最後に投げられたのは一本の投げナイフとスリング用の石つぶてだった。
 
 
───ゴインッ!


「な……かはっ……」


 ふふふ、ふはははは! そうだ、確かに一本で十分だ!その一本で私の動きを誘導し頭へと石つぶてを命中させたっ!! さすがはカルディナだ……これならば、やは、り隊長の護衛をま……かせ……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「わ、私の……勝ち?」

「……違う」

「あっ!?」

「……油断大敵」

「カザネもね……」

「デニっわっ!?」

 
 

 遠のく意識、最後に聞こえたのは隊長の声とラトゥイリィの叫び声だけだった……きゅぅ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<セニア視点>


「あぁもうそこまでっ!! 勝者はなし! 医療班早くっ!!」

「ちょ、おまっ!?」


 横に居たカズキが声を張り上げると同時に、訓練場にいた彼の護衛兵全員が地面に倒れました。なんということでしょうか……まさか全員同時に撃破となってしまうとは。
 
 
「いや~アタイら医療班の手間増やしてくれるね~」

「私が見ていないうちに腕を皆さん上げましたね……まさか全滅とは」

「しゃれになっていないと思うんですが……」

「帝国に居たころこんな相手と戦っていたとは……戦場で出会わなくて良かった」


 観戦していたみなさんもとても驚いてます、それは私もあいた口がふさがらないですが。
 最終的にまとめるとこうなりなりました。
 
・煙幕で接近したカルディナがデニスを撃破(仮)

・セイレーネがカザネを撃破(仮)、同時にカルディナがセイレーネを撃破

・カルディナをカザネが壊れたと嘘をついていた弓で急襲、しかし放つ前にデニスが槍で攻撃して撃破

・撃破された後に放たれた矢はデニスに命中、矢が命中寸前にデニスが投げた槍がカルディナに命中……全滅とあいなりました



 ……なんですかこの一瞬の攻防戦は、まるで彼女たち全てが「お前一人を勝たせるものかっ!」という気迫が感じられました……なんとう恐ろしさでしょう、私にはとてもできません。
 なんですかカズキ? 私の顔に何かついているのですか? やけにぶるぶる震えていますが。ああ寒いだけですか、なら今晩は私が暖めてあげますね?

「まあ、なんだ・・・・・どうやらこれだと初日回る相手が居なさそうだね。アタイと行くかい?」

「レッドと二人で行かせるのは心配なので私も行きましょうか」

「……ふんっ!ど、どうしても行く相手が居ないのならに、ニンゲンのお前でも別に付き合ってやるのもやぶさかでもないぞ。べ、別に私は行きたいわけじゃないんだからなっ!!」


 あれ、おかしいですね? カズキに近付く女はみんなあそこで倒れたはずなのになんでまだいるんですか?なんで、なんでなんでなんで?
 
 
「ちょ、いやそのですね、やっぱり俺は彼女たち4人でまわろうとおも……まてセニア、落ち着くんだ一体どうしたんだああ衛生兵ー! 医療班鎮静剤ーーー!!」

「カズキは私の旦那様だぁああああああーーー!!」


───キシャアアアアア!!



 今日もノヴォルディアは平和です。
 
 
 
 
 
 
あとがき

 ……やっぱりリベンジでがんばってみたものの作者にはやはり戦闘シーンはむりだと痛感しました、精進します。 お、オチが適当でごめんなさい(汗)



[12769] 46馬力目「末期西ローマと仲良くできるほどのピンチ」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:25
前回のあらすじ

・反乱終結

・実は生きてました

・全部異端が悪いらしい




<マリウス視点>



───帝国首都イスズ


「陛下っ! 海賊なぞに国土を割譲するとはどういうことですか!?」

「我らだけでも十分戦えます! なにとぞ御再考をお願いたします!!」

「……デオダトゥス、クィントゥス、そちたちもわかっておろう。これしかもはや帝国の臣民と未来を守る手段はないのだ」

「……くっ」

「……」


 我の支配するこの帝国はもはや完全に詰んでいると言わざるを得ない状況に追い込まれておる。すでに国土の南半分近い地域をスネーク教徒に奪われ、Dシャア朝との停戦工作も進まず国内にはレッド兄弟団や背教騎士団をのさばらせる有様である。
 長年続いた帝国の戦はこの国の国力と人心を完全に低下させておった……もはやこれ以上戦が長引けば国家としてどころか生きていくことさえできぬ不法地帯と化すであろう。それだけは施政者としての誇りと意地を持って阻止せねばなるまい。
 
 だが我らには戦力がない。Dシャア朝との国境要塞線にクィントゥス率いる50、サーレオン・ノルドールとの長い国境線にリマスク率いる30、そして帝国国内の各拠点に最小限度の防衛隊、そして今デオダトゥス率いる800の詰める対スネーク教徒の最前線であるウォルヴェン城守備隊が帝国の全戦力である……そのほとんどがすでに少年兵や老兵、挙句の果てには病人でなんとか数を補てんしている始末であるが。
 
 対する戦力はDシャア朝がおよそ100、レッド兄弟団が200、背教騎士団が150、破壊者ユダの率いるスネーク教徒軍が3000。数字を見るだけで戦力差は明らかであり、スネーク教徒軍は精鋭ぞろいの重騎兵隊まで揃えておる。我が軍の騎兵隊はもはやリマスクの率いる30騎のみであり、広大な国境線の守備と賊の討伐ですでに手一杯だ。
 現に参加できうる全ての将を集めたはずのこの会議ですら参加できた将は10に満たぬ、他は戦死したか皆必死に戦っておるのだ……悲しきことだがこれがわが国の現状だ。詰んでおろう?
 
 だからこそ我はフィアーズベインにて略奪をおこない勢力を拡大していたヴァンズケリー海賊団の海上兵力とその兵数に目を付けたのだ。
 スネーク教徒は船でいずこからか次々と援軍をペンドール大陸に送り込み兵力差を拡大させておる、この敵の海上補給線を叩くのが効率的であるのはわかってはおるのだが、海兵はすでに陸上戦力としてウォルヴェン防衛戦に投入しておる……それに我が帝国の戦船は遊牧民族国家であるDシャア朝の戦船にすら劣るほど貧弱であり、現在の技術・戦術的制限を考えれば制海権の確保を独力で行うのは不可能に近い。
 そこで彼らヴァンズケリー海賊団の海上兵力が必要になってくるのだ、我らがスネーク教徒に打ち勝つためには海上からの援軍の阻止と陸戦においての殲滅である。
 
 
───ヴァンズケリア


 我が帝国が領土南に位置する島丸々ひとつをヴァンズケリー海賊団に割譲することにより誕生する新国家、首都はヴァンズケリーと名づけるそうだ。表向きは傭兵国家として、裏向きは帝国に仇名す者に対する海賊国家である。
 総人口は彼らの親類家族含め4000ほどであり、元々の島民が200ほどそれに加わることになる。島民の数が少ない理由はかの島が農耕や牧畜に適さぬ岩だらけの島であるということだ。だが海賊団はそこに別の価値を見出した。
 島には多数の洞窟と、港に適した場所が複数存在する。海賊のねぐらとしては最適と言っても過言ではないようだ。
 
 先週より随時海賊団が船でこの島に上陸しており、我が帝国の属国として独立後ただちに400近い兵力での海上封鎖をおこなってくれる手はずになっておる。これでスネーク教徒の海を封じる、後は陸で奴らを叩きつぶすのみ……と言いたいところだがの。
 
 
「……リマスクから何か報告はあるか?」

「はっ! 現在北部に出現した盗賊団の討伐に向かっているそうですが、戦力不足のため長期戦になる模様です」

「そうか、クィントゥス」

「はっ!」

「おぬしもウォルヴェン防衛戦に参加せよ、もはやDシャア朝や国土の西部を気にしている余裕はない。全兵力を持って援護に迎え」

「……いつか必ず取り戻して見せますっ」


 我が帝国の双璧をなすクィントゥスとデオダトゥスでさえ現状を打破する事はこのままでは不可能であると言える。ほぼ全帝国軍兵士が参加するウォルヴェン防衛戦に敗北すればすなわち帝国の完全敗北となりえる。もはや予備兵力などと言う物は存在しないのだ。
 
 
「今は耐えろ、おぬしらや臣民には苦労をかけるが……今は耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶ時ぞ」

「はい……」

「わかっております……」

「全将兵に伝えよ。後世において、帝国がその歴史上最も危機にさらされた時、我らはこの国を誇り高く守り抜いたと歴史家ならず大陸全土の民から賞讃されるような戦いをせよ、と」

「わかりました、帝国軍全将兵全てが死力を尽くし戦いましょうぞ」

「それでは、陛下の元で戦えて光栄でありました……ではっ」

「……未来を、頼んだぞ」



 我は退出してゆく将達の背を見送ることしかできぬ……今我がイスズから動けば民が動揺する上、未だくすぶっている貴族共が復権を企むやもしれぬ。
 未来、か。我ながら大げさな事を……いや、サーレオンでの悪魔崇拝軍の行為とこの国でのスネーク教徒の行いはすでに大陸全土に知れ渡っているであろうな。
 
『世界を破滅へと』
『世界を革命へと』

 その言葉の元多くの人々が殺され、犯され、略奪され、家を焼き払われ、家族を奪われ……現在スネーク教徒に占領されていた地域に住んでいた我が臣民がどれほどの血と涙を流したことかっ!!
 防衛戦に敗れれば帝国全土がスネーク教徒によって灰燼に帰す……さらにどれほどの我が臣民が死なねばならん、後どれだけ我が国土が破壊されねばならんのだ?
 
 守らねばなるまい。傀儡として据えられたこの身だが、たび重なる敗北により今まで発言力を持っていた貴族の影響が弱まった今こそ、我がこの命全てを持って臣民を守らねばなるまい。
 
 
「今のままでは後一手が足りぬ……ノルドール連合国へ使者を出せ」

「はい、どういった内容にいたしますか?」

「増援を、命を守るための助力を頼むと」

「はい……ただちに」


 もはや使える兵力は全て使う、兵力と勝利を手に入れるのならばこの身を畜生に落としても構わぬ。後少し、後少しの力が我にあればっ……!!
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
<セニア視点>


 カズキがぼろぼろのままノヴォルディアに帰ってくる直前、私は二つの報告を聞きなにがなんだかもうわからないというかもうカズキ似合うまでは完全に落ち着くことができませんでした。
 
 
───北領遅延作戦参加将兵、玉砕

───遅延作戦指揮官カズキ殿以下生存を確認


 死んだと聞かされ、私という存在が粉々に砕けた感覚に襲われた後に生きていたと聞かされたのです。今私にはノヴォルディアの事や、ペンドール大陸の事など頭の中にはありません。ただただカズキに会いたい、カズキに触れたい、カズキの温かさを感じたいとそれだけでした。
 そして今、目の前にはカズキがぼろぼろの装備のまま少し照れながら立っています。もう……本当にこの人は、私に心配ばかりかけて……

 
 
 
 
「あーっと、その、心配かけてごめわはっ!?」

「ばかっ、ばかばかばかっ! あなたはいつもいつも本当に、本当に本当に本当に、本当に……」

「うん、本当に心配かけてばっかりだね。本当にごめん」

「ゆるして……あげません。罰として今日は離しませんから」

「いいよ、セニアならいくらでも」

「もう……ばかっ」











「……」×4


「「……あ」」


 えっと、その……今私たちが居るのはノヴォルディアの会議室で、カズキと一緒に帰還した兄上やノヴォ市長やラドゥ殿、セイレーネの、その、人前で……あぅ。
 
 
「おっほん、では北領駐屯地遅延作戦での戦果と損害、その報告を頼むでの」

「……えーと、はい。損害は協力してくれたラドゥ軍閥合わせて70名、内5名が遅延作戦終了後に負傷が原因での”戦死”です。戦果は確認しただけでも200を超えており、正確な数は残念ながら確認できません」

「確認できないというとどういう事での?」

「城壁ごと爆破した死体などです、五体満足どころか体の一部だけが焼け焦げて転がっているくらいなので」

「う、うむそうか」


 城壁ごと『ばくは』ですか……精確に計算は現時点でできませんが、カズキ隊を含めた北領遅延作戦での兵力的損失、それに北領駐屯地の修繕費、ラドゥ軍閥への保障などなど考えただけでノルドール連合は大赤字でしょう。実際討伐に成功した場合の戦利品などに期待していたほどですから、この損失を考えるとそうですね……前述の損害に加え反乱軍の再統合と戦力の再編に半年かかることを考えると、戦力を未だ残したザルカー軍閥の影に今は怯えなければなりませんね。
 
 
「ではそのいずこかへ消えたザルカー軍閥の足取りはつかめたでの?」

「カルディナに聞いてもまったく手がかりがないそうです、主も駐屯地の再建と並行して捜索したのですが……」

「まあ忽然と姿を消したわけだ、おかげで俺もすぐに生き残りを率いてヤツの草原に帰るなんて怖くてな。損失の補てんも兼ねてすこし居座らせてもらうぞ」

「うむ、ラドゥ軍閥をノヴォルディア一同歓迎させていただきますぞ」

「後は俺の方から反乱軍の鎮圧についての追加報告をしたいと思う」


 反乱軍はカザネの作戦によって貴族弓騎兵をほぼ殲滅したおかげで、弓騎兵以外はほぼすべて無抵抗で降伏しています。東部のベルギカへ向かっていた攻略隊も反乱軍の拠点ブローウィンキアが制圧され、指導者のアルウェルニ殿が死亡なされたとわかった途端降伏してくれたそうですし、一応完璧に近い戦略的勝利ですね。
 一部がブローウィンキアでの抵抗を試みたそうですが、まあそこは兄上たちがうまくやったようです。こちらの損害は負傷者を含め30に満たないそうですし。
 
 
「実はブローウィンキアの制圧後アルウェルニ殿の兵士がとある情報をもたらしてくれてな……アルウェルニ殿の孫が、その……人質に取られていたらしくてな」

「兄上様、つまりその言いにくそうな表情から察するにアレなわけですね」

「……間に合わなかった」

「それはつまり、助けられなかったのですか?」

「いや、簡単にいえば体には手を出されなかった代わりに心を壊されてしまったらしい。今ではノルドールを見ただけでも震え上がるそうだ」


 人質で心を……相当アルウェルニ殿に恨みを持つ者が監禁していたのでしょうか。私には一体何があったのか想像もつかない何かがあったのでしょう。
 かわいそうですが今はその子よりも優先してやらなければならないことが山積みです……かわいそうな子供にも優先順位をつけて、私も内相になってずいぶんと冷めた女になりましたね。
 
 

「セニア」

「はい?」

「セニアは優しいさ、そしてそんな事皆知ってるよ、人の上に立つことになって物事に優先順位をつけなきゃいけないっていうのは本当につらいよね」

「え、あの」

「大丈夫、今回のごたごたが終わればまたいつも通りに生活できるって。つらい今はきっちり仕事モードに切り替えて物事を考えないといけないけどね」

「……はい、この国にとって厳しい情勢の今だけ『くーるびゅーてぃー』で頑張りますね」

「そういうこと、もう心の中で自分を冷めた女って卑下しちゃダメだぞ」

「な、なんでわかるんですかっ!?」

「ふふ~ん、セニアのことなら目を見ればだいたい何を考えてるかなんてわかるさ」

「カズキ……」






「……」×4
 
 
 
 
「「あっ……」」
 
「うぉっほん、とりあえずわしら連合首脳部の事前会にて決定した事項を先に伝達しておこうかの」


 事前会……? なんでしょうそれは、内相の私にすら何の話も回ってきては居ませんが首脳部ということはなにか重要な事柄を決めたのでしょう。おそらく今後この国が進むべき道、もしくは今回の一連の騒乱について何か、でしょうか?
 
 
「決定事項か、俺も居ていいのかね?」

「かまいませんぞ」

「となると何だろうね?」

「うむ……こたびの戦いにおいて北領の住民を決死の遅延作戦にて守りきったカズキ以下将兵全てに大規模な報酬を授けたいと思う」


 報酬ですか。たしかにあれだけの活躍をしたのです、相応の金品での報酬は当たり前ですが……財政的に1デナリでさえ余裕はないのですが。ああもうまた出費が、でも命をかけて戦ってくれた皆さんのためでもあるわけで……
 
 
「報酬か、カズキにはいっそ爵位でもくれてやればいいのだ」

「イスルは勘がいいのぅ、今回カズキには正式に爵位と領地が与えられるでの。またカズキの護衛兵4名に関しても正式にノルドール連合国の騎士として公認する事が今回決まった、というのがその決定事項での」

「な、なんだってーっ!?」




 か、カズキが貴族に……考えてみれば部隊長ほどの人間が貴族ですらないというのも諸外国からすればずいぶんと不自然なことですね。
 領地は今回反乱に参加した貴族のうち、身内ごと参加した貴族などから没収すれば十分でしょう。これなら確かに1デナリも使わずにすみますね。





[12769] 47馬力目「主人公」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:25
前回のあらすじ

・帝国ヤバイ

・アルウェルニ様の忘れ形見

・ねんがんのきぞくになったぞ!




<和樹視点>


───ノヴォルディア、訓練場
 
 

「ふぅ……」
 
 
 なあなあ聞いてくれよジョニー、ヘイッマイクどうしたんだいっ!? オゥ実は貴族になっちゃんたんだってYO! ワァオッ!? そいつはやったじゃないか!
 いかんいかん思考がワケワカーメになっていた、今はてんぱってないで俺の新しい領地となる場所の地図とにらめっこしながら改善点を考えなきゃならんのだ。地図を見た限りではノヴォルディアと地理的条件が似通っているから、初期はノヴォ村長の村の時と同じように上水道と公衆トイレにノーフォーク農法の導入だね。
 そこそこな大きさの川も領土内にあるから水車での農業の機械化を進めるのもいいなぁ……風車はプロペラ部分がどうなってるかよくわからないから小さな模型からトライアンドエラーでやってくしかないね。C言語やアセンブラのエラーとの戦いに比べればなんくるないさー!
 
 
「貴族になられたそうで、カズキ……殿でよろしいですか?」

「お、レスリーさんとこの傭兵隊長さん。あー別に公の場とかでなければ今までのままでいいですよ」

「ならカズキさんと。あとその肩書は再編成前の話で、今は特に役職はなにもありませんよ」

「何もない? そりゃなんでまた」


 訓練場の端でのんびり地図を眺めていたら、以前ザルカー軍閥から投降してきた傭兵隊長さんが話しかけてきた。話に聞くところによれば容姿とカリスマ性、指揮能力と人脈……どう考えても兄上様とかと同じようなレベルにいるリア充です。いや、俺もセニアが居るから今はリア充なんだけどね?
 彼の容姿はドイツ人っぽいナイスガイ、短く切りそろえた髪と相まって……うーんどこかで見たような、しゅわちゃんとは微妙に違うしどこでだっけ?
 
「ええ、実は旅に出ようと思いまして」

「ふーん……えぇーっ!?」

「……この話をして驚いてくれたのが、カズキさんだけなのは皆さんがおかしいのやら俺とあなただけがおかしいのか」

「うーん多分レスリーさんとこに居た時に旅に出たいっていう雰囲気無意識のうちにだしてたんじゃないか?」

「なるほど、そうでしたか」


 そういえばこの人とは俺あんまり接点はなかったなあ。ザルカー軍閥討伐の際である程度活躍したと聞いたし、ちょっとこの一兵卒でも多く保持したい今の情勢を考えると彼が離脱するのはもったいない気がする。でもまあ本人の意思ならしょうがないだろう、たぶん今は客将の立場なんだろうしね。
 
 
「そういえばさ、ここに来る前はどうしてたの?」

「前ですか……この大陸で困っている人々を少しでも助けたくて傭兵団を立ち上げ各国を回りました。そのうちにだんだんと仲間たちは正義より金の事を考え始めたようです……ザルカー軍閥からのヤツ族討伐依頼が来たときはすっかり騙されてしまいましてね。『我らザルカー軍閥はヤツの草原に秩序を取り戻すために立った』と言われまして、信じて彼らの先鋒として何度か戦いましたよ……建前とは比べ物にならない本音でしたが」

「だから俺たちの話を聞いて見限ったわけか」

「はい、ですが皆は金と言う事を聞く女さえいればよかったようで、最終的には堕落した我ら傭兵団はレスリー隊長に撃破されました。個人としては今は少しずつ心を壊された彼女たちの心を癒していければいいな、と」

「そっか、がんばってね」

「はいっ!」


 心壊されたか……アルウェルニ様から頼まれた子も今は心が……まったく、この大陸を覆い続ける戦乱が無関係な人や純粋無垢な子供の心を破壊して、そして心壊された人がさらなる悲劇を呼んで……やめよう、考えるだけで鬱だ。これまでがどうこうじゃない、これからノヴォルディアでそういう事を絶対に起こさない方法を考えないとね。
 

───トントン


 ん? だれかに肩を叩かれた。だれだろ───プニ  んなっ!?
 
 
「……」

「のわっ!?」

「こらナターシャ、だめじゃないか急に」

「……(しゅん)」


 振り向いたらほっぺを人差し指でつつかれた、なんという小学生。だがしかしこの感覚は懐かしいものがあるってというかこの世界にもこの文化あったのね。
 
 
「あーいいよべつに、気にしてないから」

「……(にぱ~)」

「まったく、ナターシャはいたずらが好きだから困ります」


 そう、このナターシャさんがこの人の嫁候補かつザルカー軍閥の被害者の一人。見た目は名前通りロシア美女と言った感じで、歳はまだ18前らしい。今はあの時連れてこられた人たちが心の傷を癒しつつ社会復帰できるようにと作られた特別介護施設でノルドールの工芸品を作ったりしているそうな、みんな女性で男にアレされてたので今は男子禁制の……いかん、まりあほりっくの見過ぎだ自重自重。
 
 
「ではナターシャともどもこれで失礼します」

「あーそうだ、俺すっかりあなたの名前聞くの忘れてました。お名前教えてもらってもいいですかね?」

「ええ、俺の名前はベルツリー……いえ、ベルツリーです」

「え、あ……うん。今後もよろしく、旅に出てもたまにはここに戻ってきてくれるとありがたい」

「ええ、この国に危機があれば各国のつてを当たってそれなりの義勇軍を連れて必ず戻ってきますよ」


 ……ナターシャさんと一緒に訓練場から去ってゆくベルツリーさん、まてまてまてこれはアレか? アレなのか? 義勇軍連れてくるとなるとこれはすごいんじゃないか?
 
 
「あ、カズキどうしたんですかこんなところきゃっ!?」

「セニアっ! やばい主人公居た主人公っ!!」

「い、一体何の……もしかしてカズキの世界にあるあの物語の主人公ですか?」

「そうそれっ!!」

「え、ええっー!?」


 たまたま訓練場にやってきたセニアの肩をがっくんがっくんと揺らしながらまくし立てる俺、話聞いた後に俺を逆にがっくんがっくんと揺さぶるセニア。はたから見たら痴話げんかにみ見えたそうです……はずい。
 
 そう、説明しよう……ベルツリーというのは俺がゲームでプレイしていた時のキャラクター名だ。他にはブリッジストンやストーム・アーウェル、ヒルケープ。ふっふっふ、賢明な人ならすでに気付いただろう。要するにこの名を持つ人はこの世界に居るはずがない。それなのにベルツリーということは俺のプレイキャラクタ(=主人公)となる。どこかで見たことあると思ったらエディットの時に見てたのね。
 そういえばキャラエディットの時に没落貴族の息子とか設定してたな、だから物腰が上品でカリスマがあるのか。ステータスは大体覚えてるからこれはいいぞ……ふふふ、彼なら間違いなく優秀な指揮官になるはずだ。あのキャラで大陸征服とかしたしね。
 
 







<カルディナ視点>


 最近のレスリー姉さんは落ち着いているように見えて、すごくいらついています。
 原因はザルカー軍閥を討伐しに行って結局ザルカーを殺せなかったから……だからいらいらしてます。
 
 最近は姉さんが中心になって部隊の再編成とかしているけれど、結局あれも早く姉さんがザルカーを殺しに行きたいから精力的に働いてるだけです。きっと誰も止めなければ国をいくら疲弊させても姉さんはザルカーと戦い続けると思う、だから誰かが止めてあげないといけません。でも私の声は姉さんの奥底までは届いてくれない……やっぱりザルカーを自分の手で打ち取るまではずっとこのまま、なのかな。
 
 
「どうしたのカルディナ、手が止まってるけど」

「なんでも、ない?」

「ふーん、恋煩い? なんちゃって」

「デニスこそ、ヘタレ?」

「へ、ヘタレ……ぼ、僕だってちゃんと攻勢かけたりしてるよ。でもやっぱり隊長にはもうセニアさんが居るし、僕みたいなのじゃ隊長とは釣り合わないよ……」

「……ぞっこん」

「主も罪作りな人だ、鈍感な振りして巧みに『すくーるでいず』を回避している」

「……屋上でセニアさんにツヴァイハンターで襲いかかるセイレーネ」

「そこでなんで私なんだっ!!」


 今私たちが居るのは兵舎の食堂でなくて街の喫茶店。最近はノヴォルディアを中心に人間の国家との貿易が盛んになってきていろんな食材や食べ物がこの街にはあります。
 精霊の加護をつけていない普通の工芸品でもノルドールの物は高い値段がつくらしく、物々交換の対象としてよくこの国には砂糖や香辛料が輸入されてきます。おかげで庶民の間でも甘いものがはやり始めて……ん~ほっぺが落ちそう。隊長が言っていた甘いものは女の子を幸せにする魔法という話は本当でした。すごいです!
 
 
「ん~♪」

「さっきまで深刻そうな顔してたのに、一口食べたらこれだよ」

「でもデニスもにやけ、てる?」

「えっ!?」

「……モグモグ、おかわり」

「カザネ、それ4個目だけど」

「おかわり」


 たぶん護衛兵の皆は私が姉さんの事で悩んでるのをわかってて私をここに誘ったんだと思います、おかげで一口食べるごとに憂鬱な気分は徐々に幸せな気分に変わりつつあります。今くらいは……なにも考えないで幸せな気持ちになっても、いい?
 
 
「騎士様、気にせずどんどん食べちゃってください! おかわりお願いしまーす!」

「はーい、注文入りましたー!」


 このお店、実は隊長が経営者と仲良しで一緒に運営している喫茶店で店長は……以前私たちが護衛していた隊商の隊商長カラヴァルドさん。なんでもメイド服を従業員に着せることで、平民の憧れであるメイドからの奉仕を身分問わずうけれるというお店。貴族の反乱の後、自由になった元奴隷身分に近かった人がこういった店で経験を生かして働いているそうです。貴族が居なくなると仕事がなくなって困る人の事も考えてこういったお店を作る隊長はさすがですね。
 
 
───カランコロン


「おかえりなさいませ、ご主人様っ!」

「おう、いつもの甘い茶頼むぜ」

「はい、それではこちらへどうぞ!」


 お店に来る人は傭兵や兵士などを含めた平民が中心です、貴族の人でも甘党の人が来たりもするみたいです。かく言う私たち護衛兵も今やただの護衛兵でなくて、ノルドール公認の騎士となったわけですけど、変わらずここで甘いものを食べることが至福の時です……ぱくっ、ん~♪
 
 
「カルディナ、楽しい?」

「うん、楽しい?」

「そっか、僕たち今幸せだね」

「……右に同じ」

「私も同じだな」

「はい騎士様、おかわりになりまーす。日頃のご愛顧と昇進を記念して今回はお会計半額との事でーす!」

「「「(……)食べるぞー!」」」

「持ちかえりは割引、できない?」

「すいません、それはちょっと」



 みんなで笑いながら過ごせる楽しい時間。やっぱり、平和っていいな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あとがき
 
 更新遅れてごめんなさい、背後のごたごたが終わったのでまた元の更新速度に戻します。



[12769] 48馬力目「世界の破壊者?」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2018/12/16 18:26
前回のあらすじ

・主役みっけ

・護衛兵は騎士にらんくあっぷした!

・平和……?






<和樹視点>

───ノヴォルディア 大会議室


「……まじで?」

「残念じゃが……本当での。すでにレイヴンスタン・フィアーズベイン・Dシャア朝が参加を表明したでの……」

「サーレオンは悪魔崇拝軍との戦争を理由に返事は濁したようですが注意は必要でしょう。正式に我が国の支援を表明してくれたのは帝国とヴァンズケリアのみです」

「この情勢での十字軍、これでもはや教皇もぐるだったということがわかりましたね……ザルカーの増援と言うのは教皇兵でしたか」

「通りであの時奴隷兵みたいなのが出てきたわけだ……あれのおがげで危うく弾切れになるところだったがな」


 はい、貴族の反乱が終結して今日で丸二週間がたちました。今日までの間に軍の再編成と俺の領地の視察、今後の運営管理などを一通りはなんとか終わらせることができたけど……まあひと段落つくとなにか別な問題が発生するのがこの大陸の常識らしい。

 
 
───十字軍


 この世界には現実世界のキリスト教やイスラム教に相当する宗教が存在しており、当然教皇も居る(騎士団の人なんかはよく十字架をあしらった防具付けてたりするしね)。ほんでもってその教皇が何をトチ狂ったかこの世界の『異端』である俺を討伐すべく十字軍を編成したということ……マジでなんか俺「世界の破滅者」というか「おのれカズキー!」と言いながらストーカーするメガネおやじが出てくるような厨二キャラと化したようだ。
 
 
「言いがかりも甚だしいです、この戦乱全てがカズキが引き起こしたから討つべしだなんて!」

「このニンゲンにそんな大それたことができるとも思えませんけど」

「そうですね……カズキならば女たらしで歴史を変えることはできるかもしれませんね」

「ちょ、レスリーさんっ!?」

「ふふふ、カズキ……どういうことですか?」

「ふむ、カズキならやりかねんでの~」

「さて、そうなのかカズキ殿?」


 しどい、みんなしどい……その上俺が厨二設定で異端で世界が敵であばばばばばセニアつねんないで痛い痛いっ!?
 まあそれはさておき、今回の十字軍は明らかに不自然だ。なんたって今この大陸には世界の破滅を狙う悪魔崇拝軍と異教徒のスネーク教徒軍がいるんだよ? それをほっぽっといて大陸の端でつつましく暮らしてる俺を国ごと滅ぼそうったぁねぇ? まさしく「くせぇーっ! 陰謀の臭いがぷんぷんするぜぇ!!」というわけ。
 
 そして北領遅延作戦にて突如ザルカー軍閥に加わった奴隷兵らしき部隊、どうやらレスリーさんの調べによるとどうも教皇の固有戦力である教皇兵(とはいってもほとんどが教皇領でパンを恵んでもらう代わりに徴兵された難民)らしい。ザルカーに関する事についてはすんごい形相で物事に彼女はうちこむから結果は出るんだけど……うん、カルディナが心配するのもわかるわ、化粧で全然目の下のクマ消せてないし。
 
 そしてどうもノルドール連合国と関係の薄い国家への圧力が急に弱まったこともおかしい事の一つだ。つい最近までレイヴンスタンはミストマウンテン族の猛攻撃を受けていて、フィアーズベインも急に力を増したヴァンズケリー海賊団の鎮圧に追われていた。Dシャア朝に至っては内戦まで勃発していたし。それが十字軍の発令直後には大規模な十字軍用の部隊を諜報機関からの情報によれば編成しているらしい、明らかに陰謀の臭いがするわけですよ。
 
 ミストマウンテン族はレイヴンスタン王国のほんの一部を制圧しただけで沈静化し、ヴァンズケリー海賊団は住みなれた土地を離れ今や帝国の属国として独立した。Dシャア朝は馬賊と反乱軍を十字軍として一つにまとめ上げてこっちに差し向けてくるらしいし……そう、返事を濁したサーレオンは悪魔崇拝軍の攻撃を受け続け、俺たちの支援を表明した帝国に至ってはスネーク教徒のおかけで風前の灯なわけでもうね、隠す気ないだろお前らっていう。でもすでに状況を覆すには遅いっていうのが憎たらしい、絶対この戦略考えたやつは厭味ったらしいやつだね。
 
 
「帝国の支援表明か……増援要請の事も考えると催促と見るべきか」

「さすがにこの状況で援軍を出すのは無理でしょう、そこのニンゲンが率いていた部隊の再編すらぎりぎりだったのですから」

「どこかに兵士の湧き出る魔法のつぼでもあればいいんだけどね」

「『そびえと』のように畑から兵士が取れればいいんじゃがの……」

「いえ、それは食糧生産に響くのでは?」


 なんだろう、かなり国家の一大事のはずなのに意外と緊張感がない? え、なんでみんな俺の事ニコニコしながら見るの? なに、なんなの俺そんなにおかしい顔してる?
 
 
「馬鹿での~わしらがカズキを捨てるわけなかろうて」

「あなたを捨てるくらいなら私は命を絶ちます」

「家族を見捨てるものか」

「ふんっ! 見捨てても寝起きが悪いだろうから仕方なく助けてやらなくもないぞニンゲン」

「……」

「まぁ、なんだ。俺は一緒に戦った戦友を見捨てるようなヤツではないぞ?」

「「「命を賭けて国民を守り抜いた愛国者を、敵に差しだすはずがありません!」」」

「アタイの命はカズキらに助けてもらったようなもんだしね、ほっぽっとくわけないだろ?」


 さっきまで話を聞いているだけだった各村の代表や他の人まで……俺はここに居てもいいんだっ!
 おっと、うれしくってつい泣いちゃうんだ。
 
 
「まったく余計な心配をしおってからの」

「さて、増援の件と十字軍の件、どう対処しますか?」

「あ、いい事思いつきました。そういえばまだ帝国との戦いで捕虜にした人って解放してないですよね?」

「それがなにか……なるほど、偵察に来ていて捕虜にした巡回部隊や、ホルスの警備隊に参加していない捕虜。それとサーレオンで捕虜になっている兵士を合わせれば300に届くかもしれません」

「悪魔崇拝軍の攻撃により窮地に立たされているサーレオンとしては、猫の手でも借りたい戦力事情でしょう。帝国捕虜の代わりにサーレオンの捕虜を帝国から引き取って帰還させてあげればよろしいかと」

「それしかなさそうだな、俺も近々サーレオン経由でヤツの草原に戻ってみる。穏健派の長老を必ずやノルドールの味方に引き入れて見せよう」

「ではさっそく使者として私が帝国に」

「ならば私がサーレオンに向かいましょうぞ」

「うむ、おぬしら村長格ならば使者として十分での。よろしくお頼み申す」

「任されましたぞ」

「ノルドール連合国だからこそできる外交戦術ですな、それぞれに村長が行けば早々むげにもできませんゆえ」


 うん、兵士にする人的資源が不足しているのなら兵士を手に入れればいいじゃない。ということで今や食うもんを消費し続けるだけのサーレオン・帝国両軍の捕虜を交換してあげればどちらの陣営にも利となることだろう。この捕虜交換をノルドール連合が仲介すればこれが増援ということになるから支援表明の義理は果たせるだろうし。
 ただサーレオンの動きが気になるなぁ……十字軍参加については返答を濁しただけで参加しないとは言ってないし。でも第四回だっけか、十字軍が弱った東ローマ帝国を征服しに行ったようにサーレオンが十字軍の標的になるかもしれないわけだ。大陸の端にある以上この国の周りは友好国で固めないとザルカー軍閥の討伐なんていつまでたっても無理だしなぁ。
 
 今回の一件で北はヤツ穏健派と敵対しているザルカー軍閥、西はサーレオン(腹黒男爵など)、南は帝国、東は山脈をはさんで敵対中のシンガリアン。まあ一応山脈をはさんでいるシンガリアンを除けば俺たちノルドール連合は兵力をザルカー軍閥一点に集中できると言えなくもない。だけど国家に真の友人はいないって言うし、防衛の手を抜く事は許されない。
 

「内相の立場から言わせていただけるのなら、現状では未だ領地整備などの課題が残っています。戦争がこうもたてつづきに起こると……」

「これ以上戦乱を長引かせるわけにはいかんな。できればカズキを狙う悪魔崇拝軍と十字軍がつぶしあってくれればいいのだが」

「しかし捕虜を戻した程度で帝国はスネーク教徒の猛攻を防げるでしょうか?」

「資金は帝国持ちで傭兵団の一つも派遣できればしっかりとした兵力派遣になるのでしょうが」

「あ~うんとさ、金っていくらくらいでるんだい?」

「そうですね……帝国としては何としても兵力の強化は必要でしょう、金庫を空にする勢いで支払ってくれると思いますよ」

 
 今まで話をふーんと言いながら静観していたレッドさんがお金について質問、どうやらお金はかかるものの早急に配備できる兵士のつてでもあるんですかね? ノヴォルディアに居る傭兵は未だにノルドール軍に所属したままだし、近隣諸国を含めて今大陸中が傭兵募集中だと思うんだけど……もしかして本当に兵士の湧き出る魔法のつぼ持ってたりして。
 
 
「うすうす感づいてた人もいると思うんだけどさ……ちょいとアホ兄貴を頼ってみるしかなさそうじゃないかね?」

「兄貴?」

「レッド兄弟団の首領さ、アタイの糞兄貴だよ」

「「「な、なんだってーっ!?」」」


 まてまて、wikiにそんな説明って俺英語わかんないから流し読みしただけでしたすんまそん。というかレッド”兄弟”団なんでしょ? なすてレッドさんと兄さんで兄妹じゃなかとですか!? というか犯罪者集団を戦力として組み込むとかって、国民感情とか法律的な何かとか大丈夫なんだろうか?
 
 
「レッド、貴女は女では……」

「ラトゥイリィ、例のあれです」

「あれ? ああ、子供のころ───「言うなーー!!」おっと、これは失礼」

「ああ、あれか」

「あれでの?」

「あれですね」

「「「あれでございますか」」」

「……なんの話だ? まあ新参者の俺にはわからんだろうがな」

「お前らーっ! あーもうっだから言い出すの嫌だったんだ!!」


 そろいもそろって皆さんでニヤニヤ目線でレッドさんフルボッコ、だけどニヤニヤで済まされるのがノヴォルディアクオリティ。基本レッド兄弟団の首領と血縁関係があるのはスルーでいじるんですねわかります。まあ夜盗の首領の身内が自国の主要ポストに居たら普通いろいろ問題が起こるでしょ? それがニヤニヤですまされるんだがらげに素晴らしきかな信頼……いやまあ大丈夫でしょう、たぶん。
 
 
「さて、でそのレッド兄弟団をどう使うでの?」

「あのアホ兄貴はさ、戦うのが好きなんだよ。でも戦うよりももっと好きなのが弱い敵をなぶるっつー外道なんだけどね」

「どう考えても仲間に引き入れそうもないのだが」

「さっさとつぶした方がむしろよさそうですね」


 ……どう聞いても仲間になるとは思えないんだけど、というかレスリーさんの言う通りさっさと討伐した方がいいと思うよ、うん。
 ただ一度戦ったことがあるからわかるけど、確かにレッド兄弟団の赤戦闘員はそれなりに強いし乗馬もできる。騎兵戦力をノルドール貴族弓騎兵に頼っているうちの軍としては、偵察用にも常時使える軽騎兵が欲しいのもまた事実。主力ばかり仕事させるといざという時に使い物にならない危険があるし。
 

「とりあえず説得ってのはレッドさんできそうなの?」

「アタイが頼めば……あのクソ兄貴に頭を、頭……」

「どうやら相当なやつらしいでの」

「仲間に取り入れても使えるかどうか」

「でも主力以外の軽騎兵が不足していることは事実です。リマスク司令あたりにでも援軍として派遣すれば有効に使ってくれるでしょう」

















 使える使えない、説得に成功するのかしないのかでいろいろ話し合った結果結局レッドさんとカザネ(遅延作戦で置いてきぼりにされたからとのことでついてきた)。後は人たらし(?)らしい俺に資金など包括的交渉のために内相のセニアがついてくることに。後は護衛として騎兵50で説得に行くことに、あんまり軍の中枢が抜けるのも防衛的な意味でよろしくないしね。
 
 そしてただいま目の前にはレッド兄弟団の部隊200が雑兵ばかりとはいえ槍を構えている。いや、ヤツ族のザルカー軍閥と一度ガチンコで戦ったことあるから以前みたいにぶるぶる震えることはなくなったもののやっぱり怖いものは怖いです。現代人にやっぱり実戦になれるのは無理なんじゃないかなと小一時間くらい悩んでみたいね。
 
 
「さて、俺に話って何だ我が兄弟よ」

「明らかに弟って感じに言うんじゃないよアホ兄貴、今日は喧嘩や討伐じゃなくてあんたに頼みたい事があるんだよ」

「これはこれは、なんでもお兄ちゃんに頼むといいぞ」

「……素直すぎて怖いねぇ、まあお願いしたいことは帝国の支援のためにスネーク教徒の補給線を襲撃してほしいんだよ」


 弱いやつをなぶるのはすきだろ、と鼻で笑いながら言うレッドさん。200の兵士を背後にニヤニヤと小物臭をぷんぷんさせて話すレッド兄(仮)。レッドさんも相手と同じく騎乗したまま緊張を解いていないのがさすがの俺でもわかる、たぶんあの小物臭いもわざとやってるんだろうね。こちらを図るつもりかっと考えれば少しは俺もカッコよく見えたりして……ないか。
 
 
「ふぅむ……いいぞ、我が兄弟の頼みだ。それに略奪物資は全てこちらでもらってもいいのだろう?」

「そうだよ、好きにするといいさ。セニア、なにか補足しておくことあるかい?」

「そうですね……先ほどからの会話とあなたの雰囲気から考えて、帝国の指揮下に入るのは拒否しそうですから襲撃はどうぞご自由にということですね。申し遅れました、私はノルドール連合国内相のカトウ・セニアと申します」

「ほぅ、話がわかるじょうちゃんじゃないか、今夜俺とどうだい?」

「申し訳ありません、もう私には愛する人が居るので……ね?」

「お、うん」


 意外と物わかりがいいというか協力的というか……あとセニア、その流し眼はやばいって、だめだって、ここが寝室だったら間違いなく俺ビーストモードはいっちゃうから。
 とりあえず自制しながら後は抜けてるところはないか自分なりに考えてみる。うーん後は帝国市民への攻撃は禁止にしておけばそれでいいかな?
 
 
「あ、後一ついいですか? 自分はノルドール連合国イスルランディア軍和樹隊隊長の加藤和樹です」

「ふぅむ、君があの……」

「な、何のあのかはわかりませんけど。そちらに注意してほしい事は帝国国民への直接的略奪は禁止をお願いします。あくまで帝国の支援であって、帝国国民へ攻撃してしまえば何のための支援かわからないですから」

「わかった、後はどうせ帝国からたっぷり金は出るんだろう? いくら出そうだ」

「それは私から、恐らく7000デナリは間違いなく出るでしょう。それと今までの犯罪行為に対しての特赦が───」

「安い」


 おうふ、空気が凍った。さっきまでニヤニヤしていたレッド兄(仮)が急に表情をまじめにして凄む、これがこの男の本当の顔ってやつかね。兄上様やラドゥさんと似てるけど視線に悪意を感じるあたりが商人な気もする。たぶんこれ吹っ掛けるための交渉の一つだろうし、最初に安値を言った俺たちも悪いっちゃ悪いけどね。
 今大陸では前も言ったけど傭兵の需要はウナギ登り、精強な騎兵なら10人雇うのに前払いだけで1000デナリは覚悟した方がいい。となると騎兵100騎、軽歩兵100人を雇うとなれば少なくとも一万五千デナリは必要、7000じゃやっぱ動かないよなぁ。
 金額が少ない理由は、本来は犯罪者であるレッド団(サーレオン・帝国支部)を軍への奉仕活動として特赦にしてやるってことなんだけど……まあ彼らからすれば言われるまでもないっていうんだろうな、特赦があろうが無かろうが戦いが終わったらまた活動するつもりだろうし。
 
 
「少なくとも二万デナリはいただこう、それとレッド……俺のところに帰ってこい。」

「なっ!?」

「そ、それは……」

「どうした? それがこちらの条件だ」


 なるほど、こいつはシスコンか何かか。とりあえず仲間であるレッドさんの身柄を犯罪組織に渡すなんて論外、ほんでもってまたニヤニヤしやがってこの野郎。でもここは交渉の場、口下手な俺は我慢しなきゃいかん……横のカザネも俺の服の裾をギュッと握りしめてるしみんな表情に出さないように努力してるんだ、俺が勝手に爆発しちゃいけない。
 国家に所属する身としては一人差し出すだけで襲撃戦に長けた200の部隊がすべて協力してくれるというのは魅力的だ。だけど……くそっ!
 
 
「いいぜ、アタイの身一つで犯罪組織が丸々下るってんだろ? 糞兄貴と一緒に居るのはいやだけどね」

「レッドさん……」

「……残念」

「くっ……」







「なるほど、俺の妹にそこまで肩入れするとはな……レッドの身柄引き渡し抜きでその話乗ってやるよ、お兄ちゃんだから我慢するのは慣れている。だが代わりにひとつ条件を」

「交渉役としては駄目だとは思いますが、国そのものなどでなければレッドの身柄のかわりになるものならばなんなりと」

「では俺たちにも領地をくれないか、どうせ内戦の後で余っているんだろう? 犯罪組織を廃業したら戦争がないと食ってけん、200人雇える領地が欲しい」

「200人となると……そうですね、確認しないと───」

「今、返事を聞こうか」


 レッドさんが覚悟を決めて、皆が悔しがっていると突然相手はふぅむと言いながら突然レッドさんの身柄引き渡しを撤回、なんぞこれ、ブラフだったのか? やっぱり俺には交渉事とか向かんね。
 それに突然ニヤニヤ顔からふつうの笑顔になったかと思ったらまた真面目な顔になったりと、どうにもこの男どれが本当の顔かわからん。とりあえずはレッドさんが人質(?)というかまあそういうことにはならないって事はよかった。
 でも200人を養える領地か……この前の領地再配分の会議に参加してたからわかるけど、ぶっちゃけ国有地として残した土地では騎兵を含めた200人はちと厳しいと思われるわけで。それで即答しなきゃいけないか……まだ支払いっぷりを試してんのかね。国のピンチなら日本人的にちょいとここで自分の身を削るしかないと思うんだけど?
 
 
「セニア、俺の領地はノーフォーク農法が普及すれば予定では300は食わせてやれるよね」

「ええ、ですがそれは……」

「今は国家の緊急事態だよ、土地をケチって後々敵に奪われたんじゃ意味ないしね」

「ほぅ、ずいぶんと自分の領地に未練がないんだな、欲がないのか?」

「人並みにはありますよ、だけどそんなことより今は戦力の確保です。正規兵ほどでないにしても襲撃戦に慣れた200の兵士が手に入るならば未練はないです」


 未練はぶっちゃけばりばりありますよ、でもさっき俺が言ったみたいに今は戦力確保。とにかく人的資源の少ないノルドール連合は少なくともあと数年は徴兵を行うことは避けなきゃいけない。出来たばかりの国家に移住してきてすぐ徴兵されればいい評判にはならなくて移民は減るし、経済も滞る……それらはこの新しい国には絶対に避けなきゃいけない事ばかりだ。
 
 
「そんなこと……そうかお前にとって領地への欲はそんなものかっ! これは珍しいやつもいるものだ!」

「正直にいえば、自分はノヴォルディアの仲間とセニアさえいれば他には基本何もいらないんで」

「くくくっ……いいだろう、気に入ったぞ。『異端』と聞いていたがただのお人よし、いやただのノロケた男じゃないか」

「そいつはどうもです」

「よかろう、では資金の支払いがあり次第一日兵を休ませてからさっそく襲撃に行くとしよう……ではなカズキ。レッドも無理はするなよ」

「ふんっあんたに言われる筋合いじゃないね、でもまぁありがとさん」


 レッド兄(仮)は最後にレッドさんの事を気遣った後背後で待機していた兵士と共にどこかへと去って行った。あれ、まてまて署名とか契約書類とか受け取んなくていいの? 口約束だけでいいわけ?
 
 
「やっぱりカズキが来て正解でしたね、まさかこんなことになるなんて」

「……雇うだけのはずが戦力として組み込まれた」

「まさかあの糞兄貴に信頼されるとはね、あいつはまあ面白いことも大好きっちゃあ大好きだからねぇ」

「え、なんか俺すごいことした?」

「自覚がないのもあなたらしいですよ」

「え、うん。そ、そうかな」

「ふふっそうなんです♪」


 と、とりあえずこれで増援要請に関しては彼らの派遣と捕虜交換の仲介で十分応じたことになるだろう。後は十字軍の対応を考えないと……まずはノヴォルディアに戻るとしようか。
 
 
「それでは帰還しましょう、みなさん帰りも護衛をよろしくお願いします」

「「「了解っ!」」」


 続く戦乱、ゲームの主人公、俺という異分子……ゲームの知識がこれからはもう役に立たないんだろうなぁ。あーもう日本では当たり前だと思ってた平和の尊さを今になって感じるとはね、トホホ。
 
 
 
 
 



あとがき

 エルフの森からこんにちわ史上最大ボリュームでお届けしました。約8500文字、やっぱりいつもの二倍ですから時間かかりますね(汗)





[12769] 用語集(現在地名のみ)
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2010/04/28 13:48
用語集


 ゲーム未プレイの方にもわかるようにゲームネタも多少書いておきます。五十音順でないので注意!



『地名、国名』


・ペンドール大陸

 人類と邪教徒とかノルドール(エルフ)がいて150年間ずっと戦争を繰り返し続けている、ゲームのメインとなる大陸。ゲームスタートでプレイヤーが登場する場所は訓練場近くのどこか。いきなり賊が近くに居たら新人プレイヤーはあきらめてアィイイイ!! されましょう。まずは訓練場でLv3ぐらいになっておかないと後々きついです。
 
 ずっとプレイしている(時間がたつ)と賊が際限なく湧いてきて、国の正規軍すら逃げる大軍が発生する事も、おかげで自国の農民や隊商が片っ端から襲われて国力衰退なんてざらな大陸。戦争が……戦争が悪いんじゃ……
 
 森には森賊、平原には装備ばっちりの背教騎士団、海近くにはヴァンズケリー海賊団、そこらじゅうに夜盗やレッド兄弟団と治安は最悪。ヨハネスブルグもびっくり……いや、あそこもまぁ、ね?
 現在この戦乱の大陸を統一するといわれている王が登場するのを人々は待ち続けている。

 
・バークレー

 ペンドール大陸とは海を挟んだ所にある場所、サーレオン以外の国は海に面しているので交流がある。危険だとわかっていても一山あてようと冒険者や商人が次々とここからやってくる。
 本作ではレスリーがここの生まれ、他のコンパニオンもここの生まれが多かったりもする。残念ながらこのMODでは渡海はできない。
 
 
・レイヴンスタン王国

 どうみても恐ロシア。大陸の北に位置し、国土のほとんどが雪におおわれており、国土北に位置する山脈に住むミストマウンテン族と敵対関係にある。
 兵科はこれといった特徴がないのが特徴で、おそらくプレイヤーが攻め込んで城をゲッチュウするには一番楽な国。
 本作では影はかなり薄いです、だってノルドールの聖なる森から遠いんだもの。
 
 
・サーレオン王国

 大陸の中央部に位置する王国、どうみてもイングランド。大陸中央部からすこし北に位置する大きな湖に面しており、ゲームでは弓兵の強さが目立つ。
 本作ではノルドールの聖なる森と隣接する事から重要な国家、ゲームでもちゃんと腹黒男爵は居ますよ。城に攻め込むとあっという間に重歩兵が射すくめられるくらい弓兵が強いので、ゲームをプレイ済みの主人公の和樹はここから義勇兵を優先的に登用している。
 敵対勢力はヤツ族、ヤツの平原には大量のヤツ族が居るのでよくこの国の兵士が人質にされている。
 
 
・フィアーズベイン王国

 大陸西側に位置する歩兵がとにかく強い国、この国最強の歩兵と思われる狂戦士は上半身裸だがHPがものすごい高いので40人も彼らを連れていけば城を簡単に落とせる。かわりに重騎兵がおらず、野戦では弓騎兵を中心に戦われるとぼろ負けする。
 本作では聖なる森からサーレオンをはさんで反対側に位置するために影は薄いです。和樹は現実世界でプレイしていた時、この国の女性騎兵(ヴァルキリー)ばっかりの軍を率いてフヒヒしていたという作者設定あり。
 敵対勢力はヴァンズケリー海賊団
 
 
・Dシャア朝

 大陸南西に位置するどうみてもモンゴル+中央アジアの諸国。特徴はほぼすべての兵士が投射武器を持っている、ほんでもって弓騎兵がめちゃめちゃ強い。基本的に撃たれ弱いので歩兵で押し込めば勝てる国、生き残った弓騎兵を追いかけまわして時間がかかることもしばしば。
 本作ではレイヴンスタンやフィアーズベインと同じく距離が遠いので影は薄い。カルディナの出身はこの国。
 敵対勢力は馬族。
 
 
・帝国

 大陸南東に位置する国、どう見てもローマ軍団歩兵にしか見えない歩兵隊、なんとぉー!
 軍団歩兵は大盾を装備しているので非常に投射武器から仲間を守ってくれる、人壁です。クロスボウがそこそこ使える以外馬はもはや論外。平均的に弱めなレイヴンスタンよりも弱いかもしれない。
 本作ではノルドールと国境を接しているため、迂回作戦で攻めてくることに。周辺国が投射武器が強力な国だから大盾を装備しているらしく、ホルスはこの国で兵士として働いていた。
 敵対勢力はスネーク教徒
 
 
・ノルドール

 大陸の東に位置する森に住むエルフ、チート装備ばかりのチート兵士。ゲームでは国家や村を持ってはおらず、警備隊が常に森をパトロールしている。どのぐらい強いかというとパトロール隊30にガチで勝とうとすれば少なくとも100はほしいくらい。
 本作では和樹が彼らの住む聖なる森に転移して、セニアや兄上様と出会い物語が始まる。
 敵対勢力は人間族全て。
 
 
・ミストマウンテン族

 ペンドール大陸北の山脈に住む一族、頭蓋骨をかぶったり太鼓を鳴らしながら奇声をあげて突撃してくるなど簡単にいえば蛮族。賊としてはそんなに強くない。村などはなし
 
 
・ヴァンズケリー海賊団

 どうみてもヴァイキングな人々、序盤のゲーム主人公の経験値とお金稼ぎ相手。歩兵としてはそれなりに強いので油断は大敵。村などはない
 
 
・ヤツ族

 カタクラフトとか居るのでおそらく中央アジアの国がモデル(サカやパクトリア?)、弓騎兵が強く良い馬に乗っている。数が多いのでゲームではあんまり討伐するメリットはない。村などはない。
 本作ではヤツ族の本拠地である平原が聖なる森と隣接しているため、よく登場する。ザルカー軍閥は大規模軍イベントで実際に出現する。
 
 
・馬賊

 Dシャア朝に従わない遊牧民、弓騎兵が中心で足が速い。本作では聖なる森と距離が離れているので影が薄い。
 
 
・スネーク教徒

 帝国南部に勢力をもつ宗教私兵団、コブラ騎兵とよばれる騎兵がかなり強く、侮れない。もともとペンドール大陸にはなかった宗教で、プレイヤーがペンドール大陸に登場すると同時にペンドール大陸南部に上陸する。
 本作では敵対する帝国へ痛打を与えたとして、敵の敵は味方理論でやけに親近感をノルドールに向ける。
 
 
・レッド兄弟団

 大陸すべての都市に拠点をもつ盗賊団、赤い服の幹部が10くらいの部下を率いて各地で活動している。赤戦闘員と黒戦闘員。
 本作では街道警備の時の邪魔ものとして登場、どうやらコンパニオンの一人と関係があるそうな……
 
 
・背教騎士団

 食いぶちがなく夜盗化した元騎士や冒険者の人々、装備も優秀で強いのでかなりの強敵。
 本作では街道警備の敵として登場。
 
 
・悪魔崇拝軍

 人類の敵、死霊やゾンビの兵士など圧倒的兵力で蹂躙する敵。
 本作では友好国サーレオンに侵攻してきている。
 
 
 
『その他』


・アイィイイ!

 ゲームの兵士やキャラクターが殺されたり気絶させられるときに発する断末魔、初心者のころはよく聞きます。
 
 
・チャージ

 ゲームでは重騎兵が槍先を揃えて突撃する事、一般的には歩兵隊でもなんでも突撃する事を言う。
 
 
 
 
 
後々人物など追加していくと思います。



[12769] 番外編5「夏と言えば……」
Name: Nolis◆28bffded ID:f4bb1921
Date: 2010/08/12 23:24

───とある夏の日のノヴォルディア


<和樹視点>

 真っ暗な部屋、照明は一本の蝋燭のみ。涼しげな夜風……ぶっちゃけ雰囲気だけでトイレに行けなくなるような部屋にいつものメンバーがそろっていた。

 せわしなく周りを見て警戒する兄上様、手がぷるぷる震えてますよー


「か、カズキどうしたのだこんな夜遅くに呼び出して。俺は明日仕事があるのだが……」


 ノヴォルディアの特産物となった日本式団扇をあおいで涼しげな顔をしているレスリーさん。この雰囲気に動じないのはさすがです。


「わざわざ夜中に呼び出すのですから、何か重要なことなのでしょうか?」


 あくびをしながらレスリーさんに体重を預けてうとうとしているカルディナ。ふふん、大体9時ごろになると眠くなるあたりがかわいいやつよのぅ。


「よーじ……まだ?」


 一人黙々とまんじゅうを食べてるカザネ、ほっぺいっぱいに頬張って顔は幸せそうだ。


「モグモグ……」


 全身ぶるぶるしながら顔を青ざめて、何か物音がするたびにびくびくするデニスとレッドさん。二人とも抱き合って、始まる前からかなりビビってます。


「な、なぁアタイはとっとと帰りたいんだけど……」

「ぼ、僕も夜はちょっと─ガタンッ─きゃっ!? あわわわわっ!?」


 前述の二人とは対照的に特に怖がるわけでもなくお茶をすすっているセイレーネとラトゥイリィ。


「どうしました主?」

「夜中によびだしたのですからとっとと始めてくださいニンゲン」


 そんでもって俺の横でこれから何が始まるかわからなくて、不思議そうに頭をかしげているセニア。うーんそのしぐさ一つ一つがかわいくてしかた(ry


「どうしたのあなた?」


 そう、夜中に皆で集まると言えば……怖い話しか無かろうてっ!!
 
 
 
 
 番外編その5 「どっきり怖い話」
 
 
 
 
 
「さて、夜中に集まってもらったのはね……俺の国じゃ夏の夜、怖い話をするのが一般的でね。というわけでやってみたくてさ」

「アホですかニンゲン、そんなことにつきあってられますか……私は自室に戻ります。」

「……死亡フラグ」

「次の朝、そこには死体になったラトゥイリィの、姿が?」

「え、縁起でもない事言わないでくださいっ!!」


 おーおーさっそくラトゥイリィがビビってるな、というか完全に4人娘は俺のネタ類を把握してるなぁ。たぶんもうネット世界に出しても大体ついて行けそうだ。
 というかもう頬張ってた分飲み込んだのねカザネは。
 
 
「こ、こここ怖い話ならアタイはえ、遠慮したいかな、な、なんて、なんてねっ!?」

「ぼ、僕もちょっとそういうのは怖いというかいや別に怖いといっても戦場で隊長を守る護衛兵が恐れる事はないとはいえですけど幽霊とかそういったものはですね僕もっちょっとですね、えと、ええと」

「ふん、ビビり過ぎだろうお前たち。お、俺は脚がしびれただけだ、しびれただけだっ!」


 ……こっちは始まる前から雰囲気だけでこれかい、大丈夫……俺がガチでビビったのは以前部活での合宿中……ふふふ、このネタで攻めてみようか。
 
「んじゃまー言いだしっぺなんで、俺から行くね?」


 ふふふ、さぁペンドール大陸の皆さんにはジャパニーズホラーはどう効くかな?

 
 
 
 
「俺が部活の合宿で山の宿で泊まってた時の話なんだけど……その日はちょうど夜遅くまで練習があってね、みんな食堂に集まってたんだよ。天気は最悪でずっと雷は鳴ってるし大雨に強風、まさに台風の天気だったね。」


 もうこの時点でレッドさんとデニスが抱き合いながらぶるぶると震えあがっている。カルディナもすました顔をしているレスリーさんにしがみついているみたいだ。
 いや、セニアももう少し怖がって俺に抱きついてもイインダヨーグリーンダヨー?
 
 
「そして練習が終わってすぐ、ものすごい轟音と共に照明が消えたんだよね……たぶん雷が近くに落ちてそれで照明が消えたんだと思う。外は最悪の天気だし、暗いし、夏なのにすごく寒いんだよ……どうにもみんなそれで不安になって一か所に固まったんだよね」


「照明? 雷でなぜ消えるのですか?」

「ああ、主の世界では照明は一般的に『でんき』というものでつくそうだ。雷が落ちると『でんき』を使う物が使えなくなったりするそうらしい」

「なるほど……べ、別にニンゲンの世界の話などどうでもいいですが、一応確認したかっただけです。」


 まだ多少余裕のありそうなラトゥイリィと、全然余裕そうなセイレーネ。ビビり二人組はそろそろ震度計が反応しそうなレベル。
 
 
 
「それでね、いつになったら天気が回復するのかなと思ってラジオで天気予報を聞いてたんだよ。そしたらさ……山のちょっと下にあるラジオ局からの放送だと『現在空が澄み渡って綺麗です、星空を鑑賞するには最適』って言ってるんだよ。おかしいでしょ? だって俺たちの止まっている宿の外からは豪雨と強風、それに雷の音が鳴り響いてるんだからさ……」


「『らじお』?」

「カズキの世界の機械で、天気予報やニュースなどを配信場所と離れていてもほぼ同時刻に聞くことができるそうです」

「えっと、私には少し用語が難しいですね」

「そういえばラトゥイリィはカズキと話したことがあまりありませんからね」


 うーん、ラトゥイリィには日本的な物とか考えとか用語を説明していないから、どうにもついてこれてないみたい。ちょいといつものメンバーの理解度を基準にし過ぎたね。
 というかレスリーさん、小声で「山の天気ですから」とか言わない、冷静すぎるって。
 
 
「それでさ、皆その話を聞いた直後みんな一斉に窓を見たんだよ、もう一度天気を確かめるためにさ。そしたら……あったんだよ」

「な、何があったんですかあなた?」

「あった?」

「……非科学的現象?」

「さて、なんでしょうか」


 もはやまともに反応できるのがレスリーさん、セニア、セイレーネだけという……兄上もさっきから完全に微動だにしない。さて、そろそろいくかな。
 
 
「そう……もう一度雷が光った時、雲ひとつない空と、窓一面にびっしりとこっちを見つめる目があったんだよっ!!」


───ガタッ!


「「「き、きゃぁーーーー!?」」」


 よしっ! デニスとレッドさんは物音をたてた瞬間完全にビビってくれた、カルディナも悲鳴をあげつつレスリーさんにギュッと抱きついてる。
 やはりというかなんというかレスリーさんは涼しげな表情だ、怖がっているカルディナを撫でて落ち着かせてるし。セニアもびっくりして俺の腕をつかんではいるものの、あくまでびっくりしたってレベル。セイレーネは物音に反応して剣に手をかけただけ、兄上様は微動だにしない。カザネに至ってはまたまんじゅう食べてるし。
 
 
「こ、怖い?」

「大丈夫ですよ、私がついてますから」

「うん……姉さんと一緒なら、大丈夫?」


「き、ききき急に音たてんなバーカバーカッ!!」

「隊長のばかっ! こ、怖かったんですよ!?」


「……モグモグ」

「いきなり脅かさないでくださいニンゲン、少し、少しですよ? 少しですが驚いたではないですか」

「いきなり驚かせないでください主」

「び、びっくりしました……もぅ、ばか」

「あはは、ごめんごめん。まぁこんな感じで怖い話をしていくってわけ」


 うん、なかなか良い反応と言えるだろう。さてさて……他の人の怖い話はどんな感じかな?
 
 
「じゃあ次だれがやる?」

「「つ、次っ!?」」


「まだ、やる?」

「……モグモグ」

「私はもう遠慮したいのですが……これ以上ニンゲンの話に付き合ってられません」

「では私が」

「れ、レスリー!? あなたがやるの?」

「ほほう、主を怖がらせることのできる内容だといいが」


 さてさて、ではレスリーさんの怖い話のお手並み拝見と行こうか……
 
 
 
 
「昔友人から聞いた話なのですが、ある日友人に手紙が届いたそうです。その手紙は所どころが赤黒く変色していて、内容には『赤い服を着た女が俺を見てる、殺される、死にたくない』とだけ震えているような筆跡で書いてあったそうです」


「こ、ころされ……?」

「……モグモグ」


「そして次の日、その友人はどうしても寝付けなくて困っていました。なぜかのどがからからに乾いて水を飲もうと思って目を開けると、部屋の隅でたっている女の子が見えたそうです……その女の子は赤い服を着ていて、よくよく耳をすませるとくすくすと笑っていたそうです」


 ま、まてよ……なんだか嫌な予感がしてきたぞ。ん? んなっ!? こ、この俺が震えているだとっ! し、静まれ俺の腕、うぐぐ。
 ビビり二人組はもう少しで泡をふきそうだし、レスリーさんに抱きしめられているカルディナは目を見開いて恐怖にうちふるえてる……あのレスリーさんから発せられてるあのオーラに一番近い所に居るんだし、生きた心地はしてないだろうね……というかセニア痛い痛い、爪、爪が食い込んでギギギ!?
 
 
「友人は怖くなってすぐ目を閉じ、耳を塞いで寝ようとしました……でも聞こえるんです、女の子の笑い声が。見えるんです、女の子がこっちを見ている姿が。眠れないんです……女の子が自分の喉を絞めているから……っ!」


「……モグ……」

「な、なんだ、主は怖がってるようだが私はまだまだだな」

「が、ガクブルっ!?」

「あわわ……」

「はわわ……」

「……」

「もう、部屋に帰りたい……やだやだ、聞きたくない……」

「あ、あなた……だ、抱きしめてください。私、怖い……です……」

「う、うん……正直俺も話の内容より、レスリーさんがガチで怖い」


 もはやすでにレスリーさんのオーラで全員ガクブル状態。ちなにみさっきからずっと静かだった兄上様は、すでに目を開けたまま失神しているようです。やっぱり怖かったのね。
 
 
「そうそう、セイレーネ? この話には続きがあって、どうにもこの話……この話を誰かから聞くとその赤い服の女の子が自分の部屋にも現れるそうですよ……ほら、今ももうあなたの後ろに居るじゃないですか?」


───クスクスクス


「「「「「ひ、ひぃやああああああああ!!??」」」」」

「……(ポトリ」


 き、聞こえた……聞こえちまったっ!? いやこの笑い声はネタというか仕込みなのはわかってる。だけどマジでこええええええ!? ば、馬鹿な、ジャパニーズホラーがペンドールホラーに負けるだと!? 認めん、認めんぞおぉおお!
 というかセニア抱きつくにしても首はやめて、マジでしまって……げふぅ……
 
 
 そう、抱きつかれたセニアのよって意識が刈り取られる直前、かろうじてレスリーさんの声が聞こえた気がする……ネタばれだったような、あれ? そんなことを考えている途中に俺の意識は完全になくなった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「さて、笑い声のエキストラは呼んだ覚えがないのですが……さて?」







ちなみに次の日、怖い話に参加した人全員が目の下にクマを作って朝会に参加したのは言うまでもない。







あとがき

 とりあえず生存報告を兼ねて番外編を投稿します。本編もまもなく完結ですので、更新ペースは落ちますが頑張ります。



[12769] 49馬力目「現状確認」
Name: Nolis◆28bffded ID:8df20c39
Date: 2018/12/16 18:28
ものすごくお待たせしました。


<和樹視点>


ついに始まってしまった『十字軍』VS『ノルドール・帝国・ヴァンズケリア連合軍』VS『悪魔崇拝軍』のガチンコバトル。

まとまりもなくやる気もそんなになく、数はそろえてきた十字軍。

士気は高く、郷土を守るために必死で戦う少数精鋭の連合軍。ただし続く戦争により国力は疲弊している。

一方、狂信的な士気の高さと、HOI2もびっくりなタワーバトルができそうなすさまじい軍事力を持つ悪魔崇拝軍。


どう考えてもこれ、悪魔崇拝軍ぶっちぎりだよね。
簡単に数を説明すると、十字軍3000(騎士500)。連合軍1500(騎士50)。悪魔崇拝軍1万(悪魔・人間騎士5000)……まさに数の暴力である。
 しかも数字の通り悪魔崇拝軍の半分はデモニックウォーリアー(ゾンビ騎士)と悪魔崇拝騎士(人間)なので、2500人分の補給を気にする必要があまりないし、半数が騎士というだけあって突撃力にも優れているという外道っぷり。BETAとかエイリアンとかそんな感じ。これはひどい(汗)



「今度は仲間として会うことができてうれしい」

「こちらこそ、かのノルドールと共に戦うことができる。名誉なことだ」

「はっはっは、俺たちは騎兵と投射兵力がたんねぇからよ、ノルドールの弓兵は頼りにしてるぜぇ」



 そしてただいま連合軍の司令官たちが、帝国首都ヤノスに集まって作戦会議中。
 先ほどの会話は順番に、ノルドール連合国の兄上様、帝国のリマスク司令、ヴァンズケリアのなんとエイラッド国王自ら参加している。
 
 
 
「エイラッド殿は国を空けて大丈夫なのですかな?」

「あぁ、それなら帝国からの軍事顧問と俺の副官にまっかせてっから問題ない。俺たちゃ俺たち自身と拾ってくれた帝国のために戦うだけだからよ」

「……クィントゥス殿は軍事顧問で大変だろうな」

「まぁ、国王であるエイラッド殿が一番軍事に精通しているのだ、わざわざヤノスまで来て会議に参加してくださり光栄ですぞ」





 えっと、まぁおのおの司令官の皆さんの会議にはとても入りづらい「一小貴族」な俺は、やったらでかいヤノスの作戦会議室の端っこで、各勢力の100人隊長や50人隊長たちとしゃべってたりします。いや、身の丈にあうように細々と隅っこで居ますね……
 
 現在の戦力位置関係を簡単に説明すると、帝国の中央に存在する湖(湖の東岸に大都市ヤノスがある)を基点にして、北のサーレオン国境線要塞郡に帝国軍400、ノルドール軍200。なお、悪魔崇拝軍との戦闘のみ、サーレオン側の要塞守備隊500が協力してくれるようだ。
 
 一方湖南は国土を東西に山脈が走っており、山脈の北は迎撃側が有利な切り立った崖と湖の岸を持つ狭い回廊とでもいうべき土地。
 そして海に面している山脈南は、深い森が広がっており、帝国軍とスネーク教徒軍が展開している。そして海を挟んですぐ(手漕ぎボートで届く距離)に、ヴァンズケリアことヴァンズケリー海賊団国家が存在している。
 
 
 スネーク教徒はもともとこのペンドール大陸へ船でやってきた勢力で、つい最近大規模な増援を国外から援軍を派遣してもらったらしいが、ヴァンズケリア・帝国艦隊による阻止行動により増援部隊は一時後退したらしい。
 そしてウォルヴェン城を巡る帝国との決戦に引き分けたものの戦力の再編成のために、在ペンドール大陸スネーク教徒軍はウォルヴェン城包囲を解除して後退。
 なんでも3000近いスネーク教徒軍に対して、城の守備兵合わせて850で決戦を挑んだデオダトゥスさんは見事に解囲に成功したそうな。
 どうやったら末期症状の帝国軍でそんな大勝利を手に入れたのか非常に興味があるけど、どうやら軍事機密らしい。
 
 
 
 
 こちらの戦域の戦力配置は山脈北が帝国軍100、ノルドール軍50。山脈南が帝国軍300、ヴァンズケリア軍350
 

 なお、山脈南に展開しているスネーク教徒軍は、帝国の敵は味方という意識からかノルドール連合国に対して友好的姿勢であったことと、本国からの増援艦隊が撤退したことを踏まえてノルドールの提案した一時的な和平を受諾してくれた。
 
 帝国は一連の和平によりヴァンズケリア、スネーク教徒に国土の20%近くを割譲することになるが、どちらに割譲する土地もあまり戦略的価値と、富を生み出しにくい土地であるから(さらにそこを領有していた貴族を含む貴族階級が次々とサーレオン・Dシャア・ノルドールとの戦いで戦死したことも大きい。スネーク教徒の勢力下の土地の荒廃は言わずもがな)、全方位を敵に囲まれていた帝国としては軍事力も手に入れられて、まさに外交的勝利とも言えるかも。
 
 
 ちなみにスネーク教徒軍は現在も野戦兵力だけで総兵力2800とかいうふざけた兵力である。帝国側の山脈南に対する焦土作戦で腹が減って士気が下がってるのも和平を受諾した一部かもしれない。しかも和平のせいで、本国のスネーク教徒たちから信仰を捨てた裏切り者扱いされているようで……そんなこんなで、話し方が独特なもののスネーク教徒INペンドール たちは異端認定された俺たちに結構同情的である。

 まぁこの前スネーク教徒の使節に会ったときは「シャァァアアアアア……あなたがぁ? ぃ異端ん? かぁあああぃぃぃいいねぇええええふふふふふぅ」と残念な美人さんにいきなり言われてそれ以来あのしゃべり方がどうも苦手になってしまったんだけどね……
 
 
 そして現在、捕虜交換により再編されたノルドール軍は総兵力350。帝国は800となっている。最終的には帝国軍からの援軍要請に対し、正式に同盟を結び捕虜と正規兵力250を援軍として派遣した。
 そこにヴァンズケリア350が加わることになる。本国に俺たちは100の守備隊を残し、街道警備隊から少し兵力を守備詰め所にまわして野戦兵力を増強している。
 それにヤツのザルカー軍閥への備えとして、ノルドール50、サーレオン100、ラドゥ軍閥70が居る。対するザルカーは200程度らしい。
 
 国家ではないものの、レッド兄弟団200がノルドール軍の指揮下に入り、絶賛十字軍の補給路を襲撃している。レッドさん兄いわく「うまうま」だそうだ。
 
 そして背教騎士団の連中が十字軍とあっちらこっちらで戦っているらしいし、水面下の味方が結構多かったりもする。スネーク教徒軍からも義勇兵が百人単位で来ているみたいだし。帝国軍と組ませるのは長年の対立的な意味でむりっぽだから、現在兄上様の指揮下に入って、ノルドール軍に不足していた兵科「重装騎兵」として編成されるみたいだ。この重装騎兵隊、バルディッシュからハルバートに持ち替えたスネーク教徒騎士の突進力はまじパないすばらしい戦力になってくれそうだ。
 
 ただ、ランスチャージやノルドール軍の騎馬操典についてをおしえることになったラトゥイリィは、「シャァシャァともうっ 聞きたくないです!」とのこと……まぁということで、連合軍+協力的関係軍をあわせると約2600ぐらいとなる。おお、なんだかんだで数の上ではそこそこあつまっていたりもする。
 
 
 ただいざ決戦となると、やっぱり野戦兵力は1500程度なので、戦力不足はどうしようもない。しかもこっちはこれで全力全壊(財政的な意味で)なのに、十字軍は各国余裕まだまだあるし。というか万単位の悪魔崇拝軍とかどうやって倒せと(ry
 
 
 
 まとめると現在の国際情勢は
 
 教皇側
 ・レイヴンスタン王国  = 帝国・ノルドール連合国・ヴァンズケリア・レッド兄弟団・背教騎士団・悪魔崇拝軍と交戦中
 ・フィアーズベイン王国 = 帝国・ノルドール連合国・ヴァンズケリア・サーレオン王国・レッド兄弟団・背教騎士団・悪魔崇拝軍と交戦中
 ・Dシャア朝  = 帝国・ノルドール連合国・ヴァンズケリア・レッド兄弟団・背教騎士団・悪魔崇拝軍と交戦中
 ・教皇軍  = 帝国・ノルドール連合国・ヴァンズケリア・レッド兄弟団・背教騎士団・悪魔崇拝軍と交戦中
 
 連合側
 ・帝国  = レイヴンスタン王国・フィアーズベイン王国・Dシャア朝・教皇軍・ザルカー軍閥・Dシャア反乱軍(馬賊)・悪魔崇拝軍・背教騎士団と交戦中
 ・ノルドール連合国   = レイヴンスタン王国・フィアーズベイン王国・Dシャア朝・教皇軍・ザルカー軍閥・Dシャア反乱軍(馬賊)・悪魔崇拝軍と交戦中
 ・ヴァンズケリア、レッド兄弟団はそれぞれの保護国に順ずる。
 
 
 連合より中立
 ・サーレオン王国 = ザルカー軍閥・フィアーズベイン王国・背教騎士団・悪魔崇拝軍相手の場合、連合側への協力姿勢。
 ・ラドゥ軍閥   = ザルカー軍閥・悪魔崇拝軍相手の場合、連合側への協力姿勢
 ・スネーク教徒軍 = レイヴンスタン王国・フィアーズベイン王国・Dシャア朝・教皇軍・悪魔崇拝軍と交戦中 
  上記勢力相手の場合、連合側への協力姿勢 ノルドール連合国に義勇軍派遣中
 
 教皇より中立
 ・ミストマウンテン族
 
 完全中立
 ・冒険者ギルド
 ・バークレー
 ・シンガリアン
 
 
 となる。帝国は現在完全中立となった勢力から盛んに傭兵を雇い、老人や少年兵、病人を除隊させることによって急速にその戦力を回復させているようだ。どこからそんなお金が出たかというと……戦死した貴族や、粛清した大貴族の懐からでるわでるわでそのすべてを使い切ったらしい。

 それってでも復興資金とかまで全投入なんだよね……でもまぁ、今使わないでいつ使うのかって気もするよね。
 例でいうと、大戦末期の消耗しきったドイツ軍が、装備も言葉も訓練もまちまちな同盟国兵士でその戦力を補填した状態とでもいえばいいのかも。指揮官一流、兵士二流、装備三流ってね……正直中世型傭兵軍の編成に近いわけだし。

 
 
 
「南の国土ではデオダトゥスが指揮を取るでよろしいかな?」

「了解した」

「では山脈の北の回廊はデオダトゥス殿、南はクィントゥス殿とエイラッド殿ですな」

「はっはっは、任された!」

「北は俺、リマスクが受け持つ。イスルランディア殿、頼みますぞ」

「任されました、全力を尽くしましょう」


 おっと、これで北戦域の指揮系統は決定かな。土地勘のある帝国側が指揮を執る(しかもあのリマスク司令)なら納得だ。周りの帝国の~人隊長たちもやる気十分におおー! とか言ってるね。


「ではノルドール軍は、北は俺とレスリーが。山脈北にはラトゥイリィとカズキを。本国にはホルスを司令官とする」

「私たちノルドール軍はその軽快さを活かし、戦を行います。ただ会戦に参加する場合では帝国の指揮下に入ります」

「わかりました。こちらも細かく指示をするつもりはないので、そこは頼みますぞ。」



 さて、ここからは基本戦略や部隊の編成、補給部隊や野戦病院部隊の配置など、まーだまだ話すことは沢山あるね。
 
 この戦いそのものが、おそらくこの大陸初の大陸を二分しての大規模な戦いだ。手探りをしながらなんとか十字軍と悪魔崇拝軍が帝国の国境線に姿を現すまでに準備を整えておかないと……













<教皇視点>


 誰にも知られていないとある部屋、ここには私を含めた数人の姿があった。
 

「『予言』と『異端』の噂の広まりは順調か?」

「はい、現在もはやこの大陸で知らないものは居ないほどでしょう」


 ふむ、『一人の英雄がこのペンドール大陸を再び統一する』という噂、そして『世界を破壊する異端がノルドールに現れた』という噂……順調に広まっているようだな。
 
 
「さすが仕事が速い。……ですが教皇様、ペンドール大陸はもっと均等に弱くなってもらわねばなりません」

「そうだ、そのための敵対勢力、そのための国家間の争い、そのための外敵」

「さぁ殺しあえ、そして弱れ、そして神の力の元にひれ伏すがいい……」



 われらが望み、それはこの大陸に神の国を作ること。そしてそれに協力するのは、かつてこの大陸を支配し、隣国シンガリアやバークレーまで足を伸ばしたペンドール王国の末裔たち。
 遊牧民に、傭兵に、山の馬賊に、反乱軍に奪われたペンドール王国の正当なる土地と権力を取り戻し、その末裔たちと協力してここに神の国を作る。
 これこそがわれらに神が与えた試練、そして目標! 誰にも悟られてはならぬ、誰にも聞かれてはならぬ。まだ公表されるべきではない。もっと、もっとだ。もっと弱れ、もっと血を流せ、それが貴様ら簒奪者たちにはお似合いなのだから!!



「ですが教皇様、あの『異端』……世界を物語として知るものの件でございます」

「───つぶさねばなるまい、この大陸はひとつにならねばならない、我らの手によって。そしてまだ知られるわけにはいかんのだ、我らの動きが」

「物語を知れば役者の行動もわかるという事……本当ならば恐ろしい限りです」



 そう、あの『異端』……この世界の歴史を物語として知るというやつが現れてから計画に齟齬が生じたのだ。押し込まれていた帝国をわれらが影ながら支援し、戦争を帝国の勝利で終わらせる。そうして強大に過ぎたサーレオンの勢力を弱める。
 
 そして帝国を持ち直らせたところでザルカー軍閥を使い、サーレオンをさらに弱めたところでわれらに従わぬ現サーレオン国王を玉座から引きずり落とすはずであったのだ。
 そうすれば帝国は外敵であるスネーク教徒との戦いのために団結し、サーレオンからの賠償金で国を再建できたであろうに!! 
 
 だがあの『異端』が帝国の迂回攻撃を失敗させたらしいではないか! それどころではない、帝国へ深刻な損害を与えたと思えば今度はますます増長したサーレオンと手を組み、サーレオンの押さえのひとつであるザルカー軍閥へ兵を出し、こちらが手を出してまで国内で反乱を起こさせれば鎮圧させ! 
 
 これであの反乱軍は、あのサーレオンはこのペンドール大陸の中央を固めてしまったではないか! 南は帝国と和平を結び、東はノルドールと半ば同盟関係、ザルカー軍閥の勢力は弱まり、ヤツの草原では平和的な勢力が台頭し始め……サーレオンはレイヴンスタンとのわずかな国境線に対し、強固な要塞に拠って迎撃するだけでよく、西のフィアーズベインとの戦いは、今まで帝国・ヤツ・ノルドールに回していた兵力を投入して圧倒的優勢に立ちおった!!
 
 このままではいかん、もはやレイヴンスタンとフィアーズベイン両国とサーレオン一国が対等の勢力となってしまった。Dシャアは悪魔崇拝軍との戦闘でまともには動けぬ、そして攻め込もうにも帝国がその進撃路を阻んでおる……

 どれもこれもすべてあの『異端』の男が来てから何もかもがおかしくなったのだ! あの男はなんとしてでも排除せねばならん……いずれの行動も、こちらに不利に働くように仕向けているようにしか思えぬ……っ
 
 
 だからこその十字軍、だからこその『異端』認定である。これでサーレオンといえども国内の不穏分子と信者の牽制のために多くの戦力を割くことになり、表立ったノルドールどもとの同盟関係はとるまい。後は十字軍の力により、もはや我らの手を離れた帝国をつぶし、あのノルドール連合国などという人外どもを皆殺しにすればなんとでもなる。スネーク教徒など、十字軍とこちらについた旧帝国軍で一ひねりだ。
 
 そう、そしてしかる後に悪魔崇拝軍を撃ち滅ぼし
 
 
 
 
 
 ───ここに神の王国 神聖ペンドール王国を築きあげるのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 あとがき
 
 お待たせしました。本当に長い間更新停止してすみません。完結するまでこそこそと改定はsage更新でがんばります。


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[12769] 50馬力目「みんなそれぞれ」
Name: Nolis◆28bffded ID:8df20c39
Date: 2018/12/16 18:29
前回のあらすじ

・戦力差はなんとかなりそう?

・帝国軍の汎用人型決戦兵器(嘘)

・古代ペンドール王国(聖杯が目印)





<和樹視点>

───ノヴォルディア 和樹の執務室


 さて、ヤノスでの会議終了後ノヴォルディアに戻って、さっそく帝国領南の山脈北方面軍の一員として出撃するための準備スタート。現代情報処理技術学生の書類能力をなめるなよ!!
 といいつつも、出征はちょっと先なのにいつにもまして書類仕事がggggg そろそろノルドール連合国の補給の鬼とか出てくれないかな……キャゼルヌさんとか今村大将とかが欲しいです……
 
 
「反乱時に使用した可動式杭について……出征の準備とは言っていましたがニンゲン、なんですそれは?」

「おお、ラトゥイリィちょうどよかったこいつを見てくれ、どう思う?」

「すごく、冊子で、す?」

「そこは大きいですと答えていただきたかった、ってカルディナじゃなくてラトゥイリィに言ったんだけど」

「えっ? 私?」

「なぜネタをひろわな、い?」

「大事な大事なチャージアタック!」

「えっ? えっと?」

「なんと、ラトゥイリィは知らないのか、ノヴォルディアで大人気なのだけれど……『チャージ25』」

「あーまぁ一応元ネタこっちだからなぁ……ごめん、無茶振りだった。」

「セイレーネは大好き、だもん?」

「……わけがわかりません」



 えーっと、ちょうど旅のしおり的なうちの部隊向けのパンフレット作ってたんだけど、そこにちょうどラトゥイリィが来たので読んでもらおうとしただけです。
 ところがどっこい、同じ執務室にはパンフレットの手伝いをしてくれていたカルディナとセイレーネが! ついみんなで悪乗りしてしまった。うん、もうこの子たち完璧にネタ類把握できてるし、まさか村のころに教えてあげたらいつの間にかノヴォルディアになるにあたって、闘技場でのトーナメントとは別に行われる大規模な娯楽イベントになってしまいました「アタ○ク25」。こちらでは「チャージ25」って名前にしているけどね。
 
 チーキュのネタがさっぱりなラトゥイリィには厳しかったね、しかたないね。
 
 
 
「あーいつものネタだから気にしないで。ちなみにコレ、出征部隊向けの冊子」

「部隊に配るのですか?」

「そそ、作戦について細かく書くと情報機密的にまずいから、あくまで出征に必要な知識やQ&A的なものを配布しておこうと思って」

「『きゅーあんどえー』が何かは知りませんが、兵士に最低限度の遠征知識を教えておくのは必要になるでしょうね」

「ノルドール的には、初めての森の外遠くでのたたか、い?」



 そう、なんでこんなパンフレット作っていたかというと、ノルドール軍は基本聖なる森の中で防御的に戦う軍隊だ。高い機動力の弓騎兵と、軽装な弓歩兵を中心としたノルドールは攻め込んでくる敵に対しての機動防御を軍の基本としている。
 おかげで攻め込むんなんてことは想定しておらず、まして聖なる森からかなり離れて戦うなんて論外だ。だから出征したらしてはいけないことなんてさっぱりわからない。
 
 前回の北領防衛戦も防衛戦だし、サーレオンとの連携戦ではノルドールが引き付けつつ射撃により損耗させサーレオン歩兵部隊と騎兵部隊が攻撃しているしね。最初の帝国軍との戦いの時も突撃したのはレスリーさん率いるサーレオン人部隊だし。
 
 水は確認するまで飲むな。現地の女と軽々しく寝るな。初めて見る食べ物はとって食べるな。拠点から離れたら水は大事にしろとかetcetc...ぱっと思いつく『海外に行ったらしてはいけないこと』に+αすれば良いわけなんだけれども、軍事的にはもう少し別な側面からも兵士たちが知っておいたほうがいいこと(現地の風習とか)も書かないといけないわけで……そこは帝国出身のホルスさんに教えてもらった。

 まだあくまで遠足のしおりに毛が生えた程度の出来だけど、これから各部署の方とかに見てもらったりしてどんどん改定して出征前に前にはもっと完成度の高いものを作りたいね。



「なるほど、ニンゲンも少しは使えるだけの頭があるのですね」

「反応が鈍いのが、難点?」

「基本バのつく頭ではあるのではないですかな主」

「み、みんなひどくない……?」

「「「えっ?」」」

「いいよ、もう……」



 ち、ちくせう、みんなで俺のこといじってやがらに。確かにバがつく頭かもしれんけど、なんならこの大量の書類をお前たちに全部投げてやろうかーー!!」
 
 
「といいつつ仕事をまかせて、る?」

「そう考えると主はやはりこの国にとって必要な方ですね」

「途中から声が出ていますよニンゲン」



 えっ、なにこれ。今日俺あんまりにもなんというか扱いひどくない? いいよ、もう一人黙々と作業するから……部隊の兵士たちから後で「ここしおりで見た!」って言ってもらえれば……北領防衛戦の後からはみんなまた昔みたいに距離をおかずに話せるようになったし……
 
 
「まぁ確かに大事な配布物を作っているのはわかりました。この調子でこちらの部隊分もよろしくお願いしますよ」

「まぁいいけど、大まかなところは変わらないから。後でそっちの部隊の人に覚えておいて欲しい事でここに乗ってない事があったら書類にまとめてよろしくね。期日は明後日の夜までで」

「わかりました、明日の昼までに大量に書類を持ってきて地獄を見せてあげましょうか」

「そ、それはカンベン……」

「それってラトゥイリィの仕事量も大変になるんじゃないか?」

「きっと中隊長程度の人に見せて書類をそれぞれにかかせ、る?」

「はいはいはいはいー! 作業しようぜ! 働こうZE!」

「はいはいはいはいーではお仕事がんばってくださいねニンゲン」


───バタン


 む、むっきー! 最後まで薄ら笑い浮かべおってからに! 覚えてろよ……Q&Aの項目に「ラトゥイリイとホモダチになることは禁止されていません」って項目つけちゃる。イケメンで中性顔はな、ユーノ君ポジになってモテないんだぞ! ばーかばーか!」
 
 
「今だに気づかれないか……えっと、また声に出ていますよ主」

「疲れてるからそっと、すべき?」


 あーうん、ごめん二人とも。早く仕事終わらせて寝よう、うん。いやそれよりも飲みに行こうか、ちょっとしたストレス晴らしもかねてね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<ホルス視点>


───ノヴォルディア 訓練場



 帝国の捕虜の代表としてこの村に来てからもうすぐ一年か……時が過ぎるの早いもんだな。
 
 
「ホルスさん、どうしました?」

「おっさん、ついにボケたか……」

「ノルドールの美人さんに介護されたら教えてください、口説きに行きますから」

「おまえおっさん趣味だったのか、口説きに行くとか……「ちょっ違っ!?」」

「おまえたちなぁ…… 新兵のシゴキに戻れ!!」

「「「うへ~い」」」」


 まったく、帝国のころから付き従ってくれてるやつらは昔から俺のことをおっさんとかおやっさんって言うけども、まぁそれはいいんだ。だけどさすがに軍務中は役職名とかで呼んでもらわないとなぁ……ノルドールはその辺がゆるいからあまり出撃しないとピシッとしないのだが。
 
 
「こちらはやはり楽しそうですな」

「おっと、こっちにもどってたんですかラドゥ殿」

「どうやらこの大陸をすべて巻き込んだ大規模な戦になると聞いてな。おそらくヤツの草原での工作に使える情報を入手できそうだ」

「そうですか。こっちの街道警備隊はこの戦のせいで人材不足でして……熟練兵は残して新兵を教育して、そこそこのやつらは新兵の代わりに基地守備隊に引き抜かれる始末」

「補給線の維持は遊牧民の俺としてはいまいち重要性がわかりにくいが、これほどの大規模な兵力なのだ。食料だけでも膨大な家畜が必要なことぐらいはわかるさ。ホルス殿達が居なければ兵士が飢えて戦う前から負ける。しっかり頼みますぞ」

「それはもちろん。でもまぁ北領への補給とヤツの草原との交易にはノルドール達に結構まかせますよ。もちろんうちも巡回警備兵は回しますが」



 正直、補給線の維持はある程度実は小規模だから何とかなるわけだが、将来的にはもっと俺達街道警備隊は拡張してもらわないとな。
 今現在俺達元帝国歩兵を中心とした街道警備隊は、軍需物資の集中貯蔵されているノヴォルディアの兵器工廠や装備工廠で作られている物の運搬を担当している。
 食料品など日常的に消費される物資は帝国から供給されるものが多いので、そっちの警備は帝国軍と市民兵・市民警備兵にまかせてる。もっともノルドール連合国の各村からも物資の輸送は民間でも行ってる。前回の内乱で多くの人が逃げ込んだベルギカなんかでは、逃げた人を養うために大規模なパン工場を作ったらしく、内乱が終わった後は聖なる森という賊の心配のない交易路の中で小麦→パンの大規模な生産地として活躍中だ。
 
 北領はサーレオンの交易隊にいったんノヴォルディアに行く前に北領駐屯地に寄ってもらい、行き返りの物資運搬を小遣い稼ぎでやってもらってなんとか人員不足をしのいでるってわけだ。
 正直これ以上補給路の防衛戦力を引き抜かれるとかなりきつい……
 

 
「そぉおしてぇええ黎明騎士団とぉ夕暮騎士団の動きが活発になっているぅう。『異端』とやらのぉ噂のぉせぃだぁろう」

「……スネーク教徒の義勇兵の方か」

「あーラドゥ殿は会うのは初めてかい。こいつはスネーク教徒義勇兵というか、スネーク教徒から離脱して義勇兵として帝国に身を寄せてたらしいですぞ」

「エリッサよぉお、よろしくぅうう」

「……こちらこそ、共に戦えて光栄だ」



 さて、今度の戦はどうなるんだろうか……















<レッド視点>

───ノヴォルディア 食堂


「……(モグモグ)」

「よく食うねぇ……」

「……レッドは暇なの?」

「みんな忙しそうで悪いんだけどアタイたちはそんなに急ぐことが無いのさ。暇なわけじゃないけど」

「……そう(モグモグ)」



 カザネがご飯を幸せそうに食べている光景を眺めているとなんだか癒されるなぁ……あ、そうそうアタイら医療班って、出征準備中で忙しいノルドール連合の中で断トツに忙しくないね。
 
 今回アタイたち医療班は、出征部隊についていって最前線には行かない。最近医学に興味のある人たちからちゃんとしたカズキの国の医療について学んだのが結構数がそろいつつあって、アタイら古参の医者達をノヴォルディアに残して新人の育成とノルドール人の医者を増やしてノルドール連合国の村々に派遣する事が今後の予定でさ。
 
 兵士達にもあらかた新兵訓練の時や、装備・操典の変更時についでに衛生知識について教育してるんだけど、その教育の中で神経が図太いやつに衛生兵にして、戦場で負傷した場合「衛生兵」→「後方野戦病院」→「本国大病院」の流れを実際に運用中さ。
 「後方野戦病院」は、駐屯地や前線より少し離れた補給拠点に居を構えてて、主に馬車で前線に駆けつけたりする救急車(カズキ命名)を装備して、そこそこの医療設備を持った病院だ。「本国大病院」も救急車を装備して最新の設備を持って大都市に存在している。アタイはそこで研究と教育と治療担当ってわけさ。
 
 ちなみにこの負傷兵への対応は、実際に街道警備兵が負傷した時にすでに何度か行っていて、そのつど問題点や運搬装備や各種医療装備の改良を行いつつ、カズキがわからない分野の負傷に対する新しい治療方法などの研究を行っているってわけ。
 救急車のガタガタゆれることによって症状が悪化したり、各種病気への知識不足や対処法の不足など研究しなきゃいけないことも山ほどある。こういったことがうまくいけば、戦場で死ぬやつはだいぶ減るし悲しむ人も減る。そしてこのノルドール連合国は世界で一番長生きできる国になるってわけだ。アタイもそりゃ長生きしたいしね~
 
 つまり、アタイらは忙しく根を詰めすぎると研究に響くし、いざという時の熟練医師として出番があることからこうやってこまめに休憩を取れるってわけさ。長ったらしい? あー気にしないでくれないかい、最近話す相手が同じ医者連中ばっかりでそれ以外のことをしゃべりたいのさ。


「どうもさ~聞いとくれよカザネ~」

「……?」

「みんな忙しいじゃんか~ どうもそれでアタイみんなとしゃべれてないし、ご飯とかも一緒に食べれてないし……」

「……確かに、村のころはいつも一緒だった」

「だろう? やっぱアタイは村の時みたいにみんなでわいわいしたいわけだよ」


 
 そう、最近戦争が相次いでいるおかげでみんな忙しくてさっぱり一緒にご飯を食べたり騒いだり出来ない! 
 所属が近かったり同じだったりするやつは一緒にいろいろしてるみたいだけどさ、医療班ってアタイだけなんだよ……書類仕事しているセニアやカズキはいつも忙しそうだし、レスリーはなんか裏でいろいろしているみたいだし、軍のやつらはみんな新兵の訓練や再編成で忙しいみたいだし。
 だからつい誰かが休憩中のところを見つけると話しかけたくなるのさ。まぁ、寂しいんだよ、アタイも……
 
 
「なーなーカザネー」

「……早く終わればいい」

「ん?」

「……早く一連の事に決着がつけば、きっとまたみんなでご飯が食べれる。隊長のごはんも食べれる」

「うん、そうだな……早く終わればいいな、こんな戦争なんて」

「……うん、だから終わらす。私達が」



 幸せそうにご飯を食べていたカザネが悲しそうな顔になりなっている。えーっと、こりゃしんみりさせちまったかね。ここはひとつアタイが責任を取ってカザネを笑わせてやらにゃいかんでしょ!
 っと、それよりもご飯おいしそうだな……そういえばまだお昼のご飯まだだった。ここはちょっともらってもいいさね?
 
 
 
「えいっ」

───カプッ


「あっ」


 ふっふーん、最後に残っていた玉子焼きの1欠をつまんでやった。うーんうまうまだな、ここの食堂は『日本食』のおかげで全般的に何でも旨いんだよな~
 


「うまうま~って、な、なんだいカザネ、その目は」

「……レッド」

「お、おう」

「……(ジーッ)」

「な、なんだい?」

「……(ウルウル)」

「な、なにも玉子焼き一欠けくらいで泣くこと無いだろ!?」

「……楽しみに最後まで取っておいたのに」


 
 だーっ!? やっちまったー!! わらかしてやろうと思ったのにまさかの泣かせちまったよ! ど、どどどどうするアタイ、ここは素直に謝るしかないよな!?
 ってーかカザネもこれで泣かないどくれよ! 
 
 
「わ、悪かったよ」

「……(ジーッ)」

「あっ、な、なら同じの頼んでやるよ。それでだめ?」

「……(ジーッ)」

「だーっ! わかったよアタイが悪かった! 好きなものアタイのおごりで食べていいから!」



 まぁ、しゃーないでしょ。アタイがつい横からつまみ食いしたから泣かせちまったわけだし……って、あれ?
 なんかさっきまで涙目だったのが、いつの間にか治まってる?
 というか、その期待に満ちた目はなんだい……
 
 
 
 
「……なんでも?」

「好きなもの食べればいいさ」

「……いくらでも?」

「いや、いくらでもってわけには」

「……(ジーッ)」

「食えばいいよ、もう……」


 
 とほほ、これで今月のアタイのご飯代が飛ぶかもわからないね。まぁ、でも久しぶりに楽しい時間になったのかな?
 
 
 
 
 
 
 まぁ、その後食堂の請求金額を見て、カザネのご飯に次は下剤を入れてやろうと決めたけどさ。













あとがき

エリッサは、PoPの最新バージョンで登場したので、ちょっとゲスト出演させてみました。

今後もsageで更新しつつ、親話はものすごいゆっくり更新になります。申し訳ございません。



[12769] 51馬力目「風は回廊へ?」
Name: Nolis◆28bffded ID:8df20c39
Date: 2018/12/16 18:29
前回のあらすじ 
・いよいよ一心不乱の大戦争(ry

・やべー、まじ戦争やべー

・一人ぼっちは、さみしいもんな(byレッド・ガイディア)




<和樹視点>


 は~るばるー来たぞ前線~
 ……はい、北領駐屯地遅延作戦で壊滅的被害を出したばっかりなのに早速前線配備されました。といっても三ヶ月近くは再編に時間を取れたのでありがたい限り。
 
 えーっと、現在の戦況? 十字軍がフィアーズベインにて編成を終えて進撃してきて、現在帝国国境付近で神の名の下に略奪焼き討ち異端狩りのオンパレードらしい。すでに国境線を突破して帝国本土西を略奪しまくっていることでしょうね、これはひどい。
 
 しかしながら帝国はすでに国土の真ん中に位置する湖を利用して、細い回廊のみを戦線とするラインまで物資人命等々後退させており、十字軍は略奪して進撃速度を維持しようとしているものの、避難済みなおかげでさっぱり物資が手に入らずgdgd中。
 
 ここでレッドさん兄のレッド兄弟団や、神様なんてクソくらえな背教騎士の皆さんがgdgd中の十字軍の補給路を次々に襲撃してすさまじい遅延と消耗を強いているようだ。まさに帝国領に侵攻した同盟軍状態。焦土作戦で物資不足な上に補給線への襲撃、できれば今回の戦いでもアムリッツァフラグが立っていただきたい。そういえば敵地では必要としている補給の5%しか届かないとか誰か昔の偉い人が言っていたような……
 まぁそれでもさすがは十字軍、神の名の下に集った兵士達は普通だったら逃亡者が相次ぐ状況なのにほとんど戦力の低下はないご様子。その上ますます俺に対する恨みを募らせているそうで……お、俺がいった何をしたっていうんだーー!! いや、まぁ補給線襲えって言ったの俺だけど。
 
 
 現在俺とラトゥイリィ、そして帝国のデオダトゥス殿が着任して湖の南戦線、山脈北は必死の防衛戦準備に追われてます。毎回湖の南山脈北とか言うの面倒くさいので、ヤノスでの作戦会議で各戦域の名称を決定しました。
 
 
 
地図
                          ラリア


-サーレオン国境要塞群-山脈山脈------------------- ノルドールの聖なる森
            山脈山脈          聖森   ノヴォルディア
        北部戦線              聖森
←帝国西領土                    聖森
       湖湖湖湖湖湖             聖森
       湖     湖            聖森
        湖     湖           聖森聖森聖森聖森聖森
        湖     湖エートス
        湖     湖
        湖     湖
        湖     湖
        湖     湖         高地高地高地高地高地
         湖湖湖湖湖湖          高地高地高地高地高地
海        
海海       中部戦線
海海海ヤノス       山脈山脈      ----------------
海海海       山脈山脈山脈---------------
海海海海 南部戦線 -
海海海海海 -
海海海海海海----------------スネーク教徒宗教国家
海海海海海海海
↓海上にヴァンズケリア





 と、北部戦線、中部戦線、南部戦線に分けて戦う。帝国は首都ヤノスをも焦土作戦の対象にしてまさに二度と大国に復帰できないという覚悟を持って今回の戦争に望むようだ。そりゃ悪魔崇拝軍と十字軍に目をつけられちゃたまったもんじゃないしね。
 
 今回の異端とは関係ないということで十字軍をスルーしようにも、十字軍は国土をどうせむちゃくちゃに荒らしまわっていくし、なら焦土作戦しかないっしょとのこと。国土の70%を一連の戦乱で割譲・荒廃させられる帝国はまさに国家としてギリギリ状態。地球の歴史を見ても将来歴史家からすでに賞賛されるだけの偉業を成し遂げまくっているマリウス皇帝でなければ絶対に各国による国家分割が行われていたであろうことはほぼ間違いない。
 
 ただ、今回の避難などの一連の農民の再配置により、人口が過疎りまくっていた村に人手(主に老人と女性しか居なかった)が戻り東部の国土は比較的再建されつつあるらしい。
 まぁ今までレッド兄弟団に背教騎士団にスネーク教徒の跋扈する地域だったわけで、その脅威がなくなっただけでも帝国東は発展することができるでしょうなぁ……
 
 
 
 
「作業は順調ですかな? 防衛戦の神様殿」

「おっと、これはこれは気づかず失礼しましたデオダトゥス殿……えっと、防衛戦の神様といわれましても、デオダトゥス殿に比べればまだまだです……」



 書類整理という現実から逃げて、中部戦線防衛要塞の作業状況を視察に来ていたところ、後ろから声をかけてきたのはあの帝国の英雄デオダトゥス殿。ひぇーやっぱり主人公オーラというか北斗なコブシみたいに青いオーラがでているような。まさしく古強者って感じの人です。
 ぱっと見ショーン・コネリーっぽいかも?
 
 
「いやいや、北領防衛戦での勇戦は聞き及んでおりますぞ。 しかし……やはり帝国の要塞とはまったく違う構想で作っているのが現時点でもわかりますな。帝国式、いやこの大陸では要塞は敵を押しとどめる物ですがこれは違うように見受けられますぞ」

「さすがはデオダトゥス殿、この要塞線はあえて言えば釣り針のようなものです」

「一度引きずり込んだら二度と離さない、しかも魚にとっては身動きが制限され出血が重なるというわけですかな?」

「はい、突入は簡単です。ですが突破は非常に難しく、撤退は突破を試みる以上の出血を魚に強います。そしてどちらを行うにしても身動きはとりにくくしてありますので」

「これがカズキ殿の祖国の戦争ですかな? まったく、これでは勇敢なる英雄などとても生まれないでしょうな」

「祖国での少し古い時代の戦争様式ですね。密集隊形の歩兵部隊による白兵戦と、重騎兵部隊による突撃。これらに対して圧倒的な防御力を誇ります。その分攻撃力は皆無ですが……」




 はい、今回中部戦線の要塞、防衛拠点などの整備を俺がまかされており、現在一番重要な主要要塞を建築なうでござい。
 名前は「エバン・エマール要塞」……えっと、縁起が悪いんだけど、基本要塞って攻略されるから仕方ないね。他の防衛拠点など出城的なものにも名前がつけており、それぞれが連携して「ジークフリート・ライン」を形成する。「マジノ」とか「リョジュン」とか「コレヒドール」とか「モドリン」etcetc……まぁ、攻略された要塞の名前しか覚えてなかったんです、ごめんなさい。
 
 基本中世に相当する技術力、文明であるこのペンドール大陸では、防衛拠点は高くて太い壁により登らせない、通らせない、弾き返すという思想。
 
 
 今回の防衛要塞たちは近代的な、高さはそこそこ(投げフックが届くレベル)、人の露出がほとんどなし。大型バリスタを取り付けた砲塔を装備し、攻城兵器による攻撃に耐える傾斜装甲。斜めっている城壁を突破させないようにする鉄条網や鼠返し等々。
 
 ようするに見た目はクロスファイヤが可能な18世紀型要塞(星型要塞の一世代古い形)で、相互支援が可能な防衛拠点。塹壕による第8まである防衛ラインと小規模の部隊のみが撤退可能な坑道による塹壕間移動などなど。もちろん北領駐屯地で使った偽装塹壕に燃料による塹壕への着火もあるよ。
 
 ふふふ、防衛ラインと要塞が一個だけで防衛線を張ると考えているペンドール人には、耐え難い損失を出し続ける複数列塹壕はまさに外道。進むのも大変戻るのはもっと大変。突破した塹壕に隠れても城壁から丸見えの外道っぷりも完備しているわけで。正面だけ厚くして背面を低くする塹壕のアイデアをすんなり思いつく帝国の人たちもさすがだけどね。
 
 しかも密集歩兵時代まっさかりなペンドール大陸にはびっくりの「猟兵」というジャンルが帝国軍の精鋭部隊と一般的なノルドール軍にはできるという士気と錬殿高さが味方してくれる。複数列塹壕ができるのも、彼ら士気の高い散兵や熟練兵たちのおかげです。
 
 
 
 
「本来は火薬を使った火力による制圧射撃とかできればいいんですけど……この大陸には火薬がないみたいですから。ソビエトロシアでは、火砲が君を制圧する!」

「『そびえと』? うぅむ、先ほど言った火薬とやらですが、どう書くのですかな」

「えっと、燃える火の薬ですね。火をつけるとものすごい勢いで体積が膨れ上がり炸裂します」

「体積が……我が国のあれとは違うようですね」

「? なにか燃焼する物に覚えでもあるのですか?」

「……国家機密でしてな、もしこの要塞に敵が攻め寄せた時お見せできるでしょう。楽しみにしてくだされ」

「は、はぁ……」



 な、なんだろう? もしかしてナパームでももってて汚物は消毒ダァーーー! とか、ハハッ朝のナパームの臭いは最高だな! とか言ってるのかね帝国人って……ないか(汗)
 
 
 
「こちらとしてもノルドール人部隊の射撃能力と、ノルドールの弓の技術を使ったクロスボウ部隊の実力、楽しみにしていますぞ」

「ええ、必ずや敵部隊をこちらに到着するまでに蜂の巣にしてご覧に入れましょう」



 今回この駐屯地に配備されたノルドール軍は基本射撃部隊。要塞内部や塹壕奪還攻撃用兵力は帝国軍の歩兵部隊に完全にお任せ。
 ラトゥイリィのノルドール下馬弓騎兵(いざという時の長距離高速機動も可能な部隊)と、俺の部隊のノルドール弓兵+人間族ノルドールクロスボウ装備兵の弾幕は50人しかいないとはいえ、正直ノルドールの精霊の加護のチートっぷりのせいで、ボルトアクションライフル銃兵50人とほぼタメと考えていいバグ性能。中世でこんなのいたらファンタジーふっとんじゃうよ、ホント。
 
 そしてトレバシェット15機に、カタパルト20機、大型バリスタ10門、要塞取り付けのスコルピオンサイズのが50門。これらは帝国軍の歩兵隊が要塞内にこもっている時に使ってもらう。これで歩兵が死兵にならなくてすむというわけで一石二鳥。
 しかも要塞内部から撃てるから損害は敵の曲射か、敵の攻城兵器による城壁の破損後のみ。弾着観測班もこれから訓練を重ねて用意できたらいいなぁ……でもまぁ今でもすでに帝国軍は、白い石を100m単位で設置して、それを目安に射撃エリアを割り出すというドクトリンがあるので意外と命中率がよかったりもする。これは冗談抜きで蜂の巣になりまっせ……
 
 
 
「しかしこうなるととんでもない制圧射撃力になりそうですな……」

「騎兵は塹壕を越えられず、歩兵は密集隊形で来れば射すくめられ、散兵戦で来たとしてもこちらは要塞にこもっているので損害は皆無。まさしく相手にとって悪夢でしょうね」

「さすがはカズキ殿、すばらしく合理的で騎士道精神のかけらもない戦になりそうですな」

「あ、あはは……えっと、自分にとってはほめ言葉ですよ。合理的ならばそれだけ味方の損害が減りますからね」


















 とかしゃべってたら
 
 
 
 
 
「敵襲ーーーーーーー!!」



 なっ!? なにもう十字軍が来たのか!? は、はやっ!? 要塞はほぼ完成してるけど部隊配置してないぞ!! やばいやばいやばい!? なんで国境線あたりでうろちょろしているはずの敵がこんなところまで!?
 
 
 
「敵兵力を報告せよ!」

「敵はすべて騎兵! 十字軍所属のDシャア朝部隊のようで数およそ60! 十数名程度の隊商を追撃しているうちにここに来たようです!」

「隊商はどこの所属だ」

「隊商もDシャア朝の所属のようであります」

「……十字軍の名の下に同じ国の隊商まで襲うか、つくづく下種なやつらだ十字軍め」



 おうふ、部隊の配置とかを考えてたらいつの間にかデオダトゥスさんがスタコラサッサとお話を進めてくれているようで。さすがは帝国の英雄、こういう人が上だとちょっとは今回の防衛戦は楽できそうだ……
 
 

「カズキ殿、残念ながら帝国軍はまだ到着しておらん。ノルドール軍だけで防いでもらえまいか」

「むしろ取り逃がすと後々この要塞について知られることになるので、できれば殲滅したいですね」

「できるのか? 敵は騎兵ですぞ」

「ええ、なんといってもこの要塞は攻め込むは安し、帰るは難しですから」

「……以前の戦はサーレオン要塞線に居てノルドールの戦いぶりを見たことがない。楽しみにしていますぞ」

「了解です、と、いうわけでラトゥイリィありがと」

「言われなくてもすでに部隊の配置は完了しています、後は役に立たなくてもとっととニンゲンも配置についてください」



 とまぁ、しゃべっている間にラトゥイリィが一晩ならぬ数分で連絡してくれました。なんかもう部隊の兵士達がぞろぞろと装備もって要塞上や、内部銃眼へ配置についているご様子。
 
 
 
「射撃戦、状況「必中射程まで待機」かな。そっちにカルディナとセイレーネ出張ってるし、その辺は聞けばわかると思うから」

「射撃戦、状況「必中射程まで待機」ですね。わかりました、彼女達に伝えて手本を見せてもらいましょうか」

「よっしゃ、いっちょやりますか!!」

「う、うざい……」



 うざかろうか知ったことかー! ……無理にでもテンション上げないと、戦争なんてやってられるかよ……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<ラトゥイリィ視点>


 さて、報告から15分程度でしょうか。すでにこちらは要塞、防衛線に配置を完了し準備は万端。視界には追われている隊商と家紋を掲げた60騎ほどの部隊。そして隊商を迎えにいったフリをしてあわてて逃げ出したようなフリをしている騎兵3騎と、作業に当たっていた労働者の有志。
 
 いい感じに要塞に向かって誘導に成功しているようです。初見ではこの要塞と防衛線はななめになっている城壁のおかげで山か大きな建物に見えますからね。もっと近付けば城門が開いたままになっているのがわかりますが。
 
 そしてその要塞正面には危険手当を出すことを条件として労働者の人たちが、作業を担当していた塹壕前で普通の生活をしているように見せかけます。これでどうみても敵には奇襲に成功したと見えるでしょう。
 
 
 
 
「まもなく射程距離に入りま、す?」

「ありがとうカルディナ。射撃戦、状況「必中射程まで待機」で行きます。至近距離統制射撃準備。照準の割り当てを行ってください」

「統制射撃準備だ! 「必中射程まで待機」だぞ!!」

「「「おおーー!!」」」




 さて、カズキから統制射撃などについての知識がある仕官の不足を理由に、カルディナと弓の得意なセイレーネを借りている以上、ここで失敗するわけには行きませんね。最初から全力で挑ませていただきましょう。
 どうでもいいですが、セイレーネってツヴァイハンダーを振り回すだけではなかったのですね……



「ーーーーー」

「「「オオー!」」」


 カズキ隊の方でも準備が出来たようですね。さてさて、それでは十字軍相手の本番前の実地試験とさせていただきましょうか? このDシャア朝とやらのニンゲンめ。
 
  
  
 ぐんぐんと敵騎兵は接近してきます、まだ遠いですね。
 
 労働者達があわてて塹壕に向けて逃げ始めます、もう少し。
 
 城門付近に接近してきました。突き出ている要塞城門前出城をどちら側に避けて城門に来るか……いいですね、囮騎兵に釣られて予定していた方へ来てくれました、もう少し……
  
  
 
 
「今! 撃ち方始め!」

「撃てーーー!!」


 
 
 
 
 
 
 
 




[12769] 52馬力目「のじゃろり襲来」
Name: Nolis◆28bffded ID:786832c6
Date: 2018/12/16 18:29
前回のあらすじ 
・侵攻速度gdgd

・防衛線の神様ってダレデスカー

・一人ぼっちは、さみしいもんな(byレッド・ガイディア)

・銃がないと騎兵突撃を防げないって誰が決めたかな(アジャンクール脳)





<ラトゥイリィ視点>


 私は今、夢を見ているのでしょうか?
 
 
「今! 撃ち方始め!」

「撃てーーー!!」


 Dシャア朝の騎兵は、機動性に富み弓騎兵として強力な射撃能力と練度の高さで知られています。
 また、彼らの装備しているライトラメラーアーマー(金属板を結んでつなげた鎧、ライトは一部皮鎧として軽量化している)は
 射撃に対しある程度の防御力もあるため、よほど深追いして来たところを奇襲するか、こちらも弓騎兵を投入しなければ勝てないといわれてきました。
 
 その上撃退するに留まらず殲滅するなんて、過去の歴史上類を見ない事です。さすがのニンゲンもそんなことは出来ない……そう思っていました。
 

───バシュン 「ッテーッ!」 バシュン 「ッテーッ!」 バシュン


50人の射撃により規則正しく一斉射撃されていく矢は、第一斉射で60騎のDシャア朝弓騎兵を半数ほどなぎ倒しました。


「ばっ、ばかなっ!? コレはいったいどういう事だ!!」

「撃てばあた、る? 攻撃の手をゆる、めない?」

「はっはっは! いいぞ! 統制射撃終了! 勇ある者は私に続けー!!」



デオダトゥス将軍が目を見開いて現実を受け入れられないでいる。

カルディナは何事も無かったように攻撃を行う。

セイレーネはここぞとばかりに射撃を切り上げ掃討のため突撃に移る。


意気揚々とツヴァイハンダーを片手に出撃門へと向かったセイレーネから視線を目の前に戻すとそこには───



「あれっ? よくよく見るとあの旗印と紋章ってDシャア朝だよね。なんでDシャア朝の弓騎兵が身内の隊商を襲ってるんだ?」


 首をひねって不思議がっているニンゲンと、要塞から200mに設置してある帝国軍の白い目印から100mの目印までに倒れている60騎でした。
 
 
「に、ニンゲン……重要なのはそこなのですか?」


 私の口からとっさに出てきたのは、今までの軍事常識からすればありえない光景を無視して、別の事柄で首をひねるニンゲンに対する不気味さでした。
 
 帝国軍のニンゲンも同じ考えなのか、「まさか、いやしかしこの威力は、だが直射だぞ……」とうわごとのようにブツブツとつぶやいている。
 
 たとえノルドールルーンボウであったとしても、弓なりの曲射射撃でなく、命中率を重視してまっすぐ狙う直射射撃なら鎧を着た兵士に有効打を与えるのは50mがいいところです。
 しかし、あのニンゲンは部隊になんと指示していました? 『必中射程まで待機』だったはずです。必中を狙わないのならどれほどの有効射程を誇るのだというのですか!?
 
 
「カズキ殿、先ほど帝国軍の秘密兵器が知りたいとおっしゃっていましたな……よろしければ今回の戦果の秘策と交換で教えるというのではどうでしょうか」

「うーんどうでしょうね? 一応機密扱いですから自分だけの判断ではなんとも」


 おそらくこの結果をもたらしたのはまたこのニンゲンの『ニホンの知恵』なのでしょう。よく見れば弓兵達が持つノルドールルーンボウはどうも形が複雑で、何か手が加えられているのがわかります。
 
 
 やはり私は、このニンゲンが恐ろしい……この『ニホンの知識』はあとどれだけの戦死者を増やすのでしょうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<和樹視点>


 どうやら統制射撃は訓練どおりうまくいったようだ。
 
 
 やり方は単純、帝国軍の設置している500mから100mごとの目安石を使って正確に200mを狙って一斉射撃するだけ。具体的には、目安石をひとつ駆け抜ける時間から相手の速度が分かるので敵が500mの目安石を通過したら200mに到達するタイミングを見計らって200m・190m・180mとちょっとずつ手前に
 引いて三連射してもらうだけ。
 
 焼入れを施した硬く重くきわめて細い鏃(やじり)と、弓の両端に取り付けた滑車という人類の知恵と、壊れ性能のノルドールルーンボウが組み合わさった結果はご覧の通り、フルプレート装備の騎士を直射で30~50mでもガッツリ貫通し、100mで落馬させる威力を持つ恐るべきノルドールルーンボウが
 直接射撃で300m先の鎧を貫通しました。
 
 
 一般的に中世ヨーロッパのロングボウや、こっちの世界のサーレオンロングボウ兵の攻撃は、簡単に説明すると斜め45度に射撃して、落下速度でナナメ上から敵に当たって威力を発揮するもので、まっすぐ狙って撃つには200mはちょっとしんどいものがある。飛べば飛ぶほど威力が落ちて
 最後にはただの服すら貫通できなくなってしまう。
 しかしAPFSDS弾のような先端が極めて細く硬い返しの無い鏃(やじり)と、コンパウントボウの構造による弓を引く力の軽減+ノルドールルーンボウの驚異的な弦の軽さが合わさり、弓がへし折れる限界まで張力上げて射撃すると200m先のフルプレートを直射でぶち抜く矢を「連射」できる
 弓兵の出来上がりというわけ。本来の弓の強度的な問題もありこんな強い引きは出来ないんだけど、ノルドールルーンボウの性能マジパナイ。ちなみに兄上様はコンパウントボウの引く力補正抜き+馬上で放てます。マジパナイ。
 
 
 編成にかかる費用? 俺の部下50人を編成するために帝国軍団歩兵500人が雇えると思いますが何か? えぇ、この前のレッドさんのお兄さんへの領地・資金提供とかでもう俺のお財布は財布すらないぞ。
 人を雇うにしてもノルドール兵として村人をこれ以上徴募したら国家としてヤバいのがノルドール連合なわけで、近代国家軍にありがちな『兵士を増やす<兵士を生かす』方向に予算をつぎ込んで、精鋭化するしかないのだ。正規兵全員が特殊部隊並みだけど兵士がほとんど居ないみたいなもん。
 
 ちなみにそのほかにも、人型ターゲットを使った人への射撃忌避感払拭や、統制射撃による一斉に矢が飛んでくるという敵に与えるビジュアル的恐怖などなどこまかな改善点は多々あれど、無事に射撃力チートは成功したようだ。
 
 
 これで発砲音と発砲煙の無い普仏戦争レベルの射撃能力が50名限定だけど手に入り、早速敵騎兵に試したところまさかの結果であった。本当は開きかけの城門に~とか他の策を考えていたんだけれど、倒せてしまった。
 
 
 カルディナがほめて欲しそうにこっちを見つめていたので頭をなでつつ「気持ちがこもって、ない?」……ちょっとまてまて目の前に60人の死体があるのにうちの部隊ずいぶんとほのぼのな雰囲気が流れているってまてまて、今度はさっき出撃したセイレーネが、
 まだかろうじて息のある奴を捕縛し、致命傷ならトドメをさして回っている。え が お で
 
 
 怖いんですけど。み、みんなー? どうしてそんなほのぼのなのかなー?
 
 
 
「元々私達隊商護衛、隊? 隊商いじめる奴は嫌、い? あと隊長を異端扱いするゴミには容赦、しない?」

「カルディナ副隊長のおっしゃるとおり! 隊長に仇なす敵はわれらがすべてなぎ払いますぞ」

「いかにも! あの北領での戦いに比べればなんのなんの!」

「だってよ隊長。好かれてるねぇ」

「……なんとも、俺には過ぎる部下だよ。みんなありがとう! それじゃあやりますか! 勝利の勝ち鬨用意! えい! えい!──」


───「「「「オォー!!」」」」



 どうやらみんなは隊商が襲われていたことに対する義憤と、俺に対するやさしさである意味鬼のような強さを発揮したようだ。『俺の部隊がこんなに好戦的なわけがない』ってラノベが書けそうなぐらいの士気の高さだ。
 まったくもう、頼もしい限りである。
 
 
 
「カズキ殿、先ほど帝国軍の秘密兵器が知りたいとおっしゃっていましたな……よろしければ今回の戦果の秘策と交換で教えるというのではどうでしょうか」


 帝国軍のデオダトゥス将軍もこの結果には驚きを隠しきれないようで、さっき答えを濁された秘密兵器と今回の戦果の秘訣を交換してほしいと、口調は丁寧、目は見開いてこっちの肩をつかみ超怖い。何が悲しくて部下達の前でおっさんに肩つかまれて至近距離で鼻息フーフーされねばいかんのだろうか? いや、ない。
 秘密兵器の情報が欲しいのは山々だが、コンパウントボウの技術と鏃は出来れば帝国軍にも知られたくない。今後戦争が継続すればすぐに鏃は解析されるだろうが、焼きいれ技術とこれほどの重量鏃を飛ばす弓が作成できず難航するはずだ。
 
 というかカルディナステイステイ! 短剣に手を伸ばさないの! ヤバイ、俺が鼻息フーフーで嫌な顔押しているのを見たカルディナがヤツモードになりかけてる。ムツゴロウさんを心の中に召還し、抱き寄せてさらに頭なでなでせざるをえない。
 
 
「うーんどうでしょうね? 一応機密扱いですから自分だけの判断ではなんとも」

「……ん、んふぅ~?」

「そうですか……では次の合同作戦会議の際ぜひ、そちらの上層部の皆様とご相談ください」


 カルディナをナデポしながら困った顔をして答えると、目に見えてしょんぼりするデオダトゥス将軍。帝国の英雄とはいえ何気に子供っぽいところもあるんだなぁ……
 
 
「隊長! 先ほど収容したDシャア朝の隊商代表が面会を求めています!」

「了解した、武器防具を外してもらってから面会する。面会に際し、本人達へ武器防具の携帯不許可について説得しておくように、まぁがんばって」

「了解!」


 息を切らして走ってきた伝令にお願いしてこちらも武器防具外しましょうか。さてさて、Dシャア朝の弓騎兵がDシャア朝の隊商を襲う理由はなんだろうなっと?
 
 
 
 
 
 
 
───半開きにしていた防衛拠点入り口扉にて





 さて、無事追っ手から逃れたDシャア朝隊商の皆さんとお話してみることにしましょうか。

 掃討を終えたにもかかわらず返り血ひとつ無いセイレーネと、るんるんで俺のルーンコートのすそを握っているカルディナと、メモ帳片手に厳しい表情のデオダトゥス将軍と俺で、Dシャア側の代表だというご老人を包囲する。
 先ほどは全力で助けたが、あくまでDシャア朝と帝国は戦争状態にあり、Dシャア朝は教皇十字軍に参加しているのだ。油断は禁物である。といっても向こうは武器防具は外している状態で
 こっちは非武装なのは俺だけ。だからカルディナさん? Dシャアの人に会ったとたん暗殺者モードになるのやめてもらえませんかね? 俺の体に隠れて抜刀準備OKって怖いんですが……セイレーネもなんだかんだ半開きだった扉を足でゆっくり閉めていつでも切りかかれる
 体勢だ。部下の忠誠心が異端認定以来とんでもないことになってつらいようなうれしいような……


 入り口には矢が大量に突き刺さっている隊商荷馬車と、隊商護衛兵にはどう見ても見えない装備をマントで隠しきれて居ない兵士が10人、そしてかなり裕福そうなご老人がお一人いらっしゃる。どう考えても隊商ではない、なんらかの偽装工作だろうコレ。
 疑いの目でジロジロ見ていたら、ご老人が話しかけてきた。表情や声色は服装に比べてずいぶんと腰が低そうだ。
 

「この度は戦争中にも関わらず我らの命を救っていただきありがとうございました」

「『困っている人が居たから助けた』、ただそれだけです。……まぁそれはともかく、ご無事で何よりです。こちらはこの拠点の指揮官、帝国軍のデオダトゥス将軍です。」

「お初にお目にかかる。帝国軍将軍のデオダトゥスです。あなた方はいかなる理由があって戦争状態にある帝国へ? なぜ同胞に追われていたのか? 疑問は尽きませんが教えていただけることを期待しておりますぞ」

 隊商のご老人はそのご年齢に関わらず深く頭を下げると、荷馬車の扉を開ける。すると中から帽子を深く被った子供が降りてきて、ご老人は中から大きな荷物を取り出す。周りの兵士は万が一に備えて緊張が高まるが、
 周りの隊商護衛兵(偽)とご老人が膝を着き子供に頭をたれたではないか。やばいやばい絶対コレ政治とか内紛とか外交官が居ないとまずい問題なんじゃないか!?
 
 
 
「こちらにおわす方は、Dシャア朝の第一王女、アルティングル様です。またこちらの荷物の中には各地で抵抗を続けるDシャア朝部隊の情報と活動資金がございます」

「お、王女? 抵抗? ちょ、ちょっとお待ちを、それはいったい……」

「またれよ、ということは現在反乱軍と言われている方がもしや……」


 Dシャア朝は帝国への漁夫の利攻撃を行ったものの最近ちょうどここにいるデオダトゥス将軍にこてんぱんにやられたはず。ではそのこてんぱんにやられたDシャア朝軍とはいったいどっちだ? 反乱軍が正規軍で正規軍面しているのが実は反乱軍? そして王女とかいったいどういうことだ? というか内乱状態とはいえDシャア朝の王はどうなってるんだ? 
 などとアレコレ考えていた頭の中身、が一瞬にしてその『第一王女』の一言で吹っ飛んでしまった。
 
 
 
「助けていただき感謝するのじゃ。助けてもらった上であつかましいのだが、わらわのためにも戦ってはもらえぬじゃろうか?」


の、のじゃロリっ子だと!?















あとがき



初投稿から7年目の追加です。
久々にキーボードに指を置くと動く動く
といいつつ仮更新です。




>ルンバルンバさん
>>待ってたかいがあった

たいっ……へんお待たせしておりました。

現在放映中の小説家が主役のアニメを見ていてまた書き始めた次第でございます。

加筆修正と平行でちょっとずつでも新しい内容を投稿するようがんばります。





[12769] 53馬力目「国際情勢複雑怪奇」
Name: Nolis◆28bffded ID:a22bbc8c
Date: 2018/12/16 19:46
前回のあらすじ

・統制射撃(斉射)にあと音と光があればなー

・のじゃろり襲来

・ていうか内乱終わってなかったの?





<和樹視点>


 のじゃろりっ子の衝撃と国際情勢の情報が頭の中をぐるぐる飛び回りちょっと混乱が止まらない。ちょっと待ってほしい、待ってほしいがまず頭を下げよう。相手は王女様のようだし。


「こ、これは失礼しました。第一王女様をお迎えするに足りる用意はできかねますが、心より歓迎いたします」

「し、しばしお待ちいただけないだろうか、帝国とDシャア朝は十字軍に参加する際に反乱を終結させ、反乱軍と馬賊を指揮下に置いたを聞いております。であればあなたたちは……」


 こちらはなんとか外交的儀礼にのっとったつもりの対応が取れたものの、デオダトゥス将軍は驚きを隠せず先に突っ込みをしてしまったようだ。
 
 でも確かにデオダトゥス将軍の考えも理解できる。まず我々に入っていた情報ではDシャア朝反乱軍は、現体制に対して反乱を起こした不平貴族部隊だったはず。ところが目の前にいる部隊は「各地で抵抗を続ける」Dシャア朝部隊の一部のような発言をしていた。
 
 つまりは我々の入手していた情報は間違っていたか、それとも意図的にそう伝わってきたかということだ。これは国際情勢について全面的に信用できなくなってきた。
 他国と違い本格的な諜報機関のないノルドール側としては、どうしても商人などが荷物と一緒に運んでくる噂話を重要な情報源とするしかない。これは十字軍関係はあえて噂を流しているということがかなりありそうだ……
 
 
「よいよい、わらわが直々に話してしんぜよう。まずはどこぞすわらぬかぇ?」

「はっ、それでは皆々様、要塞入り口の作戦会議所までどうぞ」

「……すまんが先に会議室へ向かわせていただく。王女殿下にも大変なご無礼、失礼いします」

「まぁ、よかろ。わらわはひろーい心をもっておるからの」


 今回の十字軍関係とは関係なしに長年戦争を続けているのもあり、割とデオダトゥス将軍との間でピリピリしそうなので、先に視線でラトゥイリイに作戦会議室へ案内するように伝えたところ無事通じたようで、まとめて作戦会議室とその前に移動し始めてくれた。
 たしかに先日はまで国境線で戦争状態で、やっと停戦交渉が始まったと思ったら十字軍として攻めてこられたんだからそりゃ信用もしてないし恨みつらみだらけだろう。1939年のヨーロッパ状態である。
 しかし少なくとも少数ではあるが味方が増えるかもしれないならそれに越したことはない。だけれども十字軍だけではなく最悪停戦したばかりのDシャア朝と本格的に開戦する危険性も……まぁともかく今皆さんに向かってもらった『作戦会議室』にはいろいろと仕掛けもあることだし、いざとなれば……ってね。
 
 
 
 
 
 
───<作戦会議室にて>


 作戦会議室に到着するとのじゃろり王女様がラトゥイリイが引いた椅子にどかっと座り腕を組んだかと思えばすっごい偉そうにしている。すごい、典型的なのじゃろりだ……
 

「では、わらわが直々におぬしらの誤った大陸情勢知識を正してやるのじゃ」

「……ほう、誤っている、と?」

「我々ノルドールは森の中に籠っているから世界を知らないということでしょうか?」

「まぁまぁお二人とも、ここはまず第一王女様に貴重な大陸情勢についてご教授いただきましょう」

「うむ、かずきとかいったかの? 他者へ素直に耳を傾けられるのはよいことじゃ。なかなかに得難き事じゃぞ?」


 のじゃろり王女様に誉めてもらったが、あえて言おう『世界の敵らしいのですが、会議室の空気が最悪です』と。
 
 デオダトゥス将軍はまぁわかる、さっきも言った通り長年の敵なうえに停戦交渉中に再び襲ってきたわけだし。ラトゥイリイはまぁ……人間族嫌いだからなめられていると思ってるんだろうなぁ。
 そうすると特にDシャア朝への恨みつらみもないし人間族への抵抗感もない俺が間に入るしかないんだよなぁ……偉い人相手は緊張する。
 
 
「では誰か地図をもって……いや、すまぬの。砂盤を貸してはもらえぬかの?」

「いいでしょう、帝国の砂盤はノルドールの技術によって使いやすさは向上しているのでさぞ驚くでしょう。では中規模の物を持ってこい」

「はっ!」


 デオダトゥス将軍はやけにどや顔で兵士に命じるとこの作戦会議室にはちょっと大きい中程度の砂盤を持ってこさせた。自慢したいんだろうか?
 ちなみにさっき将軍が言っていたノルドールの技術というのは単純で、この大陸で使われていた砂盤と呼ばれるものはあくまでサラサラの砂に棒で線を引いていわゆる作戦地図を描くだけだった。
 しかし今回俺がノヴォルディアや帝国に持ち込んだのは小隊~大隊規模での散兵戦術や塹壕線の配置、砂を濡らして地形を再現ししたり、再現した地形から射撃が通るかどうか考えるといったまぁ『要塞防衛戦』の事前計画のために作ったのだ。それがいつの間にか単純な作戦図から詳細な作戦計画を練るのに使われるようになってしまった。なんでもどこまでもサイズを大きくできて、しかも修正が容易なうえ後に残らないので防諜上も大変よろしいそうだ……首都の作戦会議室に間諜が入るぐらい帝国はやばいんですね、はい。


「ほほう、便利そうじゃな。では説明するぞ? まず十字軍に参加した国は国内が鎮まり、参加しなかった国には災いが……というのは真っ赤な嘘じゃ。 そもそもおぬしら帝国と和平交渉していたのはわらわ達で、今十字軍に参加し正規軍づらしておる奴らの方が反乱軍じゃ。十字軍参加により教皇軍の援護を受けて馬賊とつるみわが軍を都より追い出して国を乗っ取ったのじゃ! しかし反乱軍の族長は血統も武力も悪いわけではないが致命的に人を見る目がなくてのぅ、あやつの周りには金・暴力・色欲の塊のような奴しかおらんわ!


「……それを証明するに足りる根拠は、何かあるのでしょうか。『敵国』の『第一王女』を名乗る者の言う事を全面的に信用するとでも?」

「良いことを言いますね。ノルドールとしても、あなたの身分を保証できるニンゲンが居れば話は別なのですか」

「そちらの皇帝に会わせてもらうわけには……いかぬじゃろうなぁ」


 うーん、どうにも本物っぽいけれど、これが何かしらの罠である可能性も捨てきれないわけで。暗殺者に子供はぴったりとか言うけれど、今デオダトゥス将軍を暗殺したところで帝国軍への影響は限定的だ。確かに名将で名高い将軍ではあるがそもそもこれだけの物量差があるのにわざわざ暗殺なんかするだろうか?、暗殺に対する報復でむしろ団結して士気が向上しそうだ。かといって大陸的にはほぼ無名のラトゥイリイを狙うのも考えづらいし、そもそも俺を暗殺してしまったら十字軍の大義名分がなくなってしまう。これから十字軍を名目に帝国やノルドール連合の領土や財産をむしる気なんだからその線もなさそうだ。
 
 暗殺という単語が思いついたのでふと後ろにいる護衛のカルディナ(セイレーネ達は会議室外に待機中の隊商の皆さんの護衛中)を見ると、すさまじい形相で左手を少し大きめに握りしめて、右手は逆手に剣の握り手にかけている。あれですか、何かあったら右手の剣で払ったり守ったりして左手に握りこまれた暗器で仕留めるんですね。やっぱり最近のうちの部下たちが何か怖い……
 
 
「安心、して? 絶対守る」

「あ、あぁありがとうな」


 視線を感じたのかカルディナが微笑んでくれた。顔は笑っているんだけどいつでも人を殺せる体制のまま笑われてもちょっとやっぱり怖い……
 
 
「まぁよい。わらわから先に一応願いだけ伝えておくのじゃ。敵反乱軍は血統を御旗に正当性を強調するだけじゃ、部族法的に考えればわらわらに正当性があるのじゃが、それでは納得いかんのであろう。すなわち、まずは反乱軍の族長他、名を連ねた反乱軍側の族長をある程度滅ぼせば、日和見中の部族もわらわらの支配下に戻ると考えておる。どうか一戦、二戦でも協力して戦ってもらえぬじゃろうか?」


 ……うまくいけばDシャア朝の十字軍からの離脱、しかも場合によっては義勇兵の派遣を見込めるかもしれない超お買い得イベントだ。しかしそうも都合よくそんな事が起こるのだろうか?
 正直『イイ話』すぎるのだ。何か裏があって考えてもしょうがないだろう。
 
 
「帝国軍司令官兼方面軍司令官として申し上げる。はっきり言わせていただくがDシャア朝の部隊とは共闘できない」

「そうじゃろうなぁ───「しかしだ」」


 デオダトゥス将軍がきっぱりと共闘を断ると、わかってはいたのだろうが王女は落胆して泣きそうな顔をした。すごい罪悪感を感じるが背後からの殺気で目を覚ます。いかんいかんこれも罠かもしれない。なんて思っていたのだが、デオダトゥス将軍はにやりと笑い言葉を遮ると、俺の肩をつかんで王女の前に突き出してきたのだった。
 
 
「このノルドール連合のカズキ殿は初陣で賊に襲われる隊商を救うための戦かった義侠心の持ち主で、また多くの兵士と市民を守るため北方では圧倒的な戦力差の中でヤツ族と戦ってきた守護者だ。『隊商を襲う正規軍崩れ』に対しこの拠点をもって迎撃戦を行うのに何らためらうことはないだろう。その上『隊商長の幼き娘』を奴隷に売りさばこうとする悪辣な『正規軍崩れ』相手には男として戦うことに何らおかしなことはないな」

「……さすがはデオダトゥス将軍。帝国軍の勇将であり真の将軍であらせられますな。むろん和樹隊も幼子の命守るためなら拠点によって戦うことに何ら異議はございません」


 なんだか将軍のすごいわざとらしい口上を聞いてしまったのでこちらも悪乗りしてみた。すると背後では和樹隊の面々から「まぁ幼女を守るためなら」とか「幼女ならしかた、ない?」など怪しい声が……帝国軍の方々も苦笑いしつつ頷いている。
 これにはさすがの王女様も目と口が○になって呆然としている。確かに普通だったら尋問や状況検証のために軟禁とかされるよなぁ。
 
 
「よ、よいのじゃろうか? 共に戦ってもらえるのじゃな?」

「『一般市民のしかも女子供を狙う正規軍崩れ』相手なら軍規上何の問題もありませんな。出撃して殲滅をとなるとさすがに難しいですが」

「追撃してきた愚かな『正規軍崩れ』を完膚なきまでに叩き潰して、数度『賊長』を罵ればまた攻めてくるでしょう。それを一方的に叩けば『帰り道が心配な隊商』の皆さんも無事祖国で待つ『護衛兵』に合流できますよね」

「そ、そうじゃな。しかしこの要塞はそんなにすごいものなのかえ? 先ほどの戦は確かにすさまじいものじゃったが……いや、『隊商長の娘』があまり軍人さんを困らせるものではないな」

「物わかりのいいニンゲンは嫌いではないですよ。カズキ隊隊長殿? 皆さん今日は疲れているでしょうしまずはお風呂でも勧めては?」

「そうだね、では『隊商の皆さん』はまずはゆっくり風呂にでも入ってお休みください」


 あれよあれよという間に帝国軍とノルドール連合軍はこの『イイ話』に乗ることになってしまった。すべてが本当だとはさすがに思わないがまぁそこは将来の可能性に期待ということで。
 
 そんなことよりラトゥイリイさん? お風呂だなんて聞いてませんよ? 何勝手にお風呂の日にしちゃってるんですかね。あのでかい公衆浴場を温めるのにどれだけの薪が……あ、体力訓練もかねてそういえばここ最近だいぶ薪割りさせてたなぁ……ま、まぁいいか。隊商の皆さんが入った後、俺たちも入ることにしよう。何か今日は疲れたし……
 
 
 
 
 
 会議が終了し、割り当てられた将官室でぐったりしていると、セイレーネがさっき作られたのであろうお風呂割り当て表と酒を持ってやってきた。勤務時間もおおよそ過ぎていたのでかなりラフな格好でいたところをばっちりみられてしまい、現在セイレーネは自分の鼻血にまみれて部屋の入口に倒れている。なんというか、この癖というか持病は治らないんだろうなぁと彼女へちょっとズレた同情心を抱きつつ、持ち込まれたお風呂割り当てを見てみることにする。
 
 すでに来客用の時間は終わり、もうすぐ将官・士官の時間のようだ。時間の後ろに何か但し書きが書いているようだけれど鼻血で読めなくなってしまっている。まぁ入り口に覗き防止のために警備兵もいることだし、何かあったら入り口で帰ってくればいいだろうという考えでお風呂セットと共に部屋を出る。
 
 セイレーネ? いや、さすがに床でエヘヘと笑いながら鼻血の海に沈む部下はそっとしておかないとね。関わらない関わらないっと……
 
 
 
 お風呂に付くとラトゥイリイ傍仕えの女性兵士が警備兵として入り口に立っていた。俺が来たのにだいぶ驚いているようだけれど、どうしたのだろう?
 
 
「カズキ隊長? この時間にお風呂へどのようなご用件で?」

「いや、さっきセイレーネから風呂の割り当て表をもらったんだけれどちょっとアレでね、ほら」

「あぁそうでしたか、でしたら……いえ、うふふ、いえいえ、ふふふ」

「ん?」


 女性兵士は血に染まった割り当て表を見ると察したように苦笑いした後、なにやら楽しそうに笑い出した。ちょっとどうしたのかな? 服装に問題でも……いや、鼻血もついてないし服装も大丈夫だ。どうしたんだろう?
 
 
「なにかやっちゃったかな?」

「いえいえ、確かにこの時間は『将官・士官』の割り当てです。どうぞお入りください。カズキ隊長は将官ですから入って左のお風呂にお願いしますね」

「了解、先にひとっ風呂浴びさせてもらうね」

「どうぞ『ごゆっくり』……」


 なんだかすごーい含みのあるごゆっくりだったけどなんだろう、まぁとにかく疲れた。お風呂入ってさっぱりしよう……
 
 
 
 
 
 
 
 
───ラトゥイリイ視点



 私の名前はラトゥイリイ
 ノルドールの聖なる森に貧乏な平民として生まれ、森を汚す汚らしいニンゲン相手にずっと少数の兵で戦い続けてきた。
 貴族にアゴで使われ地獄のような戦いも何度かこなしてきた。そしてノルドールとしては若輩ながら警備隊を率いる立場となった。
 しかしあのノヴォ村長の村に突然現れたニンゲンにより私を取り巻く環境は大きく変化した。
 
 ノルドールは国家という概念を理解しノルドール連合という首長連邦とでも言うべき国家として帝国と戦い、そしてサーレオン王国とある程度の友好関係を築き、ついには北方のヤツ族にある程度の損害を出させ、ヤツ族穏健派を支援することによりすべての国境で平穏を手に入れたのだ。
 そして北方でのヤツ族との戦いに合わせて行われた貴族による反乱とその鎮圧により、この国には表立った身分差別は消え、平民出身の私は南領警備隊隊長に代わり西領警備隊隊長の役職を得たのです。
 
 しかしその平和も長く続かなかった。
 
 ノヴォ村長の村に現れたニンゲンが世界に厄災を振りまくという予言により、教皇を中心として十字軍が編成されたのだ。
 しかし一つニンゲン共には誤算があった。ノルドールがすでに国家として各国との外交関係を構築していたからだ。
 
 これにより帝国はノルドールへの全面協力を決め(ノルドールへの侵攻ついでに攻め込まれ荒らされるのが分かり切っていたのもあるが)サーレオン王国もノルドール側への義勇兵派遣を含むノルドールよりの中立立場を明確にしたのだ。
 
 これによりペンドール大陸は大陸西半分と北方対南方と中東部の戦いを呈してきたのだ。
 
 しかしながら帝国軍はノルドールとサーレオンとの闘いで疲弊し、その上続々と別の大陸から上陸してくるスネーク教徒と戦い、十字軍によってDシャア朝との和平交渉は中断され……国内は荒廃し実に悲惨なことになっているようだ。
 
 それにしてもあのカズキとかいうニンゲンは一体何なのだろうか。
 
 突然現れたと思えばノヴォ村長の村だけでなく、ノルドール全体に医療技術や法律・文学・経済の数多くの新技術・新概念を持ち込み一気に発展させたのだ。
 そのノルドールと結婚しノルドールとニンゲンの混成部隊を率いて圧倒的数のヤツ族からの攻撃から北領を守り抜いた……
 
 しかしながら私が『ニンゲン』と彼を呼ぶので彼も『南領警備隊長』と呼び、最近は『西部戦線中部方面軍副司令官殿』などと言ってくることもあるのであまり仲が良いとは言えない。
 
その上で一つ彼に言ってやりたいことがある。いくら私の胸がつつましいからといって私の事を知り合って一年はたつというのに男だと勘違いしているのはどういうことだろうかと。


───かぽーん


 なぜか誰もいない湯船で聞こえるこの音、なぜかは知らないがあのニンゲンの故郷では必ず聞こえる音なのだそうだ。
 いや、落ち着こう。なんであのニンゲンの事を考えてわざわざ湯船でいらいらしなければいけないのでしょう!


───ガラガラガラ

 ん? 誰か来たようだ。入り口の警備兵に聞いた限りでは今の時間は『将官・士官 ※女性時間』だったはず、私は今将官用の方に入っているが私のほかに女性の将官はいただろうか? 一応カルディナ達カズキ隊の護衛兵は士官用のはず。Dシャア朝の王女がまた入りにでも来たのだろうか?
 あの王女め……胸もみ魔であることが分かった以上、明日はただではおくまいぞ……
 
 
 











───和樹視点


「えっ」

「えっ」




 ……ありのまま起こったことを話させてほしい。これは弁明でも懺悔でもない。単純に事実をのべさせてもらう。
 
 風呂場の扉を開けたら全裸のラトゥイリイが居た。しかもどうみても体つきが女性である。お風呂からあがったばかりなのか何とかも滴るイイ……う、うぁああああああああああわぁああああああああ」
 
 
「突然奇声をあげてどうしたんですかニンゲン、寒いので早く扉を閉めてください」

「え、あ、はい。いや、えっ?」

「そんなところに立っていないで早くかけ湯でもしたらどうですか? それとも人前で全裸でいることに快感でも感じるのですかこのニンゲン」

「ちがっ、えっ、ていうかおまえ「ラトゥイリイ」いや、だって「ラトゥイリイですニンゲン、私はお前ではありません」す、すまないラトゥイリイ」

「やっと人の事名前で呼びましたね。まったく、いつも肩書で呼ぶわ男だと勘違いしているは困ったものです」


 ふふんとどや顔すると湯船で半身浴を始めるラトゥイリイ……誰か助けてください。状況に完全に頭が追いつきません。さっきののじゃろり王女にしかりラトゥイリイが女の子だった件にしかりなにが一体どうなっているんですかね。ビーディー提督もびっくりなぐらい「今日の要塞は何かがおかしいんじゃないか?」状態だ。
 
 というか恥ずかしがらないんですねラトゥイリイさん。その、少しは隠してくれると既婚者的にはうれしいかなって……
 
 
「なんですそんな恥ずかしがって? 私はこれでも平民出身でずっと軍籍に身を置いてきました。ニンゲンであるカズキの数十倍もです。いまさら男性兵士に裸体を見られたぐらいで恥じらうとでも?」

「いや、それにしたってもう少しだけでもいいから慎みを持ってもらってほしいなと」

「なるほど、他人の裸体を見るとは妻に申し訳ないと……すばらしい考えです。頭が発情期のサルなニンゲンとはやはり違いますねカズキは」


 ナチュラルに人間をなじりつつなんか誉めてくるラトゥイリイさん。なんだかずいぶん今日はツンツンしてないな。いつもならもっと罵られそうなものだけど。とりあえず突っ立てるのもアレなのでかけ湯して頭を洗おう。無心無心……明鏡止水……
 
 
「ふふっ、照れてるんですか? では背中でも洗ってあげましょうか。なに軍では当たり前の事です。なにを恥じらう必要がありますか」

「……だーっ! なんで俺ばかり緊張したり焦ってるんだ恥ずかしい!! よし、背中は任せた!」


 なんだか俺だけハズいのはアホくさい気がしてきたので開き直ろう。体をジロジロ見なければOKだろ。とは言いつつも後でセニアにばれたら怒られるんだろうなぁ……
 考え事をしていると背中にごしごしと草スポンジあたる感覚がしてくる。本当に背中を流してくれているようだ。いやだからいつものツンツンぶりはどこいったんだ?
 
 
「カズキ……一つ、一つだけ聞いていいですか」

「ナンデショウ、コタエラレルコトナラナンデモ」

「カズキの居た世界での歴史を、イスルランディア殿から聞かせてもらったことがあります。カズキの国では過去大きな戦争があり多くの人が亡くなったと、しかしあなたはその後数十年続く平和な時代を生きてきたと聞いています。であれば、さきほどの一方的な攻撃の後、どうして平然としていられるのですか? まるで『目の前で人が死んだ』なんて思ってもいないように」


 なるほど、たしかに部隊のみんなとわりとさっぱり全滅させたから驚いているのか。戦場で共に戦うのは初めてだから余計に驚いているんだろう。でも正直北領防衛戦の方がもっと悲惨だったし、正直人の死体になれてしまったこともありそんなにすごいことをした気分にならないのが不思議だ。やっぱり射撃戦はなんというか、罪悪感があんまりでないから楽でいいってものあるかなぁ……
 
 
「うーん、こっちでの初めての戦いはそれは怖かったよ。初めて人を殺めた感触はきっと忘れない」

「ノルドールでも平和な生活を長く続けていた人が急に戦場で命を殺めるとどこか変わってしまうものです。しかしセニアさんやあなたの護衛騎士に聞いても特に変わったことはないと答えます。なぜですか?」

「じゃあそういうラトゥイリイは?」

「質問に質問で返さないでください。しいて言えば……ヒトをニンゲンという害虫としか思わなくなったことでしょうか。害虫だからこそ命を奪っていいのだと思うようになりました」

「そっか……確かに、俺も命の重みについて考えたことがあったよ。初めての戦いの後なんて色々と泣いてしまったくらいさ。でも俺の世界ではこんな言葉があるんだ。『一人の死は悲しいことかもしれない。だが100万人の死は統計学上の数字でしかない』って。それを思い出したら歴史を学んでいたときに『戦死者』の数がもっと多い物も何度も見てきたし、戦場の光景も何度も見てきた。だからかな、目の前に『敵兵』が50人倒れていても『たった50人』なんだ。もっと多い『数字』を見てもなんとも思わないし、そんな数字に慣れているとなんだろうな、あんまり驚きっていうのを感じないっていうか」


 ……なんかベラベラしゃべりすぎている気がしないでもないけど、改めて考えると今回も『少数の敵を撃滅』しただけであって、圧倒的な射撃力による制圧だし、直接切り結んだわけでもないから事務的に処理しちゃったんだよなぁ。装備剥ぎしようとしたらカルディナに止められたから今回はしなかったけど。
 
 
「……ではカズキの知る歴史ではどれほどの戦死者が?」

「うーんひどい戦いで有名なものであればソンムかなぁ。両軍合わせて百万人の死傷者を出したわけだし」

「ひゃ、百万……何百年続いた戦争なのですかそれは!?」

「いや、三か月だけ。しかもこの戦いで若干戦線が前後しただけで大勢には影響がなかった」

「三か月で……カズキの世界では命は軽いのですか? 『ロム兄さんごっこ』をするほどには正義や人命を尊ぶ精神はあるように感じますが」

「そうだなぁ、俺の考え方や行動は誰かの受け売りって事が多いから、こんな時ならあの人だったらこうするだろうなって考えるとだいたいうまくいくのさ」


 実際にファーストコンタクトではロム兄さん、セニアとの夫婦生活は両親、隊長の仕事は異世界自衛隊の隊長さんとか。異世界での医療や建築はエウメネスや江戸時代に行ったお医者さんなど、参考にできる『先駆者』がこれほどいるわけで。俺自身の能力がなくてもそうした事前に通った道を可能な限りなぞることで最適解に近い道を進み続けられるのが得意なのかもしれない。
 
 だからといって事はなんでも知っていることばかり起きるわけじゃないからどうしたって限界はある。でも周りの人たちに助けられていつの間にかノルドール連合国の一将官として要塞防衛を任されるまでになった。能力以上の職についている以上、自分の能力を伸ばしつつなんとか職責を全うできるようにもっと多くの人のやり方を参考にして効率化しないといけない。
 それが自分より何倍、何十倍も生きるノルドールの妻を持った責任なんじゃないかと思うようになった。それだけじゃない、妻や子供の生きる未来に何かを残さないといけない、きっと子供以上に長く残される妻のために何か残さないといけない。自分の命が十字軍によって大勢に狙われていること感じてから、そう強く思うようになった。
 
 
「……最後に一つだけ、聞いてもいいですか?」

「どうぞ、こ、答えられることならね?」

「北領防衛戦でイスルランディア殿に送った手紙の内容、あれも誰かの受け売りなのですか?」

「うん、あれは俺の祖国で最後まで守り続けて戦死した将官の報告文を使わせてもらったんだ。文字にして起こすと覚悟も改めて自覚するよね」


 なんというか玉砕覚悟の手紙を他人が知っていることでちょっと恥ずかしくなったので頭をかきながら背中を流そうとつい振り返ってしまうと、ラトゥイリイは怯えたような、怖がるような表情をして固まっていた。あれ? 何か怖がらせることを言っただろうか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あとがき

え、エタらないように……


拍手レス
>SYさん
>>サゲ更新と言わず

恐る恐るアゲてみました。ビクビク



[12769] 54馬力目「それはもはや自分?」
Name: Nolis◆28bffded ID:a22bbc8c
Date: 2019/03/22 12:00
前回のあらすじ

・幼女ならしかたない

・ラトゥイリイ性別バレ

・なんで怖がってるんですかね








───カルディナ視点


 うーん、急に私たちカズキ隊長の護衛騎士を呼び出すなんて、ラトゥイリイはいったいどうしたんだろう?
 
 戦いの後、夜ご飯を食べていたら伝令兵が至急集合の連絡を持ってきた。呼ばれたのはラトゥイリイの部屋で、護衛騎士4人全員を呼び出したみたい。カズキ隊長に内密で話すことなんて性別勘違いの件ぐらいだと思うけど……
 
 
「全員、のようだな。誰か内容は聞いていないのか?」

「……聞いてない、ついに性別がばれた?」

「それだけで僕たちをわざわざ呼ぶかなぁ?」

「割と重、要?」


 明日以降の要塞を使った仮称『Dシャア正規軍崩れ』撃滅作戦のために戦いの疲労を抜かなきゃいけない今日わざわざ呼びつけるんだから、重要な案件だと思う。でもなぜそれを私たちカズキ隊長の護衛騎士だけにまず伝える必要があるのかが分からない。やっぱり性別ばれた話なのかな?
 
 
「お待たせしました……戦闘の後で本当はお休みしていただきたいのですが、どうしても四人に聞かなければならないことがあります」


 部屋に入ってきたラトゥイリイはなんだかすごい憔悴した表情で飲み物とちょっとした軽食を持ってきたみたい。おかわりの水筒まであることを考えると長期戦になりそう。


「すごい顔をしているがどうしたんだ? やはり性別の件が主にばれたのか?」

「違います、いえ、お風呂で見られてしまったのでそれはそれでばれて「僕その話の方が聞きたいなぁ」いや、その話ではなくて「主とお風呂? 私も入ったことないのに?」いえだからその話ではなくて!」


 デニスとセイレーネがものすごい勢いでラトゥイリイに詰め寄る。こわい。でも隊長の上半身裸を見て鼻血を出して倒れたセイレーネも十分同罪だと思うけど。隊長の世界にある『しゃしんき』があればなぁ……
 
 
「ごほん、ごほん! は、話を戻します。とにかくまじめな話なんです」


 まじめな話と聞いてもう一度ラトゥイリイの方を向く。するとそしてラトゥイリイの憔悴しながらさらに悲愴な表情からは、ただ事ではない雰囲気が出ていた。これは冗談じゃすまない話だと思う。
 みんなも茶化すのをやめて真剣な表情になった。
 
 
「先ほどカズキと話をしていて一つだけ確認したいことがあるんです。ニンゲンの感覚とノルドールの感覚で違う受け取り方をしただけかもしれないので」

「ラトゥイリイやノヴォルディアの人たちと話している分には僕は特に感じないけど、どうしたの?」


 一度深呼吸をしたラトゥイリイはゆっくりと血の付いた手紙を取り出した……文字を見るとカズキ隊長の『にほんご』とノルドール語で書かれたで書かれた手紙だ。これってもしかしてあの北領での隊長の遺書……?
 
 
「カズキに借りてきました。この手紙の中身はご存知ですね? では、皆さんに聞きます。『誰かに遺書を残す時、誰かの遺書を模倣して書くことは普通の事』ですか?」

「えっ、なんでその遺書がここに? というか遺書書くのに模倣した?」

「主はよく『誰何ならこうするだろう、ああするだろう』といいながら仕事をする事が多いが、さすがに遺書は……言葉や文を真似たのではないのか?」

「……ラトゥイリイの様子からするに、全部模倣? 隊長の気持ちは?」


 普通なら確かに遺書を書く時に誰かの遺書を真似るなんて事がそもそも考え付くだろうか。伝えたいこと、死ぬ前に何か残しておきたいことを書き連ねるのが遺書なんじゃないのだろうか?
 私が誰かの遺書を読んだこともないし自分で書いたことが無いからそう感じているだけかと思っていたけど、みんなも不思議がっている。
 

「『ほんの一部だけかもしれないけれど、この文を考えた人の気持ちが分かったからみんなに通じるように少し改悪させていただいた』と。そこで思ったのです、あの人はどんな人だと思う?」

「どんな人ってそりゃぁ面倒見がいい隊長で、困っている人をほおっておけない人で、でも戦場では守るものがあれば断固として戦う人で……えへへ……」

「そして主は騎士として自分を律することができ、部下の死だけではなく人々の死も悼む優しさを持っている」

「……祖国の技術をわかりやすく伝えて、医療を発展させて、仕事の進め方もものすごくこの世界に合わせて作ることのできる『官僚』」

「そうですね、そしてセニアさんからすれば支えてあげたいと感じる困った人ですか。私からすればカズキの言葉を借りれば『憎めないライバル』というやつらしいですつまり───」


 ……わかった、わかってしまった。ラトゥイリイがなぜこんなに動揺しているのか、なぜ今まで私たちは気が付けなかったのか。
 私たちは知っている。あの遺書を書いた人、面倒見が良くて困っている人を損得なしで助けてしまう人、民草を守るために圧倒的少数の兵力で戦いつづけた人、騎士として欲にまみれた国で己を律し続けた人、部下だけでなく死そのものを減らす努力を続けた人、自国の進んだ医療を広めその結果……みんな、みんなカズキ隊長の話してくれた『隊長の世界の偉人』で
 
 
 
 
 
 
「───みんなしんでる」

























───和樹視点


 ……お風呂での一件の後、人の命の重みについて聞かれたので北領遅延作戦の時に作った遺書を常に持ち歩くことで、あの時一度死んだと考えて残された時間を大切に生きようって考えてるんだと手紙を見せて伝えたらなぜかラトゥイリイに借りていかれてしまった。何に使うんだろう?
 まぁとりあえず夜も遅いし返してもらうのは明日の朝にしよう。じゃあベッドに入ってお休み──
 
 
「うごか、ないで?」

「……口は動かしてもいい? 大声は出さないから」


 気が付けばなぜかベッドの上で馬乗りになりながら俺の首筋にダガーを当てているカルディナが居た。俺、何か殺されるほど悪いことしたかな? そしてカルディナさん? ずいぶんと薄着じゃありませんかね? ちょっとそれはまずいんじゃないでしょうか?
 太ももで両手を押さえられて左手でおでこを押さえつけられているので身動きが取れない。そしてそのですね、その薄着で上に乗られますとですね、視界がですね……ぼ、煩悩退散煩悩退散!! まずは何でカルディナがこんなことしたのか聞き出さないと!
 
 
「理由、聞いてもいいかな?」

「うたがってない」

「えっ」

「少しでも力を入れれば、死ぬ」


 わ、割と目がマジだ……ど、どうしよう聞きだせる感じではとても無い。こうなったらなんとかして気をそらさせてみよう。
 

「ぎ、疑問形な語尾はどこ行っちゃったのかなぁカルディナ」


 無反応である。表情筋をピクリとも動かさない、これが間近で見るカルディナのヤツ暗殺者モードかっ!!


「私が何でこんなことしてるか考えてる」

「自分に非があるんじゃないかって考えてる」

「もし自分が死んだらセニアさんどうなるんだろうって考えてる」

「部隊のみんなはどうなるんだろうって考えてる」

「自分が死んだら十字軍が撤退するかどうか考えてる」

「考えて撤退しないだろうから私を含めてどうやって助けるか考えてる」


 一言発するたびにどんどんダガーを食い込ませてくるカルディナ、出血多分してきた。まいったな、声を出そうにもその喉の動きでもっと深く切れそうだ。
 
 
「どう声をかけようか考えてる」

「シーツや服が血で汚れたことを考えてる」

「洗う人が大変そうだって考えてる」

「服を、選んでくれたセニアさんに……どう謝ろうかって、かん……がえて、る……」


 つい先ほどまで人を殺す絶対零度だった瞳からぽろぽろと涙があふれてきた。そしてダガーを持つ手が震え初め表情も崩れ始めてしまった。
 
 
「どうしてなかせ、てしまったか……考え、てる」







































「でも、死にたくないって一度も考えてくれない!!」






































 ダガーを取り落とし両手で俺の服を握りしめてくる。涙はもう止められそうもない。
 

「……そうだね。それで大丈夫かいカルディナ、その、これはいったいどうしてこんなことを?」


 何とか頭を撫でて落ち着かせようとしたところ、急に口をふさがれた……えーっと、その、気持ちはありがたいんだけど俺既婚者なんだよね。部下とキスはやばいよね……? 一応四人娘の気持ちはだいぶ好意があるのは分かってたよ? でも一番バレバレなのがデニスでセイレーネとカザネは自分から部下のポジションで居てくれようとしているのが分かるから大丈夫だとして、そういえばカルディナがどう思っているか考えてなかった。
 いや、セニアを嫁にもらえただけでも人生幸福値使い切ってると思ってたんだから、まさかこう、ここまで好かれてるとはさすがに、ねぇ?
 
 ……既婚者なのでたとえ重婚がOKな世界だったとしてもまずはセニアに確認しないといかんでしょ。ここはまずカルディナを落ち着かせてじっくり話し合わないと。
 
 
「か、カルディナ? ご、ごめんな? 気持ちはとっても嬉しいんだけど───「隊長の生きる意味にはたりない?」いや、えっと」

「隊長は模倣し続けてる。その時々にあった最適の人物を」

「隊長は殺し続けてる。カトウカズキという人格を」

「私も、自分を出してこなかった。間違ったら怖かったから」

「カトウカズキはいつだって最適解をとろうとし続けてた、でも平和な『にほん』から来たあなたは特別な力なんてなかった。だから自分を変えた。知っている歴史から最善を尽くした人を探して、思考を、行動を模倣した。ううん、きっと『にほん』にいた時からずっとそうだった。だから平和な学生だったり歴史を学んだ学者だったり医術を学んだ医者であったり、そしてしたことが無い仕事のはずの役人もできた。」


 まって、待ってくれ、頼む、頼むからそれ以上言わないでくれ。急な話の展開に頭が付いていかない。そしてこれ以上カルディナの話を聞いてはいけないと心が叫んでいる。でも服を握り締めて泣いているカルディナから目をそらすことができない。
 
 こんな時どうすれば……『どんな人を真似すればいい?』 あ、あれ? なんで真似する必要があるんだっけ。いやいや、ここは鈍感系主人公? 違うな、冷静に乗り切るには……あれ?
 混乱していると、今度はカルディナが両手で俺の頬を包んでまっすぐ見つめてきた。どうしよう、目がそらせない……



「教えて、カトウカズキ。カトウカズキはどんな人? 私たちを……違う、私の事をどう思っているの?」

「俺は、私は、自分は、僕は……あ、あれ?」

「教えて、あなたはどんな人?」


 カトウカズキは…………あれ? どんな人間だったっけ? お、おかしいなぁ、自分の事のはずなのに。頭が混乱する。そ、そうだよ。セニアの旦那で四人の黒髪護衛騎士の隊長で、和樹隊隊長でこの戦線の指揮官の一人で、それで───」
 
 
「違う、役職や役割じゃない。あなたはどんな人?」

「えっ、それは困ってたらつい助けちゃう様な能天気───「それは私たち和樹隊に見せる『隊長』」うっ、じゃ、じゃぁ」


 おかしいな、自分はこんな人間だってすぐ出てこない。どうしよう、こんな時『どんな人を参考にすればいいか分からない』なんて。
 
 
「教えて、どうしてあなたはあなたがないの?」

「教えて───」













「どうして『死んでしまう人を模倣』し続けるの?」






































───まったく、なんでこうできないのかねぇ。お兄ちゃんはああしてちゃんとできるのに

   わかった、おにいちゃんみたいにする
   
   
───***は部活と勉強両立できているのに、どうも最近成績が悪いなぁ

   わかりました、***君のように部活も勉強も両立できるよう努力します
   
   
───同期の***はバイトなのにいい売り上げ出してるんだ、もうちょっと頼むよ

   わかりました、***さんのように売り上げを出せるよう努めます
   
   
   自分はダメなんだ。自分なりに努力しても他人の期待に応えられないんだ。だからせめて───
   
   
   
   
「賢者は歴史から学び、愚者は自己の経験から学び、本物の愚か者は経験からすら学ばない」

「だから、オレは他人と比較すればどうしようもないほどダメだけど、他人からの期待に応えようとして、賢者であろうとしたんだ。だから歴史……他人から学んだんだ。『考え方をまねできるぐらいに』」


 漫画、ゲーム、映画、小説、実際の歴史……様々な英雄や偉人の行動を調べて、覚えて、「選択肢」を増やし続けてきた。そんな人生だったんだ。

 そっか、オレは全部他人のマネだったんだ。自分なんてものがないただの……
 
 
 
───カズキ、愛していますよ。



 思いっきり自分の頭をぶん殴る。ものすごい頭が痛い。でも、だからこそ、カルディナが気づかせてくれたんだ。あの声が導いてくれるんだ。
 
 
───あ、アナタって言うのは二人きりの時だけですからね!

───はーふのるどーるっていうのは、その寿命もちょうどはんぶんで……えっと……こ! 子供は何人ほしいですか!! ノルドールは繁殖力が低いのでそのえっとあ、あわわわわわ

───死なないで! 帰ってきてくださいね!!

───カズキががんばっているから私もくーるびゅーてぃーでがんばるんですよ♪ ふふっ♪


 自分の中で、自分自身の考え、気持ち。あるじゃないか。大丈夫、コレがある限りカトウカズキは加藤和樹で居られる。
 
 
 
 
 






「自分の頭を殴りつけた、そんなあなたは、だれ?」

「ノルドールのセニアって女の子にぞっこんなダメ人間。そして四人の美人部下にメロメロなダメ人間」

「……満点じゃないけど、合格、点?」

「ちなみに一点だけ指摘しておくぞ。死んだ人ばかり模倣しているんじゃなくて、歴史上の人を模倣しているんだ。だからすでに死んでて当たり前」

「自分の命を計算に入れない、のは?」

「『すでに死んでいる人、生きていない人』を模倣しているんだから死ぬこと考えるの忘れてた」

「なんだ……もう、隊長のばーか? 心配して、損、した?」

「いやでも、ありがとな。正直ちょっと自分を見失いかけてた気がする。ここら辺でこうなってなかったらちょっとヤバかったかもしれない」


 ていうか他人を模倣し続けていたおかげで自分らしい何かが分からなくなるってヤバイだろ。精神メタモンとかなんだよ。イタコさんじゃあるまいし……
 
 まて、そしてなんだか落ち着いたらジクジクと首筋が痛む。やばい、まだ出血止まってなかった所に思いっきり頭ぶん殴ったから力が入って余計に血が出てる。止血止血!!
 
 
「……かぷっ」

「ちょっ! まっ!?」

「ちゅー………」


 流れ出た血と傷口にカルディナが舌を這わせてなめとったと思ったら、そのまま切り傷に吸い付いてきた。なんなのだこれは! どうすればいいのだ! あっ、模倣できる精神状態に戻ってきた。ってそうじゃないだろーーー!?
 
 
「……とまった? でも私は謝らない」

「ま、まぁうん、今回はここでカルディナが気づかせてくれたからよかったってことでひとつ。あと女の子なんだから男の血なんてなめちゃダメだぞ」

「血の契約? えい……はい、指切った。なめて」

「いやなめないだろう普通まて、むぉ!?」


 落としていたダガーナイフで自分の指先を切ると出血した指をそのまま俺の口へ突っ込んできた。男のゆびちゅぱとか誰特だやめ、やめろぉーーー!? あっ、これはこれでばぶみを感じないでもっていかんいかん。
 
 
「ふふっ……これで、あなたと私は、血族? 血がつながった、儀式?」

「血族って……うーん分かった、俺は既婚者なのでカルディナは『妹』とします。異論は認めないからな」

「義理付かない、ほう?」

「血族なので義理尽きません。手出さないからね?」

「ぶー……でも、いいかも?」


 今まで見たことのない笑顔を浮かべて俺のおでこにキスすると、カルディナは腕を広げ俺に抱きついて耳元でこういったのだ───
 
 
「じゃあ……大好き! おにいちゃん!」



 ずきゅーん! という謎の音と心臓を矢で貫かれるイメージ映像と共に感情のオーバーフローを起こした俺は意識を手放すのだった……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



あとがき


ちょっと殴り書きが過ぎました。後で改修工事しますので……


そしてマジメかけずに最後ギャクで終わらせてしまう……




[12769] 55馬力目「やんでれこわい」
Name: Nolis◆28bffded ID:237cbc77
Date: 2019/04/05 09:31
前回のあらすじ

・思考から何まで模倣できる特殊技能

・メンタルメタモン

・カルディナは妹属性を手に入れた!




<カズキ視点>


 先日ののじゃろり王女襲来より三日後、こちらから挑発とか何かするまでもなく、一向に帰ってこない先日殲滅した部隊を捜索しに来たのか翌日30騎程度の弓騎兵部隊が来たので同じ手で殲滅。三回ほど殲滅した時に帝国軍のデオダトゥス将軍がある一計を講じた。
 
 生き残った捕虜の一部を開放しこう言いつけた「親分に言うんだな、帰ってこない奴らはみんな王女側に寝返ったと。お前が帰った後親分の近くに居る余り見ない顔の大男が居れば発言には注意することだな、正しく言わなければ……わかるな?」と。
 
 もちろんこちらから敵反乱軍にスパイを送り込んだわけではない。正確に言えば寝返ったという疑心暗鬼になってくれればもうそれはOK。逆にたまたま見知らぬ大男が居ればこいつがスパイだとか言ってくれて混乱に拍車がかかる。最後に無事帰還しましたと言ったらそれはそれで……まぁ結果はご覧の通り。目の前にはぎゃんぎゃんこっちに吠えてるDシャア朝反乱軍指導者と敵兵800名が展開している。数おかしいだろ!? 反乱軍なのにもう正規軍の一個方面軍近くそろえてこっち攻めてくるとか!!
 
 
「さて、予想外に釣れてしまったようだな。叛意を勘ぐられたくなければ総動員しろとでも言ったのだろう。ずいぶんと装備のみすぼらしい兵も多いし、なによりDシャア朝の軍なのにこの歩兵の割合だ。さすがに200近い騎兵をしとめただけはあるな」

「どの旗もたいした族長ではないのじゃ、大族長は……ほう、わらわと仲が良いはずのカシム族長までおるのぅ。じゃが数を集めるためにそのカシム族長と仲の悪いユサフザイ族まで連れてくるとはおろかよのぅ……これだから国を譲れぬのじゃ」

「あの、ずいぶんとお二人とも余裕そうですね? こちらの防衛兵力はノルドール軍50の帝国軍100で150名なのですが……」


 圧倒的兵力差を前にしてお二人はずいぶん余裕そうな表情。反乱軍側は直ちに総攻撃するつもりのようだし、最低限の攻城兵器も持ち込んできている。大量の歩兵に持たせた帝国軍式の大盾と投擲武器対策マシマシの城門破壊鎚、そして大量のはしごで一気に強攻するのは目に見えている。つまり総がかりを食らうと普通まずい状況なんですが、その辺お二人ともご理解いただいているんでしょうかね?
 
 

「カズキ、どうせアナタのことですからずいぶんとえげつない方法で皆殺しにするつもりだろうと、デオダトゥス将軍もアルティングル王女もご理解されているのでしょう。何人生かしておくのです?」

「戦力比と準備を考えると、北領防衛線より、有利? 捕虜は何人必要?」

「主のことですからやはり燃やし尽くすのですか?」

「……串刺し、それより生きたまま鳥のえさが……」

「隊長おすすめの首はどれですか? 僕が一騎討ちで槍先に掲げてきてあげますよ!」

「やだ、ウチの護衛騎士怖いんですが」


 うちの護衛騎士四人娘が、Dシャア朝反乱軍指導者が先ほどから吠えている王女や俺に対する罵声に対してマジで切れる5秒前状態である。三国志のアレじゃあるまいし、挑発で門を開けてホントに出撃しないでね? ラトゥイリィもニヤニヤして四人娘煽ってるし……そ、そうだニグンさんは「隊長、女性兵士はあんまり居ないようですから、大体殺しちゃっていいんじゃないですかね? もちろん隊長からご命令ただければ特殊な敵兵はちゃんと気絶させてお部屋にお持ちしますぜ」ってこらー! やめろー!! ちょっとしゃれにならないだろーーーー!!
 
 やめて! 四人娘の目がみんなうさみちゃん状態なの! 目くわって開いてヤンデ目状態!! セニア助けて───『浮気は車裂きですよア・ナ・タ♪』 ……電波を受信したので虚無の心で望もう。うん、メタモンメンタルの能力を使って鈍感系主人公の気持ちで居よう。うん。
 
 
 
「カズキ殿の部隊は大変仲がよろしいようで。では防衛戦における射撃指示についてはこちらの兵もお任せしますぞ。追撃となれば逆にそちらの騎乗可能兵をお貸し願うということでよろしいかな?」

「あ、はい。防衛から反撃に転じる場合は独自の判断で結構です。そちらの動きに合わせて動かせる騎乗可能兵は回せるだけ追いかけさせます。あとは指揮する分隊長を掌握していただければ」

「わらわの護衛兵からもその時は追撃に加わらせてもらえぬだろうか? 取り込めそうな者がおればできれば懐柔しておきたいのじゃ」

「承知した。帝国軍の出撃にあわせて付いてきてくだされ」



 さて、敵も一通りこちらを罵ってすっきりしたのと、いよいよ準備ができたようでゆっくりと大盾と共に前進してくる。ではでは始めようか。この要塞の名前にふさわしい『旅順の戦い』を!!
 
 
 
 
 
 
 
 

<反乱軍指揮官>


 先日やっと見つけた前国王の血筋最後の生き残りである第一王女をやっと見つけて追撃部隊を差し向けていたものの誰も戻ってこなかった。その後三度信頼できる族長の部隊を送り込んだが音信普通のまま、たった一人だけ帰ってきたのだ。
 その生き残りいわく最初の追撃部隊を含めみな裏切ったとの事だが……もはやDシャア朝の勢力はこちらが絶対的有利だ。残る前国王派の族長など数えるほどしか居ないし、十字軍や旧王国とやらからの援軍もある。こんな状況でいまさら王女に寝返って自滅するやつなんぞいるか!!
 しかしあの忌々しい王女の首ひとつ取ってくるためにこちらの弓騎兵がたった一人の生き残りを残して200騎が全滅するわけがない……こいつはただの脱走兵だとして、なぜだ? 何かに拘束されている? しかし騎兵だぞ? 伝令の一騎ぐらい出せるだろう。となると不意打ちしかありえん……俺の新しいDシャア朝での立場のために何か策謀が? ん? 脱走兵が突然旧王国からの増援に来た騎士に対してこいつが敵軍の密偵だとかのたわり始めたが……突然なんだと言うのだ?
 
 
「ほう、この古のペンドール大陸を支配し続けてきたペンドール王国の使節たる私に対してなんという無礼……王よ、切り捨ててもかまいませんな?」
 
「まぁここは俺に免じてその剣を引いてくれ。こいつからは多少聞きだしたいことがあるからな」

「そうですか……まぁ、いいでしょう。それで? 王女が逃げ込んだという要塞、攻め込むのですかな?」

「ちょうどそちらの兵は城攻めに適した装備を多数お持ちだったな。俺たちは城攻めは得意ではない。今回も頼みたい」

「ふふっ……ではペンドール王国軍の実力を改めてお見せしましょう……」


 この古代に滅んだはずのペンドール王国を名乗る男とその兵士達が居なければ、城攻めに不向きなDシャア朝の俺たちだけでここまですんなりと前王派の拠点を落とすことはできなかっただろう。俺たちが立ち上がるときに偶然に古代ペンドール王国の復興を手伝う代わりに俺の戦いに協力してくれると言うが……まぁいい、こうしてどんどん城攻めでやつの兵を消耗させていけばいずれは……














───『旅順』要塞前面


 目の前の帝国軍の要塞には確かに王女の旗印がある。見たこともない形の要塞ではあるが……スネーク教徒に攻め込まれ十字軍の攻撃でもはや滅んだも同然の帝国軍なんぞ何を恐れる必要があろうか!!
 
 敵兵の姿が見えず、舌戦する気も無いようだが一応Dシャアの誇りにかけて俺単身進み出て舌戦を申し込んだがまったくの無反応。罵声の一声も聞こえない。この兵力を前におびえているのか。ふん、腰抜けめ。
 
 
 
「では攻撃を開始します、われらが正当なる王よ、号令を」

「あの生意気な王女を必ず引きずりだして来い! 生きたまま捕らえれば雑兵でも取り立て賞金をだそう! 全軍攻撃! 一ひねりにしてしまえ!!!」

「では歩兵部隊はこちらでお任せを。ペンドール王国兵よ! 前進開始!! 古を栄光を取り戻せ!!」


 威勢のいい声と共に攻城用の大盾を装備した歩兵が列を成して進軍する。歩兵600の突撃を受ければこの程度の要塞なんぞ瞬く間に攻め取って……
 
 
 ───だが、その歩兵の列が突然崩れた。先ほどまで何の反応もなかった要塞から雨のような矢と石つぶてが降り注いできたのだ。
 
 
「王よ! 200の距離はあるはずなのに敵の矢が大盾を貫通してきます! それにすごい精度で狙われておりすでに100近い兵が倒れております!! 敵城内より打ち込まれてくる投石も信じられない精度でこちらの隊列に直撃していきます!!」

「そんな馬鹿な! 帝国軍の城攻大盾と同等の強度なんだぞ!? それにカタパルトでなぜ歩兵が狙い撃ちできるんだ!!」

「だが後ははしごをかければ数で勝る! 歩兵を走らせてはしごをかけさせろ!! 攻城鎚は分厚い屋根付きだから鎚を盾にしながら押し込め!!」

「くっ……走れ! 多少隊列が乱れてもかまわん! 走れ!!」


 大丈夫だ、すさまじい速度で確かに攻撃されているがこれがノルドールの弓兵の力なのだろう。だが盾を貫通しても攻城鎚などに隠れて前進中の重装兵さえ取り付いてしまえばこちらのものだ。現に矢は攻城鎚の装甲を貫通できていない。敵カタパルトから飛んでくる投石もかなり小さくこれなら城攻鎚を破壊するには威力が足りない。なにより100人死んでもまだ500人の歩兵が居る。何も心配する必要は……
 
 
「王よ! 今度は投槍が絶え間なく降り注ぎ、攻城鎚に隠れて進む重装兵が投槍で正確に狙い撃ちされています! 攻城鎚を放棄して兵が逃げ出してしまっていますぞ!」

「攻城鎚部隊の逃走により歩兵部隊が動揺しています、このままでは!!」

「そんな……敵兵は100人程度であるはずだ、こんな短時間で……まさか本当にあの200騎は……」

「歩兵部隊潰走します! 敵城門開き敵軍出撃してきます! 王よ!!」


 こんな、こんなことがあってたまるか!! 総攻撃を開始してまだ一時間もたっていないのだぞ!! それなのに、こんなことがあるはずが……っ!!


「だめだ、潰走する歩兵が邪魔でこちらの騎兵が……これでは敵騎兵を止められない……王よ、ここは一度引いて───「帰れると思った、の?」ガッ!?」


 振り返れば側近の族長が首から血を噴出して倒れている。その後ろには……女? ヤツかDシャアの女? まさかその女が───「大将首みーつけたっ! ねぇ、その首僕にちょうだい?」
 
 死んだ族長と族長を殺した女に注意が向いていたわずかな間に、満面の笑顔をした重装騎兵の女が槍を突き出してきていた。とっさに抜剣してはじこうとするが、その速度を超えた槍が俺の喉を貫いた。
 
 
「あはっ! つーかまえーたっ!」


 そんなうれしそうな重装騎兵の女の声が、Dシャア朝王国の王になるはずだった俺の最後に聞いた言葉となった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<和樹視点>

 
 
 さて、要塞設計時の計画通り、無事一兵の死傷者を出すこともなく敵軍の撃滅に再び成功した。
 ノルドールコンパウントボウ+ノルドールコンパウントクロスボウによる超威力長射程の統制射撃。要塞に設置されたスコルピオンによる精密狙撃。どんぐり型に整形した弾を回転させながら発射するねじり腱式大型カタパルト。固定手回し型連続アトラトル投槍器などなど……アリストテレス先生のびっくりどっきり装備を使ったこの『旅順』の名に恥じない圧倒的射撃力で瞬く間に敵軍を撃破できた。ただし通常の要塞を10個作る予算が飛んでったし、今回までの射撃戦4回で普通の弓兵40回戦闘分の矢を消費したけどね!! 補給もおっつかないし予算ももう無いけどね!!
 敵さんは重装甲の攻城鎚と大盾に自信があったみたいだけど、コンパウントクロスボウや帝国軍のピルム型に改良したアトラトルは車のドアをぶち抜く威力があるので青銅盾や鉄と木の合成盾なんて簡単にぶち抜いてしまうのだ……これ敵に鹵獲されたり兵が持って逃げ出したらやばいよね……取り扱い注意しないと。
 
 まぁ今回はデニスとカルディナがいつの間にか帝国軍の騎兵追撃にあわせて我先に出撃してしまったけど敵歩兵の潰走とタイミングどんぴしゃですさまじい戦果拡張にも成功して、ここまでうまく行くのかというぐらいのまさに完勝だ。味方に被害0というのもさらに良い!
 幸いにも命はお金で買えないし、なにより本来なら黄金よりも貴重な『熟練兵』を大量に確保できる射撃戦ドクトリンは、ただでさえ人口の少ないノルドールには最適だとノヴォルディアの皆さんにもご理解いただけているようで、ノヴォ市長やセニアからぶーぶー文句の書かれた手紙は来ているけども要請している分の武器弾薬はちゃんと届いているので助かる限り。今回殲滅したDシャア朝の装備も溶かしたり整備してこっちの装備や軍資金に回させてもらうとしよう。ちょっとでもリサイクルしないとね?
 
 
 さて、話は変わるけれど、みんなヤンデレって知ってるかい? 病的に愛してくれる女性について表現した日本の文化なんだけど、二次元だって正直それはキツイっすって感じの愛され方が強いんだ。それがね? 三次元になるとね?
 
 
 
「あはっ! 隊長! 見てくださいよ! 大将首団子のお土産です♪」

「後方の補給部隊に妻子供連れの敵、多数? みんな捕まえて、きた? どう『使う』?」

「主の悪口で笑っていた敵兵は降伏してきても全員始末しておきました!」

「……デニスが持ってきた首、城門にでも吊るす? ……塩漬けにして残った敵族長に送りつける?」


「「「………」」」



 あのさ、その、ね? デニスさん? そのロングランスは団子刺す串じゃないんだよ? そのすごい数の首の形をした団子はなんなのかな?
 カルディナさん? 全身血まみれで恍惚とした表情で捕まえてきたって言うのやめて? 捕まえた人の安否も気になるけどお兄さんカルディナの感染症と性癖が心配だよ?
 セイレーネさん? 王女からすれば降伏した兵は取り込める存在だったんだよ? 降伏した敵兵をなます切りしちゃやばいんだけどその辺わかってるのかな?
 カザネさんは発想が古代中国並に残忍極悪なんだけど大丈夫? 普段リスみたいに幸せそうにご飯もきゅもきゅしている君はどうしたの?
 
 ていうかデオダトゥス将軍も王女も絶句してるよ! 俺も絶句だよ! ラトゥイリィも───「弓兵部隊の指揮で城から出れなくてとても残念でしたが、四人ともお見事ですね」ってラトゥイリィーーーー!!!
 
 
「……これが、ノルドールの戦なのかえ?」

「……これほどの者から敬愛され使いこなすカズキ殿は……その、さすがですな」



 やばい、帝国軍とDシャア朝正規軍との心の距離がどんどん広がっている気がする。やめて! この子たちちょっと気がたってるだけなの!!
 
 
「ま、まぁこれで敵対勢力はほぼ壊滅したのじゃ。下った兵も50ほどおるし、わらわはこれよりDシャア王国を取り戻しに首都へ行って来る。デオダトゥス将軍、カズキ将軍、この恩はわらわとDシャアの民は未来永劫忘れぬぞ」

「帝国軍からも外交官として一人連れてっていただけると助かります。国内を平定されたらば十字軍に参加中の兵の撤収や、可能であればこちらへの義勇兵などのご協力お待ちしておりますぞ」

「も、もちろんじゃ! わらわもまだまだ死にたくないからの!!」


 王女様? そんな涙目でこちらを見ないでください。先ほどからカルディナに血だらけの体を恍惚とした表情のままこすり付けられてるんです。セイレーネが頭なでて欲しそうにふんすふんすしているんです。デニスが抱きついてきているせいで首の形した団子さんと目が合ってるんです。カザネがしゃがんで腰に抱きついてきているです。ちょっと怖いのは分かるのですが引かないでください。というか助けてください。
 
 
「一応お二人にはお伝えしたいのですが、ノルドール族にこのような事をする風習はございませんのであしからず。これはこのカズキ隊長のみなしえる事なのです」


 だからラトゥイリィも変なこと言わないでーーーー!!!
 
 
 
「まぁ敬愛する人があそこまで罵られたのじゃ。それに四人とも隊商護衛兵じゃったのも聞いておる。恨み千万だったのじゃろうて。そこは男の甲斐性を見せると良いぞカズキ将軍」

「では王女、我々は一旦ここを離れましょうか。功一等のカズキ将軍とそのご一行だけの時間も必要でしょうし」

「そうじゃな、ではまた会おうぞカズキ将軍」


 えっ、マジで俺おいてくの? 今後のDシャア朝を左右するような話スルーしちゃうの? というか誰も助けてくれないの?
 
 
「隊長~」
「主~」
「……隊長」
「ハァハァ……隊長……」


「せっ……セニア助けてーーーーー!!」











───第4次『旅順』攻防戦─── ※王女救出戦を第一次とし、その後3回迎撃戦を行っているため


攻撃側:Dシャア朝反乱軍
    騎兵:200
    歩兵:600
    
防衛側:ノルドール・帝国連合軍
    騎兵:30
    歩兵:70
    ノルドール弓兵・クロスボウ兵:50
    
損害
Dシャア朝:死傷者300
      降伏者100
      残りは逃亡
      
ノルドール・帝国連合:損害なし


Dシャア朝反乱軍王位僭称者の戦死によりDシャア朝反乱軍崩壊






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