「…行っちゃったわね」
「うん」
トタンの屋根へ打ちつける雨の勢いが増し、大音響を奏で始めた廃工場。
親友の漏らした呟きに、令示──魔人ヘルズエンジェルの走り去った方向を見つめたまま、すずかは頷きを返した。
吹き荒れる風が、剥がれかけている壁の金属板を揺らし、金切り声のような音を上げる。
その鼓膜を引っ掻くような不快な響きに、アリサは思わず顔を顰め耳を覆う。
だが、その轟音の中でもすずかは耳を隠す事なく、胸の前でギュッと両手を握り締めた。
…豪雨をものともせずに駆け出した、狂走の悪魔の力を疑ってなどいない。
しかし、陽光を遮る黒雲と荒れ狂う風音がすずかの心を、逆なで乱す。
危険な場所へと向かう令示を見送ることしか出来ない自身の非力に、すずかは心中で密かにうごめく、静かなざわめきを覚えていた。
第九話 決斗! 不屈の心は砕けない 前編
「YA------HA------!」
荒れ狂う波も、吹きすさぶ暴風もものともせず、鉄の凶獣──ハーレーダビットソンは高らかに咆哮を上げ、無人の野を征くが如く、大海原を突き進む。
その速さたるや、正しく疾風──いや、ここは魔風と称するべきだろうか。
「──っと、見えたぜ」
視線の遥か先──暴れ回る六本の竜巻の中央上空に、フェイトとアルフの姿を捉え、呟きが漏れた。
やはり魔力不足──も、原因ではあるだろうが…それ以前に、如何に彼女が優秀な魔導師とはいえ、六つものジュエルシードを使い魔のサポ
ートだけで確保しようなどとは無茶が過ぎる。
俺の目に映ったフェイトは風と雷に翻弄され、まるで糸の切れた凧のようにあちこちへと振り回されていた。
その為だろうか、俺の出現には気付いているのだろうが、こちらに構う余裕がないようだ。
「ん? …ふん。こっちのヤツも俺に気が付きやがったか…」
フェイトの下へと向かう俺の正面の海域が、不自然な隆起を見せると巨大な蛇の如き姿を取り、前方を遮るように立ちはだかった。
海中の幾つかのジュエルシードが、同類の接近──つまり俺の存在を察知し、取り込もうとその食指をこちらへ向けて来たのだろう。
数個のジュエルシードの力が纏まり、全長数十メートルはあろうかという水蛇が、その巨躯を鞭のように大きくしならせて大質量の水の鉄槌
を、俺目がけて振り下ろす!
──しかし
「slowly!」(ノロいぜ!)
嘲笑の言葉とともに俺は車体を右方向へ大きく傾けてスライドさせ、その一撃を難なく躱す。
空高くから海へと叩きつけられた、数十トンもの質量は、海面を大きく揺らして、五メートルはあろうかという大波を巻き起こし、着水点を
中心に四方へと放たれた。
俺の側面より、泡立つ波頭が唸りを上げて迫る。
それは白い牙を彷彿とさせ、まるで巨獣の顎が如く一息で噛み砕かんと海鳴りを響かせて、のしかかるように俺の頭上を覆いながら襲い来る!
しかし俺は、ハンドルを逆に切って今度は車体を大波の方向へと傾けながら、グリップを更に握り込んだ。
スロットルの解放に歓喜の咆哮を上げた妖車は俺の意に従い、速度を上げて波頭へ向かって突っ込んで行く!
…恐らく既に俺を見つけているであろうアースラの連中には、俺が自ら波に飲まれに行ったかのような、狂気の所業に見えた事だろう。
無論そんなつもりはない。
この身から溢れる悪魔の力が教えてくれる。
むしろここが──
ここからが──
「Let's Party time!!」
──魔人ヘルズエンジェルの真骨頂だと!
ハーレーは地響きのようなエグゾーストを放ち、海面を切りつけ、空気を割って大波の表面を一気に駆け登り、波頭から大きく飛び上がって宙を舞う。
それは、さながらサーカスの曲乗りのような機動──否、サーフィンのエアリアルだ。
しかし、それだけでは終わらない。
俺は空中で車体の方向を転換しながら、波の後方──起き上がっていく水蛇へと目がけて『着地』。そのままほぼ垂直になった巨大な蛇体の
表面を、螺旋を描く軌道で疾走する!
──これこそが、ヘルズエンジェルの固有能力──方向制御(ベクトルコントロール)
通常の走行はマシンとライダー、双方に様々な負荷がかかる。
代表的なものはエンジン内部の金属同士の擦れや、シリンダー壁にかかる負荷、潤滑油の粘度などで生じる出力の低下──摩擦抵抗(フリク
ションロス)だが、その他にも重力、慣性、空気抵抗等々…更には機体自体の強度と、エンジンのパワーとのバランス、乗り手の体力に至るま
で、ただ走るという行為一つで、多くの難問が山積している。
古今東西のバイクを作り出す職人や技術者たちは、常にこれらの問題と向かい合い、知恵と技術を絞って名機、傑作機と称賛されるマシンを
作り出して来た。
だが、スピードという狂気に憑かれた悪魔、ヘルズエンジェルはそうした物理的な枷から解放されたマシンの機動を可能とした。
高速走行で起こりうるあらゆるマシンとライダーへの負荷を、全て車体の後方へと受け流し、加速への枷を逆に力にして更なる速度を得る為
の糧とする能力だ。
水蛇の表面を駆けながら、俺は全身より滾る魔力を妖車へと注ぎ込む。
ハーレーはその力の奔流に歓喜の猛りを張り上げ、マフラーから紅蓮の炎を放出する!
火炎がハーレーの軌道に合わせ、たなびくその姿は、ジェット戦闘機のアフターバーナーを彷彿とさせた。
──ヘルズエンジェル固有スキル、ヘルバーナー。
敵全体に魔炎を放つ、攻撃スキルだ。
炎の帯が水蛇を縛り、締めあげていく。
「Get lost! You Schmuck!」(消え失せろ! 糞野郎!)
苦しみ暴れる水蛇へ、俺は笑い混じりの罵声を浴びせ、一気にスロットルを解放しながら、蛇体より海面へ向けて飛び降りる。
乗り手より送りこまれる加速の合図に、ハーレーが一際大きく狂喜のエグゾーストを鳴り響かせ、マフラーより更なる巨大な魔炎を放出する。
長く伸びたヘルーバーナーの火炎が、更に大きく膨れ上がり、膨大な熱量が水蛇を包み込む!
その刹那、ヘルバーナーによって大量の海水の温度が一気に上昇。
瞬時に沸点を上回る魔炎の高温によって、水蛇は急激な膨張を引き起こし、臨界点を突破した海水が急激に膨張。
一気に気化され、大量の水蒸気と化した水蛇は、魔炎の檻の中で断末魔の絶叫──水蒸気爆発を引き起こし、四方へ衝撃を撒き散らす。
耳をつんざくような轟音の中、俺はグリップを握り込んでハーレーを急発進させた。
妖車の猛りと加速は、後方より俺を飲み込まんと迫る蒸気と衝撃波を振り切り、再びフェイトの下へと疾駆する。
「I'm sorry. I do not want to dance with the snake.」(悪いな。俺は蛇とダンスする気はねえんだよ)
首を捻り、背後の蒸気の塊へ目をやってそう呟くと、俺は再びグリップを握り込み正面へと視線を戻した。
そこへ、フェイトへの視線を遮るように立ちはだかる影が一つ。
四肢に絡みつく雷の蔦を鬱陶しそうに払い除け、俺を睨みつける橙色の巨狼──アルフ。
──咆哮鳴響。
空中で互いの視線がぶつかったその瞬間、橙狼はその周囲へ八つの魔弾を展開する。
「いけっ!」
ベクトルコントロールの力で、風音に阻害されることなく届いた、アルフの号令と同時に撃ち出された弾群が、疾駆をする俺へと向けて殺到する。
「ヒュウ! 熱い歓迎だ! but──(だがなぁ──)」
俺は口笛を吹いて笑いを漏らすと、グリップを握り込みスロットルの上昇を更に突き上げ、アルフの放った魔弾の群れへと加速しながら突っ
込んで行く。
「っ!?」
流石に真正面から切り込むとは思わなかったのであろう。アルフは俺の行動に驚き、目を剥いた。
だが甘い。驚くのはこれからだ。
俺は指呼の間まで迫った魔弾群を前に、出現時と同じくスナッチウィリーを決め、振り上げた炎の車輪を暴れ回る猛獣の如く振り回し、来襲
する攻撃を片っ端から叩き潰した。
「──Hey! Wild lady! お互い遊んでる余裕なんてねえだろう? この位にしておこうぜ」
車体を海面の上で停止させ、肩をすくめながら空中のアルフへ声をかける俺。
「なっ!?」
その軽い口調に驚き、そして怒りの色を強め声を上げるアルフ。
が、それも無理はない。先程の俺は時速三〇〇キロ近いスピードで疾走していた。そんな高速で走るバイクをロデオの如く暴れさせるなど、
狂気の沙汰以外の何物でもない。
バランスとりを誤れば転倒し、尋常あらざる被害を被ることになる。悪魔の肉体強度を以ってしても、それは避けられない。
──如何なベクトルコントロールとて、完璧ではない。
この力はあくまで『走る』という行為に特化した能力である為、走行によって起きうる負荷は打ち消し、力へと変換する事が出来るが、それ
以外の外的要因──先程の水蛇の、のしかかりのような攻撃には、自前の耐久力以外何の抵抗も示せないし、バイク自体の緻密な操作は、乗り
手の腕次第となる。…一つでもその動作を誤れば、最悪、俺は無様な死体を海鳴の沿岸に晒すことになるだろう。
しかし、俺の心に、恐怖は無い。
死の具現たる魔人と化した弊害か、はたまた恩恵か。
後方へ流れて行く景色に、眼球の奥が痺れるような快楽を覚え、綱渡り同然の命懸けの走行に、肥大する征服欲を満たす悦楽を覚える。
正しくその在り方は、スピードを喰らう狂走の悪魔ヘルズエンジェル。
──もっと速さを! もっと迅さを!! もっと疾さを!!!
腹の奥底から込み上げてくる、飢餓のような本能の要求に突き動かされ、俺は再びグリップを握り込む。
上昇するトルクの膨大なエネルギーを後輪に送り込み、宙に浮いた炎のタイヤが勢いよく回転を始め、空を切る。同時に妖車は風雨を撃ち抜
くエグゾーストを轟かせた。
──しかし、俺は自身の速さへの渇望を押さえ込み、ベクトルコントロールを機体の空中停止のまま動かさず、固定する。
繋がれた獣のように不満げな唸りを上げるマシンを落ち着かせながら、新たな魔力の波動を感じ取った俺は、その出現方向──後方の空を見上げた。
「──来たか」
呟いた刹那、天地上下に貫く桜色の魔力光が、空を覆う雲を吹き飛ばして、白いバリアジャケットの少女──なのはが、茜色の空を背に、海
へと降り立ち、竜巻の群れの中心に浮かぶフェイトへと目を向ける。
「くっ! 次から次と……!」
苛立ちをあらわに、アルフは人型に変身。俺よりも与し易いと判断したか、拳を固めてなのはへと疾走する!
「フェイトの邪魔をぉぉっ……するなぁぁぁっ!!」
咆哮とともに、なのはへ向けて突き出される鉄拳。しかし──
「違う! 僕たちは君たちと戦いに来たんじゃない!」
「っ!? ユーノ君!」
なのはに続けて転移して来たユーノが、遮るようにプロテクションを展開。アルフの一撃を受け止めて戦意が無いことを訴える。
「exactly! ユーノの言う通りだぜ、Wild lady. 俺たちはこの傍迷惑な竜巻を止めに来たんだ」
俺はユーノを援護するように、上空のアルフへ軽い口調で声をかける。
「うん、まずはジュエルシードを止めないとマズイ事になる! だから──」
俺の言葉に頷きながら、ユーノは幾本もの竜巻と稲妻が暴れ回る空域正面へと飛翔する。
「今は、封印のサポートを!」
風に煽られながら、ユーノは印を切り、魔法陣を展開。そこから伸びた幾条もの淡緑色の魔力鎖──チェーンバインドが、竜巻へと絡みつき
締め上げる。が、その時──
「!? It is dangerous! Look at side!」(危ねえ! 横を見ろ!)
「──えっ!?」
横合いから、別の竜巻が蛇のように体をくねらせ、ユーノを飲み込まんと迫って来る!
「チッ!」
俺は舌打ちをして、固定していたベクトルを開放。
戒めより解き放たれたハーレーが歓喜の雄叫びを上げ、カタパルトで射出された戦闘機の如く空を切って宙を舞い、ユーノに襲いかかろうと
していた竜巻へ、回転する火炎の双輪を叩きつけた!
「──Go out.」(失せろ)
言葉とともに、俺はグリップを握り込んでエンジンへエネルギーを注ぎ込み、炎輪が更に回転数を上昇させて火炎を巻き上げ、竜巻を焼き斬る!
断末魔を彷彿とさせる 蒸発音を聞きながら、俺は海面へと着地。同時にユーノへと念話を送る。
《油断すんなよ、ユーノ》
《ありがとう、えっと、ヘルズエンジェル…?》
上空のユーノへと念話を送ると、戸惑うような彼からの返事が来た。
《ん? 俺の名前を知っているって事は、アースラの方でもこの騒動はキャッチしているのか? 執務官たちは何やってんだ?》
『原作』同様、アースラからモニターしていたであろうが一応尋ねておく。
《えっと、それは…》
ユーノは答えづらそうに目を逸らして口籠る。 まあ、フェイトやアルフの前で、『二虎競食の計』やるつもりでした。とは言いづらいだろうな。
《まあ、そんな事は後でいいか。今はこっちの処理の方が先だな》
そう言いつつ、なのはの方へと目をやれば、丁度レイジングハートから魔力を放出して、バルディッシュへ送り込んでいるところであった。
《お姫様方の準備も整ったようだぜ、ユーノ。 a you ready?》
《うん、いつでもいいよ!》
「OK! 派手に暴れるぜ!」
俺の叫びに応じて、一際高い猛りを放つハーレー。
ユーノは再びチェーンバインドを展開して、竜巻を締め上げる。
「ぅぅ……ああ、もう! 今だけだからね!」
ガリガリと頭を掻いてユーノの隣に並んだアルフが、バインドを放って彼と同じように封印のサポートに回る。
それを見届けた俺は、ハーレーを機首を竜巻とは反対の方向に向けると、ジュエルシードの暴れる海域を俯瞰できる位置まで下がる。…さっ
き消し飛ばした竜巻はもう復活したか。
《どうしたの? ヘルズエンジェル》
《この忙しい時に何遊んでるんだよ! アンタは!》
《まあ見てな。今からこの竜巻どもを、纏めて黙らせるからよ》
受け取ったユーノとアルフの念話にのんびりと答えながら、視線の先にある竜巻の群れをじっと見つめ、一気にグリップを握り込む。
スロットルを開放によって送り込まれるエネルギーに、鋼鉄の魔獣がウォークライの如き叫びを上げ、エンジンより生じた有り余るパワーを
海面へと叩きつけ、大砲のような轟音とともに二〇メートルはあろうかという水柱を生み出しながら、竜巻へと向けてロケットスタート。
過剰な加速はメーターを振り切って、僅か一、二秒で竜巻の直前へと目前の距離まで迫る。
《ちょ──!?》
《え──!?》
誰の声か。念話で驚きの声が俺の頭に響く。
きっと俺を見ていた者たちは、俺が自殺か特攻をしたように見えた事だろう。が、無論そんなつもりは無い。
俺は視界に六本の竜巻の内、四本がハーレーの進行方向に一直線に並んだのを捉え、さらにアクセルを握り込んで更に加速。
エグゾーストの咆哮とともに竜巻へと接触し──
「「「「──!?」」」」
──四対の驚きの視線の中、まるで紙細工の如くこの四本を纏めて穿ち、破砕した!
竜巻を粉砕して生まれた水飛沫が、機体の衝撃とスピードが生んだ気流の中に舞う。
ベクトルコントロールを利用した、俺オリジナルの攻撃だ。
本来はタイヤや後方へと流し、加速のエネルギーと、機体にかかるその他の様々なベクトルを、物体とのインパクトの瞬間に機体前面へと転換。
つまり、『接触までに得た速度+機体へかかる負荷+重力+機体質量=破壊力』となり、さながら破城槌の如き一撃を生み出したのである。
名付けて──
「──Lucifer's Hammer」(──悪魔の鉄槌)
その旋風の中、謳うように俺はそう呟いた。
──ルシファーズ・ハンマー。
俺の乗る機体と同じくハーレー・ダビットソン社製ワークスマシンの名前だが、正しくこの技を現すのにふさわしい名前だろう。
竜巻の群れを撃ち抜いたその先で、サイドブレーキをロック、弧を描くように海水を巻き上げるサイドターン。一八〇度旋回して停止。
崩れゆく竜巻たちを一瞥し、上空のなのはとフェイトへ声を発する。
「一時凌ぎだ! すぐ復活するぞ、その前に封じ込めな!」
「あ──はい! フェイトちゃん、みんなが止めてくれている。だから、今の内に二人で『せーの』で、一気に封印!」
俺の言葉に応じて、なのはが頭上にレイジングハートを掲げ飛翔した。
『Shooting mode.』
それと同時にレイジングハートが、砲撃形態へと移行する。
ルシファーズ・ハンマーで竜巻の数が減った上に、アルフとユーノのチェーンバインドが残りを繋ぎ止めている為、稲妻も突風もその数は少
なく、なのはは危なげない飛行で海域中心の上空まで到達。桜色の魔力光を発し、足元に魔法陣を展開する。
『Sealing form, setup』
なのはやユーノ、そして俺を代わる代わる見比べながら、呆然としていた主を促すように、バルディッシュは自らその形状を変えた。
「――バルディッシュ……」
そう呟きながら迷いの取れぬ表情で上空を見上げたフェイトへ、なのはが笑みを浮かべてウインクを飛ばした。
「あ…」
「──ディバインバスターフルパワー…いけるね?」
『All right, my master.』
正面を向き直して真剣な表情になったなのはの声に、レイジングハートが快諾の返答を発した。
同時に足元の魔法陣が大きく広がり、杖身より生まれる桜色の双翼。
「フッ!」
対するフェイトもわだかまりを捨てて意を決し、己が魔杖を水平に一閃。
金色の雷を巻き上げながら魔法陣を展開して、同じく金色の二対四翼を生み出したバルディッシュを高々と頭上へと掲げ、封印魔法の準備を行う。
「せーーのっ!」
それを視認したなのはが、フェイトへ向かって掛け声をかける。
「サンダ―──」
フェイトが大きく体を捻り、バルディッシュを振りかぶれば──
「ディバイーーン──」
なのはは三つの円環を纏ったレイジングハートの先端へ、膨大な魔力を収束させる。
「レーーイジッ!!」
フェイトが空中でとんぼを切り、魔槍形態の切っ先を魔法陣に突き刺したその瞬間、数十条もの金雷の蔦が、残る竜巻と周辺海域へと乱れ飛
び、そこいら中に溢れていた魔力の奔流に、幾ばくかの衰えが生じる。
「バスターーーッ!!」
そして次の瞬間、なのはのトリガーワードの応じ、轟音とともに放たれた巨大な柱の如き桜色の砲撃が、海面付近で大爆発を巻き起こし、そ
れに伴って衝撃と爆音、大波を全周囲へ撒き散らした──って、ヤバイ!!
「ウォォォォォォォッ!!! ジーザス!!」
俺は慌ててベクトルコントロールを発動。最早物理的な攻撃力すら孕む、爆発から生まれた衝撃波を受け流し、迫り来る大波をサーフィン宜
しく乗りこなした。
「はぁ…そうだよな、あんだけの大威力魔法ぶっ放せば、どうなるか、予測は出来たんだよなぁ…」
──ん? でもヘルズエンジェルって、衝撃吸収がデフォだったよな? 素で喰らっても体力回復になったか?
いや、魔法で起きたとは言え、普通に物理現象だから物理攻撃扱いでダメ―ジ受けたかもしれないし、まあ、いいか。
溜息を吐きながらハンドルを切ると、ようやく落ち着きを取り戻した海面を走り、なのはとフェイトの下へと向かう俺。
そんな俺の視線の先──二人の間に薄青色の光の柱が立ち、海中に没していた六つのジュエルシードが浮かび上がって来た。
暴走が停止し、叩きつけるようだった雨も弱まり、灰色の雲が割けて茜色の空が顔を覗かせる。
なのはとフェイトは向かい合ったまま、輝きを放つ六つのジュエルシードを無言でみつめていた。
(そろそろ来るな…頼むぜ、相棒!)
そんな彼女たちを眺めながら、俺は跨るマシンのオイルタンクを軽く撫で、上空を注意深く見守った。
「──友達に、なりたいんだ…」
「あ──」
胸に手を当て真剣な表情でそう言ったなのはを、フェイトは小さな呟きとともに瞠目する。
雨も止み、緩やかになり始めた風の中、静かに向き合う二人。
その時──
晴れ始めた空が、黒い雲に覆われていき、幾条もの紫電の槍が、海面へと突き刺さる。
「っ!? 母さん…!」
恐怖と驚きの色が浮かぶ表情で、フェイトは空を見上げる。
(来やがったか!)
プレシアの次元跳躍攻撃だ。俺はグリップを握り込みつつ、双輪へ魔力を流しながら二人の真下まで一気に移動し、海面を抉るようにスピン
ターンを決める!
──ヘルズエンジェル固有スキル、ヘルスピン。
敵全体に物理ダメージを与える技だ。
しかし、目的は攻撃ではない。
その刹那、フェイトめがけ、紫の雷撃が振り下ろされる!
だが──
「え!? ──あ、あれ?」
雷が彼女へと到達する前に、俺のヘルスピンによって巻き上げられた大量の海水が壁となってその行く手を遮り、フェイトとなのはに雷撃が
到達する事はなかった。
小説版の『リリカルなのは』で、『魔法とは、自然摂理や物理法則をプログラム化し、それを任意に書き換え、書き加え、消去を行う事で作
用に変える技術』とあった。つまりは、プレシアの放ったこの次元跳躍攻撃の雷撃も、自然の雷としての性質を保持している事になる。
塩水は電気の伝導率が高い。しかも海水という膨大な量の水ともなれば、電気はあっという間に海へ四散し分解される。例えオーバーSラン
クの魔導師の放つ雷撃であるとしても、この質量をぶち抜いて攻撃を到達させる事など、まず不可能である。
しかも俺の自身の魔力を海水に流し込んで巻き上げた為、純粋な魔法特性雷撃であったとしても、防御可能。死角は無い。
このプランは前々から練っていたので、絶対の自信があった。
──だから、だろう。
──その時の俺は、知らぬ間に慢心していたのだ。
「っ!? ヘルズエンジェル!! 危ない!!」
「な──」
──ユーノの警告があるまで、自分へと向かって来る雷撃に気が付かなかったのだから。
「グアァァァァァァァァァァァァッ!!!?」
「ヘルズエンジェル!」
「ヘルズエンジェルさん!?」
ユーノとなのはの声を聞きながら、俺の視界と思考が/はホワイトアウトしていった──
(第三者視点)
晴れ始めた思った空が、再び黒い雲で覆われていく。
眼前のフェイトへ思いの丈をぶつけたなのはは、それ故に自分たちへと向けられていた敵意に気付くのが完全に遅れた。
なのはのその僅かな隙を嘲笑うかのように、黒雲より紫に輝く雷光が撃ち降ろされた。
それはなのはとフェイトが、防御も回避も不可能だと認識する間すら与えず、彼女たちへと迫る!
そう、思われたその瞬間──
轟音とともに膨大な量の海水が、なのはとフェイトのすぐ真横をかすめて、打ち上げられた。
「え!? ──あ、あれ?」
「なっ、なに!?」
驚く二人を他所に、天へと昇る龍の如き巨大な水柱は、紫電の槍より二人を守る防壁となり、それを完全に抑え込んだ。
「助けてもらった…? これってやっぱり…」
打ち上げられた海水が、重力に従い雨の如く降り注ぐ中、なのははこの現象を起こしたであろう人物を探し、海面を見下ろし、
「っ!? 居た!」
水柱が上がった付近の海上に立つ、髑髏の騎手──ヘルズエンジェルの姿を捉えた。
なのははまた、令示に、あの優しい悪魔たちの一人に助けられた。
ほっと、安堵のため息を吐いたなのはは、彼へ礼を言おうとして口を開きかけ──
「っ!? ヘルズエンジェル!! 危ない!!」
突然発せられたユーノの警告に驚き、何事かと彼の方へ向いたその時、大気を引き裂く二射目の雷光がヘルズエンジェルを撃ち抜いた!
「グアァァァァァァァァァァァァッ!!!?」
この世に有らざる異形の恐ろしき絶叫が、なのはのいる海域一帯に響き渡った。
瞬時に雷撃は消失。余る魔力が大気へと拡散していく中、残されたヘルズエンジェルは、全身より黒い煙を立ち上げ、瘧のように細かく体を震わせていた。
そして、海面に立つ力すら失ったのか流砂に飲まれる蟻の如く、じょじょにその姿が海中へと没しはじめた。
「ヘルズエンジェル!」
「ヘルズエンジェルさん!?」
仲間の危機を目の当たりにして、なのはとユーノは反射的に動いていた。
耳目を潰すかのような、轟音と閃光。
それが治まった後に、慌てて自身の主の姿を探してその無事を確認したアルフは、安堵すると同時に主へ──フェイトへ向け攻撃を放った存
在に対して、はらわたが煮えくり返る怒りとともにギリギリと奥歯を噛み締めた。
(あの鬼婆ァッ!! フェイトに当たったらどうするつもりだ!)
──否。当てるつもりだったのだ。仮にもあの女は、プレシアは大魔導師の名を冠する存在である。例えあの連中を狙っていたにせよ、こん
な至近距離であの規模の次元跳躍攻撃を放てばフェイトが巻き込まれる事位、わからない筈がない。
しかし、幸いにもあの骨の暴走体が今回もフェイトを救ってくれた。
その事自体には感謝もしている。しかし、ここでおたついてジュエルシードを逃す手は無い。
むしろそんな真似をすれば、プレシアの怒りの矛先がどこに向くか、火を見るよりも明らかだ。
(フェイトを助けてもらって悪いけど、ジュエルシードはいただいて行くよ!)
暴走体と少女たちへの、罪悪感を振り払い、中空に浮遊する六つのジュエルシードへと飛翔しながら、アルフは念話でフェイトへと語りかける。
《フェイト! 今の内にジュエルシードを!》
《っ!? アルフ、でも…!》
あの白い魔導師に言われた事を気にしてるのか、助けてくれた暴走体ノ身を案じているのか、フェイトはアルフの声に対し、目を泳がせ困惑
の表情を浮かべる。
主人のその気持ちも、わからないでもなかった。ここに来た三人は、敵対する自分たちをわざわざ助けに来てくれたのだから。心根の優しい
フェイトが、自分の提案に躊躇してしまうも無理はない。
──ならば、自分が行くしかない。
アルフにとって、フェイトを守り、幸せにする事こそが使命であり、最優先事項だ。その他は何であろうとも余分、切り捨てるべきもの。
一気に加速しながら、アルフは目前となったジュエルシードへと手を伸ばし──
「っ!?」
──その掌は、鉄の感触に止められた。
デバイスを突きつけ、アルフの正面に現れたのは、以前彼女たちの前へと立ちはだかった、あの執務官、クロノ・ハラオウン。
アルフは一瞬、目を見開くものの、次の瞬間には柳眉を逆立て苛立ちを噴出させ、クロノのデバイスを軋みが上がる程握り締め──
「邪魔ぁぁっ…!」
「あっ…」
持ち前の剛力に魔力を乗せて、驚きを浮かべたクロノを思い切り振り飛ばした!
「するなぁぁっ!!!」
「うああっ…!?」
怒号とともに海面へ投げ出されたクロノは、飛び石のように水面を跳ねる。
「──な」
その様子を一瞥し、再びジュエルシードへと目を向けたアルフは、驚愕した。
(二つしかない!?)
慌てて海面付近のクロノへと目を向ければ、彼もまた五指の間に挟んだ二つのジュエルシードを、己のデバイスへと格納しているところであった。
(あいつも二つ!? 残りは──)
クロノとの接触で、弾き飛ばされたのかと考えたアルフは周囲を見回し残る二つを探す。
「なのは!」
「うん! ヘルズエンジェルさん! これを!」
「!?」
あの二人の声に気付き、そちらへと視線をやったアルフは、緑色の魔力光のチェーンバインドで運ばれた、残り二つのジュエルシードを受け
取った白い魔導師が、あの暴走体へ吸収させているところを目撃した。
…彼女があの執務官と争ったあの一瞬の内に、横から二つのジュエルシードをユーノが掠め盗っていたのだ。
「ウウウッ……アアアアッ!!」
アルフは怒りの咆哮を上げて右手を振り上げ、掌中へ生み出した魔力を、力任せに海面へと叩きつける!
魔力弾が水柱を巻き上げ、海水を撒き散らす。
《フェイト! 逃げるよ、掴まって!!》
それを目眩ましに利用して、アルフは宙を駆けフェイトを抱き締めると、転移魔法を発動。海上より一気に逃走をはかる。
…一応、ジュエルシードは回収出来たものの、その数は想定未満。この後、フェイトがプレシアから何を言われるかを考えると、アルフは先
程の怒りも冷め、陰鬱な気分になっていった。
(令示視点)
「…ル…ジ…、ヘ…ズエ…」
(…んん? なんだぁ…?)
頭がぼやける。あれ? なにやってんだ? 俺。
(えっと…ここどこだ? 今何時?)
「ヘル…エン…ん! ズエンジ…さ…!」
何か、さっきから誰か呼んでるような…あと、何故か波の音が聞こえるな。家って海岸から結構離れてる筈なんだが…
「ヘルズエンジェルさん!」
「ヘルズエンジェル!」
(──っ!?)
俺の名前じゃない、悪魔としての名をハッキリと耳にして、一気に思考がクリアになった。
ゆっくりと目を開くと、俺の体を懸命に引っ張りながら呼び掛けるなのはとユーノの姿があった。
「う、あ…なのは、ユーノ…?」
「気が付いた!?」
「うん! そうだよ! 大丈夫!? 何ともない!?」
俺がそう声をかけると、心配げに俺の顔を覗きこんでいた二人は破顔し喜びの声を上げた。
「妙に体がダルイがまあ、なんとか──あ、大丈夫だ。魔力が巡って来た…んで? 一体何があったんだ?」
「あの時なのはとあの娘を狙っていた魔法を気味が防いだ直後に、同じ魔法が君に撃ち込まれたんだ」
「あ──」
そうだ、俺はあの攻撃を、プレシアの次元跳躍魔法をもろに喰らって、気を失った…のか?
(肯定だ主。オーバーSランク級の攻撃を受け、三十八秒程意識を失っていた。のみならず、起動中のジュエルシード三基の内二基が機能停止。
残り一基のその寸前だった)
俺の疑問にナインスターが答えた。
おいおい、めちゃくちゃヤバかったじゃねーか…デッドエンド寸前だったって事かよ…よく生きてたなあ、俺。
(高町なのはとユーノ・スクライアに感謝する事だ。今回封印した六つのジュエルシードの内、二つをハラオウン艦長の許可無しで主の体に埋
め込んだのだ)
(なんだと…!?)
ナインスターの言葉に、俺はなのはとユーノに顔を向ける。
「おい、今回見つかったジュエルシード、俺の体に入れたのか?」
「ふえ? う、うん…このままじゃ、ヘルズエンジェルさんが死んじゃうと思ったから…」
「僕がチェーンバインドで引き寄せて、なのはに渡したんだ」
「────」
なんてこった、これじゃアースラで何言われるか。…いや、二人は責められん、考えてみればプレシアが俺を狙う可能性は決して低くはなか
った筈だろう。俺がその可能性を考えていなかったのが最大のミスだ。
「…sorry.二人とも済まねえ、今回は俺の完全な失点だ」
「そんな! そんなことないよ、ヘルズエンジェルさんが居たから、あの雷に当たらなかったんだし…」
「なのはの言う通りだよ。気にしないで」
「いや、しかし──」
謝る俺を慰めてくれる二人に、俺が口を開こうとしたその時──
《…三人とも。大僧──ヘルズエンジェルさんを連れて戻って来て》
俺たちの頭に、リンディさんからの念話が届いた。
《…了解》
口惜しそうにクロノが答えた後、
《で? なのはさんとユーノ君には、私直々のお叱りタイムです!》
リンディさんのお怒りの声が、俺たちの脳裏に響き渡った。
「指示や命令を守るのは、個人のみならず集団を守る為のルールです。」
──アースラのミーティングルーム。
アースラへ帰還した俺たち(俺の場合は召喚だけど)は、そのままリンディさんの下へご案内となり、現在なのはとユーノが机を挟んでまな
じりを吊り上げた彼女に怒られている真っ最中である。
美人が怒ると怖いというが、まさにその通りだな。おっかねえ…
で、俺はというと、クロノの脇に並んで立って順番待ちである。(ちなみにハーレーも一緒である)あの子らの次は俺が怒られんのだろうか?
「勝手な判断や行動が、貴方たちだけではなく、周囲の人たちも危険に巻き込んだかもしれないという事、それはわかりますね?」
「「はい…」」
うんざりとしていた俺を尻目に、二人はしょんぼりとした様子で俯き返事をする。
「本来ならば厳罰に処すところですが…結果として、幾つか得るところがありました。よって今回の事については、不問とします」
「あ…」
「え…?」
意外なリンディさんの意外な判断に、二人は互いに顔を見合わせ驚きの表情を浮かべる。
「──ただし、二度目はありませんよ? いいですね?」
「はい…」
「すいませんでした」
厳しい顔のまま、そう念を押すリンディさんに二人は深々と頭を下げた。
「さて、じゃあヘルズエンジェルさん?」
そう言いながら、ギロリと俺をねめつけるリンディさん。ああ、やっぱりですかそうですか…
俺は内心で溜息を吐きながらなのはたちと同じ所まで歩み、リンディさんと向き合う。
「以前の会談の際、『今後不用意なジュエルシードへの接触は控えてもらいます』と言った筈だと思いますが?」
「…ああ、覚えているよリンディ姉ちゃん」
俺は内心の態度とは裏腹に、ライダーズジャケットのポケットに手を突っ込んで答える。こればっかりは悪魔の性格が表層に強く出てしまう
ので、どうしようもない。
「ねっ!? ……まあいいわ。それで、それを理解しているのであれば、今回の行動は一体どういうつもりだったのかしら?」
流石に「姉ちゃん」呼ばわりされるとは思っていなかったらしく、一瞬の驚きの後、更に厳しい視線を俺に向けるリンディさん。
「そりゃあ俺が聞きたい事だぜ。街の目と鼻の先で六つもジュエルシードが暴れているってのに、肝心の管理局のお歴々が待てど暮らせど一向
に現れねえ。だから仕方なしにあの時言った、『街や自分を守る為の自衛権』を行使させてもらったまでさ」
肩をすくめて答える俺に、リンディさんとクロノは「あっ」と驚きの表情を作る。おそらくあの会談で俺が言った事を思い出したのであろう。
元々こっちは海上の騒動は織り込み済みで動いていたので、この位の言い訳は用意していたのである。まあ、プレシアの攻撃では痛い目を見
た挙句、予定外のジュエルシードをゲットしてしまった訳であるが。
アレは全く想定外だった…『原作』知識を当てにし過ぎると、痛い目見るって言うのの典型だな。今後は気をつけねば…
「なるほど、確かに今回の件に関しては、こちらも不手際がありました。それは認めますし、今後は改めます。ですので、あなたも今後はいか
な理由があろうとも手出しは無用です。大人しくしていてもらいますよ?」
今度は言い逃れさせねーぞと言わんばかりに、こちらを睨みつけるリンディさん。
まあ、予想通りの反応だった。
無理もないだろう、現在俺の体には、全ジュエルシードの内の約四分の一が集まっているのだ。事を大きくしない為にも俺にはご退場願いた
い、それが彼女の本音であろう。
おまけに俺が封印魔法、もしくは大出力の攻撃魔法に弱いという事はすでにバレたと思うべきだろうな。どうせしっかり監視していただろうし。
しかし──
「断る。あんたらには悪いが、この舞台から完全に下りるなんて真似だけは出来ねえ」
「っ!?」
俺の返答は想定外であったのか、リンディさんが目を見開き、驚きの表情を作る。なのはとユーノも同様で、振り返って俺の顔を見上げた。
「だから、一時的にアンタらの指揮下に組み込んでくれねえか? そうすりゃまだこの件に参加出来るだろう?」
独立独歩で介入するつもりだったが、こうなっては仕方がない。リンディさんの所に一時的に入るしかないな…
「き、君は現状をわかっているのか!?」
壁に寄りかかり、黙って事の成り行きを窺っていたクロノが、俺に食ってかかって来た。
「君はその身に五つものジュエルシードを取り込んでいるんだぞ!? このまま動き回れば、例え君が以前言った通り捕えられなかったと報告
したとしても、上層部が納得する筈がない!」
「その為にリンディ姉ちゃんの指揮下に入って、意思疎通も可能で、協力する気もあるって見せようとしてんじゃねえか。管理局に対して好意
的行動をとり、かつ、それがOfficial document(公文書)に記されちゃあ、管理局だって大っぴらに俺を捕えようという行動はとれんだろう?
もしそんな行動とったとすれば、あちこちの管理局に敵対的な組織団体が噛みついてくるんじゃねえか? いや、好意的な連中だってそんな
ところ見ればドン引きだろうよ」
もし非公式の戦闘部隊が出張って来たとあれば、遠慮無しで叩き潰せばいい。
「居ない筈のもの」が居なくなったって、公式的に俺を責めるなんて出来ないのだから。
「好意的な行動をとったところで、それを上回る危険指数があれば話は別だ!」
「そこはそれ、リンディ姉ちゃんの腕の見せ所って事で」
「ふざけるな!!」
怒鳴り声とともに、クロノはデバイスを起動。その先端を俺へ向けて突きつける。
「こうなれば、力ずくでもこの件から下りてもらうぞ」
…まあ、クロノが怒るのは無理もない。勝手に危険な橋を渡る上に、その尻拭いをしてくれって言ってるようなもんだからなぁ。
「…今回の二つのジュエルシードについては完全に俺のミスだ。だから指揮下に入る為に条件があるってんなら、聞ける範囲で飲むし、譲歩も
する。だが、この件から完全に下りろっていう要請に関してのみは、「NO」と言わせてもらうぜ」
だから、引くべき点はちゃんと引き、こちらの要求を飲んでもらう。ここから先、参加不可能では話にならん。
「力ずく…そう言った筈だが? 先程の戦闘で君の弱点は把握している。僕に止められないと思っているのか?」
俺を睨むクロノの眼光に、鋭さが宿る。
「弱点の突き合いなんざ戦いの基本だろうが。さっきはミスって喰らったのは確かだがな、そんなものがわかった程度で、俺に勝てると思って
いるのか? Baby(坊や)」
部屋の脇に止めておいたハーレーが、ひとりでに俺の傍へと進み出て、クロノに対し威嚇するかのようなエグゾーストの唸りを発する。
俺とクロノの間で発せられる不穏な空気に、なのはとユーノが不安げな表情で交互に俺たちの顔を見る。
「やめなさい!」
鋭い制止の声を上げながら、リンディさんが椅子から立ち上がり、俺たちへ厳しい視線を向ける。
「しかし、艦長!」
「私はやめろと、そう言ったのよ? クロノ執務官」
「クッ…了解…」
抗議の声を上げるも、リンディさんの指示は変わらず、不服そうにクロノはデバイスを待機状態へと戻した。
それを確認して、リンディさんは俺へと声をかけて来た。
「さて、ヘルズエンジェルさん。クロノも言ったけど、これ以上管理局上層部の目を盗んで行動するのは難しくなるわ。でもあなたはそれを私
に誤魔化させてもこの一件に関わりたいと言う…正直、メリットが少ない──むしろリスクばかりが目立つ事だと思うのだけれど、一体何があ
なたをそうさせるの?」
落ち着きを払ったまま、真剣な目で俺を見るリンディさん。
「理由は二つだな」
…ふざけられる雰囲気でないのを肌で察し、俺も襟を正して真摯に答える。
「…理由を、聞いてもいいかしら?」
落ち着きを払ったまま、低い声でリンディさんが俺に問う。
「一つ目、ダチが命をはってんだぜ? 一人だけ外野で応援なんざやってられるかよ」
「へ…?」
「ヘルズエンジェル…」
俺は二人に頭にポンと手を置きながらそう答え、更に口を開く。
既に参加すると、介入すると決めてしまったのだ。今更吐いた唾を飲めるか。
そんな事なら、最初から最後まで、徹頭徹尾知らぬ存ぜぬを貫いていた。
「もう一つは意地だな…」
「意地?」
リンディさんの問い返しに俺は頷く。
「一度関わった以上、ここで下りたら一生後悔する」
いい大人である俺が、途中で責任投げ出すなんぞもっての外だ。
ましてやそのリスクを背負うのは小学生でしかないなのはなんだ、そんなみっともない真似は出来ない。たとえここが、アニメの世界であっ
たとしても、まごう事無く現実に存在する世界なのだから。
──いや、訂正しよう。前世の俺なら、きっと逃げ出していた。
しかしだ、街の中での戦闘前に「フェイトと話がしたい」と言ったあのなのはの言葉が俺の中にほんの少し残っていたガキ臭い意地に火をつ
けてしまったのだろう。我ながら単純過ぎて呆れてしまう。
「………」
「………」
初対面の時と同じように、俺とリンディさんは無言で、真正面から睨み合う
「はぁ、わかりました。条件付きであなたの要求を飲みましょう」
緊迫した空気の中、リンディさんはこれまた初対面の時と同様に、溜息とともに俺の提案に是と答えた。
「thanks! 恩に着るぜリンディ姉ちゃん!」
「そう思うなら、まずその「姉ちゃん」と言うのを止めてもらえないかしら…?」
俺が机に乗り出し感謝の意を伝えると、リンディさんはこめかみに手をやりながら、疲れ切った表情でそう言った。
第九話 決斗! 不屈の心は砕けない 前編 了
後書き
やっと書き終った―! つっても前編ですが。
どうも吉野です。半端なところでの更新スイマセン なかなか時間が取れず決闘までいけませんでした…次回こそは…
さて、今回のヘルズエンジェルの能力について説明と言うか捕捉を。
その1 ベクトルコントロール
某学園都市の最強様のパクリではありません。あんなにチートじゃないし。これは、アメコミ『ゴーストライダー』で、「壁面や水面を走る
能力はあるが、空を飛ぶ事は出来ない」という能力があったので、それっぽいのを能力として持たせた上で説明するにはと考え、こういう能力
となった次第です。
その2 ルシファーズ・ハンマー
某暴走族漫画のパクリではありません。つーかあの最終回は未だに自分には理解出来ません…
閑話休題。メガテン悪魔と言えばあの御方、そして同じハーレーのマシンとくれば、ネタ的にもいいかなと思い、ベクトルコントロール同様
オリジナルとして使わせていただきました。
さて、短いですが、今日はこの辺で失礼します。また次回更新時にお会いしましょう。