ひりつくような緊張感と静寂の中、寄り集まった仲間たちの呼吸音と心音までも聞こえるような時が過ぎる。
眼下の惨状を覗き込んでいたカッサシオンが冷や汗に覆面を湿らせながら彼女たちを振り返った。
「……行きました。広間のずっと奥に通路があるようです」
「……で、どうするよ」
通路の壁にもたれかかって座ったまま、マーチが投げやりな感情を匂わせる様子で呟くと、同じように床に座したセレナが額に滲んだ汗をやや乱暴に手拭いで拭き取りながら答える。
「どうする? そんなの答えは一つしか無いわ。撤退よ。見たでしょう、あの規格外の強さを。連邦軍のマシンゴーレムが何故こんな所にいるのかは分からないけど、あの強さから見てどう考えても正規軍に配備されている型よ」
「見たとこブッ壊れてやがるが、それであの強さかよ……というか、マシンゴーレムってあんなバケモンなのか? 俺が見たことあるのとだいぶ違うが。あんなのがゴロゴロいるなら今頃連邦が世界を平らげている気がするんだが」
訝しげに首を傾げるマーチにカッサシオンが肩をすくめてみせる。
「あの国は中部平原を平定してから不拡大政策をとっていますからね、それに世界征服なんて今日日流行りませんでしょう。いや、それは今はどうでもよろしい、問題は進むか、セレナさんの言うように退くかです」
「ここは多数決をとろうじゃないか、ええ? ちなみに俺は撤退だ、このメンバーでやるにはちっと心細いな」
「私は、ここは前進を押しましょう。オーガの軍勢とたった一体のマシンゴーレム、どちらが与し易いかなど考えるまでもない」
「まったく……撤退に決まっているでしょうが。私はまだノームの輪切りになりたくないわ」
自然と、三人の視線は彼女の方を向いた。
前進1、撤退2で、もし彼女が前進の方に票を入れれば票差は拮抗する。
しかしカッサシオンは彼女が前進の方に票を入れるとは考えていないようで、その目は同数になった場合にどうセレナとマーチを説き伏せるかということを考えているようであった。
だが、今まで俯いていた彼女が面を上げると、その真剣な顔付きに三人は驚き、そして吐出されたその「進む」という言葉に更に仰天した。
「おっ、これは予想外だな」
「彼女も冒険と暴力の悪徳に染まったということですかな? これはいい」
「カオル! もう! 冗談ごとではないのよ」
「さて、これで同数になったわけですが……」
「いえ、違います」
突然言葉を遮られたカッサシオンは言葉に詰まりながらカオルを見る、彼女は真剣な顔を崩さずゆっくり噛んで含めるように言葉を吐いた。
「私の中には、司教がいます。彼の分の票も合わせて、2票。前進3に撤退2で前進の勝ちです」
「おお、なるほど。というわけで、前進することで……」
「ま、待ちなさい!」
「ちょっと待て」
慌てた様子で制止の声をかけるセレナ。
そして真剣な顔でマーチが彼女の肩を掴むと、彼はそのまま触れ合うような至近距離まで顔を近づけると、何か感情を押し殺したような低い声でぼそぼそと呟いた。
「……本気なのか? あのクソッタレはお前が自由に力を使えないと言っていたぞ」
「うん、その通り。司教様の本来の力は言わずもがな、さっきゴブリンと戦った時のような力も出せないと思う。……けど、もう足手まといにはならない、約束する。だから、お願い、マーチさん、この先に進ませて。私に力を貸して」
両手で彼の手を握り締めながらの必死の懇願に、マーチは顔を真赤にしながらモゴモゴと言葉にならない言葉を口の中で呟くと、正面からまっすぐ飛び込んでくる彼女の視線から逃げるように目線を逸らした。
やはり、無理か。縋りつくように彼の手を握り締めながら、彼女は唇を噛む。
彼女はマーチの赤面を怒りのためと考えて、悲痛な覚悟を固めつつあった。
あのガードマシンは彼女の世界の兵器――それも、あの研究所に配備されていたタイプと同じ。それがこんな所にあるということは、このダンジョンに彼女の故郷の情報がある可能性が高い。
しかし彼らの協力がなければ、この世界で右も左も分からない彼女はかなり苦労するであろうことは間違いない。
それでも、彼女は未だ知らぬものを解き明かす、未知なるものに向かう欲求と使命感にも似た焦燥感に突き動かされていた。
この先に進まなければならない。
それはまるで魂に刻みつけられた使命のように、橘薫という人でも化物でもない、そのどちらにもなれない哀れな異邦人を突き動かしていた。
一人でも進む、それはすでに決定事項となっていた。
だが、それでも尚、この勇敢で優しい人狼の少年には一緒に来て欲しかった。
マーチは撤退を支持するだろう、それは他でもない、彼女自身の未熟さを考えての行動であることは皮肉としか言えない。
諦念と焦燥に焼かれながら、とうとう決定的な言葉を吐こうと決意したとき、相変わらず顔を赤らめながらマーチがその顔を上げて彼女と視線を合わせた。
「そ、その話し方が素か? さっきまでは演技かよ。もしかしなくてもあの広間からずっと、わざと頭が緩いふりをしてたな?」
「う……」
突然痛いところを突かれ、彼女は言葉に詰まった。
あの広間での一件以来、ほぼ自我を取り戻しつつあった彼女はその時に戻ってきた「打算」と言う名の考えをもって、この世界に初めて自我を得た瞬間の何も分からない狂人のフリをしていたのである。
相手を馬鹿だと、或いは取るに足らない人間だと油断するものの、いかにつけ込み易いことか。そんなことを前の世界で嫌というほど味わっていた彼女はとっさにその場で最善と思う行動をとったのだ。
「う、嘘を付いたのは謝るわ。……信用できないって気持ちは分かる、だから、マーチさんが嫌なら無理には――」
「ああ、クソッ」
「あたッ」
突然マーチは彼女にデコピンをすると、乱暴な手つきでグリグリと握り拳で彼女の頭を抑えつけた。
「半人前が、俺がいなけりゃろくに買い物も出来ないくせして、大口叩くんじゃねぇや」
「い、痛いよ、マーチさん」
「あと、そのマーチさんてのはやめろ。今更言葉遣いを改められても気持ち悪いだけだ」
「……まーくん」
「何だ」
「え、と……」
「うるせぇ、壁もいない後衛なんざいい的だ、お前は黙って俺のケツについて来りゃイイんだよ」
ぶっきらぼうに、ムスッとした顔でそう答える。
その憮然とした顔つきを見て、彼女は悟った。彼がどうやら、本当に驚くべきことに、彼女と一緒に来てくれるつもりであると。
不安と決意に強ばっていたカオルの顔が目に見えて緩み、感動に目元に涙を滲ませながら彼女は突然胸の奥から沸き上がってきた激情に突き動かされた。
彼は見ていたはずだ、あの凄まじい虐殺を。彼女の世界が生み出した殺戮の機械が振舞った、容赦無い攻撃の様を。アレには命を持つ者どうしの尊厳と誇りをかけた戦いなどはない、ただ効率と能率が支配する現代戦の申し子、魂無き戦闘機械の無情な殺戮。
そこに、そんな所にいまから踏み込むというのに、彼は怒りに顔へ血を上らせながらも「応」と答えるのだ。
まだ会って数日と経っていない、こんな氏素性の知れない化物に、彼は「命をかけてやる」と言い放って魅せるのだ。それがどれだけ尊いことか、どれだけ彼女に勇気と衝撃を与えたか。
カオルは感極まりマーチを正面から抱きしめた。
「まーくん……ッ、ありがとう……」
「うっぉ」
左手を背中に回し、右手で彼の頭をかき抱きながらその額にキスをする。
そうして彼の肩に顔を預けるようにして抱きとめると、彼女の耳にドクドクと高鳴る彼の心音が聞こえ、彼の身体はまるで針金が入ったように硬くなった。もしかすると余り女性に耐性がないのかも知れない、思わずそう考えてしまうほどにそれは初心な反応で、カオルは思わず微笑を浮かべながら右手で彼の髪を櫛った。
「貴方には借りばかり増えるわ。この負債を何時になったら返せるのか検討もつかないほど……」
「……新米が先輩に世話かけるのは当たり前の話だ、さあ、行こうぜ」
「うん……」
目尻に滲んだ涙を拭いながら、真っ赤になったマーチを離したカオルは微笑と共に頷くのだった。
――――――――――――――――
カッサシオンの先導を受けながら、一同は素早く階下へと降りて影から影へと走った。
そこかしこになぎ倒されて煙と炎を閃かせる篝台が点在し、揺らめく炎に照らされてオーガ達の凄惨な惨殺死体が散らばっていた。超高熱で一瞬にして焼き切られた死体は、炭化した蛋白質の嫌な匂いを周囲に撒き散らせながら、死して濁った両目は何かを恨むように虚空を睨んでいる。
積まれた木箱の影や、或いは等間隔に置かれている巨大な石灯籠の影、そんな場所を瞬時に移動しながら一同は目的地である通路の影までやってきた。
そこはあの壊れかけたガードマシンが出てきた通路で、崩れ落ちた天上と瓦礫に半ば埋まりかけている。
標準的な人間サイズか或いはあのガードマシン程度の大きさならばくぐり抜けられそうな隙間があるが、どうも最近その隙間が出来たようで、その証拠に辺りには真新しい補強木材とツルハシやスコップが散らばっている。
大方、この通路の先を探索しようとオーガ達が広げたのであろうが、その結果が自信たちの全滅だった。
「……さて、この様子からして此処から先は手付かずのエリアの予感がします。進みましょう」
「それはいいけれど、いえあまり良くはないのだけれど、とにかくあの物騒なゴーレムの対処法はどうするの?」
「取り敢えず、この瓦礫でふさいで戻ってこれないようにしておきましょう」
「もし向こうから回り込めたらどうするんだよ」
「その時は逃げましょう、煙幕もありますから」
「いえ、ムスカさん、あれには煙幕は効かないおそれがあります」
「……名前の件はこの際置いておいて、それは一体どういう事でしょう」
「アレには確か赤外線視のカメラアイがあるはずです」
通じるかどうか不安ながらも彼女がそう言うと、カッサシオンとマーチは舌打ちをしてセレナは難しい顔をする。
「インフラビジョンですか……厄介な。とすると熱波の霧でも使わないと……」
そう言って彼はちらりと彼女の方を見たが、カオルは首を横に振る。
「……まあ、そうでしょうね。というか、あなたはどういった魔法が使えるのです? それを聞いておかないと安心できませんから」
「ええと……」
カオルは頭の中で「メッセージログをon」と呟いてから「使用できる魔法」と質問した。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
*魔法*
あなたが現在使用可能な魔法は
サイオニック Lv.1 魔法
です
マナの導きとエーテルの加護のあらんことを........._
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「ええと、サイオニック……? とか言う魔法の1レベルの魔法が使えるみたい」
「ふむ……で、どの魔法です」
「え?」
「ですから、サイオニックの第一階梯魔法の内の、どの魔法だと聞いているのです」
「ええと……少し待って」
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
*魔法*
サイオニック Lv.1
Astral Traveler [help]
Biofeedback [help]
Bite of the Wolf [help]
Burst [help]
Call Weaponry [help]
Catfall [help]
Chameleon [help]
Claws of the beast [help]
Compression [help]
Conceal Thoughts [help]
Detect Psionics [help]
Dissipating Touch [help]
Distract [help]
Elfsight [help]
Empty Mind [help]
Expansion [help]
Float [help]
Force Screen [help]
Grip of Iron [help]
Hammer [help]
Intertial Armor [help]
Metaphysical Craw [help]
Metaphysical Weapon [help]
My Light [help]
Precognition, Defensive [help]
Precognition, Offensive [help]
Prescience, Offensive [help]
Prevenom [help]
Prevenom Weapon [help]
Skate [help]
Stomp [help]
Synesthete [help]
Thicken Skin [help]
Vigor [help]
Attraction [help]
Call to mind [help]
Control Flames [help]
Control Light [help]
Create Sound [help]
Crystal Shard [help]
Daze, Psionic [help]
Deceleration [help]
Deja Vu [help]
Demoralize [help]
Disable [help]
Ecto Protection [help]
Empathy [help]
Energy Ray [help]
Entangling Ectoplasm [help]
Far Hand [help]
Grease, Psionics [help]
Know Direction and Location [help]
Matter Agitation [help]
Mind Thrust [help]
Missive [help]
Sense Link [help]
Steel Life [help]
Telepathic Projection [help]
Control Object [help]
Detect Teleportation [help]
Destiny Dissonance [help]
Precognition [help]
Astral Construct [help]
Minor Creation, Psionic [help]
Charm, Psionic [help]
Mindlink [help]
以上の魔法を使用できます。
あなたが次のレベルに進むの必要な経験点は 150452 点です
〈アストラル体の加護〉
*≪八つ裂き≫のクトゥーチクはニヤリと笑った「ひよっこめ、しごいてやるぞ」*
*常に詠唱スキルが+++されます*
*常に魔力消費が30%カットされます*
*常にサイオニック魔法のダメージを15%カットします*
*常に入手経験点が半減します*
*常に必要経験点が激増します*
*《即時呪文威力最大化》使用可能 *
*《即時呪文効果範囲拡大》使用可能*
*《即時呪文持続時間延長》使用可能*
*《即時呪文高速化》 使用可能*
*《即時呪文音声省略》 使用可能*
*《即時防御の鎧》使用可能*
〈La'Galeoの加護〉
*混沌神は満足気に微笑んだ「停滞こそ忌むべきもの。世界よ混沌であれ」*
*混沌の杖[Chaos Septer of The La'Galeo]の一部機能が開放されます*
*習得したLv.の全ての呪文を瞬時に使用できます[サイオニック魔法]*
*精神に作用する魔法を75.35%の確率でリフレクトします*
*あなたは死ににくい*
*あなたの心は狂気と隣り合わせだ*
*あなたの魂は混沌神が保護している*
マナの導きとエーテルの加護のあらんことを........._
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
カオルは眼を白黒させてズラズラと目の前に表示された魔法のリストを眺め回した。
一つ二つ三つ……全部で66もの呪文がある。カオルは唖然とした顔でそれらを眺めながら、催促するようなカッサシオンの顔に向かってモゴモゴと呟いた。
「え? なんです」
「ぜ、全部」
「は?」
「なんか、レベル1の魔法を全部使えるみたい」
「……」
今度は彼らの方が唖然とする番であった。
どのような種類の魔法使いであろうとも、その各階梯に存在する魔法の数はかなりの物になるのが常である。
魔法使いは膨大な数の魔法から、自分がこれと決めた魔法を抜き出して修得するのが基本であるから、どんな大魔法使いであろうとその階梯の全ての魔法が使えるなど有り得なかった。
つまり、この時顔を見合わせた三人の心中を代弁するなら「なにそれこわい」。
「え、ええと……それがマジだとするなら心強いが……使いこなせるのか? いったい幾つあるんだ」
「全部で66……ごめん、使いこなす自信はない。そもそもどんな魔法かもよく分からない」
「でしょうね……」
呆れの溜息を付いたセレナはその視線をカッサシオンに向けた。
「たぶん、魔法の名前を教えてもらっても私は効果がわからないわ。カッサシオンもそうでしょうね」
「カオルさん、ほんとにどんな魔法か分からないので?」
「……時間をかけたら分かると思う。[help]が……ああ、と、司教様が教えてくれるみたいだけど、どれが役にたつかまでは……」
申し訳なさそうにカオルがそう言って頭を掻くと、やれやれとでも言うようにマーチは溜息を付いた。
「じゃあ、今分かる範囲で役に立ちそうな魔法を一つ使ってみせろよ。何事も練習だ」
「わ、わかった」
そう言ってカオルは眼を閉じて集中すると、瞼の裏に展開するスペルリストの中から一つの[help]を選んでその説明を読み、これならと思う魔法を選んだ。
詠唱の仕方はなぜか頭に入っている。彼女は司教から託された禍々しい波動を放つ杖を両手で掴んで呪文を使う。
「Precognition……」
helpによれば近い将来起きるであろう未来を不完全ながら予知してみせるという、まさしく「魔法」じみた魔法である。
呪文を唱え終わった彼女の脳裏に予知のビジョンがキラキラと翻り、意志を持った雲のようなものがゆらゆらとイメージの海の中を漂った。
虚ろな表情で中空を見つめる彼女のとなりでマーチが顔をしかめた。
「……何も起こらないぞ」
「未来予知の魔法を使ったわ」
「予知!? 相変わらずサイオニックの魔法は不思議なものが多いわね……」
「で、どうです? 何か見えましたか?」
脳裏によぎったイメージとビジョンの断片を繋ぎあわせ、カオルはそれらを何とか形のあるものへと繕ってから言語化した。
「……あのマシンゴーレムは心配しなくていい、と出ました」
「それ、当たんだろうな」
「混沌神(ガレオさん)のお墨付きだけど?」
余計に心配になった、そう言いたいような顔付きで一同は顔を見合わせるのであった。
――――――――――――――――
「お……なんだ、結構綺麗だな」
そう言って、マーチは隙間をくぐり抜けた先に続く石畳の通路に眼を丸くした。
カオルがランタンをかざして先を照らすと、一辺が1フィートのスレート材を隙間なく敷き詰めた通路が続いている。長い間放置されてきた場所という割には今まで見てきた場所と違い、荒廃の空気よりもむしろ密閉保存されてきた古い古い遺跡のような空気が充満しいる。
それはつまり、今までここに生活を行うような生命体が皆無であっただろうという証拠にもなった。
「さて……お宝探しと行きますかね」
ニヤリと笑ってマーチがそう言うと、先頭にマーチとカッサシオンが並び、真ん中にカオルがランタンを足の一つで掲げながら、その両手にマップの白地図を持ってマッピング、そして殿にはこのメンバーの中で唯一の回復役であるセレナが控えて一同は道を進んだ。
しばらく進むと十字路に出た。
手前で前進を止めると、カッサシオンが素早く辻に侵入して罠を確認する。
「……、罠はありません。どちらへ行きます?」
「よし、じゃあ左だ」
「まずは左に左に……懐かしいですねぇ」
そうつぶやきながら、カッサシオンとマーチを先頭にして一同は左に曲がった。
しばらく進むと行き止まりに重厚な木製の扉が見えてくる。素早く扉に取り付いたカッサシオンが鍵穴の近くに片膝を着くと、数十秒ほど小さな金属音が続いて最後に「カチリ」と鍵の開く音がカオルの耳にも届いた。
「開きました」
「よし……あ、セレナ、突入頼めるか? よく考えたらお前が一番固い」
「え、あの、まーくん、私の方がかたいとおも――」
「いいな? セレナ」
「ええ、わかったわ。」
「……」
ナチュラルにスルーされたカオルは心なしか肩を落としてションボリする。
そんな彼女に苦笑を向けて背中を慰めるように叩いてから、セレナが盾と小剣を構えた。
「では……エントリーッ」
セレナの掛け声と共にカッサシオンがサッと扉を開き、彼女が室内に突入した瞬間、薄暗い室内に鉄と鉄が激突した火花が煌めいた。
慌ててカオルがランタンの光を室内に投げかけると、中身が空洞の全身鎧がロングソードをセレナに振り下ろしていた。彼女は構えた盾でそれを防いで小剣を突き込むが、鎧が構えたカイトシールドに阻まれてその表面を滑る。
続いて飛び込んだカッサシオンは、部屋の狭さにフライングチェーンソーが使えないことと敵がリビングメイルである事を見てとると、すぐに懐からブラック・ジャックを取り出して構えた。
「おやおや、狭い上に足場がたくさん……なんとも私向けの戦場ですよッ!!」
そう言い放つと、カッサシオンは部屋中に屹立する足場……即ち本棚の群れを使って三角飛びしながら敵の背後に回りこんだ。
彼が背後に回りこんだことを見てとると、鎧はセレナを無視してカッサシオンを倒そうと踵を返した。
「おっと、俺を忘れるなよ! なめんじゃねえや!」
マーチは素晴らしい瞬発力で敵のそばに飛び込むと、繋ぎの緩い関節部に向かって鋭い拳打が叩き込む。
肩口を潰されて左の盾を落とした鎧は、全くそれに頓着することなく長剣を振りかぶってカッサシオンに斬りかかった。
カッサシオンは振り下ろされた刃を紙一重で躱すと、最小の動きでトップスピードに持っていったブラック・ジャックで鎧の膝を打ち据え、そのまま素早く本棚の壁をよじ登って視界の外へ消えていく。
膝を壊されてバランスを崩した敵に向かってセレナのチャージが決まると、敵は武器を取り落としながら床に叩きつけられた。
「終わりよ」
両手でセレナが持つ小剣を敵の胸部に深々と突き刺すと、バキリと何かが割る音と共にもがいていた鎧の動きが止まる。
念のために鎧を蹴飛ばしてバラバラに分解してから、セレナは剣を収めてカオルを手招きした。
扉が開いて五分も立たないうちの素早い行動に、カオルは自分と彼らの間に歴然と存在する経験値の格差に歯噛みする。
なるほど、これでは自分がマーチに相手にされないのも当たり前だ。自分がセレナの立ち位置にいたとして、彼女以上にやってのける自信など微塵もない。
自分はまだまだ未熟者だ。それを改めて痛感するカオルだった。
「ふむ……書斎、ですかね。お宝の匂いはしますが探し当てるのに苦労しそうだ」
「本かぁ……稀覯本なんかは好事家に高く売れるけどなぁこれだけあると厄介だ」
うんざりといった様子の男ふたりの横で、セレナは本棚から一冊の本を取り出して見分した。
「……魔術師にとっては貴重な本があるんでしょうけど……私にはあまり詳しく鑑定できないわ。罠の仕込まれた本があるかも知れないし、慎重に行きましょう」
「分かった」
「では、私は本以外の値打ち物がないか見てきましょう」
扉を閉めたあとに全員が手分けして書斎を捜索することになった。
それぞれが散らばってあちこちを探っている中、カオルは真っ直ぐに書斎を横切って突き当たりまで進んだ。そこには持ち主が去って久しい文机と、高級感漂う座り心地の良さそうな革張りのチェアがある。
自分の目当ての品はここにある。
カオルは不思議な確信を持ってチェアに座ると、机の上に放置された分厚い鍵付きの本を手にとった。
そこには無骨な金釘流の文字ででかでかと「研究日誌」と書かれている。
マーチに基本だけ教わったこちらの言語は、司教のサポートのお陰か急速に形を帯びて彼女のものになりつつあった。すでに、その読解レベルは十分な教育を受けた貴族か商人レベルに達している。
カオルはその人外の力で鍵の部分を壊すと、無味乾燥でひたすら事実だけを客観的に綴る文章の群れをむさぼるように読みふけった……。
――――――――――――――――――――――――――――――――
随分久しぶりの更新です、申し訳ない。
5月は死にそうなほど忙しくて書く暇がなかった。
6月も結構忙しくて執筆に回す力がわかなかった。
7月前半はリハビリを兼ねて頭空っぽにして書いたネタ作品をチラ裏に投稿してました。
ネタが切れて勘も取り戻したので再開します。
*重複していた呪文を修正しました*