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[1309] ロボットになった男
Name: パブロフ
Date: 2005/03/11 19:13
 冷たい鉛と電線の詰まったゴムコード。ついでに今にも掻き消えそうな光と、圧倒的な闇

 それがこの空間を構築する、絶対の物だった

 何時如何なる時も鉄錆びの匂いが漂い、硬質な雰囲気が人の心を圧迫する

 だと言うのに憎らしいのは、硬質な雰囲気とは裏腹に、この空間が広い事だ


 一辺四十メートルの正方形。嫌みったらしく高さまできっちりと測られた空間は、どうにも人間味のないキューブを思わせる


 総評するに、どうしようもなく不快な空間

 それがこの“南ジェネガン基地”の三分の一を占める、巨大格納庫だった


 ブウゥゥン


 薄暗い格納庫に虫の羽が震えるような音が響き、備え付けのPCの内一機に光がともる

 簡素な机の上に置かれたそれは酷く大きく、既に時代遅れの代物とも言ってよい。何せ起動させるだけで三分もかかるのだ。今の最新型ならばその六分の一で事足りる

 だと言うのにその古めかしいPCが置かれているのは、一重に持ち主のこだわりだった


 ブウゥゥン


 さらに鳴る駆動音。ただの光の塊だったPC画面上のそれは、今や0と1の羅列になり、高速で右から左へと流れていく

 数字のマトリクスだ。ただそこに在るだけでそれは、威圧するような光を放っていた


 不意に、ピイイと言う甲高い電子音が鳴り、マトリクスの移動が目に見えて早くなる

 すれ違うように、重なり合うように、或いは競うように、そのマトリクスは動いた


 ブウゥゥン


 唐突に駆動音が増えた。マトリクスを処理し続ける横で、また別のPCが起動したのだ。PCは先の物に習うかのように、こちらも0と1を羅列させ始める

 異変はそこだけでは収まらない。円を描くように周りに広がり、終いには格納庫内の全PC、計百三十四台全てを起動させてしまう

 ほんの五分前まで静寂を保っていた筈の格納庫は、あっと言う間に電子音の大合唱となった


 それぞれが勝手気ままに喚き散らし、0と1を踊らせる

 その異様な光景が二十分程続いたとき、漸く一台のPCがその動きを止めた


 百三十四台の中で一番初めに起動した、あの古めかしいPCである

 PCは熱を帯びていた。それこそ、異様と言える程の熱量を

 バチバチと表面に電流が走り、それが逃げ場を求め、繋がれていたゴムコードに殺到する


 ゴムコードの先には、跪いた格好で座る鋼の巨人が居た


 全長およそ八メートル。人間と比べれば十分大きいが、この高さ四十メートルの格納庫の中で見ると、それでもちっぽけに見える

 接地面を大きくするための、無骨なまでに巨大な脚部

 間接部を守りながら、それでも動きを阻害せぬようと思案されたブレッドストッパー

 砲弾の直撃、若しくは衝撃を和らげる為であろう丸みを帯びた胸部。背中には短いながらもバーニアが取り付けられ、高速の起動を求めた物であると知れる

 そして鋭角的な、一見バイザーを掛けているかのような滑らかな頭部


 決して美しい物ではない。新品なのか機体表面には傷も汚れも付いていないが、全体的に鈍色で、外見に気を使ったようには見えない

 それは、明らかな量産品だった


 だが、量産品だからと如何ほどの物があろうか

 なんと言われようと見れば解る。これは兵器だ、兵器なのだ

 「兵器に美しさなど必要な物か。そんな物、ドブに捨ててしまえ」これが古めかしいPCの持ち主の格言だった


 ゴムコードを駆け巡る電流はその流れを伝い、巨人のバーニア付近に繋がれているコネクト部にまで達する

 その青白い光は、例えるならば雪崩が逆に駆け上っていくような、そんな形容が相応しい光

 そしてその「雪崩」を受けた巨人のバイザーに、やはり青白い光がともった


 熱を持ち、悲鳴を上げていたPCの画面に、一行だけの文字が浮かぶ

 ご丁寧に、・・・・これも持ち主のこだわりだろうか。英数字ではなく、ひらがなで


 『しすてむえらーなし。たいぷしゅとぅるむ、おーる・ぐりーん』


 それを機に、格納庫で騒ぎ立てていたPC達は、ぱたりと動きを止めた


 ロボットになった男  第一話  「彼は御厨。そしてシュトゥルム」


 「御厨翔太」。解るかな?「みくりやしょうた」って読むのさ

 今年で二十二歳の社会人。でもってフリーター。バイトの後輩達に「ボス」って親しまれてる彼女なしの寂しい男だよ

 趣味はゲーム。プラモデルや人形なんかには興味ないね。誰が何と言ってもゲーム

 僕は中学の頃からゲーム、それも戦略シュミレーションやロボットゲームが好きでね、それはよく遊んだ物さ

 子供っぽい幻想を抱いた事もある。ほら、「ガン○ムのパイロットになりたい」とかね


 まぁ、ある一点から見れば、僕の馬鹿馬鹿しい願いは現実となったんだ。有り得ないと思うだろう?僕だって理屈なんか知らない。けど、実際の事さ


 しかし何と言うか・・・・・僕がなりたかったのは「パイロット」なんだ


 決して、決して、「ロボット」になりたかった訳じゃないんだよ・・・・・・・・・・・・
 (・・・・・・これは一体・・・・・・・・)


 ピクリとも動かない視界に溜息し、青年・・・・・“だった”ロボット、御厨は息を詰まらせた

 勿論ロボットが息を詰まらせる筈がない。これは御厨の心的状況な訳で、外界に一部の干渉も起こる物ではない

 御厨の視界はすこぶる明るい

時は朝になり、人の活動が始まり、快適に生活する為に開発された電灯が点る

 確かに今は朝だが、ハッチの開いていないこの格納庫は灯をともさねば薄暗いのだ

 御厨が見つめる硬質な床の上では、統一されたツナギを着る工兵と思しき者達が、所狭しと駆け回っていた


 「おーい!そっちはどうだぁ?!」

 「駄目だ!ダメダメ!表面的にはしっかりしてるが、プログラムの中身はぼろぼろだ!」

 「あぁもう畜生!一体どうなってんだここのPCどもは!」


 どうやら深刻な状況下にあるらしく、それをフォローする為に走り回っている、と言うのは、御厨にも理解できた

 だが御厨にとっての問題はそんな他人の事ではないのだ

 それ即ち、一ミリとて動かぬ体と、視界下方に映る己の膝と思わしき鉄の塊

 自分の体を見る事ができなくとも感覚で解る。理解できる。自分は、巨大なロボットになっていると


 御厨は不快だった。何もかもが可笑しい。己にすら違和感がある


 酸素を取り込まずとも苦しくないし、体の中に熱を感じない。在るのはオイルが駆け巡る、ヌメリとした嫌らしい感触

 言い表すのならば、意識だけが狭い部屋に閉じ込められ、そこで巨大なプロジェクターを見せられているような感じだ

 だがオイルの感触はある。各関節に巡り、頭部と背部の機能中枢を動き回っている

 僅かながらに体の、鉄の巨体の感覚もある。そんな違和感の全てが、御厨は不快だった


 見えはする。聞こえもする。だが感触は中途半端。嗅覚は無く、味覚など考えるだけ無駄だろう


 だが暫くするとその感覚にも慣れてきた

 変に己を保とうとせず、身を委ねる感覚だ。それで不快感は随分と軽減された

 どこかぼんやりとした感じだった


 突然の事態に慣れると、御厨はこれは夢ではないかと考える

 だってそうだろう。自分がいきなりロボットになっていたら、誰だってそう思うだろう

 御厨は俗に言うマニアだったが、常人の感性は持ち合わせていたと言う事だ

 どうしても今の状況に陥って、涙を流して喜ぶ気にはなれなかった


 (ここはどこだ。僕は何をしている。彼らは何者だ。僕は・・・・・)


 自分の体が肉で出来ていたのなら、見る影も無い青褪めた顔で冷や汗を流しているだろう

 目は虚ろで焦点が定まらず、漏れ出る呼気は狂人のもので・・・・・・・。きっとそんな感じだ


 (僕は・・・・・・・・・・・何なんだ)


 段々と冷え切り、色を失う思考の中で御厨は呻きを上げる


 今までの自分を根底から覆された。それが彼だ

 慣れ親しんだ肉の寄り代はなく、代わりに己が在るのは鋼鉄の巨人。その中

 自分が自分でないなど、そんな生易しい物ではない

己が一瞬にして激変する、これは筆舌など既に何の意味もない、そんな領域の物なのだ


 だがしかし、幾ら慌てようとも、順応性が高いのが人間の特徴だ。御厨翔太と言う人間の場合は、それが特に目立つ

 自失呆然となりはしても、三十分も慌てふためけば、その焦りは消え去っていった


 (落ち着け、落ち着け、落ち着け・・・・・。僕は御厨翔太だ。そうだろ?)


 そうだ焦るな。御厨翔太は大のロボット好きで、こういう状況は寧ろ屁でもない筈だ

 御厨は頭の中でそう唱え、必死に自分自身を説得――それが余りに奇妙な理屈であったとしても――する


 翔太は元々、思い込みの激しい部分がある

 それは美徳では無いが、悪徳でもあるまい。事実こうして役立っているのだから、御厨にしてみれば僥倖だ。御厨は冷静な思考能力を取り戻しつつあった


 しかしそんな御厨の心を、この状況はまたもや打ち砕く


 (ひぃっ!)

 「お、よーし!繋がったぞ!基本プログラムは生きてらぁ!」


 御厨は思わず悲鳴上げた。勿論彼の体に声帯など無く、その悲鳴を聞きとめる者など居ない

 御厨とて誰かに聞いて貰いたくて悲鳴を上げた訳ではない。自分の身に起こった変化に戸惑ったのだ


 (な、なんなんだ・・・・・?これ・・・・・・・体が・・・・・?)


 御厨の閉じられた感覚が開いていくようだった

 巨人の体内のあちこちが回転を始める様は、筋肉が脈動する感覚に似ていた

 巨人の体内のあちこちが熱を持ちだす様は、意識が覚醒する感覚に似ていた


 動けはしない。動けはしないが、己が己を取り戻していくのが解る

 頭のてっぺんから爪先まで、そのすみずみまで『自分』と言う意識が支配していくのが解るのだ


 こんなのは、肉の身体であった頃でさえ無かった。こんな、こんな、己を完全に屈服させるような感覚は

 突然の変化は確かに驚くべき物であったが、不快な物では無いと、御厨はそう考える


 だが、それもここまで

 巨人の体躯が意思を外れて動きだした時、御厨は心底恐怖した


 (うわ!うわあ!体が!う、動いて・・・?)


 動いた。どれほど動かそうとしてもウンともスンとも言わなかった巨人の体躯が、勝手に動いた

 膝が浮き上がり、中途半端に乗っかっていた腕が下ろされる。これらの挙動は全て、言うまでもなく御厨の意思ではない


 必死になって状況を知ろうと、御厨は動かぬ視界の中で視線を巡らせる

 ふと、動かないと思っていた視界が動いた

それは肉の体であった時とは違い、焦点が動くのではなく、視界そのものが四角いフレームを保って動く。そんな感じだったが

 外から見れば巨人のバイザーの奥で動くズームレンズが見えただろう

 しかし全員が全員忙しなく動く今この時に、その事に気付いた者は居なかった


 御厨は一人の男を捉える

 大体五十を過ぎ、六十に達しようかと言う歳の男だ

 彫りの深い顔立ちに、太い眉がよく似合う。刈上げられた髪の毛が嫌に男臭い


 彼がこの場の責任者であろうことは、その雰囲気から一目で解った


 「ボトル主任!どうっすか!」


 視界の外から、その男に向かって大音響の呼び声がかけられた

 周りの雑音に負けぬようにするためか、それは不必要なまでに大きい。御厨が心中で眉を顰める程だから、どれほどの大きさか伺える

 対する男・・・・・ボトルは、古めかしいPCに何か打ち込みながら、こちらも負けぬ程の怒号を返した


 「五月蝿え!こっちは問題無しだ!今立たせる!」


 次の瞬間、御厨の視界は急激に高まった


 (うわ!あああ?!た、高ぁ?!)


 視界が高い。先程までも見下ろしていると言う感はあったが、これが八メートルの高さとなるとまた違う

 凄い、と御厨は素直にそう感じた

像や鳥は、何時もこんな視点で地上を見下ろしているのか

 現実逃避に近かったが、御厨はその一瞬だけ、己の置かれた状況を忘れた


 ハッと気付くと、目の前でボトルが腕を組んで佇んでいる

 周りが忙しく走り回る中、責任者である彼は最も忙しいであろうに、それでもボトルはじっと御厨の・・・・・・・・巨人のバイザーを見つめていた


 じっと見つめる。じっとじっと見つめる。腕を組み、硬い表情で

 それは何かに喜び、また何かを嘆いているようでもあった


 御厨が思考内に?マークを浮かべる中、ボトルは目を瞑り、ついで薄く微笑む


 「良いぜ!嬢ちゃん!入ってきな!」


 その言葉を待っていたかのように、ボトルの背後にある格納庫の入り口が開いた

 プシュー、と、間の抜けた圧縮空気の抜ける音がし、鮮烈な紅が姿を現す


 それは髪だ。肩口までのセミロングで、系色灯を受けている訳でもなかろうに、言い表せない程の美しい紅

 入り口を開いたのは、女性軍服を着込んだ、まだ二十に届かぬであろう少女だった


 「良い仕上がりだぜ。トゥエバ軍標準配備の量産機、『シュトゥルム』。量産機と銘打っちゃぁいるが、仕学でたばかりのヒヨッコにゃ、勿体無い機体だ」


 ボトルの遠慮の無い言葉に、紅の少女は視線を上げる

 その瞳は恍惚としていて、思わず目のあった御厨は、例え紅の少女がそんな積もりではないと解っていても、心落ち着いては居られなくなる


 紅の少女は、潤んだ瞳のまま誰とは無しに呟いた


 「これが・・・・・・・・・あたしの・・・・・機体・・・・・・・・」

 (いや、あたしの気体って・・・・・・・・・・・へ?)


 ・・・・・・・・・・・・・・御厨翔太の受難は続く



[1309] Re:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2004/10/13 00:29
 南ジェネガン基地とは、周囲を荒涼とした大地に囲まれた極めて小規模な基地だ

 最も、この世界の軍に置いての大規模、小規模とは、基地の巨大さで決められるのではない。そこに所属する軍人の数で決まる

 ジェネガン基地は、およそ4800㎡の中に工兵や生活班、その他諸々を含め、漸く二百五十人程度が駐屯していた


 4800㎡の中に二百五十人――実際は基地施設の面積などで、認識できる生活範囲はもっと狭いだろうが――もの人間が住んでいるため、生活環境はすこぶる悪い

 下級兵士など、六人部屋にタコ詰めにされているくらいだ

 そしてそれが、女性仕官に基地勤務を敬遠させる理由にもなっている


 しかし、そこかしこ狭苦しいこの基地にも、唯一広々とした空間がある

 鼻に突く鉄錆びの匂い。無意味なまでに高い天井

 そう、そこは鋼の巨人達が静かに佇む場所、巨大格納庫だった


 ・・・・・・・・基地自体が小さいと言うのに巨大格納庫と言うのもどうかとは思うが・・・・・・


――――――――――――――――――――――


 (暇だなぁ・・・・・・・・)


 格納庫に佇む巨人の内の一体、御厨は、どうしようもない暇を持て余していた


 これでも当初を省みれば、まだマシな状況である

 ある日突然ロボットになったと思えば、体はまともに動かせない。かと思えばなにやら外界からそ操作で自分はいいように動かされる。それが約三日間も続いたのだ

 だと言うのに、ここはどこなのか、どういう状況なのか、それら情報は全く入ってこない

 今の状況に置いて、『知らぬ』と言う事は凄まじい恐怖だった


 だと言うのに、要らぬ情報は幾らでも送り込まれてくる

 こうやって暇だ暇だと呟く今でも、訳の分からない英数記号が送り込まれてくるのが解るのだ

 恐らく、さっきのボトルと言う男が扱っていたPCからだろう。御厨はふと思った


 中には御厨に理解できる物も無いではなかった

 所々にある数字は数学式だと知れたし、英語のスペルも触りだけなら読める


 だが所詮は馬鹿な一般人。英語と数学を中高合わせて六年、その全てで1を取ってきたのは伊達ではない

 詰まる所、何かされているのは解っても、打つ手がないのが今の状況だった


 ふとそんな時、圧縮空気の抜ける音が聞こえる。格納庫の入り口が開く時の、間の抜けた音だ

 御厨がズームレンズを向けた先に居たのは、あの紅い髪の少女だった


 肩口までの長さのセミロング。その小さめな顔立ちは、どことなくモンゴロイド系にも見える

 鼻は高くないがそれがまた愛らしい、藍色の、大きなつり目が印象的な少女だ

 小柄な体躯はまだまだ発展途上と言っておこう


 それなりに美少女なのだろう。それは御厨にも解る

 しかし御厨自身そういった経験が少ない物だから判断に苦しむ。それに御厨の好みは、もっと成熟した大人の女性だ

 じっくりと観察する気にもなれないが、兎に角暇な御厨はズームレンズを少女に合わせ続けた


 「うぅぅ~~・・・・・・疲れたぁ・・・・・・」


 少女はあろう事か、巨人達の移動効率を考えて作られた格納庫の床に、ばったりと倒れ込む

 御厨は少女の格好に目を止める。下は迷彩服のズボンで、上はタンクトップ一枚だ

 発汗によってそれが素肌に張り付く様は酷く淫靡だった。・・・・・・・御厨には興味のない事だったが


 まぁ兎に角、格納庫内の若い衆の伸びきった鼻下は、暫く戻りそうにない

 少女はヒョイと両足をあげて反動をつけると、アクロバティックな動きで飛び起きた


 再び圧縮空気の抜ける音が響き、格納庫の入り口が開く。ボルトだ

 厳つい顔に渋い笑みを浮べながら、大股に入ってきたボルトは、立ち上がったとはいえダレまくっている少女に、豪快に笑いかける


 「ははははは!どうやら、大分きついのを受けたみたいですな、ダリア少尉」

 「ボルトさん・・・・。敬語なんていいですよ。初日みたいにしてください。あたしなんて若輩者なんですから・・・・」


 あの紅い少女はダリアと言うのか。御厨は何気なくボルトに視線を移す

 ボルトはダリアの言葉に対してわざとらしく崩れた敬礼を取る。黒く煤けた、元は綺麗な白であっただろうキャップをかぶり、先程のように渋い笑みを浮かべた


 「少尉殿が何と言われましても、軍隊の階級ってのは絶対です。少尉殿も早く自覚してください、何時までも学生気分じゃこっちが困りますんでね」


 少し咎めるような口調だった。それ以前に、娘をたしなめる父親のようでもあったが


 御厨は、ボルトが熊の様に太い腕を組む様を見つめる

 ・・・様になっている。違和感なくあのキザったらしいポーズが取れるのだから、ボルトと言う男は凄い

 そしてそのボルト自身、サングラスを掛けていれば、ヤクザか黒服に見間違われかねないような大男なのだから不思議だ

 ボルトの前では、元より背の高い方ではないダリアなどまるでチビッコだった


 (・・・・・・・ダリア・・・・・・・ね)

 「そんなつもりじゃなかったんですけど・・・・・・、気をつけます」


 御厨は再びダリアにレンズを戻す。ダリアはボルトの言葉に、虚を突かれたような表情を見せていた

 御厨に軍人の常識など解りようも無かったが、ボルトが言うのならばそれは正しいのだろう。何となく、そんな気がする

 ダリアなる少女も恐らくは同じ心持だったのではないか。御厨はそう考えた

 軍人の常識同様、これも解りようのない物だったが、それ程外れてはいまい


 そう思い耽る御厨の視界の先には、こちらに向かって歩き出すボルトの姿があった


 「・・・・よし、野郎ども仕事だ!少尉殿の機体を仕上げるぞ!いっぺん全システムをカットしろ!」

 「「「「「「「「アイアイアサー!」」」」」」」」


 ボルトが突如として張り上げた怒声に、近くの工兵達は驚きもせずに唱和した

 素晴らしいコンビネーションだ、と御厨は誉めた事だろう。返事を返した工兵達が、わらわらと自分――鋼の巨人の周りに集まってこなければ


 (な、何?何なの?)


 こうもわらわらと、まるで蟻のように集られては堪らない

 工兵達が自分を弄くろうとしている事は明白だ。何よりも先に、恐怖が立つ


 ブツン


 あからさまな切断音の後、御厨は自分の視界が黒く染まっていくのを明確に感じ取っていた

 そして、雑音のやかましい中、何故か聞き取れたボルトとダリアの声を・・・・・


 「行ってらっしゃいダリア少尉。あれは少尉殿の機体ですよ」

 「・・・・・ありがとうございます、ボルト主任」


 (・・・・・・・・・・・・何だか知らないけど・・・・・・・・・・・・・・・勘弁して・・・・・・・・・)


 ロボットになった男  第二話  「ダリアと言う少女」


 御厨が目を覚ました・・・・・いや、起動したと言うべきだろうか

 兎に角、彼の思考が活動を開始した時、既に格納庫はねっとりとした闇に閉ざされていた

 肉眼では五メートル先も視認できない。しかし御厨の優れた暗視機能は、その闇の中でも正確に辺りの様子を捉えている


 突如、御厨の内部に熱が起きる。驚きも表せないまま闇の中に光が漏れ出し、今の御厨の様は、宵闇を照らすランプのようだ

 数分の一秒の後、御厨は漸く己の中に誰かがいるのを知った

 思わず二重に驚く所で、それも別段可笑しい事ではないかと首を振る。・・勿論心中でだ


 自分は今物言わぬ鋼の巨人、ロボットになっているのだ。名はシュトゥルムだったか

 機動兵器と言えば人が乗り、人が動かす物。ならばコックピットの一つや二つ・・・・・と、一つ以上あっても無駄なだけか。御厨はとぼけた事を考えた


 ブウゥン


 例によって虫の羽が震えるような音と共に、コックピット内部の光景が映し出される

 外視界用のズームレンズは、それでも変わらず漆黒の闇を映していた

 それとは別に、コックピット記録用カメラが紅い髪の少女、ダリアを映し出す

 ダリアは安全性を考慮された、小柄な彼女にも随分と窮屈なシートに収まり、カメラに視線を向けていた


 御厨が変な気分だったのは言うまでもない。何せ、目が二つから三つに増えたような物だ。しかし違和感はあるものの、混乱はしていないのだから始末に終えない

 これでは御厨自身に溜まるストレスは相当な物だろう。それを考えると、混乱していた方がまだマシかもしれなかった


 御厨が不快感に困っていると、ふとダリアが唐突に話し始めた


 「これが量産機シュトゥルム。・・・・・あたしの機体・・・・・・・・・・・・・・・・よろしくね?とは言っても、戦争はつい二ヶ月前に終わっちゃったけど」


 ダリアの話し掛けてくるような言葉に、御厨の心臓は跳ね上がった


 (な、何?!この子、僕が居る事を知ってるの?!)


 複雑な悲鳴を上げて、それからそんな訳がないだろうと自分に突っ込む

 ロボットの中に人の心が入ってます、なんて話、一体どこの誰が考えるのだ。よしんば考えたとしても、それを信じる人間は狂人くらいの物だろう

 よってこのダリアと言う少女が御厨の存在を知っている可能性は無し

 御厨は高速化した思考の中で結論を付け、心を落ち着ける


 意識してダリアを見てみれば、当の彼女はコックピット前部の調整キーとモニターに凭れ掛り、気の抜けた息を吐いていた

 ダリアは腕に顔を埋め、紅い髪をくしゃり、と掴む。再び語りかけるようにして呟き始める


 「うーん、やっぱり変かな?こんなただの・・・・ただのメタルヒューム話し相手にするなんて」


 メタルヒューム、聞き慣れない単語だ。自分の事だろうか?御厨は考える

 自分はシュトゥルムではなかったのか?いやそれ以前に、僕は一人の人間であったのだけれど

 もし御厨が肉の身体のままなら、今はきっと眉根を寄せていただろう

 こめかみを揉み解し、ついでに皺の寄った眉間も揉み解している筈だ。御厨にはその仕草をする己の姿が、はっきりと想像できた


 「でも・・・・話し易いんだよね・・・・。いや、話てる事にはならないのかなぁ」


 そういって目を伏せるダリアに、御厨は「聞いてるよ」と話し掛けてやりたかった

 しかしこの鋼の体は、動く事もままならない。もし動けたとしても、まともなコミュニケーションが取れるとは考えられない

 御厨は流されるばかりだったが、今この時はこの鋼の体が憎らしかった


 「・・・・・・・・・・・・・兄さん、絶対に見つけてみせるからね・・・・・・・」


 ダリアの薄紅色の唇から、そんな言葉が漏れた

 御厨は、今はもう存在しない己の脊髄が、凍りついたような感じがした

 それほど、それほど、知って間もない人間が動きを止めてしまう程、その言葉に哀哭の響きが混じっていたからである


 何かあったのだろうか。ダリアと、ダリアの兄なる人物に、何かあったのだろうか

 今の状況すら知りようのない御厨に察する事など不可能だが、考えずにはいられない


 雷のように喧しい警報が鳴ったのは、ちょうどそんな時だった


 ビイィィィィイイイイ!!!!  ビイィィィィイイイイ!!!!


 鼓膜が破れてしまいそうな音と共に、赤色の系色灯ひかりだす

 輪を掻きながら回るそれは、まるで螺旋の輪のようにも見えた


 ダリアがハッと顔を持ち上げ、上ずった声を上げる


 「こ、これは、緊急時の第一級エマージェンシー?!何があったの?!」


 それは既に悲鳴に近かった。ダリアは手元のキーを操作して、緊急対策時のマニュアル情報を引き出そうとする

 ダリアが何を望んでいるのか解った御厨は、それらしい物を感覚で引きずり出し、ダリアの目の前にあるモニターに弾き出す

 不思議な事に、今の一連の作業には、一瞬の淀みも無かった。御厨自身自分が一体何をしたのか、よく理解できない有様だった


 (今、僕は何を?・・・・・・・本当に、僕は本当にロボットになっちゃったっていうのか?)

 「パイロットは・・・・独自の判断で機体を起動させ、中央管制からの支持を仰げ?よし、それなら!」


 御厨の声が聞こえる筈もないダリアは、意気込んで手元のスイッチ、計器類を操作する

 無意識の中に、御厨は鋼の体に力が満ちていくのを感じていた。御厨の意思に関わらず、巨人は立ち上がる


 制動をきちんとした御厨――シュトゥルムは、朱色の系色灯が散らばる中を、ゆっくりと歩き出した


 「一体何が起こってるの・・・・・?」

 (兎に角誰、か何とかしてください・・・・・)


 やはりやはり、御厨の受難は続く



[1309] Re[2]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2004/11/07 07:06
 無骨で、不必要なまでに太い脚部を持ち上げ、歩く

 格納庫を出て外に向かおうとする鋼の巨人は、ダリアの駆る御厨、シュトゥルムだ

 巨人の為に広く作られた格納庫の通路。そのあちこちに散乱する作業用機械が、シュトゥルムを送り出しているように見える

 その中にはシュトゥルムのような巨人達も極少数居た

 しかし彼等は、彼等の主たる者が居ないために動けない。しかしその主達も、直ぐに警報を聞きつけて走ってくるだろう

 何せ両手で耳を覆っても鼓膜が痛い程の大音量だ。これで気づかぬ者が居ればとくと面を拝んでみたい。御厨は未だユーモアを失わない自分を賞賛しながら、そんな事を考えていた


 (・・・・・・何が起こっているんだろう)


 御厨には何が起こっているのか解らない。しかし、不思議と混乱はなかった

 それは一重に、ダリアと言う存在が居たためであろう。ダリアは自分自身も初めてだろうこの状況で、それでも落ち着いていた

 その表情に焦りはなく、御厨自身も落ち着く

 御厨は心中で苦笑し、己の不甲斐なさを少々呪った


 体は不思議と勝手に動く。シュトゥルムの下胸部にあるコックピット・・・・・その中でダリアが操る一本のレバー、バーニアアクセル、プログラムキーボード、その全てが御厨を支配する

 やはり違和感は拭えない。御厨は、堪らない嫌悪感を堪えていた

 だがしかしそれも、ダリアのどこか一所懸命な顔を見ると、霞のように薄れていく


 (・・・・・うん、悪い気は・・・・・・しないかな)


 いつのまにか、御厨は格納庫機動兵器出入り口まで辿り着いてた

 巨大な門は観音開きになっていて、いつもは大抵工兵の人員が操作して開けてくれる

 しかし工兵が未だ居らぬ状況では、ダリアが遠隔操作で門を開くのだが・・・・・・・・・


 「・・・・・開かない?」


 何故か門は開かなかった。電気は回ってきているし、システム上も問題は無いのだが、何故かオープンプログラムが承認される前に弾かれる

 二、三度それを繰り返したダリアは、業を煮やしてレバーを操作した


 (え?あれ?これって?)


 御厨は命じられるまま半身を引き、鉄の拳を振り上げる

 まるで棍棒を振り上げるような体勢だ。棍棒自体は無かったが、シュトゥルムの鉄の腕ならば、これから行う事に大した違いはあるまい


 御厨は言う事を聞かない門に、思いっきり拳を叩きつけた


 耳をつんざくような金属音と濁音が同時に響き、観音開きの門は御厨から向かって右側の門を、派手に弾き飛ばす

 そこから覗いた星の瞬く夜空は、宝石が散りばめられているかのようだった


 「右腕損傷軽微。・・・良い感じ!」

 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・良いのかなぁ?)


 ロボットになった男  第三話  「急襲と銃火の咆哮」


 門を破壊して外に出た時点で、御厨に通信が入った

 通信拒絶はしていない。いや、していたとしても今入ってきている通信は、レベルAと高い物だ

 たかだか量産型に拒否できる通信ではないそれは、御厨の体中を駆け巡り、ダリアの座るコックピット前部に枠を映し出す


 そこに映し出されたのは、白髪混じりの逆立った頭髪を持った、不敵な笑みを浮かべる初老の男だった


 『うん?貴様はあの時の新入り?随分早いな』


 ダリアは急に現れた男の顔を凝視して、人知れず高めていたらしい呼気を噴出した


 「はぶ?!と、トワイン司令?!なんでオペレート席に?!」

 『オペレーターの馬鹿どもめ、夜勤の野郎が人っ子一人居なかったんだよ。ちょいと前に休戦したからって気を抜き過ぎたって訳だ。こりゃ銃殺物だな』


 男はトワインと言うのか。妙に似合った名前だと、御厨は一人心中で頷く

随分と司令らしくない物言いではあった。しかし事態は急を要するようだ

トワインの背後に除く広々とした部屋・・・・・恐らく本部なのだろうが、そこに居る数はトワインを含めても十人に満たない

 通常二十人待機のそこは、司令塔としての機能を殆ど果たしきれていなかった


 ダリアはその光景を見て、不安そうに顔を歪ませた


 『何怯えてやがる。そんな暇はねぇぞ』

 「そんな暇はないって・・・・・一体何が起こってるんですか?!」


 こちらも、随分と部下らしくない物言いではあった。幾らなんでも、一パイロットが仮にも基地司令に使う言葉ではない

 それもトワインの無意味なまでに砕けた口調がさせるのであろう

 トワインは、ダリアの少々礼を欠いた言葉に目くじらを立てたりはしなかった


 『敵襲・・・・・・・・こりゃまた見事な急襲だ。ここは今、複数の所属不明機から攻撃を受けてる』


 忙しなく両手を動かしながら――恐らくキーを操作しているのだろう――トワインは片方だけ眉を顰めた

 中々器用な顔をするおっさんだな、と御厨が思うのも束の間、すぐさまトワインは表情を正し、後方で働く人員達に檄を飛ばす。段々と焦燥が募ってきたようだ


 ダリアが控えめに声を掛けるのを聞きながら、御厨は鼓動とも言うべき駆動音を抑えた


 「て、敵襲って、そんな感じは少しも・・・・」

 『ハッキングが掛かってんだよ!発信元と、武装したメタルヒュームも確認してある。こいつは立派過ぎるくれぇの侵略行為だ』


 納得出来ない。ダリアはそんな風に、尚もノイズの走るトワインの顔を見つめた

 解らないでもない。いきなり敵襲だなんて言われて、彼女のような人間が咄嗟に反応できるだろうか

 御厨とてそうだ。きっとこんな事になっていなければ、きっと暖かい毛布に包まり、ココアでも飲みながらテレビの画面に向かうだろう。それが現実がどうかは別として

 確かに現実味は無かろうが、何よりも信じたくない。そんな気持ちが強いのだ

 格納庫でのダリアの余裕は、自分の勘違いだったのだと、御厨は知った


 御厨は冷えていく己の心を感じながら、二人の遣り取りに耳を傾けた


 「じゃ、じゃあなんで攻撃がないんです?ミサイルとか」

 『馬鹿野郎!手前仕学で何教わってきた!60年前の奴が残ったまんまだろうが!』

 「あ、フレディジャマー」


 呆けたようなダリアの声にも、やはり力がない。トワインは頭を掻き毟る

 と言うより、フレディジャマーとはなんぞや?ここに来てから、御厨には解らない事だらけだ。取り残された状況にも慣れてくる


 ぼーっと御厨が見つめる先で、トワインが焦りのあまりチェアを破壊した司令塔職員を殴りつけていた


 トワインは再びこちらに向き直ると、今度こそ無駄なお喋りは許さないとばかりにダリアを睨み付ける


 (おいおい、真面目に恐いよ)


 流石に小さいながらも基地司令。ダリアなどとは貫禄どころか年季も迫力も違う

 ダリアも流石に怯えたのだろう。肩を一度震わせ、後ろに飛びのいた


 『いいか新入り。事態はお前が思ってるよりいいもんじゃねぇ。寧ろこんな小さな基地じゃ、あってぇ間に制圧されるかもしれねぇ瀬戸際だ』

 「ひゃ、ひゃい!」

 『解ったらとっとと北東ゲートに向かえグズが!兵士が質問するな!『はい』とだけ言ってりゃ言い!ぐだぐだと無駄な時間を取らせるな!!』

 「了解!了解!」

 (懇切丁寧に教えてくれた癖に・・・・・・)


 ダリアの声は裏返っていた。其れほどまでに、トワインの大喝は迫力のある物だった

 御厨にしてみればトワインは理不尽過ぎたが、この渇の前では黙らざるを得ない


 慌てて動かされたダリアの手元のレバーから、彼女の動揺が伝わってくるようだった

 駄目だ。手に力が入っていない。不思議と御厨は、レバーを握るダリアの手を感じる事が出来た

 出撃させる前から怯えさせてどうするのか。御厨はなんだかむしょうに泣きたくなった


 ふとそんな時、中の人物が消え去り、慌しい司令塔を映し出すウィンドウから、声が漏れ聞こえて来た

 苦虫を噛み潰したような、それでいて純粋に相手の事を気遣っていると解る、優しい声


 『・・・・死ぬんじゃねぇぞ、新入り』


 レバーから伝わるダリアの手の感触が、驚くほどに強くなった


―――――――――――――――――――――――――――


 外面的にはシンと静まり返る基地を、御厨は駆け抜ける

 まだ経験の浅いダリアが操るだけあって、その挙動はかなり危険な物だったが、そこはかとなく御厨がフォローしていた


 御厨からすれば、基地の中は変な所だらけだ


 殆どの建物に屋根はないし、あったとしても簡素なグリーンシートが掛けてあるだけだ

 まともな屋根がついているのは、御厨の出てきた格納庫か、密集した居住区の建物しかない

 その癖通路だけは無意味に広い。基地自体は狭い癖に、通路はマラソンランナーが二十人横に並んで走れる程広いのだ。何故これだけの広さが必要なのか?

 御厨は考えて、直ぐに思い当たった。(・・・・・・・・・・・・僕等の為か)

 どうやら、メタルヒュームと呼ばれる物を考慮して造られたのは、格納庫だけではないらしい


 御厨は物珍しそうにズームレンズを彷徨わせながら、尚も走り続けた


 「あれ?なんだか・・・・・・モニターの挙動が・・・・・・・」

 (げ、マズった)


 少々はしゃぎ過ぎたようだ。御厨の見た視界は、そのままダリアのモニターに繋がる。勝手に視界が動いていれば、不審に思うのは当たり前だ


 「あ、直った」

 (・・・・・自粛しよう・・・・)


 気を取り直し、ズシン、ズシン、と象が歩くような音を立てて走る

 今は走っている物の、本来この機体はホバー機動のようだ。脚部にはその為のバーニアらしき物も見られる

 今走っているのは、エネルギーの節約か。考えてみれば当たり前かも知れないな。御厨はそう感心した


 少し走ると、それ程時間を掛けずに外壁まで辿り着く事が出来た

 敵の攻撃を防ぎ、侵入を防ぐための壁にしては、この基地の物は少々低い。御厨の視点と同程度の高さしかない

 小さな基地だとこんな物なのか

御厨は走りながら、今しがた受けたダリアの命令を執行し、司令塔に通信を送る

 すぐさま応対がなされ、ウィンドウが開かれた。今回はトワインではなく、本職のオペレーターが出たようだった

 茶髪で小柄な、まだ年若いオペレーターだ


 『・・・・はい、認識番号確認。ダリア・リコイラン少尉、こちら本部』

 「ダリアです、ゲートに到着しました。えっと・・・・指示を」

 『了解、ブロック開放します。銃を取ったら、その場で敵に備えて』


 ダリアは少々もたつきながら、外壁に近づくようレバーで指示してくる「りょ、了解」

 幾許もしない内に、外壁の内側――つまり御厨の見ている側――が開き始める

 ギィィ、と少々古臭い音を立てて開くそれは、酷く緩慢な動きで、思わず苛々しそうになった


 外壁の開いた中にあったのは、整然と並べられた、巨大なライフル達だった

 ただのライフルでは無い。御厨のような、巨人用のライフルだ。半端じゃない大きさがある

 唖然とする御厨の内部でキーが叩かれ、再びダリアから指令が下った

 御厨は無造作に両手を伸ばすと、方や己の身長すら超えそうなライフルを取り、方やその奥にあったマシンガンのような突撃銃を取った


 なんて人間臭い動きをするんだ。御厨は、自分の事ながらそう思う

 考えるのも束の間。すぐさま御厨は身を返して、外壁の上からライフルの銃口を突き出した。突撃銃は取り合えず放り出してある

 よく見れば外壁の上には、少数ではあるが複数の砲台らしき物が見られる

 さしずめ今の御厨は、動ける砲台とでも言った所か。御厨は心中で苦笑する他なかった


 ジッと、ジッと敵を待つ

 嫌な時間だ。響く音は御厨の駆動音と、次第に荒くなっていくダリアの呼気

 緊張しているのだろう。それも恐怖による、最悪の奴だ

 これならば、まだ不慣れながらにも走っている時の方が良かった。少なくともこうはなるまい


 御厨はダリアの様子を見守りながら、命が掛かっていると実感した


 (・・・・・・・・・・・・・・・・ん?)


 ふと御厨は、夜の闇の向こうに奇妙な影を見つけた

 闇が深すぎて、確認できたのは一瞬だったが、それは確かに大型の影だった


 何だ?敵か?敵なのか?敵なんだな?


 ダリアも気づいたようで、レバーを握る手には今まで以上に力がこめられ、荒かった呼気は隠れるように塞き止められている


 次の瞬間、闇の向こうから、赤い人型が飛び出してきた

 装甲は赤。いや、赤と言うよりは朱。ずんぐりとした体型で、方にはランチャーが取り付けられている

 御厨のズームレンズと違い、モノアイだ。それは重装甲、大火力。御厨などではとても相手になりそうになかった


 ダリアが通信に向かって叫ぶ。まるで、悲鳴のような声だった


 「て、敵機確認!!司令塔!発砲のき、許可を!!!」


 御厨の受難は、まだまだ始まったばかりなのかもしれない



[1309] Re[3]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2004/11/09 18:10
 この期に及んで発砲の許可を待っている暇など無かった

 気づいた時には、御厨はコックピットの中でダリアに引かれる、トリガーの存在を感じていた


 ガウン!!


 号砲一発。月明かりすら時として隠れる宵闇の中、うっすらと見える赤の巨体に向かって、白熱化した砲弾が放たれる


 何だこれ、ライフルなんかじゃない。戦車の主砲みたいじゃないか


 御厨がまとまらない思考で考える間に、砲弾は赤の巨体に突進していく

 完全に不意を突いたようだ。狙ってやった訳ではない、ビギナーズラックと言う奴だろう

 しかし相手はダリアなどとはまるで違うベテランだった

荒い呼気の内に、ダリアが吐き出させた白熱の砲弾は

咄嗟に反応した赤い巨体の、ランチャーの無い方のショルダー部を吹き飛ばしただけで、どこかへと弾け飛んでしまった


 「・・!・・!」


 ダリアの息が詰まる。肩が竦む。瞳が見開かれる

 駄目だ、このままでは反撃が来る。ダリアはそう判断したのだろう。いや、判断と言うのか。彼女のそれは恐らく本能に近い物である


 御厨のコックピットで、続け様にトリガーが引かれた


 ロボットになった男  第四話  「ダリアの本気、御厨のマジ」


 連続して轟音が鳴る。御厨のライフルは持ち替えられる物で、それ専用の物ではない。しかし使用を想定された兵器ならば、射撃プログラムとモーションは一瞬にして連結する

 ダリアは、狙いを定めてレバーのトリガーを引くだけだった


 ズゥンと言う音が空気を震わせ、衝撃が大地を揺るがす。二発目が着弾した

 砲弾は避けられた。当然だ、狙いが素直すぎる。余り狙って撃とうとする物だから、少し移動されただけで平然とかわされてしまうのだ

 兎にも角にも、二発目は失弾。焦るダリアは遮二無二トリガーを引く

 しかし当たらない。白熱の砲弾は全て多少の挙動で避けられ、或いは地に減り込み、或いは闇の虚空へと消え去っていった


 「当たらない!一発も!」


 ダリアは尚もトリガーを引こうとして、モニターに映る文字に指を止めた


 ――55mmブロックキャノン・残弾0


 (馬鹿な!たった七発で?!)


 御厨は吼える


 七発。命中したのが一発。地に沈んだのが四発。地平線に消えたのが二発

 高低差はこちらが高く、向こうが低い。空に消えたと見える二発も、そう遠くない位置に着弾している筈だ


 このキャノンにはそれ自体に残弾を警告するシステムがあるようで、その存在が御厨に伝えていた。逆さに振っても弾はないと

 見ればキャノンのカートリッジ部は大きくない。七発あるだけでも僥倖なのかも知れない

 そんな事を考えている御厨に、ダリアは新しい命令を下していた


 御厨の鉄の腕は咄嗟にキャノンを放り出し、素早い駆動でしゃがみ込むと、放り出してあった突撃銃を取る

 新しいキャノンを引きずり出している暇はない。それに、場合によってはこれの方が有利かもしれない

 御厨は自分の中から突撃銃のデータを引き出す


 どうやらこれこそがタイプシュトゥルムの標準装備らしかった。御厨のデータによれば、腰部に備え付けのカートリッジがあるとの事だ。しかし突撃銃にはカートリッジが付いている。腰部の物は予備か

 ダリアは一気に御厨を立ち上がらせると、弾けるように突撃銃を構えさせた

 御厨は、従順にそれに従った。・・・・・・・しかし


 「・・・・・!嘘?!」

 (嘘だろう?!)


 そこには高さ十メートルの位置まで上昇し、右の飛び蹴りをしかけてくる赤い巨体の姿があった


 ダリアは反射的に回避行動を取った。しかし、御厨は納得しなかった


 (駄目だ!そっちじゃ潰される!)


 ダリアの操作はバックステップ。しかし赤い巨体の機動は、こちらの動きをまるで予測している

 後ろに飛んだ途端赤い巨体の左脚部が伸びきり、御厨をコックピット内のダリアごと踏み潰すだろう


 御厨はダリアの操作に抗い、外壁に向かって飛び込んだ


 御厨は頭上を抜けていく風切り音を聞き、そして背後で何かの落ちるような轟音を聞く

 避けた、避け切った。ダリアではこうも上手く行くまい。御厨は避け切った


 外壁に鋼の手をついて反転し、背後に向き直る。ダリアの指示ではない。これは「御厨の行動」だ


 (う、動ける。動けるぞ。・・・・・・なら!)


 ここに、御厨はダリアの手から離れた。本来有り得ない、また有ってはならない事だ

 しかし必要である。“ダリア”が生き残り、“御厨”が勝利する為には、必要である

 コックピット内のダリアは困惑の声を上げる


 「な、なんで?このコ、勝手に動いてる・・・・」


 恐らく彼女の頭の中では、今まで士学で学んだ事が穿り返されているのではなかろうか

 しかしこれはシステム誤動作でもなければ、ある種のプログラムでもない。御厨だ。御厨と言うイレギュラーだ。理解できよう筈もない


 (ごめんな。でも・・・・・)


 向き直った先では、赤い巨体が既に体制を立て直していた。その手には、先程まで存在しなかった大き目のライフルが握られていた

 先程ダリアが使った物のように、砲弾が出てきそうな程大きくはない。これぞライフル、と言うのが一番正しいであろう型だ

 御厨は感覚的にホバーに火を入れると、赤い巨体の第一斉射をギリギリで避ける


 (僕じゃないと勝てないんだ!)


 これは傲慢なのか。訓練を受けてきたダリアに、こんな事を言う御厨はただの勘違い野郎か

 そうかもしれない、勘違いかもしれない。だが彼は御厨であり、そしてシュトゥルムだ。兵器なのである


 御厨は元より発達していた感覚神経と、鋼鉄の巨躯を生かし、戦闘を開始した


―――――――――――――――――――――――


 敵が発射する弾丸を御厨は次々と避ける。さっきとはまるで逆の構図だ

 ライフルの弾丸は敵が避けた砲弾ほど遅くない。寧ろ早い。それこそ視認などできまい

 それに距離も近い。しかし、御厨は弾丸を避け続ける


 (射角と銃口さえ見てれば!)


 ただの人間であった頃の御厨であれば、そんな芸当はできまい

 しかしこの機械仕掛けの体ならば出来る。御厨のズームレンズは、正確に敵のライフルを捉え続けた


 敵が注意深くこちらの動きを予測し、こちらの頭を抑えるように撃ってきた。足を止めて狙いだしたのだ

 正しい。御厨がどう足掻こうと丸腰の白兵戦ではあの赤い巨体に敵うまい。それにこの高機動では、突撃銃の狙いも定められない

 幾度目かの射撃。易々と避けるが、御厨は気づく。初撃は囮だ


 御厨は無理矢理足を止めると、ほんの一瞬だけ脚部のバーニアを消し去った。余熱を残し、宙に浮き上がる為の光が完全に消え去る

 そしてその一瞬で硬い鉄の地面を蹴った。御厨は、高く跳躍したのだ

 予想通り、御厨の背後にあった建物に大穴が空く


 そんな時、コックピットのダリアが激しく揺さぶられるのが見えた

 激しい動きに音を上げているかと御厨が思えば、存外に逞しくモニターを凝視している


 「凄い・・・・・なんて動き・・・・。偵察・支援用のメタルヒュームが、こんなバリバリの戦闘特化と互角に渡り合うなんて」


 お褒めに預かり光栄です。なんて軽口を叩いている暇はない

 敵は圧倒的に強い。素人目の御厨では全く隙を見つけられない。もしかしたら、本当に隙などないのかもしれないが

 だがなんとしても倒さねば、壊さねばならない。でなければ、こちらが壊される。自分も、ダリアも

 それは一種の脅迫観念だったが、元より思い込みの激しい性格だ

 御厨は、一直線に進むしかないのである


 覚悟を決め、再びバーニアを噴かす。今度は背中の物も、だ

 出番を今か今かと待ち望んでいたそれは、我が意を得たりとばかりに激しく火を噴いた


 御厨は空中を飛び回り、ライフルを避ける。背中と脚部のバーニアを併せれば、何とか飛べる

 普通の操縦では不可能であろうこれも、自分の体を動かしているのに変わりない御厨にしてみれば、造作もない

 流石にこれはダリアも堪えるようだが、今は我慢して貰うしかあるまい


 御厨は割り切って、赤い巨体の真上に出た


 (狙うは頭部!モノアイを潰す!)


 突撃銃を構え、バーニアの角度を変え、御厨は大地に突き立つ弾丸となる

 潰す。叩き潰す。そして僕たちの勝ちだ。御厨はそう思った

 だがそれは、完全な御厨の失策だった


 下を向いたズームレンズの先で、赤い巨体はその巨大さに似合わぬ俊敏な動きを見せる

 御厨は弾丸となり、硬い鉄の大地へと突っ込んだのだった


―――――――――――――――――――――


 (ばか!ばか!馬鹿!バカァ!)


 避けられた。迂闊過ぎたのだ。敵が凄まじく強いのは理解していた筈なのに、御厨は慢心した

 巻き上がった土煙の向こうで、敵がライフルを構え直すのが見える。撃たれる!


 御厨は冷えて行く意識で、コックピット内のダリアを確認する

 ダリアはヘルメットを被っていなかったせいで頭部をぶつけ、こめかみから血を滴らせていた

 ダリアの真紅が広がる。流れる血が頬を伝い、その領域を広げる


 意識が朦朧としているのだろう。ダリアの形の良い眉が、苦しげに歪められた


 (僕のせいだ、僕のせいだ、僕のせいだ、僕のせいだ、僕の!)


 土煙が晴れる。そしてその先には、悠々とライフルを構える赤い巨体があった

 その凶悪過ぎる銃口はピタリとコックピットに向けられている。そこに、迷いや逡巡はほんの僅かも無い


 御厨は激しく恐怖した。だが、きっとダリアはもっと怖いに違いない

 僕は何をやってるんだ。こんな子を怖がらせて。勝手に己惚れて、彼女を巻き込んで


 ダリアが銃口の映るコックピットを見て、悔しげに目を瞑る


 やらせるもんか。やらせるもんか。やらせるもんか


 咄嗟に御厨は、システムの破損でまともに動かない両腕を振り回し、コックピットを庇う


 連続して轟音が響いた。一発、二発、三発、四発、五発。攻撃は休まることを知らない

 御厨の装甲は厚くない。あともう五発食らえば両腕は大破し、ダリアを守ってやる事も出来なくなる。突撃銃など当の昔に弾き飛ばされ、遠くのテントに突っ込んでいた

 そして何より、御厨は怖かった。腕が壊されても痛みはない。なのに、「自分が失われていく」のがよく解る

 でも、絶対に譲れなかった


 御厨が見守る中で、コックピットの中のダリアは呟く


 「う・・・・あ・・・・・・・・このコ・・・・・・あたし・・・を守ってくれて・・・る・・・・・?」


 ダリアは無理矢理体を起こし、頭を振る。乱暴な動作に、彼女の紅い血が飛ぶ

 ガッシリと、力強くダリアの右手が捕まえたのは、御厨を動かすためのレバーだった


 六発、七発、弾丸の打ち込まれる時間隔が緩まる


 (ごめんダリア。けど、やらせない)


 御厨の悲痛な叫びも、ダリアには届かない。だが例え届いても彼女は気にしなかった筈だ


 だって、ダリアの目には、まだ力がある


 八発、九発、鋼鉄の両腕が火花を上げた


 ダリアの左手が追いつき、ようやくレバーを握った。彼女はやる気だ

 それを意識した途端、御厨は、己の巨躯に力が満ちていくのを感じていた


 「そんなので・・・・そんなので良いわけないじゃない!そんなので!守られっぱなしで!」


 ダリアがレバーを倒し、アクセルを踏んだ

 御厨は感じる。自分だけで動かしていた時とは比べ物にならない力。己を完全に屈服させるような、そんな快感にも近しい衝動


 (力が・・・・満ちる!)


 力はある!諦めかけていた僕にも、力はある!なら、誰の為に使えばいい!

 御厨は感じる。それは己の中にいる少女。名前と顔以外、何も知らぬ赤の他人と言ってもよい少女


 (まだやれる!まだやれる!)


 赤い巨体から最後の一射が放たれた。弾が尽きたらしく、それ以上撃とうとする気配はない

 御厨は姿勢を下げて突進する。ライフルの弾丸は意図された場所とは違う肩部に命中し、敢え無く弾かれる。装甲が弱くたってこれくらいはできるのだ


 大破寸前の腕になど気を払わずただ弾丸のように敵に肉薄する姿

 今、御厨とダリアは、鉛色の閃光と化した


 「ぁぁぁぁあああああ!!!」

 (ぁぁぁぁあああああ!!!)


 無茶な挙動で巨体を捻る。地に減り込ませた左足を軸に回転する

 逃げ場も時間も与えるか!御厨の鋼の体は飛び上がり、居合の如き鋭さの回し蹴りを繰り出していた


 ガシュコォン!!


 鉄が軋む音が響き、御厨とダリアの前で赤い巨体の頭部が吹き飛ぶ。恐らく敵はまともに反応すらできなかったに違いない

 そのまま巨体を飛び越え、地面に丸い焦げ痕を残しながら着地する


 御厨の耳には、宵闇に解けて行きそうな、優しい声が聞こえていた


 「・・・・・・・・・ありがとう・・・・・・シュトゥルム・・・・・」


 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・僕、御厨翔太って言うんだけどな・・・・・・・・)


 生身なら、御厨は笑っているに違いなかった・・・・・・



[1309] Re[4]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2004/11/13 20:19
 ガタン、ガタン、と足場が揺れ、正に不安定な走行の度合いを伝えてくる

 まぁ無理もない。焦っているのだ。何せ今、彼らは夜逃げ中であるから・・・・


 宵闇は当たり前、されど影に覆われれば闇は濃さを増す。当たり前の道理だ

 御厨は、グリーンシートを掛けられた巨大な輸送車の中で、ただひたすらにじっとしていた


 ガタン、ガタン、と揺れる。走行中の車体後方にあるシートの隙間、そこは本来なら何も見えないが、機械である御厨ならば見る事ができる。非常に悪路だった


 (暇だなぁ)


 執拗なまでにライフルを打ち込まれた両腕は取り替えられ、無理な挙動のせいで起こった間接の消耗はボルトの整備によって解決された

 戦闘中に溜まったシステム中の負荷は御厨自身で処理したし、ダリアも御厨の事は口外していないようだ

 誰も信じないと言うのもあるだろうが、御厨にはダリアの気遣いが嬉しかった

 何せ自分でもよく解らない状況である。自分の存在を知られ、いきなり分解されでもしたら、どうなるか知れない。そんなのは絶対に御免被る

 人間(最早人ではないが)、やる事がないと無駄な事を考える物だ

 御厨の気分は先の戦闘の昂揚感も薄れ、落ち込みかけていた


 (・・・・・・・・)


 あの赤い巨体を降した後が大変だった

 赤い奴が問題だった訳ではない。ダリアと御厨によって、機能系統の30%を削り取られた赤い巨体は、存外素直に帰っていった。・・・・不穏な言葉を残しながら


 『ダリア・リコイラン・・・・か。覚えて置くぞ』


 思えば奇妙な戦闘だった。敵側は航空支援もなければ増援も無かったし、始めのハッキング以外に策を弄していたような気配もなかった

 あれほどの武装と腕前でなければ、ただのキチガイが乗り込んできたと言われても疑いはするまい

 幾ら小さな基地でも、たった一機で陥落させるなど不可能だからだ


 逃げる赤い巨体を追おうにも、御厨は慢心創痍でダリアは怪我人。終いにはトワインの帰還命令

 戻ってみたら必要物資と書類を掻き集めて、基地を放棄するときたものだ。必死になって防衛したというのに、これでは余りにも報われない

 何か恩赦でも出るかと思えば、出撃すらできなかった間抜け(どうやら、ダリアの上司らしい)がやたら幅を利かせている始末


 御厨も落ち込もうと言う物だ


 兎に角、その他諸々の諸事情をひっくるめて、御厨達は大夜逃げの最中だった


 これまでとは違う一際大きな段差でもあったのか、御厨を載せた輸送車が大きく揺れる

 恐らくこの輸送車の周りには、数台の同型車が並走しているに違いない。御厨のようなメタルヒュームとはまた違う、もっと直接的な物資を運んでいるのだろう

 暗い暗い輸送車の中。星明かり以外の光源と言えば、御厨と繋がっているPCのモニターぐらいだ

 御厨はそのモニターを何とは無しに見つめていた


 モニターには所々緑色の線が走り、中央には縮約された人型の図面がある。多分、御厨のデータだ

 映し出されるデータは全て正常その物であり、あろう事か機体の慣らしまで済ませられている

 もしも、逃げ切る前に敵に追いつかれたら、すぐさま応戦するためだろう。そう思うと、余計に気分が鬱になった


 そんな時、車体前部の運転席の方から、一人の男が現れる

 太い眉に熊のような腕。作業着を着込み、右手にスパナを下げたその男は、ボルトだった


 この男も不思議な物だ。御厨の知る限りでは帰還した後も撤退準備の最中も、決してボルトに焦りは無かった。何時も当然のように堂々としていて、見ていると安心させられてしまう

 そういえば、工作兵達はボルトの事をボトルと呼んでいた。もしかしたら、ボルトは苗字なのかも知れない

 となると彼の名前はボトル・ボルト。違うのであればはボルト・ボトルか


 御厨は自分で考えた事に、思わず吹き出しそうになった。勿論機械の体ではそれもできないが


 ボルトはスパナを床に転がすと、緑色の光を放つモニターを覗き込む

 右手で顎を撫ぜたかと思うと、呻き声の混じった溜息を漏らし、御厨本体に向き直った

 頭、腕、胴、足、関節、ジロリとなめるように見回し、再び溜息を漏らす

 頭をがしがしと掻いたボルトは、唐突に呟き始めた


 「・・・・・・・・・・・・やっぱり信じられんなぁ・・・・。あの少尉、素質はあると思ったが、こんな戦闘に向かないシュトゥルムタイプでカルハザン型に勝てる筈が無い」


 「そもそも」ボルトは御厨に歩み寄る「・・・・・相手はスパエナの死神ラドクリフだぞ?」


 殆ど囁くような声であったが、聞き取った。パッシブソナーを応用すれば屁でもない。先の戦闘では手が足りずに使用出来なかったレーダー類も、ジェネガンの工作兵達は何とか稼動させた


 そんなに凄い事なのか、あの赤い巨体・・・・カルハザン型か、それを倒したのは

 御厨は何となく誇らしい気分ではあった。楽観すれば、自分とダリアは誉められているのだろうから


 (しかし・・・・戦闘に向かない・・・・か。良い事聞いたな)


 御厨は思う。此度の事はどこかなし崩し的な感じがあったが、戦闘に向かないと言うのならば積極的に戦う必要はあるまい

 何せ『戦闘向きではない』のだ。御厨はどこか、肩の力が抜けた気がした

 こうして思えば複雑である。困惑混じりとはいえ敵を倒した事を賞賛され、その直後に戦わずに済む事を喜ぶ。実に不可解だ

 まぁ、ここら辺は流石に一般人だという事だろう

 己の力を誇示したいと言う本能的欲求はあったが、それよりも身の安全の方が大事だった


 御厨の視線の先で、難しい顔をしたボルトがキャップを被り直す。相変わらず薄汚れているそれは、撤退の際に少しは洗濯でもしたのか、少々黒さが抜けている

 ズームレンズをボルトに向けていた御厨は、ふと近づいていくる音を感じた

 それ程重くない。パタパタと騒がしいそれは、訓練された兵の物ではあったが、年若い少女の物でもあった


 ロボットになった男  第五話  「新たなる戦場に向かえ」


 先程ボルトが出てきた所から、新しい人影が姿を現す

 薄暗い室内で御厨が見て取ったのは、闇の中でも尚紅い、鮮血色の髪

 出てきたのは、軍服をラフに着崩したダリアだった


 「あれ?ボルトさん、何してるんですか?・・・・ってうわ!」


 輸送車が再び大きく揺れた。ガクン、と一気に落ちる感じだ

 普通なら倒れて転ぶ所だが、生憎とこの場にいる二人は訓練された軍人。少々仰け反るだけで、見事に体勢を立て直した


 ボルトはダリアの方に体を向けると、何時もの様な不敵な笑みを浮かべた。そこにはもう、険しさの色も困惑の色も見て取る事はできなかった


 「・・・・・ったく、解りました。階級で呼ぶのが苦手なら、せめて主任とお呼びなさい。変な所で年功序列気取ってんですからね、少尉は」

 「あ、ははは・・・。良いじゃないですか、別に」


 頬を人差し指で掻きながら言うダリアに、ボルトはキャップを目深に被って返す

 やれやれ、と肩を竦めてしまいそうな風情だ。御厨は思わず笑った


 ダリアは包帯を巻いていた。どこにって、頭に

 それ程深くはないようだったが兎に角出血が酷かったようで、元は清潔な白であっただろうそれは、今や血塗れになり、パリパリと乾いてしまっている

 だというのに、本人は馬鹿みたいに元気で、ボルトの呆れの理由には、これもあるのではなかろうか


 ダリアはトコトコと御厨に歩み寄ると、その無骨な足に凭れ掛り、腰を下ろす

 ボルトはキャップを抑えつけ、ジッとしたままだった

 御厨の死角に入ったダリアが唐突に口を開き、ボルトに話し掛けた


 「・・・・・とんでもない事になりましたね。まさかリガーデンの南部一帯が、たった一夜で全て制圧されるなんて・・・・」

 「・・・・少尉、我々もその対象だったと言う事を忘れんようにしてください」

 「解ってますよ。・・・・・忘れようったって、忘れられません」


 ボルトはダリアに背をむけ、モニターが置いてある輸送車の床に、ドカっと腰を下ろす

 彼らの口ぶりからして、どうやら襲撃を受けたのは御厨達だけではないらしい

 複数であると知れる。しかも、途方もないくらいの広範囲でだ


 成る程、成る程、しかし解せない。何故、自分と交戦したあの・・・カルハザン型は、たった一機で現れたのだ?御厨は考える

 二度目だが、如何に御厨の居た基地が寡兵であったとしても、流石に一機では落とせない

 航空支援がないのは、戦闘前のダリアとトワインの会話である程度納得できる

 確か・・・・・フレディジャマーか。その名の通り、何かをジャミングする為の物だろう。六十年前と言うのが少々気に掛かるが・・・・

 少なくとも、それがあるから航空支援がないとして、後は一機で来た理由だ


 「・・・・・・でも何であのカルハザン型、たった一機で来たんだろう・・・・・・」


 ダリアがボソッと呟いた。御厨はよくよく彼女と気が合うようだ。彼女の疑問は、御厨のそれと全く同じ物である

 ダリアの声はかなり小さかったのだがボルトはその声を聞き取ったようで、顔だけダリアの方を振り返ると、彼は淀み無い口調で語った


 「・・・・・少尉殿は、ご自分の戦った相手をご存知ですか?」

 「え?い、いや、知りませんけど」

 「少尉殿がやり合ったのは、スパエナでは中々有名な男です。通り名までありましてね・・・・・『死神ラドクリフ』。聞いた事がありませんか?」


 ボルトは暫くダリアの方に視線を向けていたが、その内に「そうですか」とモニターに向き直った

 ここからでは見えないが、恐らくダリアは首を振ったのであろう

 ボルトはモニターを見つめながら、再び話し始める


 「まぁ、無理もありませんね。・・・・ラドクリフ・エスコット、休戦当時のデータじゃ、撃墜数は百十六機。被撃墜数は零機。凄腕です」

 「・・・・・って凄腕どころの話じゃないじゃないですか!化物ですよ、そんなの!」


 驚きのあまりか、立ち上がったダリアがボルトに歩み寄る。心持早足だ

 漸く、御厨の視界にダリアが映った


 何となくだが、ホッとする。そんな自分を見つけて、御厨はぶるぶると頭を振る。勿論心の中で


 ダリアは歩きながらも捲くし立て続けた


 「それに被撃墜数零って・・・・・・・・・・あれ?零?」


 ふと、足を止める。薄暗い空間の中で、ダリアの頭がひょこひょこと揺れる

 ぽかんとした顔でこめかみを抑えるのが見えた。何か引っかかっているとでもいう様な表情だ

 そんなダリアに、ボルトは告げた。御厨の主観で、だが、とても面白そうな声だった


 「負けなしだった奴が少尉殿に負けたんです。今ごろ『死神』の奴、少尉殿のデータでも探し捲ってるでしょうね・・・」


 輸送車内にオペレーターの声が響いたのは、丁度ダリアが「がーん」と擬音尽きで頭を抱えた時だった

 嫌らしく耳に残る警報音と共に発されたそれは、同様に嫌らしく耳に障った


 『たった今、この付近でSOS信号を感知しました!格メタルヒュームパイロットは、準備次第状況をクールよりホットへ!クールよりホットへ!』

 「SOS?!馬鹿な、罠じゃないのか?」


 ボルトが瞬時に立ち上がり、それと同時に疑問の声を漏らす

 それは御厨も思った事だ。しかし万が一という事もあるし、何より自分たちと言う例がある。疑い切る事はできない

 しかしダリアは迷い無く動く。暗い中でも素早い動きで、御厨の体を駆け上り、コックピットに滑り込む

 ダリアは計器類を無理矢理立ち上げながら、ボルトに向かって叫んだ


 「それでも、行くしかありません!だって本当かも知れないじゃないですか!」

 「チッ、少尉殿!そんなんじゃ長生き出来ませんぜ!」


 そう言いつつも、ボルトは跳ねる様に動いて壁に取り付き、青に塗装されたスイッチを叩く

 途端に輸送車の天井部が取り払われ、薄明かりのさし始めた夜空が目に入った

 ダリアがシステムを完全に立ち上げ、レバーを握った


 「行こう!シュトゥルム!一緒に!」

 (了解!どこまでだってね!)


 御厨の受難に、ほんのりと光が・・・・・・・・・・・・入り始めたか?


ーーーーーーーーーーーーーー

こんな無茶苦茶な作品に感想がつけられていて、とても感激

稚拙な文章ではありますが、努力したいと思います



[1309] Re[5]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2004/11/22 00:12
 東の空、まだ低い位置にだが、太陽がある。朝を知らしめるその光は酷く白色で、目に刺さるように痛かった

 とは言っても、今の御厨に痛覚はない。これはモニターの最適化を揶揄しての事だ

 見回せば辺りは草木一本も見当たらない、荒涼とした大地が続くばかりだった


 なるだけ反動をつけないように飛び上がり、土の地面に着地する。御厨は八メートルサイズだがそれでもかなり重い。不用意に力を込めれば、踏み台になる輸送車など過負荷で真っ二つだ

 御厨は視界に、自分が積載されていた物と同じ輸送車を三台見つけた

 その内二台は御厨の乗っていた物と同じように開かれ、中からのっそりと鋼の巨人が姿を現している所だった

 恐らく、開かれていない残りの一台が何らかの物資だろう

 たった一台分とはシケた物だが、無いよりはマシだと、御厨は思った


 出てきた鋼の巨人達は二体とも同型で、御厨よりも大きい。カルハザン形と比べると本の少し小さいが、がっしりとした感じで頼り甲斐がある

 平べったい胴体部に長方形が連結したような形の脚部、二又に分かれた爪先が特徴的な機体だ

 どれも青を基調とした色でペイントされており、ダリアの駆る御厨とは大違いだった


 (・・・・・・・・・・・?通信?)


 御厨とダリアが随分ゆっくりとした巨人達の起立を待っていると、通信が飛び込んでくる

 発信元はダリアから見て遠くにある機体から。その機体は、二機の内で逸早く立ち上がっていた

 モニターに表示されたそれを見て、ダリアは迷わず御厨に接続を命令する

 前部モニターに、少々くたびれた感のある金髪をした、三十歳ほどの男が映し出された


 『よぅダリィ。大分メタルヒュームの扱いになれたみたいだな。まぁ、無理矢理実戦を経験すりゃ、嫌でも慣れるか』


 男はカラカラと笑いながら、ヘルメットをカポ、と被る

 生気の溢れでる、整った造詣の顔が、くたびれた金髪といやに対象的だった


 何ともまぁ気の抜けた男だ、と御厨は思った。彼の記憶が正しければ、今は大夜逃げ中の筈である

 神経を張り巡らして、疲弊して、そんな状態が正しいと思うのであるが、ウインドウの中の男はどうか。目の下に隈があるダリアなどとは全く違う

 緊張するどころか軽快に笑ってすらいるではないか。ボルトと言いこの男と言い、肝の太い男たちである


 通信を聞きながらダリアは頭に巻かれた血塗れの包帯を引き千切っていた。その動作と平行させて、パイロットシートの横からヘルメットを取り出す

 確かにあの包帯は、頭部に密着するヘルメットを被るには邪魔だろう

 一動作でヘルメットを装着し終えたダリアは、それに内蔵されていた通信機を開いた


 「・・・・・・・・・・・・・・アンジーさん・・・・いい加減止めてくれません?その・・ダリィっての・・・・・」


 ダリアは少々照れ臭いようだった。ヘルメットに阻まれて届かないのに頬を掻こうと指を伸ばし、それがかなわないと分かると、頭を抱える動作をしながらレバーを支えに突っ伏す

 ヘルメットを被ったせいでくぐもっているのに、ダリアの声が上ずっているのが解った


 男・・・・アンジーはと言えば、相変わらず笑いながら『純情だねぇ』等とほざいていた


 『まぁそう言うなよ。俺は花が好きじゃないんだ。一々ダリアなんて呼んでいられんさ』

 「理不尽ですよ・・・・それ」

 (理不尽だよ・・・・・・それ)


 舐めた事を言う男だと、御厨は思う。しかし先程まで強張っていたダリアの肩から、どこか力が抜けたような気がする

 もしかしたら、狙ってやったのか?御厨は思うが、下手な勘繰りをするまでもなくそうなんだろうな、と納得してしまった。だって、アンジーは如何にもそんなタイプに見えたから


 新しい通信が飛び込んできたのは、丁度その時だった


 『お前等、無駄口はその辺にしとけ』


 無意味に威圧的な口調だと、御厨は直感的に思った。それと同時に、御厨の処理していた交信情報が2.5倍くらいにまで跳ね上がる

 アンジーと呼ばれた男のウィンドウ、その横に新しく表示されたウィンドウの中

そこに、ヘルメットではなく黄色のバンダナを着けた男の姿が見えた

 肩までしか見えないが、着ているパイロットスーツはアンジーの物と違う。何と言うか・・・・肩や腰などに少々アクセントがある。恐らく、特殊な地位を示すものである筈だ

 ダリアはパイロットスーツに着替える間もなく出てきたが・・・・まぁ女性用と違うのは当たり前か

 御厨は勝手の違う、複数の交信に四苦八苦しながら、それでも男の声に耳を傾けた。気づけば最後の巨人も、既に立ち上がっているようだった


 『今こうしてる間にも戦局は動いている。戦機を逃すような無様な真似は俺が許さん』

 『戦局ったって・・・・・SOS信号でしょう?戦機を逃すと言われても・・・・』

 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 『す、すみません、ってか申し訳ありませんでした!』


 どこか飄々とした感のあるアンジーの突っ込みは、バンダナの男の一睨みで叩き潰されてしまった

 しかし謝罪の言葉にすら流れる気のあるアンジー。悪いとは思っていないようである

 バンダナの男もそれは解っているのか、やれやれと溜息をつくばかりだった


 『遊んでいる暇はないんだ。これ以上グダグダ言うんなら、コックピットごとお前の脳漿をぶちまけてやる』


 男がウィンドウの消し際に吐いた言葉は、半端じゃなく物騒だった

 しかもやり切れない程の本気の念が感じられる。少なくとも御厨は、逆らいたいと思わない


 男が乗っているメタルヒュームは、御厨とダリアに背を向けると、次いで高速で走り出す


 「イチノセ隊長!?わ、わ!待ってください」

 『やれやれ・・・・・。ダリィ遅れんなよ!』


 男・・・・・イチノセを追って、アンジーもすぐさまメタルヒュームを走らせ始めた

 武器も持たず・・・・と思ったら、支援時用データの中にあの巨人型の情報がある

 タイプR。Rとはランサーの略だ。するとこれがシュトゥルムなら、タイプSとなる訳か

 表示される性能はシュトゥルムと段違い。機動性ではシュトゥルムが大幅にリードする物の、機体剛性やら装甲やら白兵戦能力やら、兎に角圧倒されている

 何より固定武装があるようだ。近~中距離に対応でき、バランスがよかった


 (うぐ・・・・・・なんか悔しいね)

 「もう!なんでこんなに勝手な人達ばっかりなの!」


 コックピットのダリアから指令がくる。悔しがっている暇は塵程もない

 御厨は指令通り身をかがめて、あの七発しか弾のないキャノンとそのカートリッジを掴むと、直ぐに走りだした

 走る視界の先はやはり荒涼とした大地で、御厨でなくとも気がめいる

 だが行かねば。何より命令だし、もし戦闘に入ればそんな事は気になりはしないだろう


 向かう方角は・・・・・・・南西!


 「・・・・・っつぅ!・・・・・・・・まだ少し痛むかな・・・・・・頭・・・・・・」


 ロボットになった男  第六話  「人間の選択。軍人の選択」


 SOSの発信元を視認するのに、それほど時間は必要なかった

 指示された方角に進んでいくと、派手な銃撃戦が行われていたからだ。SOSを出していたと思われる味方は、御厨の乗っていた物と同型の輸送車一機に、タイプRが一機

 輸送車を先行させて逃がし、その背後をタイプRが守っている


 対する敵は、三機だった

 なんと言う型なのだろうか。昨日御厨とダリアが戦ったカルハザン型よりも、一回り小さい

 しかしその体躯にはどことなくカルハザン型の面影があり、嫌でも無骨な機体に威圧される


 地形は御厨達から見て、なだらかな丘を背にした典型的な扇状地だ

敵機が激しく発砲している背後には、これまでの荒涼とした大地が嘘のような、青々とした森林が広がっていた


 先発したイチノセとアンジーに御厨とダリアが追いついた時、二人は丘の切れ目に身を伏せ、様子を窺っていた。ジッと、ジッと、思わず御厨は焦れる

 二人の機体は微動だにもせず、味方が危険な状況にあると言うこの場では、酷く神経に障った

 ダリアの指令で二機に接近しながら通信を開いた御厨は、思わず面食らった


 「何してるんですか!早く助けに行かないと!」


 そう半ば怒りながらも、ダリアは二人の背後につくように御厨を操縦する

 ダリアの怒声を受けたイチノセは、わざわざタイプRで“待て”とでも言うように片手を挙げた


 『少しは頭を使え。この直情バカ』


 一も二もなく、帰ってきたのは罵声だった

 御厨は立脚バランスを安定させると、今尚戦闘が続いている前方へとズームレンズを向けた

 状況は悪い、が、三対一と言う事を考えれば、寧ろ非常に良い状況なのかも知れない

 輸送車を守るタイプRは、何とか三体もの敵機と渡り合っているようだ・・・・・とそこまで想像して、御厨は違うと思い直した


 (違う・・・・・。あの三機、嬲ってるんだ・・・・・)


 空抜けた音を立て、輸送車を守るタイプRのショルダーシールドに、敵のライフル弾が命中する

 シールドはイチノセやアンジーの機体にはついていない物で、どうやら換装した物のようだ

 敵のライフルは射角さえ読めれば避けられる程度の弾速だったが、それでも完全によけるのは至難の業だ。それを輸送車を守りながら防ぎ続けられる訳がない


 だから解る。あの三機は輸送車を守るタイプRを、まるでネズミを追い詰めた猫のように嬲り者にしているのだ。急所を外し、致命傷を避け

 そう理解した瞬間、御厨の精神は瞬間的に沸騰した


 味方の危機に焦るダリアは、イチノセに食って掛かる


 「あたしのバカはこの場と関係ないでしょう!このままじゃ味方が危ない!」

 『だから待て。俺等は何だ?敗残兵だ。そして奴等は?追撃だ。・・・・たかだか三機な訳がないだろう。迂闊に出れば、あっと言う間に包囲されるぞ』


 イチノセはそう言いながら、タイプRの指先を森の方へと向ける

 伏兵があるならあそこだ、と知らせているのだろう。確かに、普通に考えれば至極当然な話だ

 イチノセの言を補うようにして、アンジーが通信用のウィンドウを開いた


 『罠って訳だな。ゴキブリホイホイの虫寄せ剤みたいなもんだよ、あのランサータイプと輸送車は』


 御厨は内部のカメラを使ってダリアを見る

 ヘルメットに覆われたダリアの顔は幾分冷静になっていて、御厨はその事に少なからず安堵した

 しかし、冷静になったと言ってもダリアは納得した訳ではなかった。彼女はモニターに一度、ヘルメットで頭突きをかますと、唸るように声を絞った


 「そんなの・・・・・じゃあどうしろって言うんですかぁ・・・」


 イチノセの返答は、飽くまでも無情だった


 『決まっている。速やかにこの場から離脱するぞ。敵に補足される前に司令達と合流して、そのまま撤退する』

 「見捨てるって言うんですか」


 か細い声だった。まだ若い少女には、辛い現実だったか、と御厨は思う。彼自身も、納得できない物はあるのだ。だがイチノセの言う理屈は解る

 罠と解っていて掛かる必要はない。何よりも危険だ。それにイチノセには、隊長と言う重責もある

 部下に「死ね」と命令する事はできても、不必要な危険に晒させる事はできないのだろう

 彼とて出来るのならば助けたい筈だ。誰が見捨てたいなどと思うものか


 しかし、状況がそれを許さない


 眉間に皺を寄せて呟いたアンジーの声が、耳に残った


 『・・・・・仕方ないのさ・・・・・』


 その言葉を合図に、二人は戦場に背を向け、ゆっくりそろそろと機体を前進させ始めた

 敵のパッシブソナーに知られてはいけない。そう考えると、ダリアの操縦はかなり危ない物があったが、幸いばれてはいないようだ

 ダリアは御厨を動かそうとしなかった。レバーを握る手には異常なまでに力がこめられ、ヘルメットの奥には頬を伝う水滴が見て取れる

 御厨とダリアのリンクした視線の先には、今も尚必死になって敵弾を防ぎ続ける、タイプRの姿があった


 装甲は所々焦げ、破壊され、肩部は大破してしまっている

 それでも勇敢に輸送車の背後に仁王立ち、反撃を続けているのだ


 憎い、憎い、と、ダリアの声が聞こえるようだった

 憎いのだ。敵が憎い。こんな悲しい、悔しい思いをさせる、敵が憎い


 何故こんな目に合わねばならない

 何故あのような勇敢な戦士が死なねばならない


 御厨には不思議と解った。今、自分とダリアは、まったく同じ事を考えていると


 心が、ダリアに呑まれるような感覚だった。何故こうも、彼女は味方と言えども見ず知らずのパイロットに固執するんだ?・・・・答えは出ない

 或いは、ダリアだからか。ダリアだから、こんなにも必死になれる


 空気を震わす大音量が聞こえたのは、丁度その時だった


 発信元は輸送車を守るタイプR。年若い男の声で、疲労が聞いて取れるのに、果てしない力強さがある

 男は気付いていまい。己の叫びが、全方位に発信されているなんて

 敵弾を弾きながらのその声は、至極単純だった


 『死んでたまるか!・・・・・死んでたまるかあああぁ!!!』


 御厨の巨躯は、自然と動いていた


 ダリアがライフルを持ち上げさせ、姿勢を安定させる。御厨がそれをリードした

 ダリアがガンプログラムを切り替え、狙いを付ける。御厨がそれをサポートした

 当然の如く、通信から怒声が聞こえてきた


 『馬鹿野郎!そんな事をしたら、あっと言う間に包囲・殲滅されるぞ!内線作戦で対抗できる戦力差だとでも思っているのか?!』

 「御免なさい!罰なら受けます!銃殺刑でもなんでも!」

 『いや、銃殺刑の前に俺等ここで戦死ってのが一番ありがちなんだけど・・・・』


 アンジーの呟きを無視して、ダリアと御厨は狙いを付ける

 距離はハッキリしないが、かなり遠い。まともに当てるなんて不可能な距離だ

 しかし、御厨ならばできる。いや、御厨とダリアならば、できる


 次の瞬間、ブロックキャノンの砲身から放たれた砲弾は、敵機の内一機の頭部を、正確に貫いていた


――――――――――――――――――――――――


 唖然とする輸送車を守っていたタイプRを尻目に、二機目に狙いをつけた所で、それは起こった

 ダリア達が身を隠していた丘の切れ目が、急に爆発したのだ。それと同時に強烈な熱風と衝撃が起こり、思わず御厨は吹き飛ばされた

 象と同じくらいの重量があるメタルヒュームを吹き飛ばしたのだ

 その衝撃は並ではない


 (迫撃砲・・・じゃない。もっと強力な、超大型質量弾!)


 恐らく敵は、一瞬でこちらの狙撃位置を見切ったに違いない。僅か一瞬、味方がやられてから五秒とかからない内に

 恐ろしい。質量弾も恐ろしいが、平然とそれをやってのけた敵が恐ろしい


 しかし、賽は投げられた。逃げ場もなければ時間もない。今度はこちらが奪われる側だ

 これ以上の狙撃は不可能。足を止めれば、質量弾の連射で撃破されてしまう

 ならば高速で味方機と接触し、敵機を牽制して離脱する。口にするのは随分簡単だな、と御厨は思った


 コックピット内のレバーが前に倒される。前進の合図だ

 そう、それで良い。前に出るんだ。御厨はダリアの命ずるままに浮き上がり、ホバー移動を開始する


 『クソォ!大馬鹿め!』

 『待つんだダリィ!』


 通信は無視した。扇状地に丘を高速で降り、突撃銃を構える

 例のタイプRは何が起こったのか解らないのか、まともに動けていなかった

 しかし、一機撃墜された敵機達は違う。御厨に向き直り、猛然とライフルを撃ち込んでくる


 「当たる・・・もんかぁぁぁぁ!!」


 ダリアがレバーを倒しながらキーを叩く。途端に御厨はホバー状態のまま大地を蹴り、真横にステップした。ライフル弾が横をすり抜けていく

 背部のバーニアで制動を取った。揺れた視界が安定し、敵機を正確に映し出した


 今度はこちらの番だ。ダリアがトリガーを引き、連結したシステムが突撃銃の引き金を引く

 それはまるで、ヘリのローター音のように乾燥していた。カルハザン型に似た敵機は、胴体を庇うように腕を組んで、横に飛んだ


 良い回避の仕方だ。突撃銃とは元よりばら撒かれる為の物であり、実質的な威力は、メタルヒュームの装甲の前では、大した物でもないのだろう

 だが狙ったのはダリアであり、放ったのは御厨だ。一部の隙も在りはしない。一部のブレもありはしない


 一度に放たれた突撃銃の弾丸、計四十二発は、吸い込まれように敵機の腰部間接に打ち込まれた

 見事なピンホールショット。並ではない。一、二発のレベルではないのだ。これを魔術と言わずして、この世の何を恐れればいい

 御厨はそのまま動きを止めた敵機に肉薄する。冷静に照準を合わせたそこは、コックピット


 ダリアは考える間もなくトリガーを引いた。突撃銃が連射を開始する

 一秒、二秒と撃ち続ける。三秒経った時点でダリアは飛びのいた

 シュトゥルムの突撃銃の秒間射速は平均四十七発。三秒で百四十一発の計算だ

 流石にそれだけ撃ち込まれては、コックピットないは無事では済むまい。中身の人間は、今ごろミンチだ


 御厨とダリアの予想通り、敵メタルヒュームは機能を停止した


 ・・・・人を、殺した。そう実感したが、何も考えられなかった


 残った一機を相手にしようと、視界を巡らす。しかしそれは無理矢理中断された

 激しい衝撃に襲われたのだ。恐らく、敵機に気をとられていた隙に、もう一機の接近を許していたのだろう

 御厨は大地に伏してから、漸く自分が殴り倒されたのだと気づいた


 間接を駆使して転がり、仰向けになる。敵が見えた。右の拳を振り上げ、今にもコックピットを叩き潰さんとしている


 (やられる!)


 御厨がそう思った瞬間、敵メタルヒュームの頭部が吹き飛ばされ、視界から叩き出された

 代わりに映ったのは、輸送車を守っていた、あの傷だらけのタイプRだった

 構えた銃からは煙が上がり、そのタイプRが救ってくれたのだと、嫌でも解る。情けない所を見せた


 そのタイプRが通信を試みてきた。当然だろう。ダリアの指令のまま、ウィンドウを開く


 現れたのは、黒いぼさぼさ髪の、まだあどけなさが残る青年の顔だった


 『あ、あんた・・・・・助けに来てくれたのか・・・・・?』

 「・・・・・・・まぁね」


 御厨の受難は、流石に辛い物になってきていた・・・・・・・・・



[1309] Re[6]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2004/11/24 00:33
 一機のタイプRの危機を救った御厨とダリアに浴びせられたのは、やはり罵声だった


 『阿呆が!のんびりしている暇はないぞ!伏兵ども、大挙して出てきやがる!』


 高速化した思考が解けていく気分だった

狭かった視界が心持ち広くなり、向き直る視線の先に、丘を駆け下りてくるイチノセとアンジーの機体が見える

 イチノセのタイプRが激しく腕を振り回しているのを見て、ダリアと御厨は視界を巡らせた


 森。当初イチノセが伏兵の存在を危惧した森だ。そこには十五はあろうかと言う、先程殲滅した物と同型の機影が見える

 各々ライフルを構え走っていた。中には、肩にミサイルランチャーを装備した機体もいる。およそ一キロは離れていたが、御厨のレンズは確かにそれを捉えた


 イチノセより数秒早く御厨とダリアに追いついたアンジーが、青年に問い掛ける


 『こちらリガーデン南部ジェネガン基地所属のアイオンズ・ジャコフ少尉だ。おたくの名前は?』

 『アンジー、それは俺の仕事だ。・・・こちらハヤト・イチノセ大尉。貴官の所属は?』


 アンジーは立ち上がった御厨とダリアを庇うようにして前面にでる。機体の体勢を落として銃身を安定させると、狙撃用ライフルで敵集団を牽制し始めた

 敵にはミサイルランチャー以外長距離に対応できる武器がないように見える。これは良い。先程からイチノセの機体よりチャフが撒かれているようで、ミサイルは通用すまい

 御厨は安堵し、敵指揮官の失策に感謝した


 ロボットになった男  第七話  「意思か命か、エゴか正道か」


 ウィンドウの中で面食らっていた青年が、ハッと我に帰り大きい声で返事する


 『お、俺はベネットのホレック少尉です!』

 『チッ、礼儀のなってない小僧だ!撤退するぞ!補給社を急がせろ』


 イチノセはアンジーに習うかのように射撃を始める。御厨の中のダリアも漸く意識が明瞭としたようで、放り出したブロックキャノンを拾い上げた


 そこでふと、御厨は違和感を感じる。先程まであった物が、急に喪失した感じだ


 ホレックを怒鳴りつけたイチノセが、焦ったように叫ぶ


 『チャフが?馬鹿な、奴等、この距離からどうやって・・・・・・・・・・・・クソ。ダリア!ホレック!急げ!』

 「了解!」

 『り、了解!』


 チャフ・・・・・そうか、チャフだ。御厨は焦った。何故か知らないが、チャフが無効化されている

 それ即ち、ミサイルが機能を取り戻したと言う事だ

 御厨はダリアの命令を振り切り、拾い上げたブロックキャノンを構えた


 牽制を続けていたイチノセとアンジーが、焦ったように声を上げる


 『ダリア?!何を!』

 「え?そんな事言われても・・・え、え~っと」

 『ダリィ!遊んでる場合じゃないんだぞ!』


 そうは言われても、ダリアの意思じゃないのだから仕方がない。彼女にはどうしようもないのだ

 ホレックは駆け出した体勢で機体を振り返らせている。ウィンドウに映る顔は汗に塗れ、焦燥と不可解に覆われていた


 御厨はウィンドウに映るイチノセとアンジーの顔を確認する

 両方共、この短い間で御厨が抱いたイメージと、少し離れた表情をしていた

 アンジーは鋭い視線で、イチノセは必要以上の焦りで、それぞれダリアを見つめている


 ダリアはガチガチと計器類を弄繰り回すが、御厨は反応を返さずに射撃プログラムの最適化を行う

 モニターの映像が移行し、複雑な数式がいくつも現れた。当然、御厨には何一つとして解らない

 だから、勘だ。プログラムに己を浸し、最も自然に感じるイメージの糸を見つけ出す

 見つけて、手繰り寄せ、見つけて、手繰り寄せ、僅か四秒で電子音が鳴り響き、作業が終了した事を知らせた


 (よく解らないけど!シューティングは結構得意だったんだよね!)

 「何を・・・何をしようって言うの?」


 ダリアは震える声で呟く。イチノセ達が、皆一様に不可解そうな顔をする

 これ以上は不味い。御厨は交信情報処理を放り出し、通信をカットする

 浮かんでいたウィンドウの群れが、見えない壁に潰されるかのように消えた。御厨は、本格的に集中した


 (来るならこい)


 多数の敵機がミサイルを発射する。距離は既に八百メートル程で、七を数えるそれがこちらに届くのに、それ程時間はかかるまい

 御厨の体の中を流れる電気信号とオイルが、激しく燃えるような気がした


 心を細く。視界は要らない。狭く、狭く、一点に

 ここだ、と御厨はは感じた。気づけば、引き金を引いていた


 一発。放たれた砲弾が、先頭を走りながらこちらにむかっていたミサイルを四散させる


 「打ち落とした?!」


 ダリアの驚愕の声が聞こえた。されど御厨の集中を解くには至らず、尚も砲弾は吐き出され続ける

 二発。三発。四発。あれよあれよとミサイル達は炎を撒き散らしながら姿を消していく

 五発。六発。まるで、アニメでも見ている気分だと、ダリアは思っただろう

 そして、一部の乱れも無いまま最後のミサイルを打ち落とそうとして、撃鉄の降りきらない、中途半端な濁音と共に御厨は気づいた


 (・・・・・・弾切れ)


 そう思った瞬間、御厨は音速を超える勢いでブロックキャノンを放り投げていた

 ミサイルの距離は既に三百の所まできており、尚も飛翔し続けている


 ぶつけてやる。御厨は思った。だが近くなったとは言え距離は三百。狙いをつける以前に、届かせることがまず難しい

 しかし、軽く五百kgを超えるであろうブロックキャノンは、見事に三百の距離を乗り越え、ミサイルを叩き落した

 散々に散った炎と、キャノンの破片が、御厨の目に焼きついた


 「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ダリアは唖然としていた。当然と言えば当然か。ミサイルをライフルで叩き落すなんて、御厨も聞いた事がない。ダリアもそうだろう

 御厨は一仕事終えて息を吐くと、閉じていた通信を再度開く


 先ず飛び込んできたのは、ホレックの興奮した童顔だった


 『スゲェ!スゲェスゲェスゲェ!凄いよあんた!あんな事が出来るなんて!』

 「い、いや、今のは私じゃ・・・・・」

 『始めて見た!見てみなよ奴等、唖然として足が止まってる!』


 そう叫ぶホレックは、本当に少年のようだった。恐らく今、自分がどんな状況に居るのかも忘れているのだろう

 本当に無邪気に、本当に純粋そうに言うホレックは、線の細い整った顔を赤く上気させていた


 ホレックの横に、イチノセとアンジーのウィンドウが新しく作り直される

 イチノセは流石に驚いたように沈黙し、アンジーは毎度ながら飄々と笑っていた


 『やるねぇダリィ。ついつい見入っちまったぜ』


 何と答えた物やら。それが解らなくて、ダリアは困惑しているようだ

 彼女とて賛辞を受ければやぶさかではなかろうが、自分がやった事ではないのに、功績を讃えられても嬉しくはあるまい。しかし彼女は答える術を持たないのだ

 何せ、メタルヒュームが勝手に動いてミサイルを叩き落しましたなんて、誰が信じるか


 「は、はぁ・・・・・・・・」


 その返事は、溜息にも似ていた。ここで御厨にとって可笑しかったのは、アンジー達に対する罪悪感より、自分に向けられる罪悪感の方が強く感じられたからだ

 何と彼女の真正直な事か。こんな機械相手に、思い詰める事などしなくてよいのに


 (ほんと・・・・・真直ぐな子だなア)


 しかし、いつまでものんびりしている訳にはいかない

 御厨が叩き落したのはミサイルで、決して敵メタルヒュームではないのだ

 敵は、どこに射るのか解らない砲手も入れれば優に十六機。彼我戦力差は四対一だ


 敵が足を止めてくれている今の内に撤退せねば。御厨はモニターに小さく警告灯をちらつかせる

 ダリアは、イチノセ達のウィンドウ側からは確認できないそれを見て、漸く我に帰った


 「そんな事よりイチノセ隊長!早く逃げましょう!」

 『・・・!逃げると言うな、戦略的撤退と言え。よしお前等!速攻で逃げるぞ!』

 (いや、あんたも逃げるって言ってるじゃないか)


 イチノセの号令を聞き、ダリア達はホレックを先頭に機体を反転させる

 逃げ・・・・じゃなくて、戦略的撤退を行うのだ。御厨も、今度はダリアの指令に従った

 しかし御厨は、反転する視界の隅、朝焼けの白い大空に、何か飛翔する物体を見つける


 そして思うのだ。僕たちは、逃げるのが遅かったと


 何故だろうか。結局の所、力及ばずと言うのが一番近いのかも知れない

 空を飛翔し、その赤熱した矮躯を轟音と共に主張していた質量弾は

 物の見事に背中を向けていたイチノセの機体を、コックピットから貫いていた


 死んだ。痛みを感じる暇すらなかったに違いない。完全な、即死だった


 御厨のレンズからその光景をハッキリと見ていたダリアが、悲鳴を上げる


 「い、イチノセ隊長おおおぉぉぉぉぉ!!!!!!」


 叫ぶ。ダリアが叫ぶ。御厨は思った。なんて悲痛な声なんだと

 小さな体を震わせ、今にも喉が破れんばかりの声で、ダリアは叫んだ


 爆発音が響き、御厨の巨躯が弾き飛ばされる。イチノセ機を貫いた質量弾が、この荒涼とした大地に突き立ったのだ。アンジーやホレックも同様に吹き飛ばされる

 切り立った丘の側面に叩き付けられた。激しい衝撃と共に、御厨は左腕部の統制を失う。関節が逝ったか。着弾で巻き上がった土煙で、辺りが確認できない

 しかしそんな中でも、ダリアの悲鳴は続いてた。御厨は、心が裂かれるような感覚に襲われた


 『ハヤト!ハヤト!・・クソッ!ダリア!早く立て!次が来る前に逃げるぞ!』

 『畜生!・・・・・俺は・・・・・・俺はまた何もできないで!』


 通信から悔しげなアンジーの声と、泣きそうなホレックの声が聞こえてきた

 だがダリアには聞こえていまい。彼女は漸く絶叫をとどめた物の、目は焦点が合わず、呼気は激しい

 仕方なく、御厨はうまく動かないが体を起こす。やっと土煙が晴れたかと思えば、アンジーとホレックは既に機体を立ち上がらせていた


 ホレックは、その端整な顔いっぱいに憤怒の表情を浮かべながらも冷静な判断力を失っておらぬようで、辛そうに、本当に辛そうに呼びかけて来る


 『辛いだろうけど、早く逃げるんだ!奴等、直ぐ大挙して・・・・・・・・・!!』


 次の瞬間、ホレックは何かに慌てたように、恐慌して叫んでいた


 『皆伏せろ!ミサイルが来てる』


 御厨は振り返る。ダリアはレバーこそ握っている物の、その力は弱々しく頼りにならない

 ダリアがこうなった責任は自分にもあるのだ。彼の無力がイチノセを死なせた

 そう思うのは傲慢だろうか。思ってダリアを守ろうとするのは、傲慢だろうか


 振り返った途端、一発目のミサイルが着弾する。激しいプログラム負荷と共に、間接の壊れていた左腕が消失した事が解る

 飽くまでも戦闘用で火力が小さいのが幸いしたのだろう。腕部一本とは行幸だ

 御厨は、再度地面に叩き付けられながらそう思った


 『ダリィ!』


 ミサイルは御厨に着弾した物以外、全てすり抜けて行った。恐らくあれらの誘導装置はサーマルタイプの物で、質量弾の熱とミサイルの熱で馬鹿になったのだろう

 運が良い。御厨はすぐさま立ち上がる


 そこで漸く、まるで寒さに耐えるかのように震えるダリアが、意思を持って呟いた


 「・・・・・・・逃げなきゃ・・・・・・」


 呟いたのはその一言だけ。彼女の目は見開かれていて、小さな肩は震え、更に小さく見える

 それで良い。這ってでも逃げるんだ


 ダリアに意識が戻ればこちらの物だ。御厨の体は、よりスムーズな動きを取り戻す

 しかし御厨を先頭に全員が走り出した矢先、再び質量弾が突き立った

 場所は逃走方向の丘の傾斜。アンジーの罵声が聞こえて来る


 『クソったれ!ダリィ!ホレックとやら!足を止めるなよ!』


 ダリアは止まろうとしなかった。御厨はそれに応えた

 ホバー移動はほぼ出来ない。先程のミサイルでイカレたようだ。現在御厨は、ダリアの主導によって二本の足で走っている。速度はタイプRと変わらない


 御厨は上体を振り向かせて質量弾を確認した

 新しい物が発射され、空を飛翔している。先程よりも随分と早い

 御厨は足を止めた。あのまま走れば命中する。着弾予測地点の五メートル前で立ち止まり、体勢を低くする

 刹那、何度目かの爆音が響き渡った。そしてそれに伴う衝撃と、熱風

 体勢を低くしていたため、転倒する恐れはない


 しかし御厨は、奇妙な浮遊感を感じ、下にレンズを向ける

 そこでは質量弾の衝撃で、地面が崩れていく様が映し出されていた


 (地盤沈下!?あれだけでか!!!!)


 激しく罵った。この世の理不尽をだ。そうしながら、苦し紛れに手を伸ばす

 空を切るだろうと御厨は予測していた。しかしその鋼鉄の手を握る者が居る。何時の間にか追いついていたホレックである

 アンジーの機体は転倒し、何とか立ち上がろうとしているようだった


 『無事か?!』


 無事じゃないのはそっちだ。お前が掴んでいる物は、ゆうに千キロを超える物体だぞ

 御厨は、声を発する事が出来たなら、そう叫んでいたに違いない

 それは真実だ。御厨がそう思う内に、ダリアは錯乱した思考のままで、直感的に叫んだ


 「離して!ホレック少尉まで落ちるわ!」

 『そんな事言われても・・・離せる訳がないだろう!』


 無駄な努力なのに。御厨が思った矢先、ホレック機が体勢を崩して倒れこみ、御厨と一緒に落下し始める


 (だから止めろと言ったのに!)


 時は既に遅すぎたのだ。そう、既に。何と言う理不尽。御厨は、この好青年まで道連れにしてしまうのかと嘆く。だが、手の打ちようがない

 御厨は謝る。ホレックに、そしてダリアに。

白い朝の光に手を伸ばしながら、深く深く落下していった


 『ダリィ!ホレぇぇック!!!!』


 御厨の受難はまだまだ続く・・・・・・・・・だろう


―――――――――――――――――――――――


 突然ですが・・・・・・・これの主人公はダリアです。

 これは彼女の成長を描いたヒューマンドラマです。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・御免なさい、嘘つきました。



[1309] Re[7]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2004/11/28 18:08
 システムは半覚醒だった

 ゆらゆらと水の中を漂うような感覚で、思考がハッキリしない

 人間は、過度の睡眠不足に陥ると、視界に入っていても物体を認識できない場合がある

 似ていると言うなら、その感覚が一番近いだろう


 レンズの端がひび割れて、大勢に影響はない物の、少々物を見るのに難儀する


 (・・・・・・何で・・・・?)


 何故、ひび割れなんて物ができているのか?何かあったのか?


 (あぁ・・・・・・・落ちたんだっけ)


 そうだ、落ちたんだ


 視界の先で、クレーンと思しき錆びかけた鉄隗が首を回す

 しかしその視覚情報も次から次へと失われていった。記憶する価値もないと言うのか

 違う。システムが正常動作していないせいで記録出来ないのだ。これが御厨でなければ映像情報を記録して残しておく事ができたのかも知れないが、それは言っても詮無い事である

 ただ、何時までもこの感覚に埋没していなければならないと考えると、酷く不快だった


 無理自分を揺り起こそうとすると、俄かに視界がクリアになる

 実際に何か変化があった訳ではないが、取りあえず風景を認識できるようになった、としておこう

 だが御厨はまだまだ我慢ならなかった。思えば御厨は、映画館が嫌いだ

 映画事態が嫌いではないが、あの雰囲気は嫌いだ。真っ暗な部屋の中で、反吐が出そうな位キッチリと同じ方向を向けて座らせられ、モザイクで騙された世界を見る

 正に生ある者の地獄だ

 御厨のバイト先の後輩はそんな彼を変だと言ったが、御厨は譲らなかった


 (・・・・・・なんだ、そんなに変わらないじゃないか)


 今更何を、と自らを笑う。何を言うのか。今の自分が一体何なのか、もう忘れてしまったのか

 御厨は変わったのだ。機械の体に、中を流れるのはオイル。発汗する為の器官はなく、エアパッケージから熱気を吐き出して体温を調節する。味覚など考えるだけで可笑しい


 そして、余程の時でなければ指一本動かせない。すべてダリア任せだ

 似てないようだが結構似ているじゃないか。御厨は思った


 電子音が鳴り、更に視界がクリアになる。システムが力を取り戻してきているのだ

 大体修復度は80パーセントと言った所か。物を視界に捉え、認識するには十分だ


 御厨のコックピットカメラには、浮かない顔で計器を操作しているダリアが写っていた


 ロボットになった男  第八話  「後悔」


 「・・・・・・・良かった、システム回復・・・・・・・。もう大丈夫ね・・・・・」


 直ったんだな、と実感しながら、御厨はレンズをあちこちに向ける

 ダリアには自分の事は解っているようだし、今更ズームレンズがどうのこうのと騒ぐ事もあるまい

 開き直って辺りを調べると、御厨は自分が座らせられている事に気付いた


 座っている場所は酷く古臭く、あちらこちらに埃がたまっている。余程深くにあるからだろうか。蜘蛛の巣などは見当たらない。見える位置に天上が無いほど高いのも原因だが

 大昔のドッグか格納庫か、そんな雰囲気だ。しかし古臭い空気に比べ、辺りに設置されている機器類は嫌に新しい型に見えるのだ

 ジェネガンに置いてあった機器類とも大差ない


 御厨が壁に凭れるようにして座っている横には鉄のベッドが在り、そこに背部がはめ込まれる形になっている

 これは御厨が稼動するのに主に必要なバッテリーとは別に、予備のエネルギーを充電する物だ。ジェネガン基地でも同じ物が使われた覚えがある

 その下よりベッドに空いた穴からコードが延びており、近くの台車に乗せられたPCと繋がっていた

 少しPCに進入してみれば解る。ボルト達が使っていた物よりも大分高性能だ


 (・・・・・・・変だな。何だか古さと真新しさが同居してるみたいだ・・・・)


 御厨は素直にそう思った。自分なりに的を射ていると思う台詞だ


ふとそこで、御厨は己の体に奇妙な物体が張り付いているのに気付く

 べちゃ、と言う音を立てて、それが御厨から床へと伝った。かなり粘度が高く、液体の癖にゴムボール程の硬さを持っているようにも見える

 硬過ぎるスライムとでも言った所か

 スライムは御厨のほぼ全身、ありとあらゆる所に付着していた


 ダリアの沈んだ声が聞こえてくる


 「・・・・・・・・・生き残ったね・・・・あたしも、ホレック少尉も、・・・・シュトゥルムも」


 背筋が震えるような悲痛な声だった。コックピットカメラでダリアを見やる

 ヘルメットは既に外されており、何時ものように瑞々しい紅い髪が栄えた

 ふと思った。水気があると思ったダリアの髪は、以外にふわりとしている

 柔らかく浮き上がった紅い髪は酷く滑らかで、随分と可愛らしかった


 (・・・・・・・止めよう。ただの逃避だ)


 馬鹿な考えを止める。ダリアの伝えたい事は、髪なんぞの事ではあるまい

 ダリアの伝えたい事はきっと、ダリアの考えている事はきっと


 (・・・・・・・・イチノセ・・・・って大尉の事だろうなぁ・・・・・・・・・・)


 きっとそうだ。イチノセの死に対して、ダリアは言い様もない責任を感じてる

 彼の死は自分の責任だと。何故自分はむざむざと生き残ったのだと


 正直御厨にはどうにも出来なかった。何せ喋れないのだから

 喋れたとしても、言うべき言葉が見つかるまい。御厨自身イチノセの事を知ったばかりで、彼の死について思いを馳せる事も出来ないのだ

 随分と非人間的な台詞かも知れないが、これが御厨の正直な感想だった


 「あたしのせいだよね。命令無視して、勝手に突っ込んで」


 ダリアは身じろぎ一つしなかった。システム復元直後からその体からは力が抜けきり、瞳は閉じられている

 酷く儚げで、消えてしまいそうな姿に御厨は思わず寒気を覚えた。機械の体だと言うのに、だ

 だが救いはある。彼女には力が溢れている

 今は儚くとも、必ずダリアと言う形を取り戻す筈だ

 それは御厨の希望であり妄想であったが、信じる他なかった


 「たった二週間だったけど、色んな事教えてくれたんだ・・・・イチノセ隊長」


 彼女の小さめな口だけが、唯一動きを持っていた

 吐き出される言葉はか細く、例えるなら小雨の音にすら掻き消されてしまいそうな小ささだったが、御厨は決して聞き逃したりしない


 これは彼女の懺悔か。二週間の間で、イチノセの存在は決して小さくなかったのだろう

 ダリアの事は解り易い。きっと、太陽に向かって咲く向日葵のように真正直に心で、イチノセやアンジーの背中を追いかけていたに違いないのだ

 容易に想像できる


 ダリアは目を開く。その髪と対照的なブルーが、光なく存在していた

 何を思うのか?まだ二十歳にもならぬ彼女は、何を思うのか?

 後悔、自虐、絶望、諦念、懺悔。思う事は幾らでもある筈だ


 何故こんな事になったのか

彼女が後悔する必要があるのか。自虐を念する必要があるのか。絶望に堕ちる必要があるのか。諦念に侵される必要があるのか。懺悔に浸る必要があるのか

 罪は誰にある。その問いに、ダリアは自分だと答えた


 「あたしが殺した。あたしが、殺した。敵も・・・・・・・・イチノセ隊長も!」


 御厨のパッシブソナーに、最後の声は幼子の鳴き声にも聞こえた

 母を捜す少女のように泣くそれは、どうしようもなく孤独で、悲しい

 同じだ。ダリアも探している。イチノセの影と己の罪を


 「教えて・・・・シュトゥルム。私はあの時どうすれば良かった?私の行動は正しかった?・・・・・・・それとも、ホレック少尉を見殺しにした方が良かったの?」


 モニターの僅かな光が、一瞬ダリアの瞳で反射する

 御厨は頭を殴られたような気がした


 答えなどある訳がないではないか。あの時、イチノセが退くと言った時素直に撤退すれば、確かにイチノセは死ななかったかも知れない

だが補給車は別としてもホレックは死んだ筈だ。囮に降伏など許す筈がないからである


 (迷うなよ)


 迷うなよ。生死の境で、自分が決めた事ならば

 答えなんてある筈もない。人間である以上、そんな物は見つけられない


 御厨にはダリアの気持ちが解る。肯定して欲しいのだ。自分は、決して間違っていなかったのだと

 どんなに身勝手だと解っていても、心が許さない。放って置かれれば壊れてしまう


 (迷うな)


 だから御厨は、肯定する事にした

 戦場なんて今の今までしらなかったけど、涙を流す女の子を放っておける程腐ってはいない


 軍人と言う面で見ればダリアが悪いのは解る。上官の命令を無視して、終いにはその上官を死なせて

 銃殺刑物だ。イチノセの遺族も黙ってはいないだろう。だが、だから何なのだ


 御厨の選択だ。今は機械の身でこそある物の、心は人だ

 軍人では無く、人間としての選択で、御厨はダリアを肯定する


 手を動かす。左手は失われたままで、動いたのは右腕だけだ

 それでも自分の心を伝えるのに不都合はない。御厨はそのまま、己の腰部、コックピット辺りを抱きしめる

 硬い鉄の奥に熱い人間の感触がある。わかる筈もないのだが御厨にはダリアが認識できる


 そしてダリアは、それに気づいた

 火がついたように声を上げ、涙を流し始めたダリアを、御厨は必死に見ない振りした


 「おーい!ダリア少尉!タイプSの部品・・・・って」


 そんな時、ドッグらしき部屋の奥から、一人の男が現れた、ホレックである

 手入れなどしてそうにないが、陽気に飛び跳ねる頭髪が酷く印象的な、黒目黒髪の好青年だ。その平均的な体躯はしっかりと鍛えられていた


 野暮な真似するなよ、と言う意味を込めて御厨はレンズをホレックに向ける

 ホレックは勿論御厨の視線には気づかなかったが、ダリアの鳴き声には気づいた


 ダリアの鳴き声に足を止めたホレックは肩を落とし、その場に立ち止まる

そうしてそのまま彼は、ずっとダリアが泣き止むのを待っていた・・・・・・・


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今回のこれは書き出したら止まらなかった恐怖の一品。

寧ろ何をかいてんのか私はって感じが無きにしも非ず。


しかし・・・私も一SS書きとして感想や批評が欲しかったりするのです。

無理矢理な小説とは承知していても

駄目駄目なSSなら駄目駄目なSSなりの批評が欲しかったりするのです。



[1309] Re[8]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2004/12/01 06:59
 何度も言う様だが、御厨は元来思い込みが激しい

 そしてそれは美徳ではなく、また悪徳でもないと前に話した


 思えば御厨は、昔から空回りする事が多かった

友人に頼まれ事をされれば首を横に振れず、母の誕生日プレゼントとどうしても欲しいCDを見比べてはプレゼントを優先し、泣いている子供を放って置く事ができない

 決して頭の良い男ではなかったが、人より少し優しい、どこにでも居るような男だった


 御厨はレンズでダリアを追う。時々、ホレックも追う

 ダリア達は今、埃被っていたクレーンを叩き起こし、御厨の腕の運搬作業をさせていた


 (・・・・・ん、何だか、まるでクレーンが生きてるみたいな言い方だな)


 そんな事を考えた。思えばこの体になってもう4~5日経とうとしている

 機械に親近感を覚えても可笑しくはないかも知れない。果てしなく、人を止めているという証でもあったが


 ホレックが極めて精密な動作で腕を運び、失われたままの御厨の左肩と合致させる

 そのクレーン捌きに乱れは全くと言って良いほどなく、正に職人芸と呼べる物だった。案外整備士の方が向いているのかも知れないと御厨は思った

 ホレックの横ではダリアがクレーンに寄りかかり、心配そうに御厨を見上げていた


 御厨・・・・と言うよりシュトゥルムは、座らせてもそれなりに大きい。基本的に足の方が長い造りだが、それでも座高は3.5メートル程ある

 自然と、ダリアは見上げる形になる訳だ


 「よし!完璧だ!」


 ホレックの無邪気な声が聞こえて、左腕が取り付けられた事が解った

 御厨は精密機器と言うだけあり、それなりに細かい造りになっている

 各パーツは大まかに腕部、脚部、腰部であり、頭部は胸部と一体化している為、システム中枢と言う事も合わせて中々取替えが効き難い

 非常時のエスケープはコックピットのある腰部箇所のみで作動する仕組みで、他の部位に負担を掛けないよう心がけている


 兎にも角にも、御厨はこれで完全な動きを取り戻す事になる

 御厨のシステムは、各部位を統合監視している。異常がある場合は、即刻知る事が出来る理屈だ

 勿論御厨のデータは、『左腕部大破』となっているが、これはあまり好ましくない。いや、好ましくないのは当然だが、問題は単純な物では収まらないのだ

 御厨のシステムは各部位を統合監視。しかしそのシステムは同時に、各部位が『在る』事を前提に機能している

 部位の欠損とは、それだけでシステムに過負荷を与える訳だ


 その過負荷を処理するのは、御厨は別として基本的に工兵達である。類敏に出撃し、部位の欠損など珍しくないのが兵器なのだから、正に工兵泣かせのシステムと言えた


 ガチン、と小気味良い音がして、完全にシステムが合致する

 うん、いい感じ、と御厨が思っていると、奇妙な違和感が湧き上がった


 (あ?これ、・・・・タイプRのじゃないか)


 付けられた腕は、シュトゥルムタイプの腕に比べて、一回り以上も大きかった

 駆動機関を調べれば明らかに応急処置と解る痕跡がそこかしこにある。タイプRのパーツを無理矢理改造して、シュトゥルムタイプ用に仕立て上げた感じだ

 直ぐに理解できた。これをしたのはホレックだろう


 恐らく彼のタイプRは大破したに違いない。無事だったパーツで、御厨を補ったと言う事か


 当初は、かなりの距離を落下しただろうに、何故無事だったのかと言う疑問が無きにしも非ずだった。が、それは直ぐに理解できた

 今も尚御厨の体に引っ付きまくっているスライムである。先程、緩衝材として用意されたこのスライムの池がある事を知った。幸運にも、御厨達はそこに落ちたのだろう


 それが無ければ今ごろ皆お陀仏か。御厨は薄ら寒くなった


 視界の先でダリアがホレックに微笑みかけている。ホレックが顔を赤くして手をひらひらさせた

 ダリアはやはり気丈だった

陰りは未だ彼女の笑顔に巣くうが、それでも泣いているよりずっとマシだ。ダリアが目を真っ赤に泣き腫らしたのも、強ち無駄では無かった

 ホレックの気質も悪くない。優しいお人よしだ。少々御厨に似通う部分もある

 ただ、その端正な顔立ちからは想像もつかないほど、熱血系ではあったが


 ふとレンズからダリアが消えていて、御厨は慌てて彼女を探す

 気づけばダリアは、既に御厨の伸ばされた膝に飛び乗っていた。相変わらず素早い

 そして一度、愛しむかのように御厨に寄りかかると、コックピットに滑り込んだ


 「よかった・・・・・・・。よし、それじゃ脱出経路を探そう!」


 一つ呟くと、ヘルメットを被る

 元気な奴、と溜息する。御厨が知る限り、ダリアは御厨に付きっ切りで、少しも休んでいない。まぁそれはホレックも同じではあるが

 或いは、じっとしていたくないだけか・・・・・・


 詮無い事だ。彼女は元気で、笑っている。これ以上何を望もうか

 視界の先でホレックがジープに乗り換えるのを見ながら、御厨はダリアからの指令通りに体を起こした・・・・・


 ロボットになった男  第九話  「朽ちても尚」


 御厨達は、埃の多い広大な面積を踏破し、この地下中枢部の一歩手前まで来ていた

 この地下・・・・恐らくは何かの基地だろう。天井は高く、通路の横幅は広く、明らかにメタルヒュームの運用を前提に設計されている

 今まで歩いてきた場所は見た事のない物が多く、非常に御厨の興味を刺激したが、流石にそうもごねていられない


 どこか残念な物を感じつつ御厨達が歩を進めると、そこには無常にも巨大な壁が立ち塞がっていた。その左右には、更に通路が続いている


 「・・・・シャッターが降りてるな」


 ジープから身を乗り出したホレックが唖然と呟く。彼は軽い身のこなしでジープから降りると、早足でシャッターに近づいていった

 どうやら目指しているのはシャッターの横にある小型のモニター

 そのモニターは、所々画面が焼けて映らなくなっているというのに、しぶとく光を放っていた


 御厨の外部スピーカーを使って、ダリアが呼びかける


 『どう?ホレック少尉』

 「う~ん・・・・・ここの防衛システムか?・・・・・・・・特に異常はないみたいなんだけど・・・・」


 ダリアからの指令が飛んできて、御厨は何気なく、平然とコックピットを開く

 腰部搭乗箇所がせり出し、その隙間からダリアが顔を覗かせた

 ホレックに一言声をかけると、直ぐにそこから飛び出す。御厨はそれに合わせて、コックピットを閉じた

 ダリアがホレックに走り寄る


 「何か問題でも?」

 「ここはどうやら、元リガーデン側の地下施設みたいだ。プログラムの講習は散々受けたから。・・・・・・・・・ただ・・・・・・・」

 「ただ?」


 ホレックは顎に手を当て、考える仕草をしながらダリアを振り返る


 「ここの人間は、IDカードか何かを使ってたみたいだ。証明書の類だね。それがない俺達は、今ここではただの侵入者って訳さ」


 酷く冷静に、ホレックはそう考察してみせた

 如何せんただの熱血男かと思いきや、中々に有能である。人は見かけに寄らないとは、本当の事だったらしい。いや、見かけではなく性格か

 御厨が、背後に蠢く何かを感じたのは、丁度その時だった


 御厨とほぼ同時にホレックも気付き、驚愕の声を上げた


 「ダリア少尉!後ろ!」


 最初の一撃を受けたのは御厨だった

 パラパラと軽い音がしたかと思えば、背部に決して少なくない衝撃

 御厨は派手に吹き飛ばされてもんどりうち、後ろに振り返るような形で襲撃者の姿を捉えた


 そこに居たのは、らんらんと赤いモノアイを光らせる、五十はくだらない数の、蜘蛛のような体を持った大量の機動兵器だった


 (こんなに沢山!いつの間に!?)


 それ程大きくはない。長さは無駄にあるが、高さはダリアの半分くらいだ。背中には不釣合いな位の大きさのガトリング砲が取り付けられている


 視界の端で、ダリアがホレックを引っ張りながら走ってくるのが見えた

 御厨はそれを見てコックピットを開く。四肢は動かなくともこれくらいは出来る。一秒くらいの短縮にはなるだろう

 ダリア達が御厨に乗り込もうとしたその時、それは大量の弾丸によって遮られた

 軽い音が響いたかと思えばダリアの三歩先の床が抉られ、穴だらけになっていた


 「きゃぁ!あ、あぶな!」


 御厨は心中で舌打ちして、大量の蜘蛛型の背中に取り付けられた、大型のガトリング砲を見る

 今は同士討ちの可能性を考慮してか一機しか発砲してこなかったが、一斉射撃を受ければダリア達は即お陀仏だ。流石に洒落にならない

 そう考える内に、先程と同一の機体がガトリング砲を旋回させ、ダリア達を射角におさめる

 それを見たホレックはダリアの手を振り払うと、そのまま彼女を抱きかかえ、吹っ飛ぶように転がった

 一瞬後、ダリアとホレックの居た位置が弾痕が穿たれる


 「!・・・・・・・・クッソォ!好き勝手やらせるか!」


 恐らくは、この基地の対人防衛兵器か。先程のガトリング砲にメタルヒュームの御厨を破壊しきる程の力はなかった。しかし人間は別だ。簡単に粉微塵にされてしまうだろう

 予想するが、御厨には誰何の声を掛ける能力がない


 力なく、ジープへと走るダリアとホレックを見守るしかなかった


 「な、何でこんな凶悪なのが居るの!」


 ダリアが体勢を低くし、飛び込み前転で敵弾を避けた。今のは御厨からしても避けられたのが不思議な程で、恐らく本能に近い部分が反応したんだと無意味に思う

 ダリアより先にジープに取り付いたホレックは、天井部に手をかけると、オリンピックの体操金メダリストも真っ青な動きで飛び上がった

 そのままジープの上に被せてあったグリーンシートを取り払う

 現れたのは、黒く凶悪に光る、大型のマシンガンだった


 銃器を持ったホレックを「危険」と認識したのか、前列の蜘蛛型兵器がガトリング砲を回転させる。後方に控える蜘蛛は、未だ動きを見せていない

 しかしホレックの射撃は早かった。マシンガンはガトリングのそれと比べて、溜めを必要としない

 敵に見せる体の面積を、座り込む事で出来るだけ小さくしたホレックは、それを撃ち放った


 蜘蛛型の大多数に弾痕が刻まれ、前列の蜘蛛型が弾き飛ばされる。流石に古臭そうな蜘蛛型の武装とは性能が違う

 だが八機九機破壊した所で焼け石に水だ。後方にはまだまだ控えているし、何より溜めの終了したガトリングは脅威だ


 ホレックは焦ったように舌打ちする

漸くジープに辿り着いたダリアを抱え上げ、迷わず遁走を開始した。だが遅い。敵の銃口は、既にホレックを捉えている


 (遅い!?間に合わない!?)


 前列の蜘蛛型が構えた十機近くのガトリング。それが、今にも火を吹こうとしていた


 (冗談じゃないぞ!そんなの、同じ事の繰り返しじゃないか!)


 御厨の焦りに包まれていた心が、一瞬で沸騰した

 このままでは繰り返しだ。状況は違えども同じである。ダリアを、ホレックを、二人を死なせる訳には行かない!御厨はそう思う。いや、願う


 気づけば御厨は、ダリアを庇うようにして床に伏せたホレックの前に踊り出ていた


 「!?馬鹿な、パイロットがいないのに!」


 ホレックの声が聞こえた。随分と驚いている。まぁ、当然か

 だが構っている暇はない。背後を庇う様に両手を広げ、何千と言う数の弾丸を受け止める

 それは表面を貪り、御厨を酷く見苦しくしたが、装甲を抜くには至らなかった


 (動けるぞ!動ける!)


 動ければ問題ない。敵はただの対人兵器であり、戦闘特化とは言えないにしてもメタルヒュームである御厨の敵ではない

 御厨は僅か75cm程度の高さしかない蜘蛛型を、サッカーボールのように蹴り飛ばし捲った


 「シュトゥルム!」

 (今回ばかりは、そこで大人しく見ててくれよ)


 こんな奴等、ダリアの手を借りるまでもない。一種傲慢とも取れる言い方だが、真実だ

 そうして前列の獲物を平らげ、後方でガトリングを撃ち放とうとする蜘蛛型を視界におさめた時である

 御厨は、周りに居る蜘蛛達とは全く違う、超重量級の足音を聞いた


 それはズシン、ズシン、と巨人のような音である癖に、嫌に忙しい

 予想するに多脚型機動兵器の足音だ。多脚型と言えば、周りの蜘蛛型は多脚だな。御厨はほぼ現実逃避でそんな事を考える

 次の瞬間、御厨は砲撃を真正面から食らって吹き飛ばされていた


 (うおわ!)


 御厨はダリアとホレックの頭上を越え、シャッターへと叩きつけられた

 各部に以上はないが、胸部装甲の損壊が激しい。これは応急処置でどうにかなるレベルではない

 油断した。完全なミス。御厨は己を恥じ、敵を見る


 それは御厨の約1.5倍程の高さを持つ、巨大な蜘蛛型だった

 その質量のなんと圧倒的な事か。その重量のなんと圧倒的な事か

 先程まで御厨が蹂躙していた小型の蜘蛛達など、まるで相手にならない巨大さだ

 その背中にはガトリングでは無く、凶悪なまでの存在感を誇るキャノンが取り付けられている


 御厨は敵武装が古い物であった事を神に感謝した

 もしあれが旧型でなければ、今ごろ御厨は大破している。その点で言えば、御厨は僥倖だった


 「シュトゥルム!・・・・・・・・ホレック少尉、急いで!」

 「あ~!訳が解らない!タイプSは勝手に動くし!変なのには襲われるし!」

 「後で説明するから!」


 ギャーギャーと喚きながら走ってくるダリアとホレックが見える

 御厨は心の中で謝りつつ、再びコックピットを開いた。こんな時は、コックピットが腰部についていて良かったと思う

 直ぐに二人は御厨に取り付き、まずダリアが先に乗り込んだ

 続いてホレックが乗り込もうとするが、御厨は「ガコン」と何かが落下するような音を聞く

 発生源は・・・・・あの巨大な蜘蛛型だった


 (!・・この音、次弾が装填されたのか!)


 御厨はホレックが完全に乗り込むのを待たず、急激な挙動を行う

 ホレックがそれに振り回され、コックピットないでしこたま頭をぶつけた

 心の中でやはり謝るが、今はそれどころの騒ぎではない


 御厨はコックピットを強引に閉めると、ダリアの操縦を待たずに駆け出した。前へだ

 そしてジープに密着すると、抱えあげるようにしてそれを持ち上げる


 御厨・・・・タイプSは、それ程トルクがない。コンセプトを考えれば至極当然だが、今はそれが憎らしい

 しかし御厨は力を振り絞り、ジープを放り投げた。狙いは、敵機の眼前


 轟音が響いて、御厨を狙ったであろう敵弾は、ジープと共に火の塊となった

 ジープを盾にした訳だが、正直御厨も上手く行くかどうかは解らなかった。いちかばちか、と言う奴である

 小型の蜘蛛達は御厨の様子を伺っているのか、攻撃してはこない


 そこでやっと落ち着いて、御厨はダリアがレバーを握っている事に気づいた


 自分一人の仕事はここまでだ。後は、ダリアと協力して事に当たれば良い

 御厨は、ダリアの指令に従って反転した


 コックピットの中で、計器類を操作するダリアが、涙目で頭を抑えているホレックに質問する。その声は焦りの為か、無意味に大音量だった


 「ホレック!奴等一体何なの!?」

 「いちちち・・・・・・・・・知らない!多分ここの防衛兵器だろ!?ID持ってない俺達は、奴等にとって侵入者なんだ!」


 既にダリアは、ホレックに少尉をつけていなかった。余裕がないのか、遠慮がなくなったのか

 兎に角、今はそんな事を言っている場合でもあるまいと、御厨は走る

 どうやら腕は修理できても、脚部及び背部のバーニアまでは修理できなかったらしい

 こればかりは仕方なかった


 「他に中枢部への入り口は!?」

 「入り口は合計で七ヶ所ある!一番近いのはそこの通路を右に。道なりに一直線に進んでいけば、三百メートル先にはある筈だ!」


 ダリアはホレックを振り返ると、訝しげな視線を向ける


 「ホレック、なんでそんなに詳しいの!」

 「さっき見取り図を見たんだ!ここはハッキング対策が取られてなかったから、簡単に見れた!」

 (そんな事言ってる場合じゃないだろう!?)


 御厨の受難は、まだまだ壮絶な物になるだろう・・・・・・多分


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 約二時間で書き上げた代物。やはり恐怖の一品。
 一応三度程誰何を繰り返しましたが、それでも不安な一品です。

 そして私は、これからが一番大変な時間と言う三段構え

 ・・・・・・そう考えると、今の内に一本上げる事が出来たのは、良かったと取るべきかしら?


 皆様方に楽しんで頂ければ、真幸いです。



[1309] Re[9]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2004/12/04 13:26
 御厨は駆けて、駆けて、駆けて、駆けた

 多大なダメージを受けたまま整備すらしていない間接が悲鳴を上げる

 しかしそれも含めて、諸々の問題を全て無視する。そんな事に意識を割く余裕はないのだ


 (だぁぁ!一体何機居るんだ!)


 心中で叫びながら、皆目検討がつかない材質の床を蹴る

 御厨とその中に居るダリアにホレック。彼等の頭を悩ませるのは、蜘蛛を模した醜悪な機動兵器だった

 今も居る。一本の通路から、右外側に向けていくつもの新しい道が走る形の通路

 当面は、弓がしなるような感じに曲がっている通路の先に三体。御厨の背後からはガシャガシャと幾つもの足音が聞こえてきている


 「こいつら基地中に配備されてるのか!クソッ!考えたら当然だった!」


 先程遭遇した大蜘蛛から逃げ出したは良い物の、行く先行く先でこの小蜘蛛が現れた

 しかも基地内の損害を考えずやたらめったらガトリングを撃ち放してくるのだから始末に終えない

 防衛プログラムは既に、長い間放置された事によって正常に働いていないと見える


 ホレックの声を聞きながら、ダリアはコックピット内で更にレバーを強く握った

 それに合わせて御厨が加速し、真正面に居た小蜘蛛に肉薄。現地改修によってタイプRの物と化した左腕で豪快に殴りつける

 御厨の機械のレンズは、小蜘蛛のレンズが砕け、その体がひしゃげていく様を克明に捉えた


 油断はしない。素早くレンズを残りの二体に向ける。敵機はガトリングの逆回転を終えたようだ

 コックピットでダリアがキーを叩く。御厨は残りの二体を狙わず、その横を駆け抜けた

 御厨の通った道を追う様に弾痕が刻まれるが、御厨自身には当たらない。ダリアと御厨は、見事に小蜘蛛の裏をかいた


 シュトゥルムとは偵察、支援用の機体とは言えメタルヒューム

今はバーニアこそ使えないが、こんな整備不良のポンコツ蜘蛛なんかに劣る道理はない

 大体サイズ自体が違う。御厨が当面脅威と見るのは、あの手痛い一撃を食らわせてきた大蜘蛛だけだった


 右手側の分岐路から飛び出してきた蜘蛛を、容赦なく叩き落し、尚走る

 もう大体三百メートルは走った。ホレックの話が本当ならば、中枢部へ通じるゲートが見えてくる筈だ

 そして問題のそれは、至極当然そうに現れた。ダリアとホレックの声が綺麗に繋がった


 「あったぞ!」

 「中枢部へのゲート!」


 弓なりにしなる視界の先に、先程のシャッターが降りていた場所と良く似た造りの通路がある

 しかし先程と違うのは、そこにシャッターが降りていない事だ

 御厨にはその場所が、まるでフルマラソンのゴール地点のようにも思えた


 ホレックが安堵したように大きな溜息をつく。気持ちは解らん事もない

 追われる恐怖とは存外に強い物だ。コックピットカメラから確認できるダリアの手は、興奮からか小さく震えていた


 御厨は振っていた足を無理矢理上げると、床に叩き付けてブレーキ代わりにする

 巨躯が一度大きく跳ね、そこから完全に慣性を消して中枢部への通路前に降り立った。御厨・・・・と言うより重量のないタイプSだからこそできる芸当だ

 そしてそのまま中枢部に足を踏み入れようとした時、御厨は重い、重い、足音を聞いた


 次の瞬間、御厨はダリアの指令を待たずにサイドステップを掛ける

 御厨の立っていた位置が無残に貪られたのは、それの僅かコンマ一秒後だった

 上半身を振り返らせ、レンズの中にそれを行った巨体を捉える。・・・・あの大蜘蛛だ


 「嘘!あれも量産されてる訳!?」


 ダリアの悲鳴を聞いたホレックが、モニターに齧り付きながらこちらも叫んだ


 「そんな馬鹿な・・・・量産してコストを抑えられるようなサイズじゃない!」

 「モニターが見えない!ホレック退いて!」


 ホレックが押し退けられる。その間にも、大蜘蛛はガシン、ガシンと歩を進めていた


 どうする。中枢部へ到達しても追撃を振り切る自身はない。戦うか?

 御厨は逡巡して、すぐさま首を振った。冗談じゃない、あんな化物と戦えるものか

 大蜘蛛はあの巨大さに加えキャノンを装備している

こちらは万進創痍で、マシンガンの一つすらない

 懐に潜り込めばどうにか出来ない事もないが、高速機動の行えない御厨の白兵戦能力など、本当にたかが知れているのだ


 高速機動を求められた為に削られた装甲で、あの大蜘蛛の打撃を受けたらどうなるか、想像もしたくなかった


 (ブロックキャノンの一つもあれば、あんな奴!)


 そんな事を思っても意味がない。何より、無い物ねだりで時間を浪費する訳にはいかない

 心持不安げな顔のダリアが、ホレックに尋ねた


 「このまま中枢に行って・・・・・それで、助かるの?」

 「・・・・ある。地上に通じる出口はこの先を越えた場所にあるんだ。それにもしかしたら、メインコンピューターを操作してあの蜘蛛達を止められるかも知れない」


 紙同然のファイヤーウォールしかないからね。と、ホレックが続ける


 御厨はじっと大蜘蛛を睨み付けた。敵機はこちらが動かないのを良い事にキャノンで勝負をつけるつもりなのか、僅かな挙動すら見せない

 しかし眼前の敵が動きを見せなくとも、先程から御厨達を追ってきている足音はある

 初めから、選択肢など存在していなかった


 ダリアはキーを叩く。関節が熱を放ちながら駆動して、体勢を入れ替えた

 逃げの一手。それだけだ


ついで、全てに置いて言える事だが、有効な一手を打つには敵の隙を狙わなければならない


 暫し硬直し、静寂が高まる空間に、ガコン、と言う何かの落下音が響く


 (来る!)


 御厨はその場で空中に体を放り出すと、足を振った

 慣性の力で下半身が持ち上がり、上半身が引きずり倒される。そして見た

 己の目の前を、赤熱化した砲弾が通り過ぎていくのを


 そこまで確認して、御厨は床に手を叩き付け、身を捻って一気に立ち上がった


 「メタルヒュームでこんな機動ができるかぁぁぁぁ!!!」


 不安定な体勢のため、やはりコックピット内のあちらこちらに頭をぶつけながら、ホレックが叫んだ


 至近距離から放たれた敵弾を、御厨は物の見事に回避してみせた

 華麗な回避だったと自分でも解る。神業的な物であったと自分でも理解できる。そしてその事実が、御厨とダリアの精神を昂揚させる


 「シュトゥルム!」

 (ぃよおし!!)


 御厨はほぼ一瞬で身を反転させ、駆け出した

 敵はキャノンの反動で動けまい。回復には、数秒の時間を必要とする筈だ

 それは僅か数秒だが、戦闘の趨勢などその僅か数秒で決まる


 御厨の視界の先で、敵弾が床に落下し、激しく火花を散らしながら消滅する

 その場に残る熱量も気にせず、御厨は再び駆け出した


――――――――――――――――――――――――――――


 中枢部には、一分と掛からず到達できた

 そこは先程までとは違い、広大な空間に大量の機器や訳の解らないコードが何千と設置され、一種異様な雰囲気を醸し出している


 高い天井に設置されたライトは既にその役目を果たしていない

そこは中枢部であるにもかかわらず、酷く陰鬱だった


 御厨は一分の見逃しも無くメインコンピューターを探す。メインと言われる位だから、その威容は巨大な物になるだろう

 大量の情報を処理するのなら、物理的にも大量の配線、回路、記録媒体が必要になる筈だ

 でかい奴、でかい奴、と心中で呟きながら、御厨はとうとうそれを見つけた


 「ダリア、あれじゃないか?」


 ホレックがモニターの中に映るそれを指差す


 それは、大量のPC端末を円形に組んだ中にある、巨大なモニターだった

 確かにあれだけが周りに比べ異色を放っており、あからさまに怪しい

 御厨迷わず、そのPC端末の集合体に歩み寄った


 システムを操作して、コックピットを開放させる

 腰部がせり出し、中からホレックが顔を出した。そのまま反動をつけて飛び上がると、ホレックは約四メートルの高さを楽々着地した

 メインコンピューターと思しき物、その威容に圧倒されながら、ゆっくり歩み寄る

 ホレックは恐る恐るPCの一つを起動させると、そのまま画面に見入った


 「どう?それで当たり?」


 ダリアがコックピットの中から声をかける。流石に降りたりはしない

 あの忌々しい蜘蛛達は、すぐに追いついてくるだろう。ダリアと御厨は、咄嗟の事態に備えなければならないのだ。油断は決してできない


 ホレックはキーボードを叩きながら、返事を返した


 「あぁ・・・・・・どんぴしゃ!かなりの年代物だけど、壊れてないよ!ファイヤーウォールも大したことない!」


 そう言いながらホレックは、嬉々とした表情でPCを弄り始めた

 PC画面の中を、凄まじい速度で文字がスクロールしていくのが、ここからでもよく解った


 何と言うか・・・・多芸な奴だ。ああ言う男を天才と言うのだろうか

 ダリアも御厨と似たような胸中なのか、感心したように呟いた


 「凄いなぁ・・・・。あたしもAIプログラムの構築とかなら得意なんだけど・・・・・・」


 そう言いながらも、ダリアは御厨を後ろに振り向かせた。コックピットは閉じない。何かあった時、速やかにホレックを収容するためである

 警戒する場所は、先程自分達が通ってきた通路だ

 今はまだあの蜘蛛達の足音は聞こえないが、やはり油断はできない

 何にせよ、確実に来るであろう敵を警戒すると言うのは、思ったより気を張る物だ

ぶんぶんと頭を振るダリアから汗が飛び、その仕草がまるで子犬のようで、御厨は思わず笑ってしまう


 ダリアは己の疲労を誤魔化すようにして、大きく息を吸い込む

 ふと、何か思い立ったように顔を上げ、口を真一文字に結んで首を傾げた


 そして何事か話そうとして、思いとどまったように口を噤み、話そうとして、口を噤み、それを数回繰り返して、漸くダリアは声を発した


 「ねぇ、シュトゥルム・・・・・・・・・・・・・。シュトゥルムってさ、やっぱり自分の・・・・なんて言うのかな?意思とか、考えとか、・・・・あるの?」


 余りにも意図していなかったその発言に、御厨は苦笑した


 成る程、迷う訳だ。ダリアもやはり心の中にどこか信じきれていない部分があるのだろう。御厨が居ると言う事。いや、彼女にしてみれば、シュトゥルムに意思があると言う事を、か

 ダリアを自分に置き換えてみたら、やはり疑うだろう。終いには自分の頭を心配する筈だ

 しかし、こうやって話し掛ける事のできるダリアの素直な面は、見習わなければならないな。御厨はそう思った


 そこまで思い至って、御厨は更に思案する。どうした物か、と

 ダリアがどれほど自分に呼びかけてきても、御厨には応えを返してやる術がない

 だがそれではあんまりだ。自分も悲しいし、自惚れでなければダリアも悲しむ


 御厨は居るかどうかも解らない神様を呪った。ついでに、激しく落ち込んだ


 (・・・・・ごめん・・・・・)


 御厨は己の不甲斐無さを謝る。今の今まで意志の疎通が取れない事に不便さを感じなかったのに、いざ意識してしまうと本当に歯痒い

 御厨の思いをしる由もないダリアは、些か落胆したように息を吐いた


 「何言ってるの、私の馬鹿・・・・・・・・・・・。助けてくれたんだから、信じないでどうするの」


 小さく、本当に小さくそう漏らすと、ダリアはモニターに突っ伏す

 心が痛い、ああ痛い。こんな事を言われてしまうと、御厨は更に罪悪感に苛まれる


 カメラの先でダリアは、突っ伏したままホレックを呼んだ


 「ホレック。まだかかりそう?」

 「いや、もう直ぐ終るよ!これであいつら、永遠におねんねさ!」


 ダリアの心中など知らぬホレックは、あくまでも陽気に告げる

 不思議な声だ。何となく安心してしまうような感じがして、御厨はボルトを思い浮かべる

 あの男も、ホレックとは別の意味で他人を安心させてしまう男だ。御厨はボルトとホレックに、少々の憧れを抱いた


 (って、ボルトさんはともかくホレックは年下じゃないか!何言ってるの僕は!)


 御厨は意外に年功序列に厳しい人間だった。今の己への叱咤には、ホレックを蔑むと言うより、人間的にホレックに劣る己を恥じている感の方が強い


 つくづく良い事がないな。御厨は、未だ警戒を続けながらそう感じた


 そんな時、激しい轟音が中枢部を揺るがす

 それは極めて強烈な衝撃であり、とてもただごとでは有り得ない


 御厨は思わず通路の先を睨み付ける。モニターに突っ伏していたダリアは飛び上がる程驚き、わたわたとレバーを握った

 しかし、御厨達の通ってきた通路に以上はない。寧ろ平静その物だ

 じゃあ、今のは何だ?その答えが現れるのは、御厨の背後からだった


 「う、うわぁぁぁ!?!?」

 「ホレック!?」


 突然のホレックの悲鳴に、ダリアは急激に御厨を反転させる

 まず視界に入ったのは中枢部の壁だ。他と比べて頑強な筈のそこは無残に貫かれ、大穴が開いている

 大穴を開け、そこから這い出そうとしているのは、何を隠そうあの大蜘蛛だった


 「ホレック逃げてぇ!」


 尻餅をついていたホレックがダリアの声で正気に戻る

 しかし彼は、逃げ出すどころか座り込んだまま更に猛烈にキーボードを叩き始めた


 (ば、馬鹿!何考えてるんだ)


 御厨は駆け出す。また間接に無用な負荷が掛かったが、そんな物よりもホレックの事の方が重要だ


 だが、足りない。時間が足りない。完全に不意を突かれた。間に合わない


 気分は灰色だ。気のせいか、視界すらその色に染まって、胃も食道もないのに猛烈な嘔吐感が込み上げる


 敵の方が早い。このままではホレックが死ぬ。駄目だ、それだけは。御厨は力を振り絞る

 だが御厨の努力も空しく、大蜘蛛はその巨大な足を振り上げた

 あんな物を叩き付けられたら、人間が生きていられる筈などない。トマトケチャップを散らして、肉片へと変わるだけだ


 「ホレェェェェェェック!!!!」


 ダリアの壮絶な悲鳴が聞こえた


 (動け、動け、動け、僕の足!動け!)


 死ぬのか。彼は死ぬのか。イチノセのように、彼のように呆気なく


 そして、大蜘蛛の振り上げられた足はホレックに向かって

 ――叩き付けられる事はなかった


 「・・・・・・・・・・・へ?」


 御厨の視界の中で、ホレックが腰砕けにでもなったかのように仰向けに倒れこむ

 大蜘蛛は動かない。しばらく静止し、耳障りな電子音を約十秒間発した後、力なく倒れた

 ホレックが御厨に、いや、正確には御厨の中のダリアに向かって、ガッツポーズを取ってみせる


 「へへ!・・・・・・・・・・・下手には下手なりの戦い方があるんだ!」


 あぁ、生きている。死んではいない。呼吸し、発汗し、物を考え、話している

 ホレックの生存を確認したダリアは、堪え切れなくなり、火がついたように泣き始めた


 思うのは何か。ダリアは、ホレックとイチノセを重ねでもしたか

 それは辛いな。御厨は、挙動を止めながら唖然と考える


 目頭を抑えるダリアは、本日二回目の大泣きだった


 「う・・・う・・・・わぁぁぁぁん!!!」

 「んえ?だ、ダリア?おい、泣くなよ」


 何が泣くなだこの馬鹿野郎。地獄に落ちろペテン師が


 落ち着いてくれば、沸々と湧き上がって来る物がある筈だ

 純粋な怒りである。成功するかどうか解らん無茶をしやがって、何より、ダリア泣かせやがって


 御厨は余りの怒りに体の操作系統をダリアから奪い取り、近くに転がっていたバレーボール程の鉄隗を指で挟み、持ち上げる

 そしてそれを、容赦なくホレックに向かって投げつけた


 (お前みてぇなクソガキは初めてだ阿呆が!)

 「おわぁ!ダリア!ば、馬鹿!死んじゃうだろ!?」


 御厨の受難は、更に更に続く・・・・・・・・


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 諸事情により、次回更新は恐らく五日後。

 もし見ている人が居るのなら御免なさい。
 作者は不甲斐無さ溢れる人間なのです。



[1309] Re[10]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2004/12/09 20:28
 薄暗さと圧迫感、それは、ジェネガン基地の格納庫に似ている

 背部から地下基地のメインコンピュータに繋がった端末配線。そこから様々な情報を吸い出しながら、御厨は想像した


 地下基地中枢部は、それ程広い訳ではないが狭くもない

 いや、乱雑に物が散らばっているため、広いと認識できないだけか

 しかし、このどうしようもない圧迫感だけは同じである。蟻が人間に踏み潰される直前、その靴の裏を見る時の気分がこんな感じだろうか

 言った自分ですら想像し難い情景である筈なのに、御厨は良い例えだと思った


 (流石に基地って呼ばれるだけあって、凄い情報量だ・・・・)


 御厨は、自分のサーキットの中を流れていく情報を眺めながら、そう考える

 御厨・・と言うよりタイプSは、偵察・支援型と言うコンセプトだけあり、その記録容量は他のメタルヒュームの追随を許さない・・・・らしい

 確定でないのは、それがホレックの言であり、尚且つ確かめる方法が無いからだ


 とは言え御厨自身、己の中に広大な、ポッカリと開いた穴のような空間が在る事は認識している

 其処が情報によって埋まっていく様・・・・、自分の無駄な部分が補完されていくと言っても良い様は、御厨に程好い爽快感をもたらした


 流石に元人間の処理量で、今吸い出している情報の全てを把握するなんて出来やしない

 が、情報の中には、この世界の事が中々細かく記録されているようだ


 御厨とて知性体。知りたい事なら幾らでもあるし、今の状況ならば知る事もできる。ならば、少し苦労しても探ろうと言うのが人間ではあるまいか?

 御厨は必要もないのにそう言い訳して、サーキットの中に潜る

 実際には違うのだろうが、感覚的には『潜る』と言うのが一番正しい

 御厨はあちらこちらと彷徨いながら、情報の海を泳いだ


 (世界地図~世界地図~と・・・・・・・・・無いなぁ)


 やはり、世界の事を知るなら世界地図である。残念ながら無かったが

 人間、言葉だけでは伝わり難い事も、『世界地図』など、ハッキリとした方向性を持つ指針があれば理解できる物だ

 大雑把ではあるが、中々馬鹿に出来た物ではないと、御厨は思っていた


 しかし・・・・・・・無い

 この世界にも地図くらい在るのだろうが、データの破損か、今は見つけられない

 だが、それなりの事は知る事ができた。国、歴史、この地下基地の情報

 特に国は重要だ。自分は軍の物であると予想がつく以上、知っておくに越した事はない。歴史については・・・・・まぁ勉強嫌いに何を今更と言った所か


 そんな事をしつつも、ダリア達が気になった御厨は、レンズをメインコンピュータの左右に走らせる


 情報を吸い出す御厨の横で、ダリア達は暢気に飯をかっ食らっていた


 (・・・・・・・・・・・・・・本当、度胸があるよね・・・・・・・・・)


 ロボットになった男  第十一話  「大脱出・・・・か?」


 「データの吸い出しは・・・・何時頃終わるのさ」

 「さてね・・・・・まぁ、元より情報全部持ってくつもりも方法もないから、大体あと三十分ぐらい吸わせたら出発しよう」


 カンパンを口に放り込みながら問うダリアに、ホレックは少し考えてから答えた

 ホレックの処理により危険はないのだろうが・・・・それでもやはり、図太い神経だと賞賛する他ないだろう。あれほど梃子摺らされた蜘蛛どもの住処で、暢気に食事を取るなんて

 因みにメインコンピューターの横には、未だにあの大蜘蛛が倒れ伏していた


 「・・・やっぱり、ここの記録全部持っていくのは、シュトゥルムでも無理なんだ」


 ダリアが言いながら、御厨の方を見る。意図せず御厨のレンズと視線が重なった

 御厨は何となく焦り、急いでレンズを正面に向けて誤魔化す


 ダリアは暫し沈黙したが、やがて苦笑したようだった


 「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「タイプSで良かったと言うべきだよ。RやDだったら、とてもデータの吸い出しなんて考えなかった」


 ホレックの声が聞こえ、御厨は再びダリア達へとレンズを向ける

 ホレックは倒れた鉄隗に腰掛けて、水筒片手にダリアに話し掛けていた


 ダリアがホレックに、更に質問する。その視線は、もう御厨へは向いていない


 「でもさ、一体なんの基地だったんだろう。態々地下に作るなんて・・・・・」


 ふと、勢いをつけて立ち上がった。ホレックだ。彼は落ち着いた足取りでメインコンピュータに近寄ると、キーボードを叩きながらダリアに答える


 「多分、兵器開発か何かをやってたんだろう。無駄に設計図があったし。・・・・ただ、何故バイオプラントまであったのは解らないな・・・・・。BC兵器を作ってたって感じでもないんだけど」


 ホレックの言う事は正しい。御厨は、情報の海を泳ぎながらそれを肯定する


 片っ端から閲覧した情報には、この基地が兵器開発を主に行っていた事を証明するデータが多分にあった

 実弾兵器は勿論、要塞兵装、メタルヒューム構築理論。果ては中々に想像し難い、光学兵器の類まで

 正になんでもござれ、だ。バイオプラントが何だったのか、までは解らないが


 御厨が関心しながらデータを見ていくと、一つだけロックが掛かっている物があった

 非常に堅いロックだ。本来なら吸い出し自体できない類の物だが、データの破損か、情報をこの基地へと繋ぎ止める事ができなくなっている

 開発名は「ヒュームブレイン」。そして責任者の名前は、「スコット・リコイラン」とあった

 御厨は驚愕する


 (リコイラン・・・・・って、ダリアは確か・・・・・・・・!)


 ダリアのフルネームは、「ダリア・リコイラン」である筈だ。苗字が一致する

 単なる偶然と放って置くには、兵器開発者と言う肩書きは少々重過ぎる


 どうにも把握し難い。偶然か?それとも、彼女の親族か何かか?


 そんな時、御厨の中で、ふと湧き上がってくる物があった


 『・・・・・・・・・・・・・兄さん、絶対に見つけてみせるからね・・・・・・・』


 (或いは、ダリアの捜し求める・・・・・・兄・・・・・・?)


 御厨は情報の海から自分のサーキットへと這い戻り、レンズを動かす

 見つめるのはダリアだ。彼女は未だに食事中で、何も知らないとは解っているが、どうにも気勢を削がれてしまう


 (どうする?知らん振りか、それとも伝えるか・・・・。そもそも、どうやって伝えればいいんだろう)


 期せずして、御厨は痛烈な現実問題とぶつかってしまった

 どうしよう、壁に字でも書いてみるか。そんな事を考えるが、実行できよう筈もない。危機的状況になければ、全てダリアに頼りっきりなのだ、御厨は

 歯痒い。非常に歯痒い。まだダリアの関係者と決まった訳ではないのだが、それでも歯痒い


 基地全体が揺れるような衝撃を受けたのは、丁度その時だった


 轟音、そして衝撃。重量のある御厨は良いが、ダリア達は堪らない

 激しい横揺れに、体制を崩して床に転ぶ。幸いなのは、それが一瞬で収まった事か


 すぐさま飛び上がって、ダリアが焦ったようにホレックに声をかける


 「な、何?!一体何が起こったの?!」

 「俺は知らないよ!・・・で、でも今の衝撃、向こうから来たような・・・・・」


 尻餅をついたままホレックが指差したのは、メインコンピュータの先にある巨大なシャッターだった

 横幅役六十メートル。高さは約三十メートル。物が乱雑に散らばっているこの中枢部内で、唯一何も物が落ちていない場所だ

 漸く立ち上がったホレックに、ダリアが駆け寄る


 その時、再びの衝撃が中枢部を襲った


 ドォォン!!!


 まるで至近距離に質量弾が突き立ったような衝撃。しかも今回は連続して、だ

 御厨はレンズをあちこちに回して、驚愕する

 そして確認した。ホレックの指差した巨大なシャッターが、衝撃毎に歪み、破られんとしている光景を・・・・・・


 慌ててメインコンピュータのキーボードを叩き始めたホレックに、ダリアは大地が揺れる中、御厨に向かって走りながら呼びかけた


 「ホレック!何やってるの!早く!この感覚絶対に、・・・・絶対にヤバイって!!」

 「そうは言われても!・・・・・・・・・ド畜生!何でだ、基地のシステムは完全に・・・・・・」


 御厨はコックピットにダリアを迎え入れると、間髪いれずに立ち上がった。背部から伸びていた多数のコードは物理的に引き千切る

 御厨のシステム内で多数のエラーが発生したが、無理矢理抑え込んだ。この分の負荷は、後で処理しなければならないだろう


 ダリアがレバーを握るのを感じながら、御厨は千切れたコードを背中から抜きとる

 非常に気持ちの悪い感触だ。まるで、筋繊維を数本力任せに引っ張るようだった


 御厨は巨大なシャッター、振動の原点を、確りと睨み付ける


 (何なんだ。一体、何が居るって言うんだ?)


 御厨には理解できない

 何か、伝わる振動からしてかなり巨大な物体が、あの頑強そうなシャッターを破ろうとしている事は解る。解る、と言うか直感だ

 しかし解る事はできても、納得は出来ない。それは御厨の機械の物と化した本能に、純粋な危機的感覚がビシバシと叩き付けられているからだ


 同じ物を感じているのだろうか。ダリアが、先程より焦燥を募らせた風にホレックを呼ぶ


 「ホレック!早くシュトゥルムに!」


 シャッターは、既に表面が盛り上がり、今にも破られんばかりだった

 怖くないのか。御厨は、そう問い掛けたい。勿論ホレックに、だ

 何故これほどの圧迫感を感じて、逃げ出せずに居られる?それ程重要な物でもあるのか?


 ダリアは堪らなくなったのか、御厨を移動させ、ホレックの横に立たせた


 「ホレック!!!」


 ダリアが呼びかけた時


ホレックは漸く、己の答えを見つけたようだった


 「・・・・・・これか・・・・・・マザーに連結してない、完全な独立防衛システム・・・・・・。基地が死んでたせいで、・・・・全然気づけなかった・・・・・」


 唖然と呟き、ホレックは力なく床にへたりこむと、キーボードのエンターを押す

 途端、中枢部のライトが灯り、部屋中が明るくなる。しかしそれも束の間。赤い警告灯が閃いたかと思うと、あっと言う間に辺りは騒がしくなった


 ビィー、と言う耳障りな音が響き、女性型の合成音声が流れ始めた


 『基地中枢部にて極Sレベルの情報への接触を確認。非戦闘員は直ちにシェルターへと避難して下さい。尚、基地司令権限によりJ-56の出動が認められて居ます。繰り返します・・・・』


 極Sレベル?御厨には心当たりがある

 恐らく、あの唯一ロックのかかっていたデータ。件の「スコット・リコイラン」のデータ

 何と言う事か。迂闊過ぎた。断言出来る。「我々は、迂闊過ぎた」


 御厨はダリアに続き、ホレックをコックピットに迎え入れ、思わず一歩後退る

 一際大きい轟音と共にシャッターが破られ、そこから巨大な影が現れる


 それは大き過ぎた。先の大蜘蛛ですら御厨の1.5倍もあったと言うのに出てきた影はその更に2倍はある

背上にはざっと見で三十を超える銃口を持つミサイルランチャーが見えた


正に圧倒的だ


 現れたのは、赤い警告灯よりも尚赤いボディーを唸らせる、巨大で醜悪な蜘蛛型だった


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホレック・・・・・・・・勝てると思う?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・無理・・・・・・・・・・・・だな」


―――――――――――――――――――――――――――――


 ミサイルランチャーの咆哮。辺りを気にしないJ-56の一斉射に、御厨は木の葉のように吹き飛ばされる


 「ホレック!どこか逃げ場は?!」

 「ない!さっき見たけど、エマージェンシーのせいで今まで通ってきた道が塞がれてる!行くならここからじゃないと・・・・・」

 「じゃ、じゃあ脱出の方法は?」


 ダリアの震えながらの問いに、ホレックは押し黙る

 ダリアはレバーを操作し、御厨をメインコンピュータの陰に隠れさせた。その様は正に、人間という圧倒的な存在から隠れる害虫のようだ


 ダリアの横で顔を青褪めさせながら、ホレックは唸る様に呟いた


 「地上に通じるエレベーターへの通路は・・・・・あのどでかい蜘蛛の真後ろだよ」


 御厨はメインコンピュータの後ろから飛び出した

 直ぐにJ-56が反応を示し、多数のミサイルが発射される


 その悉くを避ける。避ける。避ける。爆風が少ないのが幸いだが、圧倒的な火力差は覆しようがない


 勝つ事など考えてはいない。何か方法を、何か方策を。御厨はそれのみに思考を巡らす

 いい加減無理が祟り、御厨の間接は拗ねてへそを曲げようとしていた

 もしそうなってしまえば、今度こそ生き延びられる可能性はなくなるだろう


 (早く、早くなんとかしないと・・・・)


 ダリアが必死にレバーを動かす


 「何とかして奴の気を引かないと・・・・・・。倒せなくてもいいから、何とか奴を出し抜く方法を・・・・」

 「おわ!!」


 御厨の背後でミサイルが爆ぜた。直に振動が伝わり、体制の安定しないホレックは頭をぶつける

 駄目だ、これ以上は持たない。御厨は悲鳴を上げていた


 (駄目だ!もうこれ以上は・・・!!!!)


 意を決して、御厨はダリアの操縦を振り切り、J-56に向かって突貫を専攻した

 何たる無謀か。敵に向くレンズには、空を飛ぶ多数のミサイルが映し出されている

 そして、その全てが御厨を襲うのだ。突破などできよう筈がない。それは水に濡れずして嵐の中を走り抜けるのと同義なのだ


 だが、やるしかない。むざむざやられる訳にはいかない

 死なせない。ダリアを死なせない。ホレックを死なせない。そう、勝手に心に誓った

 人の身には不可能でも、この機械の体ならば


 だから、御厨は走る。怖い訳がない。気を抜けば、足が止まってしまいそうだった

 しかし止まれない。ここで止まれば、御厨は死んでも後悔する

 心まで折られる訳にはいかないのだ。御厨の悲鳴は、雄叫びへと変わった


 走る。J―56まで残り三十メートル。それ程遠くない

 御厨の目の前にミサイルが着弾した。爆風と熱気が上がるが、御厨は止まらない

 今にも千切れ飛びそうな機械の四肢を振って、尚も走る。それで二人を救う事ができるなら、いっそ千切れ飛んでしまえとも思った


 御厨はまともに物を考えられない思考のまま、ダリアを見た

 彼女は怯えている。だが諦めていない。その姿に御厨は再び力を取り戻す


 「シュトゥルム!!」


 ダリアの声が聞こえる。御厨は走り続ける。ダリアが居る限り諦めたりはしない。救うべきモノがある限り倒れたりはしない


 ホレックが計器を操作するのが解った。システム負荷が僅かに解消され、走る速度が上昇する


 (ありがとう)


 礼を一つ心に浮かべ、御厨は目前に迫ったJ―56を睨み付けた


 「お願い!」


 御厨の力が増した。ダリアの願いだ、唯一御厨を、自分を知り、またその存在を認めてくれる人の願いだ

 ・・・・・答えない訳にはいかない。誰に言われたでもない。自分で決めた


 J―56はその巨躯に似合わぬ俊敏さで足を振り上げる

 打撃を食らわせる気か。だが、そんなに上手く行くと思うなよ。御厨は体制を低くする


 そしてミサイルが着弾。御厨は毒づく。J―56の自機すら省みない攻撃方法に、だ


 (感じる!解るんだ!僕は死なない!!)


 御厨は爆風に押されながら、飛んだ

 バーニアは壊れっぱなしだ。だから、己の脚部に込められた力のみで飛んだ

 見える。J―56が繰り出した前足の打撃より尚早く飛び、物の見事に擦り抜けた


 激しく床に叩き付けられながらも、御厨はそこを切り抜けていたのだ


 酷い摩擦熱で御厨の装甲が溶ける。しかし、今更如何ほどの物があろうか。どうせボロボロの状態だったのだ。おまけがついた所でどうという事はない

 御厨の心は今、激しく燃え上がっていた。それこそ炎のように


 「ぬ、抜けた・・・・・・・・・信じられない・・・・・・・。ダリア、どんな・・・マジックを使ったんだ・・・?」


 ホレックがまともな呼吸すらできずにそう尋ねる


 御厨は立ち上がる。目の前では、既にJ―56が方向転換を開始しているのだ

 こちらを再度捕捉するつもりだろう。ゆっくりしている時間はない。ついでに、喜んでいる暇もない

 敵にはいまだ傷一つないのだ。こちら側の生き延びられる可能性が上がっただけ

だが、それでも構わない。一%でも可能性があるなら、百%にしてみせる


 コックピットの中で、ダリアがレバーを握るのが解った


 「・・・・・・・・・・・・・・・・ありがとう、シュトゥルム・・・・・・・・」


 その口から出てきたのは、ホレックへの返答ではない。いや、彼女自身も答えとなる言葉をもっていないのだろう

 ギシギシと音を立てる関節を叱咤し、御厨は再び走り出した


 その先には、中枢部よりも尚暗い陰鬱な通路が続いている・・・・・・・・・・・


 最早、御厨の受難とは言うまい

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


書いてる最中ずっと違和感を感じていた一話。どうにか自然な形に直そうとしても直ってくれないへそ曲がり。

いや、私の腕が悪いんでしょうけども。

そんな訳で、次の投稿は四日後となります。


感想を下さった皆様、皆様の優しい言葉は、深くハートに響きました。

できれば、これからも飽きずに読んでくださると嬉しいです。そして、できれば感想も。

では、パブロフでした。



[1309] Re:削除
Name: パブロフ
Date: 2004/12/14 18:18
 形振り構っていられなくなると、人間酷く滑稽に見える

 それは機械の体になった御厨でも同じようで、そんな事を想像した御厨は薄く笑う

 彼に表情があればそれは壮絶な笑みとなっただろう。だが、苦笑ではなかった


 「レーダー切り替え、サーマルへ。間接負荷軽減予備パック使用」

 (サーマルへの切り替え完了。緩衝材予備パック正常に放出)

 「情報収集機構、全体より強制遮断。シュトゥルム、その分のエネルギーを各部に当てて」

 (遮断完了。モニター動作効率3%上昇。各部稼働率微量ながら回復)


 ダリアが放つ指令を、御厨は難なくこなしていく

 何しろ今の彼は機械だ。己の体すら完全に把握できない人間の時とは違う。今の彼の体は、完全に彼の支配下にある

 そして行うのは『自分自身』の再構築だ


 生き残る。それに全てを置き、そのために無用の物を切り捨て、いや、必要な物すらも捨て、己を強化する。そして、御厨は生き残る事に特化する

 御厨はダリアの指令のまま、コックピットの生命維持装置を切った

どうせ御厨が破壊されれば同じ事だ。ならば、その分の電力を他に回して何が悪い


 (・・・・・・なんだかこの言い方、やつ当たりしてるみたいで良い気分じゃないな)


 御厨は、やはり追い詰められているのだな、と確認し直した。余裕がないのがその証拠である

 しかし錯乱していないだけマシだ。自分一人だけだったら、いや、中に乗せているのがダリアとホレックではなかったら、絶対に動けなくなっていただろう

 あらゆる作業工程を終えながら、御厨は思う


 地上へ通じるエレベーターまでの道のりは、御厨の予想より遥かに遠かった

 様々な研究施設のためにスペースが割かれており、その通路はかなり長い

 大体四百メートルの距離を走破し、一時的ではあるがJ-56を振り切った御厨は、システムの最適化に努めていた


 「・・・・!・・ダリア、あの蜘蛛がこっちに追いつき始めたみたいだ・・・・」

 「聞こえたの?」

 「うん、昔から目と耳はよくてね」


 システムの負荷を僅かずつ処理していたホレックが、不意に腰を浮かせた

 J-56が迫っているらしい。御厨自身も、あの巨大な八本足が起こす低い振動を感じている。音もある

 しかし、人が感じ取るには少々足りなくはなかろうか?御厨はそこまで考えて、思わず自分の思考を自分で笑い飛ばした


 (今更、何言う気にもなれないな)


 ホレックが規格外なのは大体解っていた事だ。性格は少々熱いが

 今やるべき事は、彼について考察を重ねる事ではない。あの醜悪にして凶悪な蜘蛛から逃げ延びる為、自分を造りかえるだけだ


 少々上擦るダリアの声を聞きながら、御厨は工程を終了させ、逃げ・・・・ようとした


 「な、なら直ぐに逃げないと。・・・・シュトゥルム、動いて」

 (ぃよし、システム再構築完了。盛大に逃げますか、ダリ・・ア・・・?)


 ぶしゅー

 そんな風船のしぼむような、力の抜ける音が聞こえた

 続いて、歩き出そうとした御厨の体躯が停止し、制動もままならぬまま硬い床へと膝をつく

 動かない。全く動かない。指を揺らすだけの一挙動すらできない。まるで、あれほど鋭敏に動いていた御厨の体躯が、重い、邪魔なだけの甲冑になってしまったかのようだ

 いや、甲冑の方がまだマシか。あれは着込んでも動く事はできる


それすらできない御厨、彼は完全にその機能を停止していた


 「・・・・・シュトゥルム?・・・シュトゥルム!!」

 (か、体が、動かない)


 御厨はすぐさま各部を調べ始めた


(OS問題なし。動作プログラム問題なし。損傷はあれどもサーキット問題なし。その他諸々含めて停止要因なし?!馬鹿な!それなら何で動けないんだ?!)


 危機だと言うのに、よりにもよってこんな時に

 御厨は心の中で思いつくだけ罵りの声を上げる。誰に向ければ良いのかは解らなかったが


問題はない筈なのだ。御厨が稼動するのに必要な条件は、完全に揃えられている

 では何故動けない?再び御厨がそう考えた時、彼は、コックピットで光る赤い警告灯を見つけた


 (・・・・・・・・・・・・エネルギー残量・・・・・・・ゼロ?)


 余りにも、余りにも初歩的なミスだった


 唖然とした状態から逸早く抜け出したダリアは、無理と知りつつもレバーを握った

 必死に前後に動かすが、如何に御厨と言えども燃料がなければ動ける筈もない

 足音は近づいている。幸いモニターは死んでおらず、各レーダーによってJ-56の位置は認識できる


 「そん・・な、こんな事って!」

 「!畜生!何でこんな事に気づかなかったんだ!」


 ダリアのシートの後ろで、ホレックが悔しそうに自分の頭を殴った

 不思議と、ミサイルは飛んでこなかった。何をするつもりか。動けぬ相手には、ミサイルも必要ないとでも言うつもりか


 三十メートル、二十五メートル、二十メートル、足音は更に近づき、振動は大きくなった

 そして十メートル、五メートル、・・・・御厨とJ-56を指し示す光点が重なる


 「・・・・!」

 (クソぉッ!南無散!)


 ダリアとホレックは次に来るであろう衝撃を予測して、目を硬く瞑った

 御厨も反射的にレンズを下ろして、必死に現実から逃避しようともがいた


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・衝撃は、なかった


 「・・・・・・・・・・・・・・・?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・?」

 (・・・・・・・・・・・・・・・?)


 不可解な気持ちと共に、目を開けるダリアとホレック

 恐怖心と共に、レンズを上げる御厨

 次の瞬間、彼らの目の前に、J-56の足が下りて来た


 ガィン!


 「ひゃあぁ!」

 「うぉわぁ!」

 (・・・・・・・・!)


悲鳴を上げる。御厨など、恐怖のあまり何も考える事ができなかった

そんな彼らを嘲るようにして、J-56は悠々と足を進め、その巨体の全容を現す。まるで御厨達になど、気付いてもいないかのように

 ガィン、ガィン、と八本足が床を叩く音が、幾重にもこだました


 流石に御厨も、違和感を覚えた。同時に、ホレックも呟いた


 (もしかしてあいつ・・・・・・)

 「・・・・・・気づいてない・・・のか?」


 ダリアが震えながらも首を傾げる中、御厨とホレックの視線はJ-56に向いていた

 その巨大な蜘蛛は、何かを捜すかのようにあちらこちらに体躯を揺らし、整備されぬようになって久しい間接をギシギシと鳴らしている


 J-56は、御厨達になんの反応も示さなかった。まるで何もいないかのように頭上を跨ぎ、通り越して行ってしまった

 その背中は、少しずつ小さくなっていた


 ロボットになった男  十二、五 閑話  「山場の前の一大事」


 ダリアが漸く震えも収まり、ホレックに問う


 「・・・気付いてないって、どう言う事?なんであの蜘蛛は、こっちを無視して・・・・?」


 ホレックは身を乗り出して計器を操作しながら、その質問に答えた


 「・・あの蜘蛛には、恐らく音響反射式のソナーしか搭載されてないんだ。だから、動きを止めて移動を感知できなくなったタイプSに、見向きもしなかった」

 「え?でも、仮にも拠点防衛用の兵器なんでしょう?そんなので良いの?」


 「良くはないさ」ホレックはモニターに現在の御厨の状態を映し出し、再び話し始めた

 エネルギーが切れたのに、未だに光の灯ったままのモニターを調べているらしい

 少々黙り込み、モニターに異常がない事を確認したホレックは、ダリアに向き直った


 「でも、ここは兵器開発施設だろ?全施設が本稼動したら、きっと普通の基地なんかより、よっぽど熱が出る」


 ホレックの視線を受けて、ダリアはシートへと深く身を沈ませる

 気を抜けば、思わずグッタリと下がってしまいそうになる右手で目を覆い、人生の中で恐らく最大ではないだろうかと思う程長い溜息をついた


 「つまり・・サーマルが役に立たないから、ソナーと目視回線だけで運用するつもりだったのね。けど、PC機能が失われた今じゃ、目視回線モニターがどれだけ良くても使えない」


 「敵かどうか、判断する存在がないんだから」ダリアの言に、御厨は首を捻る

 ダリアとホレックの会話は、御厨にはどうにも理解し難い

 いや、吟味しながら聞けばある程度は理解できたのだろうが、殆どが聞きなれない単語の上に、二人とも結構な早口だ。理解する気も失せる


 兎に角、チャンスだと言うのは、ホレックの一言でわかった


 「・・・・・・・・これを利用して、あの蜘蛛には道を空けてもらおう」


 御厨のモニターには、未だあちらこちらをふらふらと動き回る、J-56の姿が映し出されていた


 ガチャン、と聞いていて不思議と気分の良い音と共に、御厨の背部にソケットが装着される

 近くの壁から伸びていた充電用の物だ

 このコンセントのような充電器の方に、メタルヒュームは規格を合わせているらしく、それは難なく御厨と合致する


 外に出て作業を行ったホレックが、無線通信を使って事の成否を伝えてきた


 『完了したよ。後は予備電源施設から操作すれば、ある程度は誤魔化せる』

 「了解。・・・・・・・ホレック、お願いね?」

 『任してくれよ!・・っとと、大声はマズイな・・・』


 ホレックは無線機を腰のベルトに挟み込むと、御厨の影からJ-56を覗き見た

 そうして、J-56がこちらを向いていない時を狙って走り出し、野生の豹の如き動きで通路右の扉に取り付く

 随分と手馴れた動作だ。御厨がそう思う間もなく、ホレックは御厨が昔映画で見た、特殊部隊顔負けの動作で行動を開始する

 扉横のパネルを、通路に体を晒さぬように気をつけながら叩き、扉を開けた

 御厨とダリアに向かって一度手を振ったホレックは、直ぐに闇の中へと消えていった


 「・・・・・・・・・・・大丈夫よね、防衛システムは止まってるし・・・・・」

 (・・・・だといいのだけど)


 ホレックが向かうのは、この地下基地の予備電源施設だ

 兵器開発基地となれば、流石に非常時への備えも違う。言ってみれば、基地自体が秘密の塊だ。まぁそれにしては少々対人防御がなっていないが、これは仕方ない事としておこう


 兎に角、この基地には正、副、副2、予備の、四つの電源装置がある

 ホレックの話では、この内予備の電源施設が比較的近い位置にあるらしい。生きているかどうかは別として

 そこを作動させる事が出来れば御厨のエネルギーを回復できる

 あまつさえ、J-56を罠に嵌める事もできるそうだ。ホレックの談では


 (・・・・・・・出来るだけ・・・・・早くしてよ)


 勝手な願いだとは思うが、御厨はついついそう愚痴った


 J-56はこちらに気づいていないとは言え、目の前でうろうろされては精神的に圧迫される

 それはダリアも同じ筈だ。生身の分だけ、むしろ彼女の方が辛い

 緊張が続けば精神は磨耗する。そんなのは、ほとほと御免だった


 そんな時、ホレックから通信が入った


 『ダリア、何か変化あるか?』

 「・・・・今の所何もないわ。どうかしたの?」


 幾分か肩の力を抜きながら、ダリアがそれに応じた

 知らず知らずの内に不必要な力がこもっていたらしく、ダリアの頬は上気している


 ホレックは少し言いよどんで、それからハッキリと話し始めた


 『いや、あの蜘蛛なんだけど・・・・。曲りなりにも戦術AIで動いてるじゃないか』

 「まぁ、基地が死んでるのに動いてるんだから、そうなんだろうけど・・・・それが?」


 次に出たホレックの台詞に、御厨とダリアは盛大に固まった


 『・・・・・そろそろ簡易思考で、辺りの物を調べ始めるんじゃないかな・・・・・・・と』

 「・・・・・・へ?」

 (・・・・・・何?)


 御厨の動かない視界の端で、J-56はがさがさと辺りに揺さぶりをかけていた・・・・


 御厨の受難は閑話でも容赦がない


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取り敢えず・・・・・・間に合った・・・・・・と安心

しかし、閑話にこんな時間をかけてしまうとは・・・・



[1309] Re[2]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2004/12/23 23:59
 恐怖からかダリアの呼気が荒い。気持ちは解る。御厨とて同じだ

 御厨とダリアとの違いは、彼が人ではなく、彼女が人だと言う事

 しかし感じる心は同じだ。二人は、どうしようもない危機に陥っていた


 御厨はレンズがチカチカするような気がした。光の濁流と目の前の景色が交互に現れ、次にその中を過去の情景が流れ去っていった


 (走馬灯って訳?冗談じゃないよ。洒落にならない)


 レンズに、こっちに向かって歩いてくる巨大な蜘蛛が見える。J-56だ

 J-56はあちらこちらと動き回り、手当たりしだいに障害物を蹴り飛ばして、動く物体を探す

 御厨を探し出す積もりか。なんと執拗なAI。コックピットで、ダリアが息を止める

 これでは、その内御厨も蹴り飛ばされるに違いない


 そうなっては動かない訳にもいかないだろう

J-56は全長三十メートル。対する御厨は八メートルだ。軽く蹴り飛ばされれば、それだけで終わる

 来るな。そう願う御厨の視線の先で、J-56がニヤリと笑ったような印象を受けた


 御厨の視界にノイズが走り、J-56が認識できなくなる

 代わりに映ったのは、御厨が働いていたバイト先のゲームセンターだ

 創業してからまだ二年で、店独特の雰囲気から、また店長の方針にもより、不良などの姿が見えない、子供達が安心できる遊び場である

御厨はそこの開店と同時に雇われた古顔だった


 再びノイズ。一瞬だけ視界が灰色の砂嵐に襲われたかと思うと、再度現実を突きつけられる

 J-56は先程よりも、更に御厨に接近していた

 御厨はコックピットのカメラでダリアを見る。彼女は、亀が頭を引っ込ませるようにして、身を縮めている

 御厨は無力感に打ちのめされながら、それでもやはり怯えた


 またノイズ。次に映ったのは、半年程前に入ってきたバイトの後輩だ


 黒髪をツインテールにしたそれなりの美少女で、良家のお嬢様だったらしい

 それが何故ゲームセンターのアルバイト等しているのか御厨には理解出来なかったが、兎に角クルクルとよく働く子で、それなりに好感を持っていた

 思い込みが激しく、一度決めたら一直線な御厨は、誠実な人間を友とした


 もう何度目か解らないノイズ。ダリアの顔が飛び込んでくる


 心なしか目が据わっているように見えて、御厨は肝が冷えた

 事実、何らかの覚悟を決めていたのかも知れない。シートに体を預けるダリアは、焦りこそしても怯えてはいない

 だが、瞳には力が溢れていた。絶望のない、希望に満ちた目だ

 ダリアを評するとして、何処に一番心惹かれるかと問われれば、御厨は間違いなく瞳と応える

 それ程、胸の熱くなるような力の光だった


 (頼む・・・・・・ホレック!)


 御厨は今気づいたが、ホレックとの無線は繋がったままだった。コックピットにあるアナログなスピーカーから、ホレックの焦る声が聞こえていた

 ダリアが反応する様子はない。余裕がないと言う事だろう

 どの道、希望は潰えていないのだ。御厨は己を奮い立たせる


まだやれる。まだ、頑張れる!


 『ダリア!エネルギー、送ったぞ!』


 J-56は、今にも御厨に足を振り下ろそうとしていた


 ロボットになった男  第十三話  「流れ逝け」


 一瞬でエネルギー値が半分程回復したのを感じ、御厨は即座に前へと飛ぶ

 後ろに飛んでは避け切れない。奇しくも、ラドクリフと戦った時と同じだ。だがあの赤い機体よりかは怖くない。だって、戦わなくて良いのだから


 このまま走り抜ける、と思った矢先、御厨は不意に強烈な力で後ろに引き摺られる


 「うあっわぁ!」

 (何?!・・・コードか!)


 御厨の動きを阻害したのは、背中に繋がれたままの充電用コードだった。確かに御厨はJ-56の足を避けた。しかし、コードまでそう簡単にはいかなかったのである

 今の御厨には忌々しくも見える太いゴム線が、丁度踏みつけられえているのがレンズに移った

 後ろに跳ねるようにして引きずられる。背中の挿入部がメキメキと音を立てたのを感じる


 また壊れた。何を今更と思わないでもなかったが、御厨は心が薄ら寒くなった


 「パージ・・する必要もない、シュトゥルム走って!!」


 ダリアが気合の呼び掛けと共にレバーを倒す。御厨は倒れかけた体制を立て直し、少々不恰好ながらも前に走り始めた

 痛恨のミスを誘ってくれたコードが、メキィ、と嫌な音と共に千切れ飛ぶ

 御厨はそれすらも気にせず、ダリアの指令通りに八本の足の間を駆け抜けた

 動いてしまっては、後は隠しようがない。J-56はこちらを敵と認知しただろう

 すぐにでも追い討ちが来る筈だ。御厨は予想して、上を見上げる


 J-56は一瞬の硬直すら見せず、すぐさま方向転換を試みていた。時間はない

 ダリアは御厨を駆りながら、無線に呼び掛けた


 「ぎ、ギリギリセーフ!!ホレック、これからどうすれば良いの?!」


 すぐに応答が帰ってくる

 御厨は頭部だけを器用に回し、後ろのJ-56をレンズに納めた

 J-56は狭い通路(それでもかなりの幅)だと言うのに完全に方向転換を終え、凄まじい威圧感と共に御厨の背後を追ってきていた

 思わず悲鳴が飛び出す


 (か、勘弁して!!)


 どれほど覚悟を決めようと怖い物は怖い。寧ろ恐怖だ。J-56の前部に取り付けられた、たった一つだけの丸いカメラが、その大きさも相まって地獄の入り口のように見えた

 御厨は毒づく。今じゃ使い物になってないガラス板のくせに、と


 そちらも移動を開始したらしいホレックは、やや迷いながら此方に指示を出してきた


 御厨に聞いている暇はない。走るので精一杯である

 三つ目のシャッターの溝を走りぬけ、一番と銘打たれたドアの横を擦り抜けた


 『ダリア、今どこ?!』

 「解らない!兎に角一直線に走ってる!」


 走り続ける内に、不意にJ-56が動きを止めた

 足を折り曲げ、何トンあるのかすら解らない巨体を、深く沈みこませる

 御厨は己でも鼻で笑いそうな事を想像し、しかしそれを自分で否定する事ができないでいた


 『あの蜘蛛を抜いたのか?!・・・・・・・・なら好都合。六番のゲートに・・・・・』


 ホレックの声が鈍く響く。毎度の如く、御厨にそれを気にかける余裕はなかった


 (飛ぶ気かぁぁぁぁぁ?!)


 そう胸中で叫びながら、御厨は脚部を床に叩き付け、緊急停止を試みる

 都合よく成功したのを確認した御厨は、今まで走ってきた道を逆走していた


 「シュトゥルム?!・・・・って、えええええええ?!?!」


 ダリアも遅まきながら気づいたようだった


 J-56は高く高く飛び上がり、大分高さがあった筈の天井に、ミサイルランチャーの上部を激突させる。壊れかけた戦術AIは、そんな事すら気にしなかったのだろう

 しかし少々のミスがあった所で、結果に大した違いはなかった


 J-56は地球の法則とも呼べる重量に引かれ、物の見事に落下を始める

 数秒後には御厨が走りぬけようとした通路を、マグニチュード6を越す揺れを引き起こしながら、圧倒的重量を持って踏み潰していた


 (こんなAI、在る訳ないじゃないかぁ!!)


 自分の事を棚上げしつつ、御厨は嘆いた

 本来、元人間のAIの方が「在る分けない」のだが、そんな事に違和など感じていない

 何せ必死である


 大きな振動により、御厨は派手に転倒する。見事に装甲が拉げた

 凄まじい事にレンズの罅割れが酷くなっている


 戦場で目を失う事は死んだに等しい。だから脱出装置と共に、非常に気を使われている筈だ

 しかし長時間のダメージや酷使に耐え切れなかったか、レンズは崩壊しかけていた


 『だ、ダリアぁ?!今の地震は?!』

 「地震なんかじゃないわ!それより、あの蜘蛛に道を塞がれた!どうすれば?!」


 ダリアは激しい振動に襲われたであろう頭を抑えながら、それでも御厨を立ち上がらせる

 以外に難しい作業だが、ダリアは無意識だろうか、いとも簡単にそれをこなしていた


 ホレックがこちらも息を切らしながら、ダリアに返答を返した


 『なら当初の予定通り罠に嵌める!』

 「だ・か・ら!どうやって!」

 『そ、そんなに怒鳴るなよ。・・・・・・さっきの場所まで戻ってくれ!』


 御厨の眼前で蜘蛛は向きを変え、既にこちらを伺っていた

 尻尾を巻いて逃げ出す。無様だが、それが一番似合う言い方だ。御厨は尻尾を巻いて逃げ出す

 ホレックの話を聞いていた訳ではなかったが、奇しくも目指す場所は指定の所だった


 走り続ける御厨の背後を追うように、ミサイルが連続して着弾した

 激しい振動と衝撃に襲われるが、倒れたりしない。逆に爆風を利用して、尚も走る

 目的の場所へは、本当に僅かな時間で到達できた。いや、帰ってこれたと言うべきか


 御厨の頭上を越えたミサイルが目前に着弾し、たまらず一番と銘打たれた方の壁に飛ぶ

 ダリアが、無線に向かって吼えた


 「戻ったよ!!!」

 『了解!伏せててくれよ!!!』


 何がなんだか解らなかったが、取り敢えず御厨は伏せる

 無意味だと言うのに、両手で頭を庇ってしまった。はたと気づいて、コックピットを庇い直す

 J-56を見れば、あの醜悪な蜘蛛は再びミサイルを発射しようとしていたが、こうなった以上ホレックを信じるしかない

 コックピットのダリアは硬く目を閉じていた


 その時、異音が辺りに響いた

 それは、金槌でトライアングルを叩き回すような激しい音で、コックピットのダリアは眉を顰めた

 何の音だ、周りを見回す。音は地下基地の、更にその地下からで、原因は解らない


 ただ


 (なんだ?この床。どうしてこんなに・・・・・・?)


 奇怪な音に動きを止めたJ-56。その周りの床が、激しい熱を放出していた

 御厨のサーマルスコープは切り替え式だが、それでも気をきかせれば気づきはするだろう

 あきらかな異常。御厨はゴロゴロと体を転がし、少しでもその場から離れようとする

 しかしJ-56は、その場に立ったままだった。異音の原因を特定できず、混乱しているのだろうか


 いや、違う。J-56は動けないのだ。この不快とも言えるような打音によって、パッシブが俄かに妨害されている

 ダリアは耳を抑えながら、ホレックに問い掛けた


 「ほ、ホレック、・・・これが罠?」

 『まぁ見てなって!本命は・・・・・・・・・・・こいつだから!』


 途端、激しい爆音と共に、J-56の周りの熱を持っていた床が爆ぜた

 盛大に、遠慮なく。そこからは炎こそ上がらなかったが、変わりに吹き上がる物がある

 それは少し黄色がかった霧だった。もしかしたら、ガスと称した方がよいかもしれないが


 その黄色いガスの洗礼を受けたJ-56は、混乱したように八本足で暴れ回る


 「ホレック!これ?!・・・・・・・・・・・・・まさか」

 『そうさ。シュガーレットガス。レーザーどころか音すら吸収する、ガスと思えないほど多質量のガスだ。それでダリア、効果の程は?』


 ホレックの声は弾んでいた。結果は予想できているのだろう

 そして御厨とダリアの心も弾んでいた。あの蜘蛛を、まんまと出し抜く事ができたのだから

 あの蜘蛛にパッシブソナーしかついていないのなら、音を阻害するあのガスに囲まれれば、周りを認識することなど出来はすまい

 まるで、急に四方八方上から下まで壁に囲まれたような感覚だろう


 ダリアは、ホレックと同じように声を弾ませながら、御厨を起き上がらせた


 「勿論バッチリだよ!」

 (よし逃げるぞ!)


 御厨は、混乱するJ-56の横を駆け抜けた


―――――――――――――――――――――――――――――


 体よくJ-56を抜いた御厨とダリアは、六番のゲートを開ける

 そこには、一本の巨大な筒に取り付いて、こっちを振り向いた体制のホレックが居た

 興奮冷め遣らぬダリアはコックピットを開き、ホレックに呼びかけた


 「ホレック!」

 「ダリア、やっと着いたのか」


 ホレックは肩の力が抜けたように安堵の溜息を吐き、慣れた動作で床に飛び降りる

 そして巨大な筒状の物に手を置いて、自慢げに胸を張った


 「見てくれよ。このレーザーライフル、一本だけ壊れてなかったんだ。ちょいと整備したら、簡単に使えるようになった」


 そんな話聞いてもいないようで、ダリアはコックピットから飛び降り、ホレックに駆け寄る

 一本だけ、と聞いて御厨は頷く。成る程。レーザーライフルの背後には、同じような形の物体が幾つも転がっていた

 どれもこれも丸く、筒状で、銃らしく見えるのはトリガーと先端だけだ


 御厨は、レンズをダリアとホレックに向けなおす

 視界の先では、ダリアとホレックが、丁度ハイタッチを交わした所だった


 「ありがとうホレック。本当に助かったわ」

 「い、いや、何だか面と向かって言われると、て、照れるな」


 そう言って頭をガシガシと撫で付けるホレックが初々しい。御厨に表情筋があれば、きっと頬を緩ませていただろう

 しかし、のんびりとお互いの無事を祝いあっている暇はない

 ガスの効果が何時まであるのかは未知数なのだから、一刻も早く脱出せねばならなかった

 ホレックは切れてしまった緊張の糸を張りなおしたようで、真面目な顔でダリアに話し掛ける


 「兎に角、再会祝うのは後でも良い。早く逃げないと。・・・・・・・・・・このライフル、古い上にタイプSとは規格も違うけど、使えない事はないだろう?武装がないままじゃ心許ない。持って行こう」

 「威力は?」

 「最新式の防御盾を一瞬で蒸発させられる程度・・・・かな」

 「はぁ?!そんな無茶苦茶な!」


 そうやって話しながら、二人は揃って御厨に駆け寄ってくる

 御厨は二人を受け入れ、すぐにコックピットを閉じた


 色々あったが、兎に角二人とも無事で良かった、と御厨は思う

 双方とも、今度こそ肩の力が抜けたようで、揃って大きな溜息をついていた

 だが、悪い事ではない。御厨にしてみれば、少々行き過ぎにも見えていたからだ


 御厨はそんな二人に苦笑しながら、レーザーライフルを持ち上げた


 (ん、っと・・・・結構重いな・・)


 ライフルは四メートル程の長さだったが、見た目よりも大分重い。ブロックキャノンよりも重いのではなかろうか


 「ああ、その下のはカートリッジさ。二発分しかないけど、回収して」


 弾は、合計三発って事か。御厨は少々心細く感じながら、ダリアの指令を受けて二つのカートリッジを拾い上げる

 手に持っていく訳にもいかないので、突撃銃のカートリッジを捨て、無理矢理そこに押し込んだ


 「・・・よし、じゃ、行こうよ」


 ダリアは呟き、またもや深い溜息を吐きながら、シートに身を深く沈みこませる

 レバーが倒される。御厨は己の体を動かすシステムに乗っかって、移動を開始した


 カートリッジは少々大きめだったが、少し運ぶくらいならば問題あるまい。御厨は、通路に出ようと後ろを振り返り、ゲートを開ける


 そうして最初に目に入ったのは、目の前に下りてくる巨大な蜘蛛の足だった


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・)


 正直信じられない。この蜘蛛は、もうあの罠を切り抜けたと言うのか

 いや、罠を過信し過ぎただけか。そんな考えが頭を過ぎるが、今更何を言っても始まらない


 兎に角突然の事に、三人は硬直した。その足は決して中空で止まったりなどせず、無遠慮な音を立てて床に降り立つ

 上方には、あのJ-56がしぶとくも巨体を覗かせていた

 ダリアもホレックも、勿論御厨も少しも動かない

本能で動いてはいけないと感じ取っていたのかもしれない。そしてそれは正しい筈だ


 J-56が音響反射レーダーしか装備していないのは既に知られた事だ

 ならば例え遭遇したとしても、動かなければやり過せる。御厨は遅まきながらその事実に気づいて、より一層身を硬くする


 しかし御厨の予想に反して、J-56は御厨に向けてその脚部を振り上げる

 そして僅かな逡巡も混乱もなく、一直線にそれを振り下ろしてきた


 (わああ!わああああああ!!)


 当然止まってなどいられなかった。身の危険を感じた御厨は、咄嗟に後ろに飛んでその足を避ける

 激しく転倒したが、気にしてなどいられはしない。部屋に逃げ場などない。絶対絶命の危機だ

 御厨は取り落としたレーザーライフルを再び拾い上げる


 「何で?!動かなかったのに!」

 「壊れかけてても、学習はするって事か。・・あの蜘蛛、タイプSの形状を覚えたんだ・・・・!」


 ホレックが腹立たしげに言う。その声はまるで唸るようで、聞くに耐えなかった

 そんなホレックを尻目に、ダリアは少々慌てながらも御厨を立たせ、J-56の方を向いたままゆっくりと後退りさせる


 J-56は、上半身をせり出させていた


 (・・!ミサイル!)


 御厨は気付く。あの醜悪な大蜘蛛は、この狭い空間で馬鹿みたいに地獄の炎を撒き散らすつもりなのだと

 冗談ではなかった。そんな事をされたら今度こそ逃げ場はない

 つくづく、基地の被害を考えない攻撃方法だが、やられる側の御厨にしてみれば、たまった物ではなかった


 「ダリア!撃たせたらヤバイ!」

 「解ってる!シュトゥルム、お願い!」


 そう、半ば叫びながら、ダリアはトリガーを引く

 途端、使用規格ではない筈のレーザーライフルを使用としたため、エラーが起こった。機械なんて、こんな所で融通がきかないからいけない。御厨は毒づく

 御厨は多数のエラーを無視して、レーザーライフルを構えた


 狙うは脚部。J-56の体制を崩してミサイルを暴発させる


 (レーザー!・・・・行ってくれ!)


 御厨がトリガーを引いた途端、ライフルの先端から、青と緑の入り混じった、オーロラ色の光が放出される

 発射される所など見えない。当然だ。光なのだから

 それはトリガーが引かれた瞬間には、歪に歪む青緑の軌跡を生み出す

 美しく、流麗。とても破壊など似つかわしくないのに、その光はなによりも効率よくそれをこなすのだ


 本当に僅か。正に刹那の瞬間に、それはJ-56前足を二本とも切り飛ばしていた


 ジュー、という融解音を立てて切り口が火を噴き、J-56がバランスを崩す

 発射されようとしていたミサイルの銃口は完全に下を向き、吐き出された火薬の塊は、意味もなく床に着弾し、辺りを一瞬で火の海に変えていた


 ダリアは途轍もない威力に悲鳴を上げながら、それでも御厨を走らせる

 御厨も内心驚きながら、ダリアの指令に従って、倒れ伏すJ-56の横をすり抜ける。ミサイルの炎が御厨の装甲を舐めたが、今更なんでもない

 狭い通路に飛び出した御厨は、壁に穿たれたレーザーの弾痕・・・融痕とでも言うべきか、それを見て、心が凍る感覚を味わっていた


 「何よ!何なの!冗談じゃないよ!この銃!」

 (ホレック!手前糞野郎がぁぁぁぁ!!なんて危険な物を撃たせとんじゃこらぁぁ!!)

 「い、いや、俺もあそこまで威力があるとは・・・・。兎に角、何とかなったじゃないか」


 御厨を駆りながら、ダリアは半狂乱に叫んだ。ホレックが、こちらも半ば錯乱しながら言い訳する

 しかし、助かったのは事実だ。本来なら、怒るに怒れない場面なのだが・・・・・

 まぁ、理性と感情は別物と言っておこう


 コックピット内で誤魔化すように計器類を操作するホレックは、言葉を続ける


 「ま、まぁそれは置いといて、これであの大蜘蛛も動けやしないだろう」

 「・・・・・・・動けても、追いつかれる前に逃げるわよ。二度とこんな物撃ちたくないし」

 「そんなに責めるなよ・・・・、だってデータにあったスペックじゃ、あんな威力があるなんて明記されてなかったんだ・・・・」


 何を暢気に。と御厨は思った。J-56が再び動き出さないなど、どうして言えるのか

 ダリアとホレックに余裕があるのも気に入らない。まぁ、走っているのは自分だけだから、仕方ないか、と御厨は自分を納得させる


 兎に角、何がなんでもこんな所、もう一秒だって居たくなかった

 御厨は思う。どこでも良いからゆっくりしたい。心休まる場所が欲しい

 機械の体でだって構わないから、もう格納庫でだっていいから、ゆっくり寝かせてほしい


 不意に、悲しくなった。生身ならば涙を流していただろう

 御厨は機械の体に感謝した。これなら、涙など流れない。その為に器官がないのだから

 涙は、後ろ向きだ。だから、御厨は涙が嫌いだった


 ダリアとホレックを乗せ、御厨は緩い曲がり角を曲がる

 こんな基地にしては珍しい造りで、それはF1のコースのようなカーブだった。そこを駆け抜ける

 間接なんて、もう殆ど曲がらなくなっていた。しかし走っていられるのは、一重に御厨のがんばりだった


 「ホレック!見えたよ、エレベーター!」


 御厨は確認した。巨大な舞台にも見える機械仕掛けの鉄板が、闇の向こうにある事を

 それは縦横四十メートル程ある巨大な正方形の板で、エレベーターと言うよりも、スライドするフライパンと言った方がしっくりくる

 無骨なそれは、今の御厨には、花嫁が父と歩くバージンロードよりも貴い物に見えた


 そんな時、駆ける御厨の背後で、鉄がひしゃげるような音が響く

 御厨は頭部を回し、後ろを見た。そして、すぐそれを後悔した


 なんだって後ろを見てしまったんだ。もう何も気にせず、エレベーターまで走ればよかったじゃないか

 そう思っても後の祭り。知らぬよりかは知っていた方が良かったのかもしれない


 御厨の背後では、J-56が鉄の壁を突き破り、狭い通路に踊り出ようとしていた


 「・・・!・・・!クソ!本当に、どこまでしつこいんだ!!!」


 J-56は覚束ない足取りで、切り飛ばされた前足を庇うようにして走っている

 どうやって追いついてきたのか、御厨はすぐに解った


 正に一直線に来たのだろう。壁と言う壁を突き破り、邪魔な障害物全てを薙ぎ払って

 緩いカーブを描いていたこの基地の造りが、御厨達の仇となったのだ


 「今更、今更構うつもりなんてないんだからぁ!!」


 気合一閃。ダリアは、御厨に更なる速度を要求してくる

 だがこれ以上はどうしようもない。本当に、これ以上の速度を出せないのだ。御厨は全力だ

 だと言うのに、まともに走れていない筈のJ-56は、御厨より僅かに速い程の速度で追いかけて来る


 御厨は腰部のカートリッジを取り、レーザーライフルに取り付ける


 御厨がエレベーターに辿りついた時、J-56は既に数メートルの距離に居た


 「シュトゥルゥッゥゥム!!!」

 (うわあああぁぁ!!)


 御厨は絶叫しながらダリアの操作を奪い取り、レーザーライフルを振って後ろを向く

 そして慣性の法則を利用して中を飛びながら、仰向けになった。咄嗟の事に反応できないJ-56は、無様に御厨に腹部を曝け出すようにして、走り抜けていく


 御厨はJ-56に視界を覆われながら、トリガーを引いた。反動はまるでなかった

 青緑の光が瞬く。音も無い癖に、それは一瞬でJ-56の腹を貫く


 移動スピードはJ-56の方が速い。レーザーは、見事にJ-56を切り裂いた


 レーザーの熱でミサイルに火がつき、激しく誘爆した


 ズシャァァ、御厨が床に着陸し、激しい摩擦が起こる。もう何度目なのか覚えていない

 J-56は御厨よりも更に先まで飛んで、エレベーターに乗り上げていた。ミサイルの炎で、辺りは火の海だ

 機械の体だと言うのに、激しい脱力感。もう、立てない気がした


 「・・・・・・・・・・・・俺、お、俺さ、・・・・・もう死んだかと思った・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・あたしも・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 そんな会話が聞こえる。御厨は、ギシギシとあちらこちらを軋ませながら、それでも立ち上がる

 そしてJ-56を見遣った

散々こちらを追い立ててくれた憎らしい大蜘蛛は、体の半分を失って無残に倒れ伏している


 僕の勝ちだ、と御厨は思った。壊される前に壊した。僕たちは生き残った、と


 (二人のお陰だな・・・・・、二人が居なければ、僕は・・・・・・)


 ほぼ惰性でエレベーターに乗りながら、考える

 憎らしい事に、電力は通っていた。ホレックの仕事の結果かも知れない

 都合よく、それはメタルヒュームでも起動させられるよう、大型のパネルになっていた


 御厨はダリアの呟きを聞きながら、上を向いた矢印が描かれたパネルを押す

 エレベーターは、低い稼動音と共に、斜め上へと上昇を始めた


 「・・・・・また、シュトゥルムに助けられちゃったな・・・・・・。駄目だよね、こんなんじゃ」

 「・・ん?ダリア、何か言ったかい?」

 「なんでもない」


 二人とも疲れきっているようで、御厨は当然だな、と寧ろ納得する

 ダリアの事が、酷く気にかかった。自分もへとへとな癖に、態々メタルヒュームの事にまで気を回す。御厨にしれみれば、ダリアだからこそ頑張れるのだけれど

 そしてそれと同じ位、ホレックの事が気にかかった

 出会ってからまだ二日だが、とても密度の高い二日間だった。いや、密度など、寧ろ高過ぎる

 ダリアと大して変わらない年なのに、まるで物語に出てくる主人公のようだった

 ダリアを気遣える程優しくて、勇気もある。そしてそれに見合う能力もだ


 本当に、全く、奇妙な感覚だと、御厨は思った


 ギシ、と言う何かの稼動音が聞こえたのは、正にその時だ

 ダリアとホレックは気づいていない。流石にこれ以上、緊張していろと言う方が無理だ。心が壊れてしまう


 御厨はそろり、そろり、と手を動かし、最後のカートリッジを付け替える

 ダリアよりも早くその動作に気づいたホレックが、疑問の声を上げた


 「?!・・また、・・・・・・また動いてる?ダリア、動かしてないよな?!」

 「も、勿論。・・・・・・シュトゥルム、どうしたの?」


 答える術もなければ、またそんな暇もない

 御厨に必要なのは覚悟と集中力。自分の中で、ひっそりと数を数えた

 覚悟を決める五秒間を


 (五・・・・四・・・・三・・・・二・・・・一・・・・)


 カチリ、と、何かの歯車が噛み合った気がした


 (零!!!!!!!!!!!!!)


 先程のようにライフルを振り、唐突な方向転換。コックピットの中でダリアとホレックが激しく揺さぶられるが、構っている暇はない

 真後ろに向き直って、御厨は謎の稼動音の主を捉える

 J-56は、あれだけ破壊されて尚、立ち上がろうとしていた


 何も考えられない。精神的に疲労していると言う事か


 御厨は、無心にトリガーを引いた


 (逃げ場も時間も、与えるか!!)


 薙ぎ払う光線。青緑の美しいオーロラ。それは、破壊の熱線


 居合斬りのように銃身を振られながら打ち出されたレーザーは

 四分の一程の大きさになったJ-56を、上下に両断した


 ドォォォン!

 断末魔を表すかのような爆発と、爆音

 今度こそ。今度こそ、だ。今度こそJ-56は、この地上から消え去った


 「・・・・・・・・・・本当、レーザーライフル様様・・・・・・・だな」

 「・・・・・・違う・・・・・・・・・・・シュトゥルムのおかげよ・・・・・・・・・」


 上を見上げれば、地上と地下を隔てるハッチが、悠然と待ち構えているのが見えた・・・・・


 『ロボットになった男  ダリア初陣編  終了』


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苦心の一話、上がりました。って言うか序章、終了しました。

もう何がなんでも書くぞおらーって感じです。更新は亀の歩みですけど。


自分で言うのもなんですけど、この作品、かなりイロモノだなーって思います。情けない事にダリア目立ってないですし。技量が足りないな、と痛感。

イロモノですし、素人が考えた設定ですけど、オリジナル投稿掲示板にのっかっても恥ずかしくない作品にしたいな、と思ってはいるんです。


と、言う訳で誰か教えて下さい。ダリアを目立たせる方法を・・・・。


こんな作品でも、誰か楽しみにしていてくれると良いな
と思いつつ今回はこれで。

呼んでくれた方、ありがとうございました。



[1309] Re[3]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/01/06 19:38
歌が聞こえる

 機能を切断され、未だ復旧に至っていないレンズは、何も写してはくれない

 でも、音を感知する為の機能はその限りではなかった


歌を感じるのだ。多少くぐもって聞こえる音楽に合わせて、無限に響かんばかりの美しい歌だ


 “全・・・包んで、・・・に消え・・・・・・。ムー・・・・・・イト、セレ・・・ーデ”

 “・・・魔・・・・・・て、夢を見・・・・・・さ。・・・ターラ・・・・・・、デア・・・ビル”


 惜しいのは、途切れ途切れにしか認識できない事か


 何かの流行歌だろうか、と御厨は思った

 響くそれは、明らかにラジオから発せられる音で、嫌に重々しい

 ついでに言ってしまえば、コックピットの中から響く物だから余計によく聞こえる


 けれど不快ではない。とても幸せな気分だ

いつだってそうなのだ。他愛もない筈の流行歌は、他愛もない筈なのに人の心を揺り動かす


 少しキザな台詞だったかな。御厨は心がむず痒くなった


 ふと歌が止み、音楽だけが流れ続ける。御厨の音を感じ取る為の装置に、声が届く


 「・・・・・・・・悪くない。悪くないねー。どんなにボロボロになったって、魂込めれば答えてくれるもんなの。この子たちはね」


 少女の声だ。気だるげで、だと言うのに嬉しげで、声の若さに似つかわしくない艶がある


 どういう経緯を経て、何がどうなっているのか、自分がどこにいるのか。御厨はそれらをよく覚えていない

 あの地獄のような場所から脱出し、行き着いたのはどこだったろうか

 多分、ダリアの言う「味方」の基地だったと思う。到着してから数秒で意識・・・機能を失った為、確認する暇がなかったのだ


 次に目を醒ました時、御厨はメタルヒューム用の鉄のベッドに寝かされていた

作られた窪みに肩と腰を填め込む形の、とてもベッドとは言えない代物だったが、それでもやはりベッドと言うのが一番しっくりくるのだろう


 罅割れたレンズで見えるのは吹き抜けになった格納庫の天井部と、後は白い空のみ

 気候の関係上、大きな雲が出来ないのか、控えめな太陽だけが印象的だった


 意識はハッキリしていなかった癖に、その時に聞こえた声だけはよく覚えている


 〔・・・解って物を言ってる訳?あんたのタイプSはバランス機構、骨格支柱、ギミックプレイヤーにサイドサポーター、ついでにフレームその物の歪み。無事な所なんて何一つ無いんだよ?〕


 あまりにも何も無い、吸い込まれそうな空だった

気を抜けば御厨自身も消えてしまいそうで、安堵感と共に焦燥がつのった。杞憂ではあるが


 そんな中に響く聞き慣れた声と、怒気を含む聞き慣れない声

 共通している事は、両方共かなりの声量だったと言う事だろう


 〔正直あんたをぶっとばしてやりたい。再起不能にして、二度とメタルヒュームに乗れっこないようにしてやりたい。何を如何動かしたら、あんな風に壊れるのさ〕

 〔う・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・〕

 〔あたしはまだ見習いだけど、あんたみたい機体を大切にできない奴は許せないよ〕


 実を言うと、その時は声なんてどうでも良かった

 ただただ心は退廃的で、一時の物とは言え、そのやる気の無さには今思い出しても歯軋りしそうになる

 しかしまぁ結果的には、あの時ばかりはそれで良かったんじゃないかと、思わないでもなかった


 〔・・・・・・・・・・・・・・・・あたしだって、出来る事なら壊したくなんてなかった・・・・・〕

 〔どのみち!・・どのみち、このタイプSは整備班で預かるよ。それで修理できなきゃ、後はもう廃棄するしかない。そしたら・・・・・・・・・・・あんたのせいだ〕


 まともな頭でこんな事を聞かされれば、きっと平静では居られなかったから


 ・・・・・・・・そこから先は、本当に覚えていない。唐突に記憶が途切れている

 情けない事にこの年で痴呆症か、と、御厨は八割冗談で考えた。だが、そんな頼りない脳でも、少しだけ覚えている事がある

 それは誰かが走り去る音と、とても悲しげな少女の声


 その声があまりにも悲しくて、まるで悲恋を歌う吟遊詩人のような声だったから、御厨は何となく記憶の隅に留めていた


 〔・・・あたしだって廃棄なんてさせたくない・・・・・・・・・・・〕


 しかしその声は、力強かった。言ってしまえば、ダリアの瞳に、通じる物があった


 今思えば随分物騒な話だったと思う。本当に呆けていてよかった

普通の人間だった時ならば何も感じなかったのだろうが、今の御厨はロボットだ。廃棄なんて言い方、背筋が凍る

 それはつまり、機動兵器である御厨、若しくは他の兵器にとって、殺される事と同義だ

 自分の事なら怯えるし、自分の事でなくても悲しむだろう

 少なくとも、今となっては人の死よりも身近に、そして辛辣に感じ取ってしまう


 だから、その次に聞こえてきた少女の声には、酷く勇気付けられたのだ


 〔・・・・・・・・・やっぱりいやだ。させてたまるもんか。・・・・・・・・あたしが直すんだ〕


―――――――――――――――――――――――――――――――


 (この子の・・・・・・声だよなぁ・・・・・)

 「~♪~、・・・~♪・・・」


 コックピットの中で鼻歌を歌う誰か

 御厨は、カメラが機能していない事を残念に思いながら、意識を失った


 ロボットになった男  第一章序話  「目覚めにある荒野」


 唐突に目覚める。人間の時に感じていた、起床直後のボケなんて物はない

 思えば、御厨の状態はいつも極端だった。覚醒しているか、或いはその逆か、若しくは戦闘時に置いて昂揚しているか。その三種類しかない

 それについては深く考えないようにしている。意識も、心の在りようも変わって、この上人間らしさが唯一残るファジーな部分まで失ってしまったら、今度こそ自分を人だと思えなくなるからだ

 現状に置いて人であるかどうかなど、極めて意味のない問いではある

 だが、御厨にしてみれば、絶対に譲れない最後の砦でもあった


 (・・・・なんだ・・・・・・綺麗な星空じゃないか・・・・・)


 まず認識したのは、それこそ夜の空を埋め尽くさんばかりの眩い星々だった

 昼間の空は思わず溜息が出るほど寂しいと言うのに・・・・この違いはなんだろうか


 赤、青、緑、そして大きさや光量、全てが違う星達が、一様に黒いキャンパスを彩る

 まるで別世界に来てしまったような錯覚さえ受けた御厨は、そこで漸くレンズの罅割れがなくなっている事に気づいた


 それを皮切りに、様々な事を確認する。腕、足、胴体、頭部、・・・絶望的なまでに破壊されていた筈の各部は、取り替えられ、修理され、或いは補強され、かっての威容を取り戻していた

 とはいっても、偵察用の御厨のちっぽけな威容など元々知れた物だが


 現地改修され、タイプRの物になっていた腕も、キチンとタイプSの物に戻されている

 別に嫌いではなかったあの腕だが、やはりこちらの方がしっくり来るような気がするから不思議だ

 全てが全て、まるで魔法のように元通りになっているのを確認した御厨は、ほっと胸を撫で下ろした。

勿論イメージ上で、だが


完全に修復された己に安堵した御厨は、辺りに人の気配がないか探す

 自分の現状を確認した後は、やはり身近な人の事が気になるのだ。一刻も早く、ダリアやホレックの顔を見たい

 二人は無事だろうか。いや、無事な筈だ。二人は結果として、傷を負っていないのだから

 暫く、きょろきょろとレンズを動かして人影を探す。勿論御厨は今、仰向けに寝かせられている状態であり、どれほど懸命にレンズを動かしても、確認できるのは満天の星空だけだ

 しかしそれでも視線をさ迷わせるのは、やはり仕方のない事だろう。意図せずして、御厨は未だ人間臭い所を多分に有していると、無意識に証明した訳だ


 だがどれほど探しても、御厨の望む物は見つかりはしなかった


 (何て言うか・・・・寂しい所だ)


 御厨は、自分が寝かせられている場所を、辺りを確認すらしていない癖にその一言で表した

 吹き抜けの筈の天井は、今はない。開閉式になっているのだろう。現在は全開と言う訳だ

 視界が確認できない以上、どこかで野晒しにされていると言う可能性もあったが、御厨は流石にそれはないだろう、と無意識の内にその可能性を排除する

 そうされる理由もないし、態々手間暇かけて修理した機体を廃棄する訳がないからだ


 まぁ、意図的に考えないようにしたのかも知れないが、その辺はご愛嬌だろう


 それから暫くの間、やはり御厨はダリア達の影を求め、レンズを彷徨わせる

 しかしそれを三時間以上続けると流石に飽きた。御厨は忍耐力のある方だが、それも人の何倍とある訳ではない


 いや、飽きたと言うより諦めの方が強かったのだろう。どうせ自分は動けないのだ、と

子供にも出来るような事が出来ない惨めさ。御厨は、冷静でありながらもそれに打ちのめされていた


 (・・・・・・・何を今更)


 どうも考え込むと、ネガティブになっていけない。御厨は胸中で頭を振る

 むしょうに人恋しかった。誰でも良い。話せなくても構わないから、兎に角『誰か』に傍に居てほしい

 普段なら苦笑して誤魔化すような願望だが、今は堪え切れなかった


 ・・・・・・・・そしてその願いをかなえるかのように、御厨が聞いた事のある音が響く

間の抜けた、空気の抜ける音だ。それは圧縮空気を排出し、スライド式の扉を開く時の、ジェネガン基地でもよく聞いた音だった


 御厨の心臓が、クリスマスにプレゼントを受け取った少年のように跳ね上がる


 (人!)


 誰だろうか、何てことはこの際気にならなかった。でも欲を言えば、ダリアかホレックが良いかな、なんて考えなかった訳でもない

 耳を澄ませば、足音が聞こえた。それは間違いなく御厨に近づいてきていて、御厨はワクワク、というよりソワソワし始める


 そして、何者かの足音が横たわった御厨のすぐ傍で、ピタリと止まる。それと同時に、外部操作で御厨のコックピットがせり出す

 次の瞬間、足音の主は一体どんなマジックを使ったのか、コックピットに飛び込んで来ていた


 薄暗い中でもハッキリと見える。ツンツンとはねた髪の毛に、少年と呼べてしまいそうな童顔。そして少年そのままのキラキラと輝く瞳。今は、灰色の軍服を着崩している


 落下の勢いそのままにシートに体を沈ませたのは、何を隠そうホレックだった


 (ホレック!!)


 この世に神様が居るなら、それはきっととても優しい御方だろう

 神様どころか幽霊すら見た事のない御厨だったが、何故か唐突にそう思った。些細な事が、本当に嬉しかったらしい

 初見から少ししか経っていない筈のホレックの顔が、まるで往年の親友のように見える

 御厨ははしゃぎ過ぎている自分の心を自覚して、極めて冷静を保とうと努力した


 ホレックはシートの上で、二、三回コックピット内を見回す

 きょろきょろと、まるで大型犬のような仕草に、思わず御厨は笑ってしまった

 それからホレックは、暗闇の中、手探りで計器類を探し出そうと奮闘した。何がやりたいのか御厨には理解できないが、少なくとも「来ただけ」ではあるまい

 軍人が軍服を着て、何となく、で兵器の中に入るものか


 御厨は、親切心と悪戯心を程よくブレンドさせてコックピット内の明かりという明かりを、これでもかと言わんばかりに明滅させる

計器の位置を確認できるように、と言う気持ちと、驚かしてやろうという悪ノリだ

 効果覿面。真っ暗闇だったのが突然光瞬くようになったのだから、当然ホレックは驚く

しかし、何か納得したように息を吐くと、そのままどっかりとシートに背を預ける


 御厨は、予想よりも驚かないホレックを訝しんだ


 「・・・成る程。照明、計器類に異常なし。・・・・・ダリアの言う事は本当だったんだな」


 御厨の心臓が跳ねた。勿論先程とは別の意味で


 「えーと・・・・うん、大丈夫か?シュトゥルム」


 硬直した。硬直せざるを得なかった。だって、御厨に心臓があれば、それは正に活動を止めてしまいそうな事をホレックが口走ったからだ


 どういう事だ?

ホレックが、自分の存在を知っている?

ダリアが話したのか?


高速で思考が回る

 いや、遅かれ早かれバレていただろう。御厨は、ホレックの前で動いているのだから。ダリアをコックピットに乗せずに


 しかしその程度で、ただの機械が意思を持っているなんて、普通は考えない

 やっぱりダリアが教えたんだ。そう考えた御厨は、心が凍った気がした


 御厨は混乱する。これからどうなるのだろうか。分解か。いや破棄か。どっちにせよ冗談じゃない

 訳も解らずこんな体になって、訳も解らないまま死ぬのか

 いや、死ぬと決まった訳ではない。もしかしたらバラバラに分解されても、生きていられるかも


 御厨は、ホレックが己の残骸の上で、高笑いしている様を想像する


 ・・・・それこそ冗談じゃない


 何度でも言うが、御厨は思い込みが激しい。信じ込んだら一直線だ

 そしてそれは美徳ではないが、悪徳でもなかった。しかし今回ばかりは、その力のベクトルは悪い方に向かっているように見える

 ホレックの行動と自らの行く末をあんじて、御厨は本気で怯えた


 御厨はこんな性格だから、友人が少なかった。彼の頑張りはいつも方向性が歪んでいて、その心中を理解してくれる人間はごく稀だった

 御厨が誠実な人間を好んだのは、必然だったのかもしれない

 いつもどこか抜け落ちてしまっている自分を、真正面から叩き直してくれるような、そんな真っ直ぐな人間


 それはどんな者だったろうか。今、彼の中に居る、ホレックのような男ではなかったか


 真剣にこっちを気遣うホレックの声。それを聞いて、やっと御厨は我に帰った


 「お、おい!何だか照明の光が凄い事になってるんだけど、大丈夫か?!」


 ハッとした。どうやら御厨の混乱の加速に合わせて、照明の明滅間隔も高速化していたらしい

 そして御厨は考える。ダリアがどんな人間だったか、ホレックがどんな人間だったか


 何も分からないこの世界で、唯一頼れるのがダリアだ。疑う余地なんてない。言うなれば、彼女は掛け替えのない親友で、信頼すべき相棒だ

 ホレックはどうだ。勇敢な好青年ではないか。御厨の見て来た彼の行動は、全て信頼に値する物ばかりの筈だ。恐らく、ダリアの不利になるような真似はするまい


 落ち着け、落ち着け、と、心中で念じる。これは以外に効く。すっと心が冷めていく

 ホレックが真剣にダリアの身を案じるなら、即刻この「タイプS」の異常を然るべき立場の人間に報告する筈なのだが、御厨はそこまで頭が回らなかった


 兎に角、あの地下基地で生死を共にしたこの青年は、酷く信用できる気がする。御厨は無理矢理納得した。今現在は、何も問題はない。・・・・・・・・筈だ


 「・・・・・・・・・・・・・落ち着いた・・・・かい?」


 いつしか照明と計器は、安定した光を放ち続けていた


――――――――――――――――――――――――――――――――


 それからホレックは、首を捻りながら話をしてくれた

 ダリアに伝えてくれと頼まれたらしい。それは、イチノセ大尉の事だった


 御厨達がこの「サリファン基地」に辿り着いた時、既にジェネガンの兵員達は、ここで対スパエナ(国名らしい)軍の迎撃戦線に参加していた。ホレックが居た基地の兵員も、だ


 正直、なんのこっちゃ、と言うのが御厨の感想だが、説明を求める事もできない


 到着したその時には、既にイチノセの葬送式は終わっていた。ダリアは「指示を仰がぬまま」独断専行を行ったとして、二日の禁固刑を受けたらしい


救出作戦中の事により、色々と抑えられた部分があるのだろう。よく銃殺刑にならなかったものだ。だがそれより気になるのは、事を報告したであろうアンジーだ

 イチノセは確かに「引く」と言ったのだ。指示はでたのに、それをダリアが無視した

 指示を仰がぬままの独断専行な訳がない。勿論、ダリアは嘘を報告したアンジーに理由を聞き出しにかかる

 「隊長の遺言だよ・・・・ハヤトの、遺言だ」アンジーは一言、そう答えた


 「思う所があったんじゃないかな、ハヤトって人もアンジーさんも」

 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)


 御厨は、なんとも言い難い表情で頬を掻くホレックを見ながら、沈んだ心を奮い立たせていた

 ホレックの表情が厳しいのは、自分が機械に話し掛けている変人だと理解しているからだろう

どれほどダリアから聞いたといっても、やはり何が何だか理解できていない筈だ

 ここで御厨が返事でもしてやれれば言いのだろうが、生憎とそれはできない。非常に残念だ


 ダリアの禁固刑。丸っきりアンジーの嘘なのか、それとも本当にイチノセの遺言なのか

 御厨には判断し難い。でも、彼が死んだという事実だけは、心に重く圧し掛かる


 (・・・・・・・ダリア・・・・・・落ち込んでなきゃいいんだけど)


 きっと、振り切れないんだろうなぁ、と、御厨は思った。そして自分も

 これからきっと、何人も御厨の目の前で死んでいくのだろう。もしかしたら、いやもしかしなくとも、自分とダリアも例外ではない


 儚いなぁ、本当に儚い。御厨の感想だ。人の命は、もしかしたら蛍などより余程儚いのではないか


 返答はないと解っているのだろうが、構わずホレックは話し続ける


 「それだけなんだ。今日ここに来たのは」

 (ありがとう・・・・・・・ホレック)


 イチノセの死は、赤の他人と言ってもよい御厨にとっても、非常に重い出来事だった

 このサリファン基地に到着して、改めてそれを再確認したような気がする。余り嬉しい出来事ではない


 だが、ホレックのお陰で色々と知る事ができたし、覚悟を決める事も出来そうだ

 何の覚悟かは御厨には解らないが、心を強く持つ事は、この先絶対に必要だ。そう感じている

 辛いな、と御厨は胸中で何度も呟く。そして、その度にダリアの事を思い出す


 (きっとダリアは、もっと辛いんだろうな・・・・・・)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


長らく、長らくお待たせしました。あ、いや、待っていてくれたかどうかは知らないんですけど・・・・。

皆様感想ありがとうございます。何度もしつこいですけど、私今、目がじんわりとしてて前がよく見えません。


特にタイチさん、助言ありがとうございます。しかしそれをしてしまうとベクトルが変わってしまいまして・・・・。

よくあるじゃないですか。持ち主に危険が迫ると、都合よく「真の力が云々~」とか、「~の意思がなんたら~」とか

ピンチの主人公を勝手に動いて助ける剣だの槍だの

私は、その動かしてる側を書き表す事ができればいいな、と思ったんです。

多視点文章構成になると、どうにも面白味がなくなってしまいまして。

何とか、御厨の主観のまま、御厨の視点のまま解決できない物でしょうか。いや、私に腕がないのが一番の原因なのですが。


兎に角、これを読んでくださった方々、更に感想や助言までくださった方々、本当にありがとうございました。

これからも、呼んで頂ければ幸いです。



[1309] Re[4]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/01/15 10:00
 フレディジャマー。その起源は六十年前、軍事目的に打ち上げられた一つの衛星にあった

 ゴールデン・アイ001。通称、GI1と呼ばれる衛星である

元々、超高々度を越え、宇宙からの諜報を目的とした筈のそれは、一人の科学者によってその機能を変貌させた


 「フレデリック・スペンサー」


フレディジャマーという名の由来になった人物であり、そしてフレディジャマーを生み出した張本人でもあった


 ―――――――ドリトン書房:「家庭に一冊。一般的な歴史」より抜粋


 ロボットになった男  第一話  「まぁ、そんな一時の平和」


 (・・・・やっぱり、大した事は乗ってないな。・・・・・まぁ、教科書みたいな物か)


 開きっぱなしになっているサリファン基地の格納庫で、御厨は慌しい周りの状況を確認しながら、データベースを検索していた


 御厨は既にメタルヒューム用のベッドから外され、膝をつく格好で座らせられている

 元々あれは損傷した機体への負荷を軽減しつつ修復を行う為の物で、完修した機体に使用する意味は無いようだ

 しかし、御厨にしてみても、寝かせられている時より視界が利いて、すこぶる良い。態々、やる事もなく寝ていたいとは思わなかった


 「こらぁ!なんでこんな所にR型のパーツ野晒しにしてやがる!!担当どいつだ!」

 「げ、・・すんません!俺っす!直ぐに補修入ります!!」


 すぐ近くでボルトの怒声が聞こえ、御厨はふとレンズを右に動かした

 そこには、機体をサンドカラーに塗られた、タイプRに取り付くボルトが居た。移動できるように車輪が取り付けられたタラップの上で、忙しそうに檄を飛ばしている

 周りで働く工兵達は、ジェネガン基地に居たときよりも大分増えていた


 恐らく、急遽編入された他の基地の工兵が混じっているのだろう。指揮系統において揉め事があった事は想像に難くないが、結果的に工兵達は、ボルトの指揮下にあるようだ


 御厨は、人員が増えた分纏め辛かろうなと思いながら、その実ボルトを信頼している

 あの男ならば、例えどんな状況にあろうと、整備兵としての仕事を完遂させるに違いない。ともすればそれは、信仰にも近いような信頼だ

 だが、買い被り過ぎと斬って捨てる事もできない。ボルトにはそうさせる雰囲気がある

寡黙過ぎず、多口過ぎず、常に己を昇華させている。そんな雰囲気が漂うのだ。彼の周りには

 それは経験の少ない御厨からすれば、誠実さの表れと取る事もできた。だから、尚の事信頼する事ができたのかもしれない


 と、まぁ、ボルトを讃えるのはそこまでにして、御厨はデータの海より舞い戻る


 それは・・・・例えるならば、開かれていた感覚が急に閉じられ、それと同時に御厨が、「己」という物に音を立てて嵌め込まれる。そんな感覚だ

 ほんの少しの喪失感と、ほんの少しの充足感

 矛盾を孕むそれではあったが、生き物の生とは得てしてそういう物だろう


 御厨は何とは無しにそう考え、灰色の床を見つめる。溜息ではないが一度だけ、息を吐いた


 (・・・・・・・・そろそろ・・・・・かな?)


 彼の時感覚ならば、そろそろである。それは今現在、最も彼の頭を悩ませる事象であり、また遭遇する事を楽しみにも思わせる、不可解な物

 また矛盾した。これだから、己の事だと言うのに全く持って度し難い

 御厨は考えて、心中で苦笑した


 そんな時、あの特徴的な、空気の抜ける音がした。格納庫のドアがスライドする音である

 先に言ってしまうのなら、御厨の「そろそろ」と言う予想は当たった。御厨がデータの海から帰還して、僅か三十秒以内。正に絶妙のタイミングと言える


 そんなどうでも良い事象を追い払って開くドア。次の瞬間には、その向こうから、威勢の良い少女の声が、格納庫全域に向かって放たれていた


 「うーっす!!!レイニー第六等下級技官、只今より補修作業に入ります!!!」


 青い瞳が短い金髪に良く映える、小柄な体を工兵着に包んだ少女の、元気の良い参戦である


 「きたか・・・・。ミンツ技官!お前の担当機はチェックすんでる!調整に入んな!」


 ボルトの声が一つ飛んで、少女・・・・レイニーは、さも当然のように威勢の良い返事を返す


 彼女こそ、彼女こそが御厨の頭を悩まし、また退屈に殺されかけている好奇心を揺り動かす存在

他の女性工兵達に比べても飛びぬけて年若い、異色の工兵。レイニー・ミンツ第六等下級技官だ


 取り分けて秀麗という訳ではないが、真一文字に引き結ばれた口と、その表情は、キリリと凛々しい

 髪と同じ色をした、形の良い眉もそれを際立たせる理由であろう

とても気の強そうな顔をしており、事実レイニーは、気が強かった


 面構えは典型的なアメリカ系で、少なくともアジアやモンゴロイドに通じる物は感じられない

 しかし御厨は、その一種棘のような雰囲気すら醸し出すつり目と、ピシリと背筋を伸ばして歩くその姿勢に、どこか懐かしい物を感じていた


 (・・・・・・何と言うか・・・・・毎度毎度、物凄い威圧感を感じるんだけど・・・)


 御厨は、工兵仲間と短く談笑し、それでも歩を止めずに御厨に近づいてくるレイニーを見ながら、なんとも情けない言葉を漏らす

 しかし、彼女の態度がどことなく挑戦的なのは否めない。どことなく危なっかしいのだ


 周りの誰もが自分よりも年上の中、終始気を張っているのだろう。それは若さ故であり、また特効薬はない

 恐らく、あのアンジーですらも、この少女の前では肩を竦めるのではないか。御厨はそう考え、そしてその予想が外れていない事を本能で悟り、身を震わせた


 御厨に近づいてくるレイニーの後ろで、ボルトがやれやれとでも言うようにレイニーを見る

 思う事は御厨とそれ程変わるまい。「若いな」とか、「青いな」とかだろう

 激しく同感だった


 だがしかし、御厨は知っている。僅かに垣間見える、レイニーの本質を


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 レイニーは何を思ったか、御厨が座するその数メートル手前で、歩みを止めた

 そして御厨の目、レンズをじっと、じっと凝視。それこそ鉄でも融かしそうな熱い視線で凝視し、後二、三分で穴があくのではないかと勘違いしそうな程凝視した

 そして満足気に小さく頷きながら、御厨を・・・・・言い方は悪いが、舐め回すように、やはり熱く、鋭い視線でじっくりと上から見下ろす


 そして御厨のどこにも欠けたる所がなく、一部の隙もない事を確認したレイニーは、ふっと頬を抑えた


 微笑んだのだ。それは加熱されたフライパンの上に放り出された氷のように、何とも言えない、「へにゃ」と、溶け切った笑顔だった


 途端、レイニーの後方から様子を見ていたボルトが、溜息を吐きながら歩き出す

 レイニーの居る方向だ。ボルトは、何か・・・・例えるのなら、物事がまるで自分の予想通りになり、且つそれが喜ばしい事態ではないと、そう言いた気な表情で、歩いてくる

 そして、己が右の拳を固く握り締め、すくい上げるような形で、レイニーの後頭部を張り倒した


 甲高いが、決して上品とは言えない悲鳴が上がった


 「あぎゃっ!!」

 「あぎゃっ、じゃないあぎゃっ、じゃ。何にたにた気持ち悪い笑いしてやがる。とっとと作業に入れ」

 「い、いくら何でも拳はないっすよ!しかも後頭部!」


 レイニーは左手で頭をさすりながら、右手で、どこから取り出したのか、ボルトの被っている物と同じキャップを取り出し、まるで頭で突き破るかのように被る

 勿論、それはボルトの物よりか幾らか綺麗ではあるが、同じ布製だ

 防具としての意味は無いように思うが、今の彼女には、鉄の兜よりも頼りになるのだろう


 ボルトは、何を思ったか目頭を抑え、空をあおぐようにして見上げる

 そして大きく、大きく、本当に大きく息を吐きながら、レイニーを一睨みした


 「こちとら一睡もしてないんだよ。無駄な手間を取らせんな」


 御厨はボルトに、心の中で「夜勤お疲れ」と労いの言を送った。・・・・届きはしないが


 レイニーは追い詰められた苦笑いを浮かべ、精一杯仰け反りながら――逃げたくても足が動かなかった――苦し紛れの返事を返す

 怖かろう。そりゃ怖かろう。ボルトとて本気ではあるまいが、ボルトとレイニーでは役者が違いすぎる


 ボルトはレイニーが頷くのを確認すると、やはり大きな溜息を吐きながら他の機体へと歩き去っていった。彼は暇ではない。多忙なのである


 しかしレイニーは、たった今怒られたばかりだと言うのに

 未だ融け切った笑顔で、シュトゥルムを見つめているのであった・・・・・・・・


 彼女は工兵。そして彼女の担当機こそ御厨

 彼女が記憶の中に残る声の主であり、他愛もない流行歌のファンであり、御厨を修復し続けた(であろう)職人だ

 詰まる所、非常に感謝はしているのだが・・・・・・・・

 今の御厨には、それ以上に思う物があった


 (・・・・・・・・・・自分の手掛けた機体ってのは、やっぱり可愛いもんなのかな・・・・)


 御厨は、自分を見つめてくるレイニーを、負けじと睨みかえしていた


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ちょいと、時間をかけすぎました。気づけば恐ろしい程日数が・・・・・。

本来なら、こっちが第一章序話になる筈だったんですけど、何故かこうなってしまいまして。


今回は少なめですけど、それでも読んで頂けたのならば、嬉しい限りです。



[1309] Re[5]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/01/19 00:45
 午後六時三十分。御厨に季節など解らないが、太陽は既に傾き、辺りは暗くなり始めていた

 それは御厨や、他のメタルヒュームが納められている格納庫も同じ事。しかしここには、どこの骨董品だ、と問い詰めたくなるようなガス灯が掲げられており、外よりかは幾分マシだろう


 昼間は、工兵達が所狭しと動き回る格納庫も、今はひっそりと静まり返っていた


 そんな中で御厨は見つめる。何をって、御厨のコックピット内で、カチャカチャと調整を続けるレイニーを、だ

 一人居残って作業を続けるレイニーだが、彼女が勤労意欲旺盛なのかと問われれば、違うと答える

 単に、御厨の調整が難航しているだけだ


 「・・・・・ん~、解り難いね。いったいどう言う組み方したのさ、この射撃プログラム」

 (そりゃ御免。それやったの、多分僕だ)


 短い金髪をかき上げながら呟くレイニーに、御厨は届く筈もない謝罪の言葉を贈る


 今レイニーが行っている作業は、本来ならばパイロットが行う物だ

 パイロットが己に一番馴染む調整をし、一番合う設定をする。工兵はその作業を手伝えども、決して主導で行うべきではない。・・・・・・と、ボルトが言っていた

 だと言うのにレイニーときたら、何が気に入らないのか、ダリアを御厨に近づけようとしない

 御厨が覚醒してから、ダリアは何度も訪れているのだが、その度にレイニーが飛んできて、うがー、と威嚇して追い払ってしまうのだ


 レイニーは、御厨が思うに恐らく十八歳~二十歳程。まぁ、素人目だが

 傍から見ればそんな彼女が咆えた所で、ライオンの赤ん坊程の愛らしさしか出てこないのだが、何より勢いが凄まじい

 疾風怒濤の体当たりを専攻し、ダリアを格納庫から弾き出してしまうのだから、洒落にならなかった


 どうしようもないのだから、今現在御厨は、ボルトの提示したダリアのステータスに添って調整を続けている

 ボルトにしても苦肉の策と言った所か。統括役として、部下の意向を無碍にもできまい


 (・・・・・・・まぁ、・・・・職人気質と言うか・・・・)


 しかしそれでも、彼女のメタルヒュームに対する姿勢は、どこまでも直向きだ

 彼女の様なタイプは怒らせると怖い。例えば、公道を箒で掃除している時、自分が掃除している場所に空き缶を投げ込まれたら、迷わず拳で応答しに行くタイプだ

 彼女にとってのメタルヒュームとは、それ以上の物があるのかも知れないが、そんな事まで御厨には解りはしなかった


 解る事と言えば、レイニーが相当な頑固者だと言う事だけ


 レイニーがふと、調整を中断して顔を上げる。そのまま何を思ったか、コックピットを開く

 一瞬後には、ホレックを連想させる動きで外に飛び出していた。極力音を消して格納庫の床に降り立つ様は、まるでペルシア猫の動きだ


 御厨は感嘆の息を漏らした。この世界の人間は、ダリアと言いホレックと言いレイニーと言い、何故こうも身が軽いのだろうか 


 しかし、現実は御厨の疑問など知らぬふう

まるでレイニーが降り立つのを待っていたかのように、格納庫のドアが開いた

 圧縮空気の抜ける音は、相も変わらず間抜けだった


 「・・・・ミンツ技官、調整は終わったか?」

 「そりゃもうバッチリ!」


 ドアの向こうに居たのは、缶コーヒーと思われる黒い筒を二本、手にぶらさげた、ボルトの姿だった


 ロボットになった男  第二話  「遭遇戦。生きるか死ぬか」


 ボルトはレイニーに缶コーヒーを放って寄越すと、自分はそのまま歩き始めた

 向かうは、御厨からみて右方向に置いてある、一機のメタルヒューム。サイズから見てタイプRだ

御厨が覚醒したその翌日に運び込まれてきた機体だが、どうにも汚れが目立つ

まるで倉庫から引き摺り出してきました、と名言しているようだった


 ボルトはその古ぼけたタイプRに近寄ると、無造作にコードの繋がれたPCのキーボードを叩き、間接のガーダーを外す

 作業途中だったのか、辺りにはレンチや溶接機など、様々な工具が転がっていた。ボルトはそれらの中からドライバーとペンチを拾い上げると、間接部に顔まで突っ込んで、整備を始めた

 ボルトの分の缶コーヒーは、作業服のポケットに入れられたままだった


 「・・・・・お前、まだ乗せんつもりなのか・・・・?」


 缶コーヒーを受け取り、御厨の足元にどっかり腰を下ろしたレイニーに、多少くぐもった声が掛かる

 勿論ボルトだ。誰何を問おうにも、今ここにはレイニーとボルトと・・・・・御厨しかいない

 レイニーは丁度、缶コーヒーのプルタブを開けた所だ。彼女は唐突過ぎるボルトの言葉に、首を傾げながらもその意味を理解し、やや拗ねたような声を出した


 「・・・・あの新米少尉の事ですか?・・・・・・・・だったら、その通りです」

 「意地張りやがって。どっちにしろ、近い内にスパエナの攻撃が始まるだろうよ。幾ら指揮系統がハッキリしてなくても、お前の我侭を通す事は出来んぜ」


 御厨は、開きっぱなしのコックピット内のカメラから、意識を離す

 その分レンズに集中した。御厨には、三つの目で物を見るような、そんな器用な真似はできない

 いや、出来ない事もないが、やはり不慣れだ


 御厨が見下ろしたレイニーは、缶を口に当てて傾けたまま、どこか遠くを見つめていた


 「幾ら切れたフリしてても解るんだよ。まぁ嫌いでもねぇんだろう?あの甘ちゃん少尉の事」


 少しも滞る事なく続いたボルトの言葉に、レイニーは慌てて飛び上がった


 「い、いやそりゃですね、誰も人を嫌いになんてなりたくはありませんよ」

 「馬鹿。若い癖に悟ったような事言うな。素直に慌ててりゃ良いんだよ」


 ボルトは首だけ回してレイニーを見ると、微小を浮かべながら諭した

 ・・・・諭したと言うのだろうか。御厨には、酷く理不尽な理屈だったような気がする

 だがしかし、こうも一瞬で堂々と返されてしまっては、反論の言が見つかるまい。レイニーは溜息を吐いて立ち上がる


ボルトは既に、こちらを向いていなかった


 「・・・・パイロットなんて皆自意識過剰で、・・・・・どうしようもないんですよ」


 レイニーはガス灯に近づくと、そこから溢れ出る熱を確認するように、ひらひらと手を振る


 何とも言えない台詞だった。御厨よりも年下の筈のレイニーの声には、どうしようもない諦念の感があった。悟った台詞とは、正にこのような事を言うのではないか。御厨は思う


 しかし、少々キツイ言われようだ。胸中は苦い

 御厨には、自意識過剰と言う言われ方を、どう取るべきか解らなかった

 少なくとも、ダリアやホレックは違うと思う。贔屓目かも知れないが、自意識過剰とは違うような気がする。アンジーや、今亡きイチノセとてそうだ。付き合いは短いが


 (君の勘違いだよ・・・・・・)

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 御厨は愚痴ったが、ボルトは沈黙した。レイニーの次の言葉。それを待っているようにも見えた


 「きっとあいつ等、自分を物語のヒーローか何かと勘違いしてるんです。特にここ二ヶ月の新兵と来たら、実戦も経験してないくせに思い上がっちゃって」

 「・・・・ったく、お前だってそうだろうが」

 「同じにしないで。私は紛争地帯の出ですよ?鍛え方が違います」


 ボルトが呆れたように出した言葉にも、レイニーはあっさりと言い返した

 ボルトは漸く整備の手を止め、上半身を振り返らせて、レイニーを見遣る


 レイニーはその視線を受けながら、格納庫に据え付けられた椅子に座った

 メタルヒュームの状況把握に使用されるPCが置かれた、簡易式のデスクである

 だが、置かれているのはPCだけと言う訳でもない。分厚い紙の書類もそうだ。レイニーはその一つを持ち上げて乱雑にページを開きながら、やや挑戦的に言った


 「ほらこれ。四日前の訓練だってそうです。ただの完熟訓練なのに、帰ってきた機体は間接がまともに動かない状況だったんですよ?整備班がどれだけ苦労したか・・・」


 こればかりは、その「整備班」にお世話になっている御厨としては、何も言えなかった。まぁ、当たり前だが

 ボルトはガーダーを開いた時のようにキーボードを叩き、古ぼけたタイプRの間接を閉じる

 そしてそこで漸く、ポケットの中の缶コーヒーを取り出して、プルタブを開けた


 腕を組み、体を古ぼけたタイプRに任せ、時々コーヒーを傾けては、話に耳を傾ける

 何も言わないボルトに苛立ったのか、レイニーは少しだけ、声を荒げた


 「冗談じゃないって事です。機体を大事にできないなら、生身で戦場に突っ込めってんですよ!」

 (随分と男らしい事で・・・・・・)


 細い腕で力瘤を作り、繭を顰めながらレイニーは憤った

 御厨は苦笑する他ない。彼はパイロットでなければ、工兵でもない。それどころか、今では人間ですらないのだ

 使われる側としては大事に扱って欲しいが、その実ダリアの必死な表情が記憶媒体に焼きついている

 結局の所、パイロットか工兵か、どちらに味方すれば良いのか、解らなかった


 ふと、御厨は何か不安を覚えて、ボルトを見遣る

 御厨には彼がどう出るのか解らない。それに、少々興味もあった。ボルトが、一体どう答えるのか


 しかし、御厨の期待に反してボルトは、たった一言放っただけだった


 「・・・・・・・・・・・青二才、手前、勘違いしてるぜ・・・・・・」

 「え?」


 それだけ言うと、ボルトは一気にコーヒーを飲み干した

 レイニーの上げた間抜けな声になど、反応すらしない。まるで、「後は自分で考えろ」と言わんばかりだ

 ボルトはそのまま踵を返すと、格納庫のドアを開く

 脱力するような音を立てて開いたそこを通りながら、ボルトは一つ、唖然と見送るレイニーに置き土産を寄越した


 「おい青二才」

 「へ?は、はい」

 「良いのか?当の『少尉殿』が、ハゲタカみたいに目を光らせてるぞ」


 そうして背を向けながら、親指を突き立てて、格納庫の開いた天井を指す

 レイニーはその示す先を追った。勿論御厨も、レイニーに気づかれないように追った


 ・・・・・・・・見た限りでは・・・・・何もない。ただ、どんどん暗くなっていく空があるだけだ


 「・・・・・?一体何なんですか?」


 レイニーがそう呟いて、ドアの方向のボルトを振り仰いだ時だった


 (・・・・・・・・!人影?!)


 闇に紛れるようにして、唐突に現れる人影

 遠目の上に暗くても、御厨の機械の目には、よく見える。沈みかけの太陽を背負って立つのは、何を隠そう彼の相棒、ダリアだ

 ダリアは次の瞬間何を思ったか、なんの躊躇いもなく、宙を舞っていた


 僅かな音を聞きつけ、漸くレイニーも気づく


 「うわぁぁん!ボルト主任の馬鹿ぁぁぁ!!!」

 「な、な、なぁ!何やってんだあんたーーーー!!!!」

 (だ、だだだ、ダリアァァァァァ?!?!)


 格納庫に二人分の絶叫が木霊した。御厨は突然の暴挙に出たダリアに愕然としつつも、サッとボルトの方に視線を向ける

 その時には既に、ヒラヒラと手を振るボルトが、ドアの向こうに消える瞬間だった


 「ば、馬鹿少尉!まさか死ぬ気?!?!」


 レイニーが叫んで、駆け出そうとした時、布の擦れる音が響いて、宙を舞うダリアの頭上に丸い物体が広がり、急激に落下スピードが低下する

 落下傘だ。御厨に種類までは解らないだろうが、ダリアはトゥエバ空軍特殊訓練用の落下傘を背負っていた

 ダリアが体制を変え、その浮遊に方向性を加える


 向かう先は・・・・・・・御厨


 何か言う暇すらなかった

御厨に接近したダリアは、一瞬で落下傘を切り離し、開かれたままになっていたコックピットに滑り込んだ

 何と言う無茶をするのか、この少女は。御厨はこの暴挙に、怒る以前に呆れてしまった


 コックピットに入ったダリアは、駆けてくるレイニーを尻目に、コックピットを閉じる

 そのままプログラムキーを叩いて御厨を起動させると、嬉しそうに、本当に嬉しそうにレバーを握った


 「あはは♪シュトゥルム!久しぶり!」

 (・・・・・ああ・・・・何日振り・・・かな・・・・?)


 ダリアは、嬉しそうに笑いながら、御厨に話し掛けてきた

 御厨はそれに返事を返す。しかし、ダリアには届かない。やはりそれは、寂しい物だ

 悔しいなぁ。御厨は思う。せめて一言、話せれば、と

 だが、今はこれでも良いような気がした。ダリアは自分の事を知ってくれている。そしてそれを気味悪がりもせず、気さくに接してくれる。これ以上を望むなんて、罰当たりだ


 何時の間にか感傷に浸っていた御厨は、目の前で何か叫んでいるレイニーを見て、急に現実に戻った

 大きく口を開いて、精一杯叫んでいるのだろう・・が、生憎コックピットは密封されており、完全防音だ。砲弾が着弾したりでもしない限り、音は届かない

 だが、御厨には聞こえる。「何やってるの!」とか「直ぐにお・り・ろー!」とか、しきりに叫んでいる


 一方ダリアは、久しぶりに御厨を駆る喜悦から、レイニーの事など見ていなかった

 ・・・・・無理矢理見えない振りをしているようにも見えたが・・・・・


 「えへへ、トワイン司令が、『今日は他の基地から流れてきた奴等が実地訓練を行っている。』なんて、聞こえよがしに言うんだもの。無理言って参加許可貰っちゃった」

 (いや、絶対確信犯じゃないの?それ。・・・・・・・・司令、何考えてるんだ・・・・)


 御厨の中で深呼吸しながら、ダリアはキーを叩く。御厨に司令が伝わり、久しく動いていない巨体が、何ともスムーズに立ち上がった

 御厨はここまで修復してくれた工兵達に、心の中で感謝する。レイニーには特に、だ


 御厨はレイニーに感謝しつつ、深く陳謝の言葉を送りながら、彼女の小柄な体を飛び越える

 そして一気にホバーバーニアを吹かすと、陽の沈み行く荒野に向かって移動を開始した


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「・・・・・シュトゥルム・・・・御免ね。・・・・・・・・・・・・・怒ってる?」


 格納庫を抜け出した時点で、ダリアがふと、呟くように言った

 御厨は疑問符を掲げる。唐突過ぎて、彼女が何を言いたいのか解らない


 だがその疑問も、直ぐに氷解した


 「・・・・・言われたんだ、あの子に。あたしはシュトゥルムを、大事にしてないって。大切に思ってないって。・・・・・・・・そんなつもり、なかったんだけどな」


 言いながら、ダリアは計器を操作したホバーが熱を高め、速度を上げる


 そのまま翔け行く様は、正に疾風。シュトゥルムの名に相応しい

 御厨は、ダリアと共に風に酔いながら、独白を聞いていた


 「・・・・シュトゥルムは・・・・迷惑かな?あたしの事、怒ってる?」


 そんな訳ないだろうに。そんな筈ないだろうに

 語るのに陳腐な台詞はいらない。ただ、思いがあれば良い


 (友情は・・・・・・不滅さ)


 御厨は、多機能な右手を無理矢理動かして、レンズに写るようにサムズアップした

 その途端ダリアは、融けたような・・・・・いや、本当に融けて笑みを漏らす

 御厨はその笑顔を推進力に、大きく切り立った崖を飛んだ


 だが

 だが、良い気分もそこまで

 御厨は見てしまった。今、気づくべきでない物を

 ダリアは見てしまった。今、知るべきでない物を


 御厨は思わず足を止め、ダリアは思わず、レバーを戻していた


 「・・・・・・・・・・今の、下に見えたの・・・・・」

 (・・・・・・・・・・赤い、機体・・・・・・・・・・・・・)


 今のは、何だった?崖を飛んだ際、遥か下方に認識できた、赤い巨体は何だった?

 前見た時とは機体が違う。だが、あの鮮烈な赤は同じだ。記憶の中に焼きついて、離れない

 そしてなにより、感じた事のある圧倒的な威圧感


 誰何する暇もなく、次の瞬間には、強制的に回線が割られ、通信が飛び込んできていた


 『・・・・・・・よくよく縁があるようだな、ダリア・リコイラン・・・・・』

 (・・・・ラドクリフ・・・・ラドクリフ・エスコット!)


 御厨の受難・・・・・・・・いや、これはダリアの受難かもしれない・・・・・・

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ははは、皆様が書き込んで下さった感想を見て、居ても立ってもいられなくなり、無理して一話上げてみたり・・・・・。

結局、消化不良な感じです。特にレイニーが書き切れなかった。質を落としてしまって、申し訳ない。本当に。

兎に角、更新は亀の歩みながら、これからも書き続けてゆきたいと思っております。
感想を下さった方々、本当にありがとうございました。



[1309] Re[6]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/01/25 01:58
 薄闇の中でもその姿ははっきりと見えた

 言ってしまえば、御厨によく似たフォルム。されどその威容は、御厨を一回り大きくしてもまだ足らない

 頭部で閃くのは、身が竦むような威圧感を放つ、黄金色のモノアイだ

 それは機体の体格、設計による機動力を殺さぬまま、剛性を高めたその威容に、擬態した虫でもこうは行かぬと言える程、よく馴染んでいた


 何より、機体の各部に走る線

肩、腕、腰、足。隠していても解る。あれらは、展開式のガンバレルだ。この分では、ウイングバインダーの設置された背部にも、何か仕込んでいるに違いない

 それに加えて、油断無くこちらを狙う右腕のライフル


 一見スマートに見えて、その実は重武装だ

敵戦力の即時殲滅を目的としたオールラウンドな機体は、正に死神の乗機として相応しかった


 これほどの存在が、薄闇程度に掻き消えてしまう筈がないのだ

 混じり気なき鮮烈な赤の死神は、その鎌を振り上げながら、確かにそこに居る

 そしてその、暗い光をたたえた一つ目で、間違いなくこちらを狙っていた


 「スパエナの・・・・死神ラドクリフ・・・・」


 ダリアが、展開されたウィンドウに向かって唖然と呟く

 そこに映るのは白みがかったノイズだけだ。波長の合わない通信機では、声は届いても映像までは映せない

 それが尚更に、ラドクリフと言う男の不鮮明さを掻き立てる

 得体の知れない目の前の存在に、ダリアと御厨は、口に出さずとも解る確かな恐怖を抱いていた


 地下基地での出来事など、大した事ではないと思えてしまう。この男の前では、全ての事象は「何てことのないもの」に成り下がってしまう

 そう、死神ラドクリフと言う男は、「何よりも命の危険を感じさせる」


 (この前の機体じゃない・・・・・。けど、プレッシャーは段違いだ)


 息苦しさに押し潰されそうだった

比喩ではない。御厨は、本当に己が潰され、砕かれ、踏み躙られ、この世から消し飛ばされるような気がした。既に無い筈の心臓が、縮み上がる感覚を覚えた


 ウィンドウの向こうから声が聞こえてくる。低いダークトーンだ


 『まさか、本当に見つかるとは・・・・・・・・・・・・・・・。ダリア・リコイラン少尉、貴官の事は調べさせて貰った。中々興味深くはあったな』


 奇妙な言い回しだった。しかし、言葉そのものに他意は感じられない。純粋に、己の感想を語っている、と、そう感じられる


 御厨は吐き捨てた。ストーカー野郎め

 御厨には、ラドクリフの意図が読めない。何故単独なのか、何故御厨に感知できなかったのか、いや、それ以前に、何故ここに居るのか

 結局、今出来る事は、向けられる銃口に、全神経を集中させる事だけなのである


 ダリアの肩が、一度だけ微かに震える。彼女は喉を絞るようにして、漸く言葉を捻り出した


 「・・・・・・・何が言いたいの?」


 ノイズの走るウィンドウを凝視した。まるでそこから、魔力や妖気の類が流れ込んでくるような感覚さえ、今の御厨は感じていた

 呑まれかかっている。そうは解っていても、止められない

 体の奥深い部分が、今も御厨とダリアに向けられている殺気を察知し、体を凍りつかせているのだ


 (動いたら・・・・今動いたら、一瞬で撃ち抜かれる・・・)


 そんな御厨達の事など、知ったことかとでも言いた気に、声は返ってくる


 だが、ラドクリフの返答は、質問に対する答えではなかった


 『良い見つけ物をした。作戦の遂行には、君の協力が必要なのでね。・・・・確保させてもらう』


 次の瞬間、日の沈む荒野に、閃光が走った


 ロボットになった男  第三話前編  「死神の思惑」


 ラドクリフの初撃を、いとも簡単に避ける。死の風穴から打ち出された弾丸は、身を屈めて突進した御厨の頭上を、風を切りながら飛んで消えた

 御厨が意図した訳ではない。動いたのはダリア

 御厨が殺気に射竦められている中、彼女は持ち前の覇気で、束縛を振り切ったのだ


 (・・・・なんて胆力だ)


 御厨は驚きながらも、機械の体に力を乗せた


 ラドクリフの動きを見る。動いていたのは御厨達だけではない。あの死神もだ

 ラドクリフは機体に体を引かせ、銃を前に突き出していた。回避運動は取っていない。真正面から御厨を迎え撃つ構えである


 ダリアは構わずレバーを倒した。御厨の走行速度が、僅かに上昇する


 『良い判断だ!』


 開かれたまま隅に追いやられたウィンドウから、ラドクリフの声が響く

 余裕の見える声色だ。それが腹立たしい。余裕を持っていても、油断はしていないのだから、尚の事性質が悪い


 そしてラドクリフが次弾を発射する。御厨は、ここで漸くバーニアを吹かせた。散々に壊れていたその機能も、今では完全に修復されている

 使用して初めて実感が湧くのは、そう不思議な事ではない筈だ


 弾が発射されるより早く飛び上がり、しかし視線はラドクリフから外さない


 腰部から突撃銃を抜き取った。あの死神を相手にするには少々心許ないが、無いよりはマシだ

 そのまましっかりと狙いを定める。空中で止まれば今度こそ回避手段はない。御厨は、ラドクリフを飛び越えるようにバーニアを吹かしながら、突撃銃を撃ちまくった


 「うっ・・く」


 急激なGにダリアが苦しげな息を漏らす

 無理もない。パラシュートを着込んで御厨に乗り込んだダリアは、対加重服を着込んでいない。パイロットスーツだけでは、役不足なのだ

 しかしダリアは、それをまるでちっぽけな物とでも言いた気に、気合をこめて跳ね飛ばす

 更に加速する事を解っていながら、レバーをこれでもかと倒しこんだ


 (このっ!)


 御厨はダリアを褒め称えながら、突撃銃の照準を、一ミリとてラドクリフから外さぬ様にして、必死に弾丸を浴びせ続けた

 しかしラドクリフは、今まで一度も狙いを違えた事のない御厨の弾丸から、平然と逃げ切る

 僅かな、本当に僅かな差

弾丸が突き立つ瞬間のコンマ0.1秒前に、その赤い機体は着弾地点から逃げていく


 御厨はゾッとした。ラドクリフが今、どこを見ているのか、感覚で理解してしまった

 レンズだ。御厨の目とも言えるべき場所を、じっと見ているに違いない。それでいて、この芸術的とも言える回避を見せ付けている

 死神と呼ばれる男は、弾丸を避けるのに、銃口を見ているのでも、射角を予想している訳でもない

 一睨みでこちらの全てを暴きたて、理解しているのだ。どこに弾が放たれるか、を


 (・・・・怖い・・・・)


 隙を見せぬよう、ラドクリフの方に身を捻りながら降り立つ

 恐怖で身が硬くなるのではないかと懸念した。それ程までに、目の前の存在は圧倒的だった


 しかし、どれほど恐怖しようとも、何故か、心の奥から、わき上がって来る物がある


 押し潰されそうな重圧感は、今の一瞬で、塵と霧散していた


 (怖いけど、・・・・・怖いけど僕・・・・・・・)


 思考が加速を始めた

 空から大地に降りる瞬間は、どんな物にでも隙が出来る。普通のメタルヒュームは空を飛ばないだろうが、空を戦術に組み込む御厨には、致命的な弱点だ

 それはダリアも理解しているだろう


 案の定、着地の瞬間を狙って、視認できない速度の弾丸が撃ち放たれた。だが、むざむざと当たってやるつもりはない

 勢いそのままに体を中空に投げ出し、足を振り上げる。地面と水平に機体を宙へと泳がせる

 御厨だからこそ出来る挙動だ。ただのプログラムが制御する機体では、こうは行かない

ダリアはそれに合わせるようにして、硬い大地に、御厨の腕を叩きつけさせた


 地下基地で大蜘蛛の砲撃を避けたのと、全く同じ回避動作だった


 (何だか、物凄く、興奮し始めてる)


 不思議だった。撃たれる前より、撃たれた後の方が気持ち良い

 今の一瞬は本の何秒だったろうか。おそらく、三秒にも満たないだろう

 だと言うのに、たったそれだけの時間で、熱くなり始める鉄の体と、心


 本当に不思議だった。これを小説に例えるなら、符合性も道理も常道もない、窮めつけの駄作に違いない

 世界は矛盾して、何より自分が矛盾している。いや、矛盾ではないか。ただ神経がおかしいだけだ


 だけれど、ただただ、御厨と言う存在が、燃え上がる

 今の御厨は、どうやっても噛み合わなかった歯車が、快音を立てて機能するような、そんな充足感に満ち始めていた


 銃を向け合い、視線を交え、再び対峙する


 「・・何だろう。何か・・・・何か・・・・・・・・・・・・・解らない。何だろう・・・・」


 ダリアが、頭を振りながら呟いた

 弱弱しい声音とは裏腹に、レバーを握る力だけは、どんどん強くなっていく


 彼女は何故か、救援を呼ぼうとはしなかった。先程から通信を妨害されている為、呼んでも無駄ではあったろうが


 「何だっけ・・・あぁ、確保するとか・・・・・・・・。何の為?作戦?・・・・必要・・・協力?何だっけ・・・・・・・・・・駄目・・・・・解らないよ・・・・・・・頭の中が・・・焼ける」

 (・・・・・・ダリア?)


 支離滅裂な言葉の乱れ撃ちに、御厨は何故だかドキリとした。興奮なんて、一瞬で冷めた

 ダリアに何か起こっている。彼女にとって、何か良くない事が

 そう思うと、居ても立ってもいられなくなった


 死神の乗機と繋がるウィンドウから、こちらは訝しげな声が聞こえてくる


 『何を・・・・言っている?』

 「アナタは何も言わないじゃないか。・・・・ばかぁ」


 ラドクリフの疑問を、そう言われてしまえば納得してしまいそうな反論で、一蹴するダリア

 苦しげに眉を寄せたかと思うと、右手で頭を抱える。パイロットとしての意識は残っているのか、左手までは離さない

 ダリアの座るパイロットシートを通して、彼女の熱を感じた気がした。熱は温度を上昇させて、上昇させて、上昇させて、御厨は、自分の中に溶岩でも内包している気分になった


 その時、唐突に、本当に唐突に、ダリアがレバーを倒した

 目標は目の前のラドクリフ。その動作に迷いは無く、怯えも硬直もない

 いきなりだった。ラドクリフどころか、動かされた御厨ですら、突然の事態に反応しきれていなかった

 だが、御厨の機械の体は、忠実に命令を遂行しようと動く


 一瞬にして肉薄。ラドクリフは、こちらに牽制弾を撃つ事すらできなかった


 (うっわ・・・・ぁああ?!)


 体が振り回される。御厨は思考の追いついていかない事態に、心のそこから恐怖を覚える

 まるで、ジェネガンの格納庫で目覚めた当初のようだった。何も解らず、体は言う事を聞かない


 右脚部の情け容赦のない回し蹴りが、赤い機体に向かって放たれた。ラドクリフは流石に見ているだけでは無く、機体全体を駆使して、その衝撃を受け止める

 ダリアの追撃。敢えて足を大振りにする事で、反動による隙を少なくして、更に繰り出される勢いの乗った左の打拳

 ラドクリフは、それをも見切り、両腕を交差させて受け止める


 「まだ・・・・・・・」


 ダリアは呟き、そしてその通り止まりはしなかった


 一瞬で右腕を制御すると、モーションプログラムに添ってそれを動かし、銃を腰部に収める

 そして、無理な体制からの、威力の乗らない打拳

 元より期待していなかったのか、左腕を外したラドクリフに、あっさりと受け止められた


 奇しくも、力比べの体制になる


 (馬鹿な・・・・なんて貪欲なんだ。闘争心の一言で、言い表せる物じゃない)


 飽くまでも、攻撃的な姿勢。隙あらば一撃を狙い、機とあらば攻撃を狙う


 もう、御厨の中に、新米パイロットのダリアなど居はしない。そこに居るのは、人間の枠を外れた闘争心を誇示する、別の何かだった


 『似ている・・・・なぁ!ダリア・リコイラン・・・。お前は・・・・やはり・・・・!』



[1309] あとがき忘れてた・・・・。
Name: パブロフ
Date: 2005/01/25 02:09
迂闊にも後書きを忘れていました。

と、言うか、もしかしてこの後書きって、必要なかったり?

・・・・・・まぁ、良いか、と納得している今日この頃です。


今回の話、原案はこれと似ても似つかない物だったりします。ラドクリフのイメージ付けの為の話だったのですが、ダリアを目立たせる為に前後編になってしまったと言うか・・・・。

今回の話は、所謂「燃えるシチュエーション」って言うか・・・・。寧ろそれを目指したのですが。

いや、お恥ずかしい事ですけれども。


兎に角、感想を下さった方々、本当にありがとうございます。

前回の話は本当に自信が無かったのに、温かい言葉を頂いて・・・・、私現在、涙で前が見えません。

しかし・・・・シャアですか。ダリアもラドクリフも、NT覚醒したりしませんよ・・・。



[1309] 例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/01/30 20:59
 真正面からの力比べ・・・・なんて、端から出来る筈もなかった

 サイズで負けていれば、恐らく出力でも圧倒的に負けているであろう御厨は、すぐに上から抑え込まれる。ラドクリフの乗機の力は、何言うまでもなく驚異的だ

 飽くまでも偵察・支援をコンセプトに造られている御厨の体は、言わずもがな非力なのだ


 (ダリア!ダリア!?・・引いてくれ!ダリア!引くんだ!)


 今や、つい先程の高速戦闘など、影も形もない

 在るのは、愚直なまでにガッシリと組み合う、鉛色と赤色の巨人のみ

 いや、それで勝算があるのなら御厨とて文句は言うまい。だが今はそれがない。むざむざと、自分から棺桶に足を突っ込んでいるのと同義なのだ


 御厨はその危険さに背筋を凍らせ、ダリアに呼びかける

だが無為な行動だ。御厨の声は、彼女に届きはしない。今までだってそうだったのだ。今から届く道理がない

 それでも、例え解っていても叫んでしまう

 こんな所で、顔も解らぬ男にダリアを害させるなど、到底我慢ならなかった


 「駄目・・・、力比べじゃッ・・・・・・・・敵わない」


 御厨の願いが届いたか。荒い呼気を漏らしながら、ダリアが唸るようにして叫んだ

 御厨は安堵する。ダリアに正常な思考能力が残っていた事に、だ。彼女の言動を思えば、錯乱している可能性も疑えたからである


 ダリアは熱に浮かされた様に緩慢な動きながらも、コックピット内の計器を纏めて操作する

 御厨は、その動作がこの場から抜け出す為の物だと信じて疑わない。それは一種の固定観念から来る物だったが、この状況ではそれが一番正しいと、そう思っていた

 だからこそ、次の瞬間御厨は、驚愕を押し隠す事が出来なかった


 (?!体が・・前に!・・・・・・ダリアぁ!!!!)


 御厨の体は、尚も前進していた。後ろに引く訳でも、ラドクリフを撹乱しようとする訳でもない

 サイズの小ささを生かしてラドクリフの隙をつき、敵機の懐に潜り込んでいたのだ

 勿論、両腕はガッシリと組み合ったまま。つまりが・・・・・・・・


 「はな・・・・・れて!!」


 正に「狙ってね♪」と言わんばかりに、胴体を曝け出したままで


 (畜生!!もう、どうにでも・・・なれぇ!!!)


 御厨は、自分の意識がどんどん粗忽になっていくのに気づかぬまま、渾身の蹴りを繰り出した


 ロボットになった男  第三話後編  「ボクの声を聞いてくれ」


 端に浮かぶウィンドウから、ラドクリフの舌打ちが聞こえたような気がした

 だが、それを確認している暇もなく、敵機は御厨の手を振り払って、胴体の防御に回る

 ガシン、と、金属同士がぶつかりあう、嫌な音が響いた


 (・・・・・・・・?!クソォッ!何なんだコレは!)


 神速の蹴りによって、ラドクリフとの力比べを強制的に終了

 御厨は、ダリアがレバーと計器を操作するその一挙一同に注意しながら、それでも器用にラドクリフに向かって愚痴を吐いた


 敵の隙と不意を突いて放たれた、完全な一撃

 今の一撃は、ガードされたとは言え、間違いなくこちらの圧倒的有利な状況で命中した

 だと言うのにこれはどうした事か。向こうは少々装甲が凹んだ程度だと言うのに、御厨の鋼鉄の爪先は、見るも無惨に潰れている

 辛うじてホバーは出来る物の、計算プログラムを書き換えなければ、まともな走行すら出来まい


 何と言う硬さか、と、御厨は嘆いたのだ

 御厨はラドクリフへの注意を怠らず、それでいながら、半ば縋るようにダリアを見た


 (敵わない。逃げよう。今は引くべきだ)


 元はと言えば、自分が矢面に立って戦う事自体、ナンセンスなのだと御厨は思う

 何度も言うが、御厨は偵察・支援用の機体。その真価は白兵戦では無く、諜報や敵撹乱にこそ在るのだ。昔の軽騎兵と同じ扱いである


 実の所、御厨は自責の念に駆られていた。少なからず必死の修羅場を越えてきて、少しでも自分は自強い、などと惚れていなかったか、と

 確かに、御厨は他のタイプSに比べれば強いだろう。それは事実だ。結果として、ラドクリフを一度とは言え退けた


 だが、前に出来た事が今回も出来るとは限らない

 ジェネガンでラドクリフを退けた時は、あれは自分一人の力ではないと、御厨は認識していた。あの時は何よりも、ダリアが直ぐ近くに居る気がした。何よりも強い、あの瞳が

 それに比べて今回はどうだ。ダリアの動きと御厨の思う所は一致せず、動きはちぐはぐで・・・・

 こんな無様な心で勝てる物か。付け加えて、敵は前回よりも遥かに強いのである


 ダリアの心情云々は別としても、必要も無いのにラドクリフとの単独戦闘を受け入れていた御厨は、確かに自惚れていたのだろう

 もし体が動くのなら、御厨はとっくの昔に、ダリアを抱えて逃げていた


 『大した気力・・・・・いや、大した女性だ、君は』


 ウィンドウからラドクリフの声が流れてくる。気のせいか、先程よりも幾分か落ち着いた声だ

 ダリアの呼び方も、「お前」から「君」になっている。これは奴なりの礼節だろうか


 ラドクリフの声を、ダリアは熱に浮かされながら捉える。半ば意識を混濁させながらも、御厨に再び突撃銃を抜かせた

 突っ込む気なのだと、御厨は気付いた


 「・・・・ッ!・・・・・・・ッ!・・・・ッ!!」


 ダリアの燃える鼓動が、更に高鳴る。彼女の体に何が起こっているのかは解らないが、その内にある闘争心が消えていない事だけは解る


 しかし、それに身を任せる事だけは、絶対にさせてはならない

 御厨は、グイ、と押し込まれるレバーの感覚を感じながら、必死にそれに抗った


 (だから・・・・駄目だって!)


 御厨は、初めてダリアに真向から刃向かった。今までにも、彼女の操縦を無視した事はある。だが、ここまで強引にダリアを拒絶したのは、恐らく初めてだ


 ギシリ、と体が軋むような気がした。御厨に内包される機械の力を、必死に押さえつける

 動いてはならない。動いてはならない。そう念じる


 しかし、御厨が決死の思いで打ち立てた決意は、ダリアの一喝で、あっさりと砕かれた


 「・・・・なんで・・・・シュトゥルム・・・・・・・・・・・・・・・・・動いて!!」

 (うぁ・・あぁ!クッソォォォ!)


 ダリアが叫びを上げながら、再びレバーを入れなおす。烈閃の気合と共に

 その激しい強制力に、御厨は否応なく引きずられてしまった


 『その・・動き!』


 ラドクリフの声が聞こえてくる。もう、一体何度目だろうか

 その声はやはり余裕に溢れていて、どこか楽しんでいる節がある

 先ずは勝利を求め、その次に戦いを求める。かの死神は、己の勝利を確信しつつ、こちらを推し量っているのだ


 ダリアが直線的に突っ込みながら、突撃銃を乱射させた。ラドクリフはそれを避け様ともせず、ライフルを持たない左腕で重要部を防御しつつ、こちらも突っ込んでくる

 いつもならば、間接部位を狙って機能停止に追い込む事も可能な場面だ。それをラドクリフが甘んじて受けるかは別として

 だが、今「射撃」をしているのは御厨ではない。ダリアだ

 御厨の行う機械の精密射撃を、求める方が酷だった


 完全な超至近距離にまで接敵する

ここまで来ると銃は邪魔だと踏んだのか、ダリアは突撃銃を投げ捨てた。どうせ残弾は少なく、カートリッジを入れ替えなければ使えない

 この距離に置いては、その動作は命取りだ

 ダリアは大きく熱い息を吐いて、そのまま、自由白兵戦闘に入る


 『今度は銃を捨てるか・・・・・・・・そんな!・・所も!』


 御厨の拳が、神速の域の中で閃いた

それは一直線に敵機へと向かい、その過程で鉛色の閃光と化す

 しかしそれを見切ったか、ラドクリフはこちらもライフルを投げ捨て、右腕を振り被りながらも左腕で鉛色の閃光に合わせた

 衝撃。ダリアの放つ御厨の打拳が、緩やかにラドクリフに受け止められる


 そこから一部の遅れもなく発動したラドクリフのカウンターは、正にある種の戦技に達していた


 『あの男に!!』


 御厨は、全てを認識する前に、意識が真っ白い空間に放り出されるのを、感じていた


―――――――――――――――――――――――――――――


 (・・・・・・・・?!・・・・ボクは・・システムダウンして?)


 御厨は唐突に目覚めた。そして一瞬で己がどうなったかを把握すると、次点で場の認識に努める


 酷い有様だった。御厨は思わず目を背けたくなる

 ラドクリフのカウンターは、見事に御厨の胸部を打ち抜いていた

直撃した部分の装甲は窪み、その周りは捲れ上がり、まるで砲弾を正面から受け止めたかのように傷ついている


 痛みはないが、御厨は吐き気を覚える。この巨体は御厨の身体だ。生身なのだ。ニュアンスは違うが

 御厨の吐き気は、人が重い傷から目を背ける感覚と、とてもよく似ていた


 と、そこまで確認して、御厨は自分が倒れている事に漸く気付いた

 荒涼とした大地は既に暗く、肉眼では物もまともに見えまい

 背中の下に岩でもあるのか、そこはかとなく視界が斜めだった


 御厨はコックピットカメラに気を向ける。気絶・・システムダウンしていたのは、ほんの数秒だろうが、ダリアの事が気にかかった


 「・・・・ハァッ・・・・ハァッ・・・・ハァッ・・・・・・ぅ・・んくっ・・・・」


 ダリアの呼気は、更に荒くなっていた

 通常、僅か数秒でも戦闘行動が続けば、人の息は上がる。どんなに訓練していても、だ

 だがこれは流石に違うと解る。ダリアの顔は赤らみ、発汗の量は常識を超え、ある種の執念すら感じられる程強くレバーを握る手は、か細く震えている

 少なくとも、良くはあるまい


 だと言うのに、瞳だけは決して力を衰えさせてはいなかった

 元より大きい瞳は、さらに広げられ、モニターの緑光を跳ね返している


 それがギラギラと、ギラギラと

 唯一つの身で、孤高を抱く獣のように、ギラギラと輝いて


 そこから溢れ出る、狂おしい程の闘争心に、御厨は最早哀愁すら抱いた


 (・・・・何で・・・・・そこまで?)


 戦おうとするのか?

 何故いきなり、ダリアはこんな風になった?

 何がダリアを突き動かす?何がダリアを駆り立てる?

 何故、どうして、ダリアは、止まろうと、しない?


 その答えは、当の本人の引き結ばれた口から、漏れ聞こえていた


 「イヤだ・・・イヤだよ・・・」


 人は普通、こんな短期間に人間性を変えたりしない

 本当に短時間で変じたと思うなら、それはただの勘違いか、その人間が猫を被っていたか


 「あたしは・・・死なない」


 御厨は、取り留めのない思考に流されながら、思い知った

 どういう経緯を経て、ダリアがこんな・・・・例えるなら、狂化したのかは知らない

 だが、その根底にあるのは、どうしようもなく純粋な、生存本能であると


 原因はラドクリフだ。御厨は、過程にある全ての物を投げ捨てて、そこに至った

 ダリアはラドクリフに脅え、だから戦う。そう考えた

 その答えに伴う違和など、感じもしなかった


 それだけでは説明できない程、今のダリアはおかしいと言うのに


 ダリアがガタガタと震えながらレバーを押し込む

 それに合わせて、御厨は立ち上がった。眼前の少し先では、赤い死神がライフルを拾い上げ、こちらを見ている

 もう、逃げようなんて考えは、浮かんでこなかった


 今のダリアは強い。まるで別人のように、強い

 だがそれでも、覆せない差がある。なのに、ダリアだけに任せる訳には行かない


 御厨は完全に体制を立て直して、少しよろめいた。バランサーが逝ったか

 ラドクリフはこちらをじっと見ている。攻撃してくる訳でも、攻撃に備える訳でもなく、ただじっとこちらを見ている


 ダリアが、つい先程と同じように、レバーを押し込んだ

 まだ突っ込む気なのだ。正に恐れを知らぬ、猛猪のような覚悟

 御厨は踏ん張る。今度こそ引きずられたりはしない。自分は、ダリアの人形ではない。御厨翔太と言う、生きた心なのだ


 だから、ボクの声を聞いてくれ


 (ボクの声を聞いてくれ)


 君は一人じゃない。月並みな台詞ではあるが、事実だ


 (ボクの声を聞いてくれ)


 手伝おう。ボクが、手伝おう。地獄にだって、ついて行こう


 (ボクの声を)


 ダリアが、何かに反応するように、ビクリ、と身を震わせた


 (聞いてくれ)

 「・・・・・・・・・・・・シュトゥルム・・・・・?」


 御厨は力を抜いて、自然体になった

 ラドクリフは未だ動きを見せず、じっとこちらを伺っている。それが余計に不気味だ

 もしかしたら死ぬかも知れないな、と御厨は思った

 だがやはり、逃げる気はしなかった。ダリアの事を理解してしまったら、逃げられなくなった


 (ボクも行こう、ダリア。君はまだまだ、目が離せない)

 「シュトゥルム!」


 走り出すのだ。戦場に向かって

 そして戦え。死神と


 だが、その覚悟は、緊迫した空気と共に、激しい轟音によって破られてしまった


―――――――――――――――――――――――――――


 御厨の視界の先に居たラドクリフが、一瞬大きく揺らめいた

 そして連続しての轟音。一発音が鳴る度に、ラドクリフが一度、大きく揺らめく


 射撃だ、と御厨は一瞬で理解した。完全にダリアにしか気を払っていなかったラドクリフは、思いがけもない攻撃を食らってさぞかし慌てている事だろう

 御厨は視界を走らせる。探すのは、射撃地点だ

 それは直ぐに見つかった。御厨から見て、遥か左の丘陵地帯

 そこから、煙を噴き上げるライフルを投げ捨て、こちらに向かって走ってくる一機のタイプRの姿が、本当に良く見えた


 タイプRは疾走し、ラドクリフが体制を立て直す前に、御厨に近寄ってくる

 そして距離が三十メートルを切った時点で、こちらに通信を入れてきた。ジャマーは未だ健在ではあるが、ここまで近づけば最早意味などない

 現に、ラドクリフとも通じているのだから


 モニターの端に大写しになったウィンドウの向こうに居たのは、くたびれた金髪のしたで、激しく瞳を見開いた、アンジーだった


 『ダリア!無事か?!』

 「あ、アンジーさん・・・・」


 ヘルメット越しでも良くわかる。端正な顔が、ダリアの無事を確認して、少しだけ緩む

 それと同時に、ダリアの張り詰めた空気も切れたようだった。御厨だって実の所、少しは安堵していたのだから、それも無理はない


 アンジーは、ダリアを庇うようにしてタイプRを前面に押し出す

 何時の間にやら立ち上がって、油断なくライフルを構えるラドクリフを、ギッと睨み付けていた


 ダリアが我に帰って、アンジーを問い詰める


 「アンジーさん!どうしてここに?!」

 『気づいてないのかよ』


 アンジーが、一瞬だけ驚いたような顔して、乱暴にヘルメットを脱ぎさった

 くたびれた金髪が一瞬広がり、アンジーの素顔が現れた


『このジャミング、局地的な物じゃない。辺り一体に撒かれてるんだ。御蔭で基地のレーダーは、水の中みたいに何も映さねぇ』


 アンジーはそう言いながらも、タイプR標準装備のライフルを構えなおし、ラドクリフと相対した


 『直ぐ警戒態勢が取られたんだが・・・・トワインの狸親父、お前が機体の慣修訓練に出たって言うじゃないか。慌てて俺だけ、追いかけて来たって訳だ。・・・・動くんじゃねぇ!』


 アンジーは、ラドクリフの微妙な動きを察知すると、容赦なくライフルを撃ち放った

 ラドクリフは機敏な動きで、何とか弾丸を避けようとするも失敗

何か改造でもしてあるのか、アンジーのタイプRのライフルは、敵機のウィングバインダーを、両方とも叩き折っていた。洒落にならない威力である


 御厨は、この男に本当に感謝した。そしてその気概と精神を、本当に尊敬した


 『おい手前!動くなよ!俺はコイツみたいに甘くないからな。ミートペースト位にはしてやれる』


 そう言いながら、アンジーは機体の腕でダリアを退かせる。それに合わせて、自分もゆっくりと後退った

 完全にブラフだと言うのは、御厨にも解った

 アンジーの腕がどれほどの物かは知らないが、そう簡単にラドクリフを降せるとも思えない

 それにこれほど御厨が消耗していながら、戦うメリットなど存在しない。何より今は、基地が警戒態勢を取る程の緊急事態だ

 しかるによって・・・・


 『ダリア、走るぞ!』


 今は逃げるしかなかった


 タイプR一定以上距離を取り、一気に背を向けて駆け出す

 御厨は辛うじてホバーが使えたため、尚の事だ


 兎にも角にも、全ての事象を思考の彼方へと追いやって、御厨は、逃げた


 『邪魔が入ったか・・・・・・。まぁいいだろう。・・・・・・・しかし、『ダリア・リコイラン』・・・・・・・・・・任務を抜きにしても、与力に欲しい逸材だな・・・・・・・・・』


 ダリアの受難は、まだまだ続く・・・・・・・・ん?

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・・・・翔太くん、ダリアと心を通わせる。の巻でした。

しかし、今回の話は大分強引だった気がします。違和感ありません?

修行が足りないな、と思う今日この頃です。


まぁ、個人的に大分ダリアを目立たせられたかな、と言う感じです。目立たせ方は無理矢理でしたけど。

彼女の変貌の原因は、まだまだ後で。

因みに、次から元に戻りますので。狂化中のダリアは、書いてる方の精神衛生に悪いのです。


兎にも角にも、毎度ながら、ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございました。



[1309] Re:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/02/04 20:24
 御厨やダリア、如いてはこれからの戦局すら左右する情報が飛び込んできたのは、基地まで後二kmと言う地点を、疾走していた時だった

 それらは簡潔な物言いをすれば、新たな敵戦力を確認したと言う事。敵が他方にも侵攻を開始したと言う事。そして、味方からの増援が望めないと言う事。その三つである


 敵、即ちスパエナ公国は、トゥエバ帝国(驚く事に、未だ帝政であったらしい)リガーデン方面軍に対して、二方面作戦を展開した

 勿論、端から宣戦布告など無かったのだから、世論はスパエナに対して痛烈である

 しかしそれらを物ともせずに、スパエナは依然として沈黙を保ったまま、終いにはリガーデンに対し、移動拠点戦力すら投入してきたのであった


 サリファン基地格納庫において行われた、陸戦隊ブリーフィングによって、御厨はその事を確認した


 「有態に言うと・・・・、今こっちに向かってきてるスパエナの「陸ザメ」は、サリファンみたいな小規模の基地に閉じこもっても、どうしようもない訳。・・・・あ、ここオフレコね?」


 胸部の装甲版を外されながら、御厨は己の足元でヘルメットを抱えて、胡座をかくホレックをみやる

 彼が話し掛けるのは、そこから数歩離れた位置で、PCに向かうダリアだ

 ダリアはホレックの言に、興味深そうに相槌を打ちながら、御厨の調整の為に、キーボードを叩いていた


 因みに「陸ザメ」とは、スパエナの保有する最大と見られる移動拠点戦力である。正式名称が解らない為、その外観から、陸上を泳ぐ鮫、「陸ザメ」と呼ばれている


 「今、トゥエバの戦力は、大都パリスタ方面に展開されたスパエナ軍に向いてる。ここからは完膚なきまでに反対方向だから、最低限以上の増援も見込めない」


 リガーデンと呼ばれるこの地方は、トゥエバ帝国の植民地である・・・・と、御厨はついさっき知った

 元々トゥエバは、この世界の地理も解らない御厨ですら理解できる程の強国だったが、それと同時に大陸から付かず離れずの位置にある島国だったらしい

 それが長い歴史の中、幾多の闘争を経て、大陸西端に位置するここリガーデン共和国を属国とし、その影響力を計り知れない物としたのだ

 約三十年前より続く文化統一政策は概ね成功しており、目立った問題もなかった


 「あたし達だけで戦えなんて・・・・・・・・本国の方は、何をしてるのかしら」


 ダリアが軽く机を蹴って、キャスター付きのチェアでするりと移動する

 狙い済ましたようにホレックの隣へと動くと、眉を顰めながら御厨を見上げた


 ホレックが、丸みを帯びたヘルメットを指先で回しながら、頬杖をつく


 「俺達みたいな士官は別としても、大幅な人員削減の最中だったからなぁ・・。安易な軍備縮小のツケが、今正に・・・・って奴だと思うよ」

 「随分他人事みたいに言うのね」


 ホレックの声は、場所が場所だけに、不敬罪にもなりかねない

 その為彼の声量は、幾分か抑えられた物だった


 スパエナは新興国である。彼の国は、大戦中に起こった革命の成功が元で、歴史の表舞台に立った国だ

 それが僅か三年前の事。若くはあるが、地盤の固まりきっていない小国でもある

 そんな国が対外政策も何もなく、ただ我武者羅に戦争を仕掛けてきているのだから、リガーデン方面軍が混乱するのも、無理ではなかった


 ダリアの、少し拗ねた様な口調を受けて、ホレックはどぎまぎしながら肩を竦める


 「そうは言われても・・・・。俺ってメタルヒュームパイロットだけど、一兵卒だし」


 ホレックは思いっきり伸びをして、清潔とは言い難い格納庫の床に、寝転がった「結局の所、言われるまま戦うしかないっていうか・・・・」


 力なさ気に言うホレックの言に、ダリアは一瞬ホレックを見やり、それでも何も言わず、俯く

 ホレックの言った事は、大多数の者に当て嵌まるからだ。勿論、ダリア自身にも


 「・・・・・・・・・厳しい作戦になるだろうな。今回の防衛戦は・・・・・・・・・」


 結局の所、彼等の結論は、そこに行き着いたのだった


 現在、午後七時四十七分

 サリファン仮定防衛戦力拠点に、大規模かつ広域出力のジャミングが仕掛けられたのが、午後六時二十五分

 同時刻、原隊復員のダリア・リコイラン少尉が、スパエナ軍と戦闘

 午後七時十四分、サリファン仮定防衛戦力拠点から、約三十kmの地点に、スパエナ国移動拠点、「陸ザメ」を確認。ジャミングは、同対象接近の為の陽動であると判明


 御厨が確認できたのは、まぁこんな所だ


 きっとトワインは今頃、必死に頭を働かせているだろうな、と邪推して

 御厨は必死に、今から始まるであろう大規模な戦闘、それへの不安を誤魔化していた


 ロボットになった男  第四話  「戦の前の軍人達。悪い見本」


 御厨はふと、格納庫の喧騒の中に、とても今の状況とは似つかわしくない物を見つけた

 それは歌だ。本当に微かだが、どこか聞き慣れた馴染み易い歌が、流れ聞こえてくる

 それを認識すると共に、御厨は一つの問題を思い出した

 自分を直してくれた恩人は、さぞかし怒っているだろうな、と


 そしてその問題は、大量の工兵と少数のパイロット達が行き交うその向こう、白く彩られたスライド式のドアから、今正にこの格納庫へと発露しようとしていた


 「ミンツ六等下級技官!!作業に入ります!!!」


 一瞬、格納庫内の時が止まる。誰も彼もが足を止め、一体何事かと入り口を見やる

 飛び込んできた声が、あまりにも威圧的だったので、気圧されてしまったのだ。勿論御厨も仰天した


 現れたのは、キャップをこれでもかと目深に被った、レイニーだった

 腰の安物の支給ベルトには、御厨の知らない丸みを帯びたフォルムの金属板があり、そこから伸びるイヤホンが、レイニーの耳に掛けられている。歌は、そこから聞こえていた

 レイニーは固まった格納庫を一瞥して、気にも留めず・・・・・と言うよりは、気にする余裕がなかったのだろう

御厨に向かって、ひいてはその足元のダリアに向かって、ずんずんと歩き始める


 「うへぇ・・・・・・レインちゃん・・・・・・・・・・ダリア、何かしたのか?」


 ホレックが、背筋を伸ばして、堂々と歩くレイニーを見ながら言う

 彼は何よりもレイニーの雰囲気に圧倒されているようで、その視線は釘付けだった


 確かに、良くも悪くも目を惹く

体の筋肉全てに力が込められているような、そんな角張った歩き方だったが、違和感は全くない

 早歩きでもなく、必要以上に遅い訳でもなく、淡々と、しかし堂々と歩く様は、みすぼらしいがまるで王者の行進だった


 「・・・・・・・・・・・は・・・・・・」


 ダリアは、薄い息を漏らす事しかできなかった

 他と同じように、気圧されていたのは疑いようがない。何よりダリアは、彼女に対して負い目がある


 正直、気が気でない筈だ。レイニーの憤激に晒されるのが、恐ろしくてしようがあるまい

 言葉は時として、暴力などよりも余程容易く人を傷つける。そしてレイニーの気性は、苛烈だ。いや、もしかしたら両方来るかも、なんて、ダリアの考えが簡単に読めてしまう


 しかしダリアと同じように、御厨も苦しかった

 御厨からしれみれば、ダリアは相棒であり、レイニーは恩人だ。二人が相反しあう様など、見るに耐えない

 御厨には何より、二人が傷つくことが、一番辛かった


 レイニーに数秒遅れて、再び格納庫のドアが開いた

 今度現れたのは、大柄な体躯と鋭い眼光を持つ男。今、この格納庫内の全てを取り仕切る、ボルトだ


 「俺だ!作業に入る!各員状態知らせぇ!・・・・・・・・・・・・・・・・ぁん?」


 普通は自分の立場を示すのが、ここでのしきたりだが、ボルトは違う

 彼は、自分を証明する一言だけを口にすれば、それだけで万事が丸く収まるのだ。一言で場は引き締まり、格納庫に存在する全ての事象を、悉くその掌の上で運べるようになる

 だが今回は、その統一感が全く無かった


 開口一番に怒鳴って、直ぐにボルトはは訝しげな表情になる

 まるで水を打ったかのように静かな格納庫を見て、流石に不審に思ったのだろう。ボルトは足を踏み入れて、辺りを一睨みした


 そして、己の数歩先を、どんどんと歩いていくレイニーを見て、何事かを悟る

 ボルトは一つ溜息を吐くとキャップを被りなおし、再び怒鳴り声を上げた


 「止まってる暇はないぞ!キリキリ働け!・・・・報告は後でいい」


 最後に俄かに逡巡してから、そう付け足す。ボルトの一喝によって、シンとしていた格納庫は、再び息を吹き返す

 そして自身も、ゆっくりとこちらにむかって歩き始めた

 そうしている間に、レイニーは、ダリアとホレックの間近にまで歩み寄って来ていた


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 レイニーは無言だった

 その右手はキャップにかかり、つばを握り締める手は握力で血が通いきれていないのか、青白くさえある

 キャップを深く深く落とし込んで、まるで自分の目を、外界に晒さぬようにしているとも取れた


 ホレックがそろり、と立ち上がった。流石に、ただならぬ物を感じたのであろう

 なるべく音を立てぬように――意味はないが感覚的な物だと思われる――、抱えていたヘルメットを、足元に転がす。一歩、後退りすると、露骨にレイニーに対して構えを取った


 レイニーがダリアの横で、ピタリと立ち止まる

 彼女は開かれた天井を仰ぐようにして顔を上げるが、それをすると同時に更にキャップを深く押し付ける為、やはり目を見る事が出来なかった

 暫くそのまま、三人の間に耐え難い沈黙が続く。ボルトは、そこから数歩距離を取って、事態を見つめている


 御厨は、正直生きた心地がしなかった

 レイニーの動作が、怒りを孕んだ物だと言うのは理解できる。だが、それがどれほどの物であるかは解らない

 御厨は御厨で、レイニーではないのだ。心の内など、知りようがない


 (・・・・・・・・はは)


 意図せずして、御厨は笑った。計算のしようがない、乾いたような苦笑だった


 「・・・・・・・・あの」


 戦々恐々としていたダリアが、おずおずとチェアから立ち上がる

 彼女とて、臆病者ではない。レイニーに不満があるのなら、それを聞く度量はある

 どれほど雰囲気が悪くとも、それより大事な事があるのなら、ダリアは意外と他人に遠慮しない性格だった。物怖じしないと言えば、しっくり来るのかもしれない


 しかし、意を決して立ち上がったダリアを迎えたのは、唐突に動いたレイニーの体当たりだった


 一見すれば、ダリアを押し倒そうとせんばかりの勢いで、レイニーはダリアに接近した

 正に目にも止まらぬ速さだったが、この時点に置いては称賛されるべきではない

 だってこれは、私闘だから


 爆弾が爆ぜたかのような勢いでダリアに迫ったレイニーは、そのまま彼女の胸倉を掴みあげる

 元々、二人の身長は然程変わらない。辛うじて、ダリアの方が高いという程度だ。それに伴って、二人の身体能力は似通った物である

 勿論パイロットと整備兵では、受ける訓練量が違うが、それは基本的な運動能力や体力の面である為、ハッキリとは表に出ない

 だからだろうか、力のないレイニーでは、如何にダリアを全力で縊り上げても、少しも持ち上げる事ができなかった


 「いきなり何を・・!」


 近くでレイニーを警戒していたホレックが、その備えを実行に移そうとして、やんわりとボルトに止められた


 「ホレック少尉は所属が違う筈ですが、何故ここに?」

 「い、いや、司令代理が、作戦の説明までは自由にしていいって・・・・ってそんな事より」

 「それだけなら・・・・・・黙って見ていなさい。どの隊にも独自の隊歌があるように、どの隊にも独自のしきたりがある」


 そう言いながらボルトは、ホレックを抑え込んでしまった

 後ろからがっちりとホールドされ、熊のような手で今にも騒ぎ立てようとしていた口が塞がれる

 周りの工兵達が何事かと近寄ってきたが、ボルトは軽く右手を振ると、あっさりとそれを散らしてしまった


 ダリアは、抵抗しなかった。ただじっと、レイニーの瞳を見つめている

 ダリアの深みに沈む藍の瞳と、レイニーの激怒に染まる青の瞳が、一瞬、交差した


 「・・・・・もがもが」


 ダリアも、レイニーも、ボルトすらも声を発したりしない

 ただ一人息を呑む、ホレックのくぐもった声が響くだけだ。耳を塞ぎたくなる程やかましい筈の、格納庫の喧騒も、今は聞こえないような気がした


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ダリアを直視したレイニーの瞳が、俄かに揺らいだのを、御厨は見逃さなかった

 それは何秒かの硬直を味わった後で、月並みではあるが、一瞬を永遠とも勘違いしそうな時間を過ごした後の、ほんの一瞬だった

 だが、ハッキリと解る。レイニーの瞳に浮かんだのは、己への不信だ


 御厨とていい大人だ。彼女達の心根を知る事は出来ないが、雰囲気は知れる

 レイニーの目に表れたのは、明らかな自分自身への疑惑。そして疑い

 何を持ってして自分を疑うのかは解らないが、何かが急激にレイニーの中で変わりつつある。御厨は、そう感じる


 (・・・・・レイニー・・・・・・・)


 そう思った矢先、レイニーは力いっぱい握り締めていた手をほどき、ダリアを開放する

 そして行き着けの駄賃とばかりにPCのエンターキーを叩くと、ガチガチと音を立てて御厨に装着されたタラップに向かって、今度は幾分か肩を落としながら、歩いてきた


 やはりレイニーは、無言のままだった

 彼女が腰部のコックピットで調整を始めた後も、御厨は、後に残されたダリアを見つめていた


 「・・・・・ダリア少尉殿。貴女が敵と戦闘したと知らされた時、整備班の中で一番少尉殿を心配してたのは、あの青二才なんです。別に機体が心配とか、そういうのじゃなくてね」


 ボルトが、唖然としているダリアに唐突に話し掛けながら、ホレックを開放する

 ホレックは少しバランスを崩しながらも体制を立て直すと、ボルトに向き直った。その目には少々ボルトを非難する光もあったが、反目する程強くはなかった


 ダリアが、御厨のコックピットのある場所を見つめながら、意外だとでも言いた気に呟いた


 「・・・・・ミンツ技官が?」

 「はい」


 ボルトは相槌を打つと、ダリアの横に立って御厨を見る

 一瞬、目があったような気がして、御厨はドキリとした


 「あいつの故郷は、ルアレーの田舎の方でしてね・・・・。あそこはずっと前から、色々と火薬臭ぇ匂いの取れない所だ。身近な人間が死んだりする事も、少なくなかったんでしょう」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「だから半分、考える事を放り出しちまってる」


 ダリアも、その横のホレックも、「何が」とは問わなかった

 その答えが容易に解ったからである。レイニーはつまり、人の生き死にを、「運命」とか、「必然」とか、そういった超次元的な物で捕らえてしまっているのだ


 「あの青二才はメタルヒュームで戦うパイロットが嫌いだ。それは、幼い頃から傍にあった「機械」だけが、あいつにとって唯一不変だからだ」


 それが、レイニーの思考を、縛り付けている。御厨は理解する

 パイロットが嫌いなのに、パイロットと密接に接する工兵になる。その矛盾を抱えてなお、彼女が整備士であるのは、機械に対する思い入れあればこそ、だ

 レイニーにとって機械とは無機物ではない。御厨に例えるのなら、ダリア

 そんな、己の半身にも等しい存在なのである


「・・・・腹の中じゃ、少尉殿、あいつは貴女を好いてる。でも今更はいそうですか、なんて納得出来るほど、あいつは大人じゃない」

 「・・・・・・・・俺、・・・・・・・・・何だか解る気がする」


 ホレックがまた、格納庫の床に座り込みながら、そう呟いた

 床に転がしたヘルメットを手に取り、自分の顔の前に掲げる。ヘルメットのバイザーに映った自分は、ホレックの瞳にどう写るのだろうか


 「レインちゃんは、こういう言い方は悪いかも知れないけど、ダリアと、ダリアのタイプSを天秤にかけてるんだ」


 ホレックはダリアを見上げた

 憂えるその顔はどこか悲しげで、今の彼の心が、空気を通り越して伝わってくるような気さえした


 ダリアはその言葉を聞きながら、一瞬瞑目する


 「人の命か、メタルヒュームの命か、どちらが重要なのか、測りかねてる・・・・」

 「そして当然、重く用いられるべきは人の命だ。あいつはその答えに、漸く気づき始めた。・・・・こんなんだから、どんなに整備の腕があっても、あいつは青二才なんですよ」


 ボルトはそれ以上は語らないとでも言いた気に、腕を組んで口を閉じる

 ホレックはボルトの顔を見上げると、頼もしげに頬を緩めた。その目には、先程のボルトの行為に対する反感など、最早影も形もなかった


 ホレックは視線の向きを変える。ボルトから、ダリアに

 そして、持っていたヘルメットをダリアに投げ渡すと、ぐい、と親指を立てた


 「行ってきなよ」

 「ホレック・・・・・・・ありがとう」


 御厨の視界で、ダリアがこっちに向かって駆け出すのが解った


 御厨は何となく、涙しそうになった。いや、涙腺は既にありはしないが、生身であれば泣いているだろうな、と、そう思った

 直情型の御厨は、こう言う話に弱かったのである

彼は、ダリアとレイニーの行く末を、本気で安じていた


 「ホレック少尉も・・・・・積極的に行かなきゃ、苦労しますぜ」


 唐突にボルトが口を開く。御厨は、ふと興味を覚えた


 ボルトはあまり多弁ではなく、一度話さないと決めたら何があっても話さない節がある

 ボルトなりに、この事件はダリアが完結させるものとして、口を閉じたように思ったのだが・・・・それがどうした事か、急に話題をホレックに振った

 御厨が好奇心を発揮するのも、まぁ無理はない


 「・・・・・・・な・・・・・なんの事で?」

 「震えてます、声。ダリア少尉は箱入りですからなぁ・・・・・・・、あまりアプローチが遠回しだと、少しも近づけませんよ」

 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?)


 御厨は首を捻った。ボルトの言葉が、ピンとこなかったからだ

 確かに箱入り・・・・と言うか、世間知らずな面はあるように思う。その点は同意だ

 だが、ホレックがダリアにアプローチするような・・・・なんと言うか、そっち系の感情を持っているようには、どうにも思えない。・・・・・ような気がする


 御厨が話を注意深く聞こうとした時、二人の声は、唐突に遮られてしまった

 遮ったのは、御厨のよく知る声。しかも、彼の体の中からだった


 「うがーー!シュトルムに、さ・わ・る・なーー!!」

 「わ、わきゃ!ちょ、こんな所で体当たりは・・・・!」


 御厨はどうしても、コックピットカメラを使う気になれなかった


 「・・・・・・・・・・こりゃ、当分青二才のままだな・・・・」

 「ダリアもレインちゃんも、元気だなぁ・・・・」


 御厨の受難は・・・・・・・・・・・・・・・・・うん、判断し難い

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戦の前の一話、あがりました。

見直してみて、今回はかなり青春一直線だったなぁ・・・・なんて思ったり。

いや、いらっしゃるかどうかは解りませんけど、ここまで読んでくださった方々を精神汚染の領域に突き落とすつもりか、と自分を問い詰めてみたり。

でも、やっぱり書くのなら、リアリティにあふれ過ぎた物より、少々青春ドラマっぽい方が気持ちよかったりするんですな・・。

ですがそうは言っても、今まで色物ネタでここまでやって来ましたが、この一話だけは本当に自信がないっす・・・・。


まぁ、それは兎も角として
毎度台詞は同じですが、ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
そしてあまつさえ感想まで下さった方々、もう感謝の念にたえません。

これからも読んで下されば幸いです。そして、オリジナル投稿掲示板の活性化に貢献できれば、もっと幸いです。・・なんちゃって。

パブロフでした。



[1309] Re[2]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/02/13 17:04
 突然だが、御厨は考察した

 考察の対象は、今御厨の目の前にある物。嫌でも目につく赤に塗装された、半ば程から叩き折られた大型のウィングバインダー

 そして考察の理由は、今の状況が異常であること。何故か格納庫中の工兵達が、ボルトとレイニーを中心に集まり、御厨を取り巻いている

 皆が皆、一様に腕組みしているのだから、何よりもまず、異常さが極立った


 「・・・・・・・・・ふーむ・・・悪くは・・・ねぇだろうな、きっと」

 「・・私は反対です。システムは酷似していても、シュトゥルム型のプログラムには無い物です。後付して一体どんな影響があるか・・・・」


 考察の理由としては、もう一つある

 今、ダリア達パイロットは、ブリーフィングの為に格納庫には居ない

 つまり、何かあっても、助けは無い訳だ


 今更言うまでも無いが、御厨は一人では動けない

 不足の事態に気付きはしても、それに対応する術がないと言う事。これは、死活問題である

 然るによって、御厨の相棒たるダリアが傍に居るかどうかと言うのは、日増しに重要度を帯びてきている


 詰る所、結局何が言いたいのかと聞かれれば、ダリアが居ない限り考察なども無意味、と言う事だ

 だが、大多数の人間はは自分に危険が降りかかる時、例えそれが意味を成さなくとも、様々な情報を得たがる物である

 御厨も御多分に漏れず、そんな類の人間だった


 話を戻そう。助けがない、それつまり、この場合の仮称として、「敵」の成すがままと言う事

 ・・・・結論として、その「敵」に寄って集って改造されても、誰も止めてくれない訳だ


 (あ、ちょ、ま!止めてぇー!近寄らないでぇー!)


 ロボットになった男  閑話  「無題」


 格納庫に戻ってきたダリアの第一声は、何の捻りもない、悲鳴だった


 「あ、・・あたしのシュトゥルムが!!ま、真っ黒にぃ?!」


 格納庫に入ってくるなり、突然走り出したダリアは、シュトゥルムの前まで辿り着くと、膝をついて頭を抱える

 御厨は、一体どう反応すれば良いのか、咄嗟には判断出来なかった


 ただ、あるのは事実だけ

ラドクリフの乗機に付いていたウィングバインダーを、後付改造で設置され、頭も体も足も、どこもかしこも全て真っ黒に塗り上げられた、御厨だけだ

 あまり良い趣味とは言えない。暗すぎる色も、全長の四分の三もある巨大な羽も

 大体、羽で大きく見えるとは言え、御厨の元々小さな機体を黒くした所で、威圧感も何もない。ただ、奇妙な滑稽さが残るだけだ


 後から入ってきたアンジーが、忙しなく走り回る工兵達を掻き分け、歩いてきた


 「あ~れまぁ。こりゃ思い切ったもんだ。・・・・・全身真っ黒たぁねぇ」

 (他人事みたいに・・・・・・。いや、そりゃ他人事だろうけどさ)


 思わず御厨は、気だるげに頭を掻くアンジーに対して、愚痴った。ダリアは茫然自失としている


 愚痴られるアンジーにしてみれば良い迷惑なのだが、それでもどうしようもない事と言う物がある

 御厨は、その愚痴が無意味かつ理不尽であると痛感していながらも、それを押し隠せない自分の未熟さを、恨めしく思った


 勿論愚痴はアンジーには届かないが、そこは己の心情の問題である


 アンジーの言葉を受けてでは無いだろうが、唖然としていたダリアがハッと我に帰り、続いて勢い良く立ち上がる

 そしてくるくると辺りを見回すと、途端に走り始めた


 向かう先に居たのは、御厨の隣に位置する機体の整備を行っていた、ボルトであった


 「ボルト主任!主任!ボルト主にぃぃん!!!」


 移動式のタラップに上って、御厨と同じく真っ黒に塗られたタイプRの上体を整備していたボルトが、鬱陶しげに振り向く

 ダリアを睨み付けた。尉官階級だの何だのはお構いなしだ

 まぁ、その心情は解らないでもない。ボルトは今、その神経と体力、そして技量を、殆ど鼻先に差迫った己の職務へと向けている

 余裕を持ちつつではあるが、その様は真剣の鋭さだ。立ち入るべきではない領域である


 もしかしたら、あの剣呑さには、尉官と言う立場にあるまじき態度のダリアを、諌める意味合いもあるのかもしれない


 「・・・・・なんですか、少尉」

 「あたしのシュトゥルムが!」


 ダリアは、走る勢いそのままに跳躍し、タラップの頭頂部に取り付く

 目測でも、大体四メートルの高さがあるのだが、そんな事はまるで無視だ。これはいよいよ、この世界の人間は、身体能力がおかしいとしか思えない。まぁ、御厨の主観で、だが


 ボルトは、誤って転落しないようにと設計されたタラップの防護柵を、いとも簡単に乗り越えようとするダリアの頭を、グイグイ押さえつける

 おかげでダリアは非常に危険な立ち位置だが、そこは上手くバランスを取っていた


 どうやら、タラップの上に登らせるつもりはないらしい。ボルトは、奇妙な所で容赦がない


 ダリアは、その紅の髪が重力に従って流れるのも構わず、がうがうとボルトに噛み付いた


 「真っ黒に!なんで!しかもあの羽!」

 「・・・・・ったく、ただの夜間迷彩でしょうが。何を慌ててるんです」


 ボルトはそのままダリアを抑えながら、後ろで働く工兵達に指示を出した


 彼も随分と手忙しい男だ。ダリアを抑え、応対しつつ、部下達に檄を飛ばす。頭の中も静かではあるまい。格納庫の統括役であるボルトに、安息の時も地もありはしないのだ


 一通り指示を出し終えたのか、ボルトは無表情に頷く

 そして未だがうがうと唸っているダリアに顔を向けると、情け容赦なくタラップから突き落とした


 (何ぃ?!)


 ・・・・と驚いたのも束の間。御厨がそろそろとバレないように動かした視界の先には、何事も無かったかのように、華麗に着地するダリア

 そして、その後をついて来るかのように、タラップから身を投げ出すボルト

 勿論彼も、まるで些末事をこなすかの如く着地した


 御厨は今度こそ、開いた口が塞がらなかった。・・・・口は無いが


 「・・・・やれやれだぜ。内の隊の紅一点は、実戦を経験しても落ち着きが出やがらねぇ」


 ダリアを尻目に、アンジーが御厨に近づいてくる

 御厨はアンジーの台詞に共感しつつ、胸中で大きな溜息を吐いた。無理も無い


 アンジーは御厨の右足に触れると、二、三度擦った

 得心したように頷く


 「ダリィ。そんなに悪いもんでもないぞ。ツヤ消しもされてるみたいだし、この色なら、まず肉眼じゃ捉えられないさ」

 「ついでに、断熱剤も混ぜてある。内部は熱を溜めやすいが、タイプSなら問題ないでしょう」


 サーマルセンサーも誤魔化せるってか。御厨は皮肉気に言う


 御厨とて、ボルトの言う事は解る

 塗りたくられた塗料は元々光を反射していなかったし、その後入念に皮やすりで全体を擦られれば、嫌でも意図が見えようと言う物だ

 そして、隠密効果の上昇と言う利点を、理解できない程馬鹿でもない


 (・・・・・・けどなぁ・・・・・・これじゃまるで、TV特撮の悪役だよ)


 そう。正にそれ。戦争にヒーローも悪役も無いと言う事は当の昔に理解しているが、この姿では流石にやる気が削がれる


 前線の兵士には、メンタルとは重要な物だ

 彼等は常日頃から、天気、酒、煙草、ラッキーナンバー、果てはコインの裏表、そんな些細な事を、異常な程に重要視する

 それは、死と言う絶対的な猛獣の顎の中で戦いながらも、決して己以外の誰かに縋ったりできない、そんな彼等の『唯一』なのだ


 全力で死に抗いつつも、運を天に任せている。矛盾しているが、詰まりそういう事だ

 だからこそ、彼等なりの精神安定剤としての意味合いは、強い


 元より黒とは、暗いイメージが拭えない

 人が暗闇を恐れ、悪しきとするように。タロットの死神が纏う衣が、黒で表されるように

 死や恐怖。人の身では計り知れぬ事を、連想させてしまう


 だから、尚の事、ダリアは反発するのかも知れなかった


 「アンジー少尉・・・・、他人事みたいに言ってるが、あなたのにも施されてますよ、夜間迷彩」

 「何ぃ?!俺の機体まで、こんな悪趣味な色に染めたってのかぁ?!」

 「上からのお達しです。囮小隊以外、全ての機体を黒に塗り潰せってね」


 何やら複雑な顔のダリアの背後で、今度はアンジーが騒ぎ出した。いい気味だ

 やはりアンジーも、機能性以外では悪趣味と考えていたようで、先程のダリアと変わらぬ勢いでボルトに食って掛かる


 御厨の方は既に、諦めの境地に達していた


 (こんなにしてまで行う作戦って、一体どんなのだよ・・・・)


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 あれから一悶着あった後、ボルトは、無理矢理アンジーに引き摺られて行った

 アンジーはボルトに、自分の機体の前で、じっくりと説明して貰うつもりらしい。その態度が教えを乞う物でなく、ばりばりに喧嘩を売っていた事は、言うまでもないだろう


 もしかしたら、壮絶な殴り合いでも起こるかもしれないが、そこは御厨の知った事ではなかった


 それらは、一応横に置いておき、だ


 結局の所、ダリアは色の事は納得したらしい。出撃時間が差し迫り、余裕が無くなったとも言える

 あちらこちらではしゃぎ回った――本人にそのつもりは無かろうが――せいで、あまり時間的余裕が無いようだ。今は、御厨のコックピットの中で、微調整を続けている


 あれだけ騒がしかった格納庫は、基地放送によって通達された待機命令によって、閑散としていた


 「・・・・うん、そこら辺はピーキーな設定で構わない。整備班でもテストはしたけど、類敏に推進力のベクトルを変えなきゃ、派手に地面に突っ込むから」


 そして、タラップの階段、その途中から作業を見守っているのが、レイニーだった

 専ら彼女の仕事は、後付されたウィングバインダーに関する事だったが、出撃前の気が高ぶった状態のダリアには、丁度よかろう

あまり口出ししない方が、作業はスマートだ


 しかし、驚くべきは、この二人が相争っていない事だと御厨は思う

 格納庫では、ダリアと取っ組み合いをしてでも、御厨に触れさせようとしないレイニーが、今日は存外に大人しい


 勿論、些か不機嫌そうではあるが、それ以上の物は何もなかった


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ねぇ、・・・・・・・・この羽って・・・・・・・・・」


 コックピットで計器を弄りつつ、ダリアが声を上げた


 訝しげな表情。訝しげな声。そして発言の内容。言いたい事は大体解る


 「・・・・・・『死神』の乗機についてた羽なんでしょう?・・・・・なんでこれ、・・・・・こんなに上手く、シュトゥルムに取り付けられるの?」


 ダリアの疑問は、当然と言えば当然だった

 普通なら、回収した敵機の部品が、そのまま自機の改造に宛がえる筈がない。設計が違うし、規格も違う

無理矢理付ければ、膨大な負荷とエラーで正常動作の確立は極めて低い。そして物理的な理由も含めれば、稼働率はどんなに高く見積もっても五%を切る


 これは、兵器としては使い物にならない


 なのに、このウィングバインダーは、さしたる問題もなく、すんなりと御厨の背に収まった

 矛盾(エラー)も無理(オーバーウェイト)も無く、極めて自然に、まるで、初めからそこにあるのが当たり前だとでも言うように


 これはつまり、このウィングバインダーが、更には、あの死神の乗機が

 御厨・・・・タイプSと、サイズの違いはあれども、ほぼ全く同一の固体であると言う事だ


 勿論、タイプSはトゥエバの研究機関によって開発され、生み出された。それも、メタルヒュームの製造が始まった頃の初期に

 他国の干渉の余地はない。ならば、後考えられる可能性と言えば


 「さて・・・ね、トゥエバに、産業スパイでも居るんじゃないかしら。スパイはスパイでも、軍需産業に取り付く腐れ虫がね・・・・」

 (・・・・或いは、政治判断によって設計図が引き渡されたか)


 御厨は、胸中複雑になった

ダリアとて、いや、もしかしたらレイニーすらも同じ心境かも知れない


 彼女達が前線で戦う最中、後方では敵に利する輩が居る

 ゾッとしない話だ。背中を守ってくれる味方は、まずこちらに銃を向けないと言うのが第一条件である

 そんなこんなで現状が成り立っているのだから、本当に危ういバランスな訳だ


 重く沈んでしまった空気を振り払うように、ダリアが話題を変えた


 「・・・・・・けど、やっぱりどうにかならないのかな、この色」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・諦めなさい。この悪趣味なカラー、某馬鹿少尉をメタルヒュームに乗せる事の次くらいに気に入らないけど、効力は折り紙つきだから」


 ダリアなりに雰囲気を好転させようと、無意識の内に繰り出した話題

 返るレイニーの返答には、痛烈な皮肉がオマケとしてついてきていた


 確かに、この一瞬で雰囲気は変わっただろう。ああ変わった。とても張り詰めた


 ダリアの藍色の目がひくひくと震えたかと思うと、急激に細くなる。三白眼。正に目が据わっていると言う奴だ

 そして、飄々とダリアを見下ろしていたレイニーの高い鼻を、立ち上がりざま有無を言わさず掴んだ


 今度はレイニーが、その形の良い眉をピクリと吊り上げる

 ダリアが鼻を捕まえたまま、じりじりと構えた


 (・・・・・・・まったく、珍しく騒いでないと思ったら・・・・・)

 「ミンツ技官・・喧嘩売ってる?今まで我慢してたけど、いい加減、黙ってばかりじゃないよ」

 「良いトコのお嬢ちゃんが偉そうに。紛争地帯の掟を教えてあげようか」


 喧嘩する程仲が良いと言うが、それは詭弁であると、御厨は悟った


 流石に見慣れた光景だ。最早、何言う気にもなれない

 双方にとって良い経験になるだろう、と、誤魔化し方にすらやる気が見られない始末だ


 冗談で睨み合う二人では、ない。やる時は本気。手加減も容赦もあるいまい

 そして一度火が付けば、どんな状況下であろうと、やり合うだろう。例えば今が、出撃の三十分前だとしても


 御厨はこう言うしかなかった。怪我するなよ


 と、そんな時、この危機的状況を打開する勇者が現れた


 唐突に御厨の視界の中に現れ、じっとこちらを見上げ続けるつぶらな瞳

 ラフにジッパーを開けたままのパイロットスーツ。方々に尖る硬質的な髪が、その下にある顔の幼さを引き立てる


 勇者、即ちホレックは、この張り詰めた空間を、たった一言で打破した。完全に、完璧に、完膚なきまでに


 「・・・・・・・・・か・・・・・格好良い・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)


 止まる御厨。留まるダリア。滞まるレイニー。ホレックの言は、恐らく御厨に向けられた物


 勿論、コメントなんて、どこからも出なかった


――――――――――――――――――――――――――――――


 「・・・・それで、今は出撃二十五分前の筈だけど、一体何しに来たのかしら?ホレック少尉」

 (・・・・そんな重要な頃合に、殴り合い始めようとしてたのは誰と誰だよ)


 所々、油や煤、塗料などで汚れたツナギを正しながら、レイニーがのたまう

 階段の高位置から、ホレックを見下ろすような形だ。事実、その態度は不機嫌なのも相まってか、酷く威圧的だった。高圧的でないのは、評価できるポイントだろう


 内に秘める炎は熱い物の、平時に置いて少々押しの弱さが見えるホレックは、案の定気圧された


 「いや、あの、ダリアに用が・・・・・・」

 「へ?あたし?」


 シートからダリアが立ち上がり、そのままコックピットから飛び出す

 何時もの如く、衝撃を殺しながら音もなく床に降り立つと、ホレックに目を向けた


 レイニーがホレックに、追い討ちをかけるように言葉を重ねる

 彼女とて、ホレックを虐めたい訳では無いであろう為、少々誤植があるだろうが、追い討ち云々はまぁ事実だろう

 滲み出る覇気が違うのだから、レイニー自身にその意思がなくても、そうなる


 御厨はふと、レイニーは敵を作り易いタイプだ、と理解した


 「用?待機命令より重要なのかしら。まぁ、機体の調整も済んでないボンクラ少尉は、待機も何も無いんだけれどね」

 「む・・・・うぬ・・・・」


 ダリアは言い返さなかった。と言うか、言い返せなかった

調整の不行き届きは、ウィングバインダーに寄る物が大きいのだが、それ以外にも理由はある。各部の反応値など、細々とした事を設定するのが、ダリアは苦手だ


 (にしても・・・・)


 レイニーは以外と、毒舌家だったんだなぁ、と、御厨は妙に思い至った

 普段、レイニーが見せる面は、非常に行動的な物ばかりだ。それ故に御厨は、レイニーの性質を半ば確想定してしまっていたのだろう


 だが、当のレイニーは、百メートルも二百メートルも深かったと言う事か

 若いながらも老成した彼女は、皮肉や挑発の上手いやり方も、良く心得ていた


 ・・・・言うまでもないが、人とコミュニケーションを取るに当たって、必要ない物である


 兎に角、ホレックはレイニーの言を器用に受け流しつつ、ダリアに向き直った


 「あのさ・・・・・・コレ」


 タラップの真下まで歩いてくると、ダリアに手を差し出す

 広げられた掌に乗っていたのは、何も刻まれていない、黒い認識票だった


 本当に何も施されていない。奇しくも、今の御厨と同じように真っ黒に塗られた認識票は、通常は白線で彩られ、兵士個別の物となる

 それが無い。在るのは星型を模した、奇妙なフラットラインだけだ


 ダリアはそれを受け取り、灯火の光に翳した


 「なんか、ジンクスらしくて。俺の所の分隊長が、『手前のマジのダチには、まっさらなタグを贈るのが良い』って言うからさ。・・・・御守り・・・・みたいな物かな?」

 「へぇ・・・・知らなかった・・・・・・うん、ありがとう。何だか、今度も生きて帰って来れそう」


 御厨はコソコソとレンズを動かして、レイニーを視界に納めた


 レイニーは背を防護柵に預けながら、首だけをダリア達に向けている

一見、無表情に見えるが、御厨には、その瞳に好奇の色が宿っているような気がした


 (・・・・・・・年頃ってやつかな)


 レイニーとて若人。異性間の話には、やはり興味もあろう、と、御厨は、嫌に親父のような事を考えた


 二十歳を過ぎた御厨にしてみれば、ダリア達の行動、その一つ一つが、酷く初々しく見える


 御厨自身、未だ落ち着きがあるかと問われれば、否だが、やはり思う所があるのだろう。ダリア達の行動を見ては、一々感慨深く思うのだった


 「でも、何で隊の違うあたしに?」

 「・・・・・初めて戦場で会った時、ダリアと・・・・シュトゥルムが居なかったら、俺はきっと死んでた」


 ホレックはダリアの目を見つめ、そして御厨に笑いかけた

 御厨を知っているからこその行動である

ダリアもホレックも人前では億尾にすら出さないが、こういった所で、御厨に気を使ってくれる


 些細な気遣いとは重要な物だ。御厨はこの世界に来てから、それを痛感した


 心の中で笑みを返す御厨に気付かず、ホレックは言葉を続けた


 「ま、まぁ、恩に感じてるんだよ。それ話してたら、分隊長が渡して来いって言うから」


 そうして振り向きざま、ホレックは小走りに駆け出す「用って、それだけだから」

 普段、人の波のせいで簡単には歩けない格納庫も、閑散とした今ならただの部屋だ。ホレックは、後ろから呼び止めるダリアの声を聞かず、そのままドアを開く


 そして一度振り向いて手を振ると、閉じるスライド式のドアのまま、この格納庫から姿を消した


 何故・・・・だろうか。その時ホレックが浮かべた、照れたような笑顔が、御厨の記憶媒体に焼きついた


 「・・・・行っちゃった・・・・」


 言いながらダリアは、もう一度認識票を光に翳す

 レイニーが、下方のダリアを覗き込むようにして、柵から身を乗り出した


 つい先程まで争っていたのすら忘れたか、ダリアは認識票をレイニーに見せるように掲げ、首を傾げた


 「・・・・・・・うーん、突然だよね」


 レイニーはダリアから視線を外す

 そして身を反転させ、再び柵に背を預けた。もう瞳は、ダリアを見ていなかった


 「少尉、良い事教えてあげる」


 光を乱反射させる程のツヤを持つ、黒い認識票が、御厨のレンズには、とても眩しく映った


 「あのうぶな少尉が「ちゃん」を付けないで呼ぶの、あんただけよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


いや・・・・・遅れました。いつもは大体、4~7日の間に投稿するように心がけて居たのですけれど。

暫くは無理です。シーズン終わるまでは。今の時期、結構辛い。

真に申し訳ないのですが・・・・ね。


この度も、ここまで読んで下さった方、そしてあまつさえ感想を下さった方々、真にありがとうございました。

皆様のご意見は、確りと噛み締めて行きたいと思っております。


遅れたので・・・・と言う訳ではありませんが、今回はオマケ付きです。
―――――――――――――――――――――――オマケ


 今回の話の一部を馬鹿っぽく変えてみました。

 意味も無ければ設定もありません。本当に、ただ、何と無く書いた代物です。


 ・・・・・・文句は受け入れますけど、出来ればあまり目くじら立てないでやって下さい。


―――――――――――――――――――――――


 ロボットになった男  オマケ


―――――――――――――――――――――――


 「見つけたわ!取り敢えず理由とかはうっちゃって、問答無用で貴方を撲殺します!」


 移動式のタラップ(舞台)に上って、御厨と同じく真っ黒に塗られたムキムキのボディを誇示していたボルトが、鬱陶しげに振り向く

 ダリアを睨み付けた。裸族だの猥褻物陳列罪だのはお構いなしだ

 まぁ、その心情は解らないでもない。ボルトは今、その根性と体力、そして経験を、殆ど芸術にまで達したポージング(ビディビルダーの仕事)へと向けている

 余裕を持ちつつではあるが、その様は真剣の鋭さだ。立ち入るべきではない領域である。っつーか寧ろ、立ち入りたくない


 もしかしたら、あの剣呑さには、自分のポージング(ボディビルダーの仕事)を見ようともしないダリアを、諌める意味合いもあるのかもしれない


 「・・・・笑わせるわ!小娘が!」

 「言ったわね!この前コンビニに行ったら強盗と間違えられた癖に!」


 ダリアは、走る勢いそのままに跳躍し、タラップの頭頂部に取り付く

 目測でも、大体四メートルの高さがあるのだが、そんな事はまるで無視だ。まぁ、常識を外れた人間に言っても無駄の一言である


 ボルトは、今まで何人もの血を吸って、朱に染まったタラップ(舞台)の防護柵を、いとも簡単に乗り越えようとするダリアの頭に、ぎしぎしとアイアンクローをかける

 おかげでダリアは、まるでモグラ叩きのモグラだった。ぷもー


 どうやら、タラップ(舞台)の上に登らせるつもりはないらしい。ボルトは、奇妙な所で容赦がない。また、ポージング(ボディビルダーの仕事)にも余念がない


 ダリアは、ボルトの握力によって頭蓋骨陥没寸前なのにも構わず、がうがうとボルトに噛み付いた


 「う、迂闊、・・・・認めたくない物だな。自分自身の、若さゆえの過ちと言う物を・・・・」

 「・・・・うあはははは!このボルト平八の!泣く子も黙る戦国水泳バレェを見せてやるわ!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・・・・・・・・・・・さあ、どこでしょう。と言うか何やってんだ俺。



[1309] Re[3]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/02/20 20:04
 穴を穿つ。それだけを考えていれば良いと、御厨は思った


 戦力彼我は、5:4。こちらが5で、敵が4

 訳も解らぬまま戦争に突入したとは言え、トゥエバは大国だった

 リガーデン方面軍の戦力は、本国の、僅か三分の一にしか満たない。しかし、その三分の一の戦力ですら、敵よりも多いのだ。今までは、急襲の勢いに圧されただけだ


 だが、油断ならないのも、また事実である

 急激な軍備縮小を専行していたトゥエバに比べ、スパエナ軍は質が高い。兵器も、兵士も、だ

 加えて頑強な移動拠点戦力、「陸ザメ」。これを沈黙させる事が出来なければ、少数戦力にこちらが蹂躙される可能性すらある

 成れば、スパエナの「陸ザメ」を狙うのは、至極当然と言えた


 (・・・・大昔にお蔵入りになった、戦術ミサイルねぇ)


 簡単に狙う、と言っても、これがまた難しい問題だった

 本来なら、敵に対抗する手段は幾らでもある。本来なら、だが


 リガーデン方面軍どころか、本国の増援、支援すら見込めない状況では、自然と選択肢も幅を狭めていた

 解り易い例を言えば、「陸ザメ」を破壊可能な火器がない。これは、正面から撃ち合えないのと同義だ

 質、とは絶対必要な条件である。例えば、御厨に一億の兵が向かってきたとしても、その全てがただの水鉄砲しか持っていなければ、御厨は負けはしない

 兵士とは、最低限敵に通用できなければならないのだ


 トワインも悩んだ事だろう。敵に通じる武器がなく、正面戦闘ではイニシアチブを取れず、破壊工作などが可能な人員も無い


 結局の所、最もベター且つ成功率が高かったのが、突貫だった


 遥か昔、フレディジャマーによって、その価値を失った戦術ミサイル

その破壊の火に指向性を持たせ、メタルヒュームと共に突撃させる


 正に、穴を穿つ


 (つまり、玉砕してこいって事か?)


 有態に言ってしまえば、正にその通りだった


 『サーキットグレース。ダリア機、発進どうぞ』

 「り、了解。行ってきます!」

 『ご武運を。ガンドール・ゴールド』


 釈然としない。腹立たしい。もしかしたら、自分や、ダリアは、死ぬかも知れないのだ


 御厨は、心の海を嵐に荒されながら、闇が支配する荒野へと飛び出した


 ロボットになった男  第五話  「」


 出来るだけ自然に、平静に、ウィングバインダーに火を灯す

 最初は優しく。まるで綾絹の羽織を扱うかの如く、丁寧に

 イメージだ。銀で出来た、球を回転させるイメージ。ゆっくりと、力強く。そして、段々と回転数を引き上げていく

 繊細緻密に。安定こそが、求める物だ


 御厨の思考の中で回り続ける銀球は、速く、しなやかに回転しつつも、微動だにしなくなった


 「わぁ・・・・・・・・・・・凄い。これなら、独力で空だって飛べそう」

 『飛ぶなよダリィ。百メートルより行くと、あっと言う間に制御不可で・・・・・・ミンチだぜ』


 ふとアンジーの声で気づけば、続々と後続が基地から発進していた。その数、ダリアも含めて総勢十四

 サリファンに現存するメタルヒュームは、総勢二十機だ。今ここに居ない六機は、囮となる為に、早期に出撃していた


 御厨は、驚く程の速さで慣らし終えたウィングバインダーから火を消し、着陸。指示を待つ

 いや、待つまでも無かったか。間を置かずして強制的に開かれたウィンドウには、トワインが厳しい顔つきで映っていた


 『リコイラン、ジャコフ、作戦中だ。私語は慎め。・・・・・・・・・ミサイル射出させい。指定の七機は、きっちりと物の面倒を見ろ。後の判断は現場に任せる』


 トワインの言に、ダリアとアンジーは口を噤んだ。回線は皆同じ周波数で繋がっており、ウィンドウを開いていなくとも、聞こうと思えば聞ける

 それとほぼ同時に、サリファン基地に数箇所ある格納庫から、ミサイルが飛び出してきた

 計七つ。そのミサイルに、御厨も含めて七機のタイプSが飛びつく。大きな翼をつけた御厨は、闇に溶け込む黒でありながら、殊更に目立った


 ミサイルには、既に火が灯っていた

 胴体部に付けられた取っ手を握る。途端、機械の腕が引き千切られそうに伸びきった。見た目よりも、急激なG。ゴオォォと言う燃火の音が、嫌に耳に障る

微弱な推進力は、それでも御厨を引き摺りながら飛ぶ事は容易く、アッと言う間に青白い尾を引いて、御厨達七機をサリファン基地から引き離し始めた


 そしてその後を追うように、脚部に増設されたローラーを駆使して、疾走を開始するタイプR達

 アンジーも同じ。恐らく、ホレックもあそこに居るに違いない

 そう思うと、御厨は不思議と、勇気が湧いて来た


 『状況開始!お前等、存分に死んでこい!』

 (冗談!)


 御厨は、後続を完全に引き離してしまわないように注意しながら、加速した


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ひたすらに御厨は、先頭を駆った

 先頭に立つ事決められていた訳ではない。増設されたウィングバインダーが強すぎて、加減出来ないだけだ

 ただ、もしかしたら、必然なのかも知れないと、御厨は思った

 だってそうだろう。レースでは、早い者が先を逝く。例えそれが競技でも、人生でも


 疾走を続け、丘を二つ越える。更になだらかな扇状地を降り、小さな小さな大地の割れ目を、一足飛びに乗り越えた


 『こちらチキンリーダー!敵に発見されたぞ!・・・・多数だ!陸戦隊まで居やがる!』


 敵軍に悟られぬよう、やや速度を落としながらの行軍中、囮部隊からの通信が届くと同時に、状況は一気に加速した

 予想より些か早い。どの地点で敵に発見されたのかは知らないが、あまりこちらの目標に・・・・「陸ザメ」に近いと、囮の意味が無くなってしまう


 御厨の心配はそっちのけで、野太い声が囮部隊に応答する。如何にも軍人気質と言いた気な硬質的な声で、しかしそれも戦闘前とあっては、不思議と安心感をもたらした

開かれたウィンドウに映る顔は浅黒く、その体躯は、よく鍛えられていた


 『ポイントは!』

 『そいつは予定通りだ!問題はねぇ!・・・俺等が全滅しねぇ限りはな!』


 応答した男は、一応現場指揮官となる。階級は知らないが、実力の無い者をトワインは選んだりすまい

 有能な者が高い階級に在る、と言うのは、是最早権利ではなく義務である

 そこの部分、トワインの目は信用出来ると、御厨は踏んでいた


 指揮官に応答したチキンリーダーは、彼なりの冗句だろうか、酷くブラックユーモアに溢れた事を言い放つと、さぞ面白そうに笑った


 指揮官は、暫し機体を走らせながら黙考し、叫んだ


 『各機散開!予定通り包囲する形で行く!びびるなよ!』


 途端、一塊になっていた集団が、いっせいに散開する

 右へ、左へ、唯一変わらないのは、前進していると言う事だけだ。御厨も、大きく進路を右に逸らす


 ダリア達ミサイル持ちに、各一機の随伴。ダリアの背後に付いたのは、言わずもがなアンジーの機体だ

 ダリアがアンジーとの回線を開きつつ、それを固定して、呟いた


 「・・・・・・始まりますね」

 『そうだな。・・・・・・安心しな。出来る限りは、俺がエスコートしてやるから』


 視界の端から消える前、こちらに手を振っていたタイプR。あれは、ホレックだな、と御厨は思った。右手を振り返しておく

 そうしておきながら、左手がミサイルの取っ手を握っているのを確認し、加速してきたアンジー機へと手を差し出し、がっちりと組み交わした


 無駄なエネルギーは使いたくない。そのまま、ミサイルの牽引力に任せた


 (・・・・これから戦場だって言うのに・・・・何だか、実感が湧かないな・・・・)


 ばらばらに分かれて、周りに居るのは、御厨に引かれて走るアンジーの機体のみ

 少し離れた位置に味方の機影を確認できるが、それももう暫くの間だけだろう


 荒野は、静かだった。これから戦争が起こるなんて、信じられない位に

 辺りにある光源なんて、御厨のバーニアとミサイルの推進剤の燃焼光だけ。アンジーはヒールのローラーを回転させながら、実にスムーズに御厨に引かれている

 予定されているルートに、殆ど高低差はない。無理な挙動も必要ないだろうと、御厨は思った


 こうなると、夜空が美しく見えてくる。星の光を阻害する物が全くない為、その様は明確だ

 何者にも邪魔されない星達は、それぞれが精一杯に自己主張しあって、空は、まるで星の海のようだった


 (・・・・ずっと先に何か居る。・・・・・・敵か?)


 前方に突如として現れた、巨大な石塊を避ける。その後に続く台地は、僅かに下り坂となり、盆地の様相を呈して来た

 そして、その更に先に見える崖。規模はそれ程ないが、二十メートルの高低差がある


 その中に、目標は居た


 成る程、陸ザメとはよく言った物だと、御厨は思った

 まるでカヌーの前後を上に反らしたかのような、滑らかな造型。底は平たいが、高さは三十メートル以上あり、崖からその威容が覗いている。横幅は、その倍はあった


 そして、所々にある艦砲。砲身は無い。丸く、黒い穴があるだけだ。それはつまり、砲身自体があの巨体の中に埋め込まれているという事なのだろう

 実質的な中身は、以外と少ないと見た。砲身の長さ=装甲の厚さと見て、間違いなかった


 『・・・・でけぇ。資料で見たのより・・・話聞いて想像したのより・・・よっぽどでけぇ』


 アンジーの唖然とした呟きが聞こえて来て、ダリアは慌てて距離を確認した

 現在、アンジーと繋がっているのは、密着時用の局地回線だ。傍に居るアンジーにしか伝わらない、極めて隠匿性の高い回線である

 だが、それも完全ではない

敵側も、こちらの不穏な動きに気づいているだろう。警戒している筈だ

 近づき過ぎれば、傍受される恐れがあった


 (・・・・・・・これが、兵器の威圧感って奴か・・・・・)


 凶悪な存在感だった。チープな黄土色に染め上げられている癖に、兵器だけが持つ、純然たる殺傷機器としての誇りがある

 それこそ正に、見る者の心を、絶対零度で包む魔王の手

 その威容は、無粋かつ無骨な兵器でありながら、気高かった


 御厨はダリアの指示に従い、アンジーのタイプRと共に百八十度転換して、先程の石塊の場所へと戻る

 それに併行しながらミサイルのバーニア部に手を伸ばし、出力を最小にまで落とす

 石塊の影に隠れた御厨と、アンジーのタイプR。二機掛りで、ミサイルを抑え込んだ


 『あぁ糞ッ。面倒だな。こんなこそこそしたのは、性に合わねぇんだが・・・・』

 「ぼやかないで下さい。・・・・・・よく平気ですね。もしかしたら、死ぬかも知れないのに・・・・」


 アンジーの愚痴に、律儀にも返すダリアの体は、ギシギシと音を立てていた

 緊張によって、全身の筋肉に、千切れ飛ばんばかりの力が込められているのだ。シートから伸ばされた足は突っ張り、レバーは、信じられない握力で握り締められている


 御厨には、ダリアの思う所がよく解った。御厨自身、同じ物を感じていたから


 返されたダリアの言葉に更に返すアンジーは、薄く笑っていた


 『おいおい・・。俺は大戦からの大ベテランだぞ?今更そんな物に怯えるものかよ』


 御厨は呼気を高める。戦闘に赴くに当たって、心構えの無い者は、最早死んだも同然だ

 アンジーのような物言いが出来るのならば、良い。だが御厨には、真似できない。きっちりと精神が固まるまで、安穏とした日本に生きてきたのだ


 だからと言って、戦わないと言う選択肢も、在り得ないのだった

 心情的な問題、現実的な問題、その他諸々の事を思えば、逃げられはしない


 詰まる所、こちらがこちらの都合で動くように、世界は世界の都合で動くのだ。勿論、敵さえも


 御厨は興奮の度合いを無理矢理高めた。空元気と言う奴であろうか。だが、例え空元気でも、今の御厨には必要な物だ。あの魔王の威圧感を、撥ね付けなければならない

 強がりでも、思い込みでも良い。それで敵に立ち向かえるようになるのなら、万々歳である


 (現実なんだ。戦争なんだ。夢じゃない。戦わなきゃならない)


 認識して、その後に、言い聞かせる


 (でも、勝てる。僕は勝てる。僕とダリアなら、勝てる)


 さぁ、後は待つだけだ。突撃の命令が出る、その最後の刻まで

必死に掌中の凶悪な火器を御し、最早生身の肉ではない耳を澄まし、己を、決して折れぬように硬く硬く塗り固める


 「・・・・・・あたしだって・・・・・弱いままじゃ居られない」


 ダリアの呟きを明確に捕らえただろう、アンジーの微笑は、どこか物悲しく見えた


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 (――――――――――――――――――――)


 御厨は、待つ事を苦としない。得意と言う訳ではないが、それが必要なら、受け入れる事が出来る

 だが、この地獄の門の前に立っているような、そんな重圧はどうにも耐え難かった


 何せ、一つ「突っ込め」と命令が出れば、御厨は駆け出さざるを得ない。迷いも逡巡もしないだろう。いや、してはいけないのだ

 例えばそれで死ぬかも知れない。死なずとも、無事でいられる保障などない

 そう考えれば考える程、意識は磨耗し、覇気が薄れていく


 この、命をかけた闘争前の、特殊な重圧だからこそ、耐え難いのだと御厨は思った


 ダリアがゴクリ、と唾液を飲み込み、僅かずつ計器を操作した

 御厨はそれに反応し、微細な動きによって、石塊から半身を除かせる。御厨に併せて、一緒にミサイルを抑えているアンジーも、移動した


 何時、命令が来ても、即座に駆け出せるだろう


 「・・・・・・・・・待ち長い。こんなに、辛いだなんて」

 『・・・・他の連中が心配だな。殆どが、予備役だった、実戦を知らない奴等だ。プレッシャーに耐え切れなくなって、飛び出したりしなけりゃ良いんだが』


 吐き気がするような気がした。胃が、腸が、食道が、丸ごと荒縄で締め上げられるような気がした

 そんな物、既にありはしないと言うのに。緊張に侵された感覚は、容易く心を惑わす


 自らで自らを自嘲して、次の瞬間、人で無くなった事の自覚を深くし、心沈ませる。複雑だ

 でも、今は良いのかも知れない。余分な思考で誤魔化して、平静を保てばいい


 (そうでもしてなきゃ、何言う僕が飛び出してしまいそうだ)


 待ち長い、と、今しがたダリアが口にした愚痴を、御厨もまた愚痴った

 本当に待ち長い。デートで相手を待つような、そんな甘い物じゃない。気を張っていなければ押し潰されそうな、沈黙と重圧


 逝くなら逝く、引くなら引く、ハッキリしろ。御厨は胸中で吼える

 無茶苦茶な事を言っているのは、自分でもよく解っている。引く事は今の状況では有り得ないし、逝くにしても、タイミングを計るのは重要な事だ


 今、敵の陸ザメ直援戦力は、全て囮に引き付けられている・・・・・・・・・・筈だ

 だが、全ての戦力が出撃したとも思えない。必ず数機が残り、辺りを哨戒しているに違いない。もしそれに見つかってしまえば、ここまで忍んで来た意味がなくなってしまう


 (・・・・・戦場での優柔不断は、死を招くぞ)


 御厨は、名前すらも知らない現場指揮官を、思いつく限りの悪口で罵った


 不安はそれだけではない。敵には、あの男が居る。あの死神ラドクリフ

 赤い機体に乗った、希代の殺気と戦闘能力を持つ、恐るべきストーカー野郎。あの男が今どこに居るのか、こちらは何一つ知らないのだ

 出来れば、囮の方に引寄せられていると、御厨は信じて居たかった


 その時、唐突にアンジーが叫んだ。意味もなく、無意識的に抑えられた声量だったが、内容は、簡単に聞き取れた


 『?!ダリィ!見ろ!』

 「え?!」


 突然呼びかけられて、御厨は性急にレンズを陸ザメへと向けた

 御厨は、間抜けな声を上げそうになった。陸ザメは船尾で爆発を起こしていたのである


 だが、それは意図しての事だと、御厨は直ぐに気がついた。巻き起こされた炎を衝撃は一定方向・・つまり陸ザメの後方に、集約されていたのである

 理解できた。陸ザメは、あの爆発の推進力と、キャタピラ式によって移動するのだ


 陸ザメの初速は、その巨大且つ強大な外観に見合わず、驚異的な速さだった


 (うあッ!わッ!早いぞ?!)

 『ヤロウ・・・一体どうしたってんだ?何処に行く積もりなんだ』

 「多分、チキンナンバーが囮だって気づいたんです!こっちの狙いを予測して・・・・」

 (ど、どうするんだ?!どうすれば良い?!)


 やはり、敵は敵の都合で動く。当然の事ながら、こっちの事はお構いなしだ


 『奴等の目的は、サリファン基地の強襲か!』


 冗談を言っている場合ではないようだった。状況は急激に加速し、差し迫った物になっている


 確かに囮は半ば成功しており、敵の懐はがら空きだ。だが、それと同時にこちらの拠点も、防衛戦力を残していない

 囮部隊が頑張っている内はまだ良い。敵主力は、どこに居るか解らない御厨達を危惧して、大胆な行動には出まい。若しくは、陸ザメの安全を確保する為に、早急に引き返してくるか

 可能性としては、後者の方が高いだろう


 どうするべきか、逝くべきか、引くべきか。命令はまだ来ていなかった


 『・・・・!クソ!出たぞダリィ!プレッシャーに耐え切れなかった奴が!』


 再び言われて、御厨は視界を巡らせる

 そして見つけた。陸ザメの後方。速度の速いタイプSが管轄すべきミサイルを御して、猛烈に突っ込んでいくタイプRの機影


 『うあらぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 (・・・馬鹿な!!この声!!)


 それは見紛う事もない、ホレックだった


 御厨の受難は、もう何度目か解らない山場を迎えようとしている・・・・


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


突然ですが、ここで一言。

私では、戦術を理解しきる事が叶いませんでしたので、悪しからず。(ご勘弁を)



[1309] Re[4]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/02/23 07:10
 気が付けば、御厨は、殴る様に倒されるレバーの存在を感じていた

 そして否も応もなく、それに応える機械の身体。唐突に灯った黒い翼の炎が、改造で総合耐久の落ちた御厨の身体を、ギシギシと鳴らした


 同時に、手の中の凶器を放り出す

 炸薬を満載したミサイルは、そこいらに放り出すには少々危険な代物だったが、アンジーならば何とかしてくれるだろう

 今、重要なのは、御厨の視界の遥か先を駆けて行く、一つの機影


 それ以外の全ての情報を、御厨は出来得る限り無視した


 『うぉあ!ダリィ?!・・お前もか!』


 アンジーの舌打ちが聞こえた。浅はかな、そして無謀なダリアの判断に苛立っている

 だが、気になどしていられない。ダリアが急かすのだ。早く、早くと。御厨は、それに応えてやらねばならなかった

 宵闇に、飛行機雲にも似た青いバーニアの残照を刻んで、御厨は翔んだ


 『・・・・!全機突撃しろ!通信開け!周波数は10-1!』

 (鈍間!反応遅いぞ!)


 辺りに放出された、指揮官からの通信を受けて、御厨は罵りながら周波数を合わせた

 最早隠匿性も何もあった物ではないが、ここまでくれば意味もない。それよりかは、敵に傍受されるのを承知で味方と連携を取った方が、遥かに効率的だ


 10-1回線とは、一般のラジオ放送にも使用される、この世界共通の回線である

 国際的な事物の発表時にも使われる為、秘匿などは考えるだけ無駄だ。究極的に、味方と通信を行う為だけの回線だった


 「ホレック!!止まって!!」


 ダリアが御厨を駆りつつ、零れ落ちんばかりに目を開きながら、ホレックに呼び掛ける

 ホレックのタイプRと、猛加速を始めた陸ザメとの間は、既に十五メートルを切っていた。不思議と御厨には、漆黒に塗られている機影が、ハッキリと見えた


 『駄目だ!ここで行かせたら、サリファンが潰される!そんな事になったら・・・・!』

 『お前さん一人で気張る仕事じゃねぇだろう!』


 割り込んできたアンジーの声に、ホレックは些か動揺した様だった

 しかし、その動揺は機体の動きには現れない。ホレックのタイプRは、しっかりとミサイルを制御しつつ、猛然と走り続ける


 アンジーは、ミサイルの推進力で持ってしてダリアに追い付こうとしているが、それよりも尚、ダリアの駆る御厨の方が早かった


 そうこうする内に、陸ザメに変化が現れた。当然である。奴等とて、五感を研ぎ澄まして警戒していたのだ。無謀にも単機で突撃するホレックを、黙って見逃す筈がない


 船尾上部に幾つもの穴が開かれ、そこから砲塔が現れる。その数、目測で約四十以上

 腹に開いた巨大な穴は、拠点攻撃用か何かの固定武装だったのだろう。目下の障害は、無数の砲塔と言う訳か

 加速を続けながら、迎撃する腹積もりなのだ


御厨は、愚にも付かない想像をしながら、吼えた


 (ホレック!避けろ!避けろぉ!狙い撃ちにされる!!)


 次の瞬間、無数の砲塔は、一斉にホレックへと向けて、その凶弾を発射した

 ドン、と言う腹に響くような思い轟音。余りにもタイミングが合っていた為、発射音は一つに聞こえた程である


 ホレックのタイプRは、慌てて進行方向を変更するが、全弾避けきる事は、どだい無理な話だった


 「ホレック!!」


 被弾は、ミサイルを支えていた左半身。腕が吹き飛ばされ、肩が穿たれ、余りにも高密度の弾幕を遠慮無く受けた為か、タイプRは派手に跳ね飛ばされていた

 そして、一瞬の浮遊の後着地

いや、着地と呼べる程見事な物ではない。無様に倒れ伏し、摩擦で荒野の土は削られ、装甲が火花と雷を上げる


 ミサイルは制動を失って空に打ち上げられ、バーニアの火を消滅させて、地面に叩き付けられた


 『糞ッ!まだぁ!』


 それでも尚、ホレックは立ち上がり、再びローラーで駆け始める。不屈の闘志。御厨は、戦慄する

 何故ここまで猛るのか。今のホレックからは、ダリアに通じる何かが感じられた


 視線をめぐらせた。最早三十メートルは離れつつある作戦ポイントの、味方を見遣る

 遅い。ひたすらに遅い。彼等は、まだ崖の淵で間誤付いていた。指揮官機が必死になって統制を取ろうとしているが、それも間々ならないようだった


 視界を戻し、ホレックのタイプRを見た。御厨は漸くそれに追い付いて、速度の劣るホレックのタイプRを、支えるようにして加速した

 危険な状況には変わりないが、引けないというのもまた変わりない


 こうなれば、腹を括るしかなさそうだ。たった今、漸くアンジーのタイプRが追いついて来る

 アンジーと、ホレックと、三機で、陸ザメを追撃する。無謀だが、やるしかなかった


 ロボットになった男  第六話  「闇の中で」


 「何であんな無茶をしたの!一人でどうにかなる相手じゃないでしょう!」

 『・・・ダリィ、説教は後だ!糞みたいな鉛玉のプレゼントが来るぞ!』


 アンジーは、言いながら蛇行した。ミサイルを抱えたままで、キャノンなんかに狙い撃ちにされては、たまった物ではない

 ダリアは、迷わずホレックを自走させ、ウィングバインダーの火を強める

 一瞬の浮遊感。そしてその後、他の何も気にならなく成る程の加速。御厨は、空を飛ぶ


 灼熱の砲弾が数十発、一秒前までダリアが居た場所を通過して、荒野の彼方へと消えていった


 『ダリア!無理しちゃ駄目だ!三十メートルそこらからでも、フレディの影響はあるんだぞ?!』

 「無茶するなって?!ホレック!今の貴方からそんな台詞が出てくるなんて思わなかったわ!」


 御厨は、続いて第二斉射を避ける。狙いはそれなりに正確だが、単調で、避けられない物ではない


 ダリアは御厨を飛翔させ、ホレックの頭上を守るように飛ぶと、本式のウィンドウを開いた


 「教えて。何をそんなに焦ってるの?貴方のそれ、ただ基地を心配してる様には見えない」


 アンジーが砲塔の狙いを誘うように、陸ザメの横面を攪乱した。そしてすぐさま、速度に緩急をつけて回避行動に移る

 まるで大地の中に地雷でも仕掛けてあったかのように、土が捲くれ上がり、粉塵が舞った


 ホレックが自走の感覚を取り戻したか、再度陸ザメに接近しようとする

 ダリアは、今度は有無を言わさぬ程強い口調で、呼び掛けた


 「ホレック!!」

 『・・・・・・・・・・・・・・・・俺の故郷は、ここの近くに在るんだよ!サリファンが落とされて、スパエナがその先にまで侵攻してきたら、そうしたら、戦火に巻き込まれる!!』


 ホレックのタイプRが、一応無事である右手を腰部に回し、ライフルを装備する

 砲塔に狙いを付けて、発射・・・・と言う所で、荒野が大きくうねった。陸ザメを追い続ける内に、崖と平地の高低差が消えていたのだ。後は、凸凹道が続く


 ホレックは、未だ高速で回転し続けるローラーを駆使し、体制を立て直した。再び狙いをつける

 御厨は、凄まじい気迫に中てられた気がした


 『そんなの!絶対に許せない!』


 叫んで、ホレックは、連続して弾丸を放った

 命中。命中。命中。命中。あれよあれよと言う間に、ホレックの放つ弾丸は、砲塔に突き立っていく

 勿論、一発そこらで破壊されたりはしない。だが、威力を最大限、凶悪とまで呼べる程に改造したタイプRのライフルは、確かに砲塔部に痛打を与え続けている


 馬鹿な。と御厨は思った。こんな激しく揺れる視界の中で、一体どうやって狙いを付けているのか

 流石に状況を理解し難かった。御厨は、ホレックの才能の、その片鱗を見た気がした


 そんな時、半ば唖然と見守る体制に入りかけたダリアと御厨に、アンジーの叱咤が飛んできた


 『馬鹿!調子にのるな!二人とも砲塔の射角から逃げろ!!』


 慌てて御厨とホレックのタイプRは、体制を斜めにして急激に進行方向を変える

 陸ザメの横尻を舐めるようにして、片やバーニアを吹かし、片やローラーを回す

 その後を追うようにして、弾痕が刻まれていった。心なしか、狙いが正確になっている様な気がした


 アンジーが再び敵を攪乱しながら、舌打ちした


 『チッ、・・・・折角俺の手の中に、史上最悪の火器があるってぇのに!こうも狙われる上に賢しく逃げられちまったら、機関部に打ち込めねぇ!』


 御厨は、苦々しいアンジーの言を聞きながら、突撃銃を構える

 一斉射、二斉射、放たれた弾丸は、全て砲塔に命中しているが、全てその装甲に弾かれてしまった

 御厨は、悔し紛れに、陸ザメに向けて突撃銃を投げつけた


 (クソッ!何でこんな時に限って僕は!こんな豆鉄砲しか持ってないんだ!)


 そうやって自分を罵った御厨は、正直、ホレックが羨ましかったのかもしれない


 あの男は言い切ったのだ。「そんなの許せない」と

自分の故郷を、掛け替えない大切な物を守るため、無謀だったとは言え、己の身すら省見ず、果敢に敵に向かった

 その確固たる勇気が、自分には欠けているように、御厨は感じられたのだ


 自分が死ぬかも知れない。ダリアが死ぬかも知れない。そんな事をぐだぐだと悩んで、それで何になると言うのか?

 決めたのだ。ダリアを守るんだ、と。それで今更、何を迷うとのか

 ホレックは恐れなかった。迷わなかった。ただ、守ると決めた誓いを果たそうとした


 これは、御厨の思い込みなのかも知れなかった。でも今は、その思い込みかも知れない感情が、ひたすらに眩しく感じられた


 (もっと強い銃があれば、僕も、ホレックみたいに!)


 今の御厨には、銃の強さが人の強さを決めるのではないと、思いつけなかった


御厨がそう考えた時だった。唐突に鳴り響く、乾いた破裂音。そして、金属的な音と共に消え去る、アンジーのタイプRの肩部ブレッドストッパー


 『・・・・・・・・・・・・・・新手か!』


 一瞬、何が起こったのか解らなかったアンジーは、次の瞬間急激な回避行動を取っていた

 通常の戦闘とは違い、ローラーを使用しながらの高速戦闘は、どうしても横の移動に時間のズレが出る

 その隙を突いて再び撃ち放たれる敵弾。アンジーのタイプRのレンズが、盛大に火花を散らす


 『あぁ?!メインカメラが死んだかよ!』


 御厨は弾丸の飛んで来た方向を予測して、すぐさま視界を巡らせる

 左前方、遥か遠くに、こちらに向かって高速で移動してくる二機の機影

 前を走るのは、宵闇の中でも解る鮮烈な青のカルハザン型で、そのやや後ろを、これまた青いカルハザンもどきが随伴している


 「ホレック!陸ザメの気を引いて!」

 (油断するなよ!)


 御厨は砲塔の動きを見て、自分に狙いが向いていない事を確認してから、迷わずアンジーのタイプRを庇った

 空力制御。両腕を前面に押し出して、保つには最悪の体制を、ウィングバインダーのみで支える

 鈍い、嫌な音がして、御厨の両腕が打ち抜かれた

 青いカルハザンから放たれた、凶弾だった


 (この・・貫通力!たかが接敵中用のライフルの一発一発が、なんて威力!)


 御厨は仰天した。こんな物を受け続ければ、装甲の薄い御厨は、一瞬でスクラップだ

 だがその心配は杞憂に終わる。こんな遠距離からでも、圧倒的な貫通力を見せ付けた恐怖の弾丸は、御厨に四つ目の弾痕を穿つと、ぱったりと途絶えたのだ


 「・・・・弾切れ?もう?」


 ダリアが恐る恐る呟きながら、空中で御厨に体制を立て直させる

 御厨のレンズが、遥か彼方のカルハザンが、長大なライフルを投げ捨てるのが見えた


 一瞬、安堵の息を吐きそうになって、御厨は反転し半ば押し倒すようにしてアンジーのタイプRに体当たりする

 その直後、一瞬前までアンジーのタイプRが居た場所が、轟音と共に粉塵を舞い上げた

 高速で飛翔し続ける御厨の視界で、それは直ぐ後ろに流れていったが、その威力は存分に理解できた


 『ダリィ!サンクス!』


 そう言いながらアンジーは、時間差で緩急を付けて撃ち出されるキャノンを、次々と避けていった

 そして何を思ったか、ホレックのタイプRの首根っこを掴んで併走すると、無理矢理ミサイルを押し付ける


 敵のメタルヒュームがこちらに急接近してくると、陸ザメからの火砲は、途絶えていた


 『アンジー先輩?!』

 『五月蝿い!今から、俺とダリィで敵さんの相手をしてやる!手前は隙を見て、ソイツをサメにぶち込むめ!・・・・・・ダリィ、やれるな?』

 「アンジーさん・・・・・・・・はい!最善の努力を尽くします!」


 ダリアの言葉を聞くと、アンジーは前傾姿勢になり、ローラーを回転させる

 冗談の様に彼の口から漏れた言葉が、やけに耳に残った


 『はは!模範的な回答だな!つまらねぇの!』


 ホレックが、制止の声を上げたような気がしたが、無視。ひたすらアンジーの後を追って、御厨は飛翔し続ける

 二機の敵は、最早近い。御厨は、ダリアと共に呼気を高めた


――――――――――――――――――――――――――――――――


 『この空巣どもが!こそこそしてやがって!覚悟は良いかッ!』


 突如、青いカルハザンから通信が飛び込んでくる。ウィンドウが開かれるが、映るのはノイズの嵐だけだ。聞こえたのは、年若い青年の声である。多少、口汚くはあったが

 その怒声に、ダリアが眉を顰めた。御厨は、威圧された


 アンジーが、敵からの罵声に罵声で返す。挑発しているのが見え見えだ


 『はん、盗人猛々しいとはこの事だな。スパエナの狂犬野郎』

 『言ったな貴様!』


 アンジーが嘲り、青年が噛み付く。この時点で、役者の違いが見えている

 距離は既にない。青いカルハザンは、どう見ても無理矢理増設されたとしか思えないバーニアを吹かして、アンジーのタイプRに殴りかかった


 (――早ッ!)

 『ぐ、・・ぅお?!』


 カルハザンは、瞬く間にタイプRの懐に潜り込み、拳の一撃でアンジーを弾き飛ばす。火花が起こり、一瞬だけ闇の中を照らし出した

 強烈且つ凄まじい気迫の攻撃だった。それだけではない、針の穴を通す様な緻密さもある


 ダリアが焦ったようにレバーを倒した。御厨は、一瞬の迷いもなく、カルハザンに体当たりした


 奇しくも、不意を突く形となったタックルは、綺麗にカルハザンを仰け反らせた


 (・・・・コイツ!全然強い!)


 言動には落ち着きが無いが、強さは圧倒的だ。油断すれば、一瞬で極楽浄土に送られてしまう


 御厨は思いながら、体制を崩したアンジーを支えて、再び飛翔を続ける

 低空を飛びながらの高速戦闘で、敵に追い討ちをかける暇などない。それより、少しでも長く敵を引き付け、戦闘を継続する事こそが肝要であった


 『ロイ隊長!そんな簡単に熱くならないで下さい!』


 カルハザンを支えた、青いカルハザンもどきから聞こえたのは、妙齢の女性の声だった

 ダリアよりは多分年上。青年とは、同年代だろう。カルハザンの腕を引き、こちらの隙を伺うように併走してくる


 ダリアに支えられたアンジーのタイプRが、メインカメラも壊れている癖に、挑むようにカルハザンを見る

 “もどき”に支えられたカルハザンが、威嚇するように、アンジーのタイプRを見る


 『くぅ・・・・・俺の仕事は箱舟の防衛だ。手前ら、生きて帰れると思うなよ!』


 そして、溢れ出る闘気と気迫。ダリアは、それに気圧されぬように、全身に力を込める


 『ダリィ・・・・・少し、分が悪いかもしれねぇな・・・・・』


 何を言うか。恐怖も、負ける積もりも、これっぽっちも無い癖に


 四機のメタルヒュームは、少し離れた位置を怒涛の如く走る、陸ザメとホレックを追うようにしながら、戦闘体制に入った


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ここ暫くの自分のSSを読み返して、こう思いました。
これでは、燃えない。

燃えない(詰まらない)から感想も来ないし、燃えないから書いていても面白くない。私は今、燃えていない、と。

ってな訳で、今回と次回は無理を通してでも燃える話にしようと心に誓ったのです。

これを読んで下さった方が一瞬でも燃えたのならば、私は、己に勝った事になる・・・・。なんちゃって。

下手をすれば、愚にもつかない痛い文章が残るだけなのですけれどね。


まぁ、冗談はさて置き、ここまで読んで下さった方がいらっしゃるのなら、真に有難うございました。

パブロフでした。



[1309] Re[5]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/03/01 23:00
 肌が泡立つような悪寒を感じて、御厨は何も思考する事が出来ないまま、左の拳を打ち出していた


 最早言うまでも無いが、肌などと言う物は、御厨には残されていない

 在るのは鉄塊。中途半端な防御構想によって生み出された、貧弱な装甲と体躯である


 だが、それすらも反応したのだ。例えるのならそれは、表層の神経がちりちりと焼け焦げ、全ての毛が逆立つような、そんな感覚だった


 (くああッ!)


 打ち出した先に在ったのは、敵たる青のカルハザン型の拳

 ただの拳では無い。装備されたナックルガードから、一本の長大な鉄槍が突き出している。よく磨かれ、金属特有の光沢と、そして兵器特有の禍々しさを放出する、醜悪な鉄槍だ


 パイルバンカー。真正面から受け止めた御厨の腕が、一瞬で拉げ、砕かれた


 (ダリアぁ!!)


 初撃は受け止めた。が、勢いまでは消せない。咄嗟に御厨は反応したが、それでは役不足である

 ダリアの行動は早かった。御厨の動きを全面的に信頼しているのか、突然の挙動にも慌てず、冷静に状況を把握していた


 そして、画面よ割れよと言わんばかりに、計器を叩く。次いで、レバーを操作

 御厨は慣性の法則の全てに逆らって反転し、青のカルハザンに体当たりを仕掛けた


 『ッ!ほぉッ!見ろよルーイ!トゥエバの「紙人形」が、俺のパイルを止めやがった!』


 青年・・・・ロイの声が聞こえてくる。僅かにこちらを賞賛しながらも、嘲笑に溢れた声だ。ロイはバーニアで軌道修正を行い、追撃に備えるため距離を取った

 勿論その間も、決して前に進む事を止めてはいない。ロイ達の目的は、陸ザメの死守なのだから


 ロイから感じる気配は、自信だった。ロイは己の才能を自覚し、研磨し続けた者のみが持ち得る、自信と余裕に溢れていた

 思っていないのだ。自分に相対するダリアと御厨は、ただの障害物程度にしか

 腹が立つ。これは、性格が違うだけの、ラドクリフだ。同じ感じがする

 技量、気力、勝負強さ。それらが酷似した存在。だが、ラドクリフは少なくとも、こちらを認めてくれたか

結果論としてロイは、ラドクリフよりも腹立たしい。御厨は、腸の煮え繰り返らんばかりだった


 アンジーのタイプRが、まるで西部劇のガンマンの様に、腰部から長大なライフルを持ち上げる

 そして脚部間接を屈伸させ、跳躍。敵よりも高位置を取って、牽制弾を放つ


 左手を失った御厨を庇う様に、ライフルを連射しながら、壁のように降り立った


 『チッ・・・・・・・・敵さんも強ち、若く無いってか』


 油断した。ロイは、その激情に任せてアンジーを狙うとばかり思っていた

 事実、カルハザンが駆け出した方向は、アンジーの方だったし、御厨もアンジーをフォローしようと身構えたのだ


 なのに、カルハザンのパイルが貫いたのは御厨の左腕だった。成す術もなく到達された事実は、御厨を愕然とさせて、有り余る

 茫然自失と言って良かった


 (今の挙動、突然の反転・・・・・・・・・・。初めから間接動力にパワーを溜め込んでいたな。元よりの狙いは、僕とダリアだったのか)


 考えてみれば当然だった。タイプSは、貧弱な武装、装甲、安定度と、まるきり“やわ”だ

 それでも数とは力なのである。先に御厨を潰してしまえば、アンジーは数に押され、圧倒的に不利となるだろう


 今の一撃は、不意を突いたとは言え、なんの捻りもない単調な攻撃だった。壊す事、殺す事を、些末事として処理しようとしたのが、明白だ


 (それが僕の評価か。頭数としてしか見られない。早急に潰せる雑魚であり、且つ効率的に結果を出す為の布石。そんな薄っぺらな物が、僕の価値)


 こんな言われるまでも無い事に、御厨は今の今まで気づいていなかったのだ。音を立てて思考が高速化していくのを、正に身に刻む思いで受け止める


 お前は弱いと、面と向かって言われたような気がした


 (・・・・・・納得行かない!)


 敵に向かう事で頭がいっぱいだった。戦いと言う狂気で、何も考えられなかった

 決して死なぬ為に。そして、勇敢な戦士である為に

 何故、出会ったばかりの者達、しかも敵の言動に、こうも心乱されるのか、解らない・・・・・が


 だからこそだろう。絶対に納得出来ない事だったのは


 「馬鹿にしないで!シュトゥルムを!」


 安く見られた。甘く見られた。ロイと言う男とルーイと言う女は、アンジーを強者と見、自分を弱者と見た

 「紙人形」。強く在ろうと心決めた男を相手に、これほど辛辣な言葉はない


 紙で終わる物か。ダリアを守る為ならば、かつて地上に栄えた竜達をも滅ぼしたと言われる、隕石だって受け止めてみせる


 御厨の心に、闘争の中で糧を得、芽を出したプライドが、激しく吼え猛っていた


 (一人前の男を相手に!僕は・・・・・・・・俺は!そんなに弱いか!)


 それは或いは、戦闘への恐怖を誤魔化す為の、虚勢なのかもしれなかった


 ロボットになった男  第七話  「マリオネット・ダンス」


 御厨の存在を知る者は二人しかいない。即ちダリアと、ホレックである

 敵が、ロイとルーイが、御厨を知っている訳が無いのだ。そして、彼等を一般的な常識に当てはめるのなら、「居ない」筈の存在を、愚弄したりはすまい


 だが、そうとは解っていても、抑え切れない思いがある


 『ダリア?!馬鹿野郎、何熱くなってやがる!』


 ダリアの手で倒されるレバーと、己自身の激情に任せて、御厨は突貫した


 アンジーの声は、後ろに流れていった。耳に留まらない

 カルハザンの進行方向に、交差するように飛翔する。途中、“もどき”に激突しながらも、それすら巻き込んでカルハザンの行く道を塞いだ


 カルハザンの劣化品とは言え、“もどき”の力は強い

真正面からでは敵わない御厨は、高速機動によって不安定な、“もどき”の下半身にタックルをかました


 「かふっ!」


 激しい振動が起こった。コックピットが激しく揺らされ、ダリアが苦しげに息を吐くのがヘルメット越しにも解る

 もどき共々荒野に倒れ込み、二度跳ねる。御厨の装甲が大地と激しい摩擦を起こして、大量の土を削った


細かい数は分からないが、かなりの速度で移動し続けていたのだ

 倒れ込んだ時の衝撃たるや、想像すらもしたくなかった


 (うぁっ・・ぐ!・・・・・・・・だが、足は止めたぞ!)


 御厨は揺れる視界を気力で抑え込んだ。目前に迫るは、闇の中でも良く映える、青色のカルハザン

 この様な暴挙に出るなど、想像していなかったに違い無い。咄嗟の事に、反応し切れていなかった


 ウィングバインダーの火を、これでもかとばかりに強める。最大出力。それはともすれば、御厨自体が溶け出さんばかりの熱量だったが、構いはしない

 まるで爆弾が爆ぜたような衝撃と、轟音が迸る

 体制を立て直した御厨は、泥のようにねっとりとした空間と時間の中で、至極冷静にカルハザンの脚部を蹴り払った


 方向性を失ったバーニアの熱が暴走し、カルハザンは手酷くあちらこちらを地面に打ち付けた


 『うおぉッ!ヤロウ、なんて挙動を!』


 カルハザンを放って視界を上げれば、アンジーのタイプRが、遥か彼方で慌てて方向転換をしている場面だった。不意を突かれたのは何も敵のみではない

不安定な増設ローラーでここまで戻ってこようとするのなら、それは想像以上に時間のかかる重労働である

平時にすれば僅か十数秒かもしれない。だがが、その十数秒が明暗を分けるのが、闘争の場であった


 その更に向こうでは、陸ザメが土煙を巻き上げながら走っていくのが見える。そして、その後ろを追いかけるホレックの機影も


 ダリアは、その様を視線だけで見送る


陸ザメは巨大だ。それに抗しようと用意したミサイルも、巨大と言えば巨大だが、一撃で陸ザメを破壊するには少々役不足である


 陸ザメはキャタピラ式だが、その巨体は数箇所で分割され、ゴムに似た性質の物で繋がれている

 その巨大さの事もあり、陸上での移動は、まず数多の障害物を乗り越えてゆかねばならない。陸ザメはその衝撃を受け止める為、柔軟性に富んだ設計が成されていた

 正に規格外の発想。そしてその現物である


 勿論、分割され、衝撃を受け止める為の部分は、装甲が弱くなっている

 それは弱点を曝け出しているのに等しいが、それと同時にその複雑さから、内部構造の露呈を防ぐのに一役買っていた

 弱点は弱点でも、決定的ではないのだ。現状で陸ザメを撃破するには、正確に敵の機関部や格納庫、若しくはブリッジを穿たねばならないと言うのに


 ホレックも慎重になろうと言う物だ。味方も火気もない今の状況では、数で押すような真似も出来ないのだから


 実の所、御厨はどれだけそのままホレックの後を追えと言いたかったか知れない

 今真にアンジーの助けが必要なのは、ダリアと御厨ではなく、陸ザメを追い続けるホレックだ


 だがアンジーは、「目の前」に居るダリアを見捨てる事が出来なかったのだろう。甘さ故か。御厨は、彼のそんな所を美徳だと思った


 「任せたよ、ホレック。私達は・・」


 ダリアは地に伏したカルハザンを一先ず捨て置き、眼下の“もどき”を見下ろす

 このまま起き上がられては面倒だ。ダリアは目にも止まらぬ速さでキーを叩くと、その上でレバーを押し込んだ


 「こっちを先に!」


 ダリアの烈閃の気合に乗せて、御厨は右の拳を繰り出す

 体制を整え、重さを足して、必殺の一撃となる様に。しかしその思いも空しく、“もどき”はしぶとく反応し、迎え撃とうとする


 拳は、金属同士が衝突し合い、拉げ軋む、甲高い音と共に受け止められた

 ルーイの“もどき”は両手を合わせて、こちらの打拳を包み込むように押しとどめている

 元より力では圧倒的に負けているのだ。いかに重量を乗せたとは言え、二本対一本では、負けは明白だった


 (止めた?!この体制から?!)

 『調子に、乗って貰っては・・・・困るのでね!』


 透き通るようなソプラノの声が、溶岩のような熱さを伴って響いた。ルーイの声か

 それとほぼ同時に、激しくレンズが揺れる。正確には頭部が、だ。激しく振動し、ノイズを走らせる


 一瞬で強化ガラスに亀裂が入り、視界をぐしゃぐしゃにした。フレームその物に歪みが生じており、星の瞬く上空を、空と認識する事すらも困難だった

 無防備になった御厨の顎を蹴り抜かれたのだ。メタルヒュームの間接稼動域を限界まで活用した、見事な足技だった


 御厨は勢いに押され、仰け反り後退しながら、予備のモニターにバッテリーを回す

 メインのレンズは、損壊させられたとは言え見えない事はない。だが、もしもの時の備えとは、常に必要である

 奇しくも、アンジーと同じ状況に陥ったらしかった


 体制を立て直した時には、“もどき”は離脱しており、既に一動作で攻撃するには、不可能な位置にいる。無理に追撃するのは得策ではないだろう

 被害は甚大。絶好の機会を逃した事を考えれば、この痛手は実質的な物以上となる

 御厨は混乱しつつ、考察する。必死に思考を纏めながら、味方であるアンジーのタイプRの機影を探した


 しかし結局なにも成せぬまま、御厨は硬直した


 『ロイ隊長!』

 『解ってらぁな!もう油断したりしねぇ!』


 びりびりと激しく、まるで痺れるような痛みを発する神経

 身近に迫る、圧倒的な死の威圧感。それはまるで、ラドクリフと相対した時の様にも思える


 『クソッタレの紙人形、これ以上好きにやらせるか!!』


 御厨は、背後に高速で飛翔する物体があるのを、人知を超越した第六感的な感覚で、察知した


 ――迂闊


 「シュトゥルム!右に!」

 (かわせぇぇぇ!!)


 ウィングバインダーの火を爆発させる

 一瞬にして矮躯を持ち上げ、反転。高速で迫る何かから逃れようと、必死に体を右側に逸らす


 振り向いた視界の中に居たのは、パイルの仕込まれたナックルガードを突き出した、青のカルハザンの姿だった


 ロイの、殺気に満ちた声が、ダリアの鼓膜と御厨のセンサーに突き刺さる『取った!』


 しかし、御厨とてむざむざやられてやるつもりはない。何より、今御厨の中には、ダリアだって居るのだ。御厨の敗北は、即ダリアの死に繋がる

 その事を意識した途端、御厨は己が内から解けてゆくような気がした

 灼熱の溶岩を内包したような感覚は、覚えがある。御厨は、気力胆力その他諸々を振り絞って、前に出た


 (やるしかないって言うのなら!)


 ――渇っ!


 叩き落す。その意思が、コックピットの中にダリアにも伝わる

 ダリアが激しくキーを叩いた。ロックオンシステム。基本動作制御。負荷を打ち消し、機能を細分化し、そして決断の一手をレバーを握る指に任せた


 (ダリア、動きを覚えるんだ。任せ切りにしないで。もっと強くなって、俺に)


 カルハザンのナックルガードからパイルが飛び出す

 だが、見切れる。御厨の機械の瞳なら、その超絶的な速度すらも見切り、反応する事が出来る

 真直ぐに、コックピット部に向かって突き出されるパイルを、御厨はその速度の乗った右腕ごと、右の打拳で弾き返した

ダリアがレバーを倒したのは、その数瞬後だった。遅い


 (ついて来いよ!)


 ノイズしか映らないウィンドウを通して、ロイの動揺が伝わってくる

 だがロイも生半のパイロットではない。動揺しても慌てる事はなく、冷静に、しかし苛烈に、次の攻撃へとモーションを移行した


 二撃目はホバーで体ごと浮き上がっての、重量の乗ったショルダータックル

 恐らくあの挙動だけでコックピットの中はシェイクされ、備え付けられたバランス機構はまともに動作すらしていないだろう。しかし、それでも完全に機体を操っている


 受ければ大ダメージは必至。だからこそ、まともに受け止めてやる義理はない

 御厨は体制を低く落とし、刹那の間にその躯をカルハザンへと打ち付け、タックルの軌道を逸らす

 反動を押さえ込んだ脚部が、鈍い音と共に地面に減り込む。どれ位の負荷がかかったのか、想像もできない


 レバーでの操作を確認したのは、やはりその数瞬後だった。まだ遅い。しかし、先程よりかは些か早いような気がした


 ショルダータックルすら避けられたロイは、最早躊躇などしなかった

 一瞬で体制を立て直し、バーニアの火で持ってして御厨に迫る

 パイルを使う気配は無い。確かにあれは協力だが、動作の一つ一つに時間がかかる


 攻撃力を捨ててまで、速さを求めたロイが繰り出したのは、純粋な拳


 今度は、御厨がそれに反応するよりも早く、レバーが叩きおろされた。御厨の右腕が、彼の意思に加えて、ダリアの意思も乗せながら、カルハザンの拳を迎え撃った


 「見えた・・・・・」


 ダリア・リコイランと言う女は、戦いの中で、確実に成長していた


 しかし、御厨とダリアの健闘もそこまで

 簡単な話をしよう。即ち、カルハザンとタイプシュトゥルムは、どちらが強いか

 考える必要もない。カルハザンを前にしたタイプSとは、蛇に睨まれた蛙。蜘蛛の巣に捕えられた羽虫

 パワー、装甲、機体剛性。カルハザンのそれらは、完全にタイプSを凌駕している。それこそ、比べる事すらおこがましい程に

 真正面から拳を迎え撃ったダリアの判断は、「間違い」だったのだ


 たったの一撃で右腕が弾かれる。御厨のように力を逸らすのではなく、受け止めようとしたのだから当然だ

 そして、無情にも突き出される、カルハザン右腕のナックルガード


 やられると思った。距離はなく、術もなく、回避動作を考える思考能力すらも途切れた

 しかし、御厨は思い知った。良い意味で。ヒーローは何時だって、遅れてやってくる物だと


 不意に、アンジーの声が響いた


 『気ぃ抜いたな、若造。・・・・悪いが、俺の一番のダチに、今わの際に頼まれてんだ』


 ロイが息を飲む音が聞こえる。御厨は、反射的に腕を前に突き出した。防御の為である

 だが、それは不要であったと御厨は知る。アンジーの声が、心の奥の奥まで、どんどんと入り込んでくる気がした


 『「あのじゃじゃ馬を頼む」ってな。・・・・・・・・・・・・やらせる訳には、いかんのよ』


 轟音。一度や二度では無い。連続して、絶え間なく

 それは御厨の直ぐ背後から、青いカルハザンに突き立った。ヌッと、御厨の小脇から突き出されたタイプRのライフル。そこから放たれる凶悪な弾丸が、風を巻き起こす


 右腕、左腕、胴体、頭部。雨あられと降り注ぐ弾丸に、カルハザンはその巨体を押し返される

 驚異的な衝撃能力。それは装甲を陥没させ、或いは貫き、カルハザンに致命的なダメージを与えていった

 そしてその凶弾は、メタルヒュームの総じて腰部にある、コックピットにも


 『馬鹿・・・・・・・・・・・・・な・・・・・・・・・・・・』


 駆動機関が損傷したか。或いは、動力の正常動作が出来なくなったか

 ルーイが乗る僚機、“もどき”に駆け寄られながら、カルハザンは、ゆっくりと膝をついた

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


・・・・・・・調子に乗りすぎました。
何も考えずに書いたら、あら不思議。この小説って、こんなお話だったかしらん?

・・・・・・・いや、熱くしようとは思っていたけど、なんだか方向性が・・・・。
まぁ、そんな感じで。


捨道様、感想有難うございます。
まぁ、自分でもなんだかんだ考えた訳ですが、次回更新にでも題名の変更とか、ご希望に添えるようやってみたいと思います。


いらっしゃるのでしたら、ここまで読んで下さった方、真にありがとうございました。

パブロフでした。



[1309] Re[6]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/03/11 19:23
全ての事が唐突すぎて、御厨はゆっくりと流れる時間の中、唖然とするしかなかった

 一秒にも満たない間が、酷く長く感じられる

それと同時に、正に目の前まで近づいていた死が、足早に立ち去った事に気付き、僅かながら安堵している自分に気づいた

 吐き気がした


 『隊長!ロイ隊長!馬鹿な・・・・』


 ルーイの悲鳴が響く。それはともすれば聞き覚えのある声で、数秒後に、ダリアの悲鳴に似ているのだと、御厨は気付く

 女性の悲鳴は悲しい。そうだ、誰も彼も同じ人間で、どこもかしこも同じ。変わりはしない

 イチノセが死んだ時、ダリアが年端もいかぬ少女の如く泣いた様に、ルーイも泣くのだ


胸が締め付けられるようだった


 『馬鹿なッ!!!』


 御厨も、ダリアも、誰も何も言えない

最初に戦闘を放棄したのは、目の前で青いカルハザンに縋り付いているこれまた青のカルハザン“もどき”だ

だがしかし、それでも余り正しくない感傷ではないだろうか。今感じている物は


 息が詰まりそうな御厨に、通信が叩き付けられた

 全方位に発せられたそれは、万国共通の10-1。有無を言わさず入り込んできて、コックピット前面に大写しになる


 『こちら・・・・・・・!敵守備・・・・・・と接・・!陸ザ・・も確認した!これ・・り戦闘に・・る!!』

 『やれやれ・・・・・・・・・・聞いたな?投降しな。どうやら俺達の本隊が、お前達の守備隊とかち合ったみたいだ。増援は見込めんぜ』


 所々にノイズが走り、それと同じくらいの銃声と、砲声が混じる通信を聞いて、アンジーが言う

 その声に同情や情け容赦など、微塵たりとも無い。だがいつもの軽薄さもまた、なかった


先の大戦は、後半最早硬直状態にあったと聞くが、それでも数々の戦場はありえた

 アンジーは若干三十の年にして、その戦場を駆け抜けてきたのだ。軍への忠誠心等皆無であろうが、己の身やダリアを守る為に躊躇する男ではない


 ルーイが投降と言う選択肢を取らなければ、間違いなく撃つ。御厨にはそれが解った


 (・・・・変な気分だ。さっきまで、俺達が敵を・・ロイを殺そうとしていたのに・・・・。今じゃ何でこんなに・・後味が悪い・・・・)


 考えてふと、御厨は思い至った。殺そうとしていた。本当にそうだろうか?

 殺すだけの覚悟が、あったのだろうか、自分は。子供みたいな虚勢の癇癪で、ただ恐怖を誤魔化していただけなのではないだろうか

 ダリアを守って見せようと、心に誓ったのは嘘ではない。だが、自分と彼女は違うのだ


 そう、いつもいつも、全力で命をかけてきた、彼女とは


 (・・・・・・・・・・・・・・・・)


 その時、ギギギ、と耳を塞ぎたくなる様な異音が響き、ダリアが身を硬くする


 『・・・・!・・マジか・・・・』


 御厨の視界の中、アンジーの掠れるような声が放たれたのは、青いカルハザンが立ち上がるのと同時だった


 ロボットになった男  第八話  「」


 カルハザンの腕が、中空を舐めるように、滑るように走る

 御厨にはその軌道が読めた。バランスが取れずに逝く道は不安定で、激しく揺れ、酷く精度が低い。しかし、その速度は正に神速

 間接が引き千切れんばかりにカルハザンは腕を伸ばす

拳が伸びきり、まともに動く事は有り得ない筈の胴体部すらそれに引き摺られ、その挙動が拳の射程を通常の何倍にも感じさせた。そして、全てを貫く為に打ち出される鉄塊


 パイルバンカー。それはまるで、唸り猛る蛇のように

 アンジーの駆るタイプR。その右足に、毒の牙を突き立てた


 『かぁぁッ!!』


 通信を通してぼとぼとと、水の零れる音がした。それは大量の血液がパイロットシートに零れ落ちる音だと、御厨とダリアには容易に想像がついた

 アンジーの行動は早い。唖然と動けない御厨を置き去りにし、ライフルを放り出して格闘戦に入る

 懐に潜り込まれた以上、銃は邪魔だ。アンジーは、右の拳でカルハザンを殴り返した


 「止めて!もう動かないで!」


 ダリアの叫びを聞きながら、御厨は構えを取った。銃は無く、左腕も最早使い物にはならない

 だが、大破寸前のカルハザンと、半ば戦意を失った“もどき”に負ける積もりは毛頭ない

しかし、しかしだ。これ以上戦いたくはないと言うのが、御厨とダリアの、正直な思いだった


 ロイのカルハザンが吹き飛ばされ、アンジーのタイプRが尻餅をつくように倒れ込む

 カルハザンとは比べるべくも無かったが、タイプRも中々に酷い。二足歩行のメタルヒュームは、足が一本なくなった時点で移動能力を失う


 ルーイの“もどき”が、今度こそカルハザンに縋り付いた


 『ぐぷ、う・・ぐッ・・・・。俺の・・・任務は・・・・』


 御厨は、カルハザンからじわじわと湧き上がり始めた威圧感に、戦慄した

 ギシギシと軋むような音を立て、カルハザンは尚も立ち上がろうとする。そこに、倒れてしまおうかと言う迷いや甘えは一切なく、ただただ、戦い続けようとする強固な意志のみが見えた


 『隊長!』


 なんてドラマティック。茶化している訳ではない。面白がっている訳でもない

 ただ、今起こっている事実に、驚嘆しているのだ

 体中穴だらけの機兵が、意思力のみで尚も動くなど、現実に有り得ようか。しかし納得するしかない。だって、有り得ているのだから


 事実は小説より奇なり。いつだって現実は、人の浅はかな思考能力を凌駕する


 (・・・・そこまで、して・・・)


 ロイには有ったのだ。己の命を賭してまで、成すべき事が。ダリアや、ホレックのように

 それが何かは解らないけれど、ロイにはきっと、重要な事なのだ。この世の常識全てを覆したとしても、それだけは絶対に成さねばならない事なのだ


 ダリアの大きな瞳から涙が零れ落ちる。御厨にはハッキリと見えた


 (同じなんだ・・誰も、彼も。名前があって、身体があって、命があって・・・・思いがある)


 それを知ってしまった。否、実感してしまった

 殺せるのか?自分と同じ存在を。あまつさえ、名前まで知ってしまった存在を


 アンジーが、苦しげな息を漏らした


 『馬鹿、ダリィ!敵を理解するな!トリガーが重くなるぞ!』


 御厨は今、銃を持っていない。銃の事ではない

 殺す覚悟の事だ。揺れる心で人は殺せない。揺れる心で殺せるのは、自分自身だけと昔から決まっている


 アンジーのタイプRは、放り投げたライフルを拾い上げた

 座り込んだまま両手で持って構える。張り詰めた殺気が、じりじりと肌を焼く


 『俺の、・・・任務は!!・・・・・・がぁぁあぁぁぁ!!』

 『チッ!馬鹿野郎・・・・!何でこうも若い奴ってのは!』


 カルハザンが再び動く。体を持ち上げ、その不屈の意思で

 向かってきたのは御厨の方だった。構えは取っている。迎え撃つのに支障はない

 だが、何故だろうか。御厨の機械の体は、咄嗟に動く事がでなかった


 『そんな簡単に、死にたがるのか!』


 アンジーが横槍を入れた。カートリッジを入れ替えたライフルが火を噴いて、カルハザンを貫き、殴りつける

 それでも、ロイは止まろうとしなかった。御厨・・ダリア以外何も目に入っていないかのように、ただただ機体を滑らせ、突進してきた


 ダリアは涙を溢れさせながら、唖然とした顔のまま、レバーを倒す

 きっと、無意識の行動に違いない。御厨の乗者としての本能が、彼女を突き動かしたのだ


 一瞬、世界が白く染まり、何も見えなくなる


 次に映った光景は、御厨の右腕が、カルハザンの胴体部を貫く瞬間


 『・・・・・・・・ルーイ、頼む・・・・・・・・箱舟を・・・・・・・・・俺達の家を・・・・・』


 闇の支配する荒野に、巨大で、壮大で、そして壮麗な、炎の華が咲いた


――――――――――――――――――――――――――――――――


 膨大な量の炎が辺りを舐め尽くし、そして消え去る

 申し訳程度に生えていた周辺の草木は、一瞬で萎れ、或いは燃え散った。カルハザンの燃える残骸は四方に飛び散り、一欠けらとして、その場に留まろうとはしなかった

 そして、その中にありながら、尚も存在する事ができたのは、たった二機の巨人の姿


 何時の間にか、青いカルハザン“もどき”は、その姿を消していた


 『どこに行った・・・・・・・・なんて、考えるまでもないか・・・・・。畜生が・・・・・・・』


 敵が目の前から消え去った事を受けて、アンジーは機体のバランスを取る事を放棄する

 右足を失い、立つ事はできない。バーニアは申し訳程度で、稼動させれば九十秒しか持たないのだ。実質的に、アンジーの出番は終了したと言える


 闇の深い荒野で大の字になったタイプRは、やるせなさそうに夜空を見上げていた


 御厨はウィングバインダーに炎を灯す。彼はまだ動ける。そして、未だ戦闘は終わっていない

 ルーイは、間違いなく“もどき”駆り、陸ザメとホレックの後を追っているだろう。ロイの遺言を守る為に。ダリア達の呼ぶ陸ザメこそ、ロイが命を掛けた箱舟に違いないのだから


 今ここで追いつけるのは、御厨とダリアしか居ないのだ。御厨は、ここまできてまだ戦わねばならないと言う事実に、胸が張り裂けそうだった


 レンズを動かして、己が右腕を見遣る。そこには、心なしかロイの血液がこびりついていそうな気がして、御厨は背筋を凍らせる

 ダリアも同じ事を思ったのか、一層疲労の色を強めた。精神的な物であるのは、明白だった


 『・・・・馬鹿。士学で習わなかったのか?軍人の心構えってやつを』

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ダリアのヘルメットの中には、涙が小さな水溜りをつくっていた。その感触を感じたくないのか、ダリアは気だるい動作で、ヘルメットを脱ぎ捨てる

 その様子を通信で見ていたのだろう、アンジーが言った。御厨は、何も言えなかった


 アンジーのタイプRが、腕だけ動かしてライフルを差し出してくる

 規格が違うが、使えない事はない。御厨は、是非もなく右腕で受け取った


 『行きなダリィ。お前の役目だ』

 「はい」


 ダリアが、何時になくゆっくりとレバーを倒した

 最初は微速。そして、段々と速さが増していく。次第に、風を切るまでになる


 荒野は暗闇と相まって、どこまでも続いているような気さえした。だが、御厨の知った事ではない


 『迷うなよ。陸ザメの所には、ホレックも居る筈だ。次迷ったら、死ぬのはおまえか、ホレックかも知れん』

 「はい」


 翼の力を最大限に引き出し、中空十メートルの高さを飛翔する

 もっと早く。もっと疾く。心を塗り固めて、どんな風を受けても、寒くなんてないように


 ダリアの息が咽ぶようにして荒くなった。呼吸が不規則になり、その肩は小さく震えた


 『お前は、仲間を助けなけりゃならない。どんな奴だったとしても、ダチは見捨てちゃならない』

 「は・・・ぃ。・・・はいッ!」


 前傾姿勢になる。出来得る限り、風の抵抗を少なくする為だ

 風を切る音が次第に大きくなる。どんどん、大きくなる。どんどん、どんどん、大きくなって、そして何故か、何も聞こえないようになってしまう


 ダリアが急激なGに耐えながら、右腕で倒しこんでいたレバーに左手を添えた

 両腕の力でもってして、必死にレバーを倒し続ける。立ち止まれない。この先に、何が待っていようとも。前に進む為に、このレバーだけは支え続けなければ


 それは或いは、ダリア自身の心を支える両手なのかもしれなかった


 『お前の目の前に立つのが、敵でしか在り得ない存在なら、打ち倒せ。殺したくないなんて考えるのは、優しさじゃねぇ。ましてや、強さだなんて有り得ないんだ』

 「はいッ!」


 ダリアは涙を流しても、声をあげようとはしなかった

 何時までも、どこまで離れても繋がり続ける通信を、必死に受け止めていた


 下方に見える大地に、巨大な、舌が舐め通っていったような痕跡が見える

 あれこそが、御厨を陸ザメへと導くしるべ。あの先に、御厨とダリアの「成すべき事」が待っている

 荒野は凹凸でありながらも、さながら巨大な一枚絵に見えた


 『泣くんじゃねぇよ馬鹿。敵を思っての涙は、悲しさじゃない。ただの傲慢だ。解るか?返事は!』

 「はいッ!!」


 半ば自棄とも取れる叫びを返しながら、ダリアは涙を拭かなかった

 ただ、前だけを見据えて、レバーを握り締める


 アンジーの声が僅かずつ掠れ始める。少々、距離が開きすぎた。送信する側も受信する側もぼろぼろなのだから、まともに通じないのは当たり前だ


 それを悟ったのか、アンジーが叫んだ。それは、今聞ける最後の一声。そして、最後に相応しい呼び掛けとなる


 御厨は、心が震える気がした


 『逝け!ダリィ!絶対に、絶対に!死んだりなんてするんじゃねぇぞ!』

 「はいッ!!!!!!!!!!」


 視界の先。そう遠くない位置

 激しい土煙をあげる、巨大且つ強大な存在があった


 御厨は、飛翔した


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・決戦は近い。
誰のって・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私の。


今回、皆様のご意見を参考にさせて頂き、題名の変更と設定を追加させて頂きました。

できれば、皆様により楽しんでいただければ良いな、なんて、考えてたりします。


そして感想を下さった皆様。真にありがとうございます。
最早過分としか言い様のない褒め言葉を頂き、ついつい有頂天。

しかし、申し訳ない事に、これから暫くは更新できません。いや、真に申し訳ないですが。

恐らく、次回は四月ごろになるだろうな、と予測しております。

それまで、見捨てずにいてくれたのならば、望外の喜びなのですが。


それでは、ここまで読んでくださった方、真にありがとうございました。


パブロフでした。



[1309] Re:ロボットになった男
Name: パブロフ
Date: 2005/03/11 19:21
 各種設定


 まぁ、おおまかな世界の動きと言いますか、なんと言いますか。

 本作は結局の所、そんなに大規模な物ではありません。スケールが馬鹿みたいに大きくなるのは、最後の最後辺りです。

 ポケットの中の戦争とは言いませんけど・・・・・・・風呂敷包みの中の戦争?

 だからぶっちゃけた話、世界の大きな動きなんて物は、大して関係ないんですな、これが


 と、言う訳で、この歴史年表には、ダリアに関わりがある事だけを綴らせて頂きます。世界観は下手ながらきっちりと語ってみますけど

 本来なら、こんなもの綴るだけでもおこがましいのですけどね。


 世界観


 この世界は、海洋面積よりも、陸地面積の方が多いです。水産資源も勿論少なく、内陸国の方が多いですが、海洋に面した国は、経済水域の観念に非常に執着します。(その分鉱物資源とか多いですけど)

 領海とかは地球よりも少ないと言う事で。まぁ、海自体が少ないのに、領海とかが同じ広さだったら違和感あるし。


 そして国々の問題と言ったらやっぱり交通手段。隣国と険悪になったりしようものなら、どこにも行けやしません。いや、ここは言い過ぎでしょうけれど

 そんなだから、基本的に戦争は珍しい物だと思ってください。「それならなんでメタルヒュームとか開発されてんのさ」とか言うツッコミは、出来ればご勘弁を

 トゥエバ帝国みたいな島国も、珍しいですね。島国だからこその帝政とも言えますが


 そんなこんなで世界は発展していたのですが、何をどう間違ったのかこんな物が発生してしまいました。フレディジャマー。

 ジャマーが発生してからの六十年間。航空交通手段どころか、航空技術戦力が全く使い物にならないのだから、各国は陸で戦う為の技術を模索し続けました。

 そしてとうとう造り上げられたのが、人型機動兵器メタルヒューム。何故人型なのかは、・・・・・・・まぁ、ロマンの嵐と言う事で。

 因みに、御厨はラドクリフからかっぱらったウィングバインダーで飛んでいますが、あれは小型な彼だからこそ出来る芸当です。

 ラドクリフの乗機に付いたままでは、バーニア以上の役目は果たせませんので、悪しからず。


 今作に登場する、新興スパエナ公国は、内陸国。強大なトゥエバ帝国は、島国。

陸の技術を研磨し続けたスパエナに比べ、海にかまかけていたトゥエバのメタルヒュームの技術は、少々劣っております。実はパイロットの練度も。

 そこを根性と熱血と努力で乗り越えていくのが、醍醐味・・・・・・・のつもりなのですけれど。

 舞台は、このトゥエバ帝国の中です。


 世界観としては、素人考えながら、この程度で御座いましょうか。


 ですが、先に申しましたように、あくまで今作はポケットの中ならぬ「風呂敷包みの中の戦争」ですので、余り関係ありませんね。


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 歴史年表


 帝国暦202年  世界史3011年


 トゥエバ帝国主導による大掛かりな監視衛星の開発が、同時点に置けるトゥエバ帝国皇帝、アイダンベルズ・ジョナサンによって提唱される

 主目的としては、ミリタリーバランス(そんな物あるのかしらん?)の監視。それと同時に、大規模な通信施設としての役割を果たす事

 四十二ヶ国の賛同の元、計画はスタートした。因みに、スパエナ(このころはトゥエバと同じ帝国)も賛同国である


 帝国暦211年  世界史3020年


 巨大監視衛星、「ゴールデン・アイ」が完成。盛大な完成披露宴の元、宇宙にうちあげられる

 披露宴前後に、各国の外交官、及び国主が行方不明になる事件が続発したが、世界体制での調査にも関わらず、結局解決には至らなかった


 帝国暦213年  世界史3022年


 「ゴールデン・アイ」開発主任、フレデリック・スペンサーが、突如としてトゥエバ帝国に造反

 身一つで軍首脳部のマザー、ホスト、全880のコンピューターを乗っ取った

この騒ぎは即座に解決された物の、事件中のフレデリックの操作により、「ゴールデン・アイ」が暴走

以後、ゴールデン・アイは、無意味且つ雑多な情報を世界の空にばら撒き散らす、醜悪なジャミング装置となる(ジャマーが邪魔ー。なんちゃって)


 同年、エイブル・リコイラン、カーラ・ロロナルク両名を主軸とする、フレディジャマー対策機構が設置されるも、成果はなく、八年後に解散処分を受けて終了した


 帝国暦219年  世界史3028年


 エイブル博士、カーラ博士夫妻の間に、男子誕生。アンドリュー・リコイランと名づけられる


 帝国暦237年  世界史3046年


 メタルヒュームの雛型たる大型パワードスーツ、「アイアンランナー」が開発される

 テストモニター、ロマネア・タイガーの元、その戦闘証明が確立。以後、この技術は、メタルヒュームとは分岐し、陸戦隊が纏う鎧として進化する事になる


 帝国暦246年  世界史3055年


 トゥエバ帝国、内紛によって無政府状態になったリガーデン国を、政府建て直しの大義名分の元に掌握。以後、トゥエバの属国とする

 様々な諸問題が持ち上がった物の、当時75であり、既に老翁と呼んで差し支えなかった、アイダンベルズの卓越した手腕により、混乱期を乗り越える


 帝国暦250年  世界史3059年


 皇位継承。アイダンベルズが政権から離れ、孫であるロベルト・ジョナサンが皇位を継ぐ(アイダンベルズの長子は既に死去。ロベルトは、当時十六歳であった)


 帝国暦257年  世界史3066年


 大幅に婚期が遅れた物の、当時三十八歳のアンドリュー・リコイランが結婚

同年、男子、女子の二人の子供が誕生する(出来ちゃった婚とも言う)。二人の赤子は、スコット・リコイラン及び、ダリア・リコイランと名づけられる

 因みに、アンドリューと結婚したベラニー・リコイランは、旧姓ベラニー・アンタカルズと良い、当時若干十九歳の可憐な少女だった(アンタカルズ家は、トゥエバ本国の大富豪)


 帝国暦260年  世界史3069年


 比較的北部にある国、ランドリー国の、資源権利を火種に、世界を巻き込んだ大戦が勃発

 トゥエバは、途中まで半ば静観を守っていた物の、皇帝ロベルトの意により大戦に参加。「私は、無辜の民に戦火が降り注ぐのを黙ってみている程、無情でも臆病でもない」世界に放映された宣言文中の、この発言は余りに有名


 帝国暦272年  世界史3081年


 当時、若干十五歳でありながら、数々の博士号を欲しいままにし、「神童」とまで呼ばれたスコット・リコイランが、突如として失踪する

 数々の調査機関が行方を捜索したが、依然として成果は出ず、結局は迷宮入りとなった


 帝国暦276年  世界史3085年


 ダリア・リコイラン、特速士官養成塾の学期を終え、軍属となる。同年、ロベルト・ジョナサンがとり行った平和会議により、大戦終結

 しかし更に同年、突如としてスパエナがトゥエバに侵攻を開始し、状況は予断を許さなくなった


 そして、現在に至る


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 と、まぁ、歴史年表としてはこういった感じでしょうか。

 スパエナの事が詳しく書いてありませんが、あの国のクーデターやらなんやらは、特にダリアと関係ありませんゆえ。


 こうして見ると我ながら、無茶な設定を創った物だと思います。


 矛盾点などをお見つけくださった方は、是非是非、指摘して頂けると幸いです。



[1309] Re[7]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/04/04 23:05
 (けぇあああああ!!!!)


 急降下

 雄叫びを上げる。いや、それは酷く不恰好な悲鳴にも聞こえた。人が死に逝く時の、断末魔の悲鳴だ

 御厨はその事を認識しても、少しも恥かしいとは思わなかった。どうせ誰にも聞こえやしない。聞いているのは自分だけだ

一人ぼっち、他人と遮断された空間で、無様な悲鳴を上げる

以前の御厨なら、鄭重にお断りするような事態だった。しかし、目まぐるしく移ろう、この世界に放り出された今の彼には、そんなに悪くない事のように思えた

 少なくとも叫んでいれば、胸に燻る陳腐な感傷など、吹き飛ばせそうな気がする

 思考の片隅でふと考えた御厨は、自分が磨り減っていくような気さえしていた


 風を切る音が急に戻ってきた。速度を落としたからなのは、明白である

 一種異様な世界に取り込まれていた御厨は、急激に世界に色と音を見出す

 悲しみの空と、凄惨の大地。平時に聞けば、御厨自身鼻で笑い飛ばしそうな気障な台詞だったが、それもまた良い

 寂しさしか感じさせない色の世界の中で、唯一輝いているのは、ホレックの駆るタイプRだった


 「ホレック!」


 ダリアは通信を開いた。多くは語らない。ただ一言呼びかけて、目の前の中空を睨む

 ホレックも、多口に返答を返したりはしなかった。彼の眼球が、ぐるりと御厨のコックピットの中を睨んで、最後にダリアの顔を捉える。それだけで彼は、全て悟ったように視線を外した


 『援護は要らない!構造は大体読めた!…覚悟を決めたら、突っ込むよ』


 ――君は、自分の仕事をやれ


 緊張と焦燥に病んだ声が、ダリアの鼓膜と御厨の集音機を打つ

追い続ける、と言う事は存外に体力を必要とする仕事だった。ホレックは敵と戦う前に、激しい疲労とも戦っている

 しかし彼の瞳は、疲れ果てたりと言えども衰えていなかった


 (スパエナのルーイ。ダリアの敵。ホレックの敵。そして、俺の敵)


 ふと、そんな事を考えた途端、後方から激しい衝撃を感じた。既に高度は地面スレスレ。一般的なメタルヒュームの、白兵戦闘可能領域だ

 衝撃は御厨の体を突き抜け、バランスを大幅に崩させる。突然に反転し、急激に回転する視界を、御厨は冷静な判断力で持って認識する

 そして御厨が、己の脚部が何者かに捕まれたと認識した瞬間に、彼は大地に引きずり倒されていた

 激しい衝撃が御厨の前面部を潰し、拉げていた頭部は、そのせいで更に凄惨な状況を深めた


 視界を回して、予備モニターで背後を見遣る。そこには、闇の中に浮かび上がる青の巨体


 「迂闊…!」


 ダリアが呻いた。真逆、御厨は、心を燃やした。衝撃の主は、予見できていたからだ


 (俺は、君を倒すぞ)


 己の身が大地に叩き落され、砕けかけた事実には、何の痛心も感じない。それよりも重要な事がここに、目の前にある

 ルーイ。彼女の駆る青いカルハザン“もどき”は、何の気負いも無く、そこに居た


  ロボットになった男  第九話


 『不思議な気分だ!』


 何時の間にか、コックピットの中には、ノイズだらけのウィンドウが開かれていた

 そして、衝撃。数瞬遅れて、背部を殴りつけられたのだと解る。丁度、巨大な翼と翼の中間地点で、そこは人間の脊髄とでも言える部分だった

 御厨の矮躯が、僅かばかり地面に減り込み、コックピットの中に映し出された赤い警告ウィンドウが、激しく点滅を繰り返す

 ギシギシと鳴った機体が、被害の大きさを容易に想像させた


 『私の心は波立たっていない!まるで、紺碧を写す遼面のようだ!…ついさっきまで、これ以上はないと言うほど乱されていたと言うのに!』

 「う…っぐぁ。な、何を言って…」


 ダリアの呻きは、堪えるような、押し留めるような、そんな響き

 更に、衝撃。再び同じ場所への打撃だ。背部装甲板が砕かれ、内部構造が露呈しかける

危急を知らせるウィンドウは更に明滅を強くし、耳に障る警告音は執拗にがなりたてる。その様子が、いよいよ危険な状況である事を悪し様にも伝えてきた

 次はない。持ち堪えられず、耐え切れない。御厨は考え、冷静に機を伺う


 『だが、熱いんだ!熱くて、冷たい!まるで、ドライアイスの塊を飲み込んだような気さえする!』


 ルーイの叫びにも似た声と共に、“もどき”が再三右腕を振り上げる。御厨は、気を吐いて動いた

 段々とまともに動かなくなってきている脚部を稼動させ、右の踵で中空を貫く。狙いは“もどき”の脚部であり、ひいては“もどき”そのものだ

 露となった隙を、踵で的確に貫く。そのイメージは、漠然としながらも御厨の構想の中で煌いていた


 「このぉッ!」ダリアの気合が重なる


 ゴシャ、と鈍い音。蹴りは、物の見事に命中した。“もどき”は大幅に体制を崩し、ダリアはその隙を逃さずに、レバーをこれでもかと弄り倒した

 御厨の体が、野生の獣のように四肢をしならせ、うつ伏せの状態から一瞬にして跳ね上がる

 僅かばかりの距離を取った御厨は、土煙と摩擦、そしてそれに伴う熱を大量に巻き起こしながら、メタルヒュームとは思えない程人間臭い動きで、“もどき”を正面に捉えた


 (ライフルは…イカレたか!一発も撃たない内に、駄目になるとは!)

 『私はお前を許さない。この、腹の中にある氷が融けるのは、お前が無様に死んだ時だ』


 ルーイは言った。まるで、ダリアと御厨を取り逃した事など、何でもないように。それよりも、ダリアに思いのたけを突き付ける事の方が、余程重要だと

 その心根を表すかのように、ルーイは今しがた“もどき”の脚部に刻まれた傷を、まるで誇示するかのように胸を張った


 それが事実。本当に何とも思っていない。構いはしないのだ

ダリアを取り逃しても、取り逃さなくても、ルーイ自身の内にある、確固たる覚悟が揺らがなければ、彼女は構いはしないのだ


 ダリアは一瞬、身を震わせた。ルーイの一言一句に、ビクリ、ビクリと四肢を痙攣させ、それでも前を見据えて、歯を食いしばる

 そしてぐっ、と顔を上げると、やり切れない思いを吐き出すように、怒声を上げた


 「……貴女達スパエナ軍は皆そうだ!ラドクリフも、貴女も!自分勝手な事ばかり!」

 『吼えたな!痴れ犬!』


 御厨は、挑むようにして“もどき”に躍り掛かった


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 “もどき”は速かった。御厨とダリアの予想よりも速く、硬く、柔軟で、そして何より強かった

 御厨が先手必勝とばかりに繰り出した体当たり。それは十分な加速を伴い、かつ無駄な力を極力排した理想的な物だ

 それが、真正面から受け止められたのだ


 「そんな!…シュトゥルム!」


 ダリアが目を見開きながら、更に御厨のウィングバインダーの熱を強めさせる

 爆音が響き、前に進もうとする力が格段に増した。それと同時に、御厨の体がギシギシと鳴る音も、その大きさを強めている


 少し、本当に少しだけ、“もどき”を押した。すると、決壊したダムを連想させるが如く、“もどき”は押され始める

 しかしそれも、僅かな間のみだった


 (クッソ!この!…押し切れぇ!)


 ルーイの“もどき”が、御厨を掻き擁くように手を回す

 そして、ギリギリと締め上げた。その尋常ではない出力に、御厨は圧殺されかねない恐怖を感じた

 するとどうした事か、今度は全く“もどき”に敵わないような気になってくる

翼の力で押し捲っていた筈の“もどき”、どっかりと両足を大地に突き立て、不動の拠点の如く、屹立している。それはいつしか御厨のイメージではなく、現実の物となってしまっていた


 『どう…した!隊長を殺したメタルヒュームの性能とは、そんな物か!…たったそれだけなら』


 正直、信じられなかった。御厨自身の総重量は知れた物とは言え、加速がつけばその限りではない。正々堂々真正面から屈服させられる等、在ってはならない事なのだ

 下半身に体当たりをしかけた時とは、まるで違った


 (機体性能だけじゃぁない!ならコイツは!なんで!)

 『白兵戦など、挑んでくるなぁ!』


ルーイの気炎と共に、“もどき”の背中が火を噴いた。バーニアだ。“もどき”の推力が、それこそ台風勢力のように勢いを増した


 抵抗も何もなかった。否も応もなく、ただ押される。流される。圧倒される

 成す術もなしとは、正にこう言う事を言うのだ。御厨は、“もどき”と言う濁流によって、荒野を圧し流されていた


 「や、ああ!わぁあ!」


 体制が崩される。“もどき”は体格差で御厨を押し倒すように飛び、御厨は逆に倒されまいと、半ば仰向けになりながらも飛び続ける

 脚部を地面に叩き付けた。役には立たないと思いつつも、それに願いを乗せた。しかし

 ガリガリと、酷い摩擦音を出しながらもそれは、“もどき”を押し留めるには至らなかった


 ダリアが必死に姿勢を制御した。ウィングバインダーの熱を、限りなく無駄の無いよう、地面へ垂直に叩き付ける

 御厨は融けるのならば融け落ちろ、燃えるのならば燃え尽きろとばかりに、その熱を強めた。これで駄目ならば、ペチャンコにされる他はないのだ。他の事になど構っていられない

 ダリアと御厨、ルーイと“もどき”は、激しく押し合いながら、高速で飛翔し続けた


 『思ったより、やる!』


 ルーイは苛烈にも、“もどき”の右腕を自在に操り、矢鱈滅多殴りつけてくる

 ガン、と、腹の底まで鳴り響く音は重たく、その一撃一撃が、御厨の装甲板穿った


 御厨は必死にそれに耐えた。“もどき”の左腕で、唯一無事な右腕は捕らえられ、逃げ出す事が出来ない。加えて、体制も悪い。甘んじて“もどき”の拳を受けるしかないのだ

 勢いに圧され、御厨は、あわやその背を大地に着きそうになった


 (調子に、乗るな!)


 状況を打開する


 御厨は大地の上にあると言う感覚を捨て、重力に逆らった

 仰け反るようにして翼を地面と水平にし、渾身の力を振り絞って、“もどき”を抱きかかえるかのように仰向けの体制を整える。この間、併せて二秒足らず


 ダリアが御厨の意図に気付き、計器を叩いた

 バランス誤差が修正され、それと同時に視界反転による位置の認識ズレも修正される

 御厨はより性格に世界を捉えると、そのまま一も二も無く、翼の力を解放した


 『ッ?!う、ああ?!』


 急激なG。それを受けて、ダリアは歯を食いしばる。内臓を引きずり出せる程の加重だ。楽な訳はあるまい

 その証明に、ウィンドウの向こうからは、ルーイの悲鳴が聞こえてきた


 (がぁらぁああ!)


 飛翔。飛翔。ただひたすら飛び続ける。高速で過ぎ去っていく視界は、それを数秒見ていると、まるで溶けたバターのように思えてきてしまう

 こんな状況では、メタルヒュームの操縦などままなるまい、と思いきや、それでもルーイは、決して御厨の右腕を離そうとはしなかった

 それどころか、「絶対に逃がさん」と言わんばかりに、御厨の肩をも掴み上げ、喰らい付いてくる


 「う、うう、くぅぅ!」

 『か、ああ、がぁぁ!』


 呻き声が重なった。ダリアも、ルーイも、信じられない程の胆力だった

 ダリアは呻きながら、パイロットシートに頭を押し付けようとしていた。下手に体の力を抜けば、加重によって首の骨を圧し折られかねないからだ

 御厨はその様を目の当たりにしながらも、ダリアを信頼して、飛び続けた


 ふと、視界に大きな砂塵が入る。陸ザメが起こす土煙だと気付くのに、御厨は不覚にも数瞬の時を要した

 勿論、陸ザメに追い縋るホレックのタイプRも、そこに居る。地質が乾いている事によって、起こるようになった土煙の中に隠れ、砲塔の凶弾を遣り過ごしているようだ


 ホレックのタイプRが視界を巡らせ、こちらを捉えた


 『だ、ダリア?!無事か?!』


 ダリアは返答を返せなかった。Gに耐えるのが精一杯で、他に気を回していられなかったのだ


 ダリアは限界に近い。それを悟った御厨自身、既に限界を通り越して、分解寸前の領域にまで足を踏み入れていた


 (こ、これ以上は、無理か!)


 御厨の心が折れた時、その脚部は、大地に叩きつけられていた

 それから先は凄まじい。一度大きく跳ねたかと思うと、更に中空を滑るように飛び、ホレックどころか陸ザメすら大幅に跳び越して、漸く地面に落ちる

 激しい衝撃。それを感じた次の瞬間には、地に降りた二つの巨体が、絡みあい、縺れ合い、壮絶なまでにあちらこちらを打ちつけ、転倒した

 腕が千切れ飛ぶかと思った。ヘルメットを外していたダリアは、頭部から出血していた


 『ダリアぁ!!』


 ホレックが、砲塔に狙われるのも構わず、土煙を抜けてこようとする

 しかし、それを静止する声。ダリアと、ルーイだ


 「来ないで!陸ザメに集中して!」

 『寄るな!…痛ッ?!…………じゃ、邪魔すれば、お前もただでは置かない!』


 両者の一喝を受けて、ホレックは変更しようとしていたタイプRの進路、半ば本能的に押さえる


 『司令部こちらもだ!邪魔をするな!手が回らないから援護はできない。執拗に背後に取り付く敵にだけ注意していろ!』


 ルーイが再度怒鳴ると同時に、“もどき”は体制を立て直そうとしていた

 ギシギシと歪んだ巨体を起き上がらせようと、必死に“もどき”を操っている


 先程のは、陸ザメに向けた物であろうが、こちらは陸ザメの通信その物を傍受する事は出来ない

 流石に移動拠点だけあって、通信設備は段違いと見た。そしてそれは、正解であろう。御厨は負けじと、必死に立ち上がった


 『よくも…まぁ、散々に引っ張りまわしてくれたな』


 立ち上がった御厨の中に、ルーイの声が響いた

 どこかに怪我を負ったのか、それはまるで、痛みに耐えるかのような苦悶の声だったが、やはりと言うべきか、覇気は失せるどころか力を増している


 「貴女、相当タフだね。信じられない位だよ」

 『ぬかせ。お前も十分、……元気じゃぁないか!』


 その言葉が引き金になる

 烈閃の気合と共に、ルーイの駆る“もどき”は再び飛んだ


 驚きも、度を越せば無我の境地に至る

バーニアが損壊しなかったのも驚きだが、機体はおろか、己の肉体にすら尋常でないダメージがあるだろうに、戦意を失わないその気力。仰天に値する


 「まだやる気なの?!」

 『何を今更!!』


 ダリアの驚きは、御厨と同じ物だった。果てしない不可解。このルーイの戦意は、まるでラドクリフと相対した時の、あのダリアと見紛うばかりである


 御厨は、既にまともに動こうとしない脚部を駆使して、サイドステップした

 “もどき”の打拳がその横を通り過ぎる。反撃のチャンスだったが、この機械の体ではそうもいかない

 御厨はウィングバインダーに火を灯し、大きく距離を取った。疲労困憊だった


 「何故?何故そこまでするのさ。何でそこまでして、戦うのさ」


 ダリアが呟く。荒い息に紛れ、些か聞き取り辛かった物の、確かにそれは聞こえた

 御厨は、「ダリアが言える事じゃないな」と一瞬想像し、すぐそれを振り払う。今の状況に置いて、不必要な思考だからだ


 一方、ルーイの息も荒かった。しかしそれでも、彼女は止まらなかった


 『何故?お前は、前線に立つ兵士の癖に、そんな事を考えるのか』


 “もどき”が前傾姿勢を取った。バーニアの火を高めつつ、されども直ぐには突っ込んでこない。極限の疲労の中に力を溜め込んでいるのが、ありありと解る

 最早この戦いに、華麗さも何もない。メタルヒュームを扱う腕も、敵を打ち倒す為の技も何も関係ないのだ

 これは、魂を削りあう戦い。最も当たり前で、最も正しい、戦場の在り方だった


 (う、うぅぅ、…畜生…。もう、何が何だか、解らなくなってきた…)


 ルーイは、彼女は、悲しいくらいに兵士だった。ギリギリの戦場を知る、歴戦の兵士だった

 だって、この極限状態にありながらも、彼女が選んだ先方は、愚直なまでの突貫だったのだから


 次で決着がつく。御厨は、その予感を確かに感じていた


 『目の前に敵が!それも仇が居る!戦う理由は、それだけで十分じゃないか!』

 (でも、負けられないんだよ!俺はそう、決めたんだ!)


 翼を広げた。熱を高め、放射する。今まで以上の出力を。今まで以上のスピードを

 ラドクリフを前に感じた、あの高揚感はない。あるのは最早、使命感のみ。勝利しなければならないと、ただそれだけの感情が、御厨を突き動かした


 御厨は飛翔した。正真正銘、最後の飛翔だ。これを逃せば、いや、これを逃せば死ぬだけだ。次などない

 それと同時に、“もどき”も飛翔していた。拳を引き、前傾姿勢になり、目の前にある物はすべて砕くと言う、限界ギリギリまで引き絞られた覚悟が伝わってくる


 「あぁぁぁぁあああ!」


 ダリアが声を上げ、レバーを倒していた。御厨はその声を、どこか遠くに居る第三者の鼓膜で聞くような、そんな隔絶感と共に、認識していた


 そして、交差の瞬間。御厨は、どこにあるのか、何があるのかも解らない

 真っ白な空間へと、放り出されていた


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ふと、御厨は唐突に我を取り戻した

 気付けば、目の前には胸に大穴を開けて転がっている“もどき”の姿

 動力は傷つけていない。コックピットもだ。だから、強力な爆発は起こらなかったらしい

 この分なら、ルーイも生きているだろう。だが依然開かれたままの、ノイズだらけのウィンドウからは、ダメージ警告音以外の何者の気配も感じ取れはしない


 どうやら、彼女は逃げた後のようだった


 (………………………勝った………………のか)


 限りない沈黙の中、それ以外に聞こえる物と言えば、ダリアの荒い呼吸音のみだ

 ただただ、荒い息を吐き、顔を上げるのすらも億劫なのか、ひたすら項垂れたままである


 御厨は、何だか自分が夢でも見ているような気分になって、どうにもならなかった


 (………陸ザメは?一体どうなったんだ?)


 呆けた頭で考える。散々に乱戦を行って、陸ザメの進路とは大幅にズレてしまった筈だ。もしかしたら、一番重要な敵に置き去りにされたのかもしれない


 だが、御厨の心配は、杞憂に終わった

 唐突に飛び込んできた通信。それはホレックからの物で、開かれたウィンドウに映し出された顔は、疲れ果てながらも輝く、笑顔だった


 『ダリア!……よかった。無事みたいだな…』


 ダリアは何も言わずに拳を掲げ、親指で天を指し示した。サムズアップ

 それを見たホレックは、さも可笑しそうに、カラカラと笑った


 「…………………………………………………」

 『…………………………………………………』

 (…………………………………………………)


 そして再び、沈黙。ウィンドウで繋がれたコックピットの中を静寂が支配する


 皆、疲れていた。疲労困憊だ。御厨もダリアも、多分ホレックも、体すらまともに動かせまい

 長い長い沈黙の後、ダリアは呼気を整えると、ゆっくりとパイロットシートに背を預けた

 その緩慢な動作が少しだけ、本当に少しだけ妖艶に思えて、御厨がビクっときたのはここだけの秘密だ


 そんなダリアの様子を見て、ホレックは、今思い出したとでも言うように、あぁ、と息を吐いた


 『…………………………………陸ザメは仕留めたよ。俺がやった』


 ダリアは黙って聞いていた。ホレックは、少し恥ずかしそうに、頬を掻く


 『俺の故郷………へへ、俺が、守ったんだよな』


 そうやって微笑んだ笑顔は、まるで少年のようだった。彼は何も知るまい。命の遣り取りの真の意味。今回の戦いの中で死んでいった、戦士達の断末魔。何も知るまい

 けど、それでいい。ホレックがそれを知るのは、ずっと後で良い。そんな気がする

 御厨は同性であるにも関らず、否応なしに、その笑顔に見入っていた


 ダリアも微笑む。その表情は心の底から嬉しそうで、一遍の陰りもない


 「………………………やったね、ホレック」


 状況が一変したのは、正にその時だった

 突如として鳴り響いた警告音に、ダリアは肩を震えさせ、ホレックは無駄だと言うのにコックピットの中を見回す


 御厨は辺りを索敵した。本能と言うよりは、最早反射的に、メタルヒュームとしての仕事を果たしていた


 (違う?俺じゃない。この警告は、俺が出している物じゃない。……なら)

 「ホレック?!どうかしたの?!」


 警告音は、御厨のコックピットから発せられている物ではなく、通信を通して聞こえていた

 つまり、警告音の元は、ホレックの乗るタイプRだ。向こうに異常事態が起こったと御厨が理解した時、その背中に冷たい予感が走る


 「ホレック!応えて!応答して!ホレック!」

 『ダリ………爆……が!勝手に……し……』


 ダリアが呼びかけた途端、ついさっきまであれ程明確にホレックの顔を映し出していたウィンドウが、ビリビリとノイズを走らせ始める


 (何だ!何だって言うんだ!ホレック!)


 まず最初に音声が。そして次に、映像が

 最早、断片的にもれ聞こえてくるホレックの声のみが、ダリアと御厨を、彼と繋ぐ物だった


 『畜……何で……………が!俺は………………いな…のに!』

 「どうしたの?!何があったの!応えて!お願いだから応えてよ!ホレック!」


 もう、何がどうなっているのか、御厨には全く解らなかった

 この異常事態に対し、どうすれば良いのか。ホレックは、一体どんな状況に置かれているのか

 思えば思うほど、御厨は冷静さを失っていく。ダリアもだ。しかし、それを理解しつつも、焦らずにはいられない


 次の瞬間。ホレックのやはり断片的な言葉を残して、ウィンドウは消え去った

 それこそ、見えない鉄槌に、跡形も無く潰されるように、ペシャンコに


 『ダリ……俺きっと、君…事が……!!』

 「ホレック?ホレック!」


 ブツン。それが、ウィンドウが掻き消える時の音である

 あまりにも呆気なく、ホレックとこちらを繋ぐものは切断され、後に残るのは、異様な沈黙だけだった


 「う……そ。ホレック」


 ダリアは、喉も張り裂けんばかりに、叫んだ


 「ホレェェェッッックゥゥゥ!!!!!!!!!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

……感想に押されて、書いてしまいました。ありがとう感想くれた方。もしかしたら私、ここで投げ出していたかも知れません。いや、本当にありがとう。

とは言っても、まぁ何といいますか。読んでしまった訳ですよ、本を。蒼天航路ってやつ。もう続きが気になって気になってしょうがない。
はははは、こんな奴で申し訳ない。


ここまで読んで下さった方々、ありがとうございます。
これ読んで「燃えた!」って方は感想下さると嬉しいです。「つまらねぇ」って方は御免なさい。

パブロフでした。



[1309] Re[8]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/04/12 00:31
 御厨は、死を見た事がある。生身の身体を持っていた昔も、機械の身体である今も、だ

 それは、己が遊び半分に踏みつけた蟻であり、車道を横断しようとして車に轢かれた猫であり、癌を患いながらも最後まで御厨の身を案じながら逝った両親であり

 そして、御厨自身が手を下した、スパエナの兵士である


 蟻を踏み潰した時、その時の事は、何も覚えていない。ただ、ひたすらに喉を焦がす、後味の悪さは覚えている

 猫の時は、何よりもまず吐き気を覚えた。生々し生命の残照を見て、その余りにも哀しく、ちっぽけな様に、御厨は気持ちの悪さ以外の違和感で、吐き気を催した

 両親と死別した時、御厨は涙が流れなかった。父も母も癌で、まるで示し合わせたかのように同時期に逝った二人を見て、御厨は、喪失感以外の何者も、感じ得なかった

 敵、それを殺した時。この時御厨は、己が人の心を持って生まれてきた事を、後悔した。御厨自身がはっきりと自覚しての事ではないが、その後悔は、確りと胸の奥に刻まれている


 御厨の心は今、混沌としていた

 胸中に何も無いような気がする。しかし、全ての感覚が綯い交ぜになったような気もする

 蟻の時の後味の悪さか、猫の時の吐き気か、両親の時の喪失感か、敵兵の時の後悔か


 何もかもが解らない。何もかもを失ったのかもしれない。自失だ。自失である。激しい頭痛を感じた


 だが一つだけ、手に入れた物がある。それは余りに救いの無い、誰も問いはしない事象の答えで、勿論御厨も欲しがったりしない物だ。だと言うのに、心の奥底までを埋め尽くして、有り余る


 (……………………嘘………だ……ろう?)


 命なんて物には、まるで価値がない


 朝の陽光が差し込みだした、格納庫の中で、コックピットを丸ごと失ったタイプRを見た御厨は

頭の中で鳴り響くその言葉を、唯一無二の真実として認識した


 嘘では、なかった


 御厨は泣いていた。その為の器官がなくとも、だ。皮肉な事にホレックの名残は、一かけらとして見つかってはいない

 髪一本、皮膚の一部すらも、内側から爆ぜたような空洞からは発見されず、御厨は、ホレックだけが忽然とこの世界から姿を消した様な、そんな妄想にすら捕らわれた

 腹に大穴を開けたタイプRが痛々しい。装甲が拉げ、各部が無様に膨れ上がった様が、痛々しかった


 (何で………。俺達は、勝ったんじゃないのか……!)


 敵移動拠点、陸ザメは、その完全なる沈黙を確認された

 敵守備隊もほぼ壊滅。こちらも相応の被害を負ったが、勝敗は明らかだ。トゥエバ軍は勝利したのである


 だが違う。もとより自ら望んでの戦いでは無かった。御厨にとっては勝ち負けなんて、ダリアや、ホレック達が絡まなければ、本当はどうでも良かった

 仕方がないから、流されるように戦って。取り憑かれたように勝利を目指して

 それでも結局、ホレックは、もう二度と会えない場所に行ってしまった


 ――この結果は、御厨の欲しかった物とは、違うのだ


 (なのに何で…!何でお前が…居ないんだ…………ホレック)


 この戦い、確かにトゥエバ軍は勝利した

 けれど、御厨自身は、敗北したのかも知れなかった…


 ロボットになった男  第十話


 御厨がふと気付けば、陽は既に地平線の彼方へと沈もうとしていた。夕暮れ刻である

 何時ものように、大きく開かれた格納庫の天井。雲の無い朱色空は、きっと言葉で語るよりもずっと幻想的に見えている筈だ

 これと言った芸術的センスが無い御厨ですら、見入るであろうその光景は、だというのに今の彼の心には、何の価値も無い物として認識されていた


 (………………………)


 ダリアは、基地に着くなりコックピットから飛び出し、それ以来戻ってはいない

 御厨のスピードチェックが済んだ時も、この格納庫に戻された時も、御厨の目の前に、大穴を空けたホレックのタイプRが降ろされた時も、ダリアは戻ってこなかった

 御厨に解るのは、頭上に広がる空の事だけだ。この、視界の中を染める朱は、死者の血を吸った物では無いのかと、御厨はそんな愚にもつかない事を考えた


 ふと、風の音しか聞こえない吹き抜けの格納庫に、別の音が混じる。人の足音だ。御厨はそこで漸く、泥の中に沈殿していた意識を浮上させる


 先頭終了後、基地に帰還したメタルヒュームは、スピードチェックによって二種類に分けられた

 即ち、損傷の軽い物と、重い物。或いは、御厨の眼前で膝をつくタイプRのように、その乗者を失った物である


 損傷の軽い物は、別の格納庫において、整備班総がかりでの突貫修理中である筈だ

 敵を退けたとは言え、油断できる状況でないのは明白だ。使える物を優先するのは正しい事である。御厨にとっても好都合だった。今は、沈黙が欲しかったから

 そんな訳で、損傷が酷く、直ぐには修理できない物が、今御厨の居る格納庫に集められている

御厨は目の前のタイプRしか見ていないが、少し視界を左右に向ければ、深く傷つき、中には修復不能ではないかと思えるほどの機体が、所狭しと安置されていた


 (…誰だ……ダリアじゃ、ないな)


 ダリアは、今日はもう戻るまいと、御厨は何と無く感じていた。特に根拠はないが、強ち外れてもいないだろう


 足音は非常にゆったりとした速度で、格納庫に近づいてくる

 こんな誰も居ない所に、一体なんの用だろうか。御厨は何とは無しにそう考えた

 特に意味は無かった。強いて言えば、御厨は考えることに疲れ切っていた


 何時もの、気の抜けたような音を立てて、スライド式の格納庫の扉が開く

 現れたのは小柄な影。黒く汚れたツナギを纏い、整備班共通のキャップを、目深に被っている


 俯いていても解るその影は、レイニーの物だった


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 最初に浮かんだのは、始めてあった時の憔悴しきった顔である

 ――あ、あんた・・・・・助けに来てくれたのか・・・・・?――

 守るべき物を背後に、勇敢に戦った戦士を救った時、御厨は彼の事を、助けて正解だったと思った


 次に浮かんだのは、あの地下基地で、ダリアとハイタッチを交わした時の顔だ

 ――い、いや、何だか面と向かって言われると、て、照れるな――

 ダリアの賛辞を受けて、はにかんだ様な笑みと共に頭を掻く彼は純粋で、どこか誇らしげだった


 (……………………………………………………)


 その次に浮かぶ、サリファン基地で目覚めた時、御厨を見舞ってくれた時の顔

――えーと・・・・うん、大丈夫か?シュトゥルム――

 複雑で、奇怪で、奇妙な顔をした彼は、それでも御厨を対等の存在として扱ってくれた。それが御厨には、たまらなく嬉しかった


 そして最後に浮かんだのは、対陸ザメ戦の前、格納庫のスライドドアの向こうに消える前の、鮮烈な笑顔だった

――用って、それだけだから――

 記録媒体に焼きついて離れない、振り向きざまの笑顔。まるで空気に溶けていってしまいそうに、儚かった


 (……………………………………………………)


 御厨は、サブモニターから意識を外す

これ以上、破壊されたタイプRを見ていると、今にもホレックの泣き声が聞こえてきそうな気がして、それが堪らなく恐ろしい

 モニターとコックピットカメラは、意識を外した後も御厨に情報を送り続けていたが、御厨はそれを認識しようとはしなかった


 レイニーは、そんな御厨のコックピットの中に、開けっ放しのままにいた

 前面モニターの横に頬杖をついて、だらだらと画面を指で突いている。プログラムとプログラムの間を行ったり来たりして、時々思いついたようにエラーと負荷の処理を行う

 その唇から漏れる物憂げな溜息は、もう何度目になるのか、御厨にも解らないほどだった


 ふと、レイニーの唇から溜息以外の音が漏れた。御厨は、ほんの少しだけ意識を向けた


 「…………あー……君の乗り手、宿舎に閉じこもっちゃってさ……」


 まるで語りかけてくるようだったが、御厨にはそれが独り言だと解った

 彼女にしてみれば、機械とは己の半身…いや、自分自身と言っても過言ではあるまい

 自分自身に対してぼそぼそ呟いても、それは話しかけた事にはならない。ただの独り言なのだ

 今の御厨には、レイニーの心の機敏が、何と無く解った


 「…………………………………………」


 そのまま続くかと思われた言葉を、レイニーは一度切った

 そして大きく息を吸い込む。吸い込んで、吸い込んで、一瞬激情に胸を詰まらせたかのような表情をすると、先程までとは比にならない大きさの溜息をつく

 頬杖をついていた左手は、いつしか目元を覆っていた


 「あの意地っ張りな少尉でも……………泣くんだよね」


 ビクリ、と御厨の心がざわめいた

 ダリアが、泣いた。御厨は瞬間的に思い出す。地下基地で、ハヤトを偲んで流したダリアの涙を


 あの時と同じように泣いたのだろうか。己の不甲斐なさを呪い、声を上げながら

 そうだ、同じように泣いたのであろう。己の不甲斐なさを呪い、声を上げて

 そして、同じように立ち上がるのだ。前を見据えて、その瞳に力の光を灯して


 「『少尉の為に』……………………整備してみるのも、良いかな」


 レイニーの言葉が、更に御厨の心のざわめきを大きくした


 自分はこのままで良いのか。そんな筈はない

 レイニーは常に前へと歩いている。きっとダリアも、立ち上がって歩き出す

 なら、自分だけが置いていかれる訳には行かない。落ち込んでいるだけで、終わって良い筈がない


 御厨はもう一度、ホレックのタイプRを見た。腹部に空いた大穴。あれが、ホレックの居た場所。ホレックの死んだ場所

 吐き気がこみ上げてきた。しかし、目を背ける訳には、絶対にいかなかった


 (…………ホレック、御免…。けど俺、お前の事忘れない)


 御厨は、ダリアを思う。彼女の泣き顔は、存外簡単に頭の中に浮かんだ。でも、ダリアは、きっと大丈夫だ

 そこまで考えて、御厨はやはり愚にもつかない想像をする

 『スパエナのルーイ』も、今頃どこかで泣いているのかも知れない


 御厨は胸中でカラカラと笑った。今出来る、最大限の空元気だった


 (俺、前に進むよ)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それから幾許かの時が過ぎて、レイニーがシートから立ち上がった

 行くのかと思いつつ、名残惜しいとは考えない。レイニーにはレイニーのやるべき事があり、御厨には御厨の思う所がある

 御厨は快く見送るつもりだった。とは言っても、レイニー自身には、届くはずもないが


 ふとそんな時、御厨はまたもやスライドドアの向こうに、足音を聞いた。それも今度は複数

 来客が多いな、と思う。誰も居ないべきであるのに、ここにはレイニーが居て、今新しく現れようとする誰かがいる

 まぁ、それもいいかな。御厨は流した。それと同時に、今度は足音に混ざって、人の声が聞こえた


 『……………れこそ…りえません。ウチの統括は完璧です。一部の隙もありゃしませんよ』


 声は、良く聴きなれた物。ボルトの物だった


 レイニーにもその声は聴こえていたようで、彼女は何を思ったか、顔を青ざめさせると、パイロットシートに身を伏せる「や、やばっ!」


 (ははぁ、成る程。……………レイニー、サボって来たんだな?)


 不思議と言えば不思議だったのだ。戦闘が終わり、今最も忙しい筈の整備班員が、こんな所に居るなんて

 御厨はレイニーの反応を見て、全て納得が行った。成る程、それは隠れもする事だろう


 老成した感のあるレイニーの、意外な一面を見た気がして、御厨は苦笑と共に溜息を漏らした


 毎度毎度の、気の抜けた音が聞こえた。スライドドアが、ゆったりと開かれる

 ドアの向こうの人影は二つだった。片方は解かっている。ボルトだ。しかし御厨は、もう片方を見たとき、僅かな驚きを覚えた


 ボルトと並んで格納庫に入ってきたのは、トワインだったのである


 見間違えようのない、貫禄のある顔。体形はウィンドウ越しに見るよりも、かなり大柄に思えるが、それは確かにトワインだった


 レイニーがそろそろとコックピットから顔を覗かせ、直ぐに引っ込ませる。ボルトとトワインが、よりにもよって御厨の前で話し始めたからだ。艶やかな金髪を抑えるキャップが、危うくずり落ちそうになった


 「……もう、タイミングが悪いわね」


 ぼそぼそ、と小声で呟くレイニー。彼女はキャップを手で押さえつけると、抜け出す隙を探して耳をそばだて始める


 「じゃぁお前ぇ、本当に間違いないってんだな?」

 「えぇ」


 御厨はその様子を、面白そうに眺めていた

 片や何も知らずに話し続けるボルトとトワイン。片や必死に逃げ出そうとするレイニー

 非常に面白い構図だ。御厨の心を浮上させてくれる、ユニークな光景だった


 だが、次の瞬間、ボルトが発した言葉に、御厨は絶句する

 ボルトとトワインが何を話していたかなど、御厨は知らない。しかし、ボルトが発した言は簡潔且つ明確で、何も知らない御厨ですら、その中身を理解してしまった

 御厨は、視界が真っ黒に染まっていく気がした


 「ホレック少尉を殺したのは、スパエナじゃありません。………恐らく、トゥエバの人間でしょう」


 レイニーが目を見開き、両手で口を覆った…………………………


『ロボットになった男 第一章、スパエナの本領 編 終了』


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君たちの愛してくれた英雄、ホレックは死んだ! 何故だ!


……とまぁ、これも王道かと思いつつも、文がくどくなったな、と反省



[1309] Re[9]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/05/04 18:51
 御厨の視界に、花びらが舞っていた

 ひらひらと、強くもない風に当てられて踊るそれは、淡い青色。キッチリと扇の形をした花びらが舞うたび、無機質な格納庫は、天上の宴もかくやとばかりに彩られた


 格納庫いっぱいに広がる花びら中には、大勢の人が並び立って居る

 二列縦隊の間に隙間を開け、向く方向はその中心

 御厨の知る人物、知らない人物。パイロットに、工兵。仕官服を着こなした者も居れば、一兵士用の礼服を窮屈そうに着た者も、だ


 基地内の主要な人物達が集まっているのだと、御厨には直ぐに解った


 ロボットになった男  幕間


 先ず始めに、ボルトとレイニーが目に付いた。二人は横並びの整備班の一番端に立ち、そして二人して威圧感を撒き散らしていた。周りに居る者達の脅えたような様子が、印象的である

 だが、さし当たってそれが奇妙な訳でもない。ボルトはどちらかと言えば寡黙な方であるし、レイニーはいつだって気を張った状態だ

 もしかすると、腕の良い整備士と言うのは、総じてああなのかもしれない


 詰まる所、いつもの二人だった


 御厨は苦笑いしながら、視線を列の後ろへと移動させた。集中と剥離を繰り返し、モニターレンズの焦点を変化させ続ける

 そして、一瞬の停止。あの頭一つ周りから飛びぬけた人影――アンジーだ

御厨の記憶の中で、大抵軽薄な微笑を浮かべている彼は、今、この時ばかりは笑っていなかった

 まぁ、この場に居る者で笑顔の人間等、元より一人として居ない

 ただ、その中でアイオンズ・ジャコフと言う男だけが、一際違和感を醸し出していただけである。それは、先程のボルトやレイニーと通じる物があった


 くたびれた金髪の下で、目だけがギラギラと光を放っているのが解る。いつも斜めに吊り上がっている筈の口元は、歯が食いしばられて犬歯が僅かに覗く

 センサーを澄ませば、今にも歯軋りの音が聞こえてきそうだった

 ふとその時、アンジーの口元に、大量に舞う花弁の一枚が覆い被さった。すると彼は何が腹立たしいのか、乱暴な仕草で首だけ動かし、花びらを噛み千切ると、そのまま咀嚼して飲み込んでしまった

 御厨は迷わずツッコんだ。いつから花を食うようになったんだ、アンジー


 アンジーは何かに憤慨し、理性と感情の合間で揺れている。何が理由で、何故そこまで猛るのかは解らない

 だが、アンジーがそれを御しきれていないのは、傍から見ていても明白だった


 御厨は黙したまま、窮屈そうな礼服に身を包んだアンジーから視線を流す。更に列の後方へ

 機体は、未だ修復どころか平時の整備すら行われていない。その為、旋回させた予備モニターが、勘弁してくれとでも言うようにキリキリと悲鳴を上げる

 だが、無視。そんな事よりも、好奇心が勝った


 人の群れは、視線を動かせば動かす程、段々とその絶対数を少なくしていった

ここまで来ると、二列縦隊の人の波も、殊更豪壮になってくる

 列を成す者達が着ているのは、一部の将校のみが使用する仕官服だ。勿論着ているのは上級仕官連中だから、数が少ないのは当たり前だ

装束の様相が細分化されており、代わりに階級章が目立たないのが、トゥエバの軍服の特徴とも言えた


 御厨は、そこでトワインを見つけた。と言うより、向こうから視界に飛び込んできた

 トワインは、二列縦隊の間に居たのである。皺が数多く刻まれた顔を、厳しく固め、手を後ろに組んでいる。嫌でも目に付くはずだ。

 元より、目立とうとしなくとも、自然と目だってしまう存在感を持つ男。人が数多く居るこの場でも、その気配は変えようがない

 それが列の真ん中に居るのだから、これはもう気付くなと言う方が無理だった


 最後に、御厨はトワインからそう視線を動かさずして、見知った人物を見つけた


 トワインの目の前に居たその人物を見つけるのは、最早必然であった


 軽さに任せて広がるセンミロングの真紅の髪。鼻の低さが愛らしい物の、それ故に幼く見られる損な顔立ち

 着飾る服は、やはり儀礼用の角ばった軍服。いつも明るい大きなつり目は、今日は暗く沈んでいた


 トワインの目の前に居たのは、御厨の相棒、ダリア

 ホレックが逝ったあの戦闘から、今、この時まで御厨の前に姿を見せなかった彼女は、両手を硬く、硬く握り締めながら、そこに立っていた


 トワインが、右手を大きく振りかざす。空気が揺れて、トワインの周りを舞っていた花びらが大きく流される

 トワインは、僅かに顎を上向かせると、灰色の瞳を閉じた


 「全翼、黙祷ぉ!」


 上級仕官の群れの中から、ベレー帽を被った男が、大声で怒鳴る

 その声に合わせて、格納庫に居る全人員が目を瞑った。ボルトも、レイニーも、アンジーも、ダリアも。唯一、叫んだ男自身は目を開いたままだ


 幾許かして、トワインが目を見開く。そして、格納庫に広がる光景を重々しく見回すと、掲げていた右手を、勢いよく振り下ろした


 「活目!」


 ベレー帽の男の、再びの怒声。先程と正反対の言葉に、誰も逆らう者は居なかった。全員が閉じていた瞼を開く


 誰も彼もが、無表情だった。皆口は堅く真一文字。一様に能面のような顔つきで、御厨は寒気と同時に激しい嫌悪感を覚えた

 人間の面ではない。人形だった。人形の集団が二列縦隊を作って、その中では、人形の王様のように踏ん反り返ったトワインが、やはり人形のような無表情でいる

 デパートで服を着ながら展示されている、マネキンの方がまだ温かみがあろうと言う物だ

 しかし、御厨が幾ら思った所で、誰にも変化が在る訳はない

 トワインは物怖じも恥もなく、堂々と胸を張り、やはり人形のように平坦な声音で、語って見せた


 「まぁ、その、…なんだ、………敬礼」


 気負い無く、ゆらりと腕を上げるトワイン

 何故、人が話す言葉でありながら、ここまで無機質に聞こえるのだろうか

 何故、心を表す言葉でありながら、ここまで無機質に聞こえるのだろうか


 「さようなら戦友よ。俺達の傍らで戦った戦友。背後を守った戦友。前に立って散った戦友よ。さようなら」


 全員が、唱和した


 ――さようなら

 ――さようなら戦友よ

 ――我々の傍らで戦い、背後を守り、前に立って散った戦友よ

 ――さようなら


 (畜…生)御厨は唸る。吐き気は、最早止めようもない(……畜生め)


 (畜生、頭に響く…)


 必死に不快感を堪えながら、ダリアを見遣った。彼女は、小さく肩を震わせていた。花びらは、そんなダリアの肩にも優しく乗り上げた

 大きく風が吹く。開かれた外への大扉を乗り超えて、吹き抜けの天井へと駆け抜けていく。青い花弁も道連れに


 皆が皆、敬礼で見守る列の間に、数人の人間が歩み出た

 彼らは淀みない動作で左右に散り、腰を落としてしゃがみ込む。その内の一人はダリアの隣へと赴き、他と同様に腰を下ろした

 ダリアはその一連の動きを眉根を寄せながら見遣ると、こちらもまたしゃがみこむ

 俯いた顔は、親と逸れて途方に暮れる、子供のようにも見えた


 「最敬礼! 友を送る! さようなら、戦友よ!」


 トワインが、驚天動地の大喝を発した。ビリビリと、御厨の鋼鉄の身体までもが、その気と声量に圧倒された

 そのままに、胸を張ったままに、トワインは列を退く

 代わりに動いたのはダリア達だ。彼女達は床を睨みながら、一度靴を当て鳴らす

 そして、今まで人の波に隠れて御厨に見えていなかった、大きな長方形の箱を抱え、立ち上がった


 簡素な箱だった。鉄と、合金と、ゴムと、プラスチックやその他諸々。そんな物しかない格納庫にありながら、その箱は木造である

木目が大きく、はっきりと見える

 大の大人一人が、すっぽりと入ってしまう程、それは大きかった


 ブツン、と、唐突に御厨の視界が音を立てて真っ黒に染まった。今の今まで保たせてきた予備のモニターが、にっちもさっちも行かなくなったようだ

 身体の中を走るコードが熱を持ち、ぶすぶすと焼けだしている


 完全な闇である。集音機が捕えるのは、複数の人間が揃って行進する音だけ。その中にはダリアの物も混ざっているのだろうと、御厨は思った


 見えなくとも御厨は構わない。どうせ、何が行われているかは知っている

 これは盛大な葬送式。送られるのは、ホレック以下二名だ。それが答えである


 そして御厨は、木造の箱の中に入っているのが

薄っぺらな認識票だけだと言う事も、十分に解っていた


 「さようなら、……あたしの隣で生きていた、……ホレック……」


 ダリアのか細い声が、御厨には聞こえた


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

見せ場が来ない…のは、無駄に戦闘シーン書いた後遺症かしらん?

もう正直、これを第一話として扱う勇気が私にはなかった…。



[1309] Re[10]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/05/14 18:40
 御厨はこの機械の身体になってから、睡眠と言う物を取っていない

 各部の損傷やシステムエラー、果ては整備や供給エネルギー遮断によって、気を失うに等しい状況に陥る事はあっても、眠った事はなかった。寧ろ、眠ると言う概念自体が、御厨から失われつつある

 御厨自身は、それを苦い物と思いつつも、余り問題なく受け止めていた訳であるが――幾つか勘弁して欲しいと思う事も、無いではなかった


 その最たる物が、その唐突さである

 御厨の意識が途絶える時は、大抵機体の整備が始まる時なのだが、その為のプログラム操作は御厨の視界の外において、備え付けられた端末により行われる

 御厨の見えない位置でキーが叩かれ、御厨の見えない位置でシステムがカットされるのだ。否応無しに、意識は奪われ、消える

各部が損壊した場合を修復する時も、恐らくは同じだろう


 取りとめもない事を考えていたら、次の瞬間には辺りは真っ暗

 そして、ふと意識が覚醒したかと思えば、大幅に時間がとんでいる

 そんな事が起こるのは、あの葬送式が済んでからの十日間と一日の間に、数え切れない程だった。いい加減嫌にもなろうと言う物だ


 だが、それで身体が治っていると言うのなら、まだ我慢できただろう

しかし御厨の身体は、目を覚ます度目を覚ます度、改善されているのはモニターやらシステム負荷やらの些細な事で、ハッキリと解る損傷には、手を付ける事すらされていないのである

 パイルに貫かれた左腕の大穴、背…メタルヒュームの脊髄とでも呼べる場所から下半身にかけて感じる、噛み合わない歯車のような、奇妙な違和感


 思わず不満と愚痴がそれぞれ二乗されて出てきても、仕方なかった


 (……しかし…今回は一際違うな)


 御厨は、ボソッと呟く。勿論その声は漏れる事はなく、御厨だけに届き、そのまま埋もれていく

 予め決められていたとでも言うように、一部の迷いもなくレンズを左右に動かす。複雑な軌道を描いてフレームの中を動き回るそれは、確かに修復されていた

 御厨翔太。またの名をタイプシュトゥルム。もう何度目か解らない、気絶からの復帰である


 辺りは闇に包まれていた。目を凝らせば――いや、御厨の機械の瞳ならば、凝らす必要もなく、直ぐ目の前に立ち、圧迫感を与えてくる鉄の壁を確認できる

 天井も酷く低く、鉄の椅子に嵌め込まれた御厨の頭部が、今にもぶつかってしまいそうだった。

そうなると大体、四メートルくらいか。御厨はそう高さに当たりをつけて、ふと足場が揺れている事に気付いた


 (なんだ? この揺れ……車内? トレーラーか何か……か?)


 気付けば自分の居る場所が変わっていた、何てことも無いではなかったが、流石に狭苦しい車に押し込められているような事態は予想できなかった


 ガタン、と、僅かな振動でそこいらに積まれている資材が音を立てる。相当な悪路なのか、エンジンの鳴動音に紛れて、荒い砂土を削る何とも嫌らしい音が響いていた


 まぁ、何だって良いと御厨は考えた。不安でない訳でもないが、騒いでどうなる物でもない

 戦争なんて、恐ろしく心胆を凍えさせる物を経験し続けていると、随分と度胸が付く物である。この状況を、些末時として切り捨てられる程には


 (……ん…まだギシギシ言ってるかね)


 御厨は、辺りに人の気配が無い事を確認して、両腕を動かしてみる

 とそこで、修理されずに放られていた左腕が、新品の物に交換されているのに気付いた

ご丁寧にも、鉛色であっただろうそれは黒く塗られた上に、艶消しまで施されている。全身真っ黒の御厨に合わせる為だろう


 そして更に、動かした右腕の影に小柄な人影が在るのを見つけ、少々吃驚(ッ?!)

 だがその驚きも、その人影が御厨に背を預けて眠っているのが解ると、直ぐに霧散した


 背を預け、疲れ果てたように眠っているのは、レイニーだった。いつもはキャップによって押さえつけられた髪が、惜しげもなくその姿を晒している

 彼女は体中機械油に塗れて、白い頬にすら、金色の髪にすら、黒い黒い煤を張り付かせながら、それでも満足そうな笑顔を浮かべて、眠っていた


 (………なんだ……寝てるのか)


 レイニーの周りには雑多な資材。工具ならばペンチにドライバー、あらゆる物が乱雑に放り出されている

 御厨は、新しく取り付けられた左手を握りこむ。金属が軋み、ぶつかり合う音がした

 あまり上手くは反応しない左手は、その不完全さがあったからこそ、レイニーがただ一人でやってのけた仕事なのだと、御厨に気付かせてくれた


 (……そうか、そうなんだな。…ありがとな。レイニー・ミンツ)


 彼女はたとえ一人でも、たとえ不完全な仕事でも、必死になってやっていてくれたのだろう

 数人掛りで重機を使用しながら運ぶ資材を四苦八苦しながら運び、激しく揺れる車内に置いて緻密な仕事を要求される付け替え作業を、誰の助けもないままこなし

 そして果てには、御厨のシステムの改修作業ルーチンまでセットして


 真に有り難い事だ。レイニーは最早言うまでもなく、御厨の存在など露とも知るまい。だがそれでも、御厨にしてみれば有り難い事だ


 レイニーは半ズボンから伸びる白い足を、邪魔と申せるのなら申してみよ、とばかりに放り出して眠っている

 いつもは、その金色の鬣をもって威容を発揮し、ダリアに食って掛かる彼女。けれどその寝顔は、ライオンはライオンでも、幼い子獅子だった


 ふと、御厨の手が伸びる。それは右手。いつも危機を救う、御厨の利き腕だ

 そして御厨は、無意識の内に眠りこけるレイニーの頭を撫でようとして、必死に思い留まった


 (今の俺じゃ、…………頭を捻り潰しかねんか………)


 御厨は、己とダリアの窮地を幾度と無く救った鋼の機体を、恨めしく思った


 「……んぅ、しゅ、主任…グーは、グーは勘弁……ぎぁ」

 (………………………………………………………………)


 ロボットになった男  第一話  「もう正直サブタイとかなくても良いような気がするんです、はい」


 その後暫しして、御厨は朝焼けの中、見たこともないようなどこかの軍事基地に押し込められた

 押し込められたと言うのは少し違うか。何しろその基地には、一定以上――つまり使用不能寸前にまで傷ついたメタルヒュームが集められ、屋根もなく野ざらしになっているスペースまで使っての大改修が成されていたのである

 確かに押し込められてはいない。だって、放り出されているのだから


 そこかしこを整備工兵が駆け回り、罵声怒声は当たり前。しまいにはこの基地の所属なのか、陸戦隊連中がマラソンを始める始末。何故か漢泣きする者も居た


 比喩のしようもない狭苦しさと、季節があるのかは解らないがギラギラ輝く太陽の暑苦しさ。ついでに、少しも休む暇がないのが災いしてか、道で肩がぶつかり合っただけで喧嘩が始まる

 その度にボルトや、ボルトと同位格であろう人物が飛んで周り、その様は正に混沌、正に魔女の大鍋、正に阿鼻叫喚と言えた


 そんな喧騒の中での御厨の楽しみは、基地の外に広がる町並みを眺める事だった。御厨が運び込まれた基地は、それなりの規模を持つ町の中の、大丘陵の上にあったのである

と言うか、そんな事では、戦闘が起こったときまず間違いなく民間人が巻き込まれると御厨は思うのだが、どうやら丘の上に立つ基地自体はそれほど大きくはないらしい

町の片隅とは言わないが、辺鄙な場所にある機械工場を、改修してそれっぽく見せていると言った程度か

 事実、所々汚れが目立つ基地は、民間業者の持ち物だったようで、辺りを行き交う整備兵達の中には、三分の一程民間人が混じっていた


 軍事基地には変わりないが、体制は読み難い。軍の物を民間が修理するなんて、良くあることのようだし

 戦闘が起こったときは、少なくとも言い訳の弁は立つんだろうな、と御厨は思った


 (あぁ………平和だな。本当に。…この町には、戦争の“せ”の字も見当たらない)


 冴え渡る蒼天の下、町を、見渡せる限り見渡す

レンズ感度良好、天候良しの、絶好調な御厨でも、流石に巨大なこの町全てを見渡す事は不可能だが、それでもあらゆる事が見て取れる


 町に一本線を引く、大通りを歩く人々の笑顔が。点在する公園や噴水の傍で戯れる、子供達の笑顔が

 商者達の愛想の良い笑顔。辺りを練り歩く人々の、身の内から湧き上っているような充実した笑み。走り回る子供達の、幼い衝動に任せて緩む頬

 ふ、と人だかりを見つける。様々な人の群れの中でも、殊更別的な物を感じさせる一団だ。公園で円を描くように広がり、その中心では一人の少年がギターを掻き鳴らしていた

 赤い帽子に赤いジャケット。跳ねた黒髪は闇模様。ジーンズに包まれた長い足で、ダンッ、ダンッと地面を叩き踊る。彼もまた、笑っていた。衆目の中で声を張り上げ歌い、胸を張って笑っていた


 本当に平和だった。思わず、御厨に自分の表情筋が残っていたら、頬を緩ませているだろうな、と思わせるくらいに


 そんな感慨に浸っていた御厨を、快活な声が叩き起こした


 「三ばぁーん! 深震棒回してぇー! コンバーター、ガサ入れするからさぁー!」

 「ぬかせや! こっちだって忙しいんだ、テメェん所の仕事はテメェでやりな!」


 座り込んだ御厨の右足、人間で言う太腿の部分だろうか、そこにレイニーが取り付いて大声を上げる

 そして遥か彼方から、喧騒に紛れてたまるかとばかりに、怒声が帰ってくる。半ば罵声に聞こえなくもないそれは、別に他意がある訳でもなかろう。純粋に急がしいのだと、御厨は思った


 それにしても、見事な物だと、御厨は感嘆した。彼らはこんな悪環境の中、一つもミスを犯した風に見えない。事実、犯していないに違いない

 レイニーを覗き若年世代の工兵は、それ程スムーズな作業に見えないが、年季の入った者達は流石に違う。素人の御厨でも、「これは!」と嘆息する他ない手並みを見せている

 それに、先程スムーズな作業ではないと若い工兵達を指したが、彼らだってそれなりの物だ。

地道に、着実に、間違い無いようにメタルヒュームの修復を続け――…一糸乱れぬ姿とは、きっとああいう者達を言うのだ

 彼らの姿は、ここに御厨が入って三日程になるが、それでも見飽きぬ物だった


 (後は…早く修理が完了して、ダリアの所に帰れればいいんだがなぁ)


 御厨は、機体上半身に取り付こうとして足を滑らせたレイニーを、さり気無く左腕を稼動させて支える

 レイニーは悲鳴を堪えた後、自分のバランスが保たれているのに気付くと、頭の上にクエッションマークを浮かべながら、足元をぐるぐると見回していた
 夜半。御厨が入ってからの三日間、夜中とは言え、いつもどこかで誰かが作業をしていた基地内は、今日は何故かシンとしていた

 辺りに居るのは、作業終了時刻に、手土産片手に居残りを申し出たレイニーだけ

 そのレイニーはスパナ片手に御厨の右肩へと乗り、延々と作業を続けていた


 新米の行う整備とは、普通熟練の者が傍らに付かねば成り立たない。未熟な整備の腕が、些細なミスを連発し、あっという間に機械をダメにしてしまう

 しかし、レイニーに限ってはそれが通じないらしい。どれだけの経験があるのか御厨は知らないが、そのスパナ捌き? は、熟練の者達にも負けぬ物がある

 レイニーが残業を申し出た時も、ボルトは何も心配した風はなく、ただ「好きにしな」と呟いただけだった

 御厨は、そのボルトの素っ気無さを、レイニーへの信頼の証だと考えた


 「……駄目、かぁ。いつもは応えてくれるのに…うんとも、すんとも、言いやしない」


 右肩に乗っていたレイニーが、突如として大きな溜息をつくと、そのまま御厨の頭部に背を預けた

 どうやら、右腕の修復が思うようにいかないらしい。前回の戦闘で最後まで壊れず残った部位だが、それは逆に、最後まで酷使され続けた部位と言う事だ

 ダメージは蓄積され尾を引き、予想外に手強い物となっているようだった「これは一度外さないと駄目かしら」


 言いつつ、スパナを放り投げる。それは月の浮かぶ夜空に弧を描いて舞うと、御厨の目の前に落ちてきた

 そして、そのまま地面に落ちて甲高い音を上げると思われたそれを、見事な手並みで受け止める人影


 人影は、ツナギとセットになっている筈のキャップを被っていなかった。風に流れる金髪は長く、後ろ手に縛られて、子犬の尾のようにも見える

 しかし、その髪を辿って行けば、その長さと裏腹に在るのは青年の顔だ。細い、本当に細い糸目尻を、少々疲れ気味に下げながら、青年は胡坐をかいていた。今しがた受け止めたスパナを、気だるげに、しかし丁寧に地面に置く


 着ているツナギは所々にオレンジと黒のアクセントが入っている。民間の者であるのは、明白だった


 「ちょっと……レイニーさん。スパナを投げちゃ駄目ですよ」


 そう嘆く青年こそ、民間からの出向者改め、レイニーの手土産、ホセ・ブライアンである

 如何にも善人ですと言うオーラを体中から発散しているホセは、疲労困憊になりつつも、それでもレイニーに物申せず、こき使われ続けていた


 (…だが、なぁ……)


 御厨はこのホセと言う青年を、どうにも測りかねていた

 傍から見れば芯の細い、押しに弱そうな青年にしか見えないのだが、よくよく観察すれば、添え木を当てられてガムテープでぐるぐる巻きにした、くらいの一本筋はある

 レイニーにあーだこーだとつき合わされつつも、適度なバランスを取っているのが何よりの証拠だ。大人の処世術の、その見本を見ているような気分に、御厨は相成った。いや、させられた


 「それに、もう大分夜遅いです。そろそろ切り上げた方が良くないですかね?」


 御厨がそんな事を考えている等露知らず(知る訳もないが)、ホセはゆらりと立ち上がると、ツナギに付着した埃を払った

 グ、と顎を上げる。視線の先は、肩の上に居るレイニーだ


 「男の子でしょう? 泣き言なんて、聞かないわよ」

 「いや、私はこれでもレイニーさんより四つは上で……。私が男の子だったら、レイニーさんは赤ん坊ですね。きっと、さぞかし可愛かったんだろうなぁ」

 「やめなさいよ…。ゾッとしないわ、そういう想像」


 レイニーが、御厨の肩の上で立ち上がり、頭を抱えて唸る

 ホセはその様子を見て、かんらかんらと人の良い笑みを浮かべた。打算的な物は恐らくなかろうが、それでも浮かべる事に慣れた感の有る笑み。御厨は、ちょっぴり引いた


 しかし、彼の意見自体には御厨は賛成である。あまり根をつめて、レイニーが体調を崩してしまったら、それはとても嘆かわしい事だ

 だが、この状況下ではそうも言っていられない。如何にこの町が平和そうに見えても、今この大地は、紛れもない戦火に晒されているのだから

 まぁ、ぶっちゃけ、御厨が何を思うのかと言えば、早く直して欲しい。その一点だった


 (女々しいかも…だが、心配なんだよ。ダリアの事)


 目の前で笑いを収めたホセを、それとなく見遣りながら思う


 御厨は、ダリアの事が心配だった。葬送式が終わってからの十一日間、ダリアは一度たりとも格納庫に訪れていない

 今まで、悲しいこと、辛いことを、御厨に吐露してきたダリアは、ただ唯一ホレックのことで、御厨に頼ろうとしなかった

 御厨の思いあがりかも知れなかったが、だからこそ、心配だった


 (今はまだ、敵が出たなんて話を聞かないから良いが…)


 その「敵」が現れたら、どうするんだろう。と御厨は考えて、ある一つの事に思い至った(ん?)


 (…………………今、「敵」が現れたら、ダリアはどうするんだ?)


 考えても見なかった事だった。いやそりゃ、ダリアは兵士だ。敵が来れば戦うに決まってる。でも、どうやって? 彼女はパイロットだ。だけど自分の機体がなくて、何に乗るんだ?


 自分以外の機体に乗るんだろうか。そこまで思考が至って、御厨は何とも言えない気分になった

 それは正にどう言える物でもなかったが、何と無く自分の存在意義を否定されるような、そんな気持ちにさせる。思わず頭がグラグラと揺れそうになるほどだ


 うーわ、俺って奴は、どうしてこうも馬鹿なんだ。御厨がそう己を罵った時

 ふと、彼の見下ろす前方、基地を出た丘陵を降りていく最中にある、雑木林

 そこで複数の影が揺らめいたのを、御厨の機械の瞳が捉えた


 意識が、吹っ飛んだ


 (敵かッ?!)


 御厨がそう、前方を凝視したとき、二言三言と言葉を交わしていたレイニーとホセも、何かの異常を感じ取っていた


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

サブタイトルが必要ないのと同様に、後書きもやはり必要ないような……。

ついでに言えば……なんと言うか。妄想が現実に圧殺されそうな感じっす。

まぁ、ここまで読んで下さった方、ありがとうとございます…と。



[1309] Re[11]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/05/24 20:27
 感覚が研ぎ澄まされていく。嗅覚と味覚が消え、触覚も殆ど意味を成さない御厨。それでも、身体の奥底で、「何か」が張り詰めていく


 それはまるで、弓弦が引き伸ばされでもするかのようだった

 キリキリと鳴り、ギシギシと悶える。脳の奥底から広がる熱は、忘れもしない戦闘の緊張感だ

 ――あそこに、何かが居る

 鈍痛と共に御厨の中で鳴る警鐘は、既に御厨の感覚が、平穏に生きてきた人間と一線を期し始めたことを、如実に物語っていた


 御厨の足元で、レイニーとホセが雑木林を睨みつけながら、じりじりと後退る

 二人も、漠然と何かを感じ取っている。レイニーは紛争地帯出身と聞いたから、その感覚は、或いは御厨よりも余程鮮明だろう。死の匂いには、前線の兵隊程に敏感なのではあるまいか

 御厨は二人をチラ、と見遣って、駆動部をうねらせるように四肢に力を籠めた


 敵が居るのならば、動く。躊躇いはしない。敵が動けば、その敵の敵である者達、つまり御厨達を放って置くまい。寧ろ施設ごとの破壊が目的だと言われた方が、ずっと納得できる

 もしかしたら敵なんて居ないかもしれないのだが、不思議とそうは思わなかった

 問題は、レイニーとホセの二人だ。言うに及ばす、勝手に動いている所を見られるのはまずかろう


 (けど、“もしも”の事態に、……迷ってなんかいられんよな)


 御厨は、単純な利害を天秤に掛けた。そして人知れず、二度頷く

動くべき時に動かなければ。後の問題は、後で考えよう、と

 動かずにいて、もしレイニーとホセの二人が死んだりしたら、俺は絶対に後悔するだろう、と

 そうやって御厨は、何時もの様に、腹を決めたのだ


 ――だが

 その時、ふと感じる違和感。それは一昼夜眠らずに居た後のような倦怠感の如く、全身にあり、且つ無視できない程の奇妙さだった

 例えようもないが、あえて例えるとすれば、体中の間接を鳴らした時に起こる快楽と痛み。その痛みだけを、万倍も強くして、全身に散りばめでもしたような感覚

気を抜けば四肢どころか体中から力が抜けきり、機械の身すらもへたりこみそうな、そんな脱力感にも似た痛みである


 誰も居ないコックピットと言う空虚さを内に抱えた御厨には、それが何なのか、簡単に解ってしまった

 御厨は、修復された左腕を握りこんだ


 (何だ、これ……)


 気付いてしまえば、後は無様な物だった…


 (俺はもしかして………脅えて?)


 ロボットになった男


 最初はその事実を笑い飛ばそうとした

 “こう”なってから二ヶ月も経たぬ内に、平和な日の本の国では、一生を一万回繰り返したとて出会えぬであろう、死線を破ってきたのだ

 今更、姿の見えない、いるかどうかも解らない敵に何を脅えるのか、と


 だが無理だった。凍える背筋を、何千何万という烈尖が苛む。ジクジク、ズキズキと、音を立てて、烈尖の刻む傷が、痛むのだ

 生まれてこの方、「心臓を鷲摑みにされる」という感覚がどうにも理解できない御厨だったが、たった今それを知った。それは、心臓の周りの血液が急激に冷え、氷の手に心臓を握りつぶされる感覚だった

 何だって今に限って、こんなにも無様に脅えているんだ。頭の内に残った冷静な部分が、至極酷薄に疑問符を浮かべた


 何が何だかわかりはしない、が、立たねば。心を、立てねば

 負けられないんだろう? 例え隕石だって、受け止めて見せるんだろう? 必死に己を鼓舞する。この、ほんの短い間に起こった、喜び、悲しみ、恐怖、怒り、全て思い出す

 たった少しの間の、メモワーズだ。だがそれは、御厨にとって、途轍もない価値があるのだ


 ――今まで、戦ってきた。これからだって、俺は戦える筈だ


 そう考えて、御厨は、要らぬ事までも心の底から思い出してしまった

それは、決して忘れるべきでなかった事。御厨の、今無き生身の肉体の記憶

ついこの前まで、自分は平穏無事に、安穏と暮らしてきたと言う事実を


 御厨は思い出して、そして気付いた。「ただの一般人」である自分が、まがりなりにも戦場に立てていたのは、ダリアが居たからだ

 だからダリアの居ない今、こんなにも脅えている。コックピットに誰も居ないだけで、こんなにも脅えている

 今まで俺は、一度も、戦ってなどいなかったのだと


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「君達、どうかしたのか。こんな夜更けに、魔物でも出たかね」


 張り詰めた空気の中に、場違いな程、落ち着いた声が響く

 低いダークトーンのそれは、決して若くない。年齢にして二十台後半。もしかしたら、アンジーと同年代かも知れない

 だがその声は、御厨の知るどんな人物よりも、力に溢れていた。御厨は感覚の全てを破棄して没頭していた思考から、無理矢理引きずり戻された


 レンズを彷徨わせて、レイニーとホセ。更に彷徨わせて、御厨は先程の声の主が、自分のすぐ右横に居るのに、漸く気付いた

 確りと確かめた訳ではない。自分の横九十度角の物を見ようとすれば、頭部まで動かす事になる。そんな事をして、レイニー達に気付かれない筈がない

 だから、御厨が頼ったのは、飽くまでも“感”である。そしてその“感”は、決して間違った事を御厨に伝えてはいなかった


 「……顔色が悪いな。ついでに、鳩が豆鉄砲でもくらったかの様な顔だぞ」


 声の主が、動いた。面白げに、僅かに声音を弾ませながら、歩み出たのだ

 視界の中に一人の男が出てくる。レイニー達と同年代には見えないが、思ったよりも大分若い。おおよそ、二十五、六と言った所か

 黒い軍服をキッチリと着こなし、ブーツ系の軍靴で重い足音を響かせる。ブーツはその音で解った。あれには途方も無い重量の鉄板が仕込まれている。どれ程の重さなのか予想もつかないが、驚くべきは、それでも微動だにしない男の方だ

 軍人らしくよく鍛えられた体躯は、細身でありながらもかなり大柄に見えた。目測で、約百八十以上の高さの背丈は、どうしようもなく威圧的だった


 (何だこの男。何者だ? この男の声は、どこかで聞いた……様な気がする)


 脅える御厨に、突如として現れた存在が、追い討ちをかける

 男の着ている軍服は、頭の頂点から足の爪先に至るまで、全てトゥエバの物なのに、全然全く持って友好的ではない

 いや、声音には笑の気配が混じり、決して忌諱するような物ではないのに、その笑に殺の気が含まれているような気がして、御厨をそんな気分にさせるのだろう


 御厨は、吐き気を催す

そして今まで注意の向かなかった男の髪に意識が行って、本当に奇妙な、後々御厨が「何故、あんな事を考えたのだろう」と思考しても、答えの出ない事を想像した


 (…あぁ、この色は…ホレックみたいな色だ)


 漆黒の髪の男が、まるで御厨の思考に気付きでもしたかのように、振り返った

 レイニーよりも僅かに長い、黒髪の下では、サングラスが青白い電光を弾き返していた


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「機体に火が灯っているな、今まで作業していたのか。…君の担当機か? ミンツ技官」

 「は、ハイッ!」

 「元気が良いな、面白い返事だ。だが、もう少し……警戒などせずに、自然にしてくれると有り難いのだが」


 そんな遣り取りが聞こえた。聞こえた気がしたから、多分、本当に起こっている事なんだと思う

 何を言っているんだ、俺は。情けなさ過ぎて、気でも触れたのか?

 だって、いや、何も考えられなくて、俺は、この男に呑まれて、このサングラスの下の、瞳に呑み込まれて


 「ふ…ん、良い機体だ。ミンツ技官、君の腕が良いのか、それとも、この機体の元々が素晴らしいのか………どう思うね?」

 「………元々なんて関係ありません。この子達は、ちゃんと呼びかけてあげれば応えてくれるんです」


 止めろ、その声で喋るな。俺は、その声を知っているぞ。お前の瞳が放つ、焼け付くような感覚も、知っているんだぞ


 「ほう…そんな感じ方もある、か……。確かに“彼女”も、戦闘中よびかけていたな」

 「………失礼ですが、ちとお伺いしても宜しいですかね? ……あぁ、すいません、私はホセ・ブライアンと申します」


 止めろ、こっちを見るな。あぁ畜生、この男は怖い、恐ろしい。近くに居るだけで、死んでしまうような気がする


 「ああ、構わんよ。……私に答えられる事なら、な」

 「では、お言葉に甘えて。……………………………………………………………手前ぇ、なにもんだ?」


 笑った。あぁ、くそぅ。なんでそんなに楽しそうなんだ。なんで、お前に話しかけているのは、ホセなのに、なんでそんなに楽しそうに、俺の瞳を覗き込んでいるんだ


 「私か? 残念だな。私と戦った者が、今ここに居れば、顔など見ずとも、ただ一呼吸で分かり合えるだろうに」

 「貴方、一体……………何なの?」


 そんな風にお前が俺を見るから、そんな風にお前が笑うから

きっとお前は、俺ではない誰かを見ているのだろうけど、御厨ではない、ダリアを見ているのだろうけど

 他の全てのものが消えていく。この一寸先も覚束ない世界の中で、俺とお前だけが浮かび上がる


 ――ラドクリフ、天の下に、俺とお前だけが居る


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 星空の下で、レイニーとホセの刺さるような視線を受けながら、男が、ラドクリフが両腕を万歳でもするかのように天高く掲げる


 レイニーが思わず飛び退り、その防衛本能の成すままに身を低くした。彼女は間違いなく感じている。ラドクリフと言う男の持つ、途方もない殺気を


 「質問しておきながら、君達の問いに答えないと言うのは少々理に合わないだろうが、どうか許して欲しい」


 ラドクリフが腕を振り下ろす。楽曲を指揮するかのように、大仰に、壮大に

 その姿は闇夜に際限なく広がるような気さえして、戦場に立つ者が見れば、十人中十人が背筋を凍らせるだろうと、御厨は思った


 そして、丘陵の下に広がっていた巨大な町が、一瞬にして爆炎に包まれた


 「何せこちらの聞きたい事は、本当にあれだけだったのだからな」

-----------------------------------------------------------------

…途中から訳解んなかった人お手上げ、ピッ!

すんません。たまには、こんな書き方も良いのじゃないかなぁと思ったら、見事に自爆。

しかしながら、頭が逝かれた訳ではないんで。


兎にも角にも、ここまで読んでくれた方ありがとう。あまつさえ前回感想を下さった方、前回まで感想を下さっていた方本当にありがとう。

パブロフでした。



[1309] Re[12]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/06/05 09:35
 一瞬で世界に色が戻った。町に上がった火の手は、小さな物では留まらない。次々と小爆破の連鎖を起こし、町の主要住宅街を避けながらも、大規模施設を破壊していった

 耳を劈く轟音。御厨にはその劈かれる耳が無いが、生身の人間には堪るまい

 道が遮断され、町の各所が碁盤の目の如く隔離される。芸術的なこの爆破工作は、一瞬でこの狭苦しい視界の中を、混乱の二文字で満たした


 「このッ! 手前の仕業かぁ!!」


 御厨がハッ、とした瞬間、御厨のレンズを覗き込んでいたラドクリフの背後に、一房と言わず、流れるような金の髪が翻った

 ホセだ。その形相を悪鬼の如く歪め、彼は、御厨が知っていた彼の善人そうな面の皮を捨て去って、ラドクリフに躍り掛かっていた


 だが、御厨の常識を覆すその身体能力でも、まだ遅い


 「ホセ、と、言ったか。………君に白兵戦は十年早い」


 ラドクリフは振り向こうともせず、僅かに身を逸らす。その最中も、やはり御厨のレンズを覗き込んだままで

 そして、後ろに目が付いているのかと疑わせる程、正確な動作でホセのツナギの襟首を掴むと、慣性の法則を捻じ曲げて、真横に投げ飛ばした。まるで蛇の様な、鞭の様な、剛柔たる滑らかな躍動で


 正に豪腕。相対重量比率も骨格強度も無視して、ラドクリフは右腕一本でホセを掴み上げ、あまつさえ投げ飛ばしたのである

 もう一度言う。どれ程軽く見積もっても、間違いなく七十㎏あるホセを

 ラドクリフは、右腕一本、それのみの力で、投げ飛ばしたのだ


 「殺す時は、相手を上回る速さで殺せ。闘犬のようなプレッシャーは賞賛に値するがね」


 ホセが、もんどりうってコンクリートに叩きつけられた。肩口から地面に突っ込んで一転。素人には不可能な受身を取りながらも、慣性に流されて二転。急激な負荷で体内の血液循環が上手く行かないのか、ホセは呻き声を上げる


 「ぐぅぬ…ぁあ! …野郎、SPSを着込んで……用意がいいな…!」


 レイニーが駆け寄るのを、ホセは手を振って制し、直ぐ近くで修復中のまま待機状態にあるメタルヒュームの脚部を掴むと、自力で立ち上がった

 それを尻目に、ラドクリフは懐からインカムを取り出し、装着。指で二、三度弾いて、感度を確かめる

 焦りは無い。滲み出る余裕と慇懃さが、まるで貴公子然としていた


 「流石に私も、生身丸腰のまま敵地に潜入する程、馬鹿ではないさ」


 そう言い放って漸く、ラドクリフは御厨のレンズから視線を外し、たった今燃え上がり始めた町並みを見遣った

 その時に、御厨は感じた。それはラドクリフの視線が外れた事に対する、安堵


 「作戦開始を伏して待つ、我が信頼する混成中隊総員に告げる。…余り無用な被害は出すな、非戦闘員への攻撃も許さん。君達は、私の命令一下で一糸乱れぬ動きをする、スパエナの最精鋭だ」


 最後の一言には、彼らしからぬ怒気と、力が籠められていた


 「…トゥエバの外道どもとは違うと言う事を、頭の奥に刻み込んでおけよ」


 ラドクリフは一瞬で荒れ狂った気配を消し去り、悠々とレイニー達を振り仰ぎ、腕を振って崩れまくった敬礼をする

 そして、唖然とする二人をそのままに、身を翻した


 「では総員、状況開始!」


ロボットになった男


 「ホセ! 貴方、大丈夫なんでしょうね?!」

 「レイニー………さん。いえ、それが……ちと、投げられた時に…」

 「……色々突っ込みたい所はあるけど、今は止めとく。…怪我しているならメディカルルームに行きなさい。薄情かもしれないけど、今は連れて行ってる暇がないわ」」


 そう言い放つと、レイニーはいつも大事そうに被っている帽子を脱いで、ツナギの懐に押し込んだ

 そして、ホセが何か言う前に、近場の放水ホースから水を大量に噴射させる。それをこれでもかとばかりに被ったレイニーは、僅かに水を口に含んで、思いっきり咽た

 激しく咳き込みながら、一度ホセを見遣り、次に御厨に視線を移す。何時如何なる時も気丈なレイニーが、ともすれば泣き出しそうな瞳で


 (レイ…ニー?)


 御厨の視線の先で、漸く落ち着いたレイニーが一発、自分の頬を張って気合を入れた

 濡れた髪をまとわせる、水もしたたる良い女、レイニー・ミンツは、その身を翻したかと思うと、一直線に駆け出していた。

眼下の、燃える町並みに向かって


 (レイニー!!!)


 ホセが一瞬唖然とし、すぐさま大声を張り上げる。その時にはレイニーの後ろ姿は、最早サッカーボール大にまで小さくなっている


 「レイニーさぁぁぁああん! 貴女一体、どこに行かれるおつもりなんですかぁぁぁああ?!」

 「ゼランの守備隊宿舎よ! このまま放っておくなんて、出来る訳無いでしょうが!!」

 (…………………………たった一人でかッ?! 馬鹿ッ!)


 この暴れライオンが! 御厨は、先程まで身を凍らせていた恐怖すら忘れて、思わずそう叫んだ


 一度、二度と頭を振り、気を取り直したホセがこめかみを押さえる。感じたのは呆れか、驚愕か。御厨には彼の内心は読めない

 そんな事よりも、レイニーの事の方が、御厨には重要だったのである


 「とんだじゃじゃ馬……ですが、私の本職にしてみれば、……………都合が良いかも知れねぇなぁ…」


 ホセの呟きは、御厨の集音気には届かなかった。彼は、どこにも怪我を負った風もなく立ち上がると、一度火の灯った御厨を見遣り、そして背を向けた


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 (くそぅ! 畜生! どうする、どうするんだ! 御厨翔太!)


 場は混乱を極めていた。激しい爆音が鳴り響いたおかげで、基地の所属人員は全て眠りから叩き起こされ、今基地の内外に犇めき合っている

 工兵しか居ないのが、余計に災いした。彼らは軍備縮小とやらでその力を大きく削減された実戦部隊と違い、古参の名に恥じぬ腕と経験を持つ優秀な整備員達だが、基本的に戦闘部隊よりも階級が低い

 上意下達の旨をどんな組織よりも重要視するのが、軍隊だ。整備兵である彼らには、この様な突発的な有事に対応・処理するだけの権限がないのである

 勿論、そのような事態に対して指揮に当たる人間が居ない訳ではあるまい。だが、それらしい人物からの命令は、未だ彼らには下されていないようだった


 「おい、どうすんだこの状況」膝を着く御厨の直ぐ傍で、年若い工兵が呻いた「迎撃、しなくても良いのか?」

 「無茶言うなよ、勝手に動いたら、下手すりゃ敵前逃亡で銃殺刑だぜ? それに見ろ。砲声が聞こえるだろう? この基地から一歩でも出れば、もう戦場だ。……裏方の俺達がどうこう出来る状況じゃない」

 「だがよぉ………」

 「だがよぉ、じゃねぇ! ………最悪の場合、俺達全員皆殺しか、良くて捕虜って可能性も在るんだからな…」


 そんな声が稼動状態の集音気に飛び込んできて、御厨は激烈に気を吐いた

 血反吐と共に、魂か既に無い臓物でも吐き出しそうな程、強烈に。御厨の中では、焦りと、葛藤と、恐怖と、自虐と、…それら全てがない交ぜになって、まるで混沌の海の如き様相を呈していた


 (戦場?! 戦場だと?! レイニーは飛び出して行ったぞ! レイニーは、…脇目も振らずに、飛び出していったぞ!)


 どうする、どうするんだ、御厨翔太。再び自問自答を繰り返す

 今更自分一人が行った所で、状況が好転する可能性は皆無に等しい

と言うか、この芸術的破壊工作のお陰でまともな防衛戦力が動いていない今、御厨だけでは速攻囲まれて叩かれて潰されて終わりだ

 早い話、動きようがない。理屈で言えば、そうだ

 だが、自分はそんな人間だっただろうか。御厨の中に疑問が一つ増えた。自分はそんな、理屈に合わせた行動が取れる冷静な人間だっただろうか

 違う筈だ。ならば何故今更、賢しげに動こうとするのか。何故自分は、今直ぐここを飛び出して、驚愕で唖然とする工兵達を尻目に、レイニーを探しに行かないのか


 恥を覚悟で言ってしまうのなら、御厨は怖かった。死ぬかも知れないと言う恐怖は勿論、人を殺すと言う感覚、火砲で貫き、突撃銃で貫き、己が拳で貫くと言う感覚が、今更ながら、うねる荒波の如く御厨の脆弱な心を押し流していた

 更に言ってしまえば、ここには死神ラドクリフも居るのである。ダリアと言う光の影に隠れ、或いはその光にのっかかっていた部分が、この土壇場で曝け出された


 御厨は思う。平凡ではあるが、平和に生きていた時の事を、だ。それは本の数ヶ月前の記憶である筈なのに、遥か遠い昔の事の様に感じた


 あまり熱心に学を修めていない御厨だが、アルバイト先のゲームセンターを中心とした彼のライフスタイルは、それなりに充実した物であったと思える

 バイトの古参であるが故に、新人の指導に回る彼は、その事に何とも言えないこそばゆさを覚えた物だった

 その上で皆から「ボス」と呼ばれるのは、殊更恥ずかしい。だがそんな記憶すらも、今では尊い事の様に思える。あぁ、そういえば、半年位前に入った子は、御厨の事を「ボス」と呼ばなかった


 その記憶には、御厨の今までの「生」が詰まっていた。それと今ある現実の落差を改めて直視させられ、御厨は更に葛藤した


 (俺は…行くべきなのか。それ以前に、俺が行く事に意味はあるのか)


 その時御厨は、ふと視界の中に見知った顔を見つけて、意識を戻した

 何の事は無い。御厨自身、この混乱の空気に中てられ、半ば茫然自失の状態なのだ。彼を責める事はできまい

 御厨の意識を引き戻した、彼の良く知る顔とは、ボルトの物だった


 (ボルト!)


 御厨は焦った。ボルトが素人目にも拙いと解る程の出血で、全身を真っ赤に染め上げていたからである

 頭、肩、胴、足。元々着ていたであろう服は、それが一体どんな服なのか判別出来ない程損傷し、彼自身も脇腹を押さえ、右足を引き摺りながら歩いていた


 それは、御厨の知るボルトには似つかわしくない姿だった。いつも威風堂々としていた彼がこんな事になるなど、一体だれが想像できようか


 歯を食い縛りながら丘陵を登ってくるボルトを見つけ、工兵の一人が悲鳴を上げた


 「主任…? ッ! う、うぉ、ち、血ぃ?! 大丈夫ですか?! おめぇら何ボーっとしてやがる! とっととボトル主任を助けねぇか!」


 一人の悲鳴で、他の工兵達がわらわら集まり、状況を悟ったか一気に走りだす

 眉を顰めたのはボルトだ。彼は走り寄ってくる工兵達を見て顔を引き攣らせると、肩を貸そうとする若い工兵の頭を、グイ、と押しやった。助けなど要らないと言うのだ


 「あんまり騒ぐな…、傷に響くだろうが」


 ボルトは荒い呼吸ながらも静かに言うと、歩みを止めないままに、御厨の所まで来てしまった

 ボルトの威に圧されたのか、工兵達は周りを取り巻いて同じように歩くだけだ。一種奇妙なパレードの様で、御厨は何とも言えない気分になる


 ボルトは御厨の脚部に背を預けると、そのままズルズルと座り込んだ。血液が付着したが、そんなものは御厨の気にも止まらなかった


 「…状況は解るな?」

 「は、はい。ついさっきゼランの住民を対象に、スパエナからの戦闘宣言電文が出されましたから…」

 「なら話が早い。俺達の当面の敵は、スパエナのドーリガン第三混成中隊って訳だ。…強ぇぞ。資料を見たがな、練度だけで言やぁ、トゥエバの特選海軍と張るだろうよ」


 ボルトの問いかけに、取り巻く輪の中から二十歳を少し過ぎたくらいの工兵が歩み出る。ボルトは荒い呼吸のまま目を瞑って、話を続けた

 見る見る顔色を蒼白に変えていく工兵。余程絶望的な事だったのか、周りの者達も同様だ。皆一様に、顔色を悪くしている

 ボルトはそれを見て、苦しげながらも口を歪ませて笑うと、声を張り上げた


 「落ち着けとは言わんが、黙って聞け! 重要な事だ!」


 四肢をふらつかせて、ボルトが立ち上がろうとする。顔面蒼白の工兵が、それでも能動的に動いて、ボルトに肩を貸した

 またも押し退けようとしたボルトは、工兵の目を一瞥すると、今度は押し退けたりしなかった。「すまん」と呟いて、素直に肩を借りる


 「コネリー司令は南部宿舎にて戦死なされた! トゥエバの増援が何時来るか解らん以上、指揮系統の混乱が回復するまでとてもじゃないが待ってられん!」


 ボルトが肩を貸す工兵に、小声で尋ねた「…レイニーは?」


 「解りません。少なくとも、この基地に居ないのは確かです。アタッチランプは消えてましたから」


 ボルトはそうか、と返すと、頭を振った


 「……俺達の判断で撤退するぞ! 指揮は俺が取る! 責任も、俺が取る! この場に居る誰一人、無駄死にする事は許さん!」


 御厨は思った。この男は、本当にどんな時だって堂々としているんだな、と

 力強い、心強い。ボルトは混乱していた工兵達を、一瞬で静めて見せた。きっと彼は、目前に死の刃が迫った時でさえ、一歩も引かぬに違いない

 ボルトの声の一つ一つが、御厨の鋼鉄の胸を打った


 「俺達は生きてんだ! やれる所までやらなきゃいけねぇ! 異存ある奴、居るか?!」


 誰も何も言わなかった。勿論異存など、ある訳がない

 工兵達は皆、ボルトを信じるだろう。ボルトの気概に心を預け、信念に命を預けるに違いない


 (そうだ。俺も逝くべきなんだ。脇目も振らず、レイニーを探しに)


 自問が氷解を始める。いや、覚悟定まっていくだけか。答えは、遥か前に出ていたのだから


 「もう一度聞くぜ! 異存ある奴、居るか?!」


 ボルトがもう一度吼えた時、異変が起こった

 爆音が轟いたのだ。激しい振動を起こし、大気をビリビリと震わせ、爆音と共に丘陵の森が爆ぜたのだ。そこは、御厨とレイニー、ホセが一様に嫌な気配を感じ取った、あの森である

 それが、木っ端微塵と消え去った


 代わりにそこに存在していたのは一機のメタルヒューム。炎の色に中てられて解り辛いが、都市迷彩色を施した、カルハザンもどきだ

 唐突。余りにも唐突。あのボルトですら、この唐突な状況に顔を歪ませる事しかできなかった


 カルハザンの外部スピーカーを通して、若い男の声が聞こえてくる


 『異議あり、だ。むざむざ逃がす訳には行かないからな』


 御厨の奥底で、彼の心を縛っていた物が、バキバキと音を立てて外れていく気がした


 (もう、怖いなんて言って逃げるな、御厨翔太。俺は、戦うぞ)


 “やれる所までやらなきゃいけねぇ”そうだろ? ボルト


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー必殺の不発弾


 「金色の若獅子の信念」


 基地内通路

 ダリア「ぅあ~~、疲れたぁぁ。訓練所が自販機に近い理由、やっと解ったよ」

 レイニー「ちょっと少尉、後がつかえてるんだから早くしてよ。ここを利用するのは整備班も一緒なんだから」

 ダ「あ、あぁ、御免。……………って、あッ! うわったった!」

 チャリーン (小銭の落ちる音)

 ダン! (横合いから何者かの足が音速でそれを踏みつける)

 ダ「………………………………………………」

 レ「………………………………………………」

 ダ「………………………………………ミンツ技官、足どけて」

 レ「………………………………………………」

 ダ「………………………………………………足、どけて」

 レ「………………………………………………ピーピーッピピッピーピ」

 ダ「………………………………………………下手な口笛吹くな」

 過酷な環境下で育ったレイニーは、少々金に汚い


 「アンジーと言う男」


 基地内食堂

 ダ「あぁ! アンジーさんがオペレーターのアルマさんナンパしてる!」

 ホレック「いや、ナンパって……食事に誘ってるだけじゃないの? あれ、それがナンパなんだっけ」

 ダ「そっかー、………アルマさん、美人だものね。結構お似合いかも」

 ホ「でも……………アルマさんって確か、既婚だった様な…………」

 ――ぐぅおぉぉぉぉあぁぁぁぁ!! (何者かの悲鳴)

 ダ「………………………………うぇぇ! 肩! 肩が極まってるよ! アレ!」

 ホ「す、スーパーサブミッション!」

 その時、二人はアンジーと目が合った

 アンジー「…………!………ッ!………ッ!!」 (縋るような視線)

 ダ「ど、どうしよう! た、た、たた助けないと!」

 ホ「そ、そんな事言われたって?!」

 ズルズルズルズルズル (何者かが引き摺られていく音)

 ――待て! 俺が悪かった! この通り反省してる! 話し合えば解る筈だ! …え? いや、ちょ、待ッ! ぐぅおぉぉぉぉあぁぁぁぁ!! (何者かの悲鳴)

 ダ「うわ、あぁぁ、アレは明らかにオーバーキル(殺しすぎ)でしょう…」

 ホ「『畜生!・・・・・俺は・・・・・・俺はまた何もできないで!』」 (序章七話参照)

 アイオンズ・ジャコフ。陸戦隊当時、パイロット適正ありとの調査報告書を受け、同期のハヤト・イチノセと共にMHライダーに転向する

 数多の戦場を駆け抜けた歴戦の兵士も、美女の関節技には滅法弱い


 「“死神”より強いヤツ」


 スパエナ国 リガーデン侵攻軍 司令部駐屯地

 ラドクリフ「…宜しい。受理した。ルナイアス・ターレス中尉、貴官の第三混成中隊配属を認める」

 ルーイ「ハッ! 有難うございます!」

 ラ「早速着任挨拶と行きたい所だが、箱舟防衛戦で痛打を被ったのが後を引いていてね。主要人員は、皆出払っている状況なのだ」

 ル「………………………………………………………………」

 ラ「雑事は暫し後と言う事になるので、少し他の事でもやって貰うか…」

 ル「………………………………………………………………」

 ラ「ではさっそく………………? どうした? ターレス中尉。私の顔に何かついているか?」

 ル「いえ、ただ………………………………これから自分は閣下の直下隊、つまり閣下の指揮下に入る訳ですよね」

 ラ「そうだが」

 ル「『指揮』と言う字を、よく『死期』と言う字に変換ミスしませんか?」

 ラ「………………………………………………(何が言いたいのだ?)」

 ル「………………………………………………………………」

 ラ「………………………………………………………………」

 ル「………………………………………………………………」

 ラ「……………………(この中尉、私を測ろうと言うのか? …解せんな。この期に及んで、一体私の何を測ろうと言うのか…)」

 ル「………………………………………………………………」

 ――ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズ (ルーイ 威圧)

 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ (ラドクリフ 威圧)

 ラ「………………………………………………………………」

 ル「そういえば閣下は、密命を受けてダリア・リコイランと言う女性士官を追っているようですが」

 ラ「…………一応部外秘なのだがな。…………それが?」

 ル「いえ、ただ、「まるでストーカーね」等と思っただけです」

 ラ「(ブチィッ!)ターレス中尉、君は上官侮辱罪で、三日間の禁固刑だ」

 ル「がびーん!!!!」

 死神よりも強い(かも知れない)女(容姿と年齢の明言は避ける)、ルーイは

 一歩戦場から遠退けば、ただの間抜けである


ーーーーー必殺の不発弾 了

これは作者の妄想です。ありそうでなさそうな微妙な話なので、どうかご信用なさらないでください。


……………というテロップを流さなければ、駄目なような気がしてきました。


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[1309] Re[13]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/06/06 22:08
 機械の身体の中を、光が駆け抜けていた

 頭部から両足へ、胸部から両腕へ、右から左へ、左から右へ

 入り乱れる二進数は、十進数への馴染しかない御厨では、記憶し難い。記録メモリに刻めばまた別であろうが、どちらにせよ覚えきるのは無理だろう


 『妙な事をしてくれるなよ。こっちも戦争屋だ。下手に躊躇したりしない』


 御厨の視界の中に、都市迷彩色のカルハザンが浮かび上がる。重要拠点でも何でもないただの町への攻撃に、重武装は不要と考えたのか、火器の類はライフル一丁しかなかった

 だが、生身の人間には十分な脅威だ。今この光景を前にして、ボルトは考えあぐねているのではないだろうか。人対機兵では、勝利する事など不可能なのだから


 (じりじりと距離を詰めて……精々警戒しながら来い)


 システムプログラム伝達。両腕へ、両足へ。ダメージのある右腕はやや光の移行が鈍いが、許容できない範囲ではない

 御厨は集中した。身体を這い回る光が血液の流れに見え、脈動するオイルと冷却材が、心臓の鼓動に思えた


 カルハザンは間抜けにも一機で近寄ってきた。余程油断しているのか、それとも余程自信があるのか、或いは余程人員が足りないのか。可能性としては、二、三番の方が信憑性がある

 ボルト達工兵は、カルハザンが近づく度に、少しずつ後退っていた。無意識下での行動だった


 (逆撃も、増援を呼ばれるのも御免だ。1アタックで、地獄の底まで叩き落してやる)


 御厨の、漆黒の翼を持つタイプシュトゥルムのレンズが動いた事に、この場の誰も、ボルトですらも気付くことはなかった


 ロボットになった男


 好機は直ぐに訪れる。それは偶然や、幸運ではない。そうなる事を見越して待った、御厨の必然だ

 その時とは、カルハザンが迂闊にもたった一機で格納庫野外範囲に踏み込んだ瞬間。その時こそ御厨は、正面からカルハザンに突っ込んだ


 ――渇ッ!


 『な……にィィッ?!?!』


 全天に開かれた通信から、カルハザンパイロットの悲鳴にも近い動揺の声が聞こえてくる

 それはそうだ。先程まで動く気配の無かったメタルヒュームが、突如として目に火を灯し、自分に向かって突っ込んできたのだから


 恐らくカルハザンのモニターには、闇色の自分の姿が大写しになっているに違いない。下手に奇襲を掛けるよりも、余程インパクトがある筈だ

御厨はそう判断して、子供と大人程のパワー差があるカルハザンに、無謀とも取れる正面戦闘を挑んだのだ


 (ギョっとすると、どんな達人だって身体が固まるだろう? その隙は…)


 相対距離は、御厨がウィングバインダーに火を灯した時点で、既に十五メートルない


 (逃さんぜ!)


 どんな熟達した、どんな才能のあるパイロットだって、御厨の渾身のタックルに、反応できる筈がなかった


 気合一閃。天地豪落の巨大な破砕音と共に、御厨の右肩の装甲が凹みカルハザンの胸部が抉れる。勿論カルハザンが無事な道理はない。その頑強さでもってしても衝撃を受け止め切れなかった機体は、野外格納庫の地面を削って弾き飛ばされた

 初撃は完全に成功した。しかし御厨の戦意は度を越して高まるばかり。メタルヒューム同士の戦闘は、火器でもない限り一撃で決着のつく物ではない。そして御厨自身、一撃で満足するつもりもなかった

 御厨は、近場で分解されたまま放置されていたタイプRの腕部を掴むと、一足飛びに再びカルハザンへと肉迫した


 しかしその時には、手酷く打ち倒した筈のカルハザンは、上体を起き上がらせようとしている。御厨は驚愕する。今の一撃、並のパイロットならばそれだけで昏倒していても可笑しくないと言うのに

 並ではない。機体も、パイロットも。御厨はそう驚きながらも、両手で振り下ろした鈍器を止める事が出来なかった


 ガン、と機械の身体になってから幾度聞いたか解らない、金属の拉げる音がした

振り下ろしたタイプRの腕部は、ライフルを捨て去ったカルハザンの両手によって、見事に受け止められていた


 『こ、この黒い羽付きは…! 中佐の仰られていた機体…かぁッ?!』

 (ッ! 喋る余裕があるかッ!)


 左隅に追いやられたウィンドウの向こうから、計器を激しく叩く音が聞こえ、御厨はタイプRの腕部を話した。体制を逸らして、カルハザンの力も逸らす

 遠方通信や緊急時のSOSビーコンで、連絡を取られたら終わりだ。たった一機が相手でもいっぱいいっぱいなのに、この上敵増援まで現れれば勝ち目はない


 御厨は激しく上体をカルハザンに叩きつけると、そのままウィングバイダーの炎を真っ赤に燃やした


 (うぉああぁぁぁ!!!)


 御厨は水平に飛ぶ。がっしりとカルハザンを捕まえたまま、辺りに散乱するメタルヒュームの部品を弾き飛ばして疾駆する。カルハザンと地面が摩擦を起こして火花を発生させ、激しい衝撃を伝えてくる

 途中、修復されていない機体を巻き込んだ。一つ、二つ、三つ、重量は増えに増え、その負荷を感じながらも御厨は止まらない

 その翼の出力は、最早シュトゥルムと呼べる物ではない。爆発する炎は、遠目に見るだけでその推進力を感じられる程だった


 『いった……ど…に、それ程…出力…ぁ!』


 通信は途切れ途切れになっていた。御厨の精神がイカレたのか、通信機がイカレたのか

 それを判別する暇もなく、御厨は蛻の殻となった基地の壁に、それはもう無遠慮に激突した


 ドゴォ、洒落にならない擬音。いつもなら凍える程寒くなる筈の背筋は、この時ばかりは何も文句を言ってこない

 寧ろ、別の場所が騒いでいる。御厨の全身が、止まるな、止まるなと叫んでいる


 カルハザンは基地の壁を貫くことはなかった。やや突き破りはしたが、寧ろ基地自体への被害は少ない

崩れ落ちる瓦礫を物ともせず、御厨は腰部に差し込まれたマシンガンのカートリッジを左腕で握りこんだ。銃本体は、ない。無装備のままだ

だが、本来このままでは使い物にならないこれも、腕一本犠牲にする覚悟があるのなら、十分な武器になる


 その時、弾け飛ぶ瓦礫や砂煙を書き分けて、灰色のカルハザンの腕が踊った

苦し紛れなのは注意して見なくとも解る。御厨を狙ったにしては、やや動きが鈍い

 悪足掻きであったが、それは決して諦めない姿勢であった。御厨は素直に感嘆しつつ、無茶な挙動によって更に動き難くなった右腕で、冷静にそれを弾く


 勝負が着こうとしていた。勝利者は、最初に奇襲をしかけ、最後を気迫で押し切った、御厨だ。激しさを増して崩れる壁の金属片に当たりながら、御厨はカートリッジを握りこむ左腕を、高々と掲げた


 (忘れるな、御厨翔太。俺に乗るパイロットが、このカルハザンのパイロットを殺すのじゃぁ、ない。ダリアが、このパイロットを殺すのじゃぁ、ない)


 それを振り下ろした時、御厨の全てが吹っ切れた。過去は無い。現実の今と、予想のつかない未来があるだけ

 ゲームセンターで働いていた過去の自分は、最早今の自分ではない

 同様に、明日を生きる自分は、それも最早、今の自分ではありえないだろう


 ただ、どんな事があろうと、どんなに悩み、戸惑う事があろうと、立ち止ったりしない

 御厨は、人を殺す事実と共に、それを心に刻み込んだ


 (俺が殺すんだ。俺はこの感触、この匂い、この記憶。絶対に、忘れはしないぞ)


 カートリッジが激しい衝撃によって、爆散する。その火勢は、初撃によって大幅に装甲を殺がれていたカルハザンのコックピットを楽々と貫いた

 誘爆。意図的でない小爆発が連鎖し、想像以上の炎となった。カルハザンパイロットは死んだ。間違いなく、消え去った


 御厨はその炎から逃れるようにして、上空へと飛んだ


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 見下げた町並みは、やはり炎に包まれたままだった。幾重もの火勢の舌が重なり合って、それはある種淫靡な物にすら見えた

 あそこに、レイニーがいる。御厨の恩人が居るのだ。死なせる訳には、勿論行かない


 御厨は基地の工兵集団を見遣る。誰もが唖然と、御厨を見上げていた。信じられない事に、あのボルトですら唖然と口を広げている

 御厨は視線を外した。のんびりしている暇など微塵もない。それは十分に解っていたから…


 急降下。御厨は行き掛けの駄賃とばかりに、落ちていたカルハザンのライフルと拾うと、一直線に飛翔を開始する


 向かう先は、レイニーが走り去った方向だった


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 前三話でパワーを溜めて、ここで一気に爆発させたろと思っていましたら…。

 なんと言いますか……火薬の量を間違えたんでないの? と言う感じですかな…。

 何だか、冷静になれませんですや。かなり短めですが、勘弁してください…。



[1309] Re[14]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/06/12 23:12
 『チッ……訳が解らんが、仕方ねぇか…! トーマ! タガの陸戦にワタリつけて、あのタイプSを追え! どこのどいつが動かしてるか知らねぇが、好きにさせるな!』


 丘陵の下は細かく区分された工業地区だった。規模の小さい様々な施設が、碁盤の目を思わせるほど規律良く立っていた筈の其処は、天高く上る火炎にやかれ、さながら炎の林である

 その炎の林を縫って、御厨は飛ぶ。御厨の駆け抜ける後を、空気の流れに任せて追い縋る炎は、ウィングバインダーが常時発する衝撃によって、簡単に消し飛ばされた

 熟練のパイロットでもそう上手くは行かないこの挙動は、御厨にとっては何でもない。彼の挙動の一つ一つは、自分の身体を動かしているのと大差ないのだから


 そんな御厨に、通信を通しての怒声が入った。それは無作為な物で、決して御厨を対象とした物ではなかった

 混乱の最中に、通信コードも何もない。事実、怒声の主はその事を全く気にしていない様子で、御厨は、迂闊だと思いつつ同時に仕方ないかとも感じた


 『む、無理ですよボトル主任! 俺整備班なんですから! 戦場なんかに出たら、間違いなく死にますって!』

 『そうならねぇ様に、急げっつってんだ………ぐっ! ……俺が行けるなら、こんな無茶な事言わねぇ。……トーマ、お前しか、いねぇんだ』


 御厨は通信を聞き取ると、高揚した精神に任せて笑い声を上げたくなった

 決して気狂になった訳ではない。御厨自身にも理由は解らないが、今の彼には余裕があった。何故か、鼻歌でも歌いだしそうな気分だ


 声の主、ボルトにそこまで言われて、奮い立たぬ愚物があろうか、いや、ない

 御厨はそう何とは無しに思うと、笑みが込み上げそうになるのだった


 (ボルトも中々人使いが荒いな)


 ウィングバインダーの熱を強める。ボルトが声を荒げている原因は、他の何でもない御厨なのだが、そんな事は気にもならない


 ボルトに応えた声は、どうしようもなく情けなかったが、御厨には結果が見えていた

 だって、ついさっきも言ったように

ボルトにそこまで言われて奮い立たぬ者など、居はしないのだから


 『ああ! ああもう! 解った! 解りましたよ! 行って来れば良いんでしょう!』


 ほら、泣きそうな癖に、承諾した。御厨一人きり、胸中で呟いた


ロボットになった男


 御厨は燃え盛る炎の町の中で、必死にレンズを左右させる

 大袈裟な程に爆発音を奏でていた筈の其処は、思っていたよりも瓦礫が少ない。見れば、大半の建築物は燃えているだけで、爆破されたのは極少数のようである

 今回の様に実行部隊が現場に多数潜む場合は、誤爆の危険性があるからだろうか

 御厨にスパエナの…ラドクリフの思考は読めなかったが、兎にも角にもそれによって生じた結果は、レイニーの捜索と言う一点で、御厨に有利に働いていた。瓦礫がない分、広く辺りが見渡せる


 (わざわざ水を被って、生身で走っていったんだ。そう時間も経っていない今、移動しているとしても距離は高が知れる)


 飽くまで、この世界の人間の身体能力が、御厨の常識の範疇に収まるのならば、だが

 御厨には、レイニーを見つけられる何か確信的な物があった


 (しかし、急がなければならない。敵もそうだが、火勢も心配だ。俺が見つける前にレイニーが焼き殺されるなんて事は、絶対にさせない)


 いつしか、笑いは消えていた。そして心に残るのは焦燥感

常人には耐え難いその焦りだが、しかし御厨は、それに任せて突っ走ってはいけない事を知っていた


 ただ只管に飛び続ける御厨は、ふと翼の火を消した。多大な加速と慣性の法則によって機体が流れ、御厨は脚部を地面に叩きつけるようにして着地する

 脚部に伝わる感触は、工業地区のコンクリートの物ではなく、大地と呼ぶに相応しい、土の柔らかさだった。脚部は大地に減り込み、大幅にその土を抉る


 そして御厨は周りを見渡して息を呑んだ。いや、息を呑んだ気がした


 (……………ここは……この広場、……何だ、何でこんな…)


 其処は広場だった。御厨がここに来るまで見てきた場所と同じ様に、広場は炎に覆われていた

 だが、違う部分がある。それは大地に大量に穿たれた弾痕であり、周辺の建築物に穿たれた弾痕であり、そしてその弾痕を身体に刻まれ、息絶えた、ゴムの甲冑とでも言い表せそうな物を着込んだ、大量の死体の山


 死体は、辺りを舞う炎に舐められ、そこから引火し、着込んだ甲冑のゴムとチタンを焼け付かせている

 御厨は、見たくも無い火葬の現場を目撃し、ありもしない筈の吐き気を催した


 (くそ…! これ全部、トゥエバの陸戦隊員か!)


 ゴムと合金、チタンで構成されたそのスーツを、御厨はサリファンの格納庫で見た事があった

 電力で稼動するパワードスーツだ。前時代的なタートルメットに、やや角張ったように見える四肢。全体的に黒一色のそれは、やや頼りない雰囲気とは裏腹に、威力のない物ならばマシンガンの一斉射すらも耐え切る代物である

 御厨は辺りに倒れ伏すそれらの内、一体の肩口にある、星型を模したフラットラインを見て、それらの正体を知った


 御厨はレンズを逸らした。生の死体など、見たくもない。今ならこの惨状を表す言葉を幾らでも想像できそうだが、絶対にしたくない

 砕かれた銃身が視界に入った。メタルヒュームで運用するには小さく、生身の人間が扱うには大き過ぎる中途半端なそれは、横合いから火砲でも受けたか、真っ二つに叩き折られていた


 (何故、ここまで一方的にやられたんだ? 普通はありえない)


 御厨のレンズは優秀だった。その御蔭で、ただ一瞥しただけで、辺りに散らばる死体の群れが、全て同種のパワードスーツを着ている事が解る

 スパエナ兵士の物と思しき死体は、一つも見当たらない。同様に、メタルヒュームの残骸も無い。あるのは本当に、トゥエバ兵士のものだけだった


 周りを背の高い建物に囲まれた広場は、纏まって敵を迎撃するのに最適だろうと、素人ながらに御厨は思った。だがこの惨状はどうした事か。まるで一方的な虐殺である

 御厨の焦燥は一気に増した。レイニーの事が、堪らなく心配だった


 (………………………立ち止まっても考えても、無駄か)


 御厨は機械の四肢に力を籠め、一歩踏み出す。それと同時に、戦死者の冥福を祈った。形ばかりではあったが


 レイニーを探さなければ。そう思い、ウィングバインダーに火を灯した。そして、正に飛び立ったその瞬間――

 つい数秒前まで御厨が居た場所を、多数の火砲が大音量を立てて貪った

 余りにも唐突な攻撃。それに御厨は、瞬時に反応していた


 (ッ?! 敵かぁッ!)


 御厨のレンズが、炎の影の闇を暴き、敵を見つけ出そうと、左右に閃いた


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 広場はその名に見合う通り、かなりのスペースがあった。一辺約百二十メートルの正方形で、メタルヒュームとしては小柄な御厨が飛び回るには、十分な広さだ。辺りの瓦礫や、死体を気にしなければ、だが


 攻撃を感知して速度を上げた御厨に向けて、何処に居るかも解らない敵からの、第二射。それは物の見事に御厨に直撃し、激しい衝撃を伝えた

 悪態つく暇もなく、御厨は激しく揺さぶられながら飛ぶ。止まっていては良い的だ。せめて、敵に狙いをつけさせない挙動をしなければ。御厨は本能的にそれを悟る

 だが、その努力も虚しく、敵の正確な第三射。それは右脚部のブレッドストッパーに命中し、青白い火花を散らして爆散した


 (なんて腕…! ほんの数秒で、間違いなく俺の動きに合わせて狙ってくる! しかも……)


 御厨は苦し紛れに、近場の建物の壁に突っ込む。軍基地と違い大分脆いそれは、御厨程度の重量でも呆気なく破壊され、大量の瓦礫と粉塵でもって御厨を覆い隠した

 間髪入れず、動揺を誘うように飛び出す御厨。その直後、粉塵の中へと火砲が叩き込まれた。一発や二発ではきかない、十前後の火砲


 (複数人! 緻密なコンビネーショで!)


 何処だ。どこから狙ってくる。御厨は必死になって飛びながら、必死になって考えた

 火砲はどこまでも追ってきた。高く飛ぼうと、低く飛ぼうと追ってきた。四角い広場の長大な空間を、隅から隅まで飛んで逃げても追ってきた

 その間も、降り注ぐ火砲、火砲、火砲、火砲。並のパイロットとメタルヒュームでは、二十回撃墜されてもまだ足りない程の弾丸を、避け、防ぐ。正にされるがままの状態に、御厨は口惜しさで歯噛みした


 だが、幾ら御厨でもそこまでやられれば気付く。背の高い建物に囲まれたこの場所で、遠距離からの狙撃はありえない

 ならば、距離は至近。そして、広場の隅から隅までを狙っても障害物に邪魔されない、最高のポジション

 ありがちと言うか、何と言うか。それは最早、広場の周りを取り囲む建築物の屋根の上、そこしかないのだ


 御厨は、合計五十二発目の火砲を避けながら、レンズを最寄の建築物の上へと流す

 それは大理石で建築された図書館だ。その屋根の上、奇抜なカラーのフラットの上に、御厨は目的の影を見つけた


 (まず一人、見つけたぞ………!)


 ゴムと合金で表面を構成するパワードスーツを着た影。狙撃スコープを覗きこみながら、腰溜めに巨大な銃を構える姿が、酷く目に付く

 スパエナの兵士。その、唯一外界にさらされた口元が動き、唇が震えた

 それと同時に、御厨は一つの通信を傍受した。流れる声は、若い、女性の物だった


 『あれま、気付かれちった?』


 御厨は、カルハザンのライフルを跳ね上げた


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いや、何と言いますか。感想掲示板に、過分過ぎるお言葉を頂き、居ても立っても居られなくなったと言いますか…。

ガーっと書いたせいか、今回もやや短めですけど、ご勘弁下さい。文章が回りくどいんだよ! と思われた方も、どうかご勘弁下さい。

……にしたってシャドウさん、○ートエンドのつもりは無かったんですが、言われてみれば確かに…。まさか、深層意識に潜んでいるのか? なんて思ったり。

兎にも角にも、ここまで読んでくれた方、あまつさえ感想まで下さった方々、どうもありがとうございます。

パブロフでした。



[1309] Re[15]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/06/19 20:11
 敵は人型。それもメタルヒュームなんかではなく、もっと生身に近い。

そして、恐らくは女性


 だが、それがどうしたと言うのか。ここは戦場で、相手は敵だ。御厨は敵を撃ち、敵は御厨を撃つ。それが戦場での「当たり前」であり、そして既に戦端は開かれている


 故に、御厨は迷わなかった。定まった覚悟と共に持ち上げられた銃口もまた、迷いはしなかった


 『あいた! 問答無用って感じッ?!』

 (問答無用はそちらだろうがッ! 言うに事欠いて、何を今更!)


 歩兵が身を捩る。御厨は、タイプSの想定に無い武装の使用で起こるエラーを全て無視して、トリガーを引いた

 図書館の外壁を舐めるように旋回低飛行し、通り抜けざまに一射、二射。ただ只管に撃つ。幾ら機械の瞳を持つ御厨とて、小さな目標を相手に百発百中と嘯ける程、自惚れてはいない

 銃口から、視認不可能なスピードで赤熱した弾丸が吐き出される。それは御厨から見ればアサルトライフルの銃弾だが、人間大の歩兵にしてみれば、戦車の砲弾にも等しいだろう

圧倒的な死の予感、それを歩兵は感じている筈だ。今までの御厨が、そうであった様に


しかし歩兵も只者ではなかった。御厨が、大きな隙を覚悟で連射した銃の弾丸が穿ったのは、既に何者も存在していない石屋根

 歩兵は、深くその躯を沈み込ませたかと思うと、一瞬の内に御厨の視界から消え失せていたのだ

 御厨は唖然とした。翼の火を消し、確りと大地に足をつけて見てみても、歩兵の姿はどこにもない。炎の照り返しで見失った訳でもないだろう。御厨の瞳は、そんな劣悪な不良品ではないのだから

 御厨は正に、幽霊の如き不確かさを歩兵から感じた


 (…な、何? 消えた? …まさかそんな筈は…)


 そうやって、足を止めたのがいけなかった。或いは、自失した御厨自身の問題か

 次の瞬間、視界のど真ん中に円筒状の黒い物体を確認した御厨は

何も解らぬ内に、その筒から発生した閃光によって、世界を白く染め上げられていた


 ロボットになった男


 (かっ! あぁッ!? う、迂闊!)


 悔やんでいる暇など、勿論無かった。しかし悪態と言う物は、どうしたって出てきてしまう

 御厨は己の不明を、ありったけの語彙で罵りながら、大地を蹴って高度を上げた。停滞し、留まったままでは、確実に狙い撃たれる。がむしゃらに動くのは危険だが、止まっているのはもっと危険だった


 『残念賞…♪』


 しかし、高速で飛ぶ御厨をまるで鈍亀と嘲笑うかのように、迫る風切り音、伝わる衝撃

 視界の無い状況で回避が甘くなったか、御厨は火砲の斉射によって、地面へと叩き落されていた。落着した瞬間、御厨の自重全てを受け止めた胸部装甲が、メリメリと音を立てて醜く拉げた


 畜生め、不甲斐ない。御厨はもう何度目になるか解らない、己への呪詛を吐く


 (情けない…! ここまで良い様に戦られて、何がメタルヒュームか!)


 ギシギシと悲鳴を上げる間接部を動かして、無理矢理に体制を立て直そうとした

 ここまで追い詰められて漸く、御厨は敵が、たかが歩兵と侮って掛かれる相手でない事に気付いた。元より油断していたつもりは微塵も無いが、どこか行動に苛烈さが抜けていた

 それはつまり、心の内のどこかが、本気でなかったと言う証であろう


 敵は強い。緻密に計算された戦闘線、戦術線は、この広場に美しく張り巡らされ、さながら蜘蛛の糸だ。罠である。御厨を捕らえて離さない、罠である

 ギリギリと歯を食い縛るように力を入れて、やっと膝を着く体勢になった御厨は、その蜘蛛の罠から抜け出す方法を必死に模索した


 逃げ回っている時から、まさかとは思っていたが、これはもう間違いなかろう。敵の放つ弾丸は御厨を執拗に狙ったが、火砲でそれを行おうとするのなら、如何にポジショニングの技があろうと、少数では限界がある

つまり御厨は、三百六十度全方位を、完全に取り囲まれているのだ。


 迂闊にも、自ら死地に飛び込んだのだと、御厨は己の境遇を鼻で笑った


 『……そこまでにしとくんだね~。…君は運が良いんだ。今ので、死ななかったんだから。……だからさ、大人しく投降する事を、勧めるよ』


 先程から何度も聞く女性の声で、投降を呼びかけられる。御厨は酷く滑稽な気分になった。彼女の呼びかけるべきパイロットは、この身の内に存在していないと言うのに

 残念ながら、独り相撲だ。御厨は激しく損傷した己の腰部コックピット装甲を見て、そう思った


 ふとそこで、御厨は自嘲が幾分混ざる気分のまま、下らない想像を膨らませて見た。一時の間だけ、戦争も殺し合いも忘れて、子供のように考えてみる


 今ここでコックピットを開けば、奴等はどんなに驚くだろう。無人の空間を晒し見せれば、奴等はどんな顔をするだろう

 やはり、慌てるんだろうな、と御厨は自己完結した。思えば、ダリアはかなり冷静だったように思う。普通の人間では、ああは行かないのではなかろうか


 意味の無い思考だった。しかし意味の無い思考は、何と無く心を落ち着かせてくれる気がする

 冷静にならなければ、この状況では生き残れない。御厨は、もう無い筈の体毛が、逆立つような感覚を覚えた


 そして漸く心静まった御厨は、胸中で独り返事をする。まるで見当違いな言葉に、届く筈の無い返事を返すのだ。それはとても単純で、簡潔な物


 御厨は視界を持ち上げた。出てきた言葉は、たったの一言だった


 (そんな事はできんさ)


 真っ白だった視界は、何時しか色を取り戻し始めていた。御厨は何度撃たれ、何度倒されようと、例え今がどんな状況であろうと、戦意に満ちていた


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 『おぉい! …聞いてんのかな…? さっさと降りて来ないと撃っちゃうぜぃ! ……………言っとくけど、カメラの回復を待っても無駄だよ。二度と映らない。ロート回線焼き切る特殊なヤツだからさ』

 (ところがどっこいと言う奴だ。理屈は解らんけど、映っているんだよなぁ、今)


 御厨は、余裕に満ち溢れた女性の声を聞きながら、動くべき時に備えて、四肢に力を籠める

 不思議と、今喋っている彼女の、ふざけたような話の内容を聞いても、怒りは湧いてこない


 あの余裕と自信は、彼女自身の努力と才覚によって作り出された物だと、解っているからだろう

メタルヒュームとパワードスーツを良く理解し、その力の差を理解し、双方の出来る事、出来ない事を理解し。全ての事柄を踏まえた上で戦術を練り、そして彼女は戦った。その結果が今、傷だらけで膝を着く御厨だ

 ここまではっきりとした現実を突きつけられれば、怒る気も失せる

 そう考える御厨は、しかし同時に、胸中で笑っていた。本当に僅かに、だが


『…気絶してるんじゃないスか? 座り込んだのは、ただの姿勢制御プログラム…って事もあるでしょ?』

 『………そんなもんかな』


 女性の呼び掛けの合間をぬって、別の声がした。女性の物は声の高さから性別が解ったが、こちらはやや解り難い。とても中性的な声をしている。その為か、年齢すらも測り難かった

 声は、辺りの様子などまるで気にせず、陽気な雰囲気で言葉を続ける


 『確かめた方が良いんじゃないスかねー?』


 冗談交じりなのは、御厨でも解った。その言葉を否定するのは、他ならぬあの女性の声

 女性の声は、鼻で一度笑う風を見せながら、その提案を叩き潰した


 『まさか。 ラドクリフのボスには全然及ばないけど、それでも化物みたいな腕前じゃない。“狸寝入り”だったら、確かめに行く人絶対に死ぬよ? ぶっちゃけた話』


 それともユウキ、君が行く? 女性の声は、そう続ける『………遠慮します』


 『仕方ないか…………。ねぇ、そこのタイプSのパイロット、…今から私が十数えるからさ、その間に出てきて。もし出てこなかったら、そのタイプSがグシャグシャになって原型留めなくなるまで、鉛玉撃ちこんじゃうからね』


 そんな台詞が通信機を通して飛び込んできた瞬間、御厨の思考は完全にフリーズした

 戦場に慣れ始めた御厨でも、凄まじい一言だと認識せざるを得なかった。女性の声の言う事は、それつまり問答無用と言う事だ。自分や自分の部下(であろう)を危険に晒すなら、とっととおっ死ねと、御厨に暗に言っている


 パイロットが気絶しているとかの話は? そんな御厨の疑問は、続いた言葉が応えを教えてくれた


 『失神しちゃってこの通信が聞こえてない場合は…………まぁ、運が悪かったと思って諦めてください。ごめんね』

 (………………………………………上等)


 暫し唖然とした御厨は、女性の声の意味をはっきりと理解して、漸く冷静さを取り戻した

 そして吹き上がるのは恐怖ではなく、何故か怒り。御厨自身よく解らなかったが、先程から話し続ける女性に対する怒りが、ぐんぐんとあふれ出してくるのだ


 (………………………………………上等!)


 もう一度、同じ言葉を繰り返す。先程よりも、大分強い語気で

 それだけで御厨の四肢には、今まで以上の力が籠もるのだった


 御厨の視界が、炎に照らされて浮き彫りにされる、夜の闇を捉えた…


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

いや、幾らなんでも強すぎだろう、スパエナ陸戦隊

自分で突っ込んでりゃ、世話もないですけれど



[1309] Re[16]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/07/09 23:22
 システム、エラーチェックエラーチェックエラーチェック、規定回数終了、問題無し

 手酷くやられた機体を引いて、御厨はレンズを動かした。動く視界が一度、グルリと反転でもするかのように真っ逆さまになって、一瞬後に正常に戻る


――限界が近い。その事が、嫌でも良く解る


 (原型を留めなくなるまで撃ち込む…だと?)


 何時の間にか、宣言されたカウントは始まっていた。10から始まり、数を減らしていく艶やかな女性の声には、やはり緊張感がない


 御厨は、四肢に力を籠める。されど早急に動き出したりしてしまわないように、集まった自分の力を、それ以上の力で抑え込んだ。間接に設置されたモーターが、悲鳴とも咆哮ともつかぬ叫びを上げた

 (ぐ…ぅぅ)――もっともっと、力を籠める(ぐぅぅぅぁぁ!)


 御厨は荒れ狂っていた。人と比べれば、圧倒的に少ない御厨の間接。そこを基点にして体中を駆け巡る運動の力を、必死に御す。御し切れなければ御厨の負けだ


 必死にもなろうと言う物だった。戦場で自分の良く知った人間が死ぬなんて、もう二度と御免なのだ。死なせたくない。例えそれが、どんなに難しい願いでも

 だから、早く、レイニーを、探しに行かねば


 不意に、ホレックの顔が記憶媒体に過る。一点の陰りもない、あの笑顔が。だからなのか今も、どんどん力が溢れてくる


 それが満を辞し、例えるのならそう、何重にも縛られた鎖を嵐の如き力で引き千切ったとでも言うべきか

疾風怒濤。そんな破滅的な勢いで解き放たれたのは、女性の声が、丁度半分を数えた時だった


 (言ったな歩兵! やれる物なら、やって見せろ!)


 空間を裂くイメージ。飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ、風よりも、銃弾よりも早く

 雄叫び一つ、御厨は急激な加速の力で前進した。いや、急激に、なんて言葉で片付けられる物では無い

疾風で以ってして烈風を割るその様は、軽快豪気な見た目と裏腹に、常人では一瞬で失神してしまう程のGを伴う。ダリア並みの胆力があって、初めて耐えられる代物なのだ

 無論、御厨自身無事な訳がない。機械の身体を押し運ぶ翼は、ミシミシと呻き声を上げているし、大地を踏み切った御厨の左脚部は、間接が死んだ

 だが、御厨はどうしても、例え己の身が弾け飛んだとしても、この加速が、鬼のような“突進力”が欲しかったのである


 負けない為に。その一言を貫くには、勝つしかないのだから


 『…! …なんでそんなに死にたがるのさ………この馬鹿! 狸! 死にたがりなんだね!』


 普段ならば聞き取れないであろう、諸々の雑音に紛れての女性の声。しかし完全に戦闘に入り、感覚が鋭敏化した御厨は、その声を完璧に聞き取った

 御厨の視界を流れていく景色が急に遅くなる。幻覚? いや違うと、御厨は首を振る

 思考が加速していた。音を立ててチキチキと。この感覚に、御厨は覚えがあった。いつもいつも、戦場で感じる物だから


 (死にたがりはそっちだ)


 御厨は、己の進行方向に高速で飛翔する物体を見つけた。先程の声と同じく、通常ならば決して認識出来ないであろうそれは、鉛色をした三発の砲弾だった


 (歩兵『だけ』の隊でメタルヒュームに喧嘩を売ったのだから。そんな無謀を冒して、…お前は、お前達は)


 御厨は止まらない。空間を割って飛ぶ三つの砲弾は、御厨を脅えさせるどころか、尚一層奮起させる。段々と辺りの雑音が消えて、自分一人だけになっていく精神的な事実は、否が応にも御厨の神経をビンビンにさせた


 (自分の力を過信した!)


 御厨に肉薄した三発の砲弾は、機械の巨体と交錯した瞬間

その加速と御厨の振り上げた拳の勢いに負けて、在らぬ方向へと三発全弾が弾き飛ばされた

押し負けて陥没した腕部の装甲すら、今の御厨には些事だった


 さぁ、思い出させよう。戦術の限界。奇策の限界。パワードスーツと、メタルヒュームの差を。今度ばかりは状況は逆なのだから。自分は相手よりも強いと、胸を張って言えるのだから

相手が策を弄すのならば、御厨はそれを叩き潰す


 ロボットになった男


 (どぉぉっせぇぇいい!!)


 体当たりした。技も、勿論策なんて物もない、純粋な質量攻撃だ

 だがそんな愚直な攻撃も、それには有効だった。燃え盛る町の炎に煌々と照らされる、図書館の外壁には


 『わッぁきゃ!…、お、落ちッ?!』


 御厨の視界を奪い逃れた歩兵は、遠くに逃げた様に見えて、その実直線距離は大した事も無い。御厨のような、メタルヒュームにしてみれば、だが

 最初に飛んだ方向を選んだ要因は、完全に御厨の第六勘だったが、御厨を狙った火砲により、勘は確信へと変わる。間違いなく、飛翔する先に敵が居ると


 そして予想通り屋根の上に敵影を捉えた御厨は、馬鹿正直に向かっていくのを止めた


 強兵との戦闘に当たって相手の強みを弱体化させるのは、弱兵の基本だった


 (奇策で結構、腰抜けで結構。だがな、戦場なんて場所で、全ての事象が自分の思う通りに運ぶなんて、思うなよ)


 御厨は己の軟(やわ)な装甲が凹むのも構わず、図書館の薄い大理石で建造された外壁を貫き、その内部へと侵入する

 そして大量の集蓄された本になど目もくれず、カルハザンから奪ったライフルを、マシンガンの如く連射した

 連射、連射、連射。狙うのは天井部。しかし、屋根の上に居る敵が見えている訳ではない。狙いも何も無く、ただただ撃ちまくる


 一発でも強力無比な貫通力を持つライフル弾が、石造りの屋根を遠慮なく、容赦なく貪っていく。一発が貫き、二発が砕き、三発が粉砕する

 粉塵が舞い、小粒の瓦礫が落ちてきた。御厨の乱れ撃ちは、まるで止まる所を知らなかった


 正に、「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」である。不意の行動に敵は場からの撤退すら出来ず、今は下から己の足場を貫いて飛ぶ弾丸のせいで、下手に動く事すらままなるまい

 そして、四方に散らばっている歩兵達は、十秒そこらでは援護に来れないだろう。加えて周りを遮蔽物に囲まれているに等しいここならば、何の心配もせずに撃ちまくれる


 (こいつらが確りと統制された『群れ』なら、頭を潰せば…!)


 御厨は精神を高揚させながらも、敵への対応策を常に頭の隅で練り続けていた


 ふと、その時、滅茶苦茶に撃ちまくっていた御厨の右腕に伝わる、撃鉄の降りきらない、不快感を催す感覚

 それは既に半壊しかけている右腕でも、明確に感じ取る事が出来た。弾切れだ

 御厨は何も考えないままにライフルを放り出すと、天井を凝視。時間はかけない、二秒たりともかけない


 『じょ、冗談…、これはマジで死んじゃう』


 天井は穴だらけになり、今にも落ちてしまいそうだった。寧ろ落ちた方が自然である。

その穴の開き方と言ったら、これ以上も無く酷い物だったからだ。柔らかいパンケーキを箸で滅多突きにしたら、こんな風になるのかも知れないと、御厨自身思うほどだ


 壊れかけであるのなら、止めを刺してやろう。御厨がそんな事を考えたのは、この惨状を作り出した張本人として、当然の事だったのかも知れなかった


 (まさか死んじゃいないだろう? 俺の目の前に立ったお前は、きっと俺が思うよりもずっと賢くて、ずっとしぶとい)


 無理矢理脚部を動かして、無理矢理飛ぶ。そして御厨は、伸び上がる

 ちいさな衝撃で良いのだ。切っ掛けは。非力な御厨でも、構わないのだ

 「ほんの少し」で崩れだす。それは正に、砂上の楼閣である


 ――次の瞬間には、今にも瓦礫となりそうな天井を、鉄拳が貫いていた


 移り変わる景色。ぼろぼろと辛うじて繋がりあっていた石が落ちる様は、まるで空に張り付いていた汚泥が剥がれ落ちていく様にも感じる

薄暗い図書館の天井から、炎に照らされる獄炎の空へ

そしてその先で、空中をゆらり、ゆらりとたゆたいながら、こちらをガンスコープ越しに睨みつける複数の人影、パワードスーツ


 『ず、随分と攻撃的なんだね! 何か怒らせるような事、したかな?!』

 『たいちょー…………今更何言ってんですか………』


 見覚えのある唇の持ち主が、グ、と身体をしならせた瞬間

 歩兵達は、最後の悪足掻きとばかりに、一斉に射撃を開始した


 (その余裕、地面を這いずっても同じ台詞が吐けるか!!)


 しかし、御厨の繰り出す鉄拳の方が早かったのは、多大なる不運だっただろう

 まるで蝿か蚊蜻蛉のように叩き落され、地面に手酷く身を打ち付けた、彼女達にとっては


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 <信じられないパイロットだよ……。自分の国の町で、こんな好き勝手に暴れまわるなんて………結構あたしのタイプかも…ガク>

 <いや、ガク、じゃねえすよ隊長! あんた今の状況解って………! …クソ、仕方ねぇか…。総員転進! あのクソタイプSに見つからねぇように、散って逃げろ!! どうせ他の連中も引き上げてる頃だ、ボヤボヤしてっと回収して貰えねぇぞ!>


 結果から言ってしまえば、御厨と相対した歩兵は、誰一人として死ぬ事はなかった

 御厨には、それが良い事なのか、悪い事なのか、判別が付かない。ただ解るのは…

 あの歩兵達は、最後の最後まで御厨の神経を逆撫でし、終いにはその逆鱗に触るどころか、特大級の鉄鎚で一撃していったという事くらいだ


 <人をとことん愚弄して…!>


 命を掛ける場であの態度、言動。とてもでは無いがまともな人間とは思えない

 強かった。確かに強かった。だがしかし、人間と言うのは、それだけの物じゃないだろう。御厨は腹の底に冷たい塊を飲み込む

 まるで、御厨ただ独りだけが空回りしていたような気にさえさせられるのだ。それがどうしようも無く口惜しくて、虚しくて、御厨は訳も解らずに泣きそうだった


 <畜生め、畜生…!!>


 御厨は辛くと言えども勝利した筈なのに、何故か喜ぶ事が出来なかった


 ――しかしそれも、終わった事


 今、一つの倒壊しかけた倉庫らしき物の前に立つ御厨は、そんな昔の事は忘却の彼方へと吹き飛ばしていた

 その倉庫は、周りの全てが紅蓮の炎に包まれている中、奇跡と言っても良い程に、無傷である


 そしてその入り口横の外壁に、背を預けて気を失っている一つの人影

 炎の色に染められて茜色にも見える金髪。いつも凛々しい表情を造る顔は、煤や血液に塗れて、今やグシャグシャである

 体躯の傷も多い。浅くはあるが、数が尋常ではない。彼女のような若い女性が受けるには、余りにも惨過ぎる傷だった


 (だけど、…生きている)


 御厨は壊れかけた膝を着き、壊れかけた両腕を伸ばす。慎重に、慎重に抱え上げて、サラサラの粉雪を扱うよりも、注意して

 そうだ。生きている。呼吸の度に胸を上下させ、その右手には、御厨の目の前で懐に仕舞い込んだはずのキャップを握り締めている。絶対に離さないぞと言わんばかりに、握り締めている


 嗚呼、良かった。今の俺に、これ以上の戦果はない


 (良かった…レイニー…生きていた。…嗚呼、本当に…)


 御厨は探し出したのだ。レイニーを、恩人を

 “やれる所までやらなきゃいけねぇ” どうだボルト、俺は、やれる所までやったぞ


 御厨は、燃え盛る空に胸を張った。恥じ入らず、恐れ入らず、堂々と、胸を張った


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……べつに、更新が再開できる程状況が良くなった訳やないんですけど……。しかしまぁ、書ける時に書いとこうかと。

更新の感覚は酷く不安定になるかと思いますが、それでも皆さんに楽しんでいただけるのならば、僥倖ですじゃ。



[1309] Re[17]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/07/11 20:54
 誇っても、良いのだ。御厨は感じる。星明りに照らされるだけの、その小さな背だけを目にして


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 燃え散る町を飛び出して、御厨は歩き続けた。併せた両手の上に、御厨にしてみれば、そう、この世で二番目くらいに大切な宝石を抱えて

 宝石の名前は、レイニー・ミンツと言う。事の最初から最後までを全て御厨の心のままに通し、そんな初めての状況の中で守り抜いた宝石だ

 人のようにも、ライオンのようにも見えるその宝石は、あどけない子獅子の寝顔で、星の夜空を窺っていた


 御厨は歩く。自勢力圏内で辺り憚らず放たれる、集合のシグナルを目指す

 散り散りになった味方を集める為のそれは、勿論御厨達だって例外ではない。呼び寄せている

 ノロノロと歩く御厨を、風が足早に追い抜いていった。その風に巻き上げられた草葉も、一度御厨の装甲に触れたかと思うと、直ぐに手を振って離れていく。一抹の寂しさなど無い。宝石を抱えて歩く機械の男には、行くべき道が決まっているのだから


 ふと後ろを振り返れば、御厨が刻んだ筈の大きな足跡は、巻き上がる砂によって段々と埋められていた

 やはり、寂しさなんて物は湧かない。必要ではない。足跡など…過去など無くても生きていける。重要かも知れないけれど、必要ではない

 皆そう言う筈だ。星も、空も、どれがどれなのか解らないお月様も。もしかしたら、地中で寝こけている虫ですら、そう言うかも知れない


 そして…――これは絶対に確信が在る――御厨にとってこの世で一番大切な、相棒だって、御厨の事を肯定する筈だ


 突然に響く何かのエンジンの駆動音。やたらと激しくて、五月蝿い

 次の瞬間、大地の影から一つの鉄の塊が飛び出してきた。車輪の三つ付いた、バイクにも似た不恰好な機械。不恰好な機械は、一度大きく跳ねると、御厨の目の前でバウンドし、乗っていた人影を放り出して吹っ飛んで行く

 不恰好な機械は止まらなかった。跳ねて跳ねて、小さな爆発音が上がる。少し離れた場所で上がる黒煙に、御厨は肩を竦める


 そして手に抱えた子獅子の宝石を、放り出された人影に差し出した。御厨にとってこの世で一番大切な相棒に、この世で二番目に大切な宝石を、差し出したのだった


 (何だか、久しぶりだ。ダリア、また会えて嬉しく思う)


 相棒は、ダリアは最初反応する事が出来ないでいた。大地に座り込んだまま、涙を流しすぎて真っ赤になった瞳を、時が止まりでもしたかのように、カチコチに凍らせるばかり


 数分の後にダリアは我に返る。ギュッと歯を食い縛り、今にも泣きそうな顔で、御厨に一礼する。そして、レイニーを背負った

 言葉はない。ただ御厨に背を向けて、ダリアは歩いた。レイニーを背負って。御厨は、その後に続く


 誇っても良いのだ。御厨は思う。星明りに照らされるだけの、レイニーを背負うその小さな背だけを目にして


 ロボットになった男


 (……………………ふふ)


 御厨は、レイニーを背負うダリアの背を見て、堪えきれず笑った。だが嘲った訳ではない。純粋に、面白かったからだ

 ダリアの背は、本当に解り易く変化、変化、変化を繰り返していた


 しょぼん、と背を丸めていたかと思うと、急に肩を張って怒り出し

 この世の終わりでも来たかのような、鬱屈とした溜息と共に俯いたかと思えば、唐突に跳ね上がって何度も首を振る

 背中だけでこれほどの『表情』とでも呼べるべき物を見せたのは、御厨に取ってはダリアが初めてだ。男は背中で語ると言うが、女にも当て嵌まるのではないか。

 もしこの世界に、「背中で語る選手権」なんて物があったなら、ダリアは優勝どころか、背中で語る名誉会長をすっとばして背中で語る伝説の女にランクインだ


 御厨はそんな自分の愚にもつかない想像に、笑みを零しているのだった


 (……面白いな、ダリア。君の考えている事が、こうして君が俺の中に居ない今でも、何と無く解る)


 少し前の自分ではこうは行くまい。御厨は予想する。状況を楽しむとでも言うのだろうか、その余裕は、御厨を少なからず動揺させる

 人間、変われば変わる物だ。そして、変わるのは御厨だけではない

 ダリアもだ。彼女は今、思考に思考を重ね思考を繰り返し更に思考し、激しい勢いで変化している

――成長、している


 (いや、違うかな。君が俺の中に居ないからこそ、解る物があるのかも知れない…)


 御厨は、ダリアとの間を詰めた。間違って踏み潰したり何て事は在り得ないが、それでも注意しながら彼女の隣に並ぶ


 ダリアが自分の中に乗ろうとしない訳を御厨は解っていた。それは単の恥である

 自らの意思で愛機から遠ざかっていて、今更どの面を下げて乗ろうと言うのか。そんな心が、ダリアの中にはあるのだ

良く知る人間の死から逃げて、しかも予期せぬスパエナの襲撃が重なり、その羞恥心と自己嫌悪は無意味な程に強くなってしまっている


 逃げても、逃げても、気が付けば自分を打ち据えている、何よりも辛い罵声

見栄とか外聞とか、そんな物は関係ない。自分の信念と自尊心が、その自分の心と弱さを叩く。叩きまくる。それは人の心を憔悴させる悪循環だ


 そしてダリアは、それを飲み込み、食い殺す真っ最中なのだった。直向に前を見つめ続ける彼女の、変化の証なのだった


 きっとダリアは、今回に限っては何も語らない

ただ一言「ごめん」と謝って、それ以外は何も言わないに違いない。御厨には簡単に解った

 そして、その後は行動で示し、背中で語るのだ。折角、「背中で語る伝説の女」になれる程の、情感溢れる背を持っているのだから


 ふと、ダリアが口を開く。御厨は、(そら来た)と思う


 「…………ありがとう」


 しかし御厨の集音機届いた言葉は、彼の予想していた物と大分違った


 「ありがとう、シュトゥルム。壊れないで居てくれて、ありがとう。ミンツ技官を助けてくれて、ありがとう」

 (………いやはやこれは…)


 御厨は、閃光を受けてから未だに少し調子が悪いレンズを、ダリアの足元に向ける

 そしてそこに見つけた。ダリアの瞳から溢れ、頬を伝い、大地に落ちる激情の滴。手に付けば暖かく、一舐めすれば塩辛い

 涙の数だけ強くなるとは、一体誰の言葉だったか

御厨は、強ち間違いでは無いな、と思った


 (ダリアは、俺が思うよりずっと………………。うん、ずっと強い女の子だ)

 「本当にありがとう、本当に……うっく、…本当に……本当に…」


 それきり、ダリアの声は嗚咽に変わる。そして直後に、ダリア自信訳が解らないのであろう、奇妙な笑い声

 御厨は一歩下がり、ダリアの背後を歩いた。何と無く敬意を表したくなって、自分なりに敬意を表した。この少女の背後を守らないのは、不敬の様な気がした


 御厨は思った。ダリアの一番魅力的な所は、真正直なその瞳。そしてダリアの考えている事が一番解り易い所は、その背中なのだな、と


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 「…………はッ?! ここは…? って…ば、馬鹿少尉?! 何であたしがあんたに背負われてるのよ!」

 「ミンツ技官…一人称、戻ってるよ。あたしって言っちゃってるよ。動揺し過ぎだよ」

 (しかし、結局そのキャップは握り締めたままだったな)

 「い、いやそんな事はどうでも……どうでも良いから、止まりなさいよ。自分で歩くわ」

 「無理よ。ミンツ技官、今へにょへにょだもの。歩けっこない」

 (言っても無駄だと思うぞ。…素直じゃないものなぁ)

 「良いから! 降ろしなさい!」

 「勢いは良いけど…全然力入ってない。やっぱり無理だって」

 (寧ろそんなに元気なのが、不思議でしょうが無いんだがね)


 「…って、タイプS………ん、え? 馬鹿少尉はここに居るのに、誰が乗って…?」

 「誰も乗ってないわ。『動かしてる』んじゃ無くて、『動いてる』の。シュトゥルムが」

 「………………………………………………………………はい?」


 ダリアはレイニーを背負ったまま、遠くで光る簡易設営駐屯地の光を見る

 御厨は後ろを振り返ったレイニーに、突き出した人差し指を差し出しながら、ついでに記憶した

 やはりこの世界の人間は、身体能力が尋常じゃないな、と


 まぁ、小柄な少女が自分と同じ位の重量を担いで、十二kmの道程を踏破できる程度には


 ロボットになった男  第二章  『目覚め』 編 終了


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…形振り構わなければ、まだまだ行けると判明。
個人的に、クールな主人公も良いけど、ダリアみたいな主人公の方が良いな、とか思ったりしてます。これぞ王道。(笑)

まぁ、何はともあれ、ここまで読んで下さった方、どうもありがとうございました。

パブロフでした。



[1309] Re[18]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/07/18 19:38
 ――…メタルヒュームって奴はだ、基本的に何やっても負けます。事、集団戦闘に関しちゃぁね


 「………ちょっと少尉、もう少し向こうに行きなさい。パイロットスーツ着たままシュトゥルムに纏わり付かれちゃ、整備の邪魔なのよ」


 ――隠密性なんてちょっとした設備の前じゃ無いに等しいし、補う事も出来ない。移動の為にバーニアやローラーが付いてても、高速車両には結局総合的に負けてしまいます


 「お生憎様。あたしは只今シュトゥルムの清掃中でね。夜間訓練が始まる前に綺麗にしとかなきゃいけないの。…そう言えば技官、さっきボルト主任が呼んでいらした様ですがぁ? 行かなくて宜しいのですか?」


 ――かといって、速さを捨てた巧遅かと言えばそうでもありません。細かな仕事をするのなら、陸戦隊に任せた方が遥かに効率が良いです。メタルヒュームが陣地設営したり塹壕掘ったりする所、想像できます?


 「は、偉そうに言うようになったじゃないこの雛鳥パイロット。体力ばっかり育っちゃって脳味噌に栄養が行かなかった御馬鹿さんは、私の仕事を邪魔して自分にどんな影響が出るのか解っていないみたいね」


 ――それに何より、金はあまり掛かりませんが手間が掛かります。丸三日俺達整備班が機体を放って置くと、もううんともすんとも入ってくれません。気難しいったらない。…気位の高いレディですよ


 「残念だけど、リコイランの家系は代々文武両道なのよ。…はぁ~ん? 嫉妬してるんだ。いつもライオンみたいな技官が。……そうだよね、あたしよりも小さいものね。バスケットゴールに飛び込んだら、そのまま何も引っかからないで抜け出てきそうだものね」


 ――でも、それでもね、メタルヒュームは兵器の王様なんです。俺達が完璧に仕上げて、格好良く色を塗り上げて、熟練のパイロットを乗せて、銃を持たせれば、それだけで良いんです。それだけで、最強なんです


 「高々数cmの違いでよく吼える…! 良いから其処を退きなさい。夜間訓練に備えて部屋で休んでればいいじゃない。ついこの間、ピーピー泣いて閉じ篭ってた時みたいに。そうすれば、ボルト主任は悩みの種が消える、格納庫の雰囲気は良くなる、私は気持ちよく仕事が出来る、良い事尽くめだわ」


 ――メタルヒュームは一度戦場に立てば、戦闘車両には出来ない機動で敵の攻撃を回避するでしょう。陸戦隊を地力の差で圧倒しつくすでしょう。人の形で、人と同じ事をし、最終的に人以上の事をやるでしょう。メタルヒュームの誇るべきは、その汎用性と悪魔と見紛うばかりの攻撃性能なのです


 「よりにもよって其処まで言うのね…! 人の心が読める訳でもあるまいし、よくも好き勝手言えた物だわ。その怒りっぽい頭が覚えていないようだからもう一度言うけど、喧嘩を売られたなら、あたしは黙ってばかりじゃないわよ」


 ――ですから、その技術とそれを扱う人材の育成発展も、各国で急ピッチにですね…………


 「うっがぁぁー! もうあったまきた! 人が冷静に徹していれば調子に乗っちゃってぇー! その威勢が本当かどうか、見せて貰おうじゃない! あたしの本領は超接近戦よ!」

 「望む所よ! 人の顔を見れば二言目には嫌味嫌味嫌味の意地悪小姑! 今日と言う今日は、もう本当に我慢なんてしないんだからね!」

 「ああもう! あんたら絶対に人の話聞いてないだろ! 大体、メタルヒュームの上で暴れるパイロットと整備士なんて聞いた事がねぇよ!」

 (うーん、情けないなー。俺の相棒ともあろう者が、誰に鍛えられたか嫌味に長けてしまうなんて……)


 トゥエバ軍サリファン基地、工兵補給人員 トーマ・タカヤナギ

 配属されたその日に、マジギレ


 「それ以前になぁ! 何で顔つき合わせて二分で殴り合いにまで発展するんだよ!」


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 ダリアは成長した。御厨は覚悟が決まった

 アンジーは機体を破壊された。レイニーは重症の筈だったのに二日後には復活していた

 ボルトは方面司令部の出頭命令を受けて一時基地を離れた。トーマは切れた

 イチノセのタグはスパエナより返還された。ホレックの私物は彼の家族の下へと送られた

 あの夜、炎に包まれた町の中での事には、完全な緘口令が敷かれた。それはつまり、御厨が勝手に動き回った事実すらも圧し留めたと言う事だった

 御厨は何処か納得出来なかったが、ダリアは素直に安心した


 次いで、トゥエバ本国から、リガーデン方面に増援が到着した

 その数は、たったの一人だった


 ロボットになった男  第三章 序章


 「やーめーねーえーか。この御馬鹿ども。何だって顔突き合わせりゃ喧嘩しかしないのかね?」


 一触即発の二人に、御厨を囲むようにして取り付けられたタラップから声を掛ける者があった。くたびれた金髪を、薄汚れた黄色いバンダナで纏めた、アンジーである


 「げっ、…軟派少尉…」

 「聞こえてるぞ、雌ライオン」

 (アンジー……………お前、そのバンダナ……!)


 レイニーがボソリ、と呟いた言葉を、アンジーは地獄の閻魔もかくやと言う地獄耳で聞きつけた。ひょい、と片手で煙草を取り出すと、咥えながらタラップから身を躍らせる。茶色のジャケットが中空を滑り、御厨の右肩の上、ダリアとレイニーの直ぐ近くへと降り立った

 ダリアはアンジーの額に巻かれているバンダナを見て、息を呑む。御厨はその様子を、不自然だとは思わなかった。だって彼自身、同じ心境だったから


 「覚えておけよタカヤナギ。こいつら二人はな、口で言っても聞きゃしねぇんだ。止めたきゃ体張らにゃならん」


 今にも掴みあおうかと言う体制で固まった二人。そんなダリアとレイニーの頭を、まるで米でも研ぐかのようにしてグシャグシャと掻き回す

 アンジーの声に応えたか、「ったくもう!」何て言う怒声と共に、御厨に立てかけられた梯子を、何者かが上ってくる音が響いた


 梯子の終着点から、ひょこ、と首だけが飛び出した


 トーマ、と言う人間を初見した時、まず最初に注目するのは、その鼻っ柱に真一文字に刻まれた、ギザギザの引っ掻き傷だろう

 刈り上げられた栗色の髪に、美形だと言うよりは凛々しいと言った方が似合う顔立ち。そんな取り合わせに鼻っ柱の傷と来てしまっては、それだけで彼の人格を邪推する者が出てくる。詰まる所、トーマと言う青年は不幸。この一言で言い表せる


 極端に言ってしまえば、堅気には見えないと言う事だ。夜道で出会えば腰が抜け、一本道で出会えば回れ右。そんな凶相の持ち主が、トーマなのだ


 だというのに彼自身はとても良く出来た人格者だった。この青年を初めて見た時、御厨は何言うでもなく彼の人生に幸多からん事を祈った


 「アンジー少尉、助かりましたよ…。本当にもう、俺じゃ如何し様も無いですから…」


 まさか機械の身にそんな失礼な事を思われているとは知らず、トーマは犬歯を覗かせて笑う

 酷く幼げにも見えるが、彼は立派な成人男子だ。年も二十五と、落ち着き出す頃合である


 アンジーはそれを一瞥して苦笑すると、面倒臭げに己が肩を叩く


 「俺の新しい機体が搬入されたみたいだからよ、それを伝えに来たのさ。馬鹿二人にかまけてないで、早い所調整してくれってな」

 「…え? ほ、本当ですか?! ぃよし! 任せて下さい、最高に仕上げて見せますよ!」


 アンジーから旨を伝えられた瞬間、トーマは自分が今の今まで何に怒っていたのかすらも忘れて、花が弾けた様な笑顔になる。上りかけていた梯子を飛び降り、着地する暇も惜しいと言わんばかりに駆け出した

 アンジーはそれを見届けた後、「ほら、お前もアイツを手伝ってきやがれ」そう言って、レイニーの躯を御厨の上から蹴り落とした


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 「あの、アンジーさん………そのバンダナ」

 「ああ…………“これ”な……」


 アンジーはおもむろに御厨の肩で胡坐を掻くと、ごそごそと懐をまさぐる

 お探しの物――恐らくはライターだろう――が見つからなかったのか、アンジーはやれやれと頭を掻くと、咥えていた煙草を仕舞い込んだ


 ダリアがその様子に、本当に言いたい事は別にあるだろうに、如何でも良い事を口走った


 「…格納庫は火気厳禁ですよ……」

 「わはは、そう言うお堅い所は………。アイツも生きていたら、ダリィと同じ事を言っただろうなぁ」

 「っ! …アンジーさん…!」


 「アイツの部屋片付けてたら、出てきたのさ」アンジーは親指でクイ、と己が額のバンダナを刺すと、怒気に任せて御厨の頭頂部から身を乗り出したダリアに、邪魔と言わんばかりにデコピンをかます


 「全く、アイツは阿呆だと思ったぜ。ちっと部屋を漁ったら、黄色いバンダナの代えが六枚も七枚も出てきやがるんだ。お前はどこのバンダナマニアだってぇの」


 そう言いながらアンジーは、出し抜けに黄色いバンダナを取り出す。身を乗り出すダリアに向かって、無造作に差し出した

 アンジーが今、頭に巻いている物とまった同じ物で、しかも大分年季の入った品だ。色褪せかけたその様子が、何とも言えない。御厨はレンズでそれを捉えると、今度こそ本当に息が詰まる気がした


 「遺品って…事ですか……?」


 ダリアは差し出されたバンダナを手に取ると、暫しそれを見つめた。その胸中にどんな思いがあるのかは、やはり御厨には解らない

 だが、御厨には思いも着かない程、少なくともダリアやアンジーに取っては重要な物に違いない。それだけは、嫌でも解る


 (ああクソっ。………ハヤト・イチノセ……か…)


 やがてダリアは、自分の額の位置までバンダナを持ち上げるが、暫し逡巡。するとそこに声が掛かる 「構わねぇよ」 そうして漸くダリアは、たどたどし手付きでバンダナを巻いた


 似合っていなかった。彼女の軽い質感の真紅髪に、色の抜けかけた黄色いバンダナ。ダリア自身の纏う雰囲気もあるが、どう贔屓目に見ても似合っていなかった

 しかし、アンジーにしてみれば予想の範疇だったと言う事か。苦笑しながらガシガシと頭を掻くアンジーは、御厨には一種疲れ果てているようにも見える


 「へ、ダサいったらないな。まるでチームカラーみたいだ。…洒落たもんだぜ」

 「…アンジーさんこそ。まるで似合ってませんよ。………………でも、良かったんですか? ……遺品は全部、家族の方に届けられるんじゃぁ……」


 「知るもんかよ」アンジーはダリアのか細い声を、鼻で笑って一蹴する「家族が、何だってんだ」


 「俺とアイツは、ずっと昔から一緒だった。それこそガキの頃からな。良い事も、悪い事も、やる時はいつもアイツとやった」


 胡坐+頬杖。アンジーは遥か下の格納庫の床を見つめ、それからジロリとダリアに視線を移す

 その瞳には何も無いのに、迫力がある。まるで湖を写した鏡のようなのに、それを見る者を威圧するプレッシャーが吹き出ている。御厨はそれを肌で感じる

しかも向けられているのは自分では無いというのにこの有様だ。アンジーの視線の先に居るダリアに掛かる重圧は、如何程の物か


 しかしダリアは、怯んだり等しなかった。何抗うもなく自然体で、そのままでアンジーの瞳の前に居た


 「アイツが困ってる時は俺が助けたし、逆もそうだ。惚れた女も一緒だった。好きな食い物も、好きな酒も。唯一、テレビジョンの趣味と出世の速さだけは合わなかったがよ」


 アンジーはおもむろに、手を伸ばす。一度御厨の肩をコン、と叩いて、大きく旋回させてダリアの額へ。そこに巻かれた黄色いバンダナを一撫でする

 ダリアの頬と細い顎の線をなぞって、漸くその腕は元の位置へと戻った。しかしアンジーの視線は、ダリアから逸らされていた


 (…後悔してるのか? …兵士になった事……)


 俯くアンジーに、御厨の問いは届かない。当然だ。御厨自身、届く等と思っていない

 ただ何と無く、そう、何と無くだ。問わずには居られなかった。御厨は己の肩に座る男に、問わずには居られなかった


 「俺は他の誰よりもアイツを知っていたし、アイツは他の誰よりも俺を知っていた。親友じゃねぇし、兄弟じゃねぇ。だけどな、これだけは絶対に譲れねぇよ。『俺が一番、アイツの近くに居た』んだ。このバンダナは、俺が受け取るべき物だ」

 「アンジー……さん」

 「チッ、阿呆臭ぇ。何でこんな話になったんだ畜生。……………アイツが死んでからもう何日も経つのに、俺達のどちらかが、若しくは両方が死ぬ事なんて、とっくに覚悟してた筈なのに…」


 歯軋りの音がする。バリバリ、なんて擬音に出来る程の、大きくて耳障りな歯軋りの音だ

 御厨の視界の中で、アンジーはもう一度、頭を掻いた


 「吹っ切ってた筈なのに、アイツのタグを見たら、アイツのバンダナ見たら、思い出しちまった。陸ザメ戦にも平気な面で参加したってのに、今更思い出しちまった…! ………畜生…格好の付け様がねぇ。俺は、アイツの仇を取りたいんだ……」


 馬鹿な、そんな事が出来る物か。御厨は直感的にそう思った

 イチノセを殺したのは、個人と言い切るには状況が厳しい。質量弾を発射した者がイチノセを殺したとも言えるし、敵部隊そのものがイチノセを殺したとも言える

 それに何より、戦場で人が死ぬのは……。御厨は其処まで考えて、自分の思考に吐き気を催した


 (…何を考えた? 「戦場で人が死ぬのは当たり前」? 俺は今、そう考えたのか?)


 そんな事が当たり前で良い訳がない。誰も死なないで良いのなら、誰も死なない方が良いに決まっている

 御厨は自分の思考を嫌悪しつつも、されどそれを否定する事が出来ない自分が居る事に気付いて、鬱屈した気分になった


 ダリアが軽く飛んだ。御厨の頭頂部から一足に離れ、胡坐を掻くアンジーの直ぐ隣へと歩み寄る


 ダリアは右手で両の目を覆うと、やっぱりか細く、言葉を紡いだ


 「……………そんな事言って……アンジーさんまで、死に急がないで下さい……」

 「馬鹿ヤロー、俺は歴戦の勇者だぞ? …そんな簡単に、死ぬものかよ…」

 「……前にも似たような事言いましたよ、アンジーさん…」


 トゥエバとスパエナの二国を揺るがす新たな戦局は、そんな鬱屈とした空気の直ぐ傍から動き出した


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うわ、意味不明だ。

今回かなり睡眠の足りていない頭で書いたので、もしかすると今後編集改定する場合がありますです。

まぁ兎にも角にも、ここまで読んで下さった方、どうもありがとうございました。

パブロフでした。


………それとこの話は、「最近アンジー出番無かったから、少しは目だって貰うかな~」とか言う思想の下に書かれた訳では、決して、決してありません。悪しからず。



[1309] Re:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/07/22 07:04
 この世で最も足の早い存在は、言葉だ。様々なマスメディアは言うに及ばす、例え電子機器が有ろうが無かろうが、人伝に広まるだけでも言葉は早い

 雑多にも思えるそれは、情報である。いや、情報とは自分の欲しい物に適合する、整理されたデータの事を言うのだから、この場合はただのデータか

 兎に角、何もせずとも勝手に広まりさえするその情報を、能動的に入手出来ない状況とは、異常な訳だ。塵芥の情報伝達技術が、人々の生活の隅々にまで浸透しているのだから

 そして御厨は、不幸にもその異常な状況の真っ只中に居た


 御厨が派手に暴れまわった夜から、既に一週間が経とうとしている。その間に彼がしていた事と言えば、何も無い。ただただ意識を殺し、じっとしていただけだ


 当然と言えば当然だが、何日もの間動く事すら適わず、只管にその場に『居るだけ』では、人間の心なんて簡単に狂ってしまう。事実、御厨は気が変になりそうだった

 そこで御厨は、ただボーっとする事により、心の安定を図った。ダリアやレイニー達が居ない状況では、本当に何にも心を傾ける事の無い御厨にとって、それは一種の自己防衛措置とも言える。無感動に、無機質的に、それはまるで機械の如く、だ


 だがしかし、そんな風では情報など入ってこない。特定の人物を除いて、大多数の人間と言葉を交わし、情報を得る事が出来ない御厨だから、本当に何も入ってこない

 御厨自身に接続されたPCデータベースすら覗かず、ただボーっとしているのだから、遅蒔きの箱入り男子誕生と言っても良いくらいだった。傍らにダリアもレイニーも居ない時の御厨は、正に世界から隔絶されていると言っても過言ではなかったのだ


 そんな異常な状況だから、御厨は周囲の変化に気付くのが大分遅れた。遅れたからどうだと言う訳でもないが、御厨は余りにも間抜け過ぎた


 …………最初に違和感を感じたのは、基地人員の訓練風景だった


 全体的に見て、未熟な兵士が多い(らしい)トゥエバ軍サリファン基地は、それはもう馬鹿かと言いたくなる程全体演習を行う。軍と言っても、職業だ。自分の仕事をし、規律を守れば、後は基本的に不干渉な筈であるのに、一日に二度のペースで行われる演習は異常と言わざるを得ない

 だが、必要だと言われれば納得も出来た。御厨が違和を覚えたのは、演習の指示を出す複数の人員が、ある日を境にそっくり入れ替わっていた事である


 多少は見知った顔が、まるで知らない顔へ。それは些細な事だが、十分に違和を醸し出す事であった


 (だが、効率自体は上がって…………いるよな?)


 御厨は陽が中天に差し掛かろうかと言う空の下、吹き抜けの格納庫の外を見遣る。荒涼とした大地に粉塵が舞い、其処では八名ごとに分かれた班が忙しく駆け回っていた

 特に不思議な事は無い。御厨も何度も見ている、何てことはない訓練風景だ。問題は………其処にダリアやアンジー達だけでなく、ボルトやレイニー等の整備班の人員まで含まれている事だ


 これが二つ目の違和感。ボルト達工兵がダリア達に混じるようになったのは、演習指揮者が変わった事に御厨が気付いた、その三日後の事である


 言ってしまえば、工兵はべらぼうに忙しい。有事にメタルヒュームを問題なく運営できるよう、来る日も来る日も整備、整備、整備の毎日だ

 その工兵の貴重な時間を削ってまで行う演習とは如何なる物か。前衛と後衛のスタイルを分離させるのが、トゥエバの風ではなかったのだろうか

ボルト達の時間を削り、工兵の実戦能力を上げても、そのせいでメタルヒュームの稼働率が落ちてしまっては、結果的に戦力は下がる。本末転倒だろうに


 (大体、幾ら訓練した所で、職業殺人者には敵わないと思うがな……)


 御厨が視界をレイニーに合わせ、ズームアップした所で、彼女は顔面にペイント弾を食らってぶっ倒れた。其処から直線距離二十メートルの地点では、ダリアがしてやったりとでも良いたげな笑顔で、Vサインを作っている

 しかしダリアの威勢も、直ぐに霧散した。怒りに燃えるレイニーの投げ付けたライフルが、ダリアのデコに命中したからだった


 (……レイニーは別格として)


 そして、御厨がついさっき、本当についさっき気付いた、何とも灯台下暗し的な場所に記録されていた、重要伝達事項。それが三つ目の違和感


 それを見た瞬間、御厨は如何にも頭痛を禁じ得なかった。決して己の考えの及ぶ所では無いと自身に言い聞かせながらも、それでもどこか、心の奥が納得していなかった


 伝達事項はその役目を果たし、鮮明に御厨に情報を伝えていた

 トワイン・アルコーダが司令官を解任され、現在主席参謀に納まっている事

 そして、テスライ・ハウゼンなる人物が、その後釜に座った事を


 御厨は僅かに視界をずらす。演習実地から然程離れていない場所、僅かに高低差のある高みから、演習風景を眺めている一人の男、それに焦点を合わせた

 その瞬間男が向き直る。御厨の方を見て、ニヤリと口元を歪ませる。灰色の短髪が揺れ、青色の瞳が細まった

 御厨は、その笑みが、自分に向けられた物のような気がして、一つ唸った


 ロボットになった男


 夜。この身体になってから、もう幾度目か数える気にもならないが、夜だ

 御厨とは、一部の事には極めて生真面目であるが、興味の無い事や自分にとって価値の無い物事に対しては、酷くズボラだった。そんな御厨だから、この期に及んで日数など数えている訳が無い

 本人にも改善する気は無い。第一いつ戦闘になるか解らないこんな状況では、今を生き抜くので精一杯だ

ひがなボーっとしているだけの癖に、考えることだけは一人前だと、御厨は胸中で首を振って、更にもう一度首を振った。そうだ、自分は一人前だった、と


 夜になるといつも静かになる筈の格納庫も、今は騒がしい。そこら中を工兵達が駆け回り、夜の静寂の空を打ち破って整備の轟音を立てている

 彼等にしてみれば堪った者ではなかった。昼には大演習、夜には突貫整備だ。流石に疲労の色濃く、皆一様に顔色が悪かった


 しかしそれでも大きなミスを犯したように見えないのは、彼らの工兵としての責任感ゆえか

 良い気風だ。愚直なまでのその在り方は、信頼できる

 御厨は何気なくレンズを持ち上げ、その視界に燦然と輝く月を収めた


 (……丸く…は無いか。少しだけ欠けている)


 月はその身の大半を晒しながらも、僅かに闇に隠れている。元より丸い物が、意地悪くも姿を隠しているのだ。いじましいと言う他ない

 美しいのだ。完全な状態では無い楕円は、酷く不恰好だと言うのに、美しいのだ

 光に照らされている部分とそうでない部分。言ってしまえばただそれだけだが、“ただそれだけ”が作り出す光景は、芸術的だった


 「…美しいな。月はどんなに雲に覆い隠されても、決してその存在感が消える事は無い。太陽に照らされなければ何処に在るかも解らんと言うのに、その太陽と同じ位、輝いて見える」

 (全くだ。本当に、綺麗だ…………)


 何処からか響いた声に、御厨は自然に反応していた。その異常性に気付いたのは、それから遅いにも程がある三秒後

 御厨は間抜けにも、頭部を丸ごと動かして視界を移し変える。己の左肩、完全復旧されたそこに立つ、黒い上級仕官服を着た人影を捉える


 灰色の短髪と青色の瞳の青年が、其処に悠然と腕を組み、ギョロリと動いた御厨のレンズを見つめ返していた


 (……ッ! 何者ッ?!)

 「こんばんは。初めまして。安心しても良い。私は機械相手でも礼を保つぞ」


 青年は、そう言った。ただの機械である筈の御厨に向かって、確かにそう言った


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「…絶景だ。いつもこの高みから大地を見下ろせれば、もっと別の物が見えてくるかも知れん。そうなればどんなに良いか」


 青年は御厨からツイ、と視線を外すと、今度は何処かも解らない遠くを見遣る。直ぐ近くの格納庫の床を見ているのかも知れないし、はたまた遥か彼方の、御厨のレンズですら捉えられない向こう側を見ているのかも知れない

御厨はその視線の向かう先が、読めないでいる。そして同時に、青年が考えている事も


 青年は御厨のレンズが己の向いているのに知らぬ振りをする。腕を組む姿は堂々たる物で、それが余計に異質さを感じさせた


 (それを語る君は誰だ…!)


 通じる筈も…通じる筈も無いが、御厨は怒鳴りつけた。何だか訳が解らないが、怖い

 いや、訳が解らないから怖いのだと、御厨は気付く。そしてその恐れは、青年を警戒視する上で十分な物だ

 幽霊を見て腰を抜かすのに近い。今の御厨は、未知に対して激しく牙を剥く猛犬と大差なかった


 「…………で、何人居る?」


 だと言うのに、青年が返したのは何とも意味不明、理解不能な一言だった


 「…君を知る人間だ。床を弾いて伝えろ。十人以上居るのなら、床を一つ叩け。……衆目を気にしているのなら、安心するがいい。私が検閲集映の為に動かしている事になっている」


 御厨の恐怖はいよいよ高まった。何なのだこの男は。何故自分の存在を知っている?

 ダリアが教えたのか? それは考えた御厨自身が一瞬で却下した。先程男自身が聞いたのだ、「何人居るのか」と。本来それは、情報の出所に聞くべき物だ

 ならばレイニー…? それも無い。彼女は御厨の存在に驚きつつも、誰にも漏らすなと言うダリアに対して、「誰も信じやしないわよ」の一言を笑いと共にぶっ放した張本人だ


 ならば、何故、何故、何故、何故、何故この男が知っているのか

 この男は何者なのか。いや、それは一先ず置いておき、自分は一体どうすべきなのか


 御厨は背筋を凍らせながら、沈黙を守った。すると青年は、再び揺さぶりをかけてくる


 「隠せはせんぞ。私の脳は特別制でな、大体の気配は解るのだ。………君の主、ダリア・リコイランの様に」


 御厨はこの瞬間、本当に混乱した。余裕なんて物は無い。本気で錯乱した

 それ程この男が、御厨の肩の上で己が額を指差しながら言っている事が、理解できなかった。まるでこの世には存在していない、異次元の言語かとすら思った


 (自分が特別で、ダリアも特別? 何だお前は、頭がイカレているのか?!)

 「疾く応えろ。ダリア・リコイランの一家三族、その悉くを皆殺しにされたいか」


 瞬間感じたのは、『身の毛もよだつ』程度では済まされない殺気

 御厨は薄く悲鳴を漏らしながら、床を弾いた。計二回


 それを見た青年は、一瞬前の殺気が嘘かと思うほど頬を緩ませた。まるで少年の様な笑み。そして、笑い声。あまりにも、不似合いだ。御厨すら殺す殺気を放った者には


 「はは、…一応冗談のつもりだったのだが…。済まんな、程度が低すぎた。皆殺しなど、君に二度と吐かんと約束する。本当に、度をこしていたな」


 青年は少年の笑みを自嘲の笑みに変えながら、やれやれと首を振る

 そして、格納庫の入り口を一睨み。御厨は訳も解らず拳を握りこんだ


 「して、君を知る二人とは、つまり彼女達の事だろう?」

 (うっぐ、あぁぁぁぁあ嗚呼!!)


 青年の視線の先には、今正に格納庫へと入ったダリアとレイニーが居る

 御厨はそれを確認する間もなく、肩の上で腕を組む青年に対して、神速裏拳を放っていた。位置の悪さなどどうって事はない。打ち抜いて、殺してやる


 基本的に温厚な御厨とは思えない思考だった。しかし、その殺意と共に放たれた裏拳が、使命を果たす事は無く

 ヒラリと御厨の不意打ちを避けた青年は、御厨の肩から飛び降り、悠然とダリアに歩み寄ったかと思うと、その首根っこを引っ張って連れて行ってしまった


 後に残されたのは、唖然としながらダリアの背を見送るレイニーと、突然の事態に目を丸くする工兵達

 そして、何か言い知れぬ不安を胸に抱いた、御厨だった


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

………駄文スマソ。

今更だけど、別に「ロボットになった男」じゃなくて良いじゃんとか思った。

「ロボットになったチンパンジー」とかの方が、話的に面白かったりする。と思う今日この頃。

パブロフでした。



[1309] Re[2]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/08/15 21:26
 (………)御厨は、沈んでいた

 「………」ついでにそのコックピットで、何故かダリアも沈んでいた


 ずーん、何てふざけた擬音がお似合いの空気。決して何時もの御厨が望む物ではなく、またダリアが好む物でもない

基本的に、「重い空気」なんて物は、好む人間が居ない厄介な物だ

 それでも人間、しかも悩み多き年頃。苦難に頭を抱える事態になど陥りたくなくとも、結局苦難に頭を抱えて、おまけに悶絶してしまう様な事態に陥ってしまう事がある


 二人は今正にそんな状況だった。実際は、余り大した事では無いのかも知れない。今の事態よりも辛い事は、幾らでも在ったのだから

 だがしかし一機と一人は、期せずして、同時に溜息を吐いた


 (……はぁ……)    「………ふぅ………」


 引き摺られていったダリアが戻ってきたのは、草木も眠る丑三つ時。この世界に丑三つ時の概念など無かろうが、取り合えずはそんな時間帯である

 流石にそんな時間ともなれば、工兵達だって部屋に戻り、休息を取っていた。例外は、今も御厨の肩に取り付いて作業を続ける、レイニーぐらいか


 御厨は、モニターに突っ伏して調整作業を続ける“ふり”をするダリアに、腰部装甲を指で弾いて注意を促した


 (ボーっとしてるなよ、ダリア)

 「………うむむ…」


 ダリアは一度背筋を伸ばし、似合いもしない黄色いバンダナを巻き直す。真面目にやるのかと思いきや、ぐて、とシートに凭れると、大きな溜息を吐く


 外では、レイニーが大欠伸をしながらその溜息の音を聞いていた。レイニーは御厨の肩関節に突っ込んでいた手を引っ張り出すと、汚れた手が顔に煤を付けるのも構わず、頬を掻いた。やれやれと言った風情である

 レイニーは軽い身のこなしでコックピットまで降りると、中のダリアを覗き込んだ


 「それで…? 溜息ばっかり吐いちゃって、何言われたの。この頼りになる整備専任技官様に言ってみなさい」

 「うえ、…ミンツ技官がそんな風に親切だと、何か企んでるように見えるね」


 レイニーは、フンと一度鼻を鳴らし


 「………………………………ふと考えたんだけど、私、アンタを打っ叩くわ」

 「ご、ごめん。冗談だから」


 とても洒落では済まないような、凄絶な気迫で言った


 何時もならば、硬い拳骨で受けて立つであろうダリアは、今はそんな元気が無い。まるで大人しい

 引き攣った笑いを浮かべながら身構えるダリアの様子を見て、御厨はかんらかんらと笑う。笑う、しかなかった


 (ははは、……これはどうやら、面倒事かね)


 御厨は、自分の事を棚に上げて独り語ちる

 しかし、今は無くした鳩尾、丹田に、あの訳の解らない青年の笑顔が、訳の解らない光を放って、沈み込んでいる気がした


 ロボットになった男


 「……へぇ、詰まりが、直下隊に引き抜かれたって事ね。良かったじゃない。“テスライ・ハウゼン”の御指名なら、少尉の安月給とは比べ物にならない位の収入が見込めるわよ」

 「ぐぅぅ、人の気も知らないで気楽に言う…」


 ダリアの話は…まぁ一言で言ってしまえば、とても簡潔ではなかった

 今日の運勢から始まり、水槽の観賞魚類の話題に回り道し、最後に食堂の不味い日替わりメニューへと至ってから漸く結論を得た


 普段では在り得ない事だ。御厨は、ダリアの事をとても頭の良い人間だと思っている。結論に遠のく話し方など、普段では絶対にしないのがダリアの素直さだ

 何時ものキレも快活さも無いまま、ダリアが伝えた事の重要性

 御厨にはその重さがよく理解出来ないまま、数多の疑問符を浮かべていた


 (…テスライ・ハウゼン司令官…だと? あんな男が? あんな訳の解らない、若造が?)


 御厨は思い浮かべる。自分の肩に現れ、思うまま好き勝手を行い、訳も解らず去っていった、疲れ果てた感のある灰色の青年を


 ダリアの難解な話を解読する限りでは、窺えた事は然程多くない。ダリアの所属が変わった事と、後少しばかりの恩恵の話だ

ダリアは、正確にはダリアとアンジーは、一時的に出向と言う形を取り、『新しく着任された司令官様の手足となって戦場を駆けずり回る』らしい

詰まる所、最も高位の指揮権を持つ者から、最も直接的に指示を仰せ付かる訳だ


 少なくとも、栄誉ある事なのだろう。それくらいは予想がつく。ダリアの顔色が優れない訳も、それなりに理解できる

彼女は、基本的に過度の期待を受ける事が苦手のようだから


 その話を抜きにしても、各部隊の編成が大幅に変更されたと言う話を、御厨はダリアから聞いていた

新しい司令官様は革新的な御方でいらっしゃる。御厨はそう野次ると同時に、訳の解らない者の命令に従わなければならない事実へ、少なからず抵抗を覚えていた


 「でも…気をつけなさい。テスライと言えば、私みたいな下っ端技官にまで噂が伝わってくる大物だから。…主に黒い噂ばっかり、ね」

 「…? あぁ、よく聞くよ。…どこぞの一家三族を本当に皆殺しにしたとか、えぇと…三年前の旧ベネット基地の爆発は、テスライ・ハウゼンが裏で糸を引いていたとか、…後は、……その正体は既に七十歳を越えた改造人間、とか?」


 御厨は、コックピットの中でダリアが呟いた言葉に、噴出した。勿論胸中で

 そしてすぐさま、先程の思考を打ち払う。訳の解らない、何て語彙では役不足。これは正に、理解不能、だ。まともな人間に付く噂にしては、度を越している。特に最後の奴が


 (………はあ? つまり………新しい司令官殿は、大量殺人犯で爆弾魔で改造人間だと、そう言いたいのか? 益々胡散臭い。特に最後のなんて、酒飲みの笑い話としか思えないぞ)


 笑い飛ばした。それこそ、抱え込んでいる悶々とした暗気もろとも、笑い飛ばそうとした

 だけど、御厨には出来なかった。レイニーが口を開いたからだ。獅子の口から零れ出た言質は、御厨を唖然とさせて有り余った


 「……笑い話じゃないわ。最後のは、まじりっけ無しの真実よ。……テスライ・ハウゼンは今年七十六歳。外科整形その他諸々の医学の粋がつぎ込まれた、本当の改造人間」

 (ま、マジの話だったのかー?!)


 その時、まるで狙ったかのように――事実、狙ったのであろう――格納庫に響き渡るアナウンス

 その声は聞くだけで身の毛もよだつ、あの青年、テスライ・ハウゼンの声だった


 『面白い話だったな、ミンツ技官。……だが上官侮辱罪だ。軽度減俸二ヶ月』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 『……それで、通信が開かれていたのにも気付かず、私の噂をしていたと言う訳か? 間抜けすぎるな、リコイラン少尉。以後改めろ』


 閉じられたコックピット前面に大映しとなっているウィンドウ。その向こうで、慌しくも涼しい顔をしながら、新司令官殿は尊大に言った

 今は夜も夜。暗闇の時間だが、そんな事は多忙な司令官には関係無いらしい。執務室であろう部屋のライトを明々と灯し、書類雑務を執り行っている。ん、と御厨は首を傾げた

今ウィンドウの端に映った、ダリアと同じ黄色いバンダナの巻かれた頭は、…アンジーか?


 『ジャコフ少尉、これも頼む。MH配置関連の事だ。君にも馴染みが深かろう』


 司令官テスライは、ニヤリと笑いながら、当該の人物に書類の束を突きつける。ゲッソリとしながらそれを受け取ったのは、御厨の予想通り、アンジーだ

 何をやっているのか。ダリアがそう尋ねるのを憚られる程に、その顔色は消耗しきっていた


 『か、閣下。僭越ながら再四申し述べさせて頂きますが…じ、自分は今まで書類事務など、一度もやった事が…』

 『先程も頼んだぞ、ならばこれで二度目だろう? 出来ん事をやれとは言わんから、精々頑張ってくれ』


 激しく違和感を伴う口調で、堅苦しく話すジャコフの文句を、テスライは見るも無残に斬って捨てた。情けも容赦も無いが、おまけに余裕もないらしく、テスライの秘書と思われるブラウンのロングヘアの女性が、「実に忙しい」と体全体で体現しながら足音高く行き来している

 ダリアが口を挟める状況では、無いらしかった。テスライは執務を続けながら、それでもダリアから視線を外さないように話した


 『浮かない顔だ。そんなに直下隊にされたのがショックだったか? 私の様な人間は、胡散臭くて受け付けんかね』


 ダリアは、飛び上がってその言を否定する


 「い、いえ! リコイランの家系は良く知りもしない物に、自分の妄想で色を付けたりはしません! ただ…ちょっと、プレッシャーって言うか…その…」


 御厨は溜息を吐き出したかった。ダリアの素直さは美徳だが、時と場合にもよる

 何でこうも胡散臭さ爆発の男に、唯々諾々と何でもかんでも答えてしまうのか。……否、答えるのが正しいのではあろう。あちら様をどちら様と訪ねれば、司令官様と帰ってくるのだから

 しかし、それでも妙に湧いてくる敵愾心。これはもう、何と形容したらいいのかすら解らず、御厨は歯軋りした。勿論胸中で


 ダリアの回答を聞いて楽しげに笑うテスライを見ながら、御厨は心が疲れていくのを感じた。せめてレイニーがここに居てくれれば。そうすればレイニーの一筋縄では行かない弁を持って、まだ上手く状況を好転させる事が出来ように

 しかしそれも、当のレイニーが顔面蒼白で駆け出してしまっていては、ただの夢想に過ぎなかった


 『胸を張りたまえ、この私が選んだんだぞ。謙虚ではあるが、妙に失礼だな、君は』

 「で、ですけど、胸を張れって言われたって…」


 ダリアは困惑しきった表情で、画面の端っこに映るアンジーに救いを求めた。主に視線で。しかしそれを受けたアンジーは、無常にも「やれやれ」と首を振るばかり


 その様子を見咎めたテスライは、溜息を吐いて眉を顰めた


 『今はまだ君達二人だけだが、この先参入させる人員の目星は付いている。どいつもこいつも優秀な奴等だ。それと同じ様に、君達二人もな。私は、君達の実績を信頼している』

 (…………この男………いや、何と言うか…………)


 御厨は、何と無く感心した。テスライの言葉に、だ

 実績を信頼するとは、初対面に等しい相手に対する褒め言葉としては、極上の物だ。

人格を問わず、特性を問わず、真っ白な紙の上に、その能力のみを受け入れる準備があると言う事である


 不思議とテスライに対して感じていた嫌悪が、ほんの少し、親指と人差し指で摘み上げた砂粒程度だが、薄らいでいた。そんな事よりも、もっと他に見極めなければならない事がある

 テスライ・ハウゼンと言う男は、兵士を駒と見るか、人と見るか

 実績の信頼、その意味が、人格の否定であるのか、ただ単に要素別の見方であるのか

 命を張って従っても構わないような指揮官なのか、今すぐ鉄の巨腕を持って握りつぶすべき邪悪なのか


 テスライは、言った


 『何を恥じるでもなく、実力を発揮してくれれば良いのだ。戦場も、死に場所も、私が用意する。効率的に戦い、効率的に死んでくれ。それが当面の君とジャコフ少尉の仕事だ』

 「…………………………そ、それって………」


 アンジーは、目を伏せていた


 (…この腐れ外道…!! お前が何者かなんてもう知らんッ!! ダリアに変な真似してみろ、その場で俺が縊り殺してやる…!!)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 『それと……明晩、スパエナ軍の夜襲がある。リガーデン方面軍も間抜けではないから、数を抑える事は出来るだろうが、激戦は必至だろう。用意しておきたまえ』

 「は? はぁ?! 何でそんな事…ってえぇ?!」

 『皇帝陛下の裏走りどもは中々に優秀でね。恩恵に預かっている』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

うは、改造人間って、もう字面だけで相当胡散臭いですね。

テスライ・ハウゼンと言う男は、口から火を吹いたり空飛べちゃったりするんでしょうな、改造人間ですから。

ついでに百メートルを六秒で走破したり、二十メートル垂直飛びとかしちゃうんでしょうな、改造人間ですから。

三段変形に六神合体とか、感情エネルギーとか光子力エネルギーとかで必殺技とか放っちゃったりしたら最高でしょうな、改造人間ですから。

………………………………冗談ですよ、冗談。



[1309] Re[3]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/08/23 23:19
 『あぁ、ダリア少尉、確か貴方……確認累計撃墜数が……えぇと、この前の陸ザメ戦で丁度五機ですね。司令から少尉の機体に改修資材が回されてますよ。「エース」への祝いだそうです』


 ……とは、鼻っ柱の一文字傷、トーマ・タカヤナギ技官のお言葉

 ダリアは称号を贈られた。栄えある…なのか、名誉ある…なのか、どちらにせよ、本人は余り意識しないだろうが、五機落とせばエースである

 御厨は、夜も明けてからダリアに伝えられた言葉を、何の気なしに聴いていた


 そして、ふと思った。ダリアがエースなら、アンジーとか一体どうなるんだ?

 アンジーは自称、「歴戦の勇者」である。そこいらのパイロットとは腕前どころか、気構えから一線を画すと本人が自信満々に言うとおり、まぁ誇大広告的な部分はあれど、まるっきり嘘でもあるまい

 なら、とっくの昔にエースの称号を頂いていても可笑しくないだろうに

 若しくは…こちらは余り考えたくないが、とっくの昔に戦死しているか


 ダリアも同じ事を思ったのか、小首を傾げながらトーマに尋ねる。すると彼は、非常に言い難そうに眉を顰めた後、声量をこれでもかと言う程落として答えた


 『いや、…アンジー少尉は…その、…記録によりますと、いつも五機落とす前に機体を大破させたり、当時の上官を打ん殴ったり、色々問題を起こして、話がお流れになっているみたいなんです…。それに本来、メタルヒュームが何機も落ちる様な、そんな大闘争は滅多にありませんから』


 今起こっている、トゥエバ、スパエナ間の戦争が、異常と言う事か。そう結論付けたダリアに、トーマはキャップを被りなおしながら、最後の伝達事項を伝えた


 『あぁ、それと、「五機撃墜を祝うと同時に、機体色の自由を許す」との事です。好きな色があったら言って下さいよ。完璧に仕上げて見せますから。俺は本来担当じゃありませんが、改修作業は複数班で行いますしね』


 ロボットになった男  第三話


 改修は、優秀な工兵人員の努力により、夕刻には完了間近となっていた

 筆頭に立つのは勿論ボルト。自らが纏う寡黙な雰囲気を、部下に対する叱咤で打ち消しながら作業を続ける彼は、少し見ない間にあちらこちらに生傷を作っていた

 あの夜、炎の町の中で負った傷であろう事は、想像に難くない。そんな彼は、テスライの発した緘口令に工兵達の中で最も不信感を示していたが、そこは冷静な大人。仕事を仕事を割り切り、顔を顰めながらもその責任を放棄する事はなかった


 「よし、板下ろせ。俺を巻き込むなよ!」ボルトが小型クレーンに檄を飛ばす。すると、それに乗っていたトーマが答える「そんなヘマしませんよ!」

 御厨は、ゆっくりと己の下半身に降りてくる鉄板を見ながら、憂鬱そうに溜息を吐いた。勿論胸中で


 (………改修だなんだと言ってもな……。こんな物取り付けられたら…)


 御厨の四肢――主に下半身は、鉛光りする鉄によって、満遍なく覆われていた

 ボルトがダリアにした説明によれば、通常のタイプSである御厨に、ラドクリフの機体から強奪したウィングを無理矢理取り付けたあの状態は、重心が酷く不安定らしい

 それに加え、ウィングの出力からから弾き出される必要機体剛性や間接の耐久力も足らず、特にウィングの根となる背部は、長時間高機動戦闘を行えば即座に崩壊してしまっても可笑しくないのだそうだ


 そんなこんなで、大幅な金属資材の後付改修で問題を解決しようとしているのだが、これが御厨には不満だった

 何も知らない一般市民が鎧を着込むような物だからだ。今までに無い鈍重な装甲は、どうしようもない違和感となって御厨に付き纏う。御厨を一般市民と言えるかは微妙だが、例えとしては間違っていない筈だ


 (…………鉄の棺桶にならなきゃ良いのだけどね)


 御厨は、周囲に展開されたタラップから身を乗り出すダリアを見ながら、のたまった


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 暫し後ダリアがタラップから降りた時に、改修作業は漸く終了した。陽は沈みかけであるが、周囲はスパエナの夜襲の備えに酷く慌しく、御厨の居る格納庫だけが取り残されたような感すらある

 御厨の足元には、レイニーがぶっ倒れていた。無理も無い。彼女は朝から今まで一度の休憩も取らず、只管改修作業に従事していたのだから

 条件としてはボルトやトーマも同じだが、ボルトはそれでもピンピンしており、トーマも多少疲れた風に見えるが、レイニーに比べれば幾分余裕がある

 鍛え方が違うと言う事か。ふと御厨が思った時、外界に開かれた巨大な扉から、真新しいタイプRがトレーラーで運び込まれてくる。その横を歩いているのは、アンジーだった


 「…完了したのか。…ミンツ、トーマ、もう一仕事だ。タチキオの格納庫まで行ってこい」

 「うぇぇ…………か、勘弁して下さいよ…。いくらなんでも死にますって」


 口ばかりで反論したものの、レイニーは体を起こしていた。当然だ。どんなに疲れていようと、レイニーがボルトに逆らう訳がない。トーマだってそうだ

ボルトがアンジーに歩み寄りながら、レイニーを見もせずにもう一度指示すると、彼女は今度こそ何も言わずに立ち上がった


 レイニーは漸く仕上がった御厨を見上げ、にへら、と表情を緩ませる。崩れた敬礼をダリアに向ける。同様に御厨に手を振ると、ヒイコラ言いながら走り出す

 やれやれと肩を竦めながら後を付いて行ったトーマの背中が、やけに印象的だった


 「………急がしそうですね、整備班」

 「まぁ…そうです。新任の司令官殿が無茶を言って下さるもんで、ここの所俺達は右へ左への大騒ぎですよ」

 「わはは、主任も言うねぇ。誰かに聞かれたら拙いんじゃないのか?」

 「へ……今更減俸なんざ怖くもありませんが、別に悪口って訳でもありゃしません。随分と革新的なお方だ、そう思っただけです」


 奇しくも、先日の御厨と同じ事を言いながら、ボルトは工兵達を呼びつけた。アンジーの伴ってきた機体の納格作業だ。彼らからしてみれば、皇帝陛下の下される命令なんぞよりも余程重い一言を受けて、工兵達は駆け回る

 その様を見ながらアンジーは、ダリアの横で腕を組んでいた


 「…良いな、ビシッと決まってるぜ。……戦闘員連中も、これくらいの練度があればなぁ…」


 何とは無しのぼやきだった。ボルトは底冷えする眼光でアンジーを見るが、彼は気にした風もない。ダリアが、何とも言えないような相槌を打つ


 「はぁ……。そんなに弱いですか? その……私達は」

 「……いんや、成って一年経たねぇ内と見れば、十分過ぎる位だろうよ」


 「それに、ダリィの事を言ってる訳でもねぇ」アンジーは続けた。特に意識せずアンジーと視線がかち合った御厨は、じっと見つめ返す


 「ここ最近、俺が指導してる連中も大分様になってきてる。お前何か特にな。シミュレーターは大した事がねぇのに、実戦となると馬鹿強いんだから全く。……けどそれでも、まだ足りねぇ」


 半ば聞きの体制に傾いていたダリアに、呼ぶ声が掛かった。ボルトだ。何時の間にやら新しいタイプRの納格と調整を終わらせていた大柄な整備主任は、灰色のシートに包まれた物体の前で、大きく手を振っていた

 ダリアは申し訳なさそうな表情で、アンジーを見る。構わねぇよとばかりに手をひらひらさせて、ダリアを送り出した


 「(行って来るね)」

 (行っといで)


 口をパクパクさせたダリアに、御厨は視線を動かして応じた。


 アンジーが、座り込んでいた。くたびれた金髪がバンダナで逆立ち、格納庫の明かり跳ね返している

 煤けた背中が、彼の隠しようのない深い疲労を、物語っていた


 「………体がうまく動かねぇな…。ちと、無理し過ぎたか…?」


 次に聞こえてきた独り言を、御厨は「何も聞こえなかった」と、知らぬ振りした


 「トゥエバに強兵なし、されどトゥエバ軍に凡将もまた無し。…押されながらもここまでやれてんのは、将が優秀だったからだ……。だがトワインの狸爺の後釜も、どれくらいやれるのか解らねぇし」


 ――ハヤトよぅ、…お前とまた会うのも、そう遠くないかも知れねぇな……


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ダリアと御厨、そしてアンジーが、“あの”テスライ・ハウゼンに呼びつけられたのは、夕日が大地に沈んだその直後だった

 日が沈めば、それはもう夜の時だ。予めスパエナの奇襲が知らされている基地の人員達は、皆一様に神経を張り詰めている

 そんな重苦しい雰囲気の中で、ダリアと御厨は、基地の最も高い位置から、荒涼とした大地を見渡していた


 (…………チッ)


 最も高い位置、と言っても、基地自体があまり高くならないよう地下施設を重要視して作られているのだから、程度が知れる

 しかしそれでも、一番の高所は一番の高所だ。御厨は、暫し異界の絶景に酔った


 バンダナを巻き直したダリアが、御厨の各部を動かして微妙な挙動を調整する。御厨はそれにやんわりと意識を合わせ、じっとりと自分の今の状態を頭に叩き込む

 挙動の一環として天を抱くように伸ばされた右手には、長大なライフルが携えられていた。分厚い砲身に大口径、タイプS標準装備のマシンガン所か、ブロックキャノンすら比べ物にならない程の性能を持つライフル、「KO-スピア」だ

 持った当初は、新しい玩具を手に入れた子供のような心持だった御厨も、流石に醒めていた。目前に待つのは戦闘なのだから、浮かれ気分を続ける気には当然なれない

 KO-スピアと同時に支給された肩部で黒光りする銃身…いや、砲身を見て、御厨は溜息を吐いた。勿論胸中で


 『準備…は、万端のようだな。一分の隙も見当たらん』


 突如として開かれた通信に、御厨は面食らって応答した。余りに唐突であった為、ダリアの中で人知れず高まっていた呼気が弾けたのだ

 ダリアが何か言う前に、御厨は愚痴を零した


 (何が「一分の隙も」だ。……訓練も何もなしにこんな物を持たされても、上手く扱えるかどうか………)


 だがしかし、それを持って僅かなりともはしゃいで居たのは御厨である。都合の良い事に、その事は忘却の彼方だ


 ダリアが深呼吸し、ドッシリとシートに腰を収めた。毅然とした表情で、開かれたウィンドウに向き直る

 テスライは、横に補助官の女性を立たせながら、自然な笑みを浮かべていた


 「司令……このポジションは、一体…?」

 『いやな、少し計算に手間取ってね。…苦労した。一歩も動かずに、ライフルだけで基地全域をフォローできるポイントを探すのは。………メアリ』


 テスライが補助官…メアリに一声。『はっ!』すると今度はテスライに変わり、短い返事を返したメアリが淡々と話し始める


 『リコイラン少尉には、そのポイントから基地全域をダイレクトにサポートして貰います。直接火砲支援です。今、少尉がお持ちのKO-スピアは、今作戦の為、司令が直々に取り寄せた物です。少尉の機体の改修資材も同様ですが』


 『ジャコフ少尉には、リコイラン少尉の護衛を担当して貰います』御厨の視界の右端で、俄かに離れた位置から一機のタイプRが右手を上げる。乗っているのは、アンジーだった


 『戦闘開始後、敵を特定施設に誘い込み、爆薬により殲滅。基地の被害を盾に敵を目減らし、乱戦に持ち込んだ後、リコイラン少尉、ジャコフ少尉は、司令の指示に従って下さい。臨機応変と言うヤツですね。………何かご質問がお有りですか?』


 爆薬により………自爆戦術か。腹を掻っ捌いてでも好き勝手やりたいものかね。御厨は憤然とした。基地を守りつつ、基地を壊す。何とも言えない気分だ

 テスライは基地に侵入される事に対して、まるで危機感を抱いていない。それどころかこの「サリファン基地」など、ぶっ潰れてしまっても構わないと言い出しそうな程だ


 だが、被害を度外視しなければ、まともに張り合う事すら困難な相手だ、スパエナは。現に、もう幾つの町や基地が落とされ、破壊されているのか、(御厨には)把握できない程なのだから


 補助官がビシッと格好を付け、説明を終わる。ダリアは、間髪入れずに問うた

 自分が今、最も聞きたい事を


 「…何故、私なんですか?」

 『…報告は聞いているよ。撤退戦の最中、敵の小型ミサイルを全弾打ち落としたそうだな? しかもあの威力以外粗悪極まりない、ブロックキャノンで』


 テスライが話し始めたのを受け、自分の出番が終了したのを感じたか、メアリが一歩下がった

 テスライはそのまま当然の如く彼女の前に出ると、クスクスと笑った


 『宴が始まる。君はその主役、極上の美酒の様な存在だ。……精々酔わせて貰おう。期待している、ダリア・リコイラン。そしてアイオンズ・ジャコフ』


 そこで一旦話を区切り、テスライは次はアンジーに質問はあるかと問うた

 唐突に出現するウィンドウ。テスライの映るウィンドウの右下に、小さなサイズで現れたウィンドウは、アンジーを映す

 やはり、と言うか、アンジーは、いや、アンジーも、似合わない黄色いバンダナを巻いていた

 アンジーは素っ気無く答える


 『はっ、何もありません』


 それを聞いて、テスライは、満足そうに頷いた


 『では、状況開始まで通信を途絶する。武運を祈るぞ』

 『お気をつけて』


 ダリアは、コックピット前面に大写しになったウィンドウが閉じるのを、溜息で見送った


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 『不安か? 安心しとけ、俺がエスコートだ。姫様の持ってるもんは、この上なく色気無いがな』

 「………はぁ………。いえ、何と言うか……」

 (どうにも、訳が解らんのだよな……)


 『余計な思考は、省いとけ。無駄な事考えてると…死んじまうぜ』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

…訳わかめ。しかし、訳解らん内容なのは何時もの事なので、そこは敢えて黙殺。

駄文失礼、パブロフでした。



[1309] Re[4]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/09/08 02:40
何とは無しに、考えていた

スパエナは何故、この様な不可解極まりない闘争を仕掛けてきたのだろうか、と

 御厨にはメリットが思いつかない。スパエナは何をするでもなく、ただ只管に攻め立ててくる。政治的な声明や宣言もなければ、特使をよこしたと言う話も伝わってこない。スパエナの様な(聞く限りでは)小国が、トゥエバのような(聞く限りでは)大国相手に、領土拡大と言う訳でもないだろう


 それでは何の為に? メリットに反比例し、それこそ箒で掃いて塵取りでゴミ箱に捨てる程あるデメリットを抱え込んでまで、戦争を仕掛けてきた理由は?

 これはつまり、戦死者達を指差し、「彼らは何故死んだのだ」と問う事と同義だ。イチノセやホレックが、何の為に死んでいったのか問う事と同義なのだ

 絶対に、うやむやにしておけない日が、くる


 (俺には………予想もつかない事だが………)


 御厨には、その『何故』を想像する事すらできなかった


 ふと、地平線を見遣れば、太陽はとうの昔に沈みきっていた。古よりの常道として、人々はこの暗闇の時刻より眠りに就く

 大半の人間は、この闇の中で明確に物を見る事のできる目を持っていない。探せば見つかるかも知れないが

 御厨は、己の腹の内でジッと目を閉じる、ダリアを認識した。「だが、自分達は違うのだ」と、そう感じた


 そうだ。最早通常ではない

朝を問わず昼を問わず夜を問わず、闇で目が利かぬと言うなら、見る手段を捻り出し、戦うのが自分達だ。夜の安眠など望めはすまい。そこが違う

 普通だった筈が、道を違えた。まともに会話すらも出来ない癖に、周囲に突如として現れた面々を、気に入っている自分がいた

 戦う人間達の、別世界。例え様も無いそれを敢えて例えるとすれば、それこそが夜なのだ。一つ、垣根を越えれば、また新しい大地が広がる。成る程、陽光が照らす柵の外には僅かな星明りの夜が広がり、そしてそこには戦友が待っていた


 ダリアが力無さ気に笑いながら、右目だけを、うっすらと開く


 「………やっぱり、怖くないって言ったら嘘だけど……」


 陽光の中の人間と、暗闇の中の人間。どちらが良いなどと御厨には解らない。だが、日々を生きていくのに、是非などあろう筈もない

 訳も解らずに引き込まれたのは確かだが、生を放棄する理由にはならないし、……それに


 「頑張ろうか、シュトゥルム」


 御厨には、打算抜きで彼の事を気にかけてくれる相棒が居た


 (…ああ、了解った)


 この身は機械。既に覚悟は、出来ている……


 ロボットになった男


 肌が泡立った。特に根拠がある訳でなないが、それでも『良くないモノ』を感じた

 ライフルを持った右手一つ掲げ、必要以上に稼動音を抑えつつ、ゆっくりと向きを変える。右角約百十度。それは、基地正門からみて真横に当たる

平べったい蟹の甲羅を連想させる基地外郭の上を、舐めるように視線を動かす


 鴉の濡れ羽色の闇。月明かりと星明りで、御厨はそれに気付いた


 ――そこでは、大地が鳴動していた


 荒涼とした黄土色の大地が、所々に影を伴って蠢いている。自分が立つしみったれた小さい基地へと一直線に迫るその大地の影は、最先端は辛うじて見える物の、注意していなければ呆気なく見落としてしまうだろう。僅かに上がった砂埃は、逸る昂揚の表れか

 カメレオンだ。保護色によって視線を断ち、自分達から発する熱をも抑えての陰行。地響きすら立てないそれは、高速で近づきつつあった


 「…………来た」


 ダリアが近距離高密度通信を開くのを尻目に、御厨はその手に持った長大なライフルの銃口を下げる


 (…………来い)


 ギチリ、と全身の間接が、音を立てた


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 『総員、状況開始。一番、二番動け。他は息を潜め続けろ』


 光量を最低限まで落としたコックピット内部に、押し殺した声が反響する。慎ましくも殺しきれない笑いが含まれたその通信は、形式の違いからか、ウィンドウが発生しない

 ダリアはその通信に従い、身を縮こまらせて息を潜めた。彼女自身の感覚的な問題で、実際はそこまでする必要も無いのだろうが、心情は解らなくもない

 通信を放ったのはテスライ。声の調子は平時と何ら変わりなく、どれだけ肝が据わっているのかと問いたくなる程に、平然としている

 それに続くように、状況報告が飛ぶ。複数のそれらを集め、素早く吟味しているのは、トワインの声だった


 『東…と、北東か。司令殿、情報来ましたぜ。西と東、申し訳程度に北東。三箇所からの進行を肉眼で確認した。…しかしこりゃ凄い。今日、奴らが攻めて来る事を知っていなけりゃ、あっと言う間に陥落してたかも知れませんな、サリファンは』

 『我国現行の索敵技術では、スパエナの陰行は見破れんからな。何時も最終的に役立つ情報とは、生身の人間が見聞きした物だよ。…………規模はどれが多い?』


 一拍の間をおいて、トワインが答える『…西ですな』


 『そうか……一番機動隊、覚悟を決めて置け。連動三波で攻撃が来る。ヘマをやらかせば、真っ先にお前達が死ぬぞ』


 基地内を巨大な影が走る。それは外界に露出した基地の通路を通って、皆一様に西側を目指して移動している

 どこからその様子を眺めているのか、テスライは、何時にも増して意地悪そうだった


 (西…と言う事はつまり)


 御厨は音を立てないように、真後ろを振り向く。可愛げなく広がる荒涼とした大地に、遠めにもハッキリと解る砂塵が見えた

 先程まで銃口を向けていた影…つまり、東から迫る部隊と比べ、些か規模が大きい


 態々三方になど分かれず、一撃に突っ込んでくれば良い物を。御厨は、どこかの本で読んだ『戦力の逐次投入は下策』と言う下りを思い出し、また自分の心労も省みて、そう愚痴を零す。多方向に気を使わねばならないと言うのは、辛い

 だが不思議と、今も荒野を突き進んでくるスパエナ軍を、忌諱する感覚はない。寧ろ、“来るならきやがれ”的な奇妙な気構えが、御厨にはあった


 「よし来い…!」  (よし来い…!)


 荒野の影は、最早基地外壁に到達していた。僅か十メートルしかない壁だ。タイプSの身長よりは高いが、結果としてメタルヒュームの進行を防ぐ物には成り得ない

 そこで影は、勢いを殺さないまま壁伝いに走り、一瞬にして肥大した。そんな風に見えた

 自らを覆い隠していた巨大な砂漠迷彩の布を取り払ったのだ。惜し気もなくそれらを荒野に打ち捨てたスパエナ軍は、一足飛びに外壁を乗り越えていた


 トワインが、僅かに声を荒げる


 『迷彩投棄確認! 熱源反応!』


 テスライが、笑った


 『さぁ、逆撃の宴と行こうか。まずは、“普通”の“スクランブル”を装え。……フ、この言い回しは、中々皮肉が利いているな』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 突如として、先程までの静寂が嘘のように、夜の闇を激しいアラームが破った

 第一級戦闘配備発令。だがその実、慌しく動く者は誰一人としていない。当然だ。最早、準備は済んでいるのだから

 皆が待っていた。敵を待っていた。一口で噛み砕くには難物だが、己が顎の内に獲物が入り込んでくるのを、待っていたのだ

 西側から来た敵は総勢六機。二個小隊。それらが奇襲の手始めに破壊しようとしたサリファン基地の施設

 ダリアと御厨がジッと見つめていたその施設達は、己が腹の内に敵が入ってくるとほぼ同時に、轟音と爆炎を上げた


 また、何処からとも無く、テスライの声が響く


 『彼軍は傍受を懸念して、ギリギリまで通信を統制途絶しておくだろう。これは利用出来る』


 西側に集結していた部隊が、一斉に炎の中に飛び込んだ。第一目的は敵を逃がさない事である為、敷かれた陣は半包囲だ。そうなると必然的に、同士討ちの可能性を考慮して、おいそれと銃を撃つ事は出来なくなる

 今この時の為に再編成された、寄せ集め在り合わせの一番機動隊、メタルヒューム九機と歩兵六名は、そんな事情など知った事かとばかりに、意気顕揚だった


 『通信を使えないスパエナは、今の爆発を奇襲成功の証と取るだろう。そうすれば二波目と三波目は、恐らく同時に来る。そこからが正念場だ。敵侵攻と同時に通信回線10-1に合わせておけ』


 御厨は心がザワつくのを感じる。それと同時に、ダリアが放つ体の熱も

 視界と高速は、未だ火砲の一発も撃ち放っていないのに、既に加速化が始まっていた


 『…クク、ようこそスパエナ軍、サリファンへ。この「篭城」は、お前達の想像を超えているぞ…!』


 しまった! 罠だ! そんな悲鳴が共通回線を通じて伝わってくる

 その時にはもう、遅かった。激しい振動。耳を塞ぎたくなる轟音。そして上がる獄炎。それらは、基地の東と、北東から


 ダリアが御厨の姿勢を安定させる。そして、炎の中を飛び回る敵影を狙い、只管に発砲許可を待った


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 コックピット前面に大写しになったテスライの顔を、御厨は発生とほぼ同時に隅へと追いやった。通信回線を切り替えた今、対象が明確ならば、映像の送信は比較的容易だ

 だが、いくらなんでも目の前にウィンドウがあっては邪魔の一言に尽きる。それが何を考えているか解らない奇妙な男だとすれば、尚更だった


 『遠隔地雷稼動させろ。これよりサリファンは餓狼の檻だ。誰一人逃がすなよ』


 それは、味方も、と言う事だろう。御厨は思った

 敵を逃がさないのは当然の事。だが、基地周囲を取り囲むようにして設置された地雷は、敵味方の区別なく牙を剥く。最早、誰も逃げる事叶わない


 奇妙な感覚を御厨が押し殺す最中、画面の端に新たなウィンドウが現れた

 その中からダリアに呼び掛けたのは、アンジーだった


 『ダリア、撃て! 西は特隊連中に任せといて良い! 東だ、東と北東!』

 (ぃよおっし!!)


 KO-スピアを振り回す。姿勢を安定させ、炎の中の影を探す

 見つけた。数はハッキリしない、が、遠目にも軽くない損傷が見て取れる


 これで漸く、互角。背筋が凍ったが、それ以上に熱い何かに、その悪寒は押し流されていった


 「了解! ……………アンジーさん」


 ダリアの視線が細まる。一拍置いて、大きく開かれる

 光が瞬くような、そんな気がした


 「頼りにしてます。信頼してますからね」

 『うわッ、ば! 何いきなり! ……えーいクソが! おお! 頼りにしてやがれ』

 (あははは!)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

NG

 テスライ『…クク、ようこそスパエナ軍、サリファンへ。この「篭城」は、お前達の想像を超えているぞ…!』

 アンジー『うっせバーカバーカ!! 浸ってんじゃねぇよこの変態!!』

 ダリア「え…そ、その……そ、そうだバーカ!!」

 テスライ『……………………貴様ら……』


…………なんちゃって



[1309] Re[5]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/09/10 09:21
 KO-スピアを撃ち放った感触は、突撃銃やブロックキャノンのそれとは、まるで違った

 ズンと来る、乱雑で攻撃的な感覚ではない。それはザックリと肉に切り込むナイフの鋭さ。鋭さの手応え

 たった一発の火砲を撃ち出しただけだと言うのに、御厨は脳髄に刻み付けられていた。白刃が皮膚を断ち、その下の筋繊維を断ち、神経を、血管を、骨を断つ鮮烈なイメージを


 狙いも、必中の意で以ってのそれは、完全無欠。凶弾は放たれた地点から東へ約六百メートルの先、そこで僅かに隙を見せた炎の中のカルハザンを、腹と腹部を纏めて吹き飛ばす事で薙ぎ倒した


 (……一機、撃墜…!)


 カルハザンのモノアイは、その時こちらを向いていた。御厨の方を、偶然にも

 だがカルハザンのパイロットは、己の命を奪う凶弾は見えなかったに違いない。ただ、何らかなの気配を感じただけだろう

 KO-スピアの火砲は目視不可能。朝も夜も関係なく、ただ空間を裂き、重厚な筈のカルハザンの装甲を一撃で抜いたそれは、天国からの熱烈なラヴコールだった


 『やるなダリィ! いきなり一機か! 最高だぜ!』アンジーは拍手喝采、歓声を上げ、呻くスパエナ軍兵の声がそれに被さる『火砲支援…! よく用意していやがる、トゥエバめ…!』


 これだけでは終わらないぞとばかりに、ダリアは素早くモニターを叩いた。レバーを操作、操作。すぐさま次の目標に狙いを定め…………

 瞬間的に射撃姿勢を解き、アンジーの下へと駆け出した

 えいクソ、口惜しい。そうそう上手くは、やはり行かない。愚痴る御厨にトワインから通信が入った『下がれリコイラン! ランチャーだ!』言うのが遅い。もうとっくの昔に逃げ出している


 「う、うわったぁぁあ!!」


 同様にこちらへ向かって走り出しているアンジーのタイプRまで、残り約四十メートルと言う地点で、御厨は低空のダイブを敢行した。お世辞にもお淑やかとは言えない悲鳴を上がり、それはダリアの物だ

その僅か後に、東より飛来したロケットランチャーが二発着弾。下から上方向に向かって撃たれた癖に、これは一体如何いう事か。コンクリートの地面を、盛大に抉り貪る


 御厨は今自分が居る場所が、大仰に開けていて、本当に良かったと、そう思った。御厨にもその中に居るダリアにも、硬い壁に頭を突っ込んで喜ぶ趣味は無いのだ


 一足飛びに三十メートルの距離を越えた御厨は、それはもう派手に転倒た。火花も飛んだが、そんな物を気にしている余裕はないし、気にする人間も居ない。呻き声一つだけで我慢すると、御厨は体勢の立て直しにかかる

 その時にはもう、アンジーが滑り込んで来ていた。どこから取り出したのか、タイプR程度ならば、その表面積を半分スッポリ覆い隠せてしまう程大きなサイズの防御盾を持ち、次々と迫るロケット弾を受け止めていた


 ドォン、と言うロケット弾の爆発音が連続する。アンジーは吼えた。次弾、次弾と次々受け止めて、アンジーは吼えた


 『ぃぃいよぃしょおおおお!!!』


 そして最後に、一塊となって飛来した三発のロケット弾を受け止めて、大盾は大破。タイプRは既に体勢を立て直した御厨の足元に、つい先程の御厨宜しく、見事に吹っ飛ばされて来た。吼え声は、呻き声に変わっていた


 『うぅ…っぐ、あつつ……………ダリィ……全部叩き落してやりゃ良かったのに……』

 「………狙撃の時、咄嗟に狙いを変えるのって、とんでもなく難しいんですよ……」

 (ミサイルなら、まだやりようも在ったんだが……)


 御厨は、KO-スピアを持たない機械の左腕を、タイプRに差し出した


 ロボットになった男


 スパエナはとんでもない。いや、とんでもないと言うのは以前から知っていたが、それよりも、その想像よりも、スパエナはとんでもなかった


 あれだけ見事に罠に嵌っておきながら、混乱した素振りも見受けられない。軽くない筈の損傷を受けた機体どうしが、互いを庇い合うように陣を組み、付け入る隙を与えてくれない

 スパエナは全員が動く。全員が攻め、全員が防ぎ、全員が避ける。動くのはメタルヒュームでなく、メタルヒュームが構成する陣、それ自体が動くのだ

 統一された、役割分担のやの字もないその動きは、酷く硬い守りの姿勢だった。その底力が、この期に及んでトゥエバ軍と互角に戦っていた


 (…状況はこちらが圧倒的に優勢…と言うより、これは最早トゥエバの勝ち戦だが…)


 ダリアは御厨の体躯を屈み込ませた。御厨の横で、アンジーのタイプRも身を伏せる。下高度から放たれたロケットランチャーが御厨達の頭を飛び越え、虚空へと消える


 (改めて対峙してみてよく解る。こいつら本当に…本当に、とんでもない連中だ)


 乱戦の最中にありながら、遠方であるこちらの動きまで抑え込んでくる精神力は、脅威だ。驚嘆と言い換えても良い


 胆を一気に冷やした御厨は、丁度その時飛び込んできた通信に舌打ちしながらも、それのウィンドウがコックピットの隅に行くよう、手早く処理する。相手は誰か、など、既に解りきっていた


 『はン…、リコイラン少尉。君の持っているKO-スピアは、分割携行可能な君専用のオーダーメイドだ。出来れば、もう少し優しく扱って貰いたいのだが……』

 ウィンドウが映し出したのは、御厨の予想通りの人物。テスライだった


 御厨はテスライの苦笑混じりの言を受け、右手の長大なライフルを見遣る。成る程、ぞんざいに扱われたライフルは、小さくない傷をいくつもこしらえている

 馬鹿馬鹿しい、と、消耗品だろうが、と笑い飛ばす事は、御厨には出来なかった。このライフルに命が無いなど、元人間にして今機械の自分に、どうして言えようか

 そんな風に、御厨は考える


 「そんな事言うくらいなら………!!」

 『ハ! 申し訳ありません司令官殿! 先任たる自分の注意が足りませんでした!』


 ふと御厨が意識を外していれば、ダリアがテスライに噛み付きかけ、それをアンジーが無理矢理誤魔化していた


 『さすればこの上は、最前線で敵を止め置く部隊に、更なる奮戦を期待する物であります! 司令官殿!』


 訂正。誤魔化すどころか、率先して噛み付いている

 罠まではって敵を抑えられない手前の指揮が悪いんだろうがこんチクショー。要約すれば、そんな所だ

 御厨自身は、テスライ・ハウゼンの指揮を悪い物とは思わないが、アンジーは今のテスライの発言に対して、どうにも腹に据えかねる物があったらしかった


 『ははは、……隠し玉として、チキン隊を温存して置いたのが裏目に出てしまったようでな、スパエナも予想以上に、やる』

 「やるってちょっと…! …………当初の目論見通り、乱戦になりました。ここからどうするんです? 罠を作動させてから五分、スパエナの後続が、この事態を見過ごすなんて思えません」


 そうだ。テスライが戦力を温存しているように、敵もまだその全容を見せては居ない

 トゥエバも、スパエナも、リガーデン各地に戦力を振っているが、その本体は間違いなくここ、サリファンに集っている。馬鹿に出来ない

 未だ見ていないのだ。あの男の姿を。あの死神の、赤の機影を


 テスライはダリアに問われても、顔に薄い笑いを貼り付けたままだった


 『何、それはそれで構わん。奇襲を逆撃で返した時点で、こちらの勝ちは決まっている。切羽詰っているのはあちら側であり、事態を動かそうとするのも、またあちら側だ。………………例えばほら、あんな風にな』


 テスライがウィンドウの中で親指を突き上げた。その向く先は天だ

 御厨は反射的に上体を反らし、ズームレンズで夜空を見上げる。争いの匂いを嗅ぎ取ったか、空には星すらも少ない


 そしてその南の空に、それは在った。光り輝く球。いや、弾

 小さくて僅かな星の明かりとは、根本的に違う。ぱっと見、それは闇の中に出た太陽にも見える。本物の太陽と違うのは、辺りを明るく照らさない事だ


 そしてそれは、かなりの速度で大きくなって……否、落下してきていた


 『何だありゃ! メテオか?!』

 「あんな隕石、ありませんよ!」


 アンジーの声が、耳に残った


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 『地雷の檻に穴を開ける!! 先遣隊、サリファン基地正門へ向かえ!! こんな所で死ぬのは許さん、手段を問わず生還しろ!!』


 10-1の雑音と罵声に塗れた通信で、その声だけがハッキリと聞こえた

 声は殺せない。その声はトゥエバ軍の怒声も、スパエナ軍の罵声も飲み込んで、ただ一人の男の命令を伝えるためだけに、戦場を飛んだ


 御厨は驚いた。常人と違う男は、何もかもが違う男は、やはり声からして違う物なのかと


 (らど……クリフゥゥッゥウウ!!)


 南の荒野、それはハッキリと見えた。右に砂漠迷彩のカルハザン、左に鮮烈な青のカルハザン

そしてその二機を率いるようにして、先頭に立つ真紅の機体。流線型のフォルムを持つ、他のどの機体とも違う、死神の専用機


 最悪だ。全てが台無しになる。全てが覆される。御厨は圧倒的なまでの理不尽さを感じた。罠によって確定した勝利でさえも、『無かった事』にされてしまいそうな気さえした。これを理不尽と呼ばずして、何と呼ぶ


 『ボゥっとしている暇は無いぞ、リコイラン少尉。あの死神も問題だが、それよりも問題なのはあの質量弾だ』


 テスライの声で、ダリアと御厨は漸く我に帰った。空を舞う質量弾。夜の闇の中、真っ赤に輝くと言う事は、火薬炸裂式である。食らった時の被害は想像し難いレベルだ


 『別働隊を派遣して、超遠距離武装の類は破壊させたつもりだったのだが……まだ残っていたらしいな』


 そんな事は関係無い。状況は最悪。天にメテオ、地にデスサイズ。追い詰めていた立場が一変、追い詰められている


 だがテスライは、それでも薄く嗤っていた。何を恐れる事があるのかと、嗤っていた


 『どうした。脅えている暇など無いぞ? 君の仕事が来たのだ。君の本番だ』

 「…は?」

 『私は「君達」の能力を信頼して、オーダーメイドのKO-スピアを持たせた。たかが真っ正直に落ちてくるだけの火薬の塊を、撃ち落とせなくてどうする』

 「…………………………………あはは……」


 何て奴だ、と、御厨はそう思った。アンジーなんて呆れて声も無い

 撃ち落せなくてどうする、と。まるでそれが当たり前であるように言う。何て奴だ。重ねて思う


 そして、同様に思った。……上等、と


 (………………上等)


 今だけは忘れよう。真紅の機体は間違いなくラドクリフだが、今は忘れよう。その横を走る内の片方、青い機体も、きっとルーイだろうが、今は忘れよう


 天を見上げた。質量弾を視界の真ん中に捉える。醜悪な兵器のそれは、この世に存在していてはいけないのだと、傲慢にも思った


 (他に道は無いんだ。見て驚け、撃ち落としてやる。神話の時代の、弓の女神も真っ青だ)


 ダリアがレバーに両手を添える。一部の隙も無いと、今なら言えるだろう

 時間が緩く流れ始めた。さぁ、ここからが、ダリアと俺の独壇場だ


 「解りました。やってみます。…………アンジーさん、あたしにダンスの申し込みが来ても、誰も通さないで下さいね?」

 『…け、任された。こんな良い女からの頼まれ事じゃ、否が応にも断れねぇぜ』


 そして御厨は、銃口を天に向かって突きつけた


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

NG

 ダリア「解りました。やってみます。…………アンジーさん、あたしにダンスの申し込みが来ても、誰も通さないで下さいね?」

 アンジー「相手が居るのか?」

 ラドクリフ「私は遠慮するが」

 ルーイ「私も…遠慮して置く」

 スパエナ兵「俺も、ちっと勘弁して欲しいっスね」

 ダリア「ギャフン!」



[1309] Re[6]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/09/13 20:35
 『カートリッジを取り替えろ。赤いペイントの物だ。装弾数はそれ程無いが…、まぁ喜べ、目を剥くような威力の弾丸だ』


 ガチリとわざとらしく音を立てて、KO-スピア銃底上部に突き立つカートリッジを抜き取る

 何発も撃っておらずズシリを重たいそれを、御厨は惜し気もなく放り出した。せせこましく有効活用しようとか、そんな殊勝な心がけは、微塵もない

 テスライは苦笑いした。彼にしてみれば、無駄と言う物は極力省くべき対象だろう。何せ人に「効率的に死ね」等とほざく男だ。勝利の為に浪費を惜しまずとも、それ以上の贅沢を許す筈がなかった


 言われた通りカートリッジを取り付ける。…とは言っても、取り付けると言うよりは、突き刺すと言った感の方が強い。何とも形容し難い鈍い音を立てるそれを、無理矢理スピアに食い込ませるのだ

 そして僅かな抵抗を潜り抜ければ、そこで漸く歯車が噛み合うが如き快音と共に、カートリッジが収まる。何とも、心地の悪い物だった


 「……目標、高高度位置の質量弾。ダリア・リコイラン、狙いを付けます」


 天に銃口向けるKO-スピアを支えるのは右手だけ。両手で安定させようとすれば、返ってズレてしまう。機械の体を御厨はピンと伸ばして、出来うる限り歪みを無くす

 体勢を半身に。極めてクールに。緩く流れる時間は全ての動作を緩慢にして、少々もどかしくすらあった


 (見えるぞ、弾が通る一本道。ダリア、ダリアにも見えるか。この弾道が)


 基地正門部で起こった盛大な爆発すら、御厨の意識を阻害するに至らなかった

 どの様な手を使ったのか解らないが、正門辺りに設置された地雷の類が全て爆破されてしまったらしい。成る程、大仰に土煙が上がる訳である

 檻に、穴が開いたのだ


 『ダリア・リコイラン!! 貴様の名を知ったぞ、ダリア・リコイラン!! そこかぁ!!』


 爆発の直後、先陣切って青いカルハザンが飛び込んでくる。猛速も猛速。他の何にも目もくれず、そのカルハザンは真直ぐと、高所に居るこちらへと向かってくる

 迎え撃とうとした部隊が一瞬で抜かれた。否、相手にされなかった。青いカルハザンは間近のタイプRを踏み付けるとそれを足場に跳躍。一足飛びに距離を詰めて来たのだ


 『軍兵を侍(はべ)らせ、軍兵に守られ、何様の積もりで後曲に居る! 私が戦ったのは、後ろから小賢しく砲を撃つ腑抜けか! その鈍重そうな装甲のせいで、腰まで砕けたか!』


 何処までも勇ましい物だ。彼女の一喝で、半端な男は皆萎縮し、半端な女は飛び上がるだろう。それ程の一喝だった


 『おぉっと、それ以上うちの紅一点を挑発して貰っちゃ困る。………味方の質量弾に巻き込まれる覚悟で来たのは良いがな………お前は俺が止める。まぁ、言いたいのはそれだけだ』


 だが、それが何だと言うのか。御厨の手前百メートルの地点で、青いカルハザン…ルーイはアンジーに止められた

止めるとアンジーが言ったのだから、本当に止まるのだ。彼が戦場に置いて嘘を吐く筈がない。他に誰が来たって、誰一人ダリアと御厨へは到達できないに違いないのだ


 視界から不必要な物が消えていった。残ったのは真っ暗闇の世界だ

 暗い空間に、ポツンと出た月。その横には撃ち落とす標的が煌々と輝いていて、それを御厨は、足場も定かではない闇の中で見上げている


 その中に、僅かにぼやけた一本線。御厨が支え持つスピアから、質量弾へと一直線に結ばれた線。それもまた、煌々と輝いていた


 「……撃ちます…!!」


 二発続けて撃った。コンマ一秒置いて、再び二発続けて撃った

 先程までとは違う、途轍もなく重い反動だった。これが手応えだ。単純に、純粋に、威力を知らしめ、伝えてくれる


 もう様子見は要らない。御厨は一つ吼えて、残った六発を全弾撃ち出した


 (どらどらどらどらぁっぁぁあ!!)


 不可視の弾丸が飛ぶ。闇を切り裂いて、空間を切り裂いて、目標に向かって真直ぐと飛ぶ。吸い込まれていく。見えない筈が、良く見える。撃ち放たれた弾丸が吸い込まれていくのだ。赤い炎の中に

 思うまま貪った。暴れたいだけ暴れた。弾丸は、凶悪だった

 その一秒後に、外殻を穿たれ中身を滅茶苦茶に引き裂かれた火薬の塊は、盛大な花火となって夜空に広がった


 御厨もダリアも、知らず知らずの内にガッツポーズを取る。どうだ見たか。これが俺達の、私達の独壇場だ。神話の時代の、弓の女神も真っ青だ。スパエナ兵、顔を洗って出直して来い


 「ダリア・リコイラン!! 質量弾を撃墜しました!!」


 そこかしこから、通信やら電文やらが送りつけられる。ブラボー、タリホー、ナイスワーク、ナイスショット、それは賞賛の嵐

 目標を撃ち落とし、漸く色を取り戻した世界の中で、御厨はカートリッジを取り替えながら、ルーイの声を聞いた


 『…何でも無い様に、常識を覆していく…………調子に、乗るな…!』


 ロボットになった男


 勢いに乗るトゥエバ兵に下された追撃命令を、御厨は適当に流した。大局的な話は全てテスライに任せて置けば良い。そんな物よりも余程命の危険を感じさせる存在が、目前に迫っているのだ


 ルーイを足止めしているアンジーを手助けしようと、ダリアはレバーを倒す。御厨は即座に駆け出し…直後、慌てて止まった。それをさせたのは、アンジーの一喝

 アンジーが駆るタイプRは、ルーイのカルハザンとガッチリ組み合って、不動のままであった


 『来るな! …ダリィ、とっとと下がって、チキンナンバーズと合流しやがれ。連中、もう動き出してる筈だ…!』

 「な、何でですか?! こっちの圧倒的有利じゃないですか! 戦力の分散は…」


 納得いかないとばかりにダリアは言い返した。理屈は軍事教養のない御厨でも大体は解る。何より「ルーイ」なんて難物と掴みあうアンジーを、置いて行く気にはなれない

 しかし、それを更に遮るようにアンジー


 『「死神」の機体が見えないんだよッ。正門で残存部隊が乱戦を始めてから、急に居なくなりやがった。奴を野放しにして置いたら、何をされるか解らんだろーが!…時間が惜しいんだ』


 その通信に被さって、ルーイが好き勝手言うなとばかりに叫ぶ


 『そこまで聞かされて、おめおめ行かせると思うのか、この私が…!』

 『…ッグ! …へ、矢鱈と力が入ってるじゃねぇか。人殺しが生業の俺達に、今更仲間の仇でも取りに来たかよ…!』


 アンジーの挑発は、悪辣だった。ルーイが息を呑む、が、ルーイだけではない。ダリアもだった

 殺したのは自分達だと言うのに、それすら挑発の材料にするのか、この男は。薄ら寒くて、何とも悲しい

 アンジーはその様子を知ってか知らずか――多分知っていただろう――再びダリアに言った『早く行け!』


 『何が…仇でも、だ…! 何が、何が!!』

 『ハ、そうかよ。憎いのか、俺達が。悲しいのか、間抜けな上司が死んだのが』

 『隊長を殺したのは…お前達じゃ無いかぁッ!!』


 御厨は跳躍した。何故だか解らないが、胸がジンジンと痛む気がした。アンジーの嘲弄を聞くのが怖い。ルーイの泣き声を聞くのが痛い


 アンジーに何も言えない。アイツの背中が悪いのだ。カルハザンを、能力が劣る筈のタイプRで抑え続ける、その背中が。何も言えなくなる


 一足飛びに高所を離脱した。基地の、正門から見て奥深くへ。温存されていた味方と合流するのなら、奥だった


 アンジーの声が御厨の背中に掛かった。その声があんまりにも重たすぎて、ダリアと御厨は、今度こそ押し黙る


 ――憎いのか、俺達が。悲しいのか、間抜けな上司が死んだのが


 『奇遇だな。俺もだよ』


 次の瞬間、御厨の背後で、爆音が鳴った


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 (畜生め! あのストーカー野郎、何処まで邪魔をしてくれる心算なんだ…)


 御厨が腹に溜め込んだ鬱憤は、何が如何捻じ曲がったのか、全てラドクリフ・エスコットに向かっていた

 確かに無関係では無かろうが、御厨のそれは、些か理不尽に過ぎるだろう。それは御厨自身、良く理解している

 だからと言って納得できるかと言われれば、それはそうではない。アンジーの気に中てられたか、ズキズキと痛む胸の底が、余計にそれを助長していた


 陰気は、増長する


 (…もしかしたら、全部……全部、あの男のせいなのじゃぁ、ないか)


 全ての問題の原因は、もしかしたらラドクリフ・エスコットなのではないか。一瞬、そう考える。馬鹿馬鹿しいと思いつつも、一度でも脳裏を過ぎった思考は、無くならない


 そうだ、全てあの男のせいなのではないか。無様に戦場を駆け回らねばならないのも

ダリアと自分が人殺しにならなければいけなかったのも

 ハヤトが死んだのも

 ホレックが死んだのも

 他の大勢が死んだのも

 そのせいで、誰も彼もが泣いたのも


 根拠も何もある訳ではないが、御厨にはそれが酷くしっくりときた。否、そう思いたかった。それが一番、楽だった

 しかし――

(クソッ、………………馬鹿か俺は。頭脳が間抜けか。そりゃ楽だろう、勝手に他人を悪党にしてしまえば)

――それは、正気の沙汰では無いのだ。とても容認できる事ではない


 ただ攻めてくる事しかしないスパエナは、これ最早許し難い悪だ。しかし、だからと言って自分達が完全無欠の正義なのだと言える程、御厨は自信が持てない

 それに、ラドクリフとて軍人だ。命令されれば戦い、そこに個人の善悪の入る余地は無い

もっと言えば、何か理由があるのかも知れない。ラドクリフにも、スパエナと言う国にも


 そこまで考えて御厨は、再び頭を左右に振った。これこそ、馬鹿馬鹿しかった


 (馬鹿か、メタルヒュームの俺が、敵を理解して、どうする………)


 どうせ戦うしか無いではないか。腹の内など関係無い。敵の理解など、無意味どころか邪魔である

 アンジーの言葉が思い出された。敵を理解したら、トリガーが重くなる


 結局は戦うしかない。余りにも愚かしいそれを、この収集のつかない思考の結論とし

 御厨は、意識の海から浮上した


 (全部、この戦いが終わったら、俺はそれを考えよう…)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 イヤな感じがする。そう言ってダリアは、唐突に御厨の機動を止めた

 ふと周りを見遣れば、そこは大型の格納庫が並び立つ正方区画。月明かりでは照らし切れない部分が、色の濃い闇を生み出している。遠くでは、いまだに砲声と爆音が轟いていた


 格納庫は、御厨のようなメタルヒュームを納めて置く為の物だ。ただ、納め置くべきメタルヒュームの絶対数が足りないため、適当な資材や作業機が放り込まれていたと御厨は記憶している

 それらの物も、今回の作戦に合わせて地下に退避させられたため、現在各格納庫は空の状態の筈だが………


 ダリアがピン、と気を張り詰めさせた。御厨は、そろそろとスピアを掲げ構えた


 (成る程、ここは…)    「隠れるのに、うってつけ…!」


 機械の腕を器用に動かして、御厨はスピアの先端部を回転させる

スクリューの軌跡を描いて先端部は回り、程なくしてスピア本体から外れ、御厨はそれを背部の取っ掛かりにマウントした

 これでKO-スピアは、三分の二程度の長さにまで縮んだ。命中精度は大幅に下がるが、こういった場所では、取り回しの良さの方が余程重要だ


 「テスライ司令……こちら直下隊、ダリア・リコイラン。聞こえますか…?」


 ダリアの声に応答してか、コックピットにウィンドウが現れる。最早慣れた作業であるため、隅へ追いやるのは然程苦労しなかった


 ウィンドウは二秒、ノイズだけをばら撒いた。通信不能か、と御厨が首を傾げた時、漸くウィンドウは、テスライの不敵な笑顔を映し出した


 『リコイランか、位置は確認している。D-Cの第二区画だな? ………ふ、君は余程鼻が良いと見える』

 「じゃぁ、やっぱり、ここに…?」

 『そうだ』


 テスライの遠回しな言い草にも、ダリアは慣れた様だった。一々反応していては、気が持たない


 御厨はグッと機体を硬くする。ラドクリフはここに居る。それが今断言されたのだ

 意識しなくとも、四肢に力が篭る。今からあの強烈なプレッシャーの前に立たざるを得ないと言うのなら、それは尚更の事だった


 だがダリアと御厨は、次のテスライの言葉に、クエッションマークを浮かべる


 「そ、それで、死神は何処に?!」

 『……君の真横だ』

 「……は?」


 俄かにテスライは、苛立ったようだった。この男のこんな顔を見るのは、初めてだ

 テスライは、尚も続けた


 『君の真横の格納庫の中に居ると、私はそう言ったのだ。たった今、そちらに回したチキンナンバーズが戦闘に入った。そう、たった今、な』


 その瞬間、ギィンと言う金属どうしがぶつかり合う、鈍い音が辺りを揺らす。ついで、地響き。思わず体勢を崩しかけた


 その地響きに遅れてコンマ一秒。御厨の眼前で十字路を作り出す四つの格納庫。その右手前にある格納庫の壁が大きくたわみ、事態を理解する間もなく、その鋼鉄の壁を突き破ってメタルヒュームが飛び出してきた


 否、否、違う。『飛び出してきた』のではない。『吹っ飛ばされて来た』のだ

 壁を破ったメタルヒュームはトゥエバ軍採用のタイプR。それが後ろ向きに壁を突き破り、轟音を立てて今、ダリアと御厨の目の前に倒れ伏したのである。たった今

 形には鋭い目付きの猛禽類が描かれている。鷹か? 一瞬御厨は考えて、その絵の頭についた鶏冠を確認し、認識を改めた。鶏だ


 ダリアが悲鳴を上げる


 「ち、チキンナンバーズの機体?!」


 もう其処からは、何が何だか解らなかった

 銃声も砲声も爆音もせず、本当に幾許かの間も置かぬまま、衝撃だけが直ぐに来た


 再び大穴の開いた格納庫の壁が軋む。ドン、と一回。ズシン、と二回

 そして三回目で、それは破られた。その内側に押し止めて置いた悪魔を、解き放ってしまった


 『この程度がトゥエバの精鋭では、底が知れる!!』


 飛び出してきたのは、…嗚呼、是こそが『飛び出してきた』と言うのだ


 それは赤い機体だった。銃火器の類は装備していない、機体の各所に線の走る流線型の機体

 突き出した右手には、タイプRの頭部だった物が握られている。壁を蹴り破った左足は、壁ごと蹴り倒したのであろう機体を、踏み付けたままだ

 左手がたった今、直ぐ横に居たタイプRを薙ぎ倒すようにして弾き飛ばした。良く見れば右足には、機体を張ってその動きを止めようとしたのか、半壊したメタルヒュームが張り付いたままだった


 (………………………………魔王…………)


 化物では生ぬるい。怪物では役不足。死神ではひ弱過ぎる。悪魔では物足らない

 暴虐を身に纏い、暴虐の上に道を造る


 月明かりに照らされた赤い機影は、正に魔王だった


 「……な、なに…これ………」

 『チキンナンバーズ四機が、十秒も持たんか。……ラドクリフ・エスコット、…………予想以上だ』

 「これは……、これは、お前がやったのか! あ、あぁぁ!」


 ダリアのそれは、最早悲鳴だった


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

NG

 ルーイ「隊長を殺したのは…お前達じゃ無いかぁッ!!」

 ロイ「呼ばれて飛び出て只今惨状! 俺の名は、ロイ・カフス! 不死身の男だ!」

 ルーイ「…って、ってってって! た、隊長?!」

 ロイ「そう、隊長。昨今にありがちな王道の展開、『実は死んでなんか居ませんよ』で大復活だ」

 アンジー「はぁ?! そんな、ロボットアニメみたいな展開があって、たまるかってーの! 大体そんなら、ハヤトの奴だって…!!」

 ロイ「それは知らん」

 ルーイ「な、な、何だか知らないけど、兎に角隊長生きてて良かったぁぁー!!」感無量


―――――――――――――――――――☆


 ダリア「………………行かないんですか? イチノセ隊長…」

 イチノセ「………………」

 ダリア「……………出辛く、なっちゃったんですね……」

 イチノセ「………………」


何だか、御厨の思考がおざなりになって来てしまった様な気が……。

反省してますだ。


……ラドクリフの旦那、ちと強過ぎたか…。(汗)



[1309] Re[7]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/10/01 20:45
 ――ターゲットをロック。トリガーをスイッチ

 御厨の目の前で、翼を奪われた魔王は、低く唱えた


 『………久しぶりだ。三度目だな、少尉。私と君は今まで二度、相対し、ここでまた銃を向け合った』


 トリガーをスイッチ

 魔王が、ラドクリフの乗機が、纏わり付いていた残骸を振り払う


 『正直な話、私には…否、私達には最早余裕が無い。その上今回、こうも盛大に嵌められてはな』


 トリガーをスイッチ

 ダリアの呼吸がどんどん速くなっていく

 トリガーをスイッチ

その体は必要以上の熱を発し、ぼたぼたと汗を吹き零していく


 『だからこそ、この三度目で勝負を決めよう。一度目は私が退き、二度目は君が退いた。戦場で銃を向けられれば決して生き残れぬからこそ、死神の名。これより後は無い』


 トリガーをスイッチ

 御厨も、だんだんと熱くなっていた

 トリガーをスイッチ

ダリアに引き摺られる様に機械の四肢が鳴動し、視界が狭まっていく

 トリガーをスイッチ

心が細くなっていく


 『私達は負けられんのだ、ダリア少尉。…………………………全力で行く。全力で来い』


 トリガーをスイッチ

 御厨の体が浮き上がった

 トリガーをスイッチ

 ウィングバインダーが高熱を放っていた

 トリガーをスイッチ

 ダリアがレバーを握り締めた

 トリガーをスイッチ

 その腕はカタカタと震えていた

 トリガーをスイッチ

 御厨が前傾姿勢になる

 トリガーをスイッチ

 KO―スピアの銃口は魔王の乗機に向いたままだ

 トリガーをスイッチ

 ダリアがレバーを倒し、御厨の背のウィングバインダーを爆発させた

 トリガーをスイッチ

 同時にダリアは、言葉ですら無い音で叫んでいた


 視界が狭まっていく。世界が狭まっていく。心が狭まっていく。思考が狭まっていく

 全てが、狭まって、逝く


 だからこそ

 トリガーをスイッチ

 銃を撃つ事以外に、ダリアと御厨が出来る事は、存在していなかった


 ロボットになった男


 唐突に御厨は、目を覚ました


 (………っ!! ……な、何だ、何が起こった…? 俺は、一体…?)


 フリーズアウト、思考再開。プログラムリロード。気を失っていたのか、自分は。御厨は己の脆弱さに歯噛みする

 システムセットアップ終了。モニターには00:04の数字が示されている

 これは御厨のプログラムが停止して、詰まる所御厨が気絶して復帰するまでに、四秒もの時間が掛かった事を示している


 その御厨のコックピットでは、ダリアが呻き声を上げていた


 「う、うく、うぅぅ」


 歯を食い縛っている。悲鳴など上げてやるものか、と、その視線は漸く回復したモニターに釘付けだ


 御厨は一瞬の内の思考で、自分が格納庫の中にまで吹き飛ばされていた事を理解し、起き上がった


 (クソッ! 何だ、これは。前面部が丸ごと蜂の巣か!)


 御厨のフロント部は、見る影も無く細かい穴だらけになっている。巨大な剣山を打ち込まれればこうなるのかも知れないが、生憎そんなサイズの剣山は存在していまい

 それよりも、ここまでやられていて一発も貫通弾が無い事の方が驚きだ。腰部装甲を突き破って、ダリアに弾丸が襲い掛かったかも知れないと考えると、御厨は背筋が凍る。この時ばかりは、テスライの仕入れた鈍重な装甲に感謝した


 『成る程、その羽はやはり君が使っていたのか。報告は聞いていたが、やはり面と向かって見るのと違うな』


 格納庫に出来た穴――恐らく、御厨が吹き飛ばされた時にこしらえた穴だ――から、ラドクリフの機体が現れる

 手から硝煙が上がっていた。良く見れば、突き出るようにして開かれた腕部装甲と、そこに内臓されている銃口


 ショットガン。対メタルヒューム戦と言えども、至近距離ではこれほど厄介な武装も無い

 ダリアは荒い息のままで、計器を叩く


 「くぅぅッ! あぁッ!!」


 その途端に、御厨は飛び上がった。真正直に飛び掛ればカウンターに遭う。ダリアは既にプッツン寸前だが、その衝動のままに打ちかかる訳には行かない

 天井に激突して無理矢理停止、そこから鉄骨を蹴り飛ばして、急激に方向を変えた

 代償とも言えよう、急激なGがダリアを襲う。御厨の加重された間接が、ダリアの声に重なるように鳴き喚く


 (は、早ッ!)


 その速度は、御厨の予想を凌駕する物であった

如何にタイプSとは言え、その重量はメタルヒュームのそれである。今の無理矢理な挙動も機敏さが足りず、意表を突く以上の事で出来まいと考えていたのに……

 それがどうした事か、想像を絶する速さだ。例えるとすればそれは木々の間を飛ぶ猿、滑空する鷹の様である


 ラドクリフとしてもその速度は予想外だったのか、通信からは焦ったような息遣いが聞こえた。ダリアと御厨はそれらを無視して、遠慮なく格納庫の床に、“突き立った”


 『何ッ?!』


 寸前でラドクリフは、矢か砲弾の如く襲い掛かった御厨を避けていた。紅い機体が後ろに飛び、先程開いた穴と隣まで引き下がる

 御厨は切迫する。かわされた、避けられた。如何にラドクリフの予想を上回ったとは言え、ここで停滞してしまえば反撃は必至

 何せあのラドクリフだ。寧ろここで逆撃をしかけてこない道理が無い


 減り込んだ足元で粉塵が舞った。視界を隠す霧の様なそれを、問答無用で振り払った

 御厨の思考は回る。ならば、停滞出来ないのなら、停滞しない。動き続け、攻め続ける。それが最上なのだ、と


 (逃げるな!)

 「逃がすもんかぁッ!」


 突き立ち、沈み込んだ機体のまま勢い付けて飛び出す。先程よりも多量の粉塵が舞う

 先程の大滑空が砲弾ならば、今度は槍だ。御厨は姿勢制御などとうに打ち捨て、半端ではない重量の足底で蹴り付ける為、蛇のように動く。それは直進運動


 攻撃の回避は考えていない。回避以前に、攻撃させるつもりが無いのだ。息つく間もなく、それこそ間断なく、攻め立てるのだ


 『クッ! この速さは、真逆私よりも…!』


 飛び蹴りは果たして、咄嗟にラドクリフが前に突き出した、組まれた両腕に阻まれた

 だがそれも完全ではない。無理な体勢からの無理な防御、そして無理な衝撃吸収だ。ラドクリフの機体はガードを弾かれ、無防備な胴体を曝け出す


 「うわぁぁッ! あああ!!」


 ダリアはそれでも御厨を前進させ続け、そして御厨はKO-スピアを構えた


 放つ。肉薄しながら放つ。一発、二発、三発。威力の割りに衝撃は軽いが、それでも高速機動中にそうそう当たる物ではない。それが例え前進中であり、目標が眼前にあってもだ

 自然、放たれる弾数は増えるのだ。しかし、それなりの道理に則って撃ち放った弾を、事もあろうにラドクリフは、軽々避けてしまった


 畜生め、負けたく、無いのに。負けられ、無いのに


 『させるか!』


 それは身を沈みこませてのサイドステップだった。人間臭い滑らかな動きに、それ以上に意味を持つ弾道を見切った様な的確な判断。ラドクリフはその弾を避けた後、お返しとばかりにショットガンバレルを開く


 (…ッ! 駄目か! 避け切れんッ!)


 散弾銃だ。避け切れる道理が無い。あるとすればそれは、物理法則を無視した形でしか有り得ない

 ならばとばかりに、御厨はこちらも身を沈みこませ、ラドクリフに向かって飛び込む。ショットガンの弾丸が拡散するのは当然ながら撃たれた後だ、ならば、上手く銃口の下に潜れれば、被弾を軽減できる


 ダリアがレバーを倒した。同時に計器操作、ペダルキック。御厨はそれこそ、地を舐める様に這い、風を切る様に飛んだ


 ズド、と衝撃。それ以上に耳に残るのは、例え様もない轟音。飛び散った弾丸は格納庫の床を貪り、激しく悲鳴を上げさせた

 弾丸はウィングバインダーの左右の羽、その間を通り抜けていったのだ。被弾はしたが全く気にならない程度。ダリアと御厨は、咄嗟の判断の賭けに勝ったのである


 ――だがラドクリフは、既にその攻撃の腕を振り上げていた


 『奪った翼の力か?! どちらにせよ、良くやる! ダリア・リコイラン!』


 ラドクリフの乗機、その右腕が振り下ろされる


 御厨は咄嗟にスピアの銃底を出した。これで受け止める。出力など考えるまでもなく圧倒的に負けているのだから、せめて装甲にダメージを負う事は避けたい

 この分厚い鉄板ならば、弾く事くらいは出来る筈だ。そんな打算があった


 ――しかし


 「駄目だよ! 引かないで! ここで停まったら、駄目なんだ!」


 ダリアはこの土壇場で、御厨の予想を超えた

 完全なタイミング、完全な挙動、完全な姿勢制御。ダリアは、御厨に身を捻らせた

 この身は突進を続ける最中。異常な熱と速度を打ち出すウィングバインダーは、半端ではない推進力を持っている


 その全てを一直線に通らせ――


 (クソッ! …もう、どうにでもなれぇ!!)


 更に遠心力を加え、こちらも右の拳で打ち出させたのだ


 響く金属音。軋む間接。へし曲がる右腕と右腕

 それは、ダリアがラドクリフを押し切った瞬間だった。御厨がラドクリフの乗機を押し切った瞬間だった。最高に誇らしい、最高に劇的な瞬間だった

 押し切った。ラドクリフは機体のバランスを崩し、大きく仰け反る

 押し切った。これを逃す筈が無い。御厨は半ば信じられないような気持ちで、更に飛び掛る

 押し切った。体勢を完全に崩したラドクリフは、今度こそ御厨の勢いを押さえ込む
事が出来なかった


 御厨が、上からラドクリフの乗機を押さえ込む形で、漸く事態は膠着した。新米パイロットと、最弱たるタイプSで出した、最高の結果だった


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「何で攻めて来た! 何で攻めて来る! お前達が意味も無く、意味も無く攻めて来るから! こんな、こんな事に!」

 『………ク、どうした、リコイラン少尉…! まるで獣だな。今にも噛み付かれそうで、戦々恐々とするぞ…!』


 ギリギリと押さえ込みながら、ダリアが言った。ラドクリフの言う様に、今のダリアはまるで獣だ

ギラギラと光る眼光、荒い息、異常な量の発汗。まるで、暴走寸前


 御厨とて、ダリアに、彼女の激情に引き摺られている。ただただ、体が熱くて仕方がない。まるで、恐怖を何処かに置き忘れてしまったかの様だった。ただただ、熱い


 激情の嵐だった。御厨は今、間違いなくダリアに呑まれていた


 「皆、皆お前達のせいで死んでいく!! イチノセ隊長も! ホレックも! チキンナンバーズ! アップルコット隊! 皆、死んでいく!」

 『……………………』

 「誰も彼も泣いてる! 誰も喜ばない! 誰も!」

 『……………………』


 ダリアが吼え続けた。心底吼え続けた。血を吐くように嘆き、血を吐く様に呪った


 ギリギリと押さえ込む。硬い格納庫の壁にラドクリフの乗機を抑え付ける。ウィングバインダーは、高熱で紅くなっている。それでも炎を吐かせ続ける


 しかしその時


 『………言いたい事は……』


 死神が切れた


 『それだけか………!!!』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

……………………………………………………………………………………

…………え? 休日? 何それ、食べ物ですか?

とか行ってみますた。更新多大に遅れて申し訳ありませんでした。


……しかし、精鋭のチキンを四機纏めて葬るラドの旦那と、それと真向勝負かますダリアと御厨。

なんだか、主人公最強っぽくなってきちまったなぁ…。



[1309] Re[8]:例えばこんな話もアリ
Name: パブロフ
Date: 2005/10/14 22:59
 盛大なギミックだった。ラドクリフの駆る機体は


 『動けば、理由が無くとも人は死ぬ…! それが、軍と言う物だろう…!!』


 次々とガンバレルが開かれる。内蔵式のそれらは一斉に勢いよく飛び出すと、解放の歓喜に身を震わせた

 腕から弾けるように、肩から覗き窺うように、背中からせり出すように、脚部から突き出すように


 『<ワガーズ・レッド>、 バレル・フル!』


 一瞬でラドクリフの乗機、<ワガーズ・レッド>は、例えるのならば、そう。銃の華と化したのだ

 その棘は、凶悪の一言


 『私達が意味も無く攻め立てるから、だと…? 少尉、無知とは罪ではない。…だが、その余りにも極端な物の見方は許せないッ』


 初めに受けた巨大な剣山の如き威力の銃撃、それ以上の火。御厨は吹き飛ばされると言う台詞すら生温いほどの勢いで、しかし吹き飛ばされた


 「あ、あああ……! ゲホッ! ケホ!」


 格納庫の端から端までだ。四肢のみが千切れ落ち、その場に取り残されてしまうかと思うほどの飛び方だった

 ダリアが肺の中の空気を全て吐き出す苦しみに咽る。それに焦りを助長されながら、御厨は壁に減り込んだ体を無理矢理引き抜く。翼は壁よりも硬かったらしく、どうにか無事だ


 (何と言う無茶な機体だ……うぐッ、あのストーカーめ、誘爆を恐れていないのか?!)


 各部の歪みを認識し、思わず御厨は呻いた

 頭に昇っていた血が、一気に下がる。御厨は胆を冷やしながらも、冷静さを取り戻す


 信じられないくらいのダメージとインパクトであったが、辛うじて致命打はなかった。ダリアの直感と、御厨の人間離れしてきた危機回避能力で、発射の直前、どうにか射線から逃げる事が出来たのだ

 そうでなければ、今頃御厨はスクラップになっている筈だ


 何とか体制を立て直す御厨。しかしここは戦場。息つく暇もありはしない

 砲火の硝煙を掻き分けて、ボロボロの御厨にさらに追撃を加えようと、シャープペンシルサイズの円筒形の物体が幾つも火を吐き散らしながら迫(せま)ってきたのだ


 その数は、十や二十では利くものではなかった。少なくともその二倍。しかも、それが二波


 「う、…く! 目の前に、いるからぁ…!!」

 (ダリア!? …冷静になれ! 死にたいのか!!)


 ダリアが何かに耐えるかのように、頭を押さえる。うわ言のように漏れ出る声は、とても現状を認識しているとは思えない

 御厨はそんなダリアに怒鳴りつけつつ、先程御厨が突っ込んで崩れた壁を捥ぎ取り、盾の様にして構えた


 (ぐッおぉぉ!!)    ――着弾


 ペンシル大の大きさとあっては大した威力はない。精々が陸戦隊の携行大型ライフル程度だ

 だがそれも、十が一度に来ればどうが。二十来ればどうか。三十は、四十では。その全ての火は、どれ程の物か

 それは最早、小型の物ならば質量弾と変わりない。御厨の「ヤワ」な機体は、第一波のインパクトを受け止めただけでギシギシと撓(たわ)んだ


 ロボットになった男


 『誰も好き好んで人を殺したい等と思う物か。喜びながら部下に、「殺されに逝け」と言える人間が、どこに居ると言うのだ。戦争など、無ければ無い方が良いに決まっている』


 聞かれれば反逆とも取られかねない台詞を吐いて、ラドクリフはミサイルの第二波、その後ろを動き出していた

 ミサイルは広がる炎が無い。自弾に巻き込まれる事が無いと、そう確信しているからこそ出来る行動だ


 この期に及んで、何て反吐が出る理想論。ダリアからして見ればそうだろう。だからこそ彼女は、ラドクリフのそれを正論と感じつつも、激しく反発した。御厨にはその心の機敏が、自分の事のように解った


 「メタルヒュームに乗って、そんなので目の前に居るのにッ、何で今更そんな事をォォォッ!!」

 『必要だからだ…!』


 ダリアが怒声を上げ、盾をミサイル弾幕に対して垂直に蹴り出す。広い面積一面にミサイルを受け止めて、盾はその物質としての限界を迎えたか、粉々に四散した

 炎が広がり、ミサイルの群れに穴が出来る。御厨はその穴を抜けると、待ち構えていたワガーズ・レッドに肩から体当たりをしかけた


 「必要って何の事だ! そんな、そんな「まとも」な事を言える癖に! 何故なにも言わない! 何故誤魔化す!」

 『それが知りたければ、私について来い、リコイラン! 君の能力は、私の下でこそ永く輝く事を許される! …その時こそ、この侵攻の意味を伝えよう。ついでに、私が君を幾度か見逃し、追い続ける理由も、な…』


 御厨の覇気が衰えた。この男の話を聞けば聞く程、無性に腹が立ってくる。それと同時に…何故か、……何故か……


 ……何故か、とても哀しくなってくるのだ。ここが戦場でなければ、ダリアが兵士でなければ、自分が機械でなければ、そして

 …………ラドクリフが、敵でなければ


 ――それならば、どんなに良いか。馬鹿な事と知りつつ、そう思ってしまうのだ


 「なら…! それなら…ッ、この戦争に意味があるって言うのならッ!!」


 ダリアのそれは、悲鳴に近い。全てが納得行かない。そもそも戦場で、何を喚きたてているのか。自分でもそう思っているらしい

 だが御厨はそれを止める気になれなかった。叫びたいだけ叫べばいい。そう思った


 「あたし達と、貴方達…! ……一体、どっちが正しいんだ……ッ」

 『戦争に、正しいも間違いも無い! ――“人間が居るだけだ”、“私たちのような”!』


 盛大に体当たりした筈が、御厨の機体は勢いを失っていた。御厨は、最初に肩をコンタクトさせたまま、ワガーズ・レッドはそれを受け止めたまま

 ボン、と御厨の内部から、何かが弾けるような音がする。途端に御厨を襲う脱力感。どうやら、御厨の感知できない部分が、限界を迎えて壊れ砕けたようだ


 ………双方ともその状態のままに、静止していた。力が、抜けていった


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 暫し固まって、数分間の沈黙


 戦闘の気配など残っていない。散々に破壊しつくされた格納庫と、ゆらり流れるミサイルの残り火。そして漂う硝煙が、僅かにそれを感じさせるのみ


 ワガーズ・レッドの右腕が、ガチリと御厨の頭部を掴む。慌てはしなかった。それは、戦闘行為ではなかったからである

 仮に、ラドクリフに害意があったとしても、慌てはしなかっただろう。勢いを失った御厨では、この至近距離からラドクリフの駆るワガーズ・レッドを打倒するなど、絶対に不可能だ

 その時は、足を止めたダリアと自分の間抜けを呪って、運命を受け入れるのみだった


 『………………酷い顔色だな』

 「………………そんなこと、どうだって、良い。………教えて」


 頭部送受信予備機器に、無理矢理通信が繋がれる。ダリアの目の前に、サングラスをかけたままメタルヒュームに乗っている、ラドクリフの姿が映し出される


 先程からダリアには、溶岩のような熱が失せていた。口調にも冷静さが戻り、ギラギラと輝く瞳は、しかし力を失いつつあった


 ――頭(こうべ)垂れたその様子は、まるで神か悪魔か、それとも散っていった英霊達か、それに懺悔しているかのようにも見えた


 それは、酷く、無様


 「何故………何故、隊長やホレックは………死んだの……?」


 消え入りそうな声


 『力無き故に』


 返す力強い声


 「なら、なんで、あたしだけ、……今、生きているんだろう……」


 いやだ、と頭を振るように、目を覆い耳を塞ぐダリア


 『その拾った生を生きて見なければ、永遠に解らんさ』


 無理矢理介入して作り出したウィンドウの中で、ラドクリフは不敵に答えた


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 『気が変わった。今回こそ確実に、「こちら」に引き込むか確保するか…或いは殺そうと思っていたが。うむ、君は暫く自由にするといい』

 「………何…? それは一体……?」

 『言葉通りの意味だ。その千乗の才、やはり死なせるには惜しい。しかし無理矢理捕えた所で君は納得しないだろう。なら、今はまだ、自由にしていろと言う事さ』

 「…………………………………」

『………それに自分でも納得できていないんだろう? 君の言う「ホレック」の死に方。何時までも増援を回さないトゥエバ本国。アルキオシティの情報漏洩。スパイ疑惑。…そして、テスライ・ハウゼン。君のトゥエバに対する不信感は留まる所を知らんのではないか』


 ラドクリフがそう言うと、彼の駆るワガーズ・レッドは御厨の頭を掴んでいた手を離し、そのまま背を向けた


 ラドクリフの唐突過ぎる物言いに、御厨は面食らった。一体何が言いたいのだ、この男は

 正直何の事を言っているか解らない。情報を手に入れにくい立場であるため、仕方が無いと言えばそうではあるが……。だからと言って、それで御厨に都合よく世界が回る訳がなかった


 しかし、そんな状況にあろうと御厨は、咄嗟にKO―スピアをワガーズ・レッドの背に向ける。奇妙な感覚に戸惑いを覚えつつ、それでも何とか憎まれ口を叩いた


 (…何だか訳が解らないが…、気に入らないな、そのこちらを見下しきった態度が…!)


 しかし御厨は、直ぐにスピアを下げる他無くなる


 「シュトゥルム止めて」

 (………………………)


 そういわれてしまえば、ダリアに従うしか無い。御厨などよりも余程、ダリアの方がラドクリフを恨んでいる筈だからだ

 ダリアは、スパエナとの戦いで様々な物を失った人間の一人である

 それは御厨とて例外ではないが、その意識差はダリアと比べようもない。そんな自分が、ダリアに何を言い返せると言うのか…………何も言える筈が無かった


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜の闇の中に、今にも高速離脱しようとしていたラドクリフが、ふと思いついたように声を発し――


 『…そういえば、リコイラン。一つ言い忘れて『ここに居られましたか、閣下!』………ターレスか? そうか、良く無事で居てくれた』


 ――唐突に、遮られた。それをしたのは、穴だらけの格納庫に追加の大穴を開けて飛び込んできたルーイの機体だ


 『申し訳ありません、あのジャコフと言う男、予想以上に強かった。恥を忍んで敗走して参りました…!』

 『…フ、そうかね。それにしても敗走したにしては、機体にそれ程損傷が見られないが』

 『………閣下は、首尾よく事を運ばれた様ですね…。基地の外に展開している部隊はそろそろ限界です。最早、メタルヒューム一機程度にかかずらっている暇はありません。撤退を進言致します』


 ダリアが安堵の為か、息を吐いた。アンジーはどうやら無事と見える

 意地悪く言うラドクリフを無視し、ルーイ駆るカルハザンのモノアイは、こちらを一瞬見遣った。だが、それだけ


 意外だった。てっきり問答無用で戦闘になると思ったのだが。御厨は首を傾げる


 『アイオンズ・ジャコフと何があったか知らないが……その分では、あれ程言い募っていたダリア・リコイランと、一戦交える気すらも無さそうだ。……君も甘いな、ターレス』


 どうやら、ラドクリフも同じ事を考えていたようだ。その物言いに、やはりルーイは無視を決め込む。御厨は別件で、(ターレスも名前か)等とズレた事を考えた


 ラドクリフは黙するルーイに苦笑すると、遮られた言葉の続きを語りだす


 『兎に角、だ。私はここで戦闘に突入する前、隣の物資用エレベーターに一つ置き土産をしてきた。有態に言ってしまえば、ダイナマイトを、だ。時限式の物で、簡易CPUでも判別出来る解除コードが組んである』

 (…ふん、それを一体、如何しろと言うんだ)


 もう何を言われても驚きはしなかった。色んな意味でこの男は規格外だ。何を考えているか等と……その本質を理解してはいけない

 最早ラドクリフならば、月を木っ端微塵にしたと言われても、疑いもしないだろう


 …それに正直、爆弾などどうでもよかった。弾けるなら弾けろと言うのだ。別に全人類が滅びる訳でもあるまいに、知った事では無い。そんな自棄である


 ダリアが些か疲れきったように、返事を返した


 「………………それが?」

 『いや、別に何も無いさ。ただ、コレは通信を完全に遮断している今、君にとって大きな可能性となるだろうよ』

 (遮断…? 確かに、通信機能が働いていない。道理でテスライが何も言ってこない訳だ)


 ワガーズ・レッドが、首だけ後ろを振り返る。実に人間臭い動きだった。熟練のパイロットとは、無意識の内に機体を自分の体と同等に扱ってしまう。ラドクリフの挙動は、とても滑らかだった


 『大火事の混乱に紛れて、折の中の鳥が逃げ出す。良くある事だ。…………願わくば、トゥエバからは赤毛の鳥が逃げて欲しい物だが…』

 「…ッ!」

 (何だと、貴様…!)

 『まぁ、好きにするが良いさ、君は』


 安穏と話し続けるラドクリフを、ルーイの声が急かす『閣下、お早く!』

 見れば、彼女は今しがた自分で空けた大穴から、機体を離脱させようとしている所だ。ラドクリフは一つ呼気を吐き出すと、今度こそそれに続いた


 『……ルナイアス・ターレス。それが私の名だ、ダリア・リコイラン』

 『ク、やはり君は甘いぞ。ターレス中尉。これからは大尉にでもなって、一層働いて貰うか』


 最早二人は、ダリアに気をかけるような事はしなかった


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 二人が去り、ダリアは暫し身動き一つしなかった

 しかし唐突に御厨のシステムをダウンさせると、無言のままにコックピットを開ける

 当然の如く、御厨は慌てた


 (な…! ダリア?! まさか!)


 御厨は制御装置も周辺装置も無視して、その行為を止めようともがいた。だがそんな物が叶う筈もない。労せずダリアは外に降り立ち…そして、ボロボロの格納庫の床から、これまたボロボロの御厨を見上げる

 瞳は力を取り戻していた。迷いも何も無い、嫌な目だ。こう言う目をした人間は、大抵何を言っても聞かない

 そんな事を経験から知っている。御厨に今表情があったら、それは間違いなく絶望の色をしていただろう。最早何を言えば良いのか、それすらも、御厨には解らなかった


 「シュトゥルム」


 ダリアが御厨を見上げて呟く


 「…………シュトゥルム」


 もう一度呟く。シュトゥルム、何度でも呟く。シュトゥルム、しつこく呼びかける


 「……シュトゥルム…」


 何度でも、何度でも、だが結局、それしか言わない

 それしか必要無いのか、それともそれしか出来ないのか

 もっと何か言う事はないのか。戦いの事とか、訓練の事とか、仲間の事とか

 言う事は沢山ある筈だ。この身がただの機械では無い事を、ダリアなら知っているだろう?


 だけれどそれしか言わないで、そのままで、それなのにダリアは身を翻す。格納庫の外に、御厨の手の届かない所に、行ってしまう

 手を伸ばそうとしても、伸びなかった。その情感豊かな背を追おうとしても、動けなかった


 咄嗟に御厨は叫んだ。必死になって叫んだ。もっとマシな言葉があるだろうに、そう思っても直せなくて

 だから兎に角叫んだ。それは、自分の名前だった


 (違う、シュトゥルムじゃない! 俺の名前は! 俺は! 『ダリア・リコイラン』の相棒はッ!!!!)


――御厨 翔太


 ダリアが振り向く。何かに驚いたように一瞬身を竦ませ、御厨を向く


 「……―――……―……?」


 ダリアの唇が揺れた。それを必死に読み取った。御厨に読唇術の技はない、だから、間違いかも知れない

 だが、御厨は見た。見て、確信した。ダリアの、些か疑問が混じったような呟きを


 今、後ろ髪引かれる思いを振り切り、再び御厨に背を向け、歩き出そうとしている彼女は

 確かに、こう言った


 『……ショー…タ……?』


 ――ダリア。御厨は、一度だけ、万の思いこめて相棒の名を読んだ


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 結論から言って、ダリアは帰ってこなかった。エレベーターで運ばれた地下でダイナマイトは爆発し、それと同時に、ダリアは姿を消した

 一週間経っても、二週間経っても、ダリアは帰ってこなかった。テスライはダリアを戦争が始める以前には、既に軍役で無かった事にした。死んだ等と思っていないらしく、ダリアを敵前逃亡等の罪で本当に死なせない為の措置だろう


 御厨は戦闘の後、絶対に動こうとしなかった。元の格納庫に搬送され、完全な修理作業と整備を受けても、絶対にその身を機動させようとはしなかった。意地で抑え込んだ

 何故そんな事をしたのか、今でも解らない。最初は御厨に呼びかけていたテスライも、その内諦めた


 アンジーは何をどうすれば良いのか解らないらしかった。元より御厨の事を知らず、命がけで後輩の援護をしてみれば、その当人は消え去る始末。誰よりも落ち込んだのは、実は彼では無かろうか

 ボルトとレイニーはそんなアンジーの尻を蹴り飛ばしつつ、発破をかける。トワインはそれを、黙ってみていた


 御厨の事を知るのは、今のサリファン基地にはテスライとレイニーのただ二人になってしまった。テスライは裏の仕事が厄介らしく、御厨には進んで関ろうとはしない。時々、「まだ動かないつもりか」と言ってくる程度だ

 レイニーは動かない御厨を、それでも担当官として整備し続けた。テスライは御厨が動かないのを、原因不明の一言で片付け、それでも廃棄しなかった。理由が半ば解っているのだから、当然と言えば当然か


 戦争は、何故か一応停止した。会談か何かの有無を御厨は知りようがなかったが、今はどうでも良い事だった


 ――ダリアが消えてから暫くし、御厨は、ついにその意識を浮上させる事すらしなくなった――


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………………………………ロボットになった男、完ッ!

とか言ってしまえたら、楽だろうな、なんて。

これより暫し更新停止。マジに土下座をしたく成る程再開の時期が予測できないので、兎に角申し訳ありません。

しかもそんなんで書いたのがこんな出来かよ! とか言われたら反論のしようが無いですだ。


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