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[1318] 遠い国から
Name: kuruto
Date: 2005/04/18 00:30

俺、田中敬一郎、性別男、20歳と8ヶ月、ただ今ライブでピンチ中。


大学から帰ってきて、ラーメンにお湯を注いだ所までは確実だ、その後PCの電源を入れたと思う。


そしたらどこかに落ちるような浮遊感、気付くと石の部屋の中、そう、中世のお城の地下の部屋って感じかな?。


そしてモニターの向こう側にはローブを着たいかにも「魔術師」といったジジイ、




「ようこそ、異世界の者よ、私が召還主のサバドフだ」


「・・・・勇者とか言って棒渡すんじゃねーだろうな?」





途中から切れた柱や壁(薄いんだ、コレが)が気の抜けた音を立てて転がった。


普通こういうのは人だけを召還するんではないだろうか?


部屋ごと召還するのは非常識・・・いやそんな事はどうでもいいか。



遠い国から プロローグ 「拉致」



「君をココに呼んだのは他でもない、君の知識が欲しいのだ。」


「勇者とは言わないんだな・・・つかなんで俺・・・」


「数ある魔術を習得、この世の神秘を解き明かし研究も一段落ついた、


しかし百年前の召還実験の失敗、封印された塔、そこで君だ!」


どうやら俺の話を聞く気はまったく無いようだ、研究者に良くあるタイプの人間らしい。


話の筋も通っているようでもう一つよくわからない、うちの大学の政経の助教に良く似てる。


「なに、君が危惧を抱いてもそれは無用の心配だ。


私はこう言ってはなんだが天才だ、いざとなれば頭から直接情報を引き出せるし死ぬ心配もない。


重要な情報源を殺す様なもったいない事はしたくはない、10年間溜め込んだ魔力も


使ってしまった、また魔力を貯めて座標軸の固定から始めるような事は気がすすまない。


協力的なら衣食住や身の安全は保障しよう、等価交換と言うものだ。


しかし君が非協力的ならば話は別だ、一定の文明レベルの民だ、損得勘定はできよう?」


一気にしゃべりきったジジイはそう言うと目を光らせた、この間飲み会の時に見た


リーマンに絡んでたチンピラより威圧感がある。


「OK、で、終わったら帰してくれるんだろうな?」


「理論的には可能なはずだ、任せたまえ。」


「・・・さっき10年の魔力とか言ってなかったっけ?」


「なに、要領はつかんだ、今度はさほどかかるまい。」


「具体的には?」


「私の用事が終わり次第と言うことだ。」


・・・俺、日頃の行いよかったはずなんだけどな・・・


「とりあえず場所を変えるか、立ったまま話をするのもちとつらい、茶ぐらいは出してやる。」


「爺さんとは話が出来るようでありがたいんだが、日本語が通じるという事は実は日本でした、とか・・」


「召還した物と意思疎通が取れなんだら困るだろう、記憶してる言語をいじったのだ。


日本がなんだか知らんがその世界とはかけ離れた場所である事は確かだ。」


わざわざ止めをありがとうよ、ジイサン。


その後ダイニングらしい場所に移り、石壁の無言の圧迫から開放された俺は茶を飲みながら今後の事に


ついて話し始めた。


細かく話すと偉く長くなってしまうので要約するが「等価交換の契約」をした。


1.ケーイチはサバドフに知識、技術を提供する


  それが目的だったらしい、本名で呼ばないのは<真名>は大事なので普通通り名で呼び合うそうだ。


2.俺が元の世界に戻れるまで衣食住と安全を可能なかぎり保障する。


  近所でバイトって訳にもいかないしなあ、コンビニどころか本屋もねえ。


3.知識、技術の提供が終わりしだい元の世界にもどす


  つか戻してもらわなきゃ困る、今月コミックの新刊溜まってるし。


4.なお、俺の社会的位置はサバドフの弟子となる。


  奴隷はかんべんな、いるらしいが。


5.こっちの世界の事もある程度(魔術含む)教える事。


  せっかくファンタジーの世界に来たんだ、使えるようになったらラッキー。


6.魔術実験の失敗した跡地に行きそれを報告する、その際封印の杖を回収する事 


  様は失敗した実験を爺さんの代わりに見てこい・・と




この世界の魔術師は他人の為に<何か>を行う場合それに対する等価の代償を求めるらしい。


「どっかの魔術師マンガかよ」


とか思ったが、そうでもしないと魔術の無制限行使が始まって戦争なんかで手がつけられなくなるらしい、


実際五百年ほど前、国に雇われた魔術師同士の魔術の応酬で酷い事になったそうだ。




その後の取り決めで国家間戦争での直接、間接の攻撃魔術の使用は禁止になったそうだ。


おかげで魔術師が契約を結ぶのが難しくなるし、国に雇われる数も一気に減った。


生活が苦しくなるから魔術師のなり手も少なくなってしまったそうだ、生々しいなあ。


だがこれで俺も暇つぶしができるようになった、なにせ電気が無いからPCは動かない。


本棚に本があると言っても(部屋ごとだから本棚や荷物も来てる)一度読んだ本だ、正直つまらない。


こっちの本を(羊皮紙って初めて見たよ)読もうと思ったら読めない、


「魔術でどうにかできないか?」と聞いたら


「一種類だけは出来るが複数はおそらく無理じゃ。」と言われた、不便なものである。


「魔術が少しでも使えるようになればいじれる領域が増えるから複数の言語も可能じゃ、修行じゃのう」


・・・何をいじるのかは聞かないようにする、あまり健康によさそうには思えない。



なんにせよこうして俺の異世界での生活は始まった、某半島の首領様と気が合うんじゃなかろうか?このジイサン。




[1318] 遠い国から 第一話
Name: kuruto
Date: 2005/04/18 00:21

この世界に来てから結構時間がたった、なにせ電気どころかガス水道、何も無いのだ。


日が昇れば起きて日が沈めば寝るしかないのだ、晩に魔術書を読もうと思ったら、結構臭う油に火を灯すか


魔術で明かりを灯すしかないのだが、俺には使えない。そう、俺には魔術の才能はあまり無いようだった。





遠い国から 第一話 「出立」





「それで、使える術は増えたかね?」


朝食の玉子焼きを口に運びながら師匠は尋ねてきた。


「駄目です、色々試しましたが雷撃だけですねえ」


俺は軽く炙ったパンにバターを着けながら答えた。


「しかし不思議じゃのう、基礎の<物を動かす>は器用にこなすのにそれ以外の物はほとんど駄目、炎はおろか


風も水も駄目とはのう」


なぜかしみじみとつぶやきながらパンを頬張る師匠、しかしそういう言い方されると傷つくね、ほんと。


「理屈はわかるんですが、焦点が合わないと言うか対象がぼやけると言うか、固体だと楽なんすけど」


今朝届いた牛乳(フパの乳、外見は一本角が生えた牛の様だった)を飲みながら答える。


つか普通一年や二年ちょろっと習っただけで、魔術をバリバリ使いこなす方がおかしいだろう?カテジナさん。


この世の中、勇者とか実は大魔術師の血筋とか、ご都合主義には出来ていない。


まあ、召還されちゃった事で十分ご都合主義だと思うが、ちと迷惑だな、うん。


「修行がたらんのう、あと五十年ほどみっちり修行したらどうじゃ?」


「勘弁して下さい、俺、早く元の世界に戻りたいんすよ」


パンを食べながら答える、異世界は数年いれば十分だ、ネットの無い世界はヒマすぎる。


約束のとおり現代の知識は既に教えた。最初は感心して色々聞いてきたのだが「この地面は太陽の周りを回ってる」


と言うと笑われた、くそう、無知蒙昧のやからめ、いつか粛清してやる。


「とりあえず頑張って人一人丸焼けに出来るようになったんですから、約束どおり旅行に行かせてくださいよ」


無論人に向かって使った事は無い、切り倒した人間大の木材にぶっ放していたのだ。



「乾燥させる手間が省けて良いわい」とは師匠の言。



「おぬしも物好きじゃのう、わざわざ苦労して塔に行くだけでなくドワーフやらエルフやらを見に行くとはなあ」


(本来の種族名ではないが漢のロマンで俺がそう呼んでいたら師匠も真似しだした)


「旅は漢のロマンですよ」


師匠には内緒だが、元の世界に戻る前に本物のドワーフやエルフとデジカメで記念撮影がしたかったのだ。


せっかくこんな世界に呼ばれたのだ、コレくらいの役得がないとやってられない。


会いに行こうとしたら


「旅にでるならせめて身を守れる術を使えるようにしろ」


と言われてこのニ年頑張ってきたのだ、でなければ才能が無いとわかった時点で修行を投げ出していただろう。


昔本で読んだ事が有るのだが、中世の頃までは国内旅行でさえ命がけだったと言う。


なので自分の身を守る為に必死になったのだ。


剣は使えない、格闘も駄目、体力皆無なひ弱な現代人に道は無い。


炎も風もまったく扱えず、師匠の蔵書をかたっぱしからひっくり返し一年前にようやく雷系が扱える事がわかった。


と言っても正規のやり方ではなく<動かす>術の応用で静電気を作ったのだ。


つまり本当に<動かす>術以外身につかなかった事になる。


イカサマっぽいが攻撃力はそこそこあるのだ、良しとしてもらおう。


「そうそう、おぬしの旅に使う荷馬車ができたそうじゃ、食べ終わったら村に行って引き取ってくるがよい」


俺より一足早く朝食をかたずけた師匠はそう言って塔の上の書斎に姿を消した。





俺も食事を終え食器を片付け師匠のお古のローブを羽織ってから書斎の師匠に声をかけた。


「村に行って荷馬車引き取ってきますが、何かついでの用事ありますか?」


そう言うと書斎の中から


「ちょっと待っておれ!」


と声がした、そして三十分ほどすると中から師匠が顔を出し


「ついでじゃ、今日からコレを身に着けろ」


と言って銀色のプレートを差し出してきた、中央に赤、その両側に青い宝石が二つはまった見事なプレートだった。


「師匠、コレは・・・」


つい絶句してしまったが無理も無い、正規の魔術師を示すプレートだったからだ。


基本的にこれを身に着けていると大陸全ての国で現代で言う外交官特権に似た特権を受けられるのだ、


実際師匠も全部青い宝石のプレートを着けている。


師匠の名前と俺の名前が刻印されていて、偽造は死刑の一級品(?)である。宝石の色は一番下が赤らしい、よく知らんが。


「どうせ帰ってきたら元の世界に戻るんじゃ、いちいち手形取るのもめんどくさい、術も使えて知識もそこそこ、嘘にはならん」


そういって師匠は笑いつつ書斎に戻っていった。





首からプレートを下げて村に行き鍛冶屋に顔を出すと鍛冶屋のロエルが珍しく笑いながら


「おう、ちょうど良かった、荷馬車と一緒に鉈も仕上げて置いたぜ」


と声を掛けてきた。


早速裏で薪を試し切りさせてもらうが、バランスもよくスパッと割れた。


「さすが親方、いい仕事してますねえ」


某評論家の真似をして親方をほめるとすかさず


「あたぼうよ」


と江戸っ子のような返事が返ってきた、言葉が通じるとはいえ妙なファンタジー世界も有ったものである。





この村は<ラファート>と言うのだが最初の半年は皆余所余所しかった、がこの頃は村に下りるたびに


「よう、早く爺さんの後継いでやりなよ」


とか


「うちの娘どう?売れ残っちゃって」


とかえらくフレンドリーに、返す言葉に困る事を言われるようになった。


もうすぐ元の世界に戻る俺としては答えようがないので


「いやー、後を継ぎたくてもその前に旅に出ないといけないんですよ」


といったら


「生き別れの両親を探している」とか


「生き別れの妹を探している」などは良いほうで


「実は国に追われている」「復習の為に魔術を学んでいる」


などの噂が立って非常に困った事がある。





鍛冶屋を出た後、頼んでおいた干し肉やら何やらを引き取り、鳥を一羽絞めてもらってから塔にもどった。


その時、慣らし運転の荷馬車に揺られたのだが解った事が一つある、座布団が無ければ痔になるのは確実と言う事だ。


なにせ現代の車と違ってスプリングが無い、路面の違いが直に来ます、良い事じゃないけど。


乗馬はへたくそな俺だが確かにコレは良い、これならなんとか<ロバ>と名前を付けてやった生物を動かせる。


(この地方ではトリアと呼ばれている馬の様な生き物、二匹目は<ウマ>と名づける予定)


「これで乗り心地が良ければなあ・・・」





晩飯は村で買った鳥を俺の部屋にあった醤油で照り焼き風にして食った。


最初呼ばれた時に食べた料理の不味さに閉口した俺はある日晩飯の作り手を買って出て、部屋に転がってた醤油で


(ラーメンと一緒にコンビニで買ってきたので偶々あった)


鳥の照り焼き風を作った所、師匠にバカウケしたのである。


まあ台所に調味料が3つしかなかった時点で他に作りようが無かったと言うのが正直な所だったのだが。


「コレでおぬしの料理も暫く食べられんのう」


最後の一切れをパンに乗せて食べながら師匠がポツリとつぶやいた。


「ま、醤油もこれでラストですからねえ、他に調味料なんてないし」


俺もさらに残ったタレにパンを付けながら答えた、そう思うと非常に貴重だな、タレだけでも。





「さて、ぬしは明後日から旅に出る事になるが最初は言ったとおり<ダイセ>の町に寄って封じた塔を確認しろ」


師匠もそう言いつつパンにタレを付けていた。


「百年前の惨劇以降、時間ごと封じた塔じゃが同じ世界の者を召還に成功したのじゃ、流石に中のは死んでる


じゃろうから覗いても大丈夫じゃろ」


なんでもこの世界で魔術師の数が少ない理由は百年前の大規模召還に失敗して大魔術師のほとんどが


死んだのも原因の一つらしい。


五百年前の大陸戦争以降、なり手が少なくなってリーチがかかった魔術師の数はそれが止めになったそうだ。


召還できたものの、よくわからないうちに魔術で双方相打ちになったそうだが(確認する前に封印したらしい)


大魔術師(十人ほどの同時召還だったそうだ)でさえ簡単に殺せる者を塔の外に出すわけには行かない、との事で時間ごと


塔を封印したのが師匠だそうだ。


しかし、それが原因でこんな辺境に流されたらしい、政治って難しいね。


「おぬしなら見ただけで解るだろうが解除のワードを唱えても半日程度入るのは無理じゃぞ、後杖の回収を忘れるな」


カップの水を飲みながら師匠は続けた。


「後塔の横に耳長が住み着いておる、それを見たら襲ってはこんじゃろうが気をつけろ」


エルフは食人でもするのだろうか?





後は特に難しい話も無く洗物を済ませてから寝た、明日は旅の準備が出来る最後である。


忘れたと言ってコンビニに寄ったり出来ないので忘れ物が無いようにしないと、ツーリングに行く度に何か忘れるからな、俺。




[1318] 遠い国から 第二話
Name: kuruto
Date: 2005/04/18 00:27

師匠がわざわざ村まで見送りに来た、その後はお祭り騒ぎで村人総出で見送られた。


とりあえず礼を言いながら手を振って<ロバ>に手綱をあてる。


旅立ちの時は何時も歌を歌うのが俺の旅のスタイルだがこんなに大勢の見送りは初めてだった。


「ここまで盛大に送り出されちゃ歌える歌は限られるよなあ」


そんな事を考えて口から出た歌は・・・・


「さーらーばラファートよー、またくるまーでーはー♪」


田中敬一郎22歳、アニオタ、エロゲオタ、ミリオタと三拍子そろった違いのわかる漢。


「まさか、ここまでJASRA○追いかけてこないだろうな?」








遠い国から 第ニ話 「会合」






その日の晩、夜営しながらちょっと後悔していた。


村から町に出るには三山越えなければならないと聞いていたのだが、バイクの三山と、非舗装荷馬車の三山では時間が違いすぎた。


「ま、念のため余裕持ってきたから大丈夫だが、道理で村の連中町に行きたがらねえわけだ」


村の連中に教わってた三山目の水場で日が沈まないうちに夜営の準備を整えた。


初心者キャンパーに多いのだが、晩にならないと食事の準備をしない連中がいる。


キャンプ場などでは問題ないが周り数キロ無人(こんな片田舎では山賊も営業できない)な所では日が出ているうちにテントは無論だが


火も起こしておかないと痛い目を見る事になる、参考までに。


「頑丈でおとなしいが足が遅いとはこういう事か」


傍らで草を食べてる<ロバ>を多少恨めしい目で見つつ、バイクもウマも動いてナンボだと自分を慰める。


なに、制空権の確保は問題ないんだ、西部のドイツ軍よりマシだわな。


晩の食事にパンと干し肉をあぶり、残り二本のジョニ黒を開けて星空を見上げた。


「こうして星空を見上げると某ネズミーランドじゃねえと痛感させられるなあ」


独り言をつぶやきながら、見知った星座が無いのを改めて確認しつつ<二つの月>を眺める。


「ラジオも聞けねえし、寝よ」


どうせこの旅の間は何度も見る事になるだろうから早めに寝る事にした。


座ってるだけでもケツが痛いというのもあったが、噂に聞く軍用輸送機の座席と荷馬車の座席、比べたらどうなのだろうか?


興味深い点ではある。





一夜明けた後日頃の行いが良いからだろうか、綺麗に晴れ渡った道をのんびりと進む。


尾根を越えると遠くに


「村よりは大きい」


町が見えてきた、昼飯は町で食えそうだ。


村の連中の話だと酒も飲めるそうだから当初の予定通りこの町で一泊する事にする。


酒も満足に飲めない生活は体に良いかもしれないが、俺的にはストレスが溜まりすぎる生活だと思う。


タバコは存在すらしてないのでだましだまし吸ってきたが、残りは後ろのリュックにある二箱だけだ。


おかげでこの二年、無理やり減酒、減煙をしいられたのだがその分体力はちょっと上がった気がする。


STR値とCON値共に1UPと言った所だろうか?


後はSANチェックが無い事を祈るだけだ。





この後は特に問題なく順調に旅を続けられた、主要街道を使えたので夜営する事なく(この時代一人の夜営はヤバイ)


ダイセの町までたどりつけた、およそ二週間と言った所だろうか?


町の人間に<閉じられた塔>の場所を聞くと半日ほどで行ける事が解ったのでその日のうちに行く事にする。


旅をしてて気がついたのだが、一般人はもとより兵士も魔術師にあまり関わりたがらない。


普通の人だと町に入るだけで税金がかかるのだが税金どころか荷物もチェックされる事が無かった。


おかげで楽に旅をする事が出来たのだが寂しかったのも事実である、宿屋でも酒場でも誰も話しかけてこないのだ。


時々大きな町で


「うちの領主様が是非にと」


などと言って来る場合があったが、碌な事になりそうにないのがたやすく予想できたので(実際師匠にも関わるなと言われた)


黙って見返してやると大体すぐに転がるように逃げて行った。(「あ?」とか言うとてきめん)


珍獣、猛獣の類と勘違いされてるのではないだろうか?


くそう、無知蒙昧の輩め、何時か粛清してやる。





町から外れた草が生茂る細い道を二時間ほど行くと大きな塔が見えてきた、師匠の塔の三倍はある。


「もしかしてうちの師匠、言うほどたいした事が無いんじゃなかろうか?」


などと考えつつ進んでいくといきなり甲高い音を立てて右手の木の幹に矢が突き立った。


「そこまでよ、それ以上塔に近づく事は許しません!」


凛とした声が森に響き渡った。


内心あせりつつ(矢を浴びせかけられる日本人などそうはいないだろ?)逆行の人影に声をかけた。


ちょっとちびりそうになったのは絶対にナイショだ。


「問答無用で矢を浴びせかけるのがエルフの礼儀かね?」


逆行の人影は耳が長かった。







暖炉の薪がはぜる音を聞きながら改めて挨拶をした。


「魔術師サバドフの弟子、魔術師ケーイチだ」


「ニアと呼んで下さい、塔の守護をしている」


俺の自己紹介より短く答えた、こやつ、なかなか出来るな・・・


茶色のセミロングの髪、目の色は明るい灰色、ちょっと緊張気味らしいが整った顔、背は俺と同じくらいかな?。


ぜひ、ノンフレームの眼鏡をかけてスーツを着て教壇に立って欲しいものである。


後は胸があれば完璧なのだが・・・・



あの後、胸のプレートを改めて見せて塔の横にあるニアの小屋へ案内してもらって今話しているのだ。


「端的に言おう、俺の役目は塔の結界を解除しあるべき姿に戻す事、だ」


俺は躊躇無くそう言った。


その言葉に彼女は複雑な表情を浮かべながら答えた。


「私の役目はこの塔を守る事だ、王国と魔術師の間で約定は交わされています」


「そしてその約定は「事態に対処できると認められるまで」となっていて、それを判断するのはサバドフ、そうだな?」


彼女が発言を終わるや否や俺はそう畳み掛けた。


「・・・対処が可能なのですか?」


彼女は暫く間をあけた後姿勢をただし問いかけてきた。


俺は両肘をテーブルの上に置き、顔の前で手を組み言った



「そのためのNervです」



こういうシュチェーションならこれしかないわな、セリフ。


案の定彼女は考え込んだ後言ってきた。


「その、ネルフとか言うのはなんでしょうか?聞いた覚えが無いのですが?」


知ってたら怖いって。





その後、二人で小屋を出て数分歩き塔の前までやってきた。


塔の扉の前には師匠に教わってた通り杖が地面に突き立っていた。


「*******」


師匠に教わったとおりワードを唱え杖を地面から引き抜いた、第一目標はクリアである。


「結界は解けたのでしょうか?まだ塔の周りが魔力を帯びているようですが?」


隣のニアが不審をあらわに聞いてきた。


「塔の加速されてた空間が、こっちと同調するまで時間がかかるだけだ。明日には入れるだろう」


丁寧に答えてやったのだが


「時間を止めたのでは?」


とか間違いを見つけた2chネラーの様に突っ込んできたので


「観測点の違いだ」


と、小屋へ向かって歩きながらそっけなく言っておいた、どうせ詳しく説明しても理解できないだろう。



俺も完全に理解してるわけではないしな。




[1318] 遠い国から 第三話
Name: kuruto
Date: 2005/04/18 00:32

なし崩しで泊めてもらった翌朝、起きて簡単な朝飯を食べた後ニアと一緒に塔に向かった。


多少の時間差はまだ残っているはずだが入れない事は無いはずだ。


寝た場所がニアの部屋の横にあるダイニング、と言う事で少し寝不足気味になってしまった。


隣で生エルフが寝てると思うとちょっとね。




「全部終わったら記念撮影させてもらわんとな」




田中敬一郎22歳、エルフに萌える漢である。







遠い国から 第三話 「残照」







私の名はニア、ニア・ラミシール、この塔の守護者をしている。


百年ほど前この塔で行われた大規模召還で兄を亡くした。


実験で生き残った魔術師の話だと、召還自体はうまくいったらしい。しかし呼び出した灰色の衣を纏った者達は


鉄の杖から恐ろしい威力の魔術を連発し、あっという間に魔術師たちを殺し尽くしたらしい。


見届け役として居た兄もそれに巻き込まれた。


私が駆けつけたときにはすでに事は終わっていた、生き残った魔術師が最大の結界術を使ったのだ。


この結界の中ではいかなる生物も生き永らえられない、兄もすでに死んでいるだろう。


しかし兄の墓には何も入って無いのだ、ただ墓碑銘が刻まれているだけ。


その日から私はこの塔の守護者となった、再びこの塔が開放されるまで、兄を弔えるまで。


結界を張った魔術師サバドフの言った


「塔の中の者に勝てる術者が現れるまで」


という言葉を信じて・・・・・





塔の前まで行くと予想通り魔力は小さくなっていた。


完全に時間軸が同調したわけではないが、まあ3~4倍程度の差で収まるだろう。


ぬるりとした感触の境界面を抜けて、鋳鉄らしき両開きの扉に手をかけた。


「さて、鬼が出るか蛇がでるか」


錆ついてるのか、えらく重かったが扉は開いた。


開いた扉から見えたのは鬼や蛇の類ではなく、ミイラ化した死体だった。俺は黙ってそのまま扉を閉めた。


「俺が戻ってくるまで絶対に扉を開けるんじゃない!」


俺はそう言い残してリュックの荷物を取りに戻った。


「備えあれば憂いなしとはこの事だな」





扉の前まで戻ると、俺はなにか言いたそうな彼女を無視しながらマスクとゴム手袋を身につけた。


「それはなんですか?私も長く生きてきたつもりですが始めて見ます。」


痺れを切らしたのか彼女が唐突に聞いてきた、持ってきたもう一組のマスクと手袋を手渡し言った。


「マスクと手袋だ、変な物が体に入らないようにするんだ」


「変なものとは?」


彼女が見よう見まねでマスクと手袋をつけながら聞いてきた。


「城攻めとかで投石器を使って、石の変わりに戦死して腐った人間を城の中に放り込んだりしてたろう?」


彼女の手を取り、入れにくそうにしていた手袋を入れてやりながら答えた。


「ありゃ伊達じゃないんだ、水源地に放り込むのが一番なんだが、わかるか?」


「死病ですか?」


顔色を変えた彼女があわてた様子で聞いてきた。


「そう言う事だ」


マスクと言ってもそう大した物ではない、エアブラシ吹く時に使ってた50枚単位の安売りだ。


ま、気休めと言い切ればそれだけだろうが無いよりマシだろう。


そして俺はもう一度扉を開いた、ローブを着た死体が転がっている。


「とりあえず後回しだ、術式所まで行くぞ」


そう言って薄暗い通路を歩き始めた。


師匠に教えてもらったのだがこの塔、一階と最上階が術式展開所になっていてその他は私室などである。


今回目的は杖の回収と召還結果の確認、杖は回収したので後は召還結果の確認、一階の術式所である。


部屋の入り口は塔の反対側になるので扉の横の階段を無視して通路を二人で歩いていく。


程なくして表の扉と同じ様な鉄製の扉が見えてきた、ただ扉は半分開いており死体が倒れている。


「ココが術式所だな」


気持ちを引き締め、念の為いつでも術を放てる様にして扉を開けた。


幸い生き物の気配は何もしなかったが、真っ暗だったので持って来たL形ライトを点けた。


「こりゃあ・・・・・・」


思わず絶句してしまったがそこには地獄と形容して良いだろう惨状が広がっていた。


壁に散った血痕と弾痕、穴だらけの者、上半身が燃えた者、様々だった。


「グリッソム主任を呼びたくなるな」


とりあえず数を数えていると突然彼女が走り出し、一つの死体に縋りついた。


「兄様!」


不用意に死体に触るなと注意しようと思ったが、言葉が出なかった。





泣いている彼女を置いてその場を調べたが、大体何があったか見えてきた。


服装、所持品、数から考えると召還魔法は確かに成功していたのだ。


ただ召還されたのが二個分隊程の、戦争末期の武装親衛隊だったのがすべての原因なのだろう。


背嚢をしょっている所を見ると行軍中だったと思う、しかし黒い制服に赤い腕章、パンツァーファースト。


間違いない、戦争末期、国民総動員法で急造錬成された国民突撃隊だ。


おそらく敵襲におびえながら、戦線に向かって行軍している最中にいきなりの召還、新兵の集団。


そら呼び出したとたんに戦闘にもなるわな・・・・





とりあえず塔の横にシャベルで穴を掘り、彼女の兄貴を除いて埋め終わった頃には日が沈みかけていた。


やばそうな荷物は荷馬車に全て積み、塔の部屋に戻り彼女に声をかけた。


「そろそろ埋葬してあげてはどうかね?それとも一晩このまま放っておく気かね?」


10人目辺りを埋葬した頃から無言の彼女に声をかけた。


「エルフの埋葬が土葬でないなら掘った穴が無駄になるが、あまりそこら辺に詳しくないものでね」


そう言うと彼女は泣きはらした顔を上げて言った。


「有難うございます、本当は私が全てしないといけないのに」


そう言うと彼女はそっと遺体を担架の上に乗せた、そして遺体の指から赤い指輪を取って胸におし抱いた。


俺が最初そのまま持とうとして、遺体がちぎれてしまったので急造した簡易担架を二人で持ち遺体を埋葬した。





その晩、彼女が作った晩飯を食べていると話しかけてきた。


「私の兄は魔術も剣も、王国では有数の使い手だったのです、だから最初塔ごと封印したと言う話を聞いた時


人間が生きてる兄を見捨てて封印したのでは無いかと疑いました」


そうぽつり、ぽつりとと話し始めた。


「兄が生きていればいくら結界の中とはいえ合図を送ってくるか結界その物を破る、そう思っていたのです」


俺は黙って話を聞き続けた。


「いつか兄が塔から出て来る、そう思って私はこの塔の番人を申し出たのです、ですが・・・・」


そう言ったっきり彼女は黙り込んでしまった。


「召還した者達と戦ったのがそこらの王国の騎士団でも、半時立たずに全滅してるよ」


スープをすくって飲みながら話を続けた。


「彼らは強い、よくあれだけの数の魔術師で相打ちに持ち込めたもんだと感心すらするね」


彼女は驚いた様子で顔を上げ聞いてきた。


「彼らを知っているのですか?」


「ああ、だから俺が来たんだ」


無論嘘である、サバドフもここまで考えてなかったに違いない。


「彼らは音よりも早く騎士を打ち倒し、ドラゴンの鱗でさえ溶かす火炎魔法を唱える、塔が吹き飛ばなかったのは僥倖だ」


うん、今度は嘘じゃないな、魔法じゃないけど。


「おそらく急に呼び出されて混乱してたんだろうが、それだけの兵を相手に相打ちにまで持ち込んだんだ、大したもんだ」


最後のパンを口に入れながらそう言った、しかし彼女は暫くの無言の後ポツリとつぶやいた。


「私は、ただ兄が生きてさえいてくれればそれでよかった・・・」


流石にかける言葉が無く、その後は静かな食事になった。





その晩は疲れてる事もあってぐっすり眠れた、そりゃあれだけ穴掘ればなあ・・・・・




ロードランナーじゃねえんだぞ、俺は。




[1318] 遠い国から 第四話
Name: kuruto
Date: 2005/04/20 03:51

翌朝、日が昇ると同時に起きだし顔を洗い、溜まった洗濯物を洗い始めた。


この世界に来てからは洗濯は水だけで済ませてきたのだが、昨日の作業内容が内容である。


バックパックに残ってた合成洗剤を使って洗った。


「洗濯板が無いのは困るなー、ファンタジーはアニメかRPGで十分って事か」


田中敬一郎22歳、根性の無いヌルオタ、過去は顧みない、悲しくなるから。


遠い国から 第四話 「転進」


洗濯物を小屋の裏で乾した後、ニアと一緒に朝食を取る。


「そういやこの後ニアはどうするんだ?守る塔は封印解除されたぞ?」


裏に居た鳥の卵だろう、目玉焼きに塩を振ってパンに乗せて食べる。


「ここは引き払います、王国に戻って報告しなければなりません」


彼女も食べながら答えを返してきた、当たり前と言えば当たり前だ。


「引き払う前に、塔の中の魔法関係の資料をまとめないといけませんが」


ま、そこら辺は俺と同じみたいだ。


杖を回収して(重要なマジックアイテムだからな)魔法関係の書類、召還魔法の陣の記録。


(デジカメで数枚撮りはしたが印刷できないので羊皮紙に写さないといけない、ダルイ)


杖ではないマジックアイテムも回収しなければいけないのだ、過重労働だな。


「一応師匠から聞いてる、エルフの持ち物には手を出すなって、こっちも出されたら困るけど」


人の物は人の物、エルフの物はエルフの物と言うわけだ。


魔法についての資料は、あまり人の目に触れる様な事があってはいけないらしい。


素人が勝手に手を出すと危険なのが理由だそうだが・・・少しぐらいは出した方が良いような気もする。


ま、もうすぐ帰る俺には関係ない事だけど。


朝食後に二人で塔に入り魔術師達の私室などを整理した、特に重要でないものは焼却処分なのだ。


当初は魔法書も出来るだけ持って帰るつもりだったが、焼却処理すらできないヤバイ物が大量に有った。


そこで当初の計画を変更して燃やせるものは燃やしてしまう事にしたのだ。


しかし10人近くの個室を調べるのである、当然手間と時間が掛かる。


「何語だこりゃ?」


当然俺には読めない物も大量に出てきたので一時間程ですっかりやる気をなくしていた。


「書類全部燃やそ」


どうせもうすぐ帰るのである、無理する必要ねえわな。


昼頃、整理していたニアに声をかけて一旦休憩して昼食を取る事にした。


「どうだい、そっちは順調か?」


塔の外を歩きながら聞いた。


「魔術書の類は手付かずです、駄目ですね、先に纏めるべきなのについ兄の持ち物に目がいってしまいます」


そう言ってニア下を向いて寂しそうに笑った。


「あー・・・」


どう慰めたものやらと悩みながら話しかけようとすると、下を向いていたニアが急にこっちを向いた。


最初は怒っているのかと思ったが、視線が俺を通り過ぎているのに気付いてニアが見ている方を見た。


最初は見分けが付き難かったが今なら解る、馬に乗った兵士の集団がこっちに向かって来ていた。


五分もしないうちにやってきた兵士達は、少し手前で下馬し馬を引きながら歩いて来た。


先頭はローブに首から銀のプレートを下げた魔術師、後は8人の兵士達、町の衛兵よりも良い装備をしている。


やってきた魔術師は高圧的な態度で言った。


「ダイセの御領主、ジョラズ・カイレム様付の魔術師クルックだ、この塔は今から御領主様の物となる!」


問答無用だった。


「この塔は私達とザバドフ師の管理下に在る筈です、どう言う事ですか!」


ニアが声を荒げて聞いた。


「どうもこうも有りません、封印された塔は確かにあなた方の管理下に有りますが、解かれた塔は古来の法に


有る様に領主の物、領主付の魔術師が管理すべき物です」


クルックと名乗った魔術師がキッパリと言い切った、問答無用そのニである。


さらに反論しようとするニアを片手で制して聞いた。


「私はサバドフ師匠からこの塔の処理を任されたのだが?」


「私の所にも御領主様の所にも何も連絡は来ていない、異論はこの後、師が正式に書面で行うべきだろう」


問答無用その三だ。


ニアは尚も問いただそうとしたがクルックは


「これ以上邪魔をするなら容赦はせん」


そう言って魔力を練り始めた、後ろに居た顔つきのあまり良くない兵士達も剣を抜いた。


魔力は師匠程ではないが、俺よりもずっと強かった。ニアも魔力を練り始めたが俺はまた手で制して言った。


「解った、塔への立ち入りを認めよう」


ニアは愕然とし、クルックは以外そうな表情を浮かべた。


「何なら私の名と師匠の名にかけて誓おう、塔への立ち入り及び塔の中の管理を認める」


俺がそう言うとクルックは顔をニヤケさせながら


「お受けしよう」と言った。


念の為だろうか、魔力を探っていたらしいクルックは魔術師達を埋葬した所を指差し、タバコを見つけた


高校教師の様な態度で聞いてきた。


「あそこから魔力を感じるのはどうしてかな?魔術師・・あー・・・ケーイチ」


俺のプレートを見ながら言った、そう言えば自己紹介すらしてねーや。


「亡くなられてた魔術師を埋葬した」


あきれた表情を浮かべ、首を振りながら言った。


「シュワク、掘り返せ、グローバー、見張りだ、残りはついて来い」


そう言うとクルックは意気揚々と塔に入っていった。


横を見るとニアがすごい目つきで俺を睨んでいた、その後兵士達がある程度離れた所で聞いた。


「君なら勝てたか?あの人数と魔術師に?」


「だからと言って何もせずに通すのはどう言う事ですか!それに名をかけてまで誓うとは、正気とは思えない!」


突撃エルフに正気を疑われてしまいました、ママン。


「根本的におかしいのだ」


俺が言うとニアがすかさず言い返してきた。


「あなたがか?」


ちょっとばかりむかついた、エルフは総じておつむが弱いのか?この突撃エルフがずば抜けてるのか?


とりあえず心の中の魔太郎ノートにメモしながら言った。


「まず塔の封印が解けた時点でサバドフか関係者の仕業だと解る、なのに難癖をつけてきた、これが第一」


ニアの様子を伺うと一応話は聞いてるようだ。


「塔の接収、確かに持ち主の居ない塔は領主の物だし領主付が管理する事がほとんどだ、しかしこちらが書類


連絡していない事を盾に取りながら自分達も書類は一切出さなかった、昨日まで領主の横に居ただろうにだ」


ニアは少し考え込む様な態度をして聞いてきた。


「あれだけでは運びきれません、本隊が来るのでは?」


「あれから小一時間、馬どころか馬蹄の埃さえ見えないぞ?後続がやたらと遅いと言うのとあわせて三つ目」


俺は指を三本立てながら話を進めた。


「そして俺は大譲歩して塔の中への立ち入りを俺の名で承認した、なのに奴は誓約も何も無しだ、魔術師が魔術師に」


魔術の基本は対価交換、ですよね師匠!と心の中で言いながら指を四本立てた。


「塔の外で墓を掘り返しているのが一人、塔の<中>は確かに認めたが塔の外で無断で掘っている」


俺は五本目の指を立てた。


「しかし俺の持っている杖やニアが持ってる形見には視線を向けながら何も言わなかった、墓を掘り返してるのに、だ」


俺は全ての指を握りこんだ。


「ニアならどうする?」


「え?私ですか?・・私でしたら出来るだけ早く王国に連絡をして正式抗議です、この様な無法、通るわけ有りません!」


やっぱおつむてんてんだな、このエルフ、俺様評価急降下爆撃だ。


「むこうもそれくらいは知ってるだろ、だからする事は二つしかない。一つは根こそぎ巻き上げて、写本の終わった物から


返して行き、重要なものは無視する。ただし彼の面子は丸つぶれだろうなあ、場合によっては査察もあるかも知れん」


「それで行きましょう、時間が掛かるのが癪ですが仕方有りません、ザバドフ師への連絡はあなたが・・・・・」


彼女がそう言い切る前にまた片手で制して言った。


「もう一つは塔の結界を不埒者が破って守護者と相打ちになってしまった場合、誰も何も文句はつけれないだろうよ」


彼女はそれを聞いて最初はまさか・・・と思っていた様だがどんどん顔色が悪くなってゆく。


「最初からヤル気満々だっただろ、あの男」


暫く彼女に考えさせた後切り出した。


「私は残念ながらあの術者とまともにやりあって勝てる自信がまったくない、君はどうだね?」


一応彼女が魔力を練っている所は見ている、俺よりはるかに強かったがクルック程ではなかった。


「だから俺は搦め手で対処しようと思う、反対なら邪魔だけはしないでくれ」


彼女は考え込んでいる、まあいきなり言われても判断に苦しむだろうなあ。


「残念ながら残された時間はもう余り無いだろう、どうする?残って彼の理性に期待するかね?」


さあ、ココが正念場だ、正しい選択してくれよ突撃エルフ。


「・・・・・・解りました、貴方の案に乗りましょう、王国に戻らないと何もできない」


「ま、ずっと一緒と言うわけではないが一時共闘と言うことだよろしく頼む」


そういって握手をしながら耳元で囁いた。


「君は穴を掘ってる奴、俺は門番を片付ける、同時に始末するぞ」


彼女が肯いたのを確認して門番の方に歩いて行った、ミッションスタートだ。


「あー、きみきみ、ちと聞きたいことが有るのだが?」


笑顔を浮かべながら門番に近づく、あからさまに警戒し剣の上に手を乗せている、いつでも抜き斬れる様にだ。


「私もこの後、師匠に報告しないといけないのだが、クルック師の口添えが有れば大分違ってくると思うのだよ。」


そう言いつつ右手の手のひらに金貨を乗せ差し出した。無論弱い魔力は練りつつだが、攻撃魔法とは認識しないはずだ。



とても攻撃魔法と呼べる程の魔力じゃないからなあ。



最初は懐疑的だった門番も、俺の手のひらの金貨を見ると一気に態度が変わった。


「まあ、あの人は金には細かいけど、頼んだらやってくれるんじゃねーの?俺が口聞いても良いぜ?」


そう言って金貨の方に手を伸ばしてきた。


「そいつはうれしいが君の働き一つで十分なんだ」


俺がそう言うと彼は怪訝そうな顔つきで金貨を摘まんだ。


彼が金貨に触れると同時に魔力を開放した。


「雷よ」


金は良質な導電体である、兵士は全身の髪を逆立て失神した。




「雷はこういう時、便利だな」




穴を掘ってる方を見ると、兵が首を剣で跳ね上げられて穴の中に転げ落ちる所だった。


彼女の剣筋は素人見立てながら鮮やかなものだった、空を切る鋭い音がここまで聞えたからな。


少しだけ評価上昇したぞ、突撃エルフ、高度で言えば20フィートくらい。


しかし、結果的に彼はせっせと自分の墓穴掘ってたわけだ、ナムー。


「それで、この後どうするのですか?風と水なら多少扱えますが?」


ニアが剣に付いた血をぬぐいながら聞いてきた。


「すまん、俺、雷しか使えねえの、だからちょっと待て」


ヤバイ品物を積んだ荷馬車に行き、シャベルとハンマー二つ、ペグ二本、缶二つと手榴弾二つを持って門まで走った。


気絶してる兵を中に放り込み、ニア言った。


「このハンマーとペグでココの煉瓦を壊せ、良いな」


そう言って俺も扉の反対側まで行って、扉から二つ離れた場所の煉瓦に力任せにペグを打ち込んで崩した。


後は鉄の扉を閉めて、扉の隙間にシャベルを突っ込み最大出力の雷を打ち込んで簡易溶接。


クルックの野郎もこれで気付くだろうから急がないとな。


そして馬車から持ってきた3ヶ所穴の開いてる缶に、手投弾の信管を捻じ込み、崩れた所に置いた。


彼女が崩した所にも行き同じように缶を置き説明した。


「良いな、1.2.3の合図でこの丸いのだけを引き抜いて全力で逃げろ、あの大木の影が良い、木の後ろで伏せとけ!」


鉄の扉に体当たりする音が聞え始めた、長くは持たない。


「行くぞ、1.2.3!」


俺も引き抜いて全力ダッシュ、木の後ろに先に着いた彼女に飛び掛り大声で怒鳴った。


「目を閉じ口を空け手で耳を押さえろ、今すぐだ!」


そう言いながら押し倒した所で腹に響く二重の爆音と共に塔の基部の半分が吹き飛んだ。


レンガの成れの果てやら何やらが降ってくる。一段落ついた後、目を開け木の陰から覗いて見るとちょうど


塔が下に崩れる所であった。


「生まれ変わったら公園で鳴いとけハト野郎!っゲホゲホ」


砂埃の収まった後、眺めるとあれだけ大きかった塔はガレキの山と化していた。


彼女は驚きの表情を浮かべながら聞いてきた。


「素晴しいお手並みです、魔術師ケーイチ、しかし雷の魔術しか使えないのではなかったのですか?」


「魔法じゃない、科学の力だ」


彼女は「よくわからない」といった表情を浮かべていた。




[1318] 遠い国から 第五話
Name: kuruto
Date: 2005/04/21 02:21

塔をモスクワ辺りまですっ飛ばした後、早速俺は逃げる事にした。


「ニア、町に向かう道じゃなく、裏道か町の反対方向に向かう道を教えてくれ!」


爆発で驚き、興奮してるロバを宥めすかしながら荷馬車につなぐ。


「町からも見えたはずだ、来ないはずの本隊どころか領主の手勢が纏めてやって来るぞ!」


荷馬車に飛び乗ってきたニアが答えた。


「裏の小道に入ってください、多少枝分かれしてますがお教えします、魔術師ケーイチ」




・・・えらく態度が変わったな、この突撃エルフ。




田中敬一郎22歳、逃げ足だけは昔から速かった筋金入りのチキン。



いくら正当防衛っちゅーても「工兵用爆薬でまとめてすっ飛ばした」なんて言ったら檻の中だな。


遠い国から 第五話 「逃亡」


私の名はニア、ニア・ラミシール、塔の守護者をしていた。


今は兄を弔った後、私の横に居る魔術師と逃げている真っ最中だ。


最初は大した魔力を持たない、三流魔術師だと思っていた。なぜプレートに青石をはめてるのか疑問だった。


今ははっきりわかる、私はまったく気付かなかったクルックの思惑にいち早く気付いたのだ。


私は何度か彼と話をした事が有るが、彼は始めて会った時点で彼の思惑を見破った。


そして私の目の前で塔を吹き飛ばしてしまった、正直身震いする力だった。


二時間ほどひたすら荷車を走らせると、少し開けた小高い丘が見えてきた。


とりあえず麓で荷車を止め、ロバを休憩させてやる事にする。


毎朝習慣で入れていた水筒の水を飲み、残りをニアにやった後、服を着替える事にする。


ビニールに包んでいた服を引っ張り出し着替え出すと、ニアが驚いた様子で聞いてきた。


「いきなりこんな所で、何をするつもりなんですか!」


「着替えだ」


ズボンを素早くはいた後、もう一着をニアに差し出す。


「それに着替えろ、着替えたら丘の上まで一緒に散歩だ」


俺がタイガーストライプ、ニアが米軍のBDUに着替え終わった後二人で丘に登った。


「おーおー、早速楽しいパーティやってるな」


ヤバイ物の中から引っ張り出したツァイスの双眼鏡で塔の方を見物する。


「ざっと見て100人程かな?」


町の衛兵までかき集めてきたのだろう、装備がバラバラの集団が塔のガレキを掘ったりしている。


とりあえずざっと見終わると横のニアに双眼鏡を手渡した。


最初はおっかなびっくり覗いていたが慣れたのだろう、食い入るように覗いている。


「さて、どうしようかねえ、遠からず遺体は見つかるだろうから、間違いなく非常線張られるな」


この時代に非常線なんて呼ぶかどうか知らんが、国境に手配されるのは確実だろう。


今までの楽しい観光旅行は終わり、ようこそ、地獄の撤退戦へ・・と。


こちらの戦力は俺と突撃エルフの二人のみ、空軍の支援どころか砲兵支援すら無し、遅滞防御部隊もいない。


敵は領主の配下どころか国その物が敵に回る可能性大・・・





早く日本に帰りたいですパパン。


ニアがようやく双眼鏡を渡してきた、とりあえず首に掛けてから聞く。


「で、お前さんはこれからどうするんだ?」


そう言い終わった所で塔の辺りで砂煙が巻き起こった。


聞き終わる前にもう一度双眼鏡で確認した、砂煙がやけに気になったのだ。


「・・・・・生きてやがったあのハト野郎・・・・」


双眼鏡に映った姿は小さいながらもかろうじて判別できた。


ボロボロのローブ、肩で息をしながら回りに向けてなにか怒鳴っている、この世界の魔術師はチタンで出来ているのか?


「あの爆発で生き残るとは・・・・」


隣のニアは双眼鏡を使わずに見えたらしい、さすが原住民、昼間に星でも見れるのではないだろうか?


暫く様子を見るため草むらに身を隠しながら偵察し続けた、兵を差し向ける方向とは別方向に逃げなければならない。


彼は怒っていた、生涯で最大の屈辱だった、思いつきは完璧なはずだった。


塔の結界が解除された時に、術者に責任を押し付け、エルフ共々葬り去って、失われた知識を独占する。


目障りなエルフも片付き、失われた術を得、術者達が持っていたであろうアーティファクトも得れる。


解除する術者がザバドフだった場合、正攻法ではかなわないので、隙を見て殺すつもりだった。


実際訪れてみると術者は若造だった、魔力も非常に弱かったので後回しにした、それがいけなかった。


あろう事か何の躊躇いもなく、奴は塔ごと私を亡き者にしようとしたのだ。


あの若造は「管理を任せる」と名に誓ったのに、平然とそれを破ったのだ。魔術師の風上にも置けない。


扉を閉められた時、扉を吹き飛ばそうと風の術を編んだ、扉に向けて放った瞬間から記憶が無い。


気付くとガレキの中に埋もれていた、屈辱だった、もう遠慮する必要はどこにもなかった。




「大丈夫ですか?クルック師」


ガレキを吹き飛ばし塔を後にすると、領主の警護隊副長のコーキンが来ていた。


周りを見ると警護隊のほかに町の衛兵もいた、どうやら動ける連中はあらかた来ているらしい。


「守護者が裏切った!こそ泥術者と組んで塔の遺産を奪い取った!すぐに追跡隊をだせ!」


「ニア殿が裏切られたのですか?」


コーキンが信じられない顔つきをした、気に入らない、兵隊ごときがこの私に異議を唱えるのだ。


「うるさい!この私が嘘などつくか、あの女狐、最初からそのつもりだったのだ!」


近くの兵隊に辺りの捜索を命じる、そう遠くに逃げたとは思えない。


「あのニア殿がその様な事を・・・兄上をあんなに慕っていらっしゃったのに・・・」


信じられない事にこのバカは未だにそんな事を言った。


我慢がならず殴りつけようかと思ったが、その言葉で一つ素晴しいアイディアが出た、やはり私は平民とは違う。


「コーキン、何人か使って墓を掘り返せ、急げ!」


「・・・クルック師、いくらなんでも墓を暴く・・・・・」


このバカは尚も逆らおうとしたので、指先に火を点して言った。


「お前も死人の仲間入りをしたいか?」


コーキンは青ざめながらながら墓を掘り始めた、なぜ最初から行動できないのか、やはり無能だ。


クルックが行動を開始したのは突然だった、周りに当り散らしてると思ったらニ、三人で墓を掘り返し始めた。


まだ墓のアイテムを諦められないのかと思っていると、死体を引きずり出して周りに向かって怒鳴っている。


最初は何がしたいのか解らなかった、しかしいきなり死体を蹴った時にひらめいた。





「出て来い、守護者!さもなくばこれを燃やしてしまうぞ!」


私は逃げたエルフに向かって声を張り上げた、アレが本当に兄思いなら出てくるはずだった。


「早くしろ!冗談で言ってるのではないぞ!」


足元の死体を蹴りつけながらさらに声を上げた。


「クルック師、あまり御無体な事は・・・」


コーキンのバカが寝言をほざいたのでとりあえず殴った。


ニ、三回蹴りつけたが反応が無かった。


あの短時間に逃げおおせたと言うのか、すこし焦りを感じた時に一人の兵士が声を上げた。


「クルック様!森の奥に馬車の轍がついています、南です!」


信じられない事にすでに逃げたようだ、周到に馬車まで用意して。


「すぐに追え、何をぐずぐずしておるか!」


周りののろまどもがようやく動き出した、まったく度し難い無能共だ。


「念の為、エルフ共の国境に張り付いてる島流しに連絡しろ、この国から絶対にエルフを出すなとな」


「ヤバイ」


奴が死体を蹴った瞬間横の雰囲気が変わった、取り合えず横のニアに体当たりした。


予想通り飛び出そうとしていたニアを捕まえる事ができた、くそ、この無鉄砲突撃バカが。


「離して下さい、あの外道を地獄に送らないといけないのです!」


「それが奴の狙いだ、今出て行ったら即、殺されるぞ!」


暴れるニアを取り押さえようとしたが力が強い、正直振り切られそうだった。


「あの男を地獄に送れれば後はかまいません!」


尚も暴れるニアに手がつけられなくなった、俺が関係なきゃ正直ほっておくのだが今はマズイ。


「離しなさい、邪魔です!」


聞いた瞬間諦めた、説得はムダだろう、だから揉みあってる今が最後のチャンスだ。


「雷!」


首筋に一発躊躇なく放った、ま、多分生きてるだろう。原住民は丈夫らしいから。


荒い息を整えながら(正直もう持たなかった、さすが原住民、体力ありやがる)塔の方を見た。


一部の兵士が、裏の道を進みだしたのが双眼鏡を使わずとも見て取れた。


「やべえ、やべえ!バレタ、バレマシタ、早く逃げなきゃリアルで死ぬよ!」


冗談ではない、こんなどことも知れない所で、虫の餌なんざ洒落にもならない。腰を浮かして逃げようとした時足元のニアに気付いた。


正直見捨ててやろうかとも思ったが、相手に情報が漏れるのはもっとマズイ。


奴らはまだ普通の魔術師とエルフが逃げてるだけだ、と思っているだろう。


ほって置いても回された後に殺られるだけだと思うが、万が一俺の情報が漏れると厄介だ。


ニセの情報持たせてわざと捕まえさせようかとも考えたが、師匠の名前もバレてるし時間が無い。


今の時点では少しでも情報を渡さないほうが良いだろう、担いで斜面を駆け下りた。


「オタクに体力求めるなっツーの!」




・・・・「俺の歌を聞けー!」って歌って踊ったら、平和にならないかな?・・・・やっぱ無理だろうなあ・・・・




[1318] 遠い国から 第六話
Name: kuruto
Date: 2005/04/21 02:15

なにか解らないが、良い香が辺りを漂っていた。


暗くてはっきりしないが、あの魔術師が目の前に居るのは解った。


あの時もみ合った後から記憶が無いが、間違いなく目の前の魔術師の仕業だろう。


まだしびれる体を動かして魔術師をにらみつけた、正直どう話したら良いのか解らなかった。


兄の遺骸を冒涜され、無力にもここまで逃げてきた事になる。名誉を回復しないと領地の父に申し訳が立たない。


塔の守護者として百年余、結果野良犬のように追い立てらている、何と無様な事か。




私の名はニア・ラミシール、無力なただのエルフだ。







遠い国から 第六話 「契約」







ニアを荷台に放り込んで、念のため手足を結束バンドで括って荷馬車を走りに走らせた。


真正面からぶつかったら死、追いつかれても死、文字通りのデッドヒートだった。


陽が落ちてからようやく丘の上で夜営の準備をした。


逃げてきた方向を重点的に見張ったが、兵に追いつかれた気配はしない。


ま、この時代に夜間行軍なんざ自殺行為に等しいだろうが念の為、だ。


未だに目覚めないニアにちょっと不安を覚えたが、息をしてる様だったのでシュラフの上に寝かせた。


焚き火はまずいので、この世界で初めてバーナーで湯を沸かした。コーヒーかスープか迷ったが結局スープ


にする事にした、コーヒーは朝の方が良いだろう。





粉を湯に溶かしていると目が覚めたのだろう、ニアが体を起こしてこっちを見ているのに気がついた。


「おはよう、お姫様、手荒く扱ったのは謝るが自殺は俺の目の届かない所でやってくれるとありがたい」


カップにスープを注ぎながら言った。


「・・・なぜ止めたのですか」


暫く言いよどんでいた彼女がポツリとつぶやいた、とりあえずスープを一口啜った。


「等価交換だ、君には小屋に泊めてもらった借りがある、ただそれだけだ」


無論嘘だが、正直な事を言ったら即死フラグだろう。


飲み終わった後、残りのスープをカップに移しニアに手渡した。





「私は兄を弔うために志願して、塔の守護者になりました」


スープを飲みながら彼女はポツリポツリと語り始めた。


「本来は兄の代わりに私が、小さい領地ですが継ぐ事になっていました」


そういって彼女はまた一口スープを飲んだ。


「父は未だに領地を治めています、とうに隠居する年なのに・・・」


彼女はスープを飲み干して俺に返してきた、こういう話は素面じゃやってられない。


水で濯いで今度はジョニ黒を入れて彼女に手渡した。


「兄を弔い次第領地に戻って父の後を継ぐつもりでした、しかし兄は墓を暴かれ辱められた!」


そう言った彼女はカップを煽って咽た。



「・・・・これは何ですか?」


「ただの酒だ、お子様にはちと強すぎたかもしれんがな」


俺は答えながら瓶を煽った、美味いよな、コレ。



「父にあわせる顔が有りません、ラミシールの名は汚されたのです」


ちびり、ちびりと飲みながら彼女は続けた。


「父にあわせる顔っつーても、国境にはおそらく手が回ってるぞ」


俺は飲みながら答えた。


「会うどころか、生き残る事、それ事態が問題だと思うのだが?」


バックパックのポケットに有った柿ピーを食べながら言った。


「このまま生き残れなかったら汚名確定だぜ?」


袋を彼女に手渡しジョニ黒をさらに飲む、やっぱ酒のなかじゃコレが一番だな


「鳩の野郎が考えていた手は、一見うまい手の様に見える、だが穴だらけだ」


目が夜の闇に慣れ、怪訝そうな表情の彼女の顔が見えた、どうやら理解してない様だ。


「まず第一になぜ兵士八人で先行したのか?死んだ兵の遺族にとっちゃ大問題だわな」


考えさせるよりも問題を把握させる方が大事だろう、この際一気に言ってしまう事にした。


「第二に俺の師匠に話が行ったとしよう、確実に信じないな、理由があるから」


実は召還されて後は帰るだけなんて、鳩の想像の域を超えてるな、うん。


「第三に、君の父上がこの話を信じると思うかね?ん?」


彼女はむきになって答えた、多少酔ってるのかも知れない。


「絶対ありえません!そんな与太話を信じる父上では・・・・」


「そう言う事だ」


もう一口だけ飲んでから一気に言った。


「必然的に疑いは鳩の野郎にかかる、事は国を跨いでの問題だ、そうなると奴の手には負いきれなくなる。


エルフからはそんな事は無いと言われ、師匠からも絶対に無いと断言され、証拠はないわ一度埋葬された後は


有るわ、真っ黒だな」




瓶をしまいながら問題をまとめる。




「俺達が死んでいれば問題にならない、逃げようとしたので殺しました、抵抗したので殺してしまいました。


証拠も何も無い、文字通り死人に口無し、だ。しかし生きてると困る、公正な場で取り調べられたりすると


奴は身の破滅だ、だから必死になって俺達を追いかけ殺そうとする。解るか?」


彼女も話の重要性に気付いたのだろう、カップを空にして俺の話に聞き入っている。


「この話の終着点は四つしかない、第一に師匠の所に駆け込む、奴らは手の出しようがなくなる、俺の師匠は


強大な魔術師だ。第二に君の父上の所に駆け込む、その先は国家を介したやり取りになる、コレも奴らには


手の出しようが無くなる。そして第三が俺達の死だ、全ての問題はおそらくそれで終わりだ、師匠も、君の父上も


どうしようもなくなる、なにせ死んでいるんだ、死人を蘇らせたりできない限りどうしようもない」


俺は一旦そこで話を止めた、暫く辺りが静寂に包まれた後、おずおずと彼女が聞いてきた。


「あの、第四の、最後の終着点はなんでしょうか?」


ここではっきり言って置かなくてはならないだろう、彼女には彼女の、俺には俺の立場が有ると言う事だ。




「それを今の君に話す事はできない、なぜなら運命共同体ではないからだ。端的に言うと利害が衝突する


可能性が有る、そういう相手に自分の持ち札を全てさらすような事はできない」


彼女は一旦固まった後俺に食って掛かろうとした、それを片手で止めながら説明した。


「この場で俺が目指すべき行動は第一か第四になる、君が同行してる場合においては第二も有りだろう


反対に君の場合は第二、第四の目標を目指すべきだと言える、当然俺が同行していれば第一も有りだ」


彼女はそこまで聞いた後に言った。


「それで問題無いと思いますが?」


やはり彼女は甘い、蜂蜜練乳ワッフル並みだな。


「問題は二人が別行動とった場合、どちらかが敵に捕まった場合に問題が発生すると言う事だ」


一旦間をおいて一気に言った。


「たとえば君の父上を頼って君が捕まった場合、私は身動きが取れなくなる、反対に私の師匠を頼った場合も


私が捕まるか死ぬかすると君は動きの取りようが無くなるだろう、そして最大の問題は二人が別行動を取った


時に私の目指す第四の目標が敵にばれる恐れが有る事だ」


彼女は怒った表情で言った。


「貴方は私が裏切るとでも言うのですか!」


やっぱりだだ甘だ、サッカリンも混ぜてやがる・・・・・。




「人間、生きてる限り歌わせる方法なんていくらでも有るんだ、君は人間の汚い所にまるで無知だ、無知すぎる」


反対に穢れを知らないと言えなくも無いが、世の中を泳ぎ渡るには余り有利ではない事は確かだ。


「いったい私にどうしろと言うのですか!」


彼女は半分泣きそうな表情で怒鳴るように言った。


「魔術師には絶対の法則が有る、これは術の行使にも関わる事だ、解るか?」


「・・・・等価交換、ですか?」


「その通り」





彼女は暫く考えた後に言った。


「いくらお支払いすれば良いのですか?名に掛けて、出来る限りお支払い致しましょう」


「解っていない、君はまったく理解していないニア!この場で金で雇える様な者を君は信じる事ができるのかね?」


「ではいったい何をお支払いすれば良いのです、宝石ですか、地位ですか?それとも強力な魔法具ですか?」


「・・・それらは総じて金を払えば買える物でしかない、根本的に同じだ」


馬鹿を相手にするのは予想以上に疲れる、もし彼女が気が付かなかったら悪いが見捨てよう。





「もう私には支払うべき物が・・・私には・・・・私自身を売り渡せと言うのですか貴方は!」


おおう、ぎりぎりで気付いたようですよ、このお嬢さん。


「見損ないました、貴方が奴隷を欲しがるとは!」


・・・ちとずれてるんだよね、この人、ま、ぎりぎり及第点かな?





「正確に言うと私が欲しているのは絶対的な命令権だ、身内の死体にケリを入れられたくらいで下を見て100人は


くだらない敵兵に単身で突っ込むようなバカは足手まといでしか無い」


彼女は納得のいかないような表情をしている、ここで気付くようなら最初から気づいてるわな。


「俺が君なら必死に逃げて、相手を越える力を手に入れて、彼が得意の絶頂の時に横から思いっきり叩きつけ粉砕する、


そう、完膚なきまでに粉砕する、自己の絶対的有利状況を得てから、だ、俺は死体よりも生者に価値を見出す、


なぜなら前者は歴史に名を残すだけだが後者は歴史に名を刻む事が出来るからだ、その為にはあらゆる手段を取る、


そう、あらゆる手段だ!他人に下げずまれ塩を撒かれても生き残る!そして最終的には全てを見返す、そう、全てだ!!」


一旦息をついでから言った。


「自殺志願者に背後を任せて戦うなんて御免こうむる、まだ誰も見ていない所で抹殺し敵に対して不確定要素としての


要因を与える方がはるかに有利だ、俺は生き残りたい、だから今の状態の君を抱え込みたくない」





少しの間、辺りを静けさが包み込んだ、耳が痛くなるような静寂だった、そしてニアは言った。


「・・・私の価値は脱出を依頼するくらいしか無いのですか?私の存在を掛けてならばもう少し価値が有る様に思えるのですが?」


「・・・・例えば?」


「貴方風に言えば彼の完璧なまでの抹殺、破滅、かの者には哀れな最後が似合うと思うのです」


彼女は俺の目をじっと見つめていた。


「俺は故郷に戻るため師匠の所に戻るつもりだった、しかし俺の故郷では奴隷制度は違法だし俺自身も好みではない」


そして彼女の目を見返しながら最後の条件を伝えた。


「俺が故郷に戻るまでの間の君の存在、それが報酬だ、多少故郷に戻るのは先になるだろうが君には十分その価値がある、


俺個人でも少々借りがあるのでな」





それが契約の最後の確認だった、そしてそれは彼女の口から伝えられた。


「それでは正式に依頼します、魔術師ケーイチ、報酬は私の絶対の忠誠、私の真名はニア・ラミシール・ヴェガ・ジャルマーラ」


「忠誠と言う表現は余り好きでない、奴隷はもっと好きでない、だから君は今日から私に使えるメイドだ、ニア・ラミシール


・ヴェガ・ジャルマーラ」


「私の全ては既に貴方の物、お好きなようにマイマスター」




今の流行は「ご主人様」の方なのだろうか?ふとそう思った。




[1318] 遠い国から 第七話
Name: kuruto
Date: 2005/04/22 02:53

あの後はつらい逃避行だった。この世界では夜間行軍をしないのは分かっているので、ニ交代でぶっ通しで走り続けた。


夜間の明かりはL型ライトに赤色フィルターを付けて馬を引き、昼は焚き火を炊かず、バーナーで暖めた数少ない米軍レーション、


と言う悲惨な食生活だった。(付属のヒーターはろくに温まらないので使わなかった、飲み水は大事なのだ)


しかし馬の扱いには手を焼いた、水はえらい飲むし、餌もやらないといけない。ニアは馬の扱いは巧みだったが俺、苦手なのよね。




「あの鳩野郎、この借りは絶対に返してやる、恨みの利息に法定利息なんて無いのだと言うことをたっぷり教えてやるぜ、ふふふふふふ」




田中敬一郎22歳、この頃危険な事ばかり考えている漢の中の漢。




「なにせメイド連れてるんだからな、全世界25億のメイドスキーが涙した!だな」


遠い国から 第七話 「破綻」


強行軍につぐ強行軍で迂回した後、俺達はこの国の首都、王都「アリンソール」にもぐりこんだ。


昔から言われる通り、木を隠すなら森の中、人を隠すには人の中、と言うわけである。


無論ここが目的地では無い、経由ポイントなのだ。


行軍には十分な補給と情報、それに目的地までの安全性が必要なのだ。が、いかんともしがたい事に三番目の安全性の確保だけは


非常に難しい、なにせ追われる身なのだ、無実だけど。


そこで補給と情報だけは出来るだけ完璧を心がけるために王都に来た。


ハトポッポの野郎もまさか堂々と王都にもぐりこむとは考えてないだろう、最低限の手配しかしてないはずだ。




ニアには自信たっぷりに説明し、衛兵に金を握らせて王都にもぐりこんだのだが、流石に門をくぐる時には


内心冷や汗ものだった。


一番の盲点であると思うのだが、流石に司法、行政府あたりは押さえられてると見て良いだろう。


無論駆け込む気もさらさらないが。


王都に来たのはあくまで情報と補給の為である、あとは安全性の代わりに偽装を施す・・と。


此処で裏に手を回して商人に成りすますのだ、「レジェンド」は既に考えてある。


エチゴの村出身のちりめん問屋「ミト・ミツクニ」とそのメイド「エマ」である、もし日本人が居たら一発である。


無論髪の色やカットを変えて、エマは髪を染めた後出来るだけ伸ばすように指示している。


最悪髪を切るのはどこでも出来るが、伸ばすのは鬘を被るくらいしか無い。あ、魔法があったか?


エマに全て指示を終えると


「なぜそんなに手馴れているのですかマスター」


と言われたが、ほめ言葉と受け取っておく事にする。


現代のオタクは偏った知識だけは履いて捨てるほどあるのだ。




最初はどこか落ち着かなかったエマも二月ほどすると慣れてしまったようだ。


やる事が無いと碌な事を考えないが、そういう時は考える暇が無いほど忙しくするのである。


エマの場合は徹底的なメイドとしての教育と言う事になる、軍の新兵訓練の応用だな。


情報の方も順調に集まり、今では商人達と酒場で


「今年は北の小麦の出来が悪いようで」とか


「南の方ではエールが高値で引き取られるそうで」など平気で話せるようになった。


手形の方も三日前に手配が終わり、後は商品を仕入れて目的地に旅立つだけになっている。


愛着は有るのだがロバと荷車を売り払い、残っているのは「商品」名目で預けてある「ヤバイ」荷物とかだけである。


此処まで一緒にやってきた戦友との別れはつらかったが、脱出時に見られていて足が付いたりすると最悪である。




またエマも教育だけでなく服装もきっちりさせた、黒のワンピースにレースつきのエプロン、レースのカチューシャ。


見えない所にも気を配り、下着はシルク、ガーターは銀細工職人に特注した。


ゴムが無いので伸縮性の一番高い綿生地を使用した物になったが漢の夢である、妥協できない。


全国1億のメイドスキーの同志はきっと解ってくれると思う、それで本望である。




合計で考えると金は恐ろしいほど掛かった、師匠から預かった金はすぐに消えたが、塔でこっそり持ち出した


宝石類(遺体から剥いだ訳ではないので勘弁してもらおう、鳩野郎に取られるよりマシだと彼らも思ってる、うん)


が良い値を付けたので、少々処理したら事足りた。


後で掛かった金額を漏らした時にエマに呆れられたのは内緒だ。


最後にコレも特注で注文を出していた度無しメガネをかけて完成である。


エルフ耳メガネっ娘メイド、ああ、漢の夢の集大成が此処にある・・・・神様、この為に私を此処に呼んだのですね・・・


エマも感激したようだ。


「・・・確かに、父上でさえ今の私を見ても私だと解らないでしょう、マスター」




こうして供としてエマを連れ回す頃には、回りは完全に俺を腕利きの商人と勘違いしていた。


身奇麗な供を連れ、その供は見る人が見れば一発で解るほど金を掛けている。


商いの情報にも詳しい(軍が動いているのは解りきっていたので小麦を買って寝かせるよう薦めた)上資金もある。


なにせこの二ヶ月、この町を訪れた商人から上質の綿生地を即金で市場より数%高い価格で引き取っていたのだ。


一度ダイセの町からの通信使とすれ違ったが見向きもされなかった。


集めた情報だとエルフ王国領と接している所で活発に軍を動かし、出入国取り締まりも非常にきびしいらしい。


後、一般には軍の意図がまったく不明な北の辺境で、軍を展開して臨時の関所まで作っているらしい。


その日の晩にエマと祝杯を上げ、走り回っているだろう鳩野郎を肴に飲みまくった。


「あの男が見当違いの荒野で必死に走り回っているのを想像するだけで溜飲が下がります」


「ま、彼にはもっと活躍してもらわないとな、道化として、ふふふふふ」




「好事魔多し」はるかな昔から言われていたこの言葉を味わう事になるとはこの時、露とも思わなかった。




数日後、良質の綿の反物を(エマの服の材料にもなった)纏めて大型の荷馬車に積み王都を旅立った。


門番は荷物はある程度調べたが、苦労して手に入れた手形は碌に見ず


「いってよーし!」の声とともに王都を旅立った、その後の旅も順調だった。


手形も碌に見ずに


「ようこそ、ようこそ、ご利用有難う御座います」と丁寧な出迎え、宿によっては知ってる商人も居たりして話の


相手に困る事もなかった。




ドワーフと王国の貿易は鉄製品、皮製品、金銀細工、塩が王国に流入し王国からは小麦、大麦なの消費物資


ばかりらしい、と言うかそれ以外ろくに売れなかったそうだ。


「俺はちりめん問屋だから綿の反物を持って行くぜ!」


と買い占めた後に言うと周りから大丈夫か?やばいんじゃないのか?等の声が多かったが王国で当初以上


に軍の行動が長引き、小麦や大麦でさえ輸入した方が儲かる目が出てきている状況では他に商品が無かった。


正直鳩野郎を恨んだが、軍を率いてる彼も出費が嵩んでいるだろう、ざまあみろ。




馬の扱いはエマの方がはるかに上手かったので一任し、俺は見張り専門で旅を続けた。


そして付いたのが最後の難関、ドワーフ氏族連合との国境関所である。


今でこそ言うが当初エマはこの計画に乗り気でなかった、ドワーフとエルフは余り仲が良くないらしい。


ま、戦争やってるわけでもないし、今のエマなら大丈夫と踏んでここまでやってきた。




流石にコレまでのなあなあの検査と違い数量、手形を徹底的に調べられた。


エマの出自も相当聞かれたが、あらかじめの打ち合わせ通りに答える。


しかし止めは「人間がエルフのメイドを雇っている」と言う事だったのだろう、異例の速さで許可が下りた。


もしこれが護衛や共同出資者だったら徹底的な調査を食らっていただろう。




そうして俺達は「ドワーフ氏族連合国」首都ポルソールへ向かった。


実は出立前に、王都で師匠宛の手紙を村長宛で出していたのだ、3人の手を渡った後に通信使に託され返信は


五つの酒場と間に逃げ足の速そうな子供を挟んだ挙句、氏族連合の首都ポルソールに有る逗留予定の宿屋、


「兎帽子亭」着付けになっている手の込んだものだ。


エマも親父さんに送ろうかと思ったらしいが、制限を食らってる国境で彼女の父宛の手紙など敵に宣伝するのと一緒だと


言うことで諦めさせた。




そうして国に入ってしまえばもう追いかけて来る者もいない、のんびり旅を楽しみながら首都に入り、兎帽子亭着付けの


返書を受け取ったのだ。


取り合えず食事の前にあてがわれた部屋で手紙を読む事にする。


先にざっと目を通してくると言ったマスターが、2時間以上立つのにまだ戻ってこない。


念のためアリンソールに逃げ込んだ時から外していた剣を腰に掛け、部屋をノックした。


「マスター、おられますか?料理が冷えてしまうと宿屋の主人が言っておりますが?・・・・」


返事が無い、今までの浮ついていた心を引き締め剣を抜き放ってから部屋に飛び込んだ。


「マスター!」


マスターは獣脂の明かりで手紙を読んでいた、まったく動かないので不安になって肩に手を置くとマスターが震えてるのがわかった。


「どうなされたのです、マスター?」


「・・・・・・・やられた」


一言つぶやいたマスターは呼んできた手紙を足元に投げ捨てた。


とりあえず拾って読むと、実際にマスターの師匠が書かれたのではなく、村の村長が代筆で書いた手紙の様だった。


内容はサバドフ師が三月程前に亡くなった事、代わりは自動的にマスターになった事、ただ塔の事件が有るので早急に


王国首都の王宮に出頭するよう要請が来ている事などが書かれていた。




「サバドフ氏が亡くなられた、まさか奴らが?」


する事にこと欠いて、とうとう暗殺まで始めたのだろうか?いや、実際私達を消そうとしたのだ。あの外道、もしかして父上も!


「君の父上に居場所は隠して無事を伝えろ、そして師匠が死んだ事、命の危険がある事を伝えろ」


マスターは椅子に座ったまま力なくそういった。


「サバドフ師が亡くなられたのは痛恨事です、ですがうちの父がまだおります、大丈夫です、挽回可能です。


手紙にもその様に書いて身辺を気を付ける様に注意を促します、お任せください」




マスターにその様に答えたのだが何時もの元気がまるでない。


今までは状況を有る程度楽しんでいる様にさえ見えたマスターが、だ。



「マスター?」


表情を見るがおかしい、絶対に何時ものマスターではない。


「どうなさったのです?マスター?」


マスターは暫く躊躇った後言った。


「・・・・君との約束は必ず果たす、必ずだ、しかし俺にも目的が有った、故郷に帰る事だ」


そう言った後、振り返って話を続けた。


「しかし、故郷に帰るためにはザバドフの力が必要だったんだ、くそっ、もっと早く知らせるべきだった、くそっ、くそっ!」


そう言ってマスターは机の上の水差しを壁に叩きつけた、この人が物に当たるのは初めて見た。


「鳩の野郎、気付かないうちに俺に止めを刺しやがった、俺はもう故郷に帰れない、ただの迷子だ!」


その言葉を聞いて解った、今までなぜか彼に引っかかる物を感じていた、だが今ようやくわかった。




この人は塔を守ってた頃の私と同じなのだ。




「マスター、故郷に戻るためにサバドフ師の何が必要だったのですか、魔力ですか、知識ですか?」


椅子に座ってるマスターに近寄って方膝をつく。


「知識ならば何か残されてるでしょう、魔術師とはそう言う者です、魔力が足りなければ揃えれば良い、私も協力致します」


そして手を取って言った。


「元より私は貴方の物、私で足りなければもっと集めれば良い、方法は有ります、私がマスターと出会ったように」


マスターが私を見た、そうだ、この人にはこんな姿は似合わない。


「貴方の望みは私の望み、ご命令を、マイマスター」




[1318] 遠い国から 第八話
Name: kuruto
Date: 2005/04/26 18:22

朝、珍しくエマよりも早く目が覚めた、何時もは彼女の方が早く起きてるのだが疲れているのだろう。


俺も疲れてはいたが始めての行為ではない、さすがに同じベッドで夜が明けると言うのは初めてだったが。


田中敬一郎22歳、彼女居ない暦22年、なぜチェリーじゃなかったかは永遠の秘密だ。


「お約束ではコーヒーだから作らないといけないな、うん、お約束は大事だ」


遠い国から 第八話 「浸透」


部屋で一緒に朝食を食べながらエマと話し合った。


普通に下の食堂で食べなかったのはお約束ではなく、とても他人に聞かせられない事を話すからだった。


「つまり今の所俺たちの目標は、鳩野郎をいかに惨めに散らせるか、と言うことに集約される」


朝食はパンに卵、チーズにソーセージ、朝から濃いかもしれないが腹が減っていたので食べれるだろう。


「他にも色々有るが、それさえ達成できれば自動的にカタが付くか、先に進めない物だから他は無視する」


彼女も食欲旺盛だ、すまん、溜まってたんだ。


「鳩野郎を片付けるのは二つしかなくなった、君の親父さんの所に駆け込むか、自力でなんとかするか、だ」



追加を頼んだほうがいいかな?



「マスターがこう言う説明をなさると言う事は私の父は頼らない、そう言う事ですね」


彼女は最後のパンを食べながら言った、良いねえ、賢い娘は大好きだよ、お兄さん。


「そう言う事になる、ああいう輩は政治的決着とやらでなあなあにすると、逆恨みやらなんやらで突飛な行動を


取る可能性が出てくる、無くす物が無い人間はそれはそれで怖い、後先考えないからな」



ゆで卵に塩を振って食べる、うん、追加だな。


「うちの故郷じゃ車で突っ込んで自爆する輩もいる、最悪息の根止めれなくても、文字道理<身動きとれない>


状態まで持っていかなきゃだめだ」


俺の場合はドカンと一発除草剤、と言う事になるかもしれんが。


「多少時間は掛かるが、当初の予定通り完膚なきまでに破滅させた上で息の根を止める、手加減無しだ」


フォークをソーセージに突き立てながら言った。


「多少、君の流儀から外れるかもしれないが見逃してくれ、俺の命も掛かってる」


ニア、もといエマに追加注文するように言う、彼女も少々物足りないだろう。


「今回の件で俺が守るのは基本的に俺と君の命だけだ、おそらくそれ以上手が伸びん」


暗に「君の父上は守りきれないかもしれないよ」と言った訳だ。


「昨日の夜に申したとおり、私は貴方の物ですマスター。それにこちらの方が父を頼らないといけない状態で


父を守れるわけが有りません、確実に父よりもこちらの方が危ないです」


彼女はそう言って他に何か注文するものは無いか聞いてきた。


「無い、君は十分俺の意図を理解してくれた、作戦目標の不統一と言う最大の過誤はこれで無くなった」


ミッドウエィの悪夢の再来は少なくなった、後は一つずつ戦術目標をクリアしていくだけだ。


エマが追加注文の為部屋を出た後に考えた。


レイズされたチップは俺とエマの命、この世界でベガス以上の賭けをやる羽目になるとは思わなかった。


ザバドフと言うおそらく最強の持ち札は失った、が代わりに作戦制限時間は無くなった。


ツーペアでも良いから勝ち続けて相手の懐を空にすりゃ良い訳だ、奴は勝負から降りられない。


「たっぷり堪能させてもらうぜ、メイドさんが居る環境」


サバドフが亡くなった今、元の世界に戻るにはサバドフの記録をあさって自分でどうにかしないといけない。


本物の、俺の物のメイドさんが居る事だけが心のオアシスだ。




朝食を食べた後エマを引き連れて服を仕立てに行った、魔術師ならローブだけで勝負出来たのだが。


宿屋で聞いた一番老舗の仕立て屋に入った、出迎えた主人は驚いたようだ、貴族や大商人はお得意さん


だろうが俺は魔術師として入ったからだ。


「お客様、新しいローブをお仕立てで?」


残念賞、魔術師としてならローブで事足りるのだが、勝負するにも商売するにしろローブではちと物足りない。


「商用でな、取引先と落ち合うのにローブと言う訳にはいかん、暫くは魔術師と兼業なのでな」


エマの服と一緒に俺の服も作ったが今回は人脈作りを兼ねている、金にいとめはつけないぞ、と。



採寸を終えた後シャツも一緒に作ってくれと頼み、生地を見せて貰った、予想通りだ。


「すまんがシャツはコレで作ってくれんかね?」


そういってエマに持たせていた生地を見せる、メイド服を仕立てた店で無理を言って譲ってもらった一品だ。


「これは・・・良い生地でございますね・・・」


此処まで予想道理だとうれしくなるねえ、心なしかエマも笑っているような感じがする。


「商売だからな、扱ってる商品の一つと言うわけだ」


「ほう・・・」


主人がなにか考え込んだ、釣れたかな?


「真に失礼でございますが御商いの方は?」


「なに、しがない越後のちりめん問屋だ」


こうして魔術師と商人兼業の人生が始まった。




「エマ、今日の予定はどうなっている?」


この頃非常に忙しい、服を仕立てて商品の生地を売りさばき、魔術師として、やり手の商人としての顔を


使い分けながら首都を走り回った。


予定の管理の為、エマにノートとボールペンをやるとえらく喜んだ。仕事はキッチリやってもらわんといかんしな。


また商品を仕入れて戻るわけにはいかないので(捕まりに戻る様な物だ)さばいて稼いだ資金を首都の


あちこちにある「腕は良いが経営は厳しい」商店などを買いあさった。


この時代、腕は良いのに経営が傾いているなんざたいていどんぶり勘定をやってるのに決まっている。


あとは職人としてのプライドが高いせいで、人付き合いが悪い為仕事がない。そんな所だ。


最初は抵抗が有った、「ドワーフが人間の風下に立てるか!」と言うのがほとんどだった。


だが俺は魔術師だった、ただの人間と言う反論は魔術師だと言うことで封じ込め、魔術師などに分かるか


と言う反論にはやり手の商人として、問答無用だった。


無論全員がそれで納得したわけではない、一人頑固な刀剣鍛冶師が居たが、土産に果物を持って行き


目の前で、召還の時に荷物の中に有ったレザーマンで皮を剥いてやったら面白い顔をして黙りこんだ。


・・・自分でも多少汚いかな?と思ったが生き残るためだ、許せ、ドワーフ、わはは。




帳簿をつけて売掛金の管理をきちんと行い、同業種に関しては資材の一括購入を行い原価を圧縮した。


現代企業のネックである人件費でさえ、同レベルの職人の二倍払っても利益は冗談のように出た。


販売価格を下げなかったのは、流石にこれ以上の軋轢を起こしたくないからだけで、半分の値段で販売


してもまったく問題ないだろう、価格に比例して注文も増えるはずだからだ。


同業種の職人は一ヶ所に集めて注文も纏めて取る、簡単な注文は接客専門の店員が取り、難しい


刀剣、鎧などに関しては比較的人当たりの良い職人に取らせて親方と相談、と言う風に分業体制を確立した。




ここまで来ると後はほっておいても上手い具合に回転した。


良い商品が他店よりもちょっとだけ(ココ重要)安く手に入り、金を積めばさらに良い品が手に入る。


職人達も、給料は上がるし面倒な金勘定は無くなって作る事に集中できる。


同業他社の売り上げが少し落ちたくらいで後は何も問題が無い、と言うか良い事尽くめだった。




最大のプロジェクトは魔術師としての依頼だった。


どこで嗅ぎつけたか分からない(ここ数ヶ月王都で俺の名前を知らない奴は居ないだろう)が首都


最大の造り酒屋が依頼に来たのだ。売り上げは順調なのだが、小麦など材料の値上がりで利益が



危険なほど目減りしてるらしい。(こんな所にも奴の影響が出やがった、むかつく)



とりあえず契約は置いといて実際に現場を見せてもらう事にする、手に負えなかったら「インシャアッラー」だ。


俺自身、ウイスキーの次にビールが好きなので、見物の様な気軽な気持ちで覗いたが、ダメダメだった。


担当者に聞いた所、半分ほど腐醸が発生し、残りの半分の品質もバラバラらしい。


まあ、この時代に製造管理の概念が有る方が驚きだが、こんなもの飲んでたのか、俺は。


「報酬は腐醸の分の利益の20%、それでお受けします」


見学してる俺の顔が不機嫌になって行くのを見て、絶望色漂っていた担当者は大喜びだった。




そして醸造に使われる器具、貯蔵樽から何から何まで特大の湯釜で湯がいて煮沸消毒してから使用。


念のために、仕込み水も一度完全沸騰させた。


発酵の間の保管場所は裏の吹きさらしの小屋から変更、近くの岩塩鉱山の空いている廃坑を借り、そこで


順次入れ替えで寝かせる事にしたのだ。


最初「発酵させるのに沸騰させてどうすんじゃ」とかの陰口もあったが魔術師の権威をひけらかし進行。


最終チェックで樽がだめで壊れているのが6、運んだ時に穴が開いた物3などが主で不良は13%程度。


今までの腐醸50%前後ははるか昔、発酵させたビールも皆均一に熟成が進んでいた。


保存樽や樽の輸送にさえ気をつければ、歩留まり9割越えるのは確実だと言うことが分かった時点で


酒屋では祭り状態になった、新酒を振舞われ大騒ぎである。



この後この酒屋は経営を立て直し、隣国にもエールを出荷するまでに大成長を遂げるようになる。



この事件以降「あの人間は商人の腕だけでなく技術にも非常に詳しい」と評判になり依頼が殺到した。


流石に全部こなせないので当初の戦術目標だった、「両替商トール商会買収」コレに全力を傾けた。


親父の後を継いだボンボンが左前にしたのを、外堀から埋めて行き、ビールの件で止めをさした。


経営権を握って、一ヶ月程かけて過去5年の取引を全てチェックし、使途不明金の莫大さと貸付金の巨大さに絶句した。


使途不明金のある程度はぼんぼんに払ってもらって、焦げ付いている貸付金の交渉。


借主が上の方々だったので苦労したが、宥めすかして、分割で少しずつでも返してもらう様にした。



気が付くと何時の間にか「魔術師商人ミツクニがくしゃみをしたら、首都の半分は風邪を引く」とまで言われるようになった。


そして今日は氏族長の晩餐会で俺に爵位の(といっても一番下だが)授与式が行われるらしい。


ま、これで上流階級との商売上のパイプが開いたと言う事だな。


両替商で金を借りてる左前貴族なんざ最初からあてにはしていない、それ以外との顔合わせだ。
「さて、それでは戦闘開始だ、サポート頼むぞ、エマ」


エルフの宮廷ドレスに着替えたエマに話しかけた。


「お任せを、マイマスター」




[1318] 遠い国から 第九話
Name: kuruto
Date: 2005/05/01 04:03

爵位授与にはタキシードを仕立てて出た。
正直、ドワーフの礼服が俺に合わなかった、合ったら合ったで悲しかったりするが。

そこで仕立て屋と試行錯誤しながら仕立ててもらった。
もっとも、この頃仕事もスーツでこなしてるので違和感も少なくてなかなか良い。

「まあ、いざとなったら故郷の正装と言う事でごまかそう」


田中敬一郎23歳、メイドさんが居る人生を謳歌してます、うらやましくてもやらんぞ、コレは俺のもんだ。


「さて、ドワーフのお偉いさん方と顔合わせだな、壮大な政治ショーの開幕だ」


遠い国から 第九話 「混乱」


実際、準男爵位の授与といっても名誉以外はなにもない、別に手当てや年金が出る訳ではないのだ。

実はこの下に勲爵士と言うのがあったりする、完全に一般人だと先にこちらが来る事になる。

違いは世襲制か一代限りの違いぐらいだ、基本的に魔術師は各国で勲爵士扱いされるので授与される事は無い。

まあ、貴族の方々から言わせれば「非常に名誉」な事だろうが現代日本に貴族制度は無い、正直よくわからん。

ま、どちらにせよ金をケチった国のご褒美だと受け取る方がいいだろう。


「後は何らかの思惑が有る、と言う事だな・・・・」


ドワーフ氏族連合国は全部で五氏族からなる、ドワーフ五部族の連合国家である。
日本で言う国会、最高意思決定機関は「氏族長会議」と言われる。五氏族の長が集まり会議、議決を行い

国内外の政策を決定するのだ。
会議の議長は五氏族の長の中から二十年単位で選ばれる、あくまで議長でしかなく、議決権に影響やその他の

権力的優位は何も無いのだが対外的には「王」として認識されている。
大陸では四大強国の一つとして数えられる氏族連合だが、百年ほど前、エルフを除く国全てを巻き込み、各国に

損害しかもたらさなかったと言われる「ピロール領紛争」で受けたダメージを回復しきれていないのが実情だった。
そしてこの日行われている会議も紛糾していた。紛争終結後、ほぼ儀式の様に毎回繰り返されている光景である。


「で、問題はこの頃首都を騒がせてる人間の商人だが」
中央を治めるミエレフ氏族の長、コーレンは言った。
「そうでもなかろう、今は南部の復興に力を注ぐべき、人間一人で騒ぎ立てるほどではあるまい」

北の地方を治めるホニング氏族の長はモナリンと言う、この二人は二期ほど前から良く衝突する。
発端は議長選挙の時だと言われているがはっきりしない、ま、対立しがちなのは確かである。

「人間人間とバカにして、百年ほど前に痛い目に合った事をもうお忘れかね?」
この頃,、個人的理由からコーレンに着く事が多い西部のトリアン氏族、ボバルトーだった。

前にある陶器のジョッキは既に二杯目、長の中では一番酒豪と言われている。
「それで結局南部の問題は棚上げか」

ひたすら机の上のチーズを口に入れる東部ニカトム氏族の長、エラストーだった、実は一番酒に弱いと噂されている。
「・・・・・」
最後の一人、南部のラムタ氏族長バナリーは一人目を瞑り黙り込んでいた。


全ての原因は先のピロール領紛争がきっかけだった。
領地の後継者争いが発端のこの紛争は、情勢不利になった長男バルビトールが隣国に支援を要請した事から
泥沼の様子を呈し始める。

領土拡張の絶好の好機と見て取った神聖帝国側が、義勇軍の名の下に少数ながら傭兵を派遣した事から
王国側の本格的介入が始まり、相互に小競り合いを繰り返しながら投入戦力を拡大し続けた。

投入戦力の量から考えると信じられないほど小規模の小競り合いが続き、関わってる全ての者が
「この戦争に終わりはあるのか?」
と考えていた紛争も、とある事がきっかけで急速に進展し始めた、崩壊へと、である。

王国暦610年、大陸を小麦の不作が襲う。
平時で有れば問題は何も無かった、小麦の値段が2倍ほどになるかもしれないが、そこで終わったはずだった。

しかし、都合10年ほど軍を貼り付けていた両国に、軍と民を維持し続ける体力は無くなっていた。
王国の首脳部は決断を下した、もうのんびり「戦争もどき」を楽しんでいる暇は無い、と。

先手を打ったのは王国だった、王国各都市の衛兵まで掻き集めた王国軍総勢4万は全軍で突撃を開始した。
「小麦収穫の為」と言う、実にその時代らしい理由で兵力の半分を後方に下げていた神聖帝国側の前線は瞬時に崩壊した。

王国側は当初の紛争地であるピロール領を瞬く間に制圧、神聖帝国領に侵入した。
当初の予定以上に順調に侵攻した王国側は国境から二日の地点で始めて組織立った反撃に遭遇する、それがドワーフだった。

当時、主に地政学上の要因から神聖帝国と同盟を結び、参戦したドワーフ達は政治上の問題で後方に展開していた。
帝国はドワーフの部隊にも後退を指示したのだが、結果から言うと結局、その命令はドワーフ達に届かなかった。

結果、ドワーフ達は当初の命令の「当地の確保」の命令を守り、王国軍の攻撃を三日間押し止め玉砕した。
ドワーフの部隊は通常部族毎に編成される、当時一番規模が大きかったのは海上貿易で富んでいた南部のラムタ氏族だった。

神聖帝国は戦線の北もしくは南からの迂回突破を危惧していた為、それぞれの戦線後方にニ部族の部隊を貼り付け、
中央の戦線後方には一番有力なラムタ氏族のみに任せる事にした。

無論最前線に貼り付けなかったのはドワーフ、神聖帝国両方が望まなかったからだ。


紛争の結果は誰にも不満だけが残るものになった。
ラムタ氏族の部隊が壊滅するまで時間を得た神聖帝国は、領地内に侵入された事に危機感を覚え、虎の子の帝国騎士団を
派遣、王国側の北方部隊を撃破し戦線を押し戻した。

そしてピロール領中程までに兵を進めた後停止した、攻勢限界に達したのである。
神聖帝国の前線付近は一時的とはいえ王国側に占領された為徹底した略奪を受けており、また王国側も国力以上の兵員を

維持する為に翌年の種付け用の小麦を取り崩す所まで消耗していたのである。
こうして足掛け十年程になる紛争は双方に大きな爪後を残し終結した。

ピロール領は二分されそれぞれの領主によって統治された、共に領主による統治が十年持たなかったのは皮肉である。
王国は翌年、翌々年に渡る小麦の不作により経済が混乱、紛争の論功行賞はろくに行えなかった。

後にその事に不満を持った各領主の起こした反乱を鎮圧、それを持って論功行賞を行い事を収めた。
本末転倒とも言える内容だった。
神聖帝国側もタダではすまなかった、新たに版図に加えられたピロール領の半分が宗教上の理由から騒乱を起こす。

編入されたピロール領最大の都市、ソルティルで騒乱鎮圧の為に派遣された帝国騎士団が虐殺を行い、ピロール領の人的、
経済的破綻を決定づけた、以降百年に渡り、編入された領地は辺境の荒野と化す。

又同盟国であった氏族連合に十分な報酬も渡せず、同盟は翌年「発展的解消」の名で消滅する事になる。


ドワーフ氏族連合も酷かった、被害は壊滅したラムタ氏族に留まったが、軍が文字道理消滅したラムダ氏族は混乱する。
壮年の働き手の五割を一挙に失い、指導者まで戦死したのだ、混乱しない方がおかしい。

人間以上に人口増加が遅いドワーフにとっては致命的な出来事となり海運、中核工業、商業が壊滅、氏族連合の各地に
経済難民が発生し各氏族は対応に苦慮する事になる。

百年たった今、一応の落ち着きは取り戻しているものの、小麦や大麦の一次産業以外は育たず、経済的には中央の半分以下
と言われている。
戦前、氏族の中で一番豊かと言われていたのがこの状態であった。

当初、経済発展を内心うらやんでいた他氏族も、不幸を他人事としていられた期間は非常に短かった。
難民、経済破綻、それに伴う相対的な氏族連合自体の国力の大幅な減退に頭を悩ませているのが実情であった。




「あの人間が氏族なんざ関係なく雇っているので首都は落ち着きました、の言い間違いじゃないのかね?」
モナリフがコーレンの方を見ながら言った、彼の領地ではいまだに難民に苦慮しているのである。


むろん雇っている本人にそんな考えは毛頭ない、これ以上引き抜くと問題になるので無職の者を雇っただけである。


「無職の難民は減り経済は上向いている、文句のつけようがないじゃないかね」
エラストーはモナリフに同調して言った、コーレンは首都を抱えていて余裕があるのだ、それをごまかそうとしてるに違いない。

「そのキーを握っているのが人間だと言う事が問題なのだ、コントロールが聞かなくなったらどうする!」
ボバルトーは二人に向かって言った、この頃神聖帝国の動きがきな臭い、西だけの兵力では話にならない。

北は一連托生だが東の兵力は時間が掛かりすぎる、中央とのパイプは太くしなければいけなかった。
暫く話し合いと言う名の会議は平行線をたどった、それに終止符をつけたのは何時も黙っているバナリーだった。

「そんなに心配なら鈴を付けたらどうじゃ?」
と、他の四人に向けて唐突に言った。
「・・・その鈴と言うのはいったいなんだ?南の?」

コーレンは注意深くバナリーに話しかけた、彼と関わりすぎるのは問題だが、関わらないのはさらに問題だからである。
「相手が唯の魔術師だったら動きを止めようが無い、奴らを縛るのは契約だけだ、すんなり契約を結んでくれるタマには見えんしな」

そう言って今日始めてのエールに口をつけた、四人は黙って続きを待った。
「なにせ誇りだけしか売り物の無いエルフを使用人にするんじゃ、落ち目のドワーフなんざ買い叩かれるのがオチじゃろうて」

そう言うと空にしたジョッキを勢い良く机に戻した。

「ならば正式の契約でもなくて良い、ある程度奴に責任を押し付けてしまえば良いんじゃ」
いまだに内容を把握して無いのであろう、怪訝そうな四人の長に姿勢を正して言った。

「氏族長会議議長として正式に要請する、魔術師ミツクニ氏に勲爵士、いや準男爵の爵位授与を」
そして周りの長にもう一度順番に視線を向けて言った。
「わが国の貴族の一員になればそう勝手な行動は取れんじゃろう?」




「此処に氏族長会議議長バナリーの名の下に宣言する、魔術師ミツクニ氏に準男爵の位を授ける!」

式典と言っても大した事は無い、唯の準男爵位だ、いくらこの頃首都の住人の耳目を集めてると言っても、だ。

皆の目当てはその後のパーティで俺と繋ぎを作っておく事だろう、俺もそうだし。
「つまり効率的な経営には必ず記帳と言う作業が必要になります、記録に使う羊皮紙は安いものでは有りませんが必ず
それ以上の利益を得ることが出来ます」

俺はパーティで経営の基礎について語っていた、つーか原価の管理ぐらいしろよ、おまえら。
長いパーティの間で話題は経営だけでなく多岐に渡ったが、そこは現代の知識でカバー、そつなくこなして言った。

その日はそうして存分に語り、話題について鋭いツッコミをする者をチェックしていった。後々重要だろう。
「しかし大分と利益を上げられていますが、次の事業のご計画は?」
一人のドワーフの貴族が聞いてきた。

「ええ、故郷に帰って魔術の研究をしたいと思っております」
周りの皆が驚いた表情をしている、俺、なにかまずい事言ったか?
「しかし、今行われているご商売は?」
「信頼できるものに任せて故郷に戻ります、魔術の奥義を極める、魔術師の悲願でありますからな」

一応付け足しておいた、だから何でそんな驚いた表情するのだこいつら?


氏族長会議で決められた思惑はあっさり崩れ去った、バナリーは遠くからその様子を見ながら思った。
「また緊急の会議だな・・・・・」
目を向けると他の氏族長も驚愕の表情を浮かべていた。
「長い夜になりそうだ・・・」


バナリーはため息と共にポツリとつぶやいた。




[1318] 遠い国から 第十話
Name: kuruto
Date: 2005/05/01 21:31
「しかしコリャ想像以上の酷さだな」
俺は今、エマと二人で馬車に乗りドワーフ領を巡察していた、南を除けばどうと言う事はないのだが・・・南部は酷すぎた。
「我々エルフも大戦の痛手を五百年かけてようやく癒したのです、百年前に全滅したわりには良い方では?」
エマが横から言ってきた、何でもエルフも五百年前は酷かったらしい、兵隊の半分が死んだそうな。
「つか全滅するまで戦うなよ、長まで戦死ってスパルタかっつーの!」
「同族ではない、人間相手に臆病な振る舞いを見せれなかったのでしょう」
これはエマだけでなく、エルフやドワーフの一般認識みたいだ、道理で魔法があるのにファンタジーな事やってるはずだ。
「領地運営だけでなく意識改革も必要だな、頭が痛くなってきた・・・」

田中敬一郎おそらく23歳、仁義無きファンタジーな世界に打ちのめされている男。


「ま、塔で殺されそうになった時に気付いておくべき事だったのかもしれんな」


遠い国から 第十話 「派遣」


「どうするのだ、先週決めた予定は完璧に頓挫したぞ!」


会議早々口を開いたのは北のモナリンだった。
「まあ、少々予定が崩れたと言ってもそう気にする事は有るまい」
比較的落ち着いた様子で言ったのは中央のコーレンだった。
彼が一番恐れていたのは魔術師が商人や職人と供に国外に出て行くことであった。しかし多少の資産はともかく
使用人達はこの中央に留まると言う、文句どころか大歓迎だった。
「それに多少話をしましたが中々良い男でした、余り無茶はせんでしょう」
東のエラストーだった。
「実際多少会話しただけだが欲に凝り固まった人間の目はしていなかった、まず大丈夫だろう」
「どうも話の論点がずれている気がするのだが、コーレン、エラストー、彼をこのまま国外に出してもかまわんのか?」
西のボバルトーは腕を組み、深刻そうな顔色を浮かべた。
コーレンはそんなボバルトーに笑いながら言った。
「ま、持ち出し資産に多少制限を加えれば大丈夫だろう、職人達も国を出たがるとは思えんしな」
ある意味正論だった、この国を出れば大勢の人間の下で働かないといけない、そうしたがるドワーフは少ないだろう。
良くて自分の半分、もしくはそれ以下の年齢の人間に命令されるのだ、気持ちよく受け取れるわけがない。
しかし、ボバルドーはそんな事を心配しているのではなかった。
周りを見渡し、一人を除き和やかな雰囲気で笑っている連中に心の中でため息を付いた。
俺一人だけと言う事は避けれたか。

「ボバルドーが言っておる事と大分論点がずれている様だな」


残りの一人、ボバルドーと同じく深刻そうな顔色をしていたバナリーが言った。
「つまりコーレンが言いたいのは魔術師がこの国を出た後どうするか?と言う事じゃ」
バナリーとボバルドーを除いた三人が怪訝そうな様子で周りを見渡した。
「確かにあの魔術師は信頼できそうだ、遺物の持ち逃げなんぞ濡れ衣だろうよ、横に居たエルフを見ればわかる」
爵位の授与の前に身元は洗った、プレートに刻まれた名前から王国の騒ぎにはすぐに気が付いた。
「王国の騒ぎが落ち着けば帰国するかもしれん、敵対してる帝国に移るかもしれん」
発言を句切っていまだに怪訝そうな顔色の三人を順番に眺めてから言った。
「魔術の研究、それを行う分にはまったく問題ない、しかし両国の首脳部が此処での働きを見て高位に取り立てて領地、
もしくは国の運営に参加させたらどうなる?両国供に現時点で我が国より国力は一回り大きいのだぞ」
三人の顔色が一気に変わった、ようやく気付いたらしい。


暫くの間、議場は重い沈黙に包まれた、それを最初に破ったのはコーレンだった。


「・・・・消すか?」
ポツリとつぶやいた言葉が全員の肩に重くのしかかった。
「物取りに見せかけか?相手が悪い、エルフと魔術師だ、伊達に王国の追っ手を振り切ってはおらんだろ」
バナリーはそう言ってエールを一口飲んで続けた。
「魔術師と違ってエルフの方は確認を取ってないが、守護者だったエルフだろう。たしか魔術よりも剣の方が
腕が立ったはずだ」
コーレンは身を乗り出して言った。
「軍を動かすか?包囲して一気にケリをつける、いかに魔術師といえど百も動かせば・・・」
ボバルドーが発言に割り込んだ。
「目立ちすぎる、隠し通せんぞ、それにあのエルフが守護者なら領主の娘を問答無用で抹殺した事になる、戦いになるぞ!」
再び重い沈黙が部屋を包んだ、今度は長かった、強硬手段は使えない、どう穏便に問題を片付けるか、皆が頭を悩ませた。
暫くして再びボバルドーが皮肉そうな笑みを浮かべて言った。
「厄介な事がまた増えたな、此処まで悩むのは南部の問題くらいだと思っていたが」
室内の中の空気少し軽くなった、コーレンやエラストーからも相槌があがる、そんな中バナリーが動きを止めた、顔色も悪い。
最初は明るい雰囲気に戻った室内もバナリーの様子を見ると、再び重苦しい雰囲気に戻っていった。


その重い雰囲気中バナリーが口を開いた。
「この問題を完璧に解決する方法を一つだけ思いついた、だがコレには諸君らの協力が必要になる」
バナリーの鋭い眼光が四人を貫いた、その異様なまでの迫力に誰もが口を閉ざした。
「この事は連合結成以来最大の政治的問題となるだろう、しかし予想通りになれば連合は以前の力を取り戻せる」
そう言った後黙り込んだバナリーに五分ほど経過した後、ようやくボバルトーが言った。
「で、そのプランは?」

結局会議は夜明けまで続き、散会した後に一頭の早馬が首都を駆け抜けた。

授与式から一夜明けた朝、氏族長会議から呼び出しの使者が来た。


まさか授与された翌日に召集が掛かるとは思わなかった、いきなり自国民の下っ端扱いとは・・・やってくれる。
とりあえずスーツに着替え、エマを伴い氏族長府へと馬車で向かった。どうせ碌でもない事なんだろうなあ、計画通りだが。
「さてエマ、コレであの鳩野郎を潰す力が手に入るぞ、苦労をかけたな」
まあ、出来るだけ高く売りつけて利用させてもらう事にしよう。彼らもそう考えているはずだ。
「正直申しまして、マスターが商売を始めた時は不安を覚えましたが、素晴しいお手並みです」
ニアも笑顔で横に座っている。
「最初は傭兵を雇って奴を倒す物だと思っておりましたが、私には想像すら付きませんでした。申し訳ございません、マスター」
彼女は偉く恐縮した様に言った、その方法は俺も考えたがのだがな。
「容易に思いつく策だと万が一にも奴を取り逃がす事もある、やるからには全力で、完璧を目指して殺るよ」
後はこの国がどこまで役に立ってくれるか、だな。

「つまりあなた方は私に領地の運営を任せる、と?」


各氏族長の顔を見る、二人ほど苦い顔をしている、どうやら満場一致ではなかったらしい。
「そのとおりだ魔術師殿、貴君の経営手腕、技術知識、供に南部の復興に一番役立つと結論が出たのだよ」
議長のバナリーが答えた、どうやら彼は自分の領地を任せることに関しては割り切ってるようだ。
よくまあ、自分の領地を他人に任せるなどと大胆な決断が下せたもんだ。
「ご存知かもしれませんが、私は依頼を受ける際に即答は致しません。不可能な事は引き受けるつもりは有りませんし、
この世の中には不可能な事は良くある事なのです、残念ながら」
一番良いのは横から口だけ突っ込める立場なんだがなー、無論責任なんて負いませんよ。
「その点は理解している、私の領地は自由に見てくれてかまわん、集められる情報も準備してある。無論外部には・・・」
バナリーが全部言う前に秘密保持誓約書を用意して言った。
「南部の情報だけでは不十分です、氏族連合の全領地の情報、巡察、他国の情報もあるだけ必要です」
あからさまにモナリンとボバルドーが顔をしかめた、顔色に出しすぎだよ爺さん。
「ともかく、南部の経営に他の氏族は関係ないと言う考え方は捨てるべきですな、現状がそれを示しています」
誓約書にサインした後、難しい顔をしているバナリーに渡し席を立ち言った。
「先ほど言った事に関して合意が出来ればお呼び下さい、今日はこれ以上無理でしょう、失礼させて頂きますよ」
結局3日ほど待たされた後に全領地の巡察許可が下りた、のんびりしてるのか、後がないのか・・・・。
後が無いとなれば、逃げ出す準備もしとかないといけないなー。

「エマ、資金は十分に積んでおいてくれ、夜逃げの準備も整えるつもりだから、場合によってはもう一回逃げるぞ」


逃げるときゃさっさと逃げるぜ、俺はチキンだからな。



[1318] 遠い国から 第十一話
Name: kuruto
Date: 2005/05/02 19:20
各地を巡察して情報を集めるのに三月ほど掛かった、その後には情報を解析しないといけない。
「この量の情報を二人で解析しないといけない、っちゅーのはある意味拷問だな」
巡察から帰ってきて三ヶ月、報告書を上げるため議長府にエマと二人でカンズメになっていた。
帰ってきてからと言うもの、モナリンとボバルドーが「早く報告しろ!」とうるさいうるさい。
「締め切りに追われる漫画家か小説家か、俺は・・・・」
最初はエマでさえ情報を見せるなと言う始末、流石に爆発して怒鳴ったが

「マスターの意思は私の意思、マスターがしゃべるなと言うなら死んでも喋りません」と、言う言葉と、バナリーの取成しでなんとかなった。


田中敬一郎おそらく23歳・・かな?、近頃オーバーワークで過労死しそうな男。


「こんな良いメイドさんもって無かったら速攻逃げてるな、うん」


遠い国から 第十一話 「謀略」


「それでは、これから調査結果を報告させていただきます」

俺は各氏族長を前にしてグラフを張り出した、グラフだけでB5用紙合計18枚の苦心作だ。
「色々ご質問が有ると思いますが、質疑応答は最後にさせて頂きます。ご依頼は南部の復興でしたが・・・・それに一番影響を与える外部要素、
このグラフはエルフ王国を除いた三国の国力推移グラフです」
グラフは赤、青、黒の三色で右肩上がりに記されていた、赤と青はほぼ同じ右肩上がりだが黒はグラフの端まで行った所で1/10位の位置にしか
いってない。
「ご覧のグラフには天候不順による凶作、紛争等の国力の低下、疫病などによる影響は含まれておりません。純粋に時間経過による国力推移
のみの記述とさせていただきました」
エマを除いた全員が愕然としている。
「赤が王国、青が帝国、黒が連合の国力を示しております。なお連合の勢力には南部問題が解決しつつある、と言う事を加味して算出させて
頂きました」
言葉にならないうめき声が室内を満たした、まあ此処まで圧倒的な現実見せ付けられたらそうなるだろうねー。

「各色の下にある破線は概算の最大軍動員力を示していますが、ご覧の通り、帝国、王国供に十年後には連合の戦力の倍を動員する事が
可能と試算されます」
その時コーレンが席を立って言った。
「それはあくまで戦争が起こらない場合の計算じゃろう、王国、帝国供に紛争後に2.3回は戦っておるのだぞ!」
この三ヶ月、伊達に情報解析に費やしていたわけではないのだ、この反論は予想通りでしかない。
「これまでの戦いは、両国供に紛争による痛手から回復しきれていないこの国は、無視してよい要素でしか無かったのです。
しかし連合南部が復興し、連合が国威を回復すると無視できない要素となるでしょう。ある意味皮肉な事ですが、現在の南部の現状が今まで
連合の安全を保障してきたのです」

立ったまま言葉に詰まったコーレンをそのままにして回りを眺めた。

「以上の事から南部の復興は、成し遂げた時点、復興が成されつつある時点で外的要因、要約すれば王国もしくは帝国の介入。
両国のうちのどちらか、もしくは両方の軍事侵攻を招きかねないと判断、ご依頼の件は達成不可能と判断させていただきます」
そういってこの頃見慣れた機密保持誓約書を差し出した。
「誓約書には既にサインをしております、ご確認を」
そう言った後、資料はそのままで私物をまとめてカバンに入れた。エマと供に会議室を出る時にバナリーが声を掛けてきた。

「此処まで調べんたんじゃ、このまま行けばどうなるか、最後に教えてくれんか?」

これも当然予想できた事だったので即答した

「最短で三年、おそらく六年後にはどちらかの国の領地になっておるでしょうな、今の政策を続けるとすれば」

そう言い残してエマと会議室を後にした、後の判断は彼らのする事だ。
「しかしマスター、少し実直に言いすぎたのではないですか?これでは彼らが暴発する可能性も・・・」
この頃、非常に的確な助言を与えてくれるようになったエマを見た、突撃エルフの名は取り消しだな。
「まさにその通り、しかし彼らも危機感を持たなきゃ碌に動かんだろう。仲良くケンカできる時間は既に終わっているのだと理解してもらうには、
アレくらい言わなきゃダメだろう」
「しかし、政略、政争は貴族の特権であり義務でも有ります、余りこき下ろすのも哀れかと」
うん、その二つは政治の華だな、しかしそれは国の戦略に沿っての話だ。国家の行く末、中、長期国家戦略を打ち立てた後成されるべき事なんだ。
しかし奴ら、中期国家戦略どころか、戦略のせの字すら理解してないぞ」
「その事については私も彼らと同じです、戦略とはなにか?私もぞんじません」
「この件が片付いたらレクチャーしてやるよ、その代わり今晩は黒鶫のパイが食べたいな」
「了解しました、マスター」
念の為に付け足した。

「首都の兵から目を放すな、脱出の準備は怠り無く、な。余剰の資金は宝石などに換えておけ」


会議室は重たい雰囲気に包まれていた、バナリーは前に張り出されたままのグラフをじっと見つめ、他の四人は羊皮紙に書き込まれた資料の数字を
確かめていた。
「どうじゃ、数字に間違いはないか?コーレン」
「ざっと目は通したが・・ない、人間の増加率に関しては・・・桁が大きすぎてわからん・・・」
グラフを見つめていたバナリーが振り返って言った。
「様は、彼の報告にはそう大きな間違いはないと言う事じゃな」
返事は重たい沈黙のみだった。
「まあ、言われれば解る、人間はポコポコ子供を生むからなあ。20年もたてば、2~3倍に増えるから・・・」
モナリンが後を継いで言った。
「こっちは百年かかってようやく倍、と言う所じゃ。数では勝負にならんわな」
「三年から六年、か、どっちにつくんじゃ、ついたとしたとしても生き残りは難しいぞ」
「どちらに付くにしろ戦後、中途半端に大きくなった我が国は、邪魔だろうなあ」
「他に手は無いのか!なにか手は!」
部屋はさらに深い沈黙に包まれた、今度は誰にも先は見えない。

「とりあえず今日は散会して明日もう一度やろう。注意しておくが、あの魔術師には手を出すな、会議の決定が出るまでな」
結局氏族長会議からの連絡は一週間後に来た、いつ来るか解らない刺客にドキドキしながらメイドライフをエンジョイしてたのだが。
当初の予定ではニ、三週間掛かると思ってたので驚いた。年食ってる割には動き早いな、あの爺さん達。
「如何致しましょう、使いの者は返事を持ち帰る為に門で待機しておりますが?」
連絡の内容を要約すると「生きてこの国出たけりゃ、もっと詳しい事聞きたいし、お前も知恵をだせやゴルァ」と言うものだった。
「エマ、返事は「僕怖がりなんでそこまで行けません、代わりに家に招待します、護衛は二人まで、こっそり来てね」と、文面はまかせる」
「了解しました、マスター」
そう言ってエマは部屋を出て行った、この頃非常に出来たメイドっぷりである。やはり日頃のメイド教育の賜物だな、教育バンザイ。
しかしエマにかかる負担も大きくなっている。王都で商売するようになってから、小さいながらも屋敷を買った。掃除、洗濯は人を雇ってやらせては
いるが、それ以外は全てエマ一人に任せている。メイドの増員も考えた方が良いか?
「ま、しかしこれでコソコソ逃げ出す可能性は少なくなった・・・かな?」
危険なので人任せにできず、一人でこっそり庭に仕掛けたSマインは外れだった。ま、会談が片付くまではムダにはならんか。


「さて、この度は我が家にようこそ皆さん、狭い館ゆえ御不便をお掛けするかも知れませんがご容赦願いたい」
「おぬしが不安がるのもわかる、わしらもちと言い過ぎた、気にするな」
コーレンが卓上のエールを飲みながら言った、他の四人は沈黙している。
「さて、わしらがこうして貴様の所に足を運んだのは他でもない、前回の話の続きじゃ」
会議冒頭、コーレンがすぐに本題に入った、よほどに余裕が無いと見える。
「その件は前回達成不可能だと言う事でお断りしたはずですが?」
さて、彼らはどこまで話を詰めたんでしょうかねえ、オラ、なんだかワクワクしてきたぞ。
今度は今まで黙っていたバナリーが口を開いた。
「人をやってお主の仕事を一通り目を通させてもらった、職人達にも話を聞いて此処に来たのだよ」
その後をコーレンが引き継いだ
「前回の我々の依頼は「南部の復興」と言う事だった、しかし今現在最大の不安要素は連合の存続に変わった」
「つまり今回は依頼内容が変わったわけですね」
「そうじゃ、あの後皆で資料を調べ上げ試算した、町の商人達からも話を聞いた」
そしてモナリンが後を継いだ。
「北部は王国、帝国両方と国境を接しておる、軍の動きはある程度つかみやすいのじゃ。しかし半年前から帝国の一部隊がうちの国境に張り付いておる、王国の部隊に対する行動は碌に行っておらん」
その後はボバルトーだった。
「我々はこの百年、南部問題に対して最大限の努力をしてきたつもりじゃ、しかし国外の情勢悪化は著しいものがある」
最後に口を開いたのはエラストーだった。
「事は連合存続に関わる、そしてそれに対して対策も練った。しかし決め手に掛けるのだ、どうしても人間の考えが理解しきれん」
そういった後室内は沈黙に満たされた、問題は理解したが異民族相手に苦労してる・・・と言う事か。
そしてバナリーが重い口調で言った。
「ある鍛冶氏から聞いた、おぬしは不可能な事は最初に言い切るが、それ以外の事については利が無ければ口を開かないそうだ」
「魔術師の契約は等価交換、ですからな」
「そう、あの会議で貴様は「南部の復興は不可能」と言ったんだ、南部の、とな」
そう言うとバナリーはエールを空にした後に身を乗り出して聞いてきた。
「では連合全体の生き残り、自治権の確保はどうだ、南部は何百年掛かるかわからんが連合が消えるよりはマシだ」
そう言って俺をじっと見つめた、周りを見ると他の4人もぐっと身を乗り出している。
「正直に言うがわからん、わし達には方法が見つからなかった。だから聞く、お主にそれができるか?」
バナリーの両目は血走っていた、碌に寝てねえな、この老人会。
「それに対する私の報酬はどうなるのでしょう?一国を救うに値する対価は?」
「連合の国家付き魔術師、かつ宰相、どの道おぬしに任せるならそれくらいの権力と報酬は必要じゃろう」

俺は静かに目を閉じ、椅子に座りなおしてエマに言った。

「エマ、資料を張り出してくれ」

「了解しましたマスター」


「ご覧になっている地図は、私が現在の情報で作ったこのグドランド大陸の各国の領域、国力を書いたものです」
この大陸の地図に国境線を引き、国力を数字で書き込んである。
「現在の国力比は、仮に連合を1と仮定した場合、帝国と王国は1.8:1.5と言った所でしょう」
さらに手書きで四角のマスを書き一本線を立てた。
「現在帝国側が国境に貼り付けている兵力は地元領主の陽動でしょう、戦力も千に届かないはずです」
そこで皆に振り返って言った。
「問題はなぜ帝国が国境に兵力を貼り付けているのか?と言う事になりますが、実は先に王国側が領内で大規模に軍を動かしました。
それに対応するために軍を召集、王国側に動かす・・か既に動いているかのどちらかでしょう」
なぜ王国側で軍が動いたかは言うまでもないわな。
「敵対する可能性は少ないが、いざと言う時の足止め、この部隊の作戦目標はそんなものでしょう」
でなければ派手に動いて挑発してるわな、貼り付けるだけでも金が掛かるだろうに。
「幸いな事に帝国は王国側に対抗する形で軍を展開してるはずです、現段階で帝国がこちらに侵攻する要因はありません。
裏で条約でも結んでなけりゃ侵攻中に王国に横を衝かれるのが関の山でしょうな」
「それは確かだ、帝国も王国もこちら側に付けと使者を立ててきおった、返事は引き伸ばしてる真っ最中だがな」
バナリーがそう言った、王国側もどうやら治まりが付かなくなったらしい、典型的なパターンだな。
「おそらく両国は使者を立て戦争を回避する方向を模索してるでしょう、王国側も準備を整えて軍を動かした訳ではないはずです。
放置しておけば8割の確立で互いに矛を収めるでしょう」
「それは我々も考えた、だが事が収まっても両国の我らに対する不審は増す、確実にな。だが負ける方に付くわけにもいかん」
エラストーだった、エールを飲みながら赤い目をこっちに向けている、ご苦労さん。
「そうですね、味方じゃなければ敵、そう考える者はどこにでもいます」
「おぬしが会議で演説するまでは中立を固持する予定だったのじゃよ」
コーレンが額をもみながら言った、ベストではなくベターな戦略を取る予定だったと言う事だ。

「結論から申し上げると連合を二つに割ります、北と西は帝国側、中央と東は王国側で戦闘に参加すると言う事です」

何気ない様に言った、すかさず耳栓をする。暫くすると怒号と喚声が部屋を満たした、ありがとう、イヤーウ○スパー。

暫くして、皆が言う事言って落ち着いたのを確認した後耳栓を取って言った。
「南部はこれまでどおり、中立を守っていただきます、実働戦力がありませんから」
大声でわめいていた中で唯一人、沈黙を守っていたバナリーは言った。
「それで、ワシは何をすればいいんだ、使えるものは何でも使うって評判の魔術師がワシを遊ばさせる訳がないだろうに?」
やっぱり、こやつできる。
「今回の作戦目標は唯一つ、両国に多大なダメージを与える、と言う事になります」新たに地図にマスを合計四個、上に一本線をひいた。
「両国にそれぞれ義勇軍扱いで参戦、ただし歩兵は使いません、騎馬隊のみの投入と言う事にします」
皆がいぶかしげな目で見つてきた。・・・野郎に見つめられてもうれしくともなんともねえな。
「無論騎馬隊だけでは兵力的に大部隊とはならないでしょうが、作戦的に機動力が鍵を握ります、したがって補給部隊もナシです」
「それでどうやって戦えと言うのだ、兵を飢死させる気か?」
ボバルドーが「話にもならん」といった風に肩をすくめた。
「要約しますと騎馬隊を傭兵扱いで参戦させる、面倒はまかせる、ただし自由に動く、王国とこっそり話すならうちのバナリーがいいんじゃない?と」
部屋に今までと違ったざわめきが満ちた。一人目をつむり、黙って聞いていたバナリーがこちらを見据えて言った。
「つまり兵は出すが俺たちの行動に口出しするな、自由に動く、飯は食わせろ、給料は出せ、と言う事か」
「まさにその通り、領地配分などで後にも尾を引きません、実際に味方となってるんだから大きく出れない。前回の負い目がある帝国は言う事なし
ですし、王国側も納得するでしょう」
「だが騎馬隊だけでは碌に戦果を上げられんかもしれんぞ、その時はどうするのじゃ?」
モナリンが心配そうな顔つきで言った、戦場に一番近いから死活的問題でもあるわな。
「先ほども申しましたとおり、こちらの部隊に関しての命令拒否権のワイルドカードが参戦の第一条件、第二条件は同族を相手に戦いたくないので
それは各国軍に一任する、と、第三にこちらより強い敵に遭遇した場合は・・・」
「遭遇した場合は?」バナリーを除いた皆が身を乗り出して来た。

「逃げます」

「それじゃワシらは何をすれば良いんじゃ?多大なダメージを与えるのではなかったのではないか?」
コーレンがあきれた様子で聞いてきた。
「両国の後方地域に対して焦土作戦を行います、敵兵力の少ない所を狙い襲撃、燃やして灰にしてしまいます。
無論虐殺なんて時間が掛かるだけですから、敵騎兵に捕捉されない為にも「神聖帝国騎士団が来るぞ、逃げろ。」とかいって民間人を逃がし、
畑、村、町に火を付けます。まあ、略奪しない野盗みたいな物ですな。
優勢な敵兵が居た場合、畑だけでも燃やして各国主力部隊に逃げ込み押し付けます。必然的に騎馬隊は全て軽騎兵編成です」
誰もがあきれた表情を浮かべた、バナリーでさえあきれている様だった。そしてコーレンが言った。
「ま、確かに暴れれば面子も義理も果たせるが、そんな事ばかりしてどうするのだ?最悪臆病者とそしられるぞ?」
「敵が皆そういう風に認識してくれれば言う事は有りません、まあそのうち誰かが気付くでしょうが」
皆が目を合わせて不可解な表情を浮かべている、ま、この時代にそんな認識ある奴が少ない事を喜ぶか。
「主力が前線で膠着、小競り合いをしている間に両国の後方は焼け野原、食料は近くで調達できない為補給路は伸びます。
勝利を求め、戦力を増やせば補給の負担が増すだけ、我々の騎馬隊に対処するには主力の騎馬隊を割かなければならない。」
そこまで言った時皆の顔色は愕然とした物になった。
「耐え切れなくなった所で、連合から十年分割払い程度で両方に糧秣を提供してやれば完璧ですな」
室内のあちこちから声にならないうなり声の様な音が響いた。
「まあここまで来ると、主力が決戦を挑むかどうか五分五分ですが、決戦をしないのであれば両国の間をバナリー氏が主導で和平を執り成せば
済みますし、決戦すれば両国供に疲弊するだけです、どちらに転んでも損は無いでしょう」

「なんともまあ・・・・」心底別の意味であきれた口調でモナリンがつぶやいた。
「戦争を起こして利益を得るのは非常に難しい、しかし戦争の当事者でなければぼろ儲けできる・・・と言うわけか」
バナリーがしみじみとつぶやいた。
「しかしえらく悪辣だな・・・・・」
エラストーが答えた。室内が沈黙した、確かにこの方法であればドワーフの権力の維持どころか拡大も無理ではないだろう。
しかしどれだけの人間が惨禍に巻き込まれるのかと考えると言葉が出なかった。
「いわゆる弱者の戦い方、と言う物です。ただこれで稼げる時間はたかが知れてますので第二の手を打ちます」
「第二の手?」
皆がいっせいにこっちを見た、中には「まだ足らんのか?」といった風の表情を浮かべてる者もいる。

「作戦の第一段は先ほど申した通り、両国を適度に疲弊させるA作戦、通称「フリーダム」、両国の紛争終了をもってこの作戦は終了となります」
「それでは足らんのか?」
エラストーが言った、こんなんで世界が平和になったら戦争自体起きてねえよ。
「第二作戦は現在グドランド大陸南西に存在する、アークラント大陸で発足した統一国家、この統一戦争から逃れてきた没落貴族を
帝国か王国辺りで担ぎ上げて亡命政権を樹立させ、私掠船を仕立てて挑発を行います。これをB作戦、通称「ブリティッシュ」とします」
悲鳴のような唸り声が聞えた。
「そしてその脅威に対抗する為に王国、帝国両家に婚姻関係を結ばせその連合に参加、グドランド大陸連合帝国を結成するC作戦、
通称「ハプスブルグ」、この三つを纏め統一国家生存戦略「ラグナロク計画」として上奏します。どなたか反対意見などは?」

静まりかえった室内に声を出す者はいなかった。

グドランド大陸統一戦争の事実上の幕開けだった。そして同時に氏族連合820年の歴史上初の異民族の宰相が誕生した瞬間でもあった。



[1318] 遠い国から 国力調査レポート
Name: kuruto
Date: 2005/05/08 19:13
以下の資料は主人公が連合から依頼を受けた際にまとめた未発表内部資料です。
誤字脱字もそのまま、注釈は()で示しています。
別に読まなくても本編には余り関係有りません。
ただSSでは書ききれなかった設定を乗せる事にしました。
ヘタクソって宣伝してるようなものですなあ…。





           グドランド大陸概略




グドランド大陸の形は、例えて言うなれば「クリームパンを真ん中でつまんだ」様な形となる。
ただつまんだ際に中身のクリームがちょっともれて、その形が地球で言うイタリアの
「突き出た長靴」
と言うのを縦に割って、つま先の有る方を下に向けて中心部にくっつけた。
其処がドワーフ氏族連合の南部と言う事になる。
面積などは詳しく分からない、まともに測量されてないからだ。
ただ沿岸部が詳しく記録されており、それから起こした地図と言う事になる。
この世界に伊能忠敬は居ないようだ、居たら怖いけど。




大陸の形は前述したのでもう少し詳細を記す事にする。
大陸の南半分は大体広大な平原になっている、(除、ドワーフ、エルフ領)
大陸の両端の北部は流石に寒く(ステップ気候?)放牧、酪農程度しか行われていないようだ。
大陸の半分以上を占める平原では小麦の栽培が盛んなようで、米はドワーフ領南部でしか見ないようだ。
大まかな情報はこれまでにして、大陸に存在する国の詳細を書いておく。





レーヴェ神聖帝国(以降帝国と記述、めんどいし)
大陸西半分を支配している大陸一の強国。帝国の北方には険しいボルゴ山脈が存在するが、其処を源とした河が何本か流れておりそのうち何本かは
そのまま帝国を縦断、南方海にまで続いている。
北方のボルゴ山脈は非常に険しい上、気候も厳しいのであまり人は居ないそうだ。
その分帝国中部から南部までは比較的なだらかな平原が続いており耕作する場所には困らない。
耕作が発達している分漁業は余り発達していない、前述の河や暖かい南部の沿岸で魚を取って地元で消費
してしまうらしい。
総じて海運貿易も碌に行っておらず、西南に有るアークラント大陸から稀に小麦を買い付けに来るぐらいだそうだ。
ここら辺をドワーフに詳しく聞いた所
「人間は皆この大地を中心に回ってると考えてるようでな、航海術のコの字も知らん」
とバカにした様に言われたので
「地球型惑星の質量で恒星を振り回せるわけないじゃん、ねえ」
と答えておいた。(少しムカついたし)
反対に良くわからん様だったが、修行が足りんな、修行が。
人口は大陸一の広さなだけ有って一番多いらしいが、建国当初から続く王国との紛争で十分な数の人口にならず
碌に第二次産業が育たないらしい。
建国は王国暦198年、腐敗しきった王国国教会(アバル教と言うそうだ)のフレオン司教が「神託をうけた」とか言って
「神聖レーヴェ教会」とやらを設立。日頃から邪険にされていた西部地方領主が続々と参集し王国から独立、
以降延々と王国ともめてるらしい。そら延々戦争やってて人増えたら苦労はせんよな。
(三国志で北方辺境押し付けられた様なものか?武将馬超だけとか?)
国教はレーヴェ教。初代国王は以外にも司教ではなく、一番有力な西部地方領主のアバル公爵とやらが着いたそうだ。
どんな裏取引があったか気になる所ではある。
この頃の出来事としては前述の貿易相手、アークラントで政変だか戦争だかで難民がいくらか来ているらしい。(要調査)
万年紛争国で土地は余っているので余り問題にはなっていないらしい。(つまらん)


特記事項としては教会が独自軍を所持、「神聖帝国騎士団」と言って80年程前、旧ピロール領を燃やしてたらしい。
鎧に魔法で「矢避けの加護」が掛かってるらしく、強力な石弓や強弓でしか抜けないらしい。(きったねー)
教会がこの頃ほどよく腐ってきてるらしいが、国力的には一番らしい。(戦は数だよ、兄貴)





ペハー・グドランド王国(以降王国と記述)
名前からして分かるように、昔大陸の八割方を治めていた王国の成れの果て、大陸東部にある。
国王グロッセ・ペハーが昔大陸をほぼ統一、暦を王国暦に変えたそうだ。
しかし息子、孫とダブルで無能、有力者を大陸西部に島流ししてたら司教とつるんで独立された。
以降延々と(以下略)。
国教はアバル教、身内から反乱首謀者が出てから国にいいように虐められ、碌に権力はないそうな。(宗教は麻薬だ!)
国の北方はステップ気候?だかなんだかで放牧、酪農がメイン。実際師匠の塔は北の端にあったが乳製品には困らなかった。
さすがに冬は寒いが地形は比較的なだらか、チョモランマみたいな山は無かった。
実際に通ったので地形は有る程度把握している、南部のエルフ王国との境まではなだらかな平原が続いている。
国の建前上、エルフ王国はエルフに自治させていて王国領になるらしい、だれも信じてないけど。
帝国の独立戦争当時、エルフは王国側で一応参戦したので放置しているのが実情らしい。(ニ正面作戦しないだけの頭は有る様だ)
北方は無論海に面しているが、冬は流氷が押し寄せるのでこれまた沿岸漁業程度。
東方沿岸は問題ないのだが、ドワーフが言うには
「奴らは太陽と月の区別(以下略)」
で貿易などは特に行われていないらしい、というか東の先に何があるかドワーフも知らないそうな。
誰か一週してくれないかな?
国力が帝国独立時に半分、その後の戦争で人口も半分、「ジョリーと僕とではんぶんこ」と言う訳には行かなかったようだ。
最近ピロール領を半分帝国に奪われ、国力もちと落ち気味らしい。(要調査)
帝国と違って売りになる戦力は特にないが、宗教に絞られてない分軍に回せる様だ。(追加調査)
帝国と違って武器、武具も自力生産しているが品質でドワーフに負けるそうだ。
注意すべき点は鳩野郎の雇い主、ジョラズ・カイレムは現国王の弟らしい、厄介だ。
帝国側について国ごと潰すのがベターだろうが、昔から「獲物がいなくなった猟犬は」と言われるので注意する事。






ドワーフ氏族連合国(以降連合と記述)
ドワーフの国、ドワーフ王国とも言われる。大陸中央南部に位置する国。
基本的に国の中で部族毎に住む地方が異なる。
ミエレフ、ホニング、ニカトム、トリアン、ラムタの五部族で構成されている。ちなみに場所はそれぞれ
中央、北方、東方、西方、南方となる。ピロール領反乱時に南方部族だけ大きなダメージを受けた。
兵隊は基本的に各部族毎に結成される。(こっちで言う郷土師団みたいなものか?)
必然的に被害が集中するとえらい事になる、つか南方はえらい事になった。
働き手の半数が死んじゃったので船は動かない、村によっては鍛治屋も居なくなる始末。
ドワーフは部族毎の結びつきが強いらしいが、この時ばかりは経済難民化した南部人が各地に出没。(熊に注意)
で、俺に頼んできた…と。(俺にどうしろと…)
南部は地形的に海に面する場所が大きく、比較的海運も発達していたが現状は小船で魚を取る程度らしい。
国の位置は大陸のほぼ中央に位置し、北を旧ピロール領、東は王国、西は帝国と接している。
旧ピロール領は現状王国と帝国が半分こである。貿易路もこちらがメイン。
東と西はそれぞれ「カブソン山脈」「アムシャス山脈」と言う大陸有数の険峻な山々に囲まれているため事実上
兵力の展開はできない、だから難攻不落だが北を塞がれるとどこにも行けないですよ…と。
しかし山から良質の鉄鉱石などの豊富な地下資源が出る為に両方の部族は比較的裕福である。(中央も塩は出る)
食料の生産は北部が小麦、南部が米と良い所取りだが近年、南部の生産量は頭打ちらしい。(働き手がいない為)
旧ピロール領は王国と連合との貿易中間地点として栄えた、が為に両国が執拗に狙って現在焼け野原。
街道沿いに宿場町、と言うよりも村が細々とある程度である。
また両国とも貿易を有利にするため、当初T字の整備された街道が有ったがそれをわざわざ壊してY字にした。
帝国側に行く主要貿易路は二本有る事になる、無論遠回り路線は余り使われない。(バカじゃねーの?)
近い方の貿易路の通行料を上げたりしているそうだ。(有利になってねえじゃん)
船員の確保さえ出来れば海使う方が楽なのだが。(無論沈んじゃう危険はあるが)






エルフ王国
とりあえず国境接してないので深く考えないでも良いだろう。
大陸東方南部に存在し、上を王国に押さえられているため交易は王国を通るか
海を使うかしかないのだが、でかい船は作らないらしい。
国土のほとんどが深い森に囲まれた「美しい国」(ニア談)らしい。
なんでも信仰対象が木だそうで、首都に大陸一大きな木が生えているらしい。(日立の回し者か?)
なんだか色々有るらしいが当面何の関係もないのでほっとく。(つか忙しい)



[1318] 遠い国から 十二話
Name: kuruto
Date: 2005/05/22 01:27
「しかしマスター、本当に此処まで事を大きくしてかまわないのでしょうか?」
老人会の面々が帰った後エマが唐突にそう言った。
「しかしもかかしも無い、奴は領主付き魔術師で、こっちよりも魔力だけは上だ、残念な事にな」
椅子に腰掛け蝋燭の明かり越しにエマを見ていった。
「言った筈だ、奴より絶対有利な力を得て思い切り粉砕してやるとな、老人会もある程度気が付いていて声を掛けてきたんだ、
そこら辺は向うも勘定済みだろうよ。ハト野郎は事態悪化の崖をヒモ無しバンジーだ」


田中敬一郎自称24歳、ゲームじゃない国家経営シュミレーションプレイ中。


「ハトの野郎がいなけりゃメイドさんで十分だったんだがなあ」




遠い国から 第十ニ話 「日常」




「しかし魔法っつーのは使えねえなあ、大体資料に目を通したけどほとんどが攻撃か防御だけじゃん」
ドワーフ達の持っていた魔術書に目を通しながら言った。
「魔法とは元来その様な物だと思いますが?」
エマがお茶を入れながら答えた、南部でようやく生産のメドが立った換金作物だ。
「通信一つにしろ、部屋いっぱいに魔法陣書いて投影用の水晶玉だぞ、大使館ぐらいにしか置けねえっつーの、使える奴自体少ないし」
お茶をすすりながら言った、俺、あんな魔方陣書けねえよ、不器用だし。
「確かに皆が使える訳では有りませんが、皆が使えるようになると別の意味で危険なような気が致しますが?」
「まー、夫婦喧嘩で家をすっ飛ばされたりしちゃたまらんがなあ、どうしてこう使い方が攻撃に特化してるのか・・・・」
もう少し別の意味で有効利用しようとする気は誰も考え無かったのだろうか?
「もっと生産的な魔法は誰も考えなかったのかねえ・・・・おかげで南部の復興に苦労するわ・・・」
嵐を呼ぶ大規模魔法は有っても嵐を避ける大規模魔法は無いのだ、魔法の嵐ならアンチマジックがあるが自然だと無理、役にたたねえ。
おかげで復興は既存の技術を使う事になった。馬の数を増やし、馬鋤の改良、肥料、自動種蒔、自動刈り取り機の開発。
無論自動刈り取りと言ってもトラクターみたいにエンジンは付いてない、人力、もしくは馬で引くと車輪が回って撒いたり刈ったりするのだ。
なにせ人口が増えない、そうなると労働力に余裕を持たせるくらいしか方法は無かった。一番手間が掛かるのは生産、特に畑は手間がかかる。
「何でみんな小麦なんだよ、米食え米、作付面積あたりの収穫高低いんだよ、モロコシよりマシだけど」
「はあ」
エマが困ったような返事を返す、ま、一般人はあんまり気にしないよな。
「それに人口の半分以上は字が読めないんだぞ、布告すらまともにできやしねえ、くそっ、戦争ばっか好き放題やりやがって!」
義務教育3年は今年から始まった、読み書き、四則計算、ソロバンの生産と使用方法の教育。最初は反対が多かったが学校給食の無料で釣った。
もちろん欠席、遅刻が多いと有料になるのだ、給食は無論米食メイン。
「くそっ、いっそ行政府の名前GHQに変えてコーンパイプでも咥えてやろうか、つーてもわからんだろうなー」
「はあ」
「それになんだ、あいつらは、バナリー以外みんな戦争に行きやがって、全部俺に押し付けか!くそ!」
報告によると楽しく戦場ライフを満喫してるらしい、どうやらどれだけ村を焼けるか競争してるみたいだ。おかげで改革は進むのだが。
(なにせ反対する長がいない、俺より上はバナリーだけだが彼は南部の長だ)
私は執務机の上にお茶の御代わりを置いた、確かにこの一年、マスターは良く働いたと思う。農業の手間を減らし南部で魚を取らせた。
無論それだけでは「食べるものが増えた」程度でしかない、マスターは東部や西部から食用油を仕入れて魚をそれに漬けて出荷したのだ。
痛みやすい魚を干したり、塩漬けにしたりして運ぶのは見た事があるがこんなのは初めてだった。
今ではビールのツマミにドワーフ領で大流行している。これを見た南部の経済難民は南部地方に帰還しつつある、もともと油の生産は南部が
一番盛んだったらしい。
それに私も始めて食べたのだがドワーフ領の南部では米を食べるらしい、他の領地では「南部人の米食い」と言ってバカにしてたらしいが。
マスターは他の領地でも米の生産と消費を推し進め、余った小麦は戦争中の両国に高く売りつけている。
そして一番の驚きは戦争は儲かる、何を作っても高く売れるのだ、マスターの宰相就任と供に始まった連合の改革による空前の好景気は領民には
奇跡の様に見えたらしい。最初は人間人間とバカにしてた様だが、今では町の酔っ払いが万歳と叫ぶ声が聞える。
マスターはそれを聞くと「・・・愚民どもが・・・」と、なぜか窓辺で日頃は飲まない強い酒を飲みながらつぶやいた。この頃のマスターは本気かどうか
良く分からない、だがそうとうストレスを溜め込んでいるのは間違いないようだ。
先ほどから私は「はあ」としか言ってないのだが良く分からない事をしゃべり続けている、・・・・・本当に大丈夫なのだろうか?
とりあえず麦が足らん麦が、戦時急造で船も作って、他の大陸にまで麦などの食料を買い付けに行かせたが戻ってくるまで時間が掛かる。
「くそう、俺はストラテジーよりタクティカルなんだ、つーか一晩で思いついた戦略使うなってんだ、くそっ」
「ますたー?」
「ボードゲームも日露止まりだ、RSBCなんざやっちゃいねーんだ、PCゲーでも戦略級はDくらいだっツーの!てかエロゲのプレイ数の方が圧倒的に多いんだ、葉鍵系より調教系な、
なのになんでシムシティーどころかシムアースのような事をやらにゃならんのだ、くそっ」
「マスター、先程何かおかしな事を…」
「全部あの鳩野郎のせいだ、停戦交渉で絶対奴をギロチンにかけてやる、いや、高く吊るした方が良いか?フランス式かイタリア式か?どちらにするか問題だ、うん問題だ」
「…マスター、書類の方が溜まっておりますが?」
「ああ、すまん、ちと考え事をしててな、つい現実逃避しちゃったよ、で、次は何の書類だっけ?」
「型示通信に関しての報告です、当初の予定道理、首都から各領地中央都市までは開通致しました。
前線までは流石に無理でしたが…」
「そうだよ、通信だよ、モールスもねーっつーのはどうよ!碌に作戦もたてれねーよ、即応部隊があっても碌に動かせねーよ、おまえら今まで
どうやって戦争やってたんだ、船なんざ戻ってくるまで無事かどうかもわかんねーよ、ビスケット叩いて虫出しますか?」
エマは心の中で思った、「ああ、今日の仕事はもう終わりだな」
その頃エラストーとコーレンは王国軍主力の横で野営していた、邪魔な王国の顧問もいない、二人だけで天幕の中に居た。
「しかし今回の戦争、最初思ってた以上に面白いのう、被害がほとんど出ないのが最高じゃ」
エールを飲みながらごきげんなエラストーが言った。軍を動かしている間はあまり飲めなかった酒が飲み放題である、言う事なしであった。
「うむ、最初「火をつけるだけだ、それ以外はなにもするな」と言われた時には正直腹が立ったが、知っとるか?王国騎士団がどうなったか?」
久々の焼きたてのパンとチーズを食べながらコーレンが聞いた。
「王国騎士団…そういやこの頃やつらの噂を聞いておらんな、どうした?」
「俺たちの真似をしてな、後方の町を襲いに行ったのよ」
「その割には話に聞かんな、迷子にでもなりおったか?」
「大きめの町を襲ってな、ちょっと抵抗されたもんで調子にのって略奪虐殺やらかしたらしい」
「それはまた…酒の不味くなる話だが・・・落城した町では良くある事じゃろう」
エラストーは顔をしかめながら答えた。
「そこからだ面白くなったのは、エラストー、話だけでなく奴らを見てないだろ、この頃」
「そういやそうだが、まさかまだ後方で暴れてるのか?」
「まさか、その逆だ、調子に乗って略奪やら何やらやってるうちに俺たちを追っかけてる帝国の騎士団に追いつかれたのよ」
「そいつはまた…ご愁傷様というかなんというか…」
「で、逃げようとしたら略奪品が重くて半分方やられたらしい」
「完全な自業自得じゃな、そりゃ」
完全にあきれたエラストーは、バカにしたような顔つきでエールを注いだ。
「今首都の方まで戻って、騎士見習いを大慌てで騎士にして補充しとるらしいぞ」


コーレンは炙った鳥肉にかぶりつきながら付け加えた
「この頃王国の連中、食料や何やらは首都まで行かないと手に入らんらしい、モナリンやボバルドーも頑張ってるようじゃ」
「そりゃまたご苦労さんなこった、開戦前に補給優先の取り決めをしといてよかったのう」
「エラストー、笑い事ではないぞ、昨日補給担当の奴が来て飯の配給を減らすとか言ってきた」
「無論断ったんじゃろ?」
「当たり前じゃ、減らすなら国王から書簡で通達しろと言って叩きだしたわい、もし支給が減ったら撤退すると言ってな」
「完全な脅しじゃな、ま、補給優先の約束が破られたら全ての取り決めは破棄になるわい」
「しかし、よくもまあこんな陰険と言うか効果的と言うか…思いつくな、あの魔術師」
「うちの領地からな、最初の二ヶ月は「なんで人間の言う事なんぞ」と文句の書簡ばかりきておったが…」
「うちも同じよ、今では大喜びしとるがな、何せ税収が倍以上だ、戦争やっててこれは…たまらんのう」
そう言って二人顔をあわせ「グフフ」と笑った。
「最初「兵隊を八割削減する」と言った時なぞワシも正気かどうか疑ったが、エラストーはどうだ?」
「同じだ、戦争だと言うのにな、狂ってるかとも思ったが・・・今では全部解体したいくらいじゃ、なにせ働き手が足りん」
「働き手の不足だけはなあ…」
「わしらドワーフだからなあ、こういう所だけはポコポコ増える人間がうらやましいわい」
「しかし、こうなるとますます奴を手放す訳にはいかんぞ、最初は財産だけ置いていってくれればどうでも良いと思っとったが」
「うむ、そこらは皆で打ち合わせせねばならんな」
コーレンは食事のパンとチーズを全て胃袋に収めた後エールをジョッキに足しながら言った。
「しかし王国の魔術師とは正反対だな、この間の会議で食い物が足りないと言ったら…」
「「魔法も戦争も精神力です、ヤル気が足りんのです!」ときたものだ」
「魔力は強いが、クソの役にもたたんな、アレは…」
「しかし奴のおかげであの魔術師がうちにきたのじゃ、礼は言わんとな」
「その通りだな、ワッハハハハハハ」そういって二人はエールのジョッキを合わせた。


「優秀な魔術師を紹介してくれた」
「王国の魔術師に」


「「乾杯!」」



[1318] 遠い国から 第十三話
Name: kuruto
Date: 2005/06/14 20:19
ペハー・グドランド王国、グドランド大陸東部に位置するこの王国では王国分裂時以降暗黙の国是がある。
「大陸統一」
500年ほど前の大陸戦争以降独立した大陸西部の帝国を再び支配下に置き、大陸を統一し過去の栄光を再び蘇えらせるのだ。
しかし現代日本で良く知られている法則が存在する。
「悪くなる可能性の有る事は必ず悪化する」
いわゆる「マーフィーの法則」と言われるものだ。
この国は大陸戦争以降常にそれにみまわれてきたと言っても過言ではないだろう。
帝国独立以降数知れないほどの紛争、それに伴う国力の低下。
100年前のピロール領の乱では、かろうじて吊りあってた帝国との国力比でさえ逆転してしまった。
人はみな調子の良い時は何をやっても良い、調子が悪くなると何をやってもドツボにはまる。
それは国にもあてはまるのかもしれない。
現在の国王、ラクタン・ペハー三世は今日更なる事態の悪化の報告を受ける事になった。


「陛下、前線からの早馬によりますと王国騎士団が壊滅に等しい損害を被ったようでございます」
「なんだと!」



俺は今この世界に来て初めて温泉につかっている、やはり日本人として生まれたからには温泉であろう、うん、今そう決めた。
「しかしマスター、この温泉と言う物は少し臭いがきつすぎるのではないかと思うのですか?」
「何を言うエマ!硫黄臭漂う湯に浸かってこその温泉!個人的には炭酸泉も捨てがたいが硫黄泉こそ温泉の中の温泉!」
「はあ」
「それとも何か、君はラジウムじゃないとダメとか言うんじゃないだろうな、ガイガーカウンターないからラジウム泉かどうか分からんぞ?」
「はあ」
「まったく、この世界の者達は風呂と言う物を軽視しすぎている、大問題だ」
「はあ」


田中敬一郎自称二十…五歳くらい?、日頃の激務の疲れを癒すために温泉入浴中。


「はー、ビバノンノンっと」



遠い国から 第十三話 「焦燥」




「どう言う事だ、どうして王国一の騎士団が壊滅なぞしたのだ、いきなり決戦になったのか?詳しく話せ!」l
国王のラクタン・ペハー三世は声を荒げた。いつもにまして動きの遅かった王国東部諸州の兵力がようやく揃い、王家主催の戦陣祝いの
パーティを行った翌日の凶報であった。彼らは今朝首都を発ったのでこの凶報を聞いているかは五分五分だろう、前線に着く頃には一兵卒
でさえ知る事になるだろうが。
それを聞いても戦意を保ってくれれば良いのだが。
「陛下がお悩みのドワーフ共に鉄槌を下さんとしたものの、逃げ足が異様に素早く捕まえられなかったとの事」
「そんなことはとうに聞いておる!なぜ壊滅したのだ!」
報告を行う兵は頭を床にこすり付けんばかりに下げながら言葉を続けた。
「相手が逃げてばかりでは勝負にならない、それならいっそ相手と同じ事をして思い知らせてやろうと敵地の町を襲いこれを撃破したそうで…」
「撃破したのに壊滅したと申すのか!」
報告の合間に国王の怒気に満ちた言葉が飛ぶ、報告する兵は内心で騎士団に呪いの言葉を百回唱えて続けた。
「町を撃破し王国に楯突いた者どもの、哀れな末路の証…を上げていた所に敵の騎士団が到着、戦闘になりました」
「つまり、のんびり略奪してる所を襲われた、左様申すわけか」
国王はあきれきった様子で椅子に体を沈み込ませた。
「町を落とす為に戦い、疲れていた所を敵に突かれ奮戦むなしく敗退、半数ほどが討ち取られるか捕らえられた様でございます」
「町を襲う為に派遣したのではないのだがな」
国王の横に控えていた王国宰相ビル・ゼーン・ローグラムがポツリとつぶやいた。兵はその言葉を無視して伝えるべき最後の事を話した。
「幸いにも騎士団は騎馬の騎士だけで行動していたので徒歩の騎士見習い等は全て無事との事、欠員もすぐに補えるとの事です」
「騎士見習いを騎士にしても今度はその騎士見習い自体が不足するではないか、また貴族の子弟を掻き集めねばならんな」
宰相は兵の報告の本質をズバリついた。兵は報告が終わったのであろう、黙って何も答えなかった。
「ご苦労、下がってよい」
事の当事者でない兵を問い詰めても仕方が無いので国王は兵を下がらせた。伝令は黙って礼をすると退出した。
「ローグラム卿、今年中の決戦は無理か?」
国王は半ば返事が予想できている事をあえて聞いた。
「無理ですな、前線には騎士が乗る予備の馬がおりません、一旦首都まで引き上げさせて騎士団の予備の馬…だけでは足りないでしょうから。
近衛の予備の馬も提供してなんとか、と言った所でございましょう」
「しかしなぜドワーフ共に出来る事がなぜ我が国の騎士団で出来んのだ、一体どうなっている!」
国王はまたしても興奮を露わにして宰相に聞いた、当初考えていた計画が台無しなったのだ、無理は無いかもしれない。
「ドワーフ共は重装騎兵ではありません、着けている鎧もせいぜいがハードレザーの軽騎兵です、追撃にはこちらも軽騎兵を出さないと…」
「この国には軽騎兵はおらぬと申すか!」
「我が国の軽騎兵は伝令などで使用されている程度です。後は鎧に金を掛けれない貧乏領主が編成した騎士団がおりますが、数が少ない上に
ドワーフ共を探し出すのに駈けずり回っている様でございます」
「自国で好き放題されるとは、怠慢か?」
「いえ、見つけてもこちらが少数ですと返り討ちにあいますし、報告を聞いて大軍を動かすと逃げられまして…」
国王は天を仰ぎうめき声を上げた。
「なんともタチの悪いものよ、例年通りドワーフが皆帝国についていたならば今年中に負けていたな」
そう言うと国王は途方にくれたような表情をして椅子の肘掛に腕をかけた。
「その点に関しましては交渉したソノート卿の大戦果でございました、ドワーフ共の内部対立で半分を味方に引き込みましたゆえ」
「しかしドワーフ共のたちの悪い事よ、参戦に関しては行動の自由と補給の優先を要求してきたがこの為とはな…」
「確かに、この戦法を行うには行動の自由と補給が無ければ成り立ちません、碌に動かなければそれをたてにとって補給優先を取り消そうかとも
考えておりましたが」
宰相のローグラムもまた首を振りながら言った、戦後の褒美について考える必要は無いのだが給料はかかるのだ。
「戦局はドワーフ共の働き次第とは情けない物よ、しつこいようだがローグラム卿、騎士団の再編にはどれだけかかる?」
「左様ですな、前線までの行き帰りもございますから、およそ一年と言った所でしょう」
騎士団の徒歩の兵は移動に時間がかかる、再編、訓練の時間を入れると最速でもそのくらいはかかる。
「来年の種蒔に兵を戻してやれぬとなれば来年の収穫は酷いものになるであろう、手当てはつくか?」
「幸い王国西部で焼き討ちを受けた所は村や小さな町ばかりです、あと一年は大丈夫でしょう」
「しかしこの戦法はドワーフの定番なのか?王国が始まって7百年程になるが聞いた事もないぞ?」
「私も調べましたがこの様な戦は初めてでございます、ただ昔からドワーフは重装騎兵を用いた事がないようなので言い切りにくいのですが」
「つまり考え方としては既にあったが今まで使う事が無かっただけかも知れぬ、と」
「左様です、戦場の決着は重騎兵の突撃で敵を崩せるかどうか、でございます。今までドワーフ共が重装騎兵を用いなかった事が疑問でも
あったのですがそう考えれば辻褄が合います」
「なんとも厄介な戦争になったものよ、こんな戦法を考えついた者の顔が見たいな。きっとひねくれ曲がっておるぞ、性根もな」
「左様でございますな」




「ヘークショッ」
「マスター、ですから汗をかくまで湯に浸かるなどおやめになられた方が良いと申し上げたではありませんか」
先に湯から上がってたエマが「それ見たことか」と言った表情で俺を見た。
「大丈夫だ、別に湯冷めした訳じゃない、唯単にくしゃみがしたかっただけだ」
「マスター、世間的にそれは風邪と申しませんか?」
「いんや、体はいたって健康だ、誰か俺の噂でもしてるんじゃないか?スタイルの良いパッキン姉ちゃんがメイド服きてネコミミつけてネコハンド
もつけて「ハニャーン」とか言ってるとか」
「マスター、意味は良くわからないのですがおそらくその可能性は絶対に無いと思います」
「いや、わからんぞ、それにハウスメイドやキッチンメイドにネコミミは似合わないがパーラーメイドにはありかな?とか思ってるし」
「マスター、何度も申し上げますがその可能性はございません」
「そんな事はない、俺も此処に来るまで魔法なんて無いと思ってたんだ、魔法やエルフやドワーフがいるんだ、ネコミミメイドの一人や二人」
シャングリラは無かったようだが漢の夢は有ったのだ、世の中何が有るか分からない。
「そんなネコの怨霊につかれたような者はおりませんし、メイドも見ておりません、マスターはもっとお仕事の方に力を入れてください。
マスターのその変な情熱が仕事の方に向いてくださればどれだけ…」
「自慢ではないが俺からメイドを取ったら何も残らんぞ、ああ、断言できる」
「マスター…」



こう言う時何時も思う、マスターが本気になれば一国どころか大陸に命令を下せるのではないかと、魔法使いだが余り魔法が
うまくなかったり、剣にいたってはぜんぜん使えない(剣に振り回されていた)、馬の扱いも下手だ、だが国家の運営、技術、知識、兵の動かし方や教育、どれを
取ってもマスターに勝る者などいないのでは?と思う。幼少の頃のエルフの国でも、マスター以外の人間、ドワーフ達もマスターと互角以上な者など
いなかった。欠点は変質狂的なまでの逃亡準備とメイドへのこだわりだけだ。



「しかし湯に浸かると言う事が無いならこの大陸の者は一体どうやって体を綺麗にしてるんだ?師匠のとこみたいに水浴びるだけとか?」
「この大陸ではそれが普通です、熱い時などは河や湖で泳ぐついでに行ったりしますが、冬はタオルとお湯で体を拭く程度ですね」
「いかんな、それじゃ、リンスやシャンプーが無いのは仕方がないとしても石鹸すらないとはどう言う事だ」
洗濯や食器はどうなっていると言うのだ、食中毒になっても知らんぞ、おい。
「申し訳ありません、石鹸とやらの意味が分からないのですが、マスターが私の小屋に来られた時に使われてた物ですか?」
「アレは洗濯用石鹸、師匠の塔の中に資料が有ったと思うんだがな…油に青酸カリだかなんだか混ぜるの、ん?違ったっけか?」
「はあ、あいにく良くわかりませんが」
「まあアレだ、戦争終わったら石鹸作って売るのも良いかもしれんな、良く売れるだろう」
第一俺の精神的安定に役立つだろう、つか病気は嫌だからなあ。
「しかしマスター、今回は鉱山の進捗を確かめるはずだったのでは?極短時間しか見ておりませんが?」
「良いの良いの、アレで、さすが本職、違うねえ」
「マスターがよろしければ構わないのですが…」
「今の技術じゃアレで十分だろう、硝石が掘れるだけ日本よりはマシだ」
最悪戦国時代の日本みたいに土硝法でもしないとダメかな?とか思ってたのだ。
「後マスターの仰ってた鉛ですが量の確保には問題ないそうです、今まで秤などにしか使われてなかったので鉱山では大喜びらしいですが」
「鉛一つ有効利用できないんだから技術格差を思い知るよ、まあ時代が進めば嫌でも使う羽目になると思うが」
確かに鉛は体に良くないが無いとバッテリーも作れない、まあ電気を利用するまでこの世界に居る事にはならんと思うが。



「あー、早く現代に戻りてえ」



[1318] 遠い国から 第十四話
Name: kuruto
Date: 2005/07/11 14:03
レーヴェ神聖帝国、グドランド大陸の西側半分を統治するこの帝国は現時点で大陸最強として知られている。
しかしどの時代、どんな国でもまったく国内問題を抱えていない国家など存在しない。
国家として隆盛を誇っている場合はその問題が目立たないだけなのである。
そしてこの法則は大陸すべての国にも当てはまる。
家臣の忠誠を得るため時として必要以上の報奨を与え、結果王家の影響力が失われつつある王国。
前回の戦闘で一部族の兵すべてを失い、国内の混乱と国力低下を招き、種族的制約から国力が回復していないドワーフ。
分裂戦争以降軍事行動を起さず、大陸全ての国から忘れられつつある、もしくは無視される国となったエルフ。
そしてこの帝国にも重い問題があった、ある意味四カ国の中で一番重大な問題と言えるかもしれない。


「そうか、騎士団は勝利したか」
兵からの報告にほっとした顔でつぶやいた男がいる、神聖帝国皇帝クレスト・アルバ三世だった。
「これで一息つけますかな、西部諸侯の兵も後一月もすれば前線に着きますれば」
顔の半分が長い髭、いかにもファンタジーな魔術師といった風の男が言った、帝国宰相バーバル・ノード公爵と言う。
今年で八百歳ほどになると言われるこの男は宮廷魔術師も兼任している。
「それに二百ほどの捕虜、それも騎士ばかりを得たのは非常に大きいですぞ陛下、麦の値段も上がっておりますからな」
戦場の捕虜は身代金と交換で開放される、今回戦ったのは神聖帝国騎士団で教会の兵だが帝国の兵でもある。
通例では身代金の半分は国に納められる事になっていた。
一瞬言いよどんだ兵は顔を伏せ言った。
「閣下、今回の戦いで得た捕虜なのですが教会から通達が有りました。「今回の戦いは国の力を借りず我が騎士団が神の
ご加護だけで勝利した戦いである、よってこの戦いで得られた物は全て神に捧げるものとする」との教皇様のお言葉です」
しばらくの間謁見の間は重い沈黙に満たされた、数分ほどしてその沈黙を破ったのは皇帝自身だった。
「ご苦労、下がってよい、皆も下がれ、ノード公、貴公には少し話がある」
そうして謁見の間には皇帝と宰相だけが残った、見張りの兵も全て下げ静かになった部屋に怒気のこもった声が響いた。
「今までの取り決めでは足りないと言うのか、あの破戒僧どもが!!」
「…の、ようですな」


その頃、ドワーフ氏族連合首都ポルソールの郊外ではこの半年ですっかり恒例となった音が響いていた、発砲音である。
「おお、この間よりもさらに射程が延びたな」
視察の名目の温泉旅行から戻った後、すぐに見に行ったのは量産型の試作である種子島の出来具合だった。
「前回の物より射程は5割増しとります、これで兵が持ち歩く程度の弓に撃ち負ける事は無いでしょうな」
自慢げに答えるのは半年前まで鎧職人だったガブソン・モラットと言うドワーフだった。鉄砲を作るのに引き抜いた人物である。
この国の職人は総じて腕が良いのだが融通がきかない、そこで彼の元に出向き実験名目で鎧を一つ買ったのだ。
で、その後店の裏庭で鎧に9mmを撃ち込んだ。後は早かった、国の為に鉄砲を作ってくれないか頼むと二つ返事だった。
…そのうち刺されるかもしれんな、俺。
「各氏族から来た腕利きも鉄砲鍛えるのに慣れてきた、鉄をまきつける芯棒も良いのがそろった、これで量産も利くじゃろうて」
そう言うと射撃場でまた発砲音がとどろいた。


田中敬一郎二十五歳、今では閣下と呼ばれる違いのわかる漢。だが彼は…


「ふふふ、これで我が国は後十年戦える」


オタクだったのです。



遠い国から 第十四話 「因果」



前述したようにどんな国も国内問題を抱えている、矛盾した制度、権力者の為に存在する国内法、
自浄と言う言葉が無い官僚機構、富の偏在、悪しき習慣、レーヴェ神聖帝国も同じである。
昔大陸を制覇していた王国は君主制度に特有の問題が発生した、無能な国王の登場である。
能力は無いが権力だけは有る国王は自分に付き従う者を厚く遇した、が、反発する者などは遠ざけた。
王国首都のある大陸東方部から開拓途上の大陸西部などに領地変えを行ったのである。
必然的に大陸西部は反国王派の巣窟となり王国に反旗を翻した、王国暦197年、分裂戦争である。
そして翌年に建国されたレーヴェ神聖帝国も君主制の国として誕生した、だが数代後に問題が発生した。
無能な皇帝の登場である。
だが、王国の頃と違い横には敵対する国があった、その為に決定的な反乱までにはならなかったのである。
しかし無能な皇帝に国をまとめる事は出来ない、代わりに国を導いたのが国教たるレーヴェ教会だった。
教会がイニシアチブを取り国内の諸侯をまとめて王国と対したのである、むろん教会が力を発揮できたのには理由がある。
教会の長である教皇は各教会管区の長による投票で選ばれた、限定的ではあるが民主主義に近かったのである。
必然的にあまりに無能な者は淘汰され、一定の能力を持った者が教皇として君臨した。
無論弊害も有った、権力が帝国中枢から教会中枢に移動していったのだがそれを管理する者がいないのだ。
そうして権力を握ったが為に教会上層部にも徐々に問題が顕在化する、だが諸侯が気がつく頃には手遅れとなっていた。
教会が事実上帝国を運営し、強大な権力を握るとその権力ゆえに組織は腐敗していったのだ。
信徒からの寄付金を別にして国税の半分を得、帝国最強と言われる騎士団を擁する教会に対抗できる者はいなかった。
それでも国がまとまっていたのは幾たびも剣を交えた敵国が存在したからに他ならなかった。
教会は権力を得たが、既得権益を守る為にも王国に負ける訳にはならないからだ。
誰もが破滅は近いと確信しながらも有効な手を打てなかった、王国に負けるのは論外だが王国を倒したらどうなるのか?
帝国は崩壊への坂道を転がり落ちていた、崖はそう遠くないだろう。



「ノード公、何か良い手はないか?このままでは帝国は王国より先に崩壊してしまうぞ…」
疲れきった表情で皇帝は傍らの宰相に話しかけた、いままで何度同じ事を聞いただろうか、数えることすら億劫だった。
「残念ながら現時点で教会に対して強硬手段は取れませぬ、王国人が大喜びするのが関の山でしょう」
答えた宰相の方も疲れきった表情を浮かべていた、彼も何度聞かれたか覚えていない、三百年ほど前までは覚えているが
それ以前は彼自身が教会と争っていたのだ。
当時権力を握ったばかりの教会は、勢力を強めるためになりふりかまわない増強策を行っていた。
騎士の登用、身分の低い若手官僚の取り込み、魔法の才能が有る人物を神父として引き抜く、などだ。
当時、帝国魔術院で後進の指導にあたっていたノード公は弟子の引き抜きの攻勢にまともにさらされた。
なんとか弟子を守ろうとなれない政治闘争に明け暮れたが、気がつくと帝国内で教会に逆らうものは誰もいなくなっていた。
宰相の位に就いたのも教会に対抗せんが為だったが多勢に無勢、思うように事は運ばなかった。
「前にも話しましたが王国を取るまでは動けませぬ、王国を占領した後の混乱を利用しなければ、兵力が…」
しばらくの間沈黙が部屋を包んだ。先々代の皇帝の時に動き出したこの計画は占領した旧王国領に教会が兵力を割き、
大陸西方が手薄になるのが前提だった。
「どちらにせよ大勢死ぬな…」
椅子に深く腰掛けた皇帝は呟いた。
「魔術師は万能ではありませぬ、人の心を操る術は教会の方が一枚上手でございますればさらに…」
その言葉を聞いた皇帝は椅子から立ち上がると窓の近くに歩み寄り、外の景色を眺めた。子供の頃からこっそり外の町に
出かけるのが楽しみの一つだった、が、今の帝都は活気がない。国の経済が厳しくなると教会は贅沢品や酒、不謹慎である
と教会が一方的に定めた物を厳しく取り締まった。帝国や教会の悪口を言ったものは全て背教者として投獄された。
密告を恐れた一般人は必要な事以外何も話さなくなっていた。
「負けるわけにはいかぬ、帝国の為、民の為にもだ」
皇帝は小さいが力の篭った声で言った、幼い時、平民の子供の服を着て歩いた帝都は今は無い、威勢だけは良い街頭商人の
呼び声、少し怖いが果物を買うと必ず干菓子をおまけしてくれた露天商の女主人、共に今はいない。
帝都を騒がせるとして教会の取締りで一掃されてしまったのだった。
「…陛下、今回捕虜になった騎士たちと話をする許可を頂きたい、今は無理でも将来何かの役にたつやも知れませぬ」
「分かった、お前の好きにするが良い」
「ありがとうございます、今回の捕虜の中に気になる名前が入っておりました、坊主どもが気づいてなければ少々期待できると…」
「祖父の代から進めてきたのだ、いまさら少々遅れても気にはせん、存分に働け」
その言葉を聞いた宰相は深々と腰を折って退出した、それを見届けた皇帝は誰に聞かせるでもなく呟いた。
「お飾りの皇帝とロートルだけでは何もできんと高をくくっている様だが、今にみていろ寄生虫共が」



[1318] 遠い国から 第十五話
Name: kuruto
Date: 2005/09/06 03:31
近頃連合首都ポルソールでは人間の数が増えてきた、戦争難民である。
過去の戦いでも発生していたので特に目新しいものでは無かったが、今回は過去に
例の無いほどの数が流入しつつあった。それも王国、帝国両方からである。
今学校が終わった後、通りで果物を売る少年もそうした難民の一人だった。

「そこのおっちゃーん、休憩に一つどうだい?元気が出るよー」
本当は学校などに行きたくなかった、しかし学校に行って就学証を貰わないと家計の手助けに
道で果物を売る事もできない。就学証のない物が商売をすると最悪町を追放処分になるのだ。
なんでも偉い人が
「四則計算すらできない奴が商売するか?つか商売相手にしようとするか?普通?」
と言ったのが始まりらしい。
自分が追放されると家族が困る、だからしぶしぶ学校へ通い、終わった後町で果物を売り
家族の生活費の足しにしていた。
「甘くておいしいトリンが二個で銅貨1枚だよー」
昨日の売り上げは少しの差で妹に負けた、連続で負けるわけにはいかない。
そんな時だった、右手の立派な屋敷から大勢の人が出てきた。馬車が止まっている所を
見ると客が帰るのだろう、しかし彼の視線は一人の女性にくぎづけとなった。
茶色の長い髪、透き通るような白い肌、灰色の目、そして今まで見た事が無いほど
整った顔立ちに長い耳、エルフだった。
帝国に住んでいたいた頃、領主様の結婚で町にまで行った事もあるがそこで見た女性達
とは比べ物にならない、今まで見た中で一番の美人だった。
彼女は馬車の中を確認した後一人の男に声をかけた。
「準備が整いました、マスター」
それに答えたのは黒い髪のまだ若い人間だった、これにはさすがにあぜんとした。村長の話では
エルフは気位だけは高いと聞いていたからだ。それが目の前で一人の人間をマスターと呼んだ。
どこかの騎士のような体格ではない、だが貴族だとしても妙だった、ここはドワーフの国では
なかったのか?最終的に彼の疑問を解決したのは、館の主と思われるドワーフとその横の人間の
貴族と思われる壮年の男だった。
「今日は非常に有意義な話ができました、また近いうちにお会いできたら光栄です、魔術師殿」
「いえ、こちらこそすばらしい朝食を頂いてしまって、また前向きなお話がしたい物ですな、では」
そう言うとその人間は馬車の中に入り、続いてエルフの女性を乗せ進みだした。
彼はなかば口をあけながら馬車が通り過ぎるのを見続けた。結局彼を正気づかせたのは母親だった。
「なにぼうっと突っ立ってんだい、で、どれだけ売れたんだい、また負けてたらお前の分のパンは減らすよ!」
その言葉で正気に戻った少年は母親にここ数年で一番の覚悟を決めて言った。
「母ちゃん、俺魔術師になるよ、そんでもってマスターになるんだ!」
「…何いってんだいこの子は、さあ、早く残りの品を売っちまいな、仕入れもタダじゃないんだよ!」
今までは周りの大人の言うままに生きてきた、だが今は違う、人生の目標ができたのだ。


「うおおおー、俺はやるぜー!」



「エマ、この後の予定はどうだっけか?」
馬車に乗って距離が離れた所で体勢を崩して言った、ここら辺ならば見られる事も聞かれる事もないだろう。
なんか叫び声が後ろから響いてきたがま、どーでもいいだろう。
「この後は南方部族の王国派の貴族と王国の外務大臣、ソノート卿との遅めの昼食になっております」
「くそう、つまらん仕事ばかりだ、俺を太らせて美味しく頂くつもりか?エマ、他にこう血湧き肉踊る展開は
無いのか?爺ばかり相手にしてたら俺も老け込んじまうぞ」
「今日の晩餐会は、エルフ王国から外務担当が一人来る予定になっております」
「うお、女性か?それ」
「…私が故郷にいた頃は男性でしたし、まだ引退する年でもないはずです」
「くそっ、まーた男かつまらん…だがしかし、俺は今日ひとつの真理を発見した」
「それは…新しい魔術かなにかですか?」

田中敬一郎二十代後半、今では閣下と呼ばれ、いつのまにか王国帝国両方から重要視されている男…



「男にもててもうれしくともなんともない、と言うことだ!」
「…」
「せめてコガネ餅でも持ち込んできたら悪代官ゴッコができるのだがなー、つまらん話だ」


だが、彼は現代人だったのです。





遠い国から 第十五話 「返還」





「かような訳でして、閣下、わが国は真相究明の為に最大限の努力を行っております。が、しかし貴国の派遣した
帝国側の戦力を問題視する者も数多く、それが最大の問題となっておるわけです」
あの後、多少の休憩を挟み王国側の影響と利益を多大に受けているドワーフ貴族の館で遅めの昼食を取っている。
目の前で熱弁をふるっているのは王国のソノート卿だ、王国の騎士団が大打撃を受けてからしつこいのなんの。
まあ必死になるのはわかるが正直うっとおしい、だがこれを生ぬるい目で見守るのも結構楽しい今日この頃。
「ぜひ帝国に派遣した兵力に関して再度御一考願いたいのです、さすればわが国と貴国で新しい平和を作れるでしょう」
「お話は良く分かるのですが正直難しい、我が国の兵はみな誇り高き者ばかりなのです」
ふふふ、これが古来から日本で受け継がれてきたジャパーニーズハラゲイ。そう簡単にイニシアチブはとらせませんよ、と。
「敵に背を向けるくらいなら散兵線の花と散る事を選ぶ者たちばかりです、ピロール領の乱が良い例ですな」
「むう…」
「目の前の戦いをほうりだして帰還、いわんや今まで敵として戦っていた者と間をおかずに肩を並べて戦うと言うのは…」
「お待ち下され、閣下、ならば一時撤退させてしばらく休暇を出すというのはいかがでしょう?」
旗色が悪いので慌てたのだろう、王国派のドワーフが口を挟んできた、確か名前はモールだったかポールだったか?
「なら君は彼らに言えるのかね?撤退しろ、と」
「…」
「そうだろう、彼らはよほどの戦果を上げるか理由がない限り戦い続けるだろう、それがドワーフだ」
余計な口を挟みやがる、自分がどの国に属しているか忘れているのだろうか?それとも忘れがちになるくらいの
金額があったのだろうか?畜生、少し分けやがれ。
「まあまあ閣下、私も別に今すぐとは申してはおりません、そう慌てる事はないでしょう」
場の雰囲気を読んだのだろう、すぐに話の方向を変えにかかってきた。ここら辺の話の運び方は帝国より数段上だな。
「しかし閣下、このまま両国の関係が離れるのも悲しい事です、どうでしょう?両国を行き来する商人の数を増やすなど」
「それは素晴らしい事ですな、交流が深まれば自然と関係は改善するものです」
時々経済問題で悪化しちゃったりするけど。
「そういえば閣下は大商人として成功された方でしたな、どうでしょう?何人かご紹介頂けるとありがたいのですが」
「ほう、ただ一概に商人と申しても色々おりますからな、畑違いの者を紹介しても申し訳ない、どのような人物を紹介すれば
良いのかあらかじめお教え頂ければ手間が省けるのですが」
「そうですな、穀物を扱う商人はいかがでしょう?何せ有り過ぎて困る事もないでしょうし」
今回の目的はこれだったらしい、予想よりちと早かったなあ。
「おお、なんと言う事だ、本当は喜んでご紹介させて頂きたい所なのですが」
ちとオーバーアクション気味に苦悩するふり、外交にオスカー賞が無いのが残念だ。
「なにか問題でもございますか?別に急いでいる訳ではないのですが?」
「いえ、朝お会いした東の方々に仲介を頼まれた矢先の事なので、どうしたものか、と」
「なんと!」
今まで落ち着いていたソノート卿はとたんに顔色を変えた、東の方々の意味を確実に理解したようだ。
ふと横から視線を感じ、その方向を見るとエマがあきれた眼差しで見つめているのに気付いた。
彼女は朝、側に控えて話を聞いていたっけ。ふふふ、俺に恋するとヤケドするぜお嬢さん。


ホントの所を言うと朝会った帝国の奴が王国騎士団に勝った、身代金ガッポリ、と自慢ばかりしやがるので
「そんなにお金が有るなんてお羨ましい、でしたらどうです?良い小麦扱ってる商人でも紹介しましょうか?」
そう愛想で言ったら是非と言われたのだ、ま、嘘じゃないよな。向こうが紹介しろと言ったのには違いないのだから。
紹介する予定の商人に実は俺が経営する穀物問屋の番頭がいたりするのは愛嬌だ、うん。


なんだかんだあったが結局、帝国のやつらよりも先に紹介する事で落ち着いた。

「閣下、ありがとうございます、これからもぜひ良いお付き合いをお願いいたします」
「とんでもない、こちらこそお願いしますよ、両国の友好の為にも」
とりあえずがっちり握手、俺の懐のためにも良い関係を続けたいと思うナリ。上客のヨカーン。
「つきましては閣下、我が国から友好の為の品を用意させて頂きました」
そう言うと隣室に案内された、もしかしてコガネ餅だろうか?もしそうなら悪代官ゴッコだ!無論越後屋はソノート卿。
しかし俺の予想は良い意味で思いっきり外れた。


「こ、これは…」
絶句した俺の前には本やら雑誌やらゲームやら、無論この世界に有る物ではない。
「さすがに魔術書関係は駄目でしたがそれ以外は全て取り寄せました、お納め下さい」
そう言うと多少生暖かい目で俺を見ながら道をあけた。がそんな事はもはやどうでも良かった。
「おお、エマが4巻そろってる、シャーリーも有る!この世界に来て二番目に素晴らしい事だ、おお、フロイデ!」
とりあえずエマを呼んで見つけた五冊を持たせた、表紙を見て複雑な表情を浮かべているがそれは後回し。
おもむろにソノート卿の手を両手でがっしり握って言った。
「有難う、本当に有難う、あなたは良い人だ!!」
「いや、閣下にここまで喜んで頂けると我々も苦労したかいが有りました」
相変わらず視線は妙に生暖かいが気にする事はないだろう、どうせ字わからないだろうし。



結局、その後すぐに荷馬車の手配をして屋敷を後にした。なにせしばらく暇を潰すのに困る事はない。
一度読んだ本ばかりだが必要にして十分だ、むしろ現在は暇を作る方が難しい。
「よもやこんな時に、こんなに簡単に目標の一つを達成できるとは、まさに神風!」
「しかしマスター、部屋に入ってからソノート卿の態度が少し気になるのですが?」
エマがコミックを持て余しながら話しかけてきた。うむ、俺も多少の引っかかりは覚えた所だ。
「確かに気になる点ではある。が、今は気にしないで良いだろう。なんにせよめでたい。あ、そのコミックの順番はこうだ」
そう言ってコミックを順番に並び替えた。
「これが一巻目で、2.3.4と続く。こっちの巻は別の話、と、文字は読めんでも絵で雰囲気はつかめるだろう。聖典だ」
そう言うと座席に深々と腰掛けながら体を伸ばした。
「さーて、今日は御大祭りでも開催するか」
「いえマスター、その前にエルフ王国の使者との晩餐がございます」
「…伸ばせない…か」
「さすがにこの時点でのキャンセルは非礼すぎるでしょう、申し訳ございませんが祭りはその後にして下さい」
「…なんか冷たくない?この頃?」



結局、あの生暖かい眼差しの意味は資料を整理しはじめて3日後にわかった。


「あ、エロイ本もいっぱい…」



ポルソールの東の郊外に大きな屋敷がある、昔はある貴族の屋敷だったが三年前から空き家だった。
しかし一年前から人の手が入り、今では常に百人ほどの使用人がいる美しい屋敷になっていた。
一見した所は瀟洒な作りの貴族の屋敷だが、他の貴族の屋敷と大きな違いが一つあった。
それは使用人が皆メイドだった事である。

そして今この館の主人が乗った馬車が正面玄関前に止まった。
すぐさま馬車から玄関までメイドが二列に並んで主人を迎える体勢を整えた、そして馬車から一人の
エルフが降り立ち声を張り上げた。
「マスターのご帰宅です!」
その声にメイド達は一斉に腰を折り主人を迎える最後の体勢になった、そう、使用人が皆メイド。
それが一番の違いだった。そして馬車から降りてきた男はおもむろにポツリとつぶやいた。
「ここがあの女のハウスね」
主人の怪しげな言葉にもびくともせず、メイド達には頭をさらに下げた。
「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様」」」」」
別名、メイドの館とも言われる現宰相の館だった。



館の中は戦場に近い緊迫感に包まれていた。

「客間、他の部屋共に準備完了しました」
「キッチン、問題ない?」
「今の所問題なし、三十分以上時間にズレが出るようならすぐに連絡する事」
「ハウスメイド各員はもう一度階段をチェック、オールワークスは窓をチェック」
「ゲストが乗った馬車と思われるものを視認しました」
「パーラー、ハウス、オールワークス、作業を切り上げ正門に集合」

んーやっぱり良いよなあ、こういう秩序と統制の保たれた集団の動きと言うものは。見ていて気持ちが良い。
教育に半年しかかけてないが我ながら上出来、ま、エマも頑張ったからなあ。
ゲストの乗った馬車を迎えに正面玄関に出た頃には、すでにメイドが達が整然と並んでいた。
馬車が止まり御者だろうエルフの青年が戸を開けると、中からドレスを着た金髪のエルフが出てきた、女性である。
「ロミ…」
めずらしく動揺を表に出し、エマはそうポツリと漏らした。
「お久しぶりニア、いえ今はエマ…だったかしら?」
そう言った金髪のエルフは改めてこちらを向き言った。
「初めてお目にかかります、閣下、私エルフ王国外交担当官ロウィーナ・ザムシューと申します」
俺は金髪のエルフの胸部とエマの同一部を見比べ言った。

「エルフの新型は化け物か…」



[1318] 遠い国から 第十六話
Name: kuruto
Date: 2005/10/10 22:13
晩餐は比較的和やかに進んでいたが、しかし全てがうまくいっていたわけではない。
「ですけど閣下、私本当に傷ついたんですよ。初めてお会いした方にバケモノなんて言われたんですから。」
「いや、本当に申し訳ない。つい故郷の言葉が出てしまって…いけませんな田舎育ちは」
最初に会った時にポツリともらしてしまった言葉の釈明に追われていた。
「化け物」の前に「新型」とつける事により賛嘆の言葉になると言う事を納得してもらうのには時間がかかった。
「そういえば私、閣下の故郷は北の方だとお聞きしているのですが正確にはどちらの出身ですか?」
グラスに入ったワインを傾けながら、いかにもたった今思いついた事の様な感じで聞いてきた。
表面上はにこやかに話しているのだが目は笑ってない。
俺が言った「田舎」と言う言葉からの話題だろうが、どうやら一筋縄ではいかない女のようだ。
最初は巨乳だけに目を奪われたが、こりゃ甘く見ると痛い目にあいそうだな。
「ニッポンと言う島国の産です」
とりあえず正直に答えた。これでも正直者として(一部で)有名だった男だ、すぐにばれる嘘などつかん。
いや、まて…今回は嘘ついてもばれなかったか?


田中敬一郎二十代後半、ファンタジーな世界で外交の真似事までしなければならなくなった漢。



「しかしでかい。キューマルのエコーか、フォックストロットか、微妙な所だよな」


そんな彼は現代人だったのです。





遠い国から 第十六話 「決断」




俺は正直に答えたのだが、彼女はそうだとは思わなかったらしい。切れ長の目をさらに細めながら言った。
「失礼かも知れませんが私、初めて聞いたお国の名前ですわ。この大陸からは遠いのでしょうか?」
顔は笑っているが目がさらに細くなった。嘘をついてるとでも思ったのだろう。
…嘘じゃないんだがなあ。
「この世の果てにある国です、わりと自然が美しいのが自慢の小さな国ですよ」
この頃懐かしいおもいでとなりつつある過去を思いだし、しみじみと言った。
ああ、予約してたソフトももう駄目だろうな…引き取り期限が発売日から三日以内だしなあ。
「そうなのですか、ぜひ一度訪ねて見たいですね」
表情を和らげた金髪美人エルフは言った。嫌味か本気か判断に苦しむ所だ。
「私もぜひ招待したい所なのですが…遠い上に現在の国際状況と私の立場がそれを許さないのです。
非常に残念だ」
夏休みのアキバとか日本橋とかつれて行ったらすごいだろうなあ、コミケは入場できそうにないが。
「確かに今の国際情勢は厳しいですが、私閣下のお役に立てるかもしれませんわ」
そう言うと彼女はワイングラスを傾けた。実はこのワイングラス、この国には当初なかったものだが町にいた
ガラス細工職人とプロジェクトXな苦労をして作ったのだ。…ん?
「役に…ですか?」
俺が良く解らない、と言う感じで言葉を返すと彼女はさらに大きな笑みを顔に浮かべ言った。
「ええそうです、そもそも今回の混乱の原因はクルック師の一方的な独断で行われたものです。ましてやその後の
一方的な刑罰の確定、兵を用いた追跡などは明らかに越権行為です。彼は魔術師ですが裁判官ではありません。
我々としても一国民が一方的に断罪される事など到底納得の行かない事なのです」
そう言うと彼女はグラスの中のワインを一気に空けた。アレだけ喋ったんだ、のど渇いたんだろうな。
「私としては有難い事なのだと思うのですが申し訳ない、もう一つ良く理解できないんですが?」
俺がそう言うと彼女はまるで獲物を前にした猫の様な笑顔を浮かべ言った。
「オルフレア・イザキウムⅡ世陛下の名代としてお伝えします。魔術師タナカ、あなたを公正な人員による事件調査
によって塔の財宝の略奪犯人なのか調査し、公正な裁判を受けられるよう保護する準備があります。」






こうしてエルフ王国外交担当官ロウィーナ・ザムシュー嬢は台風のように混乱を撒き散らし、首都の宿へと戻っていった。
金髪美人の上に巨乳。いい女だったのだが、なぜだか好感が持てない女だった。と、言うかあの様な目つきの女は
久しぶりだった。彼女が馬車に乗り込んで門を出た所で背後に控えていたエマを書斎に呼んだ。
「エルフはいつから人権擁護団体になったんだ?」
今回の仕事を受ける時に周辺国についての情報はできるだけ集めた。エルフ王国についてはエマがいたので
他の国より情報には困らなかったぐらいだ。しかし今回の反応は完全に予想外だった。
最初エマから聞いていたのは
「分裂戦争で大被害をこうむったエルフは、以降の紛争には規模の大小を問わずに無介入を貫いた」
との話だった。
人間の争いには無関心、だから今回の反応はまったく想定外の物だった。
「わかりませんマスター。少なくとも昔は…」
そう言うとエマは顔を下にむけて黙り込んでしまった。いや、別に責めてるわけではないんだがな。
今回は事前の情報収集と情報の判断に致命的といって良いミスが有ったのだ。
無論エマの責任ではない。エマの情報だけで、その他の情報を碌に調べようとしなかった俺の責任だ。
「今後はエルフ領に対しても積極的な情報収集を行わなければならんな、とりあえず首都にいるロウィーナ嬢の動きだ。
人をやってできるだけ見張らせろ、誰と会うのか、何時間話したのか、何時に寝て何時に起きたのか全てだ」
そうしてまだ暗い表情で下を向いてるエマに言った。
「で、向こうは君の顔を知ってたようだが知り合いか?」
それを聞いたエマは顔を上げすごい勢いで話し出した。
「マスター、彼女は危険です。好意と公正と言う言葉は他種族にはあてはまらないと考える典型的なエルフの貴族です。
言葉どおりに信じるとひどい目に…」
「大丈夫、目を見て解った。ありゃ対等な交渉相手を見る目じゃない。どちらかと言うと実験動物に新薬を投与する
科学者の様な目だった。で?結局どういう関係だったんだ?」
そう言うと彼女は少し言いよどんだ後言った。
「一応幼馴染、と言う事になるのでしょうか?」
「…なんで疑問系なんだよ…」



「ロウィーナとは同じ年に生まれた事もあって、王都に進学したのも似たような時期でした。最初は仲が良かったのです。
同じ年齢で魔法と剣を習い始めた、良いライバルで良き友だったのです」
「で、何年生まれ?」
「しかし、三十年程すると次第に彼女との距離を感じるようになりました」
華麗にスルーされたよ、オイ。
「兄様程ではないのですが、魔力が有った私は魔法学の教室で主席の名誉を賜りました」
「エリートだったんだな。で、何年生まれ?」
「剣の方でも主席こそなれませんでしたが、次席のまま卒業致しました」
どうやら俺の疑問は徹底的に無視する方針らしい。
「魔力は努力よりも生まれで九割方決まっている物です。ロウィーナは平均よりも上でしたが、優れていると言うには
微妙な所でした」
「俺もいまだに碌に使えないからな。で、何年生まれ?」
「魔法に関してはロウィーナもある程度達観していたようです。負けず嫌いの彼女でも魔法学は手を抜いていたようです」
俺の質問はことごとく黙殺された、年くらい教えてくれても良いと思うんだがなあ。
「その分、剣術への打ち込み方には凄いものがありました。今思えば学問は彼女が圧倒的に上、魔法は私の方が上。
後は剣術の腕で決まる。ロウィーナはそう考えていたのかも知れません」
そう言うとエマは少し寂しそうな表情を浮かべながら話を続けた。
「三十年程たっても彼女の剣の腕は私に一歩届かない所でした。その頃からでしょうか、私と彼女の関係が段々おかしく
なったのは。ちょうど王都での生活にもなれて交友関係が広がったのも理由の一つかもしれません」
「三十年以上勉強やら修行に明け暮れる事ができる方が凄いと思うのだが、俺的に。いったい何年生まれよ?」
「伯爵家の一人娘であった彼女の元には比較的上位の貴族の子弟が集まるようになりました。代々王国の要職を勤める
ザムシュー伯爵家の一人娘。私は掃いて捨てるほどいる子爵家の、それも継承権を持たない娘だったのです」
この世界に来ていまだに慣れないのはこの貴族階級と言う奴である。知識として知ってはいるのだがもう一つ理解できない。
軍隊の階級なら一発なんだがなー。
「王都を立つ前に最後に話をしたのは、兄が塔の実験失敗で行方不明。おそらく死んだと聞かされた時でした」
そう言うとエマは下を向き、指の色が変わるほど強く手を握りながら言った。
「これで子爵家は貴方が継ぐ事になるのね、おめでとう。そう言った彼女の言葉は今でも忘れません」
うわ、最悪。
「今日会った時に目を見て解りました。ロウィーナは変わっていません。なのにあのような提案をするなんて、絶対に
何か隠しています。もし王国が善意から提案したのだとしても、その場合彼女がそれを伝えに来る訳がありません!」
いかんな、ほっといたら夜中に殴りこみかけて暗殺くらいやりかねんぞこりゃ。
「マスター、許可を下さい。身柄を拘束して吐かせましょう。場合によっては早めに処置…」
「まあまてエマ、考えようによっては今回の出来事はこちらにとっても非常に都合の良い事なんだ」
とりあえず落ち着かせて、暴発しないようにしなきゃいけないな。また犯罪者として追い掛け回されるのはゴメンだ。
「どこが都合の良い事なのですか!マスター、彼女は絶対に何か隠しています。私たちを罠にはめるつもりです。今のうちに
手を打たなければ取り返しのつかない事に」
「そうだな、今回は完全に後手に回った。完全に俺のミスだ。だけど奴らも致命的なミスを犯した。解るか?」
そうエマに問いかけた。久しぶりに激昂した彼女を見たが、怒りは更なるミスを呼ぶ。彼女には冷静になってもらう必要が
あるのだ。
「ミス、ですか?」
「ああ、そうだ。とんでもない大ポカをやらかした。俺も馬鹿だが上には上がいるらしい、世の中広いな」
「…解りません、少なくとも彼女は使者として完璧でした。彼女の家庭教師は優秀な者ばかりでしたし、彼女自身も優秀で
政治学やその他学問について私などでは口も挟めなかったのは事実です」
「おいおい、さっきエマが自分の口で言ったじゃないか。もう忘れたか?」
そう言うとエマは難しい表情を浮かべ考え込んだ。しかたない、少しヒントを出そう。
「君は言ったよな。彼女は危険だ、言葉どおり信じるとひどい目にあう、と」
俺がそう言うとハッとした表情で俺を見た。
「そうだ、もし今回の使者がエマの知らない奴だったらこの申し出に大喜びで飛びついていたかもしれん。だが彼女が
使者としてやってきた事で裏に何か有る事をあっさり見破られてしまった。大失敗だな」
エマもどうやら落ち着ついたらしい。さっきまでとはまるで違う、良い眼をして俺に聞いてきた。
「では、何が本当の狙いなのでしょうか?お話したように彼女が善意を伝えにわざわざ王国からやって来たとは思えません」
「じゃ、今わかっている情報をまとめて考えてみよう。エマ、今回の王国側の提案は誰が一番得をする?」
レポート用紙を一枚取り出し、ボールペンで「最大利益を得る者」と書いて横線を引いた。
「解りません、普通なら私達だと思うのですが…」
そう言ったのを聞いて横線の横に「?」を書き込んだ。その後枝分かれした四本線を引き、それぞれに「帝国」「王国」「ドワーフ」
「エルフ」と書いた上でまたエマに聞いた。
「でだ、今回の提案に乗った場合四ヶ国にはそれぞれどのような影響が出る?」
「帝国側はわかりません。彼らは今回の出来事と一番離れたところにいます。短期的に見た場合、この問題がどう片付いても
何の影響も無いでしょう」
頷きながら帝国の下に「影響なし」と書き込んだ。
「ドワーフ達は微妙です。引き続きマスターがこの国を指導されれば明らかに良い結果が出るでしょうが、最悪の場合問題後
マスターが王国に戻ると国内問題は棚上げになります」
紙に「影響なし」と書いてからエマに先を促した。なぜか不満そうな表情を浮かべていたのだがま、あんまりかわんないだろう。
「王国は厳しいと思います。王国だけで公正に裁けば面子はさほどつぶれませんが、耳長に干渉を受けて調べた真実が
アレでは生き急ぐ者…失礼、王国人はマスターやエルフに大きな借りを作ってしまいます」
百点、と言いながら内容を王国の下の所に書いた。
「そしてエルフですが、王国が一人で解決してしまえば特に影響は有りません。しかしエルフの働きかけで解決したとなれば
話はまったく違ってきます。仮にも貴族の一人を罪人扱いされたのです。相当な貸しを持つ事になります」
もう一度百点、と言いながらエマの言った内容を書き込んだ。
「しかし、この内容ではロウィーナが使者としてくる必然性が無いのです。それこそ準男爵か、継承権のない下位の貴族の子弟を
使者に立てれば済む話です。伯爵家の継承権を持つ者を王が派遣するわけがありません、彼女自身の意思でやってきたのです」
とりあえずその疑問点も紙に書き加えた。貴族とかについてはエマの方が遥かに詳しい。彼女がそう言うならそうなのだろう。
「じゃ、現在の疑問点はなぜロウィーナ嬢が使者を買って出たのか?と言う所まで絞り込めるわけだ。それさえわかれば今回の
騒ぎの全ての疑問点が解消するわけだが…なんとなく解ったような気がするよ、彼女の狙い」
エマは驚いた表情で俺を見た。つか普通ここまで言われれば、俺じゃなくても気付くと思うがなあ。
「エルフ王国首脳部の考えはエマの言った通りだろう。そしてロウィーナ嬢は王の方針に逆らうほど馬鹿ではないはずだ。
王の方針を守りつつ、自分の自尊心を満足させる方法。その手段を思いついたからここまでわざわざ来たんだろうなあ」
エマはまだ気がつかないようだ、じっと俺の言葉の続きを待っている。客観的に物事を見る事ができるのに、なぜ自分の事に
なるとこうまで鈍感なんだろうなあ。
「エマ、君の国では貴族の継承権を持つ程の者がただの平民。それも人に仕えるのは名誉な事なのか?」
俺がそう言うとエマは、驚きで目を瞠っていた。
「対象を過小評価するのは大きな過ちだが、過大評価しても大きなミスをする事になるよ」
エマは完全に納得したのだろう、いきなり礼をすると共に言った。
「申し訳有りません、マスター。私はマスターを過小評価していたようです。ご無礼、平にご容赦を」
そう言うと背筋をすっと伸ばし、いつものメイドさんの状態に戻ったエマは続けて聞いてきた。
「先ほどの御指示通り、首都に使いを立てロウィーナを監視致します。他に何か御指示はございますでしょうか?」
「食料の買い付けでエルフ領に行ってる商人に使いを出して、エルフの兵力動員についてさりげなく調査させろ。
さりげなくな、決して無理はさせるなよ」
あ、ニアが固まった。
「…マスター、エルフは我々と王国に貸しを作るのが目的ではなかったのですか?」
「うん、アレだ。目的は間違いなくそれだが、貸した相手が潰れちゃ貸しも何もないだろ?夜逃げ寸前の奴に金を貸す
金貸しがいないのと同じだ。」
「では…」
「潰れないようにテコ入れして、あわよくばもっと大きな貸しを作る気だろうな。その為には国家方針など多少融通を
きかせても問題無いんだろうし、そう考えれば全ての辻褄が完全に合うんだ」
「…至急手配いたします。」
そう言うとエマは俺が声をかける隙も見せずに部屋を飛び出して行った、早い早い。
「さて、ゲームのプレイヤーが増えるとなれば作戦は練り直した方が良いかな」
そう独り言をつぶやくと、あらためて椅子に深々と腰掛けた。
「ややこしくなってきたもんだ」




一階ホールに駆け下りたエマは信用の置けるメイドを呼んだ。
「ベランジェル、貴方は急ぎ宰相府に行きエルフの使者を四六時中確実に見張るように伝えなさい。マスターの命令です。
ルーダ、貴方はジョレッケ、リンゲス、フィカールにエルフの兵力動員がどの様な状態か探るように伝えなさい。
グリシア、貴方もです、ザムシュー、セルゲイ、ロコに同じように伝えなさい。報酬は十分に渡すと忘れずに伝える事」
そしてこの館では非常に少ない男性使用人に言った。
「ミオ、トリオ、ドーニィ、貴方達は彼女達の護衛です。失敗は許されませんすぐに動きなさい」
ニアは今深い充実感に包まれていた。家を継いで父の代わりに領地を運営してもこうは行かないだろう。
マスターについてきたのはやはり間違いなどではなかった。周りはどう言うかわからないが、知った事ではない。
まさに大樹のめぐり合わせだ。兄様が死んだと聞かされた時は正直存在を疑ったが、きっとこれが運命だったのだろう。
「アーリィ、マスターはお疲れです。さっきのワインと水差し、それにフルーツの盛り合わせを。私が持ってゆきます」
マスターには必ずこの世界に残ってもらわなければならない。長期的に見てそれがこの大陸にとって一番良い理想の道だ。
種族や地方の権益でもめている小物には、大陸を治める事などできはしないだろう。


その為ならば私は何だってするだろう、きっと。もう覚悟は決めた、逃がしませんわ絶対に。



[1318] 遠い国から 第十七話
Name: kuruto
Date: 2005/11/20 11:37
帝国の中部にウイルメックと言う町がある。帝国内でも租税の納付額が大きい事で有名な(つまり豊かな)
地方の中心となっている町である。この町には領地と領主の権勢を示すような大きな城砦が有る。
しかし、現在の持ち主は領主ではない。教会が10年前に領主から譲り受けたのだ。
そして今では大量の捕虜を収容している。紛争が始まってから捕虜となった王国貴族、騎士が捕らわれていた。
普段は教会の関係者しか訪れないこの城砦に珍しい訪問者が訪れていた。

捕らわれてから一度も部屋から出る事ができず、くさりきっていた部屋の主は初めての訪問者に驚愕した。
「バーバル先生…」
「久しぶりだね、クルック君」
驚愕の余り固まっている部屋の主を無視し、建前上はこの国のNo.2の地位に有る男はゆっくりと椅子に腰掛けた。
「さて、君の本当の雇用主として今の君の状況について、説明を受ける権利が私には有ると思うのだが?」
「せ、先生、これにはいささか難しい事情がございまして…」
「安心したまえ、急を要する問題は特に無い。ここの坊主にも話は通してある、説明したまえ」
それでもなかなか話を進めない魔術師に痺れを切らした宰相は少し怒気のこもった声で言った。
「良いから話せ、お前がどう話そうとこの状況は変わらんのだ。それとも、少々不便な部屋にでも移りたいのかね?君は」
声の中の本気を感じ取ったのだろう、クルックは重い口を開いた。今の境遇には満足してないが、それでも一般の騎士と
比べると段違いの環境である。そんな羽目にはなりたくなかった。

「つまり話をまとめると、本来の目的とはまったく関係の無い事に手を出して失敗した。そう言う事かね」
頭が痛くなる内容だった。弟子の中では一番魔力が強い男だったのだが、どうも知性の方に問題が有るのかもしれない。
「しかし先生、名を上げて信用を得る為にはしかたがない事だったのです」
「お前は…魔術師として名を上げる為には、戦争で名を上げなければならないと本気で考えているか?」
戦場での魔法使用は禁止、という原則すら覚えてないのだろうか。もしかすると人選に大きな間違いが有ったかもしれない。
不服そうに黙り込んだクルックを見ながら考えた。しかしこの男ぐらいの魔力がなければ、短期間に相応の地位に就く事は
出来なかっただろう。この男にはもう少し役立ってもらわなければ困る。
「…三日後この城の警備隊長が君を狩に誘う予定になっている。狩に出たら私の手配した使いの者と合流し王国へ逃げろ。
話はつけてある」
「おお、ありがとうございます先生!」
先程までの表情を一気に変えたクルックが言った。
「お前が欲しがった英雄の称号も、これでお前の物だ。しかしこれが最後だ、次にしくじったらわしもしらん。慎重に動け」
最後まで話を理解したのか不安が残るが、いまさら他の候補を送り込む余裕もない。
最悪、次の決戦まで持てば良いと考えておけばよかろう。部屋を出る時に振り返りもう一度言った。
「よいな、今回が最後だぞ」


「マスター、朝食の準備が整っております。ご準備下さい」
エマの呼ぶ声で目が覚めた。いつもの朝の風景と言えばそれまでなのだが、日本にいた頃では考えられない
素晴らしい環境だと言えるだろう。だが、不満が無い事も無いのだ。
「エマ、前にも言ったとおり、朝起す時はメイドさんVerだけでなく妹Verや幼馴染Verとか、
どうせ寝る時は一緒なんだから有閑マダムVerとか混ぜてくれると嬉しいな、と言っているではないか」
「…他のメイドにしめしがつきません。」
「違う、違うぞエマ!しめしやもやしの問題ではない!漢の夢の問題だ。全国6千万の漢が、一度は夢見る
理想郷なのだ!!」

田中敬一郎二十代後半、たとえ電気や水道が無くても夢を追い続ける漢。




「では、お食事の用意が整っておりますのでお早めに」
「…」

そんな彼は現代人だったのです。






遠い国から 第十七size=6>話 「転用」




「やっぱ政治家なんぞ営業するもんじゃねえなあ、こう不便だと割が合わんぞ」
馬車に揺られながら、前の座席に腰掛けてるエマに話しかけた。
「政治とは貴族の義務であると思うのですが、マスター?」
エマはそれが当然だと思っているのだろう、不思議そうな表情で俺を見た。
「俺にはそれがもう一つ理解できん、趣味ならともかく世襲なんて最悪じゃないか」
だから貴族というものが概念はともかく、実際にごっそりといるこの世界に違和感を感じてしまう。
あ、そういや俺も一応貴族だっけか?
「おまけに今回みたいに巡察に行くにしても、根回しに一月必要だなんて悪い冗談みたいだ」
金髪エルフ襲来に伴い変化した対外情勢に対抗するため、この一月駈けずり回っていたのだ。
今回の南部再訪もその一環である。
「お言葉ですがマスター、今この国で一番の重要人物は貴方です。もう少し身の回りに気を配ってください」
まー、難民が増えてる昨今、そういう危険も増えているとは思うが…
「時期が時期だからな、平和になったら善処しよう」


ドワーフ領南部最大の港町ドナイア、今回の紛争で一番忙しくなった町である。
紛争前はここ10年新造船など一隻もなく、修理だけで細々と運営されてきた大陸最大の造船所だが
新たな宰相就任と共に国から大量の船の一括生産を受注した。
働けるものは子供から老人まで、女性も帆の縫い合わせの為にかき集めた。
現在この町は、日本のバブルも真っ青な好景気の只中に有った。
「親方ー、宰相様が来ましたぜー」
商船6隻の建造を同時進行させ、かつ監督している造船所のトップは現役の船大工である。
ここ数十年で一番忙しい時を過ごしていた男は、弟子の声に顔を上げた。
「かまわん、ここに通せ」
船の受注の際に注文内容で3日程揉めた事がある。宰相と呼ばれている人間の性格は把握しているつもりだった。
「久しぶりだな、親方。元気そうでなによりだ」
相変わらず船底のフジツボみたいに引っ付いて離れないエルフ女をつれて、どこか抜けた様な表情を浮かべた人間が来た。
無論警戒は怠らない。顔に似合わず知恵も知識もある難物である事は、最初の取引で思い知らされている。
「どうした宰相殿、納期はそんなに遅れちゃいねーぜ」
大きさから装備までまったく同じ船を20隻作れ、と言う実に面白くない注文を出した人間を見上げて言った。
「すまんな親方、今日は謝りに来たんだ。例の奴だが、荷物を載せるのは戦争が終わった後になる」
「なに?」
例の船、寂しいを通り越して無残と言う他がないドワーフ海軍の実に100年ぶりの新造戦闘艦だ。
帳簿上の発注金額は大量生産している船と似たような物だが、実際は1隻あたり10%程の予算をごまかして
浮いた予算を久しぶりの戦闘艦につぎ込んでいるのである。
この工作に気がついている者は皆無だろう。船の大きさなどは商船と似たような物だから誰も気付いていない。
積載する「荷物」に莫大な予算が食われたので、船としては商船と余り変わり無い構造だからだ。
「どういう事だ?大きさや重量の問題が有るから、全部乗せるまで上甲板が張れんぞ?」
「それは分かっている、だから進水式も戦後になる。それと今使ってるテスト用の荷物も持っていかせて貰う、すまんな」
「テスト用まで…、わかっとるのか?そこまでしたら訓練もなにもできなくなる。船の戦力化は大きくずれ込むぞ!」
「ああ、分かってる、分かってるつもりだ。だがそこまでやらなきゃ勝たせてもらえそうにないんでな」
今まで扱ったことの無い武器を扱うには練習が必要だ。だが、まず陸で勝たなきゃ話が始まらない。
「そうか、そこまできびしいか…」
「呼んでない奴がパーティに参加しようとしてるみたいでな、今のままじゃ酒が足りそうに無い」
「…分かった、ただし戦闘の始まった時点で国内にある「荷物」は全部もらうからな」
予定では「荷物」と呼ばれる新兵器は、しばらくの間国内の鋳物職人総がかりで生産される。
「ああ、分かっている。これが命令書だ」
そう言うと人間は懐から封をした羊皮紙の筒を手渡した。
それを見た親方は一瞬固まった後、顔に苦笑いを浮かべつつ言った。
「…食えない奴だよ、アンタ」
「遺憾ながら、この頃よく言われる」

命令書を渡し、造船所内の「荷物」を根こそぎ馬車に積んで宰相閣下は首都に戻っていった。
例の船の建造に携わってた職人達は、多少の怒りを覚えていたが(自分の仕事が他人の横槍で大きな
影響を被ったのだ、喜べるはずが無い)めったに見せない笑顔を浮かべた親方を見て驚いた。
しばらく職人達の間で目線だけの激しい応酬が繰り広げられ、結果その場で一番若い職人が恐る恐る聞いた。
「親方、何がそんなに楽しいんで?」
「おそらく、この戦争には勝てるという事に確信が持てたから…かな」



[1318] 遠い国から 第十八話
Name: kuruto
Date: 2005/11/21 11:40
首都ポルソールの北の外れには演習場がある。
何でもここに街が築かれた時からある、由緒正しい軍の演習場と言う話だ。
街が拡大するのに合わせて北にずれていって、最初に演習場のあった土地は500年程前に宅地に変わったそうだ。
そんな歴史ある(といってもただの野原にしか見えない)演習場に二つの大きな荷物が運び込まれた。
「ふふふ、コレが戦力化された暁には三年ぐらいは余計に戦えちゃったりするぞ我が軍は」
「まともに当たれば魔術師だってイチコロだと思いますがね、結構な難物だと思いますよアレは」
隣で難しそうな顔をしているのは、元ドワーフ弓兵隊の隊長だったガーリン・ザクソンと言う男だ。
平民なのに弓兵隊の隊長まで上り詰めた腕利きである。といっても、平民出が隊長を勤められると言う事が旧ドワーフ軍内での
弓兵の立場を物語っているのだろう。事実、騎兵や歩兵隊の隊長に平民出は一人もいない。
「ザクソン君、別に直撃させる必要は無いのだよ。普通、戦場で一人で飛び跳ねてるバカはいないだろう?」
「そうでもないですよ、前の戦争の時には何人か射殺しました。ま、大抵初陣の貴族の坊ちゃんでしたがね」
貴族の所で大げさに肩をすくめて言った。えらくアメリカンな野郎である。
「そういう時は今度から鉄砲で処理してくれたまえ、鉄砲の弾と大砲の弾じゃ値段が違う。弾はタダじゃないんだ!」
「そうですな」

田中敬一郎二十代後半、気の利いたジョークが受けなくてちょっとさびしい今日この頃。

「ふっ、こんな時代じゃ私のウイットに満ち満ちたジョークも分からない…か」
「…」

そんな彼はジョークの才能に恵まれていない現代人だったのです。




遠い国から 第十八話 「誤謬」





演習場に轟音が轟いた。鉄砲の射撃音も初めて聞く者は必ず恐怖心を覚えてしまう程の音だったが、
大砲の発砲音はあきらかに次元の違う音だった。
最初は明らかに恐怖心を抱いていた兵達も三発目の射撃の時には有る程度落ち着きを取り戻し、四発目に放った弾が
標的である壁を一発で打ち崩した時には歓声を上げていた。
彼らはその壁が貴族の屋敷の壁並の強度を持っている事を知っていた。最初は雑に作られていた壁だが、その出来に
我慢の出来なくなった元石工のドワーフ達数人がかりで作り変えられたソレは十分な強度をもった物だったのだ。
もっとも、彼らの期待とは裏腹に壁を見た宰相は非常に複雑な表情を浮かべていたと言われている。

「やはり今回の戦で使うには問題が有りますな、あの大砲という奴は」
「なんですとー!」
期待していた言葉とは裏腹の、思いもよらない言葉に宰相の演技も忘れて叫んでしまった。
「四発撃っただけで今日の訓練用の火薬が三割がた消えました。大食らいすぎますな、あれは」
またもや大食らいの所で大げさに肩をすくめたザクソンは冷静に言い切った。
手柄の割には昇進していない理由が少し分かった気がする。これから彼の事をアメリカンスキーと呼ぶ事にしよう、主に心の中で。
「今までの備蓄分が有れば多少の練習は出来るはずだ、実戦でも一度か二度の戦いなら十分撃てるはずだぞ?」
「備蓄、と言いましても火薬に余裕が無いのです。閣下の言う三会戦分しか貯まっていません。無論鉄砲のみの計算です」
「三会戦分って、今まで送り込んだ火薬は相当量のはずだぞ?いったいどこに消えたんだ」
生産された火薬の八割はこの演習場に運び込んでいるのだ。残りの二割は国境近くに建設された事前物資集積基地に
運び込んでいる。戦争が始まる直前に首都から運んでいては手間がかかりすぎるからである。
「無論訓練で使用しました」

私は演習場で射撃訓練を行っている所を離れた場所で眺めていた。
演習場でも通常はマスターの側を離れないようにしてるのだが、射撃訓練を行っている際には離れて待機するように言われている。
無論、直ぐに反論した。しかしマスターは「一度の誤射で主従全滅と言うのは情けないからなー」
と言った後小さな声で、「外行きメイド服を硝煙で汚すなんてメイドの神への冒涜」がどうとかとつぶやいていた。
普段は理性的かつ合理的な判断をされるのだが、時々このように妙なこだわりや判断に苦しむ指示を出される時がある。
最初は戸惑ったが、最近はその辺りの判断をするのも私の仕事の一つだと割り切る事にした。
それに、妙なこだわりによる被害はマスターの周りにいる者にしか出ていないのだ。
ほとんどが私かメイド関連なのは幸いに思うべきなのかどうか判断に迷う所だ。
問題は残りの稀な例外だが、それら殆どがマスターにあまり穏やかでない感情で接した結果だから自業自得だろう。
今特に被害を受けているのはロウィーナだと思う。おそらく本人は気付いてないだろうが、彼女の目的や行動は有る程度マスターに
見破られている。しかし今でも律儀に、週に一度は館を訪ねてきてこちらの動きに探りを入れている。ほんの少しだが同情してしまう事も無くはない。
実は私がまだ学生の頃、彼女と故郷のあまりに閉鎖的な社会を、そして明らかに衰退の道を進んでいる国の現状を変えようと誓い合った事がある。
兄様の件が無ければ、おそらく私は彼女と行動を共にしていたであろう。そしてきっとマスターと敵対していた。あまり考えたくない状況だ。
そう考えれば私がマスターと出会えたのは間違いなく運命なのだろう。あのまま彼女と貴族の責務を果たしても、私達に国を変えれたとは思えないからだ。
それはマスターが思いもつかなかった政策で、有る意味故郷よりも酷い状態だったこの国を半年も掛からずに立て直してしまった事でも判断がつく。
当初心配されていた難民流入による治安情勢の悪化と、安価すぎる難民の労働力による失業者の増大と経済の破綻は
「難民も二日に一度、学校で教育を受けなければ就労許可証を出さない」
と言う政策により未だに労働力が不足している状態で推移している。恐れていた治安の悪化もほとんどない。
平民が女子を学校に行かせるか?と言う周りの危惧に、成績優秀な女子を高額でメイドとして雇ったのは大成功だろう。
メイドの給金が知れ渡るにつれ、競って学校に通わせるようになったのだ。
もし、マスターが私の祖国で腕を振るって下さればどうなるだろうか。このままマスターの計画が進めば、私の祖国は余り良くない未来が待っているだろう。
ロウィーナが動いているのはおそらくその辺りをどうにかする為なのだろうが、まだ具体的内容を推測できるまでの情報がない。
今日入港した商船から王国の最新情報がきているはずだから、その資料を見ればある程度の予測はできる。
それさえ分かればロウィーナに会うたびにどんな目で見られても、心から哀れんであげる事ができる。
そして戦いが終わったら、どんな手段を使ってもマスターを私の国へ連れて行くのだ。
マスターは一見冷たい方に見られやすいが、本質的には優しい上に甘い方である事は良く知っている。
戦後祖国に連れて行って、我が家の領地の現状を見て頂ければ…簡単に見捨てるとは言えない人だ。
後はなし崩しでマスターに住んで頂くだけだ。見栄えと素性の良い者を集めて忠実なメイドにしてしまえば、全てを捨て
てすぐ故郷に帰るとは言わないだろう。
この計画の最大の問題は、マスターが我にかえる前に躾の行き届いたメイドをそろえる事だったが、ここで雇った者の中で出来の良い
者を伴って教育させれば解決できるだろう。既に使えそうな者も何人か見つけている。
本質的には甘い方だが、メイドに関しては深いこだわりをもっている。見栄えだけのメイドをそろえたら見捨てられるのがおちだろうが、
本当のメイドをそろえれば見捨てる事はされないと思う。
彼女らも、相場の三倍は稼げる職を捨てるとは思えない。いくら景気が良いといっても、平民と難民の女の職業など限られているのだ。
ましてや目端の利くものなら、マスターの元を去るなど考えもしないだろう。
そう考えればドワーフ達には感謝してもしきれない。まさに天の采配と言うものだ。
そんな事を考えていると、射撃場からマスターが歩いてくるのが見えた。
「予定に変更が無ければ屋敷に戻りますが…いかがなさいましたマスター?」
傍目で見ても解るほど顔色を悪くしたマスターに気づいて声を掛けた。そしてその答えは非常に短い物だった。
「弾が…ねえ…」

館へと戻る馬車の中は重い空気に包まれていた。
「でな、俺は言ったんだよ。戦闘で必要な分量の火薬を備蓄してから練習しろとな」
疲れきった表情を浮かべたこの国の宰相は、隣のメイドに今回の経緯を説明していた。
「そしたらあの野郎、「撃ったらどこへ飛んでいくか解らないような者に鉄砲を持たせられませんし、一緒に戦うなど
 不可能です」と言い切りやがった。正論だが、どこまで訓練させるつもりだってんだ」
「厳しい訓練なのですか?」
火薬の増産に苦心している主人を見続けていたメイドは、すこし硬い表情を浮かべて聞いた。
「厚板を打ちぬける距離が有効射程だ、と言って撃ちまくっていやがった。誰がそこまでしろと…」
「しかし、これから節約すれば十分貯まると思うのですが?」
「100M程で訓練させる所までは譲歩させたんだがな、それ以下では頑として受け付けやがらねえ。武器として弓以下なら
無理して銃を使う必要は無いと言ってな」
そして座席からずり落ちそうな姿勢まで体をずらしながら言った。
「直接的な攻撃力だけを求めているわけでないのに、それを誰も理解しやがらねえ…」
さすがにまだ誰も使った事の無い兵器の利用方法について、一朝一夕で理解しろと言う事は無茶な要求と言えるだろう。
「こんな時、ドワーフの執拗なまでの凝り性と生真面目さがうらめしいよ」
それを聞いたメイドは心の中でドワーフの技術に対する凝り性と、主人のメイドに対する凝り性とどちらが上か考えつつ言った。
「…片付けますか?」
「みんな同じ考えだから、後任がいない…つーかいい加減その直接的な考えを改めようよ」
なぜこの世界の者は、みなこう好戦的なのだろうかと心の中でため息をつきつつ言った。
これに関しては世界、と言うよりも時代的な物が大きかった。現代の世界の命の価値と根本的に違うのである。
比較的人口が少なく増えにくいドワーフやエルフ達でも、平民の命の値段は中国人民解放軍に近い物だった。
なお、帝国や王国での平民の命の重さは大戦中のソ連軍懲罰大隊のソレに近い物である。命が地球より重い国とは全然違った。
「エルフの動きは陽動と見せかけだった。とかだったら助かるんだがなあ」
無論、そんな事は無かった。





あとがき

11/21 修正

すみません、えらい失敗やらかしてしまいました。
今度は失敗ないよね…

なにかございましたら感想の方にでもご連絡下さい。
出来るだけ直ぐに直します。

では



[1318] 遠い国から 第十九話(仮UP) 正式版は家に戻ってから
Name: kuruto◆f90c1a41 ID:daeefd50
Date: 2009/01/02 03:03

首都ポルソールの中心に位置する建造物。首都の市民達にただ「宮殿」と呼ばれている施設がある。


五氏族の共同所有物である「宮殿」は国政の場であるが、名前も愛称もない。


一時期は名前を付けようと言う時期もあったが、各氏族の思惑もあり紛糾。結局「宮殿」と呼ぶ事に落ち着いた経緯がある。


今の宰相が就任するまでは六つのブロックに分かれて管理されており、各氏族が一ブロックを所有し、残りの一つが合同討議場となっていた。


そう、共同所有ブロックは合同討議場だけだったのだ。


氏族連合は五氏族からなる緩やかな連合体であるがゆえに行政、徴税、外交までもが各氏族毎に独立運営されていた。


しかし、今の宰相が就任した直後に全ての施設と人員は全て統合され、氏族独自で保持されている区画は一つも無い状態になった。


氏族毎に独立していた各部門も人員ごと統一運用され、又は新設される事になった。


そして新設された部門の中で一番人員、予算が多いのが通商産業省だった。




「つまりエルフが参戦を決意しても、食料で動きを縛るわけには行かない。と言う事か。」


館でバナリーとの打ち合わせを済ませた後宮殿に「出勤」し、エルフと交易を行っている商人達から集めた情報を見ながらつぶやいた。


商人達は通常交易する場合、取引している商品以外の情報も集める。次の商いに有利な情報を集める為だが、他の荷を扱う商人との


情報交換に使えるからだ。商人達は情報を金では買わない、情報の対価は情報しかないのだ。


したがって当初、商人達から情報を集めるのは難しかった。いくら国の命令、相応の対価は払うといっても情報は商人の宝と言って良い。


各港の品物の取引価格だけでなく、誰が何をどれだけ欲しがっているかなどの情報まで持っている者もいる。


自分が扱ってない商品でも、仕入れる事が可能であれば取引できるし、別の商人に口を利いてやって恩を売る事も可能なのだ。


誰が自分の商売のネタを国に喜んで知らせるだろうか?


担当者の予想とは違い、最初は碌な情報が集まらなかった。各氏族の担当者は激怒したがどうにもならなかった。


それを聞いた宰相は方針を変えさせた。提供された情報に金で代価を払うのではなく、情報で代価を払わせる事にしたのだ。


商人がある港の市場価格を情報省に知らせると、その商人はその時点で判明している全ての港の市場価格を知る事が出来るのだ。


そして市場価格だけでなく他の情報を提供すれば、それに応じて更なる情報を手に入れる事が出来るようにしたのだ。


問題は片付いた。


今では首都の市民達は「通商産業省」と言うのは新手の商人援助機関だと信じているほどである。裏に存在する情報収集、及び簡易であるが


分析まで行う機関の存在に気付いている者は皆無だった。




「いっそ国名をフェザーン自治領にでも変えようかねえ」




田中敬一郎二十代後半、銀英伝は原作の頃からファンだった男。




「しかし適当なつるっぱげを領主にしないといけないから難しいよな、コミック版だと女性だけど」


そんな彼はオタクな現代人だったのです。






遠い国から 第十九話 「開戦準備」




「今までグドランドの連中が買っていたとばかり思っていましたので、我々も試算してみて驚いております」


情報省を担当しているエル・ソブリン男爵が羊皮紙を抱えながら言った。東の出身だが貴族内での受けが悪く、今まで無役に近い状態で


燻っていた男である。あだ名は「金貸しソブリン」。親の財産を他の貴族に貸して財産を10倍にした傑物である。


ゆえに貴族内の評判は非常に悪かったが、能力は非常に優秀と判断し登用した。


「買い手が王国となっている小麦、その他の雑穀が碌に港から動いていません。買い手のホウエ男爵とやらも相当臭います。


こちらの記録では六十ぐらいの老人のはずが、取引に現れた男爵は三十才程の男だったそうです」


そう言いつつ一枚の羊皮紙を抜き出し机に広げた。王国貴族の記録だが、確かに現当主は63歳の老人だ。さらに言えば子供は二人の女子


だと言うのだからふざけるにも程が有るだろう。


「ここ数ヶ月の取引の内容を洗いなおしました、武器や防具の取引が王国の必要量以上に増えています。新品、中古共にです。


馬用の飼料や岩塩の取引の多さに紛らわされておりましたが、既に千人分ほどの量が流れています。禁輸令を出しますか?」


言いながら一枚の羊皮紙を抜き出し、武器の輸出量を纏めた資料を提示した。


「今から止めても「今ようやく気がつきました、テヘッ」とふれまわる様なものだ、それにそれを理由に暴発された日にゃ目も当てられん」


そう言いながら頭の中で対応策を考えた。





1.輸出する武器を放射能汚染させる


この時代じゃ放射性物質を探す方が難しいし、気にもしないで使ってきそうだからダメ。


2.輸出する武器などに毒などを仕込んでおく


使った兵士がバタバタ引っくり返ったらソレを理由に宣戦布告されそうだからアウト。


3.輸出する武器を不良品にしておく


一番安全かつ効果的かもしれないが、バレ難い細工を施すには時間と人手が足りない。ましてや秘密を守るのは至難の業だろう。




結論


うむ、だめだなこりゃ。




「とりあえず武器の相場を上げよう。それとなく商人達にエルフに武器が高く売れる事と、俺が新しい歩兵部隊の編成を考えていると


噂を流してくれ。泥縄な対応かもしれんが、暴発させる事だけは防がないといかんしな」


「わかりました、武器防具の相場をとりあえず二倍にして商人達に知らせておきます。しかしそれだけでよろしいのですか?


思い切って兵を集めて先に叩いてしまった方が早い気がしますが?」


資料の羊皮紙を纏めながらソブリンが言った。宰相の後ろにはエルフがいるのに、平然と言ってしまう所にこの男の問題が有ると思う。


「今エルフを叩くと確実に王国が敵に回るからな、こっちも帝国側につけば済むが確実に買い叩かれる。戦力の安売りは止めとこう」


後手後手の対処の上に、効果も余り期待できないがしょうがない。


ああ、情けない。




宮殿で打ち合わせを終えた後、俺はそのまま館へと戻った。内緒話をする場合、二度手間ではあるが現状では仕方がないのだ。


各氏族毎のブロックを取り上げた為、内緒話をしやすい場所が無くなってしまったのだ。効率を上げる為には仕方がない事では有ったが、


今の「宮殿」でバナリーと内緒話をしたら他の氏族の有力貴族が聞き耳を立てに来るだろう。聞くだけなら良いのだが、聞いた者の中に


本来の雇い主以外に連絡して小銭を稼ごうとする者がいる可能性もある。現在は情報収集と分析だけで手一杯の状態で、とても情報統制


なんぞしていられない状態なのだ。


大事だけど、情報統制。


ましてや今の首都には聞き耳を立てている巨乳エルフもいるのだ、油断はできない。


ああ、せめて火薬が大砲分込みで二・三会戦分有ればこんなに苦労しなくて良いのに…。


この後、バナリーと会食し新しい硝石鉱山を作る予定だ。今まで鉱山はドワーフのみが掘っていたがいかんせん頭数が足りない。


今回は試験的に鉱山労働者の半分を人間で補う予定だ。無論成人した人間では身長に差が有りすぎる為、人間の子供が主戦力となる。


こんな仕事をやっていれば、いずれ手を汚さないといけないと言う事か。


そもそもの問題は硝石鉱山が国有化されておらず(部族間にまたがる微妙な問題もあった)生産の為の折衝が長引いた事が原因であった。


結局硝石鉱山などは俺が買い取る事で各部族を納得させた。後で返せと言っても返さんもんね、うひひひひ。


実際通商産業省などは俺の金で動いているのだ、少しは儲けさせてもらわんと釣り合わない。


なんで俺の金で動く嵌めになったのかと言えば、部族間の利益配分に問題があり…ああ、胃が痛い。


だれか代わってくれないかなあ…。



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