同居人が増え、若干の息苦しさも感じていた一夜は、風呂場にてパーソナルスペースを築き、湯船に浸かりながら束の間の孤独を満喫していた。
「ふぃ~……」
他人にと一緒に居て気疲れしないなどまずない。余程気心が知れているか、何か特別な理由がある場合を除いて。
「あ~……。参った。参ったなぁ~」
ピタンと額を右手で叩いて、緩い顔をする。とても何かに参っているようには見えない。
「チンクさんもシルヴィも可愛いんだよなぁ」
……。
何ともくだらない事だった。頭の中が桃色になっているようだ。
「あ~、俺の理性は何時まで保つのか」
ここまで好い人のままやってきているが、色々揺らぎかけているようだ。
「ま、何かを楯に迫るような無粋な真似だけはしないようにしないとなぁ」
どうやらその程度のプライドはあるようだ。
「さて、そろそろ出るか――」
「一夜~」
「こら、そんな急に――」
ガラッと引き戸が開き、そこにはバスタオルを巻いただけのチンクとシルヴィアがいた。全裸ではなかっただけマシだろう。
「ぶはっ!?」
しかし、バスタオルが小さめだったのか、二人とも隠れてはいるものの上も下もギリギリのラインだ。
「ちょ、ちょっと二人とも何してるんだろうなーー!?」
言葉が物凄く可笑しくなっている一夜だった。
「んきゅ? 一夜の背中を流そうって、ね?」
「ああ。世話になりっぱなしだからな。そのぐらいはしても罰は当たらないだろう?」
立派に筋の通った行動のようだが、チンクは一夜の性癖を忘れているのか意図的に無視しているのか、あるいはそれらを踏まえた上で狙っているのか。
「まぁ、出て来い。磨いてやる」
「ピカピカにしてやる~♪」
「いや、無理! 出れないから!!」
ごく一部が現金にも著しい反応を示している状態で、二人の前には出れなかった。
(このチラリズムは――勘弁してくださいっ!!)
一夜の反応に、とても不思議そうな顔をするシルヴィア。チンクは始め怪訝そうな顔をしていたが、途中から自分とシルヴィアの格好を見直し、何か納得したようだ。
「あ~……少し失敗したか。済まないな、一夜の性癖を忘れていた」
「解ったら出て行ってください!」
「え~? 折角来たのに~」
シルヴィアがクロい笑顔を浮かべている。
「またと無いチャンスなんじゃないかな~?」
「シルヴィ……まさか……?」
「んきゅ? なに~♪」
どうやらシルヴィアに気付かれたらしい。
「ねぇ~、出てきたら~?」
「くぬっ……」
(心頭滅却すれば火もまた涼し、1,3,5,7,11,13,17,23――)
必死に関係ないことを考え、下半身に集まった血液を散らそうとする。
「一夜が出てこないなら――」
ぐっとシルヴィアの身体が沈み込む。一夜とチンクはその動きに即座に反応した。
濡れた風呂場の床が、如何に滑りやすいのかを知らないシルヴィアの恐るべき行為に対する行動だ。
「あうっ!?」
足を動かした瞬間、二人が予想したとおりにシルヴィアは足を滑らせた。
「うぎゅっ!?」
「間一髪だな」
「セーフ、ですね」
チンクが浴槽の縁に右足を乗せ身体を固定し、左手でシルヴィアの首を掴んでいた。
一夜は浴槽から身を乗り出し、シルヴィアの両脇に両手を差し込んでいた。
「ぐ、ぐるじいよぉ」
「少しそのままで反省しろ。今のは危険すぎるぞ」
「そうだね。もしも、俺もチンクさんも間に合わなかったら顔面に大怪我だったよ」
「あう、うきゅ……」
二人に言われ、さすがに意気消沈したシルヴィア。
一夜の方も肝が冷えたためか、下半身の方も大人しくなった様だ。
「無理されると困るからね、大人しく出るよ」
一夜が立ち上がる。自然とシルヴィアは持ち上げられる形になる。チンクは既に手を離していた。
(平常に戻ったのか。まぁ、一般人にしてはさっきの動きは中々だったし、な。余程集中したのだろう、煩悩も散るか)
「さて、それでは一夜を洗うとするか」
チンクが何気なく言うが、一夜としては無かった事にしておきたかった二人の目的だった。今も後一言シルヴィアに注意をして風呂から上がるつもりだった。
「……え、本気なんですか?」
「で、なければこんな格好はしないと思うが?」
「本気だよ~」
がしっと右手を掴まれた一夜。チンクの握力は一夜の腕力などでは振りほどけるものではなかった。
「ま、観念しておけ。ささやかな恩返しだ」
恩返しで観念しなければならないとはどういうことか。しかし、物理的に抗えない状態に既になっている一夜は、観念するしかなかった。
「勘弁してくださいよ」
「諦めろ~♪」
調子を取り戻したらしいシルヴィアもチンクに乗る。
結局、一夜は生き地獄を味わうことになった。
時空管理局本局。
食堂にて八神はやては悩んでいた。
「ん~……誰にするかなぁ?」
「何を悩んでるです?」
脇に居たリィンフォースⅡ(ツヴァイ)が尋ねる。
「地球に誰を派遣するんがええかなぁって。手が空いてないのは誰も一緒なんやけど、近接はまぁ置いといて、砲撃や射撃、それも誘導型が使えて、バインドも勿論完璧、できれば結界も張れる様な人材がええんやけど」
「そこまで万能な魔導師なんていないですよ」
「せやなぁ……。でも、メインや無くてサポートやからなぁ。フェイトちゃんのサポートならティアナ辺りが無難かなぁ?」
近接戦闘タイプのエリオとスバルは最初の時点で論外。同様に近接メインのシグナムが外れる。召還が主な戦闘方法で補助系のキャロも候補外。次点で近接から射撃は行えるヴィータ。シャマルはJS事件で負傷した魔導師たちの治療でてんてこ舞い。ザフィーラは再入院中。
敢えて一人省いているが、やはりティアナが最有力だろう。
「さて、それじゃティアナに――」
連絡をしようとしたところで、近づいてくる人影に気付いた。
「はやてちゃん、何してるの?」
「なのはちゃん……。い、いや、何でもないんよ」
開きかけたウィンドウを慌てて閉じる。
(しまったぁ……。なのはちゃんが居るとは思わんかった)
はやてはとある事情からチンク発見に伴う執務官補佐になのはを派遣するわけにはいかなかった。だが、なのはが聞けば自分が行くと強固に主張するだろう。それは他の誰にも譲らないほどに。
その理由も、過去の事件で知っているが故に、言い出されたらはやてには止められない。
だから、知られてはならない。
「な、なのはちゃんこそどうしたん? 地上の復興に助力してるはずじゃ?」
「それなんだけどね、ちょっと地球に行ってくるよ」
「な、何やてっ!?」
そこで、なのはは暗い笑顔を見せた。
「やっぱり、はやてちゃん知ってたんだね。逃走中のナンバーズが見つかったこと」
「なのはちゃんこそ何で? 何で知ってるん!?」
「私もね、色々と仕込んでるんだよ。これはそこから拾った情報なの。
このネタ、私が流すと思った?」
「……思わへんよ。だからなのはちゃんには連絡しなかったんや」
苦虫を噛み潰したようなはやての表情。一番知られたくない相手に知られてしまった。
「そう。でもいいよ。はやてちゃんは許可だけ出して」
「……。ここでダメやって言うても無駄やろ。他にも手ぇ回してるんやろうからな」
はやては諦めた。執務官補佐として地球へ向かう事に許可を出す。
「ただ、条件を一つ付けるよ。リィンを連れて行くことや」
「ふぇっ!?」
この条件はツヴァイにお目付け役をやらせるためだ。
「は、は、は、はやてちゃん!?」
「何や? 問題無いやろ」
「む、無理ですよぉ! 私単体で出来ることなんてそんなに無いんですよ!?」
「リィン、しっかり『観て』くるんや」
はやての視線が鋭くツヴァイを貫く。そこでようやく言葉の意味に気付いたようだ。小さく頷く。
「……。話は纏まったかな? なら今から出るよ。準備は出来てるから」
「『無茶』はせぇへんようにな」
踵を返したなのははもう振り返らず、左手を挙げて答えた。最も、それがアテにならないことは重々承知していた。だからはやてはツヴァイを同行させたのだ。
去っていくなのはに置いて行かれない様にツヴァイも飛んでいく。
はやては通信用ウィンドウを開き、フェイトに繋ぐ。
「ごめんなぁ、なのはちゃんに知られてもうた。今からそっちに向かったわ」
『えっ? なのはが来るの!? だ、誰か広域結界を張れる人も寄越して!!』
フェイトがかなり慌てる。一番派遣されては困る人材が手配されたからだ。
「リィンも同行させた。大丈夫や」
『穏便に、は、無理だね』
「なのはちゃんやからなぁ。相手が単なる違反者ならよかったんやけど……。『テロ』関連の罪状持ちやからなぁ」
二人が諦め顔になる。
事、テロや騒乱の罪状持ちには、なのはは――。
『でも、仕方ない、ね』
「せやな。
まぁ、フェイトちゃんには悪いけど、被害は最小限で頼むで」
『出来る限り頑張るよ』
精彩を少し欠いたフェイトが、疲れた笑顔を浮かべる。そこで通信を切った。
ウィンドウが消え、はやては額に手を当ててため息を一つ。
「あ~、バックアップの準備せんとな」
立ち上がり、歩き出す。向かう先はリンディの所だ。