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[13727] 【習作】 英雄たちのその後って? 【現実→AD&Dっぽい異世界】【チート能力】
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2013/07/06 08:18
[本作について]
--------------------------------
・この作品はTRPG「Dungeons & Dragons」をモチーフにした作品です。
・キャラクター設定、魔法などは「Advanced Dungeons & Dragons」を使用しています。
・TRPG「Dungeons & Dragons」を知らなくても問題無いように、文章を作成することを心がけています。
・世界観は「Dungeons & Dragons」っぽいけど、オリジナルな世界です。
・恥ずかしい台詞や行動が満載です。
・この欄ですが、随時、色々なことが増えていくと思います。
--------------------------------

[更新履歴]
--------------------------------
2013/07/06
・感想掲示板に書き込み

2013/06/23
・86話の[異様過ぎる何かとの遭遇02]を公開しました。
・85話の[異様過ぎる何かとの遭遇]を修正。

2013/05/31
・85話の[異様過ぎる何かとの遭遇]を公開しました。

2013/05/11
・感想掲示板に書き込み

2013/04/29
・84話の[愛しさ切なさ悲しさ]を公開しました。

2013/03/02
・感想掲示板に書き込み
・乃亜となっている箇所を乃愛に修正

2013/02/17
・83話の[妙子と勇希]を公開しました。

2013/01/20
・感想掲示板に書き込み

2013/01/12
・82話の[援軍到着]を公開しました。

2012/12/22
・感想掲示板に書き込み
・81話の[悪を討つ一撃]を修正しました。

2012/12/09
・81話の[悪を討つ一撃]を公開しました。

2012/11/10
・感想掲示板に書き込み

2012/11/03
・80話の[黒い悪魔、白い騎士]を公開しました。

2012/10/13
・感想掲示板に書き込み

2012/10/08
・79話の[黒い悪魔03]を公開しました。

2012/09/22
・感想掲示板に書き込み

2012/09/13
・78話の[黒い悪魔02]を公開しました。

2012/08/24
・感想掲示板に書き込み

2012/08/17
・75話の[チート]を修正しました。

2012/08/13
・77話の[黒い悪魔]を公開しました。
・76話の[決着]を修正しました。

2012/08/04
・感想掲示板に書き込み

2012/07/14
・感想掲示板に書き込み

2012/07/07
・76話の[決着]を公開しました。

2012/06/24
・感想掲示板に書き込み

2012/06/15
・75話の[チート]を公開しました。

2012/05/30
・感想掲示板に書き込み

2012/05/21
・74話の[魔王と白蛇]を公開しました。

2012/04/28
・感想掲示板に書き込み

2012/04/21
・73話の[魔王]を公開しました。

2012/04/07
・感想掲示板に書き込み

2012/03/31
・72話の[反撃]を公開しました。

2012/03/17
・感想掲示板に書き込み

2012/03/10
・71話の[防衛]を公開しました。

2012/02/26
・感想掲示板に書き込み
・69話の[英雄への想い]を修正しました。
・70話の[急転]を修正しました。

2012/02/19
・70話の[急転]を公開しました。

2012/02/11
・感想掲示板に書き込み
・69話の[英雄への想い]を修正しました。

2012/02/05
・69話の[英雄への想い]を公開しました。

2012/02/04
・感想掲示板に書き込み

2012/01/21
・感想掲示板に書き込み

2012/01/15
・68話の[想い交錯]を公開しました。

2012/01/06
・感想掲示板に書き込み

2011/12/29
・67話の[一騎当千02]を公開しました。

2011/12/17
・感想掲示板に書き込み

2011/12/10
・66話の[一騎当千]を公開しました。

2011/11/26
・感想掲示板に書き込み

2011/11/19
・65話の[回顧]を公開しました。

2011/11/06
・感想掲示板に書き込み

2011/10/29
・64話の[決意]を公開しました。

2011/10/22
・感想掲示板に書き込み

2011/10/15
・63話の[前哨戦]を公開しました。

2011/10/01
・62話の[開幕]を公開しました。

2011/09/25
・感想掲示板に書き込み

2011/09/10
・61話の[蠢動]を公開しました。

2011/09/02
・感想掲示板に書き込み

2011/08/27
・60話の[強くなるために]を公開しました。

2011/08/19
・感想掲示板に書き込み

2011/08/13
・59話の[兄妹]を公開しました。

2011/08/06
・感想掲示板に書き込み
・58話の[痴漢]を修正

2011/07/30
・58話の[痴漢]を公開しました。

2011/07/23
・感想掲示板に書き込み

2011/07/16
・57話の[確信]を公開しました。

2011/07/02
・感想掲示板に書き込み

2011/06/25
・56話の[旅の少女]を公開しました。
・感想掲示板に書き込み

2011/06/17
・感想掲示板に書き込み

2011/06/11
・55話の[ケア・パラベルへ06_芽生え]を公開しました。

2011/06/04
・感想掲示板に書き込み

2011/05/28
・54話の[ケア・パラベルへ05_待ち伏せ]を公開しました。

2011/05/22
・感想掲示板に書き込み

2011/05/14
・53話の[ラクリモーサ]を公開しました。
・感想掲示板に書き込み

2011/05/08
・感想掲示板に書き込み

2011/05/03
・52話の[ケア・パラベルへ04_ソランジュ]を公開しました。

2011/04/30
・感想掲示板に書き込み

2011/04/23
・51話の[ケア・パラベルへ03_カスピアン]を公開しました。

2011/04/09
・感想掲示板に書き込み
・49話の[ケア・パラベルへ]を修正。

2011/04/02
・50話の[ケア・パラベルへ02]を公開しました。

2011/03/26
・8話の[魔法]を修正。
・感想掲示板に書き込み

2011/03/19
・49話の[ケア・パラベルへ]を公開しました。
・7話の[夜の酒場]を修正。
・感想掲示板に書き込み
・47話の[顔合わせ]の誤字を修正。
・48話の[旅の準備]の誤字を修正。

2011/03/05
・48話の[旅の準備]を公開しました。
・6話の[ウォウズの村]を修正。
・47話の[顔合わせ]の誤字を修正。


2011/02/26
・感想掲示板に書き込み
・31話の[タエ]の会話を修正。
・43話の[日常]の誤字を修正。
・46話の[イル・ベルリオーネ]の人称表現を修正しました。
・47話の[顔合わせ]の会話と人称表現、地文章を修正しました。

2011/02/19
・47話の[顔合わせ]を公開しました。
・感想掲示板に書き込み

2011/02/11
・感想掲示板に書き込み
・5話の[森からの脱出02]を修正。

2011/02/05
・46話の[イル・ベルリオーネ]を公開しました。

2011/01/30
・感想掲示板に書き込み
・4話の[森からの脱出]を修正。

2011/01/22
・45話の[3ヶ月]を公開しました。

2011/01/15
・感想掲示板に書き込み
・3話の[準備]を修正。

2011/01/08
・44話の[日常02]を公開しました。
・2話の[現状の確認]を修正。

2011/01/03
・感想掲示板に書き込み
・1話の[TRPG]を修正。

2010/12/25
・43話の[日常]を公開しました。

2010/12/19
・感想掲示板に書き込み

2010/12/11
・42話の[サーペンスアルバス]を公開しました。

2010/12/05
・感想掲示板に書き込み

2010/11/27
・41話の[白蛇(ホワイトスネイク)]を公開しました。

2010/11/21
・感想掲示板に書き込み

2010/11/14
・40話の[またね]を公開しました。

2010/11/07
・感想掲示板に書き込み

2010/10/31
・39話の[告白]を公開しました。

2010/10/23
・感想掲示板に書き込み

2010/10/16
・38話の[戦乙女]03を公開しました。

2010/10/10
・感想掲示板に書き込み

2010/10/03
・37話の[戦乙女]02を公開しました。

2010/09/26
・感想掲示板に書き込み
・36話の[戦乙女]のミスを修正。

2010/09/12
・36話の[戦乙女]を公開しました。

2010/09/05
・感想掲示板に書き込み

2010/08/29
・35話の[海沿いの街・セーフトン03]を公開しました。
・感想掲示板に書き込み

2010/08/22
・感想掲示板に書き込み

2010/08/15
・34話の[海沿いの街・セーフトン02]を公開しました。

2010/08/08
・感想掲示板に書き込み

2010/08/01
・33話の[海沿いの街・セーフトン]を公開しました。
・感想掲示板に書き込み

2010/07/25
・感想掲示板に書き込み

2010/07/18
・32話の[思い]を公開しました。

2010/07/10
・感想掲示板に書き込み

2010/07/04
・31話の[タエ]を公開しました。

2010/06/27
・感想掲示板に書き込み
・30話の[地下墳墓(カタコンベ)06]の誤字を修正しました。

2010/06/20
・30話の[地下墳墓(カタコンベ)06]を公開しました。

2010/06/06
・29話の[地下墳墓(カタコンベ)05]を公開しました。

2010/05/30
・感想掲示板に書き込み

2010/05/23
・28話の[地下墳墓(カタコンベ)04]を公開しました。

2010/05/15
・感想掲示板に書き込み

2010/05/09
・27話の[地下墳墓(カタコンベ)03]を公開しました。

2010/05/04
・感想掲示板に書き込み

2010/04/25
・26話公開後に誤字脱字を修正。
・26話の[地下墳墓(カタコンベ)02]を公開しました。

2010/04/17
・感想掲示板に書き込み
・25話の[地下墳墓(カタコンベ)]を修正しました。

2010/04/11
・感想掲示板に書き込み
・25話の[地下墳墓(カタコンベ)]を公開しました。

2010/03/28
・感想掲示板に書き込み
・24話の[依頼]を公開しました。

2010/03/17
・感想掲示板に書き込み

2010/03/14
・23話の[ハイローニアスの使い]を公開しました。

2010/03/06
・感想掲示板に書き込み

2010/02/28
・[12話]を修正
・[20話]を修正

2010/02/20
・感想掲示板に書き込み
・[12話]を修正

2010/02/19
・[前書き][21話]のフォントを修正しました。

2010/02/14
・21話の[戦闘]を公開しました。
・21話の[戦闘]のフォントを大きくしてみました。
・本前書きを公開しました。
・1話にタイトルを付けました。



[13727] 01 TRPG
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/01/03 07:02
D&D(ダンジョンズ&ドラゴンズ)というゲームがある。

TRPG(テーブルトーク・ロールプレイングゲーム)と呼ばれるものだ。
発祥はアメリカなのかな? もう大分前に発売されたやつだと思う。
おにいちゃんから教えてもらったので、そのあたりのことはよくわからない。
けど、遊び方は知っている。
だってわたしもやっていたわけだから。
ちなみに友達はだーれも知らなかった。
男の子の知り合いにも聞いてみたけど、本当に誰も知らなかった。

おにいちゃんの友達が、何人か毎週末になるとよく遊びに来ていた。
それでいつも、紙と鉛筆とさいころで何か楽しそうに話していた。
興味をもったわたしは、おにいちゃんに一緒に入れてほしいとお願いしたのだ。
それで、小学校4年ぐらいからずーっと遊ばせてもらっていた。
これがわたしとD&Dの出会いだった。

あ、まずTRPG(テーブルトーク・ロールプレイングゲーム)というものはね。
一人がマスターとよばれるゲーム進行役係がいるの。
その人が、他のプレイヤーと会話しながらゲームの舞台となる世界と、登場する様々な状況やクエストを説明します。
プレイヤー側はマスターから与えられた情報を元に、決められたルールに従って行動していくことになる。
行動に対して、結果ははさいころ(ダイス)で決定します。

ファイナルファンタジーやドラゴンクエストとかのコンピューターゲームで、
コンピューターの役割も人間がやるといったらわかりやすいかな?

で、今回、ようやく、その何年もかけて行っていた一つの壮大なシナリオが終わった。
今日、集まることができた、わたしと、おにいちゃん、そしてマスターの3人で今回のプレイの感想を語り合うことになりました。





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001 TRPG(テーブルトーク・ロールプレイングゲーム)
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「いや-、今回のはさすがに長いシナリオだったなあ」


大学院生のおにいちゃんがしみじみ語っています。
そうだよね、5年かけて終わったシナリオだもん。

マスター役のおにいちゃんの友達も苦笑する。


「ここまでドラマティックになるとは、さすがに予想できんかったよ。
 気がつけば、俺も社会人で主任やってんだぜ?
 このシナリオが始まった時は学生だったのによー」


私も小学生だったけど、今、高校生です。
愛用の青色のダイス(さいころ)を何となく転がした。
購入したときは透き通っていたが、さすがに多くの傷が見られていた。
この何年間に何回転がしたのだろうか。


「乃愛(のあ)には、ちょっと申し訳なかったな。
 土曜日、ほとんど付き合わせちゃったからなあ」


おにいちゃんは少ししかめたような顔をしたが、わたしは感謝したいぐらいだ。
とっても楽しかったし、むしろ終わるのが寂しいくらいだもの。







「じゃ、最終的にキャラクターどうなったか見てみようか?」


テーブルに置いてある各々のキャラクターシートに目を向ける。
まずはわたしのキャラクター[ノア]のものだった。
この頃のわたしは自分の名前を、そのままキャラクターにしたのだ。
自由に決めていいっていうことを知らなかっただけなのだけど。


「うわー、わたし、すごいことになっているなあ」

「乃愛、お前チートだなこれ~」

「そりゃ、乃愛ちゃん初心者だもん。確かキャラ作った時には小学生だろ?
 マスターとしてはキャラメイキングを全部無制限にしたんだよなあ」



-----------------------------------
キャラクター名:ノア
アライメント:カオティックグッド
種族:ハーフエルフ
職業:ファイター/クレリック
レベル:15/20

性別:女
年齢:不明
髪:黒
瞳:黒
社会的身分:冒険者
兄弟:無し
外観:耳は少しとがっている程度のわたし。
-----------------------------------

筋力 (Strength)    :18-91
敏捷力 (Dexterity)  :16
耐久力 (Constitution) :8
知力 (Intelligence)  :11
判断力 (Wisdom)    :18
魅力 (Charisma)    :16

-----------------------------------



「乃愛ちゃんの[ノア]って、外見は同じ設定だったんだ……
 こんなかわいい女子高生がモンスターを血の海に沈めていたのか。
 うん、いいね、いいね!」

「げ。変態マスター、乙。
 しかし、まー、なんというか……
 こんな能力の妹と兄妹けんかしたら、間違いなく俺死ぬな」

「でも、本当のわたしのストレングスなんて5ぐらいだと思うな」


なんていうか苦笑するしかない能力値だと思います。はい。
通常のキャラクターの作り方だと6面体のダイスを3回振って(3d6)、
その合計値が、そのまま能力値に適用される。
だから、普通に作製したのでは[ノア]なんてキャラクターの能力は滅多にでないだろう。


「じゃ、こんどは俺のキャラクターの[キース・オルセン]はっと……」



-----------------------------------
キャラクター名:キース・オルセン
アライメント:ローフルニュートラル
種族:人間
職業:ファイター
レベル:14

性別:男
年齢:不明
身長:182cm
体重:78kg
髪:金
瞳:黒
社会的身分:ロード
兄弟:無し
外観:王子!
-----------------------------------

筋力 (Strength)    :16
敏捷力 (Dexterity)  :13
耐久力 (Constitution) :16
知力 (Intelligence)  :9
判断力 (Wisdom)    :8
魅力 (Charisma)    :13

-----------------------------------



「俺が作った時、ガチでダイス運がよかったんだよなー」

「非常に典型的なファイターの能力値だな」

「おにいちゃんの外観、王子っていうのが気になるんだけど?」

「よくぞ聞いてくれた、イメージはピエトロ王子だ」

「うは、ポポロかよ!」


最終的にシナリオでロード(郷士)になれたんだから、これはぴったりだったのかもね!





「ちなみに、ダンジョンマスターであるおまえの世界観では、
 一般的な人間の数値の基準ってどうなのよ?」

「ん? 一般人(ノーマルマン)の平均能力値ってやつ? そうだな……」



-----------------------------------
6~8  平均
9~10  よくできる子
11~12 秀才
13~14 天才
15~16 世界王者
17   英雄
18   精霊や神様に愛されているレベル

筋力 (Strength)    :腕力や脚力の強さを表し、戦闘でのダメージなどに関係。
敏捷力 (Dexterity)  :身のこなしや手先の器用さを表し、戦闘での攻撃の避けやすさなどに関係。
耐久力 (Constitution) :身体の頑丈さを表し、ヒットポイントなどに関係。
知力 (Intelligence)  :知識の豊富さを表し、秘術呪文の使用などに関係。
判断力 (Wisdom)    :聡明さを表し、信仰呪文の使用などに関係。
魅力 (Charisma)    :外見的な美貌と性格的な魅力の双方を表し、他キャラクターとの交渉などに関係。
-----------------------------------



「ほほう。
 わりと、俺の[キース]も良い線いってんだな」

「そりゃそうさ、仮にもキースは[ロード]なんだぜ?
 全く無名の男がロード(郷士)までのし上がったんだ、運だけじゃどうにもならんさ」

「にしても、キース以上に、こうなると乃愛の[ノア]はすごいな」

「うん、ちょっとすごいかも。
 精霊やら神様やらから、ラブラブなようです、わたしってば」





「さて、キャラクター達の、その後なんだけど……
 ……えっと、まずは……
 ……[ノア]だね。
 [ノア]はカオティックグッドらしい終わり方だったと言えるね」


マスターが手元の資料を確認しながら、「うんうん」と満足げに頷いています。


「わたしは性格がカオティックグッドで、しかもハーフエルフだから。
 世界を救ったお祝い祭り中に、どっかに一人で旅立っちゃった」
 
「乃愛はなんか、妙なところでテンプレ的な行動とるよな」


あ、カオティックグッドっていうのは、キャラクターの性格になります。
これでキャラクターの道徳的概念と、他人、社会、善悪、神々に対する姿勢を表すの。
カオティックグッド(混沌/善)は個性が強く、親切で寛大。
美徳や善、正義を重んじているが、法や規則は好きじゃないって感じかな。


「今日来てないメンバーも、町長やったり塔を建築したり、やりたい放題だしな。
 ま、みんなハッピーエンドって感じか」

「でも、なんだか寂しいなあ。こっからのシナリオって作れないのかよ?」

「これだけのレベルになると、マスタリングが難しいんだよ。
 そんじょそこらの敵じゃ相手にならんし。かといって強いモンスターは本当にやばいし」

「うーむ……そりゃ確かにやばいな」


わたしも[D&D]の上級モンスターの能力をちょっと見せてもらったけど、
うん、これは関わりあいたくないって感じの能力値だった。
なんていうか、うん、あれは惨い!


「でもモンスターの前に、おにいちゃんの[キース]は政務で過労死しそうだよね」

「あははあははははは、そりゃ言える! [キース]にはモンスターいらんな!」

「ばかいえ、政治学研究科の院生の俺のだぞ?
 そんな俺の[キース]なら、素晴らしい政策の数々で人々を幸せにする素晴らしいロード(郷士)に違いない!」

「おま、自分の成績表は見たことあんの?」

「ひどい」

「それじゃ、わたしの[ノア]が[キース]の治める町に行って確認してあげるよ」

「来い来い、いつでもウェルカムだ!
 そこで幸せに暮らしました、めでたし、めでたしで」

「そうだね、そんな終わり方も良いかもね!」


こういった自由な想像が楽しいよね。
しかも自分の頭の中から育ったキャラクターだ。
何年もつきあっている分身だ、幸せに過ごしてもらいたい。

そんなたわいもない想像のお話が――






【能力補足説明】
AD&Dというゲームの能力値は基本的には「18」が最高能力となります。
しかしファイターが「18」の時にだけ、エクセプショナル・ストレングスというボーナスがつきます。
ノアの筋力(Strength)が18-91と表記されている「91」がボーナスです。
これは1d100(1~100)のさいころを振って数値を決めます。
この数字が大きければ大きい程、さらにストレングスにボーナスが加算されます。
……えと、まとめると、ノアのストレングスは尋常じゃないってことで(笑)



[13727] 02 現状の確認
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/01/08 18:19
風が吹くと、草と葉が擦れ合う音が耳に入ってくる。
一歩、足を踏み出すと落ちていた小枝が折れた。
何処からだろうか、鳥や、何かの動物のような鳴き声も聞こえてきたような気がする。

鬱蒼と木々が覆い茂る場所、どうやって見ても森です。

それもびっくりするぐらいの規模。
まるで世界遺産に指定されている青森県の白神山地だ。
あ、ちなみに旅行にきているわけではなくて。


気がついたら、わたしはここにいたのだ。


正直、理解が追いついてきません。
でも、救いって言ったら良いのかわからないけど、
今、わたしってば、自分でもわかるぐらいに落ち着いてはいます。
普通なら、こんなわけわからない状況になったら泣き出しそうなものなのだけど。
頭の中は奇妙なほど冷静な感じなのだ。
人間って、あまりにもわけがわからないことが起こると、感情が180度反転するのかな?
これが開き直り?





-----------------------------------
002 現状の確認
-----------------------------------

で、まず、自分自身の現状の確認をすることにしたのだけど。


「これってば、なんていうか、その、ねえ……」


今のわたし、すごい格好です。
ごてごてした真っ黒の鎧を装着している、というか覆われている。
最初は顔も覆われていたのだけど、それはさすがに取った。
さらには右手には、2メートルほどの長さの装飾が施された槍。

わたしは深呼吸をした。
そして頭の中によぎった答えを口にする。


「[ノア]の装備……!?」


魔法がかけられている黒いフルプレートメイル。
禍々しくもあり、恭しい雰囲気を感じる鎧。

そしてこの槍――

わたしは右手に力を込める。
思いっきり後方に重心をかけ、一気に前方に向けてオーバースロー。

前方にあった大木向けて、一直線に槍は向かっていき――
刹那、ものすごい衝撃音が響いた。
命中したはずの木には貫いた痕だけが残されている。

槍は、当然のようにわたしの右手に収まっていた。


「やっぱりグングニルだ……!?」


グングニルは投じると何者もかわすことができず、敵を貫いた後は持ち手のもと戻る効果があります。
[D&D]をプレイ中、[ノア]のメイン武器として本当にお世話になりました。
ぶっちゃけると反則級、伝説級の武器です。


「なんで……?」


しかもこの力!?
普通の人ならこんな大木を貫けない。
それどころか、わたしの力なんてあって無いようなレベルなのに。
そういえばこの鎧!
ものすごい重いはずなのに、わたし、なんとも思ってない。
強いていえば、ちょっと寒いので秋物のコートを着ているような感じ。

これは……
あんまり考えたくないけど。
今の奇妙に冷静な、わたしの頭の中が回答を導きだしてくれました。


「D&Dの世界!? ちょ、さすがに冗談だよね?」


でも、さっきのグングニルを投げた力というか、状況や格好や筋力を考えると否定できる材料が思いつかない――





わたしは全力で森を走ってみることにした。
様々な草、木々、岩、湿地帯。
私の目に最適なルートがみえ、そして体が動く。
うっそうと茂る木々の間を走り続けてみた。
普段のわたしからでは、全く信じられない。


「敏捷力 (Dexterity)も[ノア]だなー」


これは認めざるを得ない。
今のわたしは、乃愛ではなくて[ノア]なのだ。
そう考えれば、この奇妙に落ち着いている自分も納得ができる。
私の判断力 (Wisdom) の高さだ。
だから今、わりと冷静なんだろうと思う。

感謝したいのやら、泣きたいのやら。
なんだか不思議な感触です……





実は夢で目がさめたら、いつものベッドの中だったらいいのだけど。
そうじゃなかったら、しばらくはこのままかもしれない。
ならば今、自分の状況は知っておかなければ何もできないだろう。
そんな考えから、次に荷物を確認してみることにした。


「シナリオ終了時の所持品はありそうかな?」


今、わたしが持っているのはバックパック。
しかしこれは、通常のバックパックではない。
一言で言い切ると「四次元ポケット」効果付きバックパックだ。
正式名称はもちろんちゃんとある。
[バッグ・オブ・ホールディング]だ。
でも「四次元ポケット」。これが一番わかりやすいと思う。
これはいろいろな荷物を入れられる便利魔法グッズ。
[D&D]には重さの概念があった。
だからこれが無いと鎧を着ただけで、何も持ち歩くことができなくなってしまうことだってある。

「ゲームでリアル感を出しすぎても、おもしろくない」

そんなマスターの主張からわりと初期にもらったアイテムだ。


「でも、絶対、マスターがアイテムの重量計算が面倒だっただけだよね」


いつも電卓を持っていたマスターを思い出して苦笑する。

おかげで、わたしは様々なアイテムを所有していた記憶がある。
そんなわけで、4次元バックパックはカオスでした。
水袋、ランタン、火打ち石、灯油、防寒具、毛布、石けんといった生活用具。
柊の木でつくられたホーリーシンボル、ホーリーウォーター、白の法衣。
それに加えて特注のコンポジットロングボウ、ダガー、ラージシールドまで。

なんていうか、反則なポケットだと思う。
まさに4次元ポケットだ。
まだまだ、それ以外にもアクセサリや指輪、ポーション、薬草なんかもたくさん入っていた。


「はあ、これは整理しないとダメだなあ……」


ドラえもんが慌てると、ポケットから何を出していいのかわからなくなる心境がわかりました。





そして気になることがあった。
柊の枝で作成されたホーリーシンボル。
これはゲーム中に、[ノア]が魔法などを使う時に使用していたものだ。
触媒と呼ばれるアイテムだ。


「やっぱり、できるのかな?」


さすがにこれは、今のわたしでも気持ちが高揚してくる。
胸のドキドキが止まらない。

わたしは頭の中でイメージする。
想像するのは[水]。
身体が動き、精霊に感謝と祈りの言葉を捧げる。
それは友達にお願いするような気持ちだった。


「[クリエート・ウォーター【水を作る】]!」


両手が、身体が、何かひんやりと感じられた。
すると、目の前に大量の水がぷかぷかと浮いていた。
しばらくすると、地面に水が落ちる。


「きゃ!」


大量の水飛沫が足下にかかってしまった。
またあたりの地面が水浸しになる。
たしかこの呪文は1レベルにつき4ガロンの水を作ることができたはず。
だから、今のわたしは80ガロンの水を出せたわけだ。
えと、1ガロンが確か3,7リットルだから、だいたい300リットルの水!?


ドキドキやワクワクな気持ちが溢れて止まりません……!


魔法が使えたのだ。


現状、正直に言えばわけがわからないし、寂しい気持ちはあります。
けれど、そんな状況で、わたしは初めて楽しい気持ちになれました。



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・[クリエイト・ウォーター【水を作る】] LV1スペル

この呪文により使い手はレベル当たり4ガロン(約15リットル)の水を作り出せる。
水は飲用に適した物である。
逆呪文の[デストロイ・ウォーター]は水を消滅できる。
この呪文ではクリーチャーの体内に水を作ったり、逆に、水分を消滅させることはできない。

-----------------------------------







初めまして。ぽんぽんと申します。
ArcadiaのSSを読んでいくうちに、自分でも何かを書きたい欲求に駆られました。
初めての投稿となり、お見苦しい点が多々あると思います。
様々なご指摘をいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。

今回のお話はD&Dの設定を元にしております。
しかしアイテムとかモンスターとか、そのあたりはほとんどオリジナルに近いものになると思います。
そんな理由からD&D風味ですw



[13727] 03 準備
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/01/15 10:10
まず、わたしはこの森を出ることを目標とした。

一人でずっとここにいるのも嫌だし、まずは人に出会ってこの世界の情報を集めたい。
それから少し落ち着いた場所で、所持道具と使用できる魔法の確認もしなければならない。
また、今の自分の身体がどのぐらい動けるか確認しておくのも重要だと思う。

やらなければならないことがたくさんだ。

ここは平和で安全な現代日本ではないんだ。
様々な凶悪モンスターがはびこる[D&D]の世界。
まずは自分を知って、自分の身を守れるようにしたいと思う。
日本に帰る方法はその後だ。


「はあ。
 前途多難だなあ……」


わたしは、思わず大きなため息を付いてしまいました。





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003 準備
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まず、この白神山地(仮)を抜ける方法を考える。
道も何もわからないのだけど、不思議と不安はありません。
それは[ノア]が覚えている[技能]のためだと思います。


「ホントによかった。
 ハーフエルフだからって、森での生活中心の[技能]を覚えていて――」


[D&D]にはキャラクターに[技能]という能力をつけることができます。
[技能]は[占い]や[ゲーム]、または[古代の知識]とかなりの種類から選択が可能でした。
この[技能]によって、キャラクターに特徴がでたり、また、ゲームプレイに幅が広がったりします。

わたしは[ノア]のレベルが上がるたびに、生き残るための[技能]を中心に覚えていきました。
プレイ中、[ノア]を[一人で生きているハーフエルフ]って感じのキャラにしたかったからなんですけどね。


「えと、わたしのスキルは――」


頭の中で、生き残るために自分が行えることを考えてみる。
それは久しぶりに、かけ算の九九を1の段から9の段まで言う感覚に近いものがありました。


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■一般技能

・騎乗(馬)
・狩猟
・サバイバル(森)
・読み書き
・動物の知識
・動物の扱い方
・天候の予測
・水泳
・方向感覚
・治療
・薬草学
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わたしは少しホッとしました。
森においては[ノア]には敵はいないと思えたからです。
木々が覆い茂っているこの場所は、[ノア]に得意な領域(フィールド)と言えます。
本当によかった。
これが地下迷宮のど真ん中とかだったら、さすがに目も当てられません。

さらに、今使えそうな魔法も考えてみる。
さっき唱えた[クリエイト・ウォーター【水を作る】]は間違いなく役に立つ。

えと、他には――



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・[エンデュア・コールド/ヒート【寒さと暑さからの加護】] LV1スペル

この呪文の効果を受けたクリーチャーは、通常の寒さや暑さの影響から逃れられる。
エンデュア・コールドはマイナス34度まで、エンデュア・ヒートは54度まで何の支障も無く行動可能となる。

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・[ピュリファイ・フード&ドリンク【飲食物聖浄】] LV1スペル

使い手は痛んだり、腐ったり、毒を盛られたりした食料や飲料を清めて食用に使うことができる。
使い手のレベル×1立方フィートの量まで可能。

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このあたりは絶対に役にたつと思う。
[エンデュア・コールド/ヒート【寒さと暑さからの加護】]は気温が-34度から+54度まで、全く支障なく行動できる呪文。
[ピュリファイ・フード&ドリンク【飲食物聖浄】]は痛んだり、腐ったり、毒を盛られたりといった、
食用に耐えられなくなったものを、再び食べられるようにすることが可能だし。


「よーし、わたしの最初のクエストは『森からの脱出』だ!」


気合いを入れるために、わたしは近くに生えていた雑草の[オオバコ]を手にした。
これはわりと茎が丈夫だったりする。
長い髪の毛が邪魔にならないように、茎を紐代わりにしてポニーテールにまとめました。





まずわたしは、真っ黒な禍々しい雰囲気に包まれているプレートメイルを脱ぐことにした。

個人的には、これを身につけていても、さほど行動の邪魔にはなりません。
ただ、今は、道中で食べ物なども探す必要があったりします。
食べられる野草や薬草、果物の収集などの時には、さすがに鎧はありえないと思う。
もしも狩猟などを行う必要が出た際に、鎧の音がしていたら獲物は絶対に逃げるだろうし。

そんな理由から、真っ黒なプレートメイルを4次元バックパックにしまい込みました。

次にグングニル。これもバックパックに入れることにする。
はっきりって森の中を歩くのには、大きすぎて邪魔になってしまうからです。

代わりに身につけたのが、バックパックから取り出したワンピース形式のローブ。
真っ白な絹製。肌触りもすべすべ。
緑色の縁取りがとってもかわいいものだった。
それでいて清潔感も感じられるデザインに仕上がっている。
このローブは精霊信仰を掲げる旅のクレリックに主に愛用されているものだ。

[D&D]をプレイしていたときには、装備の外観とかわからないためになんだか感慨深いものがあります。

ただこれは通常のローブではなくて、魔法による付属効果付き。
こんな薄々なローブなのにもかかわらず、防御力にかなりの+がついている。
確か、普通のチェインメイルは圧倒しているぐらいにAC(アーマークラス)はあった。
これはクレリックのレベルが9に達して[大司教(パトリアーチ)]の称号になった時に入手した一品だ。

次に4次元バックパックから取り出したのは指輪と腕輪だ。
当然、これもただのアクセサリではない。
防御力向上のアイテムだ。


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・[リング・オブ・プロテクション【防御の指輪】]
・[ブレイサー・オブ・デフレクション【偏向の腕輪】]
・[プロテクション・フロム・ノーマルミサイルリング【飛び道具防御の指輪】]
-----------------------------------


[リング・オブ・プロテクション【防御の指輪】]は言葉通りに守備力アップ!
[ブレイサー・オブ・デフレクション【偏向の腕輪】]は、さらにすごい。
防御力はもちろんなのだけど、敵の攻撃に対して防御に専念(パリ―)すると、さらに防御力が向上してくれます。
[プロテクション・フロム・ノーマルミサイルリング【飛び道具防御の指輪】]もかなりお気に入り!
これがあれば飛び道具の攻撃も自動的にはじいてくれる優れものだ。

4次元バックパックをのぞくと、まだまだ多くのアイテムがありそうでした。
5年間も行っていたシナリオのために、入手したアイテムが膨大になっているのだ。


「キャラクターシートが手元にあれば、アイテム整理なんかは楽だったのにな」


最近独り言が多くなったな-、と思いつつ、わたしはネックレスチェーンに指輪を通す。
それを首にかけて、胸元にしまい込みました。
あんまり人の目に付くところに、指輪を幾つも身につけるのもどうかと思ったからです。


「見た目からは考えられない防御力っぽいな、今」


不意打ちの遠距離攻撃対策もばっちり。
外見からは想像できないほど防御力にもなった。
ただ油断はできないし、しません。
ここは武器や魔法に代表されるファンタジーの世界なのだから――





武器に関してはダガーを腰に身につけてみました。
背中には特注のコンポジットロングボウと矢筒を背負うことに。
っていっても、実は、これ以外に選択肢がないんですが。

今、[ノア]が使用できる武器の記憶をたどってみることにする。


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■武器技能
・スピア [専門武器(ウェポンスペシャリゼーション)]
・コンポジットロングボウ [専門武器(ウェポンスペシャリゼーション)]
・マーシャルアーツ(素手) [専門武器(ウェポンスペシャリゼーション)]
・ダガー [通常]
-----------------------------------


[D&D]には武器にも「上手く使える」「普通に使える」「使えない」があります。
わたしは武器の習熟に関しては徹底的に同じものにポイントを振りました。
おかげで[専門武器(ウェポンスペシャリゼーション)]という[技能]を身につけました。
本来[専門武器]はファイターのみに適用されるルールなのですが、マスターはわたしにも適用してくれたものです。

武器は「使える」と「上手に使える」では大分違います。
[専門武器(ウェポンスペシャリゼーション)]とは武器を「上手に使える」ようになったことを意味します。
これにより、命中率とダメージに大幅なボーナスがプラスされるんです。

けど[専門武器(ウェポンスペシャリゼーション)]を身につけるには、ゲーム中で結構な[技能ポイント]が必要でした。
[ノア]は同じ武器にポイントをつぎ込んだ為に、他の武器はほとんど使えないキャラクターになりました、はい。

あ、ダガーはマイナスのペナルティがつかない程度に使えるって状態です。





[13727] 04 森からの脱出
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/01/30 10:42
さて。
森を抜ける方法だけど、実は簡単にわかりました。
改めて自分の能力の高さに、安堵と、そして、なんだか苦笑してしまいます。

植物に道を聞きました。

[ノア]は[方向感覚]の技能を持っています。
[方向感覚]は、木の年輪などから、簡単に東西南北の情報なんかを理解できるスキルです。
けど今回は、そういった意味で植物から聞いたのではなくて。
文字通り、植物にお話を聞いたんです。



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・[スピーク・ウィズ・プランツ【植物との会話】] LV4スペル

生きている植物(キノコやカビ、植物性モンスターを含む)と単純な会話をかわすことができる。
この呪文は限定的なコントロール能力をも獲得する。

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おかげで、このあたりの情報には全く困らないです!


「みんな、本当にありがとうね!」


呪文の効果が切れるまで、わたしはお礼を言った。
植物たちの会話は助詞がない、片言の単語レベルでしかなかったけれど。
一生懸命、わたしに教えてくれたことが嬉しかった。


[スピーク・ウィズ・プランツ【植物との会話】]はLV4呪文です。
高レベルな呪文だけれど、疲労を感じるといったこともなかった。
さすがレベル20のクレリックと言ったところかもしれません!





ここは[ドルーアダンの森]。
現在地から[ドルーアダンの森]を抜けるには、北に向うのが一番近いとのことでした。
森を抜けた直後に、街道というか小道があると教えてくれました。
小道は[ウォウズの道]と、人々には呼ばれているようです。
[ウォウズの道]は、森を沿うように西から東へと続いているみたい。

ちなみに木々たちが言うには、[ウォウズの道]までは「2,3日」かかるらしいです。


「でも2,3日って、人間の足準拠なのかなあ?」


なんて疑問も浮かんだけど。
北に向かえば、とりあえず森は抜けられるのだ。
慌てても仕方がないし、のんびりと行くとしましょうか。
……
……
と、気軽に考えていました。
しかし思わぬ存在が、わたしの初クエスト[森からの脱出]を邪魔することに!?





「あー、また見つけた!」


慌てていて、わたしはかがみ込む。
地面に生えている雑草をよけ、お目当てのものに手を触れる。


「オトギリソウ! ちょうど果実が成熟しきってる!
 いまなら乾燥させて、止血や鎮痛剤にできるじゃない!
 あ、ツルナ! これ胃にいいんだよね~」


そう、歩くたびに目について仕方がない。
薬草だ。
わたしは技能で「薬草学」と「治療」を持っている。
これが原因なのか、なんだか薬草集めが楽しくて仕方がない。


「わたしの意志が入る前に、きっと[ノア]は薬草集めに来ていたのかな?」


そう考えれば、こんな森の中に一人でいるのも納得ができた。
というか、それ以外には考えられない。


「あ、オオバヤシャブシ!」


やばい、わたしこの森から脱出できる自信がなくなってきちゃいました。
はじめてのクエスト[森の脱出]は存外レベルの高いクエストのようでした。
……
……
あ、なんか、身体に薬草の香りが染みついてきちゃった気がするー!





食べ物にも困ることはありませんでした。
出口に向かって歩いているだけで、木の実などの群生地がわかったからです。
キイチゴやブルーベリーなど、簡単に入手することができました。


「むふふ、この魔法は試してみたかったんだよね~!」


わたしは柊のホーリーシンボルを取り出した。
キイチゴに向けて、詠唱の言葉を捧げる。


「さあ、美味しくなって!
 えい、[グッドベリー【おいしい果物】]~!」



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・[グッドベリー【おいしい果物】] LV2スペル

木の実にかけると2~8個が魔法の木の実になる。
食べると、空腹だった者は、腹一杯食べた時と同じぐらいに元気になる。
空腹で無い場合には、1ポイント分のダメージが治る。

-----------------------------------



[グッドベリー【おいしい果物】] はゲームプレイ中に大活躍の呪文でした。
魔法をかけた果物を食べると、空腹時に、なんとお腹いっぱい食べた時と同じぐらい元気になるんです!
空腹時じゃないときには、なんとヒットポイントも回復!
これは他のゲームじゃ、なかなか無い魔法だよねえ。


「わ、これはすごいや……!」


口に入れたキイチゴはものすごいものでした!
果汁がものすごい!
甘くて、ジューシーで、すっきりして、香りが口の中に広かがって!
あ~、こんな時は芸能人のグルメレポーターの[技能]がほしい!

この呪文の効果は1日+1日×レベルだ。
だから、今のわたしのレベルだったら21日間は持続するのか。


「これでお店でも出したらヒット商品になるかな?」


実はわたし、武器防具やアイテムと比較すると、あんまりお金を所持していませんでした。
まあ、マジックアイテムの一つでも売れば、一気にお金は入ると思います。
けど、それは買ってくれる人がいる場合になってしまいます。

[ウォウズの村]についたら、ちょっと試してみようと思います。
原価0円だから、どんなに安くても売れたら全額が純利益だしね!
宿屋の代金ぐらいは作れるかな?





「さて、寝るところを考えないと」


太陽の位置から、たぶん、14時から15時ぐらいだと思う。
暗くなる前には落ち着きたい。

4次元バックパックの中を確認してみる。
防寒着や毛布はある。
けれど考えてみたら[エンデュア・コールド/ヒート【寒さと暑さからの加護】] を使えば必要ない。
となると、後は、雨露を凌ぐ方法だ。
それにどう猛な動物とか、まだ会ってないけどモンスターなんかに見つかりにくい場所。


「うーん、山小屋なんてあるわけでもないし……
 洞窟探すなんて都合よく見つかるわけないし、逆にモンスターいそうだし。
 となると、ゲーム中でもやってた方法を試してみようかな」


周囲を散策して、大きな岩石を探すことにした。
切り立った崖のような場所でもいい。
今、必要なものは、ただの大きな石だ。


「ん、これぐらいの石なら大丈夫かな?」


わたしは目についた石をピタピタと触ってみる。
石はひんやりとしていた。

必要な物がなければ、どうすればよいのか。
答えは簡単だよね。そう、作ればいいだけ!
石に手を置きながら、わたしは魔法の言葉を詠唱し、念じて、捧げる。


「ストーン・シェイプ【石物変換】!」



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・[ストーン・シェイプ【石物変換】] LV3スペル

石の姿を思いの通りに変える呪文。
石製の武器や石像、石の扉などを作製することも可能。

-----------------------------------



「いやー、うんうん、よくできた!」


石の扉と空気穴付きの家を造っちゃいました!
家って言っても、ただの正方形な石に扉がついているだけって感じなんだけど。
わたしは扉をあけて、中に入ってみる。
ガランとした空間。
石の扉をしっかり閉めて、一緒に作ったかんぬき錠を下ろした。
扉はがっちりと全く動かなくなった。


「いやー、良い仕事をしました」


大満足の出来です!
これなら普通の動物は絶対に進入できない。
モンスターでも、よほど筋力 (Strength)が無いと破壊は不可能と思う。


「さて、後はっと――」


もう一度、[ストーン・シェイプ【石物変換】] を唱える。
うにょんうにょんと石が動いて、室内に石の浴槽が完成!


「[クリエイト・ウォーター【水を作る】] !」


ぷかぷか浮いている水を浴槽に入れる。
なみなみと水が浴槽に収まった。


「石けん、石けんっと~」


わたしはバックパックから石けんを取り出す。
やっぱり日本人なら、シャワーじゃなくて浴槽は必須ですよね!
汗を流すために、疲れをとるために、わたしはローブを脱ぎすてた。


「ゲームでは攻撃呪文が主体だけど、実際はこんな呪文の方が大活躍だよね」


わたしは少しだけやってみたドラゴンクエストとかのコンピューターゲームを思い出す。
あれは回復呪文と移動呪文と攻撃呪文しかなかったような気がする。


「ホントによかった、[D&D]の魔法が使えて~」


思わず、安堵のため息が漏れてしまいました。







今回、出させていただいた地名は[指輪物語]からお借りしました。
それにしても、まだノア以外のキャラクターが出てこないw



[13727] 05 森からの脱出02
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/02/11 08:35
わたしは走り出した。
目の前に明るい光が飛び込んでくる。
一瞬、目の前が真っ白になって――

ちょっとずつ、目が、光に慣れてくる。


「わあ……!」


そこは一面の草原。
どこまで続いているのか、全く、検討もつかないぐらい――!

さらさらと風が流れていき、わたしの髪の毛も後ろになびいていく。

森は嫌いじゃない。
けど、ここには森では感じられない風を感じられて――

思いっきり、大きく背伸びびと深呼吸をする。


「抜けたあ!」


植物が教えてくれた通りだった。
この世界に来て、3日目で[ドルーアダンの森]を抜けることができました。





昨日は結構ドキドキな体験をしました。

初めてモンスターに出会ったんです。
それはびっくりするぐらいに大きな蜘蛛!
2メートルぐらいはありました。
たしか[アラクニッド]って名前だったと思います。

でも、もっとびっくりしたのはわたし自身についてです。

[アラクニッド]を認知した瞬間、弓矢を身構えていました。
自分でいつ、矢筒から矢を取り出してロングボウにつがえたのか、
まったくわからなかったぐらい。
あっという間に臨戦態勢でした。
しかも全く矢が外れるなんて思わないんです。
[アラクニッド]までは10メートルほどもあるけど、確実に命中できる自信がありました。

そして、確実に[殺せる]であろうことも確信できていました。

そんなわたしだったけど。
[アラクニッド]は何もなかったように木の上に上っていってしまいました。


「うはー、初モンスターかあ」


心臓がドキドキしました。
わたしは[ノア]に対して、心の中で感謝しました。
[乃愛]だったら、きっと何もできなかったに違いないのだから。





と、そんなことがあったのだ。
でも、それ以降は平和そのものです。
[アラクニッド]に以外には、特別に、何かに遭遇したといこともなく。
薬草と木の実や果物を集めながら、[ウォウズの道]へ向かって北上しました。


そして、つい先ほど[森からの脱出]をクリアです!


「あは、なんだかパソコンの画面みたい」


電源を入れたパソコンって草原じゃない?
あれ、うちのだけなのかな?

なんだか、そんなことをふと思い出した。
そんな大草原をぐるりと360度見回してみる。


「あれ?」


遠くの方に一頭の馬がいるのが見えた。
焦げ茶色した身体の馬が、おいしそうに草を啄んでいる。


「わ、本物の馬?」


映画やテレビでは何回も見たことがあるけど、実際には全くない。
そうなれば、これはもう行くしかないでしょう!

わたしの足は自然と馬に向かって走り始めていた。





「こんなに大きいんだ!」


初めて近くで見た馬は大きくて、力強くて、とっても優しい目をしていた。
わたしはそんな馬の首筋をさすった。


「わ、あったかい」


当たり前だと思う。
馬は生きているのだから。
でも、この世界に来て、初めてそういったことを感じられて――

ブルルンといななく声。
はむはむと草を美味しそうに食べる。
しっぽで近寄ってきた虫を追い払う。

なんだか涙が出そうになった。
とっても嬉しかった。


「きゃ!」


何かを察してくれたのか、馬がわたしの顔に鼻面をすり寄せてきた。
ごろごろといった感じで甘えてくる。
そして「べろん」と効果音が聞こえそうなぐらいに、わたしのほっぺたを舐めてくれた。


「あは、くすぐったい……」


わたしは頭の中にあった[動物の知識]から知識をひっぱりだす。
そこから馬が喜んでもらえそうな、対応をしてあげることにしました。





すっかり馬はわたしに懐いてくれた。
今ではわたしの横で気持ち良さそうに寝ている。
そんな馬の体温を感じなから、私も馬にもたれかかっていた。


「でも、この子(馬)って手綱や鐙があるから野生じゃないんだよね」


[D&D]の世界では馬はかなり高額だった気がする。
ライディングホースで100gp(ゴールド)ぐらいしたはずだ。

1gpは、日本円感覚だったら1万円ぐらいだったような気がする。
例えるなら、自動車が無くなったような感じでしょうか?
そう考えれば、もしかしたら飼い主の方が探しに来るかもしれない。


「となれば、初めて人に会えるかも!」


休憩がてら、少しここで待つことにしました。
もしも誰も来なかったら、それはそれで残念だけど仕方がない。
この馬を引き連れて[ウォウズの村]へ向かえばいいだけだ。

だが誰か来た時。
もしかするとこの子(馬)の主人が、盗賊だったりするかもしれない。
ここは日本では無い。
危険と隣り合わせのファンタジーの世界。

頭の中で「油断はしないで」と[ノア]がアドバイスをくれた。





「あ、やっぱり人だ!」


15分も経過したぐらいだろうか。
まだずっと遠くの方だが、男の人が息も絶え絶えに走ってくるのが見えた。

外から見える限りだと、腰にはハンドアックスをぶら下げている。
外見はチョッキにズボンと動きを重視した感じ。
なんだか木こりっぽい、がっちりした雰囲気を感じる。


「あの人、君のご主人様なのかな?」


わたしは仲良くなった馬のたて髪をなでる。
でも馬は夢の世界を冒険中なので、答えてはくれなかった。


「ダガーは、うん、問題ないか――」


腰の、ダガーがある箇所にそっと手を触れてみる。
遠くの方で、男性も、わたしと馬に気がついたようだった。
馬の様子を見て、走るのをやめたようだ。
男性が、こちらに向かって歩いてきた。



■■■


助かった。
森で仕留めた野うさぎを乗せようとしたら、突然、逃げちまいやがって。
ありゃ、蜂かなかでもいやがったか!?
たく、ホントにどうなるかと思ったぜ。
全財産はたいて手に入れたんだから、これで逃げられたら目も当てられねえ。


おやま、俺の気持ちも知らねえで、のんびりしやがってまー。
……
……ん!? 馬の横に……女、いや、子供がいる?
あ、手なんか振ってやがる。

あの女の子が押さえてくれていたのか?


「お嬢ちゃん、ありがとよー!」


俺は大きく手振り返して、ようやく一息ついた。





びっくりした。
胸がばくばく言ってやがる。
口の中につばがものすごく、不自然なぐらいにたまる。
ああ、そうさ、俺はめちゃくちゃ緊張しているんだよ!


「んぐ……!」


思いきりつばを飲み込んだ。

馬の横にいたのは、まだ、子供と大人の間ぐらいの娘さんだった。
年格好で言ったら、俺の子供って言われてもおかしくねえ。
でも、明らかに普通じゃねえんだよ!

少女の長い黒髪が風でなびいた時は、そりゃ、なんつかーびっくりしたさ!
周囲の空気が澄んでくるというか、あー、説明できねえ!
なんだか神聖なものを感じちまって、不可侵の気品つーか。
神さまとか、んなもん、何も信じちゃいねえ俺がだぜ!?

可愛らしくも、ただ触れちゃなんねえ、そんな風に感じる娘さんだった。


「とっても良い馬ですね、もう、逃がしちゃだめですよ」


落ち着いた、優しい声だった。
心に、何かが「ストン」とはまっていくような、あーあ、何言ってんだ俺は!?


「あ、ああ。た、助かったよ……
 こいつがいねえと、仕事もままならなくてな……
 ホントに助かったよ、娘さん……」

「よかったあ」


娘さんは嬉しそうに、俺に笑ってくれた。
緊張はしていたが、全然、悪い気はしない。
なんだか安心するような気持ちになった。


「わたし、ノアっていいます」


■■■



よかった、言葉が通じる!
人に会えたは良いけど、意思疎通が出来なかったらどうしようって思っていたから!
あと、良い人そうだったのもホッとした。
まあ、悪いことをしようとしている人が、手を振り替えしてくれるっていうのはあんまりないと思う。

馬の所有者は[ゲイル]さんと名乗られた。
[ウォウズの村]で狩りをして生活をされているとのことだった。
わたしは渡りに船とばかりに、[ウォウズの村]へ行きたいことを伝えた。


「あんたは俺の恩人だ。
 それぐらいは当然だし、今日の晩飯ぐらいは俺に持たせてくれ」


ゲイルさんは、腰に、紐でくくりつけていた野ウサギを掲げてくれる。
おじさんって言ってもいいと思うぐらい大人の方なんだけど、とっても楽しそうに子供のように笑ってくれた。






違うキャラクターからの視点による文章を入れてみました。
新鮮でちょっと楽しいです!



[13727] 06 ウォウズの村
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/03/05 18:23
[ウォウズの村]は川沿いに作られていた。
村人が住んでいる住宅は木々で造られており、何十棟かはありそうだった。
周囲には川が走っており、向こう岸は[ドルーアダンの森]。
一方の、森側では無い地域には田畑が広がっている。
自然と調和している村だった。

そんな[ウォウズの村]に到着して、
ゲイルさんに、宿屋まで連れて行っていただくことになりました。


「わあ、人がいっぱい!」


人々が行き交っており楽しそうな話し声や、商売をしている人の声が耳に入ってきます。
興奮気味なわたしに、ゲイルさんが苦笑されました。


「おいおいノアさん。 
 [ウォウズの村]でそんなこと言うなんてなあ。
 今までどこに住んでたんだ?
 そんなんじゃ[城下町エドラス]辺りまで言ったら腰ぬかすぜ?」

「え、えと、しばらく森で暮らしていたんです。
 ひさしぶりにたくさんの人を見て、
 ホッとしたというかテンションあがったというか……」

「森? どうして森なんかに?
 [魔術師ビッグバイ]が倒されて、モンスターが減ったとはいえなあ。
 ゴブリンなんかのモンスターがいねえわけじゃないんだ。
 無理はしちゃなんねえよ」

「[魔術師ビッグバイ]!
 それって、あの、魔法使いでモンスターまで操った!?」

「おぅ、もしかしたら、森で暮らしてたからノアさん知らないのか?
 モンスターどもの親玉だった[魔術師ビッグバイ]が冒険者に退治されたんだぜ」

「あ、あはは、そ、そうだったんですか」

「おいおい、この大陸中の子供でも知ってるぞ。
 頭悪い俺だって知ってる、そりゃ、ちとやばいぞノアさん」

「あぅ、あはは……
 知らないというか、よく知っているというか……」


[魔術師ビッグバイ]
ものすごく知っています、はい。

退治した冒険者って、わたしたちのパーティですもん。

あれは惨かった。
配下に[ブラックドラゴン]がいたんでですよ!
他にもたくさんのモンスターを操って、たどりつくのにも必死でした。

で、[魔術師ビッグバイ]自身もさらにすごかった。
ウィザード・スペルLV8やLV9の呪文連発!
攻撃呪文は「容赦がない」の一言に尽きます……



-----------------------------------
・[ビックバイズ・クレンチド・フィスト【魔術師ビックバイの戦う手】] LV8スペル
実態の無い大きな手(こぶし)を作りだす呪文。
手は自動的に攻撃を行い、命中判定に失敗は無い。手のAC(防御力)は0。
hp(ヒットポイント)は使い手の最大hpが適用される。

・[ビックバイズ・クラッシング・ハンド【魔術師ビックバイの破壊の手】]LV9スペル
実態の無い大きな手を作りだす呪文。
命中判定に失敗は無い。
この手に捕まれたものは締め付けによるダメージを受け続ける。
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あの戦いは本当にギリギリでした。
何回も祈りながらST判定(セービングスロー)のダイス(さいころ)を振ったよ~!


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・[ST判定(セービングスロー)]
攻撃に対してダイス(さいころ)を振って、回避の如何を決定するもの。
これは受けるダメージを軽減するために使用されることもある。
-----------------------------------


「ま、そこらの話は、酒場でへたくそな詩人が歌って教えてくれるさ!
 そいつらに、その辺りは聞けばいいってやつよ。
 とりあえず[ウォウズの村]唯一の宿屋はここさ」


ゲイルさんが指さした建物。
[森の木陰亭]と書かれた木製看板が垂れ下がっていました。





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006 ウォウズの村
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よく西部劇なんかで見るあれ。
押すと「ぎぃ」となる扉の出来損ないみたいなやつ。
あれなんの意味があるんだろ?
そんなことを考えつつ、ソレを押して[森の木陰亭]に入りました。


「ここは1階が食堂になってる。
 この村のみんな、夜になるとよくここへ来て飲むんだよなあ。
 だから酒場かねえ?
 で、2階が宿屋ってわけだ」


午後の早い時間だったためだと思う。
1階の食堂エリアには、今、お客さんはいませんでした。


「おーい、感謝しろ! 客をつれて来てやったぞ」


ゲイルさんがカウンター席に乗り出して、奥の方に声をかける。


「うるさいぞ、全く! 何事だ!
 感謝してほしかったら、まず、てめえのツケをはらいやがれ、ぼけ」


奥から、これまた、ゲイルさんと同じような感じの低い声が帰ってきた。


「ほっとけ、いずれ倍にして返してやるってんだ」

「んな台詞、一度でも返してから言うもんだ」


奥からは前掛けエプロンをした、もっさもっさの髭をもった男性がやってきた。


「ほれ」


髭の男性はゲイルさんにビール? みたいな物を差し出した。
ゲイルさんはそれを一気に飲み干します。


「ふぅ、マスターの性格は終わってるけど。
 酒はうめえなあ……ほらよっと」


ゲイルさんの方は、4匹ほどのウサギをカウンターに置きました。


「ふん、良い獲物だな。
 狩人の性格は終わってるけどな」


髭のご主人は、ウサギを見て、満足げな笑みを浮かべています。

このやりとりっていつものことなのかな?
なんかお互いに慣れた感じがします。


「旅の娘さん、ノアさんってんだ。
 俺の逃げた馬を押さえてくれてな、宿代、特価で頼むぜ」


ゲイルさんに紹介されて、わたしもカウンター席に近寄っていく。


「こんにちは、ノアです。
 しばらく滞在させていただきたいと思ってます。
 よろしくお願いいたします」


わたしは丁寧な挨拶を心がける。
やっぱり第一印象って大切だよね!

お店のご主人が、ちょっと慌てたように髪の毛をかきむしりました。


「……あ、ああ。
 す、すまねえな。ちょっとぼーっとしちまった。
 で、でもよ、いいのかい?
 あ、あんたみたいな娘さんが落ち着けるような宿じゃねえと思うけど……」

「なに照れてんだよ」

「う、うるせえ! てめーは酒でも飲んでおとなしくしてろ」


あは、やっぱりこの二人は良いコンビだ。
親友同士なのかな?


「雨と風がしのげれば、それだけで快適です」


わたしは二人のやりとりを見ながら、頭を下げてお願いしました。





とりあえずは、1週間ほど、こちらに泊まらせていただくことにしました。
代金は9sp(シルバー)でした。大分、安くしてくれたと思います。

案内された部屋もとっても清潔でした。
華美なものは一切ないけれども、きれいに手入れされているのが一目でわかるぐらい。
全然不満なんて無いよ~!
それにもう、今のわたしはベッドがあるだけで大満足ですよ、ええ!

また、今日の夕飯はゲイルさんが採ってくれたウサギ料理とのことです。
腕によりをかけてくれるっていう。すごい楽しみ!
ゲイルさんも、夜になったらまた来ると言っていました。

そんな夕飯までには、後、2時間ぐらいとお店のご主人がおっしゃっていました。

微妙な時間が空いたので、わたしは荷物の整理をすることにしました。
これは早いところやっておかないとね!





「やっぱり武器は槍だよね~!」


なんでわたしのメインウェポンが槍になったのか。
はい、それはLVが1の時に、一番安くて攻撃力があった武器だからです。

わたしは4次元バックパックから長槍[グングニル]を取り出しました。

この[グングニル]の柄はとねりこの木だったはず。
確かこれはイグドラシル(世界樹)から切り取ったっていう伝説があったと思います。
そんな槍の先端は、凍えそうな程に冷たく銀色に光り輝いていました。
また、ルーン文字も埋め込まれていました。


「えーと、Dahmsdorf, Φvre Stabu, Wurmlingen……」


[攻撃する者][疾駆する者]「試す者]……などなどの意味だった。
なんか普通に読めちゃいました。
また、一番最後の単語には[ノア]という私の名前が刻まれています。


「このルーン文字の名前で、投げてもわたしに戻ってくれるのかな?」


わたしはぎゅっと[グングニル]を握りしめる。
体内から力と自身がわき上がってきます。


「わたしの一番の相棒だもんね、これからよろしくね」


わたしは[グングニル]を綺麗に磨くことにしました。
マジックアイテムである[グングニル]にはホコリや汚れなんて全くありません。
でも、なんとなく、わたしは磨きたくなったのだ。



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◇[グングニル]

武器:スピア
特性
・レジェンダリィ・ウェポン[伝説的な武器]
・インペイリング・ウェポン[貫通する武器]
・ピアシング・ウェポン[貫く武器]
 
パワー
・グングニルは投じると何者もかわすことができず、敵を貫いた後は持ち手のもと戻る[無限回]

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「えーと、次はあの鎧を確認っと」


次に、わたしのメイン防具であるアーマーを取り出しました。
出した瞬間に、なんか周囲の空気が変わった気がします……
……
……あぅ。

見れば見るほど、真っ黒な鎧です。
星の無い夜のような黒い水晶でした。
恐ろしく手をかけて装飾されているのですが、それはまるで他の鎧を嘲笑うかのようです。


「うはー、ものすごい魔力を感じるよー」


もう、なんか存在が圧倒的です。
ん? あれこれも文字が書いてある?
 

「えーと「魂も宿らぬ骸、骸、我が許へ……」……うう、何これ、こわ!」


その瞬間でした。
黒い水晶の鎧が、真っ黒な光を放つ――!


「きゃっ! こ、これってば……」


自分を見ると、あっという間に鎧を装備しておりました。
手には[グングニル]。
もう、いつでも戦える状態ですよ、今!?!?


「び、びっくりしたあ。
 そうだ、この鎧ってば[サモンド・アーマー]だったんだ」


ゲーム中ではさすがに、鎧や服装の頻繁な脱着までは細かく行いませんでした。
おかげですっかり忘れていました。

[サモンド・アーマー]は異次元空間に隠すことができる効果があります。
そして、どんな場所、どんな未来でも、鎧を着ていなければ一瞬でこの通り。


「これって、不意打ちなんか受けたときに便利だなー」


がっちゃんがっちゃん音を鳴らしながら、少し動いてみる。


「でも、夜とかに子供とかが見たらトラウマになるよ、この格好……」


なんだか日曜日にテレビでやっていた仮面ライダーみたい。
あっという間にこんな格好なんて。
まあ、正義の味方じゃなくて、悪役の方ですけど。


「はあ、とりあえず鎧脱ご……」


後で異次元に返す時のコマンドワード探さなきゃ!
もう、最初にそっちが見つかれば良かったのに。

一人でプレートメイル脱ぐなんて、ものすごく大変なんだから~!





40分ぐらいかけて、ようやく脱ぎ終わりました……



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◇[ヴォイドクリスタル・ラフィング・デス・アーマー(虚無水晶の嘲笑う死の鎧)

特性
・鎧の着用者は、逆らう死霊たちに対してねじれた黒い圧倒的な力を持つ。
・敵が使用してきた武器の攻撃力を半減させる。

パワー
・鎧を異次元に隠すことができる。[無限回]

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男は愛嬌、女は度胸。
そんなキャラクターが大好きです。



[13727] 07 夜の酒場
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/03/19 18:09

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007 夜の酒場
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1階に降りると、いつの間にか店内はお客さんで賑わっています。
鎧を脱ぐのに一生懸命でわかりませんでした。

混み合っている店内で空いている席を探していると、マスターが声をかけてくれました。


「おおノアさんか、ちょっと待っていてくれ。
 すぐに料理出して来るから」

「あ、マスター。ありがとうございます」


わたしはカウンターの席に着くことしました。
周りを見渡すと、みんな本当に楽しそうにお酒を飲んでいました。
一生懸命働いて、全力でお酒を飲んで、大騒ぎです。


「あれ、ギター?」


そんな中で、
少し独特な形をした、ギターのような弦楽器を持った男の人が目につきました。
どうやらこれから演奏しそうな雰囲気!
この世界の音楽を聴けそうです~!

 



あは、不協和音、微妙なコード進行。
よく言えば、前衛的? そ、それともこれが普通なのかなあ?
あんまり上手くないとは思うけど、音色は雰囲気が出てるなー。
音楽って不思議です!


「わたしも、ひさしぶりにピアノ弾きたいなあ」


思わず愚痴ってしまう。
日本にいたときは毎日弾いていたから、なんていうか禁断症状というか。
こっちにピアノってあるのかな?
なんとなく、テーブルの上で指をしばらく動かしてみる。
ショパンのエチュード、イ短調 Op.10-2を弾き終わる頃に料理が運ばれてきました。


「はい、お待たせ。
 今日は煮込んだウサギ肉だ。
 とっても身体が温まる。あと、飲み物はどうする?」

「あ、えと……
 ……うーん……牛乳ってありますか?」


この世界の飲み物がよくわからない。
だから、一番無難な、それでいて変じゃないものを注文してみます。


「はは、開店以来、初のオーダだな」


微笑しながら、マスターは牛乳を出してくれました。





「美味しい!」


ひさしぶりに暖かいご飯!
ホコホコに湯気が立ち上っています。
にんじんや長ネギ、タマネギ、豆とかもいっぱい入ったスープ。
この中に、きつね色ぐらいに油で焼いたモモ肉が入っていました。


「お肉も柔らかいな~、料理できる人ってすごい!」


ちなみに、わたしは料理は得意じゃありません。
前に、おにいちゃんに食べてもらったときの感想――

「俺、なんか乃愛に悪いことした!?」

まじめに作ったのに……
……それ以来、料理は封印中です。
というか、作らせてもらえません。


「お、ノアさん。
 どうだい、料理だけは最高の店だろ?」


ゲイルさんが声をかけてきてくれました。
わたしの横の、カウンター席に腰を下ろします。


「とっても美味しいです。
 どうやってこんな味になるんだろう?」

「ああ、あいつは料理だけは一級品だからな」


自慢げに、ゲイルさんは笑います。
そんなゲイルさんを見たマスターが、すぐにお酒を持って近寄ってきました。


「お、来たか。穀潰し」


きっといつものやり取り、いつもの行動なのでしょう。
ゲイルさんの目の前にお酒を置きます。


「早く俺にも飯、飯。腹減って仕方がねえ」

「俺はお前のお袋じゃねえんだぞ、たく」


ぼやきながら、マスターが裏の厨房へと消えていきます。
きっと、文句を言いながら、でも、ゲイルさんに最高の料理を持ってくるんだろうな。





お腹いっぱい!
今日は気持ちよくベッドで眠れそうです~!

そんなこと思いながら、ゲイルさんに挨拶をして席を立ちます。
けど、ゲイルさんはまだ飲んでいくそうです。
なんでも、夜はこれからが本番とのこと。
自然に生きる狩人らしいというか、豪快だなー。
と、思いつつ、2階の自室に戻るために階段へと向かいます。
そんな時、不自然な方向を向いて食事をしている年配の方が見えました。


「あたた」


なんだか、言葉と表情から露骨に痛そうな状態であることがわかります。
ちょっと気になります。
どこか怪我でもしているのでしょうか?
……
……
余計なお節介かもしれない。
けど、今のわたしなら何か役にたてるかもしれない。
知らない方だけど、うん、話しかけてみよう!


「どうされました、大丈夫ですか?」

「ん、娘さん。見ない顔じゃな?」


ご老人は、ちょっと不思議そうな面持ちでわたしを見つめてきました。
のぞき込むって感じです。
やっぱり、こういった村とかに知らない人がいるから警戒しているかも。


「ええ、今日からこちらの宿にお世話になっているもので。
 ちょっと辛そうにされていたから……
 ……大丈夫ですか?」

「ああ、よく出来た娘さんじゃのう……
 ……どこかのゲイルとかあたり見習ってほしいぐらいじゃ」

「聞こえてるぞ、パケ爺さん」


お酒を持ちながら、ゲイルさんがこちらのテーブルにやってきました。


「耳だけはいいのう」

「耳の悪い狩人なんぞいるか」

「耳が良くても、口と頭と性格と顔が悪くてはのう……
 ……あたたた……」


お爺さんはパケさん。
みんなからは、パケ爺さんと呼ばれているそうだ。
この[ウォウズの村]の村長さんらしいです。


「大丈夫ですか?」

「いや、何、ちと寝違えての、あたた……
 ……朝から痛みがずっととれん」

「んなの、飲んで寝ちまえば治るぞ、おーい2杯追加-」


ゲイルさんは大きな声で、指を2本掲げます。
遠くからマスターの、「おー」という声が聞こえてきました。


「確かにゲイルさんなら、それで治りそうですけどね」


でも、寝違えるって、かなりきついんだよね。
行動にも結構制限されちゃうし。


「ちょっと失礼しますね」

「娘さん?」


頭の中で行うべきことが見えてくる――


「ちょっとの間だけ、椅子に深く座って背筋を伸ばしてくださいね」


お爺さんの座っている椅子の真後ろに、わたしは移動しました。
身体が自然と動きます。


「痛いのは右側ですよね?」

「ああ、右を向こうとすると痛くて痛くての……
 ……あたた」


わたしはおじいさんの右手首を持ちます。
痛くない位置まで、手首を後ろに引き上げていく。
その位置でしばらく止めました。


「娘さん、わし痛いのは首なんじゃが……?」

「あは、もう少しだけ付き合ってくださいね」


今度は左手でおじいさんの右手の甲を支えます。
そのまま右手で肘を前から後ろへ軽く引く。
そして、このまましばらく制止っと――
……
……
……うん、もういいかな?


「はい、おしまいです」

「わしが痛いのは首じゃぞ?
 手を動かしただけで、何も、って……おや?」

「どうした爺さん? とうとうボケたか?」


いつの間にか2杯来ていたお酒。
ちなみに2杯目を飲みながら、ゲイルさんはこちらを伺ってきました。
2杯目は、パケさんのじゃなかったの?


「い、痛くない!
 いや、少しは痛みもあるんじゃが……
 全然違うぞぃ!?」

「あは、よかったです」


寝違えって、脇の下の神経の圧迫が原因。
[治療]スキルは本当に助かります、自分に対しても人に対しても有益だもんね!


「はい、後はっと――」


腰のポーチから、わたしはすり潰したヤブガラシを取り出します。


「ちょっと冷たいかもしれないです」


ヤブガラシを、パケお爺さんの首になでるように塗ります。


「おお……気持ちいいのお……」

「はい、スースーして気が紛れると思います。
 これで明日には完治していると思いますよ」

「娘さん、若いのにすごいの!」


パケお爺さんはわたしの両手をとって、ぶんぶんと上下に振ってくれました。
……よかった、喜んでくれて!


「へー、ただもんじゃないとは思ったけど。
 ノアさんは[薬草使い(ハーバリスト)]だったのか?」

「[薬草使い(ハーバリスト)]ですか?
 んー、そういうのは意識したことありません。
 けど、薬草とか、人の治療とかには詳しいんですよ」


ゲーム中の一般技能で[治療]と[薬草学]の両方のスキルを覚えていてよかった!
この2つを覚えると、体力の回復なんかにボーナスがプラスになるんだけど、
今、まさにその恩恵を実感です!


「礼を言わせてくれ、娘さん。本当に助かったわい!」


何度も何度も、お礼を言われてしまいました。
なんだかこちらが恥ずかしくなってしまいます。

でも。
思い切って声をかけて良かったと思います。
本当に、本当に今日は気持ち良く眠れそうです!







話の展開が亀のように遅いです。
早く他のキャラクターを出したいな。



[13727] 08 魔法
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/03/26 15:54

多くのファンタジーゲームと同様に、[D&D]にも多くの魔法があります。
そのため、[D&D]の魔法は大きく分けると2系統に分類されます。
魔法使い系か、僧侶系。
わたしが使っているのは、もちろん僧侶系になります。
当然、アイテムなんかを使わない限り魔法使い系は使用できません。

で、僧侶系の魔法は、分野というかジャンル毎に種類分けされています。
[スフィア(領域)]と呼ばれるものです。
スフィアは、キャラクターが信仰する対象によって決められます。

わたし、[ノア]が得意とするスフィア(領域)はこんな感じ。



■使用可能スフィア(領域)
-----------------------------------
・オール(すべての僧侶が使用可能)
・エレメンタル(精霊)
・プラント(植物)
・アニマル(動物)
・ヒーリング(治癒)
・ネクロマティック(生命)
・プロテクション(防御)
・サン(太陽)
・ウェザー(天候)
-----------------------------------



精霊信仰(アニミズム)が教義のハーフエルフ[ノア]。
やっぱり自然系の魔法に偏っています。

けど、得意なスフィアがあれば、苦手なスフィア(領域)もあるわけで――



■使用不可スフィア(領域)
-----------------------------------
・アストラル(異世界)
・チャーム(魅了)
・コンバット(戦争)
・クリエーション(創造)
・ディビネーション(予言)
・ガーディアン(守護者)
・サモニング(召還)
-----------------------------------



「[サモニング(召還)系]が使えてたら――」


実は、日本に帰れる可能性の魔法があったんです。
[サモニング(召還)]は他の場所、他の次元から、何かを呼び出すもの。
このスフィアの最強魔法として、[ゲイト【魔導門】]という魔法があります。



-----------------------------------
・[ゲイト【魔導門】] LV7スペル

現在キャラクターがいる世界と、使い手が指定する世界の間に、
超次元的な連絡路(ゲイト)を開くことができる。

-----------------------------------



「こうなると、[ディビネーション(予言)]が無いのも痛いなあ」


[ディビネーション(予言)]は反則級の魔法が多い。
困難時に安全な方法、隠れた物の探知、長く失われた知識を得たりすることが可能な魔法が揃っています。
最強レベルの魔法だと、未来予知も可能になったりします。

まさにゲーム進行役のダンジョンマスター泣かせ。
で。
結局、[ディビネーション(予言)]系の魔法は、プレイヤーキャラクターでは使用禁止になりました。
それは別に困らないし、納得できます。
だって展開がわかるゲームなんて、誰もやりたくないと思う。

ただ、今、何も手がかりが無い状態では、これほど頼れるスフィアもありません。


「あと考えられるのは……
 ……
 ……[ウィッシュ【願い】]……」


魔法使いの最大にして最強の魔法。
それが[ウィッシュ【願い】]です。


-----------------------------------
・[ウィッシュ【願い】] LV9スペル

何を願ったにせよ、願った通りのことが大抵はかなえられる。
この呪文をかけたものは5歳だけ年をとる。

-----------------------------------


なんていうか、存在が反則な魔法です。
ただ、[ウィッシュ【願い】]は、使用には注意が必要な魔法になります。

例えば「他の生物の死」を願ったとします。
すると、願ったキャラクターが「他の生物」の寿命で死ぬ寸前にワープ。
こんなことだってあり得るのが[ウィッシュ【願い】]なんです。


「とりあえずっと。
 当面の目標は[ゲイト【魔導門】]と[ウィッシュ【願い】探しかなあ」


この世界、どれだけの人が魔法を使えるんだろ……?
正直、あまり多くないと思う。
しかも、僧侶、魔法使い最強レベルの魔法を使える人なんて――

[最強レベル魔法の使い手捜し]

これはかなり難易度の高いクエストになりそうです。





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008 魔法
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「魔法日和の良い天気!」


今日も、雲一つ無い晴天!
今、わたしは[ドルーアダンの森]に来ています。
なんでって?
それは魔法を使うためです。

朝、これからのことを考えていたら、ちょっと魔法を使いたくなっちゃいまして。
魔法を使う場所に[ドルーアダンの森]を選んだのは、村の方々をびっくりさせない為です。
魔法によっては危険なものもありますし、ね。


「よいっしょっと」


わたしは肩に背負っていた木製の樽を地面に置きました。
樽は、宿屋のマスターからお借りしたものです。


「むっふふーん。この魔法も試してみたかったんだよね~!」


ワクワクが止まらないです、ストップ高ですよ!


「最初はっと、水を樽の中に入れてっと」


LV1魔法[クリエイト・ウォーター【水を作る】]を唱えます。
魔法が発動したら、ぷかぷか浮いた水をそっと樽の中に入れました。


「次に、金属の欠片っと」


続いてわたしはダガーを取り出します。
今回のために、一度、熱湯で殺菌をしています。


「さってと、初呪文かあ。上手くいくといいなあ」


わたしは目を閉じて、これから発する魔法を意識する。
口から自然と言葉が発せられる。
ダガーの刃先に手を添える――


「めいっぱい冷たくなって~!
 [チル・メタル【金属冷却】]!」


魔法の詠唱後、ダガーの金属部分から白いもやみたいな物が発生してきました!


「やた、手応えあり!」


急いで、わたしは樽の中にダガーを入れます。
ダガーは樽の底に沈んでいきました。
1分、2分ぐらい経過した頃でしょうか?
ダガーが氷に包まれて、水面にぷっかりと浮かんできました。


「わあ! きたあ!!」


さらに数分もする頃には、樽の中の水すべてが氷になりました!



-----------------------------------
・[チル・メタル【金属冷却】] LV2スペル

金属を冷やすことができる。
冷却状態の金属に触れたものは2~8日間手足、1~4日間身体の使用が不可になる
逆呪文は[ヒート・メタル【金属加熱】]
この場合には金属を熱することができる。

-----------------------------------


[チル・メタル【金属冷却】]は、通常、金属の鎧を着ている敵に使う魔法だと思います。
この場合には鎧を脱ぐ前に、凍傷で死んでしまう程のダメージになります。
逆呪文の[ヒート・メタル【金属加熱】]は、数分で、相手を大やけどさせます。
これ、かなり惨い魔法ですよね……


「この時代に氷が作れるのは、なんか夢が広がるな~!」


たしか昔って、地域によって氷は貴重品だったと思います。
そうですよね、暑い場所で簡単に作れませんし。


「では、さっそく次はっと~♪」


わたしは100kgはあるだろうと思われる氷の樽を抱えます。
全然、重く感じないです。
すごい、今のわたしってば。





「マスター、これ味見してくれませんか?」


わたしは完成した「ソレ」を、食器を拭いていたマスターに差し出しました。


「ん、なんだいノアさん。これは?」

「あは、自信作なんで、自慢したくなって」 

「はは、なんだかすごそうだなあ。
 それじゃご相伴にあずかるとしようか」


微笑しながら、マスターはカウンターの席についてくれた。
うぅ、お仕事じゃましちゃってごめんなさい。
でも、これ、今しか食べられないから~!


「あー、な、なんだこりゃ!? 冷たいし、甘い!?」

「疲れが一気に無くなりますよ」


わたしが作ったのはかき氷!
シロップは[グッドベリー【おいしい果物】]をかけた、いろんな果物の果汁を使いました。
本当にびっくりするぐらいの果汁です。
冷たい氷と魔法シロップの奇跡のハーモニー!
体力が回復できるかき氷の発明は、人類史上初の快挙だと思います!


「これは、すごい! なんなんだ、これは!?」


マスターが珍しく興奮してくれています。
この地域では氷が珍しいからなのかな?
味に驚いてくれていてくれたら、嬉しいんだけどな。


「かき氷っていう、えーと、わたしの故郷の食べ物です」

「カキゴオリか……
 ってことは氷をコナゴナに砕いたものか……!?」
 いや、どうやってこんな時期に氷なんて!?」

「あは、それは企業秘密ってやつです」

「キギョウ?
 キギョウがなんだかわからないが……
 ドルイドあたりの間で伝わるハーバリストの秘伝か何かなのか?
 いや、それにしても、これは美味しいし、スッキリする感じだ」


不思議そうにしながらも、マスターは全部を食べてくれました!


「氷と、その上にかかっている甘い液体「シロップ」はいっぱいあるんで、
 よかったら、マスターに差し上げます」

「え!? そんないいのかい、ノアさん!?」

「一人じゃ氷なんて使いきれませんし、溶けちゃうのも勿体ないですから」


氷に関しては何も苦労していないんです、マスター。
強いて言えば、シロップのための果物集めぐらい。
でも、それも、今のわたしの趣味みたいなものですしね!





今日の[森の木陰亭]の酒場。
酒場なのに一番出たオーダーは「カキゴオリ」でした。
みんな驚いて、で、笑顔で食べてくれました!
う~、何、このむずむずするけど、なんだか楽しい気持ちってば!

魔法って楽しい!
明日は[ヒート・メタル【金属加熱】]を使って、熱いお風呂にでも入ろっと!






「若草物語」のような生活感ある文章を出したい!



[13727] 09 治療
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2009/12/13 09:46
「次の方どうぞ~」


[森の木陰亭]の一階、食事を取るスペースの片隅。
そこでわたしは次の人を呼んだ。
存在意義のわからない扉みたいなものから、ギィ、と音が鳴る。
すると男性の方が入ってこられた。


「すみません、実はお腹の調子が悪くて……」


男性は胃に手を添えて申告してきてくれた。
わたしは席に座るよう勧めてから話を伺う。
男性は、ここしばらく胃が痛むとのことだった。

詳細な状況を伺う。

ほぼ間違いなく胃炎と思われた。


「それじゃ……あなたには……
 ……うん、これがいいかな!」


テーブルに広げた薬草類から[タンポポ]を手に取った。
わたしは[タンポポ]をすりつぶして、可能な限り細かく砕いた。
それを男性に渡す。


「しばらくお酒はダメですよ。
 これをお湯に溶かして、よくかき混ぜて飲んでみてください。
 お腹を癒してくれる薬草です」

「おお、助かります!
 しばらく、本当に……きつかったんだ……!
 娘さん……いや、ハーバリストさん、本当にありがとう!」


男性は嬉しそうに感謝の言葉を述べてくれた。

そんな笑顔はこちらまで元気にしてくれます!
WIN-WINの関係ってやつですよね!





気がついたらお医者さんでした。

えと、まず、この世界は医者の存在が本当に珍しいらしいです。
病気になったら、人々は、神さまや精霊に祈りを捧げる。
それが普通で、当たり前の常識なんだって。

むしろ医者という存在は怖がられています。
「身体を改造、かつ、いじくり回す奴ら」って認識でしたよ、ホント。
もちろん中にはちゃんとしたお医者さんもいるらしい。
けど、そういった人は王宮や貴族のお抱え。
仮に診療を受けられたとしても、治療費として半端ない金額を要求するんだって
……それじゃ、人々に忌避されるよねえ……

で。
パケお爺さん。
わたしが寝違えを治して、2階の自室に上がって行った後のことだ。
周りにいた人に治療したことを興奮気味に語ったそうで。
それを聞いた人たちが、家に帰って家族に報告。
あっという間に広まったというわけです。

そして、現状につながりました。


「すまないね、先生。じゃ、これどうぞ」

「わ~、美味しそうなブドウ!」


お金は余裕のある方から5~30cp(銅貨)ぐらいいただくことにしました。
せめて宿代ぐらいと思ったんです。
この金額の大小は使用した薬草の量や希少度で決定。

そんな時、今、金銭的に余裕が無い方がいらっしゃいました。
別にいつでもいいよー、的なことを言ったんです。
そうしたら、自分の畑で収穫された野菜を持って来てくれました!
こういった気持ちって、本当にあったかいです。

野菜に対して、そして、その行動の気持ちにお礼の言葉を述べました。
そうしたら。
なぜか支払いが、お金か食べ物どちらでも良いことになっていました。

ちなみにいただいた食料は、すぐに宿屋のマスターに渡しています。
その都度、髭を揺らしマスターは苦笑です。
でも、マスターは最高の手料理に仕上げてくれます。
場所も借りているし、なんだか頭があがりません。





「次の方どうぞ……って、
 あれ、パケさん? もしかしてまだ首が悪いのですか?」


入ってこられたのは、先日、首の寝違えの治療をした村長のパケさんだ。
そんなわたしの言葉に、パケさんは大げさに首を横に振って見せてくれた。


「ははは、ホレ、この通り。
 わしはもう何ともないよ。あんたのおかげじゃ」

「あは、よかったです」


[薬草学]と[治療]のスキルは大活躍!
これが覚えているのが[偽造]とか[腹話術]とかだったら……
……
あはは……ちょ、ちょっと普通の生活は難しそうだなあ……

さて、気を取り直して、パケさんに伺わないとっと!


「今日はどうされました。
 どこか調子悪いところでも?」

「実はのう、娘さん。頼みがあるんじゃ」

「……頼み、ですか?」

「すまんが、ちょっとついて来てくれないかのぅ。
 あんたの力を貸してほしいんじゃ」


パケさんに付いてきてほしい旨を言われる。
薬草などの一式を腰のポーチに入れて、パケさんと二人[森の木陰亭]を後にした。





案内されたのは村の外れの方に位置する家だった。
こぢんまりとした感じだ。
なんとなく家を見ているわたしをよそに、パケさんは扉をノックされた。


「わしじゃ、入るぞ?」


返答を待たずにパケさんが扉を開ける。
ちょうど出迎えるところだったのだろう、20半ばと思われる女性がいらっしゃった。
赤毛で癖のある髪。そばかす。
なんとなくわたしは大人になった「赤毛のアン」を想像した。


「村長さん……どうされたのですか?」


少し元気がなさそうな表情だ。
もしかしたら、この女性についてなのだろうか?


「今日は客人を紹介しようと思うてな。
 ホレしみったれた顔をするでない、ノアさんが驚かれるて」


パケさん、わたしを横に並び立たせる。


「え、えと、初めまして。ノアと申します」


慌てて挨拶する。
そんなわたしに、女性は挨拶をしてくれた。


「こちらこそ初めまして。
 この家の主人ニコライの妻ソーニャです」





ソーニャさんとパケさんの後を追い、奥の部屋に入っていく。
そこには小さな女の子が苦しそうにベッドに横たわっていた。
女の子は幼稚園に通うぐらいの年齢の子だろうか。
呼吸も荒い。汗も酷い。咳をすると吐きそうな感じまで続いてしまっている。

そんな少女の手を握りしめる男性。
きっとソーニャさんの旦那さんニコライなのだろう。

……わたしのやることがわかった。
こんな小さな女の子が苦しんでいる。絶対に元気にしてあげたい!


「パケさんに、わたしが呼ばれたのがわかりました」


わたしの声に初めて男性が気づかれた。


「……あなたは……?」

「この方はノアさん。ハーバリストじゃ」

「ハーバリストさん……
 しかし村長は知ってるだろ? うちの子は……」

「ええから! 何事もためさんと話ははじまらんわい!
 おまえたち村人はわしの子供みたいなものじゃ、なんでもしてやるわい!」


パケさんが少し声を荒げる。
それだけ……
……この村、この人たちが好きなんだろうな……


「よろしくお願いいたします、ノアと申します。
 決して悪いようにはしません!」


わたしは真剣に男性の目を見つめる。
男性の方の目はとても……
……悲しみに負けそうな、そんな、そんな目で。


「……すまない……
 娘を頼みます……」


泣きそうな声だった。





苦しそうな女の子は[ナターシャ]ちゃん。
最初は少し具合が悪い感じだったのだが、次第に、今の状況になってしまったとのことだった。
ニコライさん、ソーニャさんは自分たちで考えられることは全て試したそうだ。
しかし全く改善されなかった。

そして藁にもつかむ思いで、この村の僧侶に尋ねたそうだ。
何でも僧侶の方が言うには[悪魔がとりついている]とのことだった。
ニコライさん、ソーニャさんは必死に「何とかしてほしい!」と僧侶に訴えた。
僧侶の方が言うには、悪魔を払えば娘さんの命は助かるとの事。
それでニコライさん達は悪魔払いを依頼したが、悪魔払いには奉仕が必要とのことだった。
奉仕。
それはつまり「お金」とのことらしい。


「あと少しで[悪魔払い]を使ってもらえる額になるのに……!」

「……あなた」


ニコライさんはぎゅっと手を握りしめた。
本当に悔しそうな表情だった。
奥さんのソーニャさんはニコライさんの頭を抱き寄せる。


「私たちのナターシャは強い娘。大丈夫、神さまは決して見捨てないわ」

「……そうだな、うん、そうだよな……」


ニコライさんは笑顔をソーニャさんに向けた。
……けど、それは作った笑顔だ。
……
確かにD&Dの世界では、教会なんかで魔法を受けるにはかなり高額のお金が必要だった。


わたしはナターシャちゃんの手を握ってみた。
……
……温かい手だった。
そして、痩せていて、小さな紅葉みたいな手だった。


「こんな小さいのに……」


わたしは女の子の額に手を乗せた。
すぐにわかるぐらいに熱があった。


「んー」


わたしの手で気がついたのだろう。
ナターシャちゃんが、眠そうな感じでわたしを見つめてくる。


「……おねえちゃん、だれー?」

「わたし?
 わたしはねノア、ノアって言うの」

「のあ……?」

「うん、そう、ノア」

「のあおねえちゃん……?」

「うん、そうだよ」


半分、夢の世界なのだろう。
言葉もぽやんとした感じで、ナターシャちゃんは答えてくれた。

こんな可愛い子に悪魔……?
だったら、絶対に許せない!


魔法を使ったことがわからないように、わたしは小さな声で詠唱の言葉を捧げる。


「ウィズドロー【時間支配】」


-----------------------------------
・[ウィズドロー【時間支配】] LV2スペル

使い手自身に対してのみ、時間の流れを変える呪文。
周囲で1分過ぎる間に使い手は2分+レベル×1分の時間を過ごすことが出来る。
緊急時に物を考える時間、または、自分自身に対してのみ[治療][探知]の呪文が使える。

-----------------------------------


これは低レベルの魔法なのに、かなり強力な呪文だと思う。
今のわたしのレベルなら1分の時間の流れでの中、22分間、敵に気づかれないうちに怪我を治したり、物事を考えたりすることができるんだから!

そして、次に使う魔法はこれ!


「ディティクト・イービル【邪悪探知】!」


-----------------------------------
・[ディティクト・イービル【邪悪探知】] LV1スペル

物体や空間から発散する邪悪な気配を探知することができる。
邪悪の度合いも判別可能。

-----------------------------------


取り憑いている悪魔とやらの強さを知りたかったのだ。
……
……が、全く反応無し。
ゆっくりと流れる時間で、かなり念入りにナターシャちゃんのオーラを調査。
しかし、どうやっても、何も判別できない。
……
……むー、この魔法に失敗なんて無いしなあ。
この村の僧侶さん、どうやって悪魔が入るってわかったんだろ?

わたしは[ウィズドロー【時間支配】]を終了させた。
まずは普通に[治療]の技能から、ナターシャちゃんを調べたいと思う。





栄養失調気味と百日咳。
わたしは、そう診断できた。
正直、完全に治せる自身がある。
というか、悪魔ってなんなのか、そっちがわけわからない!


「はい、ナターシャちゃん。あーんして」


「うん、あーん」


ナターシャちゃん、めいっぱい口を開けてくれた。
うう、なんて純真なんだろ!
何にも疑うとか、そういうのが無いよ~!

めいっぱい開けてくれた、小さな口にブドウを一個入れてあげた。


「む~、むぐむぐむぐ……
 ……わ、あまーい! あまーい!
 わわ、おねーちゃん、のあおねーちゃん、あまい、あまーい!」

「あはは、美味しいでしょ!」


[グッドベリー【おいしい果物】]をかけた新鮮なブドウ。
しかも、これだけでヒットポイントは1回復する。
小さな子供からみたら、HP全快のアイテムと同等だ。


「もっと、もっと、もっと、のあおねーちゃん!」

「ごめんね、今日はもうないんだ」
 でも、また明日持ってくるから、今日はゆっくり眠ってね」

「えー!」

「約束。約束するから」


なんだか、もう、少し元気になってくれたような気がする。
そんなナターシャちゃんに、わたしは小指を差し出す。


「なあに、これ?」

「あ、そっか。指切りって知らないのね。
 これはね、絶対に約束を守るっていうことなんだよ」


わたしはナターシャちゃんの小指と、わたしの小指を絡ませた。


「ゆーびきーりげんまーん、うそついたら、はりせんぼーんのーます」
「はい、一緒に」

「ゆーびきりげんまーん」


わたしが言うと、ナターシャちゃんも続けてくれた。


「……はい、指切った!」


最後に、わたし達は小指を切り離す。


「これをやるとね、嘘ついたら針をいっぱい飲まなきゃいけないの」
 そんなの嫌やだから。また明日来るね!」

「うん! 約束したんだもん。
 のあおねえちゃん、指切りしたもん、絶対んだんだからねー!」


その後、わたしはナターシャちゃんの髪を梳くように頭をなで続けた。
落ち着いた寝息が出るまで、ずっとそばにいた。





「ありがとうございます。あんな元気なの……
 ……本当にひさしぶりです」


お母さんのソーニャさんが嬉しそうにお礼を言ってくれた。
ニコライさんも、嬉しそうに握手してくれた。


「食事後に、この薬草を呑ませてあげてやってください」


百日咳に効果のある薬草を何種類か煎じた物を、ニコライさんに渡す。


「悪魔とか、わたしにはよくわかりませんでした。
 でも、これでナターシャちゃん、元気になりますから」

「え! いいのか!?」

「でも、あなた、うちには僧侶様にお支払いしてお金が、もう……」


ソーニャさんが薬草を見つめつつ、本当に悲しそうな表情を浮かべる。


「わたし、[ウォウズの村]に来て間もないんです。
 だから友達とかいなくて。
 で、今日初めて、ナターシャちゃんていうお友達ができました。
 ……友達からはお金なんていらないですよ、ね」


わたしはへたくそなウィンクをしてみた。
うう、いがいと片眼だけつむるのって難しくありません?


「……すまん、本当にすまん……」

「ありがとう、ありがとうございます!」


ニコライさん力強く手を握ってくれた。
ソーニャさんは泣いていた。





医者不足は深刻だなあ。
それにやっぱり呪文は高額というのも、どうなんだろ?
でも、そうでもしないと、本当に魔法が使える人のところに殺到するのか?
さすがにわたしも、むやみに人に魔法を見せる気はおきない。
魔法を使う人間が、この世界ではどんな目で見られるのかわからないのだから――

しかも、今回は悪魔が取り憑いているって……
……イービルの微量の気配すらしなかったのに。
……
……なんだか、本当にファンタジーの世界なんだな……





「はい、次はニコライさんとソーニャさんの番ですよ」

「え、わたしたち!?」

「どういう意味だい?」

「お二人とも、すごく疲れているでしょう?
 目の下のクマ、指の爪、手の豆、一目見ればすぐにわかります」


きっと、ナターシャちゃんのために無理して仕事をされたんだろう。


「いや、でも……」


しぶるニコライさんに、わたしは首を横に振った。


「わたしのお友達、第一号のご両親ですもん。
 だったら、やっぱりお金なんていらないですよね!」


わたしは何種類かの薬草をすでに机の上に並べ始める。


「……すみません、すみません……」


ソーニャさんは、何度も何度もお礼を言ってくださった。
ニコライさんは黙って頭を下げてくれた。






次回は戦闘シーンを入れたいな。



[13727] 10 想い
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2009/12/13 09:55
「いっち、にー、さん、しー、ごー、ろく、しっち、はっち」


現在、ラジオ体操やっています。
運動後の整理体操ってやつです。

今日は、起きたら気持ちの良い晴天!
こんな日には散歩でもと、[ドルーアダンの森]に来たんです。
で、良い機会だと思って身体を動かすことにしてみました。
今どれぐらい動けるかを、知っておきたかったからです。

結果。

うん、オリンピックで金メダルは取れるよ!
……
……
……あはは、なんていうか、今の自分にびっくりです……

走り幅跳びをやってみたのですが、たぶん10mぐらいは飛んだと思います。
力なんて、すんごいですよ。
力こぶなんて全然無いのに、普通に岩石持って立ったり座ったりとかできますもん。

その後はグングニルの練習に充てました。
動きに関しては、なんの問題も無くできて安心です!
久しぶりに自転車に乗ったり、泳いだりと行った感覚。
これならモンスターに襲われたとしても何とかなりそうです!
というか、たぶん、普通に退治できる自信があります。


「でも、あんまり戦いたくはないな」


レベル15ファイター/レベル20クレリックでも、やっぱり戦いたくはないです。
やっぱり平和が一番ですよね!





■■■


[ドルーアダンの森]の中、仕掛けた罠に獲物がかかっていないか確認作業。
なんてことは無い、いつもの作業だ。
いや、はずだった。


「……くそったれっ……!」


いつもの視界に違和感。
よく、よく目をこらしてみる。
遠目だったが、「ソレ」は確かに存在していやがった。

巨大なゴブリンの[バグベア]だ。

あれはやばい。はっきり言って勝てる気は全くねえ。
やつらでかくて不器用な歩き方のくせに、やたら機敏ときてる。
しかも武器や、不意打ちまで使ってきやがる。
なんとかするにゃ、俺ぐらいの男が5人は欲しい。
1対1? ありえんね、死ぬだけだ。

俺は気づかれないうちに反対方向に戻ろうとした。
当たり前、当然の行動だ。

……が、バグベアの肩に背負われているものが見えた。

目玉をひんむいた。
こんときゃ、俺の目の良さには泣きたくなるような感謝したくなるような――

ぐったりしたナターシャ。

ニコライのやつの一人娘。
しかも赤い血が流れている。最悪だ。
ただ時折、身体は動いていることも確認できた。

生きているんだ。
まだ、まだ生きているんだ!

最近、ナターシャが村の中で走り回るのをよく見かけるようになった。
元気だった。
ちょっと前まで考えられなかった光景。
ナターシャのやつも嬉しかったんだろうなあ。
きっと両親の言いつけを守らないで[ドルーアダンの森]に入ってしまったのだろう。
俺も同じことをした記憶あるしな。


「くそ、くそ……!」


足の震えが止まらない。
しょんべんも漏れそうだ。
一歩も動けない。
やつは[バグベア]。
俺一人でどうこうなる相手じゃねえ。

けど。
けど――!?

俺はどうしたい!? 何をするべきだ!?

心臓が早く動きすぎて、いっぱいいっぱい。

弓矢? そんなんであいつが死ぬわけねえ。

ナターシャにも当たっちまう可能性がある。

ニコライとソーニャ、そしてナターシャの最近の表情。
ソーニャの泣き崩れる顔が頭によぎる。

わかりすぎるぐらいにわかる。

生まれて来たときから病弱だったナターシャ。
ニコライとソーニャは必死に働いた。働いて、ナターシャを育ててきた。
周りのやつらも協力して、がんばってきた。
で、ようやくノアさんの薬が効いて元気に走り回れるようになった。
そんときゃ、本当に村人全員が喜んだもんだ。

ニコライのやつがノアさんにハチミツ酒を勧めた時は最高だったなあ。
ノアさん断りきれなくてなー。
一杯だけって呑んでみたら、顔真っ赤になって。べろんべろん。
ニコライもソーニャも、ナターシャも笑っていたぜ。

俺も嬉しかった。
ああいう酒は最高だ。
その表情で、いつもより3杯は多く飲めるぐらいにな。

ああ、楽しかったなあ……
……
……ったくよ!


「ああああああああ!!!」


俺は大声を上げる。
[バグベア]に届けと、声を張り上げた。
全身に力を込める。

[バグベア]気がつきやがった。

……いいねえ。
こうなれば、もう、後には引けないからなあ。

そして、少しホッとした。
これから死ぬかもしれねえのに。

「俺は臆病者じゃなかった」

そう思えただけでも最高だ。
そうだ、今日は[森の木陰亭]で酒を10杯ぐらいは多く飲もう。
俺自身へのご褒美だ!


バグベアがナターシャを地面に放り投げる。
棍棒を俺に差し向ける。
……
……上等だ!
ウォウズのゲイルをなめるじゃねえ!


「きやがれ、畜生やろう!!」





愛用のハンドアクス。
[バグベア]の肩口にアクスは食い込んだ。
が、それだけだった。
毛むくじゃらな体毛に防がれた。
血の一滴も出やしない。


「うばあああああ!」


[バグベア]の咆吼が響き渡る。
上段に構えた棍棒が見える。


「くそ、化け物め……!」


あの棍棒くらったら痛てえんだろうなあ。
そんな風に思った。


「誰が食らうか、んなもん!」


体毛に埋もれたハンドアックスから手を離す。
地面の土を握り、思いっきり顔に投げる。


「があ!」


瞬間。
熱かった!?!?
俺の左肩口には棍棒があった。
嫌な音がはっきりと耳に届いた。
肩から押されるように、肘あたりから白い骨が飛び出していた。
血が噴き出した。


「……っけ、お前となんか戦ってらんねえよ!」


幸い、バグベアが目をこすり始めた。
左腕一本で、バグベアから本当に少しの時間。
……上等だ!

走り出す。
ナターシャに向かって。

俺は右腕だけでナターシャを抱えた。
体温と、重みが、しっかりと感じられた。


「重くなりやがって!
 大きくなったんだなあ、めでてえこった!」


全力で走る。
左腕には感覚が無かった。
……
……
……ああ。よかった。
中途半端に痛みなんてありやがったら、さすがに泣きわめいていたかもしれねえからな!

バグベアの咆吼が聞こえる。
ああ、ものすごく怒ってるな、ありゃ。
……
……
さて、俺は男だ。
……なら、もうちょっとは意地見せねえとな!





俺、すげえよ。

[ウォウズの村]近辺の[ドルーアダンの森]は熟知していたことが幸いした。
必死で知っている道を逃げた。

もうわけわかんねえ。
気がついたら[ウォウズの村]が見えていた。
いつもの変わらない、何も無い退屈な村だ。


「はは、なんとかなるもんだなあ……」


本当の本当の、最後の力を振り絞る。


「誰か、誰か来てくれ!! ナターシャがやられた!」





■■■


村の入り口でなにやら揉めているとのことだった。
若い衆がまくし立てる。
……やれやれ、いつになったら楽隠居ができるんじゃい。


「わかったわかった、んなに慌てるでない。
 ……まったく、これだから若いもんは……」


愛用の杖持ち、ロッキングチェアから腰を上げることにした。





「な、何があったんじゃ!?!」


血だらけのナターシャに、左腕がぐしゃぐしゃのゲイル。
驚いた、腰を抜かすかと思うた。


「パケ爺さん……ナターシャがやられた……
 バグベアのくそったれにだ……」

「ゲイル、おぬしも大けがじゃ、後は任せせい!」


ナターシャの意識は無かった。
暖かい血だけが流れでている。
ゲイルの声にも力がこもっておらん。
左腕の肩は陥没、骨が肘の辺りから飛び出ていた。
血が滝のように流れ止まらない。

村人が布でナターシャとゲイルの傷を巻いていたが、
どちらの真っ黒にドス黒くなっていた。

「け、もう逆に痛くもなんともねえよ。
 ……あ、酒くれ。俺はそれでいい……」

「ゲイル……!」


バグベアとやり合うなんて……
馬鹿だ、馬鹿だと言っておったが……!
なんてという無茶を……!


「ナターシャとゲイルの怪我を見ぃ!
 手が空いているもんは、全て手伝うじゃ!」

「ニコライとソーニャを呼べ!
 僧侶様を呼べ! 急ぐんじゃ!」


ああ、こんな時は無駄に長生きしていた自分に嫌気が差す。
知りたくない知識ばっかりじゃ。
……
……
……
……
あの二人、致命傷じゃ……




■■■


「マスター、酒をくれないか?」


若い衆が酒を欲しいなんて言ってきた。
こんな午前中の真っ昼間に、お前も好きだな。
なんて軽口を叩いた。
けど、帰ってきた言葉はびっくりした。


「ゲイルに飲ませる」


ああ、あいつなら昼間から飲んでもまあ当然だ。
でも、なんでお前が買いにきているんだ。
ゲイル、いつも来るじゃねえか。昼間だろうと夜だろうと。
俺は笑ったが、若い衆はまったく笑わなかった。
それどころか、視線を下に向けちまった。





ナターシャちゃんを助けたのか、あいつ。
……馬鹿だよなあ。
バグベアだぞ、あんなの人間一人でどうにかなるもんじゃねえ。
……


「くそ、俺へのツケはどうするんだよ、あの馬鹿!」


それに、だ。
俺の酒は死んでいくやつになんか飲ませねえ。
生きていくやつら、がんばっているやつらに飲んでもらうもんなんだよ!
 
俺は[ドルーアダンの森]に向かって走った。
あの人ならなんとかしてくれる。
わけのわからない確信があった。

パケ爺さんの寝違えを治した。
いろんなやつらの病気を治した。
悪魔が憑いているなんて言われたナターシャちゃんがあんなに元気になったんだ!


「ノアさん……!」


初めて会った時から、なんだか不思議な娘さんだった。
わけもわからなくドキドキした。
なんだか神聖な、不思議な、雰囲気を持った娘さんだと感じられた。

いつも笑顔だった。

年端もいかない娘さん。
魔法のように薬草でなんでも治してしまう娘さん。
いつも、俺の作ったもんを美味しそうに食べてくれた娘さん。

考えれば考える程、ノアさんなら何とか、なんとかしてくれそうな気がする!
本当は俺ら、大人達がなんとかしなきゃならねえのに。
でも。
今だけ、今だけは、もう一度力を貸してくれ。

あの馬鹿と、ナターシャちゃんをなんとか、なんとかしてくれ。


「ノアさん、ノアさん、聞こえてるか、頼む、頼むーー!」


[ドルーアダンの森]全てに届くように、俺は、腹の底から声を上げた。
ノアさんなら、絶対ここにいるはずだ――!





■■■


身体を動かした後、今日は薬草採取することに決定です。
さすがに毎日使用していると、想像以上に減りが早い早い。


「[ドルーアダンの森]のみんな、少しだけ分けてね……
 ……[スピーク・ウィズ・プランツ【植物との会話】] !」


植物と会話するために、魔法を唱えた瞬間だった。


「ノア、よんでる」
「たすけてって」
「はやく、はやく」
「あっち」
「こっち」
「はやく、はやく」

「え、え!? ど、どうしたの、みんな!?」


木々や草たちが一斉に、わたしに話しかけてくる。
しかもとっても急いでいるようだ。


「ちょ、ちょっと、みんな待って!?」


話しをまとめる。
するとどうやら、[ウォウズの村]から、わたしを探している人がいるようだ。
その方の声が、伝言ゲームのようにわたしのいるところまで植物に伝わってきたらしい。


「何かあったのかな……? みんな、その人の場所へ案内して!」


植物に導かれるまま、わたしは森を駆けだした。





四つん這いになって叫んでいるのは、[森の木陰亭]のマスターだった。


「どうされたんですか! こんな森深くに!」


わたしは薬草探しなどもあるので、結構、奥深くまで来ている。
だが、ノーマルマン[一般人]のマスターが来て良い場所じゃ決してない。
ゲーム中、[一般人]は簡単に死んでしまうぐらいのHPしかないのだ。


「た、たのむ、ノアさん。あの馬鹿とナターシャちゃんを……!」

「え? どうしたんですか!?」


話を伺う。
ナターシャちゃんがバグベアにさらわれかけたらしい。
それをゲイルさんが一人で奪還したとのことだ。
だが、おかげで二人とも大けがを負ってしまったとのことだ。


「お、俺はいい。息を整えてからいく!
 早く、ノアさんは村へ……!」

「マスター……」


友達のゲイルさんのため、ナターシャちゃんのため。
ここまでして、マスターはわたしを探しに来てくれたんだ。

なら期待に応えたい……
……いや、応えて見せる!


「却下です。ここは結構危険です」

「ノアさん、俺はいいんだ、あいつらを――!」

「だから、少しの間だけ我慢してくださいね」


わたしはマスターを片方の肩に背負った。
うん、軽い軽い。


「お、おお!?」

「わたし、結構、力には自信があるんです。
 だから……
 ……ちょっと本気出して飛ばします!」

「え、ええ!?」


マスターが驚く。
そうだろう、70kgぐらいはマスターだってあるだろう。
それが、ショルダーバッグを背負うような感覚で持ち上げられたんだから。
でも、今はそんなことを説明している場合じゃない!


「みんな、道を少しの間だけ作って、お願い!」


木々や植物たちにお願いする。
さわさわ、と木々や草花が擦れ合う音が聞こえてくる。


「な、ノ、ノアさん、これって!?」


草や枝、それらが左右に分かれ始める。
まるでモーゼの十戒の森バージョンです。
[スピーク・ウィズ・プランツ【植物との会話】]は、限定的なコントロールも可能になるんです、実は。
もちろん、植物に根を引き抜いて動き回れなんていうのは無理ですけど!


「しっ、舌をかんじゃいますよ!」


この世界に来て、わたしは初めて全力で走り出す。
絶対に、絶対に、間に合ってみせる!


「行きます!」

「う、うわああああ……!」


マスターの声が[ドルーアダンの森]に木霊した。





■■■


「残念ながら、神は力を貸してくれませんでした。
 信心と奉仕が足りないのでしょう。残念なことですな」


僧侶マクガヴァンは重々しく告げきおった。


「なんとか、なんとかならんもんか!?」

「神の奇跡は一度きり。
 再度行うには奉仕が必要です」

「奉仕といわれても、のう……」

「今回は[悪魔払い]の分を使いました。
 もう一度、神の奇跡を希望するならば、それなりのものが必要となります。
 奇跡を起こすのに使用する触媒というのは、とてもとても希少なものなのですよ」


1年前にこの村に来た僧侶マクガヴァンは淡々と言う。
どうにも好きになれん。
人間味がないのか、僧侶はこういうものなのか。
……いかんいかん……
こんな考えだからダメなのかのう……


「ナターシャ、ナターシャ!」


ソーニャがナターシャの手をに握って必死に呼びかけている。
ナターシャはもう声も上げない。
ニコライは頭を抱えて嗚咽をもらしていた。


「せっかく、せっかく元気に遊び回れるようになったってのに!
 なんで神さまはこの子ばかりに……あんまりだ、あんまりだ!」

「なあ、坊さんよ。
 ……俺には馬が一頭いるんだ。そりゃあ、いい馬だ。
 売ればそれなりの金にはなる。
 だからよ、ナターシャに、もう一度、奇跡とやらやってみてくれ……」


弱々しく、だが、はっきりとわかる声でゲイルは言いおった。


「ゲイル!!! お前はどうするんじゃ……!?」

「け、俺はいい。40年ぐらいか、これだけ生きりゃ十分だ。
 それに俺は神さまってよくわかんねえ。
 そんな男に奇跡なんておこんねえよ。
 だったら、なあ。
 ……ナターシャにやってくれ」

「……ゲイル……」


こいつは顔も頭も口も悪い癖に、のう……
……やれやれじゃ。


「わしの全財産も寄付するでの、いや、たいした額にもならんが……
 ゲイルの分と足して、もう一度を頼む」


わしも腹をくくろう。
それが、曲がりなりにも[ウォウズの村]の村長としての、最低限の責任じゃて。


「そんなダメだ、ゲイルさん……!
 俺たち二人の全財産に、さらに一生働いてお金は支払う!
 だから娘とゲイルさんを助けてやってください!!」

「そうです! 村長、ゲイルさん!
 私達がお金はなんとでもしますから!」 


ニコライとソーニャもマクガヴァン僧侶に懇願する。
わしは……
不謹慎かもしれんが嬉しくもあった。
この村人たちが誇らしかった。
この村の村長で良かったと思った。

ゲイル、ニコライ、ソーニャの言葉。
僧侶マクガヴァンは重々しくうなずいてくれた。


「そこまで言われたら仕方がありません。
 もう一度、奇跡を願いましょう……」


僧侶マクガヴァンは、身にまとった法衣の懐から木製の円盤を取り出す。
なんでも聖印といって、とても貴重でありがたいものらしい。
その円盤にナイフを突き立てた。

大きく、両手を空に向かって広げる。


「さあ、神よ。
 おお、万能なる神よ。
 この者達の信心に応えたまえ。
 この者達が御身にとり価値あるものならば奇跡の欠片を与えたまえ。
 奇跡を与えたまえ。傷を癒したまえ」


わし、ニコライ、ソーニャ、村のみんなは何も声を発せなかった。
沈黙がしばらく支配する。
それを崩したのはゲイルだった。


「くそが、神ってのはケチくせえなあ」


何もおきなかった。
ナターシャは血まみれのままだった。

僧侶マクガヴァンは静かに両腕を下ろす。


「このものの命運は尽きました。
 これが定め。運命です」

「ナターシャ、ナターシャ!」


ソーニャの泣き声。
痛いのう、ほんに痛いのう……


「神よ……
 せめて安らかに眠れるよう、この者達に天上の門を開きたまえ……」


僧侶マクガヴァンは厳かに告げた。





■■■


「ちょ、ちょっと待って!」


さ、さすがに息が整わないです、よ。
はあ、はあ、も、本当に全速で来たから……!
マスターは安全と思われる位置からは、後から来てくれるようにお願いしました!


「ノアさん!!」


わたしの声に、みんながこちらを振り返ってくれた。
パケお爺さん、ニコライさん、ソーニャさん、村のみんな!
そして。
横たわっているゲイルさん。

わたしは法衣っぽい格好された男性の横をすり抜けて、ナターシャちゃんとゲイルさんに近寄った。


「ゲイルさん……」


わたしはゲイルさんに近づくように腰を屈めた。


「ノアさんか……
 かっこわりいところ見せちまってるなあ……」

「いえ。
 今、どんな英雄や王様とかよりも、ゲイルさんはかっこいいです」

「く、くははは……
 英雄、王様、大きくでたなあ。
 ノアさんみたいな美人の娘さんにそんなこと言われたらうぬぼれちまうなあ」

「ええ、うぬぼれてください。ゲイルさんはかっこいいですよ」


続けて、ナターシャちゃんを見る。

血が止まらない。どくどくと、こんな小さな身体からあふれだしている。
骨や、肉なんか見えてくる。

目をそらしたかった。
でも、わたしは直視する。
そうだ、目をそらすな、乃愛!


「よく、よくがんばったね……
 ナターシャちゃんは良い子だね!
 そんないい子には、ご褒美をあげなくちゃ!」


私は傷がひどいところに手を添える。
熱い。ナターシャちゃんの血は熱かった。
大丈夫、この熱があるかぎり、この子は大丈夫!
いや、わたしが助けてみせるんだから!


わたしは柊の木のホーリーシンボルを取り出した。


「ノ、ノアさん。薬草じゃないのかのう……?」


懇願するようにパケお爺さんが、わたしに訪ねてくる。


「ええ。この傷だと薬草の治療では間に合いません」


わたしははっきりと告げた。


「そ、そうかのう、やっぱり……」

「ナターシャ……!!」

「ナターシャ、ナターシャ……!」


パケお爺さん、ソーニャさん、ニコライさんが嗚咽を漏らした。


「だったら――!」


[治療]と[薬草学]が間に合わなければ――
魔法を使えばいいんだよね!

初めての呪文だ。
けど、失敗なんてない!
今のわたしが失敗するわけがない!


「空の小鳥
 こずえの風
 いのりは幼きくちびるに――」


わたしの手に青白い光が発せられる。


「さあ精霊たち、お願い!
 [キュア・ライト・ウーンズ【軽傷治療】]!」

そっと、光を傷口に添える。
青白い光は、傷口から広がるようにナターシャちゃんを包み込んだ。


「さあ、お父さんとお母さんが待っているよ。
 もう、おっきしようね……!」








次回は主人公っぽいノアを書きたいな。



[13727] 11 正体
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2009/12/19 14:04
ナターシャちゃんを包んでいた光が収まる。
傷はどこにも見られない。
間に合った、成功だ!
[キュア・ライト・ウーンズ【軽傷治療】]は生きている対象のみしか効果は発動しないのだから!


「……あれ……?
 ……のあ……
 おねえちゃん……?」

「おはよ、お寝坊さんなんだから」

「えへへ……
 でも、まだなんだか眠いやー」


結構な血が流れたんだ。
少々貧血気味は仕方がないのかもしれない。


「うん、そっか。そうだよね。
 じゃあ、今はゆっくり寝ようか。
 そうだ、起きたら、また、おいしいブドウをあげるね!」

「……うん……やくそく……
 おねえちゃん……」


ナターシャちゃんは気持ちよさそうに目を閉じる。
すぐに「くー、くー」と、寝息の音が聞こえた。


「ナターシャ!」


ニコライさんとソーニャさんが、わたしとナターシャちゃんに近寄ってくる。
慌ててナターシャちゃんをのぞき込んだ。


「安心してください、もう大丈夫です」


わたしは自信をもってご両親に告げる。
すると、ニコライさんとソーニャさんが胸をなで下ろすのがわかりました。

改心の出来だと思います!
[キュア・ライト・ウーンズ【軽傷治療】]は8面体ダイスを振って、出た数値のhp(ヒットポイント)を回復させる呪文です。
今のは絶対に「8」が出てますよ!
手応えありって感じでした!


-----------------------------------
・[キュア・ライト・ウーンズ【軽傷治療】] LV1スペル

この呪文により、クリーチャーに触れることで1d8hpの傷を治すことができる。
この呪文は実際の肉体を持たないものや、生きていないものには効果がない。
逆呪文の[コーズ・ライト・ウーンズ]は1d8のダメージを与える。

-----------------------------------


「わあああああ!!!」


今まで水を打ったように静かだった。
けど、一気に歓声があがりました!


「ノアさん、ノアさん……!!
 本当にありがとう、本当にありがとう!」

「ありがとう、本当にありがとうございます……!」


ニコライさんとソーニャさんが、わたしの手を取って泣いてくれました。
本当に、本当に良かったです!


「ゆっくり寝かせてあげてください。
 朝にでもなれば、また元気に駆け回りますよ」


「ノ、ノアさん! ゲイル、ゲイルもどうか……!」


パケお爺さんがわたしに向かって懇願する。


「奇跡の連発なんて虫が良すぎるかもしれんが……!
 なんでもする、なんでもするから、この若いもんだけは!」


土下座をせんばかりの勢いのパケお爺さん。
わたしは腰に手を添えて、立たせるように促しました。


「元気になってもらわないと困ります。
 だって……
 ゲイルさんの採ってきてくれたウサギでスープが飲みたいですから」
 

わたしは笑顔でパケお爺さんに返答しました。
安心してもらえるように――


「すまん、ホントにすまんのう……!」


わたしはゲイルさん横にかがみ込んだ。
左肩口の傷をよく見る。
腕はちぎれていない。
骨も……うん、突き出ているだけ。
大丈夫だ!


「……ノアさん……」

「ゲイルさん、元気になったらまたウサギお願いしますね!」

「へへ、おやすいご用だ」


[キュア・ライト・ウーンズ【軽傷治療】] とは異なる呪文を想像する。
詠唱の言葉が頭の中に浮かんでくる。
あとは、これを読んでお願いをするだけ――


「すずしき風の耐えぬまに
 涙はかわきて
 帆ははらみて
 望みは満つる――」


暖かい青い光。
そっとゲイルさんの左肩に移るように促した。


「 [キュア・シリアス・ウーンズ【中傷治療】]!」


一瞬、輝きが強くなる。
わたしは傷口から目を背けない。
光が次第に輝きを無くしていく。


「はい、おしまいです」


わたしはゲイルさんの左肩を「ポンポン」と叩いて見せた。


「お、お、お、おお!?!?
 ぜ、痛くねえ!!?
 それどころか、何もなってねえ状態じゃねえか!?」


ゲイルさんは左腕をぶるんぶるん振り回した。
その瞬間、またも、大きな喜びの声が響き渡りました!


「よかったです、ホントに……」


何度も思ってしまう。
「治療系の呪文は生きているものしか対象にできない」
それだけが心配だったから――


-----------------------------------
・[キュア・シリアス・ウーンズ【中傷治療】] LV4スペル

この呪文により、クリーチャーに触れることで2d8+1hpの傷を治すことができる。
この呪文は実際の肉体を持たないものや、生きていないものには効果がない。
逆呪文の[コーズ・シリアル・ウーンズ]は2d8+1hpのダメージを与える。

-----------------------------------


[ウォウズの村]は大騒ぎです。
まるで、これから祭りでも始まるんじゃないかってぐらい。
いや、少なくとも[森の木陰亭]では、大騒ぎは間違いないかな?
とっても素敵なことだと思います!
……
……
……
ただ。
気になることが。

地面に置かれている[ナイフを突き立てられた円盤]。
わたしは拾い上げる。


「これ、落ちてますよ?」


法衣を身にまとわれた男性に近寄る。
男性は髪を剃られているためか、一見、年齢がわかりにくい感じ。
ただ、それでも30歳ぐらいかなとは想像した。


「な、なぜ、[魔法]を……!?」


うめくような声。
何か信じられないものを見た後のよう。
狼狽した小さな声でわたしにつぶやいた。


「なぜって……
 そ、その……
 怪我を治すためとしか言えませんが……」

「そういう意味じゃない!
 なんで[魔法]が使えるんだ、お前みたいな小娘が!」


う、なんか急に怖そうな感じに。
なんか嫌だなあ。
もしかして魔法って人前で使っちゃいけなかったのかな……?

でも、ちょっと確認しなければならないから。


「で、では、逆に伺います。
 なんで魔法を使わなかったのでしょうか……?
 この木の円盤で、どうやって[魔法]を唱えるつもりだったのですか?」


わたしが声をかける直前。
この方が[魔法]を唱えようとされていた。
これで治るなら、それはそれで問題無いと思った。
けど。
けど。


「動作、詠唱、触媒……
 正直、何一つ、わたしにはわかりませんでした。
 それとも、わたしが全く知らない対象の信仰をされているのですか?」
 

わたしが知らないだけならいい。
ゲーム的に言えば、唱えられる呪文数が尽きていたという可能性もあると思う。


「し、失礼ですが……
 先ほど[魔法]を唱えられようとされていましたが。
 そ、その、[魔法]を唱えられるプリーストなのですか……?」


わたしは気になっていた疑問をぶつけてみる。
もちろん、まじめに信仰されている方はいるだろう。
そんな方々に、[魔法]を使える使えないなんて言うつもりはありません。
しかし、この方は奇跡を起こそうと、[魔法]を使おうとしていたわけで――


「この格好をみればわかるだろうが!」


法衣らしきものを着用されているのは、もちろんわかります。
ただ、着るだけだったら、誰にでもできるわけで――


「そ、それでは、【軽傷治療】の詠唱を教えていただけないでしょうか?」


[キュア・ライト・ウーンズ【軽傷治療】] といった治療魔法のスフィア(領域)はオールに属します。
つまりこれは、レベルがある僧侶なら誰でも唱えられるはずの呪文なんです。


「な、なぜ見ず知らずの人間に私が――」

「じゃ、それじゃ、ナターシャちゃんの[悪魔付き]ってどうやって調べたか、
 これだけでいいんです!
 あなたですよね!?
 わたしにはわからなかった、だから――!」


この村に僧侶は一人きり。
つまりこの方がナターシャちゃんを見られているはずなのだ。
せめて、これだけでも知っておきたい! いや、知っておかなければならない!


「お、おまえに言う必要なんかない!
 ば、ばかばかしい! 不愉快だ!!」

「いや、わたしじゃなくて、ナターシャちゃんのために――」


法衣をまとわれた男性は、背を向けて行ってしまった。
わたしはしばらく立ち尽くすことしかできなかった。


「はぅ……」


ため息しかでません。

いきなり失礼だったかな……
わたしだって、こんな人を疑うみたいなこと言いたくないです……

でも、でも。

魔法が構成される感じは全くなかった。
信仰対象が違ったとしても、少しは、わたしにも魔力を感じてもいいはずなのに。


「ノアさん、何こんなところで一人でつった立っているんだよ!
 今日は全部俺がおごるぜ! 飲むぞ-」

「きゃ、ちょ、ちょっとゲイルさん」


立ち尽くしていたところに、ゲイルさんがやってきた。
顔色もすっかり良くなっている。
服に付いている血の跡が無ければ、先ほどまで怪我していたなんて誰も信じられないだろう。


「大丈夫なんですか? 大分、血出たのに。
 今日ぐらいはゆっくりされたら……」

「わかってねえなあ、ノアさん。
 血が流れちまったから、その分補給しなきゃならんじゃないか」

「……は、はあ。そういうものですかねえ」

「今日は1杯じゃ済まさないぜ、うわははは」


ゲイルさんが大きな野太い声で笑ってくれました。





「おー、ノアさん!
 ちょっと腰が痛てえんだ、ちょっくら見てくれやなあ」

「あ、ノアさんったら!
 おいしいブドウはいったよ、あんた好きだったろ? 持って来な、持って来な!」

「ニコライんとこの帰りかい?
 今度、おれの息子の勉強嫌いを治してやってくれないかねえ?


ナターシャちゃんとゲイルさんが怪我をされてから、しばらく経過しました。
なんていうか現在のわたし、[ひさしぶりに田舎に帰省して、親戚にもてなされている」って感じです。

そんな日々の中で。

すっかりナターシャちゃんは元気になりました!
気を失っていたのが幸いしたのか、もう、あの時のことはほとんど覚えていない様子。
これも本当に良かったと思います!
身体がよくなっても、精神的に悪くなったら辛いですもんね!


「のあおねーちゃん、かえっちゃやー」


ナターシャちゃんの家を辞するときは、後ろ髪が引かれます。
うう、薬草とかナターシャちゃんとか、いろいろものに弱いなあ。わたし。
ただ、「もう、[ドルーアダンの森]には近づかないように」とは、強く、口をすっぱくして言っていますよ!

あ、そうだ。
最近のわたしの趣味は薬草集めと、ナターシャちゃんの髪型を変えることです。





で、わたしは教会の前にいます。
マクガヴァン僧侶がいらっしゃるはずの教会です。
実はニコライさんのお宅から帰る時には、必ず寄らせていただいているのです。


「はあ……今日もだめかあ……」


教会の前で立ち尽くしてしまいます。
嫌われているのか、本当にタイミングが悪いのか。
全く会えないのです。


「おー、ノアさん。
 どうしたんだ? こんなへんぴなところで?」

「ゲイルさん、へんぴって……
 一応、教会じゃないですか」

「あー、まーなー。
 でも、俺にはどうでもいいからなあ」

「あは、ゲイルさんらしいです」


思わず笑ってしまう。
あまりにもゲイルさんらしい回答だったと思う。
ちなみゲイルさんは、怪我された翌日から狩りに行っています。
身体全く問題無いようで、一安心です!


「これからノアさんどうするんだい?」

「わたしですか?
 そうですね、薬草や果実集めにでも行きます」

「俺が言うのもなんだが森はアブねえ。付き合うか?」

「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。
 わたし、森の中だったらどんなトラブルからでも逃げる自信はありますから」

「はは、さすがノアさん。
 言ってることは微妙だけど、すげえ自信だなあ」

「ほめてるんですよね?」

「当然」

「あは」


ゲイルさんとわたしはお互いに笑いました。


「……ん?」


わたしは周囲を見回してみる。
……うん、なにもない。

「どうしたんだい?」

「……あ、いえ……
 なんでもないです」


なんか視線を感じたような?
背中にチリチリとした、むずがゆいような感覚があるんだけど。
……
……うーん、なんだろ?





[ドルーアダンの森]で薬草収集です。
植物たちに聞きながら、薬草の場所まで行こうと思います。
最近、植物と話をするのが楽しいです。
木々や植物によって、やっぱり性格みたいなものがあるんです!
樹齢が大きい程、やっぱりお爺さんっぽい感じ。
つぼみの花なんて、口が回らない感じでとってもかわいいです!


「[スピーク・ウィズ・プランツ【植物との会話】]」


ただ、魔法を発動させた瞬間。
木々が、草が、花が、一斉に話しかけてきて――


「ひとがいっぱい」

「ひとり、ふたり、たくさん」

「かくれてる」

「わたしのうしろにいるよ」

「こっちにも」

「この人間くさい。あっちいけ」


さ、さすがに、森の植物から一斉に呼びかけられるとびっくりです!!


「え……みんな、どうしたの!?」


植物たちが言います。
わたしは後をつけられていると。
また、それも結構な人数の人間に――

わたしの心臓が「ドクン」と一つ大きく鼓動する。
けど。
それは一瞬。
その後は逆に頭の中が冷静になっていくのがわかりました。

[魔術師ビッグバイ]を退治した[ノア]が表に出てくる――

いつもありがとう[ノア]。

わたしはわたしの[ノア]にお礼の言葉を言った。





わたしは何知らぬ顔で歩く。
少し開けた場所に出ることができた。

植物。
木々。
岩。
開けた空間。

全ての情報が頭に入る。
[ノア]が、ここで問題が無いことを告げてくる。

わたしは歩みを止めた。


「やめてもらえないでしょうか、もうわかっていますから」





一人、二人と、見知らぬ男の人たちが現れてきた。
鎧の類は着用していないが、ショートソードやダガーなどを帯刀している。
シーフだろうか。
ニヤニヤしつつ、男たちはわたしを囲むように動く。

[気持ち悪い]

本当に気持ち悪かった。
生理的に嫌だった。
この人達が何をしたいか、してくるのかが、本能的に感じられてしまって――


「ノア、がんばれ!」

「まだおとこたちかくれてる」

「はやくメイレイして! オシオキしたい、こいつくさい」


風がそよぎ、サワサワと草木や葉の擦れ合う音が響く。
シーフたちにはわからない。
ここにいる周りのみんなが、わたしを励ましてくれる!


「今のわたしに不意打ちは効きません。
 隠れている9人の方、すべて把握しています。
 出られたらいががでしょうか」

「な!?」


男達は少し驚いたようだ。
だが、自分たちの絶対優位は変わらないと信じているのだろう。
すぐに、先ほどまでの笑みを取り戻した。


「これはいろいろ楽しめそうだな、おい」


次から次へと男達が現れてくる。
最後の9人目。
ああ、やっぱり。
なんとなくは感じてはいたのだけれども。


「ようやく会えましたね、マクガヴァンさん……」


僧侶マクガヴァンだった。





「ふん、よくわかったな」


僧侶マクガヴァンが嫌らしい微笑を蓄えながら応えた。
周囲の男達は愚痴を漏らす。


「まったくだ、俺たちゃ尾行にはかなりの腕のつもりだったんだがなあ」

「け、おめえがドジったんじゃねえの」

「ま、でも、こんな[獲物]ならばれてもばれなくて同じだけどな」

「ちげえねえ」


嫌らしい笑い声が周囲を包んだ。

やはりこの男たちは[シーフ]なのだろう。
尾行とは、シーフのスキルを使ったに違いない。
[ムーブサイレントリー]に[ハイド・イン・シャドー]あたりだろう。

ずっと感じていた違和感はコレだったんだ。
そして、[ノア]は尾行に気がついていたんだ。

今後、あの感覚は忘れないようにしなければならないと思う。

-----------------------------------
・[ムーブサイレントリー]

音を立てずに移動することを試みることができる。
移動速度は通常の1/3となる。
音を立てずに移動できた時は、不意打ちの成功率が向上する。
また相手を後ろから襲う(バックスタッブ)も可能となる。
-----------------------------------

-----------------------------------
・[ハイド・イン・シャドー]

物陰に隠れることを試みることができる。
完全な暗闇の中では行えない。
この技能は物陰に隠れることで、相手の目をあざむく。
-----------------------------------


僧侶マクガヴァンが右手を挙げる。
騒がしかったシーフたちは口を閉ざした。
僧侶マクガヴァンは、このシーフたちのトップになるのだろうか。


「おまえが来てから商売あがったりだ。
 どうしてくれるんだ?」


右手で握ったメイス。
先端を左手のひらにのせるように、ポンポンと叩いて見せている。
威嚇のつもりだろうか。


「……商売って……
 何を言われているんですか……?」


いや、わたしの中で答えはわかってしまう。
わかるけど、わかるけど、聞かずにはいられない――


「ったく、いい金づるの村だったのによ。
 みんな頭悪くってな。
 少しばかり、それらしいことを言うだけで、金、差し出してくるんだ」


マクガヴァンは悦に浸ったように続ける。


「生かさず殺さず、むしりとる、最高だ。
 あの馬鹿親子は傑作だったぞ。
 かなりの金をいただいたからなあ、感謝の極みだねえ」


メイスの動きが止まり、わたしに差し向けてきた。


「けどよ、おまえが来てから全くダメだ。
 ぜーんぶ、お前の方に客が逃げちまいやがる。
 だから、その分のマイナスは……」


下からわたしの頭に向かって、舐めるように見つめてくる。


「お前で立て替えてもらうことにする――」





「最低……です……」


わたしの心。
がんじがらめで縛り付けられていた鎖がはじける気がした。

気持ち悪い。
泣きたくなった。

ナターシャちゃん。
ゲイルさん。
パケお爺さん。
マスター。
ニコライさん。
ソーニャさん。
[ウォウズの村]のみんなの笑顔――!


「最低は、お前の今後の人生だと思うがな。
 ああ、でも選択ぐらいはさせてやる。
 おまえ、面や身体はかなりいいしな。
 [魔法]を使えるってのもの、すげえ。
 というわけで、一生俺らの世話をしてくれるんなら、
 まー、それなりの対応はさせてやる。
 ああ、怪我したら治すだけじゃねえぞ、世話ってのは」


マクガヴァンは舌で唇全体をしめらせるように舐める。


「……まずは俺から世話してもらおうか」


続けとばかりに、周囲のシーフが騒ぎ始める。


「じゃ、次は俺だ」

「お前、前、先じゃねえか。今度は譲れよ」

「嫌だね、こんな上玉、見た事ねえよ!」

「言える言える、へへへ」

「貴族とか、んなの比じゃねえなあ」


なんなんだろう、この人たち――
本当に、本当に――


「……
 ニコライさん、手が豆だらけでした。
 一生懸命、畑仕事しているからです。
 ソーニャさんの手も傷だらけでした。
 お裁縫とか、やっぱりとってもがんばって働いたからです。
 全部、全部、全部がナターシャちゃんのためです……」


悔しいし、切ないし、なんなんだろうこの気持ち――


「そんな大切な思いがこもったお金を……
 ……[ウォウズの村]の方々を騙したんですね……」


ああ、そうか。
わたしは――


「知ったことか、あいつらは喜んで俺に金を出したんだ!
 馬鹿なやつらは、これからも俺に金を出し続けるんだ!
 お前は俺たちのモンになるんだよ!」


怒っているんだ。


「最低です……!」


わたしの声と同時に、シーフたちは抜刀する。
マクガヴァンは鉄で出来た首輪を取り出した。







厨二病的な台詞は好物です。



[13727] 12 黒聖処女
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/02/28 09:03
「草、木々、岩、大地、空気、水――」


わたしはそっと目を閉じる。
周囲から、とっても優しい力を感じられた。
木々や草や花からは応援の声が届く。


「本当にありがとう……!」


力を込めて、わたしはシーフたちを見つめるために瞳を開いた。


「自然のみんなが、わたしの大切な仲間です。
 ここはわたしのスフィア(領域)。
 あなた方は何もできません。
 降伏してくれませんか……?」


本気でそう言いました。

シーフたちの身体付きや動作から、[ノア]は相手の強さ(LV的なもの)を教えてくれる。
冒険者LV1~2程度との判断だ。
わたし[ノア]はファイター/クレリックの兼業でレベルは15/20。
真正面の戦いで、決して負ける要素は無い。
その上で、今、わたしの頭の中では[勝つための手段]がいくつも浮かんでいるのだ。

だけど、返答は嘲笑だった。


「聞いたか、聞いたか!? とうとう頭がおかしくなっちまったのか!?」

「まー、頭はどうでもいいけどよ。顔と身体には傷つけんなよ」

「そりゃ、俺たちの台詞じゃないのか、お嬢ちゃん!」

「空想はお家でやりな。まー、お家には二度と帰れないんだけどな」


正直、予想通りの回答だ。
逆に、ここで降伏された方が驚いたかもしれない。
やはり残念であることは変わらないのだけど……


「……そう、ですか……」


なら、わたしも戦おう。
覚悟を決めよう。
[ウォウズの村]のみんなには……
……
……
ずっと笑って過ごして欲しいから――!


「みんな、お願い!
 わたしに力を貸して!」


大きな声でお願いをする。
周囲の木々や草花、蔓や根がざわついた。
「ザワザワ」と、一斉に音をあげる。


「な、ちょ、なんだ!?」

「俺の足が!?」

「根っこ? なんだ!?!?」

「う、うわ、足が動かねえ!」


マクガヴァン達の足下から、草や木の根やツタなどがまとわり始める。
下から上へ。
植物は身体を這いずり、腕、首に浸食していく。

「敵を動けないようにして欲しい」

わたしのお願いに、植物たちは嬉々として従ってくれたのだ。
今のわたしは一人じゃない――!


「お、お前達、なにやってやがんだ!?
 そんなのナイフで切っちまえ、ただの雑草だ!」


絶対の自信を持っていたマクガヴァン。
自分の考えていたシナリオから外れたからだろうか。
声に狼狽した成分が感じられる。
またマクガヴァンが所持しているメイスはブラジョニングウェポン(叩くタイプの武器)だ。
メイスをいくら振り回しても、草木には効果が薄い現状にあせりが見て取れた。


「木の根っこや蔓は、あなたたちが思っているより丈夫です。
 今、所持されてるナイフぐらいでは簡単には切断できません」


ゲイルさんや、[ドルーアダンの森]で仕事されている[ウォウズの村]のみんな。
そんな方々だったら、自然の強さは身を持って知っているだろう。
一生懸命、がんばって生きている人なら――


「ば、ば、馬鹿な!」

「ふ、ふざけやがって!」

「くそ、くそ、こ、この魔女め!」


足に絡みついた木の根を切断することをあきらめた一人のシーフがいた。
叫びながら、わたしにナイフを投げようとしている。
あまりにも緩慢な動作だと思えた。

遅い。

まるでスローモーション映像。
投げられるナイフに、対処方法が何通りも頭をよぎる。

その中で、わたしは何もしないことを選択した。

瞬間、ナイフは何もない空間で弾かれて地面に落ちた。
わたしの1mぐらい前だろう。
それはまるで見えない壁でもあるかのように。


「な、な、なんだ、何がおこった!?」

「わ、わけがわかんねえ!?」

「間違いなく命中すると思ったのに!!」


[プロテクション・フロム・ノーマルミサイルリング【飛び道具防御の指輪】]の効果だ。
今のわたしには、悪意を持って投擲された通常飛び道具は一切効果が無い。


「魔女じゃ無いです。わたし、プリーストです。
 ……でも、これから魔法は使います。
 だから……
 魔女になります――」


マクガヴァンを含めた9人は植物に完全に絡め取られた。
それは蜘蛛の巣にかかった昆虫を思わせる。


「ありがとうね、森のみんな」


わたしは適度なサイズの木の枝を拾いはじめる。
これから魔法を使うための触媒に使うためだ。

突然、木の枝を拾い始めたわたしに、マクガヴァンがいらついた声を上げた。


「な、何をする気だ!?」

「触媒を集めています。
 あなたの[ナイフを突き立てられた円盤]みたいなものです」

「な!?」


数分で20本ほどの、適度な大きさの木枝を集めた。
さすがに森だと簡単だ。
これをシーフたちの目の前に置いていく。


「な、何をする気だ、ま、魔女め……!」


シーフ達から罵声を浴びせてくる。
だが、もう先ほどまでの嘲笑は感じられなかった。

彼らの叫び声に、わたしは答えない。
頭の中で呪文を構成を開始するためだ。


「露にしめりて
 夜を守る業
 剣もほのおも
 蛇の牙――[スティック・トゥ・スネーク【蛇の杖】]!」


呪文の完成後、シーフの目の前に置かれた木の枝が震え始める。
木目は鱗に。
樹液は滑り。
分れた枝は鎌首へ。


「ひ、ひぃ!!」


枝は巨大な蛇(ジャイアントスネーク)に変身した。


-----------------------------------
・[スティック・トゥ・スネーク【蛇の杖】] LV4スペル

この呪文により1d4+使い手のレベルの棒をヘビに変えることができる。
ヘビは使い手の命令に従い、敵を攻撃する。
使い手が希望した場合、ヘビが毒を有している確率は使い手のレベルあたり5%となる。
逆呪文はヘビを木の棒にしてしまうことができる。
-----------------------------------

使い手のレベルあたり5%で毒持ち。
つまり、わたしのレベルだと100%で毒をもっている大蛇だ。
毒は致死性。しかるべき処置をしないと30分は持たないだろう。
また締め付けも1d4+1ダメージ×1分。
一般人(ノーマルマン)なら1,2分で絞め殺せる力がある。

身動きが取れないシーフの目の前、大蛇が鎌首をもたげる。
舌をチロチロと出す。
さらには毒液を吐き、威嚇するものもいた。


「あ、うわあああ!!」

「ま、魔女、本物の魔女……!!」

「た、助けて……」

「て、てめえら、早くなんとかしやがれ! 俺を助けだせ!」


マクガヴァン以下、シーフ達が必死に植物たちから逃れようとし始める
いくつかの草は切られるものも、次から次へと植物が絡みついてくる。


「ここはわたしのスフィア(領域)と言いました。
 ……もう、逃げられません」


シーフ達に絡みついた植物の上から、蛇が這い上がる。
足下から腰へ、首へと、上り絡まる。


「お願いですから、抵抗しないでください……!
 この子達、あなた方の骨を砕くなんて簡単なんです。
 それに毒も持っていますから……!」

「ま、魔女め!」


悪態をつきながらシーフ達は手に持っていた武器を落とす。
わたしは武器を一カ所にまとめた。
マクガヴァンに、もはや僧侶然とした面持ちは欠片も見られなかった。





■■■


なんなんだ、この女は!?
ありえない、ありえない!
こんな[魔法]見たことねえ!
一流の司祭だって、こんなことできるなんて聞いたことねえ!

ひ、蛇が、蛇が!!!
も、もう、なりふり構ってられねえ!!!


「さ、さっき言ったことに怒ってるのか!?
 あ、あんなの冗談にきまってるだろ!?
 な、なあ、ちょっと落ち着いてくれよ、な?」

「……」


くそ、なんとか言いやがれ、この女!
か、金か!?


「金、金が欲しいのか!?
 そ、それなら俺と手を組まないか!
 あんたの[魔法]と、俺の頭が加わりゃいくらでも稼げるぜ!
 だ、だから、な!」
 

今、この瞬間さえ騙くらかせば、どうとでもなる!
所詮、こんな子供だ!


「一生、遊んで暮らせるぜ、なあ、なあ!?」





■■■


「あなたって人は! 本当にどこまで……!」


心から、[ウォウズの村]のみんなに、本当に謝ってくれれば、まだ、まだ――!!
この人は――
この人ってば――!


「魂も宿らぬ骸、骸、我が許へ……!」


わたしは鎧を呼ぶ。
幾多の死闘、血を浴びたであろう鎧。

虚無水晶の嘲笑う死の鎧を――

夜の帳が降りてくる。
わたしの身体に降り注ぐ。
星も見えない空。
暗黒を身に纏おう。


「ひ、ひぃ!?」


わたしは薬草を入れるはずだったバックパックから、槍を引き出す。

アース神の城壁を打ち破った槍。
シグムントの聖剣グラムを破壊した槍。
百発百中、必中の槍。
神々の宝である、このグングニルを――


「そ、その格好!?
 黒い鎧、それに槍って言えば……
 そ、そんな、お前!? 
 まさか、まさか……
 ……あ、あの、[魔術師ビッグバイ]を退治したっていう……!?!?」


一歩、一歩近づく。


「わ、わるかった、おれがわるかった!
 だ、だから、だから!」


一歩、一歩近づく。


「お前、あの、あの、ノアなのか!?
 し、知らなかったんだ、知らなかったんだ!!
 あ、あんたが[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]のノアなのか!?」


一歩、一歩近づく。


「た、助けてくれ!! な、なんでもするから!!
 た、たのむ、ひ、ひぃー!」


[神槍グングニル]をマクガヴァンに差し向ける。
魔力が高まるのを感じる。
穂先に光が集まる。


「ひ、ば、化け物!」


マクガヴァンはメイスを投げてきた。
手にはツタが絡まっているため、ほとんど力はこもっていない。

わたしは避けない。
避けるまでもないのだ。

メイスが[ヴォイドクリスタル・ラフィング・デス・アーマー(虚無水晶の嘲笑う死の鎧)]に触れる寸前、鉄で出来ているメイスは一気に赤さびに包まれる。
鎧に触れる時には、メイスは衝撃でボロボロと崩れていった。


「ひぃ、ば、魔女、魔女……!」


神槍グングニルに[光輝]が満ちてきた。
LV1や2に冒険者のhp(ヒットポイント)なら、触れるだけで塵となるぐらいの攻撃力だ。


「か、金は全部か、か、かえ、返すから……!
 た、たのむ、たのむ、たのむから、命だけは……!」





■■■


な、なんで……!?
なんでこんなところに、あの[英雄]たちの一人が!?

子供でも知っている[魔術師ビッグバイ]を退治した冒険者!!!
あの、ビッグバイを!!
3つの国を瓦解させて、数多の町や村を蹂躙した魔王!!
そんな魔王を、この、この、女が!?

全てを溶かすブラックドラゴン――

鉄の巨人サイクロプス――

魂を吸い取るマインドフレイヤ――

海を制したクラーケン――

酒場や教会に行けば、嫌でも耳にする英雄たちの詩吟。
この、目の前の女が本物の――!?


[黒聖処女ノア]


流れる黒絹の髪、オニキスが如き瞳、新雪の肌の娘。
死する悪霊達が、最も恐れる娘。

灰は灰に、塵は塵に――

神より授けられし槍、貫けぬものは無し。
悪魔より授けられし鎧、娘を愛してやまず。

黒聖処女は愛される。
神に。
悪魔に。
精霊たちに。


じ、実在していたなんて――!?!?





■■■


「あなたって人は――!」


わたしはグングニルを握る手に力を入れた。
穂先はマクガヴァンに向けて――






初の戦闘シーンだったはずなのに、まともな戦闘が無い……w

今回は徹底して厨二病的と言われている文章を書くように心がけたつもりです!(大好き!w)
そのために、いつも以上に読みにくい文章かもしれません。
ご指摘やアドバイスなどをいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。



[13727] 13 葛藤
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2009/12/27 09:16
みんな、この人に酷い目に遭わされたんだ――!
この人さえ、この人さえいなければ!

ニコライさん、本当に一生懸命がんばって仕事されていましたよね。
辛くなかったのですか?
ソーニャさん、日だまりのような笑顔でした。
悲しくなかったのですか?
ナターシャちゃん、ずっとずっと苦しかったんだよね?
もう、大丈夫なの?
ゲイルさん、なんであのときナターシャちゃんを治療するように言ったの?
自分はどうだったのですか?
マスター、わたしを探しに、あんな危険な場所まで来てくれて。
怖く、怖くはなかったのですか?
パケお爺さん、全財産をかけてまでゲイルさんを助けようとされたって聞きました。
本当に、村人全員が大好きなのですね。

……みんな、本当に強い人たちばかり――
それなのに。
なんてこの人は、
この人は弱いのだろう――!

この人さえいなければ――!

でも、でも、でも、でも!?
右手を前に差し出すだけで、この弱い人は……
……死んじゃう、の?
死ぬの……?

みんな、喜んでくれるの……?
笑ってくれるの……?
嬉しがってくれるの?
……
……
これでいいの!?
死ぬって!?
わたしが死なそうとしているってこと!?!?!?
死なすって、殺すって……こと……!?

お父さん。
お母さん。
おにいちゃん――!

わたし、わたし――!


「うわぁああああ!」


[神槍グングニル]を思い切り地面に突き立てた。
重い音が響き渡る。

大地が震える――

周囲が振動する。木々や草木はおびえるように振るえた。


「ひぃ!」


木々から鳥たちが飛び立っていった。
リスや小動物などは餌を放り投げて走り去っていく。
森は不自然な程に静かになった。


「た、たすけ、て……」


マクガヴァンは顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら訴えかけてきた。
もう、威厳や力などは何も感じられない。

そんなマクガヴァンに、わたしは頬を叩いた。
軽い音が奇妙な程に響きわたる。
なんだか脳に刻み込まれそうな気がする音だった。


「……もう……
 もう、こんなことしないでください……!」


草木とヘビに拘束されている残りの8人シーフにも、一回ずつ、頬にビンタをした。
願いと、剣呑と、悲しみと、怒りを込めて。
力だけは懸命に手加減する。
全力でやったら、とても酷いことになると思ったから。
ただ[ウォウズの村]の方々を思い出すと、どうしても力が入りそうになってしまった。

フルフェイスの兜の中。
涙が止まらない。
……止まらないんです。

いろいろな感情が渦巻いて。

ぐるぐる、ぐるぐると――





近場にあった岩を[ストーン・シェイプ【石物変換】]で石の家に変形させた。
マクガヴァン達にはそこに入ってもらう。
わたしが入るように告げると、9人は全身をふるわせながらおとなしく入ってくれた。
もう、わたしには目を合わせてくれない。
彼らがわたしを見る目は[化け物(モンスター)]と同じだと感じられた。


「……しばらく、この中で反省してください。
 食料はこの果物を分け合って食べてください。一粒で大分お腹はふくれますから……」


わたしは採ったばかりの果実に[グッドベリー【おいしい果物】]をかけて、マクガヴァンに手渡す。
マクガヴァンは何も言わず、果実を受け取り石の家に入っていった。


「……閉めます、ね……」


外から、重い岩の扉を閉めた。
扉を閉める瞬間。
9人は少しだけ安堵したような表情を浮かべたように、わたしには思えてしまった。





[ウォウズの村]への道を歩く。
なんだか、酷く身体が重く感じられて仕方がない。

まずマクガヴァン達のことはパケお爺さんに相談しよう。
それで大きな町から警察みたいな方を呼んでいただいて、彼らを引き渡そう。
反省してもらえるのだろうか。
でも、これぐらいしか……
……わたしには……

気がついたら、わたしは[ウォウズの村]の前に付いていた。
なんだか、今のわたしは入ってはいけないような気がした。

そう、わたしは「人を殺していた」かもしれない人間なのだ。
無抵抗な人達を叩いてしまった人間なのだ。
生まれて初めて人に刃物を向けた。
本当に怖そうに、彼らはわたしを見ていた。

頭の中の[ノア]が、高い判断力 (Wisdom) で落ち着かせてくれようとしている。
けど、けど、わたしは――!
わたしは怖い、あの人たちと同じように弱くて――


「どうしたの、のあおねーちゃん?」
 
「な、ナターシャちゃん……?」


立ち尽くすわたしの前。
元気な姿のナターシャちゃんが、わたしを見上げるようにしてたたずんでいた。


「ねーねー、見て見て! あたし作ったんだよー!」


花冠。
いびつな形だったけど、色とりどりの明るい花冠。


「かがんで、かがんで! ほらー、はやくー!」

「え、ええ、うん……」


言われるままに、わたしはしゃがみ込んだ。
目線がナターシャちゃんと同じ位置になる。


「はーい!」


そっと、ナターシャちゃんは頭に花冠を乗せてくれた。


「おねーちゃんはおひめさまだよ!
 きのうはあたしがおひめさまだったから、きょうはのあおねーちゃんの番にしてあげる」

「あ……」


なんだか、なんだろう、ああ、ダメ、ダメ――


「……のおねえちゃん……?
 どっか痛いの?」

「……ううん、なんで、なんでだろうね……
 ごめんね、ごめんね……」


ポロポロと涙が零れた。
一度、出ると、もう止まらなかった。

わたしは泣きながらナターシャちゃんに抱きついた。





「今日はうちでご飯を食べて行きませんか?」


ナターシャちゃんを迎えに来たソーニャさんに言われた。


「え、いえ、そ、そんな、わ、悪いので……」


わたしは慌てて涙をローブの裾で拭った。
ちょっと鼻水なんかも付いてしまったかもしれない。
慌てて立ち上がったわたしの脚に、ぴとっとナターシャちゃんが抱きついてくる。


「やったあ! のあおねーちゃんといっしょ! いっしょ!」

「この子も喜んでいます。是非、寄っていってくださいな」


ソーニャさんの本当にありがたい言葉。
悪いと思いつつも、今のわたしには[逆に]断れなかった。


「ありがとうございます、わたしが伺ってもよろしいんでしょうか……?」

「勿論です。私達はノアさんに閉ざす扉なんて持ってはいませんから」


ソーニャさんが向日葵のような笑顔を向けてくれた。


「やったあ!」


ナターシャちゃんが、わたしの腰に向かってジャンプしてくる。
そんなナターシャちゃんに、わたしはおひめさま抱っこで抱えてあげた。





夕食はじゃがいもをメインにしたものだった。
熱々のジャガイモスープは、本当にとても味に甘みがあってまろやかだった。
すこし固めのパンをスープに浸して食べると、とっても美味しかった。

夕食後の後片付けはお手伝いさせていただいた。
ソーニャさんと、ナターシャちゃんと、わたしで食器などを片付けていく。

その後、わたしはナターシャちゃんを膝の上に乗せて髪型を変えてみた。
定番すぎるけど三つ編みは本当に可愛らしかった。
縄編みのポニーテールはとても活発そうな印象だ。
ナターシャちゃんは三つ編みがお気に入りのようだった。
お父さんのニコライさんに自慢していた。
ニコライさんもハチミツ酒を片手に、楽しそうに受け答えされていた。





ナターシャちゃんが船を漕ぎ出すような状態になった。
首が前後にカクンカクンしている。
「もう寝ようか?」
と、訪ねると、ナターシャちゃんは懸命にぶるんぶるんと横に首を振った。


「だって……
 ねたら、おねーちゃん帰っちゃうでしょ……?」


ちょっと困ってしまったわたしにソーニャさんが助け船を出してくれた。
「ノアさん、もう遅い時間です。泊っていきなさいな」
そんな言葉に甘えて、今日は泊らせていただくことになったのだ。


「すみません、お願いしてしまいまして」

「いえ、そんな……わたしも楽しいですから」


ナターシャちゃんを寝かしつけて、寝室から出てくる。


「ノアさん、ハチミツ酒だ。一杯どうだい?」


木のコップをかかげ、嬉しそうにわたし勧めてくるニコライさん。


「あ、あぅ、そ、それだけは……」


わたしは丁重にお断りさせていただくことにする。
うん、もうお酒はいいです、はい……
……ゲイルさんとかって、うう、どんな胃をしてるんだろ……


「やっぱり女の子ですもの、こっちよね?」


ソーニャさんが編み棒などを持ってこられた。
これは編み物?


「はい、お酒よりこっちです」

「ちぇ、ソーニャに負けたか」

「あらあら、ふふ」





「作り目はこうやって、こうですね――」

「わ、早いです!
 うう、なんで、わたしできないんだろ?」

「あらあら、慣れればノアさんならあっという間ですよ」

「ほ、ホントですか?」

「ふふ」


編み物を教わって、ちょっとずつ編み込んでいく。
一つ一つ、編み込む。
なんだか気持ちが優しくなってくる。
ゆったりと流れる時間が流れていくを感じられた。


「ノアさん。一言だけ言わせてください。」


半ば無意識な状態で編み物をしていたわたし。
ソーニャさんがそっと手を握ってこられた。


「え……?」

「わたしたち家族はノアさんが大好きですよ」

「ああ、それだけは忘れないでほしい」


ソーニャさんとニコライさんのお二人の表情。
わたしは一生忘れないと思った。
心に染みこんできて――


「さ、私達ももう寝ましょうか。明日も早いですからね」

「そうだな」

「ソーニャさん、ニコライさん……」


何かを言いかけようとしたが、
ソーニャさん、わたしをナターシャちゃんの寝室に向かうように背中を押してくる。


「今日はナターシャと寝てやってください。
 あの子もノアさんがとっても大好きなんですから。喜びますよ」





ナターシャちゃんは可愛い寝息を立てていた。
起こさないように、慎重に、そーっとベッドに入り込む
温かい。
ぽかぽか、やわらかくて、なんだかミルクっぽいにおいがする

そこはまるで、ぬるま湯に浸るような感じだ。
一気に、身体中の力が抜けるような気がする。
ふわふわと宙に浮く。

まぶたが重くなる。
目の前が暗くなる。
けれども怖くない。
あたたかくて、気持ちよくて、ここちよくて――


……
……
……
……
……今日は……いろいろなことがあった。

わたしは決して忘れない。

人に槍を向けたことを。
初めて手を挙げてしまったこと。
わたしを好きだと言ってくれる人がいたことを。

危険が多いファンタジーの世界。
決して、今日を忘れないようにしよう。
この気持ちを忘れないようにしよう。

何がこの世界で正しいとか、悪いとか、わたしにはわからない。
だから。
また何かがあった時にはまためいっぱい考えて悩もう。
迷った時には……
わたしを好きだと言ってくれる人に、もっと好きだと言ってもらえる行動を取ろう――

ありがとう。本当にありがとうございます。
ナターシャちゃん、
ニコライさん、
ソーニャさん……
……
……
……







前話と大分雰囲気が変わったお話になりました。
ぐちゃぐちゃのノアの心情と葛藤みたいなものを表現したかったのですが、ぐちゃぐちゃになったのは文章だけでした。
しかも短いし。
……あぅ。すみません……

おそらく、次話で一区切りになると思います。



[13727] 14 来訪
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2009/12/30 11:51


「な、なんじゃて!?」


わたしはパケお爺さんのところへ伺わせていただきました。
今回の、事の顛末を説明するためです。

マクガヴァンが偽の僧侶であること、
盗賊などを使ってわたしを襲ってきたこと、
それらを捕まえて拘束していることを。

さすがにパケさんも驚かれています。
当然だと思います。
今まで僧侶様と信じていた方に対して、突然、わたしのような娘に言われたら――


「じゃ、じゃからか……
 考えて見れば、一度も[奇跡]とやらは見たこと無かったしの……」

「触媒や動作も適当です。
 あれでは魔法……パケさんがおっしゃる[奇跡]は発動されません」

「そう、そうか……」


パケお爺さんが力なく項垂れました。
けど、一瞬で、わたしの方に慌てて問い詰めてきました。


「……ん?
 あ、あやうく聞き逃すところじゃった!?
 ノアさん、あんた襲われたって!?
 だ、大丈夫だったのかいのう!?」

「わわ、パケお爺さん!?」


ちょっとびっくりです!
……でも、不謹慎ですが嬉しくも思ってしまいました。
今回のこと、本当にショックだと思うんです。
それでも、わたしの言葉を真面目に聞いてくださって。
わたしの身体を心配してくださって。


「ええ、わたしは大丈夫です!
 こう見えても、わたし、力はすごいんですよ!」


パケお爺さんが安心してくれるように、ローブの裾をまくって力こぶを見せました。
……全く、力こぶとかはできなかったけど。


「そうか、傷とかどこもなんとも無いんじゃな?
 ほんに良かったわい……
 でも、ノアさんは、ちと身体を鍛えないといかんわなあ。
 なんちゅー細い腕じゃ」


パケお爺さんも笑ってくれました。
わたしもつられて、自然に笑顔になるのがわかりました。





パケさんと話し合って、まずはマクガヴァンの教会を調べることにしました。
何か、今までの行為に関する証拠などがあるかもしれないからです。


「よいしょっと」


人気が全く無い木造の教会の扉を開けると、
すぐ目の前は木製の椅子がならび、正面には木彫りの像が掲げられた祭壇のみが置かれていました。
誰もいない教会って、とても寂しく感じられます。


「こっちの方が居住の部屋かの?」

「ですね、じゃ、失礼します……
 ……
 ……って、え、ええ-!?」

「これはありえんわい……」


扉を開けてびっくりですよ!
なんていうか、ええ、ゴミ屋敷?
前にニュース特報なんかで見た映像よりは酷くはないけど……
……うん、普通に汚いし臭いよ~!!


「えほえほ、酷いホコリじゃのう……
 ……まったく、神に使えるなんて偉そうに言っておるものの部屋が、ゴミと酒の樽だらけじゃとは!」


パケお爺さんが近くの樽を蹴飛ばしました。


「……こ、これは酷いですね、あぅぅ……」

「もう証拠なんぞいらんわ!
 これだけで偽物僧侶と断言できるわい!!」

「その意見には……
 はい、わたしも同感です……」


思わず鼻に手をやってしまいます。
うぅ、帰りたい。


「ノアさん、
 あんたみたいな娘さんがおっていい場所じゃないわい。
 もう、いっそ焼き払ってしまうわ!」

「あはは、それいいかもですねえ……
 ……
 ……ん?」


パケお爺さんが暴れている箇所、蹴りの勢いでゴミが動く。
その、ちらりと床が見えた時――

……なんだか気になる。

間違い探しってあるよね。
2枚の絵を見比べるやつ。
その絵を一瞬だけ見せられて感じる違和感。あんな感じかも……
うー、自分でもよくわからないのだけど。


「これって……?」


前に背中がチリチリすることがあった。
あの時は尾行されていたのを、[ノア]が教えてくれた合図だった。
感じる感覚は違うのだけど、身体がわたしに何かを訴えかけているように思う。


「ちょっといいですか、パケさん」

「どうしたのじゃ?」


わたしはパケお爺さんがいらっしゃった床を見つめる。
うーん、すっごく気になる!
……
……
……この状況だもん、いいよね?
うん、パケお爺さんのさっきの台詞から良いと判断する!


「ちょっと下がってください」


わたしは右足をあげて、思い切り床を踏みつけた。
すごい音がして、床の板が吹っ飛んでいった。


「お、おお!?!?」

「……あはは……
 ちょ、ちょっとやりすぎちゃいました……」

「の、ノアさん、すごい、すごい力じゃのう……」


パケお爺さんも呆然です。
床板がものすごい勢いで抜けちゃいました。
……こ、今度、自分の力加減の練習をしないと!


「で、でも、効果ありですよ、見てください」


地下に続く通路を発見!
違和感の正体はシークレットドアだったようです。
すっかり忘れていたけど、わたし、一応、今はハーフエルフなのですよね。
D&Dのハーフエルフは種族特有のスキルを所有しています。
その中にシークレットドアの発見があったのをすっかり忘れていました。

-----------------------------------
■ハーフエルフ

エルフと人間の両方の血を持ち、エルフの血が半分以上である場合のみハーフエルフと呼ばれる。
彼らは両種族の容姿の良いところを集めた美しい種族である。
ハーフエルフは自分たちの社会を作ることは無く、人間やエルフの社会の中で生活をする。

◇種族スキル

・スリープ(睡眠)やチャーム(魅了)関連の呪文に対して耐魔法抵抗力
・暗闇の中でも60フィート(約18m)先まで見通せる[インフラビジョン]
・隠された扉がある、10フィート(約3m)以内を通過しただけで一定の確率で存在に気づく。
-----------------------------------

さすがに地下なので、奥は薄暗い状況です。
ランタンを用意してから、わたしが先頭になって入ることにしました。

階段を降りていくと、すぐにドアに突き当たりました。
取っ手を握り、引いているのですがギシギシ音を立てるだけで少ししか動きません。


「ん?
 立て付けが悪いようですね。
 パケさん、ちょっと待ってください」
 

腰に力を入れて、先ほどに比べると少し力を入れて引く。
「バキャ」と、明らかに何かが壊れた時の音。


「……へ?」


ドアが音を立てて開きました。
と、同時に、足下に鉄の部品が落ちてきました。
……
……
……もしかして、鍵、かかっていた……?


「ノアさん、さっきの台詞は撤回じゃ。
 もうちっと、おしとやかにならんとのう……」

「あは、あははは……
 き、きっとサビサビでボロボロだったんですよ……!
 ……
 ……た、たぶん」


そ、そんなに思いっきり力入れたわけじゃないのに~!
で、でも、扉は開いたからよしとしよう!





室内はこぢんまりとしたものだった。
木製の机と椅子、それにいくつかの棚があった。
棚にはいくつもの小箱。
それらを確認すると、かなりの額のお金や宝石類などが蓄えられていた。


「この宝石なんぞ、メアリ婆さんの父君の思い出の宝石じゃ。
 [奇跡]の触媒にするとか言って、寄付させられたものなんじゃが……」

「……パケさん。
 どうやら、この宝石なんかは盗賊ギルドに納める予定だったようです」


テーブル上に置かれた、きれいとは全く言えない文字で書かれた手紙。
要約すれば「盗賊ギルドに入れて欲しい」と内容だった。
手紙をパケお爺さんに手渡す。


「……
 ノアさん、マクガヴァンたちクソどもはどこにおるんじゃ!?
 頭にこの杖の一撃でもくらわせんと気がすまんわい!」

「え、えと、[ドルーアダンの森]に拘束していますが……」


手紙を読み終えたパケさん。
もう、今にも飛び出しそうな勢い!
そ、そうだ、昨日考えていたことを提案してみよう!

少し落ち着かれるのを待って、タイミングを見計らって提案してみました。
パケお爺さんは苦虫をつぶしたような顔されましたが、わたしの提案を是としてくれました。


「この手で懲らしめられんのはくやしいが……
 それが一番賢い選択じゃろう。
 わしらが何かをやって、馬鹿どもの仲間たちにでも逆恨みされてもつまらんて」


おっしゃる通りだと思う。
そうすると、もう、イタチごっこになってしまう。
心情的には納得はできないと思う。
でも、今後の[ウォウズの村]を考えた判断だ。


「役人の方々をお呼びするのを、お願いしてもよろしいでしょうか。
 引き渡しまでの間、わたしは彼らに食事を届けますので」

「ほっとけほっとけ、ノアさん!
 そんなやつらにそこまでするギリないわい!
 じゃが、役人を呼ぶのはまかされよう。
 [城下町エドラス]に古い知人が居るのでの、そいつから頼んでもらうとしよう」





「お初にお目にかかります。イアン、イアン・フレミングと申します。
 此度の件、ハイローニアスに代わりまして心より謝罪を。
 誠に[ウォウズの村]の方々にはご迷惑をおかけいたしました」
 
「おお、そ、僧侶様……?」


パケお爺さんが、ゲイルさんに[城下町エドラス]へのお使いをお願いして10日後。
[ウォウズの村]にやってこられたのは、4人の僧侶然とした方々だった。

わたしも当事者として同席させていただいていたのだけど、ちょっと意外でした。
パケさんも驚かれている。
わたし達、兵士っぽい感じの方が来られるのを想像していたからだ。

挨拶されたイアンさんという方が、この4人の代表なのだろう。
50歳ぐらいと思われる男性の方だった。
髪の毛には白髪、目尻にも皺が見て取れる。
この時代だと初老に入りかけの年代なのかもしれない。
身にまとわれている真っ白の法衣には、襟元や裾部分に金の刺繍が時折編み込まれている。
背筋がピンとはっており、威厳みたいなものを感じる方だった。

背後におられる3人の方々は、跪いて、目を閉じて代表の方の声を聞いている。
全員頭を剃られており、また、格好も僧坊といった面持ちだ。
身体付き、手を見ればわかる。
[モンク]の方々だ。
かなり鍛えていると思う。
冒険者レベルで言えば3~4ぐらいだろうか。

-----------------------------------
・モンク

心身の完成のため、内省のみならず実践にも携わる戦士。
厳しい鍛錬を重ねて、武器や防具無しで戦う術を身につけている。
呪文などは使わないが、彼ら独自の魔法である[気]を扱う。

-----------------------------------

しかも代表の方、ハイローニアスとおっしゃられておりました。
ゲーム中では、確か、パラディンやモンクなんかが主に信仰する武勇の神。
善と秩序を重んじていたはずだ。
どうして、ハイローニアスの僧侶さんたちが……?

驚いているわたし達の、雰囲気を察したのだろう。
イアンさんが説明をしてくださった。


「本件ですが、送っていただいた資料を確認させていただきました。
 その中にありました僧衣、これは我らハイローニアスのものでした。
 神聖な衣を纏い、行うは外道。
 かようなこと、ハイローニアスは決して許されません。
 故に、我らがでしゃばらせていただきました。
 責任持って、我らが対応させていただきますご安心ください」 
 

……うはあ、かなり大物が出てきてしまった感じです。
秩序にして善であるハイローニアス。
彼らの教義からしたら、今回のようなことは一番許せないことなのかもしれない。


「ご、ご足労おかけするのう」


パケさんも狼狽気味だ。
うん、うん。気持ちわかりますよ~
できる大人って感じのオーラがものすごいです!
大企業の部長さんとかって、こんな感じなのかもしれないです。

そんなイアンさん。
突然、わたしに向かって膝をついた。


「へ?」


かなり間抜けな声がでてしまった。
いや、なんかわけがわかりませんよ、はい!?


「御身が纏いし法衣。感じられる清流が如し瑞々しい力。
 万物の精霊の友である女神エロールの[大司教(パトリアーチ)]様とお見受けいたします。
 今回、我々の不手際により、大変なご迷惑をおかけいたしました。
 心より感謝申し上げます」

「え、そ、そんな、わたしは……」


パケさんの送られた手紙に、魔法などを使ったわたしのことも書いてあったのだろうか。
ちょっと突然の展開に、頭が回りません。
パケお爺さんもポカーンとしちゃっています
うう、わたしも同じ気持ちです!


「御身の尽力がありハイローニアスの名誉は守られました。
 我らの恩人である、御名をお聞かせ願えないでしょうか?」

「えと、あ、はい!
 はじめましてです、わたしノアです。よろしくお願いします」


深々とお辞儀をする。
なんだか高校受験にやった面接みたいです。
もうそろそろいいかなー? と、頭を上げると……
……
……
……ぜんぜんよくありませんでした。
な、なんだか場の雰囲気が一変!
そう、まさに張りつめた糸状態!
それも、なんか、ちょっとでもしたら切れそうな感じ!
え、え、もう、いったいなんなんの~!?


「な――!?」

「女神エロールの法衣に、ノアって……!?」

「いや、ま、まさか、かような娘が……!」


今まで一声も発することが無かったモンクさん。
思わず立ち上がり、なんだか慌てています。


「控えなさい」

「は、し、失礼いたしました!」


そんな様子に、イアンさんが重々しく一言注意。
あっという間に、モンクさんたちは先ほどまでの姿勢に戻られた。
ただ、イアンさんにも、すこし驚いたような表情をされている。


「失礼なことを承知の上で、その上でご確認を頂きたいと思います。
 [大司教(パトリアーチ)]様、貴方はノア様とのことですが……?」

「え、ええ。な、なんかしちゃいましたでしょうか!?
 そ、その、おかしな言葉とか、失礼なこと言っちゃいましたでしょうか、はい」


うう、何、この急展開ってば!?


「あ、頭を上げられてください~!
 え、えと、はぅ~」


パケさんも呆然!
でも、一番呆然としたいのはわたしなんですってば!


「この世界を救っていただいた事に、心よりの感謝の気持ちを。
 [黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)、お会いできて光栄です」

「な、なんじゃて!?
 ノアさんがあの[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)じゃ、じゃて!?」


はぅ!
心に痛恨の一撃!
お、思い出さないようにしていたのに~!


「……はい、そのノアです、はい……」


そ、そっか。やっとわかった。
[魔術師ビッグバイ]を退治した[ノア]にお礼を言っているんだ。
それに、結構な数の、世界や国の危機を救った気はする。
でも、[乃愛]は何もしていないんです
な、なんだか申し訳ないよ~!


「お、おお……!
 [黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]……!」

「かような、美しく小さき娘が……!?」

「まさに詩吟通りではないか……!」


みんなのキャラクターがレベル9になったときです。
「やっぱり異名とか、二つ名は基本だよな~」
と、おにいちゃんが言いました。

[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]はおにいちゃんが名付け親です。

わたしがバッハ/グノーのアヴェ・マリアが大好きで、よくピアノを弾いていました。
そんなところから、おにいちゃんが引っ張りだしてくれました。
アヴェ・マリアは聖母マリアの祈りや称えているものです。
その、聖母マリアが[聖処女]と呼ばれているとか、なんとか。
で、わたしの鎧の[黒]+[聖処女]になったんだそうです。
読み方の由来とかは、ジャンヌ・ダルクあたりからでフランス語にしたとか。

小学生の頃のわたし、おにいちゃんがつけてくれたあだ名がすごく嬉しかったです。
けど、今、改めて見ると、ちょっとちょっと恥ずかしいよね!?
な、なんだか、どっかの音楽やっているバンド名ぽいというか、む、むずかゆいというか~!

ちなみにおにいちゃんの[キース・オルセン]は[白蛇(ホワイトスネイク)]でした。
うん、なにかどう、白い蛇なのかはよくわかりません。


「お、おお、 [黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]よ」


今、わたしの周りでは、印籠を出した水戸のご老公状態です。
なんだか、いろいろいたたまれません……


「みんな、お願いだから頭を上げてください~!!」






1話で一区切りは全くつきませんでした。
うぅ、失礼いたしました。

また、おそらく今年最後のアップになると思います。
来年もよろしくお願いいたします。



[13727] 15 引き渡し
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/01/02 14:51


わたし、パケさん、イアンさん、モンクのお三方で[ドルーアダンの森]に来ました。
石の建物に拘束したマクガヴァン達を引き渡すためです。
毎日、水と食料を運んでいたので、9人の健康状態とかに問題はありません。


「はい、では、開けますね」


石製の、重い閂錠を取り外しました。

地面に閂を置き、ドスンと音を立てるのと同時だった。
勢いよく扉が開き、雄叫び、絶叫が周囲を包み込む。


「この化け物! お前がいなければあああ!」


マクガヴァン――!
右手には石を握りしめ、
振りかぶり、
突進――

一瞬でスイッチが入る。
この瞬間から、この身体は[英雄]になる。

遅い。

半歩、左にずれる。
それだけでマクガヴァンは姿勢を崩して倒れ込んだ。


「お前が、お前がいなければ、今頃俺は……!」


マクガヴァンが土を握りしめて睨み付けてくる。
怒りと、恐怖と、悔しさがぐちゃぐちゃに混じった目だと感じる。
わたしの心がキュッっと小さくなった気がした。

わたしは弱いと思う。
いくらレベルがあったって、いくら強い装備を持っていたって。

大切なのは心だ。
[ウォウズの村]のみんなに教わった、想いだ。
だから。
だから、わたしは目をそらさない――

今、この人には負けちゃダメだと思うから――!


「き、貴様! ノ、ノア様になんてことを!?」

「この方をどなたと心得る!!!」

「お怪我はありませんか!? [黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]!」


あ、あ、わたしよりも、モンクさんがものすごく怒っています!
一人がマクガヴァン、二人がシーフをあっという間にロープで拘束しちゃいました。


「お怪我はありませんでしょうか、ノア様」

「は、はい……
 えと、わたしは大丈夫ですから」


ちなみに今回のような突進や武器を持っていない時でも、[ノア]は対応してくれます。
武器技能でマーシャルアーツを[専門武器(ウェポンスペシャリゼーション)]にしているためでしょうか。
それにスピア使いということも関係しているかもです。
スピア系武器は突進(チャージ)に対して、しっかり構えた場合に通常の2倍のダメージを与えます。
わたしはゲーム中よく使っていたので、[ノア]はカウンターというか、後の先というか、そんな感じなのかも。
……
……
って、そ、それよりも、モンクさん~!


「あ、あの、そ、それよりも、その「ノア様」っていう方が、ちょっと……
 わたしの方が年下ですし、ノアで結構ですから……」

「いえ! ノア様はノア様です!」

「はぅ……」


わたしのお願いごと、一刀両断です。ううぅ。
なんか精神的にダメージが大きいですよ、はい。
生まれて初めて、様付けで呼ばれています。
うん、これを慣れるっていうのは無理だ~!!


「はは。
 ノア様、彼らをお許しください。
 かく言う私も、人のことを言えませぬが」

「うう、そんな、イアンさんまで~」

「それだけ……
 それだけ感謝しているのです、ノア様――」





■■■

本当に、感謝してもしきれないぐらいですノア様――

夢も希望持てない日々。
いや、一人の男により持つことが許されなかった日々。
[魔王]こと[魔術師ビッグバイ]による搾取されるだけの未来。
何もかもが真っ暗でしか見えなくて。
我らハイローニアスの者達も、情けない事に祈ることしかできなかった。
それほど強大な人類の敵だった。

我らでこのような無様な有様。
一般市民の絶望たるや想像すら出来ません。

そんな先が見えない、道が無い中で立ち上がった[英雄]たち――!
諦めることなく[魔術師ビッグバイ]に近づいていく[英雄]たち――!

詩人が興奮気味に歌うサーガは、どれだけ人々を勇気づけたことか!

我らでは想像すら許されぬ死闘。
それは血と涙で出来た物語。

私も、子供のように興奮しました。
涙が止まらなかった!

[魔術師ビッグバイ]落ちた時。
暗雲から太陽の光が見えた時。
わたしは家族と抱き合って、心から[英雄]に感謝しました。

[白蛇(ホワイトスネイク)]
[戦乙女(ヴァルキュリア)]
[終演の鐘(ベル)]
[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]達に――!





[ウォウズの村]へ到着したとき、私は愕然としました。

私などでは比較にならぬほどの圧倒的な力を持った少女。
内心、震えを押さえることができませんでした。
そんな娘の名前を聞き、納得ともに落雷が背中に落ちたのを感じました。

[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]のノア様であると!
[魔術師ビッグバイ]を退治した後、世界に姿を見せなかった[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]!

わたしはノア様に出会えたことをハイローニアスに感謝した。
少し話しをさせていただいたが、まさに女神エロールのようなまっすぐな少女。
本当によい娘さんだと思う。
孫に持つなら、このような子を神より授かれればと思う。

そして同時に恥ずかしくなった。
我ら大人は、こんな娘に世界の運命をゆだねてしまった!!!
頼って、お願いをして、祈っていただけなのだ。
なんと、なんと情けないことよ!

ふと、ノア様に視線を向ける。

ノア様は「様とかつけないで~」と、モンク衆にお願いしていた。
なんと、なんと穏やかな娘さんなのだろう。
まるで初春の森に流れる風だ。

……このような娘さんに、ノア様に、これ以上お手を煩わせるわけにはいかぬ。


「愚者よ、よく聞きなさい」


わたしは拘束されているマクガヴァンに向かって静かに語る。
ノア様の耳に届かないように。


「覚悟なさい。
 我らは[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]のように優しくはありません。
 ノア様が許されても、我らとハイローニアスが許しません」


このような人間の欲望を満たすためだけに、弱者と優しい心の持ち主が傷ついてよいわけがない。
ノア様に救われたこの世界。
少しでも優しい世界にしてみせる。
それが、あの時に何もできなかった私の仕事なのです。





■■■


「く、くそ、くそ坊主、こ、小娘!
 見てろよ、見てろよ!
 いい気になるなよ!
 
 お前を犯しつくして、売りさばいてやる!
 泣きわめけ、許しを越え、生きてきたことを後悔させてやる!」


突然、マクガヴァンが叫びました。
正直言えば、こんな言葉聞きたくないです。
日本で生活していたとき、こんな事言われたこと無かった。
だから。
だから、辛くないといえば嘘になります。


「ノア様、お耳汚しでした。
 あのような戯れ言は忘れてください」


イアンさんが、わたしに気を使ってくださった。
わたしは首を横に振った。


「わたしなら大丈夫です。
 それに、今回のこと忘れちゃダメだと思うのです。
 わたしにとって、とっても大切なことを教わりましたから――」


負けない。
わたし負けません。
怖い言葉、気持ち悪い言葉なんかを浴びせられても。
わたしは、わたしを好きな人のために強くなる。
だから、逆に、貴方の言葉も忘れないようにします。
マクガヴァンさん……







新年、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。 

2010年、初めての更新となります。
短くて、そして全く進展がないお話になりました。
申し訳ありません~(;´Д`A ```

コンスタントに更新されている方、本当にすごいと思います!




[13727] 16 旅立ち
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/01/11 12:04

今回の件について、イアンさんとパケさんとわたしでお話させていただきました。
まず、マクガヴァン達についてです。


「あの9人ですが、別動の者達により連行させていただきます。
 ハイローニアスの名に誓いましょう。
 これ以上は[ウォウズの村]の方々やノア様にご迷惑はおかけしません」


イアンさん、頭を下げながらおっしゃってくれました。
この方にお願いすれば、きっと、あの人たちも反省してくれると思う。
わたしと違って、本職の僧侶さんだもんね!

また、ナターシャちゃんとゲイルさんが襲われたバグベアーについてだ。
バグベアーの性格はカオティックイービルだったはず。
遭遇したら、ほぼ襲ってくると思って間違いないアライメント(性格)だ。
そんなモンスターが近場にいるとのことで、今回、イアンさんにお話させていただいた。


「バグベアーについては、連れて来たモンク僧の良い修行になるでしょう」


と、イアンさんが胸を張られた。
本当にありがたいことです!
ただ、バグベアーについては徒党を組む習性がある。
そのために3人のモンクの方々お調べされて、手にあまる場合には応援を呼ぶことに落ち着きました。
慎重に対応していただけそうで、こちらもホッと一息つけました!
さすが正義に厳しいハイローニアスです!


-----------------------------------
◇バグベアー(Bugbear)

社会構成:部族
食性  :肉食性
知能  :低い
性格  :カオティックイービル

生態
・バグベアーは狩猟生活を営んでおり、殺せるものを総て食べることに対して良心の呵責は全く感じない。
・縄張りを持つ。侵入者は食料と財宝の供給源とバグベアーは見なしている。
・エルフに対して敵対心を持っている。彼らの気まぐれにより人間を奴隷にすることはあっても、エルフはその場で必ず殺す。
-----------------------------------


そして、最後に。
マクガヴァンが蓄えたお金や宝石のことについて。
[ウォウズの村]の人達にとって、大切な思い出の品もあるだろうし、生活が厳しい中で支払ったお金もある。
この件に関して、わたしはハッキリと言えました。


「[ウォウズの村]の皆さんに返してくれる……んですよね?」


この件に関しては、すぐに即答をもらえませんでした。
けど、なんだろう?
イアンさんは「困りましたな」と言いながら、どこか嬉しそうな表情に見えたがとても印象的でした。

通常、こういったケースの場合には教会が全てを押さえるとのことだ。
イアンさんが説明してくださった。
ただ、これは納得できない。
イアンさん達も、当然、ここまで来てくださっているので費用がかかっているのは承知している。
けど、なんとか重要な分ぐらいは戻して欲しいとお願いしました。
イアンさんに深々と頭を下げる。
そんなわたしに、イアンさんも微笑されながら、頭を上げるように促してくれた。


「では一度、[城下町エドラス]へお越しいただけないでしょうか?
 直接、ノア様からのご説明があれば、全く問題無いことを保証いたします」

「え……? わたしが[城下町エドラス]に、ですか……?」

「ええ、さようでございます」


[城下町エドラス]
[ウォウズの村]から数日離れた場所にある街らしい。
このあたりでは一番栄えている場所と、簡単にパケさんが補足してくれた。


「わ、わたしは全然かまわないんですが、そ、その……
 この場合ってイアンさんは大丈夫なのでしょうか……?」


[ウォウズの村]の方々に不法に搾取されたお金が戻ってくるなら、喜んでやりたいと思います!
ただ、そうなると、多分、これってイアンさんは命令違反とかってならないのか心配で……


「伝説の[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]に会えるのです。
 貴方様の言葉をいただけ、その上で直接世界を救っていただいたお礼を言えるのなら、
 我らハイローニアスの人間ならどのようなことも行いますよ」

「そ、そうでしょうか……?」


ゲーム中でしか世界を救っていないから、全く実感がわきません。
……うぅ、罪悪感がものすごいです、ホントに……!
ただ、でも、うん、これはお願いしたい!
ニコライさん一家や、この村のみんなにはすっごくお世話になった。
だから、ちょっとは恩を返したいと思う。

それに……
……
……旅に出る切掛けとしては、ちょうど良い機会なのかもしれない。

[ウォウズの村]はとても過ごしやすい村だった。
だから。
想像以上に滞在させていただくことになった。
けれど日本に戻るためには、[ウィッシュ【願い】]や[ゲイト【魔導門】]などの魔法を使える人や、それに変わるアイテムを探さなきゃいけない。
それには[ウォウズの村]にいては不可能だ。


「……わかりました。
 是非、伺わせていただきたいと思います!」


わたしの言葉に、イアンさんは満足げに大きく頷かれた。
対照的に、パケさんは申し訳なさそうな表情をされた。


「ノアさん……
 本当に……なんと言ったらいいのか……
 何から何まで、頼り切りじゃて……」

「いえいえ! 気になされないでください。
 元々旅の身です。
 それに、その足でまた旅を続けたいと思います」

「……!
 この村に戻っては来てくれんのかのう……?
 みんな、みんなが、ノアさんのことは好きじゃと思うんじゃ……」


パケさん……
……
……パケさんの悲しそうな表情。
不謹慎だけれども、どこか嬉しくもあって――
でも、でも、やっぱり、じわじわと何か涙腺を刺激するものがあって――


「パケさん……」


初めての放り込まれた世界。
初めて人に出会えた場所。
本当に[ウォウズの村]でよかった!
心から、そう、心から!
本当にそう思います!!


「大丈夫です!
 また旅の途中で絶対に[ウォウズの村]へ寄らせてもらいますから!」


目尻を人差し指で拭わせてもらう。
涙を払うために――





「本当に、本当に、みんな大騒ぎだったなあ……」


[森の木陰亭]の一階。
お祭りの後。
片付けられていないお皿やコップ。
食べかけの食料。
誰もいない。
なんだか、耳がキーンとなるぐらいに静かだった。

わたしは扉の出来損ないを押して、お店の外に出る。
「ぎぃ」と、相変わらずの音を扉は鳴らした。


「わあ……!」


外は真っ暗だった。
当たり前だ、深夜なのだから。
でも、とっても明るかった。
空には満点の白い星々がキラキラチカチカと輝いている。


「星がすごいな……」


吸い込まれそうな綺麗な夜だ。
わたしの虚無水晶の嘲笑う死の鎧(ヴォイドクリスタル・ラフィング・デス・アーマー)とは違う夜。
安らぎを与えてくれる、そう、そんな黒で――


「最後の、夜、かあ……」


旅に出ること。
パケさんから、あっという間に[ウォウズの村]の方々に伝わった。
そうしたら、急遽、お祝いをしていただくことになりました。
音頭を取ってくださったのは、そう、ゲイルさんだ。
マスターは慌ててたくさんの料理を作ってくださった。
ナターシャちゃんはお眠むの時間だったけど、ニコライさんとソーニャさんも来てくださった。

みんな、みんなが、わたしにいろいろと食べるように勧めてきてくださって。


「あは、もう、お腹ポンポンだあ」


わたしはお腹をさする。
うん、うん。とっても気持ちいい。
やっぱり中でも一番のお気に入りはウサギのスープだ。
きっと、一生忘れないと思う。

初めての出会い。
初めての村。
初めての食事やお酒。
初めての魔法。
初めての戦闘。

そして、初めてのお別れ。

この世界に来てから、本当に、たくさんの初めてを経験させてもらいました。
大切な、大切な宝物。

そんな宝物を胸に、わたしは新しい旅に出る――





「うわああああん!!
 あーん!!!!」


気持ちが良いぐらいの快晴。
さらさらと流れる風が世界を泳ぐ日だ。

ナターシャちゃんの泣く声が辺りを包む。


「いやだよぉ、いやだよぉ……!!」


出発の時間。
ほとんどの村人の方が、わたしを見送ってくださることになった。


「ほら、もう泣いちゃだめよ。
 ノアお姉ちゃん、困っちゃうじゃない、ね、ナターシャ」

「うわああああん!!」


ソーニャさんがナターシャちゃんを抱っこ。
泣き止むように、一生懸命なだめていらっしゃった。
そんな光景の横、ニコライさんがわたし向かって右手を差し出してくださった。


「本当ありがとうございました。
 もしあなたが来てくれなければと思うと……
 感謝してもしきれないです」


わたしも右手を差し出して、握手させていただきました。
こちらこそ、感謝の気持ちでいっぱいです。


「いえ、わたしもとっても美味しい料理とかたくさんごちそうになっちゃいました!
 ここの村のおかげで、すこし太っちゃったくらいです」


冗談めかしてニコライさんに笑いかけます。
ニコライさんも苦笑してくださった。


「いやー、まだまだ足んねえなあ。
 ノアさんは、もうちっと、なんつーか、もっと食べて、
 女の色気漂う身体に成長しねえとなあ」


ゲイルさんだ。
両手で、何やら数字の8のような動きをする。
……
……きっと、ゲイルさんの理想は「ボン・キュ・ボーン」みたいな人なんだろうなー。


「あと何年後かには、ゲイルさんをびっくりさせてみせますよ~
 ……
 ……た、たぶんですけど」

「わはは、んじゃま、それぐらいになったら、
 一度は、また[ウォウズの村]にお披露目に来てくれよ」


豪快に笑う。
なんだろう。
ゲイルさんはさっぱりしていて、なんていうのかな。
なんか許せちゃいます。
ちなみにおにいちゃんが、ゲイルさんのようなことを言っていたらグングニルの刑を執行です。


「ノアさん。
 是非、またカキゴオリを食べさせて欲しいな」


[森の木陰亭]のマスターだ。
いつも、とっても美味しいご飯を作ってくれるマスター。
口では悪口ばっかりだけど、本当は友達のことを心から大切に想っている人。


「もちろんです!
 それと、今度は別の料理も作りますね。
 そのときは食べてくれますか?」

「はは、それは楽しみだ。
 では、わたしも負けないように、これからも創意工夫しないとな」


マスターが、わたしに特製のお弁当をくださった。
今日のお昼が一気に楽しみになりました!


「いつでも[ウォウズの村]に戻ってきてくだされ。
 未来永劫、いつまでも[ウォウズの村]はノアさんを歓迎するでの」


杖をつきながら、パケさんがわたしに歩みよってくださった。


「ありがとうございます!
 絶対に戻ってきますので、そのときはよろしくお願いしますね!」


パケさんが村人に何やら指示を出された。
すると、奥からいっぱいの果物や野菜なんかの食べ物を持って来てくださった。


「ノアさんと言えばこれじゃろ?
 受け取ってくだされ」

「わ、こんなにいっぱい!」


本当に、本当に、嬉しいです。
……
……
……でも、わたしのキャラって食いしん坊で広まっているのかなあ……?
ちょ、ちょっとだけ気になります。
……ちょ、ちょっとだけですよ!


「のあおねーちゃん……」


泣きすぎて、もう、泣けなくなったのか。
ナターシャちゃんがわたしにテクテク近寄ってくれた。


「……ちょっとだけ出かけるだけだから。
 絶対に、またナターシャちゃんに会いに戻ってくるからね!」


わたしはかがんでナターシャと視線を合わせる。
泣きすぎて、目と、鼻とかが真っ赤だった。


「んー!」


ナターシャちゃんが、右手の小指を差し出してきた。


「え……?」


……
……あ、これってば!


「覚えていてくれたんだ……!」

「ぜったいなんだからね、ぜったいなんだからね!」

「うん、うん、絶対にまた会いにくるよ!」


わたしはナターシャちゃんと小指を絡ませる。


「ゆーびきーりげんまーん、
 うそついたら、はりせんぼーんのーます。
 ゆびきった!」


小指を切りはして、ナターシャちゃんはホッとした顔を見せてくれた。


「これで、おねえちゃんはぜったいにもどってこなきゃいけないんだから!」

「うん! わたし、針なんか飲めないから……
 ……だから、だから、絶対に会いに来るからね!」


ぎゅっと、ナターシャちゃんを抱きしめる。
やっぱり暖かい。
忘れない、絶対に、また戻ってくるんだから――!
魔法を見つけて!


「ノア様、それではそろそろ……」


脇に控えていたイアンさんが、わたしを促す。
今回、[城下町エドラス]までは、イアンさんの馬車に乗せていただけることになったのだ。

わたしはナターシャちゃんから離れた。
そして、あらためて村の方々の前に立つ。


「本当に……
 本当にお世話になりました……!」


わたしはお辞儀をした。
心から、想いをこめて――


「では、最後にわたしからは――」


昨日の夜から考えていた。
今のわたしにできる、せめてものお返しを――!


「ウォウズのみんな、大地、みんなが、みんなが幸せになれるように――」


右手を大空に――
左手は胸に――

精霊のみんな、自然のみんな、生きているみんな、力をちょっとだけ貸して!


「雨風をすべて、
 花をかざり、
 鳥をやしない、
 まもりたもう、
 みのる稲穂、
 ゆたけき恵みを、
 春には生かし、
 夏には育て、
 秋には足らわせ、
 冬やすまする――」


全力で……!
わたしの感謝の思いを力に変える――!


「プラント・グロース【植物巨大化】!!!」


大地が、空気が、木々や、花に力が注ぎ込まれるのがわかりました。
成功だ!!!



「わあ、すごい、のあおねーちゃん!」

「な、なんじゃこりゃあ!?」

「の、ノアさん、こ、これはドルイドの秘術か!?」

「な、なんということじゃて!?」


[ウォウズの村]周辺の植物が急激に生長していきます。
ぐんぐん、ぐんぐんと伸びていって。
果実はたわわに実り、
穀物がぐんぐん生長し、稲穂が首を垂れる。
花達はポンポンポンと、可憐に咲きほこる――。


-----------------------------------
・[プラント・グロース【植物巨大化】] LV3スペル

この呪文は2つの使用方法がある。
1つには通常の植物を成長させるもので、茂みややぶ、密林などを作り出すことができる。
この呪文の対象地域には、低木、茂み、茨、つる、ツタ、根、木、落ち葉などが瞬く間に成長して障害
物を形成する。
2つめは対象地域の植物を元気に豊かにさせる。
果実や穀物が実り、植物の生存確率を増してやることができる。
この呪文の効果は冬になると自然に消滅する。

-----------------------------------


「こ、こりゃあ、今から収穫せんといかんじゃないか」

「あはは! ノアさん最後のプレゼントは、俺たちに仕事しろってことかあ」

「いくら食べても、今年は食べきれそうにないなあ」


村のあちらこちらから、活気に満ちた声が聞こえてくる。


「みんな、本当にありがとうございました!」


わたしはイアンさんの馬車に向かって歩き始める。
この瞬間からは、後ろは振り向かない。
そう、もうたった今から新しい冒険が始まったのだから――

辛いことも多いかもしれない。
でも。
でも、今のわたしならきっと大丈夫!

さあ、先に進もう! ね、[ノア]――!






酷い文章は承知の上で、なんとか一段落です!
これだけで、なんだか嬉しいです~゚.+:。(ノ^∇^)ノ゚.+:。

もっとワクワク感や、恥ずかしい台詞や、かっこいい戦闘シーンが書ければ良かったんですが……
……本当に文章で表現することの難しさを痛感するばかりです。
まずは1話から読み直して、反省大会を開催いたします。

ここまで読んでくれた方々に、心からありがとうです――!



[13727] 17 城下町エドラス
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/01/16 14:11


馬車の窓から顔を出していると、柔らかな風を感じることができます。
この季節の緑の匂いが、風で後方に流れる髪の感覚が、本当に心地良く感じられます。


「うわあ! 大きな壁!」


のどかな街道を伝い、渓谷の高台へ馬車に乗って数日。
まだ遠くの方だけど、ようやく堅牢そうな石壁が見えてきました。
色とりどりの塔なんかが顔をのぞかせているのがわかります。

興奮気味のわたしに、同乗されているイアンさんが微笑されました。
というか、苦笑かもしれません。
あぅ。
でも、現代日本人があれを見たら誰でも興奮すると思うんです!


「ノア様。
 長旅、お疲れ様でした。
 そしてようこそ[城下町エドラス]へ――」


イアンさんの言葉は、本当にわたしのドキドキを加速させます。


「わああ……!」


石壁は近づくにつれ、次第に大きくなっていきました。
想像していたものよりも、ずっとずっと高いかもしれません。


「オーク達との30年戦争で城は落ちてしまいましたが、
 この街を守るための壁は、民達を最後まで守り通しました。
 ゆえに、人々にとって岩壁は誇りなのです。
 [城下町エドラス]の代名詞でもあります」


説明してくださるイアンさんも、どこか誇らしげに感じられます。
大好きな感情が伝わります!


「[城下町エドラス]かあ……!」


ここでまた、どんな冒険が始まるのだろう。
どんな出会いがあるのだろう。
期待のドキドキと、ちょっとの不安がミックスされた状態です――!




-----------------------------------
017 城下町エドラス
-----------------------------------




「入るのにお金がかかるんですね……」


大きな門にたどり着いた時、二人の衛兵さんにチェックを受けることになりました。
なんでも1gpのお金が必要とのことでした。
ワタワタと戸惑うわたしに、イアンさんがお衛兵さんに掛け合ってくれました。
衛兵さん、イアンさんと気がついて直立不動の敬礼です。


「はは、森や小さな村ではありませんからなあ。
 大きな街に入る時には、どこでも必ず入市税を支払う必要があります」 


そんな大きな門の岩壁には文字が刻まれていました。

---------------------------
恵みと力
危うき時にも
安けく守る
御身の目指す港たらんことを
---------------------------

この門を作られた方の気持ちなのでしょうか。
なんだか、ホッとします。
そんな文字を見てから、先に進むと――

そこはまるで、小さい頃に絵本なんかで読んだ「おとぎ話」の世界そのものでした!


「わあ……
 ……本当に中世の町並み……!」

「ん? なにかおっしゃられましたか?」

「あ、あ、いえいえ! ひ、独り言です!」


あ、あぶない!
中世とかって、この人達にとっては現代なんだから!
で、でも、わたしが考えていた中世の街のイメージまんまなんですもん!

三角屋根の木組み住宅。
石畳の道路。
活気ある人々!


「はは、どうやら気に入っていただけて何よりです」


興奮気味のわたしに、イアンさんが微笑まれました。


「ええ……とっても!」

「[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]にそこまで言われるとは、エドラスも光栄です。
 では、教会へ向かう前に、少し周囲をご案内しましょうか?」


イアンさんのお言葉。
一も二もなく、わたしはすぐにお願いしました!





「プレーンラインと呼ばれる通りです。
 この当たりには職人達の多くの店がございます」


プレーンラインは、多くの方々行き交うメインストリートといった感じです。
両脇には多くのお店が建ち並び、やはり多くの人々が軒先を覗いています。


「剣や農具に……
 それに洋服とか、わ、人形まであるんですね」

「はい、ここは魔法道具から子供向けの玩具まで揃いますよ。
 ありとあらゆる職人達が、日々、腕を競いながら職務に励んでおります」

「あのクマの人形、大きいなあ……」


たくさんの店には多くの人が群がっていました。
わたしたちは馬車なので、邪魔にならないように遠目からです。
後で、絶対にわたしも見て回りたいと思います!
特にあのクマのぬいぐるみ……
シュタイフ製にそっくりで、絶対にモフモフしたいです!


「続いてはブルグ庭園です。
 ここは、本来城があった場所になります。
 30年戦争後に再建されずに庭園だけが残り、今では人々の憩いの場所となりました」


深い緑。
それがすっごく感じられる場所でした。
また花壇には多くの花が植えられており、色とりどりに咲かせており緑に映えています!


「わ、小さい子がいっぱい遊んでいますね。
 それに……剣や斧を振るっている方も?」

「ええ、広い場所ですから。
 子供は遊び、一攫千金を夢見る冒険者は身体を鍛え、恋人達は愛を語らいます」

「みんな……
 とっても楽しそうですね……!
 生きていることを、とっても楽しんでいるのが伝わってきます」

「それはノア様が、世界を守られたおかげですよ」

「はぅ。
 も、もうそれはいいですってば~」

「はは。どうにも歳を取ると、同じ事を繰り返して述べてしまいますな」


続いて馬車が向かったのは、多くの露天が立ち並ぶ場所でした。


「マーケット広場です。
 ここでは、野菜や肉は酒などを販売する出店が多く並びます。
 [城下町エドラス]の台所と言えるでしょう」

「本当に一杯のお店ですね……!
 あのリンゴは美味しそうです」

「あれから作るリンゴ酒も人々には人気です。
 それとこの時期ですと、アスパラガスが美味しいですぞ」

「わ! 白くて太い!」
 
「今、この時期の[城下町エドラス]でしか食べられない、このあたりの名物です」

「う、是非、今日の夜にでも食べたいと思います!」


なんだか素敵な観光地に来た感じです!
時期もよかったかもしれません!


「では、そろそろ聖堂となります。
 どうされます、少しお休みになられてからにされますか?」

「あ、いえ、大丈夫です」


新しい場所に来て気持ちが向上しているためかな、全然、疲れた感じはありません。
いや、[ノア]の身体のおかげかもしれません。


「はは。
 さすが[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]です。
 それでは、聖堂の方へご案内させていただきます」





案内された教会はものすごいものでした!
な、なんていうんでしょうか!? ゴ、ゴシック建築?
それも、ものすごい高さの建物です!
た、たぶん、[城下町エドラス]で一番高いんじゃないでしょうか!?
イアンさんによると、170年近くかけ完成されたとのことだ。

さらに圧巻だったのは中に入ってから!

主祭壇の奥にあるステンドグラスは天上近くまで続き、キラキラした光を取り込んでいました。
また木造の彫刻も、あまりの精巧さに空いた口がふさがりませんでした。

そんな中で案内された部屋。
そこには法衣を身に纏われたお爺さんがいらっしゃいました。


「ほうほうほう、こりゃあ美人さんが来なさったなあ」


顔をしわくちゃにされ、そうおっしゃる姿はまさに好々爺といった感じです。
なんだか小さい頃によく行っていた、田舎のとなりの家のおじいちゃんを思い出します。

そんな方に向かって、イアンさんは丁重な挨拶をされました。


「ジョウゼン長老(エルダー)、
 イアン・フレミング、ただいま戻りました」

「相変わらず堅苦しいのう。
 でも、ま、それがイアンちゃんじゃものなあ」


ジョウゼンさんと呼ばれた方は、カカカといった感じに笑われました。


「長老(エルダー)、大切なお客様の前です。
 いつも言っているでしょう、おひかえください」

「ほいほい、わかった、わかったって」


頭をポリポリといった感じで掻く。
え、えと、こ、この方がイアンさんの上司の方で、偉い人……?
で、長老(エルダー)と呼ばれているから……
ゲームで言えばレベル6の僧侶さんになるのかな?


「おほん。
 それでは改めましてご紹介いたします。
 この御方が[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]、ノア様です」


1つ咳払いをしたイアンさんが、わたしを紹介してくださった。


「え、えと、初めまして、ノアです。
 今回は突然お伺いしてしまいまして、その、申し訳ありませんでした」


あわててお辞儀をします。
そんなわたしに対して、ジョウゼンさんは笑いながら答えてくださった。


「いやいやいやいや、何が申し訳あるものか。
 男が女性と会えるなんて、大地が生まれた瞬間からずーっと男は誰も迷惑がらんわい!
 わしはずーっと会いたかったんじゃ!
 サーガで聞くよりも、絵で見るよりも、ずーっと美人じゃった!
 こりゃあ、眼福眼福!
 寿命が10年は延びたのー」

「は、はい。な、なんていうか……
 ……ありがとうございます……?」


こんなわたしとジョウゼンさんのやり取り。
ちらりとイアンさんを見ると、深いため息をつかれました。
……
……な、なんだかイアンさんってば色々苦労されてそうです……





[ウォウズの村]に関する話し合いは、なんにも問題もなく終わりました!
全てのことに対して、あっさり了承がいただけました。
本当に良かったです!
話し合いは、ずっと穏やかなムード。
実はちょっと緊張していたので、ホッとしました。
正義を教義とするハイローニアスの方と話すなんて、ちょっとイメージできなかったんですよ。

ジョウゼン長老が面白いおじいちゃんでよかったです。
ただ、1つ残念なことが。
……
……やっぱりジョウゼンさんも「ノア様」でした。
……あぅ。


「ノア様、すまんが一点だけ知っていたら教えて欲しいことがあるんじゃ」


そんなジョウゼンさん。
少しだけ真面目な雰囲気の顔をされました。


「……え? わたしにですか?」


[ノア]ならいざしらず、[乃愛]で答えられることかな……?
ちょっとドキドキです。


「[戦乙女(ヴァルキュリア)]」


ジョウゼンさんはポツリと言いました。
その言葉に、イアンさんもうつむかれてしまいました。


「[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]、ノア様。
 [戦乙女(ヴァルキュリア)]がどこにおるのか教えてくれんかのう?」








相変わらずの進展の遅さ。
それに加えて、相変わらず若い男もでてこない。
おじさんかおじいちゃんばかり。
そんなキャラクターが大好きなんで許してくださいw



[13727] 18 戦乙女
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/01/23 16:57
「[戦乙女(ヴァルキュリア)]?」


それって、ワルキューレと同じ意味だよね?
ワーグナーの[ワルキューレの騎行]は劇的な音楽で好きなんだけど……
って、話がずれた。えとえと。
確か、北欧神話に出てきていたと思うけど……?

首をかしげるわたし。
イアンさんが補足の説明をしてくださった。


「ノア様と共に世界を掛け巡り……
 ……
 ……」


イアンさんは、非常に悔しそうな顔をされて口をつぐんでしまった。
ジョウゼン長老がイアンさんの前に右手を差し出す。


「この後はワシがお伺いしなければならんな。
 一応、ワシが上の立場なんじゃしな」

「長老……」


ジョウゼン長老が改めて、わたしに向かわれて――


「わしらにより不当に与えられた数多の試練。
 それをあの者は、己の血と汗と鋼鉄の心で乗り越えたんじゃろなあ。
 そんな娘っ子にハイローニアスは味方した。
 [魔術師ビッグバイ]討伐にも参加した[戦乙女(ヴァルキュリア)]――」

「え、それって……?」 


[魔術師ビッグバイ]と戦ったメンバー。
わたしと、おにいちゃんの[キース]を含めて4人だ。
その中にいて、[戦乙女(ヴァルキュリア)]って言えば……


「もしかしてブリュンヒルデ?」

「さようでございます。
 [戦乙女(ヴァルキュリア)]こと、ブリュンヒルデ・ヴォルズングです」


ジョウゼン長老はため息を付き、イアンさんの言葉は悔しげでした。




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018 戦乙女
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ブリュンヒルデ・ヴォルズング。
[ノア]と共に[魔術師ビッグバイ]を退治した[パラディン(聖騎士)]。

えと、まー、なんといいますか。
おにいちゃんの彼女である、妙子お姉ちゃんがプレイしていたキャラクターです!
妙子お姉ちゃんとは、家が隣同士の幼なじみになります。
おにいちゃんと妙子お姉ちゃんが同い年で、わたしもよく一緒に遊んでもらいました。

まさか、あの、おにいちゃんと付き合うなんて夢にも思いませんでした!
いろいろびっくりしちゃったけど……
……
……うん、わたしは嬉しかったです!

おにいちゃん、かなり女の人にだらしなかったからなー。

そのわりに、わたしとかには厳しいんですよ!
普段は、いつもやさしいおにいちゃんなのに……
……ま、まあ、わたしはどうでもいんですが、あはは……

切掛けは、妙子お姉ちゃんが誰かから告白を受けたことです。
それを聞いたおにいちゃん。
わたしからみても、なんだかソワソワして落ち着きがなかったなー。
話を持ちかけてみても、おにいちゃん強がるんです。
なんだか、初めておにいちゃんをかわいいと思いました!

で、最終的におにいちゃんが妙子お姉ちゃんに告白したようです。
妙子お姉ちゃんから直接聞きました。
お姉ちゃん、嬉しそうな顔だったな。
おにいちゃんはなんていうか、うん、モジモジしていました。
いつもは格好つけなのにねー。

ちなみに、おにいちゃんは妙子お姉ちゃんには頭があがりません。
おにいちゃんは「三つ子の魂百まで。あれは本当なんだぞ乃愛……」と、しみじみと語っていました。
何があったんだろ?
妙子お姉ちゃん、あんなに優しいのに?





「わしら、ブリュンヒルデの嬢ちゃんに頭下げにゃあスジが通らんって」


ジョウゼン長老がピタピタと自分の頭を叩く。
ハイローニアス教団とブリュンヒルデの関係。
しかも「頭を下げる」って、えーと……?
ブリュンヒルデはパラディンだったから、ハイローニアスを信仰しているってぐらいの関係しかないような?
……
……


「あー! もしかして!」


そういえば、ダンジョンマスターがブリュンヒルデ用のオリジナルシナリオを作ったことがあった!

わたし達のレベルがあがってきて、世間に有名になりつつあった頃だ。
山の小さな集落に、かなり強いヒル・ジャイアントが出現した。
わたしとブリュンヒルデは退治すること決めたんだけど、そんな時にハイローニアスの使者が来たんだっけ。
で、かなり上から目線でブリュンヒルデに出向命令がくだされた。
なんでも教皇だか、猊下だか、ハイローニアス教団の偉い人のパーティみたいなものに参加しろって内容です。
確か、たいした内容じゃなかったと思います。

当時のわたしじゃ、ヒル・ジャイアントなんて一人で倒すのはかなり難しいレベルだった。
それに集落の人が相当危険な状況なので、ブリュンヒルデは出席を断ろうとした。
パーティなんて、別に危険でも何でもないんだから。優先順位が違うよね。
そうしたら――

「パラディンの称号を剥奪する」

これですよ! 理不尽すぎます!
基本的にパラディンは教団に従うことが前提ではあるんですが……
剥奪されるってことは、パラディンの特殊能力は全て失うことになるんです。
ハッキリ言って、キャラクターとして致命傷ですよね!

[名もない村人を助けるか、パラディンの能力を取るか]

酷い二択です。
いくらゲームとはいえ、自分のキャラクターが弱くなるのってやっぱり嫌じゃないですか。
そしたら、妙子お姉ちゃん。
教団の使者を、笑いながら蹴っ飛ばしました!


「寝ないで寝言を言えるなんて、素敵な特技もっているのね」


これですよ!
カッコよすぎ!!
妙子お姉ちゃんのブリュンヒルデは、全く迷いませんでした!
そんなブリュンヒルデの行動にマスターは降参です!

「もうちょっとぐらい、葛藤して欲しかったぞー」

きっと考えていたシナリオが、あっという間に没になっちゃったのかなあー。
で、あまりにも格好いい行動だったので、パラディンの特殊能力はそのままでOKになったイベントです。
ただ、ハイローニアス教団のサポートだけは一切受けられなくなりましたが。


「あれはちょっと惨いと思いましたけど……」


そっか、それで、ジョウゼン長老やイアンさんは謝りたかったのか。
でも、ブリュンヒルデは何も気にしてなかったなー。


「妙子おね、じゃない、
 えと、ブリュンヒルデ姉さんは全く気にしていませんでしたよ?」


なんだか、わたしよりもよっぽどカオティックグッドなアライメント(性格)らしい感じです。


「ただ……
 ブリュンヒルデもノア様と同じように、
 そう、魔術師ビッグバイ討伐後は一切行方知れずになってしまいました。
 我らは彼女に見捨てられたのでしょうか。
 いくら探させても、避けられているのか、我らは誰も会うことがかなわないのです」


真面目なイアンさんは本当に悔しそうなオーラが全快だ。
ジョウゼン長老も、表だって表情には出さないけど……
……ひたすら、自分の頭をピタピタとたたき続けている。


「だよなあ。
 虫が良すぎるって話じゃからなあ。
 あん時は全てがボンクラじゃった。
 もちろん、ワシも含めてなあ」

「長老は一人で……!」

「変わらんよ。
 変わらんのじゃよ。当事者からしてみたらの。
 だが、苦労させてしまった人間、努力した女の子にゃあ……
 なんつかー、幸せになってもらわんとなあ」


あぅ、妙子お姉ちゃん。
なんだかハイローニアス教団が、えらいことになっていますよ!
葛藤とか、そういったものがいろいろあったんだろうな……

でも、お姉ちゃんがこの世界に来ていたら、喜んで世界中でも旅しそうだなー。
普通に夏休みとかバックパック1つで、世界中を旅していたし。


「わたしが言うのもなんですけど、
 本当にブリュンヒルデ姉さんのことなら気にすることは――」


……
……
もしもお姉ちゃんが、この世界に来ていたらって……
ちょっと待って?
もしかしたら、わたし以外にも、本当にこの世界に来ているかもしれない?

今まで、わたしは夢みたいなものを見ているのかなって思っていたけど……
そうだよ、わたしが[ノア]なんだもん。
妙子お姉ちゃんが[ブリュンヒルデ]になっている可能性もゼロじゃない、のかな?
そうなると、おにいちゃんだって[キース・オルセン]の可能性があるかも。
[終演の鐘(ベル)]の[イル・ベルリオーネ]だっているかもしれない。

勿論、本当に会ってみないとわからない。
けど、もしもわたしと同じような状況だったとしたら――
これは確認した方が良いかもしれない!
そうなれば、まず、みんなを探さないとならないよね!


「[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]、どうされましたか?」

「そりゃ、こんなの聞かされちゃあ呆れるよのお。
 本来、自分たちでやらなきゃいけないことなのになー」


考えに浸ってしまったわたしに対して、お二人が心配そうに声をかけてくださった。
いけない、いけない!


「あ、えと、申し訳ありません。
 少し、考え事をしてしまいました……」


また少しやるべき事が見えてきました!
今度の新しいクエストは[仲間捜し]です!


「わたしも、あれからブリュンヒルデ姉さんには会っていないんです。
 だから、久しぶりにこれから探そうと思います。
 もしも会えたら、ジョウゼンさんやイアンさん達が謝っていたって伝えておきますね!」





なんかジョウゼンさんとイアンさんに、ものすごくお礼を言われちゃいました。
そ、そんなに大それたことじゃないと思うのになー。
でも。
それだけ後悔というか、悔しいと思ってるんだろうな。

その後、ジョウゼン長老は別件で席を外されることになりました。
けっこう忙しい方の用です。
頭をピタピタと叩きながら、ぼやきながら部屋を退出されました。
残られたイアンさんは、わたしに話しかけられてきました。


「ノア様。今後のご予定はいかがでしょうか?」

「えと、そうですね……」


大まかな予定を考えると――

[仲間捜し]
[日本に帰るための魔法探し]

けど、全く情報がないから……
うん、[城下町エドラス]は人が多い街だし。色々な情報を集めたいな。
それに[ウォウズの村]で出来なかったアイテムの整理もしたい。


「ブリュンヒルデ姉さんを探すために、まずは情報を集めます。
 だから、しばらくはここに滞在することになるかな?」


わたしの答えに、イアンさんが嬉しそうな顔をされました。


「それならば、是非、おまかせください。
 エドラスにおられる間、我らの施設で御身の羽をお休めくだされ。
 これぐらいはさせていただかないと、本当に情けなさ過ぎてどうにかなってしまいそうです」

「え、いいんですか!」


土地勘も無いし、宿泊場所も全く決めていなかったし。
何より……
……
……うう、お金がもうあんまりないんです。
やらなきゃいけない事に[お金集め]も加えないと……
[ウォウズの村]の方々にいただいた野菜なら、いっぱい四次元バックパックに入ってるんだけどなあ……

ですから、正直、この申し出はありがたいです!
教会がらみの宿泊施設だから質素だとは思うけど、全然問題なしです!
雨と風が防げれば、それだけで快適!





「はぅう……」


な、なに。このお部屋!
金銀財宝とは言いません。
けれど、明らかに職人さん達により魂を込められて作られたであろう天蓋付のベッド。
白を基調とした壁、家具などの洗練された雰囲気!
そして何よりも――!


「この絵って~!」


壁には何枚もの絵画が飾られていました。
ええ、美術館なんかでよく見た、油絵っぽいものです。
よく宗教画や王様なんかが書かれているタッチのやつ。
でも、よくよく見ると~

金髪の男性戦士。
側には純白の鎧を纏った女性騎士。
二人が、邪悪そうな顔をした魔法使いらしき人と対峙しています。
で。
別の絵を見ると、真っ黒なドラゴンに槍を掲げている真っ黒な鎧を着た人の姿。
……
……
……
……はぅ、全部、わたし達の物語の絵でした。


「もし、わたしに気を使ってくれて、この部屋なら……
 イアンさん、逆効果ですよ~」


自分が描かれた絵を飾っている部屋に、まさか泊らされるとは思いませんでした。
はぅ。






説明くさいお話になってしまいました。
一瞬でも「その他」板の以降を考えた自分を殴りつけてやりたい。

次話では、買い物や酒場なんかを描きたいな。
なんていうか、ベタベタ王道な冒険者的なお話を。



[13727] 19 冒険初心者
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/01/31 11:59
「15枚」


自室のテーブル上に置かれたお金。
わたしの全財産だ。


「金貨15枚、銀貨4枚、銅貨13枚。
 うう、貧乏は切ないなあ……」


[魔術師ビッグバイ]を倒して、わたしたちのパーティは結構なお金を手に入れることができました。
けど、分配時に、わたしはお金ではなくアイテムをもらうことになりました。
おにいちゃんの[キース・オルセン]が、領主になるために大金が必要だったからです。
で。
色々なアイテムはあるのだけど、現金が無いというわけです。


「マジックアイテムは購入してくれる人が必要だしなー」


それに、変に強力なアイテムを売っても危ない気がします。
一度、アイテムを整理して、問題がなさそうなアイテムを見つける。
それから、それを購入してくれる人を探して交渉しなければならない。
……
……結構、前途多難な気がします……はぅ。

ただ、四次元バックパックを整理していて便利な装備が入っていました!


「ゲーム中では全然意識したことなかったんだけどな」


美しい黒皮に、繊細な金色の装飾が施された手袋です。


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◇[グラヴズ・オブ・ストアリング(物入れの手袋)]

特製
・使用者はこの手袋の中にアイテムを1つしまうことができる。
・手袋の一方ずつにそれぞれ1つのアイテムを入れることができる。
・使用者は手袋の中にしまったアイテムを自分の手の中に物質化させることができる。
・武器に関しては現れた瞬間から使用者がこれを構えているものと見なされる。
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ゲームプレイ中には、正直に言うと武器の出し入れって意識していませんでした。
だからきっと、街中や宿屋の中でもグングニルって出しっぱなしだったと思います。
勿論、街におられる方でも帯刀している人は珍しくないのですが……
さすがに両手武器(ツーハンドウェポン)を所持しながら、例えば食事しているとかはあり得ないですよねえ。
それに急に何かあった時に、すぐに武器を構えているというのは重要です。


「右手にグングニルっと。
 で、左手には四次元バックパックで、手ぶらになるのはありがたいかも」


左手にロングボウという選択も考えました。
突然の遠方攻撃に対して、すぐに反撃ができるようにって。
でも、それって、グングニルを投擲すれば補えると今回は判断です。
ちょっと試してみて、何か不便があったらいろいろ考えたいと思います!
さらに言えば、四次元バックパックを盗難から守れるという利点も大きいです!


「あとはコマンドワードを決めないと」


あ、コマンドワードはアイテムの効果を発動させるための詠唱のことです。
わたしの装備している[ヴォイドクリスタル・ラフィング・デス・アーマー(虚無水晶の嘲笑う死の鎧)]にもあります。

[魂も宿らぬ骸、骸、我が許へ……]

これで、一瞬で鎧を装着が可能です。
グングニルもそういったワードを決めないといけません。


「ワードが[グングニル]だけだと、普通の会話で出てきちゃいそうだし。
 うーん、それでいてわかりやすいものってなると……」


ただ、重々しい言葉にするっていう選択肢もあると思います。
モンスター相手では意味は無いけど、人が相手の場合には十分な恐怖になると思うんです。
重々しい言葉と共に出現するグングニルを見て、人との戦いが避けられればそれに越したことは無いですしね!
ハッタリってやつです!


「[全てを貫く神槍、我が手に――]この辺で試してみよっと。
 鎧と似たような韻を踏んでいるし、ダメだったら変えちゃえばいいし」


ちょっと恥ずかしいかもしれないけど、これで戦いが避けられるなら!
安いモノですよ! ええ!


「じゃ、さっそくと――」


わたしは鏡の前に立ってと。


「魂も宿らぬ骸、骸、我が許へ――」


夜の鎧を装着し、右手を掲げる。


「全てを貫く神槍、我が手に――!」


神槍グングニルが何も無い空間より物質化し、わたしの右手に収まる。
気がつけば、一瞬でわたしは戦闘の姿勢。


「……
 ……おにいちゃんに見られたら、一生笑われそうだなあ……」


鏡には、戦闘態勢まっくろ鎧のわたし。
なんだか、どんどん変身ヒーローなテレビ番組のキャラクターに近づいている気がします。
……はぅ。





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019 冒険者入門
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「冒険者になるには、ですか……?」


お忙しそうな中、イアンさんに質問させていただきました。
お金を稼げて、日本に帰る情報、仲間の情報を集める。
[ウィッシュ(願い)][ゲイト(魔導門)]の魔法探し。
それらを考えると、やっぱり冒険者しか選択肢が無いとの判断です。


「冒険者組合(ギルド)などへの登録でしょうか?
 ノア様の実力でしたら、私共より口添えをさせていただきますが?」

「あ、いえいえ!
 そ、その、特別扱いとかじゃなくて、やっぱり最初からというか――」


[ノア]はともかく、[乃愛]には経験が足りないと思うんです。
だから生き残るために、ちょっとずつ経験を積んでいきたい。
しどろもどろのわたしにイアンさんが、微笑みながらおっしゃってくださいました。


「はは、どのようなお考え故かはわかりませぬが……
 ならばドーヴェン・ストール殿の元へ向かうとよいでしょう」

「ドーヴェン・ストールさん……ですか?」

「ええ。彼は、この[城下町エドラス]にて冒険者養成講座を開いておられます」

「え! そんなのがあるんですか!」


正直、驚きです!
まさに今のわたしにうってつけかもしれません!


「ドーヴェン殿自身はベテランの冒険者なのですが、
 組合公認の元、冒険者を志す若者達に指導されておられるのです」

「ありがとうございます!
 わたし、まずはドーヴェン・ストールさんへ伺ってみます!」

「ドーヴェン殿はいつもならば、酒場件宿屋の[ネンティア亭]におられますゆえに」

「わかりました!」


よーし!
まずは冒険者の基本をおさらいからだ!





[ネンティア亭]はプレーンラインを通り抜け、マーケット広場沿いにありました。
石と堅い材木で建てられた年期が入った感じです。
看板には、うん。[ネンティア亭]と記載されています、間違いないようです。


「よし、行こう!」


やっぱり初めて入るお店って、すこし緊張します。
木製の扉を押して中に入る。


「し、失礼します……」


中に入ると、至る所のテーブルでは賑やかな食事や会話されている人々が見受けられました。
ただ共通しているのが、ほとんどが冒険者風であること。
傷だらけのレザーアーマーを身につけている人、ローブを深々とかぶっている人、まさに冒険者の酒場って感じです!
また壁にはアクスやソード、シールドなんかが無造作に立てかけられています。


「いらっしゃい。
 おや、カワイイ娘さん。ここは初めてかい? 初めての酒場[ネンティア亭]にようこそ」

「あ、いえ、こちらこそです! よ、よろしくお願いします!」


ご主人がニコヤカに応対しくれました。
耳の辺りを見ると、ハーフエルフだと思います。
って、一応、今のわたしもハーフエルフではあるのですが。


「注文いいかい? 何にする?」

「あ、ではミルクをいただけますか?」


[森の木陰亭]と同じように注文したら、周囲から笑い声が起きてしまいました。
いや、結構騒がしかったのに、どうやらわたしの会話などを伺っていたようです。


「ありえねえなあ。お嬢ちゃん、早くけえんなけえんな!」

「それか、俺に酌でもしてくれるのかい?」

「一晩いくらだ、そっちで来たんだろ? 俺が買うぜ?」


うぅ、ちょっと嫌な感じです。
考えてみれば居酒屋行って「牛乳ください」は、確かに無いかもしれない。
でも、何も注文しないっていうのも失礼だし。
今度は適当にハチミツ酒でも頼んで、もったいないけど口をつけないようにでもしないと目立っちゃうかなあ?


「娘さん。気にすることないさ。
 あれはいつものことなんだ。初心者と見ると、いつもあいつらはそうさ」


ハーフエルフのご主人が、わたしにコップにナミナミとつがれた牛乳を差し出してくれた。


「娘さん、ドーヴェン・ストールに会いに来たのだろう?」

「え、ええ! よくおわかりになられましたね」

「当たり前さ、そんな新品のローブだ。
 一度もクエストなんかやったことないんだろう? 
 娘さんみたいなやつが、この酒場にはよく来るんだ。
 ああ、でも恥じることなんてないんだぞ。誰にだって初めてというものは存在するんだから」

「え、えと、はい。
 あ、ありがとうございます」


マスターの言葉に、ちょっとホッとしました。
[ノア]的思考で考えればなんでも無いのですが、それでもやっぱり完全アウェイは気持ちよくないですし。


「ドーヴェンさんなら、あっちのテーブルだ」


マスターがテーブルの1つを指さします。
そこには、確かに年季の入った冒険者の体をされた男性がいらっしゃいました。


「ありがとうございます、マスター!」

「礼なんていらないさ。その代わりというのはなんだが、
 しっかりと生き残れる冒険者になるんだよ、娘さん」


わたしはマスターの言葉をしっかりと胸に刻んで、教えられたテーブルに向かいました。


「はは、さっきのやり取り、ここまで筒抜けだったよ。娘さん。
 冒険者養成講座の参加希望ということでいいのかい?
 これで人数がぴったりになった!
 よし、じゃあ、さっそく始めるとしようか!
 自己紹介と、特技、それとなぜ冒険者になろうとしているのか教えてくれないか?」


大きなハキハキとした声で、がっしりとした男性が話しかけてきてくれました。







1話完成していたのですが、あまりにも出来が酷かった。
で、すべて没にして、全く違う話で書いたのが本話になりました。
今回は[『冒険者入門』 D&D第4版対応 1レベル・キャラクター向け冒険シナリオ]が土台となっています。

また、なんとか週1でのペースでアップしたかったので、文章も短めになってしまいました。
申し訳ありませんでした。
次話は、もうちょっとなんとかしたい!



[13727] 20 見極め
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/02/28 09:01
ドーヴェン・ストールさんは、がっしりとした偉丈夫でした。
重心がしっかりしている感じです。
また、顔にある傷がくぐり抜けてきた修羅場を物語るようでした。


「よし! 定員の3人が揃ったということで、だ!
 さっそく自己紹介をしてもらおうか!
 来た順番に頼む。では、君からだ!」


目の前のテーブルに座られていた男性を、ドーヴェンさんは指差します。
なんだか、熱血体育教師って感じかな?


「ったく、こんな女とかよ!
 名高い[鉄]のドーヴェンも落ちたってもんだ!
 まあいい。俺は組合(ギルド)の承認さえもらえれば何でもいいんでな。
 ミハイルだ、ミハイル・ショーロホフ。
 得意獲物はコイツだよ!
 これで満足かい? ドーヴェンさんよ」


ミハイルさんと名乗られた方は、背中に背負ったバスタードソードを指差す。
間違いなくファイターと言えるような人だ。
ドーヴェンさんは満足そうに頷いた。


「ああ。君は良い身体をしているな。
 武器の選択も良いかもしれないね。ああ、期待しているよ!
 では、次の君、自己紹介を頼むよ」


ミハイルさんの隣の席に座られていた方は、面倒くさそうに髪の毛を掻きむしる。
痩せ気味で、飄々とした感じの方でした。


「マジで?
 なんつーか、ありえないんですけど。ねえ?
 はあ、ま、いいけどよ。
 俺はオシップ・ザッキン。ミハイルとは一緒に野良でクエストやってた仲だ。
 特技は、まー、ヒットアンドウェイってやつ?
 軽い武器が好きなんでね。今のお気に入りはナイフだねえ」


オシップ。
日本人には聞き慣れない発音の名前です。
なんか、舌をかんじゃいそう。
このオシップさんは、おそらくシーフで間違いないと思います。
手の動きや足の運び方が繊細というか、音を立てない感じなんです。


「君の体躯からすると、うん。よく己をわかっているな!
 ああ、その方向性で間違いないな!
 では、最後の女の子の君。いいかな?」

「あ、はい!」


私の自己紹介の番になりました!
なんだか体育会系の部活に入った時の自己紹介みたいです。
うう、なんだか苦手です。こういうの~。


「は、初めまして、ノアと申します。
 えと、特技というと――」


流れからすると、呪文は言っちゃいけないのかな?
ドーヴェンさんも戦士系の職業っぽいし。
となると――


「ロ、ロングスピアが一番得意です。よろしくお願いします」


お辞儀をしたわたしに、ミハイルさんとオシップさんの「呆れた」といった声が聞こえてきた。


「おまえさあ。帰ってくんねえか?
 はっきりいってテンションがだだ下がりだぜ、なあ?
 わかるだろ、俺が言ってること?」

「同感、同感。
 ロングスピア? かかか、ロングスピアに振り回されてダンスでも踊るの? ねえ、踊るの?」


ハッキリ言って、馬鹿にされてます。
いえ、でもわかるんです。こう言われるのって。
わたしの外見で両手武器を振り回すなんて想像できないですもん。普通は。
反対の立場だったら、わたしも止めている方についたと思います。


「君達。冒険にとって油断は一番大敵だぞ!
 この娘さんは法衣を纏っている。
 ということは僧兵の訓練を受けているかもしれないということだ。
 その油断が冒険では命取りになることを忘れないでくれ」


わたしの事が気に入らないお二人に、ドーヴェンさんが宥めてくださいました。
1つ咳払いをして、真面目な口調でさらに続ける。


「それじゃ、その当たりの心構えから簡単に言おう。
 冒険者は油断であっという間に死んでしまうんだ。
 じゃあ、死なないように生き残るにはどうしたらいいのか?
 そう、戦闘になるだろう。
 あの恐るべき男[魔術師ビッグバイ]が滅びたとはいえ、この世界はまだまだ危険に満ちているからね!」

「だあからさ、ドーヴェンさんよ。
 俺達、この娘っ子のことを思って言ってやっているのさ!」

「だねえ。感謝して欲しいぐらいさね」


ミハイルさん、オシップさんが小馬鹿にした感じが続きます。
いや、馬鹿にしているんだろうな。


「そうさ、君達の言うことももっともだ。
 だから、これからそれを見極めたいと思う。
 早速、3人とも街の外まで行こうか。
 ノア君もいいかな?」

「あ、は、はい!」


なんだかよくわからない間に、街の外に出ることになりました。
見極め、か。テストみたいなものかな?
何にせよ、何が来てもいいように、まずは全力で行かないとね――!





ドーヴェンさんに案内された場所は、本当に門を出てすぐの所でした。
10分ぐらい歩いた場所の、草原が広がる小さな丘です。


「じゃ、さっそく始めるとしよう!」


ドーヴェンさん、腰のポーチから鏡を取り出しました。


「ミハイル君、これを握ってほしい」

「は、なんだよ? 持ちゃいいのか?」


ドーヴェンさんが取り出した物は、銀製の装飾が施された手鏡でした。
差し出される手鏡を、ミハイルさんが覗きこんだ時だ。
鏡面部から、強烈な光りが発せられる。
そして光の中からは――


「な、なんだ!?」

「何しやがりましたかねえ、このおっさんは!?」


慌てるミハイルさんと、悪態をつくオシップさんの目の前。
ハイエナにそっくりな、二足歩行をするクリーチャーがそこにはいました。


「ノール……!?」


思わずつぶやいてしまう。
ただ、現実感が希薄。
一般の人にはわからないと思うが、あれは[幻影]だ。
となると、あの鏡は[ファンタズマル・フォース(幻覚)]の効果を持ったマジックアイテムか何か?


-----------------------------------
◇ノール(Gnoll)

社会構成:部族
食性  :肉食性
知能  :低い
性格  :カオティックイービル

生態
・ノールの全体の体つきは大柄な人間に似ているが、細部はハイエナのものである。
・地下や見捨てられた廃墟などによく生息している。
・ノールはあらゆる種類の温かい肉を食べるが、ただ単に悲鳴を聞きたいという理由のために知的クリーチャーを好む。

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「こいつは特別な鏡でね。
 鏡面を見た人間の強さを診断するんだ。
 で、勝てるぐらいの強さの幻のモンスターを生み出してくれる優れものってわけさ。
 訓練にはうってつけだね。
 ああ、ただ幻といっても怪我をしないわけじゃない。
 人間なんてもろいからね。
 幻覚の傷を、身体は本物の傷と思い込んでしまうことがあるんだ。
 油断は禁物だよ?」

「けっ! よくわからねえけど、この犬コロをぶち殺しゃいんだろうが!」

「そういうこと!
 さあ[見極め]の開始だ、がんばりたまえ!」

「言われねえでも、脳みそぶちまけてやらあ!」





「はあ、はあ……
 けっ、俺に勝てるわきゃねえだろ、犬コロが……!」


ミハイルさんはなんとかノールを倒すことに成功しました。
真正面からの戦い方は、見ているわたしの方がヒヤヒヤしてしまいました。
なんだか見ているだけの方が、身体によくないです……
途中、危ない場面がありましたから、ゲームレベルで表すとLV1~2ファイターぐらいだと思います。


「よくやったね!
 ノールを倒せるなんて素晴らしいじゃないか!」


ドーヴェンさんも賞賛しています。
初期のレベルでノールを倒せるというのは、確かにすごいかもしれないです!


「では、続いてオシップ君。
 怖じ気ついてはいないかな?」


手鏡を差し出しながら、ドーヴェンさんはオシップさんに訪ねてくる。


「はあ? 冗談っしょ?
 余裕っすよ、よ・ゆ・う!」


オシップさんは軽快な手つきで手鏡を受け取った。





「ったく、まー、なんで俺ん時は三匹も……
 やってられないですよ、ホント……」


オシップさんもかなりギリギリの戦いでした。
出現してきたのは、3匹の猟犬。
動きが素早く、複数の敵というのはやっかいだと思う。
ただ、オシップさんは場所取りが上手かった。
またネットを所有していたことが、かなり優位にはこびました。
ネットを投擲することで、1匹の動きを止められたのが最大の勝因でした!


「君は頭がいいな!
 力が無くとも、時として知恵は力を上回る。
 ああ、君はそちらの方向が良いだろう、いいねえ!」


ドーヴェンさんは大きな拍手をされていた。
そして、わたしを見つめてくる。


「さあ、ノア君。
 いいのかい? 今の二人を見ただろう?
 それでも君はこの世界に踏み込むのだろうか?
 ここでやめたとしても、それは立派な知恵と勇気だと私は思う。
 手に取るなら、覚悟を決めて欲しい」


言葉と共に、わたしには銀の手鏡が差し出された。


「ええ、大丈夫です!
 戦います、わたしも戦わせてください」


ここは危険が伴う世界。
だから。
生き残るために。
大好きな人たちと会うために。
守るために。
日本に帰るために。
そう、わたしは――


「戦います!」


わたしは、そっと目を閉じる。
今、この瞬間から、わたしは[ノア]だ。
[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]の[ノア]になる――!


「よく言った! さあ、受け取りたまえ!」


わたしはドーヴェンさんから差し出された手鏡を受け取った。
右手にピリっとした感触。
刹那、手鏡がまぶしいぐらいに光りを発する。


「ん……?
 おかしいな、こんなに光るなんて……?」


ミハイルさん、オシップさんの時とはちょっと様子がおかしいかもしれない。
鏡面から発せられる光が、いつになっても止らないんです。
ドーヴェンさんも首をかしげています。


「弱すぎて、鏡がどんなモンスターを出していいのか困ってるんすよー」

「そりゃ、違げえねえや!」


オシップさん、ミハイルさん、お二人の言葉だ。
丁度、その時。
鏡から異音が聞こえてきます。


「あ、ヒビが――」


鏡面部分に軋みが入ってしまった。
それは次第に広がっていく。
「ピシッ、ピシッ」といった音が止りません。


「馬鹿な、魔法道具なのに壊れるなんて!?
 一体何がどうなってるんだ!?」


ドーヴェンさんの声と同時だ。
とうとう、鏡が音を立てて砕け散ってしまった。
キラキラとした破片により、光が乱反射した。
刹那、今までよりもいっそう強い光が周囲を包む――


「バ、馬鹿な……!?」

「な、な、なんじゃこりゃあ!?」

「……あ、あはは……
 マ、マジっすか、これってば、ネエ……?」


光は収束する。
そしてそこに鎮座していたのは深い蒼の鱗を持った最強の魔獣。
太古より生きる伝説の生き物。
巨大な体、卓越した肉体、魔法の使い手。


「馬鹿な、ノア君!
 なんで青いドラゴンだって――!?!?!」

「わ、わわ、ど、どうなってんじゃあ!?」

「や、ヤベえっす、これ、まじヤバいっすよ!?」


-----------------------------------
◇ドラゴン,ブルー(Dragon,Blue)

社会構成:独居性もしくは氏族
食性  :特殊
知能  :高い
性格  :ローフルイービル

生態
・極めて縄張り意識が強く、大食感である。
・自分達の言語、邪悪なドラゴン間の共通言語をしゃべる。
・暑い砂漠の気流に乗って飛ぶことを愛している。

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ドーヴェンさんが、全身をガタガタと震わしながら近寄ってくださった。


「ア、アイテムの暴走か!?
 ノ、ノア君! に、逃げるんだ!
 いくら幻覚といはいえ、精神がホンモノだと思ったらそれでおしまいだ!」


わたしとブルードラゴンの間に、ドーヴェンさんは分け入ってくださった。
最強の魔獣から、わたしを守ろうとしてくれている。
……そのお気持ちだけで、わたしは……!
戦えます!!


「大丈夫です」


ドーヴェンさんに後ろに下がっていただくように促しました。
そう、大丈夫です。
わたしはドラゴンと戦ったことがあるのだから。
そう、この身体は――
英雄なのだから――!


「全てを貫く神槍、我が手に――」


何も無い空間がゆがむ。
次第に現れてくるのは[神槍グングニル]。
とねりこの柄を握りしめる。
全身に力がみなぎってくる――!


「ひ、ひい、こ、今度はなんだよ!」

「槍、あ、あれが言っていたロングスピア!?」

「ノア君……!?
 き、君は一体!? なんだ、この、神々しさは!?」


両手を広げ、わたしは身体をさらす。


「魂も宿らぬ骸、骸、我が許へ――」


人々が畏怖する暗闇を身に纏う。
魔物も、死霊も、神もが恐れる夜になる――


「ノア君……!?」

「な、なんなんだよぉ、おめえは……」

「あはは……まじ、今、何が起きてるんすかあ!?」


ドーヴェンさん、ミハイルさん、オシップさん。
驚かせてごめんなさい。
でも、すぐに終わらせますから――


「わたしはノア――
 [黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]のノア。
 ブルードラゴン、わたしが相手です――!」


わたしにしては、大きな声を上げて気合いを入れる。
そう、わたしは[ノア]なんだから――!
負ける訳がない!


「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」


ドラゴンの咆吼が響き渡った――!







ドラゴンとノアを戦わせてみたかったので超絶展開になりました。
最初の予定では、四匹の猟犬vs初心者3人組だったのに。
それにしても、戦闘シーンでの厨二的な展開は書いていて楽しいですね!w



[13727] 21 戦闘
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/02/19 06:00

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」


ブルードラゴンの咆吼が響き渡る。
周囲の空気が震動し、草木は震えて、動物は逃げ出していく。
だけど、それだけ。
わたしには何の意味をもたらさなかった

……威嚇、なのかな?

そんなことを思ったわたしに、[ノア]が次の指令を出してくれる。
そうだよね。
相手を気にする前に、わたしは勝つために全力を尽くだけだ。

ブルードラゴンは雷の性質を持つ。
そしてドラゴンの性質は、最初に必ずブレスを使ってくる。
ならば、自ずとやるべきことは決まってくる――!





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021 戦闘
-----------------------------------


■■■


ブルードラゴンの叫びが、頭の中に飛び込んでくる。
まるで脳が縮こまってしまうようだ。
私は必死で気持ちを立て直すべく、自分の心に叱咤激励をする。
が、しかし――


「ま、まさかドラゴンの雄叫びが、これほどまでとは思わなかった!」


一説によると、竜の咆吼には、人々を恐慌状態に陥れる魔力があるというが……!


「ひ、ひぃ!!!」

「ちょ、や、こ、腰が……た、立てねえっす……」


ミハイル君とオシップ君が、横でへたり込んでしまった。
無理もない。
わたしも気持ちを強く意識しないと、腰がくだけてしまいそうなのだから。


「あ、あの女は大丈夫なのか……!?」

「な、なんで平然としてられるんすか!? ねえ!?」


二人の疑問は尤もだ。
魔鏡の暴走で出現したのがドラゴン。
なら、なぜノア君は平然としていられるのだ?
どんな冒険者でも、突然、あんな反則な存在が出てきたら――
……
……
いや、私は考え違いをしているのか――?


「鏡が暴走したのではなくて……
 ……
 まさか、正しく働こうとした結果というのか……!?」


まさか、あのノア君が!?
もしも、だ。
正しく効果を発動しようとした魔鏡が、ノア君の力を計りきれなかったのだとしたら――


「ドーヴェンさんよ、ど、どういうこった!?」

「わ、わかりやすく言ってくれないっすかねえ……?」


いかんな、考え事をするときに口にしてしまうクセはまだ抜けんか。


「ああ。
 君たちが鏡を握った時、勝てるモンスターが出現しただろう?
 つまり、ノア君はドラゴンに勝てる強さを持っているんじゃないか、と――」

「は、はあ!? あのちびっこい女が!?」

「……冗談きついっすよ……」


力を計りきれなかったとしたら、本来ならどんなモンスターが出てきたのだろうか――?





■■■


「雷神、天雷、迅雷、雷鳴、
 万雷、雷火、紫電、紫閃、
 我が友、我が兄弟となりて守護されん。
 [プロテクション・フロム・ライトニング【対電撃防御】]――!」


風の精霊が、耳元でそっと囁きかけてくれる。
「もう大丈夫だよ」と。
ハッキリと聞こえる。いつもありがとう――!

目の前のドラゴンはようやく大量の息を吸い込み始めたようだ。
胸の当たりが風船のようにふくらむのがわかった。
恐ろしげな牙から、「パリッ、パリッ」といった音と電撃が見える。
ブレスの準備が整ったようだ。
わたしの前に顔が向けられ、完全にターゲットに入った。
けど、わたしの心は――


「不思議だね、ショパンコンクール予選会の方が緊張したな」


轟音――!
電撃のブレスが放たれた。
雷と暴風と音が一直線にわたしに飛んでくる。

わたしは真正面からブレスウェポンと向かい合った――





■■■


「あ、あれがドラゴンブレス!」

「ひ、み、耳が痛てえ!!?」

「あ、あはは……もうありえないっしょ……」


強い光と、強い風、ものすごい音が落ち着いてきた。
必死に目をこらしてみる。
が、そこには驚くべき光景があった!
何事もなかったように、平然と、黒い鎧に身を包んだ少女が立っているのだ!


「あ、あれってば、鏡から出たニセモンだから平気だったんすか?」

「これがニセモノ!? ニセモノでもあんなのありえねえよ!!」


オシップ君の質問に、ミハイル君が叫ぶ。
正直、私も「ありえない」と叫びたいのが本音だ。


「この鏡はそんな生やさしいものじゃない。
 先ほどのノア君の行動だが、何らかの[魔法]を詠唱したようだ。
 それで防いただんだろう」


法衣を身に纏っていたが、本物の僧侶だったということか――


「ま、魔法……?」

「あの、ぼーさんがものすごい高い金を取ってやる詐欺行為のっすか?」

「多くのニセモノがはびこっているのは事実だ。
 だが、限られた中には本物がいる。
 ノア君は、あのブレスを防げる程の[魔法]の使い手でもあるということなのだろう」


-----------------------------------
・[プロテクション・フロム・ライトニング【対電撃防御】] LV4スペル

魔法の電撃攻撃に対して完全な耐性を有することができるようになる。
使い手のレベル当たり10ポイントの電撃を中和するまで、効果は持続される。

-----------------------------------





■■■


電撃のドラゴンブレスはわたしに髪一筋もダメージを与えられない。
[プロテクション・フロム・ライトニング【対電撃防御】] の効果は絶大です!


「このドラゴンブレスなら――
 うん、あと4,5回ぐらいなら魔法の効果でノーダメージですむかな?」


D&Dのドラゴンは、年齢によって強さが天と地ぐらい離れています。
当然、ドラゴンブレスの強さも変わってくる。
今回のブレスぐらいだと、身体は大きいけど2~3歳のドラゴンって感じだと思う。


「Ga……!?」


何事も無く立っているわたしに、ブルードラゴンはキョトンとした表情を見せた。
だが、その直後に大きな三本詰めの右手を振りかぶる。
だけど、わたしには緩慢な動作に思えた。


「オーバーアクションだと、こんなに相手に余裕を与えるんだ。
 これ、わたしも気をつけないといけないな」


わたしは両手を交差して、[受け]に意識を集中する。
手の甲から優しい光が漏れてくる。
[ブレイサー・オブ・デフレクション【偏向の腕輪】]の効果だ。
最初、攻撃を避けようとしたのだけど、あえて受けてみるように[ノア]がささやいたから。

クロスした両手に衝撃が伝わる――!

結構な衝撃音はしたけど、わたしの身体は少しだけ横にずれるだけで済んだ。
どこも身体も痛くないし、傷も一つもない。


「う~! さすがにちょっとびっくりしたかも!
 でも、うん、さすがにバランスブレイカーな鎧とアイテムの効果!
 全然大丈夫だ!
 これが老竜なんかだったら、こんな風にはいかないと思うけど――」


次の行動を[ノア]が指示を出してくれる。
どうやら、しばらくは受けに徹するようだ。
たぶん[ノア]にとっては身体のリハビリになるのかな。
[乃愛]のわたしには、基本的な良い訓練になるしね!


「Ugayaaaaaaaaaaa!?」


そんな思考の中、ブルードラゴンは慌てて右手を引っ込める。
その直後に、爪が腐り落ちたのが見えた。
[ヴォイドクリスタル・ラフィング・デス・アーマー(虚無水晶の嘲笑う死の鎧)]の効果だろう。


「Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」


叫びと共に、ブルードラゴンの目が変わったような気がする。
怒っているんだろうな、これって。
でも、それは望むところだ。


「本気だからこそ、今のわたしには良い訓練になる!」


わたしは強くなるんだ!
[ノア]の力と、[乃愛]の力をイコールにするために!





■■■


「私は夢でも見ているのだろうか……!?」


ノア君はブルードラゴンの一撃を正面から受け止めたのだ!
その後も、次々に繰り出される爪と口と尾の攻撃!
怒濤の攻撃だが、避けて、受け止めて、全く平然としている――!?


「お、俺は、あの娘っ子に、な、なんつー口を聞いちまったんだ!?
 あ、あとで謝ろう……
 ゆ、許してくれっかな……?」


ミハイル君の気持ちはよくわかる。
なぜならドラゴンの攻撃に対して、ノア君は全くあせる様子は見て取れないのだから!


「た、ただ者じゃないっすねえ。
 あはは、俺、今のうちにサインでももらっとこかなー」


オシップ君は、もはや突拍子もないお話の喜劇を見た観客の体だ。
その気持ちもよくわかる。
私自身がそうなのだから。


「実際、ただ者じゃないのかもしれないね、ノア君は……」


ドラゴンと真っ向から対面できる少女だ。
ただ者のわけが――
――!?
ただ者じゃない人間!?
そういえばノア君は――!


「ノア君は、[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]と言っていなかったか!?」


あまりの事態に気が動転してしまったが、そうだ!
彼女はブルードラゴンに名乗った!
そう、[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]のノアと――!!


「ノワ……? なんだそりゃ?」

「ん~、そういえば、言ってたっすねえ。
 ……
 ……って、はぁ!?」


ミハイル君は気がつかなかったが、どうやらオシップ君は察したようだ。


「おい、どうしたんだよ?」

「ま、ままま、まさっかすよね!?」


オシップ君の様子に、ミハイル君が心配そうに顔をのぞき込む。
私もそうなのだが、オシップ君の身体が震えているのがわかる。


「じ、じ、実在してたんすか!?
 て、てっきり、あんなのはおとぎ話の世界って思ってたっすけど――!」
 
「そのまさかだと、今の私は考えるがね」


全てが納得できてしまった!
冷静に考えてみれば、吟遊詩人が歌う歌詞のどおりじゃないか!


「お、おい! 何二人で納得してるんだよ!
 俺にも教えてくれよ!」

「……はあ。
 いつも思ってたっすけど、さすがにもうちょっと脳みそ使った方がいいっす」


オシップ君はさすがに呆れた様だ。
だが、仕方が無いとも言える。
あの英雄が目の前にいるなんて――


「流れる黒絹の髪、オニキスが如き瞳、新雪の肌の娘。
 死する悪霊達が、最も恐れる娘。
 灰は灰に、塵は塵に――
 神より授けられし槍、貫けぬものは無し。
 悪魔より授けられし鎧、娘を愛してやまず。
 黒聖処女は愛される。
 神に。
 悪魔に。
 精霊たちに。
 ……
 ……わかったっすか?」

「はあ?
 それってビッグバイを退治した[英雄]の……
 ……
 ……
 ……って、な、なんだとぉぉおおお!?」


ミハイル君も絶叫だ。


「あのノア君こそが、[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]のようだね」


なぜ、彼女ほどの人間が私のところに来たかわからないが……
ふむ、なるほど。
あの槍が[神槍グングニル]か。
見ているだけで、なんといえばいいのだろうか。
魂が持って行かれそうになるな。
はは、そうなると、確かに自己紹介の時にいった得意武器がロングスピアは嘘ではなかったか。


「やれやれ、ようやく落ち着けるよ。
 ゆっくりと見学させていただこうじゃないか。
 我々の世界を救ってくれた[英雄]の力を――」


私はゆっくりと腰を下ろすことにした。





■■■


攻撃を避ける際、ものすごい風を切る音が耳に飛び込んでくる
わたしにダメージが与えられない事から、ブルードラゴンの攻撃がどんどん乱雑になってきました。
大分、焦っているのがわかります。


「うん、もう大丈夫かも!」


ブルードラゴンの攻撃を受けることで、ようやく[ノア]と[乃愛]の身体がシンクロしたように思えます。
今まではなんて言えばいいんだろ?
F1とかのすごい車に、免許取り立ての人がおっかなびっくり運転していたというか。
それが、ここに来て、ようやくF1パイロットが搭乗する感じでしょうか?
そんな想いでいると、ここで[ノア]から攻撃のアドバイスです!
うん、わたしも考えていたよ!


「行くよ、グングニル!
 アース神の城壁を打ち破った力、わたしに見せて!」


冷静さを欠いたドラゴンの攻撃は、恐ろしく簡単に軌道が読めた。
大きく両足を開く。
腰の重心を低くする。
両手でしっかりととねりこの握り部に力を込める。
穂先から柄の先まで、グングニルは[光輝]に包まれてきて――


「たあああ!」


向かってきたドラゴンの右腕に、カウンターでグングニルを初めて突き立てる――!

最初、何かのひっかかりのようなものを一瞬感じました。
でも、それは最初だけ。
後は、お豆腐に針でも差すようで――


「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?」


ドラゴンが慌てて右手を引っ込めましたが、すでに右腕があった場所は[光輝]に包まれていました。
キラキラした光が落ち着くと、ドラゴンの右腕は跡形もなくなっていました。


「よかったあ、わたしでもグングニルは使っていけそうだ!」


槍の特性を生かした攻撃のカウンター攻撃も上手くできた!
こっちの方もなんとかなりそうです!


「Gaa! Guxaaaa!?」


ドラゴンが何かをつぶやいたような気がしました。
ドラゴン語の意味はよくわからないけど、ドラゴンスペル(魔法)とかではなさそうですが――


「Guuu……Gu……!」


大きな翼が羽ばたき始める。
当たりにはものすごい風が巻き起こる――!


「これって、翼の一撃?」


確かドラゴンには翼による風の攻撃があったはずだ。
これをされると20面体ダイスを降って、自分の敏捷力 (Dexterity)以下を出さないと転倒してしまう。


「あ、空中に――」


空に浮いたブルードラゴンは、その巨体に似合わずに宙返りをした。
私に背を向けるような形になりドラゴンは――


「逃げる――!?」


翼を大きく羽ばたかせて、わたしから遠ざかろうとしている――!
あれはさすがに逃がすわけにはいかない!
左手を逃げていくブルードラゴン指し示す。
グングニルを構えた右手を、思い切り後ろに構える。
腰を思い切り捻って、力を込める――!


「わたしのグングニルは、百発百中なんだから――」


必ず貫く――!


「いけえぇ!」


思いっきり投げたグングニルは一筋の光だ。
大空を切り裂き、雲を貫き、ブルードラゴンの心臓を射貫く。
これはもう決められたこと。
神槍グングニルは決して外れないのだから――


「Ga、Gaaa――!?」


光がブルードラゴンの中心部を貫いた。
ドラゴンの身体が[光輝]に包まれていく。


「Aaaaaaaaaaaaa……!?」


光は次第に強くなって全身にまで及んだ。
大きな光は、最後にシャボン玉のように弾けました。


「ふぅ……
 よかったあ、なんとかなったよ~」


ホッと一息つくと、わたしの右手にはグングニルが収まっていた。


「よかった、やっぱりグングニルはすごいな。
 聖剣グラムも破壊したっていう逸話も、あながち嘘じゃないないかも」


鎧だけではなく、これもゲームバランスを崩しかねない武器です!
でもゲーム中では、ダンジョンマスターがそれ以上に凶悪なモンスターとか出してきたから――
うぅ、これからも油断だけはしないぞ!

 
「ドーヴェンさん、終わりました~!」


ドーヴェンさん達に人に向かって、わたしは手を振りました。
身体の動きやアイテムをチェックしていたから、少々時間がかかってしまった。
うぅ、ミハイルさんとオシップさん、二人怒ってないといいんだけど……
……
……はぅぅ。





■■■


「こんにちは~」


[ネンティア亭]の扉を開ける。
中に入ると、ほぼ全ての席が冒険者の方々で埋まっていました。
相変わらずの繁盛ぶりです!
でも、みんなは何時ぐらいからお酒飲んでいるんだろ……?


「おお、あの時の可愛らしい娘さんじゃないか!
 ドーヴェンさんの試験はクリアできたのかい?」


ハーフエルフのご主人が忙しそうに手を動かしながら、わたしに対しても言葉をかけてくれます。
一度会ったきりなのに覚えていていただけると、なんだか嬉しいです!


「ええ、おかげさまでこの通りです!」


わたしは冒険者組合(ギルド)に加盟していることを証明する銅の指輪をマスターに見せた。
一瞬驚いた顔してから、マスターはわたしに微笑んでくれました。


「はは、すごいじゃないか!
 これでまた、新たな冒険者が一人生まれわけだ!
 よし、今日のお代はおごりだ、ゆっくりしていくといい!」


以前に注文した内容も覚えていてくれたようです。
マスターは、やっぱりコップになみなみと注がれたミルクを持ってきてくれました。


「ありがとうございます、マスター」


空いているカウンター席に座り、この世界の新鮮な牛乳の味を堪能しようとしたのですが――


「どうやってドーヴェンを騙したんだ、娘さん?」

「金か、それとも身体を使った色仕掛けか?」

「いやあ、あんな洗濯板な胸じゃ誰も落とせネエよ!」

「顔は、まじ美人だぜ? あと10年後かねえ」


む、胸なんて、大きくなくていいもん。
……ピアノ引く時に疲れそうだから、いいもん……
……想像だけど……
……
……はぅ。


「お前ら、ノア姉さんになんて口を聞きやがる!」

「ノア姉さんの悪口は許さないっす」


少しだけ、ええ、少しだけですよ!
落ち込みかけた時でした。
ミハイルさんとオシップさんのお二人が、わたしの悪態をついた方々に頭からビールをかけちゃいました!


「ちょ、ミ、ミハイルさん、オシップさんっ!」


と、当然、ビールをかけたれた方は黙ってはいません~!


「てめえら、何しやがる!」


椅子から立ち上がり、ミハイルさんの胸ぐらをつかみます!
はぅ、いつケンカが始まってもおかしくないですよ!


「わ、わたし、全然気にしてないですから~!」


慌てて止めようとします。
けど、わたしなんかよりも、ミハイルさん達のテンションが上がっちゃっているのですが!?


「いいえ、姉さん! いけません!
 こういった無礼なやつらは、徹底的に教え込ませないと!」

「同感っす!
 こいつらわかってないっす。今、酒なんか飲めるのは姉さんのおかげってことを!」


ドーヴェンさんの[見極め]が終わった後でした。
ミハイルさん達、突然わたしに謝ってから、お礼の言葉をたくさん言ってくれました。
それこそ土下座をせんばかりでした。
自分自身に気合いを入れるために[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]のノアと叫んでしまったためです。
[魔術師ビッグバイ]を退治したっていうのは、こんなにも人々に感謝されていることを痛感しました。

その後のお二人は、なんだか、わたしなんかを慕ってくれるというか……
……なんとういうか?


「さあ、ノア姉さんの悪口言ったやつあ、表にでやがれ!」

「相手になるっすよ!」


ああ、なんか考えている間に、みんなが外に出て行っちゃったよ!


「な、なんでこうなるの~!?」







フォントの大きさを変更してみました。
見にくいようでしたら、元に戻したいと考えております。
ご意見をいただければと思います。



[D&D]の魔法やアイテムの効力について、よく見かけるものがあります。
それは強さや持続時間が「キャラクターのLV×(強さ、時間、範囲……etc)」といったものです。
これ、結構危険だと気がつきました。
序盤に出てくるような魔法やアイテムで「ちぇ、たいして強くないなー」と思っていた物が、
最強レベルのキャラクターが使ってみると、驚くほど凶悪な物に生まれ変わっているものがありますw
このお話を書いてみて、そういった物に気がつきました。
ワクワクしちゃいます!w



[13727] 22 ただいま勉強中
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/02/28 11:38
■■■


「……全員……なのかのう?」

「……はい」


イアンちゃんが目をつぶりながら頷く。
……やれやれ、だ。
そんな答えは聞きたくねえんだよなあ。


「もう一度聞くけど、答えは変わらんか?」


思わず、頭を叩いちまう。
こんな質問に意味は無い。
イアンちゃんが嘘なんてつくわけはねーんだからなー。
ただ、それでも言いたくなるわけよ。


「はい。
 ムハンマド第二調査隊ですが、帰還予定時刻になっても――」

「……そうかい」


こんなこたあ、今まで無かった。
最近のエドラス地下墳墓(カタコンベ)に何が起きているっつーんだ!?
ムハンマドまでこれじゃあよ――


「ムハンマドのやつは、イアンちゃんの同期じゃったか?」

「ええ、長い間一緒です。とても気持ちの良い男ですよ」


イアンちゃんの右手が力強く握り拳が作られたのが見て取れる。
……無理もねえやな。


「……すまんのう」

「なぜ謝られるのでしょうか、ジョウゼン長老(エルダー)。
 ハイローニアスへの門を開けた証拠もありません。
 たとえそうだったとしても……
 それは、ムハンマドにとって本望であると確信しております」


因果なモンだ。
神に仕えている俺達が、本当の気持ちも吐露できねえんだもんなあ。


「偉いな、イアンちゃんは」


第一次調査部隊も弱い僧兵じゃなかった。
だが、行方不明になった。
それ故に、第二次はムハンマドへ頼んだんだ。
油断したつもりは毛頭ねえ――


「今回の件、ドーヴェン殿に話を持っていってくれないかい?」

「組合(ギルド)にですか!?」


イアンちゃんが珍しく声を荒げる。
……無理もねえ。
本業って言えるうちらが降参して、助けを請うのだから。


「長老(エルダー)!
 ならまず私に行かせてください、それからでも――!」

「ダメだ」


イアンちゃんの口を遮るように、俺は手の平を差し向ける。


「言っておくけど、イアンちゃんの実力が無いからってわけじゃないからの。
 第一、第二がやられたんじゃ。
 今のわしらじゃ、圧倒的に力不足って話なんじゃよ」

「し、しかし、我らハイローニアスが――!」

「街のみんなが安全に暮らせればいい。
 うちらの意地だ誇りだ、ましてや復讐なんてのは――
 ……
 ……犬も食わねえぜ?」

「――!
 ……はい。失礼いたしました……」


イアンちゃんが、一歩下がって頭を下げる。
辛れえよな。
辛れえよな、わかるぜ――


「すまんな、イアンちゃん」

「わかっています、わかっていますが――」


正午を告げる鐘が鳴る。
いつも聞いている大聖堂の鐘だ。

心にストンと響いてくる音色。
いい音だ。
もっともっと鳴らしてくれ。
そしてわしの心を落ち着かせてくれ。

この、荒ぶる怒りが静まるまで――!





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022 ただいま勉強中
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コンポジットロングボウ。
これはわたしの専用の特注品。
普通の人の力では固すぎて弦を引くことはできない。
だからこそ威力は絶大。

狙いを定める。
確信した、この矢は決して外れない。
矢羽根をつかんでいた右手指を離す。
刹那、矢は轟音を発しながら一直線に突き進む――


「zeononoea――!」


手応えあり!
矢は巨大ムカデ中止部に命中――!
ビクン、ビクン、と2mはあるだろう身体を震わせる。


「ノア君、隙を与えるな――!」

「はい!」


ドーヴェンさんの合図で木から飛び降りる。
狙った大ムカデに向かって走る。
木の上から狙ったために、どうやら矢が身体を貫通して地面に突き刺さったようだ。
暴れているが、移動できそうな気配は無い。

チャンスだ――!

ロングボウを放り投げる。


「全てを貫く神槍、我が手に――」


走りながら右手にグングニルを出す。
勢いを落とさないまま、大ムカデ[メガロ・センチピード]に突進する――!


「えーい!」


一息に、グングニルを突き立てる。
ストンと、した感触。


「zeononoea――!」


[メガロ・センチピード]の身体が[光輝]に包まれる。
光がシャボン玉のように浮いて、弾けて、最後には消えた――。

もうそこには[メガロ・センチピード]の姿は見られない。


「ふぅ! よかった、逃がさないで済んだ~」

「おみごとだ、ノアくん!
 しかし、弓の一撃で[メガロ・センチピード]を貫通して地面に縫い付けるとは……
 さすがとしかいいようがないよ」


ドーヴェンさんも追いついて来てくれました。


「ありがとうございます!」

「本当に今回はお疲れ様だったね。
 冒険者が生き残るのに大切なのは情報、準備、冷静、忍耐が私の持論だよ。
 今回はまさに情報と忍耐の勝利と言えるだろうね」


今回、わたしは[メガロ・センチピード]退治のクエストを受けました。
ムカデって言っても、ものすごく大きくて毒も持っている手強い相手です。
近隣の村人で亡くなられた方もいらっしゃるとのことでした。
さらに厄介なのが、[メガロ・センチピード]は神出鬼没というところです。
そこで今回は、村人から今までの出現傾向を伺いました。
その上で出現確率か高いところに罠をたくさん仕掛けて、ずっと潜んでいたというわけです。

で。
張り込み3日目にして、ようやく倒せました!


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◇メガロ・センチピード(Centipede)

社会構成:構成せず
食性  :肉食性
知能  :動物並み
性格  :ニュートラル

生態
・2m以上に成長する巨大昆虫。
・酸性の毒を持ち人間や動物を死に至らしめる。生き残れたとしても酸性の毒は皮膚を焼きダメージを与える。
・メガロ・センチピードは他のムカデよりも頭が良く、狩りの際には巧妙に獲物に襲いかかる。

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最近のわたしは、ドーヴェンさんに色々なことを教わっています。
今回のクエストや、それ以外にクリアしたクエストなどにも同行して欲しいとお願いしました。
冒険者としての基本的なことや、行動、心構えを知っておきたかったからです。

わたし、真正面の戦いでしたら結構戦えると思うんです。
じゃあ相手が真正面からこなかったら?
色々なシチュエーションを想像するだけで怖くなってきます。
実際ゲームプレイ中に、敵の卑怯な手段で苦戦したことがありました。
そんな時、わたしは……
……
……あはは、力押しのゴリ押しプレイでした……
そんなのゲームだからできるんですよね……
……
はぅ。ゲーム中に頭を使ったロールプレイをしておけばと後悔です。

そういえば、考えて行動するプレイはおにいちゃんが得意でした。
おにいちゃん……
……元気かな……


「どうしたんだい? 浮かない顔しているぞ。
 胸を張りたまえ!
 村人がきっと喜んで、ノア君を迎えてくれるに違いない。
 さあ、報告に行こうじゃないか!」

「え、ええ! そうですね!」


ドーヴェンさんに背中をポンポンと叩かれる。
あは、本当にドーヴェンさんは先生みたいだ。





わたしとドーヴェンさんは五日ぶりに[城下町エドラス]戻りました。
代名詞である城壁をくぐり抜けて、最初に向かうのはプレーンライン沿いにある冒険者組合の事務所。
冒険者組合とドーヴェンさんは密接な関係のようで、対応なども手慣れた感じです。


「はあー、さすが[鉄]のドーヴェンだな!
 メガロ・センチピードをたった数日で倒しちまうなんて、なんと、まあ……
 ともかく助かったよ、これが今回の報酬だ」

「ああ、いつもすまんね」
 

係の方から、ドーヴェンさんはお金が入っている小袋を受け取ります。
組合(ギルド)から依頼を受けたクエストは、こちらで報酬を受け取ることになっています。


「ドーヴェン、また厄介な事があったら声をかけさせてもらうよ」

「程ほどに頼むよ。
 最近、腰が痛くてね」

「はは、何言ってやがる。
 腰が痛てえ、なんて言っているやつはツーハンデットソードなんて振り回さないっての」


係の方が大笑いされました。
うん、同感です!
ドーヴェンさんはたぶん40歳ぐらいだと思うんですが、ものすごく若いですよ!





「ノア君、それでは今回の報酬を分配しよう」


ドーヴェンさんが小袋から金貨を取り出して、わたしにも分けてくれました。
ただ、それは明らかにわたしの方が多くありました。


「わ、こんなに!? 7割ぐらいありますけど――」

「私は何もしていないからね。
 家族を養えるだけの分で十分だよ。こちらこそ感謝したいぐらいさ。
 むしろ、これでも気が引けるぐらいだ」


冒険者組合からの報酬を、ドーヴェンさんに受け取っていただいてるのには訳があります

実は、わたしが[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]であることは秘密にすることにしたためです。
これもドーヴェンさんのアドバイスによるものでした。
わたしが思っている以上に[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]が有名なためです。
どう考えても、様々な事に「良いにせよ悪いにせよ影響が及ぶ」とドーヴェンさんがおっしゃってくれました。

確かにそうかもしれません。

例えば街中で芸能人がいるとわかったら。
ファンの人は喜ぶかもしれませんが、関係無い人には邪魔でうるさいだけかもしれません。
[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]を広めるメリットがあるとすれば……
おにいちゃんや妙子お姉ちゃんなんかが、わたしに気がついてくれる可能性があるくらいでしょうか?

で、秘密にすることによって、また微妙な矛盾というか問題点が考えられました。

[わたしのような小娘がモンスターを退治して、クエストをいくつもこなしていたら?]

やっぱりなんだかんだで目立ってしまいます。
また、そこから[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]であることがバレてしまうかもしれません。
そんな考えから、報酬の受け取りなどをドーヴェンさんにお願いさせていただいたのです。
ドーヴェンさんのレベルなら不自然ではないだろうし、わたしも生き残るための勉強ができる。
[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]であることも秘密にできるという作戦です!


「こちらこそお忙しいのに付き合っていただいているんです。
 感謝するのはわたしの方です。
 本当にありがとうございます」


わたしはドーヴェンさんに向かってお辞儀をする。


「はは、そう言ってもらえれると、少しは気が楽になるよ」


ドーヴェンさんと笑いながら、わたし達は報酬を片手に酒場に向かいます。
この瞬間が一番嬉しくて、楽しいかもしれないですね!
お給料が出た日の業務終了後のサラリーマンの方々って、こんな気持ちなのかな?





「お、いらっしゃい!」


[ネンティア亭]に入ると、そこはいつも大繁盛です。
ハーフエルフのマスターはいつも大忙し。
みんなが楽しく、大騒ぎをして食事やお酒を楽しんでいます。


「お帰り、ノアちゃん」 

「ほらほらノアっ子、こっち座ってご飯でも食べな!」

「ノアちゃん、薬草は助かったよ! また頼むな!」


何度か[ネンティア亭]に出入りしているうちに、自然に皆さんと仲良くなっていきました。
ちょっと言葉は乱暴なんですけど、みんなおおらかな方達ばかりです!


「あれ、ミハイルさん達は……?」


いつも[ネンティア亭]に来ると、ミハイルさんとオシップさんがわたしに声をかけてくれるんです
な、なんだか、こっちが恐縮してしまいます。
でも、今日は来なかったので……
なんだか、いつも一番に声をかけてくれる人がいないと寂しい感じです。


「ああ、今頃、クエスト真っ最中さ!」

「パーティのメンバーが揃ったからなあ。
 すげえハイテンションで飛び出していっちまったよ」

「がはは。
 あの様子じゃあ、またオシップのやつが苦労するぜ」


あは。
なんだか飛び出していく光景が目に浮かびます。
きっと、今のミハイルさん達はワクワクで胸がいっぱいなんだろうな。
わたしも負けないように一生懸命がんばりたいと思います!


「マスター、ほろほろ鳥の肉をたっぷりもってきてくれないか?」


ドーヴェンさんが料理を注文しながらいつもの席につく。
わたしも目の前に座ります。
何回も出入りしているお店って、自然と自分が座る席が決まってきちゃっていますよね。

ドーヴェンさんの注文に、マスターが応えてくれます。


「ああ。じゃあ、まずは無傷で帰ってきたことを神にお礼を!
 よし、期待して待ってくれ!」


[ネンティア亭]の料理もとっても美味しいです。
この世界に来て、食事で困ったことが無いというのは幸せなことですよね!


「じゃあ、料理がくる前にだ。
 ノア君が聞きたがっていたことを話させてもらうかな」

「え! じゃあ!」

「ああ、ようやくさっきの組合で報酬と一緒にもらえたんだ」


ドーヴェンさんは羊皮紙を取り出す。
そこにはびっしりと文章が記載されていました!


「じゃあ、まずは[白蛇]からだ」


そう、わたしは[仲間の情報を集めてほしい]と、ドーヴェンさん経由で組合にお願いしていたのです。
仲間っていうのは[キース・オルセン][ブリュンヒルデ・ヴォルズング][イル・ベルリオーネ]の3人!

この世界で驚いたのは、情報を入手することが大変困難なことでした。

考えてみれば当たり前なんです。
携帯電話もテレビもインターネットもない。
その上、この時代の方は、大多数の人が生まれた土地から出ることはない。
モンスターもたくさんでるし、盗賊や山賊だってたくさんいるのだから無理もありません。
そうなると情報は、旅をしている冒険者や行商人便りになってきます。
得た情報には、当然、かなりの時差はあるけどこれは仕方が無いですよね。
マジックアイテムで携帯電話みたいなアイテムがあったけど、一般に流通するものでもないですし……


「[白蛇(ホワイトスネイク)]の[キース・オルセン殿]は有名だよ。
 お三方の中で、一番多くの情報を得ることができた。
 当然、神速の剣の達人であるなんていうのはノア君が一番知っているだろうから割愛だ。
 今のキース殿は、[サーペンスアルバス]という港町の領主になられて土地を治められているようだね」

「港町の領主、ですか……」


確かにゲーム終了時には、キースはロード(郷士)という身分だった。
だからこれは不思議じゃないな。


「キース殿は優れた施政者のようだね。
 もともと[サーペンスアルバス]は小さな島がいくつも連なっているような所らしい。
 だから生活するには、相当に不便な場所だったようだ。
 それを様々なお考えで見事にまとめ上げている。
 今では、続々と周囲の人々が噂を駆けつけてきているとのことだ」

「様々な考え、ですか?」

「ああ。ほかの領主には無い、全く独自の政策をとられているらしい」

「……そうですか!!!」


もしかしたら!
この世界では独自の政策ってことは!
[キース]ではなくて、おにいちゃんが自分の知識で政策をやっているかもしれない!!
おにいちゃんは学校で政治や経済学なんかを勉強していた。
これは、これは期待できるかも!!!


「おにいちゃん……!」

「ん? 何か言ったかな?」

「あ、言え、何でもありません。
 ちょっと、いや、かなり嬉しくって――」

「おお、そうか。
 そうだな。仲間は大切なものだからな」


運ばれてきたエール酒を口に入れて、ドーヴェンさんは次の羊皮紙をめくる。


「[戦乙女]ブリュンヒルデ殿は……
 うーむ、残念ながら情報が単発のようだ。
 東の方から、西の方へと目撃情報があるようなんだが……」

「でも、目撃情報はあるんですね!
 ならブリュンヒルデ姉さんも無事ってことですよね!」

「ああ、情報に時間差はあるだろうが、これだけあると息災なのは間違いないだろう。
 というか……
 あの噂に名高い[戦乙女]をどうにかするのは、よほどのことがないと無理だと思うがね。
 [戦乙女]のグレイターメデューサを一刀両断にしたサーガなんて、正直、耳を疑うよ」


ちょうど言い終えたタイミングで、香草に包まれたホロホロ鳥の丸焼きが出されました。
ホコホコの湯気が食欲をそそります。
ドーヴェンさんは、さっそくかぶりつきました。

わたしもいただきたいと思います!
はむ。


「[終演の鐘(ベル)]の[イル・ベルリオーネ]殿なんだが……
 これは全くわからないんだ。
 情報が無いわけではなくて、なんていうか、一貫性が無いんだ。
 どれが正しいものなのかがわからない。
 一説に寄れば、自らの塔で研究に没頭していると聞くが……」

「あは、仕方が無いですよ。
 イルさんはねえ……」


[終演の鐘(ベル)]の[イル・ベルリオーネ]。
生粋のマジックユーザー。
面白いロールプレイをしていたな。
一見くだらないなーって思える、オリジナルマジックアイテムを一生懸命にたくさん作っていました。
それを楽しそうに使っているような人でした。
で、結局最後には――
……
……
……
ああ、あれはダイス(さいころ)に神様が降りてきたとしか思えない……
げ、元気にしていると……
……いいんだけどなあ……あはは……


「不思議な感覚だよ。
 普段、普段のノア君を見ていると忘れがちだが……
 あの[英雄]達と知り合いというか、仲間だったんだな」

「ええ…… 
 今は離ればなれですが、とっても大切な人達です」

「その気持ちは決して忘れないでくれ
 仲間は何よりも大切にするべきだからな――」


ドーヴェンさんは二匹目のホロホロ鳥にかぶりついた。






これだけの文章なのに、ものすごい難産でした。
今までで一番辛かったかも。

しかも説明っぽい回になってしまいました。
申し訳ありません。
次話は少しは楽しめるようなお話を目指したいと思います。

だから見捨てないでください~ (*・ω・)*_ _)ペコリ



[13727] 23 ハイローニアスの使い
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/03/14 11:45
「やあ、ノアちゃん。いらっしゃい。
 今日は、ドーヴェンさん一緒じゃないんだ。
 どうしたんだい?」


冒険者組合(ギルド)の受付の人だ。
どことなく市役所とかの、新人受付の方を想像してしまいます。
すごい真面目そうな感じっていうのかな?


「はい。今日は10番のクエストの件で伺わせていただきました」

「10番だね。了解っと。ちょっと待ってね」


受付の人は、手慣れた感じで棚に収められている羊皮紙に手を伸ばす。


「10番、10番っと。確か商人組合の依頼で……
 3種類の薬草と香草を集めるというやつだね。
 ……
 ……
 ……うっ、そろそろやばいなあ、これ」


書かれている内容を読んで、受付の方が盛大なため息をつかれました。
なんというか、深呼吸並みの大きなやつです。


「はあ、雑務系の依頼にしては難易度高いなあ。
 けっこう奥の森に入らなきゃいけないようだし、素人には薬草を見分けるは難しいしね。
 なるほど、なるほど。だから結構な報酬が出ているのか。
 しかもこれだけの金額を商人組合が提示してくるとなると、想像以上に数も少ないのかもしれない。
 [鉄]のドーヴェンも薬草に詳しいなんて聞いたことないし。
 僕が言うのもなんだけど、ノアちゃん。これはやめた方がいいんじゃないかな?」


さらにまたまた、大きなため息。
なんかもう、幸せがどこかに飛んでいってしまいそうな勢いです、はい。


「ああ、こういう雑務系の依頼って、すぐにたまっていくんだよなあ!
 最近の冒険者ったら、すぐダンジョンだ、遺跡だ、男のロマンだとか言っちゃってさあ!
 みんな見向きもしない!
 でも脳みそが筋肉な人に、こんなのは達成できないし!
 なんでこういうクエストが一番大切ってわからないのかなあ!?
 常識的に考えたら、すぐにわかっても良さそうなのに!
 ああ、もう!
 また、うちの冒険者組合は約束期限を守れないって文句を言われる!
 ノアちゃんだけだよ、雑務系クエストに興味持ってくれるの!」


受付の方が一息でまくしたてました。
日本でもファンタジーの世界でも、お仕事をするって大変なんだなあ……


「一つだけですが、お仕事を減らすことができそうです」


わたしは受付机の上に小袋を置く。
ひもで縛られた封を開けて、中からモノを取り出す。
するとそこには、シソの葉のような香りが立ちこめてくる。


「わ、ノアちゃん!
 これってもしかして、もしかしなくても!」

「10番クエストの薬草と香草になります。
 依頼の量より少し多めに持ってきたので、確認の為に使ってくださいね」

「わ、わ! すごい!
 ちょ、ちょっとこの手に詳しい人に確認してくる!
 すぐ、すぐ戻ってくるから待ってて!」


受付の方が、飛ぶような勢いで走って行かれました。

依頼にあった香草ですが、確かに難易度は高いと思います。
わたしも植物に聞きながら、別の呪文も使って見つけたやつですもん。
だから絶対に間違いは無いから安心してください、受付のお兄さん!


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・[ロケートアニマル・オア・プラント【動植物探知】] LV1スペル

この呪文は範囲内に自分の望む一種類の動物/植物の、方向と距離を知ることができる。

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実は、わたし一人でもクエストは結構やっていたりします。
でも、モンスター退治とかではありません。
こういった薬草集めとか、川の増水で流れてきた大きな石をどかしたり、暴れた馬を押さえたり。
あとは、冒険者の人達で怪我をされた方の治療や、病人のお世話なんかもしたりしています。
なんていうのかゲーム的な冒険者っぽくないことですけど。

こういったクエストは危険度も少ないし、何より人に喜んでもらえるというのが嬉しいです。
でも、まさか依頼人だけではなくて、組合の人にも喜ばれるとは思いませんでしたけど。


「さっすが[お助け]ノアちゃん!
 ホントっ、助かるよ~!
 うちの上司がさあ、口うるさくてこまってたんだよ!
 キャンペーンうって、至る所の酒場にもクエストを張り出してみたんだけど効果なくてさぁ!」


受付のお兄さんは、今回のクエストの報奨金を持ってきてくださいました。


「ありがとね!
 またよかったら頼むよ、ね、お願い!」
 

本当に嬉しそうにニコニコされていいます。お兄さんったら。
やってよかったと思います。

それにしても。

[お助けノアちゃん]って……
……
こ、これももしかして異名っていうか、二つ名になるのでしょうか!?
もしかしなくても、冒険者さんたちの間でわたしの評価って[お助けノアちゃん]!?
……
……
……あ、あはは……
ま、まあ、そのおかげで[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]とは思われないからいいのかな?





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023 ハイローニアスの使い
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「姉さん、お疲れさまです!」

「お疲れッス、姉さん!」

「……あ、あはは……
 お、お疲れ様です、はい……
 いつも元気ですね、ミハイルさん、オシップさん……」


[ネンティア亭]に入ると、いつものようにお二人が直立の姿勢で出迎えてくれます。
すると、またいつものように、別の場所から声があがります。


「がはは、相変わらずだなー」

「なんぞ弱みでも握られてるんか、二人はよー」

「俺はあと5年後に期待したいがなあ」

「ふざけんな、ノアっ子が、おめーなんぞ相手にするか」

「ちげえねえ」


大きな男性の方が、わたしのような娘に、こういった態度を取れば不思議に思われて当然ですよねー。
というか、思わない方がおかしいです。


「うっせえ! 外野はすっこんでろ!」

「こればっかりはミハイルに同意見っすよ、俺も」


ミハイルさんとオシップさんが、はやし立てる方々に言い返す。
周囲から笑い声が起きてきます。
なんというか、これ、わたしが来ると定番なやり取りになってるんですよね。


「ま、まあ、お二人とも落ち着いて、落ち着いて~」


わたしが席に着くように、椅子を引き出しして二人に勧める。


「はい、ノア姉さん!」

「ノア姉さん、ありがっとす」


ものすごく、良い姿勢と良い返事で二人は席に着いてくれます。


「エール酒を2つと、ミルクを1つください~」


とりあえずお店に入ったのだから、注文をしたいと思います。
いつも大忙しのハーフエルフのマスターに、大きな声で注文しました。
少し遠くの方から「ああ、いつものだねー」と、返答が返ってきました。





「いつも奢ってもらって……
 ほんっとすみやせん、姉さん……」

「あんたの暴走が原因で逃がしたんすからね、獲物」


[ネンティア亭]の絶品料理、ホロホロ鳥の香草包み焼きを食べながら、
ミハイルさん達パーティの冒険譚を聞かせてもらっています。
ドタバタっぷりが楽しいと言ったら失礼になるのかもしれないんですが、とても大好きな時間です。
昔、自分たちがゲームをプレイしていた時を思い出します。
低レベルの時って、本当にちょっとした事でドキドキワクワクしましたよね!


「でも、みんな大きな怪我が無いのが一番ですよね」


D&Dの世界では、低レベルだと本当にあっという間に死んじゃいます。
いや、違うな。ちょっとレベルが上がったぐらいでは簡単にやられてしまう世界です。
だからミハイルさん達が元気だと、ホッとしますし何よりも嬉しいです。


「お、盛り上がってるな!
 冒険から生きて帰ってきたものは、友と良い酒と良い食事を取る資格がある。
 良いことだね」


手にエール酒を持ったドーヴェンさんだ。


「一緒に食事を取らせてもらっていいかな?」

「勿論です、断るわけないじゃないですか」


ドーヴェンさんは微笑を浮かべ、わたし達のテーブルの席に着かれました。


「ふぅ。ここの食事と酒は最高なんだがなあ。
 唯一の文句があるとするなら、いつも混んでいることだね」

「さすがの[鉄]のドーヴェンも、この店の席取りにゃ敗北かい?」

「しょうがないっすよ。貧乏人の駆け出し冒険者にとっちゃ、命綱の店っすからねえ」


3人が苦笑される。
思わず、わたしもつられてしまいました。
[ネンティア亭]では冒険の[クエスト]も掲示板に貼られているし、何より食事がびっくりするぐらい美味しくて安い!
おかげで、連日の大繁盛。
店にはいつも常連さん達で賑わっています。


「申し訳ありませぬ、少々よろしいでしょうか?」

「え?」


食事中のわたし達に、スキンヘッドに男性の方が話しかけられました。


「あ-?
 もうここは満席だぜ? 見りゃわかっだろ?」

「あんたねえ。
 いっつもそんな口調だから、なかなかパーティのメンバーも固定できないんっすよ。
 悪いッスね、真面目そうな兄さん。他、当たってくれないっすか?」


わたし達に話かけきたスキンヘッドの男性。
身体付き、ハイローニアスの紋章付の動き安そうな服装。
己の肉体のみで戦う[モンク]の方だ。


「お食事中、誠に申し訳ありませぬ。
 本日、名高い[鉄]のドーヴェン殿にお話があり伺わせていただきました」


[ウォウズの村]でお会いした[モンク]さんもそうだったけど、
ハイローニアスの[モンク]さんは、総じてレベルが高いと思われます。
この方も雰囲気を持たれており、実力がある方であるとわかります。


「ハイローニアスに仕えております[エミール・ゾラ]と申します。
 この後、少しご足労いただいてもよろしいでしょうか、ドーヴェン様」


「ハイローニアスの?
 そりゃあ、なんというか……
 ……
 ……ひさしぶりな話だね」


ドーヴェンさんがエール酒を一気にあおりました。
空になったコップをテーブルに置き、モンクさんに訪ねられます。


「それは今からかな?」

「ええ。大変、恐れ多いのですが――」


エミールさんと名乗られたモンクさんは、深々と頭を下げられた。


「あ-、空気読めねえ坊さんだなあ?
 今から俺たちゃ飯喰うって、見てわかんねえかなあ?」

「はは。まあ、まあ、ミハイル君、落ち着きたまえ。
 ホロホロ鳥は君らで食べるといい。
 私は、ちょっと行ってくるとしよう」


ドーヴェンさんが席を立たれる。


「やりい!
 ドーヴェン、今の言葉に、もうキャンセルは聞かないぜ?」

「相変わらず、あんたは食い意地悪いッスねえ……
 つーか、にしても、ドーヴェンさん働きすぎっしょ。
 注意した方がいいっすよ?」


ミハイルさんは、すでに嬉々としてお肉の味を堪能されていました
そんな姿に、オシップさんはため息をつかれています。
あは、これもいつもおなじみの光景ですね。

って、それよりも――


「えと、ドーヴェンさん。
 ハイローニアスのってことは、大聖堂に行かれるのですか?」

「そうなると思うが……
 そういう認識でいいのかね?」


ドーヴェンさんは、モンクのエミールさんに視線を向ける。
エミールさんは黙って頷かれました。


「なら、わたしも途中まで一緒に行っていいですか?
 丁度、ハイローニアスのイアンさんにお会いしようと考えていたんですよ」


いくつかのクエストを達成したおかげで、ある程度のお金が貯まりました。
是非、このお金を、イアンさんに受け取っていただきたいって考えていました。
今のわたしが、まともな生活ができているのはイアンさんのおかげですから。

泊まる場所を提供してくれて、ドーヴェンさんまで紹介してくださいました。
妙子姉え、いや、この世界ではブリュンヒルデ姉さんかな?
正確な情報も伝えられていないのだから、せめて、謝礼(宿代)ぐらいはお渡ししたいです!


「……イアンにかい?
 ……
 ……
 そうか、なら一緒に行くとしようか」


ドーヴェンさんは、壁に立てかけてあった両手剣(ツーハンデットソード)を手に取られた。





いつも賑やかなプレーンラインから大聖堂に向かいます。
少し歩いただけで、その雄々しく優美な姿が視界に飛び込んできました。
[城下町エドラス]では神への畏敬の念から、ハイローニアスの大聖堂より高い建物は無いとのことです。
ドーヴェンさんが説明してくれました。
 

「何気なく毎日通る道なんだけど、改めて正面から見るとすごいね」

「はい、言葉が出ないです……」
 

ハイローニアス大聖堂を正面から見ると、その圧倒的な存在はさらに力を増すように思えます。
大きな扉の上に円い装飾を施された窓なんて、どれぐらい作るのに時間をかけたか想像すらつきません。
あれは、バラ窓と呼ばれているものらしいのですが……
はあ、人ってすごいなあ。
そんなありきたりな言葉しか、本当に言えません。はい。


「お、門にいるイアンじゃないか?
 はは、ノア君が来ること、神の啓示とやらで知ったんじゃないかい?」

「あ、本当ですね。何をされてるんでしょうか」


バラ窓に見とれていましたが、入り口にはイアンさんが控えていらっしゃいました。
イアンさんも、わたし達の姿に気がつかれたようです。
軽く会釈をしてくれました。
わたし、ドーヴェンさん、モンクのエミールさんの3人で、イアンさんの元に向かいます。
エミールさんは片膝をついて、イアンさんに頭を垂れました。


「ありがとうございます、エミール。
 下がって良いですよ。この後は、私が対応しますので」

「は、失礼いたします」


全く表情を変えることなく、エミールさんは大聖堂に入って行かれました。
エミールさんが行かれたのを確認した後、イアンさんがわたしに挨拶してくださいました。


「ノア様、お久しぶりでございます。
 今日はドーヴェンと一緒とは……
 いかがされましたか?」


イアンさんの声を聞くと、なんだか心が落ち着きます。
やっぱり、こういった雰囲気が本物の僧侶さんですよねえ。
うぅ、わたしには到底たどりつけない境地です、きっと。


「実はイアンさんに会いたいと思ってたんです。
 そしたら丁度、ドーヴェンさんも大聖堂に行かれるってことになったので、
 一緒に伺わせていただいたんですよ」

「はは、というわけだ。
 昼間から、ノア君と街を散策させてもらうことができたよ。
 世界中にいる[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]のファンが知ったら、私は呪い殺されるだろうね」


イアンさんには、ドーヴェンさんに[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]であることを知られたことは告げてあります。
だからこそドーヴェンさんの冗談に、イアンさんも笑っています。

1つ、咳払いをして、ドーヴェンさんはイアンさんに伺いました。


「で、私に用事があるのは……
 ……
 ……
 やはり、イアン、君なのかい?」

「……はい」


二人の雰囲気が瞬間に変わりました。
空気が、ピンと張り詰めたのがわかります。
どうやら……
……他の人が興味本位で伺って良いとは、正直、思えない感じです。


「わたし、少しこの当たりを散歩しますね。
 しばらくしたら、また、寄らせていただきたいと思います」


そう告げて、わたしはプレーンラインの方に戻ろうとしました。


「イアン。
 ノア君は、もう冒険者だ。
 それも、これほど頼れる人はいないぐらいのだ」

「しかし、ノア様にご迷惑をかけるなど――!」

「迷惑か、迷惑ではないか。
 これは当人が決めることだ。
 私達が判断するなんて、おこがましいと思わないかな?」

「……
 ……ふぅ。やれやれです。
 相変わらずに、貴方は扱いづらい」


イアンさんが苦笑されました。
その後、とても真剣な面持ちで、わたしの目を見つめてきました。


「ノア様、よろしいでしょうか。
 ドーヴェンと共に、是非、私の話を聞いていただけないでしょうか?」

「え……?」 







酒場での、話の掛け合いなんかが楽しく書けました!
街の雰囲気とかもそうですが、ストーリーが展開しないような話を書くのが好きみたいです。



[13727] 24 依頼
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/04/11 07:59
わたしとドーヴェンさんは大聖堂内の客間に案内されました。
イアンさんに勧められて席に着くと、モンクさんが温かいお茶を出してくれました。
ほのかにするリンゴの香りが、少しだけ、このピリピリした雰囲気を和らげるような気がします。

少しだけ、ではありましたが――





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024 依頼
-----------------------------------


「ドーヴェンは知っていると思いますが、
 ノア様はご存じでしょうか?
 この城下町エドラスより少し離れた所に、亡くなられた人の遺体を安置する地下墳墓(カタコンベ)があります」

「地下墳墓(カタコンベ)、ですか……」


地下墳墓(カタコンベ)。
実際に見たことはありませんが、ゲームや世界史なんかの知識で名前は知っています。
巨大な墓地や埋葬場所。
人によっては死者の都(ネクロポリス)なんて表現をするかもしれない。

わたしの返答に、イアンさんは静かに頷かれます。


「最近、そこで怪異が起こるとの報告がありました」

「怪異……?」

「はい。さようでございます」


イアンさんは音を立てないようにお茶を飲まれてから、一呼吸を入れて説明をしてくださいました。


「遺族の方が命日に祈りを捧げるために向かったところ、遺体が一人で歩き出して遺族を襲ったとのことです」

「それはなんとも……やるせない話だね」

「ええ。全くです。
 今まで、このような事は無かったのですが……」


ドーヴェンさんの言葉に同感です。
亡くなった方のお墓参りにいって、逆に襲われたのでは……
……誰にも救いがありません……


「ただ幸いなことに、今の所、遺体が地下墳墓(カタコンベ)を出たという情報はありません。
 が、我々としては看過しえる事ではございません。
 我々は地下墳墓(カタコンベ)に2度の調査隊を送りました。
 しかし……
 ……
 誰一人として戻ってはこなかったのです……」


イアンさんの手が、胸元にある十字架(ホーリーシンボル)を握りしめられました。
それだけの行為。
だけど、なんだかとても……
胸が「キュッ」となるような感じがして……


「なるほど、そこで私を呼んだというわけだね」


腕を組み、じっと考えるように聞かれていたドーヴェンさんもため息をつかれました。
何かを考えているようです。

それにしても地下墳墓(カタコンベ)か――

地下墳墓(カタコンベ)はゲーム中でも、よく冒険の舞台になった場所です。
希に盗賊達が根城にしていたりすることもありますが、大抵はアンデット系絡みの話が多くなります。
アンデット系のモンスターは戦うと相当に厄介です。
酷いのになると、通常攻撃は全く効果が無い敵もいたりします。

ただそれ以上に厄介なのが……
今回のように、アンデッドが突然出現したとなると……
……
誰かがアンデッドを生み出した可能性があります。
D&Dにはアンデッドを作り出す呪文があるのだから。


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・[アニメイト・デッド【亡者の創造】] LV3スペル

人間、デミヒューマン等の人間系種族の骨や死体から下級のアンデッドを作り出す呪文。
アンデッド化された死体は、使い手の簡単な命令に従うようになる。
アンデッドは倒されるか、ターニングされるまで存在する。
この呪文の使用は善いこととはされず、邪悪な者だけが使用する。

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もしも、そう仮定すると。
今回の出来事の背後に魔法を使う人が存在する――
……
……そうなったら……
……
正直、危険度が一気に増すと思います。
わたしが言うのもなんですが、「D&D」には極悪な呪文が多く存在するのですから――

シーンとした室内。
静寂を破ったのはドーヴェンさんでした。


「徹底した正義を主張するハイローニアスだ。
 2回目の調査は、相当に慎重かつ不撓不屈の心で立ち向かったと考える。
 それでも……
 それでも誰も帰ってこないというのかい、イアン?」

「……ええ。
 2回目の調査隊の隊長は、ムハンマドです。
 ドーヴェン、貴方も名前はご存じでしょう。
 ムハンマド以下、手練れの僧兵を20名派遣したのですが――」


ドーヴェンさんの表情が、より険しさを増したのがわかりました。


「ムハンマドが帰ってきていないのかい?
 確か、彼は[司祭(ビカー)]の称号をもらっていた程の人だったと思うが……」

「ええ、相違ありません。
 彼はこの寺院でも、かなりの実力の持ち主です。
 神の奇跡も行え、得意武器のモーニングスターでは右に出るものはおりません」

「……
 今回は、それほどの[何か]が起きているといるのだね……」


[司祭(ビカー)]は確かD&Dの称号に照らすとLV4のプリーストだったと思う。
そうなるとLV2の呪文が1度唱えられるか、られないか。
そのぐらいだったはずだ。
LV4と僧侶と、20人の……
おそらくモンクさんになるのかな、それが帰ってこられないクエスト――


「本来、これは我々が解決しなければならないと自覚しております。
 けれど、今の我々にはその力が足りませぬ……
 私には力が足りませぬ。
 ただ、それでもできることならば私の手で――」

「イアン、さん……」


無意識に、声が出てしまいました。
それほどまでに、イアンさんから悔しそうな思いが感じられて――

ドーヴェンさんと、その横にいるわたしに、イアンさんは頭を深々と下げられました。


「エドラスの人々が健やかに生活を営む為、
 眠る死者の方々の安寧の為、
 冒険者組合のドーヴェンに依頼をさせていただきたいと思います」


室内に、また沈黙が訪れました。
ドーヴェンさんとイアンが見つめ合って……
……
どれぐらい時間が経ったのでしょうか……

大聖堂の鐘が鳴り響きました。
それは重々しい音で、静かな室内にとても響き渡りました。
何回か鳴らされる鐘。
それが収まったと同時に、ドーヴェンさんは微笑されました。


「しばらくノア君に楽をさせてもらったからね。
 少々、運動不足気味だったんだ。
 はは、リハビリには丁度良いさ」


ドーヴェンさんは握り拳を作り、イアンさんの前に差し出した。


「[鉄]のドーヴェン・ストール、この右腕に誓おう。
 イアン。
 存分に役に立って見せようじゃないか」

「ドーヴェン……
 ……感謝いたします」


嬉しそうな、それでいてどこか泣きそうな――
イアンさんはそんな面持ちでした。
右手を握りしめて、突き出されたドーヴェンさんの拳に軽くタッチされました。


「気にすることはないよ。
 これが私の仕事なのだからね。
 ああ、そうだ。
 ただ報酬はいつもの通りに頼むよ、イアン」


微笑みながら、ドーヴェンさんはイアンさんに告げる。
イアンさん、ドーヴェンさんの言葉に大きく頷かれました。


「承知しております。
 いつものように前金の500gpは、すぐにでも奥様にお渡しします。
 帰還後には、残りをお支払いさせていただきます」 

「頼むよ。
 ああ、そうだ、それとあと1つお願いがあるんだ」

「ええ、なんなりと。
 今回は、可能な限り対応させていただきたいと考えておりますから」


イアンさんの言葉に、ドーヴェンさんが「ニヤリ」と表現するのにぴったりな表情をされました。


「私は頭の悪い男でね。
 地下墳墓(カタコンベ)や、動く遺体とか、そういった話には疎いんだ。
 そうなると、もうわかるだろ?
 依頼を受ける条件に、是非、腕の立つ僧侶が欲しい。
 これが認められないと、今回の件は降りさせてもらうよ。
 それも、ムハンマドよりも実力を持った男だ。
 そう、例えば――」


ドーヴェンさんはイアンさんの胸元を指差した。


「イアン。
 君みたいな人が同行してくれないと、私は断るよ」

「……ドーヴェン」


ぱあ、っとイアンさんの顔が明るくなる。


「相変わらずですね、本当に貴方は……」

「何を言っているか、よくわからないな。
 私は必要な事を述べているだけに過ぎないよ?」

「……ふふ。
 それならば仕方がありません、と言っておきましょう。
 [鉄]のドーヴェンに依頼を断られては、打つ手が無くなりますからね。
 ええ、是非とも同行させていただきます」

「ちゃんと上の人には説明しておくんだよ。
 ドーヴェンというわがままな男の指示に従ったと、ね」


なんだか胸がドキドキしてきます。
先程までと違って、イアンさんの表情が生き生きされています。
きっとドーヴェンさんは――
……
……いいなあ、こういうのって……

ただ。
大丈夫なのかな……?
ドーヴェンさんのメイン武器は剣だ。
相手が、例えばスケルトンだった場合には攻撃力が半減される。
地下墳墓(カタコンベ)だとワンダリング・モンスター(さまよえる怪物)だって、アンデッドの可能性がある。
例えば、そんな時にシャドーやスペクターなんかが出たら?
そうなると剣に魔法が付与されていないとダメージが与えられない。
そうなるとイアンさんに大分負担がかかってくると思う。
ムハンマドさんという方がLV4だと仮定すると、イアンさんはLV5~6くらいになるのだろうか。
だとしても、やっぱり――
……
……いや、わたしの考えすぎなのかな……?


「イアンさん、よろしいでしょうか?」

「ノア様……?」


しばらく黙っていたけれど、少し、確認したいと思う。
なんだか胸騒ぎが止まりません。


「今回……
 えと、これで3回目になると思うのですが、
 他に誰か同行される方とか、いらっしゃるのでしょうか?」

「1回目、2回目と比較するとまだまだ修行不足の者が多いですが……
 地下墳墓の構造に詳しいものを筆頭に、幾人かのモンク僧を考えておりました。
 10人程なら動かせる状態です」

「……そうですか」


修行不足とイアンさんはおっしゃられた。
そうなるとLV1かLV2ぐらいのモンクさん達になるのだろう。
スケルトン程度なら問題は無いと思うけど……いや、それでも問題無くは無いか。
……
……例えば、ダメージが与えられない敵に遭遇したらどうなるんだろう?
逆に人数が多いことがデメリットになりかねない。

[ノア]の知識なのか、[乃愛]のゲームの知識なのか。
色々な考えが頭によぎります。
ただ共通しているのは……

[不安]だ。
ドーヴェンさんとイアンさんに行かせることに対する不安――


「イアンさん、ドーヴェンさん――」


イアンさん。
[ウォウズの村]で会ってから、ずっとわたしを助けてくれました。
いつも優しくって、いつも真面目で――
わたしはどれだけ助けられたのだろう?

ドーヴェンさん。
わたしの師匠。
冒険に対する心構えや、戦い方を教えてくれている先生。
きっとドーヴェンさんがいなかったら、わたしは今でも自分の力の使い方が分からなかったと思う。

この世界で知り合った大切な人達。
……
……
でも、この世界はわたしの世界では無い。
わたしは日本人だから。
わたしの国は日本。
だから。
わたしは日本に帰りたいと思っている。
だから。
帰るだけなら、きっと……
今回の件には関わらない方がいいんだと思う。
……
……
……でも。
でも、それでいいの?
今のわたしには、ある程度協力できる力はあるのだから――

それにわたしは決めたはずだ。
[ウォウズの村]で、そう、あの時の気持ちを忘れないって――

迷った時には……
……
……
わたしを好きだと言ってくれる人に、もっと好きだと言ってもらえる行動を取ろうって――!


「イアンさん、ドーヴェンさん……」


わたしはスイッチを入れる。
[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]のノアになる。そして――


「わたしも……
 わたしも、地下墳墓(カタコンベ)に連れていってください!」


はっきりと、わたしは、わたしにしては大きな声で告げることができた。







乃愛のキャラクターが固まりません。ブレブレというかなんというか。
女の子を文章で表現するって、こんなに難しいなんて。
文章を自分で書いてみて初めて分かりました。

ぶれないキャラクターを書ける人、本当に心から尊敬します。



[13727] 25 地下墳墓(カタコンベ)
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/04/17 09:01
「ハイローニアスの加護が得られますように、
 我ら一同、心よりお祈りさせていただく所存にございます」


地下墳墓(カタコンベ)の入り口前。
10人のモンクさんがイアンさんに跪いている光景は、それだけ荘厳というか絵になる感じです。


「ありがとうございます。
 今回は数時間での帰還を目処に考えています。
 日が傾きかける頃までに私達が戻らない場合には、ジョウゼン長老にご報告なさい」

「……!
 ……そのような仮定に意味は無いと信じておりますが……
 ……かしこまりました。
 ご武運を……」


一糸乱れぬ動きで、モンクさん達が頭を下げられました。





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025 地下墳墓(カタコンベ)
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ハイローニアス寺院にとっては3回目になる地下墳墓(カタコンベ)の探索。
今回は、わたしもドーヴェンさんと供に参加させていただくことになりました。

ふと横にいるドーヴェンさんに視線を移すと、刃部分が銀で出来た剣の握り手を調整されています。


「昨日も散々、手になじませていたんだがね。
 はは、習慣というか、クセというやつなんだろうね」


ドーヴェンさんが苦笑されました。
いつも使われている両手剣は背中に背負っています。
今、手にされている銀の剣は、イアンさんから渡された物になります。


「無理を言ってすみません……
 でも今回は……
 ……すみません、お願いします」
 

銀製の武器を使うようにお願いしたのは、実はわたしです。

今回は地下墳墓(カタコンベ)の探索ということで、多くのアンデットとの戦いが予想されます。
「D&D」に出現するモンスターは、通常武器ではダメージを与えられない敵が多くいます。
でも僧侶の祈りの力が込められた銀製の武器であれば、一部のモンスターにダメージを与えられるようになるのです。
本当は、魔法の力が込められた剣があればよかったのですが……
……ううぅ、わたしが剣を全く仕えないから、4次元バックパックには一本も入っていませんでした。
そんなわけで、イアンさんにお願いしてドーヴェンさんに銀の剣を手配していただきました。

こんな時に、色々な武器が使えればなって思います。

おにいちゃんの[キース・オルセン]はそんなタイプのキャラクターでした。
状況に応じて、剣も槍も打撃系武器も使い分けていました。


「いや、ノア君。
 君の悪いクセだな。そのすぐにあやまるのは。
 今回、むしろ正しい提案をしたんだ。
 ならば、どうどうと胸を張るといい」

「あ、はい!
 す、すみません」

「ははは。
 これはしばらく時間がかかりそうだね」

「う!
 うう、すみません……」


なんだか口癖になっているのかも、です……
で、でも、やっぱり歳が離れている方に提案とか、ものを言うって、
どうしてもこうなっちゃいませんか……?


「ノア様、ドーヴェン。
 待たせてしまったようですね、申し訳ありませんでした」


イアンさんと、その横には[ネンティア亭]にドーヴェンさんを呼びに来られたモンクのエミールさん。
お二人が、わたし達に合流されました。


「はは、かまわんさ。
 ところでイアン。そっちの準備はいいのかな?」

「ええ。
 モンク僧達には地下墳墓(カタコンベ)前に待機していただきます。
 周囲の人が立ち入らないように。
 そして私達が怪我をして戻って来た際や、様々なバックアップ支援です」

「了解。
 今回は生きて入り口まで戻ってこられれば、まずはなんとかなるというわけだ」


ドーヴェンさんは微笑されました。
なんというか、出来る大人のオーラというのが感じられます。
これはイアンさんにも言えるのですが、なんだか安心できますよね!


「これでよろしいでしょうか、ノア様?」


イアンさんが、続いてわたしに問いかけてこられました。
わたしは頷きました。


「あ、は、はい!
 色々と、横から口を出しまして……
 そ、その、すみませ――」

「ほら、ノア君。
 まただよ?」

「あ――」


苦笑されながら、ドーヴェンさんの指摘がはいりました。
うぅ、ドーヴェンさん、もう許してください……


「おやおや。
 ノア様がドーヴェンに苛められているなんて。
 これはさっそく、ドーヴェンを懲らしめないといけませんね」

「人聞きが悪いな、イアン。
 これは年長者としての義務を果たしているだけさ」

「ふふ。
 ならそういうことにしておくとしましょうか」


イアンさんが微笑されました。
そんなイアンさんに、先ほど「これでよろしいでしょうか」と聞かれました。
それについてです。
実は、今、ここにいるメンバーだけで地下墳墓(カタコンベ)に入ることを提案させていただきました。
それが採用されたのです。

今回のパーティは4人です。

僧侶のイアンさん。
戦士のドーヴェンさん。
僧侶/戦士のマルチクラス(兼職)のわたし。
3人に加えて、地下墳墓(カタコンベ)の構造に詳しい人を入れて欲しいとお願いしました。
それがモンクのエミールさん。道案内役のマッパーと言えます。
そんな布陣です。


「隊列は、昨夜もさんざん話し合ったが「Y」の字になる。
 ああ、もう、ダメだとかの意見は聞かないからね。イアン、そしてエミール君」


ドーヴェンさんの言葉に、イアンさんも苦笑です。
エミールさんは……
渋々といった感じです。
その原因って、わたしにあるんですよね……


「今更、もういいませんよドーヴェン。
 では、左前が私。右前がドーヴェン。
 中央がエミールで、後衛がノア様ですね」


昨日の話し合いで、わたしが中央で後衛にエミールさんになりそうでした。
わたしから少人数での探索を提案しておいて、それはさすがに申し訳ありません。
それに、一番レベルが低いであろうエミールさんが一人で後衛を任せるのは不安があります。
後ろからの不意打ちで、簡単にパーティ全滅なんていうことも考えられるからです。

わたしのことを、一番に気を使ってくださるのはエミールさんでした。
イアンさんもそうだったのですが、イアンさんはわたしが[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]であることは知っています。
そのため、最終的にわたしの後衛を認めてくれました。
ただ、知らないエミールさん。
納得できないと、本当にイアンさんとドーヴェンさんに意見してくれました。
モンクとしての教示から、わたしを守ってくれるような発言をしてくださっているのですよね。
そのお気持ち。本当にありがたくて嬉しかったです。

納得できないエミールさんに、イアンさんはわたしのことを女神エロールに仕える僧侶であると説明されていました。
ただ、それでもエミールさんは納得されていないようでした。

でも、実はわたし、後衛は得意だったりします。
ゲーム中では、ずっと後衛を担当していました。
[グングニル]の投擲や、[コンポジットロングボウ]による射撃なんかもあったからです。
それに基本的に僧侶でしたし!
……っていっても、最後は誰も納得してくれないぐらいに戦士っぽかった気もしますが。
ああ、もっと頭を使ったプレイをしておけばと、今更ながらに後悔です……


「では、そろそろ行くとしましょうか。
 エミール、ランタンの用意をしてください」

「は、かしこまりました」


エミールさんが、バックパックからランタンと油を取りだそうとされました。


「エミールさん。
 少し待っていただけますか?」

「……?
 どうされました、エロールのノア様?」


怪訝に、エミールさんがわたしを見られます。
う。
なんだか、ちょっと怖い感じです。
きっと、いろいろ納得されていないんだろうな……
……


「ええ、ランタンの明かりですが……」


わたしは、足下に落ちている手頃なサイズの丸々とした小石を拾いました。
ぎゅっと、右手で握りしめる。


「少しでも、みんなが戦いやすいように――」


右手を胸に当てて、目をそっと閉じる。
深呼吸をして、考えるのは太陽――


「夜は去りて
 あらたなる朝となりぬ
 夜を守る月に、
 いまやかわりて
 朝日の影ぞ、
 うららににおう、
 [コンティニュアル・ライト]――!」


右手の指の隙間から光が漏れ始めます。
そっと手を開くと、小石からはまぶしい程の光を煌々と発せられるようになりました。


「うぉ、それはノア君……!?」

「ふふ、さすが天下に名高いノア様です……」

「こ、これがエロールの僧侶……!?」


-----------------------------------
・[コンティニュアル・ライト【絶えない明かり】] LV3スペル

この呪文は空中、物体、クリーチャーが対象となる。
対象となる物体からは光球に包まれ、周囲を明かりで照らすことができる。
太陽の下で何らかのペナルティを受けるクリーチャーに対しては、
この呪文の効果範囲内では、同じペナルティが課せられる。
持続時間は数百年から数千年もの間持つ。

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エミールさんに光る小石を渡します。


「これをランタンの中に入れてください。
 油切れの心配もありませんし、何よりアンデット系の敵にはかなりの効果がありますから」

「は、はい、か、かしこまりました……!
 エ、エロールのノア様……!」


エミールさんは、フード付ランタンに小石を入れてくれました。
フードを開けると良い感じに光が照らされます。
うーん、なんてエコロジーです。
これもお気に入りの魔法だったりします


「さらりとノア君はすごいことをするような、本当に。
 こういったこと、やっぱりイアンもできるのかい?」

「サン(太陽)のスフィア(領域)呪文ですか……
 出来なくはありません。
 ただ、ノア様が使われたのは永久に光りを発する魔法です。
 正直に言いましょう。
 私があれを一度使ったら、半分の力は持っていかれます。
 2回使ったら、何も出来なくなりますよ」

「それほどか……
 はは、噂には尾ひれがつくものだと思っていたが、
 どうやら、尾ひれ程度じゃ足りなかったようだね」


さて、次は――
わたしのレベルなら、結構な距離まで探知することができる。
やっぱりレベルがあがると効力がアップする呪文は使い勝手が良いですね!


「「ディティクト・イービル【邪悪探知】――!」


-----------------------------------
・[ディティクト・イービル【邪悪探知】] LV1スペル

物体や空間から発散する邪悪な気配を探知することができる。
邪悪の度合いも判別可能。

-----------------------------------


「――!」


な、なに! これってば……!

[ディティクト・イービル【邪悪探知】]は邪悪の度合いもわかります。
[微弱][中度][強力][圧倒的]といった、大まかな感じではあるのですが……
なんでこんな場所に[強力]な邪悪を感じるなんて……
しかも、だ。
[強力]には入っているけど、[圧倒的]に近いぐらいのレベルだ。

なんで、こんな人が近くにいる場所にこんなのが……?

[圧倒的]なんて滅多にいません。
たしか[ラクシャサ]や「キリン]のような強力なモンスターがこれにあたるはず。
……
この感じだと……
最低でも、人間で言えばLV9越えのマスタークラスであることは間違いないです。


「ノア様……」


イアンさんには、わたしが使った魔法がわかったはずです。
[ディティクト・イービル【邪悪探知】]は全ての僧侶が使用できる[オール]のスフィア呪文だからです


「イアンさん」

「距離的な問題でしょうか。
 私は修行不足故に、まだ何も感じませんが――」

「手強い相手なのは間違いない、です」


わたしとイアンさんの会話で、それとなく察したのでしょう。
ドーヴェンさんの顔が厳しいものになりました。
そしてエミールさんがつばを飲み込む音が、わたしにまで聞こえてきました。


「ノア君がそういう程の「何か」がいるというわけか。
 了解だ。
 危険だと感じたら、すぐに撤退する。
 いいね、イアン」

「……ええ。
 そのタイミングは貴方に任せます」


こんな時にはドーヴェンさんの方針はありがたいと思います。
でも、むしろ、こんな時にこそパーティを守る僧侶の出番ですよね!


「え、えと。
 すみませんでした。皆さんを不安にさせるような発言でした」

「はは。
 またノア君謝ってるぞ。
 今回の事はむしろファインプレーだよ。
 気合いが入ったよ」

「全くです。
 私などは感知すらできなかったのですから。
 帰って来たら、いっそう修行をしたいと思います」

「エロールに仕える僧侶、これがノア様……」


わたしは3人に向かいます。


「わたし、その、がんばります。
 がんばって誰も怪我させません。
 みんなで元気に帰って来て、みんなで美味しいご飯を食べると――」


柊のホーリーシンボルを取り出して、心の底から集中します。


「たそがれしずかに
 木陰にひれふし
 いよよ行くすえの
 ゆだねまつるこそ
 たえなるけしきを
 かくてありなん――」


言葉が魂になって、力になるように――


「イアン、これは……?」

「[ブレス【祝福】]ですね。
 子供が生まれた時などにも、よく行われます。
 邪から守る祈りの言葉ですよ」


みんなを守ってくれるように――


「やみをも照らせり
 さきだちみちぎく
 こよなきさかえを
 [ブレス【祝福】]――!」


-----------------------------------
・[ブレス【祝福】] LV1スペル

この呪文は、味方への「恐怖(フィアー)」の効果に対する抵抗力ボーナスを与える。

-----------------------------------


「これは……!
 すごいな、気分が高揚してくる――!」

「驚きっぱなしです、これほど[ブレス【祝福】]は受けたことがありません」

「ノ、ノア様……!」


どんな敵に会っても、決して負けないように――







最初は、すでに地下墳墓(カタコンベ)に入っているシーンから書き始めました。
が、どうしてもしっくりこなかったのでやり直しです。
そうしたら、出発すら出来ませんでした。
あぅ。

あとは、もっとTRPGをプレイしているような話し合いの雰囲気がだせればなあ……(。´Д⊂)




[13727] 26 地下墳墓(カタコンベ)02
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/04/25 18:01
「はっ――!!」


銀の片手剣による一閃。
一筋の真っ白な光が放たれる。
光は大ネズミの牙を一瞬で永遠に奪い去っていく――


「そこです――」


鉄製フレイルによる風を裂く重い音が響く。
鉄の先端部が大ネズミの下腹部にめり込む。
大ネズミの声にならない声――


-----------------------------------
◇大ネズミ(Rat)

社会構成:群れ
食性  :腐食性
知能  :極めて低い
性格  :トゥルニュートラル(イビル)

生態
・ネズミの最も重要な目的は餌を得ることである。
・大ネズミは墳墓や地下迷宮といった地下に巣くっており、新しく埋葬された死体をグールよりも先に食い荒らす。
・大ネズミにかまれた傷口からは、衰弱を引き起こす病気に感染することがある。
-----------------------------------


さすが、ドーヴェンさんとイアンさんです。
お二人の攻撃を受けた2匹の大ネズミは、あっという間に逃げ出していってしまいました。
周囲に居た残り5匹の大ネズミも、勝てないと感じたのでしょうか。
あっという間にバラバラになって去っていっちゃいました。

ドーヴェンさんの戦い方は相手の隙を逃しません。
まずは自分の身を守る。
その上で相手の動きを観察する。
敵の弱点(もしくは攻撃部位)を見つけたら、徹底して其処を突いてきます。

一方、イアンさんは全く真逆と言えます。
相手が動くより先に攻撃を仕掛ける。
徹底した先手必勝です。

ただ共通しているのは、お二人とも安定した動きだということです。
わたしは後方を中心とした周囲の警戒だけで済んじゃいました。


「やれやれ、だ。
 入って数メートルでこんなお出迎えとは。
 先が思いやられるよ」


ドーヴェンさんが銀の片手剣を鞘に収めながら呟きます。
その言葉に、わたしも含めて苦笑です。


「何事も前向きに考えることが大事ですよ、ドーヴェン。
 ここは良い準備運動になったと考えましょうか」


イアンさんも微笑しながらフレイルを腰に留めました。





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026 地下墳墓(カタコンベ)02
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地下墳墓(カタコンベ)に入ってすぐに大ネズミと遭遇しました。
それを難なく追い払った後、地下墳墓(カタコンベ)の探索を開始です。

内部は、わたしが想像していた以上にヒンヤリしています。
どこからか水滴が落ちてくるような音が、絶え間なく聞こえてきます。

ぴちょん。
ぴちょん、と――。

そんな中を、案内係のエミールさんの指示に従って進みます。
前に進めば進むほど、空気は冷気を帯びてくるのがわかりました。


「イアン。
 私はココへ来るのは初めてなのだが、大ネズミのようなモンスターもよく出るのかい?
 祖先を参るために、確か一般人もよく来る場所だったように記憶するが」


ドーヴェンさんがイアンさんに向かって質問されます。
確かにイアンさんもお墓参りに来た人が襲われたって言っていた記憶があります。


「はい。おっしゃるとおりですよ、ドーヴェン。
 ここは亡くなられた方々と、生きている方々が心の中で話すことができる神聖な場所。
 先に現れたモンスターなど出現することはありませんでした」

「過去形なのが残念だね。
 ふむ、なるほど。
 そういった意味でも、変わりつつというわけか」

「……ええ」


気がそがれない程度に会話をしつつ、一本道をずっと奥に進んでいきます。
一本道の為か、ドーヴェンさんとイアンさんのチェインメイルによる音がいつもより大きく聞こえる気がしました。


「わ、ここは――?」


思わず声を上げてしまいました。
細い一本道を抜けた所に、突如、とても大きな広間になったからです。
天井もすごく高くて、まるで学校の体育館に入ったような感じ。
無論、雰囲気は大きくかけ離れていますが……


「これより先が多くの方々が眠る場所となります。ノア様」


わたしの言葉にイアンさんが応えてくれました。


「エミール、ノア様に説明を――」

「は、わかりました」


コンティニュアルライトストーン入りランタンを持ったエミールさんが、広間の奥を照らすように手を奥に向けました。
光が届き、最初に目に付いたのは祭壇、でしょうか……?
装飾が施された台のような物が目に入りました。


「エロールのノア様。
 あそこに見えるのが儀式用の祭壇になります。
 祭壇を囲うように我々からみて左、祭壇向こう側、右に扉がございます。
 右側は倉庫部屋です。多くの祭具が置かれている部屋です。
 左側の扉は、ご遺体を納める予定の拡張場所になっており掘削中です。
 正面が、さらに先に続く道となります。
 そこから先にも多くの遺体が安置されているものにあります」


祭壇というのはあっていたようです。
またこの大広間の壁の窪みには多くの遺体が安置されていました。
ほとんどが白骨化しているようです。
奇麗な服を着て、手を組んでいるさまは、なんだか……
気持ちよく寝ている様を想像させました。
白骨ではあるのですが、見送られたご家族の気持ちがそうさせているのでしょうか。
不思議と恐怖といったものはありませんでした。
それと、やっぱり[ブレス【祝福】]の効果と[ノア]のおかげもあると思います。


「このあたりは街の方々が眠られる場所です。
 特別な身分の方だと、正面の奥の方へと安置されていきます」


エミールさんは、正面側の扉を指差しながら説明してくださいました。


「やれやれ。
 死んでまで身分が関わってくるのか。
 なんだか世知辛いと言わざるを得ないな」

「ドーヴェン、違いますよ。
 身分というと語弊があります。
 エミール、言葉は正しく使いなさい。
 エドラスの発展に貢献した職人や知識人達が眠られているのですよ。
 貴族とか、そういった意味合いはありません」

「はは、それはいいね」


この大広間ですが、念のために異変が無いか確認することになりました。
何かあっては大変なので4人で周囲を簡単に探索します。
……
……が、特に何は荒らされた様子もなく、おかしな点は見あたりませんでした。


「ノア君、そっちはどうだい?」

「わたしの方にも……
 特におかしな点というのは……
 ……
 ……うん、見あたりません」


シークレットドアでもあるかな、と、ちょっと意識をしてみましたが、特におかしな点は見られません。
わたしはドーヴェンさん、またイアンさんとエミールさんにも聞こえるように返答しました。


「どうするイアン。
 もっとこの辺り探してみるかい?」

「先発隊も予定では最深部に向かうはずでした。
 我々も先に進んでみましょう」

「ああ、了解だ」


イアンさんの指示で、わたし達は祭壇を挟んで向かい側の通路に進むことに決めました。

大広間から向かい側の通路に入った瞬間、奥から強い風を受けました。
バサバサと、わたしの髪の毛が後ろになびきます。
風の通り道にでもなっているのでしょうか。

それはとてもとても。
とても冷たく感じられました。





通路はゆるやかな下り坂でした。
螺旋状にぐるぐると回るように、どんどんと地下に進んでいく形です。


「これって……」

「ん、どうしたんだい、ノア君?」

「あ、いえ! な、なんでもありません」


思わず呟いてしまった声に、ドーヴェンさんに心配をかけてしまいました。
ただ……
今の状況って、あまり芳しくありません。
わたし達は今、どんどん下に向かっています。
なんて言ったらよいのでしょう。
その、ビルにある立体駐車場を上のフロアからぐるぐると回って下っているとでも言うのでしょうか。
そのために、今のわたし達は大分下の階層にいるはずです。
今、たぶん地下5,6階ぐらいでしょう。

そうなると――

「D&D」のルールでは、地下に下れば下るほど手強いモンスターが出現します。
すでにエンカウントモンスターでも結構な強さの敵が出てもおかしくありません。


「全てを貫く神槍、我が手に――」


わたしは歩きながら、そっとグングニルを呼び出しました。





「鉄の扉?
 これはまた装飾に手が込んでいるね」


螺旋状の通路が終わりました。
その先には見るからに重々しそうな両開きの装飾が施された鉄製の扉が控えていました。


「イ、イアン様、よろしいでしょうか……?」


ドーヴェンさんの言葉に、エミールさんが
なんだか震えているような感じでした。


「許可します。
 どうかしましたか、エミール?」


そんなエミールさんに、イアンさんは優しげに言葉を返されました。


「はい、この場所には、こんな扉なんてありません。
 それに、こんなに深く、ずっと下るなんて聞いたこともありません。
 なんだか、な、なんだか奇妙と言いますか、その……」

「わかりました。ありがとうございます、エミール」


エミールさんの言葉を受けて、イアンさんはフレイルを手に取りました。
またドーヴェンさんも鞘から剣を取り出しました。
一気に緊張感が増してきたのがわかります。
わたしもグングニルに「きゅ」っと、少し力を込めた時――


Wooooooooooooooooooooooooooo……

Uxooooonnnnn……


扉向こうから「何か」が聞こえてきました――!
風の音というか、なんというか、鳴き声のような――


「さ、いよいよって感じなんだろうね。
 イアン、どうする?」

「わかっているでしょう、ドーヴェン。
 ここまで来て、何も見ないで引き返す選択肢はありませんよ」

「ああ、同感だね」


イアンさんが振り返り、わたしとエミールさんと目が合います。


「エミール、良いですね。
 ここからが、我々にとって本当の試練の始まりとなります」

「は、はい……!」


エミールさんの唾を飲む音が、はっきりと聞こえてきました。


「ノア様。
 本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません。
 ノア様は後方にて、我らの行動を見届けください」

「イアンさん……」


イアンさんは本当に優しげに語りかけてくださいました。
これが本当の[僧侶]なのかな、なんて思えました。
心にストンと言葉が入ってくる感じです。

わたしは自然とグングニルを握る右手に力が入るのがわかりました。


「ドーヴェン、お願いします」

「ああ。まかされたよ。
 ただ期待しないでくれ、わたしは本業では無いのでね」


鉄の扉前に片膝を突くような感じで、ドーヴェンさんは握り手部分を調べ始めました。
これはシーフのスキルのファインドトラップ?
罠が無いとも限りません、調査されているのでしょう。
ただ、ドーヴェンさんはシーフ職ではないので、普通に調べているだけになるのでしょうか?
でも、絶対に、何もやらないよりは、やった方がいいとは思います。


「よし、特に問題はないだろう。
 いいね、開けるよ」


ドーヴェンさんが立ち上がり、わたし達に確認を求めました。


「ええ、お願いします」

「は、は、はい!」


イアンさん、エミールさんは力強く返答されました。
続いてドーヴェンさんがわたしを見つめてきます。
わたしは大きく頷きました。
そんなわたしに、ドーヴェンさんも微笑されながら頷きました。

見るからに重そうな鉄の扉。
軋む音を立てながらゆっくりと動く。
次第に開ける視界。

そこは――


「戦闘準備――!」


ドーヴェンさんの声!
改めてわたしはグングニルを構え直す。
ドーヴェンさんとイアンさんの背中越しに見える世界。
そこは豪華に装飾された画廊のような場所。

そして壁際には――
法衣を着た【白骨】が武器を携えて両端に一列ずつ並んでいて――!
その数は数十体――


「みんな、スケルトンだ――!!」


-----------------------------------
◇スケルトン(Skelton)

社会構成:集団
食性  :なし
知能  :なし(0)
性格  :トゥルニュートラル

生態
・スケルトンは魔法により作られたアンデッドモンスターである。
・スケルトンには社会生活も興味深い生態も持っていない
・スケルトンには全く知能が無いために、創造者の命じる単純な命令に従うことしかできない。
----------------------------------


「イ、イアン様……!
 あ、あのスケルトンが身に纏っているローブ……!」

「え、ええ……
 ……
 ……我ら、ハイローニアスに仕える者達が纏う法衣……!」


エミールさん、イアンさんの声が震えています。
これって、もしかして、もしかしなくても――!!
ここにいるスケルトン全てが……
……
……
……ハイローニアスの僧侶さん達……!?

イアンさんが一歩前に出ました。


「ジュール。
 いつも言っているではないですか。
 ネックレスは禁止ですよ。
 いくら奥方からのプレゼントとは例外はありません……」


震える声でイアンさんがスケルトンに呼びかけて――


「イクバール。
 貴方のフレイルは相変わらず奇麗に手入れされているのですね。
 一目でわかります。
 良い習慣です。そのままお続けなさい……」


声は様々な感情がミックスされていて。
聞いているわたし達が辛くなるもので――


「ジェイン。
 法衣がほつれていると前に言ったでしょう。
 まだそのままなのですね。
 エドラスの街の方々に笑われてしまいますよ。
 早く直しなさい。何度も言わせないでください……」


イアンさんの声。
初めて見るスケルトンなんかの驚きとかそんなものよりも、なんて言えばいいのか……
……
ココロに突き刺さって――


「お前達……
 なぜ、なぜ、このようなことに――!?」


------------------
ナゼダッテ――?
キマッテルダロ
俺ガ楽シムタメの余興ジャネエカ。
------------------


「誰です――!!」

「何処からだ?」

「な、なんなのでしょうか? い、今の声は――!?」


わたしにも聞こえました。
どこからとも無く、無機質な声が――

------------------
サア、俺ヲ楽シマセロ。
デナイト、サッサト死ヌダケダゼ。
------------------


「何処です!?
 姿を見せなさい!!」


イアンさんの叫び声が地下墳墓(カタコンベ)に響き渡る。


------------------
ソウ、アワテナサンナ。
オ前ノタメニ特別なゲストモ用意シテイルンダ。
サア、イッテヤレ。
------------------


整然と並んでいたスケルトン。
その中の1体がカタカタとした動きで前に出てきました。
そのスケルトンはチェインメイルの上に法衣を纏い、右手にはモーニングスターを握りしめていて――


「……!!!!!」


イアンさんの声にならない声――!?


------------------
気ガツイタカ?
立派、立派、サスガニゴ立派ジャネエカ。
アア、感動ノ対面ッテヤツダナ。
気ガキクダロ?
------------------


「ム、ムハンマド――!!」


カタカタ。
カタカタ。
カタカタと一歩一歩と近づいてくる。
イアンさんがムハンマドと呼びかけたスケルトンが、歩み寄って来ます――!


------------------
ケケケ。
カカカ。
ザマネエナ。
俺ハズットオ前ノソンナ顔ガ見タカッタ。
堪ラネエ。
オオ、最高ダ、マジ最高ダ――!
------------------


不快極まり無い下品な声が響き渡る――


「黙りなさい……!」


響き渡るのをイアンさんの声が遮って――


「イアン・フレミング。
 ハイローニアスに誓いましょう……
 ……
 ……貴方を徹底的に排除しつくすと――!」


------------------
ヨクイッタ!
ヨクイッタ!
サア、パーティノ始リダ!
イケ、俺様の亡者達ヨ――!
見セテクレ、友達同士トヤラの殺シアイヲ――!
ッテ言ッテモ、テメエノ友達ハ死ンデイテ骨ダケドナ――!
------------------

どこからとも無く聞こえてくる声。
多くのスケルトンが反応しだしました。
カタカタと、一斉にこちらに近寄ってきます――!


「多勢に無勢だ、ここは戦いやすい通路まで退くぞ!」


ドーヴェンさんの大きな声で指示が飛ばされる。
……けれど……!!


「イアン様――!!」


イアンさんが下がりません。
モーニングスターを抱えたスケルトンと対峙し合っていて――


「何をやっているんだ、イアン!!
 ここじゃ不利だ。
 今は引くぞ!!」


全く動く気配がありません――!
聞こえていないはずは無いと思うのですが――!
スケルトンと見つめ合っていて――!


「ちっ!
 エミール、引きずってでもイアンのやつを――!」


ドーヴェンさんの強い指示の言葉がでます。


「ド、ドーヴェン様、申し訳ありません……
 わ、私はイアン様に従います……。
 今、イアン様はムハンマド様と会話されているのですから……」


震えながらの、エミールさんの言葉――


「馬鹿を言うな――! あんな数のスケルトンに――」


友達……
そして大切な仲間……
……
……
それがこんな事態になっていたら……!
おにいちゃんや、妙子姉、ベルさんがなっていたら……
……
……
わたしは――!


「ドーヴェンさん!
 無理に引き下がらせても、お互い隙だらけになります――!」


せめて、せめてわたしは。
力になりたい。


「ドーヴェンさん、エミールさん!
 イアンさんのバックアップをお願いします!
 他のスケルトンはわたしが――!」

「な――、ノア君!?」

「エ、エロールのノア様!?」


わたしは無力だ。
今、イアンさんは泣いているんだ。
なんの手助けも出来ない。
でも、だからこそ、少しでも力になりたい――!


「大丈夫です、こう見えてもわたし結構強いんですよ」


わたしはエミールさんに向けて笑顔を作ります。
安心してもらえるように――


------------------
コレダ、コレダ、言ウト思ッタゼ。
ダカラ、ハイローニアスのクソ坊主ノ次ニ、テメエはムカツク!
アア、ソレデコソ魔女ダ。
魔女ノ名にフサワシイ。
サア、ドウスル?
今度ハ前ノヨウニハイカネエ。
コイツラニハ身体ガ無インダ。
蛇ノ毒トカはキカナインダゼ?
ココハ出口ガ無イ地下墳墓(カタコンベ)。
俺様ノ城ダ。
今度ハ、俺ノ領域(スフィア)ダ。
テメエの味方ハ誰モイネエンジャネエカ――?
------------------







「D&D(第4判)」では森の女神は[アローナ]でした!
なんか私はずっと勘違いをして[エロール]と書いていました。
うぅ、すみません。
何と勘違いしたのでしょうか。さっぱりわかりません……???



[13727] 27 地下墳墓(カタコンベ)03
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/05/09 10:22

柄頭の形状はまさに「明けの明星」と呼ぶのに相応しかった。
球状の頭部に星の形を見立てた複数の棘を備えたメイス。
モーニングスターが必殺の意志を持って襲いかかる。


「――!」


スケルトンから放たれるソレを、イアンはかがみ込みこんで避ける。
が、スケルトンは振りかぶった勢いを殺さない。
そのまま一回転して、さらに上段からの攻撃を放つ。


「……ムハンマド……!」


イアンもかがみ込んだ姿勢から、横に前転して「明けの明星」を避ける。
瞬間、床石にモーニングスターの棘が突き刺さった。


「Uxoon……」


イアンにムハンマドと呼ばれたスケルトン。
うなり?
骨を抜ける風の音?
スケルトンより何かの音が聞こえる。


「ムハンマド――!」


イアンの呼びかけにスケルトンは何も答えない。
イアンとスケルトンの視線が交差する。
床にめり込んだモーニングスターを、スケルトンは力任せに引き抜いた。
返答の代わり。
それはモーニングスターによる攻撃だった。





-----------------------------------
027 地下墳墓(カタコンベ)03
-----------------------------------


------------------
サア、魔女!
47体のスケルトンダ。
何ヲシテクレル?
見セテミヤガレ! サア、行ケ俺ノ下僕達ヨ――!
------------------


何処からか聞こえてくる声の指示に従ったのでしょうか?
多くのスケルトンが、わたしを囲うようににじり寄ってきます――!


「ノア君!」


ドーヴェンさん、わたしを助けてくれようと身構えてくれるのがわかりました。


「大丈夫です、ドーヴェンさんはイアンさんとエミールさんを――」


こちらに来てくれようとしたドーヴェンさんを手で制します。


------------------
イインダゼ?
魔女ノ手伝イをシタッテヨ。
カカカ、震エテ何モデキネエノカ?
魔女モドウシタ?
[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]ノ名前ガ泣クゼ――!
------------------


「な!!!
 エロールのノア様が、ま、まさか!
 あ、あの[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]だって!?!?」


エミールさんの驚く声が耳に届きました。
ただ。
エミールさんだけではなく、わたしもちょっと驚いています。
……
なんでわたしのことを知っているの……?


------------------
ブラックドラゴン?
サイクロプス?
マインドフレイヤ、クラーケン?
魔女ヨ。
ソンナ化ケ物ヲブッ殺シテ来タンダロ?
ナラ見セロ、ソノ力で俺ヲ楽シマセロ――!?
------------------


もしかしたら[乃愛]じゃなくて、[ノア]の時に知り合った敵……?
イヤ、今はそんなこと考えるよりも――
この状況をなんとかする方が優先だよね、[ノア]――!


「ありがとう、グングニル――」


わたしは[グラヴズ・オブ・ストアリング(物入れの手袋)]のコマンドワードを唱える。
唱え終えた瞬間、握りしめていたグングニルが姿を消しました。


「な!?
 ノア君、なぜ武器を手放す――!?」

------------------
アア?
ホントに諦メチマッタノカ、オイ!?
------------------


ドーヴェンさんと謎の声が被りました。


「大丈夫です、ドーヴェンさん。
 今から行うことに、武器は必要ないですから――」


この47人の[人達]にはグングニルは必要ありません。
きっとエドラスの方達の為にがんばってきた……
……
……
……
一生懸命だったに違いないハイローニアスの人達には――!


「[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]の名に誓います――!」


ココロより祈ります――!
もう、みんなが辛くないように――!
ハイローニアスの人達の誇りが傷つけられないように――!

わたしは本当の僧侶じゃないからわからないけど――

それでも。
それでも、みんなには――
……
……楽になってもらいたいから――!


「葉の影
 快い木陰
 草そよぐ風
 空に
 大地に
 大気に
 父の腕の中へ
 母の懐へ
 帰ろう
 いつか
 どこか
 遠い彼方へ――」


ハイローニアスさんもお願い、彼らを――!
彼らを助けて――!


------------------
ナ――!?
------------------

「ノ、ノア君は何をしたんだ!?
 スケルトンが光に包まれていく!」

「あ、あれがエロールの……
 ……まさか、タ、ターニングアンデッドですか!?」


光に包まれた47人の[人達]が動きを止めてくれました。
それどころか、武器も手放してくれて――


------------------
馬鹿ナ、テメエラ何シテヤガル!
トットト行キヤガレ、俺ノ命令ヲ効ケ――!
------------------


光はシャボン玉のような大きさになっていきます。
フワフワと光は風に乗って――


「……皆さん……
 ……ありがとうございます……」


本当は、何か違う方法があれば良いんですが……
一度、アンデッドになってしまった人間を元に戻す方法は……
……
……ありません……
だから。
だからせめて。
自己満足だと思うけど、でも、それでも――


「力不足でごめんなさい……」


-----------------------------------
◇ターニングアンデッド

プリーストやパラディンが持つ貴重な祈りの特殊能力。
アンデッドを追い払ったり、ディスペル(解呪・破壊)等が行える。
-----------------------------------


光の玉が弾けて消えました。
そこにはもう47人の[人達]は、誰もいらっしゃいませんでした。





スケルトンの攻撃は苛烈さ増すばかりではあった。
だがイアンはそれを確実に避ける。
周囲の人が見れば、それはまるで演舞でもしているかのように思えただろう。


「貴方の修練は……
 ……本当に身体に染みこんでいたのですね……」


イアンは泣きたくなった。
そしてこの大切な友人を本当に誇りに思えた。
ココロを奪われても。
肉をそぎ落とされても。
鍛えた魂だけは決して裏切らないのだと――


「ムハンマド、そんな貴方に今の状況は苦痛でしょう……」


イアンは嫌な感情が浮上してくるのを感じた。
誰だ?
この誇り高き友をこのようにしたヤツは――!?


「お疲れ様でした、ムハンマド。
 私は幸せでしたよ。
 最良の友を得ることが出来て――」


イアンは右手のフレイルを力強く握りしめる。
ムハンマドの動きは完全に読める。
だから、このフレイルが避けられることは決して無い。


「ハイローニアスの元で会いましょう。
 その時は――」


いつから一緒だったのか。
気がついたら、ムハンマド、貴方は私の横に居ましたよね?
幼い頃、二人で遅くなるまで外で遊んだ――


「また一緒に、あの頃のように――!」


イアンはフレイルをムハンマドに振り下ろした。


「……uxooo……」

「――!」


フレイルはムハンマドに命中した。
軽い音と共に骨が飛び散った。





------------------
スゲエ、スゲエな魔女――!
サスガだ、サスガに英雄ハ半端ネエ!
領域(スフィア)なんて関係ネエカ?
クソ坊主モ見事ダッタゼ?
容赦ナクテ最高ダッタ!
------------------


イアンさんも怪我とか無さそうです。
ただ、バラバラになった骨をじっと見つめるイアンさんは――


「出てきなさい、下郎。
 いつまでもそう隠れているつもりなのですか――?」

------------------
ソウダナ、俺モ身体ヲ動カシテエト思ッテイタトコロダ。
相手シテクレヨ、クソ坊主――!
------------------

「なんだ、目の前の風景が……
 ゆ、歪んでいる……!?」


ドーヴェンさんが慌てた声を出されました。
渦を巻くかのように、目の前の光景がひしゃげられていきます――!
周囲の空気が変わる。
温度が下がり、かび臭くなり、そしてココロにもたげるのは恐怖――

渦巻きの中心から現れたのは、痩せこけたまるで骸骨のような人……!?


「ヒィ、ヒィ……!?」


エミールさんが腰砕けるように地べたに座りこみました。
匍うようにして、後ろに後ずさりしています。
[ブレス【祝福】]でも押さえきれない[恐怖(フィアー)]に、レベルが低いエミールさんは負けたんでしょう――!


「な、な、なんだコイツは――!?」


ドーヴェンさんも剣の切っ先がカタカタと震えています。
そんなわたし達を、骸骨のような異形がじっと見つめてきます。
まるで品定めでもするかのように――!


「下郎、キサマが――!!!!」


渦巻きの中心から現れた怪異に、イアンさんが突っ込む――!


「イアンさん――!」


やせこけた風体。
周囲の空間を圧倒する冷気。
空洞の目。
服装はまるで貴族のような豪華なローブを身に纏っていて……
……
……
あれは……
……
……
……!!!
あれって、もしかしたら……!
ダメ、あれは――!!


------------------
オオ、イイネ。
サアテ、生マレ変ワッタ俺ノ力ヲ見セテヤルゼ。
トットケ。
初回限定ノ大サービスダ――!
------------------


イアンさんに向けられた、怪異のしわくちゃの何でも無い手。
だけど手から感じられるのは圧倒的な冷気――!


「イアンさん、ダメえぇ――!!」


あれは、あれは――!
あれはリッチ(Lich)――!!







ちょっと展開が早いかなとも思ったりしました。
物語を展開させる速度のバランスって難しいです。

あと数話でノア編を終了できたらいいなー。



[13727] 28 地下墳墓(カタコンベ)04
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/05/23 10:00

------------------
オイオイ。
ガッカリサセンナヨ、オイ。
コレデ終ワリッテワケジャネエヨナ?
痛クモ痒クモネエヨ。
------------------

「な――!?」


イアンさんの放ったフレイルは、確実に痩せこけたローブの人に命中しています!
けど、全くダメージが与えられていない!
やっぱり、普通の敵じゃないのは間違いない――!


------------------
デモナ、モラッタモンハ返サネエトナ。
俺様ハ義理ガタイ男ナンダ。
サアテ、クソ坊主。
セイゼイ、ハイローニアスニ祈リデモサ捧ゲヤガレ――
------------------


しわくちゃの骨と皮だけと見間違うほど細い右腕が、イアンさんの胸に添えられて――!


------------------
サア。
テメェハドンナ声ヲ出シテクレル?
------------------

「!!!
 グアアアアッ……!!!」


あっという間に、イアンさんのチェインメイルが凍り付く――!
絶対零度の、冷気のオーラによるダメージ!?
だとしたら、やっぱりリッチ(Lich)!?

ダメ、いけない――!


「魂も宿らぬ骸、骸、我が許へ――!!!」


イアンさんに向かって走りながら[ヴォイドクリスタル・ラフィング・デス・アーマー(虚無水晶の嘲笑う死の鎧)]を身につける!
間に合って――!


------------------
マクガヴァン様ヲ牢屋ナンゾにブチコンダ礼ダ。
クライヤガレ――!
------------------


ローブの男の手に、冷気が、魔力が収束していくのがわかる――!
させない!
絶対に――!


「イアンさんから、離れなさい――!!!」


全力で、本当に掛け値無しの全力で、わたしはローブの男に突っ込んだ。


------------------
ナッ――!?
------------------


アメリカンフットボーラーのように肩からタックルをして、ローブの男をイアンさんから引き離すことに成功しました――!


------------------
カ、グ、ア、アリエネエ……!
ドンナ馬鹿力シテルダ、テメエは。
今ノ、コノ、マクガヴァン様ヲ、フットバスカヨ……
テメエ、本当ニ人間カヨ!?
------------------


え、今、マクガヴァンって――!
あのウォウズの村で偽僧侶だった人!?
な、なんであの人が、こんな姿に――!?
……
でも、今はイアンさんの方を――


「ドーヴェンさん!
 今です!
 今のうちに、イアンさんとエミールさんを連れて逃げてください!
 入り口まで戻れば、多くの僧侶さんがいらっしゃいますから――!」

「な、それじゃノア君は!?」

「わたしはここで――」


わたしの顔はフルヘルムに包まれていたけど。
ドーヴェンさんをじっと見つめました。


「……わかった。
 先に戻る。ノア君も必ず……!」


ドーヴェンさんが頷いてくれました。
項垂れているイアンさんを背負い始めてくれました。


------------------
ケッ!
逃ガサネエヨ、逃ガスワケネエダロ――!
------------------

ローブの男(マクガヴァン?)が起き上がり、こちらに向かってくる――!
こっちこそ、負けてられない……!


「石を立てて
 めぐみを
 捧ぐるいのり
 うけいれたまえ――
 ストーン・シェイプ【石物変換】!」


地下墳墓(カタコンベ)内の石壁が波打ちはじめる。
わたしは意識する。
わたしとドーヴェンさんの間に『壁ができるように』と――!


------------------
ナ――!?
------------------

「ノア君――!」


ドーヴェンさんの声が一瞬だけ聞き取れました。
石はわたしのお願いを聞いてくれました。
ただ、わたしの撤退通路も塞がってはしまいましたが、これで多少なりとも時間を稼げます。


------------------
コ、コノ、クソ魔女ガァ……!!!
------------------





-----------------------------------
028 地下墳墓(カタコンベ)04
-----------------------------------

「マクガヴァンって――」


先ほど、このローブの男が言った名前。
ふと、出たわたしの言葉に、ローブの男は高笑いをしました。


------------------
カカカ!
アノ時ハ世話ニナッタヨナ、魔女!
マア、モットモ、今ハ感謝シテルゼ!
ナニセ……
ククク。
カカカ。
コンナニ俺ハ強ク、生マレ変ワレタンダカラヨォ――!
楽シクテ、楽シクテ、楽シクテ、仕方ガネエヨ!
------------------


やっぱりウォウズの村で会った偽僧侶のマクガヴァンで間違いは無いようだけど――
なんでこんな姿で……!?


------------------
サスガノ魔女モ、不思議ソウナ面シテヤガンナ。
カカカ。
コリャ、最高ダ!
アノ英雄様ガ、俺様ニ驚イテルンダカラヨ――!!
------------------


「一体何があったんですか――?」


風体。
外見。
冷気による特殊攻撃。
効果が無かったイアンさんのフレイルによる攻撃。
状況から考えて見ると、リッチ(Lich)のように思えて仕方が無いです。
ただ。
リッチ(Lich)は通常、マスタークラスの僧侶か魔術師が自らの生者として身分を放棄して生まれ変わった存在。
偽僧侶とか、そういったレベルの人が成れるような存在じゃ決して無いはず――


------------------
悩メ、悩ミヤガレ。
タダ一ツダケ教エテヤルヨ。
英雄ヤラ伝説ヤラハ、テメエラダケジャネエッテコッタ。
アノ伝説ノ、アノ野郎ハ、俺様ニ『力』クレタ。
条件ハ、タダヒトツ。
エドラスにチョッカイを出スだけ。
コレダケダ!
カカカ、俺ニトッチャ渡リニ船ダ!
アノ、クソ坊主ニ喰ラワセテヤルツモリダッタシナア!
------------------

「伝説? 力って――!?」


マクガヴァンは、誰かの力でこの姿になったっていうこと!?
そんなことができるの!?
出来るとしても、どれだけのレベルの持ち主がそんなことを――!?


------------------
サア、オシャベリハ終メエダ。
前ノ約束、守ロウジャネエカ。
オ前ヲ、犯シツクシテヤル。
オシャベリの続キハ、俺ノ腹ノ下デアエギナガラダ――!
------------------


マクガヴァンから圧倒的な冷気が収束するのがわかります――!
攻撃態勢に入るつもりだ――!

なら、わたしは――
わたしはマクガヴァンをじっと見つめます。
一瞬の隙も見逃すつもりはありません。
幸いな事に、相手を見ても、わたしには「恐怖(フィア―)」は全く感じません。

重苦しい、沈黙の時間が流れて――

マクガヴァンの口元が動く。
詠唱!
なら、わたしは――!


------------------
息ノ氷
天ノ愚カ者

引キ裂カレ
困窮ノ吐息――!
------------------

「見よ、群がる悪の霊
 我を巡り攻め来たる
 罪に誘うその言葉
 大気を身に鎧
 打ち砕く――!」


詠唱はほぼ同時に終了――

わたしの全身が、淡い緑色のような光に包まれてくるがわかる――!
けれど、マクガヴァンの右手が、今まで以上に冷気に包まれてもいる――!
あれはウィザードスペルの[チル・タッチ【寒き接触】]だ!


------------------
カカカ。
オ前モ何カ、呪文ヲ唱エテイタナ?
失敗カ? 何モ起キテネエゾ?
俺様ニ恐怖シテ、ミスッタか!?
ザマネエナア!
俺ノ右手、今度ハ、サッキのクソ坊主ニヤッタ攻撃ノ比ジャネエゾ。
耐エラレルノカ、ナア、英雄サンヨ――!
------------------


-----------------------------------
・[チル・タッチ【寒き接触】] LV1スペル

この呪文はかけると、使い手の手は青い光に包まれる。
その手を接近戦で命中を与えた場合、相手の生物の生命力を失わせることができる。
-----------------------------------


「マクガヴァンさん。
 わたしは前にも言いましたがプリーストです。
 森で会った時以上に、今の貴方に負けることはありません。
 貴方の存在自体が、わたしの領域であり領分です――!」


理由はわからないけど、今のマクガヴァンはアンデッドだ。
それも、リッチ(Lich)のような攻撃をしてくる。
なら。
わたしは絶対に負けないし、負けられない――!


------------------
……相変わらずムカツク魔女だ!
ナラ、ソノ身体デ試サセテモラウカラヨ!
泣ケ、叫ベ、許シヲコイヤガレ!!!!
------------------


マクガヴァンが突進してくる。
相手がエネルギードレインの攻撃をしてくるなら、避ける必要すら無い――!


------------------
取ッタァ――!
クソ魔女ガ、泣イテ後悔シヤガレ―――!
------------------


マクガヴァンの手が、わたしの[ヴォイドクリスタル・ラフィング・デス・アーマー(虚無水晶の嘲笑う死の鎧)]へ触れた瞬間――


------------------
ガアアアアア――!!?????
------------------


緑の薄い光が、マクガヴァンの右手を包み込む。
ただそれだけ。
けど、この光は普通の光では無いのだから――


------------------
オ、オレ様の手、手ガアア!?
ナ、何ヲシヤガッタシヤガッタ!?
------------------

「ポジティブエネルギーによる攻撃です。
 わたしは呪文を失敗していません」

------------------
ナ、ナニィ……!?
------------------


-----------------------------------
・[ネガティブ・プレーン・プロテクション【負物質界からの防御】] LV3スペル

ネガティブ・マテリアル・プレーンと接触を持つアンデッドの攻撃、
エネルギードレイン攻撃に対する防護力を得る為の呪文。
ポジティブ・マテリアル・プレーンからエネルギーを引き出し、ネガティブ・エネルギーを打ち消す。
さらに攻撃を仕掛けたアンデッドはポジティブエネルギーによりダメージを被る。
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今がチャンス――!
アンデッドや魔法を使い相手には油断できないから――


「葉の影
 快い木陰
 草そよぐ風
 空に
 大地に
 大気に――」

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ク、クソガァ。
スケルトン達ヲブッ壊シタ呪文カ……!?
ケ!
ソンナモノハ俺様ニハキカネエ!
ハイローニアスのクソ坊主ガ何十人ガカリデモ、何トモナカッタンダカラナア!!
------------------

「父の腕の中へ
 母の懐へ
 帰ろう
 いつか
 どこか
 遠い彼方へ――」


祈りの言葉が完成する。
完成された言葉は魂を持つ。
魂は力を持って、アンデッドを浄化する――!


------------------
馬鹿ナ、ソンナ、ソンナ馬鹿ナアアアア!!!
オ、コ、今度ハ俺ノ左腕ガァアアアアアアア!?!?
ナニヲ、ナニヲシヤガッタ、魔女、魔女ガア!
------------------


[ターニングアンデッド]に力で、マクガヴァンの左腕が塵と化しました。


「マクガヴァンさん。
 貴方がリッチ(Lich)になってしまったとしても、HD(ヒットダイス)は11です。
 わたしのレベルでは、ターニングアンデッドが可能なんです」

------------------
ナ、ナニヲ訳ノワカラネエコト、言ッテヤガル!?
俺様ノ、俺ノ腕ガア……
------------------

「教えてください!
 誰なんですか、貴方をそんな風にしたのは!?
 その人はなんでエドラスを――」


誰がマクガヴァンをこんな姿に――!?
それに、なんでエドラスを混乱させるような事を命じたのだろう!?


------------------
ケッ、魔女ガァア……!
ソンナ事、俺ガ知ルワケネエダロウガ!
化物ハ化物同士、直接聞キヤガレ!
------------------

「誰ですか――!?」

------------------
ケッ!
魔女、テメエノ方ガヨク知ッテルアイツダ!
ソウダ、アノ、魔術師――
------------------

「駄目じゃないの。
 戯れで飼ってやっている犬ごときが、勝手にお話なんてしちゃあさ」

「――!?」


いつのまに――!?
豪奢なローブを纏った女性が、マクガヴァンを背後から抱きかかえるような形で口を押さえています!?

------------------
テ、テメエハ、アノ時ニ一緒ニ居た――!?
------------------

「本当に使えないやつ。
 [マイナー]クラスのアーティファクト[オーブ・オヴ・アーケイン・ジェネロシティ(寛大な秘術使いのオーブ)]から、
 マスターが作ってくださったサークレット与えてくださったのに。
 いくら[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]相手とは言え、傷一つ追わせられないなんて――」


豪奢なローブを纏った女性はマクガヴァンの額に付けられていたサークレットに手を伸ばす。


「これは返してもらうわね」
 
------------------
ナ――!?
------------------


マクガヴァンは何も動かない。
いや、動けない、の……!?
ローブの女性は苦々しげに、マクガヴァンからサークレットを取り外す――

------------------
ギャアアアアアア!!!!!
------------------

「え、え……!?」


取った瞬間です。
マクガヴァンの絶叫!
ただでさえ痩せこけていたマクガヴァンですが、あっという間に皮が蕩けるようにそげ落ちて白骨に――!?

い、一体何が、どうなっているの――!?


「汚らわしい。
 100万回ぐらい地獄に堕ちればいい。
 人形にもなれない駄犬が。
 その上、駄犬が我が主の名前を口にしようとするなんて。
 汚らわしい。
 汚らわしい――
 本当に汚らわしい――!」


豪奢なローブを纏った女性は、マクガヴァンだった骨を踏みつぶした。
踏みつぶした骨から、乾いた、まるでコップでも割れるような音が聞こえた。







ただでさえ供給過多なのに、いつもより中二病成分を多めに本話を提供いたします。
大好き!
私は末期の中二病患者。



[13727] 29 地下墳墓(カタコンベ)05
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/06/06 10:06
紫色を基調とした豪奢なローブを纏った女性。
そんな装いから、その、太陽が似合わないといった雰囲気が感じられてしまいます。
目はフードに覆われて見えません。
けれど、紫色に塗られた唇で表情がわかります。

わたしに良い感情は持っていないことが――


「全てを貫く神槍、我が手に……」


再度、わたしはグングニルを呼び出して握りしめる。


「へえ、それが[神槍グングニル]ね。
 さすがに初めて見たわ。
 イグドラシル(世界樹)から生まれたっていうのは嘘ではないようね。
 思わず泣きそうになるぐらい力を感じるわ」


台詞の内容とは口調は真逆でした。
ローブの女性から、余裕の姿勢が消えません。
外見や、突然現れたことから、ほぼ間違いなく相手は魔法使い。
その余裕は、そこから……!?

何を考えているの――!?

危険だ。
[ノア]も警告を全身で発してくれています。
先手を仕込まれていたら、何をされるかわからない――!


「あ、貴方は一体なんなんですか……?」


あまり期待はしていないけど、わたしは思ったことを口にしてみました。
いや、自然に出てしまったと言う方が強いかもしれない。


「『なんなんですか』、ね……
 ……
 ……
 ま、いいわ。
 私はね、この駄犬を管理する役目『だった』もの。
 わかる?
 これで満足かしら? 黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)」


言葉の間に少しの沈黙を挟んで、ローブを纏った女性は苦々しげに言い捨てました。





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029 地下墳墓(カタコンベ)05
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「役目……?」


役目って……?

それに、わたしの名前を知っている――?
わたしは、このローブの女性に関して心当たりは全くありません。
この世界に来てからは勿論ですし、
ゲームプレイ中でも、プレイしたキャンペーンで敵対するような女性魔術師はいなかったと思う。


「……
 ……
 ……はぁ」


わたしの反応で、気に入らない箇所があったのでしょうか。
ローブの女性はこれみよがしな程にため息を付きました。


「やっぱりむかつくわ」


次の瞬間、目の前の女性は、足下にあるマクガヴァンの遺骨を踏みにじる。
パリンパリンと乾いた音。
ポキポキと割れる音が耳に飛び込んでくる。


「え……?」


突然のことに、なんていうか口が動かない。


「使えない男って本当に腹立たしいわね。
 存在価値無いわ。
 なんのためにいるのかしら。
 さっき駄犬なんて言ってしまったけど犬に失礼だったわ。
 そうは思わない?」


ケタケタといった感じで、ローブの女性は笑いはじめました。
なんだろう……
……
……嫌な予感がしてなりません……


「誰ですか、貴方は?
 わたしに何か用があるのですか――?」


改めて問うわたしの言葉に、ぴたりと足下の骨をいじるのを女性はやめました。


「ああ、本当に予想通り。
 予想通り過ぎて、予想通り過ぎて。
 ……
 ……
 ……私はあんたを殺したくなる」
 
「――!」


女性を中心に[魔力] が集束していくのがわかる――!

やっぱり、この人は魔法使いというのは確定だ。
なら、わたしに姿を見せる前にいろいろな『準備』をすることが可能だったはず。
『D&D』の魔法はいくらでも極悪な性能のモノがあるのだから――!

まずい、まずいかもしれない――!


「なんでこんな時まで、そんな言葉使いなの?
 自分で言うのも何だけど、今の私以上に怪しい存在は居ない。
 こういう時は敵対心出して向かってくるものでしょ、違う?」


[ノア]からも警告が伝わってくる――!
LV9から上のマスタークラスの魔法使いの力だと――!


「そういえば、そんな声で多くの男に媚び売っていたわね。
 何人の男にすり寄った?
 この売女が――」

「な――!?
 何を言っているんですか!?
 わたし、わたしそんな――!」

「それが[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]の処世術。
 あんたみたいな真面目ぶった女が、一番、男達を不幸にする」

「貴方は……
 何が言いたいんですか……!?」


駄目、なんだかもうわけがわからない……!?
この人の目的って――!?


「私は認めない。
 認めない。
 我が主に、[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]は相応しくない」

「我が主……?
 その人の命令なの!?
 貴方、一体わたしに――」

「もう黙りなさい、売女。
 同じ事を何回も聞いてきて。
 オウムなのかしら?
 あんたの声聞くだけで腸が捻れる。
 不格好な鎧で顔が見えないのは感謝するわ」

「いきなり出てきて……
 貴方はわたしに何をしたいんですか――!?」


わたしが、この人が言う「主」に相応しくない?
「主」って誰のこと!?


「貴方は――」

「あああああああ!!!」


再び声をかけた瞬間。
突然、この紫のローブの女性が叫びを上げる!?


「な、なに!? な、なんなの……!?」


叫んだ女性は、先ほどまでとは一転して静かにうつむいてしまいました。
一瞬の静寂。
顔を上げたローブの女性の目が一瞬だけ見える。
それは紫色に輝く瞳――!


「グダグダとうるせえんだよ!
 知りたかったら、その大層な槍で私の身体に聞きゃあいいだろ!!
 挑発だったら成功だよ!
 ああ、そうやって男も手玉に取ってるんだね!」

「――!?」


女性の激昂!
瞬間、何も無かった右手周囲の空間にひずみが見える――!

転移!?

魔法!?

召還!?


「させない――!」



魔法使いに先手を取らせては駄目だ――!
[ノア]とわたしの考えがシンクロする!
身体が動く!
右腕に力が漲る!


「てやああ!」

「ナニぃ!」


振りかぶった右腕から放たれるのは一筋の光。
光は外れない。
これはもう決められたこと。

神槍グングニルは決して外れないのだから――!


「やるじゃない。
 やれるじゃない、この売女が――!」


ローブの女性はマジックワンドを呼び出そうとしていたようです。
グングニルはワンドを貫き、ワンド毎後方の壁に突き刺ささりました。


「グングニル――!」


グングニルに呼びかけると、一瞬で、わたしの右手に戻ってきてくれました。
グングニルに貫かれて壁に突き刺さっていたワンドは、支えが何もなくりコトリと落ちていき

ました。


「そして、まだ私の心臓を狙わないあんたがムカツク!
 あああ。
 あああ。
 我が主よ。
 決めました。
 今、決めました。
 私は[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]を殺します。
 貴方様に監視と報告を命じられておりました。
 命に背いた罪は、我が身体、我がココロ、全てで償いましょう。
 許してくださいとは言いません。
 が、貴方様の為に――!」


ローブの女性が身構える――!
右腕を上に、左手を下へと上下の構え――!
身体の動作が必要な呪文!?


「鳴動
 空気
 鋼
 空から降りる剣――!」


詠唱――!
右手にはいつの間にかガラスの棒が握られている!
触媒――!
あの触媒なら、わたしが唱えるべき呪文は――!


「雷神、天雷、迅雷、雷鳴、
 万雷、雷火、紫電、紫閃、
 我が友、我が兄弟となりて守護されん――!」


ローブの女性の両手には雷が纏われて――


「まずは小手調べだよ、見せてみな!
 あんたの力を――!
 [ライトニング・ボルト【電撃】]――!」


轟音が響き渡る!
必殺の電撃が、至る所の壁に乱反射されてわたしに向かってくる――!


「[プロテクション・フロム・ライトニング【対電撃防御】]――!」


全ての雷がわたしを貫いた。
けど、わたしは――


「クソが、[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]!
 私の[ライトニング・ボルト【電撃】]で五体満足な女は初めて……
 ……
 ……
 なんて無様……!」


地を匍うような低い声でうめく女性。
そう、今の私は無傷で済みました。
これは相手の[触媒]から、どんな呪文を使ってくるかがわかったからです。
[触媒]とは魔法を唱えるのに必要な道具になります。
[触媒]から[ライトニング・ボルト【電撃】]がくるとわかっていなかったら、
さすがに無傷っていうわけにはいかなかったと思います。


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・[ライトニング・ボルト【電撃】] LV3スペル

この呪文は電撃により効果範囲内の全てのクリーチャーにダメージを与える。
また可燃物は着火する可能性もあり、15cm以下の厚さの石壁は破壊される可能性もある。
融点の低い金属(鉛、金、銅、銀、青銅)は溶けてしまう程の威力がある。

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「小手調べなんて必要なかった……!
 あんたは、あの[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]……!」


ローブの奥から紫の瞳が輝きを増したのがわかりました。


「出し惜しみは無しだ。
 次の呪文で、あんたを必ずぐちゃぐちゃにしてやる。
 膨張、
 融合、
 衝動、
 臓腑、
 あはは、
 あはははは……!!!」


呪文の詠唱では無い、通常の言葉なのに。
なのに。
なのに。
背筋がビリビリするような感覚が襲いかかってくる――!







情緒不安定な女性キャラクターを書いてみたかったんです。
難しい、難しい……
本当に、地下墳墓(カタコンベ)編は難産続きです。

次か、あと二話でノア編の一段落の予定です。
予定。
おさまらなかったらごめんなさいw



[13727] 30 地下墳墓(カタコンベ)06
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/06/27 17:24
「我が主よ――
 貴方様から拝受いただきました[指輪]を……
 ……
 ……今、ここで使わせていただきます!」

「指輪……!?」


金色の指輪だった。
右手の薬指にはめられた金色の指輪。
ローブの女性が右手をぎゅっと握りしめて――


「release(解放)!」

「え!?」


指輪の効力を発動させるコマンドワード――!?
その瞬間、感じるのは、あまりにも強大な魔力で……!?


「あは、あはははは!」


勝ち誇ったように、いや、確実な勝利を確信したように笑う女性――!


「私ではあんたには勝てない。
 ああ、それは認めてやる。
 なら。
 私の力じゃなかったどうなる!?
 [リング・オブ・スペル・ストアリング・グレーター(上級呪文蓄積の指輪)]の力。
 あははは、忘れたとは言わせない!
 我が主の力を、その身に思い出せ!!!」

「こ、これって――!?」


指輪から魔力があふれ出している……!?
これは、さっきの[ライトニング・ボルト【電撃】] の比じゃない……!


「く、くぅう――!」

「え……?」


指輪に力が集まっていくとは反比例するかのように、ローブの女性は苦しげに片膝をついた……!?
 

「さ、さぁ、どうする?
 はぁ、はぁ……
 ……もうすぐ呪文は発動する。
 もう、もう、私を殺しても呪文は止まらない。
 ははは、いい気味だ。
 あんたは死ぬんだよ――!」


この人、指輪に、指輪に力を吸い取られているの……!?
そ、そうまでして……!?
どうする!?
どうする、わたし――! 


「はぁ、はあ……
 始まりだよ……
 唸れ、大地。
 全てを、全てを飲み込め……
 ……[ムーブ・アース【大地変動】]……!」

「じ、地面が――!」


地下墳墓(カタコンベ)が揺れる。
それは、まるで海に浮かぶ小舟のよう。
それでいて、次第に大きくなっていく――!?


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・[ムーブ・アース【大地変動】] LV6スペル

土、もしくはそれに類似するもの(砂、泥、粘土層、等)を揺り動かす呪文。
土砂崩れや砂丘を崩したり、小山の地形を変えたりすることができる。
この呪文の詠唱や、アースエレメンタルへの召還は、具体的か効果が生じる前に済ましておく必要がある。

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「死んでしまえばいい、お前なんて――!!!」
 
 







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030 地下墳墓(カタコンベ)06
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「はい、それまで」

「え……!?」


思わず声を上げてしまいました。
いつの間にか、今度は、ローブの女性の横に別の男の人が立っている――!?
地震に気を取られたとは言え、また、全く気がつかないなんて……!?


「ロレイン!?
 なんで、なんであんたがこんな場所に!?」


やっぱり、ローブの女性の知り合いなの――!
レザーアーマーに身を包んだ軽装備の男の人は、何事も無かったようにローブの女性に近づく。
「ロレイン」と、男性の事を呼んだローブの女性は驚いている、の……?


「こんな場所にって……
 ローレン姉さんを止めに来たんだよ。
 決まってるでしょ」

「な、止めにですって――!?」


姉さん……!
ってことは、この男の人は弟――!?
なら、援軍ってこと……!?
でも、止めにって言っているのは……?
どういうこと――!?


「ロレイン、何を馬鹿なことを!
 私は、この売女を――」

「はいはいはい。
 言い訳は後で聞きますよっと。
 まずは……
 ……この呪文を止めないとなあ……」


ロレインと呼ばれた男の人。
20歳半ばぐらいの人、だろうか?
腰には短刀をぶら下げている。
軽装備を好む戦士、もしくはシーフといった風体だけど――

ロレインと呼ばれた男の人は、様子をうかがっていたわたしに視線を向けて――


「あー、ごめんね。黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)。
 うちの馬鹿姉がご迷惑をおかけしております」


ペコリといった感じで、突然、現れた男の人は頭を下げる。


「――!」


その言葉を聞いた瞬間。
どこかゾクリとするものを感じる……!
な、なに、この感覚……!?


「ちょっと待っててね。
 今、この呪文は止めるから。
 それまで休戦でお願いします」

「な、止めるってどういうことよ――!」

「あー、もー。
 姉さんはちょっと黙るの!」


軽装備の男性ロレインという名前と思われる男性は、
姉と思われる人の言葉を受け流して、腰のポーチに手を突っ込む。


「これがマスターの[ムーブ・アース【大地変動】]か。
 ちょ、さすがに僕の力じゃ止められない。
 やれやれ、僕もコレ使わないとダメってことかー」


ポーチから出したのは、そう、また金色の指輪――!
となると、また魔法が封じ込められている……!?


「うーん。そんなに身構えないでよ。
 信用無いなー。
 ま、仕方が無いか。
 こんな可愛い子に警戒されると、さすがにちょっと凹むなー」


ちょっとすねた感じで、男性は金色の指輪を右手にはめ込んでいく。


「release(解放)っと――!」


コマンドワードを唱えた瞬間。
まぶしいぐらいの光が指輪から発せられる!


「さあ、頼んますよ、
 [リング・オブ・スペル・ストアリング・グレーター(上級呪文蓄積の指輪)]さん。
 全てはφ(ファイ)から0(ゼロ)へ……
 ……
 いけ、[ディスペル・マジック【魔法解除】]」


[ディスペル・マジック【魔法解除】]――!?
なら、本当にこの男の人は呪文をキャンセルしようとしているの……!?


「おぉ、さすがにすごいなあ。
 うんうん。
 いやあ、さすがにいい仕事をしてるなー」


男性が言葉を発した直後でした。
あれだけ横揺れしていたのに、次第に揺れが収まっていく。
気がつけば、地下墳墓(カタコンベ)は落ち着きを取り戻していました。

ただ、男性はため息をついて――


「しっかし、この展開はないわー。
 こんなことで[リング・オブ・スペル・ストアリング・グレーター(上級呪文蓄積の指輪)]がー。
 うぅ、なんか切ないなあ」


この男性には、指輪は取っておきのアイテムだったのでしょうか。
確かに、二人が使った[金の指輪]の効果はすごかったです。
けど、一体何が目的で――


「ロレイン、あんた!
 なんで……
 なんで止めんのよ!!
 もう少しで、ぶっ殺せたはずなのに――!」


ローブの女性が、[ムーブ・アース【大地変動】]を止めた弟に問い詰めている……?
ただ、男性の方はやれやれといった表情だ。


「姉さん。姉さん。
 あのね。
 そんな、脂汗いっぱい流して何言っているのさ。
 あのままだったら、死んじゃってたんだよ?」

「……!
 た、確かに指輪には力を取られてたような気はしてたけど……
 し、死ぬって決まったわけじゃ――!」

「指輪のせいじゃない。
 あのままだったら姉さんは死んでたの。
 もー。
 後から説明するから、今はとりあえず帰るよ、いいね」

「な!」


何かを言いかけたローブの女性を、男性は口を押さえて遮る。


「いやあ、迷惑かけたねー。
 黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)。
 迷惑かけた分は、きっとマスターが利子を付け加えて。
 ……
 ……
 きっと、君を……ね!
 あはは、だからまあ「またね」と言っておこうかな?」

「一体貴方たちは――」


言いかけた、わたしの言葉を男性は遮って――


「それは。
 僕よりも、ずーっと君と話したいマスターから説明があるよ。
 だから、その時に聞いてね」

「マスター……?」


先ほどから、この二人の口からは「マスター」や「主」といった言葉が出てくる。
その人が、わたしに何かを――?


「キサマぁあ!
 売女が何を軽々しく口にして――」

「ああ、もう、姉さんは黙るの!」

「むー!」


激昂した女性の口を、再び力強く軽装備の男性は押さえる。


「さてと、今度はっと。
 あー、もう!
 高価なアイテムがどんどんなくなってくよー!」


そして再びポーチからから出したのは――!


「スクロール!」


羊皮紙で作られた巻物!
あれが魔法使いによって、魔力を込めたものだとしたら、また魔法が――!


「あは、今、ビクッてしたね! したよね!
 ああ、もう、かわいいなあ。
 でも安心していいよ。
 これは、僕らが逃げるためのものだからねー」


広げられたスクロールからは、やはりほとばしる魔力が感じられて――


「あはは、じゃあね~♪
 release(解放)っとぉ」

「ま、待って、あなた達は――!」


わたしが声をかけた瞬間。
目の前にいた二人は、一瞬で消えていました。
それは。
来たときと一緒で、あっという間の出来事。

テレポート(瞬間移動)系の呪文だったのでしょうか……?
何がなんだか、本当に意味がわかりません……


「なん、なんだったの……?」


誰もいなくなった地下墳墓(カタコンベ)。
急に静かになったような気がします。
耳にキーンといった静寂音が聞こえる程です。
ただ、今は……!


「イアンさん!」


考えるのは後!
そうだ、考えるのは後でいい。
今は――!


「待っていてください!」


わたしは地面に落ちていたモーニングスターを拾い上げて、
グラヴズ・オブ・ストアリング(物入れの手袋)に入れました。


「石を立てて
 めぐみを
 捧ぐるいのり
 うけいれたまえ――
 ストーン・シェイプ【石物変換】!」


塞いでしまった道を元に戻すため、わたしは意識を集中する――





■■■





「ったく、姉さんってば。
 よく、あの[ムーブ・アース【大地変動】]をあそこまで完成させたね。
 頭痛とか、倦怠感や吐き気しなかった?」

「あの売女をやれると思えば、そんなのなんでもない」

「……
 ……
 やっぱり、あったのね……」


ロレインとしてはため息を突くしかない。
この姉はおかしい。
あれは耐えられるようなものではないからだ。
なぜなら――


「あのねえ。
 僕らにはマスターの[ギアス【命令】]がかけられてるんだよ?
 わかる?
 あの[ギアス【命令】]だよ?
 わかってるでしょ?」

「……わかってる!
 そんな何回も言うな!」

「ねえ、姉さん。
 もしかしてMっ気アリの方?」

「……
 今、この瞬間の気持ちなら言ってやる。
 お前限定でサディストだよ、私は」

「わ、わわ。
 じょ、冗談だってば!
 もう! すぐに[ライトニング・ボルト【電撃】]唱えようとしないでよ!」

「……フン。なら言うな」


-----------------------------------
・[ギアス【命令】] LV6スペル

対象のクリーチャーに魔法で命令を与えて、
任務を遂行させたり、特定の行為を行えないようにする呪文。
自殺させたり、確実に死に至らしめる行動以外なら、どのような行為も遂行させることができる。

呪文にかかった者は、任務を遂行し終わるまで与えられた指示に従わなければならない。
その行為を怠ったり場合、1~4週間以内に死亡する。
また指示を曲解したり、指示から逸脱した場合にはペナルティが課せられる。
-----------------------------------


「やれやれ……
 さ、とにかく、今はマスターの所に帰るよ。
 あと1回[テレポート(瞬間移動)]すれば、マスターの所につけるでしょ」


ロレインは、姉であるローレンの手を握ろうとする。
が、ローレンは差し伸べられた手をはねのけた。


「……イヤだ」

「は? なんでさー。
 僕、イヤだよ。こんなわけのわからないところにいるのなんてー」


今、二人は何処にいるのか、全く現状を把握していなかった。
本来、[テレポート(瞬間移動)]は集中すれば望む場所に行ける呪文だ。
だがロレインは一瞬の隙を見せるより、ランダムの[テレポート(瞬間移動)]を選択した。
黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)に、隙を見せることは危険と判断したためだった。


「……怒られるわ」

「え? 怒られるって?」


先程までの狂気を身に纏っていた姿は無かった。
紫のローブを纏ったローレンはしょんぼりと肩を落とす。


「マスターに怒られる」

「……はあ。
 まあ、そうだろうねー。
 でも、それ自業自得って言うんだよ」

「……」


ローブを深々と被り、ローレンはうつむき黙ってしまった。
ロレインは泣きたくなった。
いつのもの事とはいえ、ウチの姉は躁と鬱の差が激しすぎる。


「じゃ、しばらくそこにいるといいよ。
 後でまた迎えに来るよ。
 出来の良い弟が、姉のフォローをしておくからー」


落ち着くまでここにいてもらおう。
そうしたら迎えにくればいい。
幸い、というか。
どんな場所でも、この姉が一人で危ないということはない。
危険度でいったら、よっぽどこの姉の方がやばいのだから。

ロレインは再び[テレポート(瞬間移動)]の準備を行おうとした。
が。
すると、ロレインの腰にローレンはしがみついてきた。


「あの、姉さん……
 今度はなんなんでしょうかー?」


わけがわからない。
このままだと、自分と一緒に[テレポート(瞬間移動)]の効果に巻き込まれてしまうからだ。


「イヤだ」

「……は?」


それは先程聞いた。
戻るのが嫌だというから、まずは自分一人で戻ろうとしているのだが。
そう、ロレインが、疑問を口に出そうとした時だ。


「マスターに会えないのはもっとイヤだ」

「……
 ……
 ……
 ……」

「どうした?
 早く[テレポート(瞬間移動)]を行え」


ロレインはとてつもなく深いため息を1回ついた。
その後に、深呼吸を5回ほど行う。
さらに素数をいくつから数えてから[テレポート(瞬間移動)]を発動させた。


-----------------------------------
・[テレポート(瞬間移動)] LV6スペル

自分がよく知っている場所を念じるだけで、瞬間的に移動することができる呪文。
使い手のレベルが高いほど、一緒に移動できる制限重量が増えていく。
使い手がよく知らない場所へのテレポート(瞬間移動)は、かなりの危険が伴う。
(空中高くや、地中の中などに移動してしまう可能性があるため)

-----------------------------------





■■■





「戻りましたよ~」

「……戻りました……」


ロレイン、ローレンは荘厳な空間にいた。
天井には装飾を施された幾何学模様の文様が鮮やかに描かれていた。
床は埃や傷一つない大理石で造られている。

そんな二人の前には男がいた。
男は豪奢な椅子に威風堂々と腰をかけている。
王の風格。
これ以外に例えようが無い程、威厳を発している青年だった。

そんな男を前にして、ロレインは飄々とした姿勢で立っていた。
対照的に、一方のローレンは、片膝を付いて地面に付きそうな程に頭をたれている。


「命拾いしたな」


豪奢な椅子に座っていた青年は、楽しげに返答をする。
重々しい声だった。
気の弱い人などは、その声だけでひれ伏してしまうかもしれない。
そう思わせる程に、力が込められた声だった。


「いやあ、ホントですよ~
 生の黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)を侮ってましたよ。
 すごい力が、そりゃあ、もう、ビンビンですよ」

「な、あんな女、あと一歩で――!」


ロレインとローレンの言葉を、王座の男は楽しげ聞いていた。
実際に男は楽しかったのだ。
久しぶりだった。
心が、こんなにも楽しげに躍るのは――


「ローレン。
 これはロレインの言う通りだ。
 他のメンバーも居たら、[ムーブ・アース【大地変動】]で一人ぐらいは殺せたかもしれん。
 だが、ノアは無理だろうな。
 ノアは、あんな形(なり)をして四大精霊を使役できる。
 溶岩の上を歩け、深海で息をし、空を歩け、岩の中でも生活できる。
 俺も一度、それで痛い目を見てるからな」

「な!
 エ、エレメンタルまで――!?」


主に対して疑問を発するなど言語道断だ。
だが、それでもローレンは口に出してしまった。
ありえない。
ローレンとて、自分の魔法には自信がある。
だが、そんなローレンの力を持ってしても、エレメンタルの使役なんていうのは考えられないことだった。


「はあ。
 なんていうか、反則ですねー」


さすがにロレインも冷や汗が止まらない。
ただ、手が全く無いわけじゃない、とロレインは思う。
あのような甘い性格なのだ。いくらでも手はある。


「そんなに強いなら、僕も一度ぐらいは味見しておけばよかったな~」


ロレインの言葉に、青年は苦笑しつつ応える。


「姉弟そろって、人の者を横取りとは行儀が悪いな。
 ノアは、まるで神が冗談で生み出したようなキセキの存在。
 だから。
 だから、あれは俺のものだ。
 これは俺の中で決定事項だ。
 前の戦い、あの瞬間からな――」

「えー、独り占めはずるいです。
 僕もちょっとはお裾分けが欲しいよ~」

「駄目だ、ノアはやれん。
 そうだな、ならお前には……
 ……[白蛇(ホワイトスネイク)]をくれてやろう」

「え! [白蛇(ホワイトスネイク)]っすか!?」


ロレインは[白蛇(ホワイトスネイク)]と聞いた瞬間、渋柿でも食べたかのように渋い表情を見せた。


「あの人、なんていうのかな~。
 聞いた話だと、こざかしそうなんだよね。
 殺し合っても、気持ちよくなさそう。
 もやもやするっていうか~」

「はははは!
 ロレイン、お前がこざかしいと言うか!
 きっと[白蛇(ホワイトスネイク)]が聞いたら、お前と同じ表情をするだろうよ」


青年が声を上げて笑った。
ローレンは表情には出さなかったが、少し驚いてしまった。
こんなに楽しそうなマスターを、ローレンは初めて見たからだ。
なら、あまり我が儘を言って、マスターを不機嫌にするのはよくないと判断した。


「了解っす。
 僕は男の悲鳴でも聞いて、まあ、楽しむとします~」


ロレインがのんびりとした口調で、青年に対して返答したときだ。
どこからとも無く、空間から声が響く――


「ひひひ。
 聞き捨てならんのお。
 [白蛇(ホワイトスネイク)]はワシがずっと目を付けておったもの。
 おぬしのような小僧っ子にはやれん。
 ひひ」


嫌な声を聞いた。
ロレインは一気に心が不機嫌になるのが分かった。


「なんだ、あんたいたんすか」


何もない空間に対して、ロレインは「とりあえず」といった風体で返答した。


「おぉ、いたとも!
 [白蛇(ホワイトスネイク)]……
 ……ひひひ甘美よのお」

「変態」


ロレインの侮蔑の言葉に、何も無い空間から聞こえるしゃがれた声のやり取り。
そんな中に、青年は楽しげに間に入っていった。


「くく。
 お前ら二人は相変わらずだな。
 今度お前らがやり合う機会を作ってやるさ。
 今は、まあ、そう熱くなるな。
 ヴェクナ、ならお前はあのじゃじゃ馬女とやるか?
 アイツを乗りこなすのも楽しそうだぞ?」

「ひひひひ!!
 [戦乙女(ヴァルキュリア)]ですな!!!」


ヴェクナと呼ばれた声の主は、周囲を生理的に不快にさせる声を上げる。


「ああ、ああ、マスター!
 よいのですか、よいのですね、あの[戦乙女(ヴァルキュリア)]を!?」

「ああ。かまわん」

「ひひひ、ひひひひ……!!!」


奇怪な声は次第に小さくなり、最後は消えて言ってしまった。


「くく、早いな。
 もう向かったのか。
 せっかちなヤツだ」

「うわあ、最悪。
 さすがに戦乙女(ヴァルキュリア)に同情しますよ~。
 変態ってやだな~」


ロレインは心から祈った。
絶世の美女と呼ばれる戦乙女(ヴァルキュリア)が、あの変態をけちょんけちょんにしてくれることを。


「あれ、マスター。
 黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)、
 白蛇(ホワイトスネイク)、
 戦乙女(ヴァルキュリア)ときて、あと一人、[終演の鐘(ベル)]はどうします?」


この3人の名前がでたら、当然、[終演の鐘(ベル)]をどうするかも気になるところだ。


「終演の鐘(ベル)は、同じ魔法を扱うものとして捨てがたいな。
 だが、俺が二人独占しても、それはそれでつまらん。
 ……そうだな、終演の鐘(ベル)にはラクリモーサをあてがうとするか」

「な、ラクリモーサが目覚めたのですか!?」


今まで黙っていたローレンが、大きな声を上げた。


「ははは。
 ローレン、相変わらずの反応だな。
 お前はそうでなければらしくないな」

「マ、マスター!
 ラクリモーサにやらせるぐらいならば、この私に命を――!」

「相変わらず、騒がしい娘だこと」


軽やかな女性の声が、ローレンの決意を遮った。
ゆっくりとした歩みで現れたのは、長い銀髪に褐色の肌を持つ女性だった。
耳に特徴があり、知識がある人ならば一目で分かるだろう。
ダークエルフの女性だった。


「ラクリモーサ!」

「ひさしぶりね、ローレン」


ラクリモーサと、ローレンに呼ばれたダークエルフの女性は、ローレンの横に跪いた。


「マスター、主命を謹んでお受け致しますわ」

「ああ、期待しているぞ」

「くっ……!」


ローレンは思わず舌打ちをしてしまった。
そんなローレンに対して、ラクリモーサは満足げに微笑を向けた。
その微笑はローレンに向けたものではなく、自分の勝利に対してのものだが。


「ははは、楽しくなってきたな――」


青年は豪奢な椅子から立ち上がった。


「本当に楽しい。
 生きている感じがして素晴らしい。
 俺の血がようやく熱を持つ。
 黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)のノア……
 ……
 ははは、もっと良い女になれ。
 そして。
 そして、また殺し合おうじゃないか。
 血を吐いて。
 腕や足がもぎれそうなくらいに。
 今の俺を心底満足させるのは、お前だけなのだ。
 お前らだけなのだ。
 このビッグバイを倒した英雄たちよ――!」


魔術師ビッグバイ。
ビックバイは高らかに笑い続けた。







一段落です。
正直、ここまでこられるとは思いませんでした。
このような稚拙な文章を読んでくださって、皆様からご感想やご指摘をいただけたからです。
どれだけ、それが力になったことでしょうか。
まずはお礼をさせてください。
本当に、本当にありがとうございます!

これでノア編は一段落です。
次はお姉ちゃんかお兄ちゃんの出番を考えています。

それにしても、最近の戦闘がメインのお話は、今の私の力では表現しきれませんでした。
お恥ずかしい限りです。
ちょっと休んでから、またほのぼのとしたシーンから描きたいと思っています。



[13727] 31 タエ
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/02/26 04:35
雲一つ無い過ごしやすい晴天。
二頭立ての馬車が、ガラガラと音を立てながらあぜ道を進んでいた。
[オークリーフ村]に続いているこの道は整備されている方ではない。
時折、強い震動が馬車を操る者の腰に負担をかける。
ミッチェルはため息を付いた。


「このままでは二つにおしりが割れてしまうよ、バーバラ」


馬車を操りながら、中肉中背の男ミッチェルは隣に座る妻に愚痴る。


「あら、私はとっくに二つですけど?」


夫であるミッチェルの言葉に対して、バーバラは微笑を返した。


「むむむ、ボケ殺し!
 いつの間にそんな高等な技術をマスターしたんだい?」

「ボケゴロシ?
 それがなんだかわかりませんが、きっと、毎日あなたの言葉を聞いているウチにですよ。
 そんなことよりも見てください」


バーバラは右前方方向に見えてきた小高い丘を指差す。
ちょっとだけ「むっ」とした表情で、ミッチェルは愛する妻が指差した方を確認するために目を凝らした。


「そんなことって……
 ん?
 人が断末魔を上げているように見える気色悪い岩……
 ってことは、そうか[嘆きの丘]まで来たのか」

「ええ。
 [嘆きの丘]が見えるとなると、[オークリーフ村]まではもうすぐですけど……」


バーバラの表情が少し曇る。
無論、ミッチェルとて思いは妻と一緒である。
今、商人仲間の間で噂になっている[嘆きの丘]が原因だ。
ここでは多くのモンスターが目撃されている。
モンスターにどうこうするなど、一介の商人にすぎないミッチェルにできるわけもない。


「文字通り、最後の丘場……
 ……違った、山場ってわけか」


駄洒落にも何もなっていない駄洒落を口にしながら、いつも陽気なミッチェルも思案する。


「まだ日はでているし、
 何かがあっても[オークリーフ村]まで駆け抜ければ問題は無いと思う。
 けど、念のためだ。
 [タエ]に起きてもらおうか?」


夫の提案に、妻のバーバラも頷いた。


「そうね。
 いつも寝ないで夜を見張ってくれている[タエ]には悪いかもしれないけど、
 今日は[オークリーフ村]で休めるものね。
 私、起こしてくるわ」

「ああ。頼むよ」


ミッチェルの提案に対して、バーバラは大きく頷いてから荷台に向かっていた。









馬車の荷台には、所狭しと商売用の毛皮が多く積み込まれていた。
毛皮だらけの荷台。
そんな中のちょっとした隙間に、黄金色の髪を持つ女性は眠っていた。

黄金色の髪を持つ女性[タエ]だ。
今、[タエ]は小さな寝息を立てている。
[タエ」の横には、[タエ]に抱きついて小さな男の子も眠っていた。
ミッチェルとバーバラの一人息子である[バド]だ。

バーバラは胸の鼓動が激しくなるのがハッキリとわかった。

それは、[タエ]の圧倒的な美貌と醸し出す雰囲気にある。
月の滴を纏ったように光輝き、流れるような黄金色の髪は女性なら誰もが憧れるものだった。
また美人な上に、冷たさといったものも感じられない。
なんというのだろうか、優美さと少女が持つ可憐さも兼ね備えている顔立ち。
それでいて、何か不可侵のような気品を感じてしまうのだ。

バーバラは[タエ]にぺったりと寄り添って眠っている我が子を起こさないように、
[タエ]の肩にソッと手を添える。


「[タエ]、ちょっといいかし――」


小さな声で呼びかけた瞬間だった。
[タエ]と呼ばれた女性は一瞬で立ち上がっていた。
しかもそれだけでなく、右手は腰に下げられた剣の握り手部分に添えられていた。
まるで、つい先程まで戦っていたかのような姿勢だった。


「どうしたのバーバラ?」

「え、え、え……!?」


バーバラには、[タエ]が何を行ったのか全くわからなかった。
こんなに目の前で、直接見ているにもかかわらずだ。
驚きの表情を全開にしているバーバラに対して、[タエ]は微笑しながら声をかける。


「何かあったの?」


[タエ]の声に、バーバラは一気に心が落ち着くのがわかった。
バーバラの表情に対して、[タエ]はにっこりと笑った。









「ミッチェル、どうかした?」


荷台から降りて来たタエの呼びかけに、ミッチェルは反応できなかった。
いつも見ているのだが、いつも見とれてしまうのだ。
それほどの美貌なのだ。
反則だと思った。


「あなた――?」


バーバラの呼びかけで、ミッチェルは我を取り戻した。
だが、これで今日もバーバラに怒られる事が決定してしまった。
なんだか不条理だ。
しかし、今日はひさしぶりに屋根があるところで眠れるのだ。
バーバラには謝罪と日頃の感謝の気持ちを込めて、めいっぱいサービスをしてやろうと決めた。


「あ、ああ。タエ、実は――」


ミッチェルは事の経緯を説明した。
説明を聞き終えたタエは、[嘆きの丘]と呼ばれる方角に視線をまっすぐに向けた。
どのぐらいの時間が経過したのだろう。
タエは[嘆きの丘]を見ているだけ。
ただそれだけなのに、ミッチェルとバーバラは息を呑んでしまった。


-----------------------------------
・[ディティクト・イービル【邪悪探知】] 

パラディン(聖騎士)はイービル(邪悪)な意志の存在を感知できる。
これは特定の方向に向かって精神集中することで行うことが出来る。
この能力は何回でも使用が可能である。

-----------------------------------


「ミッチェル、バーバラ。
 ビンゴよ。
 これからも「危ない」ってわかる場所があったら言ってね」

「え……ビ、ビンゴ?
 それはどういう意味なんだい?」


ミッチェルはタエに聞き返した。
タエからは時折、よく意味がわからない言葉がでてくる。
名前も[タエ]という聞き慣れないものだし、タエは遠い異国生まれなのだろうか……?
そんなことを考えたミッチェルに、タエは納得した表情を浮かべていた。


「ごめん、そうよね。[ビンゴ]ってゲームが無いんだもの。
 [当たり]って意味で捉えてくれればいいわ」

「え、あ、あなた……!」

「と、ということは――」


タエは小さく頷いた。
そして腰に下げている剣を鞘から抜き放つ。
美麗な剣だった。
握り手部分には、雄々しく羽を広げた鷹があしらわれている。
また刃部分は背筋が凍る程に銀の光に纏われていた。
それはアストラル海のエネルギーによるものだが、ここにはそれに気がつく者は誰もいなかった。
が、
ミッチェルとバーバラは息を呑む。
本格的な戦いなど出来ない二人にも分かるほどに、タエの剣から力が感じられたためだ。



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◇[ファースレイヤー・ホーリーブレード]

武器:剣
特性
・ファースレイヤー・ウェポン[彼方を狩る武器]
・ホーリー・ウェポン[聖なる武器]
・デーモンベイン・ウェポン[悪魔殺しの武器]
 
パワー
・この武器を宙に向かって振るうたびに、間合いの先の敵の身体に魔法による傷が刻まれる[無限回]
・パラディン[聖騎士]が使用時のみ、パラディンのレベルと同レベルまでの敵対的魔法を中和してしまう。
・対デーモンに対して武器は強化される。
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[嘆きの丘]から雄叫びが聞こえてきた。
ショートススピアを携えた6匹のコボルドによるものだった。
丘の斜面を利用して、かなりの勢いで突進してくる。

タエはそっと目を閉じて、戦う前にいつも唱える言葉を口にする。
それは覚悟を決める為だ。


「私が生きる為。
 私の好きな人達が生き残る為。
 全力で戦う。
 迷わない。
 全力で殺す。
 だから、
 だから貴方達も全力で、私にかかってきなさい――!!」


タエは目を見開くと同時に、[ファースレイヤー・ホーリーブレード]を目前の何も無い空間に斬りつける。
刹那。
まだずっと先にいるコボルドの上半身と下半身が切断された。





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031 タエ
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[オークリーフ村]は人口200人の小規模の村だ。
店と呼べるのは二つの宿屋と教会、雑貨と防具屋だけの集落だった。

そのうちの一つの宿屋で、ミッチェル一行はチェックインした。



「タエ、今日もありがとう。本当に助かったよ。
 まずは乾杯をしようか――!」

「本当よね、ありがとうタエ」


ミッチェルとバーバラに掲げられたエール。
タエも微笑みながら、一気に喉に流し込んだ。


「ふー、やっぱりとりあえずエールよね!」


タエの外見とはそぐわない台詞に、ミッチェル達も笑いながらエールを飲み始めた。





スープとオートミールの夕食は、あっという間に食べ終わってしまった。
ミッチェル、バーバラ、タエの大人組はエールを飲んでいく。
そんな中で、昼間はずっと寝ていた[バド]が体力と暇を持て余しているようだった。


「ねえねえ! タエ、タエ!
 また[サッカア]やろうよ! あれ、やろうよ!」


バドは捲し立てるように、タエにお願いの言葉を口にした。
すでにバドの手には、タエとバドによる手作り[サッカーボールもどき]が治められている。


「バド、いけませんよ。
 タエは昼間に私達の為に一生懸命で、とっても疲れているんだから。
 また今度にしなさい、ね?」


バーバラは息子のバドに言い聞かせる。
が、バドは聞く耳を持たなかった。


「えー、やだよ! 
 ねえねえ! タエ、いいでしょ?
 また、あれやってみせてよ! まるせいゆたーん!」


バドはぺったりとタエにひっついて、チェニックの裾を引っ張った。
そんなバドに、タエは微笑しながら席を立った。


「よし!
 バド、手加減しないんだから、覚悟しなさい。
 マルセイユターンと、そうね、クライフターンも教えてあげる」

「え! なに、なにそれなにそれ!?
 タエ、早く早く!」


バドは、タエの手を握り外に引っ張ろうとする。
そんなバドにタエは髪の毛を「クシャリ」と撫でで、一緒に宿の裏庭に向かっていくことにした。
ミッチェルとバーバラ夫妻は、タエに対して苦笑しながら頭を下げる。
二人に、タエは笑顔で答えた。





「気持ち良さそうに寝たわ」


バドを寝かし尽かしたバーバラは微笑みながら、テーブルの座席についた。


「ついちょっと前までは、あんなに病弱だったのにな。
 タエと会ってから、すっかりよくなったね」


ミッチェルは満足げにエールを飲み干した。
続けて、宿の定員に、自分とタエのエールを追加注文した。


「悪かったね、タエ。
 喉渇いただろ?」

「ありがとう、いただくわ」


無愛想な定員がエールを運んでくる。
そして無愛想にテーブルにエールを置こうとした時だった。
店員は、タエの顔を見てから急に顔を真っ赤にする。
その後の動作がぎこちないものになった。
タエは苦笑する。
今までに何度もあったことだ。
タエは店員にお礼の言葉を述べて下がるようにお願いした。
固まっていた店員は、ロボットのようにぎこちない動作で厨房に戻っていった。

こんな時だ。
タエがいつも郷愁の念を強く感じてしまうのは。
本当の私を知っている人達に早く会いたいと――

頭を振り、タエは一気にエールを飲み干した。





「タエ、ちょっと聞いてもいいかい?」


ミッチェルはニシンの塩漬けをつまみながら、タエに問いかける。


「じゃあ、質問1回につき一杯で」


タエは空になったコップをミッチェルに差し出した。


「ははは、安いなあ。そんなのでいいのかい」


ニシンの塩漬けとエールを、ミッチェルはタエの前に差し出した。


「なんで護衛についてくれたんだい?
 僕らが払える報酬なんて、雀の涙ぐらいだ。
 正直、タエの実力なら――」


ミッチェルは[嘆きの丘]でのゴブリンの襲撃を思い出す。
その時のタエの動きは、見ていても何が起こったのかわからなかった。
一瞬が2回ぐらいの時間だろうか。
それだけで、6匹のゴブリンは動かなくなっていた。
ハッキリ言って、こんな凄腕の冒険者に会えたことなんてない。


「私が行きたいと思っている方角が一緒。
 で、移動は馬車に乗っけてもらえる。
 どう、私にはメリットしか無いと思わない?」


そんなタエの言い回しに、ミッチェルは苦笑した。 
タエは照れ隠ししているな、と思ったからだ。
戦うことなんてできない。
でも、これでも商人の端くれだ。
それぐらいはわかる。わからなければやっていけないのだから。


「そうか、ならそう思っておくことにするよ」

「何よ。
 なーんか、引っかかる言い方ね~」

「気にしない、気にしない」


ちょっとだけすねたよう表情をタエは浮かべた。
そんなタエの反撃は、ミッチェルのニシンを口に放り込むことだった。
そしてエールを追加注文のコンボ付きだ。


「正直言うとね。
 その日のご飯とお酒。
 それに雨露がしのげる場所があれば、もう何もいらないのよ」


そんなタエの言葉に、驚いたのはバーバラだ。
こんなに美麗な女の人、さらには冒険者。
色々な意味で、いくらお金があってもたりないのでは?
そう思ったからだ。


「え、でも、タエ。
 貴方ほどの女性なら――」


バーバラの問いに、タエは横に首を振った。


「私、あんまり贅沢できないのよ」

「え、タエ。それってどういうこと?」

「こういうのも職業病っていうのかしら」


ミッチェルも疑問だった。
だが、タエには恩がある。
何か問題があるというなら、なんとかしてやりたいと考えた。


「どういうことなんだい?
 僕らで力に成れることがあれば協力するよ」

「あはは。
 話せばちょっと厄介になるんだけど。
 本当に簡単に言えばこれ」


タエは自分の胸に、右手を持って行く。
その瞬間、ミッチェルは思いきり目を見開いてしまった。
そして、流れるようにバーバラのげんこつが飛んでいた。
いつもの光景に、タエは苦笑してしまった。

タエが二人に見せたのは装飾された美しいネックレスだった。
ただ、装飾されているのは小さな盾を模したモノだ。
およそペンダントの題材に相応しいものではない。


「これは、ハイローニアスの――?」


ミッチェルは記憶にあった言葉を口にする。
この盾はハイローニアス教団の紋章だったからだ。


「じゃあ、タエは……」

「ってことで、納得してくれる?」


秩序にして善。
質素倹約。
弱き者の盾にならん。

ハイローニアスの教義は厳しいことで有名だ。
信仰している人も鉄の意志をもって遵守しているために、人々からは非常に信頼されている。
そのハイローニアスのシンボル(紋章)を、タエは見せてくれたのだ。
理由としては、非常に納得がいくものだった。


「ミッチェル、バーバラ。
 そんなわけだから、報酬とか何も気にしないで。
 ラッキー程度に思ってくれるといいわ」

「そ、そうか。
 でも、なあ……」


ミッチェルの懐的には助かる。
が、恩を返せないというのはどうにももどかしい。
バーバラも同様に思ったのだろうか。少し考えるようなそぶりを見せる。

一瞬、テーブルは沈黙に包まれた。
しんみりとした雰囲気。
が、それをタエは明るい声でぶちこわすことにした。


「でもね~。
 今日ぐらいはミッチェルのお小遣いが破産するくらいには飲ませてもらうわね」

「えー!」


タエの無情な宣告に、ミッチェルが悲鳴を上げて乗っかっていった。


「タエ、私が許すわ」

「あはは。2対1で女性チームの勝ちね。
 よろしく、ミッチェル!」

「うわー、そりゃないよ~」


小さな村の小さな食堂は夜遅くまで賑やかだった。



-----------------------------------
キャラクター名:タエ?
アライメント:ローフルグッド
種族:人間
職業:パラディン(聖騎士)
レベル:?

性別:女
年齢:不明
髪:金
瞳:青
社会的身分:?
兄弟:?
外観:金髪碧眼。
-----------------------------------

筋力 (Strength)    :13
敏捷力 (Dexterity)  :17
耐久力 (Constitution) :9
知力 (Intelligence)  :12
判断力 (Wisdom)    :13
魅力 (Charisma)    :17

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◇パラディン(聖騎士)

・パラディン(聖騎士)の長所は魅力 (Charisma)である。 魅力 (Charisma)が17以上無ければならない。
・性格はローフルグッドでなければならない。
・パラディン(聖騎士)は11個以上のマジックアイテムを所有してはならない。
・パラディン(聖騎士)は必要以上の富を有してはならない。
・厳しい戒律の代わりにパラディン(聖騎士)には多くの特典と特殊能力がある。
-----------------------------------







新しいお話になります。
今回の地名人名は『ダンジョンズ&ドラゴンズ』1レベル用シナリオ『キャラバン警護隊』からお借りしました。
シナリオは全く別物になります。
ネタバレ等は無いとは思いますが、注意したいと思います。

また、ノアが居ないので3人称視点で文章を書いています。
とっても難しいです~(T-T)
おかげで、山場もオチも意味も無いようなお話になってしまいました。
申し訳ありません。
しばらくは、のんびりとした展開を表現の文章を勉強できたらなって思います!



[13727] 32 思い
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/07/18 12:09
フォールンと呼ばれる森の中。
木々には多くの緑の葉を付けている。
葉は太陽の光を遮るため、木々の根元当たりは薄暗さを感じる程だ。

そんなジメジメとした森特有の湿り気の中、一人の女性が宙を見上げていた。

光輝くような金色の髪。
完璧な均整の身体は、少女と女性の両方の魅力を兼ね備えている。
それはまるで芸術品のように完成されていた。
語彙が少ない詩人などは、女神としか表現できないだろう。


「いた……!」


空を見上げていた女性である[タエ]は口にする。
視線は、空の一点を見続けたままだった。
そのままの姿勢で、タエは帯刀している愛用の剣を鞘から抜き放つ。
握り手、柄、刃、全ての部位から、剣は厳かな雰囲気を発散させていた。

タエが唯一所持している愛用の武器[ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)]だ。


「全力で戦う。
 迷わない。
 全力で殺す。
 だから貴方も全力で、私にかかってきなさい」


小さく呟やきながら、タエは剣を構える。
いつの間にか、戦う前の習慣になっていたものだ。
言葉の詠唱後、
タエは少し腰を屈めて、己の両脚に意識を集中させた。
この時に意識するのは「鷹」だ。
すると、タエが身につけていた白のロングブーツが淡い光に包まれる。


「っせーのっとぉ!」


気合いの声ともに、タエは見続けていた空に向かってジャンプした。
それは信じられない程の[跳躍(ジャンプ)]。
一瞬で、10メートルはある木の頂上近くに生えている枝にたどり着く。


「てやあああ!」


片足を枝にかけて、さらにタエは全力で大空に向かって[跳躍]する。
勢いはさらに増していく――


「たああああああ――!」


タエは人だ。
だが今のタエは、空を自由に駆け巡る鷹を思わせる。
大空を疾駆するタエの視界に、先程から見続けていた[ソレ]がハッキリと視界に捉える事ができた。

ライオンの胴と足。
コウモリの翼。
老いた男性のような顔。
赤い毛皮に、鋼鉄の毒針が生えた尻尾。
一切の迷いも無くタエは、怪物[マンティコア]に向かって突っ込んでいく――!



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◇マンティコア(Manticore)

社会構成:独居性
食性  :肉食性
知能  :低い
性格  :ローフルイービル

生態
・体調は大人で4~5メートル程度。
・マンティコアは人間の肉を好んで食べる嗜好を持った真の怪物である。
・尻尾の針は一斉射撃が可能。この針はすぐに生え替わる。
・飛行はあまり得意ではなく、空中では噛みつくといった攻撃はできない。
・マンティコアの毛皮は最も強力な狩人や戦士としての証となる。
 完全なマンティコアの毛皮(コウモリの翼付き)は、10,000gpの価値がある。
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「Xeaagasgaaxaa――!!!!」


マンティコアがタエに気がつき咆吼を上げる。
多くの人間を殺してきた、必殺武器である鋼鉄の尾をタエに向けるが――


「遅い――!」


タエはファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)による魔力攻撃を発動させる。
遠距離からの攻撃は、マンティコアの鋼鉄の尾を容易く切り落とした。


「aqwsedrftgyhujiii――!?!?」


奇怪なマンティコアの悲鳴が上がる。
が、タエは悲鳴を最後まで上げさせるような時間すらも与えない。
マンティコアに突進しながら、魔力発動の為に左から右へと振るった剣の勢いを殺さず身体を一回転させる。


「はぁぁぁぁ――!」

「qawsedrftgyhujikol!?!?」


人々に悪夢を与え続けたマンティコア。
ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)の実剣による斬撃で、今度はマンティコア自身が悪夢を見る番だった。
何が起こったのか理解できず、上半身と下半身は永遠の別れを告げる。

力を失ったマンティコアの身体は、地上に向かって落ちていった。

タエは落ちていくマンティコアの肉塊に意識を向ける。
間違いなく死んでいることを確認するために、[ディティクト・イービル【邪悪探知】] を発動させたのだ。
敵がモンスターの場合にはどんな姿でも油断はできない、と、タエは考えている。
実際に、それで何度か痛い授業料を払わされているのだ。


「よし、反応無しっと!
 ミッション・コンプリート!
 ……
 ……
 ……は、いいんだけどねえ……」


今のタエは大空だ。
さすがのタエも自由に空を飛べるという訳ではない。
[跳躍(ジャンプ)]を行っただけなのだ。
勢いが無くなれば、当然地面に向かって落ちていくわけであり――


「はあ、飛行機のエアポケットと同じ感覚。
 これってば、いつまでたっても慣れないわ……」


タエは愚痴りながら、地面に向かって降りて(落ちて)行った。



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◇[ゼファー・ブーツ(風のブーツ)]

特性
・白に蒼いラインで縁取り装飾された美しいロングブーツ。
・風に乗って空を鳥のように飛ぶことができる。

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032 思い
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「タエ、おかえりなさい。
 見回りご苦労さま」


今日の宿営地に戻ってきたタエを、
バーバラは野鳥の羽をむしりながらねぎらいの言葉をかけた。


「ただいま、バーバラ。
 特に異常っていう異常は無いわ」


にっこりと微笑むタエに、バーバラは安堵の溜息をついた。


「よかった。タエが言うなら大丈夫ね!
 あんまりこの森沿いの道は良い噂を聞かなかったから……」


羽をむしる作業の手を止めて、バーバラは胸に手をあてて「ほっ」とした表情を浮かべた。


「そんな噂も、もう聞かなくなると思うわ。
 それにしてもお腹すいた!
 私も手伝うから、早くご飯にしちゃいましょう? ね!」


タエの、まるで自分の息子[バド]のような台詞。
バーバラは苦笑して、野鳥の羽をむしる作業を開始することにした。





メインディッシュは野鳥の香草焼き。
切り目を入れ、そこに何種類かの香草(ハーブ)を挟み込んで焼いた物だ。
焼けた肉と香草の香りは、肉と香草を共に引き立てる。
香りも味もよく、全員が満足のいく夕食となった。

お腹がいっぱいになったバドなどは、そうそうに「うつらうつら」と船をこぎ始める。
そんなバドを、バーバラは抱っこして馬車の荷台へと向かって行った。

今、たき火の前にいるのはミッチェルとタエの二人だけだった。

パチパチと火がはねる音。
虫の羽音。
草の息。
風の声。
自然のメロディに包まれながら、ミッチェルは地図を見ている。
タエはたき火に小枝をくべていた。


「そういえば、タエは何処に向かっているんだい?」


地図から目を上げて、静かにミッチェルはタエに問いかけてきた。


「ん……私?」


たき火をなんとなく見ていたタエも、ミッチェルに視線を向ける。


「ああ。このまま問題ななければ……
 ……
 いや、タエがいてくれるから問題なんて起きないだろうね。
 あと4日ぐらいかな。
 で、海沿いの街[セーフトン]に付く」

「セーフトン……」

「ああ。
 あそこは大きな街だ。
 しばらく僕らはセーフトンに滞在することを考えている。
 苦労して運んだ積み荷で、目一杯稼がせてもらわないとね」

「……そっか……」


タエは少し考えた。
何を?
いや、考える事を考えようとしたのかもしれない。


「タエ。
 君はどうするんだい?」


ミッチェルの言葉に、タエは我に返った。
どうする?
そんなの決まっている。
タエはハッキリと言葉を口にする。


「言ってなかったかしら。
 私はね、[サーペンスアルバス]に行きたいの」

「サーペンスアルバス……?」


タエの言葉に、ミッチェルは地図を見ながら考える。


「え!? サーペンスアルバス!
 [奇跡の街・サーペンスアルバス]かい!?
 これはまた、ずいぶんと遠い所に――」

「全くよね。
 なんで私のキャラってば、こんな遠くまで旅しちゃったのかしら?」

「え? キャラ?」

「ううん。何でも無いわ」


タエは自分がプレイしていたTRPG「D&D」を思い出す。
妙子のキャラクター[ブリュンヒルデ・ヴォルズング]は[魔術師ビックバイ]を退治した後に旅に出た。
それでキャンペーンが終了して、エンディングとなったのだ。

旅に出るのはいいが、まさかこんなに遠くまで旅しているとは――

おかげで、「D&D」をプレイしていた他のキャラクターと大分距離が離れてしまっている。
旅が大好きな妙子にとって、[ブリュンヒルデ・ヴォルズング]が本当に自分自身の分身なのだなと苦笑せざるを得ない。


「それにしても、なあに?
 その[奇跡の街]って、なんだか格好いい異名は?」

「え? タエは知らないで行くのかい?
 あんな何もない場所で、あっという間に平和で豊かになったサーペンスアルバス。
 商人の間じゃ、その有り得ない急速な繁栄っぷりに、そう言っているんだ。
 なんとまあ、[英雄]は政治や商売をやらせても[英雄]だったかあ。
 本業の僕らの形見が狭いよ」

「ふふ。そりゃあね。
 なんと言っても、ふふ、[白蛇(ホワイトスネイク)]がいるから」

「お、タエも[白蛇(ホワイトスネイク)]のファンなのかい?」

「ファン?
 う~ん、ちょっと違うかな。
 でも、好きって言う点では同じ」


ファンではない。
ファンではないが、大好きだ。
なぜなら。
[白蛇(ホワイトスネイク)]のキース・オルセンは自分の最愛の人なのだから。


「しっかし、サーペンスアルバスかあ」


再び、ミッチェルは手元の地図に視線を落とす。
指で地図上をなぞりながら、「うんうん」と頷いてからタエに視線を戻した。


「そうなると、船を使うといいかな。
 セーフトンからは、結構な商業用の船が出ている。
 いくつか乗り継げば、大分早くサーペンスアルバスには着けそうだよ」

「え!
 ほ、本当なの、ミッチェル!?」

「わ、急にどうしたのさ!?」

「あ、ちょ、ごめんね!
 いや、大分早く着くなんていうから……」


タエは慌てて深呼吸をする。
自分自身を落ち着かせようとするタエを見て、ミッチェルは胸に何か暖かいものを感じた。


「あはは。
 ……タエも……
 普通の人なんだねえ」

「な、何よ。あ、当たり前じゃない」


ミッチェルのよくわからない言動に、タエは頬をふくらまして返答する。


「ごめん、ごめん。
 タエは冒険者として、普段が完璧過ぎるからさ。
 えーと。
 早く着くのは本当。
 サーペンスアルバスは、[白蛇(ホワイトスネイク)]が治めるようになってから、
 船を使った商売にすごく力を入れてるんだ。
 だから、その商売用の船を上手く使うといい。
 陸路とは比べものにならないぐらいに早く着くと思うよ」

「そう、そうなのね!
 ミッチェルありがとう!」


まばゆいばかりの笑顔で、タエはミッチェルにお礼の言葉を述べる。
無邪気に喜ぶタエの姿にミッチェルは自分自身も嬉しくなった。
普段なら照れてしまい、妻のバーバラに怒られるような場面だが。


「じゃあ、私はセーフトンで船を探してみることにするわ」

「うん、うん。
 それがいいと思う。
 僕も協力しよう。
 ただそうなると――」


ミッチェルの表情が硬くなった。
先程までとは空気が変わる。
たき火の火の跳ねる音が大きく感じられた。


「そうなると、タエともお別れだね」


ゆっくりとした口調で、ミッチェルが口にした。


「バド、タエにはずいぶん懐いてたなあ。
 泣いちゃうかも……
 ……しれないね」


再び沈黙の時間が訪れた。
ハッキリと聞こえる自然のメロディ。
それを破ったのはタエの明るい声だった。


「ミッチェル、どうしてそんな顔するの?
 今はバドより、なんだか貴方が泣きそうじゃない」

「はは、痛いところをついてくるなあ」

「当たり前じゃない。
 もう、長い付き合いなんだから」


タエとミッチェルはお互い見つめ合った。
しばらくの沈黙の後、口を開いたのはタエだった。


「確かに少しの間別れることになるわ。
 けど。
 けど、また会えばいい。
 それだけ。
 寂しがることなんて、何もないと思わない?」

「……タエ……」

「それだけのことなのよ、ミッチェル」


この時代の旅は命がけだ。
別れた者は簡単に会えるものではない。
今生の別れになることは多い。

ただ、タエの言葉はミッチェルの心を勇気づけた。
タエが言うと、本当に何でも無いように思われる。
根拠なんて何も無いのに、だ。
それがミッチェルには不思議だった。


「そうだね。
 また会えばいい。
 うん、それだけのことなんだよねえ」

「そうよ。
 だから、「お別れ」じゃなくて「またね」が正しいの」

「またね、か。
 確かにそうだね。言葉は正しく使わない駄目だね」

「全くよ、ミッチェル。
 こんな事じゃ、バーバラやバドを養える立派な商人にはなれないわよ」

「うわー、痛いところを。
 これは、そろそろ毛布の中に戦略的撤退をする時間かな」

「ふふ。そうね」
 

ミッチェルはゆっくりとした動作で立ち上がる。


「じゃあ、お先に失礼するよ」

「ええ、おやすみなさい」


ミッチェルは、バーバラとバドが寝ている馬車の荷台に向かって行った。
タエは、ミッチェルの背中を見続けていた。


「……またね、か」


一人になったタエは、なんとなく小枝をたき火に放り込んだ。
そして自分自身に言い聞かせる。

また、私も会いたい。
絶対に会う。
だから、私は「さよなら」なんていう言葉は使わない、と――


「何が[白蛇(ホワイトスネイク)]キース・オルセンよ。
 かっこつけちゃって。
 あんたなんか、ただの勇希(ゆうき)で十分よ」


タエは、自分の恋人である勇希と彼の妹である乃愛を思い返す。
あと、もう一人の悪友に関しては、まあ、大丈夫だろうと思っている。


「待ってなさい、会ったらとっちめてやるんだから。
 恋人をずーっと放ったらかしにして、立場が逆じゃない。
 普通なら、こういった迎えに行く役目って勇希がするもんでしょう?」


明日はなんだか良いことがありそうな気がする、タエはそう思った。






32話目にして、ようやくお兄ちゃんの名前がでてきました。
なんという展開の遅さ。

現在、ノアとタエのキャラクターシートを作成しています。
どんなアイテムや武器を持たせようかなー、なんて考えている時が一番楽しいです。
そのうち、キャラクターシートも公開できたらと考えています。



[13727] 33 海沿いの街・セーフトン
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/08/01 11:10

「タエ、タエ、すっごいよ!!
 ねえねえ、あれ、あれが[海]ってやつ?
 広い! 広い! すっごい!」

「そうよ、バド。
 私も久しぶりに見たけど、あれがぜーんぶ[海]なのよ。
 ものすごく、ものすごく広いんだから」

「へえ……!」

「バド、あとで一緒に[海]で泳ごっか?」

「わ、やったあ!
 タエ、絶対、絶対だよ!」


風に乗ってやってくる潮の香り。
寄せては引いてを繰り返す波。
燦々を照りつける太陽。
海を引き立てるのに、今日ほど相応しい日は無いほどだった。

海沿いの街道を走る馬車。
興奮しきりのバドの声は、馬車を操るミッチェルとバーバラの元にも聞こえて来る。


「もうバドったら。あんなにはしゃいじゃって」

「無理ないよ。
 僕も、初めて海を見た時はバドと同じだった」

「あらあら。血は争えないってことかしら」

「はは、違いない」


荷台にいるバドは、ひっきりなしにタエに海について訪ねているようだ。
そんな元気な息子の声に、バーバラは安堵の気持ちが止まらない。


「それにしても、あの子ったらすっかり元気ね」

「ああ、本当に良い意味でびっくりさ」


ミッチェルとバーバラの一人息子であるバド。
バドは生まれつき病弱だった。
すぐに熱を出し、咳き込み、嘔吐する。
気が気でない毎日。
そんなバドをなんとかするべく、ミッチェルとバーバラは危険な行商を生業に選んだのだ。
危険が常に付きまとう行商はお金の実入りが良い。
ミッチェルとバーバラは、売上げのほぼ全てをバドの為に使った。
だが、今までは、さしたる効果を見られることはなかったのだ。


「本当にそうね。
 でも、マディラ当たりで買った薬草でも効いたのかしら?」

「うーん、ちょっと待って。
 台帳に薬代とか記載してあるから、それを見ればっと――」


ミッチェルは肌身離さず所持している台帳を胸から取り出す。
年季が入った羊皮紙の台帳。
これは商売人のミッチェルの全てとも言えるものだ。


「えっと……
 うわ、マディラでは結構お金を使ったんだなあ。
 でも、カーボベルテぐらいから、ほとんどお金を使わなくなったね」

「カーボベルテ?
 それってタエと会ったところ?」

「うん、そうだね。
 カーボベルテでタエを雇っている。
 その当たりから、薬代とかは劇的に減っているよ」

「あらあら。
 それじゃあ、タエが幸運を運んできてくれたのかもしれないわね。
 タエはハイローニアスの人だもの」

「その意見に関しては、賛成でもあり反対でもあるなあ」


ミッチェルは、わざとらしいしかめっ面をバーバラに向けた。
バーバラは苦笑してしまう。
この顔をする夫は、いつも大抵くだらない事を言うのだから――


「なあに、そのよくわからない答え?」

「神様とか、そんなものじゃなくて。
 つまり。
 男は、好きな女の人が出来れば元気になる。
 そういうことだと思うんだ」

「……え?」


ミッチェルは、これ以上はないというくらいにニヤニヤした表情を妻に向ける。
夫の意見に、バーバラは「そんな馬鹿な」と思える。
だが、タエの事を考えると、なんだかあり得そうな気がしなくもない。


「ふふ。だとしたらすごいわね」

「バーバラ、男という生き物をあなどってはいけないな。
 男の僕が言うんだから、間違いないさ」

「あらあら。
 確かにバドったら、タエにベッタリだものね」


ミッチェルは台帳を胸ポケットにしまってから、大きく身体を伸ばした。
少し強めの潮風が火照った身体を通り抜けて、これ以上にないぐらい心地よさを感じる。


「ん~っと!
 10年後ぐらいに、バドがタエを口説き落としてくれないかなあ」

「もう、あなたったら飛躍しすぎですよ。
 でも、タエならいいわ。
 ううん、お願いしたいぐらいかしら」

「だろだろ?」


バーバラは荷台の方に意識を向ける。
興奮しきりのバドは、先程からずっとタエに質問攻めをしているようだった。


「海はね、すっごくすっごくしょっぱいのよ」

「え、タエなにそれ? しょっぱいって?」

「塩がいっぱい入っている水なのよ、海は」

「えー! うっそだよー。
 水がしょっぱいわけないよ」

「ホントなんだってば」

「嘘だよ~」


荷台組はとても賑やかだ。
息子とタエの元気な声が、バーバラの耳に飛び込んでくる。
それはバーバラにとり、とてもとても大切なものだ。


「本当にそうなったら素敵ね――」


バーバラはそっと言葉にした。





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033 海沿いの街・セーフトン
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特別な問題は何も起こらず、馬車は順調に街道を進んだ。
馬車の手綱をとるミッチェルとバーバラの視界に、色とりどりに塗られた独特な景観の建物が見えてくる。


「お、ようやくセーフトンだね」

「ええ、本当に……
 …… 
 お疲れ様、あなた」

「はは、いつもなら「安心するのはまだ早い」って言うところだけど、
 さすがに、ここまで来れば特に問題も起きないか」


セーフトンは全ての建物が、赤やピンクや黄色といった独特の色をしている。
勿論、これには意味がある。
セーフトンは海沿いの街であるために、多くの人々が漁業に携わっている。
霧で視界が悪い時に、海へ出た者達が迷わず[セーフトン]に帰ってこられるように建物を目立つ色に塗ったのが始まりだ。
家で待つ家族達が願いを込めた結果だった。


「ここでタエともお別れなのね。
 セーフトンについて嬉しいはずなのに、なんだか――」

「バーバラ。
 それは違うよ」


妻の言葉を、ミッチェルは優しく否定した。


「え? でも……」

「「またね」だよ。
 だってそうだろう?
 タエは僕達の義理の娘になる予定なんだから、ね」


ミッチェルはバーバラに下手くそなウィンクをしてみせる。
一回目は失敗して、両目を閉じてしまう。
うまくいったのは3回目だった。


「ふふ、あなたったら……」

「また会うからね。
 お別れじゃない、だから「またね」なんだよ」

「ええ、そうね……」





馬車は何事も無くセーフトンの門前に到着した。
馭者であるミッチェルは、手綱を巧みに操り馬車の速度を落とす。


「止まれぇ――!」


門にいる長槍を持った二人の兵士が近寄りつつ大きな声を投げかけてくる。
兵士は互いの槍を交差させて、前に進めないように道を塞いだ。

[海沿いの街・セーフトン]に入るための検問だ。

いつもここで入市税を払うことにより、街に入ることが許可される。
だが、ミッチェルは少し気になった。
以前に来た時は、このような上から目線の兵士による検問では無かった気がした為だ。


「お勤め、ご苦労様です」


ミッチェルは笑顔で2人の兵士に挨拶をする。
内心では苛立ちを感じるが、商人として兵士とトラブルを起こすのは百害あって利は全く無い。
商人であるミッチェルにとって、表情や感情を操作することは常に意識している。


「ふん……」


下手に出てきたミッチェルに対して、兵士達はさらに見下すように言葉を吐き捨てた。


「公僕である我々は、フラフラしているだけのお前らと違って忙しい身だ。
 早急に税を納めろ。
 それが嫌なら、とっとと消えされ」

「……畏まりました。
 大変申し訳ありません、何分、田舎者故ご容赦ください」


ミッチェルは懐から金貨を1枚取り出す。
あまりの言いぐさに、ととっと通り抜けることをミッチェルは考えた。


「我々を馬鹿にしているのか?」


兵士がミッチェルに槍を向ける――


「え――!?」

「あ、あなた……!?」

「な、何か失礼な事がございましたでしょうか……!?
 不作法がございましたら、謝罪させていただきますから――」


ミッチェルは両手を上げて敵意が無いことを兵士に向けてアピールする。
バーバラはミッチェルにしがみついて、震えだしてしまった。


「セーフトンを何だと思っているのだ、この田舎者が」


兵士がミッチェルの二の腕辺りを槍で軽く突く。
赤い点が浮かび上がる。
それは紛れもなくミッチェルの血だった。


「行商人がセーフトンに入るには、この10倍の金額が必要だ」

「そ、そんな馬鹿な――!?」


あまりの法外な金額に、思わずミッチェルは大声を上げてしまう。


「馬鹿とは、何様のつもりだ!!」

「――痛っ!」


ミッチェルに対して、兵士達は槍をさらに向けてくる。


「あ、あなた――!!」


バーバラはミッチェルを守る為に、身体をミッチェルの前に差し出そうとした時だった。


「どうしたのかしら?
 何か揉めているような感じがするけど、ね――」


凜とした、タエの声だった。
馬車の荷台からタエは降りてきて、兵士二人に向かって行く。


「なんだ、お前は!
 お前も、我々に逆らおうとでも言うのか、ん?」 


突如現れたタエに対して、兵士達はミッチェルに向けていた槍をタエに差し向ける。
だがタエは全く動じることが無かった。


「逆らう? 何を言っているの?
 私はただ何があったのか聞いているだけよ」


タエは槍の穂先を手で払いのける。


「な、何だお前は!?」


全く槍を怖れないタエに対して、二人の兵士は腰が引ける。
が、改めて槍を向けようとした時だ。


「タエ、下がるんだ!」


ミッチェルの声だった。


「申し訳ありません!
 何分、セーフトンには久しく来ておりませんでした。
 入市税は滞りなくお支払いさせていただきたいと思います!」


ミッチェルは兵士とタエの間に入り込み、両者の距離を離そうと仲裁に入った。


[海沿いの街・セーフトン]
門前は奇妙な雰囲気に包まれていた。







今回は短いお話になってしまいました。
申し訳ありません!

セーフトンのモチーフはイタリア・ヴェネツィアのブラーノ島をモチーフにさせていただきました。
1度だけヴェネツィアには行きましたが、本当に良いところでした。
また行きたいな。

あと数話でお姉ちゃん編を一区切りできたらいいなー、と構想しております。
早くメンバーを合流させたいと思う今日この頃です。



[13727] 34 海沿いの街・セーフトン02
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/08/15 12:04
「わ、わ!?
 なんだこの金貨!? おい、ちょっと見てみろ?」

「はあ?
 何馬鹿なことって……って、俺もあるぜ!?」


セーフトンも検問の兵士二人は大声を上げている。
無理もない。
そこそこの大金である金貨が1枚、知らないうちに手のひらに収まっていたのだから。


「お、おい、どうするこれ?」

「そりゃ、おまえ――」


兵士は辺りを見渡す。
誰もいないことを確認した上で、はっきりと相方の兵士に告げた。


「今日は飲むに決まってるじゃねえかよ~♪」

「だよな、だよなあ!」


検問の兵士は小躍りをしながら、信じてもいない神に感謝の言葉を捧げた。





「かんべんしてよ、タエ。
 思わず、なんていうのかな。
 下腹部の辺りが「キュッ」って縮まったよ~」


一色触発の雰囲気。
そんな中で、ミッチェルは提示された入市税の金貨10枚に加えて、さらに1枚づつの金貨を兵士に手渡した。
兵士達はまだ不服そうな顔ではあったが、手渡された金貨を懐にしまい込むと槍を納めてくれた。
そんなこんなで、なんとか検問所を無事に超えることができたのだ。

その検問所を越えたすぐ直後、今、ミッチェル一行の馬車は街道脇に止めている。
ミッチェルの腕の治療を行う為だった。


「あの兵士はめちゃくちゃだったけど、官憲に対して逆らうのは駄目だよ」


ミッチェルはタエに対して諭すように語りかける。
だがタエの返答は、いつものようにハッキリとしたキレのあるもので無かった。


「え、ええ。ご、ごめんなさい。
 ちょっと頭に血が上ってのかしら?」


タエとしては、検問所の兵士二人の目が気になった。
何か異様な[感覚]を感じたのだ。
[D&D]の世界に来てから、タエはこの自分の[直感]を信じている。
妙子の[感覚]ではない。
これは[ブリュンヒルデ・ヴォルズング]の警告。
これで今まで何度も窮地をくぐり抜けてきたのだ。

だから、あの兵士達のやり取りでも[ディティクト・イービル【邪悪探知】]を発動させている。
けれど何も感じることは無かった。
[邪悪]を感じることがなかったのだから良いはずなのだけれど、だからこそ何か不安がある――


「タエ、大丈夫かい? どこか調子が悪かったりする?」


何かを考えている体のタエに、ミッチェルは心配そうに問いかける。


「ん、調子は悪くないんだけど。
 でも、なんか変な雰囲気だったと思って、ね」


タエの答えに、ミッチェルとしても頷かざるをえない。


「うん、それには同感。
 前に来た時、検問はあんなんじゃ無かったんだけどなあ?」


ミッチェルの腕に清潔な布をあてがっているバーバラも大きく頷く。


「ええ、本当に何が何だかわからないわ。
 でも、よかったわ。
 大事に至らなくて……」


心配してくる妻に、ミッチェルは笑顔で答える。


「全くだね。
 でも悔しいな! なんであんな奴らに大金を払わなきゃいけないんだ!」


いつもの笑顔である夫の姿に、バーバラも微笑する。


「もう、あなたったら。
 お金よりも身体の方が大切でしょう?」

「まあね。
 身体が無事なら、お金はまた稼げばいいだけだしね」


治療を終えたミッチェルは元気よく立ち上がる。


「憶測とか、文句とかを言っていても何も利益は生まれない。
 さっそく行くとしようか?」


やる気満々のミッチェルに、思わずバーバラとタエは顔を見合わせて笑ってしまった。





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034 海沿いの街・セーフトン02
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「ねえミッチェル。
 私は商売の事はよくわからないけど、運んで来た積み荷って売れるの?」


セーフトンの町並みはとてもカラフルだった。
赤や黄色、青などの派手な色に建物が塗られているからだ。
荷台から、バドなどは大騒ぎしている。

ただ、タエには建物と人の雰囲気は全く真逆なものだと感じられた。

街の中心部に向かって行くにつれて、人の姿や露店なども見えてくる。
だが、人もまばら。
何よりも活気が感じられない。
とても良い商いが出来るような場所にタエは思えなかった。


「うーん、僕らも久しぶりに来たけど……
 確かに、なんかこれでもかって不景気な雰囲気というか、暗いっていうか、ねえ?
 セーフトンは、この辺りじゃ活気があることで有名なんだけどな?」


ミッチェルもタエと同感な面があったのだろう。
首を捻らざるを得ない。


「大丈夫なの?」


タエは商売の事はよく分からない。
だが商売が盛んな場所は、人々が元気で賑やかだと考えている。
静かな市場など聞いたことがない。


「まあ、でも積み荷は問題ないんだ。
 いつも世話になっている商人ギルドのマスターに卸す分だからね。
 僕は危険な橋は渡らないよ。問題なし、さ」


ミッチェルはオーバーアクション気味に胸を張った。
だが、それも一瞬。
次の瞬間には、真面目な表情で考えを述べた。


「ただ、そのお金を元手にここでしばらく商売を考えていたんだ。
 ん~。
 けど、これは計画の見直しをしないと駄目かもね」





「じゃあ、私達は先に宿を押さえておけばいいのね?」

「ああ。頼んだよバーバラ。
 僕も積み荷を卸してから合流するから」

「お父さん、いってらっしゃい~!」

「はは、ああ。わかったよ。
 お仕事はすぐに終わるから、戻ったら海に行こうな」


ミッチェルはバドの頭を撫でる。
バドは気持ち良さそうにミッチェルのに脚に抱きついた。


「海!? やった、約束だよ!」

「ああ、約束だ。
 それじゃあ行ってくるよ。
 バド、ママとタエの事を頼むよ。バドは男なんだからね」

「うん!」


セーフトンの中心部にある広場。
ここでミッチェルは、商人ギルドに積み荷を納めに行くことになった。
その間、バーバラ、バド、タエは、先に宿屋を押さえて置くことで話がまとまった。
ミッチェルの馬車を見送ってから、ミッチェル達が以前にも世話になったという宿に向かう。


「わ、バーバラ見て見て!
 あの人が食べてるやつ、すっごく美味しそうじゃない!?」


宿へ向かう道すがら、タエは思わず感嘆の声を上げる。
それは、オープンテラスで食事を取っている人の料理だった。


「あらあら。
 なあに、タエ。バドみたいに」

「だってだって。
 うわあ、すっごい美味しそうなんだもの。
 仕方が無いと思わない?
 これは私は悪くないわよー」

「セーフトンの魚介類は新鮮で、料理がとっても美味しいの。
 今から行く宿も期待していいわよ」

「旅の醍醐味って、5割ぐらいは食事よね。
 今日はガッツリ行くしかないわ!」

「ふふ。そうね。
 今日はある程度の収入も入ると思うし。
 みんなでお腹いっぱい食べましょうね」


喜ぶタエに、なんだかバドもつられて嬉しそうに騒ぎ始める。
バーバラはそんな二人を見て微笑した。





値段も安く、新鮮な海産物を生かした料理を出してくれる[白いレース亭]。
バーバラ達はチェックインをした。
時間を見計らって、バーバラは宿の主人に特別な料理をお願いした。
ミッチェルが戻って来たら、みんなで食べるためにだ。
新鮮な魚介類の特色を生かした料理がテーブルに運ばれてくる。

だがミッチェル戻ってこない。

何時間経ったのだろうか。
バドもがんばっていったが、とうとう睡魔に負けてしまった。
バーバラとタエの間にも会話が無くなっていく。

誰も手を付けていない料理はすっかり冷め切ってしまった。

それでもミッチェルは戻ってこなかった。





「THE 世界遺産」「世界遺産への招待状」の2つのTV番組が大好きです。
あの素敵な雰囲気を、少しでも自分の作品に反映できたらなーと、妄想している今日この頃です。

パーティメンバーを集合させて、のんびりとした旅の出来事を書いてみたいなー。

次話はがっつりと展開があるお話を書くぞ!








[13727] 35 海沿いの街・セーフトン03
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/08/29 11:00

「バーバラ、すこし寝た方がいいわ」


バーバラの肩にそっと手を添えてタエは語りかける。
だが、バーバラは黙って首を横に振るだけだった。


「うん、そっか」


優しげな笑みを浮かべたタエは、元々座っていた席に着いた。
そんなタエを見たバーバラは申し訳なさそうな表情だった。


「タエ……あなたこそ休んでいいのよ?」

「駄目よ、バーバラ。
 こんな良い女達をほったらかしにしてるんだから。
 戻って来たら、ミッチェルにはお仕置きが必要よ。
 それなのに寝てる間に帰って来たら、お仕置きができないじゃない?」

「タエ……
 ……
 ……
 ……ふふ、ふふ、そうね」


今まで切なげな面持ちだったバーバラ。
少しだけだったが、柔らかげな表情が垣間見える。


「でしょ?
 もうすぐ夜が明けるわ。
 それでも戻ってこなかったら、私が意地でも連れてくるわ」

「あらあら。
 ならその時には私も付き合うわね」


冗談めかしてバーバラに声をかけているタエだが、内心は不安を覚えている。
元々ミッチェルは夜遊びをするようなタイプでは無い。
それなりの付き合いの長さになっているタエには確信できる。
積み荷を卸しに行く前にも、息子であるバドとも約束をしていた。
他の何よりも家族の事を優先させるミッチェルが、その約束を違えるとは考えにくい。


「全く。
 早く戻って来てバドを海に連れて行きなさいよ……」


自分にしか聞こえないぐらい小さな声で、タエは呟いた。





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035 海沿いの街・セーフトン03
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「マスタ!
 酒だ、酒!
 くそ、胸くそ悪い!」


太陽が水平線から顔を覗き出した頃だろうか。
早朝の[白いレース亭]に一見して漁師とわかる男が入ってくる。
漁業が盛んなセーフトンでは、漁を終えた漁師が朝からお酒を飲むことは自然な事だ。


「おいおい、どうしたんだ?
 荒れてるじゃないか、坊主か?」


慣れた手つきで[白いレース亭]の恰幅の良い主人はエールを注ぐ。
憮然とした顔の漁師は出されたエールをまずは一気に飲み干した。


「おいおい、10歳から毎日海に出続けて25年。
 一匹も採れねえなんて、セーフトンの男にゃありえねえよ。
 ちげえ、ちげえ。
 またやられたんだよ、あのクソ野郎によ」


漁師の大きく捲し立てるような言葉を聞いた主人は少し溜息をつく。


「おいおい、またか?」

「ああ!
 ったく、今回はご丁寧に立て札が出てやがるよ」

「で、今度はなんだった?」


主人は漁師に黙って追加のエールを出す。
漁師はまたもや一気に喉に流し込んだ。


「ぷはぁ!
 け、今度は横領だが、談合やら、よくわからねえけどよ。
 そんなやつだったよ」

「横領……?」

「ああ。
 マスタ、アンタもあれ見たら笑うぜ。
 全部自分がやってることじゃねえか。
 この街の人間、全員知ってる」

「……救いようがないな。
 自分がやった悪事を全部押しつけるというわけか……」


漁師の話に[白いレース亭]主人は溜息をついた。
主人はエールを木のコップに注ぎ、自分でも飲み始めた。


「ふぅ……
 全く、何でこんな事になったんだか……?」

「ああ、ったく胸くそ悪りい」

「今度は、誰が被害者になったんだ?」

「俺が知らねえやつだったな。
 名前は……
 なんつったかな、覚えてねえけど。この街の人間じゃねえとおも――」


漁師と[白いレース亭]主人の会話のみだったフロア。
「ガタン」と、椅子が倒れる音が響いた。
タエが勢いよく立ち上がった為だ。
漁師と[白いレース亭]主人がタエに視線を向ける。


「その話。
 詳しく聞かせてもらっていいかしら?」

「え――!?」


そこには鋭い目をしたタエがいた。
タイトロープのように極限にまで張り詰めた雰囲気。
それはタエの容貌と相成って、自然界に咲く一輪の薔薇を想像させた。


「あ、ああ、そ、そりゃ構わねえけど……!?」


漁師と主人はコクコクと頷くだけだった。





「頭がイカレちまったんだよ」


漁師が苦々しげに言い放つ。
近頃、セーフトンの商売を取り仕切っている商人組合長(ギルドマスター)の様子が変だという。
突然言いがかりをつけてきて、横暴な取り立てや極刑を行う有様。
当然、逆らった者に対しても同様の厳しい処罰が加えられている


「ケッ、誰も逆らえねえ。
 文句言ったら力ずく。なんとかなったとしても今後の商売が上手くいかねえ。
 力も金も握られちまって、やっかい極まりねえ。
 最近じゃ、金に物を言わせて兵士だけじゃなくてよ、モンスターまで囲っているって噂だ」


[白いレース亭]の主人も力なく続ける。


「最悪なのはこの地方を納める領主もだ。
 商人組合長(ギルドマスター)の[レンブラン]から、領主に賄賂でも行ってるのかね。
 今のこのセーフトンに関しては、我関せずの立場さ」

「商人組合長(ギルドマスター)の[レンブラン]、ね」


タエはバーバラに視線を向ける。
バーバラは震えながら静かに縦に頷いた。


「……そう」


タエは昨日のミッチェルとの会話を思い出す。
確かにミッチェルは積み荷を「商人ギルドのマスターに卸す」と言っていた。


「その立て札って、どこにあるの?」

「あ、ああ。
 立て札は広場のど真ん中にあるから、行けゃあすぐ分かるけどよ……」

「ありがと、助かったわ。
 朝食の時間、邪魔しちゃってごめんなさいね」


タエは[白いレース亭]主人に銅貨2枚を差し出す。


「これで一杯飲んでね。
 ああ、それと。
 私の剣、返してもらえるかしら?」

「ああ……
 そ、そりゃ勿論あんたの剣だから構わないんだが……」


[白いレース亭]ではトラブル防止の為に武器を預ける規則となっている。
おずおずと主人が持って来た剣[ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)]を、タエは腰に帯びる。
そして、バーバラの席に戻っていった。


「バーバラ」

「タ、タエ……!」


バーバラの言葉は言葉にならない感じだ。
そんなバーバラに向かって、タエは手を差し出す。


「今から広場に行くわよ」

「え、ええ……!」


バーバラはタエの手を取って立ち上がった。





漁師が言う通りだった。
広場まで行くと、すぐに中心にある大きな掲示板を見つけることができた。
タエとバーバラは慌てて走り寄る。
荒れた呼吸のまま、すぐに掲示板に貼られた羊皮紙に目を向ける。


「そ、そんな――!!」


腰から崩れ落ちそうになったバーバラを、タエは背中から手を回して支える。
そしてタエも掲示された内容を確認する。
掲示板には、確かにミッチェルが捕縛されたことが記載されていた。
それに加えてミッチェルが行ったという様々な行った悪事などがかかれている。

そして最後には――


「コレ書いたやつ誰よ!!」


タエは羊皮紙の上から掲示板に拳を叩きつけた。
「バンッ」と音を立てて、木製の掲示板にヒビが入った。

明日の正午に、ミッチェルの[公開処刑]が執行される旨が記載されていた。





放心のバーバラを連れて、タエはひとまず[白いレース亭]に戻る事にした。
タエは、まずバーバラを休ませる必用があると感じたからだ。
その為に、昨日から借りている部屋の扉を開ける。
すると丁度起きたばかりなのだろう。
目をこすりながら、バドがテクテクと走り寄ってきた。


「ママ、どうしたの……?」


きょとんとした目のバドはタエに質問をしてくる。
バーバラの目は真っ赤だ。
顔も涙でぐしゃぐしゃだった。
子供ながらに、バドは母が心配なのだろう。


「バド、バド……!」


そんなバドに対して、バーバラは抱きかかえて泣いた。


「ごめんね、ごめんね、バド……!」

「どうしたの、ママ?」

「う、うぅ……」


このような光景を目前にすると、タエは本当に異世界に来た事を痛感する。
「冤罪」などというレベルの話ではない。
法治国家である現代の日本では考えられないような事が普通に起こりえるのだ。
モンスターだけではない。
力がある人間も、時にはモンスターよりも不条理に弱い人間に牙を剥いてくる。


「ちょっといいかしら?」


タエはバーバラとバドに近寄る。


「ねえねえ! タエ、ママがママが!」

「うん。
 いい、バド?
 今、ちょっとお母さんは悲しい気持ちで一杯なの」

「え? 悲しい?」

「ええ、そうよ」


タエは膝を付いて、バドと同じ視線に高さを合わせた。
そしてじっとバドの瞳を見つめる。


「ねえ、バド。
 お母さんのこと好き?」


バドの肩に手をやって、バドにもわかりやすいようにハッキリと言葉を発した。


「うん!」

「お父さんは?」

「好きだよー」

「いなくなるの、なんてイヤだよね?」

「え!?」


タエの言葉に、一気にバドの表情は曇った。
ただならぬ母の様子。
そしてタエの言葉。
子供ながらに何かを感じたのだろう。


「え……!
 いなく、いなくなっちゃうの!?」


一気に泣きそうになるバド。
だが、タエは向日葵のような笑顔をバドに向けてしっかりと告げた。


「ううん。
 ずっと一緒よ。ずーっとね!」


バドに言葉をかけ終えた後、タエは一瞬目を閉じる。
タエは決心する。
自らの心に刻みつける。
これは誓いの言葉なのだと――


「ホント……?」

「本当よ。
 でも、バド~。
 ひどいわね、私が嘘を言うなんて思ってるの?」

「ううん!
 タエはウソつかないもん」

「あは、ありがと!」


続けて、タエはバーバラの肩を抱き寄せた。
タエにはバーバラの身体が、いつも以上に小さく感じられてしまった。
その瞬間、腹が立って仕方が無かった。
この感情は、タエの決意を更に強固なものにした。


「タエ、タエ……」

「バーバラ、私ね。
 最近流行の、なーんかバッドエンド的な話がはやってるじゃない。
 あれ、大嫌いなのよね。
 なんで映画館やマンガとかでお金払って、嫌な気持ちにならなきゃいけないのよ。
 意味分からないわ。
 やっぱり、一番いいのはハッピーエンド。
 これ以外は認めない」

「え、え!?
 タ、タエ何を言っているの……?」


タエはバーバラの耳元で優しく囁く。


「決まってるわ。
 この馬鹿な脚本を書いたヤツに修正を求めるの」

「そ、それって――!?」


大きな声を出しそうになったバーバラに、タエは自分の口元に人差し指を一本立てる。


「ご、ごめんなさい……!」


それが「声が大きい」ということを示すことを理解したバーバラは小さな声で謝った。


「ねえ、バーバラ。
 大きな街だと便利ね。
 寺院が何処にあるか教えてもらっていいかしら?
 ハイローニアスの人達の、ね!」





それなりの規模の街であるセーフトンには、幾つかの教義の教会があった。
漁業が盛んなセーフトンでは[自然の神オーバド・ハイ]を信心する者が多い。
その[自然の神オーバド・ハイ]に続くのは、やはり[善・正義・武勇の神ハイローニアス]になる。

今、バーバラとバド、そしてタエはハイローニアスの教会前に来ている。
緑や赤等のカラフルな色の建物がほとんどを占めるセーフトンにて、ハイローニアスの教会は白一色だ。
また職人に手によって作成された彫刻やガラスなどが、美しさと荘厳さを人々に訴えかけてくる。
通常の人々にとって、ハイローニアス教会は安寧よりも緊張となる対象だった。

[海沿いの街・セーフトン]のハイローニアス教会前には筋骨隆々とした僧兵が警護していた。
直立不動でパイク(長槍)を手にしている姿に、低レベルの賊などは姿を見ただけで引き返すだろう。


「ど、どうするのタエ……?」


門を守護する僧兵を見たバーバラは腰が引けている。
他の神々と違って、どうしてもハイローニアスは威圧感を感じてしまうのだ。
でもだからこそ、困った時には本当に頼りになるのだが。


「ん~、やっぱり今回目指すのは「完全な勝利」だから」


緊張しているバーバラに、タエは笑顔を向ける。
そして僧兵に向かって歩み寄った。
だがバーバラに向けた表情からは一変した。

それはまるで戦場を駆け、戦死した誇り高き勇者の魂をヴァルハラへ迎え入れるヴァルキュリアの如く――

タエの存在に気がついた僧兵は、不自然に背筋に汗が流れるのを感じた。


「こ、こちらに、何かご用でしょうか、お嬢さん方……?」


重々しくも、丁寧な口調で僧兵はタエに訊ねてきた。
タエは黙ったまま、タエは胸のネックレスを手に取って僧兵の人見せる。
これは以前に、ミッチェルとバーバラにも見せた[光輝く小さな盾を模したネックレス]だ。


「これは、我らがハイローニアスの……
 ……
 ……
 ……な、こ、これは……!?!?!?」


僧兵は驚愕する。
そして穴が空くほどネックレスを見続ける。
その後は、タエとネックレスを交互にのぞき込む。

僧兵の様子を見たタエは、己の右拳を握りしめて胸に当てる。


「我が心の御旗が血に染もうとも
 雨に打たれようとも
 不名誉の前に死を
 無垢なるものが汚される前に不名誉を
 全ての挑戦には名誉を持って受けよう。
 相手を敬い、病を癒し、悩みを救おう――!」


タエの言葉が朗々と響き渡る。
言葉は風に乗り、バーバラとバド、そして僧兵の心を熱くさせる――。


「勇ある者に私は手を差し続ける。
 天から戦場へ、勇者達への希望と力にならん。
 害なす邪悪は許さない。
 ……
 この[戦乙女(ヴァルキュリア)]名にかけて――!」


「な!?!?!?!?!
 あ、貴方は――!?」


タエの言葉を聞いた僧兵は、腰と膝が砕けそうになっている。
全身が震えている。


「司祭様に会わせてくれる?」


先程とは違って、もう、いつも通りのタエの声だった。
だが僧兵は全く気がつくことはない。
慌てて、ワタワタとしている状態だ。


「は、は!!
 しょ、しょ、少々お待ちください――!!」


僧兵はパイク(長槍)を投げ捨てて、慌てて教会内へ走り込んで行った。


「ミッチェルの事があるから、勿論、急いでは欲しいんだけど。
 あそこまでは慌てなくてもいいのに。
 ちょっと脅しが過ぎたかしら?」

「タ、タエ、こ、これって一体……!?」


肩をすくめるタエに、バーバラは何が起こったのかが理解できない。
あの堂々とした立ち居振る舞いは!?
ハイローニアスの門を守る僧侶のあの慌てぶりは!?
バーバラにはいくつもの疑問が浮かびまくっている。

困惑するバーバラの姿に、タエは苦笑する。


「因果なものね。
 あんな舌を噛みそうな口上がスラスラでるんだもの。
 これも職業病というか、なんなのかしらねー?」

「タエ、へんなのー」


タエの言葉に、バドはタエの太ももに抱きついてくる。
そんなバドの頭を、タエは少し乱暴気味に撫でてあげた。


「こらー。
 あは、変なの言わないの。
 おかしいなあ、格好良くなかったかしら?」

「へんだった、いつものタエじゃないよ~」

「バドからは駄目出しかー。残念!」


そんなやり取りにバーバラは慌ててしまう。


「バ、バド、何を言うのよ!
 タ、タエ、こ、これって……!?」


「ぴとっ」とくっついているバドを、タエは軽々と抱っこしてあげる。
バドは大喜びだった。


「バーバラ。
 たぶんね、私一人でもミッチェルの事なんとかできると思う。
 いえ、絶対に何とかしてみせる。
 でも権力者絡みの問題だと、その後の事まで考えないと。
 私はずっといるわけじゃない。
 だからその場限りじゃ駄目。
 雑草は根っこから取り除く必要があるのよ」

「タ、タエ……?」

「ハイローニアスとはあんまり関わり合いたくは無かったんだけど。
 正直、まだまだ情報も足りないと思うしね。
 だから今回は別よ。
 私が好きな人達を悲しませたんだから」 


バドを地面に卸して、タエはバーバラを抱きかかえる。
そして、そっと耳元で囁いた。


「もう大丈夫よバーバラ。
 ここからは、もう素敵な逆転劇しか起こらないから――」




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・[勇気のオーラ] 

一定レベルのパラディン(聖騎士)は3m半径の勇気のオーラに包まれている。
このオーラは魔法的なものであれ、それ以外のものであれ、[恐怖]に完全な耐性を得る。
パラディン(聖騎士)から3m以内にいる仲間にも、[恐怖]に対して耐性ボーナスを与える。
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・[防御のオーラ] 

パラディン(聖騎士)は3m半径のプロテクションオーラに包まれている。
この中では敵対する存在は、パラディン(聖騎士)に対する敵対行動にペナルティを受ける。
このオーラの影響を受ける者は、その源を簡単に知ることができる。
例えばパラディン(聖騎士)が変装をしていたとしても、このオーラを隠すことはできない。
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あと数話で「お姉ちゃん紹介編」が終わればいいなと考えています。
その次は「お兄ちゃん紹介編」もしくは「ノア編」かー。

で、もしかしたら9月は更新が不定期なるかもしれません。
9月の中頃から下旬にスペインとイタリアに向かう為です。
このようなお恥ずかしい作品ですが、
少しでも楽しみにしてくださっている方がいらっしゃるとしたら申し訳ありません!



[13727] 36 戦乙女(ヴァルキュリア)
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/09/26 16:41
「レ、レンブラン様、そろそろお時間ですが……」


おずおずと、秘書の男は自らの上司に告げる。


「おお!
 もうそんな時間なのですね。
 ふふふ、ふふふ。
 やっぱり悪い人は処罰されないといけないですよねえ、キミ」


でっぷりとした腹が目立つ男だった。
商人組合長(ギルドマスター)の[レンブラン]だ。
楽しそうにする姿に、声をかけた秘書の男は[レンブラン]に生理的嫌悪を感じていた。


「あ、あの、そ、それは……
 ……
 ……
 ……はい……」


だが、秘書は何も行う気は無い。
ただただ「この上司の機嫌を損なわないようにするだけ」と考えているからだ。


「ふふふ。
 キミはよくわかっていますねえ。
 前の秘書クンはそれがわかっていなかった。
 良くないことです。
 ああ、それは嘆かわしいことです」


目頭を押さえながら、レンブランは嘆いてみせる。
三文芝居より酷い演技を見せつけられた秘書は、いつものようにレンブランの気が済むまで待とうとしていた。


「な、な……!?」


だが、いつものようにはいかなかった。
目頭を押さえたレンブランの顔が「ぬるり」と溶け出してきたのだ。
指の隙間から、肌色の液体が「ぽたり」と床に落ちる。


「レ、レンブラン様、お、お顔が!?!?」


どろりどろりと溶けていく。
そして秘書は見た。
指の隙間から、恐ろしい程までに「ぎょろり」とした眼球が睨み付けているのを――


「ひひひ。
 これはしまった。ワシも歳をとったかの。
 もう[ポリモーフ・セルフ【自己変化】]が溶けてしまったわい。
 ひひひ、ひひひひ……!」



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・[ポリモーフ・セルフ【自己変化】] LV4スペル

この呪文をかけると使い手は変身できるようになる。
実態の無いクリーチャーの姿にはとれない。
ポリモーフに伴い、使い手の装備は新しい姿に取り込まれて一時的に消滅する。

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「ダ、お、お、お前は!?
 な、な、何なんだ、お前は!?!?」


秘書の男は腰を抜かしてしまった。
だが、本能が身体を必死に後ずさりさせる。


「ひひひ。
 少なくともお前さんの上司のレンブランさんでは無いさね。
 ひひひ。
 ワシは[ヴェクナ]と呼ばれるモノ」

「な――!?
 レ、レンブラン様はどうした!?!?」

「ひひひ。ああ、レンブラン君か。
 彼は。
 うん、彼は永遠にいるのう。
 ああ、永遠の場所に、ひひ」

「ダ、誰か――!!」


秘書が大声を上げようとした。
だが、それは叶わなかった。
[ヴェクナ]と名乗った男(?)は、いつの間にか秘書の口を押さえていたのだ。


「ひひひ。
 屋敷内で大きな声はマナーがなっておらんのう。
 そんなおぬしには、ちと、折檻じゃ。
 秘書君。
 サヨオナラ。
 よい、夢を。
 ひひ。
 ああ、よい夢を――」 





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036 戦乙女(ヴァルキュリア)
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他の多くの街と同様に、海沿いの街・セーフトンにもマーケット広場がある。
通常、マーケット広場では多く出店が連ねている。
ここの店に並ぶのは新鮮な魚介類が多い。
まさにセーフトンの台所と言える。
だが、今日のこの時間は違う。
広場には、見物人が立ち入り出来ないように麻のロープが張り巡らされていた。

そうやって確保された広場中央には、いつもには無い木の十字架が備え付けられている。
木の十字架。
ヌラヌラとした黒い染で覆われている十字架。
この染みが何人もの血によるものであることを、この街の住人は知っている。
今日のマーケット広場は人々の胃袋を満たす場所ではない。

[公開処刑場]なのだ。

セーフトンに暮らす人々は沈鬱な面持ちで、[公開処刑場]に集まってくる。
極少数の人は楽しみにしているようだったが、大多数の人間の足取りが重い。
これは商人組合長(ギルドマスター)の[レンブラン]に、見物に来ることを強制させられている為だった。

多くの善良なセーフトンの人々は溜息をついた。





マーケット広場が人々で埋め尽くされた頃。

鐘楼から、正午を知らせる鐘が響き渡る。
これは処刑が執行される時間の合図。
何回も重々しく響き渡る鐘の音。
そして、最後の音の余韻が完全に消えた。
それを合図として、軽装鎧と長槍(パイク)を装備した兵士の行進が始まる。
2列に並んで行進してくる兵士の動きには、1mmたりともズレが無い。
ただただ、淡々と[公開処刑場]に向かって行く。

そんな列の最後、ニタニタとした笑顔を人々に振りまきながらやってくる男がいた。
商人組合長(ギルドマスター)の[レンブラン]だった。
レンブランは、自ら専用に作らせた台の上のあつらえた豪奢な椅子に腰を下ろす。
これは[公開処刑場]の特等席だ。


「ふふふ。
 本当に良い天気です。
 私の正義の心が、神様まで通じているに違いありません」


したり顔のレンブランは、スッっと右手を少しだけ挙げた。
これはいつも合図だった。
レンブランの横にいた給仕の男が、グラスに赤ワインを注いでレンブランの手に差し戻す。
グラスを転がしてワインの香りを楽しみながら、レンブランは満足げだった。


「良いワインに、下される正義の鉄槌。
 ああ、なんて素晴らしい日なのでしょう。
 こんな日には。
 ふふふ。
 きっと[英雄]も来てくださることでしょう」





「ひでえ……!」


多くの見物人から溜息が漏れる。
これからまさに処刑されんとする哀れな男が、鉄の仮面をつけた屈強な男に引き立てられてきたのだ。
男はボロボロだった。
鞭打ちでもされたのだろうか。
衣服もろとも、全身は傷だらけだった。
両手、両足首には鉄の鎖で拘束されている。

男には体力はもう残されていないのだろう。
歩くこともままならない。
そんな男に対して、鉄仮面の兵士は強引に起き上がらせた。


「……ごめん、ごめん……
 ……バーバラ。
 ごめん、バド……
 僕は……
 ……
 ……
 ……」


満身創痍。
ミッチェルは蚊の鳴くような小さな声で呟いた。
だが鉄仮面の兵士は何も変わらない。
淡々とミッチェルを十字架に向かって引っ張っていく。

血塗られた十字架へ――

鉄仮面の兵士達は手慣れていた。
あっという間にミッチェルは十字架に縛り付けられる。

首。

手首。

胴。

足首。

完全に縄で縛り付けられる。
この状態では、もはやミッチェル自身には為す術はない。


「ふふふ」


十字架を見るレンブランは笑みが耐えない。
笑みを絶やさぬままレンブランは、横にいる兵士に向けて二重あごを「くぃ」と少しだけ上に上げた。
それを見た兵士は黙って頷く。
兵士は手にしていた羊皮紙を広げる。


「この者。
 我らが愛する海の真珠・セーフトンに対して不義を働いたものである。
 正義の名の下に極刑とせんとす――」


淡々とした兵士の宣告だった。
奇妙なまでに処刑場には沈黙が訪れた。
唾を飲み込む音までが聞こえそうな空間。
3人の鉄仮面の兵士が、十字架に拘束されているミッチェルに長槍を向けた時だった。


「人を人と扱わない人って、もう、人間じゃないわよね。
 だったら、人間の言葉を使うのを止めてくれない?
 不愉快なのよ――」


それは不思議な声だった。
大きくもない。
それでいて、ここにいるもの全ての人間に届いたのだ。
心の底にまで染みこむ、鈴の音色のように凜とした女性の声。

全ての人間が、声をしたと思われる方へ一斉に視線を向ける。

そこには。
太陽の光を受けて燦々と輝く、純白の女騎士が威風堂々と立っていた――





大きな白い翼が付いた兜。
襟首から流れている長い金髪は、陽光にてキラキラと輝く。
胸部と腰を覆う純銀の甲冑はピッタリと覆われており、女性としての美しいラインも失われていない。
足のロングブーツは白に蒼いラインで縁取り装飾されたものだった。

だが、この女騎士は美麗な存在だけではない。
左手には大きな円形の盾が握られている。
傷だらけの大きな盾だった。
この大きな盾が、どれだけの修羅場をくぐり抜けてきたかを傷は雄弁に語っていた。
また、腰に下げられている剣鞘には一組の空色のサファイアが取り付けられている。
その鞘からは、素人でも何らかの力が発せられているのがわかった。

その存在感、圧倒感は、まるで完成された芸術品を思わせた。


「聞きなさい、人の外見をした化物さん達。
 泣くぐらいじゃ許さないわよ。
 私は我が儘だから。
 好きなものに手を出されると、腹が立って仕方が無いのよね」


十字架へ向けて、純白の女騎士は歩み出す。
すると人々でごった返しになっていたマーケット広場だったが、瞬く間に綺麗に一本の道ができた。
血塗られた十字架へ続く一直線の道が――

ここにいる全ての人は、何も言うことができないでいた。

豹変してしまった絶対的な権力者[レンブラン]に、たった一人で堂々とケンカを売ったのだ。
周囲は何十人もの兵士に囲まれている状況。
普通なら有り得ない。
ただ無残に返り討ちに遭うだけ。
だが、ここにいる人間の心には熱い想いがこみ上げて仕方が無かった。
この女騎士が敗北する姿を想像できなかったのだ。


「まあ、人間の言葉が理解できるとも思わないけど。
 それでも相互理解は大切よね。
 簡単に言ってあげるわ。
 ふざけんなって馬鹿、ってことなんだけど。
 理解できる?」


そして、女騎士は何の躊躇も無く立ち入り禁止を示すロープを跨いだ。
セーフトンの街の人間は息を飲み込んだ。
今まで。
このロープを無断で越えた者に対しては、全ての人間が――


「き、キサマ、ふざけおって!
 な、何ものだ!?」


慌てたように、ギラギラとした充血した目の兵士が女騎士を取り囲む。
だが、絶体絶命の窮地であるはずの女騎士は、全く動じる様子は無かった。


「テンプレね。
 今時の時代劇でも無いわよ。
 でも、まあ何者だって言われたら……
 そうね。どこにでもいる、般教(パンキョー)を落としかけている女子大生。
 けど今日は違うわ。
 通りすがりの、どこにでもいる「正義の味方」」

「バ、馬鹿にして――!」


女騎士の平然とした言い方に、兵士達は苛立ちを爆発させる。


「よかった。
 挑発してるんだもの。効果があって嬉しいわ」

「意味の分からない事を言う痴れ者!
 すぐにその口、力尽くで塞いでやる!」


兵士が穂先を女騎士に向けようとした時だった。


「0点。
 こういうのは、向けた瞬間に刺したら?
 言う前に実行しないと意味は無いわ――!」

「な、な!?!?」


兵士達には何が起こったか理解できなかった。
己が手にしている長槍(パイク)の穂先が、いつの間にか切断されているのだ。
女騎士の右手には、いつの間にか抜刀された剣が握られている。
それは背筋が凍る程に冷たそうな輝きの剣だった。


「ひ、ひぃ……!」


兵士は腰を抜かして、地面にへたり込んでしまった。
そして悠々と、兵士の横を女騎士は通り過ぎていった。
あまりの出来事に、他の兵士達は動くことができない。

そして、女騎士は邪魔されることも無く十字架の前にまでたどり着いた。


「ミッチェル」


先程までとはまるで違う。
穏やかな、日だまりのような女騎士の声だった。
そしてこの声は、拘束されたミッチェルには聞き慣れた声。


「……タ、タエ、なの、かい……?」

「ええ、そうよ。
 がんばったわね」

「はは、そりゃそうだよ……
 僕は。
 僕は夫であり、お父さんなんだよ。
 何を当たり前の事を聞いているんだい……?」

「ふふ。
 バーバラとバドは幸せね。
 それとミッチェル。
 貴方も、もう大丈夫だから――」


タエは[ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)]を振るう。
その姿はまるで演舞。
だが、美しいだけではない。
剣から発せられる魔力で、ミッチェルを拘束していた縄は瞬く間に切断された。
縄の支えが無くなったミッチェルは十字架から崩れ落ちる。
それをタエは軽々と受け止めた。


「はは、タエ……
 君はなんていうのかな……
 はは……
 君は相変わらずだねえ……」

「あら、よくわかってるじゃない。
 ちまちま縄をほどくなんて、いやーよ。
 さ。
 ちょっとだけ我慢してね」


タエは静かにミッチェルを地面に寝かせる。
ムチで打たれた傷が痛んだのだろう。
ミッチェルは苦悶の表情を浮かべる。

そんなミッチェルを見たタエは、ムカムカする気持ちを押さえるのに懸命だった。
タエは自分に言い聞かせる。
優先順位を間違えるな、今は――、と。


「さ、楽にしてね」


傷だらけのミッチェルの胸に、タエはそっと手を置いた。
そしてゆっくりと目を閉じる。
タエは右手に意識を集中させる。


「私は手を差し続けよう。
 天から戦場へ、
 勇者達への希望と力になるために――」


心から想う気持ちを言葉に乗せて詠唱する。
するとタエの右手は[光輝]に包まれる。
それは明るいから、次第に激しくまばゆいばかりに変化する。


「さあ、立ちなさい。
 貴方は立たなければならない――!」



-----------------------------------
・[レイ・オン・ハンヅ(癒しの手)] 

パラディン(聖騎士)は手で触れるだけで治療を行うことができる。
この能力は他人にも自分にも使用することできる。回復量はLV×2hp。
回復対象を分散させることも可能。
またパラディン(聖騎士)は癒す代わりに、アンデッドクリーチャーに対してダメージを与えることもできる。

-----------------------------------



タエの右手から発せられた[光輝]が消える。
すると、そこには傷一つないミッチェルの姿があった。
ミッチェルは穏やかな静かな寝息を立てていた。





目の前で[奇跡]な出来事を見たセーフトンの人々は口が止まらない。
思ったことを、各々が口に発してしまう。


「な、なんだあの娘さんは!?」

「な、剣を振るっただけで遠くにあった縄がかってに切れたぞ、おい!?!?」

「け、怪我が一瞬で!?!?」

「誰、あの方は誰なの!?」

「すげえ、すげえよ!」


ほんの先程までは溜息ばかりの空間。
これをたった一人の純白の女騎士が切り裂いた瞬間だった。





「来おった、とうとう来おったわい……!」


椅子から立ち上がったレンブランは身を乗り出すように十字架を、純白の聖騎士を凝視する。
それは眼球が飛び出るのでは無いかと思うぐらいに――


「ひひひ、あれがパラディン(聖騎士)の[レイ・オン・ハンヅ(癒しの手)]!
 [魔法]ではない。あれが[奇跡]!
 初めてお目にかかれたわ。
 ひひ。長生きはするもんじゃ。
 ひひひ、ひひひ、ひひひ。
 来た、とうとう来たのだな……!
 ワシのかわいい[英雄]。
 ああ。
 いかん。
 ヨダレが止まらぬよ、うずきが止まらぬよ。
 どうしてくれるというのだ、[戦乙女]ブリュンヒルデ・ヴォルズング……!」


商人組合長(ギルドマスター)の[レンブラン]は舌なめずりをした。





----------------------------------
◇[ヘルム・オブ・スウィフト・パニッシュメント(速やかなる懲罰の兜)]

パワー
・使用者が攻撃を行ったときに兜の力を使うと、
 通常の1回攻撃ではなく、2回の近接基礎攻撃を行うことができる。
-----------------------------------
-----------------------------------
◇[スカイバウンド・アーマー(空に結ばれし鎧)]
特性
・これを着た者は、動くときに自分の体重が無くなったかのように感じる。

パワー
・[跳躍]を行うときにボーナスを得る[遭遇毎]
・この[跳躍]は通常の移動速度を超えて良い。
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-----------------------------------
◇[ゼファー・ブーツ(風のブーツ)]
特性
・白に蒼いラインで縁取り装飾された美しいロングブーツ。
・風に乗って空を鳥のように飛ぶことができる。
-----------------------------------
-----------------------------------
◇[ホーリー・ガントレッツ(聖なる籠手)]
特性
・聖なる秘文を刻まれたこの籠手は、闇を清める光をもたらす。

パワー
・信仰の力により、攻撃に[光輝]の追加ダメージが加わる。[一日毎]
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-----------------------------------
◇[シールド・オブ・ザ・ガーディアン(守護者の盾)]
特性
・この樫で出来た盾は、味方と自身を同様に守ってくれる。

パワー
・味方のACにパワー・ボーナスを付ける。
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-----------------------------------
◇[サファイア・スキャバード(碧玉の鞘)]
特性
・この鞘は大きさを変えることができ、全ての刀剣類に合わせられる。

パワー
・この鞘には空色のサファイアが取り付けられている。
 その魔力は剣に注ぎ込まれて、刃に恐るべき鋭さを持たせる。
・使用者は1回の行動で、鞘から武器を抜き、その武器で攻撃を行うことができる。
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私事で恐縮なのですが、半月ばかり海外へ渡航します。
その為に、次話の更新はいつもより少し遅れることになりそうです。
誠に申し訳ありません。

今回、ちょっと話がワープした感があります。
その辺りは次話にて話を進めつつ、補完していきたいと考えています!

そしてタエ姉さんの装備を初公開。
戦乙女に相応しそうなものを選んでみました。
こういった作業はとても楽しいですね!




[13727] 37 戦乙女(ヴァルキュリア)02
Name: ぽんぽん◆1a1a72b2 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/10/03 11:24
ステンドグラスから淡い光が聖堂内に降り注ぐ。
優しくて儚い光。
その光の下で、バーバラは膝を付いて祈りの言葉を捧げていた。


「祈りは身体を酷使します。
 あまりご無理をされぬよう……」


タエがミッチェルの救出へ向かうと言って、たった一人で教会を飛び出していった。
それからバーバラは、休みも取らずに聖堂へ籠もりきりだった。
そんなバーバラを見かねた老いた僧は、そっとバーバラの肩に手を置いたのだ。
だが、バーバラは首を振るだけだった。


「でも、今、この瞬間(とき)でさえタエは……
 ……私……
 なんて、なんて言ったら……」


バーバラは頭を抱えてしまう。
ミッチェルの事、そしてタエの事を考えると、思考と感情がまとまらないのだ。


「ご心配めされるな、
 と、私が申しても詮無きことではあると自覚しております。
 ですが、その上で……」


老僧は穏やかな表情だった。
そしてゆっくりとハイローニアスの像を見上げて、バーバラを諭す。


「あの[御方]をお信じくだされ。
 それがあの[御方]の望みでもございましょう」

「でも、一人でなんて無茶を……!」

「あの[御方]のされる事です。
 我ら凡人には及ばぬ、お考えがあるのでしょう。
 ですが、我らとて、指を咥えて見ているだけでは情けないにも程がございます。
 商人組合長(ギルドマスター)の[レンブラン]の関係場所と、彼の持つ私邸に僧兵を派遣しております。
 証拠を押さえ次第、あの[御方]の援護を行わせていただきます」


老僧の言葉を聞いても、バーバラの心はかき乱されっぱなしだった。

先程まで祈りを捧げていたハイローニアス像を、バーバラも改めて見上げる。
堂々たる体躯の立派な像だ。
だが、ハイローニアス像は何も答えてはくれない――






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037 戦乙女(ヴァルキュリア)02
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「さあ行きなさい、兵士諸君達。
 ああ、可愛い手足よ。
 ひひひ。
 ひひひ、まずは、あの悪い女の人に神の鉄槌を与えなさい。
 まあ。
 ひひひ、無理だとは思いますがね」


楽しげにレンブランは兵士達に指示を出す。
その声は大きくない。
だが何故か、今、この[公開処刑場]にいる全ての人間の耳に届く。

セーフトンの善良な民は、その声が訳もなく恐ろしく感じられた。
レンブランの兵士は、雄叫びを上げて長槍(パイク)を空に突き上げる。
悪い女の人と称されたタエは「ホッ」とした気持ちになった。


「こんな派手に、恥ずかしい見栄を切ったんだもの
 私に[全部が集中]してくれないと泣けてくるわ――!」


タエとしても、本来、このような危険は犯したくない。
可能だったら、ミッチェルをひっそりと救出されたかった。
だが今の自分にはそんな[シーフスキル]も無いし、高レベルの協力者もいない。
また、ミッチェルが監禁されている場所もわからない。
何より、時間が一番無かった。

そのような状況下で、タエが必死に考えて出した結果は「たった一人で、派手に真正面から救出する」だった。

まず[真正面から救出する]ことについて。
これは、処刑が結構される直前に乗り込めば、少なくともミッチェルがいる場所を間違える事だけは無い。
そして[たった一人で]という点。
協力を誰かに頼んだとしても、手伝ってくれた人を怪我させてしまうかもしれない。
協力者が窮地に陥った時に、タエ自身がそちらに労力を割く必要が出てくる可能性がある。
協力を他者にお願いすると、戦局が広がりセーフトンの住人に怪我人がでる可能性も高くなることが考えられる。
[派手に]は、自分だけに攻撃を集中させるため。
そんな考えだった。

無論、こんな作戦とも言えない考えは、[圧倒的な個人の力]が無ければ成り立たない。
だが、実際にタエはそれを実行してみせる。
群がる兵士の攻撃を盾で防ぎ、剣で弾き、俊敏な動きは目も止まらぬ早さだった。


「フル装備の私、そう簡単に傷一つでも付けられると思わないでね――!」


今のタエには、[圧倒的な個人の力]はあると感じていた。
それはパラディン(聖騎士)の[ブリュンヒルデ・ヴォルズング]が、妙子に告げたのかもしれない。


「次はっと!
 今回の悪代官を叩いて、クエストクリアっと――!」


兵士達の攻撃を避けながらタエが考えるのは、早急に敵の親玉を取り押さえる事だった。
ハイローニアス寺院の関係者に聞いたところ、最近のレンブランの行動は自身一人による暴走とのことらしい。
兵士達は、レンブランに従っているに過ぎないとのこと。
なら話は簡単だ。
横暴な行為を働くレンブランを押さえてしまえば、それで問題は解決する。


「ったく、勇希(ゆうき)がいてくれたら――
 ……ここでは[白蛇(ホワイトスネイク)]のキース?
 私達パーティには楽で、ダンジョンマスターには嫌らしい作戦でも考えてくれるのに。
 私、作戦なんて考えられないんだから。
 もう、早く会いに来なさいっての――!」


雄叫びを上げて向かってくる兵士達に、タエは真正面から対峙する。
左手に[シールド・オブ・ザ・ガーディアン(守護者の盾)]を。
右手には[ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)]を構えて――


「さあ!
全力で、私にかかってきなさい――!」


自分が注目されるよう、タエは声を張り上げる。
そんなタエの姿は、まさに戦場を駆け巡る勇者を守るべく立ちはだかる戦乙女(ヴァルキュリア)だった。





そんなタエだったが、表情には出さないが[あせり]の心が次第に沸いてくる。
レンブランの私兵達が異常なのだ。
一般人(ノーマルマン)からは信じられない程の攻撃力で、タエは兵士達の武器のみを破壊していく。
ここまで徹底して多くの武器を破壊しまくれば、士気が下がってもおかしくない。
それをタエは狙っているのだ。


「これだけやってまだ来る!?
 いくらなんでも、おかしくない――!?」


タエは一人の兵士を[シールド・オブ・ザ・ガーディアン(守護者の盾)]で突き飛ばす。
だが、突き飛ばされて転んだ兵士は、何事も無かったように再び立ち上がり咆吼する。
兵士は戦意を失わない。
再び、新たな武器を持って群がってくる――


「もう、なんなのよー!
 ミッチェル助けた時は、武器壊したら上手く行ったのに――!」


思わずタエからは愚痴がでる。
天地ほどの実力差があるとはいえ、タエ自身も無限に戦えるとは思っていない。


「あんの悪代官が、気持ち悪い号令してからよねっ、と――!」


兵士の長槍(パイク)による攻撃を避けながら、タエはレンブランの方へ視線を向ける。
瞬間、レンブランと視線が交差する。


「な、なに、こ、この重圧!?」


タエは背筋に、まるで冷水を流されたような気持ちに陥った。
明らかに一般人(ノーマルマン)とは、何か違うモノを感じてしまう。
否、感じさせられてしまう――


「……
 ……タダの商人じゃ無いって感じね。
 で、悪い号令から兵士さんが襲いかかって来るのなら、次の一手は――」


タエは剣を地面に突き立てた。
盾も手放す。
今は、胸のネックレス[アミュレット・オブ・ハイローニアス(ハイローニアスのお守り)]へ意識を集中させる。


「全てはφ(ファイ)から0(ゼロ)へ――」


タエの周囲がキラキラとした光の粒が舞い落ちる。
光の粒子が神聖魔法の効果が発動させる。


「いっけえ、[ディスペル・マジック【魔法解除】]!」


-----------------------------------
・[呪文] 

パラディン(聖騎士)は一定レベルから、少数の信仰呪文を唱えられる。
かけることのできる呪文(使用可能スフィア)は下記に限られる。

・オール(すべての僧侶が使用可能)
・コンバット(戦闘)
・ディビネーション(探知)
・ヒーリング(治療)
・プロテクション(防御)
-----------------------------------


兵士達の身体に降り注ぐ光。
だが光は何も効果を発動させることはなかった。


「え、ウソ――!?」


今回、タエは初めて焦りを含んだ声を上げる。
タエの中で[ディスペル・マジック【魔法解除】]が失敗したという結果がわかったのだ。
つまりそれが意味することは――


「やっぱり、呪文で操られていたってこと!?」


タエは慌てて盾を拾い、怒濤の如く続く兵士の攻撃を防ぐ。
そして剣を地面から引き抜いた。


「私のしょっぱい呪文じゃ駄目か!
 乃愛ちゃんか、イルっちなら本業だから違うんだろうけどっ、と――!」


タエが焦燥を感じたのは、兵士が操られていた事ではない。
[呪文が失敗した]という結果についてだ。
しょっぱい呪文などとタエは言ったが、タエの聖騎士(パラディン)としてのレベルは超一流クラス。
ここまでのLVの聖騎士(パラディン)が唱える呪文は、普通の一流魔法使いと遜色は無い。


「[ディスペル・マジック【魔法解除】]の結果、
 私がダイス(さいころ)で[1]を出して完全失敗したとかじゃないとしたら――」


失敗という結果で理解できた状況。
それはレンブランがタエよりも高レベルの魔法を使うか、他に強力な魔法使いがいる可能性がある。
もしくは高レベルのマジックアイテムが関わっている可能性も否めない、という事だ。


「ちょっとだけ、面倒な事になりそうね」


まだまだ群がる兵士。
そして兵士の先に見えるレンブランを見て、タエはぼやいた。







ひさしぶりの更新です。
大変申し訳ありませんでした。

今回のお話は説明っぽい感じになってしまいました。
それでいて非常に難産。
自分の力量の無さに泣けます。。。

次話はテンポの良い文章を心がけます!



[13727] 38 戦乙女(ヴァルキュリア)03
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/10/16 20:28
「これでも長く生きておるのでの。
 魔法にはこちらに分があったか。
 ひひ、[戦乙女(ヴァルキュリア)]、次は何を見せてくれる?
 さあ、次じゃ。
 早く、早く、早く!
 ひひひ、ひひひ、ひひひ……!」


でっぷりとしたお腹を撫でながら、レンブランは立ち上がる。


「このまま兵士達に逆らえず、蹂躙され、嬲られ、死んでしまうのかのう?
 ひひひ。
 それは、それで一興。
 女、子供に生涯消えぬ悪夢を見せてあげられることでしょう……ひひひ。
 それとも、パラディン(聖騎士)が弱者である兵士をひねり潰す?
 ああ、なんて我ながらよいアイディアなのでしょう。
 ひひひ、イきなさい兵士諸君……」


聞くと吐き気がこみ上げてくるようなレンブランの不快な声。
それは、またも兵士だけではなく、[公開処刑場]にいる全ての人々の耳に飛び込んだ。


「ひひひ」


指示を出し終えたレンブランは、でっぷりとした身体を椅子にゆだねた。


「いけません。
 レンブランさんの口調ではなく、素の私が出てしまいそうです。
 これも全てあなたがいけないのですよ、戦乙女。
 あなたが魅力的すぎるから、ひひひ……」






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038 戦乙女(ヴァルキュリア)03
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兵士達の雄叫び。
数え切れないぐらいの長槍(パイク)の矛先。
それは、まるで津波と形容するに相応しい光景だった。

津波のような攻撃が、今にも襲いかかろうとしている状況。
タエは凜とした姿勢を崩さずに対峙していた。

タエは、今回の事件の元凶と思われるレンブランへ一瞬だが視線を向ける。
すると、はっきりと目があった。
レンブランの表情は明らかに[勝者]、つまり、上から目線でこちらを見ているのがわかった。


「どこまでテンプレな悪代官なの。
 東野英治郎版の水戸黄門もびっくりってもんよ。
 ったく、このまま、やすやす問屋が卸すなんて思わないでよね――」
 

タエは遠くにいるレンブランに対して、剣の切っ先を向けて宣言する。


「パラディン(聖騎士)って地味よね。
 みんなファイター(戦士)を選ぶから仕方が無いと思うけど。
 良い機会だから教えてあげるわ」


妙子は「D&D」で遊ぶために、自身のキャラクターを作っていた頃を思い出す。
勇希やダンジョンマスターから、「パラディン(聖騎士)って微妙じゃない?」などと言われていたのだ。
確かに攻撃力や命中率は、生粋のファイター(戦士)の方が上だ。
呪文に関しても、当然、僧侶(プリースト)には及ばない。
それに加えて、パラディン(聖騎士)には厳しい多くの縛りもある。

だがそれを踏まえても、妙子はパラディン(聖騎士)の[ある2つの特殊能力]に惹かれた。
これがあるから、妙子は自身のキャラクターにパラディン(聖騎士)を選んだのだ。


「呪文だけじゃない。
 パラディン(聖騎士)には、まだその先があるってことを――!」
 

[ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)]を、タエは大空に向けて掲げる。


「ひかりに歩め、さらば深き
 ひかりに歩め、さらば暗き
 ひかりに歩め、さらばまた
 ひかりに歩め、さらば墓よ
 銀光、吼猛ける獅子
 架空の希望を許すまじ――」


絶対零度を想起させる銀の刃から、まばゆいばかりの[光輝]が発せられる。
[光輝]はノーマルマン(一般人)でも確認できる程、圧倒的なものだった。
それは兵士のみならず、セーフトンの街の人々、そしてレンブランまでも届く。


「取っておきよ。見て、せいぜい驚きなさい。
 今回、お代は入らないわ――!」


タエは[ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)]を、何もない空間に向かって強烈に切り下げる。


「消えて、無くなれえぇぇ!」


刃に纏った光が、タエを中心として煌々と一面を輝き照らした。





「あ、あれ……? 俺、こんなところで何を?」

「わ、俺の長槍の穂先が無え~!?」

「うぉ、お、俺もだ、アレアレ???」


レンブランに仕えていた兵士達は戸惑っていた。
今まで何をしていたかが、誰もわかっていないのだ。
お互いが、横にいる兵士に向かって状況を確認している。

これには、処刑を見学に来させられていた住民達も驚くだけだった。
先程まで怒号を上げて戦闘を行っていた兵士達が、急におろおろし始めたのだから。


「どう、パラディン(聖騎士)も中々やるでしょ?」


正気に戻ったと思われる兵士を見て、さすがのタエも一息を付く
だが、それも一瞬。
[ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)]の切っ先を、遠くにいるレンブランに向ける。


「でも、まだまだ終らないわよ」


腰を屈めて、タエは[ゼファー・ブーツ(風のブーツ)]へ力を集中させる。


「せーのっとぉ!」


青白く光りを発する[ゼファー・ブーツ(風のブーツ)]で、タエは石畳を思い切り蹴る。
「ドンッ」と音を立てた刹那、タエは目にも止まらない早さで[跳躍]した。



-----------------------------------
・[ニュートラライズマジック] 

ホーリーソードを使用しているパラディン(聖騎士)はオーラを発生させる。
この能力は抜刀時にのみ発揮される。
[ニュートラライズマジック]は、パラディン(聖騎士)のレベルと同レベルの敵対的な魔法を中和してしまう。

※ホーリーソードは極めて特殊なウェポンである。

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レンブランは太った身体を「ブルブル」と振るわしていた。
今までの自分の認識では、思いもしない光景を見たことによる興奮から来ていた。


「ひひ、ひひひ、[戦乙女(ヴァルキュリア)]ぁ……!
 [アストラル海のエネルギー]を呼び出しおった!
 ことこどく、一瞬で、全てのワシの魔法が砕け散った!
 ……
 街と人、全ての魔法が……!
 ひひひ、ひひひ……!
 不条理な力。それが[英雄]の条件……!
 ひひひ。
 だが、だからこそ。
 だからこそ、ヌシを――」

「だから私を、何なのかしら――?」

「……ひひひ、いささか下品じゃないかのう。
 勝手な来訪というのは……ひひ」


レンブランはゆっくりとした動作で、声がする背後に振り返る。
そこには、いつの間にか[戦乙女]が立っていた。


「ミッチェルをあんな目に遭わせた人に、そんなこと言われたくないんだけど」

「ひひひ、それはそれはスマヌのう。
 でも、本当に会えて嬉しいぞ。
 ひひひ。
 あああ、タマラぬ。
 処女雪のような肌、その光輝く金の髪、人々に力を与える瞳!
 ひひひ。
 ああ、全てが、ひひひ、全てが愛おしい。
 のう、[戦乙女(ヴァルキュリア)]ブリュンヒルデ・ヴォルズング」

「……初対面だと思うんだけど
 呼び捨てされるような間柄だったかしら?」


タエは[ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)]を構え直す。
警戒のレベルを上げる必要を感じたからだ。

これまでの旅で、タエは[ブリュンヒルデ・ヴォルズング]の強さを、自身の経験で知っている。
また、この世界にすむ人々からの[英雄]に対する畏敬の念も、だ。
だがこの目の前の男は、[戦乙女(ヴァルキュリア)]ブリュンヒルデ・ヴォルズングと知っている。
その上で、このような言動をしているのだ。
加えて、タエの特殊技能[ディティクト・イービル【邪悪探知】] に凶悪なレベルの反応を示している。


「ひひひ。
 おお、これはスマン。
 ずっと、ワシからは見ていたので、初対面という感じがしなくてのう」

「あらら……
 人を覗くなんて素敵な趣味してるじゃない」

「ひひひ、よく言われるよ」

「……ないわー……」


タエは思わず溜息を付く。
この男の存在の全てが、タエを不快な気持ちにさせていた為だ。


「で、覗き魔の悪代官さん。
 1つ確認させてもらっていいかしら?
 このまま大人しくする気はある?」

「ひひ。
 そのようにワシが見えるかね、[戦乙女(ヴァルキュリア)]よ」


それは、タエとしては想定内の答えだった。
逆に「大人しくしよう」などと言われた方が警戒していたかもしれない程だ。


「まあ、見えないけど。
 ただ、今回はさすがに諦めた方がいいんじゃないかしら?」

「何を言う、[戦乙女(ヴァルキュリア)]。
 目の前に出された温かい食事。
 やわらかいベッド。
 生まれたままの姿の異性。
 目の前にして、誰が途中で止めるというのか?
 ひひひ」

「……はあ。
 覗き魔のアンタならわかるでしょ。
 とっとと[クレヤボアンス【透視】]あたりでも使ったら?
 今回は呪文を唱える事、許可したげるわ」


タエは[ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)]を[公開処刑場]方面に向けた。
レンブランは剣の切っ先方面へ意識を向ける。


「……[戦乙女(ヴァルキュリア)]……」


レンブランは低い声でうめくように言葉を吐いた。
ここに来て初めてであろう、苛立ちの成分を感じる口調だった。
レンブランはボソボソとした小さな声で言葉を呟く。
呪文の詠唱だった。


-----------------------------------
・[クレヤボアンス【透視】] LV3スペル

目標地点の光景を心の中に思い浮かべることができる。
目標地点はどれだけ離れていてもよいが、
その場所は使い手が知っている場所か、明白な場所でなければならない。
目標地点が闇に覆われている場合、見えるのは暗い闇ばかりとなる。

-----------------------------------


「……
 ……
 ……
 ひひひ。
 無粋、無粋、無粋よのう……」

「わかった?
 ものすごくいっぱい、おっかなーいハイローニアスの僧兵さんが来てるでしょ?」


タエはここに来るために[跳躍]した際に、
ハイローニアスの僧兵達がこちらに向かっているのが見えたのだ。
どうやら目の前の気味の悪い男にも伝わった、タエはそう確信した。


「邪魔、
 邪魔、
 邪魔、
 無粋、
 無粋、
 無粋……」


レンブランが顔を手で押さえはじめる。
苦悶、光悦、よくわからない声を上げはじめた。
何が起きても良いように、タエは再び剣と盾を構える。


「ああ……!
 ワシの身体が、ヌシを欲する……!
 こんな皮を捨ててしまえとうるさいわ……」


顔を押さえているレンブランの手。
その指と指の間から、「ポタリ」と肌色の液体が落ちてきた。


「私の[ニュートラライズマジック]でも完全にディスペルされてないなんて。
 ……ふぅん。
 ずいぶん、凝った変装じゃない」

「そう褒めるでない。
 増長してしまうではないか、ひひひ」


この瞬間、タエは「ゾクリ」としたものを押しつけられた。
[勇気のオーラ]を纏っていても、何かを感じてしまうほどの力が目の前の男から――


「ひひ。
 もう、この[身体]が持たぬか。
 ひひ、恐るべきは聖騎士(パラディン)の力じゃて。
 この身体でも、呼ばれもしない客をもてなす事は容易じゃが――
 ……
 ……
 ひひ、今回は尻尾を巻いて逃げさせてもらうとしようかのう。
 [本当の姿]で、誰も邪魔の無い所でヌシとは会いたいから。
 ひひひ。
 ひひひ。
 ひひひひひひ――」

「ちょ、あ、あんた待ちな――!」


目の前の男から感じる[邪悪な力]の放出。
[ディティクト・イービル【邪悪探知】] でタエが感じた時には、既に遅かった。

タエの手は届かない。

[邪悪な力]は空高く飛んでいく。
その直後だった。
レンブランの身体が、ゆっくりと崩れ落ちていった。


「くっそ、あの悪代官……!」


倒れたレンブランからは[悪]は既に微塵も感じられない。
そして倒れたレンブランは、既に息絶えていた。


「ふざけんじゃないわよ……!」


半分顔が溶けたレンブランの身体に、タエは自身の法衣をそっと被せた。






話の展開を早くしようと思って、このような感じになりました。
次話辺りで、お姉ちゃん編は終了にしたいな。

今回のお姉ちゃん編は、聖騎士(パラディン)の能力紹介という意味だけで見ると満足しています。
ちなみにタエのパラディンは「AD&D」と4版の「D&D」の聖騎士(パラディン)を参考にさせていただいております。



[13727] 39 告白
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/10/31 10:40

「あなた!」
「お父さん~」

「バーバラ、バド……!」


ミッチェルの存在に気がついたバーバラとバド。
ハイローニアスの僧兵達一団の元から、二人はミッチェルの元に走り寄って行った。


「服とかボロボロじゃない……!
 け、怪我とかない?
 酷い事はされなかった!?」


バーバラは慌てて、夫であるミッチェルの身体を確認する。
一目見て、ミッチェルの服などがズダズダになっていた為だ。


「あはは。落ち着いて、落ち着いて。
 見た目は酷いけど、今はもうすっかり大丈夫さ」


ミッチェルは腕に力こぶを作り、問題が無いことをバーバラにアピールする。
夫の言葉通りだった事を確認できたバーバラは、大きく安堵の息を吐いた。


「もう……
 本当に……
 し、心配したんですから……」

「うん。
 ごめんね、心配かけた」


胸にバーバラを抱きかかえながら、ミッチェルはそっと髪を撫でた。
そんな両親をみたバドは、やはり勢いよく父であるミッチェルの元に飛び込んだ。


「お父さん、海はー?」


息子の開口一番の言葉に、ミッチェルは苦笑する。
だが、ミッチェルは暖かい気持ちでいっぱいでもあった。


「ああ、そうだね。
 バドにも謝らないといけないな。
 ごめん。
 ちょっと遅くなったけど、もちろん、泳ぎに行くに決まってるじゃないか」

「やったー!」


バドはミッチェルの言葉を聞いて、ピョンピョン跳ねて喜んでいる。
夫と息子の様子に、バーバラも安堵と笑みが押さえきれない。


「あらあら、あなたったら」


ただ、ふとバーバラは気になった事があった。
先程の会話についてだ。


「あなた、さっき身体は大丈夫って聞いた時、
 『今は』って言ってたけど、それって……?」

「ああ。
 実は結構やばかったんだよ、これが」

「えっ!」

「でも、もうなんともないだろ?
 これって、実はタエが治してくれたんだ」

「タ、タエ、が……?」


力のある僧侶が[神の奇跡]で怪我を一瞬で治すことができる、とはバーバラも聞いたことがある。
だが、タエは剣を使う[戦士]ではないのか?
と、考え込むバーバラに、ミッチェルは微笑んで――


「ああ、そうさ。
 あの時のタエはまるで……
 ……
 そうだね。
 僕には[英雄]に見えた、よ――」


バーバラを強く抱きしめた。





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039 告白
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タエは大きく、深く、体内の息を吐き出した。
遠目に、ミッチェル達のハッピーエンドの光景が確認できたからだ。


「やっぱりこうでなきゃ、ね」


タエが[ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)]を鞘に収めた、その時だ。
タイミングを見計らうように、タエの前にはチェインメイルと法衣を身にまとった男が跪く。


「お疲れのところ、誠に申し訳ございません。
 我らが英雄である[戦乙女(ヴァルキュリア)]に、
 感謝の言葉を述べさせていただいてもよろしいでしょうか?」


男は恭しく頭を垂れた。
タエが確認したところ、彼は[クリステン]と名乗った。
クリステンは先程のハイローニアスの集団を率いる僧兵との事だった。


「んーん。
 それはこっちの台詞。
 ありがとうございます、今回は助かりました」


土下座しかねないほど恐縮しているクリステンに、タエは片膝を付き起こすように促した。


「そ、そ、そのような、
 も、勿体ないお言葉でございます……!!」


タエの言葉に対して、クリステンはますます恐縮することになった。
そんなクリステンに対して、タエは苦笑しながら頭を上げるようにお願いをする。


「とにかく、まずは街の人をどうにかしないといけないわね。
 今回、私、かなり迷惑かけちゃったからー」


クリステンに今後の事を提案することによって、タエは今の状況を打破する作戦を決行することにした。
ハイローニアスの僧であるクリステンに、この作戦は見事に功を奏した。
引き締まった表情をタエに向け、クリステンは直立不動の姿勢を取る。


「今回の件ですが我らが早急に動くべき事態でした。
 感謝こそすれ、[戦乙女(ヴァルキュリア)]が気にされることではございませぬ」

「早急に動く事態……?
 どういうこと?」

「我らはレンブランの関係各所に赴いたのですが――」


レンブランの屋敷。
そこは地獄絵図だったとのことだ。
至る所に、使用人と思われる者達の遺体の散乱。
両手両足が無い、などはまだ良い方に属するほどだったらしい。
あまりの惨たらしさ、腐臭により、修行した僧も何人かは嘔吐する有様。


「それに加えて――」


また、[魔法]関連の道具や触媒も多く発見されたとのこと。
引き下げてきたので、これらに関しては今後の調査に回されるとのことだった。


「商人組合長(ギルドマスター)のレンブラン。
 状況から、彼は魔力に魅入られてしまったのではないでしょうか?
 故に、己を失っての凶行だったのではないかと考えます」


クリステンは以上のように状況を説明した。
説明を一通り聞いたタエは、ほんの少しだけ俯いた。
そしてタエにしては小さめな声で呟いた。


「[魔法]絡みなのは間違いないと思う。
 ただ、魅入られたんじゃない。
 えと、レンブラン……さん、か。
 この人は被害者――」

「え、ひ、被害者ですか……?」


**************************************

『ああ、全てが、ひひひ、全てが愛おしい。
 のう、[戦乙女(ヴァルキュリア)]ブリュンヒルデ・ヴォルズング』

『ずっと、ワシからは見ていたので、初対面という感じがしなくてのう』

『[本当の姿]で、誰も邪魔の無い所でヌシとは会いたいから』

**************************************


タエの脳内に浮かぶのは、レンブランの言葉の数々――


「本当は……
 ……
 ……
 ……私の……
 せいなのかも、ね……」


戦闘中に、決して吐くことが無かった『疲れた声』だった。
タエはそっと呟き、力強く拳を握りしめた。


「[戦乙女(ヴァルキュリア)]……?」


タエの様子に、クリステンは何かを感じ取ったのか。
しばらく二人の間には奇妙な沈黙が流れた。





[今回のレンブランの暴走について]
セーフトンの住民に対しては、ハイローニアス寺院から現在も調査中であることが伝えられた。
「何もわからない」ことに対して、いくらかは不平の声も上がったが、大きな問題にはならなかった。
それよりも、セーフトンの人々にとっては安堵の気持ちが勝ったからに違いない。

[今後のセーフトンの商業について]
セーフトンの商人組合長(ギルドマスター)だったレンブランの抜けた穴は大きい。
これは残された商人組合(ギルド)のメンバーの合議制によって、立て直しを図ることになった。
ミッチェルも商人組合(ギルド)のメンバーとして、セーフトンの復興に向けて協力する予定になっている。

最後に、セーフトンの人々の中で一番話題になったこと。
謎の、あの[美しい[女騎士]の事]だ。
これに対しては、ハイローニアスより[ハイローニアスのパラディン(聖騎士)]とだけ伝えられた。
伝説とも言えるパラディン(聖騎士)知った人々からは、詳細を求める声が上がった。
だがハイローニアスより、これ以上の情報は伝えられることは無かった。
これには裏話がある。
ハイローニアス側は、むしろ大きな声で伝えたかったのだ。
「[戦乙女(ヴァルキュリア)]であるブリュンヒルデ・ヴォルズングが救ってくれたのだ」と。
だが、タエが必死にそれだけはやめて欲しいと懇願したのだ。
それでハイローニアス側が折れたということで落ち着いた。

何はともあれ。
海沿いの街・セーフトンは次第に落ち着きを取り戻しつつあった。





海が好きなセーフトンの人々の中で、もっとも人気のスポット[セーフトネータ]。
天気が良い日には、日光浴や海で泳ぐ人などで賑わっている場所だ。
今日も多くの人々が、各々で楽しんでいる。


「いくわよ、っせーのっとぉ!」

「わー!」

「どう? バド?」

「うん!うん、しょっぱい!
 ホントにしょっぱいんだね、タエ~」

「だから言ったでしょ」


そんな人気のビーチ。
タエとバドが浅瀬の海に入って水の掛け合いをしていた。
ミッチェルとバーバラの砂場で横になりながら、そんな二人の様子を眺めている。

バドとの約束を守るために、今日、ミッチェル達は海に遊びに来ていたのだ。


「お父さんも、こっち、こっちー!」

「あはは。
 わかった、わかったよ」


テンションが高いバドは、ミッチェルに向けて一生懸命手を振った。


「よし、今日はとことん遊ぶとしようか!」


ミッチェルは立ち上がり、バドとタエに向かって走り出した。


「あらあら。
 まるで手のかかる子供が3人いるみたい、ね」


夫と息子、そしてタエがはしゃぎ合っている姿を見て、バーバラは楽しそうに微笑んだ。





[セーフトネータ]の海に落ちかけている夕日――

それは人々に安らぎを与えてくれるような、暖かいオレンジ色だった。
また潮騒の音も、心地良いリズムで人々の耳に飛び込んでくる。
時折、合いの手のように入ってくる鳥の鳴き声は、どこか郷愁をさそうものだった。


「ん~」


バドがタエの背中で身をよじる。


「タエ、重くないかしら?
 私、代わるわよ?」


海で一日中遊んだ帰り道。
遊び疲れてしまったのだろう。
途中でバドは眠ってしまったのだ。
バドをおんぶしているタエに対して、バーバラが声をかける。


「ありがと、大丈夫よ」


実際、タエには余裕があったので全く問題がなかった。
それよりも、タエが心配しているのは――


「それよりも、この髪の毛よ~
 もう海水と潮風でパリパリ!」


いつもは流れるような黄金色の髪だが、今は少しウェーブがかかったようになっていた。
タエは頻りに気にしていたが、美しさには全く影は指していない。
それどころか、違った一面の違った魅力が見られるぐらいだった。


「えー、タエ。
 そんな状態で文句を言ったら、世の女性に恨まれるよ~」


率直な感想をミッチェルは告げる。
が、丁度、波の音とかぶってしまったのだろう。
タエにはよく聞き取れなかったようだ。


「え、ごめん、聞こえなかった。
 何が恨まれるって??」

「いや、なんでもないよ」


ミッチェルの言葉を聞き逃したタエが聞き直してきたが、ミッチェルはスルーすることにした。


「え、気になるじゃない。
 なになに??」

「はは。
 何でもないったら」

「もう、なんなのよ~」


それは、旅の間からいつもいつも繰り返してきた日常。
たわいのない会話だ。
二人の様子を見ているバーバラも、いつものように微笑み見守っている。

静かな砂浜脇の道。

ふと、会話が途切れて静かな時間が訪れる。
穏やかで心地良い瞬間。

しばらく歩いて、静寂を破ったのはミッチェルだった。


「タエ、今まで……
 ……本当にありがとう」


バドが起きないように、ミッチェルは小さめにタエに声をかける。


「……どうしたの、急に?」

「いや……
 ……なんとなく、かな?」


言いよどむミッチェル。
ミッチェルの表情は、どこか真剣なものだった。
タエは黙って、ミッチェルの言葉を待った。


「タエ、君は……」

「……」

「もうすぐ、僕達は……」


ミッチェルの足が止まる。
併せてタエも歩みを止めた。
ミッチェルの一歩後ろに控えていたバーバラも、ミッチェルの横につく。

オレンジ色から、赤紫へと世界が変わりかけて――


「あと少しの時間で――」
「ねえ、ミッチェル」


ミッチェルが何かを言いかけた時、タエが遮るようにミッチェルに呼びかけた。


「え、な、なんだい……?」


不意をつかれたミッチェルは少しどもってしまう。


「私のね。
 本当の名前を聞いて欲しいの」

「え、タエ……
 きゅ、急にどうしたんだい……?」

「私ね――」


少しだけ強い風がながれた。
海添えに植えられた港町特有の木々の葉がこすれ合う。
サワサワとした音が響く。
誰にとっても心地良さを感じる風――


「タエコっていうのよ」

「……へ?」


ミッチェルは思わず、おかしな返答をしてしまう。
そんなミッチェルの様子を見たタエは、可笑しそうに微笑した。


「タエコがホントの名前。
 ハラガサキ・タエコ。
 こっちだと、タエコ・ハラガサキになるのかな。
 タエっていうのは愛称、あだ名なの」

「そ、そうなんだ
 へ、へえ。
 やっぱり珍しい発音なんだね、はは」


たわいもない会話の筈なのに、ミッチェルは大きく安堵の息をつく。
一息ついたのを確認してから、タエは言葉を続けた。


「でね、もう一つあだ名があるのよ。
 それがブリュンヒルデ。
 ブリュンヒルデ・ヴォルズング――」

「え――!」
「タ、タエ……!?」


さらりとタエが告げた言葉。
ミッチェルとバーバラの動きが一瞬止まってしまう。
そして今聞いた名前を、脳内で何回も反芻している。
タエは[ブリュンヒルデ・ヴォルズング]と言ったことを――


「あはは、ごめん。
 正直、あんまり言いたくないんだ、これって。
 私が私じゃなくなるみたいで。
 でも、ミッチェル、バーバラ。
 貴方たちには……
 なんていうのかな、隠し事が嫌だったっていうか……
 ……
 そう、それでも言っておきたかった――」


珍しくタエが言いよどむ形で沈黙が訪れる。
風と鳥の鳴き声、そして潮騒の音がしばらく辺りを包んだ。





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[戦乙女(ヴァルキュリア)・ブリュンヒルデ・ヴォルズング]

天翔る馬を友として、
輝く甲冑を身に纏い、
鋭き聖なる剣を友として戦場を疾駆する戦乙女(ヴァルキュリア)。

不名誉の前に死を
無垢なるものが汚される前に不名誉を
全ての挑戦には名誉を
相手を敬い、病を癒し、悩みを救う美しき乙女――

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ミッチェルの頭には、一瞬で、酒場の詩人が歌っている[英雄譚]の一説が頭によぎった。
それはこの国の人間なら、老若男女全てが知っている内容。

だが、それを上書きするように――

[タエ]と一緒に安いお酒を飲んだり、馬鹿な話をしたり、モンスターから助けてもらったり――
そんな光景が在り在りと浮かんでいった。


「そっかあ……」


ミッチェルは大きく一つだけ息を吐き出した。
そしてタエに向き合って――


「タエコ。
 今日はありがとう」


はっきりと告げた。
ただ、いつもと違って[タエコ]という発音が、かなり強調されていた。


「ミッチェル……?」


タエの呼びかけを無視して、ミッチェルは歩き始めた。


「さあ、さあ!
 [タエ]、早く帰って今日はめいっぱい飲むよ!
 一日、海で遊んでたから喉がカラカラだ。
 バドと遊んでくれたし、今日は僕がおごるよ」


さっぱりした表情のミッチェルに、バーバラも同様の笑みで――


「あらあら。
 後でお小遣いが足りなくなっても知りませんよ?」

「かまうもんか、なあタエ?」


ミッチェルはタエに振り返った。
「ぽけっ」とした表情で、タエはミッチェルを見返す。
するとミッチェルからは、どうしようもなくへたくそなウィンクが返ってきた。


「ふふ、ふふ。
 あは……!」


タエは思わず吹き出してしまった。

そして、今までの様々な出来事が思い返される。
この世界に来てしまって。
そして、ここに至るまでに、本当にいろいろな事があった。
特に[ブリュンヒルデ・ヴォルズング]。
当初、妙子は、この名前に相当振り回された。

主に悪い意味で――

最近では、[ブリュンヒルデ・ヴォルズング]とも上手く付き合えるようになったと思う。
ただ、それでも、今までのことを思うと――

ただ、今日は違う。
今日は違った。
上手く説明はできない。
けど、けど、タエはなんだか嬉しくて仕方がなかった――


「上等じゃない!
 今日は本当にお小遣い分を飲み尽くしてあげるわ!」

「そうこなくっちゃ、なあ、タエ――!」


タエは心からお礼が言いたかった。
だが、ここで「ありがとう」などと言ったら、ミッチェルの心遣いが無駄になる。
だから。
タエは旅の時と同じように接する事で、ミッチェルへのお礼の言葉にすることに決めた。







上手く書けない、後半が酷すぎる!(T-T)
いつもと比べてちょっと弱気なお姉ちゃんを書きたかったのに。
ああ、頭の中の理想をテキスト化するアプリを誰か作ってください。

またもや難産なお話の回になりました。
しかも、お姉ちゃん編が終わっていません。
次回こそお姉ちゃん編は終了の予定です。



[13727] 40 またね
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/11/14 10:23

「わ、さすがに壮観ね……!」


[セーフトネータ]の港には、日々の漁に使われる小型の船がギッシリと並んでいた。
船同士の間に全く隙間は無く、海の水が見えない程だった。
そのあまりの渋滞ぶりに、タエは無意識に声を出してしまう。


「まったくだね。
 でも、あの一番奥の小舟って、どうやって海にでるんだろ?
 前、全部ふさがれちゃってるよ?」

「あらあら」

「わー、船がいっぱい、いっぱいぱーいー」


横にいるミッチェル達も、各々に思うことを口にする。
ミッチェルの疑問に関しては、タエも同様に思っていた。


「私は剣が得意。
 ミッチェルは、商売の流通や計算なんかはお手の物よね。
 それと同じように、やっぱり船乗りには船乗りの秘密テクニックがあるのよ。
 ……
 ……
 ……
 ……たぶん」

「あはは。
 自信無さげな、最期の言葉が無ければカッコ良かったのに」

「あら?
 聞こえちゃってた?」

「そりゃあ、もちろん」

「なら、[今度]はもっと上手く言わないとダメねー」


タエの告げた言葉。
[今度]という箇所には、少しだけだが力が入っていた。


「ああ、そうだね。
 じゃあ、僕は[今度]もツッコめるようにしておかないと、ね!」


ミッチェルも、タエと同様に[今度]という言葉に力を入れる。
二人の様子を見ていたバーバラも、静かにうなずいてくれた。
よくわかっていないバドは、キョトンとした体で両親とタエを見ていた。

そんな何でもない光景。
だが今日は、タエが[港町・セーフトン]を出発する日だった。





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040 またね
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「あれが、今回タエが乗るヤツだよ」

「へえ……あれが……!」

「うん。
 あれが[サーペンスアルバス]方面行きだね」


ミッチェルが指さした船は、上空に高く突き出た3本のマストが眼を引くものだった。
船首も長めに設計されており、船幅があるにもかかわらず精悍な印象を与える船だ。


「結構カッコいいんじゃない、これ?」


これから自分が乗ることになる船を見上げているタエに、ミッチェルは船の解説を買って出る。


「商用ジーベック系の船だね。
 やたら目立つマストが3本あるだろ?
 フォアとメインとミズン。
 あのおかげで、ものすごく足が早いんだよ」

「へえ、そうなんだ。
 確かに他の漁船とかに比べると、速そうな感じがするわね……!」

「ああ、ダントツな速さの筈だよ。
 にしても、このフォルムがいいんだよねえ。
 でね、船首部分から最前列の横帆にステイセイルが張られている。
 あの横帆がたまらないよね!」


ミッチェルの饒舌な説明に対して、タエは苦笑してしまう。
新作ゲームソフトを購入した時の勇希(ゆうき)と同じ反応だったからだ。


「なあに、ミッチェルってば船好きなの?」

「よくぞ聞いてくれたよ、タエ!
 もちろんじゃないか!
 なんだろう、ああいった大きな船になればなるほどいいよね!
 特にジーベックのラテンセイルなんて最高」

「ミッチェルが船を使った商売に手を出すのも遠くなさそうね?」

「いいねえ!
 男の浪漫を感じるよ。
 うーん、でもなー、うーん……
 コストもかかるし、海賊出るし、嵐は怖いし、
 いや、まてよ?
 でもハイリターンだ、うーん、うーん……」


どうやらタエは地雷を踏んでしまったようだった。
ミッチェルは腕を組んで悩み始めてしまった。
そんな夫の様子に、横に控えていたバーバラがタエに近寄ってきた。


「タエ、ああなると長いわよ」


微笑しつつ、バーバラは「お手上げ」といったジェスチャーを取ってみせた。


「そうね、失敗したわ~」

「でも、あの船が速いのは本当よ。
 [サーペンスアルバス]までには行かないけど、
 その手前の商業都市[レストレス]まで行くから、そこまで行けばもうすぐね」

「そう、やっと[サーペンスアルバス]に……!」


バーバラの説明に、タエはジーベック系と呼ばれた船を見上げ続ける。
そんなタエに対して、正気に戻ったミッチェルが心配そうに話しかけてきた。


「でも、タエ。
 そんな軽装で大丈夫なのかい?
 腰の剣とバックパック一つしかないじゃないか?
 旅道具や、その、タエには鎧なんかもあったんじゃないかい?」


ミッチェルの疑問は当然だ。
今のタエは、とても旅人の格好には見られない。
どこかピクニックにでも行って昼食を食べて帰ってくる、そんな風体なのだから。


「ふふふ。
 不思議でしょ?
 でも大丈夫。
 ぜーんぶ、このバックパックに入ってるから」


肩に背負っていたバックパックを、タエはこれみよがしにミッチェルに見せる。
だが、それはどこにでもあるバックパックだ。
鎧どころか、旅道具一式も入りきるか微妙なサイズ。


「え? だって鎧とかは……?」

「言葉通りよ……って、そうだ、忘れないうちにっと」


言うとすぐにタエは、肩に背負っていたバックパックを地面に置いた。
カバーを外して、バックパック内に手を差し込む。


「論より証拠。
 見てからのお楽しみってやつよね~」


モゾモゾと、タエはバックパックの中をまさぐっている。


「あ、あったあった。
 せーのっと~」


タエが右手を引き出す。
すると、そこからは毛皮が溢れんばかりに出てくる――


「なんだ、そりゃ~!?」

「あらあら」

「わー、タエすごーい!」


さすがにミッチェルも驚いている。
当然だろう。
もうすでにバックパックの大きさ以上の[毛皮]が出てきているのだから。


「まだまだ、ね。
 よいっしょっと~」


さらに引き出すと、その[毛皮]には[コウモリの羽]のようなモノも付いていた。
バックパックから出てきた[コウモリの羽付き毛皮]は、数m(メートル)にも及んだ。


「ってな感じで、旅道具や私の商売道具の武器防具も入ってるってわけ」


タエは胸を張って答えた。
これにはミッチェルも納得、そして安心することができた。


「あはは……
 もうタエには驚くことしかできないよ」

「で、これはあげるわ」


タエは取り出した[コウモリの羽付き毛皮]を指さす。


「旅の途中で手に入れて、ね。
 私が持っていても何も役に立たないから」

「ああ、ありがとう!
 これだけの[毛皮]なら、数十gp(ゴールド)にはなるよ!
 でも、さすがタエだねえ。
 熊の毛皮、かな? よくこんな大物を……」


既にミッチェルの目は、商売人モードになっているようだった。
どこからか小さなルーペを取り出して、[毛皮]を確認している。


「ふっふっふ。
 残念、ハズレよミッチェル。
 いいの、そんなことを言って。
 これの正体を知ったらびっくりするわよ~」


だが、タエは不敵な笑みを浮かべた。


「なんてったって、これ[マンティコアの毛皮]なんだから」

「[マンティコア]……?
 ……
 ……
 ……って、あの凶悪なモンスターの?
 ……
 ……
 ……って、[マンティコアの毛皮]だって――!?!?!?」


突然、大きな声を上げるミッチェル。
ミッチェルの期待通りの反応に満足げなタエ。
バーバラはいつもの通り、バドは羽をつんつんつついていた。


「こ、こんな完品状態のもの初めてみたよ!」

「あなた、これすごいものなの?」


ミッチェルのあまりの興奮ぶりに、バーバラは疑問に思ったことを訪ねた。
ミッチェルは、何度も首を縦にうなずくだけだ。


「ああ、すごいなんてもんじゃない!
 なんでも、魔法の薬なんかを作る原料になるらしいんだ!
 で、[マンティコア]なんて簡単に倒せるモンスターじゃないから、
 はっきり言って、[毛皮]の供給が追いていないんだ。
 商売人の間じゃ、[錬金術師]関連に言い値で売れるとまで言われる一品とまで言われてる。
 特に[コウモリの羽]付きだと……
 ……
 ……い、10,000gpは下回らないんじゃないかな!?」

「え、い、10,000gp!?」


さすがに、いつも落ち着いているバーバラも声を上げてしまう。


「ミッチェル、バーバラ。
 私ね、二人にお願いしたい事があるの」


ミッチェルとバーバラ。
タエは二人の眼を見つめて――


「今回、レンブランの一件で……
 ……
 ……
 色々な方が傷ついちゃったわ。
 だから。
 だから、そんな被害者のご家族に、これで手助けをして欲しいの。
 もちろん、悲しいのは癒されない。
 けど、無いよりはあった方が、ね」


タエの表情は微妙だった。
泣きそうな、自嘲しているのか、怒っているのか。
それは一見ではわからないものだった。
たが、次の瞬間には――


「あと、私、絶対にまたセーフトンに来るわ。
 ミッチェル、バーバラ、バド、貴方たちに会いにね!
 で、せっかく来るんだったら、目一杯楽しく過ごしたいじゃない。
 だから、ね。
 私から宿題になるのかしら?
 [毛皮]を売ったお金で、セーフトンをもっともっと素敵にして欲しい。
 で、活気溢れるセーフトンで、また4人で飲み食いしたいの。
 どう?
 お願いしていい?」 


見違えるような顔だった。


「タエ……」


タエの問いに、ミッチェルは何も言わずに右手を差し出した。
ミッチェルの表情を見たタエは、やはり黙ってミッチェルの右手を握りしめる。

お互いの、思いを込めた握手となった。





「力不足な身ではございますが、旅の安全を祈願させていただきとうございます」


ハイローニアスのホーリーシンボルを取り出し、クリステンは[ブレス【祝福】]の呪文を唱え始めた。


「色々お世話になりました」


深々と、タエはハイローニアスの僧であるクリステンに御辞儀をする。
クリステンは、レンブランの件でハイローニアスの僧を指示していた僧侶である。
その後の事後処理について、クリステンはタエに面倒な事がいかないように取りはからってくれた。


「め、滅相もございません。
 むしろ、本来でしたら、僧全員でお見送りをせねばならぬところでございます!」


実のところ、今後について、タエとクリステンの話し合いでは色々あった。
クリステンとしては、ハイローニアスの上の方々に会っていただきたいという主張を――
公に出ることを好まないタエは、「勘弁してほしい」といった主張を――
そんな中で、最終的にはタエの主張が通ることになったという経緯がある。
また、今回の出立に関しても、本来はものすごいイベントに発展しそうだった。
だがそれに関しても、タエは必死に断ったのだ。


「永遠(とわ)の安きに進まんことを――」


クリステンの[ブレス【祝福】]も終わり、出航の時間がやってくる。





「ミッチェル、バーバラ、ありがと!
 バドもお父さんとお母さんの言うこと聞かないとだめよ~」


タエはバドの頭をなでくりまわす。
バドは、いつものように気持ちよさそうに眼を細めた。


「こちらこそ、長い間、本当に助かったよ。
 えっと、カーボベルテからだったから、本当に随分一緒だったよね」


ミッチェルは指折り、日数を計算している。


「ふふ、ホントね。
 私達って確か……
 ……
 そうだ!
 ミッチェル、あなたが怪しげな[トカゲの黒こげ]みたいなモノを
 騙されて、高額で買おうとしている時に会ったのよね」

「ああ。そうだった、そうだった!
 万病に効果があるっていうから、さ。
 バドに飲まそうと思って、ね。
 でも、ものすごく高くて必死で値引き交渉してた時だ!
 タエが横から入ってきて、店の人に突っかかったんだよね」

「う、私も若かったわ。
 でも、ミッチェル。
 商人なんだから、あんなのに騙されちゃダメよ」

「全くだよね。
 今なら冷静に考えられるんだけど、あの時は必死だったんだよ。
 バドの体調が思わしくなくてね。
 でも、そういえば、あれからバドはすっかり元気になったなあ」


タエとミッチェルの会話に、少し慌てた体でクリステンがやってきた。


「ま、まさかそれは、ブリュンヒ……
 ……し、失礼しました。
 タエ様の[キュア・ディジーズ]でしょうか!?」


クリステンの言葉には震えた感があった。
タエは頭を掻いて、なんとも言えない面持ちになった。


「あはは、まあ、ね。
 でも、そんなのはどうでもいいじゃない!
 バドは元気になったんだからね~」

「えー、なに、よんだー?」


自分の名前が聞こえたからだろう。
テクテクと、バドがタエの元にやってきた。
そんなバドを、タエは抱っこする。


「うん、ちょっとね。
 バドが元気で良い子になったって、話してただけよ」

「何それー?」


バドはキャッキャいいながら、抱っこを喜んでいた。
そんなバドに、タエは[高い高い]をしてあげる。


「し、失礼ですが、
 そ、その[キュア・ディジーズ]とは、なんなのでしょうか……?」


タエとバドが遊んでいる中、バーバラは気になったことを質問してみる。


「真の力を持ったパラディン(聖騎士)は、触れただけで、
 全ての病気を快癒させる手を持つといいます。
 それが[キュア・ディジーズ(病気治癒)]と呼ばれる力なのです。
 この手の前には、どのような[死病]も敵では無いとのことなのですが……
 ……
 ……さすが[戦乙女(ヴァルキュリア)]でございます」



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・[キュア・ディジーズ(病気治癒)] 

高パラディン(聖騎士)は全ての種類の病気を治すことができる。

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「タエが……」

「タエ、貴方……」


クリステンの言葉に、バーバラとミッチェルは何も言えなくなってしまった。
そこで、いつの間にかバドを肩車したタエが戻ってくる。


「タエ……!!」


バーバラがタエに飛び込んでいく。
結構な勢いだったが、バドを肩車していても、タエはバランスを崩すこと無く受け止めた。


「わ、どうしたの、バーバラったら。
 も、もう。
 抱きつく相手は私じゃなくて、夜になったらミッチェルにでしょ?」


タエはバーバラを腕に抱きかかえながら、やさしく背中を「ポンポン」と叩いた。
バーバラは顔を真っ赤にしてしまう。


「だって、だって……!
 私達、本当に何て、何てタエには言ったらいいのか……!?」

「そう……
 ……
 ……なら、何も言わなくていいんじゃないかしら?」

「うん、うん……」


バーバラの気持ちが落ち着くまで、タエはバドを肩車しながらバーバラをも受け止めていた。





タエは船の後方デッキに立っていた。
太陽は既に落ちかけており、あと30分もすれば真っ暗になるだろう。
無論、[セーフトン]も既に視界から消えている。

だが、それでもタエは、その方角を見続けていた。


「またね、か――」


挨拶は簡単なものだった。
なぜなら、ずっと会えない、ずっと会わないわけじゃないのだから。

お互いに「またね」と言っておしまい
それだけだった。
それだけで十分だった。

また会うのだから――

そして。

また会うのだから――


「勇希(ゆうき)……
 ……
 ……待ってなさいよ……
 ……
 ……
 ……待っててよね……」


タエの呟きは小さく、真っ黒な海に溶けて消えていった。







お姉ちゃん編終了です!
[タエ]というキャラクターはいかがだったでしょうか?

普段は強いのだけど、ちょっとした時に弱みを見せる――

そんなキャラクターが目標でした!



[13727] 41 白蛇(ホワイトスネイク)
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/11/27 18:26

夕刻の今頃の時間。
私のご主人様は、必ず、バルコニーから海を眺められる。
静かに、ただ、ただ、遙か遠くのどこかを見つめるのだ。


「まだ夏とは言え、夜になればそれなりに冷えてきます。
 そろそろお部屋の方へ戻られては――」


ご主人様のお近くで膝を折り、声を掛けさせていただく。
だけどわかっている。
困ったような、それでいて優しげな口調で、ご主人様はいつものお言葉を返してくださるのだ。


「ん、ああ。
 ……
 ……悪い。
 もうちょっとだけ……いいか?」


「畏まりました」


だから私もいつもと同じ。
膝を折ったままの姿勢で、私もご主人様のお側に控えさせていただくことにした。


「自室で休んでいてくれて――
 って、言っても、[マリエッタ]は戻ってくれないんだよなあ」


ご主人様は苦笑される。
今までに何回も休むようにおっしゃってくださったが、私だけが休むなどあり得ない。

私のお優しいご主人様。

[キース・オルセン]様。

この大地に住む者なら全員が知っている。
そう、この御方は、あの[白蛇(ホワイトスネイク)]なのだから――





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041 白蛇(ホワイトスネイク)
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誰もが絶望した世界。
明日なんて考える事ができない世界。
そんな中で、[魔術師ビックバイ]の喉元に食らいついた[英雄]のお一人。

[白蛇(ホワイトスネイク)]のキース・オルセン様。

この御方に、どれだけ多くの人々は救われたのだろうか?
無論、私だって、その中の一人だ。
いいえ、人だけではありません。

この街、[サーペンスアルバス]だってそうです。

何十年か、何百年も前には、[サーペンスアルバス]は繁栄していた場所だったらしい。
だけど他国の侵略で、どんどん領土を奪われていって終わった。
昔に栄えたという面影を残すのは、残された朽ち果てた寺院や建物だけ。
ほんの少し前まで。
ご主人様が来られる前まで、私も含めて、そんな建物に貧乏人が肩を寄せ合って生きていく場所だった。

[墜ちた海の女王・サーペンスアルバス]と呼ばれる有様だったのだ。
[サーペンスアルバス]にいる人間、とわかるだけで周囲の人は態度が変わる程の侮蔑の対象で――

ご主人様がおられなければ、きっと私は、[墜ちた海の女王]で野垂れ死んでいたに違いありません。
暖かいベッドも知らず。
お腹一杯ご飯を食べることも無く。
……
……
あの時、貴方様に差し出された暖かい手の感触も知らずに――!

だけど、今はもう誰も[墜ちた海の女王]と呼ぶ者はいない。
それどころか、商人が、裕福な者が、夢見る者が集まってくるまでになっているのだ。
本当に、本当にありがとうございます、ご主人様――


「ん、誰か来たか?」


ご主人様の声??
――!
しまった、少し、自分の考えに没頭してしまっていたようです。
私としたことが、ご主人様の前でノックの音を聞き逃すとは――!


「し、失礼致しました!」


慌てて、ご主人様に一礼をしてから、扉に向かう。


「何用だ?
 ここを[白蛇(ホワイトスネイク)]の私室と知ってのことか!?」


[サーペンスアルバス]を支えるご主人様の日々は多忙極まりない。
これは、我らがお役に立てていないことが原因だ。

ケイエイ?

カンリカイケイ??

ソンエキケイサンショ???

バランスシート????

キャッシュフロー????

ピーディーシーエーサイクル????

情けない、ホントに、なんと我らは情けないのだ……!
おかげで、この[サーペンスアルバス]の政務が、ご主人様お一人に負担がかけられている!
だから、せめて、ご主人様が私室にいらっしゃる時には、極力お声をかけないことが暗黙の了解になった。
皆、ご主人様には、少しでもゆっくりされて欲しいという認識からだ。

私は扉を少し開けて、声の主を確認する。
するとそこには、情報部隊に所属する兵士が控えていた。


「も、申し訳ありません、マリエッタ様!
 が、[白蛇(ホワイトスネイク)]より命を受けた例の件でして――」

「……なるほど。
 [捜索隊]の件ですね、でしたら仕方がありません」


だが、いくつか例外もある。
火急の事態と、[捜索隊]の件についてだ。
これに関しては、ご主人様より、どのような時にでも最優先してお耳に入れるように言われている。


「お、来たか!
 入ってくれ、入ってくれ!」


私の声が、ご主人様のお耳にも届いたのだろう。
ご主人様の呼びかけに、私は一つ会釈する。


「畏まりました、[白蛇(ホワイトスネイク)]。
 よし、入出を許可する!
 入れ!」


表に控えている情報部隊の兵に、私は入出を許可する旨を口にした。


「マリエッタ、相変わらずだなあ。
 別に、そんな堅苦しくしなくてもいいのに」


ご主人様が苦笑される。
いいえ、ご主人様。
貴方様は……
……優しすぎ、ですよ……


「[白蛇(ホワイトスネイク)]、失礼致します」


入室した兵士が、恭しく片膝を付いた。
ご主人様に礼を尽くすのは、私から見れば当たり前だ。
東から西へ太陽が沈む事と同じぐらいに当然の事。
だが、いつもご主人様は苦笑される。

(なんか慣れないんだ、こういうことは)

ご主人様のお言葉が忘れられない。
自身は天下無双の力を持ちながら、それでいて権力に溺れることも無いのだから――


「ああ、堅苦しいのは無し、無し!
 どうだった、何かわかったか!?」


[捜索隊]の報告を受ける時、いつもご主人様は期待した眼差しをされる。
頼む!
お願いだから、少しでもご主人様に取って良い報告であるように――!


「申し訳ありません……」


報告の兵士が、力なく頭を垂れる。
また、か……


「今回も、派遣した者達の定期連絡が途絶えました……」


ご主人様の顔が一気に曇る。
いつも明るく我らに接してくださるご主人様。
だが、この[捜索隊]の報告を受ける時だけは、我らに、このような表情を見せてくださる――!


「……そうかあ……」


ため息混じりのご主人様のお声!
なんて、なんて不甲斐ない!
不甲斐ない!!
我らは、なぜ、何一つ、ご主人様に恩を返すことができないのか――!!


「マリエッタ」

「は!」


この時、いつもそうだ。
ご主人様はバルコニー向こう側の海に視線を向ける。
我々に、その表情を見せないように――


「無くなった[捜索隊]のご家族に、俺の名前で見舞金を頼む」


にもかかわらず、気にされるのはご主人様以外の者達のことを――


「差し出がましい事を承知の上で、申し上げます[白蛇(ホワイトスネイク)]。
 [捜索隊]には既に前金を支払っております。
 いいえ、それ以前に、我らは貴方様の手であり足でございます。
 [白蛇(ホワイトスネイク)]の為に働けて、その上で命散ら――」


私が全てを言い切る前だった。
ご主人様が私に振り返ってくださって――!
……わ、私の眼を見てくださって……!


「マリエッタ。
 そういった考え方は……
 ……なんて言うのかな、俺の趣味じゃあない、よ」


わ、私には両親や兄弟の記憶はありません。
気がついたら一人でした。
けど、もしも両親や兄なんかいたら、こんな風な気持ちになるのでしょうか……?
こ、言葉にしづらいのですが……
……な、なんとなく、そんな風に考えてしまって――


「[白蛇(ホワイトスネイク)]……」

「本来は俺自身がやらなきゃいけない事案だった。
 それをみんなにやらせたんだ。
 それでこの結果だ。
 マリエッタ。
 俺の……
 なんつーか、自己満足を許してくれないかな……?」


ご主人様、わ、私は貴方様にそのようなお顔をさせるために言ったのでは――!!!


「やっぱり俺自身で探す方が――」

「[白蛇(ホワイトスネイク)]……!!」


気がついたら、私は大きな声で――!


「し、失礼致しました……!」


慌てて謝罪させていただく。
だけど、それは[大きな声]に関してのみだ。
ご主人様のお言葉と言えど、これだけは――

貴方様がいないなんて、いなくなるなんて、いなくならないで――!!!


「……わかったよ、マリエッタ。
 引き続き[捜索隊]の手配を頼む。
 内容は変わらず、だ」

「か、畏まりました。
 我らに機会を与えてくださり、ありがとうございます!
 必ず、必ず――」


私は誓う。
どんなことをしても、ご主人様のお力になるのだ、と――!


「[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]、
 [戦乙女(ヴァルキュリア)]、
 [終演の鐘(ベル)]のお三方に関する情報をお持ち致します!」


[捜索隊]の任務について、頭が床に付きそうなぐらいに頭を下げて復唱させていただいた。







第3章のお兄ちゃん編スタートです。
新キャラクター達を少しでも気に入っていだけるようにがんばります!



[13727] 42 サーペンスアルバス
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2010/12/11 19:27
扉を開けた先は、いつもと同じ光景でした。

壮年の男性達が微笑みあいながら談笑している。
いや、談笑ではない。
談笑という隠れ蓑をかぶった、腹の探り合いでしょうか。

今日、この[サーペンスアルバス]の商人組合(ギルド)会館に集まっている人達。
彼らは[サーペンスアルバス]を中心として商売を行っている商人や権力者です。
この辺りでは、かなりの力や富を持っていると言えるでしょう。

正直好きになれません。
といいますか、嫌いです。

[サーペンスアルバス]の港から海に突き落として、藻屑になって消えて欲しいぐらいには――

この方々の素晴らしい手腕のおかげで、何年間も、私や[サーペンスアルバス]に住んでいた仲間達は……
……
……
……
それはそれは、素敵な生活を過ごさせていただいたのですから――

私が室内に入ると、私に向けて視線が注がれた。
全くもって気は乗りませんが、一礼をします。
すると、一瞬で会話が止まりました。

当然です。

これから、私のご主人様がお見えになるのです。
ご主人様は気にもされないでしょう。
が、このまま話を続けていたら、私が、その口を針と糸で縫って差し上げるところでした。


「皆様、大変お待たせを致しました。
 白蛇(ホワイトスネイク)がお見えです」


私が一礼をして告げると、12人の出席者が起立しました。
当たり前です。
起立をしない者などいたら、そんな飾りだけの足は躾けなければならないところでした。


「あー、悪い悪い!
 ちょっとレジュメ作るのに手間取っちゃって!
 ホントごめん!」


勢いよく、ご主人様であるキース・オルセン様がお見えになりました。


「白蛇(ホワイトスネイク)、こちらにお座りください」


私は、ご主人様が座られる椅子を引く。
両手に抱えた沢山の羊皮紙をテーブルに置いてから、ご主人様はご着席してくださいました。


「ありがと、マリエッタ。
 ……はー、さすがに疲れた。
 今回は、さすがに間に合わないかと思った……
 ごめん、まずお茶もらえるかな?
 ああ、ついでにみんなの分も頼むよ」 

「白蛇(ホワイトスネイク)……」


不思議です。
本当に不思議です。
先程まであった不快感が霧散しています。

温かくて、ふわふわするような感じ……
ご、ご主人様は、い、いったいどのような力をお使いなのでしょうか……???


「どうかした、マリエッタ??」

「い、いいえ。
 なんでもございません[白蛇(ホワイトスネイク)]……
 す、すぐにご用意致します……!」


い、いけません!
な、何を考えているのでしょうか、私は!


「最高のお茶、ご用意させていただきます」


心の底からの思いを、私は口に出させていただきました。





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042 サーペンスアルバス
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「お待たせして申し訳ありませんでした。
 さってと、それじゃさっそく始めるとしましょう。
 えと、右回りで、ボルダス商会さんからお願いします。
 内容はいつもと同じ感じでいいです。
 最初に収支報告、んで、後は何でもいいので、各人が情報と思えるものをバシバシと」


ご主人様が[定期報告会]の開始を告げます。
指名されたボルダス商会のキリアン・ボルダス氏が、慌てて立ち上がりました。


「そ、それでは、私から――」

「はい。お願いします」


ご主人様の促しで、ボルダス氏の報告が始まりました。
緊張しているのでしょうか、ボルダス氏は大量の汗をかいておられます。
ご主人様の前ですから、これは仕方がないでしょう。


「今期は天候が安定していた為に、各地のモンスターが……」


ふと、ご主人様に目を戻します。
すると、いつの間にか、ご主人様の周囲にピンク色のプリズムがクルクルと踊るかのように飛び交っていました。


「――!」


い、いけません!
思わず、快哉を叫びそうになってしまいました!

このガラスのような、薄いピンクの透き通った多面体
これが出た瞬間から、この時のご主人様は、そ、その、なんといいますか……
……
……いつものお優しいご主人様では無くて……
……
……カッコイイ、ご主人様になられるのです……
……
……い、いつものお優しいご主人様も、勿論、そ、尊敬していますけど……!

と、わ、私は何を言っているのでしょう!
お、恐れ多い……!





報告を受けながら、おかしな点があった時、
ご主人様は各々の方々へ質問をされます。

正直、学の無い私には意味が全くわかりません。
けれど、生き馬の目を抜く世界での商人達が顔を青ざめているのを見ると、
容赦が全く無いということだけは感じられます。


「売掛金は順調に回収。
 キャッシュフローは増えてる、と。
 運転資金料も、全部、俺の資産から出しているし、
 借し入れなんてゼロ。
 その上で、あなたは赤字と言ってるのでしょうか?」


ご主人様は、自身で作られた資料を見ながら追求されます。


「流通経路にてモンスターの問題で、多少、トラブルはあった。
 けど、街の人達や、見張りの兵士、みんなのがんばりで利益は出ているはずです。
 財務状況は、すばらしい数値をたたき出しています。
 赤字になることなんてありえません。
 説明していただいてもよろしいでしょうか?」


今のご主人様のお言葉は、なんと言えば良いのでしょうか。
ズシリ、と心の底に響く何かがあります。


「バランスシートと損益計算書によると……
 ……
 ……
 生産量は増えている。
 出荷の数も増えている。
 でも売掛金が減っている。
 で、粗利益率が悪化。
 キャッシュフローは大幅な黒字。
 で、決算数値が赤字。
 なんだ、異常ですね、これ?」


商人の方々は、ご主人様のお言葉に戦々恐々しています。


「マリエッタ。
 羊皮紙と書くものを頼む」

「はい、かしこまりました」


ご主人様の命令に従って、筆記用具をお出しさせていただく。
すると、私に、苦々しげな視線を向けてくれた商人の方がいらっしゃいました。


「んー、こういう時に、Excelが神ツールだったのがわかるな。
 いや、電卓でもいいんだが、もう贅沢は言わない、そろばんでも。
 ああ、でも10年以上やってないから、そろばんはもう無理かー。
 やれやれ……」


ご主人様は何かを呟きながら、紙にいろいろな数字を書いていかれた。


「配賦か……
 ……
 固定費を在庫に配賦しなかった。
 で、金額分の在庫が減って、売り上げ原価が増えたって訳ですか。
 それじゃ、あるはずの利益が減りますよね――」


ご主人様の周囲を廻っているピンク色のプリズムが、淡い光を放つのがわかりました。


「ヒ、ヒ、そ、それは、その……!?
 な、なぜだ!?!?
 今まで誰にも……!?!?」


ご主人様の目が厳しくなります。
ああ、ご主人様がご立腹されている……!


「文字が読めない領主さんとかだったら、全く気がつかなかったでしょう。
 適切な情報があったら、会計は嘘をつきませんから。
 マリエッタ」

「は、畏まりました」

「ああ、頼むよ」


ご主人様のご指示で、私は糾弾された商人の元に歩みよる。
すると、商人は、既に抜け殻のような有様でした。


「白蛇(ホワイトスネイク)のご命令です。
 御同行願います。
 誰か、誰かあるか――」


扉向こうに控えている兵に向かい、私は指示を出しました。





「お疲れ様でした、白蛇(ホワイトスネイク)」

「ああ、ありがと。
 だけど、ホント、ちょっと疲れたなあ」


歩きながら、ご主人様は引き締まった身体の筋肉をほぐされるようにノビをされました。
頸の辺りから、コキコキといった音が聞こえます。


「やはり相当にお疲れのようですね。
 特別に馬車をお呼びしましょうか?」


今、私とご主人様は[サーペンスアルバス]の街を歩いています。
商人組合所から、お屋敷に戻る為です。


「うんにゃ、いいよ。
 規則ってさ、俺が一番守らないとダメじゃない?
 じゃなきゃ、街の人から総ツッコミが来ちゃうよ」


ご主人様は、手をヒラヒラさせながら笑われました。

昔から、[サーペンスアルバス]では馬車の使用が禁止されています。
それは[サーペンスアルバス]の立地が、小さな島がいくつも連なっているような所の為です。
道が狭いために、馬によるトラブルを防ぐ狙いです。


「ですが――」


ご主人様が馬車に乗られても、[サーペンスアルバス]の人々は絶対に文句を言わないという確信があります。
これは間違いありません。


「それに、さ。
 こうやって街を歩くのって元気になるよ。
 この活気、みんな楽しそうだ。
 それを見れば、ね。
 さすがに、少しは俺の成果もあると思うんだ。
 あんだけがんばったんだもん、ちょっとは自惚れていいよなあ」


壮年の者は忙しそうに仕事に励み。
子供達が楽しそうに遊び回り。
老いた者は穏やかな時間を過ごす。
そんな街の賑わいを、慈しむようにご主人様は見られて――


「白蛇(ホワイトスネイク)……」

「まあ、もっとも殆どはコイツのおかげだけどね」


ご主人様が、目の前に浮いているピンク色のプリズムを指で突かれました。
プルンプルンと震えて、プリズムは、再びご主人様の周囲をくるくると飛び交います。


「私はソレがなんだかはわかりません。
 けれど、白蛇(ホワイトスネイク)がいらしたからこそ、今のこの街があります。
 で、ですから、そ、その……
 ……な、なんと言いますか……」


私は何を言ってるのでしょうか!?!?
く、口がよく回りません……!
ご、ご主人様に対して、なんとう無礼を――


「はは、ありがと。
 会計に関してだけは、そこそこ自信があったんだけど、
 いつも厳しいマリエッタに、そう言ってもらえると自信がつくなあ」



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◇[アイウーン・ストーン・オブ・パーフェクト・ランゲージ(完全なる言語のアイウーン石)]

特性
この白桃色の菱形プリズムは、常に、使用者の周囲を漂っている。

パワー
・[威圧]、[交渉]、[事情通]、[はったり]の判定にボーナスを得る。
・使用者はあらゆる[言語]を理解し、使用者が話す言語を聞いたクリーチャーは、
 それを全て自分の母国語で理解する。
・使用者の次の[看破]行動判定を、20のダイス目(完全成功)が出たものとして扱う。

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「さーってと。
 この後の予定はどうなってる、マリエッタ?」

「あ、はい!
 この後は罪を犯した者達に関する処罰になります――」


あ、危ないところでした。
ご主人様の質問に対して、今度は、しっかりとお答えすることができました。


「了解。
 けど、今度はそっち関連か。
 司法立法行政、全部兼任ってのは勘弁して欲しいなあ。
 江戸時代の奉行所かっつーの。
 でも、まー、その独裁者的なおかげで、決定が速いっていうメリットはあるけど」

「えどじだい……ですか?」


やはり、まだまだ勉強不足です。
ご主人様の役に立てるように、日々努力しなければ……!


「あー、なんでもない。
 独り言だよ。
 ま、とっとと戻って、さくっと今日の仕事を終わらせようか」


ご主人様が歩き始めます。


「かしこまりました、白蛇(ホワイトスネイク)。
 微力ながら、お手伝いさせていただきます――」


私は、その斜め後ろを歩かせていただきます。
そのお背中をずっと、ずっと、見守れるように。

どんなことがあっても――





「ハア、ハア、ハア……!」


鬱蒼とした木々の中。
息も絶え絶えに、懸命に、男は走っていた。
身体のあらゆる箇所も傷と泥だらけだった。


「クソ!
 他のみんなも戻って来なかったのもこういう訳か……!」

「あは、正解されちゃったかー」

「――くっ!!??」


ボロボロの男が、愚痴の言葉を漏らした時だった。
突如、軽装備の男が目の前に立ちふさがった。
その出で立ちは、軽戦士か盗賊の冒険者を思わせるものだった。


「き、キサマ、一体、ど、どこから……!?」

「こんなジメジメした所は興味ないからねー。
 ちょっと木の枝を、こう、ぴょんぴょんぴょんってねー」

「……ば、化け物め……」


ため息、焦り、悔しさ。
様々な感情が集約された、ボロボロの男の言葉だった。
だが、そんなボロボロの男に対して、軽装備の男は笑顔だった。


「まあ、というわけで。
 もう、あきらめてくれると助かるんだけどなー。
 あの[蛇さん]ったら、まーた、追加の命令を出したみたい。
 ホント、メンドくさいよね~」

「……クソっ!」


既に満身創痍といっても過言ではない男は、腰のショートソードを抜刀する。


「こんな場所でくたばれん!
 [サーペンスアルバス]では、白蛇(ホワイトスネイク)がお待ちなのだから……!」


男の決意を見て、軽装備の男は肩をすくめる。


「やれやれ、かな?
 カッコ良く決意を語ってもらったところゴメンね。
 もう、君、終わっちゃった」

「何、馬鹿なことを!」


ボロボロの男が言いかけた時だった。


「知らねえよ、テメェの都合なんざ――」


冷たい女性の者による声だった。


「!?」


瞬間。
ボロボロの男は、己の背中に何かが触れたのを感じた。

 
「[ショッキング・グラスプ【電撃波】]」

「ぐ、があああああああ!!!」


女性が発した言葉と同時だった。
ボロボロの男に、人が目視できる程の強烈な電撃が走り抜ける。


「ぁぁぁ……」


ボロボロだった男は、真っ黒な物言わぬ炭となった。
倒れた衝撃でボロボロと炭が砕ける。


「ふん。
 楽に死ねたこと、せいぜい感謝しなさい」


紫色を基調とした豪奢なローブを纏った女だった。
冷たく言い放つ。
その上で炭を踏みにじった。


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・[ショッキング・グラスプ【電撃波】] LV1スペル

呪文をかけると、使い手の身体の中に強い電気が満ちる。
この状態で相手に接触することで電撃を食らわせることができる。
放電するためには、使い手が相手に触れる必要がある。
(あるいは電導体を介してもよい)

電撃の強さは使い手のレベルにより増していく。

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「うへえ。
 ローレン姉さんって、ホント容赦っていう言葉から対局の位置にいるよね」

「あんたがグズグズしているからよ。
 代わりにやってあげたことを感謝しなさい、ロレイン」


ローレンは冷めた目で弟を見つめる。


「それにしても本当なの?
 白蛇(ホワイトスネイク)が、また追加の捜索隊を出したっていうのは?」

「うん、そうみたい」


そんな姉に、ロレインは苦笑する。
だがローレンは、弟の返答に対して苦々しげに親指の爪を噛んだ。


「クソっ、白蛇(ホワイトスネイク)め!
 何を考えていても不思議じゃ男だけど、こうまで本人が出てこないんじゃ「面白く」ないわ。
 ああ、あり得ない!
 捜索隊を潰して、白蛇(ホワイトスネイク)を引っ張り出すっていう策は失敗だったか!
 このままではマスターに楽しんでいただけない……!」


[面白くない]という言葉に、ロレインの表情も変わる。


「そうだね、これじゃマスターも僕も「面白く」無いよ。
 だから、さ。
 そろそろ別の一手を打つとしようよ、姉さん」

「別の一手?」

「うん、そうだよ」


ロレインは「さらり」と言い放った。


「サーペンスアルバス、
 あれが無くなったら「面白く」なると思わない――?」







転生物でよくあるパターンの、内政中心のお話を書いてみました。
が、話の流れが不自然で、全くおもしろく無かった為にゴミ箱へ。
再度、書き直したのが本作になります。

内政物は諦めましたw



[13727] 43 日常
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/02/26 04:36
[サーペンスアルバス]を治める[キース・オルセン]は机に向かっていた。

黙々と、羊皮紙の書類に目を通しては、様々な数字を記入していく。
それは[サーペンスアルバス]を平和で豊かに治める為の事務作業だ。
1枚を処理し終わると、キースは、すぐさま次の書類に取りかかる。
尋常では考えられない速度であった。
おかげで机の上に詰まれた大量の羊皮紙の書類は、ものすごい速度で処理されていった。

そんな作業をするキースの周囲には、忙しなくピンク色のプリズムと菱形の小石がクルクルと回っていた。
時折、神秘的な光を発するプリズムと小石は、キースに多大な力を与えていた。
この石は2つ共に、[魔術師ビックバイ]を倒した際に入手したアイテムだ。
キースはこの石を入手したことで、その後に領主になる道を選んだといっても過言では無い。

ピンク色のプリズムは[アイウーン・ストーン・オブ・パーフェクト・ランゲージ(完全なる言語のアイウーン石)]。
このプリズムのおかげで、キースには理解できない言語は無かった。
また、このプリズムは、有益な情報を自然にもたらす[事情通]と呼ばれるパワーがあった。
この情報を基に、負けないスペキュレーション取引を行うことによって、キースは[サーペンスアルバス]に富をもたらしている。
菱形の小石は[アイウーン・ストーン・オブ・サステナンス(維持のアイウーン石)]。
この小石は所有者に対して、[食料]も[水]も[休息]すらも必要としなくなる。
疲労が一切無くなるというアイテムだった。

アイテムの力と[勇希(ゆうき)]の時に身につけていた簿記知識による、キースの必死の努力。
このおかげで、[サーペンスアルバス]の経済状態は右肩上がりになっていったのだ。

[キース・オルセン]こと[水梨勇希(みずなしゆうき)]。

彼は、特別に派手な事はしていない。
薄利多売、無駄を無くす、独占して恨みを買わない、そういった基本的な事を守っていた。
というか、一介の政経学科大学院生でしかない勇希には「それしかできなかった」のだ。


「ん~!」


羽ペンを置き、キースは立ち上がりながら両手をストレッチさせる。
コキコキ、といった音が至るところから鳴った。
ふと、キースは窓に目を向ける。
と、閉じたカーテンの隙間から、淡い光が差し込んでいるのがわかった。

緩慢な動作で、キースは窓のカーテンを開く。
すると、キースの目にどこまでも広がる海が視界に飛び込んできた。
海の遙か先にある水平線からは、オレンジ色の太陽が顔を覗かせ初めている。


「ふぅ……
 ……
 ……もう朝か~」


キースは窓を開けると、ヒンヤリとした海風と海猫の鳴き声が飛び込んできた。
深呼吸をしつつ、キースは黙って海に見入ってしまう。
キースは、この光景が大好きだった。

そして、いつも考える。
この海は[自分の世界の海]に繋がっているのかな、と――



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◇[アイウーン・ストーン・オブ・サステナンス(維持のアイウーン石)]

特性
使用者は飲食や呼吸の必要がなくなる。
また、休憩に要する時間は通常の半分になる。

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どのぐらいの時間、海を見ていたのだろうか。
キースの耳に扉をノックする音が聞こえてくる。


「はいはーい?」


ノックに反応して、キースは深く考えずに無意識に返答する。


「失礼いたします、ホワイトスネイク」


挨拶と共に入室してきたのは、自分の秘書兼メイドである[マリエッタ]だった。


「!
 ……マ、マリエッタさんじゃないですか……あはは……」


何も考えずに返答したキースは、この瞬間にものすごく後悔した。


「ホワイトスネイク。
 なぜ、貴方様は政務室にいらっしゃるのでしょうか?」


「険しい」と言ってよい表情で、マリエッタはキースを見つめてくる。


「え、えーとだな。
 うん。
 まあ、落ち着こうじゃないか、マリエッタ君。
 つまりだね。
 えーと、まあ、なんと言いますか……」


シドロモドロな口調になるキース。
そんな様子を見たマリエッタは、深いため息を付く。


「また、寝室から抜け出されたのですね」

「……はい」

「何度も申しているはずです。
 夜はお休みになってください、と」

「き、昨日は暑かっただろ!?
 だから、さー。
 寝られなくて、そう、寝られなくてね!
 だったらさ、眠くなるまで仕事してた方が良いと思わない?」

「お身体を壊されたら、どうするのですか?」

「イヤイヤ。
 こう見えても、生粋のファイターだから身体は丈夫でねー。
 しかも、チートアイテムのおかげで――」

「ホワイトスネイク!」

「ひゃい!」


あまりの迫力に、キースは思わず直立不動で敬礼などをしてしまった。
その際に見たマリエッタは切なげな面持ちを浮かべていた。


「う、そ、その、ね。
 マリエッタさん……?」

「いつも、政務に励んでおられるホワイトスネイクはご立派です。
 けれど[サーペンスアルバス]が豊かになっても、私達が豊かになっても、
 ホワイトスネイクだけが体調を壊されたら、何にもならないではないですか――」


こうなると、もう、どうにもならない。
自分の身体を心配してくれる有能な仲間に対して、キースはマリエッタに謝罪と感謝の言葉を述べた。





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043 日常
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「ん~、美味い。
 シチュー、おかわり」

「かしこまりました、ホワイトスネイク」


キースから差し出された空になったお皿を、微笑しながらマリエッタは受け取る。
受け取ったお皿に、マリエッタはシチューポットからおかわり分を注いだ。


「熱いのでお気をつけください、ホワイトスネイク」

「熱いのがいいんだよ、さんきゅ」


嬉々としながら、キースはライ麦パンをシチューに浸ける。
よく染みこませて食べるパンが、キースは大好物だった。
昔からずっとやっていた為に、妹である[乃愛]も真似をしてしまうようになった程だ。


「でも、本当によろしいのでしょうか?
 私の料理如きで。
 ホワイトスネイク程の御方でしたら――」


何かを言いかけるマリエッタに対して、キースは手を差し出す。
[ストップ]との意思表示であることを察したマリエッタは、途中で、言葉を止めた。


「ずーっと言ってるけど。
 俺、シチュー大好き。
 マリエッタのご飯に1ミリも不満なんて無い、と断言しよう。
 いや、むしろ、俺の妹に教えてやって欲しいぐらいだ」

「ホワイトスネイクには、妹君がいらっしゃるのですか?」


初耳である内容に、マリエッタは疑問を口にする。


「ありゃ、言ってなかったっけ?
 [乃愛]、[乃愛]が俺の妹」


さらり、と告げる内容にマリエッタは驚いた。

 
「え!!???
 まさか、あ、あの、[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]がですか!?」

「ん。
 その[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]」

「……!
 そ、そうだったのですか……
 そ、それは存じ上げませんでした……」

「まあね。
 世間じゃ殆ど知られてないよなあ、これは」


嘘ではないが、これは正しい情報とも言えない。
確かに、[勇希]の妹は[乃愛]であることは間違いない。
だが、[キース・オルセン]と[ノア]には兄妹という設定は無かった。
脳内で[D&D]のキャラクターシートを思い出して、キースは苦笑する。


「と、そんな[乃愛]の絶望的なまでにスキルの無い料理話は置いておくとして。
 今の状況って、メイドさんがついてくれて、料理してくれてるなんて――
 ……
 ……よく考えたら、何、この桃源郷?」

「と、とうげんきょー、とは……?」


後半から、独り言になったキースだったが、
不安がるマリエッタには、改めて、心から満足していることを告げた。


「不満と言えば、前に商談で行った時の食事の方が参ったよ」
 

その時の様子を思い出して、キースは苦笑してしまう。
商売の話をする為に、有力な商人の所に赴いた時の事だった。
滞りなく商談は終わり、その後、親睦を深めるべく食事会を開いてもらった。
参加して、キースは呆然としてしまった。
なんと、その商人の元では、厨房で働く人だけで100人程もいたのだ。


「なんだか緊張しちゃって、味なんて覚えてないよ」


キースは肩を竦める。
そんな主人であるキース・オルセンという人間に、マリエッタは親近感を覚えてしまう。
高位の貴族や宮廷では、むしろ、それが普通なのだ。
今の、普通の家庭のような状況の方が不自然と言える。


「よそはよそ。
 家は家ってことで。
 あ、これ、俺の母親の口癖」


笑うキースにつられて、マリエッタもつられて破顔した。
穏やかな時間だった。

だが、[キース・オルセン]には、そのような時間はいつもわずかしか与えられない――


「ホワイトスネイク!
 か、火急のお知らせがございます!」


政務室の扉向こうから、慌ただしい声が投げかけられてきた。
聞き慣れた伝令係の兵士による声だった。


「何事か!
 ホワイトスネイクはお食事中だ。
 今でなければならないのか!」


今までキースと会話していた口調とは全く異なる、厳しく激しい口調でマリエッタは答えた。
そんなマリエッタに対して、キースはいつも通りに呼びかける。


「あー、いいよいいよ。
 入ってきて、入ってきて。
 火急なんて言われたら、気になってご飯食べられないしなー」


キースは食べかけのライ麦パンを置いて、口を拭いた。
食事の手を止めたキースを見て、マリエッタは悲しげな面持ちを隠せなかった。


「ホワイトスネイク……
 ……申し訳ございません……
 ……
 ……よし!
 ホワイトスネイクのお許しが出た、入れ――」


扉向こうの伝令係に向かって、マリエッタは入室の指示を出す。
直後に、キビキビとした動作の兵士が室内に入ってきた。
キースの前までやってくると、兵士は片膝を付いて頭を垂れた。


「どうした、何かあったのか?」


面をあげるようにお願いして、キースは状況を説明するように促した。
緊張した様子で、兵士は報告する。


「は! も、申し上げます!
 [サーペンスアルバス]より北の集落[ティモシー]周辺にて、
 3メートル近くの、牛のような顔を持つ化け物が現れたとの報告がありました!」

「――な!?
 牛の顔、3メートル???
 な、なんだそいつは!?」


兵士の報告にマリエッタは驚きを隠せない。
キースの方も、先程までとは違った真剣な面持ちを見せた。


「3メートル。
 牛の顔を持つ化け物、か……
 ……
 ……」


キースは顎に手を当てて思考する。
周囲には、アイウーン石が舞い始めていた。


「えと、その化け物ってさ。
 武器は持って無かった?
 ハルバードみたいな馬鹿でかい斧か、フレイルみたいなやつ」


キースの質問に対して、兵士は驚きの表情を見せた。


「は!
 ホワイトスネイクのおっしゃるとおりです。
 報告によると、その化け物は自分の身の丈を超える戦斧を軽々と操っているそうです。
 し、しかし、なぜそのことを……!?」

「ま、有名なモンスターだからなあ。
 [ミノタウロス]に間違いないか。
 ったく、迷宮以外で、なんでまたこんな所に……?」


長めになった金髪を、キースはうざったげに掻き上げた。
一つため息を付いて、マリエッタに地図を持ってくるように指示を出す。
指示を受けたマリエッタは、キビキビとした動作で地図を持ち出してくる。


「ん、あんがと。
 にしても、[ティモシー]周辺か――」


地図を見つめながら、キースは思案する。


「出たもんは仕方ない、か。
 [ティモシー]を含めた、近隣集落の住民の避難はどうなってる?」

「は!
 ホワイトスネイクより配布されております[緊急防災マニュアル]に従って、
 皆、住民は避難しているようです。
 防災訓練通りとのことで、大きな混乱も見られていないとのことでした」

「OK、OK!
 やっといてよかった、マジで」


今度は、安堵のため息を付くキースだった。
キースは自身の領土の人間に、[防災訓練]を義務づけていたのだ。
毎月の1日には、大規模な訓練を執り行っている。
そんなキースに対して、周囲の領主等からは、奇異な者を見る目で陰口を叩かれたりもしていたのだが。


「よし、あとは俺達の出番だな。
 [ティモシー]辺りだと、準備できている迎撃ポイントB地点しかないか。
 [ミノタウロス]は、データ上では7フィートから10フィートぐらいだったよなあ。
 なら、サイズ的には問題ないか……」


いつものように、キースは考え事を呟いてしまう。
これは彼の癖だった。
ひとしきり呟いた後で、キースは兵士に告げる。


「よし、決めた。
 精鋭囮部隊に伝令。
 俺が行くまで時間を稼げ、と。
 ああ、でも、戦闘は厳禁だ。
 [ミノタウロス]と真正面から戦うなんて、んな、馬鹿なことはしなくていい」


キースの指示が兵士に出される。
[アイウーン・ストーン・オブ・パーフェクト・ランゲージ(完全なる言語のアイウーン石)]の効力もあり、
キースのたたずまいは、偉大なる領主と呼ぶに相応しいものだった。
感銘を受けた伝令役の兵士は、直利不動の姿勢を取り敬礼する。


「は、畏まりました!」


指示を受けた兵士は、駆け足で退出していった。
続けて、キースはマリエッタに向かう。


「マリエッタ。
 それと、いつもの道具の手配だ。
 今回は[ミノタウロス]相手だから、な。
 討伐部隊には多めに持つように伝令を頼む」

「は、畏まりました。
 [分銅付きネット]と、[弓矢]、[トリカブト]ですね」

「ああ、それと。
 今回は[油]も追加だ」

「[油]ですね、承知いたしました」


恭しく、マリエッタはキースに向かって頭を垂れた。
その様子を見て、キースは一つうなずいた。
 
 
「マリエッタ、伝令よろしく!
 俺も出るんで、鎧着てくる!」


慌ただしく、キースは政務室から出て行った。


「ご主人様……」


誰もいなくなった政務室。
机の上に詰まれた書類と食べかけのシチューを見て、マリエッタは重いため息をつく。

だが、それも一瞬。
次の瞬間には、マリエッタは行動を起こしていた。

尊敬する主人の指示をこなすために――



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◇ミノタウロス(Minotaur)

社会構成:氏族
食性  :肉食性
知能  :低い
性格  :カオティックイービル

生態
・極めて肩幅が広く、筋肉質であり、雄牛の頭を持っている。身体は人間の男性のものである。
・道に迷わないという特集能力のため、ミノタウロスは通常地下迷宮に生息している。
・生活は人間よりも動物に近い。人間の肉は好物。
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私の日本語は相当に酷いレベルだと思います。
が、下には下がいました。

CompTIAというIT団体の認定資格試験の問題文章です。

あの試験文章と比較したら、いくらかは私の方がマシと自信を持って言えます。
興味がある方は是非お試しをw



[Dungeons & Dragons 冒険者の宝物庫]を見ると、アイウーン石は相当にチートなのに気がつきました。
ゲーム中では、正直、微妙なアイテムだと思いますけどねw

ちなみに、お金にすると[パーフェクト・ランゲージ]の方には325,000gp。
[サステナンス]の方には225,000gが付けられています。
半端ない……!



[13727] 44 日常02
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/01/08 18:22
[サーペンスアルバス]から北に向かって延びている街道。
そこから少し歩くと、そこには[ティモシー]と呼ばれる集落があった。
[ティモシー]の住人達は主に農作業と狩猟により生計を立てている。
静かで、穏やかと呼べるような村だ。

その[ティモシー]より、さらに5km程離れた場所にある平原。
この場所は木々も少なく、また、草などの背丈も無い、非常に見晴らしが良い場所だった。

そこに50人程の[弓]と[パイク(長槍)]を装備した兵士が待機していた。
青を基調とした装備を身に纏った兵士達。
一糸乱れぬ体で、兵士達は一言の無駄口も無く整列していた。
風体、様子から、その兵士達はよほどの訓練を積んでいる事が見て取れる。

彼らは[サーペンスアルバス]が誇る精鋭の兵士、[迎撃隊]と呼ばれる部隊。
[迎撃隊]は[サーペンスアルバス]に害を為す者を撃退する専門部隊だ。
多くのモンスターを退治しており、[サーペンスアルバス]の住人から絶大な信頼を得ている。
[サーペンスアルバス]の子供達からは、将来に付きたい職業の1位にもなっている程だ。

そんな[迎撃隊]の中心に、[サーペンスアルバス]の領主[キース・オルセン]は立っていた。
腕を組み、ずっと遠くを眺めている。


「ホワイトスネイク、[囮部隊]より報告です!
 お客様を1名ご招待、と――!」


伝令役の兵士が、キース・オルセンに報告を持ってくる。
その瞬間、[迎撃隊]の面々からは歓声が上がる。
[白蛇(ホワイトスネイク)]こと、[キース・オルセン]も満足げに頷いた。


「OK!
 さっすがだねえ。
 さ、みんな、あとはうちらの仕事だぞー」


キースは[迎撃隊]の面々に視線を向ける。
日々の厳しい訓練に裏付けされた自信から、[迎撃隊]の兵士達から頼もしい声が次々を上がってくる。
またも満足げに、キースは頷いた。


「さ、望まれないお客さんには、とっととご退場願うとしようか」





[迎撃隊]が待機している50m程先を、左から右に向かって6騎の騎兵が駆け抜けていく。
[囮部隊]の面々だ。
彼らは敵に対して、囮や時間稼ぎ等の危険かつ非常に重要な役割を任されている。
[囮部隊]が駆け抜けていく際に、先頭を走る騎兵の右手がサムズアップされていることが[迎撃隊]の面々は確認できた。
キースも[囮部隊]に向かって、親指を立ててサムズアップを返した。

その直後。
[囮部隊]がやってきた方角から、巨体な体躯したクリーチャーが走ってきた。
不自然なまでに広い肩幅。
圧倒的な筋肉。
軽々と扱っている巨大な斧。
何よりも異形なのは顔だ。
それは醜悪な牡牛の頭だった。

さすがに鍛えられた[囮部隊]の面々からも、息を飲む声が聞かれる。
そんな中、キースはいつも通りの声が発せられた。


「へー、あれがミノタウロスか。
 なんだ、思ったよりたいしたことないな。
 さ。
 みんな、とっとと終わらして、中断された朝飯、じゃあないな。
 帰る頃には昼飯か、食べるとしよう」


[魔術師ビックバイ]や[ブラックドラゴン]と戦った[英雄]である[キース・オルセン]。
彼の普段と何ら変わらぬ声は、[迎撃隊]の面々に落ち着きをもたらした。
絶大な説得力に満ちていた。


「さ、ミノさんに[気がついてもらう]ように、
 適当に矢を打とうか。
 あ、今、中途半端に当たって逃げられても面倒なんで、適当でいいよ。
 当たってかすり傷が付いてくれたらラッキーってな感じで」


キースから指示が出されると、[迎撃隊]のロングボウから矢が放たれた。
弦の音、風を切る音を響かせながら、ミノタウロスに向かって矢が向かっていく。
だが、ミノタウロスまでには距離もあるために、殆どのものが届かない。
届いたものも殺傷する力など無く、ミノタウロスの身体に触れたか? といった程度だった。


「Buoooooooooo!」


そんな中途半端な矢の攻撃に対し、[迎撃隊]の方に向けて、ミノタウロスは威嚇の雄叫びをあげた。
[迎撃隊]の存在に気がついて、怒りの声を上げている。


「はい、続けて二発目、三発目と行こう」


キースの指示で、さらに矢が放たれる。
二射目もミノタウロス相手には効果がない程の矢が飛んでいった。
ミノタウロスは、蚊や蜂を追い払うかのように毛むくじゃらの手を振う。
それだけで、矢は地面に叩き落とされる。


「Bugaaaaaaaaa!」


それでも[迎撃隊]は攻撃の手を緩めない。
ミノタウロスには全く効果の無いと思われる攻撃が続けられた。
何度も放たれる矢の攻撃を無視して、ミノタウロスは逃げ去っていった[囮部隊]の方に視線を向ける。
無論、既に6騎とも影すら見ることはできない。
その刹那、赤く、血走った目を[迎撃隊]に向けてきた。
前傾姿勢になり、ミノタウロスは牡牛の頭にある角を向けてくる。

ミノタウロスの攻撃対象が[囮部隊]から[迎撃隊]に変わったのが、キース達自身で感じることができた。


「Buwaaaaaaaaaa――!!!」


ミノタウロスが恐ろしい速度で突っ込んできた。
こざかしい人間を角で突き殺すために――


「やれやれ、勝ったかー」


ミノタウロスの動きと同時にキースは呟いた。
その瞬間、キースと[迎撃隊]の面々の視界からミノタウロスが消えた。




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044 日常02
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「Buaaaa!?」


キースの指示により用意されたトラップ、30フィート(約9m)の深さの落とし穴。
ミノタウロスは落とし穴に嵌った為に、キースや[迎撃隊]の面々から消えたように見えたのだ。
理解している[迎撃隊]の面々から歓声があがる。


「ミノさんが這い上がって来るとも限らない。
 さ、いくぞー」 


30フィート(約9m)の落とし穴に嵌ったミノタウロスだったが、死ぬようなことはなかった。
だが強靱な身体を持つとは言え、突然の落下に対して足へのダメージは避けられない。


「Bgaaaaaaaaaaaaaaa!!!」


怒りの咆吼をあげながら、穴から脱出するべく手の力だけで壁を上ろうとしていた。
そんなミノタウロスの様子に、さすがのキースも驚いている。


「さっすがファンタジー世界の生き物。
 まさか、こんな高さから落ちても平気とはなあ」


キースは感嘆とも、呆れとも取れるため息を付いた。


「けど、いくらか矢で傷ついているっぽいかな?
 もうちょっとしたら[トリカブト]の毒も効いてくると思うけど、
 その前に、這い上がって来ちゃいそうだな。
 ネットの準備は?」


キースが[迎撃隊]に目を向けると、既に、彼らによって[分銅付きネット]が何枚も用意されていた。
その様子にキースは嬉しくなる。


「さっすが!
 んじゃま、投擲開始!」


キースの声で、何枚もの[分銅付きネット]がミノタウロスに向かって投げられる。


「……BUAAAaaaaaa!?!?」


壁を上り途中だったミノタウロスに対して、[分銅付きネット]は容易に命中する。
覆い被さるように投擲される[分銅付きネット]は、枚数が重なる毎にミノタウロスの身体の自由を奪っていった。
5枚目の[分銅付きネット]で、再びミノタウロスは落とし穴の底に落ちていった。



「さあ、みんな!
 相手はもう動けない!
 矢を打って打って打ちまくれ!」


[迎撃隊]のロングボウから矢が何度も放たれる。
だが鋼鉄の筋肉を持つミノタウロスと言えた。
傷は与えられても、[迎撃隊]が放つ矢では致命傷は与えられなかった。
怒りの赤い目をキースに向けてくるミノタウロス。
だが、[分銅付きネット]の拘束の為にミノタウロスはもがくことしかできなかった。


「別に刺さらないなんて承知の上。
 かすり傷でいいんだ。
 トリカブトの毒が、ミノタウロスに止めをさすから」

「Bu、buuwaaaa……!?」


執拗なまでに放たれる毒矢の攻撃。
さすがのミノタウロスと言え、声にも、もがく動きにも精彩が無くなってきた。


「さすがに弱ってきたかな?
 油をお願い」
 

ミノタウロスの様子から、キースは新たな指示を出す。
指示はすぐさま実行され、[迎撃隊]は油が入った樽を転がしてくる。
そんな兵士達にお礼の言葉を言った後、キースは大きく頷いた。
兵士達は、柄杓を使ってミノタウロスに油を浴びせていく。


「終わりにしようか、みんな!」


キースは腰に付けている[バッグ・オブ・ホールディング]から粘土製の小瓶を取り出した。
その小瓶にはドクロの絵が貼り付けてあり、さらには「危険!」とも書かれている。
危ない、ということが子供でも理解できた。
このへたくそな絵と文字を見るたびに、キースは笑ってしまう。


「[こっちの世界]で魔法使いでも、字と絵は[あっちの世界]の下手くそなままなんだな。
 元気にしているか、つーか、あいつらもこっちに来てるのかなあ……
 ……
 ……って、いかんいかん!」


思い出に耽りそうになった頭をクリアにするために、キースは頭を振る。


「みんな、たぶん、耳をふさいだ方がいいぞー!
 何て言っても、あの[イル・ベルリオーネ]の特製品だからなー」


キースは小さなドクロ印の小瓶を投げる。
小瓶は放物線を抱いて、的確にミノタウロスに向かっていった。
慌てて、キースは耳を押さえる。


「え、ええ-!!!
 あ、あの、[終演の鐘(ベル)]特製だって!?!?
 ぜ、全員、耳を押さえて伏せろ-!!!」


[迎撃隊]の面々は、大慌てしながらその場に伏せる。
その瞬間だった。


「awsxedcrfvtybhuji――!!」


小瓶をぶつけられたミノタウロスを中心に爆発が起こった。
ものすごい音と振動が辺りを包んだ。


「うへー、耳がジンジンするなあ……
 ……なんつーもんを、あいつのキャラは作って配ってたんだ……」


キースが投げた小瓶。
[アルケミスツ・ファイヤー(錬金術師の火)]と呼ばれる魔法のアイテム。
通常だと中の液体が発火するという物だ。
だが、[イル・ベルリオーネ]製の[アルケミスツ・ファイヤー(錬金術師の火)]は爆弾に近かった。

爆発の中心部であり、さらには油まみれのミノタウロスにはたまらない。
真っ黒になりながら、全身が炎に包まれていた。


「Bua、bu、aaaa……!」


ミノタウロスは全身を痙攣させながら、地面をのたうち回っていた。


「あれでも、まだ生きてるのか。
 6HDのモンスターでこれか、やばい世界だなあ……」


癖である独り言を呟きながら、キースはため息を付く。


「よし、しばらく様子見。
 窮鼠猫を噛むなんて、シャレにならないからなー」


[アルケミスツ・ファイヤー(錬金術師の火)]の爆発から5分程だろうか。
ミノタウロスは動かなくなっていた。
その様子を確認した[迎撃隊]の面々から歓声が上がる。


「最期だ、パイク(長槍)で止めを頼む」


キースの指示で、ミノタウロスにパイク(長槍)が何度も突き刺された。





[迎撃隊]によるミノタウロスの処分と、[落とし穴]の再整備が行われていた。
その様子を、キースは何となく眺めている。
だが、キースの頭の中では様々な事が考えられていた。

まずはミノタウロスについてだ。
キースは[D&D]のマニュアルである[モンスターコンペディウム]によって、
ミノタウロスの出現場所が[迷宮]であることを知っている。
だが、それにも係わらず、[ティモシー]のような平原に出現した。
通常ではあり得ないことだとキースは考える。


「イレギュラーなモンスターか。
 こりゃ、そろそろ新しいクエストが始まるなあ。
 こんな不自然な導入、あいつのお家芸みたいなもんだったし」


キースは、[D&D]のダンジョンマスターをやってくれていた友人を思い出す。
ヤレヤレ、とキースこと[水梨勇希(みずなしゆうき)]は考える。


「けど、新しいクエストが始まるってことは、何かしらの新しい動きがあるはずだよなあ。
 見てろよ、ダンジョンマスター。
 今回の俺はファンタジーなロールプレイはしないぞ。
 空気を読まないで、どんな手を使っても勝ちに行くからなー」


キースは自身の右手を力強く握りしめる。


「みんな、いるんだろ?
 もう少しだけ待っててくれ。
 俺が、にいちゃんがなんとかしてみせるから……」


空を見上げながら、キースは力強く言い放った。
不安と恐怖を押し込める為、自分自身に言い聞かせる為に――





ローレンの手にある透明なオーブには[キース・オルセンが]映し出されていた。
ローレンと共に、一緒に見ていたロレインは苦笑する。


「うへえ、容赦ないなあ。
 あの深さの落とし穴に引きずり込まれちゃった時点で、もう詰んでたよねえ」

「[白蛇(ホワイトスネイク)]が策士だということはわかっていたが、
 ふん、ここまでとはな。
 中々にやる。あの売女とはえらい違いだな」


一方のローレンは憮然とした面持ちだった。
褒めているのだか、貶しているのか、よくわからない言い回しだった。


「確かに、まー。
 うん、[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]のノアちゃんとは全然違うよね。
 しっかも、殆どが兵士任せ。
 [白蛇(ホワイトスネイク)]の腕を見たかったのになあ。
 僕らの頭の中は好戦的でダメだね、今回の作戦は完全無欠なまでに失敗だったよー」


ロレインとローレンは[白蛇(ホワイトスネイク)]こと[キース・オルセン]の実力を見ておきたかった。
そこで、2人はあえて、ミノタウロスを一体だけぶつけてみたのだ。
何体もの敵を送りつけたら、当然、キースは兵士へ撃退を指示するだろう。
だが、[キース・オルセン]は[サーペンスアルバス]に係わる戦いには、いつも陣頭に立っている。
そんなキースならば、ミノタウロス一体ぐらいなら1人で片を付けると踏んでいたのだが――


「ふん、[白蛇(ホワイトスネイク)]に腕が無いだけではないのか?
 噂が先行しているだけに違いない」
 
「いやあ、そりゃないでしょ、姉さん。
 あの、[白蛇(ホワイトスネイク)]なんだよ?
 逆に、僕はノアちゃんより[白蛇(ホワイトスネイク)]の方がめんどくさい気がしてきたよ~」


肩を竦めるロレインだったが、その表情は楽しげだった。


「姉さん。
 [白蛇(ホワイトスネイク)]の実力は見てみたかったけど、もう[別の一手]を始めようよ。
 でないと、姉さんの方の準備時間を考えると、マスターを大分待たせちゃうからさ」

「ああ、そうだな。
 マスターには、一刻も早く楽しんでいただきたいからな」


ロレインとローレン頷きあった。



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◇[オーブ・オブ・ファー・シーイング(遠見のオーブ)]

パワー
使用者から、ある一定の距離にいる1体の目標を選ぶことにより、
この透明なオーブの中に、姿をはっきりと捉えることができる。

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おにいちゃんのお話で予定していた[チート内政編]を全て没した為に、
もしかしたら、あっさりと、おにいちゃん編は終わるかもしれない???



[13727] 45 3ヶ月
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/01/22 18:11
サーペンス湾にできた潟の上に築かれた街[サーペンスアルバス]。
昔は栄えていたらしいが、所詮、それは昔話。
今は夢も希望も何もない。
絶望した人々の心と体は荒んでいく。
灰色の港町。
そんな街に、[ホワイトスネイク(白蛇)]こと[キース・オルセン]は現れた。

突如、ふらりとやってきた[キース・オルセン]。
[キース・オルセン]は自ら陣頭に立ち、治安の立て直しと財政の見直しを行い始める。

治安の立て直しに関しては圧倒的だった。
あの[魔術師ビックバイ]を倒した男なのだ。
ゴロツキなど問題にもならない。
彼は文字通り、[1人]で全ての賊を逮捕・追放などの処理を開始した。
一度、その圧倒的実力を見せつけると、その後は不届きな真似をする人間は激減していった。

財政の立て直しに関しては、当初、人々は懐疑的な意見が多数を占めていた。
周囲の有力商人などからは、馬鹿にしている者が多数いる有様だった。
曰く、「戦士如きに商才などあろう筈がない」と。

だが、[キース・オルセン]はそんな風評も一刀両断する。

まず彼は自身が所有する財産から貿易を行った。
[キース・オルセン]が行った取引は、一切、彼に損を持たらさなかった。
全ての取引が大なり小なりと差はあったが、全てが利益をたたき出していったのだ。
これには商人達が驚きを隠せなかった。
また併せて、複式簿記を用いた管理会計により、今まででとは比較にならないぐらいの無駄な出費も無くすことに成功する。

瞬く間に豊かになっていく[サーペンスアルバス]。
[サーペンスアルバス]に住む住人の心は次第に癒され、そして勇気づけられていった。

が、そんな急速な発展は、金の臭いに敏感な人間を呼び寄せた。
手を変え品を変え、育ち始めた[サーペンスアルバス]の富を奪い取ろうとしてきた。
だが、そんな人間に対しても[キース・オルセン]は全く動じなかった。
金の亡者達は、ありとあらゆる詭弁を述べたが、[キース・オルセン]は全てを見抜いてしまったのだ。
その時の[キース・オルセン]の英雄と呼ぶに相応しい[威圧]と[看破]の対応に、金の亡者と呼べる人間は逃げ出すしかなかった。

この段階になってくると、噂を聞きつけた周囲の人間が[サーペンスアルバス]に集まってくるようになった。
そして人々が集まることにより、さらに経済が財政が発展していく。
自然に良い循環が為されていた。

[サーペンスアルバス]は、まさに[海の女王]と呼ぶに相応しい美しさと活気を取り戻しつつあった。





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045 3ヶ月
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[サーペンスアルバス]は運河が縦横に走る[水の都]の為に、馬車乗り入れが禁じられている。
その為に、多くの橋が架けられており、人々はゴンドラや徒歩での生活が中心となる。

中でも生活の基盤となっているのが、[自然の神オーバド・ハイ]がまつられた寺院前広場だ。
壮麗なオーバド・ハイ寺院、美しい幾何学模様の敷石にそびえ立つ煉瓦の大鐘楼。
その下で、多くの人々が出店を広げている。
店では新鮮な魚介類を使った料理を出す者、日々の生活用品、工芸品、武器、書籍等、様々な物が見ることができた。
そんな中で多くの人々が楽しげに売り買いをして、子供達ははしゃぎながら広場を駆け回っていた。


「おっ、マリーじゃん。
 こんなとこで会うとは思わなかったな」


寺院前広場で、多くの香草を多く扱っている出店。
そこでお茶の葉を見ていたマリエッタは、久しぶりに呼ばれた愛称に眉をしかめて振り返った。

声の主は、両手に抱えきれないぐらいに野菜などの食料品を抱えた男だった。
鍛え上げられている事が一目でわかる身体に、笑顔を見せた際の白い歯が印象的な偉丈夫だった。
男に対して、マリエッタにしては珍しく破顔する。


「アートゥロ、ひさしぶりですね」


[アートゥロ]と呼ばれた男も、マリエッタに対して笑顔で答えた。


「ああ、だな。
 昔と違って、お互い最近は忙しいからなあ。
 んにしても、マリーが出歩くなんて珍しいな。今日は休みか?」

「ええ……
 休みなど不用なのですが、
 ホワイトスネイクが「絶対に休まないとダメ!」と、強く言われまして……」


マリエッタは困ったようにはにかんだ。
ホワイトスネイクがいかにも言いそうな言葉に、[討伐隊]の隊長を務めるアートゥロも苦笑してしまう。
実際、アートゥロの所属する[討伐隊]にも、キースの指示により週に1・2回の休みが与えられていた。
このようなこと、他の領主仕えの兵士には考えられない事だった。


「はは、ウチの大将らしいなあ。
 ったく。
 でも、一番休んでないのは自分なのになあ」

「全くです。
 が、口惜しいのですが、私如きでは何もお役に立てません。
 ですがせめて、できる範囲でことをさせていただこうと思いまして」


マリエッタは、手に取っていたお茶をアートゥロに見せる。


「なーる。
 で、大将に上手いお茶をってわけか。
 大将、酒は飲めないからお茶ばっか飲んでるしな、喜ぶと思うぜ」

「ですから、必死なのです。
 見てください、このお茶の数」


マリエッタはお店の商品群を指さす。
指された場所には色とりどりの茶葉が所狭しと陳列されている。


「これだけあると、もうどれを選んでいいのかわかりません」

「うは、だなあ。
 大将のおかげで、前とは流通が比べもんにならんからなあ。
 色々な商品が入ってくるし」

「ええ、見ているだけでも楽しいです。
 嬉しい悲鳴、というのはこういう時に使うのでしょうね」

「わはは、んだな」


2人は、お互い顔を見合わせて笑い合う。
そして、ふと、マリエッタはどこか遠くを見る面持ちで――


「嗜好品の購入に頭を悩ませることなど、
 この[サーペンスアルバス]で起こりうるとは思えませんでした」


寺院前広場を眺めながら呟いた。


「……
 ……ああ……」


マリエッタの言葉に、アートゥロも同意の言葉しか出せない。
賑やかなで、幸せそうな雰囲気に包まれている寺院前広場を、アートゥロもしばらく眺めた。
2人の間に少しの沈黙。
だが、それは苦しい類の物で無かった。
そして、その穏やかな沈黙を、アートゥロは明るい口調で破った。


「ああ、ホントになあ!
 それに見ろ、マリー、これ。
 こんなのも、いろんな買えちまうんだぜ、今」


アートゥロは抱えていた紙袋の中身を、自慢げにマリエッタに見せる。
マリエッタは紙袋の中を覗くと、そこには多くの食料品が詰められていた。


「お肉に魚、野菜……
 こんなに沢山どうしたのですか?」

「うちのやつ、今、これだろ?」


アートゥロはお腹を大きく見せるジェスチャーを行う。
マリエッタは納得した。


「そうでしたね、今、ニエヴェスさん7ヶ月でしたか?
 もうすぐですね」


アートゥロの妻であるニエヴェスが身ごもっていることを、マリエッタは思い出した。


「では、これはニエヴェスさんに?」

「ああ!
 これから飯を作ってやるのさ。
 今度は、目一杯食べさせてやろうと思ってな」

「……アートゥロ」


「今度は」という言葉に、マリエッタは平静を保つことができなかった。
アートゥロとニエヴェスは生まれも育ちも[サーペンスアルバス]。
辛い生活の中でも愛を育んだ2人の初の子供は、[サーペンスアルバス]の過酷な生活故に生まれることはなかった。
そのことを、やはり[サーペンスアルバス]育ちのマリエッタも知っていたからだ。


「んな、顔すんなよ。
 今はすごいぜ、食べる食べる。
 いやあ、大将があんだけの給料くれなかったら破産する勢いだぜ」


アートゥロの言葉は笑顔と共に出てきたものだった。
そのことに、マリエッタは心の底から安心し、そして嬉しかった。


「ふふ、ニエヴェスさんが元気そうで何よりです」

「その代わり、俺の財布の中身が不健康になりそうだけどな!」


お互いに顔を見合わせて、2人は笑いあう。


「ただ、気になるのは大将だよなあ」


アートゥロには似合わないため息をついた。


「ホントに、ちっと働きすぎが気になるんだ。
 俺如きが、あの[白蛇(ホワイトスネイク)]に物言える立場じゃねえってのは百も承知してんだが」

「はい。
 殆ど睡眠も取らずに、今も仕事をなさっておられます」


マリエッタなどはため息を突き抜けて、沈鬱な表情を浮かべてしまう。


「おいおい、マリー。
 お前がそんなんでどうするんだよ、こんな時こそ側仕えの役目だろうが。
 やめろったって、大将は止めねえんだ。
 だからマリー、大将を頼む。
 ちっとでも元気がでるように、側で力になってくれ」
  

アートゥロはマリエッタの背中をポンポンと叩く。
小さい頃から、ずっと前から、アートゥロは元気を出すようにと促す時には背中を叩いてくるのだ。
ふと、小さい頃を思い出して、マリエッタは苦笑する。


「何を言っているんですか、アートゥロ。
 そのようなことは、当然すぎて返す言葉など不用な程です」


アートゥロの気遣いに、マリエッタは胸を張って返答をする。
これにはアートゥロも、一瞬、「キョトン」としてしまった。


「はははは!
 わりい、わりい、そうだな!」


アートゥロは豪快に高笑いをした。
と、同時に、目の前のオーバド・ハイ寺院から鐘の音が聞こえてきた。


「ん、いけね。
 結構な時間だな。俺、そろそろ行くわ」


アートゥロは慌てて、大量の荷物を抱え始める。


「んじゃ、またな!」

「ええ、また今度。
 近いうちに、ニエヴェスさんに顔を出させていただきます」


片手をあげて、アートゥロは小走りをする。
が、ほんの5メートル程した時点で足を止める。

 
「ああ、言い忘れた。
 あとなー」


突然振り返り、アートゥロはマリエッタに呼びかける。


「はい、どうしました?」

「大将、とっとと口説きおとせよなー」

「な!!!!」


アートゥロの突然の言いぐさに、
一瞬で、マリエッタは顔を真っ赤なトマトのようにしてしまう。


「わははははあ、こりゃすげえ!
 んじゃ、俺、仕事だから~」


笑いながら、アートゥロは走り去ろうとする。
慌ててマリエッタは呼び止めようとする。


「ま、ま、待ちなさい!
 う、嘘付くんじゃありません!
 さっき、ニエヴェスさんにご飯食べさせるって言ってたじゃないですか!」

「今の俺の仕事はご飯を作ることだぜ~。
 んじゃ、またな!」


マリエッタの制止を聞かず、アートゥロは寺院前広場の出口に向かっていってしまった。
それを呆然と、マリエッタは見送るだけだった。


「ま、まったく……!
 な、何を言ってるのですか、相変わらず!
 そ、それでも誇り高き[迎撃隊]の隊長職を勤める男なのですか!
 ご、ご主人様はそういうのではないのです!」


誰に言うにでもなく、マリエッタは1人ワタワタと呟いた。


「そういうのでは……
 ……
 ……ないのです……」


マリエッタは、尊敬する主人である[キース・オルセン]の姿を思い浮かべる。
仕事をしている姿、ご飯を食べている姿、海を眺めている姿、剣の訓練をしている姿――
いくらでも、どんな姿でも明確に思い出せる。
それだけで、マリエッタの心は満たされる。
だから。
だから、そういうのとは違うのだ。
と、自分でもわかったような、よくわかっていないような、よくわからない結論を出した。


「と、とにかく!
 ご、ご主人様、に喜んでいただけるお茶とお茶請けを探さないといけませんね」


顔を真っ赤にしたマリエッタは、ぶつぶつ言いながら茶葉の選定を再開した。





「遅いですよ、アートゥロ隊長!」

「あー、わりいわりい」


[迎撃隊]詰め所に入るやいなや、副隊長である[アロルド]に文句を言われるアートゥロ。
いつもの日常の光景なので、このことにツッコミを入れる人間は誰もいない。


「全く、今からこの調子でどうするんですか……
 予定だと、奥さんは後3ヶ月後ですよね?」

「おおともよ!」

「初めてのお子さんだから、サボタージュも多めに見ているんですからね。
 はい、大まかな選定は僕がやっておきました。
 隊長、せめてこれだけ目を通してください!」


ため息と共に、アロルドは何枚かの羊皮紙をアートゥロに手渡す。


「ああ、ありがとさん。
 どれどれっと――」


頭を掻きながら、アートゥロは悪びれる様子もなく受け取る。


「1人ぐらいは合格にできりゃいいんだけどなあ。
 [捜索隊]の事や、ホワイトスネイクの仕事量を考えると、
 一刻も早くできる人間を集める必要があるからな」


ぼやきながら、アートゥロは[迎撃隊入隊希望リスト]の羊皮紙をペラペラとめくっていく。
[迎撃隊]の入隊を希望する者は非常に多い。
だが直接モンスターと戦う隊の為に、キースの厳命もあって入隊のレベルは非常に厳しいものだった。


「隊長、今回ですね、
 1人抜群の者がいるんですよ」


アートゥロのぼやきに、アロルド副隊長は進言した。


「まじでか?
 辛口のお前にしちゃ、そりゃ珍しいな」


副隊長だけあってアロルドの腕前は、自身と互角であることをアートゥロは知っている。
また、アロルドは自身にも他人にも厳しい。
あまり褒めることをしないのだ。
そんな自身が信頼している副隊長の言に、アートゥロは興味を持った。


「びっくりしましたよ。まだまだ若い青年なんですがね。
 かなりの剣でした」

「アロルドにそこまで言わせりゃ、即戦力だな。
 そいつ、今、面通しできるのか?」

「ええ。
 隊長なら、そう言うと思って待機させてますよ」

「ああ。
 お前なら、そう言うと思ってた」


互いの言いように、アートゥロとアロルドは笑った。





迎撃隊詰め所の裏には、だだ広いスペースがある。
基本的に多目的スペースなのだが、殆どが隊員達の[訓練場]として使用されていた。

[訓練場]に赴いたアートゥロとアロルドの前に、レザー装備を身に纏った青年が控えていた。


「よ、待たせちまったな。
 俺が[サーペンスアルバス][迎撃隊]をまとめてるアートゥロだ。
 よろしく頼むわ」


アートゥロは青年に右手をさしのべる。
糸目に成る程の笑顔で、青年もアートゥロの右手を取った。


「全然大丈夫っすよ~
 僕はロレインって言います。
 よろしくお願いします、隊長さん」


アートゥロの印象は「細いな」というものだった。
また、身につけているレザー装備も真新しく感じる。
顔には出さなかったが、アロルドが言うほど強いとは思えなかった。


「わー、光栄だな~。
 聞きましたよ、最近も[ミノタウロス]倒したって」


ロレインは「ニコニコ」しながら、アートゥロに尋ねる。
だが、ロレインが言う[ミノタウロス]という単語に、アートゥロは心当たりが無かった。


「[ミノタウロス]?
 えーと、最近っつーと、あの牛の化け物のことか?」

「ええ、その牛です。
 なんでもすごかったらしいじゃないですか~」


「目を輝かせる」という表現がピッタリのロレインに、アートゥロは苦笑する。


「まーな。
 さ、無駄話はひとまず終いだ。
 えと、ロレイン。
 お前さんの実力を見たい。
 軽く手合わせしてみっか」





「ロレイン、お前さんなかなかやるなあ。
 人は見かけによらねえな」


刃を潰した練習用の剣で、アートゥロとロレインは手合わせをした。
結果はアートゥロの全勝だった。
だが、どの試合も、ロレインは目を見張る動きを見せた。
アートゥロから見て、結構危ない場面もあったぐらいなのだ。


「いえいえ。
 やっぱり隊長さんは強いっすよ」


そんな2人のやりとりに、副隊長のアロルドも満足げだった。


「隊長、だから言ったじゃないですか」

「ああ、俺たちもうかうかしてらんねえなあ」


アートゥロは豪快に笑って、ロレインに向かう。


「ロレイン。
 腕は申し分ない。
 さっそく、明日から来れるか?」

「ええ、勿論ですよ。
 これで[迎撃隊]のメンバーにしてもらえるんすか?」

「まあ、ほぼメンバーだな。
 けど、注意しろよ。
 うちにゃ、ホワイトスネイクが決めた研修期間ってのがあるんだ。
 3ヶ月だ。
 この間に問題起こすと、これだ」


アートゥロは親指で自身の首を切るポーズを見せる。


「あはは、了解っす。
 キモに命じます~」

「ああ、そうしてくれ。
 問題起こすと、ウチの副隊長がすっ飛んで来るからな。
 おっかねえぞ~」


アートゥロはアロルドに向かって笑い飛ばす。


「で、3ヶ月問題がなかったら正式に配属に命が下る。
 したら、ホワイトスネイクから、直接[迎撃隊]用の青の装備が貰える。
 がんばれよ」

「じゃ、3ヶ月後に、あの[白蛇(ホワイトスネイク)]に会えるっすね~」

「ああ、そうなるな」

「3ヶ月後かあ。
 うん、3ヶ月後、楽しみだなあ~。
 これはきっと喜んで貰えそうだなあ」


ロレインは嬉しそうに、何度も囁いた。







なんだか谷間のような回になってしまったような気がします。
盛り上がりもあまりないし、お兄ちゃん出番無し。
しかも、次話はもしかしたら、違うキャラのお話に飛ぶかもしれないです。
やっぱり、内政チート編を丸ごとカットの影響は大きかったw



[サーペンスアルバス]のモチーフは、イタリアのヴェネチアを参考にしています。
というか、まんまです。
私の文章では表現できていないので、一度、ヴェネチアの画像を見てから本文をお読みくださいw



[13727] 46 イル・ベルリオーネ
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/02/26 04:41
のばし放題の白髪は背中にまで届いた。
もさもさの白髭は首が見えない程だった。
だが、汚らしくて、見窄らしい身なりの老人という訳ではない。
それどころか、眼鏡(老眼鏡か?)をしているために知的然とした雰囲気があった。

そんな老人の後ろに、ぴったりと、小さな黒い猫がテクテクと付いてきている。
スコティッシュフォールドタイプの黒い猫は、まるで宝石を思わせる風体だった。
黒曜石のような毛並みに、金色の瞳はインペリアルトパーズを、人々に想起させるからだ。

そんな老人と黒猫は、[冒険者組合(ギルド)]の扉を開けた。





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046 イル・ベルリオーネ
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この街[アーケン]にある[冒険者組合(ギルド)]は盛況だった。
建物内には、所狭しと、様々な武具に身を包んだ男女がたむろしている。
明らかに堅気の人間ではない。
この[冒険者組合(ギルド)]で、一攫千金や夢を追う[冒険者]達ばかりだった。
至る所で、仕事のやり取りや、メンバーの勧誘、報酬の分け前などが行われている。

そんな喧噪の中で、老人と黒猫は室内をキョロキョロと見回していた。
何かを探しているようだ。


「どうしたの、おじいさん?
 誰か捜してたりする?」


そんな老人に、1人の赤髪の女性が話しかけていった。
この女性もレザーアーマーに身を包み、腰にはレイピアを帯刀している。
間違いなく冒険者なのだろう。
呼び止められた老人は、もさもさの白髭を撫でながら笑顔を見せた。


「ええ、実は依頼の紙を持って来たんです。
 けど、このギルドは初めてで、どうにも勝手がわからなくて……」


老人から発せられた言葉は、とても丁寧で聞きやすいものだった。
まるで老人特有の聞き取りにくさなど無い。
穏やかで、優しげな口調に、女性も微笑する。


「え? 新規で依頼なの??
 あー、そうよね~、こんだけ混んでちゃーねー。
 初めて冒険者に仕事の依頼っていうなら、あっち。
 あそこの、カウンターの男の人に渡せばOKよん」


老人より背が高かった女性は、老人に視線を合わせる為に中腰になる。
その上で、一番端にあるカウンターを指さした。
言葉は砕けていたが、女性の真摯な対応に老人は頭を下げた。


「ご丁寧にありがとうございます。
 よし、それじゃあ行こうか、クロコ」


老人は足下の黒猫に声をかける。
黒猫は老人の言葉を理解しているかのように、「ニャー」と鳴いて老人の後に付いていった。





老人と黒猫が、受付カウンターに向かっていく。
そんな一人と一匹を、声をかけた女性[ルイディナ]は眺めていた。

カウンター越しに、老人が受付の男と話している。
そして手に持っていた羊皮紙を渡した。
受付の男が受け取りながら文面を確認する。
それに対して、老人は軽く一礼をしてから出口に向かっていった。


「わ、ひ、ひさびさにラッキーかも……!」


今、[ルイディナ]の視線は一点に集中している。
そう、それは受付の男が持つ[羊皮紙]だ。
しばらくすると、受付の男がカウンターから出てきた。
手には[羊皮紙]が握られていた。

受付の男の動きに対して、ルイディナは獲物を狩る時の姿勢を取る。

そんなハンターが身近にいるなどとは露とも思わず、受付の男が掲示板に[羊皮紙]を貼り付けた瞬間――


「いただき!」

「お、おわ!?」


ルイディナは[羊皮紙]を奪い取った。
何が起こったか理解ができていない受付の男は尻餅をついてしまった。


「あ、ご、ごめん!」


しっかりと左手に[羊皮紙]を握り締めたルイディナは、受付の男に右手を差し出す。


「か、勘弁してくださいよ!
 びっくりしたじゃないですか、もう……」


文句を言いながら、受付の男はルイディナの手を取って立ち上がった。
ルイディナは受付の男に向かって、両手を合わせて舌を「ペロッ」と出した。


「だって、全然仕事が無いんだもの~!
 掲示されちゃったら、ぜーったい、他のパーティに取られると思って」

「だからって……
 ……依頼内容も見ないで取らないでくださいよ……」

「あはは。メンゴメンゴ。
 まあ、無理そうな内容だったら他の人に回すわよ、勿論」


ルイディナのあっけらかんとした態度に、受付の男は深いため息を付いた。


「はあ、ホント頼みますよ。
 でも、今回は、そんな無茶苦茶なルイディナさんの執念勝ちですかね」

「ホント?
 嘘だったら、承知しないわよ。
 どれどれ、っと……」


ルイディナが広げた[羊皮紙]には、随分と古めかしい書体で文章が綴られていた。
しばらくして、ルイディナは驚愕の表情を浮かべる。
そして、何度も文章を見返してしまう。


「え、う、うそ!」

「本当ですよ、美味しい仕事ですよね」

「や、やったああ!!
 これ、やるやる! うちらのパーティで受けるわ~♪」


ルイディナは文字通り飛び上がって喜んだ。

[羊皮紙]に記載されていた依頼内容は、[ケア・パラベル]まで旅の護衛だった。
護衛対象は[一人と一匹の猫]と記載されている。
間違いなく、さっきのおじいさんが依頼主だろう。

この[アーケン]から[城塞都市 ケア・パラベル]までは、徒歩で大体7~10日程に位置している。
また街道も整備され、[ケア・パラベル]から兵士の巡回もあるために治安も悪くない。
モンスターも希にしか現れない。
出ても、それほど凶悪な強さの類は確認されていなかった。

だから、単に、一緒に歩くだけの依頼とも言える。
これほど楽なクエストも無い。


「そ、そ、それにこれは……!?」


ルイディナが目を見張ったのは報酬だ。
この護衛依頼に支払われる報酬が、[25sp(シルバー)×人数×日数]というものだった。
さらに[ケア・パラベル]へ無事に到着した場合には、報酬が30spでの計算になるという。

ルイディナは必死に考える。

もしものんびり歩いて、[ケア・パラベル]まで10日かかったとする。
そうすると、30sp×10日=300sp!
300spっていったら、30gp(ゴールド)!
ひ、一人で30gp!
私を含めて3人パーティだから、トータル90gp!!!


「き、き、キタコレ!!!」

「ルイディナさん、目がお金のマークになってますよ……」


ハイテンションなルイディナに対して、受付の男は苦笑する。


「久しぶりに羽振りの良いお爺さんでしたよ。
 性格も問題なさそうだから、護衛も楽そうですしね。
 商売人で売った後の帰りなんですかね? 運ぶ荷物も特に無いらしいですよ」


受付の男の説明に、ルイディナは自身の太ももを何回も叩いてしまう。


「いやあ~ん! ぱーぺき!
 ねね、あのおじいさんの名前は?」

「えと、[イルマ]さんですね」

「イルマお爺さんね!
 OK!
 これ、私達のパーティが受けさせてもらうわ」


ルイディナは満面の笑顔で、受付の男に宣言した。





ここ[アーケン]にある宿屋、[ライオンと少年亭]にある一室。
老人はベッドに身体を横たえる。

そんな老人に続くように、小さな黒猫も身軽なジャンプでベッドに乗ってくる。
横になっている老人の下腹部あたりに、黒猫は座り込む。


「わ、おも。
 重いよ、クロコ」


自身のお腹に座り込む黒猫を、苦笑しながら老人が移動させようとした時だった。


「理解できません。
 イル。
 何故にあのような冒険者を雇おうとするのでしょうか?」


なんと、黒猫が人語を発したのだ。
その声は、凛とした女性の声だった。
一方の、イルと呼ばれた老人は驚く様子は無かった。


「そうかなあ?
 普通だと思うよ。
 魔法使い(マジックユーザー)なんて、一人じゃなんにもできないんだから」


黒猫に[イル]と呼ばれた老人は、黒猫を撫でながら諭すように答えた。
頭を撫でられた黒猫は気持ちよさそうに目を細める。
だが、この暖かさに浸っているわけにもいかない。
慌てて黒猫は頭を振った。


「おっしゃるとおりです、イル。
 ですが、それは魔法使いがごく普通な場合です。
 イルは違います。
 貴方は[終演の鐘(ベル)]。
 イル・ベルリオーネなのです」


[終演の鐘(ベル)]こと[イル・ベルリオーネ]。
この世界に住む人間ならば、この老人の名前を老若男女が知るところである。

[魔王]こと、あの[魔術師ビッグバイ]を討伐した四人の一人なのだから――


「[冒険者組合(ギルド)]で依頼を上げました。
 が、誰が依頼を受けても足手まといです。
 力不足です。
 間違いなくイルの足を引っ張ります」


自身の使い魔である[クロコ]の言い分に、イルは頷いた。


「個々の実力、という点で言えばそうかもしれないね。
 でもね、クロコ。
 個々の力だけで、計りきれる話でもないとも思う。
 あと、人をそんな風に見下してはいけない」


イルは小さい我が子に教えるように、やさしく諭すように言った。
主人の言葉に、クロコは黙って聞き入っていた。

その風体や言動は、まさにイル自身が魔法使いの理想としていた『指輪物語』のガンダルフのようだった。


「それに、あんまり目立ちたくないしね。
 過ぎたる力は、世間から碌な目で見られないからね」

「それは……
 ……否定しません」

「でしょ?」


イルは苦笑する。
彼が[この世界]に来たとき、彼は自身が建てた[塔]にいたのだ。
この塔周辺のモンスターを含む全ての生物から、イルは畏怖と恐怖の対象で見られていたのだ。

だがイル自身これは仕方がないと思っている。
イルはこの世界に来て、自身が唱えられる魔法を確認して理解できたのだ。

隣人が、例えば常時マシンガンに指をかけた状態でいたら――?
それは警戒するし、怖いに決まっている。

ただ、仕方ないとはいえ、感情は別だ。
人とは普通に接したいし、接してもらいたい。


「わかりました、イル。
 ですが、今度は私のみにお任せください」



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・[ファインド・ファミリア【使い魔召喚】] LV1スペル

この呪文は、使い手の助力者の召喚を試みることができる。
召喚された使い魔は、感知能力を主人に分け与えたり、
話し相手になったり、見張り、スパイなどで働くことで奉仕してくれる。

・ウィザードは同時に2体以上の使い魔を持つことはできない。
・ウィザードと使い魔は1,5km以内の範囲にいる場合には、使い魔に命令を下せる。
・ウィザードと使い魔が別れていると、使い魔は1日に1hpずつ失って0hpになると死亡する。
・使い魔は召喚された時点で魔法的なものではなく、[ディスペル・マジック【魔法解除】]で
退散させられることは無い。

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「うん、わかったよ」

「約束ですよ。
 では、それはそれとして――」


イルのお腹の上に乗っていたクロコの体が光り出す。
光はほんの一瞬だった。
収まると、イルのお腹の上には、褐色の肌の少女が乗るように跨っていた。

襟元で整えられた黒曜石のような髪。
細い輪郭に、華奢な体躯。
少しツンとした鼻。
トパーズのように輝く大きな瞳。

この少女の美麗な特色は、確かに黒猫のクロコを思わせるものだった。


「わ、急に!?
 おもいよ、クロコ~」


唐突な人型への変化に、イルは身をよじて脱出しようと試みるが――


「イル。
 そういうことは、思っても口に出すのはどうかと思います。
 では本題に入りましょう」

「本題って、今までのは本題じゃなかったの?」

「ええ。
 今から行うことに比べれば些細な事ですね」


少女の姿になったクロコは、何の躊躇もなく身につけていた服を脱ぎだした。


「え、お、わ、ちょっ!」


突然の事に、イルは「ワタワタ」してしまう。
先程まであった『指輪物語』のガンダルフの雰囲気は欠片も見あたらなくなっていた。
そんなイルを見て、クロコは猫のような笑みを浮かべた。


「魔力が足りません。
 ええ、徹底的に足らないのです。
 というわけで、イル。
 いただきます」


イルの教育の賜だろうか。
礼儀正しく、両手を会わせて「いただきます」と呟いてから、クロコはイルに覆い被さっていった。


「え、お、わ、ちょっ。
 ひ、昼間っからこれは!?!?」

「昼というのは些細な事です。
 このまま夜までしてしまえばいいのですから」

「え、ええ~!?」


会話しつつも、クロコの手は止まらない。
巧みな手付きで、いつの間にかイルの服をはぎ取ってしまう。


「これは仕方ないのです。
 決して、淫らな行為をしまくりたいというわけではありません。
 魔力枯渇気味の私に、効率の良く供給を行うにすぎないのですから」

「わー、目が泳いでる~。
 うそだ、全然、めいっぱいあるじゃないかー、
 それに今なら、いくらでも魔力上げられるし――」

「イル。
 本人が無いと言ったら無いのですよ。
 それでは失礼します」

「わ、わわ、
 ちょ、む、むー」


イルの唇は、小さな少女であるクロコに塞がれてしまった。






今回の地名などは『ナルニア国物語』から参照させていただきました。



イルっちはハーレム体質です、きっと。
おじいちゃん無双。
お姉ちゃん編と、お兄ちゃん編で、シリアスな展開が続いたので、
おじいちゃん編で、ほのぼの成分を補給!



お兄ちゃん、しばらくお休みのターン。
ごめん。
でも、君には活躍の出番はあるから!



[13727] 47 顔合わせ
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/03/19 14:08
ご機嫌な感じで歩く、つやつやの黒曜石のように美しい毛並みの黒猫の[クロコ]。
目の下にクマを作り、少しおぼつかない足取りで歩く老人の[イル・ベルリオーネ]。
イルと言えば、あの[魔術師ビッグバイ]を倒した英雄の一人である。
が。
今の様子では、この男が大魔術師であるとは誰も気がつけないだろう。
普通にどこにでもいる、髭モサモサのおじいちゃんである。


「た、太陽が黄色い……」


そんな一人と一匹が、再び[冒険者組合(ギルド)]の扉を開けたのは護衛依頼を上げた翌日だった。





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047 顔合わせ
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[冒険者組合(ギルド)]は相も変わらず盛況だった。
人をかき分けるように、イルとクロコが受付カウンターに向かおうとした時だった。


「お・じ・い・さ・ん~♪」

「おわっ、
 と、とと――!?」


突如、イルの背中におんぶしてくる女性がいた。
女性とわかったのは、明るい声で呼びかけられたからだ。
だが、突然の事に、老体のイルはバランスを崩して尻餅をついてしまう。


「わたたた……」

「あ、ご、ごめん~!」


そんなイルに、急に飛びついてきた女性は手を差し出した。
イルはその手を取り、引っ張られて立ち上がる。


「さ、さすがにびっくり……
 ……ん?
 あれ、君は――」


イルの目の前の女性。
それは昨日、この[冒険者組合(ギルド)]で案内してくれた女性だと気がついたからだ。


「う、ホントゴメンなさい。
 あはは、ちょっちテンションあがっちゃっいまして……」


くせっ毛の、燃えるような赤い髪をポリポリと掻いて女性は苦笑いをする。
女性は[ルイディナ]と名乗った。
ルイディナは十分に見目麗しい部類に入る女性だった。
健康的な身体はバランスも良い。
レザーアーマーなど身に纏わずに、ちゃんとした格好をしたら男は放っておかないだろう。
だが、ルイディナは「そんなお金ないし、めんどくさーい」といって、今まで女性らしい身なりを整えたことはない。

ルイディナは、イルに対して頭を下げた。


「大丈夫。
 こっちも驚いただけですから」


イルはルイディナに問題無いことを、微笑みながら告げる。
が、納得していない者がいた。
クロコだった。
先程までは上機嫌だったのだが、クロコの機嫌は一気にストップ安になるまで下落した。
女性のくるぶしに、「ぽこぽこ」と猫パンチを与えている。


「う、ごみんよ、猫ちゃん。
 君のご主人様をどうこうする気は無かったんだよ~」


ルイディナがクロコを抱きかかえて、あやそうとする。
が、クロコはますます暴れるだけだった。

暴れるクロコ。
必死になだめようとするルイディナ。
そんな二人を、イルは苦笑しながら眺めていた。





クロコの猫パンチはイルが抱きかかえるまで続いた。
結局、ルイディナにはクロコをなだめることはできなかった。
そんなクロコは、今、イルの腿の上で満足げにゴロゴロしている。


「えーっと。
 では、改めまして、あたしはルイディナ。
 よろしくね、[イルマ]さん!」

「こちらこそ、昨日は助かりました。
 ありがとう……
 ……ん、私の名前?」


今、[イル・ベルリオーネ]が名乗っている偽名。
それが[イルマ]だ。
偽名と言っても、[イル・ベルリオーネ]の中の人間の本名が[入間 初(いるまはじめ)]だ。
不意に呼ばれても、自然に応対ができる。
だが、ルイディナに名乗った覚えの無いイルは小首をかしげた。


「えっへん。
 それは、これ!」


そんなイルに、ルイディナは羊皮紙をテーブルの上に差し出す。
それはイルも見覚えがあるものだった。


「依頼書、ということは――」


イルの問いに、ルイディナは自信満々に頷く。


「ええ!
 イルマさん、大船に乗ったつもりでいてね。
 今回の護衛、あたし達のパーティが受けさせてもらうわ!」


ルイディナは腰に手をあてて、「えっへん」と胸をはる。


(反対です、イル)


だが、ルイディナの言葉が終わるやいなや、イルの頭の中に言葉が飛び込んで来る。
クロコからだ。
イルの使い魔であるクロコは、1.5km以内ならば自由に意思の疎通が可能となる。


(ただでさえ反対なのに、よりによって、この人間なのですか?
 明らかに、どうやって中立的に見たとしても、
 ええ、間違いなく、太陽が東から西に沈むぐらいの確率で実力が不足しています。
 完全無欠にダメダメです。
 全く持って、イルには相応しくありません。
 それに胸に無駄にある贅肉を押しつけて、イルにおんぶするなどうらやまし――
 ――コホン。
 空前絶後、言語道断の無礼な行為。
 とにかくダメです。
 ダメったら、ダメです)
 

ものすごい勢いで、メッセージが飛び込んできた。
そんなクロコに対して、イルも慌ててメッセージをテレパスする。


(ど、どうしたのさクロコ?
 まあまあ、落ち着いて。
 今回の街道には危険が殆ど無いらしい。
 良いと思うよ。
 形だけの護衛ってなったとしても、老人が旅をしていて不自然でない光景が作れればいいんだから。
 それに明るくて良い人だと思うけど?)

(……
 ……
 ……
 イルならそう言うとは思っていましたが。
 イルがそういうのでしたら仕方がありません。
 イルが言うから従います)


しばらくの沈黙の後、本当に不承不承な感じでクロコは了承してくれる。


(ああ、ありがとう、クロコ)


なんでここまで反対されるのか、よくわからないイルだった。
だが、ひとまず、太ももの上にいるクロコの頭を撫でて機嫌を取ることにする。
そんな主人の行為に、ほんの最初だけは拗ねていたクロコだったが、
すぐに、主人の気持ちが良い愛撫に身を委ねた。


「ど、どうかなー?
 あたしじゃ依頼を受けちゃダメ……?」


ちょっとした沈黙の時間があった為に、ルイディナが不安そうにイルを見てくる。
そんなルイディナに、イルは慌てて首を横に振った。


「あ、いえいえ、失礼しました。
 ルイディナさん、ありがとうございます。
 是非、[ケア・パラベル]までよろしくお願いします」


イルは右手を差し出す。


「ええ!
 ありがとう、こっちこそよろしくね!」


ルイディナは笑顔で握手に応じる。
花が咲くような、そんな表情だった。
イルは、そんなルイディナを見て、今回の道中は楽しくなりそうだと思えた。





[ケア・パラベル]に出立の朝。
ルイディナ達は、依頼主であるイルマと合流するために待ち合わせ場所に向かっていた。


「ね、ねえ、ルーちゃん。
 今度は、だ、大丈夫なの……?」


ルイディナの横について歩く少女。
少女は13~15歳といったところだろうか。
小さな身体を振わせて、おどおどしながら、ルイディナに問いかける。


「ま、前は本当にゴミンよ~、[ファナ]!
 でも、今回は大丈夫!
 ちょー、紳士的なおじいちゃんだから!
 紳士・オブ・ザ・イヤーって感じ?
 絶対に前のクエストみたいなことないから!」

「ホ、ホントなの……?」


小動物的な眼差しで、ルイディナを見つめる[ファナ]。


「全くだ。
 俺もあんな変態依頼主には、2度と近寄りたくないんだが……」


[ファナ]の横にいる、ミリタリーフォークを抱えた男もため息を付き同調する。
男の方は30半ばだろうか。
手にしているミリタリーフォークもあって、男は農業を従事しているように見える。


「はぅ、[ガストン]さんまで~!
 前は本当に、なんていうのか、そう、運がなかっただけだから!
 ね!
 信じて、今回は大丈夫だから~!」


四面楚歌状態のルイディナは、[ファナ]と[ガストン]を拝み謝り倒している。
そんなルイディナを見て、[ファナ]と[ガストン]はますます不安になっていった。

この直前に、ルイディナが持って来た仕事があった。
[ルイディナ][ファナ][ガストン]。
3人で依頼を受けたのだが、これが最悪の仕事だった。

一言で言うと、依頼主が変態だったのだ。

結局、この依頼は「すったもんだ」したあげくに、キャンセルすることになった。
当然、ルイディナからのキャンセルだった為に、依頼主へ違約金の支払いが発生することになる。
ただでさえお金が無いルイディナ達には、涙目となった経緯があった。


「う、うん……
 ルーちゃんがそういうなら……」


だが、ルイディナの言葉に、[ファナ]はおびえつつも頷いた。


「まあ、今回は金が無いから、まともな依頼者と依頼であるのを信じるしかないな。
 信じてねえけど、俺、今だけ神に祈るわ……」


ガストンは深い深いため息を付いた。


「もう!
 ホントのホントに、今度は大丈夫だから!
 ほら、あの人だよ。
 おーい、イルマさ~ん!」


[アーケン]にある宿屋、[ライオンと少年亭]。
その入り口には老人と猫が待っていた。
ルイディナの大きな声に気がついた老人は、微笑しながら軽く手を挙げた。





「皆さん、初めまして。
 イルマといいます。この子はクロコ。
 色々ご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」


ファナとガストンに、ルイディナはイルマを紹介する。
イルマの丁寧な自己紹介を聞いて、ファナとガストンは涙が出そうな程に安堵した。


「ああ、こちらこそお願いする。
 本当に、今度の仕事が貴方みたいな人だったことに、いもしない神に感謝する。
 俺はガストンだ。
 普段は天下の農民だが、この時期だけは冒険者もやってる。よろしくな」


ガストンは豆だらけの右手をイルに差し出す。
イルも右手を快く差し出す。


「だからミリタリーフォークを持っていたんですね。
 心強いです、どうかよろしくお願いします」

「え?
 あ、あんたは馬鹿にしないのか?
 大体が、こいつを見ると微妙な反応するんだが……」


ガストンは照れたように頭を掻いた。
今まで、自分のお気に入りであるミリタリーフォークにこのような反応をされたことがなかったからだ。


「だとしたら、その人は視野が狭いかもしれません。
 ミリタリーフォークは通常の槍のような使い方と、
 もう一つ、馬上の相手も引っかけて引きずり落とすこともできます。
 使い方よっては、本当に良い武器だと思いますよ」

「お、おう。
 あ、ありがとな、イルマさん……」


褒められたことが無いガストンは、妙に顔を真っ赤にしてしまった。


「おっさんが照れてもキモイだけよ。
 はいはい、次々~!」

「お、おいおい」


ルイディナがガストンを押しのける。
そして、イルの前に、小さな少女であるファナを差し出す。


「かわいいっしょ~?
 ほら、ファナ、自己紹介、自己紹介」


ルイディナに背中をポンポンと叩かれて、ファナは声を出す。


「あ、あの……
 ファナ、です。
 ファナって言います。
 い、一生懸命がんばります、よ、よろしくお願いします!」


自己紹介の時点で、既に一生懸命なファナに、イルマは微笑した。
ゆっくりと膝を曲げて、ファナに視線を合わせる。


「ああ、ありがとう。
 期待しているよ、ファナちゃん。
 だが、少し肩に力が入りすぎているかな。
 もうちょっとリラックスすると良いと思うな」


ファナの肩に、イルは軽く手を添える。


「は、はい、が、がんばって肩の力抜きます!」


だが、ますますファナの肩がガチガチになってしまった。
ファナの可愛らしい反応に、不思議とイルは逆に心が落ち着いていった。


「えー、じゃ、最期があたしね!
 ルイディナです!
 このパーティのリーダーやってます。
 大船に乗ったつもりでいてね、イルマさん!」

「ルイディナさんがリーダーか。
 何かあったとき、私にも指示を出して欲しい。
 それに従うとするよ」

「まっかせって~!」


ルイディナは自信満々に胸を叩いた。


「おいおい。
 ルイディナの判断は当てならんじゃないか。
 俺ならイルマさんの指示に従うがなあ」

「うは、ひど!」


ガストンとルイディナのやり取りで、ファナも笑う。
ファナも少しは力が抜けたようだった。

そんな穏やかな光景の中、イルは冷静に観察する。
とても仲の良いパーティ、だと。
だが、この3人はおそらく初心者レベルの冒険者だろうとも思う。
ゲームのレベルで言えば、ルイディナとガストンがレベル2ぐらいのファイターだろうか。
ファナという少女に至っては、冒険者ですら無いのではないかと思えるぐらいだ。

今回の移動が危険地帯を通るというものならば、さすがにイルはキャンセルをしたかもしれない。
自身の身の安全の為にではなく、ルイディナ達の為にだ。
だが、[ケア・パラベル]までの道は危険性は高くないという。

なら、今は、この、賑やかになりそうな旅を楽しみたいと思う――


「では、ルイディナリーダー。
 出発の号令をお願いします」


イルの言葉に、ルイディナは大きく頷いて――


「さあ、それじゃー。
 みんな、[ケア・パラベル]まで、れっつらごーよ!」


ルイディナはレイピアを抜いて、空に高く掲げた。






今、自分の中で、文章をいろいろ実験中です。
視点も無茶苦茶ですし、読みにくくなったかもしれません。
精進します。

おじいちゃん編のコンセプトは「明るく、楽しく、ハーレムでおじいちゃん無双」。
できるかなあ……????
面白い文章を書ける方は本当にすごいです。



[13727] 48 旅の準備
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/03/19 14:09
「いらっしゃい、こんな朝っぱらからご苦労なこったね」

「それはお互い様。
 さ、とっとと出す物出しなさい~」


年期の入った白い前掛けをした中年男。
そんな中年男の言葉に対して、ルイディナは笑顔で答える。
白い前掛けの中年男の名前は[ガスパール]。
[アーケン]の冒険者御用達食料品店[朝びらき丸]の店主だ。


「ひでえ、そりゃ追いはぎの台詞じゃねえか。
 わーったよ。
 いつものでいいんだよな?」

「ん、というかそれしか買えないし~」


「トホホ……」と言った体で肩を落とすルイディナ。
そんなルイディナに、ガスパールは苦笑しながら棚より保存食を取り出す。
その保存食は粗食と言っても差し支えないものだった。


「ホントは、もうちょっと良いの食べたいなーって思ってたり、
 なんかしちゃったりするんだけどな~」


ルイディナはニコニコしながら、ある一点を見つめる。
そこには、出された保存食よりもワンランク上の通常の保存食があった。


「寝言は寝て言え。
 こっちゃ1日分で3sp(シルバー)すんだ。
 お前さんのパーティの懐じゃ、いつも出してるヤツの3倍だぞ。
 これやったら、俺らぁ、かかあのやつにしばかれちまう」


本来の保存食は、この3spが平均的な物だ。
だが、お金がないルイディナ達はガスパールに頼みこんだ。
その結果、特別に1spで粗食保存食を出してもらえるようになったのだ。


「ちぇ、ざんね~ん」


残念といいつつも、ルイディナの言葉からは残念そうには聞こえなかった。
これが、二人のいつものやり取りだったからだ。
だが、ルイディナが通常の保存食が食べたいという気持ちに嘘偽りはない。


「も、もう、
 ルーちゃんっ、恥ずかしいよ~
 い、いつもごめんなさい、ガスパールさん」

「でも、まー。
 あれぐらいの保存食は食えるようになりてえよなあ」


同じパーティメンバーである、ファナとガストンも苦笑する。
そんな中、今まで脇に控えていたイルが前に出てくる。


「すいません、ご主人。
 その保存食、4人で一週間分いただけますか?」


3spの通常保存食を指さし、イルは店主のガスパールに言った。






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048 旅の準備
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「ほえ??」
「え、え~!?」
「お、おい、イルマさん!?」


ルイディナ、ファナ、ガストンは一斉に驚きの声を漏らした。
そんな3人に、イルは穏やかな笑みを返した。


「お、おう。こっちゃそれが商売だから勿論かまわねえ。
 髭の爺さん、ルイディナの関係者か?」


ガスパールは、横から現れた初見であるイルに対して尋ねる。


「ええ、[ケア・パラベル]まで護衛を頼んだんですよ」

「ほう、あんたがルイディナ達の依頼主ってわけか。
 太っ腹だな、爺さん!
 毎度あり、えっと、ちょっと待ってな――」


棚から保存食を、ガスパールは次から次へと取り出していく。
通常保存食が、次々と、イルやルイディナ達の目の前に積まれていった。
何が起ったかよくわかっていないのは、ルイディナ達3人だった。


「イ、イルマさん、ちょ、これ3spもするのよ~!」
「え、え……??」
「お、俺の言ったことなら独り言みたいなもんだから気にしなくていいんだぜ!?」


「ワタワタ」する3人を見て、イルは好々爺的な面持ちを深める。


「えーと、ちょっとまってな爺さん。
 4人で、一週間だからっと……」


ガスパールは指を折り、支払金額の計算を始める。
が、イルは懐の財布から、8gp(ゴールド)と4sp(シルバー)を取り出した。


「84sp(シルバー)分です。
 確認してください」

「うぇ!?
 爺さん、すげえなあ!
 計算早えよ」


支払いの事は、いつも妻に任せっきりのガスパールは素直に驚いた。


「い、いいの~?
 な、なんだか、こんなことになっちゃって……?」


さすがにルイディナもオドオドしてしまう。
そんなルイディナに、イルは優しく言葉を返した。


「今回、私が依頼したんです。
 食事代は出させてください」

「う、うそ~ん!
 あ、ありがと~ん!!」


ルイディナは、まさに言葉通りにイルに飛びついた。


「わ、わわわ」


思わぬ形で、イルはルイディナを抱きかかえる形となった。
ルイディナはイルのモサモサの髭に頬をすり寄せて、気持ちよさそうにしていた。


「んふ、すごい髭~♪
 フワフワ気持ちいい~♪」

「ちょ、ちょ、ル、ルイディナさん~!」


今度は、逆にイルが「ワタワタ」と狼狽してしまう。
そして、そんな光景に、黒猫のクロコはルイディナの足に「ぽこぽこ」と猫パンチし始めた。





ルイディナは目を輝かせながら、バックパックにしまい込んでいく。
ファナはイルの方に御辞儀、一日分の保存食をバックパックに入れて、またイルに御辞儀を繰り返す。
ガストンは通常の保存食を、感嘆の声を上げながらマジマジと見入っていった。

そんな3人を眺めていて、イルは非常に気になった。

まずはルイディナ達が使用しているバックパックだ。
「年期が入っている」といえば聞こえはいいが、かなりボロボロだ。
それも、知らない間に底が抜けてもおかしくない程度に。

また、身につけている装備もバックパックと大差がない。

パーティリーダーであるルイディナは、レザーアーマーとバックラーにレイピアを所持している。
3人の中では、一番、まともな冒険者と言える風体だった。
だが、所持している物は後回しなのだろうか、ポーチなどはボロボロだった。

ガストンはレザーの胸当てに、ミリタリーフォーク。
麦わら帽子をしているということもあってか、農業従事者にしか見えなかった。
だが、農業で身体の基礎は鍛えられているのだろう。
体躯は3人の中で、もっとも冒険者と言っても差し障り無いものだった。

そして、少女のファナだ。
腰にダガーとナイフを装備し、あとは少し厚手の皮製の服を身に纏っているだけだ。
小柄な少女の為に、全く冒険者には見えない。
100人中、120人が冒険者とは信じないであろう、愛玩動物を思わせるような少女だった。


イルは、数年前の[D&D]をプレイしていた頃を思い出す――

今の身体[イル・ベルリオーネ]が、まだレベル1や2の頃だ。
[D&D]の敵は強く、低レベルだと簡単に死んでしまう。
あの頃は本当に生き残るだけで精一杯だった。
モンスターが強く、お金も効率的に稼げるわけもない。

そんな中、本当に助かったのはNPC(ノンプレイヤーキャラクター)の存在だった。
NPCはダンジョンマスターが操作するキャラクターだ。
このNPC達は、初期のイル達を本当に助けてくれた。
NPCがいなければ、イル達の存在は無いと断言しても良い程だ。

[朝びらき丸]でのやり取りを見て、イルは昔の自身をルイディナ達に見たのだ。


「皆さん、出発の前に少し付き合ってもらっていいですか?」


イルは決めた。
自分自身がそうであったように。
ルイディナ達に取って、最高のNPCになってあげようと――





「小枝を集めて束ねても代用にはなります。
 けど、所詮代用品に過ぎません。
 絶対にトーチはあった方がいいと断言します。
 明かりにもなるし、
 蜘蛛の巣も焼き払える、
 再生する怪物の傷だってトーチで焼くことで倒せます」


手にしていたトーチを置いて、
続いて、イルはバックパックやサックを手にする。


「バックパックは背中に背負えます。
 これで両手が自由になる、ということです。
 武器や盾を持っても荷物が運べる、
 これは本当に重要で大切なアドバンテージになります。
 サックはなんでも入れられる、使い方によっては万能のアイテムと言えるでしょう。
 苦労して冒険したって、宝物を持って帰れないのでは意味がありません。
 水袋は何も言うことはないですね、まさに命の生命線です」


さらに、イルは毛布を丸めて小さな形にしていく。


「毛布は持ち運びにも便利だし、夜襲されてもすぐに動けます。
 冒険者にとっては寝袋より良いでしょう。
 それに寝袋との違いは、木の棒と組み合わせて担架にもなる点です。
 私は、毛布は冒険中ではどんな宝石よりも価値があると信じています」


[アーケン]にある宿屋[ライオンと少年亭]の一室。

机の上には多くのアイテムが並べられていた。
バックパック、ベルトポーチ、火打ち石/鉄具、ランタン、ランタン用灯油
トーチ、ハーケン、フック付きロープ、サック(袋)、縫い針、布、石けん、
水袋、毛布、ブーツ(長靴)、外套、手袋、サーコート……等だ。

これらは保存食の購入後に、イルがルイディナ達の為に購入したものだ。
それらのアイテムを手に、今、イルによる道具の講座が行われていた。

[イル・ベルリオーネ]の知恵と、[入間 初(いるまはじめ)]のゲーム知識。
これらがミックスされた道具の説明は、的確で、非常にわかりやすいものだった。
イルの説明に、ルイディナとガストンは真剣に耳を傾けている。

続けて、イルが縫い針を手にした時だった。
控えめなノックの音が聞こえてきた。


「ファナちゃんかい?」

「は、はい。
 あ、あの、イルマさん、き、着替えが終わりました」


イルが扉向こうに声を返すと、オドオドしたファナの声が帰ってきた。
入室を促すようにイルが告げると、ファナはオドオドした体で入ってきた。


「ちょ、ファ、ファナ!
 か、か、かわいいじゃない~♪」


ファナの姿に、ルイディナは興奮の声を上げてしまう。
室内に入ってきたのは、深い深い蒼色をした外套に身をつつんだファナだった。


「う、うん、そ、そうかな……?」


顔を真っ赤にして答えるファナ。
おとなしいファナには珍しく、本当に全身から喜びを発している。
今まで、ずっと、すすけたズボンとチョッキしか着たことがなかったファナだったが
この外套は、今まで以上に、ファナの魅力を上げる事に成功していた。


「サイズは丁度のようだね。
 うん、うん。
 ファナちゃんにとっても似合っている」


大きく頷きながら、イルもファナに感想を述べる。


「あ、あ、あ、あの、
 ほ、本当に、あ、ありがとう、ご、ございます……!」


緊張のあまりか、ファナはつっかえつっかえながら感謝の言葉を述べる。
そんなファナに、イルもつられて嬉しくなってしまう。

当初、イルはファナ用に冒険者装備を購入しようとした。
だが、ファナに合うサイズが無かったのだ。
また、非力なファナにとっては、レザーアーマーですら身につけることは不可能だったのだ。
そこで、イルは、自身の[バッグ・オブ・ホールディング]の中から、
何着もある防具の一つを、ファナにプレゼントすることにした。

それが、今、ファナが身につけている[クローク・オブ・コーシャス(慎重な者の外套)]である。
無論、[イル・ベルリオーネ]が所有するローブである。
ただのものである筈はない。



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◇[クローク・オブ・コーシャス(慎重な者の外套)]

強化
・頑強、反応、意志

特性
・このしなやかな蒼の美しい外套は、敵対する者に「臆病者の外套」と呼ばれる。
 なぜならこの外套は素早い撤退を助けるからである。

パワー
・使用者に移動速度のパワーボーナスを得る

-----------------------------------


サイズに関しては、マジックアイテムの力か、自動的にファナに合わせられたようだ。


「こ、こんなきれいな服、初めてです……」


クルクル回るファナ。
これほどまで喜んでくれるファナに、イルもつられて嬉しくなってしまう。
ただ、ますますファナの職業がわからない外見になってしまったとも思った。
「アニメの魔法少女みたいな見た目だなあ」などと考えて、イルは一人苦笑してしまう。

そんな穏やかムードの中。
ガストンが呟いた。


「でもどうして、俺達にこんなにしてくれるんだい?
 ぶっちゃけ、これだけですごい金かかってるだろ……?」


ガストンの言葉に、ルイディナとファナも黙ってしまった。
室内が沈黙に包まれる。
そんな中で、イルは近くの椅子に腰を下ろす。
すると、待ってましたと言わんばかりに、クロコはイルの腿の上に飛び乗る。
イルはクロコの頭を撫でながら、静かに口を開いた。


「私も冒険者だったんです」

「え、イルマさんも?」


ルイディナは驚きの声を上げる。
そんなルイディナに、イルは笑顔で頷いた。


(イル、良いのですか?
 冒険者であることを、彼女らに明かしてしまって?)


クロコから、イルに意思疎通のメッセージが飛んでくる。
イルはルイディナ達に悟られないように、表情には何も出さないでメッセージを返す。


(全く問題無いし、むしろ都合が良いと思う。
 [イル・ベルリオーネ]であることを、あんまり知られたくないだけだからね。
 最初のうちに冒険者ということを明かしておけば、
 後々、何かしらの力を使ったとしても、それほど疑われることはないと思うんだ。
 木の葉を隠すなら森の中、だよ。
 あれ、これはちょっと使い方が違うのかな?)


イルは一つ咳払いをして、ルイディナ達に向き合った。


「ええ。
 最初の私なんて、酷いものでした。
 腕もない、お金もない。
 あったのは、同じ境遇の大切な仲間だけです。
 そんな時でした。
 やはり先達の人が助けてくれたんです。
 おかげで、今、私は生きています。
 だから今度は私の番かな、と――」


自分で言っていて「少し気恥ずかしいな」と、イルは思ってしまう。
だが、今のこの世界で、この状況。
ルイディナ達に、生き残って欲しいと思うのも事実だ。
だから、この先の言葉は自然に出てきた。


「そして、ルイディナさんたちにお願いがあります。
 3人でずっとこれから先も生き残ってください。
 そして、ずっと先の未来。
 私と同じような立場になった時。
 新人の方を手助けしてあげてください」


イルの静かで、穏やかで、重くて、優しい言葉が告げられる。
ルイディナ、ファナ、ガストンは、大きく頷いた。


「ええ、わかったわ、約束する」
「う、うん、が、がんばります!」
「ああ、勿論だとも」


3人の言葉に、イルは嬉しそうな笑みを満面に浮かべた。
そんなイルに、ルイディナも笑顔で返す。


「イルマさん!
 これから、あたし達のことは気楽に話して。
 ここまでしてくれて、敬語なんてやーよー」


ルイディナの提案に、ファナとガストンも同意する。


「う、うん。
 ファナって呼んでください」

「ああ、ったくだ。
 俺も頼む。
 どうにも、俺もむずがゆくてダメだ」


イルはゆっくりと椅子から立ち上がる。
そして、3人の顔を真正面から見つめる。


「わかりました。
 ルイディナ、ファナ、ガストン。
 これからよろしくお願いします――」


イルのまっすぐな視線に、ルイディナは少し照れてしまう。


「まだ、びみょーに敬語だけど、うん!
 イルマさんの好意、絶対に無駄にしないわ!
 まっかせなさいって~!」







なんと出発できず。
ただ、少しは、ルイディナ達に血肉を与えられたかなとも思うので良しとします。
初心者パーティ、これからどうなることやら???

それにしても、おじいちゃん編に入ってから、どうにも文章に違和感が。
視点が散漫というか。
いっそ、ルイディナ達の視点だけで書いてみようかなあ。



[13727] 49 ケア・パラベルへ
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/04/09 10:28
[アーケン]から[ケア・パラベル]へと続く街道は程よく整備されている。
互いに、多くの物的流通があるためだ。
馬車が使用することもあり、道は非常に歩きやすい。
そのために商人以外の、多くの人々も街道を使用している程だ。

そんな中、
1人の老人と1匹の猫、そして3人の若者も歩いていた。


「ひっま、ひっま、ひっま~♪」


若者の1人である真っ赤な髪の女性が、拍子ハズレの歌のような何かを口ずさむ。


「でもルーちゃん。
 絶対に、暇の方がいいよ……」


そんな珍妙な歌に対して、蒼の外套を纏った小さな少女が答える。
この少女には似つかわしくない苦笑を浮かべていた。


「ファナの言うとおり、だ。
 暇っていうのは、こんなにも尊いモノだったんだなあ……」


横を歩いていたミリタリーフォークを担ぐ男は大きく頷く。
そんな2人の反応に、真っ赤な髪の女性ルイディナは頬をふくらませた。


「え~、そっかなあ??」


ルイディナの様子に、ミリタリーフォークを肩に背負った男ガストンは深いため息を付く。
二人のやり取りに、小さな少女のファナが仲裁する。
いつもの光景。
そんな3人に、簡素な焦げ茶色のローブを纏った優しげな老人が後に続く。
そして老人の横には、ぴったりとスコティッシュフォールドの黒猫が付いてきていた。

老人は、3人をやんちゃな孫を見守るかのように眺めつつ歩く。


「えーん、みんながいじめるよ~、イルマさ~ん!」


泣き真似をしながらルイディナは、老人のイルマに援軍を求める。


「暇すぎても退屈だけど、忙しいのは遠慮願いたいかな」


イルマはニコニコしながら、どっちつかずの回答をする。


「え~!
 ちょ、それ、ずる! イルマさ~ん!」


ルイディナの声が街道に響き渡った。
ファナ、ガストン、イルマは笑う。

柔らかい日差し。
サラサラとした風。
穏やかで優しい時間が流れる。

そんな街道を、ルイディナ達は歩いていた――


-----------------------------------
◇[ローブ・オブ・フォーベアランス(耐えるもののローブ)]

特性
・一見は簡素な衣服だが、圧倒的な魔力による防御力を備えたローブである。
 眼にした多くの敵対する相手は、着用者の防御力を過小評価してしまう。
・ローブ着用者に対して攻撃を加えた者は、全てのステータスへペナルティを与える。
 視界から外れるか、もしくは着用者の攻撃を受けることでペナルティは終了する。
-----------------------------------





-----------------------------------
049 ケア・パラベルへ
-----------------------------------

モンスターにも盗賊にも、危険な動物にも遭遇することなかった。
ルイディナ達一行は、のんびりとしたペースで街道を歩いていく。
これは老人であるイルマに負担をかけないように、ルイディナ達がペースを落としている為だ。

そんな旅の中、イルの頭の中にメッセージが流れてきた。


(イル、一つ伺ってもよろしいでしょうか?)


イルと呼ばれたイルマは、横を歩いている黒猫のクロコに視線を向ける。
と、クロコは既にイルの方を見つめていた。
微笑みながら、イルはクロコを胸に抱きかかえた。


(どうしたんだい、クロコ?)


クロコの黒曜石のような黒い毛並みをなぜる。


(あ、そこ気持ちいいです、イル。
 ……
 ……あ……
 ん……
 ……
 ……い、いけません……
 こ、これ以上は、また後で夜にお願いするとします。
 今、伺いたいのは、あの3人のことです)


イルにとって、何かさりげなく気になるような言葉が混じっていたような気がした。
が、それはスルーして、クロコに問いただす。


(ルイディナ達のこと?)

(はい)


胸元のクロコは、「コクリ」と頷いた。


(クローク・オブ・コーシャス(慎重な者の外套)。
 イルには些細なものでしょうが、凡百の魔術師では、あれは決して触れることも叶わぬ一品です。
 それを与えてまで、なぜ、あの小さな少女を手助けするのですか?
 他にも様々な物を与えてまで。
 そもそも、彼女たちの助力はいりません。
 私とイルで十分です。
 やはり、彼女らは足手まといにしかなり得ません。
 イルの目的を果たすのに、無駄な時間がかかってしまと思うのです)


クロコは一息で、想いをテレパスしてくる。
少しふて腐れているようなクロコに対して、イルは頭を撫でた。


(そうだね。
 クロコの言うとおりかもしれない。
 勇希達、いや、ここではキース達か。
 彼らを見つけ出すのが、少し遅れてしまうかもしれない。
 でも――)


イルは空を見上げる。
果てしなく広がる大空だ。
太陽が中点に来ているために、光がまぶしい。
イルは手をかざす。
それでも光は、指の隙間からイルの眼に飛び込んでこようとする。


(ワクワクがとまらないんだ)


空を見上げるイルの面持ちは、まるで少年のような無垢なものだった。


(イ、イル!?
 そ、その、ワ、ワクワク、ですか?)


マスターであるイルを敬愛(溺愛?)してやまないクロコは、イルが見せた表情に見とれてしまった。
そのために、返答が遅くなってしまう。
クロコは慌てて、イルに続きを促すような返答をした。

空からクロコへ、イルは視線を戻す。


(ここは危険な世界だ。
 それは重々承知している。
 嫌でも承知させられたよ。
 塔の周りにいたモンスター達から、散々、教育してもらったからね)

(あれはむしろ、モンスター達が危険な世界であると教育させられたと記憶していますが――
 ……すみません、話を遮ってしまいました)


クロコの言葉に微笑しつつ、イルは続けた。


(本当に危険な世界だ。
 それでも、精一杯楽しんでみたいっていう自分もいるんだ。
 正直、子供だなって思う。
 効率だけで考えたら、いくらでも手段があるのに。
 そうは思うんだけど、それでも、このワクワクが止められない。
 まるで修学旅行で、初めて海外旅行に行ったような心境かな。
 思ったように、感じたように、行動したくてさ)


言い終わって、イルは照れたようにはにかむ。


(我ながら、こんな状況なのに、度し難いとは思ってはいるんだけどね)


なんだか、何を言っているかわからなくなってきたよ――
と、イルは苦笑する。
だが、テレパシーを受けているクロコには十分だった。
言葉と、思いを、十二分に共有できたからだ。


(わかりました、イル。
 ぶしつけな質問、失礼しました)

(そんなことはない。
 クロコはパートナーだ。
 むしろ、ちゃんと話さなきゃいけなかったんだ。
 ごめんね)


イルはクロコをなで始める。


(あ、あの、ちょ、これ以上ここでは――)

(え、なに?)

(そ、その、なんというか――)

(え?)

(し、しりません!)

(ど、どうしたのさ、急に??)


クロコはイルの手から抜け出して、自身で歩き始めてしまった。
「プイっ」と、イルからそっぽを向けた時だった。


(――!)


一瞬、身体を震わせたクロコは、前方を凝視する。
直後、真剣な口調で、イルにテレパスが飛んできた。


(イル。前方、約100メートル敵対する者が感じられます)


クロコの言葉に、真剣な面持ちでイルは眼鏡越しに前方を見る。
イルの片眼鏡が淡く光る。


(ありがとう、クロコ。
 こっちでも[ケイブ・フィッシャー]を確認できた)

(いえ、大したことはありません。
 [ケイブ・フィッシャー]如き、イルには塵芥にも等しいでしょう。
 が、言わせてください。
 ご武運を――)

(ああ、わかったよ)


「ルイディナ、少しいいかな?」


イルは、暇ソング第9章を歌っていたルイディナに呼びかける。


「へ?
 どうかした、イルマさん?」

「少しの間だけ、その歌を止められそうだよ」



-----------------------------------
◇[アイ・オブ・ジ・アースマザー(地母神の眼)]

特製
・使用者は眼にしたあらゆるクリーチャーの起源、種別、キーワードを知ることができる。
・野獣に対して、意志による遠隔攻撃を行うことができる。
 視線による意志攻撃の目標となった野獣は10分間の支配下になる。
 
-----------------------------------

-----------------------------------
◇ケイブ・フィッシャー(Cave Fisher)

社会構成:集団
食性  :肉食性
知能  :極めて低い
性格  :トゥルニュートラル

特徴
・大きな節足動物(8本)
・身体に覆い被さる板のような堅いキチン質の甲羅を持つ。
・6本の足で壁を自由に移動でき、前の一対の足には強力なハサミが備わっている。
・奇妙に長い鼻をしており、鼻からは粘着性の単繊維が発射される。


生態
・ケイブ・フィッシャーは主に小さな飛行生物を獲物とする。
・本能的に、生存が一番容易となる行動を選ぶ。
 また、自分自身が喰われずに獲物を得る手段として隠密製と罠に頼る傾向がある。
・ケイブ・フィッシャーの繊維によって作られたローブは、
 着用者を、周囲からほとんど不可視とする効果を持つ。
 繊維は糸巻きに巻かれた後で、特殊な方法で粘着性が薄められる。
 残った繊維がローブに加工され、薄められた繊維は特別な溶液となる。
 溶液は手袋やブーツに塗られ、壁を上る際に非常な助けとなる。
 ローブと手袋、ブーツなどは冒険者に高値で取引される。
-----------------------------------





イルは3人に前方にモンスターがいることを伝えた。
慌ててルイディナ達は「キョロキョロ」と視線を泳がせる。
が、何処にもモンスターが確認できなかった。
そこで半信半疑で歩を進めると、確かに、木にへばりついている昆虫のようなモンスターを確認できた。
本当にいたために、3人は驚いた。


「ルイディナ。
 飛び道具はいけるかな?」


イルの問いに、ルイディナは肩を落とす。


「そのあたりはなんというか、ちょっち経済的事情というやつで……
 手がでなかったりなんかしちゃったりして、たはは……」


ルイディナの答えに、イルは無理もないと思った。
剣やミリタリーフォークと違って、飛び道具には「玉」が必要となる。
当然、「玉」は有限であり有料なのだ。
戦闘が終わり、回収できればよいが、使い物にならないことが殆どだろう。
となると、新たに「玉」を用意する必要がでてくる。
初期冒険者に取っては、中々頭と懐を悩ませる問題だった。


「なら、これはおすすめだ」


イルは懐から細い革紐を取り出した。
革紐の中央には、丸いカップ状の受け皿がある。
ただ、それだけの物だった。


「ほえ?
 何それ、イルマさん?」

「実際に見たことはなかったかな?
 これは[スリング]だよ」


イルは転がっている適度なサイズの石を受け皿に入れて、革紐の両端を片手で握る。


「スリングはもっと評価されてもいいと思うんだ」


言うやいなや、イルは革紐を頭の上で振り回す。
石を入れたおかげで、遠心力が働き革紐に勢いが付く――


「はっ――!」


イルは片側の革紐の端を離す。
瞬間、石がものすごい速さで飛んでいく――!

木に掴まっていた[ケイブ・フィッシャー]の顔面を的確に捉えた。
かなりの衝撃に[ケイブ・フィッシャー]が地面に落ちる。


「これで、おしまい――!」


続けざま、再びイルはスリングを振り回して石を飛ばす。
第2投の石は、地に落ちた[ケイブ・フィッシャー]の身体を貫いた。
恐ろしいまでの命中率と威力だった。


「なにより、いくら使ってもタダという点がすばらしいよね」


ぽかーんとする3人に、イルはいたずらが見つかったような子供のようにはにかんだ。





[ケイブ・フィッシャー]の繊維は非常に人気がある。
この繊維は、ほとんど不可視のローブに加工ができるからだ。
やはりというか、[ケイブ・フィッシャー]製の装備は盗賊(シーフ)に人気が高い。


「うん、よし。
 もうちょっとだ」

「は、はい、イルマさん……!」


小さな身体を震わしながら、ファナは[ケイブ・フィッシャー]にダガーを差し込んでいく。
緑色の液体が滲み出てくる。
「ヌルリ」とした感触に、何度もファナはくじけそうになる。
が、


「うん、ここはこうやった方がいい」


小さなファナの身体に背中から覆い被さるように、イルはファナの手をそっと取る。


「は、はい!」


タイミングを見計らって、イルはファナの作業を手伝う。
包丁で野菜の切り方を教えるかのように、イルはファナに[ケイブ・フィッシャー]の繊維の取り方を教える。


「これができるようになれば、結構な安定収入になる。
 もうちょっとだけ、あと一歩、がんばろうか?」

「は、はい! が、がんばります!」


ファナは必死に、イルの言葉を聞いて従った。
おかげで、時間はかかったものの、無事に[ケイブ・フィッシャー]の繊維部を取り出すことができた。


「よくがんばったね、ファナ。
 もう教えることは何も無いよ」

「あ、ありがとうございます、イルマさん……!」

「[ケイブ・フィッシャー]は不意打ちさえされなければ大したことない。
 今日の感覚を忘れないようにだけ、ね。
 これで大分、お金に関しては楽になるよ」


イルは小さなファナの頭に、そっと手を乗せて検討をたたえる。
ファナは頬を上気させながら嬉しそうに、くすぐったそうに、イルの手の感触を楽しんでいた。


「もー、ホントのおじいちゃんと孫娘みたいじゃない~」


そんな中、イルから渡されたスリングを手にしたルイディナが戻ってきた。
ファナは嬉しそうに、ルイディナに走り寄っていく。


「ルーちゃん!
 見て、わたしにもできたよ!」


手にした[ケイブ・フィッシャー]の繊維を、ファナはルイディナに見せる。


「わ、やったね、ファナ!
 えらいわ~!」


ルイディナはファナを抱き枕よろしく抱きしめる。


「わぷっ!」

「さっすが!
 あたしなんて、不器用だから絶対にできないわ。
 ファナ、本当にすごいじゃない!」

「ルーちゃん!
 これで、少しはわたしも役に立てるよ……!」

「ん~、もう、ファナったら~♪」
 

ルイディナとファナがお互いに嬉しそうに抱き合っていた。
そんな光景に、イルは満足げに何回も頷いた。





「スリングはどうだった?」


ルイディナとファナが落ち着いた事を見計らって、イルは尋ねる。
スリングに興味を持ったルイディナに、イルはスリングを進呈しのだ。
もらったルイディナは大喜びで、先程まで練習に励んでいたからだ。


「う~ん、ちょっち苦戦中かも。
 でも練習すれば、全然OK!
 それに――」


ルイディナとイルの視線が合う。
そしてイルも頷く。


「「タダという点がすばらしい」」


ルイディナとイルは同時に口にする。
そして、笑い合った。


「おーい、枝けっこう集めてきたぞ-」


そんな時だ。
ガストンの声が聞こえてきた。
ファナが繊維の採取、ルイディナがスリングの練習をしている間に、
ガストンは、今日の野営に使う枝を集めてくれたのだ。


「ガストンさん、ありがと~!」


林から出てくるガストンに向かって、大きくルイディナは手を振った。







ハーレムものって難しい……!!!
必死にフラグを建築中のつもりなのですが、どうにもこうにも??



[13727] 50 ケア・パラベルへ02
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/04/02 18:00
ゆったりとした動きで、イルが毛布から這い出てきた。
朝独特の、ひんやりとした清涼な空気が身体を包み込む。
イルは一つあくびをし、大きくノビをしてから思い切り朝の空気を吸い込んだ。
少しだけ寒くはあったが、脳が活性していくのが感じられて心地良かった。


「イルマさん。早いな。
 ったく、依頼主がウチの2人組より先に起きるんだもんなあ」


見張り番の為に起きていたガストンは、苦笑しつつ、目覚めたばかりのイルに声をかける。


「はは、私と比べるのは可哀想だよ。
 ルイディナ達、最初の見張り番してくれてるんだから。
 もう少し、ゆっくり寝かしてあげてください」


寄り添って寝るルイディナとファナに、イルは自身が今まで使用していた毛布を掛けてやった。
毛布を掛けられた時、ルイディナは幸せそうな笑みを浮かべた。
ファナはルイディナの抱き枕状態なので、表情をうかがい知ることはできなかった。


「イルマさんにはかなわないな。
 ありがとう、な」


ガストンは頭を下げて、イルに礼の言葉を述べる。


「それじゃ、俺は飯の準備でも始めるかな。
 イルマさん、ちょっと待っててくれ。
 水を汲んでくる」


「よっこらせっと」とぼやきながら、水袋を手にガストンは立ち上がる。


「もう日も登り始めてる。
 特に何も無いと思うが、万が一、何かあったら大声出して呼んでくれるかい?」


ガストンの言葉にイルは笑顔で頷く。


「ええ、わかりました。
 よろしくお願いします」


[アーケン]から[ケア・パラベル]へ。
ルイディナ達パーティと、イルとクロコの穏やかな1日がまた始まる――





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050 ケア・パラベルへ02
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ガストンが近場の川へ向かって、イルから姿が見えなくなった頃。
見計らったように、イルの下にクロコがやってきた。


(おはようございます、イル)


テレパスによる挨拶がイルに届く。


(ああ、おはよう。クロコ)


イルもクロコに挨拶を返すと、
あぐらの体制でいたイルの太ももに、クロコは乗っかってきた。
クロコにとっては、この位置はお気に入りの場所だ。


(昨日はどうだった?)

(近寄る敵対生物はゼロ。
 イルの手助けどころか、私も何もする必要がありませんでした)


クロコの言葉に、イルは小さく頷く。
昨日の夜から今まで、彼女は見張り番をしていた。
ルイディナ達の見張りで見落としが無いように、と、クロコ自身が見張り番を買って出たのだ。

イルの使い魔であるクロコ。
彼女は夜目と聴力に非常に優れていた。
クロコの見張りや偵察の能力に対して、イルは絶対の信頼を寄せている。


(そっか、助かったよ。
 おかげで、朝までゆっくりと寝ることができた。
 ありがとう)


つやつやな毛並みのクロコの身体を、イルは優しく撫でる。
皺だらけの暖かい手による愛撫に、気持ち良さそうにクロコは目を細めてしまう。
十分にイルの手の感触を堪能してから、クロコはテレパスを返す。


(私はイルの唯一の使い魔です。
 当然の事、お礼の言葉など必要ありません)

(それでも、だよ)

(なら、近々、別の形で返してもらいます。
 たっぷりと)

(……
 ……
 ……へ?)


笑みを浮かべるクロコに、イルは「ゾクリ」としたものを感じてしまう。
なぜならクロコが要求するのはいつも――


(あ、あのクロ――)

(それではイル。休息に入らせていただきます)


言いかけるイルに、クロコは言葉をかぶせてくる。
このパターンになると、イルはクロコに何も言えなくなってしまう。


(え、ああ……
 うん、ゆっくり休むといいよ)

(はい、おやすみなさい)


一礼をしてから、クロコはイルの太ももの中で丸まる。
そしてすぐに、気持ち良さそうに「くぅくぅ」と寝息を立て始めた。
そんなクロコに対して、イルは「やっぱり猫なんだなあ」と苦笑せざるをえなかった。





クロコが眠ったことを確認してから、音を立てないように、
イルは[バッグ・オブ・ホールディング]から、厚手の本を取り出した。
本の装丁はすすけており、重ねられた紙は変色を起こしている部位もある。
きわめて粗末な外見の本だった。
だが、価値を知るものが見れば、この本には値段など付けられる品では無いことがわかる。

これは[呪文の書(スペルブック)]。
それも、あの[終演の鐘(ベル)]の[呪文の書(スペルブック)]なのだから――


[D&D]の世界では、魔法は2系統に分けることができる。
僧侶系か、魔術師系か、だ。
僧侶系の魔法は、己が信仰する対象に[お願い」、または[命令]することにより効果が発動される。
そこには複雑な手順は無い。
[想い]や、[心の力]が、魔法の力となる。
だが、魔術師系は違う。
非常に複雑な手順である[詠唱]と、[動作]、そして[精神の集中]が必須なのだ。
これは通常の人間の精神では思いつけるものでは無いために、簡単に記憶できるものではない。
そこで魔術師は、忘れない為に[呪文の書(スペルブック)]を記すのである。

さらに魔術師は、魔法エネルギーを発するには特殊な[精神パターン]を心の中に描いておく必要がある。
この[精神パターン]についても、極めて複雑怪奇であり、通常の人間には想像不可能なものである。
そのため、[精神パターン]を脳内に刻み込むためにも、[呪文の書(スペルブック)]は用いられている。
呪文とは、その[精神パターン]から得たエネルギーを解放することである。
そして解放のトリガーが、[詠唱]と[動作]ということになる。

ちなみに[詠唱]などで解放された[精神パターン]は心の中から消費されてしまう。
そのため、再び、その呪文を使用するためには[呪文の書(スペルブック)]から、
[精神パターン]を心の中に刻み込まなければならない。

そのため、僧侶と異なり、魔術師は現在の状況を見極めた上で、
必要な呪文の[精神パターン]を、予習や復習しておく必要がある。
高レベルの魔術師であるイル・ベルリオーネとて、この作業を欠かすことはできない。


「これが[ドラクエ]みたいだったら、大分、楽になるんだけどなあ」


思わず、イルはぼやいてしまう。
だが、イルは、この[精神パターン]の選択(呪文の選択)の巧みさこそが、本来の魔術師の実力であると考えている。
そのため、なんだかんだと言っても、決して手を抜くことはない。

例えば、今、この場所は草木が多い場所だ。
ここで、使用できる魔法が[炎系統]のものしかなかったとしたら?
イルが使用する魔法では大惨事にしかなり得ない。
その場に合わせた魔法の選択が必要なのだ。


「おはようございます、イルマさん」

「……ん?」


イルが[呪文の書(スペルブック)]から視線を上げると、
そこには[クローク・オブ・コーシャス(慎重な者の外套)]に身を包んだファナが立っていた。
[精神パターン]の構築に意識を向けていた為に、声をかけられるまでイルは気がつかなかったのだ。


「ああ、おはよう」


イルは挨拶の言葉を返すと、ファナは嬉しそうな笑みをする。
そして、「ぺこり」と頭を下げてから、ファナはルイディナの元に向かっていった。


「ルーちゃん、もう朝だよ」


ファナは、毛布に抱きつきながら眠っているルイディナの身体を揺する。


「む~。
 後、後、1時間だけ~」

「もう、ルーちゃんっ~」


そしていつものように、ファナ対ルイディナの朝の惰眠を巡る死闘が開始された。





「おはよ! イルマさん~」


真っ赤な髪をぼさぼさにしたまま、ルイディナは挨拶を振りまいてくる。
ちなみにルイディナの横にいるファナはというと、朝からの死闘で、すでにへろへろな状態である。
対照的な二人に、イルは笑みを抑えきれない。


「はは、よく寝れたようだね」


笑うのをこらえつつ、イルはルイディナに挨拶を返す。


「ん、も~ばっちり!
 あたしってば、ホントにどんな所でも眠れるのよね~」


ルイディナは力こぶを見せながら、自信満々に答える。


「すみません。
 ルーちゃんったら、昔からこうなんです。 
 でも、一度寝たら、中々起きてくれなくて……」


そんなルイディナに、ファナは疲れたようにがっくりと肩を落とす。
が、すぐに気を取り直して、イルに向かう。


「イルマさんは大丈夫でしたか?
 よく寝れました?」


少し心配そうに、ファナはイルの顔を覗き込む。
ファナは老体であるイルの身体を心配してくれて、[アーケン]を出発してから何回も聞いてくる。
そんなファナを見るたびに、イルは優しい気持ちになれた。


「ファナ、ありがとう。
 私は、これでも身体は丈夫なんだよ」


ファナの気持ちをありがたく思い、ファナの頭を撫でる。
イルはどうしてもファナの頭を撫でてしまう癖がついてしまった。
ファナが持つ雰囲気や言動、そして、頭のポジション。
存在の全てが「撫でて、撫でて」と言わんばかりなのだ。


「わ……」


少し照れるファナだが、まんざらでもなさそうに気持ち良さそうにしていた。
ほほえましい光景。
だが、それを不服なのはルイディナだった。
頬をぷっくりふくらませている。


「んー、なんだか扱いに差を感じるわ~。
 イルマさん、あたしにも!」


「撫でろ! 撫でろ!」と言わんばかりに、ルイディナは頭を差し出してくる。
それを――


「そりゃ、差付くだろうが。
 ファナは、ちゃんとイルマさんの気を使ってるんだから」

「フニャ!?」


ガストンは、ちょうど良い位置にあったルイディナ頭にチョップを入れる。


「ガストンさん、ちょっとホントに痛かったわよ~!
 それにあたしだって、イルマさんの事を思いまくっちゃったりして、
 ちゃーんと、気を――」

「使ってねえじゃねえか。
 むしろ、スリングの使い方とかで、質問攻めにしてたような気がするが?」

「う!
 ちょ、ちょっち、それ言われると……
 たはは……」


今日は、朝から、なんとも肩身の狭いルイディナだった。





ガストンが準備した朝食を食べ終わり、各々が出発に向けて準備をしていた。
イルも荷物を片付けている時だ。


「ん?
 イルマさん、それ何?」


ルイディナの視線は、今、イルが手にしている古びた本だった。
そう、イルの[呪文の書(スペルブック)]だ。


「これ?
 なんて言えばいいかな。
 仕事の書類みたいなものかな?」

「へえ、イルマさんの仕事!?
 見せて見せて~!」


ルイディナがイルに対して、両手を差し出してくる。
本を見せて欲しい、という意思表示なのだろう。
一瞬、イルは「ぽかん」と惚けてしまう。
その後、笑いが止まらない――


「え、え、イルマさん、なに、なに!?
 あ、あたし、なんかやっちゃった!?」」


突然に笑い出したイルに対して、ルイディナは戸惑ってしまう。


「ああ、ごめんごめん。
 うん、ルイディナは興味を持っただけだから、何も悪くないよ。
 はい、どうぞ」


イルは自身の[呪文の書(スペルブック)]をルイディナに手渡す。
そして、ルイディナはペラペラとページを開いて――


「むーりー!」


ルイディナは覗き込んで見たが、あまりの細かい字に一瞬で降参する。


「あはは、残念だ」


このルイディナの行為、他の魔術師が見たら、うらやましさのあまりに卒倒するであろう。
今、ルイディナは、[終演の鐘(ベル)]の[呪文の書(スペルブック)]を見ることができたのだから!

だが他の魔術師は、この[呪文の書(スペルブック)]を決して見ることはかなわない。
なぜなら、イルが許可しない相手が手に触れた瞬間に、この世から消滅するからだ。
それほどまでに、この[呪文の書(スペルブック)]には、イルによって凶悪なトラップスペルが幾重にもかけられている。


「え、ルーちゃんにも読めないの??」


イルの[呪文の書(スペルブック)]に、ファナも覗き込む。


「ア-、べー、ツェー?
 ……
 ん、やっぱり難しいな……」


ファナも苦笑いをする。
が、この時、イルは表情には出さなかったが、少なからず驚いていた。
特殊な魔法文字で記載されているために、通常は、文字を読むことも困難なはずなのだ。


「ファナは、字は読めるのかい?」


イルはファナに尋ねる。
この世界の識字率は、日本と違ってさほど高くない。
文字の教育などは、生活に余裕があるものしか受けることはできないからだ。


「ルーちゃんに教わって、ちょっと読めるぐらいです。
 書くことは全然ダメです……」


ファナは恥ずかしそうに俯いてしまう。


「たはは。
 イルマさん、あたしが悪いの。
 あたし、どうにも教え方って、よくわからなくて。
 そもそも、あたし、なんで読み書きできるようになったかわかんないぐらいだし???」


ルイディナがおどけたように説明する。
ファナをフォローするルイディナに、「そっか」と、イルは穏やかに頷いた。
そして膝を曲げて、ファナと視線を合わせるように屈み込む。


「ファナ。
 よかったら、私が字を教えようか?」

「え!」


イルはファナには、魔法の才能があるかもしれないと考える。
文字を教えて、ファナが魔法に興味があるようだったら教えても良いと思う。
この優しい子が、この厳しい世界で生きていけるように。

それにたとえ、魔法の才能が無かったとしても、
文字の読み書きができることで、損などは何一つ発生することはない。
冒険者を止めても、なんらかの仕事には就きやすくなるだろう。


「は、はい!
 ぜ、是非!
 イルマさんになら!」


イルの提案に、ファナは嬉しそうに何度も頭を下げてきた。


「お、すごいな。
 こんなはっきりと言うなんて、ファナにしては珍しいな?」


ガストンは少し驚いた。
ファナは内気な性格であることを知っているからだ。


「え、う、うん……」


ファナは少し照れたように頬を赤らめた。
そんなファナに対して、ニヤニヤしながらルイディナはファナのほっぺたを突く。


「あららん、ファナ照れてる~?
 こりはもしかして。
 ちょー、歳の差のカップル誕生!?」

「ちょ、る、ルーちゃんったら!!」


ルイディナにからかわれて、ファナの顔はリンゴみたいになってしまった。
可愛らしいファナに、みんなから笑いが起る。
思わず、イルも微笑んでしまうのを抑えられなかった。







今回は、魔法の説明部分を書くのに大分時間がかかってしまいました。
途中で力尽きそうになりました。
よかった、なんとか公開できて!(文章のクオリティは置いておいて)
魔法の考え方については、[AD&D]を参照させていただいております。

ただ、話の展開はあまり進めませんでした。
次話から、ちょっとした展開があるようにしたいと考えています。



ちゃくちゃくとハーレムに向けてフラグを建築中のつもりです。



ほのぼの成分を補給。
自己満足が強めになった今回の話でした。



気がつけば50話!



[13727] 51 ケア・パラベルへ03_カスピアン
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/04/23 17:48
ピクニックとキャンプの繰り返し。
そう言っても差し支えない程、荒事が起きることも無く、また天気にも恵まれた。
[アーケン]から[城塞都市 ケア・パラベル]へ向かって5日目の真昼。
村以上だけど町未満と言える規模の集落が、ルイディナ達一行の視界に入ってきた。


「お、見えてきたな」

「へえ、あれが[カスピアン]なんだ~!」

「思っていたより大きいんだね、ルーちゃん」


見えてきた集落[カスピアン]について、ガストン、ルイディナ、ファナは各々の感想を述べる。
[カスピアン]は[アーケン]と[城塞都市 ケア・パラベル]の、丁度、中間地点に存在する。
そのために[アーケン]と[ケア・パラベル]間を行き交う人々は、この[カスピアン]で休憩することが多い。
そんなことから、多くの人々からは[中継集落 カスピアン]などとも呼ばれていた。


「よ~し! 元気100倍!
 チャキチャキ行って、今日は美味しいご飯を食べまくるわよ~♪」


ルイディナは踊るようにスキップしつつ、[カスピアン]へ向かっていく。


「わ!
 ル、ルーちゃん、待ってよ~!」


イルとルイディナを交互に見つつ、ワタワタとファナは慌ててしまう。
ガストンとイルは、ルイディナのはしゃぎように互いの顔を見合わせて苦笑してしまう。


「ほら、早く早く~!」


ブンブンと勢いよく、笑顔でルイディナは3人に向かって手を振った。


「なんだか、ホントに孫娘を見ているような気になってきたなあ」


元気一杯なルイディナの姿を見て、苦笑いをしつつ、思わずイルは呟いてしまった。





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051 ケア・パラベルへ03_カスピアン

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「ラッキ~! ここ税金取られないんだ」


通常、街に入る際には、入市税が課せられることが多い。
だが[中継集落 カスピアン]に入るに際には、1cp(銅貨)も支払う必要が無かったからだ。
おかげでルイディナはホクホクの笑顔だ。


「まあ、[カスピアン]は商人や旅人がよく使うからな。
 詳しいことはよくわからんが、文句がでるからじゃないか?」


ガストンもお金を払わないで済んだことに、やはり微笑を浮かべている。
そんな[カスピアン]についての感想を述べつつ、ルイディナ達は中央広場に向かった。





[カスピアン]の門から、15分程歩いた場所に中央広場は位置している。
ルイディナ達が中央広場に到着した頃は、丁度、真昼ということもあり多くの人々で賑わっていた。


「それじゃ、さっき決めた通りだ。
 俺は宿を探す、と」


そんな中で、ガストンは自身を指差しながら告げる。
続けて、その指をルイディナに向ける。


「りょーかい、ガストンさんヨロシク!
 んじゃ、あたし達は景気が良さそうな商人をゲットね。
 行くわよ、ファナ~!」

「うん、ルーちゃん」


指差されたルイディナは、「任せなさい!」と言わんばかりに自身の胸を拳で叩いた。
一方のファナは、大事にサック(袋)を抱えている。
このサックの中には、ケイブ・フィッシャーから取った繊維が詰まっているものだ。


「悪いな、イルマさん。
 ちょっとブラブラしといてくれるかい?
 すぐに休めるように探すからさ」


続けてガストンは、申し訳なさそうにはイルに告げてきた。
老体である身に気を使ってくれるガストンに対して、イルは頭を下げる。


「気にしないでください。
 この辺りを見物してますから。
 こちらこそ、よろしくお願いします」


これからルイディナ達はバラバラの行動を取る予定だ。
ルイディナとファナは、ケイブ・フィッシャーの繊維を売る。
その間に、ガストンは安い宿を探して予約する役目を請け負った。
当然、宿代はケイブ・フィッシャーの繊維を売却したお金から支払う予定だ。

1人することが無いイルは、[カスピアン]の散策をすることに決めていた。
周囲の賑やかな雰囲気に、イルのテンションは上がって仕方がない。
そして、そんなイルの横で、クロコのしっぽが「ブンブン」と揺れていた。
久しぶりに、イルと二人きりの時間が得られて、クロコも嬉しくて仕方がなかったからだ。





ルイディナ達を見送ったイルとクロコは、現在立っている中央広場を見回した。
そこには、多くの人々が行き交っている。
商魂たくましい商人などは、馬車などで出店を開いている。
そこで繰り広げられる商人同士のやり取りは、まるで市場のような活気だ。


「中継集落なんて言われてるけど、結構活気があるなあ」


賑やかな広場で、最初にイルが興味を引かれたのは、肉を串焼きにして販売する出店だった。
肉に振りかけられた香辛料が焼ける匂いは、食欲をとてつもなく刺激してならない。
自然に「ゴクリ」とつばを飲み込んでしまったことで、イルは串焼きを最初のターゲットと決定した。
そして、イルが足を進めようとした時だった。


(報告させていただきます、イル。
 10時方向、10メートル先に不審な動きをする人物が確認できます。
 敵対する気配は感じられませんが――
 ……
 ……
 ……
 ……久しぶりの二人の時間というのに……!)


テレパスが、クロコより飛んでくる。
最期の方の言葉はよく聞き取れなかったが、クロコの言葉にイルは棘があるように感じた。
それ故に、イルは浮ついた気分を捨てて、指示された方向に意識を向ける。

そこには、すすけた茶色のフード付きローブを身にまとった人物がいた。
千鳥足で、フラフラしながらジグザクに歩いている。


(……酔っぱらい、かな?)


一見して、イルにはそうとしか見えなかった。
思ったままの気持ちを、クロコに告げてみる。


(現状では判断いたしかねます。
 いかがしますか?)

(ん――)


意見を求めたが、逆に、クロコの問いかけに対して返答しようとした時だった。
イルの目前で、フード付きローブの人物は「パタリ」と倒れてしまった。
それは、操り人形の糸が切れてしまった時のようだった。


(え……?)


イルも(クロコも)、さすがに驚いた。
そして――


ぐぅうぅう――


ローブの人物から、ものすごい音が発せられた。


「へ、これは……???」


イルの目が点になる。
この音には、イルも覚えがある。
学校に登校していた時。
お昼前の四時限目の授業中に、鳴らないように必死でこらえていた音だ。

倒れてしまったローブの人が、這うように、もぞもぞと動き出した。
動きでフードが外れると、そこに現れたのは十代の前半と思われる少年だった。
そしてイルの方に手を差し出して――


「は、腹減った……」


「パタリ」と地面に落ちた。


「え、ええ……!?」


イルが遭遇したのは酔っぱらいでは無かった。
腹ぺこ少年だった。


(全く、人騒がせ、猫騒がせな人間です!)


なんだか憤慨しているクロコは、少年の頬に対して「ぽふぽふ」と肉球パンチをしている。
少年は「きゅ~」といった体で、(肉球パンチではなく空腹で)目を回していた。


「これは仕方がないなあ」


少年の膝裏と背中に手を回して、イルは抱きかかえた。
俗にいう、お姫様抱っこ状態だ。


「……軽いな」


少年の手足は随分と細かった。
本当にしばらく何も食べることができなかったようだった。
イルは中央広場を見渡し、一番初めに目に留まった食堂へ向かうことにした。





はむはむはむはむはむはむはむ。
ごくごくごく。
はむはむはむはむはむはむはむ。
ごくごくごく。
はむはむはむはむはむはむはむ。


「だ、誰も取らないからゆっくりと、ね……」


今、イルの目の前にいる黒髪の少年。
一心不乱に食事を胃の中に詰め込んでいる。
あまりの食べっぷりに、見ているイルがお腹一杯になってしまう程である。
そして、イルの忠告は、少年の耳には入っていない。
リスのようにほっぺたを膨らませて、口の中に入れまくっている。


「はは……
 店員さん、もう一人前追加をお願いします……」


イルにできたのは、注文を追加することぐらいだった。





「じっちゃん、マジありがとう!」


3人前は軽く片付けたであろう。
黒髪の少年はテーブルに頭をつけて、イルに対してお礼の言葉を述べてきた。
イルが頭を上げるように促すと、ようやく少年は面を上げた。
中央広場で出会った時にはバタバタしていて気がつかなかったが、
すすけたフード付きローブを脱いだ黒髪の少年は美少年と言ってよかった。
襟まで伸びた髪は何も手入れはされていないが、天使の輪が見えるぐらいにサラサラとしていた。
まつげも長く、大きな黒い瞳は力強さを感じさせる。
体格はルイディナとファナの間ぐらいで小さな方になるが、
あと2,3年もすれば、世の女性が放っておかないだろうと予測できるほどだ。
イルとしては、日本での中性的な女性アイドルを思い出させた。


「ここ最近、ずっと木の根っこを囓じってただけだからさあ。
 お腹と背中がくっついて平面人間になると思ったね。
 いや、ホント助かったよ!」


頭をバリバリと掻きながら、少年は笑う。
髪からはふけが落ちてくるが、屈託の無い笑顔の為に悪い印象は感じられなかった。
「この子のカリスマチェックに負けたかな?」などと思いつつ、イルも笑みを返す。


「気にすることは無いよ。
 私も楽しませてもらったからね。
 見ていて気持ち良い食べっぷりだった」


木の根っこと聞いて、イルは表情には出さないが眉を潜めてしまう。


「君は、どこかへ行く途中だったのかな?」


差し障りが無さそうな言葉を選びつつ、イルは少年に話しかける。
両親や、居住、なぜそこまでお腹を減らしているのか、等は避けるために。
が、少年はあっけらかんとした面持ちで――


「ああ、逃げてる最中なんだ。
 一文無しだから。
 さすがに、ちょっとばかり苦戦したよ」


何事も無かったかのように話してくれた。
少年の言葉に、今度こそイルは眉をひそめる。


「逃げてる?」


イルは少年の言葉を復唱する。
それに対して、何事も内容の少年は肯定した。


「ん、そー」


そして自身の右手首に巻かれていた包帯を、少年は手際よく外していった。
現れた少年の白細い手首には似つかわしくない、「48」と見える火傷の痕があった。


「飢饉、増税のダブルパンチでね。
 どこぞの貴族様に両親に売られた。
 で、このざまさ。
 でも――」


「ニヤリ」とした笑みを浮かべて、少年は自身の前髪に手を持って来る。
手が髪の毛から離れた時には、少年の親指と人差し指で、細く黒い物がつままれていた。
イルには髪の毛に見えたが、よくよく観察すると針金だった。


「コイツがあれば、どんな鍵でも余裕だね!
 天下に名が轟くトレジャーハンター予定のソランジュ。
 逃げ出すなんて、朝飯前。
 実際、朝飯前に逃げ出してきたんだけどね!」


[ソランジュ]と名乗った少年は胸を張った。
[ソランジュ]少年が見せてくれた針金と逃げ出したという行動から、彼は[オープンロック(鍵開け)]の技能を使ったのだろう。
ということは、彼はトレジャーハンターと名乗ったが、[D&D]の職業的に言えば[シーフ]だ。


-----------------------------------
・[オープンロック(鍵開け)] 

錠前や複雑な鍵、パズル式の鍵などをこじ開けることができる。
ただし、錠前(南京錠)をこじ開ける時には、シーフの7つ道具が必要となる。

-----------------------------------


ただ[ソランジュ]が盗賊なら、[ピックポケット(スリ)]という技能もあるはずだ。
だが、こんな状況でも、この子は一文無しと言った。
つまり、この子は辛くても[ピックポケット(スリ)]は行わなかったのだろう。


-----------------------------------
・[ピックポケット(スリ)] 

他の者のポケットやふところ、ガードル、袋の中から小さな物をすり取る時に使用する。
他にも、掌の中に物を隠す時や、手を使用する作業の際にも使用される。

-----------------------------------


そんな[ソランジュ]に対して、イルは[シーフ]とは決して呼ばない事を誓った。


「[ソランジュ]、か。
 かっこいい名前だね。
 でも、将来有望なトレジャーハンターでも、空腹にはKO寸前だったね」


逃げてきたという点には触れないで、イルは[ソランジュ]に対して笑みを浮かべた。
そんなイルの問い対して、[ソランジュ]は「わかってないなあ」といった面持ちだ。


「じっちゃん、じっちゃん。
 空腹って敵は、実は世界最強なんだぜ?
 どんな人間や英雄だって、腹は減るんだからさ」


[ソランジュ]の言葉に、イルは一瞬ポカンとしてしまう。
だが続けて、すぐに何度も頷いてしまった。


「はは、なんか含蓄深い言葉だ。
 そこらの賢者の言葉よりも重みを感じるよ」


少年だけが持ち得る陽気な雰囲気もあって、イルは大きく笑ってしまった。





「イルマさん。
 もう戻られてたんですね!」

「あー、ずるい!
 もうなんか食べてる、あたしもあたしも~!」


いつもよりテンションが高めのファナと、
いつも通りテンションが高いルイディナだった。
ファナは本当に嬉しそうに、イルマの横に駆け寄ってくる。
ルイディナは近くの店員に注文をしてから、イルの横の空いている席につく。


「イルマさん、ありがとうございます!
 あの繊維、とっても高く売ることができたんです!
 本当にありがとうございます!
 これで、私も、みんなの役に立てそうです」


ちょっと目尻に涙を浮かべているファナに、イルは優しく頭をなでてあげた。


「ありゃ?
 この子は?」


席に着いたルイディナが、イルの正面に座っていた[ソランジュ]に気がついた。
ルイディナはイルに向かって、クエスチョンマークを浮かべた面持ちを向けてくる。


「ああ、この子は[ソランジュ]。
 さっき知り合った、私の友人だよ。
 将来が有望なトレジャーハンターだね」


自分で言うのは慣れているのだろうが、人から言われるのは慣れていないらしい。
「む~」といった視線をイルに向けてから、ソランジュは顔を赤らめながら自己紹介をする。


「[ソランジュ]。
 さっき、行き倒れてる時にじっちゃんに助けてもらったんだ」


髪をかきむしりながら、照れくさそうにする[ソランジュ]に、
いつものように陽気にルイディナは答えた。


「ん、よろしく!
 あたしはルイディナ。この子はファナ。
 イルマさんは、あたし達の雇い主って、まあ、堅苦しい話は無し無し!
 まずはお祝いよ!
 今日は、ファナがおごってくれるからね~♪」


続けて、ファナも「ぺこり」と頭を下げた。


「ファナです、よろしくね。
 わたしもイルマさんにはとっても助けてもらってるんです。
 わたし達、一緒だね!」


各々の自己紹介が終わり、ルイディナが注文した食事がテーブルに並べられる。
と、丁度、ガストンも戻ってきた。
そこで、ガストンの自己紹介の後に、宴会が行われた。
ケイブ・フィッシャーの繊維高値売却記念と、[ソランジュ]の出会いに対して――





お腹いっぱいにご飯を食べ終わり、まったりと腹休めタイム。
そんな中で、[ソランジュ]は席を立った。


「ありがとな、じっちゃん!
 これ――」


[ソランジュ]はイルの目前に立ち、先程見せてくれた針金を差し出してきた。
イルは[ソランジュ]の行動の意味がわからず、首をかしげた。


「これがあれば、どんな鍵も開けられると言った針金だね?」


[ソランジュ]は大きく頷く。


「ご飯の借用書代わり、さ。
 今は何も返せない。
 けど、ちょっとだけ待っててくれよな! 一山当てて、すぐ100倍にして返す。
 それは、その証文さ」


そして、「ずいっ」と針金をさらに差し出してくる。
[ソランジュ]はイルをまっすぐに見つめる。
イルが綺麗な目だな、と思った時には、自然と針金を手にしていた。


「わかった。
 [ソランジュ]、君が私を大金持ちにしてくれるまで大切に預かっておくよ」

「当たり前だろ。
 無くしたら承知しないんだからな!」


針金をイルに手渡し終えると、[ソランジュ]はルイディナ達にも一人一人挨拶をする。


「またな!
 ありがとう、絶対にまた会いに行くから!
 その時までな――!」


そう告げると、[ソランジュ]は食堂から駆け抜けるようにして出て行った。





「めっちゃ元気ね。
 あたしもあの頃に戻りたいな~」


ルイディナは似つかわしくないため息をついた。
が、ファナにはため息の理由も、言葉の意味も理解ができなかった。


「ルーちゃんどうしたの、あの頃って?
 ソランジュ君とそんなに歳離れてないよね?」


ルイディナは、「ぶるんぶるん」と首を振りまくる。


「いやいやいやいやいや。
 いい、ファナ!
 あたしの年齢ぐらいになると、1年がひっじょーに重要になってくるのよ~」


滝のような涙を流しながら、ルイディナは力説する。
そんなルイディナ対して、ますますファナはわからなくなってしまった。


「うう、ファナはいいいわね。
 最近じゃ、なんか肌もプルンプルンだしさ~」

「わ、ちょっと、ルーちゃん!?」


ルイディナは食後の運動として、ファナを撫でくりまわすことに決めたようだ。
ファナはくすぐったそうに、必死に逃げようとするが、ルイディナの力にはかなう訳も無い。
「うりうりうり~」「く、くすぐったいよぅ」といった、じゃれ合ったやり取りが始まった。

そんな仲の良い二人の微笑ましい?光景を眺めながら、イルは、よくわからない葉のお茶を飲んでいた。
お茶をおくと、見計らったようにガストンがイルに話しかけてくる。


「ちょっと言いかなイルマさん?
 気になることがあってな」

「何かあったんですか、ガストンさん?」

「ああ、実は――」


ガストンによると、安宿を探すべく歩き回っていたところ多数の兵士の姿を見たという。
そこで、気になって街の人に聞いたら、どこぞの貴族のお抱えらしいとのこと。


「あー、それ、あたし達も見たわ」


ファナを堪能しきったルイディナも、会話に混ざってきた。
ちなみに、ファナは荒い呼吸をしてテーブルに臥せっている。


「あたし達は商人と話してた時ね、
 やっぱり兵士っぽい人が、急に、商人の馬車の積み荷とかチェックしてたわ。
 なんか探してたっぽいわね。
 でね、そいつらが、ちょー上から目線。
 でもおかげで、その後に商人さんと話が盛り上がりまくりよん。
 その人が結局、繊維を高く買い取ってくれたんだけどね~♪」


ガストンの言葉の中に、イルは気になる単語があった。


「[貴族]ですか――」


モサモサの髭をなぜながら、イルは思考する。
[貴族]は社会的特権を認められている人々や一族のことだ。
だからこそ、ファンタジー小説や、TRPGのキャンペーンにも使い勝手がよい。
[貴族]が出てこないファンタジーゲームは少数派と言っても良いぐらいだろう。

そんな[貴族]に、何故、イルが気を止めたのか。

TRPGは一本道のコンピューターゲームとは異なる。
当然、人間であるが故に、マスターとよばれるゲーム進行役係の趣味趣向が大きく反映する。
今、イルがいる世界はTRPGの世界だ。
つまりは、[マスターの趣向が、世界に強く反映されている]と、イルは考えているのだ。

そして、マスターはキャンペーンに、[貴族]をよく出してきた。
出てくる[貴族]は、あまり好感が持てるキャラクターでは無かった。
それどころか、足を引っ張ってくる[敵]としての扱いが殆どだった。


「ああ。
 しかも、なんでも[ケア・パラベル]への街道に検問をしているって話だ」


続けたガストンの言葉に、イルはため息を付く。


「(やれやれ。これは強制イベントの開始かな?)」


[ケア・パラベル]へ向かっている最中。
その途中である、小さな集落[カスピアン]で貴族による突然の検問。
こんな不自然な話は、そうそうあるわけがない。


「(もしも強制イベントだと仮定すると――)」


何か、ポイントとなる出来事について考えようとする――
が、これはすぐに、イルには回答が出せた。

間違いなく[ソランジュ]だ。

[ソランジュ]は[貴族]から逃げていると言っていた。
そこに[貴族]が現れたとなると、当然、[ソランジュ]を捕まえようとしているのだろう。


「(そして、マスターのシナリオに巻き込まれるという感じかな……)」


そう考えると、[ソランジュ]とのアニメみたいな出会い方にも納得がいく。


(クロコ)


イルはテレパスでクロコに呼びかける。


(イル、了解です)


名前を呼ばれただけだが、クロコにはイルの命令がわかっていた。
すぐさま、食堂から駆け抜けていく。


「どったの、イルマさん?
 黙り込んじゃって?」


ルイディナ達は、クロコの行動に気がつかなかったようだ。
思考に耽ってしゃべらなくなったイルに対して、不思議そうにたずねてきた。


「ああ、ちょっとぼーっとしていた。
 なんでもないよ」


イルはごまかすように、お茶に手を伸ばした。
そして、お茶を2回すすった頃だった。
イルにクロコよりテレパスが入る。


(イル、状況を報告させていただきます。
 イルの考えられた通りです。
 先程の[ソランジュ]少年が包囲されています。
 人数は5人。
 兵士風軽装備の男3人。
 ローブを着用した男が1人、
 そして――)


イルはクロコの言葉を遮って――


(豪華な服を纏った人間、かい?)


イルの言葉に、クロコより肯定のメッセージが飛んでくる。


(はい。イルのおっしゃる通りです。
 状況は少年にとってよろしくない様子です。
 今は小康状態ですが、少しの切欠で荒事になると思われます)

(ありがとう、クロコ。
 動きがあり次第、引き続き報告を――)

(畏まりました)


一度、クロコとのテレパスを終了させて、改めて考える。

今のイルマ、[イル・ベルリオーネ]が正面からぶつかったら、
[貴族]なんて、全く、相手にもならない。
それこそ一瞬にも満たない時間で、[貴族]を文字通り消滅させることが可能だ。
だが、それは正面からの場合だ。
マスターが出してくる[貴族]の中には、搦め手が得意なキャラクターもいた。
そういうやつは、やっかいというか面倒だった。
こういった搦め手で襲ってくる敵に対しては、キースは嬉々として対応していたが、
正直、イルとしては勘弁して欲しかった。


「(無視するのが、強制イベントを考えたマスターに一番ダメージがあるんだろうけど――)」


何もなかったことにする。
そうすれば、このイベントは終わる可能性が高いだろう。
[貴族]を相手にするのは面倒なのだから。

だけど――

誰も座っていない椅子に、イルは視線を向ける。
そこは、先程まで[ソランジュ]が座っていた場所だ。
イルは目を閉じる。
と、美味しそうにご飯を食べる[ソランジュ]の姿を思い浮かべることができた。
そして、ゆっくりと目を開き、イルは席から立ち上がる。


「ほえ、どったのイルマさん?」


出口に向かうイルに対して、ルイディナが呼び止める。


「ああ。
 ちょっと食後の運動にでも行こうと思ってね」

「ん、りょうか~い。
 あんだけ食べたんだもん。散歩でもしないと太っちゃうからね~」


明るいルイディナの声に、イルは微笑を返してから食堂の出口へ向かった。


「相変わらずマスターずるいね。
 あんな良い子を出されたら、無視なんてできないよ。
 掌で踊らされてるんだろうな、私は。
 けど、マスター。
 バランスブレイカーの高レベル魔法使いを侮ったらダメだよ」


扉を出て、空を見上げつつ、
誰もいない青空に向かって、イル・ベルリオーネ老人は一人呟いた。







新キャラクター登場の巻。
少しでも気に入っていただければ幸いです!



おじいちゃん編は10話前後で終了を予定しています。



最近、厨成分が不足気味です!



[13727] 52 ケア・パラベルへ04_ソランジュ
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/05/03 17:57
「離せ、離せってんだよ!」


2人の屈強な兵士が、ソランジュを地面に押しつける。
ソランジュは必死にもがいているが、両腕と頭を抑えられているために動くことができなかった。


「ハハ、相変わらずだ。
 こうでなければならない。
 狩りをするにも、獲物は生きが良くなくてはつまらないからね」


地面に這わされている状態であるソランジュの頭上から、尊大、かつ、居丈高な雰囲気の言葉がかけられる。
声を聞いた瞬間、ソランジュの全身を虫酸が走りまくった。
この男の言葉は2度と聞きたくなかった。
唯一、自由に動かすことができた首を、男の声が聞こえる方へ向ける。
と、そこにはソランジュが生涯視界に入れたくなかった男がいた。


「良い目だ、48番。
 その反抗的な目だからこそ、僕は君の逃亡を許可したのだ。
 今しばらく、短い時間になるとは思うが、存分にその目で僕を見ることを許可しよう」


相変わらず、ソランジュにとっては腹が立つ言い回しだった。
が、それによりも気になる事があった。
思わず、ソランジュの口から自然と漏れる。


「え、許可――?」


ソランジュの言葉に、男は淫猥な笑みを浮かべた。


「本気で[逃げられた]と思ったのかな、48番。
 それは滑稽にも程があるというものだ。
 [逃がして]あげていたのだよ。
 この僕、トスカン・ブルゴー・デュクドレーがね。
 だってそうだろう?
 動かない標的に矢を向けたって、狩りは面白くもなんともないじゃないか。
 その点、君は威勢が良かったからね。
 褒めてあげるよ」


装飾過多なタブレットと装飾華美なサーコートを羽織った男・トスカン。
彼は自身が発した言葉に酔いしれる。
満足げに、何度も何度も頷いていた。


「え、え……!?」


トスカンの言葉に、もがいていたソランジュの力が抜けていく。
何も持たないソランジュが、たった一つだけ持っていた物。
[自力で脱出できた]という、心の支えが崩れていった為だった。

そんなソランジュが見せた表情は、トスカンの心を非常に満足させるものだった。


「それだよ、48番。
 ようやく僕を見る目が変わってきたようだ。
 高貴な僕を見るに相応しい目にね。
 そろそろ頃合いのようだから、手伝ってあげようじゃないか。
 もっともっと、良い目にするためにね。
 ああ、気にすることはない。
 どんな価値が無い人間でも、指導教育するには上に立つ人間の義務だからね」


トスカンは、腰のベルトに下げていた長い細い棒状のような物を取り出した。
ソランジュは目の前が真っ暗になるような感覚に陥った。
細い棒状の物、それが[ウィップ(鞭・ムチ)]だったからだ。


「くそ、くそ……!」


ソランジュから悔しさと、恐怖と、色々な感情が込められた声が漏れる。

この段階で、トスカンとソランジュの騒ぎを見守っていた人々からざわめきが大きくなる。
トスカンが[ウィップ(鞭・ムチ)]を取り出したということは、小さな子であるソランジュに振われることがわかっているからだ。
だが、人々には何もできない。
トスカンの身なりは、どう見ても一般人の格好ではない。
高貴な身分、もしくは豪商だろう。
どちらにせよ、権力があるのは間違いない。
そんな存在に逆らうことは、己自身の破滅に繋がるからだ。


「ふむ。
 みすぼらしい集落ですが、ここにいる人々は己をわかっているようです。
 素晴らしいですよ」


そんな周りの人々の反応に、トスカンは満足だった。
また何度も頷く。
その後、ソランジュを捕り押させている兵士に向かって指示を出す。


「48番が来ている汚らしい服を捨てなさい。
 身体に触れる時点で、私の鞭が臭くなるのは避けられませんが、
 まあ、この服に触れるよりは若干はマシでしょう」


トスカンの指示に、ソランジュを取り押さえている2人の兵士は黙って頷いた。


「ひゃ、や、止めろ……!」


ソランジュは懸命にもがくが、屈強な4本の腕が身体に向かっていく。


「や、止めろ、
 ……や、止めて……!」


ソランジュの力ではどうすることもできない。
簡単に、汚れに汚れたベストがはぎ取られてしまった。


「くそ、くそ、くそ……!」


ソランジュの上半身が、衆人環視の元で露わにさせられた。
その瞬間、周囲の人々から驚きのざわめきが広まった。
胸には、女性特有の小さな膨らみが宿っていたからだ。

[少女]であるソランジュは、恐怖と、悔しさと恥ずかしさで一杯だった。


「う、うぅ……!」


ソランジュは尚も懸命にもがくが、何もできない。
少女の力では、屈強な男の腕からは逃れられなかった。
服を奪われた後、再び、地面に押しつけられてしまう。


「良い声で鳴きなさい。
 これは命令ですからね。
 その後で、僕を見る目がどうかわったかもう一度確認してあげましょう」


トスカンの右手に握られたウィップが、高く掲げられる。


「くそぉ……!」


これから振り下ろされるであろうウィップを見て、ソランジュは心に決める。
今、逃げることはできない。
だったら、せめてできることをしてやる。
この男を喜ばせるような反応はしてやるものか、と――


「さあ、行きますよ」


トスカンの声と、ウィップによる風を切る音は同時だった。
ソランジュの白い背中に向かって、ウィップが振り下ろされる。


「きゃあぁぁぁぁ!!!」


ウィップの打撃音とソランジュの悲鳴が、カスピアンに響き渡った。
ムチ打たれた白い背中には、どす黒い盛り上がった傷が生まれる。


「あ、あ、ああ……!」


ソランジュの決意は、容易く破られた。
今、ソランジュの頭の中は[熱い]と[痛い]のみで占められている。
もはや満足に呼吸することもできない。
我慢など、とてもできる物ではない。


「ふむ。ようやく良い眼になってきましたね」



-----------------------------------
◇[ウィップ(鞭・ムチ)]

ウィップ(鞭・ムチ)は人や動物を打つ為の道具である。
相手の武器を絡め取ったり、手足に巻き付けて動きを封じたりが可能となる。

また拷問や調教の道具としても使われる。
拷問用のムチは、苦痛を与える為の道具ではあるが、外傷性ショックから死に至ることもある。

------------------------------------



「ただ、まだまだですね。
 私を見上げる目には相応しくありません。
 さあ、続けましょう」


再び、トスカンは頭上へとウィップを掲げる。


「や、やめ……!」


あの[痛み]と[熱さ]が再び来ることを思うと、身体が震えて仕方がない。
だが、逃げることもできない。
ソランジュには眼を瞑ることしかできなかった。

そして真っ暗になった。

視界も。
何か大切な物も。
もう、何も考える事ができない。
考えたくなかった。

ソランジュは、すぐに来てしまうであろう[痛み]を待つ。
そして――

「ピシャンッ!!」

空を切り裂き、皮膚を蹂躙する音が耳に飛び込んで来る。
直後に[痛み]が――
――
――
――
――
――
やってこなかった。

[痛み]で死んじゃったのかな、と、ソランジュは考える。
だが、身体の感覚はある。

そして、再び眼を開ける。
そこには地面が映し出されていた。
だが、なんだか影ができている。
そして、唯一、動かせる首を動かしてゆっくり振り返ると――


「すまない。
 ちょっと遅れてしまったようだね」


モサモサの真っ白な髭。
銀とも白ともつかない髪の毛。
穏やかな顔皺。
そこにいたのは、ご飯をお腹一杯に食べさせてくれた人――


「じ、じっちゃん!?」


2回目のウィップによる攻撃は、ソランジュに襲いかかることはなかった。
いつの間にか、ソランジュに覆い被さるようにして、イルが背中で防いでいたのだ。






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052 ケア・パラベルへ04_ソランジュ

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「ジジイ、なんのつもりだ!」


トスカンの横に控えていたローブを着た男が、突然現れたイルに対して怒鳴りつけてくる。
そんな男に対して、イルが言葉を発しようとした時だった。
トスカンはローブの男に向かって右手を挙げる。
すると、すぐにローブの男は黙ってしまった。その上、トスカンに対して一礼をする。

ローブの男の態度に満足しつつ、トスカンはイルに対して視線を向けてきた。


「ご老体、どういったことですかな、これは?」


商人が新鮮な魚を品定めするように、トスカンはイルを観察する。
そして、その直後に――


「うっ」


トスカンの手によって、イルの背中にウィップが振り下ろされた。
打撃音と共に、イルから呻き声が漏れる。
そんなイルの声に、ソランジュは混乱してしまう。


「じっちゃん、じっちゃん……!!
 なんで、なんで……!?」


ソランジュには理解できなかった。

なぜ、自分をムチから庇ってくれるのかを――
貴族の不興を買ってしまうのに――
両親にも捨てられたのに――
出会って間もないのに――


「はは。
 ご老体、中々に丈夫ですね。
 これなら、48番と違ってもっと力を入れても大丈夫そうだ――!」


続けて振り下ろされる3度目の鞭打ち。
再び、イルの口から、くぐもった声が発せられた。


「どうして……?」


ソランジュは、覆い被さってくれているイルに尋ねる。
とても鞭を背中に受けているとは思えない、優しい表情をイルは浮かべた。


「ソランジュ。
 なんでそんなことを言うんだい?
 その質問こそがどうして、だよ。
 助けるのは当たり前だよ。
 だって――」


皺だらけの優しい笑顔で、イルはしっかりとした口調で言い放った。


「私達は友達だろう?」





ソランジュが心配してくれている。
こちらの身体に気を遣ってくれるソランジュが可愛くもあり、また、心苦しさも感じた。
なぜならば、ウィップによる攻撃は、イルに全く苦痛を与えていなかったからだ。

悲鳴は演技である。
ウィップに合わせて、悲鳴を上げているだけに過ぎない。

イル・ベルリオーネが身につけているローブが、通常の物であるわけがない。
一見は簡素な衣服だが、その実は、[ローブ・オブ・フォーベアランス(耐えるもののローブ)]。
圧倒的な魔力による防御力を備えているのだ。
素人だろうが、玄人だろうが、誰が振おうともウィップによる打撃など衝撃は皆無である。


(イル、まだですか?
 まだなわけがありませんよね?
 もう行かせてください。
 いえ、行きます。
 決めました、行きますから。
 あの無礼な男達に、この大地に生まれてしまった事を後悔させますので――)


5発目のムチをくらった頃。
イルの頭の中に、クロコからのメッセージが飛んでくる。
クロコの言い分に、イルとしては苦笑せざるをえない。
だが、これだけムチを食らえば、まあいいだろうともイルは判断した。


(ああ、良い頃合いだ。
 クロコ、さっき説明した通りに頼むよ。
 その上で、こいつらに、君の[顔]をよく見せてほしい)

(イル以外に、顔を見られるのは好きではありません。
 ですが、今回は特別です。
 私の顔を思い出すたびに、ガタガタと震える程度には覚えていただくことにします)

(ああ、頼んだよ。
 それと――)


一つだけ気になるので、一応、イルは忠告をする。


(こ、殺しちゃダメだよ……?)


イルの言葉に対して、少しの間を開けてから――


(……
 ……
 ……善処しましょう)
  
(うわ、何、その政治家みたいな言葉は!?)


と、イルが思った時だ。
ウィップの動きが止まった。


「ぐぁ――!?!?」


トスカンから苦悶の声があがる。
イルはウィップのダメージで動けない体を装っている。
だから、振り返って確認することはできなかったが理解している。


「な、なんだお前は!?
 この僕を足蹴にするなど……!
 お前は今、何をしたのかわかっているのか、女!」


トスカンの声が遠くなった。
「蹴っ飛ばしたんだろうなあ」と、イルはのんびりと考える。
そんなイルの視界に、小麦色のスラリとした足が入ってきた。


「な、何か言ったらどうだ!?
 こ、この無礼者が!!」


トスカンとイルの間に、少女が立ちふさがった。
突然現れた黒髪・褐色の肌の少女は、何も声を発しない。
大きなトパーズのような瞳で、ただ、ただ、貴族を見下している。


「な、何か言え!
 ぼ、僕を誰だと思っているんだ!?」


少女としては全く答える気はない。
当然である。
[終演の鐘(ベル)]イル・ベルリオ―ネの唯一の使い魔なのだ。
この身に命令を下せるのは唯一にして無二。
神であろうと悪魔であろうと、ドラゴンであろうと関係ない。
クロコには、イル・ベルリオーネ以外の指示に従う気など微塵も無い。


「な、なんなんだお前は……!」


尻餅をついていた貴族は、土埃を払いながら立ち上がる。
こめかみに血管が浮き出るほど、この貴族は激高しているようだった。
だが、同時に焦る心も隠しきれない。

この少女が持つ雰囲気が普通では無いのだ。

そして、尋常では無いのが、少女の手に装備された籠手だった。
黄色で縁取られた籠手は淡い光を纏っているのだ。
一級の美術品も霞んでしまう程の品であることが、素人にも見てとれた。
が、この籠手の外側には、禍々しい鋭い鉤爪が取り付けられているのだ。
その鉤爪からは、どう猛な獣の爪を強制的に想起させる。
それほどまでに、鋭く、また血を求めていそうだった。

そんな鉤爪を、少女形態のクロコはぶつけ合った。
甲高い金属の音が、辺りに響きわたる。


「己の愚行を後悔しなさい」


クロコの声がトスカンに届いた時、目の前に居たはずのクロコの姿が消えていた。



-----------------------------------
◇[タイガークロ―・ガントレッツ(虎爪の籠手)]

特性
突撃時の移動速度にボーナスを与える。

パワー
・突撃攻撃時に、両の手による2回攻撃が可能となる。
 また、双方の攻撃が命中した際には、さらに追加で相手にダメージを与えることができる。

------------------------------------



「うげぇえええ……!?」


次の瞬間、トスカンの耳に苦悶の声が聞こえてきた。
慌てて、この方向を見る。
と、そこには嘔吐するお抱えの魔術師がいた。
そして、さらに信じられないことに、魔術師の命とも言えるスタッフが切断されている。
この一瞬とも言える時間の間で、トスカンには何が起こったか全く理解できなかった。


「ば、馬鹿な……!」


呆然とするトスカンに向かって、クロコはゆっくりとした足取りでやってきた。


「ひぃ!」


クロコに近づかれて、トスカンは腰を抜かして尻餅を付いた。
そんなトスカンに、クロコは路傍の石でも見るかのように見つめる。
その後、溜息をついてから、再び、鉤爪を鳴らす。


「う、うわああぁ!?」


瞬間、クロコの姿は見えなくなり――


「ぐわ!?」「ひ!?」


今度は、ソランジュを取り押さえていた2人の兵士が地面に倒れていた。
さらには、兵士が所有していた鉄剣が切断されている。
鉄剣が切断されているのを見て、トスカンの混乱具合は増していくばかりだった。


「な、なんなんだお前は……!?」


誇り高き貴族としての維持だろうか。
必死に、貴族は声を出したが――


「ひっ!?」


トスカンが全ての言葉を言い切る前だった。
腰を抜かしてしまったトスカンの目前に、いつの間にかクロコが立っていたのだ。
いつの間に近づかれたのか、トスカンには全く理解できなかった。

クロコは、そんなトスカンの襟掴んで強制的に立ち上がらせる。
そして、クロコ自身の顔に、トスカンの顔を近くに寄せた。


「愚かな頭を働かせなさい。
 この顔を忘れないように――」


クロコがトスカンに向けて、全く抑揚のない言葉で告げる。
だが、クロコの手に力がこもっているのだろう。
貴族の襟がしまり、蛙のように、苦しげな声を上げる。
そんな声が聞こえて、イルはクロコに慌ててテレパスを飛ばす。


(く、クロコ。だ、ダメだからね!)


ここで貴族が死んだら元も子もない。
絶対に、この貴族の両親やら、親戚やらが出てきて話が大きくなってしまうことが考えられる。
イルはそのように考えているからだ。
マスターが考えてくる貴族は、しつこいのが多かったからだ。


(……納得はしていませんが、理解はしています)


クロコからイルへテレパスが届けられたと同時だった。
クロコは、トスカンの胸元の襟から手を離した。


「エホ、エホ……!」


喉に手を当てて咳き込むトスカンを見下して、
クロコは身につけていた外套を翻す。
すると、外套を中心としてクロコの姿が滲み霞んでいった。
それはまるで、砂漠の上で揺らめく空気のように。


「エホ、こ、今度は、な、なんなんだ……!?」


涙目になりつつ、トスカンは情けない声を漏らしてしまった。



「終演の鐘。
 決して鳴らさないことです」


最期の一言を言い終えた時。
クロコの姿は完全に消えていた。



-----------------------------------
◇[クローク・オブ・ディスプレイスメント(所くらましの外套)]

特性
この輝く外套は、着用者の正確な居所を見えなくしてしまう。

パワー[1日毎]
・着用している者に対して攻撃が加えられ、その攻撃が命中しそうな時、
 3メートル程度の距離を瞬間移動できる。

------------------------------------


クロコがいなくなり、カスピアンには平常が戻る。
周囲の人間から、がざわめき始める。
周りの様子に、トスカンは慌てて立ち上がる。


「く、くそ!
 どけ、邪魔だ!」


悪態をまき散しつつ、トスカンはこの場から立ち去っていった。
トスカンの言葉はイルの耳にも届いていた。
そこで、イルは安堵の溜息をつくことができた。





イルは今回の対応に「100点ではないけど、70点ぐらいはつけてもいいかな」と考えている。

今回の事件が、マスターが考えたような強制イベントと仮定する。
と、イルの過去の経験上、あの場面で「魔法を使わせたかったんじゃないか」と思っている。
そして「魔法が使える」と貴族にばれた瞬間に、雪だるま式に強制イベントが発生しそうな気がしたのだ。
そこでイルが取ったのが、今回の作戦である。

あんな目にあえば同然だが、貴族の意識は完全にクロコに向けてくれた。
これからのターゲットはクロコに行くだろう。
「一方的にやられた無力な老人」であるイルなど、あの手の人間には記憶も残っていないに違いない。
一方のクロコだが、少女形態の姿を見られただけである。
クロコには悪いと思うが、猫の姿でいれば問題無い。
これで犯人は見つからずに、事件は迷宮入りだ。

勿論、魔法を使って、問答無用に解決するという選択肢もあった。
だが、イルは、クロコに真っ先に倒させた魔術師の存在が心中で引っかかった。

現在、イルは[リング・オブ・ノンディクション【探知魔法消去の指輪】]を装備はしている。
この指輪は、全ての探知系魔法を完全に無力化させる。
そのため、イル自身や装備している物も含めて、他人からは魔力を気取られることはない。
だが、さすがに、目の前で魔法を唱えれば話は別である。
魔法を唱えた瞬間、あの魔術師が[伝達系呪文]で、誰かにイルの存在を伝えるかもしれない。
もしくは、見物している人間の伝聞から、漏れてしまう可能性もゼロではない。

この世界を楽しみたいが、権力者と宗教関連とだけは係わりたくないのだ。


「じっちゃん、だ、大丈夫か!!!
 ごめん、ごめん……!」


イルは自身の考えに耽っていたために、ソランジュの呼びかけに気がつかなかった。
[入間 初(いるまはじめ)]が、[イル・ベルリオーネ]になってから、思考に耽ってしまうことがままある。
これは[イル・ベルリオーネ]の能力による所が大きい。
判断力 (Wisdom)が低くて、知力 (Intelligence)が高すぎるのである。
この悪癖に対して、イルは全く解決策を見いだすことはできないでいる。


「なあに、全く問題無いよ」


頭の中の考え事を振り払って、イルはソランジュに対して笑顔を向ける。
そして覆い被さっていた姿勢から、イルは地面にあぐらをかいた。


「だ、だって、あんなにムチを……!」


そんなイルに対して、心配で、どうにかなってしまいそうなのがソランジュだった。
ソランジュも鞭打ちを受けたのだ。
あの痛みが尋常ではないことを知っている。

心配してくれるソランジュに、イルは微笑を返した。
そして、腰のポーチから一つの小瓶を取り出す。
小瓶には下手くそなハートの絵が描かれていた。
イルは、そのハートの小瓶に入っている30cc程の液体を飲みほした。


「じっちゃん、それは?」


突然、何かを飲んだイルに、ソランジュは質問する。


「[ポーション・オブ・キュアライトウーンズ]というやつでね。
 これでもう、私には傷一つないよ」

「え!?」


イルの言葉に、ソランジュは驚愕の声を上げてしまう。
そんなソランジュに納得してもらうべく、イルは笑いながらローブを脱ぎだした。


「え、じ、じっちゃん……!?」


そして、イルの上半身が露わになった。
そこに現れたのは、細身ではあったが恐ろしく鍛え上げられた身体。
無駄な肉など全くない。
歴戦の男の強者のみが持ちうる体躯だったのだ。


「じ、じっちゃん……!」


イルの身体を見て、ソランジュは顔を真っ赤にしてしまった。
なんで赤くなるのかは、ソランジュ自身にもわからなかった。
そして、圧倒的な強い男を感じる身体に対して、視線を逸らすこともできなかった。

そんなソランジュの心境を全くわからないイルは、ムチを受けた箇所である背中をソランジュに見せる。


「ほら、大丈夫だろう?」


そうはいうが、元々、イルには傷一つ付いていない。
ポーションを飲む必要も無かった。
だが、わざわざ行動したのは、ソランジュに負い目を感じて欲しくなかったからだ。

そして脱いだ[ローブ・オブ・フォーベアランス(耐えるもののローブ)]を、
上半身が露わにされているソランジュに羽織ってあげた。


「じ、じっちゃん」


イルから与えられたローブは華美な要素は全くなかった。
だが、ソランジュにはどんなものよりも価値のある宝物に感じて仕方がない。
暖かかったのだ。
「きゅ」っと、ソランジュは思わずローブを握り締めてしまった。

続けて、イルは、再びハートの小瓶を取り出す。
それは先程と同様のものだった。


「さ、ほら。
 ソランジュ。君も飲むといい」

「え、だ、大丈夫だよ!
 マジックポーションなんて、そんな高い物!?」


イルの言葉に、ソランジュは目がひっくり返りそうになった。
ポーションとは魔法の液体である。
それ故に効力は非常に優れているが、値段はかなりの高額である。
一般人に、とても手が出せるような物ではない。
王侯貴族や、成功した商人、または一山当てた冒険者ぐらいだろう。

だが、遠慮するソランジュに対して、イルは首を振る。


「もう強がらなくていい。
 子供は大人を頼っていいんだ」


イルはソランジュに、時間をかけて、ゆっくりと優しく優しく諭す。
この、苛烈な人生を歩んできた少女に対して――


「あ、う、うん……
 ……じ、じっちゃん……
 そ、その……
 さ、サンキュー、な……」


顔を真っ赤にしながら、ソランジュはイルから小瓶を受け取った。
そして、一気に喉に流し込む。


「あ、ああ――」


体中がポカポカしてくる。
ソランジュは身体が溶けてしまいそうな感覚に陥った。
気持ち良かった。


「す、すごい!
 もう、ぜ、全然痛くないぞ!
 これ、すごいぞ、じっちゃん!」


ソランジュは全く痛みが無くなった背中に手を伸ばす。
背中故に見ることはできなかったが、傷のようなものは全く無いように思われた。


「ほら。
 こっちも見てみるといい」


イルはソランジュの手を取る。
なんだろと、ソランジュが自身の手を見ると――


「あ!
 番号が、もう無い……!」


トスカンに付けられた焼き印までもが回復していたのだ。

あまりの出来事に呆然とするソランジュを、イルは優しく抱きかかえた。
お腹がすいて倒れていた時と同じように、お姫様を抱えるように――


「え、じ、じっちゃん……!?」


色々な事が起こりすぎて、ソランジュには何が何だかわからなかった。
だが、一つ言えるのは。
上半身が裸のイルに抱きかかえられると、心臓がバクバク言って仕方がない――!


「私は君に謝らなければならないな」

「え?」

「よく、がんばったね。
 もう大丈夫。
 だから、これからは笑おうか。
 ご飯を食べていた時のように、ね。
 それが一番嬉しい、かな」


ゆっくりとイルは歩き始める。
向かうのは、先程までいた食堂だ。


「じいちゃん……」


ソランジュは鼻をすする。
目をこすって、涙も払う。


「あ、ああ、わかったよ!」


そして、イルに向けて笑顔を見せた。
それはソランジュという少女が持つ最高の表情だった。




そんな、イルとソランジュの足下。
そこには、いつの間にか猫型のクロコがいた。

すっかり蚊帳の外状態のクロコは、不機嫌オーラは全開だった。
そして、イルのくるぶしに「ぽこぽこ」と猫パンチを与えていた。




-----------------------------------
キャラクター名:イル・ベルリオーネ
アライメント:ニュートラルグッド
種族:人間
職業:メイジ(魔術師)
レベル:?

性別:男
年齢:不明
髪:白
瞳:黒
社会的身分:?
兄弟:?
外観:指輪物語のガンダルフっぽい、レオナルド・ダヴィンチっぽい
-----------------------------------

筋力 (Strength)    :17
敏捷力 (Dexterity)  :9
耐久力 (Constitution) :9
知力 (Intelligence)  :18
判断力 (Wisdom)    :13
魅力 (Charisma)    :15

-----------------------------------








イル、結局魔法を使わず。
そろそろタイトルの【チート能力】という看板を外さないとダメな気がします。



実はソランジュ君は女の子でした!(みんな知っていたかwww)
そして、おじいちゃんのハーレムに仲間入りです。
明るいお姉さんキャラ、真面目な妹キャラ、少年っぽいキャラ、猫。
うん、完璧ですね!



おじいちゃんの筋力 (Strength)が、妙なほど高いのには一応理由があります。



おじいちゃん編が終了したら、その他板へ行ってもいいでしょうか……?(;´∀`)



[13727] 53 ラクリモーサ
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/05/14 17:56
絶壁のつづく険阻な海岸に相応しい光景だった。
灰色の空。
垂れ込めた黒雲。
寒い空の風。
そこには暖かさを感じる要素は何一つ無い。

ただあるのは波の音だけだった。
海からの波が、何度も、絶壁を打ち砕こうと突っ込んでいたからだ。

そして。
彼女達の目的地は、そんな絶壁の先端にある[純白の塔]だった。
ゆっくりとした足取りで、[純白の塔]へと向かっていく5人の女性。
彼女らは、全員が漆黒の肌と白い髪を持っている。
魂が奪われてしまいそうな程に美しい5人の[ダークエルフ]だった。

中でも、5人の中心にいるクロークを身に纏ったダークエルフは突出していた。
豊満な肉体は、まるで女神の彫像を想起させる。
またくびれた腰まで伸ばされた髪は、光り輝く銀の糸ようになめらかで真っ直ぐだった。


「さすがに[英雄]に相応しい塔ですわ。
 良い趣味ね。
 こうでなければ、こんな辺鄙な地まで足を運んだ意味がありませんもの」


完成された美術品のような美しさを持つダークエルフ。
[ラクリモーサ]は楽しそうに、鈴の音のような声で呟いた。





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053 ラクリモーサ

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「美しいわ。
 まるで白鳥のよう。
 フフ、これは期待できそうね」


[純白の塔]の下までたどり着き、
塔の入り口である、真っ白な観音開きの扉を見てラクリモーサは思ったことを述べる。


「イエリチェ、やりなさい」 


歌うような声で、ラクリモーサは背後に控えていたダークエルフに命令する。


「かしこまりました。
 失礼させて頂きます、お嬢様」


イエリチェと呼ばれたダークエルフは、背負っていたバックパックから小さなサックを取り出す。
さらに小さなサックに手を入れ、取り出したのは、2,30本程セットになった鍵束だった。
続けて、針金、油つぼを取り出す。

[純白の塔]の扉の前で、イエリチェは片膝を付いて鍵穴を覗き込む。
鍵穴はサビどころか、埃一つ付いてない状態だった。
イエリチェは、油つぼをサックにしまう。
そして、一つ、大きく深呼吸をしてから、鍵穴に針金をゆっくりと差し込んでいった。
が、
1分も経過してない、30秒程度だろうか。
イエリチェはため息を付いて立ち上がり、首を横に振った。


「申し訳ありません、お嬢様。
 やはり、魔法で施錠されています。
 私では開けることはかないません……」


そんなイエリチェの報告に、ラクリモーサは表情を変えることはなかった。
ラクリモーサには、想定済みだったからである。


「イエリチェが気にすること何もないわ。
 下がっていいわよ」


ラクリモーサの言葉を確認して、「ホッ」としたような表情を浮かべてイエリチェは元の位置についた。


「ここまでは合格ですわ。
 次はどうかしら?
 私をガッカリさせないでくださいますわよね?」


ラクリモーサは腰にさしていたロッドを取り出した。
そして、純白の扉に優しく触れさせてから3度の深呼吸をする。


「開け、
 1は1、
 開け、
 2は2、
 我が前塞ぐこと能わず――」


詠唱が、ラクリモーサの精神パターンを解放させる。
ロッドの先端から青白い光が発せられた。


「[ノック【開錠】]――」



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・[ノック【開錠】] LV2スペル

鍵や閂、打ち付けられた扉、ウィザード・ロックの呪文をかけられた扉を開ける呪文である。
他にもシークレットドア、からくり仕掛けの箱、宝箱を開けることも可能であり、
さらには溶接されたもの、足かせ、鎖の戒めまでも開くことができる。

しかし、ウィザード・ロックの呪文がかけられた扉に対しては、
10分だけ中和することができるが、呪文解除することはできない。

-----------------------------------


ガラスが砕けるような音が響く。
青白い光は粒子となって、キラキラと輝いた。

呪文は完成し、間違いなく発動した。

だが、真っ白な白鳥のような両開きの扉は動じることはなかった。
何一つ、何一つ変わることはなかったのだ。


「ああ、ああ……!」


その刹那、ラクリモーサの身体が小刻みに震える。


「イイ……
 イ、イイですわ……!」


ラクリモーサの全身に、強烈な快感が電流のように駆け巡った。
目が潤み、呼吸が荒くなり、全身が熱くなる。
歓喜を抑えることができない――


「アハ、アハっ――!」


彼女が発動させた魔法は、この塔の所有者には全く通用しなかったのだ。

完膚無きまでの敗北だった。
それは、ラクリモーサが久しく感じることができなかったモノだ。


「すごいわ、すごいですわ!
 この私が――!
 子供扱いされる程の魔力差なんて、アハ、アハハ――!」


ラクリモーサは歓喜と淫靡な表情に満ちていた。
後方に控えていたダークエルフ達は、このような主人の姿を見て驚きを隠せなかった。


「そ、それほどまで、なのでしょうか……!?」


ロングボウを背負ったダークエルフが、「おずおず」とラクリモーサの前に出る。
彼女がラクリモーサに向けた言葉は、控えていたダークエルフ全員が思っていた言葉だった。


「ええ、その通りです。フェーミナ。
 どれぐらいぶりでしょうか?
 私より強い殿方を感じることができたのは――」


部下であるフェーミナの言に答えつつ、ラクリモーサは艶めかしい舌で唇を湿らした。

ラクリモーサは楽しくて仕方がない。
自分より強い男。
それが、これで少なくとも2人はいることになる。
1人はビッグバイ。
そしてもう1人は、この塔の所有者だ。
その2人のことを思うだけで、ラクリモーサの身体は熱を持つ。

強い男に愛される為に生を授かった。

ラクリモーサは常々、そう信じているのだから――


「フフ、フフフ――」


頬を紅潮させて、ラクリモーサは自身の右手薬指にはめている[金色の指輪]を扉に近寄せる。
この指輪は[リング・オブ・スペル・ストアリング(呪文蓄積の指輪)]。
ラクリモーサの主であるビッグバイが、今回の為に彼女に与えた物だ。
蓄積されているのは、ビッグバイが唱えた[ノック【開錠】]である。


「……」


ラクリモーサの動きが止まった。
たった一言「release(解放)」と言葉を発すれば、ビッグバイの力による[ノック【開錠】]が発動する。
そうすれば、この美しい白い扉は開くだろう。
いや、もしかしたら、この指輪の力でも開かないかもしれない。
ただ、どちらにせよ、この塔の主人が持つ力の一端を知ることはできるであろう。

だが――


「他の殿方の力を借りるのは、無粋極まりないわね」


敬意を表すべき男。
そんな愛しい者に対して、ラクリモーサは全身全霊をかけて自分で対峙したいのだ。
そう。
あのビッグバイともぶつかり合った、あの時のように――

ラクリモーサは[リング・オブ・スペル・ストアリング(呪文蓄積の指輪)]を指から抜き取った。
そして、後方に控えている部下に放り投げる。


「わ、わわ、っととぉ!?」


控えていたダークエルフの1人であるミト・ムームーは、慌てて指輪をキャッチする。
が、ミト・ムームーは体型に合っていない大きな法衣着ていたその為に、
指輪は守ったが、法衣の裾を踏んでしまって転んでしまった。
しかし、周囲の仲間は何も動じない。
これは、いつのもの日常の風景だったからだ。


「イエリチェ、フェーミナ、ミト。
 この美しい塔を傷づけるのは心が痛みますが、
 どんな手段も許可します。
 外壁を1ヶ所だけ崩しなさい。それ以上は許しません。
 少々はしたないですが、そこからお邪魔するとしますわ」


イエリチェ、フェーミナ、ミトに対して、ラクリモーサから命令が下された。
3人はラクリモーサに一礼をした後、すぐに塔の外壁調査に取りかかった。


「ヨツハは私の着替えを手伝いなさい。
 このような無骨なクロークでは、殿方を喜ばせることはできません。
 それと下着も変えます。
 今のままでは淫らな女と思われてしまいますわ」


ヨツハと呼ばれたダークエルフの女性は、完璧な姿勢での一礼を施した。


「かしこまりました。
 久方ぶりに、お嬢様が殿方へと逢瀬を楽しまれるのです。
 全力で、お嬢様の美に磨きをかけるようご用意いたします」

「ええ。頼んだわよ」


ラクリモーサの身の回りの世話役であるヨツハは、
着替えの場所と、着替えを準備するために、ラクリモーサの前から下がった。

1人になったラクリモーサは、改めて、純白の塔を見上げる。


「終演の鐘(ベル)、イル・ベルリオーネ。
 貴方はマスターより強いのかしら?
 私を虜に、どう徹底的に蹂躙してくれるのかしら……?
 想像するだけで――」


この塔については、ラクリモーサ達が苦心してようやく知り得たものだった。
ただの塔ではない。
この塔は、あの[終演の鐘(ベル)][イル・ベルリオーネ]が所有するモノなのだから――


「ああ……アアっ……!」


ラクリモーサは、わき上がってくる快楽に身を委ねた。
そんな彼女を見下すように、ただ、この美しき白亜の塔は静かに立っていた。






いつもより文章が短い話となってしまいました。
申し訳ありません。
しかも、話が突然ぶっ飛びました……(; ̄ー ̄A アセアセ



エロエロなラクリモーサ姉さんの登場です。
「30 地下墳墓(カタコンベ)06」に、数行だけ登場しています。
もう誰も覚えていないかw
少しでも気に入っていただけると嬉しいです。



最近、新しいキャラクターが連続で登場しております。
書き分けができているか心配です。



これで、ビッグバイ四天王(笑)が、一応、紹介完了になったかな?
四天王って、ロマンをビンビンに感じますよね!?



[13727] 54 ケア・パラベルへ05_待ち伏せ
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/05/28 17:51

「その時さ!
 いつまで経っても痛くない。
 で、おそるおそる目を開けたら――」

「イルマさんがいたってわけね!
 さっすが、あたしが認める紳士・オブ・ザ・イヤー」

「ああ!
 で、なんでって聞いたんだ。
 だって、そうだろ? 会ってから、まだ間もないのにさ」

「そ、そうしたら、イルマさん何て言ったの? ソラちゃん?」
 
「うん。
 じっちゃん、「友達だろ」って、当たり前って顔で言ってくれて――」

「きゃ~♪
 やるやるぅ、イルマさん~!」

「わあ……
 いいなあ……ソラちゃん……」

「あの時のじっちゃん、その、やばかった」

「え~♪
 ど・う・い・う・意・味・なのかな~?」

「えと、すげえカッコ良かった」

「きゃ~♪」

「にゃー(全く、何、当然のことを言っているのでしょう)」


ソランジュは顔を真っ赤にしてうつむき加減になってしまった。
テンションの針が振り切れたルイディナは、そんなソランジュの頬を「プニプニ」と突く。
やはりファナも頬を赤く染めて、小さな身体を「もじもじ」と揺する。
何故か3人の足下にいるクロコは、自信満々に胸を張っている。

そんな賑やかな3人と1匹のグループに、少し離れた後方からガストンとイルはついて行っていた。


「やれやれ、「きゃー、きゃー」と、まあ。
 ソラ坊も含めて3人か。
 女三人寄れば姦しいってのはホントだな」


ガストンは深いため息をついた。
どこか疲れたような表情のガストンに、イルは苦笑してしまう。
イル自身も、思っていたフシがあったからだ。


「同感です。
 ただ、何を話してるかわからないけど、楽しそうだからいいんじゃないでしょうか?」

「それは、まあ、そうなんだけどな。
 ただ、ソラ坊が女の子とは思わなかったから、つい、な」


今、ルイディナ達とイルは、[ケア・パラベル]へ向かうために[中継集落 カスピアン]を出たばかりだった。

結局、ソランジュはルイディナ達を一緒に、[ケア・パラベル]へ同行することになった。
イルから事情を聞いたルイディナが、「あたし達と一緒にこない?」と手を差し伸べたからだ。
誘われたソランジュは、最初、突然の誘いに戸惑っていた。
イルに迷惑をかけた負い目を感じていたからだ。
だが、ルイディナは気にしなかった。
ずっと1人だったソランジュは、少し涙目になりながらルイディナの手を取った。


「しかし、イルマさんはついてなかったな。
 結局、ファナだけじゃなくて、ソラ坊にも服を取られたのか」


イルとソランジュの姿を見比べて、ガストンは笑う。
現在、イルが着用しているのは、今まで身につけていた[ローブ・オブ・フォーベアランス(耐えるもののローブ)]ではない。
黒っぽい衣服の上に、柔らかそうな布地の深緑のマントを羽織っているからだ。


「なんか、すごく気に入っていたようなので」


イルもガストンと共に笑ってしまう。
ただ、イルの笑いはガストンと少し異なる。
ソランジュが、あのローブの本当の価値を知ったら、どう反応するかを想像してしまったのだ。


「(確かLV24のローブだから、525,000gp(ゴールド)だったかな。
  ってことは、職人1日の給料が1gp(ゴールド)だから、大体52億円??)」


人生を何回繰り返しても使い切れない程の価値だ。
だが、ソランジュはそんな価値などを知らないで、あのローブを気に入ってくれている。
なんだか、イルは、可笑しくも気恥ずかしさも感じてしまった。





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054 ケア・パラベルへ05_待ち伏せ

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(イル、報告します。
 この先に続く街道正面、人間型、20名程の存在が確認できました)


前方を歩いていたルイディナグループにいるクロコから、イルに対してテレパスが飛んでくる。
すぐに、イルは[アイ・オブ・ジ・アースマザー(地母神の眼)]越しに目を細める。
遮蔽物など何も無い街道上の為、その存在はすぐに確認ができた。


(どうやら向こうも、こちらの存在に気がついたようです。
 なにやら動きがあるのを感じます。
 申し訳ありません、報告が遅れてしまいました)


苦々しげに、クロコからの報告があがってくる。
だが、イルは気にしてない。
こんな障害物が何も無い、見晴しの良い街道上では無理はないと思っている。

イルが気になるのは、この後だ。

何故なら、[アイ・オブ・ジ・アースマザー(地母神の眼)]の効果でイルにはわかったからだ。
そう、こちらに向かってくる集団が、あの貴族だったから――


(気にすることはないよ。いつもありがとう、クロコ)


どんな行動でもすぐに取れるように、イルは意識して精神を落ち着かせることにした。





「あ、アイツ……!」


一番、目が良いのはソランジュなのだろう。
前方にいる集団の存在と、その中の中心にいる男の正体に気がついた。
心底、嫌そうな声が漏れてしまう。
そして、足が止まってしまった。


「ん、どったの?」


突然止まったソランジュに、ルイディナは不思議そうに見やる。


「ごめん……!」


ソランジュには唇を噛みしめながら謝ることしかできなかった。





「待ちくたびれてしまったじゃないか、48番」


街道の真ん中。
派手な金色に縁取られた豪奢なサーコートを着ている、
ではなく、
着られているような男が、胸を張って立っていた。


「全く、こんなに活きが良い奴隷は初めてだよ。
 しっかりと、この僕、トスカン・ブルゴー・デュクドレーが教育しないといけないね」

「しつこいやつ……!」


ソランジュが吐き捨てるように呟いた。
さもありなん。
目の前の男は、自身とイルに鞭を打ち付けた男なのだから。


「誰だか知らないけど、ちょっちマナーがなってないんじゃないの?
 いきなり人に向かって奴隷なんて言っちゃって――」


ソランジュのただならぬ様子に、ルイディナは黙ってなかった。
ズカズカと、トスカンの前に歩み出る。
そんなルイディナに、ソランジュは悔しそうに言葉を吐いた。


「ごめん、あいつなんだ。
 俺が売られた貴族って――」


ソランジュの言葉に、ルイディナは納得する。
それは話に聞いていたとおり、そして想像していた通りのダメ貴族っぷりだったからだ。
トスカンを見つめながら黙るルイディナに対して、トスカンは何を思ったか満足げだった。


「ははは、この僕が貴族とわかって萎縮してしまったのかい?
 まあ、それは無理もないね。
 私の品格と風格に当てられて、言葉が出ないのは仕方がないことだからね。
 許してあげようじゃないか」


トスカンは高笑いする。


「は、はあ……
 ありがたいこと、で???」


さすがのルイディナも、思わず疑問系になってしまった。
斜め上過ぎて、いや、斜め下過ぎて、どうしてよいかわからないのだ。


「ありがたがるといい。
 だが、48番は返してもらうよ。
 それは僕のモノだからだね」
 

48番。
この数字を聞いて、ルイディナは目前の男を敵と判断した。
ルイディナが一番嫌いなタイプだったからだ。

その時だ。

ルイディナの頭の中でアイディアが閃く。
頭上に電球が光り輝くように――


「くそ!」


一方のソランジュは腰の重心を下に下げる。
どんな動きに対しても対応できるように戦闘態勢に入った。
だが、そんなソランジュに対して、ルイディナは自信満々の笑みで胸を叩いた。


「ソラ、大丈夫よ。
 ぜーんぶ、このあたしにまっかせなさい~!」

「え?
 ……あ、ああ……?」


あまりの堂々とした態度に、ソランジュも呆然と思わず答えてしまう。
だが、そんなルイディナの様子に頭を抱える人間がいた。
ガストンとファナである。


「ああ、終わった……」

「る、ルーちゃん……」


ガストンとファナは知っている。
いや、強制的に教えられた。
こういった時のルイディナの行動で、上手く物事が進展したことは一度も無いのだから――

だが、そんな2人の心中などつゆ知らず、
ルイディナはトスカンの前に堂々と歩み出て行った。


「あの~、ちょっちいい?
 何を言っているか、意味わからないんですけど?」


ルイディナは片手を顎に添えて、小首をかしげている。
ハッキリ言って、その姿はわざとらしいものだった。
そんなルイディナを見て、トスカンの表情は「これだから下々の人間は」といった表情を浮かる。


「良いだろう。
 特別だ、この僕が説明してあげよう。
 そこにいる汚らしいローブを着ている、そいつを48番と言っている。
 あれは僕のモノなんだ」

「き、汚い!?」


トスカンの言葉に、ルイディナよりソランジュがいち早く反応する。
それは大切な人から貰った、思い出のローブを馬鹿にされたからだ。
だが、そんなソランジュに、ルイディナは手で制止する。


「だから、この子があんたのモノっていう意味がわからないのよ。
 何か証拠でもあんの?」


ルイディナの言葉に、演技のように大げさにトスカンは肩をすくめる。


「腕にあるのだよ。
 消えることがない、我が家の所有を表す家紋がね。
 ハハハ――!」


自信満々にトスカンは高笑いをする。
だが、一方のルイディナも笑いそうになってしまった。
そう、まさに考えていた通りに事が進んで行ったからだ。


「ふーん。
 じゃ、人違いね」


ニヤニヤしながら、ルイディナはサラッと答える。


「……え?」


何事も無いような、自身が予期していなかった返答に、
トスカンは止まってしまった。


「だって、あんたの言う[消えることがない]家紋なんて知らないもの。
 ね、ソラ~?」


ルイディナはソラに満面の笑顔を向けた。
いや、笑顔というよりも、いたずらを計画している子供に近い。
そして。
そんな表情を見たソランジュは、ルイディナの意図を理解することができた。
正直、分の悪いかけのような気もしたが、ソランジュはベットすることにした。
する以外の選択肢が無かったとも言えるが。


「あ、ああ!
 何を言ってるかさっぱりだ?
 あんなやつ、初めて会ったしさ」

「そうよね~」


ソランジュの言に、ルイディナは自信満々に何度も頷く。


「な、何を言うか!
 そいつの右腕には――」


再起動したトスカンがなにやら言いかけるが――


「何も無いわよね~♪」


ルイディナはソランジュのローブをまくって、
傷一つない、ほっそりとした綺麗なソランジュの腕を、これみよがしに見せつける。


「な、なんだって!?
 そ、そんな馬鹿な!?」」


トスカンは顎が外れんばかりに、大きな口を開けて呆然としている。
一方のルイディナは高笑いだ。
ルイディナはソランジュから、「48」という傷があったこと、
そしてイルのポーションで、その傷が完治したことも知っていた。
だからこその引っかけだ。


「消えること無いんでしょ?
 あんたが偉そうに言ったんだもんね~♪
 ってわけで、人違いってことよね。
 全く、人騒がせなんだから。
 あ、今回は慰謝料はいいわ。
 でも、もう、人様に迷惑かけちゃだめよん」


言うやいなや、ルイディナは手を挙げて横を通り抜ける。
そんな後に、パーティの面々は続く。
ソランジュはあかんべーをしながら。
ファナはぺこぺこと頭を下げて。
ガストンは麦わら帽子を取って、収まりの悪い髪をバリバリと描いた。

イルは、笑いをこらえるのに必死だった。
いつでも動けるように控えて様子をうかがっていたが、まさかこんな展開になるとは思っていなかった。
ルイディナの行動に拍手を送りたいぐらいだった。


「ちょ、ちょ、ま、待て!
 な、何を突っ立っているんだ。
 お前等、取り囲め!」


あまりの事の成り行きに、トスカンの後ろの控えていた兵士達も呆然としていたが、
主人の命令で、慌ててルイディナ達を取り囲んだ。


「あ、あれ??
 パーペキな作戦だったはずなんだけど……」


今度はルイディナが焦る番だった。


「こ、この私を愚弄するとは、か、覚悟はできてるんだろうな!!」


トスカンの顔は真っ赤だった。
先程までの胡散臭げな演技ぶった物言いは無くなっていた。
ただの街のゴロツキと同レベルだ。


「ル、ルーちゃん。
 な、なんか、すっごく怒ってるよ……?」


小さなファナの身体は、ますます小さく萎縮してしまう。


「やっぱりなあ。
 なんか、こうなる予感はしてたんだけど。
 ま、ソラ坊に、あんなこと言うヤツは気にくわないからいいけどな。
 けど、もうちょっとなんとかならんかったのかねえ」


ガストンは深いため息を付く。


「た、たはは……
 ご、ごみんなさい」


自信があったルイディナは、さすがに肩を落とす。


「みんな、悪い。
 俺のせい――」


ソランジュは謝罪しようとするが、それはルイディナに遮られる。


「ストップ。
 あたしはリーダーで、失敗したから謝るけど、
 ソラは、それ以上は無しよん。
 あたし達は仲間でしょ。
 当たり前、当たり前!」


いつも見せるルイディナの笑顔だったが、
今、ソランジュは泣きそうになってしまっていた。
だが、そんな余韻を――


「何をごちゃごちゃと……!
 おい、お前等!」


トスカンの声によって壊された。
そしてトスカンは鞭を持った右手を挙げる。
すると、すぐに兵士達が剣を構え始めた。
切っ先は勿論、取り囲んでいるルイディナ達だ。

それを見たルイディナも、深呼吸をしてから真剣な面持ちでレイピアを抜く。


「ごめんなさい、イルマさん。
 たはは、
 どうもちょーっち、あたし、お仕事続けられないかもしれない。
 あ、でも安心してね。
 絶対にイルマさんの安全は守って見せるから!」


ルイディナは後方に控えているイルに対して、目一杯の笑顔を見せた。
そして、すぐに目の前にいる兵士に視線を戻す。


「何を言ってる!
 この私を馬鹿にしたんだ。
 男とじじいは剣のサビにしてやる。
 お前と、48番、子供の女は、せいぜい、部下の役に立って貰うことにしてやるぞ!」


もう、とても貴族とは思えない言動だった。
トスカンの言葉を聞いて、周囲を取り囲む兵士が野卑な表情を浮かべる。


「やれやれ、ここまでとは」


イルは苦笑してしまう。
もう、今日は何度苦笑したかわからないぐらいだ。
それは、目の前の貴族が、マスターが作成するダメ貴族のテンプレートのような男だったからだ。


「だ、大丈夫ですから、イルマさん。
 あ、あの、あたし、絶対に守りますから……!」


イルの呟きに、ファナは何か思うところがあったのだろう。
イルを兵士達の攻撃にさらさないように、と、ファナはイルの前に立ったのだ。
そんなファナの小さな背中は震えていた。
だが、ファナは動こうとはしない。

この瞬間、イルは決心した。


「ありがとう、ファナ」


小さなファナの頭に、イルは優しく手を置いて撫でる。


「……え?」

「君のような優しい女の子と知り合えて、本当に嬉しく思う」

「え、え?」


突然のイルの言葉に、ファナは混乱してしまう。
そんなファナの横を通り、今度はソランジュの元に向かった。


「どうやら私は、自分が思っていたより欲張りな性格のようだ。
 今まで知らなかったよ」


身構えて、ガチガチに緊張しているソランジュの肩に、
イルはそっと肩に手を置いた。


「え、じ、じっちゃん?」

「君を、あんなヤツらにやるのは嫌で仕方がない」

「え!?」


続けて、イルは、先頭に立っているルイディナの所へと向かった。
レイピアを構えて腰が引け気味のルイディナに、イルは背中を軽く叩いた。


「ルイディナ。
 私は君が大好きだよ」

「へ!?」


突然のイルの言葉に、ガチガチだったルイディナの全身から力が抜けてしまった。


「最高のリーダーで、最高のパーティだ」


言うやいなや、トスカンとルイディナの間にイルは立つ。


「黙って、手を引いてくれないかな?」


この場の雰囲気にはそぐわない、それは穏やかな声だった。
だが、トスカンと兵士達から返ってきたのは嘲笑だ。
そんな様子に、イルは溜息をつく。


「今回は、私の負けか」


結局、貴族のイベントから逃げることはできなかった。
この状況では、マスターに向かって白旗を上げざるを得ない。


「何当たり前のことを言ってる、このジジイ?」


だが兵士達は、イルの言葉を違う意味で取った。
「自分達の手によって蹂躙される」と――

そんな兵士達の間違いに気がついたイルは訂正する。


「ああ、すまない。
 君達に向けての言葉じゃないんだ。
 マスター、いや、なんと説明したらよいかな?
 君たちで言う神か。
 今回は神に負けた、そういう意味なんだ」


だが、イルの言葉は兵士達に通じることはなかった。


「何、わけわかんねえこと言ってやがる」

「耄碌か?」

「心配しなくていいぞ。お前はすぐに神様のとこに送ってやる。
 残った女は、俺たちが有効活用してやるから」


まるで盗賊か山賊のような言い分に、イルはさすがに不快感を覚える。
自分をどうこう言われるのは、イルにとっては何ら痛痒を感じる物ではない。
だが、自分が気に入っている人達に関しては別だ。

正直に言えば、逃げる手段などはいくらでもある。
だが、このような言動をする人を放っておいたら、いつ、ソランジュ達にどんな危険なことが起こるかわからない。


「上司が上司だと、部下もこれか。
 盗賊と変わらないな。
 そんな君達には、この子達はもったいなさ過ぎる。
 渡すことはできない。
 彼女達は、私の大切な人なのだから――」


今までに見せたことがない、イルの真剣な言葉だった。
その言葉に、思わず兵士は尻込みしてしまった。
だが、対照的に。
イルは気がつかなかったが、後方の女性陣は顔を真っ赤にしていた。


「この身体に慣れるように、モンスターとは戦いまくったけど――」


イルは首を大きく回して「ポキポキ」と骨の音を鳴らす。
そして、次は指の骨を鳴らした。


「……手加減できるかな……?」


イルの言葉を聞いた、兵士達はざわめき始めた。
当然だろう。
この老人が、自分達に対して「手加減」するなどと言っているのだから。

兵士達の目に本物の殺意がこもる。
場は一触即発の空気に包まれた。







ハーレム物の醍醐味って、主人公が無自覚に女の子をメロメロにすることだと思います。
この無自覚というのがポイント。
うーむ。難しい。
おじいちゃん編は本当に苦労の連続です。



オープニングはガールズトーク(笑)



ガストンさんが放置気味。ごめん。



ルイディナさんは良いリーダー。



あと1,2話ぐらいで、おじいちゃん編が終了できればいいなあ。



[13727] 55 ケア・パラベルへ06_芽生え
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/06/11 20:15
微生物の呼吸すらも感じることができない程の静寂。
風すらも動くことを許されない。

ヒステリックに叫んで指示を出していたトスカン、
先程まで雄叫びを上げていた20人の兵士、
そしてルイディナ達も同様だ。

全員が、彫像のように固まって微動だにしない。

今、世界の全ては、絶対的な沈黙の支配下に置かれている。
当然である。

時が止められたのだから――


「さて、ホントどうしようかなあ……?」


そんな世界で、一人だけ動いている人間がいた。
時を止めた男であるイル・ベルリオーネである。



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・[タイム・ストップ【時間停止】] LV9スペル

10メートルの球体状空間内の、時の流れを停止させる呪文である。
使い手は空間内を自由に行動できる。
使い手が球体の外にでると、呪文の効果はその時点で終了する。
この呪文には触媒も動作も必要なく、詠唱だけで発動する。

デミゴット(半神)以上の存在には効果がない。
また、効果範囲外から見ると、球体内が一瞬輝くように見えるだけである。

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イルは腕を組み、うろうろしながら悩んでいた。

トスカン達をどのように対処するかである。
(容易に殺すことは可能だが)さすがに殺すという選択肢はない。
だが、何もしないという選択もない。
それでは、彼らは反省しないだろう。
ソランジュや、今回の件でルイディナ達もだが、またチョッカイを出してくる可能性がある。

イルの理想としては、[ソランジュ達に手を出す気が起きない程度に反省してもらう]である。

だが、それが存外難しい。
彼らを懲らしめる手段が無いのではない。
ちょっとしたことで、相手を過剰に殺戮してしまいそうだからである。
今回、魔術師系の大呪文である[タイム・ストップ【時間停止】]を使用したのは、
考える時間が欲しかったからである。


「まいったなあ……」


モサモサのあご髭を撫でながら、イルは自身の戦力を改めて考え直してみる。

[錬金術アイテム]はどうだろうか――?

[アルケミス・ファイヤー]じゃ木っ端微塵だ。
[アルケミス・フロスト]は氷の彫像ができてしまう。
[サンダーストーン]にいたっては論外だ。

自身で作成した所有の[錬金術アイテム]を考えて、イルは溜息をついてしまう。
半端無く高いレベルのイルが作成したアイテムは、全ての効果が強すぎるのだ。
これはモンスター達に使用して確認済みである。

では、[所有しているアイテム]から考える――

が、すぐに諦めた。
生活消耗品などを除くと、現在所有しているアイテムは全てマジックアイテムである。
ちょっとしたアイテムでも、マジックアイテムの特殊効果で低レベルの生物は死に至る。

では、魔術師の本業である呪文では――

攻撃系は全て微妙だ。
直撃したら、間違いなく死亡だからだ。
仮に使用するとしたら、呪文を放つ方角をあさっての方角に向けなければならない。
呪文の効果範囲ギリギリの端あたりで――


「いやいや――」


イルはかぶりを振る。
武器による攻撃と違って、[D&D]の呪文攻撃には手加減なんてなかった。
呪文は[1]か[0]、[YES]か[NO]、[有り]か[無し]かのどちらかだ。
ルール上なかった行為が、特訓も無しに今の自分に行えるとも思えない。


「イル・ベルリオーネのコンセプトを誤ったかな……」


イルは思わずぼやいてしまう。
[精神操作系]の呪文は殆ど所有していなかったからだ。
これはイルが、攻撃に特化した魔術師をロールプレイしていたためである。
TRPG初心者だった[乃愛]と[妙子]がいるのに、精神系の駆け引きをメインとするのはどうかと思ったからだ。
ゲームを楽しく簡単に遊ぶためのプレイヤーとしての判断だった。
([乃愛]と[妙子]がゲームに慣れた頃からは、そういった遊び方は[勇希]が担当してくれた)

ちなみに[終演の鐘(ベル)]の由来にもなった、[死]に直結する魔法は殆ど持っている。
[終演の鐘(ベル)]とは、相手の人生の終幕を告げる鐘なのだ。


「となると、これぐらいしか手はないか――」


ひとまず、イルは固まっている兵士達に向かっていった。
その中で、一人だけ魔術師然とした姿の男がいた。
ソランジュが鞭打ちを受けた時にもいた時にもいた男である。

イルは、その男の手に握られているスタッフを見て頷く。


「よかった。ただのスタッフだ。
 これ使えば、オーバーキルしないですむかな?」


確認すると、イルは[バッグ・オブ・ホールディング]から小瓶を取り出した。
小瓶には漢字で「油」と書かれていた。
イルはスタッフを握っている男の手に、小瓶から「油」をかけた。
男の手がヌルヌルになったことを確認して、イルはスタッフを引っこ抜く。
時間を止めると、相手が所有しているものを奪うのも一苦労である。

そしてイルは呪文の詠唱を開始した。





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055 ケア・パラベルへ06_芽生え

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そして時計の針は動き始める。


「あ、あれ?
 俺のスタッフが……
 ……って、ジジイ、なんでお前がいつの間に持ってやがる???」


トスカンのお抱えである魔術師から、突如、怒声があがる。
魔術師である自分の命とも言えるスタッフが、それもつい先程まで握っていたものが無いのだ。
しかも、気がつかない間に、目前の老人が所有しているではないか。
声を張り上げるのも無理はない。


「はあ?
 ジジイだから杖ぐらい持ってるだろ。
 お前こそ耄碌したんじゃねえの?」


だが魔術師の言い分に、周囲の仲間の兵士達から嘲笑が巻き起こった。
兵士達には、老人がタダの杖を持っている姿にしか見えない。


「い、いや、そ、そんな、ば、馬鹿なこと……!?」


魔術師の男はわけがわからなかった。
が、何か酷く、嫌な予感がしてならなかった。


「お前等、いいかげんにしないか!
 とっとと、僕に対して無礼を働いたそこのじじいを殺してしまえ!
 48番以外の女達は好きにしていい!」


笑っている兵士達と狼狽する魔術師に対して、トスカンより命令が下された。
さすがにトスカンに雇われている兵士達である。
主の言葉には逆らわない。
ざわめきは沈黙となり、ぎらついた目でイル達を睨み付ける。


「させない、イルマさん――!」


兵士達の様子に、ルイディナは慌ててイルの前に出ようとするが――


「へ? い、イルマさん……?」


ルイディナに対して、背を向けたまま手を横に伸ばす。
前に行かせないためだった。


「大丈夫だ。
 ルイディナ、何も心配することはない。
 私に任せるといい」


ルイディナからは、イルの表情は見えなかった。
だが、その背中がとてつもなく大きく見えた。
それはまるで、ずっと小さい子供の頃に見上げていた父親のように――


「は、はい……」


ルイディナは顔を真っ赤にして、構えていたレイピアを降ろしてしまった。
なんだか、もう、全身に力が入らない。
腰も砕けそうである。


「行け――!」


トスカンの言葉に、3人の兵士がイルに対して突進してくる。


「イルマさん!」
「イ、イルマさん……!」
「じっちゃん!」
「イルマさん!!」


ルイディナ、ファナ、ソランジュ、ガストンから悲鳴に近い声が上がる、
その瞬間だった。
スタッフを構えていたイルの姿が消える。


「なっ――!?」


3人の兵士達の声。
その刹那、イルは隙を逃さない。
いつの間にか、イルは3人の懐に潜り込んでいた。


「遅い」


イルはスタッフを振るう。
1人の兵士は、スタッフで足払いをされて倒された後に、スタッフで鳩尾を突かれた。
1人の兵士は、剣を持つ右腕の肘を的確に打ち据えられた。
1人の兵士は、喉仏をスタッフで軽く叩かれた。
瞬く間に3人は無力となった。
胃液をはき、右肘を破壊され、咳き込んでしまった。

全く相手にならない。


「な、なんだって……!?
 ぼ、僕の兵士がこんなに簡単に!?」


トスカンは困惑しきりである。
当然だ。
ただの老人と思われた人物に、屈強なデュクドレー家の兵士が叩き伏せられたのだから――


「ちょ、イルマさん!?」
「すごい、すごい……!」
「す、すげ、じっちゃん!?!?」
「おいおい、マジかよ……」


驚いたのはルイディナ達も同様である。
イルの動きに開いた口がふさがらない。


「にゃー(さすが、わたしのイルです!)」


今、冷静に、事の成り行きを見守れているのはクロコぐらいだろう。
「ぽふぽふ」と肉球で拍手を送っている。


「簡単ではないんだけどな。
 むしろ難しいぐらいだ。
 手加減がね――」


ぼやきの言葉を残して、イルは再び姿を消した。





「ば、馬鹿な、馬鹿な……!?」


トスカンには現実に起こったこととは思えなかった。
悪夢である。
なぜなら、自分達の兵士達が瞬く間にやられてしまったのだから。
いまだ意識があるのはトスカンと、
スタッフを奪われて戦闘に参加できなかった魔術師の2人しか残されていない有様である。


「ジジイ、お前はなんなんだよ……!
 いつの間にか俺の杖持ってるし、
 素早いなんてもんじゃない。
 あれは瞬間移動だ!?」


お抱えの魔術師は腰を抜かして、もう泣き出しそうな勢いである。
悪い予感は当たってしまったのだ。

トスカンと魔術師の男の言葉に、イルはモサモサの髭を撫でながら告げる。


「では順を追って説明しようか。
 君のスタッフは時間を止めて拝借させてもらったんだ。
 [タイム・ストップ【時間停止】] だね。
 君達をコテンパンにできたのは、[テンサーズ・トランスフォーメーション【魔術師テンサーの肉体強化】]。
 これも、時間を止めている間に詠唱しておいた。
 攻撃力では遠く及ばないけど、命中判定は[キース・オルセン]と互角の勝負ができるぐらいだ。
 攻撃を外すということは、今の君ら相手には無いよ。
 あとは瞬間移動か。
 これは大したことないんだ。このマント[ケープ・オブ・ザ・マウンテン(山師のケープ)]のおかげだね。
 普通は攻撃された時に使うんだけど、こっちから攻撃するのに使用したんだ」


イルの説明を聞いて、魔術師は顎が外れんばかりに口を開けてしまった。
そして、下腹部が熱くなり、彼のローブにシミが広がる。
オシッコを漏らしてしまったのだ。



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・[テンサーズ・トランスフォーメーション【魔術師テンサーの肉体強化】] LV6スペル

この呪文をかけると、使い手の身体は英雄体型に変化する。
使い手のHP(ヒットポイント)は倍増され、AC(防御力)も向上する。
また、使い手は同レベルのファイターのごとく命中判定を行うことができる。
使用可能武器はダガーかスタッフのみではあるが、
ダガーでの攻撃は手数が2倍となり、スタッフの場合には命中判定とダメージにボーナスが付く。

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◇[ケープ・オブ・ザ・マウンテン(山師のケープ)]

特性
この絹の深緑でできたマントを着れば、危害を避けて通ることができる。

パワー
・[即応]、[対応]
 使用者は戦闘中に5マスの瞬間移動をして、敵対者に対して戦術的優位を得る。

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「ば、ば、ばかな!?
 タイム・ストップに魔術師テンサーの呪文だと!?
 あ、ありえねえ!?
 う、嘘をつくな!
 そ、そんなの、で、伝説上の呪文じゃねえか……!?」


腰を抜かした魔術師は、手の力を使って必死に後ずさりをしている。
そんな姿を見て、イルは溜息をついた。


「私も、今の自分が普通とは思わないよ。
 けど、まあ。
 日本人からみたら、君達のソランジュに対する行動の方が普通じゃないんだけどな」


言い終えると、イルは姿を消した。
[ケープ・オブ・ザ・マウンテン(山師のケープ)]のパワーである。
そして現れたのは、呆然としているトスカンの元である。


「ヒッ――!」


突如現れたイルに、トスカンはガタガタと震えることしか出来なかった。
トスカンには先程のイルの説明は、完全に理解できたわけではない。
だが、今の自分が窮地に立っていることぐらい理解はできる。

そんなトスカンに対して、イルは告げる。 


「ソランジュと、ルイディナ達には二度と手を出さないでくれるかな?
 今回と同じような事をしたら――」


イルは言葉を止める。
トスカンは口の中に溜まったつばを「ゴクリ」と飲み込んだ。


「し、したら……?」


震える声で、トスカンはイルの先の言葉を促した。
それを聞いたイルは、何も言わずに、手にしていたスタッフをやり投げのように放り投げた。
[テンサーズ・トランスフォーメーション]の効果もあり、スタッフは恐ろしい勢いで空高く上昇していった。


「定比例
 倍数比例
 混成
 増加
 消滅
 質量は保存されず――[エンラージ【大型化】] 」


イルは瞬時に詠唱を完成させる。
と、投げられたスタッフは空中で膨張した。
そして6メートルもの長大なサイズとなり、「ズドン」と音を立てて地面に突き刺さった。


「まあ、素敵なことになるだろうね」


イルの言葉に、トスカンは首が取れんばかりの勢いで縦に振った。



-----------------------------------
・[エンラージ【大型化】] LV1スペル

この呪文は、クリーチャーや物体を瞬時に大型化する呪文である。
対象は一体のクリーチャーや、一つの物体である。
対象物は使い手のレベル当り10%まで重量、高さ、幅の各々について巨大化/成長する。

逆呪文の[リデュース【小型化】]は、[エンラージ【大型化】]の効果を打ち消すか、
対象を小型化することができる。

-----------------------------------





「いやったあ~♪」

「よかったね、ソラちゃん!」

「あ、ああ!」

「冒険者とは聞いていたが、
 まさか、イルマさんが魔術師だったとは……」


這々の体で逃げ出していくトスカンを見て、ルイディナ達は大はしゃぎだ。
ルイディナは飛び上がって喜びまくっていた。
ファナとソランジュは抱き合っている。
ガストンは「やれやれ」といった体で、麦わら帽子を脱いで髪の毛をかいていた。

そんな中、イルは照れくさそうにモサモサの髭をなでながら戻ってくる。
そしてソランジュの前に立った。


「もう君は自由だ。
 ソランジュ。
 これからは、思った事、感じた事、何でも良い。
 好きなことをやって欲しいな」


いつもと同じ口調の優しい声だった。
そっとソランジュの頭を「ぽふぽふ」と叩きながら髪を撫でた。


「じっちゃん……!」


ソランジュは顔を真っ赤にして、イルの腰に抱きついた。
そしてソランジュは大声で泣いた。
今までずっと我慢し続けていた少女は、ようやく本来の少女に戻れた。





イルの腹部に顔を埋めて泣いているソランジュを、
ルイディナは指を咥えて、ファナは頬をピンクに染めて見守っていた。


「ね~、ファナ」

「なあに、ルーちゃん?」

「たはは、その、なんというか――」


思った事を、すぐに口に出してしまうルイディナにしては珍しい光景だった。
モジモジと何かを言いづらそうにしている。
そんなルイディナに、ファナは小さく微笑んだ。


「うん、わかってるよ」

「へ?」


ファナに「わかってる」と最初に言われて、ルイディナは不思議そうな顔をする。


「ルーちゃんも好きになったんだよね?」

「ファ、ファナ~!?」


ルイディナの顔が「ぽん!」と真っ赤になる。


「一緒に行こ、ルーちゃん。
 ソラちゃんに負けちゃうよ!」


ファナはルイディナの手をぎゅっと握る。
ルイディナは一瞬だけ呆気にとられてしまった。
だが、ファナの笑顔を見て、ルイディナは大きく頷いた。


「そうね!
 協力してイルマさんをメロメロにしちゃうわよ~!」

「わ、わわ!」


ファナに握り締められた手を、ルイディナは逆に握り替えして引っ張るようにして走り出す。
向かう先は、勿論、イルとソランジュの所だ。


「逃がさないんだからね、イルマさん~♪」


ルイディナとファナは、イルとソランジュの2人に向かって飛びついた――





■■■


漆黒のドレスを纏ったラクリモーサの全身が震える。
息も荒く、頬も紅潮し、心臓が跳ね馬のように鼓動する。
今、間違いなく、ラクリモーサは欲情していた。

ゆっくりと、一歩、一歩、ラクリモーサは歩く。
巨大な水晶柱に向かって。


「お、お嬢様……!」


背後から、イエリチェ、フェーミナ、ミト、ヨツハの声がかかる。
だが、言いかけた言葉を、ラクリモーサは止めた。


「貴方達はそこで待機なさい。
 それと、大声を出すのはよしなさい。
 失礼ですわよ。
 これから[終演の鐘(ベル)]に謁見させていただくのですから――」

「し、失礼いたしました!」


氷のように冷たいラクリモーサの言葉に、4人のダークエルフの少女達は恐縮する。
4人の反応を見たラクリモーサは満足げに頷くと、改めて、水晶柱の前に立った。


「お会いできて嬉しいですわ。
 初めまして、イル・ベルリオーネ様……」


ラクリモーサは、水晶柱に向かって完璧な一礼をしてみせる。
否、水晶柱に向かってでは無い。
水晶の中にいる[人]に向かって、だ。


「突然の来訪、申し訳ございません。
 そして、ここまでお呼びいただきましてありがとうございます。
 代表してお礼を述べさせていただきますわ」


そしてラクリモーサはゆっくりと、水晶に手を触れる。
ヒンヤリとした感触が、火照った身体に心地良かった。
それだけで達してしまいそうな程に――


「アァ……
 何て罪作りな殿方なのでしょうか……」


燃えるような朱色の外套に身を包み、
黒鴉の頭が彫りつけられたスタッフを持ち、
水晶の中に立ち尽くす【青年】は何も語らない。
意志の強さを感じさせる瞳が、全てを見通しているかのようにラクリモーサを貫くのみ。


「イル様、早く私をメチャクチャにしてくださいませ」


ラクリモーサは、舌を伸ばして「チロチロ」と水晶を舐め始めた。 
 






おじいちゃん編終了です。
「明るく、楽しく、ハーレムでおじいちゃん無双」は達成できたでしょうか?

このコンセプトでは「ハーレム」というのが最大の難関でした。
やっぱりハーレムものって、女性キャラクターに魅力が無いと面白くないと思っています。
必死に、ルイディナ、ファナ、ソランジュは書かせていただきました。
少しでも気に入っていただけると嬉しいのですが……いかがでしたでしょうか?



そして、ようやくバラバラになった4人のキャラクター紹介編が終了です。

以前にも全く同じ文章を書いたような気がしますが、正直、ここまで書けるとは思いませんでした!
稚拙な文章ですが、読んでくださった皆様のおかげです。
本当に、本当にありがとうございます!




さて、最初に出会うのは誰と誰なのやら?w



[13727] 56 旅の少女
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/06/26 07:08
いくつも聳え立つ緑の樹々。
揺れる葉の生い茂り。
水引草の隙間を、軽やかに風は通り抜けていく。


「ん、いい風」


少女の長い黒髪が、さらさらと風に乗った。
森特有のひんやりとした風を、満足行くまで少女は堪能する。
そして、今まで寄りかかっていた木から身体を起こした。


「よっこらっしょ、っと」


「ポンポン」と、白いローブのお尻部分についた露や土埃を払う。
それから、少女は雑草の[オオバコ]の茎を紐がわりにして、髪をポニーテールにまとめた。


「涼しい時間になったから、もう出発するよ~」


そして少女は、目の前にある泉に頭を入れて水を飲んでいる純白の馬に呼びかける。
少女の声に答えるように、純白の馬は水を飲むことを止めて頭を上げる。
と、通常の馬にはあり得ない「角」が、この馬には額から生えていた。
だが、少女は怯える様子など微塵もない。
それどころか、なんの躊躇もなく近寄って、「角」が生えた馬のたてがみを手櫛で梳いてあげた。


「美味しかった?」


少女が優しく問いかけると、角が生えた白馬は「コクコク」と大きく頷く。
そして、少女の顔を「べろんべろん」と舐め始めた。


「わ、わわ!
 もう、いつも言ってるでしょ?
 な、舐め過ぎ!」


少女は注意の言葉を発するが、白馬は舐めることを止めない。
「はふはふ」言いながら、嬉しそうに舐める。


「も、もう~!」


いつも繰り返されるやり取りだ。
そして、あっと言う間に少女の顔はベタベタになってしまった。


「さ、そろそろ行こっか?」


少女は苦笑いしながら、白馬の背をポンポンと叩く。
するとやはり先程と同様に嬉しそうに、白馬は嬉しそうに両膝を折り姿勢を低くした。


「お願いね?」


角が生えた白馬にお願いしながら、少女は白馬に騎乗する。
大好きな少女の頼みに、白馬は興奮気味にいなないた。



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◇ユニコーン(Unicorn)

社会構成:家族
食性  :草食性
知能  :人間並
性格  :カオティックグッド

生態
・ユニコーンは人間の居住から遠く離れた温暖な森にしか生息していない。
・孤独なユニコーンは、純粋な心を持つ善なる性格の乙女を背中に乗せることを許すことがある。
 ただし処女に限定される。ユニコーンは乗り手を自分の命に代えても守ろうとする。
・きらめく純白の毛に包まれた馬の体を持ち、目は深い海のような青である。
 また最大の特徴として、額から一本の象牙色の60cm~90cmの角が突き出ている。

特性
・敵の存在を200mの先からでも感じられる。
・ユニコーンは極めて静かに移動することができる。
・角をランスのように使って、突撃することが可能である。
・1日に1度、限定された距離ながらテレポートの呪文を使用することができる。
・精神系呪文、拘束呪文、即死呪文に耐性がある。
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少女を乗せたユニコーンの足取りは跳ねるように軽やかだった。
多くの樹木、草花、小動物などは障害物になり得ない。
ここが森の中だと信じることができないほど、快適に、少女とユニコーンは前と進んでいった。






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056 旅の少女

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少女とユニコーンが[魔の森アルセダイン]に入ってから7日目。
何事も無く、[アルドガレン平原]へと抜けることが出来た。
([何事も無かった]というのは、あくまで、この少女とユニコーンから見地である)

ちなみに[魔の森アルセダイン]に近づく人間は皆無だ。
当然である。
我が物顔で闊歩するモンスター達。
そんなモンスターに対して、全く引けをとらない引けを取らない動植物達。
通常の人間型種族が、入って無事に済む場所では無いのだ。
あまりの危険さ故に、森の住人であるエルフさえも住んでいないと人々に噂されるほどである。


「ここ最近、ずっと森に守ってもらってたから、なんだかドキドキするね」


だが少女には逆だった。
[魔の森アルセダイン]は、少女に対して慈愛に満ちあふれていた。
水も食事も寝床も困ることない。
地図などなくても、木々や花達が一生懸命に道を教えてくれたからだ。

[アルドガレン平原]に出たことで、少しだけ不安のような寂しい気持ちを覚えた。
だが、そんな彼女の思いが通じたのだろうか。
ユニコーンは背の彼女に対して、慰めるように優しく嘶く。


「ありがとね」


ユニコーンの言葉が理解できる少女は、ユニコーンの長い角をさすった。





[魔の森アルセダイン]を出てすぐの位置は、キク科の植物ヒメジョオンが多く群生する場所だった。
少女はユニコーンから降りて、白い小さな花に向かってしゃがみ込む。
[アルドガレン平原]平原に走っている、街道の位置を教えてもらうためだ。
ひさしぶりに話ができる相手がいて嬉しかったのだろうか。
多くのヒメジョオンは賑やかに大騒ぎで、街と街をつなげる街道の位置を教えてくれた。
ヒメジョオンにお礼を言って、再び少女はユニコーンに騎乗して街道に向かっていった。

夏野の草茂み。
葉の擦れる音。
雲雀は白い雲に向かって上昇していく。
生命と精霊達が活発に動く夏。

ゆっくりと時間が流れる中、街道をすぐに見つけた少女とユニコーンは歩を進めていった。





「わあ……!」


今、少女は、海上に浮かぶ大きな橋の目の前立っていた。
橋の先には、大小の様々な島が見て取れる。
そこは湾にできた潟の上に築かれた、白く、陽光に当てられて輝かんばかり建物群が築かれていた。

少女は思わず、感嘆の声を漏らしてしまう。
そして興奮気味に、軽やかな動作でユニコーンから降りる。


「くぅうん……」


そんな少女の様子とは対照的に、ユニコーンは力なく項垂れてしまう。
少女の重みがなくなり、ユニコーンにとっては楽になったはずである。
にもかかわらず、ユニコーンは寂しげな声をあげた。
それは、背中に少女の温かみが感じられなくなったからである。

いつもと同じユニコーンの反応に、少女はくすぐったい気持ちになる。
そしていつもと同じように、暖かい真っ白な鬣をなでてあげた。


「ここまでありがとね」


少女の感謝の言葉に、ユニコーンは少女の身体にすり寄った。
ユニコーンも、この処女(おとめ)とは一瞬たりとも別れたくないのだ。

だが、状況が許さない。

この少女が人間とふれあう場所に行く時は、別行動を取るからだ。
これは少女とユニコーンの間で決めた約束事だ。
理由は、その特徴的なユニコーンの角にある。
この角は所有しているだけで、毒に対する耐性が得られる力を持つ。
さらには、ヒーリングポーションの触媒にもなる。
そのために一攫千金を狙う人々からは、襲われてしまうためだった。


「くぅん……」


一歩前に進んで、ユニコーンは振り返る。
少女の姿を見る為だ。
そんなユニコーンに、少女は微笑みながら小さく頷く。
すると、またユニコーンは一歩進む。
だが、また振り返る。
このやり取りが何度も繰り返された。


「またわたしを迎えに来てね――!」


少女が手を振ると、ユニコーンは前を向いて走り出した。
そして50mも走った当りで、霞のように姿を消していった。
ユニコーンの特殊能力のテレポートが発動した為である。


「……ん、よし!」


ユニコーンを見送った後、少女は気合いを入れた。
そして再び、美しい建物に視線を向ける。


 「やっと、やっときたんだ……」


感慨深げに呟き、少女はゆっくりと橋を歩き始めた。





橋を歩き始めて5分。
橋の上に建てられたとは思えないほど、重厚な造りの門に少女はたどり着く。
さらに、本島の周囲を取り囲むように連なる巨大な石壁は、少女の数倍の高さはある荘厳なものだった。


「ふわあ……」


少女は、その巨大な造りに圧倒されてしまった。
思わず、無意識のうちに感嘆の声を漏らしてしまう。


「はは。ようこそ、嬢ちゃん」

「あ、は、はい!」


先程から門の前に控えていた兵士が、「ぼー」っとしてしまっていた少女に声をかけてきた。
突然声をかけられた少女は、条件反射的に返答してしまった。


「そんなかしこまらんでもいいさ。
 無理もない。
 初めてくる人は、みんな似たり寄ったりの反応だからな」


皆、ここに来た人間は似たような反応を示すのだろう。
この兵士は、少女のような態度に慣れっこだったようである。
「ぽけー」っとしたところを見られた少女は、少し恥ずかしくなってしまった。
照れ隠しの為に、入市税を払おうと小銭袋に手を伸ばそうとした時だった。


「そして、だ。
 それも、みんながやる反応なんだな」

「え?」

「ここには入るのに税金は必要ない。
 そう、[ホワイトスネイク]の指示でね。
 ようこそ、[海の女王・サーペンスアルバス]に――」





少女が拍子抜けしてしまうほど、簡単に[サーペンスアルバス]に入ることが許可された。
こんな立派な門のために、出入りのチェックは厳しいと思っていた少女は、
思わず兵士に聞いてしまう。
「悪さしようとするやつが、嬢ちゃんみたいな反応はしないよ」
少女の質問に、兵士は苦笑しながら答えた。
「チェックがそれでいいのかなあ?」とは思ったが、少女はこの兵士に好感を持った。

少女は兵士に頭を下げてから、[サーペンスアルバス]の門をくぐっていった。

と、そこには、多くの人々が闊歩し、笑い、活気が溢れている姿が見て取れる。
[サーペンスアルバス]はいるだけで、少女の気分を高揚させる力を持った街だった。


「すごい……!
 これ、夏休みに家族旅行で行ったイタリアのヴェネチアみたい……!」


迷路のように狭くて曲がりくねった路地や、幾つもかけられた小さな橋、
[サーペンスアルバス]独特の地形に感嘆しながら、少女は[サーペンスアルバス]を歩く。


「あ、ゴンドリエーレ!
 ここだと、カンツォーネは歌わないのかな?」


手漕ぎ船を見た少女は、頬を上気させて楽しそうに辺りを眺めてしまう。
周囲の人々から見て、この少女は完全にお上りさんだった。
そんな少女を微笑ましく見守る者、苦笑する者、そして少女に見とれてしまう若者達は多くいた。

少女が興奮するのも仕方がない。
ここは、あの[サーペンスアルバス]なのだから――


「やっと来れた、あそこにいるんだ……!」


少女は[サーペンスアルバス]の中心部である寺院前広場に立った。
目の前には[自然の神オーバド・ハイ]がまつられた寺院が聳え立っている。
また周囲には、多くの出店が軒を連ねていた。
そのため[サーペンスアルバス]で、最も多くの人々が集中する場所である。
[自然の神オーバド・ハイ]の参拝者や出店目当ての人々の間を、少女はかき分けるようにして進んでいく。


「あそこに、[キース・オルセン]が……」


少女が向かっているのは、[サーペンスアルバス]の政治の中枢がある建物である。
そこは最高指揮官でもある[キース・オルセン]の住まいでもあるのだ。


「おにいちゃん……!」


歩きながら、次第に少女の目には涙が溜まりつつあった。


「いるんだよね? おにいちゃんなんだよね……?」


[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]であり、
[水梨勇希(みずなしゆうき)]の妹である少女は呟いた――







約一年ぶりに書いた乃愛です。
(ホントに)ちょっとだけ、大人になった感じで書けたらいいなと思っています。



乃愛が出てくると、ますます厨二病成分が増大します(笑)
今後、皆様にはご注意くださいますよう、お願い申し上げます。



今回山場無し。



当初、ノア編は「1人称(笑)」的な文章で書かせていただいておりました。
が、しばらくは、今まで通りの文体で書いてみたいと考えております。



[13727] 57 確信
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/07/16 18:51
[サーペンスアルバス]の町中を横切るようにして存在する運河。
その運河沿いには、一際目立つ、真っ白な石で作られた三層の美麗な石造建物が存在する。
教会を除けば、[サーペンスアルバス]では一番高さのある建物である。


「す、すいません……!」


少女はキース・オルセンに会うために、どうしてもそこへ行きたかった。
緊張した面持ちで、建物へと続く門を警護する2人の兵士に対して話しかけた。


「ん? どうかしましたか?」


[サーペンスアルバス]の兵士は、周囲に知れ渡る程の精鋭揃いである。
そのために不審人物に対しては容赦無い。
だが、目の前にいる少女は、雰囲気や法衣を纏っていることもあり穏やかな対応となった。
(当然、何か不審な動きでも見せれば、もう一方の兵士が動くだろうが)

2人のうち1人の兵士が、構えていた槍を降ろして少女に丁寧な口調で対した。
友好的に接してくれた兵士に、少女は安堵の面持ちを浮かべる。
そして、少女はお願いを口にした。


「あ、あの、
 わ、わたし、キース、キース・オルセンに会いたいんです……!
 ここに、ここにいるんですよね……?」

「……へ?」


期待と不安がブレンドされたような少女の言葉に、2人の兵士は一瞬顔を見合わせた。
そして、すぐに破顔する。


「こんな美人な僧侶さんも虜にするなんて、うちの大将も罪作りだなあ」


2人の兵士のうち、ベテランと思われる方の兵士が苦笑する。


「にしても、僧侶さん。[サーペンスアルバス]は初めてかい?
 そんな泣きそうな顔をされんな。
 大丈夫。間違いなく、この庁舎が[ホワイトスネイク]がおられる所だよ」

「やった、やっと来れたんだ……!」


ベテラン兵士の言葉に、少女はか細い手で握り拳を作った。
輝くような笑顔と、そして、少しの涙が見て取れた。


「おい、ここは俺が見ておく。
 お前は、僧侶さんを案内してやんな」


そんな少女の様子に、ベテラン兵士は、横にいるもう1人の兵士に向かって命令を下した。


「っうす」


ベテラン兵士の言葉と、もう1人の兵士の言葉に、


「あ、ありがとうございます……!」


少女は深々と、お礼の言葉と頭を下げた。





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057 確信

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兵士に案内されて、少女はロココ風の鉄門に入っていく。
と、そこには、綺麗に手入れされた幾何学庭園が広がっていた。
あまりにも見事なシンメトリー構造に、少女は感嘆の声を漏らしてしまう。
そんな少女の反応に、兵士は気を良くして話してくれた。


「いい庭園でしょ?
 へへ、実は俺の親父が手入れしているんですよ」

「はい……!
 これはすごいですね」


少女は深呼吸をして、人の手によって管理されている庭園を見回す。
そこにはキューピッドや子供の彫像が配されており、荘厳ではあるが暖かみもある光景が広がっていた。
少女の趣向からすれば、一切、人の手が入っていない[魔の森アルセダイン]のような方が好ましく感じている。
だが、人の手が加わることで生まれる美しさがそこにはある。
興味深げに周囲を「キョロキョロ」と見ながら、少女は兵士の後に付いていった。





兵士に案内されて庭園を抜けると、そこは開けた空間になっていた。
中央には噴水が設けられており、ここでも左右対称に手入れされた歩道が作られている。
そして、噴水をこえた正面には、真っ白な石で作られた三層の石造建物が見て取れた。
が――


「え、人……?」


思わず、少女は疑問の声を上げる。
そこには、建物を囲むようにして、老若男女の多くの人々がいたからである。
少女としては、他の人が、それもこんなにも多くいるとは思わなかった。
少女がざっと見渡した感じだと、若い女性と年配の方々多いように見て取れた。


「あと一刻もしないと思うんで、ね。
 俺は仕事に戻ります。
 ごゆっくり」

「え、
 あ、あの、ありがとうございました……!」


突然の兵士の言葉に、少女としてはよく理解はできなかった。
だが慌てて、お礼の言葉を少女は述べる。
そんな少女に兵士はにこやかな笑顔を向けて、今来た道を戻っていった。

兵士に向けて下げていた頭を戻すが、突然の展開に、少女としては途方にくれてしまった。


「ここで1人か、どうしよ??」


だが、ここで立っていても進展は無い。
ひとまず少女は、正面奥に見て取れる建物に向かって歩くことにしてみた。





少女が向かった建物は、周囲を囲うようにして、柵のような物が設置されているのが見て取れた。
柵は、少女の腰の高さ程度だろうか。
その柵の前で、何人もの屈強な兵士達が立ちふさがっている。
多くの人々、柵、柵前で警護する兵士達。
それらは、少女に、兄に連れて行ってもらった夏の野外のロックフェスティバルを思い出させた。


「うわあ……」


感嘆の声を漏らして、少女は周囲を見回した時だった。

ガラーン

ガラーン

ガラーン

自然の神オーバド・ハイ寺院から、重々しく鐘の音が鳴り響いて――


「わあああああ――!!」


突如、周囲にいた全ての人々から歓声や嬌声が響き渡った。
若い女性達は飛び跳ねるようにして叫んでいる。
祈りを捧げた老人は涙を流し始める。
それはものすごい大きさ、うねりだった。


「え、え、な、なに、なに――!?!?」


突然の出来事に、少女には理解が出来ない。


「ほ、ホントにこれじゃロックコンサートだよ~」


やはり兄と一緒に行った、ロックバンド[Whitesnake]のライブコンサートを思い出す。
確かあの時も、ボーカリストがステージに出た時、こんな感じに盛り上がって――
そして、みんなの視線を釘付けにした。


「え――?」


全く同じだ。
周囲にいる人々の視線が、一点に集中している。
少女も、みんなが見ている方へ視線を向ける。


「あ――」


少女の瞳に飛び込んできたのは、建物の二階にあるバルコニー。
そしてそこには深紅のサーコート(袖なしの外衣)を纏った青年が立っていた。
輝くような金髪と、服の上からでもわかるほど無駄の無い引き締まった身体。
容貌、風采、気品の全てを兼ね備えた青年だった。


「あ、ああ……」


少女はその場に「ペタリ」と腰砕けてしまった。
心の中が熱い。
それは歓喜だった。
歓喜がこみ上げてきて仕方がなかった。
あまりの衝撃に、立っていられない程だ。

そして照れくさそうに金髪の青年が、頭を掻きながら人々に向かって手を振る。
と、周囲の人々からは「キース様!」「ホワイトスネイク!」といった声が飛び交った。
若い女性などは「キャー、キャー♪」と、興奮しきりである。


「おにいちゃん……」


そんな興奮が渦巻く空間の中。
キース・オルセンを見た少女は呟いた。

少女の兄は黒髪だ。
そして背だって、あんなに高いわけではない。
ただの日本人なのだ。
似ている箇所を探す方が難しいくらいである。

だが、少女には[わかった]のだ。

説明はできない。
だが、間違いない。
16年間、ずっと一緒だったのだ。

キース・オルセンは、自分の兄[水梨勇希(みずなしゆうき)]だと。


「おにいちゃん……!」


頭の中で、ここに来るまでの出来事が走馬燈のように駆け巡る。
それらを全部、兄に聞いてもらいたい。
日本の家にいた時と同じように。
そして笑って欲しい、叱って欲しい、褒めて欲しい――

そしてどれぐらいの時間が経過したのだろうか。
夢うつつ状態となってしまった少女には、具体的な時間の経過がわからなかった。
だが、結構な時間が経っていたのだろう。
キース・オルセンは、多くの人々に背を向けて建物内に戻っていった。


「あは、あの後、絶対にヘロヘロになってベッドに飛び込むんだろうな。
 「うがー、疲れた~」とか言って……」


キースが建物に戻っていった為に、多くの人々も帰り始めていった。
だが、少女は座り込んだまま動けなかった。


「そっか。
 「キースに会いたい」って言ったから、ここに連れてきてくれたんだ」


兵士がこの場所に案内してくれた理由が、ようやく少女に理解できた。
恒例か、偶然なのかはわからないが、今日は、キースが街の人に顔を見せるイベントがあったのだ。
だから、すんなりと、ここに案内してくれたのだろう、と少女は考える。


「よし!
 改めて、お願いしてみよう――!」


少女の面持ちは、自然で、そしてとても落ち着いた優しい笑顔だった。





「んなこと言われてもなあ」

「無理を言っているのはわかります。
 でも、言っていただくだけでいいんです。絶対に納得してもらえるんです……」


少女は柵の前にいた兵士に、粘り強く交渉を行った。
だが、当然のように難航している。
当たり前である。
キース・オルセンは[サーペンスアルバス]を統治するトップの男なのだ。
アポイント無し、かつ、全く見知らぬ人間が通れる訳もない。

一介の女子高生が、東京都知事にいきなり会えるだろうか?
都庁の受付に言っても歯牙にかけられないだろう。


「まいったなあ」


さすがに、兵士もぼやき始める。


「ご、ごめんなさい、でも――」


無理を言っていることを、少女自身は自覚している。
そのため、だんだん、言葉が弱くなっていってしまう。
元来、少女は押しの強い性格ではなかった。

一瞬、少女の頭の中には[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]という単語がよぎる。
が。
少女は慌てて首を振った。


「でも、どうしても――」


少女は引き続き、お願いをした時だった。


「どうした、騒々しいぞ」


少女の背後から、凛々しい女性の声がかけられる。
少女が振り向くと、そこには――


「え? メイド、さん……?」


思わず、少女は呟いてしまう。
それは、声をかけてきた女性が[日本風のメイド]の格好をしていたからだ。
当然、この世界にも[侍女]という存在はいる。
だが、この女性の服と、この世界の[侍女]の服では全く異なる。
思わず、少女は「ぽかーん」と惚けてしまった。


「マ、マリエッタ様。
 し、失礼致しました――!」


兵士二人は直立不動で敬礼を行う。
が、マリエッタ様と呼ばれた、メイドの女性は意に介さない。


「どうした、と聞いています。
 優先順位を違えないでください」


無表情なまま告げるマリエッタの言葉に、兵士はますます直立してしまう。


「は、は!
 じ、実はこの少女が、どうしても[ホワイトスネイク]に伝言して欲しいことがあると!
 そして、言っていただければ、絶対に納得してくれると申しており――」

「納得? 何を言っている?」


マリエッタは、改めて少女に視線を向ける。
それは観察する目だった。
マリエッタと呼ばれたメイドの女性に対して、少女は慌てて一礼をした。
そして――


「お願いです、キース・オルセンに伝言をお願いします!
 水梨乃愛(みずなしのあ)が来たって伝えてくれるだけでいいんです!
 お、お願いします……!」


水梨乃愛と名乗った少女は、マリエッタという人物が関係者であると考えた。
引き続き、お願いを口にする。


「ミズナシノア……?」


マリエッタは乃愛に対して、いぶかしげな視線を向けた。








夏バテでした。
会社も休んでしまいました。
体調管理は大切ですね。
皆様に、お身体には留意してくださいませ。



そして、やっぱりひさしぶりのマリエッタさん。



ようやくキースの異名の元となったバンドについて触れることができましたw

Whitesnakeは良いバンドですね!
ジョン・サイクスのギターの音が心地良すぎてこまります。
生で一度聴いてみたかった!
今のダグ・アルドリッチも悪くはないのですが、後ちょっと物足りません。
まあ、主役がデヴィカバだからいいのかなw



今回のシリーズのコンセプトは「集合」でしょうか?



[13727] 58 痴漢
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/08/06 07:42
黒のロングワンピース、白のエプロンとカチューシャを完璧に着こなしているマリエッタ。
今、彼女は扉の前に立っていた。
何度か深呼吸を行って、「問題ありません」と小さな独り言を囁く。
これはマリエッタにとって、いつも行っている行為だ。
それから扉に向かってノックを行う。

合計4回扉を叩くと、室内から返答が来る。


「は~~~い~~~~」


間が延びた、まさに間抜けな声だった。
その返答に、マリエッタは(誰にも見せない)微笑を浮かべる。
だが、それも一瞬。
一度咳払いをして、すぐに、いつもの冷静な面持ちになった。


「マリエッタです。
 よろしいでしょうか、ホワイトスネイク?」 


室内にいるキースに向かって、マリエッタは声をかける。


「あ~~~い~~~~」


そして、先程と同様のへなへな声が返ってくる。
キースの返事を確認してから、マリエッタはキース・オルセンの私室に足を踏み入れた。





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058 痴漢

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キースの私室は質素な物だった。
あるのはテーブルとソファ。それに書棚と作業机、ベッドだけだ。
華美な物は何一つ無い。
他の施政者では考えられないことだった。

そんな他の領主とは全く異質な、己の敬愛する主人が伏せっているベッドにマリエッタは向かう。


「またですか?」


ベッドにうつぶせになっているキースを見て、マリエッタは肩をすくめた。
マリエッタの言葉に、キースは体勢を変えずに、顔だけを横にしてマリエッタを見る。


「そうは言いますがね、マリエッタさん。
 小心者の自分としては、なんと言いますか、
 そう、ストレスがマッハという程のイベントなわけですよ……」


妙な敬語もどきでキースは答える。
キースが発した言葉は、マリエッタにはよくわからない部分もあった。
だが、キースの考えは理解できている。
当然だろう。
月に一度行われる「領民への顔見せ」の度に、必ず同じようなことが繰り返されるのだから。

だが、このイベントは欠かすことはできない。
魔術師ビックバイが倒されたとは言え、あの恐怖は人々の心から消える訳ではない。
だが人々は「英雄」であるキースの姿を見ることで、恐怖に負けない勇気や希望を貰えるのだから。

キースが苦しんでいる姿を、マリエッタは見たくない。
変われるなら、喜んで変わってさしあげたいと思っている。
だが、これはマリエッタにはできない。
キース・オルセンにしかできないのだ。
そして、マリエッタからは「やめましょう」とも言えない。
マリエッタ自身が、キースから勇気をもらっているのだから。


「お茶を入れます。
 今日はたっぷりハチミツを入れましょう」


だから、今日もマリエッタは、自身ができることを目一杯やろうと決意する。


「うは、やった!!」


ベッドから飛び跳ねて、キースはテーブルの椅子に座る。


「はやく、はやく!」


「パンパン」とテーブルを叩く子供ようなキースの姿に、マリエッタは笑みを抑えきることが出来なかった。





マリエッタの完璧な作法により、テーブルには紅茶が用意された。


「はー、脳みそに染み渡るな~
 甘いものは人類の永遠の友だよな~~~」


ずずー。
と、貴族社会などでは決してあり得ないような音を立てながら、
「この人、ホントに強い人なの?」と疑われてしかるべきだらしない格好で、キースはお茶をすする。
先程までサーペンスアルバスの人々に見せていた貴公子の姿は欠片もない。
いるのは、少々残念な感じのイケメンである。


「おかわりはいかがですか?」

「もらう、もらう!
 あ、お菓子も頼む~」


とても領民には見せられない格好だったが、この時ばかりはマリエッタは注意をしない。
再び手慣れた手付きでハチミツ入りのお茶を入れて、キースに差し出す。
嬉しそうな顔をして、キースはお茶をすする。


「そういえば、ホワイトスネイク。
 一応ですが、耳に入れていただきたいことが」

「ん、な~に~?」


お茶を飲むキースの口が休まる瞬間を見計らって、マリエッタは言う。
そんなマリエッタに、キースは「のほほん」といった体で問い返すと――


「ミズナシノア」

「ブぅっ――――!!!???」


見事なまでにお茶は霧状になって吐き出された。
スポーツ好きの妙子が見ていたら、「毒霧」と言っていたかもしれない。


「えほ、えほ、げほ、うぇ……!!」


キースは盛大に咳き込んでしまう。


「だ、大丈夫ですか、ホワイトスネイク!!
 だ、誰か――」


あまりのキースの狼狽ぶりに、マリエッタも慌ててしまう。
咳き込むキースの背中をさすりながら、慌てて誰かを呼ぼうとする。


「あ、い、いや、大丈夫……
 ちょ、気管に入ったダケダカラ、エホっ、エホ……」


何度か咳をしてから、呼吸を落ち着かせる。
そしてキースは真剣な眼差しで、マリエッタの両肩に手を置いた。


「(えッ――!?)」


近くで見るキースの顔に、マリエッタは慌てそうになる。
が、必死にその気持ちを抑える。


「マ、マリエッタ!
 今、と、ところで、なんて言った!?
 耳に入れて欲しいことって――!?」


少々荒い語気で、キースはマリエッタに問いかける。
真面目なキースの面持ちに、マリエッタの浮つきかけた心に対してしかりつける。
そして、やはりいつものように冷静な表情で返した。


「ミズナシノアでしょうか?」

「そ、そう、それ!
 な、なんでマリエッタが――!?」


マリエッタは冷静さを保つのに必死だった。
これほどまでに高ぶった感情を見せるキースは初めてだったからだ。


「さ、先程ですが、ホワイトスネイクに告げて欲しい、と、
 そう少女が申しておりました。
 そう言えばわかるから、とも」

「そ、それ言ったのって、黒髪で、長くて、おとなしそうで、
 でも、もんのすごーく可愛くて、
 えーと、えーと、色白で、黒目の女の子だったか!?」

「法衣に身を包んで降りましたので、色白とかは正確なことはお伝えできません。
 ですが、黒髪と黒い瞳の少女ではありましたが……?」

「お、おぅ……!!!」


マリエッタの言葉に、キースは握り拳を作って呻き声を上げる。


「あ、ほ、ホワイトスネイク……!?」


心配そうにキースを見守るマリエッタだったが――


「きたぁあああ――!!!!!」


キースは喝采を上げる。
それはまるで、勝利の勝ち鬨だった。


「やっと、やっとだ……!!!
 [キース・オルセン]の名前を広めた甲斐があった……!!」


キースは再びマリエッタの肩に手を乗せる。


「[ミズナシノア]と言った女の子は、今どこにいる!?」


キースの勢いに押されるように、マリエッタは言葉を口にする。


「も、門の前でした。
 が、伝言をする代わりに、今日は帰るように告げました。
 そうしたら、宿にいるからとも――」

「おっけえぇぇい!」

「あ、ホ、ホワイトスネイク……!」


マリエッタの言葉を最期まで聞かずに、キースは私室から飛び出していく。
キースの異名である[神速の剣の使い手]の名にふさわしい動きだった。

呆然としてしまったマリエッタだったが、慌てて、自身の心を再起動させる。
そして、あっと言う間に姿が見えなくなったキースを追いかける――





サーペンスアルバスに居を構える宿屋の[四季亭]。
1階は酒場で2階が宿泊施設という、よくありふれた宿である。
そんな[四季亭]の酒場は、サーペンスアルバスの漁師達に人気である。
まだ日は高いが、すでに仕事を終えた多くの漁師達が食事を楽しんでいた。
そんな時だ。

バンッ!!!
と、ものすごい音を立てて、[四季亭]の扉が開かれた。
あまりの勢いに、多くの客達が怪訝な面持ちで、扉の方に視線を向ける。


「え――!?!?」


賑やかな酒場の喧騒が、瞬く間に沈黙に変わる。


「ホ、ホワイト、スネイク……!?」


当然である。
荒い呼吸をしながら、突如、あのキース・オルセンが駆け込んできたのだから――

そんな中。
キースは奇妙な雰囲気をもろともしないで、鋭い目でキョロキョロと店内を確認する。


「あ、あ、あの、ホ、ホワイトスネイク……
 な、なにかございました、で、しょうか……?」


かなり腰がひけ気味の、[四季亭]の主人が「おずおず」とキースに声をかけてくる。
[四季亭]の主人は真面目な男である。
租税もごまかしたことはない。
やましいことは何一つ無いのだが、さすがに怯えてしまう。


「ここのご主人?」

「は、はい!!」


神妙な面持ちのキースの言葉に、[四季亭]の主人は直立不動の姿勢を取って返事を返す。
周りの漁師達も、息を飲んで見守るだけである。


「聞きたい。
 最近、この宿に泊まった女の子はいるかな?」

「お、女の子ですか?」


主人は予想外の質問に呆然としてしまう。
そして、一気に全身の力が抜けていくのもわかった。
こちらに非があることではないとわかったからだ。


「あ、い、いえ。
 ウチはもっぱら常連の漁師連中が寝泊まりしているので、女の子はいな――」
 
「ありがとう、邪魔した」


主人が全てを言い終わる前に、キースは風のように出て行ってしまった。
また同時に、緊迫した空気も無くなった。
「ぽかーん」としていた漁師達も、一斉に騒ぎ始める。


「な、なんだったんだ、おい?」

「すげえ迫力だったな」

「でも、女の子って?」

「そういや、ホワイトスネイクにゃ、女の話一つも聞かねえよな?」

「もしかして?」

「あんだけ慌ててんだ、そりゃ、そーだろ」

「ひゃっほう、俺達のホワイトスネイクに春が来たようだぜ!」

「おー、サーペンスアルバスも安泰だ!」

「というわけで、かんぱーい!」


[四季亭]に風のようにやってきて、風のように去っていたキース。
そのおかげで、その後の[四季亭]の酒場は大いに盛り上がった。
売り上げも良好となり、主人もホクホク顔だった。





サーペンスアルバスの街中には多くの人々がいる。
そんな中を、キースは走り抜けていた。
その動きには全く無駄が無く、人々にぶつかるどころか触れることもない。


「次は[月の銛亭]が近いか――」


足を止めることなく、キースは頭の中で次に向かう宿屋を考える。
そして、[月の銛亭]に向かうために、メインストリートに出たときだった。


「あ……」


島と島をつなぐ橋の上。
キースの視界に入る人。
それは、ただ一人の後ろ姿だった。
真っ白なワンピース形式のローブ。
そしてポニーテールにまとめられた黒い髪。

それは何年も見た姿であり、大切な家族の――


「の、乃愛……!」


身体が止まらない。
キースは無意識のまま、走り寄って少女を後ろから抱きかかえた。
もう離れないように、と――

その刹那――


「きゃ、ち、痴漢!?」

「へ??」


少女の動きは俊敏だった。
それは一般人では理解できない程の速度。

キースの風景が上下反対になる。
竜巻を思い起こさせるような、ものすごい勢いの背負い投げだった。
ものすごい勢いで空に放り出される――


「だ、大雪山おろし???」


空中にて、キースは、再放送で見たアニメキャラが使っていた必殺技名を呟く。
こんな場所、こんな体制でも、キースにはなんら問題や障害になるものではない。
空中で姿勢を整え、下にいる少女を見やる。


「な、なに、なんなんですか……!?」


少女は不安気な顔で、胸元のローブを「きゅっ」握っていた。
声。
顔。
仕草。
キースは確信した。
笑みが止まらない。


「やっと、か……!」


歓喜の声を呟いて、橋の下の海に落ちた。


「(乃愛……!)」


大きな水しぶきがあがる。
その中心、水の中にいるキースは笑顔を抑えられなかった。







キースが「神速の剣の達人」という描写は、22話にてドーヴェンさんが語っております。
あまりにも久しぶりなので補足説明。



最初はドラマティックな出会いを書いていました。
が、何故か、いつの間にか、痴漢と間違えられるお話になりましたw



おにいちゃんには、意図してメタ発言っぽい会話使っています。
なかなか難しいものです。



[13727] 59 兄妹
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/08/15 04:15
小島と小島を繋ぐ、ほんの小さな橋の上。
全身ずぶ濡れであり、髪の毛先からも水滴がしたたり落ちている状態のキースが微笑んでいた。
その微笑みの対象は、自身の目前にいるうつむき加減の少女に対してだ。
少女は[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]の異名を持つノア。

そして、水梨乃愛でもあり――


「おにいちゃん」

「どうした、乃愛?」

「おにいちゃん……」

「ん、どうした?」


繰り返される同じやり取り。
だが、キースは嬉しそうに答えた。


「おにいちゃん……?」


再び繰り返された言葉は、[質問]時のようなイントネーションだった。
そんな乃愛の言葉に対して、キースは腰をかがめて中腰の体勢になる。
そして、下から乃愛の顔を覗き込む。


「ああ、にいちゃんだ。
 こんな姿になったけどな。
 間違いなく俺は乃愛のにいちゃん、水梨勇希だぞ」


兄であるキースの言葉に、乃愛は複雑そうな表情だった。
泣きそうな、嬉しそうな、困惑しているような、照れているような――


「怖かったんだよ……?」

「……そっか、そうだよな。
 ごめんな?」


乃愛の小さな声に、キースは優しく言葉をかける。


「痛かったんだよ?」

「ごめんな」

「心細かったんだよ?」

「悪かった」


続けられていく乃愛の言葉に答えながら、キースは乃愛の手を取った。
そして手の平、手の甲、爪と見ていく。


「手、随分と荒れちゃったんだな」

「え? う、うん……」


勇希は乃愛の手を知っている。
乃愛は手を大切に扱っていた。
ずっとピアノを弾いていたからだ。
その手が、土汚れや小さな傷などが多く見られていたのだ。
以前の乃愛では、決して考えられないことだった。


「乃愛、がんばったな……!」


キースは乃愛を抱き寄せる。
そして髪の毛を撫で、背中をやさしく「ぽんぽん」と叩く。

 
「……うん」


ずぶ濡れだった兄だが、乃愛は気にすることはなかった。
兄の胸に、乃愛は顔を埋めた。

気恥ずかしくはあった。
だが。
今だけは、ただ、この言葉と温もりを感じていたかったから――





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059 兄妹

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権力者達から言わせれば「質素極まりない」だ。
これがキースの私室の評価になるだろう。
だが、それは権力者達から見ればである。
一般の人からすれば、十二分に豪奢と言える。

そんな部屋に案内されたノアは、借りてきた猫のように「オドオド」していた。

ここ最近のノアの生活は、安宿か森の中での野宿が基本だった。
そのために、キースの部屋が落ち着かなかったためである。
正直、ノアとしては場違いな気持ちでいっぱいいっぱいだった。


「どうぞ。
 ウヴァの葉のお茶です」


身体を縮こまらせながらソファに座っていたノアに、マリエッタがお茶を差し出す。
その作法は物音一つたてない完璧なものであり、メイドの鏡といって良い程のものである。


「あ、ありがとうございます……」


高価そうなティーカップに、ノアはおそるおそる手を伸ばして口づける。
心地の良い芳香に、少しだけノアの心は落ち着きを取り戻せた。


「先程はホワイトスネイクのお客様と知らず、大変失礼いたしました」


ノアがティーカップをテーブルに降ろすのを見計らい、
その上で、マリエッタは一礼と謝罪の言葉を口にした。


「あ、い、いえ、そんな――」


ノアが慌てて手を振ると、マリエッタはもう一度軽く頭を下げてから一歩下がった。
そして、軽く目を閉じて直立不動の姿勢を取る。
その後はマリエッタから声をかけることはなかった

キースの私室。
そこにいるのはノアとマリエッタ。
この空間は、なぜだか沈黙と奇妙な緊張感に包まれていた。





「うぃーす、おまた~」


ノアがお茶を飲んで、マリエッタが側に控える。
そんな状況が、10分程続いた頃だろうか。
この部屋の主人であるキースが、濡れた服を着替えて戻ってきた。


「あ、おに――」

「よろしいでしょうか、ホワイトスネイク」


ノアの呼びかけと、マリエッタの発言は同時だった。
そのためにノアとマリエッタが、お互いを見やって視線が交差する。


「あ、ど、どうぞ……」


ノアとしても兄に聞きたいことはたくさんあった。
だが、マリエッタの言葉の勢いに押されて、思わず、譲ってしまう。
そんなノアに対して、マリエッタは表情を変えずに一礼をする。
そして改めて、キースに向かい合う。


「ホワイトスネイク。
 失礼ながら、よろしいでしょうか?
 状況の把握ができておりません。
 よろしければご説明いただけないでしょうか?」


マリエッタは、再び「チラリ」とノアの方に視線を向ける。
そして再び、キースへと戻す。


「慌てて飛び出して、水浸しになって戻ってくる。
 ただ事ではございません」


マリエッタは真剣な眼差しで、キースを心配げに見つめる。


「ホワイトスネイク。
 お身体をご自愛ください。
 心配させないでください。
 あなたは。
 あなたは、サーペンスアルバスの希望なのですから――」


そんなマリエッタを見て、ノアは「ホッ」とした。
ノアの印象として、マリエッタは「怖くて厳しそうな人」であった。(実際、間違いではないのだが)

だが、兄の心配をしてくれているのが、本当によくわかったからだ。


「冷静に思い返したら、そりゃそうだよな。
 あの時は、このチャンスは逃がさないってしか考えられなかったからなあ。
 ごめん、心配かけた」


マリエッタに対して、キースは頭を下げて謝罪した。
それに対して、珍しく慌てたのはマリエッタである。


「い、いえ!
 私こそホワイトスネイクに無礼を――
 も、申し訳ございません」

「いいんだ。
 今回は俺が悪いんだからな」


もう一度、キースはマリエッタに謝罪の言葉をかけた。
そして、その後に、ノアの前にあるソファに腰を下ろした。


「んじゃ、改めて説明――
 ……
 ……
 ……っても、どこから説明したものやら??」


言うやいなや、困った顔をしてキースはノアに視線を向ける。
これにはノアも同意である。
[D&D]の世界の人に、[こちら側の世界]の説明をするのは困難である。

さすがのキースも、さすがに首をひねってしまっている。


「まあ、一つ一つ順序立ててやっていくか。
 幸い、ノアとは無事合流できたわけだしな」


誰に聞かせるわけでもなく、キースは自分自身を納得させるように言葉を呟いてから――


「ノアだ。
 俺の妹。よろしく頼む、マリエッタ」

「え?
 ……
 ……
 い、いもう、と――???」


マリエッタはキースの[妹]という言葉を聞いて固まった。
だが、キースはその様子には気がつかない。


「ほら、ノア。挨拶してくれ。
 このメイドさんは、マリエッタ。
 細かいところはあとで説明するけど、今、キースの仕事とかを手伝ってもらってる人だ」
  

ノアに向けて、挨拶するように促す。
慌てて、ノアはソファから立ち上がる。


「ノアです。よ、よろしくお願いします。
 兄がいっつも迷惑かけています」

「うへ。
 いっつもって……
 にいちゃん悲しいぞ。たまにだ、たまに」

「たまにでもダメだよ……」


そんな兄妹の掛け合いに、マリエッタの耳には入らなかった。
入っていたのは、[キースの妹]ということ――


「ホ、ホワイトスネイク!
 つ、つまり、その横におられるノアさんは――!?」


冷静沈着なマリエッタが驚きの表情を浮かべている。

何をそんなに驚いているのか?
キースが考えると、ピンク色のプリズムがクルクルと踊り始める。
そして、すぐに回答が導き出された。


「あー、そっか。
 マリエッタには言ってたんだっけな。
 そう。
 マリエッタの想像通りだなー」


キースのいつも通りの言葉に、マリエッタの身体は硬直する――


「清楚な見た目、
 真面目な言動、
 趣味はピアノ、
 運動は苦手、
 家族にだけ言うちっさいわがまま、
 世の中にいる全てのお兄ちゃんがうらやましがるであろう、
 このフルアーマーでダブルな彼女もびっくりなパーフェクト妹、
 それが、この、ノワ―ル――」

「お、おにいちゃん……!」


間違いようもない実の兄の言動に、ノアとしては様々な点でつっこみたかった。
だが、まず今は、次に兄が言おうとしていた言葉に対してだ。
ノアとしては、もう、他人には[アレ]を公言する気は無いのだから。


「ノア、大丈夫だ。
 わかる。たぶん、ノアも[あの二つ名]でさんざん痛い目にあってきたんだろ?
 俺にも経験あるからな。
 でも大丈夫だ。マリエッタは問題無い。
 俺の、いや、俺とノアの味方だから」


ノアの言葉に、かぶせるようにしてキースは遮る。
そして、キースのノアの視線が交差した。

沈黙は一瞬。

そして、落ち着いた声で、ノアはキースに返答した。


「……うん、わかった。
 ありがと、おにいちゃん」


間違いなく兄であるキースの表情と言葉に、ノアの心は「スッ」軽くなったのがわかった。
いつものように自分を案じてくれる兄に感謝の言葉を述べてから、
ノアは、未だに呆然と立ち尽くしているマリエッタの前に歩み立った。


「マリエッタさん」


そして静かにマリエッタに対して、改めて一礼をする。


「改めて、自己紹介します。
 ミズナシ・ノアです。
 一応ですが、[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]をやってるというか、呼ばれてます。
 よろしくお願いします」

「や、やはり、
 あ、貴方が、あ、あの、黒聖処女!?」


ノアとマリエッタは真剣だった。
だが、キースは思わず「ぶほっ」と吹き出してしまっていた。
シリアスな雰囲気が台無しである。


「うは! 
 なんだ、ノア。やってるって。
 それじゃ黒聖処女が職業みたいだぞー。
 それなら、俺、職業ホワイトスネイク?
 蛇が職業って無いよなあ~」


だが、マリエッタからしたら大事である。
今、目の前にいるのは、世界を救った[英雄]なのである。
それも、今まで、ずっと行方知れずだった黒聖処女なのだ。


「ホ、ホワイトスネイク!?
 ほ、本当に、こ、この御方が黒聖処女なのですか――!?」

「まあ、普通そう思うよなあ。
 マリエッタ、間違いない。
 ノアはビックバイを倒した時のパーティメンバーなんだな、これが。 
 えーと、ビックバイの時って、ノアはどんな感じだったんだっけ?」

「え、わたし?」


突然の質問に、ノアは[ゲーム]プレイ時の記憶をさかのぼる。


「えっと、確か……
 ブラックドラゴンがいたから、それを引きつけて……
 で、おにいちゃん達に、先にビックバイに行ってもらってた。
 だから、わたし、後からビックバイ戦には合流したんじゃなかったっけ?」


ノアの言葉に、キースは苦笑せざるを得ない。


「引きつけてたって、簡単に言うなあ。
 最強の黒龍相手に1人で囮になって、それでガチで勝つ妹。
 世界は広いとはいえ、俺だけだよなあ」


キースとノアが語る、まるでおとぎ話のような英雄譚に、
マリエッタは呆然としてしまう。
そんなマリエッタに、キースは笑いながら説明を続けた。


「さっき俺が飛び出した理由な。
 簡単に言うと、ずっとノアと生き別れてたんだ。
 で、後はマリエッタも知ってのとおりだ。
 俺は[捜索隊]にずっと、ノアを、仲間を捜させていた。
 で、見つからずにずっときた。
 そんな中で、ノアが来たって報告。
 こりゃ飛び出しもするだろ?」

「そ、そうでしたか……」

「だから、もう怒らないで欲しいな~」


そして最期に、マリエッタに対して、キースは拝むようにしてお願いをする。
その姿は、全くもって[英雄]とは思えないものである。


「あ、は、はい……」


そしてマリエッタにしては珍しく、ぼんやりとした感じで答えていた。
いつも見せないマリエッタの姿に、キースは満足げに頷いた。


「よし、んじゃ。
 これからについてだな。
 とりあえず、マリエッタ。
 ノアの泊まる部屋を用意してくれないか?」
  
「か、かしこまりました!」


だが、さすがマリエッタというべきである。
キースの指示があれば、すぐにいつもの姿へと再起動される。


「あ、そうだ!
 前に、俺に用意してくれたような部屋はやめてくれよな!?」


マリエッタに対して、さらに、キースは慌てて追加指示を出す。
そんな兄の言葉に嬉しくもあったが、自信満々にノアは断言する。


「ありがと、おにいちゃん。
 でも、わたし、どんな部屋でも大丈夫だよ。
 ずっと森とかで寝泊まりしてたから。
 空いている場所とかで、全然、平気だよ?」


野宿。
モンスターとの戦闘。
雨や風との戦い。
サーペンスアルバスに来るまでに、それら全てを、ノアは1人でこなしてきたのだ。
今なら、別に馬小屋でも安眠できる自信があった。


「お、おいおい! 森って野宿か!? 
 も、もう、そんなことはさせないぞって、
 話がそれたな。
 違う違う。
 たぶん、ノアの考えているのとは真逆だぞ。
 あれは日本人の俺達が暮らす部屋じゃあない。
 なんつーか、海外の観光地にある公開してるお城にある部屋だ。
 キンキラで、まぶしくて寝られん」


兄の言葉に、ノアは、昔、妙子が見せてくれた海外旅行時の写真を思い出す。
その写真には有名なお城も含まれていた。
あの写真の部屋通りなら――


「はぅ。
 そ、それは嫌かも、です……
 キンキラな部屋なら森に帰っていい……?」


しょんぼりとしたノアの表情に、
マリエッタはキースとノアに一礼する。


「かしこまりました。
 以前、ホワイトスネイクに頂いております指示通りのお部屋をご用意させていただきます」

「ああ、マジ頼む」

「おまかせください」


そして、マリエッタが扉に向かう――
が、すぐに振り返る。


「その前に――」


突然、マリエッタは、ノアの前で片膝をついた。
それはまるで、騎士が王に忠誠を誓うようであり――


「え、え??」


突然のことに、ノアは慌ててしまう。


「私、そして、サーペンスアルバスの人々は、 
 ノア様の兄君であられるホワイトスネイクに、文字通り、命を救って頂きました。
 言い尽くせぬほどの恩がございます。
 ですが、そのために、妹君であられるノア様には必然的にご迷惑をおかけしました。
 謝罪と、そして感謝の言葉を捧げさせてくださいませ。
 本当に、本当にありがとうございます――」


そしてマリエッタは、右手を胸に当てて、
ゆっくりと頭を垂れた。
それはサーペンスアルバス地方における、忠誠を誓う儀式であった。


「そ、そんな。
 今はもうおにいちゃんに会えてますし、だ、大丈夫です。
 頭を上げてください~!」

「いえ、そのようなわけには参りません」

「むしろこっちこそ、誤りたいです!
 うちのおにいちゃんが、迷惑をかけていないか心配で心配で――」

「いえ、そ、それこそ、
 ノア様、そのようなことはございません!」


ノアとマリエッタの譲り合いに、キースは苦笑する。
そして、終わらないやり取りに助け船を出した。


「そうだぞー。
 俺、すごいんだぞ。な、マリエッタ?」


だが、ノアには兄の[この言葉]は信じられなかった。


「えー、信じられないよ……」

「それを言うなら、乃愛がここまでこれたことが信じられんよ、俺は。
 昔、猫みて泣いてたぐらいなのになあ」

「も、もう!
 何回もその話をしないでよ~!」


続けられるキースとノアの言葉のやり取りに、マリエッタは小さく微笑んだ。





マリエッタはノアの部屋を用意する為に、キースの私室から客間に向かっていた。
背筋を伸ばして、完璧な姿勢で遅からず速からずの歩みをするマリエッタ。
だが、次第に、その速度は遅くなっていった。
そして、最期には、立ち止まる。


「……」


そして、マリエッタは胸に手を当てる。
小さく、「ほっ」と一息を着く。


「え――?」


今、マリエッタの心を占めているのは[安堵]の思いだった。
だが、何故、こんな気持ちなのか、マリエッタ自身にもわからない。


「い、いけません――!」


周囲に誰もいないことを確認してから、マリエッタは思い切り自身の頬を両手で挟むように叩いた。
「パン!」といった乾いた音をたててからは、マリエッタはいつものマリエッタだった。





「まあ、ぶっちゃけ[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]ってことは、
 秘密にしておいた方がいいのは間違いない」


キースの言葉に、ノアは大きく頷いた。


「うん、あれは、ね……」

「わかる。あれはやばいわ。
 さすがに、今の俺は慣れてきたつもりだけど、
 それでもプレッシャーで十二指腸潰瘍になりそうだもんなあ」

「あは。
 そしたらわたしが治してあげるよ。
 今のわたし、どんな病気でもバッチリだから」

「うは、言うようになったなあ!」


キースは嬉しそうにノアの頭を撫でた。


「となると、名前どうすっかなー。
 ノアは乃愛だからなあ」

「ただのノアじゃダメなの?」

「うーん、悪くはないんだが……
 キースの横にノアがいると、どうしても、なあ。
 なんつーか、みんな[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]を想像しちゃうと思うんだ」

「それじゃ、ミズナシ・ノアならいいんじゃないのかな?」

「ああ、俺も思った。
 で、俺の妹っていうことだから、とりあえず、ミズナシ・ノア・オルセンとか言っとけばいいか。
 そのまんまよりは、多少はごまかせるだろ」

「あは、なんかすごい名前」


ノアは苦笑する。
まさか、自分の本名に、外国姓が付くことになるとは夢にも思わなかったからだ。


「ごめんな。
 オルセンがついちゃうのは勘弁してくれ」

「うん、大丈夫だよ」

「えっと、それから――
 って、こりゃ、しばらくは寝る時間も無いぐらいに、
 色々話さないとダメかもなー」


嬉しさと溜息がブレンドされたキースの表情と言葉。
だが、ノアは違っていた。


「一日二日じゃ、きっと話しきれないよ……!」


その言葉は100%の喜びで構成されていた。






今回は谷間の回でしょうか。
本当にチート成分が少なくて困ります…… (; ̄ー ̄川 アセアセ



マリエッタさんはお気に入りです。



次話はノアをがっちりと!



[13727] 60 強くなるために
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/08/27 16:49
サーペンスアルバスに朝がやって来た。
海の向こう側に見える水平線から、ゆっくりと太陽が顔を出し始める。
それに伴い、多くのカモメ達も「ミャー、ミャー」と鳴いて大空への滑空を開始する。

それは誰にも等しく訪れる一日の始まり――





ベッドの上にある白いシーツ包まれた丸まり。
丸まりがもぞもぞと動き始める。
2,3分程続いただろうか。


「ふぁ……」


小さなあくびをして、にじみ出る涙を拭いながらノアが起き上がる。
そして「ピタピタ」と裸足のままで、ベランダへと続く窓を開けた。
早朝特有のヒンヤリとした風が、ノアの頬と長い髪を通り抜ける。


「ん――」


そのままベランダへとノアは出る。
ノアが兄から与えられた一室は、オーシャンフロントだった。
太陽の光が反射した、果てしなく何処までも続く大きな海が視界に飛び込んでくる。

そんな海から送られてくる風は、ノアの意識を急速に刺激させていく。
ひとしきり風を堪能してから、小さな声でノアは囁いた。


「クリエート・ウォーター」


すると、大きな水の固まりが、ノアの手の平の上に「フヨンフヨン」と出現する。
ノアはその水の固まりに手を入れて、顔を洗った。
何回か顔を水ですすぎ、完全に目が覚める。
そして残った水は――


「せーのっと」


大きく振りかぶって海へと放り投げられた。





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060 強くなるために

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まだまだ、多くの人々が寝ているであろうと思われる早朝。
キース・オルセンの屋敷内にある庭園を、ノアはのんびりと歩いていた。


「ん、あっちね。ありがとう」


時折、ノアは言葉を発する。
周囲に人は誰もいない。
端から見れば、独り言を発している様にしか見えない。
だが、ノアからすれば独り言では無い。
花や草木と、意思疎通の会話していたのだから。

そのおかげで、迷うことなく歩き始める。

何回か、植物達に聞くことで、
ノアは自身が探していた目的の場所にたどり着くことができた。

それは、敷地内に植えられていたイチイの木である。


「よかった。
 このサイズなら大丈夫だ。
 よろしくね――」


ノアは満面の笑顔で、そっとイチイの幹を撫でる。
そして――


「青田はそよぎ
 しずかにただよう
 花のうえ
 我がからだ――
 [トランスポート・ヴィア・プラント【樹木転移】]」 


ノアが言葉を発し終えると、そこに、ノアの姿は見えなくなっていた。



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・[トランスポート・ヴィア・プラント【樹木転移】] LV6スペル

木(人間サイズ以上のもの)の中に入り、同種の木から出ることができる呪文。
両者の木はどれだけ離れていても構わない。
入り口、出口の木は生きている必要がある。
また、出口の木は、使い手のなじみの木である必要はない。

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イチイの木から姿を消したノアが、再び、その姿を現す。
やはり同じイチイの木の前である。
だが、それ以外の周囲は全く異なっていた。

鬱蒼とした森林。
多くの葉に遮られて、日の光が地面にまで届かないためにジメジメしている。
また、なんの生物かわからない不気味な鳴き声が「あちこち」から聞こえてくる。

つい先程までノアがいた手入れされた庭園とは、全くの真逆の場所だった。
当然である。
ここは[アルドガレン平原]に広がる[魔の森アルセダイン]。
森の民エルフも入らない、死と隣り合わせの場所なのだから。


「ん~~!」


だが、魔の森と呼ばれる場所にあって、ノアは気持ち良さそうに腕を伸ばした。
思い切り深い深呼吸をして、胸に森の空気を取り入れる。
そして――


「魂も宿らぬ骸、骸、我が許へ」


コマンドワードを呟く。
黒い光がノアを一瞬で包み込んでいく。
光が収まると、ノアの身体は漆黒の全身鎧に覆われていた。
夜も恐れるほどの夜。
ヴォイドクリスタル・ラフィング・デス・アーマー(虚無水晶の嘲笑う死の鎧)である。


「全てを貫く神槍、我が手に」


さらに続けて、ノアはコマンドワードを発動させる。
と、今度は空間がねじ曲がる。
小さな渦巻きが起こり、中心点から槍が顔を出してくる。
ノアは当たり前に、ねじれた空間から、とねりこの柄を握り締めて槍を引きずり出した。


「よいっしょ」


そしてノアは槍を振り回す。
軽々と行われるソレは、まるで演舞でもあり、そしてバトントワリングを想起させた。
だが、この槍はそんな優しい物ではない。
全てを貫き、神の城壁をも打ち壊し、光と返す、神槍グングニルである。


「うん、今日も絶好調」


フルフェイスのマスクの中、くぐもった声でノアは呟いた。
 




全身鎧に身を包んで、槍を片手に[魔の森アルセダイン]を疾駆する。

腕に自慢のある人間から見ても、それは考えつかないものだった。
そんなことを言おうものなら、頭がおかしいと心配されるレベルである。

[魔の森アルセダイン]は、気軽にピクニックに行けるような場所ではない。
人が通る道などは全く無く、獣や怪物、そしてどう猛な植物が襲いかかってくるのだ。

それに、全身鎧とは、着用して走れるようなものではない。
無論、防御力たるや、あらゆる鎧の中では最強である。
地肌が露出している箇所は一つもない。
だが、重量的にも最強の鎧だ。
人によっては、一度倒れると自分で起き上がることも出来ない程である。

だが、ノアはそれを容易く行っていた。
これはノアにとって準備運動であり訓練である。
走りながら、自身の調子を確認する。
ヴォイドクリスタル・ラフィング・デス・アーマーに身を包み、グングニルを片手に――





呼吸を乱すことも無く、
鬱蒼とした森の中を、30分程走り続けた頃だった。


「ん?」


ノアが足を止める。
そして周囲の草木に耳を傾ける。


「ありがとう、みんな」


近くに生えていたブナの木々にお礼の言葉を述べて、
ノアはゆっくりとグングニルを構える。
大地をしっかりと踏みしめて、いつでも対応できるように前傾姿勢を取る。


「来た――」


ノアの前に出現したのは紛う事なき怪物だった。
それは極限までにイボイノシシを醜くし、恐ろしく赤く充血した目を持つモノ――


「カトブレパス……」


ノアは目前の怪物の四つ足に視線を向ける。
それはゲームの知識で、カトブレパスと視線を合わせることが危険であることを知っているからだ。
足に視線を集中させたのは、カトブレパスの動きに反応する為である。
槍がメイン武器のノアは、敵の瞬間の動きがわかれば反応する(カウンターを取る)自信があるためである。


「Booo……」


ノアの存在に、カトブレパスも気づく。
ゆっくりした歩みの足を止めて、ノアの前に対峙する。



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◇カトブレパス(Catoblepas)

社会構成:独居性
食性  :雑食性
知能  :極めて低い
性格  :トゥルニュートラル

生態
・イボイノシシを醜悪にした存在がカトブレパスである。
・胴体は、巨大なむくんだバッファローに似ている。
 足はゾウやカバにちかく、尾は長い蛇にも似ている。
・カトブレパスは赤く血走った目を持っている。
 目からは[死の光線]を発生させる。
 [死の光線]を浴びたクリーチャーは死亡する。
 (しかしカトブレパスの首は貧弱の為に、死の光線を使用する可能性は低い)

・カトブレパスに天敵はいない。
 [死の光線]と硬い皮膚を持つためである。
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ノアとカトブレパス見合いが続く。
が、それは突如終了した。
カトブレパスが大きなあくびをして、ノアを無視するかのように歩き始めたのだ。
カトブレパスはノアに興味を示さなかった。


「……お腹いっぱいだったのかな?」


だが、油断はしない。
ノアは完全にカトブレパスの姿が見えなくなるまで、グングニルの穂先を下ろすことは無い。
しばらく構えていたが、カトブレパスは突如引き返して襲いかかってくるということも無かった。


「ふぅ」


ノアは小さく息を吐き出した。


「いけない、時間押してる。
 早く、朝のメニューを終わらせないと」


そして再び、ノアは走り始める。





緑色に濁った湖。
その湖面に、何事も無いかのようにノアは立っていた。
沈む事はなく、時折、足下に波紋が広がるだけである。

そして、ノアは手にしていたグングニルを構えた。


「たっ――!」


正面、何も無い空間に向けて、ノアはグングニルで突き出した。
空気が貫かれた音が響く。
突き終えた瞬間、ノアは後方にステップする。


「はっ――!」


そしてまた突きを繰り出し、今度は一気に前に走り出す。
水の上に幾つもの波紋が広がるが、身体が沈むようなことは無い。


「たあ――!」


今度は、グングニルを下から空に向けて振り上げた。
そして、さらに高速の連続の突きを繰り出す。



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・[ウォーター・ウォーク【水上歩行】] LV3スペル

一体以上のクリーチャーに、液体の表面をあたかも地面のように歩行させる能力を付与させる。
泥、流砂、油、川、雪なども対象に含まれる。
歩いている時の対象の足は、その液体に触れていないものと見なされる。

水中でこの呪文を唱えると、対象は水面に向かって浮上する。

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地下墳墓(カタコンベ)でのマクガヴァンとの戦い後。
ノアは早朝の特訓を始めた。
そしてこの特訓は、今までに1日も休むこと無く続けられた。
自分の身を、そして、大好きな人達を守れるだけの力を付ける為に、だ。

風を、空気を切り裂く音と、鳥の声だけがしばらく響き渡った――





朝の特訓を終えて、ノアは大きな石を探すために歩き始める。
大きな石に関しては、いつもすぐに見つかる。
植物達が教えてくれるためだ。

木々や草花に感謝の言葉を述べつつ、ノアは石の元へとたどり着いた。
そして、見つけた石に対して、いつものようにノアは呪文を唱える。


「ストーン・シェイプ【石物変換】」


呪文が完成されると、大きな石には石製の扉が作られていた。


「よいしょっと」


常人では動かすことが困難であろう分厚い石製の扉を、ノアは難なく開ける。
すると、石の中には空間が出来ていた。
空間の中央には、石で出来た浴槽が出来ている。
これも、いつも行っていることだ。
ノアは満足げに頷くと、扉を閉めて巨大な石製の閂を下ろした。


「ぷはぁ」


それから、ようやく、ノアはフルフェイスのマスクを外した。





「はふぅ……」


気持ち良さそうに、ノアは肩までお湯に浸かった。
そして、筋肉などまるでない腕や脚を「プニプニ」ともみほぐしている。

ノアはお風呂に入っているのである。

お風呂の水は[クリエート・ウォーター]で出したものだ。
水を湧かせるのには、[ヒート・メタル【金属加熱】]の呪文を使用した。
所有しているダガーに[ヒート・メタル]を唱えて、熱を持ったダガーを水に浸けたのである。


「今日はどれにしようかなあ」


浴槽から出たノアは、バッグ・オブ・ホールディングの中から小さな水筒を何本か取り出す。
この中には[薬草学]のスキルを元に、果物や薬草から作り出した、オリジナルのシャンプーが入っている。
こちらの世界に来て、ノアは薬草を煎じることが趣味の一つになっていた。
少しだけ考えて、ノアは、ミント系の香りがする水筒から液体を取り出した。
そして、長く黒い髪の毛にすりつけていった。





朝の訓練が終わり、与えられた部屋にノアは戻る。
そして、自身が所有している服の中で、一番お気に入りで、
毎日着用している女神エロールに仕える[大司教(パトリアーチ)]用の法衣に袖を通していた時だ。
「コンコン」と、ドアがノックされる音が聞こえてくる。


「はーい、どなたでしょうか?」


ノックの声に音に対して、服の身だしなみを整えつつ、ノアは扉に向かって返答した。


「おはようございます、マリエッタです。
 お食事のご用意が整いましたので、お声をかけさせていただきました」

「あ、はい!」


慌ててノアは扉を開ける。
と、そこには、完璧な姿勢で頭を垂れているメイド姿のマリエッタが控えていた。


「おはようございます、ノア様」

「おはようございます」


ノアにとって、「ノア様」という言葉には全く慣れることはない。
止めてもらいたいな、という気持ちは多分にあった。
だが、マリエッタの雰囲気から「絶対に止めてくれなさそうだな」というのが正直な気持ちである。
そのため、一端、これは諦めることにしたのである。


「お早いお目覚めですね。
 枕などがお身体にお合いしませんでしたでしょうか?」

「あ、いえ。
 大丈夫です!
 わたし、朝には強い方なんです。
 ただ、その分、お腹がすいちゃって。
 正直、もうペコペコです」


ノアの言葉とお腹を押さえる姿に、マリエッタは微笑する。


「ん、わ、わたし、変なこと言っちゃいましたか……?」


正直、ノアは、この世界のマナー的なものはよくわかっていない。
(日本でもマナーなんてよくわかってはいないが)
知らない間に、何かやってはいけないことをしたのかと心配になったのだ。


「いえ、ノア様にはなんら非はございません。
 失礼いたしました。
 やはり、ホワイトスネイクとノア様はご兄妹なのだな、と思いまして」

「え、おにいちゃんと?」

「はい。
 先程、ホワイトスネイクも全く同じ台詞をおっしゃったので」

「あは。
 おにいちゃんも朝は強いから」


そしてノアは兄を思う。
昔からおにいちゃんは夢中になったら、それこそ、文字通り睡眠時間なんかを忘れて没頭していたものだ。
また、寝たとしても、少し経ったら起き出してしまうのだ。
だから、今、きっと夢中なんだろうな、と。


「ホワイトスネイクもお腹をすかして、ノア様をお待ちになっております。
 ご案内させていただいてよろしいでしょうか?」


一礼しつつのマリエッタの言葉に、


「はい、よろしくお願いします!」


笑顔でノアは答えた。







乃愛がノアに近づいてきた、これが表現したかった為だけの回になってしまいました。
「ノアも強くなっているよ」、ということを書いておかないと、この後が辛くなりそうでしたので。
色々と。



などど格好つけて書きましたが、
実際には、久しぶりに書いたノアに対しての、私のリハビリ回でしょうかwww



ストーリーには進展がありませんでした。
申し訳ありません……!



[13727] 61 蠢動
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/09/10 17:52
「それは俺も考えた。
 けど、正直、[ウィッシュ【願い】]や[ゲイト【魔導門】]を見つける自信はなかったなー。
 俺の場合、魔法も使えなかったし」


マリエッタの手作りシチューに、キースはパンの切れ端を浸ける。
そしてじっとりと染みこんだことを確認してから、に口に含んで咀嚼する。
それは誰から見ても「美味しく食べているな」と、わかるものだった。


「に、加えてさー。
 俺、「領主になる!」っていうエンドだったろ?
 こっちに来て、動きにくかったっていうのもあったしな」


キース・オルセンこと、水梨勇希(みずなしゆうき)は苦笑する。
まさか、ただの一学生だった自分が、施政を行うとは夢にも思っていなかったからだ。


「ただ、良いこともあったぞ。
 がんばって領主やってたから、こうしてノアに会えたんだからな。
 ホント、まじ良かったよ」


当然のことながら、[D&D]の世界と現代の日本とでは異なる点が多々ある。
その中の1つに、[情報の収集]が上げられるだろう。
現代の日本ではインターネットや携帯電話の普及により、どんな遠くの情報でも簡単に入手できる。
だが、ファンタジーの代表的な世界とも言える[D&D]では簡単にはいかない。
(一般的では無い魔法を除けば)情報の伝聞は、基本的に人を介して行うしかないのだ。
そんな世界の中で、どこかにいる人を探すというのは容易ではない。
しかも怪物が横行しているのだから、その難易度はさらに跳ね上がる。

だから、この世界に来た勇希は考えた。
各々がむやみに探しても、絶対に見つけることはできない、と。
ならどうしたらいいか――?
その結論として、勇希は[キース・オルセン]となって領主になることを決意した。
領主という立場から「俺はここにいるぞ!」とメッセージを発信して、みんなの目印になる為である。
そして期待するのは、他のメンバーが自分の元に来てくれることだ。


「うん。ありがと、おにいちゃん。
 おにいちゃんが領主しててくれて、本当によかったよ。
 おにいちゃんの所を目指せばいいって思えたから、がんばってこれたんだもん。
 それに――」


兄と同様に、ノアは、スープが染みこんだパンをテーブルに置いた。


「おにいちゃんが、「無事なんだ」っていうのもわかったから――」 


穏やかな面持ちではあったが、ノアは大きく息を吐いた。
それは、何か溜まった嫌なモノを排出するかのようだった。


「……ん、あんがとな」


そんなノアに対して、
嬉しさと、そしてこそばゆい感覚をキースは感じてしまう。
家族から面と向かって感謝の言葉をもらうなど、多くあることではない。
勇希に出来たことは、照れを隠すため、貴公子然とした長い金髪をかきむしることだった。


「さーて、これからどうすっかだなー」


などと、とりあえずキースは口にしてみた。
が、基本的な方向は固まっている。
「待つ」ことである。
少なくとも、原ヶ崎妙子(はらがさきたえこ)と入間初(いるまはじめ)と合流するまでは――


「どうする? 
わたし、出来ることなら何でもやるよ。
 妙子お姉ちゃんとイルさん探す?
 それとも、[ウィッシュ【願い】]や[ゲイト【魔導門】]探してこよっか?」

「うーむ……」


ノアの言葉に聞いて、キースは顎に手を当てた。


「確か、ノアはエロール信仰だから呪文自体は使えないよな?
 となると、呪文書を探す、か。
 む、見つけられるか……?
 マスター、「ゲーム進行が訳わからなくなりそうだから」って公言して、
 最期まで[ウィッシュ【願い】]と[ゲイト【魔導門】]出さなかったぐらいだし。
 そうなると、最初から[ウィッシュ【願い】]や[ゲイト【魔導門】]を使用出来る人を探す、か。
 ……
 ……これも辛そうだなあ。
 俺達とタメ張れる[NPC(ノンプレイヤーキュラクター)]は殆どいなかった。
 その方向性でゴールを目指すとなると、Totoで6億円が当たるぐらいの奇跡が必要だなあ」


キースの言葉に、ノアも困ったような表情を浮かべてしまう。
ゲームプレイ時の記憶を遡って、ノア自身にも理解できたからだ。

基本的にノアやイルのレベルなら、[D&D]における最高レベルの呪文を使用できる。
だが、全ての呪文が使用できるわけではない。

まずプリーストのノアには、スフィア(領域)の壁が存在する。
僧侶には何かしらの存在を信仰対象にする必要がある。
その信仰対象によって、プレイヤーには使用可能なスフィア(領域)が決定される。
そして[D&D]の僧侶系呪文には各々スフィアが決められており、
自分が使用可能なスフィア以外に定められている呪文は、そのプリーストには使用できないのだ。
ノアが信仰する女神エロールは、[ウィッシュ【願い】]と[ゲイト【魔導門】]は使用出来ないスフィアである。

マジックユーザーであるイルの場合には、呪文を使用するには呪文書を見つけなければならない。
だが、[D&D]にて遊んでいた時、ウィッシュとゲイトの呪文書は出てこなかった。
この2つの呪文はゲームバランスを崩しかねない程の強力な呪文だったからだ。


「それにノアを1人で、また旅なんてさせられんよ。
 危ない危ない。
 お前は無事かもしれんが、ビビリのにいちゃんの方の心臓がもたん。
 マジ、勘弁してくれ。
 ピアノの練習の時もそうだったけど、1人で無理しすぎなとこがあってにーちゃん怖いよ。
 ま、しばらくは、ここで休むといい。
 その間、にいちゃんがなんか方法考えとくから、な?」

「あ、うん……」


兄の言葉に、ノアは真剣な面持ちで頷いた。
そしてノアは反省する。
いつの間にか、調子に乗って「1人で何でも出来る」と思い上がっていたのかも知れない、と――

ノアの様子に、キースはホッと安堵の息をついた。


「それに、せっかく会えたのに、さ。
 また二手に分かれるのは、なんだかなーって感じだ。
 まず、みんなで集合することを考えような?」

「うん、そうだね」

「よしよし! 
 とりあえず、方向性が決まったってことで、飯喰っちゃおう。
 あ、冷めちまったなあ。
 おーい!」


キースは扉に向かって、大きな声で呼びかける。
と、ノックと一礼をしつつ、マリエッタが入室してきた。


「お呼びでしょうか、ホワイトスネイク」

「あー、すまん。おかわり頼んでいいかな?
 家族会議をしてたら、パンじゃなくて時間を食ってしまったわけですよ。
 2人分を、熱々でお願いします、はい」


何故だか拝むようにしてマリエッタに頼む兄の姿に、ノアは少し吹き出してしまった。





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061 蠢動

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サーペンスアルバスの中心的な広場。
広場は回廊のある建物に囲まれており、そこは[海の女王]と呼ぶに相応しい美しい空間だった。
この空間はサーペンスアルバスに住む人々にとって憩いの場となっている。
多くの出店や、また回廊沿いに併設された喫茶店を目的として、沢山の人々が往来している。
人々の表情は総じて明るく、全体がポジティブな空間に包まれていた。

が――

その空間の雰囲気と真逆の人物が、この広場をゆっくりとしたペースで歩いている。
この人物は紫色を基調としたローブを着用していた。
頭からフードもかぶっており、わずかに口元が見える程度である。
気温が高いサーペンスアルバスにて、奇妙に浮いた存在だった。
すれ違う人々も怪訝な面持ちである。


「あ!
 姉さん、こっちこっち~」


そして、このローブの人物は足を止める。
聞き覚えがある声が耳に届いたからだ。
わずかに除く口元を苦々しげに歪めて、ローブの人物は声の元に歩み寄っていった。


「姉さんにしては早かったね。
 てっきり、あと1時間は遅れてくると思ってたよー」


声の主は若い青年だった。
青年は喫茶店のオープンテラス席に座っていた。
右手にカップを持ち、左手を振っていた。

お気楽な調子の青年に、「姉さん」と呼ばれたローブの女性は隠すこともなく舌打ちをする。


「ロレイン、何を考えている」


そして、不機嫌さも隠すことなかった。
乱暴に椅子を引いて、目の前の男性の向かい側に腰を下ろす。


「こんな往来の中心に呼び出すなんて、誰かに聞かれたらどうするつもりだ!?」

「ま、落ち着きなよ、ローレン姉さん。
 あ、お茶、もう一つ追加ねー」


いらだっている自身の双子の姉であるローレンを宥めつつ、
弟のロレインは、何事も無いかのように、喫茶店の店員に対して追加注文を行う。


「ふん……!」


だが、そんなロレインの姿が、益々、ローレンの苛立ちを増やしているのだが――





「ふー。
 ここのお茶は絶品だ。
 僕のおすすめだよ、姉さん?」


だが、ローレンは目の前に出されたお茶に口を付けることは無かった。
ローブをかぶっていて表情は伺えないが、唯一見える口だけはゆがんでいる。


「全く、何考えている?
 計画を煮詰めるなら、いくらでも場所なんかあるだろうが!?」


返ってきたローレンの言葉はトゲトゲしいものだった。
相変わらずの姉の様子に、ロレインは微笑とも苦笑とも取れる面持ちを浮かべた。


「だーいじょうぶだって。
 逆に、こういった方が安全だったりするんだよ。
 だーれも聞いてないって。
 姉さんは気にしすぎだよ」

「お前は気にしなさすぎなんだ」


そして、ローレンは不機嫌そうに、目の前に出されたお茶を一息に口に含む。


「……む……」


ロレインからは、姉の口元だけしか見えなかった。
だが、姉の反応を見落とすということは無い。


「ね、美味しいでしょ?」

「……
 ……
 ……ま、まあ、お茶には罪はないからな」


今度の姉の反応には、ロレインはハッキリと苦笑してしまった。





「で、姉さんの方はどうなってる?」

「サボってばかりのお前と一緒にするな。
 と言いたいところだが、今、「1500」と言ったところだ」

「え、もうそんなに集めたの!?」


ローレンの[1500]という返答に、ロレインは驚きを隠せなかった。
だが、逆にローレンは不服そうであった。


「馬鹿言うな。
 今回のお前の計画なら、[2000]は欲しい」

「ま、欲を言えばね。
 でも、十分だと思うよ。
 計画のキモの[1000]と、余った[500]に分ければいいんだから」


だが、やはりローレンとしては不満だったのだろう。


「さすがに[500]ではどうにもならんだろう?
 まあ、そっち側の強さは、今、[内部]にいるお前の方が詳しいとは思うが――」

「まあね。
 やっぱり[蛇さん]すごいよ、あの人。
 他の領主の所の兵士とは比べものになんない。
 [500]だったら、まあ、良い勝負って感じかなあ?」


ロレインは少し冷めてしまったお茶を口にして、舌を湿らす。
また、それに合わせて、ローレンもお茶を口に含んだ。


「で、内訳ってどんな感じ?」

「8割が[ホブゴブリン]だな。
 都合良く集落があったからな」

「残り2割は?」

「まあ、いろいろだな。
 手当たり次第って感じだ。
 が、殆どがヒューマノイドタイプになる」


ローレンの言葉に、ロレインは尊敬の念を禁じ得なかった。


「いやいやいや、十分だよー。
 さっすが、愛の力だね」

「……ふん」


「愛の力」との言葉を受けて、ローレンは少し項垂れた。
ローブの為に顔の表情はわからないが、ロレインには姉が照れていることがわかった。
姉がしてくれた反応に、ローレンは大満足である。


「[1500]はすぐに動かせるの?」

「当たり前だ。
 [我が主]のためだ。
 すぐに動く必要があるなら、泣こうがわめこうが動かせてみせる」

「……
 ……あはは、そ、そっかー」


ロレインは心の中で、[ホブゴブリン]達に少しだけ同情する。
この姉は [我が主]の為なら、絶対にどのような行為も行うことを知っているからだ。


「やろっか」


そして、ロレインは一言呟いた。
それに対して、ローレンは張り詰めた雰囲気を身に纏った。


「ロレイン、あんたの方はいけるの?」

「うん、まあね。
 もうあらかた屋敷内は調べ終わってる。
 [蛇さん]以外なら、いつでも、どうにでも出来るぐらいにはなってるよ」

「らしくないな。
 いつもなら――」

「イヤイヤイヤイヤ。
 僕はしがない[シーフ]ですよ?
 あの[蛇さん]に見つかった時のこと考えたら、とてもとても」

「お前の、どの口でそんな言葉が吐けるんだ?」


ローレンは、弟の性格と実力を知っている。
この弟は、[我が主]の為なら、どんな手段を用いても、求められた以上の結果を出してきている。
だから、そんな弟が、こんなことを言うのは珍しい。


「ま、でもナイスタイミングなんだよ。
 僕、もうすぐ研修期間が終わるんだ。
 そん時に、なんか[蛇さん]が僕に会ってくれるらしいんだ」

「ほう……?」


ロレインの言葉に、ローレンの唇は嬉しそうに歪む。
姉の反応に、ロレインも嬉しそうに答える。


「[我が主]が楽しんでくれたらいいだけだから、今回は勝ち負け関係ないからねー。
 だったら、もう、どかーんと派手にドラマティックにいきたいよね。
 そう考えたら、直接会える機会を逃したくないよ。
 そこで、ばばーんと発表したいな。
 手紙とかで招待とかって地味すぎるからね」

「ああ、全くだ。
 では、[蛇]を招待する為の[景品]はどうなんだ?」

「大丈夫。それは完璧に目処つけてるよ。
 ただねえ……」

「どうした?」


少し考えるそぶりを見せるロレインに、ローレンは不思議そうに尋ねた。


「いやね、[蛇さん]なら[景品]は1つで十分だと思うんだ。
 でも、演出を派手にって考えるとね、[景品]は多い方がいいなーと思って」

「ほぅ」

「ただ、どうしても[景品]は、姉さんに任せっきりになるからねー」

「ふん、そういうことか。
 まあ、1つの[景品]が複数になったところで問題ない。
 そっちは任せておけ。
 でも、むかつくようなら、五体満足かは保証しない」


姉のいつも通りの言葉に、ロレインは無邪気とも言える笑顔を見せた。


「あー、姉さん、ありがとー!
 [景品]に関しては、全然いいよ。
 どうせなら、ある程度――
 ……
 いやいや、ストップ。
 姉さんができる範囲でいいので、無傷でお願いしますです、はい」

「今日はホントに珍しいな、どうしたんだ?」


いつもと異なる弟の返答に、ローレンは怪訝そうに言葉を返す。


「とっても素敵な状態での[景品]を渡した時の[蛇さん]の顔も、[我が主]には見て頂きたいけど、
 どうせなら、さ。
 [蛇さん]の目の前で、[景品]を素敵な状態にした方がいいと思ってねー。
 やっぱり現在進行形で見てもらった方が、きっと、もっと[蛇さん]がんばってくれるかなーって」

「がんばってもらわなければ困る。
 よし、極力、手を加えないようにするとしよう。
 だが、[景品]がふざけたこと抜かしたら――」


その瞬間。
ローレンの身体全体から静電気の音が「パリパリ」と鳴り始める。
そして、すぐに全身から発光現象が起こり――


「ちょ、ちょ、姉さん!
 ストップ、ストップ~!」

「ふん」


慌ててロレインはローレンを宥める。
と、ロレインはすぐに[雷]を押さえ込んだ。


「も、もう、さすがにそれはまずいよー」


慌てて、ロレインは周囲を見渡す。
だが、周囲の人々は特に反応していない。
自分達の会話や食事で、人生を楽しむことに夢中だったようである。

そんな周りの人間を見下しつつ、ローレンは席から立ち上がった。


「そうと決まれば、グズグズしている時間もない。
 私は戻る。
 ロレイン、何か必要なモノはある?」


ローレンの言葉に、ロレインは一瞬だけ考えて――


「そうだね。今のところ、大丈夫かな。
 まだ、[テレポート(瞬間移動)]も残ってるから、[景品]を姉さんに運ぶのも大丈夫だし」

「そうか。
 まあ、何か必要な物があったら連絡しなさい。
 では、私は戻る。
 そろそろ、[ホブゴブリン]に気合いを入れとく必要がありそうだからな」


ローレンは唇を歪めた。
今度は嬉しそうにである。


「ん、そっちは頼むね。
 こっちは[蛇さん]に会えるのが4日後なんだ。
 だから……
 ……
 そうだね、明後日の夜中には、姉さんに[景品]を送るよ。
 で、そのまま次の日には、[蛇さん]連れてそっちに向かうとするよ」

「わかった。
 こちらも、そのつもりで準備をしておこう」


ロレインとローレン。
2人はお互いの言葉に対して、満足げに頷いた。

そして――


「あーでも、ホントに惜しいなあ」

「どうした?」

「[ホブゴブリン]がね。
 [500]は出来れば[オーク]だったら、もう、最高だったなって思ってー」

「馬鹿言うな。
 [オーク]より[ホブゴブリン]の方がまだマシな強さだぞ。
 何を言ってる?
 [オーク]は臭いし、弱いし、下品でどうにも腹が立つ」

「いやいや。
 その下品が今回はいいんだよ。
 なんていうか、[下半身が脳みそ]の彼らならさ、絶対に劇的な展開になったと思うから」


ロレインは奇妙な笑顔を見せた。







久しぶりの双子登場。
姉だけではなく、弟も立派な変人でございましたw
でも、こんな2人ですがお気に入りです。
書くのが楽しく感じられます。



後半が会話だらけ、しかも、微妙な言い回しで理解しにくいものとなりました。
申し訳ございません。
奇妙な会話から、次話以降の展開に対していろいろ想像していただけると嬉しいです。



海外へ旅行に行きます。
次話の公開ですが、少し遅れるかもしれません。
申し訳ございません、よろしくお願いいたします。



[13727] 62 開幕
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:9fc8f5b1
Date: 2011/10/01 15:44
真っ暗な室内の中。

質素な見た目ではあるが一流の職人が手がけたベッドから、キースは身体を起こした。
欠伸をすることもない。
既に頭の中は明瞭な状態だからである。
ただ、首の骨を2,3回程ならして、ベッドから降りる。

そして、迷うこともなく歩き始める。

何百回も同じ行動をしているキースに迷いは無い。
ある地点にたどり着いたとき、キースはおもむろに手を伸ばした。
手の先にあったのはカバー付きのランタンである。
カバーを上に上げると、室内が爍々と光に満ちあふれていった。
このランタンの中には火種ではなく、小石が置かれているものだった。
光り輝く小石は、[コンティニュアル・ライト【絶えない明かり】]の呪文がかけられた小石である。
これは、お金に厳しいキース・オルセンこと水梨勇希が、迷いもなく大金を積んで購入した物だ。

このアイテムのおかげで、今、室内は太陽の日差しの元にいるかのようだった。


「さーてと、とっとと片付けるかね~」


まだ多くの者が眠る深夜と早朝の境目の時間。
明るくなった室内で、キースは執務机の椅子に腰を下ろす。
キース・オルセンは、毎日、この時間から仕事を行っていた。
サーペンスアルバスを豊かに統治するための仕事だ。
おろそかに出来ようはずもない。
このような早朝から行っているのは、今の段階では、多くの業務が他の人間には荷が重いと考えるためである。
そのために業務が一段落したら、そろそろ後進の育成に取りかかろうと考えている。
教育マニュアルは既に作成済みだ。


「ふふふーん、ふふーん~♪」


戸惑うことなく、キースは書類を片付けていく。
今日は余裕があるのだろう、お気に入りのゲームミュージックのメロディを口ずさみながらであった。

ただ、現在のキース・オルセンの睡眠時間は非常に少ない。
1日の平均は3時間程度である。
繁忙期になると2,3日は睡眠を取らないこともある。
だが、キースの目下にクマなどもなく、誰が見ても健康体そのものである。
業務にミスも無い。

それはキースの周囲を飛び交うプリズムのおかげである。
このプリズムは[アイウーン・ストーン・オブ・サステナンス(維持のアイウーン石)]と呼ばれる秘宝である。
使用者には飲食や呼吸の必要がなくなり、また、休憩に要する時間は通常の半分になる効果があった。

この秘宝が無ければ、現在のキースの生活は身体を壊しかねないものだった。





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062 開幕

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「ん、ん~!!」


羽ペンを置いて、キースは両腕を空高く突き上げる。
肩や首回りから、「ポキポキ」と骨の音が鳴った。
これは無理もないと言えるだろう。
キースは、ほぼ、数時間通しで書類業務を行っていたのだから。
既に窓からは、太陽が昇りかけている。


「んー」


そして腕を下ろしてから、キースはドアに視線を向けた。
そして、しばらく黙って見やる。
だがドアに変化はない。
当然である。
彼自身は一歩も動いていないのだから、ドアに何かが起こるわけがない。


「あり……?」


だが、キースは不思議そうな面持ちを浮かべた。
そして、椅子から腰を上げて、改めて、自身の手でドアを開ける。
首を出すようにして、左右に広がる通路を見やる。
当然、誰もいない。


「マリエッタ??」


首をかしげて、キースは自席に戻った。

いつものこの時間。
こちらが何も言わなくても、毎日、絶妙なタイミングでマリエッタはお茶を持って来てくれていた。
それが今日は無いのだ。


「まあ、寝坊もあるかー」


そもそもマリエッタは自主的に、早朝からキースの側に控えていたのである。
それにいつも甘えてしまっていた自身に気づいて、キースは苦笑を抑えきれない。


「今度、なんかお礼のプレゼントでもするか……」


自分の厚かましさに苦笑しながら、再び、キースは書類に目を通すことにした。





「む~!!」


そして、再びキースは全身の伸び運動を行った。
腕、首、腰と至る箇所から、「ポキポキ」と骨の音がなる。
なまった筋肉が少しはほぐれたところで、キースは机の上に置いてあったベルに手を伸ばす。
ベルは「チリン、チリン」と澄んだ音を響かせた。


「……ありり??」


ベルの音はマリエッタを呼ぶ合図だ。
だが、マリエッタが来ることは無かった。
このような事は、マリエッタと出会ってから初めての事である。


「具合でも悪いのかな……?」


さすがに気になったキースは、椅子から立ち上がる。
マリエッタの私室に向かおう、そう思った為だ。
その時だった。

バン、バンッ――!


「ん――!?」


キースは扉に目を向けた。
それはノックと言うには乱暴な叩く音であった。


「いった――」


一体、どうしたんだ、そうキースが言葉を発しようとした。
だが、それは男の声によって遮られた。


「も、申し訳ございません、ホワイトスネイク――!」


切羽詰まった男の声だった。
口調、息づかい、雰囲気からタダ事ではないことが伝わった。
それに、この声はいつも聞き覚えがある。


「どうしたんだアロルド。お前らしくないぞー?」


[迎撃隊]の副隊長の名前をキースは呼んだ。
[迎撃隊]は、キース自身が手塩にかけて創設した精鋭部隊である。
全員の顔と声、そしておおよその正確は把握していた。
その中で、副隊長のアロルドは冷静な部類に入る隊員だったと、キースは認識している。

気にはなったが、あえてのんびりとした声でキースは返答する。
そしてドアを開けると、真っ青な顔をしたアロルドが立ち尽くしていた。


「アロルド?」

「お騒がせして、も、申し訳ございません……!」


アロルドの様子は尋常では無かった。
握り拳を作り、下を見つめながら苦しげに言葉を発した。


「いや、いいんだ。
 一体どうしたんだよ、らしくないんじゃないか?」


キース自身が意識して出したいつもと同様を装った言葉に、アロルドは様子を変えることはなかった。
辛そうに、悔しそうに、涙目で言葉を続ける。


「ホワイトスネイク、迎撃隊訓練所まで起こし願えないでしょうか……!」

「そりゃかまわんが……
 ……
 ……一体全体、どうしたんだ??」


アロルドに落ち着いてもらおうと、嫌な予感を感じつつも、落ち着いた体でキースは言葉を続ける。


「じ、自分の口からは言えません……
 ……
 ……く、口止めされております……!」


アロルドは吐き捨てるように言い放った。
それはキースに向かってではない。
ここにはいない、誰かに向かってだろう。
それはキース自身がすぐに理解できた。


「不測な事態か?」

「い、言えません」


申し訳なさそうに、目に涙をためてアロルドはキースに顔を向けた。
それを見て――


「おーけー、わかった」


机に立てかけられていた鞘に入れられた小剣に、キースは手を伸ばす。
そして、慣れた手付きで腰へとぶらさげた。





「こちらです、ホワイトスネイク……!」


口に出す一言、一言を、本当に苦しそうにアロルドは発していく。
また歩く速度は、もはや駆け足と呼んでも差し支えない速度である。
キースは黙って、アロルドの後に付いていった。





迎撃隊の訓練所は、兵士達の詰め所の横に併設されている。
詰め所の建物の脇を通り抜けて、キースが訓練所にたどり着く。

開けた場所である訓練場。
その中心部に、サーペンスアルバスの精鋭達である迎撃隊の面々が揃っていた。

だが、異様だった。

迎撃隊は暗さとは無縁の部隊である。
明るく、陽気で、豪快。
それが、全く見られない。むしろ真逆である。
迎撃隊は極限にまで張り詰めた空間に支配されていた。

それこそ何かがあったら破裂する風船のように――


「……」


キースは肩眉を少しだけ動かして、迎撃隊の面々に歩みを進めていった。
近づくにつれて、キースの目の前に飛び込んだモノ。
それは、すぐには理解できない状況の光景だった。


「くそ、くそったれがぁ……!」


まずは迎撃隊隊長のアートゥロである。
彼は目を真っ赤に充血させて、しかも、剣を抜刀した状態だ。
さらに、今にも斬りかからんばかりである。

目の前の青年に対して――

そのアートゥロの対面の青年は、キースの記憶には無かった。
だが、この迎撃隊の装備に身を包んでいる。
迎撃隊の見習い隊員だろうか、と、キースは推測した。

この青年は剣を向けられているにもかかわらず、平然と、
いや、それどころか笑顔と呼べるものですらあった。

他の迎撃隊の面々は、アートゥロと青年を取り囲むようにして経っていた。
そして全ての隊員の憎悪は、全て、あの見知らぬ青年に向けられていた。


「ホワイトスネイク――!」


そんな中だ。
迎撃隊の隊員の1人が、キースの存在に気がついた。


「ホワイトスネイク!」
「大将!」
「ホワイトスネイク!」


すると一斉に、隊員から多くの声が上がる。
そんな隊員達に対して、キースは軽く右手を挙げた。
そして何事も無いかのように、いつもと同じように歩み寄っていった。


「よー、どうした、みんな?
 肩に、めっちゃ力が入ってるぞー」


先程、アロルドに対応したように、いつもと同じようにキースが振る舞った。
だが、隊員達はお互いの顔を見やって、言いづらそうにしている。
それをキースは黙って見守った。
20秒程度が経過したころだろうか。
1人の隊員が、代表として前に出てきた。


「ど、どうしたらいいか……!
 あのクソ野郎が……!」

「クソ野郎?」


感情が凝縮されたような言葉だった。
そして隊員は射殺さんばかりに、と、先の青年に視線を向ける。


「あ、ホワイトスネイク!
 こっち、こっちですよー」


この空間の主人公はこの青年なのだろう、と、キースは理解した。
青年が言葉を発した瞬間、迎撃隊の面々の殺意の感情が急上昇したことが容易にわかったからだ。
また状況も異常である。
ニコニコとした青年に向かって、迎撃隊隊長のアートゥロが剣を振りかぶった姿勢のまま止まっているのである。
そして、そのアートゥロの姿から、この青年に剣を振り下ろしたいことは容易に見て取れた。


「なんか、きっついイベントのルートに入ったっぽいなあ」


寝癖がついたままの金髪を掻きむしりながら、キースは青年に近寄っていった。
細目が印象的な笑顔の青年は、キースには、どことなく野良猫を想起させた。


「あー、まずは自己紹介しておこうか。
 もうそっちは知ってるっぽいけど、挨拶は基本だからなー。
 日本人として。
 俺が、一応、ここの代表をさせてもらっているキースだ。
 よろしくな」


キースの言葉に、驚いたように目の瞬きを繰り返す。


「うはー。
 さっすがホワイトスネイクだねえ。
 まさかこの状況で、挨拶されるとは思わなかったよー」


だが、言葉とは裏腹に、青年はよりいっそう楽しげな笑みを浮かべる。


「これは想像以上に、マスターに楽しんでもらえそうだ」

「……マスター?」


青年が発した「マスター」という言葉に、キースは牽制の言葉を突きつける。
だが、それに対して、直接の返答は無かった。
「ニコニコ」といった表現がぴったりな笑顔を返してくるだけである。

キースは小さな溜息をついた。


「ただ事じゃなさそうなんだが?
 一体、これはなんなんだ。さすがに、わけわからないぞ。
 アロルドは説明してくれんし」


そして、改めて、物語のキーとなっている青年にキースは問い出す。
すると――


「あはは。副隊長、約束守ってくれたんだ。
 相変わらず律儀だよねえ。
 じゃ、ここからは僕が説明するね。
 それもドラマティックに、ね」」


楽しそうに(実際に楽しいのだろう)、青年はキースに微笑んだ。
それから、青年はアートゥロに対して――


「その上で、ね。
 隊長さん。その剣を僕に振り下ろせばいいんじゃないかな?」


「ポン」と、アートゥロの右肩に手を置いた。


「こ!!
 この、クソ野郎がぁ……!!」


アートゥロは奥歯が砕けんばかりに歯を噛みしめる。
そんなアートゥロを見てから、満足げに青年はキース・オルセンの前に立った。


「さーてと。
 初めまして。
 今日、研修が終わる予定だったロレインっていいます。
 よろしくお願いします、ね。
 長いつきあいになるか、短いつきあいになるかは――
 ……
 ……
 ホワイトスネイク次第かな?」


青年が名乗った「ロレイン」という名前に、キースは心当たりがあった。


「ロレインっていうのは君のことか。
 名前だけは聞いてる。
 なんでもめっちゃ有望な新人って、俺のところに報告があがっていたな」

「あはは、ありがと。
 隊長さん、僕を結構高めに評価してくれてたんだねー」


キースはどうにもやりにくさを覚えていった。
感覚的なものではあったが、このロレインという男からは手応えを感じないのだ。
のれんに腕押しといった感じだ。


「で、いいかげん説明してくれないか?
 何、この空気?
 どういうことなんだ?」


結局、キースはストレートに質問をぶつけることにした。


「はーい。
 そうだね、早くしないと、そろそろ隊長さんに頭をかち割られそうだし」


ロレインはおもむろに、自身の腰のポーチに手を入れる。
そして取り出したのは、何やら赤い固まりだった。


「ほいっと、ね」


取り出した赤い固まりを、ロレインはキースに向かって放り投げる。
それをキースは半身をずらして避けた。
「ぽふっ」という軽い音とともに、赤い固まりは地面に落ちた。
その上で、キースは赤い固まりに視線を向ける。


「毛……?」


キースが見た固まりとは、何かの「赤い毛」のようだった。
そんなキースの行動に、ロレインは一瞬だけ険しい表情を浮かべた。
だが、誰もそれに気づくことはなかった。


「だいせいかーい」


そして先程の同様の口調で、ロレインは楽しそうに言葉を発する。


「でも、ねー。
 肝心なのは、なんの、どの、どういった毛なんだろうねー?」

「……!
 こ、こいつは……!」


ロレインの言葉に、一番に反応したのはアートゥロだった。
慌てて、地面に落ちた「赤い毛」に手を伸ばす。


「てめえ、てめえ……!」


ロレインとアートゥロの反応に、
キースの周囲に浮いていたプリズムが激しく回転する。


「説明してもらおうか――」


キースから発せられた言葉は静かで重かった。
だが、その瞬間、周囲を圧倒する。
この青年に支配されていた空間を、さらに強い力で支配を奪い返したのだ。


「う、うへえ……
 これ、ハンパないなあ……」


ロレインは笑みを絶やすことはなかったが、こんな彼ですら背中に冷や汗を抑えることはできていない。

いつもは、どこにでもいるような若者と同じような、口調や行動のために忘れがちだ。
だが、キース・オルセンは、あの英雄[白蛇(ホワイトスネイク)]なのだ。
ただの若者ではない。
そして今は、[アイウーン・ストーン・オブ・パーフェクト・ランゲージ(完全なる言語のアイウーン石)]を
身につけている。このプリズムには[威圧]、[交渉]、[事情通]、[はったり]の判定にボーナスを得る力があった。

迎撃隊の隊員達は息を、そしてあふれ出る唾を飲み込むだけで精一杯である。
言葉を発するなど、思いつくことすら出来ない。

だが、そんな中でも、ロレインだけは――


「まあ、なんとなく察してくれたみたいだねー。
 そうさ、それは隊長さんの奥さんの髪の毛。
 赤毛がとっても綺麗な人だねー。
 でもね。
 まーだ、これだけじゃないんだな、これが」


さらに、ポーチからは[白いカチューシャ]を取り出した。
ロレインが取り出した[白いカチューシャ]の所有者を、キースは一瞬で理解した。


「それは――」

「想像通り、とだけ言わせてもらおうかな?」


ロレインはお手玉をするかのように、白のカチューシャをもて遊び始めた。


「隊長。
 奥さんね、結構なお腹だったから運ぶの大変だったよー。
 僕の見立てなら、まあ、あと何日後かなのかな。予定日。
 生まれるかな?
 生まれるといいねー」


そして、「ニコニコ」とアートゥロに向かって笑顔を振りまいた。
続けて――


「ホワイトスネイク。
 あのメイドさんかわいいねー!
 運ぶ時、お尻さわっちゃった。
 ごめんね、まあ、不可抗力だから許して貰えると嬉しいなー」


今度は、キースに向かって笑いながら言い張った。
周囲の迎撃隊隊員達が、声にならない声を漏らす。

キースは深い深呼吸を一つ行った。


「用件を聞こう」


そしていつものキース・オルセンらしからぬ重々しい声で、ロレインに向かい合った。


「さっすが、ホワイトスネイクだ。
 話が早いよ。
 隊長さんとは偉い違いだ。
 さっき、凄かったんだからー。
 人の表情って、あんなにも変わるもんなんだねー」

「てめえ!」


ロレインのアートゥロを小馬鹿にした言葉に、アートゥロが反応しようとした時だった。

まさに一瞬。

迎撃隊の隊員達には何が起こったかわからない。
また、アートゥロにもだ。
ロレインの右手には逆手に握られたダガー、そして左手にはナイフが握られていた。
そしてさらに、ダガーはアートゥロの首へ、ナイフはアートゥロの右脇腹に向けられていた。


「な、な……!?」


アートゥロは混乱するばかりである。
そして思わず、握っていた剣を落としてしまった。


「あは」


アートゥロの表情を見て、ロレインは楽しげに微笑する。
そして、そのままの体勢のまま、キースの方に振り返る。


「あっれ~?
 どうしたのホワイトスネイク?
 らしくないんじゃない、動けないなんてさー。
 いいの、僕、隊長を殺しちゃうよ?」


挑発の言葉を、ロレインはキースぶつける。
だが、この言葉に対してキースは何も動くことはなかった。


「遅いんじゃないか?
 しかもテレフォンすぎる。
 お前さ、今、アートゥロに当てる気無かったのバレバレだぞ?」


少し呆れたように、キースはロレインに言葉を返したのだ。
これにはロレインも呆けてしまった。
そして一瞬だけ、苦々しげな面持ちをキースに見せる。
が、それもすぐに、また先程までの笑顔に戻った。


「そっかー。さすがだね。
 でも、今はどうなのかな?
 首は3cmぐらい、脇は5cmぐらいかな。
 たったこれだけ動かすだけで、隊長さんは――」


ロレインが全てを言い終わる前に、キースはかぶせるように――


「それなら問題ないなー」

「え――?」


ロレインにはキースの言葉が理解できなかった。
キース・オルセンとは部下を見殺しにするような男ではなかったと調査でわかっている。


「意外だなあ?
 まさか見捨てるなんて。
 ホワイトスネイクがこんな人だったとはねー」

案外、冷徹な部分もあるんだなあ、と、自身の評価に修正を加えようとしたところ――


「は?
 何か勘違いしてないか
 この位置からだったら十二分すぎる。
 お前のダガーとナイフがアートゥロに届く前に――」


キースは無造作に頭を掻きむしりながら、堂々とロレインに対して宣告した。


「右手首と左手首、それと首は取れるからな」

「……!?」


キース・オルセンこと[白蛇(ホワイトスネイク)]の言葉を聞いて、ロレインから笑顔が消える。
そしてキースとロレインの視線が混じり合った。









遅くなりまして申し訳ございませんでした。
海外から、無事に帰国致しました!



本来の予定では、もう少し先まで書いて来週に公開する予定でした。
が、無理矢理更新!
あまり間を開けてしまうと、自分のいろいろなモチベーションが下がってしまうと思ったからです。
おかげで見切り発車的な回になりました。修正するかもしれません。



そろそろ1話から見直して修正をしてみたい。



クサクサな厨二的展開というか、(マンガ版の)餓狼伝的な雰囲気を出してみたかったお話です。



本作品のイラストを描いていただきました!!
めっちゃ素敵すぎの作品です!
みんなに見て欲しい!!!
これは自分でブログを作るか、イラストも公開できる投稿サイトに2重投稿するしかない???



[13727] 63 前哨戦
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2011/10/15 17:36
一瞬で、訓練場は更なる緊張によって支配されてしまった。

キース・オルセンの言葉のせいである。
迎撃隊員達は何もできなかった。
この状況と空間が、彼らに何かをすることを許さなかったのである。
指先すら動かせず、呼吸するのが精一杯だ。

この緊張の空間を作った当事者であるロレインとキースの二人。
彼らは互いに視線を交差させていた。
ロレインのそれは、キースに対して品定めを行っているように思われるものだった。
また、珍妙な何かを「見つけて」しまったかのようにも見て取れる。
もう一方のキースは、ただただ、静かにロレインを見つめるだけだった。
そこに何かを「見てとる」ことはできない類のものだった。

どのぐらいの時間が経過したのだろうか。
一瞬だったかもしれない。
それとも、かなりの時間が経過しただろうか。


「ふぅ……」


最初に、この沈黙を破ったのはロレインだった。
彼の大きなため息が、この張り詰めた空間を少しだけ弛緩させる。
そして、ロレインはアートゥロに突きつけていたダガーとナイフを下げた。


「僕、この体勢になって殺(や)れなかったことないんだけどなー。
 傷ついたよ~。
 もう、引退しよっかなー」


「やれやれ」と肩をすくめるように、ロレインは苦笑する。
そんなロレインを見ても、キース・オルセンは変わることはなかった。
ただただ、静かにロレインを見続けていた。





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063 前哨戦

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笑みを絶やさないロレインだったが、内心では焦りを感じざるを得なかった。
焦りの要因は、勿論、ホワイトスネイクの言葉である。

先程、ロレイン自身が発した言葉に嘘は無い。
右手にダガー。
左手にナイフ。
二刀で、あそこまで追い込んだ場合、確実に相手の首をカッ切ることができた。
ナイフで内蔵をエグることができた。
多くの生き物に止めを刺してきた。

だが、ホワイトスネイクは事も無げに言ったのだ。
「右手首と左手首、それと首は取れるからな」、と。
それはすなわち、自分よりも早く剣を振るえるということだ。
しかも、あの距離、あの姿勢、あの状況からである。

ロレインは「ハッタリ」だと思った。

そんなことができるわけは無いと、自身の経験が伝えてきた。
それほど、自分のダガーとナイフの扱いは手ぬるいものではないのだから。

だから、実際にアートゥロを殺そうとした。

が、その瞬間だった。
ロレインの身体に、微かな違和感が走り抜けた。
脳、身体、右手、左手、腰、右足、左足、どこからはわからない。
だが、その違和感が告げたのだ。

「ヤメロ」と――

慌てて、ロレインは感覚に従うことにした。
ロレインの理性では「殺せる」と告げているが、どこからか「殺せない」との声も聞こえたのだ。


「(神速の剣の使い手かあ、姉さん、今回は骨が折れそうだよ~)」


ホワイトスネイクならやりかねない、今は焦ることはない、落ち着け――
と、今、ロレインは精神を落ち着かせようと(これでも)必死だ。
何せ、相手は、自身の主をも打ち倒した英雄なのだから。

ロレインの額から、一筋の汗が流れた。
それはロレインにとって、非常に不快なものだった。





ロレインがアートゥロに攻撃を行った時。
生粋の戦士であるキースは、ロレインの身体の動きから、それが「ブラフ」であると察した。
そのため、堂々と余裕を持って見逃した。
逆に、ロレインの行動を止めに入る方が、微妙な状況だった。
現状の装備では、アートゥロに傷を負わせないように動ける100%の確信が持てなかったのだ。


「(うへー、まじありえないんですけど~!?)」


だが楽観視は全くできない。
あまりの展開に、さすがにキースも困惑気味である。
しかし、それを面に出すことない。

それをしたら、ここまで積み重ねてきた「作戦」が台無しになるからである。

この「作戦」とは、勇希がキースとして、この世界に来てしまった直後から考えて実践していることである。
きっかけは、この世界でのキース・オルセンの風評を知ってからだ。
それはものすごいものだった。
当然かもしれない。
この世界、そして人々の命を、どん底の状況下から救い出すという偉業を成し遂げた存在なのだから。

その後、勇希は、人々にアンケートを取ったりもした。
質問の中に、冗談で「キース・オルセンはどんなモンスターを退治できると思う?」と入れたりしたのだが、
その回答を見たとき、キースは思わず飲んでいたお茶を吹き出した。
結果は、無双なゲームもびっくりな事ばかりが書かれているのである。


「(徳川のホンダムもびっくり結果だ)」


そして勇希は決断する。
ここまで来たら、人々が考えている[キース・オルセン]像を、より恐ろしく強い存在に仕立て上げてしまおう、と。

この「作戦」を実施するに当たって幸いだったのは、
[アイウーン・ストーン・オブ・パーフェクト・ランゲージ(完全なる言語のアイウーン石)]を所持していたことである。
このアイテムの力を発動させることによる[威圧]、[交渉]、[事情通]、[はったり]のボーナス効果は絶大だった。

人々の心中で、ますますキース・オルセンという存在は[英雄]としての格を上げていった。

それから、次にキースが取った手段は「自分で戦わない」ことである。
戦陣には立つが、自身の剣は極力振るわない。
このことで、各々の空想によって、キース像が膨らんでいくことを期待したのだ。

この「作戦」の目的は、相手が逆らう気力さえ起きないような存在と認識してもらうことである。
さらには、敵対するものが「キース・オルセンならやりかねない」と、勝手にいろいろ考えてくれるようになれば言うことない。

ちなみにこれは、勇希が読んでいた少年マンガを参考にしたものである。
(そのマンガはハッタリだけで、どんどんと成り上がっていくようなものだった)





ロレインは手にしたダガーとナイフを、くるくると手馴れた手つきで懐にしまいこむ。
それはジャグリングを思わせるような軽快な動作だった。


「んじゃ、ホワイトスネイクが説明しろって言ってくれたんで、
 さっそく、極悪非道な誘拐犯から要求を発表させていただきますー」


改めて、ロレインはキースの目前に立った。


「もうわかってると思うけど、さ。
 隊長さんの大事な大事な奥さんを、あー、あと、お腹にいるお子さんもだね。
 お預かりさせて頂いております。
 そして、奥方と一緒に、可愛いくて優秀なメイドさんもご一緒です」


笑みを絶やすことなく、ロレインはキースの顔をのぞき込むように告げた。
だが、キースの表情は変わらなかった。
ロレインは、キースが何らかの言葉を発するのを待つ。
しかしキースは黙ったままだった。


「ふーん。そうくるかあ。
 あんまり楽しんでもらえる反応じゃないなー」


「しょぼん」といった体で、ロレインは肩を落とす。
が、それも一瞬。
再び、先程のように笑みをたたえて、大げさなアクションで言葉を続ける。


「さあ、希代の英雄ホワイトスネイク!
 君はどんな行動をしてくれるんだい――?」


ロレインが両手を広げて、キースに対して行動を要求する言葉を告げてきた。


「なんなんだよコイツは??」
これが、キースの嘘偽りのない感想である。
それに生理的にも気持ち悪かった。
まるで、それは感情のこもっていない、テレビのクイズ番組司会者をキースには思い出させる。


「あー。
 行動っていうかさ、お前さんさ。
 何にも要求はないのか?
 普通、こういう場合はそっちが身代金とかを要求するもんじゃないのか?
 俺が、いきなり好き勝手にしてもいいってことか?」


キースは発言する言葉を、今、慎重に選んで発している。
何か激怒させるようなことがあっても、マリエッタとアートゥロの奥さんであるニエヴェスさんの身が心配だ。
かといって、全て相手の言いなりになることもできない。
この青年に精神的に有利に立たれては、こちらの今後の行動も取りにくい。

しかし、この相手の言動や行動から、「通常の人質を取られた側」の行動を取るのは逆に危険な気もしている。
さすがのキースも、今、このさじ加減には苦心していた。


「ああ、もちろんだよ。
 そうじゃなきゃ困るぐらいだからねー」」


キースの回答に、ロレインは笑顔で返した。


「あのホワイトスネイクがどういう風に動いてくれるか楽しみだよ。
 そうだねー。
 いろいろな選択肢があるもんね」


ロレインは「うーん」と、わざとらしく考える振りをしてから――


「一つは、二人を無視すること。
 サーペンアルバスのトップだもんね。
 普通の領主ならこの行動かな?
 誰も文句は言わないし、言えないと思うよ。
 残念なことになるのは、たった二人だけだしね。
 ただ――」


「ニコニコ」とした面持ちで、そして、少し口をゆがませる。


「二人は、まー、とっても素敵な状態になるだろうね。
 でも、それでお終い……って、あ――」


と、そこまで言いかけて、ロレインは照れを隠すように頭をかいた。


「お終いじゃないね。
 その後はこの場で、僕が、まー、彼女達と同じように素敵な目にあっちゃうぐらいかな?
 特に隊長さんとかからさー」


カラカラと、ロレインはアートゥロに向かって嬉しそうに笑う。


「テ、テメエ……!!」


アートゥロはロレインの挑発を受ける。
再び、剣を握りそうになるが――


「隊長……!」


副隊長のアロルドが、そっとアートゥロの手首を握る。


「――!」

「お願いです、今は……!」


アロルドはアートゥロに懇願の眼を向ける。


「~~~!」


歯が砕けんばかりに、アートゥロは全てを飲み込んだ。
アロルドの眼を見て、長年連れ添ってきた副官の眼を見て――


「あはは!」


アートゥロとアロルドの様子を満足げに見てから、ロレインは再びキースに視線を戻した。


「で、もう一つ。
 個人的にはこっちを選んでもらいたいな。
 ホワイトスネイク一人でさ、僕と、一緒に付いてきてもらいたい場所があるんだ」

「……
 ……
 ……
 俺に、一人で付いてきてもらいたい……?」


ロレインの言葉に、キースは復唱する。
それは確認と、さらには言葉の先を促すものだ。


「うん!
 必死に準備してね、素敵なイベントを用意したんだ。
 大変だったよ~!
 でも、その分、ホワイトスネイクにも満足してもらえると思うよ!
 それに――」


ロレインは大きく両手を広げる。


「これにクリアしたら、景品の二人はホワイトスネイクのものだ。
 破格だよね、こっちは。
 全員が幸せになれるルートだ」


「どうだ!」と言わんばかりのロレインの表情を見て、キースは小さなため息をついた。


「うさんくさい営業マンだ、あんたは」

「あは。
 意味はよくわからないけど、お褒めにあずかり光栄です」

「意味わからないって自分で言ってんのに、その回答がうさんくさいっていうんだ。
 ようするに、俺に一人で来てもらいたい場所がある、と。
 んで、そのために二人を連れ去ったってことなわけだ」


そっちの好きなように行動しろといっておいて、結局、すぐに自分達の要求を突きつける。
こんなやり取りに、キースは、この青年に対する警戒のレベルを一段上げることにした。


「ふぅ」


一呼吸ついてから、キースは長くなってきた前髪を掻き上げる。
そして――


「俺、ゲーマーなんだけどさ」


キースは、ロレインに対して正面に立って言葉を返す。
内容については、この青年には理解できないだろう、とキースは思う。
だが、キースは言葉を続ける。


「けど、さ。
 まあ、ガチの人から見たら、ライトゲーマーになるなー。
 アドベンチャーゲームの場合、ルートは一つしかやらないし。
 CGのコンプなんて興味ない方なんでね。
 グッドエンドだけ。
 バッドルートはやらない。
 だから――」


腰に携えていた剣を、キースはゆっくりと抜刀する。


「違う選択を選びたいわけだ。
 最適で簡単なグットエンドルートに行けるように、な」


「……へえ……」


キースの行動に、ロレインは意外そうな面持ちを浮かべた。
ロレインは自身の乾いた唇を湿らすために、舌なめずりを行う。
そして、再び、懐からダガーとナイフを取り出す。

キースとロレインの間の空間が、再び、緊張に支配される。
それは他の人間から見れば、空気が歪んでいるかのような錯覚を覚えるほどだった。


「いいねー。この展開も熱いなあ。
 ちなみに聞かせてもらっていいかな?
 どんな選択なのかな?」

「そうだな。
 さっき、好きにしていいって言ったよな。
 今さら無しとか勘弁な。
 例えば――」

「――!!!」


ロレインの背筋が凍る。
油断したつもりは無い。
だが、ついて行けなかった。
眼の前のキースを見失ったのだ。


「うひゃあ!?」


刹那、右手に痺れが襲ってくる。
その瞬間、ロレインは理解した。
ホワイトスネイクが目の前にいたにもかかわらず、身体ごと消えるような動きを持って、
自分が手にしてダガーを正確にはじき飛ばしたのだ。


「っ、っとお――」


だが、ロレインも尋常では無かった。
空高く跳ね上げられたダガーに向かってジャンプする。
絶妙のタイミングでダガーをキャッチしたのだ。
さらに、そのまま後方に向かってバク転を行うことで体勢を整えた。

だが、キースの行動は終わらない。
バク転を行ったロレインの後方に、キースはいつの間にか立っていたのだ。
体勢を整えたロレインに対して、ゆっくりと背後から肩に手を置く。
それは「ポン」といった擬音がぴったりの、やさしい物だった。


「まあ、こんな風にして、お前さんを無傷で捕らえてな。
 マリエッタとニエヴェスさんとの交換なんて、いい考えだと思わないか?」


神速。
キース・オルセンが世間一般で形容される賛辞のひとつである。
そのことを、ロレインは身を持って知った。


「あはは、そーくるかー!
 あはは、今のはよかったよ~!
 ゾクゾクできた!
 こんなの何年ぶりだろ?
 今のは、さすがにマスターにも喜んでもらえたなー!
 でもね――」


ロレインは前方に向かって手を伸ばす。
地面に両手をつけて、倒立体勢になって身体をひねる。
そしてあっという間に、またキースと向かい合う体勢を取った。


「でも、ごめん。
 それは止めた方がいいなー。
 最悪の悪手なんだよ、僕の場合は」


飄々とした体は相変わらずだが、ロレインはキースに頭を下げた。
そんなロレインの言葉を、キースは「逃げの為」と判断した。


「そうか?
 我ながら、平和的解決で良い案だと思ったんだけどな」


キースがさらなる追求の言葉をかけて、このフザケタやり取りで優位に立とうと考えた時――


「だって、僕、間違いなく姉さんに捨てられるもの」

「……
 ……
 ……間違いなく、ねえ……」


事も無げに発したロレインの言葉は、さすがにキースにも想定外だった。
はったりかも知れないが、どうにもこの青年の言動や行動を考えると、嘘とも断言できない。
自分から仕掛けたが、今の一手で、逆にまずい展開になっているような感覚。
そんな風に、今のキースには思えてしまい、思わず舌打ちを行いたくなるような思いだった。

唯一の収穫としては、おそらく、この青年の共犯者に「姉」がいる。
そして、その「姉」の元に、マリエッタ達が囚われている可能性が強いということぐらいだろうか。

今まで見られなかったキースの反応に、ロレインは苦笑する。
この青年には珍しい笑いだった。


「ああ、でも誤解しないで欲しいなー。
 僕ら、とっても仲いいんだよ!
 ただ、トッププライオリティが明確にあるってだけでね。
 だから――」


ロレインはあごに手を当てて、いかにも考えますといった体勢になる。
キースから見ると、この青年が取る行動は、全てがどこか胡散臭いものに見える。


「姉さんが僕を見捨てる。
 すると、君たちにとって僕は存在意義が無くなる。
 まあ、邪魔な存在ってだけだね。すると、まあ、よくて厳重な拘束か、隊長さんに殺されるかー。
 と、なると。
 姉さんが、あの二人を……
 ……
 ……いやいやいや、ホワイトスネイク!
 僕は親切心で言ってあげるよ!
 それ、やっぱりやめた方がいいんじゃないかな?
 奥さんとメイドさん、ちょっとすごいことになるよ?
 最低限でも、心と身体の原型は止めてないよ?
 姉さん、わかりにくいけど、あれでも僕のことは愛してくれてるからね」


笑うロレインの姿に、キースは舌打ちを抑えられなかった。
そして、剣を腰に納める。


「イベントとやらについては、もうちょっとぐらいは説明してくれんだろ?」


キースの言葉に、ロレインは嬉しそうに頷いた。
ロレインの笑みに、キースは嫌な気持ちでいっぱいだ。
この男は確信したのだ。

自分が、このイベントに参加するであろうと――

キースはロレインとのやり取りで、「失敗したか」と後悔の念を感じていた。








スポーツや格闘技なんかで一番好きな場面は、入場シーンから試合開始直後までだったりします。
気合を入れている人、相手をにらみつける人、静かにたたずむ人。
いろいろな人の顔が見られて、本当にたまりませんなー。

というわけで、そんなシーンを書いてみたかったのです。
まあ、ダラダラと長文になって、だめだめでしたが。
次の話からテンポのいい文章を書くことを目標にするぞ!



[13727] 64 決意
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2013/03/02 06:41
胸甲鎧(ブレスト・プレート)の銅板は赤く輝いていた。
陽光を浴びたかのようなこの鎧は、神々しくも感じられる事ができる一品だった。


「おーい、アートゥロ。
 悪いけど、バックプレート側を着けるの手伝ってくれ~」


そんな一品を前にしても、キースの態度はいつもと何ら変わることはなかった。
毎日着用する洋服を着るかのように、このブレストプレートを身に纏おうとしている。


「あ、りょ、了解っす、大将!」


キースの指示に従い、アートゥロは鎧の装着を手伝った。
だが、アートゥロの手は震えていて、作業は手早くとはいかなかった。
この鎧に対して、アートゥロは精神的に圧倒されていたのである。

アートゥロには魔力などに関する力は無い。
生粋の兵士である。
本来なら何も感じることはないのだ。
だが、そんなアートゥロでも、この鎧からは、他を圧倒するような迫力を感じていたのである。


「な、なんかすごい鎧っすね……」


かすれるような声で、アートゥロは呟く。
そんなアートゥロに対して、キースは表情を変えずに言い切った。


「正真正銘、俺の最強の鎧だからな。
 なんか知らないけど、あいつ、ちゃんとした格好で来いって言ったんだ。
 ご丁寧に準備時間もくれて、な。
 だったら招待された客としては、目いっぱいおめかしするしかないだろ?」


次々と、今までにアートゥロが見たことがない武具を身につけていくキースに対して――


「こ、これが、マジなホワイトスネイクかよ……!」


知らず知らずのうちに口内に溜まった唾液を、アートゥロは音を立てて飲み込んだ。





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064 決意

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装備の着用を終えたキースは、あの、ホワイトスネイクそのものだった。
酒場で吟遊詩人が語る姿、教会の絵画の中で見て取れる姿、だ。

胸部を覆うブレストは、太陽の光のようにキラキラと輝いている。
さらによく見れば、胸の部分には紋様が描かれており、恐ろしいほどきめ細かい装飾が凝らされていた。
また背中に背負った盾などは、まるで鏡のようである。
傷一つなく、波紋の一つも無い湖面を思わせる一品だった。
戦うときに最も傷つき易い部分である手腕には、赤茶色のヴァンブレイスを身に着けていた。
精悍なデザインであるヴァンブレイスは、動き易さを最優先にされていると思われる形だった。
さらに目立つはブーツである。
この黒いロングーブーツは、キースがいつも着用しているものだ。
貴族が着用するようなエレガントな一品である。
これを、キースは履き替えることは無かった。
上半身が一部の隙も無い装備であることを見ると、足元はチグハグな感があった。

そして戦士の武器の象徴である剣に関しては、腰に二本挿していた。
長さからすると、ロングとショートの一本ずつであろう。
刃に関しては、飾り気の無い革の鞘に入れられているためにわからない。
握り手部分は大分黒ずんでおり、この二剣は使い込まれているのが見て取れた。


「あいつ、どうしてる?」


指輪とブローチを身に着けながら、キースはアートゥロに声をかける。
普段から装飾品を一切見につけないキースは、なんとも指輪が苦手だった。
こそばゆいような、くすぐったいような感じがしてしまうのである。
そのため感触を確かめるために、何度も手のひらを握ったり広げたりを繰り返す。


「あのクソ野郎ですかい?
 あいつは、うちのアロルドが見張ってやす。
 でも、本当に大人しく待ってるんです。
 ホワイトスネイクが来るのを……ニヤニヤしながらっす……
 ……
 ……
 正直、俺、何が何だかわからないっす。
 おかしいですよ、あの野郎……
 何考えてるのか、わかりゃしねえ……!」


お腹の底から吐き出すようなアートゥロの声に、キースは軽くうなずいた。


「同感。
 俺達のような善良な人間にはわからないし、正直、わかりたくもないよなあ」


キースはため息を――
付こうとしたが、途中で、それを全て飲み込んだ。
アートゥロを目の前にして、その行為は、彼の期待を裏切るものと思えたからである。
そして、より一層の険しい面持ちを浮かる。


「けど、予想できることはある。
 たぶんだけど……
 ……
 ……
 ……来る、な」

「……ど、どういうことですかい……?」


少々の間を空けられて告げられたキースの言葉に、アートゥロは息を呑む。
キースは小さくうなずいた。


「俺が行くっていうのは、俺自身は良いんだ。
 ぶっちゃけ、簡単には死なないしな。
 それよりも問題なのは、俺がいなくなったらってことだと思う」

「……あ……!」


キースの言葉に、兵士であるアートゥロは気が付いた。
アートゥロの様子に、今度のキースは大きくうなずいた。


「別働隊が必ずいる。
 基本中の基本、戦力分散による各個撃破ってやつだなー」

「い、言われてみれば、戦術の基本っすね……」

「今回のことは、なんつかー色々不自然すぎるんだよなあ」


ずっと前に読んだ三国志をモチーフとしたマンガのことを、キースは思い出していた。
難攻不落の砦を守る将軍がいた。
敵対する部隊は、その将軍に対して挑発行為を行う。
挑発に対して堪忍袋の尾が切れた将軍は、砦から飛び出してしまう。
将軍がいない砦は、控えていた別の部隊にあっさりと落とされてしまうという件である。
詳細なシチュエーションは異なるが、それに近い状況に追い込まれていると考えていたのである。


「考えすぎでしたー、ってオチで終わればいいんだけどな。
 あの男の言い方だと、本当に俺だけに用事があるようにも見えたし――
 って、それはそれでキモイなあ。
 男にモテモテ「ウホっ」な展開は、全力で勘弁してもらいたい。
 けど、警戒しても損はないと思う」

「大将、ガキからお年寄りまで、みんなからモテモテっすもんねえ」

「含みある言い方するなあ、マジ勘弁してくれ」

「そりゃ無理っすよ、なんてったってホワイトスネイクなんすから」


逼迫した状況には変わらない。
だが、今、この瞬間だけでもアートゥロが微笑してくれたことにキースは安堵する。
それに合わせて、キースは自分自身も落ち着くようにと言い聞かせる。

そして――


「サーペンスアルバス迎撃隊隊長アートゥロ。
 命令だ。
 サーペンスアルバスを守れ」


簡潔な言葉だった。
だが、この時のキースの言葉には力があった。
重々しく、そして、それは勇気付けられるもので――


「かしこまりました、ホワイトスネイク!」


直立不動の姿勢で、完璧な儀礼を持ってアートゥロは答えた。
そんなアートゥロを見て、キースは満足げに破顔した。


「俺が戻ってきたら忙しくなるぞー。
 まずは名前考えないとな。
 それから飲み会だな?
 って、そりゃ、マリエッタを説得か。
 お金出してくれっかなあ?」
 

澄んだ笑顔浮かべながら、キースはぼやいた。





豪奢な室内に「ゴリゴリ」と音がなる。
薬草を煎じている音だ。
その行為は、この豪奢な部屋の中では不似合いなものだった。

続けて、ノアは別の草を投入して煎じる。
室内にはミントの香りが立ち込める。


「ん――」


ノアは満足げにうなずいた。
薬草学のスキル判定で、ダイス(さいころ)が最高の数値が出してくれたのだろうと思う。
それほどまでに、今、作った薬草は改心の出来だったのである。

そんな時だ。


「お~い、ノアいるかー?」


ドアの向こうから、聞きなれた兄の声で呼びかけてくる。


「いるよ、なーにー?」


椅子から腰を上げて、ノアはドアに向かう。
そして扉を開ける。


「今、ちょうどおにいちゃんに薬を――
 ……え?」


ノアは兄の姿を見て声を失った。
それはいつもの姿ではなかったからだ。
こちらのノアがはじめて見る、武具を身にまとった姿だったからだ。


「ど、どうしたの、その格好っ……!?」


しかも、問題は装備している武具である。
暖かな光を発する鎧を見て、ノアは息を飲む。
キースというキャラクターが装備する、光り輝く鎧は[ソーラー・アーマー]だった記憶がある。
そうなると、絶対に武器は[サンブレード]を装備するに違いない。
この組み合わせは、キースが[生き残る]ことを最優先とした組み合わせだ。


「はは、まーなあ」


驚くノアに、キースは苦笑いを浮かべる。
そして――


「時間が無い。
 ノア、にいちゃんの頼みを聞いてくれないか?」

「え……?」


ノアに対して、キースは今での起こった出来事の要点を伝えた。
その内容を聞くにつれて、ノアの表情が険しく変わる。


「一人で、誘拐犯に付いて行くなんて……!!
 そんなの絶対に危ないよ!!」

「うん、だよなあ。
 さすがに、にいちゃんもそう思う」


キースとしては苦笑せざるを得ない。


「わ、わたしも付いて行くよ!
 今のわたしなら、絶対に役に立てるから……!」

「ああ。
 ノアがいたら、にいちゃん、楽できたんだがなー。
 俺だけっていうのが、先方の条件なんだよなあ」
 

キースは、ノアの絹のような長い黒髪をそっと撫でた。


「隠れながら付いて行くよ、バレなかったら……」

「おいおい。
 ノアはプリーストだろ? シーフスキルゼロじゃん。
 一人じゃないって、バレたりした方がイロイロやばいから、な」

「……!!」


キースの言葉に、ノアは何も言い返せなかった。
悔しそうに、兄を見つめるだけしかできない。
そんな妹の肩に、キースは軽く手を置いた。


「だから、な。
 ノアには、もっと大切な頼みたいことがあるんだ」

「え……?」


ノアに視線を合わせるように、キースは中腰になる。


「俺がいない間な。
 この町が襲われるかもしれん。
 にいちゃんの部屋にあったマンガ版三国志、ノアも読んだことあったろ?
 今回のようなパターン覚えてないか?
 大将おびき寄せて、で、違う部隊に本拠地を占拠させる」

「う、うん。
 え、えと汜水関だった、かな……?」

「すげ!
 よく砦の名前まで出てくるなあ。
 ま、そういうことだ。
 ノアはここにいて欲しいんだ。
 んで、この街サーペンスアルバスと住人を守ってくれないか」

「お、おにいちゃん……」

「頼む――」


キースの言葉に、ノアは少し黙ってしまった。
どのぐらいの時間が経過しただろうか。
ノアは小さくうなずいた。


「悪いな、ノア。
 安心しろ、マリエッタとニエヴェスさんはバッチリ助けてくるからな!
 このチートボディで!」


笑いながら、キースは胸板を叩く。
だが、少し力が強かったのだろう。
キースは咽てしまう。
そんな兄を見て、ノアは少し微笑んだ。


「うん。わかったよ、おにいちゃん。
 サーペンスアルバス。
 おにいちゃんの好きなバンドのCDアルバム名の街、絶対に守って見せるからね」

「はは。
 よくノア覚えてたな、サーペンスアルバス頼んだぞ~」
 

場を盛り上げるために、キースは笑った。
そして内心は心底、安堵の気持ちに包まれていた。

ノアは真面目な性格だ。
真面目すぎて、周りが見えなく事があるくらいにだ。
兄であるキースは、それが心配だった。

今回の事も説明すれば、ノアが「付いて行く」と言う事は予想できていた。
かといって、話さないという選択はもっと危険だ。
事件が解決するまで、どうしてもサーペンスアルバスは物々しくなるだろう。
しかも、自分(キース)がいないのだ。
自ずと、ノアは異変に気が付くだろう。
そうしたら、間違いなく、ノアは俺を助けに来てくれるだろう。
ノア自身の考えで、だ。
だが、それは危険すぎる。
ノアの体は強いかもしれないが、乃愛はただの女子高校生だったのだ。
[D&D]のゲーム中でもそうだったが、簡単にトラップ等にかかってしまう。

だから、逆に全部話すことにした。
隠したりしていて、後から知られたほうが、どんな行動をするかわからない。
なら、「サーペンスアルバスを守ってくれ」という言葉を盾にして、ここにいてもらうほうが安心だ。
こう言えば真面目なノアなら、絶対に勝手に動くことは絶対に無いだろう。
万が一、敵が何らかのアクションを起こしてきたとしても、専守防衛なら生存率は大幅に上がる。
そもそも、サーペンスアルバスが攻められるというのは推測にすぎない。
誰もこないかもしれないのだ。
そうすれば、よりノアは安全だ。
後は、俺が二人を助ければいいだけだから――


「にいちゃんに、ぜーんぶ任せておけって!」


余裕綽々といった面持ちを、キースはノアに対して向ける。
そして、キースはノアに対して背を向けて、あの青年が待つ場所へ向かうべく歩み始めた。

この時、この瞬間。
妹に向けていた親愛の表情は消えうせていた。
そこにあったのは怒った戦士の顔だった。







次話からおにいちゃん無双!?
いえいえ、それはダイス(サイコロ)しだいです。
実際にサイコロを振って、展開を表現したいと考えています。



[13727] 65 回顧
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2011/11/19 17:17
踝ほどまでに伸びた雑草に覆われた土地だった。
木も殆ど見られない。
段差も無く、また、見晴らしの良い場所である。

重々しい灰色の空の下。
いつ雨が降り出しても不思議ない状態。
小さな名も無い草と草が、風に揺られて擦れあう。
ただ、ただ、草の波がひいては押し寄せていた。


「……ダグアル、か。
 ご丁寧に、トラップを設置して無い場所まで調べたってのか?
 だとしたら……
 ……
 はー、やるせないなあ……」


たった一人で立ち尽くしているキースから、愚痴の言葉とため息が同時に漏れた。

サーペンスアルバスの周辺には、キースの指示で、対モンスター用の罠が作られている。
罠を用意しておくことで、凶悪なモンスターとも太刀打ちできるようにするためだ。
だが、現在いる場所は、罠が無いポイントだ。
ここには、作物を育てようと考えていた場所だったからである。


「こりゃまずいな。全部が後手後手だぞ……」


今、キースがいるのは[ダグアル平原]と呼ばれる場所である。
サーペンスアルバスから、馬で三、四時間といった場所に位置する。

なぜ、こんな場所にキースがいるのか。
それには訳がある。
無論、ロレインのせいだ。





武器防具等の準備を終えたキースは、ロレインの元に赴いた。
そんなキースを見て、ロレインは無邪気な笑顔を見せて迎える。


「さっすがホワイトスネイク、準備万端だね!
 じゃ、さっそく舞台に行こうか。
 観客を楽しませる舞台へ、ね~!」


少々興奮気味のロレインに対して、キースは冷ややかな眼差しを向ける。
そんなキースの反応に、ロレインはニヤニヤとした面持ちで肩を竦めた。


「ま、その反応は当然か~」


そして、ロレインは、腰に装着していたポーチから羊皮紙の巻物を取り出そうとして――


「――!」


瞬間、キースの剣は鞘から抜かれていた。
剣は鎧と同様に、なんと刀身が眩く光輝くものだった。
その切っ先をロレインに向けて、いつでも、どこにでも、動ける体勢を取ったのである。


「うわぁ……」


ロレインはキースの反応を見て、楽しそうな笑みを浮かべた。


「ご心配なく~。
 これ、移動するためのスクロールだよ。
 なんか攻撃するとでも思ったかな?
 にしても、ホワイトスネイクはさっすがだよ。
 僕がスクロール読めること知ってたの?
 で、一瞬でこれかー。
 僕のカッコじゃ、たいていの人は魔法を使えるなんてわからないんだけどなー」


剣先を向けられても、ロレインは飄々とした面持ちを崩すことはなかった。
ビラビラと、羊皮紙でできたスクロールを見せ付けてくる。


「そりゃどーも」


そんなロレインに対して、キースは興味が失せた様なぶっきらぼうな言葉を返した。

キースは見た目と素早い動きから、ロレインという青年はシーフだと考えていた。
そしてゲームの知識で、シーフがスクロールを読むことで魔法を使用できることを知っている。
そんなロレインがスクロールを取り出したら、それは、1番に警戒しなければならないことだ。

そして、さらにキースは、密かにスクロールに書かれた文章に視線を向けた。
それは相手に悟られないように、古代言語や記号で書かれた文字を確認するためだった。


「(攻撃魔法ってわけじゃないな、確かに移動っぽい言葉の羅列だ)」


キースは生粋の戦士だ。
当然、スクロールに書かれた文字など解読できるわけが無い。
だが、今のキースには[アイウーン・ストーン・オブ・パーフェクト・ランゲージ(完全なる言語のアイウーン石)]がある。
読めない文字は何一つ無い。


「んじゃ、とっとと魔法を発動させてくれないか?
 早くマリエッタのお茶が飲みたい。
 ああ、それにニエヴェスさんも病院に連れていくんでね」


そしてようやく、キースは剣を鞘に収めた。


「はあ、さすが。
 景品ゲットは当たり前って言い方だねー。
 OK! じゃ、これを使って、君を舞台に連れて行くよ。
 主演男優キース・オルセン、ヒロインはマリエッタちゃん。
 さあ、観客を楽しませてね!
 ようこそ、僕達の演出した舞台へ――」


そしてロレインによって、テレポート(瞬間移動)が発動されたのである。



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・[スクロールの使用]

マスターレベルに達したシーフは、クレリックやウィザードのスクロールを読む、
限定的な能力を得る。

シーフによって読まれたスクロールは通常の効力を発揮するが、
誤って読んでしまい、呪文の効果を誤って発動してしまうこともある。

-----------------------------------



ロレインによるスクロールの詠唱で、魔法はすぐに発動される。
と、キースとロレインは、一瞬で、[ダグアル平原]に到着することになった。
そして到着してすぐにロレインは、


「じゃ、用意してくるから、ちょっと待っててね~!
 勝手にどっかに行ったらだめだからね。
 それは景品をゲットする資格を放棄ってみなすから!」


と、告げてから、再びテレポートで消えたのである。
そんな風に言われては、キースには何もできない。

何かが起こるまで、たった一人で、[ダグアル平原]にいざるを得ない状況になったのである。





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065 回顧

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男を表現するならば「豪奢」である。
これ以上にこの男を表現する言葉は無い。
元素の物質形態の姿を刺繍した外套に身をくるみ、数多の宝石と金に彩られた椅子に深く腰をかけている男。
禍々しく、雄雄しく、魔を常に身にまとう男。

その男の名はビッグバイ。
世界を恐怖と絶望に染めた男――


「くく、ロレインめ。
 なかなか興がそそる事をする。
 ああ、嫌いじゃないな」


ビックバイは笑みを浮かべた。
が、それは「獰猛」な笑みと言わねばならない種類のものではあったが。

今、ビックバイの目前の空間には、キース・オルセンの姿が投影されている。
その光景を見ての言葉だった。


「ほう、これは――」


目の前の空間に向かって、ビックバイは軽く手を振る。
すると、キースの姿が拡大されていく。
その拡大点の中心は、キースが所持していた剣だった。


「あの鞘、あの握り手。
 間違いない、 [サンブレード(陽光の剣)]か。
 本気じゃないか、ホワイトスネイク。
 ククク、会いたかったぞ……!」


ビックバイの心にあるのは歓喜だった。
過去に自分の身体を貫いた剣を見て、血が沸騰するような戦いの記憶が鮮明に蘇った為だ。


「くく。
 これだけでも、ロレインとローレンには感謝せんとならんな」


一人、呟いて、ビックバイはサイドテーブルに置かれたグラスに手を伸ばす。
そこには、赤ワインのような真っ赤な液体が注がれている。
それをビックバイは一息で飲み干した。


「ヒヒヒ、なんとまあ。
 [テラー・アイコール(恐怖の霊液)]をそんな飲み方を!
 ヒヒヒ、さすが、さすが……!!」

「まあ、そう言うな。
 俺のささやかな贅沢だ、これぐらい許せ」


どこからともなく現れた第三者の声に対して、なんら動揺することもなくビックバイは答える。
そして現れたのは、オレンジ色のローブに身を包んだ男だった。
その男のしゃがれた声は、なぜだか人に対して不快な思いを抱かせる。
顔はフードに包まれており、どのようなものかを伺いしることはできない。


「ヒヒヒ、ささやかと申しますか……!
 冗談にしては劣等生。
 本気だったら、さすがといったところでしょうかの、ヒヒヒ」

「クク。好きに取れ」


ビックバイは空になったグラスをテーブルに戻した。


 
-----------------------------------
◇[テラー・アイコール(恐怖の霊液)]

テラー・アイコールは、美しいピクシーの血である。
ピクシーの血は、敵対する者に与える恐怖の効果をより凄まじいものにする。

-----------------------------------



「ヒヒ、それでは好き取らせていただきます、ヒヒ。
 にしても――」


しゃがれた声のローブの男は、やはり目前に映し出されている映像に目を向ける。
無論、見ているのはキース・オルセンである。


「ヒヒヒ、しかし数に頼るなど無粋ですなあ。
 しょせん、ロレインの小僧の考えることはその程度か、ヒヒヒ。
 ホワイトスネイクは魔法も使えぬ戦士。
 ツマラン、ツマランですのう、ヒヒ」


楽しんでいるのか、不服なのか。
他人からは察することができない口調で、しゃがれた声の男は笑う。
だが、そんな男に対して、ビックバイは口を吊り上げる。


「そうか思うか、ヴェクナ?
 俺は楽しいがな」


ヴェクナと呼ばれたしゃがれた声の男は、主人であるビックバイに対して、
相変わらず、他人を不快にさせる声で返答をする。


「ヒヒヒ。
 ロレインのヒヨコが用意した1000のモンスターに、
 ただの戦士が勝てるとでもお思いなのですか、ヒヒヒ」


ヴェクナが発した言葉は、キースが敗北することが当然のような言い回しだった
当然である。
魔法を使用しない戦士では、多数の敵に対して相性が良いわけがない。
一般の冒険者、そして冒険者に憧れている子供ですらわかることである。


「ただの戦士、か
 なら、俺はただの戦士に負けた、それ以下のクソになるな」


ヴェクナの問いに、ビックバイは答えない。
だが、先程から、含みを持たせるような言葉と表情を浮かべていた。


「ヴェクナ、今のお前は昔の俺と同じだ。
 アレをただのそこいらの戦士と一緒にすると、痛い目を見る」

「ほう……!
 それは何故だか、と聞いてもよろしいでしょうか、ヒヒ」


ヴェクナの言葉を聞いて、少しだけビックバイは目を瞑った。
そしてゆっくりと瞳を開けて口を開いた。


「あの男は十分強い戦士だ。
 が、そんなのは、あの男の一面にすぎん。
 それよりも、他の面の方が面倒で楽しいんだ」


ビックバイは本当に楽しげだった。
それはまるで、昔の楽しかった想い出を語るかのようだった。


「ひさしぶりにアレが見れるかもしれんな」

「アレとは?
 戦乙女(ヴァルキュリア)でもあるまいし、ヒヒ。
 戦士ごときに何を期待されているのですかな?」


ヴェクナの言い分に、ビックバイは苦笑する。


「やけに戦乙女びいきだな?
 惚れたか?
 俺の好みではないが、いい女だったから無理ないとは思うがな」

「ヒヒヒ。
 全ての部位を舐めて、最後に、脳みそをすすりたいぐらいに惚れておりますゆえ。
 ヒヒヒ」


ビックバイの言葉に、ヴェクナは肯定の言葉を返した。
そんなヴェクナに、ビックバイは苦笑する。


「戦乙女も罪な女だな。
 ヴェクナみたいなやつも夢中にさせるとは、な――」 


そしてゆっくりと、豪奢な椅子の背もたれに体重を掛けた。
再びビックバイは目を瞑る。
それは、楽しかったあの時のことを鮮明に思い出すためにだ。


「正直、あの時はガッカリしたものだ」


己の言葉に、ビックバイは苦笑する。
そう、それはガッカリした自分に対してのものだ。
見る目が無かった、己の濁った目に対して――


「終演の鐘(ベル)は、俺が用意していたガーゴイルの大群を虐殺しまくっていた。
 戦乙女(ヴァルキュリア)は、グレイター・メデューサとの一騎打ちだったな。
 黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル) は、ブラック・ドラゴンと立ち回っていた。
 で、残った白蛇(ホワイトスネイク)が、俺の前にたどり着いた。
 俺は、こう思ったわけだ。
 ああ、一番の雑魚が来てしまった、と――」
 
「ヒヒヒ、ホワイトスネイクを雑魚呼ばわりですか?」


ヴェクナの言葉に、ビックバイは大きく頷いた。


「正直、あの4人の中では、実力だけで言えばホワイトスネイクは一番下だ。
 これは間違いない。
 だから、全くやる気が起きなかった。
 とっとと片付けて、俺はノアに会いに行こうと思ったものだ」

「ヒヒヒ、吟遊詩人の歌通りだったのですな。
 ただ一人、魔王の前にたどり着いた人間はホワイトスネイクと――」

「ああ、そうだ。
 が、まあ、実際にはあいつ等とは二回程戦っているんだがな。
 世間では、その一回目だけしか伝わってないようだな。
 まあ、そんなことはどうでもいいか」


ビックバイは両目を開く。
そして、再び、テラー・アイコールを口に含んだ。


「あの時のホワイトスネイクはボロボロだった。
 雑巾のようだった。
 ため息しかでなかった覚えがある。
 あの時の気持ちは、今でも忘れられん」

「ヒヒヒ。
 思いを寄せていた乙女が来ずに、その横にいた地味な女が言い寄ってきたといったところでしょうか。
 しかも、ドレスでは無く、ボロボロの侍従のような格好で、ヒヒ」

「ククク、最悪な例えだ。
 だが、そうだ。まああながち間違いじゃあない。
 そのやってきた侍従は、実際は、美しい女だったということになるがな。
 あの時の俺に対して、今の俺は蹴っ飛ばしてやりたいぐらいだ。
 何故、もっとホワイトスネイクを楽しまなかったのか、と」


そして、ビックバイは右手を握り締めた。
それは後悔を握り潰すための、ビックバイなりの行為であった。


「その時には、俺は、もうホワイトスネイクの術中に嵌っていた。 
 完全にやつの手の平で踊っていた道化だった。
 ホワイトスネイクから見れば、さぞかし楽しいピエロだったろうよ。
 知ってるか、ヴェクナ?」


ビックバイはヴェクナに視線を向ける。
楽しげなビックバイの面持ちに、ヴェクナ首を傾げた。


「後でわかった話だがな。
 ボロボロだったというのは、あれはホワイトスネイクが自分自身で傷つけていたんだ」

「ヒ?
 自分の身体を、ですか?」


ビックバイの言葉の意味がわからず、思わず、呆けた様にヴェクナは尋ねてしまう。
ヴェクナの反応に、ビックバイは満足げな面持ちを浮かべる。


「そうだ。
 あの男、本当は傷なんて無かったんだ。
 が、俺に対面する寸前に、あいつは、自身を傷つけた」

「ヒヒ、それは油断させるため?」

「ああ。
 で、次に、ホワイトスネイクは何をしたと思う?」

「ヒヒ、おかしくありませんかな?
 自分でつけたとはいえ、傷は本物。
 満足に動けないのでは?」

「ああ、その通りだ。
 だから、取れる行動なんてほとんどない状態だ。
 お前ならどうする。
 実際に試してみてもいいぞ。
 五体が満足にいかない状態で、俺を目前にしてだ」


不敵すぎる凶暴な笑みを浮かべたビックバイに対して、ヴェクナは笑った。
それは、特に、人を不快にさせる声だった。


「ヒヒ、ハッキリ言いましょう。
 チェックメイトですな。
 詰んだ状態からゲームをやる趣味はありませぬ、ヒヒヒ」


そんなヴェクナの返答に、どこかビックバイは嬉しそうだった。


「では答えあわせだ。
 あいつは、俺の前までヨチヨチと歩いてきて――
 鮮明に思い出せる。
 そう、俺の目の前まで来て、
 くくく……
 突然、自分自身の剣で心臓を突き刺した」

「ヒ……??」


言い終えると、ビックバイは目の前の映像に視線を向けた。
そこにはキースの姿と、そして、別の画面には大量のホブゴブリンが映し出されていた。


「また、心臓を辛く抜くキースが見られそうだな――」



それからビックバイの視線は、目の前の映像から外れることは無かった。







ひさしぶりのビックバイとヴェクナ。
自分の中にある中二マインドを振り絞って、必死に会話文章を作りました。
楽しいけど、疲れましたw



遅くなってしまい申し訳ありません。
実は、部署異動を突然命じられてしまいました。
バタバタしておりまして、もしかしたら、ちょっと不定期な更新になるかもしれません。
気長にお付き合いいただければ幸いです。



次回、キース無双!?



[13727] 66 一騎当千
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2011/12/10 16:57

「来るか――?」


キースは小声で呟く。
そして、ゆっくりと剣の柄に手を添えて中腰の姿勢に入った。

目の前に広がる草原。
そこには先程までと何ら変わることがない光景があった。
だが、キース・オルセンという一流戦士の身体は感じ取ることができた。
異様ともいえる雰囲気を、だ。


「……」


息を殺して、しばらくそのまま待ちつづける。
すると、ザワついた音が耳に飛び込んできた。
その音は次第に大きくなる。

そして、キースの視界に入ってきたのは――


「お、おいおい。
 こ、これはやりすぎなんじゃないかー?
 クソゲー、乙、マスター……」


数え切れないモンスターの大群だった。


「ホブゴブリンが、いち、に、たくさんっと……」


キースは愚痴りながら、自分に向かってきているモンスターの群を見渡す。
そして、なんとなく体育祭を思い出す。
雰囲気が、試合前の騎馬戦や棒倒しに近いと感じられたからだった。

そんな中で、モンスター群から、一人、キースに向かってくる人影があった。
胡散臭いほどの笑顔を携えたロレインだった。


「ずいぶんと珍しい友達、しかもめっちゃ連れてきたな」


ロレインを視界に収めて、その、さらに後方にいるモンスターへ視線を向けつつ、
キースはロレインに言葉をぶつけた。


「すごいでしょ?
 それは褒めて欲しいな、苦労したんだから。
 ホブゴブリンがほとんどだけどね。
 あとはまあ、リザードマンやハーピーやら。
 で、数は1000。
 これだけ用意したよ~」


聞いてもいないのに、一方的に、ロレインは笑顔で説明をしてくれた。
さすがに1000という数を聞かされたキースは、思わず舌打ちをしそうになってしまった。
だが、実際に行うことはなかった。
ロレインという男に心情を悟られることで、これ以上、弱い立場に立たされることを防ぐためだ。


「こっちは頼んでないから褒めることもないな。
 で、素敵なイベントっていうのは、アイツらとやれ、と?」


キースは視線の先をホブゴブリン達へと向ける。
と、ロレインは嬉しそうにうなずいた。


「大正解!
 気に入ってもらえると嬉しいんだけどなー」


誰が気に入るか――!
と、思わず、盛大にツッコミを入れたくなる。
そんな気持ちを押さえ込んで、キースは冷静を装って言葉を続けた。


「お前が前に言った、クリアってやつの条件次第では気に入るかもな」

「まあ、さっき話にでた内容だけどね。
 その辺はしっかりしていた方がいいもんね!
 じゃあ景品ゲットのクリア条件を言おうかな」


右手を口元に持ってきて、ロレインは一つ咳払いをする。
そして――


「簡単だよ!
 [白蛇(ホワイトスネイク)]が見たいんだ。
 サーペンスアルバスのトップのホワイトスネイクなんかじゃないよ。
 そんなのはつまらない。
 僕が見たいのは――」


そしてロレインは一呼吸を付いて――


「そう、あのビックバイと戦ったホワイトスネイクだ」


いつの間にか、ロレインの顔から笑みが消えていた。
その顔は真剣、もしくは無表情というべきか。
なんとも判断つきかねるものだった。


「蛇の牙で食い尽くすことができるのかな?
 英雄は観客を喜ばせなきゃ。
 それが英雄の仕事だ。
 サーペンスアルバスのノホホン統治なんて誰も得しない。
 さあ、僕達に見せてよ、一騎当千を――」


一息で、ロレインは言い切った。


「僕が言うのも変だけど、つまらない死に方はしないでね」

 
ロレインの表情は、再び、笑顔のそれに戻る。
そして悠々と背中を見せて、ホブゴブリンの大群に向かって戻って行った。
 

「ふぅ、何この展開。
 まさかリアルで無双ゲーをやらされるとは思わんかった」


ロレインを見送り、キースは思わず空を見上げてしまう。


「これ、絶対お前が興味本位で思いついただけのキャンペーンだろ?
 ったく、普通のマスターならこんなのやらねーぞ」


そして、友人であるダンジョンマスターの顔を思い出しつつぼやいた。


「でも人質だけは勘弁してくれ。
 おかげで、今の俺は――」


キース・オルセンは抜刀する。
そこに現れたのは輝く黄金の剣、[サンブレード(陽光の剣)]だ。


「やる気満々だってーの!!!」


そして走り出す。
たった一人。
モンスターの大群に向かって――






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066 一騎当千

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「さあ、準備~!!」


ロレインは空に向かって高く右手を上げた。
その瞬間、あちこちのホブゴブリン達から、雄叫びが上がっていった。
そして、一斉に、たった一人に視線が集中する。
視線の先は、稀代の英雄キース・オルセンである。


「いってこ~い!」


右手が振り下ろされると、ホブゴブリン達はいっせいに走り出す。
雄叫び、地響き、叫び声を伴ったそれは、まるで津波のようだった。





「って、今日の俺は卑怯だぞっと!!」


走りながら、手馴れた様子で、キースは抜刀していた[サンブレード(陽光の剣)]を鞘に収めた。
そして、腰のバッグに右手を突っ込む。


「てれれれっててー、っとぉ!」


そして何も見ないで取り出したのは、小さな小瓶だった。
小瓶には小さくではあったが、へたくそな絵のドクロが描かれていた。


「そらよっっとお!!!」


走る勢いを利用して、キースは全力で小瓶を投げる。
小瓶は放物線を描いて、前方から押し寄せてくるホブゴブリンの津波に向かっていった。
キースからは、小瓶が見えなくなった瞬間だった。

一瞬の閃光、そして爆発が巻き起こる。


「Gyaaaaaaaaghyjukil!?!?!」


ホブゴブリンの言葉にならない悲鳴があがる。
先頭集団の中の3人が、一瞬で、黒いバラバラの墨と化した。
また、致命傷は免れたが、多くのホブゴブリンが火傷を負った。


「Gaaaaa!」


先頭集団に混乱が生じる。
だが、ホブゴブリンの突撃は止まらない。
墨と化したものを踏み潰し、火傷を負ったホブゴブリンを突き飛ばす。
津波は止まらない――


「今度会ったとき、しこたま作ってもらわんといかんな」


だが、キースは慌てることはなかった。
そして腰に装着している[バッグ・オブ・ホールディング]から、再び、ドクロの小瓶を取り出す。
今度は右手に3本、左手に3本である。


「戦略的には完全無欠の敗北。
 それを戦術面でひっくり返すことはできないって言ってたマンガあったなあ。
 でも、今日は負けるわけにはいかないから――」


キースの脳裏に、自分に対して本当によく仕えてくれたマリエッタの顔がよぎる。


「もうちょっとだけ待っててくれ――」


キースの身体の周囲を、白桃色の菱形プリズムが回転する。


「eohjoga」


[アイウーン・ストーン・オブ・パーフェクト・ランゲージ(完全なる言語のアイウーン石)]の力で、
ホブゴブリンの言語が理解できるキースは、小さな声で、ホブゴブリンに向けて謝りの言葉を呟く。

そして、6本のドクロの小瓶を投げつけた。



-----------------------------------
◇[アルケミスツ・ファイアー(錬金術師の火)]

特性
・小瓶が砕かれると中の液体は発火する。
・辺り一面は錬金術の炎が舐め尽くす。

パワー
・遠隔、爆発[消費型]
・レベルによってダメージと反応が異なる。

------------------------------------



6本同時に投げた[アルケミスツ・ファイアー(錬金術師の火)]は、ホブゴブリンを20人焼き尽くした。
だが、ホブゴブリン達に怯む気配は無い。
我先に、と、キースに向かって突進してくる。


「ちっ、モラールチェックに成功したってか!?」


キースは舌打ちをする。
[D&D]にはモンスター側にモラール(士気)が存在する。
様々な環境や行動によって、このモラールは変動する。
変動の結果によっては、モンスターは恐怖状態に陥ったり、狂乱状態、はては逃げ出したりする。

今回、キースが[アルケミスツ・ファイアー(錬金術師の火)]を派手に使ったのは、
ホブゴブリンのモラールを下げて、混乱や逃亡してくれないかと考えたためだった。


「なら、次はコイツで――!」


再び、キースは腰のバッグに手を入れる。
取り出したのは、15cm程の大きさのフラスコだった。


「そらよっと!!」


キースの右手から放たれたフラスコは、回転しながら、
先頭を走るホブゴブリンの目の前に落ちて、割れて――


「Hii!?!?」


轟音、
風圧、
熱風、
土埃、
混濁した全てが、周囲に撒き散らして響き轟かせる。
[アルケミスツ・ファイアー(錬金術師の火)]とは比較にならないほどの爆発だった。



-----------------------------------
◇[ジョルト・フラスク(衝撃のフラスコ)]

特性
・特殊処理を施された反応液が入ったフラスコが砕かれた瞬間、大爆発を起こす。
・爆発の際に、フラスコは凄まじい衝撃波を起こして、敵の気を遠くしてしまう。

パワー
・遠隔、爆発[消費型]
・レベルによって反応が異なる。
・目標はしばらくの間、幻惑状態となる。

------------------------------------



巻き上がった埃が落ち着き、視界が開ける。
と、地面がごっそりと抉れており、直径5m程度のクレーターが出来ていた。
近くにいたホブゴブリンは木っ端微塵となっていた。


「――! ちくしょう、まだダメか――!!」


さすがにホブゴブリンも足を止める。
だが、すぐに雄叫びを上げて突進が再開される――!


「なら――!」


さらにキースはバッグから小さな皮袋を取り出した。
皮袋の口を開けて、中に詰まっていた奇妙な緑色のゲルを、9時から15時方向の半円を描くように振りまいた。
キースの前方を取り囲むように、緑色のゲルは広がっていった。

そしてついに――


「Guaaa!」


興奮しきったホブゴブリン達が、とうとうキースの目前にやってきた。
古びた剣やフレイル、統一性など全くない様々な武器を振りかざして突っ込んでくる――!

今、キースは剣すら抜いていない。
だが、全くもって、慌てた様子は見られなかった。

そんなキースを蹂躙しようと、ホブゴブリンは一斉に切りかかろうとして――


「!?!?」


ホブゴブリン達が緑色のゲルを踏んだ時だった。
勢いが急に無くなり、足を取られてしまう。
後からやってくるホブゴブリンも、続けて、どんどんゲルに足を取られていく。
粘着状のゲルは、ホブゴブリン達の行動を著しく制限させた。



-----------------------------------
◇[タングルフット・バッグ(足止め袋)]

特性
・このバッグには粘着性のゲルが詰まっている。
 ゲルは空気に触れると広がって固まる。
・ゲルを封入したバッグは衝撃を与えると破裂するように処理されている。

パワー
・遠隔、[消費型]
・レベルによって反応が異なる。
・ゲルに触れた目標はしばらくの間、減速状態となる。

------------------------------------



恐ろしい形相で、足元のゲルを何とかしようとしているホブゴブリン達。
そんな集団に囲まれていても、キースは動じなかった。
ゆっくりと、そして、歴戦の古強者のみが出せる完璧な動作で剣を抜いた。

二本帯刀しているが、抜いた剣は、再び、サンブレード(陽光の剣)だった。
抜刀されたサンブレードは、ものすごい強さの光輝を放っていた。
多くのホブゴブリンは、まとわり付くゲルと光による眩しさで悶えていた。


「メイドさんと妊婦さんに手を出そうなんてやつらは――!」


煌々と光を放つサンブレードを上段に構える。


「光になあれぇぇ!!!!!」


そして一気に振り下ろした。
光の輝きは増していく、増していき、当たり一面は真っ白になり――
そして――



-----------------------------------
◇[サンブレード(陽光の剣)]

武器:ソード
特性
・レジェンダリィ・ウェポン[伝説的な武器]
 
パワー
・この武器による攻撃が与えるダメージは全て[光輝]の種別を得る。
 使い手はダメージを通常のものに変えることも出来る。[無限回]

・光の粉塵を噴出して、敵に吹き付けることができる。
 粉塵は敵のみを判別して、大爆発を引き起こす。[爆発][一日毎]

・持手の周囲に、明るい光や、薄暗い光を放つことができる。
 使用者は光の強さや範囲を調節することができる。

-----------------------------------



大爆発した。







更新されない期間が長くなるよりは、少しの文章量でも、駄文でもアップすることを選択。



お兄ちゃんの言葉に、色々、アニメ的な言葉を入れようとしています。
が、なんか苦戦中です。



[13727] 67 一騎当千02
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2011/12/29 15:53

「ヒヒヒ……!!!
 撤回、撤回、撤回!!」


フードに覆われているために、ヴェクナの表情は見て取ることはできない。
だが、言葉やワナワナと震えている身体から、興奮していることが容易にわかる有様だった。


「アレをただの戦士と言ったのは撤回しましょう……!!
 あんなのを見せられては、本業の魔術師が泣き喚きますでしょうから!
 ヒヒ、ヒヒ……!」

「確かな。
 あれで生粋の戦士と名乗っているのだから、ホワイトスネイクも罪な男だ。
 俺のような本業魔法使いの立つ瀬が無い」


楽しげに、それはもう楽しげに、ビックバイはテラー・アイコール(恐怖の霊液)を口に含んだ。


「ヴェクナ。
 貴様は運が良い。
 安全な場所から、今のホワイトスネイクが見れたというのは」

「ヒヒ、今のですな……!!
 剣から発せられた爆発!!
 光の本流!
 輝く流砂!
 ヒヒ、汚れた我が目には勿体無い程……!!」

「ホワイトスネイクは、あの光の爆発を「約束された勝利の剣」と言っていた。
 よく言ったものだ。
 あれは確かに、その名にふさわしいものだった」

「ヒヒ、あなたも勝利を謙譲した口ですしな?」

「まあな。
 アレは極上の味だぞ。
 一発で、俺の[ミラーイメージ(鏡分身)]が六体持っていかれたのはいい思い出だ。
 普通の奴相手なら、あれでほとんどが終わるだろうよ」

「ヒヒ、それはそれは」


相変わらず、人を不快にさせる声でヴェクナは笑う。
だが、ビックバイは気にする様子は全く無い。


「なら、ホブゴブリンとロレインの小僧ごときなら、
 「約束された勝利の剣」を連発すれば終わるのでは?
 もしそうなりましたら、ぜひぜひ、ホワイトスネイクもお任せを、ヒヒヒ!」

「まあ焦るな。
 残念だが、そういった展開にはならん。
 俺の時もそうだったが、あれは一発しか打たなかった。
 そうそう打てない、ホワイトスネイクにとっても取っておきなんだろう」

「ヒヒヒ、それは残念」


少しも惜しくないような口調でヴェクナは笑う。
そんなヴェクナを見て、ビックバイは苦笑しながら言葉を発した。


「さあ、久しぶりに見せてもらうぞ。
今回は共演者ではなく傍観者として、そう、神速舞踏を――」


ビックバイの顔に血の気がめぐる。
目が爛々と輝く。
それはまるで恋する乙女の目か、おもちゃを与えられた子供の目か。
それとも、食べ物を目前にした獣の目か――





-----------------------------------

067 一騎当千02

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「セイバーさんもびっくり!」


[D&D]には「約束された勝利の剣」という攻撃ルールは存在しない。
これは、勇希が[サンブレード(陽光の剣)]の特殊効果に勝手に名付けただけである。
ちなみに、由来は、好きだったコンピューターゲームのキャラクターが使用した技名である。


「……」


「約束された勝利の剣」は凄まじい光の爆発をもたらした。
周囲は、埃に覆われて視界が遮られている。
だが、それも次第に収まっていく。


「100ぐらいは倒したと思うんだけど……
 ……
 こりゃ、強制イベントってやつか。
 士気チェックは期待するたけ無駄かね……」


キースは苦笑いをこぼす。
そして改めて、[サンブレード(陽光の剣)]を正眼に持ってくる。

目を真っ赤に充血させ、口からはよだれをたらし、荒い呼吸をしている、大量のホブゴブリンがそこには存在していた。
戦闘意欲は微塵も衰えておらず、至る所から、雄雄しい声が轟いている有様である。


「なら――」


キースの腰が少し沈み――


「やるしかないよな――!!」


猛然と、目の前のホブゴブリンの集団に正面から突っ込んでいく――


「でやあああ!!」

「!?!?!?」


それは、まさに瞬間だった。
サンブレードが光の軌跡を空に描く。
光をなぞられたホブゴブリンは、この一瞬で、3体が切断された。
一般人や、ホブゴブリンからすれば、ありえない考えられない攻撃速度だった。


「1ラウンド3回攻撃で驚いてちゃ、びっくりしすぎて腰抜かすぞ――!」


他のホブゴブリンが行動をするまえに、先に、キースは帯刀していた小剣を抜いた。
それを左手で握り締める。
右に[サンブレード(陽光の剣)]、左には真っ白い小剣。
キースは二刀流にスイッチする。


「お前らのAC(アーマークラス)じゃ、二刀流命中率マイナスペナルティなんて意味ないからな――!
 こっちはダイスで1以外なら、全部命中だってーの!!!」


まるで空間を埋め尽くさんばかりに、キースの手による二本の剣は空間を縦横無尽に駆け巡った。
それは、本当の連続攻撃と呼ぶにふさわしいものだった。
途切れる間が全くない。
瞬く間に、その攻撃は、4体のホブゴブリンを物言わぬ身体としていた。


「でぃぃぃ、やああ!」


さらに止まらないキースの攻撃は、続く、二瞬目で3体のホブゴブリンを切断していた。





[AD&D]では、1回の攻撃時間を1ラウンドと読んでいる。(10ラウンドで1ターンになる)
通常の戦士では、1ラウンドに1回の攻撃を行うことができる。
そして戦士という職業は、レベルを上げることで攻撃回数を増えてくる。
通常はレベル7戦士である勇者(チャンピョン)の称号を受ける頃で、ようやく2ラウンドに3回の攻撃となる。
レベル13以上の戦士である郷士(ロード)の称号を持つ強さの者は、1ラウンドで2回攻撃が可能となる。

そこでゲームをプレイしていた勇希は、この攻撃回数を増やすことに徹底してみた。

まずは二刀流による攻撃(トゥウェポンアタック)の使用である。
この二つの武器を両手に持って戦う特殊な戦法は、戦士とローグだけが行えるものだ。
シールドの代わりに二つ目の武器を持つことで、(命中判定にペナルティ修正を受けるが)攻撃回数を増やすことが可能となる。

そしてさらに、[専門武器(ウェポンスペシャリゼーション)]の習得である。
1つの武器に対して特化した使い手になることで、命中判定とダメージにボーナスが付く。
さらに、戦士は通常の戦士よりも早く、追加の攻撃能力を得ることがでるルールである。

これらのルールで計算すると、二刀流のキースは2ラウンドで7回の攻撃が可能となった。

世間に認知されているLV6戦士の剣士(ミュルミドーン)でも、1ラウンドに1回の攻撃しかできないのである。
すなわち2ラウンドでは2回だ。
キースは2ラウンドで7回。通常の3倍以上の攻撃を可能としていたのである。





だが、正気を失っているホブゴブリン達が、土石流のごとく押し寄せてくる。
数による蹂躙をもくろんでいるのだろう。


「Guaaa!!! Syaaaa!!!」


数多の剣や鈍器が、キースに降りかかろうとした時である。


「当身攻撃のキャラじゃないんでね、っと――!」

「――!?!?」


言うやいなや、キースの左手の小剣が一瞬光る。
すると、突然、キースの姿は消えた。
言葉通り、霞のように存在がいなくなったのだ。


「Ggyaa!!?!?」


突如、ホブゴブリンの悲鳴があがる。
今までキースが居た場所には、なんと、別のホブゴブリンに変わっていたのである。
振り上げた武器を止めることができないホブゴブリン達は、この不幸なホブゴブリンを殺すことになった。


「今日は出し惜しみ無し、キース・オルセンのバーゲンセールだってーの!」


哀れな仲間を殺したホブゴブリン達集団の背後。
そこに、いつの間にかキースは存在していた。


「しゃあああ!」


再び、光の軌跡と白い軌跡が交差した。
ホブゴブリンには理解できなかっただろう。
仲間を殺した後、気が付いたら、いつの間にか自分が死んでいたのだから。


「まだまだぁ!
 死にたくねえやつは、頼むから逃げてくれっての!」


キースは吼えて、さらに、別のホブゴブリンの集団に向けて走っていった。





キースは、通常のアイテムはほとんど所有していない。
大多数が、特殊効果付きのアイテムである。
その中でも、二刀流になる時に好んで使用しているのが、今、左手に持っている小剣だった。



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◇[トランスポージング・ソード(位置交換の剣)]

武器:ソード
 
パワー
・この剣の力で、使い手と攻撃を命中させた敵の位置は入れ替わる。[遭遇毎]

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二刀流は低レベルの敵を多数相手する時、キースはそう考えている。

多数の敵には、やはり攻撃回数が多い方が効率が良い。
では、そんな二刀流で、多数の敵を相手にしなければならない時に大切なことはなんだろうか?
このことについては、キースは、自分と敵の位置関係が非常に大切であると思っている。
盾が無い分、攻撃力と引き換えに防御力は低下してしまっている。
しかも敵が多数の場合には、自身の周囲を取り囲んでくることもある。
そんな時、防御力が高くない二刀流では、いくら高レベルとは言っても傷を負ってしまうことが考えられる。

そこで、この[トランスポージング・ソード(位置交換の剣)]である。
これは敵との遭遇毎に1度、敵と自分の位置を交換することができる。
純粋な攻撃力は、魔法のアイテムとしてはたいしたことはない。
ノアが所有している[グングニル]辺りとは、全く比較にはならない。
だが上手く使えば、キースは[グングニル]以上に役に立つと考えている。

特に、このような多数の敵に囲まれているような乱戦時には――





「あっちが手薄そうか――!」


走りながら、キースは判断する。
キースが視認したのは、少し、群れから離れたホブゴブリン3体のことだ。


「――必殺!」


キースは何やら言葉を呟きながら、交差させるようにサンブレードとトランスポージング・ソードを上段に構えた。
視線の先は、3体のホブゴブリンである。
だが、まだ、到底剣が届くような距離ではないのだが――


「クロススラーッシュ!」


二本の剣を振り下ろした瞬間、またもやキースの姿は見えなくなっていた。


「Gyaaaaa!?!?」


響き渡るのはホブゴブリンの悲鳴だった。
群れから少し離れた場所にいたホブゴブリン3体によるものである。
彼らにとっては悪夢としか言いようがなかった。
突如、目の前に、剣先が振ってきたのだから――





またもキースは瞬間移動をした。
しかも、今回は[トランスポージング・ソード(位置交換の剣)]で敵の位置を入れ替えたわけではない。
キースのみによる瞬間移動だった。

これは、何時もキースが着用している黒いロングブーツの効果である。
脚部スロットに装備可能な防御力重視のアイテムではなく、戦場には似つかわしくないデザイン重視のものだった。
どんな時でも、キースはこのブーツを装備していた。



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◇[ブーツ・オブ・テレポーテーション(瞬間移動のブーツ)]

このエレガントなブーツを履いた者は、移動するために足を動かす必要は全く無くなる。

 
パワー
・移動アクション[無限回]
 使用者の移動速度と同じ距離(マス目)だけ瞬間移動できる。

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キースは、瞬間移動のアイテムをもう一つ用意していた。
こちらは近距離限定ではあるが、回数無制限で瞬間移動ができる。
どんなことが起こるかわからない世界では、バックアップを取ることは当たり前だと考えからである。

この瞬間移動能力は、キースは自身の生命線であり最大の攻撃能力と考えている。
以前、キースが離れた位置にいたロレインに対して「右手首と左手首、それと首は取れる」と言い放った。
それはブラフでは無いのだ。
また、キースがロレインと話している最中、一瞬で、ロレインの目前に現れたのも、この瞬間移動によるものだった。

そしてクロススラッシュとは、キースがこちらの世界にきて考えたものである。
離れた位置から剣を振りかぶり、敵の目前に瞬間移動することで避けられる可能性を少しでも下げるためだった。
完全なる不意打ち攻撃だ。
ちなみに、名前はプロレスが大好きだった妙子が好んでいたプロレスの技名である。
そこから拝借したものである。
ちなみに、キースは本当のクロススラッシュがどんなプロレス技かわからない。
知っているのは、妙子によく掛けられるコブラツイストと四の字固めぐらいである。
なんとなく語呂が良かったので拝借しただけである。





通常の戦士とは比肩にならない連続攻撃。
二刀流による波状攻撃。
[トランスポージング・ソード(位置交換の剣)]と[ブーツ・オブ・テレポーテーション(瞬間移動のブーツ)]による戦闘時における適切な場所の確保。

この能力を最大限まで引き出して融合させたのが、キース・オルセンの戦い方である。


「うひゃあ、なんていうか。
 うん、スプラッタはある一定のレベルを超えると喜劇になるんだねー。
 一つ勉強になったよー」


ロレインは、笑顔で、現在も繰り広げられている喜劇を望み見ている。


「神の速度、神速?
 いやー、そりゃいいすぎっしょーって思ってたけど、うん。
 あれ、目の前でやられたら無理だなー。
 神速じゃ言い足りないぐらいだよ~
 下がった位置で見て、ようやくだもん」


まさに、今、この瞬間も繰り広げられているキースの戦い。
神速舞踏。
ホブゴブリン達は、なすすべもなく地面へと倒れていった。


「ひー、ふー、みー、よー……
 うーん、あと7割ぐらいはいるかなー。
 主役は辛いねえ。
 代わりがいないんだもん。
 2幕、3幕、4幕、5幕、まだまだ続くよ。
 カーテンコールまで行けるのかな~。
 そしたら、僕、花束を持ってお祝いに舞台へ上がらないとね。
 あは」


目を細めて、猫のような笑顔をロレインは見せる。
視線の先には、キース・オルセン。

戦場の混乱はまだまだ止まない。







おにいちゃんの強さの説明回でした。
ずーっと前から[神速の剣の使い手]なんて書いていたので、ようやく説明ができて感慨深いものがあります。



本当は、前の話と、今回の話を1話にまとめたかったー。



文章力が無いなら、開き直って、もっともっと恥ずかしい文章や言葉を書いてしまえ!
そう思ったのが、本話ですwww



ここからおにいちゃんの地獄が始まる……!
20面体ダイスで「20」が出れば、おにいちゃんはダメージを追います。
おにいちゃんの攻撃は、マイナスのペナルティを含めて「1」「2」以外は全て命中になります。

さあ、ダイスを振ろう。どうなる――?



でも、もしかしたら、次は別の人が出てくる話になるかも?



皆さん、良い年末年始をお過ごしください!



[13727] 68 想い交錯
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2012/01/15 12:40
トーチによる光だけが唯一。
ぼんやりとしたオレンジが柔らかげに周りを漂う。
陽光は一筋も見ることができない。

当然だろう、と、マリエッタは思う。
彼女の推測では、ここは石牢に違いないと思っているのだから。


「ニエヴェスさん……」


マリエッタは、そっと横に視線を向ける。
と、そこには、意識無く横たわっているニエヴェスがいた。
ニエヴェスはこんな石牢で寝ていて良い身体ではない。
彼女のお腹には新しい命が存在し、しかも、まさに生まれんとする時期なのだから。
マリエッタの見立てでは、臨月を越えて、正期産の時期であると見ている。

メイド服のマリエッタは、力強く、白いショートエプロンを握り締めた。


「(どうする、どうすればいい――!)」


ショートエプロンを握り締めた手は、あまりの力の入れように白くなる程だった。


「ホワイトスネイク……」


マリエッタは小さく呟く。
それは彼女が、この世で一番尊敬する者の名だ。
そして、その名を意識すると申し訳なくなって消え入りたい気にさせられる。


「(誘拐、されたのは間違いない。
  あのビックバイがいない今、ホワイトスネイクには敵も多い。
  認めなさい、マリエッタ。
  まず、現状を理解すること大切なのは、散々、昔のサーペンスアルバスで叩き込まれた。
  私とニエヴェスさんは誘拐された)」


意識して、マリエッタは大きく息を吐き捨てる。


「(なら、次はどうなる?
  私達が生かされているということは、つまり、人質ということ。
  人質。
  となると、私達を材料にホワイトスネイクと何らかの交渉を?
  お金? 地位? それともホワイトスネイクの――)」


この時点にまで思考を飛ばすと、マリエッタは自身の頭を石壁に叩き付けようかと真剣に思った。


「(今の私の存在がホワイトスネイクにご迷惑をかけていてる、だと……!?
  そんなこと、そんなことは――)」


マリエッタの中に、キース・オルセンの姿が思い出される。
それは完璧なまでに頭に描くことできる。
当然である。
毎日やっていた行為なのだから。


「(認められるわけないではないか――!!!)」


いつもカチューシャで、完璧にまとめられているマリエッタの髪。
だが、今はそれも無く、長い髪はまとまりがない。
そんな髪を、マリエッタは掻き毟った。


「(死ねばいいのか、そうすれば人質の意味は無くなる。
  私のような足手まといがいなければ、ホワイトスネイクが不利になることなどない。
  必ず、勝利をもたらしてくれるでしょう。
  ご迷惑をおかけすることも……
  ……いや、駄目だ。
  死ぬのは良いが、誰か、私達の仲間がいる前である必要がある。
  もう人質はいない、そのことを仲間が知らなければ意味がない。
  死んだ後も、人質にされては、それこそホワイトスネイクに申し開きがたたない……)」


マリエッタは文字通り頭を抱えてしまった。
そんな時、だ。


「ん、ん……」


横にいたニエヴェスが寝返りを打つ。
今のところ、顔は普通だった。
苦しそうな様子も無い。


「あ――」


そしてマリエッタは我に返ることができた。


「(今、私は何を考えていた!?
  死ぬ、だと。
  まずなすべきことは、わかり切っている。
  ニエヴェスさんを、どんなことをしてもアートゥロの元へ帰すこと。
  死ぬのはそれからだ)」


楽になろうとした自身の浅ましい考えに、マリエッタは自己嫌悪する。
ニエヴェスが目をさまさないように、マリエッタは静かに大きなお腹に手を置いた。


「あ……」


それは暖かかった。
そして、「ピクピク」と動いてくる振動が手に伝わってきた。


「ふふ……」


マリエッタは微笑する。
笑うことができた。
まだ、笑うことができた。


「ニエヴェスさん。
 任せてください。
 どんなことをしても、私が守って見せます。
 だから。
 生まれたら、帰ることができたら、3番目に抱かせてください」


微笑と自嘲、悲哀と決意。
奇妙にブレンドされた顔で、マリエッタは優しく囁いた。





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068 想い交錯

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なんら特筆すべき点はない、どこにでもある宿の一室。
そこには3人の少女と、1人の老人、そして1匹の猫がいた。

1人の少女は、深い蒼色をした外套を身にまとった小さな少女だった。
今、彼女は目を瞑り、大粒の汗をかいている。
全ての意識は、目前に置かれている穴の開いた鉄バケツだった。
穴が開いているだけではなく、そのバケツはさび付いてもいる。
一言で、ボロボロといって差しさわりの無い物だった。


「はあ、はっ、はあ――」


時折、少女からは苦しげな呼吸が漏れる。
額からは、多くの玉のような汗があふれ出てくる。
だが、少女は目の前のバケツから視線を外す事はなかった。


「ファナぁ……」


そんな小さな少女ファナを、姉貴分であるルイディナはさすがに心配そうに見守る。
また、少年のような格好をした少女ソランジュも同様である。


「じっちゃん、ファナは大丈夫……
 ……な、なんだよな?」


ソランジュは不安げな目を、老人の方へ向けた。
やさしげな目と、モサモサの髭を蓄えた知的な老人はゆっくりとうなずいた。
そして、ゆっくりとした動作で、ソランジュの髪をなぜる。


「私がファナに危険なことさせるわけないよ。
 ただ、1日ぐらいは眠ることにはなるかも知れない。
 私も経験がある。
 自分の力量と比較して、ハイレベルの呪文を使うと――」


髭もさもさの老人。
だが、ただの老人では無い。
人は彼を終演の鐘(ベル)と呼ぶ。
彼の名はイル・ベルリオーネ。
大が10個ぐらいつくであろう、伝説の魔術師である。

そんなイルがソランジュに言いかけた言葉を止める。
イルはファナに向かって――


「今だ」


老人とは思えないほどハッキリとした声で、指示の声をかける。


「はい!」


ファナは閉じていた両目を開く。
そして右手に握られていた小さなワンド(小杖)を振りあげる。


「え、えい!
 な、直って、メ、メ……
 メンディング……!」


途中、言葉を詰まらせながら、ファナはワンドを振り下ろした。
詠唱、そして動作が実行された。


「あ!?!?」


ルイディナは思わず声をあげてしまった。
ワンドが青い光を持ち始めたのだ。


「お、マ、マジで!?」


ソランジュも驚きの声をあげる。
なんと、ファナの目の前にあった穴の開いたバケツも発光が始まったのだ。


「まさかこんなに早くとはなあ」


好好爺的な微笑を浮かべながら、イルは何度も頷いた。
イルは理解できた。
ファナが魔法を使い、発動に至ったことを――

光が収まったワンドと鉄のバケツ。
バケツには今まであった穴は微塵も見当たらない。
そこにあったのは新品のような鉄バケツだった。


「す、すごいすごいすごいじゃない~!!!!」
「や、やったな! がんばったもんなあ、ファナ!!」


ルイディナはファナに飛びついた。
ソランジュもそれに続いた。


「わぷっ!
 くるしいよ、ルーちゃん、ソラちゃん~」


二人もみくちゃにされる小さなファナ。
だが、言葉とは裏わらに、ファナは本当に満面の笑みを浮かべていた。



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・[メンディング【修理】] LV1スペル

壊れた品物や、破れたものを修理する呪文である。
壊れた指輪や、ちぎれた鎖をつなぎ直す、メダルや折れたダガーの修理なども可能となる。
また、割れてしまった陶器や、木製品のつなぎ合わせ、袋の底に空いた穴の修理もできる。

しかしマジックアイテムの修理は一切行えない。
修理できる品物の大きさは、使い手のレベルあたり30立方センチメートルとなる。

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「宴会よ~、エールよ、ワインよ、お肉よ、お魚よ~!」


ルイディナは大はしゃぎだった。
そんないつもと同じルイディナに、ソランジュはいつもと同じように苦笑する。


「おいおい。
 今日の主役はファナなんだからなー」


と、諌める言葉をいいつつも、ソランジュも満面の笑みである。
にぎやかな二人。
そんな中、イルは中腰になってファナと視線を合わせた。


「よくがんばった。
 ホントよくやったよ」


イルはファナの頭を撫でた。
ファナは気持ちよさそうに、その手触りを堪能していた。


「わたし、もっとがんばります!
 ルーちゃんや、ソラちゃん、みんなの役に立ちたいから。
 も、もちろん、イルさんも……
 ……
 あ、あれ??」


ファナは言葉の途中で、イルに向かって倒れるように飛び込んだ。


「ファナ……」


イルは、そんなファナを受け止める。
ファナの顔を覗き込むと、気持ちよさそうにファナは寝息をたてていた。
イルはそっと、小さなファナの背中を撫でてやった。

ちなみに、ベッドの上の黒猫。
猫の名前はクロコ。
クロコはすでに最初から気持ちよさそうに眠っている。
行幸といえる。
もし、クロコがこのシーンを見ていたら、(嫉妬で)大騒ぎしたことは間違いないのだから。





燦燦と輝く太陽。
澄み渡る潮風と青空。
遠くの水平線には真っ白な雲。
波は穏やか。
まさに海を糧として生活する人間にとっては、これ以上は無いと言える最上の日だった。

[商業都市レストレス]の港は活気に包まれていた。
多くの海の男達が大きな声を張り上げて、いろいろやり取りを行っている。
船から大量の魚を降ろしている。
皆、笑顔につつまれていた。

そんな中。
中型のジーベック系帆船の前。
2人の男女がいた。
男の方は正に海の男、と表現されるべき人物だった。
上半身は裸で赤銅色の筋肉に包まれており、黒い髭は生え放題。
髪なども手入れはされていない。
まさに海の男と言えるし、本人もそう呼ばれることを誇りに思っていた。

そして対面の女性。
こちらは表現などしようも無い。
金の髪は太陽の光に反射して、本当の黄金より光輝いていた。
肌は陶磁器のように真っ白でありながら、温かみも供えており、まるで上質のシルクを思わせる。
体躯も細身でありながら、女性らしさを完璧に備えたものである。
才能の無い詩人からは、まさに女神としか表現しようが無いほどの女性だった。
強いて言えば、腰に帯刀している剣だけが不釣合いだろうか。
いや、それさえも、この女性にとっては美の一部に昇華させていた。


「じゃ、お釣りは取っといて~」


そんな女性から、目の前の海の男に対して気楽な言葉が返答される。
そして女性は男性に、いくばくかのお金を手渡した。
海の男は、毛むくじゃらの手でそれを受け取る。


「おう、サンキューなって!
 って、おい、1cp(銅貨)しかよけいにねえじゃねーかよ!」


受け取ったお金を見て、男は、言葉とは裏腹に豪快に笑う。
言葉尻や、声の大きさ、雰囲気から、小さい子供は泣いてしまうかもしれない迫力があった。


「あら? いらないの?」


だが、そんな男性の態度に女性も負けていない。
「それがどうしたの?」と言わんばかりである。
女性も美しい笑みをたたえながら、この男との言葉のやり取りを楽しんでいた。


「たく、タエは相変わらずだよなあ。
 かなわねえよ。
 当然……
 ……
 ……
 貰っとくにきまってらあ!」 

「そうよね~♪
 でも、1cpしかとか言わないでよ。
 ホントにそれで、私の全財産なんだから」


タエはお財布にしている小さな袋を逆さまにしてみせる。
すると、本当に何もない。
ゴマみたいなものが、パラパラ落ちるだけであった。
パラディン(聖騎士)であるタエは、必要以上の富を所有してはならない戒律があるからだ。

肩をすくめながら、男は1cpを親指で弾いた。
銅貨は回転しながら空中に飛んでいく。
それを、勢いよく、男は右手でキャッチした。

そんな男の姿を見て、タエと呼ばれた女性笑う。
タエが笑い、そして海の男もつられて笑った。


「ま、本当はこっちが金払わなきゃいけないぐらいだからな。
 改めて、クルー全員の代表として礼をいわせてくれ、タエ。
 ありがとよ。
 あんときゃ、マジもんでオーバド・ハイ(自然の神)に祈ったぜ」


海の男が、タエに向かって頭を下げる。
この近海では荒くれもの船乗りとして有名なゲオルギーとしては珍しいことだった。 
無理も無い。
今回、この[商業都市レストレス]への航海中、運の無いことに[ハーピー]の大群に襲われた。
[ハーピー]とはチャーム(魅了)の能力を持った、人間の肉を好む邪悪な鳥類モンスターである。
正直、全ての船員達は「ついてねえな」と、半ば死を覚悟した。
だが、そこを、船室から現れたタエがハーピーを一掃したのである。



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◇ハーピー(Harpy)

社会構成:群れ
食性  :肉食性
知能  :低い
性格  :カオティックイービル

生態
・身体は禿げ鷹だが、上半身と頭は人間の女性のものである。
 顔立ちは若々しいが、手入のされていないぼさぼさの髪の毛と欠けた歯をもっている。
・ハーピーは悪臭が漂う。自分達の身体を清潔にするどんな方法も取ることは無い。
・ハーピーの魅惑的な歌は、聴いた人間をハーピーの前で棒立ちにさせてしまう。
 攻撃されている間でも、この効果は、歌が流れている間持続する。
・ハーピーは底なしの食欲を持ち、拷問することに快楽を覚える。
 そして楽しみのために、生き物を殺す。

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「んーん。
 それはこっちの台詞。
 快適な船旅だったわー」


だが、ヒラヒラと手を振って、タエは気にしたそぶりは見せなかった。


「タエ、またな~!」
「今度は飲み比べ、負けねえぞ!」
「お前はダメだ、またベロンベロンにされるぞ!」
「ちげえね!」


後方の帆船から、たくさんの船乗りが身を乗り出す。
みんな、タエに向かって手を振っていた。
笑顔で、楽しそうに騒いでいた。


「何、サボってんだ手前ら!
 仕事しろ、仕事!」


ゲオルギーの一喝に、帆船に乗っていた男達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
そして痰を吐いてから、あらためてゲオルギーはタエに向かい合った。


「海は女だ。
 それも嫉妬深いな。
 だから、基本、女は乗せねえところがいっぱいだ。
 けど、そんなときゃいつでも俺達を呼んでくれや。
 タエなら――」


ゲオルギーは1cpを弾いた。


「こいつで帰りも乗せてってやるからよ」


噛み煙草ですっかり真っ黄色に染まった歯を見せて、ゲオルギーは不敵な笑みを浮かべた。
そんな自信に満ち溢れた海の男に、タエは、ゲオルギーの心臓部を拳で触れた。


「言ったわね。
 聞いたんだから。もうキャンセルは聞かないわよ」


サック一杯に詰まった黄金以上に価値があるであろう笑みを、タエはゲオルギーに向けた。
真正面から見つめられたゲオルギーは、思春期の少年のように頬を赤く染めてしまった。


「帰り、きっと乗らせてもらうわ。
 でも、その時は、連れがあと3人いると思うけどね――!」


タエは澄み切った大空を見上げる。
ウミネコが舞い、潮騒の音が響く――


「サーペンスアルバスまであとちょっとか!
 さっすがに長かったわね~」


タエは眩しそうに、黄金の髪の毛を掻き揚げた。





黒水晶のような艶やかな髪を、オオバコの茎を紐としてポニーテールにしている少女。
少女は百合の花のように白く可憐で、森や草原にいるであろう精霊を思わせる。
優しげな雰囲気を常に感じさせた。
まさか、この少女が黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)のノアであるとは、誰も信じられないだろう。

そんな少女、ノアは、今、女神エロールの大司教(パトリアーチ)法衣に身を包んでいた。
真摯に開かれた黒い瞳には決意が見て取れる。


「全てを貫く神槍、我が手に」


ノアが小さく囁くと、その小さな右手には槍が握られていた。
グングニルだ。
神の城に聳え立つ城壁をも突き破る槍である。
ノアは力をこめて、グングニルを握り締めた。


「おにいちゃん……」


ノアは兄の言葉を思い出す。
頼みの言葉、と言っていた。
「この街サーペンスアルバスと住人を守ってくれないか」と――


「おにいちゃんは大丈夫。
 わたしなんかより、おにいちゃんのほうが強いんだから……
 大丈夫だよ、ね……」


言葉に出して見たが、ノアは不安を拭いきれない。
今すぐにでも、本当は兄について行きたいと思っている。

「頼む――」

でも、それを思うたび、兄の言葉が再生される。


「おにいちゃん――」


ノアはグングニルを力強く握り締めた。
そして自室のドアに手を伸ばす。


「わたしは大丈夫だから――」


正直に言えば、まだノアは悩んでいた。
考えて悩むことをやめない。
そしてそんな時には、もう、やることは決まっている。


「わたし、おにいちゃんにもっと好きになってもらえるようにするから――」


[ウォウズの村]での経験をノアは思い出す。
好きな人に対しては、全力を尽くすと決めたのだから。
その想いはノアに勇気を与えてくれる。

ノアは扉を開けた。
その瞬間、ノアは[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]となる――





どのぐらいの時間が経過したのだろうか。
マリエッタには全くわからなかった。
たった少しの時間のような気もするし、恐ろしく長い時間閉じ込められている気もする。

そんな時だった。

足音が聞こえてきた。
マリエッタは身をこわばらせながら、音の方へと視線を向ける。


「いやあ、溜まって溜まって仕方ねえっと~」


30過ぎぐらいの男だった。
手には錆びた手槍を持っている。
一見すると、マリエッタには牢の門番だろうかと思えた。


「いやあ、役得役得~♪
 これがなきゃ、あんなガイキチ女の下でやってられねえ~」


そして、その男はマリエッタ達を欲望丸出しの目で見つめてきた。


「……」


マリエッタは何も口にしなかった。
正直、こういった事が起こる可能性は高いだろうと考えていたからだ。
人質などは、生きていれば良いのだ。


「お、今度は気の強そうなベッピンさんだねえ。
 しかも、うへー、もう1人はお腹パンパンじゃねえか。こりゃ、さすがに初めてだ。
 やべ、こりゃあすっげえ楽しめそうじゃねえかよ~」


男の悦に浸った笑み。
マリエッタは生理的に受け付けられる類のものではなかった。
だが、それを表情に出すことはしない。
何時ものように、淡々としたメイドの仮面をつけた。


「遅かったですね」


マリエッタは決意する。
自身で行える戦いを開戦しようと――


「待ちくたびれました」


冷静な声を発しつつ、マリエッタは立ち上がる。
そして、マリエッタは胸のリボンを自ら解いた。


「ほ~?」


さすがに下種は笑みを浮かべた男も、これには驚きの表情を浮かべる。
なんと、マリエッタは自身の服のボタンを外し始めたのだ。


「おいおい、お嬢ちゃん。
 わかってるじゃねえか。
 こっちゃ楽でいいやね、へへ、大歓迎か~♪」


ますます下種は笑みを男は浮かべた。


「無駄なことは嫌いな性分です。
 私の力では、貴方に逆らっても組み伏せられるだけでしょうから」

「へえ、クールだねえ。
 こんな冷静な美人さん初めてだ、こりゃあ楽しみすぎるぜ~」


マリエッタにはそういった経験は無い。
だが、知識として聞いてはいる。
男の欲望は、一度満たされれば満足することが往々にしてあると。
だから、最初に自分がその対象になれば、ニエヴェスの方には男の欲望の対象にならないかもしれない。
マリエッタはそう考える。
ただの時間稼ぎかもしれない。だが、マリエッタは出来る限りのことをやると決めたのだ。


「(ホワイトスネイク、ホワイトスネイク、ホワイトスネイク……!)」


マリエッタは心の中で、尊敬する男の名前を連呼する。
それはマリエッタを強くするための呪文だった。


「(貴方の名前、失礼にも拠り所にさせていただきます。
  これだけはお許しください、ホワイトスネイク……)」


ボタンを外し終えたブラウスを、マリエッタは床に落とした。


「ご開帳~、っと!」


マリエッタの胸が露になる。
男はカエルのような口をして、ギラギラした目でマリエッタの上半身を凝視する。


「(ホワイトスネイク……)」


カエルのような男がマリエッタに手を伸ばす。
マリエッタは目を瞑って、黙って、事が終わるのを待つ――








































「イエリチェ、貴方のエストックを。
 私のエストックは、この下種には相応しくないわ」


凛とした声だった。
それはまるで鈴の音を思わせるような女性の声だ。


「な、なんだあ!?」


マリエッタの胸に手を伸ばそうとしていた男は、慌てて、声のする方へと向きなおす。


「――!?」


目を閉じていたマリエッタも瞳を開く。
すると、そこには5人の女性がいた。
全員とも、褐色の肌を持つ美麗な女性達だった。

その中でも、1人、圧倒的な存在感を持つ女性がいた。
女王の風格、といえばよいのだろうか。
もう目を離すことができない、それほどまでに美しく気品に満ちていたのである。
マリエッタも呆然と、その女性を見てしまう。

その女性は、後方にいたイエリチェと呼んだ女性から剣を受け取る。
それはエストック。先端になるにつれ狭まり先端は鋭く尖っている剣だった。


「へ!?」


事も無げに、その女性は男の心臓を一突きした。
力を入れた様子もない。


「私のエストックに触れられるのは、誇り高き強き殿方のみ。
 貴方はダメね。
 死んで、来世に強くて良い男で生まれ変わりなさい。
 そうすれば、私のエストックに触れるチャンスはあるかもしれないわよ?」

「あ、ああ……」


男は苦しげな呼吸を吐きながら、地面の石畳へと倒れ付した。


「あ、貴方は――?」


事の成り行きに対して、マリエッタの理解が追いついてこない。
呆然としつつ、なんとか口に出した言葉に対して――


「私はラクリモーサ。
 初めまして、になるわね。フフ」


女王の風格を持つ女性はラクリモーサと名乗った。







なんという女性率の高さ。
今、ちょっとビックリ。でも久しぶりに書いたキャラクターもいて楽しました!



場面の時系列は明確にはしません。
それは文章の書く上での技量不足を隠すため!
突然、○○が○○するかもしれません。



ガストンさんは自宅に帰って農業タイム。



今回の話は、R15ぐらいになってしまうのでしょうか?
まだXXX板への移動はしなくてもよいとは思っているのですが、ちょっとだけ不安(笑)



タイトルのネタ切れ半端無し。



[13727] 69 英雄への想い
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2012/02/26 07:14
「ヨツハ、彼女の身だしなみを。
 裸身は好きな殿方のみに晒すものよ」


後方に控えていた女性の1人に、ラクリモーサは指示を出す。


「ああ、それと。
 わかっているとは思うけど、地面に落ちた服はダメ。
 埃まみれだわ。
 これでは殿方に失礼。
 しっかりとコーディネイトなさい」


美しさと威厳を兼ね備えた言葉だった。
そんなラクリモーサを形容するとしたら、それは『女王』以外には考えられないだろう。


「かしこまりました、お嬢様」


ヨツハと呼ばれた女性は、ラクリモーサに対して一礼を施す。
そして、おもむろに新しい服をバッグ(バッグ・オブ・ホールディング)より取り出した。
それは普段、マリエッタが着用しているメイド服に近いものだった。


「お手を拝借いたします」


マリエッタに服を着せるべく、ヨツハは彼女の後方へと回る。
そして手馴れた様子で、用意した服にマリエッタの腕を通していった。


「あ、ありがとうございます……」


あまりにも唐突な展開に、普段は冷静なマリエッタも困惑してしまう。
無意識に、お礼の言葉を言うので精一杯だった。





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069 英雄への想い

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「まず、お礼を言わせていただきます。
 ありがとうございました。
 おかげさまで、五体満足でいられます。
 こちらの女性、今は体調ゆえに休んでおりますが、彼女の分も合わせて感謝させていただきます」


メイド服に身を整え終えたマリエッタは頭を下げる。
それは完璧な作法だった。
礼を受けたラクリモーサも、内心、感心してしまったほどである。


「ですが――」


だが、頭を上げたマリエッタの表情は鋭さがあった。


「貴方たちは、どちら様でしょうか。
 ダークエルフの種族と見られます。
 できれば、正義の味方という回答を期待したいのですが?」


現在、マリエッタにはなんら情報が無い。
彼女達には助けてもらった恩はある。
だが、正確な状況が全く見えてこない今、油断することはできないとマリエッタは考えていた。
だから礼を逸するようなことはしないし、かといって、依存するようなこともない。


「フフ、フフフ。
 貴方、最高ね」


そんなマリエッタの気丈な態度は、ラクリモーサにとっては非常に好ましく琴線に触れるものだった。
コロコロと楽しそうに微笑する。


「謝らないとダメかしらね。
 私は正義の味方ではないわ。
 かといって、悪魔の使いというわけでもない。
 フフ、
 そうね。
 恋する健気な乙女、ということにしておいてくれる?」


ラクリモーサは自身の唇を舐めた。
テラテラと光沢を帯びる唇は、異常なまでに艶かしいものだった。
世の中の男達が見れば、それは性的な思いを強く抱かせたに違いない。


「……」


だが、生真面目なマリエッタから見れば、それはただの悪癖にすぎない。
一瞬だけ、眉をひそめる。
そして、すぐにいつもの冷静な面持ちを作った。


「嘘とは思いません。
 ですが、真面目に回答しているとも思えません。
 できれば、もう少し具体的なお話をしていただけると助かるのですが」

「フフ、良いわよ。
 教えてあげる」


マリエッタの希望に対して、ラクリモーサはあっさりと了承の旨を答える。
正直、マリエッタは、この回答を意外に思った。
この女性の様子から、煙に巻かれて終わりと予想していたからだ。


「少し残念な女と男がいるの。
 『あの方』の本当のお気持ちを理解できていない、哀れで、惨めで――」


ラクリモーサは言葉を止める。
何か、少しだけ考えるような素振りを見せて――


「可哀想な子達。
 今回は、その残念な子の、やんちゃな行為を訂正しに来たという感じかしら。
 フフ」


言葉を続けて、苦笑とも言えるような微笑をたたえた。
それはどことなく、やんちゃな生徒に手を焼く教師を思いださせるようなものだった。


「何を言っているのです……?」


マリエッタは、ニエヴェスを守るように立ち位置を変えた。
ラクリモーサが言っている言葉の意味は全くわからない。
だが、この女王のような女性の言葉に、嫌な予感を感じたのだ。


「『あの方』は、全力のホワイトスネイクを感じたいの。
 それはあの子達も理解している。
 なのに、選んだ選択肢は全くの間逆。
 あの姉弟は、楽しんでいただく、ということを勘違いしているわ。
 町の弱者など歯牙にもかけないというのに――」


ラクリモーサは肩を竦める。
だが、その目は鋭いものに変わっていた。


「人質。
 数の暴力。
 両面攻撃。
 下種な種族。
 まあ、ある程度のホワイトスネイクの力は見れるでしょうね。
 でも――」


ラクリモーサはタメを作る。
それから、静かに、言葉を口にした。


「本当に、本気のホワイトスネイクというと疑問だわ」


ラクリモーサは瞳を閉じる。
ゆっくりと、そしてはっきりと、朗々とした声で言葉を発する。

 
「一流を遥かに超えた先にいる『英雄』。
 彼らには、敬意と、尊敬の念を持って正直に言えばいいのよ。
 そう、どちらが強いか手を合わせて欲しいと、ね」


ラクリモーサが瞳を開ける。
その時には、最初の美しい微笑を携えた面持ちに戻っていた。


「あ、貴方、誰なのです――!?」


マリエッタは中腰の体勢を取る。
彼女の力量では何ができるわけではない。
だが、それでも、動きやすいような体勢を取る必要が感じたからだ。

『人質』、これはマリエッタのことであるのは理解できた。
だが、その後に続いた単語が問題だった。
『数の暴力』『両面攻撃』『下種な種族』。
良いイメージが全く浮かべられないものばかりなのだから。


「良い目。
 そんな目の貴方だから、協力してもらいたいことがあるの」

「協力……?」


マリエッタとしては、「やはり来たか」といった心境である。
メリットも無く、人助けをしてくれるわけなどない。
例外はホワイトスネイク達だけだ。
何かしら、こういった交渉をしてくるだろうとは思っていた。


「たいしたことじゃないわ。
 これからね、たった1人で絶望的な戦いをしているホワイトスネイクに会いに行くだけ。
 で、一言、応援してくれるだけでいいのよ。
 ね、簡単でしょう?」

「な――!?
 ホワイトスネイクが、なんだと!?」


どんな要求をしてくるか、と身構えていたマリエッタの全身に衝撃が走った。
一瞬で、マリエッタは何度も言葉を咀嚼する。
「絶望的な戦い!?」「たった1人で!?」が、頭の中でリピートされる。


「フフ。
 貴方、愛されてるわよ。
 貴方と、そこの、もう1人の女性も。
 貴方達を助けるために、ホワイトスネイクは罠と知りつつ乗り込んだの。
 罪な女の子ね。
 フフ」


ラクリモーサはマリエッタに近づいた。
そして震える両肩に、そっと両の手を乗せる。
さらに、まるで口付けをせんばかりに顔を近寄せていった。


「今、貴方の英雄は血まみれで、泥まみれ。
 汗と、傷と、涙を、貴方の為に流し続けている。
 正直に言いなさい。
 嬉しいでしょ?
 フフ」

「あ、貴方は――!」


ラクリモーサの言葉に、マリエッタは瞬間的に語気を荒げてしまう。
だが、ラクリモーサには何も届くものではなかった。
先程と全く同様の面持ちだった。


「フフ。
 私は隠さなくていいと考えてるけど、隠すことが女性の美徳という考え方もある。
 貴方は、そのままでいるといいわ。
 フフ、とっても貴方に似合っているわよ」


ホワイトスネイクに仕える従者としての誇り。
そしてニエヴェス。
この二つが、現在のマリエッタの気持ちを支えてきた。

だが、このラクリモーサの雰囲気と言い様は、マリエッタに本能的恐怖を与えた。


「あ、貴方は、な、何者なのですか……!?」


搾り出したような、マリエッタの声だった。
そんなマリエッタに対して、ラクリモーサはマリエッタの髪の毛を撫ぜながら言った。


「貴方と一緒。
 強者に魅入られた、ただの女よ。
 フフ、ただそれだけ」


ラクリモーサの言葉に、マリエッタは胸を突き刺されたような衝撃を感じた。
それが、どんな気持ちなのかは、マリエッタには理解しきれていない類のものだった。


「貴方のホワイトスネイクも強いわ。
 でも、私の愛している殿方も強いのよ?
 だから、きっと、私達の言葉などは無視して二人は戦うわ。
 そんな時、女なんてなにもできない。
 でも、それでいい。
 男はそれでいいのよ」 


マリエッタには理解ができなかった。
得も言われぬ不安を感じてならなかった。
だが、それでも言わずにいられないことがあった。
それは自身についてのことではない。
マリエッタが行動するのは、何時も、ホワイトスネイクのことだから――


「あ、貴方の好いた男性がどのような方かは存じ上げません。
 で、ですが、ホワイトスネイクと戦うなど、無謀にも程があります……!」

「フフ。
 ホワイトスネイクが戦って負けるわけ無い、そう言いたいのね?」

「そ、そうです!
 全世界の乳飲み子以外は全て知っています。
 ホワイトスネイクは、あの――」

「ビックバイを倒した、でしょ?」


ラクリモーサはマリエッタの言葉を遮った。
そして本当に楽しそうな笑みを湛えた。
 

「そ、そのとおりです!
 貴方もご存知でしょう?
 そのホワイトスネイク相手に戦うなど――」
 
「それはどうかしらね?
 2連勝するとは限らないわよ?」

「!?!??!!?」


2連勝。
その言葉がマリエッタの耳に入った瞬間。
身体が震え、呼吸が止まりそうになる。
心臓が激しく鼓動する。
膝が震え始めて、腰がくだけそうになる。


「そ、それは、ま、まさか――!!!!」


たちの悪い冗談だと思いたかった。
だが、こんな嘘をつく理由もマリエッタには思いつかない。
頭の中がぐるぐると回る奇妙な感覚に陥っていった。


「フフ、フフ」


そんなマリエッタを見て、ラクリモーサは妖艶な笑みを浮かべた。
そして、そっとマリエッタの右手を握る。


「さあ、行きましょう。
 貴方の英雄の下に。
 好きな男を励ますのは女の役目よ」







もう少し続きを書いてから公開しようと考えたのですが、
それだと大分時間が経ってしまうと思いまして、本話を公開させていただきました。
なんか中途半端な感じです。申し訳ありません。



女性同士の会話はキャッチボールが成立しないことが結構あるように感じます。
お互いに暴投気味。でも自然と会話が続く。
そんな表現を出来たらいいなー、と、がんばってみました!



ほのぼのチートパートが書きたいよ~!




よくマンガで人気投票なんてやっていますが、行われる理由がわかったような気がします。
メイン4人のうち、誰が一番人気があるのか知りたい今日この頃ですw



[13727] 70 急転
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2012/02/26 08:43
「え――!?」


マリエッタには何が起こったのか理解できなかった。
つい先程まで、石牢に監禁されていたはずだ。
それは間違いない。
だが、今、彼女がいるのは地下室の牢獄ではない。


「な、何が、こ、これは……!?」


気がつけば、目の前には曇天の空が広がっていたのである。
また足元に目を向ける。
と、踝サイズの草が生えており、それらが広大な範囲に渡って広がっていた。
紛うこと無き、ここは外だった。


「フフ」


鈴の音色のような声色だった。


「はっ――!?」


マリエッタが振り向くと、そこには[女王]が存在していた。


「驚くのは次になさい。
 さあ、もう一回飛ぶわ。
 もうすぐよ、ホワイトスネイクのために素敵な言葉を考えておかなきゃダメよ?」

「え――!?」


マリエッタが、[女王]ラクリモーサに対して、どういう意味かを問いただそうとした。
が、それは叶わない。
再び、マリエッタの思考と視界が強制的に閉ざされたからだ。


「フフ、殿方のにおいが一杯」


淫猥で、いつまでも聞いていたいような声。
それでいて、どこか恐ろしくもある声。
そんなラクリモーサの言葉がマリエッタの耳に飛び込んでくる。

おかげで、マリエッタの意識が急速に回復していき――


「な――!!!???」


目を見開いた時だった。
声が出なかった。
酸素が吸い込めない。
奇妙なまでに、大量に口の中に唾があふれ出す。


「さすが白蛇。
 牙は健在。
 どんな神速舞踏が披露されているのかしら。
 胸の鼓動が抑えられないわね。
 フフ。
 これ、全部、貴方のために踊った結果なんだから。
 フフフ――」


ラクリモーサの言葉には、人を引きつけて止まない魅力がある。
だが、この時ばかりは、マリエッタの耳には半分も入ってこなかった。


「……!?」


マリエッタの口の中に、酸っぱいものがこみ上げてくる。
慌てて手で口を押さえる。
必死に堪える。


「こ、これはどういうことなのですか……!」


マリエッタは呆然と声を漏らした。
無理も無いだろう。
今、彼女の眼下には、数多のホブゴブリンの死体が散乱していたのだから――





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070 急転

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「ったく、もうルーチンワークだな、こりゃ!」


勢いよくぼやきながら、キースはサンブレードを振るう――!


「Gyaa!」


攻撃目標にされたホブゴブリンは、皮をなめした盾で身を守ろうと動く。
だが、それはなんの役にも立たなかった。


「でぃぃぃ、やあっ!」

「!?!?」


盾は盾の意味をなさない。
紙を切断するかのように、サンブレードは盾と首を切り取った。


「うし、まだまだぁ――!
 妊婦さんや、日本の至宝メイドさんを攫うやつらにゃ、容赦しねえぞ!!」
 

自身の士気を鼓舞するために、キースは気合の声を上げた。

彼自身の身体には、目立った大きな傷は無い。
これは、キースの戦士としてのレベルの高さと、立ち回り、装備している防具類の強さのおかげである。
そうでなければ、さすがにこれだけの数の猛攻に耐えられるものではない。



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◇[ソーラー・アーマー(太陽の鎧)]

特性
・この鎧は陽光を浴びて赤く輝き、着用者の身体を温め、活気つける。

パワー
・即応・対応。
 使用者は[光輝]を受けた際に、[光輝]分の体力を回復することができる。[無限回]

・近接範囲内にいる全ての敵に、この鎧の力(ボーナス)の2倍に等しいダメージを与える。
 さらに次のターン終了時まで、攻撃判定にペナルティを与える。[一日毎]

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また、[アイウーン・ストーン・オブ・サステナンス(維持のアイウーン石)]の効果で、
体力的にはまだまだ余裕がある。


「泣いて謝って、二人を無傷で帰してくれたら――
 ってりゃあ!
 っと、今なら許してやるから、っとぉ!!
 とっとと引き下がってくれって、のっ!!」


キースの神速連撃は止むことはない。
この瞬間、3体のホブゴブリンを物言わぬ物体へ変えていく――





「う~ん。
 観客が舞台に上がるのは、マナー違反の極みだと思うんだよね~
 ちょっと、さあ。
 それは……無いんじゃないかなあ?」


飄々としたロレインの言葉だった。
彼の視線は、眼下に広がるキースとホブゴブリンの戦いには向けられていない。
今、彼の目には――


「あのさあ。
 もうやめて欲しいんだよねえ。
 姉さんと僕の邪魔するのはさあ」


いつの間にか現れていたラクリモーサ一行に向けられていたのである。

ロレインと、そしてラクリモーサ一行。
彼、彼女らは、お互いに小高い場所に位置している。
そのために遮蔽物などは無く、視力の良いロレインはすぐに気がついた。


「って、どうせ、僕が、気づくような位置を選んだんでしょうけどねー。
 あのエロエロさんのことだから」


ロレインがため息をつく。
と、ラクリモーサがこちらを見て微笑した事に、ロレインは気がついた。


「はあ。
 しっかもさ、人が用意した景品まで持ち出してるのかー。
 ん~、まあ、ホワイトスネイクを引っ張り出せたから、いいっちゃいいんだけど。
 なんか良い気はしないなー」


ロレインは肩を竦める。
実際、彼の心境は困っているというか、困惑はしている。
だが、彼のいつもと変化の無い、飄々とした雰囲気は変わらないために、
そんな風には見て取れるものではなかった。


「ん~、まてよ~~~。
 これってさあ。
 あは、良い事思いついちゃった~♪」


細いロレインの眼が、ますます細くなり糸目のようになった。
それはどこか、気持ちよさそうに昼寝をする猫を思わせた。


「やっぱり、良い演出家はさ。
 予定外のアクシデントもさ、全部利用して観客を楽しませなきゃね!
 そう考えれば、エロエロさんには感謝しないとなー。
 あは、今度、毒入りのリンゴでも持ってってあげよっと!」


楽しげに、飄々と、ロレインは独りごちた。
そして、懐に手を入れる。


「あは、さあってと。
 この距離で、標的があれなら、あはは。
 まあ、1000回やってもミスは無いなー」


取り出したのは小さなダガーだった。
風と雷をモチーフにしたデザインが施されており、通常のダガーとしては使い勝手は悪そうな一品である。


「あは」


ロレインは猫目で楽しそうに笑う――





「あ、ああ……」


マリエッタは声にならない声を上げてしまう。
見つめる先は、彼女にとって大切な大切な存在。


「ホ、ホワイトスネイク……」


マリエッタは大切な存在の名前を口にした。
瞬間。心が急速に暖かいモノに満たされていくのわかった。

突然拉致されて、今まで、監禁されていたマリエッタ。
不安にならないわけがない。
さすがに普段は気丈な彼女も、心はギリギリだったのである。
だが、そんなネガティブな気持ちを、ホワイトスネイクは瞬く間に吹き飛ばしてくれた。

だが、同時に、謝罪の気持ちもあふれ出してくる。

本来、領主が侍従の1人や2人が攫われたとしても、何もするわけが無い。
見捨てて終わり。
それが当然である。
しかも、サーペンスアルバスの統治者はただの領主ではないのだ。
あの[白蛇(ホワイトスネイク)]なのである。

だが、ホワイトスネイクは動いてくれたのだ。
見捨てないでくれた。
両親にも兄弟にも見捨てられて
何一つ。
何一つ無い、この、私を――


「ホ、ホワイトスネイク……!」


マリエッタの目から、涙が、溢れ出してきた。
それは、感謝と遺憾と歓喜と心苦しさ、その他の数え切れない感情がこめられたモノ。
混沌の涙だ。


「ホワイトスネイク……!!」


そんなマリエッタに、ラクリモーサは背後からそっと近づく。
そして、ラクリモーサはマリエッタを抱きかかえる。


「フフ、よかったわね」


艶かしい唇をマリエッタの耳に近づけて、ラクリモーサは囁く。


「さあ、今度は貴方の仕事よ。
 貴方の、大切な英雄に声をかけてあげて。 
 そして、本当の英雄の力を開放させなさい。
 貴方はその鍵になる――」


嬉しそうに、ラクリモーサは告げた。


「ホワイトスネイク!!!」


マリエッタの万感の想いが詰まった言葉。
言葉は曇天の下、辺りに響き渡る――





「吹けよ風、呼べよ嵐
 身にまといしは雷
 貫くは――」


ロレインは握り締めたダガーに向かってコマンドワードを告げた。
ダガーが振動を開始する。
心地よい震えに、ロレインは満足げに(そして怪しげに)何度も頷いた。


「我が姉の敵――」


自身の限界まで右腕を引き絞って、ロレインはダガーを放った。



-----------------------------------
◇[スカイレンダー・ストームボルトダガー(空を引き裂く大雷雨のダガー)]

武器:ダガー
 
特性
・この武器は元素エネルギーで脈を打っている。
 振るわれれば、所有者の手の中で大雷雨の怒りと風の力を握ることになる。

パワー
・投擲して使用するとダメージに大幅なボーナスを得る。[無限回]
・飛行している目標に攻撃をヒットさせた場合、風の力で落下させる。[無限回]
・電撃を放つことができる。[一日毎]
-----------------------------------



[スカイレンダー・ストームボルトダガー(空を引き裂く大雷雨のダガー)]は、
轟音を纏って、目標に向かって空を切り裂く――





キースの身体と脳内は一瞬で深い思考に入る。
理由はわからない。
だが、今、キースには全てがゆったりした動きに見て感じ取れた。

視線の先にはマリエッタ。
彼女が小高い丘の位置から、自分に向かって呼びかけている。

(よかった、無事だったんだ)

と、考えた時だ。


(な!?)


ゾワリと、背中が総毛立った。
嫌な感じな方へ視界を向けると――


「!!!」


ロレインだ。
猫のような笑みを湛えながら、彼はダガーを振りかぶっていた。


(やばいやばい、あれはまずい――!)


生粋の戦士であるキースには魔力は無い。
だが、生粋の戦士職だからこそだろうか。
異様な力、といったものは身体が感じ取ってくれた。


(あ――!)


ロレインは、異様な力を感じるダガーを投擲したのだ。


「!?」


ダガーが手から離れた瞬間だ。
恐ろしいまでの轟音が轟いた。
まるで台風だ。


(あ……!)


雷と風を纏ったダガーが向けられているのは――


「マリエッタぁあああ!!」


キースの姿が掻き消える――





「相変わらずね、[狂乱双子(クレイジーツイン)]とはよく言ったものだわ」


こちらに向けられたダガーに対して、ラクリモーサはエストックを抜こうと――


「フフ」


したが、止める事にした。
ダガーの目標は自分ではない。
それに――


(さあ、どうするの?
 彼女は彼女の役目を果たしたわよ。
 このまま彼女を見殺しにするような弱い殿方でしたら――)


ラクリモーサは動くのを止めた。


「私が貴方を殺して、天上にて彼女に謝罪させるわ」


ラクリモーサは唇を舐めた。





「あ、あ、あ、あ、あ、あ、ああ……」


マリエッタの頭は現状を理解できなかった。
否。
理解できていたが、拒否したがっているのだ。


「よ、やっと会えたなあ」


目の前にはキースが微笑んでいた。


「あ、あ、あ、あああ……!」


両手を広げて、大の字にして。
キースは微笑んでいた。


「ったく、勝手にいなくなりやがって。
 その分、給料は引くからな。
 ああ、でも安心してくれ。
 ちゃんと、労働者災害補償保険、ろーさいは付くからな。
 うちはクリーンなホワイト企業なんだ」


キースが言い終えた時だった。
口の端から赤いモノが流れだす。
それは結構な量だった。
止まらない。
地面に向かって、ポタポタと落ち続ける。


「ホ、ホワイトスネイク……!?!?!?」


マリエッタが必死に声を出す。


「さすが、ですわ」


拍手をしながら、ラクリモーサがマリエッタの横に立つ。


「お会いできて光栄ですわ。
 魔術師ビックバイを打倒した四英雄が1人、ホワイトスネイク。
 貴方の行為に、心からの尊敬を――」


ラクリモーサは片膝をついた。
そしてゆっくりと頭を下げる。


「えー、えと。
 あはは。
 よく事情が見えないなー。
 頭上げてくれよ。
 もし、うちのマリエッタとニエヴェスさんを助けてくれたってんなら、
 むしろ、こっちが礼を――」


突然現れた、おそろしく美人のダークエルフの女性。
さらに後方に控える幾人かの、やはりこれまた女性達。
その女性達に保護されているニエヴェス。
そんな彼女達を見て、キースが言いかけた途中だった。


「がはっ――!!」


キースは大量の血を吐いた。
当然だ。
今、キースの背中の中心にはダガーが深々と突き刺さっているのだから。
しかも、ただのダガーではない。
スカイレンダー・ストームボルトダガーである。
今、キースの体中では、風と雷が大暴れしている――


「ホ、ホワイトスネイク!!!」


慌てて、涙を目に一杯ためたマリエッタが、キースに駆け寄ろうとする。


「大丈夫。
 ただ、ちょっとばかりタイミング見誤っただけだからなー。
 あと、あと、ちょっと早ければなー。
 絶対に、俺のソーラー・アーマーで弾いてたんだ。
 今回、どうやらダガー上に、ちょうど、テレポーテーションしたのかな?
 こういうの、日本語で自業自得って言うんだぜ
 だから、マリエッタは気にしないでおーるおけ」


マリエッタを、キースは、血まみれの顔のまま笑顔で制した。
そして改めて、キースの前に歩み寄ったラクリモーサに向き合った。


「悪いな。
 今、ちょっと手負いで、ね。
 血、大分汚しちまった。
 悪いな」


そんなキースの言葉に、ラクリモーサは大きく首を横に振った。


「汚れ?
 そんなことは微塵もありませんわ。
 むしろ光栄」


ラクリモーサは、自身の頬についたキースの血を指で掬う。
そして、その指を舌で舐め取った。


「英雄が、ただのなんでもない1人の女性の為に流された血。
 金よりも、古代の英知よりも、大自然の木々よりも美しくて尊いものですわ。
 これを汚いなど言うやからなどは――」


ラクリモーサの視線はキースの背後に、それはすなわち――


「エロエロさん。
 あは、ずいぶん汚いカッコになってるねー。
 汚い血まみれで似合ってるよ。
 で、さ。
 汚いって言うと、どんなことになるのかな? かな?」


スカイレンダー・ストームボルトダガーを投擲した男。
[狂乱双子(クレイジーツイン)]のロレインへと向けられていた。







ホブゴブリンvsおにいちゃん!
ダイスとエクセルで戦わせてみたのですが、おにいちゃん強すぎwww
20なんて全然でませんでしたー。ホブゴブリン涙目。



でもご安心を。
「D&D」には凶悪なモンスターが盛りだくさん!



ピンクフロイドが好きです。



後半は、もっともっとスピード感あるような文章にしたかった~!



そして、出来る限りのクサクサな文章!
皆様の中二心をくすぐるようにがんばった!



[13727] 71 防衛
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2012/03/10 11:33

「やったぞ、逃げ出しやがった!!」
「ざまあ、二度とくんな!」
「サーペンスアルバスに手出すなんて、100万年はええよ!」


汗、埃、傷に被われた迎撃隊の面々から、勝ち鬨の声があがった。
へたり込む者。
肩を抱き合い喜びあう者。
笑顔のまま、傷の痛みに顔をしかめる者。
皆、安堵の顔をしていた。

それは突然だった。

キースが出立した直後、サーペンスアルバスにホブゴブリンが急襲してきたのである。
それをアートゥロ率いる迎撃隊の面々が、サーペンスアルバスに入るための大橋の前に陣を引いて防いだのだが――


「……気にくわねえな」


浮かない顔をしている男が1人いた。
迎撃隊をキースから任されている、隊長のアートゥロである。
撤退していくホブゴブリン達から、アートゥロは目を離さない。


「アロルド、どう考える?」


静かに横に控えている男に、アートゥロは声をかけた。
彼はアロルド。
直情的な思考のアートゥロを支える、迎撃隊の副隊長を務めている男だ。


「このまま終われば、これ以上楽なことはないんですが――」


そこまで出して、アロルドは口を閉じる。
そんなアロルドに対して、アートゥロは小さく頷くしかなかった。


「だな。
 となると、クソむかつくホブゴブ共がやりそうなことは?」

「はい。
 あいつ等、興奮しきって襲ってきたくせに、今は急に統率が取れています。
 おそらくですが、魔法とか、そんなのが係わってのことだと思います。
 突然の規則正しい撤退、いくらなんでも不自然すぎます。
 まあ、魔法なんて良く知りませんが」


ガシガシと音が聞こえんばかりに、アートゥロは髪の毛をかく。


「最悪だな。
 魔法使いでもいるってのか、ええ?」


アートゥロの吐き捨てる口調に動じず、アロルドは頷いた。


「推測ですが、今回の敵さん達の大将がその辺りなんじゃないかと。
 魔物を統率するのって、おとぎ話でも魔法使いが鉄板じゃないですか」

「ケッ、ビックバイかってーの」

「そう推測すると、魔法使いはホブゴブリンとは違って馬鹿ということはないでしょう。
 しっかりと隊列や陣形、武器なんかを調えてから、再攻撃。
 十中八九、こんな所でしょうか。
 しかも今度はもしかしたら、その魔法使いやらなんやらが出てくる可能性だってあります」


少し疲れたように、アロルドは肩を落とした。
その仕草を見て、アートゥロは大きく息を吸い込んだ。


「よぉおし!
 てめぇら、今のうちだ、重症のやつを俺達のサーペンアルバスにさげろ!
 軽いやつらは治療と、できるかぎり休んどけ!
 1班から3班は、俺と一緒に土嚢を積みなおす!」


気合を入れた声で、アートゥロは部下に指示を飛ばした。
さすがは迎撃隊の面々である。
浮かれていた気持ちは一瞬で押さえ込まれた。
そして、各々が迅速に行動を開始し始めた。

迎撃隊の面々が動く姿を見て、改めて、アロルドも背筋を伸ばした。


「でも、正直な話、キツイですね。
 うちらの2、3倍、ホブゴブリン達はいそうでしたから。
 しかも、突然。
 ホワイトスネイクの読みがなかったらと思うと、恐ろしくてどうなっていたことやら」

「ああ、まったくだ。
 うちの大将はさすがだな」


アートゥロは大空を見上げる。
重く。
灰色で。
今にも雨が降りそう、そんな空だった。

そんなアートゥロに、アロルドはそっと肩に手を置いた。


「大丈夫ですよ、あのホワイトスネイクですよ?
 うちら2人、前にチンチンにいわされたじゃないですか。
 あんな強い人です。
 いつものように、「わりぃわりぃ、遅刻した」とかいいながら戻ってきますよ」
 

アロルドの言葉に、アートゥロは何も言わなかった。
ただ、ただ、空を見ていた。
静かに。
妻と子供と、ホワイトスネイクの無事を祈りながら――





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071 防衛

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「フン、結構骨がある」


曇天の空。
豪奢な紫色のローブに身を包んだ女性が、30メートル程の高さの位置で浮いていた。
[狂乱双子(クレイジーツイン)]の異名を持つ魔術師ローレンである。

ローレンは、眼下で行われていたホブゴブリンと迎撃隊による戦いを、
腕組みをしつつ、全てを空から見ていた。


「こっちは100程度やられたか。
 相手は、対して減ってないな。
 さすがはホワイトスネイクの部下というべきか」


今行われた戦闘について、ローレンは腕組みをしつつ思考する。
どうやって冷静に考えても、彼女の考えでは負けるビジョンは見えなかった。
ホブゴブリンなどいくら死んでもかまわないし、足りなければ、またどこからか見繕えば良いだけなのだから。


「が、つまらん。
 こんなのでは、マスターに楽しんでいただけないではないか。
 それに、このままじゃロレインに何を言われるか――」


ローレンは弟のことを思い出して、なんとも微妙な表情を浮かべる。
すると、ローレンの頭の中身はロレインので一杯になってしまう。
と、ますます、ローレンの表情が渋くなっていった。


「そ、そろそろ突破口を開くとするか……」


ローレンは小さくぼやいた。





「ほ、報告します!!」


アートゥロの元へ、迎撃隊員が慌てた体で駆け寄ってくる。
内心、アートゥロは「ついに来やがったか」と舌打ちをしたい気分になる。
だが、それを部下に見せるような真似はしない。
冷静な声で、駆け寄ってきた隊員に対して返答した。


「どうした?」

「は、はい!!
 ホ、ホブゴブリン共が再度進行!!」

「……来ましたか」


アートゥロに続き、横に控えていたアロルドも落ち着いた様子で答えてから腕組みをする。
隊員数や武器残量、士気、いろいろ考えをまとめようとしたが――


「そ、それに、あの時の牛がまた来やがってるんです!!」

「な!?」
「なんだって!?」


アートゥロ、アロルドも、一瞬、声を失ってしまう。


「あの牛って、ティモシーでやったあれか!?」

「は、はい!
 あの3メートルぐらいの、馬鹿でかい斧もったアイツです!!」

「ここで、かよ……!」


アートゥロは、アロルドに視線を向ける。
さすがにアロルドも険しい顔になっている。


「あれは今にして思えば、この時の前フリだったのかもしれません。
 正直キツイが、正直ヤバイにランクアップです。
 今の状況からだと撤退が――」


アロルドの言葉に、アートゥロは手のひらを向けて喋らせなかった。


「冗談に付き合ってる程、今の俺は暇じゃねえぞ。
 撤退って、どこに撤退するんだっつーの。 
 それに、街のやつらに被害なんて絶対ださせたくねえ」


力強く、アートゥロは言い切った。
そんなアートゥロの言葉に、アロルドは穏やかな笑顔を見せた。


「私にも最後まで言わせてくださいよ。
 でも、まあ、そう言ってくれるとは予想してましたけど」

「相変わらずだなあ。
 で、どうするか。
 前と同じように、どっかにトラップに引っ掛けられるか?」


アートゥロの言に、アロルドは首を横にふる。


「あの大物を抱きこめそうなやつが、近場にはもうありません。
 ホブゴブリン相手になら使えそうなやつはまだありますが、
 牛相手だと上って来るでしょう」

「そうか……」


信頼する副隊長の言葉に、アートゥロは目を瞑る。
どれぐらい沈黙が続いただろうか。
しばらくして――


「わりぃ」


アロルドにだけ聞こえる大きさで、アートゥロは呟いた。
それに対して、アロルドは静かにうなずいた。


「お前ら!
 1度勝ってる牛がリベンジに来やがってるようだ!
 軽く捻ってやろうじゃねえか!!」 


アートゥロは陣にいる全ての迎撃隊員に聞こえるように、力強く、雄々しく猛った。





「健気なものだ」


唇の端を上げて、失笑、冷笑、嘲弄。
楽しげで残酷な面持ちを、ローレンは浮かべる。
ミノタウロスを投入して、誰がどうみてもわかるぐらいに戦況が変化したからだ。
先程までホブゴブリンに善戦していた迎撃隊の面々が、ミノタウロスの前では雑魚のような扱いである。


「にしても、ホワイトスネイクに見捨てられたとか考えないのがすごいな。
 こいつらの特筆すべきは、ホワイトスネイクがいなくても士気を維持することか」


他者を認める言葉をローレンが言うのは珍しい。
それぐらいに、迎撃隊員は勇敢(無謀)にも、ミノタウロスへと立ち向かっていった。
傷ついて、吹き飛ばされても立ち上がった。
サーペンスアルバスへ近寄せないように、立ちふさがっていたのだ。


「ま、だからって結果は変わらないけどな」


戦場を空から見下し、ローレンは満悦の様子だった。


「あいつ等が片付いたら、ミノタウロスは殺すか。
 その後、あえて、ホブゴブリン達に暴れさせるとしよう」
 

ローレンは、突然、大きく笑いはじめた。
瞳孔が限界までに開かれ、大きな声を上げて、両手を大きく広げて――


「せいぜい楽しませろ!
 お前らは、それぐらいでしか我が主を楽しませることができねえんだからな!!
 役立たず共が!!!」





アートゥロは、自分自身のふがいなさが悔しかった。
泣きたくなる位だ。いや、実際に泣いていたかもしれない。
それが、アートゥロが、ミノタウロスと対峙した瞬間に思わされたことだ。
足の震え、手の振るえ、全身から流れる奇妙に冷たい汗が止まらない。

前回の時にはホワイトスネイクがいた。
だが、今、頼れる英雄はいない。
その役目を、アートゥロ自身がやらなければならない。

だが、そんなのは無理だ。
ただただ、その圧倒的な力。
力だけ。
その力によって振るわれるダブルブレードアックスは、まるで暴風雨のようだった。
ミノタウロスは理不尽なまでの力を押し付けてくるのだから――


「ちくしょう、ちくしょう……!!」


アートゥロは身体に残っている勇気の欠片を全て振り絞って、愛用の剣を握り締める。
すでにホブゴブリンの血で刀身は真っ赤だ。
また、身体も返り血と自分の血で満身相違。


「隊長ぉぉぉお!!」


後方でホブゴブリンを抑えているアロルドの声が耳に入る。
だが、それは半分悲鳴が混じるものだ。
あと数分も持たないだろう。


「させるか、させるか、させるかよぉ!
 やっと、やっと、やっと出来た俺達の故郷なんだ!
 てめえら、てめえらみていな化け物なんぞに、土足で踏み入らせりゃしねえぇ!」


ここまで来るだけでも、多くの部下が傷ついた。
サーペンスアルバスへと引き下げさせたが、多くの部下が死んだだろう。
その上に成り立っているこの状況。
だからこそ。
怖くても、泣きたくても、死にたくなくても、アートゥロには下がる選択肢は思いつかない――


「ああああああ!!」


アートゥロはミノタウロスに突っ込んでいく。
大きく振りかぶり、剣を振り下ろす。

乾坤一擲。
アートゥロの正真正銘全力の一撃。
それがミノタウロスの命へ――


「Buxuraaaaa!!」


届くことはなかった。
ミノタウロスの皮膚に薄い赤い線がついただけ。
ただ、それだけ。


「ニエヴェス……
 ……
 ……!」


アートゥロは膝から崩れ落ちそうになる。
だが、それだけはよしとしなかった。


「まだまだ――」


1回でダメなら、何度もやればいい。
続けて、アートゥロが剣を掲げた時だ。


「!?!?!」


ミノタウロスの大木のような腕が、アートゥロに襲い掛かった。
単純明快な攻撃。
腕で振り払っただけ。


「ぐあああああ!!?!」


たったそれだけで、アートゥロは10メートル程吹き飛ばされた。
無理も無い。
大木のような腕のフルスイングを食らったのだ。


「いてえ、いてえ……!」


痛みのあまりバラバラになりそうな身体に鞭を入れて、ゆっくりと身体を起こそうとしたが――


「Buraaaa……!」

「!!?!?」


目前に、真っ赤なぎらついた目、おそろしく涎をたらしたミノタウロスが立っていたのだ。
しかも、巨大なアックスを掲げて、だ。
巨体でありながら、恐るべき速さと言えた。


「クソ、クソ、クソ……!!」


アートゥロの身体は言うことを聞かない。
今、出来るのはミノタウロスをにらむことぐらいだった。


「BUAAAAA!!!」


ミノタウロスのダブルブレードアックスが轟音を立てて振り下ろされた。


「え――!?」


だが、その瞬間。
アートゥロの身体は硬直した。
一気に身体の底から冷えた。


「Buxuaa――!?!?」


最も驚いたのはミノタウロスだったろう。
いつの間にか、自身の身体の中心に大穴が開いているのだから――


「Byuua、Byuuaa……!!」


ミノタウロスの力の無い咆哮が響き渡る。

さらにアートゥロは衝撃を覚えた。
なんとミノタウロスの身体が光に包まれていったのだ。
眩しくて、暖かくて、けど冷たさを感じさせる、そんな光に、アートゥロは背筋を振るわせた。


「な、な、なんだ、こりゃ……
 お、おい、どうしってんだ……!?」


光は空へと上っていく。
そしてミノタウロスは消えていった。
まるでシャボン玉のように。
後には何も残らなかった。


「な、何が起こって――」


突然の出来事に、アートゥロには、今の状況が把握できない。
自分の命が助かったのは確かだが、それ以外には全く理解ができなかった。
アートゥロが呟いた時だった。
「ガシャン、ガシャン」と重々しい鎧の音が近づいてくるのがわかった。


「え――」


音の方へ視線を向けて、アートゥロは尻餅を着いてしまった。


「あ、あ、あ……!?」


そこにいたのは「死」を顕現した存在だった。

一部の隙も見えない、全身真っ黒な、恐ろしく禍々しい鎧。
その邪悪な造形の鎧からは、禍々しい雰囲気の力が発散させられているのが目に見て取れた程だ。
さらに、この邪悪な動く鎧が手にしている槍が恐ろしかった。
問答無用で頭を下げたくなるほど、圧倒的な、何やら荘厳な力が押し付けられてくる。

この理不尽なまでの存在の登場に、アートゥロは動けなくなってしまったのだ。


「あ、あ、あ――」


アートゥロは明確に死を覚悟した。
いや、覚悟させられたという方が正しい。


「し、死神……!」


真っ黒な死神は、しっかりとした足取りでアートゥロに近づいてくる。

アートゥロは、全身の痛みも忘れて震えることししかできなかった。
逆らう気力など起きなかった。

そして死神はアートゥロの前までやって来て――


「ごめんなさい、皆さんの治療で遅くなりました!
 でも安心してください。
 みんな、元気ですから!」


まだどこか少しだけあどけなさを残した、柔らかい、優しさを感じる少女と思われる声。
それが邪悪な鎧の隙間から、アートゥロの耳へと飛び込んできた。


「……へ?」


アートゥロは一気に全身の力が抜けていった。
理不尽な死神からの言葉に、アートゥロは「ぽかーん」と見上げるしかできなかった。





「何が起こった?」


突然消えてしまったミノタウロスに、さすがにローレンは首を傾げる。


「マジックユーザーでもいたのか……?
 ロレインのやつ、だとしたら情報収集が雑――」


と、ローレンが舌打ちをした時だ。


「――!!!!!」


ローレンの視界に、あの憎々しげな存在が目に入る。


「あああああん!?
 また、また、まああた、あのクソ売女かああ!」


一瞬で、ローレンの身体が動き始める。


「鳴動
 空気
 鋼
 空から降りろ、我が剣ぃ――!」


ローレンはものすごい勢いで詠唱を開始する。
今、彼女は何も考えられなかった。
この呪文が最も効果を発する最適な距離、戦闘の作戦、巻き添えになるだろうホブゴブリン達。
そんな些細なもの、今の彼女の頭には何も無い。
ただあるのは、敬愛するべき主人が気にかけている女に対する敵意のみ、だ。


「ふざけんのもいい加減にしろ、この売女がぁあ!」


「バリバリ」と音を立てる雷が、ローレンの右腕に現れる。


「ライトニングボルトぉ!!」


ローレンの右腕から、まさしく落雷の如く雷が振り下ろされた。





「大丈夫ですか、立てますか?」

「あ、ああ……わ、悪りぃ」


ノアがアートゥロへ右手を差し出し、その手をアートゥロが取ろうとした時だ。


「――!?」


[ノア]がノアに警告を発したのだ。
空を警戒するように告げられたため、ノアは曇天の空に目を向ける。


(何かくる――!?)


瞬間、ノアの行動は早かった。


「ウィズドロー【時間支配】!」


まず、ノアは自身の体感時間の流れを変える呪文を唱える。
特訓してきた結果、考えることが大切だとわかったノアが一番気に入っている呪文である。
これにより、どんな場合でも一息落ち着いて考えることができるのだから。


(ディティクト・イービル!)
(ディティクト・マジック!)


ノアは、[ウィズドロー【時間支配】]の効果中でも詠唱が可能な探知系呪文を唱える。


(上から魔法!?
 マジックユーザーがいるっていうの!?
 強い、マスターレベル、これは雷。
 ライトニング系の呪文――!)



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・[ウィズドロー【時間支配】] LV2スペル

使い手自身に対してのみ、時間の流れを変える呪文。
周囲で1分過ぎる間に使い手は2分+レベル×1分の時間を過ごすことが出来る。
緊急時に物を考える時間、または、自分自身に対してのみ[治療][探知]の呪文が使える。
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-----------------------------------
・[ディティクト・イービル【邪悪探知】] LV1スペル

物体や空間から発散する邪悪な気配を探知することができる。
邪悪の度合いも判別可能。
-----------------------------------
-----------------------------------
・[ディティクト・マジック【魔法探知】] LV1スペル

使い手のLVに応じた距離内で、魔力を探知することができる。
魔法の強度の度合い判別可能。
-----------------------------------


(今、重症の兵士さん達に回復呪文を使ったから、もう、あまり魔法がない――!
 ……でも、逃げたら兵士の人たちが……
 なら、これしかない、もう出し惜しみはしない……!
 全力でいくんだ……!)


「お兄ちゃんに頼まれんだから――!」


ノアは[ウィズドロー【時間支配】]の効果を消す。
そして――


「全てはφ(ファイ)から0(ゼロ)へ――!
 ディスペル・マジック!」


落ちてくる雷に向かって、[ディスペル・マジック【魔法解除】]を発動させた。



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・[ディスペル・マジック【魔法解除】] LV3スペル

魔法の効果を消去したり、中和したりすることができる呪文。
第一にクリーチャーや物体から呪文の効果を取り除く。
第二に呪文をかけていたものを妨害することができる。

成功の可否については、使い手のレベルと相手の呪文のレベル差によって判断される。

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ガラスが割れるような音が響き渡った。
それは[ライトニング・ボルト【電撃】]を[ディスペル・マジック【魔法解除】]で解除した音だった。


「クソむかつくが、相変わらずやるじゃねえか」


解除と同時だった。
空からローブの女性が急降下で降りてきた。
地面に着地する際に、両手両足を使った姿は蜘蛛を思わせるものだった。


「あ、あなた――!?」

「ひさしぶりだねえ。売女。
 あいからず、男にゃいい顔見せるじゃねえか!」


ゆっくりと、緩慢にも思えるような動作でローレンは立ち上がる。


「地下墳墓の時の!
 貴方が今回のことを――!?」
 

地下墳墓で会ったマスターレベルのマジックユーザーに対して、ノアは神槍グングニルを構えなおす。
あの時も、そして今もだが、相変わらずこのマジックユーザーはとても友好的では無いからだ。


「売女にゃ、答える義理はねえよ。
 あんたはせいぜい苦しむ姿を晒して、我が主を楽しませる、それだけでいいんだよ!」

「我が主を楽しませるって……!?
 な、何それ!?
 それだけでこんなことを――」

「ああ、ゴチャゴチャ売るせぇなあ。
 そんな売女にはお仕置きだよ。
 素っ裸にして、オークの群れに放り込んでやる」


充血せんばかりに見開いた目でノアを睨み付けながら、ローレンは会話を一方的に打ち切った。
そしてローブの懐からワンド(小杖)を取り出す。
魔術師がワンドやスタッフを取り出す行為は、兵士が剣を抜く行為と同様である。
その姿を見て、ノアは悲しげな面持ちを浮かべた。


「そっか……」


ノアは兄の姿を思い出す。
「頼む――」という言葉を思い出す。


「おにいちゃん……」


そして、ゆっくりと神槍グングニルの穂先をローレンへと向けた。







キースvsロレイン
ノアvsローレン

兄妹(姉弟)対決! 今回はこれを書いてみたかったのですよ~!
これに何話かけているのやら。
あと数話で一段落つけたいと思っています!



二重人格気味にローレンは書いているのですが、これがまた楽しくて難しいです。
言葉の言い回し的なイメージは格闘ゲーム『スーパーストリートファイター4』のジュリを、なんとなくイメージしております。



本日、天野こずえさんのコミック「あまんちゅ!」4巻が発売。
私の勝手なノアの外観イメージは、「あまんちゅ!」の「てこ」に近いかもしれません!
大木双葉で検索をしてみてくださいませ。



[ヴォイドクリスタル・ラフィング・デス・アーマー(虚無水晶の嘲笑う死の鎧)]のイメージは、
コンピューターゲーム、ファイナルファンタジーの暗黒騎士です。



[13727] 72 反撃
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2012/03/31 19:58
重々しい灰色の雲がついに泣き出した。
ポツリ、ポツリと、ダグアル平原へと水滴が落ちてくる。
舞い降りてくる水滴は量を増やしていき、シトシトと優しげで冷たい雨となっていった。

だが、雨などに気を向ける者は誰もいなかった。

キース・オルセンは片膝を地面へと付いている。
背中には、いまだに、スカイレンダー・ストームボルトダガーが突き立てられている状態。
その傷口からは唸る音が発せられている。
今、キースの身体の中では雷と風が吹き荒れていた。
時折、咳き込むと口からは血が吐き出される。
内臓の多くも傷ついている状態なのだろう。

マリエッタはキースの横に付いている。
今、彼女の目は涙が止まらなかった。
嗚咽は必死で堪えている。
だが、瞳からあふれ出る涙だけは滝のように止まらなかったのだ。

ダークエルフのラクリモーサも、濡れることもいとわずに立っている。
汚れることが嫌いな普段の彼女からは考えられないことだ。
動かない。
ただ、キースとマリエッタを見つめていた。
そしてラクリモーサは、その面持ちのまま、もう1人の男へと視線を移した。

ラクリモーサから視線を向けられた男、ロレイン。
ロレインは苦虫を潰したような表情を浮かべていた。
面白くなさそうに、不貞腐れたように、つまらなさそうに、右手にはダガー、左手にはナイフを取り出す。
そしてジャグリングをはじめた。
ダガーとナイフはお手玉のように、ロレインの右手と左手を行き交った。


「まさかのシナリオ展開だよ~。
 メイドさんを殺されて、連れてきたエロエロさんは涙目!
 ホワイトスネイクは、びっくり仰天の英雄パワー全開!!
 って、そんな展開を考えてたのになー」


深い溜息をついてから、ロレインはジャグリングの手を止める。
そして右手には逆手でダガーを、左手にはナイフを握り締めた。


「めっちゃ痛いっしょ?
 スカイレンダー・ストームボルトダガーはマスターと姉さんの合作品だもん。
 ホワイトスネイク、もう死ぬよ? 
 だから、さ――」


そしてロレインは、猫を思わせるいつもの表情へと戻った。


「その前に、僕が舞台に上がってあげるよ。
 ホワイトスネイクの最後の力、僕とマスターに見せてよね!
 そうじゃないと、割に合わないよ。
 今回の準備、ホントにコッチは苦労したんだから~」


ロレインは腰の重心を下げた。
右足を前に出して、半身の姿勢を取る。


「さ、エンディングまでがんばろっか~♪」


誰もが理解できる、それはロレインの戦闘態勢だった。


「ホワイトスネイク」


一色触発の状況。
動いたのはマリエッタだった。
膝着くキースに従っていたマリエッタが立ち上がる。


「全ては私の不徳の致すところ。
 ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございませんでした」


言葉発しながら、マリエッタは袖で目を拭った。
袖で涙を弾き飛ばす。
そこから現れたマリエッタの表情は、目は赤いものの優しげな慈愛溢れるものだった。


「ありがとうございます。
 ココロから、ココロから感謝申し上げます。
 貴方のおかげで、私は人になれました」


そして、マリエッタはキースをかばう位置へと移動する。
それはすなわち、ダガーとナイフを構えたロレインの前に立ちふさがることになる。


「お逃げください。
 ホワイトスネイクなら、サーペンスアルバスの寺院に行けば大丈夫だと信じております。
 だからどんなことがあっても、ここは――」


マリエッタは、いつもと同じようにスカートの裾を持ってお辞儀をする。
その行為は、普段のメイド業務時と同様に完璧なものだった。


「私の命で、1分1秒でも時間を作らせていただきます」


両手を大きく広げて、マリエッタはロレインを睨み付ける様に立ちふさがった。


「あは!」


マリエッタの行動に、ロレインは嬉しそうに目を細める。


「いいねえ~!
 どれだけがんばってくれるのかな?
 ちょっと押したぐらいで泣いたりしないでよね、ね!」


チェシャ猫のような笑みだった。
それはいつまでも瞼にこびりつくような、酷く、嫌な笑みだ。
だが――


「ご安心ください」


マリエッタはロレインに対して、頭を下げる。
それは来客者に対するメイドのそれだった。


「腕を切り落とされても立ちふさがってみせましょう。
 足を捥がれても、歯で噛み付いて歩かせません。
 首を切り落とされたら、呪詛の言葉を投げかけて足止めさせていただきます。
 ホワイトスネイクのために――」


一片の迷いも無い言葉だった。
マリエッタはロレインに対してぶつけていく。
だが――


「ふーん、じゃ、まずは右腕から言ってみよう~♪」


ロレインになんら痛痒を与えることは無かった。
前方のマリエッタに向かって、足を踏み出そうとした時だった。


「おいおいおい……
 ……
 なんつーか、な。
 勝手に話を進めないでくれないか?」


マリエッタ、ロレイン、ラクリモーサの視線が声の主に向かった。
それはホワイトスネイクこと、キース・オルセンへ――


「よっこらっしょ、っと……
 ……あたたた……」


キースはゆっくりと立ち上がる。


「妙のタイガードライバーの方がキツかったってーの」

「ホワイトスネイク――!」
「おりょ?」
「……」


マリエッタ、ロレイン、ラクリモーサの声が上がる。
三者三様の反応に対して、キースはマリエッタに笑みを向ける。


「マスター、姉さんねえ……」


キースはボヤキながら、口元の血を手で拭い払った。
そして、自身の背中につきたてられているダガーに手を伸ばす。


「ぐ、いててててててっ!!」


キースは自分自身の手で、一気にスカイレンダー・ストームボルトダガーを抜き取った。
抜いた後、傷口からは血があふれ出す。
さすがに、この行為にはロレイン達も驚く。
だが、当の本人はいつもと変わらない。


「くわー、いててて。
 けど、ちょっとは楽になったなー。
 あー、けど、血が足りないのかなあ。
 貧血?
 あれ、周りが黄色く見える。
 こりゃ、徹Dをやった日の朝ってか。
 やばいなー」


この場の雰囲気にそぐわない、緊迫感が無いキースの言葉だった。
3人にはキースの発している言葉の意味は理解できないが、キースが発する雰囲気に目を離すことができなかった。
(ちなみに、キースたちは徹夜で「D&D」を行うことを徹D(てつでぃー)と読んでいた)

そんなキースに、ロレインは嬉しそうな笑みを湛える。


「うはー、信じられないなあ!
 スカイレンダー・ストームボルトダガーを引き抜いて、しかも、立ち上がっちゃうんだ~!
 これだけでも、マスターに喜んでもらえるよ!
 でも残念!
 言い忘れてたんだけど、それちゃーんと出血性の毒塗ってあるよ。
 シーフのたしなみは忘れてないからね~」


ロレインの言葉に、マリエッタは一気に顔を青ざめさせた。


「な――!」


絶句するマリエッタに、ロレインは朗らかで無垢とも言える笑みを向けた。


「だってさー、
 こんなのとか使わないと、弱い僕なんて勝てるわけないじゃん。
 だって、あのホワイトスネイクだよ?
 こんなの当然でしょ?」


そしてロレインはキースへ視線を戻す。
当事者であるキースにはわかるような変化は見られなかった。


「ちなみに、当然だけどたーっぷり塗っておいたよ。
 えーと、ずっと血が止まらないんじゃないかな?
 何分もつかなあ。
 あ、ちなみに、ミノタウロスは10分だったよ」


ロレイン、マリエッタ、キース。
この3人を見守っていたラクリモーサはため息をついた。


「貴方と私の価値観は平行線ね。
 1億年経っても歩み寄れないわ。
 これなら、私達とエルフが仲良く手をつなぐほうが現実的ね」
 

ラクリモーサは小さく呟いた。
そして、キースに視線を向ける。


「終わりかしら、ね……」


スカイレンダー・ストームボルトダガーの攻撃力は相当なものだ。
それはラクリモーサもよく知っている。
さらには、[狂乱双子(クレイジーツイン)]が使う毒。
その辺りで取れるような毒というわけではないだろう。

ラクリモーサはキースに向けて微笑をたたえた。
それは死に行く男に向けて、ラクリモーサができる一番の贈り物だ。
だが、その笑みは切なくさびしげなものだった。





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072 反撃

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だが、重々しい雰囲気は砕け散る。


「何この雰囲気?
 10レベルオーバーのマスターファイターをなめんなよー。
 言うなればグランドマスター、グラマスってやつ?
 ああ、これ格ゲーの称号か。
 さすがに頭は回らないな。
 でも何はともあれ、なー。
 お前さんが考えている以上に、マスターキャラの俺はヒットポイントあるんでね。
 所詮、ダガーのダメージ。
 まだまだ行ける。
 あ、もちろん、楽なわけじゃないぞ。
 ぶっちゃけ泣きたいぐらいには痛いし、吐き気もする。
 けど、問題ない。
 というわけで――」


キースは一息で言い切ったのだ。
さらに驚いたことに、手のひらでごみを払いのけるようなジェスチャーをロレインに向ける。


「逃げてもいいぞ?
 マリエッタとニエヴェスさんはこっちにあるんだ。
 ぶっちゃけ、こっちはお前さんに用ないんだよ」


この挑発行為に、ロレインは一瞬ポカンとした表情を浮かべてしまう
そして、大きく目と口を広げてしまった。

マリエッタは涙を流した。
それは先程までと違うものだ。
安堵の涙。
ゆっくりと一礼してから、キースの左斜め後ろへ移動する。
いつものホワイトスネイクだったから、マリエッタはいつもの位置へと戻ったのだ。

ラクリモーサも、このキースの立ち居振る舞いには苦笑していた。
そして小さく「ふふ、さすがはイル様と並ぶ英雄ね」呟いた。


「あはは!
 おもしろいなあ、さっすがホワイトスネイク~!
 何言ってるか、意味は全然わからないけど~!
 まだまだ楽しませてくれるっていうなら――」


ロレインはどこから投擲用のナイフを取り出す。


「ハッ、ハッ、ハ――!」


瞬く間に3本のナイフがキースを襲う。
が――


「そんなんじゃ、ナイフの無駄だなあ」


キースは首を左に少し傾げて、顔面に向けられたナイフを事も無げに避ける。
残りの2本は心臓と鳩尾の位置へと向けられていたが、避けることもしない。
ソーラー・アーマーで弾き飛ばしたのだ。


「うへえ~」


このキースの動きに、ロレインは驚きと楽しさがミックスされた表情を浮かべた。
完全に防がれたが、気にした様子は無かった。
その態度に、キースは思い出したかのように口にする。


「あ、毒の効果を期待しているのか?
 対戦ゲームでそんなプレイしたら嫌われるぞ。
 ま、俺はやるけど」


そして、突然、ロレインに対して背中を向けた。


「ま、捻りが無くて悪いな。
 挑発ってやつかな。
 ほれほれ、完全に背中丸出しの無防備だぞー。
 で、どうする?
 このままずっとにらみ合うか?
 ま、こっちは奥の手を用意してるんで、全然それでもいい。
 けど、攻めてきたら、お前さんが希望している楽しいことは見せてやれる。
 さあ、どうする?」


キースの背中からは、今も血が流れている。
だが、にもかかわらず、キースは余裕の笑みを浮かべていた。


「うわあ、ホワイトスネイクに乾杯!
 さっきから驚きの連発だよ~!
 すっごく面白い!
 これならマスターも喜んでもらえるよ~♪
 当然――」


ロレインから笑みが消える。
それは獲物を狩る者の顔だ。
一気に姿勢を低くして――


「行くに決まってるでしょ~!」


キースに向かってロレインは突進する。
その際に、ロレインは左手のナイフを投げ捨てた。
そして右手に握ったダガーの柄の根元に左手を添える。
それは、より体の奥へとダガーを突き立てるため――!


「もらったよー!」


キースの背中の傷口を抉るために突き立てようとして――


「え……?」


ロレインには理解できなかった。
全く理解できない。
なぜなら――


「不惑(まどいなし)ってんだぜ?
 面白いだろ、これ宇宙忍者の技。
 さすがに満足してくれるよなー?
 剣を持った格ゲーキャラの技は懸命に練習してたんだなー、これが。
 まあ、これだけじゃなくて、こっちに来ていろいろ実験したけど、大変だったなあ」


キースの言葉がロレインには全く理解できない。
今の状況が理解できない。


「き、君はバカなの……!?」


ロレインがたどたどしく口にする。


「ホ、ホワイトスネイク!?!?」
「……!」


マリエッタ、ラクリモーサも息を飲んでしまう。
今の現状を知れば無理は無い。
サンブレードの剣先が、キースの背中から突き出しているのだ。
その剣先は、突進してきたロレインの腹部へと突き立ったのだ。


「しょ、正気じゃない……!」

「お前に言われたくないなー、なんか」


ロレインは慌ててバックステップする。
勢いよく突っ込んだために、また、軽装備ともあり腹部から血が流れ出した。
だが、どうみてもキースの方が重症だと思われたが――


「あ、これ自爆技じゃないからな、ちなみ」


剣が突き刺さった状況で、キースは何事も無いように答える。
むしろ、先程よりも声にハリとつやがあるくらいだ。


「ど、どういう意味~、ちょっと教えて欲しいな~?」


腹部からは血と、額からは汗をにじませながらロレインは問いただす。


「これ、実は回復技なんだぜ」


キースは自ら突き立てたサンブレードを抜く。
すると驚くべきことに、血も出なければ傷跡もない。
しかも、スカイレンダー・ストームボルトダガーで傷つけられていた傷すらも見当たらないのだ。


「ヒットポイント全快!
 体調万全。
 さ、こっちはまだまだ行けるぞ?
 なんなら今からホブゴブリンを全滅させてやるぞ?」


キースは腕をグルングルン振り回す。
そしてスクワットや足を伸ばす運動を開始する。
軽快な動き、見当たらなくなった傷。
回復技といったのは本当だったと、ロレインたちは理解させられた。


「あ、あはは、まるで悪い冗談だ……!」

「満足いただけたようで何よりだ。
 TRPGってこういうのがいいよなあ。
 マニュアルや文章の説明に矛盾が無くて、マスターが許可すればどんな行為もOKになるからなあ。
 コンピューターゲームじゃ絶対ありえない」


[サンブレード(陽光の剣)]と[ソーラー・アーマー(太陽の鎧)]を使った回復手段。
これはキースがマスターにお願いして、マスターが公認したプレイだった。

まず、サンブレードには『与えるダメージが[光輝]の種別を得る』力が備わっている。
そしてソーラー・アーマーは『[光輝]を受けた際に、[光輝]分の体力を回復することができる』力がある。
そこで思いついたのが、自分で[光輝]のダメージを受けるということだった。
無論、どちらか一つが欠けたらできない方法である。
さらに今回は回復に加えて、攻撃も追加したのである。


「ほ、ホント、面白すぎてまいるよ~
 あは、今頃、マスター大笑いしてくれてるかな~?」


腹部を押さえて、ロレインは3歩程後ずさりをした。







不惑(まどいなし)は3D格闘ゲーム『鉄拳』シリーズの吉光というキャラクターが使う技です。



いろいろなアイテムの使い方がTRPGはできます。
ただ、それだけが言いたかった今回のお話でした。



もっと早く話を展開させたい!



今回は難産!



[13727] 73 魔王
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2012/04/21 11:33
「ヒヒ、愚か愚か愚か。
 所詮、あの姉弟など塵芥。
 この程度の存在、ヒヒ。
 にしても酷い。
 あの女も魔法で後方支援、小僧も暗殺闇打急襲に徹底すれば、
 多少なりとは見れたものになったであろうに、ヒヒ。
 酷すぎて、楽しすぎて、腸が捻り返りました、ヒヒヒ」

「そう言ってやるな。
 そんな2人だからこそ、むしろ、俺には愛おしい」


映し出されているキースとロレインの姿を見て、ビックバイは満足げな笑みを湛えた。
そしてグラスに残っていたテラー・アイコールを一息に飲み干す。


「貴様は神を信じるか?」


空のグラスをサイドテーブルに置いてから、ビックバイは深く椅子の背もたれに身を預けた。
そしてゆっくりとした口調で、側に立っているヴェクナに問いかける。


「ヒヒ?
 何をおっしゃっているので??
 いや、だからこそ素晴らしい。
 相変わらず、斜め上のことを聞きなさる、ヒヒヒ」


存在自体が不快といっても差し支えない男、ヴェクナは奇妙に笑う。


「虐殺の神、エリスヌル。
 死の神、ネルル。
 死と魔法の女神、ウィー・ジャス。
 応報の神、聖カスケード。
 魔術の神、ボカブ。
 力の神、コード。
 あと1ダース程は述べて差し上げましょうか、ヒヒ」


ビックバイの質問は異常だった。
当たり前すぎるのである。
「空気は存在するか?」「水は存在するか?」「太陽は存在するか?」
するに決まっている。
この世界では、それらの問いと同様のことだったのだから――


「聞き方が悪かったな。
 全ての神や存在を生み出した、さらに上位とも言える……
 ……
 そうだな。
 本当に全ての者を生み出した存在を信じるかどうか、ということだ」


何事も無いかのように、ビックバイは自然な体のまま言葉を発する。
だが、その言葉を聴いたヴェクナは驚き、口をゆがめ、眼を爛々と輝かせて――


「ヒヒヒ!
 魔王ビックバイに幸アレ!
 貴方は素晴らしい。
 今の一言で、全ての僧侶を敵に回しました、ヒヒヒ」


高らかに笑った。


「それが自然な反応だ。
 が、それは確実に存在する」


ビックバイは自身の右手を見つめる。
そしてゆっくりと広げては閉じて、広げては閉じてを繰り返した


「ヒヒ、では聞きましょう!
 どうやって証明するので?
 この非才なる身に教えていただきたい、ヒヒ!」


ヴェクナは両手を広げて、ビックバイの正面へと回って身構えた。
「ワクワク」と言って差し支えないであろう、それはヴェクナの態度だった。


「俺が、その存在に作られ、
 その事を知っているからだ」

「ヒ――?」


ビックバイの言葉に、ヴェクナの言葉も詰まる。
そんなヴェクナに対して、ビックバイは何事も無いように続けた。


「俺は魔法であり、武器であり、毒だ。
 全ての存在を害するために生まれ――」


そこで、突然ビックバイは言葉を止めた。
数瞬、間が開いた。
そして続ける。


「いや違う。
 俺は、あいつ等を害するためだけに生まれたのだ」


ビックバイはゆっくりと椅子から立ち上がった。
刹那、ビックバイの右手には、奇妙な妖かしのエネルギーが渦巻いているロッドが手にされていた。


「ヒヒヒヒヒヒヒ!!!!
 ロッド・オブ・ザ・ソロウスウォーン!!!!! 
 とうとう立たれるのですか!!
 ヒヒ、魔王ビックバイを見られるのでしょうか、ヒヒ!!」


荒い息を吐きながら、ヴェクナは興奮を隠さない。
爛々とした目でビックバイを見つめた。


「焦るな。
 今の俺では勝てぬとは言わぬが、負けないとも言えん。
 俺を生み出した神が、俺の身体の中で告げている。
 あと2年待て、と。
 まあ、根拠は知らんがな」

「ヒヒ!
 なんともまあ、焦らせる!!
 残酷なお人、ヒヒ!」


ビックバイの言葉に、ヴェクナはイラつかせるように吐き捨てる。
一般人にとって、全く理解はできないが、これでも、ヴェクナは落ち込んでいる声だった。
そんなヴェクナに対して、ビックバイは唇の端を上げた。


「が、リハビリぐらいは必要だと思わんか?」

「ヒヒヒヒヒ、必要、必要、必要、ヒヒ!!!」


あまりにも早く帰ってきた返答に、ビックバイは不敵な笑みを返す。


「俺を生み出した神に感謝しよう、
 お前の望みどおりにしよう、
 あいつ等に魔法をぶつけ続けよう、
 しっかり見ていろよ――」


そして遥か遠い何処かに向けて、ビックバイは思いを馳せる。


「『ダンジョンマスター』とやら――」





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073 魔王

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「なっ!?」

「え――!?」


豪奢な紫紺のローブで身を纏ったローレン。
禍々しく、命あるものを全て拒否するかのような雰囲気を持つ漆黒の全身鎧に身を包むノア。
相対する2人が驚いたのは同時だった。


「ロレイン……」


双子の弟の名を呟くと、ローレンは片膝を付いたのだ。
そして腹部を手で押さえ始める。


「何もしてないのに、何……?」


グングニルの穂先を向けたまま、ノアはローレンから視線を外さない。
そこで知りえたのは、ローレンの下腹部辺りのローブが黒く滲んでいることだった。


「血……? 怪我してた、それが開いたの……?」


ノアには原因が分からない。
だが、何かが起こっていることは理解できる。
油断せずに、まずは様子を見ること選択した。


「クソ、ホワイトスネイクにでもやられたか……!」


ローレンは口惜しげに吐き捨てた。

ローレンとロレインの2人は、特殊な体質を持つ双子だった。
受けた感覚の半分を、違いにも共有させてしまうのである。
これには良い面も悪い面もある。
即死するような攻撃を受けても、2人で半分ずつ分け合うことで2人とも助かる。
だが一方の人間は、突然、半死のような状態に陥ってしまうのだ。


「チっ、結構、深い……!」


ローレンは頭の中で必死に考える。
弟の状況、そして、今の自分の状態と状況と今後の展開について。
そして導きだされた結論は――


「クソっ!」


ローレンはノアを睨みつけつつ、腹部を押さえながらではあるか勢いよく立ち上がった。
そして、そのまま空へと飛び上がる。


「フライ!?」


ノアはグングニルの切っ先を、空へと上昇しつついるローレンに向ける。
グングニルを投擲、もしくは唱えられた呪文をディスペルできるように身構える。


「売女!
 テメエの相手は、また後でだ!
 せいぜい、そのゴミ共と遊んでろ!
 そうすりゃ直ぐさ!
 あたしが帰って来るまでな、行け――!」


ヒステリックに、ローレンは怒鳴りつける。
直後、ローレンの姿は掻き消えた。


「テレポート――!?
 逃げた、でも――」


ノアの眼前からは、ローレンの姿は確認できなくなっていた。
だが、ノアは警戒の気持ちを緩めることはない。
突然の展開に対して、気を緩めないことはドーヴェンに教わったことだ。

ノアはもう一度、ウィズドローと探知系の呪文を唱える。


「いない……か……」


ホブゴブリンの反応は沢山あったが、強い魔力は感じなくなっていた。
本当に、テレポートを使って何処かに飛んだのだろう。
空に向けて構えていたグングニルを、ノアは下ろした。


「また、あの時とおんなじ、か……
 なんなんだろ、あの人……?
 ……
 ……
 ……でも考えるのは後、今は――!」


そして、ノアは、周囲を取り囲もうとしている数多くのホブゴブリンへと意識を向ける。


「おにいちゃんの大切なものを守らないと、ね――!」


臆することなく、数多のホブゴブリン達に対してノアは立ちふさがる――





キースは首に手を当てる。
そして横に動かして、骨を「パキパキ」と鳴らした。


「ん~、さってと。
 じゃ、黒幕にはとっとと吐いてもらうとするかね。
 カツ丼は出ないけど、な」


キースがロレインの元へと向かうために、足を一歩踏み出した時だった。


「!!!!!!」


キースの体内で時間の流れが急に遅くなった。
世界の色が反転、モノクロになる。
全身の毛穴から大量の汗が噴出してくる。
脳内、心、全身、キースを構成する全てから緊急警報が発令される――


「――!?!!?!?」


キースが後ろを振り返ろうとした時には、遅かった。


「かはっあああ――!?!?」


恐ろしいまでの衝撃がキースにぶつけられる。
蹴られたボールのように、キースは吹き飛ばされていった。
神速と呼ばれるキースですら、何もすることができない。
サンブレードを手放さないようにするのが精一杯だった。


「く、くそ!?
 なんだってんだ!?」


10メートルは弾き飛ばされただろう。
キースは首を振って、意識を覚醒させる。
そして痛む身体で、視線を上げると――


「半透明の、手……!?」


キースが元いた場所には、軽自動車ほどの大きさの右手握り拳が存在していた。



「うへ、なにあの馬鹿でかい手。
 あんなのにぶん殴られたのかよ、そりゃブルース・ウィルスもびっくりなぐらい飛ばされるわ。
 ……
 ……
 ……手?」


キースの頭に、嫌な呪文が思い出される。


「まさか、あれ――」


心は否定したがるが、あんな独特な呪文は間違えようもない。
嫌な予感が襲い掛かる。


「おいおいおいおい。
 魔法の手。
 そんなの使うの、アイツだけじゃねえかよ……」


キースの額からは汗がでる。


「クソ、ここで出すか!
 マスター、そりゃちょっとばかり無理ゲーなキャンペーンなんじゃね……!?」


キースは空を見上げて、ダンジョンマスターをやってくれていた友人を思い出しながら愚痴った。

そして、キースはすぐさまブーツ・オブ・テレポーテーションの力を発動させる。
現れたのはマリエッタの目の前だった。
呆けていたマリエッタは、慌てて襟を正す。


「ホ、ホワイトスネイク!!
 お、お身体は、大丈夫でしょうか!?」
 
「ああ。
 なんとか軽いダメージで済んだ。
 けど、ちょっとばかりピンチかも、だ」

「え――」


マリエッタは驚く。
どんな状況でも、ホワイトスネイクは、どこか「のほほん」とした雰囲気があった。
そんな彼が、見せたことがない焦りの表情を湛えていたのだから。


「マリエッタ。
 絶対に俺の側から離れるな。
 今から敵が来る。
 そいつからは、多分、逃げられない。
 なら、側にいてくれた方が守りやすい」


キースの言葉に、マリエッタは息とつばを飲み込んだ。


「か、かしこまりました!」


マリエッタの言葉を聞き、さらにキースはニエヴェスの方に視線を向ける。
と、ダークエルフの女性であるラクリモーサと視線があった。
彼女は(本当に楽しげに)笑みを向けてきた。
そして、ひらひらと手を振ってきた。
そんな彼女の側には、横になって眠っているニエヴェスを確認できた。

一先ずは問題無いと、キースは判断した。
そして、巨大な手に向かってサンブレードを構える。


「魔王からは逃げられない、
 あんにゃろ、この台詞好きだったよなあ。
 ってことは、この世界でも逃げられないんだろうなあ」


TRPGの世界ではマスターの言うことは絶対だ。
サンブレードによる回復方法も突拍子も無いが、マスターが認めたら、それは、その世界では有効となる。
だが、逆に敵側にも当てはまる。
敵について、マスターが「こういうものなんだよ」と告げたら、それはそういうものとして扱われるのだ。
マスターが、その世界を作っているのだから――


「あは。
 これは棚ボタ的に、僕の勝ちってことなのかなあ?
 楽しくない場所に、普通は来ようなんて思わないもんね~♪」


突然出現した大きな手を見て、ロレインは地面に座り込む。
腹部を押さえて、汗をかきながらでは合ったがいつもの表情で笑みを浮かべた。


「アタタタ。
 あー、でも、絶対、姉さんには怒られるんだろうなあ」


突如現れた手が、次第に消えていく。
そして、手と入れ替わるように人の姿が見えてきた。

徐々に。

徐々に。

徐々に。

そして顕現する。

そこには、豪奢な真っ赤なローブに身を纏った青年が立っていた。



-----------------------------------
・[ビックバイズ・クレンチド・フィスト【魔術師ビックバイの戦う手】] LV8スペル

巨大な実体の無い手(こぶし)を作り出す呪文。
この手は使い手のコントロールにより動く。精神集中は特に必要ない。
この手(こぶし)が命中判定に失敗することは決してない。
しかし、使い手は指定しないと攻撃は行わない。
手のACは0、ヒットポイントは使い手の最大ヒットポイントを所有する。

ダメージはランダム。
軽傷、中傷、重症、致命傷とダイスで決定される。

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ビックバイズ・クレンチド・フィスト【魔術師ビックバイの戦う手】は、
ちゃんとルールにある魔法です。
私が勝手に作ったオリジナル魔法とかではありません。
一応、念のためにw



一段落したら、今までのお話を見直すつもりです。



[13727] 74 魔王と白蛇
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2012/05/20 12:37

ラクリモーサは自身の腕で身体を強く抱きしめた。
降り注ぐ雨も、今の彼女の火照りを抑えることはできない。
興奮を抑えきれないのだ。
身体が猛る。
自然と笑みがこぼれてしまう。


「魔王と白蛇。
 三度目の邂逅。
 宝石よりも秘術よりも古の大樹よりも尊い、殿方の誇りをかけた――」


まるで踊りださんばかりに、ラクリモーサは歩を進める。


「純粋な、ただ純粋な力比べ」


彼女が向かった先は、キースとマリエッタの元だった。
雨を厭わず、汚れることを厭わず、ラクリモーサは2人の目前で片膝を付いた。
そしてゆっくりと頭を垂れる。


「貴方様の存在に、全ての女を代表して感謝しましょう」


ラクリモーサは舌なめずりをする。
ピンク色の唇がテラテラと輝く。
ゆったりとした動作で、ラクリモーサは下腹部を手で押さえた。


「ありがとうございます」


鈴の音色のような声色で告げると、妖艶としか例えようのない笑みを湛える。
そんなラクリモーサに対して、


「あんた、一体――」


キースは声をかけようとした。
だが、ラクリモーサは立ち上がり二人に対して背を向けた。


「フェーミナ。
 その女性をホワイトスネイクの側に運びなさい。
 身重の女性、慎重に扱いなさい。
 無礼は許しません」


まさに女王の風格を伴った言葉だった。
命を告げられたフェーミナは、どこからともなく、すぐさまに姿を現した。
そして横たわり眠っているニエヴェスを、キース、マリエッタの側へと静かに移動させる。

その、ニエヴェスの様子を見届けてから、ラクリモーサは呟くように囁いた。


「可愛らしいメイドさん。
 貴方は貴方が信じる殿方を――」


が、それは途中で止まる。
やさしげな笑みを浮かべながら、ラクリモーサは歩き始めた。


「フフ、貴方には失礼ね。
 こんな当然なこと言うのは――」
 

ラクリモーサは向かう。
それは、彼女が最強と信じる男の下へ――





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074 魔王と白蛇

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豪奢な、真紅色のローブに身を纏った男。
その男の炎のように真っ赤なローブの布地には、黄金色の鳥の羽があしらわれていた。
男が発している威圧感と風体が相成って、この男は誇り高きフェニックを想起させた。

そんな男の下へ、ラクリモーサはスキップするかの如く近寄っていく。
そして、男の左腕を抱きしめつつ、側へと寄り添った。


「マスター、ご機嫌のようで何よりですわ」


ラクリモーサは自身の頬を、男の腕に擦り付けながら告げた。
そんなラクリモーサには目も向けず、男の視線はキース・オルセンに向けられたままだった。


「最高の気分だ。
 血が、血が滾って仕方が無い」


男が言葉を発しても、その視線はラクリモーサには向けられない。
そんな男の言に対して、よりラクリモーサは美しき笑みを湛える。
  

「私よりもホワイトスネイク。
 焼けますわ。
 これだから殿方は――」


そして愛おしげに、ラクリモーサは身体を男に預けた。


「殿方はそれでいいのです。
 我々、女などは二の次、三の次で良いのです。
 そんな殿方だからこそ、貴方が愛おしくてたまりません」


静かに、ラクリモーサは両目を閉じた時だった。


「ヒヒヒ、ヒヒヒ」


不快。
人の神経を逆撫でさせる声が響き渡る。


「ヒヒ」


オレンジ色のローブに身を包んだ男が、そこに存在していた。
その男の顔や表情などは、フードを深々と被っている為に窺い知ることはできなかった。

ラクリモーサは瞳を明けて、小さなため息を漏らした。
そして――


「あんたも来たんすか……」


ロレインは、不機嫌さ全開で言葉を吐いた。


「ヒヒ」


キースに傷つけられて、お腹を押さえているロレインの存在。
それに気がついたオレンジ色のローブの男、ヴェクナは気がついて近寄っていった。


「ミミズのようだのお、ヒヒ。
 無様、
 醜態、
 滑稽、
 諧謔、
 ミミズヒヨコにはどの言葉が似合うかの、ヒヒ――」


上から下へ。
ロレインを見下しながら、ヴェクナは嘲笑する。
その嘲笑は全ての存在を不愉快にさせるものだったが――


「死ね」


遮られた。
突如、ヴェクナの正面に紫紺のローブを纏った人間が顕現したのだ。
それだけではない。
その握り締められた右拳には、目ではっきりと確認できる程の雷が纏わりついており――


「ショッキング・グラスプ――!」


ヴェクナに向けて、雷の拳が打ち放たれた。


「ヒヨコの姉か、ヒヒ――」


だが、雷が、ヴェクナに届くことはなかった。
ヴェクナの身体に触れた瞬間、雷が霧散したのである。


「テレポート直後に、貴様が視界に入るとは、な」


そこには、激昂するローレンが立っていた。
今、彼女の全身には電流が音を立てながら駆け巡っている――


「しかも、うちの弟に何言った!?
 今ココで、テメエの腐った脳みそでも理解できるような後悔をくれてやろうか!?」


まくし立てるローレンの言葉に、ヴェクナは酷く苛立たせるように言葉を紡ぐ。

 
「ヒヒヒ、かまわんよ。
 是非、ご教授願いたい。
 無様、醜態、滑稽、諧謔ヒヨコミミズにヒヨコの姉よ、ヒヒ」

「……吐いた言葉、飲み込めねえぞ……!」


ローレンの腹部からも血は出ている。
だが、今の彼女には全く気にならない。
完全な戦闘態勢を、ローレンはヴェクナに向けた。
対するヴェクナはそのままだ。


「ね、姉さん~。
 変態さんと遣り合ってくれるのは嬉しいんだけど、今度にしない?
 僕と姉さんで、一緒にやろうよ。
 で、今は助けてほしいかな、なんて~」


ローレンとヴェクナの雰囲気を打ち壊すのか、煽るのか、
よくわからないロレインの言葉が投げかけられた。


「……
 ……
 ……そうだな。
 2人の方がいいな」


そんなロレインの言葉に、何を思って感じ取ったのかローレンは素直にうなずいた


「命拾いしたな。
 次は脳みそに雷をぶち込んでやる」


冷たい目で、ローレンはヴェクナを一瞥した。
そして、地面に座り込んでいるロレインの元へと向かった。


「ヒヒヒ」


一方のヴェクナは、ただ、周囲に不快をもたらす声で笑うのみ。
ロレインの元へと向かうローレンの後ろ姿を見続けていた。
チロチロと舌を出して、唇を舐めながら――


「全く、お前らしくない。
 ドジを踏んだな」


ローレンは腰のポーチから小瓶を取り出した。
そして、それをロレインへと投げた。


「姉さん、ゴメン~」


ロレインは小瓶を受け取る。


「いいから早く飲め。
 私も痛いのだからな」

「うん、了解~」


ロレインが小瓶に入った液体を飲み干すと、傷口は瞬く間に塞がった。
そしてローレンの小さな安堵のため息を吐いた。


「ふぅ~!
 ポーション・オブ・キュアクリティカルウーンズ、うま~♪」

「一つ貸しだ、これは高くつくぞ」


ローレンから手渡されたポーションを飲み干したロレインは、勢いよく立ち上がった。
屈伸や、足を伸ばす運動を行う。
そして、何度か小さくうなずいた。


「よし、もう大丈夫だよ~」

「大丈夫になってもらわなければ困る。
 そもそも、だ。
 お前はいつもいつもいつもいつも――」

「わー、まった、まった!」


ロレインは姉の言葉を遮る。
いつものお説教モードに入った為である。
これに入ると、恐ろしく長い時間かかってしまう。
いつもなら問題は無い。
だが、今は――


「それは後で~!
 今は――」


ロレインは人差し指を、ローレンの顔へと向ける。
そして「ツンツン」といった体で、前方へと動かした。


「なんだ、私の顔に何かついてるのか?」

「違う違う、そんなボケはいらないよ~
 後ろ、後ろ」

「ん?
 ……
 ……
 ……
 ……んなっ!?」


ローレンの視界に信じられない光景が入ってくる。


「マ、マスター!?!?」


自身が敬愛してやまない存在。
今まで外に出てくることがなかった。
そんなマスターが、今、目の前にいるのだ。
しかも――


「ラクリモーサぁ!」


地獄の鬼もかくやと言わんばかりに、ローレンは呻り声あげる。
そんな声に、当のラクリモーサは気がついた。


「フフ」


ローレンに対して、ラクリモーサは笑顔を向ける。
そして抱きしめている男の手を、自身の胸に挟み込まんばかりに抱き寄せた。


「貴様、マスターに対して、無礼な真似を~~!!」


ローレンは向かう。
彼女が敬愛する男の下へ――


「あは、これは楽しくなりそうだな~♪」


ロレインも姉の後に続く。
姉が仕えている男の下へ――


「ヒヒ。
 吸い時ではないということかのう、ヒヒ」


ゆっくりとした動きで、ヴェクナも歩き始める。


「素晴らしい、素晴らしい。
 ヒヒヒヒヒ――」


ヴェクナは向かう。
魔王と呼ばれる男の下へ――





「あ、ああ……!」


マリエッタの声は声にならない。

それは、今、目前にいる真っ赤な豪奢なローブの男の存在の為だ。
息苦しいのだ。
身体の震えが止まらないのだ。
全身から、おそろしく冷え切った汗があふれ出してくる。

今、マリエッタの心では、ある1人の男の名前が渦巻いている。
それは――


「ま、まさか……!?」


マリエッタが声を絞り出そうとした時だった。


「ライトノベルもびっくりな展開だなあ」


キースはため息とともにぼやく。
そして――


「こんな時は、上司に全部押し付ければーいいんだ」


マリエッタに対して、キースは笑顔を向けた。
そして、ゆっくりと落ち着かせるように抱きしめる。


「!?!?!?」


マリエッタには何が起こったのか理解できない。
今度は違った意味で、声にならない状態だった。


「任せとけ。
 ここにいるのは誰だ?
 マリエッタ、何時も言ってるだろ。
 俺、ホワイトスネイクなんだろ?
 なら、大船に乗った気でいるといい」


子供をあやす様に、キースはマリエッタの「ぽんぽん」と撫ぜた。


「は、はい!??」


なんとかマリエッタは声を絞り出す。


「ん、おけ」


そんなマリエッタを見て、キースはマリエッタからは離れた。
今度は別の意味で、マリエッタは腰砕けになってしまう。
思わず、地面へと座り込んでしまった。

そしてキースは歩き出す。
魔王と呼ばれる男の前に立ちふさがる為に――





今、ここに魔王と白蛇が相対することになった。
魔王の背後には4人の男女。
白蛇の背後には1人の女。

聞こえるのはシトシトと降り続く雨の音だけ――
誰もが動かなかった。

そんな均衡を破ったのは――


「やれやれ、だ。
 相変わらず、存在自体が迷惑なやつだなあ。
 うちの大事なマリエッタさんに、恐怖(フィアー)を押し付けないでくれ」


キースだった。
肩をすくめるようにして、そしてキースは言葉を続けた。


「にしても、イメージ通り。
 ボスらしい、まー、なんというか、マスターの中二病全開の格好だ。
 やれやれだなあ。
 見た目どおりの強さなんだろうな、これってば……」


キースはため息をつく。

キースは魔王とは面識がある。
が、水梨勇希は、実際には魔王とは会ったことがないのだ。
しかし間違えようも無い。
魔法、そして想像していた通りの外見から推測すれば間違いようもない。


「で、聞いていいか?
 なんで生きているんだ、ビックバイ?」


キースが発した男の名前。
その瞬間、場の空気が凍ったかのような雰囲気に包まれた。

魔王ビックバイ。
この世界にいる人々ならば誰もが知っている。
破壊の魔術師。


「心地よい、な」


ビックバイは穏やかな声で発声する。


「やはりこの空気が最高だ。
 魔法と剣。
 この場には、これこそが相応しい。
 戦いの場には――」


ビックバイは唇の端を上げて笑う。


「やはりお前達なのだ。
 俺に、この空気を味あわせてくれるのは――」


不敵。
今のビックバイに、これ以上相応しい言葉は無い。
まるで演説のような、堂々とした発言だった。


「俺、のほほんとした空気が好きな人間でね。
 こんな雰囲気、遠慮願いたい。
 だからさ。
 またあんたとは会いたくはなかったな。
 あ、でも、プリズムはありがたく使わせてもらってる。
 それだけは感謝しとくわ」


一方のキースは、いつもどおりの言だった。
それはまるで、「今から、朝ごはんを食べる」と内容を変えても差し支えないようなものだ。


「やれやれ、だな」


そしてキースはサンブレードを構える。
切っ先は無論。
魔王ビックバイ――


「クク、喜んでもらえて幸いだ。
 だか、感謝するのはこちらも同じ。
 改めて言おう。
 感謝するぞ、ホワイトスネイク――」


ビックバイは両手を広げた。
それはまるで、胸に飛び込んで来いと言わんばかりの格好だった。







プライベートでバタバタしておりました。
遅くなって申し訳ございませんでした。





なんだか全く話が進んでいないなー。




次話あたりで一段落つく予定。
予定。
なんという都合の良い言葉なのでしょうかw



[13727] 75 チート
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2012/08/17 11:06
(やば、やば、やべー、やべ~!
 余裕ぶるので手一杯!?
 どうする、俺!
 がんばれ、俺!
 考えろ、俺!)


キースの脳内では大会議が開催されていた。
自身と、目前の戦力差を比較すれば無理も無い。
TRPGで遊んでいた時のラスボスだったキャラクターの出現である。
しかも、どう見ても、相手の戦う気力ゲージがMax状態だ。


(くそ、普通にやり合ったら勝ち目ゼロだろ、これ!
 ダイヤ1:9ってレベルじゃね!?
 落ち着け、俺!
 そ、素数を数えるか!? 
 ひとよひとよにひとみごろ!
 って、違う!
 いろはにほへとちりぬるお!
 ひっひっふー、ひっひっふー!
 プリズムの効果発動、キースは冷静になるっと――!)


だが、そんな時には、アイウーン・ストーン・オブ・パーフェクト・ランゲージのパワーを使用する。
まずは冷静にならないと勝負にならない。
この事は、こちらの世界に来てからすぐに学んだことだからだ。

白桃色の菱形プリズムは、すぐにクルクルと動き始めた。
効果が発動されたのである。
これにより、キースには[威圧]、[交渉]、[事情通]、[はったり]のボーナスが加算された。





-----------------------------------

075 チート

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泰然自若。
そんな面持ちで、キースは眼前の男と向かい合っていた。

だが、それができる男が何人いるだろうか。
相対している男は一般人ではないのだ。
3つの国を瓦解させ、数多の町や村を蹂躙した魔王である。

キースの眼光や雰囲気は、魔王と呼ばれた男に対しても全く引けを取るものではなかった。
まさに、その姿は[英雄]と呼ぶに相応しいものだった。


「血が燃える、な……!」


そんなキースに、サンブレードの切っ先を向けられている男。
ビックバイ。
彼は不敵な笑みを隠すことは無かった。
面持ち、身体の至る所から、歓喜があふれ出しているのが見て取れる。

そんな2人が見合っている。

誰も口を挟むことなどできない。
息を飲んで見守るだけ。
大自然も邪魔はできない。
先程まで降っていた雨が、いつの間にか止んでいた。

あの御伽噺の中の戦いが、今、実際に開幕しようとしていた。





(さて、どうする――?)


キースは思考する。
逃げ出すという選択肢は無い。
キース自身だけなら不可能ではないかもしれないが、マリエッタとニエヴェスの2人はどうにもならないからだ。
では、どうすればいいか?


(アイツは確か、戦いラブの某サイヤ人みたいなやつだった。
 小悪党的なボスキャラじゃない――)


ゲーム時代のビックバイの人となり(キャラクター設定)を、キースは思い出す。


(同じだったら、なんとかなるか――!
 アイツの気持ちを上手く持ち上げて、手打ちの方向へと持っていけばいい。
 そうすりゃ、この場だけでもなんとかなる。
 まあ、少しでも悪い心境にさせたら、逆に、文字通りの意味で木っ端微塵だけどなあ。
 ……
 ……
 ……
 アハハ、テラワロス。まさか、俺がギャンブルまがいをすることになるとはー。
 で、問題はアレか――)


チラリと、キースはビックバイの後方に控えている4人に視線を向ける。


(あの新キャラ達だ。
 あのロレインって男も、いつの間にか傷が無くなってるし。
 行動が、いまいち、読めないのがうざいな。
 マリエッタさん達を保護してくれたダークエルフの姉さん、あー、ダクエル姉でいいか。
 ダクエル姉はちょっと保留でいい。
 なんか、今も、俺を見て手を振ってるしなー。むむ、これも逆によくわからん。
 マックスにヤバそうなのは、どー、見ても残りの2人だよなあ)
 
 
紫紺のローブを纏った女マジックユーザー。
不快な声を発するオレンジ色のローブに身を包む正体不明の男。
この2人から、どう控えめに見ても殺気しか感じ取れないのである。


(テラヤバスって、こういう時に使うってことがわかったなー。
 なんか全身から雷の音がバリバリ鳴ってて、しかも目付きがギンギラギンの女の子と、
 クレイジーマックスな雰囲気しか感じられないオレンジの人、っていうか、本当に人??
 あの2人はやばい。もー、存在がやばいって感じ。
 ビックバイを抑えられたとしても、暴れ出しそうな雰囲気だもんよー。
 それはいただけないよなあ……)


ビックバイよりも先に、この4人を無力化させる――
キースは考える。
だが、それは、一瞬で却下となった。
ロレインという男の力を考えれば、他の3人が弱いということは望み薄だろうと考えたからだ。
それにビックバイも黙ってみている保証は無い。
そのまま複数からの攻撃に晒されるようなことがあれば最悪だ。


(なら、先手を打たせてもらうとするかねー。
 性格知っているプレイヤーのチートっぷりを見せてやるとするか――)


キースはビックバイへと視線を向ける。
目と目が交差する。
ビックバイがこちらを意識したタイミングを見計らい、キースは言葉を発した。


「ビックバイ。
 後ろの4人は黙らせてろ。
 俺とお前の間じゃ、邪魔することもできない」


そして、キースは不敵な笑みを逆にビックバイへと向ける。


「水、差させんなよ――?」


キースの一言は大きいものではなかった。
だが、自然に全員の耳へと入ってきた。

聞こえてきた面々の反応は様々だった。
憤慨する者。
両手を挙げて降参ポーズする者。
頬を染めて艶かしい吐息を漏らす者。
奇妙な声で笑う者。
勇気づけられた者。

そして、ビックバイは――


「クク、ククク。
 そうくるか。
 これが黒聖処女や戦乙女だったら、こうはいくまい。
 さすがは毒持ちの白蛇。
 相変わらずのようで満足だ。
 若干露骨だが、俺もそう思わんでもない。
 いいだろう。
 お前の考えに、今回は乗るとしよう」


楽しげであり、満足げだった。
そして、後方を見ることもなく右手を上げる。


「命令だ。
 お前達が動くことを禁ずる」


後方に控えている4人に対して、ビックバイは高らかに命を下した。
それにより、命じられた4人は、異なるそれぞれの反応を示す。
だが、逆らう者はいなかった。全員が、魔王と英雄を見守ることを選択した。

沈黙――

キースとビックバイの2人のみによる邂逅。
緊張感が一気に跳ね上がる。

そんな中で、最初に動いたのはキースだった。
大きく息を吸い込む。
全身の筋肉に張りが出てくる。
右足の指先に力が宿る。
瞳に力が篭る。

その姿、正しく獲物を狙う蛇――


「さんきゅ。
 じゃ、行かせてもらうとするかー。
 お返しにアドバイスな。
 瞬きするなよ?
 したら、一瞬でエンディングだ」


言うやいなや、キースはサンブレードを逆手に握りかえる。
大きく右腕を後方へ持っていく。
左手はビックバイへと向ける。
それはまるで、槍投げの体に近いものだった。


「蛇が牙をむけ、獲物を狩る。
 そして、今、俺が獲物となる、か。
 だが、俺は鳥のタマゴではない。
 飲みこんでみろ、ホワイトスネイク――」


そんなキースに対して、ビックバイはロッド・オブ・ザ・ソロウスウォーンを握りしめた。





(脳筋万歳!)


キースは思わず踊りだしたい気分だ。
だが、そんな思いを顔に出すようなことはしない。

それにここからが、本当の勝負なのだから――


(次は、サイヤ人脳のアイツに満足してもらわにゃならん。
 そうしないと、手打ちの言葉に説得力が無い。
 だから――)


逆手に握り変えたサンブレード。
キースは力をこめて柄を握り締める。


(これの出番が来るとはなー。
 練習してたけど、ジョークみたいなもんだったんだがな。
 何がどう転ぶかわからんね。
 気に入ってくれるといいんだが、なっ、と――!)





「いっけえ、約束された勝利の――」


キースは言葉を発して――


「投剣――!!」


振りかぶった右手から、キースはサンブレードを投げつけた。
剣はまっすぐにビックバイへと向かう――!


「な――!?」


誰の声だろうか?
いや、ここにいる戦闘に覚えがある者、全員の声であろう。
当然である。
これは誰もが予想しなかった。
サンブレードは投擲用の武器ではない。
しかも、あの剣は間違いなくキース・オルセンの愛剣。
様々な攻撃手段や、恐るべきことに回復手段も備えている。
手放すなんて思いもよらない。


「ふむ」


ビックバイは迫り来るサンブレードに対して警戒する。
が、間違いなく避けられることを確信した時――


「さすがラスボス。余裕だなー」

「ほぅ……!」


だった。
なんとサンブレードが届く前に、目前にキースが出現していたのだ。


「うっしゃあ!」


そして自身で投擲したサンブレードを受け取る、
と、同時に、腰に帯剣していたトランスポージング・ソードを抜いており――


「生粋戦士の剣、魔術師に避けられるかビックバイ!?」


神速剣舞。
2刀によるキースの連続攻撃が、魔王ビックバイへと向けられた。
剣の軌跡が光となり、線となり、空間を蹂躙する――!


「虚像、無限、鏡、幻――」


唇の端を上げて、ビックバイは言葉を紡ぐ。
ただの言葉ではない。
力を持った言霊。


「ミラーイメージ」


ビックバイの魔法が完成する。
刹那、8体のビックバイが現れる。
本体を含めると、9人のビックバイが出現した。
しかも、霞がかり、ぼやけて見えるために、実体の見分けは全くつかない。


「少ねえよ、戦士舐めんな!」


だが、キースは止まらない。
一気に9人のビックバイへの中心へ飛び込む。


「でぃいぃぃりゃあ!!」


キースの連撃は止まらない。
まるで回転する独楽のようである。
それは一気に、4人のビックバイを袈裟切りにして見せた。
だが、一瞬で全員は仕留めることはできない。
もう二瞬、三瞬ほどの時間があれば、キースならできたであろう。

そうなれば――


「なら、魔術師の力を見せるとしようか――」


5体のビックバイが、一斉に、ギラリと、爛々とした目でキースを睨み付ける。
刹那、ビックバイから、世界が凍り付くように思われるほどの力の放出が始まった。

残り5体のビックバイが、全員、同じ動作を開始する。
右手と左手を忙しなく動かす。
それはまるで九字護身法の九字を結ぶ動作に似ていた。


「死んでくれるなよ、ホワイトスネイク」


そこに現れたのは数メートルサイズの半透明な手だった。


「――しまっ――! 詠唱省略、なんてチート!?」


キースは思い出す。
あれはビックバイの得意とした呪文、ビックバイズ・クレンチド・フィストだ。
なら、あれは避けられない。
呪文のルールでもそうだし、ゲーム中でもそうだった。
絶対にダメージを食らう。


「なら、クソ、やってらんねえなあ!!」


キースは剣をクロスさせて、防御体勢を取るが――


「ぐっ!?」


全身に重い重い衝撃が走る。
半透明の手は、剣の防御を素通りしてきたのだ。


(くぅぅぅ~~!)


飛びそうになる意識を必死に留める。


(けど、1撃で死なない限り、こっちもチートなんだよ!!)


キースはサンブレードを、自身のソーラー・アーマーへと突き立てた。
そして、再度、ブーツ・オブ・テレポーテーションの効果を発動させる。

キースの姿が、ビックバイの眼前から掻き消える。
そして、現れたのはマリエッタの目前だった。


「ふぅ、体力回復っと――
 着ていてよかった、ソーラー・アーマーだな、まじで」


そして、ゆっくりとサンブレードを抜き取った。
今、2人の立ち位置は、キースがサンブレードを投げた時と同様に戻った。

5体のビックバイとキースの視線が、再び絡みついた。







次話で一段落の予定……こ、今度こそ!



>ダイヤ1:9ってレベルじゃね!?

ダイヤはダイヤグラムの略です。
ここでは格闘ゲームよく使われている意味で、キースは言葉を発しています。
要するに、「勝ち目無くね?」って意味ですw



おにいちゃんを書くのが難しい!



戦闘シーンはもっと難しい!



久しぶりに、1話から5話を読み直して見ました。
意外と楽しめましたw



ノアをもっと書きたいな!



[13727] 76 決着
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2012/08/17 11:09
ゆっくりと、キースは息を吐く。
今まで全身に漲らせていた力を抜くためだった。
そして手馴れた動作で、サンブレードを鞘へとしまった。

そんなキースの行動に、周囲の面々は目を離すことができない。

そして、ゆったりとした足取りで、キースはビックバイの元へと歩み寄る。
そのあまりにも無防備と言える行為に――


「ホ、ホワイトスネイク……!!」


全身を震わせて、口元を押さえて、目に涙を溜めて、マリエッタは口にする。
今、マリエッタは、不安と心配でおかしくなりそうだった。
だがそれでも、その視線はキースから離れることはない。
不安と心配以上に、マリエッタにはそれを上回る信頼を感じ取ることができたからだ。


「クソが、何考えてやがる!?」


血が流れんばかりにと、ローレンは握り拳を作った。
彼女の全身を纏う雷が強さを増していく。
だが、動くことはできない。
ローレンには、主の命令は神の言葉以上の意味合いを持つのだから。


「殿方が見せる瞬間の輝き。
 眩しくて、強くて、気高くて、なんて――」


ラクリモーサは自身の唇を舌で濡らす。


「愛おしいのかしら――」


そして、胸を押さえるように、自分の体を抱きしめた。
ラクリモーサは熱い吐息をもらす。
だが。
ほんの少しだけ、ラクリモーサの瞳には寂しげな要素が含まれていた。


「あれで生粋の戦士とかって言われてもね~。
 あんな戦士普通ないよ。
 反則っしょ、そんなのは~」


呆れたように、ロレインは肩をすくめてしまう。
口調や言葉自体は軽いものだった。
だが、ロレインがキースを見る瞳は鋭いものだった。
それは野生の猫が獲物を見つめる目だ。


「ヒヒ。
 なんともまあ。ヒヒヒ、なかなかどうして……
 ホワイトスネイクも楽しませてくれるのう。
 これは過小評価だったわ、ヒヒ」


周囲の生き物を不快にさせる声を撒き散らちらす。
ヴェクナは厭らしげに笑った。
肩を震わせて、まるで、しゃっくりでもしているかのようだった。





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076 決着

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「次に打つ手は何だ、毒蛇――?」


ビックバイは楽しげに口の端を上げる。


「懐から毒付きのナイフか?
 未知なる魔法具か?
 それとも逆をついて、そのまま正面から来てくれるのか?
 何でもいい。
 好きなだけ、俺に毒を吐きかけるがいい――」


ビックバイは両手を大きく広げる。
それはまるで、懐に飛び込んで来いと言わんばかりの体だ。


「おいおい……」


一方のキースは、そんなビックバイの対応にため息をつきたくなった。
心の中では、ビックバイに対して、手の甲で突っ込みを入れているぐらいにだ。


「お前の中で、俺、どんだけ危険人物にされてんだよ!?
 ラスボスにそんな評価されんのは、いいんだか、悪いんだかなあ。
 ま、今回は、その中のどれでもねーよ。
 一つ提案でもしようと思ってな」


苦笑交じりの笑みを、キースは浮かべる。
そして、貴公子然とした金髪をかきあげる。
その上で、見下すような視線をビックバイへと向けた。


「おまえ、随分弱くなったな?」


キースの口から、言葉の爆弾が投下された。


「――!!??」


爆弾に対して、周囲の面々は固まってしまった。
今、キースが言ったことが理解できない。
呼吸もできない。
脳に酸素が回らない。
指先も動かすことができない。

何を言った?
そう、あの魔王ビックバイに対して――

周囲は固唾を呑んで見守ることしかできない。

そんな中で、キースは大きなため息をついた。
ビックバイに見せ付けるように。


「ふむ」


周囲の空気が凍りついたかのような雰囲気の中。
当のビックバイ自身は、なにやらうなずく素振りをみせていた。
それを見たキースは、さらに言葉を続ける。


「しかもさ、後ろの4人?
 今のお前の部下、仲間?
 よくわからんけど、昔のお前じゃありえねーよ。
 ブラックドラゴンにクラーケン、グレートメデューサ、悪魔の大群。
 そんなんばっか引き連れてたじゃんか。
 何、どうしちまったんだ?
 そんな――」


ビックバイの後方に控えている4人に、キースは視線を一瞬だけ向ける。
だが、それは一瞬。
すぐに、キースはビックバイへと視線を戻した。


「本気だせねーよ、今のお前じゃ」


キースの言葉に対して、ビックバイは何も返答しなかった。
だが、視線を落とす。
その先は、自身の両手だ。
そして何度か握り拳を作っては広げるといった動作を繰り返す。

それからビックバイは目を閉ざした。
それは瞑想しているかのように他の者には見て取れた。


「ふむ」


ビックバイは何度か小さく頷く。
そして、ゆっくりと目を開いていった。


「ホワイトスネイクの言い分は確かかもしれん。
 体内魔力の流れを調べてみたが、あの時と比較すると良くは無い。
 なんだか弁でもしているかのような、とでも言えばよいか――」
 

ビックバイはクロークを翻して、改めて、キースへと対面する。


「だが、お前が全霊で剣を振るわないと意味が無い。
 どうしたら全力で俺に切りかかってくれるのだ?」


ビックバイとキースの視線が交差する。
だが、キースは返答しなかった。

沈黙の時間。

そして――


「……
 ……
 ……
 ……と、でも問えばいいか、毒蛇よ。
 相変わらずのからめ手、安心したぞホワイトスネイク」


ビックバイは笑った。
それは子供のように。
純粋。
ただ、ただ、楽しげに残酷げに――

一方、微妙な評価をもらったキースはため息交じりに肩を落とした。


「相変わらずひねくれた答えだなー。
 ほんと、中二マインドが大暴れしたような受け答えありがとよ。
 ま、そんなわけだから――」

「ヒヒ、お待ちを――」


キースが言葉を続けている時だ。
先の言葉を発する直前、まさに絶妙と言えるタイミング。
その瞬間、周囲を不快にさせるしゃがれた声が間に入った。


「ヒヒヒ――」


ヴェクナだった。
彼の声、いや、存在自体が全ての者を不快にさせる。
不快はいつものことだ。
だが、今、周囲に与える不快の度合いは極みに達していた。

魔王と英雄の会話を遮ったのだから。

周囲(主に、横の3人だが)の面々から、訝しげな目をヴェクナは向けられた。
だが、そんな中で、当のヴェクナは痛痒などとは無縁のように見えた。
いけしゃあしゃあと、不快な言葉を発し続ける。


「ヒヒ。
 ホワイトスネイクを本気にさせるなど、簡単ではありませんか!
 ヒヒ、そこの女!
 今から、その女を殺すとしましょう。
 脳を吸いましょう。
 皮膚を嘗め尽くしましょう。
 目を飲み込みましょう。
 英雄様であるホワイトスネイク様は、これで、本気を出して――」


ヴェクナの言葉は途中で止まった。
今度はキースのターンだった。


「さっきは言わなかったけどよー。
 やっぱ言うわ。
 なんで、こんな三下を部下にしてるんだ?
 ないわー」


一瞬で、キースはヴェクナの目前に立っていたのである。
しかも手にしていなかったサンブレードも、いつの間にか抜刀されている。
無論、その切っ先はヴェクナの喉元。
5cmも突き出せば、喉を突き刺さるだろう位置であった。


「動くな。
 マリエッタさんに手出して見ろ。
 間違いなく、俺はお前に本気をだしてやるよ。
 けどな。
 ビックバイ、もう、お前には一生剣を向けねーよ。
 何をしてこようが、無視してやる。逃げ続けてやる。
 ああ、それは俺だけじゃない。
 他のメンバー達にも徹底させるからな。
 期待すんなよ?
 で、お前は一生面白くない人生でも健やかに過ごしやがれってもんだ」


貫かんばかりに、キースはヴェクナを睨み付ける。
一気に、キースの周囲は空気が重くなった。
武の無い者は、理由も分からないまま腰を抜かしてしまっただろう。
多少なりとも力があるものには、強制的にわからされるだろう。

今、キースの全身からは殺気が溢れだしていることが――


「ヒヒ、いかがされましょうか。
 我が主よ、ヒヒ」


だが、やはりヴェクナには何も通じていないようだった。
ヴェクナはビックバイへと視線を向ける、
と――


「動くな、と言ったんだがなー。
 それには口も目も、全部入ってるぞ。
 何もするな」


キースはサンブレードを3cm程前に突き出した。
その行為で、ヴェクナは口を閉ざした。
だが、時折、「ヒヒ、ヒヒ」といった呼吸だか笑い声だか判断しかねる音が漏れていた。


「5年待ってやる。
 体調を完全してこいよ。
 そしたら、俺も本気でやってやる。
 お前の気が済むまでな。
 あっと、それに――」


キースは一息つく。
タメをつくり、「ニヤリ」と人の悪い笑顔を浮かべた。


「そん時は、俺の仲間ももれなくついてくる。
 残念。
 ますますお前には勝ち目ないなー。
 さて、どうする?
 ああ、一つ保障してやるよ。
 気持ちよくノックダウンさせてやるけど?」


キースの言葉が終わると、場は沈黙に包まれた。
誰かが唾を飲み込む音が聞こえるのではないかと思うほどに、だ。
どれぐらい続いたのだろうか。


「クク、ハハハハハ!!」


その沈黙を破ったのは、魔王の哄笑――


「ククク、白蛇の毒は心地よい。
 なんとも言いがたい。
 まるで芳醇な香りの酒の如し、だ。
 全てを飲み干したくなる」


腰に手を当てて笑う姿は、威風堂々。
魔王と言うよりは、この瞬間は覇王と呼ぶに相応しい姿だった。


「気を使わせて悪いな、ホワイトスネイクよ。
 お前の毒、飲み干させてもらうとしよう」


ビックバイは高らかに告げる。
それはまるで宣誓だった。


「だが、5年もいらん。
 それはさすがに、お前達に申し訳ない。
 俺はそこまで無恥ではないぞ。
 2年だ。
 それまでに完全にしてこようではないか」


ビックバイの言葉に、キースは一瞬だけ肩眉を潜める。


「2年――」


そんなキースに対して、ビックバイはギラギラとした目を返す。


「ああ。
 俺の中で、神がそう言っているからな」

「神……?」


魔王と呼ばれる者が言うには、いささか似つかわしくない言葉。
それにキースはどこか引っかかるモノを感じた。


「気にしないでいい。
 それより感謝するぞ。
 久しいな。
 こんなに楽しかったのはどれぐらいぶりかわからん。
 やはりお前達は最高だ」


ビックバイはキースに告げると、クロークを翻して背を向けた。


「お前の芳醇な毒を味わいながら、楽しみに待つとしよう――」


ビックバイは歩みだす。
一歩一歩、ビックバイとキースの距離は離れていった。
そんなビックバイに従う形で、ロレイン達は後に続いていった。


「あんな反則の塊の戦士、あは、楽しい~♪」
「無礼な……!!!!! 殺す、殺す、ブチ殺してやる……!!」
「殿方同士の逢瀬、フフ。子宮で考える女同士では決してたどり着けない境地ね」
「ヒヒ、ヒヒ、ヒッヒッヒ」


各々が言葉を呟きつつ――


「開け――」


そしてビックバイは言霊を発する、と、
そこには、既に開かれている巨大な両開きの扉が顕現した。


「な――!」


これに、キースは驚愕の言葉を発した。
彼の表現では、豪華絢爛、海外の教会の門かよ、といったチープな言葉でしか表現できない。


「また会おう、俺を倒した英雄よ――」


ビックバイと4人は、その扉の中へと歩いていく。
キースは黙って、5人の背中を見届けていた。





「はふぅ~」


大きく息を吐きながら、キースは「へなへな」とその場へと座り込んだ。


(やばかった~!
 とりあえずってだけだが、なんとかなったー!
 けど、ビックバイってなんじゃそりゃ!
 なんでいるんだよ~!!
 しかし2年かー。
 すくねー!!!
 5年くらいありゃ逃げ出す算段がつけられたかもしれんのになー。
 いや、失敗したか。
 10年って言えばよかったか?
 そうすりゃそれが5年になったかもしれん。
 いや、5年から2年。
 うん、十分と考えよう。
 しっかし、こりゃ、気合いれて、帰る方法さがさないと洒落にならん。
 いや、あいつをなんとか止めないと――
 にしても、あんな簡単に帰っちゃっていいのかね?
 いや、マスターにそういうキャラ設定されたから、どうにもならんのか?
 あんなんだったら、うちら4人そろっても「まだそろってませーん」っていえば、
 戦わないで待ってくれるんじゃないか、あの様子じゃ。
 って、いや、最後の門だ!
 あれってもしかして、もしかしなくても、あの魔法か!?
 だったら、いや、まて、結論急ぐな――)


と、一瞬で、キースの頭の中では様々な考えが駆け巡る。
だが、さすがにあまりのことで、すぐに結論は出そうになかった。


「あ――!」


そして、キースは慌てて立ち上がる。
向かったのは、呆然とキースを見ているマリエッタの元へ、だ。


「悪かった。
 完全にとばっちりだよな、ゴメンな」


キースはマリエッタの元へ近寄ると、右手を、マリエッタの両膝の下へと差し込む。
左手は背中を抱えるように抱きかかえて――


「よっこらせっと――」

「あ、あ、あの!?!」


キースはマリエッタを抱きかかえた。
いわゆる、お姫様抱っこ状態である。


「ホ、ホ、ホ、ホ、ホワイトスネイク!?!?」


マリエッタは頬を染めてしまい、発した言葉も呂律が回らない状態だった。


「大変だったろ、いきなりわけわからんことに巻き込まれちゃったもんな。
 そりゃ、混乱するわ。
 雨もずっと降ってたし、熱もありそうだ。
 うし、なら急がないとな」


キースは、マリエッタをゆっくりと地面に立たせるように降ろした。


「あんまりビシっと決まらなかったけど、最低限クリアってことで許してくれ。
 ニエヴェスさんも心配だからな。
 急いで帰るとしよう」
 

キースはマリエッタに笑みを向けた。


「サーペンスアルバスに、な――」








なんだか最後は駆け足になりましたが、とりあえず一区切りです!
やっと少しはストーリーが展開してきたかな、と思います。



少しはかっこいいキースを表現できたでしょうか?
一番影が薄かったと思いますし。



いや、最近はノアの方が影が薄いか……?



登場人物がエライ多くなりました。
空気にさせず、その上で、ちゃんと書き分けができているか不安です。



実は当初は、○○○が○○○るという全く違う展開になる予定でした。
あんまりにもあんまりだったので没!



[13727] 77 黒い悪魔
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2012/08/17 11:09
明るくまばゆい陽光。
それを引き立てる澄み切った青空。
穏やかに押しては引いてを繰り返す波。
そこに流れる風はサラサラと、船と街と人々の間をすり抜けていく。

ここは[商業都市レストレス]。

各地から商船が集まる場所としてよく知られている。
大いなる海からの贈り物を糧として、多くの人々が生活を営んでいる活気溢れる町。
海の男達、女達、子供達。
全ての者が、溢れんばかりのエネルギーを発散している。

その中でも、代表格はレストレスのメインストリートであろう。
そこでは魚介類を多く扱う出店が多く出展している。
そのために多くの人々が集まり、ポジティブな空間に包まれている――
……
……
……
……
……はずなのだ、普通なら。

だが、今は違う。
今、このレストレスは、微妙、いや、なんとも悲しげな面持ちの男達を多く生み出していた。

原因。

それは、メインストリートを歩いている女性が原因である。

黄金のように光る金髪。
白く、滑らかな肌は処女雪。
しなやかさ、力強さ、たおやかさ、女性としての全ての魅力を備えた全身。
長いまつ毛、透き通る水晶のような瞳。
それに桃色の血色の良い唇。

無機質な美と有機質な美による奇跡の同居は、男女問わずに息を飲まずにはいられない。

身に着けている物は、レストレスではありふれている物だ。
決して豪華なものではない。
だが、そんなものは問題にすらならない。

また歩く姿勢も完璧である。
戦う者から見れば「隙が全く無い」と評価するだろう。
うら若き乙女から見れば「凛々しい」と、その頬を赤く染めるに違いない。
青少年は理由も分からずに、胸の鼓動を激しくさせてしまうだろう。

思春期の、世の男女が共に、一度は妄想するであろう理想の女性の姿。
それが、この女性だった。

そんな完璧な女性から――


くぅくぅ。
ぐー。
きゅー、きゅー。
くるくるくる。
ころころころころころころころ。
ぐぅおおおおおおおお。

(以下、ローテーション)

魔物のうめき声?
いや、違う。
これは、この女性のお腹から発せられている。
そう、今、空腹によるお腹の音が鳴りまくっているのである。
100年の恋も、一瞬でどこぞに吹き飛ぶ勢いだ。


「このままじゃ、お腹と背中がくっつくわー」


世の青少年の理想をぶち壊すかのような女性。
彼女は服の下に手を入れて、ポリポリとめんどくさそうに下腹部を掻いた。

そんな彼女の名前はタエコ・ハラガサキ。
別名を、[戦乙女(ヴァルキュリア)]ブリュンヒルデ・ヴォルズング。
世の人々が、感謝と賞賛の声をあげる人である。

だが、今、誰もがそんなことを思うわけも無い。
完璧な女性のガッカリ姿。
世の中の不条理さを、周囲の男達は(強制的に)賢者のように悟らされているためである。


「おーなーかー、すーいたー」


微妙な空気を生み出している原因のタエ。
タエの自作の陽気なオリジナルソングは、晴れやかな空気の中に溶けて消えていった。





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077 黒い悪魔

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レストレスに到着して、タエは一切の食事が取れていない。
原因は簡単である。
お金が全く無いからだ。
だが、そもそも、なぜタエがお金を全く持っていないのか。
また、かなりの空腹にもかかわらず、全く悲壮感を見せないのか。
それは、彼女の職業と性格、そして特殊能力にある。

ブリュンヒルデ・ヴォルズングはパラディン(聖戦士)である。

[D&D]のパラディンには、キースのようなファイター(戦士)には無い特殊能力が備えられている。
だが、その代わりに、ルール上で多くの制限も課せられている。
特に有名な制限として、以下が挙げられる。

「パラディンは必要以上の富を有してはならない」
「パラディンは自分の仕えるローフルグッドの慈善的、宗教的団体に収入の一部を納めなくてはならない」

この制限は絶対であり、破ると、パラディンの特殊能力を失ってしまうのだ。

たった1人で、この世界に放り出されたタエ。
まず行ったことは、当然、自分自身の現状を確認することだった。
そんな時に、(タエにしては早い段階で)このルールを思い出すことができた。
さすがに力押しの傾向が強いタエでも、生き残る上で、パラディンの特殊能力は必要と考える。

これで生まれてしまったのが、現在の「宵越しの銭は持たない」プレイスタイルだ。

タエはお金がある時には、目一杯食べて飲む。
で、余った金は、殆どをローフルグッドの慈善的団体に置いてきている。
殆どというのも、(タエならではの)理由がある。
中途半端にお金を残すことで、特殊能力を失ったら馬鹿らしいと思ったからだ。

このおかげか、タエ自身にはわからないが、
今のところ、タエには全ての特殊能力を使用することができていた。

そして、制限を遵守することで使用可能となるパラディン特殊能力。
この中の1つに、[イミューン・ディジーズ]がある。



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・[イミューン・ディジーズ(健全なる肉体)] 

パラディン(聖騎士)は全てのタイプの病気に対して完全な耐性を持つ。
ミイラ腐敗病、ライカンスロピー(人をワーウルフやワーラットにしてしまう病気)のような病気、
また、魔法の病気にも完全な耐性を有する。

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[イミューン・ディジーズ(健全なる肉体)]のおかげか、タエの身体はいつも絶好調である。
おなかが空いていても、栄養失調や貧血なども起こらない。
だが、おなかが空いた、という思いは消えることはないのだ。

こんなタエだからこそ、お金が無くて空腹でも、元気であり悲壮感などは無い。


「にしても、今のお金のなさっぷりはユーロもびっくりね~」
 

黄金のように美しく気品に満ちた髪の毛を、でタエは「ポリポリ」と掻いた。

もう少し、お金を持っておいてもいいかな、と、たまにタエ自身も思う。
だが、ちょっとして、その考えをゴミ箱にすぐに放り投げる。
タエがこの世界に1人放り出されて、なんとなく気が付いたことがある。

生き残るには(実力と)運が大事、ということである。

戦って、戦って、ここまでタエは生き残ることができた。
そんな道程の中で、いくつかの死を見ることもあった。

この中の1つに、流れ矢で亡くなった人が含まれている。
この時、ほぼ、戦いの勝敗は付いていた。
一瞬、油断した空気が流れた時の、最後の最後の一本の流れ矢。
これで亡くなった人がいたのだ。
ほぼ、即死だった。
この時、タエは動くことができなかった。
その人はタエの目から見て、LV3~4ぐらいはあったように感じていた。
この人が、あっさりと死んでしまったのだ。
全てが悪いタイミングだった。
油断もしていた。
最前線に飛び込んでいたために、後方への注意力が散漫だった。
英雄の身体、呪文、何を持ってしても届かなかった。

この時、タエは唇を噛み千切らんばかりに噛み締める。
そして、心に、自身の決意を刻み込んだ。

全身全霊、全ての力を振り絞って努力する。
限界まで、自分が限界と思えた、その先まで努力する、と――

ではその先は――?

タエには、マストの回答を出せなかった。
人事を尽くして天命を待つしかないのか、と、タエはぼんやりと思ったのだ。

オカルトといえばそれまでだ。
勇希がプレイするキースあたりとは、間逆のプレイスタイルと言える。
だが、スポーツが見るのもやるのも大好きなタエは、
戦いには流れや場の空気、といった、目に見えない何かが存在することも知っている。

では、お金を持たないことと、運のどこがつながるのか?

それは、この世界に来て、今までのタエの経験だ。
この世界のタエは、なぜだか所持金が少なければ少ないほどツキが向いてくるのである。
寄付した直後に、多くのラッキーイベントが起きているのだから。


「ま、そろそろなんか起こるでしょ~」


だから、今も悲嘆にくれていない。
そのうち、なんとかなるだろーと思いながら、出店を見て楽しんでいるぐらいだ。
最悪、空を駆け上がって鳥を捕まえるか、海に素もぐりして魚を取ろうと思っている。


「あらあら、可愛らしいお嬢さん。
 おなかの中の猛獣が大暴れしていますよ?」


穏やかな声だった。
タエが振り返ると、そこには、腰が深く曲がったおばあちゃんシスターが微笑んでいた。
顔に刻まれた多くの皺が、なんともキュートで優しげに思えて仕方が無かった。


「はい。困ったものです。
 どうにも飼い主の言うことを全く聞いてくれない、ドラゴン級のやつなので――」


おばあちゃんシスターに対して、タエは輝くような笑みを返した。





「ぷはぁ~!美味しかった~!」


満足げな笑みをタエは浮かべた。
お腹をポンポンとたたいてから、出されたお水も全て飲み干す。
そして、静かにグラスをテーブルに戻した。


「あらあらまあまあ。
 堅かったでしょうに? ただの黒パンですよ」


「フフ」っと、法衣を着た女性が微笑ましげに見つめる。
年齢は50半ばぐらいだろうか。
顔の皺が多く見て取れる。
それは人々を落ち着かせる力を持った、やさしげな面持ちのシスターだった。


タエはシスターに対して、襟を正すように姿勢を伸ばして、


「そんなことありません。
 美味しい食事を用意してくださって、ありがとうございました」


言葉と共に、深々と頭を下げた。
だが、シスターは軽く首を横に振った。


「気にしないでいいのですよ、お若い方。
 ここでは日々の食事に困っている方に、無料で食事を配布しているのですから」

「え、それってどういうことなんですか?」


タエは小首をかしげる。
今まで旅をしてきて、様々な土地を見ることが出来た。
だが、モンスターの脅威や、治安の悪いところも多かった。
そういった場所では、そのような余裕がある行為が取れるわけもない。


「不思議そうですね。
 無理もありません。
 レストレスでも、何年か前までは考えられないことでした。
 サーペンスアルバスにおられる、ホワイトスネイクの指示と援助のおかげなのですよ」 

「え――?」


タエはホワイトスネイクという言葉に反応する。
シスターはそれを見て、暖かい笑みを浮かべた。


「あらあら。
 若いというのは、それだけで財産ですね」


タエを、ホワイトスネイクのファンと思ったのだろうか。
シスターは目を細めた笑みを向けた。


「かの英雄は驚くべき治世をひかれております。
 治安、経済、他の領地とは比較にならないほどのようです。
 専門ではないので、私には詳しくわかりませんが。
 ただ、他の領地の人々が言っているので、本当なのでしょう」   

「……
 ……
 ……
 勇希、やってくれるじゃない。
 こんなとこでも助けてもらえるとはねー。
 会ったら、仕方ないから、ちゅーの1つでもしてあげないとダメかしらね」


シスターの話を聞いて、タエは床に顔を向ける。
それは、ほんのり赤く染まった頬を見られないようにするためだった。





その後、タエは教会の仕事を手伝うことを申し出た。
シスターは気にすることはないと言ってくれた。
だが、ただで食事をもらうことに対して、タエは気持ち悪さを感じる。
受けた恩と借りは、必ず、倍にして返す女なのである。
信念というには大げさではあるが、これはタエの基本的な考え方だった。


「よっこらしょ~~~!」


タエは、適当な布をバンダナ代わりにして髪がじゃまにならないようにする。
そして、ものすごい勢いで、床の雑巾がけを行いはじめた。
教会は結構な広さがある。
女性1人でやるには、かなりの労力と負担がある。
だが、今のタエ身体からしてみれば、全く持って大した労力ではない。
ものすごい速さで、床が磨かれていった。


「あらあら、若いって……
 ……いいって言って片付けていいレベルなのかしらねえ?」


あまりの作業に、シスターは苦笑してしまう。
それほどまでの早さと正確さだった。
マスターを超えるレベルのパラディン(聖騎士)による雑巾がけ。
まさに無双だった。





タエのハイテンションな動きにより、床清掃もあとわずかで完了。
そんな時――

バンッ、と、大きな音を立てて教会扉が乱暴に開かれた。


「シスター、怪我人だ!
 結構やばい、今、門前だ。
 来てくれ!」


門番の格好をした男だった。
荒い息を吐きながら、肩で息をしている。


「わかりました
 1分お待ちくださいな。 
 準備しましょう。
 それから案内よろしくお願いいたします」


シスターの顔が引き締まる。
そして、急ぎ足で自室に下がろうとする
が、足を止めて、タエに向かって振り返り、


「タエさん。
 火急の用ができました。
 掃除用具はそのままで結構ですよ。
 若いのに立派な心がけね。
 ありがとうございます」


軽く会釈をする。
と、その言葉を、タエは止めるように自身の胸を叩いた。


「トラブルですよね?
 袖すり合うも他生の縁。
 これ、私の故郷の言葉です。
 荷物持ちぐらいなら任せてください、ね!」


タエの言葉に、シスターは優しげな笑みを浮かべた。





「く、真っ黒い奴だった!!
 手も足も出ねえ。 
 くそっ、まるで悪魔……!!」


タエが運んだ救急箱から薬草や包帯を用いて、シスターの治療が行われる。
が、その間も、怪我だらけの男は言葉を続ける。


「大暴れだ、クソ!
 わけわからねえ。
 俺達ゃ、おびえながら家に閉じこもるしかできなった。
 アイツが本気出せば、家の鍵をこじ開けるなんざ簡単だろうよ。
 が、あの黒い奴は楽しんでるのか、わからねえが、今んところはそれはしてねえ。
 うろうろしているだけだ。
 が、そんなのいつどうにかなるかわからん。
 年寄り子供もいるんで、全員逃げられるなんてこたあねえ。
 なら、助けを呼ぼうと考えた。 
 で、足が速い俺と、もう何人かで同時に飛び出した。
 別々の方向に同時に飛び出しゃ、誰か、助けを呼べると思ったからだ。
 幸い、奴は、俺には向かってこなかった。
 けどよ、飛び出した他の奴らに向かったかもしれねえ。
 くそ! クラエス、ミッター、ビトール……!!」


怪我の男は興奮状態にあった。
まくし立てるように言葉を並べ、
そして、涙を抑えるように、手で顔を隠すように覆った。


「黒い奴ですか……?」


治療を終えたシスターは、衛兵に向けて言葉を向ける。
と、兵士達は小さくうなずいた。


「はい、シスター・クラウディア。
 この男はマセッティの、そこからさらに南に下った集落に住む民のようです。
 そこに突然、黒い何者かに襲われたようでして……」

「まず、レストレスの長にお伝えしましょう。
 そうすれば、必ず、ホワイトスネイクのお耳に届くでしょう。
 今はそれしかありませんか……」

「はい、わかりました!」


シスター・クラウディアの言葉を聞いた1人の兵士が、報告のために走っていった。
そんな中、凛、とした言葉が発せられた。


「よくがんばったわね。
 辛いかもしれないけど、あと少しだけでいいわ。
 貴方の力を振り絞ってくれる、ぎゅーっとね」


タエによる発言だった。
言葉はおちゃらけていたかもしれないが、発する雰囲気は真剣なものだった。


「え、あ、お、おお……?」


助けを呼びに来た男は、少し、呆然とする。


「ん、ありがと!」


そんな男に、タエは大きく力強く頷く、と、
タエを中心として、この空間がタエに支配される。
それは周囲にいる人々に、力を、勇気を、情熱を、不撓不屈の心を与える――!

タエの本気の[勇気のオーラ]、[防御のオーラ]が発動されたのだ。


「その怪我、その黒い悪魔ってのにやられたの?」


タエはかがみこんで、男と同じ目線になるようにしてから話しかけた。
真っ直ぐに見つめてくるタエに対して、男は少し照れたように目線をそらして返答をした。


「い、いや、違う。
 こりゃ、途中のモンスターにやられた。
 必死で逃げた。
 村に残ってるやつらが心配だったからな、必死だった。
 けど、黒やつだったら、俺は一発であの世に行ってる」

「黒いの、結構強そうね。
 了解。
 で、貴方達の住んでる場所ってどこ?
 方角、あと、歩いてどのぐらいの時間がかかるかだけでいいわ。
 あ、そうそう。
 途中にある障害物とかは無視していいわ。
 真っ直ぐで、ね」

「は? ま、まっすぐでか……?」


タエの質問に、男は首をひねる。
障害物があったら迂回するしかないだろうに、こんなのを聞いてどうするのだろうか?
と、内心思うが、男はタエの後方に向けて指を向けた。


「ま、真っ直ぐだと、魔の森アルセダインにぶつかっちまう。
 だから、正確にゃ確かめようもないが……
 ……
 何もないとして、真っ直ぐ走れば2日ぐらいじゃねえか?
 馬とかはわからん。
 でも、真っ直ぐなんて無理だ。
 自殺とかわらん――」


と、少し訝しげな面持ちで男は答える。


「了解、ありがと!」


男の言葉を聞いて、もう一度、タエは大きく頷いた。

タエは右手を大きく空に突き上げる。
その雄雄しく、美しく、気高い振る舞い。
それは、まさに、物語上のヒーローだった。


「我が友よ、
 我が兄弟よ、
 我が力よ、
 赦しの誓い
 救いの恵み
 清なる力、
 我らにあり――!」 


突然のタエの朗々と告げる言葉に、周囲は圧倒される。
勇気が、力が、心が熱く満たされていく。


「コール・ウォーホース!」


タエの言葉が青空に溶けていく。
すると、何処からだろうか。
馬のいななきが聞こえる。
だが、馬の姿は見えない。

タエは大空を見つめる。
それに気が付いた周囲の人々が、同じように空を見つめた時だった。


「な――!?」


凄まじい勢いで、空を走る、否、空を飛ぶ馬がいた。
純白の翼、純白の体毛、純白の鬣、純白の尾。


「ペ、ペガサス!?!?」


人々は開いた口がふさがらない。
美しく偉大なるペガサスは、静かにタエの横に降り立つ。
そして、己の首をタエへと擦り付けていった。


「う~ん、久しぶりねユキ!
 元気にしてた、病気とかしてないわよね?」


ユキ、と呼んだペガサスに向かって、タエは気持ちよさそうに首に抱きつく。
タエにユキと呼ばれたペガサスは「スンスン」と呼吸で返事を返す。
嬉しそうにしている、というのが誰にでもわかるものだった。


「よしよし、勇希と違ってユキはいい子ね~」


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◇グレーター・ペガサス(Pegasus)

社会構成:群れ
食性  :草食性
知能  :平均的
性格  :カオティック・グッド

生態
・ペガサスは善に仕える素晴らしい有翼の馬である。
・ペガサスは気性が荒く恥ずかしがりやであるために、簡単に慣らせることはない。
 その上、善の性格のキャラクターにのみしか仕えない。
 しかし、一度仕えることを決めたら、残りの一生は主人に絶対の忠誠を誓う。
・独自の言語喋り、馬と意思疎通ができる。またヒューマンの共通語も理解する。

特性
・自らを中心として50m以内に存在する生物に対して、
 ディティクト・グッド/イービルを望むだけ使用ができる。
 (自身に乗ろうとする存在に対しては、必ず、この能力を使用する)

グレーター・ペガサス特性
・頭を落とされたメデューサの首の切り口から、グレーター・ペガサスは恐ろしく低確率で生まれることがある。
・通常のペガサスの能力に加えて、20%の魔法抵抗力を有する。
・通常のペガサスの能力に加えて、150%の体力を有する。

グレーター・ペガサスは、最も高貴で最も偉大な勇者にしか従うことは無い。

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「タエ、さん……?」


事の展開に呆然とする、シスター・クラウディアがタエに近寄ってくる。
そんなシスターに、タエはちょっと照れた面持ちで頭を下げた。


「クラウディアさん。
 緊急事態っぽいんで、でしゃばって、ちょっと正義の味方やってきます。
 黒パン、ありがとうございました!」

「タエさん、あ、あなたは……?」


シスター・クラウディアは口にする。


「万年金欠の冒険者です。
 さ、ちょっとだけ下がってくださいね!」


タエの言葉に、シスター・クラウディアや他の面々が数歩下がる。
人々の動きを確認してから、タエは驚異的な跳躍用意にユキの背に跨った。


「援軍が来るまで持たせます。
 それか――」


助けを求めた男に対して、タエは微笑を向けた。


「黒い悪魔をとっちめて、みんなで宴会してるわね――!」


バサバサ、と大きな翼音を響かせる。
すると、徐々に、ペガサスとタエの身体が浮き上がっていく。


「飛ばすわ、ユキ――!」


タエがタエに告げる。
ユキは大きな声で嘶くと、一気に大空へと駆け上った。

 
「ごめん、勇希。
 あとちょっとだけ待ってなさいよ。
 ちょっとだけ寄り道させてもらうわ。
 ここまできて、最後の最後で無視なんてしたら私じゃない。
 そんな私じゃ、勇希は嫌いだもんね――!」



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[コール・ウォーホース] 

高レベルのパラディン(聖騎士)は、自分のウォーホースを呼びよせることができる。
パラディン(聖騎士)のウォーホースは特殊な馬で、そのパラディンと一心同体的な存在となる。

・パラディン(聖騎士)のウォーホースは、パラディンのレベルに比例して、
 体力、外皮、調整、知力、特殊能力のボーナスを得る。
・パラディン(聖騎士)のウォーホースは、呪文共有能力を有する。
 自身に発動させる呪文に対して、パラディンが希望すればウォーホースにも効果が発動する。 
・パラディン(聖騎士)のウォーホースは、感覚的リンクを有する。
 距離が離れていても、意思疎通が可能となる。

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遅くなって申し訳ありません。
ひさしぶりにタエの出番、楽しんでいただけると幸いです!



タエとノアだと、職業が僧侶系ということもあって、
お話に、教会がらみに頼ってしまう気がしますなー。
反省。



タエはペガサス。
ノアはユニコーン。
イルは黒猫。
キースはメイドさん。



[13727] 78 黒い悪魔02
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2013/03/02 06:50
「最高だ……!」

「うむ。全く以て、全面的に同意せざるを得ない」

「その手腕は最高以上に最高、びっくりするぐらいに痛みが和らぐよなあ」

「そうそう!!
 特に、薬草塗られる時がやばい!
 あの細っこい手が、俺の身体に、思い出すだけで、くー! やばい!」

「ありゃ、もう反則だよな、な、な!」

「俺、ホワイトスネイクに聞いたことがあるぞ。
 あれは伝説の職業(クラス)、ナースさんと言うらしい……!」

「バカ、ちげえよ!
 そっちも伝説らしいが、本当はジョイさんってんだぜ!」

「俺は、さらにクロカミのジョシコウセイというのも兼業してると伺った!」

「今からもう一回、剣の修行をつけてくるわ。
 で、怪我してくる!」

「てめえ、ずるいぞ! 俺も!」

「あの白い服がいんだよな……なんつかー、そう、天使なんだよ!」

「ああ、ありゃ白衣の天使だな!」

「お、それいいな! 俺達の白衣の天使!」

「ふ、お前ら、まだまだ甘いな!
 白衣の天使、これには異論無い!
 だが、さらに評価すべきは、あの眼鏡もだろうが!」

「ハっ、た、確かに――!」

「わかったか、バカめ!
 あの真摯、かつ、眼鏡を通しても伝わる慈愛の瞳。
 おかげで、白衣の天使の戦闘力は天井知らずだ!」

「俺は、あの黒くて長い髪がやばいな。
 なんか、もー、どこぞのなんちゃって貴族様じゃ相手にならんぐらいにキレイだしよー」

「ああ、なんだろう、この燃え上がる暖かい気持ちは!」

「ああ、わかるぞ!
 燃えて燃えて仕方が無い!」

「白衣の天使を思うと感じて燃え上がるような感情、
 そうだな、これを「燃え」とでも呼ぶか?」

「いいな、それ!
 つまり、俺達は白衣の天使に「燃え燃え」ってことか!」

「だな、もえもえだ!」


彼らは、サーペンスアルバスが誇る[迎撃隊]の面々である。
サーペンスアルバスの迎撃隊と言えば、今や、他国にまで知れ渡るほどの精鋭だ。
そんな彼らの中で、残念文化が開花爆誕してしまった瞬間だった。

彼らが天使と呼んだ彼女の魅力 (Charisma)は、そちらの方面に向けて効果抜群だったようである。





「ん?」


扉の方に視線を向けて、ノアは小首をかしげる。
なにやら声が聞こえた気がしたからだ。


「気のせい、かな?」


だが、特に、誰かが入ってくる気配もない。
扉に視線を向けて、少しだけ待ってみる。
が、扉が開くことはなかった。
そのため、ノアは、薬草・ポーションを片付ける作業を再開する。
手馴れた様子は、何十種類もある薬草を見ても遅くなることは無い。
後、少しで作業が完了する、そんな時だった。


「あ――」


教会の鐘が響き渡る。
回数は9回だった。
9回の鐘の音は、サーペンスアルバスでは正午を指す。


「あ、いけない!」


ノアは作業のスピードをさらに上げた。


「今日、マリエッタさんのシチュー!」


朝、兄であるキースから、今日のお昼のメニューをノアは聞かされていたのだ。
兄妹そろって、シチュー好きの二人にはたまらない。


「おにいちゃん、先に食べないでよ~!」


残りの作業を手早く済ませて、ノアは着用していた白い手袋を外す。
が、ワンピース型の白衣、普段はしていない眼鏡は身に着けたままで扉を開けた。



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◇[クローク・オブ・ザ・カイルージョン(外科医の外套)]

特性
・この白衣は、味方に対して苦痛を和らげるための自信と知識を与える。

パワー
・『治療』判定に、クロークの強化ボーナスに等しい値のアイテム・ボーナスを得る。
・味方に対して、その日に消費してしまった回復力の使用回数を1回分回復させる。

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◇[ゴーグルズ・オブ・オーラ・サイト(オーラ感知の眼鏡)]

特性
・この眼鏡は『治療』と『診断』を助けてくれる。

パワー
・『治療』判定に追加ボーナスを得る。
・近くの対象に対して、下記の情報を得ることができる。
 『ヒットポイント/最大ヒットポイント』
 『毒、病気が作用しているかどうか]
『毒、病気を与える能力を有しているか否か』

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◇[グラブズ・オブ・ザ・ヒーラー(癒し手の手袋)]

特性
・このエレガントな手袋は、所有者の癒しの力を強化させる。

パワー
・使用者が『回復』のキーワードを有する力(呪文、技能問わず)を使用した時、
 回復にボーナスが追加される。

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078 黒い悪魔02

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「うめー」

「って、やっぱりもう食べてる~!」


キースの自室に飛び込んで、ノアが最初に見たもの。
それは、リスのようにほっぺたを膨らましている兄の姿だった。


「せんせい、おつー
 うむ。
 しっかし、ノアのコスプレ見れるとは思わんかったなー。
 使わんアイテムだと思ってたが、いやあ、昔の俺、グッジョブ。
 そんじょそこらのレイヤーでは相手にならんぞ。
 眼福眼福」


白衣姿のノアを見たキースは、もごもごと咀嚼しながら片手を上げる。


「もー、ずるいよー」


日本にいた時と全く変わらない兄の言動と行動に、ノアは苦笑する。

ノアの外科医のような行為に関しては、これはノアからの希望だった。
自身のスキルである[治療]と[薬草学]を使って、怪我している人の手助けをしたかった。
そして兄に喜んでもらいたかったのだ。

(なんだか微妙に丈の短いワンピース型の)白衣。
これは、(当然)キースの手によるものだった。
人々の傷を癒したいと兄に告げたときに、キースがハイテンションで用意してきたものである。

最初、ノアは怪訝な顔をした。
だが、着用しての治療の効果は圧倒的だった。
そのため、今も恥ずかしくはあるが着用しているのである。


「ノア様、お疲れさまです。
 今すぐに、お食事をご用意させていただきます」


そんなノアに、いつの間にか側に控えていたマリエッタが一礼をする。
その立ち居振る舞いは、メイドとして完璧なものだった。
一瞬、ノアは見蕩れてしまう。


「あ、わたしも手伝います!
 すみません!
 うちのおにいちゃん、なんにも手伝わないでしょ?」

「ノア様もお変わりにならないですね」


無表情気味のマリエッタだったが、ノアの言葉に少しだけ柔らかい表情を浮かべる。


「私の仕事、私の喜びを取り上げないでくださいませ」


言うやいやな、マリエッタは再びお辞儀をする。
そして、すぐに下がっていった。

そんなマリエッタに向かって、ノアは、追いかけるように片足を踏み出そうとしたが――


「やめとけ、やめとけ~。
 いい言葉を教えてやろう。
 適材適所。
 これ以上は言わなくてもわかるだろ~?」


兄の言葉が投げかけられる。
その表情は「ニヤニヤ」としか表現できないものだった。


「むー!」


料理が下手なことを自覚しているノアには反撃できない。
しかも、今まで、自分が作った料理を処分してくれているのは兄だったからである。

ノアは大人しく、テーブルに着くことにした。





「ふう、お腹一杯~♪
 やばいな、お腹でちゃうよ……」

「いやいや、ノアはもうちょっと肉をつけた方がいいぞ。
 なんつかー、こう……」


キースは自身の両手のひらを上に向ける。
そして、胸に寄せて上下に動かした。
効果音が「ボイン、ボイン」という動きである。


「おにいちゃん、今度、目一杯料理を作ってあげるね」

「それだけは許してください、ごめんなさい」


コンマ秒での返信謝罪。
ホワイトスネイクのファンが見たら絶句しかねない光景である。
だが、水梨家ではいつもの光景だったものだ。

マリエッタが入れたお茶を飲みながらの談笑。
穏やかな午後のひととき。


「失礼致します――!」


だが、長続きはすることはない。
ここは水梨家ではないのだから。

穏やかな空気を破ったのは、伝令兵による言葉だった。


「何事だ!」


伝令兵の呼びかけに、マリエッタは扉を開けて応対する。


「はっ、実は――」


伝令兵の言葉に、マリエッタは耳を傾ける。
と、表情は険しさを増していく。


「わかった。下がっていい。
 ホワイトスネイクには私から報告しよう」

「かしこまりました!」
 

マリエッタの言葉に従って、伝令兵は退室していく。
それを見届けてから、マリエッタはキースの前へと歩み寄っていった。

キースの表情が、キース・オルセンの表情になる。
水梨家の兄ではない。
何時ものキース・オルセン。
そんな兄を見て、ノアは寂しげな面持ちを浮かべてしまう。
が、慌てて、かぶりを振った。





「黒い悪魔、4つ足の化け物?」


マリエッタが発した言葉を、キースは語尾を上げて繰り返した。
主の反応を見てから、一呼吸置いて、マリエッタは言葉を続ける。


「はっ。
 ホワイトスネイクに、至急の派兵嘆願あり。
 希望者はマセッティの南、マセラ集落の住民。
 突然、何の前触れも無く、黒い4つ足巨大生物にマセラが襲われたとのこと。
 集落には戦える者は無し。
 報告者が村にいる時点で、すでに数名が殺されているようです。
 すでに数日経過していることから、被害はさらに増していることが想定されます」


マリエッタの報告に、キースは軽く右手を上げた。


「オーケー。
 なんとかしないとな。
 ちょっち作戦タイム、5分くれ」

「はっ」


キースの言葉に、マリエッタは表情には出さないが歓喜していた。
胸が熱くなり、鼓動を抑えるのに必死にならなければならない程にだ。
サーペンスアルバスを、私達を、救ってくれたあのままなのが嬉しくてたまらなかった。


「黒い4つ足……?
 トラとか、パンサーとか、そういう系かな……?」


報告の場に居合わせていたノアも、マリエッタの報告で思いついたことを口にする。
それに対して、キースは頭を振った。


「いや、それならそう言うだろ。
 村とか、森とか、そういう場所に住んでいる人が知らないわけない。
 対応策だって、な。
 だから――」


キースの周囲に、ピンク色のプリズムがクルクルと踊るかのように動き始める。


「十中八九、ディスプレイサー・ビーストだな。
 クソ、やっかいだな」



-----------------------------------
◇ディスプレイサー・ビースト(Displacer Beast)

社会構成:群れ
食性  :肉食性
知能  :低い
性格  :トゥルニュートラル

生態
・肩から力強い2本の黒い触手が生えたピューマによく似た魔法的クリーチャーである。
・体色は少し青みがかった黒。
・ネコに似た長い身体と頭をしている。
・体長は2m半~3m程度
・ディスプレイサー・ビーストは獰猛で残酷な、あらゆる生命体を敵とする攻撃的なクリーチャーである。
 しかし、仲間内では決して争うことはない。

・魔法的な転置能力(自分が実際にいる位置から1m程横の位置に幻影を映し出す能力)を有する。

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舌打ちと共に、キースは金髪を無造作に掻き毟った。
 

「迎撃隊メンバーでも2回、
 ノーマルマンだったら、1発くらえば、2回は死んでおつりがくるダメージをもらえる。
 に、加えて、特殊能力持ちだからな。
 一撃与えるのも至難だ」


吐き捨てるように言い放ち、キースは勢いよく立ち上がる。


「準備だ、マリエッタ。
 俺が出る。
 急いでくれよ、集落が無くなっても不思議じゃないからな」

「ハッ、仰せのままに――!」


キースの言葉に、マリエッタは深々と一礼をする。
そして準備のために動き始めた。

マリエッタが部屋から出て行くのを見届けてから、キースは小さなため息を付いた。


「こういう時、戦士は辛いな。
 今更だけど愚痴りたくなる。
 テレポート持ちのマジックユーザとかなら、あっという間に行けるのになー」 
 

[D&D]に限らず、戦士という職業は接近戦では無類の強さを誇る。
だが、その反面、多くの弱点も持っている。
中でも、呪文を使用できないというのは最たるものだと言えよう。


「おにいちゃん」


苦々しげな面持ちのキースに、ノアはやさしげに声をかけた。


「覚えてる?
 僧侶にもテレポートっぽい魔法あるんだよ?」

「え?」


突然のノアの言葉に、一瞬、キースは呆けた顔を見せて――


「あっ!
 トランスポート・ヴィア・プラント――!」



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・[トランスポート・ヴィア・プラント【樹木転移】] LV6スペル

木(人間サイズ以上のもの)の中に入り、同種の他の木から出ることができる呪文。
両者の木はどれだけ離れていてもかまわない。
この移動は1分を費やすだけで行われる。
しかし、入り口も出口の木も生きていなければならない。
出口の木は、使い手のなじみの木である必要は無い。

対象は呪文詠唱者のみであり、他の生物を連れて行くことはできない。

-----------------------------------


「マイナー過ぎてすっかり忘れてた。
 プリーストの超高レベルにそんな呪文があったな。
 殆ど出番が無かったやつだな。
 だって、ありゃ――」

「うん。
 そう、詠唱者、わたししか転移はできない。
 でも、今回のって、何千キロって離れてる場所じゃないんでしょ?
 だったら絶対に似たような木はあるから一瞬でいけるよ」

「バカ言うな。
 んなことさせたら、乃愛1人が危ないことに――」


ホワイトスネイクの仮面が落ちる。
そこには妹を心配する、勇希の顔が覗き出す。
心配そうな兄の顔。
だが、逆に、ノアは微笑した。


「ありがと、おにいちゃん。
 でも3日間ぐらいずっと話したのに、あは、また同じこと言っているよ。
 でも、だったら、わたしもまた同じこと言うね。
 大丈夫、だよ!
 わたしもやるよ」

「で、でもな――!」


マリエッタが誘拐されて、ビックバイが出現した後。
兄は全てを話した。
全てを話してくれた兄に、妹は感謝の言葉を言った。

そして、兄と妹は、今後に向けて話し合った。

平行線だった。
兄も譲らない。
だが、普段は大人しい人見知りしまくりの妹は譲らなかった。
そして、最後に負けたのは兄だった。


「わたしもおにいちゃんを手伝わせて。
 今よりも強くなる。
 後悔したくないんだ、もう――」


乃愛と勇希の視線が交差した。
そして、そらしたのは勇希からだった。


「~~~~~参った、反則だ!
 ったく、どうやったらこんなラノベにしか出てこないような妹が出来るんだよ。
 ビックバイなんて目じゃねーぐらい勝ち目ねえー。
 これ無碍にできるやつは兄じゃねえ。赤い血すらもってねえ。
 わかった。
 が、にいちゃんに約束してくれ。
 無理すんな。
 防御防御、
 コマンドはいのちを大切に、だ。
 村人もだけど、言うまでもないけど、乃愛のもだかんな!
 すぐに兄ちゃんも追いかけるからな、わかったな?」

「うん、おにいちゃん――!」


水梨勇希の言葉に、水梨乃愛は満開の花のような笑みを返して――


「魂も宿らぬ骸、骸、我が許へ――」


漆黒の光を全身に纏う。


「行ってくるね、おにいちゃん!」


光の中から、虚無水晶の嘲笑う死の鎧を装着した黒聖処女が顕現した。








ノアのカッコは、この3種のアイテムをどうしても紹介したかっただけですwww
ちゃんとした公式のアイテムですよ!



兄だけには見せる小さなワガママ。
そんな姿を表現したいのですが、ただのワガママで終わりそうで辛い。



間の話って感じです。
次からはもうちょっと展開します!
けど、今回のストーリーはバレバレな気がしないでもありません。




[13727] 79 黒い悪魔03
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2013/03/02 06:51
闇より暗し。
星の光も通すこと無し。
鈍く輝く漆黒の鎧は、周囲を圧倒的な黒い力で支配する。
美しく、そしてあざ笑うかのような造詣の姿。
歩みを進めるたびに響く、虚無水晶の楽器のような音色。

世の死霊達が、憎くて、愛おしくて、狂おしく想う存在――


「マセラ……」


マセラにたどり着いたノアは、ボロボロに壊された木製柵を見て小さく呟いた。
視線をそっと地面へと向ける。
と、ノアの目には、明らかに4足生物の足跡があることを確認できた。

この瞬間、ノアは黒聖処女への切り替えスイッチが完全に入った。
そして、空高く右手を掲げて――


「ディティクト・イービル」


【邪悪探知】呪文のディティクト・イービルを発動させる。
ノアは周囲へ意識を集中させる――


「……
 ……
 ……
(反応ない、か――)」


が、邪悪の反応は全く見つけることはできなかった。


「やっぱりダメかー」


サーペンスアルバス出立直前に、ノアは、キースからディスプレイサー・ビーストの特徴を教えてもらっていた。
その中に、性格が「トゥルニュートラル」であることも含まれている。
トゥルニュートラルは善も悪も無い。完全に中立の立場(または本能に従うのみ)である。

それを知った上で、ノアは[ディティクト・イービル【邪悪探知】]を使った。
性格が中立なので、おそらく反応は無いとは思っている。
だが、集落を襲ったとのことで、微弱でも悪として検知できれば儲け物との考えからだった。

敵対するものよりも先に相手の位置を知る。
それは戦闘において、大きなアドバンテージとなる。
これはノアの体感、今までの修行、また、ドーヴェンなどの教えによるものが大きかった。


「仕方ないか、なら――」


ノアは両手の平を何回か握り締めてから、腕をぐるぐると回す。
これは気合を入れてピアノを弾く前に、よく、ノアが行っていたルーティンだ。
すると、ガチャガチャと黒水晶が擦れ合い、ぶつかる音が響いた。


「(ん? 意識すると、結構な音がしてるんだ……)」


現在、マセラでは物音が全くしてない。
そのような状況のために、ヴォイドクリスタル・ラフィング・デス・アーマーから発生する音は目立つ。


「ん~」


そのため、ノアは鎧を脱ぐことを考えた。
先に敵を見つけるどころか、この音で、先に見つかりかねないと思ったからである。


「(……今回はいのちを大事にだったよね)」


だが、それも一瞬。
結局、ノアはヴォイドクリスタル・ラフィング・デス・アーマーを着用して行動することに決めた。
兄の言葉を思い出したからである。

この時の判断を、ノアは後悔することになる。





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079 黒い悪魔03

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山麓にある集村マセラ。
狩猟採集を生活の軸として、100人程度が平和に暮らしている集落である。
風光明媚な景観の良い場所である。

普段ならば、だ。

今のマセラは奇妙なまでに沈黙に包まれている。
そのような状況の中で、ノアは歩みを進めて――


「(いた、あれが――!)」


ノアは足を止める。
今、視界には兄から特徴を聞いていたモンスターが存在した。


「ウィズドロー」


その瞬間、体感時間の流れを変える呪文[ウィズドロー【時間支配】]を発動させる。
視界が、世界が、セピア色に覆われた。

セピア色の空間の中で、ノアは目に付いたモンスターを見やる。


「(本当に黒豹みたいだ……)」


ディスプレイサー・ビースト(Displacer Beast)。
かなり巨体であり、ノアの目測では3メートルはあるように思えた。
黒色の毛で覆われた、尾の長いネコに近い。
だが、肩からの生えている二本の触手と、真っ赤に充血したような目が否応無しにモンスターであることを主張する。

ノアは一呼吸をついて、次にディスプレイサー・ビーストの周囲を確認する。


「(地面は問題ないかな?
  転びそうな障害物も無い、泥でも無いから足場もしっかりしているよね。
  人が住む場所だから仕方ないけど、植物が少ないのは残念。
  助けは借りられないかな、あとは――)」


戦闘になる前に、ノアは事前に情報を集めることを徹底する。
これを行うと、戦うという行為が本当に楽になることを知ったからだ。


「(ん、あれって――!?)」


続いて、ノアが気になったことはディスプレイサー・ビーストの視線である。
それはレンガ造りの建物に向けられていた。


「(レンガ……!
  あれって、マセラの人が言っていた……!?
  一軒だけある食料保存場所、今は――)」


マセラでの住居は殆どが木材で出来ている。
だが、そんな中で1件だけレンガ出来ている食料貯蔵棟があると聞いていた。


「(みんな、あそこにいる――!!)」


ディスプレイサー・ビーストの攻撃は木材など容易く破壊する。
そこで住人全員が、レンガ造りの食料貯蔵棟の狭い中で肩を寄せ合って息を潜めているとの事だった。


「(今のところディスプレイサー・ビーストは1体だけ……
  ……なら、応援が来る前に――)」


マセラ住人の現状、
自身の体調、自身が立つ場所、自身が使える攻撃手段、
そして1体のディスプレイサー・ビーストという判断から、慎重に時間をかけて――


「(なんとかしてみせる――!)」


ノアは戦うことを決意する。


「開放、コンポジット――」


ノアはコマンドワードを発する。
と、ウィズドロー【時間支配】の効果が終了した。


「ロングボウ――!」


が、その左手には漆黒の合成弓、右手には矢が出現していた。
これは[グラヴズ・オブ・ストアリング(物入れの手袋)]が取り出したものだった。


「Uxuxuxuxu……!?」


ノアの声と匂いで存在に気づいたのだろう。
ディスプレイサー・ビーストの首がノアの方へと向けられた、その瞬間――


「させないんだから――!!!」


軽々と、弦を弾ききり離す。
瞬間、ノアの右手からは矢が飛び出していく。
呻りを上げて、風をズダズダに切り裂いて、飛び込むはディスプレイサー・ビーストの眉間――


「Gururururuuuuuuu……!」


だが、その恐るべき強矢はすり抜けていった。
避けたのではない。
ディスプレイサー・ビーストの身体を通り抜けて、その奥の石へと突き刺さったのだ。


「Guxuaaaa!!!!」


この瞬間、ノアはディスプレイサー・ビーストに敵と認識された。
4足生物の特徴である瞬発力を生かした突進――


「うん、おにいちゃんから聞いていたとおりだ」


だが、ノアは慌てることはなかった。
流れるような動作で、突進してくるディスプレイサー・ビーストに対して第2射の矢を番える。


「修正完了、次は――」


ノアは自身の心問いかける。
乃愛の問いかけに、ノアからは絶対の自信をもった返答が得ていた。


「ここ――!」


再び放たれた強矢。
狙いはディスプレイサー・ビーストの横、何もない空間。
どうみても外れのはず、だが――


「Cannnn!?!?」


ディスプレイサー・ビーストは悲鳴を上げた。
と、いつのまにかディスプレイサー・ビーストの肩から血が流れていた。
そして矢は何も無いはずの空間、空に浮いたままの状態になっている。


「Guxuaaaa――!!!!」


だが、ディスプレイサー・ビースト突進は止まらなかった。
若干速度は下がったが、それでも向かってくる。
そして、ディスプレイサー・ビーストの横1メートル程の空間に浮いている矢も向かって来ていた。


「んしょ――!」


ディスプレイサー・ビーストから目を離さないまま、ノアは左手のコンポジットロングボウを放り投げて――


「全てを貫く神槍、我が手に――!」


コマンドワードを発動する。
眼前に現れたのはとねりこの木でできた槍。
ノアは右手で槍を握りしめる。

この槍こそ、神々の宝グングニル――


「てぇや!」


ノアはグングニルを投擲する。
ディスプレイサー・ビーストにではなく、浮いている矢の空間に向かって――





「かなり嫌な能力だよ、これ……
 ゲーム中だったら、ACが下がるだけで大したこと無いんだけどな」


光の粒子を見届けながら、ノアは一呼吸を付いた。

今回、ディスプレイサー・ビーストが魔法的な転置能力を所有していることを知っていた。
だから、落ち着いて処理ができた。
だが、この事実を知らなければ、やられることは無いにしても苦戦はしたかもしれないと考える。


「(うん、慎重にいかなきゃ……!
  確かおにいちゃん情報だと、ディスプレイサー・ビーストは群れの行動って言ってたし。
  油断しないようにしないと、ね)」 


再びノアは腕をぐるぐると回す。


「いのちを大事に、防御防御だよね。
 わたしだけじゃなくて、マセラの皆さんもね。
 ごめんね、もうちょっとだけ我慢していてください。
 他にもいないか確認します」


レンガ造りの建物に向かって言葉を投げてから、ノアは、再び、マセラの調査を再開した。





「たはは、これはこれは~」


マセラの上空。
広がる大海のように広がるセルリアンブルーの大空。
その中に、まるで宝石のように輝く真っ白な存在があった。

純白の大きな翼を羽ばたかせた、白馬、グレーター・ペガサスである。


「なかなかに盛り上がる展開にしてくれるじゃない――」


グレーター・ペガサスに騎乗しているのは、黄金のような輝きを持つ女騎士だった。

背中に背負った傷だらけの円形の盾、
胸部と腰を覆う純銀の甲冑、
腰に下げられている空色のサファイアが取り付けられた剣鞘、
大きな白い翼が付いた兜から流れている金髪は、燦燦と太陽の光を浴びて輝きを放っていた。

その姿は、まさに戦場を闊歩する戦乙女と呼ぶに相応しい姿。
ブリュンヒルデ・ヴォルズング、聖騎士(パラディン)のタエである。

だが、恐るべき力をもつ英雄の口から漏れる台詞は、戦乙女には相応しくないものだった。
はっきりと焦燥感が感じ取れるものだったのだ。


「邪悪度合いが圧倒的って、冗談になってないわ。
 ったく、あの鎧は何様よ。
 あんなモンスターいたかしら??
 圧倒的って、どんなモンスターと同じ強さだったっけ?
 あー、全部、勇希にまかせっきりにするんじゃなかった。
 うん、人任せはダメね。
 いやいや、そもそも勇希が側にいれば問題ないじゃないのよー!」


商業都市レストレスから、タエは、ものすごい速度でマセラまでやってきた。
そして、到着と同時に、聖騎士の特殊能力[ディティクト・イービル【邪悪探知】]が反応した。
それはタエの背筋を心の底から凍りつかせる程の、邪悪モノが存在することを警告したのだ。

圧倒的な邪悪。
このレベルの邪悪な存在で、「実はゴブリン程度の強さでしたー」ということは決して無い。
圧倒的な邪悪は、圧倒的な強さを持っている。

聖騎士の特殊能力[勇気のオーラ] が無ければ、取り乱していたのかもしれない。


「あとちょっとでゴール、その前で最後の試練?
 そんなありきたりの展開、視聴者は望んでないわよ今時」


タエは小さく肩を落とす。
いつものタエからすれば、非常に珍しい仕草と表情だった。


(逃げる――!?)
(死んだらなんにもならないわよ――?)
(だって、知らない人達じゃない?)
(顔も見たこと無いのよ?)
(このまま引き返したって、誰にも文句は言われ――)


タエの頭には、吐きそうな思考がよぎって仕方が無い。
だが、これは「いつものこと」だった。

タエは自身が弱い人間と知っている。
だから、心の中ではいつもいつも不安で一杯だ。
だけど――


(言われるじゃない、私に――!!)



「じょ、う、だん、じゃ、ない、わ……!!!」


絶対に人には見せることは無い。
原ヶ崎妙子はそんな人間だった。
特に、勇希や乃愛には――


「ファイナィ!
 ジ、タエ、ハズ、カム、バック、トゥ~、マセラ!」


タエは大好きなスポーツ選手兼映画俳優の名言を、自身に置き換えて口ずさんだ。
何馬鹿なこと言ってるんだろ、と、タエはやはり自身で苦笑する。


「もうすぐ行くからね、マセラ!
 あとちょっとだけ待ってなさいよ~!」


タエは勢いよく、地面に向かって指を刺す。
その先にあるのはマセラの集落と、そして、圧倒的な邪悪の鎧――


「私が生きる為。
 私の好きな人達が生き残る為。
 全力で戦う。
 迷わない。
 全力で殺す。
 だから、
 だから貴方も全力で、私にかかってきなさい――!!」


タエはグレーター・ペガサスのユキの背中に立ち、
ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)を抜き放った。


「先手必勝!
 一撃で決める――!」


そして、地面に向かってダイブする。
真っ黒な鎧に向かって、まるでレーザービームのように――







ディスプレイサー・ビーストさん涙目でござるの巻。



能筋タエさんのお話!



勘違い系のお話は書くのが難しい!



[13727] 80 黒い悪魔、白い騎士
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2012/11/03 10:19


「――――!?!?!?!?」


ノアの全身に電流が駆け抜けていく。
長い黒髪の先から、足元の爪先、末端の神経、滞りなく全てに対して、だ。
身体の全ての毛穴からは汗が吹き出し、全身の毛が逆立つ。

それは[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]からの、最大級の警告だ。

(ダメ、コレ!?)
(ウィズドロー、マニアワナイ!)
(他ノスペル、詠唱ガ追イ付カナイ――!)
(ボウギョ耐性、速度、追イケナイ――――!!)
(パリィ、コレシカ――――――――――――!?)


様々な警告が、ノアの脳内によぎった瞬間――


「あッ!?!?」


息が止まる。
体内全ての空気が、強制的に肺から排出された。
後方から、形容しがたい程の衝撃が襲い掛かってくる。


「ああああああぅぅぅぅっ――!?!?!」


現状を理解することが出来ずに、ノアは吹き飛ばされた。





-----------------------------------

080 黒い悪魔、白い騎士

-----------------------------------

空からダイブした勢いを上手に逃がしつつ、タエは地面に着地する。
そのような状況下でも、タエが敵から視線を逸らすことは無い。


「ハァ、ハァ、ハァ……!」


タエの額から冷たい汗が流れ出して言った。
呼吸も荒い。
それは不意打ちを仕掛けた側には見えない。
むしろ、食らった側のような面持ちだった。


「な、なんなの、コレ……?」


荒れる呼吸を1秒でも早く落ち着かせようと、タエは深い呼吸を繰り返した。

超音速・高高度攻撃。
タエが最も得意とする形である。
それを全力で、黒鎧に叩き込むつもりだった。

だが――

愛剣ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)が、黒鎧に触れた瞬間。
黒水晶と鋼がぶつかりあって、甲高い、まるで悲鳴のような音が鳴ったと同時。
凄まじいまでの勢いで、剣から、身体から何かが吸い取られていくのを感じたのだ。

タエは何が起こったのか理解できなかった。
だが、直感と、剣の悲鳴のように聞こえた打撃音で引く事を選択した。
そのために、剣に全力を込めることはできなかった。
今の不意打ちは、全力の2~3割程度の威力だとタエは考えている。


「普通じゃないわねー。
 さっすが、極悪レベルの悪者ってところかしら――」


吹き飛ばされた黒鎧の動きは、タエから見ても「あっぱれ!」としかいいようがなかった。
タエの攻撃の勢いを殺すどころか、上手く利用して、最後は立ち上がった。
そして、すぐさま、こちらに対して中腰の姿勢を向けた。
今のところは、黒鎧の手に武器らしき物は見られない。
が、戦闘態勢に入ったことはわかる。

タエが香港アクション映画の1シーンを思い出すほどの動きだった。


「しっかも、変な特殊効果付きよね。たぶん。
 ホーリーブレードでも触れたくないわね。
 さーて、どうしたもんかしら?」


タエの額から汗が流れる。
頬を伝わって、雫は地面へと落ちていった。


「ちょっと骨が折れそうねえ……」





「(な、一体、な、何!?!?)」


突如、としか言いようが無かった。
後方から攻撃を加えられて、ものすごい勢いで吹き飛ばされた。
地面を4回転ほどさせられただろうか。
その段階で、ようやく勢いを利用する形で姿勢を整えることに成功した。


「誰――!?」


先程まで、自身が立っていた場所に対して視線を向ける。


「え?」


と、ノアは呆けた声を出してしまう。


「せ、戦士……!? お、女の人!?」


そこには、純白の女性騎士が堂々と仁王立ちしていた。

白い翼がついた兜から見える瞳が輝き放たれている。
襟首から流れ出す金髪は、黄金獅子の鬣を想起させた。
また、体躯は無駄という言葉が塵1つ見つけられない完璧なものだ。
そして右手に握られた銀光を放つソードは、見るものを凍りつかせる何かを感じさせる。

美しく、気高く、そして強い――

そうとしか感じられようがない、そんな女性騎士だった。


「(この人、マスターレベル――!)」


ノアは左拳を前に、右拳を引き気味に構えた。
腕は少し交差気味の角度とする。
そして左足を一歩前に、右足を後方へと下げる。

無意識に、ノアは防御姿勢を取っていた。


「(強い……!)」


ノアは小さく息を飲み込んだ。
この女性騎士の全身から覇気を放っていることがわかったからである。
身に着けている装備品等から放たれているのではない。
彼女自身が、圧倒的とも言えるオーラを身に纏っているのだ。


「(で、でも、なんでこんな状態に――?)」


女性騎士はどの角度から見ても、盗賊や山賊といった類の人種には見えない。


「(もしかして、ビックバイや、あの紫ローブの女の人の仲間とか……?)」


ノアの頭には、雷系の魔法を使うマジックユーザーが思い出された。
それ以外には、ノアには突如襲われるといった覚えは無かった。


「(で、でも、まずは話を――)」
 

相手は人間(ヒューマン)である。
ノアとしては、まずは会話をしたかった。


「あ、あの――」


フルフェイスのマスクの下から、ノアが声を出した瞬間だった。


「え――」


女性騎士が、左手に大きな円形の盾をこちらに向けてきた。
さらに身体の動きから、握られていた右手の銀光の剣に力が篭ったのがわかった。





「(あのお化け鎧の特殊効果ってやつかしらね。
  ホーリーブレードでやれないことないとは思うけど――)」


ファースレイヤー・ホーリーブレードを握り締めている右手に、タエは意識を集中させる。


「(なんかガス欠っぽいわね。
  となると、すぐに「アレ」はできない、と。
  この感じだと、吸い取られた分は5分で満タンってところかしら……
  ……なら――)」


愛剣の現状を確認し終えたタエは、愛盾シールド・オブ・ザ・ガーディアン(守護者の盾)を構えた。


「こんなことなら、もうちょっと遠距離攻撃を覚えとくんだったわ。
 今度、勇希に教えさせないとダメね」


続けて、ファースレイヤー・ホーリーブレードを構えなおす。


「はぁあああ!!!」


タエが気合を入れるために雄叫びを上げる。
ファースレイヤー・ホーリーブレードの刃が銀の光に包まれていく。
アストラル海からの力を呼び出すためだ。


「時間稼ぎさせてもらうわ。
 8時40分になったら、印籠見せてエンディングにしてあげる――!」


盾の隙間から、ファースレイヤー・ホーリーブレードを目前の何も無い空間に斬りつけた。
その流水の如き動きは、美しい踊りのようだった。





「え、え、ちょ、まって――」


ノアが言葉を言い終える前。
女性騎士は銀光の剣を振りかぶった。
何も無く、誰も居ない空間を斬りつけただけだったが――


「(これって、なんか嫌な感じ――!)」


ノアは急ぎ、両腕を顔の前へと持ってくる。


「きゃっ――!」


その瞬間、腕に、まるで鞭のような衝撃が襲い掛かってきた。


「う、うそ!
 な、何コレ――!?」


風が襲い掛かってくる。
鋭く、切り裂くため、切断するための、鋭利な見えない剣戟が――


「ブ、ブレイサー・オブ・デフレクション(偏向の腕輪)、力を貸して!」


慌てて、ノアは防御力向上アイテムを発動させる。
ブレイサー・オブ・デフレクションは防御態勢中に、さらに防御力を向上させる効果がある。

だが――


「う、動けない……!?」


[ヴォイドクリスタル・ラフィング・デス・アーマー(虚無水晶の嘲笑う死の鎧)]の防御力は圧倒的である。
それは例えるならば、戦車並みと言っても良いほどだ。
おかげで、この風による連続攻撃に対しても、ノアを傷つけることは無かった。
しかし、風による圧力までは防ぎきれない。
吹き飛ばされこそしないが、動くこともままならい状態である。


「プロテクション・フロム・ノーマルミサイルリング(飛び道具防御の指輪)も発動しない……!
 あ、あの剣、マジックアイテム――!?」


女性騎士と話をするべく、ノアは近寄ろうとする。
だが、動こうとすると、その一歩目に風の斬戟が襲い掛かってくるのだ。
で、足を引っ込める。
と、今度はそちらの方にと、風の一撃が振るわれているのだ。

さらに風を無視して、ノアの驚異的な力を持って強引に足を出そうとする。
すると、今度はノアに対してではなくて、ノアの一歩先にある地面の土を抉った。
慌てて、ノアは足を引っ込める。


「う、動きが、予測されてる、の……!?
 な、なら――」


ノアは左腕を横にして、右腕を縦に構える。
そして、背中を丸めて顎を下げる。
この体勢は横からの攻撃には弱いが、正面からの攻撃にはかなり有効となる。
ノアの武器技能[マーシャルアーツ(素手)]による防御姿勢だった。


「ウィズドロー!」


防御重視の体制を取ったことにより、風の攻撃で呪文が中断させられることは避けられた。
[ウィズドロー【時間支配】]の効果が発動され、ノアの体感時間が変化する。


(ちょ、と、盗賊って感じには見えないし!
 ど、どうみても騎士っぽい?
 も、もしかしたら、どっかの国とかに仕えている騎士さん!?
 わ、わたしが、この村を襲ったとかって思われてたりしてる!?!?)


女性騎士の風体を見て、ノアは考える――


(こ、このままだと――!)


この世界は危険だ。
ノアがマスターレベルに達しているとはいえ、何が起こるかはわからない。
ここはファンタジーゲームの世界なのだから。

実際に、今、たった1人の女性騎士に押され気味なのだ――


(ま、まずはあの武器をなんとかして――)


風による攻撃を止めない、止めてくれないことには会話もままならない。
誤解を解くこともできない。


(落ち着いて、落ち着いて――
 ドーヴェンさんも、おにいちゃんも口をすっぱくして教えてくれた。
 落ち着いて――
 まず、あの風の武器を何とかしなきゃ!)


ノアは自身に言い聞かせるように、小さく、1つ頷いた。
そして呪文の効果を切る。


「全てを貫く神槍、我が手に――」


ノアはコマンドワードを詠唱する。

空間がゆがみ、ねじれ、渦が出来る。
そこから、ゆっくりと、神槍グングニルが顕現する。
ノアは防御体制を解き、グングニルを手にして引き抜いた。


(で、それから、わたしも武器を捨てて、戦う気が無いことを示そう――)





「なんて反則!?
 どっから出したの、その槍!
 金さんのお庭番じゃないんだから、急に出てくるんじゃないわよ……!」


タエは冗談めかしたことを口にする。
だが、黒鎧が手にする槍から目が離せなかった。

心臓が激しく暴れだす。
止まらない。
まるで口から飛び出さんばかりの勢いだ。


「(まっず、あれ、半端ない――!!!!!!)」


全身の至る所から、最大級の警告が発せられる。
[戦乙女(ヴァルキュリア)]ブリュンヒルデ・ヴォルズングが告げている。

アレは無理だ。
避けられない。
そういうものだ、と。


「(投擲槍!?
  投げる気!?
  無理、避けられない!?)」


槍を構えた黒鎧の姿が、タエの目に飛び込んで来る――





ノアはグングニルのパワーを発動させる。

それは「投じると何者もかわすことができず、敵を貫いた後は持ち手のもと戻る」というもの。
絶対に命中する。
これはそういうものなのだから。


「(きっと、あの人には中途半端な行動は通じない。
  なら、確実に、絶対命中のグングニルで――)」


女性騎士が手にする剣の位置、速度、角度、
左手の位置、
右手の位置、
腰の重心、
右足のポジション、
左足のポジション――

グングニルとノアが告げる。
今だ、と――


「いっっけぇぇ――!」


大きく、しなやかに、鋭く身体を回転させる。
まるで小さな台風。


「お願い、グングニル――!」


ノアの右手から一筋の光が放たれた。





因果。
原因と結果。
過去現在。
巡り巡り、結果は決まっている。

今、自身に向かってきている一筋の光はそういったモノ――


「(避けられないなら――)」


だが、この不条理とも言える攻撃でも、パラディンであるタエの心は打ち砕けない。
[勇気のオーラ] が発動される。
苦境であればあるほど、タエには心の力が溢れ出してくる。

パラディンは、タエは決して恐怖には負けることがない――


「当たればいいんでしょう――!!!」


タエが選択した行動は、驚愕としか言えないものだった。
今までの数々の危機から、タエの命と身体を守った相棒とも呼べる盾。
シールド・オブ・ザ・ガーディアン(守護者の盾)を正面に向ける。


「(いくわよ、あたしのシールド・オブ・ザ・ガーディアン――!)」


凄まじい勢いで向かってくる槍に対して、自身から突っ込んで行ったのだ。

一筋の光と盾が相見えた、刹那――


「はぁぁぁ――!!!!」


槍の飛ぶ方向と同じ向きに、シールド・オブ・ザ・ガーディアンの背を向けた。
タエは回転しつつ、不条理な槍の衝撃を和らげる。


「っで、ここぉ――!!」


そして、シールド・オブ・ザ・ガーディアンを押し出す。
甲高い金属同士が擦れる音が響く。


「ココイチでスリッピング・アウェー、なんて無茶振りさせんのよ――!」


当たる、という結果をグングニルは残した。
一筋の光は、タエの後方へと直進していった。





「え――!」


少し遠めのノアには、詳細までは分からなかった。
だが、理解できたことがある。

グングニルが避けられた、いや、弾かれたのだ――!


「い、いけない――!」


グングニルを呼び戻すコマンドワードを、急ぎ、ノアが口にしようとした時――


「!?」


女性騎士の全身から覇気が爆発した。
そしてゆっくりと、手にした剣を大空に向かって掲げる姿が目に入る――





「あっ、ぶな!
 スリッピング・アウェーがあんなに上手く行ったのに、こんなに抉られるなんて。
 もう、なんなのよ、あの反則な槍は――」


スリッピング・アウェーはボクシングの超高等防御技術だ。
顔にパンチがあたる瞬間、首をひねって受け流すテクニックである。
そのため、上手くいった時には、大きな傷は付きにくい。

だが、シールド・オブ・ザ・ガーディアンには抉られた傷が残されていた。
タエは苦笑いだ。


「でも――」


盾から、黒鎧に視線を戻す。


「8時40分」


タエは大空に向かって、ファースレイヤー・ホーリーブレードを掲げた。

その姿はまさに英雄。
グレイター・メデューサを1人で打ち倒した[戦乙女(ヴァルキュリア)]、ブリュンヒルデ・ヴォルズングだった。


「パラディンの印籠の札、切らせてもらうわよ――」







タ「むふふー、不意打ち修正のおかげでイニシアチブは圧勝ね!」

ノ「うー、や、やばいかもー」

タ「じゃ、次は命中判定ね。
  って、きたー! 20でクリティカル!!!」

ノ「う、うそ~! 妙子ねえ、ホント~!?」

タ「ふふふ、容赦しないわよ!
  これでダメージ2倍、いっくわよー!」

ノ「ひ、低い数字出て~!」

タ「って、えー!
  こんなイケイケなのに、ここで1は空気読めないわ~!?」

ノ「よ、よかったあ~!
  1の2倍で2。
  で、ヴォイドクリスタル・ラフィング・デス・アーマーの特性でダメージ半分。
  た、助かった~!!」
 

オープニングヒットはこんな感じ。



次話ぐらいで、一段落予定です!
むちゃで強引な展開だったかなーと、反省。
でも、身内同士で戦わせてみたかったんです!
お許しくださいませ。



スピード感を重視した結果、酷い文章になったよ!



[13727] 81 悪を討つ一撃
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2013/03/02 06:55
「へ、パラディン?
 また、ニッチな職業選んだなー」


妙子のキャラクターシートを覗き込んで、勇希は苦笑する。
職業欄に「パラディン(聖騎士)」と記載されていたからである。


「ま、あたしもそう思うわ。
 けどさ、コレ見たらね~」


ニヤニヤとした面持ちで、妙子は勇希に対してプレイヤーズハンドブックを差し出す。
そして、パラディン(聖騎士)が記載されている箇所を指差した。


「他に目がいかないわよ」

「ん、ああ!
 なるほど、[悪を討つ一撃]かー。
 妙らしすぎて、なんかすげー納得」


勇希は「これでもか!」というぐらいに、妙子の趣味趣向を理解している(させられている)。
そんな勇希としては頷かざるを得ない。
だが、対面に座っていた、入間初(いるまはじめ)と乃愛には、
勇希が言った[悪を討つ一撃]という言葉は記憶に無いものだった。


「[悪を討つ一撃]ってなんだっけ?
 魔法職ばっかり見てたから、ちょっと覚えがないな」


初は首を傾げてから、横に座る乃愛に視線を向ける。
と、乃愛も首を横に振った。


「ま、いるっちにはマジックユーザお願いしちゃったからねー。
 あんだけ魔法があれば、他見てる余裕なくて仕方ないわ。
 乃愛もわかんないよね、コレ見てコレ!」


妙子は勇希の背中を叩く。
と、勇希は苦笑しつつ、初と乃愛にプレイヤーズハンドブックを手渡した。



-----------------------------------
・[悪を討つ一撃] 

レベルが2以上のパラディン(聖騎士)は、1日に1回、[悪を討つ一撃]が可能となる。
[悪を討つ一撃]は、キャラクターの「魅力 (Charisma)」+「レベル」の追加ダメージが適用される。
悪属性以外には効果は無い。

※[悪を討つ一撃]は通常攻撃とは異なり、超常能力になる。

-----------------------------------



「へ~、こんな能力あったんだ~」

「なんか最後の手段って感じがするね」


パラディン(聖騎士)の特徴箇所を見て、乃愛と初も、先程の勇希と同様の反応を示した。


「でしょ、でしょ!
 平均ダメージとかならファイターに勝てないけど――」


妙子は「ぐっ」と握り拳を作り、


「ピンチの状況から、一発逆転の可能性があるってロマンよねー!」


不敵な笑みを浮かべた。
が、そんな妙子に、勇希は思ったことを口に出した。


「でも、なんか名前かっこ悪くね?」

「[悪を討つ一撃]のこと?
 シンプルイズベスト、わかりやすくていいじゃない」

「いや、考えても見てくれよ。
 ちょー、盛り上がった場面でだよ、「悪を討つ一撃~!」って攻撃するんだぜ?
 ただの通常攻撃じゃなくて、わざわざマニュアルに超常能力って書いてあるんだぞ。
 ないわー。
 なーんか、必殺技っぽくないんだよな。
 こう、どかーんとくるようなインパクトが欲しい!」


勇希の言に、妙は小首をかしげる。
それから小さく頷いた。


「うーん、わからなくもないわね。
 じゃ、オリジナルネームをつけよっか。
 あたしの[悪を討つ一撃]は、そうねえ……
 ……
 ……
 ……
 うん、フェイバリットファイターの必殺技をあやかりましょ。
 [サンダー・デス・ドライバー]に決定!
 [アイアンフィンガー・フロム・ヘル]も捨てがたいんだけどね~」


満面の笑みで、妙子はキャラクターシートに記載を行おうとするが――


「却下、却下!
 どっから取ったかわからんけど、サンダーはともかく、
 デスやヘルの名前がついた技を、どの世界のパラディンが使うんだよ。
 [悪を討つ一撃]が、[善を討つ一撃]っぽい名前になってるぞ、おい」


妙子の意見は、勇希に一瞬で棄却された。
「えー」と妙子は頬を膨らましているが、勇希は腕で×を作っている。
そんな2人やり取りに、初は苦笑してしまう。


「だね。
 反対に一票かな。
 ブリュンヒルデが白目になるのを想像しちゃうよ」


初の言葉に、妙子は意外そうに(そして嬉しそうに)視線を向けた。


「意外!
 いるっちは知ってたのね」

「まあね、深夜に少し見たことあってさ」

「いいわよね~♪」


そこから、妙子と初のプロレストークが始まった。
話が逸れる事は、TRPGではよくあることである。
格闘技がまったくわからない乃愛は、その間に、兄の勇希に対して話しかけた。


「それじゃ、おにいちゃんだったらなんて技名つけるの?」

「ん、俺か?
 そりゃあ、俺だったらインパクトある名前をつけるさ。
 ファンタジーの世界なんだからなー。
 長々しくて、仰々しい詠唱とか言っちゃってさ。
 それから、技名を言ってからフィニッシュ! って感じになるようなやつ。
 ……そうだなあ……
 ……
 ……
 あ、いいのがあったじゃんか~!」
 

勇希は乃愛を見て、いたずら小僧のような笑みを浮かべた。


「黒歴史はこんな時に使うもんだよな」



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081 悪を討つ一撃

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「仰げば御空に煌く光、我が兄弟の血海より生まれしもの――」


タエは静かに言葉を発する。
と、ファースレイヤー・ホーリーブレードは、青く煌々と輝き出した。
ただの光ではない。
冷たく、荘厳な、圧倒的な力を周囲に照らし出していた。


「我が兄弟よ、悲しみで鍛え上げられた鋼鉄の心は――」


ここで、一呼吸を置く。
そして下腹部に息をたっぷりと吸い込んでから――


「今、この時のために――!」


気迫のこもった声を放つ。
瞬間、光が爆発する。
今のファースレイヤー・ホーリーブレードは太陽のようだった。


「幾千万の内なる意思、 
 ありがとう、我が兄弟。
 心よりの感謝を。
 我らの想い、闇の帳を打ち砕かん――」


タエは右足を引き、右斜めに向けてホーリーブレードを右脇に向ける。
そしてゆっくりと剣先を後ろに下げた。

陽の構え。

タエの全力攻撃の態勢である。


「ああああああああああぁっ――!!!」


タエの気魄に満ちた雄叫びが響き渡った。





「え、どっかで聞いたことあるような……???」


眼前の女性騎士から放たれる光。
それが、なんら害の無い通常の光と同じはずが無い。
今、「ノア」の全身の至る所から、警告が発令されて脳へと伝えられている。
だが、今の「乃愛」には、それ以上に女性騎士が発した言葉が気にかかってしまった。
聞き覚えがあったのである。


「わたしの呪文、僧侶系の詠唱……じゃ、ない。
 なに、これ?
 でも、すごく口にしやすい……?」


無意識に、乃愛の口から詠唱が漏れた。


「幾千万の内なる意思、 
 ありがとう、我が兄弟。
 我らの想い、必ず因果砕かん~~~♪」


直後、乃愛の頭の中には、ピアノのメロディが流れ始める。


「Am(エーマイナー)、Dm(ディマイナー)、E7、Fに続いて――
 って、あーーーーー!?!?!!?」


聞き覚えがあって当然である。
この詠唱の言葉は――


「作詞おにいちゃん、作曲わたしのヘビメタソング!?」


乃愛が中学生1年の頃、だ。
勇希は高校生の頃に、ハードロック/ヘヴィメタルに傾倒していた時期がある。
その頃に、兄から作曲をお願いされたのだ。
乃愛は何度も断った。
クラッシック系の音楽しか聴いてこなかった乃愛は、ロックを全く知らなかったからである。

「むしろ、それがいい!
 クラッシックのメロディをパクっ――
 ゲフンゲフン、インスパイア的な感じでだな――」

と、なにやらよくわからないことを言って、勇希は歌詞を渡してきたのだ。
これを曲にして欲しいとのことだった。 
で、結局、乃愛は、歌詞を見ながらピアノでメロディを作って渡したことがある。


「あれ知ってる人が、この世界にいるはずは無いし――」


この瞬間、乃愛の中で線がようやく繋がった。


「って、この世界であれって~~!!??!?!?!」


勇希のオリジナルソングは、今、この世界では「パラディン(聖騎士)」最強の技なのだから――





「妙ねえ、ストップ~~~!?」


禍々しく、忌まわしい、闇の鎧から漏れる声。
それは全く持って似つかわしくない、慌てた少女の声だった。


「――へ!?」


しかも、あの鎧から聞こえたのは――


「(あたしの名前、しかも――)」


その声と、呼び方をするのは1人だけ、だ。


「わたし、わたしだよ~!
 妙ねえ、乃愛、水梨乃愛――」


隣人で、一緒にいることが多かった少女のみ――


「はへ?
 の、乃愛――」


タエ自身が意識する前に、口が言葉を発する。
と、タエの中でも線が繋がった。
瞬間、ノアのキャラクター設定が一気に思い出される。


「わわわわわ、やば、やば~!?」


[戦乙女(ヴァルキュリア)]ブリュンヒルデ・ヴォルズングの、凛とした雰囲気が霧散する。


「わ、わ、わ、わ、わ~!?」


[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]ノアの、夜の帳といった雰囲気が消え去った。


「キャンセル、キャンセル~!!!」
「妙ねえ~!!?!?」


今、ここにいるのは原ヶ崎妙子と水梨乃愛という、どこにでもいる2人の少女だった。

そして。

マセラの大空は、蒼の光に包まれた――







とりあえず、一歩でも前に。



[13727] 82 援軍到着
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2013/03/02 06:57

「ホワイトスネイク、ご報告させていただきます!」


ホワイトスネイクと呼ばれ、キース・オルセンは閉じていた瞳をゆっくりと開いた。
そして栗毛の愛馬から下馬する。


「おー、どうだった?」


片膝を付き、かしこまっている軽装の兵士に対して、キースはいつものように声をかける。


「そ、それが、な、なんと言えばいいのか――」


なにやら困ったような顔を、兵は見せた。
その様子に、キースは真剣な面持ちを向けた。
自身が選抜して、かつ、鍛え上げた情報収集隊員が、このように言い淀むことは稀だったからである。


「そのまんま言えばいいさ。
 1つ1つ、短文で、それでオーケー。
 後のメンドイことは、上司に押し付ければいいんだ。
 それが、現代ストレス社会で生き残るコツだぞー。
 って、今、上司って俺じゃん!」


冗談めかして、キースは情報隊員に対して先を促す。
そんなキースを前に、隊員は一礼をしてから、両手の平を上下に動かした。


「マセラ近くの木、木々が、の、伸びてるんです。
 な、なんていうか、こう、ニョキニョキと――!」


手を使ったジェスチャーを交えて、情報隊員は説明する。


「……
 ……
 ……
 あー、うん。
 わかった、ああ、わかりすぎるほどにわかった」


隊員の言葉を聞き、キースの周囲をぷかぷかと浮いているプリズムが回転し始めた。

(乃愛が出向いた先で、植物ニョキニョキ?)
(十中八九、乃愛の[プラント・グロース【植物巨大化】]に違いない)
(んで、なんで木を成長させる必要があるのか――?)
(あれは、戦闘向けの呪文じゃない)
(となれば、戦いは一段落しているのは間違いないなー)
(しかも、間違いなく乃愛の勝ちでだ)
(ということは、ようするに――)


「……
 ……
 ……
 ……やりすぎたんだろうな……」


トホホな感じ、と、安堵。
それらの絶妙なブレンドのため息を、キースは大きく吐き出した。


「おそらく戦闘は終わっている。
 が、油断はダメだぞ。
 マセラに急行する。
 怪我人がいるかもしれんしなー」


「ご飯くれー」という時と同じ。
そんな自然体で、キースは周囲の兵達へと指示を出した。
直後、迎撃隊の面々がキビキビと動き出す。


「ま、それも乃愛が治してると思うけどな」


小さな声で呟きながら、キースは再び騎乗した。


「うちの妹が戦略級破壊兵器な件について――
 ……
 ……
 うん、VIPでもこんなスレない。
 2でクソスレ終了、んで終わりだよな」
 

今、この場にいる誰にも理解されないであろう言葉を、空へと向かってキースは投げかけた。





-----------------------------------

082 援軍到着

-----------------------------------


今のマセラは活気に満ち溢れていた。
至るところから、楽しげな声が飛び交っている。
子供達は走り回り、若い女達は、なにやら食事を用意している。
年配者達は、酒を飲むのに忙しいようだ。


「ほーら、なー」


そんな光景を見て、マセラに到着したキースは第一声を発した。


「んじゃ、とりあえず状況を聞かせてもらうとするか」


下馬して、キースは部下に馬を預けた。
そして、「頼む」と一言彼らに告げて軽く手を上げた。


「かしこまりました!」


迎撃隊の面々は、直立不動で待機の姿勢を取った。
そんな彼らを見てから、


「すぐに戻ってくる。気楽にしてていいぞー」


ゆっくりと、キースはマセラへと入っていった。





「あー、おっちゃん、おっちゃん。
 盛り上がってるとこ悪いね。
 ちょっといいかい?」


片手にエールを抱えた男、歳は50歳過ぎだろうか?
そんなマセラ住民に、キースは軽い口調で話しかける。


「なんでも、4つ足の黒い悪魔のような化け物に襲われたって聞いたんだ。
 んで、俺と、何人かで来てみたら、これだもんよー」


そしてキースは視線を、ベロベロによっぱらって奇妙な踊りをしている別の男へと視線を向けた。
マジックポイントを吸い取られそうな踊りに、キースは苦笑してしまう。


「ま、いい方向に予想外だったから、楽できそうでいいんだけどさー」


そしてあらためて、眼前の男へと視線を戻した。
突如話しかけられた男は、目じりに皺を作りながら笑顔を見せた。


「あー! へ、兵隊さんだべかー?
 こりゃ、遠いとこまでご苦労さんだで!
 でも、あれ見てみんろ?」


ドヤ顔を見せて、男自身の後方に向けて親指を向けた。
その方向へ、キースは視線を向ける。
と、そこには、黒い巨体が横たわっているのが見て取れた。

キースは男に了承を得てから、黒い巨体へと近寄っていった。


「うへー、こりゃすげーなー」


そこには、漆黒の毛並みを持つネコ科の巨体が横たわっていた。
体長は3メートルを超える大物である。


「たれぱんだじゃない、
 たれディスプレイサー・ビーストだな。
 まったくもって可愛げはないけど」


キースはなんとなく、ディスプレイサー・ビーストを指でつついた。
それはタレなんてものではなく、カチカチに硬直していた。


「可愛げ? とーんでもね!
 ほっ……………っんまに、おっかねーやつだったべ!
 うちら、家に篭ってるしかできんかったよ!」

「そりゃそうだろーな。
 俺だって、こんなのに襲われたらイヤだもん」


キースは心底思う。
水梨勇希が出会ったら、一撃で即死の自身があるからである。


「これ一匹?
 ディスプレイサー・ビーストは群れると思うんだが?」


ゲーム中でのディスプレイサー・ビーストデータを思い出し、キースは男に尋ねた。


「うんにゃ、2匹だんべ。
 でも、もう1匹は、立ち寄った冒険者様がサクっとやってくれたんよ。
 どうやったんだべかな?
 なんでも、影も形も残こんなかったんだべ。
 んで、残ったこいつも、探し出してくれてサクっとやってくれたんだべよ」


男は話しているうちにテンションが上がってきたのだろう。
少し興奮気味に、さらに身振り手振りを加えて説明を続けた。


「しっかも、あいつにやられた怪我も奇跡の力で治しよった。
 すんげーべな。今、マセラにいる全員が元気だでよ。
 冒険者っつーのはすごいもんさね」

「あー、なる。
 んで、その冒険者って黒髪の女の子でおけ?」

「あんれまー。
 兵隊さんの知り合いだったっぺか?
 んだんだ。
 あのメンコイ娘さん達だでよ。
 で、しかも、あんの化け物にボロボロされたマセラ直せ言うて、
 黒いのうちらにくれたんよ。
 ありゃー、めっさ高く売れるだで。
 最初断ったんだべよ。
 でも、「ならエールと交換しましょ」っつーたってな。
 わはは、メンコイ娘さんなのに行ける口なんさね!
 なら、もー、うちらせめて腹膨れんばかりに飲ませんば、バチあたるわー。
 で、こーなったわけよ。
 わはは!」


もはや完全な酔っ払いのテンションである。
少し早口であること、また、訛りもあって聞きににくい箇所もあった。
が、ま、万事解決したことを、キースは理解できた。


「そっか、よかったなー。
 ま、兵隊なんて、出番が無いには越したことねーもんな」

「わはは!
 あんちゃん、自分のことなのにおもろいな!」

「事実だよ。
 ま、おっちゃん。
 費用は払うから、うちらのやつらも参加させてもらっていいか?
 さすがに、早足で来たんで、みんな酒が飲みたくて仕方ないと思うんだ」

「あー、ええよええよ!
 気にスンナ、気にスンナ!
 あんの黒い革はなんに使うかわかんねーんだべが、ギルドにべんらぼーに高く売れるだで!
 こげな田舎まで助けに着てくれた兵隊さんから金もらうわけなんていかんよ。
 おーい、小屋から樽だせー!
 もう、飲みまくるべー」


男が大きな声で、周囲に向けて指示を出す。
するとどこからともなく、「わかったー」といった声が聞こえてきた。

そんな光景を見て、キースは田舎を思い出して苦笑してしまった。
帰省する度に、必ず昼間からお酒を出してくる叔父さんを思い出してしまったのである。


「でも、あれって自分がお酒飲みたいだけなんだよな。
 んじゃま、今日ぐらいは、飲んで食べて、ぐっすり寝かせてもらうかー」


首をポキポキと鳴らして、今日、もはや数え切れないぐらいの苦笑をキースは浮かべた。





「おーい、アートゥロ。
 マセラの方々のご好意に甘えて、ここで一息をいれるぞー。
 あとは任せていい?」

「大将、了解しやした~」


迎撃隊長であるアートゥロは、軽い言葉とは間逆の完璧な礼をキースに返す。


「ガッツリ、普通、残念。
 今日はどれですかい?」

「スーパーガッツリ」

「大将、あんたって人は……!」


キースの言葉を聞いて、アートゥロの目はキラキラと輝きだした。


「こういった場所では、ある程度のお金は落としていかないとな。
 狩猟、農耕以外の道具なんてのはなかなか手に入りにくいし」


「ガッツリ」という言葉を聞いて、アートゥロは溢れんばかりの笑顔とサムズアップを返した。


「まかせてください、ってなもんです!
 アロルド、スーパーガッツリモードだ!
 準備頼む! 今日は飲むぞ~♪」

「隊長!
 まーた、よっぱらって裸踊りしてニエヴェスさんに叱られてもしりませんよ!」


いつもの2人の部下やり取りを見て、キースは背を向けて歩き出す。


「んじゃ、よろしくな~」


アートゥロとアロルドの漫才のような掛け合いをバックに、キースはマセラを散策し始めることにした。





ポジティブな雰囲気に包まれたマセラ。
そんな中、まるで旅行客のようにキョロキョロとしながらキースは歩いていた。


「お、いたいた」


キースの視界に、妹の乃愛の姿が目に入る。


「おーい、乃愛!」


声をかけつつ、キースは乃愛に向かって歩き出した。


「あ!」


声が届いたのだろう。
乃愛は、目の前にいるおばあちゃんに一礼をする。
そんなおばあちゃんは乃愛に対して、何度もお礼を向けていた。


「これ、使ってくださいね」


そんなおばあちゃんに対して、乃愛はいくつかの草を手渡していた。


「薬草学と治療のコンボか。
 俺も、もちっと普段に使えるスキルを取っておけばよかったなあ」


乃愛の行為に、ノアが取得したスキルを思い出して納得する。
そして、キース・オルセンが取得したスキルに、キースは苦笑してしまう。


「おにいちゃん!」


ノアが、キースの元に走りよってきた。
そんな妹に対して、キースは笑顔で頭を撫でてやり――


「ありがとな、ノア。
 んが、まー、やりすぎたろー」


そして、トホホな笑顔を見せた。


「え、あ、あ、み、見てたの!?」


そんな兄に対して、ノアはワタワタと慌ててしまう。


「俺じゃないけどな。
 偵察お願いした人が、めっちゃプラント・グロース見て腰抜かしてたぞ」

「えーと、それは――
 って、それどころじゃない~!」


なにやら説明を行うとしていたノアだったが、突如、大きな声を上げた。


「ん――?」


基本的に、ノアは大きな声を出すことは少ない。
キースは小首をかしげた。


「おにいちゃん~♪」


そんな兄に対して、ノアは満面の笑みをキースに向けた。


「ん、どした??」

「こっち、こっちに来て!!」


ノアは興奮気味に、キースの右手首を握り――


「お、おいおい……、って、のわ――――!?」


ノアの脅威のストレングスで、キースは思い切り引っ張られる。
それは、もう、半分空中に浮かぶぐらいの勢いで、だ。


「ちょ、ちょ、ちょ、の、のあさん!?」

「早く、早く~♪」


普段の乃愛を考えたら、非常に珍しい行動である。
そのため、キースはノアに身体を預けることにした。


「な、なんなんだよー、まいしすたー?」

「えーと、確かお肉を焼いているからコッチだったはず――」


キースの言葉は、乃愛には届かない。
完全スルーである。


「肉?
 いや、俺、お肉は好きだけど、こんな一分一秒争うほどじゃないぞ?」

「違うよ、おにいちゃん。
 あ!
 あそこ、見て!」

「ん――?」


乃愛が指差す方向に、キースは視線を向ける――


「はい、出来たわよ~♪
 ジャンジャン持っていってね!」

「悪いな、ベッピンさん!」

「ありがと!
 なら、感謝の気持ちとして、エールを残しておいてよね!」

「わはは!
 ねーちゃんはいける口だったかー。
 まかせておけ!」

「言質ゲットしたわよ~♪
 じゃ、お返しに、お肉は足らなくなったら言ってくれればいいわ!
 また、すぐに取ってくるから」

「んな、簡単に言うなよ。
 本業猟師の俺、繊細な心がブロークンハートしちまうよー」



と、そこには、美しく誇り高き黄金獅子の鬣をなびかせて、肉を焼いている女性がいた。







皆様、あけましておめでとうございます。



方言は、本当に思いつくままに書いています。
東北なのが、東海なのか、九州なのか、まったくわからない謎言語の誕生です。



一度、書き上げたのですが、大きなミスを犯してしまいました。
そのため、急遽書き直し。



[13727] 83 妙子と勇希
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2013/03/02 06:58
キース・オルセン。

人々は彼を英雄と呼ぶ。
「否」という声はあがらない。
実際にキース・オルセンは、英雄と呼ぶに相応しい叙事詩のような働きをしたのだから。

だが、その英雄が呆然と立ち尽くしていた。

目を大きく広げて、口は半開きである。
今、キースに不意打ちをすれば勝てるのでは?
そう思わせるほどに、今の彼は隙だらけだった。


「あ、あれ……!?」


声にならない声が、キースから漏れる。

そして、キースの視線はある一点を見つめて動かない。
動けなかった。


「ん――?」


ブリュンヒルデ・ヴォルズング。

人々は彼女を英雄と呼ぶ。
「否」という声はあがらない。
実際にブリュンヒルデ・ヴォルズングは、英雄と呼ぶに相応しい叙事詩のような働きをしたのだから。

その彼女が向けられる視線に気がついた。

ブリュンヒルデは、お肉を焼く手を止める。
そして、自身への視線へと顔を向けた。


「――!」


ブリュンヒルデこと、タエは、手にした串焼きを地面へと落としてしまった。
キース・オルセンとタエの視線が交差する。

キースと同様に、タエも動くことが出来なかった。


「~~~!!!」


先に変化があったのはタエだった。

目を力強く閉じて、
唇の色が変わるほどに、強く、強く口をつぐんだ。

そして、タエは頭を垂れた。

地面の足元に、黒いしみが「ぽつり、ぽつり」と生まれる。
それは、タエの涙――


「ん~~~~~、んしょぉっとぉ!」


を、タエは右手の甲で雄々しくゴシゴシと拭い取った。
そして、勢いよく顔を上げる。

と、再び、呆然しているキースへと視線を戻した。

タエの面持ちは、輝かんばかりの笑顔だった。
そして、タエはキースに向かって歩き出していった。


「タ、タエ……?」


キースは目の前に来た、美しく気高い獅子のような女性に対して声を漏らす。
それに対して、タエは両手を腰にあてて「ニヤリ」と笑みを返した。


「しっつれーねー。
 誰に見えるっていうのよ?」

「あ、そりゃ、だって――」


キースは混乱気味である。
今、目の前にいるのは、[戦乙女(ヴァルキュリア)]ブリュンヒルデ・ヴォルズングである。
だが、彼には、幼馴染であり恋人の原ヶ崎妙子が見て取れているのだから――


「言いっこなし、よ。
 私だって同じ。
 でもねー」


何やら言いかけたキースの言に、タエはか被せる様に言葉を発した。


「私にはいつもの勇希よ。
 あ、でも今は変顔ね。
 言うなれば、夏休み前に、教授に山のような課題出されて途方にくれている顔ってところかしら」


タエはキースの背中をポンポンと強めに叩いた。
それは、何時もの、全く日常の行為で――


「なんだよ、ほっとけー」


胸にイロイロな感情がこみ上げてくるのを、キースは必死に押さえた。
そうしないと、目から汗が流れまくってしまいそうだからだ。


「俺にも何時もの妙(たえ)だ。
 純度100%、完全無欠のタエだ」


キースの言葉に、タエは微笑を向ける。


「ま、少しばかり不良になっちゃったけどね」


そして、獅子の鬣のような金髪を指で弄ぶ。


「なら、俺も不良だよなー」


キース・オルセンの外観の設定は「王子!」であり、髪の色は「金」だ。
タエ程に、光輝くような金髪ではないが、キースも貴公子と呼ぶに相応しい金の髪の所有者である。


「お互い髪染めたことないのに、こんなことになるとわね~」


「ぽふっ」と、タエはキースの頭に手を載せた。
そして、ゆっくりとキースへと抱きついた。


「ねえ、勇希」


キースは動かなかった。
タエの暖かい熱を感じでいたかったからだ。


「ぎゅってしてよ」


だが、タエの言葉にキースは慌ててしまう。


「こ、ここでか?」


周囲を見回すと、辺りには「ニヤニヤ」「ニヨニヨ」した視線を一身に浴びている。


「今すぐによ」


しかし、タエの連続攻撃は続く。


「……ぉ、ぉぅ……」


タエの命令に、基本的に勇希には拒否権はない。
(と、勇希自身は考えてしまっている)
これを初(はじめ)などが見ていたら、「みごとな調教結果だね」と呟いたことだろう。

キースは、左手をタエの背中に添えた。
そして、タエの頭には右手を乗せたて、やさしくゆっくりと撫でてやる。
左手に力を入れて、タエを自身の身体のほうへとより密着させた。


「遅くなって悪い」

「ぎゅっ、を、心を込めて100回したら許すわ」

「ん、おけ」


タエの髪に、キースは自身の顔をうずめるかのように抱きしめた。
タエは気持ちよさそうに、キースの体温を感じていた。

英雄であり、幼馴染であり、恋人の2人は、ようやく出会うことが出来た。





抱き合う2人に、マセラの人々から「ヒュー、ヒュー」といった囃し立てる声があがる。
おかげで、お祭り騒ぎはさらに盛り上がりを見せ始めていた。


「……」


そんな集団から、ノアは何処へ行くでもなく遠ざかるように歩き出していた。
その面持ちは、どこかぼーっとしたものだった。


「あ――」


が、ノアは歩みを止める。
そして、周囲の木々や草花へと目を向けた。


ドウシタノ、イタイノ?

ゲンキダシテ!

ワラッテワラッテ!

イタイノイタイノトンデケー!


ノアの耳に、たくさんの言葉が飛び込んで来たからだ。
風や木々、そして鳥やリスなどからのやさしい言葉の数々――


「うん。ありがと、みんな……」


ノアは視線を大空に向ける。
空は、広く、青く、どこまでも澄んでいた。


「よかった……」


少しだけ悲しげに、そして、とてもとても優しい笑顔をノアは空に投げかけた。





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083 妙子と勇希

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「え、えと、大将?
 こ、こちらさんの、どえらいベッピンさんはどなたですかい?」


迎撃隊隊長のアートゥロは、チラリと、キースからタエに視線を向ける。
と、タエが笑顔を返してくる。


「~~~~!?」


一気に、アートゥロの顔の温度は急上昇してしまう。
人生で一度も見たことがないタエの美人っぷりに、アートゥロはタジタジである。

これは無理も無い。
タエの魅力 (Charisma)は17の設定である。
これは世界一の美女以上という、とんでもないレベルの数値なのだから。


「あー、ま、なんというか――」


アートゥロの質問に対して、キースはモジモジと身体を揺らした。
それはホワイトスネイクという異名を持つ人間がやるには似合わないものだった。
むしろキモイ、と、言われるレベルである。


「えーと、まあ、なんだ――」


キースはタエへ視線を向ける。
と、タエもキースを見ていたために視線が交差した。

タエはやや呆れたような苦笑を見せていた。
が、それは一瞬で、次の瞬間には真剣な表情をキースへと返した。


「――」


その瞬間、キースは真面目な表情を浮かべた。
そして、ほんの一瞬だけ考える素振りを見せる。


「ん――」


そして、キースはタエに対して小さく素早く顔を横に振った。
そんなキースに対して、タエは1つ小さく頷いた。


「んじゃ、本人から紹介させるか。
 タエ、よろしくな」


キースはタエを呼びながら、前に出るように促す。
「ブリュンヒルデ」とは言わずに、キースは「タエ」と呼んだ。
そして、「タエ」と名を呼びかける時、少し高めのイントネーションだった。

そんなキースに、再び、タエは頷いた。


「はじめまして。
 ハラガサキタエコ。
 タエコ・ハラガサキです。
 タエコが名前で、ハラガサキが性です。
 いつも、ゆ――
 キースがお世話になっています。
 キースとは、ずっと小さい頃からの腐れ縁の中です。
 よろしくお願いします」


タエの言は真面目であり、しっかりとしたものだった。
タエの外見やパラディンの特殊能力による雰囲気から、迎撃隊員は気おされてしまう。
一瞬、場は沈黙に包まれた。
だがすぐに、迎撃隊員達から拍手があがっていった。


「あ、ありがと、よ。
 お、俺は、アートゥロ。
 こいつは副官のアロルド。
 大将にゃ、こっちこそ世話になりっぱなしっすですわ。
 よろしくお願いしやす」


アートゥロも慌てて、タエに向けて頭を下げる。
続いたのは、紹介されたアロルドだった。


「大将に世話になってないやつなんて、この大陸にゃいないと思いますけどね。
 よろしくお願いします」


2人の言葉に、タエはニヤニヤした笑みを浮かべた。


「あは、大将ね~。
 あんたに管理職なんて本当に勤まるの?
 お2人にはご迷惑をおかけします。
 わけわかんないこと言ったら、遠慮なく突っ込んでいいですからね!」


タエは、アートゥロとアロルドに光り輝くような笑顔を見せた。


「~~~!?!?!」
「は、反則です、それは……」


アートゥロとアロルドは、タエの言に一気に顔を紅くしてしまった。


「(な、なに、顔赤くしてるんですか!
  ニエヴェスさんにお説教されますよ!)」

「(ば、ば、ばか言うな!
  こ、これは、し、しかたねーだろうが!
  それよりも、だ。
  ごまかすんじゃねえ!
  お、お前だってレッドドラゴンの皮膚より赤い顔してるじゃねーか!)」

「(そ、そんなことありません!)」

「(んなことあるから言ってるんだろがー!)」


なにやら、アートゥロとアロルドは小声で会話しあった。
周囲は全員スルーである。
これは迎撃隊ではいつもの光景だからである。


「ま、無理ないよなー」


そんな中、キースは苦笑しながらタエの横に並び立った。
そして、タエの頭に手を「ぽふっ」っと乗せた。


「カリスマチェックに勝てないのは許すぞー。
 タエは反則な数値だからな。
 でも、それ以上は無しな。
 自制しろよ。 
 なんかあったら大幅に減俸だ。
 タエは俺のだからな」


キースはしれっと、迎撃隊員に向けて答える。
と、騒がしかった場が、またもや一瞬で静かになった。


「え、えと……」


キースの言葉に、アートゥロは人差し指をキースに向けた。
それから、その人差し指をゆっくりとタエに向ける。
 

「ん、そうそう」


キースはアートゥロに、大きく何度も頷いた。


「えー!!!!」


迎撃隊員達から、大きな声が聞こえた。

「い、今まで女っけゼロの大将に~!?」
「いろんな王族貴族からの婚姻申し込みを、片っ端から蹴りまくってた大将が~!」
「大将×終演の鐘の大将が~!?」「バカ、終演の鐘×大将でしょ!」

様々な声が、一気に飛び交った。


「ば、バカ……!」


そんな中で、顔を赤くしながら、タエはキースのすねを軽く蹴った。





マセラ住民の大喝采の見送りの元、キース一行と、ノア、タエ。
来るときとは全く異なり、今は、まったりとした雰囲気の元でサーペンスアルバスへ帰宅の徒についた。
道中、特筆べきすることは何も起こらなかった。

起こるわけが無い。

まず、サーペンスアルバス周辺の治安は他国と比較して格段に良い。
盗賊等や、モンスター等に対して、定期的に迎撃隊員達が治安維持に努めているからである。

仮に、盗賊や夜盗が襲い掛かってきたとする。
その時、彼らは涙目にしかならないだろう。
[白蛇(ホワイトスネイク)]、[戦乙女(ヴァルキュリア)]、
[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]の3人がいる集団なのだ。

モンスターとは1度遭遇した。
が、迎撃隊面々による飛び道具による攻撃で、特に何事もなく終了した。

強いて言えば、帰宅するにあたり、ノアの愛馬がユニコーンだったことで驚かれたぐらいである。
(その反応を見たタエは、ペガサスのユキを呼ぶことはやめた)

そのため、今、タエはキースの馬に2人で乗っている状況である。

当初、ノアのユニコーンに乗る予定だったが、ユニコーンはタエを乗せたがらなかったのである。
タエとノアは不思議そうな顔をしたが、キースは照れ苦笑せざるをえなかった。





天気も良く、トラブルも無い。
穏やかな帰途。
サーペンスアルバスまでは、もう目と鼻の先である。

そんな中で、1人だけ、テンションが下がっている男がいた。
そのテンションは、サーペンスアルバスに近づけば近づくほど下がっていく。


「(はあ……
  誰もいないわきゃねーんだよなー。
  だって、あの外見で、超が10個ぐらいつく技量を持った戦士の英雄。
  んで、さらに領主だろー。
  そうは思ってたんだが、実際につきつけられるとな……」
  

アートゥロである。
アートゥロは「チラリ」と、キースとタエの方へと視線を向けた。
そこには2人乗りをしているキースとタエ、横に並列してユニコーンを並べているノアがいた。


「あれがサーペンスアルバスね~!」


タエは嬉しそうに、笑顔で視界に入ってきたサーペンスアルバスを見つめていた。


「妙ねえ、妙ねえ。
 魚が、本当に美味しいんだよ~」

「そういえば、乃愛はお肉より魚派だったもんね。
 早くガッツリと味わいたいわ~♪」

「うん、あ、そうだ!
 屋台案内するよ、一緒に行こ!」

「ありがと~♪
 今日はガッツリと食べて飲むわよ~!」


タエとノアの女性組は、楽しそうに会話をしていた。
一方のキースは、そんな2人のやり取りを微笑ましげに見ている。


「(はあ……)」


そして、アートゥロは視線を前と戻した。


「(しかも、バカ貴族のお嬢様とかじゃねーし。
  めっちゃ美人で、幼馴染で、屋台とかで大喜びする人かよ。
  はー、これじゃ、突っ込みどころねーじゃんかー)」


大きなため息をアートゥロは吐き出した。


「人生、ままならねえな。
 なあ、マリエッタ……」







甘くて甘くて、クドクドな文章を今回は目指してみました。
いかがでしたでしょうか?



妙子は勇希(と、乃愛)の前ではお姉さんぶろうとします。
他の人々の前だと、元気で活発でアクティブな女の子でしょうか。
けど、1人だと、割と繊細な子だったりします。



キースとタエ。
黙っていても言いたいことがわかるツーカーの仲、という描写を目指しました。
うん、けど、無理だった!



次話で、今回のお話は一段落の予定です。



[13727] 84 愛しさ切なさ悲しさ
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2013/04/29 12:19

サーペンスアルバス湾にできた潟の上に、キースが治めるサーペンスアルバスは存在する。

街中には運河が血管のように縦横に走り巡っている。
そこを人々がゴンドラを使って、血液のように循環する。
風光明媚な景観、活気溢れる人々の数々。

サーペンスアルバス、それはまさに海の女王と呼ばれるに相応しい体であった。


「ホント、まるでヴェネチアみたいね」


リスのように頬を膨らませながら、タエは、口をもにょもにょしつつ呟いた。


「にしても、美味しいわ~♪」


だが、タエの前では「海の女王」よりも「魚」に軍配が上がったようである。
先程、露店で購入した2cp(銅貨)の魚の塩串焼きを口に放り込む。
それも、頭から尻尾、骨、内臓と、タエは全て食べつくした。
口が少し汚れたのを、右手首で拭いさる。
非常に、雄々しい振る舞いだった。


「うん、ねー! 
ここに来てから、ずっとお魚ばっかり食べてるよ」


タエの横に歩いていたノアも、満足そうに頷く。
ノアは頭と背骨、尻尾を残して、キレイに食べていた。
ちなみに、はらわたは苦くて食べられない。
お店で購入する際に、店主に取ってもらってから購入していた。


「んまー、でも、勇希はちょっと可哀想ね。
 買い食いもままならいなんて。
 一般人が権力なんて持つもんじゃないわ」


チラリ、と、タエは勇希の方へと視線を向ける。
そこには、サーペンスアルバスの人々から大歓声を浴びるキース・オルセンの姿があった。
キースはあちらこちらに向けて、笑顔を振りまけ、そして手を振り返していた。
だが、人の波は減る気配が無い。

その光景は、タエには、成田空港に来るハリウッドスターと出待ちのファンのように見て取れた。


「領主って、政治家だよね?
 おにいちゃん凄いよ。
 わたしだったら、絶対にできないもん」


少し悲しげに、ノアはうつむいた。


「あたしもよ。
 絶対に無理だわー」


タエは食べ終った櫛を、自身のサックに入れた。
そして、鋭くも優しげな微笑を浮かべる。
キラキラと輝くそれは、まさに勇士(エインヘリャル)を見守る戦乙女のものだった。


「うちら2人には絶対できない。
 でも、アイツを助けることはできる。
 ううん。しなきゃいけないと思うのよね」


タエの言葉を聞いて、ノアは頷いた。


「うん。
 そうだね、妙ねえ」

「でも、アイツにはナイショよ。
 さすがに、ちょっと恥ずかしいわー」


キラキラと太陽の光を浴びて輝く、黄金の髪を、タエはガシガシと掻き毟った。 
そんなタエを見て、一瞬、ノアは日本での穏やかな日常生活の事を思い出した。





運河沿いに建てられた、純白美麗な石造建物。
美しく、かつ威風堂々とした作りは、サーペンスアルバスの領主館と呼ぶに相応しいものだった。
その門前から館に向かうようにして、2列になって兵士達が直立していた。

兵士達の間を、黒のロングワンピース、白のエプロンとカチューシャに身を包む女性がキビキビと歩く。


「背筋を整えなさい。
 あなたは髭を整えなさい。
 槍の穂先が錆びています。倉庫から新しいのに変えなさい」


マリエッタである。
彼女は兵士達に視線を向けながら注意を施す。


「ホワイトスネイクは何もおっしゃらないでしょう。
 だから何をしてもいいのでしょうか?
 否、です。
 我らが甘えていいことはありません。
 失礼は決して許さない。
 恩を仇で返すようなまね、決して、私は許しません」


マリエッタの冷たい眼光が、幾人かの兵士達に突き刺さる。

その視線を投げかけられた若い兵士達は、慌てて、自身の身なりを整える。
そんな光景に、ベテランと呼ばれる兵士達は苦笑する。
新人達が必ず経験する、これは何時もの事であったからだ。


「まだまだ言い足りませが、良いでしょう。
 このままホワイトスネイクをお出迎え致します。
 全員、その場で待機」


全ての兵士達のチェックを終えると、マリエッタは列の先頭へと立つ。

燦燦と太陽の光が照りつける。
時折、潮風が流れてはくるが、やはり暑い。
だが、マリエッタにはなんら苦痛ではない。
メイド服に身を包むマリエッタが、一番の厚着である。

マリエッタは完璧な姿勢のまま、キースが来る方角へと視線を送り続けていた。


「ホワイトスネイク――」


マリエッタは主の名前を小さく口にする。
誰にも聞こえない程の大きさで、だ。
そして、両手を胸にへ添える。


「ホワイトスネイク――」


マリエッタの声は、誰にも聞かれぬまま青空へと溶けていった。






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084 愛しさ切なさ悲しさ

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「いつも、いいって言ってるのになー」


キースは苦笑する。
視界に、頭を下げているマリエッタと部下達が勢ぞろいしていたからだ。


「着せといてなんだが、マリエッタのメイド服はサーペンスアルバスじゃ暑いよなあ」


この出迎えに対して、キースはマリエッタに「わざわざそんなことしなくてもいい」と告げたことがある。
だが、この事に関しては、マリエッタからは頑として譲ることは無かった。
暑くても、寒くても、マリエッタは出迎え続けたのである。


「こりゃ、夏服を早急に考えないといかんな!」


楽しそうに、キースはニヤニヤとしてしまう。
擬音であらわすならば、「うへへ」といった面持ちである。


「っと、いかんいかん。
 そろそろ英雄の仕事をしないとなー」


小さく呟き、キースはマリエッタ達に向かって手を空に向かって突き上げた。
その瞬間、兵達からは大きな歓声があがった。





「お疲れ様でした、ホワイトスネイク」


マリエッタの侍従としての完璧な一礼。
それを受け取り、キースは「コキコキ」と首の骨を鳴らした。


「んー、疲れ……てはないなー。
 大丈夫。
 だって、俺、今回、何もしてないもん」


キースは金髪をポリポリと掻いた。
そして、少し照れくさそうにしながら馬から飛び降りた。

そんなキースに対して、マリエッタは目を閉じて首を横に振る。
何かを思い出すかのように――


「何も?
 決してそのようなことありません。
 民の為、ホワイトスネイク自らがご出陣されております。
 その行為、我ら、どれほどの勇気希望を頂いているかわかりません」
 

いつものように、マリエッタは汗を拭くお絞りをキースに差し出した。


「あ、あー、その、ありがとな」


「褒めすぎだー!」と、キースは心の中で声を上げる。

自身が照れていることを意識したキースは、お絞りを受け取って顔を隠すように拭い始めた。
そして、耳の裏、首周り、わきの下と拭いていき、最後に両手をふき取った。


「あ~~~、たまらん」


キースが気持ちよさそうに声を上げる。
そんな時だった。


「まだ、そのクセ治らないの?
 手と顔はいいけど、わきの下だけはやめなさいよ。
 それをやっていいのは、社会で戦ってるサラリーマンの方々だけよ。
 居酒屋で、何度も言ってるじゃない」


やれやれ、といった体のタエのツッコミが入った。


「タエ姉、いつもだよ」


微笑しながら、ノアがダメ押しの言葉を述べる。


「ったく、また言い続けなきゃいけないのね」


ノアの言葉に、タエは苦笑を浮かべた。


「ノア様、お疲れ様でした。
 ……そちらのお方は……?」


ノアに対してマリエッタは頭を下げる。
そして、マリエッタは視線をタエの方へと向けた。
眉を潜めて、その目は冷ややかであった。


「あー、あたしは――」


タエがマリエッタに向け、言葉を発しようとしたときである。
マリエッタの肩に、キースはやさしく手を置いた。


「あー、そうだ。紹介しないとな。
 ハラガサキ・タエコ、タエって俺は呼んでる。
 で、タエは――」


そしてキースは口にする――




































キィ、と、音を立てながら窓が開かれる。
窓の先は、サーペンスアルバスが見渡せるバルコニー。
マリエッタは、静かに歩を進めた。
そして、後ろ手で音を立てないように窓を閉める。


「……」


ゆっくりと歩を進めて、ふと、マリエッタは夜空を見上げる。


「満ち潮の夜、ですか……」


マリエッタの視界に、大きな白銀色の満月が飛び込んでくる。
やさしく、穏やかで、冷たい。
そんな光が、今宵のサーペンスアルバスとマリエッタの身体に降り注がれていた。


「……」


ただ1人。
空に浮かぶ大きな月を、マリエッタは眺めた。


「……」


マリエッタは、今日の自身の仕事振りを振り返る。
朝起きてから、仕事を終える先程までの行動だ。


「……」


敬愛するホワイトスネイクとサーペンスアルバスの為、全力で取り組んだ。
ミスは何一つ無い。
完全な仕事であると自負がある。


「……」


明日も朝早くから、仕事は山のようにある。
いつもなら明日に備えて、既に、就寝している時間だ。
だが、マリエッタは寝られなかった。
身体の中心がゾワゾワするからだ。


「……」


マリエッタは煌々と光る満月を眺める、と――


「……あ……」


目じりから、一滴の水滴が流れた。
頬を伝って、落ちて、消えた。


「あ、涙……?」


マリエッタは驚いた。
墜ちた海の女王・サーペンスアルバスで、長年マリエッタは過ごしてきたのだ。
生きるため。
いろいろあったのだ。
涙など、散々流しつくしたと思っていたからである。


「あ、あ――」


意識しだすと、涙は止まらなくなった。
瞳から次から次へと流れ始める。


「ひくっ、ひくぅ――」


涙?
私が涙?
そんな、何を今さら?
幼少の頃、散々、涙を流しつくしたではないか。
この身体に、涙なんてあるわけがない。

マリエッタの頭の中は、グルグルとかき乱されている。


「な、なんで――?」


いや、マリエッタには理由がわかっている。
わかっているのだ。
だが、認めたくないのだ。
だから泣いているのだ。
まるで幼子。


「う、くっ、うくっ……」


マリエッタは嗚咽をこらえる、と――

きぃ、と音が聞こえた。
そう、これは窓が開かれた音。


「――!?」


慌てて、マリエッタは振り向いた。
右手で両瞳を拭い去って。
だが、その瞬間、また新たな涙が溢れ出してくる。


「あ……」


そんなマリエッタのぼやけた視界に見えたのは、黒水晶のような髪を持つ少女だった。


「の、ノア、様……」


ぼやけた視界に映し出されるノアの姿をみて、マリエッタは小さく呟いた。


「こんばんわ。
 綺麗なお月さんですね……」


穏やかな笑みを湛えて、ノアはゆっくりとマリエッタ横へと並んだ。


「す、すみません――
 こ、これは、そ、その――」


マリエッタは手で必死に目を擦る。
それは涙を飛ばすためだ。
だが、意識すればするほど、それは無くなってくれはしなかった。


「も、申し訳ありません――!
 す、すぐに――」


普段の冷静なマリエッタはそこにはなかった。
右手、左手、両の手を使って涙を拭う。


「ううん、大丈夫だよ」


そんなマリエッタに向けて、目を閉じて、ノアは首を横に振った。


「だから――」


そして涙で濡れたマリエッタの手を優しくとった。


「ノ、ノア様……?」


マリエッタにはノアの行動がわからない。
反射的に、疑問系で思わず言葉を口にしてしまう。

そんなマリエッタに、ノアは指を絡めるように手を握り締めた。


「わたしにもわかるから……」


ノアは照れたような笑みをマリエッタに向けた。


「……あ……」


ノアの言葉を聞いた瞬間だった。
理由はわからない。
マリエッタの瞳の堤防は決壊した。


「うん……」


そんなマリエッタを見て、ノアは少しだけ手を強く握り締めた。


「―――――――――――!」


ウミネコの鳴く声。
寄せては帰る波の音。
虫達の音色。
そんな中、マリエッタの声が加わった。

それは親に置いていかれてしまった幼子の泣き声、だった。


































この日のタエは浮かれていた。

先程、キースから秘蔵の白ワインをもらったからだ。
しかも、夜空を見上げれば綺麗な満月。
となれば、今のタエにやることは1つしかない。
月を肴にして飲むことである。
月見酒だ。

静かに満月を見ながら、となれば思いついた場所は屋根の上だった。

今のタエの身体ならば、全く持って問題ない。
スキップをするように、タエは屋根の上へと駆け上がっていった。

満月の光を浴びながら、潮風に全身を委ねて、タエはワインの味を堪能していた。

が、途中、マリエッタの嗚咽とノアの声が耳に届く。


「?」


タエは少し小首をかしげて、声の方向へ向かって屋根の上を歩いていった。





タエは、マリエッタとノアの2人から視線を外さなかった。
これは自身の義務だと直感したからだ。
正直に言えば、辛い。
だが、決して目を逸らさない。

右手に持っていたワイングラスを、タエは一口で飲みきった。


「ワイン、しょっぱいわね……」


タエの声は夜の闇に溶けた。









細かい描写はカットしまくりの今回のお話。
読み手側が自由に想像できる空間を残す、というコンセプト。
難しい……!!



次話からは新展開予定。
次の登場人物は久しぶりのアノ人です!



[13727] 85 異様過ぎる何かとの遭遇
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2013/06/23 09:03
「筋肉が足りねえ!
 地獄で鍛えなおしてきな、なら、来世で会ってやる!」


台詞の吐き捨てた、その刹那、右手に握られているメイスが振り下ろされる。
こぶ状の矛先には、刺々しいスパイクが多数取り付けられている凶悪なものだ。


「Gugyopa!?!」


重く、硬い、一撃だった。
振り下ろされたゴブリンの頭は弾けとんだ。
肉を潰し、骨は砕かれた。
まるで熟したトマトのように。
血がはじけ飛ぶ。


「テメエみたいな、軟弱クソ脳みそ下半身野郎にやられるあたしじゃねえよ」


メイスの所有者である女性は、メイスを勢いよく振った。
あまりの速度に、メイスにこびりついていた血と肉片が吹き飛ぶ。


「ふん」


その女性は特徴が多すぎた。

身に着けているのは黒い法衣である。
これはオークが信仰をささげるグルームシュのものだった。
人間で信仰するものはいない。
だが、彼女は着用しているのである。
しかも、今、この法衣は、血と泥で汚れまくっているものだった。

さらには、この彼女自身もだ。

少しだけ灰色かかった肌の色をしている。
髪の毛の量が非常に多く、手入はされていない。
それはまるで野生のライオンの鬣を思い出させる。
さらに、彼女は八重歯というより、牙にちかい尖った歯を持っていた。
目は大きく、若干のツリ目で煌々と輝いている。
顔は整っているが、非常にキツイ印象を与える美人であった。

そして、その身体である。
背は180cmを超えていた。
また、首や肩周りが、尋常では無い位に、筋肉で盛り上がっている。
法衣の上からでも、鍛え上げられていることが見てとれる。

だが、一番は特徴は――


「ああ、楽しいねえ、グルームシュ!
 ドンドン試練を与えやがれ、クソ野郎。
 あたしの筋肉が大喜びだ!」


野生の獣のような笑みを浮かべる彼女の左手脇には、小さな子供が抱きかかえられていたのである。
子供は4,5歳ぐらいだろうか。
だが、その子供は動かない。
まるで人形のようであった。


「エイメン――!」


そして彼女は鬱蒼と茂る木々の間を駆け抜けていった。





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085 異様過ぎる何かとの遭遇

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「ん!?
 みんな、ちょっとストップ――!」


突如、ソランジュは両手を広げる。
後に続いて歩いていた、ルイディナ、ファナはその言葉に従って足を止める。
それを見て、イルは満足げに頷いた。
黒猫のクロコはつまらなそうに、イルの肩の上で大きなあくびをしていた。


「どうしたの、ソラちゃん?」


深い蒼色をした外套に身を包んだ小さな少女ファナ。
彼女は両手に小さなロッドを力強く握り締めて、ソランジュに問おうとする。


「しっ――!」


が、ファナの言葉を遮るように、ソランジュは人差し指を一本口元に当てた。


「頼むわよん、ソラ」


ソラのジェスチャーに、ルイディナは静かに腰に下げていたレイピアを抜き放った。


「トレジャーハンターだからな、朝飯前ってんだ」


ソランジュは、ぐっ、っと親指をルイディナに向けた。
そして、そっと両手を耳に添えて、意識を集中させていった。



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・[ディテクトノイズ(聞き耳)] 

物音を聞いたり、その性質を判断する能力。
扉の向こう側の会話の立ち聞き、パーティに忍び寄る足音を聞きとる事が可能。

この能力を使用するには、帽子(ヘルメット)を脱ぎ手1分間集中しなければならない。
その間、他のパーティメンバーも静かにしていなければならない。

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ソランジュが両目を開く。
そして真剣な眼差しで、メンバーの面々を見渡した。


「どっかの誰かが戦ってるな。
 なんかすげえ雄叫びと悲鳴、ヒューマン系同士、か?
 しかも、割と近い、な。
 女っぽい声も聞こえる。
 展開次第じゃこっち側にくるかもしれない。
 ルー、どうする?」


ソランジュは、パーティリーダーであるルイディナの指示を仰ぐ。


「もっちろん行くわよ!
 私達正義の味方、呼ばれていても呼ばれなくてもいざ参上。
 衛兵に代わって~、おっ仕置きよ!」


ルイディナの真面目だか冗談だかよくわからない言動とポーズに、ソランジュは頷き――


「で、その心は?」


しれっ、と、言葉を続ける。


「大金持ちが困っているかもしれない、そしたら、お礼ががっぽがっぽ!」


ルイディナはレイピアを天に向けて掲げた。


「ルーちゃん……」
「そう言うと思った」
「はは」
「にゃー(呆れ)」


3人と1匹は、それぞれの反応を見せた。


「あ、あは。
 と、とにかく、レッツラゴーよ!
 手遅れなんてさせないんだからね」


怪しげな言動を発しつつ、ルイディナは走り出す。
そんな彼女に対して、メンバーは頷いた。


「ま、ルーは相変わらず、ごまかすのが下手だよな。
 素直に助けるわよ、って命令すりゃいいのに」

「そこがルーちゃんの良いところだよ」

「んだよな。
 ま、お金もちょびっとは本心から期待してるとは思うけど
 よーし俺達もいっくぞ!」


ソランジュは腰のベルトから、ダガーを引き抜いた。
ファナは唾をごくりと飲み込んだ。


「いつもどおりだ!
 俺がルーのフォロー、ファナは呪文準備頼む!」

「うん、わかってるよ!」


そして、ソランジュとファナも走り出す。


「じっちゃん、じっちゃんはいつものように見てくれよな!」
「が、がんばります!」


ソランジュ、ファナ。
2人はイルに言葉を残して、ルイディナの背を追いかけていった。


「ああ、わかったよ」


イルは目じりに皺をいっぱい作りながら、笑顔で、孫娘のような2人を追いかけていった。





「大丈夫、助けにきたわよ――って、ありゃりゃ!?」

「どうした、ルー?」

「ルーちゃん?」


ルイディナは足を止めて、ぽかーんと口を開けていた。
ルイディナに追いついたソランジュ達は、呆けているルイディナに声をかける


「たはは、おじゃま虫かしらねえ……?」


ルイディナは「つんつん」と、人差し指を前方に向けた。
そこには先程までの威勢がよかったルイディナはいなかった。

急変したルイディナが指差す方へと、ソランジュとファナが視線を向けると――


「あーはははは、どうしたどうしたぁ!
 こんなんじゃ満足できねえ!
 上腕二頭筋が弱ぇからだ!
 もっと肉食って、来世に出直してきな。
 エイメン――!!!」


そこにいたのは雄々しい女性だった。
女性が凶悪なメイスを横に薙ぎ――


「Gugyopaa!?!!?」


ゴブリンの脳漿が弾けとんだ。


「ハハハハ……ハァーッハッハッハ!!」


女性の攻撃は止まらない。
笑い、雄叫びを上げ、血を浴びながら、嵐のように攻撃を繰り出し続ける。


「おいおい……」
「あ、あぅ……」


酷い惨状に、ソランジュ達は声を失ってしまう。


「やれやれ、なんともまあ……」


ルイディナ達に追いついたイルも足を止めて、メイスを振るう女性に視線を向ける。


「グルームシュ?
 法衣?
 じゃ、ハーフオークの僧侶、か?
 殴りプリだけど。
 と、
 ……ん――!?」


女性の特徴を見て、イルは思いついた事を口にして思考しようとしたが――


「子供――!?」


イルは女性が抱えている子供の存在に気がついた。








新キャラクター登場、そして本当にひさしぶりのおじいちゃんパーティです。
ガストンさんは本業の農業があるのでお休みです。



時間が空いてしまったので、緊急更新!




[13727] 86 異様過ぎる何かとの遭遇02
Name: ぽんぽん◆d1396e89 ID:b329828d
Date: 2013/06/23 09:10

「フン!」


真っ赤に染められた凶悪メイスを、女は無造作に振り下ろした。
勢いで、メイスこびりついていた血と脳漿が吹き飛ばされる。
そして――


「テメェら、何見てんだよ、あーん?」


法衣を着てはいるが、その格好から発するには対極の言葉だった。

戦闘の余韻が残っているのであろうか。
爛々と目は輝き、血走っている。
体中の筋肉が脈動しているのが見て取れた。

チラリ、と、イルは女が抱えている子供へと視線を向ける。

一見すると、子供の身体は怪我をしている様子は見られなかった。
意識を失っているのだろうか、ぐったりとしている様子だった。

イルは女性へと視線を戻す。


「(聞く耳持たない系、か。さてどうするか――)」


面倒なことになりそうだ、と、イルが思考した時である。


「メンゴメンゴ。
 気に障ったなら謝るわ。
 でも、ちょっちだけ聞かせて?
 その抱えている子大丈夫なの?
 それだけでいいから、ね!」


ルイディナが一歩、前と、足を踏み出した。


「う、うん!
 こ、こんなモンスターがいっぱいの森に、ちっちゃな子供といるなんて……
 な、何かあったんですか……?」


ファナも声を震わせながら、ルイディナの言から続けた。
今、この場所はモンスターが多く出現する森の中だ。
通常の子供を連れてきて良い場所ではない。


「――」


ソランジュは静かに、両手を隠すように背中へと持っていった。
その瞬間、ソランジュの手にはダガーが握られていた。
ダガーを隠し持ち、ソランジュは足に力をこめる。
いつでも飛び込める姿勢を作った。


「うんうん」


3人が取った行動に、イルは心の底から尊敬の念を頂いた。

今、目の前にいる人物はどうみても怪しい。
そして戦闘能力も目を見張るものがある。
かかわらない方が賢明なのだ、生き残るだけなら。

だが、リーダーであるルイディナはそれを是とはしなかった。
ファナも足をガタガタと震わせながら、一生懸命、ちゃんと口にした。
そんな2人を守るために、ソランジュはバックアップ体制を取った。

冒険者として見れば、意見は分かれるだろう。
だが、イルはこんな彼女達が大好きだった。


「あ~ん!?」


ルイディナ達の問いに、メイスの女による返答はドスの利いた声だった。


「なんで見ず知らずのテメェらに言わなきゃいけねえんだよ?
 頭が、出来の悪ぃスカスカのズッキーニになっちまってんのか?
 このズッキーニが」


メイスを軽々しく扱う女性からは、1mmたりとも友好的と思えるような雰囲気は感じられない。
むしろ、刺々しさが増した言葉が返ってきた。


「(ま、向こうさんの言い分ももっともだ。
  金銭目当ての人攫い系だったら言う訳が無い。
  また、別種の厄介ごとだったら、なおさらだ――)」


イルの脳内で、様々な予想が立てられる。
だが、さすがに(魔法を使わない)現状では、確実な答えを出すことは難しい。

イルは真っ白なフサフサな髭を撫ぜながら、


「その子供の意思で、君に従っていれば文句はないよ」


落ち着き払った口調で言い放つ。
瞬間、女はイルに視線を向けた。
まさに、それは「睨み付ける」というしか表現できないものだった。


「あぁ~~~ん、何だって??」


威嚇、圧力、示威。
それらが女の口から、イルに向けられる。
だが、イルは何も変わらなかった。


「言葉通りだよ」


のんびりとした、落ち着いた声で対応をする。
そして、何事も無かったかのように、女に向かって歩を進める。

その途中にいたルイディナの横を通り抜ける時、ルイディナの背中を「ポンっ」と叩いた。
 

「お疲れ、ルイディナ。
 よくやったよ。
 後は、年長者に任せるといい」


そして、女とイルは対峙する――





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086 異様過ぎる何かとの遭遇02

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「ジジィ、てめぇ……」


法衣を着た女性からは、先程までとは豹変したかのような言葉が返ってきた。
静かな、静かな言葉だった。
目も、先程までとは異なっている。
恐ろしいまでに鋭く、イルの一挙手一投足全ての動きを見逃すまいとする視線だった。


「なんだ、その歩き方は?
 出来る奴の動きだ。
 ビンビンに感じやがる。
 てめぇ、なにもんだよ、ああん?」


イルが近寄ってくる動きを見て、女は何かを感じたのだろうか?
警戒しているような事を言って来た。
だが、歩き方などイルは意識したことは無い。


「ただのロートル冒険者だよ」


女に対して、淡々と言葉を発して、1歩、足を動かした。
ただそれだけだった。
その瞬間、この空間はイル・ベルリオーネの支配下へと変貌する。
空気がはっきりと変わった。


「私は君の何者でもなれるよ。
 友にも、
 敵にも、だ。
 選択は君次第、グルームシュの僧侶――」


イルは[リング・オブ・ノンディクション【探知魔法消去の指輪】]の効果を止める。


「――っ!?!?」


イルに対峙していた女性は戦闘の態勢を取る。
全身の至る箇所からは、一気に、汗が噴出し始める。


「ハハ、ハハ、こりゃすげえわ――!!」


緊張の汗を流しながらも、女性は嬉しそうな笑みを浮かべた。
それは、まるでハイエナが獲物を見つけた時のそれであった。





沈黙、停滞。
静かに時間だけが経過していった。
魔物も動物も近寄ることは無い。


「なあ、ジイさん」


最初に口を開いたのは、血まみれの法衣を纏った女の方だった。


「(ジジィからジイさんにランクアップ。
  ハッタリが少しは役にたったかな?)」


イルは[リング・オブ・ノンディクション【探知魔法消去の指輪】]の効果を発動させる。


「なんだい? グルームシュの僧侶」


イルが口を開いた瞬間だった。
今まで、まるで灰色のように感じられた世界が、一瞬で、色彩を取り戻していくような――
そんな感覚が、ここにいた面々には感じられた一声だった。

そんなイルに対して、女は口笛を吹いた。
そして――


「脱いでくれ」


と、イルに対して告げた。


「……
 ……
 ……
 ……
 ……え???」

「脱いでくれ」


思わず漏れてしまったイルの反応に、女は同じ言葉を繰り返す。


「さ、さすがにそれはインテリジェンスがチートでも予想出来ないな、うん……」


斜め上を行った反応に、イルは慌ててしまう。
大きな真っ白な髭をなぜてから、ゆっくりと両腕を組んだ。
そして小首を傾げてみせた。

女の言葉に、なぜか、肩の上のクロコが「フー、フー!」と荒い息をして女を威嚇し始めた。


「あー、なんか勘違いしてんじゃねえぞ。
 って、ジイさん、まだ現役なのかよ!?
 そっちの方もびっくりだよ!
 っていうか、どんだけ規格外なんだよ!」


イルの言葉と、黒猫の雰囲気に、女は何かを感じ取ったのだろう。
的確に突っ込みを入れる。
そして、


「ちっげぇよ!
 さっきの足の運びだ。
 ありゃ、普通じゃねえ。
 上半身と下半身のバランスも完璧だ。
 生まれて初めてみた、すげえよ。
 すげえ身体してんのバレバレなんだよ。
 筋肉は隠せねえ、ごまかせねえ。
 爺さん、あんたはすげえ奴だ」


ニヤリ、とした笑みを浮かべた。


「だから、そのやぼってぇこ汚ねえローブを脱いでくれってこったよ!」


女の言葉に、イルはわざとらしくため息をついた。
そしてオーバーアクション気味に、


「……本当に脳筋かー」


ため息を付く。
イルの態度に、女は獰猛な笑みを湛える。


「メンドクセエことは言いっこ無しにしようぜ?
 脱げよ。
 アタシとコイツと話がしたけりゃ、まずはそこからだぜ?」


女は抱えている子供に視線を向けてから、八重歯をむき出しにして笑みを見せる。
そして、大きな舌で唇を舐める。
テラテラと唇が艶かしい色へと変化していった。


「ファンタジー世界は怖いな。
 まさか女性に脱げと言われることになるなんて。
 日本じゃありえない……」


再び、イルは、女が抱える子供に視線を向けた。
わざとらしく、だ。
そんなイルの視線に、女は気がついた。
イルは小さく頷いた。


「オーケー。
 交渉成立だ。
 クソなグルームシュに感謝、だ。
 エイメン」


女は近くの大木の根元に、左手に抱えていた幼子を静かに横たえた。
子供の胸が小さく動いているのが見て取れた。


「さあ、ジイさんの番だ」


女はどっかりと、子供の横に腰を下ろす。
どうやら、ゆっくりとイルの脱ぎっぷりを鑑賞するのだろう。


「筋肉は絶対だ。
 唯一無二だ。
 知っているか。筋肉は絶対に裏切らねえ。
 ヒューマン、デミヒューマン、モンスター、
 あー、老若男女、お偉い王様や貧民も差も全部全部関係無え。
 誰でも鍛えりゃ、ちゃーんと育ってくれる。
 さぼりゃ、ただの無駄肉だ。
 ブニブニのくさったネズミのように、な。
 これって凄くねえ?
 超公平なんだぜ?
 あたしゃ、神に仕えてる。
 が、神だって裏切りまくりだ。
 けどよ、筋肉にはそれがねえ。
 筋肉みりゃ、そいつの人となりが分かる。
 筋肉は厳しいからよ、ごまかせねえからな!」


女は楽しそうに笑った。
それは恋を語る少女のように無垢なものだった。


「ジイさん、あんたの筋肉はどうなんだ――?」







前回と今回のお話を足して1話って感じです。
短くて申し訳ありません。



野球が楽しいです。
ドーリンの覚醒を正座して待ち続けています。
松山選手ごめんなさい。正直、見くびっておりました。



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