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[13774] うそっこおぜうさま(東方project ちょこっと勘違いモノ)
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2011/12/04 20:19

※はじめに


このお話は以前、別サイト様に投稿させて頂いたある東方の短編を連載形式に手直ししたものとなっています。
もしかしたら、一度読まれたことのある方もいらっしゃるかもしれません。そのことをここにご報告させて頂きます。

そして、このお話は『もしも』の設定を使っています。
もしかしなくても、皆様のイメージと異なる登場人物が出てくるかもしれませんが、
どうか寛大な心でお読み頂けると本当に嬉しく思います。

本作は上海アリス幻樂団様制作ゲーム『東方project』を原作としています。
二次創作にあたるにおいて、上海アリス幻樂団様に深く感謝申し上げます。





このお話を読まれた皆様がぽわぽわして頂けるような、そんな優しいお話が書けたらいいなと思います。







[13774] 嘘つき紅魔郷 その一 (修正)
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2011/04/23 08:52







 紅に染まる世界。それは例えるなら小さな紛れ無き水溜りに延々と流れ続けてゆく甘美な血液。
 陰鬱とした紅蓮の霧が大地を包む。その浸食は留まるところを知らず、幻想郷の頭上に燦然と輝く傲慢な太陽でさえも遮ってしまった。
 喜ぶがいい、陰に宵闇に這い回る妖人達よ。これは我ら闇夜の覇者の大いなる饗宴。
 恐れ平伏すがいい、陽に日輪に縋る人間達よ。これらは我ら暗影の僕の高貴なる反攻。
 窓の外に映る紅の世界に、私は笑みを零さずにはいられない。昂ぶる感情が抑えられない。

「お嬢様、随分と機嫌がよろしいご様子で」
「ククッ…機嫌がよろしいかどうか、か。そんなことは聞くまでもないだろう、咲夜。
私は今、この胸から湧き出る感情を表現する言葉すら思いつかないよ」
「それは重畳。結構なことでございますわ」

 窓から館周辺の景色を眺めている私に、従者である咲夜がそんな愚問を口にする。
 この紅魔館の主である私、レミリア・スカーレットは彼女の言葉を下らない質問だとばかりに一蹴し、視線を窓の外に向け直す。
 この不可思議な紅霧が原因で、間違いなく幻想郷は大パニックに陥っていることだろう。
 人々の生きていくためには不可欠となる太陽の光は遮られ、日夜問わず生きとし生ける全ての者に纏わりつく血のように赤い霧。
 頭に思い浮かぶは不安に怯える弱き人間共の姿。彼らは体も心も脆弱過ぎる。このような異変が二日、三日と続けば精神が持つまい。
 外の光景を見ては、そんな幻想郷の変わり果てた姿を頭に描かずにはいられない。
 そんな私に、咲夜は今の気分を訊ねてくるのだ。本当、馬鹿らしいまでの愚問だ。
 この紅に染まる今の世界を見て、機嫌がいいかどうかだと? 本当に下らない。そんなもの、答えは決まっているではないか。
















(私の今の気分なんて最低以外の何ものでもないに決まってるじゃない!もしかして分かった上で言ってるの!?このお馬鹿!)













 そう、私の気分は本当に最悪だった。

 あまりに最低過ぎて、もう本当、虚勢で笑うしか出来ないくらいに。























 私はレミリア。レミリア・スカーレット。
 五百と幾許を生きた吸血鬼にして、妖怪や妖精といった人外のモノが棲む紅魔館の当主を務めている。
 多くの従者を従え、この館の主として君臨し、スカーレット・デビルと人々に畏怖される永遠の紅い月。
 そんなカリスマと皆に謳われる私だが、実は私には誰にも話せない一つの秘密がある。
 それは決して誰にも聞かせることなど出来はしない。腹心である咲夜にも、信頼を置く部下である美鈴にも、親友であるパチェにも、
ましてや実の妹であるフランにだって話すことが出来ないたった一つの秘密。
 それはいたって簡単なこと。だけど、私はその秘密を可能ならば墓まで持っていこうと思う。けれど、
今は誰も聞いていないので少しだけその秘密を語ろうと思う。
 紅魔館の主として、畏怖の対象として恐れ敬われているこの私、レミリア・スカーレット。






 ――実は私、この館の誰よりも弱かったりする。






 言葉だけを聞けば、さてはて、それは一体どういう意味だと思い悩む人もいるかもしれない。
 しかし安心してほしい。私が語った言葉の意味は、そのままストレートに、愚直なまでに真っ直ぐに受け取って貰って構わない。
 そう、私は弱いのだ。妖怪としての実力どころか、並の人間にだってケンカに勝てはしないだろう。
 恐らくデコピン一発で泣いてしまう自信がある。妖精相手でも勝算を見出せはしない。それが私の大事な大事な秘密だ。
 吸血鬼なのに何故、と考える人もいるかもしれない。しかし、そんなことは私が知りたいくらいだ。むしろ教えて下さいお願いしますと土下座しても良い。
 父も母も純血の吸血鬼、それも父に至っては吸血鬼という種族を束ねる王というエリートもエリート、
吸血鬼の中の吸血鬼、いわゆる吸血鬼120パーセント。そんな血族のもとに私は生まれている。
 今は亡き父は、たった一人で人妖の屍の山を築きあげ、その上で優雅に血のワインを嗜んでいた、なんて逸話の残るほど強い吸血鬼だったし、
今は亡き母も、彼女の命を奪わんと教会から派遣された聖騎士団を三部隊ほど壊滅させたとの噂である。
 そんな素晴らし過ぎる両親の長女として生まれた私なのだが、出来ることと言ったら、まあ、精々空を飛べるくらい。終わり。
 …本当に、冗談じゃなくて。しかも五分も飛んだら疲労で次の日は全身が筋肉痛になる有様。いや、本当に冗談じゃなくて。
 鋼鉄をも布切れのように引き千切ると恐れられる吸血鬼の力。でも私は自分の部屋にある椅子より重い物なんて持てやしない。
 一夜にして世界中を駆けると謳われる吸血鬼の翼。でも私は以前全速力で空を飛んでいたとき、スズメにも簡単に追い抜かれた。
 ここまで言うと流石に理解してくれただろうとは思うが、一応念押しとしてもう一度だけ言っておく。





 ――私は弱い。吸血鬼なのに、本当に誰よりもよわっちいのだ。





 そんな私が何故紅魔館の主などを務めているのか不思議な人もいるだろう。
 それはまあ、話せば長くなるのだけれど、まず簡単に言うと理由は二つ。
 一つは、この館の前の主であった父の長女が私だから。もう一つは、この私が誰よりも弱いという秘密を
当然皆が知らないから。…うん、ごめんなさい。全然長くもなんともなかったわね。
 そういう訳で、母が死に、父が死んだと同時に、気づけば私がそのまま紅魔館の主に据えられてしまったという訳だ。
 正直ふざけるなと思った。だって私には、紅魔館の主になどなるつもりは微塵もなかった。
 紅魔館の主なんて物騒なものには血気盛んな妹のフランがなれば良いと思っていたし(今も思っているが)、
もうご存じの通り、自分でも哀れに思うくらい脆弱な私にそんなものは務まる訳がないからだ。
 そして、何よりも大きな理由なのだけれど、このレミリア・スカーレットには夢がある。それは紅魔館なんて物騒な場所を離れ、小さなケーキ屋さんを開くことだ。
 木陰の多い森の中に一軒家を建て、そこで私は自分のお店を開くことが夢だった。
 毎日せっせとケーキを作り、お客さんに美味しいと言ってもらい、充実しつつも穏やかな時を過ごすのだ。
 そして何時の日か素敵な人と巡り会い、恋に落ち、子を生し、幸せな家庭を作る。
 そんな私の些細な夢を、こともあろうか実の父は見事にブレイクしてくれやがった。今から数十年くらい前だっただろうか、
お父様は突然帰らぬ人ならぬ帰らぬ吸血鬼となってしまった。何でも魔法研究の事故とかなんとかであぼーんしちゃったらしい。それだけなら、
私だって涙を流して別れを悲しんであげたというのに、あんのクソ親父、手際の良いことに遺言なんぞ残してくれやがっていたらしいのよ。
 クソ親父が残した一切れの手紙にはたった一言、『次の主はレミリアに譲る』。その時は本当、死ねと思った。いや、死んでるんだけど。



 そういう訳で、私はこんな脆弱な身でありながら紅魔館の主として過ごすことになったのだけれど、
運が良いのか悪いのか、この数十年間、私は命の危険というものに冒されたことはない。
 紅魔館の主となった時点で、正直今世の命は諦めていたのだが、私は一度たりとも誰かと命のやり取りをすることはなかった。
 私が主であることに不満を持つ部下が、いつか必ず私の命を狙ってくる…そんな事を主になったばかりの頃はよく考えていたのだが、期待を裏切り、一度たりとて無かった。
 どうやら部下達は私=前主の娘=弱い訳がないと変に勘違いをしてくれているらしい。本当、部下が馬鹿かつ野心のない奴ばかりで助かった。
 まあ、そんな連中も私が主になってというもの一人減り二人減り…結局残ったのは片手で数えられる人数だけ。これはもう、本当にラッキーだった。人数が
多ければ多いほど、私の弱バレする可能性はウナギ登りする訳で。そういう意味では人員整理を行ってくれたらしい親友に大感謝。
 次に外から私の命を狙ってくる輩がいるのでは…そんな心配も、あっけなく裏切られることになる。
 何故ならウチの門番を務めている妖怪がとても優秀で、彼女は一度もそんな不埒な輩を門の中に通したことがない。



 まあ、そんなこんなで、何とが紅魔館の主としてえっさほいさと奇跡的に寿命を永らえてきた私だが、
そんな私の幸運の星、ラッキースターもとうとう終焉を迎える時がきたらしい。それが最初、冒頭の話に戻るという訳だ。
 私達が居る世界、幻想郷を覆う紅の霧。これが私の命に終止符を打つ最低最悪の根源なのである。
 先に言っておこう。この霧を生じさせたのは勿論私なんかではない。というか、こんな凄い事出来ない。
 私に出来るのは、前述した通り空を飛ぶだけなのだ。魔法弾の一つも放てやしない私が、こんな幻想郷中を覆い尽くすような大魔術など行使出来る訳がない。
 では一体誰がこんなことをしたのか。それは現在この館の地下室でぐっすりと気持ちよく眠りこけて下さっているであろう我が妹、フランドール・スカーレットである。
 先に言っておくけれど、フランは私とは違い、純粋な紛うことなき吸血鬼だ。
 力は大木を薙ぎ倒す程に強く、空を駆ける速度は天狗にも劣らない。体在する魔力は底を知ることなく、その魔術は万物をも焼きつくす。
 私とフランは吸血鬼として比較するならスッポンと月、ヒヨコとプテラノドン、メダカとシロナガスクジラ。
 自分で言ってて悲しくなるが、本当にそれくらいの差があるのだから仕方がない。

 まあ、そんな吸血鬼として優秀な馬鹿妹が何をトチ狂ったのか、紅の霧を幻想郷中にこれでもかと発生させたのである。
 その霧は紅魔館内部から周辺へ、湖を越えて人里へ、そして気付けば幻想郷の全ての大地を覆い尽くしたのである。
 そう、これはフランの起こした異変。私は何も関係無い。無罪。無実。ノータッチなのだ。
 それなのに何故か従者達は口を揃えて『お嬢様の仕業ですね。流石です、お嬢様』など言ってくるのだ。
 私がそれを否定したところで誰も信じようとしない。あまりに頭にきたので、フランのところに直接出向いて問い質しても
馬鹿妹の口から出るのは『お姉さまそんなことしたんだ!すごーい!尊敬しちゃうなー』などという気持ちが微塵も籠ってない棒読み台詞。
 それを見て私は確信したわ。こいつはこの紅霧を私のせいにしたがってる、ってね。
 何を言ってもフランは私とまともに取り合わず、かといって霧を引っ込めることもないし。頑張って霧を止めるよう
言ったのだけど、聞く耳なんか持ちやしない。で、分かったのよ。コイツは私がどういう行動に出るか楽しんでるんだと。
 そうなるとほら、私にはどうしようもないじゃない。だって私、メチャクチャ弱いし。フラン、メチャクチャ強いし。
 口論から喧嘩に発展して、掴み合いなんかになったりしたら、私死ぬし。冗談無しに死ぬし。命終わっちゃうし。
 仕方ないから地下から出てきて、どうしようもないから、部下達にふんぞり返ってやったわ。『この紅霧騒ぎは私がやった!』ってね。
 まあ、その時は『妹のしでかした悪戯だもの、姉として少しくらいは庇ってあげないとね』と思ったのよ。思っちゃったのよ。
 どうせフランの奴も数日くらいで飽きるだろうしって甘い考えも少なからずあったわ。あの娘飽きっぽいところあるしって。
 もうね、その時の私を殴りたい。殴り殺したい。少しでも思っちゃった私を撲殺したい。これでもかって。これでもかって。











 …そう、それはフランの馬鹿が紅霧を出して二日目の夜だったわ。
 私が寝室でベッドにのんびりと横になって読書を楽しんでいたとき、いきなりベッドの横に変な空間の割れ目みたいなのが出来たのよ。
 何事かと思ったら、そこから出てきたのよ。お化け?違う違う、もっとヤバいシロモノよ。それはもう銀河ギリギリぶっちぎりに危険な奴よ。
 そこから出てきたのは金髪の綺麗な女でね。そいつ、ハッキリ言って常識外、規格外なくらいの妖力を有してたのよ。
 美鈴?パチェ?咲夜?フラン?そんなレベルじゃないわ。あれは存在してるだけで化け物だって分かるレベルだったのよ。
 それで、その空間の割れ目から出てきた女が私に向って笑いながらこう言うのよ。

『こんばんは、吸血鬼のお嬢さん。お休みの最中にごめんなさいね。
貴女に少しお話があるのだけれど…お時間のほうは良いかしら?』

 もうね、何というか、ふざけるなと。お時間の方は良いかしら、とか言いながら有無を言わせるつもりないだろって。
 そこで私が『だが断る』なんて言ったものなら、その瞬間、私の首は胴体とサヨナラしてたわね。グッバイマイボディ!みたいな。
 もう本当、その女の笑顔が怖くて怖くて。もう怖いわ泣きたいわ逃げたいわ布団の中にもぐって現実逃避したいわ。
 でもほら、一応私って紅魔館の主じゃない?本当に一応なんだけど、頭に(嘘)ってつけてもいいけど、最弱だけど主じゃない?
 だから、一応形だけでも頑張ってみようと思って、その女を睨みながら言い返してやったのよ。身体は滅茶苦茶震えてたけど。

『こんな素敵な夜に無粋な女ね。レディの部屋に入るときの礼儀がまるでなっていない。
それではダンスパートナーを探す時にさぞや苦労するだろうな』
『あら?貴女は私のような女は嫌い?
たった一人の女…そうね、この紅霧というロマンチックな演出を幻想郷に描いて下さった貴女を探す為、
寝る間も惜しんで一心不乱にこの世界を探し回った一途な女は』

 もうね、キモイ。人の軽口を三倍にして返すこの女がキモイ。キモイ以上に怖い。超怖い。金髪の女怖い。
 でね、その女の口ぶりからして、どうも幻想郷を騒がしている紅霧を出してる奴を探していたと。そしてそれが私だと。
 はっ!とんだ的外れだわ!味噌スープで顔洗って出直してこいや!…なーんて、そう言いたかったんだけど、
 口にした瞬間絶対に私の首が胴体と(以下略)。だから私はビクビクしながらも必死に言葉を続けたのよ。

『嫌いだね。加えて気に食わない。
お前の存在は私の部屋の空気を澱ませる。愛しき紅月に群雲が掛っている内に疾く消えうせるがいい』

 ちなみに今の言葉を翻訳すると『ごめんなさい。私はゴミです。クズです。私が悪かったので帰って下さると嬉しいです』よ。
 素直に言葉に出来ないのはあれよ。私がツンデレだからよ。今はツンツンな部分が強いけど、根気強くアタックすれば…なんて下らないこと考えてた訳よ。そうしたら、

『フフッ、吸血鬼風情がよく吠える。
お前達がこの幻想郷に訪れたとき、二度と私に牙を立てられないよう、念入りに躾けたつもりだったのだけれど』

 なんて、訳の分からないことを言い出した訳。本当、何のことか私はサッパリだったわね。
 幻想郷を訪れたとき?それって一体何十年前の話よ。幻想郷に来たのは、お父様達が勝手にやったことだし、そんな昔の話をされても正直困る。
 そもそも、その頃の私はずっと地下に閉じ込められてたもの。ああ、理由?ちょっとした悪性の流行病に罹っちゃってね。
 まあ流行病っていうか、インフルエンザ。吸血鬼がインフルエンザて。冗談みたいだけど、勿論それは冗談じゃない。
 私はそのとき軽く五回ほど三途の川を渡りかけたわ。相当な悪性だったのよ。
 それで、私のインフルエンザが他の奴らに感染しないようにって隔離されてた訳。あのときは寂しかったわね。話し相手が最初はぬいぐるみだけだったもの。
 その後、流行病が治って、外に出てみたら館がボロボロになってたり、部下達が随分減ってたり、
お父様が死にかけたりしてたけど…まあ、今この話は関係無いわね。そんな訳で目の前の女の言ってることがサッパリ理解出来なかった訳よ。

 だから私考えた。必死に考えて、ようやく答えにたどり着いたの。この目の前の女は、妖力は強いけど頭がとても可哀そうな人なんだって。
 多分妄想癖っていうのかしら。そういう持病を抱え込んでるのよ。そう思うと、何だか優しい気持ちになれてね。そうしたら、想像が少し膨らんじゃって。
 きっと目の前の女は、休日とかは一人壁に向かって話しかけてるわねとか、
きっと深夜ラジオを聴くのが趣味で、リスナーのネタ募集みたいなコーナーの為に毎日葉書を投函してたりするのね、とか。
 そんなことばかり考えてたら、思わず口元が緩んじゃったのよ。だって仕方ないじゃない?目の前の女、凄く可愛い可哀そう(新語)だったんだもん。
 そうしたら、目の前の女が訝しげな表情を浮かべて『何が面白いのかしら?』って訊くのよ。
 いや、面白いでしょ。目の前で強そうにしてる女が趣味は壁トークと深夜ラジオって。だからつい口を滑らせちゃって。

『愉快、実に愉快よ。こんな愉快なことは久しぶりだもの。
お前もなかなかどうして役者ね。その完全なまでの仮面が滑稽過ぎて笑いが抑えられない』

 いや、だって本当、こんな完璧超人美女みたいな女が、休日壁に向かって『ねえ私のことどう思う?嫌い?好き?』とか
 独り言話してるのを想像したらねえ?そんな強烈なギャップが可笑しくて、我慢出来る訳ないじゃない。
 私がククッと笑みを零しているのを、その女はじっと眺めていたかと思うと、何故か急にその女も笑い出したのよ。
 いや、本当にキモイ。一人勝手に笑ってた私が言うのもなんだけど、唐突に笑いだしたその女は本気でキモかったわ。
 だって、笑い方が『フフ…フフフッ…アハハハハッ』だったのよ?何その悪の三段笑い。今時誰もそんな笑い方しないわよ。
 そして笑い終えたかと思うと、私にむかって『今代の吸血鬼は随分と面白いわ』なんて言い出すのよ。
 そりゃ面白いでしょうよ。一体この世界の何処に力は無い、魔法も使えない、人間に負ける吸血鬼が居るって言うのよ。
 …って、ここに居るわね。ああど畜生、青い空なんか嫌いだわ。いや、吸血鬼なんだから当たり前なんだけど。
 それで、ムスッとしてる私に、その女は笑みを零しながらまた訳の分からないことを言い出した訳よ。

『そうね、私も下らない仮面は脱ぎ棄てるとしましょうか。
今日来たのは先ほども言った通り、貴女が起こしている紅霧についてのお話』
『何だ?まさか紅霧を今すぐ止めろとでも言うつもりか?』

 そんなこと私に言わないでよと言いたい。というか私じゃなくてフランに直接言えよ畜生と言いたい。
 だって何度も言うけれど、紅霧の犯人は私じゃなくて、あのお馬鹿でチッチキチーな妹であって。私は何の関係も無いじゃない。
 と、なると、今私がこうして目の前の恐ろしく(妖力が高い)可哀そう(頭が)な金髪女に絡まれてるのは全部アイツが原因じゃない。
 シット!どうしてお姉様がアンタの気まぐれの代償を払わないといけないのよ。私の大切な読書の時間を返せコノヤロウ。
 だからまあ、さりげなく、遠回しに迷惑なら迷惑と言ってくれって感じで訊いたのよ。もしコイツが『紅霧を止めなさい』って言えば
私は一秒でフランを突き出して『美しいブロンドお姉様、犯人はこの馬鹿です』って証言するつもりだったもの。
 だって私、何も関係無いし。ほら、私まだ死にたくないし。まだ500年しか生きてない、好きな人の一人も作ってないのに死ねますかコノヤロウ。
 え?何?さっきお前『妹のしでかした悪戯は姉が庇ってあげないと』って言ったじゃないかって?そんなコトはどうでもよかろうなのよ。
 フランは私と違って強い娘だもの。きっとこのお姉さんと殺し合ってもしぶとく生き残れる筈よ。私は指先一つでダウンされるでしょうけど。
 そういう訳で、この女を地下に案内する気満々だったんだけど、やっぱりこの女は頭が可哀そうな人らしく、
私の質問に対してネジが五、六本は平気で飛んでるんじゃないかって返事をくれやがったのよ。

『最初はそのつもりだったのだけれど…フフッ、少しばかり気が変わったわ。
ねえ、貴女。この幻想郷中を覆う紅霧、こんなことをしでかして下さった理由を教えて頂けるかしら?
この霧は人妖の気分こそ害させるものの、別段命を奪ったりするものではない。
確かに長期に渡れば、作物や気候に甚大なダメージを残すでしょうけれど…ね」

 理由?紅霧を出した理由?だからそんなのは全部フランに訊けって言ってんでしょうが。私が知る訳ないじゃない。
 そう口にしようと思ったんだけど、フランの奴、結局私に理由を教えてくれなかったのよね。
 姉である私が教えてもらえないのに、初対面であるこの女をフランのところに連れていったところで、口を割るかと言えばNOだろう。
 でもまあ、私なりにあの娘の考えを推測するならば…

『理由などありはしないだろうよ。敢えて理由をつけるなら、退屈だったから程度だろうね』
『あらあらまあまあ、それはそれは。
成程、この紅霧は貴女にとって唯の暇潰し以外の何モノでもないということね。フフッ』

 いや私じゃなくてフランなんだけどね。一応あの娘の気持ち(おそらく当たってる)を代弁してあげただけなんだけどね。
 というかさっきからこの人私の言動を見て笑い過ぎなんだけど。何かしら、もしかして本当に(頭が)ヤバい人なんじゃないかしら。
 さっきから人を観察するようなねちっこい視線を投げかけてくるし…もしかしてこの女はレズビアンでペドフィリアなんて言うんじゃないでしょうね。
 もしそうであったら私は有無を言わさずフランを差し出して自分の貞操を守る為に逃げる。紅魔館?そんなものは滅ぼされてしまえ。
 身の危険を感じ始めた私に、ペド女(勝手に決定)は、言うに事欠いてトンデモナイことを言い始めたの。

『面白い、実に貴女は面白いわね。良いわ吸血鬼、私は貴女に興味を抱いた。
それに、そうね…折角貴女が用意してくれた舞台だもの。私も一枚ばかりその喜劇に噛ませて貰うとしましょう』

 このペド女、言うに事欠いて私に興味を持ったなんて言い出しやがった。
 ちょっと待て。いや本当に待って下さい。勘弁して下さい。何で私?どうして私?私が一体何をしたと言うの?
 こんな化物女にターゲットロックオンされたりしたら、私の純潔なんて三秒持たずにグッデイグッバイマイフレンズじゃない。
 いかん。いかんですよコレは。私は必死に頭をフル回転させながら、何とか可哀そう系ペド女の興味を逸らそうと画策する。
 そうよ、大体コイツのターゲットは私じゃなくてフランじゃない。幸い(?)なことに、フランの容姿、外見は私とそっくり。
 しかも私より小悪魔っぽいから、ペド女には垂涎ものだろう。さようならフラン、私の為にペド女の雌奴隷になりなさい。
 貴女がいなくても大丈夫。私は一人、森の小さなケーキ屋さんとして第二の人生を歩み始めるから。

『興味を示す対象が違うだろう?私は所詮この物語の脇役に過ぎない。お前が真に興味を抱く少女の演じる、な』
『…驚いた。まさかそこまで見抜かれていたなんてね。
怖いわね…吸血鬼としての傲岸さも驕りも見えず、舞台の裏で絡み合う運命の糸を容易く見抜くその両眼』

 怖いのはアンタの方よ。いきなり夜中にズカズカ人の部屋に入ってきて、いつの間にやら貞操のピンチってぶっちゃけ有得ない。
 とにかくまあ、どうやら目の前の女の興味はフランの方に向けることが出来たらしい。あとはフランを梱包して
女に素敵な楽園の雌奴隷として差し出すだけだ。さようなら、フラン。聞こえていたら己の我儘さを呪うと良いわ。
 よし、謝罪終わり。あとやるべきことは、フランの受け渡しの日付を聞いておかないとね。
 大切な妹(生贄)にとって一生に一度の晴れ舞台だもの。姉として、妹の門出を祝ってあげないといけないわ。

『具体的な時は?どうせ近いうちにやってくるのだろう?』
『明日の夜には動くでしょうね。その時は適当に相手をしてあげて頂戴な』

 嫌。絶対嫌。私が相手したくないからフランを差し出すんでしょうが。
 それにしても明日の夜とは随分と性急ね。そんなにフランと早くベッドでにゃんにゃんしたいのかしら。おお、キモイキモイ。
 まあ、別に私が犠牲になるわけじゃないし、別に良いんだけどね。それじゃ、フランを袋詰めにしたり色々明日は忙しそうね。

『ならば準備をしないとな。熱烈な歓迎の用意は必要かしら?』
『貴女達にとっては遊ぶ程度で構わないわ。ご存じの通り、まだ先代から代替わりしたばかりで経験が浅いのよ。
才能は過去の巫女の誰よりもあるのだけれど…ね。貴女の引き起こした紅霧事件が初めて臨む異変なのよ、あの娘は』

 はて、何だか訳の分からない単語が飛び出してきた。巫女に異変とは何のことかしら。
 あれかしら、フランに巫女服を着せてにゃんにゃんしたいって事かしら。…うわ、流石の私も正直引くわ。
 まあでも、愛の形は千差万別。それで二人が幸せなら私は祝ってやるべきなんでしょうね。私は勘弁だけど。

『これは霊夢にとって最高の練習舞台。あの娘はいずれ、この幻想郷で様々な異変を解決してゆかねばならない身。
そういう意味では、貴女が紅霧を起こしてくれたのは本当に僥倖だったわ。
命さえ奪わなければ、貴女は霊夢を相手に思う存分暇潰しを楽しんで貰えば良い。霊夢が貴女に勝ったとき、その時に紅霧を止めて貰えれば、ね』

 …あれかな。久しぶりに壁じゃない有機生命体と会話が出来たから、舞い上がって妄想話垂れ流ししてるのかしら。
 正直、目の前の女が一体何を話しているのかサッパリ分からなかったけれど、まあ折角テンションが上がってるところに
水を差すのも悪いしね。私も水差し野郎って言われたくないし。どうやら私は完全にターゲットから外れてくれたみたいだし。
 というかそろそろいい加減帰ってほしい。私は夜行性だから別に眠たい訳じゃないんだけど、かといっていつまでも
頭の不憫な女の妄想話に付き合うほどお人好しじゃない。本当、これだから無駄に強いキモイ奴って性質が悪いのよね。
 私も幻想郷共通言語を飛び越えて何処か未開の星の言語でも使っているかのような妄想話を
耳にするより、さっきまで読んでた本、シルバーニアンファミリーの続きが読みたいのよ。一体何処まで読んだっけ?
 コウ・ウサギ少尉がラビッタンローズに着いたところだったかしら。ああもう、続きが気になって気になって仕方ないじゃない。
 そんな私の空気をやっっっっっっと(強調)読んでくれたのか、目の前のペド女は満足そうな表情を浮かべて別れを切り出したのよ。

『さて…名残惜しいのだけど、そろそろ私は失礼するわ。
本当なら、貴女と酒でも酌み交わしながら共に一晩語り明かしたいところだけどね』

 断固拒否。そういうのはフランと好きなだけやって頂戴。フランを手に入れたというのに、
私にまだ食指を伸ばそうとするなんてどれだけお盛んなのよ。もしかしてあれ?姉妹丼に興味のあるお年頃?本当、これだから変態って嫌なのよ。
 そんな気持ちを抑えていると、ペド女は来たときのように空間に亀裂を生じさせその中へ消えていったわ。
 そして、その去り際に一言。『明日この館を訪れる博麗の巫女をよろしくね』とだけ言い残して。
 それを聞いて私は理解したわ。来るのは他ならぬ貴女でしょうに、それをわざわざ巫女って言い直すとは…それはつまり、巫女服を着てペド女が来るってことだと。
 フランを迎えに来るのに自分まで巫女服を着てくるとかどんだけーって。自分もコスプレってどんだけーって。
 本当、変態って始末に負えないわと思いながら、私は読みかけだった本に手を伸ばした訳。あー、やっぱウサギ少尉は格好良いなー。








[13774] 嘘つき紅魔郷 その二 (修正)
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2011/04/23 08:53


 ――で、私があのペド変態妄想頭可哀そう女…ごめんなさい、それ全部、完全に私の勘違いでした。
 金髪女の言っていた言葉の意味を理解したのが、次の日の朝。
 室内には、本を読み耽っているパチェと、やることもなくボーっとして椅子に座ってた私。そして、私の後ろに控えているメイド長の咲夜。
 ほら、特に会話も無かったからさ、話題提起のつもりで昨日の女の事を話そうと思ったのよ。変態女が来たって。
 大体自分で巫女って。あの純洋風な容貌で巫女って。笑えるじゃない。だから私は皮肉交じりで、昨日あの女が言ってた事を二人の前で言ったのよ。

『今夜、この紅魔館に博麗の巫女が来るわ』

 そしてそのペド巫女はフランをテイクアウトするんですって、プフー!…って感じで続けようとしたんだけど、続けられなかった。
 だって、私が博麗の巫女って言葉を口にした瞬間、パチェと咲夜が凄い目で私を見つめてきたんだもん。正直怖かった。
 そして二人で『やっぱり当然来るわよね』とか『ええ、これだけ幻想郷中を騒がせたのですから、動いて当然でしょう』とか
ぼそぼそと小声で話してる訳。何?あの変態ペド女ってそんなに有名なの?ってその時は思ってたのよ。
 で、二人の話を横で興味無い振りをしながら耳を傾けてると、それはまあ、とんでもない事実を知ってしまったというか。
 何でも博麗の巫女というのは、この幻想郷で異変が起こった際に、それを解決することを生業としている人間を言うらしい。
 そして、解決の為ならば、どんなに強い妖怪が相手であってもボッコボコにしてきたとか。その話を聞いて、私は思ったね。何その反則超人って。
 人間が妖怪をフルボッコって世の中を舐めてるとしか思えないわ。この世の中はあまりにも不公平過ぎる。
 こちとら吸血鬼なのに、妖精の一匹にも勝てやしないというのに。五分空を飛んだだけで全身筋肉痛なのに。

 話を戻しましょうか。それで、二人の話と昨日の女の話をまとめると、
何でもその妖怪ハンターが今夜、『私を』狙ってくるそうだ。理由は唯一つ、『私が』紅霧なんて迷惑なものを幻想郷中に散布してしまったから。
 いやいやいや、ちょっと待ちなさいと。本当に待って下さいと。だからそれは私じゃなくて傍迷惑な馬鹿妹のせいだって。
 いや、それ以前にそんな妖怪をぶっ飛ばすような化け物(人間)が私のところに来るですって?冗談じゃない。
 こちとら今までずっと紅魔館に引き籠って、奇跡的に生を永らえてきたというのに、
そんな妖怪退治専門家みたいなハンターが私の前にやってきてみなさい。迷わず三秒で成仏する自信があるわよ。
 いくらなんでもこれは拙い。拙過ぎる。今までの低レベルな妖怪(私から見れば遥かに超高レベル)の妖怪が
門番にあしらわれてきたのとは訳が違う。言うなれば私の命が危険。危険報知メーターが余裕でレッドゾーン振り切ってる。
 つまり、正体は未だに良く分からないけど昨日の女が言ってたことは、
『フランを貰いに今夜会いに来ます』じゃなくて『お前の命を狙って博麗の巫女が今夜来るぞ』って事だった訳。
 オー、ジーザス。一体話の何処をどう聞き間違えればこんな擦れ違いが生まれるのかしら。
 フランの貞操なんて微塵も関係無いじゃない。誰よペド女の妄想とか勝手なこと言ってた奴は。
 そんな訳で、今夜どうにも命の終りが確定したらしい私は、冒頭の通り、笑うしか出来ないといった悲惨な状態に
陥った訳である。丸。ああ、もう本当に笑うしかないわ。駄目だこりゃ、次(来世)逝ってみよう!って感じよね。
 そんな乾いた笑いしか出てこない私に、背後に控える咲夜は感嘆の声を含ませながら、

「しかし、流石はレミリア様ですわ。
博麗の巫女が今宵訪れる事を既に察知しているとは、これも運命を操るお力ですか?」

 とか、本気なのか冗談なのか理解に苦しむ発言をして下さった。
 いや、知ってるも何も、昨日変な女から聞いたこと言っただけだし。運命とか見えないし。操れないし。
 というか、今更なんだけど、私の持つ力を紅魔館の住人達は『運命を操る程度の能力』だと思い込んでる。
 当然私はそんな力を持ってる訳もなく、これまた小さな誤解がどんどん勝手に膨らんでいっただけなのだけれど。
 そうね、原因は確か結構昔の話。紅魔館の大広間で行われたパーティーの席、パチェと酒を飲んでた時に、
パチェが唐突に『貴女って時々ゾクっとするくらい、勘が当たる時があるわよね』なんて言ってきたのよ。
 その時は私も酒を飲んでて気分が良くてね。ついつい冗談で『私には運命を読む力があるからね。造作もない事よ』なんて大ホラ吹いちゃって。
 まあ、ほら、どうせすぐに『つまらない冗談ね』なんて突っ込みが入るだろうと、期待してたのに、パチェったら
酔っ払いの戯言を真に受けちゃったらしく、『それじゃ、明日はどのような事が起こるのかしら?』なんて私にトスを回してきたのよ。
 仕方ないから私も適当な事を言っておけばいいかなって思っちゃって。
 つい『そうだな…明日は外に出ない方がいいな。激しい地震が起こるだろうからね』なんて言っちゃった訳よ。
 まあ次の日になったら忘れてるか、何も起こらずに『レミィの大嘘つき。期待して損したわ』なんて突っ込みが入るんだろうなって軽い気持ちで思ってた。
 そうしたらね、起きちゃったのよ。大地震が。次の日に。それも怪我人を沢山出すくらいの。
 瓢箪から駒っていうか、ワインボトルから金銀パールっていうか。しかも性質の悪い事に、そのことをパチェがみんなに言いふらしちゃったみたいで。
 それからというもの、紅魔館の連中は私が運命を見ることが出来る、なんて勘違いしちゃった訳。
 何度も否定したんだけど、誰も聞く耳を持ちやしない。まあ、そういう理由で私は運命の申し子なんて呼ばれるようになったんだけど…本当、下らない冗談なんか言わなければ良かった。
 だからまあ、咲夜も例に漏れず、私の力=運命の方程式を信じてるのよね。本当、みんな馬鹿ばっかりよ。

「愚問よ、咲夜。レミィにとって、そんなことは造作もない事だもの。
どうせレミィにとっては全ての事象がただのお遊びに過ぎないのだから。この紅霧も博麗の巫女も、ね」

 私の気持ちを勝手に代弁するのは親友のパチェ。しかも私の気持ちを見事に微塵も読み取れてらっしゃらない。
 お遊びですって?こちとら命掛ってるのよ?生と死の境界に立ってるのよ?デッド・オア・アライブなのよ?
 そんな私の何処に遊ぶ余裕があるというのか。ふざけないでよこの紫もやし。まあ、私はパチェ以上にもやしなんだけど。

「そうですね、パチュリー様。この世の全てはレミリア様の掌の上で転がされているだけに過ぎませんでした」

 いや、転がすって何を。私が掌の上で転がすことが出来るのは大好きなブラッド・キャンディーくらいだけど。
 本当、相も変わらず咲夜の思考回路はネジが吹き飛びまくってる。これは一体何処に修理を頼めば良いのかしら。
 …っと、そうね。ここでちょっとこの娘、咲夜について紹介しておきましょう。
 彼女の名は十六夜咲夜。この紅魔館のメイド長にして、私の忠実な従者。種族は人間。
 もともとこの娘は紅魔館の前に捨てられていたのを、私が拾って育てたの。その理由?切っ掛けは勿論、私より下のカーストが欲しかったからよ。
 だって私、紅魔館の中で最弱じゃない?主なのに。だからふと思ったの。『私より弱い奴がいれば、少しは心が晴れるかも』って。
 だから人間である咲夜を拾って、それはもう手塩に粗塩を刷り込んで大切に大切に育てたわ。
 この娘が大きくなるまで片時も離れずに、傍で常に『私より弱く育ちなさい、私より弱く育ちなさい』って念じながら。
 …まあ、その結果は御覧の通り。見事に私の期待を裏切ってくれやがって、今では人間なのに、
門番やパチェよりも強いなんてふざけた成長を遂げてくれやがったわ。そのうえ、時間を止める力まで持ってるし。ああ妬ましい妬ましい。
 そういう訳で私の『十六夜咲夜育成計画』は見事に失敗に終わってしまったの。
 しかも始末に悪いのが、私が咲夜にこれでもかって愛情をかけて育ててしまったせいで、咲夜が私に対し、
異常なまでの尊敬の眼差しと呆れるほどの忠誠心を向けてくれるようになってしまったこと。
 もう何ていうか、人をまるで創造神か新世界の神か何かと勘違いしてるんじゃないかってくらい、私に良くしてくれるの。
 多分、咲夜に『命をくれるかしら』って聞いたら、即座にその場で自分の首を落とすわね。間違いないわ。
 まあ、そんな風に母親として慕われるのは悪くないのだけど、最近はちょっと度が過ぎる。咲夜のかけるプレッシャーで胃が痛い。
 ちなみに永遠の紅い月とか、スカーレット・デビルとか私の二つ名を考え広めた元凶は咲夜だから。
 私は一度も自分から他人にそんな事言ってないから。そんな恥ずかしい二つ名なんて要らないから。中二病か。
 つまり何が言いたいかと言うと、咲夜は私に夢見過ぎ。多分私の正体(超最弱)を知れば、ショックのあまり自殺しちゃうかもしれない。
 そんな咲夜の夢を大事にする為に、一応頑張って偉そうな主ぶったりしてるんだけど…今回ばかりはちょっと勘弁して下さい。
 咲夜の中の私(妄想像)なら、巫女の一匹や二匹簡単に屠るんでしょうけど、
空を飛ぶしか出来ない(しかも時間制限付き)私に一体何が出来るというのよ。命は一つしかないのよ、大切にさせなさいよ。

「それでレミィ、どうするの。博麗の巫女が今夜この館に来るのなら、迎え撃つ準備をした方が良いんじゃないの?
まあ、レミィが一人で巫女と遊びたいと言うのなら、私は傍観に徹するけれど」
「冗談。早々に私が出ては趣に欠けるというものよ。そして何より面白くない。
咲夜、貴女はお客様をこの館で迎え撃つ準備をなさい」

 だから巫女と一人で向かい合ったりしたら、三秒で殺されるっつってんでしょうが、このダラズ。
 私は(かなり真剣に)咲夜に指示を出し、咲夜は畏まりましたとばかりに頷き、まるで瞬間移動でもしたかのように室内から消え去った。多分時間を止めて移動したんだろう。
 しかし、これで少しは気が紛れる。何しろ紅魔館の連中が総出で相手にするんだもの。
 いくら相手が化け物巫女とはいえ、簡単には抜けられないでしょう。そして諦めてくれたらいいなあ、とか思ったり。
 そんな私の心の動きに気づいたのか、パチェは私の方を見つめて

「レミィも大変ね。本当は自分一人で迎え撃って遊びたいでしょうに、紅魔館の主という立場がそれを許さない。
咲夜に無理を言って頼んでみたら?まあ、あの娘は貴女が一人で巫女と相対することなんて絶対了承しないでしょうけれど」

 楽しそうに笑いながらそんなことを言いやがりました。だから一人で向かい合ったら(以下略)。
 むしろ今の私は紅魔館の主という立場を最高に喜んでるわよ。ビバ権力、ビバ王権主義。
 これであの馬鹿な真似をしでかしてくれた何処ぞの妹さえ反省してくれれば、何の問題も無かったんだけどね。本当、嫌になるわ。
 軽く息をつき、私は踵を返して部屋の外へと向かう。不思議そうな表情を浮かべるパチェに、私は告げる。

「一刻ほど眠るわ。何かあったら起こして頂戴」
「分かったわ。それじゃ、おやすみなさい、レミィ」

 そうだ、眠ろう。眠って現実逃避をしよう。目が覚めたら、これは夢だったってオチが待ってるかもしれない。
 あ、それと相当紹介が遅れたんだけど、さっきまで私と話してたのはパチェ。パチュリー・ノーレッジ。私の親友。
 ちなみに彼女と親友になった理由が、私がインフルエンザで寝込んでる横のベッドで、喘息で生死の境を彷徨っていたから。
 美しきは弱者同士の友情ね。あとで彼女が相当な力を持つ魔法使いを知って、『私を裏切ったのね』と一人枕を濡らしたのは秘密だけど。



















「…げ」

 私が自分の部屋、マイルームにある愛しきベッドを目指して館の廊下を歩いていると、
向こうから正直顔を合わせたくもない奴が笑顔を浮かべて近づいてきた。まあ、ぶっちゃけ言うと私の妹ね。
 私が命の危険にまで晒されてるその元凶であり、紅霧なんぞを幻想郷に広めて下さった張本人。
 もし私に力があったら、多分泣くまで殴るのを止めなくても物足りないくらいね。本当、何もかもコイツのせいでコイツのせいで。

「御機嫌よう、お姉様。嫌ですわ、私の顔を見るなりそんな不機嫌そうな表情をされて」
「…不機嫌にもなるわ。一体誰のせいでこんなに頭を痛めてると思ってるのよ」
「あら、妹の我儘や勝手をも寛容に受け止めてこそ私の愛するお姉様でしょう」

 本当、一度絞め殺してやろうかと思う。いや、殺せないけど。逆に殺されるけど。
 言うに事欠いてそんな戯けたことを抜かしやがりますかそうですか。一体どの口が言うんだ、ええコノヤロウ。

「私とて受け止められる我儘にも限度というものがあるの。
本当…面倒事ばかり引き起こしてくれて、一体どうするつもりなのよ」
「これは不思議な事をおっしゃいますのね。この幻想郷中を騒がせている『紅霧』は『お姉様が』引き起こしたのでしょう?
だからこそ巫女はお姉様を目指してこの館にやってくるんだもの」
「ええ、そうね。残念ながら今となっては完全にそうなってしまったわね。…誰かさんのせいで」

 私の嫌味にも表情を崩さず、ただただ笑みを湛えるフラン。あーもう!こいつムカつく!!
 フランは昔からそうだったわ。何時だってこいつは何かをやらかしては、私に責任を押し付けてくるのだ。
 以前に庭に思いっきり魔力を放出して巨大なクレーターを作った時も、私のせいにしてくれたし、
以前に従者を十人ほど滅多殺しにして殺し散らかした時も、私のせいにしてくれたし。
 前者のときは、私の気まぐれな行動ってことで処理したし、後者のときはそいつらが私の命を狙っていたと適当にでっち上げて皆に説明した。
 もう本当に色々とごめんなさいと謝りたかったわ。特に後者。ごめんなさい、何の罪もない従者達。
 貴方達は立派だったわ、スカーレット家の為に、見事に散っていったと言っても過言ではないもの。
 まあ他にもフランがやらかして私が隠ぺいしたことは沢山あるんだけど、今回のモノはちょっと拙過ぎる。
 いくらなんでも幻想郷中を巻き込むような悪戯を考えるか普通。呆れる私に、フランは相も変わらず人の癇に障るようなことを言ってくれるではないか。

「何にせよ、幻想郷中を巻き込んでしまったんですもの。
お姉様には『紅魔館の主』として、相応の対応をとって頂かないとね」
「よく言う。何だったら紅魔館の主の座を貴女に与えてあげても良いのよ。
私の妹である貴女にならその資格は充分にあると思うのだけれど?」
「御冗談を。私にお姉様の後釜だなんて荷が重過ぎますわ」

 私の提案にフランは大層面白そうに愉悦を零して断わりを入れる。ああもう!本当に憎たらしい笑顔ね!
 そう、フランは私が主になってから十数年間、ずっとそうだった。私が何とか紅魔館の主の座をフランに
譲ろう(押し付けようの間違い)と、何度もそれとなく話を振るのだが、この娘は少しも頷こうとしない。
 本当に興味がないのか、ただ私が主として毎日疲れる姿を楽しんでるだけなのかは分からないが、
一つだけ確かなのは、フランが紅魔館の主になる気は微塵もないということ。
 しかもこの娘は何故か紅魔館の地下深くに部屋を作り、そこで寝食を過ごしている。姉である自分が言うのもなんだが、少しばかり変な娘なのだ。
 そんな変な生活ばかりしてるから、昔いた紅魔館の従者達や妖精達には、フランは変わり者というか、
忌避される存在と相成っていた。何でも紅魔館の地下には悪魔が棲んでいるだの、主の妹は気が触れている狂気の娘だの。
 まあ確かにフランは吸血鬼だから地下に悪魔が棲んでいるって表現には違いないし、
気が触れていると思われても仕方のない行動を(私に対して)やってるけど。もっとエスカレートした話になると、
私ことレミリア・スカーレットが狂気に囚われたフランを地下に幽閉しているなんて話まである。
 いやいやいや、そんなこと出来る訳がないだろうと。そもそも私がフランを閉じ込めるなんて出来る訳がないのだ。
 だってフラン滅茶苦茶強いし。お父様とお母様の才能全部受け継いでるし。私、空しか飛べないし。
 本当、話せば話すほど、どうして私が紅魔館の主なんかをやってるのか理解に苦しむ。それもこれも変な遺言を残した馬鹿親父…もとい、お父様のせいだ。
 あのときアイツが…じゃなくてお父様が素直に『紅魔館の次の主はフランドールとする』って遺言を残してくれれば良かったのよ。
 そうすれば私も、こんな血生臭い館にサヨナラして、一人森の奥でケーキ屋さんを開業できたのに。長子相続制なんて消え去ればいいのよ。

「…とにかく、今回の件は私が片づけておくから。
今夜が終われば、ちゃんと紅霧を止めるのよ。どうせ今止めろと言ってもきかないんでしょうから」
「はあい、分かりました。少々不満は残りますけど」
「残さなくて結構よ。はぁ…それじゃ私は部屋に戻るから」

 私は大きく溜息をつき、フランに別れの言葉を切り出してさっさと足を進め始める。
 馬鹿妹のせいでとんだ時間をくってしまったわ。私の貴重な睡眠時間が少なくなってしまったじゃない。
 時は金よりも重いのよ。タイムイズマネーなのよ。というか早く私に現実逃避をさせて下さいお願いします。

「…咲夜、いるんでしょう?夜の帳が下りる前に、準備を終わらせるよ。パチュリーにも…」

 背後からフランが何かボソボソと話してる声が聞こえたけれど無視無視。
 私の眠りは何人たりとて邪魔出来はしないのよ。ああ、うん、今のはちょっと大きい事言い過ぎたわ。反省反省。


















 眠れない。目が冴えてちっとも眠れない。
 自分の部屋に戻って、ベッドの上に寝転がったは良いけれど、肝心の睡魔はちっとも襲ってくれやしない。
 それもまあ当然よね。だって考え直してもみれば、『貴女今夜凄く強い人に殺されます』って言われて
スヤスヤと心安らかに眠れる訳がないのよ。死の運命が数時間後に待ってるのに、呑気に眠れる訳がないじゃない。
 ちなみに、私が先ほどから巫女に殺される、殺されると言っているのは決して大袈裟な表現などではない。
 巫女と私が相対せば、私は確実に殺されるだろう。こう言いきれる理由は唯一つ、スペルカードルールが原因。
 ちなみにスペルカードルールの説明は省略させて貰うわ。だって私、やったことないから説明なんて出来る訳がないもの。
 私視点の説明をすれば、空中でタイマンを張り、これでもかってくらいに魔弾を互いに打ち合うといった殺戮ゲーム。
 ちなみに言っておくと、先に言った通り、私は魔弾なんて出せない。ましてやスペルカードなんて持ってないし作れない。
 今までは弾幕勝負なんてやる機会がなかったから別に良かったんだけど、今回ばかりは話は別。
 恐らくというか、その巫女は十中八九私に弾幕勝負を挑んでくるだろう。でも私に出来るのはやっぱり空を飛ぶことだけ。
 しかも移動速度は泣きたいくらいに遅いし、飛行時間も5分飛ぶのが精いっぱい。
 そんな私が弾幕勝負なんてゲームに勝てる訳がない。ましてや私はパチェをも凌ぐクイーンオブ貧弱。
 魔弾なんて喰らってしまえば間違いなく一撃で昇天確実だ。だからこそ私は声を大にして断言してるのだ。私は今夜死ぬ、と。
 いや、でも私も頑張って以前はスペルカードを作ろうとしてた頃もあったのよ。でも出来ないものは出来ない訳で。
 名前だけは考えてるんだけどね。『不夜城レッド』とか『全世界ナイトメア』とか、凄く格好良い名前をね。

 あ、余談なんだけど、咲夜の名前って私が付けてあげたのよ。十六夜咲夜、良い名前でしょう?
 でも本当はあの娘の名前をシュトルテハイム・ラインバッハ三世にしたかったんだけど、パチェやフランが猛反対してね。
 それで敢無く次案だった咲夜になった訳。ごめんね咲夜、自分の意見を押し通せなかった意志の弱い私を許して。
 話を戻すわね。そんな訳で私はスペルカード勝負なんて出来ない。だから死は確実。
 私に出来ることといったら、今夜巫女が私の所に来ないように、紅魔館のみんなに期待することだけ。
 もし今夜、私の前に巫女が現れるようなことがあったら…ああ、考えたくもないわ。どうして500年しか生きていない私が、こんな若い身空で死ななきゃいけないのか。
 もう本当、こんなことならさっさと紅魔館を出て行って、ケーキ屋を開くんだった…

「…って、そうよ!!何も私がわざわざ律儀に紅魔館にいる必要なんてないじゃない!!」

 ベッドから顔をあげ、絶叫する私。そうよ、どうして気付かなかったのか。
 巫女が私の命を狙っていると言うのに、それをどうして馬鹿正直に真正面から受け止めないといけないのか。
 己の死刑執行を座して待つ馬鹿など誰もいないように、私も自身の死神をここで待つ必要などないのだ。
 今からでも全然遅くない。紅魔館の主の座なんかさっさと捨てて、新しい人生の第一歩を踏み出すのよ。
 きっと今日私が居なくなれば、他の連中は巫女に殺されたんだと勘違いするでしょうし、
主の座だってフランのものになる筈。フランには少しばかり迷惑をかけるけれど、そもそも紅霧の原因は他ならぬフランなのだから仕方ない。
 そうだ。紅魔館の事は全部フランに押し付けて、私は旅に出よう。この幻想郷の大地で、新たな第一歩を踏み出すのよ。
 そして何時の日かケーキ屋さんを開き、大好きな人と幸せな家庭を作るの。そして子供に今度こそシュトルテハイム・ラインバッハ三世と名付けよう。
 そうと決まれば善は急げ。私は慌ててリュックサックを持ち出し、その中に必要最低限の荷物を詰め込んでゆく。
 旅立ちに必要な室内のモノ、とりあえず夜眠るのに一人じゃ寂しいから人形を持っていくでしょう。
 そして私の大好きなブラッド・キャンディーに、そうそう、お気に入りのマグカップも必要ね。
 これで最低限のモノはOK。あとは食料として血液を…オーマイガット、これ以上荷物が入らないじゃない。
 まあ、あれよね。人間の血なんて人里に出ればいくらでも飲めるわよね。献血お願いしますって言えば分けてくれるわよね。
 そう自分を言い聞かせ、私はリュックを背負い、日傘を片手に窓の外へ身を投げ出す。
 そしてゆっくりと落下。ただでさえ飛行するのは疲れるのに、荷物を背負ってるから余計にツライ。
 こんなことなら荷物を少し減らすんだったと思いながら、私は庭に着地する。
 ここで『どうして飛行したまま紅魔館の外へ出ていかないんだ?』と思ってる人がいるかもしれないから、答えておくわね。
 実は紅魔館の敷地内には結界のような術式が張ってあって、門以外の場所から出入りが出来ないようになっているの。
 これはお父様が残した魔術らしいのだけど、まあ、これのおかげで今まで相当助かってきてる。
 だって、この魔術があるということは、来客者は絶対に門を通り抜けないと敷地内に入れないと言うこと。それはつまり…

「あれ?お嬢様じゃないですか。こんにちは」

 彼女、この紅魔館の門番こと紅美鈴と戦わなければいけないということだからだ。
 門の前まで足を進めた私に気づいたのか、美鈴は人懐っこい笑みを浮かべて私に話しかけてきた。
 私も笑みを浮かべ、美鈴に言葉を返す。

「こんにちは、という時間帯には少し遅いかもしれないけれど」
「あ、それもそうですね。もうお昼御飯を食べてから随分時間も経っちゃいましたし」

 あははと微笑みながら私の下らない揚げ足取りにもちゃんと答えてくれる美鈴。うん、やっぱり良いわねこの娘は。
 この娘の名前は紅美鈴。この紅魔館の門番として、お父様が生きていた頃から務めてくれているのだけれど、
私はこの娘のことを結構気に入っていたりする。何ていうか、あんまり強そうじゃないよわっちい空気…もとい、親しみやすい空気を纏っているから。
 所謂癒し系ってやつかしら?咲夜も小さい頃はそんな感じだったんだけど、最近は真面目さばかり目がついて、
すっかり遠い世界の住人になってしまったのよね。
 美鈴は堅苦しいところが一切ないから、リラックス出来るのだ。これで私より弱かったら最高だったのだけれど、
現実はそんなに甘くはない。いや、強くて助かってるから甘いのかしら。
 普段はぽけーっとして居眠りなんか日常茶飯事にやってる美鈴だけど、戦闘となると正直ヤバい。本気で強い。
 短期決戦でこそ咲夜には劣るけれど、長期戦や防衛戦においては彼女の右に出る者はいないってくらい強い。
 だからこそ、紅魔館の門番なんて物騒な役職を務められるんだろうけど。でも、これに勝てる咲夜って本気でヤバくない?
 本当、どこをどう育て間違ってあんな完璧超人になってしまったのかしら。ああ、全く妬ましい妬ましい。

「しかし門番が居眠りをしていないとは珍しい。今日は雨の代わりに槍でも降ってくるのかしら?」
「お、お嬢様~。流石にそれは酷いですよお…いくら私でも、今日という日ばかりは居眠りなんてしないです」

 ぷんぷんと怒りながら、美鈴は必死に否定する。本当、からかいやすいわねえこの娘は。
 しかし、なんでも今日は警備に力を入れてるらしい。それも普段は絶対居眠りしてる筈の美鈴が。はて、今日は何があったかしら?

「安心して下さい、お嬢様。たとえ博麗の巫女が相手でも、私は一歩足りともこの門を越えさせはしませんから。
たとえ命尽きようとも、お嬢様の為にこの場所を死守してみせます」

 真剣な表情で語る美鈴に言葉に、ようやく私は気付く。そうだったわ、巫女が私を殺しに来るんじゃない。
 そもそもその為にリュックまで用意して脱走しようとしてたのに、目的を忘れるなんて私ったらうっかり…じゃなくて!
 ちょっと美鈴の発言に気にかかることがあった。命を懸けると言ったの、この娘?いやいやいや、それは幾らなんでも大袈裟というか。

「恐らく博麗の巫女は私が今まで闘ってきた妖怪達とは比較にならない強さなのでしょう。
だけど、私は一歩足りとも引きません。例えスペルカードルールを破ったとしても、お嬢様には指一本触れさせませんから」

 ああ、美鈴の言葉が痛い。痛すぎるわ。なんていうか、心に突き刺さる。
 だって私、今から紅魔館から逃げるもの。美鈴が守ろうとしている先には、実は誰もいないんだもの。私、紅魔館に居ませんよ?
 それなのに命を懸けるだなんて…これは拙い。というか、これで美鈴が死んだりしたら、正直寝覚めが悪過ぎる。
 なんとかこの娘のやる気というか、考え方を変えさせないと…とりあえず美鈴はアホの子だから適当に言い包めて、と。

「…ねえ美鈴。お前は何か勘違いをしていないか?」
「勘違い、ですか?」
「ええ、そうよ。私は貴女の主、それは間違いないかしら?」
「は、はいっ!私の主はレミリア・スカーレットお嬢様をおいて他にはいません!」

 よし、上手く乗ってきた。私はコホンと咳払いを一つして、言葉を続けて紡いでゆく。
 勿論その間神様に祈るのを忘れない。どうか作戦が上手く決まりますように上手く決まりますように、と。
 表情は偉そうな自信満々な顔を作って、視線を少し苛立たし気な感じで…よし完璧!

「ならば問うが、私はお前如きに守ってもらわねば、それこそ命を捨ててまで体を張ってもらわねば
巫女にどうこうされてしまうような弱き存在だとでも言うつもりか?お前の主はそんなに下らない存在だったのか?」
「え…?い、いえ…そんな…」

ごめんなさい、されます。それこそ美鈴に命を張ってもらわないとどうこうされる以前に死んじゃいます。そんな主です。
だけど私のペテン…もとい説得に美鈴は動揺し始めている。よし!手応えは充分にある!あとは無理矢理捻じ込むのみ!

「良いか門番、間違えてくれるな。私はお前に命を捨てろとも、この館を死守とも命令した覚えはない。
そんな下らない勝手手前な自己判断で命を落としてみろ。私はお前を地獄の果てまで追いかけ、それこそ死よりも辛い罰を直々に与えてやる」
「お、お嬢様…」
「私がお前に命じたことは唯一つ、来客が紅魔館の門を潜るに相応しいかどうかを見極めることだけ。
少しは考えなさい。その来客が、お前の命を奪ったなどと私が知れば、そいつは私にとって客のままでいられるか?
間違いなく私は頭に血が上り、そいつを八つ裂きにしても飽き足りない程の憎悪の念に駆られるだろう。
自分の大切な所有物(モノ)を奪われて、笑顔でいられるほど私は優しくはないからな」

よしよしよし、美鈴の目が潤んできてる。美鈴がこういう感情系の説得に弱い事は百も承知なのよ。
これは押し切れる。私はそう確信し、美鈴に背中を向けて、館の方へと足を踏み出し、そして止めの一言。

「――私の楽しみをどうか奪ってくれるなよ、紅美鈴。
この門前でお前と顔を突き合わせ、下らない雑談に興じることも、私の大切な日常なのだから」

 決まった。これ以上ないくらい決まった。私の手応えに応えるように背後から美鈴の詰まった声の返事が聞こえる。
 きっと美鈴は感動のあまり泣いてるのだろう。嘘の言葉を並べて美鈴を泣かせてしまったことに罪悪感は覚えるが、
美鈴が死ぬよりは何倍もマシだ。咲夜もそうだけど、この館の住人は主への忠誠心がちょっと大き過ぎる。
 普通のご主人様だったらそれもありかな、とは思うけど、ご主人様が他ならぬ私だからねえ…
 ちょっとくらいは減らしても良いんじゃないかなって私は思う訳よ。プレッシャーとか凄いし。胃が痛いし。
 まあ何はともあれ、私は従者の命を一つ救ったのだ。嘘ばかりは並べ立てたが、良い事をしたと思い込めば問題無し。
 これで安心して私も紅魔館から出ていけるというものね。ああ、本当に良かった良かった…

「…って、館に戻ってきてどうするのよ馬鹿ああああああ!!!!!」

 演出を重んじるあまり、美鈴に別れを告げて、気づけば紅魔館の中にまで戻ってきてしまっていた。
 あんな恥ずかしい台詞を並べ立てた手前、流石に今からまた美鈴の前に姿を現すのも…ううう、馬鹿馬鹿、私の馬鹿。
 結局私はもう一度美鈴の前に向かう勇気が持てず、すごすごと部屋まで引き返した。私、何の為に門前まで行ったのかしら…








[13774] 嘘つき紅魔郷 その三 (修正)
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2011/04/23 08:53



 夜の闇が幻想郷を包む時刻。私は半分魂の抜けた状態で、大広間の玉座に腰を下ろしていた。
 十九回。それが先ほどまで私が紅魔館から必死で脱走を試み、失敗に終わった回数。
 美鈴と別れた後、一度部屋に戻って作戦を練り直し、時間をおいて部屋を出た私を待っていたのは最早妨害としか思えない出会いの数々。
 窓の外へ出たところで7回咲夜に、2回妖精メイドに見つかって誤魔化しながら部屋に逃げ帰った。
 これは駄目だと思い、廊下から大回りして外に出ようとしたところで、4回咲夜に、3回パチェに、2回フランに見つかって誤魔化しながら部屋に逃げ帰った。
 仕方ないので、紅魔館のテラスから外に飛び降りようとしたところ、やっぱり咲夜に見つかった。
 そんなこんなで必死に脱走を試みていたら、気づけば外は暗くなり、とうとう巫女が紅魔館にいつ訪れてもおかしくない時間帯になってしまったという訳。
 つまるところ、紅魔館のみんなが巫女を追い返してくれない限り、私の人生\(^o^)/終了確定。
 私が明日の朝日を拝む為には、みんなの勝利を願うほかにないのだ。いや、朝日拝むと灰になっちゃうけどね。
 いやでも待てよと私はふと思う。もしかしたら、巫女が急に都合が悪くなり、今日は来れなくなった、なんて可能性も無くは無い筈だ。
 もしそうなれば最高だ。口約束とはいえ、フランには『紅霧を出すのは今日まで』という約束を取り付けた。
 あとは、私得意の口先であの小悪魔(パチェの使い魔のことじゃないわよ)を上手く丸め込められれば…

「――レミリア様、どうやらとうとう来客がお越しのようですわ。現在、美鈴がその迎撃に当たっています」

 はい終了。終わった。私の儚い希望が即座に消えた。
 背後に控える咲夜の報告に、私は『そう』とだけ答え、それ以上は言葉を紡がない。いや、本当に自分の死が間近に感じられるようになってきたわ。
 何ていうか、死神の鎌を喉元に突き付けられた気分っていうのかしら。本当、全身が恐怖で震えて仕方がない。
 そんな私に気づいたのか、咲夜は笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

「レミリア様、ご自分で巫女のお相手をなさりたいお気持は分かりますが、どうか御自重下さいますよう。
いくらお嬢様がお強いとはいえ、もしもの事がございます。仮にお嬢様のお美しいお顔に傷でもつけられたならば、
私達従者共は全員腹を掻っ捌いてお詫び申し上げねばなりません故」

 いやいやいや、誰が化物ハンターなんかを直接相手したいなんて言ったのよ。
 私今めっちゃ全身が震えてるじゃない。お母様めっちゃ恐怖に打ち震える生まれたての小鹿じゃない。
 それともあれか?咲夜にはこの震えが武者震いに見えるというの?歓喜に打ち震えてるように見えるというの?
 頼むから眼科行きなさい眼科。良い病院紹介してあげるから。しかし、腹を掻っ捌いてお詫びって…貴女、一体何に影響受けて育ったのよ、本当。

「…そんなこと、お前に言われずとも理解っているよ。
私のことなど気にかけなくとも良いわ。私が貴女に求めるのは結果。
十六夜咲夜、貴女は今宵、私の望む結果を導いてくれるのかしら?」
「愚問ですわ。主の期待に応えられぬ従者など決して従者足りえない。
そんな屑は狗の餌にでもしてしまった方がまだ利用価値があるというもの」

 怖っ!咲夜の台詞怖っ!いや、正直そこまでの回答は期待してなかったんだけど…
 でも、裏を返せば実に頼りになる台詞よね。今のはつまり、『私は絶対巫女を防いでみせます』ってことだもの。
 流石は咲夜、お母さんはこんな時の為に貴女を大事に大事に育ててきたのよ。がんばれ咲夜!いけいけ咲夜!
 こんなに強く育ってくれて、母さん嬉しいわ。え、強く育ったことを後悔してただろですって?そんなことはどうでも(以下略)。
 まあ、そんな咲夜には悪いけれど、冷静になって考えればこの娘の出番なんてないかもしれないわね。
 だって、巫女が相対している相手は、この紅魔館が誇る鉄壁の門番こと紅美鈴だもの。
 さっきは寝覚めが悪くなるから無理はするなって言ったけれど、美鈴くらいのレベルなら、手を抜いたところで
人間に勝てる訳がないもの。あー、心配して損したわ。そうよ、美鈴に勝てる人間なんてこの世に存在する訳…

「…レミリア様、私に何か?」

 …あー、居たよ。居ましたよ。超身近なところに居ましたよ、美鈴に勝てる人間が。
 本当、さっきから咲夜は人の心に冷や水をぶっかけてくれるわね。何か私に恨みでもあるのかしら、ぷんぷん。
 まあ咲夜は別格として、並の妖怪とは一線を画してる美鈴だもの。人間の巫女なんてちょちょいのちょいで…

「――レミリア様、どうやら門が突破されたようです」

 やられちゃってるよ!ちょちょいのちょいでやられちゃってるじゃない!どういうことよ美鈴!?
 確かに無理はするなとは言ったけど、もうちょっと頑張りなさいよ!どうしてそこで諦めるのよ!貴女はやれば出来る娘でしょう!?
 あー、拙い。非常に拙い。ちょっとばかり軽く三途の川が見えてきた。船の上で死神が居眠りしてるの見えたもの。
 今まで一度足りとも突破されたことのなかった門を抜けられたことで、正直私も段々諦めの境地になってきたわ。
 …って、駄目!駄目よレミリア!貴女は一体何を諦めようとしてるのよ。まだ慌てるような時間じゃないわ。
 美鈴が抜かれたのは確かだけれど、私には最強のカードが残っているもの。それは美鈴すらも倒してみせる最強メイド。
 私は笑い(頑張って必死に作り笑いしました)、咲夜に言葉を投げかける。発破をかけることで、少しでも勝率を高めようと。

「さて、門番が突破された訳だが…咲夜、主の期待に応えるのが従者だったかしら。
私の寵愛を受けし従者か、はたまた唯の狗の餌に過ぎぬのか。貴女の導き出す解答を楽しみにしているわ」
「お任せ下さい。必ずや満点以上の解答を結果で示してみせましょう」

 私の嗾けた言葉にも動じず、ただただ柔らかく微笑んでみせる咲夜。
 素敵よ咲夜。もし貴女が男だったら母さん正直惚れそう。今の貴女となら一緒にケーキ屋を営んで幸せな家庭を築いても良いわ。
 そうよそうよ、考えてもみれば咲夜に勝てる奴なんている訳がないのよ。
 だってこの娘、時間止められるのよ?超絶チートな能力者なのよ?しかも相手は人間なのよ?勝てる訳がないじゃない。
 咲夜に勝つには、きっと相手も時を止め返したり出来ないと無駄無駄無駄に決まってる。
 当然、そんな反則と指を差されて罵倒されてもおかしくない芸当は咲夜以外に出来る筈もなく。
 私は笑みを零し、咲夜に見えないように小さく拳を握り締める。そうよ、このジョーカーがある限り、私に敗北の二文字はないのよ。愛してるわ、咲夜。

「…どうやらパチュリー様もやられてしまったようですわね。それではレミリア様、私も客人を出迎えて参ります」
「フフッ、この紅魔館の門を初めて突破した大切な賓客だ。せいぜい丁重に持て成してあげなさい」

 私の言葉に頷き、室内から姿を消す咲夜。貴女の実力をみせてあげなさい咲夜!咲夜の『さ』の字は流石の『さ』!
 咲夜が向かったとなると、これで私の出番は終了ね。咲夜の事だもの、適当に巫女をボコボコにして
紅魔館の外にでも放り捨てるでしょうし。私のすべきことは、ここで咲夜という私の勇者様の帰りを待つだけ。
 そうね、今日は頑張った咲夜の為に私も一肌脱いであげるとしましょう。巫女と戦い終えて疲れ切った咲夜に、
ご褒美として紅茶を用意してあげましょう。言わば頑張った咲夜へのご褒美。どうせならスイーツも用意してあげましょうか。
 ふふん、こう見えて私はお菓子作りにはちょっとした自信があるのよ。お菓子作りに定評のあるレミリアとでも呼んで頂戴な。
 でもまあ、今から私がお菓子を作り始めると時間が掛っちゃうから、咲夜には缶に残ってるクッキーくらいで我慢してもらいましょう。
 そうと決まれば行動は早い方が良いわね。咲夜のことだもの、あまりに圧倒的過ぎて、早々に決着をつけてしまっているかもしれないわ。
 そうすると、咲夜を無駄に待たせちゃうことになるし。ああ、そんな気配りも出来る私はなんて素敵なご主人様なのかしら。我ながら最高過ぎる。
 私は今、神様という存在を最高に信仰しているわ。私の下に十六夜咲夜という最高の娘を授けてくれた運命の神様にね。
 という訳で、私は大広間からキッチンの方へと足を向けて部屋から出て行った。
 そういえばさっき、咲夜はパチェがどうこう言ってた気がするけど気のせいよね。図書館で本を読んでるパチェが巫女となんて遭遇する筈がないし。





















 神様なんか嫌い。死ね。死ね死ね死ね死ね死んでしまえ。私は来世でも生涯無神論者をつき通すことをここに宣言するわ。
 紅茶とクッキーをトレイに載せて、大広間に戻ってきた私が目にしたのは、宙に浮かんで周囲をきょろきょろと観察している巫女の姿。
 というかね、これだけは訊かせて。咲夜は一体どうしたのよ。何で巫女がこの部屋にいるのよ。咲夜がボッコボコにしたんじゃなかったの。
 …分ってる。本当は分かってるのよ。咲夜がこの場に居らず、あの巫女がこの場に居るという事が何を指すのかくらい。
 つまるところ、あの巫女は咲夜に勝ち、咲夜はあの巫女に負けたということ。
 もうね、勘弁してほしい。何であの咲夜に勝てるのよ。咲夜に勝てる人間がなんで存在するのよ。馬鹿じゃないの馬鹿じゃないの馬鹿じゃないの?
 貴女が人間なんて呼称するのもおこがましいわ。今度から妖怪の一種で『ミコ』って種族で登録されなさいよ。
 さて、そんな文句を言ってても当然何も解決しない訳で。私の目の前に付きつけられるは確実な死。現実となってきた死の形。
 ――そうね、逃げましょう。うん、まだ向こうも私がこの紅霧事件の犯人だとは知らない筈(何度も言うけれど本当の犯人はフラン)。
 どうせ巫女もこの化物屋敷である紅魔館の主がこんな幼女みたいな形をした奴だなんて知らない筈。
 むしろ思いもしない筈。とりあえず、部屋から荷物を取って、如何にも『私は無関係者なただの幼女です』みたいな
感じで堂々と紅魔館から出て行けば案外ばれないんじゃないかしら?仮に巫女に捕まっても、
ただの幼女の振りをして『うー!うー!』なんて言ってれば、気にせず放置してくれるんじゃないかしら。
 よし、それでいこう。その作戦に全てを懸けよう。私は生きる。生きてケーキ屋になって愛する人(まだ未定)と添い遂げるのよ。
 という訳で一旦部屋に戻る為、トレイを床に置いて回れ右をしようとした刹那――

「――そろそろ姿を見せても良いんじゃない?お嬢さん?」

 空に浮いてる巫女がそんな台詞を口にして下さいました。アイヤー、紅魔館の主がお嬢さんって巫女にばれてるネ。
 ガッデム!ええい、何処の誰よ自分達の主がお嬢さんだなんて大事なことをばらした馬鹿は!
 間違っても美鈴やパチェや咲夜じゃないとは思うけど…ええい、ともかくそいつのせいで作戦が台無しよ!馬鹿!
 となると、今更部屋に戻っても無意味。どうせすぐに追いつかれて捕まるわ。
 …だったら、取るべき方法はあと一つか。私の最大の武器にして、か弱いこの身をここまで生き延びさせた最高の技術。それは勿論『ハッタリ』よ!!
 私はパタパタと空を飛び、巫女の前に現れる…というのに、巫女ったら、登場した私に背中を向けっぱなし。
 これはあれかしら。お前如き雑魚な存在に向ける顔はねえって奴かしら。だったらさっさとそのまま帰って欲しい。
 というか、そもそも咲夜が頑張ってくれれば、私もこうして命の危険を曝してまで頑張らなくても良かったのに。
 ああもう、咲夜の馬鹿。馬鹿馬鹿馬鹿。何が満点以上の解答よ。こんなの赤点以下の留年確定よっ。

「やっぱり人間って使えないわね」

 私の声に驚いたのか、巫女は即座に振り返り、私に向って護符を付きつける。いや、怖いって。危ないって。
 というか、巫女ったら驚き過ぎ。何よその顔。まるで今私の存在に気付きました的な表情を浮かべちゃってる。
 私、こういうワザとらしい態度って大嫌いなのよね。きっとこいつは『え?居たの?存在感薄いから気付かなかった~』
的な苛めを私にやろうとしてるのね。何て陰湿な巫女なのかしら。私みたいな弱いなりにも日々頑張って
日向を歩いてる吸血鬼に向ってなんて酷い事をするのよ。いや、日向を歩くと死んじゃうけどね、私。

「…さっきのメイドは人間だったのか」

 巫女の言葉に同情する私。そうよね、誰が見たって咲夜は人間とは思えないわよね。強過ぎるもの、あの娘。
 でも、咲夜を倒したコイツが言う科白じゃないと思う。ちょっとイラっとしたので、私は少しばかりからかってやることにした。

「貴女、殺人犯ね」
「一人までなら大量殺人犯じゃないから大丈夫よ」

 怖っ。何こいつ、発想が危険思想過ぎるわよ。本当に人間かしら?
 しかもニヤニヤと笑いながら言ってるし。というか思うんだけど、何でコイツや咲夜が人間で私が吸血鬼なのよ。
 二人に比べたら、私の方が絶対人間らしいと思うわ。一人までなら殺してOKって…駄目だこいつ、早くなんとかしないと…

「で?」
「そうそう、迷惑なの。あんたが」

 迷惑って…私の一体何処が迷惑だと言うのだろう。
 少なくとも私は一人までなら殺していいなんて非人道的なモラルを持ち合わせてもいないし、実行したこともない。
 500年間を私はなんとか生き延びる為に、それこそ引き籠り倦怠ライフを送ってきたのよ。
 むしろ私ほど迷惑をかけなかった妖怪なんて他にいないんじゃないかとさえ思うわ。
 少なくとも目の前の殺人巫女に比べたら、私は自信を持ってお天道様に顔向け出来るわよ。まあ実際にお天道様に(以下略)。

「短絡ね。しかも理由が分からない」
「とにかく、ここから出ていってくれる?」

 出て行けと。人の館に土足で上がり込んで出てきた台詞はここから出て行けと。何このDQN。
 ちょっと巫女のお母さん、この娘に一体どんな教育をしてきたのよ。ハッキリ言って私、かつてこれほどまでに理不尽な人間を見たことがないんだけど。
 こんな娘じゃいくら容姿が良くても嫁の貰い手がいないでしょうに。ああもうヤダヤダ。
 力がある上に心根が最低なんて私が一番嫌いなタイプだわ。本当、神様って不公平過ぎる。
 私がこの巫女くらい力を持っていたなら、お仕置きとしてこの娘を矯正してあげたのに。
 まあ、それはさて置き。巫女の言う通り、別に出て行っても構わないんだけど…どうせ紅霧事件の原因はフランだし。
 でもこんな常識知らずの女の言葉に従ってみすみす逃してくれると思わない。だってそうでしょう?
 『金を寄こせ』とナイフを突き付けられ、金を差し出したら許して貰える訳じゃないでしょう?次に相手が狙うのは目撃者の始末よ。
 ちなみに今、金を渡せば許して貰えるだろと思った人はとても恵まれた世界に居るのね。ここは幻想郷、警察や刑法なんて存在しないモヒカンヒャッハーな世界。
 強者に優しく弱者に厳しい世界で弱者が出来ることは、他人に頼るのではなく自らの足で立ち上がることなの。あ、今私凄く良い事言ったわ。

「ここは、私の城よ?出ていくのは貴女だわ」
「この世から出てってほしいのよ」

 前略、あの世にいるお母様へ。レミリアは今日、物凄く衝撃的な言葉を聞きました。
 今、私の目の前にいる巫女はずかずかと他人の館に押し入り、私に向ってこの世から出て行けとのたまうのです。
 私は今日、世界の広さを知りました。世界にはこんなに恐ろしい言動をする人間が存在するのですね。レミリアはびっくりです。
 この世界にはレミリアの知らないことがまだまだ沢山です…というか、この娘、もしかして本当に頭がヤバいんじゃ…
 そんなのを相手に何時までも問答してても仕方がない。そう判断し、私はこの手に残された最後の手段に打って出る。
 先ほども述べた通り、私に残された武器は500年という月日をかけて鍛え抜かれた『ハッタリ』だけ。
 つまり私の作戦はこうよ。私がとても強い強い妖怪だと勘違いさせる→巫女ビビる→私、巫女を見逃す→完全勝利。
 …まあ、正直勝算がほとんど無いんじゃないかとは薄々感じてる。だってこの娘、明らかに話が通じそうにないんだもん。
 ヤンキー相手にハッタリかましても逆切れされる未来しかない。かといって、私に残された手はそれだけ。
 巫女を騙して逃げかえらせれば私の勝ち。それ以外は私の死を持ってゲームセットというなんとも理不尽なゲーム。
 ああもう、どれもこれもみんなみんなフランのせいだ。もし失敗して殺されたら、絶対に化けて出てやるんだから。
 覚悟を決め、私の一世一代の舞台劇が幕を開ける。見せてあげるわ!私が500年間で築き上げた美しきハッタリの世界を!

「しょうがないわね。今、お腹いっぱいだけど…」

 まずは軽いジャブで開幕を飾る。人間に限らず、生物が恐怖を感じるのは対象が捕食者であると認識したとき。
 目の前の頭のよろしくない巫女に、自然界の食物連鎖において、私(吸血鬼)が巫女(人間)より上位であることを示す。
 これで普通の人間なら少しは動じてくれる筈なんだけど…

「護衛にあのメイドを雇っていたんでしょ?そんな、箱入りお嬢様なんて一撃よ!」

 駄目だこの巫女、全然妖怪(捕食者)に恐怖を微塵も感じてない。
 しかも私にとって実に痛いところを突いてくる。うん、まさにその通りです。
 護衛じゃないけれど、咲夜や美鈴のおかげで私は今を生きているほどの超がつくほど箱入りお嬢様です。
 箱入りというかむしろ引き籠りお嬢様です。だけど、当然それを巫女に気づかれる訳にはいかない。
 表情を取り繕ったままで、私は淡々と巫女の言葉を否定する。いや、ウソを並べるだけなんだけど。

「咲夜は優秀な掃除係。おかげで、首一つ落ちてないわ」

 ここで並べ立てた二つのうち前者のハッタリは、咲夜を知る相手だからこそ響くハッタリ。
 あれだけ化け物染みた強さを持つ咲夜が、目の前の奴にとっては掃除係でしかないと嘯くことで、
私の実力はその更に遥か高みに位置してると勘違いさせる。彼女のメイド姿もその信憑性を増加させる効果を持つ。
 そして、後者のハッタリは、私の実力に直接作用するハッタリ。首が落ちていないのは、咲夜が片づけたということ。
 それはつまり、この大広間で過去に何人もの人間の首が刎ねられたという事実に基づいているに他ならない言葉に聞こえるだろう。
 そして、その首を刎ねたのは一体誰か。今までの話の流れからそんなものは考えるまでもない。
 案の定、私の言葉が効果を生み始めたのか、巫女は眉を顰め、私にこんな疑問を投げかける。

「…貴女は強いの?」

 ここで『勿論』などと口にするのはNG。相手が私に疑問を口にしだしたというのは、私の正体が掴めていないということ。
 人は自分の知らない、理解出来ないものに出くわしたとき、その対象に恐怖を抱く。人は未知に対し、好奇心と共に恐怖を感じる。
 だからこそ、人は知りたがる。知って、安心を得ようとする。目の前の巫女も、その例に漏れず、私という存在を測ろうと必死に暗中を掻き分けている。
 ここで私がするべきは、その闇を更に広げてあげること。不知という暗部を拡大することで、人は心に更に怯えを抱くのだから。

「さあね。あんまり外に出して貰えないの。私が日光に弱いから」
「…なかなかできるわね」

 予定通り、巫女は私の実力を測り損ねた。私自身ではなく、巫女は私の背後に生まれた虚構の巨人に視線を向けてしまったのだ。
 巫女の言葉に、私は心の中でガッツポーズをとらずにはいられない。流石私。伊達に500年もハッタリを続けてきた訳じゃないわね。
 私に残された仕事は、ここまで順調に積み上げてきた積み木に対し、最後の仕上げを施すだけ。
 レミリア・スカーレットという彼女の空想に生きる化け物に、私自身が直接色彩をつけてあげるのだ。
 論理も要らない、小細工も必要ない。最後に重要なのは、『生きた』私の言葉。私自身が巫女に向ける、純粋なまでの『殺意』。

「こんなにも月が紅いから――本気で殺すわよ」

 王手。チェックメイト。これはもう完璧に捻じ込んだ。
 初手から投了まで一切の無駄を省いた一世一代の大ハッタリ。普通の人間なら恐怖のあまり精神を
どうにかしてしまうかもしれない程の手応え。…そうね、相手が『普通の人間』だったらね。目の前の巫女、普通の人間じゃなかったのよね。
 私のハッタリを聞き、巫女は笑っていた。正直気持ち悪いんだけど、私に向って巫女は笑みを零していた。
 しかもゆっくりと私に手に持ってた御札をまた私に向け直してる。何よ、少しも怖がってないみたいじゃない。
 どうやらこの巫女はあれらしい。『おめえ強えな。オラ、ワクワクしてくっぞ』の人らしい。正直さっさと自分の星にでも帰って欲しい。
 …って、そんな冗談を言ってる場合じゃなくて。私の最大の武器である『ハッタリ』が通じなかったということは、
それはつまり、私の命の灯も試合終了ということ。諦めても諦めなくてもそこで試合終了。まあ、最初から予感はしてたけどね。
 私は大きく溜息をつき、この世に別れを告げる準備をする。どうせ数秒後にはこの身体を巫女の弾幕が貫くんだもの。
 別にそれくらいのことはしたって構わないでしょう。ああ畜生、本当は死にたくないのに。
 とりあえず美鈴、パチェ、咲夜、先に逝ってしまう弱い私を許して。こんな弱い親友、ご主人様で本当にごめんね。
 それとフラン、お前は迷わず地獄に堕ちろ。最後の最後まで、しかも姉を死に追いやるような真似までしてくれて。
 …まあ、お姉様は心が広いからね。謝罪の言葉はあの世で受け付けるとしましょう。地獄でのんびり待っててあげるから、せいぜいゆっくり幻想郷ライフを謳歌しなさい。
 そして私の代わりに紅魔館の主としての心労を死ぬまで背負うといいわ。ばーかばーか。それがお姉様に悪戯ばかりした罰よ。

「こんなにも月が紅いのに」

 巫女の言葉に、私はそっと瞳を閉じる。さあこい。いつでもこい。本当は嫌だけど。死にたくないけど。
 弾幕が私の身体を貫くまで残り少し。せめて最後の時まで私は私らしく欲望を垂れ流すとしましょう。
 ああもう一度でいいからケーキ屋さんになりたかった素敵な人と結婚したかった温かい家庭を作りたかった
静かに余生を過ごしたかった子供にシュトルテハイム・ラインバッハ三世と名前をつけてあげたかった
シルバーニアンファミリーを完結するまで読みたかったもう少しくらい紅魔館で過ごしてあげてもよかった
もっと美鈴やパチェや咲夜と一緒に過ごしたかったもっとフランの憎たらしいけど誰よりも可愛い笑顔を傍で見ていたかった――!!












「楽しい夜になりそうね!!」「永い夜になりそうね!!」











 ああ死んだこれ死んだ間違いなく死んださようなら私の人生儚くも短い(吸血鬼基準)人生だったわ。
 そんなことを考えていたとき、私の耳に飛び込んできたのは二人分の声。――はて、二人分?
 一人は分かる。それは間違いなく私の目の前に居る巫女のもの。ではもう一人は一体誰か。
 恐る恐る目を開いた私の視界に移ったのは、スペルカードを展開し合う二人。一人は巫女、そしてもう一人は…私?
 私の目の前で激しいスペルカードを展開するのは一人の少女。ただ、その服装は今の私と何ら変わらない全く同じもの。
 それはまるで鏡映し。いえ、鏡に映らない吸血鬼である私が言うのもなんだけど、その表現がピッタリだった。
 装いから髪の色、容貌の全てが私と何一つ変わらない。けれど、その人物の正体を、私はすぐに気付く事が出来た。
 それは、彼女の背中から生える吸血鬼の羽。私のような蝙蝠の羽ではなく、それは飛行という機能からは大きく掛け離れた異質な翼。
 その羽に釣り下がった宝玉は妖しく煌き、視る者全てを魅了する輝きを持つ。そのような羽を持つ人物を、私は知っていた。それは私のたった一人の――

「――フラン!?」

 フランドール・スカーレット。私にいつもいつもこの上なく迷惑ばかりかけてくれる、だけど私にとっては誰よりも可愛い大切な妹。
 その時の私は何一つ現状が理解出来ずにいた。どうしてフランがここに居るのか。
 いえ、どうしてフランは私と同じ格好、それこそ髪を染めてまでしているのか。一体どうして。
 けれど、私に許された考える時間はそこまでだった。スペルカードを放つ中、フランは私の方を見てニコリと微笑み、そして

「へ?」

 私の襟首を徐に掴み

「ふ、フラン?貴女、一体何を…って、きゃあああああああああ!!!!!!!」

 私を力の限り、というか全力で床へと叩きつけて下さった。
 突然の行動に、私は当然受け身なんか取れる筈もなく…ごめんなさい、どうせ分かってても受け身なんて取れません。
 床に衝突すると同時に意識を混濁させ、そしてゆっくりと気絶してしまった。
 世界がぐるぐると回るなか、そんな訳も分からないぶっ壊れた思考の中で、最後に見たのはフランの笑顔。
 そのときフランは私にむかってたった一言。『――お疲れ様、私の大好きなお姉様』。そんな一言を呟いていたような気がした。











[13774] 嘘つき紅魔郷 エピローグ (修正)
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2011/04/23 08:54




 私がその後、目を覚ましたのは自分の部屋のベッドの上だった。
 そして、自分の右腕と左足に巻かれた包帯、全身の激痛によって、あの光景が夢でなかったことを知ったわ。
 結論から言うと、巫女がやってきたあの日から、私が目を覚ますまで丸三日ほど経過していた。
 私が目を覚ましたとき、傍には咲夜が居た。なんでも私が目を覚ますまで、ずっと傍に居てくれたらしい。
 その割には寝不足や疲労を咲夜からあまり感じられないけど。気のせいかしら。

 目を覚ました私は、開口一番咲夜に巫女のことを尋ねかけた。何でも巫女との弾幕勝負に私は負け、
私が気を失ったと同時に幻想郷を包む紅霧は綺麗サッパリ収まったらしい。これは全部咲夜の証言そのまんま。
 勿論、そんな訳がない。咲夜は知らないだろうけれど、私は弾幕勝負どころか弾幕の一発も打てやしないし、
そもそも巫女と戦ってすらいない。これは一体どういう訳かと少し考えたところで、すぐに答えに辿り着く。勿論フランよ。
 巫女と対峙ししているなか、何故かあの娘は私と同じ服、同じ髪の色に染め、間に割って入ってきた。
 そのフラン直々に地面に叩きつけられ気絶した為、私は記憶にないのだけれど、フランが私の代わりに巫女と弾幕勝負をしたのだろう。
 それで、フランはその時私の格好をしていたから、その勝負をしていた巫女はフランを私だと勘違いをしたに違いない。
 咲夜達が駆け付ける前に巫女との勝負に負けたフランは、気絶した私を放置してさっさと姿を消したのだろう。
 そして、約束通り紅霧を止め、巫女も満足して帰っていったと。何その結末。結局私は無駄に怖い目にあって気絶してただけじゃない。
 しかも、咲夜の話を聞く限り、私の右腕と左足は見事なまでに折れて下さってるらしい。
 いや、普通の吸血鬼だったら自己再生とか出来るんだけど、私出来ないから。だって私最弱だし。というか再生出来ないことに咲夜も少しは不審がりなさいよ。
 その事を遠回しに聞いたら、『妖力を相当消費してしまっているのでしょう』なんて答えが返ってきた。
 …本当、咲夜って私のことになると勘が鈍いというか何というか。まあ、折角向こうが理由を考えてくれたのだから、その案に乗るとしましょう。




 そして、咲夜と入れ替わるように室内に入ってきたのは他ならぬ全ての元凶、我が妹フラン。
 久し振り(三日ぶり)に見るフランはいつもの小悪魔なフランだが、心なしか眼の下に隈が出来ていたりした。
 あまり眠ってないのかしら?どうせ漫画読んだりゴロゴロしてたりしてただけなんでしょうけど。
 嬉しそうにニコニコとしながら開口一番『ご機嫌は如何?お姉様』なんて聞いてきたからね。
 とりあえず拳骨をくれてあげたわ。貧弱な私の拳だから全然痛くないんでしょうけど一応ね。お姉様として妹の教育は大事だものね。
 頭を押さえて不満そうな顔をするフランに、私は問い詰めたのよ。一体どうして紅霧なんか発生させたのかって。
 もう全部終わった事だし、今なら話してくれるかなってなんとなく思った訳よ。そしたらフランの奴、

『博麗の巫女っていう奴と遊んでみたかったから』

 なんて素敵な回答をくれたのよ。とりあえず拳骨もう一発入れておいたわ。痛くもなんともないでしょうけど。
 何でもフランの奴、何処からかこの幻想郷に問題が起こると、博麗の巫女というとんでもない人間が
異変解決に乗り出すという情報を何処からか仕入れてきたらしい。それで、そいつと遊びたいから紅霧を幻想郷中に発生させたという。
 だから、巫女が私の前に対峙した時、私と無理矢理入れ替わって心行くまで弾幕を楽しんだということだ。
 『あの時は不意打ちしてごめんなさい』って少しも悪びれることもなく反省の弁を紡がれたけど、
私にしてみれば本当に九死に一生を得たのだから何も責めない。フランの不意打ちが弾幕とかじゃなくて本当に良かった。

 それで、どうして私の格好をしていたのかと尋ねると、『あとあと巫女に紅霧事件の責任追及をされたくないから』とのこと。
 つまりこの我儘お姫様は、巫女と遊びたい→だけど異変を自分自身で起こすのは後々面倒なことになる→だったら
全部お姉様のせいにしてしまえば良いじゃないという戯けた三段論法で今回の騒動に至ったらしい。とりあえずもう一発殴っておいた私は全然悪くないわ。
 このフランの計画は100パーセント成功と言っていい結果となったわ。紅魔館の部下達はおろか、
巫女も金髪女(後で知ったのだけれど、この女は幻想郷を管理するとても偉い妖怪らしい)も、今回の事件を私、
レミリア・スカーレットが引き起こしたものだと断定していた。フランのフの字も二人の口からは紡がれることはなかった。
 おまけに言えば、館中を滅茶苦茶にしてくれた巫女との弾幕勝負も、これまたやっぱり私がやったことになっていて、
その激しい戦いの爪痕をみて部下達が『流石はお嬢様』などと酷い勘違いをしていたりした。いや、私気絶してただけなんだってば。
 また、この一件のせいで私の悪名は幻想郷中に見事に広まって下さりやがった。
 どれくらいかというと、この幻想郷においてレミリア・スカーレットの名を知らぬ者はいないってレベル。いや冗談じゃなくて。
 何でも妖怪達の間では幻想郷のパワーバランスの一角を担う悪魔などと恐れられているとか。いや、私人間の子供にも負ける自信あるんだけど。

 そんな訳で、私の命が懸った(真剣)紅霧異変は一応の解決を迎えたわ。
 幻想郷におけるレミリア・スカーレットという吸血鬼の名声と、全治一月という長きに渡る治療生活を私に残して。

























 それから時間は流れ、一月と少しの月日が流れた秋の日。
 私の怪我は綺麗さっぱり完治し、今日は久方ぶりの外出と相成った。

「レミリア様、準備のほうはよろしいですか?」
「ああ、いつでも構わないよ。憎々しいくらいの晴天なのが癪だけれど」

 咲夜の尋ねかけに頷き、私はお気に入りの日傘を開いて自らの頭上に掲げる。
 そんな私に、咲夜は満足そうに微笑み、『お持ちしますわ』と告げて私の手から日傘を受け取った。
 別に重い訳でもないし、構わないんだけど…まあ、咲夜が持ちたいなら仕方がない。私は躊躇することなく咲夜に日傘を任せた。
 そして、軽く息を吸って、私は治りたての左足で幻想郷の大地を踏みしめ、一か月ぶりに紅魔館の外に自らの足で踏みだしたわ。
 もうね、嬉しさのあまり庭を全力で駆け回りたい。咲夜の目があるから、そんな恥ずかしいことは絶対出来ないんだけど。
 自らの足で大地を踏みしめることがこんなに嬉しいことだなんて思わなかった。今なら某エースの『こんなに嬉しいことはない』の
言葉の意味がしっかりと理解できる気がするわ。さようなら、咲夜の看護無しではトイレにもいけない私。こんにちは、一人でトイレにいける私。
 それはさておき、紅霧が消えたことにより、世界は以前と変わることなく太陽が幻想郷の大地を覆い照らしている。というか暑いわよ本気で。

「全く…こんな天気が続くとやってられないね。もう季節も秋だというのに」
「そうですか?これくらいなら、私はあまり気になりませんが…」
「お前は我慢強いからそう言えるのさ。そう、咲夜は何時だって我慢ばかりしていたわ。
だからまあ、育児という面に関しては実に手のかからない娘だった訳だけれど」

 昔を思い出して、ニヤニヤしながら言う私に、咲夜は少し恥ずかしそうに微笑み返してくれた。
 いけないいけない。機嫌が良いあまり、ちょっと咲夜を弄っちゃったわ。ごめんね、咲夜。お母さん、今ハイテンションでAIが止まらない状態だから。
 関係ないけれど、咲夜は昔の話をすると、こんな風に普段の姿からは想像も出来ないような年相応の少女の顔を見せてくれる。
 私はこっちの方が好ましいから、無理に大人ぶらなくていいっていつも言ってるんだけど…難しい年頃なのかもしれない。人間って面倒だと思う。
 咲夜弄りはさておき、怪我が治った私がこうして外出しているのには勿論訳がある。ただ単に久方ぶりに外の空気を吸いたかった訳ではない。
 私はこれからとある場所へ咲夜と共に赴こうとしていた。その場所とは、博麗神社。
 紅魔館を襲撃した恐ろしい化物(化物とかいて『みこ』と読む)の住処だ。この一カ月の間で私の見る悪夢に度々登場してくれたマイベストトラウマ的存在。
 そんな化物巫女のもとに、私は今から向かおうとしているわ。それも今日限りではなく、週に二、三回くらいのペースで
何度も何度も会うつもりよ。その巫女――博麗霊夢と仲良くなる為に。
 どうしてと思う人もいるでしょう。まあ、ハッキリ言うと自分の命の為よ。ええ自分の身を守る為よ。それ以外にあるもんですか。
 紅霧異変で巫女と対峙した時に私は悟ったの。吸血鬼なのに並の人間よりも貧弱な私がこの幻想郷を生きていく為には、もっともっと強い味方が必要だって。
 勿論それは紅魔館の連中が頼りないと言ってる訳じゃないわ。咲夜は強いし美鈴は頼りになるしパチェは博識よ。
 だけど、その三人をもってしても、博麗の巫女である霊夢には勝てなかった。あれは三人をたった一人で一蹴したわ。
 もう分かってるだろうけれど、博麗の巫女は反則なのチートなのペンは剣よりも強しなの。最後のは関係無いけど。
 どんな妖怪をも倒してみせる博麗の巫女。だから、最強であるあの娘と仲良くしておけば、私の幻想郷における生存率はグッと高まるのよ。

 …卑怯だと思う?汚いと思う?だったら一度あなたも幻想郷で紅魔館の主として祭り上げられてみなさいよ!
 あの紅霧異変以来、私の名前が勝手に一人歩きしまくっちゃってるのよ?なんか『最強の吸血鬼』とか言われてるのよ?妖精にも勝てない私が!
 今までは骨折が完治するまで館に引きこもってたからいいものの、こんなんじゃいつ私の命を狙う輩が現れるか分かったもんじゃないわよ。
 幻想郷は化物達が集まる場所、すなわち戦闘狂(バトルジャンキー)も絶対多い筈よ。某戦闘民族みたいな奴らがごまんと居るわ。間違いないわ。
 もしそいつらが霊夢みたいに馬鹿強かったらどうするのよ。その時の為に、私は今、自分が出来ることを精一杯頑張るの。この幻想郷で味方をより作る為に。
 私は紅霧異変の時に誓ったの。もう二度と自分の命を危険に曝すような真似はしないって。だって死にたくないもの。
 何時の日かケーキ屋さんの夢を、幸せな家庭を築く夢を実現させるときまで、私は死ねないのよ。
 だから私は今日から頑張るのよ。正直嫌だけど。泣きたいくらい怖いけど。今でも悪夢に見るけど。そんな弱い自分の心に決別し、
博麗霊夢とお友達になって、命の危険とは今回限りでオサラバするのよっ!頑張れ私っ!負けるな私っ!えい、えい、おー!!

「お、お嬢様、あまり激しく動かれますと日傘の陰から…」
「あ、熱っっっ!!!らめええええ!!!」

 …博麗霊夢に会いに行くのは明日じゃダメかしら。本当、もう嫌。









[13774] 嘘つき紅魔郷 裏その一 (修正)
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2011/04/23 08:54





~side 咲夜~



「それじゃ、今夜にも決行するのね」
「ええ」

 パチュリー様の確認に、フラン様は短く返答を返す。どうやらフラン様の翻意を得ることは難しいようだ。
 そんな私の思考を読み取ったのか、フラン様はクスリと笑い、私の方に視線を向ける。

「お前は本当に駄目だね、咲夜。普段は十数年しか生きていない人間かと疑いたくなるくらい冷徹な顔を見せるくせに
お姉様のことが絡むとすぐコレだ。そんなに心配しなくても、私は失敗なんてしないわよ」
「…フラン様の計画に対して成功の合否を疑っている訳ではありませんわ。他の誰でもなく、フラン様の計画です。
そこに失敗など何が起ころうと絶対にありえない。ですが…」
「レミリアお嬢様の安全保障が十分ではない…よね、咲夜」

 私の言葉を継いでくれた美鈴に、私はコクリと強く頷く。そう、フラン様の計画に何一つ抜かりがないのは理解している。
 けれど、そのシナリオを渡る上において、私にとって何より大事な要素が幾許か心許無いように感じられて仕方がないのだ。
 それはどうやら美鈴も同じだったようで、『どうなんですか』と確認するようにフラン様に尋ねかけている。

「確かにお姉様には何度か炎の輪を潜り抜けてもらうことになるけれど、それほど気にかけるレベルではないわ」
「そうですか?八雲の管理者や博麗の巫女と向かい合う…それだけで私は十分過ぎる程に危険だと思いますけれど」
「お前も咲夜と同じ病気かい、美鈴。少しは足りない頭で考えなさいよ。その為の私達でしょう?
言われなくとも、お姉様をあんな奴らと二人っきりになんてさせやしないわ。でしょう?パチュリー」
「咲夜の能力と私の魔法で最大限まで気配を消す。そしてレミィの傍に私達もつく。もしも、変な動きを相手が見せれば…」
「確認するまでもありませんわ。『母様』の命を脅かす輩は、この私が排除します」
「そう、それでいい。お前はお姉様の命を守ることだけを考えていればいいのよ。
その為の姦計や謀略は私の仕事だ。咲夜と美鈴はただお姉様の為だけに生き、お姉様の為だけに死ねばそれでいい」
「あら、私は仲間外れ?」
「パチュリーは本に埋もれて轢死かな。運命がそう言っているよ」

 それはレミィの十八番でしょうと笑いあうパチュリー様とフラン様。
 そうだ、フラン様の仰る通りだ。私が今すべきことはフラン様の計画に疑念を抱くことなどではない。
 私のすべきことは私が物心つく以前から決まっている。母様の命をこの身をもってお守りすること。それこそが私の存在理由であり、
私が望むたった一つの誇らしい生き方ではないか。捨てられた私を拾って下さり、人間であることも気にすることなく、母様は私を
育てて下さったのだ。愛する母の為に私が出来ること、為すべきこと、そんなことは今更考える必要など無い。

「…さて、咲夜と美鈴も納得したようだし、舞台の幕を上げるとしましょうか。
我らが最愛のご主人様――レミリア・スカーレット、その名を幻想郷中に轟かせる為に」

 愉悦に富んだ笑みを浮かべるフラン様の姿は、その幼い容貌には何故か酷く似つかわしくないものに見えた。
 しかし、フラン様の仰る言葉は間違っていない。私達は、今回の計画を何としても成功させなければならない。失敗など無い。許されない。
 母様…いえ、レミリア様のその名を幻想郷中に響かせること。それこそが幻想郷における紅魔館の立ち位置、ならびにレミリア様の
命を守ることにつながるのだから。ならば私は喜んでこの身を計画に委ねよう。紅の霧が世界を覆う、この我々の引き起こす紅霧異変に。










~side フランドール~



「ちょっとフラン!貴女一体どういうつもりなのよ!?」

 自室で横になっていた私のもとに、突如として現れたお姉様。力強く部屋のドアが開かれ…てはないね。お姉様、力ないもんね。
 ちょこっとだけ強いくらいの力でドアが開かれ、そこからお姉様が顔を真っ赤にしてカンカンに怒っていた。まあ、当然といえば当然か。
 自分の知らない間に紅魔館から幻想郷中に紅の霧が散布されて、しかもそれが何故か自分がやったことにされてるんだもん。
 誰だって普通驚くし怒るよね。ごめんね、お姉様。だけど、これはお姉様に必要なことだから。だから、心の中だけでも謝らせて。

「あら、レディの部屋にノックも無しに入るだなんて品性を疑われますわ。
礼儀に礼節、そしてマナーに関していつもいつも口煩く私に説いていたのは一体何処のどちら様だっけ?」
「ぐ…た、確かにそう言われると…って、違う!そんな品性やらマナーやらなんかどうでも良いのよ!」
「いいの?だったら私、明日から自由奔放に振舞わせて頂きますけど」
「いや待った今のは無し!品性もマナーも大事だけど、今はそれより大事な話があるの!」
「大事な話?」
「霧!外の紅霧!これは一体どういうことよ!?」

 はぐらかそうとする私に少しばかり苛立ったのか、お姉様はドンドンと壁を叩きながら(力がないから『とんとん』って感じだけど)
私に外界の異変を報告し始める。やれ紅の霧が幻想郷を覆ってる、やれこれをやったのは私ということになっちゃってる…などなど。
 感情に任せて話しつつも、私が聞き取りやすいようにゆっくりはっきり話してくれる辺り、本当にお姉様はなんというか。
 全てをお姉様が説明し終えたとき、私は分かり易いくらい嫌味な笑みを浮かべ、お姉様に言葉を返す。

「へえ、やけに館内(うえ)が騒がしいと思ったら…くすくす、お姉様ったら、私に内緒でそんな楽しそうなことをやってたんだ。
紅霧で幻想郷中を覆って、あの忌々しい太陽を隠してしまうだなんて、流石はお姉様。やることが大きいなあ」
「…は?い、いや、ちょっとフラン、貴女何を言って…」
「幻想郷中を霧で覆い隠すだなんて、他の妖怪達に喧嘩を売っていると見做されてもおかしくはないというのに。
まあ、お姉様は凄く強いから、そこらの妖怪がかかってきたところで返り討ちなんだろうけれど。本当、お姉様ってば凄いなあ。憧れちゃうなあ」
「ぐっ…!た、確かに私は強いからその辺の妖怪なんて返り討ちだけど!邪魔する奴は指先一つでダウンだけど!
そうじゃなくて、この霧を起こしたのは私じゃなくて貴女でしょう!?それをどうして私のせいにしようとしてるのよ!?」
「?だからあ、さっきからお姉様は何を言ってるの?紅霧を出したのは他ならぬお姉様でしょう?
その霧は酸性の属性とか持ってて仙人の師匠を溶かしたりとかするんでしょう?」
「何その鬼畜宝具!?いやそんな凄い霧どころか普通の霧すら出せないし…じゃなくて!いや、本当は出せるのよ?出せるんだけど、私は
そういうチマチマしたのは嫌いっていうか、誇り高き吸血鬼としては己の拳で勝負みたいなところがあるっていうか…」

 しどろもどろに後付けを始めるお姉様。本当、お姉様って演技は上手いけれど嘘は下手だなって思う。
 初対面の人相手ならハッタリで通じるかもしれないけれど、結局のところ、お姉様の根っこは『善人』の『小心者』の『優柔不断』な訳で。
 だけど、そんなお姉様だからこそ、私は…うん、このままからかうのも悪くないけれど、これ以上続けちゃうとこっちのボロが出てしまいそうだ。
 だから、お姉様には申し訳ないけれど、さっさと話を打ち切らせてもらうことにしよう。数百年の付き合いだもの、お姉様がどうすれば
こちらの思うように動いてくれるかなんて、とうに理解しきっている。ごめんなさい、お姉様。ちょっとだけ怖い思いをさせるから。

「…もう、さっきから霧だの何だの。結局お姉さまは何が言いたいの?私はこれから眠るところだったんだけど」
「へ?あ、いや…だから、この霧を止めるように…」
「霧を出したのはお姉様でしょう!?もー、訳分かんない!イライラするなあ!何、もしかして喧嘩売ってるの?」
「う…」

 苛立たしそうな素振りを見せつけられ、お姉様は何か言おうとした言葉を飲み込んだ。あと少し涙目になってる。
 そりゃそうだよね、今のお姉様は戦う力を何一つ持っていないんだもん。それなのに、こんな化物を前にするなんて怖がって当然だもん。
 むしろ、お姉様は凄いと思う。お姉様同様に、力のない人間や妖怪を私の前に立たせれば、本来はこのように意識を保つことすら困難なのだから。
 お姉様の泣きそうな表情に、ズキズキと心が痛くなる。正直、こちらのほうが泣きたくなる。嫌だ。お姉様がこんな表情を浮かべるなんて嫌だ。
 だけど、その気持ちはしっかり押さえなきゃいけない。お姉様の為に、お姉様がこの紅魔館でずっとずっと咲夜達と一緒に過ごす為に。

「いいよ、お姉様…私、久しぶりに頭にきちゃった。今からここで殺」
「ああああああ!!!!そ、そういえば私、パチェに急ぎの用事があるのをすっかり忘れてたわ!?もう時間に余裕がないわね!
しょ、しょうがないから今日はこの辺で終わらせておいてあげる!こ、この霧だって一応は私がしたってことで通してあげるから!
我が侭な妹のお願いをきくのもお姉様の仕事だものね!それじゃ、また会いましょう!おやすみ、フラン!」

 あわあわと大慌てで室内から逃げ去って行ったお姉様。その姿を見届けて、私はふぅと小さく息をつく。
 自分の本心を嘘で塗り固める度に、心が痛む。だけど、それは仕方のないことだと割り切る。割り切らなければ、きっと心が折れてしまうから。
 全てはお姉様の為に。愛するお姉様の為ならば、私はどんなことでもやってみせる。お姉様の幸せの為ならば、誰だって利用し
躊躇わずに殺してみせるし、必要ならばこの命だって喜んで差し出してやる。お姉様に全てを貰った日から、私はその誓いを一時も忘れていない。
 …今日は疲れたな。幻想郷中に紅霧をばら撒くには大量の魔力を必要とし、実際に私の全保有魔力の二割は持っていかれた。
 少しばかり早いけれど、今日はもう眠ってしまおう。もしかしたら、夢の中でお姉様に会えるかもしれない。そうなると嬉しいな。
 夢の中の私ならきっと、本当の素顔のままでお姉様に自分の本心を伝えられる筈だから。










~side 八雲紫~



 私が出会った吸血鬼は、何とも不可思議で理解し難い存在だった。


 幻想郷中を覆った紅霧、その原因があの紅魔館にあると藍から報告を受けた時、私は少しばかり呆れてしまった。
 数十年前、紅魔館ごと幻想郷に転移して、好き勝手に暴れまわった吸血鬼達を私は完膚なきまで叩きのめした。それこそ、二度と
下らない企みなど出来なくなる程に。事実、館の主である吸血鬼には私(幻想郷)に二度と逆らわないと誓わせた。
 それが今になって何を。この数十年間、あの館を放置していたのは幻想郷に害を為す力が一切無いと確信していたから。
 主たる部下たちは軒並み惨殺し、あの館に残された戦力は紅魔館の主ただ一人。その主には最早突き立てる牙すらない状態だ。
 紅魔館は最早、私にとって終わったモノだ。そんな朽ちた吸血鬼が一体今度は何を企んでいるのか、私には正直どうでもよかった。
 幾分前に博麗の巫女が代替わりし、今の巫女はまだ異変解決を行ったことがない新米巫女だ。その代替わりを狙い、この異変を起こしたのかも
しれないが、正直その浅慮にも呆れるしかない。巫女が動けないという条件さえあれば、私は動く。幻想郷の害になるモノは私が潰す。
 だからこそ、私は今回の件を正直軽んじていた。私が直接出向いて、吸血鬼の主を今度は容赦なく殺す。それで終わりだと。

 けれど、私の読みは大きく外れることになる。
 この館を支配する吸血鬼は、私が以前殺しあった相手ではなく、その娘に代替わりしていたのだ。
 その事実を諜報していた藍に聞かされたとき、私は驚くと共に、不自然さにも気付いた。あの吸血鬼に娘がいたことも驚きだが、
それよりも気になるのは、何故娘に主の座を譲ったのかだ。あの吸血鬼は一度対峙しただけだが、そう簡単に娘に地位を譲り渡すような
輩ではなかった筈だ。実に吸血鬼らしく、傲慢で欲深く、何より自分以外の他者を見下すような存在だった筈。それがどうして。
 藍の報告によると、娘に代替わりしたのはその吸血鬼が死んだから、という簡単な理由だが、それこそまさかだ。
 あの吸血鬼は私にこそ手も足も出なかったが、それは決して弱いということではない。妖怪としてのランクならかなり上の部類に入る
実力を持っている。誰かに殺されるなど、そうそう起こるものではないけれど、起こりうる可能性としてはコレしかない。
 報告では魔法実験の事故で死亡とあるけれど、それはフェイク。魔法実験で死亡など、そんなヘマをやらかす奴ではないのだから。
 考える。あの吸血鬼の死亡で、一体誰が得をしたのか。一体誰がその吸血鬼の死を都合良く感じたか。そうなると導かれる答えは一つ。

 ――レミリア・スカーレット。報告に上がったあの吸血鬼の娘にして、現在の紅魔館の主。何でも運命を見通す能力があるのだとか。
 藍の報告を耳に入れれば入れる程、私はレミリアに対して興味を抱くようになる。齢五百にして、あの老獪な吸血鬼を打倒しうる力を持つ存在。
 妖怪としてはまだまだ幼い部類に入るものの、私は彼女の情報を更に求めるようになる。そのような存在がいるのならば、何故数十年前に私が
紅魔館を襲ったとき、その迎撃に出なかったのか。その事件による父親の死を望んでいた?そうなると、私はレミリアに利用された?
 考えれば考える程に興味が湧く。だから私は一歩だけ踏み込むことにする。レミリア・スカーレットに直接会い、彼女の存在を己が眼で見抜く。
 思い立ったが行動。私はスキマを使い、紅魔館の最上部に位置する室内へと転移する。そして、そこに居たのは私の想像を遥かに絶するモノで。


 そこに居たのは、漫画を読み耽る幼い吸血鬼。
 しかも、全身から妖力のよの字も感じ取れない、見ているだけで悲しくなるような、そんな存在だった。


 私の登場に、あちらはポカンとした表情を浮かべている。どうやら混乱しているらしいが、それはこちらも同じこと。
 何故、こんなにも妖力を感じないのか。それははっきり言えば、妖精なんかよりも儚い存在で。これも、こちらの混乱を誘う策略の一つか。
 とにかく、気は抜けない。腹の探り合いは得手とする方だが、この吸血鬼だけは良く分からない。このような存在を相手とするのは初めてのことだったから。
 気を入れ直し、私はレミリアと会話を進めていく。その上で分かったことが一つある。この吸血鬼は、実によく分からないということだ。
 分からないということが分かったとは、不思議な言だと思われるかもしれないが、それは実に有益な情報だ。私が今、すべきことは
この吸血鬼、レミリア・スカーレットに対して理解を務めることこそが必要なことだと教えてくれるのだから。
 前にも言ったかもしれないけれど、前にも増してこの吸血鬼は興味深い。身体から妖力を発しないのに、私の考えを次々と当ててみせる。

 私が暴力に脅しをかけても、それが私の偽りの仮面を被った姿だと見抜いてみせた。
 紅霧を私が新たな博麗の巫女の成長に利用しようと考えていることも、完全に悟りきっていた。

 面白い。本当にこの娘は面白い。前吸血鬼のように全てを暴力や実力に訴えるような虚けではなく、理知的で思慮深い。
 話をすればする程に興味が尽きない。これほどまでに興味を持った相手は何時以来だろうか。萃香か、幽々子か、はたまた博麗か。
 結局のところ、彼女にとってこの異変はただの暇潰し以外の何モノでもないようで。だからこそ、私はこの異変に一枚ばかり噛ませて貰った。
 そのことを吸血鬼は何の迷いもなく了承する。本当に気持ちの良い吸血鬼だと思う。もし、時間が許すのならば、共に酒を酌み交わしたい程に。
 話がまとまり、私はレミリアの下を後にすることにした。今回の交渉で目的も達成でき、それ以上の結果を引き出すことが出来た。
 ならば、これ以上私が異変に対して口を出す必要はない。後はレミリアと博麗の巫女が台本通りに踊ってくれる。私はその舞台を眺めているだけでいい。
 あとはレミリアに関することだが、これは実に利用出来る。友として付き合いたいという気持ちもあるが、それ以上に幻想郷の管理者として
私は打算に思考を歪ませる。レミリアはこれから先、様々なことに利用出来るだろう。程良く頭が良いし、程良く立場もある。ならば、精々私の手駒として…







「――このままノコノコ帰れると思ったかい?考えが甘いよ、女狐が」







 スキマから出た先は私の家ではなかった。それは血のように紅に塗られた四角い箱のような部屋。
 入り口も出口もない、窓もない完全な密室。理屈は分からないが、私は空間を捻じ曲げられ、そのような場所に転移させられたらしい。
 その部屋に現われた私の喉元に突きつけられるは炎の剣。全てを焼き尽くすような深紅の劫火、そんなイメージを駆り立てる恐ろしき凶器。
 そんな禍々しい獲物を私に突き立てている者――それは、先ほどまで私が会話していた相手に瓜二つで。

「レミリア・スカーレット…?」
「あら、お姉様をご所望?残念ね、お姉様じゃなくて。
お姉様はお優しいから、お前のような腹黒い相手にも寛容になってしまう」
「…誰?」
「はじめまして、八雲紫。私はフランドール。フランドール・スカーレットよ。
レミリア・スカーレットの妹と言えば理解して頂けるかしら?」

 彼女の言葉に、私は驚きを隠せずにいられなかった。確かに良く見れば、髪の色も背中の羽もレミリアとは異なる。
 けれど、まさか妹がいたなんて…そして、何より私が驚いたのは、その妹の秘めたる力の強大さ。
 先ほどのレミリアの霞のような妖力が嘘のように、禍々しいまでの圧倒的な妖力。それは前主である吸血鬼はおろか、
下手をすると私と比肩しうるかもしれない程の妖気。これが本当に吸血鬼一人分の力なのかと疑いたくなる程だ。
 そして、この部屋に居るのが私達二人だけではないことに気づく。私たちから幾許か離れた距離に立つ三人の影。
 その誰もが、数十年前には見なかった顔だが、その実力が並みのモノではないことくらい容易に分かる。その時になって、私は
自身の考えが甘かったことに気付いた。紅魔館が朽ちた館などとはとんでもない間違いだ。この館は化物の館、恐ろしき実力者達の住まう世界だったのだ。

「…参ったわね、完全に油断していたわ。数十年前とは比べ物にならない化物揃いじゃない」
「だからさっき言ったでしょう?考えが甘いって。狡猾なお前相手に、そう易々とカードをオープンする訳がないでしょう。
そういう意味では、昔お前が襲撃してくれた件は実に良い目くらましになってくれたよ。この幻想郷の誰もが紅魔館を終わった館だと誤認してくれた」
「そう…そういうこと。私はレミリア・スカーレットこそが、この館の主だと思っていたのだけれど」
「その通りだよ。お姉様こそが私達の唯一無二のご主人様。私達はお姉様の為ならば、喜んで命を投げ出す崇拝者」
「主?傀儡の間違いでしょう。危険を正面から受け止める主の立場を力無き姉に押し付け、自分は裏から支配する。
いわば姉は都合の良いときに切り捨てられるただの可哀そうなお人形。成程、実に妖怪らしい…」

 私が紡ぐことが出来た言葉はそこまでだった。フランドールの神速の蹴りが、私の腹部に深くめり込んだのだから。
 あまりの衝撃に、私の身体はサッカーボールのように吹き飛び、壁に激突し、数十センチ程壁を抉ったところで、ようやく停止する。
 強烈な痛みに咽返る私に、フランドールは恐ろしいほどの冷めた視線で見下しながら、言葉を紡ぐ。

「…二度目はないよ、管理者。次は確実に殺すわ」
「そう…一度は許して頂けるなんて、なんとも心の広い妖怪ですこと」
「勘違いするなよ?私がお前を殺さないのは、お前にはまだ利用価値があるからさ。
お前がお姉様をそんな風に下衆びた視線で見ていたように…ね」

 成程、どうやら私とレミリアの会話は連中から覗かれていたらしい。本当に迂闊、慢心が過ぎていたようだ。
 この場でフランドールと殺し合っても、負けるとは思わないが、周囲の三人が余計だ。恐らく、藍を呼んでもかなりの消耗は免れないだろう。
 スキマで逃げ出そうにも、先ほどのように空間に干渉される可能性がある。フランドールか、周囲の三人の誰かは分からないが、
この中の誰か一人は空間干渉などという馬鹿げた能力を有しているらしい。それこそ、私のスキマに干渉できる程の。
 ならば私が取るべき手は何か。どうやら相手は私に交渉事がある様子だ。今すぐ殺し合い、ということにはならないだろう。
 相手の考えはともあれ、今は対話に終始するのが正答だろう。無駄な争いをしたい訳でもなし。まあ、殺し合いになれば全力で殺してあげるけれど。

「いいわ、お話を聞いてあげましょう。客人相手に紅茶の一つも出さないなんて礼に欠けるとは思うけれど」
「無粋な侵入者相手に縄の一つもかけない事を感謝して欲しいくらいだわ。
まあ、そんな些事はどうでも良い。私がお前にしたい話はただ一つ――忠告よ」
「忠告?」
「お前は自分の望みの為に、これから紅魔館を度々利用しようとするでしょう。
それは構わないわ。代わりに私もお前を利用するのだから。ギブアンドテイクってことで素敵な関係だと思うわ」

 だけど。そう前置きしたうえで、フランドールは恐ろしく表情を歪ませて私に嗤い掛ける。
 それはまるで何か気を狂わせるような重厚なドラックを使用したかのように、あまりに歪な様相で。

「お前の欲望に『お姉様』を巻き込むなよ、管理者。
姑息な妖怪の皮算用に余加算分の収益を見込むのは構わないけれど、私のお姉様は酷く清廉で汚れ無き無垢なる存在でね。
そんな天女に貴様の下賤な混じりが入るなんて考えただけで吐きそうだ。私達の聖域に泥をぶちまける真似だけは絶対に許さない。
これは大事な大事な忠告だよ、八雲紫。お前は聡明で計算高い妖怪だと聞いている。だったら分かるよね?お前の取るべき航路がさ」

 ――壊れている。それが私のフランドール・スカーレットに対する素直な感想だった。
 彼女は自身の姉に心酔しているとか心奪われているとか、そういうレベルの依存じゃない。レミリアはフランドールにとって全てなのだろう。
 だからこそ、こんなにも歪になる。こんなにも壊れることが出来る。それは何て無様で、そして何よりも美しいことか。
 私はフランドールの壊れた笑い声を聞きつつ、彼女の趣旨を把握する。つまり、レミリアにちょっかいを掛けるなということだ。

「了解したわ。けれど、お友達として付き合う分には構わないのでしょう?
私もレミリア・スカーレットが気に入っちゃってね。あの娘の在り様もだけれど、貴女達のような実力者の心を奪う彼女は実に興味深いわ」
「お友達?ははっ、お友達か。実に良いね、損得に絡めることのない、お姉様を護ってくれる都合の良い尖兵だ。
精々仲良くしてあげてよ、隙間妖怪さん。仲良くなって仲良くなって仲良くなって仲良くなってそしてお姉様の為に死んでよ!
そうだ!みんなみんなみんなみんなみんなお姉様の為に生きてお姉様の為に死ねばいい!!お姉様以外はみんなみんな死んじゃいなよ!!あははっ!!」
「…フランドール」
「っ」

 ケタケタと嗤うフランドールの傍に、紫髪の少女が歩み寄り、そっと名前を呼ぶ。
 やがて、フランドールは憑き物が落ちたかのように冷静さを取り戻し、こほんと小さく咳払いをして私に向い直す。

「…失礼したわね、八雲紫。お姉様のお友達になってくれるなら、私達は歓迎するわ。
貴女は幻想郷で一番強い妖怪だもの。そんなに強大な妖怪なら、お姉様のようなか弱い存在なんて『損得関係なしに』護ってくれるでしょうから」
「そうね、その程度なら構わないわ。それよりも良いの?先ほどまで気でも触れてしまったかのような状態だったけれど」
「ええ、問題ないわ。発作みたいなものでね、こればっかりは何年経っても治らない。私、こう見えても病弱な女の子なの」
「病弱にしてはとてもとても激しい蹴りを繰り出すのね」
「健康的な病弱少女ですから」

 戯けたことを。フランドールの戯言を笑って聞き流しながら、私はスキマを発動させる。
 どうやらこの紅魔館、私の考えていた以上に深く糸が絡み合っているらしい。まさかこれほどまでに強大な存在になっていたなんてね。
 本当、最近情報収集を藍に押し付け過ぎたのかもしれない。一度幻想郷中を自分の目で確認する必要があるかもしれないわね。
 他にもこんな馬鹿みたいな連中が居てはたまらないもの。まあ、それを面白いと感じている自分が居るのも確かなのだけれど。

「それでは私は失礼するけれど…この周囲の空間を元に戻して頂けるかしら?」
「心配せずとも、空間は元通りになっていますわ。どうぞ早々にお帰り下さいませ」

 私の問いに返答したのは、メイド姿の銀髪少女。少々何か異物の混じりを感じるものの、あれはどうやら人間のようだ。
 人間ながら強大な力を感じるところ、ある意味あの娘も人間を辞めているのかもね。空間干渉なんてモノを持っている時点で辞めているか。

「それでは失礼しますわ。今回の宴、しっかりと観客に努めさせて頂くとしましょう」
「そう、それで良い。心配せずとも、お前の傀儡はしっかりと役目を果たさせてあげるよ」
「傀儡ではありません。大切な可愛い可愛い私の巫女(むすめ)ですわ」

 短く言葉を交わして、私は紅魔館を後にした。
 少しの時間だったけれど、本当に沢山の有益な情報を得ることが出来た。本当、面白いことばかり起こる夜だこと。
 レミリア・スカーレットにフランドール・スカーレットか…これから忙しくなりそうね。
 藍に仕事を頼むとともに、あの娘が異変解決に乗り出すように動くとしましょうか。さてさて、どうなることやら。本当、楽しみだわ。












~side パチュリー~



「一刻ほど眠るわ。何かあったら起こして頂戴」
「分かったわ。それじゃ、おやすみなさい、レミィ」

 レミィが部屋を出ていくと同時に、咲夜がジロリと私を睨みつける。
 どうやら私が必要以上にレミィをからかったことが気に食わないらしい。本当にこの娘は母親想いだことね。

「悪かったわよ。確かに私がやり過ぎたわ。お願いだから、その目を止めて頂戴」
「…いつもいつも思うんですが、パチュリー様は母様に意地悪が過ぎます」
「惚れた弱みよ、仕方ないじゃない。レミィを見てると、どうしても意地悪したくなっちゃうの」
「最低最悪の悪癖ですわ。今すぐ改善することを要求します」

 はいはい、と適当に咲夜の言葉を聞き流しながら、私は紅茶の入ったカップに口をつける。
 しかし、博麗の巫女が来ることは予定通り。後は私達が如何に上手く成功させるか、か。
 フランドールじゃないけれど、何としても失敗は許されないわ。これから先の、レミィの安全を買うために、ここで私達は頑張らなければならない。

「…永かったわ。本当に永い間、地中で泳いでいた地龍が顔を出す時が来たのね」
「パチュリー様やフランお嬢様は私が知るよりも永くこの計画を暖めていたんですよね」
「勿論よ。全てはレミィの為に…私達は本当に沢山のことをやってきたわ。それこそ反吐を吐きたくなることだってね」

 そう、私達はレミィの為に全てを行動に移してきた。
 レミィのことをゴミ扱いし、不要として殺そうとした屑な前主を殺した。
 私達の偽装した前主の遺言、レミィを後継者にするという文章に不満があり、フランドールを後継者にする為に
レミィの暗殺を共謀していた屑達を殺した。前主に媚び諂っていたレミィにとって有害となる奴等を駆逐した。
 たった一人の愛する親友が、この厳しく汚れに満ちた世界で生きる為に、私達は何だってやってきた。それを躊躇することなど一度も無かった。
 そう、全てはレミィの為に。だからこそ、今回の件は必ず成功させる。レミィの名を、レミリア・スカーレットの名声を幻想郷中に知らしめる為に。
 幻想郷で強者の一角として名を馳せれば、幻想郷における紅魔館の地位を向上させれば、いつかそう遠くない未来にやってくるであろう
『スペルカードルール』が破綻した抗争の際に、他の妖怪達が抱くレミィの幻想は何よりも強烈な武器になる筈だから。
 今の平和な幻想郷には必要なくとも、やがてくる確実な未来の為に。私達はやれるだけのことをやる必要があるのだから。

「咲夜、貴女はたった一人のレミィの娘。血を分けてはいなくとも、それだけは変わらない事実だわ」
「…はい」
「だから、貴女は何時までも綺麗でいなさい。レミィを護る為に泥を被るのは私とフランドールだけでいい。
貴方と美鈴は他の誰でもない、レミリア・スカーレットに付き従う者として、どこまでも高潔で在ればいい」
「パチュリー様…」

 少し、柄でもないことを言ってしまったかもしれない。こういうのはキャラじゃないというのに。
 だけど、今のは心からの本音だ。私達がレミィを抱くには、少々手が汚れ過ぎている。レミィのような眩い程に綺麗な
存在を直視するには、私達には目に辛すぎるから。だから、咲夜と美鈴がレミィを護ってくれればいい。
 私達は、二人が手を下せない汚れた部分を掃除する。そしてそれがレミィの幸せにつながればいい。
 きっとレミィはこんなことは望んでなんかいないでしょうけれど。そのことは私達が死んだ後で謝ればいいことだ。
 ふふっ、と気づけば小さく笑ってしまった。駄目ね、レミィが本気で怒る姿なんて想像出来ないわ。あの娘の真剣は何時だってコミカルだから。

「それよりも良いの?こんなところで長話をしてて。
レミィの性格からして、きっと今頃紅魔館から逃げ出す算段をしているんじゃない?」
「美鈴が居る限り、紅魔館の門を通ることは出来ませんわ」
「それもそうか。ふう…レミィも考えが甘いのよね。ただの一介の妖怪、それも力を持たない妖怪が一人で生きていける程
外の世界は優しくはない。レミィの望むことは出来る限り叶えてあげたいけれど…ね。もし下手にレミィが館の外に出てしまうと、他の妖怪に殺されちゃうわ」
「…母様のところへ行ってきます」
「この過保護。さっき美鈴が居る限り大丈夫だって言ったのは咲夜じゃないの」
「何とでも言って下さい」

 そう言い残し、咲夜は室内を後にした。全く、レミィのことになると本当に眼の色が変わるんだから。
 でも、そんな風だから、私もフランドールもレミィの傍に咲夜を当てているのだけれど。あの娘なら何があってもレミィを護ってくれるから。
 ああ、私は実に魔女だと思う。咲夜の感情をレミィを護る為に利用している。親子の情を便利な忠誠心として利用している。
 本当、私は汚い女だと思う。けれど、それでも構わない。レミィを護る為なら、レミィの為なら私はどんな人間にでもなってみせる。
 嘲られようと罵られようと私はレミィの為に生きればいい。唯の人形だった私に生きる意味を教えてくれた少女――大好きな親友の為に、私は今を生きているのだから。







[13774] 嘘つき紅魔郷 裏その二 (修正)
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2011/04/23 08:55


~side 美鈴~



 いつもなら夕日が山に沈む時刻。大空は紅霧に覆われてしまっている為、太陽の所在は分からないけれど、
周囲の明るさの減少具合からしてそれくらいの時間なのだろう。
 私は軽く息をつき、数刻前に行ったレミリアお嬢様との会話を思い出す。

『――私の楽しみをどうか奪ってくれるなよ、紅美鈴。
この門前でお前と顔を突き合わせ、下らない雑談に興じることも、私の大切な日常なのだから』

 お嬢様の言葉を思い出す度、私の胸の中に熱い感情が込み上げてくる。気を抜けば涙が出そうになる程だ。
 その言葉は酷く優しいもので。その言葉は酷く嬉しいもので。こんな嘘つき相手に、お嬢様はそんな優しい言葉を与えてくれたのだ。
 卑怯者。私は本当に卑怯者だ。お嬢様の為とはいえ、私は息を吐くようにお嬢様に沢山の嘘をついた。

『安心して下さい、お嬢様。たとえ博麗の巫女が相手でも、私は一歩足りともこの門を越えさせはしませんから。
たとえ命尽きようとも、お嬢様の為にこの場所を死守してみせます』
『恐らく博麗の巫女は私が今まで闘ってきた妖怪達とは比較にならない強さなのでしょう。
だけど、私は一歩足りとも引きません。例えスペルカードルールを破ったとしても、お嬢様には指一本触れさせませんから』

 我ながら酷い言葉だと思う。我ながら酷い嘘つきだと思う。
 博麗の巫女が来ても、私はフランお嬢様の計画通りに巫女を通すことは確定している。それなのに、あんなことをのたまったのだ。
 お嬢様の不安を少しでも取り除きたかった、そんな自己満足の為に、私は酷い嘘を沢山ついたんだ。
 けれど、お嬢様はそんな私に怒ってくれた。命を捨てるような真似はするな、と。お前が死んだら私は怒る、と。
 嬉しかった。お嬢様の言葉が本当に嬉しかった。嘘つきな自分に、お嬢様はあんなにも優しい言葉を沢山くれたのだ。
 お嬢様、レミリアお嬢様。ごめんなさい。そしてありがとうございます。今回の件で、私はお嬢様のお役には立てません。
 けれど、誓います。これから先も私はお嬢様の為に生き、お嬢様の為に死ぬことをもう一度ここに誓い直します。
 全てはレミリアお嬢様の為に――そう誓ったとき、遠くの空から見える二つの人影。

「…お嬢様、もしかしたら少しだけお役に立てるかもしれません」

 一つの影は博麗の巫女。だが、もう一つの影は見知らぬ白黒の洋服に、箒の上に乗った誰か。
 フランお嬢様から受けた命令は二つ。『博麗の巫女を館内に通すこと』と『それ以外の来客は追い払うこと』だ。
 ならば私のやるべきことは一つ。お嬢様の為に、あっちの黒白には時間の許す限り私に付き合ってもらうことにしよう。
 大地を踏みしめ直し、私は妖気を高めていく。弾幕ごっこは不得手だけれど、倒すことに執着しなければ時間を稼ぐことは容易い。
 さあ、始めましょうか。レミリアお嬢様の為に、全ては敬愛するレミリア様の為に。











~side 霊夢~



「やっぱり人間って使えないわね」

 メイドを打倒し、この異変の主犯を探していた私だけど、その犯人は思いのほか簡単に見つかることになる。
 声のする方に護符を突きつけると、その方角には幼い容貌をした吸血鬼が一人。
 この化物屋敷の親玉にしては、嫌な感じもプレッシャーもない。それが私にとっては何より不気味に感じられた。何なのコイツ。

「…さっきのメイドは人間だったのか」
「貴女、殺人犯ね」
「一人までなら大量殺人犯じゃないから大丈夫よ」

 私をからかう様子が実に癇に障る。その余裕ぶっている姿もまた気に食わない。
 確かに吸血鬼ということもあり、その実力は計り知れないんだろう。だけど、最初から私に対して勝ちを確信しているのが腹立たしい。
 確かに人間はアンタ達にとって格下の存在なんだろうけれど、『博麗霊夢』を舐めているという事実が許せない。

「で?」
「そうそう、迷惑なの。あんたが」
「短絡ね。しかも理由が分からない」
「とにかく、ここから出ていってくれる?」
「ここは、私の城よ?出ていくのは貴女だわ」
「この世から出てってほしいのよ」

 あからさまな挑発をする私に、呆れる様子の吸血鬼。
 …変な奴ね、本当。これだけ格下の人間から好き勝手言われたら、そろそろ本性というか、妖怪の力を見せつけてくると思ったんだけど。
 今、私の目の前にいるちんちくりんな吸血鬼からは妖気のよの字も感じられない。まだ実力を隠すつもりなんだろうか。本当に頭にくる。
 私相手ではそんなの必要ないと思っているんだろうか。馬鹿にして。

「しょうがないわね。今、お腹いっぱいだけど…」
「護衛にあのメイドを雇っていたんでしょ?そんな、箱入りお嬢様なんて一撃よ!」
「咲夜は優秀な掃除係。おかげで、首一つ落ちてないわ」
「…貴女は強いの?」
「さあね。あんまり外に出して貰えないの。私が日光に弱いから」
「…なかなかできるわね」
「こんなにも月が紅いから――本気で殺すわよ」

 私に向けられたのは、純然たる妖怪の殺気――の、筈なんだけど…正直、全然怖くない。
 いや、怖くないっていうか、微塵も重圧を感じない。なんていうか、子供に睨まれてるっていうか、そよ風っていうか。
 私は今、なんとなく直感で『コイツ、実は弱いんじゃないか』とか感じているんだけれど、果たしてこの勘を信じていいものか。
 門番は直接戦ってはないけれど、かなりの妖力を全身から放っていた。図書館の魔法使いは恐ろしい程に強大な魔力を有していた。
 そしてこの館のメイドは人間離れしたスペルと能力を有していた。その主…いやいや、絶対弱い訳がない。あり得ない。そんな筈がない。
 だからこそ、私は気合を入れ直す。そして、正面から吸血鬼を睨み返す。

「こんなにも月が紅いのに」

 余計なことを考えるのはこれまでだ。とにかくコイツを懲らしめて、この異変をさっさと解決する。
 そして神社に帰ってお風呂に入ってご飯食べて寝ておしまいだ。考えをまとめ、私は弾幕を展開する。

「楽しい夜になりそうね!!」「永い夜になりそうね!!」

 …なんだ、やっぱり相当な実力者だったんじゃない。
 けれど、それでこそ倒し甲斐があるってものよ。覚悟しなさい、全ての元凶めっ!












~ side咲夜~



「フランお嬢様、やっぱり駄目だった?」
「ええ…『お姉様に怪我を負わせたのは、私のミス。だから看病するのは私だ』って言ってきかなくて」
「ふふっ、何だかんだ言ってレミリアお嬢様に一番甘いのは他ならぬフランお嬢様なのかもしれないわね」

 そう言って笑い掛けてくる美鈴に、私は苦笑を浮かべながらも同意する。結局のところ、フラン様が母様のことを一番愛しているのだ。
 椅子に腰をかけ、紅茶を嗜んでいる美鈴に習い、私も椅子に腰を下ろす。そんな私を横目で見て、美鈴は楽しそうに口を開く。

「看病役をフランお嬢様に取られちゃって残念ね」
「…余計なこと言ってないで門番に戻りなさいよ」
「あら、知らなかった?レミリアお嬢様が意識を取り戻すまで、私の仕事はレミリアお嬢様の警護なのよ」
「誰がそんなことを認めたのよ」
「私が勝手に決めたわ。勿論、パチュリー様には許可を貰っているしね。
かく言う咲夜も、フランお嬢様程ではないものの、ずっとレミリアお嬢様につきっきりじゃない。お仕事は良いの?」
「休暇届けをパチュリー様に叩きつけてきたわ。勿論、母様が意識を取り戻すまでの期間中ずっと」
「あらら、これはレミリアお嬢様が意識を取り戻して最初にすることは館内の大掃除になりそうね」

 美鈴の軽口にそうねとだけ返して、私も机の上にある紅茶に口をつける。
 人里で厳選したモノを選んだだけあって、本当に美味しいと思う。早く母様にもこの味を堪能してもらいたい。

「…あの、咲夜、それ私が淹れた紅茶」
「美味しいわ。ありがとう、美鈴。忙しい私の代わりに紅茶を淹れてくれて」
「忙しいって、今は咲夜も休職状態じゃない…全く、昔はあんなに素直で可愛かったのに」
「母様を護る為に色々誰かさん達にこれ以上ないってくらい鍛えられたもの。人は変わるものよ」
「人は変わる、良い言葉ね。妖怪の私にはこれ以上ない程に素敵な言葉に聞こえるわ」

 私の行動を怒ったりすることはなく、美鈴は仕方がないとばかりに苦笑しながら、新しく紅茶を淹れなおす。
 最近は母様に対して素直になれない分、こうして姉代わりの美鈴によく我儘を言っている気がする。少しだけ反省しよう。
 新しいカップに紅茶を淹れながら、美鈴は私に口を開く。それは本当にしみじみとした口調で。

「何はともあれ、今回の件は一応無事に終了ってことね」
「ええ、そうね…これでまたいつもの日常が戻ってくるわ」
「後はお嬢様の名前が上手く幻想郷中に広まってくれると良いんだけどね」
「否が応でも広まるわよ。今回の紅霧は幻想郷全体、言ってしまえば人里から妖怪の山一体まで包み込んでしまったもの。
こんな奇怪な事件が解決し、紅霧も収まった。普通なら、この原因が何だったのかを知りたがるでしょう?」
「そうして調べた結果、レミリアお嬢様の名前に辿り着く…そして、少しでも妖しの知識があるものならば、
幻想郷一体を紅霧で覆うことがどれ程までに莫大な妖力を必要とするかを理解し、その異変を起こした犯人を警戒し、恐れを抱く」
「その中でも強者と謳われる存在は、レミィに対して興味を抱く。これから先はレミィと接触した妖怪を端から私達で利用していけばいい。
今回はその切欠を上手く作ることが出来た意味も込めて成功だと自負しているわ、サボりの御二人さん」

 私達の会話の途中で、何時の間に部屋に入ってきていたのか、パチュリー様が口を挟む。
 どうやら図書館の事後処理(巫女が暴れまわった為、本が一部ばらばらになった)に一区切りがついたのか、
その表情は少しばかり疲れ切った様相を呈してしまっている。こんなパチュリー様は久々に見た気がする。

「パチュリー様、本の整理の方は終わったんですか?」
「ええ、本当に好き勝手してくれたものだわ。あんの巫女、今度会ったら一発や二発くらい本の角で殴ってあげようかしら」
「止めてください、逆にボコボコにされるのがオチですから。あの巫女は正直人間を辞めてますもの」
「あら、それじゃ咲夜と一緒ね。スペルカードルール抜きでやったら貴女はアレに勝てるのかしら?」
「お戯れを。私はそんなに大人気ない人間に見えますか?」
「人間には見えないわね。私には立派な化物に見えるわ」

 幾らなんでも年頃の乙女に向ってそれは無いんじゃないだろうか。パチュリー様の言葉にくすくす笑っている美鈴が腹立たしかったので、
とりあえずナイフを一本投げておいた。案の定、人差し指と中指で簡単に挟み止められた。相も変わらず外見に似合わずに疾くて巧い。
悔しいけれど、『真剣』な美鈴相手にはまだまだ私の実力では届きそうにないわね。本当、私は良い姉、良い師に恵まれたものね。

「じゃれ合うのも良いけれど、レミィの迷惑にならないようにね」
「「当然です」」
「…貴女達、本当に仲が良いわよね」

 呆れかえるパチュリー様の溜息は室内に溶けて。私と美鈴のじゃれ合いは結局、フラン様から
『もうすぐお姉様が目覚めそうだ』という報告が告げられるまで続いていた。











~side フランドール~



「何をやってるんだか。まったくもう、お姉様は…」

 元気になったお姉様が、館の外で悲鳴を上げている姿をバルコニーから眺めて、私は思わず笑ってしまう。
 お姉様の様子が可笑しかったのは、どうやらパチェも同じようで、私の隣でクスクスと笑みを零している。
 元気になってくれたのは嬉しいけれど、早々に日光に当たって悲鳴をあげるなんて、本当にお姉様って人は。

「二か月ぶりの外出ですもの。気分が高揚してしまうのも仕方のないと言うものよ」
「それもそっか。…それで、貴女はどうしてさも当たり前のような顔をしてここに居るのかしら、八雲紫?」

 私の背後から降って湧いたように聞こえてきた声に、私は思わず呆れてしまう。最近、お姉様のお見舞いと称して何度も
こんな風に館に突然現れるコイツには正直少しばかり辟易している。何ともまあ遠慮を知らない奴だ、と。

「あら、私の大切な友人の快気祝いですもの。おめでとうの言葉の一つくらい差し上げるのが友の役割というもの」
「ならば、それは今現在館の外でコントを繰り広げているお姉様に告げてあげなさいよ」
「勿論、すぐに行きますわ。けれど、その前に貴女達に幾つか確認したいことがありまして」

 八雲紫の言葉に、パチュリーは幾許か表情を固くする。最近の私はそれほどでもないけれど、パチュリーはコイツを
微塵も信じていない。あわよくばお姉様に手を出そうとしているんじゃないかと疑っている。
 魔女たるもの、それくらいの用心深さが必要なのだろうけれど、私はそこまでコイツを敵視していない。八雲紫は他者を利用し、自身を利用されるのを
良しとする妖怪だ。自分の目的の為ならば、他者にとって都合良く踊ることも厭わない、本当の意味で『頭の良い』妖怪だ。誇りや妖怪の在り方の上に
胡坐をかかない、正真正銘の賢者。なればこそ、私達が利用できるうちはトコトンまで利用するだろう。そのうえで、私達を繋ぐ鎖となるお姉様には絶対に手出ししない。
 そんな私の胸の内を悟っているのか、八雲紫はクスリと小さく微笑みながら話を続ける。

「まず一つ。レミリア・スカーレットの本当の強さについて教えて頂戴。
私の認識するレミリア・スカーレットが真の姿で無いのなら、幾ら友とはいえ、この身を盾にして護ることなんて出来やしない」
「…へえ、意外。お前、本当にお姉様を護ってくれるんだ?」
「言ったでしょう?私はあの娘が気に入った、と。あれは幻想郷内で稀有な存在よ。本当に興味が尽きないわ。
…私の知るレミリアが本当のレミリアならば、ね」
「お前の知っているお姉様を言ってみなさいな。正誤はその後でしっかり判断してあげる」

 私の言葉を受け、八雲紫は少し考える仕草を見せたのち、私に促されるままに言葉を続けてゆく。

「レミリア・スカーレット。紅魔館の主にして、誇り高き吸血鬼。幾多の妖怪や妖精の頂点に立つ存在。
けれど、彼女の本当の姿は、そのような肩書に何一つ比肩しない、力を持たぬ面妖不可思議な吸血鬼。
妖力も魔力も無く、争い事を心底恐れ、本人はただただ平穏無事に生きることだけを望んでいる。
将来の夢はケーキ屋さんになって、良い人と結婚して幸せな家庭を築くこと。好きなことは漫画を読むこと。どうかしら?」
「馬鹿ね、一番大事なことが抜けているわ。お姉様は『誰からも愛される最高の吸血鬼』でしょう」

 一瞬目を丸くした八雲紫だが、笑みを零して私の言葉に同意する。ああ、実にその通りだと。
 八雲紫から視線を外し、私が館外に視線を向けると、そこにはお姉様が美鈴と話しをしている姿がある。外出する旨を告げているのだろう。

「お前の言ったことには一欠けらの間違いも無いよ。しかしよくもまあ調べ上げたものね。
幻想郷の管理者はストーカーが趣味かしら?どうせスキマを介してお姉様を覗いていたんでしょう」
「否定はしないわ。レミリア・スカーレットを把握することが私の急務だったもの。
まあ、予想以上のものが沢山見られて役得だったわよ。本当のあの娘の姿ったら、可愛くて可愛くてしょうがないんですものね。
あれなら貴女達が執着するのも理解出来るわ。まあ、貴女達がレミリアに熱心なのは別の理由でしょうけれど」
「今度は私達とお姉様の関係を探るつもり?ならば今度は命をベットする準備もお勧めするわ」
「天狗じゃあるまいし、そこまでデリカシーが無い訳では無いわ。とにかく、レミリアの実力が本当に『アレ』だというのは理解したから。
友の為に、私も時折はこの身を挺してあげるとしましょう」
「期待しない程度に期待してあげるわ、お姉様のオトモダチ」
「ついでに聞いておくけれど、その大切なお姉様に治癒魔術を使ってあげなかった訳は?
骨折程度ならその日のうちに治してあげられたでしょう?」
「その日のうちに治してなんかしまったら、お姉様は即座に紅魔館から飛び出して逃げていたでしょうよ。
時間を置いたからこそ、あんな風に前向きに頑張ってくれているのよ。心に深くトラウマを残した相手、博麗霊夢と自分から仲良くなろうってね」

 私の言葉に八雲紫は『成程』と苦笑交じりの納得をしていた。
 あんなに怖い目にあわせてしまったんだもの。お姉様がそんな風になるのは仕方のないことだ。だからこそ、今のお姉様の考えは本当に嬉しく思う。
 自分の命を護る為に、お姉様は幻想郷の鍵とも言える博麗霊夢と仲良くなろうとしている。それは本当に大きな意味を持つ筈だ。

「それで、他に訊きたいことは?」
「そうねえ…あと二つあったのだけれど、一つはもう構わないわ。貴女がレミリアを心から愛していることを理解出来たから。
もしレミリアを傀儡としているのだったら、私は本気で貴女を殺さなければならなかったわ」
「…良いわ、今回はお姉様を心配しての言葉だったから聞き逃してあげる。
何度も言うけれど、私達はお姉様のことだけを考えて生きているの。お姉様のいない世界になんて興味も無いし、どうでも良い。
お姉様がこの幻想郷で幸せを掴む為に、私達は生きるのよ。お姉様を人形にしたところで、私達の目的は叶わない」
「妖怪にしては本当に稀有な存在ね、貴女達は。今のご時世、力の無い妖怪を見下す妖怪なんてザラに居るでしょうに」
「力の有無で他者を判断するのは合理的だわ。けれど、それは獣のランク付けでしかない。あまりに原始的で獣臭いわね。
お姉様は確かに力が無いかもしれない。けれど、お姉様には私達の力がある。お姉様が足りない力は、私達で補えば良い。
さて、その場合貴女をはじめとする幻想郷の妖怪達はお姉様に勝てるかしら?」
「成程、確かに貴女の言う通りね。人脈人望もまた武器なり、か」

 八雲紫は楽しそうに微笑みながら、お姉様の傍へ行く為にその体を宙に浮かせる。どうやら近距離移動ではスキマを使わないらしい。
 ふよふよと前に出て、私達に背を向けたまま、八雲紫は最後の一つの疑問を問いかける。

「最後に一つだけ…貴女達、紅魔館は果たして幻想郷にとってどういう存在なのかしら?」
「悪よ。それもとびっきりの。ただ運命の神様は面白くてね、そんな穢れた存在のトップに無垢な女神様を降臨させてくれたらしいわ。
安心しなよ、八雲紫。お姉様が『この幻想郷で平穏無事に過ごしたい』と願う限り、私達はこの世界に害しやしない。
私達が幻想郷…ひいてはお前の敵に回るときは唯一つ、お前がお姉様を敵に回したときだけだよ」
「そう…充分な答えだわ。ならば私は明日の幻想郷の未来の為に、精々レミリアと仲良くするとしましょうか」

 私の回答に満足したのか、今度こそ八雲紫はお姉様の傍へと浮遊していった。
 八雲紫が背後からお姉様に抱きつく様子を眺めながら、私は笑みを零しながら口を開く。

「精々お姉様を必死で守り抜いて頂戴な。八雲紫、貴女は私達を上手く利用するつもりなんでしょうけれど、
私達はそれ以上に貴女を使いこなしてあげる。貴女の立場、お姉様への興味、その全てを貪り尽くすようにね」
「ふふっ…フランドール、貴女は悪巧みを考えているときは本当に表情が変わるのね。本当に姉とは鏡映しだわ」
「止めてよパチュリー。私が穢れきっているのはとうの昔から決まっていることなんだから。
私が汚れた分、お姉様が輝けばそれで良い。頑張って、お姉様。汚泥は全て私が引き受けてあげるから…」
「こらこら、私『達』でしょう?」
「…そうだね。私達、だったね。本当、パチュリーも馬鹿だよね」
「それはお互い様よ、フランドール・スカーレット。私達の歩む道は既にあの日から決まっているのだから」

 どちらからでもなく笑い合う私達は、一体何に対して笑っているのか。
 とりあえず今は、八雲紫と咲夜の間で奪い合い状態になって涙目になっているお姉様に対して、としておきましょう。
 今回はスタートを切ったばかり。賽は投げられ、最早後ろへは引き返せない。私達が取るべき行動は前進あるのみ。


 ――頑張りましょう、お姉様。私達もお姉様の幸せの為に、どんな事でもしてみせるから。








[13774] 幕間 その1 (修正)
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2011/04/23 09:11




 他の人はどうかは知らないけれど、私はそれなりに我慢強い方だと思う。
 ストレス耐性っていうか、そういうのが常人の三倍くらいはあるんじゃないかと思う時があるわ。
 まあ、そうじゃないと、こんな貧弱ボデー(3サイズ的な意味じゃなくて)で紅魔館の主なんてやってられないけれど。
 フランから地味な嫌がらせを受けようが、パチェからからかわれようが、並大抵のことでは私は動じない。
 確かに肉体的には最弱だけど。妖精にだって勝てないけれど。子犬なら良い勝負が出来る気がするけれど…って、話が逸れたじゃない。
 つまり、何が言いたいのかというと、私は精神的には強い筈なのよ。出来る子の筈なのよ。強い根っこを持ってる筈なのよ。
 だけど、だけどね…

「何よ、いきなり溜息なんかついて。本当、気持ち悪いわね」
「まあまあ、霊夢。この娘も色々と大変なのよ。何といっても紅魔館の主なんですもの」

 そんな私でも正直耐えられないこの状況って一体何なのよ…
 今、私は『護って巫女月天!最強巫女と仲良くなろう計画』の真っ最中で、博麗神社に何度目かとなる訪問をしている最中なんだけど…
 何故か私の傍に居る八雲紫大明神。なんで?なんでこの人が居るの?意味分かんないわよ。なんで最強の人間のところに最強の妖怪が居るの?
 博麗霊夢でさえ私のトラウマ的存在なのに、八雲紫なんて危険ランク特S級じゃない。なんでそんなヤバい奴がこの場所に…
 いや、分かってる。本当は分かってるのよ。私が骨折を治療しているときから、度々コイツは見舞いに来ていたわ。最初は気付かない振りをしていたけど、
最近はもう目を逸らさないことにした。そう、間違いないわ。コイツは間違いなく私のことを気に入っている。
 いや、もう本当に勘弁して下さい。何で?何で私?私なんか何の取り柄もないヘッポコ吸血鬼じゃない。なんでそんなのを気に入っちゃってるのよ?
 あ、ちなみにどうして八雲紫が私のことを気に入っていると判断出来るのかと言うと…

「アンタも最近よく来るのね、紫。しかもレミリアが来る日に限って」
「あら、それは仕方がないわ。だってこの娘、私のお気に入りなんですもの」

 …公言してはるんです、この最強妖怪。私がお気に入りだって、堂々と言っちゃってるんです。
 もうね、言っちゃうっていうか頭の何処かがイっちゃってるとしか思えない。身の危険とかそんなレベルじゃない。助けて女神様。
 これはあれか。博麗霊夢の高感度を上げようと頑張ってたら、何故か別フラグが立っていたとかそういうあれか。
 いや、本当に待って。博麗霊夢だけでも難易度高いのに、何強烈な爆弾抱え込んでるのよ私。こんなキャラ一体どうしろって言うのよ。
 八雲紫なんてどの選択肢選んでもBADENDしか見えないじゃない。貴女、同性愛のペドフィリアじゃないって言ってたのは嘘だったの?
 ちなみに私の八雲紫エンディングフローチャートは最弱バレ惨殺END、八雲紫の性玩具END、秘密ばらされ紅魔館のみんなから見捨てられるENDなど
よりどりみどりのエンディングが取り揃えているわ。って、本当に悲惨なENDしかないじゃない!むしろDEADEND見えてるじゃない!
 シット!大体どうして今日に限って黒白魔法使いはここに来てないのよ!?貴女は私とこの二人の良き緩衝材の筈でしょう!?
 いつもは大して用がないにも関わらず神社に入り浸ってるくせに(←人のこと言えません)、あんのお馬鹿、早く来なさいよ!
ていうか来い!いえ、来て下さい!本当にお願いします!土下座でもなんでもするから!
 このままじゃ私のストレスがマッハで駆ける白いジェットのように自由で。真剣(マジ)で私を助けて下さい。
 本当、この状況どうしよう…こういうとき、咲夜は使い物にならないし…

「何、今度はいきなり震えだして。風邪でも引いてるの?」
「い、いえ…そういう訳じゃないから気にする必要はないわ。ちょっと寒いだけよ」
「寒いって、こんなクソ暑い中?吸血鬼って本当に変わってるわねえ」

 私の言動に呆れかえる巫女。いや震えてるのは貴女達のせいだから。めっちゃ怖いから。命の危険本気で感じてるから。
 って、咲夜、貴女博麗霊夢の言葉を真に受けて私に上着をかけてるんじゃない!暑いから!本気で暑いから!外まだ三十度超える炎天下だから!
 あううう…な、何でこんなクソ暑い中で私は一人我慢大会なんかしなきゃなんないのよ…これが接客業の辛さなの?霊夢を接待することは
こんなにも大変なの?ううう…友情って簡単に芽生えないのね…おかしいわね、漫画じゃどんなに最悪な出会いでも、次の週ではお友達に…

「ちょっと咲夜、レミリア真っ赤になってるけど、これって実は暑がってるんじゃない?」
「まあ、この炎天下の中、そんな厚着させちゃあねえ」

 霊夢、紫。ごめんなさい、私は貴女達のことを勘違いしていたわ。
 貴女達は友達、私のかけがえのない友達よ。ユーアーフレンド…!人類はみな友達なのよ。私と紫は人間じゃないけれど。
 さあ、咲夜、早く私をこのクソ暑い上着から解放して頂戴。お母さん、そろそろ軽く天国が見えそうよ。
 貴女がぎっちぎちに結んじゃってるから、自分じゃこの服を脱げないのよ。ほら、早くして頂戴。お母さんがこの世に別れを告げる前に。

「かあ…いえ、レミリア様、本当に風邪などではないのですね?本当に上着は必要ないのですね?」

 霊夢達には見えないように、心底心配そうな表情を浮かべて訊ね掛けてくる咲夜。あ、駄目だ。この表情はヤバい。
 咲夜の時々みせる昔の顔(私をお母さんだと認識してくれる顔)は拙い。こうなると、なんだか駄目だと言えなくなる。
 なんていうか、咲夜の前では良い格好したがるというか、だってほら、娘の前じゃ格好良いお母さんでいたいというか…
 って、駄目よレミリア!貴女はそんな弱い意志でダメダメな選択肢を続けたからこそ、この悲惨な現状がある訳でしょう!?
 ここは鋼の意思で『クソ暑いのよ。お前は主の気持ちも読めないのかい、本当に人間って使えないわね』くらいは言うべきなのよ!
 さあ、言え!言うのよレミリア!言ってこの地獄から解放を!この煉獄地獄からの生還を!生きる…っ!生きて誰か素敵な人と添い遂げるっ!

「いや、折角の咲夜の好意だ。このままで構わないよ」

 娘の為に死ぬ…面白い人生であったわ。ああ、なんて無様。本当に情けない自分なんて大嫌い。
 ほら、霊夢が私を変な眼で見てる。紫に至っては笑ってる。畜生、私のせいじゃないのに。全部全部咲夜の優しさのせいだ。
 これで暑さのあまり気絶して二人に私が弱いことがばれたらどうしよう…やっぱり弱い吸血鬼なんて見向きもされないわよね…
 もし、このせいで私の『護って巫女月天!最強巫女と仲良くなろう計画』が失敗したら、その責任は咲夜に取ってもらおう。うん、それが良い。
 そうよ、私は一生咲夜に護ってもらうんだ。娘に護ってもらうなんて格好悪いことこの上ないけれど、下らない意地張って死ぬよりマシだ。
 咲夜に護ってもらいながら、私はケーキ屋さんのニューフェイスとして鮮烈デビューをしちゃおう。そして人里では知らない人間なんて
居ない程に有名なケーキ職人になるの。そしていつか素敵な人と出会い、恋に落ちるの。咲夜もお父さんが出来たら喜ぶかしら?
 ああ、でも私が本当は弱いことを咲夜が知ったら、私なんか愛想を尽かされちゃうかな…それは嫌だな…咲夜に嫌われちゃうのは嫌だな…
 ヤバい、本当に意識が朦朧としてきた。なんか霊夢が怒鳴ってるけど、よく聞き取れないや。ていうか霊夢、何時の間にそんな顔がぐにゃぐにゃに
なっちゃったのよ。数分前まで貴女、どこに出しても恥ずかしくない美少女だったじゃない。何その前衛芸術。そのセンスには
ちょっと時代がまだ追いついていないんじゃないかしら。昔のままの貴女の方がずっと綺麗だったわよ。その何倍も怖いけど。ああ、巫女怖い隙間怖い。
 …ちょっと、本当にもう無理。ああ、こんなドジ踏んで私の数百年の苦労が一瞬でパーだなんて…目が覚めたらこれが夢だったなんてオチはないかしら。















~side 霊夢~



 レミリアは変な奴だと思う。本当に変な吸血鬼だと思う。
 オロオロとする咲夜に膝枕をされながら、何やら魘されている情けない吸血鬼。
 そんな誇り高き吸血鬼様の姿を見ながら、私は呆れるように溜息をついた。これが本当にあのレミリアなのかと。

「本当に変な奴。初めて会ったときは人間なんて塵芥くらいにしか見ていない顔を見せていたくせに、
最近のコイツは人っ子一人殺せそうにない間抜けな姿ばかり見せるし…一体どっちが本当のレミリアなんだか」
「そんな瑣末なことは貴女自身が判断すれば良いじゃない。光を当てる角度を変えれば、人も妖もその姿は変わり遷ろうものですわ。
紅魔館の主としてのレミリアも、貴女の事を気に入り友人として訪ねてくるレミリアも、どちらもレミリアには変わりないでしょう?」

 私の呟きに言葉を返してくれたのは、最近レミリアと一緒によく神社に遊びに来る大妖怪、八雲紫。
 レミリアが暑さでぶっ倒れたとき、介抱を私とメイドに任せて自分はのうのうとお茶を飲み続けてくれた。一発本気でぶん殴りたい。
 私は後の介抱を咲夜に任せ、縁側でお茶を飲む紫の隣に腰をおろし、先ほどまで飲んでいた緑茶を再び嗜むことにする。うん、我ながら美味しい。
 自分の淹れたお茶の出来に満足しつつ、私は何気なく紫に話しかける。それは雑談のようなノリで。

「紫、アンタは強いわね。本当に強い妖怪だわ」
「あら、いきなり褒め殺し?その言葉は有難く頂戴致しますわ。それは博麗の血脈による直感かしら?」
「そんなもん知らないわよ。私はこれまで巫女見習いとして、何度か妖怪退治をやってきた。
その中で、色んな妖怪にお仕置きをしてきたけど…アンタは正直別格よ。全身から滲み出る妖力が半端じゃないのよ」
「…美辞麗句もそこまで並べられると逆に気持ち悪いと言うものよ。何、私を煽てたところで茶葉のお金は出さないわよ?」

 誰もそんなもん求めてないっつーの。まあ、確かに紫を褒めたいが為にこんな話題を私は出した訳じゃない。
 頬を小さく掻きながら、私は改めて言葉を続ける。それは、私が直感として感じた違和感。

「今回、そこの我儘お嬢様が引き起こしてくれた異変…そこで私は沢山の奴らに出会った。
紅魔館の門番、あいつは存在を感じた瞬間に強いと感じたわ。地下図書館の魔法使い、あいつも圧倒的な重圧を放っていた。
そして、そこでご主人様の心配をしてるメイドだって、正直人間とは未だに思えない。たったの一夜で、私はあの館で沢山の化物に出会ったわ」
「あら、化物とはおかしな言い草ね。貴女はそんな化物達を打倒してきたのでしょう?ならば貴女は一体何?」
「私は元々強いから良いのよ。私が言ってるのはあくまで私の知る『他の妖怪』と比べて。
私が会ったそいつ等は誰も彼もがランクの高い化物達で。私も『ああ、これが本当の妖怪なんだな』って思ったわ」

 だけど。そう前置きをして、私は視線を後ろへと向ける。そこに居るのは熱中症で倒れたおバカな吸血鬼。
 あの夜、私と壮絶な弾幕勝負をしていながら、日常生活ではこんなにも見事な駄目っぷりを見せてくれる不思議な生き物。
 紅魔館の主にして、現在、幻想郷中でスカーレット・デビルの二つ名として人妖に恐れられている誇り高き吸血鬼。

「だけど、私はレミリアから、そういうのが全く感じられないのよ。化物の空気っていうか、プレッシャーっていうか、そういうのがさ」
「これはこれは不思議なことを言うのね。貴女は異変解決の夜、あの娘と弾幕を交えたのでしょう?」
「まあ、そうなんだけど…確かにあのときは、『本気でコイツはヤバい』って全身で粟立つ位の何かを感じ取ることが出来たわ。
だけど…最近、よくウチに遊びに来てるコイツからはそういう妖怪の匂いが一切感じられないのよ。同じように傍に居るアンタからは
これ以上ないくらい身体が反応してるっていうのにね」
「へえ…博麗の血を持ってしても、レミリアを掴みきれないと。これは本当にひょっとすると…」

 人の話を聞くなりぶつぶつと何か一人言に走る紫。何こいつ、キモ。休日は壁に話しかけたりしてないでしょうね。
 会話相手を失い、私は溜息をつきながら、レミリアの方に再度視線を向ける。相変わらずメイドの膝枕の上で目を回してる。
 その姿のなんとお間抜けなことか。思い返せば、二度目の邂逅から今に至るまでも、コイツは本当に不思議というか、変な奴だった。
 メイドを従えて神社に来るなり、私に向って『お前のことが気に入った』とかなんとか言いだしたのよね。一緒に居た魔理沙なんか腹を抱えて
大笑いしてたし。私?私は呆れて口に咥えてた煎餅を零しちゃったわよ。勿体ないわね。
 それで、何でも異変の際に私と弾幕勝負して、自分に勝っちゃった私に興味が湧いたらしく、仲良くなりたいとか。
 正直、私はあんまりコイツに興味が無かったから『帰れ』って一蹴しちゃったのよね。そしたら、この吸血鬼、思いっきり涙目になっちゃって。
 本人は隠す気満々みたいだったけれど、我慢してるのバレバレで。その顔を一緒に見てた魔理沙が慌てて私の傍に来て、『おい、霊夢。小さな子供相手に大人気ないぜ』
なんて言ってきた。いや、こいつ化物だから。吸血鬼で紅魔館の親玉だからって私が魔理沙に言ったら、魔理沙の奴、本気で目が点になってたわね。
 まあ、それでも食い下がってくるもんだから、私の方が折れちゃって。だって、いい加減に面倒だったし、何よりレミリアの後ろでメイドがヤバいくらい
怖い顔で私を睨んでたし。多分あのままレミリア苛めてたら、私のこと殺す気だったわね。あいつ、本当に人間なのかしら。


 本当、変な奴だと思う。妖怪のくせに、私なんかに興味を持って、友達になりたいなんて馬鹿かと思う。
 おまけに異変以来、私が見続けているレミリアは実にあの夜のレミリアとはまるで別人な姿ばかりで。あの夜のレミリアが
冷酷無比な夜の覇者だとしたら、今私の知るレミリアは手のかかる我儘娘ってところかしら。あの日のレミリアは本当に別人だったんじゃないだろうかと今でも錯覚してしまいそう。
 知れば知るほど、レミリアは私の知る妖怪像とはかけ離れていて。本人は頑張って偉そうぶってるけど、肝心のところで押しが弱いからそれが傲慢にも感じなくて。
 そんなところが、魔理沙は気に入っているらしい。魔理沙の奴はあれで面倒見がいいから、私のところに遊びに来てはレミリアのことを猫可愛がりしている。
 …人間相手に涙目になって、ただの魔法使い相手に猫可愛がりされる吸血鬼。本当、なんなのかしら、コイツ。
 けれどまあ…コイツと友達になってからの騒がしい毎日は、そんなに悪くはないと思う。

「暑い暑いっと。よっ、お邪魔するぜ…って、何だ。レミリアにメイドも来てるじゃないか。それに紫も。
…ところで霊夢、なんでレミリアの奴、咲夜の膝の上で魘されてるんだ?」
「熱中症よ。暑いならあれと一緒に水風呂にでも浸かってくれば?」
「ああ、それも悪くないな。あの冷血メイドが許してくれるなら、という条件付きだけどな」

 私なんかと友達となりたいなんていう、奇特な奴。魔理沙以外に出来た、私の二人目の友達。
 本気で面倒だし鬱陶しいし何だか訳の分からないヘンテコな吸血鬼だけど…こういう日常も悪くないと思う。









[13774] 嘘つき妖々夢 その一 (修正)
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2011/04/23 09:24



 暑い夏が終わり、足早に秋が駆け抜け、そして次の春の息吹を待たんと寒い冬を迎えた幻想郷。
 寒気に彩られる風景を数少ない窓から眺めながら、私、レミリア・スカーレットは至福の時間を過ごしていた。

 …うん、具体的にいうと『ザ・引き籠り生活』なんだけどね。幻想郷に冬が来てからというもの、私は専ら紅魔館というか
自分の部屋に引き籠りまくりなんだけどね。ごはんとかお風呂とかそういうのはちゃんと室外に出るんだけどね。
 何というか、あの激動の夏が夢だったかのように最近は平和なのよね。お馬鹿な妹により引き起こされ、私がざっと三回くらいは
死を覚悟した紅霧異変から季節は流れ、最近は本当にびっくりするくらい平穏な毎日。いや、以前はこれが普通だったんだけどね。
 勿論、私の『貴女が私のサーヴァントか?ドキドキ霊夢と仲良くなろう計画』は現在進行形。この馬鹿みたいに寒い中、私は
頑張って週二日は必ず霊夢のところに通っているわ。でも、最近はそのことがあまり苦じゃなくなってるのよね。
 何故かって?ふふん、それはね、あの大妖怪、八雲紫が冬眠して神社に顔を出さなくなったからよ。
 あの何を考えてるか分からない、何の取り柄も無い普通平凡な私を気に入ったなどと抜かす意味不明最強妖怪が来なくなったのよ?
 もうそれだけで私の心労は大激減よ。霊夢も正直まだ少し怖いけど、間に魔理沙がいれば頑張れるし。魔理沙って良い奴よね、本当。
 この前なんか御裾分けと言って変なキノコくれたし。ただ、咲夜が本気で怒りながら魔理沙に付き返してたけど。斑模様が格好良くて珍味っぽかったのに。
 あ、そういえば、この前博麗神社でNABEをしたのよ、NABEを。霊夢と魔理沙と咲夜と私。四人で卓袱台を囲んでNABE。
 あれは本当に美味しかったわ。それにパチェに聞いた話なんだけど、NABEをするということは、東洋では友情の契りを交わす意味もあるらしいわ。
 つまり、私と霊夢は最早心通じ合った友人ってことよ。未だに目を見て話せないけど。不機嫌そうなとき声かけられないけど。それでも友達なのよ。
 とまあ、霊夢と仲良くなる計画は何とか順調に邁進中といったところかしら。次の目標は頑張って霊夢の目を見て話すこと。
 本当、他人と仲良くなるって難しいわ。同じ他人でも、魔理沙みたいなフランクなら、三秒で仲良くなれるんだけどね。まだまだ先は長いわ。


 …あー、うん、話がずれちゃったけど、話をまとめるわ。
 今は冬。八雲紫大魔神冬眠中。私絶賛お部屋に引き籠り中。うん、現状はこんな感じ。私ってば本当に駄目人間。
 いえ、私は人間じゃないから駄目吸血鬼かしら。あ、そういえばもともとダメダメ吸血鬼だった。てへり。
 でも、私がこんな風になってしまうのは仕方がないといえば仕方がないのよ。私だってこのままじゃいけない!と何度も思ったのよ。
 けれど、そんな私の鋼鉄の意思(ゼリーの間違い)を、いつもいつも今現在私の包まっている素敵アイテムが奪っていってしまうのよ。
 それはお布団。ふっかふかのお布団。私の代わりにと言わんばかりにお日様の光をこれでもかこれでもかと吸いつくしたマジックアイテムが
私の固い決意をいつも粉々に打ち壊してしまうの。今だってそう。もう起きなきゃと思っていても、身体がお布団から離れない。
 私の身体を温かく包み込んでくれるもっふもふのお布団。ああ…何て心地良いのかしら。ぬっくぬくのお布団が私を駄目にしていく。
 もっふもふ。ああ、なんて素敵なもっふもふ。いけない、お布団が心地良すぎるあまり、思いっきり包まってしまったわ。
 今の私はさしずめ吸血鬼の河童巻き状態。レミリア巻きの一丁上がり。…まあ、いっか。別に誰が見てる訳でもないし。引き籠り万歳。
 気持ちいいお布団に抱かれてごーろごろ。寝ぼけた頭でごーろごろ。ああ、本当にこのまま溶けてしまいたいくらいだわ。それ、ごーろごろ。ごーろごろ。

「ごーろごろ、ごーろご…」
『お嬢様、咲夜です。昼食の準備が済みましたので、お呼びに参りました』
「ひゅいっ!?」

 ノックの音とともに扉の向こうから突如聞こえた咲夜の声に、思わずお布団を剥ぎ取ってベッドの上に直立する私。
 …良かった。咲夜が部屋に入って来なくて本当に良かった。あやうく一生モノの傷(馬鹿なことしてる格好悪い母)を咲夜の心に残すところだったわ。










 昼食を取り終え、自室に戻ってきたはいいのだけれど、今日も今日とて別段これといってやることはない。
 いつもはパチェのとこから借りてきていた本を読んだり、自分の手持ちの漫画を読んだりしてインドア派全開で過ごしているのだけれど、
あいにく手持ちの本は漫画も小説も全部読み終えたのよね。となると、新たな本を入手しないといけないのだけれど…今日は小説よりも漫画な気分。
 けれど、漫画は残念なことにパチェのところには置いていない。パチェの奴、漫画読まないのよね。その他の本は活字中毒かってくらい読んでるくせに。
 だからまあ、私は漫画を入手する場合、外に出ないといけない訳で。ああ、面倒くさい。でもこればっかりは咲夜に買ってこさせる訳にもいかないし…
 漫画は自分が気に入ったものを買わないと面白くもなんともないのよ。少し前の話なんだけど、咲夜に漫画を買ってくるように言ったら、
買ってきたのは絵本だったのには本気で泣きそうになった。あの娘、漫画と絵本の区別もついてないのよね…月姫系買ってこいって言ったのに、
なんでかぐや姫買ってくるのよ。確かにルナティックなプリンセスではあるけれど。だから私はこの件に関してはちゃんと横着はしないことにしたの。
 とりあえず、新しい漫画本を買いに行くことにしよう。四、五冊程買ってくれば、私は遅読アンド読み終わった後の余韻で妄想とかするから
一つのシリーズで一カ月は過ごせるからね。新しい漫画本でこの冬を楽しくおかしく乗り切ることにしましょうか。主に自分の部屋での引き籠りライフで。

「そういう訳で新しい漫画を買いに行く。三十秒で支度しな。愚図は嫌いだよ」
「あ、はい。分かりました。三十秒で咲夜さんに許可を頂いてきますね」
「ちょ…じょ、冗談よ。十分くらいならここで待ってあげるから、ゆっくり行ってきなさい」

 そんな訳で、私は今、紅魔館の門の前で美鈴に買い物に付き合うようにお願いしているわ。
 何故美鈴なのか?その質問の答えを単純明快に答えさせて貰うと、『私の他に漫画を読む奴が美鈴しかいなかった』から。
 前述した通り、パチェと咲夜は問題外、フランなんか私のこの趣味を鼻で笑って『お姉様、幾つ?』なんて抜かしやがった。
 何よ!私が漫画を読むことの何処がおかしいのよ!五百歳が漫画読んじゃダメだって一体誰が決めたのよ!?漫画には夢が詰まってるのよ!
 漫画はね、漫画はね…って、いけない。変な方向に熱くなってしまったわね。うん、お馬鹿な妹の嫌味なんてどうでもいいのよ。どうでも。
 で、残る一人である美鈴はというと、何とまあ、実に私の趣味を理解してくれる奴で。昔、私が持っていた漫画を一冊貸してあげたら
『凄く面白かったですよ。これ、続きはありませんか?』なんて漫画オタ…ごほんごほん!漫画コレクターである私の心をくすぐるような
感想をくれたのよ。それ以来、美鈴は私の唯一の漫画フレンド。言わばMY同志って奴よ。少し古いかしら?
 そんな美鈴には、私が新しい漫画を買いに行く際には人里までついてきて貰ってる。あ~、理由?そんなの分かってるでしょう!?
 ええそうよ!私弱いものね!一人で人里なんていけないものね!一人で人里まで飛べるほど飛行能力もないものね!泣いてない!泣いてないわよ!
 そういう理由で、漫画を買いに行くときは常に美鈴に同行をお願いしているわ。いつも本を吟味しながら美鈴と漫画談議に花を咲かせてるの。
 ああ、今日はどういう方向の漫画を買おうかしら。ロボットモノも悪くないけれど、森の中のシルバーニアンが面白過ぎて、
どうしても比較してしまうのよねえ…今回は無難に学園恋愛モノとかかしら。ドロドロしてなければ、私恋愛モノも結構いけるクチだから。
 …しかし、やっぱり外は寒いわね。真冬なんだから当り前と言えば当り前なんだけど。今何月だっけ?一月末、寒いに決まってるじゃない。
 そんな感じで『うー』と寒さに震えながら美鈴を待っていると、何故か急に身体がほっこり。具体的に言うと、寒さが緩和されちゃった。
 その原因は私の身体に羽織らされた厚手の上着。もっふもふ、実に私好みな生地だわ。一体誰が私に上着をかけてくれたのか、そんなことは
考える必要も無くて。

「ありがとう、美鈴。流石にこの寒さには参っていたところよ」
「いえいえ、こちらこそお待たせして申し訳ありませんでした。
それに、これは私からではなく咲夜さんからですよ。『レミリア様がお体を冷やされたりしないようにお持ちしなさい』って」

 きゅん。咲夜、本当になんて良い娘なんだろう。お母さん、今本気で胸きゅんしたわ。
 もし貴女が女で我が子じゃなかったら迷うことなく告白していたところよ。なんて私キラーなのかしら、末恐ろしい娘。
 そんな娘の温もりを確かめながら(温度的な意味でも)、私は美鈴に出発するように言葉を紡ぐ。

「さて、早速人里の本屋へと向かうとしようか。勿論、霧雨道具店に寄った後でだけれど」
「了解しました。最後は茶屋で新作の菓子が出ていないか覗いて行くんですよね?」
「当然だよ。この私が知らない洋菓子なんてこの世に存在させてなるものか。新作が出てたら、買って帰るから」
「出てなくても買って帰るんですよね?パチュリー様、お嬢様のお土産を楽しみにされてましたよ」
「ふふっ、勿論パチェや咲夜、フランの分も買って帰るさ。そしてお前の分もね」
「ありがとうございます。帰ったら美味しい緑茶を淹れさせて頂きますね」
「そうだね。紅魔館では紅茶ばかり飲んでいるけれど、たまには緑茶も良いだろう」

 ころころと楽しそうに笑う美鈴に、私もつられるようについつい笑ってしまう。
 嗚呼、やっぱりこれくらいの平穏が私にはちょうど良いわ。お昼寝に漫画にお菓子、そんなワルツがいつまでも続けば良いのに。
 あ、余談かもしれないけれど、人里に着くまで私は美鈴に御姫様抱っこされてたわ。だって私、人里まで一人で飛べないもの。五分で失速するもの。
 思い出すのもかなり前の話。最初の頃、人里に行くまでどうするか迷ってたんだけど、美鈴が当り前のように私を御姫様抱っこしたのよね。
 驚く私に美鈴は『日光の中、お嬢様がお一人で日傘をさして空を飛ぶなどとんでもないです。私が運びますので、お嬢様は日光が当たらないように
日傘をしっかりとお持ち下さい』って言ったのよ。何でも、話をきけばフランも同じようにして人里に度々行ってるのだとか。
 ナイスよフラン。貴女の人任せな性格のおかげで、私は如何に人里まで運んでもらうかという点で悩む必要は無くなったわ。
 …でも、変な話よね。私、フランが屋敷の外に出てるの見たことないんだけれど。まあ、私の知らないときに出てるだけか。風みたいな娘ねえ。













「いらっしゃい…って、レミリアの嬢ちゃんか。こいつは久しぶりだな。何カ月ぶりだっけか?」
「久しぶりね、店主。寒冬で客足が伸びなくて、店が潰れていないかと館で冷や冷やしていたよ」
「馬鹿野郎、この寒冬のおかげで逆に客足は好調だよ。防寒具や暖機の売り上げが伸びる伸びる」
「あら、それは何よりね。その景気がいつまで続くのやら楽しみだわ」

 店に入るなり馴れ馴れしく話しかけてくる店主に、私も馴れ馴れしく言葉を返す。まあ、今更の付き合いだし良いのだけれど。
 人里の中にある何でも屋こと霧雨道具店。ここは私の最早行きつけの場所と言っても過言ではないくらいのお店だ。
 買い物の用件があるときには、いつもまずこの店から寄るようになっている。その理由は実に簡単なモノで…

「それで、今日は何を持ってきたんだい?嬢ちゃんの持ってくるモノは何でも上質のモンだからな」
「今日はこれよ。本を五、六冊と茶屋の菓子を適当に見繕える程度に換金して頂戴」
「織布か。これまた上質だな、それも保存状態が良い。これなら本屋の本なら五十冊は買えるぜ」
「そんなに要らないわよ。余った分のお金は咲夜の買い物のときに割引ってことで差っ引いといて。勿論…」
「お嬢ちゃんの差し金ってことは秘密に、だろ。分かってるよ。咲夜嬢ちゃんの来店時はいつも霧雨道具店は半額セールだからな」

 漫画本を買う為のお金を換金しに来てるのよ。紅魔館の宝物庫から物色したもので。
 …ちょ、ちょっと待って!違うわよ?泥棒とか盗人とかそんなんじゃないわよ!?これは私のモノなのよ!?そこは断っておくわよ!?
 説明すると簡単なもので。お父様が死んで、紅魔館の主の座が転がり込んできたとき、紅魔館は私のモノになってしまったわ。本気で不本意なんだけど。
 その時に一緒に転がり込んできたのが、紅魔館の財貨の全て。館の地下にあるお父様が蒐集していた金銀財宝お宝の山、山、山。
 後見人を務めていた(何時の間にそんな役職についてたのよ)パチェが私を宝物庫に連れていくなり一言、

『今日からこれはレミィのものだから。好きなように使って頂戴』

 …いや、待てと。ちょっと待ちなさいと。ぱっと見でも私の身長の十倍以上は積み上げられた財宝なんかどうしろと。
 とりあえず、その日の夜は怖くて眠れなかったわ。自分でも認める小心者の私が、急にこんな財産を押し付けられたのよ?
 もうね、眠れなった。この遺産を狙って誰かが私を殺しに来るんじゃないかとか本気で思ってた。いや、誰も来なかったんだけど。
 基本ビビりな私は正直こんな財宝なんて扱える訳がなく。悩んで悩んで悩み抜いて、私は答えを出したわ。『少しの間だけ私が借りていることにしよう』と。
 この財宝は、将来フランが紅魔館の主になったときに使えば良い。そう、これはフランのモノにしよう。私、ノータッチ。立場的にはお年玉を預かるお母さん。
 名目上は私のモノだけど、私的にはこれはフランのモノ。そういうことにしよう。で、必要が生じたら、私は時々このお宝からお金を借りよう。
 そして、将来ちゃんとフランに返そう。そういう考えにいきついたのよ。分かって貰えたかしら?
 だからこれは盗んだりしたものなんかじゃなくて、名目上は私のモノなのよ。私の中ではフランのモノだけど、そういうことなのよ。
 ちゃんと将来フランに返す為に、忘れないように買い物の度に金額をノートにメモしてるんだから。返す宛は…け、ケーキ屋さんが軌道に乗るまで待って欲しいなあ、なんて…
 咲夜の買い物に出してる分のお金は…生活補助費だからケーキ屋さんがチェーン店になるまで待ってほしいかなあ、なんて…

「ほらよ、お嬢ちゃん。これで足りなかったらまた店に来てくれな」
「充分足りる金額だわ。邪魔したわね、店主」
「なあに、嬢ちゃん達はウチの上客だからな。暇なときはいつでも来てくれよ。
それと、話は変わるんだが、レミリア嬢ちゃん、今年の夏に幻想郷中に紅い霧を…」
「失礼するわっ!!」

 店主が異変の話題を出すや否や、マッハで店を出ていく私と美鈴。
 うう、フランの馬鹿のせいで人里の中で私=紅霧事件=凄く強い吸血鬼になっちゃってるじゃない。
 今日、私が人里の中を歩いてるだけで、遠目でみんなヒソヒソ話してるし…店主にからかわれる前に脱出成功して良かったわ。
 というか、どうでも良いんだけど『霧雨』って最近どこかで聞いた気がするのよねえ。何だったかしら。










 霧雨道具店を出て、本屋に辿り着いた私は美鈴と二手に分かれて漫画の物色を始める。
 ここに来るまでの美鈴との協議の結果、今回はスポーツギャグ漫画の路線で攻めてみることにしたわ。
 スポーツギャグ漫画か…私的にはやっぱりテニキングとかミステルとか好みだわ。ニンニクマンはスポーツじゃなくてバトルだしね。
 あの手の漫画を探すとなると、しっかりと吟味しなきゃいけないわね。なんせ、このジャンルは当たり外れがなかなか激しい。
 この冬を乗り切る為にも、ここはしっかりと私達の目利きが試されるところね。頑張って探すわよ~。

「まずはこの辺りから…っと?」

 本棚を見つめながら、身体を横移動させていると、トスンと何かにぶつかる感じがした。
 いえ、トスンというかぽよんって感じだった。いえいえ、ぽよんというかぬるんって感じかも。なんというか、
言葉にするのが非常に難しい、私の国語能力が試されるような感覚だったというか。
 何にぶつかったのかを確認する為に、私は視線を本棚からつつっとそちらの方向へと向ける。

「…何これ?」

 そこにあったのは白。汚れなき純白。っていうか、本当に何よこれ。
 皺のない大きなビニール袋を力いっぱい膨らませたような風船ちっくな物体がふよふよと浮遊してる。
 …最近の本屋って、変なPOPを立てるようになったのね。その割には広告も何も書いてないし…変なの。
 軽く指でツンツンとつつくと、指先が以外にひんやり。どうやら意外と冷たい温度で保たれてるらしい。ちょっとキモイ。
 マジマジと凝視し、観察を続けていた私だが、それは白風船の向こうから聞こえた声によってストップすることになる。

「あ、すみません。すぐに半霊をどかしますから」

 女の子の声が聞こえたかと思うと、その白POPはふよふとと宙に浮き、数歩分後ろへ下がっていった。
 そして、その白風船の後ろから現れたのは、銀髪を肩口くらいに切り揃えた可愛らしい女の子。ただ…

「…サムライソード?」

 …その女の子、なんで腰にぶっそうなモノ(どうみても刀です、本当にry)ぶっ差してるんだろう。
 その日、私は本屋でサムライと出会った。魔理沙辺りに言ったら信じてもらえるかしら。無理っぽいなあ…























~side フランドール~



 咲夜は優秀だ。人間の身でありながら、吸血鬼(お姉様)の娘となった異端の娘。
 これまで十数年の付き合いとなるけれど、咲夜が実に秀でた人間であることはこれ以上ない程に理解しているつもり。
 だからこそ、私は咲夜を誰よりお姉様の傍に居させているのだし、お姉様の護衛を任せている。
 咲夜は優秀。それは絶対不変の事実。事実なのだけれど…

「ですからパチュリー様、敵は何故この主人公が変身しているシーンで攻撃を加えないのですか?
相手は憎き怨敵、己が計画を阻もうとする邪魔者、ならば遠慮することは無く一気に潰してしまえば良いではありませんか」
「いや、だからあのね…咲夜、何度も言うけれど漫画とはそういうモノなのよ。いや、私もレミィ程は分からないんだけど…」
「納得出来ませんわ。理解出来るまで、もう少し勉強することにします。
ほら、このシーンだってそうです。この敵は何故最初は70パーセントの力で戦おうとしているのですか?本気でやれば圧勝ではないですか」
「いや、だから…」

 …お姉様の漫画趣味が理解出来なくて、買い物の役目を美鈴に奪われたという理由で、漫画について必死に勉強する咲夜。
 そんな咲夜の姿を見ると、正直優秀というよりも『アホの娘』の四文字が浮かんでくる。
 いや、いくらお姉様と買い物に行きたいからって、漫画を勉強するって…そもそも漫画って勉強するモノなのかな。

「ん~…よく分かりませんわ。やはり実体験をしてみるのが一番なのかしら。
それではパチュリー様、フランお嬢様、今から私を八割殺し程度に痛めつけて下さい。そうすると、私はきっと超メイド人として…」
「「なれるかっ!!!」」

 結論。やっぱり咲夜はお姉様の娘だ。お姉様級のアホの娘だ。
 ああもう、お姉様の馬鹿。早く帰って咲夜の相手をしてあげて頂戴。私の大切な姪が色んな意味で駄目になる前に。








[13774] 嘘つき妖々夢 その二
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2009/11/14 20:19




 ニャーニャーニャンコロジーで人類ニャートレビアーン。
 前回までのあらすじ。何か本屋に侍ガールが居て白い変なの連れてました。スタンド?
 そんな訳で、今現在本屋の店内。漫画漁りに興じていた私の前に現れた(ぶつかった)一人の女の子。
 人間で言えば、外見からして歳は咲夜より少し幼いくらいかしら。うん、うちの咲夜には負けるけど、普通に可愛い美少女だと思う。
 ただ、その、なんていうか…突っ込みどころ満載過ぎるっていうか。何その腰にぶっ差した物騒な刀は。何このふよふよしてるキモイ白い物体は。
 観察すれば観察するほどおかし過ぎる。何ていうか、本屋とこの女の子という組み合わせが実にミスマッチというか。

「…あの、私に何か?」
「へ?あ、ああ、悪かったわね。初対面の相手に対して、少しばかり不躾だった」
「いえ、半人半霊は人里では珍しいですからね。そのように奇異の視線で見られるのには慣れてますから、気にしないで下さい」

 何この良い娘。ジロジロと眺めまわしていた私に対して、笑顔を浮かべて寛大な態度で許してくれたわ。
 う~ん、お姉さん久しぶりに若者に希望を持った気がするわ。こういう礼節を弁えている子が最近は少ないからねえ。巫女とか魔法使いとか云々。
 しかし、ハンジンハンレイが何を意味しているかは分からないけれど、どうやらこの娘も人里では物珍しい目で見られているらしい。
 その気持ち、痛いほどに良く分かるわ。私もフランのお馬鹿な異変さえなければ、パンピーでいられたのに、今や動物園のパンダ状態じゃない。
 だからまあ、共感しちゃった意味も兼ねて私から会話を続けちゃったのよね。本当、止せばいいのに。止せばいいのに。(大事なことだから二回言いました)

「お前も人里の連中にそんな風に見られるのか。私も同じでねえ…人間の視線が鬱陶しいったらありゃしない」
「人里は人間の里ですから、仕方ないと言えば仕方ないですよ。人のテリトリーに入っている私達が異端なのは当り前なのですから」
「確かにそれが正論なんだけどね。というか、別に敬語なんて要らないよ。お前は私の部下でも何でもないだろう?
初見の相手に別に尊大に振舞いたい訳じゃない。もっと楽に会話してくれて構わないよ」
「そうですか?貴女は吸血鬼、それも数百年は生きているのでしょう?年長者を敬うのは当然の事だと私は思うのですが」
「確かにそれはその通りかもしれないけれど…というか私、お前に自己紹介したかしら?」
「いえ、店に入る前に外で人々が噂してましたから。あの『レミリア・スカーレット』が今店に入って行った、と。
店内に居る吸血鬼、それは貴女以外他に居ませんし…」

 ちょっと待て。本気で待て。人里の連中は何私の行動を勝手に噂してる訳?というか何故に人里で私はここまで有名になってる訳?
 泣きたい。本気で泣きたい。初対面の相手に名前も歳も種族も何もかもバレバレな自分の境遇に涙したい。
 私はいつから人里のスターになってるのよ。むしろお訊ね者の方が近いかもしれない。賞金は600億$$か。人間台風か。
 本気で凹みかけてる私を余所に、サムライガールは『あの』と声をかけ直す。

「レミリアさんは数か月程前に紅霧異変で幻想郷中を騒がせたあのレミリアさんですよね?」
「いや、うん、まあ…そうね、私よね。やっぱり私の仕業よね。そうなってるのよね。ああそうよ、全部私が悪いのよ。
空が青いのも太陽が眩しいのも空気が美味しいのもお布団が気持ちいいのも紅霧異変も全部全部全部私が悪いのよね。
それがどうしたの?もしかして紅霧異変に関してお説教でもするつもりかい?」

 やるならやってみなさいよ。こちとら三秒で土下座する用意があるわよ。親御さんにだって謝りに行ってあげるわよ。
 隠された私の108の必殺技の一つである『華麗なる跳躍土下座(エレガント・ジャンピング・ジャパニーズ土下座)が炸裂する時がとうとう訪れたようね。
 さあこいバッチこい反省の弁はいくらでも並べてあげるわ。幻想郷のヘイポーと呼ばれた私の謝罪テクをその目に焼き付けなさい。

「いえ、そんなつもりは全然ありませんよ。
そもそも、冥界にまで紅霧は届いていませんし、私も噂を聞いた程度でしか知りませんから」
「へ?あ、そうなの…それなら別に良いんだけど」
「それよりも私はレミリアさんのその力の凄さに驚いているんです。
幻想郷中を覆い尽くす程の紅霧、そのまやかしの術式を詳しくは知らないのですが、それが余程の力を使用することは理解しているつもりです。
そんな大魔術を、レミリアさんは容易くやってのけたんですよね。凄いです、並大抵の妖怪では出来ないことです」

 …やばい。嫌な予感がする。あれかしら。やっぱりあれかしら。この娘あれなのかしら。
 出会ったときから何となくは感じていたのよ。無駄に礼儀正しかったり、変に生真面目だったり、しっかりしていたり。この娘そっくりなのよ。
 少し前の…まだ私のことを母様と呼んでいた頃の…私をキラキラした眼差しで見つめてくる咲夜にそっくりで。

「あ、あの…ちょっと良いかしら?」
「私が何よりも凄いと感心しているのは、現在のレミリアさんの在り方です。
幻想郷中に紅霧を発することの出来る、それほどの妖力を持ちながら、私の目の前に佇んでいるレミリアさんからは妖力を微塵も感じさせない。
なんという高レベルな気配殺し。まだまだ若輩者の私では到底出来ない、辿り着けない境地です。抜き身の刃ではなく、人里ではしっかりと
刀を鞘に納めている…他者に余計な威圧感を与えようとしない姿勢、尊敬に値します!」

 えっと…ちょっと何言ってるのか私にも分からないわね。ていうか、さり気なく傷つくこと言われてる気がするんだけど…
 妖力を感じないって…いや、少しくらい感じなさいよ。私のマンパワーをビンビンに感じなさいよ。私はここに居るでしょう。
 何これ苛め?本人が目の前に居るのに『あれ?○○は今日は休みか?きゃはは!』っていうアレ?お前空気なんだよコノヤロウってこと?
 何か未だに延々と少女は語り続けてるけど、私は今それどころじゃない。あ、やばい、本気で泣きそう。人前で泣かないって死んだお父様と約束したのに。いや、してないけど。
 ああ…純粋な言葉の暴力って心がこんなに痛いんだ。しかも相手に悪意がないところがもう。文句も言えないし…私、一体どうすればいいのよ。
 目尻に本気で涙が溜まりそうになってきたそんなとき、私の後ろから救いの手が差し伸べられて。

「はい、それ以上はストップです。何方かは分かりませんが、お嬢様が困っていますのでその辺で」

 私と少女の間に笑顔を浮かべて割り込んでくれたのは、紅魔館が誇る鉄壁の守護者こと紅美鈴。
 もうね、信じてた。美鈴のこと、私凄く信じてた。ああ、ヒーローはいつでもお姫様のピンチにかけつけてくれるのね。
 ただ美鈴、その右手に持っている読み掛けの漫画は見なかったことにするわ。漫画読むのに夢中になってて、私を助けるのが少し遅れたくらい水に流してあげる。

「お嬢様は誰かに褒められたくて異変を起こした訳ではありませんので、あまり
持ち上げられ過ぎてもお困りになるだけですよ。そうですよね、お嬢様?」
「そ、そうね。私にしてみれば、ほら、暇潰しみたいなものだったからね。それに異変は解決されたんだ。長々とする話題でもないだろう?」
「そうですか…分かりました、確かに私一人勝手に興奮して舞い上がってしまったみたいです。本当に済みませんでした」
「あ、いや…そんな風に真剣に謝られても困るっていうか…き、気持ちは嬉しかったよ!私はお前みたいな奴は嫌いじゃないからね!」

 私の一言に目をぱーっと輝かせるサムライガール。いや、嘘は言ってないよ嘘は。嫌いじゃない、ただ単に苦手なだけだし。
 やばい、この流れじゃまたこの娘が何時話題を元に戻すか分かったもんじゃない。何とか話題転換を…話題転換を…

「そういえば、私はまだお前の名前を聞いてなかったね」
「あ…し、失礼しました!私は魂魄妖夢、白玉楼にて庭師を務めさせて頂いている者です」

 ペコリと頭を下げるサムライガール。へえ、妖夢って言うんだ。霊夢の進化系みたいなもんかしら。
 ハクギョクロウが何かは分からないけれど、庭師ってことは美鈴と一緒か。こんな小さい娘が庭師って、なかなか世の中分からないものね。
 そう思わない?めいり…

「…美鈴?」
「はい?どうかされましたか、お嬢様」

 私の言葉にいつものように人懐っこい笑顔を浮かべる美鈴。うん、いつもの美鈴よね。
 …疲れてるのかしら。今、一瞬美鈴が凄く怖い表情を浮かべていたような…美鈴が?いつもぽわぽわしてる美鈴が?うん、あり得ない。
 咲夜とガチバトルで鍛錬してるときだってぽわぽわしっぱなしの美鈴だもの。今のは見間違いね。本当、疲れてるのかなあ。

「それで、妖夢は本屋に用があったのでしょう?何か本を探しているの?」
「ええっと…何かを探しているというのは合っているのですが、それが本なのかどうかも分からなくて。
幽々子様…じゃなくて、お嬢様に買い物を頼まれたのはいいのですが、それらが一体何処に売っているのか分からないという状態なんです」

 成程、そういうこと。この娘の主もお馬鹿ねえ、欲しいものは自分で一緒に探さないと期待外れに終わるというのに。主に咲夜のかぐや姫とかかぐや姫とか。
 妖夢が実に困った様子で手に持っているメモ用紙とにらめっこしている。何この初めてのお使い。そういえば、咲夜もこんな時期があったなあ…
 どれどれ、ここはお姉さんが見てあげるとしましょうか。妖夢の横からメモ用紙を覗きこんでみるとそこに書かれていたのは

『オスマン帝国の盛衰』
『まいちゃんの初めてのずきゅーん』
『ンドゥバの生態観察』
『ジルベルトスタイル~ルーザールースの全て~』
『ゆーとぴあとあるかでぃあ』
『ウルの血争奪戦~ミデ派とジャム派~』

 …何だこれ。何か色々とメチャクチャなラインナップっていうか、一つ明らかに少女に買わせちゃ駄目な本があるんだけど。
 妖夢のご主人様はちょっとおかしな人なのかしら。少女に春画本を買わせてハァハァするような性癖があるのかしら。
 いかん。いかんですよこれは。ちょっと妖夢の未来の為にも、とりあえずまいちゃんだけは購買阻止しないと…

「とりあえず『まいちゃんの初めてのずきゅーん』だけは購入出来たのですが…」
「買ったの!?よりにも寄ってそれ買ったの!?何でそれだけ見つけてくるの!?馬鹿なの!?死ぬの!?」
「へ!?よ、よく分かりませんがごめんなさいっ」

 駄目だこの娘、自分が何の本を買ったのか分かってない。
 まあ、確かに外装だけなら普通のただの漫画に見えるものね。右下に18禁って書かれてなければ。
 しかし、この娘のご主人様はこんな戯けたモノを読むのかしら…ましてやこんな真面目一徹の娘に買わせに?
 いや、確かにからかうと面白そうな娘だし、そういう意味では。いや、でも…というか、この娘さっきご主人様のこと『幽々子様』って
 言ってたし、女の主人がこんなの買わせるかなあ…そもそも本の種類がぐちゃぐちゃだし、オスマン、まいちゃん、ンドゥバ、ジルベルト…

「…あれ?オスマン、まいちゃん、ンドゥバ、ジルベルト、ゆーとぴあ、ウル」
「?どうかしましたか、お嬢様」
「いや、ちょっと待って美鈴。今何かピーンと…オス、まい、ンド、ジル、ゆー、ウル。
…ああ、そういうこと。そういうことね。何て回りくどい…というか、性格が悪いわね」
「えっと…レミリアさん、一体どういう意味ですか?」
「ストレートな意味よ。妖夢、貴女のご主人様って貴女を冗談でからかったり戯れ事を言ったりするのが趣味みたいなところあるでしょう?」

 私の言葉に『どうして知ってるんですか』と言わんばかりに目を丸くして驚く妖夢。やっぱりか。
 妖夢の様子に思わず溜息をついてしまう私。本当、妖夢のご主人様は何をやってるのよ。私だってこんな事しないわよ。
 不思議そうに首を傾げる妖夢と美鈴に、私は妖夢のご主人様が本当に頼みたかった買い物が何であるのかを説明する。

「簡単な縦読みだよ、妖夢。貴女の頼まれた買い物リストの頭文字を縦読みしてみなさい」
「へ?えっと…オ、マ、ン、ジ、ゆ、ウ。…って、ああああっ!!そ、そういうことですかっ!!」
「そういうことだよ。ちなみに妖夢、買い物を頼まれたときにご主人様は何か言ってなかった?」
「そうですね…確か『私はどっちを買ってきても構わないわよ~。解読されても美味しいし、されなくても面白いし』って…」
「どんぴしゃりだ。お前のご主人様はつくづくお前で遊ぶのが好きらしい。愛されてるねえ、妖夢」

 私のからかいに『嬉しくないです』と頭を押さえる妖夢。何だか振り回されて可哀そうねえ…この様子だとこういうのは
今日に始まったことじゃないみたい。まあ、一種の愛情表現なんでしょうね、これ。私は死んでも御免だけど。
 まあ、これで妖夢の買うものも分かったみたいだし、めでたしめでたし。思い悩む生真面目っ娘を救う、これで世界も平和になるわ。

「レミリアさん、本当にありがとうございました。私一人だったらまた幽々子様から良いように遊ばれていたと思います」
「いや、今でも十分に遊ばれてるような…ま、まあ解決したのなら何よりだわ。それじゃ私は漫画を…」
「妖夢さん、話を聞く限りでは貴女はこれからお饅頭を買いに行くんですよね?
それならば私達もこれから茶屋に行く予定ですし、ご一緒しませんか?これも何かの縁と申しましょうか」

 私が漫画漁りに戻ろうとした刹那、いきなりそんなことを提案し出した美鈴。うぉい!?私のギャグ漫画日和は!?
 何を持って美鈴がそんな提案をしたのかは分からないけれど、妖夢は『良いんですか?』という感じで私の承諾を待っている。
 いや、そんな目向けられたら断れないじゃない。ここで『いや私漫画探したいから一人で行って頂戴』なんて言ったら、私どんだけクズなのよ。
 う~、仕方ないわねえ…ちょ、ちょっと茶屋まで付き合ってあげるだけなんだからね!勘違いしないでよね!
 そんな感じで本屋を出ていく刹那、美鈴が購入済みの漫画を数冊袋に入れて持っているのが見えた。何時の間に買ったのよ。
 でもそんな瀟洒な仕事ぶりに痺れる憧れる。美鈴といい咲夜といい、どうしてウチには優秀過ぎる人材が集まるのかしら。
 主の私はコレなのに。こここ、コレとか言うなっ!












「へえ、そのお歳で剣術をそこまで…さぞや訓練は大変だったでしょう」
「いえ、そんなことはありません。私の剣が幽々子様を護ることにつながるのですから、厳しくも楽しい日々でしたよ」

 ハロー、こちらレミリア。何か私の隣で二人が体育会系丸出しのお話を続けていて会話に入れません。
 やれ気の練り方だのやれ人より一手先んじる構えだの全然意味が分かりません。何か除けものみたいで寂しいです。くすん。
 というか貴女達、仮にも女の子でしょう?そんな倒した倒された、切った切られたの話じゃなくてもっと健全な話をね?
 そう、例えばお菓子作りなんかどうかしら。この前の休日、私が一人で作ったアップルパイの話なんて良いんじゃないかしら。
 あれは実に上手く出来たと自負しているわ。パチェや咲夜には凄く好評だったし、あれの改良を更に考えても良いかもしれないわねえ。

「それで、対人戦における場合、あまり空を飛ぶことは――」
「――ですねえ。確かに近接戦闘よりも少し間合いを置いて距離を測りながら――」

 …くききー!何よ!そんな物騒な話の何が面白いのよ!そんなことよりサメの話しましょうよ!うがー!
 大体女三人集まれば姦しいという文字になるのに、今は女が二人と一人に別れちゃってるじゃない。どういう状況よこれ。
 かといって、話が弾んでる二人の邪魔はしたくないし、そんな空気の読めない奴にはなりたくない。茶屋に新作のお菓子は
置いていないし、話には入れないし本当にダメダメ過ぎる。はあ…早く注文したお菓子こないかなあ。こういう日はさっさと帰って
お部屋でゴロゴロするに限るわ。あ、その前にお菓子食べないと。咲夜に温かい紅茶を淹れてもらって、スイーツタイムに身を委ねて…

「お待たせしました。こちらが注文頂いた商品になります」

 …っと、やっときたわね。本当、こんなにお客を待たせちゃ駄目じゃない。将来ケーキ屋を開くときは、その辺りも心がけよう、うん。
 妖夢と美鈴がお菓子を受け取っている姿を眺めながら、私はようやく帰宅できる事にほっと一息。ああ、息が白い。
 さあ、帰るわよ美鈴…って、あれ、まだ妖夢と話してる。随分長く談笑してるのね…商品を貰うや、戦闘話に花を咲かせる乙女談議。
 ご主人様を無視してこれだけの放置プレイは並みじゃ出来ないわよ。誰もそんなところ見てないでしょうけど…って、いつまで私を無視するかー!

「それじゃ美鈴、そろそろ帰るよ」
「あ、それなんですけどお嬢様、少しばかり寄り道しても構いませんか?」
「へ?ま、まあ…寄りたいところがあるのなら、別に私は構わないけれど、何処に行くつもり?」
「ええ、妖夢のところに。何でも妖夢がレミリアお嬢様に今日のことのお礼もかねて、彼女のご主人様にお嬢様を紹介したいらしいです」

 …は?え、何で?私何も関係ないっていうか、何もしてないっていうか…何これ、どういうこと?どういう展開な訳?
 ニコニコと話す美鈴の横で、妖夢がぺこりと小さく頭を下げている。いや、私早く帰って漫画を…

「駄目…でしょうか?」
「だ、駄目な訳ないだろう?私を持て成そうというその気概が気に入ったよ。
さあ、お前の主人の屋敷に案内なさいな。この私が遊びに行くんだ。それ相応の歓迎を期待してもいいのでしょう?」
「は、はいっ!」

 うぼぁー。違う、違うのよ。今のは不可抗力なのよ。良い格好しいの悪い癖っていうか…くそう、それもこれも幼咲夜みたいな空気纏ってる妖夢が悪いのよ。
 ま、まあ…ただ友人の家に遊びに行くだけだし。お持て成しして貰って、向こうのご主人様とちょちょっとお話して解散すればいいだけだし。
 ああ、妖夢ったらあんなに嬉しそうにキラキラして…ま、まあ良いか。純真な女の子の笑顔を奪うのは大人のすることじゃないものね。ちょこっとお茶に付き合って
その笑顔を守れるのなら安いものだわ。私、レミリア・スカーレットは弱い者の味方だもの。まあ、私より弱い者っていったらアリとかそんなレベルになるんだけど。
 それにしても妖夢のご主人様かあ…さっきの買い物を見る限り、ちょっと不安だわ。何か変わり者っぽい空気あるし。
 でも、私はこう見えて霊夢や紫と友達だからね。よっぽどのことが無い限り、大丈夫でしょ。美鈴も居るし。しかしまあ、やっぱり不安だわ…色々と。



















 ~side 妖夢~



 その出会いには偶然という言葉はあまり用いたくは無い。
 私に表現を許させて貰えるならば、この出会いは必然だったと力説したい。私とレミリアさんの出会いは必然だったのだ、と。

 私が幽々子様にお使いを頼まれ、人里に下りてきたときに度々よく耳にしていた一つの噂があった。
 それは今夏、幻想郷中に大騒動をもたらした一人の吸血鬼のお話。紅魔館の主にして最強と謳われる吸血鬼、レミリア・スカーレット。
 幻想郷中を紅霧で覆うなどというとんでもない事をしでかした吸血鬼の話題で、今夏の人里は話が持ちきりだったのだ。
 私も最初にその噂を耳にしたときは『迷惑な奴もいたものだ』と思った程度だった。しかし、そのことを幽々子様にお話しすると、
幽々子様は少しばかり楽しそうに微笑みながら、私の意見に言葉を向けた。

『確かに迷惑以外の何ものでもない妖怪の短絡的な行動だわ。自己顕示欲に塗れた実に妖怪らしい、ね。
けれど、それは物事の表面だけを見つめ続けた場合の解答だわ。私は妖夢にはそこで終わるような人間になって欲しくない、そう願っているわ』

 最初は幽々子様の仰る言葉の意味が理解出来なかったが、何度も人里とを往復することで、段々と見えてきた答えがあった。
 紅霧異変において、少なくとも人里で被害を被った人間はほとんどいないということ。居たとしても、少し気分を害した程度で命に関わるような
ものではない。あれだけ大掛かりな紅霧を発生させながら、かの吸血鬼は他者に害を与えないように異変を生じさせたのだ。
 あれだけの大魔術、それも妖怪の術式を人間に害を与えないように組み合わせて精密に散布する。それは一体いか程の技量と力を
求められるのか。そして何よりも驚いたのは、この異変によって吸血鬼は人一人妖一匹屠ることなく、幻想郷中に自身の名を広めてみせたのだ。
 無駄な殺生をすることなく、どこまでも高潔にこの世界に挑む姿、その何と強き在り方か。回り道をしてようやく気付くことが出来た
事実を私は年甲斐もなく幽々子様に、英雄伝を語る子供のように熱論してしまった。そのときのことは何度思い出しても恥ずかしくなる。
 私の敬意に満ち溢れた吸血鬼話に、幽々子様は『成程ね。話半分に聞いていたけれど…紫には悪いことをしたわねえ』などと仰られていた。
 何故ここで紫様の話題をしていたのかは未だによく分からないけれど。


 それから月日は少し流れ、いつものように幽々子様に買い物を頼まれ、人里で頭を悩ませていたある日のこと。
 いつもとは違う、少しざわついた人里の空気に何事かと耳を傾けていると、どうやらこの人里に例の吸血鬼が訪れているらしい。
 その噂を聞いて、私は少しばかり自分の胸が高鳴るのを感じていた。いつも噂だけは耳にしていた噂の吸血鬼。彼女がここに居るというのだ。
 そのとき、私の心は己が欲望に少しばかり駆り立てられた。――会ってみたい。実際に会って、お話してみたい。
 今思えば、その時の私はある意味暴走状態だったように思う。噂話によって作られた偶像をレミリアさんだと信じて疑わず、
紅魔館の吸血鬼は強大な強さを持ちながら、誰よりも高潔な存在だと断定しきっていた。いわば自分の中のレミリア像を勝手に押し付けていたのだ。
 けれど、実際に会ってみて、私は自分の考えが間違いではなかったことを確信した。
 私が出会った吸血鬼――レミリア・スカーレットは普通の妖怪とは一線を画する存在だったのだ。
 あれだけの異変を起こしたにも関わらず、自身の力を威張りひけらかそうとはせず、むしろ慎み深くさえその姿はあった。
 私が熱を込めて異変のことを語っても、当のレミリアさんはどこ吹く風。まるで他人事のように興味なさ気に聞き流すばかり。
 己が妖力すらも殺し抑え、必要なとき以外は静かに佇んでいるその姿に、私は自分の目指す姿を垣間見た気がした。あれが私の目指す高みなのだと。
 
 凄いのは何もレミリアさんだけではない。彼女の従者である紅美鈴さんもまた規格外に位置する妖怪だ。
 レミリアさんの前に立ち、彼女の身体を護ろうとする彼女の姿はまさに付き人の鏡そのもの。その達振る舞いには一切の隙もない。
 きっとあのとき右手に持っていた書物は武器にもなるのだろう。美鈴さんと向かい合ったとき、私の全身に流れる武人の血が熱くなるのを感じた。
 あれだけの実力者をレミリアさんは付き従わせているのだ。その本人の力は語るべくもないだろう。

 幽々子様から頼まれた買い物を終え、帰宅しようとしていたレミリアさんを美鈴さんを通して引き止める。
 自分でも、どうしてこのような行動に出たのか不思議に思う。だけど、このままレミリアさんと別れるのは、絶対に駄目だと私の中の何かが告げていた。
 協力してくれた美鈴さんには本当に感謝してもしきれない。美鈴さんが背を押してくれたからこそ、こんな行動に移れたんだと思う。
 現在、顕界と冥界の結界に穴が空き、行き来が容易となっていることも幸いした。幽々子様もレミリアさんに関して非常に興味を持たれていたし、実際に
会ってみたいと何度か呟いていたこともある。ならば、幽々子様もレミリアさんをお連れすれば喜ぶに違いない。
 自分の欲望と主の望みが一つにつながったことを理解し、少しばかり胸の内が軽くなるのを感じている私は、本当にズルイ人間だと思う。
 ただ、それでもレミリアさんや美鈴さんともう少しお話がしたかったというのが自分の偽らざる本心だ。
 今の私はきっと、理想の英雄に出会うことの出来たただの子供。傍から見れば、間違いなくそのように浮かれているのだろう。















 ~side 美鈴~



 白玉楼。その言葉を耳にした瞬間、お嬢様と会話していた少女の素性が理解出来た。
 冥界にて幽霊管理を司る亡霊――西行寺幽々子。間違いなく彼女はその関係者。
 使えると思った。利用出来ると思った。彼女を上手く引き込めば、お嬢様は西行寺幽々子と出会いを果たすことが出来る、と。
 この幻想郷中の実力者達と縁を結ぶという点において、西行寺幽々子はフランお嬢様やパチュリー様が話題に上げていた人妖の中でも
かなりの重要人物だ。元人間の身でありながら、他者を容易に死へと誘う禁忌の能力。敵であれば恐ろしいが、味方にすればこれ以上の人物はない。
 ただ、彼女もまた冥界を管理する程の実力者。こちらの薄っぺらい取引や話し合いに乗るとはとても思えない。
 なればこそ、やはり八雲紫同様にお嬢様を見てもらうしかない。お嬢様を見てもらい、『気に入って』貰えればこちらの勝ちだ。
 ただ、それ相応のリスクがあるのは確か。お嬢様の未来の為とはいえ、お嬢様を冥界までお連れしなければならないのだ。
 そういう意味では、八雲紫や博麗霊夢とは危険度がかなり違ってくる。なんせお嬢様を護る駒が私だけなのだ。咲夜さんやパチュリー様、フランお嬢様の助力は期待出来ない。
 …思わず笑いそうになる。だから、何だ。私は一体誰だ。私は美鈴、紅美鈴。紅魔館の盾にして、お嬢様を護る守護者なり。
 もしものときは私がお嬢様を護ればいいだけのこと。お嬢様を逃がせばいいだけのこと。何なら人間の姿を捨ててしまっても構わない。
 それだけのリスクを背負うだけの価値が西行寺幽々子にはある。だからこそ、この好機は逃さない。私一人の命でお嬢様の未来が買えるなら安い物だ。
 幸い、妖夢はお嬢様を曇り一点もない瞳で見つめている。そこに付け込む隙はあり、私はお嬢様が白玉楼へと行く道を築いた。
 西行寺幽々子に気に入られるかどうか、それはお嬢様次第。ただ、そのような結果になっても、お嬢様は私が護る。ただ、それだけだ。



 …あと、余談なんですけど、妖夢は少し人を疑うというか、そういうのを身に付けた方が良い気がします。
 今回の件が終わったら、色々と指導してあげようと思います。なんていうか、昔の咲夜さん見てるみたいで本当に心配。
 少し雑談しただけなんだけど、この娘、本当に良い娘だってのは痛いほど分かっちゃったし。うーん、将来変なことで騙されたりしないと良いけど。








[13774] 嘘つき妖々夢 その三
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2009/11/15 17:35





 お見合いってあるじゃない、お見合い。人里とかで人間がやってるアレね。
 まあ、私は恋愛結婚派なんだけれど、ああいうのも悪くないかなって思ってる。お見合いという特別な出会いの下、
ゆっくりと二人の仲を深めあい、そこから恋愛へと発展していく。実に素敵なことだと思うわ…って、私の恋愛観はどうでも良いのよ。
 とりあえず、そのお見合いのシーンをまず想像して欲しいの。出来た?出来たわね?ならば、次はそのお見合いの主役の一人に
自分を据える。OK?ここまでは大丈夫?なら、次にお見合いの相手。その相手に八雲紫が来たと想像してみなさい。
 …何、嬉しいですって?むしろ望むところですって?お馬鹿!分かってない!私の意図することが全然理解出来てないわ!
 ええい、それじゃ八雲紫じゃなくて、貴方の天敵と思えるような、メチャクチャ苦手な奴を想像して頂戴。
 出来た?出来たわね?なら最後に一つ――それがもし現実だったなら?はい死んだ!今貴方死んだわよ!
 …さて、少しばかり回りくどい説明になってしまったわね。つまり、私が結局何を言いたいのかと言うと…

「まあまあ、虚空を見つめて如何しましたか?これでは折角の温かいお茶が冷めてしまいますわ」

 今現在の私ことレミリア・スカーレットは、八雲紫に並ぶ程の難敵――魂魄妖夢の主こと西行寺幽々子と
机を挟んで向かい合っている次第であります。加えて言うならお茶を共に飲んでいる次第であります。…死にたい。





 そうね…まずは何処から説明始めたらいいのか、正直自分でも混乱してるわ。
 妖夢のご主人様のところに遊びに行くことになってたのは良い。それは良いんだけど…何で私は冥界まで連れていかれてる訳?
 私ね、妖夢のご主人様って人里に居るものだと思ってたのよ。人里の金持ちの家なんだろうなってくらいにしか考えてなかったの。
 そうしたら、妖夢が『行きましょう。目的地は冥界です』なんて言い出したのよ。冥界って。冥界って。冥界って。(大事なことなので三回言いました)
 冥界に関する知識くらい、私にもあるわよ。簡単に説明すると、冥界=オバケワールド。閻魔様のお裁きにあって、無罪と判断された人の魂が
次の転生を迎えるか成仏するまでの時間を過ごす魂の楽園。言うならばオバケが目指したシャングリラ。今なら言えるでしょうここがそう楽園なのよ。
 そんな場所に生きたまま連れられた私…い、いやああ!!まだ死にたくないいい!!大体美鈴も引き止めなさいよ!何『楽しみですね~』なんて笑顔で言ってるのよ!
 そもそも何で人間の妖夢がそんなトコに住んでんのよ。そういう感じの質問をしたら、妖夢は不思議そうな顔で『?何故って、私、半人半霊ですよ?』。
 詳しく説明を聞いたところ、何でも妖夢は人間と幽霊のハーフなんですって。いや、そんな話聞いてないわよ!ハンジンハンレイってそういう意味なの!?
 つまり、そのマスコットキャラみたいに妖夢の周りをふよふよしてる白いのは本当に魂で…な、南無阿弥陀仏っ!ゆっくり成仏していってね!
 ちょっと無理。本当に無理。私、そういうホラーだけは駄目なのよ。オバケとかそんなの反則過ぎるでしょう?あまりにも怖過ぎるでしょう?
 分かってる。私自身、吸血鬼なんてアホみたいな存在のくせに、幽霊怖がるなんてどうかとは思う。けど、怖いもんは怖いんだからしょうがないじゃない!
 もう幽霊の園に今から行くって時点で私のテンションは最低値更新だった。早く帰りたい。咲夜に会いたい。咲夜のごはん食べたい。
 そんな泣き言を心の中で何度も呟きつつ、あれよこれよという間に、気づけばおいでませ冥界。
 …って、ひいい!白いふわふわが沢山飛んでる!飛び過ぎでしょってくらい飛んでる!妖夢のは一つだったから怖くなかったけど、これはヤバい。
 そこから先は、妖夢の主人の屋敷まで私はひたすら目を瞑って美鈴に抱っこされてたわ。情けない?はっ、そんなの今更よ、恥ずかしくもなんともないわ!
 そして、辿り着いた屋敷は馬鹿みたいに大きくて。いや、紅魔館に住んでる私が言うのもなんだけど、住んでる人間どんだけ偉いのよって
レベルで広い建物で。武家屋敷スタイルっていうのかしら。とにかく見事なジャパニーズ屋敷だったわ。
 大きな門を潜り抜け、そこに現れたのは妖夢のご主人様。桃色の髪に、紫クラスのぼんきゅっぼん。美女と美少女の中間点くらいの容貌を持つ女性。
 そいつは私達を眺めるなり楽しそうに笑みを零し、『遠路遥々ようこそ白玉楼へ。客人方、この屋敷の主である私、西行寺幽々子が皆様を歓迎いたしますわ』と言葉を紡いできた。
 …もうね、その瞬間分かった。分かっちゃいました。この女、正真正銘の化物だって。紫レベルの規格外の化物だって。
 私のビビりセンサーが振り切れて計測不能になってる。もうこの場から今すぐ逃げ出したいレベルで警報が鳴りまくってる。それくらいヤバい。
 紫の妖力や霊夢の霊力とは対極の恐怖っていうのかしら。その女から別段特別な力の強さは感じない。でも、解かる。解かっちゃうのよ。
 多分、美鈴とか咲夜とかみたいに強い連中には解からないんでしょうけれど、弱い私だからこそ解かる圧倒的な死の気配。それがこの女から濃密に感じ取れるのよ。
 で、そんな女からお茶を招待され、断る事も出来ずに今に至る…と。分かった?分ったでしょう?私がこんなにビビり通してる訳が。

「どうしました?もしや緑茶はお嫌いですか?」
「いや、そんなことはないさ。こう見えて和風もいける口でね。有難く頂こうか」
「そうですか。それは安心しましたわ」

 幽々子の笑顔に、私も笑みを返してそっと湯呑に手を伸ばす。あ、ヤバい。私、今手がメッチャ震えてる。
 身体の震えを抑えながら、必死に私がお茶を飲んでる間、私の目の前で繰り広げられる幽々子と妖夢のヒソヒソ会話。
 なんか妖夢が幽々子に耳打ちしてる。客人の前でちょっとあれはいけないわね。そう思わない、美鈴?

「お嬢様、折角ですので先ほど買ってきた茶請けを開けませんか?折角のお茶会ですし」

 このお馬鹿野郎。貴女はいつからそんな緊張感無し子になったのよ。この状況で私達が持ってきたお菓子なんか幽々子が食べる訳…

「あら、それは嬉しいわ。貴女方さえよろしければ、喜んで頂きますわ。本来、持て成す側の台詞ではないとは思いますが」
「…美鈴、買ってきた菓子を出しなさいな。折角の茶会だ、楽しくなくては意味がない」
「はい、了解しました」

 食べるんだ。普通に食べるんだ。まあ、いいけど…少しでもこの空気が変わるなら、全然OKなんだけど。
 箱からお菓子を取り出している美鈴と妖夢を横目に、幽々子はお茶を一度喉を通したのち、再び私に話しかける。

「聞けば妖夢がお世話になったようで。本当にご迷惑をお掛けしました」
「こっちが好きで世話を焼いたんだ、気にすることじゃない。それに妖夢に一番迷惑をかけたのは他ならぬ誰かさんだろう?」
「うふふ、これも偏に愛情表現ですわ」

 クスクスと上品に笑う仕草。ああ、やっぱりコイツ絶対紫と同類だ。類友だ。実は紫の親友とかそんなオチはないでしょうね。流石にそれはないか。
 この手のタイプは会話が成立しにくいっていうか、本当にコミュニケーションが取りにくいのよね…掴みどころがないっていうか。
 まだ霊夢みたいに感情をストレートにぶち当ててくれる方が楽な気がするわ。まあ、その度に泣きそうになるけど。霊夢、言葉強いのよね…
 ああ、幽々子の奴、凄く私の方を見てる。絶対観察してるわよコレ…いっそお茶漬け出してくれないかな。そうすれば全力で逃げ帰るのに。

「レミリア・スカーレットさん。紅魔館の主にして、今夏の異変を引き起こした張本人。友人からお噂は色々と窺っておりますわ」
「どうせ良からぬ噂だろう?まあ、褒められたことをした訳でも無し。私は他人になんと言われようが気にならないけれど」

 嘘です。めっちゃ気にします。陰で悪口言われてるなんて想像するだけで鬱入ります。枕を涙で濡らしてしまいそうです。
 ストレス耐性はある方だとは思うんだけど、そういう方面は脆いのよ。お願いですから酷い噂じゃありませんように酷い噂じゃありませんように。

「ふふっ、勿論良いお噂の方ですわ。私の友人はレミリアさんの大の追っかけファンでして。
貴女のご武勇を何度も彼女のお聞きし、私も貴女に興味を持っていましたの。偶然とはいえ、妖夢を通したこの出会いには感謝したく思います」
「へえ、それは奇特な友人を持ったものだね。恐怖せずに私に興味を持つなどまともな人間とは思えないな」
「生憎と私も友人も人間ではありません故」
「…そうだったわね。それと幽々子、私相手に敬語は必要ないよ。互いに部下を持つ主だ、妖夢の前で変に遜った姿など見せなくても良い」

 私の言葉に、ぽかんと目を丸くする幽々子。いや、だって敬語で話されるとこっちが偉いみたいじゃない。むしろ私が向こうに敬語使いたいくらいなのに。
 基本ビビりでヘタレな私としては、こう、上下関係の探り合いみたいな会話はちょっと精神的に無理なのよ。
 もっとフランクな感じで小粋なアメリカンジョークなんか挟める会話がちょうど良いのよ。そんなもん挟んだこと一度もないけど。
 …というか、私の発言に幽々子の奴、めっちゃ笑ってる。畜生、そんなに変なこと言ったつもりないのに。また私は苦笑されるようなことしたのか。

「本当、貴女は変わってるのね。吸血鬼という前提を忘れてしまいそう」
「お嬢様は変わってますからねえ。変わり者の素敵なご主人様です、はい」
「ええ、実に素敵なご主人様のようね。成程、これなら人が付いてくる訳だわ。妖夢の話は強ち間違いという訳でもないみたいだし」

 こら、美鈴。貴女後でちょっと校舎裏に顔貸しなさい。そこは怒るところでしょう。ご主人様をフォローするところでしょう。
 何幽々子と一緒に笑ってるのよ。うわ、駄目、何この疎外感。私一人何が面白いのか全然わからない。
 話に入れないのが悔しかったので、とりあえず用意されてる煎餅を一枚齧りつく。美味しい。ブラッドソースとか付けたらもっとイケる気がする。

「さて、レミリア。今日は貴女の事をもっともっと知りたいと思っているわ。
貴女と私の距離を近づけること、それはきっと双方共に実に実りのある事だと私『も』考えているもの」
「私のことなんか知っても仕方がないだろうに。私の歩んできた人生(もの)なんて実に些細でちっぽけなものさ。
風が吹けば柳に、地が揺れれば水面の蓮葉に。流れ流され好き勝手に生きてきただけなのだから。それはこれからとて変わらない」
「そう、風に舞う枯葉のように、身を流れに委ねるのは容易でいてとても難しいこと。けれど、貴女は須らく成し遂げている。
泥船の上で揺れ乱れる海上をさも当然のように享受する、漆黒の大海には魑魅魍魎がいつ寝首を掻かんと蠢いているというのに」

 …あれ、何の話?私のことが知りたいって話じゃないの?何よ泥船とか魑魅魍魎とか。
 やばい、素で頭が痛くなってきた。私の華麗なニート生活を遠回しに伝えただけなのに、何か言葉が難解になってきてる。
 いや、これはもしかしたらワザと難解な言葉を使って、理解出来ない私の様子を見て『ぷぷっ、教養のない娘』って笑ってるのかもしれない。
 かっちーん。なんて失礼な奴だろう、こう見えて私は漫画だけじゃなく小説だって読んでるというのに。だったら話は早いわ。
 私も適当な言葉を使いまくって知識人ぶってやる。ふふん、妖怪としてはダメダメだけど、ハッタリだけは得意なんだから。

「足元に蔓延る虫けらなんぞに気を散らしては道も歩けないよ。この刹那は私だけの為に在る、ならば胸を張って笑って歩くだけさ」
「ふふっ、勇ましい人ね。その在り方、好意に値するわ。常人なら気を狂わせても仕方のない境遇を、貴女は一歩も引かずに勇往邁進し続けている。
妖夢も心惹かれる訳だわ。貴女はその在り方が眩い、例えるなら線香花火。その輝きは周囲に集う闇夜の化生程目を奪われて離さない」
「その衆愚の中にお前も自ら入ってくれるのかい?西行寺幽々子」
「あら、私は既に己は線の内側だと思っていましたわ。レミリア・スカーレット」

 えっと、何。つまり、どういうこと?拙い、全然解からない。私が線香花火で幽々子も線香花火で遊びたいってことくらいしか…
 頭を必死に悩ませてる私に気付いたのか、隣に座っていた美鈴がそっと私の耳元に口を近づけ、幽々子の言葉を噛み砕いてくれた。ナイスよ、美鈴。

「つまり、幽々子様はお嬢様のことが『好き』ってことみたいですよ」
「っっっっ!!!!!!」

 美鈴の言葉で、本気で全身が総毛だった。え、嘘。今の会話ってそういう会話だったの?
 ギギギと顔をゆっくりと幽々子の方に向けると、依然としてニコニコと笑みを浮かべたまま私の方を見つめているではないか。
 いや、確かに言われてみれば、その視線は若干熱っぽいっていうか…ま、まさかまさか。いや、確かに妖夢に意地悪なことをして喜んでた
時点でそういう気配も無くは無かったっていうか…西行寺幽々子、貴女ってもしかしなくてもそういう趣味があるの?

「あ、あの…幽々子、結論を急ぐようで悪いんだけど、その、つまるところ…」
「ふふっ、私ともお友達から始めましょう、ということよ。よろしくお願いしますわ、レミリア・スカーレット」

 お友達からスタート→発展有り→ゴールイン→子供が三人くらい。フォォォォォォォ!!!無理無理無理無理無理!!!絶対無理!!!
 え、嘘、いやちょっと待って、私そっちの趣味ないから。私至ってノーマルだから。同性愛とか無理だから。
 またなの?また同性愛者でペドフィリア嗜好なの?紫の疑惑はまだ解かれていないのに、更にキャラ追加するの?馬鹿なの?死ぬの?
 いや、確かに将来的に私も良い人と一緒になって、いつか咲夜にお父さんを…っていう未来ビジョンはあるわよ?だけど、それが女って。いやいやいや。
 幽々子なんかぼんきゅっぼんだからどっちがお母さんになるのよ。というか、むしろ私が娘みたいじゃないのよ…って、そういう問題じゃない!
 拙い拙い拙い拙い拙い。幽々子も紫クラスの危険指数叩きだしてるのに、狙われでもしたら軽く死ねる。無理やり畳に押し付けられて

『私のモノになるのと死ぬの、どちらがお好みかしら?』

 とか言われたら本気で抵抗ゼロのバッドエンドになる。というか18禁どころのレベルじゃない。想像したくない。
 ああああ、私の型月センサーがニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ――とか鳴り響いてる。助けて遠野志貴映姫。今何か変なの混ざった。
 とにかく話題をずらさないと…何とか私から興味を削がないと…またか。またこういう展開なのねコンチクショー!
 不自然に感じられない程度に、私はその場から立ち上がり、部屋と庭園を遮っている障子を開く。その先にあるのは、大きな一本の枯れた桜の木。
 他には特にない…仕方ない、この桜の木に私の全てを賭ける。お願いだから、何とか話題を変えて頂戴。

「これは見事な大桜だね。これほどの大きさのモノは過去に見たことがないくらいだよ。冥界とはこのようなモノが溢れているのかい」
「ふふっ、お褒めに預かりまして光栄ですわ。ただ、その桜は特別なものよ。
その桜は幾度の春を迎えても、一度たりとて桜が咲き乱れることはなかった」
「へえ…そいつは勿体ない。これ程見事な桜の木は他に無いだろうに。
咲かぬ桜とはまた変わりモノだね。何なら紅魔館に持って帰ってあげようか?」
「ふふ、花は咲かぬとも、大地に根強くそそり立つその姿は充分絵になる美しさでしょう?」
「手放す気は無い、と。それは残念だね」

 良かった。これで幽々子が『じゃああげるわ』なんて言ったらどうしようかと思った。こんなデカイ桜なんか持って帰ってもどうしようもないし。
 しかし幽々子、見事に桜の話題に食いついてくれたわね。なら、後はこの話でお茶を濁して適当なところで『そろそろ帰らないと』って言って帰ろう。
 うん、それがいい。流石に冥界に行くことはもう二度とないだろうし、幽々子も私のことを忘れて別の女の子を引掛けてくれるでしょう。
 さようなら西行寺幽々子。貴女のことは二、三日くらいは忘れないわ。来世ではお友達でいましょうね。今世だけは勘弁して頂戴。
 私は幽々子から離れるように、一歩一歩桜の木の方へと近づいていく。幸い、冥界の今日の天気は曇りで太陽の日が差してないから日傘無しで大丈夫。
 しかし、近くで見れば見る程大きいわね、この桜の木は。こんだけ大きいくせに、桜の花を咲かせないってどんな詐欺よ。大飯ぐらいもいいとこじゃない。
 春になっても咲かないって…そ、そうだ!良いこと思いついた!この桜の木を利用すれば良いんだわ!幽々子と私の絆を引き離す方法、
それも私の身の安全を買えるという(幽々子に恨まれない)条件付きの素晴らしいアイディアが!
 思いつけば善は急げ。私は大木にクルリと背を向け、幽々子の方に笑顔を浮かべながら言葉を紡ぐ。どうか成功しますようにっ。

「幽々子、お前は『この桜は幾度の春を迎えても花が咲かない』と言ったね」
「ええ、言ったわ。私の知る限り、幾百の四季を廻ろうとも、この桜は微塵も反応しなかった」
「そう、幾度の春を迎えても確かに過去に一度も咲かなかったかもしれない。けれど、それで未来が確定した訳でもないだろう?」
「…レミリア、貴女」

 ふふふ、名付けて『咲かぬならそのままで居て下さいホトトギス』作戦よ。
 この咲かない桜を利用して、私と幽々子を良いお友達のままでフェードアウトさせてやる。さあ耳を傾けなさい、西行寺幽々子。

「私は人一倍我儘で自分の思い通りにならないことは嫌いなんだ。だから、そんな絶対の運命なんて認めてやるものか。
幽々子、私はこの場所にまた遊びに来るよ。桜咲き乱れるこの大桜の下で、お前と一緒に酒を酌み交わす。
数百年、我儘放題だった桜を肴に大宴会だ。それは実に面白そうだとは思わないかい?」

 桜咲いたら遊びに来ます→桜咲かなかったら遊びに行きません→この桜は絶対花開きません→遊びに行けません→ハッピーエンド
 す、素晴らしい。我ながら完璧過ぎる作戦で、思わず鳥肌が立ってしまったわ。私の明るい未来が、明るい明日が今この手で切り開かれたのよ。
 ほら、幽々子の奴ったら茫然としてる。うぷぷっ、ごめんなさいね、西行寺幽々子。恨むなら貴女のその性癖を恨んで頂戴。私は至ってノーマルなのよ。

「…そう、ね。それは実に心躍る風景だわ。私と貴女と封ぜられた誰か…三人でお酒を楽しむのも、悪くないかもしれないわ」

 勝った!嘘つき妖々夢、完!!次回からは私の『レミリア様のさっと一品』のコーナーが始まるわ。楽しみにして頂戴。
 さあ、あとは適当にお茶を濁して帰るとしましょう。私はね、もう二度と厄介事には巻き込まれたくは無いの。ごめんなさいね、幽々子、妖夢。





















 ~side 幽々子~



 成程、今なら紫の言っていたことが実に良く分かる。
 レミリア・スカーレット。彼女は他者の心を惹きつける何かをその身に宿している。
 最初に紫にレミリアのことを聞いたとき、私は話半分で聞き流していた。そのような吸血鬼など居る筈がないと。紫のいつもの冗談なのだと。
 そう思ってしまった私を一体誰が責められよう。何処の世界に妖精にも勝てない吸血鬼が存在すると言うのか。ましてやそれが
今幻想郷中を騒がせている、あのスカーレット・デビルともなれば尚更。だからこそ、冬眠が明けたら私はまず紫に謝罪しなくてはならない。
 あの時は冗談だと笑ってごめんなさい。そしてありがとう、こんなにも興味深い吸血鬼の存在を私に教えてくれて。

「妖夢、貴女にも感謝をしないとね」
「は?わ、私ですか?特に褒められるようなことをした記憶がないのですが…」

 困ったような表情を浮かべる妖夢の頭を撫でながら、私はクスリと笑みを零す。
 この娘がレミリア達との邂逅を果たさなかったら、恐らくは私の中でレミリアは紫との雑談の登場人物で終わっていただろう。
 それを妖夢が見事に壊してくれた。私の下に、運命を運んでくれたのだ。これを褒めずして何を褒めれば良いのか。
 妖夢が連れてきたレミリア・スカーレット。彼女は会話をすればするほど、紫の言っていたことが肌で実感出来て。
 吸血鬼のくせに弱く、小心者で、臆病で――だけど、それ以上に純粋で、真直ぐで、心が強くて。私を前にしても、彼女は最後まで紅魔館の主で在ろうとした。
 その姿のなんと勇ましく、そして可愛らしいことか。弱き身体に宿すは、全ての悪辣な運命を跳ね返すだけのとびっきりの優しい心。
 吸血鬼、その種族に驕らず、慢心せず、見つめる先は光の未来。その色に絶望も投げやりさも存在せず、ただただ己が未来を直視する勇気があるだけ。
 紫が気に入る訳だ。あの娘は、私達のような力のある化物にはない輝きが溢れている。言わば闇夜に蠢く私達にとって、決して触れ得ることのない黄金の太陽。
 力も能力も才もない。けれど、彼女に人は付いていく。例えば、今日レミリアが連れていた紅髪の妖怪。あれは容易に人に慣れ尽くすような存在ではない。
 けれど、今や首を垂れてレミリアに絶対の忠誠を誓っている。彼女をそうまでさせるのは、国士無双の力でも、ましてや悪辣非道の経歴でもない。
 レミリアの持つ輝きが彼女をそうさせる。レミリアだからこそ、あの妖怪は彼女に付き従い護るのだ。例え今日、私が何かレミリアにしようものなら
己が命を犠牲にしてでも彼女を護っただろう。レミリアの隣で笑う妖怪の表情の裏には、それ程の濃密な殺気が生じていた。
 
 ああ、考えれば考える程にレミリアの事が頭から離れない。これ程までに面白いと感じたのは何時以来だろう。
 これなら確かに向こう側の計略にワザと乗ってあげるのも悪くは無い。レミリアの算段では無い、私とレミリアをつなげようとする謀略の切れ端。
 その残香は感じ取れたが、こちらには利こそあれど損することなど一つもない。ならば踊ってやるのも良いでしょう。レミリア相手に、紫がそうしたように。
 あとは一度くらいはレミリアの裏の顔を務めている妹さんにも顔合わせしておきたいけれど、一度に全てを望むのは欲張りというもの。
 まずは一歩一歩、この薄氷の上で踊り続ける英雄に近づいてみることにしましょうか。それに今は、一つだけやるべきことが出来た。

「妖夢、これから少し忙しくなるわよ」
「は、はいっ」

 西行妖――決して花開かぬ、朽ちた大桜。けれど、この桜が花咲かぬ理由は古い書物を読み知った。
 この桜の木の下には、何者かが封印されている。そしてその封印の為に、この西行妖は桜の花を咲かせぬのだと。
 その事実は、今より幾分前に知り得た事。何者が封印されているのか興味はあれど、今まで行動に移すことは無かった。
 けれど、今日ここで一人の友人が私の背中を押してくれた。この桜の木の下で、花弁舞い散る中で共に酒を酌み交わしたいと。
 ならば今の私に躊躇する理由など無い。西行妖が花開く方法は一つ心当たりがある。後はそれを実行に移すだけ。
 寒風の吹き荒ぶ中、私は顕界へと戻っていた友人の言葉に心踊らせる。朽ちた桜木の下、彼女が笑顔で話してくれた私との約束。

「ふふっ…春風の花を散らすと見る夢は覚めても胸のさわぐなりけり」

 この西行妖の乱れ咲く中、私とレミリア、そして見知らぬ誰かと酌み交わす酒。
 それはきっと、顕界も冥界も分け隔てることのない、この上なく甘美な味になるだろうから。








[13774] 嘘つき妖々夢 その四
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2010/05/05 20:02





 寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒いっ!!寒いがゲシュタルト崩壊してくるくらい寒い!
 室内だというのに、衣服を五枚重ねで着こんでガタガタ震える私。いやホント正直洒落にならないくらい寒い。
 そんな私に、隣で本を読みながら紅茶を飲んでいたパチェと茶菓子の準備を整えてくれている咲夜は、心配そうに私を見つめてくれている。
 …あ、ごめん。少しだけ訂正させて。パチェの奴、今確実に唇の端がつり上がってた。コイツ、絶対私の様子を見て楽しんでる。

「流石の吸血鬼様も冬の寒さには勝てないか。まあ、これだけ寒いと仕方無いといえば仕方無いけれど」
「パチェ…私はこんなにも震えているというのに、どうして貴女はそんな平然としていられるのよ…」
「あら、だって私は防寒の魔法があるもの。私の周囲は常に快適温度に保たれてるわ」
「ちょ、ちょっと!そんな便利なモノがあるなら私にも分けなさいよ!どうして一人占めしてるのよ!?」
「ごめんなさい、レミィ。この魔法、一人用なのよ」

 ここここの紫もやしがあああ!!(※レミリアはパチュリーよりもやしっ娘です)お前は一体何処の骨川おぼっちゃまだこらああ!!
 くそ、あのパチェのニヤニヤ顔が苛立たしい。どうにかあの顔を崩してやりたい。だったらこれならどうよっ!

「ちょ、ちょっとレミィ!?何いきなり抱きついてるのよ!?」
「うるさいね。親友が一人ガタガタ寒さに震えてるんだ。少しくらい暖を与えるのがお前の役割だろう」
「んあっ!?ちょ、ちょっと何処触って…」

 知るか。同性相手にそんなこと気にしてられないわよ。ああ、パチェの奴、凄く暖かい。こんな素敵なモノを一人占めするなんて許せない。
 …というかパチェ、服の上からは解からないけれど、意外と大きいのね。むうう…こちとら五百年生きてるのに、未だにつるぺたんこだというのに…
 いいわ、こうなったら寒気が過ぎ去るまでずっとパチェを抱き枕にしてやる。あら、それ意外と良いアイディアかもしれないわ。
 夜中にむきゅむきゅ言うのが難点だけど、それ以外は文句のつけようがない素敵枕じゃない。良い香りとかするし。

「お嬢様、お戯れもその辺りに。パチュリー様が困ってらっしゃいますわ」
「ふんだ、そんなの自業自得さ。パチェの奴は少しくらい困らせてやるのが…」
「お・嬢・様?」
「ひっ!?」

 咲夜の声に、私は思わずパチェから飛びのいた。何、今の地獄の奥底から捻り出されたような声は。
 慌てて咲夜の方を振り返ると…うん、いつも通りの咲夜だ。何だろう、今凄く身の危険を感じたんだけど…具体的に言うと、幽々子や紫以上のプレッシャーが。
 寒さ続きで具合が悪いのかな。とりあえず、そういうことにしとこう。何かこの件を突き詰めると危険な気がするし。

「もう…レミィも唐突に訳の分からない事をしないで頂戴。心臓に悪いわ」
「仕方ないだろう。それもこれもこのいつまでもいつまでも続く寒さが悪いんだ」
「そうですねえ…もう五月だと言うのに、大雪続き。このままでは紅魔館の茶葉や燃料の蓄えが尽きかねませんわ」

 そう、私がこんな状態になるのも実に仕方のないことなのよ。何故なら今は既に五月。それなのに外は大雪。気温0度近く。舐めてんの?
 というか、もう葉桜が見え始めても悪くない季節にコレはおかし過ぎるでしょう。何処かの馬鹿が四季を操るかどうかして無理やり現状を続けてるとしか思えない。
 確かに冬は嫌いじゃないわ。昼夜問わずにふかふかのお布団の中でゴロゴロするのも悪くない。けどね、これが何カ月も何カ月も続くと段々苦痛になるのよ。
 こんな天気じゃ気軽に漫画の新作も買いに行けやしない。ああもう冬の馬鹿馬鹿馬鹿。寒さの大馬鹿野郎。
 大体霊夢は何をしてるのよ?これは最早立派な異変もいいところでしょう?前にフランが起こした異変よりよっぽど性質が悪いわよコレ。
 寒さが続けば食物は育たず人々は飢え苦しむのよ?お米が育たないのよ?今年の作物は間違いなくほぼ壊滅じゃない。一体どうするのよコレ。
 ああああああ、何処の馬鹿妖怪か知らないけれど、本当に余計なことをやってくれる。叶うならそいつの横顔思いっきりぶん殴ってやりたい。
 こんなことを画策した首謀者はさっさと霊夢にコテンパンにのされれば良いのよ。いや、もう霊夢にこだわらない。魔理沙でも良いわ。魔理沙が駄目なら咲夜でも…

「…そうか、その手があったわね」
「?どうしたの、レミィ」

 不思議そうに首を傾げるパチェに、私はニヤリと不敵に笑ってみせる。ふふふ、何でこんな簡単なことを思いつかなかったのかしら。
 この件は間違いなく異変。そして、こんな馬鹿げたことをして下さった奴がこの幻想郷の何処かにいる。ならば、霊夢に任せるまでもないわ。
 霊夢と同等レベルの力を持つ奴が代わりに解決すればいいのよ。さて、問題。私の知りうる人物の中で、霊夢と同等の力を持ち、なおかつ異変解決をお願い出来る人と言えば?

「咲夜、少し訊きたいことがあるんだけど、構わないかしら?」
「ええ、何なりと」
「お前は霊夢――博麗霊夢より自分が弱いと思うかい?」
「お戯れを。博麗の巫女など物の数ではありません。お嬢様さえお望みならば、私は神をも屠って御覧にいれましょう」

 し、痺れるっ!なんて格好良い素敵解答なのかしらっ!咲夜、お母さん改めて貴女に惚れ直しちゃったわ。
 そう、ウチには霊夢に勝るとも劣らない最終兵器が居るのよ。十六夜咲夜、私の自慢の一人娘にして人間完全に辞めちゃってる最強メイド。
 この娘ならこんな異変なんてちょちょいのちょいで解決してくれるに違いないわ。そして幻想郷に暖気をもたらしてくれること間違い無し。

「十六夜咲夜。紅魔館が主、レミリア・スカーレットが命じるわ。
この何処何処までも続くような戯けた冬をもたらした元凶を遠慮なくぎったんぎたんにしてあげなさい」
「――心得ました。お嬢様の期待に添えるよう、結果を手にして御覧にみせますわ」

 私が命じるや否や、咲夜は瞬間移動でもしたかのようにその場から煙のように消え去って行った。
 命令されて即実行~瀟洒の十六夜咲夜~。マーべラス!流石は私の自慢の一人娘!レモンティーとシナモンティーの違いが分かる娘は流石に違うわね!
 これで一週間も待てば異変は解決ね。咲夜は本気で戦えばウチでトップの実力者だし。…勿論、フランを除けばだけど。あれは別格よ。
 あとは果報を寝て待てば否が応にも春~spring~ってわけよ。ああ、こういう夢ならもう一度会いたい。春が来る度咲夜に会える。

「咲夜を異変解決に向かわせるなんて、本当に春が恋しいのね、レミィ」
「当り前だよ。こんな馬鹿みたいな寒さ、いつまでも付き合ってられるもんか。ましてや、それが作為的な現象ならね。
巫女が解決してくれるまで待ってあげようと思っていたんだけど、いつまでも笑って耐えてあげられる程私は寛容じゃない。
大体、幻想郷の他の妖怪どもはこんなことをされて何とも思わないのか。この寒さは妖怪の種類によっては、致命的なダメージになりかねないというのに」
「巫女はともかく、幻想郷の妖怪達は異変を楽しむ傾向にあるからねえ。永く生きると、愉しいと感じられるモノが限られてくるのよ。
妖怪の山なんかじゃ、今頃天狗どもが雪見酒と洒落こんでるんじゃない?」
「馬鹿らしい。雪見酒なら越年前後に十分楽しめただろう。今、私が求めてるのは桜酒だよ桜酒」
「お酒なら咲夜に用意してもらえば?良いワインがあるって咲夜が言ってたわよ?」
「別に酒が飲みたい訳じゃなくて私はただ春が欲しいのよ。ああもう、寒い。
こんな馬鹿なことをしでかしてくれた奴は、さっさと咲夜にぎったんぎたんにされればいいのに」
「一体誰がこんなことしてるのかしらねえ。案外レミィの知ってる奴だったりして」
「八雲紫が幻想郷の管理者という立場で無かったら、まず真っ先に疑っていたかもね。まあ、どうせ何処の誰とも知らない馬鹿な妖怪が犯人さ」

 八雲紫か。冬の寒さという欠点が無ければ、私はこの異変に賛成してあげたのに。あれがいつまでも冬眠したままだし。
 そういえば、八雲紫で思い出したんだけど、最近は大雪続きと寒さで全然霊夢のところに通えてない。霊夢と仲良しお友達計画が完全に頓挫しちゃってる。
 ううー…まあ、仕方ないよね。それに結果、全然出てなかったし…霊夢、私と話すときいっつも不機嫌だし…未だに目を見て話せないし…
 正直、この計画もう駄目だとなんとなく分かってるのよね。霊夢の好感度、少しも上がらないんだもん。クリア対象外なのよ、彼女。
 神社行っても、私ほとんど魔理沙としか会話してないし…ヤバい、何か素で泣きたくなってきた。駄目よ、レミリア。諦めたらそこで試合終了なのよ。まだ慌てるような時間じゃないわ。
 もう少し、うん、もう少しだけ頑張ろう。それでも駄目だったら諦めよう。もしかしなくても、霊夢も私のこと迷惑がってるのかもしれないし。迷惑ばかりかけるのは嫌だし。
 胸の内を整理するとなんだかスッキリしたかも。何はともあれ、まずは咲夜に頑張ってもらってこの永遠の冬を止めてもらいましょう。
 そして来る四季を迎えいれましょう。春は花をいっぱい咲かせて夏は光いっぱい輝くのよ。秋は夜を目いっぱい乗り越えるのよ。だけど冬、てめーは駄目だ。

「さて、異変解決の為に咲夜もいなくなったことだし…パチェ、覚悟は良いかしら?」
「…そういえば私、図書館で仕事が残ってるんだったわ。それじゃレミィ、私はこれで」
「逃すかっ!」

 逃げるな私の人間懐炉。お前の持ってる春を私によこしなさいっ。普通に寒いのよコンチクショウ。
 無理矢理抱きつく私に抵抗を試みるものの、パチェの体力が私よりちょこっと上しかないことくらいお見通しなのよ。それじゃ私からは逃れられないわ。
 やがて、抵抗を諦めたパチェは溜息をついてなされるがままになった。フッ、完全勝利。ああ、パチェは本当に暖かいなあ…それに気持ち良いし。

「もう…レミィったら、子供みたい」
「暖を取ろうとする本能的行動に大人も子供も関係ないのさ…ああ、パチェは本当に暖かくて気持ち良いなあ。柔らかいし、良い匂いがする。私の好きな匂いだ」
「…ばか」

 パチェのお腹部分に抱きついたまま、椅子をベッド代わりに寝転ぶ私。パチェ、本当に私の抱き枕になってくれないかな。切実な意味で。
 世界広しといえども、こんな高性能な抱き枕は二つとないわ。自信を持ちなさい、パチェ。貴女なら抱き枕界で頂点を獲れる逸材だわ。
 その感触や美鈴の膝枕に勝るとも劣らない。美鈴見てる?貴女を超える逸材がここに居るのよ…

「…あのー、ええと、もしかして取り込み中だったりします?」
「ッッッッッ!?」

 あら、見てるどころか本人居るじゃない。何時の間に来たのか、部屋の扉のところに美鈴が苦笑しながらこっちを見てる。
 というかパチェ、美鈴に声をかけられるや否や、私から離れるって何のイジメ?別に女同士なんだし、気にすることないでしょうに。
 まあ、いいや。美鈴が来たのなら、今度は美鈴に私の抱き枕ならぬ抱き懐炉になってもらおう。美鈴はウチで一番のむっちむちだから、きっと暖かいに違いないわ。

「いや、構わないよ。何か用?休憩で暖を取りに来たのなら、遠慮はいらない。ここでゆっくりしていくといい」
「あはは、それも悪くないんですけれど、今は先に用件の方を。お嬢様に知人のお客様がお見えになってますよ」
「客人とは珍しいわね。この寒い中、わざわざ来てくれたんだ。凍えさせるのも悪い、ここまで通してあげて頂戴」
「ええ、お嬢様ならそう仰られると思いまして、一緒に連れてきちゃいました」

 ううん、咲夜程じゃないけれど阿吽の呼吸というか。美鈴はいちいち言わなくても私の気持ちを悟ってくれるから助かるわ。
 でも知人って誰かしら?私、自慢じゃないけれど友達どころか知り合いだって本当に少ないからね。純粋の超引き籠り人だからね。
 わざわざ私を訪ねてくれるような人ねえ…魔理沙くらいしか好感度高い人いないんだけど…その魔理沙も一度もウチに遊びに来たことないし。
 一体誰かしら。そんな風に思考を巡らせていると、扉の向こうから現れたのは、全くもって想像だにしていなかった人物。

「貴女は…魂魄妖夢?」
「はい、お久しぶりですレミリアさん」

 そこに居たのは、頭に幾許の雪の欠片を乗せた女の子。数ヶ月前に知り合った冥界の姫の従者さん。
 この時、私は未だに理解していなかった。そう、良かれと思って幽々子に取り付けた約束が、とんでもなく最悪の形で果実を実らせていたということに。



















 ~side 魔理沙~





「なあ霊夢、一つお願いがあるんだけどさ」
「嫌よ」

 炬燵を挟んで向かい側。蜜柑の皮を剥いている霊夢に訊ね掛けるものの一蹴。少しくらい聞いてくれても良いじゃないかと思う。
 けれど、悪友のこんな対応には嫌というほど慣れきっている。こんなことで一々めげたりする筈もなく。

「私、霊夢の淹れたお茶が今無性に飲みたいんだ。そういう訳でお願い」
「だから嫌だっつってんでしょ。この寒い中、他人の為に炬燵の外に出るという行為が想像するだけでも嫌」
「いや、想像するのも嫌ってどんだけ拒否ってんだよお前。お茶一つで美少女の笑顔が買えるんだ、安いもんだろ」
「自称、美少女でしょ。とにかくお茶が欲しいなら自分で淹れなさいよ」

 あ、今のは少し傷ついたかも。こう見えて、見てくれには少しばかり自信あるんだけどな。
 こうなった霊夢は梃子でも動かない。仕方無い、自分でお茶淹れるか。ああ、しかし寒いばかりで退屈だな。大雪のせいでやることがない。
 最初の頃は雪使って色々遊べたんだけどなあ。はあ、最近はレミリアの奴も来ないし、暇で暇で仕方ない。

「レミリアの奴、遊びに来ないかなあ。そうしたら良い暇潰しになるのに」
「悪かったわね、暇潰しの相手にもならなくて」
「そう穿った見方するなよ。よくないぜ、そういうの。霊夢は霊夢、レミリアはレミリアの暇潰しとしての長所があるんだ。
その中で私は今、レミリアの暇潰し要素を欲してるってだけなんだから」
「暇潰しの長所って何よ。ていうか、人の家を勝手に暇潰し場所にしないで頂戴」
「気にするなよ、住めば都のコスモス畑だ」
「意味分からないから。しかし、レミリアね…」

 お、霊夢の奴、なんか珍しく溜息なんかついてる。見えないように小さくついたつもりだろうが、はく息の白さでバレバレだ。
 普段はレミリアのこと冷たくあしらってるくせに、顔見せないなら顔見せないで寂しいのかな。気難しい奴。
 そんな空気と睨めっこするくらいなら、少しくらいレミリアに優しくしてやれば良いのに。まあ、思っても言わないけど。霊夢の機嫌が悪くなるの分かりきってるし。
 しかし、レミリアか。紅魔館の主にして、幼いながらに幻想郷屈指の実力者と謳われる吸血鬼。それが人里とか巷での評判。
 そんな話を私は微塵も信じてない。私は他人に関しては自分の目で見、感じたものだけを信頼している。それはレミリアに対しても同じだ。
 私の中でのレミリアは本当に面白い奴。そして、霊夢に何か言われてはすぐ泣きそうになる可愛い奴。でも、そんなところが放っておけない奴。
 正直、私の中ではレミリアが幻想郷中に紅霧をばら撒いたとか、霊夢と対等に渡り合えたとか、そんなことは何の興味も関係もないことで。
 何ていうか、レミリアの奴、本当に放っておけないんだよな。私にとってはそれが何より重要なこと、そしてレミリアは本当に面白い奴で。だから私はレミリアと友達なんだ。
 霊夢の奴も考え過ぎずにそれくらい軽くぶつかれば良いのに。本当、変なところで固い奴だと思う。

 私が温かいお茶を淹れ直し(淹れるならついでにと何故か霊夢の分もやらされた。これが目的か)、いそいそと炬燵に戻ろうとした私だが、
その行動は突然の来客によって打ち止めされることになる。失礼するわ、短い言葉と共に引き戸が開かれ、そこから現れたのはいつもレミリアと一緒に居るメイドさん。
 確か名前は十六夜咲夜だったか。普段ここに遊びにくるレミリアとはワンセットで一緒に来るんだが、あまり会話しないんだよな…
 コイツの行動は常にレミリアの為に動いてると言っても過言じゃ無いくらい甲斐甲斐しくレミリアの世話をしてる。いつも遊びに来るときに
何度か会話を交わすんだが、コイツ、霊夢以上に取っ付き難いんだよな…何話してもあまり興味無さげっていうか、そもそも私に興味が無いというか。
 そんな咲夜は、室内に入るなり霊夢の方を見つめ、軽く溜息をついてる。あ、ヤバい。そういう人を馬鹿にした態度、霊夢の奴は一番クるんだよな。
 ほら、案の定、霊夢の奴表情が険しくなってる。思いっきり『あ゛?』って顔になってる。おお、怖い怖い。

「何よ。人ん家に来て早々に腹立たしいわね。喧嘩売りに来たんなら、さっさと出てけ。寒い中、私の手を煩わせるな」
「言われなくても出ていくわよ。ただ、呆れてものが言えないだけ。
この異変の中、博麗の巫女ならば少しくらい何かを掴んでいるかと期待したのだけれど…やはり他人なんかに期待なんてするものじゃないわ」
「んだとコラ。良いわ、上等じゃない。表に出なさいよ、天然素材のカチ割り氷でアンタの頭を叩き割ってやる」
「ちょ、ちょっと落ち着けよ霊夢!」

 今にも咲夜に掴み掛ろうとする霊夢を背後から抑えつける。ああもう、霊夢の奴、興奮し過ぎだっつーの。
 そんな様子を呆れるように眺めながら、咲夜の奴は沸騰している霊夢にあいも変わらず冷たい言葉を投げつけてゆく。

「五月になっても満たぬ春の気配。絶え間なく降り続く大雪を見て、貴女は何も感じないの?
これは誰かが引き起こした異変。そしてそのような幻想郷の異変を解決するのは、他ならぬ貴女の仕事じゃなくて?」
「うるさいな…今からやろうとしたのよ、今から」

 嘘だ。絶対嘘だ。何だその親から宿題しろと言われたときの寺小屋の子供レベルの言い訳は。
 ほら、咲夜の奴も完全に呆れてる。もう溜息も出ないくらいのレベルで呆れてるよアレ。というかこの大雪、やっぱり異変なのか。

「…もう良いわ。貴女は今までのように、ここでだらけきってなさい。この件は私が処理してあげる」
「ああ?どういう意味よそれ」
「言葉通りの意味よ。何時まで経っても仕事に取り掛からない巫女に、お嬢様が痺れを切らしてね。
どこぞの誰かが頼りないから、私にお命じになられたのよ。『この異変を解決し、首謀者をこの世から葬り去れ』と」

 嘘だ。絶対嘘だ。あの霊夢に睨まれただけで私の背中に隠れるレミリアが『殺せ』とか命令出来るか。
 どうせレミリアのことだ。犯人をボッコボコにしろとかぎったんぎたんにしろくらいしか言ってないだろ。それを咲夜の奴が勝手に解釈変えてるよ絶対。
 しかし、咲夜の奴なんか嬉しそうだな。『誰かが頼りないから私に命じた』のところを嫌に強調してたし。なんか親に褒められた子供みたいだ。

「だからこの件は私が解決してあげる。貴女はその辺でお茶でも飲みながら吉報を期待してて頂戴。
ああ、別に事件は『博麗の巫女が解決した』ってことにしても構わないわ。私が欲しいのは他人の評価ではなく結果だけ。
お嬢様が満足して頂ける未来さえ紡ぎ出せれば、その他のことなんかどうでもいいもの」
「…けんな」
「それじゃ、お邪魔したわね。博麗の巫女様のますますのご健勝をお祈り申しておりますわ」
「っ!!ふざけんなっ!!!!」

 あ~あ、爆発した。だから言わんこっちゃない。咲夜の奴も、なんでわざわざ霊夢を挑発するように言うんだよ。
 霊夢は炬燵から出て、お祓い棒だの術符だの陰陽玉だの異変解決アイテムを乱暴に掴んで咲夜の目の前まで近づいてる。
 というか睨んでる。ガンたれてる。メンチきってる。うわ、本気で怖い。あれじゃレミリアも泣くぜ。咲夜も少しも怯んでない…ていうか、睨み返してるし。

「異変は私が解決するから、メイドはさっさと家に帰ってレミリアに尻尾を振ってなさいよ。それが貴女の仕事でしょう?」
「その仕事を奪ったのは巫女がぐうたらで自分の仕事をしないからでしょう?そんなに労働が嫌いなら転職を考えては如何?」
「ハッ、私以外の誰が異変を解決するって言うのよ。あんまり戯けたことばかり言うつもりなら、今度は本気で潰すわよ?」
「出来るものならやってみなさいよ。その思い上がり、実に鼻につく。世間の厳しさってものをレクチャーしてあげるわ」

 …こいつら、こんなに相性悪かったのか。知らなかった。レミリアの奴がいないと、咲夜ってこんな風なんだな。
 いや、あれはレミリアが居ないというより、霊夢に対してだけっぽいけど。何だ咲夜の奴、霊夢の事が嫌いなのか。
 霊夢も霊夢で本気で切れてるし。異変解決の前にここで弾幕勝負なんてやってくれるなよ、頼むから。ていうか二人の額、もうついてるじゃんか。

「ハッキリ言っておくわ、博麗霊夢。私は貴女のことが大嫌いだわ。
お前のお嬢様への態度、対応、そのどれもが酷く癇に障る。実に不愉快だわ、こんな不愉快な気分は過去類をみない程。
館内掃除における地べたにこびり染みついた泥汚れですら、私にこんな劣悪な気分にしてくれたことは無かったわ」
「気分悪いならトイレにでも行ってさっさと吐いてくれば?少しはすっきりするんじゃない?
ええ、ええ、私もアンタが嫌いだわ、十六夜咲夜。レミリア云々は知らないけど、人様をここまで不快にさせてくれたのはアンタが初めてよ」

 いや、本当に女って怖いな。あんな風に良い笑顔で他人に唾を飛ばせるんだ。まあ、私も女なんだけど。
 やがて、互いに顔をツンと突き放し合い、二人揃って大雪の舞う外に飛び出してゆく。うわ、あの状態のまま異変解決に向うんだ。
 霊夢の奴、このくそ寒い中をあの薄着で大丈夫なのかね。まあ、霊夢の奴だから大丈夫なんだろうけど。
 しかし二人は異変解決に動き出したのか。前回は紅霧の発生源が紅魔館だったから、一発で犯人は突き止められたけど、今回はどうなることやら。
 無論、私もこの異変には興味あるからな。当然動くは動くんだけど、あの二人みたいに闇雲に動いてもしょうがない。そんなのは、ただ寒いだけだ。

「だったら、ここは一つ賭けに出るとしようか。霊夢と咲夜には悪いけど、魔理沙さんはちょっとばかりこの賭けには自信があるぜ?」

 壁に立てかけておいた箒を掴み、帽子を被り直して私は軽く笑みを零す。
 餅は餅屋、異変には異変首謀者に。私は箒に飛び乗り、湖に浮かぶ紅の館めがけて大雪の中を疾走してゆく。
 咲夜を派遣した時点で、レミリア自体はこの件に関してノータッチかもしれないが、私はそれで終わるとは思わない。
 なんてったってレミリアは過剰なまでのトラブル引き寄せ体質だ。アイツの傍に居ると間違いなく面白いことになる、霊夢じゃないけど私の勘がそう告げてるぜ。








[13774] 嘘つき妖々夢 その五
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2009/11/21 00:15





 大雪の中の来客、それは数ヶ月前に出会った少女、魂魄妖夢。正確には妖夢と一匹の白風船(魂です)。
 はてさて、こんな泣きたいくらい寒い中に何の用かしら。何の用かは知らないけれど、大変だったでしょうに。とりあえず、温かいお茶の一杯でも
飲んで身体を暖めた方が良いと思うわ。妖夢ったら、この寒さの中で何故か比較的薄着だし。半人半霊に風邪って概念は存在しないとか?

「こんな寒い中、わざわざこんな場所に来るとは酔狂な奴だねお前も。まあ、茶の一杯でも飲んでまずは身体を暖めることを勧めるよ」
「お気遣いありがとうございます。ですが、御心配には及びません。こう見えても私、鍛えてますので」
「へえ?私のお茶を断る、と。持成し側の顔に泥を塗る真似を平然と行うとは、西行寺のお嬢様は従者の躾がなってないわね。
まあ、お前がそうやって拒むのならばそれで構わないよ。私はお前がうんと頷くまで話を聞いてやるつもりは微塵も無いが」
「あ、あわわっ、喜んで馳走になりますっ」

 馬鹿ね、最初からそうしてれば良いのよ。手先が寒さで震えてることくらいお見通しなんだから。
 こういうのはある意味私だけの特権かもね。自分が泣きたいくらい弱っちいから、普段体調管理に気をつけてる分、人が弱ってるかどうかなんて一発で解かっちゃう。
 といっても、正直咲夜が小さい頃に熱を出してたときくらいしか使えない能力だけど。ああ、こんな能力より空が五分以上飛べる能力が欲しいわ…

「…ちょっとパチェ、美鈴、何をさっきからニヤニヤしてるのよ。気持ち悪い」
「別に。ねえ、美鈴」
「そうですねえ。やはりレミリアお嬢様はレミリアお嬢様なんだな、と」

 いや全く意味が分かんない。これっぽっちも理解不能。あれかしら、最近は私だけ話の除けものにするのが幻想郷の流行なのかしら。
 いいわよいいわよ。私なんか話に参加しないで部屋の隅っこで一人しりとりでもしてれば良いんでしょ。オールスターに選ばれても一人で壁当てしてれば良いんでしょ。
 ふん、どうせ私はおにぎりだよフルーツになれないちっぽけな存在だよ。私はおにぎりが呼ばれるまで席に一人座り続けていれば…

「あ、美味しいです…それに温かい」
「…だろう?これは咲夜が選んだ人里で売ってる物の中でも取り分け上質なモノでねえ」
「ええ、本当に重ね重ねお礼を申し上げます。情けないお話ですが、実を言いますと顕界の寒さに少し参っていたところだったので…」

 話し相手発見。妖夢、素敵よ。寂しさに飢えた私に見かねて助け船を出してくれたのね。
 グッジョブよ。頑張った妖夢には私の分のクッキーを進呈するわ。さっき私が寒さに震えながら焼いた特別品なんだから。

「ところでレミィ、この娘が前に言ってた冥界の?」
「そうよ。冥界で幽霊管理人をやってる西行寺幽々子のとこの庭師、魂魄妖夢。真面目過ぎる嫌いがあるけれど、なかなかどうして面白い娘よ」
「はじめまして、魂魄妖夢です。えっと…」
「パチュリーよ。パチュリー・ノーレッジ。一応、この娘の親友を務めてるわ」

 何よ一応って。パチェはいつもいちいち一言多いのよ。まあ、別に腹立たしいとは思わないけれど。
 さて、妖夢もちゃんと身体を暖めてくれてるみたいだし、用件を聞いても良いかしら。といっても、妖夢の用事なんてこれっぽっちも思いつかないんだけど。

「ところで妖夢、貴女は一体何の用件でここに?門前ではお嬢様に用があるとしか聞いてなかったけれど」

 おら、私が訊く前に美鈴が訊いてくれた。本当、美鈴はこういう配慮が行き届いてくれて助かるわ。
 というか美鈴、いつの間にか妖夢相手に敬語使わなくなってる。初対面でも無し、どう見ても美鈴の方がお姉さんっぽいし、そうなるのも当り前か。
 私相手にも別に敬語要らないんだけど、そこは一向に直す気ないらしいのよね。確かに私は美鈴の主で体裁とかもあるけれど、美鈴は何ていうか、気楽な友達って
感じが強いのよね。肩肘張ったりしないで良い気楽さがあるっていうか。ま、そこは私がああだこうだ言うことじゃないか。

「えっと、実は幽々子様からレミリアさんにお手紙をお渡しするように言われまして」
「手紙?わざわざ妖夢をここに来させて?だったら口頭で伝えさせれば良いじゃないか」
「はあ…私もそのようにお訊ねしたのですが、幽々子様が仰るには直接お渡ししないと意味が無いとか」

 …幽々子の奴、本当に変わってるわね。妖怪でも幽霊でも実力者になるにはあんな風に変人じゃないとなれないルールでもあるのかしら。
 しかし、今回の妖夢の来訪は幽々子絡みなのね…当然といえば当然よね、妖夢が幽々子の傍を離れて私のところに遊びに来るなんて想像出来ないし。
 妖夢から手紙を受け取るものの、開封するのを躊躇う私。嫌だなあ、今物凄く嫌な予感が全身を駆け巡ってる。これ開けると絶対後悔するって悲鳴あげてる。
 でも、妖夢が持って来てくれた手前、本人に『やっぱり幽々子に付き返しといて』なんて言える訳ないし…でもでも、やっぱり嫌な予感しかしない。
 大体なんで幽々子が私に手紙なんか出す必要があるのよ。幽々子と私は咲かない桜が咲くまで(=永遠に)距離の離れたお友達でしょう。
 あのときから一切連絡も来ないし、紫みたいにウチに来ることもなかったし、安心していたんだけど…ええい、ここで今更ジタバタしても仕方がないわ。
 私は意を決し、妖夢から貰った手紙を開封する。白い包み中から現れた一枚の紙切れには、たった一文だけが書かれていて。

『世の中に たえて櫻のなかりせば 春の心はのどけからまし』

 一文。本当にその一文だけ。後は手紙の表を見ても裏を見ても何一つ文字が書かれて無い訳で。え、何これ。本当にこれだけ?
 この手紙が私に渡したかったモノ?これを直接私に渡すことが幽々子の目的?え、何も起こらないっていうか、そもそも手紙の意味が分からないんだけど。
 眉を顰めて頭を悩ませる私が気になったのか、私の後ろから覗きこむように紙面を見るパチェと美鈴、そして妖夢。
 この様子だと、どうやら妖夢も手紙の内容を知らされていなかったみたい。だから訊いても無駄だろうけれど…

「ねえ妖夢、何この手紙。ポエムみたいな文章しか書かれていないんだけど」
「さ、さあ…私も何が何だか。幽々子様からはレミリアさんにお渡しすれば全て分かるとしか」

 いや、何も分からないから。ええと、短歌って言うんだっけコレ。こんなジャパニーズポエミーを見せられても、私はどうすればいいのか。
 あれかしら。幽々子が詩を書いたから、私に評価して欲しいとかそういうノリかしら。私、漫画以外のジャパニーズカルチャーに強い訳じゃないんだけど…
 こんなことされても私の取るべき道なんてこの手紙を何も見なかったことにして、『さっきの手紙のご用事なあに』って書いた手紙を妖夢に渡すくらいしか。
 でも、他ならぬ幽々子からの手紙。そんな適当に扱っちゃ後が怖いし…本当に弱った。どうしたものかと頭を悩ませてると、私の隣で小さく笑う声が。パチェ?

「何、パチェ。もしかしてこのヘンテコな手紙が読解出来たのかい?」
「まあね。西行寺幽々子、よくもまあ面白いことをしでかしてくれるわね。そしてよくよく舐めてくれるわ」

 え、何?何でパチェの奴、少し怒ってるの?というか、幽々子が舐めたって何を?私の大好きなブラッドキャンデー?
 というか説明をしなさいよ説明を。一人で納得して勝手に喜怒哀楽見せるんじゃない。手紙の受け取り手である私に簡潔な説明を要求するわ。
 そんな私の視線を感じたのか、パチェは軽く息をついて、私に対して口を開く。

「ねえレミィ、その手紙の入っていた封筒には他に何も入ってなかった?」
「いや、生憎と何も。ほら、この通り中身はその紙切れ以外すっからかんで…」

 手紙の入っていた封筒を逆さにして軽く振ってみると、空と思っていた封筒からヒラリと舞い落ちる小さな一片。
 何これ。封筒から落ちたものを拾ってよく見てみると…ピンクの花弁?これって多分桜かしら。ええ、間違いないわ。
 私の掌にある桜を見て、パチェは何かの裏付けでも取れたのか、『やっぱり』とか呟いてる。だから何がやっぱりなのよ。

「レミィ、どうやら冥界の姫君は貴女の来訪をお待ちのようだわ」
「へえ…その手紙ってそういう意図なのか。…って、え?呼び出し?しかも私を?」
「返歌を届けるのは受け取った貴女以外に誰もいないじゃない」

 呼び出しって。幽々子からの呼び出しって。あの、私の中で『ごめんなさい。一緒に帰って友達とかに噂されると恥ずかしいし』と鬼畜幼馴染を装ってでも
誘いを断りたいランキング現在一位の西行寺幽々子嬢なんだけど…来いって。ただでさえノーサンキューなのに、この雪の中を来いって。
 他の誰でも無く、メチャクチャ頭の良いパチェがそう読み取ったなんなら、この手紙の意味不明ポエムはそういう意味なんだろうけど…聞かなかったことに出来ないかなあ。
 大体幽々子が私に何の用事があるっていうのよ。私、もう幽々子の記憶から完全にフェードアウト出来てたと思ってたのに。段ボールに詰めた卒業アルバムを暇潰しにめくって
昔を懐かしんでたら、ふとクラスの集合写真の片隅に映ってるおぼろげな顔を見つけて『ああ、こんな娘もいたわね』と思われるクラスメイトAレベルになってると思ってたのに。
 行きたくない。行きたくないけど、行かないと後が怖い。行かなきゃ後で幽々子に『死ぬのと初めてを捧げるのどちらが良い?』って脅される。(←まだ幽々子を同性愛者と勘違い中)
 …うん、行こう。やる気はないけど。全然気が乗らないけど。仕方無い、行かなきゃ後が怖いんだから。うう、何で私ばかりこんな目に…

「…良いだろう。未だに意図は良く掴めないが、幽々子直々の御誘いだ。暇潰しには丁度良いだろうさ。
妖夢、白玉楼までの道案内を頼むわね。美鈴、先に言っておくけれど、私は雪に降られるのは御免だよ」
「勿論です。お嬢様はいつも通り、私の腕の中で傘をお差し下さいな。白玉楼までは私が飛びますので」

 よし、話の流れに上手く美鈴からの抱っこを取り付けることが出来たわ。我ながら完璧な流れだった。
 何度も言うけれど、美鈴に抱っこして貰わないと白玉楼に私は行けないの。そもそも私、五分以上空飛べないから。
 私、美鈴、妖夢。前回と同じ面子で幽々子の下へ、か。うう、地下で眠りこけているフランが羨ましいわ。土下座するから立場変わってくれないかな…

「待ってレミィ。今回は私も同行させて貰うわ」
「…は?」
「…ちょっと、何よその反応は」

 いや、だってパチェが外出って。私に更に輪をかけて引き籠りのパチェが。地下図書館の本の匂いでご飯三杯はいける(レミリアの勝手な妄想です)パチェが外出って。
 もう熱があるとしか思えない。もしくは誰かがパチェをすり替えて置いたのか。何処の土蜘蛛が…はっ、天狗よ!天狗の仕業よ!
 パチェを入れ替えたのも最近の気候がおかしいのも美鈴が優しいのも私の身長が一向に伸びないのも全部天狗の仕業よ!くそう天狗、許すまじ。
 …話が逸れたわね。しかし何でまた急にパチェがやる気に。幽々子のところなんて面白くも何ともないのに。ただ怖い思いするだけなのに。
 そんな思いをしても、幽々子のところに行きたいだなんて。パチェって実は苛められたい人とか。よし、日ごろの仕返しに少しだけからかってあげよう。

「パチェが出る程、興味を惹かれることがあったかしら。そんなに西行寺幽々子が気になるのかい?」
「そうね。まあ、大した用事でも無いわ。探りと保険の二つの意味合いでの同行よ」
「探りと保険ねえ…」

 何を探るかは知らないけれど、あれの考えを読もうとするのは根本から間違ってると思うわ。妖怪や幽霊って何考えてるか全然分かんないし。
 ま、パチェが行くっていうなら、私は断る理由なんてないし。何だかんだでパチェはウチのブレイン、美鈴とセットで実に頼りになるわ。
 あとは咲夜が居てくれたら完璧だったんだけど…咲夜、早くこの馬鹿みたいな寒さを続けてる犯人をコテンパンにして帰って来てね。母さん、待ってる。

「じゃあ出発するとしようか。パチェ、美鈴、妖夢、三人とも準備は良いかい?
気温が低いからあまり気は乗らないが、呼び出しとあっては仕方がない。紅魔館発、結界経由冥界行き急行寒空観光ツアーの始まりだ」
「おおっと、参加人数は車掌含めて五人に訂正してくれよ。なんせ突発的な周遊旅行だ、駆け込み参加はまだまだ受け付けてるんだろ?」

 聞きなれた声と共に、盛大に開かれるガラス窓。そこから現れたのは、雪に塗れた白黒帽子のお嬢さん――誰かと思えば魔理沙じゃない。何処から入って来てるのよ何処から。
 …はあ、何だか今日は本当に来客ばかりの一日ね。どうせなら、私に用事が無い時に来てほしい。そうしたら、手作りお菓子でも作って持成してあげられるのに。
 そういえば、知人や友達がこうやってウチに来てくれたのって初めてね。ううう…幽々子、やっぱり今日は行くの辞めちゃ駄目かしら。
 折角魔理沙も妖夢も遊びに来てくれたのに…この二人なら、私いつまでも長々とお話出来る自信あるのに。ああ、泣きたい。


















 ~side パチュリー~



 ――西行寺幽々子。冥界の幽霊管理人にして、白玉楼の主。
 八雲紫同様、私達にとっては最重要人物の一人に数えられる華胥の亡霊。
 数ヶ月前、美鈴からレミィと彼女が接触したとの報告を受け、私達の取った行動は傍観だった。
 レミィと妖夢との出会いから生み出された西行寺幽々子との予期せぬ出会い、それは私達にとっては実に僥倖な展開だった。
 早かれ遅かれ、レミィを私達は彼女と接触させるつもりでいた。レミィの肉体面を考慮すれば、八雲紫以上に彼女とつながりを持つことは重要かもしれない。
 そして、美鈴の報告から得られた結果は実に最上のモノで。西行寺幽々子はレミィのことを気に入ってくれた。
 その真意こそ計りかねないが、これで彼女が少なくとも敵に回ることは無い。それだけで十分お釣りがくる釣果だ。
 あとは彼女の出方をゆっくり窺えば良い。八雲紫のように、私達を利用する為に己を利用させるか。はたまた、それを良しとせず傍観にまわるのか。
 どちらを選ぶにせよ、何の問題も無いと先ほどまで私達は認識していた。けれど、甘かった。私達は西行寺幽々子を過小評価していた。


『世の中に たえて櫻のなかりせば 春の心はのどけからまし』

 どうして桜が咲く季節があるのでしょう 咲いたと思えばすぐに散る
 なんともこの季節は無常であることだ いっそのこと春に桜の花など咲かなければ 無常を感じることもないのに


 レミィが咲夜に解決を命じたこの何処何処までも続く冬の異変…その異変を引き起こした犯人は他の誰でも無い、西行寺幽々子その人だ。
 何の目的でそんなことをしているのか、それは一先ず置いておくとして、彼女が犯人である証拠が幾つもある…というより、彼女自らレミィに示そうとしている。
 亡霊姫の詠んだ歌、古今和歌集だったか伊勢物語だったかでの一句。その歌の意味は文字通り受け止めて構わないだろう。素直に続けて『顕界の春を奪いました。桜もこれで咲きませんね』ということだ。
 そして、彼女が犯人であることを裏付けるのが封筒から出てきた桜の花弁…否、これは春の欠片。この幻想郷に満ちる筈だった季節の一片。
 どうやらあちらのお姫様は幻想郷中の春をかき集めているらしい。それも妖夢を使って、だ。春の欠片を目にした瞬間、口数が減り、沈黙を貫き始めた妖夢。
 妖夢の反応は実に分かりやすくて助かる。どうやらそういうバレバレな姿も含めて彼女はメッセンジャーに選ばれたようね。
 ただ、予想出来るのはそこまで。彼女達の目的が掴めない。春を集めたところで、一体何が出来る。その程度の幻想で亡霊姫が如何な奇跡を求める。
 彼女の真の目的は分からない。けれど、別の狙いは理解出来る。彼女はレミィに選択を迫っている。この異変において、共に踊るか拍手を送るか。
 西行寺幽々子は本来の狙いとは別にレミィのアシストをしてくれている。幻想郷中を巻き込むこの異変、その元凶に一枚噛めば紅霧異変のときの
ように名を挙げることが出来る。傍観を選んでも、レミィには何のデメリットも無い。むしろ咲夜を送り込み、異変解決を行えば、その主としての評判が
上がることになる。つまり、幽々子は本幹にこそしていないものの、この異変におけるレミィのバックアップを考えてくれている。
 無論、春を集める目的が別のところに一本通っている以上、咲夜が異変解決しようとすれば抵抗するだろうけれど、それでも破格の条件だ。
 このあからさまさは八雲紫以上。どうやらレミィ、よっぽどあのお姫様に気に入られたらしい。本当、我が親友ながら一体どんな手で籠絡したのかと思う。

 …ただ、彼女が心を置いているのは『レミリア・スカーレット』のみだ。良くて美鈴まで。
 その陰で蠢いている私達には微塵たりとも心を許していない。だからこそ、挑発する。直接お話ししてみませんか、と。
 妖夢が運んできた手紙は確かにレミィへの手紙だ。文面、内容ともに間違いない。けれど、それはあくまで表面だけ。
 幽々子の手紙の意図する真の受け取り手は他ならぬ私達。レミィを担ぎあげている存在。そう、相手はレミィが無力であることを完全に見抜いている。
 どうやって知ったのかは知らない。冥界の姫、その立ち位置からすれば、八雲紫とつながりがあってもおかしくはない。彼女から話を聞いたのか。
 だからこそ、彼女は揺さぶってきた。レミィの影で立ち回る私達を拾い上げる為に、あんな手紙を渡したのだ。
 妖夢のもたらした手紙の本当の意味。それは短歌の裏の意味。桜を春宮、皇位…紅魔館で言うところの主の立場と置き換える。
 ああ、本当にやってくれるわ西行寺幽々子。考えるだけで苛立たしい。手紙の向こうでまだ見ぬ彼女の哂う様相が想像出来る。


『世の中に たえて櫻のなかりせば 春の心はのどけからまし』

 この幻想郷で紅魔館の主という立場が無かったならば、貴女の心も安らかでいられたでしょうに


 ――これは脅し。西行寺幽々子は、レミィが弱いということを知っている。そしてそのことを周囲の人間達も知っている。
 彼女は私達に告げているのだ。私達、『裏側』の人間との会合が果たされなければ、別に『真実』をレミィに告げても構わない、と。
 実に狡猾だ。そして厄介なことこの上ない。西行寺幽々子、駆け引きの老獪さは八雲紫と同等か。この手を打たれては、私達も易々とカードは切れなくなる。
 ならばJOKERは表に晒すことなく、私自らを捨て札にすればいい。このような仰々しい手を打つくらいだ、相手もそこまでの釣果は期待していないでしょうし。
 だったら私が今取るべき手は相手が望むラインの半歩手前をポーカーフェイスで潜り抜けるだけ。探りは浅く、護りを堅く。常にペースは譲らない。
 さて、西行寺幽々子。今度は私がディーラーよ、貴女の望むカードが比較的薄く配られるように、誠心誠意務めさせて頂くわ。覚悟してなさい。

「お~い、さっきからずっと無視ってどういうことだよっ」
「気にするだけ無駄よ、魔理沙。パチェの奴は考えだしたら人の話なんて耳に入れさえしないんだ」

 …そういえば、さっきから隣がギャーギャーうるさいわね。というか誰この黒白。
 出発するときは私とレミィと美鈴と妖夢だけの筈だったんだけど。まあ、いいか。とりあえず初対面の相手だから…

「…ところで、あんた、誰?」








[13774] 嘘つき妖々夢 その六
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2009/11/21 00:58



 結界を抜けるとそこは春の国でした。冥界に辿り着いた私達を待っていたのは、右を見ても、左を見ても咲き乱れる桜の木々。
 気温もぽかぽか暖かくて、さっきまでの寒さが幻だったと勘違いしそうになるくらいの見事な春。なんで?なんで冥界は春をちゃんと迎えてるの?
 冥界の春に、私同様魔理沙も声に出して驚いてる。パチェや美鈴はあんまり驚いてないみたいだけど、これ見ると普通驚くでしょうに。
 しかし、どうして冥界と外界で四季に違いが出てるのかしら。顕界は凍えそうな季節に私が何をどうこう言うくらい寒気が荒れ狂ってるというのに。
 冥界がおかしいのか、顕界がおかしいのか。前に来た時は冥界とあちらでは四季にズレがあるなんてことは無かったし…不思議だわ。
 何かしたとしたなら、この冥界の管理者である幽々子しか考えられないけれど…幽々子の奴、一体どうやって冥界に春を呼び寄せたんだろう。
 大体どうして冥界だけ春を一人占めしてるのか。そもそも、こっちと向こうの違いって何よ。こっちは幽々子が管理して、向こうは紫が管理して…
 …あ、あああっ!分かった!分かりまーした!分かっちゃいまーした!I am 優!そう、そういうことだったのね。何て単純。
 ふふ、月並みだけど言わせて頂くわ。謎は全て解けたってじっちゃんが言ってた!ようやく分かったわ、私達の世界の謎の寒気の原因が。

「おいおい、妖夢さんとやら。どうして冥界はこんなに暖かいんだ?」
「っ、そ、それは…」
「冥界だけ春が訪れてる、それは誰が見たところで一目瞭然だ。なのに幻想郷には待てど暮らせど春は来ない。
お前、何か顕界の冬について実は知ってるんじゃないか?もしくは隠し事をしている、か?」

 あら、魔理沙の奴、冥界と顕界での気候の違いの原因に気付いていないみたいね。
 ふふ、答えが分からないからって何の関係も無い妖夢を責めるのはいけないわ。ほら、妖夢も困ってる。言葉を返せないオーラがダダ漏れよ。
 いきなりそんなことを突っ込まれてもねえ。そりゃ今回の寒波に微塵も関係の無い妖夢も困るというものよ。仕方無いわね、ここは助け船を出しますか。

「やめなさい、魔理沙。それ以上妖夢を強請ったところで、何の欠片も出やしないよ」
「レミリア、でもコイツ絶対…」
「――やめろ、私はそう言ったよ。そんなに急かさずとも、異変の犯人はもうすぐお出ましさ。
それに魔理沙、貴女が熱くなってどうするのよ。貴女は道化を着飾るくらいが丁度良い。普段の魔理沙なら、どんな状況でも楽しめる筈だろう?
例え妖夢が何かを隠してるとしても、それを踏まえた上で現状を愉しみなさい。その方が実に面白いじゃないか」

 何とか矛先を収めてくれたようで、魔理沙は少し考える素振りを見せた後、『それもそうだな』と笑って妖夢に『悪かった』と謝罪した。
 ああ、びっくりした。魔理沙が真面目な表情なんて初めて見た。というか、真剣な顔が少し怖かったし。今はいつもの魔理沙だけど。
 うん、やっぱり魔理沙は魔理沙のままで居てほしい。怖いのは霊夢達だけで十分だもの。元気な魔理沙が好き、ほら笑顔がう~☆魔理沙にはやっぱり似合ってるわ。

「…レミリアさん、本当にありがとうございました」
「別に構わないよ、妖夢の気苦労も推し量ってるつもりさ。
やましいことなど微塵も無いわ。お前はお前らしく胸を張って堂々と振舞えば良い。私達を幽々子の下へ案内する為にね」
「は、はいっ!」

 あらやだ、妖夢ったら良い笑顔。何だ、こんな表情も出来るんじゃない。ああ、咲夜も昔はこんな風にいつも子供らしい笑顔を(以下略
 しかし妖夢も本当に大変よね。きっとさっきの魔理沙の時のように、冥界に訪れる人訪れる人に『なんで冥界だけ暖かいの?顕界は寒いの?』
なんてイチャモンをつけられてきたんでしょうね。ええ、何て可哀そうな。別に外界の寒さは妖夢がやったことでも何でもないというのに。

 そう、今回の異変は妖夢の責任なんかじゃない。ましてや、その主である幽々子のものでもない。私にはちゃんと分かってるのよ。
 この異変の犯人はそう――幻想郷の管理人、八雲紫よ!あいつが幻想郷の気候管理をサボって冬眠し続けてるから未だに春が幻想郷に来ないのよ!
 ああ、なんで最初に気付かなかったんだろう。犯人は紫、そう考えれば全ての線が一本につながるじゃない。アイツが惰眠を貪ってるから、
幻想郷のバランスが狂っちゃってるに違いないわ。八雲紫は天蓋の化物、あれの行動一つの乱れでそれくらいの異変が起きてもおかしくないわ。
 くそう、何てこと。あんなのが今回の黒幕だっただなんて予想外も甚だしいわ。あいつが相手じゃ、この異変誰も解決出来ないじゃない。
 だって八雲紫って最強の妖怪じゃない。勝てる奴ゼロじゃない。きっとこのまま幻想郷に永遠の冬が訪れるに違いないわ。助けてジャバウォック。
 いいえ、違うわ。私達はまだ負けた訳じゃない。まだ私達には切り札が存在してるもの。そう、私達には最強の亡霊――西行寺幽々子という存在が。

 全てを理解した今なら分かる。幽々子は私達の味方、そして最後の希望だったのよ。
 幽々子は冬に閉ざされてゆく幻想郷に危機感を抱き、せめてこの冥界だけはとピラミッドパワー(レミリア語。すんごく信じられない何かの力という意味)か
何かで冥界の春だけは必死に守り抜いたの。そして、この地に紫に対抗出来るだけの人材を集めて反攻に出ようって魂胆なのよ、きっと。
 …幽々子、今まで同性愛者のペドフィリアだの歩く肝試しだの心の中で思っててごめんなさい。貴女、本当は凄く良い奴だったのね。貴女は己の全てをかけて
寝起きの紫と対峙しようというのね。感動した!寒波に耐えて良く頑張った!ここにZ戦士を集めて限界バトルかっとばして燃え尽きるつもりなのね。
 美鈴、パチェ、魔理沙、妖夢、そして貴女。ああ、実にラストバトルに相応しい盛り上がりだわ。この面子で銀河ぎりぎりぶっちぎりの超激戦を繰り広げるつもりなのね。
 …大丈夫、私は自分のポジションを理解しているつもりよ。私のポジションは某世界チャンピオン、貴女が魂玉を撃つ前に倒れた妖夢を抱えて走れば良いのね。
 そういうこと。貴女は敵(八雲紫)に私達とつながっていることを知られたくなかった、だからあんな解読不能な手紙をよこしたのね。
 熱い女ね…この異変に己の全てを賭しているのね。分かってるわ、皆まで言われずとも分かってる。私は貴女の力となりましょう。私は戦力外も甚だしいけれど、応援くらいなら頑張るから。
 幽々子の熱い決意(レミリアの勝手な妄想です)を反芻しているうちに、気づけば白玉楼に。妖夢に案内されるままに、以前同様の客間に
辿り着くと、そこには私達の希望が優しい笑顔(今ならそう思えるらしいです)を浮かべた幽々子が腰を下ろして待っていた。

「あらあら、これはこれは随分と団体様で」
「久しいね、西行寺幽々子。他ならぬお前の御誘いだ、嬉々として駆け付けさせて貰ったよ。何やら面白いことになってるみたいじゃないか」
「ふふっ、嬉しいことを言ってくれるわね。ええ、実に面白いことになっているわ。
けれど、これは唯の寸劇に過ぎませんわ。本当に楽しいのはこれから、そうではなくて?」
「ククッ、違いない」

 …凄い女だ。八雲紫とぶつかることを楽しいなんて言えるなんて。ヤバい、幽々子、メチャクチャ格好良い。
 強くて優しくて皆を護ろうとする正義感と勇敢さ。勇者って本当にいたんだ。今の内にサインとか貰った方が良いかしら。

「どうやらちゃんと手紙の真意も伝わって頂けたようですし…ふふ、実に僥倖ですわ」
「糸を引いて躍らせた張本人が良く言うわ。それで、どうするつもりな訳?」
「そうねえ、貴女とのお話は事後で構わないでしょう。今はレミリア、貴女の考えが知りたいわ。
異変の犯人はこの冥界の桜が物語る。幻想郷に春を再び呼び起こすには、座して待つにはまだ遠い。
さて、貴女はどうするおつもり?ひとつ道化を演じるか、はたまた観客に徹するか。もしくは思いきって舞台を台無しにしてみせる?」

 私の選択ですって?水臭い、水臭いわよ幽々子。私と貴女は友達じゃない。貴女を一人にさせやしないわ。
 確かに紫は怖い。怖過ぎる。正直、相対したくない。でも、私達が頑張らないと幻想郷のみんなが死んじゃうのよ。
 だったら頑張るしかないじゃない。私は弱い、泣きたいくらい弱い。だけど、一人犠牲になろうとしてる友達を見捨てるような真似はしたくない。
 弱き者の盾になんてなれない。世界を導くことなんて出来ない。だけど覚悟を身に纏い、幽々子と一緒に羽ばたくことは出来るわ。だから――

「――お前の意志を違えるつもりはないさ。西行寺幽々子、私は端役なんかで満足しないわよ?」
「え…」「へ?」「ふぇ!?」「はぁ!?」「ちょ」

 …あれ、何この空気。幽々子も妖夢も美鈴も魔理沙もパチェでさえも凄く表現しずらい微妙な顔してる。何この予想外の反応。
 え、何。もしかしてみんな紫と戦うの嫌なの?いや、そりゃ私だって嫌よ。怖い。無茶苦茶怖い。泣きたいくらい怖い。
 でも、ほら、幽々子が味方なのよ?幽々子、めちゃくちゃ強いのよ?だったら最悪、こっちが怪我することはないんじゃないかなとか
思ってるんだけど…ほら、私非戦闘員だし。あ、そうか、みんなは参加=Z戦士扱いだから話は変わるのか。それなら…

「ああ、お前達は勿論別だよ。これは私の勝手な独断、都合の良い暇潰しみたいなものさ。
美鈴もパチェも魔理沙も好きにすると良い。このままここに留まるも良し、帰るも良し。そのことに別段怒りはしないさ。
ただ、私達の邪魔だけはしてくれるなよ?まあ、そんな愚かなことはしないと分かってはいるけれど」

 …本当は残ってほしい。少なくとも美鈴だけは残ってほしい。主に私の命の危険的な意味で。
 だけど、私の勝手な都合であの最強妖怪と対峙させるなんて言えない。だから私は必死に神様に祈る。お願いします、どうかどうか残って下さい。
 幽々子と幻想郷と私と私の命と私の安全と私の未来の為に、どうかどうかどうかお願いします。

「勿論、私は残りますよ。咲夜さんが離れている今、お嬢様の傍に居ることが私の役目ですからね」
「はあ…どうなっても知らないからね。全く、レミィったら、何をどう勘違いしちゃったのやら…」

 Q.神様は居ますか?A.今私の目の前に二人居る。キターーーー!最強の盾(イージス)と最強の銃(レールガン)がリーチ一発イーペーコードラドラ満貫!
 助かった。本当に助かった。何だかんだ言って、正直二人が嫌だといったら私も色々と理由をつけて逃げるしか出来なかった。
 友達を見捨てないって言ってたじゃないかですって?おばか!幽々子は大切な友達だけど、私だってケーキ屋の夢を果たさずして死ねないの!
 後は魔理沙なんだけど…ああ、やっぱり迷ってる。当然よね、魔理沙は人間だもん。私と一緒でちょっと怪我をすれば、それが即死に至ることもある。
 まあ…魔理沙は帰って貰った方がいいわよね。折角出来た私の大切なおしゃべり友達だし、魔理沙は紅魔館の住人って訳でもないし…うん、そう言おう。

「魔理s「ああもう、分かったよ!けど、私は最後まで傍観者だからな。私はこの異変に一切関与しないだけだ」…」

 帰れと言おうとしたら先に残ると言われてしまったの段。えっと、魔理沙、残ってくれるの?
 いや、それは凄く助かるんだけど、本当に良いのかしら。だってこれ、結構危ないのよ?美鈴達がいる分、私は護って貰えるけれど、
魔理沙は下手すれば命が…一応、最終的な意思確認だけでもしてあげないと。

「本当に良いのかい?別にここで帰っても誰も咎めやしないよ」
「良いんだよ。元々異変解決は私の仕事って訳でもないし、こちら側に立つのも後で良い笑い話になるだろうしな。
ああ、しかしこれで私も幻想郷を騒がせる悪党の一味って訳か。そのうち宝船にでも乗ってレミリア海賊団とでも名乗ってみるか」
「センスが悪いわね。悪党一味を名乗るなら、どちらかといえばもっとドロドロしてる方が私は好みだわ。GUNG-HO-GUNSとか」
「おっと、好意は抱いてるが、まだお前の為に死ねはしないな。メンバー集めは悪いが他を当たってくれよ」

 軽口を叩いて笑う魔理沙に私は軽くため息をつく。どうやら帰るつもりはないらしい。まあ、仕方ないか。言いだしたのは私だし。
 でも、流石に魔理沙に死なれると寝覚めが悪いからね。幸い、美鈴は有能で実力者。一人くらい増えたって構わないでしょ。

「――美鈴、命令よ。これから先、何が起ころうと魔理沙を護りなさい。私の美鈴だもの、当然出来ないとは言わせないわ」
「な!?ちょ、ちょっとレミリア、私は別にそんなの必要な…」
「無論です。その程度ならお嬢様の傍仕えの片手暇でも出来る実に単純作業ですね。
なんなら護衛対象をこの場の全員と指示して下さっても私は一向に構いませんよ?それくらいの方が実に遣り甲斐がありますし」
「フフッ、吠えたわね。だけど駄目よ、幽々子を護るのは妖夢の役目。他の従者の仕事を奪ってはいけないわ。
けれどまあ、魔理沙を護ると言い切ったその言葉、しっかりと行動で示してもらうわよ」
「ええ、おまかせ下さいな」
「だからっ、私を無視して話をっ」
「ほーら、お嬢様がそうお命じになられたんだから、うだうだ言ってないで納得しておく。心配しなくてもお姉さんがきっちり魔法使いちゃんを護ってあげるから」
「魔法使いちゃんって言うな!」

 流石は紅魔館が誇るSGGK、信頼の守護者ね。美鈴に任せればどんな危険も危なくない君との誓い遠くじゃないのね。
 あとは傍に咲夜が居てくれたら鉄壁の布陣になるんだけど、それは無いものねだりか…って、咲夜に異変解決頼んじゃったけど大丈夫かしら。
 いくら咲夜が強いからって、八雲紫に勝てるとは思わない。どうか先走ってくれなければいいけれど…咲夜、無事で帰って来て頂戴。

「さて妖夢、宴の時刻までまだ幾分か余暇があるわ。数奇な運命に集ったお客様方に、今我々が出来る最高のお持て成しを」
「あ、はい!」

 幽々子の合図と共に、妖夢が部屋を飛び出してゆく。どうやら諸悪の根源(何度も言いますが八雲紫のことです)が来るまで余裕があるらしい。
 それまでは精々のんびりさせてもらうとしよう。まあ、紫が来襲してきたところで、私に出来るのは応援だけだから、あんまり休んでも仕方無いんだけど。
 そうねえ、今のうちにみんなを応援する練習でもしておこうかしら。ううん、どんな応援が良いかしらね。掛け声かあ…
 フレーフレー頑張れ!!さあ行こう♪フレーフレー頑張れ!!最高♪、とか。駄目だ、私のこんな応援で誰が頑張るのよ…ちょっと真面目に考えよう、うん。














 ~side 美鈴~



 「『幻想郷の春が来ない異変の犯人は八雲紫。アイツがぐーたらで冬眠しているせいで、冬が来ないに違いない。
そして、そんな最強の妖怪を打倒せんと立ち上がったのが、冥界の管理人、西行寺幽々子。彼女は幻想郷に春を取り戻す為に、
己の命の危険を顧みずに一人戦おうとしている正義の味方。ならば、私達がどちらに助力するかなんて明白でしょう?
私は幽々子のような気高い崇高な人間を初めて見た。アレならきっと、八雲紫を打倒してくれる。私達も邪魔にならない程度に強力すればいい』
…以上がレミィの勘違いの全容よ。何か質問は」
「あはははははははっ!!!!」
「笑うなっ!」

 そうは言うけれど、パチュリー様のお願いはどうやら聞き入れられそうにない。おかしくておかしくて涙が出そうになる。
 どうしてお嬢様が西行寺幽々子の異変に手を貸すのか…自ら危険に足を踏み入れようとするのか考えていたけれど、そんな勘違いをしていたとは。
 こんなの笑うなという方が無理だ。お嬢様は本当にいつもいつも私の想像を遥か彼方まで容易に超えて下さる。正直、幽々子が正義なんて発想は無かったわ。

「全くもう…命の危険には人一倍敏感なくせに、肝心なところで抜けてるのは問題ね。こんな勘違いやろうと思っても出来るものじゃないわ。
大体、何処をどう考えればあの西行寺幽々子が良い奴になるのかしら。異変を起こしてからレミィや私達への接触法を考えると、八雲紫より性質が悪いというのに」
「ほら、お嬢様って変な人に好かれやすい体質ですから」
「へえ、レミィのことを良く見てるのね、変人一号」
「お褒めにお預かり光栄です、変人二号様」

 くすくすと笑い合う私達だけれど、さてはて、どうしたものか。この展開は正直予想外だった。
 私達としては西行寺幽々子と会談し、レミリアお嬢様が幽々子が異変の犯人だと気付かせるつもりだった。
 そして、当然お嬢様は自身の保身を第一に考えざるを得なくなり、この異変を傍観に回ることになる。あとの始末は全て咲夜さんに任せれば良い。
 咲夜さんが幽々子を弾幕勝負という決闘ルールで打倒し、お嬢様の部下が異変を解決したという事実を幻想郷中に広めるだけで良い。
 そうすることで、お嬢様と西行寺幽々子の仲が離れることは、彼女の性格からして無いだろう。幽々子はお嬢様のことを気に入っている、そして彼女は
そのような狭量な俗物ではない。恐らく大局を俯瞰し、下手をすれば咲夜さんに自ら勝ちを譲るかもしれない。そういう人物だ。
 ただ、その流れはもうこの源流に存在しない。異変の犯人を知らぬまま、お嬢様は異変を起こす側、西行寺幽々子の力になると言った。
 結果はどうあれ、それはお嬢様の選んだ道。お嬢様の望んだ道。ならば私はあれこれ言うつもりは無い。私はお嬢様の力になる為だけに生きている。
 お嬢様の望むがままに私は今を行動するだけだ。…まあ、早い話が面倒な話は全部パチュリー様に押し付けちゃおうということで。

「…『面倒なことは全部パチュリー様に押し付ければ良いや』。貴女は今、そう思ってる」
「うえ!?おおお、思ってませんよ?嫌だなあ、パチュリー様ってば人聞きの悪い」
「まあ、別に責めるつもりはないし、そうして貰えると逆に助かるけどね。貴女、頭使うのあまり好きじゃないでしょ」
「あはは、面目ないです。他の仕事なら得意なんですけどねえ。例えば、息を殺して私達の話を盗み聞きしてるお転婆姫を発見したり…とかねっ!!」

 掌に殺傷能力を極限まで殺した気弾を作り、私は掌から零して地面すれすれから右脚を撓らせて拾い上げるように強く蹴り飛ばす。
 蹴り放たれた気弾は、パチュリー様の頬を掠めるように飛んでゆき、数メートル離れた桜の木へと衝突する。大きな破裂音こそ響くものの、
中身は詰まっていないスカスカのこけおどし弾だ。桜の木も、お転婆姫も怪我をすることはないだろう。

「…驚いた。まさか気付かれていたとは思わなかったわ、華人小娘さん」
「私相手に『気』を殺すなんて無駄な真似は止めた方が良いですよ、櫻姫。
お話が聞きたいなら隠れる必要なんて何処にもないですよ。実はパチュリー様はこう見えて意外とお喋り好きでして」
「余計なことは言わなくても良いのよ、馬鹿門番。しかし、よく気付けたわね。
本当、うちの門番はこういう奇抜な能力だけは優秀だわ。コレのおかげで八雲紫の侵入も気づける訳だから助かるといえば助かってるのだけど」
「慣れれば誰だって出来ますよ。パチュリー様もお一つ鍛錬してみては如何?健康的な生活を送れるかもしれませんよ?」
「結構よ。レミィじゃないけれど、私も堕落した生活の方が楽で好ましいのよ。貴女こそ漫画ばかり読んでないで歴史書の一冊でも読んでみたら?」
「私が漫画を読まずして誰がお嬢様と漫画を語り合うんですか。そう思いませんか、幽々子様」
「あら、私もお話に混ぜてくれるの?てっきりこのまま仲間外れかと思っていたわ」

 口元を扇子で上品に隠してくすくすと微笑みながら、幽々子は一歩ずつ私達の方へ脚を進めてゆく。
 さてさて、私の仕事はこれで終わりかな。後は魔女と亡霊姫の化かし合い、阿呆な私の入る隙は無し。まあ、のんびり会話を聞かせてもらいましょう。
 恐らく、選択肢こそ与えていたものの、お嬢様の選んだ選択は幽々子にとっても予想外のモノだっただろうし。
 このお姫様がどういう考えを持って、お嬢様にこの異変でどのような役割を改めて与えるのかも気になるしね。

「障子に耳を立てていたのなら、レミィの勘違いを知ったのでしょう?さて、どうするの正義の味方」
「フフッ、どうしましょう。いっそ、この面子で紫の屋敷に殴りこみでもかけてみようかしらね」
「心にも無いことを言うんじゃないよ、西行寺の。本当のことをレミィに告げるつもりは今更無いんでしょう?」
「勿論。だって、その方が絶対に面白いじゃない。きっとあの娘、異変の犯人が私だと知ったら目を白黒させて驚くわよ」
「性格が悪い。まあ、その意見には同意だけどね。困り慌てふためく涙目のレミィを見ないと、労力に対する賃金が見合わない」
「あらあら、何の労力かしら。冥界までご足労頂いたことへの労力?」
「決まってるでしょう。互いの台本を書き換え直す労力よ、西行寺幽々子」
「私にとってそれは喜ばしい徒労ですわ。白銀の雪原にそり道一本では趣が無いと思いませんか?彼女自らの脚で踏み敷いた道にこそ意味がある」
「転んで大怪我しないようにするだけよ。別に私達は縛るつもりは無い」
「そうですか。それを聞いて安心しましたわ。ならば私達はお互いより良き盟友となれるでしょう。
貴女達は私を存分に利用すると良い。私は私で好きにするとします故」
「これ以上は深く触れてくれないでよ、ウチには怖い怖い妹さんが棲んでるんだから。滅びの悪魔に招かれないように注意なさい。
それと、レミィの事を周りが知っている件を二度と交渉の場に出すな。一度は見逃した、だけど次は容赦しないわよ。隙間にも伝えておきなさい」
「あらあら、怖い怖い。勿論、私は誰にも言うつもりはありませんわ。このような楽しい秘密は少ない人数で大事に大事に共有しませんと」

 女狐。食えない奴。掴みどころが無い奴。それがきっとパチュリー様の西行寺幽々子への評価だろう。
 まあ、この手のタイプは私は嫌いじゃないけれど。無駄話や意図を掴めない話を聞いてるだけでも十分楽しいし時間潰せるし。
 どうやら話を聞く限りではお嬢様に害を為すつもりもないみたいだし、どうこうするつもりもないようだ。問題無しと見做して良いだろう。
 何故かお嬢様というより、パチュリー様と良い友達になれそうな感じだけど。ま、そこは私の気にすることじゃないかな。
 そうそう、肝心なことを聞き忘れてたわ。お嬢様の安全の為にも、一応は聞いておかないと。

「幽々子様、今回の異変ではお嬢様にどのような役回りをお与えになるおつもりですか?
お嬢様はああ言いましたけど、我が主様が弾幕ごっこなんて到底出来ないのは既にご存じの筈。よもや同じ舞台に上げるという真似はしませんよね?」
「勿論よ。折角だもの、レミリアには、私の舞いを見届けて貰おうと思っているわ。
春を集めるこの異変もクライマックス。だけど、このまま易々とエンディングを迎えさせて頂ける訳では無いみたいだしね」

 っ、確かにこのまま終わりを迎えるということにはならないみたいですね。
 今、冥界に侵入してきた二人…いや、三人分の気配を感じる。一人は咲夜さん、もう一人は博麗の巫女、もう一人は…不明。知らない気の流れね。
 どうやら幽々子はこのことを指摘しているらしい。異変の大詰めを邪魔しようとしている三人を持て成す様をお嬢様に見てもらおうと。

「さて、妖夢は前座を務めてくれるみたいだし、私も準備を始めないとね。
レミリアに伝えておいて。空に咲く夜桜の雅さ美しさを西行寺幽々子が教えてあげる、と」
「慢心して散ってしまわないよう、精々気を付けることね」

 パチュリー様の言葉に、幽々子はクスリと微笑んで私達の前から去っていった。
 さてさて、この異変もとうとう大詰めか。あ、そういえば幽々子に聞き忘れていたことがまだあったっけ。
 ――結局、西行寺幽々子はどうして春なんかを集めていたんだろう。まあ、それは異変が終わった後の楽しみに取っておこう。
 …というか、幽々子嬢、咲夜さんは相手にしないで良いですからね。咲夜さんはお嬢様の姿を見ただけでナイフ捨てて異変解決取りやめますからね。










~side 妖夢~



 レミリアさん達を持て成す準備をしている中、私は一人大きくため息をついた。
 嘘をついた。レミリアさん達に嘘をついた。春を集めているのは私だと言うのに、私は何も言わなかった。
 魔理沙という人に問い詰められたとき、レミリアさんは私を庇ってくれたが、そのことが逆に私の心に小さなトゲを残したようだ。
 嬉しかった。レミリアさんの行動が心から嬉しかった。そしてそれ以上に情けなかった。全てを知っているレミリアさんに
あのようなフォローをさせてしまう己の未熟さが何よりも情けなかった。

「はあ…駄目だなあ、私。本当に全然駄目だ…」
「何が駄目なんだ?少なくとも料理の腕前はそんなに悪くないと思うけどな」
「それは勿論、私のあまりの未熟さ…って、う、うわあっ!?ままま、魔理沙さん!?」
「ナイスリアクション。こういう反応が沢山返ってきたのが昔の幻想郷なんだよな。
今の友人達はレミリア以外素のリアクションを取ってくれないから困る」

 私の背後から声をかけてきたのは、先ほど知り合ったばかりの霧雨魔理沙さん。あ、勝手に摘み食いしてる。
 指摘しようかと思ったけれど、客人に対して非礼を働くのも悪い。私は何も言わないままで居ると、魔理沙さんはどうやら少し不満だったらしい。
 もうひとつお皿の中から料理をつまんで口に運ぼうとする。流石の私もこればかりは見逃せない。慌てて魔理沙さんに注意を試みる。

「駄目ですっ。いくらお客様とはいえ、そういうはしたない真似はよくありませんっ」
「うん、そうだな。確かに私が悪かった」
「…え?」

 私の注意を素直に受け止め、魔理沙さんはぺろりと小さく舌を出して笑い、手にした料理をそのまま食べる。
 あ、食べるんだ…謝るのに食べるんだ。食べ終えた後、魔理沙さんは指先を一舐めし、楽しそうにしながら口を開く。

「悪いことをしたらハッキリ注意、だけど私は馬鹿だから反省しない。そして妖夢が怒りだす、私は初めて心からの反省をする。
どうだ。そいつは実に面白い関係だと思わないか?怒り怒られ呆れ呆れられ、そして最後は互いに馬鹿笑いするんだ」
「はあ…」
「生真面目過ぎるのも悪くは無いが、そんなのはレミリアお付きのメイドだけで十分だ。
少なくとも私は、そんな馬鹿をやりあえる友人に妖夢とはなりたいと思ってるぜ。折角知り合えたんだしな。
それに正直、私も少しまともな友人ってのが欲しくてな。霊夢はあれだし、レミリアもあれだし。まあほら、つまりそういう訳だよ、うん」

 照れながら笑う魔理沙さん。彼女の言葉の意図するところが、全然掴めなくて。けれど、知ってしまえば簡単で。
 ああ、そうか。彼女は私と友達になりたいと言ってくれてるんだ。最初は冗談かと思って。だけど、そう告げる彼女の心に偽りなど存在しなくて。
 だから私は困った。慌てた。情けないくらい動揺した。だって仕方がない、私は友達なんて一人も居ないのだ。こういう時、どうすれば良いのか分からなくて。
 そんなオロオロとしている情けない私に、魔理沙さんは困ったように笑い、そして力強く私の背をバンバンと叩いて教えてくれた。

「なりたいなら『OK』、なりたくないなら『だが断る』。YES、NOははっきりさせなきゃ何でも曖昧に終わっちゃうぜ。
まあ、なんていうか、お前レミリアみたいだから放っとけないんだよな。今日異変について訊いたときとか本気でオロオロしてたし…
あ、そういえばあの時は改めて悪かったな。レミリアの言うとおり、私もこの異変を愉しむことにしたからな。別に責めるつもりはないから安心しろよ」
「あ、ありがとうございます…ええと、その」
「ほら、早くYESって言っておこうぜ。堅苦しく考える必要は無いんだよ。ようは友人として私やレミリアと一緒に馬鹿しようぜってだけさ」
「は、はいっ!魔理沙さん、私とお友達として…」
「魔理沙。私はお前を妖夢って呼ぶから、お前も魔理沙って呼んでくれよ。堅苦しいのは嫌いなんだよ」
「え、ええと…ま、魔理沙」
「おう、魔理沙だぜ。これからよろしくな妖夢」

 そう言って、私の頭をわしわしと撫でながら魔理沙さん…否、魔理沙は笑って言ってくれた。
 本当、メチャクチャな人だなと思う。力強くて無理やりで、だけどそれを不快に感じさせない人。
 …不思議だ。さっきまであんなに陰鬱としていた気分がびっくりするくらい消え去っている。胸のモヤモヤが何処かに行っちゃってる。
 それも全部このメチャクチャな人のおかげなのは明白だ。これが友達というものなんだろうか。幼いころから家族と幽々子様しか接する相手がいなかった私に出来た、初めての友達。
 今はこの人に心から感謝したい。この幽々子様を起点とした異変はもうすぐ終焉を迎えるのだろう、そんな大事を前に心乱れたままで客人と対峙することが無くて済んだ。

「ありがとう、魔理沙。私は貴女に心から感謝するわ」
「は?ああ、別にお安いもんだ。いや、何に対する感謝かは分からんが。
まあ、レミリアじゃないが、お前は普段からそうやって笑ってる方が良いと思うぜ。息詰まった顔ばかりしてちゃ人生面白くないだろ」
「ええ、そうね。一意専心、今私がとるべき行動は幽々子様を護るだけっ」
「…おお~い、いきなり空を飛んで何処に行くつもりだ?そっちは冥界の出口だろ?」
「魔理沙は幽々子様達の傍に居てっ!そして幽々子様に客人の応対をしてくるって伝えておいて頂戴!あとついでに料理も運んで!」
「…妖夢って、結婚すると人が変わるタイプかなあ。流石は妖夢だ、遠慮が無いぜ」

 あれこれと言い残し、私は冥界と顕界をつなぐ結界の解れへと翔けていく。
 魔理沙と話していた時に感じた気配、これは間違いなく幽々子様を邪魔する者。幽々子様が仰っていた博麗の巫女だろう。
 残念だけど通さないよ。私の後ろにはレミリアさんが、幽々子様が――そして初めての友達が居るんだ。絶対に通してなるもんか。
 西行妖が満開になるまで後僅か。貴女達の持つなけなしの春をもってして、この異変は終焉を迎えるのよ、博麗の巫女。















~side レミリア~



 トイレから帰ってきたらみんな部屋から居なくなってたでござるの巻。
 そして20分程待ったけれど誰ひとり帰ってきてくれないという二段オチ。

「ううぅぅぅ…美鈴の馬鹿、パチェの馬鹿、魔理沙の馬鹿、妖夢の馬鹿、幽々子の馬鹿。
寂しいよう、お腹空いたよう…咲夜の温かいご飯が食べたい。咲夜の温かいお茶が飲みたい。咲夜、早く帰って来て頂戴…」

 頑張れ私。負けるな私。しっかりするんだ私。泣いちゃ駄目だ私。今こそあの応援をするときじゃない。
 フレーフレー頑張れ!!さあ行こう♪フレーフレー頑張れ!!最高♪…はあ、死にたい。
 冥界ルールでの最高の持て成しって、一人ぼっちにされることだったのね…何この生き地獄、鬼過ぎる。あ、ぎたーそろ、かもーん(棒読)






[13774] 嘘つき妖々夢 その七
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2009/11/22 15:48




 部屋で待つこと二十分。魔理沙、パチェ美鈴の順に帰ってきたけれど、白玉楼の住人達が帰って来ない。
 なんでも魔理沙曰く妖夢は急に屋敷の外に飛び出して行ったらしい。買い物か何かかしら?魔理沙は料理を運んで、みんなの傍に居るように言われたとか。
 幽々子の方は、パチェが言うには出し物の準備をしているのだとか。出し物ねえ、八雲紫がいつここに来るか分からないというのに、豪胆なことだわ。
 まあ、そんなマイペースを何処までも貫くところが頼もしいのだけれど。私が幽々子の立場だったら、迷わずこの屋敷から逃げ出すわね。
 しかし、決戦を前に私達を持て成してくれるなんて幽々子凄過ぎる。やはり一国の主たるもの部下達を鼓舞する術の一つでも身につけて当然なのかしら。
 紅魔館は…ううん、駄目だ。私が何を言ったところでパチェや美鈴がやる気になるような行動なんて思いつかないし。後でこっそり幽々子に秘訣でも聞いておこうかなあ。
 幽々子ぐらいのカリスマ主になると『主様HOWTO本』とか出せば印税で簡単に生活出来るんだろうな。ああ、幽々子のカリスマが妬ましい、実に妬ましい。
 まあ、幽々子が来るまでのんびり料理でも食べながら待っていよう。ああ、出し物って何をしてくれるのか楽しみだなあ。幽々子、早く来ないかなあ…

「…来ますね」
「ええ、流石に早かったわね。まあ、ウチの相手に妖夢もよく持った方だわ」
「今のあの人は私でも勝てませんからねえ。まあ、決着が弾幕勝負で何よりです」

 え、来るって幽々子もう準備出来たの?もう出し物見せてくれるのかしら。
 どうやらその通りのようで、パチェと美鈴は何も言わずにその場に立ち上がる。あ、移動するってことね。
 そうね、確かにこの部屋も広いことは広いけれど、出し物をするような部屋じゃないし。ほら、壺とか花瓶とか割ったら大変だしね。
 二人につられるように、私と魔理沙も慌てて立ち上がる。さ~て、出し物の場所は何処かしら。二人はさっきまで幽々子と話していた
みたいだから、知ってるみたいね。美鈴とパチェは外に繋がる障子を開き、迷わず外に足を運んで行く。あ、外なんだ。まあ、外は温かいしね。
 太陽は出てないから日傘は無しでOK。靴を履いて二人を追うと、庭を少し歩いたところで空を見上げてる美鈴達が。

「知ってる奴?なるべく正体を探って頂戴。今の状況では極力不確定な要素は除しておきたいわ」
「ん~、やっぱりちょっと見たこと無い顔ですね。身体を包む力の流れは…私達や博麗の巫女よりも、パチュリー様や魔理沙に近そうです」
「魔法使いか。もう少し分からない?魔理沙と私、どちらにより近いかとか」
「近くでハッキリ感じてみないと断言出来ませんが、どちらかと言われればパチュリー様ですかねえ」
「全く…博麗の巫女が連れてきたのか自分で来たのかは知らないけれど、厄介事を増やすんじゃないわよ」
「パチュリー様、最近愚痴が多いって言われません?」
「うるさいよ」

 うわ、なんか二人とも何もない空を眺めながら変な会話してる。パチェの愚痴が多いというのには私も同意するけどさ。
 二人の見つめる方向を目を凝らしてみても何も見えやしない。まあ、私は自慢じゃないけれど視力も普通の人間レベルだからね。
 加えて言うなら最近漫画の読み過ぎか確実に低下してきてるしね。そろそろ眼鏡を考えないと駄目かしら。

「なんだなんだ?二人して何を見てるんだ?」

 おお、ナイスよ魔理沙。私も訊こうと思ってはいたんだけど、先に訊いてくれるなんてラッキー。
 や、だってほら、二人とも見えてるのってもしかしたら強い妖怪なら見えるモノとかだったら困るじゃない。
 それを私が見えないなんて言ったら『あれが見えないなんて…失望した』なんてなるかもしれないじゃない。弱さバレするかもしれないじゃない。
 自慢じゃ無いけれど、私はこういう細かい些細なところを気をつけて今まで生きてきたのよ。姑を制するものは家庭を制す、金言だわ。

「…お客様よ。西行寺幽々子が非礼の無いように張り切ってお出迎えする、ね」
「ああ、そういうことか。結局どっちが来たんだ?霊夢か、それとも咲夜か」

 ?魔理沙の奴、何訳の分からない事を言ってるのかしら。霊夢は知らないけれど異変解決に向ってる咲夜が幽々子のところに来る訳ないじゃない。
 今頃咲夜は八雲紫のところに潜入してくれてる筈だもの。ああ、お願いだから咲夜、早まった真似だけはしないで頂戴。
 貴女が無理しなくても、幽々子がアイツをぎったんぎたんに叩き潰してくれるみたいだから。お願いだからアレに単身で喧嘩を売ることだけは止めて。
 そんなことを考えながら、私は二人が空を見上げてる姿に習って自分も見上げることにする。いや、何も見えないんだけどね。でも見えてないとおかしいみたいだし。

「三人よ。魔理沙、貴女は幻想郷内に居る金髪の魔法使いを知っているかしら」
「勿論だぜ。その魔法使いは幻想郷最速を誇る恋の魔法使いって専らの評判だな」
「…貴女以外で、よ。私の魔力で水増しした視力じゃおぼろげにしか見えないけれど、美鈴、他に特徴は」
「数体の人形を連れてますね。まるで自分の意思を持っているかのように人形を動かしてますね。魔法使いってあんなことも出来るんですか?」
「人それぞれよ。一点特化の属性なら奇跡を起こすことすら可能、それが私達だもの。人形遣い、心当たりは?」
「これっぽっちもないな。あー、いや、待てよ?確か人里で時々ふらっと来ては人形劇をする魔法使いが居るとか聞いたことがあるような…」
「…まあ、いいわ。あれもどうせ博麗の巫女同様、幽々子が相手してくれるんでしょうし」

 …え、ちょっと待って。何、霊夢本当に来てるの?それも幽々子が相手するってどういう意味?
 霊夢の仕事って博麗の巫女として異変を解決することでしょう。異変の犯人は紫なのに、なんで幽々子が相手するの?
 いけない、本気で訳が分からなくなってきた。何か三人の話によると、あのお空の向こうには霊夢が居て。
 で、その霊夢が幽々子と戦うらしくて。あれ、ここで全然話がつながらない。というかぷっつり切れてる。
 う~ん…だって、霊夢が幽々子と争う理由なんて何も無いじゃない。戦うなら紫、幽々子に協力こそすれど、ぶつかり合う必要が何処に…

「お姫様も降臨したわね。さて、お遊びには違いないけれど、閻魔に冥界の統治を任ぜられる亡霊の力、見せてもらいましょうか」
「全力を出しますかねえ。私は幽々子嬢がカードを全て表に晒すとは思えないんですけどね」
「晒さざるを得ない状況に追い込めば良いのよ。幸いなことに、あちらにはウチで一番優秀な奴がついてる。
博麗の巫女と見知らぬ魔法使い、そして悪魔の狗を相手に余裕を見せる暇なんてあるかしらね」
「えええ、三対一で勝負するんですか?」
「するわよ。話してみて分かったけれど、アレはそういう奴よ。そして、それを平然とやってのけるだけの力が在る」
「なんとも剛毅なお姫様だことで。ま、私達は単なる観客ですからね。美しき桜の舞いを精々愉しませてもらうとしましょう」
「ん~、私も出来るなら参加したいんだが…今の機嫌悪いあいつらに混じって弾幕勝負はなあ…今日はパスだ」
「賢明よ。桜は触れて戯れるものではない、眺めて愉しむものだから」

 いや、眺められないから。見えないから普通に。
 話からすると、幽々子もあっちに居るみたいだけど、もしかして今からあんなところで出し物するの?
 あんなに離れられると、何をされても見えないというか…幽々子も私のこと強い吸血鬼だと思ってるから、
『これくらいの距離見えて当然』なんて考えてるのかな。やばい、どうしよう。後で『よく見えませんでした。てへり☆』なんて言えないし…
 とりあえず幽々子の出し物とやらが私に見えるようなモノであることを祈ろう。この距離でもよく見えるような。
 そうね…例えば、この空を彩るような綺麗な花火。そんな風なモノだったら、流石の私でもよく見えると思うわ。
 とりあえず、向こうの空を見てれば何か始まるみたいだし…あれ。

「…この桜って」
「?どうしたんだ、レミリア」
「い、いえ…なんでもないわ」

 ふと視線を空から外した先にあった一本の大桜。それは確か前に来た時幽々子が言ってた永遠に咲かない筈の桜。
 …何があっても咲かない桜って言ってたわよね。おかしいな、それなのにどうして、今にも花開かんとばかりに蕾がついてるのだろう。
 嫌な予感がする。私の全身をチキン警報が鳴り響いてる。なんでだろう、この桜を見ていると泣きたいくらい嫌な予感しか感じられないのは。

















 ~side 霊夢~



 ――十六夜咲夜は強い。
 紅霧異変のときから出来る奴だとは薄々感じていたけれど、正直これ程とは思わなかった。
 今しがた、私達の邪魔をした半人半霊の剣士だって決して弱くは無い。むしろ弾幕勝負の腕前としてはかなりの部類だ。
 その剣士を十六夜咲夜はものの数分で打倒してみせた。弾幕勝負はお遊びといえばお遊びだが、当人の実力を測る意味ではかなりの意味がある。
 簡単に言い換えれば、咲夜と剣士の間にはそれだけの差が在るということだ。正直、今のコイツは紅霧異変とは完全に別人だ。正直、今のコイツとやり合って勝てるなどと楽観出来ない。
 ムカつくし腹立たしいし本気で気に食わない奴だが、その点は認めなくちゃいけない。レミリアの奴、とんだ化物をメイドで雇ってる。

「弾幕勝負を初めてから五分と十三秒で決着。霊夢、あれって本当に人間なの?」
「あいつのことなんか知らないわよ。本人に訊けば?」

 どうやら私と同じ感想を持ったのか、アリスの奴も眉を顰めて思考中。やっぱ誰だってそう思うわよね。
 あれだけの激しい弾幕戦闘を繰り広げながら、呼吸一つ乱していない姿は最早異常としか言えない。そして驚くべきは咲夜の戦闘スタイル。
 魔理沙みたいにスピードに頼って弾幕を避ける訳でもない。私のように引き付けて経験と直感で弾幕を回避する訳でもない。
 ただ、敵の弾幕を流れる水が如く避け、リスクの少ないかつ効率の良い最短距離を駆け抜けていく様は見ているこちらが寒気を催す。
 咲夜は外見から私とそう歳は変わらないだろう。この歳であんな真似が出来るなんて、一体どれほどの修練と研鑽を積んできたというのか。
 正直、咲夜のことを認めたくない私が居る。だけど、認めざるを得ないと感じている私が居るのも事実。コイツは口だけじゃない、本当に何もかもが一流だ。

「さて…邪魔も無くなったことだし、このまま元凶のところまで駆け抜けるわよ。
博麗の巫女も魔法使いも張り切るのは構わないけれど、私の邪魔だけはしないで頂戴。その時は容赦なく刺すから」
「うっさいわね。アンタこそ最後の最後でドジ踏まないように精々気をつけることね。足手纏いになったら遠慮なくぶっ飛ばすから」
「…貴女達、そんなにいつもいつもいがみ合っててよく飽きないわね。ともかくさっさと異変を解決してしまいましょう」
「「途中参加のくせに偉そうに仕切るんじゃないわよ」」
「そういう時だけ同調するなっ!!」

 声を荒げるアリスの声を私は聞こえない振りをする。どうやら咲夜も同様みたいだ。
 こんな扱いこそしているけれど、本音ではアリスには感謝している。コイツがいなければ、今頃私は異変そっちのけで間違いなく咲夜とバトルしてると思う。
 ――アリス・マーガトロイド。私と咲夜が魔法の森の近辺で出会った魔法使い。コイツと出会ったのは本当に偶然だった。
 バラバラになって異変解決を目指していた私と咲夜だが、事あるごとに目的地がバッティングしてしまった。一度は寒気の妖怪(これは私が倒した)、二度目は黒い化け猫(これは咲夜が倒した)のとき。
 そして三度目のバッティングを果たした時、私と咲夜は互いに我慢の限界だった。今にも掴み合いになりそうな、そんな空気の中でアリスは現われたのだ。
 アリスの奴、最初は人ん家の近くで騒いでるうるさい奴らを追い払おうと、弾幕の一つでもぶつけるつもりだったらしいんだけど、
いざ外に出てみれば今にも殺し合いが始まりそうな空気が充満してる馬鹿二人。流石にこれは拙いと思ったらしく、私達の仲裁を買って出たのだ。
 そして、アリスの奴にどうしてこんなことになったのかを話すと、話題は異変のことに。それでアリスの奴が『目的は同じなんだから一緒に行動すれば良い』と
提案したが、私達は声を揃えて『コイツと二人っきりなんて死んでも御免だ』と言い放った。それを聞いた時のアリス、心から呆れてたわね。仕方がない、嫌いなんだもの。
 で、結局アリスの奴が『なら私も同行してあげる。この寒さはいい加減なんとかしたかったところだし』と私達の緩衝役を買って出てくれたのだ。
 そういう理由で、アリスは私達に同行している。本当、咲夜と二人っきりなんて嫌だからアリスにはお礼を言いたいくらいだ。いや、言わないけど。

 私と咲夜、アリスは幻想郷のあちこちを飛び回り、春度が冥界に集まっていることを突き止め、ここまでやってきた。
 だけど、それもここで終わり。さっきの半人半霊から、ここに元凶が居るという言質は取れた。どうやら剣士のご主人様が
『西行妖』というのを満開にさせる為に、今回の異変を引き起こしてくれたらしい。何とも傍迷惑な話だ。こんなに春を集めてまだ足りないと言うのか。
 とにかく私のやることはお嬢様とやらをぶっ飛ばす。そして幻想郷に春を取り戻す、それだけだ。そしていつも通りの日常が始まるだけ。
 それにこの寒さが消えてしまえば、最近めっきり来なくなってるあの馬鹿も来るようになるかもしれないし…私、何を考えてるんだろ、下らない。
 今はあの馬鹿のことなんて考えてる暇なんか無い。私のやるべきことは全ての元凶を全力で懲らしめるだけだ。そう、全力で――

「――止まりなさい、二人とも。どうやら元凶が自分から現れてくれたみたいよ」
「っ!」

 先頭を飛行していた咲夜の声に、私達はその場で身体を止める。来たか、幻想郷中を大混乱に導いてくれた大馬鹿野郎が。
 その咲夜の言葉通り、遠くの空からこちらに近づいてくる一つの人影。そして、その影に群がる大量の何か。
 ――蝶。それは桃色で淡く輝く神秘の華蝶。その美しさはきっと、芸術を理解出来たなら言葉にならない程のものなのかもしれないわね。私はそういうのよく分からないけど。
 その人影はやがて私達にも肉眼ではっきりと確認出来るようになる。桃髪を携えた大和美人、大人と少女の境界を揺らがせる美の女性。
 そして、彼女から立ち上る圧倒的なまでのプレッシャー。成程、コイツが元凶か。間違いなく紫やあのときのレミリアクラスだ。

「ようこそ冥界へ、生き人方。冥界を管理する立場の者として、皆様のご来場を心より歓迎申し上げますわ」
「御託や前置きはどうでも良いのよ、この元凶。さっさと春を返しなさい。このままじゃウチの神社の桜も咲かないじゃない」
「あら、桜ならここにいくらでも咲き乱れてますわ。お花見がしたいのならどうぞご自由に。冥界の桜は何処よりも美しいと評判よ」
「私達は顕界の春を愉しみたいのよ。こんな死臭漂う場所はお呼びじゃないわ」

 アリスの言葉に、元凶はくすくすと微笑みを浮かべるばかり。なんか調子が狂う奴ね。得体のしれないというか、掴み難い。
 睨みつける私達の視線に、元凶の女は口元を隠していた扇子を閉じ、瞳を閉じて口を開く。

「もう少し。もう少しで西行妖が満開になる。桜の封印を解くまでは、はいどうぞという訳にはいかないわね」
「なんなのよ、西行妖って」
「うちの妖怪桜この程度の春じゃ、桜の封印が解けないのよ。だから妖夢に命じて私は春を集めさせているのよ」
「へえ…ちなみにその封印を解くとどうなる訳?」
「それはそれは沢山良いことがありますわ。桜は満開になり、妖怪桜に封ぜられている何者かは目覚め、
私は最近出来たばかりの愛しい友と酒を酌み交わすことが出来る。ほら、ここまで話すと春を集めない方がおかしいと思いませんか?」
「全然思わない。それ全部あんたにとっての良いことじゃない」
「当然でしょう。己の欲望すら満たせぬことに、このような労をする必要が何処にありましょうや」
「良い返事よ、このクソ妖怪。これで安心してアンタを心置きなくぶちのめす事が出来る」
「妖怪ではなく亡霊ですわ。そして貴女は私が理由を語らずとも容赦なく叩きのめしたでしょう?」
「分かってるじゃない。理解の早い奴は嫌いじゃないわ」

 どうやらこの幻想郷全体を巻き込んだ異変は、この亡霊の自己満足の為に引き起こされたものらしい。
 そんな下らない理由の為に、私を散々寒い目にあわせてくれたのか。絶対に許せない、一生どころか三生くらい後悔させてやる。

「アリス、咲夜、私がやるわ。アンタ達はその辺でのんびり眺めてなさい。
さっきの咲夜の最速記録を私が簡単に塗り替えてやるわ。この馬鹿亡霊、しばらく流動食以外食えなくしてやる」
「本当、物騒な言葉遣いばかりの乱暴な巫女ね…まあ、貴女がやるきなら私は何もしないわ。無駄な力は使いたくないし」
「咲夜、アンタも引っこんでなさいよ。ここは私が…」

 これまでずっと沈黙を保っていた咲夜に声をかけるものの、返答は返ってこない。何、どうしたのよ急に黙り込んで。
 もしかして目の前のアーパー亡霊にびびったとかそんなんじゃないでしょうね。もしそうならさっさと下がりなさいよ、邪魔だし。
 未だに反応しない咲夜に、苛立った私がそう声を掛けようとしたその刹那だった。私が咲夜の肩を掴む前に、コイツは重い口を開いた。

「…どういうことかしら、西行寺幽々子。何故、冥界に『お嬢様』が居る」

 咲夜の言葉に、私は伸ばそうとした手を止めてしまう。明らかに咲夜の空気が変わったからだ。
 その声は何処までも鋭く加工された短刀のようで。その声は何処までも凍てついた吹雪が荒れる雪原のようで。
 苛立ちでも無い。殺意でも無い。美しいまでに磨き抜かれたひと振りの刃が、ただ亡霊の額に突き出された、そんな幻想が私の脳を支配した。
 そんな咲夜のプレッシャーを、亡霊はただ笑って空かすだけ。常人なら気絶してもおかしくない程の威圧感だと言うのに、亡霊は気にした様子が微塵も無い。
 そして咲夜の発した言葉の意味。…レミリアの奴がここに居る?一体どうして、何の目的で?何故レミリアが異変の元凶と共に在る?

「何故不思議がる必要があるかしら?レミリアと私は友人ですもの。親しき友を喜劇の最終章にお呼びしても何ら不思議はないでしょう?」
「そのような事は訊いていないわ。お嬢様がここに居るのは自発か強制か、そこを訊いているの」
「従者二人が彼女に寄り添っているでしょう?手紙でお誘いこそすれど、彼女がここに来てくれたのは彼女の意志よ」
「…お嬢様はお前側に付いているの?」
「さあ、どうかしら。案外、何も知らずに友の家で寛いでいるだけかもしれない。この異変の本当の黒幕は彼女なのかもしれない。
不思議ねえ、悪魔の狗を放っておきながら、自分は何故か獲物の傍に居る。こういうとき、よく訓練された狗はどうするのかしら」
「どうもしないわ。お嬢様がそちらに居るのなら、私はその傍で新たな命令を享受するだけ。
霊夢、アリス、私はここで降りるから。後のことは二人でなんとかなさい」
「はぁ!?」

 咲夜の言葉にアリスが驚き眼を見開いてる。私は別に驚いたりしないけど。十六夜咲夜はそういう奴だ。
 レミリアがここに居る、その時点でレミリアがこの異変に絡んでいるのは明白だ。そして、咲夜はレミリアの忠実な従者、その邪魔をすることは決して出来ない。
 咲夜に異変解決しろと言っておきながら、その異変の元凶の下にレミリアが居るのはよく分からないけれど、これで咲夜は新たな命令を受けない限り次の行動に移れない。
 完璧なまでの一流なレミリアのお人形。本当、反吐が出る。何時だって自分の意思を持たないコイツが、私は前から気に入らなかった。

「異変は私が解決するって最初に言ったでしょ。アンタは好きなだけ悪魔に尻尾を振ってなさい、飼犬」
「言われなくてもそうするわよ。せいぜい亡霊姫に魂を冥府に引き抜かれないように注意することね」

 私の嫌味にも眉一つ動かしやしない。その様子が更に腹立つ。コイツとは一生分かり合える自信がない。分かり合いたいとも思わないが。
 この場所から飛び立とうとする咲夜だけど、その行動は目の前の亡霊に防がれることになる。咲夜の周囲を妖力で紡がれた蝶で取り囲んだからだ。

「…何のつもり、西行寺幽々子。私は貴女の邪魔をするつもりはないと言ったのよ」
「あら、この舞台の仕切りは私よ。勝手に役者が舞台を降りるのを認める筈が無いでしょう。
貴女も主を持つ従者なら、一度受けた命令は何があろうと遂行しないとね。それではレミリアが失望してしまうわ」
「臨機応変に対応するのも優秀な従者の仕事だと思っているのだけれど」
「ならば必死に対応して頂戴な。貴女も所詮、この舞台劇の一役を担うただの人間に過ぎない。
悪魔の狗と紅白の蝶、そして七色の魔女。お前達の持つ春を私が直々に奪うことで、この永い劇も終焉を迎えるの。
さあ、もう言葉遊びにも飽きた頃でしょう。かかってらっしゃいな、生人達。この西行寺幽々子が貴女達の相手を務めてあげましょう」
「…まさか、一人で私達三人を相手にするつもり?どれだけ人を舐めれば気が済むのよ」

 アリスの言葉も尤もだ。たった一人で私達の相手を出来るだなんて、ふざけるにも程がある。
 怒りの込められた言葉を受け、亡霊は依然優雅に微笑んだままだ。その脱力具合が癇に障る。こいつ、人を馬鹿にして。
 だが、私の亡霊への印象はここで百八十度変わることになる。再び閉じた扇子を口元で大きく開き、私達を見据えながら口を開く。

「――舐めているのではないわ。これでようやく『対等』なのよ、お嬢さん達。
我が愛しき友人に送る一生モノの花火に彩りを備えるには、貴女達一人一人じゃ荷が重い。物足りないにも程がある」
「っ!!二人とも、くるわよっ!!」
「フフッ…所詮貴女達は私の掌で踊る駒に過ぎない、その自覚を持ちなさい。

身のうさを思ひしらでややみなまし
       そむくならひのなき世なりせば

死蝶に捕らわれてしまわぬように、精々必死に逃げ回りなさい。不格好な演舞でも、命を掛けたものならば力強く煌めく明星となるでしょう。
――さあ、久方ぶりに舞うとしましょうか。少しでも美しく、少しでも優雅に。私の描く弾幕(はなび)が、どうか友の心を少しでも胸打つモノとなるように」

 喋り終えるや、幽々子は圧倒的な量の弾幕を私達三人に向けて展開する。何て圧倒的な物量、これが冥界の主の力なのか。
 ハッ、上等よ。その人を舐め腐ってる増長した鼻っ柱、全力で叩き潰してやる。コイツをぼっこぼこにした後で、この異変に関係してるっぽいレミリアもシメる。
 冥界の姫だかなんだか知らないけれど、幻想郷の春は私のものよ。神社で花見をする為にも、さっさと春を返してもらうわよ!






[13774] 嘘つき妖々夢 その八
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2009/11/23 03:39





 薄暗い冥界の空に舞う桜の花弁(だんまく)。その幻想的な光景は見る者全てを魅了して離さない程に華やかで。
 美鈴も、パチェも、魔理沙でさえもその光景に完全に目を奪われてしまっている。弾幕を知る者が見れば、あの弾幕はそれだけの価値があるのだろう。
 妖怪も人間も関係ない、その美しさの前では誰も彼もが呼吸を忘れる壮麗さ。あれが冥界の姫、西行寺幽々子の描く弾幕なのか。
 その光景に私、レミリア・スカーレットもまた例外無く虜に――なってなかったりする。というか、ぶっちゃけ弾幕見てる場合じゃない。
 私の視線の先は、幽々子の描く弾幕の空では無く、庭に力強く自生している桜の木。幽々子が決して咲かないと話していた大桜。
 …うん、気のせいだとは思うのよ。多分、私が疲れてるだけだと思うの。だけど、だけど何だけどね、ちょっと話を聞いて欲しい。
 勿論、私の気のせいだとは思うんだけど…この桜、さっきから動いてない?風も吹いてないのに、ゆっさゆっさって。
 本当、疲れてるのかな、私。何度も目をこすり、私はパチパチと目を瞬かせて、再び桜を凝視。…あかん、メッチャ動いてはるやんこれ…

「ね、ねえ魔理沙、ちょっとお話があるんだけど…」
「んあ、何だ?今すっげえ良いところなんだ。話なら後にしてくれないか?」
「い、いや、私も弾幕観賞を邪魔するつもりはないんだけどね?ちょっと、あの、桜の木がね…」
「桜?桜なんかどうでも良いだろ。今は幽々子の弾幕を見ようぜ。あれだけのモンはちょっと中々お目にかかれないしな」

 いやこっちも中々お目にかかれないと思うわよ?だってあの桜、段々動きが激しくなってきてるっていうか、
周波数一体どれだけ高く設定してんのよってくらいの振動数っていうか…桜さんは何で動くのん?天才ですからー。いや、そんなこと考えてる場合じゃなくて。

「め、美鈴…あの…」
「ほえー…いやいや、中々どうして勉強になりますね。あんなに綺麗な弾幕、どうやったら描けるのやら」
「くっ…ぱ、パチェ?」
「…何?トイレなら廊下を突き当たって右よ。今大事なところなんだから後にして頂戴」

 ううう…ドイツもインドもジャカルタも全然当てになんない。今は幽々子の弾幕より見るべきものがあるでしょうが。
 よし、一度深呼吸をし直そう。美鈴達が気付かないくらいなんだから、やっぱり私の見間違いって可能性も捨てきれないわ。
 あんな怪しい木がウネウネ動いてたら流石の美鈴やパチェはすぐに気付く筈だし。すーはー、すーはー、よし、落ち着いたわ。
 そうよね、よくよく考えれば、自分で動く木なんてある訳ないのよ。そんな木があったらお目にかかりたいくらいだわ。せーのっ

「って、何か明らかに伸びてきてるううううう!!!!」
「ああもう、レミリアうるさいっ!!」

 魔理沙に怒られました。しょんぼり…なんて馬鹿やってる場合じゃない!桜の枝がどんどん伸びてる!
 しかもウネウネしてる!キモい!主にその動きがキモイい!何この発禁桜!幽々子の趣味!?趣味なの!?どんだけマニアック嗜好なの!?
 一体どんな栄養与えたらあんなワープ進化遂げるのよ!?完全体通り越して究極体じゃない!こんなモンスター映画館で見たら子供達絶対泣くわよ!?
 とにかく、このことを美鈴達に知らせないと。この桜、絶対おかしい。普通じゃない。こんな卑猥桜存在してるだけで有罪判決よ。

「ちょっと美鈴!パチェ!魔理沙!幽々子の方を見てないでこっちを…」
「?どうしたんですか、お嬢さ…」

 美鈴達が私の方を振り向いた刹那、お腹の辺りをギュッと締め付けられるような束縛感。あれ、何これ。
 私の方を見つめる三人は、視線をつつつと下腹部の辺りへと下ろす。それにつられるように私も視線をマイお腹に。
 そこには、腰の辺りで見事に巻きつけられた木製のベルトが。何これ、変身アイテム?勿論、それはベルトなんかじゃなくて、変態桜の伸びてきた触手(木)で。
 ああね、そういうオチね。やっぱりか。やっぱり私が犠牲者か。私は三人に向けてニコリと良い笑顔。ニ~ッコニコれみりゃ。春です、ちょっくら逝ってきます。

「お嬢様っっ!!!!」「レミィっっ!?」「レミリアっ!!!」
「やっぱりこうなるのねど畜生おおおおおおおおお!!!!!!!!」

 捕えた私を一気に引き寄せ、上下左右に大暴れする変態桜さん(35歳 無職)。
 あはっ、見かけ通りで元気が良いのねえ。若いって良いわね。よし、お姉さんもう一ラウンド張り切っちゃうぞ。

「…なんて言ってる場合じゃないいいいいい!!!!誰か助けてえええええええ!!!!!」

 西行寺さん家の木下桜さんの大暴走に、私は恥も外聞も無く必死に叫び声をあげる。
 いや、もう体裁とか紅魔館の主とか気にしてる場合じゃない。本気でヤバい。世界がぐるぐる回ってる。グルグル回る~グルグル回る~。
 おうふ、正直気分悪くなってきた。大体今どれくらいの速さで回転運動してるのよ。rpm換算で誰か私に教えて頂戴。うえええ。
 出そう。本気で出そう。いや、でも美鈴達が見てる前で主が嘔吐なんて絶対に出来ない。否、一人の女としてそれ無理。
 ここで戻しでもしようものなら、私の経歴に一生消えない汚点が残ってしまう。嫌だ、紅魔館のゲロ吸血鬼なんて絶対に嫌。
 頑張れ私負けるな私。粘るのよ、そうすればきっと美鈴かパチェが私を助けてくれる筈。…くれるわよね?
 もし『レミリア様は強いから私達の力が無くても一人で脱出出来ますよね』とか思われてたら私簡単に死ねる。グッバイマイ人生になる。
 あうう…意識が段々遠のいてきた…またなのね、紅霧異変同様、また私一人理不尽かつ不幸な目にあうのね。私ばかり酷い目にあうのね。
 ああ、こういうときに咲夜が居ないのはつらいなあ…咲夜だったらすぐに助けてくれそうだもん…さくやさくや会いたいよいやだ君に今すぐ会いたいよ…
 畜生、青い空なんか大嫌いだわ。もし生き延びることが出来たら、この先ずっと引き籠ってやる…あうう…
















 ~side 美鈴~



「迂闊っ!なんてミスをっ!!」
「後悔してる暇なんかないわよ馬鹿門番!!今何より先に考えるのはレミィの救出!!」
「そんなこと言われずとも分かってますよっ!!」

 パチュリー様の叱咤に、思わず声を荒げてしまう。私が跳躍した場所を、妖怪桜の枝先が深く鋭く貫いてゆく。
 唇を噛みしめ、私は視線を妖怪桜の上部へと向ける。そこには、身体を拘束されたお嬢様が必死に何かを叫んでいる。助けを求めているのだろう。
 何て無様。あれだけ大口を叩いておきながら、こんなにもあっけなくお嬢様を危険に晒してしまった。何が護るだ、この大馬鹿野郎が。
 言い訳をするつもりはない。気を緩めていたつもりもない。どんな事が起ころうと、お嬢様をお守りする体勢は整えていた。
 けれど、この妖怪桜の動きに全く気付けなかった。否、この桜が妖怪桜であることすら気付けなかった。気配も妖気も魔力も、何一つ感知出来なかった。
 この桜に一体何が起こっているのか、それは私には分からない。けれど、私がすべきことは心得ている。まずはお嬢様を無傷で救出することだ。

「植物如きが調子に乗るな!!はあああああっ!!!」

 しなり打つ枝の鞭を回避し、私は一直線にお嬢様を捕えている枝の方へと駆け上がる。
 鋭い木々が私の身体を抉っていくが、そんな瑣末なことなどどうでも良い。望むならこの身体を幾らでも好きに削ぎ落すと良い。
 けれど、しっかりその代価は払ってもらう。私達の唯一無二のご主人様、私達の生きる意味を取り戻す――獲った!!
 右足に気を集中させ、全体重を一気に乗せて私はお嬢様を縛る枝に踵を落とす。並みの妖怪程度なら頭蓋から一気に真っ二つに出来る蹴りだ。
 たかが植物如きを破砕するのには造作も無い――その筈だった。私の蹴りは厚く重ねた鉄板を軽くぶち抜く程度の力はあるのだから。

「――ッチィ!!」

 鋼を貫く私の蹴りは、更なる頑強な『木材』に止められた。妖怪桜の枝は、私の蹴りを受けて傷一つ負っていない、ふざけたシロモノだったのだ。
 私の身体が止まったのを見て、この身体を貫かんと疾走する四本の忌々しい触手に舌打ちし、私はその場から跳躍する。
 なおも私の身体を貫かんと宙を奔る妖怪桜の端末。しかし、その猛攻は一人の少女の強大な魔力によってねじ伏せられる。
 私に届こうとする木枝を薙ぎ払った極太のレーザー。放たれた場所で笑う一人の魔法使い。成程、紅霧異変では手の内を見せていなかったという訳か。

「やるじゃない。少しは見なおしたよ、魔法使いちゃん」
「どうせ見直すならパーティーでも開くぐらいに盛大に見直してくれ。あと、魔法使いちゃんって言うな!」
「そこまでよ。無駄口を叩き合うのは後にしなさい」

 何時の間にこちらに飛んできたのか、パチュリー様が私の傍まで浮遊し、何かしらの呪文を唱え始める。
 その詠唱と共に、木の枝に巻きつかれてぐったりしているお嬢様の周囲に球体の障壁が生み出されてゆく。成程、あれならお嬢様が傷つかずに済む、か。

「これで良し…と。さて、ここからどうするか、ね。
美鈴、貴女の攻撃が全く通じていないように見受けられたけれど?」
「ええ、恐らくあの妖怪桜全体が何かでコーティングされているようですね。恐らくは霊力か…どっちにしろ面倒なことになりましたね」
「面倒でも何でもやるのよ。もしこのままレミィの身体に傷一つでもつけてみなさい。咲夜かフランドールに殺されるよ」
「それは怖いですね。精々半殺しで済ませて貰えるように必死に頑張るとしましょうか…何より、このまま舐められっ放しというのもね」
「あら、珍しく感情を表に出すじゃない。そんなに苛立つ貴女を見たのは何時以来かしらね。
頼むから人外になって暴れないでよ、レミィの障壁を無駄に強くしないといけなくなるから柔軟性がきかなくなっちゃう」
「なりませんよ…ただまあ、私の誇りに二度も泥をつけてくれたんですから、それ相応の報いは受けて貰うつもりですよ」
「おいおい、さっきからえらく物騒な話だが…結局アレだろ?レミリアの奴を助けりゃ良いんだろ?」
「そうよ。レミィの救出だけが私達の目的。それ以外はどうでも良いわ」
「実に分かりやすくて素敵です。お嬢様を取り戻したら…その後は容赦無くこの世から消えて貰うよ、妖怪桜が」

 互いに顔を見合わせて頷き合い、妖怪桜の禍々しい触手が復活すると同時に私達は散り散りに四散する。
 蹴りで砕けないなら、今度は拳で叩き割ってやる。一発で駄目なら何発でも打ち込んでやる。
 他の誰でも無く、レミリアお嬢様に害を為したこと、その罪は万死に値する。閻魔の裁きを待つまでも無い、私がこの手で冥府魔道に叩き落してやる。













 ~side 幽々子~



 ――冥界の春が西行妖に集っている?
 いいえ、むしろ強制的に吸い寄せているという表現が適切かもしれないわ。
 確かに妖夢の集めてくれた春は、私が西行妖に与えていた。けれど、こんな風に西行妖の方から春を強引に奪うような真似は今まで一度も無かった。
 西行妖が自分から春を求めているというの?自分から封印を解こうとしている?一体どうして…

「よそ見なんて良い度胸ねっ!西行寺幽々子!!」
「…博麗霊夢」

 私の弾幕をすり抜け、接近してきた博麗の巫女を、私は新たな弾幕の層を生み出し、彼女を迎撃する。
 その圧倒的なまでの物量に、巫女は軽く舌打ちをしてやむなく後退する。賢明ね、ここで無駄にリスクを受け入れるような愚か者ではないか。
 博麗の巫女――幻想郷での異変解決を生業とする紫の秘蔵っ子。成程、紫が入れ込むのも理解出来る。それほどまでに秀でた能力を有している。
 この若さでこれだけやれるとは、実に彼女の将来が楽しみだ。けれど、まだその段階では私には届かない。そう、一人では――

「――雅符『春の京人形』」

 霊夢より少し離れた位置からスペルカードを宣言する人形遣い。霊夢を追撃する弾幕を全て取り除かれちゃったわね。
 冷静な娘ね。自分も相応の力がありながら、オフェンスは霊夢に任せて自身は完全にバックアップに回ってる。そして、それが
二人して闇雲に攻めるより遥かに効率が良いことに気づいてる。頭の良い娘だわ、霊夢とのコンビネーションも素晴らしいわ。
 けれど、この二人はあくまで煙幕。これだけ集中して攻撃されれば、誰だって本命はこちらだと錯覚する。だけど…

「私の眼はそう易々と欺けないわ。残念でした」
「――っ」

 立ち上る煙幕の中から放たれるナイフの嵐を、私は霊蝶を飛ばして迎撃する。
 その煙の中から出てきた少女、十六夜咲夜が私の方を見据えながら小さく舌打ちをする。あらあら、品の無いこと。

「完全に気配を消して立ちまわったと思うのだけど。存外やるのね、冥界のお姫様は」
「弾幕戦とは相手あってのもの、言わば最初から最後まで駆け引き続きだわ。
最後に立っているのは強い者なんかじゃない、性根の悪い者よ。如何に相手を嫌がるかを考えてこそ、勝利の道が開ける」
「さてはて、私の勘違いかしら。博麗の巫女の考案した決闘ルールは如何に美しいかを魅せるモノではなくて?」
「勿論よ。だから私はここで舞い踊るのよ。より美しく、より華麗に、そして誰よりも底意地悪く…ね」

 私が弾幕を再び展開すると同時に、メイドの身体が宙に溶ける。また霊夢達の弾幕に紛れたわね、本当に人間離れした娘。
 周囲を警戒しながら、私は再び霊夢と向き合う。さてはて、これからどうしたものか。霊夢達と弾幕勝負をしている最中に
無粋だとは思うのだけれど、今の私の心は西行妖の変化に在る。一体何故、西行妖に春が流れ込んでいるのか。
 幾らなんでも吸い込む量が異常過ぎる。飢えた獣に餌を与えるが如く、周囲の春を次々に根こそぎ吸引しているわね。
 いよいよ封印が解けるということなんでしょうけれど…何故かしら、さっきからどうも嫌な胸騒ぎが収まらない。
 西行妖の封印を解くのは興味本位から生まれた私の意志だった筈。そして西行妖を花開かせ、レミリアと共に酒を酌み交わすことも私の願いだった筈。
 その目的が叶うまであと少し。その筈なのに、私には目的がどんどん掌から零れ落ちていくような、そんな錯覚が感じられた。
 何かがおかしい。何かが間違っている。本当にこのまま続けていいのか。本当にこのまま――私が自問自答しながら弾幕勝負を継続していたその時だった。

「…なんて言ってる場合じゃないいいいいい!!!!誰か助けてえええええええ!!!!!」

「!?」「何!?」「え?」「お嬢様!?」

 地上から聞こえてきた絹を裂くような悲鳴に、私達は揃って身体を止める。
 …今の声はレミリア?どうしてレミリアが悲鳴を…そう考え出したとき、私の中で嫌な予感はどんどん形を形成していって。

「お嬢様っ!!!」

 誰より先に行動に移したのは、レミリアの従者である十六夜咲夜。彼女は吹き荒れる弾幕を物ともせずに直進し、
愚直なまでに真直ぐ悲鳴の発生源へと駆けて行った。無茶をする。否、無茶というより無謀かもしれないわ。あれじゃ身体が無事では済まないでしょうに。
 次に行動に移したのは私。弾幕を止め、霊夢達の方へ視線を向ける。どうして弾幕を止めたのかは自分でも分からない。けれど、優先すべき順位が違うと感じた。
 今、私がすべきことは春を霊夢達から奪う事でも、レミリアに弾幕劇を鑑賞してもらうことでもない。もっと大切な何かが――

「…どういうつもり、西行寺幽々子。弾幕を止めて、降参とでも言うつもり?」
「今はそれで構いませんわ。私には貴女達と遊ぶよりも優先すべきことが出来ただけ。
先ほどのレミリアの只事ではない悲鳴…友が恐怖の声をあげて助けを求めている。それだけで敗北には十分過ぎる理由だわ」
「ハッ、私達に負けたなんて微塵も思ってないくせに抜け抜けと。
…まあ、今アンタの相手をしている場合じゃないってことには同意してあげる。あの馬鹿、何かしでかしてるみたいだし」
「何、さっき子供の悲鳴が聞こえたけれど、霊夢の知り合いなの?」
「まあね。ただの知り合い…いえ、ただの友達よ。ただの、ね。
西行寺幽々子、勝負は少しだけ預けるわ。今はあの馬鹿がどうなってるのか現状を把握するのが先だから」
「英断感謝しますわ。それではレミリアのところに行くとしましょう…この胸騒ぎがただの杞憂で終わってくれれば良いのだけれど」

 博麗の巫女に感謝をしつつ、私は地上を眺めながらこれまでの経緯を振り返っていた。
 西行妖を咲かせたかった。何者が封印されているのかを知りたかった。久しくぶりに出来た友と西行妖の下で酒を共に酌み交わしたかった。
 ただ、それだけの為に起こした異変。ただ、それだけの為に実行した計画。何処を、一体何処を間違ったというのか。
 レミリアの悲鳴が聞こえたのは白玉楼から。恐らくは冥界中の春が西行妖に流れている件と関係がある何かが生じているのだろう。
 西行妖。その下に何者かを封ぜし妖怪桜。あの桜には…あの桜の木の下には、一体何があるというの。






[13774] 嘘つき妖々夢 その九
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2009/11/25 03:12







~ side 魔理沙~



 荒れ狂う桜の枝の鞭をなんとか避けながら、私は今日三発目のマスタースパークを放出する。
 弾幕勝負と違ってスペルカード無制限なのは良いが、正直無駄弾を撃ってる感が否めない。なんせあの化物桜は、私の最大出力の
魔法を食らっても、怯むだけで終わりだ。美鈴が言ってたように、何らかの細工がしてあるのか、私の魔法じゃ枝の一本すら燃やせない。
 くそ、今更になって美鈴が言ってた言葉がよく分かる。コイツは人の誇りをボロボロにしてくれている。私の自慢の魔法がそんなに『そよ風』に感じるってか。

「あんまり調子に乗るなよクソ桜っ!!魔理沙さんの魔法のバリエーションは108じゃ収まらないぜ!!」
「無駄よ、魔法使い。私も試してみたけど、魔力じゃあの桜はどうこう出来ないみたい。私達は美鈴の援護にまわるよ」
「諦めるなよ、魔法使い。魔法は私達の誇りだろ、魔力を持って奇跡を為すからこそ私達は胸を張って黒帽子と箒姿で居られるのさ」
「遥か昔に廃れ切ったクラシック・スタイルを恥ずかしげも無く貫くその姿勢には感服するわ。私は死んでも御免だけど」
「そういう言わずに一緒に踊ろうぜ。どうせ魔女なら踊らにゃ損損ってな――魔符『スターダストレヴァリエ』」
「踊る阿呆に見る阿呆、どっちも阿呆なら私は御免よ――火符『アグニレイディアンス』」

 抵抗する異物を蹂躙せしめんと襲いくる切っ先を、私達はタイミングを合わせて魔法で迎撃する。
 大きな爆発と共に、私達は再び四散。しかし、あの魔法使い、マジでやるな。高速詠唱に加えてあの威力。アイツ、相当優秀な魔法使いだ。
 確かパチュリーとか言ったっけ。一段落したら、ゆっくり魔法談議するのも良いかもな。色々と盗めることも多いだろうし。
 …しかし、私達の攻撃は本当に通らないな。レミリアを救出し初めてまだ数分と経ってないが、既にジリ貧状態だ。こっちは向こうの
攻撃を抑えるだけで手一杯だし、美鈴の奴がリスク承知で突っ込んで初めて組みつける状態だ。正直手数が足りなさ過ぎる。
 ああもう、霊夢達がこっちに気づいてくれればどうにかなるんだが…向こうは向こうで幽々子と組み合ってるからな、そう上手くはいかないか。
 さてはて、パチュリーの奴じゃないが、一体どうしたもんか。このまま持久戦じゃ、ちと分が悪過ぎる。魔力じゃ無理なら、今は美鈴の奴を援護するしか方法は…

「邪魔っ!!!!」
「うおっ!?」

 刹那、私の真横を一陣の風が通り抜けていった。いや、風というかカマイタチだろあれ。距離が離れたことで、その正体を私はようやく目視することが出来た。
 ――十六夜咲夜。レミリアが最も信頼を置く従者。馬鹿か、アイツ、一人で何突っ込んでるんだ。あれじゃ枝に串刺しにして下さいと言わんばかりじゃないか。
 ほら言わんこっちゃない。妖怪桜に近づくや、周囲を無数の触手に絡まれてるよ。本当、無謀も良いところだぜ。仕方無い、私の魔法で援護を…

「知能を持たぬ化生如きが――どけ!!私は邪魔をするなと言った!幻符『殺人ドール』!!」

 何かの見間違いかと思った。目がおかしくなったのかと思った。あのメイド、私達がこれだけ苦戦している妖怪桜の猛攻を簡単に防いでやがる。
 私が驚いたのは、そのメイドがやってのけた回避手段。あいつ、襲い来る妖怪桜の枝を全てナイフで叩き落してる。自分の身体から僅かに逸れるように力点をずらしてるんだ。
 咲夜は迫りくる枝を回避し続け、何事も無いようにMAXスピードのままでレミリアのところに直行している。その光景に、私はもう笑うしかなかった。
 本当、冗談じゃないぜ。まさか霊夢以上に化物な人間が居るなんて思わなかった。数少ない人間代表としては流石に自信を失いそうになるってもんだ。
 けどまあ、私の自信喪失ぐらいでレミリアを無傷で助けられるなら安いもんだ。それで良いなら幾らでも凹み落ち込んでやるぜ。
 なんせ私は自他共に認める負けず嫌いだからな。咲夜や霊夢が強ければ強いほど私も頑張り甲斐があるってもんだ。さあて、咲夜の奴を狙う木々は私が全部撃ち落としてやるとするか。










 ~side 咲夜~



 ――取り付いた!襲い来る木々を避け、私はやっとのことで母様を縛る枝先まで辿り着くことが出来た。
 太い枝上に着地した私は、そのまま速度を落とすことなく母様の方へと迷わず駆け抜ける。蠢く枝鞭など今はどうでも良い。
 とにかく今は母様の状態を確認すること。そして何があろうと救出すること。パチュリー様の結界が何処までも母様を護ってくれる保証などありはしないのだから。

「お嬢様!!咲夜です!!十六夜咲夜です!!聞こえますか、レミリアお嬢様っ!!」

 パチュリー様の障壁内で身体を束縛されている母様に声をかけるが返事が来ない。気を失っているのか。
 気を失っている程度ならまだいい。もしかしたら、頭でも強くぶつけてしまったのかもしれない。大きな外傷に母様の身体が耐えられる訳がない。
 そうなれば、最悪の可能性だって有り得る。最悪の場合――母様が、死ぬ?母様が死んでしまう?馬鹿な。馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!
 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!母様が死んじゃうなんて絶対に嫌!!!母様が!母様が死んでしまうなんて絶対に駄目だ!!

「っ!!母様!!咲夜です!!お願いですから返事をっ!!返事をして!!母様!!!」
「なっ!?咲夜さん、一体何をやってるんです!?完全に狙われてます、お嬢様の傍から離れて下さい!!」

 誰かが私を呼ぶ声が聞こえたが、今はそれどころじゃない。下手をすれば母様が死んでしまうかもしれないんだ。
 待ってて母様、今私が助けるから。手に持つ白銀のナイフを握り直し、私は母様を縛るこの邪魔な木に対し大きく振りかぶり――

「っ!!こんの馬鹿!!」

 私のナイフは虚空を切ることになる。私が邪魔な枝にナイフを突き立てる刹那、美鈴が私を抱き抱え大きく跳躍したからだ。
 そのコンマ数秒後、私の居た場所に無数の針が外敵を亡き者にせんと疾走してゆく。凶器となるまでに鋭利に尖った木枝が、今は無き私の身体を貫いてゆく。
 もし、少しでも救出されるのが遅れていたら、私は体中を串刺しにされていただろう。けれど、今の私にそんな冷静な判断など下せる筈も無かった。
 今の私に重要なことは、母様を助けられなかったこと。そして、母様との距離が再び離れてしまったということ。
 早く助けないといけないのに。早く救わないといけないのに。早く、早くしないと母様が…

「離せっ!!離してっ!!母様が危険に晒されてるのよ!?早く助けないと手遅れになる!!!」
「大丈夫です!パチュリー様が幾重にも重ねて障壁を張ってくれてますから、お嬢様に危険はありません!
今は先に落ち着いて下さい!こんな馬鹿な真似してちゃ、咲夜さんが先に潰れちゃいますよ!!」
「っ!うるさいっ!うるさいうるさいうるさいっ!!今は母様を助け出すのが何より優先されることでしょう!!
大体お前は何をしてたのよ!母様の傍にいたんでしょう!?誰より傍に居たんでしょう!?ならどうして護らなかったのよ!?こんな状態になってるのよ!!」
「っ…それは」

 我ながら酷い言い草だと思う。美鈴が反論出来ないことを知り、自分のことを完全に棚に上げた言い分だと思う。
 だけど、感情の波が止まらない。母様の命の危機、その状況を目の当たりにして頭が冷徹に動いてくれない。
 駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。こんなんじゃ駄目だ。戻れ、いつもの冷静な私に戻れ。じゃないと本当に母様が…母様が!
 誰でも良い、誰でも良いから私を止めて。このままじゃ本当に、本当に取り返しのつかない事に――
 その刹那、美鈴に縋りついていた私の背中に強い衝撃が走る。ドンっという衝撃、それはまるで誰かに背中を思いっきり蹴られたような感じで。
 痛みの正体を知る為に、その方向を振り返った私の視線の先に居たのは、実に不機嫌そうに眉を顰めている博麗の巫女。

「さっきから何をグダグダ泣き言ばかり言ってんのよ、このクソメイド!!」
「博麗、霊夢…」
「レミリアが捕まってるんでしょう!?それを助けるんでしょう!?行動に移すんでしょう!?それが肝要なんでしょう!?
分かってるなら何で行動しないのよ!?しなきゃいけないことを理解しているくせに、アンタがやってることは、さっきからネチネチネチネチと
そこの門番に愚痴を零すだけじゃない!!アンタ、一体何様のつもりな訳!?」

 距離を縮め、霊夢は徐に私の襟元を掴み自分の顔に引き寄せる。
 その距離は吐息のかかる距離、最早額と額は触れあってすらいる程で。距離を縮め、霊夢は私を睨みながら声を荒げる。

「ご主人様、助けるんでしょう!?だったら甘ったれた泣き言をメソメソ零してないでちったあ根性見せなさいよ!!
魔理沙もそこの門番も魔法使いもアリスも私も幽々子の奴でさえもレミリアを助けようと皆頑張ってんのよ!
ええ、アンタの事なんか嫌いだもの、勝手に死のうがどうでも良いわよ!けどね、そんな弱っちい情けない十六夜咲夜は見てるだけで吐き気を催すのよ!!
アンタは強いんでしょう!?誰よりもレミリアから信頼されてるんでしょう!?だったら、少しはご主人様に格好良いところみせなさいよ!!」

 乱暴に私を投げ、霊夢は今にも殴りかかりそうな形相で私を睨みつけている。どうやら相当にご立腹のようだ。
 ああ、確かに霊夢の気持ちもよく分かる。腹立たしい。ええ、実に腹立たしい。今の自分自身の無様さ情けなさ、それがナイフを突き立ててやりたいくらいに腹立たしい。
 思い出せ、十六夜咲夜。お前はこの十と余りの年月をどうやって生きてきた。全ては母様を護る為、その為に私は生きてきた筈だ。
 母様を護る、その誓いを絶対のモノとする為に、来る日も来る日もフラン様とパチュリー様、美鈴から血反吐を吐くまで扱かれてきた。その日々を水泡に帰す気か。
 何の為に私はナイフをこの手に取った。何の為に私は戦う術を身につけてきた。全ては母様を護る為――母様と過ごす日々を護る為。
 その私の絶対が今、ここに蹂躙されようとしているのを、私はただ力の無い子供のようにうろたえ泣き喚いているだけなのか。否、断じて否。
 力はここに。誓いはここに。ならば、私は戦える。母様を護る為に、誰よりも疾く、誰よりも鋭く、そして誰よりも強く在り続けることが出来る筈だ。

「…何よ、ちったあマシな顔になったじゃない。次に無様な醜態晒したら、今度は本気で顔面蹴り倒すわよ」
「ふん、お前に言われるまでもないわ。完全で瀟洒な従者に二度の失態は存在しない。…礼は言わないわよ、博麗霊夢」
「誰がいるかそんなの。アンタに礼なんか言われるくらいなら泥水で口を濯ぐわ」
「あら、奇遇ね。私も貴女に礼を言うくらいなら自ら死を選ぶところ」

 互いに言葉汚く罵り合いながら、私達は視線を再び妖怪桜の方へと向ける。
 冷静に思考を落ち着かせ、私は母様の周囲の桜の状況を観察する。凝視すれば分かることだが、母様を捕えている枝は動きを見せることはなく、
周囲の桜の枝もまた、母様の身体を貫こうなどという素振りを見せてはいない。どうやら、母様のことを敵視している訳ではないようだ。
 これが信頼出来る判断かどうかは分からないけれど、心に余裕が出来た私には十分過ぎる好機と考えることが出来た。
 こちらの敗北条件は母様に手を出されること。しかし、相手にそのつもりがないのならば、私達は手探りで勝利条件を到達する手段を虱潰しに探すだけでいい。
 魔理沙やアリス、パチュリー様の様子を見る限り、魔力に頼った魔法は通用しない。美鈴の気を利用した攻撃も魔力程ではないが、あまり有効ではない。
 だったら、私達の攻撃ならどうか。私のナイフ、そして霊夢の霊力による力――この二つを前にして、同じように防ぐことが出来るかしら。

「行くわよヘタレメイド。私が大暴れするから、アンタは私の流れ玉が当たらないように精々必死で捌きなさい」
「良くてよ外道巫女。ただし、お嬢様のお身体に掠り傷一つでも付けた時は明日の命の保証はないと思いなさい。私直々に殺してあげる」

 私達は頷き合い、妖怪桜の無数の枝が暴れ狂う暴風域へと二人並んで突入する。
 巫女と協力し合うのは癪だけど、それ以上に妖怪桜は私の怒りの琴線に触れた。私の母様に手出ししたこと、消滅を持って償わせてあげるわ。











 ~side 美鈴~



「いきましたか…しかし、咲夜さんの不安定さにも困ったものです。まあ、そこが人間の魅力なのでしょうが」

 戦場へと駆けて行った咲夜さんの背中を見つめながら、私は大きくため息をつく。今の咲夜さんの情けない姿を見たら、
きっとフランお嬢様は激怒しちゃうんだろうなあ。こんな無様な醜態を晒す為に私は鍛えた訳じゃないって。
 でも、まあ、師匠の一人である私としては好ましくはある。人間は不安定、不安定だからこそ強い。感情の昂りが妖怪には辿り着けぬ奇跡に至ることだってある。
 さっきの咲夜さんは私より弱い。だけど今の咲夜さんには微塵も勝てる気がしない。それがきっと咲夜さんの強さ。十六夜咲夜の本当の強さ。

「咲夜も良い友人を得たみたいね。あんな風に互いを向上させ合う人物なんてなかなか得られるものじゃないわ」
「友人、なんですかねえ…まあ、他に表現のしようもないし、それぐらいしか無いんでしょうけど」
「あるじゃない。好敵手、なんて素敵な言葉がね」
「咲夜さん、絶対認めませんよそれ」

 私の背後まで滑空してきたパチュリー様に、私は苦笑交じりで言葉を返す。
 パチュリー様の言う通り、今の咲夜さんは動きが尋常じゃない。博麗の巫女と背中合わせで妖怪桜の猛攻を鬼神のように軽くいなしている。
 あれだけのレベルで戦えるのも素晴らしいけれど、それに充分ついていってる博麗の巫女も大したものだ。あれもまた天賦の才に愛された娘子なのだろう。
 内部からの霊夢達の攻撃に加え、外からは魔法使いちゃんともう一人の魔法使いちゃんが二人の援護射撃を行ってくれている。
 さて、普通ならこれで大抵の敵は問題なく沈黙してくれるんでしょうけれど、この妖怪桜は異端極まりない厄介モノ。ここで私達が打つべき一手は…

「勿論、考えてくれたんですよね?信頼してますよ、紅魔館のブレイン様」
「残念だけど、考えてくれたのは西行寺のお姫様よ。とにかく、私達のすべきことはレミィの救出。
あの妖怪桜からレミィを解き放つ為に、幽々子から一つの作戦実行を頼まれたわ」
「作戦ですか?私達のすることとは?」
「――『西行妖までの一本の道を作れ』だそうよ。そうすれば、後はあちらがどうにかしてくれるみたい」
「へえ…パチュリー様は信用出来ると思います?」
「するしかないでしょ。情けないけれど、今は藁にでも何でも縋っておきたいわ。私達の手持ちのカードを開くには、まだ状況が温過ぎる」

 分かったらさっさと実行、そうやって目で支持をするパチュリー様に肩を竦めてみせ、私もまた咲夜さん同様に妖怪桜の方へと飛翔する。
 幸い、桜の攻撃は中心で大暴れしている咲夜さんと博麗の巫女に集中している。お嬢様への道を作るには、薄くなった枝の鞭結界の起点で
私もまた大暴れすれば良い。咲夜さん達を魔法使いちゃん達がフォローしてくれるように、私の方はパチュリー様が援護してくれる。
 さて、お手並み拝見といきましょうか、西行寺のお姫様。パチュリー様には申し訳ないですけど、お嬢が失敗したときには
私の持つカードはきらせて頂きますから。咲夜さんも言ったように、今回の件は完全に私の失態が招いたこと、それを取り戻すにはそれでも足りないくらいですからね。













 ~side 幽々子~



 私は一体何をしているのだろう。暴れ狂う西行妖を眺めながら、空で一人私は大きく息をつく。
 ただ、純粋な興味だった。この妖怪桜には一体どんな人物が封ぜられているのか、ただそれだけだった。
 そして、か弱くもその在り方が誰よりも美しい友との約束を果たしたかった。桜舞う西行妖の下で、共に酒を酌み交わしたかった。
 そんな欲望が今、私の友を苦しめる。そんな自分勝手さが今、私の願いを曇らせる。
 この場所からは気高き月の輝きは見えない。何故なら私が隠してしまったから。この場所からは優しい風のさざめきも聞こえない。何故なら私が手放してしまったから。
 本当、私は何がしたかったのか。私は一体どうすればよかったのか。この異変は何から何までが正しくて間違いだったというのか。
 その答えは誰を問い詰めようと返ってはこない。その答えは全ての責がある私自身が導き出す他に術はない。否、そうしなければならないのだ。
 ――何を手にし、何を放棄する。私が考えるべきは結局、その一点に在る。今、私が選ぶべき道はその点に絞られている。
 ならば私は何を選ぶ。ならば私は何を望む。馬鹿らしい、考えるまでも無い。私が手にすべきはたった一つ。見えない答えも要らない、霞んだ幻想も要らない。
 私が必要なのは唯一つ、私と共に笑いあってくれる貴女だけ。私と共に雑談に興じてくれる貴女だけ。私が救い上げるべき答えは唯一つ――

「――レミリア・スカーレット。貴女無くして、新たな物語の創造はあり得ないのよ」

 彼女の紡ぐ未来こそが私の見守り続ける未来。だから私は彼女を救う。
 私は瞳を閉じ、己の持てる全ての力をここに解放する。我が放つは反魂蝶、死と生を司る亡霊に群がる冥府の華蝶。
 蝶達は冥界の空を飛び、皆が作った道を打ち据える数多の楔と貸してゆく。
 紅龍の開いた道を、紫魔の築いた道を、神魔の固めた道を、人魔の拓いた道を、神子の定めた道を、そして修羅の想いで成り立つ路を。
 蝶が彼女の周囲を舞う時、そこに奇跡への架け橋は成る。あとはこの道を奔るだけ。力強く走り、彼女の未来を切り開くのみ。
 ここから彼女までの道に最早邪魔する者は何も無い。皆の力が描いた奇跡、これを形にしてこそ私の自慢の従者。

「命令よ――我が友を縛る忌まわしき鎖を容赦無く斬り捨てなさい、妖夢」

 返事は無い、けれど、この冥界に舞う風が答えを見ずとも結果を教えてくれる。
 ふふっ、妖夢は小さい頃から私にいつも自慢気に話してくれたものね。貴女の剣、妖怪が鍛えた楼観剣に――












 ~side 妖夢~



「――斬れぬものなど、あんまり無い!!」

 滑空一閃。数百メートルという長距離からの加速を加えた私の一刀で、レミリアさんを束縛していた西行妖の枝は一断の下に伏せられる。
 西行妖から解放されたレミリアさんを救出に向かおうとして、私はその必要が無いことを悟る。桜から解放されたレミリアさんを、
先ほど私を弾幕勝負で圧倒してくれたメイドが抱き抱えていたからだ。何時の間にあそこまでの移動を。やっぱりあの人も唯者じゃない。
 私とメイドは視線を交わして頷き合い、共に西行妖の懐部分から脱出する。その際に幾つもの触手のような枝が私達を襲おうとしたが、
遠くから魔理沙達が援護してくれて比較的容易に脱出出来た。危険区域外に脱出した私に、魔理沙は近づいてきて笑いながら背中を強く叩く。

「いや~、妖夢お手柄だぜ!!こんなグッドタイミングで大仕事をやってのけるとは大したもんだ!
さては美味しい場面を狙って隠れてたな!?このこの~!」
「あ、あはは…」

 言えない。メイドの人に弾幕勝負でボロボロにされて目を回して気絶していたなんて口が裂けても言えない。
 幽々子様の言霊の入った反魂蝶に起こして貰うまで眠りこけてましたなんて絶対言えない。この秘密はお墓まで持っていくことにする。
 私が苦笑していると、レミリアさんを抱き抱えたメイドが傍まで飛翔し、私に深々と頭を下げる。

「貴女のおかげで我が主を無事に救出することが出来ました。そのことを心より感謝すると共に
先ほどの数々のご無礼を謝罪致します。あの、先ほどの傷の方は…」
「非礼?傷?妖夢、何のことだ?」
「わーっ!!!ななななんでもないっ!!そ、それよりもレミリアさんは無事ですか!?」
「はい。意識こそ失っていますが、ご無事です…本当に良かった」

 レミリアさんを抱きしめるメイドさん。その表情は、私と戦っていたときからは想像も出来ないくらい優しくて。
 …この人、こんな風に綺麗に微笑んだ。どうやら、魔理沙も同じ感想なのか、私同様に呆然とメイドの方を見つめていて。
 私も魔理沙も固まってしまったものだから、結局私達が再度動き始めるのは、背後から誰かに声をかけられてからで。

「…で?アンタはいつまで感動シーンを垂れ流し続ける訳?」
「あらあら、この場面でそれは無粋というものよ。今代の博麗の巫女は雅というものを知らないわね」

 突如聞こえた声に私達は背後を振り返ると、そこにはみんなが集まってきていて。
 幽々子様に美鈴さん、パチュリーさん、そして博麗の巫女に人形遣い。その場の誰もがにやにやしながらメイドさんの方を見つめてる。
 だけど、そんなからかう視線にメイドさんは微塵も気にした様子も無い。この人、本当に凄い人だ。私だったら視線に負ける。
 
「お嬢様を救出出来て何よりなんだけど、少し良い?
私達がどれだけ攻撃してもあの妖怪桜は微動だにしなかったのに、どうして妖夢の斬撃にはあっさりと切断されたの?」
「ああ、それはこの楼観剣のおかげです。妖怪の鍛えたこの楼観剣は、幽霊すらも斬り伏せる力が備わっているんです」
「…つまり、あの化物桜は幽霊ってこと?」
「どうかしら。実体はあるから、木自体は本物でしょうね。ただ、西行妖の周囲には信じられない霊呪が付与されているわ。
どうしてそうなったのかは知らないけれど、あれを破れるのは同じく霊を斬り伏せることの出来る方法だけ。
誰かさんがいれば実体と幽体の境界を入れ替えたり出来たんでしょうけれど、今打てる手段と言えばこの娘だけという訳よ」

 私の説明を、幽々子様が引き継いで美鈴さんに説明してくれた。
 そう、あの西行妖の下には何者かが眠っている。その者が封印の鍵となる程に、あの妖怪桜には何かがある。
 今回、その封印を解く為に春を集めていたのだけれど、まさかこんな事態になるとは思わなかった。春を吸収すると、西行妖がこんな風になるなんて…

「さて…めでたしめでたし、では当然終われないわよね?私達も、貴女達も」
「当り前よ!!とりあえずまずは春を返しなさい!アンタの目的はもう達成不可能なのは誰が見ても明らかでしょう!?」

 幽々子様に博麗の巫女が突き詰めるように問いかける。私も正直博麗の巫女に同意だ。最早、こんな危険な桜に春を与える意味は無いと思う。
 確かに誰かがこの桜の木の下に眠っている事実は気になる。だけど、それ以上に、今回の件は一歩間違えば大惨事を引き起こしていた。
 いくらレミリアさんが強いとはいえ、西行妖に不意打ちをされては今回のようなことになる。失神で済んだけれど、下手をすれば
レミリアさんは死んでいたかもしれないんだ。そうなっていたら、私はきっと二度と剣を握ることは無かっただろう。
 そんな私と同じ考えか、幽々子様は『ええ』と小さく頷き、ゆっくりと顔をあげて言葉を続けてゆく。

「私はもう春を集めて西行妖を咲かせるつもりなんてないわ。この件は、私の完全な計画ミス。
私の判断の誤りが、もう少しで取り返しのつかない未来を紡ぐところだった。ごめんなさいね、私のせいで貴女達の大切なご主人様を死なせてしまうところだったわ」
「そんなこと今更謝っても…」
「待ちなさい咲夜。西行寺幽々子、今回の件は確かに貴女のミスだわ。だからこれを貸しにさせて頂戴。
このアドバンテージは何よりも優先される意味を持つ。私の言ってる言葉の意味が分かるわね?」
「ええ、勿論よ。その貸しは何事よりも優先されるべき…例え私が親友と対峙することになろうとも」
「分かってるじゃない。西行寺幽々子、その返答は承諾と見做して構わないわね?」
「構わないわ。正直、私としては僥倖な取引だわ。レミリアとの接触を禁じるくらいは言われると思っていたのだけれど」
「この狸。私達がそんなことを言う訳が無いと知っているくせに」
「あら、ばれましたか。フフフ、西行寺の娘という地位も利用出来るもの、そう感じたのは初めてですわ」

 パチュリーさんと幽々子様が何事が良く分からない会話を交わしていたが、どうやら会話の流れを見る限り、私達は許して貰えるらしい。
 …正直、ほっとしている自分が居る。これだけの事をしておいて図々しいとは思うけれど、やっぱりレミリアさんや美鈴さんとこれっきり
会えなくなるのは嫌だったから。折角憧れていたレミリアさん達と仲良くなれたんだもの、やっぱりこれからもお話したりしたいから。

「ちょっと~、長話はそれくらいにして本題に移らせなさいよ」
「はて、本題とは何のことだったかしら?」
「すっとぼけんなっ!!春よ春!幻想郷中の春をさっさと耳揃えて返せっつってんのよ!!
私は早く神社の桜を見ながら花見酒が飲みたいの!その時はアンタらも呼んでやるからさっさと寄こせ!」
「あら、それは実に嬉しいお誘いですわ。私も妖夢と共に参加させて頂くとしましょう。
それと、春のことなんだけれど…心配せずとも、後は勝手に返還されるみたいよ?あちらさんもどうやらそのつもりみたいですし」

 幽々子様の言葉に、博麗の巫女を含めて私達全員が頭に疑問符を浮かべる。幽々子様、何を仰ってるんだろう。
 そんな私達の様子に、あらあらと微笑みながら幽々子様はゆっくりと私達の背後下方を指さす。そこにあるのは確か西行妖。
 幽々子様の指を追うように、私達はゆっくりとその方向に視線を向けると、そこには先ほどと同じ西行妖が。ただ、一つ違う点が…

「…ねえ、幽々子。一つ訊きたいんだけど、何であの妖怪桜は桃色に発光してる訳?」
「さて、私も初めてのこと故、推測の域を出ませんがそれでよろしければ。
あれは恐らく西行妖の桜の花ね。春度が目標に届かない状態で力を振るったせいか、中途半端に開花しようとしてるわ。
間違いなく満開になることはないでしょうけれど、八分咲きくらいまでは咲いてくれるのではないかしら?」
「ふ~ん…そうなんだ。それで、あの桜の花が咲くのと春度の返還、どう関係があるの?」
「花咲けばいずれ散るが運命、その散り際にこそ春は巡り世界を駆けるのです。
つまるところ、西行妖は今から咲いて散りゆくことになる。その時に春度が物理的な力と共に放出され一緒に世界に循環されるという訳です」
「…えっと、ということは?」
「ええ、今から始まるのは西行妖から皆様へ送る鎮魂歌(だんまくしょうぶ)という訳ですわ。
さあ、舞台は最終劇、今宵の桜は妖し桜、主役に恥をかかせぬ為にも、ラストは美しく舞い踊りましょう――」

 幽々子様がそう言い終えるや否や、西行妖の輝きがどんどん上がっていって――暴発した。
 西行妖から放たれるのは恐ろしいくらいの放出量を持った弾幕陣。ちょ、ちょっと待って、こんな展開予想外過ぎですよっ!!

「ちょ、ちょっとふざけんな幽々子!!貴女、こんなアホみたいなことしたら気絶したレミリアが危ないでしょうが!!」
「いや、お嬢様なら咲夜さんが安全な場所まで連れて避難しましたよ?時間止めて」
「はぁっ!?あのクソメイド、一人だけ安全な場所にっ!!こんなの付き合ってられるか!私も遠くまで逃げるわ!」
「馬鹿!やめろ霊夢!その台詞は完全な死亡フラ…」
「って、きゃあああ!!!!」
「れ、霊夢じゃなくて人形遣いぃぃぃぃぃ!!!!!!」

 あああ、西行妖の弾幕に人形遣いが餌食になった。普通今の流れなら博麗の巫女が当たると思ったのに。
 というか、私も人の心配してる場合じゃなくて…と、とにかく逃げ…じゃなくて幽々子様をお守しないと!!

「幽々子様!!危険ですから私の後ろに…って、人の半霊使って一体何してるんですか幽々子様っ!?」
「何って、盾?知ってる妖夢、紫に聞いたんだけど、外の世界の牛車ってこういう枕をカラクリとして仕込んでるんですって。
なんでもこれで衝撃が吸収されるらしいのよ。外の世界の人間って不思議なことをするのねえ」
「幽々子様、それ絶対紫様のただの冗だ…はぐぅっ!!!」

 幽々子様が半霊を盾にすると、当然半霊に弾幕が当たる訳で。半霊に直撃すると私も痛い訳で。
 ああ、これが死ですか…ですが、私の死も無駄ではない筈です。魔理沙、先に逝きます…待ってますよ…私は、敗者になりたい…

「妖夢ぅぅぅぅぅ!!!!!くそっ…今度は勝ち逃げかよ…!!」
「はぁ…ばかばっか」
「そうですか?私はこのノリは嫌いじゃないですよ?」
「アンタも含めてよ」




























 ~side レミリア~



 真っ暗。何処を見ても真っ暗。ああ、あれか。私、とうとう死んじゃったのかな。
 あはは…まあ、あんな化物桜に捕まっちゃったら仕方無いわよね。うん、良い方向に考えよう、痛みを感じなくて良かったなって。
 しかし、あの世って、随分とまあ、真っ暗なのね。もっとこう明るいところ想像してたわ。蛇の道とか虫とかサルとか。
 ん~…しかし、あの世って気持ち良いわね。特に私の頭の部分。なんていうか、柔らかいっていうか、ふかふかっていうか。
 あの世でも柔らかいって感覚あるんだ。しかも温かいまであるんだ。そりゃあの世で修業も出来るわよね。本当、世界は不思議発見だわ。
 でも、ここまで揃ってて世界が真っ暗だっていうのはちょっと…ああ、なんだ、もしかして私、ただ目を開けてないだけかしら。
 あ、何かそれっぽい。試しにゆっくりと瞳を開こうとすると眩しい光…まではいかないけど、ぼんやりと明るさが取り戻されてきて。
 ふにゃふにゃ、ふにゃふにゃ。揺れる私の視界がゆっくりと焦点を取り戻してきて、そこに映し出されたのは、一人の女の子の顔。

「…さく、や?」
「お嬢様っ!!」

 私を見下して…違うか、私が見上げてるのか。この頭の柔らかな感触は咲夜の膝枕ってことね。目覚めた私を見て笑顔を零す咲夜。
 ああうん、咲夜はやっぱり可愛い。この娘、笑うととっても可愛いのよ。咲夜は昔から笑顔が良く似合うとっても可愛い女の子なんだ。
 だから、咲夜はいつも笑ってなきゃ駄目だ。咲夜はいつも笑顔でないとお母さん、心配なのよ。だからいつも笑うように言ってたのに…

「…何を泣いてるのよ。馬鹿ね、咲夜は笑顔が可愛いんだから泣いちゃ駄目だって、お母さん言ったでしょ」
「――うんっ、うんっ」

 何が悲しいのか、咲夜は笑ったまま涙を零していた。だから、私はゆっくりと重い腕を上げて、咲夜の目尻をそっと拭ってあげる。
 最近は全然見ることが出来なかったけれど、やっぱり咲夜は咲夜なんだ。どんなに大きくなったって咲夜は泣き虫のまんま。
 でも、私はそんな咲夜が愛おしい。最近はめっきり親離れしちゃって、やっぱり少し寂しかったから。何があったかは分からないけれど、
今日は沢山甘えさせてあげようと思う。本当、親馬鹿よね私って。咲夜が沢山笑ってくれるなら、私は何でもしちゃいそうだわ。

「ほら…お母さん、何処にもいかないから。咲夜が満足するまで傍に居るから。ね?」

 咲夜の髪を優しく撫でながら、私は咲夜を安心させる為にやんわりと微笑んでみせる。
 本当、咲夜は甘えん坊さんだ。けれど、私はそんな咲夜が良いと思う。ああ、こんなことばかり言ってるからパチェの奴に子離れ出来ないって怒られるんだろうな。
 でも、仕方ないじゃない。咲夜はこの世でただ一人の、私の大事な大事な一人娘なのだから。
 だから今は時間の許す限り、咲夜の満足するまで付き合おう。本当、何か大事なことを忘れてるような気がしないでもないんだけど…
















 追伸。咲夜と私のスキンシップの光景を霊夢達に余すことなくノーカットで見られてました。
 魔理沙に至っては全然似ても似つかない私のモノマネまでしてからかって下さりやがりました。
 霊夢の何とも言えない視線と幽々子のニヤニヤがそれはもうとても言葉に出来ませんでした。
 もう殺せさあ殺せ早く殺せいっそ殺せ。ゆかりー!早く私を殺しにいらっしゃーい!!








[13774] 嘘つき妖々夢 エピローグ
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2009/11/29 08:07



 鬱です。レミリアです。今まで何百年と生きてきたけれど、ここまで気が滅入ったのは過去に類を見ないかもしれない。
 その理由は勿論、先日紫が…いいえ、幽々子が引き起こした異変によるもの。そうね、ええ、そうね、知りました。レミリア全部知っちゃいました。
 今回の何処何処までも続く幻想郷の冬は、紫じゃなくてなんと幽々子が引き起こした異変なのよね。どういうことよ、話が全然違うじゃない。
 私が犯人だと思ってた紫は今回の件には完全にノータッチで…くきー!!だ、誰よ紫が犯人とか言ってた奴は!ぶっこおすぞ!!
 幽々子が幻想郷から春を奪って、その春を取り戻しに来た霊夢達。それが丁度、私が幽々子にお呼ばれした日のこと。つまり私は最悪のタイミングでの招待に承諾したらしい。
 つまり、あのとき私が参加するって承諾したのは、パチェや美鈴達からすれば『今回の異変に一枚噛む』と言ったも同じことだったらしくて。
 全てを集約するならば勘違い。何もかも私の思い違い。そのせいで、今回私は本当に悲惨な目に沢山あってしまった。本当に泣きたい。というか、その日の夜は自分の部屋で一人本気で泣いた。
 今まで頑張って必死でトラブルから逃げようとしてたのに、私は気づけば自分から嵐の中で輝こうとしてたのよ。運命の神様なんて絶対に許早苗。最早悲劇を通り越して完全な喜劇やな…
 それを知ったのが、幽々子のところで桜の木が大暴れした日の夜。パチェ達に遠回しに遠回しに話をして訊き出した話。
 とりあえず、パチェ達の話や様子から、私の弱さバレしてなかったのは不幸中の幸いだったんだけど…あれだけ醜態を晒しても、まだバレ無いって。本当、悪運だけは強いみたい。

 そして私が泣きたい程に鬱なのはここからが本題。あの事件から一週間が経った本日、私は今、咲夜達を引き連れて博麗神社に向ってる。
 どうして霊夢のところに皆で向っているのか、それは巫女様にお呼ばれしたから。春を取り戻し、一週間前の寒気が嘘のように温かくなり、
あちらこちらで春の風景を取り戻した幻想郷。貯め込んでいた春が奇跡を起こしたのか、蕾も無かったような木々が花を咲かせちゃってたりしてる。
 …うん、そうね。桜、咲いたものね。桜が咲いたら、神社で飲み会するって、霊夢達、あの日の別れ際に言ってたのよ。で、あっけなく咲いちゃいましたよ、と。
 正直ふざけるなと言いたい。何で桜は空気が読めない子なの?あれだけ冬が長かったのよ?花が咲くまであと二カ月は待つでしょ普通。
 私がこれ程までに桜に苦言を呈する理由…実は私、あの異変の後で霊夢とまともに会話して無かったりする。というか、一言も会話して無い。
 で、それの何が拙いかというと…私、前回の異変の元凶の一人だったりするのよね…ふ、不可抗力よ!?不可抗力だけど…霊夢から見れば変わらないわよね…
 結局、霊夢から見れば私は幽々子側に居た訳で。実際、幽々子と私はお友達な訳で。勘違いが生んだ結果だけど、その事実は変わらない訳で。
 それらのことを考えると、私が霊夢にフルボッコにされるのは確定事項。出来るだけマシな未来を想像すれば、パンチ+絶縁。異変の元凶相手だもの、霊夢なら絶対やる。
 思わず大きな溜息をついてしまう。…はぁ、これで『霊夢と私達ずっと友達だよね~Blue 鳥が空高く飛ぶ~作戦』は試合終了かあ…諦めなくてもゲームセットじゃない。
 まあ、仕方ないわよね。私、もともと霊夢に嫌われてたみたいだし、最初から上手くいく可能性なんてこれっぽっちもなかったし。私みたいな根暗引き籠り女が
他人と仲良くなろうと頑張っただけでも大したものよね。うん、そう自分を慰めよう。明日があるさ明日がある若い私には夢がある。

「はぁ…世の中は押し並べて何事も上手くいかないものね」
「お嬢様、どうかなされましたか?」
「いや、何でもないよ、咲夜」

 心配そうに私の顔を覗き込んでくる咲夜に、私は無理矢理笑みを作って返してみせる。
 あの日が終わって咲夜はいつもの咲夜に元通り。結局、あの時咲夜は何で泣いてたのか理由も聞けず仕舞い。
 まあ、年頃の女の子だものね。誰だって泣きたいときくらいあるわ。私?私はいつだって泣きたいわ。誰か私に胸を貸して頂戴。三秒で号泣するから。
 そうそう、余談だけど異変解決の日から三日は本気で体中が痛かった。当然よね、あの変態桜に右に左に失神するほど振り回されたんだもの。
 今日だって平然としてるように見えるかもしれないけれど、私の背中と太ももと首の下には湿布が貼られてるから。そこ、湿布臭いとか言わない。気にしてるんだから。
 まあ、あと数分後にはその湿布の枚数も更に増えることになるんだけどね。ええ、ええ、もう覚悟は決めたわ。霊夢にぼっこぼこにされる覚悟完了よ。
 命さえ助けて貰えるなら、骨を折られるくらいは我慢してあげるわ。…嘘です、お願いですからびんた位で済ませて下さい。痛いの本当に嫌なんです。
 また一か月紅魔館のベッドで過ごすのは嫌なのよ。咲夜に介護して貰って一人でトイレにすら行けないのは嫌なのよ。だからお願いします霊夢様。どうか、どうか…

「よう、レミリア。それに咲夜、美鈴、パチュリー。少し遅かったな一番乗りならぬ一番遅れだ」

 神社の階段を登り終えた私達を最初に迎えてくれたのは魔理沙。
 どうやら彼女の口ぶりからして、他の人達はもう来ているらしい。魔理沙が素面の様子を見ると、宴会はまだ始まってないみたいだけど。

「いやあ、レミリアが来てくれて本当に助かったぜ。危うく火山が噴火するところだった」
「火山が噴火?どういう意味?」
「いや、お前達が予定の時間になっても来ないもんだからさ。ウチのお姫様が段々落ち着きが無くなって不機嫌になっていったんだよ。
誰が見ても分かるくらいにそわそわしてさ、その事を指摘したら『ああ?』って睨んでくるし。本当、迷惑な奴だよな」
「へえ…それは見たかったわね。むしろ来ない方がよかったのかしら」

 お姫様?お姫様というと、西行寺幽々子のことかしら。何、幽々子ってばそんなに早くお酒が飲みたかったのかしら。
 別に私達のことを待たずに始めちゃってて構わなかったのに。変に律義な奴ねえ、あんな大それた異変をしでかしたくせに。
 しかし、咲夜も幽々子の不機嫌な姿が見たかったって…この娘、意外とSっ気でもあるのかしら。幽々子の不機嫌な姿なんて私は絶対にノーサンキューだけど。

「まあ、そういう訳でレミリア、お前もさっさとお姫様のご機嫌取りに…」
「…魔理沙、アンタはそんなに冥界に送られたいのね。安心しなさい、私が迷わないよう極楽に送ってあげるから」
「そいつは御免被るな。さあて、世界で一番お姫様な友人にゴーストスイープされないうちにスタコラサッサだぜ」

 苦笑を浮かべながら、神社の奥へと逃げていく魔理沙と入れ替わりにやってきたのは…げえっ、霊夢!
 私達の前に現れたのは、誰がどう見ても『私、不機嫌です』と顔に書かれてるようにしか見えない博麗霊夢さん。メッチャ怒ってるやんコレ…
 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。怒ってることくらい分かってたけど、本物を前にしてプレッシャーが半端じゃない。馬鹿な、この紅王の足が震えて…(いつものことです)
 諦めたら試合終了とかそんなレベルじゃない、もう完全に積んだ状態。正直ね、甘く見てた。もしかしたら、泣いて土下座すれば許して貰えるかもしれないとか考えてた。
 でも駄目だ。こんな今にもハイパー化しそうな状態の霊夢相手に私がどうこう出来る訳がない。私に残された道は光を抱いて夢を見るくらいしか出来っこない。霊夢の瞳に虹が掛ってくれないかな。
 あわわわ…霊夢が一歩ずつ私の方に近づいてくる。駄目、完全に無理。咲夜も美鈴もパチェも霊夢には勝てないし…もう駄目だ、お終いだ…霊夢の怒りが有頂天になってる。
 お、お願いだから顔だけは許してくだしあ!私まだ嫁入り前の女の子なの、本当に顔だけは止めて!あとは好きにしてくれていいから!我慢するから!泣き寝入りするから!
 …やややっぱり身体も駄目ええええ!!嫌ああ!!痛いのは嫌あああ!!れれれ、レミリアしゃがみガードっ!!




 …あれ、霊夢からの外道パンチもヤクザキックも来ない。何で?
 しゃがみこんでガクガク震えている私だけど、いつまで経ってもこない霊夢のお仕置きに、おそるおそるゆっくりと顔を上げる。
 すると、私の顔の前に、私同様しゃがみこんでる霊夢の顔が。ひ、ひぃぃ!!冷たい霊夢のじと目が私の鼻先5cmに!?ななな、何事!?
 混乱と恐怖から立ち直れない私に、霊夢は何も言わずにじっと睨んだまま、ゆっくりとその重い口を開く。すすすスペルカード発動!?

「身体の方は大丈夫な訳?」
「…ふぇ?」
「同じことを二回も言わせんな。身体の方はもう大丈夫なのかって訊いてんのよ。
アンタ、妖怪桜にあのとき力いっぱい振り回されてたでしょ」

 何が何だか分からない。え、今の言葉って…お仕置きと全然関係なくない?え、何これ、どういう展開?
 私が返答に困ってると、霊夢はさっさと答えを返せとばかりに眼力に更なる圧力を加える。こここ怖いいいい!!人里の子供、コレ見たら絶対泣くわよマジで!
 その時の霊夢があんまりに怖かったもので、私は必死にブンブンと首を縦に振る。情けない?笑わば笑え、だって怖いんだもんこの巫女。
 私の肯定を見て、霊夢は大きく息をつく。そして、おもむろに私の額を人差し指でツンと突く。急にそんな力を加えられると、私は後ろに転ぶしかない訳で。
 情けなく地面にすてんと転がった私を見ながら、霊夢は立ち上がり、ぽつりと言葉を零した。

「ったく、心配掛けるんじゃないわよ…ばーか」
「え…れ、霊夢、今なんて」
「っ、うっさい!さっさと宴会始めるって言ったのよ!この馬鹿吸血鬼!アンタ達もさっさと来る!」

 顔を真っ赤にして怒声咆哮。霊夢は肩を怒らせて神社の奥へと戻って行った。
 …えっと、霊夢の呟いた言葉はよく聞き取れなかったんだけど、霊夢の様子から見てお仕置きは免れたみたい。
 なんだろう…お仕置き免れてホッとしたとかじゃなくて、逆に怖い。あの霊夢が私をフルボッコにしないなんて今の私には理解出来ない。
 一体どうして。そんな風に首を傾げていると、後ろから三人の声が。

「ふふっ、あのお嬢さんも素直じゃないですねえ。見ていてこっちが微笑ましくなってしまいます」
「まあウチにもなかなか素直になれないのが一人居るみたいだけどね。ねえ、咲夜?貴女もウカウカしてるとレミィを一人占めされちゃうわよ?」
「余計なお言葉ですわ、パチュリー様。魔理沙ならまだしも、博麗霊夢に私がお嬢様をお渡しするとでも?」

 …なんか訳の分からない会話してる。なんか気まずくて、会話に入るに入れないし…
 とりあえず、一つだけ分かるのは、私が霊夢に許されてる…と思う。許されたんやな、喜劇やな。少なくとも私の命の危険は去ったのね。
 本当に良いの?信じても良いのね?私は助かったのね?超許されたのね?無罪放免なのね?ひゃっほーう!!博麗最高ー!!信じてたわよ霊夢!!
 ああ、こんな幸せな気持ちになったのは初めてです。途方に暮れた昨日にさよならふつふつと湧きあがるこの気持ち。人それを幸福という。
 そうよ霊夢、私は悪くないのよ!この異変に私は何も悪いことしてないのよ!流石霊夢さんや、ホンマ霊夢さんの優しさは天井知らずやで!
 今日はパーティーよ!レッツパーリーするわよ!誰か喜びの松竹梅買ってきてー!霊夢、貴女の心の広さを私は死ぬまで語り続けることにするわ。
 まず手始めに人里での布教活動からね。ここの巫女は良い巫女だー人外に優しく最強だーああ巫女よフォーエバーソーファイン…

「ちょっと!!いつまでグズグズしてんのよ、宴会始められないでしょ!さっさとこっちに来なさい!」

 はい、グズです、ごめんなさい、すぐに行きます。危ない危ない、折角お仕置きを避けられたのに、ここで霊夢の不興を買っては何の意味も無いわ。
 何はともあれ私の命の危険は去った。それさえ分かれば私に怖いものなんて何もないわ。今日の宴会は大いに楽しんでやる!Touch me baby 気分はHoliday 星空のメロディー!



















 楽しくない。全然楽しくないわよこの宴会。ちょっと霊夢、どういうことよ。話が全然違うじゃない。
 宴会が始まり、お酒をちびちびと飲み始めた私なんだけど…おかしい、おかし過ぎる。面子の配置がおかし過ぎるじゃない。
 私は視線をちらりと少し離れた桜の木に向ける。そこに居るのは、魔理沙とパチェ、そしてアリスとかいう魔法使い。
 ああ、三人とも楽しそうにお話しながらお酒飲んでるわね。魔法の話かしら、何か凄く盛り上がってるし。私も混ぜて欲しいなあ、どうせ話の内容微塵も分からないけどさ。
 私は再び視線をちらりと別の方向へ。そこで飲んでるのは、美鈴に妖夢、そして霊夢と咲夜。
 ああ、妖夢と美鈴は仲良いからね。そりゃ話も弾むってものよね。咲夜と霊夢は…何あれ、いがみ合いながら酒飲んでる。
 でも、美鈴が間に割って入らない様子を見るに、結局あれでも仲が良いってことなのかな。良いなあ、そういう関係憧れるなあ。楽しそうだなあ。
 というか、思うのよ。私、こういう女の子のすぐグループに別れて行動するのって良くないと思う。一つの場所でみんな一緒に飲んだ方が楽しいわよ絶対。
 …ああ、分かってる。分かってるのよ、本当はみんなが私達に気をきかせて自分から離れたことくらい。でもね、ハッキリ言わせて。それは余計な気遣いっつーのよ。
 お願いだから、私の隣で一緒にお酒を飲んでる女性――西行寺幽々子、この人と私を二人っきりにしないで。今回の件は色々あり過ぎて、私何を話して良いのか本気で分かんないんだから。

「フフッ、桜の木の下で貴女と二人酒を酌み交わす…願いを叶えることが出来て、本当に嬉しいわ」
「そうかい。それは何とも慎ましやかな願い事だね。白玉楼の主ならもっと夢を大きく持った方が良いわ」

 そう、私のようなその辺でささやかな日常を享受して幸せを噛みしめているような小物じゃなくて
もっと大物妖怪と酒を飲んで頂戴。例えば紫とか紫とか紫とか紫とか紫とか。そういえば紫の奴は冬眠から目覚めたのかしら。このままずっと寝てて欲しいけれど。

「あら、私にとってはとてもとても大きな夢だったのよ。ただ、贅沢を言えば、西行妖の桜舞う下でという情景が望ましかったのだけれど」

 断固拒否。絶対嫌。あの桜の下で酒を飲むとかどんだけマゾプレイなのよ。死んでも嫌よ。
 というか幽々子の奴、あの化物桜を処分したのかしら。出来ることなら焼却処分して欲しい。あんな卑猥桜は存在してはいけないのよ。汚物は消毒だわ、ひゃっはー。
 …というか、まさか幽々子の奴、あの桜の下で宴会しないか誘ってこないでしょうね。ううん、無いとは思うけれど、一応手を打っておこう。

「私はそうは思わないけどね。今日、ここで酒を酌み交わして理解したよ。
お前と一緒に飲む酒なら、桜が舞おうと青葉に覆われようと紅葉が繁ろうと枯れ葉が舞おうと何処だって同じさ。
私と幽々子、二人で酌み交わし合う酒の味は自然の情景などに移ろいやしない。私達の酒は何時だって美酒に決まっている、そうだろう?」
「…ふふっ、ええ、そうでしたわね。私達が酌み交わし合うお酒がどうして口に合わないことがありましょうや。
レミリア、貴女と知り合えて本当に良かったわ。私、本当に貴女のことが気に入っちゃったみたい。貴女は本当に魅力的な人ね」

 …うわ、今背筋がやばかった。ちょちょちょ、いくら気に入ってもそっちはノーサンキューよ?私はノーマル、至ってノーマルなのよ。
 こういう私の中の危険警報が鳴った時は話題を逸らすに限る。私はレミリア、危険の分かる女。藪蛇を突くような馬鹿な真似はしないのよ。

「買被り過ぎだ。お前には私なんかより魅力的な人がいるだろう?」
「そうよ幽々子。あんまり浮気をされちゃうと私も寂しくなってしまうわ」
「あら紫、お久しぶりね。冬眠前以来かしら」
「そう、例えば紫のような…って、紫っ!?」

 突如として幽々子の隣ににゅるんと隙間から登場したのは八雲さん家の紫さん。な・ん・で・だ・よ・う。
 いや普通に『例えば妖夢とか』って続けようとしたら、どうしてここでインチキ妖怪登場なのよ。エジソンが偉い人なことくらい私だって知ってるわよ。
 全力で驚いている私に、紫の奴は『久しぶり~』とニヤニヤ楽しそうに笑ってらっしゃる。いや、誰もアンタなんか呼んでない以前に
何で幽々子とさも当り前のように会話してる訳?え、何で幽々子も普通に応対してる訳?しかも紫のこと普通に紫って呼んでるし…

「再会の挨拶は構わないのだけど、幽々子は紫のことをどうして知ってるのよ」
「あら、言わなかったかしら?私と紫は昔からの友人なのよ。大体千年くらいの付き合いかしら」
「き、聞いてないわよ?ゆ、紫からも幽々子のこと一度も聞かされたこと無いし…」
「あら、だって訊かれなったもの。私としては、幽々子と貴女がお友達だったことが驚きよ」
「ふふっ、最近仲良くなりまして。紫、貴女には謝らないといけないわね。貴女の話していた通り、本当に素敵な娘だったわ」
「でしょう?幽々子ならレミリアの良さが分かってくれると思っていたわ。これからは仲良く共有し合いましょうね」
「ええ、喜んで」

 ちょ…わ、私の良さって何!?私の良さが分かるって何!?私を共有するって何!?考えたくない考えたくない無理無理無理無理!
 霊夢からの危機を脱出出来たと思ったら、次は最強妖怪と最強亡霊の夢のタッグトーナメント!?私のようなジェロニモは放置して頂戴!
 紫から無意味に気に入られたのは知ってた。今回の件で幽々子からも何故か無意味に気に入られているのも感じてる。
 だけど、このコンビに私が共有されるとか…一日置きに玩具にされる未来とか想像したくない。しかも二人化物クラスだから私何も抵抗出来ない。
 あわあわと内心慌てふためいてる私を余所に、幽々子はふと先ほどまで食べていたお酒のツマミが無くなっていることに気付いたらしく。

「ちょっと妖夢のところに行って何か貰ってくるわね」
「いってらっしゃ~い。留守してる間、レミリアの面倒は私が責任を持って見てあげるから」
「…あのね、紫。人を子供扱いしないで頂戴。私はこう見えても五百を生きた吸血鬼だよ」
「あら、私は年齢で他人を判断しませんわ。私は私の思うがまま誰にも束縛されることなく他人を扱うのです」
「はあ…妖怪でも亡霊でも強い奴は皆例外無く変わり者だわ」
「あら、褒め言葉をありがとう。スカーレット・デビルに実力を褒められるなんて光栄この上ありませんわ」

 だからスカーレット・デビルは辞めろおおお!!あれは咲夜が勝手に広めた中二ネームだあああ!!いや、ちょっと格好良いとは思ってるけど!
 かといって、ここでそんなこと指摘出来る訳も無く。この場の誰もが私のことを強い吸血鬼だって思ってるし、それを否定する訳にもいかないし。
 だから私は紫を無視して、黙々とお酒を飲み続ける。ああ、やっぱり赤ワインはたまらないわね。この芳醇なトマトの香りが素晴らしいわ。
 ただ、私はアルコールに対して異常に強いみたいだから、お酒に酔えないのよね。だから私は咲夜から渡されてる、この特別製の赤ワインしか飲まない。
 というか、これ以外飲んだことがない。咲夜達が言うには、他の酒は不味くて私に口にさせる訳にはいかないらしい。一度くらい別のお酒も飲んでみたいけれど、
咲夜達が駄目っていうなら仕方ない。私はこの赤ワインで我慢するとしましょう。しかし、爽やかなトマト味は他のワインじゃだせない清涼感ね。
 そんな私のお酒が気になったのか、紫はニコニコと微笑みながら私の飲んでるお酒について幾つか訊ね掛けてくる。

「そのお酒は赤ワインかしら?随分と美味しそうに飲んでるのね。相当上質なモノなのかしら?」
「ああ、咲夜達が紅魔館の地下室で作ってくれた特別品よ。うん、このほのかな酸味からして三十年モノくらいかしらね」
「ぶっ!!…ごほっ!!!ごほっ!!」
「?何よ、いきなり噴き出して。失礼な奴だね」
「ご、ごめんなさい、なんでもないわ…ふ、ふふふっ…さ、三十年モノね。ほ、本当に駄目、今のはちょっと本当にツボに入って…」

 いきなり顔を両手で覆ってぷるぷるし始める紫。何こいつ、変なモノでも食べたのかしら。
 あ、もしかして紫ってワインの知識が疎いのかしら。三十年モノ=腐ってるって感じなのかしら。駄目よ紫、大人の女は酒の一つでも語れないと。
 良い女というものわね、酒と色香で男を惑わすことが出来て当然なの。まあ、私もボデーは少しばかり足りないかもしれないけれど、その分はお酒でカバーよ。
 ふふん、なんだか紫に対して一つ勝ってるところがあるって少し嬉しい。紫、貴女はゆっくり大人の女になりなさい。そう、この私のように。

「あー、おかしかった。本当、私をここまで笑わせてくれるのは貴女くらいのモノだわ」
「最近似たような台詞をよく言われる気がするね。貴女は良いだの気に入っただの貴女くらいだの。
本当、みんな買被り過ぎよ。私なんかより興味を引く奴なんて五万と居るというのに」
「あら、それは大きな間違いだわ。少なくとも私は貴女のように人を惹き付ける妖怪を他に見たことがない。
貴女には他の誰にも持ち得ない輝きがあるのよ。だから私も幽々子も貴女に惹かれるの。私達だけじゃなく、霊夢達だってそうね」
「煽てないで、くすぐったくて仕方がない。まあ…それで皆が良いなら別に構わないけどね。
ただ、期待外れに終わっても人のせいにしないでくれよ。勝手な期待をされて勝手な失望をされてもこっちは腹立たしいだけだ」
「しないわよ。だから貴女は安心して自由奔放に振舞いなさい。それが貴女を望む未来へと勝手に導いてくれる筈よ」
「望む未来…か」

 好き勝手したらケーキ屋さんになれるのかしら。森の小さなケーキ屋さんの店長になれるのかしら。…無理よねえ。
 まあ、その未来はもっと先に取っておくとして…今は命が助かればそれで良いわ。平穏無事な毎日ならそれでいい。
 紅魔館で咲夜と美鈴とパチェと…それと、憎たらしいけどなんだかんだで可愛いフラン。あの娘と一緒に穏やかな日々を過ごせれば、それで良いのよ。
 そんな些細なことだけど、それが大切な私の幸せ。地位も名誉も力も要らない、何処にでもあるようなほっこりした幸せを感じられればそれで良い。
 …幸せ、か。続くと良いな。そんな毎日がずっとずっと続けば良い。私は心からそう思う。この騒がし過ぎるのも良くないけれど、忙しくも優しい毎日が何処までも続けば。

「何を考えてるの、レミリア」
「…別に。ただ、こんな毎日がいつまでも続けば良いなって、そう思っていただけよ」
「…そう。そうね、こんな日々がいつまでも悠久に続けば良い…私もそう思うわ」

 紫はくすりと小さく微笑んで、先ほど幽々子が運んできた酒瓶のうち一本を左手に持つ。
 そして右手には余っていた二つのグラスを。いきなりお酒何か持って、何をするつもりかしら。

「それじゃ、私はこれで失礼するわ。幽々子にはよろしく言っておいて頂戴ね」
「もう帰るのかい?宴はまだ始まったばかりだと言うのに」
「あら、引き止めてくれるの?ありがとう。
もともと少し貴女達と顔合わせしたら帰るつもりだったから。そして、この宴は春雪異変に臨んだ者達だけの特別な宴だものね。
無関係だった私は裏方らしく、同業者と二人でゆっくり酒を酌み交わすことにするわ」

 …紫の言ってる言葉がさっぱり分からない。あいも変わらず言葉の八割が意味不明で構成されてる女ね。
 とりあえず、紫はお帰りということだろう。OKOK、こっちは望ましい展開よ。早く帰って酒盛りでも何でもしてて頂戴な。
 社交辞令で『それは残念だ』と呟き、私は手に持つグラスを口元で傾ける。ああ、紫様の帰宅で今日もワインが美味い。酒が飲める酒が飲める酒が飲めるぞー。
 ワインを飲み、ふうと息をついて、紫に別れの言葉を告げようとそちらを向くと…あれ、いない。紫の姿が影も形もなかった。
 紫ったら、もう帰ったのね。本当、神出鬼没で訳分かんない奴。まあ、いいわ。幽々子も居ないし、のんびり酒の続きでも…そう考えた瞬間だった。
 背後から誰かの両手が突如として現れ、私を抱き込むように優しく腕を回された。えええ!?ななな、何この展開!?というか誰!?
 慌てふためきそうになった私に、その腕を持つ人物――八雲紫は普段のお茶らけた様子からは考えられないような優しい声で私に語りかける。

「…ありがとう、幽々子を護ってくれて。
貴女のおかげで、私は再び大切な親友を失わずに済んだ。こうしてまた幽々子と笑い合うことが出来た」
「え…」
「――永遠に幼き紅い月、レミリア・スカーレット。必要な時は、他の誰でもなくこの私を頼りなさい。
紅月が闇を厭う時、私はその群雲を払い除ける敵無き牙となりましょう。最強の妖怪、八雲紫が貴女の力にね」

 それだけを言い残し、紫は今度こそ隙間の中へ消え去っていった。
 …紫の奴、一体何だったのかしら。幽々子を護ったって…むしろ私が護って貰った気がするんだけど。化物桜から助けて貰ったし。
 しかし、紫が力になってくれる…か。よし、もし幻想郷にケーキ屋さんをオープンするときは少しだけ紫に出資して貰おう。うん、店を始めるにはお金かかるもんね。
 私が未来を楽しく想像していると、幽々子がこちらに戻ってきた。私の周囲を見渡して、首を傾げながら訊ね掛けてくる。

「紫はもう帰ったの?色々と積もる話もあったのに」
「全く持ってアイツは本当に良く分からない奴だよ。ま、どうせ紫のことだ、すぐに会えるでしょう」
「それもそうね。紫の件はまたにして、今はこの宴を愉しむと致しましょう」

 幽々子が腰を下ろし直し、持ってきた新たなおつまみに手を伸ばす。本当、幽々子も良く食べるわね。
 やっぱりあれだけ食べるからボインボインになれるのかしら。くそう、私だって沢山食べればあれくらい…無理ね、あれは無理だ。
 よし、目標は近いところから。マラソン方式ね。まずは妖夢に勝つ。そうしたら魔理沙や霊夢に勝つ。うん、そういう順序を踏もう。
 私もおつまみを食べながら、神社に咲く桜達に目を向ける。うん、綺麗だわ。本当、あのくそ変態桜なんか目じゃないくらい。
 …そういえば幽々子の奴、妖怪桜を処分したのかしら。というか、あんなの放置してちゃまた来年暴走するんじゃないの?

「あの妖怪桜はどうしたの?まさかそのままという訳ではないでしょうけれど」
「あら、西行妖なら以前と変わりなく庭に在りますわ。桜の花は散ったけれど、今後も咲かぬ桜として冥界で生き続けるでしょうね」
「おいおい、良いのか?またいつ暴走するとも分からないのに」
「大丈夫よ。今回の件は、西行妖に無理矢理春を与えたから生じたこと。
同じようなことをしない限り、西行妖が再び花開くことは無いでしょう」
「まあ、それなら良いけれど…しかし、あの化物桜もよくもまあ人様に迷惑をかけてくれたわよね。私だけ何故にあんな目にあうのやら」

 私の漏らした不平不満に、幽々子はくすくすと楽しそうに微笑む。むぅ、こういう幽々子の姿を見ると本当に美人さんだなって思う。
 紫とはまた違う、別の一線を極めた美少女っていうか。私が男なら放っておかないくらいだわ。まあ、私女だから全然興味無いんだけど。
 笑い終えた幽々子は、少しばかり考えるような仕草を見せ、何か思いついたのか軽く掌をぱちんと合わせる。そして私に笑顔でこんなことをのたまうのだ。

「そうね、こういうのはどうかしら?
西行妖に封ぜられている見知らぬ誰か――その人もきっと、レミリアのことが好きで好きで仕方ないのよ」

 眩しいばかりに輝く笑顔でそんなことを言ってのける亡霊姫、西行寺幽々子。
 彼女の笑顔を眺めながら、私は一人思うのだ。ああ、紫同様この変人とも永い付き合いになっちゃうんだろうなあ、と。
 どうかその予感が当たりませんように。遅れてやってきた春風の中、私は新たな友人の眩しい笑顔を見つめながら一人そんな溜息をついたのだった。
 幻想郷の春はやってきたけれど、どうやら我が世の春はまだまだ当分先のことみたい――凄いよこの幽々子さん、流石は八雲紫の親友さん。














 ~side 霊夢~



 レミリアが幽々子と酒を飲んでる姿を眺め、私は軽く息をつく。分かっていたことだけど、レミリアの奴、幽々子とも仲が良いのね。
 まあ、今はそんなことはどうでも良い。私には少しばかり用事がある。それは、私の中の小さな疑惑を確信に変えること。
 正直、七割八割は決定している。ただ、その裏付けが欲しい。だから私は気は進まなくとも、コイツなんかを呼んだのだ。

「で?人を呼びだしたかと思えば、一人で延々と酒を飲み続けるだけ?用がないなら、お嬢様のところに戻されてもらうわよ」
「うっさいわね…これから話をしようと思ったのよ、良いからそこに座りなさい」

 私が呼びだした相手、それはレミリアの従者である十六夜咲夜。
 別にコイツじゃなくても良かったんだけど、門番とは会話をあまりしたことないし、魔法使いに至っては尚更だ。
 だから紅魔館の面々で私は咲夜を選んだ。ただまあ、咲夜の苛立たしい態度を見ると失敗かなと思わないこともないけど。
 私の言葉にわざとらしく肩を竦めながら、咲夜はその場に腰を下ろす。ふん、悪態をつく前に最初からそうすれば良いのよ。
 私は自分が使っている酒升とは別のモノに酒を注ぎ、無言で咲夜に渡す。咲夜もまた無言で受け取る。本当、愛想の無い奴よね。人のこと言えないけど。

「まさか仲良く二人でお酒を酌み交わしましょう、というつもりでも無いんでしょう?」
「当り前だ。アンタとそんな時間を過ごすくらいなら一人寂しく飲んでる方がマシよ」
「でしょうね。私も同意見だわ。だったら、さっさと用件を言って頂戴。私は貴女と違って暇人では無いのよ」

 ぐ…こいつ、本当にムカつく。いちいちいちいちいちいちいちいち一言が多いのよクソメイドが。
 言われなくてもさっさと済ませてやるわよ畜生。私は軽く酒を呷り、息をついて咲夜に確認するように訊ね掛ける。
 それは私が以前から生じていた疑問。紫に問うても返って来なかった本当の答え。

「アンタのご主人様…レミリア・スカーレット、本当はメチャクチャ弱いんでしょう」

 私の問いに咲夜は答えない。咲夜の方に視線を向けると、咲夜は眉を寄せて私の方を睨んでいる。
 いや、睨んでいるというか判断してるのか。私がどんな意図で質問したのか、また、私がその答えを知ってどうするつもりか。
 下手をすればレミリアに危害を為すかもと考えているんだろう。本当、コイツは馬鹿だと思う。そんな訳ないでしょうに。

「返答が無いということは肯定と見做すわよ」
「…自分に都合の良い答えを引き出したいだけなら、好きなだけそうすれば良い。
お嬢様が弱いですって?寝言は寝てから言うものよ、博麗霊夢。話はもう終わりなら私は戻るわよ」
「逃げんな十六夜咲夜。そもそも証拠だって完全に出揃ってるのよ。
西行妖相手にアイツは微塵も抵抗出来なかったし、情けない悲鳴をあげてまで私達に助けを求めてる」
「急激な状況変化に対応出来なかっただけでしょう。パニックを引き起こせば、私だって無様に泣き叫ぶわ」
「…あのねえ、私は別にレミリアが弱いからどうこうするつもりはないのよ。ただ…」

 そこまで口に出して、私は気付いた。ただ…なんだろう。
 レミリアが強かろうが弱かろうが別に関係ない。魔理沙風に言うなら、レミリアはレミリアだ。私は別にレミリアの強さで何かを決める訳じゃない。
 ただ、レミリアの本当の姿が知りたい。そう考えているんだ。そしてレミリアが弱かったら…また、今回のようなことが起こりかねない。
 もしそうなれば、またレミリアは危険な目にあうんだろうか。アイツ、弱いくせに意地張って危険に首突っ込んで馬鹿みたいな目にあうんだろうか。
 そこまで考えた時、私は胸の中が少しだけチクリと痛んだ気がした。その痛みが感情になったのは、数瞬経ってから。
 ああ、そういうことか。ようやく分かった。私はただ『レミリアが危険な目にあうのが嫌』なんだ。レミリアが大怪我をするんじゃないかってことが嫌なんだ。
 だから私は知りたがってるんだ。もし本当にレミリアが弱いなら、誰かが護ってやらないといけない。レミリアが無茶しないように見てないといけない。
 だってそうじゃない。レミリアが痛い思いをするなんて、誰だって嫌だ。レミリアが…友達が痛い思いをするなんて、そんな未来は絶対に嫌だから。だから私は…

「っ、と、友達を心配するのがそんなに悪いことなの!?私はただあの馬鹿が心配なのよ!!」

 自分の感情に気づけば、後は口にするだけで。私の言葉に、咲夜は唖然とした表情を浮かべている。
 咲夜に遅れること少し。私は自分が如何に恥ずかしい言葉を口にしたのかに気付き、顔が熱くなるのを感じた。
 ああもう、畜生、それもこれもみんなみんなあの馬鹿のせいだ。アイツが心配をかけるからこんなことになるんだ。
 らしくない。こんなの全然私らしくない。何よ何よ何よ。レミリアの馬鹿、馬鹿、馬鹿。アイツのせいでこんな赤っ恥を…

「…貴女の推測通りよ。お嬢様は何一つ戦う力を持たない吸血鬼、だから私達がこうして必ず一人はお嬢様の傍に居る」
「あ…」

 咲夜の答えに驚きのあまり言葉を零してしまう。まさか、咲夜の奴が本当に答えてくれるとは思わなかったから。
 そんな私の様子に、咲夜は笑うこともせず、酒を一度喉に通して言葉を紡ぐ。

「博麗霊夢、私は貴女が嫌いだわ。正直顔を見るのも辟易するし、こうして会話をしてても腹立たしくて仕方がないわ」
「ぐ…こ、こんのクソメイド、言わせておけばっ」
「――でもね、お嬢様のことを心から心配してくれる相手を笑ったり偽りで返したりなんかしないわ。
貴女がお嬢様のことを想い、考えて行動しているのなら、私はただ貴女の行動に対し相応の返答をするだけ」

 そう告げ、咲夜は一瞬…本当に一瞬だけど、笑ってた。いつものコイツからは考えられないような、子供みたいに嬉しそうな顔で。
 そして咲夜は酒升を置いて立ち上がり、うんと一度背伸びをして口を開く。

「そろそろお嬢様のお酒がきれそうだから追加してこないと。それじゃ、話は済んだし私は行くわよ」
「え、あ、うん…」

 レミリア達の居る方へ歩き出そうとした咲夜だけど、何故かふとその場に一度立ち止まる。
 そして私に背を向けたまま『そうそう』と呟いて、再び言葉を続け出す。

「お嬢様が弱いからといって、貴女は何一つ心配する必要無いわ。だって、お嬢様はこの私がお守りするもの。
貴女みたいな役立たずのヘッポコ怠惰巫女が居なくても、お嬢様には何の問題も無いから安心なさい」
「んなっ…けけけ、喧嘩売ってるのかこんのクソメイドがああああ!!」
「あら、その喧嘩遠慮なく買ってあげるわ。今日の私は何時にもまして調子が良いわよ。貴女にこの美しき銀の弾幕、かわせるかしら?」
「アンタこそ私の封魔針でハチの巣にしてやるわっ!さっさと上空に上がりなさい!ぶっ潰してやる!」

 私と咲夜は互いに上空へと飛翔する。その私達の騒ぎを見て、魔理沙がいいぞいいぞと囃し立てる。ふん、酒の席の良い余興だわ。
 とりあえず、レミリアの弱い強いはどうでもいい。今はこの傲慢なメイドをフルボッコにしてやる。いい加減、どっちが本当に強いのか分からせてやる。
 どうやら、私達の弾幕勝負に気付いたのか、レミリアも私達の方を見上げて必死に何か叫んでる。

「ちょ、ちょっと二人とも何やってるのよ!?折角の宴会に…」
「お嬢様、ご安心ください。霊夢など物の敵ではありませんわ、三分で沈めて御覧にみせましょう」
「レミリアー!今からコイツをぎったんぎたんにするけど良いわよね!?勿論、許可なんか求めてないけどね!」

 レミリアの制止の声も振り切り弾幕勝負開始。ちっ!咲夜の奴、相変わらず鋭いトリッキーな弾幕をっ!
 幾度も弾幕を交わし合い、嵐の吹き荒れる中、私は少しだけ…ほんのちょっとだけ思ったことがある。
 それは恥ずかしくて決して口に出したりなんかしないけど。絶対に誰にも話すつもりなんてないけれど。

「そもそもどうして異変解決に出向くのよ!人の仕事を奪うな!
大体レミリアの傍に居るのが仕事なら大人しく引き籠ってなさいよ駄犬!!」
「もう貴女に話す舌は持たないわ!!私が出向くまで異変解決に動こうとしなかった女に!!」
「それでも私は博麗の巫女だ!!」
「それは一人前の楽園の巫女の台詞よ!!」
「いやぁぁぁ~!!私の平穏が!」

 私達の弾幕勝負を青ざめた表情で見上げている少女。強そうに装っていて、その実誰よりも弱い小さな小さな吸血鬼。
 もし、咲夜達の手がどうしても届かないときに危険が迫ったら…そのときは、私が護ってあげよう。
 そんな恥ずかしくて誰にも言えないことを私は小さく思っていた。まあ、そんな日はこの化物が居る限り絶対に来ないでしょうけれど。


















 ~side 紫~



 隙間を通り抜け、辿り着いた屋敷の一室で私はその部屋の主に向けてニコリと笑顔を浮かべる。
 その部屋の主は、少しばかり鬱陶しそうな表情を浮かべたものの、私の手に持つものを見て私の意図を理解するや、
しかたないとばかりに苦笑を浮かべる。成程、なんだかんだいってこの娘も付き合いはそう悪くないみたい。

「久しぶりね、お姫様。いいえ、黒幕とでもお呼びした方が良いのかしら?」
「誰が黒幕よ、人聞きの悪い。今回の異変に関して私は完全にノータッチよ。傍観者として楽しく鑑賞させて貰ったわ」
「傍観者…ねえ。人の式を苛めておいて良く言うわ」
「あら、あれは立派なお仕事の一つだわ。今回の異変に冬眠中の貴女はお呼びではなかったわ、西行妖を貴女が止めては舞台が台無しだもの。
お姉様を中心に皆がまとまることにこそ意味はある。良好な結果を導き出してあげたのよ、感謝されこそすれ責められる言われは無いわ」

 私の問いにしゃあしゃあと答える傍観者さん。本当、姉と違ってお腹の中まで真黒だこと。まあ、それもまた面白いのだけれど。
 まあ、確かに彼女の言い分も正論だ。今回の異変に私が関与するのはあまり得策ではない。今宵の舞台は幽々子とレミリアの二人だからこそ意味がある。
 そう、確かにその通りだと言うことは分かる。だけど…あの西行妖の開花が『幽々子の消滅』と知っていながら藍による私の呼び出しを邪魔したのはなら許せない。
 私は指をパチンと鳴らし、背後に無数の隙間を生じさせる。その隙間は全て私の発射砲台、何処からでも人妖を滅する光を放つことが出来る。

「ふぅん…意外と感情に左右されるのね、最強の妖怪は。貴女の望みは私との殺し合い?」
「さて、それは回答次第ね。西行妖の開花、それが何につながるか他の誰でも無い貴女だけは知っていたのではなくて?」
「そうだとしたらどうする?その物騒な魔力光を解き放つつもり?あははははっ!そんなモノで私を殺すつもりなんだっ!?笑わせてくれるわねっ」
「笑ってばかりでは品が無いというものよ。解答は頂けるのかしら、お嬢さん?」

 私の問いかけに、彼女は笑いを止め、視線を私の顔に固定する。
 数秒の間をおいて、軽く息をついて少女はつまらなさ気に表情をころころと万華鏡のように変えてしまう。それはすなわち――

「つまんない。どうせ道化を演じるなら骨の髄まで台本を叩き込んできなさいよ。
折角久々に殺し合いが出来ると思ったのに、相手が『やる気皆無』なんじゃ少しも面白くない」
「あら、そうかしら。私程の妖怪が相手なのよ、やる気は無くとも十分に面白いモノが見れるかもしれなくてよ?」
「失せろクソ妖怪。手を抜いたお前なんて飲み残しの紅茶分の価値も無いわ。
先程の質問の答えは『NO』よ。西行妖の下にアレが埋まっていることは知っていたけれど、所詮そこまでだわ。お前の邪魔をしたことは謝るよ、妖怪」
「素直な解答でよろしい。さて、お互い誤解も解けたところで二人だけの宴会といきましょうか」
「勝手にやってきて勝手に誤解して勝手に喧嘩を売りつけてきたお前が言える台詞か」

 悪態をつく友人――レミリアの妹、フランドール・スカーレットに私は笑みを浮かべて隙間を閉じ直す。
 フランドールが腰掛ける椅子の向かい側に腰を掛け、持ってきた酒瓶とグラスをテーブルに置く。

「日本酒だけど大丈夫でしょう」
「安心しなさい、私に飲めない酒はないよ。お姉様は未だに限られたお酒(トマトジュース)しか飲めないけれど」
「ああ、あれは本当に面白かったわ。レミリアったら、いうに事欠いてアレを三十年モノなんて言うんだもの。
三十年も経てばトマトジュースは腐ってしまうのにね、本当、面白い娘だわ」
「良いのよ、お姉様があれをお酒だと思ってくれてるならあれはお酒だもの。
それにお姉様は本当に弱いからね。本物のアルコールなんて飲んでしまえば、ものの三秒でひっくり返っちゃう」
「ああ、成程、それで…」

 だからあのメイドはレミリアに他の酒を渡そうとはしなかったのね。魔理沙達が持ってきても断らせていたし。
 五百年も生きた吸血鬼がトマトジュース飲んで『お酒は良いわ』なんて胸を張ってるなんてギャグ以外の何物でもないじゃない。
 私は日本酒の封を開け、持ってきたグラスに注いでゆく。自分の分とフランドールの分を注ぎ終え、互いにグラスを持って小さく掲げ合う。

「さて、何について乾杯しようかしら」
「決まっているわ。お姉様の明るい未来に、よ」
「ふふ、そうね。それでは、レミリアの明るい未来に乾杯」

 軽くグラスをぶつけ、私達は互いにお酒を喉に通してゆく。
 レミリアは今幽々子が一人占めしているから、その妹さんは私が一人占めさせて貰うことにしよう。レミリアも好きだけど、
私は彼女の妹も嫌いじゃない。レミリアとはまるで正反対で、吸血鬼らしい傲慢さとプライドと他者への侮蔑の表情。そのどれもが面白いと思う。
 そして彼女が唯一レミリアにみせる尋常なまでの狂気と執着。最早崇拝ともいえるその彼女の歪さが実に興味深い。本当、面白い姉妹だこと。

「今回の異変でレミリアは幽々子との接触を果たし、幽々子の様子を見る限りでは彼女と仲良くなるのは上々ってところかしら」
「西行寺幽々子とお姉様が出会ったのは全くの偶然よ。敢えて言うなら美鈴の機転がプラスに働いただけ。
だから、今回は実に僥倖な結果だわ。労せずして白玉楼の主とつながりを持つことが出来たものね」
「あら、幽々子だったら私に相談してくれれば紹介しましたのに」
「お前を間に挟んでは何の意味も無いじゃない。『お姉様』が『西行寺幽々子』に興味をもたれることに意味がある」
「そんなものかしらねえ。まあ、つまるところ、貴女の思い描いた計画図通りとなってくれた、と」
「だから今回は何も描いていないと言ったでしょう。あまりしつこいと壊すわよ?」

 フランドールの脅しに私は肩を竦めて答える。そんな反応に、彼女はフンと顔を不機嫌そうにそっぽ向かせるだけ。
 まあ、彼女の言うことは全部確かなのだろう。今回の件は紅霧異変とは違い、紅魔館側は完全に計画だてて行ったものではない。
 だからこそ西行妖の暴走などのイレギュラーに対応出来なかった。けれど、終わり良ければとも言うべきか、流れは確実にレミリアの下に手繰り寄せられている。
 …さて、そろそろお話を伺わせてもらうとしましょうか。彼女には肝心なことを訊かせて貰わないといけないのだから。

「博麗霊夢、八雲紫、そして西行寺幽々子。レミリアが手にしたカードはこれで三枚。
さて、一つお話を伺いたいのだけれど、今後もレミリアはこの幻想郷にてドローを続けるのかしら?」
「勿論よ。手札を増やすのは基本中の基本、枚数無くして勝負はあり得ない。お姉様が望むにしろ望まないにしろ、私達はその線路を描くだけ」
「カードを増やせば窮屈になるだけかも知れなくてよ?レミリアの望む平穏な未来からはどんどんかけ離れて行くと思うのだけれど」

 私の問いに、フランドールは応えない。
 少しの間を置き、手に持っていたグラスを一気に飲み干して、フランドールは小さく息をついて言葉を紡ぐ。

「八雲紫。お前はこの幻想郷が何時まで続くと考えているかしら?」
「あら、他ならぬ管理者の私にそれを尋ねるの?勿論、幻想郷は未来永劫続いてゆきますわ」
「そういう意味じゃない。私が訊いているのは、いつまでこのクソ温くクソ甘ったるいチャイルド・ココアのような平和が続くかと訊いているんだ。
外の世界で人を食らい貪り、他の妖怪を捻り潰しては己が強さを誇る。そんなイカれた殺戮狂どもがいつまで弾幕勝負(てなぐさみ)で我慢出来るんだ」

 フランドールの言葉に私は口元に酒を運ぼうとした手を止める。
 その質問の解答を私はすぐに口にしない。この世界にはルールがある、制約がある、制裁がある。それらが彼らを縛る限り、そのような未来は。

「お前や天魔、加えて閻魔のような強力なバックが居る限り、そんな馬鹿な真似をする奴は居ない…そう考えているのか。
だとしたら甘いね、考えが実に甘過ぎる。最強の妖怪も平穏続きで頭の中がお花畑か、春告精でもやってきたのかい?
本物の狂人にはそんなルールなんて通用しないんだよ。かつて私達の血族である屑がそうしたように、ね」

 彼女の言う通り、彼女の父は確かに私達との盟約を良しとしなかった。それどころか、幻想郷中に牙を剥いた。
 けれど、結局それも私が彼を押し込めることで解決した。私達クラスの強さがあれば何の問題も無いことだ。そうではないのか。

「例えそうであれ、私達なら何とでもなるでしょう。違って?」
「そう、私達程度の実力があれば幻想郷で誰が何を企もうと問題にならないでしょう。けれど、そこに『お姉様』は入っていない」
「あ…」
「例えば雑魚妖怪達が集団で徒党を組んでお姉様を狙ったとする。そのとき、私達はどうとでもなるけれど、お姉様は戦う力を持たないわ。
私とパチェ、咲夜と美鈴が如何に獅子奮迅の働きを見せようと、たった一匹の雑魚妖怪がお姉様に軽く爪を穿つだけで全ては終わってしまう。
…脆いのよ、この幻想郷に成り立っている平和は。この平和がお姉様の安全を保証するモノと安堵するほど私は馬鹿じゃない。だから足掻くのよ。
もし、この幻想郷でルールがただの形式上のモノとなってしまったとき、お姉様を確実に守る術を増やす為に、私達は強力無比なカードを増やすのよ」

 ――そういうことか。だから紅魔館の面々は、私や幽々子をレミリアといち早くくっ付けたがったのか。
 私が居れば、瀕死の状態でも境界を操ることで簡単に治癒してしまえるし、幽々子がいれば、最悪の最悪を想定した時、魂を白玉楼に置いておける。
 成程、この妹を始めとした紅魔館の面々が裏に表に必死に奔走する理由、それは全てやはりレミリアの為なのか。

「八雲紫、断言しても良い。将来、必ず幻想郷に破綻の日が訪れる。
それが明日のことか、はたまた数千年後のことかは分からない。だけど、私はその未来が確実なモノと考えているわ。
殺戮が殺戮を生む、そんな惨状に瀕した時、お姉様の為に集ってくれる人妖…例え私達が死ぬことになっても、お姉様を保護してくれる人々。
お姉様の未来を守る為に、私達は今を必死で足掻いているのよ。ご理解頂けたかしら?」
「ええ、十分過ぎる程に。貴女達のレミリア・スカーレットに対する狂気染みた愛情、しっかりと感じ取りましたわ」
「それは良かったわ。これで分からないなんて言ってたら本気で磨り潰してたところよ」

 笑って言うフランドール。冗談のように聞こえるが、彼女なら間違いなくその場で実行してのけるだろう。
 しかし、これでようやく理解した。彼女達が裏で奔走するのは先ほどの話が全てだ。何もかもレミリアの為の行動。
 レミリア・スカーレット、彼女は一体何処まで愛されているというのか。私や幽々子も彼女のことは気に入っているが
紅魔館の面々のそれは異常だ。恐らく彼女達はレミリアの為ならば喜んで死を享受するだろう。最早狂信を通り越した忠誠。
 しかし、だからこそ気になることがある。彼女達の中心はあくまでレミリア。レミリアを中心に彼女達の世界は回っているのだ。
 ならば、もし…本当にもしもの話だけれど。彼女達がその中心を失ってしまったら、一体どうなるのだろう。
 もし、彼女達の心の支えとなっている生きる意味を失ってしまえば…ああ、実に簡単なことだ。そんなことは考えるまでも無い。

「ねえ、フランドール。仮にもしも…もしも貴女達の力及ばず、レミリアを失ってしまったらどうするつもり?」

 彼女達にとってレミリアこそが暗き大地を照らす唯一の光。もしその光を失ってしまったならば。
 私の問いに、フランは考えるまでも無いと笑みを浮かべる。その微笑みは何処までも真直ぐで、そして何処までも歪で。

「なんだ、そんなこと考えるまでも無いじゃない。
――お姉様の居ない世界に存在する価値なんてないわ。そんな意味の無いものは全て壊れてしまえばいいのよ。
いいえ、お姉様がいないのに他の命が存在することなんて許されない。そのときは私達がこの世界の全てを壊してあげる」

 ケタケタと愉しそうに愉悦を零す壊れた少女。その時、私は一つのことを悟ってしまった。
 もしも、もしも仮にこの世界からレミリア・スカーレットという光が消えてしまったとき…その時、世界は一つの敵と戦うことになる。
 最強の吸血鬼、フランドール・スカーレットと紅魔館の従者達――最狂の悪魔集団との神々の黄昏(ラグナロク)が引き起こされるだろう、と。






[13774] 追想 ~十六夜咲夜~
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2009/11/29 08:22





 母様をこの手で護る。それが私、十六夜咲夜の最初にして絶対の誓い。
 吸血鬼でありながら、人間である私を愛し育ててくれた母様。誰よりも大好きな母様を護ること、それが私の全て。
 それだけはどれだけ時が流れようと変わらない。母様を護る為、ただその為だけに私はこれまで必死で歩いてきたのだから。








 私と母様が出会ったのは、私がまだ自身の自我すら芽生えていない赤子の頃。
 紅魔館の近くに捨てられていた私を、母様が拾って館に連れ帰ったのか始まりらしい。
 そのとき、母様が赤子を自分の娘にすると言いだした時は館が荒れに荒れたとはパチュリー様の談。
 人間の子、それも魔法で調べたところ、本当に生まれて間もない赤子。それがどうして湖で隔離されている紅魔館に捨てられているのか。
 恐らくは人里の子供ではなく、何かの手違いで幻想入りした人間なのではないか。ただの人間の子供かどうかも怪しい。
 そんな怪しい子供を無理に紅魔館で育てるより、博麗の巫女なり八雲の妖怪なりに渡すべきだと意見を推すフラン様とパチュリー様に対し、
母様は何があろうと私を紅魔館で育てると頑として譲らなかったらしい。フラン様曰く、『あの時のお姉様は私が何度脅しても諦め無かったよ』だそうだ。
 そんな平行線を辿る話に決着をつけたのが傍観に徹していた美鈴だった。美鈴が『紅魔館の主が決めた判断ならば、私達はそれに付き従うべきだ』と言ったらしい。
 これが後で納得のいかないフラン様と美鈴の壮絶なぶつかり合いに発展したと美鈴は笑いながら語っていた。美鈴曰く『軽く六回は死にかけました。二回は殺しかけましたけど』。
 母様の負担になることを心配して必死に反対していたフラン様とパチュリー様も、母様を説得するのは無理だと判断し、結局折れたそうだ。
 こうして私は紅魔館の一員、何より母様の娘としての生を歩きはじめることになる――十六夜咲夜、それが私に与えられた名前だった。
 母様が私に名前をつける時にも一騒動あったらしいのだけれど。母様には申し訳ないけれど、今、私が咲夜と名乗れることにフラン様やパチュリー様や美鈴に心から感謝したい。





 私がおぼろげに覚えている最古の記憶は母様の背中に背負われていた時のこと。
 二つか三つ程度になった私を、母様は背中に負ぶり、よく紅魔館中を歩いてくれた。
 あまり抱かれていた記憶が無いのは、後で聞いた話によると大きくなってきた私を抱きかかえられる程母様に力が無かったから。
 だから背負って歩くのも凄く大変だったらしのだけれど、母様は頑なに私を背負う役目を美鈴に譲らなかったらしい。
 辛くはありませんか、という質問に『この辛さも含めて母親の特権だろう?咲夜が順調に育ってくれている、それを確認出来る喜ばしい辛さだよ』と
笑って答えていたのが印象的だったと美鈴は言っていた。母様は人間である私に少しも惜しむことなく愛情を持って育ててくれたのだ。

 五つを数える頃には、私は毎日母様の傍で沢山甘えていた記憶しかない。
 母様と一緒にお散歩したり、本を読み聞かせてもらったり、美鈴の花畑で遊んだり、一緒のベッドで母様に抱きついて眠ったり。
 そして、私がその頃一番楽しみにしてたのは、母様の作ってくれるお菓子だった。母様の作るお菓子は本当に美味しくて、
当時の私は母様はお菓子の国のお姫様なんだと信じて疑わなかった。それを語ると、母様は苦笑しながら『実はそうなのよ』と子供の話に耳を傾けてくれていた。
 大好きな母様とばかり一緒に居たけれど、そのときの私は少しずつだけど世界が広がっていった。母様以外にも知覚出来る人が増えていた。
 まず、母様以外で最初に親しくなったのは美鈴。母様が忙しいときは、必ず美鈴が私と一緒に居てくれて。だから私は美鈴のことを自分のお姉さんなんだと
ずっと思い込んでいた気がする。美鈴も満更では無かったらしく、私が成長するまではずっとお姉さんでいてくれた。
 次に親しくなったのはパチュリー様。私が成長していくと同時に、勉強面での教育係としてパチュリー様が先生となってくれた。
 当時の私は、勉強が嫌いでそんな時間よりも母様と一緒に遊んでいたかった気持ちが強かったけれど、そんな私をパチュリー様は
上手く乗せて勉強に意識を向けてくれた。算学から読み書き、世間一般の知識と沢山のことをパチュリー様は私に授けてくれたように思う。
 そして、残るフラン様なのだけれど、幼い頃の私はフラン様とあまり面識が無かった。何故なら、フラン様は常に地下に籠られていたから。
 ときどき館内で見かける程度で、初めて見たときは母様が二人になったと大騒ぎしてしまった。それを見て、フラン様が苦笑しながら
私の頭を優しく撫でて下さり、『お姉様を頼むよ、可愛い姪っ子さん』と仰られた。それから数度くらいしか会話した記憶が無い。
 思い出せば、このときフラン様は私に極力関わらないようにしていたように思える。その頃の私は『裏側』を知らなかった。
 結局、当時の私はフラン様から見れば母様のただの愛玩動物に過ぎず。恐らく、フラン様は私が何一つ知らぬままに生を終えると思っていたのだろう。

 八つを数える頃には、私も次第に世界というものが見えてきた気がする。
 まず、母様と自分は違うのだということを明確に理解したこと。母様は吸血鬼、自分は人間。美鈴は妖怪、パチュリー様は魔法使い。
 パチュリー様との勉強会で、種族の違いを知り、私は母様と実の親子では無いことを幼いながらに知った。だけど、私はその点を気にしたりしなかった。
 むしろ、何の血のつながりも無い私を母様は愛情を惜しみなく与え育ててくれたことが何より嬉しくて。そんな母を持つ自分が誇らしくて。
 そのことを語ると、パチュリー様は苦笑しながら呆れていた。『レミィは本当に良い娘を持ったわね』と言ってくれたとき、ちょっとだけ恥ずかしかったけれど嬉しかった。
 成長による知識の広がり。それは私の世界を広げてくれた反面、当時の母様には大変申し訳ない結果を生んでしまった。
 母様が吸血鬼という種族である事を知り、私は吸血鬼について興味を持ち、吸血鬼に関する知識を沢山得ようとするようになった。
 書物からであったり、パチュリー様からの説明であったり、当時思いついたありとあらゆる手段を用いて吸血鬼とは何かを調べた気がする。
 そして、調べた結果の全てに共通する項目が『とても強い』ということ。吸血鬼という種族は他の妖怪とは一線を画する能力を所有するということ。
 吸血鬼は強い、そのことが幼い私には何よりも嬉しく感じられた。吸血鬼が強いということは、当然母様も凄く強いということ。
 吸血鬼の知識を得る度に、私の中の母様の姿が大きくなっていく。強さを一つ語られる度に、私の中で母様の英雄像が勝手に作られていく。
 だから私は母様は最強なんだと思い込んでしまった。母様はとっても強くて、誰にも負けないんだと決めつけてしまった。
 そのことを語る度に、母様が困った表情で笑っていた理由、それが今なら痛いほどに良く分かる。だってそれは、母様の誰にも話せない秘密だったのだから。

 私の勝手な母様の偶像は、周囲にまで迷惑を及ぼすことになる。我ながら思い出したくも無い恥ずかしい過去だ。
 母様が強いのだから、自分もそうなりたい。そう思った私は、母様に『私も母様みたいに強くなりたい』と告げた。
 そのとき母様は、少し困った表情を浮かべながら私に『私は私、咲夜は咲夜。咲夜は無理して強くなる必要なんてないのよ』と優しく諫めてくれた。
 それは母様の純粋な優しさ。娘に痛い思いや怖い思いをさせたくないという想いから発せられた言葉。だけど、当時の私は本当にどうしようもなく愚かで。
 母の言葉は、当時の私には拒絶されたように感じられた。母様は私を強くしてくれないんだ、そんな風に考えてしまった。
 必死に駄々をこねる私に、母様は困ったようにオロオロとするばかり。そんな母様に私は、あろうことか『母様のばかっ!大嫌いっ!』などと暴言を吐いてしまったのだ。
 本当、思い出しただけで死にたくなる。誰よりも私のことを考えてくれていたのは母様だというのに、私はそんな母様に最低な言葉を投げつけたのだ。
 そんな私を正してくれたのは、当時母様の次に仲の良かった美鈴だった。紅魔館の外で拗ねていた私に気付き、どうしたのかと事情を聞いてきた美鈴。
 これまでのことを美鈴に私は全て話した。美鈴なら分かってくれると思った。いつも優しい美鈴なら、絶対に私の味方になってくれると思っていた。
 だけど、全ての話を聞いた美鈴のとった行動は叱責だった。いつも笑顔で優しかった美鈴が、初めて見せた真剣な表情。
 美鈴はパチンと軽く私の頭を叩き、感情を抑えるような声で私に告げた。『痛い?でもね、お母さんはもっともっと痛かったと思うよ?』
 そのときの私は美鈴の言葉が理解出来なかった。どうして母様が痛いのか。そんな様子を感じ取ったのか、美鈴は大きく息をついて言葉を続ける。
 『お母さんは咲夜ちゃんのことを誰よりも愛してる。咲夜ちゃんのことをそれこそ目に入れても痛くない程に。
 そんな大切な娘から嫌いなんて言われて、傷つかない筈がないじゃない。咲夜ちゃんはお母さんに大嫌いなんて言われて平気?』
 美鈴の言葉に、私は涙目になって強く首を横に振る。嫌だ、母様に嫌われるなんて絶対に嫌だ。そんな私を見て、美鈴は大きく息を吐いて言葉を紡ぐ。
 『だったら、次にすることは分かるよね?咲夜ちゃんは良い子だもの、お母さんにちゃんとごめんなさい出来るよね?』
 こくりと頷く私に、真剣な表情を解いて笑顔に戻る美鈴。良く出来ましたと頭を優しく撫でてくれながら、語りかけるように話を続ける。
 『咲夜ちゃんが強くなりたいという気持ちも分かる。でもね、それでお母さんに心配をかけて悲しませるのは本末転倒でしょう?
 もし咲夜ちゃんが本当に強くなりたいなら、お母さんの許可を貰ってきなさい。そうしたら、お母さんの代わりに私が鍛えてあげるから。
 でもね、これだけは覚えておいて。強かろうと弱かろうと、お母さんが咲夜ちゃんを愛する気持ちに何一つ変わりはしないんだって』
 美鈴の言葉に私は強く頷いた。美鈴の語ってくれた言葉を知るのは、それから随分後のことになる。
 その後、私は母様のところに戻り謝った。そのとき母様は怒ったりせず、私を優しく抱きしめて『咲夜がちゃんと戻って来てくれて良かった』とだけ言ってくれた。
 それが嬉しくて悲しくて、母の胸の中で私はわんわんと大泣きしてしまった。ごめんなさい、母様本当にごめんなさい、と。


 それから美鈴との約束通り、私は母様に強くなる許可を貰った。
 最後まで渋っていた母様だったけれど、美鈴が『絶対に無理はさせませんから』という援護をしてくれたおかげでなんとか許して貰うことが出来た。
 といっても、美鈴と私のやることは物騒なことじゃない。ただ、美鈴から身体を鍛えてもらう程度で、普通に武術をしている人間となんら変わりない程度。
 間違っても妖怪と戦ったり殺し合いをしたりするようなシロモノじゃない。その理由は単純なことで、美鈴は私に殺し合いや戦闘をさせるつもりなど毛頭無かったからだ。
 強くなる、その思いは買うけれど、私には人間という縛りがある。魔法使いな訳でも、ましてや特別な力がある訳でもない。
 だから美鈴は普通の人間以上程度に鍛えれば良い、その結果が健康につながれば良い程度に考えていたそうだ。
 事実、私はその程度に鍛えられ、母様の娘であるただの人間として生涯を終える筈だった――私の『本当の力』が覚醒するまでは。

 私が十を数える前くらいだろうか。その時から、私の体にある異変が生じてしまった。時間の流れがどうも疎らに感じられたのだ。
 具体的に話すと、ある日突然周囲の風景が遅く感じたり、かと思えばパチュリー様の授業中に突如話が聞き取れない程に早く感じたり。
 最初は気のせいと思って騙し騙し過ごしていたのだけど、それは段々と私の日常へと侵害してくるようになり。ついには時間の流れが完全に止まったことさえあった。
 自分ではどうしようもなくなり、私はパチュリー様に相談した。自分の身体がおかしくなってしまったと語る私に、パチュリー様は少し難しそうな表情を浮かべ、
私に『少し待ってなさい』と告げた。そして、パチュリー様はこの場に美鈴とフラン様を連れてきたのだ。
 症状を語る私に、フラン様がぼそりと『まさか人間がこんな奇跡を成し遂げるなんてね』と感嘆の声を上げていた。そのフラン様の言葉の意味は
パチュリー様が私に解説してくれた。『時間制御』、それが私の異変の根幹にある問題。パチュリー様が言うには、私には時間を操る力があるかもしれないのだそうだ。
 半信半疑で呆然とする私を余所に、三人だけの会議は大きく荒れることになる。荒れた内容は私をこれからどうするか、だ。
 フラン様は私を『こちら側』に引き込むべきだと言った。これ程の能力を腐らせるのは勿体無い、鍛えれば母様を護る盾になると。
 美鈴はその意見に真っ向から反対した。咲夜ちゃんはお嬢様同様何も知らずに生を終えるべきだ、血生臭い世界は知らなくても良いと。
 パチュリー様は私の処遇に意見を発しなかった。ただ、私の時間を制御する力は鍛えなければいけない。さもないと能力が暴走していつか大変なことになると告げた。
 三者三様に意見が荒れる中、結論の出ない会議に業を煮やしたフラン様が、私に向き直り一つの問いをかけた。

『レミリア・スカーレットの娘、十六夜咲夜…いいえ、我が血族、サクヤ・スカーレット。
お前はもう十を数える歳になった、自分の道は自分で選んでも良い頃合いよ。他人に決められて悔いるよりはよっぽど良いでしょう。
選びなさい、自分の取るべき道を。何も知らぬ無垢なる少女のまま母に添い従うか、全てを知り母を護る一振りのナイフとなるか』

 その言葉の意味を、幼い私には半分も理解出来なかった。だけど、一つだけ分かるのは、ここは自分で決めなければならないということ。
 今思えば、十になったばかりの少女が選択するには異常な決断を迫られたのかもしれない。それでも、私は当時選択肢を与えてくれたフラン様には心から感謝している。
 フラン様が選択肢を与えてくれたからこそ、私は選ぶことが出来た。フラン様がチャンスをくれたからこそ、私は道を間違えることが無かった。
 思考を重ね、そして私は自身の歩く道を選んだ。全てを知り、母様の娘として自分の望む道を歩いて行く未来を。
 そして、フラン様から母様の秘密を…本当は誰よりも弱いという事実を聞かされることになる。そのとき私は母様に失望など当然微塵もしたりしなかった。
 母様は弱いという事実は私の中の英雄像を壊したりしない。確かに母様は弱いかもしれない、だけど私にとっては母様は永遠のヒーローだ。
 憧れ焦がれた吸血鬼の姿に母がなれないのならば、代わりに私がなればいい。母様がその力を持たないというのなら、私が身につければ良い。
 私が強くなれば、誰よりも強くなれば、その母親である母様は誰も疑いようが無く最強の吸血鬼だ。ならば、私がその高みに行けばいい。
 母様が弱いという真実は、ただ私を燃え上がらせる燃料にしかならなかった。そのことに、フラン様を始めとして皆苦笑していたりした。


 それからの事はあまり語れることがない。また、語るようなものでもない。
 決意をした私を待っていたのは、来る日も来る日も訪れる地獄のような鍛錬の日々。フラン様と美鈴とパチュリー様が考えたメニューを
私は毎日死にモノ狂いで消化していった。勿論、従者としての教育も並行して、だ。
 ある日はフラン様に一日に八度も気絶させられたりした。ある日は美鈴に次の日身体が使い物にならなくなるまで扱かれた。
 またある日は動けない身体を良いことに、延々とパチュリー様に戦闘知識を頭に叩き込まれたりした。休息の時間は本当に眠るときだけだったように思う。
 だけど、私は一言だって泣き言は吐かなかった。私のこの血反吐が母様を護ることにつながるのだから、むしろ喜びすら感じていた。
 ただ、少しだけ心苦しかったのはそんな私を心配する母様の姿だった。ボロボロで動けない私を、いつも傍で介抱してくれていたのは母様だった。
 私が絶対止めるつもりがないことを知っていた為か、母様は私に『もうやめなさい』などとは一言も言わなかった。ただ、指一本動かせない
程に疲れてベッドに横になっている私に『食べたいものはないか』『痛いところはないか』と訊ねてくれたりした。不謹慎かもしれないけれど、心配してくれる母様に
申し訳ないと思う反面嬉しくて仕方がない自分もいた。だけど、今ならば良く分かる。母様が居てくれたからこそ、私はフラン様達の鍛錬を乗り越えられたのだと。
 幾度の春を、夏を、秋を、冬を私はそうやって過ごしてきた。やがて、フラン様に気絶させられる回数が減り、動けなくなる夜が減り、身体の痛みで眠れない回数が減り。
 そして私が生まれて十五度目の春を迎える頃、私はフラン様達の鍛錬が少しも辛いと感じなくなっていた。身体が完全に人間のモノを超越してしまったらしい。
 それを確認し、フラン様達は私に卒業を命じた。後は力が鈍らないように、自身で研鑽を積むこと。そう告げてフラン様は嬉しそうに笑っていた。
 また、特訓の成果もあって、私は完全に時間制御を行えるようになっていた。この能力を応用して、空間に干渉する空間制御もマスターした。
 パチュリー様曰く、『常人なら千年かけても到達出来ない領域に貴女はものの数年で辿り着いた。これを化物として何と言うのかしら』などと
おっしゃって私をからかわれた。だから私は笑って言った。『だって私は母様の娘ですもの』と。それを聞き、パチュリー様は笑った。『ああ、確かに貴女は最初から立派な化物だった』と。
 全ての鍛錬を終えたことを母様に告げると、母様は優しく微笑んで『頑張ったわね。お疲れ様』と声をかけてくれた。それが嬉しくて、思わず感極まって泣きそうになってしまった。
 その言葉を聞く為に、私はこれまで頑張ってきたのではないかと思ったくらいだ。その日の夜は、お祝いと称して
母様の手作りケーキを食べた。誕生日に作って貰っているケーキとはまた違う最高の味がした。いつかケーキ作りの腕前も母様に勝ちたいなと思う。






 母様に拾ってもらい、そこから全てが始まった私の物語。母様と出会い、私の全ては始まった。
 紅魔館に来てから十と幾年。母様に背負われて歩いた庭も、今はこうして自分の足で踏みしめるようになった。
 母様と手を繋いで歩いた館の廊下も、今では自らの手で掃除をする程に大きくなった。この館の全てが私を育ててくれた。
 フラン様が、美鈴が、パチュリー様が――そして母様が居なければ、今の私は存在していなかった。生をこの世で謳歌することすら出来なかった。
 人間でありながら、私は人外の人々に育てられた。世間はこんな私を稀有の目で見るかもしれないけれど、そんな生涯を私は誇る。
 私はきっと他の誰にも負けない程に幸せ者だ。私はきっと他の誰にも負けない程に幸せな家族に囲まれているのだ。
 そして私は、この世の誰にも絶対に負けない素敵な母を持っている。世界で一番の私の母様。誰より優しくて誰より素敵な母様。
 そんな母様の傍で生きていく為に、いつまでも傍に居る為に、私は今を生きていく。誰にも負けない程に強く逞しく、母様に自慢の娘だと誇って貰えるように。
 母様が大好きだから、誰よりも弱くて誰よりも優しい母様を愛しているから。だから私はここに在る。





 ――世界で一番大好きな私の母様を護る為に。大好きな母様の傍でその温もりを感じ続ける為に。
 それが私、十六夜咲夜の世界の全て。母様の為に、そして何より自分の為に。私は今を歩いているのだから。








[13774] 幕間 その2
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2009/12/06 05:32





 異変も終わり、春爛漫。その春は私の幸福をも運んでくれる。
 ――完璧。これ以上ないくらいの最高の充足感(サーヴァント)を引き当てた。最早言葉で表現することすら難しい程のこの感情の昂ぶりを如何せん。
 私は最後のデコレーションを終えたケーキを満足げに眺め、うっとりとしたままで感嘆の息をつく。ヤバい、これもしかしたら過去最高クラスかもしれない。
 そう思うとニヤニヤが止まらない。駄目よ、いけないわレミリア。気をしっかり持つのよ。こんなだらしない顔なんて誰にも見せられないもの。
 ああ、でもこの胸のトキメキが、鼓動が抑えられない。もう例えるなら、世界中の大好きを集めても皆に自慢したい想いに足りないくらいだわ。
 今日は雲一つない良い天気(吸血鬼らしくいうと最悪の天気だけど)だから、久々にケーキ作りでもやってみるかと思って張り切ってみたんだけど…まさかこれ程のモノが出来るだなんて。
 ふふ、最近はパイやクッキーとかばかり作っていたから、ケーキ作りの腕は鈍っていないか不安だったんだけど…こればかりはまさに要らぬ心配だったようね。
 他のことはへっぽこぷーな私だけど、ケーキ作りならば胸を張って幻想郷一を自負しているもの。ふふ、ケーキ王レミリメッシュにかかれば、ブランクなんてなんの意味も無かったわね。
 …ただ、ちょっと張り切り過ぎたかしら。なんかどう見ても軽く十人分くらいはあるんだけど…まあ、良いか。幸い、紅魔館は消費者に困らないし。
 完璧を自負する作り手としては、後はこのケーキの感想が聞きたいところ。ふふん、早速みんなに食べて貰って感想を聞きに行くとしようかしら。
 自分で食べて満足するだけじゃ勿体無いわ。こういうものはみんなで共有し、感想を聞いてこそ嬉しいものなのよ。さてさて、ナイフとフォークとお皿を幾つか用意して…と。
 ケーキと食器を乗せたトレイを運ぶ為に持ち上げて…うわ、ちょっと重い。でもまあ、許容範囲。流石にこれくらいは…だ、大丈夫よね。
 トレイを持ち、フラフラと揺れながら移動ケーキショップ『レッドマジック』出発進行。さあ、私のケーキの最初の虜になるのは誰かしら。
 咲夜…は、今ちょうど買い物に出かけてるのよね。美鈴も門番してて、そこまで運ぶのはちょっと大変だし…そうね、まずは図書館から攻めましょう。
 あそこならパチェが常在してるし、そろそろパチェの紅茶の時間でしょうし。その茶請けに素敵なスイーツをお届けするのも悪くは無いわ。
 フラフラと廊下を揺らめきながら(やっぱりちょっと重い)図書館目指して歩いていた私だけど、パチェの前に偶然別のターゲットに出くわす。

「…お姉様、何やってるの?フラフラ覚束ない足取りは円舞の練習?」

 向いの廊下の曲がり角から現れたのは、我が愛しの(憎たらしいまでに小生意気な)妹、フランドール・スカーレット。
 ふふん、良いところに来たわねフラン。ちなみに私は別にワルツもジルバも日本舞踊もしているつもりはないわよ。

「丁度良いところで会ったわね。フラン、今お腹空いてるでしょう?空いてるわよね?いいえ、空いてなくても良いからウンと言いなさい」
「…あのね、意味分かんないから。別に空いてない訳じゃないけれど」
「でしょう?そんなフランに吉報よ。ちょうど今私特製のケーキが完成したところなのよ。今日は本当に良く出来たと我ながら自負しているわ。
ほら、そういう訳だから貴女も自分の分を好きなだけ取りなさい。ああ、良いのよ礼なんて。これは私が好きでやっていることだから」
「言わないわよ礼なんて。だって本当にお姉様が勝手に作って勝手に配ってるだけじゃない」
「ぐ…そ、そう言われるとその通りなんだけど…」
「それにケーキ作りって…相も変わらず少女趣味ですこと。スカーレット家当主は今年何歳だったかしら?
最強の吸血鬼と恐れられるスカーレット・デビルの趣味がお料理なんて知られたら、幻想郷中の悪鬼達に笑われますわね」
「うぐっ…い、良いのよ!そんな些事で私を判断するような三下なんて放っておけばいい!それより食べるの!?食べないの!?」
「勿論喜んで頂きますわ。他ならぬ愛するお姉様の好意ですものね」

 くうう、少しもそんな風に思ってないくせに。フランったらいつもいつも一言多いのよ!
 まあ、だからといってそんな些細なことで怒ったりしないけどね。ほら、私お姉様だし一応。文句を言わないのはあくまで私の心が瀬戸内海のように広いからであって、
別に本気で逆切れするフランが怖いからとかそんな訳じゃないのよ?ほほほ、本当よ?たった一人の可愛い妹ですもの、少しくらいの我儘は大目に見てあげないとね。
 ケーキにナイフを入刀し、自分の分を切り分けて皿に入れるフラン。その様子はいつもの捻くれた小悪魔とは全然違って、まさに無邪気さに溢れた女の子。
 …本当、フランがいっつもこんな風だったら私も苦労しないのに。変に気紛れを起こしては私に迷惑をかけるんだから性質が悪いのよね。最近は気紛れが発動しないから助かってるけれど。

「ん、取り終えたよ。ありがとう、お姉様」
「あら、お礼は言わないんじゃなかったのかしら?」
「気が変わったのよ。うふふ、このお礼はいつか必ず返させて頂きますわ」
「…やっぱりお礼なんて言わないで良いわ。ケーキのお礼でまた突飛な行動を起こされては堪らないもの」
「そう遠慮することも無いでしょうに。いけずなお姉様」

 何と言われても結構よ。安全第一、君子危うきに近寄らず。フランの冗談に付き合ってたら、こっちの身が持たない(切実な意味で)のは充分理解しているもの。
 はいはい、と適当にフランの返答を流し、私は『それじゃ』と別れの言葉を告げ、次の獲物の待つ図書館の方へと歩き直し始める。
 …しかし、段々ケーキが重く感じてきた。フランが少し減らしてはくれたものの、その重量感はまだ衰え知らず。
 いや、まあケーキの重さっていうか、普通にお皿やフォークの重さだと思うんだけど。自他共に認める世界オクレ姉さんランキング第一位の私が
このまま図書館に運ぶには少しばかり大変な訳で。あっちへフラフラこっちへフラフラ…ちょ、ちょっと無理。す、少し休憩しよう、うん、それが良いわ。
 一度トレイをその辺の棚に乗せようとした刹那、ふっと私の両腕の負担が綺麗に消えちゃって。あれ、重くない。というか私の手からケーキが消えた。
 一体何処に、と探す手間なんて必要なくて。私の手からケーキ諸々の乗ったトレイを手にしたフランが、私の真横を無言でツカツカと歩いて行って。あの、ちょっとフラン…私のケーキを何処に運ぶつもり…
 ぽかんとする私がその場に立ち止まったままであることに気付いたのか、フランは後ろを振り向くことなく足を止め、私に向けて口を開く。

「どうせ図書館の方にでも持って行くんでしょう?グズグズしてると折角のケーキが台無しになるんじゃないの?」
「え…あ、うん、そうなんだけど…」
「だったら早く行きましょう。じゃないと私の気紛れがいつ爆発するか分からないよ?
そうねえ、このケーキをきゅっとしてどかーんするのも面白いかもしれないわね。お姉様、していい?」
「だだだ、駄目に決まってるでしょう!このケーキは私が過去作った中でも三指に入る程の…」
「はいはい、お姉様の漫画談議とケーキ談議は美鈴にでも聞いて貰って下さいな。
聞いてて眠くなるのよね、お姉様の長話。あと熱入って語ってるお姉様はなんか暑苦しくて気持ち悪くて嫌いだし」
「あ、暑苦しいって…気持ち悪いって…」

 レミリア・スカーレット。齢幾百の吸血鬼にして、実の妹に暑苦しくて気持ち悪いと言われたスカーレット・デビル。本気で泣きたい。
 ここまで言われても何一つ言い返さない私ってカリスマすぐる。勿論、別にフランの逆切れが怖くて黙ってる訳じゃないのよ?何度も言うけど本当よ?
 ああ、なんだか知らないけれどフランったら妙に上機嫌みたい。ケーキを運びながら鼻歌なんて歌ったりして珍しい。何か良いことでもあったのかしら?
 …まあ、フランの機嫌が良いならそれでいいか。ケーキも何だかんだ言って受け取ってくれたし、何故かトレイまで運んでくれるみたいだし。
 あとはパチェにケーキを振るって、買い物から帰ってきた咲夜に振るって、門番してる美鈴に振るって、みんなから『美味しい』の言葉を貰う。うは!夢広がりんぐ!
 やばい、みんなから美味しいの一言を貰える光景を想像するだけで顔が綻んじゃう。…ふふふ、駄目よ、まだ笑っては、しかし…

「…お姉様、何一人でニヤニヤしてんの、気色悪い」

 …実の妹に今度は気色悪いとまで言われました。それでも反論しない私って本当にカリスマすぐる。
 気持ち悪い、気色悪い、暑苦しい。最早どこぞのアーマーナイトすらも超える三拍子。そろそろ本気で泣いて良いと思うの、私。
















「その術式は無駄が多いわね。少なくともここを削れば一詠唱余裕が出来るでしょう?」
「そうかあ?でも、そこを削ると絶対構成ラインが足りなくなるぜ?下手すりゃ制御不能になって詠唱時点で暴発しちまう」
「馬鹿ね、貴女は何の為にこの部分に補助スペルを導入してるのよ。ここのセンテンスは魔力の安定と作動準備を整える為にあるのよ」

 先生、事件です。パチェに魔女の宅急便ならぬ吸血鬼の宅急便をしようとしたら、図書館に魔女が群がってます。
 魔女魔女魔女、何処を見ても魔女だらけ。一匹の何とかと見たら百匹は居ると思えとはよく聞くけれど、まさか魔女まで増殖するとは…増えてやがる、遅過ぎたんだ。
 いや、というか普通に魔理沙とアリスが来てるだけなんだけど。何、パチェったら何時の間に二人と仲良くなったの?お家にお呼びする仲になったの?
 ずるいわよ、私なんて家に呼ぶような友達なんて一人も居ないのに。魔理沙なら誘えば来てくれそうだけど…さ、誘って断られたら嫌だし…チキンとか言うな!
 なんか魔法談議に盛り上がってるみたいだけど、ケーキどうしよう…そんな私に気づいたらしく、魔理沙が本から顔を上げて、私の方に視線を向ける。

「おお?よう、レミリア!今日はお邪魔してるぜ…って、あ、あれ?レミリアが二人?」
「こんにちわ、魔理沙。いきなり訳の分からないことを言ってるけれど、頭の方は大丈夫かしら?」
「いや、だってレミリアの隣にも金髪のレミリアが…」

 私の隣?って、ああ、何だフランじゃない。あれ、魔理沙ってフランに会うの初めてだっけ?
 そういえば、魔理沙がウチに来たのって春雪異変の時が初めてだし(←紅霧異変のとき魔理沙と会ってません)、その後も館に遊びに来てるの
見たこと無かったし、今日が二回目の来訪って考えると、それもおかしくないか。フランって基本地下でヒッキーだし。私は上でヒッキーだけど。

「魔理沙の頭が大丈夫かはともかく、私もレミリアが二人居るように見えるんだけど…レミリアのお姉さん?」
「ちょ!?ちょっと待ちなさいアリス、言うに事欠いてどうして先に『お姉さん』って単語が出るのよ?普通は『妹さん』って訊くだろう?」
「ウフフ、レミリア・スカーレットの姉を務めさせて頂いているフランドール・スカーレットですわ。以後お見知り置きを、魔法使いさん方」
「フランも普通に応対するなっ!」

 ケーキを机に置き、上品にスカートを摘んで一礼するフランに私は全力で突っ込みを入れる。駄目だこの妹、早く何とかしないと…
 とりあえず、魔理沙達の後ろでクスクス笑ってるパチェは後で死刑確定。お昼寝タイムに私の抱き枕としてパチェ枕を使ってやる。覚悟しなさい。
 しかし、フランって意外と社交性あるのかしら。普段の引き籠りパワーから考えて、少なくとも私レベルの人見知りガールだと思ってたんだけど…本当に意外。

「へえ、フランドールって言うのか。私は霧雨魔理沙だ、よろしくな」
「私はアリス・マーガトロイド。よろしくね」
「ええ、お二人とはよろしくしたいと思っていますわ。特に人形遣いさんの方は色々と興味がありますもの」
「えええ…私よりアリスかよ、ショックだぜ。おい、レミリア、お前の姉は人を見る目がなってないみたいだぜ?」
「誰が私の姉かっ!フランは趣味が変わってるのよ。まあ、フランの分は私がよろしくしてあげるからそれで我慢して頂戴」
「おう、仕方ないから私はレミリアで我慢してやろうじゃないか。色物キラーの称号はアリスにくれてやろう」
「…あのね、何だかそれって私に好意を抱く人は変人って意味に聞こえるんだけど…」

 きゃいのきゃいのと騒ぐ二人に、フランは笑ってる。ああ、良い笑顔だわ、凄く嫌な予感ばかりが感じられる素敵なデビルスマイルね。
 でも、フランはアリスに興味があるのねえ。この娘のことだから弾幕勝負とかでより遊べそうな魔理沙の方が興味持ちそうな気が
しないでも無かったんだけど。まあ、人の趣味はそれぞれか。アリスは良い娘だしね。この前の飲み会で私にGP-01シルバーニアン人形作ってくれるって約束してくれたし。
 ああ、本当に楽しみだわ。早く完成しないかしら。完成したら私の部屋の机に飾って毎日二時間くらい眺めて過ごすのに。アリス、本当に待ってるわよ。

「客人も盛り上がっているご様子ですし、私はこれで失礼しますわ」
「おお?もう帰るのか、レミリア妹。もう少しゆっくりしていっても良いだろうに」
「止めなさい魔理沙。フランドールは人と接するのがあまり得意ではないのよ」

 パチェの言葉にそうなのかと納得する魔理沙。納得しない私。いや、そんなのメチャクチャ初耳なんだけど。
 だってフランって私相手に散々好き勝手我儘するわ、博麗の巫女相手に弾幕勝負ふっかけるわ、対人恐怖症のたの字も無いじゃない。
 首を傾げる私を余所に、フランは笑みを零しながら自分の分のケーキを片手にさっさと図書館から去って行った。

「お前の妹って何だか変わってるんだな。変に礼儀正しかったりするし」
「猫被ってるだけだよ。肉親相手だと遠慮というものが無い」
「へえ、レミリアはフランドールから随分愛されてるのね」
「…あのね、私の話聞いてる?私相手だと遠慮が無くなると言ったのよ?大体あの娘は昔からいつもいつも…」

 アリスに反論するも、魔理沙とアリスは微笑ましく笑うだけで相手にしようとしない。何この空気、イラッ☆とするじゃない。
 というか、私は別にフランを紹介する為にここまで来た訳じゃないのよ。そう!私の目的はケーキ!ケーキをみんなに食べて貰う為にここまで来たんだから!
 さあ、魔理沙にアリス、そしてパチェ。そろそろ視線を机の上にある素敵なスイーツに向けてくれても良い頃じゃないかしら?
 そう、それは例えるなら戦場に咲き誇る一輪の薔薇。貴女達を魅了してやまない女の子なら誰もが求めるデザートがそこに…

「で、話は戻るんだけどこの属性魔法の修正点なんだけどな…」
「だから、そこは相反し合う力で構成させても仕方無いでしょう?そもそも前提となる基本術式が…」
「最低限度の火力を保つことを条件とするなら、まずここでレジストを発生させているのが問題…」

 …あれ、魔法談議再開?私のケーキは無視?箱根の皆さ~ん!れみりあるものですよ~!はい、完全無視入ります!
 って、ちょちょちょ!他の何でもない私のパーペキ(死語)ケーキを無視して魔法のお話ってどういうことよ!?ちょっと奥さん!?
 魔法よりもまずは大事なことがあるでしょう!?女の子なら誰もが飛び付く楽園の素敵なお菓子がそこにあるでしょう!?美味しそうな匂いしてるでしょう!?
 その魔法書だか魔導書だか知らないけど、そんなもの見てないで私のケーキ見なさいよ!綺麗な造形してるでしょう、作りたてなのよこれ…って、コッチヲミロオオ!!!
 だ、駄目よレミリア、落ち着きなさい…ここで『ちょっと貴女達!そんなもの見てないで私のケーキを食べなさいよ!』なんて言い出すのは格好悪過ぎも良いところだわ。
 そう、私の求める流れはこれよ。『三人のうち誰かがケーキに気付く→うわ、美味しそう→食べる→このケーキを作ったのは誰だ!(良い意味で)→それも私だ→レミリア、君って奴は…』
 この流れでみんなから『美味しい』と言って貰う、その一言で私は晴れてハレルヤ幸せいっぱい夢いっぱい。自分から言い出しては駄目、今は我慢よ。我慢の時よ。
 魔法談議で盛り上がる三人を余所に、私は余ってる椅子の一つにちょこんと座り、三人から声をかけられるのを只管待つ。耐えるのよレミリア、この我慢が後の三順を買うことになるんだから。
 …三分経過、まだ盛り上がってる。くききー!何よ何よ何よ何よ!貴女達は私のケーキよりも魔法が大事なのね!そんなに魔法が好きなら魔法と結婚すれば良いじゃない!
 うう、ごめんなさいケーキ。ここまでお前に…我慢我慢と言ってきたのに済まないけれど…もー我慢出来ない…って、馬鹿!まだ慌てるような時間じゃないわ!
 時間を確認するのよレミリア、今はちょうど三時どき、おやつの時間には程良い頃合いだわ。待っていれば、向こうが美味しいケーキに寄ってくるという訳よ。
 果報は寝て待て、私はただ餌に食らいつくのを待てば良いだけのこと。さて、私は本でも読みながら声がかかるのを待つとしましょうか。
 机の上にあった本を一冊拝借し、私は流し読みを始める。うん、さっぱり分かんない。本当、パチェの本って面白くないのばっかりね。漫画とか集めれば良いのに。
 …ふぁぁ、何だか眠たくなってきた。でも、もう少し我慢。もう少ししたら魔理沙達のケーキを美味しいって言ってくれる最高の笑顔が…
 笑顔と言えば、今日はフランの本当に笑ってる顔を久しぶりに見た気がするなあ…本当、あの娘はいつもあんな風にしてれば良いのに…
 だってフランの笑顔は…本当は誰にも負けないくらい…可愛い笑顔なんだから…ぐう…




















 ~side パチュリー~



 …あらら、レミィったら完全に眠っちゃったわね。まあ、私達が延々と魔法の話をしてるんだから、レミィにとっては退屈も良いところなんでしょうけれど。
 それにしても魔理沙もアリスもなかなかレミィのケーキに気付かないわね。フランドールの登場がレミィのケーキを完全に消しちゃったから
仕方無いと言えば仕方ないのだけれど。でも、正直早く気付いて欲しい。レミィのケーキは本当に美味しくて、市販のモノとは比べ物にならないくらいなんだから。

「うーし、終わったあ!よしよし、帰ったらこの手順でスペルカードを改良するとするか。今日はサンキュな、二人とも」
「別に良いわよ、私も参考になるところはあったし。私もこんな立派な図書館を貸してくれたパチュリーには感謝してる」
「感謝するようなことでもないわ。知識の独占なんて矮小なポリシーを持ち合わせている訳でも無し」
「そうそう、太っ腹な魔法使いは長生きするぜきっと。ところでパチュリー、話は変わるが本を数冊ほど永遠に借り…」
「一週間レンタルなら受け付けるわ。それ以上期限を過ぎると狗か門番を派遣するよ」
「…せめて三週間。今なら魔法の森で取れた不思議なキノコも付ける。これ食べると身体が大きくなるかもしれない」
「仕方無いわね…アリスも何か必要な本があったら持って帰りなさい。あとキノコは要らないわよ」

 喜ぶ魔理沙とアリス。趣味で蒐集した本ばかりだし、別に大したことではないというのに。
 まあ、魔法使いとは私も踏まえてそういうモノなんでしょうけれど。どうせここにある全ての本の内容は私の頭に入ってるものね。
 さてさて、私としては早くレミィのケーキに気付いて欲しいのだけど…どうやら魔理沙が気付いたみたいね。ケーキを前に驚きの声を上げている。

「何だこのメチャクチャ美味そうなケーキは!いつからここにあったんだ?」
「何時からも何も、さっきレミィとフランドールが持ってきたじゃない。気付かなかったの?」
「いや、全く。魔法の事に夢中になると周りが見え無くてなあ…なあ、パチュリー、これ食べていいのか?というか、駄目と言っても食べるつもりなんだが」
「ちょっと魔理沙、それは流石に意地汚いわよ」
「いいのよ、どうやら作り手さんも私達に食べて貰う為に作ったみたいだし」
「作り手?これ作ったのって誰なんだ?咲夜の奴か?」
「そこで可愛い寝息を立てている紅の館の眠り姫」

 私が指さした先をアリスと魔理沙は視線を動かす。そこにはすやすやと眠りこけている大切な親友の姿が。
 レミィの寝顔を見て、二人の驚いてる表情から次第に柔らかい表情に変ってゆく。まあ、そうなるわよね。レミィの寝顔って本当に子供が眠っているようにしか見えないし。
 魔理沙もアリスも無駄に面倒見が良さそうだから、こういうのは結構クるんでしょうね。まあ、絶対に誰にも渡すつもりはないけれど。

「…なあ、パチュリー。こいつを家にお持ち帰りしても…」
「私の賢者の石を全て受け切れたなら考えてあげても良いわ。その後に咲夜の殺人ドールと美鈴の極彩颱風が追加されると思うけれど」
「ちぇ、このお嬢様大好きっ子クラブどもめ」

 渋々と諦める魔理沙。まあ、一番大変な試練はフランドールの四人同時のレーヴァテインなのだけど。
 魔理沙が諦める横で、アリスもさり気なく息をついてる。本当、気の抜けない。レミィは全身から良からぬフェロモンが出てる説は一度真面目に検討する必要があるわね。
 眠るレミィを起こさないように、魔理沙は私とアリス、そして自分の分を皿に取り分けていく。さり気なく自分の分だけ私達の二倍近く切り分けてる辺り、
霧雨魔理沙という人間が良く分かる。本当、面白い人間ね。こういう裏表のないところがレミィとは気が合うんでしょうね。少しだけ羨ましいわ。

「そうそう、先に言っておくことがあったわ」
「何だ?食べたら料金を払えとか言うのは無しだぜ?」
「言わないわよ。ただ、自分から払いたくなるかもしれないわね。レミィのケーキを一般のそこらのモノと一緒くたに考えない方が良いわよ」
「へえ、そんなに美味しいの?私も趣味程度にケーキは作るから、少し興味があるわね」
「なら試してみなさいな。レミィの作るものはどれも一級品だという現実を知ることになるだけだわ」

 私の挑発に魔理沙は乗ったとばかりにフォークを使い、ケーキを自分の口へ。少し遅れてアリスも同様に。
 若干の咀嚼の間を置き、劇的に移り変わる二人の表情。でしょうねえ、昔の私もそうだったもの。レミィのケーキは最早世界レベルなのだから。

「美味しいっ!!な、何だこれ!?え、これ本当にケーキか!?マジかよ!?」
「静かに。レミィが起きちゃうわ」
「あ、ご、ごめん…け、けどこれは反則だろ!?こんな美味いケーキ今まで食ったこと無いぞ!?なあアリス!」
「ええ、魔理沙に同意するわ。これだけのモノはちょっと…本当に美味しい以外の言葉が見つからない。甘みはあるのに甘過ぎない…本当に絶妙」

 二人の感想に、私は思わず表情を崩してしまう。仕方無い、レミィが褒められて私が嬉しくない筈がないのだから。
 本当、レミィが二人の感想を聞いてたら喜びのあまり館中を走り回ってたかもしれないわね。残念なことに今は眠りの森のお姫様だけど。
 でも、二人がこれだけの反応をするってことは、もしかしたら今日のケーキはかなり上出来なのかも。こういう時に限って居眠りなんて、レミィらしいと言えばらしいけど。

「しかしレミリアってこんな才能があったのか…もう紅魔館の主を妹に譲って人里でケーキ屋でも始めた方が良いんじゃないか?」
「…洒落にならないわねえ。吸血鬼が人里でケーキ屋って、凄くシュールな光景だわ」
「幾多の可能性の中にも、そんな未来もあったのかもしれないわね。けれどレミィは紅魔館の主、この館の主はレミィ以外の誰かになるなんてことはないわ」
「そりゃそうだ。何、ただの例え話の冗談話だよ」

 そう、それは唯の例え話で冗談話。だけど、そんな未来をレミィが一番望んでいることを私は知っている。
 そんなレミィを私は縛る。自分達の為に、レミィを押し殺す。レミィが自由に生きる為に、レミィの翼を斬り落とした。
 最低だとは理解している。だけど私は…私達は立ち止まらない。立ち止まれない。レミィの未来の為に、私達はレミィの未来を奪うのだから。

「んぅ…はふぅ…」
「おお、レミリアの奴寝言なんか言ってるぜ。本当、面白い奴だよな。うりうり」
「止めなさいって。面白いというか、目の離せないという表現の方が合ってる気がするわ。放っておけないっていうか」

 レミィの頬を突く魔理沙に、それを制止するアリス。
 二人の表現はどちらも間違っていない。レミィは面白い、そして放っておけない存在なのだから。
 私の愛する親友は世界中の誰よりも臆病で小心者で…だけど、世界中の誰よりも優しくて勇敢で、素敵な女の子。
 この世界の齎したこれ以上ない程の理不尽にも決して負けない誇り高き吸血鬼――それが私達のレミリア・スカーレットだもの。

「失礼しますっ!お嬢様の手作りケーキがあるとフランお嬢様に聞いて、仕事をほっぽり出して飛んできました!ちなみに咲夜さんもサボり仲間です!」
「ちょ、ちょっと美鈴、私を貴女と一緒にしないで!私はちゃんと買い物を済ませてきたわ!貴女とは違うんです!」

 そんなレミィだから、こうして私も美鈴も咲夜も…そしてフランドールもレミィの傍で笑っていられるんだ。
 レミィと一緒に生き、そしてレミィの傍で死ぬ…そんな生涯を私達は誰もが心から望んでいるんだろう。この儚くも愛しいお姫様の為に、私達は――









[13774] 嘘つき萃夢想 その一
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2009/12/06 05:58



 命を賭した暑さを終え、死を覚悟した寒さも過ぎ、季節は巡り巡ってこんにちわ。紅魔館の主、レミリア・スカーレット。まあ、自己紹介なんて今更よね。
 いきなりなんだけど、最近の私は正直腑抜けてた。腐ってた。平和な日常に溺れてた。駄目人間になってた。
 いや、突然何を言い出すのかと思うかもしれないけれど、ちょっと本気で私の話を聞いて欲しい。この私がここまで猛省をしている訳を。

 まず始まりはちょっとしたことだった。最近、パチェが紅魔館に友達(魔理沙とアリス)を招待してるのをよく見かけたこと。
 パチェに用があって、図書館を訪れると時々そこに魔理沙とアリスが居るのを何度か見かけたのよ。何でも三人で色々と知識の共有をし合ってるとか。
 まあ、三人とも魔法使いだし趣味が見事に合ってるし、そりゃ仲良くもなるわよね。三人が楽しそうにしてる光景を私は少し離れたところで眺めていたのよ。
 …うん、ごめんなさい。つまるところ、一体どうしたのかというと、正直物凄く羨ましかった。友達をお家にお呼びするパチェが私には眩過ぎて見ていられなかった。
 私と同じ引き籠り100パーセント中の100パーセントで暗黒武術会に君臨するあのパチェが、友達を部屋に呼ぶなんていう天蓋の領域に足を踏み入れたのよ。
 酷い、酷いわパチェ。お部屋に友達を呼んだことなんて、私は一度もしたことなかったのに。貴女はそんな私を裏切りリア充の世界へ去っていくというのね。
 この気持ちは例えるなら高校生活彼女ゼロ生活を共に誓い合っていた親友が、クリスマス前にいつの間にか彼女をしっかりゲットしていたような絶望感。
 リア充のパチェはきっとこの後みんなで世界を大いに盛り上げる部活をしたり軽い音楽にはまったりするのね。私なんか女々しい野郎どもの詩でも流してED迎えてろって感じなのね。
 …何この格差社会。引き籠りフレンドのパチェがこの大空に翼を広げ飛んでいくというのに、一方の私は太陽の当たらない部屋で(吸血鬼ですから)漫画を読んでる有様。
 親友は女としての輝きを取り戻しているというのに、一方の私は息詰まるような暗い部屋で(吸血鬼ですので)図書館から借りた恋愛小説がお友達になりつつある有様。
 駄目!駄目よレミリア!こんなの全然駄目過ぎる!パチェがリア充生活を謳歌しているのに、どうして私はこんな駄目っぷりを突きつけられてるのよ!
 最近はそんなことばかり考えては溜息をついてる生活。もしパチェの立場が咲夜だったら、私は喜んで祝福してあげた。咲夜には沢山の友達を作って欲しいし。
 美鈴は最初から友達多そうだから別にどうとも思わない。よく門の前で妖精や妖怪達と遊んでるの見るし。ただ、リア充化しているのが
パチェというのは本当に私の心に見事な焦燥感を生んでしまった。まさかまさかあのパチェが、他人に興味ゼロ運動推進派のパチェが…おおもう…
 分かってる。本当は私だって分かってる。魔理沙やアリスなら、私が『私の部屋に遊びに来なさい』と言ったら来てくれるだろうことくらい。
 だけど、私がショックを受けているのは、それをパチェが行動に移したこと。いや、もしかしたらパチェが呼んだんじゃなくて
二人が勝手に来てるだけなのかもしれないけれど、とにかくパチェがお友達を連れ込んだという事実、それが私には眩し過ぎる。
 だから、私が今更魔理沙やアリスを誘っても、きっとこの焦燥感は消えない。二人とも気の良い娘達だから、OKしてくれるだろうけれど、それじゃ私は永遠にフナムシのままだ。
 必要なこと――それは行動。私が自分自身の尊厳を、そして何より親友に追いつく為には、私は自らの足で行動しなければいけないのよ。
 パチェが魔理沙やアリスにそうしたように(←もはや決定事項になってます)、私も自分から誰かをお誘いしないと駄目なのよ!
 ここで行動に移せないままじゃ、私は一生ただの引き籠り女で終わっちゃう。パチェが会社帰りにBARで素敵な人と良い雰囲気になっている中、家で
一人黙々と練武の洞窟で飛天無双斬を繰り返してるような時間を送ることになっちゃう。そんなの駄目!パチェに私も追いつくのよ!
 思い立ったが吉日、だから私は行動を起こすことにしたのよ。明日じゃ駄目なの、今日じゃないと世界は変わらないのよ。明日って今さ!今やるのよ!
 変える!私は世界を変えてみせる!私もパチェのようにリア充デビューして新世界の神になるのよ!












「…それで、急にウチに来たと思ったら黙り込んで一体何な訳?」

 ゴメンナサイ。やっぱり明日にさせて下さい。ほら、偉い人曰く『明日に延ばせることを今日するな。よろしくね、☆崎さん』って…
 紅魔館を飛びだして(勿論咲夜も適当な理由をつけて連れてきて)、私が駆けこんだ先は博麗神社。そして今、私の目の前で
眉を顰めさせていらっしゃるのは、勿論神社の主である博麗霊夢さん。だだだ、だって友達って言われて心当たりのある人って他に居ないんだもの…
 そう、私には他に心当たりなんてないのよ。間違っても隙間の妖怪とか冥界の亡霊とか知らないのよ。妖夢?ほら、妖夢を呼ぶとセットで幽々子→紫コンボがね…
 アリス魔理沙が駄目となると、私の残された友達カードは霊夢しかいない。霊夢に『私の家に遊びに来なさいよ』と誘う。誘ってみせる。…そうやって
意気込んで乗りこんだんだけど…あかんもん、霊夢見たら全然言葉続かんもん…なんで霊夢は無駄に威圧感○なのよおおお…

「何?用ならちゃっちゃと言いなさいよ。遊びに来たなら遊びに来たで別に構わないし」
「よ、用ならあるわよっ!私は霊夢に用事があって」
「じゃあ話しなさいよ。聞いてあげるから」
「うぐ…あ、あの…その…わ、私のね…その…」
「はぁ…あのね、レミリア。こ・え・が!ま・っ・た・く・き・こ・え・な・い!」

 ヒィィィ!?わわわ、私の口の馬鹿っ!なんでこう肝心なときに上手く回らないのよ!?初対面の相手には驚くくらい突っ走るくせに!
 で、でもでも仕方ないじゃない仕方ないじゃない!人をウチに誘うのなんて初めてなんだもん!そそそ、そんなの恥ずかしいっしょや!
 あああ…霊夢がどんどんしかめっ面になってるう…さ、作戦ターイム!私は常に強い者の味方なのよ!

「ちょっと霊夢、いくらお嬢様が寛大とはいえ、そのような不躾な視線をぶつけないで頂戴。
お嬢様はお優しいから看過して下さっているけれど、正直その目は癇に障るわ」
「何それ、私のこの目は生まれ付きだし、一体どうしろって言うのよ。私はいつもと何も変わらないじゃない」
「そうかしら。私にはどうにも苛立って八つ当たりしているようにしか感じられないのだけれど。何か不満な事でもあったのかしら?
例えば、貴女一人だけ何か羨むようなことに仲間外れにされたとか。そういえば話は変わるのだけど、貴女って甘いモノは結構好きらしいわね。魔理沙が言ってたわよ」
「…このクソメイド、一体何が言いたいのよ」
「別に何も。ただ、そんな貴女が千載一遇の機会を逃してしまったのなら…そうね、ご愁傷様としか」
「ああそう、詰まるところアンタは私に彼岸まで送り届けて欲しい、と。それならそうと最初からそう言えばいいのに。
安心しなさいよ、狗の一匹や二匹くらい屠畜することなんて訳ないわ。精々主人の前でキャンキャン無様に泣き喚きなさい、駄犬」
「私が狗なら貴女は猿かしら?お茶を啜り煎餅を齧る他にすることが無い、実に暇を持て余した神々の下っ端猿ですこと」

 …あれ、考え事してたらいつの間にか霊夢と咲夜の距離が近づいてる。というか、完全に互いの額がついてるし。
 この二人、やっぱり本当は仲が良いのかしら。パーソナルスペース完全無視であれだけ接近してるし…遠くから見たらキスしてるようにしか見えない気がする。
 ううん…お母さん、同性愛は反対だけど咲夜と霊夢が仲良くなるのは賛成かなあ。咲夜も友達居ないし…咲夜は微塵も気にしてないみたいだけど。
 考えてみれば咲夜は人間だし、霊夢とは歳も近そうだし、仲良くなる要素満載よね。私も咲夜みたいに霊夢に踏み込む勇気が欲しい。
 もし霊夢相手にヘタレちゃえば、私は誰一人お友達を呼べなくなっちゃう。お友達紹介コーナーでグラサン司会者の顔に泥を塗っちゃう。何よりパチェに置いてかれちゃう。
 覚悟を決めなさいレミリア!言え、言うのよ!怖がるな!恥ずかしがるな!言って私も親友に追いつくのよ!私だけ引き籠り根暗女なんて嫌あああ!!

「れっ、霊夢!!今からすぐに外出の準備をしなさい!!」
「…なんで?」
「…お嬢様?」

 私の声に、交差させていた視線を揃えてこちらに向ける二人。というか二人とも、なんで互いの胸倉なんか掴んでるのかしら…
 でも、声を発したことでもう私に退路なんてないわ。くっ…背水の陣よ!私一人で陣なのよ!陣を描いて長い声の妖精だって召喚してみせるんだから!

「そ、そのね?普段私って霊夢のところに遊びに来てばかりでしょう?
だから、その…えっと…ひ、日頃の持成しのお礼の意味も込めて…れ、霊夢を紅魔館に招待しようかなって…さ、咲夜が言ってた」
「…アンタ、そんなこと言ってたの?」
「言う訳ないでしょう。私が貴女に礼なんて考えるだけで最悪ですわ」
「あああままま間違えたわ!自分の意思!そう、これは私の考えなのよ!だから…そ、その…霊夢さえ良ければどうかな…なんて…
 で、でも無理強いしてる訳じゃないし、そもそも私はそこまで強く押すつもりもないというか、でも出来ればそういうのも悪くないかなとか思わなくも…」

 危うく自分の娘に責任を擦り付けそうになってしまった何というヘタレ。もう自分で自分をぶん殴りたい。
 というかもう自分が何を口走ってるのかさえ上手く把握出来ない。というか霊夢を直視できない、恐怖的な意味で。
 私の言葉に霊夢は返事をせずに黙ったままで。あ、これ完全に終わった。ゲームセットだわ。8-0で巫女人軍の同一カード三連勝、吸血浜軍は完全に投壊しちゃってる。
 く、空気が重た過ぎる。あまりの重圧に耐えきれなくて、情けないと知りつつも娘の咲夜に助けを求めるようにチラリと視線を送るんだけど、全然咲夜と視線が合わない。
 いえ、合う事はあうんだけど咲夜は呆然とした表情浮かべたままでいつものような意志の疎通が図れない。何そのご冗談でしょうお嬢さマンさんとでもいうような顔は。
 この空気はあれかしら。霊夢的には別に好きでもない女に普通に接してたら、いつの間にか好意持たれてて勘違いされて凄い迷惑なんですけど的なあれかしら。
 …と、なると私は見事な勘違い女。ごごご、ごめんなさい!私如きが霊夢さんと友達なんて調子こいてました!霊夢さん一匹オオカミですもんね、マジぱねえっス!
 と、とにかく冗談にしてしまおう。霊夢が何か言おうとしたら『かかったなアホが!』って冗談にしよう。きっと霊夢なら笑い話で流してくれる…といいなあ…駄目かなあ。
 さ、さあ霊夢さっさと次の言葉を紡ぎなさい!私はいつでも発動準備はOKよ!神様にお祈りも部屋のスミでガタガタふるえて命ごいをする心の準備も完璧よ!

「レミr「さ、稲妻十字空烈刃(サンダークロススプリットアタック)」!!」やかましい!!「ごめんなさいっ!!」」

 霊夢に一喝されて沈黙する私。全然駄目じゃない、何処が『これを破った者はいない』なのよ。めっちゃ簡単に破られたじゃない。
 何時の間に歩み寄ってきたのか、私の傍まで来た霊夢がむんずと私の頭を帽子ごと鷲掴み。あ、今物凄いデジャヴ感じた。危険が危ない!
 あああ、霊夢の瞳が哀れな小鹿を完全ロックオン。目下のところ霊夢と私の顔の距離は十数センチ。にゃはは…咲夜、パチェ、美鈴、フラン。わりぃ、私死んだ。

「…レミリア。私はアンタに前から言いたかったことがあるわ。
いちいち私の顔色を窺ってオロオロするな。アンタは最強の吸血鬼でしょう、人間の一匹や二匹くらい適当にあしらいなさいよ」
「だ、だってそれは霊夢が…」
「ぐだぐだ反論しない!返事は!」
「わ、分かった!分かったから!」

 いや、そんなん私の責任じゃないやんか…そうは思っても決して口にしない私(しようとしたけど出来なかった)。
 ブンブンと首を縦に振る私に、霊夢は息をつき、何かを決意したらしく、私から手を離して室内に設置されてある箪笥の方へ。
 何を始めたのかと私と咲夜は互いに顔を見合わせて首を捻る。いや、だって霊夢、何で包みに服やら小物やらを詰め込んでるのか…
 怒ったと思ったら、今度は私達を放置して無言のままに延々と作業。そして、軽くクッションくらいにはなりそうな大きさになった
袋を手にして、ドスドスと私の傍へ。ひぃっ!?な、何かまだ言い足りないこととか…

「ほら、さっさと行くわよ。神社を施錠するからアンタ達もさっさと出なさいよ」
「え、えっと…霊夢、行くって何処に…」
「何処も何も紅魔館に決まってるでしょうが。他の誰でもないアンタが自分から私を誘ったんでしょ?
あと、今日は紅魔館に泊まることにしたから、そのつもりで持成してよね。不味い晩御飯なんか出したら承知しないわよ」
「「なっ!?」」

 霊夢の言葉に、私と咲夜は声を揃えて驚いた。い、いやいやいや!待って!何で!?何でそうなったの!?
 いやでも、霊夢がウチに来てくれることになったのは驚き…だけど、これってつまり私の目的が達成されたのよね?それは本当に嬉しいんだけど…
 まさかお泊りまで来るとは予想外も良いところで…あれ?でもお泊りって友達呼ぶより高レベルじゃない!メッチャリア充じゃない私!
 か、勝てる…これならパチェに勝てるわ!並ぶどころか三馬身くらいつけて勝ててしまいそう!完全な独走態勢、私はたいようのレミリアだったのね!

「お、お嬢様!?まさか霊夢を本当に紅魔館に宿泊させるつもりでは…」
「へ?あ、えっと…まあ、良いんじゃないかしら。それもそれで楽しいだろうし、そもそも誘ったのは他ならぬ私だし」
「そ、そんな…」

 …あれ、何で咲夜はこの世の終わりみたいな顔してるの。ほら、私達もとうとうパチェの待つステージに上ることが出来たのよ、もっと喜びなさいな。
 私が霊夢を家に呼んだということは、咲夜が霊夢を家に呼んだに等しいからね。咲夜もどんどん霊夢と仲良くして良いのよ!咲夜は物怖じしないからガンガン攻めてOKよ。
 ああ、今日はなんて目出度い良き日なのかしら。そうね、今日は記念日にしましょう。名前は『お友達と初めてのお泊まり会』よ。冷静に考えると、それはパチェが居るから
随分昔に達成されてるような気がしないでもないんだけど、ほら、パチェってもう私にとって友達以上に家族って感覚だし。親友兼姉妹みたいな。
 何はともあれ、これで胸を張ってパチェに語れるわ。私にも家に遊びに来てくれる友達が居る…こんなに嬉しい事はない…って。
















 紅魔館に戻った…もとい、霊夢を連れてきた私達を最初に出迎えたのは、勿論門番をしてる美鈴。
 私達と一緒に霊夢が居るのに驚いて『どうしたんですか?』と訊いてきたから、『霊夢は今日紅魔館に泊まるから』って返したら
凄く楽しそうな笑顔を浮かべてた。そして『それは素晴らしい考えです』って両手を叩いて言ってくれた。流石美鈴、話が分かるわね。
 ただ、門を潜るときに咲夜に美鈴が一言二言何かを呟いてたわね。その後、何故か激昂した咲夜が美鈴を本気で追い回してたけど…あの二人、幾つになっても本当に仲が良いわねえ。
 咲夜が居なくなっちゃったから、私は霊夢に客間までの案内しながら館の説明をしてたわ。やれあそこは何の部屋で、やれここはどういう部屋でとか。
 話を聞いてた霊夢がぽつりと『こういう作りになってたのねえ。紅霧異変時はアンタをボコボコにすることしか考えてなかったから
ゆっくり館内を見てなかったし』などと物騒な発言をしてくれたけど、聞かなかったことにした。あれは私じゃなくてフランだってば。
 そして私は客間の入り口まで辿り着き、扉を開く。そうねえ、まずは霊夢のお泊りする部屋とか決めないと
いけないわねえ…そんなことを考えながら私は扉を開けた室内に一歩その足を――

「はあい」
「失礼しました」

 ――踏み入れずに扉を閉め直した。これ以上ないくらい自然な動作で扉を閉めた。

「?何よレミリア、入らないの?この部屋が客間なんでしょう?」
「あ、ええと…そうなんだけど…ねえ霊夢、ここって紅魔館よね?」
「はあ?…レミリア、アンタ頭大丈夫?ここが紅魔館じゃないなら一体なんだって言うのよ」
「そうよね…最近漫画読んでばかりだし、目が疲れてるのかしら。何か室内に存在してはいけない妖々跋扈が…」

 しかも、その妖怪達は私に向けて笑顔で挨拶してたような…本当、疲れてるのかもしれない。
 軽く深呼吸し、私は再度扉に手を掛ける。そうよね、今のはきっと私の見間違い。だって、紅魔館にあの人達がいる筈が…

「無視するなんて酷いわね。先ほどの行動は深く傷つきましたわ」
「…これは見間違い。絶対に見間違い。だって紅魔館に八雲紫や西行寺幽々子が居る筈がないんだもの。
本当に私、どうしちゃったのかしら…もしかして私の心臓にいつのまにか核金でも埋められて、平和な日常からホムンクルスとバトル毎日に…」
「うふふ、うらめしや~」
「ひいいい!?ゆっくり成仏していってね!?」
「ゆ、幽々子様っ!恥ずかしいから止めて下さいっ!」
「何を遊んでるのよレミリアは…って、紫に幽々子じゃない。それに妖夢まで」

 どうやら私の両目はばっちり正常だったみたいで。うん、これなら少しくらい狂ってるって方が良かったかもしれない。
 室内に居たのは私の見間違いでもなんでもなく、本物の八雲紫と西行寺幽々子その人で。あと妖夢も一緒にいるけれど、妖夢だけなら良かったのに…
 というか、どうしてこの三人が紅魔館に居るのよ。美鈴は…無意味か。だって紫、スキマ使えば何でもアリだし。本当、最強の妖怪よねえ…

「さて、客人の心を弄んだその罪科、どのように償って頂けるのかしら?」
「お前達が普通の客人だったら幾らでも非礼を詫びてあげるよ。紅魔館の門を潜り直して入館するところから出直して来な」
「まあ酷い。これが先ほどまで霊夢相手にしどろもどろになっていた紅悪魔と同一人物とは思えませんわ」
「なっ!?ゆゆゆ紫、貴女まさか覗いて…っ」
「ええ、バッチリと。レミリアもつれないお人ですわね。霊夢を誘うなら、私達も当然誘って頂かないと。
そういう訳で、本日は霊夢同様私達もお世話になりますわ。ああ、私達は宿泊はしないのでその辺りは配慮しなくて結構よ?」
「あら?私は宿泊するつもりだったのだけれど。そうよね、妖夢?」
「駄目ですっ!あまり冥界を離れられては、また閻魔様がお説教に来ちゃいますよ!」
「それは残念。本当、四季様も妖夢も堅い人ね」

 私を放置して盛り上がる未招待の面々。ひどい…!ひどすぎるっ…!こんな話があるかっ…!命からがら…やっとの思いで…霊夢を誘ったのに…こぎつけたのに…
紫っ…!隙間妖怪がもぎ取ってしまった…!折角手にした私の未来…希望…努力をっ…!紫と幽々子を誘うのがヤバイから頑張って霊夢を誘ったのにっ!
 紫や幽々子が少なくとも私を殺すつもりなんて微塵も無いことなんて百も承知よ。だけど、だけどね?だからといって、好んで一緒に居るのは無理なのよ?
 例えばライオンとトラが貴女に絶対噛みつかない食べないと言われても、じゃあ傍に居られるかって話なのよ。紫も幽々子も嫌いじゃないわよ?
 会話してて面白いなって感じるときもいっぱいあるし、楽しいなって思う時もあるけれど…それと私の本能は全くの別物なのよ!
 というか紫、私と霊夢の会話を思いっきり見てたのね…あんな格好悪いところをわざわざ見なくても…なんて公開処刑なの、酷過ぎる。
 メソメソとしてる(いや実際に泣いてる訳じゃないんだけど)私だが、救いの手は思わぬところから出てくることになる。霊夢が手に持っていた
荷物をドンと机の上に置き、肩を軽く回しながら紫に口を開いたのよ。

「ちょっと紫、レミリアの話を聞く限りだと、アンタ招待されて来た訳じゃない。それも無断侵入みたいじゃない」
「ええ、そうだけど何か問題でもあるかしら?」
「大有りよ馬鹿。アンタの能力でそれが可能なのは知ってるけれど、そういうのは礼儀に欠けてるんじゃない?
紅魔館に入るなら主であるコイツの許可を取ってから入りなさいよ。下手すれば咲夜達に侵入者扱いされてもおかしくないわよ」
「あら意外、他の誰でも無い貴女が妖怪に常識を説くなんて。明日は雨かしらね?」
「茶化すな。とにかくレミリアにちゃんと許可を貰いなさい」
「何故?そもそもこの件に貴女は関係ないでしょう?これはいわば私達とレミリア、風呂敷を広げても紅魔館住人との問題だわ」
「うっさいな、関係無くてもなんとなくムカつくのよ。いいから許可を貰いなさい」
「断る…そう言ったら?」
「門番と魔法使いとクソメイドの代わりに私がアンタをこの場でシメる」
「うふふ、面白いわね。最近少しばかり異変を二つ三つ解決した程度で私に唾吐けるというその増長、正してあげないと駄目かしら」
「あら、それは良いわね。私も昔からアンタのその人を小馬鹿にした態度が気に食わなかったのよ。一度きっちり退治してやるわ」

 あの、霊夢…助けてくれるのは嬉しいんだけど、その、ここで二人に暴れられたら紅魔館が灰になっちゃう…
 幽々子はあらあらと楽しそうに眺めているし、妖夢はオロオロとするばかりでどうにもならない。私?やっぱり私が止めないと駄目なのよね…
 ううう…何でよりによって最強の妖怪と最強の人間の口論に口出ししないといけないのよ…もうやだ、何で私ばかり…世界はこんなはずじゃなかったことばかり過ぎる…

「二人とも、盛り上がるのは構わないが…ここが私の館であるということを忘れてないか?面倒だし、その辺で止めて頂戴。
霊夢の気持ちは本当に嬉しかったし、私の代わりに紫に言ってくれたことには感謝してるわ。ただ、紫はそれで止める訳がないのよ。
だからコイツのことは許してあげて頂戴。紫が勝手に紅魔館にやってくるのはもう慣れてることだから」
「…まあ、レミリアが良いならいいけど」

 よかった、霊夢が引いてくれた…これで『ああ?』とか言われたら本気で泣いてしまうところだったわ。
 紫もどうやら引いてくれるみたいだし…って、何よコイツ。私の方を見てニヤニヤして…何これ怖い。私はカードはお餅じゃないわよ。

「霊夢を止めてくれたのは私に紅魔館の鍵を預けてくれるということかしら?」
「馬鹿、誰がお前の首に鎖なんてつけられるものか。八雲紫は好きなときに好きなように館に来てくれればいい。
それがお前の在り方なんだろうし、私もその点は理解しているつもりだよ。何より私は誰に対してもこの館の門戸を閉ざしたつもりはないさ」
「ふふっ、それでこそレミリア・スカーレットですわ。紫のことを実に良く理解してくれている。紫も一本取られちゃったわね」
「全くね…これじゃ私は頭を下げる以外に術はないもの。紅魔館の主、レミリア・スカーレット、今回の件において無断で
貴女の城に忍び込み、加えて礼を失した振る舞いを行ったことをここに謝罪しましょう」
「だから要らないって。私は年中無休で暇人なんだ、来たい奴はどんどん来てくれた方がこちらにとっても退屈しなくて良いわ」

 あー、今のちょっと言い過ぎた。友達が来てくれるのは嬉しいけれど、やっぱり自分の時間も欲しい。
 ちょっと良い格好し過ぎたわよね…そもそも流石に毎日紫や幽々子と顔を合わせるのは精神的に大変過ぎるし…まあ、その辺りは分かってくれるわよね。
 そういえば、形こそメチャクチャだけど、紫達も私の家に遊びに来てくれたのよね。えっと、霊夢に紫に幽々子に妖夢に…よ、四人も我が家にお友達が!
 リア充ランクでは最早パチェと同等…下手すると食われるわよ、パチェ。どどど、どうしよう、四人も人が来たなんて私の想定外よ…一体どうやってお持て成しすれば…
 とりあえず、まずは霊夢に荷物を宿泊する部屋まで運んで貰って…いや、でも霊夢って何処の部屋に泊まるの?使って良い部屋は咲夜に
訊かないと流石に分からないし、というかその間に紫達を放置するのも悪いし…な、なら霊夢の荷物はこのままで一度みんなに紅茶を…
 私があれこれと悩んでいる刹那、客室の入り口の扉が再度開かれる。そして、そこから現れたのは、先ほどまで追いかけっこしていた美鈴と
咲夜。…だけじゃなくて、あれ、何でパチェまで…パチェだけじゃなくて、魔理沙とアリスまで居る。えええ、な、何この展開?人大杉…もとい、多過ぎじゃない!?

「あれ、魔理沙達も来てたんだ」
「よう、妖夢。来てるも何も、私とアリスの方が先客だぜ。ただ、私達はパチュリーの方に用があってだけどな。
咲夜達が図書館にいきなり来て『客人として一緒に持成してあげるから上に来なさい』なんて言い出すから誰が来てるのかと思えば。
お前に幽々子に紫に霊夢まで。何だこれ、春雪異変のOG会にはまだ少しばかり早過ぎるんじゃないか?」
「他の連中は知らないけど、私はレミリアに呼ばれて来たのよ。遊びに来いって」
「へえ…おいおい、霊夢は誘って私は除け者かよ。羨ましいぜ霊夢、私は何回もここに来てるのに一度もレミリアからそんな台詞言われたことないのに」
「…そうなの?」

 いや、だって魔理沙ってパチェのお客さんじゃない。それを横から誘うのもどうかなって思うし…
 私は確かに友達を家に呼びたかったよ。だけど、大切な親友の友人を横から奪うような真似だけは御免なのよ。そこまでする必要があるなら
引き籠り上等よ、一生日陰の少女として生きてやるわ。…まあ、日陰じゃないと私生きていけないんだけど、吸血鬼だし。

「まあ、私が紅魔館に遊びに来るように誘ったのは霊夢が初めてだよ。というか、霊夢以外誘ったことがないわね」
「そ、そう…ふーん…」
「何照れてんだよ、面白い奴だな霊夢は」
「照れてないっ!」

 うわ、霊夢の蹴りが魔理沙の脛にヒットしちゃってる。痛そう…魔理沙蹲ってるし…あれも友情の形なのかしら。
 そんな光景を眺める私に、声をかけてきたのは現在紅魔館リア充ランキングぶっちぎり一位のパチェ。

「で、レミィはこれからどうする訳?こんなに人を集めて宴会でもするの?」
「え、宴会?いや、私はそんなつもりじゃ…ただ私はパチェの背中を…」
「それは良いアイディアですよ!折角お嬢様の為にこんなに多くの人が紅魔館に集まって下さったのですから!
紅魔館の主として、皆さんの為にパーティーを開くというのも一興ではないでしょうか」
「ちょ、ちょっと美鈴!?何勝手に話を進めて…」

 悪気がある訳じゃないのは分かってる。美鈴は馬鹿みたいに優しい良い奴だからそんなのは微塵もないことくらい分かってる。
 だけど、だけど今だけは勘弁して欲しかった。一度転がり出した雪玉はどんどんどんどん坂を下るごとに大きくなっていくのよ。

「おお、そりゃ良い考えだ!賛成賛成!大賛成!宴会するなら私は勿論参加するぜ!なあアリス!」
「そうねえ…まあ、みんなでお酒を飲むのは嫌いじゃないからね。開催されるのなら喜んで参加させて頂くわ」
「あらあら、これは予期せぬ展開だったわね。かのスカーレット・デビルがわざわざ私達を持成して下さるんですもの、参加させて頂きますわ」
「ふふっ、紫が参加して私が参加しない道理はないわね。妖夢、今夜は大いに楽しくなりそうね」
「あ、やっぱり参加するんですね…うん、前向きに考えよう。レミリアさんや美鈴さんや魔理沙とお酒を飲めると考えれば」
「私は最初から宿泊するから、どっちでも良いわ。ただ、やるなら大いに騒がせてもらうけど」

 よねえ…やっぱりこうなるわよね。ああ、みんなの視線が私に集まってる…私の一声を完全に待ってる…
 友達一人をお家に呼ぶだけだったのに、どうしてここまで盛大に…いえ、妖夢も言ってたじゃない。前向きに考えるのよ。
 昨日まではただのヒッキーだった私が、今や飲み会の幹事を任せられる程に進化を遂げたのよ。さようなら、イシツブテの私。こんにちわ、ゴローニャな私。
 どうせこの流れで私に選択権なんてないんだもの。ならば後はどこまでプラス思考でいられるかだわ。この展開は私の望んだ展開、そう思う事にするっきゃないわ。
 だったら後は立ち止まらない。みんなの期待に応えるだけよ、頑張れ頑張れ女の子勇気の向こうに恋がある!

「…ごほん。そこまで期待の目を向けられて応えない程、狭量な主じゃないつもりだよ、私は。
色々な偶然が集まり重なった今日だけど、これは必然なんだと考えましょう。さあ、咲夜!早速宴の準備をなさい!
――今夜は大いに騒ぎ大いに盛り上がりましょう!このレミリア・スカーレットが主催するパーティーだ、誰一人としてグラスを一時足りとて空けることは許さないよ!」

 私の声に盛り上がってくれる面々。これで良かったのよね?これが最善だったのよね?そうだと言ってよジャーニー。
 …あと咲夜、準備はちゃんと私も手伝うからね。料理くらいしか出来ないけど、咲夜の負担を減らすように頑張るから。本当、駄目駄目なお母さんでごめんなさい。

















 ~side 幽々子~



 夜の帳の降りた紅魔館、その一室にて繰り広げられる華やかなパーティー。
 豪華な料理と酒に彩られ、参加している各々客人がわいわいと楽しそうに思い思いのときを過ごしている。
 室内の一角では、先ほどレミリア付きのメイドである十六夜咲夜の手品ショーが終わったばかり。そしてどうやら次は人形遣いの人形劇が始まるようだ。
 その催しの最善席で劇に熱中するは紅魔館の主、レミリア・スカーレット。魔理沙や妖夢と共に子供のように無邪気に楽しんでいる姿は本当に微笑ましい。
 彼女達の姿はいつまで眺めていても飽きないのだけれど、私まで彼女達のように宴の虜になる訳にはいかない。踊らされるのは嫌いじゃないけれど、強制されるのは好きじゃないから。
 私は手に持っていたグラスをテーブルに置き、足を目的の人物へと進める。その人物は壁にもたれかかる様に立ち、笑みを浮かべている。

「幽々子は流石に気付くわよね。貴女は変なところで人一倍鋭いもの」
「あら、人一倍程度とは傷つくわ。これでも人三倍程度は自負しているつもりだけど」
「冗談よ、貴女は人十倍くらいの鋭さを持つ銀のナイフね」

 その人物――八雲紫は私の言葉に息をついて答える。勿論、その表情は笑ったままだ。
 私は紫の隣に立ち、室内の光景を見渡した。成程、私達以外にも気付いてる連中は居るわね。流石は悪魔の居城だこと。

「紅美鈴、パチュリー・ノーレッジもこの『混じり』にどうやら気付いてるみたいね。
霊夢は少し違和感を感じてる程度かしら、このレベルで気付けるなんて本当にあの娘の感覚は人間をとうに超越しているわねえ」
「だからこそ貴女は霊夢を博麗の巫女に選んだんでしょう?娘自慢をひけらかすような年頃でもないでしょうに」
「貴女が妖夢を自慢するくらいにはさせなさいな。まあ、それはさておき…幽々子、貴女は何時から気付いていたかしら?」
「そうねえ…完全に違和感を覚えたのは、紅魔館に全員が集合してからかしら」
「そう、ほぼ私と同じだわ。だけど、私の推測ではきっと私が博麗神社を覗いていた時から始まっていた筈よ」
「紫でも駄目なのね。ふふっ、紫にすら尻尾を掴ませないなんて余程の実力者ね。神クラスかしら?」
「どうかしらね。ただ、どこの誰かは知らないけれど、どうやら狙いは完全にここ紅魔館…というより、レミリアに絞ったみたいね」
「成程、確かにあの娘は良い火薬だわ。レミリアさえ中心にあれば、どれだけ騒気を集わせようと何の違和感も無い」
「そういうこと」

 紫の言葉に、私は考えを整理する。どうやら紫の考えも私と同じ。ただ、紫の素振りに少し違和感を感じた。
 恐らく紫は私に一、二枚ほどカードを隠してる。恐らくは紫なりに考えての行動でしょうけど、伏せたままにしてくれるのは有難い。
 そのおかげで私は今回の騒動を第三者として純粋に楽しむことが出来る。もしかしたら紫は犯人まで辿り着いているのかもしれないわね。
 なれば今回の異変は紫も関与かしら。その可能性は低いと思うけれど…それならそれで楽しめば良い。今回はしっかりと観客に務めさせて頂きましょう。

「――今宵の異様な宴会こそが着火点。そして紅く染まる悪魔の館こそが集う想いの蒐集箱。
さてはて、暗く蠢くパンドラの箱にわざわざ篝火を灯す愚者は何者か。目的も含めて少しでも楽しめると嬉しいわ」
「あら、それは告げる相手が違うでしょう?それじゃまるで犯人は私みたいじゃない」
「知ってる?時に傍観者も罪に問われることがあるのよ。暗がりに住まう悪鬼羅刹の存在を努々忘れぬように」
「善処するわ。少なくともあちら様の望まない展開にならないように」

 紫と会話を止め、私は視線を人形劇に向け直す。この舞台は掌の上で踊ると決めた、ならば後はせいぜい自発的に愉しむとしよう。
 この誰かが裏で開催させたパーティーを、私は皆と共に笑って楽しむ。アリスの操る人形のように、くるりくるりと糸を繰り。
 異様な熱気、異彩な喜劇。そして広がる僅かな妖気。全てを羽織り、私は愉快に踊る。くるりくるり、くるりくるりと。







[13774] 嘘つき萃夢想 その二
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2010/02/14 01:21




 若さが怖い。私は今、何よりも若さが恐ろしい。そんなことを私はベッドに寝転びながら今日も今日とて考える。
 最初の『異変解決だよ!全員集合』と銘打った大宴会から二週間くらい経ってるかしら。それからの私の毎日はもう
先月までの引き籠りな日々が一体何だったのかってくらい過酷な過密スケジュールなのよ。もう今本当に忙しい。忙し過ぎてデスマーチ入ってる。
 あの飲み会が皮切りだったように、最近は毎日毎日必ず誰かが紅魔館にやってきては私を大いに振り回してくれるのだ。
 ある時は魔理沙に無理矢理箒に乗せられキノコ採集に付き合わされ、またある時は紫に隙間におとされて白玉楼送りにされて。
 ある時は霊夢の術符の制作の手伝いをさせられて(何で妖怪にそんなもん頼むのよ)、ある時はアリスの人形劇の台本チェックを頼まれて…何この混沌サークルの部長。
 そして、私の身体をより疲れさせてくれたのは、何故か三日に一度は必ず皆が紅魔館に集まって開かれる宴会。
 いや、私には何で定例開催になってるのか全く理解出来ないんだけど、みんなはさも当たり前のように三日置きに紅魔館に集まるのよ。
 そしてワイワイ飲み食いしては大騒ぎ。最近は魔理沙なんか宴会時は必ずお泊りコースだし…いや、それは別に全然良いんだけど。
 ただ、一月前まで『この世の太陽浴びてる人妖みんなもげろ!』って呪詛を呟く程のヒキリストな私には、それはそれは大変な日程で。
 おかげで最近は夕方くらいまでこうしてベッドで寝てることが多い。霊夢や魔理沙と違ってもう私は若くないのよ、お願いだから休ませて頂戴。本当に死んじゃうから。
 全身の疲労を癒す為、私は全身をベッドに投げ出してごーろごろ。ああ、本当に身体が辛いときには、ベッドでダラダラするに限るわ。生きているって素晴らしい。
 うつ伏せの状態になってお布団に包まるこの幸せ。私の羽に触れるもふもふお布団の心地良い感覚。リア充デビューした私でも
やっぱりこの幸せには身も心も抗えないわ。振り向いたら負けだからダラダラ怠惰で見つめてるのよ。

『お嬢様、美鈴です。起きてますか?お嬢様にお客様が来てるんですけれど』

 …稲妻になって美鈴を張っ倒すわよ。いや、うん、美鈴少しも悪くないんだけどね。しかも私が美鈴を倒せる訳ないんだけどね。
 はぁ、ちゃんと起きるとしましょうか。最近、本当にゆっくりした記憶がないわねえ…社会ってこんなに大変だったんだ。
 何だか最近になって初めて紅魔館の主らしい仕事をしてる気がするわ。まあ、ただのお飾りのご主人様なんだけど。












 欠伸を何度か噛み殺しながら、美鈴に連れられてやってきたのは、いつもの客間。
 そこで私を待っていたお客さんとは霊夢。あれ、てっきり魔理沙辺りかと思ってたんだけど…あの娘、確か昨日の宴会の後帰宅しないで
お泊りコースだった筈だし。まあ、それなら魔理沙のことをお客さんなんて言わないか。

「おはよう霊夢。こんな太陽が昇りきってる時間に来訪とはあまり感心しないね。良い子の吸血鬼は寝る時間だよ」
「アンタ昼夜逆転の吸血鬼じゃない。別に良いでしょ」

 うぐぅ、霊夢ったら切り返しが鋭いわね。何よ、少しくらい嫌味を言わせてくれても良いじゃない。
 何ていうか、ここ最近の霊夢は少し私に対して柔らかくなった気がする。だからまあ、こんな軽口が叩けるんだけど、個人的にはずっとこんな感じで居て欲しい。
 少なくとも異変時の『私、めっちゃキレてます』オーラを爆発させてるモードの霊夢はごめんよ。だって怖いんだもん。

「まあ、折角紅魔館に来てくれたんだ。ゆっくりしていきなさいな。
今日の用件は何かしら。また術符作りの手伝いなら任せなさい。ふふん、私ってば実は手先が器用でねえ。
コツをしっかりと掴んだ今なら前回以上…いいえ、霊夢よりも上手く術符を…」
「術符は足りてるからもういいわ。今日の用件は別件よ」

 あれ…なんだ、またてっきり内職(術符作り)を手伝えって言われるのかと思ってた。
 折角上手く作るコツを掴んできたところなのに。あれって筆で文字を書く前に綺麗に折り返すのがポイントなのよね。
 霊夢ってば適当に折ってるものだから見てられないのよ。その点、この私のヒッキー生活で鍛えた折り紙技術が…って、何?霊夢ってば人の顔をジロジロと見つめて。

「何?私の顔に面白いモノでも付いてる?」
「目と鼻と口が付いてるわね。口を開けばちっちゃい犬歯が伸びてるかもね」
「ち、ちっちゃいとか言うなっ!吸血鬼の牙を馬鹿にするなんて失礼な奴ねっ!」
「あ、気にしてたなら謝るわ。ごめん」

 いや、気にしてはないけどさ…私の犬歯ってそんなに小さいかしら。というか、素朴な疑問なんだけど、
私の牙って他人の皮膚を貫通出来るのかしら。人から直接吸血したことないから分からないなあ…私貧弱だし、出来ない予感爆発してるのよね…
 まあ、幸いなことに紅魔館の地下には血液がしっかり貯蓄されてるから、飢え死にすることはないんだけど。
 私とフラン以外で血液を食事とする奴が現れない限り、私のご飯の心配は無さそうね。まあ、血が無ければ普通の食事をするだけなんだけど。
 結局吸血って私達の趣向の問題なだけだし。ぶっちゃけ血をそのまま飲むよりも甘いお菓子の方が好きだし。ああ、なんて駄目吸血鬼な私。

「…って、話が逸れちゃったじゃない。アンタの犬歯なんかどうでも良いのよ。今日はレミリアに訊きたいことがあって来たわ」
「訊きたいこと?まあ、私で答えられることなら答えてあげるけれど」
「そう、素直にそう言って貰えると助かるわ。アンタ相手に私も無理矢理訊き出すなんてことはしたくないし」

 こ、怖っ!ちょっと何この霊夢、いつの間にか思いっきり異変モード入っちゃってるじゃない!?無理矢理て!無理矢理訊き出すて!
 何か訊きたいなら普通に言葉だけで済むじゃない!?なんでそこに軍事介入するの!?私がガンダムなの!?幻想郷はいつから修羅の国になったの!?
 と、とりあえず私は怒られないわよね…私は霊夢に非暴力是服従を誓ってるものね…れ、霊夢、勝利の栄光を貴女にっ!

「レミリア、アンタには妹が居るって魔理沙から聞いたんだけど、それは間違いないかしら?」
「い、妹?えっと…まあ、確かに居るけど。何、フランがどうかしたの?」
「どうかしたのかしていないのか。それを今から確認しに行くのよ。消去法的にそいつ以外考えられないから。
そうね…一応確認しておくけど、この紅魔館の住人ってレミリア以外で誰が居るの?今すぐ全員名前を言いなさい」
「ぜ、全員!?しかも今から!?いや、そんなの把握してな…」
「良いから言う!」
「ひぃっ!えええええっと、私の寝室前廊下掃除担当の妖精メイドのウェンディとティナとメイヤーに、大広間掃除担当の妖精メイドの
エルとシーラとメロディに、中央右階段担当のセリーヌとトリーシャとヴァネッサに…」
「妖精メイドなんかどうでもいいわ!」
「うええ!?だ、だって全部言えって言ったのは霊夢…」
「雑魚はどうでもいいの!いいから紅魔館に居る強い奴らを片っ端から言いなさいっ!」

 何この酷い仕打ち。あまりに理不尽過ぎるでしょう?霊夢の怒声にマジで震えてきやがった…怖いです…
 強い奴…強い奴なんて、むしろ腐るほどいるんだけど…むしろ私以外に弱い奴なんて紅魔館に居ないじゃない。
 とりあえず、霊夢の求めてるのは妖精以上の力を持つレベルみたいね…ううん、強い奴ねえ…

「まず美鈴が強いわね。アレは紅魔館が誇る最強の盾だ、並大抵の妖怪じゃ美鈴を倒せないよ」
「却下。門番以外で」
「…えっと、パチェなんかも実はかなりやるわよ?魔法を使わせたら、右に出る奴なんてこの世に居るのかしらね」
「却下。紅魔館内で一番怪しい気もするけどね。次」
「うう…さ、咲夜は言うまでも無いでしょう?咲夜は人間でありながらパチェや美鈴をも凌駕する存在よ。私の自慢の娘だわ」
「却下。あのクソメイドがアンタの害になるようなことを考えるとは思えない。さっきの魔女も同じね。次」
「…残るはフランくらいしか居ないんだけど。ああ、フランって言うのはさっき霊夢が訊ねてきた私の妹のことね」
「うん、やっぱりそいつが怪しいわ。というか、それ以外考えられないもの」

 間違ってもレミリアが犯人な訳ないし、なんて呟く霊夢。というか犯人って何?もしかして馬鹿フラン、また何かやらかしたの?
 …不味い、胃が痛くなってきた。最近大人しいなとは思ってたけど、まさかフランの奴、霊夢が動くような何か(=異変)をしでかしたり
してないでしょうね。もうお姉様は貴女の代わりに霊夢にしばかれるのは御免よ。今度紅霧異変起こしたら、私は正々堂々と霊夢に土下座して許しを請うわよ。
 ううん…でも、確かに言われてみれば、最近のフランはちょっと変だった。変というか、少し不機嫌な感じだった。
 多分、他人が見たら全く気付かないんでしょうけれど、私には分かる。伊達に同じ血を持ってる訳じゃないのよ、才能は別格だけど。月とスッポンだけど。
 最近のフランは変にイライラを貯め込んでる感じがして、見てて危なっかしいったらありゃしない。だけど、この前少し心配して
『どうしたのよ』って声をかけたら一言『うるさい』で撃沈。はい、無様なお姉様でごめんなさい。勿論、それ以上深く訊ねることも出来ず、今のまま。
 そんなフランが霊夢の気に障るような事をしでかしたとしたら…考えたくない。紅魔館で人妖大決戦なんてまっぴら御免よ。
 と、とりあえず霊夢にはフランの事は忘れてもらおう。幾ら問題児とはいえ、たった一人の妹を霊夢の餌食(フルボッコ)にされる訳には
いかないもの。フランが負ける姿も想像出来ないけど、霊夢が負ける姿なんてもっと想像出来ない。フラン、見てなさい、お姉様頑張るから。

「そ、それじゃ、折角来てくれたんだし、お茶の用意でも…」
「お茶なんかどうでもいいから、私を今すぐ妹さんのところに案内して頂戴」

 \(^o^)/ ごめんなさい、フラン。頼りにならない無力な姉を許して。
 いや、でも私は頑張ったわよ?頑張ったけど、ちょこっと力が足りなかった。ベストは尽くしたもの、悔いはないつもりよ。
 それにしても、霊夢はフランに一体何の用なのかしら…今の霊夢と不機嫌爆発のフランを会わせて本当に大丈夫なのかなあ…
 化学反応引き起こして爆発なんて起こらないでしょうね。何か緩衝材でも挟まないと、本当にヤバいんじゃ…

「お嬢様、よろしければ私が博麗霊夢をフランお嬢様のところへお連れしましょうか?」
「ふぇ?あ、め、美鈴?貴女まだ居たのね。全然会話に加わらないから完全に空気になってたじゃない」
「ふふっ、気を扱う者は気配を殺すこともまた一流なんですよ。まあ、そんなことはどうでも良いとして。
私もフランお嬢様に用がありますし、丁度良いですよ。何かあっても、私が対応しますしね」

 ぽわぽわと微笑む美鈴の何と輝かしいことか。ああ、美鈴、貴女は今誰よりも輝いているわ。
 美鈴の申し出に、私は『そうしてくれると助かるわ』と笑顔で返す。美鈴が居るなら、なんとかなるわよね。
 急に二人が殺し合いを始めても、それでも美鈴なら…美鈴ならきっと何とかしてくれる。普段は門番の仕事をサボって妖精と遊んだり、
咲夜と追いかけっこして遊んだりしているけれど、やるときはやる女だってことを私はちゃんと知っているんだから。

「それじゃ、美鈴に頼むけれど…霊夢、フランは少しばかり気難しい性格でね。どうか余り強く刺激しないであげて頂戴」
「それは向こう次第だわ。アンタの妹が今回の『異変』の首謀者なら、私は博麗の巫女としての仕事を全うするだけよ」
「…あのね、霊夢。フランは確かに性格悪いし捻くれてるし私の嫌がることを喜んでやるような娘だけど、それでもあの娘は私の…って、もう居ないし!」

 気付けば部屋から出て行ってしまってる霊夢と美鈴。今めっちゃ良いところでしょ!?凄く良い台詞言おうとしてたでしょ!?
 はあ…もういいや、今はとにかくフランの安全を祈ろう。フランも紅霧異変で霊夢に負けちゃってるし、流石にまた喧嘩を売ったり
しないわよね…とりあえず霊夢に土下座して謝る準備だけはしておこう、うん。お札作り二百枚くらいでフランを許してくれないかしら。















「いやだから無理だって。あれはそもそもアイツの一部なんだろ。それを身体に入れたところで、何の意味があるんだよ」
「そう断言するのは早いんじゃないかしら。もしかしたら、あれは別人の魂かもしれないでしょう?だったら原理的に出来る筈じゃない」

 昼下がりの紅魔館、湖一帯を見渡せる館自慢のテラスにて、延々と談議を交わし続ける私とさっき起床した魔理沙。
 もうかれこれ同じ話題で一時間は話続けてる気がするけれど、話に飽きたりしないのは、やっぱり私と魔理沙は会話の波長が合っているからなのかもしれないわ。
 魔理沙はどんな馬鹿話にも楽しそうに付き合ってくれるから、本当に良い話友達なのよね。ちなみに今の話題は『妖夢はオーバーソウルを作れるか?』よ。

「魂魄刀だか白玉刀だか斬艦刀だか忘れたが、アイツの持ってる刀は確かにそりゃ歴史のある立派な業物だろうさ。
だけど、そこにアイツの魂を吹き込んだところで、何の変化もないだろ。どうせ入れるなら幽々子自体を入れた方がよさげだし」
「斬ったら相手は必ず死ぬ、みたいな?そういうの私嫌いなのよ。反則技っていうか、それ最強じゃないって能力が出てくると駄目。展開的につまらなくなる」
「おいおい、一体何時から漫画の話にすり替わってるんだ。そもそも幻想郷で反則技なんて非難する方がおかしいぜ。
この楽園は化物揃い、どいつもこいつも最初からクライマックスな連中ばかりさ。時間を止めたり隙間を使ったりとかな」
「全くだわ。特に紫の化物っぷりには呆れて笑いしか出てこないわよ。縛りがあるこの世界ですら、あれだけ好き勝手やってるのよ。
お前は外の世界で一体何人何匹の人妖の屍の山を築きあげてきたんだっつーのよ」
「あら、ならば貴女は今まで食べてきたパンの枚数を覚えてるの?」
「13枚。私は和食派ですわ」

 隙間の中からぼわっとインチキ妖怪登場。もう紫が急に登場しても驚かなくなった自分が嫌過ぎる。あと、パンの
枚数を答えたのは魔理沙だから。私じゃないから。私はパンは数えきれないくらい食べてるわねえ…最近のマイブームは納豆トースト。
 というか、紫ってよくウチに顔を出すけれど、幻想郷の管理者なのよね?忙しくないのかしら。もしかして幻想郷の結界管理って
そんなに大変な仕事じゃないのかしら…もし私みたいなジャミルなニートにも出来る仕事なら、是非とも紹介して欲しいわ。

「しかし、こんな真昼間からどうしたんだ。まだ宴会の時間にはちと早いぜ、紫」
「宴会は昨日やったばかりじゃないか。魔理沙は余程ウチの酒蔵を空にしたいようね」
「他人の酒程美味いもんはないが私の持論でね。薄暗い地下で延々と過ごすよりも、私に飲まれたいって酒達も叫んでる筈さ」
「はあ、人間は本当に自分勝手だとは思わない、紫」
「ふふっ、そこが人間の魅力なのよ。レミリアはもう少し自分勝手に振舞っても良いとは思うけれど」
「冗談。自分勝手な吸血鬼は愚妹だけで十分間に合ってるよ」
「自分勝手か?お前の妹って礼儀正しいし結構しっかりしてるイメージだけど」
「だから、何度も言ってるけどあれは猫被ってるだけで…」

 本当、魔理沙のこの勘違いはいつか矯正してあげないといけないと思う。色んな意味で火傷しない為にも。
 でも、本当に紫ったら何の用かしら。また今日も私を意味も無く振り回すつもりかしら。今日は咲夜が
パチェに頼まれた用事とかで出払ってるみたいだから、隙間送りにするのは咲夜が帰って来てからにしてほしい。
 もしくは魔理沙も一緒に連れてってくれないかしら。私一人で幽々子と紫の相手をするのは本当に精神衛生上良くないしね。

「それで紫、今日は一体何の用かしら。まさか貴女も霊夢のようにフランに会いに来たという訳でもないでしょう?」
「え、何、霊夢の奴来てるのか?私全然話を聞かされてないんだが」
「別に言う必要も無かったからねえ。何でも霊夢はフランに大事な用があるとかで今は地下室の方に行ってるよ」
「ふ~ん、まあ、私は別に用はないからな。それにあまり面識の無い妹ちゃんよりも、その姉と会話してる方が面白そうだ」
「実際楽しんでるじゃないの。って、話が完全に逸れたじゃない。改めて紫、貴女は何の用で…って、ちょ!?何してるのよ!?」

 私が声を荒げた理由、それは紫の唐突な行動。人差し指を私の額に当て、瞳を閉じて紫は何やらぶつぶつと呟いているのだ。
 え、何この変なおまじない。もしかしてあれかしら、このおまじないはイツモトナリデミテマスって私も念じないといけないのかしら。
 …いや、冗談は置いといて、何やってんのよ紫は。新たな宗教かしら。ちょっとカルトなのは勘弁して欲しい…あの、ウチは浄土宗なんで。
 魔理沙と二人で『何やってんだコイツ』という訝しげな瞳を紫に向けていると、おまじない(?)を唱え終えたのか、紫は軽く息をついて私の額から指を離した。

「はい、これで私の用件はお終い。お忙しい中、時間を取らせてしまってごめんなさいね」
「いや、用件は終わりって…何、紫は私にヘンテコなおまじないをかける為にここに来たの?」
「フフッ、その通りですわ。レミリアの人生がより良い素敵なモノになるように、一人の友人として素敵なおまじないをかけさせて頂きました」
「…胡散臭いわね。ちょっと魔理沙、呪いってどうやったら解呪出来るものなの?」
「ん~…その辺の人間や妖怪程度の呪いなら簡単なんだが、紫クラスの化物となるとなあ…正直諦めた方が精神衛生上良いと思うな」
「絶望した。胡散臭い妖怪(ゆうじん)が世界を敵に回せる程の力を所有している現実に絶望した」
「あら、本当に失礼な娘達ね。言っておきますけれど、私は別にレミリアの身体を害するような呪いなんてかけてないわよ。
ただ、少しだけ視野を広げてあげただけ。そう、例えばこれまで見えなかったモノが、今では見えるようになるかもしれませんわね」
「何よそれ。霊魂の可視化なら妖夢と幽々子だけで十分に間に合ってるよ」
「オバケよりももっともっと素敵なモノですわ。強く遠く儚き存在、それは遥か悠久なるお伽話の裏側に蠢く妖々跋扈達」

 …始まった。またゆかりん☆17歳の嬉し恥ずかしポエム大会が始まった。紫…というか、紫と幽々子ね。この二人は
会話の途中で急に意図が全く掴めないヘンテコ言葉の羅列を始める時があるのよ。その度に私は頭を痛めてるのよね…言ってる言葉が何一つ理解出来ないから。
 だから私は正直紫と幽々子の中二ポエムは話半分で聞き流すことにしてる。だって、別に意味を理解出来なくたって、二人とも
気にする様子も無いし。多分、二人は最初から理解されることを考えずに話してるんじゃないかなっていうのが私の考え。
 言っちゃえば、二人のイミフポエムは私達で言うところの『えーと』に値するんじゃないかしら。本当、妖怪って強くなると言葉が不自由になるのかしらねえ。
 ちょっと二人に一度言葉の勉強を教えてあげたいわ。良い、これはパチェの受け売りなんだけど、この世で一番優れた文章というものは
一部の秀才天才だけが解読して悦に浸る文章ではなく、誰が読んでも理解出来る文章なのだそうよ。ああ、この言葉には心の奥底から同意するわ。
 …でも、そんな風に考えてるんだったら、図書館に小難しい本ばかりじゃなくて漫画を置いてくれても良いのに。本当、パチェは意地悪だ。けちんぼ。

「あー、何だ?つまるところ、紫はレミリアに結局何をしたんだ?」
「すぐに解かるわ。少なくとも当人であるレミリアにはね。私はただ、混じり合う汚水真水のなかに一滴の雫を落としただけ。
私は貴女達のようにレミリアを過小評価をしていない。むしろこれ以上ない程に過大評価を下している。
だからこそ、私は自分の思うままに行動させて頂くわ。暗く翳る館の住人達の考えは分からなくはないけれど、それでは全ての可能性を失してしまう。
運命とは山河の流れに委ねるものではなく、自ら選び紡ぎ取るもの。そうではなくて、レミリア・スカーレット」
「へっ!?あ、ああ…そうねえ、プロテインねえ」

 やばい、いつものノリで話全然聞いてなかった。とりあえず適当にお茶を濁した答えを返したけど、紫の奴怒って無いわよね…
 そんなことを考えながら、紫の顔色をこそりと窺ってみる。うん、大丈夫。紫はこれ以上ないくらい美人な笑顔だわ。おっぱい大きくて美人で強くて…ね、妬ましいっ!
 こ、これで勝ったと思うなよ!私だって後百年もすればきっとボインボインでDynamiteでexplosionなボディに…ごめん、後三百年くらい追加させて頂戴。

「それでは用も済みましたし、私は失礼させて頂くとしましょう」
「もう帰るのか?お茶くらい飲んで行ってもいいだろうに。なあ、レミリア」
「そうね、紫さえ良ければゆっくりしていきなさいな。咲夜も不在だし、大したお持て成しは出来ないけれど」
「ふふっ、お気持ちだけ有難く受け取らせて頂きますわ。こう見えてなかなかどうして多忙な身でして。
――レミリア、貴女の選ぶ道を、私もしかと見届けさせて頂くわ。乗るも良し、逃げるも良し、背を向けることは恥でも何でもないのだから。
貴女は運命を周囲によって狂わされた。なれど、貴女には運命を自分で選ぶ権利がある。それが好意であれ善意であれ、第三者の用意した道に価値などない。
他の誰もを介入させない、貴女がレミリア・スカーレットの本当の意思…貴女が自ら選び取る道を、私は心から応援しているわ」

 言いたいことだけを並べ、紫は隙間の中へと消えていった。…なんか今日の紫、いつもに増して饒舌で、しかも格段に意味不明ね。
 私はちらりと視線を魔理沙の方に向けると、魔理沙は意味不明とばかりに肩を竦めてみせる。よねえ…本当、紫は理解し難い思考回路してるわ。

「あー…なんだ。とりあえず、紫の言う事は気にするなよ。あいつの考えを理解しようとしたら人生を三回くらいやり直さないと無理だろうし」
「魔理沙の意見に私も同意するわ。紫の言う事を気にしてたってキリが無いもの」
「だよなあ。さて、紫の登場で会話が中途半端になっちゃったなあ…これからどうするかね。人里にでも遊びに行くか?」
「箒の後ろに乗せてくれるなら考えてあげてもいいわ。勿論、日傘も貴女が持ってくれるのよね?」
「やれやれ、なんともまあ注文の多い紅魔館だ。最後は真っ裸にされてぺロリってね」
「御免なさい魔理沙、私至ってノーマルだから貴女の期待には応えられないよ」
「気が合うな、私だってそうだ。よし、それじゃ人里で茶屋にでも行くとするか。レミリア、財布の方は頼んだぜ」
「妖怪に支払いを押し付けようとする人間なんて聞いたことがないわ。出かける準備するから少し待ってなさいな」

 にかにか笑ってる魔理沙に呆れ交じりの溜息一つ。まあ、それでも付き合おうとしてる私も私なんだけど。
 とりあえず今日は私も魔理沙と一緒に買い物を楽しむことにしよう。丁度欲しい漫画もあったし。
 霊夢は…まあ、美鈴が居るから大丈夫よね。私が帰ってきたら紅魔館が灰と化してました、なんてなっていませんように。君にこの声が届きますように。
















 ~side フランドール~



 不愉快。私の心は苛立ちの積載によって実に不快な感情に染まっている。
 私の心を乱す根源、それはこの紅魔館を覆う微弱な妖気。霧状に散布されたそれがここ最近ずっと私の苛立ちを掻き立てて仕方がない。
 お姉様が知人を集めて紅魔館で行ったパーティー、その日からこの妖気は感知され、この館を我がモノ顔で包み込んでしまっている。
 私の苛立ちの理由は、この妖気を生じさせている奴の正体、所在が未だに掴めていない事。薄く微弱に引き延ばされた現時点での妖気では、発生源まで感知出来ないのだ。
 害は無い。問題は生じていない。けれど、そのことも私の感情をイラつかせている。これはまるで誰かが紅魔館の手綱を握っているようではないか。
 その気になればいつでも紅魔館に何かを生じさせることが出来る。例えば、この館を支配する『主』を殺すことだって可能だ、と。
 この妖気を生じさせている犯人、目的。それが私には何なのかは分からない。だけど、この件は早急に処理しないといけない。少しの遅れが
私達のご主人様の…いいえ、お姉様の命運を分けることになりかねない。だから私は咲夜とパチュリーに異変の捜査を命じている。
 八雲紫や西行寺幽々子が今回の首謀者とは思わない。犯人は見知らぬ誰か。ただ、その二人のどちらかとは、つながりは間違いなくあるだろう。
 そうでなければ、紅魔館…いいえ、お姉様の居る場所にこんなことをする理由がない。犯人はお姉様に興味を持つ第三者。
 これはある意味、私達の望む展開ではあった。これだけのことをやってのけるのだ、恐らく犯人の実力は私達と同等クラスなのだろう。
 そんな強者がお姉様に興味を持ち、関係を持とうとしているのなら構わない。むしろ願ったり叶ったりだ。けれど、それ以上に
足を踏みいらせる訳にはいかない。今回の件は、八雲紫や西行寺幽々子のときとは比較にならない程に『踏み込み』過ぎている。
 早急に犯人を見つけ、こちらから接触をして真意を問い質さなければならない。相手の目的によって、私達の取るべき行動も変わる。
 もし相手がお姉様を単に試しているのなら放置しておけばいい。だが、もし犯人がお姉様に害を為そうというのなら…その時はすぐに消えて貰う。
 お姉様が気付かぬうちに処理し、今回の異変に終焉を迎えさせる。否、異変など最初から起きなかったのだ。そう世界に認識させる。
 もしもお姉様を利用し、唯の玩具と見做して今回の件を愉しんでいるのなら…そのときは私直々に殺してやる。二度とこの世に生まれたいと思わないくらいに、凄惨な最期を与えてやる。
 私の苛立ちが最高潮に達そうかというとき、部屋の扉の外からノックの音が響き渡る。これは美鈴と…博麗の巫女か。

「開いてるから好きに入って」
「失礼します、フランお嬢様…って、その顔はもう用件は理解してるって感じですね」
「当り前よ。この紅魔館を包む微弱な妖気、そしてそれを感知した博麗の巫女。そいつが私のところに来たんだ、用件は一つしかないでしょう。
ここ最近の馬鹿騒ぎの原因…微弱な妖気を垂れ流してる犯人(わたし)を懲らしめに来たのかしら、博麗霊夢」
「理解が速くて助かるわね。ま、犯人だからそれも当然か。はじめまして、フランドール・スカーレット」
「はじめまして、とは寂しいことを言ってくれるね。紅月の満ちるとき、あんなにも熱い夜を重ね合わせたというのに」
「…そう、あのときのレミリアはお前か。今までどうして『あの』レミリアが私と対等に弾幕勝負を出来たのか考えていたんだけど…そういうこと」

 美鈴と一緒に部屋に入ってきた博麗の巫女の言葉に思わず笑ってしまう。今更気付くなんて本当に馬鹿な人間だ。
 私は巫女を一瞥し、呆れるように息をつく。ぱっと見で、普段の咲夜程度の力か。紅霧異変の時よりは力をつけたみたいだけど…本当に愚かしい。
 その程度の力しか持たない人間が、わざわざ私の前に立つなんて。ああ、苛立たしい。本当に苛立たしい。
 私は身体の奥底から溢れ出る感情を必死に理性で堰き止める。唯でさえ苛立っているというのに、私の感情を逆撫でしないで欲しい。

「…それで?貴女は今回の騒ぎの犯人を私だと決めつけて、退治しに来たのよね?」
「そうよ。ここ最近の宴会続き、そしてそれ以上に紅魔館を覆う微弱な妖気…判断が難しかったけれど、私はこの件を異変と断定したわ。
ならばこの舞台の裏側で糸を引いて愉しんでいる奴は誰か。そう考えるとね、貴女ぐらいしか居ないのよね」
「妖気の発生源は紅魔館から、そして紅魔館の住人は数える程度。お姉様はそんな事が出来る訳がないし、お姉様の迷惑になることを
拒む美鈴や咲夜、パチュリーも除外。となると、残る犯人は私だけ…成程、実に当然の帰結による推理ね」
「そういうこと。さあ、聞かせて貰うわよ、この異変を起こした目的を。そしてすぐに止めないなら退治するわ…って、何笑ってるのよ」

 巫女の言葉の通り、私は彼女に対して笑いを抑えられないでいた。それは彼女の推測が的外れだったからではない。
 成程、巫女の考えは良く分かる。自分がもし彼女の立場なら同様の考えを持っただろう。そして私を犯人だと断定した筈だ。
 巫女の推理が外れていることに笑っていないのならば、私は一体何に対して笑っているのか。そんなことは考えるまでもない。

「ねえ、博麗の巫女。私、さっきから笑いが止まらないの。その理由、貴女には解かるかしら?」
「さあてね。正直、妖怪の考えなんて微塵も理解出来ないわ。ましてやこんな騒ぎを起こすような奴のはね」
「私を犯人だと勝手に誤認した事は見逃すわ。貴女のような頭の足りない人間が必死に考え辿り着いた答えだもの、蔑んだりはしないわ。
不機嫌極まりない私の前に姿を現したことも許してあげる。貴女の仕事は楽園の管理、幻想郷の異変を解決することこそ唯一の存在理由。
だけどね、私を『退治する』なんて言ってのけたこと、こればかりは戴けないわ。もう可笑しくて可笑しくてお腹がどうにかなっちゃいそう」

 本当、笑いが止まらないわ。博麗の巫女は、私を退治すると。私相手に勝つつもりなのだと。
 私は腰をおろしていたベッドから立ち上がり、ゆっくりと博麗の巫女の方に身体を向け直す。そして、空手だった手に妖力を纏わせ、紅蓮の魔剣を呼び起こす。
 ああ、今の私の顔は愉悦に歪んでいるんだろう。感情の波が抑えられない。本当、実に滑稽過ぎる。

「人間如きが私を退治するなんてね。本当、笑っちゃうわ。ああもう――本気で殺すわよ?この塵芥が。
隙間妖怪の寵愛無しにこの世で生きられぬ脆弱な雛鳥が私を退治する?不快を通り越して笑いしか出てこないじゃない」
「――っ、封魔じ…」
「遅いよ小娘がっ!!」

 巫女が術式を結び終える前に、私は地を蹴り、全身のバネを躍動させて彼女の腹部に拳を叩き込む。
 無論、手は抜いてある。私が本気で殴ってしまえば、拳が巫女の背中を貫通するくらい訳無いのだから。吹き飛ばされ床を転がる巫女に、
私は苛立ちを押し殺せないままに感情を喚き立てる。僅かばかりの理性を手加減に回してしまった為、感情が抑えきれない。

「未熟。未熟未熟未熟未熟未熟。弱過ぎてお話にすらならないわ。スペルカードルールが無ければ、人間なんてこんなものなのよ?
紅霧異変、春雪異変を解決して自分の力量を勘違いしてるみたいね?異変を解決し、私や西行寺幽々子にスペルカードルールで勝って、自分を強いと思っていたの?
本当に馬鹿な小娘だね。頭がおめでた過ぎて花でも咲いてるんじゃない?私達『化物』が本気なら、お前なんて一瞬で肉塊に変わるというのに」
「ぐっ…」
「本当に無様…ほら、いつまでも寝てるんじゃない!」
「があっ!!」

 倒れ伏している巫女に、私は容赦なく身体を蹴り上げる。軽く宙に舞った巫女の頭を片手で掴みあげる。
 本当、八雲紫は一体何を考えているのか。スペルカードルールなんて、あくまで良識の有る妖怪しか護る筈が無いというのに。
 もし、実力のある八雲紫…いいえ、この幻想郷に住まう連中を恐れない奴らが居たら、こんなルールなんて唯の下らぬお遊びでしかない。
 そして、その妖怪どもの狂爪が向けられるのは、間違いなく異変解決妖怪退治に乗り出すこの娘なのだ。だからこそ、この娘には現実を
理解させておかねばならないのに。博麗の巫女の危機に姿を現さないところを見るに、私は厄介事を押し付けられたか。下らない。

「博麗の巫女としてお前の行動は正しいよ。だけど、それも時と場合によるわ。
私相手に、たった一人で勝てるとでも思ったの?未知の相手でもなんとかなると思ったの?甘過ぎるのよ、お前は。
もし私が幻想郷に来たばかりで、ルールを何一つ知らない妖怪なら、この状況になれば迷わずお前を殺すわ。
臓物を抉り、性が違えば肉体を貪り尽くし、お前の嘆きを肴に生かさず殺さずで死よりも辛い責苦を味あわせる。
お前が今回起こした愚かな行動は、そんな結果を生む可能性すらあったのよ?それを少しは理解しているのかしら?」

 私の言葉に、博麗の巫女は言葉を返さない。恐怖に心を蝕まれたのか、ブツブツと小声で何かを呟くだけだ。
 命乞いか、はたまた泣き事か。巫女の悲痛な声を聞く為に、私は巫女の顔を己の方に近づけようとした、その刹那。
 突如、巫女の身体から光が放たれ、私は一瞬視界を失う。そしてコンマ数秒後に訪れる顎先への衝撃。
 その衝撃が巫女からの蹴りによるものだと気付いたのは、彼女を掴んでいる感触が掌から失われてから。
 巫女の蹴りによってよろめく私の前に、博麗の巫女は腹部を抑えながらも私を睨みつけている。
 …正直驚いた。私の束縛から逃げたばかりか、その瞳は恐怖など微塵も混じったりしない。その瞳はどこまでも私を退治しようという意志の表れ。

「はぁ…はぁ…私が甘いですって?私が愚かですって?その言葉、全部そのままアンタに突き返してやるわよ。
人間が妖怪に勝てないとか、一人じゃ何も出来ないとか、そんな手前勝手な決め付けを私に押し付けんな!
私は博麗の巫女、博麗霊夢なのよ!アンタ如きに殺されるほど安い人生なんて送ってないわ!巫女舐めんなクソ吸血鬼が!!」
「へえ…まだそんな減らず口を叩けるんだ。これから殺されるかもしれないというのに」
「殺されるだの苦痛だの…そんなのは私が巫女になったときから覚悟してんのよ!妖怪退治だってそう!スペルカードルールは
あくまで面倒事を減らす目的で作ったものだし、私はそんな甘いルールに依存してなんかいない!
私はね、殺し殺される世界の中で、覚悟をした上で博麗の巫女の座に立っているのよ!それをよくもまあ上から目線でぐだぐだと…あまり人間を侮るなっ!
大体覚悟が出来てないのはどっちよ!?アンタ、紫達を敵に回すのが怖いから私を殺せないんでしょう!?幻想郷を敵に回したくないから手を抜いてるのかしら!?
はっ!とんだ吸血鬼様だわ!何を怖がっているのよ?私がアンタなら、これだけ舐めた口をきかれてる以上確実に殺すけどね!」
「…良く言った、人間。生かして帰してやろうと思っていたけれど、気が変わったわ。お前はここで死ね」
「上等!アンタこそここで彼岸行きの片道切符を強制購入させてやるっ!!」

 私が爪を伸ばし、巫女の心臓を抉り出さんと飛びかかろうとする。しかし、その爪が彼女の臓腑まで届く事は無い。
 何故なら、私の腕を今まで傍観していた美鈴が掴んで止めていたからだ。私は軽く舌打ちをし、美鈴に言葉をぶつける。

「…この手は何のつもり?まさかお前、博麗の巫女に味方するつもり?」
「フランドール様、お言葉ですが今回ばかりは言わせて頂きますね。…いい加減、その茹った頭を冷やしなさい、この馬鹿が。
下らぬ挑発に頭に血を昇らせ、その結果が博麗の巫女の殺害ですか。それが何を意味するのか、少しは考えてます?
ええ、そうですね、考えてませんよね。考えてないからこんな愚行を続けてるんですよね。博麗の巫女を殺してしまえば、
当然この幻想郷は終焉を迎えますよね。そうなると、幻想郷中の妖怪達が敵に回りますよね。へえ、フランドール様はその結果レミリア様が殺されても良いと」
「ッ!だ、駄目!!それは絶対に駄目!お姉様を護る為に私はっ」
「はい、落ち着きを取り戻したようですね。だったら、後の行動は解かりますよね」

 美鈴の言葉に、私はようやく平静を取り戻す。愚か過ぎる。私は今、一体何をしようとした。
 日頃の苛立ちを今、博麗の巫女にぶつけて全てを台無しにしようとした。加えて、私は自らの暴走によってお姉様の命を失わせるところだった。
 なんと愚かな。感情の高ぶりのままに行動し、私は全てを終わらせてしまうところだった。私は掌のレーバティンを霧散させ、博麗の巫女に視線を向ける。

「悪かったわ…勝手な八つ当たりで貴女の命を奪うところだった」
「ふん…拍子抜けね。さっきまで好き勝手散々言ってくれたくせに、今度はその態度なの」
「…ごめんなさい」
「はあ…もういいわ。謝るつもりがあるのなら、さっさと今回の異変に幕を下ろして頂戴。そうしないと私の仕事が片付かないから」
「それは無理な話ね。だって、今回の異変の犯人はフランお嬢様ではないのだから」
「はあっ!?」

 美鈴の言葉に、博麗の巫女は目を丸くして驚きの様相を浮かべている。
 その反応は当然だろう。なんせ博麗の巫女は私が犯人だと完全に決めつけて行動していたし、私も完全に否定してはいなかったのだから。
 そんな巫女に、美鈴は淡々と説明を続けていく。

「そもそも、フランお嬢様が心を苛立ち乱していたのは、他ならぬ今回の異変のせいよ。
この妖気は紅魔館を起点として発生させているわ。人の館に厚かましくもね。そして、その犯人は未だに尻尾すら掴ませていない。
言ってしまえば霊夢、貴女同様にフランお嬢様も犯人を探しているのよ。その証拠に咲夜さんとパチュリー様には命令を出して捜索をさせているわ」
「じゃ、じゃあ今回の件は…」
「ええ、完全に貴女の勘違いってことになるわね。まあ、否定せずに喧嘩を買ったフランお嬢様にも非があるのは確か。
だから、今回の件はこれでお互い手打ちにしてほしいのだけれど、どうかしら?」
「…そっちがそれで良いなら構わないわ」
「そう、それは良かったわ。それじゃ申し訳ないんだけど、この部屋から今すぐ退出してもらえるかしら?
フランお嬢様は精神を少々患ってるから、今からその治癒作業をしたいのよ。その様子を正直外部の人間にあまり見られたくないしね」

 説明に頷き、博麗の巫女は室外に続く部屋の扉のへと手を掛ける。
 そして、すぐに出ていくかと思ったのだけれど、何故かその場に少し立ち止まる。
 何をしているのかと疑問符を浮かべる私達の方を一度振り返り、おもむろに声を発した。

「犯人扱いして悪かったわね!ごめん!」

 その言葉を残し、博麗の巫女は地下室から今度こそ去って行った。
 巫女の行動に呆然とする私に、くくっと楽しそうに笑う美鈴。本当、博麗の巫女は不思議な娘だ。良く分からない奴。

「お互い謝罪もしましたし、これで恨みっこ無しですね」
「私は最初から恨み事にするつもりはないよ。今回の件は完全に私のミスだもの」
「そうですね、その通りです。ほら、じっとして下さい。今から気を落ち着かせますから」

 ベッドに腰掛ける私に、美鈴は掌を翳して気を集中させる。
 私の感情の高ぶりや苛立ちにより生じる狂気。それを抑えるには、美鈴の力を借りる他に対処法が無い。

「本当に厄介な体質よ…こればっかりは恨み事を言わずにはいられない」
「そんな情けない弱音は吐かない。レミリア様が聞いたら、贅沢者って怒りますよ?」
「ふふっ、お姉様は凄いよね…お姉様は本当に心が強いよ。だからあんな理不尽な世界をも愛していられるんだ」
「自慢のお姉様、ですもんね」
「ええ、自慢のお姉様よ。世界一のお姉様」

 美鈴の治癒を受けながら、私は今回の件に反省をする。確かに最近感情が不安定だが、まさかこれほどまでとは思っていなかった。
 この館内に満ちている妖気が、私の感情を乱してしまう。恐らく妖気に気分が高揚する付属効果か何かが付与されているのだろう。
 そういう意味では、今回の異変の犯人は、私にとって最悪に近い相性だ。この気を昂らせる妖気は、私にとってただただ害悪でしかない。
 気分が高まり、狂気に身を委ねてしまえばそれこそ全てが終わってしまう。今回も美鈴が居てくれたからこそ良かったものの、最悪の一歩手前だった。

「…今回の騒動、私は何も出来そうにないかもしれないわね。下手すれば私が全てを台無しにしてしまいかねない」
「う~ん…私もあまりフランお嬢様の傍を離れられませんしね。ここはやはり咲夜さんとパチュリー様に頼るとしましょう」
「そうね…それに二人が駄目でも、博麗の巫女が動いてくれているものね。人間を侮るな…か」
「あれだけ言いきってたんですから、頼ってみても良いんじゃないですか?私達は最悪レミリア様に危害さえ加えられなければ、それで構わないのですから」

 美鈴の言葉に私は同意を示す。どうやら今回のことで私が動くには都合が悪過ぎる。
 犯人がそれを計算の上でやっているなら、大したものだ。だけど、それで全てを除したつもりで居るのならまだまだ甘い。
 世の中はそうそう全てが思い通りにいく訳が無い。近い未来、必ず正体を突き止めて、表舞台に引きずり出してあげる。
 そして、お前がお姉様に害を為す存在なら――こんな舐めた真似をしてくれた代償と合わせて、きっちり対価を支払ってもらうわ。









[13774] 嘘つき萃夢想 その三
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2009/12/18 02:51




「それじゃ、また遊びに来るぜ。多分明日の昼くらいに」
「はあ…魔理沙、貴女もう紅魔館に住んだ方が色んな手間が省けて早いんじゃないの?そんなに毎日毎日来るのならね」
「魅力的な御誘いだがそいつは無理な相談だ。魔法の森に住んでるから魔法使い、そのポリシーだけは譲れないからな」
「はいはい、冗談よ。それじゃまた明日」

 私を紅魔館のテラスに箒から降ろし、魔理沙は無駄に男前な笑顔を浮かべて日の落ちた空へと飛び去って行った。
 魔理沙が見えなくなるのを見届けてから、私は手に持つ漫画本の入った袋と共に、自室の方へと足を進めていく。
 人里では魔理沙と茶屋でまったりしたり、本屋で漫画を購入したりとなかなか実に有意義な時間を過ごすことが出来たわ。
 魔理沙相手だと一切気を使わなくていいから楽ねえ。まあ、美鈴のときも咲夜のときも気を使ってないんだけど。
 後は晩御飯までゆっくり漫画タイムを決め込むとしましょう。その者、熱き漫画を運びて怠惰の世界に降り立つべし…ってね。 ランランララランランラン。
 鼻歌を口ずさみながら、私はゆっくりと自室の扉を開け、室内に入る。そして、ベッドに身体を投げ出して袋を漁って漫画を取り出そうとする。

「さてさて、晩御飯までまだまだ時間もあるし、二巻分くらいは…」

 そこまで独り言を呟き、私は漫画に伸ばそうとした手を止める。何故なら、私の視界におかしなモノが入ってしまったから。
 私が何よりの楽しみにしている漫画時間、それを止めてしまったモノ。それは私の部屋に決して存在する筈の無いモノ。
 いや、私の部屋っていうか…普通の人の部屋には絶対無いと思う。変人で名高い紫の部屋にだって無いと思う。そんなモノが、私の視界に入ってしまったのだ。
 見間違いかと思い、目を何度か擦ってみるものの、それが幻と変わってくれることは無くて。つまりこれは私の見間違えとかじゃなくて。
 私の視界の先に在るおかしなモノ――それは頭から二本の角を生やした幼女さん。どう見てもまだ年端のいかない少女。…いや、外見なら私も充分子供なんだけど、その私に負けてないレベル。
 その女の子がこの部屋に居る理由は勿論全く知らないけれど、その子は部屋の中央にぷかぷか浮いて瓢箪に口付けている。…お酒を飲んでるのかしら。
 いや、その子が何を飲んでいるのかは置いといて…あの、あれ、誰?えっと…確かに最近毎日のように入れ替わり立ち替わりで
お客さんが紅魔館に来るんだけど、あんな知り合い私に居たっけ…いや、普通に知らない女の子だし…いやいや、待ちなさいレミリア、これは孔明の罠かもしれないわ。
 もしかしたら、この娘は私の昔の知り合いで、遊びに来てるのかもしれない。だって、そうじゃない?全く見知らぬ赤の他人を美鈴が
素通しさせる訳が無いもの。この紅魔館は門を通らないとお父様の遺した障壁で入れないようになってるし。あ、紫は別だけど。
 だったら、残る可能性は私の知り合い…しかも、私の部屋であんなに寛いでいるところを見るに、相当仲が良かった子なのかもしれないわ。
 美鈴が通したってことは、美鈴がこの館で働き出した頃から今の間までの期間の知り合いということかしら。…ヤバイ、美鈴って
お父様が主だった代から紅魔館で働いてるからざっと三百年は思い出さないといけない。う~ん…友達は無いわ。私、パチェ以外友達が一人も
いなかった純粋なぼっち女だったし…お父様の部下の娘とか…あああ本気で思い出せない…どうしよう…このまま『アンタ誰?』なんて言うのも失礼だし…
 私の昔の知り合いだというのは間違いない筈なんだけど…だって、あんなに私の部屋で我がモノ顔に振舞ってるのよ?まるで慣れ親しんだ我が家のように寛いでるのよ?
あれだけの姿を見せられては、流石に赤の他人とは思えないし。思い出せ、思い出すのよレミリア。うー…お父様の右腕だったオオカミ男さんの娘さんとか。
 本当、我ながら記憶力の無さに呆れるしかないわ。思い起こせば、私って本当に記憶力が全然無い気がする。美鈴が館に来る五十年前くらいの
記憶はあるんだけど、それ以前の記憶なんかこれっぽっちも覚えてないし…まあ、どうせ今と何一つ変わらない自堕落っぷりなんでしょうから興味無いけど。
 …って、違う違う、今大事なのは目の前の女の子のことを思い出すこと…なんだけど、うん、無理。だってこんな娘本当に記憶に無いんだもの。
 頭から角が生えてるし、妖怪の娘には間違いないんでしょうけど…身体から妖気が微弱にしか感じられないのよね。正直、私とどっこいくらい。なんか見てて可哀そうになる
くらい…成程、外から見た私ってこんな風なのかしら。というか、みんな私を強い強いって勘違いしてるけど、妖気の量とかで気付けないのかしら。
 そりゃ私が某野菜人のように戦闘力を上下出来るスカウターに優しくない生き物だったら別なんでしょうけど…ああもう、全く思い出せない。よし!諦めた!
 もうどれだけ考えても思い出せないから、私が取るべき方法は一つ。それは勿論、『知ったかぶり』よ!
 女の子に『久しぶり~!』みたいな感じで話しかけ、少しずつ会話するうちに思い出すだろうって流れ。まあ、全くの他人である可能性なんて
皆無なんだし、これでいけるでしょ。ちょっと思いだせないところはぼかしたり誤魔化したりすればいいし。
 よし、作戦が決まったらレッツトライ。とりあえず知り合いだから馴れ馴れしくて良いのよね…よし、せーのっ。

「連れないねえ。一人ガツガツ呑むだけが酒の楽しみ方という訳でもないだろう?」
「――っ」

 私の声に、酒を飲んでた女の子は目を見開いて私を見る。うわ、めっちゃ驚いてる…なんで?私が声掛けるの待ってたんじゃないの?
 この娘、結構豪快な酒の飲み方をしてたけど、それとは対照的に人見知りする娘なのかしら。それなら私がリードしてあげないと
駄目ね。そう!つい最近リア充デビューを果たしてしまったこの私!レミリア・スカーレットが!(強調)

「花も無ければ鳥も無い。風も無ければ月も無い。自然無くして深く酒を愉しむには、人を寄り添わせるのが手っ取り早い。違うかい?」
「…違いないね。人が萃まりゃ景色も踊る、実に私好みの酒の楽しみ方さね」
「そう、そして私好みの楽しみ方でもある。こんな良い女を放置して独り酒とは、本当にお前は見る目が無い」
「にゃはは、それは確かに私が悪かったね。自分の仕掛けた喜劇を眺めるのに夢中になって、足元の注視を完全に怠っていたよ」

 角を生やした幼女さんは、笑顔を浮かべて私の腰掛けるベッドに座りこむ。あ、今ちょっとお酒零したわね。お布団がお酒臭くなるじゃないのよ。
 しかし、この反応を見るに、どうやら私の取った作戦は間違いじゃ無かったようね。この娘と私は知人で決定みたい。普通、私とこの娘が
他人だったらガン無視の筈だものね。私が素敵な男の子だったら話は違うんでしょうけれど。くそう、これが※ただし(ryって奴なのね。
 まあ、それはさておき、さっさと適当に会話して、この娘の名前と私に久々に会いに来た目的を訊き出さないと…って、あれ、何か見てる。

「…紫か」
「は?」
「む~、紫の奴、この件に関して一切手出しはしないと読んでたんだけど…まあ良いけどさ。本当、紫の奴はなんでそこまでコイツに入れ込んでるのかねえ」

 あれ、この娘もしかして紫の知り合い?…うわ、私の知り合いで紫の知人がいたんだ…なんか嫌な縁だなあ。
 しかし、逆に言えば紫のおかげで共通の話題が出来たわ。感謝するわ、紫。貴女の話から少しずつ斬り込ませて貰うから。

「それは私が知りたいくらいさ。私なんかより面白い連中は五万といる。
妖怪として紫が興味を引くようなものなんて、私は何も持っていないと言うのに。本当、あれは不思議な妖怪だよ」
「へえ、それを認めるんだ。紫の友でありながら、自分が矮小な存在だって簡単に認めるのかい」
「当然でしょう?私は自分自身の在り方を当然他の誰よりも理解しているわ。私は紫の興味を引くような妖怪じゃない。だけど…」
「だけど?」
「――だけど、それでも私は紫の友人だ。紫がどうして私に興味を持ってくれたかなんて微塵も理解出来ない。
けれど、紫はこんな私を友だと言ってくれた。対等の友として、紫は私に接してくれるんだ。ならば、私は紫の想いを裏切らない。裏切れない。
自分の存在がどうこうなんて関係ない。幾ら紫と比肩して私が矮小であっても、この気持ちが確かなものだと知っているから、私は紫の友人だと胸を張るよ」

 …あれ、何か話を美化しすぎた気がする。結局言いたかったのは、『私雑魚だけど紫が友達と認めてくれる限りは友達な関係だよね』ってことなんだけど。
 これじゃまるで紫がメッチャ良い奴じゃない。いや、この娘も紫の知人だから、別に良いわよね?そろそろ『紫はそんなキャラじゃねー!』って突っ込みがくるだろうし。
 そうしたら私も『紫が変な奴だって!?…だよねえ~!』って同意しよう。さあこいバッチこい。ノリ突っ込みは私の得意分野よ。
 私の顔を、幼女はじっと見つめ、何かを確認するように何度か頷いてゆっくりと言葉を紡ぐ。

「…私は嘘つきが嫌いだ。そして、その何倍も自分を卑下する奴が大嫌いだ。
自分を卑下する奴らは己が境遇を呪うばかりで努力することをしない。未来を切り開くことを最初から放棄してる。勇無き奴らだからね」

 ふーん、嘘つきで自分を卑下する奴ねえ。まるで私のことじゃない。一日中ネガティブな考えして未来切り開く努力捨ててるし、
記憶の続く限りずっと嘘…は、ついてないんだけど自分は強いって周囲を騙してる…いや、勝手に思い込まれてるだけなんだけど、そんな感じだし。
 あれ?つまりこの娘、私の事嫌いって言ってるの?えええ…全然話が違うじゃない。紫の話題じゃ場を開くどころか困窮に追い込んじゃったじゃない。
 もしかして紫を褒めたのが駄目だったのかしら…アンチ紫だったのかな。紫、フラフラして敵自体はあまり作らなさそうなイメージなんだけど…
 まあ、紫が嫌われてるだけじゃなくて、私も嫌われたのか…まあ、仕方ないわよね。だって私、この娘のこと本当に思い出せないんだもん。それなのに
これまで頑張って会話したと思うわ。多分この娘は『昔のレミリアと違う!失望した!』ってなってるんだと思うけれど、こればっかりは…ねえ。
 …いや、ちょっと待って。勝手に人の家に上がり込んで、勝手に人に期待して、勝手に幻滅するってどうなの?流石にこれはナシじゃない?
 このままこの娘はプンプン怒ったままお帰りになるんでしょうけど、少しくらい言っても良いわよね。うん、ちょっとくらい嫌味を言っても大丈夫よね。

「嫌い、ねえ…それなら私はお前にとって国士無双の嫌われ者って訳だ。こればかりは幾らありったけの勇を振るおうと覆せないか」
「ついでに加えさせてもらうなら、自分で勝手に人の考えを決めつける奴も嫌いかな」
「嫌い嫌いと煩わしい。だったらお前は一体何を好むと言うの?」

 ダメダメダメダメダメダメダメダメピーマン残しちゃいけません…って、むきー!何なのよコイツ!さっきから私の事嫌い嫌いって!
 もしかしてコイツは私に嫌味を言う為だけに数百年ぶりに会いに来たっていうの!?何て性根の腐ってる…オ・ノーレ!!
 もういい、さっさと咲夜か美鈴を呼んでご丁重にお帰り頂こう…ふん、べ、別にこれ以上嫌いって言われると本気で泣きそうだからって理由じゃ
ないんだからねっ!勘違いしないでよねっ!これで勝ったと思うなよ~!!将来絶対ダニエルになってやるううう!!

「そうだな…私はね、勇ある者が大好きだ。そして、仁に厚い奴も大好きだ」
「へえ…それはそれは抽象的な好みだ。勇も仁も兼ね備えた奴なんて、パチェの持つ歴史書を片っ端から紐解いた方が早く見つかりそうだ」
「そうかい?少なくとも、私の近くに一人そういう奴が存在すると思うけど」
「紫は勇があるとは言わない。あれは怖い者なんて存在しないから勇を振り絞る機会が無い」
「ん~、紫は私の好みとは全くの正反対だ。あれはあれで面白いから友達やってるんだけど…居るだろう?
己が無力さを知りながら、鬼を前にして一歩も引かずに堂々と対等の会話をし続ける勇の心を持ち、
胡散臭い妖怪が相手でも、胸を張って友人だと言い放つ仁の心を持つ。そんな面白い奴がさ」

 へえ、そんな奴が居るんだ。何この幼女、そいつのことべた褒めじゃない。というか、他人を持ち上げる能力があるのなら
少しは私に対してフォローの一つもしてくれても良いじゃない。私の事は嫌いで、そいつのことは好きなのね。くそう、幾ら
私でも初対面…じゃないんでしょうけれど、面識の無い相手に嫌われるのは流石に堪える。小心者舐めんな、気を緩めたらすぐに泣く自信があるわよ。
 しかし、用が済んだなら早く帰ってくれないかしら…いや、そもそもこの娘の用って一体なんなのよ。私に嫌いって言いにきただけ?
 …これは何の嫌がらせなのかしら。文句だけを言いに来た奴を私の部屋まで通すって…美鈴の無言の抗議なのかしら。
 まあ、でも嫌われてるなら話は早いし。うん、もう名前も思い出さなくて良いわよね。友情は見返りを求めない…なんて言うと思ったのか?私は見返りの無い
愛情なんて御免なのよ。ううん、なんて我ながら器の小さい吸血鬼。流石はベテランの引き籠りだと褒めてあげたいところよね。幾らパチェとてこの私を超えることは出来ぬ…って、
幼女の奴、また私を見てるし…。何、コイツもしかして嫌いな奴を観察するのが趣味なの?私は趣味が人間観察ですっていう奴は一切信用しないことにしてるんだけど。

「そうだね…差し引きゼロってところかね。気に食わない点も多々あるが、気に入った点も多いに在る。合格だよ、吸血鬼」
「あら、それは光栄なことね。合格祝いに今日は館をあげてパーティーかしら」
「そうそう、目出度い時は大いに騒ぎ大いに飲めばいい。人も妖しも入り混じって朝まで騒ぐのさ」
「冗談よ。昨日宴会をしたばかりだと言うのに、毎日毎日宴会騒ぎを起こしてなるもんか。私の身体が先に潰れてしまうよ」
「年寄り臭い事言うんじゃないよ。まだまだ若いんだろう?」
「お前に言われたくは無い台詞だよ、小娘」
「私相手に小娘か。くふふっ、いやあ、他人に馬鹿にされたのなんて何十年振りかねえ!私相手に言いたい事をスパッと言う点は気に入った!」

 …いや、どう見ても私より年下(しかも私以上に妖気が殆ど感じられない最弱)妖怪相手に言いたいこと言えなかったら、
私本当に蟻以外に口がきけなくなるし。何か偉そうな感じだし、やっぱりお父様の部下の娘か何かかしら。随分箱入り娘として
育てられたのねえ…まあ、私は心が広いから別に気にしないんだけど。まあ年上としては後で優しく窘めるとかしないといけない気がするけどね。

「そうかい、満足してくれたのなら幸いだよ。満足してくれたのならそろそろ…」
「そうだね、そろそろ喉も乾いてきた頃だろう。ほいっと」

 そろそろ帰れ。そう言おうとしたら、何故か酒升を渡されたでござるの巻。いや、何でさ。
 どうしてゴートゥーホームがお酒を酌み交わすことになってんのよ。いや、喉は確かに乾いてるけど…あ、酒も注いじゃうのね。私の
意志は無視なのね。仕方ない、もうちょっとだけ付き合おう…はあ、なんで私は自分の部屋で記憶に残ってすらいない相手の接待をしてるのよ。
 この娘あれよ、将来絶対空気読めない娘になるわ。一人暮らししてる友達(彼女持ち)の家に上がり込んで、そわそわしてる友人を余所にいつまでも帰ろうとしないタイプよ。

「今宵の酒は月見酒、空気の霞みも実に悪くない塩梅だ。誰かと飲む酒も久しぶりだしね」
「そうかい、私はこれで二日連続だ。幾ら酒に強い私でも、これだけ続くと流石に胃にもたれそうだよ」
「んん?お前、酒に強かったのか。なんだなんだ、それならそうと早く言ってくれれば良いのに。
いつも宴会の席で酒を飲んでないから、酒が嫌いな奴なのかと思ったじゃないか。にゃはは、こいつは益々気に入ったよ」

 …こいつ、何言ってるのかしら。私は宴会の度にいつもいつも赤ワインをこれでもかってくらい飲んでるじゃない。
 もしかしてアレかしら。この幼女は日本酒以外は酒じゃないってタイプなのかしら。まあ、その拘りはよく分からないけど。
 でも、『いつも宴会の席で』って、まるで最近の宴会にずっと参加してたみたいな物言いをするのね。変な奴。お父様が
開いてたパーティーでのことを言ってるのかしら…まあ、いっか。さっさと酒を飲んで、この幼女ちゃんに満足して帰って貰いましょう。早く漫画読みたいし。
 私は日本酒を口元に近づけ、ふととある事に気付く。それは本当に今更なことで。

「…そう言えば、ワイン以外のアルコールを飲むのは初めてね」
「おおう、そうなの?くふふ、それじゃいっちょこの伊吹萃香様が最高の酒の飲み方ってもんを教えてやろうじゃないか!
今回みたいな酒なら、一気に呷るのが美味い酒の飲み方さ。チマチマ飲むのを悪いとは言わないが、めでたい席にそれは戴けない。
鬼のように豪快に、鬼のように力強く、それが正しい酒の飲み方だよ。まあ、紫は下品だって全然取り合ってくれないんだけどさ…頭の固い奴」

 嬉しそうに語る幼女…あ、今さり気なく名前を言ったわね。伊吹萃香…やばい、名前を聞いても素で思い出せない。
 もしかして、この娘って本当は私とは初対面なんじゃ…いや、そんな訳ないわよね。誰にも気付かれずに私の部屋に侵入し、
しかもこんな風に馴れ馴れしく接してくる紫みたいな化物がそうゴロゴロしててたまるもんか。とにかく萃香に関してはもうちょっと情報を集めよう、うん。
 しかし、紫の奴もコミュニケーションが下手ね。萃香の話しぶりを見て、この娘がどれだけ酒が好きかなんて分かるじゃない。しかも
飲み方には相当な拘り持ってるみたいだし…そういうタイプの人を頭から否定しちゃ駄目なのよ。他人が熱く語る話はしっかりと聞き頷き同意してあげるのが
世渡りのコツなんだってパチェの持ってる本に書いてた。まあ、私のようにアルコール耐性が完璧な奴じゃないと、今回ばかりは厳しいでしょうけれど。

「フフッ、そういう豪快な奴は嫌いじゃないよ。折角の指南だ、教えに沿って酒を呷り飲み干すのも悪くは無い」
「あははっ!良い!実によく分かってるじゃないか、レミリア・スカーレット!アンタは鬼の在り方ってもんをよーく理解してる!」
「馬鹿ね、私を誰だと思っているのよ。幻想郷のみんなは私の事をこう呼ぶわ。 吸血『鬼』ってね」

 さっきから鬼鬼連呼してるけど、この娘は鬼が好きなのかしら。この娘は妖気の量からして鬼な訳ないし。鬼って最強と謳われる妖怪の種族の一つだし。
 私は萃香の満面の笑みを横目に、手に持つ酒升を一気に傾ける。升内の液体は全て私の口の中へ注ぎ込まれていく。ふうん、おしゃけってわいんとくらべてずいぶんのみにきゅ…















 ~side 萃香~



 正直なところ、最初は微塵も興味は無かった。それが私、伊吹萃香のレミリア・スカーレットに対する心からの本心だった。
 冥界の亡霊のせいで、今年は春が短くなり、幻想郷中で行われる宴会がめっきり少なかった。その事を不満に思い、私は己の力で幻想郷中を宴会騒ぎに巻き込むことを画策した。
 幻想郷中に妖霧を散布させる点において、まず必要となる宴の基点。その基となるモノを探していた私が最初に見つけたのが、この紅魔館だった。
 この紅魔館に住まう吸血鬼、レミリア・スカーレット。千年と生きていない未熟な吸血鬼、そいつがここ最近の幻想郷の『騒ぎ』を引き起こしている
要因だと私はすぐに知った。紅霧が幻想郷中を覆った時も、亡霊が幻想郷中の春を奪った時も、嵐の中心に居たのはコイツ。レミリアが居る場所に嵐は必ず舞い起こる。
 そして何より、レミリアは人妖問わず誰からも好まれている。人と人とのつながりが、祭りの気配を醸し出す。そういう意味で、レミリアは私にとって最高の道具だった。
 今回、私が計画した幻想郷中で宴会を行わせる騒気の散布、そしてその騒ぎを元に地底の鬼達を幻想郷に戻らせる計画。それらを全て
レミリアを取り巻く周囲環境を利用することで、実行に移すことにした。狙い通り、実行後はレミリアを巻き込んで毎日のように大騒ぎがこの館で行われた。
 勿論、私の存在に薄々と気付いた奴も何人か居た。だけど、私の霧化を破れるのは紫だけ。だから誰も私のところまで辿り着ける筈も無い。
 その紫も私に対して傍観を決め込むことを約束した。そう、ただ一つのイレギュラーを残して。

「だ~か~らっ!れーむはつおいのっ!ときどきこわいのっ!がーんでどーんでばーんなのっ!わかるっ!?」
「はいはい、分かってるよ。博麗の巫女はメチャクチャ強いって話だっけ。良い事じゃんか、人間はそれくらい反骨心がないといけない」
「ばかっ!にんげんであんにゃにつよいとかないわよ!それじゃわたしはどうなるっていうのよ!わたしそらもまんぞくにとべにゃいのにっ!」

 唯一のイレギュラー、それは私が利用させてもらった紅魔館の主、レミリア・スカーレット。
 紫の干渉という裏技によって、私に『触れる』ことに成功した吸血鬼。現在の地上において、紫以外で唯一私の存在を知り得ることが出来た妖怪。
 否、吸血鬼だの妖怪だの言葉でコイツを取り繕うことに何の意味も無い。何故ならレミリアは有象無象の妖精共にすら劣る力しか持っていないのだから。

「うー…なんでみんなみんなあんなにつよいのよお…わたしはなんでこんなによわいのよお…ばーか!みんなばーか!」
「おお、凄い揺れ方だ。さっきから酒をガンガン零してるけど、ベッド汚しても構わないのかい?」
「これはさけじゃにゃいっ!これはあ~!これはあ~!わたしのなみだよっ!えんえんないたなみだなのっ!
みんなつよいのっ!つよすぎるのっ!わたし、きゅうけつきなのよ~!こわいのよっ、こわいのよっ!きゅうけつきはこわいのよっ!でもよわいのよ!」

 本人もさっきから呂律が回らない口調で認めるように、レミリアは吸血鬼なのに何故か力を有して無い。妖力が殆ど感じられない。
 それは別に私のように力を他者に見えない程に微細化させて霧と化させた訳でも、力を抑え隠している訳でもなんでもない。ただ、本当にレミリアは弱いらしい。
 吸血鬼は私同様、鬼の名を持つ通り妖怪の中でも上等な部類に入る強さを持つ種族だ。それがこんなレミリアのように力を一切持たないなんて
考えられない。まあ…そんなところも『あの』紫が興味を示している点でもあるんだろうと私は考えている。アイツは物珍しいモノを興味を示す奴だから。
 だけど、結局はそれだけだ。結局のところ、レミリアは『力を持たない脆弱な吸血鬼』でしかなく、強い者に興味を示す私にとって
それは唯のマイナスポイントでしかなく、唯でさえ薄い興味を皆無にさせる方向にしか働かなかった。そう、実際にレミリアと会話をするまでは。
 大いに疑問だったことがあった。結局、弱い吸血鬼でしかないレミリア。それも周囲に自分が強いなどという幻像で自身を偽り、欺こうとする
吸血鬼にどうしてこんなにも人が集まるのか。どうして誰も彼もがレミリアに近づこうとするのか。
 博麗の巫女も西行寺の亡霊もこの館の真の吸血鬼も、誰もが儚い吸血鬼の『熱』を求めようとする。一体コイツに何の価値があるのか、そんな風に私は考えていたんだ。

「弱いと境遇を嘆くより、取るべき道は数多在る。強くなりたきゃ一に鍛錬二に鍛錬、三四に飲酒で五に決闘さ」
「いいよお…もうわたしはあ、わたしTUEEEなものがたりの~…しゅじんこうにはにゃれにゃいってしってるもん。
うふふ、でも、べつにいいんだあ…わたし、よわくてもいいよ。よわくても、わたしにはさくやがいるもん」
「咲夜?誰だい、そりゃ」
「わたぁしのぉ、じまんのーかわいいーかわいいーひとりむすめよお。
なんにもないわたしだけどぉ、さくやがいればそれでいいんだもん。さくやがいれば、わたしはわたしでがんばれるんだからぁ。
よわくて、やくたたずで、なんにもできなくて…けど、わたしはさくやのおかあさんだもん。さくやがぁ、わたしを~たよってくれたのよ。
おかあさん、おかあさんって、たくさんたくさんあまえてくれたのよぅ。さくやがたよるんだもん、こんなだめだめなわたしを、さくやがたよってくれるのよぉ」

 レミリア・スカーレットに皆が心を奪われる理由――それは、この妖怪の持つ本当の在り方が実に眩いモノだからだ。
 この妖怪は情で行動を判断する。心に由り、他者に寄る生き方をレミリアは望み行動する。言ってしまえばこの幻想郷の誰よりも人間らしい生き方をしている。
 レミリアの素顔を知った今だからこそ分かることが有る。レミリアはこの館に来た誰が相手であっても友として歓迎し、交わっている。
 相手が種族として劣る人間だろうが、妖怪としての誇りを刺激する格上の妖怪だろうが、レミリアは笑って迎えている。
 紫や亡霊相手だろうと、レミリアの中に在るのは友としての関係だけ。そこに他の思考など混じる余地は無い、打算や駆け引きなど以ての外。
 どんな相手をもレミリアは受け止める。そして、そんなレミリアの在り方が他の奴らにとっては心地良いんだろう。当然だ、友として
純粋に原寸大の自分を見、受け入れてくれるのだ。しかも相手は吸血鬼だというのに、だ。恐らく、レミリアが弱い事を
紫をはじめとした連中は皆理解してるんだろう、だからこそ余計にレミリアに惹かれてしまう。

「さくやだけじゃないのよっ。さいきんはね、わたしにもたくさんたくさんともだちができてねっ。
れいむにい、まりさにい、ありすでしょ、ようむでしょ、ゆゆこにゆかり!ともだちがたくさんできたのよっ!
そして~、わたしにはかぞくもいるのよ。ぱちぇにめいりん。そしてふらんっ!ねえ?ぜんぜんよわくてもいいでしょ~?」
「良いのかい?周りに強い奴等が集まってるから、自分は強くなくて良いってこと?」
「ちがう~。わたしがいいたいのはあ、つよくなくてもわたしはじゅーーーーーぶんに『しあわせ』だってことっ!
たくさんともだちがいて、たくさんかぞくがいて、たくさんすきなひとがいて~、わたしはぜったいぜったいしあわせものなのよ!
げんそうきょーでいっちばんしあわせなの!えへへ、どうだ~まいったかっ」
「はいはい、参った参った。アンタは世界で一番幸せ者だよ、おめでとさん」
「でしょ~?…うー!すいかー!さけがにゃいじゃない!わたしのおさけー!おさけー!おさけおさけおさけー!」
「ベロンベロンに酔っぱらってるくせに酒を飲むペースは早いのか。本当、面白い奴だねえ。ほいよっと」

 紅霧異変に春雪異変。二つの異変がレミリアを舞台の上に引きずり出したか。
 どうしてレミリアが紅魔館のトップに飾り立てられているのかは知らない。だけど、レミリアが自発的にそんなことを
するとは到底思えない。となると、紫やコイツの妹辺りが裏で糸を引いてるのか。発端を考えると、妹の方が当たりだろう。
 さて…この幻想郷のルールに滅びの運命でも見たか。博麗の巫女、隙間妖怪、西行の亡霊。この短い間でレミリアが築いた人物関係を
見るに、連続した異変はレミリアと制止力を結び付ける為か。誰が考えたシナリオかは知らないけれど、実に堅実で、実に『甘い』。
 確かにレミリアと他の連中の結びつきは生まれただろう。だけど、それは単に糸を軽く結んだだけに過ぎない。軽く結んだ糸は
周囲の環境変化で容易に紐解けてしまう。なればこそ、その糸を堅く強く結び直さなきゃ話は進まない。
 この計画を考えた奴はとことんまでもレミリアに甘い。そして何よりレミリア自身を完全に舐めている。恐らく本人はそんなつもりはないんだろうけれど。
 …そうか、だからこそ紫はこう動いたのか。紫は私の描く台本に一部追加公演を付け加えようとしているのか。本当、狡猾な奴。
 紫は私に役目を背負わせようとしている。レミリア・スカーレットと、他の連中との結びつきをより強固なモノに固めさせようと、鬼としての役割を果たせと訴えている。
 この計画には、私がレミリアに対して興味を示すことが最低条件なんだけれど…そこまでお見通しか。ああ、これなら私は確実に興味を示すだろうさ、本当にやってくれるよ。
 さて、紫の三文芝居に伸るか反るか。私は判断を決めかね、視線を一度レミリアの方へと移し、訊ね掛ける。

「レミリア、お前は『友達』が好きかい?そいつらともっと仲良くなりたいと思うか…って、何この手は」

 私の言葉は途中で遮られることになる。台詞を言い終える前にレミリアが、私の肩をばしばしと叩いたからだ。
 何のつもりなのか意図が全く掴めない私に、レミリアはアルコールのせいで紅に染まった顔を私に近づけて言葉を紡ぐ。

「そんなのあたりまえでしょーっがっ!わたしはー、みんなとっいっしょがいいっ!」
「…いや、一緒が良いかどうかじゃなくてね」
「わたしはみんながすきだもんっ!れいむも、まりさも、ありすも、ようむも、ゆゆこも、ゆかりも!
ぱちぇも、めいりんも、さくやも、ふらんも!みんなみーんなだいすきっ!そしてすいかもだいすきっ!」
「おおう、私もか。にゃはは、まあ、悪い気はしないけどね」
「どーいたしまして!だってわたしたち、ともだちだもんね!すいかとわたしはともだちだもん!」

 レミリアの自信満々な言葉に、私は苦笑を浮かべるしか出来なかった。まさか私まで友達になってるとは思わなかった。
 しかし、友達…か。その言葉に私は胸の奥が熱くなるのを感じていた。私がその言葉に絶望したのは一体いつのことだっただろう。
 古き昔、この世界には勇敢な人間達がいた。鬼を相手にしても、一歩も引かぬ勇敢な人間達だった。種族の違い、力の違いを乗り越え、
勇気と知恵をもって私達を打倒しうる人間達、それを私達は友と呼んだ。殺し合う仲でも、私達は互いを認め合い、互いを求め合った。
 けれど、時代の流れは人間達から勇を失わせていった。一人、また一人と鬼達が人間に失望し、やがて鬼は人と相入れることはなくなった。
 人と鬼の絆は失われ、私達は友と呼べる存在を失った。勇ある人間達は、幻想へと消えていったんだ。鬼相手に一歩も引かない私達の友は。
 そんな勇ある存在は二度と現れないと思っていた。私達、鬼が心震わせるモノを得る機会など、二度と訪れないだろうと考えていた。
 …私は多分認めたくないんだと思う。胸躍る最高の時間が二度と触れることなど出来ない現実を受け入れたくないんだと思う。

「期待…しても良いのかい、紫。私はその気になると一途だよ、下手すると止まらなくなるかもしれない」
「だいじょうぶよっ!ゆかりはゆかりだから!ゆかりはゆかりなのよ!」
「また意味不明なことを…そりゃそうだ、紫は紫以外の何者でもないだろうさ。フフッ、しかしまあ、自身を納得させるにゃ十分過ぎるか。
よ~し!良いだろう!嫌われ役は鬼の仕事だ、全部まとめて引き受けてやるよ!レミリア、アンタが私にとって最高の『友』であると私は信じてるからね!」

 どうせ元より面白半分目的半分で起こした異変だ、益は貰えるだけ貰っておいてあげるよ。
 外界を捨て、幻想郷を諦め、地底に降りてなお諦めきれないこの胸の高鳴り。もしかしたら、レミリアならば私の胸の隙を埋めてくれるかもしれない。
 同格の妖怪との殺し合いでは満たされない、私達鬼が求めて止まないこの衝動。この心の渇きを満たしてくれるなら、私は――

「失礼します、お嬢様、夕食の準備が…って、お、お嬢様!?その御姿は一体!?」
「んあー?あー、さくやー!さくやっ!おかあさんのさくやー!」
「な!?ま、まさか母様、お酒をっ!?一体誰が…っ、魔理沙かっ!!
なんてことをしてくれるのよ…母様は人十倍アルコールに弱いのに…と、とりあえずパチュリー様をお呼びしないと!」

 ――私は、この完全に出来あがってしまってる面白可笑しい吸血鬼に心から感謝する事にしようか。
 さて、この宴会劇も終わりに近い。歪な神輿に担ぎあげられた吸血鬼、レミリアの持つ本当の強さを垣間見る為に、せいぜい鬼らしく行動するとしよう。







[13774] 嘘つき萃夢想 その四
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2009/12/27 02:47





 部屋の窓を開け、澄んだ空気を大きく肺に取り込んで深呼吸。ああ、お外の空気が本当に美味しくて仕方がない。
 三日ぶりに自室の外の空気を吸って、私のテンションはもれなく経験値上昇中。健康ってこんなに素晴らしいことだったのね。

「その顔色を見るに、もう大丈夫なのかい?」
「ええ、身体の調子は何の問題も無いわ。迷惑を掛けたわね、萃香」
「礼を言われるようなことでもないさ。レミリアの体調が戻らなきゃ、喜劇の台本を進めようにも進められないからね」

 窓際で感動を味わっている私に声をかけてきたのは、室内にぷかぷか浮かんでる少女こと伊吹萃香。
 彼女と出会ったのは今から三日前、何故か勝手に私の部屋に居たこの娘と何故か話の流れでお酒を一緒に飲み交わしたことから始まる。
 …まあ、その時の記憶が思いっきり抜け落ちちゃってる上に、翌日から私は強烈な風邪にかかっちゃったんだけど。もう気持ち悪いわ
頭は痛いわお腹は痛いわ。正直死ぬかと思った。パチェ曰く、絶対安静とのこと。そういう訳で、この三日間私はベッドの上で地獄を味わっていたの。
 そんな中、常に私の傍に居てくれたのが、この萃香。咲夜が私の傍に一緒に居られないときに水が欲しかったりするでしょ、そんな
時に萃香に頼むと嫌な顔一つせずに持ってきてくれたりしたのよ。良い奴。本当に萃香は良い奴よ。こんな旧友が私に居たなんて知らなかった。
 それと、萃香曰く彼女の姿は私以外には見えないみたい。咲夜やパチェが部屋に来ても、萃香には見向きもしないし。
 これは余談なんだけど、症状が酷い状態の時に、パチェに萃香が萃香がって話してたら、何故か咲夜がスイカを持ってきたりしたのよね。いや要らないから。
 比較的症状が収まってきた二日目なんかは、萃香が常に私の話し相手になってくれた。お子様なのに何故か大人ぶった話し方をしたり
する時もあるけれど、萃香はなかなかどうして面白い娘で。私の話に大笑いしたり自分のことのように憤ったりしてくれて、実に話し甲斐のある相手だわ。
 そんな感じで、今となっては完全に打ち溶けちゃって。萃香のこと、咲夜達にも紹介したいんだけど、姿が見えない声も聞こえないんじゃあねえ…
 多分、萃香はきっと『そういう』妖怪なんだと思う。昔から、たった一人の相手にしか認識して貰えない妖怪で。その相手が私で。
 姿が見えないから紅魔館の門も通り抜けられたんだと思うわ。姿が唯一見える知人、レミリア・スカーレットを頼ってここまで来てくれたのよ。
 うう…泣ける、泣けるじゃない。私、そういう話って駄目なのよ。フラダンスのラスコーとか見るだけで涙腺大崩壊しちゃう女の子なのよ。
 そんな萃香に頼られちゃ、私は何も言えないじゃない。いつまでもウチに居てもいいのよ、そう言うと、萃香は驚いた顔を見せた後で笑ったっけ。本当、強い娘だと思う。

「そういえば、私のせいで結局昨日の宴会は中止になっちゃったわね…後で謝りにいかないと」
「謝罪なら昨日お見舞いに来た連中みんなに散々してたじゃない。昨日お見舞いに来た奴らで参加者全員なんでしょ。
私は必要ないと思うけどねえ。そもそも宴会を開けなかったことがレミリアにあるという考えもどうなんだか」
「それでも、よ。ただ傲慢に他人は私の都合に振り回されて当然、なんて考え方は他の妖怪達で共有すれば良い。
そんな生き方は興味が無いし、私は私の望む道を歩くだけ。そして、その道は必要があれば誰が相手だろうと謝罪はするし礼は言う。
それが私らしく誇らしく生きるということよ、萃香。まあ…確かに吸血鬼らしからぬ生き方かもしれないけれど…やっぱり変かしらね」
「いんや、素敵だね。信念を貫き通す生き様を笑ったりなんかするもんか。
レミリアはレミリアらしくありのままに己の道を歩けばいい。私はそんなレミリアの方が好きだよ」
「…ありがと」

 子供って本当になんていうか…感情をストレートに出してくるわよね。そんな真直ぐに好きって言われると、正直返す言葉が無くなっちゃう。
 結局のところ私は『霊夢達が怒ると怖いのでゴメンナサイをちゃんとします!』って言ってるだけで。そんな大層なことを言ってる訳じゃないんだけど…
 まあ、それはさておき、皆のところに謝罪興行に出るとしましょうか。とりあえず、まずは咲夜を呼んで…

「メイドなら一時間くらい前に館から出て行ったよ」
「…私、咲夜を探してるって貴女に言ったかしら?」
「分かるよ、そんくらい。この三日間、レミリアだけを見続けたんだから。
この三日間でレミリアが顔を合わせて一番嬉しそうにしてたのが、十六夜咲夜だった。そして今の表情は、それを求めてる顔だもん」
「へえ…萃香って妙な特技を持ってるのね。実に羨ましい」
「そいつはありがと。数えるのも億劫なくらい鴉の上に立ち続ければこれくらいは身に付くもんさ。
何せ奴らは狡猾で腹黒い。それが奴らの処世術なんだろうが、どうしてもっと素直に真直ぐ生きられないかねえ」

 ぶつぶつと愚痴を紡いでいる萃香。萃香ってば鴉を飼ってるのかしら。それも数えられないくらいの数を。
 鴉ねえ…私だったら鴉よりもインコとかの方が飼いたいかなあ。ペット良いなあ…犬とか猫とか飼いたいなあ。
 犬の散歩とか…あ、駄目だ。私が犬に引っ張られて地面引きまわしの刑に処されてる姿しか思い浮かばない。猫ね、うん、猫が良いわ。
 …あ、猫も駄目だ。図書室にもぐりこんで本をバリバリやったりしたら、私がパチェに殺される。うう…ウチでペットは夢また夢ね。
 犬か猫がいたらモフモフ出来るのになあ…モフモフしたいなあ…誰か犬か猫飼ってないかしら。犬猫駄目なら狐でも狸でも構わないから。
 紫辺りモフモフを飼ってそうなイメージなんだけど。よし、今度会ったら聞いてみよう。うん。…あれ、何の話だっけ?ペット談議だっけ。
 ああ、いや、違う違う。咲夜よ。咲夜が居ないって話よ。ううん、咲夜が居ないなら美鈴でも…まあ、いっか。咲夜が帰ってくるまで待っていよう、うん。

「おや、外出は中止するの?」
「咲夜が帰って来てからにするわ。門番の仕事がある美鈴を毎度毎度連れまわす訳にもいかないし」
「行先は博麗神社でしょ?だったら一人で行けばいいじゃないか」
「うぐ…い、色々とあるのよ。紅魔館の主の立場とかそんなのが色々…」
「ふうん。色々ねえ」

 まさか『途中で妖怪に出くわしたりでもしたら一人じゃ対処出来ません』なんて言える筈も無く。
 湖を飛んで超えるのはなんとか出来るんだけど、そこから先がねえ…咲夜と一緒ならのんびり歩いて行くし、美鈴が一緒なら
抱きかかえて運んで貰えるし。…そんな事情、言える訳ないものね。はあ…本当、慣れたこととはいえ、自分の最弱っぷりが嫌になるわね。

「それじゃ、今日の予定はメイドが帰ってくるまで無い訳だ」
「そうね。とりあえず咲夜が帰ってくるまではのんびり過ごすとするわ。また誰か館に来るかもしれないし」
「そうしてくれると助かるなあ。それじゃレミリア、しばらくの間、この部屋で待ってておくれよ。すぐに準備を終わらせるからさ」
「…は?準備?」

 萃香の言葉に、私は思わず首を捻る。いや、だって今、話がかなり跳躍したような…ボソンジャンプ?
 というか、萃香、私の部屋の窓から出ていこうとしてるし。いやいやいや、今私の予定を聞いてたのに、いきなりハローそしてグッドバイ?

「ちょ、ちょっと萃香、貴女何処かに行くの?」
「まあね。レミリアの体調が戻ったし、予定通り行動することにするよ。
さて、場所は…と。なんだ、博麗神社に居るのか。つくづくレミリアもタイミングが悪いねえ。それじゃ、また後でっ」

 そう言い残し、萃香は窓の外へと消えて行った。いや、本当に『消えた』のよ。なんていうか、霧がサーって霧散する感じで。
 変な特技といい、変な能力といい、萃香って本当に変わった妖怪よね。あれで妖力が私以下というのが信じられないくらい。
 まあ、何の準備かは知らないけれど、すぐに戻ってくるでしょ。萃香が帰ってくるまで、神社に行くのは中止にしよう。
 うん、萃香の姿って私しか見えないし、萃香が帰って来たときのこの部屋に誰も居ないような状態だったら寂しいものね。よし、
みんなのところに行くのは咲夜と萃香が帰って来てからにしよう。それまでは漫画でも読んで待つとしますか。爆走姉妹ラブ&ジョイ面白いわねえ。
















 ~side 咲夜~



「つまるところ、今回の異変を発生させている犯人は紅魔館…それもレミリアに極めて近いところに居る。それで間違いはないのね、咲夜」
「その通りよ。加えて言えば、お嬢様にしか犯人は知覚出来ない。それが犯人の能力かは分からないけれど、実に厄介極まりない状況だわ」

 博麗神社内の一室、霊夢の問いに私は頷き言葉を返す。
 私の答えに、霊夢は再び考える仕草に戻るが、そんな霊夢に不満げに声を上げる人物が二人。

「なんだよ…結局私は霊夢にボコられ損じゃないか。
レミリアのところに入り浸ってるからって犯人扱いされちゃ堪らないぜ」
「それを言うなら私もだわ。紅魔館によく足を運んでるから犯人と要らぬ疑いをかけられて」
「あーもう、うるさいわね!疑いは晴れたんだからいいじゃない!終わったことをグダグダ言うなっ」

 犯人じゃないのかと疑われ、弾幕勝負まで発展してしまった二人の抗議に反論する霊夢。本当、無茶苦茶な巫女だと思う。
 なんでも美鈴の話だと、霊夢はフラン様に疑いをかけ、一歩間違えれば殺し合いに発展しそうになったらしい。フラン様に
喧嘩を売るなんて正気の沙汰とは思えない。ネジが数本飛んでいる彼女だからこそ、出来る芸当なのかもしれないけれど。
 霊夢に文句を言う事を諦めたのか、魔理沙は溜息をつきながら、私に向けて口を開く。

「しかし、レミリアの奴、風邪かと見舞いに行ってみれば、ただの二日酔いとはなあ…」
「ただの、なんて言えないわ。なんせお嬢様は『私達に気付かれることなく酒を飲まされた』のだから。
もしこれが酒ではなく毒物の類だったら…その答えに至ったとき、これは笑い話で済むようなものではないのよ」
「無い無い。どうせレミリアのことだ、また変な妖怪にでも気に入られて酒盛りにでもなったんだろう?
私は今回のことも放置してりゃ勝手に解決すると思うけどな。そのうちまたとんでもない妖怪を紹介されるかもしれないぜ?」
「自然解決じゃ異変を解決したことにならないのよ。この異変は絶対私が解決する。そして犯人を右ストレートでぶん殴る」
「その前に私が霊夢を一発殴る権利くらいあると思うんだけどなあ」
「やりたいならやりなさいよ。ただし五体満足で魔法の森に帰れると思うな」
「おうおう、やったろうじゃないかっ!さあ行けアリス!倒せ倒せ霊夢を倒せ!お前の空手を見せてやれ!」
「そこで何で私に振るのよっ!?しかも空手なんてしたことないわよっ!」

 三馬鹿がぎゃあぎゃあと騒ぎ始め、その様子を見て私は一人離れて小さくため息をつく。いくら猫の手でも借りたいとはいえ、
人選を失敗したかしら…だけど、この三人は母様と親交があり、紅魔館を出入りしている人物。それも相応の実力者だ。
 せめて猿の手くらいになるかと期待したんだけど…やっぱり一人で犯人を探そう。霊夢の無駄に鋭い勘を一ナノ程度は期待したんだけど。
 しかし、これでは結局振り出しから何一つ進んでいないことになる。犯人が母様のすぐ傍に居るのは間違いない。それはパチュリー様や美鈴、フラン様も
共通して導いた一つの答え。だけど、そこから先が続かない。犯人の目的が全く持って掴めない。
 犯人がやっていることといえば、母様を起点として『騒気』を集め、三日置きに宴会を開いていることくらい。つい先日、母様に
お酒を飲ませるなどというそれこそ不可解な行動に打って出ていたけれど…そもそも母様にはそいつの姿が見えているのかどうか。
 この異変の首謀者、目的が明確になるまでは母様に私達の詮索を悟られる訳にはいかない。この異変が利用出来るかどうかを見極めて、
母様に相応しい物語を歩いて貰わなければならない…そうフラン様は仰っていたが、正直私はあまり同意出来ずにいた。
 今回の件は母様にとって危険過ぎる。なんせ、私達には正体が掴めないモノが母様のすぐ傍に存在しているのだ。今でこそあちら側にその気は
ないようだけれど、僅かでも気が変われば、犯人は簡単に母様の命を手中に収めることが出来る。死神の鎌を母様の首にかけているも同然だ。
 私達の手に負えないなら、八雲の妖怪でも白玉楼の亡霊にでも頭を下げて手伝って貰えば良い。彼女達なら今回の異変に関して少なくとも私達以上の何かを掴んでいるだろう。
 あの二人と母様を結び付けたのは、こういう事態の為のモノでは無かったのか。それなのにフラン様は何故…そこまで考え、私は自分の考えを必死で否定する。
 …何を馬鹿な。母様の身を誰よりも案じ思考し行動しているのは他ならぬフラン様ではないか。そのフラン様の行動に疑惑を持ち、つい最近知り合った
ばかりの妖怪達に縋ろうなどとはなんとも愚かしい考えだ。どうしてフラン様よりも八雲紫や西行寺幽々子を信じられよう。
 余計なことを考えるな。私は母様の命を護る為に存在している、私はフラン様にとって『そういう』存在だ。ならばその目的の為に一番沿った考えを
フラン様は私に命じている筈だ。他人に頼るな、縋るな。他人は唯の保険に過ぎない、真に頼るべきは私達だけ。そう私はフラン様に教え込まれてきたではないか。

「それじゃ、どうする?とりあえず犯人はレミリアの傍にいるみたいだし、みんなでレミリアの部屋に泊まり込むか?
交代制で毎日誰かが泊まってれば、犯人も痺れを切らして登場するかもしれないぜ」
「ん~…あまり効率的とは言えないけれど、仕方ないかもしれないわね。霊夢、貴女はどう思う?」
「異変解決につながるなら何でもいいわ。…まあ、別にレミリアのとこに泊まるのは嫌じゃないし」
「んん~?聞こえんなあ~?その程度でレミリアの心が動くと…うぐぁっ!?」
「さて、さっさとまた泊まる準備をするとしましょうか。ほら、そんなところで寝っ転がってると邪魔よ。どいたどいた!」
「あがっ…ちょ、ちょっと霊夢…鳩尾殴って追い打ちにヤクザキックって…この扱いは余りにも酷すぐる…」
「馬鹿ね、自業自得でしょうに。そういう話になった訳だけど、咲夜、私達は紅魔館に泊まって良いの?」
「ええ、構わないわ。お嬢様もお喜びになるでしょうし…っ!?」

 アリスとの会話の刹那――気付けば私は右手にナイフを握り締めていた。
 否、ナイフだけじゃない。身体は重心を落とし、いつでも『退くことが出来る』体勢に移行していた。いいえ、させられていた。
 体中に走る電流と化した緊張と圧迫。この感覚は私が幼少時代から嫌という程に味あわされてきたモノ――それは純粋なまでの殺気。

「ちょ、ちょっと咲夜!?どうしたのよ、いきなりナイフなんか…」
「おいおい、神の社で悲しみの向こうへ行くのは止めてくれよ。アリスと咲夜の愛憎入り混じった修羅場劇なんて一体誰が得するんだ」
「そんなの知らないわよっ!?」

 先ほどまでと何一つ変化の無い二人の様子からして、指向性の殺気か。どうやら私一人を狙い撃ったようだ。
 この状況下で、私だけに喧嘩を売ってくる人間に心当たりなんか無い。しかし、そいつが私を何かしらに利用しているというなら話は変わる。
 神社というテリトリーにも関わらず、霊夢ではなく、私を指名した理由。けれど、それ以上に気になるは…さて、試されているか、はたまた遊ばれているか。
 前者なら気に食わない。後者ならばもっと気に食わない。そして何より私が気に食わないのは、恐らくこの意志の先に居るだろう輩は
そのどちらの意図も含まれているというところだ。恐らく私に殺気を送った奴は、私の反応を見て愉しみ、行動の選択を楽しんでいる。
 何処の妖怪だか知らないけれど、随分とまあ舐めてくれる。成程、今なら少しだけ霊夢の気持ちも分かる。常時このような扱いをされれば
妖怪退治を生き甲斐の一つにもするだろう。こういう思い上がりも甚だしい連中には少しばかり強い躾が必要。
 私はナイフを収め、神社の外へと足を向ける。殺気の方角からして、恐らくは距離にして二、三百メートル先の森辺りか。

「ちょっと咲夜、アンタ何処行くつもりよ」
「急用を思い出したわ。悪いけれど、先に紅魔館に行ってて頂戴。貴女達の部屋の手配等は美鈴がしてくれるでしょうから」
「急用ねえ…そんな飢えた狼みたいな空気を醸してよく言うわ。妖怪退治なら手伝ってあげてもいいわよ、どうせ暇だし」
「暇なら鍛錬の一つでも行っては如何?そうすれば私との如何ともし難い差を埋められるかもしれなくてよ?」
「止めとくわ。私がこれ以上強くなったら咲夜が本気でいじけて泣きだしそうだし。
私との圧倒的な力の差に絶望したとしても、レミリアに泣きつくのだけは止めてよね、マザコンメイド」
「抜かしなさい、外道巫女」

 背を向け、室内から出て行こうとする私に、憎まれ口を叩く霊夢。そんな霊夢に私も考える前に口を出す。
 本当、口の減らない巫女だと思う。実力は認めるが、本当に性格が最悪だ。これほどまでに人を苛立たせる才能を持つ奴は他にいない。
 けれど、そんな霊夢の雑言が今の私には丁度良い。これくらい心が荒む程度が、荒事前には具合が良い。そういう意味では感謝してあげようかしら、本当に少しだけ。
 霊夢達に一礼し、私は神社を出て大空へと跳躍する。未だに向けられている挑発染みた殺気を辿り、その発信源の方向へと翔けてゆく。
 目的の場所、木々の生い茂る森の中に置いて一部だけ繰り抜かれたように開かれた草原に降り立ち、私は周囲の気配を探る。
 殺気の発生地点はここで間違いない、されど犯人の姿も存在も感じ取れない。これは一体どういうことか…そこまで考え、私は
つい最近似たような現象が身の回りで生じていることに気付く。居る筈なのに見えない、存在する筈なのに捕えられないモノ…成程、ようやら向こうから出てきてくれたらしい。
 実に僥倖、こちらにとってはすこぶる都合が良い。あちらが何の用かは知らないが、私は犯人にこれでもかという程に用があるのだから。

「かくれんぼもいい加減に飽きたわ。そろそろ姿を見せてくれても良いのではなくて?
紅魔館に仕える従者として、無断で居候している者から賃貸料を徴収しないといけないのよ」
「あの館はレミリアのモノだろう?主に滞在許可を貰ってるんだから、お前にどうこう言われる筋合いは無いよねえ」
「お嬢様はお優しい方だから誰に対しても慈悲深過ぎる。だからこそ私が代わりに取り立てるのよ、今回の異変の犯人さん」

 背後から聞こえた声に、私はゆっくりと振り返りながら言葉を返す。
 そこに居たのは、外見こそ幼い少女。しかし、彼女の頭に生える二本の角が彼女が人外であることを強調している。
 人外において、外見と実力は何ら関係は無い。フラン様然り、この妖怪もまた相応の実力者なんだろう。だからこそ、私は気を引き締め直す。
 まずはこの妖怪の目的――母様に近づいている理由を探ること、加えて言えば実力を測り、母様にとって有益に『利用出来る』存在ならば
西行寺幽々子や八雲紫同様に関係を築いて貰う。もし、実力が無かったり、母様に害を為す存在ならこの場で消えてもらう。今回の異変は母様が起こした
異変として再び幻想郷中に名を響かせる為の踏み台として利用させて貰う。肝要なことはコイツが利用するに足りる存在か否か、ただそれだけだ。
 睨みつつ何時でも動ける体勢を整える私を、妖怪は顎に軽く手を当てて私の方を観察するような仕草を見せる。そして、口元を歪めて言葉を紡ぐ。

「へえ、よくよく観察し直してみりゃ、人間にしてはなかなかに上等な部類だね。
うん、合格だ。これならレミリアが私にあれだけ自慢する理由もよく分かる。まだ十数年しか生きてないんだろう?些かの混じりは感じられるが、人間なのに大したもんだ」
「お褒めに預かり光栄ですわ。貴女の話を額面通りに取るならば、お嬢様と貴女は会話を行う程度には接触しているみたいね」
「文句なら私じゃなくて紫に言ってよ。私とレミリアを引き合わせたのは他ならぬアイツなんだから。
まあ、その点には正直感謝してるけどね。最初はレミリアの周囲に集う騒気を利用するくらいしか考えてなかったんだけど、
今となっちゃ、それっぽっちじゃ満足出来なくてね」
「自白をわざわざありがとう。お嬢様を利用しようとした件は許さないけれど、それは後回し。
お嬢様を基点にして紅魔館中をよくもまあ騒ぎの中心におっ立ててくれたわね。お嬢様の身体を疲労困憊にさせることが貴女の目的?」
「いんにゃ、目的なんて今更語っても仕方ないだろう?だって、私の目的は最早完全に変わってしまったんだから。
今の私が興味あるのはレミリア・スカーレットの本当の強さを垣間見ることさ。私の心を震わせる、私達鬼が求めて止まず渇望する
存在であるのかどうか。もしレミリアが私達の求めるような奴だったなら…くふふっ、実に心躍るとは思わないかい?心震えると思わないかい?」
「成程、つまり貴女の今の目的は『お嬢様に僅かでも害を及ぼす可能性がある行動』を取ること――そう考えて差し支えないかしら?」
「否定はしないよ。加えて言うなら、レミリアの本当の姿を見る為に利用したいモノがある。
人を攫うは古来より鬼の役目なり。大層溺愛している己が愛娘が攫われ、命の危険に晒されたとき、レミリアは一体どんな行動を取ってくれるだろうね…っと!!」

 妖怪の言葉が紡がれたのはそこまでだった。何故ならその妖怪の居た場所を投擲された二本のナイフが通過していった為だ。
 そのナイフは勿論、私が投擲した獲物。獲物を穿たんと疾走するナイフを、妖怪は予想していたかのように難なく回避する。
 回避こそされたものの、私はその妖怪の回避行動に移る際の身体の揺らぎを見逃さなかった。成程、つまりこの妖怪の能力は――

「――霧化。己が身体を空気中に霧散出来るのね…それこそ微弱な妖力しか発されない程に散布することだって可能」
「ご明察…とは、いかないんだよね、これが。残念だけど五十点だ。私の力はそんな生易しいモンじゃあない。
まあ、戦闘時には使わないから安心してよ。あまりに一方的な戦いなんて唯の虐殺になっちゃうだろう?
正々堂々、正面からぶつかる。それが心躍る殺し合いってもんさ。まあ、今回はアンタを殺すつもりは無いし、適度に手加減してあげるけどね」
「あくまで私を利用すると。あくまで私はお嬢様を玩具扱いする為の道具に過ぎないと。フフッ、フフフッ…舐めるな、妖怪風情が」

 この妖怪はここで殺す。それが私の最終的な判断だった。この妖怪の意図は上手く掴めないが、母様に危険をもたらす可能性が
高いのは明らか。所有する能力も八雲紫に劣らず厄介なモノだ、ならば油断している今こそ好機。どんな手を使ってもここで処断してしまう。
 一体何がしたいのかは分からないが、この妖怪が行動を起こす前に私に姿を現してくれて本当に助かった。この妖怪の気変わりが
十六夜咲夜を利用せずとも母様に対して行動を起こすようなモノであったなら、下手すれば母様の命に関わる事態になったのかもしれない。
 この妖怪を処断し終えたら、やはりフラン様に直訴しよう。母様側に引き込む相手はよくよく考え厳しく管理しなければならない、と。
 私は妖怪相手にナイフを再度投擲し、僅かばかりの時間を稼ぐ。ナイフを妖怪が払い、私の姿をしっかりと視界に捕える程の時間を。
 魔弾とナイフの入り乱れた弾幕に、妖怪の周囲の草原は抉れ、大地がむき出しとなり砂煙が舞い上がる。そして、煙る空気と共に心を統一させ、
カードを一枚切らせて貰うことにする。妖怪が気配から私の場所を悟ったとき、そこでようやく手札をオープンすることになる。

「――幻象『ルナクロック』」

 私の開いたカード、それは私の能力である時間制御。
 時を止め、制約された空間の中で獲物に近付き、攻撃準備を整えた後に時の流れを戻すというオーソドックスにして強力な攻撃法。
 止まった時間の中で他の対象に攻撃は加えられないという制約こそあるものの、この能力は私の大きな武器であり攻撃手段だ。
 時間を止められるということは、すなわち攻撃に移る際に発動時間や相手への着弾時間を削除することが出来るということ。
 この能力があるからこそ、私は美鈴に並び追い越すことが出来た。力こそフラン様や美鈴には敵わないが、速度だけなら私が疾い。
 爆発力よりも確実性、それがフラン様達に叩き込まれた私の戦術。全てを破壊するような力も捻じ伏せる魔力も持ち得ない、けれど私は負けない。
 倒すことではなく、勝つこと。より早くより効率的に。一人で百万の軍に打ち勝つ為の力ではなく、一人で軍の頂点を屠る為の力、それが私の力だ。
 だからこそ、私の力はこういう妖怪相手にはより有用だと言える。油断している相手の首を瞬時に胴体から切断し、瞬きさせる隙も与えずに葬り去る。
 慈悲など無い。私を利用して母様に危害を為そうとした、それだけで万死に値する。私は迷うことなく手に持つナイフを妖怪の首元に走らせ、時間の流れを元に戻す。
 これで今回の異変は解決――その筈だった。私のナイフが根元から完全にへし折れる破砕音を耳に入れるまでは。

「っ!馬鹿な――ぐっ!!」

 折れたナイフに一瞬気を取られたのが不味かった。首筋にナイフを突き立てられた妖怪は口元を歪め、背後を振り向きざまに
裏拳を私の肋に叩き込んでくれた。その衝撃で、私は軽く数メートルほど吹き飛ばされてしまう。拙い、二、三本は確実に持っていかれてる。
 中空で一回転し、勢いを殺すように着地した私に、妖怪は未だ笑みを浮かべたまま嬉しそうに口を開く。

「油断している妖怪相手に、迷うことなく殺しに向った姿勢、実に評価に値するよ。並みの妖怪なら間違いなく今ので終わりだっただろうね。
けれど残念、お前が相手にしている妖怪は並みの相手じゃないんだよ。私を斬るにゃ、そんなか細い銀のナイフじゃ荷が重い。髭切でもあれば話は違うだろうけど」
「げほっ、ごほっ…それは頑強なお肌をお持ちです事。そんな身体じゃ、さぞや女としての肌の手入れも大変でしょうね」
「うんうん、状況が変化してもなお変わらぬ憎まれ口、実に心地良い。尻尾を巻いて逃げるような人間だったら失望もしたけど、流石は悪魔の娘だ。
しかし、今のは少しばかり驚いたよ。瞬間移動…じゃないな。攻撃前と後の私の脈動に変化は無かったと考えると…時間でも止めたのかい?」
「さて、どうかしら。貴女が落体の法則でも考えてる内に、いずれ私の能力も判明するかもしれないわよ」
「生憎と私は論理よりも経験則を重んじるんだよ。頭でゴチャゴチャ考えるのは紫だけで充分さ。
さて、お前と遊ぶのも悪くは無いが、私はせっかちでね。レミリアの在り方を見極める為にも、お前には大事な餌になってもらうよ」
「たった一度攻撃を防いだくらいで増長してくれるわ。お前を殺す方法なんて数えるのも馬鹿らしくなる程に余りあるというのに」
「私を殺す、か。ははっ、そりゃあ良いや。私相手によく言うよ、そんな命知らずは何年振りかねえ。久々に心が躍るってもんさ。
いいよ、時間は惜しいが、少しばかり遊んであげる。――古来より数多の人間が挑み、敗れ去っていった鬼退治、お前如きに成し遂げられるかい?」

 刹那、妖怪の周囲に幻想郷中から濃密な『霧』が集い萃まってゆく。それは妖怪に身体に戻ってゆき、やがて一匹の強大な大妖が存在を露わにする。
 その外見からは考えられない威圧感、そして何よりの妖力の大きさ。私は知っている、これと同様の感覚を知っている。それは人間だけが感じ取ることの出来る
濃密な死の気配。かつて幼い頃の私がフラン様に幾度となく突きつけられた剥き出しの純然たる恐怖。
 …本当、母様には恐れ入る。どうやら母様が引き寄せたこの妖怪もまた、フラン様や八雲紫、西行寺幽々子に並ぶ大妖怪らしい。どうして
母様はいつもいつもこんな化物連中に好かれてしまうのか。私は苦笑を浮かべ、予備の近接戦闘用のナイフを取り出し構える。

「ほう、私の力を前にしても恐怖しないか。本当、レミリアがあれだけ溺愛するのも頷ける」
「これくらいの恐怖など、フラン様の容赦無い扱きに比べれば天国だもの。さて、お喋りにも飽きたし、もう良いでしょう?
お前は私がここで殺す。そしてこの異変はお嬢様が引き起こしたものとなり、お嬢様の名声は幻想郷で更なる確固たるものとなる」
「ふうん、そんなことレミリアが望んでるとお前は思ってるんだ?そんなことしてレミリアが喜ぶと思ってるんだ?」
「…これが最善の策なのよ。今は確かにお嬢様に負担を強いているかもしれない、けれど、これこそが確実なお嬢様の未来を護る方法だもの」
「滑稽だねえ、自分さえ騙せない嘘を鬼に語るか。レミリアの妹も、お前も、実に考えが幼く甘過ぎる。周囲を取り巻く連中全部がレミリアを馬鹿にしているよ。
…まあいい、お前をさっさと倒して私が直々に教えてやるとしようじゃないか。近過ぎるあまり、あまりに盲目になり過ぎたお前達が、一体どれだけレミリアの可能性を奪い去っているのかを」
「お喋りはこれで終わりと言った筈よ。それとも鬼とやらは口先だけがよく回る存在なのかしら」
「ふん、勇も過ぎれば無謀に他ならない。己を知らぬ無謀な馬鹿は嫌いだよ、私が好きなのは恐怖に打ち勝つ勇ある者だ。
――刮目し、恐怖と葛藤するがいい。お前が今より相手にするは、鬼の四天王が一人、伊吹萃香なり。我が振るう比類無き剛の力、その身に刻みつけろ!」

 力を放出した妖怪を前に、私は軽く周囲の状況を把握する。どうやらこの地点より半径五十メートル程に薄い結界のようなものが張ってある。
…目視出来る程のモノだ、恐らくこれは完全に私を逃がさない為の策だろう。となると、時間を止めてこの場を抜けることは不可能か。
 どうやらこの妖怪を倒さないと、私はこの状況を打破することは出来ないようだ。絶望的な強制条件に、軽く息をつき、私は嗤う。
 ああ、実に懐かしい感覚だ。私はいつもこんな到底不可能と泣きたくなるような条件をフラン様に出されていたではないか。そして
その度に私は幾度となく乗り越えてきた。その経験の全てが、今こうして私の役に立っている。現状を切り開く力を、フラン様は、パチュリー様は、美鈴は与えてくれたのだ。
 ならば今回とて絶望などするものか。殺し合う相手の命の安全を保証するなんて生温いにも程がある。敵が私を甘く見ている限り、可能性は追い続けられる。
 母様を護ると誓った。ならばその誓い、今ここで果たさずしてどうする。明確な敵を前にして、私の心は恐怖どころか大きく奮い立っていた。
 ――恐怖するのはお前の方よ、伊吹萃香。レミリア・スカーレットが娘、十六夜咲夜を侮ったこと、必ず後悔させてくれる。






















「で…出来た…!な、なんと美しい…こ、この私とあろうものが見惚れてしまったわ…
何たる不覚…例え一瞬とはいえ、私はこの完成品に魂を奪われた。 生まれて初めて自身の創作物を美しいと…」

 最期の一枚を乗せ終え、私は久々に自身の胸に去来した感動に思わずうち震えていた。
 私の目の前の机の上には、今しがた私が完成させた作品、トランプタワーが威風堂々とそびえ立っていた。
 萃香が私の部屋を去ってから二時間くらい経ったかしら。待てど暮らせど一向に帰って来ない萃香。そして咲夜。
 漫画も読み終え、手持無沙汰だった私は暇潰しの意味で一人トランプタワーを作っていたんだけど、まさかこれ程までの大作が出来るなんて。

「これは歴史に名を残すべき作品だわ…これ程までの完成度、お目にかかったことがないもの。
そうね…この作品の名前は『廃墟からの復活~我が栄光~』にしましょう。これはちょっと芸術界への進出も考えないといけないわ」

 うっとりとしながら、私は自分の力作を眺め続ける。ああ、この一毛の狂いも無いバランスといい文句のつけようがないわ。
 これは永久に語り継がれるものにならなければいけない筈よ。指に額に髪に私の向こう垣間見える努力の証。もうこれ永久保存版だわ。

「そ、そうだわ、この芸術を残す為にも写真を取らないと…パチェにカメラ借りてこよう」

 善は急げ、私は机の上のトランプタワーを決して崩さないようにゆっくりと忍び足で部屋の出口まで歩いていく。
 なんせギリギリのバランス強度で作ってるから、少しでも揺らせばボンッ!だもの。ゆっくりよ、ゆっくりするのよレミリア。ゆっくりしていってね!
 そーっと、そーっと、絶対に揺らしたりしないように…ゆ、揺らすなよ!絶対揺らすなよ!そーっと、そーっと、そーっと…

「はぁい、こんにちは」
「うひゃああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」

 突如背後から掛けられた声に、私は大声を上げて驚いてしまう。しかも勢い余ってその場にボテンと顔から転倒、レミリアアタック。ちょっと素で痛い。
 …って、今はそんな痛みを気にしてる場合じゃない。私が倒れた笑劇が部屋を伝ってしまっていたら、私の芸術は…そこまで考え、
私は油の切れたロボットのようにギギギとゆっくりと首を机の方に動かしていく。するとそこには、無惨にもバラバラになった私のトランプタワーの残骸が。

「な、なにをするだァーーーーッ!!!!!!!!??????
何故!?何故壊す!?何故壊したし!?何故そっとしておけないのよっ!?何故そうも簡単に芸術を殺すのよ!?死んでしまえっ!!」
「あら、もしかしてお取り込み中だった?それはごめんなさいね、謝るわ」
「っ!ゴメンで済んだら閻魔様もシャバダバドゥの役職も必要な…」

 素で涙目になりながら、私はこの崩壊を引き起こした犯人の方をキッと睨みつける。
 何処の誰かは知らないけれど、こんなことをするなんて許されない!超許されない!こうなったら犯人を三日三晩牛乳風呂につけて
『もう肌のモチモチ感が取れないぜ…』って半ベソにして思いっきり抱きしめてや…るのは諦めることにした。だって私の目の前に居る犯人って…

「あら、四季様がどうかしまして?」
「…何でも無いわ、気にしないで、紫」

 …最強の妖怪さんなんだもん。こんなの閻魔でも裁けない、力こそが正義、本当に不幸な時代になったものよね。チキン程長生きする。
 紫相手にトランプタワー破壊の文句を言ったところでどうせ流されるのがオチだもの。うう、さようなら、私の芸術…ビビりでヘタレな私を許して。
 私は肩を落とし、さめざめと心の中で泣きながら散らばったトランプをせっせと集める。ああ、実に滑稽よね。笑えよ、紫。というか何の用なのよ、いきなり。

「で?急な来訪の用件は何かしら?生憎と私もそんなに暇じゃ…」
「暇でしょう?だから一人でトランプタワーを作ってたのではなくて?フフ、実に迫力のある素敵な作品だったわね」
「お前ね…はあ、もういいわ。それで?」

 くききー!こいつ、分かってやってたんだわ!なんて性悪妖怪!お前等人間じゃねえ!
 腹の底でぶつぶつと文句を言い続けている私の問いに、紫は笑みを浮かべて質問に答える。それは私にとっては全く意味の分からない言葉で。

「――見届けに参りましたわ。レミリア・スカーレットの選ぶ運命、他の誰でもない貴女の紡ぐその選択を。
そしてここに誓いましょう。貴女がどんな道を選んだとしても、私は必ず貴女の力となることを。
全ての場は揃い、貴女の道を妨げんとする障害は最早何も無い。誰であろうと貴女の邪魔はしない、させない、許さない」

 そこまで告げ、紫はパチンと小さく指を鳴らす。その刹那、私の足元にぽっかりと大きな隙間が発生して。 
 勿論、そんな咄嗟な状況変化に私が対応できる筈も無く、重力に逆らえない私は一気に真っ逆さま。

「ちょ!?な、なんでえええええええええええええ!?」

 虚空へと落とされていく私が最後に見たのは、紫の優しい笑顔。ああ、全く悪びれないのね。ですよねー…ど畜生。
 よし、決めた。私、これから先は金髪の妖艶な美女は一切信用しないことにする。くすん、紫のばかばかばか。
 紫なんか紫なんか夜遅くに冷たいモノを沢山飲んでお腹壊せばいいんだわ。最強の妖怪みんな風邪引けっ!…えっと、風邪はつらいから、寝冷えくらいにしてあげよう、うん。








[13774] 嘘つき萃夢想 その五
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2010/01/24 09:32






「へぷちっ!」

 紫からハトシ君人形の如く隙間にボッシュートされた私は、別の場所に転移されて放りだされることになる。しかもまた顔から。
 痛い、素で痛い。ばかばか、紫の大馬鹿。女の子の顔を一体何だと思ってるのよ。傷物にしたらどう責任取ってくれるのよ。
 確実に真っ赤になっているであろう鼻先を擦りながら、私はむくりと置き上がり、一体何処に転移されたのか周囲を見渡して確認する。

「…何此処」

 私の視界に入ってきたのは岩土で出来た壁面。否、壁だけじゃなくて天井部も全部そんな感じ。
 分かりやすく言うなら、洞穴っていうか洞窟っていうか、その中でも開けた場所に転移されたらしい。私の居る場所は
洞窟内でも部屋のような感じになっていて、広さ的には半径二十メートルはあろうかってくらい広い。
 そして何より驚きなのが、洞窟内にも関わらず一定の明るさを保っていること。もしかしたら洞窟内に照明の固定化の魔法が
かかっているのかも。確か図書館もそんな魔法を使ってるってパチェが言ってたし、似たようなモノなのかもしれない。
 …というか、今気付いたんだけど、何かここ出口が無い。周りをぐるっと見渡しても、外に出られるような道が無い。いや、出口らしき
ものは見つけたんだけど…なんか真っ白な霧?みたいなのに覆われててヤバげなオーラをプンプン放ってらっしゃる。
 とりあえず、その場所に近づいて、出口を包んでいる霧のようなモノに恐る恐る手を触れてみる。うん、堅い。なんか普通に堅い。
 どういう原理かは知らないけれど、どうやらこの霧ががっちり出口をブロッキングしちゃってるみたい。はあ、本当、悪戯もここまでくるとどうなのかしらねえ…
 私は大きくため息をついて、呼吸を整えたのち、大きな声を張り上げる。もう充分驚いたから良いでしょう。

「紫ーー!!さっさと私を紅魔館に戻しなさいよーー!!」

 私をこの場所に連れてきた元凶こと紫に大声で訴える。返ってきたのは洞窟内に響き渡る私の声だけ。はい無視入ります。
 こんな悪戯を実行した紫に私の声が届いていない筈が無い。絶対隙間か何かで私の現状を覗いている筈。それなのに返答を寄こさないという
ことは紫がこれ以上私に接触しようとは考えていないということ。…ああ、最近紫の思考回路が段々理解出来るようになってきた自分が嫌過ぎる。
 となると、紫は一体私に何を求めてるのか…変な奴ではあるけれど、私が無様に泣き叫んだり助けを乞いたりする姿を見る為にこんな
馬鹿な事をしでかすような奴じゃないし。紫って何だかんだで実は良い奴なのよね、本当に変な奴だけど。人の事散々好き勝手振り回してくれるけど。
 だとすると、私をこの場所に送りつけたのには何か意味が…無いかもしれない。紫、意味の無いこと(というか常人には理解出来ないこと)とかは平然とやるから。

「はあ…考えるだけ無駄かなあ。紫の奴、一体なんで私をこんな場所に送りつけたのかしら」
「それはね、可愛いお前をぺろりと食べちゃう為さ」
「ふぎゃっ!!?」
「にゃーんちゃって。にゃはははは!」
「ななななな…って、す、萃香じゃない!?」

 声のした方を振り返ると、そこには数時間前と同様にお子様素敵スマイルを浮かべた萃香が居て。どうして萃香までこんなところに…そこまで
考えて、私は萃香もまた紫の知り合いであることを思い出す。つまるところ、萃香も私と同様に紫に隙間に落とされちゃったのね。
 道理で待てど暮らせど何時まで経っても帰ってこない訳だ。本当、紫の行動は理解し難いわね。私だけじゃなく、萃香をこんなところに閉じ込めてどうするのよ。
 私は軽く肩を竦め、萃香に口を開く。勿論、こんな状況になったことに対して愚痴を零す為に。

「はあ…本当、紫にも困ったものね。私や萃香をこんな場所に連れ去って一体何のつもりなんだか」
「ううん?この件に紫の意図は関係ないよ、ただ私の手伝いを申し出てくれただけだし。
準備を整い終えてレミリアをさあどうやって連れてこようと考えてたら、紫がその役目は私が引き受けるって言ってくれてさ。実に助かったよ」
「…えっと、萃香、貴女が一体何を言っているのか全然分からないんだけど」

 萃香の言い分がさっぱり理解出来ない。いや、だって萃香の言い方だと、まるで私をこの場に呼び寄せたのは萃香みたいじゃない。
 そんなことを萃香がする意味も理由も全然分からないし、私に用があるなら紅魔館に戻ってくれば良い訳で。いや、本当に訳分かんない。
 情報整理が全く追いついていない私に、萃香は仕方無いといった感じで肩を竦めて口を開く。

「まあ、結論から言ってしまうと、私が犯人って訳」
「犯人か。自首すれば罪は幾許かは軽くなるかもねえ…それで、萃香は何の犯人なの?」
「今回の異変の犯人」
「…今回の異変って何?」

 私の返答に、萃香はあちゃあとばかりに掌を額に当てている。いや、だって異変とか犯人とか全然分からないし。
 少し考える仕草を見せて、萃香はブツブツ何か一人呟いてるし…あれ、もしかして今のって結構NGな返答だったの?
 でも、異変って言っても春雪異変でしょう?あれの犯人は幽々子に間違いない訳だし…もしかして、萃香が今から異変を起こそうと考えてるとか?
 私と同じくらいの弱っちい力しか無い萃香が異変?いやいやいや、非常に拙い、拙過ぎる。下手に異変なんか起こして霊夢が解決に
乗り出したら、萃香なんて三秒で殺されちゃう。す、萃香の危険が危ないじゃない!危険が危ないって何よ!いや、それどころじゃなくて!

「駄目よ萃香!悪い事は言わないから、頭を冷やして少し考え直しなさい!」
「へ?」
「いい、この幻想郷で異変を起こすと言うのはね、虎の尾を思いっきり踏むのと同じことなのよ?
異変を起こしたが最後、この幻想郷の異変解決人である最強の巫女が妖怪退治に乗り出してきて、犯人を無慈悲にボコボコにしちゃうのよ?
貴女はまだ若い、異変を起こすチャンスなんて幾らでもあるでしょう?少なくとも、少なくとも今代の博麗の巫女が引退するまでは自重することをお勧めするわ」

 萃香の両肩を掴み、私は必死に考え直すように萃香に訴えかける。あかん萃香、まだゴールしたらあかん。
 萃香は霊夢の怖さを知らないからそんな命知らずなことが言えるのよ。異変の時に対峙した霊夢、本当にヤバかったんだから。死んだと思ったから。
 そんな恐怖をこんな幼い萃香に味あわせる訳には…だからこそ、私はなんとか萃香を翻意させようと必死に説得に走る。
 最初はぽかんとした表情で私の話を聞いていた萃香だが、やがて堰を切ったように何故か爆笑。あんれえ?なあにこれ。どういうことなの。

「ちょ、ちょっと萃香!私は本気で…」
「ああ、いや、ごめんごめん。必死なレミリアが面白くてねえ。そうだね、アンタはそういう奴だった。
私のことを心配してくれたんだろ?私が巫女にやられるって思った訳だ。だから止めようとしてくれた訳だ」
「へ?あ、えっと、まあ、そういう解釈の仕方も無きにしもあらずんばあらざるなりみたいな…」
「そーかそーか、心配しちゃったか。にゃはは」

 にやにやと笑う萃香の顔に私はつい顔をぷいと背けてしまう。くう、何か知らないけど
全部読み透かされているみたいで悔しい。あと歯に衣一つ着せないストレートな萃香の言葉が恥ずかしい。
 そんな私に、萃香は笑みを浮かべたままに軽く息を付く。そして、私の正面に向き直し、言葉を紡ぐ。

「そうだね、まずは一つずつレミリアの勘違いを正していこうか」
「勘違い?」

 何よ勘違いって。勘違いを正すなら幻想郷全ての人妖に対する私への勘違いを正して欲しい。
 みんなみんなレミリア=異変起こす喧嘩早い吸血鬼なんて勘違いしてるみたいだし。本当の私はこんなにも
ピースクラフトな完全平和主義者だと言うのに。言っちゃえばトーラス一機だって隠し持ってないわよ。

「レミリア、アンタは私のことをどう思ってるんだい?」
「どう…って、萃香は私の友人だろう?それ以外に言葉が必要かしら」
「ああいや、そうじゃなくて。そうだね…レミリア、アンタは私のことをこう思ってるんじゃないのかい?
『伊吹萃香は弱い、だから私が何とかしてあげないといけない』って」

 …いや、あとそれに加えて幼い子供妖怪の面倒を年長者として見てあげなきゃっていうのがあるんだけど。
 とりあえず萃香の言葉は否定しない。萃香が弱いから私が何とかしてあげなきゃってのは本当だし。
 否定しない私に対し、萃香はやっぱりねとばかりに肩を竦ませる。

「成る程ね…つまるところ、これが今のレミリアの現状か。鬼としての誇りを損なわれ、妖怪としての在り方を否定される気分か。
奴等のレミリアに対する心を推し量りゃ仕方が無いと言えなくもないが…コイツは実に反吐をぶちまけたくなる程に最悪な責め苦だ」
「ちょ、ちょっと萃香!?一体どうしたのよ!?」
「これが鬼の名を冠する者に対する仕打ちか。これが誇り高き妖しに対する扱いか。
古来より畏怖の象徴とその名を轟かせた鬼の名――誇り高き我らが同胞を哀れ蔑み、道化よ弱者よと暗き檻に囲うのか」

 …やばい。理由は全然分からないけど萃香、滅茶苦茶怒ってる。
 その表情こそさっきまでの笑みと変わらないんだけど、幾度の死線(不機嫌爆発してる霊夢)をくぐり抜けてきた私だからこそ分かることがある。

 私はこれでもそこそこビビり慣れている。修羅場も幾つか抜けてきた。
 そういう者にだけ働く勘がある。その勘が言ってる。


 ――私はここで理不尽な不幸に合う。


 自分の経験則に従ったとき、気づけば私は一歩足を後ろに下げていた。自分よりも幼い相手にも関わらず。
 何故萃香から後ずさってしまったのか、その理由は頭ではよく分からない。言うなれば、それは本能だったのかもしれない。
 私の知る伊吹萃香が、私の知り得ぬ異形の何かに変わってしまう瞬間を、私の肌が捉えていたのかもしれない。
 そして、少し遅れて気づいた現象。それは、萃香の体の周囲に集まる白い霧。それらが萃香の元に集まっては萃香の体へと吸収されている。
 霧が萃香の周囲から消失する度に増長していく萃香から放たれる重圧。それは酷く苦しく、呼吸を忘れてしまいそうになるほどに強大で。
 知っている。嗚呼、私はこの空気を知っている。この力を知っている。
 これは私の妹が、私の友が持つ強大な力と同質のモノ。他者なんて寄せ付けない天蓋の領域に立つ妖しだけが許された無双の力。
 …嘘。嘘嘘嘘。だって萃香よ?この三日間、ずっと私と一緒に過ごしてきた伊吹萃香なのよ。
 萃香は私と同じくらいの力しか持たない妖怪で。その筈がどうして――どうして今の萃香からは、八雲紫と同等クラスの妖気が生じているのか。

「す、萃香…貴女、どうして…」
「これが一つ目の勘違いの訂正だよ、レミリア。何をどう勘違いしたのか知らないけれど、アンタは私を弱い妖怪と思いこんでいた。
ははっ、例え天地がひっくり返ったところでそんな筈があるもんか。この私は鬼の四天王が一人、伊吹萃香なんだから。
この私が弱者なら、この世に強者なんて誰一人存在しない。古来より数多の人妖が恐怖に打ち震え、名を呼ぶことすら忌避した悪鬼、それが私さ」

 絶対強者。生まれながらにして絶望的なまでに分け隔てられた力の差。
 萃香に対して上手く言葉が話せない。酷く心が圧迫される、酷く喉が乾いて仕方がない。
 私の体を支配するこの感情は恐怖。過去に類を見ない程の恐怖が全身を包み込み、私の感覚器官の全てをかき乱す。
 何故私の体が、心がここまで怯えてしまっているのか。力を持つ人間や妖怪ならこれまで幾度と相対してきた。
 博麗霊夢、八雲紫、西行寺幽々子、そしてフランドール・スカーレット。その誰もを相手にして、私はハッタリと機転で場を誤魔化し凌いできた。
 けれど、今はそんな口先すら回らない。回せない。
 萃香の本当の姿にショックを受けている訳じゃない、萃香が相手だからどうこうという問題じゃない。
 そう、私は初めてだったんだ。こんな風に他人から、純粋なまでの殺気をぶつけられることが。
 萃香は今、確実に私に…レミリア・スカーレットに対し牙を剥こうとしている。

「…悟ったかい。やはりアンタは優秀だよ、レミリア。他人の抱く空気の機微に敏感で、いつだって人の心に配慮を忘れない。
もしアンタが人間だったなら、さぞや立派な聖人君子になれただろう。ややもすれば、歴史に名を残した傑物になれたかもしれない」
「ひっ…!?」
「けどね、それはあくまでもしものお伽話だ。今のレミリアにゃ、それだけじゃ駄目なのさ。
かつぎ上げられただけの幼王に一体何の意味がある。大事に大事に飾られる壷に一体どれだけの価値がある。
そうじゃないだろう?本当のレミリア・スカーレットの価値はそんな塵屑みたいなモンじゃない筈だ。
アンタが持つ本当の強さは、年端もいかぬ子供と同等に扱われるようなモノじゃ決してない筈なんだ」
「萃香、私には何がなんだか…」
「だから私はここに証明してやると決めたんだ。アンタの持つ本当の強さ、気高き我が同族の姿を連中に教えてやろうってね。
そういう訳でレミリア、私と一つゲームをしようじゃないか。ゲームに勝てばアンタを今すぐここから解放してあげる」
「ゲ、ゲームって…」
「いやいやそんなに難しい事じゃない。あるのは至極単純なルールだけさ。
ゲームの名前は『鬼退治』。レミリアが一発でも私をぶん殴れたら勝ち、その前にレミリアが死んだら私の勝ち。どうだい、実に簡単だろう?」
「――っ」

 萃香に言葉を返そうとするが、それは声にすることすら出来なくて。
 気づけば、私の体は宙に舞っていた。その後、すぐに訪れた体中の衝撃。
 その痛みを感じ、私は初めて自分の体に何が起こったのかを理解することが出来た。
 殴られたのか、蹴られたのか、投げられたのか、それすらよく分からない。
 だけど、一つだけ絶対の事実は、私は目にも留まらぬ速度で萃香に攻撃され、その後地面に叩きつけられたということ。
 全身を襲う痛みに、呼吸すら出来ない。痛い。冗談にならないくらい痛い。
 気を失わない程度の激痛が私の脆弱な体を疾走する。あり得ない、本当に意味が分からない。
 どうして私は萃香にこんな目に合わされているのか。どうして萃香が私にこんなことをするのか。
 全身の痛みのせいで非難の声をあげることすらままならない。この状況に文句を言うことすら許されない。
 苦痛に呻く私に、萃香は表情一つ変えることはない。大地に横になっている私の胸倉を掴み、無理矢理立ち上がらせる。

「油断しちゃ駄目だよ、ゲームはとうの昔に始まってるんだから。
始まりの合図なんて実際の殺し合いにゃ存在しない、ましてや人肉を貪るだけに特化した低級な妖怪共には。
意識はあるだろ?相応に手加減してるんだ、ここで気を失われちゃ困るからね」
「す…萃香…どうして…」
「言っただろ?私はレミリアの本当の強さが見たいって。そしてアンタを虚仮にする連中に教えてやるんだって。
言ってしまえば、この件はレミリアには何の関係も無い。アンタには私にこんな目にあわされる理由なんてこれっぽっちもないんだ。
だけど、私はアンタを傷つけるのを止めるつもりは無いよ。そしてレミリア、アンタにゃ私を止める術も力も無い。
抵抗出来ないなら理不尽を受け入れるしかない。まだ舞台の幕は上がったばかりだ。肉体的に脆弱なレミリアにゃ大変だろうけど、せいぜい気張っておくれよ」

 そう告げ、萃香は大きくふりかぶって力の限りで私を投げつける。
 無論、私が対応出来る筈もなく、私は洞窟の壁へとそのまま衝突する。
 肩口からぶつかったのが不幸中の幸いだったのかもしれない。私は致命傷に至ることなく、大きく噎せてその場にうずくまる。
 ――痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い。体中が焼けるように痛い。言葉にならない悲鳴をあげる私の元に、萃香は今もなお表情一つ変えずに近づいていく。
 その萃香に私はどうしようもないほどに恐怖を感じていた。理由は知らない、分からない。
 けれど、萃香は今、確実に私を殺しにきている。私の命を狙ってる。亡き者にしようとしている。
 それだけじゃない。萃香の先ほどからの言動からして、間違いなく萃香は知っているんだ。
 私だけの秘密。墓まで持っていくと決めていた秘密――本当はレミリア・スカーレットが他の誰よりも弱いという真実を。

「ほら、まだ眠るにゃ早いだろ」
「うああ…」

 足を進めてくる萃香に、私は必死に首を振って後ずさる。背後は壁で逃げ道がないと知っていてもなお、本能が逃げろ逃げろと行動に移す。
 怖い。萃香が怖い。また萃香が私に触れたなら、あの苦痛が全身を襲うんだ。全身を焼くような痛みが私を襲うんだ。
 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。痛いのも苦しいのも嫌だ。怖い。萃香が何より怖い。
 こんな恐怖、生まれて一度も味わったことなんてなかった。こんな怖い経験なんて今までしたことなかった。
 何が何度も修羅場を乗り越えた、だ。何が沢山の恐怖を知っている、だ。
 本当の私は何も知らなかったんだ。本当に命を狙われる恐怖も、妖怪と対峙する怖さも。
 紅魔館という安全な場所で生きてきたこと、それがどれだけ幸せなことだったのか、私は真の恐怖をもって理解することが出来た。
 私は何一つ知らなかった。誰かに力を向けられることが、こんなに怖いことだったなんて。

「理不尽だろう?納得できないだろう?
レミリア、アンタは今どうして私だけこんな目にとでも思ってるかもしれない。
けどね、これは今に始まったことじゃないだろう?アンタは誰よりも理不尽な運命に翻弄されてきたんだから。
古より力有る者の象徴である鬼、その名を冠しながら、アンタは何一つ戦う力を与えられなかった。
アンタは生まれながらにして理不尽な運命を叩きつけられたんだ」
「うう…」
「けれど、アンタはそんな世界を恨んじゃいない。誰かに憎悪の念をぶつけることもない。
この理不尽を何処までも享受し、寛容に受け入れ、前を向いて歩いていこうとしてる。
それはなんと強い心の在り方だろう。感心するし、敬意も払う。アンタの心の強さはその辺の連中には決して届かない本当の強さだ。
だけど…レミリア、お前はその理不尽に慣れ過ぎちゃってる。だから現状に声を上げないし、誰に非をぶつけるでもない。
それじゃ、何時の日かアンタは確実に潰れてしまう。何時の日か訪れる今以上の理不尽に、アンタは確実に殺されてしまう。
本当なら腹を決めて立ち向かわなきゃいけない理不尽さえも、アンタは受け入れようとする。それじゃ駄目なんだよ」

 震える私の頭を右手で鷲掴みし、萃香は軽々と私の身体を地面から引っこ抜く。
 宙に持ち上げた私に対し、萃香は笑みを浮かべたまま淡々と言葉を続けて行く。私は恐怖に震えるだけしか出来ずにいた。
 ただただ怖くて、自分の無力さを恨むことすら忘れて、私は――














 ~side 妖夢~



「すいません、大根と人参と白菜を頂きたいのですが…」
「おおっと、何でも屋なのは確かだが、生憎と野菜は扱ってなくてなあ。
そうだな、不思議なキノコなんかどうだ?大きくなったり半霊が一匹増えたりするかもしれん」
「いえ、キノコは特に…って、ま、魔理沙っ!?」

 人里の八百屋に入った筈なのに、何故か魔理沙がそこに居て。
 …というか、ここは何処なのか。魔理沙が腰を落ち着けているその場所は、八百屋店内とは明らかに異なっている。
 この場所は床も天井も壁も無く、何処何処までも無限の広がりが存在していて。周囲を軽く見渡せば、まるでシャボン玉の
虹色のような歪な色彩で包まれていた。その色彩は時の流れと共に曲がり弛み捻じり歪み。少なくともあまり直視していたいものではない。
 そして、気付いた時にはもう背後に私の入ってきた『八百屋の入り口』は存在しなくて。その私の光景に、溜息をついて魔理沙と少し離れた場所に
立っている人物――博麗霊夢とアリス・マーガトロイドが言葉を紡ぐ。

「無駄よ。この空間は入ったら自力じゃ出られないように細工されてるみたいだし」
「博麗霊夢…それにアリス・マーガトロイド」
「アリスで良いわよ、フルネームは呼び難いでしょうし。その代わり私も貴女の事を妖夢と呼ばせて貰うから」
「私も霊夢で良いわ」
「えっと、それではアリスに霊夢と。それで、此処は一体…」
「さあ?少なくとも私の家でも八百屋でも無い事は確かね」

 私の問いに、霊夢はさぞつまらなさ気に答える。多少気が立っているのか、彼女の表情は少しばかり険しい。
 苛立ち混じりに答える霊夢の代わりに、軽くため息をつきながら、アリスが口を開く。

「貴女と一緒よ。私達も気付いたらこの場所に転移されていたのよ。かれこれ一時間は経つかしら」
「霊夢の家で紅魔館に行く準備を始めようとして、外に出ようと思ったらこれだ。こんな精神衛生上よろしくない場所にいつまでも居たくはないんだがなあ」
「さっき霊夢が言ったように出口は無い…と」
「そういうことだ。私達が調べたところ、この空間は無限の広がりがあるように見えてそうでもない。立方状に見えない障壁みたいなのが存在してる。
そうだな…ざっとで言うなら、一辺が大体私の歩幅の五十個分くらいだな。なかなかに広さのある快適…には程遠い空間だな」

 魔理沙の説明に、私は軽く室内を見渡す。成程、この何処何処までも続きそうな空間にも仕切りはちゃんと存在しているらしい。
 ただ、それは逆に考えれば、この部屋は完全密室で出口が存在しないということ。抜け道は存在しないということ。
 だからこそ霊夢は不機嫌なのだろう。空間が個室という区切りまで最小化出来たけれど、得られた解は脱出不可能という求めたくないモノだったのだから。

「ところで妖夢はどういう経緯でここに?」
「へ?あ、えっと…幽々子様に頼まれて、今晩の夕食の食材を…」
「おお、そいつは丁度良い。何か食べれる物を分けてくれよ、少しばかり小腹が空いて仕方無いんだ」
「残念だけど、八百屋が一店目だったから何も無いよ。まだ買い物を一つも済ませてないし…はあ、幽々子様に怒られちゃう…」
「いや、怒らないだろアレは。むしろ遅れた妖夢を嬉々としてからかうに違いない」

 魔理沙の言葉に反論出来ない。幽々子様は怒らないけど、私を使ってきっとお戯れになるんだろう。
 私は溜息をつきながら、魔理沙同様その場に腰を下ろす。とりあえずここからの脱出法を考えなきゃいけない。
 否、そもそも脱出法も大事だけれど、私達をここに引き寄せた元凶は何か。まずはそこから考えなければいけないのではないか。

「ねえ魔理沙、私達は今こうして、こんな空間に閉じ込められてる」
「ああ、そうだな。息苦しいったらありゃしない」
「となると、私達を閉じ込めた犯人が当然存在する筈。脱出法も大事だけど、まずはそこから考えた方が…」

 私との問いに、魔理沙は少しばかりポカンとした表情で私を見つめていた。あれ…どうしたのかな。
 そして少し間を置いた後、魔理沙大爆笑。え、え、何で?どうして?私何も変なことは言ってないと思うけど…
 うろたえながら周囲を見渡すと、霊夢は呆れるように溜息をついてるし、アリスも少し苦笑気味だ。理由が全く分からない。
 そんな現状を全く把握出来ていない私に、魔理沙は人差し指を立てて説明を始めてくれた。

「妖夢は実に馬鹿だな。犯人なんか最初から分かり切ってるじゃないか。
よくよく考えてもみろよ。閉じ込められた私達の面子に関係しつつ、こんな出鱈目な異空間を自在に操る程の力を持つ奴なんて一人しかいないじゃないか」
「それはつまり、犯人は私達の知人の誰か且つかなりの力を持つ妖怪だと」
「じゃなきゃ説明がつかないだろ。霊夢の家に集合してた私達をこの場所に引っ張り込んだだけなら、まだ別の答えに辿り着いたかもしれない。
犯人は今回の異変の首謀者で、私達にレミリアの傍に居て欲しくない奴なのかもなって。だけど、この場所にレミリアの件には何の関係も無い妖夢、
お前まで犯人は引っ張ってきたんだ。お前は紅魔館に向おうとした訳でも無いのに、だ。こうなると、犯人は一人しか浮かばない」
「…別にそこまで深く考えるまでも無いわよ。そもそも、こんな意味の無い馬鹿なことをやってのける変な奴なんて
最初から一人しかいないのよ。――そうでしょう、紫」
「あらあら、変とは心外ね。私の行動が貴女にとって奇異に映るのは、
貴女が私の考えを理解出来る境地に辿り着いていないから。ただそれだけのことですわ」

 霊夢の視線の先には、何時の間に現れたのか、扇子を広げてクスクスと楽しそうに笑う紫様の姿が。
 その唐突な登場に、私は驚くことすら忘れて息を飲む。動けなかった。気配を察知することも出来なかった。
 それは紫様と私が比肩などおこがましい程に力量差がある故なのだろうが、私が驚いたのは紫様の登場よりも霊夢の方。
 何故なら霊夢は私達をおいて、ただ一人紫様の気配に気づいていたのだ。博麗の巫女、博麗霊夢。本当に底が見えない。

 霊夢の事はさておき、成程、と私は思う。魔理沙や霊夢の言っていた犯人が誰なのか、ここまでくれば流石の私も
分かると言うもの。このような異空間を自在に操り、私達を閉じ込める程の実力者なんて、確かに魔理沙の言う通り、お一人しかいないのだ。
 その犯人こそ八雲紫様。我が主、西行寺幽々子様の莫逆の友にして、幻想郷の管理を担う最強の大妖怪。
 恐らく今回の事も紫様のいつものお戯れなのだろう。紫様は幽々子様に負けず劣らず『そういう事』が大好きであられるのだから。

「魔理沙の言葉の意味がやっと分かりました…確かにこれ程のことをやってのけるのは、紫様をおいて他にいませんね」
「あら…妖夢、私を買ってくれるのは嬉しいけれど、それは余りに世界を知らないというものよ。
空間を弄って貴女達を閉じ込めるなんて、手慰みも良いところ。手順さえ異なれば、紅魔館のメイドさんだって同じことが出来るでしょう」
「確かにあのクソメイドならやってやれないこともないでしょうね。ただ、アイツはこんな悪趣味かつ無意味な事に力を使ったりしないでしょうけど」
「無意味と決めつけるのは貴女の主観。貴女にとって無意味でも、私にとっては非常に大事な意味を持つかもしれない。
人の思惑とは一方通行では読み切れない。先代の博麗も、妖怪退治の方法だけではなく、もう少し老獪な駆け引きの作法を教え込むべきだったわね」
「アンタの思惑なんかどうでも良いのよ。興味も無いし知る気も無い」
「それは残念。所詮、人間と妖しは相容れぬモノ。私達は互いに殺すか殺されるかの二択でしか道を選べない」
「…いや、なんでそんな物騒な話になってるんだ?つまり、霊夢を含めて私達が言いたいのは…」
「――御託はいいからさっさとここから出せ、それだけよ」

 人差し指と中指に術符を挟み、霊夢は紫様の方へ真直ぐ突きつける。
 そのあまりに一方的な霊夢の行動に、私は軽く息を吐く。数多の人妖が名を聞くだけで震え恐れる紫様相手なのに…本当に霊夢は色々な意味で凄いと思う。
 けれど、今回ばかりは霊夢の言葉が正しい。幾ら紫様が相手とはいえ、このようにお戯れに付き合わされて時間を浪費してしまうのは勘弁願いたい。
 そういう訳で、私は紫様が霊夢の言葉に頷いてくれることを願っていたんだけど…どうやら話はそう簡単にいかないらしい。

「フフッ、その問いに対する答えを薄々とは理解しているのでしょう?
私が年端もいかぬ童のように唯々諾々と従うのなら、最初からこんなことはしていない…違って?」
「お仕置きの度合いを確認する為よ。今すぐ解放すれば一発半殺しで許してあげる。もし
これ以上面倒をかけるつもりなら八割殺しで三途の河に片足突っ込ませる」
「…いや、だからなんでそんな物騒な話になってるんだよお前は」
「はあ…霊夢に任せてると話が終わらないじゃない。とにかく紫、貴女は私達を簡単に解放するつもりはないのね」
「YESでありNOでもある。貴女達を解放することに難易度を決めるのは、私でもはたまた貴女達でもないもの」
「いや、全く全然これっぽっちも意味が分からん。お前は一体何を言ってるんだ?」
「私が貴女達をここに連れ去ったのは、ただの純然たる善意に他ならない。
感謝こそされど、非難を受ける理由なんて一つもないのよ?何一つ知らぬままに『後の祭り』なんて状態にならないように、
私が貴女達の為に、こうして特等席を用意してあげたと言うのに」

 …駄目だ。今の紫様には何を言っても会話にならない。それは幽々子様を主に持つ私だけが分かる事実。
 紫様は私達の言葉なんて微塵も聞き入れるつもりなんてないのだろう。ただ、紫様の用意した双六の上で踊らされてるだけ。
 私達に出来るのは、唯只管に賽を振ることだけ。私達が選択出来るのは、一マス進むかはたまた六マス進むのか程度。
 結局のところ、どれだけ賽を振って大きな目を出そうとも、その道は紫様が計画し築き上げた道な訳で。私達は紫様の企みに
耳を傾けることしか出来ないのだ。例えどれだけ反発しようとも、最終的に決定権を握るのは紫様ただ一人なのだから。

「あのなあ…ハッキリ言うけど、お前はいちいち言葉が不自由過ぎるんだよ。
人にモノを伝えるときは趣旨をハッキリ伝えるように誰かに教わらなかったのか?」
「人の言葉の端々に垣間見える欠片を集めようともしない愚鈍がよく言う。思考を放棄した人間は獣と同義ね。
…まあ、いいわ。私も別に貴女達をからかって遊びたい訳でも無し。先ほども言った通り、今日は貴女達に特等席を用意させて頂いたわ」

 言葉も途中で、紫様は軽くパチンと指を鳴らす。
 その刹那、紫様の背後に巨大な隙間が生じた。その開かれた隙間の内部には、水鏡のように室外の光景を映し出されている。
 一体何を――そう紫様に訊ね掛けて、私は言葉を発することが出来なかった。それはきっと、魔理沙達も同じだったに違いない。
 霊夢も、魔理沙も、アリスも、誰一人声を発さない。誰一人声を発せない。何故なら、この場の誰もが隙間に映し出された光景に驚愕していたから。

「…劇の題目は『鬼退治』。戦う力を持たないか弱い存在(しょうじょ)が、強大な鬼にたった一人で立ち向かうお話」

 最早、紫様の言葉は私の耳には届かなくて。私は視線を巨大な隙間から逸らすことが出来なかった。
 何故ならそこに映し出されていた光景は、私の理解を遥かに超えている内容で。何が起こっているのか全く理解出来なくて。


 その隙間の中では、レミリアさんが一匹の妖怪にボロボロにされていた。

 壁に叩きつけられ地面に投げつけられ、それこそ言葉にするのも憚られるくらい一方的に。








[13774] 嘘つき萃夢想 その六
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2010/01/26 01:05




 ~side 萃香~





 レミリアの軽い身体が簡単に宙に舞い、幾度目となる壁との衝突をする。
 最早、レミリアが私に抵抗しようとすることはない。それは抵抗する力が残っていない程に身体にダメージを負っているという訳じゃない。
 私はレミリアを極力傷つけないような攻撃手段しか用いていない。殴る、蹴る等を封じ、撫でるようにレミリアを投げつけるだけ。
 その理由は勿論、私の目的がレミリアを殺したいからじゃない。レミリアを追い詰めることで、レミリアの本当の姿を垣間見たいから。
 だからこそ、見た目こそ派手だが、レミリアは言う程の傷は負っていない。けれど、レミリアは私に抵抗しない。抵抗出来ない。
 何故なら今のレミリアは完全に心が折れてしまっているから。生まれてきて初めて味わう本当の殺気、恐怖、そして痛み。それを
何度も何度もその身に叩きつけられたんだ。むしろよくぞここまで持った方だと賞賛したいくらいだ。
 一歩、また一歩と投げ飛ばしたレミリアに近づく度に、レミリアの身体が恐怖に震える。ガチガチと歯のぶつかりあう音が聞こえる。あの
純粋無垢で楽しそうに笑うレミリアの笑顔はもう何処にも無い。その瞳はもう恐怖しか映されていない、怯えることしか出来ない。
 そんなレミリアの姿を見て、私は確信する。今こそが仕上げの段階に移行する頃合いだと。

「最早抵抗することも出来ない、か。どうなんだい、レミリア」
「許して…もう止めて…もう嫌…」

 その瞳は私すら映さず。ただただ許しを乞うレミリアの姿の何と儚きことか。
 今にも泣きだしてしまいそうなレミリアに、私は最後の選択を突きつける。言葉に出来ない程の理不尽を前に、レミリアは
どちらの道を選び取るか。羽ばたくか、はたまた羽を休めるか。恐らく、どちらでも構わないと紫の奴は考えているんだろうけど。
 震えるレミリアの前に立ち、私は言葉を紡ぐ。さあ、レミリア、選び取れ。お前の意志で、自分の望む道を選ぶんだ。
 その上で私に見せておくれ。古来より私達鬼が切望してやまないモノを、お前の持つ本当の強さを――

「…飽きた。つまらない。レミリア、お前はつまらない。実に期待外れで退屈だよ。
いいよ、もう痛いのも怖いのも嫌なら逃げれば良いさ」
「え…」
「見逃してやるって言ってるの。ほら、この洞窟の入口があるだろう?
今は私が霧で覆っているから出入り出来ないようにしているけれど、あれを解除してあげる。
レミリアはあの場所から歩いて逃げれば良い。そうすれば私は追わないし、攻撃だって加えない。
そして私は二度とお前の前に姿を現さないし、危害を加えないことを約束してあげる。どう、破格の条件でしょう?」

 私の言葉に、レミリアは信じられないとばかりに眉を寄せる。まあ、それも当然といえば当然か。つらいね、自業自得とはいえ、こういう目をされるのは。
 軽く息をつき、私はレミリアの身体を右手で持ち上げ、軽く跳躍をして洞窟の出入り口近くへと運んでみせる。
 出口の前でレミリアを下ろし、私は霧を操作して、出口の霧の濃度を下げる。ガチガチの壁状になっていた霧は、人が通ることが出来る程度に薄まる。

「自分の力で洞窟を抜ける程度の余力はあるだろう?さあ、逃げるなら逃げなよ。鬼の名に誓って私は追わないから」

 行動に起こすことで、どうやら信じて貰えたのか、レミリアはゆっくりと立ち上がり、身体を引きずるようにして出口の方へと歩んでいく。
 …まあ、当然だ。突然、こんな場所に連れられて、これまた意味も分からず知人に暴行を加えられたんだ。ここで残る奴なんて誰がいるもんか。
 これでは選択なんて成り立たない。レミリアの奮え立つ姿なんて見られる訳が無い。だからこそ、私は最後の一枚のカードをこの場で切ってみせる。
 フラフラのレミリアが、霧に包まれた出口に足を踏み入れようとするその時、私は残りの白霧を一気に大気に霧散させる。靄掛っていた
出口の通路、レミリアの視線の先に、私のとっておきのカードである一人の姿を見せつける。
 その姿を見て、覚束ない足取りでも必死に前へ進めていたレミリアの足が止まる。否、止めざるを得なかったのだろう。
 何故なら、レミリアの視線の先に現れた人物――それは、彼女が何より愛してやまない大切な一人娘だったのだから。

「さ…く、や…?」

 そう、レミリアの呟く通り…そこに居るのは、十六夜咲夜だ。
 それもいつもレミリアが見てるような姿じゃない。体中はそれこそレミリアに勝るとも劣らない程にボロボロで、
全身が傷と痣だらけ。無事なところを探す方が難しいくらいに、十六夜咲夜はボロボロだった。
 勿論、それは私の仕業だ。レミリアに対するとっておきの切り札とする為に、私が呼び出し、殺し合い、そして私が勝利した。
 十六夜咲夜は人間の部類ではハッキリ言って別枠レベルの強さだった。所有する能力も化物のそれと何ら変わりない。だけど、それだけだ。
 通常の妖怪なら難なく打倒出来ただろう。上級の妖怪だって屠れたかもしれない。だけど、十六夜咲夜が戦った相手は他ならぬ私。
 鬼を打倒するには、十六夜咲夜では届かない。ましてやその中でも最強に属するこの私相手では。
 私に敗れ、十六夜咲夜は気を失ったとき、全ての権利を失った。最早、レミリアを助けることも手を貸すこともままならない。
 恐らく、今から三日ほどは目を覚まさないだろう。そんな抵抗一つ出来なくなった十六夜咲夜を、私は自分の欲望の為に利用する。利用させて貰う。
 そう、コイツこそがレミリアにとって何より有用なカードとなる筈なんだ。レミリアの中で、コイツだけが別格だと私はこの数日間で知っているのだから。
 気を失ったまま、私の操る霧で拘束されている十六夜咲夜の姿に言葉を失っているレミリア。そんなレミリアに、私はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「そう、アンタの愛娘の十六夜咲夜だ。私に挑み、敗れ去って今はこんな状況にあるけどね」
「さ…咲夜っ!!」
「無駄だよ。死んじゃいないが、声を掛けたくらいで目覚めるような甘い戦いをしちゃいない。
まあ、次に目覚めるのは三日後くらいかな。身体も良く鍛えられているみたいだし、後遺症だって残らないよ」

 私の説明に、レミリアは僅かばかりの安堵の息をつく。馬鹿だね、そんな風に安心してる余裕なんて微塵も無いと言うのに。
 だって、これからアンタは身を切るような選択を迫られるんだ。そう、それこそこれまでに無い程の理不尽さを突きつけられて。

「す、萃香…お願いだから咲夜を解放…」
「しないよ」

 懇願するように乞うレミリアの言葉を私はにべもなく一蹴する。
 私の言葉の意味が理解出来ていないレミリアに、私は腹の底に力を込めて声を発する。さあ、レミリア、選ぶんだ。アンタの道を。

「私は確かにレミリアを見逃してやっても良いと言った。だけど、私にナイフを向けたコイツは別だ」
「そ、そんな…お願いよ、萃香…咲夜のことは謝るから、私が謝るから…だから…」
「駄目だね。この人間は私が攫うと決めた。古来より人攫いは鬼の役目だ。
そうさね…この人間には私と一緒に地底に来て貰うとしようか。暗く光の差さない大地の底で、その生涯を終えて貰うとしよう。
何、レミリアは気にすることは無い。コイツのことなんか忘れてさっさと逃げてしまえば良い。決断は一瞬だろう?
今の気持ちを一瞬だけ裏切れば、お前に待つのは望んだ日々だ。平穏で、誰にも邪魔されず、犯されず。何一つ危険の無い未来を約束してやる」

 それは間違いない事実だ。恐らく、この決断を紫は覗いている。そしてレミリアが逃げた場合…アイツはそういう未来を歩かせる筈だ。
 レミリアの妹達の思惑なんか関係ない。レミリアが心から嘆きただ平穏を望んだなら、紫はその道を与えるつもりなんだろう。ただ、その道は…
いや、もしかしたら、レミリアにとってそれは一番幸せな道なのかもしれない。理不尽な不幸も苦痛も無く、何一つ縛られない好きなことだけをやって
いられる毎日。私はそんな未来等御免だけど、唯の人間と何ら変わりないレミリアにとっては喉から手が出る程に欲しい未来なのかもしれない。
 だからこそ、私はレミリアの選択を待つ。どちらを選んでも、私は責めも罵倒もしない。この選択は、ある意味レミリアが自分の足で歩かねばならない決断だ。
 いずれ訪れるであろう、今私が与えている理不尽を超える事象に自分の意志で立ち向かうのか、はたまた全てを捨てて逃げるか。
 私は大きく息を吸って言葉を紡ぎ直す。レミリアが選ぶ道を知る為に。レミリアが直面しているこのふざけた現実にどう対応するかを知る為に。

「…さあ、選びなよ、レミリア・スカーレット。
このまま逃げて全てから解放されるか、私に立ち向かい自らの意志で全ての理不尽に立ち向かうのか」


















 ~side 魔理沙~



「ふざけるなああああああああああああ!!!!紫いいいいいいいいいいい!!!!!!!!」

 腹の底から憎悪に籠った叫び声。そんな咆哮が耳に届いたとき、私はようやく肢体を動かす方法を学習した赤子のように
身体を動かすことが出来た。叫び声の方向に視線を向けると、そこには紫に向って真直ぐ疾走している霊夢の姿があった。
 だが、霊夢の動きはそこで終わりだ。突如霊夢の周囲に現れた小さな隙間から木々の枝のようなモノ…触手とでも表現すればいいのか、
そいつらが現れ、霊夢の両手両足を封じるように縛り付ける。身体を拘束された霊夢だが、アイツは決して進むのを止めようとしない。
 まるで鎖に繋がれた獰猛な犬が、必死に解き放たれようとしているかのように束縛の中を暴れまわっている。そんな霊夢に、紫は軽く息をついて言葉を紡ぐ。

「急に大声を出したかと思えば…さてはて、貴女は一体何のつもりかしら?」
「黙れっ!!!それは…それはこっちの台詞よ!!!」
「こっちの台詞、とは?」
「アンタは…アンタはレミリアに一体何をしてるのよ!?自分が何をしてるか分かってるの!?」

 視線だけで人を殺すことが出来る、そんな表現が似合うように霊夢は紫を睨みながら声を荒げている。
 対する紫の奴は、霊夢の射殺すような視線をどこ吹く風と受け流してる。その態度が霊夢の怒りを更に掻き立てる。
 …この野郎。霊夢じゃないが、私も段々苛立ちがコイツに対して大きくなってくる。

「レミリアに対して私は何もしていないわよ?私は貴女達の前に居るじゃない。
…ああ、あの場にレミリアを連れてきたのは私だったわね。だけど、それだけ。レミリアをボロボロにしたのは私じゃなくてアイツでしょう?」
「お前っ…そんな言葉遊びが通じるとでも思ってんのか?アイツが誰かは知らないが、お前とアイツは間違いなくグルだろうが。
直接手を下したかどうかの違いだけで、結局お前が犯人であることは間違いないだろっ!」
「犯人?私が?一体何の?」
「ふざけんなっ!!!レミリアをあんなボロボロになるまで追い詰めた犯人だっ!!!」

 霊夢じゃないが、流石の私も我慢の限界だった。気付けば大声を紫にぶつけ、手に持つ八卦炉を脅しに翳していて。
 そんな私達に、紫は溜息を一つついて言葉を紡ぎ直す。

「別にそんな物騒なモノを向けなくとも、説明ならしてあげるわ。訊きたいことがあるなら言いなさいな」
「コイツッ、元凶のくせにっ!!」
「…落ち着きなさい、霊夢。それじゃ紫、私の方から幾つか質問させて貰うわ」
「あら、この二人とは対照的に随分と落ち着いてるのね人形遣いさんは」
「私は二人程直情的じゃないだけよ。それに、魔法使いってのは常にクールでいなきゃいけないのよ。
全員がカッカしてるときでも、ただ一人氷のように冷静に戦況を見てなきゃいけない…それが魔法使いなんだそうよ」
「へえ、なかなかどうして。素晴らしい名言ね、一体誰の受け売りかしら?」
「貴女達が今苛めてくれてる私の大切な友人からの、よ。
さて、さっさと質問を初めて構わないかしら。私は二人のように表面に出さないというだけで、いつまでも感情を
抑えていられる訳じゃないから」
「…良いでしょう、答えられるだけ答えてあげるから、お好きなように質問なさい」

 紫の言葉に、アリスは頷き私と霊夢に視線を寄こす。
 霊夢は…駄目だな、完全に怒りが頭に昇ってる。質問よりもアイツの頭の中は早く紫をぶっ倒してレミリアを助けることしかないんだろう。
 …まあ、かく言う私も駄目っぽいが。今の私はどうも感情を抑えられないらしい。きっと紫が少しでもふざけた答えを返せば、
迷うことなく私は魔法で攻撃するだろう。当然だ、だってアイツは絶対に超えちゃいけない線を越えてしまったんだ。
 私の大切な友人を…いや、私『達』の大切な友人で、何の戦う力も持たないレミリアを、あんな酷い目にあわせたんだ。
 許さない、許せない。私が今幾分冷静になれているのは、間違いなくアリスのおかげだ。だけど、ただ、それだけ。私の感情が
どす黒く煮えたぎってるのは霊夢にだって負けないくらい。だからこそ、私はアリスに視線で答える。『お前に任せる』、と。
 このインチキ妖怪相手に駆け引きをするのは、普段の私や霊夢にだって荷が重い。だからこそ、アリスに託す。冷静かつ頭の回転が速いアリスなら、
紫から必要な情報を抜きとることが出来るだろうから。頼むぜ、アリス。

「まず、初めに問いたいのは、レミリアの前に対峙している妖怪の正体」
「あら、意外ね。まずは私達を解放しろとかレミリアのところに連れて行けとか言うのかと思った」
「舐めないで。そんなことを頼んだところで、貴女が頷き協力してくれる訳がない。何故ならこの状況を作り出したのは他ならぬ貴女なんだから。
それなら、レミリアを追い詰めてる敵の正体を知り、レミリアを助ける為の手段を講じた方が有意義だわ。
今は一刻の時間も惜しいのよ、さっさとアレの正体を言いなさい。貴女がアレと本当に手を組んでいないのなら、答えられる筈でしょう?」
「勿論答えてあげますわ。彼女の名前は伊吹萃香。萃まる夢、幻、そして百鬼夜行…彼女を形容する言葉は古来より沢山あるけれど、
そうね、学に通じる貴女には、『酒呑童子』と言った方が話は早いかしら?あちらの世界のお姫様である貴女は、どうやら東洋の神秘にも通じている様子だし」
「――酒呑童子、ですって?」

 酒呑童子、その名前にアリスは絶句する。なんだ、そんなに有名な奴なのかアイツは。
 説明を求める私の視線に、紫は慌てるなとばかりに瞳を閉じ、ゆっくりと説明を続けて行く。

「魔理沙、貴女は妖怪の中で力強き種族と言えば何を想像するかしら?」
「お前。八雲紫が数多の妖怪の中でも頂点に立つっていうのは、有名な話だろ?」
「私をそこまで買ってくれてありがとう。だけど、私は『種族』という意味で強き称号を得ている訳ではないの。
隙間妖怪、そう名こそ打たれているけれど、私は私の他に存在しない。私は一人で種族なの。この意味、分かるかしら?」
「隙間妖怪って種族は紫一人しかいない、つまりそれは妖怪としての種族の強さじゃなくて紫の強さってことか?」
「そういうこと。私は種族として成り立たない、成り立てない。何故なら私は何処まで探っても一人だから。
仲間なんていない、同種なんていない、親も親族も存在しない、そういう生き物なのよ」

 そう笑って紫は話しているが、その言葉は何だか酷く物悲しい気がして。
 そんな空気を紫は気にすることもなく『話を戻しましょうか』と断ち切り、先程までの話題へ話を戻す。

「他に力強き種族と言えば?」
「…天狗かな。幻想郷でも一大勢力の妖怪の山、そこを牛耳ってる奴らだ、種族としての強さはあるだろう」
「良い着眼点ね。確かに天狗は力強き種族と言える。群れを為し、テリトリーを作り、上下関係を厳格にし、上には絶対服従。
その人間に近い結束力と天狗の実力が、彼らの種族としての強さであり、群体としての強さでもある。天狗自身、上位の妖怪の強さを持っているわ」
「そうだな…で、結局お前は一体何が言いたいんだ。今レミリアをいたぶってるアイツの正体は天狗とでも言いたいのか?」
「いいえ、その更に先を言いたいのよ。その妖怪として確かな強さを持つ天狗という種族、それを更に統括する最強の種族がこの世には存在するの。
それが彼女、伊吹萃香の正体。彼女の種族は、古来より最強の種族の名を他に決して譲ることはなかった誇り高き妖怪なのよ」
「――鬼。それが伊吹萃香の正体、か」

 紫の説明に口を挟んだのは霊夢。その名前に、私は少しばかり聞き覚えがある。
 鬼。それは確か、お伽話に出てくる力強き妖怪の名前。子供の頃に親父やお袋から絵本を読み聞かせて貰ったときに何度か耳にした。
 それなのに何故私は鬼の種族を先程出せなかったのか。その答えは単純だ。だって、この幻想郷にもう鬼は…

「鬼は幻想郷からも消えたんじゃなかったのかしら。
この幻想郷の風土に合わなかった闘争の塊である妖怪、それが鬼だと昔母さんに聞かされたことがあるんだけど」
「そう、鬼はこの幻想郷から消えた筈だった。他の妖怪とは違い、人間とは人攫い、鬼退治という関係で強い絆に結ばれていた彼らは
この幻想郷でもその関係を成り立たせることは出来なかった。人間を愛するが故に、人間に絶望した彼らに、この世界にも居場所は何処にも無かった。
…まあ、鬼の存在の有無なんて今は関係ないわね。現に今、その鬼はこうして貴女達の前に存在しているのだから」
「アイツが鬼だってことと、強い種族だってことは分かった。だったら、どうしてアリスはそんなに驚いているんだよ。
紫がアリスに教えた名前は鬼じゃなくて『しゅてんどーじ』とかいう名前だっただろ。それが何か関係してるのか?」
「ええ、そうよ。何故なら酒呑童子とは、鬼の中でも別格の存在なのだから。
最強の種族たる鬼の中でも、抜きんでた智と勇と力を持つ最強の鬼達。その四人を人妖達は畏怖と敬意を込めて鬼の四天王と呼んでいる。
その四天王の中でも筆頭として名を上げられるのが彼女…酒呑童子こと伊吹萃香なのよ」
「…そうなのか、アリス」
「…ええ、紫の言うことが全て真実なら、ね」

 頷くアリスを見て、私はただただ苦笑を浮かべるしか出来なかった。本当、レミリアの奴、なんでいつもいつもとんでもない奴を引き寄せて
くれるんだ。最強の種族の妖怪のそのまた最強なんてどんな反則だよ。しかし、アイツの正体はともかく、一つの謎が解決してくれた。

「レミリアを巻き込んだ今回の騒気の異変…その犯人も伊吹萃香ね」
「ご明察。まあ、今となってはそんな異変なんて萃香の頭には微塵も残って無いみたいだけど、ね」
「どういう意味?」
「その問いに答える意味なんてないわ。今の萃香の目的は、幻想郷をどうこうすることではなく、レミリアに関する事にすり替わって
しまったのだから。だから、何故萃香がこんな異変を起こしたのか、なんて今更聞いても仕方無いでしょう?
貴女達が訊くべきことは、幻想郷に対する問いかけではなくレミリアに関することではなくて?」
「…正論ね。なら遠慮なく問わせて貰うわ。その最強の鬼である伊吹萃香が、どうしてレミリアを酷い目に合わせてるのよ」
「さあ?私は萃香ではないから、正確な答えなんて返せないかもしれないわよ?唯の推測で構わないなら」
「それでも構わないわ。他ならぬ八雲紫の推測だもの、それはきっと何より『正解』に近い」

 アリスの答えに、紫は口元を綻ばせ、それならばと説明を続ける。
 それは私達にとって予想だにしていなかった答えで。

「萃香がレミリアを追い詰めているのは、半分は貴女達の責任でしょうね」
「はあ!?ちょ、ちょっと待て!!どうしてそこで私達の責任になるんだよ!?私達はレミリアを護りこそすれ…」
「それよ。そのレミリアを護ろうとする気持ち、それこそが萃香をあんな行動に追いたてたのよ。
正確には貴女達というより、レミリアを庇護しようとする紅魔館の連中ね。レミリアを鳥籠の小鳥のように閉じ込め、
彼女の一切の危険を排し、彼女を護る為に紅魔館の主に祭り上げ、そして彼女を大切な調度品のように扱ってきた」
「それの何が悪いんだよ。咲夜じゃないが、私だってレミリアの家族だったらそうするぜ。
だって仕方無いじゃないか。レミリアには戦う力なんて存在しないんだ。だったら家族なら護るだろう?大切にするだろう?」
「ええ、そうね。それは何一つおかしくない。何もおかしいことじゃない。力無き者を護るのは力有る者の役目だわ。
だけど、それは一面を見た場合の解答でしょう?そのレミリアの危険を排した結果、別の側面を垣間見ることがあって?」
「…どういう意味だよ」
「言葉通りの意味よ。確かにレミリアはそうやって皆に護られ生きてきた。また、そうしないと生きてこられなかったのかもしれない。
けれど、そうして歩いてきたレミリアの生涯を振り返って、あの娘は自分の人生を歩いてきたと果たして言えるのかしら?
これは危険だからと選択を他者に決められ、気付けば紅魔館の主に。気付けば異変の首謀者に。気付けば白玉楼に。さて、貴女達が
レミリアと出会ってこれまでの中で、あの娘が自分の意志で運命を決定付けられた事なんて一体何度あるのかしら」
「…何だよそれ。まるでレミリアが自分の意志で決めた訳じゃないとでも言いたげだな」
「そう言っているのよ、魔理沙。レミリアがしてきたこと、許されてきたことは、他人に用意された道を歩くことだけ。
他人に与えられた理不尽を素直に受け入れることだけ。いわば彼女は何処何処までも裏に支配された意志無きお姫様でお人形。
実力も無いと他人に嘲られ、ただの滑稽な独り善がりのマリオネット。台本を用意され、言われるがままに喜劇を演じる可哀そうな道化。違って?」

 ふざけるな。そう叫びたかった。そう言い返したかった。否定して、全力で紫の奴をぶん殴りたかった。
 だけど、それは何故か言葉に出来なくて。どうしてかは分からない、分からないけれど、何故か紫の言葉は否定出来なかった。
 紫の言葉の意味は良く分からなかったが、それを否定する材料が少なかったから。むしろ肯定する材料が山ほどあり過ぎた。
 言われてみて考える。そういえば、レミリアは力も無いのにどうして紅霧異変を引き起こしたのか。力も無いのにどうして冥界に向ったのか。
 レミリアの性格は私は理解しているつもりだ。だからこそ考える。レミリアは異変などを望むような奴じゃない。それならばどうして
異変を起こしたり度々厄介事に首を突っ込んでいるのか。最初はレミリアの持つ異変体質というか、不幸体質というか、そういうのが原因なのかと思っていた。
 だけど、紫の言葉を受け入れてしまえば全ては一つにつながる。レミリアの背後で『レミリアがそうなるように仕組んだ』奴がいれば、話は
変わるんだ。レミリアの否応などお構いなしに、レミリアに気付かれないように勝手にレミリアの道を作ってる奴…そういう奴が居れば、話は全部つながる。
 もし、紫の言葉がその通りなら、レミリアは紫の言う通り、ただの操り人形じゃないか。沢山の理不尽を与えられ、酷い目にあわされているだけの
可哀そうな道化。その行動にレミリアの意志が存在しないのならば、まさに紫の言葉通りじゃないか。

「レミリアは縛られている。それが善意であれ悪意であれ、レミリアは弱き者と決めつけられ、可能性の全てを奪われている。
それはレミリアを監禁することと一体何が違う?レミリアの本当にやりたいことは紅魔館の主で沢山酷い目にあう事なのかしら?
理不尽。実に理不尽。可哀そうなお人形、見えぬ鎖に縛られ、舞台の上で嘲笑されるだけの悲劇で喜劇のマリオネット。
そう考えたからこそ、萃香は行動に移したのではなくて?萃香はレミリアのことを気に入っている、だからこそ誰も出来ない行動をやってのけた。
レミリアが自覚していない理不尽さを恐怖という形にして突きつけ、他ならぬレミリア自身の意志で選択をさせている。
この蕩ける様に甘美な毒が体内に巡り、いずれ訪れる綻びの日を迎える前に、レミリアに突きつける。その選択は――」

『…さあ、選びなよ、レミリア・スカーレット。
このまま逃げて全てから解放されるか、私に立ち向かい自らの意志で全ての理不尽に立ち向かうのか』

「――さぞやこれまでに体験したことの無い程に理不尽なモノとなるでしょう」

 そう告げ、紫は視線を背後の隙間へと向ける。そこに映し出されているのは、呆然と立ち尽くすレミリアと、ボロボロになった咲夜。
 …馬鹿な。どうして咲夜があの場所に居るんだ。いや、それよりもどうして咲夜があんなボロボロにされているんだ。一体誰が…そんなこと、考えるまでも無い。
 あの伊吹萃香とかいう鬼がやったんだろう。ならば、一体何故咲夜を。そこまで考えたとき、紫は解答を口にしてくれた。

「このまま十六夜咲夜を見捨てて逃げるか、十六夜咲夜を助ける為に伊吹萃香に立ち向かうか。それが萃香の提示した選択よ。
前者を選べば、あの娘の背負う全てのしがらみはそこでお終い。これから先、レミリアに対する一切の干渉を私がさせない、許さない。
名を、姿を、記憶を、その一切を変え、私があの娘の安住を約束しましょう。八雲の名において誓うわ」
「それはどういう…」
「紅魔館を離れ、吸血鬼を捨て、ただの一人の少女としての生を与えてあげる。その程度、私には造作も無いこと。
ただし、幻想郷とはお別れね。この世界はあの娘にとって余りに優しく残酷過ぎる。この世界では、どこに行こうとレミリアに救いは無い。
なればこそ、私が与えてあげるのよ。レミリアの望む全てを、この私が惜しみなく与えてあげる」
「ふ、ふざけんなっ!!レミリアが咲夜の奴を見捨ててまでそんな道を選ぶ訳…」
「ない、そう言い切れるのかしら?あんなにも怖い目にあって、あんなにも理不尽な目にあって、それでも萃香に立ち向かえると?
ハッキリ言うわ。戦う力の無いレミリアにとって、萃香に立ち向かうということは、自分の死を意味するも同然の選択なのよ。
そんな選択を今のレミリアが選べるのかしら?ましてや片方の選択は己の望む全てが待っているのよ?ならば悩む必要なんてないのではなくて?
苦しみも、理不尽も無い優しい世界。誰かに縛られることも踊らされることもない、彼女にとってそんな優しい世界。それこそがレミリアの本当の幸せなのではなくて?」

 紫の問いに、私は言葉を返せない。この世界は、レミリアを取り巻く現状は本当のレミリアにとってどれだけ過酷なモノか知っているから。
 言葉を返せない私に、興味を失したのか、紫は視線を霊夢の方へと移す。私に問いかけたように、霊夢に対して紫は再び口を開く。

「霊夢、貴女はどうかしら?レミリアのことを真に考えるなら、萃香の提示した逃げ道を選ぶことこそが本当の幸せだとは思わない?」

 紫の問いかけに、霊夢は答えない。その反応を私と同じだと察したのか、紫は興味を失ったように霊夢に背中を向ける。
 そして、私達を放置し、再び隙間に視線を向けようとした時、紫の背中に言葉が投げつけられた。

「…紫、貴女には一つだけ言いたい事があるわ」
「言ってみなさい。しっかりと聞き届けてあげるから」
「ありがとう。それなら遠慮なく言わせて貰うわ。――いい加減、レミリアを馬鹿にするのを止めろ、このクソ妖怪がっ!!」

 霊夢の言葉に、私は眼を見開き驚愕する。いや、私だけじゃない。紫もどうやら同じだったのか、驚いたような顔をして
霊夢の方へ振り返っている。対する霊夢は、先程まで以上に苛立ちを込めた表情で紫の方を睨みつけている。

「…私がレミリアを馬鹿にしているですって?」
「そうよ。アンタが誰より一番レミリアの事を舐めて馬鹿にしてんのよ。アイツの事を見下してんのよ」
「あら、それは貴女達でしょう?レミリアを誰も彼もが年端もいかぬ赤子のように扱って、その結果が今の状況よ。理解してる?」
「そしてアンタがその不幸なお姫様を助けようと。解放してあげようと。力を持たないレミリアを幸せにしてあげようと。馬鹿にするなっ!!
その言葉、その態度、そのレミリアに向ける目の全てがムカつくのよ!!さっきから聞いてれば好き勝手にペラペラと…アンタはどれだけ偉いのよ!?
アンタのその上からの視線が全部レミリアのことを舐めてるじゃない!同等と見做してないから救おうとする、そんな考えに辿り着くのよ!!
アンタもあの鬼も、他人がどうこうなんて偉そうな理屈を並び立てながら、結局自分はレミリアの上に置いてるじゃない!レミリアを弱者と見下して!
レミリアを他人に運命を弄ばれてると勝手に決めつけて!私からしてみればその方がよっぽどレミリアを追い詰めてるのよ!」

 霊夢の言葉の嵐に、紫は口を開かない。そんな紫に対し、霊夢の言葉は止まらない。
 散々感情を押し殺し続けた結果、今の霊夢は極度の暴走状態にあるのかもしれない。だけど、その言葉はどこまでも私は納得出来るもので。
 そうだ。紫もあの鬼もレミリアの全てを勝手に決めつけ過ぎている。なまじ自分に力と智があるから、レミリアのことを憶測で決めつけ過ぎている。
 仮に紫が本当のことを言っているとしても、私はレミリアから『不満』を聞いたことが無い。現状が嫌だと否定されたことがない。
 咲夜にも、門番にも、パチュリーにも、妹にも、紅魔館の誰を相手にもレミリアはいつだって笑っているじゃないか。幸せそうに笑っているじゃないか。
 確かにレミリアは何者かに踊らされているかもしれない。道を決めつけられているのかもしれない。だけど、レミリアはそんな奴じゃない。
 そんな理由で全てから逃げるような、そんな奴じゃない。だからこそ、私はレミリアに心惹かれた。霊夢だってそうだ。アリスだって、妖夢だって同じだ。
 他人の思惑なんて関係ない。周囲の嘲笑なんて関係ない。そんなものは気にせず、レミリアはきっと笑いとばして今の道を力強く歩み続けるだろう。

「…霊夢の言う通りだぜ、紫。あんまり私達の大切な友人を舐めてもらっちゃ困る」
「そうね…霊夢の言う通りよ。レミリアはきっと選び取る。私達は知っているもの、あの娘がどれだけ今を大事にしているか。
他人の思惑だとか、理不尽だとか、そんなものは瑣末な事なのよ。レミリアはそれを知ってなお前に進む強さを持っている」
「…呆れた。妖夢、貴女はどうなの?貴女はレミリアの本当の姿を知らなかったのでしょう?
本当のレミリアはね、自分の力じゃ何も出来ない女の子なのよ。それを取り巻くこんな理不尽かつ過酷な世界に身を置く事がレミリアの望みだと?
貴女ならば分かるでしょう?私の親友である西行寺幽々子の従者である貴女ならば」

 紫の問いかけに、妖夢は応えない。何故なら紫の言葉は妖夢にとって重さを秘めているから。
 紫の奴は遠回しにこう言ってるんだ。『西行寺幽々子の従者ならば私の決定に逆らうな』と。幽々子を主とする妖夢にとって、それは
絶対の言葉だ。そこに自分の意志など存在しない。させない。本来ならば、有無を言わせない言葉なのだ。だけど…だけど、妖夢、お前はそうじゃないだろう。
 確かに紫の言葉はお前にとって絶対なのかもしれない。だけど、私は知っている。例え主の命に逆らったとしても、反逆したとしても、魂魄妖夢は己の
信じる道をしっかりと歩くことが出来る、強き心を持った人間なんだと。
 強い意志を宿した瞳。それが顔を上げた妖夢に映し出された本当の心。紫に返答をする前に、妖夢は素早くその場を跳躍する。
 跳躍先は霊夢。奔る様に繰りだされた妖夢の剣戟は、霊夢を縛る触手の全てを一瞬にして両断していた。

「何のつもりかしら、妖夢。まさかとは思うけれど、私に『それ』を向けるつもり?」
「…私は以前、幽々子様に言われました。どのような時でも自身の心に従い、己が正しいと思う道をゆけ、と。
例えそれが幽々子様と道を違う事になっても、何よりも優先して実行しろ、と。なればこそ、私は紫様に剣を向けさせて頂きます」
「その理由、訊いても良いかしら?」
「…事情は未だによく飲み込めません。あのレミリアさんが実は弱いだとか、勝手に道を決められてるだとか…
だけど、その中で一つだけ分かる事があります。もし今私達が動かなければ、紫様の意見を受け入れてしまえば、私達はレミリアさんを失ってしまう。
レミリアさんは私にとって尊敬する英雄です。誰よりも心が強く、美しく、気高い人なんです」
「それは貴女の勘違いでしょう?本当のレミリアは誰よりも弱く、情けなく、臆病な人物なのかもしれないわ」
「そうなのかもしれません…だけど、それでも私にとってレミリアさんが掛け替えのない人物であることに変わりはありません。
だからこそ、護ります。レミリアさんは帰る場所があるんです、護る場所があるんです。愛する人々が住まう地があるんです。
そんな想いを勝手な甘言で惑い踏みにじろうとする紫様…いいえ、八雲紫、貴女の行動は見過ごせません。レミリアさんの想いは私が護ります」
「おっと、良いところを妖夢に取られちまったが、その想いは私も同じだぜ。
レミリアの本当の意志を訊くまでは、お前の勝手な憶測に過ぎない。なればこそ、私達は護らせてもらうぜ。大切な友達の為に、な」
「そういうこと。悪いけれど八雲紫、貴女の思惑通りに物事は運ばせないわよ」

 妖夢の言葉を皮切りに、私とアリスは笑って臨戦態勢を整える。
 霊夢に至っては最初から完全に戦闘モードだ。本当、コイツは凄い奴だと思う。紫の言葉なんかに微塵も惑わされることなく、最初から
レミリアを信じ、レミリアの為に立ちあがる。そのひたむきな想いに感心すると同時に、少しばかり嫉妬してしまう。敵わないな、と。
 反抗の意志を見せた私達に、紫はわざとらしく大きな溜息をつきながら、言葉を紡ぎ直す。それは紫の最後の駆け引き。

「貴女達が幾らそうしたところで、結局答えを出すのはレミリア自身だわ。レミリアが萃香の問いに何て答えるか――」
「下らない。レミリアの解答なんて最初から決まってるじゃない。こんな下らない問答をする前に、私が
アンタにレミリアの答えを直接代弁してあげたじゃないの」

 紫の言葉を一蹴し、霊夢は口元を歪めて言葉を紡ぐ。
 そして、紫に対し、声を荒げて飛びこんでいった。その際の霊夢の声が、巨大な隙間に映し出されたレミリアの台詞と重なって――

「『ふざけるな!!』ってね!!」

 そうして私達は、最強の妖怪である八雲紫との勝負へと移行する。
 少しでもレミリアを早く救う為に、レミリアの意志を突き通す助力をする為に。大切な友人の為に、私達は。












[13774] 嘘つき萃夢想 その七
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2010/01/26 01:06




「ぐううう!!!!」

 萃香に拳を突き出すも、その腕を簡単に掴まれ、私は今日何度目となるか分からない衝撃を背中に食らう。
 固い地面を味わいながらも、私の身体は止まらない。私の身体は止まれない。その場を立ちあがり、再び萃香に対峙する。
 睨む私に、萃香は呆れる様に笑いながら言葉をかける。

「これで本日三十二回目の飛翔だ。少しは学習しないのかい?アンタの喧嘩慣れしていない拳じゃ、私を一発殴るのは夢また夢だって」
「うるさいっ!!そんなの勝手に決めつけるな!!」
「フフッ…怯えるだけだったレミリアが、よくもまあ吠えたもんだ。いいよ、実に良い。今のアンタの目は最高だ。
恐怖を押し殺し、娘の為に無理だと理解してもなお諦めずに戦う姿、まさしく私の求めていたものだよ」
「ごちゃごちゃうるさいっ!!いいからさっさと咲夜を返せっ!!」
「ならアンタのその拳で黙らせてみなよっ!!この理不尽な現実をお前の拳で押し通してみなっ!!」

 萃香の言葉を皮切りに、私は再び一直線に萃香の方へと全力で駆ける。
 喧嘩や殺し合いなんてした事の無い私に出来るのは、これしかない。全力で萃香に近づき、全力でぶん殴る。
 これで萃香に一発入れることが出来るなんて思っていない。だけど、私にはこれしか出来ない。だからこそ何度でも繰り返す。
 一発で駄目なら二発撃てば良い。二発で駄目なら三発撃てば良い。何度も何度も諦めずに愚直に打ち続ける、転がされたら立ち上がれば良い。
 今の私に出来る、精一杯をやるんだ。そして、絶対に咲夜を私が助けるんだ。

「甘いっ!!」
「あうっ!!!」

 真直ぐに突き出した拳を難なく止められ、再び私の視界は上下見事に逆転する。あっけなく投げ飛ばされたんだ。
 身体を襲う衝撃なんか関係ない。手足はある、なら立ち上がれ。どんなにつらくても、どんなに怖くても、そんなの関係無い。
 咲夜は私が助けるんだ。咲夜を助けて、一緒に紅魔館に帰るんだ。咲夜と一緒に、私達の家へ絶対に帰るんだ。
 口の中に入った土埃を吐き、口元を拭って私は立ちあがる。そして再び萃香に対し、真直ぐ駆ける。
 再び萃香に対し、拳を突き出そうとした刹那、これまでと萃香の対応が異なる事に気づく。だけど、気付く頃にはもう遅くて。
 萃香は私を大きく蹴り上げ、宙に浮かせる。激しい衝撃に襲われ、私は息を肺から吐きだすので精一杯で。だからこそ、萃香の追撃に
気付けなかった。萃香は周囲の岩石をどういう手法か宙に浮かせ、それを私めがけて文字通り叩きつけた。
 サッカーボール大の大きさがある岩石が私の身体を粉砕していく。直撃した岩石のうち、左腕と肋にぶつかった分が痛手だった。
 ごきり。そう鈍い骨の軋む音を生じさせ、私は他人事のように自分の左腕と肋骨が数本折れるのを感じていた。
 そして私は捨てられた人形のように、地面へと投げ出される。骨の折れた痛みが全身を焼くが、そんなことはどうでもいい。
 私は右手で身体を支え、両の足で体勢を立て直す。立ちあがるのに問題無いことを理解し、私は再び身体を起きあがらせる。

「無理しない方がいいよ。左腕と肋の三番と四番、持って行かれたでしょう」
「ハッ…それが、なんだって言うのよ…骨が折れたから、なんだって言うのよ…」
「…正直驚いてるよ。こういう流れに持ちこんでおいてなんだが、アンタがここまでするとは正直思っていなかった。
だからこそ謝る。私はアンタのことをみくびっていた、軽んじていた。レミリアは、私の想像を遥かに上回ってた」

 ゴチャゴチャと言葉を並べたてる萃香を無視し、私は真直ぐ萃香の方へ走り出す。
 足を地面につける度に、骨折した箇所の痛みが全身を駆け抜けていく。だけど、止まらない。絶対に止まってなんかやるもんか。
 必死に足を前に出し、私は萃香の下へと駆け、残る右手を必死に突き出した。けれど、その拳は当たらない。届かない。
 私の拳を避け、萃香は軽く私の身体を押した。触れる程度、ただそれくらいで押しただけなのに、私は背後の壁まで吹き飛んで行く。
 理不尽だ。ああ、実に理不尽だ。私があれだけ必死に詰めた距離を、萃香は一触でここまで突き放す力がある。本当に世界は理不尽だ。
 だけど、止まれない。私はこんなことで心を折ったりしない。助けるんだ。私が咲夜を助けるんだ。どんなに痛くても、どんなにつらくても、そんなの
気にするもんか。私が絶対に、絶対に咲夜を助けるんだ。だから待ってて、咲夜。貴女は私が助けてあげるから、だからもう少しだけ。

「…どうして立ちあがろうとするんだ。アンタはとうの昔に理解してる筈だろう。
レミリアの拳は何日、何年かけたって私には届かないって。それなのにどうして立ちあがろうとするんだ」
「うるさい…勝手に決めつけるなって…言ったでしょう…」
「立ちあがったところで、レミリアに待つのは痛い目にあうことだけだ。それは左腕と肋骨が証明してる筈だ。
痛いだろう?苦しいだろう?アンタは『参った』と言うだけでそれらの苦痛から解放されるんだ。いや、痛みだけじゃない。
アンタを縛る全ての鎖からだって解放されるんだ。アンタの願う平穏が、心を折るだけで手に入れることが出来るんだよ?」
「うるさい…うるさいうるさいうるさいっ!!そんなことなんかどうでもいい!
私は…私は咲夜を助けるんだ!私は咲夜と一緒に家に帰るんだ!絶対に、絶対に咲夜を助けるんだ!!」

 拳を握りしめ、私は必死にその場に立ちあがる。震える足を抑える為に、何度も何度も地面を踏みしめ直して。
 大丈夫、心は絶対に折れたりしない。折れたりなんかするもんか。咲夜を助け出すまで、私は絶対に負けたりなんかしない。

「そんなに…そんなに十六夜咲夜が大事なのかい?苦しい目にあっても、つらい目にあっても、それでもなおお前は…」

 萃香の問いかけに私は思わず笑ってしまう。咲夜が大事か。なんて下らない質問なんだろう。
 萃香、貴女は知らないでしょう。萃香、貴女には分からないでしょう。咲夜がどれだけ私にとって大切な存在なのかを。咲夜がどれだけ
私にとって可愛い娘なのかを。咲夜が居るからこそ、私は何度だって立ちあがれるんだ。咲夜が居るからこそ、私は今を頑張れるんだ。

 咲夜との出会い…それは本当に偶然としか言えないもので。紅魔館の近くに捨てられていた赤子を偶然私が見つけ、気紛れに紅魔館へ連れて帰っただけ。
 そして、咲夜を自身の娘として育てた理由は実に情けない理由で。人間の娘なら、私より弱く育つだろうと。館の中で自分以下の存在を作れるだろうと。当時の
私はその程度にしか咲夜の事を考えていなかった。だけど、そんな気持ちはものの三日で消えてしまった。
 咲夜を育てることは本当に大変で、今までの私の堕落に満ちた毎日からは考えられないモノで。
 泣き喚く咲夜を沢山あやした。お腹が空いたと泣く咲夜に幾度となくミルクを与えた。安らかに眠る咲夜を数えきれない程にこの腕に抱いた。
 咲夜の面倒を一つ見る度に、私の中で咲夜の存在は大きく変わっていった。自分より弱い人間という存在から、咲夜は私が護らなきゃいけない
大切な娘へと私の中で変わってしまった。そして、咲夜が私の事を初めて『ママ』と呼んでくれた時、私は目から零れる涙を止めることなど出来なかった。

 咲夜と出会うまでの私は、自分自身の存在価値なんて一つも見いだせない無価値な存在だった。
 お父様が生きていた頃は、戦う力も魔力も持たない私なんて存在する意味など無かった。ただ、お父様の娘だという理由だけで、私には
形こそ贅沢な部屋が与えられていたけれど、ただそれだけ。戦闘するだけの力が無いから、お父様の手伝いも出来ず、私はただただ毎日を
自室という檻で過ごしてきた。自身が無力なことを誰にも話していなかったから、その無力さは何倍も私の心を責め立てた。
 お父様の部下達に自分は本当は強いんだ、そう嘘をつく度に心が何かを失った気がした。本当の自分を見失っていくような気がした。
 何一つ力を持たない自分が情けなく、無様で。そして、お父様やみんなに失望される未来が怖くて、私はまた一つ嘘で未来を塗り固めていった。
 私にはフランが羨ましかった。吸血鬼としての力を持ち、自由気ままに振舞うフランが心から羨ましかった。姉のくせに、いつもフランに嫉妬ばかりしていた。
 だけど、そんな姿をフランに見せるのが嫌で、私は心を嘘で幾重にも塗り重ねてフランに接した。自分は強いんだ、だからフランには
より強い姉として優しく接するんだ。お姉ちゃんなんだから、フランに嫉妬なんかするもんか。そう何度も自己暗示するようにし、フランと接した。
 何度も何度も嘘で自分を塗り重ねたとき、それは気付けば何時の間にか本当の自分になっていて。
 紅魔館の人々の中で自分は『強い吸血鬼』となっていた。それが本当のレミリア・スカーレットなんだと。そのことに気付いたとき、私は心から哂った。
 これでいいんだと。弱い自分なんかに存在価値なんてないんだと知っていたから。嘘でも、こうして振舞っていれば、何の問題もないんだと。

 つよいわたし。それが本当の私。
 よわいわたし。それは不必要な私。

 そんな嘘を続けてしまえば、いつかは破綻が訪れるもので。お父様が死に、私は何故か紅魔館の主となってしまっていた。
 紅魔館の主となり、私は今まで以上の嘘を求められた。強い私、うそっこな私を沢山の人が必要とした。だから私は応えてみせた。
 それでみんなが笑っていられるのなら、今までと変わりなく過ごせるのなら、私には十分過ぎる理由だった。
 紅魔館に存在するのは、強い強いレミリア・スカーレット。誰より強く誰より格好良い世界で一番のお姫様。それがみんなの求めるレミリア。
 だから、弱い情けないレミリアなんて要らない。誰も求めない、欲さない。誰からも求められないなら、そんなもの要らない。
 世界で誰からも認められないレミリアなんか要らないんだ。だから私は強いレミリアで良い。そうすれば良いんだと、私は知っているから。
 だから私は強いレミリアで在り続けた。うそっこで塗り固められた今を、真実に置き換えて歩き続けた。そうしないといけないから。

 そんな私の絶対を、咲夜はいとも簡単に壊してしまった。
 赤子である咲夜は、強いレミリアなんて何一つ求めなかった。みんなの求めるレミリアなんて、何一つ求めなかった。
 咲夜が求めたのは、純然たる私の温もり。力の無い赤子である咲夜は、母を、ただ一人の私を求めたんだ。
 強くない私でも、咲夜は笑ってくれた。強くない私でも、咲夜は喜んでくれた。それが私には何よりも嬉しくて、言葉に出来ない程で。
 無力な私を咲夜は求めてくれた。情けない吸血鬼を、咲夜は母と呼んでくれた。私の居場所を、咲夜は許してくれた。
 咲夜が私を母と認めてくれた時、私は一生分の涙を使い果たしてしまったかと思う程に泣き喚いた。無様で、格好悪くて、そんなことも気にせずに。
 ひとしきり泣いた後、私は咲夜を抱きしめて誓ったんだ。この娘と生きていこうと。この娘に私の全てを与えていこうと。
 咲夜が居る限り、私は負けたりなんかしない。咲夜の為なら、私は紅魔館の主として頑張れる。その考えに至った時、私の世界が初めて色を持った気がした。
 咲夜の温もりを知って、私は初めて紅魔館の温もりを知った。紅魔館には美鈴が居る、パチェが居る、そしてフランが居る。
 それはどんなにも幸せなことで、それは何よりも大切な場所で。この館の本当の意味での温かさを、咲夜は私に教えてくれた。

 咲夜。私の咲夜。私に生きる意味を与えてくれた、可愛い大切な私の娘。
 咲夜の為なら、私はなんだって頑張れる。どんなに痛いことや苦しいことだって関係無い。咲夜の為なら、私はどんなことだって耐えられる。
 こんなにちっぽけで弱い自分に、咲夜は全てを教えてくれた。ならば、今度は私の番だ。
 いつだって私の為に生き、私の為に頑張ってくれた咲夜。だから、今度はお母さんの番。今度はお母さんが咲夜を護る番だ。
 可愛い愛娘を助ける。その為なら、私はどんなことにだって負けない。どんな恐怖にだって屈さない。負けてなんかやるもんか。

「…問答は無用、そんな目をしてるね。本当、読み違えたよ…今のアンタに対して、私は本当に肌の震えが止まらない。興奮が抑えられない。
レミリア・スカーレット、私は数多の人妖と対峙し殺し合いをしてきたが、ここまで良い目をしている奴を見たことが無い。ここまで
澄んだ愚直な心を持つ奴と出会ったことが無い。レミリア、アンタはやっぱり私の想像通り…いや、想像以上に凄い奴だよ。
逃げ道を選ばず、アンタは選ぶんだね…これから先に待つ、理不尽な未来を、自身の意志で選ぶのか」
「私の選ぶ未来なんて最初から唯一つよ…私の選ぶ未来は、咲夜と一緒に生きる未来。
咲夜が居て、美鈴が居て、パチェが居て、フランが居る…そんな未来以外選んでなんかやるもんか…」
「例えその先にどんな苦難が待ち受けているとしても、かい?」
「そんなこと…知るもんか…私はみんなと一緒じゃないと嫌だから…だから必死で足掻くのよ。
無様でしょう?滑稽でしょう?最強の吸血鬼なんて謳われている私が何の力も持たないなんて哀れ過ぎるでしょう?
笑いたいなら好きなだけ笑いなさいよ…馬鹿だって、愚かだって、好きなだけ笑いなさいよ…あーはっはっはっはって笑えばいいじゃない…」

 ――だけど、そう付け加えて、私は拳を握り直して萃香の方へ疾走する。
 笑いたければ笑えば良い。滑稽だと、道化だと嘲りたいのなら好きなだけそうすれば良い。けれど、それでも――

「…たけど、本当に大切なモノは何一つだって譲ってなんかやるもんかっ!
どんなに怖くても、どんなに泣きたくても、私の大切な家族(モノ)は誰一人として他人に譲ってなんかやるもんかっ!!」

 どんなに笑われたって、今はこの足を絶対に止めたりなんかしない。
 私の本当に大切な咲夜を…いいえ、咲夜だけじゃない。私を取り囲む大切な日常を護る為にも、私は絶対に負けたりなんかしてあげない。



















 ~side 萃香~




 止まらない。肌の震えが、全身から押し寄せる感情の昂りが、この衝動が抑えられない。
 恐怖を押し殺し、自分の大切なモノを護る為に、今レミリアは私に向って疾走している。その握り締めた拳を私にぶつけんと駆けだしている。
 力も無いのに、レミリアは決して可能性を諦めない。私相手にも、絶対に心を折る事は無い。ただただ真直ぐに、レミリアは私に想いをぶつけてくれている。
 ――これだ。これこそが私達鬼が求めてやまなかった鬼退治だ。力無く、けれど勇ある者が我ら鬼に対峙する。
 そのレミリアの姿、心、そのどれもが私の心を虜にして止まない。少しでも油断をすれば、忽ち達してしまいそうな程の愉悦。私の脳を
支配する悦楽と快楽、まともな思考を今自分が出来ているのかすら分からない程の恍惚感。その感情に、思わず泣いてしまいそうになる。
 勇儀、他の皆、見ているだろうか。地上には、幻想郷には私達の求めていたモノがあるんだよ。
 私達が人間に絶望し、諦めていたモノがこんなところにあったんだよ。諦め絶望した私達の希望が、ここには在るんだ。

 レミリアは自分の意志で決断し、行動に移した。そしてレミリアの強さは十二分に見せて貰った。本来なら、ここで手打ちにするべきなんだろう。
 だけど、レミリアに完全に心奪われた私は止まらない、止まれない。鬼として、一人の伊吹萃香として完全にレミリアに惚れてしまった。愛してしまったんだ。
 だからこそ、この鬼退治は最後まで続ける。レミリアが倒れるか、私が倒れるか、そのどちらかでしか決着はつけられない、つけたくない。
 さあ、レミリア。私にお前の全てを見せてくれ、与えてくれ。私の心の渇望を満たしておくれ。この蕩けてしまいそうな身体の昂ぶりをぶつけさせておくれ。
 真直ぐ私に向ってくるレミリアに、私は今まで仁王立ちで受け止めていた姿勢を止め、本当の戦闘態勢を取る。
 それは私が紫を初めとした強者達と殺し合う時に見せる本当の構え。私が真に認めた相手にのみ見せる本当のフォーム。
 最早私に手を抜くことなど頭に無い。もしかしたら、全力で殴ってしまえばレミリアは死んでしまうかもしれない。だけど、熱に浮かされた
私は止まれない。この時間を手抜きなどで仕舞いになんか出来ない。本当、私の頭は完全に駄目になってしまったみたいだ。
 それもこれもレミリア、全部アンタが悪いんだ。レミリアがこんなにも私を惹きつけるから、私は頭がおかしくなってしまったんだ。
 だから、責任を持って全て受け入れておくれよ。この伊吹萃香の本気、そのか細い身で受け止められるか。さあ、勝負しようじゃないか。

 レミリアが私の射程距離に入るまで、後三歩。飛び道具は無い、この最高の勝負は私の拳一発で終わらせる。
 レミリアが私の射程距離に入るまで、後二歩。私に最高の時間を、生涯で最高の時を与えてくれた吸血鬼に、最高の形で礼を為す。
 レミリアが私の射程距離に入るまで、後一歩。さあ、勝負だレミリア。私の拳が勝つか、お前の意志が勝つか――勝負!!

「――っ!!」

 レミリアに対し、拳を振り上げた刹那、私の右肩に激しい痛みが生じる。何かに身体を貫かれた、そんな忘れて久しい痛みだ。
 私は痛みの発生源である右肩に視線を向ける。そこに刺さっていたのは紅いナイフ。それもただのナイフでは無い、
己が血液を魔力で固めた、それこそ出鱈目にも程があるナイフ。私の皮膚は生半可な魔力では貫けない。その身体を簡単に
貫いて見せたのだ、一体どれだけの力がそのナイフには込められているのか。私はそのナイフを投擲した方向に視線を滑らせる。
 そこに居たのは、私が白霧で捕えていた十六夜咲夜だ。身体こそ霧に捕らわれたままだが、腕一本を拘束から脱し、このナイフを投擲したのだろう。
 その姿に、私は驚きに声を発することが出来なかった。馬鹿な、人間なら三日は眠り続ける程のダメージを負わせた筈。そして、あの霧は
脆弱な人間には脱出することは出来ない筈。それなのに何故――そこまで考え、私は十六夜咲夜の身に生じている異変に気づくことが出来た。
 十六夜咲夜の身体からは、以前戦ったときとは全く異なるモノが発せられていた。それは人間ではなく、妖怪と同じ類の力。
 そして何より十六夜咲夜の瞳の色が変わっているではないか。今の彼女の瞳の色は、それこそ真紅、滴る血液のような紅。
 そこまで観察し、私はようやく一つの答えに辿り着く事が出来た。成程――そういうことか。今まで十六夜咲夜から感じられていた
奇妙な混ざりの正体は、これだったのかと。十六夜咲夜、彼女は確かに人間だ。だが、人間であると同時にコイツは――そこまで考えたとき、
私はレミリアの拳が眼前まで迫っていることにようやく気付く。しまった、メイドはフェイクで、こいつらの本当の狙いはレミリアの一発か。
 見事だと賞賛したい。この土壇場で最高のコンビネーションだと拍手を送りたい。だけど、それでも私の勝利は揺るがない。
 レミリアの拳が届く前に、私にはまだ回避するだけの猶予が残されている。レミリアの攻撃を避けて、カウンターを入れて終わりだ。
 私の頭を狙わんとするレミリアの拳を避ける為、私は回避行動に移る。これを避けて全て終わりだよ、レミリア。

 レミリアから放たれる拳を見届けようとした刹那、突如として私の体は強烈な重圧に襲われた。
 それは私の脳からの必死の警告。私の長年の経験によって培われた危険察知力が、私の全てに警告を発していた。
 拙い、と。逃げるだけでは余波に巻き込まれると。首から上が完全に吹き飛ぶぞ、と。避けては拙い、と。
 馬鹿な。レミリアの拳の何処に危険がある。そう身体が反抗の意志をみせるものの、私の脳は決して言う事を訊いてくれない。
 危険、危険、キケン、キケン――そう何度も何度も繰り返し声が鳴り響き、やがて私はレミリアの拳にその正体を見る。

 レミリアの拳には、真紅の槍が握られていた。それは何時の間に手にしていたのか、私には全く察知する事が出来なかった。
 その槍の威力が天蓋のモノであることは、一目見ただけで十分だった。あれは拙過ぎる、あれは全てを破壊するだけの力を持つ、と。
 真紅の槍がレミリアの掌から私に向けて真直ぐ奔る。拙い――拙い拙い拙い拙い拙い拙い!このままでは私は確実に死ぬ。
 その答えに辿り着いた時、私は両の腕を必死に顔の前でクロスさせた。魔槍が私の首まで届かぬよう、それは命あるモノが取る純粋なまでの防衛反応。
 必死なまでに防御を固め、私は襲い来る牙を待ちうける。まだか。まだか。まだなのか。その感情を恐怖だと知ったのは、全てが終わった後。
 未だ襲い来ない魔槍に、私はゆっくりと閉じていた瞳を開けていく。開いた瞳に映し出された光景には、魔槍の存在など何処にもなくて。

 そう、槍の代わりにあったのは、小さな少女の見事な英雄譚のワンシーンだけだった。
 レミリアの真直ぐ伸ばした拳が、私の腹部にぴたりと触れていたのだ。
 ――レミリアは見事に成し遂げたのだ。この私、伊吹萃香に一発を入れるという勝利条件を。

「あ…」
「…これで、私の、勝ちよ…」

 この馬鹿萃香、そう最後に言い残し、レミリアはゆっくりとその場に倒れていく。恐らく、気力も体力も共に限界だったんだろう。
 レミリアの勝利宣言に、私はようやく自分の負けを理解した。私はレミリアに負けたのだ。レミリアは見事に鬼退治をやってのけたんだ。
 どんなにボロボロになっても、どんなにつらい目にあっても、レミリアは決して諦めずに、こうして私から勝利をもぎ取ったんだ。
 その事実に、私は気付けば笑っていた。腹の底から全力で大笑いしていた。ああ、可笑しい、こんなに大笑いしたのは一体何百年振りだろう。
 レミリアは私に勝ったんだ。この本気を出した伊吹萃香を相手に、勝利を得てみせたんだ。ああ、こんなに面白ことが他にあるだろうか。

「…驚いたわね。まさか貴女相手に勝利を収めてみせるなんて、本当に予想外よ」

 大笑いしてる私のもとに突如として現れたのは、他ならぬ私の共犯者、紫。
 その登場に、私は大笑いを止め、口元をニヤケさせながらも言葉を紡ぐ。この嬉しさを紫に伝えんが為に。

「紫、レミリアは本当に凄い奴だよ。この私、伊吹萃香を相手に真正面から勝利を勝ち取ってみせたんだ。
こんな偉業、一体他の誰が成し遂げられるっていうんだい。私は認めるよ、レミリアはこの世で最も強き者だってね」
「はいはい、そんな子供のように瞳を輝かせて語らないの。
しかし萃香、最後は結局貴女がワザと敗北を受け入れたように見えたんだけど…どうやらその様子だと違うようね」
「…は?紫、アンタ何言ってるのさ。最後の劇的な瞬間を見ただろう?」
「劇的…だったかしら?十六夜咲夜にナイフを刺されて、動じている萃香に、レミリアが拳を当てたようにしか見えなかったけれど。
そういえば貴女、最後はどうして頭を防御したりしたの?レミリアの拳は腹部を狙っていたことなんて最初から見え見えだったのに」

 紫の言葉に、私は言葉を返す事を忘れてしまう。紫にはレミリアの紅槍が見えなかったのか?
 それとも、あれは私の見間違い――否、断じて否。あれは確かにレミリアが生みだしたモノで、その強さは私にも感じ取れた。
 だったらどうして紫が認知していないのか。否、もしかしたら本当にレミリアはそんな槍を出していないのかもしれない。
 だとしたらあの槍はどうして…そこまで考え、私は一つの心当たりに辿り着く。まさか、そういうことか。だとしたらレミリアは――

「…どうしたのよ、萃香。珍しく考えるような仕草見せちゃって」
「くふふっ、何でもないよ。そうかそうか、そういうことか。
紫、どうやら私はもう駄目みたいだ。完全にレミリアに惚れちゃった。もうレミリア無しでは生きていけないかもしれない」
「あら、そう。お願いだからそれは言葉だけに終わらせて頂戴ね。
さて、と…左腕に肋、それに両足も無理した皺寄せが来てるか。さっさとレミリアを紅魔館に連れ帰って治癒してあげないとね」
「ああ、その事なんだけどさ、レミリアと十六夜咲夜の身体の傷、全部私に移しちゃってよ。
私とレミリア達の身体の傷を入れ替えるくらい、紫ならちゃちゃっと出来るだろ?」

 そう言いながら、気絶している十六夜咲夜をレミリアの方に連れてくる私に、紫は言葉を失して目を丸くする。
 それは私の言葉に『何を馬鹿な』とでも言いたげな感じだ。何よ、人が良い気分だっていうのに、そんな白けさせる様な真似は。

「…貴女、解かって言っているの?レミリア達の負荷と貴女の肉体の負荷では言葉の意味合いが違うのよ?
レミリア達の肉体の傷を、強靭な身体を持つ貴女の肉体に転移する、それは同等の怪我を得るだけじゃ済まないわ。
何倍も増幅されたレミリア達の傷…そうね、例えばレミリアの左腕の骨折なら、下手をすると貴女の左腕は当分使い物にならなくなるくらいに…」
「良いよ。それで二人の身体を即座に治せるなら安いもんだ。必要なら、私の左腕を斬り落としたって良い。
左腕で足りないなら右腕だってくれてやるよ」

 私の言葉に、紫は少し驚きを見せた後、呆れる様に大きな溜息をついて軽く指を鳴らす。
 その刹那、レミリア達の身体の傷は全て完治し、代わりに私の体に言葉に出来ない程の苦痛が襲いかかる。成程、つらいねこれは。
 こんなものにレミリアは耐えて私に向ってきてたのか、そう思うと身体が更に熱くなる。本当にレミリアは大した奴だよ。

「…本当、不器用な責任の取り方ね」
「言うなよ。それにこれは責任を取るとか取らないとかそういうのじゃない。ただのケジメって奴さ。
それに私のつけなきゃいけないケジメは他にも残されているだろう?ほらほら、紫はこの二人を連れて後始末に向いなよ。
私は残るお客さんのお持て成しをしなきゃいけないんだから。連れて来てるんだろう?」

 本当に馬鹿ね。そう言葉を残し、紫は二人を抱きかかえ、その場に隙間を生じさせる。転移先は間違いなく紅魔館だろうね。
 その隙間の中に足を進め、紫は一言だけ告げて去って行った。『ご武運を』、か。にゃはは、良いね、実に良い。レミリアのときほどではないけれど、
私の心の高鳴りは激しく鼓動を刻んで止まない。私が視線を向け直したその先には、何時の間に現れたのか、戦闘態勢を整えている四人の人間の姿が在る。

「さて…この長くも短い喜劇もとうとう終焉か。最後の幕は激しく楽しく綺麗に締めさせて貰おうか。
さぁ、幻想郷から失われた鬼の力、萃める力――その体に沁み込ませて、人間にこびり付いた太古の記憶から思い出すがいい!」

 今度は最初から余力なんて残さない、全力を持ってこの異変の最後を飾ってみせる。
 さあ、お前達も胸に持ちうる全ての勇を私に見せてみなよ!私の認めた最高の勇者、レミリア・スカーレットのようにね!!















 ~side 紫~




 紅魔館の地下室、腕に抱く少女の妹の部屋に転移すると、そこには予想通り三人が勢揃いしていて。
 まあ、それも当然と言えば当然かしら。何せレミリアの闘いがよく見えるよう、隙間をこの部屋に展開していたのだから。

「これはこれは皆様お揃いで。私をこのように盛大に出迎えて下さったことを心より感謝申し上げますわ」

 私の言葉に、その場の誰もが言葉を返さない。否、返せないのか。
 首を傾げる私に、最初に近づいてきたのはこの館の門番。確か紅美鈴と言ったかしら。
 私の腕の中から奪い取る様にレミリアと咲夜を抱き、この室内に用意されているベッドの方へと連れていく。
 ああ、成程。確かに私の腕の中に二人が居ては何も出来ない、か。それは人質を取られているも同義なのだから。
 二人をベッドに寝かせた後、再び紅美鈴が私の傍へと歩み寄ってくる。さてはて、一体どんな行動に出てくれるのやら。
 そう楽しみに心委ねていた私に、紅美鈴が取った行動はただの一発。その拳で私の顔を殴っただけ。

「…これで今回の件は許してやる、それがフランお嬢様を含めた私達の結論です、八雲紫」
「へえ…それは実に以外ね。傷を癒したとはいえ、レミリアをあんな目にあわせたんだもの。
てっきり殺されるかはたまたその前後までは追いやられるモノだと期待していましたわ」
「アンタがそう願うならそうしてあげるよ。そうされたいの?」
「冗談ですわ。しかし、『そういう選択』を取るということは、どうやらレミリアの言葉に何か感じ取るモノがあった御様子ね」

 私の言葉に、誰も言葉を返さない。ただ黙して私を睨みつけるだけ。
 成程、それならば話は早い。最早この場に私は必要ない。あとは予定通り、小さな種を蒔いておくだけでいい。

「それでは私は失礼しますが…フフッ、今回は本当に失敗しましたわ。レミリアを想って行動したつもりが、とんだ空回りでしたもの。
萃香はレミリアを想って、皆にレミリアの本当の強さを教えようとした。私はレミリアを想って、全ての縛りから解放しようとした。
けれど、そんなことに何の意味もありませんでした。何故ならそこにはレミリアの意志が存在しないから。レミリアの想いが存在しないから。
人の想いとは難しいモノですわね。善意と、これで良いと決めつけて取った行動が、こんな風に空回りすることだってある」
「…何が言いたい、八雲紫」
「いえいえ、別に何も。それでは私はこれにて失礼させて頂くとしましょう」

 そう言い残し、私は隙間に消えてこの場を後にする。
 種は蒔いた、後は発芽の時を待てば良い。これで流れは私の望む方へ動いてくれる筈。
 今回の件、本当に素晴らしい成果を得ることが出来たわ。萃香には本当に感謝しなければならない。
 レミリアの言葉、想い、誓い、その全てを見届けることが出来た。レミリアの選ぶ道は決まった。それは厳しくも険しい茨の道。
 なればこそ私は力になってあげるとしましょう。レミリア・スカーレット…私の大切なお友達が路傍の石に躓かぬように。










[13774] 嘘つき萃夢想 エピローグ
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2010/03/01 03:17







 咲夜が遠くに行っちゃう。咲夜が私の傍から離れてく。

 嫌だ。そんなの嫌だ。一緒に居るって誓ったのに。いつまでも傍に居るって誓ったのに。
 駄目。咲夜、貴女が居ないとお母さんは駄目なの。
 いつまでも手を繋いであるいていくんだって。貴女の為にこんな情けない私でも頑張れたんだって。

 嫌。咲夜がいない未来なんて絶対に嫌だ。
 お願いよ、咲夜…いつまでも、いつまでも私の傍に…お願い、咲夜…咲夜ぁ…














「ユニヴァーーーーーーースッ!!!!!!」

 気付けば私は絶叫しながらベッドから飛び起きていて。…あれ、ベッド?何で?ここ何処?
 寝ぼけた頭で周囲を軽く見渡すと、ここが自分の部屋である事を把握した。何で自分の部屋?私さっきまで確か萃香と…咲夜っ!?
 先程までの萃香との壮絶な殴り合い(※レミリアの誇大表現。かなり一方的だったものを曲解)を思い出し、私は慌てて咲夜が傍に
いないか見渡した。慌てふためきかけた私だったけど、それは咲夜の発見によってすぐに収まることになる。

「咲夜…」

 私の隣で幼子のように眠る咲夜。その姿を見つけ、私はヘナヘナと情けないばかりに安堵の息を漏らす。
 良かった…咲夜はちゃんとここに居る。私の傍でちゃんと生きている。私はそっと咲夜の手に触れ、咲夜の温もりを確かめる。
 それはこの娘が子供の頃から確かに持っている温かさで。その温もりこそ、咲夜がここに居るという確かな証。

「このお馬鹿…母さん、本当に心配したんだからね…咲夜が起きたら、母さん久しぶりに説教しちゃうんだから」

 心にも無い愚痴を零しながら、私は優しく咲夜の髪を撫でる。
 一撫で、また一撫でと獣が我が子の毛繕いをするように愛撫を繰り返し、その度に私は心の温かさが大きくなっていくのを感じる。
 先程までの喧騒が嘘のように穏やかな時間。このまま時間が止まってしまえば良いのにと思うくらいの静寂。咲夜が起きてたら頼めるのにね。
 本当、この時間が永遠に続いてしまえば良い。咲夜が居て、美鈴が居て、パチェが居て、フランが居て、みんなが居るこんな時間がいつまでも…

「お、どうやら目覚めたみたいだね」
「ひゅいっ!?」

 突如、室内に聞き覚えのある声が響き渡り、私はビクンと背筋を伸ばす。ちょっと待って、今の声、まさか…いや、えっと、マジで?
 そうじゃないことを祈りつつ、私は錆付いたネジ部のようにギギギと首を必死にそちらの方へと向け直す。そうすると、そこには
なんということでしょう。私の記憶が夢じゃなければ、先程まで私をギッタンギタンにして下さった伊吹萃香様が天孫降臨されているではありませんか。
 …って、いやいやいや、冗談やってる場合じゃなくて。嘘、ちょっと何で萃香がここに居るのよ。いや、確かに萃香の家はここだって言ったのは
他ならぬ私だけど、あんなレミリアの泣く頃に~惨劇に挑め~な事件を起こして、即座に登場って…そこまで考え、私は一つの結論に辿り着く。
 確か萃香は咲夜をお持ち帰り~するって言ってたわ…ま、まだ諦めてないの!?え、嘘、だって私、勝ったじゃない!?萃香にパンチ入れたじゃない!?
 私が勝ったから萃香は咲夜の事を諦めてくれると思ってたのに、なのにどうして…そのとき、私に電流走る。待て、と。冷静になって考え直せ、と。

 私は萃香に勝った。しかし、落ち着いて考え直してみると、どうして私なんかが萃香に勝てるのか。
 萃香は言ったわ。自分は鬼、それも強い鬼だと。そんな奴に吸血鬼のきの字も力を持たない銀河ギリギリぶっちぎりの弱い奴であるこの私が
何をどうすれば勝利をもぎ取れると言うのか。愛も勇気も誇りも持って戦えない私がどうしてスーパー鬼人である萃香に勝てるのか。
 そこまで考えた時、私は理解してしまった。ああ、そう、そういうことか、と。つまり、こういうことなのね。

 ――私が、萃香に勝利したという事象は、ただの夢に過ぎない。

 ええ、解かってる。解かっていたのよ。私が萃香に勝つ、なんてそんな都合の良いお伽話はあり得ないってことくらい。
 普通の人間ならこの勝利の美酒の味には勝てなかったでしょうね。だけど、私は違う。こんなまやかしには騙されない。何故なら私は知っているから。
 百戦錬磨の私は闘いが安易でないことなど知り尽してるのよ。闘いとは不都合なもの 闘いとは思い通りにはならないものだと。
 漫画ならばどんな苦境でも逆転することだって出来る。だけど、この世界は何処までも残酷なものだって私は理解してしまっているから。
 ふふ、滑稽ね。たかが一匹の蟻が恐竜に勝てるとでも思っていたの?つまり、萃香に勝ったというのは私のただの都合の良い妄想で。
 なればこそ、私が萃香に取り得る行動なんてただ一つじゃない。私が最弱であることは知られ、萃香に戦って勝つことなんて不可能。
 助けを呼んだところで、この状況なら萃香が私の頭を吹き飛ばす方が早い。ええ、ええ、良いでしょう。ならば、私が取るは最後の手段。
 …ここまで良く頑張ったわね、私。凄かったわよ。咲夜、フランにすまないって言っておいて頂戴。次に会うときはあの世でうんと修業をつんで
私も烈海王拳十倍くらい使えるようになってるかもしれないわよ。…なんてね。さよなら…咲夜…私の冒険はここまでね…
 オーケイ、覚悟は決まったわ。いくわよ萃香、私の唯一にして最後の奥義、その身に刻みなさいっ!

「どうか咲夜だけは勘弁して下さいいいいいいいい!!!!!!!」
「へっ?」

 ベッドから鳳凰の如く飛び(誇張表現。ただスプリングを利用してぴょんと飛んだだけです)、床に着地すると同時に、私は
萃香に向けてこれ以上ないくらいに頭を床に擦り付けて土下座を実行する。これぞ我が紅魔館聖拳奥義、天翔土下座鳳よ!
 フフ…最弱の主、レミリア・スカーレットに必殺技なんてない!敵は全て強者!だが、ハッタリで騙せない敵が現れた時、
哀王自らがプライドを捨てて立ち向かわねばならぬ!すなわち天翔土下座鳳は哀王の全てをかけた不勝の拳!見よ!この極星のきらめきを!
 このまま謝り縋り泣きつき靴を舐めてでも咲夜だけは私が護ってみせる!これが紅魔館の主としての私の最後の務めよ!

「萃香が咲夜の事を許せないのは分かってる!ナイフを向けたことは謝っても無かったことに出来ないことも理解してる!
だけど、だけどそれを承知の上でお願いします!どうか咲夜だけは見逃して頂戴!この娘は私の全てなの!この娘は私の希望なのよ!
咲夜の代わりに私を好きにして構わないから!パシリでも靴磨きでもメイドでも夜のお仕事でも何でもするから、だから咲夜だけは…」

 頭にドリルがついてたら地下三千メートルは掘れそうなくらいに、私は必死に頭を床に擦り付ける。
 こうなったら拝んで拝んで拝み倒すしか私の残された道は無い。頭下げて頭下げて見ない振りして、謝る振りしてこの場を乗り切れって兄貴も言ってたわ。
 萃香がウンと言うまで私は醜態を晒すのを止めないわよ。いくわよ鬼娘王、侮蔑の貯蔵は十分か。さあさあさあさあさあ!
 私が怒涛の無様攻撃を加え続けてるせいか、萃香もどうやら言葉を失っているようね。多分、私の頭の上で萃香はこれ以上ないくらいに
冷たい視線を向けてくれてるんだろう。ええ、ええ、上等だわ。冷たい目でみられて咲夜が助かるんなら私は幾らでも醜態を晒してやる。咲夜を護る、これが私の…

「…いや、攫わないけど、十六夜咲夜」
「…へ?」

 頭上から掛けられた予想外の回答に、私は思わず目を丸くして顔を上げてしまう。そこには私以上に目を丸くした萃香の顔が。あらやだ、可愛い。
 …じゃなくて。え、今萃香は咲夜を攫わないって言ったの?何で?…私の聞き間違いかもしれない。もう一度確認してみよう。

「咲夜、攫わないの?」
「攫わないよ。だって私、負けたじゃんか」
「…負けたの?」
「負けたよ。これ以上ないくらいに、完膚なきまでに」
「…誰に?」
「レミリア・スカーレット」
「誰それ?」
「アンタだよアンタ」

 びしっと人差し指を私に突きつける萃香。え、嘘、私?私が萃香に勝ったの?あれって私の都合の良い死刑囚式催眠術じゃなかったの?
 未だ現状を良く呑み込めていない私に業を煮やしたのか、萃香は大きな溜息をついて、私の右手を両手で包むように握り込む。そして、

「アンタは、この右手で伊吹萃香相手に勝利を勝ち取ったんだ。他の誰でも無い、この私から。
胸を張りなよ、レミリア・スカーレット。私相手に意志と想いを貫き通したお前は、誰よりも美しく、誰よりも勇ある者だ」
「え、あ、うん…あ、ありがとう?」

 萃香が熱っぽく語ってくれてるものの、実感の無い私としては上手く言葉なんか返せる訳も無く。
 まるで他人事のように礼を告げる私の内心を悟っているのか、萃香は呆れるように息をつき、そして笑みを零す。何だその人を小馬鹿にしたような笑みは。
 文句の一つでも言ってやろうかと思ったけれど、その後すぐに萃香が真剣そのものの表情に切り替えたことに、私は口を開く事を諦めた。

「身体、大丈夫かい?」
「身体?身体…って、わ、私そう言えば大怪我してるんじゃない!?左腕とか肋骨とか…って、あれえ!?」
「…どうでも良いけど、レミリアって随分オーバーなリアクションするんだねえ」

 やかましっ!どうせ萃香は私が最弱なこともヘタレなことも全部知ってるんだ、今更カリスマなんか取り繕うか!
 それよりも、萃香の指摘で私は自分が全身に大怪我を負っていたことを思い出す。打身、擦り傷、そして何より左腕と肋骨の骨折。
 特に肋骨なんか露骨な肋骨なんて技でも出そうなくらい見事にへし折られた気がするんだけど…折れてない。というか全身に怪我一つない。
 いや、それは私だけじゃない。私の隣で眠っている咲夜にも傷一つ残って無い。洞窟で見たときは言葉に出来ないくらい怪我を負ってたのに。
 そこまで考え、私は一つの結論に至る。あの場に居たのは私達の他に誰が居る?ということは、私達を治してくれたのは…

「萃香…貴女、私達の怪我を治してくれたの?」
「ん?まあ、元々の原因は私だしね。それくらい当り前じゃないか。その様子だと痛みは無いみたいだし、良かったよ」

 萃香の言葉に私はつーんと鼻の奥がなるのを感じた。な、なんて男前で素敵な女の子なの、萃香って人は。
 確かに私達の身体の傷は萃香が原因なんだけど、それをちゃんと癒してくれるって。何というジェントル。戦闘前、戦闘後に
HPを回復してくれたのが昔の妖怪だったのよね。今の妖怪は昔の作法を知らないから困る。
 私が無事なのを確認して笑う萃香。本当、良い奴よね…萃香は良い娘だって、私は知ってる。知ってるからこそ訊いておかなきゃならない。

「萃香…貴女はどうしてこんなことをしたのよ」
「ん?こんなことって言うのは、十六夜咲夜を人質にとって、レミリアを試すような真似をしたことかい?」
「…そうよ。貴女、最初から私が本当は弱いってこと、知っていたんでしょう?それなのに、何で…」

 萃香は私に沢山の言葉を並べてくれた。理不尽に立ち向かうだとか、本当の強さだとか。
 だけど、それは何処までも萃香の中だけで完結している言葉で。結局、私は萃香の意図が何一つ掴み取れなかった。
 どうして私に対してこんなことをしたのか。どうして私を追い詰めるようなことをしたのか。
 私の問いに、萃香は少しだけ考えるような仕草を見せ、言葉をゆっくりと紡いでゆく。

「そうさね…結局のところ、私のは単なる我儘で己の欲求に従っただけだよ。
私は紫ほどレミリアのことを考えちゃいない。己が望むまま、気の向くままに全て自分の為に行動しただけ」
「はあ…いや、だから、その我儘っていうのは一体何がどういう理由で私を…」
「理由なんて無いさ。今となっちゃ深く考えたり追及したりする程の理由なんて存在しない。
レミリアが知るべきは、今回の結果だけで良い。アンタは、自分勝手な鬼に自分勝手な行動を押し付けられた。
だけど、アンタはそれを強い意志と比類なき勇を持って見事に跳ね除けてみせたんだ。それは誇るべきことだ、古来より数多の人妖が挑み、
為し得なかった偉業をアンタはやってのけたんだ。伊吹童子にも勝る心の強さ、自分自身にはそれがある。それさえ理解していればそれでいいんだよ」

 …いや、全く意味が分からない。結局のところ、萃香は『私に勝ったんだから他のことなんかどうでも良いだろ』って言ってるのかしら。
 確かに結局私も咲夜も助かったし、終わりよければとも思えるんだけど…萃香の奴、実は紫並に捕えどころの無い奴かもしれない。
 納得いかないという表情を浮かべる私に、萃香は楽しそうに笑いながら、言葉を続ける。

「いやあ…しかし、私に挑んだときのレミリアは本当に格好良かったよ」
「へ…?」
「この伊吹萃香相手に一歩も引かず、自分の意志をぶつけてきた雄姿、本当にしびれたねえ。
『どんなに怖くても、どんなに泣きたくても、私の大切な家族(モノ)は誰一人として他人に譲ってなんかやるもんか』ってね」
「ほ、ほーっ、ホアアーッ!!ホアーッ!?」
「『咲夜が居て、美鈴が居て、パチェが居て、フランが居る、そんな未来以外選んでなんかやるもんか』。本当、最高だったよ」
「や、やああめええてえええ!!思い出させないでええええ!!」

 萃香がペラペラと語っていく私の台詞に、私は身もだえしながら床を転げまわる。
 ヤバい、ヤバイヤバイヤバイヤバイ。ヤバ過ぎる。今思い出せば、私一体何を口にしてるのよ。恥ずかしいどころじゃない、軽く死ねる。
 何このレミリア様迷言集ベストヒットパレード。私ってば何萃香に真顔でそんな台詞語っちゃってるのよ。今時の若者だってこんな恥ずかしい
台詞言えないわよ。幾ら微塵も余裕が無かったとはいえ、言葉を少しは選びなさいよ私。熱入ってたとはいえ、私一体何キャラよ。
 羞恥で床を転げまわる私に、萃香は一しきり笑った後で、再び口を開く。

「何を恥じる必要があるんだい。あの時のレミリアは誰よりも輝いていたというのに」
「輝いてない!むしろ黒歴史よ!お願いだから私の台詞はマウンテンサイクルにでも封印しておいて!アースクレイドルでも構わないから!」
「はあ…あのね、レミリア、お願いだからあんまり否定しないでおくれよ。それじゃ、そんなレミリアに惚れた私が馬鹿みたいじゃないか」
「…は?え、何?」
「だから、誰よりも強く在ったレミリアに惚れた私が馬鹿みたいじゃないかって言ったんだよ」
「…惚れたの?誰が?誰に?」
「私が。レミリアに」
「…ああ、そう、惚れたんだ。ふーん…って、ええええええええええええ!?え、嘘、私!?」
「ああ、もうバッチリ惚れたね。アンタ程私の心を魅了してやまない奴はこの数千年でただの一人もいなかった。
アンタとやりあってる時、私がどれだけ昂っていたか分かるかい?あんなに脳を揺さぶられたのは本当に初めての経験だった」

 萃香の言葉を私はあわあわと震えながら耳にしていた。いやいやいやいやいやいやいやいやいや、惚れたって。昂ったって。え、嘘、ジョーク?
イッツアジョーク?ここはジョークアベニュー?何で?どうして?why?意味が分からないし笑えない。
 今の台詞ってどこをどう曲解しても…こ、告白!?じょ、冗談じゃない!私は同性愛の気もなければロリペド(※人の事言えません)趣向だってないわよ!?
 いや、確かに萃香は可愛いし…そのくせ格好良いし…豪快で明朗快活なところも心惹かれるけど…って、私は何を言ってるんだあああ!!
 と、とにかくノーサンキューでお願いするわ!萃香とはいつまでも良いお友達で!友達友達明日も遊ぼう青い空!
 萃香になんて言葉をかければいいのか必死に頭を回転させていた私だけど、そんな行動は結局何の意味も無くて。
 微笑みながら、萃香は瞳を私に向け、すっと右手を差し出して言葉を紡いだ。それは萃香から送られた、最後の言葉。

「――だからさ、最後に握手してくれないか?
私がレミリア・スカーレットという最高の吸血鬼に巡り合えた奇跡の証として、さ」

 私に右手を差し出した萃香の瞳は何処までも澄んだ瞳をしていて。その言葉はどこまでも真直ぐで、どこまでも清らかで。
 だけど、私は萃香の言葉…『最後に』という台詞が理解出来なくて、手をすぐに差し出すことは出来なかった。
 その場ですぐに萃香の手を握り返してしまえば、何か取り返しのつかない過ちを犯してしまう…そう思ったから。

「最後って…どういうこと?」
「ん?どういうって、言葉通りの意味さ。これでレミリアとはお別れするってこと。
良い思い出も貰ったしね、地底に帰ってアンタの武勇伝語りでもしてこようかなって」
「お別れって…え、どうして?萃香の家は『ここ』でしょう?何でお別れなのよ?これから先もここに居るんでしょう?」

 私の言葉に、萃香は鳩が豆鉄砲でも食らったかのような表情を浮かべる。え、何、私変なこと言ったかしら。
 だって、萃香の家はここじゃない。いつまでもウチに居て良いって私、約束したじゃない。それなのに何で出ていこうとするの?

「本当、呆れる程に真直ぐな奴だね、レミリアは…私がアンタと十六夜咲夜に何をしたのか忘れたのかい?
あれだけのことをやったんだ。私がアンタの傍に居続けられる道理も理由もないだろう?謝るつもりは毛頭ないが、そんなことは許されないさ」
「え、いや、確かに萃香メッチャ怖かったわよ。泣くかと思ったわよ。咲夜を人質にとったことは正直頭にきたわよ。
でも、『それ』は全部終わったんでしょう?よく分からないけれど、萃香の目的も果たせたし、私達にもう危害は加えないんでしょ?」
「いや、まあ、そうだけど…」
「だったらここに居れば良いじゃない。結局、萃香は悪意で私をどうこうしようとした訳じゃないでしょう」

 私の言葉に萃香は呆然と私を眺め続ける。いやいやいや、そんなにおかしいこと言ってないじゃない。
 というか、正直なところ、萃香には是非紅魔館に残って貰わないと困る。何故なら萃香は私の秘密を知る唯一の人物だから。
 それは勿論、萃香が誰彼に言いふらすから、という意味じゃない。萃香はそんな奴じゃないことは、この数日で理解してる。
 萃香は本当に気持ち良いくらい良い奴で、私に色々としたこともちゃんと理由があって、萃香はそういう奴だから。
 では私が萃香を引きとめる理由はというと…だって、折角友達になったんだ。その友達は、私の秘密を知っても、何一つ『変わらなかった』。
 私が弱くても、萃香は私を認めてくれた。私がこんな情けない奴だと知っても、萃香は真直ぐにぶつかってくれた。
 だからこそ、萃香には私の傍に居て欲しい。臆病な私が手に入れた、掛け替えのない秘密の共有者。きっと萃香なら、これから先、私の秘密を
一緒に支えてくれる気がした。臆病で情けなくて、この館の誰にも秘密を未だに話せない、そんな『本当』の私の唯一の友達として。
 私の言葉に、萃香は応えないまま、思考し続けている。…もうひと押し要るかしら。よし、押そう。萃香には何がなんでも私の傍に居て貰う。

「何よ、萃香はさっき私に惚れたって言ってくれたじゃない。あの台詞は嘘だったの?」
「いや、嘘じゃないけど…そもそも私達鬼は嘘が一番大嫌いだもの。
そうじゃなくて、レミリアはそれで良いのかって訊いてるんだ。私はアンタに自分の欲求の為に不当な暴力をぶつけたんだ。それでも…」
「だから!さっきから気にしないって言ってるでしょう?大体、そんな小さい事で私が大切な友人を手放すとでも思ってるの!?
理不尽で不当な不幸なら紅霧異変でも春雪異変でも十分味わってきてるのよ!?霊夢に殺されかけたり変態桜に殺されかけたり…
むしろ今回の件は萃香が私を殺さないって分かってる分、楽勝だったわね!余裕だったわね!大体ね、萃香は思ってる事を言葉にするから
全然大丈夫なのよ!むしろ何考えてるか分からない紫や幽々子の方が億万倍怖いのよ!分かった!?分かったわね!?」
「あのねえ…そもそもレミリア、私は…」
「大丈夫!ウチに新しい住人が増えるって私がみんなに説明するから!萃香は良い奴だから、咲夜も美鈴もパチェも喜んでくれるわ!
フランは少し気難し屋だから難航するかもしれないけど、私が絶対何とかしてみせるから!だからいい加減ウンと頷きなさい!」

 く…なんて強情な。良いからさっさと頷きなさい。鬼のくせに何を小さいことを気にしてるのよ。
 私は気にしないし、咲夜はこんなことで根に持つような娘じゃないし、私達さえ良ければ万々歳じゃないの。他に何が必要だっていうのよ。
 私がそうしたい、そうありたいと思うから萃香にお願いしてるのよ。私はただ…

「…お別れするなんて嫌だ、折角知り合えた貴女とこれからも一緒に居たい。私の気持ちを伝えるのに、それ以外に言葉は必要なの?」

 ただ、それだけが本当の気持ち。こんなに気持ちの良い友達と別れるなんて嫌だから。だから私は無様に縋りつく。
 萃香が一体何を気にしてるのかは分からない。どうしてそこまで私から離れようとするのかも分からない。だけど、そんな未来は嫌だ。
 私が求める未来はみんなが一緒に居る未来。そのみんなの中には、勿論萃香だって入ってる。その萃香が一人だけ何処かへ消えるなんて絶対に許さない。
 私は強情だ。私は我儘だ。何時からだ、一体何時からこんな私になったんだ。かつての私はただ与えられるモノ、与えられる役割だけを淡々と受け入れるだけの
お人形だった筈なのに…今ではこんなにも失いたくないモノで世界が溢れてしまっている。私の手の中はこんなにも大切なモノで埋まっていて。
 本当、私は我儘だ。だけど、今はそんな私が誇らしく思える気がした。力も無い、胸を張れるような能力を何一つ持ち得ない情けない吸血鬼だけど、
私は決して譲れないモノをこの胸に持っている。だから、今回も譲れない。譲らない。そうでしょう、萃香。私の我儘っぷりは貴女が一番良く知っている筈よ。
 私、貴女に言ったもの。声を大にして、私は貴女に告げた筈よ。世界一弱い私が世界一強い貴女に通してみせた世界一の大きな我儘。

「どんなに萃香が否定したって、私は絶対に譲らない。私は貴女に言ったでしょう?
『どんなに怖くても、どんなに泣きたくても、私の大切な家族(モノ)は誰一人として他人に譲ってなんかやるもんか』って。
この数日間、萃香が私に沢山のモノを与えてくれたこと、知ってるから。だからこそ、私は貴女を離してなんかやらない。
貴女と一緒に居たいから、だから私は最後まで我儘を貫き通すわ。だって、それがこんな弱い私でも、私らしく生きるということだから」

 言いきった私の言葉に、萃香は軽く両の瞳を閉じる。…まだ駄目なの。もう私の説得ボキャブラリはゼロよ。HA・NA・SE。
 ええい、こうなったら実力行使でも…いや、待った、そんなの三秒で殺されるに決まってるじゃない。だったらどうする…こ、こうなったら
私も女だわ。覚悟を決めて萃香に身を委ね…るのだけは嫌あああ!!幾ら惚れられてるとはいえ、好きだとはいえ、萃香とは永遠にお友達止まりでお願い!
 それ以外の方法を探すのよ!あとはもう天翔土下座鳳くらいしか…そんなことを考えていた時、萃香はゆっくりと瞳を開けた。
 そして、私に再び差しだしてくる右手。っ、だから、そのお別れは受け入れられないって何度も…!

「――握手だよ、レミリア。別れではなく、始まりの握手だ。
この私、伊吹萃香がこの先レミリア・スカーレットにとっての永遠の友である誓いの証として、ね」
「え…」
「鬼の盟約は永遠の誓い。レミリアが許すなら、これから先、私はお前を決して裏切らぬ莫逆の友として共に道を歩むことを誓おう。
お前の勇ある決断を尊重し、お前の信ずる道を歩き、お前の迷うる心を断ち切り、お前の背を支える一人の友としてレミリアの傍に」

 私に手を差し出す萃香の瞳は何処何処までも決意に満ちた真直ぐな瞳で。
 きっと、萃香の言っている事は全て真実。萃香は弱い私が相手でも、そう言ってくれてるんだ。対等の友と見てくれているんだ。
 思わず涙が出そうになる。こんな私が受け入れられた。こんな私を認めてくれた。こんな日が来るなんて思った事などなかった。
 私は強くなければレミリア・スカーレットではなくて。私は強くなくちゃ何処にも居場所なんて無くて。そんな風に思っていたのに。
 私は首を振って涙を堪える。まだ泣けない。まだ泣かない。だって萃香が求めているのは、そんな表情の私じゃないって分かってるから。
 だから笑う。私は心から笑って手を差し出す。萃香の温かい手の温もりを何度も何度も確かめ直しながら、私は萃香に言葉を返すのだ。たった一言、ありがとう、と。























 ~side 美鈴~



「あのさ、美鈴…一つ訊きたいことがあるんだが…」
「訊かないで」
「いや、訊かないでって…」
「だから、訊かないで。あんまりしつこいと、魔法使いちゃんの帽子を紅魔館の地下深くに隠すよ。絶対見つからないような場所に」
「酷っ!?お前、この帽子が一体どれだけ私にとって思い出深いモノだと…いや、そうじゃなくて!」

 何度も何度もしつこく食らいついてくる魔理沙に、私は溜息をつくことでしか応えてあげることが出来ない。
 どうやら魔理沙は私が意地悪で答えを返さないようにしていると思ってるみたいだけど、それはとんだ勘違いだ。
 私が答えないのは、意地悪している訳じゃなくて、純粋に返す言葉が思いつかないから。だって、そうじゃないか。こんな馬鹿な話があるか。
 私の視線の先には、お嬢様と先日お嬢様と咲夜を酷い目にあわせてくれた張本人、伊吹萃香の姿が。唖然としてる霊夢達に、お嬢様は
嬉しそうに紅魔館の新たな住人として伊吹萃香を紹介している。そのお嬢様の姿は何処までも喜びに満ちていて。その姿が実に私には許せなくて。
 何故だ。何故にお嬢様はアイツを許した。それどころか、紅魔館の住人として迎え入れた。いや、問題なのはお嬢様では無い。その後ろの二人だ。

「いや、だって、なあ…折角久々の宴会に呼ばれて、来てみればレミリアがあの鬼っ子を友達だって紹介してきたんだぜ?
そんなの普通驚くだろ?だってレミリアの奴、少し前にアイツにボロボロにされたんだぜ?それなのに何で…」
「だから、訊くなって言ってるでしょ。事情なんて知らないわよ、私だって気付いたら『ああ』なっていたんだから」
「…私は反対だぜ。レミリアはアイツがどれだけ良い奴かを嬉しそうに語ってくれたけど、それはそれじゃないか。
結果だけを見れば、アイツはレミリアを酷い目にあわせた。下手をすれば命の危険だってあった。それをどうして…わぷっ」
「…それ以上は言わないで。紅魔館の中で魔法使いちゃんと意見が合うのは、私一人しかいないだろうから」

 魔理沙の帽子を引っ手繰り、言葉を続けられないように顔に押し付ける。私の言葉に、魔理沙は渋々押し黙る。
 結局のところ、魔理沙の意見は全て私の意見に等しい。いくらお嬢様が許したとはいえ、あの鬼は私達の絶対の領域を踏みにじった。
 私達の一番大切な場所を土足で踏み込み、自分勝手に汚してみせた。それがどれだけ大罪なのか、私はこの館の住人の誰もの共通意見だと考えていた。
 …そう、それは私が考えていただけで。実際には異なっていた事実。何故ならフラン様とパチュリー様はあの鬼を受け入れたから。
 馬鹿な、と思う。レミリア様に危害が及んだ時、その者を断罪すると鼻息荒く語っていたのは他ならぬフラン様ではないか。
 レミリア様の身を護ることこそが私達の全て、その絶対を破った奴には死を持って制裁を与えるのではなかったのか。
 八雲紫が私達の前に姿を現すとき、私は伊吹萃香への処遇をそう提案した。だけど結果は…分からない。何故、お二人は伊吹萃香を…
 無論、私とて伊吹萃香がお嬢様の友となることのメリットを理解して無い訳ではない。だけど、だけどその判断はあまりに機械的過ぎる。
 確かにお嬢様と萃香のことは終わったことだ。そしてお嬢様は萃香のことを心から許している。なればこそ、お嬢様の望み通りに
付き従うが我らの役目だろう。だけど…だけど、それで萃香のやったことが許されるのか。お嬢様を酷い目にあわせても、終わりが良ければ全て良いのか。
 八雲紫、西行寺幽々子と今回の件はあまりに内容が違い過ぎる。二人は最初からお嬢様を害する気が無かったから良い。だが、伊吹萃香は…
 分からない。フラン様とパチュリー様の考えが分からない。こんなことがこれからも続くのか?異変の度にお嬢様は過酷な目に合うのか?
 否。断じて否。そのような目に合わせない為に、私達がお嬢様の傍に仕えているのではないのか。そもそも、その苦はお嬢様が受け入れなければ
いけないモノだと誰が決めた。お嬢様はそんな苦しみなんて知らなくても良い。お嬢様には咲夜が居る。魔理沙が居る。霊夢が居る。アリスが居る。妖夢が居る。
 背後には私が、パチュリー様が、フラン様が、八雲紫が、西行寺幽々子が居る。ここまで手数は揃っているんだ。ならば、今回のような
過酷な目にあうような理由など何処にも無いじゃないか。お嬢様は何も知らないまま幸せのままで居てくれればいい。それなのに…
 
「…どうしたんだ、美鈴?ちょっと怖い顔してるぜ」
「…ねえ魔法使いちゃん、世の中って本当にままならないモノだとは思わない?」
「今更気付いたのか?そいつは世間の荒波への揉まれ方が足りないな。世の中はいつだってこんな筈じゃなかったことばかりだ」
「そうねえ…もう少し社会のこととか勉強しとくんだったよ。二人の上司の板挟み、本当、働くってことは大変だ」
「ならお前もフリーランスになるか?厳しい事も沢山あるけど、悠々自適で楽しいぜ」
「止めとくわ。護る場所の無い門番なんて何の価値も無さそうだし」

 苦笑しながら言葉を返し、私はテーブルの上に置かれている自分のワイングラスを口元に運ぶ。
 …あんまり美味しく感じないのは私の気分のせいか。情けない、これじゃちょっと咲夜のことを未熟だって笑えない。
 心は何時でもニュートラル。どこまでも冷静で、どこまでも中立で。それが私の紅魔館の役どころ。熱するのは他の人に任せればいい。
 伊吹萃香のこともさっさと飲み込んでしまう。幾ら不満を溜め込んでいようと、それは決して顔には出さない。態度には出さない。
 お嬢様は伊吹萃香とみんなが仲良くすることを望んでいる。ならば私はそれに従うだけだ。お嬢様が悲しまない、そんな未来を築くだけ。

「酒が拙い、そんな顔をしているね。折角の酒が勿体無いねえ」
「…いえ、そんなことはありませんよ。美味しく飲ませて頂いてます」
「お前…」

 部屋の隅で飲んでいた私と魔理沙に掛けられた声。それが誰か、なんて瞳を開かなくとも簡単に理解出来る。
 まさかあちらから接近してくるとは思わなかった。向こうにとって、私はただの門番でしかないと思って気にしないと思ったんだけれど。

「私から近づいてきたのがそんなに意外だった?」
「まあ…否定はしませんよ。一介の門番などに用件など無いでしょうし」
「用は確かに無いんだけど、興味はあるんだよねえ。だってそうじゃない?
この一週間、紅魔館の連中の中でお前が一番私に溢れんばかりの『殺気』を向けていたんだからさ。興味を持つなって方がおかしい」
「へえ…バレバレでしたか。本当、私もまだまだ未熟ですね」

 苦笑しながら、私は魔理沙の肩を優しくトントンと叩く。『この場から離れろ』、そういう意志を気に乗せて。
 私の意志を感じ取ったのか、魔理沙は少し考える仕草を見せた後、自然に霊夢達の輪の中へと戻って行った。本当、頭の良い子だ。
 機転や発想に関しては咲夜より優秀かもしれない。そんなことを考えながら、私はグラスをテーブルに置き直してその人――伊吹萃香を見つめ直す。

「さて、そんな瑣末な興味を持たれた伊吹萃香様が、私に一体何のご用でしょう?」
「堅苦しいね。ここに居るのは私だけだ、本当の顔で喋りなよ。生憎とこっちは偽り事が嫌いなんだ。別にレミリアに告げ口なんてしやしないよ」
「…ああ、そう。ならば改めて言い直させて貰うけど、何の用?こっちはお前に用なんて何一つ無いんだけど」
「くふふっ、一番大人びて冷静そうに見えて、一番子供のように反発するか。大蛇の忌み子も実に人間らしくなったもんだよ」
「…貴様」
「紅髪に全身を包むその特徴的な闘気。この館に来た時から気にはなっていたが、お前、二千年くらい前に私達の住処を襲った妖怪だろう?
星熊の奴との決闘に負け、あれからどうしたのかと思っていたら。成程成程…いやいや、見違えたよ。小娘がよくぞ大きくなったもんだ」
「お褒めに預かり光栄…なんて言うと思ったか。何、惨めに生きながらえてる私を笑いにきた訳?」
「笑うもんか。星熊の奴が珍しく人を褒めてたんだよ、アイツは将来面白くなるって。アンタもレミリアと一緒だね、光るモノを持ってるくせに
胸を何一つ張ろうとしない。それは美徳であるかもしれないけど、勿体無いことだろう。主従っていうのは似るもんなのかね」
「…さっきから何の話がしたい訳。私、お前が心から嫌いなのよ。さっさと消えてくれると嬉しいんだけど」
「そうだねえ…用は無かったんだけど、今出来たよ。私の事が気に入らないのは、私がレミリアに対して酷い目に合わせたからだろう?
そして、そんな私に何の処罰も下されず、のうのうと紅魔館の住人になろうとしてる。それが気に食わないって訳だ」

 …このクソ鬼、よくもまあいけしゃあしゃあと。お嬢様がこの場にいなかったら本気で一発殴ってたかもしれない。
 今回の件は全てが唯の結果論でしかないと理解しているのか。たった一つのもしもが、お嬢様の命を奪う結果になっていたことを分かっているのか。
 否、それは私も同罪だ。お嬢様の傍に何者かが居ると分かっていた、それなのに私は何処か楽観視していたんだ。博麗霊夢や八雲紫、
西行寺幽々子のときのように、今回もまた何とでもなると。運命が都合よく回ってくれると。その結果がこれだ。
 ああ、そうだ。私は苛立っている。それは行動を起こさないフラン様やパチュリー様にでも、全ての元凶であるこの鬼にでもない。
 私は無力な自分自身に苛立っている。お嬢様を護るだとか何だとか偉そうな誓いを立てて、その役を果たせていない情けない自分に苛立っているんだ。
 無様。ああ、実に無様だ。咲夜ですら、お嬢様の危機に力になれたというのに、私はどうだ。結局、お嬢様の危機に外側から指を咥えて眺めている
ことしか出来なかった。護ると決めたのに。この人に生涯を賭すると誓ったのに。結局私は未だ力を持つだけの唯の愚か者だ。

「…そんなに私が気に食わないか、蛇の子。私としては、これから先に同じ釜の飯を食う相手とは仲良くしたいと思ってるんだけどねえ」
「うるさい…その名で呼ぶな。私には紅美鈴という名前があるのよ。
ええ、気に食わないわ。気に食わないけれど…私はお前よりも自分自身に腹が立って仕方が無いんだ」
「ふぅん…私に苛立ちを向けているなら、好きなだけ殴らせてやろうと思っていたんだけど」
「舐めるな。お前如き殴ろうと思えば真正面からぶつかって叩き潰してる。そんな下らない情けなんか要らないわよ」
「なら止めとくよ。とりあえず、私はお前を含めて紅魔館の連中は気に入ってるんだ。やり方は気に食わないが、お前達のレミリアへの想いは本物だからね。
願わくば、いつかアンタや全ての元凶ともやりあってみたいもんだね。気が向いたら誘ってよ、相手になるからさ」
「私が誘う時は、お前の死ぬ時だよ、伊吹萃香」

 私の吐き捨てる言葉に、伊吹萃香は『そいつは楽しみだ』と言葉を残して私の下を去って行った。
 本当、憎たらしい奴。どこまでも真直ぐで、お嬢様に危害を加えた事を少しも悪びれないで…そんなアイツにお嬢様が心を許している事が、少しだけ悔しい。
 伊吹萃香と入れ替わる様に、私達の方を遠くから眺めていたお嬢様が心配そうな表情を浮かべてこちらに近づいてくる。
 …少し、心配かけちゃったか。私は息を吸い直し、いつもの平常心を取り戻してお嬢様に向けて笑みを浮かべ直す。
 こんな歪な私の笑顔が、少しでもお嬢様の心に安心を取り戻せますように。そんな陳腐な願いを、心の中で唱え直しながら。

















 ~side 妖夢~



「先日は誠に申し訳ありませんでしたっ!!」

 私は何度も頭を下げて謝罪を繰り返す。その謝罪先は勿論、八雲紫様だ。
 突然謝罪を行う私に、紫様は不思議そうに首を傾げた後、ようやく心当たりに気付いたのか、クスクスと上品に笑われた。
 しかも、その笑いは伝播してしまったようで、私の背後では幽々子様の笑い声が。ううう…私、完全に晒し者だ。でも、こればかりは仕方無い。

「その謝罪は先日の件に関するものかしら?」
「は、はい…その、自分の意志とはいえ、信念を貫き通す為とはいえ、私は紫様に刃を向けてしまいました。し、しかも紫様のことを、その…」
「『八雲紫』、そう呼んだわねえ。まさか妖夢に呼び捨てにされるとは想像すらしていなかったけれど」
「っ!?ももも、申し訳ありません~!!!」

 そう、私は紫様相手に刃を向けるどころか呼び捨てにまでしてしまったんだ。あの最強の妖怪、しかも幽々子様の親友に。
 紫様の言葉に、私は全身の血の気が差っ引いていくのを感じた。ど、どうしよう…仕方ないとはいえ、私、本当に取り返しのつかない事を…
 ガクガクと震える私に、軽く息をついて紫様はゆっくりと口を開く。それはどこまでも優しい口調で。

「…なんてね。謝る必要なんてないわよ、妖夢。私は少しも怒っていないから」
「へ…?」
「むしろ私に今、謝罪をしている貴女を怒りたいわね。貴女、今一体自分が何をしているのか分かって?」
「え、えっと…ゆ、紫様に謝罪を…」
「謝罪をする、ということは己の過ちを認めるということよ。自分のやってきた行動に非礼を詫びるということ。
貴女はあのとき、私に刃を向けた事を恥じているの?私に刃を向けず、望まぬままに霊夢達の敵に回り、レミリアの意を無視することが正しかったと?」
「い、いえ!私は…私は、あのときの選択を間違いだとは思いません」
「ならば頭を上げなさいな。そして誇りなさい、己が掴み取った選択が、何よりも正しく胸を張れるものであったと。
あの時の貴女は、幽々子の従者としてではなく、一振りの刀として自分の信ずる道を自ら切り開いた。それは何処までも正しく、美しい在り方だわ。
なればこそ、謝罪など不要。私が望むのは、私相手にもちゃんと刃を誤ることのなかった一人前の武人の姿。そうは思わない、幽々子」
「ふふっ、紫の言う通りだわ。妖夢、胸を張りなさいな。貴女は私達に委ねるのではなく、ちゃんと己の決断を持って未来を切り開いたのよ」

 紫様と幽々子様、お二人に励まされ、私は思わず言葉に詰まってしまう。
 怒られると思っていたら、何故か褒められたのだ。言葉を発せなかったのは仕方が無いことだとは思う。
 口を噤む私を余所に、お二人は言葉を続ける。ただし、今度の会話は私に関係しない、お二人だけの会話で。

「それに、私に刃を向けたのは正確には妖夢じゃないものね」
「あら、それはどういう意味かしら?」
「妖夢も連れて行けと幽々子が頼むから、何事かと思えば…まさか、あの場面で懐刀を切ってくるとはね。フランドールと取引でもしたの?」
「さあ、どうかしら。ただ、お友達が困った時には手を貸すように言われた記憶はあるわねえ」
「それでもう一人の親友を裏切る、と。酷いわねえ、悲しみで胸がいっぱいになってしまいそうですわ」
「ふふっ、それも含めて計画の内だったくせに。それで?貴女は何処まで道化に身をやつせば気が済むのかしらね」
「私の気が済むまで、ですわ。何、慣れぬおめかしもそんなに悪いものでもないわ。
嘘が続けば真実となり、真実も続けばまやかしとなる。嘘に塗れた蛇の道に、日差しを遮る流雲が千切れ偏在しても良い。
それじゃ、幽々子、この仰々しい喜劇を今は共に楽しむとしましょう。空だけは~昔と変らぬ美しき蒼~♪国~破れて~山河在り~♪」

 そう言い残し、紫様はこの場から去って行った。足を向ける先は、どうやらレミリアさんのところのようだ。
 そんな紫様の後ろ姿を見届けている時、私の傍でポツリと幽々子様が楽しげに言葉を紡がれる。

「紫は本当に相変わらずね。周囲を動かすだけ動かして、結局レミリアには何一つ手を差し伸べようとしない。それが不要だと知っているから」
「そう、ですか?レミリアさんに対して、紫様は積極的に行動なさってますけれど…」
「紫は臆病だから、本当に手を差し出すことなんてしないわよ。
紫は他人に道なんて作れない、作らない。誰かの為に動くなんてことはない。けれど、自分の為に動くなんてこともない」
「ええ…じゃ、じゃあ紫様がレミリアさんに対してあのように行動を起こしたのは…」
「空が晴れていたからじゃない?空が晴れれば、八雲の影が地表に現れる、それが自然と言うモノだから。
子供なのよ、紫は。あの娘はただ歪な積み木が完成するのを見たいだけ…それを行動に移すのは天気次第。実に紫らしいでしょう?」

 …ごめんなさい、幽々子様。全く、これっぽっちも、微塵も理解出来ません。
 そんな私の気持ちが伝わったのか、幽々子様は軽く微笑みながら、私の頭を優しく撫で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「紅霧、春雪、そして鬼輝…ふふっ、舞台劇はどんどん加速していくわ。けれど、それは貴女の選んだ道、貴女の選んだ未来。
さて、レミリア…貴女は私達に次は何を見せてくれるのかしら。どんな輝きを見せてくれるのかしら。私達にどんな可能性を…ね」

 幽々子様の呟きに、私はレミリアさんの方に視線を向ける。そこには、紫様に抱きつかれてもがき苦しむレミリアさんが。
 そんな紫様から解放しようとする霊夢に魔理沙と咲夜。そして、それを見て呆れるアリス。その光景を見ながら、私は小さく思うのだ。
 レミリアさんを待つ未来がどのような未来であったとしても。この光景だけは、この温かい光景だけは決して奪われたりしませんように、と。










[13774] 幕間 その3
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2010/02/14 01:20
 嵐のような萃香無双事件(別名私と咲夜がフルボッコにされ事件)が終了して一週間。
 あの一日が夢だったかのように、私の生活は穏やかな日常を取り戻すことに成功していた。具体的に言うとウチでの宴会がピタリと止まったりしてる。
 まあ、最近は本当に宴会宴会また宴会と、ガンバリストならぬヒキコモリストとして金メダルを狙える逸材である私には
少しばかり大変な日程だったから、これは良い機会だとばかりに私はここ数日本当に腐りに腐った堕落の毎日を送っている。
 ここ最近で私、理解したのよ。幾らパチェが妬ましいからといって、無理にリア充ぶったって良いことなんて何一つないんだって。
 所詮私は月見草、日陰でしか生きられない(実際に生きられません。死にます)駄目駄目女。なればこそ、その現実を受け入れることこそが
新しい第一歩の始まりなんだと思う訳よ。そう、私は輝かしい未来の為に、今の自分を受け入れたの。後ろ向き過ぎる?いいえ、これは立派な前向き思考なのよ。

 さて、必死な自己肯定もこれくらいにして。
 あの騒動から私の生活で変わったものと言えば、紅魔館の住人が一人増えたことくらい。その人物は勿論、萃香。
 私の引き留めを受け入れた萃香は、その日からこの館で過ごして貰ってる。ただ、萃香が居る場所は専ら私の部屋。
 折角萃香に一室良い部屋を与えたのに、当の萃香がその部屋に居る事は殆どない。大抵、私が自分の部屋で漫画を読んだり
横になってる横で、酒を飲んだり眠ったりしてる。まるで部屋の同居人…というより、むしろネコか何かを飼ったみたいな感覚がする。
 でも、萃香は私の生活に何の文句を言う訳でも無し。それどころか、暇なときは雑談の相手にもなってくれる。私が本当は弱いことも
唯一知っている為、こちらが無駄に仮面を被ったり気取ったりする必要も無いから、本当に楽で良いのよね。
 以前、ダラダラしてばかりの私を見ても、萃香があまりに何も言わないモノだから、私に小言とか言ったりしないのかって訊いたら、
萃香は笑って『言う必要なんてないだろう?レミリアがレミリアらしく自分の心に沿って生きる限り、私は何も言わないさ』なんて
男らしい答えが返ってきたのよね…ごめんなさい、萃香、私が自分の心に沿って生きたら吸血鬼人生終わっちゃう。堕落的な意味で。

 まあ、そんな感じで私の生活は以前同様+萃香って感じ。あまり変わらないかな。
 あと、変わったところは…そういえば一つだけあったわ。最近、咲夜がちょっとだけ様子がおかしかった時期があった。ものの二日くらいだったけれど。
 なんていうか、思いつめてるっていうか、少し落ち込んでるっていうか…とにかく、ちょっとした違和感があったのよね。
 常人なら気付けないだろうけれど、私は誰よりも咲夜を見てきたからね。お母さんだからね。そんなの一発で気付くのよ。
 けど、咲夜が私相手に悩みを吐露したりする訳がない。あの娘、私の前では凄く大人ぶるっていうか、完璧であろうとするっていうか…
とにかくそういうところがあるから、私相手に相談なんてする訳がないのよね…それとなく何かあるなら話しなさいって言ってみたんだけど
全部空振り。で、しょうがないから、強行突破の実力行使。夜、咲夜の部屋で咲夜が仕事終えて就寝にくるまでずっと一人で待ってた。
 部屋に入るなり、何故か私が居たことに驚く咲夜に対し、久しぶりのお母さんモードになって咲夜と二人でOHANASHIタイム。
 困惑する咲夜に、私は『何か辛いことや苦しい事があるなら相談して欲しい』『私が駄目でも、貴女には美鈴だってパチェだってフランだって居る。
一人で何でも抱え込もうとするのは止めなさい』『どんな小さな悩みでも、それが咲夜の悩みなら下らないなんて一蹴することは絶対にないんだから』
とか、まあ、今思い出すとそれはもう羞恥で枕に顔を埋めたくなるような台詞のオンパレード。もしこれで咲夜に悩みが何もなかったら軽く死ねる勘違いレベル。

 けれど、なんとか私は勘違い女になることはなく。私の言葉を聞いた咲夜は、今まで溜め込んでいたモノを吐きだすように泣きだした。
 私の胸の中で何度も何度も謝ってた。『ごめんなさい。役に立てなくてごめんなさい。母様を護れなくてごめんなさい』って。
 咲夜の独白を聞き、私はようやく理解した。咲夜が悩んでいたのは萃香と私が限界バトルぶつけあって燃え尽きて最高になった時のことだった。
 …いや、そこで何で咲夜が謝るのか私には理解出来なくて。むしろ咲夜、萃香相手にタイマン張ったんでしょ?私を護ろうとしてくれたんでしょ?
それの何処に謝る必要があるのか。萃香に勝てなかったことを言いたいのなら、そりゃ無理よ。あれに勝てるのは紫とか幽々子とか文字通り
人間止めてアルティメット・シイングになってる連中くらいしか。咲夜がそんなのに仲間入りしたら母さん本気で泣く。そして出家する。
 だから、咲夜が自分を責めるのはお門違いで。むしろ私が咲夜を護れなかったと言われても仕方ないくらいで。…いや、そもそも
私が咲夜以下どころが一般人以下の力しかない時点で、そんな論議をすることの方がおかしい訳で。
 とにかく、咲夜は何一つ悪くない。咲夜が悲しむ理由も悔やむ理由も何一つ無い。でも、この娘は馬鹿に生真面目で優し過ぎるから、
こんなことにも心を痛めて悩んでしまう。本当、仕方の無い娘だと思う。仕方の無さ過ぎる程に真面目で優しい娘。一体誰に似たんだか。雀が鳳凰を生んじゃったのね。
 そんな咲夜に、私は馬鹿ねと笑いながら、抱きしめ続けてあげた。そんなこと、気にすることなんて無かったのに。そんなこと、悩む必要なんて無かったのに。
 咲夜が泣きやむまで、私は咲夜の頭を優しく撫で続けた。咲夜が気の済むまで、私は咲夜に微笑み続けた。
 その日の夜は、久しぶりに咲夜と一緒のベッドで眠った。私の自慢の一人娘、その愛しさを改めて確認出来た夜だったわ。
 次の日から、咲夜はいつも通りの咲夜で。元気に紅魔館で働く姿を眺めながら、私は咲夜の心の閊えが取れた事を理解した。
 …あと、余談なんだけど、咲夜が私最弱に気付いちゃってるんじゃないかとちょっとだけ不安だった。あのとき咲夜は気絶していたけど、
私が萃香にズタボロにされてるときに目を覚ましたりしたかもしれないし。まあ、私の情けない姿なんて見たら、夢か何かと勘違いするでしょうけど。
 結局、咲夜は私VS萃香(VSとか書くことすらおこがましい)自体を知らず。どうやって解決したのか訊かれたから…まあ…いつもみたいにうやむやにごにょごにょって。

 …何か途中から話が逸れちゃってるけど、紅魔館の変化はこれくらいかしら。
 相も変わらずパチェは本の虫で図書館に篭もりまくりだし、美鈴は門前で昼寝したり妖精の子らと遊んだりしてる。
 フランは…そういえば最近会ってないけど、まあ、フランもどうせいつものように地下室でのんびりしてるでしょう。そのうち
私と顔を合わせたら『お姉様いい加減漫画趣味止めません?良い年齢した淑女が漫画って…はあ』なんて憎まれ口の一つでも叩くでしょうし。くききー!!
 そういう訳で、誰も咎めないから、私は今こうして自堕落お気楽生活三昧って訳。リア充を目指す?ありゃ嘘だ。だがクズは見つかったようだぜ…はい、私です。
 いいのよ、戦士には休息も必要なの。なんせ萃香にフルボッコにされ、身体の傷は癒えても心の傷はまだ時間が必要なの。よし、今良い言い訳だった。
 そういう訳で、私は戦士としての休息を今、身体全体に与えているの。家の外になど行かぬ、向わぬ、飛びださぬ。帝王に外出の二文字は無いのよ。












 …だから、私は家で引き籠りたいっつってんでしょうが、このダラズ。
 そんな私の気持ちを数パーセントでも理解出来てくれたら…ああ、そんなの無理よね。だって相手、魔理沙だもんね。

「おっ、こりゃ結構大物が掛ったかもしれん。見てろよレミリア、今度は間違いなく湖の主をゲットだぜ!」
「どうせまた水草か何かに針が引っ掛かってるだけでしょ。貴女の浮き、全然動いてなかったじゃない」
「いやいや、きっと相手は浮きにすらも反応させないような熟練の…って、ああああ!?糸が切れた、この手の感覚は間違いなく糸が切れたって!」

 隣で大騒ぎする魔理沙を横目に、私は自分の持っているピクリとも動かない竿の先を見つめ続けている。
 さっきからワーワー言ってる魔理沙とは対照的に、釣りを初めて三十分は経とうと言うのに、私の釣り竿はピクリとも動きゃしない。
 あれかしら、もしかしなくても私嫌われてるのかしら。魚にすら無視されるってどんなレベルよ私。何これ、軽く泣くわよ?泣いていいのコレ。
 私は軽くため息をつき、空を見上げる。私と魔理沙の座っている場所は木陰ということもあり、直射日光こそ当たらないものの、
初夏の暑さは何一つだって和らいじゃいない訳で。何が言いたいのかというと、もう釣りなんか止めてお家に帰りたい。割と切実に。
 そもそも、どうして私がこんなクソ暑い中釣りに興じているかというと、話は一時間前に遡る。私が自室でゴロゴロしてると、
部屋の窓が急に開かれて、そこから魔理沙がイントゥーザルーム。イントゥーザって何かカタカナで書くと格好良いわね。ゴルベーザみたいな。オンミョーザみたいな。
 まあ、そんな唐突おてんば魔法少女は、私の顔を見るなり開口一番『遊ぼうぜ』。いや、まあ、魔理沙が遊びに来てくれたのは嬉しいんだけど、
その遊ぶ内容が外で魚釣り。紅魔館の湖で魚釣り。それも最近妖精達が噂してる湖の主とかいう眉唾物を釣り上げたいらしい。
 その時点で私はやる気ゼロで魔理沙の誘いをお断りします( ゚ω゚ )だったんだけど、魔理沙が人の話なんか聞く訳も無く。
 どうやら私が参加するのは確定事項で、どうせなら大人数でやった方が効率が良いとかで、霊夢とアリスと妖夢まで連れてきた。いやいやいや、
何でアンタ達来てるのよ。まさかそんなに魚釣りがしたいの?この暑い中?馬鹿なの?死ぬの?(←日光にやられて主に私が)
 そこまでは流石に言えないけど、何で参加したのか理由を聞くと、それぞれこんな感じ。

 霊夢『湖の主以外の魚をくれるって言ったから』     …霊夢、ご飯なら紅魔館に来てくれれば何時だって食べさせてあげるのに。
 アリス『魔法で複製した糸の強度を確かめてみたいから』 …アリス、貴女本当にパチェと同類だわ。立派な魔法オタクよ。
 妖夢『幽々子様が湖の主を食べてみたいと仰ったので』  …幽々子、貴女実はアホの子でしょう。それ以上に妖夢、貴女もアホの子でしょう。

 もう全員が全員こんな理由で魚釣り大会に参加しようって言うんだから…この場で私が『私パス』なんて言える筈も無く。
 流れ流れていつか消えゆくとしても、って感じで私は時の河のように流されて参加、そして今に至るって訳。
 あと、始まる前に、魔理沙が『どうせなら、主釣りだけじゃなくて釣った魚の数でも勝負しようぜ。負けたチームは晩飯奢りな』とか
言いだして、チーム分けの結果、私・魔理沙チーム、霊夢・咲夜チーム、アリス・妖夢チームになったわね。
 ちなみに咲夜が参加してるのは、私が無理矢理参加させた。最近咲夜も仕事ばかりだし、こういうリフレッシュも良いんじゃないかって。
 …いや、まあ、単に魔理沙が『チーム分けするには人数足りないから美鈴か咲夜を貸してくれよ』って言われたというのもあるけど。
 咲夜を誘う時に、暇そうに酒を飲んでた萃香も誘ってみたんだけど、『私は眺めて楽しんでるよ』と断られた。まあ、普通はそうよねえ。外暑いし。


 そんな感じでいざ釣り大会が始まったものの、私達『レミマリチーム』はモノの見事に釣果ゼロ。チーム名の命名者は当然魔理沙。レミマリて。もっとこう、あるでしょう?
例えば魔法吸血鬼リリカルれみりゃとか、魔法吸血鬼レミま!とか。今の流行風に言うなら、とある魔法使いの吸血鬼とか。他にもほら…
 …話を戻すわ。釣果ゼロなのは当然も当然。だって、私は魚釣りなんてするのが初めてだし。針に団子(?)みたいなの丸めてつけて湖に降ろす
くらいしかやってないし、そもそもいつ釣り上げるのか分からない以前に、魚が何故か食いつかない。見事なまでにチームのお荷物…そう思うでしょう?ところがどっこい、
実は我がチーム一番のお荷物は相方の魔理沙だったりする。魔理沙の奴、湖の主に狙いを絞ってるから、普通の魚じゃ食いつけないような馬鹿みたいに
どでかい釣り針と餌を使ってるのよ。針の予備を十個も持ってきた魔理沙の姿を見た時、私は呆れることも忘れてただただ笑うしかなかった。
 あと、魔理沙が使ってるのは全長三十センチはあろうかというミミズちゃん。本当、お願いだから私にそれ近づけないで。あと女の子が
ミミズに触ってニヤニヤしないで。本当、なんていうか怖いしキモイ。そんな馬鹿でかいミミズなんか何処で手に入れたのよ。そのミミズ絶対Tウイルス感染してるわよ。
 そういう訳で、魔理沙と自分の状況を冷静に分析して、私達の負けは確定ってところ。…まあ、いいけど、勝ちたいなんて思ってなかったし。
 ああ…でも、相方が霊夢か咲夜なら、私が足を引っ張ってもあるいは…この際、アリスか妖夢でも…く、悔しく何かないんだからね!勝ちたくなんかないもん!
 とまあ、早々に勝利を諦めた私は魔理沙の破天荒な釣りを眺めつつ、自身のピクリとも動かない釣竿を握ってる。本当、早く終わんないかな…

「…なあ、レミリア。一つ、質問良いか?」

 大きな欠伸を一つして、居眠りでもしようかなと考え始めた頃、隣に座ってる魔理沙から改まったような声が掛けられる。
 何?もしかして『真面目に釣る気あるのか?』でも言うつもり?そんなの初めからNOよ!私に釣りをさせたいなら、今すぐ私に英知を授けてみせろ!主に釣りの正しいやり方とか!
 魔理沙の問いに私は声を返すことも無く小さく頷いて答えを返す。それを見て、魔理沙は少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと再び口を開いた。

「お前、なんであの鬼と暮らそうと思ったんだ?」
「…は?」

 …いや、正直自分でも魔の抜けた声を出してしまったことが分かった。それぐらい、魔理沙の問いは意図が掴めない問いだった。
 鬼って…間違いなく萃香のことよね。何で魔理沙がそんな質問を?魔理沙の知りたい事が良く分からない私は、とりあえず訊かれたままに答えることにする。

「萃香のことが気に入ったから。一緒に居たいと思ったから。それだけだよ」
「っ…だから、それが何でっ!」

 魔理沙の声に私は思わず背筋をピンと伸ばしてしまう。鬼怖っ!いやいやいや、え、何この流れ?何で魔理沙怒鳴ってるの?
 え、え、何、今私変なこと何一つ言ってないわよね?萃香は良い奴だし、好きなのも本当だし、だから一緒に居たいって思ったんだし。
 いや、そりゃ萃香にはボコボコにされたけど…でも魔理沙がそんな事知ってる訳ないし…え、本当に意味が分からない。と、とりあえず…

「落ち着きなさい、魔理沙。はっきり言うけれど、感情が安定しない人間との会話は嫌いだわ。
言葉を幾ら重ねれど、話が通じない、相手は理解しようとすらしない。この世に、これ程腹の立つことも無い」
「ん…悪い、ちょっとらしく無かった」
「本当よ。それで、貴女は何を怒っているの?私が萃香と仲良くしてるのが気に食わないの?」
「いや、私はそんなに子供じゃない…と、思う」

 …何この会話の流れ。何か知らない、何かは知らないけれど、何か物凄く嫌。メチャクチャ嫌。
 落ち着け、落ち着くのよレミリア。オーケイ、私はどんなときでも冷静沈着、クールビューティーでトランシルバニアな吸血鬼、れみりゃ・バトリー。
 とりあえず真虎咬…じゃない、深呼吸。そして秘密の呪文を十回繰り返すの。秘密の呪文は私に勇気を与えてくれる。せーのっ
 私はノーマル私はノーマル私はノーマル私はノーマル私はノーマル私はノーマル私はノーマル私はノーマル私はノーマル私はノーマル。
 …よし、仕上げは上出来、制服のリボンも結び直した今日こそ言えそう。さあ踏み込めレミリア。嫌な空気を切り裂いて牙無き者の牙となるのよ。

「まあ、魔理沙が萃香を少なからず嫌っているのは理解したわ」
「嫌い…な訳じゃない。ただ、なんていうか、納得が出来ないっていうか…
分かってるんだけどな?本当は私なんかが口を挟むべきじゃないって。挟むべきは私じゃなく、咲夜や美鈴なんだって」
「…咲夜と美鈴?どうしてそこで二人が出てくるのか私には全く理解出来ないんだけど…」
「唯の例えだよ。私がするよりはってだけだ。けどなあ…レミリア、本当に良いのか?
あの鬼娘を信用して紅魔館に置いてたら、何か問題を起こすかも…」
「起こさないわよ。萃香はああ見えて頭の回転がすこぶる早い。そんな無意味なことに労力を割く程馬鹿じゃない。
それに問題を起こされたところで私が館の玉座に君臨してるのよ?それを高々小鬼一匹がどうこう出来るとでも?」

 出来ます。むっちゃ出来ます。むしろ虐殺されます。萃香ジェノサイドです。
 まあ、でも、最初の方に言ったことは本当。萃香が何か問題起こすような娘じゃないのは知ってるし、そもそも萃香が本当に
私に何かしようと思ったら既に行動を起こしてる。だって萃香が私達を殺すことなんて簡単なんだもん。萃香、紫クラスだし。
 でも私は萃香がそんなことしないと知ってる。だからこそ、私は萃香と一緒に過ごしてる。まあ、そんな事情を魔理沙には流石に話せないけど。
 …それにしても、まさか魔理沙がそんな心配をしてくれるなんて。魔理沙に咲夜の過保護でも感染したのかしら。
 本当、魔理沙って何だかんだ言って良い奴だと思う。いつも好き勝手に行動して人を振り回してるように見えるけど、
その実、大事なことは絶対に忘れない。傲慢な吸血鬼(私は違うんだけど、一般論で)が相手でも、魔理沙は心配してくれる。私の身を案じてくれる。
 そんな魔理沙の心遣いが私には何より嬉しかった。ありがとう、魔理沙。魔理沙相手に本当の事情を話せないのは心苦しいけれど、だけど
気持ちだけは大事に受け取っておくから。心の中で一礼し、私は魔理沙に言葉を返す。

「実に瑣末な事よ、霧雨魔理沙。私と萃香の事なんて、貴女の短い貴重な生の中で時間を費やすような問題じゃない」
「命短し行動せよ乙女、だろ。私の人生に無駄な時間なんて無い、私の思うがままに行動するのが私にとっての有意義な時間の使い方だ」
「はあ…この頑固者。それじゃ、貴女は私に何をどうしろって言うのよ。萃香を紅魔館から追い出せとでも?」
「いや、それじゃ私が悪者みたいじゃないか。もっと私の心が気持ちよくすっきり出来る爽やかな解決法を提示してくれ」
「ああ言えばこう言う。私が萃香は何もしないと言っても納得しないくせに。
それじゃ、紅魔館が萃香にどうこうされそうになったら助けて頂戴。なんせそんな下らない杞憂に頭を悩ませてくれる友人なんだ、
私の事を勿論助けてくれるんだろう?もしそんな状況になったら、私は甘んじてお姫様させてもらうとするわ」

 馬鹿らしい、と鼻で笑って告げる私に魔理沙は少し考える仕草をみせる。
 …まあ、もしも、本当にもしもだけど、私がそんな状況になったら迷わずヘルプして欲しい。咽び泣いて感謝するから。
 でも、私=強い吸血鬼らしいから、誰もそんな行動とったりしないでしょうけど。してくれるのは紅魔館のみんなくらいかしらねえ。
 そんなことを考えていたら、どうやら結論が出たらしく、魔理沙は楽しげに笑いながら口を開いた。

「うん、そうだな、そうすればいいんだ。嫌いでもない奴の腹を探るより、そっちの方がよっぽど私らしい。
という訳でレミリア、何か困った事があればいつでもお姉さんに相談にくるんだぜ?私がいつでもレミリアを護ってやるから」
「誰がお姉さんだ、小娘。私は貴女の二十倍以上生きてるのよ。お姉さんどころかお婆さんよ。年寄りは大切にしろと学ばなかった?」
「齢五百だっけ?その数値は補正係数を掛けないと使い物にならんだろ。0.02くらいか?ほら、私より年下じゃないか」
「…お前ね、人の年齢に変な係数を勝手に加えないで頂戴。誰が十歳児よ誰が」
「レミリア係数、格好良いだろ?今度アリスやパチュリー辺りと真面目に討論してみるか」
「するなっ!あと人の頭を撫でるなっ!」

 わしわしと頭を撫でる魔理沙に、私は声を荒げながら手を突っぱねる。
 あのね、確かに私は外見はちょっとアレよ。少し未成熟なところがあるかもしれないわよ。だけど、私は大人のレディなのよ?
 加えて言えば一児の母なのよ?それを子供扱いって…はあ、魔理沙にはこの私から溢れ出る女性フェロモンが理解出来ないのかしら。
 魔理沙もまだまだお子様ね。…でも、レミリア係数が補正としてかかるなら、私がボンキュッボンになるには、後4、5百年は…やめやめ。考えるのやめ。
 でも、魔理沙の奴、なんだかスッキリしたみたいだし、まあ結果オーライかしら。うん、魔理沙はやっぱり思い悩んでるより
何も考えずに笑ってる方がいいわ。こっちも楽しいし。あとは、早くこの無意味な魚釣りをさっさと終わらせてくれないかなあ…
 大体、私も長い事ここに住んでるけど、湖に主が居るなんて聞いた事ないし…大体主って何よ。くじらでも棲んでるの?ぷちぷちが大好きな白鯨でも。
 そんなのどこぞのハイパー英雄か何かにでも任せれば良いじゃない。何で日光に弱い吸血鬼を魚釣りに連れだすかな…魔理沙、私を
デートに誘うならその選択はNGよ。そうね、もし私に良い人が出来たら、やっぱりデートは室内メインで程良く涼しい…

「レミリア、なんか竿が動いてるぞ?魚が食いついてるんじゃないか?」
「…へ?」

 妄想世界に突入していた私に、魔理沙が横から声を掛けて我に返る。彼女の指摘通り、私の手に持っていた竿はビクンビクン動いてて。
 そして、思いっきり腕にかかる巨大な力。今にも折れんばかりにしなる竿。え、嘘?魚ってこんなに重いの?ちょ、ちょっと待っ…何これ!?無理無理無理無理!!
 これ魚じゃないでしょ!?絶対魚じゃないでしょ!?天狗!?天狗の仕業なの!?むしろ河童!?河童でしょこれ!?糸の先に絶対河童いるでしょこれ!?
 竿に掛る力に驚き、私は慌てて踏ん張るものの、部屋で毎日引き籠り万歳な生活を送っている私如きに抵抗出来る筈も無く。

「あにゃああああああ!?」
「えええ!?ちょ、ちょっとレミリア、それは余りに大袈裟だろ!?なんで魚に引っ張り負けてるんだよ!?」
「し、知らないわよそんなのっ!?い、いや、私的には全力の3パーセントくらいしか出してないのよ!?
当り前でしょう!?私を誰だと思ってるの!?私はレミリア、レミリア・スカーレット。紅魔館の主にして…えええええ!?」
「わっ、馬鹿っ!湖に落ちるって!!レミリア、竿から手を離…」

 言うの遅いわよ、馬鹿。そして気付くの遅いわよ、私。今更竿から手を離したところで、私の足元に母なる大地は存在して無い訳で。
 ああ、そういうこと。今回はそういうオチなんだ。ふーん、成程ね。まあ、痛い思いをする訳でも無し、別に良いかなって。

「…って、良い訳あるかああああ!!!!」

 私は慌てて竿を手から離し、気を集中させ、身体を飛行に移す。いくら空を飛ぶのが下手な私とはいえ、湖にダイブトゥーブルーから回避するくらいは出来る。
 必死に羽をパタパタさせて、私は身体をどんどん上昇させる。頑張れ頑張れ出来る出来る絶対出来る頑張れもっとやれるってやれる気持ちの問題だ…

「馬鹿っ!飛び過ぎだ!レミリア、高度下げろっ!」
「下げるかっ!誰が好き好んで湖にロケットダイブなんか…」
「そうじゃないって!日陰!木の日陰の範囲を越えるだろ!さっさと高度を…」
「ほ、ほわぁあああああああ!!!!!!?あああああづいいいいいいいいいい!!!!!!」

 …魔理沙、貴女ってどうして一々警告が遅いのかしら。そして私、どうしてそんな当り前のことに気付かないのかしら。
 直射日光を全身に受け、焼けるような熱さに身を悶えさせながら、飛行のコントロールを失い、私は真下に真っ逆さま。
 私の足元には、当然のように先程まで必死に避けようとしてた母なる蒼の水面が待つ訳で。ああ、そう、やっぱり私こうなるんだ。
 もう嫌。やっぱりアウトドアなんか嫌いだ。明日から何があろうと絶対部屋の中に引き籠ってやる。幻想郷一のラクトガールに私はなるっ…
って、私一ナノメートルも泳げないのよ!?何で湖にダイブするの素直に受け入れてるの!?だ、誰か助けてええええ!!














 ~side 霊夢~



 無言。私と咲夜の間には釣り開始から今まで一つの会話も無く。
 お互いただ黙々と魚を釣り続けるだけ。まあ、コイツと世間話でキャッキャと盛り上がろうなんて微塵も思わないけど。
 今の時点で私が釣り上げた魚の数は3匹。咲夜が釣り上げた魚の数は…23匹。開始してもうすぐ三十分くらいになるかくらいなのに、
コイツは一分に一匹近いペースで淡々と釣り上げていく。…コイツ、なんでこんなに釣り上手いのよ。ていうか、コイツさっきから釣り針の先に餌付けてないし。
 多分、魚が針の近くに来るのを察知して、針を魚の体に引掛けて瞬時に釣り上げてる。何だこの達人芸は、一体誰に仕込まれたのよこんなの。
 溜息をつきながらも、まあ沢山釣ってくれるなら良いやと私は自分の釣りに集中する。釣り上げた湖の主以外の魚は私のモノになる約束だし、
コイツが頑張ってくれればくれる程、私の持ちかえる魚が多くなる。現時点で魚が三十匹近くか…人里の魚屋に売り付けたら良い額になりそうね。
 そんなことを考えながら釣りを続けていたんだけど、そう言えば一つだけこの無愛想女に訊きたいことがあったのを思い出す。

「アンタ、良くあの鬼が紅魔館に棲みつくのを了承したわね」

 その問いは、つい先日に大騒動を引き起こしてくれた伊吹萃香に関する話題。
 あの酔っ払い鬼は、この幻想郷に一騒動を起こしただけではなく、少なくともコイツらにとって一番大事なモノを傷つけてくれた。
 その張本人がレミリアの傍に居続けるのを認める事が、私には少し意外だった。まあ、私はレミリアがそうしたいのならそうすれば良いってスタンスだけど。
 私の問いに、咲夜の奴は答えず、ただ淡々と魚を釣り上げている。…無視か、このクソ女。ふん、別に良いけどね。少し疑問に思ってただけだし。
 私を無視する咲夜に舌打ちをし、こちらも釣りを続行する。早く四匹目のヒットこないかと意識を向け始めたとき、咲夜の口から言葉が零れる。

「お嬢様は伊吹萃香を好み、共に居ることを強く望んでいる。伊吹萃香を大切な友人だと笑って言っていた。
なればそこに私が異論を挟む必要なんて無い。お嬢様が伊吹萃香を友と言うのなら、伊吹萃香は私にとって大切な客人だわ」
「…ふうん、ご立派な意見だこと。アンタのことだから、レミリアをボコボコにした萃香のことを今すぐにでも殺してやるってなるかと思った」
「その行動がお嬢様にとって益があるのなら、私は迷わずそうするわ。お嬢様がその行動で喜ぶのなら、私は伊吹萃香を恨み殺してあげる。
だけど、お嬢様と伊吹萃香の一件は終わったこと。そして今、伊吹萃香はお嬢様の傍で力になることを宣言している。友と盟約を何より一とする最強の鬼が、よ。
ならば私達は伊吹萃香を利用する。それに、私は貴女の思うような心を伊吹萃香に抱いていないわ」
「恨んでないの?あんだけレミリアをボコボコにされたのに?」
「その件はお嬢様が既に手打ちにしたと訊いている、第三者の感情なんて必要ないでしょう。
それに、あのときの事で憎み恨む事象があるとしたら…それは、お嬢様を護る事が出来なかった私自身だわ」

 声の調子が落ちたのを感じ、私は視線を咲夜の方へと向ける。
 そこには、いつもの人を蔑み馬鹿にするようなクソメイドの姿は無く、少し自信を失ったような年相応の少女が居るだけ。
 …何コイツ、こんな情けない十六夜咲夜なんて珍しい。写真にでも取って記念にしてやろうかってくらい珍しい。

「あのとき、私は伊吹萃香と一対一で切り結び、そして負けた。
私の敗北が、お嬢様の危険を呼んだ。私を人質にされたからこそ、お嬢様は逃げる事も助けを乞う事も出来なかった。
…情けなくて泣きそうになるわ。お嬢様を…母様を護る為だけに力を求めたのに、結局私の力は何の役にも立っていない。
それどころか、母様の足を引っ張る結果につながっている。私にもっと力があれば…そうすれば、今とは違う結果があった筈なのに」
「…呆れた。アンタ、どこまで自分様を持ち上げちゃってる訳?アンタが強ければ全部上手くいった、本気でそう思ってんの?」
「ええ、そう思っているわ。私に力があれば…全ての理不尽を跳ね返す程の、母様を護るだけの力があれば、必ず」

 こ、コイツ本当にレミリアに関する事象になると頭のネジが平気で四、五本吹っ飛ぶわね…前から分かっていたことだけど、これは酷い。
 成程、コイツはレミリアが不幸にあう場合、周囲を責めるんじゃなくて自分の無力さを責めるのか。無駄にお人好しなところだけ
親に似てまあ…本気で馬鹿じゃないの?しかも鬼を超える程度の力が無い自分が悪いとか、世間舐めてんのかと。
 …むかつく。何か理由は分からないけど、コイツに対してイライラしてくる。だからまあ、余計な口出しをしてしまうんだと思う。

「アンタ、本気で馬鹿よね。しかも救いようの無いレベルの馬鹿」
「…なんですって」
「何よ、馬鹿に馬鹿って言って何が悪いのよ。自分がレミリアの足を引っ張ってるだけ、なんて言ってる時点で話にならないわ。
力があれば?伊吹萃香に勝てない自分が悪い?そんなの言いだしたら限が無い、無意味なことって理解してる?」
「何を…」
「つーかね、レミリアの不幸理不尽全てを自分が背負ってるみたいな言い方が鼻につく。
紫にも言った台詞、アンタにも言わなきゃいけないのかしら?あんまりレミリアを馬鹿にするのもいい加減にしろってね。
レミリアの伊吹萃香に関する事象全ては結局のところレミリアが背負うモノでしょう。それを何?それが全部アンタの無力のせい?
そうやってレミリアがアンタに言った訳?私の不幸は全部お前が無力だからだって言った訳?こんな未来になったのはお前のせいだって言った訳?」

 気付けば苛立ちを全部咲夜の奴にぶつけてしまっていて。…本当、らしくない。コイツがあまりにらしくないから、私まで伝染しちゃってる。
 コイツはあのときのレミリアの叫びを聞いてないのか。レミリアのコイツへの想いを、勇気を伝聞していないのか。
 あの臆病で小心者なレミリアが、持てる全ての勇気を振り絞って最強の鬼から咲夜を護り抜いた。どんな理不尽であっても、咲夜と一緒に歩く未来を
強く望んだアイツの叫びを咲夜は知らないのか。だからこそ頭に来る。レミリアが全てを賭して護った奴が、こんなウジウジ情けない台詞を吐いていることが苛立たしい。
 だから私は言葉を強く、らしくもない台詞を吐く。本当、こんなの割に合わない。釣った魚を全部貰うだけじゃ物足りないくらいだ。

「しっかりしなさいよ、十六夜咲夜。レミリアがアンタに望んでることは、間違いなく『そんな』ことじゃないでしょ。
無意味な自責をするくらいなら、無理してでもレミリアの前で笑ってやりなさいよ。ニコニコしてあげなさいよ。そっちの方が百万倍アイツは喜ぶわ。
それに自分を弱いとか二度と言うな。他ならぬアンタが自分を卑下する姿は私にとって何より見てて不快なのよ」
「霊夢…」
「か、勘違いしないでよ!喧嘩相手のアンタがあまりに情けないと、張り合いがなくてしょうがないっつってんのよクソメイド。
くそっ、何で私がアンタの心配なんかしてやらないといけないのよ。うえ、気持ち悪っ…なんか本気で気分悪くなってきた」
「…フフッ、そうね。確かに貴女の言う通りかもしれないわ。少し、いえ、かなり私らしくなかったかもしれない。
それと心配なんて不要よ。正直、貴女にそんなことして貰うと、逆にこちらが吐き気を催しそうになるもの」
「ああん?何か言ったかしら、この弱虫メイド」
「何も言ってなくてよ、自堕落巫女」

 …ったく、ようやくらしくなってきたわね。やっぱりコイツとは罵声が飛び交い合うくらいの関係が丁度良い。
 少なくとも、お互いを励まし合ったりするような仲は死んでも御免だ。コイツはレミリアに千切れんばかりに尻尾を振ってるくらいが良いのよ。
 他人を見下して母親史上主義でいつも人を小馬鹿にしてる、それが十六夜咲夜なんだから。まあ、それはそれでムカつくんだけどね。
 それでも今みたいな無力自虐女よりはよっぽど良い。というか、さっきから全然当たりがこないわね…私の晩飯、早く釣れなさいよ。

「ほ、ほわぁあああああああ!!!!!!?あああああづいいいいいいいいいい!!!!!!」
「…はあ?」

 突如、湖中に響き渡った声に、私は声の方向に視線を向ける。
 そこには、湖の上に浮いたレミリアが何故か直射日光を受け、真っ逆さまに湖に飛び込む姿が。…何やってんの、アイツ。
 折角日陰で魚を釣ってるのに、自分から空を飛んで日向に出るって…レミリアの考えることだけは本当に良く分からないわねえ。

「レミリアの奴、見事に湖に飛び込んでるけど、アンタ助けなくて良いの…って、もう居ないし!!」

 隣に座っている咲夜に言葉をかけようとしても、既にそこは放置された釣竿が転がってるだけで。…もうレミリアの傍に飛び込んでるし。
 その姿を呆れて見つめながら、私はそれでも思う。やっぱりアイツはあれくらいが丁度良いんだと。
 そんなことを考えながら、私は自分の持つ釣り竿を地面に置き、咲夜が使っていた釣竿を手に取り直す。
 半時間で三十匹近く釣れた釣竿だもの。きっと性能が良いに違いないわ。見せて貰おうかしら、紅魔館のメイドの釣竿の性能とやらを。
 …って、咲夜の奴、釣り針に餌をつけてないんだった。駄目じゃない、コレ。私は溜息をつき、咲夜の釣竿を再び地面に投げ捨てるしか出来なかった。


















 ~side アリス~





「…何やってるのよ、あいつ等は」
「レミリアさん、溺れてるみたいだけど…」

 レミリアが引き起こしたハプニングに、私と妖夢は苦笑を浮かべながらも釣りを続行する。
 あの娘の救出は咲夜か魔理沙が間違いなくするでしょうし、私達が駆け付ける必要も無い。このままのんびり釣りを続けることにする。
 現在、釣果は妖夢が5匹、私が4匹。なかなか良いペースね。魔法で出来た糸の耐久性もバッチリだし、良いデータが得られそうだわ。
 地面に根がかりしても、糸の魔力を消失させない限り切れる事は無かったし。魔法糸は人形を使用した戦闘にも使えそう。
 釣竿を妖夢に預け、私は気付いた点をノートに書き連ねていく。その様子を妖夢は横から眺めながらも、釣りを並行して行ってくれている。
 魂魄妖夢――この娘とはあまり話したことは無かったけど、話してみるとなかなかどうして良い娘で。私の周りには変な奴等しかいないから、
こういう普通の女の子の存在は割とありがたかったりする。本当、霊夢に魔理沙に咲夜に…どうして私の周りには落ち着きの無い奴が勢揃いなのかしらね。
 そんなことを考えながらノートをまとめ終え、再び妖夢から釣竿を受け取って魚釣りを再開する。
 ふと妖夢の方を眺めると、彼女の視線はレミリア達の方に釘付けになったままだ。正確に言うとレミリアに。現在、レミリアは
湖の中から救出され、木陰に寝かされている。どうやら騒動を訊きつけたのか、門番も駆けつけている。まあ、意識はあるみたいだし、大丈夫でしょ。

「レミリアが居るところ波乱有り。本当、賑やかなことこの上ないわねえ」
「あはは…まあ、それがレミリアさんだから。
そんなレミリアさんだから、みんなに慕われるんだと思う…例え戦う力が無くても、ね」
「…そう言えば、貴女はレミリアが『そういう存在』だって先日知ったのよね。紫に啖呵を切ってたときにそう言ってたけれど」
「あわわっ!お、お願いだからあの時のことは忘れて!紫様に許して貰えたとはいえ、本当に気まずい事この上無いんだから!
うう…紫様は白玉楼に遊びに来た際、その話を蒸し返して幽々子様とからかってくるし、この前は藍さんまで私に笑いながら…」
「良いじゃない。紫相手に自分の意志を貫く妖夢、格好良かったわよ」
「いいから忘れるっ!」

 顔を真っ赤にしてがなり立てる妖夢に、私はハイハイと笑って流す。
 成程ね、普段から魔理沙が妖夢は面白いと何度も繰り返して言っていた意味がよく分かる。この娘、反応が面白い。
 まあ、私は魔理沙みたいに悪趣味じゃないから、あまり執拗にからかったりしないけれど。そんな私の笑みに、少しばかり居心地の悪い
想いをしながら、妖夢はコホンと咳払いを一つして言葉を紡ぐ。

「レミリアさんが実は何一つ戦う力を持たないことには本当に驚いたわ。
だって、私にとってレミリアさんは憧れの存在で、春雪異変のときからずっと私の目指すべき姿だったから」
「あらら、それはご愁傷様。幻滅した?」
「冗談でも怒るよ、アリス。レミリアさんが私にとって憧れであることに何一つ変わりは無いよ。
むしろ、今まで以上にその想いは強くなってる。戦う力が無いのに、レミリアさんは誰一人訳隔てなく優しく接してくれる。
私達のことを怯えもせず、大切な友だと言ってくれる。だからこそ、みんなに慕われるんだと思う。人間としてこれ以上尊敬出来る人は他に居ないよ」
「まあ、レミリアは人間じゃなくて吸血鬼な訳だけれども」
「もうっ、揚げ足取りなんてしなくて良いから」
「加えて言うなら、妖夢の尊敬対象に幽々子は入っていない、と」
「ちょ、だ、誰もそんなこと言ってないでしょ!?幽々子様は勿論、尊敬の対象だけど、その、護るべき存在でもありご主人様であり…」

 …ごめん、私って実は結構悪趣味みたい。妖夢をからかうのってこんなに面白いのね。
 まあ、からかうのは本当にこれで終わりにしよう。うん、あんまりやり過ぎて嫌われるのもあれだし。
 それに、この娘は本当にレミリアのことが好きなのねえ…私も好きは好きだけど、妖夢まではいかないかな。
 私にとってのレミリアは憧れの対象でも何でもなく、人形劇に一喜一憂して笑ってくれる女の子。私の人形を大切にしてくれる女の子。
 だからこそ、先日の伊吹萃香の件では、他の連中よりも幾らかは冷静で居られたんだと思う。霊夢も魔理沙も、私より何倍も
レミリアに入れ込んでいる。あの場での私の冷静さは、他の連中よりレミリアの付き合いが薄かったから。ただそれだけの理由だ。
 …まあ、それでも私がレミリアのことを好ましく思うことに変わりはないんだけど。他の連中がレミリアのことを大好き過ぎるだけなのよねえ。
 それだけレミリアが愛されキャラってことなんでしょうけど。

「でも、あのときは本当に大変だったわね…まさか四人がかりで勝てないなんて思わなかったわ」
「…そればかりは仕方無いよ。紫様は完全に防御と回避に徹していたし、
萃香様は…こういう言い方はしたくないけれど、生まれ持っているモノ自体が違うから」
「私は霊夢や魔理沙ほど頭が固くは無いから大丈夫よ。伊吹萃香は私達とは次元が違うことくらい理解してるから。
アレは…正直、二度と敵に回したくはないわね。何発入れても倒れないし、向こうは一発こっちに入れれば終わり。割に合わないわ」
「はあ…まだまだ先は遠いなあ。追いつく、とは言えないけれど、紫様達に少しでも近づけるように努力は欠かしていないつもりなんだけど…ね」
「何?妖夢はあの連中の仲間入りがしたいの?あと三千年は生きないと無理じゃない?」
「さ、三千年も!?」

 目を丸くして驚く妖夢だけど、これぱかりは仕方無いと思う。なんせ生まれ持ったモノが文字通り違うのだから。
 努力が全てを解決してくれる訳じゃないように、どんなに頑張っても決して超えられない壁は存在する。戦闘が本分じゃない私達に
古来より戦いを生業としてきた鬼に勝てる理由は何一つ存在しない。重ねてきた年月も、生まれ持つ力も、何一つ届かない。
 …まあ、それを受け入れようとしないのが、霊夢であり、魔理沙であり、咲夜なんでしょうけれど。本当、あの三人は無茶苦茶だと思う。
 だけど…少しだけ期待はある。今は勝てないけれど、霊夢達は…やめよう。そんなことを考えたって意味の無いことだし。
 軽く息をつき、私は妖夢同様、レミリア達の方に視線を向ける。あ、何か魔理沙と咲夜が口論してる。門番は笑いながら二人の間に入ってるし。
 本当、騒がしい連中だわ。だけどまあ…そんな連中だから、私が退屈しないのも確か。

「本当、春雪異変からの付き合いだけど…アイツ等は昔から変わらないわね。騒動の塊っていうか」
「私は嫌いじゃないなあ…レミリアさんや魔理沙達と一緒に居ると、本当に楽しいから」
「あら、奇遇ね。私も悪くないと思ってるわよ」

 妖夢の言葉に私は笑って答える。だからこそ、私は自分の台詞の違和感に気付かなかった。気付けなかった。
 レミリア達の姿を妖夢と二人で眺めていたが、ふと自分の持つ釣竿に大きな反応があり、私は慌てて釣竿を握り直す。
 竿を引っ張るけれど、私の力ではビクともしなくて。え、嘘、何これ。…拙っ、持っていかれる!

「妖夢!一緒に竿を持って!私一人じゃ力負けしてる!」
「え、あ、うんっ!」

 妖夢に指示し、私と妖夢は二人がかりで竿を持ち直す。それでも腕に掛る重さは変わらない。
 魔理沙の話していた湖の主の話、冗談半分で聞いていたんだけど…まさか本当に居るのかも。私と妖夢は互いに頷き合い、
せーのと掛け声をかけて全力で引き上げる。幸い、二人がかりならこちらの方が力は上だ。糸も魔法糸を使っているから、
途中で切れたりする事は無い。あとは私達が全力で釣りあげるだけ。あと少し、もう少し…いける!私と妖夢は持てる力の全てを使って湖の主を釣りあげる。
 私と妖夢が全力で釣り上げた針の先、そこに現れたのは――湖の主などではなく、帽子を被り、リュックを背負った一人の女の子。

「………」
「………」
「う~、くそ、針がリュックに引っ掛かって…って、げげっ、人間っ!?」

 私と妖夢が釣り上げた女の子は、私達を見るなり慌てふためいて。見ているだけで可哀そうになるくらい動揺しちゃってて。
 私は妖夢と瞳を交わし、意志の疎通を確認した後、魔法の糸に通していた魔力を消失させる。
 魔法の糸で宙づり状態になっていた女の子は、そのまま再び湖の中へ。どぼんと激しい音がした後、私達は軽く息をつき、再びその場に腰を下ろす。

「さて、と。妖夢、魚釣りを続けましょうか」
「そうね。幽々子様の晩御飯の為にも、頑張らないと」
「あら、それなら沢山魚を釣らないとね。なんでも霊夢が普通の魚は持ちかえる予定らしいから」
「そ、それは駄目!幽々子様の分はちゃんと残してくれないと…」

 笑みを浮かべ合い、私達は再び雑談に興じていく。
 お互い、さっき釣りあげた少女の存在は見なかったことにして。だってそうでしょう?魚釣りをしてたら女の子が釣れました、なんて誰が信じるのよ。
 そんな与太話を魔理沙達にして笑われるより、私は何も見なかったことにして常識という道を歩くことにする。それが都会派魔法使いの生き方よ。









[13774] 幕間 その4
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2010/02/14 01:36





「がはっ!!」
「あうっ!!」

 放たれた衝撃波を身体に受け、霊夢と魔理沙は堪らず壁に打ち付けられる。
 朦朧とはしているものの、二人は何とか意識だけはつなぎ止める。それは彼女達の持つ意地か誇りか。
 そんな二人を夜空の上から見下し、嘲笑うは最強の妖怪、八雲紫。彼女は殺し合いの始まりから一寸たりとも変わらぬ笑みを浮かべ、二人に言葉を紡ぐ。

「あら、まだ立ち上がる気力があるのね。その心の強さは賞賛に値するけれど、早く心を折ってしまった方が楽になれるわよ?
立ったところで、貴女達が私に何が出来て?徒に苦痛の時を永らえるより、全てを諦めてしまった方が賢い選択じゃないかしら」
「じょう…だん…アンタに、屈するくらいなら、死んだ方が…マシよ」
「そして私達は…死にたくはないからな…だから、必死で抵抗するんだよ、お前をぶっ飛ばす為に、な」
「ふう…人間とはかくも罪深く、愚かな存在ですわ。幻想郷に平和を取り戻す…ただそれだけの為に、この私に牙を向こうだなんて。
その結果が貴女の傍で気を失っているお仲間の哀れな姿よ。妖夢もアリスも、私に触れることすら叶わなかった」

 紫の言葉通り、霊夢達の傍には意識を失った妖夢達が地に倒れ伏していた。誰もが紫に対し、勝算の見いだせない戦いに挑み、そして散っていったのだ。
 彼女達の姿を一瞥し、霊夢と魔理沙は再度紫を睨みつける。仲間の倒れた姿を目にしてもなお、彼女達の心は折れない。
 その姿に、紫は小さく溜息をつき、体内から発する妖気の質を更に鋭く引き上げる。それは彼女が最強の名を冠するに相応しい程の存在感。

「貴女達は実に利用し甲斐のある忠実なお人形だったわ。私のお気に入り…本当に面白いくらい私の掌の上で踊ってくれるお人形。
だけど、そのお人形が自らの手で操り糸が切ってしまったら、持ち主として私の取るべき手段は二つしかない。それは直すか、廃棄するか。
ねえ、霊夢、魔理沙。最後にもう一度訊いてあげる。全てを捨て、私の下に付き従いなさい。そうすれば、貴女達の望む全てを分け与えてあげる」
「はっ…その問いには何度も答えた筈よ、紫。答えは『死んでも断る』ってね」
「右に同じ、だぜ。お前は私達を幸せにしてやる、だなんて妄言を吐いてるが…そりゃ私だけを、って話だろ?
お前が望む世界は一の強者だけを救済し、九の弱者を食い物にする世界だ。そんな世界は悪いがお断りだ」
「そう…本当に愚かね。それだけの力を持ちながら、貴女達は他者を踏み躙る強さも覚悟も失している。
興醒めよ、実に興醒め。さようなら、儚き愚者達よ…叶わぬ夢を胸に抱いて、疾く顕界から去ね」
「その言葉、そっくりそのままアンタに送り返してやるわ。最後に一つ、紫に反省点を教えてあげる。
――話が長過ぎんのよ、アンタは。他人を屑だと見下すことしか出来ないこと、それがアンタの敗因よ」

 紫が二人に対し、強大な妖気の牙を首元に突き立てんと力を放出する刹那、彼女に対し、真紅の神槍が天より飛来する。
 驚愕に目を見開き、紫は慌てて回避するものの、若干回避行動に移るのが遅かった。彼女の右手は紅槍に穿たれ、血飛沫が宙を舞う。
 しかし、紫は腕の痛みなど気にする余裕はない。これ以上ない程の憎悪を瞳に込め、紫は槍が飛来した先を睨みつける。
 その視線の先に居た人物――それこそが、霊夢達の待っていたジョーカー。この絶望的な状況を打開出来る最高の友人。

「…ったく、来るのが遅いのよ。危うく紫の奴を倒しちゃうところだったじゃない」
「それは済まなかった。別に私に遠慮することなく、アレを食ってしまっても構わなかったのよ?」
「はっ、そいつは止めとくぜ。アイツを…紫を止められるのは、この幻想郷ではお前だけだからな」

 夜空に舞い、ただ悠然と微笑む人物に、霊夢と魔理沙は先程までの深刻な顔が嘘のように表情を緩める。
 彼女達とは対照的に、表情を歪めるは八雲紫。ギリ、と歯を噛みしめ、どこまでも憎々しげにその人物を睨みながら口を開く。

「…レミリア・スカーレット、貴女、生きていたの?」
「死んでいたさ。だが、八雲の亡霊が彷徨っている以上、大人しく棺桶の中で眠っている訳にはいかなくてね。
死の淵を彷徨っていた私に、幽々子と萃香が力を分け与えてくれたのよ。貴女を…親友を止めて欲しいとね」
「ふん…死してなお私を裏切るか。幽々子も萃香も本当に役立たず。どうしようもない塵だわ」
「毒なら好きなだけ吐きなさい。何があろうと、貴女の野望はここで費えることになるのだからね」

 レミリアは口元を歪め、パチンと指を鳴らす。
 彼女の召喚に応えるは、彼女に心から仕える四人の守護騎士達。その誰もが一騎当千の強者達。

「破壊の騎士、フランドール・スカーレット」
「七曜の騎士、パチュリー・ノーレッジ」
「刹那の騎士、十六夜咲夜」
「彩色の騎士、紅美鈴」
「あいつら…そうか、レミリアの『願いを現実にする能力』の力で蘇ったのか」
「でも、その力は未熟な貴女には使いこなせない筈…ま、まさか!」
「そう…私は沢山の悲しみを背負い、全ての人の想いを自分の力へと転ずる力を有することが出来たのよ。
ふふっ…皮肉な話よね。人里の人々の命、失われた命によって、私は真の覚醒を迎える事が出来たのだから。
『想いを力に変える能力』…それは貴女が、八雲紫が心から恐れていた能力。この力こそ、貴女を打倒出来る幻想郷の力」
「そ、それじゃ貴女は…」
「――そう、私は最早レミリア・スカーレットじゃない。レミリアを超えたレミリア、超レミリアよ」

 レミリアは両瞳を閉じ、己に秘められた力の全てを解放する。
 彼女を包むエメラルド色の優しい光、それは妖気とも魔力とも区別のつけることの出来ない力。
 彼女から放たれた緑の光が幻想郷中を照らしていく。それはどこまでも優しく、温かな光で。
 その光を受け、霊夢も魔理沙も気付けば瞳から涙を零していた。心の奥底を揺さぶるレミリアの光に、涙がとめどなく押し寄せてきて。

「涙が…涙が止まらない…レミリアの想いが、悲しみが胸に伝わって…」
「だけど、嫌じゃない…これが、レミリアの背負う想いなのか…人の心の光が、世界を包んでるんだ…」
「止めろ!私の幻想郷をそんなモノで染め上げないで!私の夢が!私の欲望が、そんな下らない唾棄すべきモノなんかに!」
「悲しいわね…八雲紫、誰よりも愛深き女ゆえに、夢を叶える為に、愛を捨てることしか出来なかった。
紫…全てを終わりにしましょう。幽々子の、萃香の、そして私の想いが、貴女の心の闇を打ち払う」
「黙れっ!!レミリア・スカーレット、貴女さえいなければ…貴女さえいなければっ!!」

 憎悪に表情を歪め、紫はレミリアに向けて跳躍する。その速度は疾風迅雷、常人には決して追えぬ神域の速度。
 みるみる距離を詰められるも、レミリアは決して慌てない。四人の騎士達を制止し、レミリアはグングニルを振りかぶり、言葉を紡ぐ。

「――最後の勝負よ、紫。受けてみなさい、これが私の全力全開――神槍『スピア・ザ・グングニル』!!」














 ぼてっ

「いたっ」

 急に訪れた背中の痛みに、私は混濁した意識をゆっくり覚醒させていく。
 私の視線の先にあるのは天井。ただ、いつもより天井が遠い気がする…って、なんだ、私、ベッドから落ちてるじゃない。
 軽く息をつき、私は自分の掌を確認する。…あれ、グングニルは?というか紫達は?最終決戦は?
 そんなことを冷静に考え始めたとき、私の思考は何故か急激に冷却されるようにクリアになってきていて。

 Q.グングニルは?→そもそもグングニルって何よ。
 Q.紫達は?→いや、紫と戦ってる時点でおかしいでしょ。私クソ弱いのに。
 Q.最終決戦は?→何それ、おいしいの?誰が誰と何の為に戦うの?何で幽々子と萃香は死んでしまうん?幽々子最初から死んでるやん。

 …ああ、成程。オーケイ、解かってきた。理解出来た。つまるところ、そういう訳ね。
 今、私は見事なまでにパジャマでベッドから転げ落ちていて。どう見ても今まで寝てました空気爆発で。つまりさっきまでの光景は…夢な訳ね。
 軽く息を吐き、私は寝転んだまま笑みを零す。そして――絶叫。

「あ、あんな恥ずかしい夢を見る奴があるかああああああああああ!!!!!ぎゃあああああああああああ!!!!!!」

 私はベッドに飛び込み、毛布を頭から被って羞恥にもがき苦しむ。何よあの夢は!私は一体どこの『僕の考えた最強主人公』なのよ!
 何よ『願いを現実にする能力』って!何よ『想いを力に変える能力』って!何よ『超レミリア』って!我が夢ながら妄想が全力全開じゃないのよ!?
 しかも紫相手に偉そうにOSEKKYOUしてるし!なんか紫悪役にしてるし!幽々子と萃香なんか空に輝く強敵と書いて友と化してるし!
 ああああ!!!もう嫌!ノーカン!今の夢は私のシマじゃノーカンだから!夢は自分の願望を映すとか…じょじょじょ冗談じゃない!
 私の夢は素敵な男の人と一緒になってケーキ屋さんを開く事!例えるならなのちゃんなのよ!?クロ×なの派なのよ!?それがどうしてなのはさんルートに…か、勘弁してくだしあ。
 とにかく恥ずかしい!中二病願望があった自分自身に絶望した!何あの私、あれ絶対固有結界使えるわよ!?無限の槍製とかやるわよ絶対!ナデポニコポカコポ全部使えるわよ!
 本当もう、こんなのぶっちゃけありえない。なんつー夢を見ちまったのよ、フロイト先生も爆笑よ!夜遅くまで漫画見て寝付いたらコレだよ!
 何はともあれ、この恥ずかしさが熱を引くまでこうしていよう…もう、本当、ありえない。あんな夢を見てただなんて誰かに知られでもしたら…

「おっはよーさん。何か大声上げてたけど、どしたの?」
「ごめんなさいごめんなさい勝手に萃香をお空の星の人にしちゃってごめんなさいっ!!」
「…はえ?」

 突如部屋に入ってきた萃香に、気付けば私はペコペコとベットの上で必死に謝っていた。
 そのときに萃香が浮かべていた『何してんのコイツ』的な顔を、今日見た夢と合わせ技で私は一生忘れないと思う。
 誰か私の記憶を空へ預けに行って下さい。むしろ投げ捨てても焼却処理しても良いから。結構切実に。




















 こんにちは。あんなアホみたいな妄想夢を見てしまったせいか、非常に夢に出てきた登場人物達に対して申し訳ない気持ちでいっぱいな
紅魔館の主、レミリア・スカーレットです。特に紫とか紫とか紫とか紫とか紫とかに本気でゴメンナサイしたいです。
 本当、あんな私TUEEEEな物語なんて、一体何処の並行世界に行ったら出会えるのよ。紫と戦ったり龍と戦ったりする私とか居る…訳ないわよねえ。
 とにかくもう、病気染みてる妖々夢を見ない為にも、もう夜更かしなんてしない…なんて言わないよ絶対。私が夜更かしして漫画見ない生活なんて考えられないし。

「まあ、そういう訳で私はこれからも夜遅くまで起きるつもりだから」
「いや、何がどういう訳なのかサッパリ分からないんだけど」
「夜更かししない吸血鬼というのもおかしな話よね。夜を統べる者の代名詞だものね」

 私の言葉に、萃香は苦笑を浮かべながら酒を口へと運んでいる。そして幽々子は至極尤もなお言葉を返してくれた。
 そして、私の言葉に紫は楽しそうにクスクスと微笑むだけ。うう…他の二人以上に、今日は紫に申し訳ない気持ちでいっぱいだわ。まともに視線合わせられないし…
 ごめんなさい、紫。貴女を三流雑魚キャラなんかにしちゃって…あの紫は私がちゃんと墓まで持っていくから。あんな小物臭がする紫は忘れることにするから。
 …さて、私の恥ずかし過ぎる悪夢はもう捨て置くとして、今私がやってきてるのは、何とまあ紫の家。幽々子の家は何度か行ってるけれど、紫の家にお呼ばれしたのは初めてね。
 お昼頃、萃香と二人でダラダラ時間を過ごしていると、室内に隙間登場、紫参上。で、暇そうにしてる私達をお茶会という名の雑談会にご招待って訳。
 紫の家は、幽々子の家や紅魔館みたいに馬鹿でかい訳じゃなく、人里の少し裕福な人が過ごす屋敷程度の大きさ。紫くらいの化物なら、別世界を一つでも
掌握して『この世界全て私の土地』くらい言うかと思ってたから少し意外だった。その事を紫に訊くと、クスリと上品に笑いながら『これでも広いくらいだわ』との
お言葉が返ってきた。何という謙虚な妖怪…これで最強の妖怪なんて余りにも格好良過ぎるじゃない。それで美人だなんて…ね、妬ましい!
 紫の家には、先に来客として幽々子が訪れていて。それでまあ、現在こうやって紫の家の一室で紫、幽々子、萃香、私の四人でだらだら雑談会という訳。
 しかし、この面子に私ってなんていうか、本当に場違いっていうかなんていうか…だって、この三人ってぶっちゃけ幻想郷のNo1、2、3なんじゃないの?
 正直、この三人がいれば神様だって殺せるんじゃないの?それくらいの実力者達なのよね…それに引き換え、私は頑張れば蚊や蝿を殺せる程度の実力。
 ライオン三匹と蟻が一匹、もう考えるだけで不自然過ぎる組み合わせなのよね。本当、我ながらよくこの面子と友達やってるわ。まあ、
正直なところ、強さとかどうでも良くて、私がこの三人を好んでるから友達なんだけど。最近、紫にも幽々子にも怖いって思わなくなってきたし。慣れって怖い。

「そう言えば萃香、貴女は紅魔館にお世話になってるけれど、山に連絡は?」
「するわけないだろ。もう山の連中と私は関係無いし、今更あそこに戻るつもりも無いしさ。
ヘコヘコ私に媚びる連中の傍に居るなんて御免だよ。私はレミリアの傍で自由気ままに楽しませて貰うさ」
「あらあら、山の権力者がこれでは、幻想郷は益々持って権力争いには程遠くなりそうね、紫」
「悪い事ではないけどね。萃香がそれで良いのなら、山の連中に対して紅魔館がこれ以上ない抑止力になってくれるもの」
「必要あるかねえ?連中は閉鎖的で臆病な奴等の集まりだよ?実力はあるくせに本当、スッキリしない奴等さね」
「何にでも保険は必要なのよ。とくに個人ではなく、集団で事を為す連中にはね」

 三人して小難しい話を始めるも、私はガン無視で用意された煎餅を味わい続ける。おいひい。流石紫、上質を知る人のゴールドブレンドだわ。
 紫とは一年近くの付き合いに、幽々子とは半年以上の付き合いになるけれど、最近二人との付き合い方が大分理解出来てきた。
 基本、二人が難解な話をし出したときは、相手に理解される事を期待していないのよね。だから私は適当に相槌を打ちながら話を合わせるだけで良い。
 本当に私に何か訊きたいこととか、話したい事があったら、二人とも噛み砕いて話してくれる。なんだかんだで、実は二人とも話上手なのよね。
 だからまあ、何が言いたいのかというと、今の会話に私が参加する必要ナッシングパワーだと言う事。話があったら、ふってくるだろうし。
 …しかし、この煎餅美味しいわね。どちらかというと洋菓子派(自分で作るからね)の私でも、この煎餅が凄く良いモノだってのは分かる。
 この煎餅、一体何処に売ってるんだろう。人里の茶屋は全部行き尽くしたと思うんだけど…外の世界かな。今度紫に頼んで買ってきて貰おうかしら。

「フフッ、なんだかリスみたいね。煎餅に夢中になって齧りつく姿はどう見ても小動物そのもの」
「幽々子に同意するわ。これがスカーレット・デビルの姿だって知ったら、幻想郷中の妖怪達は驚き気を失うかもしれなくてよ?」
「そう言えば、幻想郷の連中がレミリアに畏怖してるって噂を聞いたんだけど、紫達がやったのかい?」
「やったのはレミリアでしょう?紅霧異変に春雪異変、そして私と幽々子、そして貴女との関係。加えて天敵である博麗霊夢との友好。
そのどれもが紅悪魔の名を幻想郷中に轟かせる要因となるでしょう?レミリアが幻想郷のパワーバランスの一角と成り上がっているのは揺ぎ無い事実だわ」
「そして、その結果を紡ぎ出したのは他の誰でも無いレミリア・スカーレット。相手がレミリアだからこそ、私達は共に在りたいと願った。
私達は何一つ手なんて加えていませんわ。貴女のときだってそうではなくて、伊吹萃香」
「違いない。本当、大したもんだよレミリアは。自分で言うのもなんだけど、私が友と認めるなんて本当に余程のことなんだけどね」

 この醤油の香りも絶品だし、お茶請けには本当に文句のつけどころが一切無いわね。やっぱり後で紫に…って、あれ、何みんなして私の方眺めてる訳?
 しかも、私を見てみんなニヤニヤしてるし…いや、ニヤニヤしてるというよりは、子供を見守る保護者みたいな視線が…な、何この変な空気!?
 コホンと小さく咳払いをし、私は慌てて取り繕ってさも会話を聞いていたような顔をする。いや、三人の話を微塵も聞いてなかったんだけど。煎餅に夢中になってたけど。
 と、とにかく何か話題を出そう。とにかく話を変えれば、私が話を聞いてなかったことに突っ込まれないし。えっと、話題話題…

「そ、そう言えば紫、さっきこの煎餅とお茶を運んでくれた女性の事なのだけど…」
「ああ、藍のこと?あの娘は私の式神よ。九尾の狐、私の従者」
「しきがみ?え、ああ、そう、しきがみね。成程、しきがみなのね」
「そう、式神」

 …やばい、しきがみって何?敷紙?四季神?話題を変えようと思ったら専門用語が出てきて墓穴を掘ったでござるの巻じゃない。
 私はさも理解しているような素振りで紫に頷いてみせる。とりあえず九尾の狐っては分かったんだけど…って、九尾の狐?それって
もしかしなくてもかなりの化物なんじゃないの?お伽話に出てくるくらいの妖怪なんじゃないの?それを紫はしきがみ?とかいうのにしてるの?
 多分、しきがみってのは紫の言うように従者みたいなものなんでしょうけど…何このチート妖怪。自分も化物、部下も化物って本気でヤバい。
 紫の異次元っぷりに私は思わず気が遠くなる。幻想郷は常識に捕らわれない…ホンマ幻想郷は地獄やでえ、フゥハハー。

「それで藍がどうかしたの?何か用があるなら呼び寄せるけれど」
「へ?あ、いや、別に構わないわよ、うん。初めて見る顔だから、一体誰なのか気になっただけだし。
紫のしきがみって分かっただけでも、充分よ。そう、しきがみなのね。いや、何と無く分かってはいたんだけれどね。立派なしきがみね」
「フフッ、お褒めに預かり光栄ですわ。藍は私の自慢の式神ですもの。将来的には研鑽を積んで折り紙になって欲しいと思ってるんだけど」

 お、おりがみっ!?え、何?しきがみって進化したら折り紙になるの!?どういうクラスチェンジなのそれ!?むしろ折り紙ってそんなに凄かったの!?
 や、ヤバい…紫が楽しそうにクスクス笑って私の返事を待ってる。幽々子も萃香も楽しそうに笑ってる。拙い拙い拙い、これ絶対みんな
しきがみのこともおりがみのことも理解してる。これで『しきがみっておりがみになるの?』なんて言えば、私は良い笑い物じゃないのよ!
 よ、よし…ここは私もさも分かってるような素振りで誤魔化そう。おりがみ、おりがみね…うん、OK、大丈夫。

「そうね…他ならぬ、紫のしきがみだもの。将来、立派なおりがみになれると私が保証してあげるよ」
「そう、それを聞いて安心しましたわ。レミリアの保証があれば、あの娘も自信を持っておりがみになれるでしょうね。フフッ」
「本当、性格悪いよね、紫は。まあ、面白いから良いけどさ。うぷぷっ」
「それだけ紫がレミリアの事が好きだという証拠ね。本当、私は良い友人達を持ちましたわ」

 私の言葉に三人が三人とも愉しそうに微笑んでいる。よし、何とか切り抜けることが出来たわね…危ない危ない。おりがみなだけに私の折り紙つきって、やかましいわ。
 しかし、おりがみって言うのはそんなに凄いものなのね。従者から進化するみたいだし…咲夜にも目指してみないか勧めてみようかしら。
 なんせ神がついてる称号ですものね。檻神か折神かは知らないけれど、とにかく凄いランクってことは分かる。よし、帰ったら咲夜に言ってあげよう。
 咲夜、貴女は紅魔館の希望の星よ。私達の期待を背負い、立派なおりがみになるのよ。最強メイドおりがみ咲夜、よし、このフレーズで世界が狙えるわ。

「さて、話は変わるけれど…レミリア、貴女は私の持つ能力が何だったか覚えているかしら?」
「何?本当に唐突ね…紫の能力なんて忘れたくても忘れられないよ。ウチに遊びに来る時、いつも能力使って私の部屋に来てるじゃない」
「それではズバリ、私の能力の正式名称は?」
「『隙間を使って人の家に勝手に侵入する程度の能力』」
「…あれ、紫の能力ってそんな微妙過ぎる名前だっけ?似合い過ぎて怖いんだけど」
「普段、紫の能力の主な使い道って『それ』だしねえ」
「ありがとう、私の愛する親友方。貴女達が普段私をどんな目で見てるのかよ~く理解出来ましたわ」

 クスクスと紫は笑ってるけど…いや、絶対怒ってるでしょこれ…美人が怒ると微笑みでも怖いのね。
 そんな私達に軽く息をつき、紫は気を取り直して、言葉を再度紡いでいく。

「私の持つ能力は『境界を操る程度の能力』。私の持つ力は他人には理解しにくいところがあるから、細かい説明はしないけれど、
私のこの力は様々なモノの境界を意のままに操ることが出来る。そこまでは良いかしら?」
「いや、構わないけれど…今更紫の能力を説明されても、私には『ああ、そうなの』くらいしか言えないわよ?」
「うふふ、面白いのはここからですわ。さてさて、私の能力を使えば、万物の境界を操り、世界に浸食ことが可能。
それはつまり、他者が作りだした朧世の幻想ですら介入することが出来る。簡単に言うと、私は人の夢に介入し覗き見ることだって出来る」
「へえ…それは凄い能力ね。人の夢を覗けるだなんて実に面白そう…」

 …そこまで言って、私は言葉を止める。ちょっとマテ。どうして今、紫は『この話題』を『楽しそうに』私に話す?
 紫の能力が凄いモノだってのは良い。だけど、紫はその能力の素晴らしさに、『他人の夢に介入することが出来る』ことを押しだしてきた。
 それはつまり、紫が他人に夢に介入できるという事象を話題に提起しているということだ。そして、紫が提示した相手は私。
 私と夢、それに一体何のつながりがあるのか。そんなことは言うまでも無い。今日の私は最高なまでの悪夢を見ている筈だ。
 その夢に対し、紫の能力は覗き見る事が出来るとしたら。それが今の紫の笑みの意味につながるとしたら。まさか。まさかまさかまさかまさかまさか――!

「ゆ、紫、ああああ、貴女ももももしかして…」
「フフッ、夢の中で私と対峙するレミリアはとても素敵でしたわ。まるでお伽話の主人公のよう」
「う、うわああああああああ!!!!わ、忘れろおおおおおお!!!!!今すぐ忘れろおおおおおおおおおお!!!!!!」

 紫の一言に私の羞恥心は限界突破。相手が最強の妖怪である事も忘れ、私は紫の襟元を両手で掴んで必死にガクガクと前後に揺さぶる。
 そんな私に、紫は優しい笑みを浮かべたまま。あががががががが、私の黒歴史を握られた。というか人の夢に武装介入するんじゃない!
 あんなアホみたいな夢を覗かれたなんて、私もう御嫁に行けないじゃない!どうしてくれるのよ!?責任取りなさいよ!?御嫁に貰いなさいよ!?
 私と紫の間で繰り広げられるお馬鹿コントに、萃香も幽々子も二人して楽しそうに笑うだけ。ち、畜生…ちくしょーー!!!完全体になれればー!!(違います)
 結局私と紫のドタバタは、紫が夢の内容を誰にも話さないと約束してくれるまで続いたりした。ゆ、紫なんて嫌いだー!!うわーん!!
























 ~side パチュリー~



 一筋の光も差さぬ暗き地下の一室。私は入室する為に、扉を軽くノックする。
 しかし、室内からの応答は無い。もしかしてあの娘、眠っているのかしら。そう首を小さく傾げながら、私はゆっくりと扉を開く。
 入室一番、私の視線に飛び込んできたのは、ベッドに腰をかけて両瞳を閉じる少女の姿。何よ、起きてるんじゃない。

「ノックへの応答くらいしてくれても良いんじゃない?」
「どうせ室内に私が居る事くらい最初から分かってるでしょ。なら面倒は省いても良いじゃない」
「もしかしたら、貴女が眠っている可能性もある訳で」
「それこそ気にせず入ってきたらいい。なんなら、私と一緒に眠ってくれる?最近、ふと何かを無性に抱きしめたくなる」
「それは私じゃなくて貴女のお姉様に頼んで頂戴。私と寝ても面白くもなんともないでしょう」
「確かに今のパチュリーの反応は面白くないね。お姉様相手だと顔を真っ赤にして慌てるくせにさ」

 そればかりは仕方無い。なんせレミィは私にとって特別な女の子なんだから。
 軽く息をつき、私は冗談にクスクスと微笑んでる少女――フランドールの傍へ歩み寄っていく。そのレミィの事を報告する為に。

「レミィは伊吹萃香共々外出してたわ。門を通っていないところを見るに、八雲紫でしょうね。
他の連中…それこそ窓から入室する魔理沙だって、紅魔館に入出するときは門を通るもの」
「つまり紫は年端もいかぬ少女が弁えている礼儀も持ち合わせてない、と。本当、つくづくあの女狐らしい」
「良いの?レミィ、美鈴も咲夜も護衛に付けていないけれど」
「構わないでしょ。その代わりに札付きの守護者が二枚も付いてるんだ。八雲と伊吹の前に挑む命知らずが幻想郷に存在する?」
「随分連中を信用してるのね」
「信用?ハッ、パチュリーも下らないことを言ってくれるね。私は利用出来るモノは全て有効活用してるだけだよ。
私が信用するモノなんて存在するもんか。そうだ、私は昔から一人ぼっち、私が信じるのはお姉様だけだ。お姉様を利用する連中…誰があんな下衆な連中なんか信じるもんか。
顔では笑いながら、心の底ではお姉様を屑扱いして、存在すら認めようとしなくて…汚らわしい、おぞましい、お姉様があんな塵達の瞳に入ることすら許し難い。
あんな奴等は死んでしまえば良い。この世から破壊しつくされ消えてしまえば良い。ああ、そう言えばもうアイツ等はこの世に存在しないんだっけ?
私が殺しちゃったんだよね。ククッ、クハッ、アハハハハハハッ!!良い気味ね!お姉様を愚弄するからそうなるのよ!死ね!お姉様を害する奴等は
みんなみんなみんなみんなミンナミンナミンナミンナ死んでしまえ!!潰れたトマトみたいにグチャって死んじゃえ!あはははははっ…」

 空気を劈く様な笑い声をあげるフランドール。だけど、その笑い声は中途半端に止められることになる。
 彼女の表情が突如、苦痛に歪んだからだ。私は慌てることなくフランドールに駆け寄り、判断を彼女に委ねる。

「美鈴は?」
「…必要、無い。大丈夫、すぐ、収まる」
「…そう」

 美鈴を呼ぶ事に反対し、フランドールは苦しそうに息を乱しながらも視線で私に『余計なことはするな』と釘を刺す。
 彼女がそれを望むなら、私が取る行動は一つしかない。フランドールの望み通り、恭順するだけ。
 やがて、症状が落ち着いたのか、フランドールは軽く息を吸い、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「…悪いわね、心配掛けた」
「構わないわ。私も喘息の辛さは知ってるしね」
「喘息と一緒にされるのもね…まあ、良いわ」

 一旦言葉を区切り、改めて私に視線を向け直してフランドールは言葉を紡ぎ直す。
 それは、今日私がこの場所に訪れた本当の目的。――これから先、レミィを一体どのように異変に対応させるか。

「咲夜と美鈴はあまり良い顔していないわね。特に美鈴は二度とレミィに異変に関係して欲しくないみたい」
「無理も無い。お姉様が伊吹萃香にああもされたんだ。他の誰でも無い美鈴なら、怒りを覚えるだろうね。
あれは紅魔館に仕えている訳じゃない。紅魔館ではなく、レミリア・スカーレットただ一人に仕える妖怪だもの」
「そんな他人事みたいに言ってるけど…美鈴、私と貴女にも大分怒り心頭の様子よ?」
「それで?」
「良いの?」
「美鈴の事だ。どうせ伊吹萃香に制裁、とか思ってるんでしょ。そんなことをして、折角のジョーカーを捨てちゃ堪んないよ。
伊吹萃香は現状維持よ。アレは将来、必ずお姉様の役に立つ。お姉様の為に死すら厭わない最高の盾になる」
「…そうじゃなくて、私が訊いているのはフランドール、貴女の気持ちよ。貴女も本当は美鈴と同じ考えなのではなくて?」

 私の問いかけに、フランドールは口を噤む。…でしょうね。良くも悪くもフランドールは美鈴よりも想いが深い。
 前回の決断が迫られたときは、冷徹に判断を下してみせたけれど…それで自身が納得したという訳じゃあるまいに。
 やがて、フランドールは拳を強く握りながら、ぽつりぽつりと言葉を吐きだすように告げる。

「…良い訳ないだろ。私のお姉様が、大好きなお姉様がボロボロにされたんだ。誰がそんなことを受け入れるか。
叶うなら、今すぐにでも伊吹萃香を八つ裂きにしたい。この手で殺したい。お姉様へ働いた蛮行を死すら超越した苦痛を与えて後悔させてやりたい。
だけど…だけど、そんなこと、お姉様が望むものか。お姉様は優しいから…そんなことをしたら、お姉様、絶対悲しむじゃない」
「そうね。レミィはそんなこと望んでいないでしょうね。伊吹萃香のこと、レミィは気に入ってるみたいだし」
「だから折り合いをつけるのよ。私の気持ちとお姉様の気持ち、どちらが優先すべきかは考えるまでも無いわ。
私が望むはお姉様の確かな未来だけ。そこに私の私的な感情なんて挟まる余地も無い」
「それを美鈴に言い聞かせれば良かったんじゃない。美鈴なら、それで納得してくれるでしょうに」
「不純物を美鈴に混ぜたくないのよ。あれはお姉様の為に、お姉様だけの為に生きる存在で在って欲しい。
どんな理由があれ、お姉様を傷つけることに『仕方無い』なんて思うような奴はお姉様の守護者に相応しくない。過保護なくらい溺愛する奴が良いのよ」
「汚れるのは私達だけで構わない、か。実に正論だわ。美鈴と咲夜はレミィの為にも純粋な存在でなければならない」
「そういうこと。だから、伊吹萃香の件はこれで手打ちよ。さっきも言ったけれど、アレは必ずお姉様の未来に有用な存在になる」

 フランドールの言葉に、私はコクンと小さくな頷いて了承の意を示す。
 私は軽く息を吸い直し、当初の目的であるこれからについての話題を提起する。つまり、話を戻すと言う事。
 これから先に起こりうるであろう異変に、レミィをどう対処させるのか。

「それで、これから先に異変が生じた場合、レミィをどうするの?」
「…そうだね、正直なところ、今回の件は美鈴達が感じてるように、私達の心に油断があった。だからこそ、お姉様をあんな目に合わせてしまった。
これは大いに反省すべきだし、二度と同じ轍を踏んじゃいけないわ。お姉様には二度と酷い目にあって欲しくない」
「そうね…正直、レミィのあんな姿は二度と見たくないわ」
「幸い、今回の異変で私が欲していたカードは揃った。八雲、西行寺、そして伊吹。これだけの手札があれば、お姉様をどうこうしようなんて
馬鹿な事を考える奴はいないでしょう。だから後はそこにお姉様の実力を改めて示すことで、念入りに後押しさせてもらう。
そうね…次の異変がレミリア・スカーレットの参加する最後の異変だよ」
「へえ…それじゃ、次の異変は――」

 私の問いに、フランドールは力強く頷き、口元を楽しそうに歪める。
 それはまさしく悪魔の笑み。誰もが温かさを覚える姉の笑顔とは対照的な、見る者全ての心を恐怖に陥れるような狩人の笑み。

「――次の異変は、紅霧異変のときと同様に、私がお姉様の振りをして直接参加するよ。お姉様は御留守番。
次の異変でレミリア・スカーレットが最狂たる所以を示させてもらう。それで館外の敵に対する私達の計画は終わり」

 フランドールの言葉に、私は了解を示しつつも一抹の不安を覚える。それは計画の遂行等とは一切関係の無いことで。
 あまりにフランドールが計画を急ぎ過ぎている気がして、私は心配せずにはいられないのだ。











 ――フランドール、貴女に残された時間は一体あとどれ程だというの。








[13774] 追想 ~紅美鈴~
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2010/05/05 20:03



 どうしようもなく乾いていた。酷く、とても酷く心が乾ききっていた。


 生きるという意味を見いだせない空虚な存在。心に空洞を空けたまま、ただ無意味に年月を浪費し続ける日々。
 終わりの無い無意味で無価値な煉獄。自身の存在意義を何一つ理解出来ない愚かな私。
 だけど、己が手で死を選ぶことなど出来はしない。死は敗北、それは私の存在が世界にとって本当に無意味なモノであったことの証明につながるから。
 だから生きた。何百の年月を。何千の年月を、私は生きた。だけど、私の求める何かを手に入れることなど出来なくて。



 乾く。酷く心が乾く。



 故に私は求め続ける。私が世界に存在する意味を、誰にも望まれずこの世に生を受けた私に与えられた役割を。
 数多の大陸を渡り歩き、記憶が擦り切れる程の年月を重ね、幾万もの月を頭上に見上げ。私は渇望した。私は望み続けた。
 それは自分の手で掴み取れるものなのか。それは他人の手で与えられるものなのか。それを手に入れて私はどうなるのか。それを手に入れられたら、私は変わるのか。
 何一つ分からない、暗闇の中を私は我武者羅に歩き続けた。その道の先に私の待つ何かが在ると信じて。私の求める何かがあると信じて。
 私の取れる行動は、全て実行に移した。意味も無く強者に喧嘩をふっかけたりもした。生死の駆け引きが私に何かを与えてくれるかもしれないと考えたから。
 けれど、その行動に意味は無く。何一つ手に出来ない現実だけが私の心を押し潰し、摩耗させる。やがて、破綻のときはゆっくりと訪れて。



 乾く。酷く心が乾く。



 私の渇きが私の全てを壊す。
 数百の年月で、私は味覚を失った。モノを味わう必要が無いから。
 数百の年月で、私は声を失った。会話をする必要が無いから。
 数百の年月で、私は音を失った。音が無くとも、空気や気配で必要な情報は察知出来るから。
 数百の年月で、私は視界を失った。目が見えなくとも、音同様に私は全てを気によって感知出来るから。
 数百の年月で、私は嗅覚を失った。匂いが嗅げなくとも、私の行動に何ら支障を生じなかったから。
 数百の年月で、私は心を失った。否、もしかしたらそのようなモノは最初から無かったのかもしれない。



 乾く。酷く心が乾く。



 結果、数千という年月は私から全てを奪い去るには充分過ぎる程の年月だったと言えるかもしれない。
 数えるのも億劫なほどの年月により、私は世界を失った。私がこの世界で与えられた役割など何一つありはしない。
 許されざる忌み子としてこの世に生を享け、世界と契約することも出来ず、人に交わることも許されず。
 意味など無い。意味など無い。意味など在りはしない。けれど、欲する。欲する。私は求めてしまう。
 今は無くとも、明日には手に入れる事が出来るかもしれない。明後日には手に入れる事が出来るかもしれない。
 淡い希望に縋り、私は無様に生を続ける。生きる意味を探す為に、私は生き続ける。全てを失っても、私は探し続ける。
 最早、己が足を自らの意志で動かすことすら叶わない。私が取るべき行動はただ自衛の為の殺戮劇。人の実力も理解出来ぬ、私の命を狙う愚者の首を刎ね続けることだけ。
 そんな生活を幾年と続けていれば、自然と私の周囲は死体の山で積み重なるのは必然。その死体の山の頂上で、私は幾度となく太陽を眺めた。幾度となく月を見上げた。
 生きる意味が欲しいと、生きる道標が欲しいと。大空に君臨する太陽や月にただただ嫉妬しながら、私は空を眺め続けた。
 目は見えなくとも、私はただただ大空だけを見上げ続けたのだ。



 乾く。酷く心が乾く。



 黙々と死体を築き上げている生活の中で、私は一人の男と出会った。
 その男は私に会うなり、一つの交渉を持ちだしてきた。その男の姿や声は見えず、聞こえずとも、空気の震えが全てを私に伝えてくれる。

『お前のそのどこまでも血生臭い在り方が気に入った。その力、私の下で存分に奮うが良い。
もし私の配下となるならば、お前の求めるモノを何でも与えてやろうではないか』

 交渉というより、命令に近いもの言い。けれど、私は微塵も気にする事は無かった。
 妖怪としての誇りなど無い。他人に見下されて揺れ動く感情など無い。私に在るのは渇望感だけ。
 そして、男は私に求めるモノを与えてくれるという。なればこそ、この誘いを断る道理は無い。私は男の誘いに首を縦に振った。
 もし男が本当に叶えてくれるなら、それでいい。もし空言で私を謀ったなら、その時はすぐに殺してしまえば良い。
 そうした判断の下、私はその男――下衆びた吸血鬼の配下となり、館の門番を任ぜられる。館を訪れる人妖達を根こそぎ始末する殺戮機械として。
 その日から、私は館に訪れる妖し共を数えるのも億劫な程に殺した。殺し尽くした。時には多勢で、時には一人で向ってくる妖怪共を何の感傷も無く屠り去った。
 物言わぬ番人として、他者の生を奪う事でしか自身の存在価値を示せない人形のように。そして、私はこの場所でも大空を見上げ続けた。
 自分の渇望する心、求める心が失われないように。それを失ってしまえばきっと、私はこの世に存在する理由を失ってしまうだろうから。
 だから私は必死につなぎ止めた。摩耗し続ける心を、必死に。ただ必死に。空に輝く太陽と月に羨望を覚えながら、私はただ只管に欲していた。



 乾く。酷く心が乾く。



 ただ繰り返されるだけの無意味な日常。最早この場所は私にとって何も見いだせないと決め、私を利用した館の連中を皆殺しにしようと
行動に移そうとした日の夜。私は一人の少女に出会った。
 少女は館から外出し、キョロキョロと周囲を見回していた。恐らくは、館の庭に誰もいないことを確認しているのだろう。
 少女の心配は不要なモノだ。何故なら、館の外に有事の際以外で外出する輩など存在しないのだから。この館の誰もが
私を恐れている。だからこそ、私の居るこの場所に好き好んで近づこうとしない。下手に近づけば、自らの命が危ういのだから。
 けれど、そんな事情を知らないのか、少女は周囲に誰も居ない事を確認し、早足で私の居る門の傍へと近づいてゆく。
 どうやら私の存在に気付いていないようで、少女が一歩、また一歩と私に走り寄ってくる。そんな少女に私は気にする事も無く、気配を
消し去ったまま、拳を軽く握る。館の外の人間であれ、中の人間であれ、私に近づく者に例外など無い。私に寄らば、例外なく死を与えるだけ。
 一歩、また一歩と近づいてくる少女。彼女は私に気付けない、気付かない。なれば殺す。私は粛々と己が役割を果たすだけ。恐らく、これが門番としての最後の仕事。
 私の領域まで、あと数歩。そして、少女はとうとう私の間合いへと足を踏み込む。刹那、私は拳を少女に――奮うことはしなかった。



 乾く。酷く心が――



 気付けば、拳を止めていた。少女の頭を打ち抜かんとする刹那、私は拳を振り切る事が出来なかった。
 拳を止めた私に気付くことなく、少女は門を通り過ぎ、館の外へと出ていく。このとき、私は少女を追う事はしなかった。否、出来なかった。
 ――何故、止めた。私は自分の取った行動が、自分自身で理解する事が出来なかった。行動に移す際、私は確実に少女を殺すつもりでいた。
 それが何故だ。何故私は拳を振り切らなかった。振り切れなかった。何が私を押し留めたというのか。
 それは私が生まれて初めて味わう不可解な感情。頭と体が乖離するどうしようもない程に難解な問題。何故。何故。何故何故何故何故何故。
 気付けば、私は消えた少女を追っていた。頭と体は以前つながってはいない、けれど、身体は考える時間など許さない。思考の余地を挟むことなく、私は気付けば駆けていた。
 門の外、館を囲む柵壁。そこに、少女は居た。身を屈め、必死に背中に生えた小さな羽を羽ばたかせ、彼女はただ必死に大空を睨みつけていた。
 ――何をしているのか。そのような疑問を抱いた時、少女は行動によって私の疑問に答えを紡ぎ出す。少女は全身を躍動させ、宙に舞ったのだ。
 その様相に、私は息を飲んだ。それは酷く不格好な飛行。妖怪はおろか、幾人かの人間にすら許される空を駆ける力、その行使のなんとか弱き事か。
 少女は宙に舞い、右に左にこの葉のように酷く歪に飛行する。その様は、なんと滑稽なことか。他の妖怪達が見れば指をさして大笑いするかもしれない。
 そして、少女は一分と持たず身体を地に委ねることになる。フラフラと大地に落ち、少女の未熟な夜間飛行は終わりを迎えることになる。
 その様に、私は理解する。――この少女は、空を飛ぶ力も有していないのか、と。成程、今になって気付く、その少女の身体から妖気が一切感じ取れないことに。
 けれど、少女は人間である筈も無い。彼女の背に生えた蝙蝠の羽が、その何よりの証拠。ならば、彼女は妖しであるにも関わらず、妖魔の力を持ち得ないのか。
 そのことに、私は少なからず同情の念を禁じ得なかった。妖魔の類に生まれながら、この少女はその力を有していない。それは一体どれほどまでに惨めなことだろう。
 妖怪としての力を許されない少女、それは果たしてこの世界に生きる意味など存在するのか。少女は一体何の為にこの世界に生を享けたのか。そこまで
思考し、私は思わず苦笑を浮かべてしまう。嗚呼、何だ。つまりはそういうことか。この少女は私と同じなんだ。存在に意味など在りはしない、酷く歪な存在なのだ。
 大地に寝転がり、息を乱す少女を横目に、私は自分の持ち場へと戻る事にする。滑稽だ。ああ、実に滑稽だ。この少女は自分と同じ、ならば今の私は実に滑稽な存在だ。
 その日、私は館の連中を皆殺しにするのを取り止めた。そうすればまた、この少女と会えるかもしれないと考えたから。ただ、それだけ。
 今になって思う。その時、私は確実に変化を迎えていたということに。少女に出会った私には、確実に失った筈の『心』が存在していたのだから。



 乾く。酷く――



 少女と出会った夜から一月。あの日から、少女は毎晩欠かさず館の外に来ては、空を飛ぶ練習を重ねていた。
 その姿を、私は少女に見つからないように、毎日傍で息遣いを感じていた。何故そのような行動を取っているのか、自分でも分からない。
 けれど、少女が飛行練習をするとき、私は必ず彼女の傍に居た。そして、彼女が夜空に浮かぶ月を目がけて空を舞う姿を幾夜も追い続けてきた。
 ある夜は少女は一分半も空を舞う事が出来た。ある夜は一分に満たず大地に落ちた。けれど、少女は気にすることもなく何度だって空を舞い続けた。
 その光景を私は己が『瞳』で見つめていた。彼女が大地に沈む音を己が『耳』で聞き取っていた。彼女が夏風と戯れる匂いを己が『鼻』で嗅ぎ分けていた。
 この世界で生きるには不要とし、自ら遮断していた全ての感覚を、私は蘇らせた。そうすれば、もっと少女を深く知る事が出来ると思ったから。そうすれば、もっと少女を
感じ取ることが出来ると思ったから。私は知らないうちに、自らこの世界に再び色を取り戻していたのだ。その切欠は全てあの少女。
 毎晩のように空を目指し不格好にも舞い続ける少女。そんな少女を、私は美しいと思った。私は綺麗だと思った。
 力の無い妖怪、そんなこの世の理に反する歪な少女の舞踏劇。それは酷く滑稽で、見る者全てが嘲笑するものなのかもしれない。事実、
初めて少女の飛行を見た私がそう感じなかった訳ではない。しかし、今の私はそんな無様な姿こそが何よりも美しいと感じてしまっていた。
 一体何度少女は地に叩きつけられただろう。一体何度痛い思いをしただろう。けれど、少女は決して諦め無い。ただ夜空に浮かぶ月だけを
見つめ、少女は愚直に何度も何度も空を目指し舞い続ける。決して手を伸ばしても届かない月に向って、何度も、何度も。
 その光景に、私は笑う。以前、私は少女に対し、少女は自分と同類だと断じたことがある。本当、笑ってしまう。少女は私などとは全然違うというのに。
 ――少女は、決して諦め無い。自分の求める空を目指し、自分の望む夢を目指し、彼女は必死に小さな羽を羽ばたかせて空を目指している。
 その点、私はどうだ。私はただ、空に浮かぶ月を見上げ羨むだけ。自分には無い何かを求め、ただ願うだけ。望むものの、今の私は最早諦めてしまっている。
 少女の姿が眩しいと思った。私には眩くて、どうしようもなく羨ましくて。だから、私は願った。もっと少女に触れてみたいと。
 彼女なら、もしかしたら私に与えてくれるかもしれない。彼女なら、私の追い求める答えを知っているかもしれない。それは何処までも情けない
他力本願な想い。だけど、今の私はそれでも良いと思えた。少女に触れれば、もしかしたら私も空を飛べるかもしれない、そう思えたから。
 だから、私は最後の枷を外した。永い間発する事は無かった己が声帯に、久方ぶりの熱を込めて。迷子の子供のように、私は必死に手を伸ばしたのだ。



 乾く。酷『こんばんは、お嬢さん』



 私の声に、大地に寝転がっていた少女は驚愕の表情を浮かべて慌てて身体を起こす。
 当然だ、一人だと思っていたところに、突如として他人が現れたのだ。驚かない訳が無い。
 そんな少女に、私は生まれて初めて笑みを作り、優しく話しかける。少女を怖がらせないように、脅えさせないように、そっと。

『夜分遅くに館の外から何やら激しい衝突音が聴こえたので、何事かと見回りにきたのですが…如何いたしました?』
『そ、そんなに私は重くないっ!!…って、あ、貴女もしかしてさっきからずっと見てた!?』
『見てた、と申しますと?』
『あ、い、いえ、見てないなら良いのよ!そう、貴女は何も見てないし私も見られてない!』

 必死に言葉を並び立てる少女に、私は少女の意図するところを理解する。成程、つまり先程までの飛行練習は人には知られたくないらしい。
 ならば無理に少女の望まぬ道に沿う必要もないだろう。そう考え、私は笑みを浮かべたまま『そうですか』とだけ言葉を紡ぐ。
 そんな私の反応に安堵の息をつき、少女は私に疑問を訊ね掛ける。

『…ところで、貴女、誰?お父様の部下?』
『お父様、と申しますと?』
『えーっと…この館の主。貴女達にはスカーレットって言った方が良いかしら。
この館の住人みたいだから、お父様の部下の人かと思ったんだけれど…』
『はてさて、どうでしょうか。契約こそ結びはしたものの、あの方の部下になった覚えはありませんね』
『…契約を結んだ時点で、普通は部下って言わないかしら。変な奴ね、貴女』

 少女の言葉に、私は肯定も否定もせず、ただ笑うだけ。
 そんな私に、少女は軽く息をついて、ゆっくりと立ち上がる。腰に付いた泥を払いながら。

『私はレミリア。レミリア・スカーレットよ。まあ、さっきも言ったかもしれないけれど、ここの館の主の娘。一応長女よ。
…まあ、私は自分の部屋からあまり出てこないから、貴女達にはフランの方が知られてるかもしれないけど、ね』
『へえ、レミリア・スカーレットって言うんですか。…うん、レミリア、良い名前です』
『そ、そう…えっと、ありがと。人に自分の名前を褒められるなんて経験ないから、どう反応して良いのか分からないけれど』
『安心して下さい、私も他人を褒めるなんて初めてですから』
『…そう。なんていうか、貴女、本当に変わってるわね…まあ、良いか。私が人に言えるような台詞じゃないし。
それより、見回りならもう結構よ。私はすぐに館に戻るから、お父様に報告も不要よ』
『見回り?なんですかそれ?』
『…いや、何って…貴女、不審な音が聴こえたから、見回りついでにここに来たってさっき言ったじゃない。
何って言われても、私が困るじゃないの。そんな『何言ってんのコイツ』みたいな視線向けられても…』
『ああ、そういえばそんな理由にしてましたね。では見回りは終了ということで、少し私とお話しませんか?』

 私の言葉に、レミリアは再び目を丸くして私の方を見つめていた。何か変なことを言っただろうか。
 そして少し間をおいて、レミリアは抑えきれないとばかりにクスクスと笑いだす。そんなレミリアに釣られて、私も思わず笑ってしまう。
 別に何が面白いという訳ではない。ただ、笑いたくなった。レミリアの笑顔を見ていると、そうした方がきっと楽しいと思えたから。だから、笑った。
 そんな私に、レミリアは笑いながら言葉を紡いだ。『本当、変わってるわね』と。



 ――



 その日から、私は夜が訪れる度、レミリアの飛行練習が終わるのを見計らって彼女に話しかけた。
 そんな私に、最初の頃は不審そうな表情を浮かべていたレミリアだけれど、彼女の持って生まれたお人好しの性格の為か、
三日ほど過ぎれば、私に何一つ嫌な顔することなく笑って雑談に興じてくれた。
 やれ、館内は退屈過ぎてやることがないだの、やれ私には妹が居て生意気なんだけど可愛い妹なんだだの、それは本当に他愛もない話。
 そんなレミリアの話を聞くのが私は好きだった。彼女が身振り手振りを加えて楽しそうに話す姿を見るのが、私は本当に大好きだった。
 けれど、そんな日常が一週間も過ぎれば私とて違和感に気付く。レミリアの話題に登場する世界があまりに小さ過ぎることに。
 彼女の話す話題は、自室で退屈なこと。妹との会話。たったその二つだけ。館内での他の従者の話も、父親の話も何一つ出てこない。
 不思議に思った私は、ある日、気配を殺して館内に忍び込み、情報収集に努めた。そして私は、そこでレミリアを取り巻く周囲の環境のおぞましさを知る。


 館内での主の長女である筈のレミリア・スカーレット。
 そんな彼女を館内の連中はたった一言で表現していた。あれはただの『屑』であると。


 レミリアに戦う力は無い。それは館内の連中にとっては周知の事実であり、何より父親である当主自身がレミリアを塵扱いしているらしい。
 主の娘故、直接そのことをレミリアに伝える奴こそいないものの、レミリアの居ない場所で彼女の扱いは散々たるものであった。
 戦う力の無い吸血鬼など塵に等しい。その点、妹であるフランドール様は実に優秀で、後継者に必要なお方。レミリア様は唯のお飾りのお姫様だと。
 その評価を聞き、私はレミリアの世界の狭さの理由を知った。彼女は、許されていないのだ。自室という檻以外に彼女の存在が許される場所などこの世に存在していない。
 故に、彼女が心許す人物など実妹以外に存在しない。何故なら館内の従者全てがレミリアを見下し不要な塵であると断じているから。
 きっとそのことをレミリアは知らないだろう。けれど、他人の誰もがレミリアを必要としないことを、少女はきっと感じ取っている。
 だからこそ、レミリアは他者とは交わらない。交われない。彼女が触れるは妹と私だけ。そんな小さき世界の出来事を、レミリアは私に楽しそうに話すのだ。
 それはどこまでも惨たらしくて。それはどこまでも許されざることで。その日、私は館内でレミリアを愚弄した屑を二十人程屠り去った。
 そのことにレミリアの父は『なんのつもりだ』と意図を訊ねてきたが、私は軽く一蹴して告げてやった。『レミリアを愚弄するなら、お前も殺す』と。
 私がその旨を告げた日から、館内での表立ったレミリアへの侮辱は消え去った。無論、影では続いているだろうが、それがレミリアに直接届かなければそれで良い。
 加え、私はその日から門ではなく、レミリアの室外を警護するようになった。この小さき少女を汚す連中が来たら、即座に殺してやろうと
考え、私はレミリアに気付かれないように行動に移した。『契約違反だ』とがなり立てる当主には、門外に敵が来たら仕事だけはしてやると言葉を返した。



 ――かない。



 夜はレミリアと言葉を重ね、それ以外はレミリアを警護する。それが私の生活サイクルとなっていた。
 レミリアに触れるとき、レミリアの笑顔を眺めるとき、私は心の渇きを忘れられた。レミリアの傍に居れば、私は飢えを感じる必要は無くなった。
 この少女の傍に居たい。この少女の笑顔を見つめていたい。気付けば私は、どこまでもレミリアに心惹かれていた。
 そして、そんな年月を重ねたある夜、私はレミリアといつものように会話していた。その際、レミリアが一つの疑問を口にした。

『そういえば、貴女は結局私に名前を教えてくれないのね』

 レミリアがむ~っとむくれて告げる言葉に、私は苦笑しながらいつもの返答を繰り返す。
 それは、レミリアと私が仲良くなってから、週に何度も何度も繰り返される問答。

『私は、自分の名前が嫌いですから。だからその名前を他ならぬレミリアに告げられたくないのです』

 その私の言葉に、レミリアはいつも納得出来ないという表情のままで言葉を返すだけ。
 不満な気持ちは分かるが、レミリアには納得してもらう他ない。レミリアに返した通り、私は自分の名が心から嫌いだから。
 私をこの世界に生み落とすだけ生み落とし、名だけを授けた私の両親。私は、そんな連中を心から恨み憎んでいた。
 彼らのせいで、私は苦しみを受けた。望まれぬ子と知りながら、生を授けた彼らのせいで、私は何色にも交われぬ存在となった。
 だからこそ、他人に私の名前を呼ばれたくはない。特にレミリアにだけは、私の名を呼ばれたくは無かった。
 そんな私の言葉にレミリアが納得出来ない様子なのはいつものことで、その光景を私は苦笑交じりに眺めていた。
 けれど、今日のレミリアはいつものレミリアと違っていたようで。ポンと軽く手を叩き、良い考えだとばかりに一つの考えを提案する。

『なら貴女に私が名前を付けてあげる。もう『貴女』とか『お前』とか呼ばなくていいように、私が良い名前をつけてあげるわ!』
『名前…ですか?』
『ええ!だって、貴女は私にとって家族みたいなものだもの。家族を呼ぶのに貴女とかお前とか使いたくないのよ。
私は貴女を名前で呼びたい。名前で呼んでこれからも貴女と一緒に生きていきたい。貴女にはずっと傍に居て欲しいのよ。
ああ、勿論貴女が嫌だっていうのなら止めておくけれど、どうかしら…って、な、何で泣くのよ!?』
『…泣く?私が、ですか?』
『あ、貴女よ!普通に目から涙こぼしてるじゃない!ええ、そ、そんなに嫌だったの!?』

 ――違う。嫌な筈などあるものか。私は涙をぬぐいながら、心の中でそう何度も呟いてみせる。
 嬉しかった。レミリアが私を家族だと言ってくれたこと、レミリアが私を何かに属させてくれたこと、それが嬉しかった。
 生きる意味も、この世界に存在する理由も何一つ持ち得ない私に、レミリアは私という存在を認めてくれた。それが私には嬉しくて。
 涙を拭い、私はレミリアに心からの笑みを零して告げた。私が追い求め続けたモノ、私が探し続けたモノ、嗚呼、私は決して間違いじゃなかった。

『――お願いします。貴女に、レミリアに私の全てを委ねさせて欲しい。
私の名を、私の生きる意味を、私の存在する理由を、私の追い求めてきた全てを…レミリアに』

 その日、私は本当の意味でこの世に生を受けることが出来たのだろう。
 レミリアの傍で生き、レミリアと共に歩み続けることを生の理由とする妖怪――紅美鈴が。



 ――は乾かない。



 それから幾年が過ぎた日の夜。私は一つの光景に涙することになる。
 夜空の月を追い求め、レミリアが羽ばたき続けた飛行練習。そこでレミリアは飛行時間三分の大台を突破してみせたのだ。
 その事実に、飛行しているレミリアは驚き慌てふためいているが、私は胸に溢れる感動を言葉にする事が出来なかった。
 己が不幸、己が理不尽な現状、そんなモノをレミリアは自らの力で飛び越えてみせたのだ。それは形にすればたった一歩、たった一歩の
進展だけれど、レミリアは見事に成し遂げて見せた。決して心折らず、諦めず、それはどこまでも強い心の在り方。それはどこまでも美しい姿。
 私は涙を拭い、レミリアの前に姿を現した。飛行の成功に機嫌を良くしているレミリアは、いつも以上に笑みを零しながら私に
日常生活を語ってくれた。そんなレミリアを愛しく思い、口には出さないけれど、レミリアの努力の結果を私は心から賞賛していた。
 機嫌の良さが最高潮に達していたのか、レミリアは私に面白い提案をしてみせる。

『ふふっ、今日は機嫌が良いからね。美鈴、貴女の望むお願いをなんでも一つだけ叶えてあげるわ』
『唐突ですね。本当になんでも良いんですか?』
『ええ、勿論よ。ああ、当然だけど私に出来るお願いにしてね?間違っても紅魔館の主の座とかそういう願いはしないように』
『要りませんよそんなの。そうですね…』

 レミリアの問いに、私は少しだけ考えたのち、一つの答えを紡ぎ出す。
 それは以前から考えていた私の願い。レミリアとの結びつきを、もっと強める為に。レミリアのずっと傍に居る為に。
 強欲な私は、レミリアの優しさに付け込んで卑怯なお願いをするのだ。いつまでも愛する少女の傍で歩き続ける未来の為に。

『――私をレミリアの従者にしてくれませんか?他の誰でも無い、レミリアだけの従者に』
『…は?いや、でも、貴女はお父様の…』
『当主は関係ありませんよ。昔も言いましたが、元よりそのような契約を結んだ覚えはありませんし。
私はレミリアの為に生きたい。レミリアを護る為に、レミリアの傍に居る為に、レミリアと共に未来を歩む為に生きたいんです。
だからこそ、許して欲しい。私がレミリアに仕える事を、レミリアの為だけに生きることを、貴女に誓わせて欲しい』

 私のお願いに、少し困った顔をした後、軽く息をついてレミリアは笑って言葉を紡ぐ。
 その言葉を、私は生涯忘れたりしない。私とレミリア――いいえ、お嬢様を結び付ける確かな絆。

『誓いなさい、紅美鈴。これから先、どのような未来を歩もうと、お前は必ず私の隣を歩み続けると。
私の為に生き、私の為に全てを差し出し、そして私の為に笑いなさい。ただし、私の為に死ぬことは決して許さないよ。
私を想うなら、私と共に在りたいと願うなら、必ず私の為に生き続けなさい。その想いが続く限り、私はお前に報い続けるでしょう』
『――誓いましょう。紅美鈴、我が全てを賭してレミリアお嬢様の為に生き、その心に沿い続けると』



 ――、私の心は乾かない。



 それから私達が歩いてきた未来、今に続く軌跡は言葉にするには易くない。
 私がレミリアお嬢様に誓いを立てて間もなく、フランお嬢様が私と接触してきた事。
 当主の右腕である魔法使いの娘…パチュリー様が気付けば私同様レミリアお嬢様に心惹かれたこと。
 幻想郷への来訪。そして、当主達が八雲の妖怪達にやられる様を私達は地下で笑って眺め続けていたこと。
 フランお嬢様とパチュリー様の共謀により当主を謀殺し、館内のレミリアお嬢様の命を狙う連中を一掃したこと。
 紅魔館の主の座にレミリアお嬢様が不承不承で座った事。
 レミリアお嬢様が咲夜を拾い、我が娘として育てた事。
 あとは紅霧異変から始まり、現在へと続く未来が残されただけ。私とお嬢様は数百年の年月をそうやって共に過ごしてきた。


 全てを振り返ってみて、解かる事がある。私は間違いなくレミリアお嬢様に救われ、今ここに生きているということ。
 レミリア様と出会わなければ、私は以前空に浮かぶ月を見上げるだけだっただろう。この世での存在意味などというモノを追い求め続けていただろう。
 けれど、私の求めていた全てをレミリア様は与えてくれた。お嬢様は何一つ惜しみなく私に与えてくれたのだ。
 それは決してお嬢様が意図して行った訳ではない。だけど、結果としてそれらをお嬢様が私に与えてくれた事に変わりは無い。
 私の求める何か、それはきっとお嬢様しか私に与えることが出来なかっただろう。だからこそ、私はお嬢様との出会いを用意してくれた天に感謝する。
 お嬢様という月を、どんなに無様でも屈しない美しい姿をあの時見つけられたから、私は今こうしてお嬢様と笑い合うことが出来ているのだ。

 愛している。そんな言葉では終わらせたくない程に、私はお嬢様を愛している。お嬢様は私の全て、お嬢様のいない未来など考えられない。
 だからこそ、私は護ってみせる。どんなことをしても、どんな手を使っても、何を犠牲にしても、お嬢様だけは護ってみせる。
 私に生きる意味を与えてくれたお嬢様。私に世界の色を与えてくれたお嬢様。そんなお嬢様がいつまでも笑っていられるように。どんなときも幸せに過ごせるように。



 ――大丈夫、私の心は乾かない。



 紅美鈴。レミリア・スカーレットに仕える為に生きる妖怪。
 レミリアお嬢様の笑顔を誰より傍で護る事――それが私のこの世で生きる、誰にも譲れないたった一つの理由なのだから。







[13774] 嘘つき永夜抄 その一
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2010/04/25 11:49




 世界を包むは静寂。大地を覆う夜闇は、昨日とも一昨日とも何一つ変わることは無い。
 暗色に塗りつぶされた世界を照らすは空に輝く幾許ばかり欠けた月。見る者全てを魅了するような眩き光を放ち、暗き闇夜で己が存在を静かに示す。
 月が輝き、過ぎた熱気が少しばかり混じる風が草花を揺らすいつもの秋の夜。恐らくは、幻想郷に住まう殆どの人間達がそう思っているだろう。
 そんな夜の下、空に浮かぶ月を一人の少女が目を逸らすことなく見つめ続ける。欠けた月を見つめ、彼女が零すは歪んだ微笑。
 彼女が月を見つめ、何を考えているのかは分からない。けれど、その表情はどこまでも愉悦が込められていて。笑みを浮かべる少女、その
人物の傍に、何時の間に現れたのか、別の少女が佇んでいた。それはまるで、最初からその場に居たかのように。

「遅いよ咲夜。折角こんなにも愉しい夜に誘って貰えたというのに、遅れてしまっては元も子も無くなってしまう」
「お待たせして申し訳ありません。少しばかり不安になったもので」
「心配しなくてもフランなら今頃夢の中の住人だよ。少なくとも明日の朝まで起きる事はないでしょう。
目が覚めたところで、一応の保険もかけてある。今宵、フランが館の外に外出する事は許さない、それが紅魔館の主の命令だもの」
「そのお言葉を聞いて胸の閊えが取れましたわ。それでは参りましょうか――レミリアお嬢様」

 遅れて現れた少女、十六夜咲夜の言葉に、彼女の主――レミリア・スカーレットは口元を歪めながら背の歪な両羽を力強く広げる。
 空に跳躍しながらも、彼女は決して笑みを絶やす事は無い。何故なら、レミリアが待ち望んでいた愚劇の開幕、その日がとうとう訪れたのだから。

「紛いモノに彩られた喜劇で踊るなら、主役とて贋作でも文句は言うまいよ。フフッ、このラストダンス、実に私に相応しい舞台を用意してくれたものね。
さて…どこぞの巫女の言葉じゃないけれど――こんなにも月が歪だから、今夜は永い夜になりそうね」

















 あんたさ、自分がこの幻想郷でどれだけちっぽけな存在なのか自覚したことある?
 私はある。忘れもしない。それは吸血鬼なのにミジンコ並の戦闘力しか(以下略)。そんなちっぽけな私…ごめん、なんか泣きたくなってきたわ。
 とにかく、私は弱い。吸血鬼なのに本当に弱い。だけど、そんな私とは対照的に、実妹であるフランは本当に才能に溢れていて…昔はそんなフランが羨ましかった。
 強くて、格好良くて…正直、何度も嫉妬したりした。…え?全部過去形だって?当り前じゃない、今じゃ全然羨ましくもなんともないんだから。
 いや、だって、フランレベルの強さになっちゃうと何か無駄な死亡フラグがバキバキ立ちそうじゃない。バトルジャンキーに絡まれたりとか幻想郷の
危機とかに戦闘要員として呼び出されたりとか…確かに蟻以下の実力である私は問題だけど、今の私は流石にフランになりたいとは思わない。まあ、
少しくらい身を守れる強さ(人間レベル)を持ちたいとか、空を五分以上飛べるようになりたいとか願望はあるけれど、それはいつか七龍玉でも集めたときにお願いするわ。
 結局、私が何を言いたいのかと言うと…昔はフランになりたいと思ってた。でも、今は少しも、微塵も、一ミクロンたりとも思っていないってこと。
 フランはフラン、私は私。私は他の誰でも無い、レミリア・スカーレット。レミリアは静かに暮したいで有名なレミリアなのよ。
 …そう、私はフランになりたいなんて微塵も思ってない。願望だって無い。無いと胸を張って言える…筈なのに…

「何で私がフランになっちゃってるのよおおおおおおお!!!!!もうこんな意味不明な人生嫌ああああああああ!!!!!!!!」

 何度瞬きをしても、何度目をこすっても、鏡の中に映し出されているのは私ではなく話が妹、フランの姿で。
 鏡の前でベソベソと落涙しながら現実を受け入れる私。あ、この鏡は吸血鬼でも姿が映る様に魔法がかけられてるパチェ作。どうでもいーですね。
 しかし、パチェって本と魔法以外に興味無いと思ったら、時々女の子してるところがあるのよね。話題も合うし、私的にはそういう
パチェも全然好ましいっていうか…って、現実を受け入れた傍から現実逃避してる場合じゃない!頑張れ私!こんな理不尽、今更じゃないのよ!落ち着くのよ!
 とりあえず大きく深呼吸。せーの、一回、二回、三回。オーケイ、落ち着いたわ。このあとしっぽリムフフといけるレベルの冷静さだわ。

 まず、これまでのことを振り返る事にする。といっても、夜起きて顔洗って鏡を覗いたら私がフランになってただけなんだけど…だ、だけってレベルじゃねえぞ!?
 一体いつから私はフランに…思いだぜ、思い出すのよレミリア。えっと、確か晩御飯を食べたのが夜の七時くらい。そのときは、珍しくパチェや咲夜や美鈴が
食事中にお酒を勧めてきたのよね、赤ワイン。まあ、私もお酒は嫌いじゃないから遠慮なく飲んだんだけど…で、ご飯食べた後、なんか急に凄く眠くなっちゃって…うん、確か部屋に帰って寝たのよ。
 眠るときに萃香にお休みって言った時、萃香は普通に返してくれたから、そのときはまだ私はレミリアだった筈。で、起きたら…コレでした、と。
 …駄目、全然分かんない。そもそも、私がフランになってる意味が分からない。フランになってるというか、正確に言うと髪の色が金髪になってるのと、
着てる服がフランのモノになってるってだけなんだけど。羽はフランの七色の羽じゃなく、いつもの私の蝙蝠羽だし…そうなると、身体が入れ換わったとかそういうのじゃない。
 もし私の身体とフランの身体が入れ換わっていたら、それこそこれからの私の人生はレミリア・スカーレット(チート最強モノ)って但し書きが
付属される人生になってしまう。…嫌過ぎる、私の夢はあくまでケーキ屋さん&幸せな家庭を築くことであって、間違っても紫や幽々子や萃香と幻想郷まるごと超決戦したい訳じゃない。
 むしろ私の身体何かに入ってしまったらフランは鬱のあまり自害しかねない。ふ…並の妖怪に私のボディは使いこなせないのよ、いわば
牛乳特選隊のボディチェンジの逆バージョンね。…ヤバい、言っててまた本気で泣きたくなってきた。泣かない、レミリアは強い女の子だから泣かないのよ。
 うん、落ち着いてみると、そこまで慌てる必要無かったのかもしれない。結局、私は寝ている間に髪を染められて服を着替えさせられた、ただそれだけのこと。
 つまり、誰かの悪戯…って、服!?ちょ、ちょっと待って、服を着替えさせられたってことは、まままままさか誰かが私の服を脱がせたの!?いや、それだけ
ならまだ良いわ!さ、最悪下着まで交換されたとか…ひぎぃ!!私は恐怖を覚え、慌ててスカートをたくしあげて自分の下着を確認する。

「…うん、良かった。流石に下着まではノータッチだったみたいね。今夜の私も実にアダルティック」

 真っ白なおぱんてぃ(後ろにクマさんプリント)を確認し、私は安堵の息をつく。下着まで手をつけられてたら、
セイントの宿命に従い相手を殺すか愛するかを選ばなきゃいけなかったところよ。とにかく私の大切な何かは守られたので安心した。
 下着はさておき、誰かの悪戯となると…ここまで手の込んだことをする奴、しかも私の驚く姿が見たいが為だけに。
 私をからかう為に労力を惜しまない、そんな奴ねえ…あれ、紫なんかドンピシャじゃない。いや、でも紫がなんで私にフランの格好なんか…
そもそも紫ってフランと面識あったっけ?う~ん…なんか紫じゃない気がしてきた。となると、犯人は…そんなことをうんうんと唸りながら
思考していると、洗面所に私以外の人物が入室してくる。それは私の親友であるパチェ。

「変な叫び声が聞こえてきたんだけど、一体何が…って」
「へ、変な叫び声とか言うなっ!というかパチェ、驚かないで欲しいんだけど、私にも何がなんだか…」

 室内に現れたパチェは、目を丸くして私の方を見つめている。完全にびっくりしてるわね…そりゃそうよね、私がフランの格好してるんだもの。
 しかもご丁寧に髪まで染めて。…あれ、何かこれ結構勘違いされる状態じゃない?いや、だって実の妹になりきって鏡の前でアレコレ考えてるって…な、何か嫌過ぎる!
 慌ててパチェに弁解をしようとして口を開こうとした刹那、私より早くパチェの口から言葉が紡がれる。

「…フランドール、貴女が地上に居るなんて珍しいわね。いつもは地下室から一歩も出たがらないというのに」
「…は?え、あ、ちょ、ちょっと待って。パチェ、貴女もしかして私をフランだと…」
「それと、さっきから私の呼び名が変よ?私の事をパチェだなんて、レミィみたい」
「み、みたいじゃなくて本人だああああ!!!!!絶望した!!親友が私の事を認識してくれない百年の絆の薄さに絶望した!!」

 あり得ない。確かに髪の色やら服装やらは変わってるけど、それでも私に気付けないなんてあり得ない。初対面でも無いのに。
 声も違うし顔つきだって微妙に違うし、背中の羽何か全然違うでしょ!貴女はこの百年間私の何を見てきたのよ!ばかばかばか!パチェの馬鹿!魔法馬鹿!
 思わず本気で泣きそうになっている私に、パチェは軽く溜息をつきながら、追い打ちとばかりに言葉をぶつけてくる。

「どうでも良いけれど、今夜はおとなしくしてて頂戴ね。貴女のお姉様から貴女が好き勝手して暴れないように厳しく言われてるから」
「…は?いや、私に姉なんていないわ…って、違う!私の姉ってことはフランの姉ってことで、フランの姉ってことは、つまり私のことじゃない!」
「…フランドール、貴女頭大丈夫?もしかして強く打ったりしたとか?」
「毒舌っ!?いやいやいや!だから私はレミリア!こんな恰好してるけれどレミリア・スカーレットなの!貴女の親友でしょ!?心の友でしょ!?
映画版になると途端に良い奴になる剛田ニズム宣言なお友達でしょ!?何で間違えるの!?」
「はあ…分かった、貴女がレミィごっこしたいのは十二分に分かったから、話を真面目に聞いて頂戴。
今レミィは咲夜と一緒に外出していて、この館に居ないのよ。だから、貴女が好き勝手しないように私達が厳しく言われてるのよ」
「いや外出して無いから!私はここに居るから!五百年と幾年前から此処に居るから!八千年過ぎた頃には幽々子のところに居るかもしれないけど!」
「それじゃ、大人しくしてて頂戴ね。遊び相手が欲しいなら、美鈴にでも言って頂戴」

 私の話にまともに取り合おうとはせず、パチェはさっさと地下の方へと戻って行った。あ、あんの紫もやし雪国まいたけがああ!!!(※レミリアはもっともやしっ娘です)
 知らない間にフランになってるどころか、親友にも気付かれないなんて…顔立ちが似てる姉妹という点がここまで…くうう、きっと私はエクスタシーでヒロイン昇格なのね…
 とりあえずパチェには後でキッツイ復讐をするとして(レミィ愛用人間枕の刑)、問題はパチェ達に指示を飛ばしたという『レミリア』の存在。パチェの話で、
私は今回の事件の犯人も大まかな流れも大体掴めたわ。犯人は十中八九…いいえ、百パーセント中の百パーセントで馬鹿妹、フランだわ。
 しかもフランの奴、私に自分の格好をさせてるのと同様に、自分も私の格好をしてる。そして私を装ってパチェに命令したんだわ。き、気付きなさいよ馬鹿パチェ!
 フランがパチェに命じたのは、『私を館の外に出さない事』。そして自分は外出してる、しかも私の格好で。そこまで考えがまとまったとき、
私は全身から滝のように冷たい汗が噴き出してきた。拙い。拙い拙い拙い拙いマズイマズイマズイマズイマズイ!!このままだと非常に拙い!
 私の脳裏にフラッシュバックされた一つの光景。それは、過去にフランのお馬鹿が原因で引き起こされた災厄にして、全ての始まりである紅霧異変。
 あのときも、フランは博麗の巫女と遊びたいが為に、紅霧を幻想郷中に散布させ、それを私がやったことにし、あまつさえ、私の振りをして霊夢とバトってる。
 あの異変が私の全て(平穏クラッシュ)の始まりであり、今回の件はあのときと状況が酷く酷似しちゃってる。今、フランは外出中、それも私の振りをして。つまり…
 幻想郷で何か問題を起こす→それはレミリアのせい→私フルボッコ→\(^o^)/。下手をすれば異変解決の巫女として霊夢降臨なんてことも…フォォォ!?

「だ、駄目駄目駄目駄目!!霊夢を敵に回すのは駄目!本当に殺される!今度こそ殺される!」

 既に私には紅霧異変というイエローカードが一枚出ちゃってる。それなのに、再び問題起こしてしまえば…じ、人生からの卒業じゃない!
 いいえ、霊夢だけじゃない。下手に紫や幽々子にでも喧嘩を売ろうものなら…あばばばばばば、ふ、フランと私の命が危ない!
 その答えに辿り着いた時、私は慌てて館の外へと駆けだした。とにかくこのままじゃ拙過ぎる!何とか問題を起こす前にフランのお馬鹿を
捕まえないと私が確実に死ぬ!かといって私一人で捕まえられる訳が無い、そして咲夜も館にはいない…って、咲夜も普通にフランが私じゃないって
気付かなかったのね…な、泣いてない、泣いてないもんね!愛娘に妹と勘違いされても私は絶対に挫けないんだから!
 とにかく、咲夜が居ない今、フランを止めるのに用意できるカードなんて一枚しか持ち得ない。それは美鈴、紅魔館の誇り高き守護者、紅美鈴。
 美鈴に事情を説明して、私を抱きかかえて飛んで貰えればまだフランに追いつける筈。そして、抵抗するであろうフランを美鈴と咲夜の
夢の最強タッグになんとか取り押さえて貰う。それが今の私に出来る唯一の方法だと思う。早く、早く美鈴を説得してフランのお馬鹿を…

「駄目ですよ、フランお嬢様。レミリアお嬢様から貴女を決して外に出さないように仰せつかっているんですから」
「ぶ、ブルータスなんか嫌いだあああ!!!なんでどいつもこいつも私がレミリアだって分からないのよ!?」

 はい、駄目でした。美鈴の奴、私の事を完全にフランだと思ってる。説明しても微塵も信じてくれやしない。
 咲夜はまだ仕方無い。パチェもまあギリギリ許せる。だけど美鈴、貴女一体何百年私の顔を見てきてるのよ…それで間違えるって…おおもう、この門番は…
 めっ、と子供を叱るような仕草をする美鈴に怒りを感じつつも、私は必死に何とか策を練る。ここで美鈴を説得出来ないと私は完全にアウト。
 フランが人里でやりたい放題してしまい、その結果に一人ベッドの中で震えるしか出来なくなっちゃう。なんでよ、なんでこうなるのよ。最近は平和で
私のふわふわ時間な毎日だったと言うのに…時折魔理沙が騒動を持ち込むくらいで、私の望む日常だったというのに、なんでこんな…あ、諦めるな!ガッツと、勇気と!そして、友情!
 なんとか美鈴を私だって認識させないと…なんとか…なんとか…うううう…

「そ、そう言えば美鈴!昨日貸した漫画読み終わったかしら!?」
「漫画ですか?はあ…確かに私はレミリアお嬢様に漫画をお借りしましたが、フランお嬢様って確か漫画御嫌いじゃありませんでしたっけ?」
「だ、だから私はレミリアなのよ!レミリアだから漫画好きなの!その本読んでるの!
良い!?今からその漫画の内容言うから、もし当たってたら私がレミリアだって信じなさいよ!?えっと、それは199×年に地球が核の炎に…」
「残念、私がレミリアお嬢様にお借りしたのは少女漫画ですよ。女の子が十二支の呪いをかけられた男の子達と…」
「嘘つけ!それは随分前に貸したヤツじゃない!私が昨日貸したのはモヒカン達がヒャッハーする話よ!愛で空が落ちてくるヤツよ!」
「とにかくフランお嬢様が間違えたのは事実ですからね。ほら、あんまり我が侭言ってお姉様に迷惑かけるような事しちゃ駄目ですよ。
館の外に出るのはいけませんが、この紅魔館内でなら私が幾らでも御遊びに付き合ってさしあげますから」

 うがー!!美鈴のあほ、全然人の話を聞こうともして無いじゃない!しかも何で嘘つくのよ!私が貸したのはケンジロウが主役の漫画だったでしょ!
 うう…私の命令(実際はフランの命令だけど)だから、美鈴ったら少しも譲歩してくれない…ご主人様としては誇らしいことなんでしょうけど…
だったらご主人様を見間違えるとかありえないって話なのよ…馬鹿美鈴、明日から仕事中のクッキーの差し入れは二度としてあげないんだから。
 こうなってしまっては、最早美鈴をこちらに引き込む事は無理。パチェの奴なんかもっと無理。でも、このままじゃフランが…あああ!なんで自分の家で
私は孤立しなきゃならないのよおお!!早く、早くフランを止めないと取り返しのつかないことになるというのに!具体的に言うと私の命とか命とかイノキとか!イノキは関係無いけど!
 とにかく何とかしないと…誰か、誰でも良いから協力者を探さないと…私に力を貸してくれて、なおかつ偽レミリアの命令に縛られてなくて、更にフランと渡り合える実力者…
 …駄目だ、条件を並べるだけで絶望してきた。私は紅魔館から出られないのに、そんな都合の良い存在が、そうホイホイ…

「…あ」

 …いた。一人、居た。条件に当てはまる人物が一人、この紅魔館に。
 そのことに気付き、私は慌てて館へと戻り、館内の階段を駆け上がっていく。そう、私には最高に頼れる人が居たんじゃない。
 この紅魔館に住んでいて、私の力になってくれて、なおかつ紅魔館という所属に縛られない、フランと対等に渡り合える最高の友達が。
 私は祈るような気持ちで自分の部屋の扉を力強く開く。その人物は、どうやら私が戻ってくるのを待っていたのか、楽しそうに笑みを浮かべてベッドの上に腰を下ろしていた。
 その姿に私は心から安堵する。ああ、どうやらこの娘だけは私がレミリア・スカーレットだとちゃんと認識してくれている。そして恐らくは私の用件も。
 そんな頼れる最高の友人に対し、私は縋りつくように言葉を紡ぐ。この幻想郷での私の平穏を護る為に、お馬鹿な妹が先走った行動を取らない為に。

「――お願い、萃香、貴女の力を貸して頂戴!!」




















 ~side リグル~




 獲物が来た。それが私の最初に考えたこと。そして私の何よりの間違い。
 人間の匂いにつられ、私は夜空を飛行していた人間の前に姿を現した。良い獲物がやってきた、と。
 けれど、その人間の横に居た妖怪――そいつを見た刹那、私の心に獲物を見つけた浮つきの一切は消え去っていた。
 その妖怪を見たとき、私の体中から警報が恐怖という形で鳴り響いた。アレはヤバいと。アレは私の手に負えるヤツじゃない、と。
 身体が震える、声が発せない。それだけの異形なまでの威圧感を、目の前のアレは放っていた。

「どうした、妖怪。わざわざこの私の道を邪魔したんだ。それ相応の覚悟があってのことなんだろう?」
「あ…ああ…」
「レミリアお嬢様、その言葉はあまりに酷というモノですわ。私を餌にして釣りあげたのは他ならぬお嬢様だというのに」
「フフッ、咲夜、やっぱりお前を連れてきて正解だったよ。お前という生き餌に釣られる妖怪が向こうから勝手に現れてくれるわ」
「お戯れも程程に。時間は有限、私達の本来の目的は妖怪をいじめることではありません故」
「言われなくとも分かってる。だが、これはその道程に必要な作業だよ。私の名を幻想郷中に響かせる為には、ね」

 人間に笑って告げ、妖怪は私の方へ向き直る。楽しそうに零す愉悦、それは獲物を前にした獰猛な獣の表情。
 私はこれまで幾人もの人間を襲ってきた。だけど、こうして狩られる側に回ってみて初めて分かることがある。
 命を狩られる、弄ばれるというモノは実に自然の摂理に叶っていて、そしてそれ以上に理不尽であるということ。
 怖い。ああ、心から怖い。蟲使いとしての私の能力も、目の前の強大な暴風相手には何の役にも立たないだろう。抵抗に一体何の意味があるだろう。
 恐怖に震える事しか出来ない私に、目の前の妖怪はただただ笑みを零しながら言葉を紡ぐ。

「何、そう震える事は無い、殺す事はしないさ。これはただの弾幕ごっこ、他愛のないお遊びさ。
ただ、そのお遊びの中でお前には心に刻んで貰うだけだよ――レミリア・スカーレットという吸血鬼の強大さ、そして恐ろしさを。
私という恐怖を知り、そして幻想郷中の塵芥共に伝えるが良い。紅魔館の紅悪魔には決して近づくな、とね」

 そこから先の記憶は覚えていない。残されたのは唯一つの事実だけ。
 私が――リグル・ナイトバグが一人の妖怪、レミリア・スカーレットに弄ばれ、彼女の気紛れという名の匙加減一つで命を見逃して貰えたということ。
 失神から目覚めた私の身体から恐怖の震えが収まったのは、永い永い夜が明けてからのことだった。









[13774] 嘘つき永夜抄 その二
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2010/03/09 05:54





「結論から言うと、無理だね」

 \(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/
 こ、これが固有結界、『無限の終製(アンリミテッド・オワタ・ワークス)』だというの?なんて出鱈目…じゃない!無理て!無理て!
 困惑して思わず泣きそうになる私に、萃香は軽く笑いながら…って、笑うなあ!こっちは必死なのに!メチャクチャ必死なのに!

「まあ、とりあえず順を追って話そうか。レミリアの話をまとめると、つまるところ、
『レミリアの妹をとっ捕まえる為に力を貸して欲しい』ってことだろ?」
「そ、そうよ!美鈴もパチェも誰一人外に出たのが私じゃなくてフランだって気付かないし…ううう…私とフランを間違えるって…
アンタ達は私と一体何年の付き合いだって言うのよ…馬鹿美鈴、馬鹿パチェ…と、とにかくフランを止めたいのよ!
けど、私だけじゃフランを止められる訳が無くて…弱いし空飛べないし…でも萃香なら止められるでしょ?貴女、メチャクチャ強いじゃない」
「そうだねえ。少なくともアンタの妹程度の小娘に負ける気はしないね。殺し合いなら、十回やって十回私が勝つだろうさ」
「こ、殺し合いって…そんな物騒な話じゃなくて、私は貴女にフランを止めて欲しいだけなんだってば!
いいえ、止めるまでいかなくても、私をフランのところまで連れていってくれればそれでいいの!あとは私がフランと咲夜を説得するから!」

 私が本当に怖いのは、フランじゃなくて、フランのところまで辿り着くまでの道程。
 …や、だって夜の幻想郷を一人で飛ぶとか無理。私が五分しか空を飛べない以前に、夜の幻想郷は妖怪達がわらわらと蠢いているのよ。
 そんな連中相手にミジンコ並の実力しかない私がどうこう出来る訳が無い。フランに会う前に私の人生の灯が間違いなく消え果てる。
 本当なら美鈴、もしくはパチェにあの手この手で適当に言い訳を見繕って、護衛してもらうのが普通なんだけど…あの二人、フランの言いつけを
私の言いつけだと勘違いして梃子でも動きそうにないし。だからこそ萃香の力が必要なのよ!萃香君、たなびたいことがあるんだ。

「アンタの妹…フランドールだっけ?アレのところまで連れていくのは何の問題も無いよ。他ならぬレミリアの為だ、アンタに
群がる脆弱な有象無象共は私が喜んで全てを排してやる。だけど、それはこの館の外からフランドールまでの道のりの話さね」
「…何が問題なの?それだけで私の希望は叶っているっていうか…あ、あと空飛べないから私を抱きかかえて欲しいくらい」
「馬鹿だねえ、大問題が一つ残ってるじゃないか。この館から外に出る為には、何処を通らなきゃいけないのか忘れたのかい?
他ならぬ『レミリア』の命令を受けてるんだ。あれがそう簡単に私を外に出してくれるとは考えられないけどねえ」

 萃香の言葉に、一瞬何を言ってるのかよく理解出来なかったけれど、私は一つの考えにすぐ辿り着く。
 …そうだった。この館はお父様が残した結界が張ってあって、出入り口は唯の一つしか許されていない。そして、そこを護る最強の門番が
ウチには存在してるんだった。つまるところ、この館から外出する為には…

「…美鈴の護る門を何とかして抜かなきゃいけない。そういうことね」
「その通り。最初はこの館の結界をぶち抜くか、霧散化させるか…そう考えていたんだけど、それは時間が掛り過ぎる。
どこぞの魔女が入念に今なお結界を重ね掛けしてくれてるみたいだよ。結界を抜こうとすりゃ、明日の朝日が拝めるね」
「そ、それじゃ手遅れよ!朝なんてフランが一暴れ終わって帰ってくる頃じゃない!
そんな事になれば幻想郷中にまた私の汚名が響き渡って霊夢が成敗に…あ、あわわわ!駄目駄目駄目!却下却下大却下!」
「だろ?だから私達がフランドールを追うにゃ、門を抜くしか方法が無い。そこで問題になるのがさっきも言った通り、あの門番だ。
レミリアの話を聞く限り、あの門番は私達に道を譲るつもりは更々無いんだろ?」
「ないわね…美鈴、ああ見えて仕事になると凄く優秀だから。私の命令となると、多分何があっても門を護り通す気がする…」
「つまるところ、門を通るにゃアレの考えを変えさせるか実力行使しか無い訳だ。
そして後者の選択肢を選ぶとなると、私がアレを打倒しないといけないんだけど、私はアレを瞬殺出来る自信が無い」

 …あの、萃香ってさっきからなんで殺すだの瞬殺だの物騒な言葉を使ってくれてるんだろう。
 あれかしら。やっぱり分かり切ってたことだけど、萃香って根っからのバトルジャンキーなのかしら。魔装術とか使うのかしら。
 だったら私も文殊の一つでも…いや、そうじゃなくて、何で萃香は美鈴を十秒KO狙い宣言してるのよ。そんなタイムレコード更新しろなんて誰が…
 いや、そもそもなんで戦う前提?確かに美鈴をなんとかしないと門から出られないんだろうけれど、美鈴と戦うなんて問題外。美鈴が痛い思いするのは駄目だ。

「アレを倒す頃にゃ、これまた朝日が上っちゃうだろうね。だから私は無理だって言ってるんだよ」
「いや、無理も何も美鈴を傷つける選択肢なんて最初から存在しないわよ。
フランは自業自得だから拳骨一つくらいはって思うけど…とにかく、美鈴に暴力は絶対駄目よ。他の方法を考えないと」
「ふふ、アンタならそういうだろうねえ。うん、実にレミリアらしくて好ましいことだよ」
「そう?よく分からないけれど褒められてるのよね?とりあえずありがとう」

 なんか褒められちゃったので素直に受け取っておく。とにかく、なんとか美鈴を出し抜く方法を考えないと。
 うーん…美鈴、美鈴ねえ…ご飯の時間になると、門前から離れるし、夜食を作ってあげるとか。その間にあばよ、とっつぁーんって感じで。
 これなら美鈴もハッピー、私もハッピー、万事解決じゃないかしら。おおお!何だか光が見えてきたわ!これは早速料理をする必要があるわね!
 夜食に甘いモノ…っていうのは少し違う気がするから、お菓子じゃなくて普通のごはんね。ふふん、こう見えて私は実に家庭的な女の子。
 お菓子作りほどではないけれど、普通の料理だってそこそこ良いモノ持ってるのよ?咲夜にはもう勝てないけど。あの娘、成長具合がチート過ぎるのよね…
 夜食、夜食ねえ…あまり重くなくて、胃に溜まらないモノが良いかしら。OK、OK、その辺りから攻めていくとしましょうか。
 名付けて作戦名『オペレーション・モグモグハンターズ』よ。それじゃ早速ミッションスタートね。

「それじゃ、少しばかり私は門番と話をしてくるよ。レミリアの邪魔をするなってね。
それで駄目だったら、その時はその時だ。方法を選ぶこと無く、強行突破させて貰おうじゃないか」
「…へ?あ、えっと、美鈴とお話するってこと?あれ、夜食は?モグモグハンターズは?」
「ま、そんなに長い時間は掛らないから少し待っててよ。それじゃ」

 別れの言葉だけを残し、萃香はベッドの上から霧散していた。美鈴のところに行ったのよね、多分。
 ううん、でも萃香がお話しても無理のような気がするのよね。美鈴、完全に私の事をフランだと思ってるし…私の邪魔するなとか言われても当然ハテナだろうし。
 …あ、もしかしてこれって萃香の気遣いなのかしら。オペレーション・モグモグハンターズの為の時間稼ぎは私に任せろー!バリバリ!みたいな。
 なんてこと、自ら時間稼ぎなんて縁の下の力モッチーを買って出てくれるなんて…萃香、貴女って人は。良い女過ぎるじゃないの。
 ならば、私の為すべき事は唯一つね。美鈴の気を引く為の料理を、私の全身全霊全てを賭して作ってみせる。ふふっ、血が滾るわね、
瞳を閉じればあの暗黒料理会の連中と料理対決という名の死闘を演じ続けた日々を思い出すわ。(※そのような事実はございません)

「いくぞ門番王――小腹の空き具合は十分か?」

 私がパチェの図書館から料理本を拝借して以来、鍛えに鍛えた料理とお菓子作りの腕前、しかとその舌に焼き付けなさいな。
 紅魔館の主、その名が偽りでないことを教えて差し上げましょう。退屈な時間を漫画と小説とお菓子作りに情熱を費やし続けた凡人が
辿り着いた世界を知るが良い。最弱の私故に辿り着けた私故の戦場、世界一料理とお菓子作りが上手な吸血鬼の名は伊達じゃないのよ!

「…というか、他の吸血鬼が料理やお菓子作りなんてしないだろうから、私が世界一ってだけなんだけどね。しかも自称だし」

 何となしに一人突っ込みをしながら、私は厨房の方へと足を向ける。
 しかし美鈴の喜びそうな夜食かあ…おにぎりとか美鈴かなり好きなんだけど、それじゃ料理のし甲斐がねえ…具無しおにぎりが好物とか美鈴マジ小物。例えるなら首位打者取ったのに小物。
 そんな美鈴の為に、おにぎり+何かでメニューをまとめましょう。ふふん、言われたことしかできない人間を三流、言われたことを上手にできてる人間で、ようやく二流。
美鈴に頼まれるまでもなく、食べたいであろうものを予期して用意する私は既に立派な一流なのよ。

















 ~side 美鈴~



「――お前の気の構成は既に把握してるんだ。初対面ならいざ知らず、今の私相手に霧散して気配を消すなんて芸当が出来ると思うな」

 館に背を向け、偽りに身を興じる月を眺めながら、私は言葉を紡ぐ。
 常人なら感知出来ないであろう気配の歪み、気持ち悪さ。その異変を感知したが故の私の言葉に、私の背後では予想通りの人物が人の姿を形成していく。

「お見事!…なんてね。星熊の口癖だ、実力を認める相手には人妖構わず口にしたもんさ。無論、アンタにもね」
「…奴の名前は口にするな。フランお嬢様ならまだしも、アレに負けた事実は一秒たりとも記憶に留めたくはない」
「だが現実だ。星熊にお前は勝てなかった、まあ、今のお前ならもっと面白い結果にはなると思うんだけどねえ」
「喧嘩を売りに来たのか――伊吹萃香」
「そう逸るなよ――紅美鈴」

 振り向き、私は視線の先の人物、伊吹萃香を強く意思を込めて睨みつける。無論、こんな脅しなど奴には何一つ意味を為さないだろうけれど。
 当然のように私に苛立ちには意を介さず、伊吹萃香は笑みを浮かべたまま言葉を続ける。

「傍観に徹させて貰っていたけど、なかなかどうして喜劇を用意してくれる。もっとも、舞台からレミリアを除したことは減点だけど」
「…お前か、お嬢様を目覚めさせたのは」
「馬鹿かお前は。私はただレミリアを介抱しただけだよ。なんせ家族と想い愛する連中に睡眠薬なんてふざけたモノを盛られたんだ。
後日、レミリアがそんな事実を知って傷つき悲しむ事が嫌だっただけだよ。だからレミリアの体内の睡眠薬を全て意味を為さぬ要素まで霧散させて貰っただけさ。
その結果、レミリアに睡眠剤の効果は意味を為さず、目覚めてしまった…それだけのことさね」

 伊吹萃香の言葉に、私は口を閉ざす。奴の言葉に僅かながら怒りが込められていたからだ。
 それは間違いなくお嬢様の為の怒り。お嬢様の想いを踏み躙る私達への憤り。なればこそ、私は何も言えない。言い返せない。
 何故なら私達の行動と伊吹萃香の行動…そのどちらがお嬢様の想いに沿っているかなど、考える必要すら無いのだから。

「ま、その件についてはどうこう言うつもりはないけどね。私も自分の意志でレミリアを好き勝手振り回したんだし。
今回はそんな下らない議論をしに来たわけじゃなくて、私の考えをお前に伝えておこうと思ってね」
「考え…?」
「ああ、そうさ。私、伊吹萃香は勿論レミリアにつくよ。
レミリアの願いを叶えてあげたいからね、レミリアを何が何でも妹の下へ届けてみせる。レミリアの望みを叶えてみせる」

 伊吹萃香の言葉から漏れた言葉――それを聞いて、私は間髪を入れずに拳を奔らせる。
 けれど、私の行動は予測済みだったのか、伊吹萃香は何ら慌てることなく私の拳を容易く掌で受け止めてみせた。

「逸るな、私はそう言った筈だけどね。レミリアのことになると、本当にお前達は御し易い」
「…囀るな。お嬢様は今宵、一歩も館の外に出る事は無い。偽りの月をフランお嬢様が穿ち砕いて、それで終わりだ」
「鬼を前に砕月を語るか。偽月に踊らされ、喜劇を彩る一員に過ぎないひよっこ蝙蝠の分際で」
「私の前でフランお嬢様を愚弄するな。次はその首無いモノと思え」
「ただの買い言葉だよ、そう憤るなって。それよりもいい加減、拳から力を抜いて欲しいんだけどね。
私はお前と殴り合いをしにきた訳でもないし、そんな時間すら惜しい。お前の口から引き出したい言葉は唯一つ、お前『達』がどちらにつくか、だ。
返答次第では、ここでお前達の相手を受けてやっても良い。そんな滑稽劇に興じる趣味は微塵も無いが、レミリアの為ならば仕方が無い」

 その言葉に、私は軽く舌打ちをして拳を引く。歴史に名を残す鬼だ、流石に気付かれていたか。
 伊吹萃香の指摘に応じるように、気配封じの魔法を解いて、彼女の背後にパチュリー様が現れる。このレベル相手じゃ、不意打ちも意味を為さない。

「…お見事、貴女達風に言うとそうなるのかしらね」
「馬鹿にしてくれるなよ、妖術者。お前のような狡猾な人間をこれまで一体何人相手にしてきたと思ってるんだ。
しかしまあ、成程、確かに良手だ。お前達二人がかりでの足止めなら、私がレミリアを連れ出す頃には、大空に日輪を拝めるだろうさ」
「分かってるじゃない。私と美鈴に与えられた本当の役割は、レミィの足止めじゃなくて貴女の足止め。
行かせないよ、百鬼夜行。私達二人なら、お前に勝てないまでも、足止めなら充分可能だもの。精々心行くまで躍って貰うよ」
「その行動がレミリアの心に反してもかい?レミリアの望まぬ道であってもかい?
本当、つくづくお前達は度し難い。レミリアを一に謳っておきながら、誰よりレミリアの心を、想いを誰よりも裏切り続ける。
お前達は何の為にレミリアに仕えているんだ?主の望む道を共に行き、主の望む道を邪魔する輩を排する為に、その力はあるんじゃないのか?
レミリアが傷つくのが怖いなら、その分お前達が強く在ればいい。己が想いと命を賭して、どんな相手に対しても凛と相対し守り抜けば良い。
レミリアは私に対して強く在り続けたよ。娘を護る為に、どんなに叶わぬ相手にも唯強く強く在り続けた。自分の絶対を、理不尽相手に貫き通したんだ。
それをお前達は何をやっているんだ?レミリアの心を裏切ってでも、レミリアを危険な目にあわせたくなければ、館内に監禁でもすれば良い。
両足を圧し折ってでも、館の中に閉じ込めてしまえばいい。そんな覚悟も無いのなら――いい加減、中途半端な気持ちでレミリアの邪魔をするなっ!!迷惑なんだよ!!」

 その一喝に、私とパチュリー様の表情が苦虫を噛み潰したように曇っていく。
 私は伊吹萃香の言葉に苛立ちと悔しさを感じてしまう。何も知らないくせに。お嬢様がどれだけ私達にとって大切な存在なのか、何も知らないくせに。
 私達にとって、お嬢様は絶対の存在。お嬢様が居るから、私達は生きる意味を見つけた。お嬢様が居るから、私達は私達は生きていられる。
 そんなお嬢様を失う事、それがどれだけ恐ろしいことか、想像すらしたくない程に怖いかお前に分かるものか。お前がお嬢様に手を加えていたとき、
私達がどれだけ絶望したか分かるものか。お嬢様は、レミリアお嬢様は私達の太陽なんだ。それを、それをお前如きが――何故、誰よりもお嬢様を想い行動しているんだ。
 何故つい先日知り合ったばかりのコイツが、お嬢様の心に沿っているんだ。何故コイツが、お嬢様の想いを誰よりも汲み取っているんだ。
 お嬢様を護る為、お嬢様の未来の為、そんな蠱惑的な言葉でどんなに彩られても、それは決してお嬢様の想いに沿った行動なんかじゃない。結局、
それはお嬢様の意志を踏みにじり、無視し、私達がお嬢様をマリオネットのように背後で踊らせているだけに過ぎない。
 フランお嬢様とパチュリー様が立てたこの計画、私とて何ら違和感を覚えなかった訳じゃない。けれど、お嬢様の為ならば仕方が無いという
言葉で自分を欺き続け、お嬢様の意志を無視するという汚い事実から目を逸らし続けていた。
 最初から最後まで反対し続けたのは、お嬢様の娘である咲夜だけ。そう、思えば最初からお嬢様の本当の意味での味方は咲夜だけだった。
 レミリアお嬢様の為だからという免罪符をもって、私は一体何度お嬢様の心を踏み躙ってきただろう。一体何度影でお嬢様を裏切ったのだろう。

「…へえ、流石はレミリアに一番仕えてきただけのことはある、か」
「…美鈴!?」

 お嬢様は私に世界を与えてくれた。お嬢様は私に生きる意味を教えてくれた。お嬢様は私が共に生きることを許してくれた。
 お嬢様が夜空を舞い続けたあの日の誓いを、私は今も忘れていない。忘れてなんかいない筈なのに。

『――誓いましょう。紅美鈴、我が全てを賭してレミリアお嬢様の為に生き、その心に沿い続けると』

 嗚呼、馬鹿だ。本当に私は馬鹿だ。お嬢様を想うあまり、お嬢様を望むあまり、私は大事な事を見失ってしまっていた。
 あの日の誓いを、お嬢様に誓った言葉を、私は裏切り続けている。私のすべきこと、お嬢様の為に為すべき事なんて最初から決まっていた筈なのに。
 私に名を与えてくれたお嬢様。私に笑顔を向けてくれたお嬢様。愛している。咲夜も、パチュリー様も、フランお嬢様にだってその気持ちは負けていない。
 お嬢様の為に――否、レミリアの為に生きると誓った。レミリアの笑顔の為に生きると誓った。それが紅美鈴の生きる『本当』の意味ではなかったか。
 ならば、私がすべきことは、一体何だ。伊吹萃香の邪魔をして、お嬢様の足止めをすることなのか。レミリアを紅魔館という檻に閉じ込めることなのか。
 気付いてしまえば、あとは簡単で。本当に、私は馬鹿だ。私のすべきことは、こんなことじゃない。こんなことじゃなかった筈だ。
 私がここに存在する意味、私がこの世界に生きる意味、私は――レミリアの笑顔を誰より傍で護りたいんだ。その役割は、ぽっと出の鬼なんかに絶対に譲ってなんかやれないのだから。

「美鈴…貴女」
「…パチュリー様、申し訳ありません。伊吹萃香の言った言葉、その全てが正しいなどとは微塵も思っていません。
ですが…ですが、私達の行動がレミリアお嬢様の心に反している、それだけは揺ぎ無い事実です。
今更だとは思います。自分でも愚かしいとは思っています。ですが…ですが、もう私はお嬢様を裏切れない…」
「…本当、今更ね。ここまで手を貸しておきながら、最後の最後に掌を返すなんて」
「罵言は全て受け入れます。ですが…私はここでリタイアです。フランお嬢様からの処罰は全て後日受けるつもりです。
私の拳はお嬢様を護る為に存在している…私の命はお嬢様と共に在る。なればこそ、私はこの計画に最初から参加すべきでは無かったのかもしれません。
お嬢様に頭を下げ、許されるならば今度こそお嬢様の為に生きる私で在りたい…お嬢様の為に生きる、それが私の誰にも譲れない誓いなのですから」

 勝手だと思う。今更だと思う。この罪はどれだけ頭を下げても許されないかもしれない。
 だけど、それでも私は願う。お嬢様の為に生きたいと。お嬢様の心に沿いたいと。お嬢様の笑顔の為に在りたいと。
 それがお嬢様の羽ばたきに魅せられた一人の妖怪の生きる意味。乾いた心に満たされた想いなのだから。
 頭を下げる私に、パチュリー様は大きく息をつき、首を振って言葉を紡ぐ。その口から紡がれたのは、毒などでは無くて。

「仕方無いわね…美鈴、事情は後でフランドールにしっかり自分で話して頂戴。
お仕置きは覚悟してるみたいだし、最悪半殺し程度で済ませてくれるわよ」
「勿論、覚悟の上です」
「そう…なら話は早いわね。美鈴が『そう』決めたなら、私達が取るべき道は唯一つだわ。
偽月が地上から消え去るまでそうはかからない…その間、何に代えてもレミィは絶対に護り抜くよ。三人いれば何とかなるでしょう」
「…へ?え、でも、良いんですか?」
「良いも何もないでしょう。私一人で貴女と伊吹萃香を止められる訳が無い。ならば、レミィを護る側についた方が余程合理的だわ。
それに…正直なところ、貴女の『裏切り』は私達にとって遅過ぎたくらいだわ。何時の日か貴女がレミィの為に動く事くらい
フランドールは見抜いてたよ。貴女がレミィについたなら、サポートするように言われているしね」
「なんだいなんだい、全てはあの小悪魔の掌の上ってかい。にゃははっ、やるねえレミリアの妹も!」
「全くです…本当、フランお嬢様は…」

 そう愚痴りながらも、私はフランお嬢様に感謝する。
 フランお嬢様はきっと、私に接触した百数年余りも前からこの未来を予期していたんだろう。
 私が選択を迫られた時、必ずレミリアお嬢様の傍につくと。だからこそ、私をレミリアお嬢様の傍に居続けることを認めていたんだろう。
 逆に言えば、私は絶対に落とせないバトンを受け取ったということ。これから先、どのようなことが待ち受けていても、必ず全身全霊を
賭してレミリアお嬢様を護り抜かねばならない。その責任と喜びに思わず肌が奮え立つ。そうだ、それこそが私の望む未来、望む在り方だ。
 感謝する。フランお嬢様に、パチュリー様に、そして私の全てを思い出させてくれた伊吹萃香に。

「さて、説得も無事に上手く行ったことだし。あとは紅美鈴、アンタが『アレ』を処理するだけさね」
「…『アレ』?」

 伊吹萃香が笑って指をさす方向を見て、私とパチュリー様は互いに堪らず笑みを零してしまう。
 その指の先に在るのは、私が追い求め続けた優しいお月様。私の敬愛すべき主、レミリア・スカーレットその人。
 そんなお嬢様が意気揚々とトレイに乗せて運んできているおにぎりとスープを眺めながら、私は思うのだ。コレは実に遣り甲斐のある大仕事だと。










[13774] 嘘つき永夜抄 その三
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2010/05/04 05:34




 飛ぶぜぇ~超飛ぶぜぇ~。トランク一つだけで夜間飛行へFlying in the sky高く羽ばたけ大空を何処までもたぜぇ~。
 うふ、うふふ、夜風を切り裂き響く風音が心地良い、実にグッドだわ。移り変わる幻想郷の光景も実に壮観、見なさい!森がゴミのようよ!
 かつて古人は言いました、飛べない豚はただの豚であると。然り。
 かつて古人は言いました、飛べない翼に意味はあるのでしょうかと。実に然り。
 空を飛べない吸血鬼、空を飛べない蝙蝠翼、そんな幻想なんて殺(ブレイカー)されてしまえ。そんなものは化物語夢物語、そんなものはとうに過去の話。
 何故なら私は飛んでいる!今、この幻想郷を五分以上!地表から三十メートル以上もの高度を維持して!私は今、夜空を駆けているのだから!

「ククク…ククククク…うふ、うふふ…」
「レミィ、ちょっと気持ち悪い」
「き、気持ち悪っ!?よ、嫁入り前の乙女に向ってそんなこと言うなっ!!」

 私と並行して空を飛んでいたパチェの辛辣な一言に、私は慌てて我を取り戻して声を荒げる。パチェの奴、本当に遠慮も何も無いわね…
 まあ、確かに少しばかり浮かれすぎたかもしれない。だけど、解かってほしい。私の長年の夢だった五分以上の飛行、これが
思っても見ない形で叶えられたのよ?それを喜ばずして何時喜ぶというの?明日?いいえ、明日って今さ!私は今喜ばずして未来を喜べないないわ!
 …まあ、パチェは私が『実は五分以上飛べません』ってこと知らないから、伝えたくても伝えられないんだけど。ああ、壊れる程想っても
三分の一も伝わらないのね。いや、実際問題の情報伝達率はゼロなんだけど。伝えられる訳がないんだけど。

 現在、私達はフランを追って幻想郷の夜空を滑空中。勿論、私は美鈴に抱っこされてないけどね。抱っこされてないけどね!(大事なので二回言ったわ)
 まずは今までの流れなんだけど、私が門の前まで夜食を持ってきて美鈴相手にオペレーション・モグモグハンターズを実行しようとしたら、
なんか美鈴(と何故か門のところに一緒に居たパチェ)に謝られた。特に美鈴はそれはもう土下座する勢い(というかしてた)で謝ってきた。
 いや、いきなり謝罪されても困るというか、そもそも私は人に謝られると、逆にこっちが謝りたくなるのよね…思わず美鈴に土下座返ししようかと
考え出したとき、私の視線は萃香の視線とぶつかって。そのとき、萃香が実に良い笑顔を浮かべていたもんだから、私は瞬時に二人の謝罪の理由を理解したわ。
 恐らく、萃香の奇跡の説得により、この二人は私がレミリアだということをやっと分かってくれたんだわ。そして、さっき私をフランだと勘違いして
扱ったことに謝罪している、と。す、萃香、貴女って人は!ごめんなさい、貴女の事、説得とかそういう役目は似合わないとか勝手に思い込んでたわ。
今日から貴女の事をネゴシエーター・萃香と心の中で尊敬させて頂くわ。私に用があるときはいつでも『ビッグレミリア・ショータイム』と呼んで頂戴。
 夜食は無駄になったけれど、これはこれで結果オーライだわ。二人もこんなに心から謝罪してくれているのだし、私はここで根に持つような女じゃない。
 というか、そもそも二人を怒ったりするつもりなんてないし。悪いのは二人を騙したフランだもの。フランったら、帰ってきたらお説教よ!できないけど!できないけどね!
 そんな訳で、私は謝る二人に笑って言ってやったのよ。偉そうに言ってやったのよ。いや、だって二人(主に美鈴)があまりに申し訳無さそうだったから。

『何を謝る必要があるのかしら。貴女達は『レミリア』の言いつけを何があろうと堅く守ろうとした、それだけじゃない。
そのことを咎めることなんて私はしないわよ。むしろ、貴女達の心と想いに賞賛と謝意を述べたいくらいだよ。
美鈴、これからも私の為に貴女のその揺らぎ無い実直な想いを貫いて欲しい。私にとって貴女はこれ以上ない誇りだ。
パチェ、これからも私の傍で膨大な智慧と毅然たる決断を奮って欲しい。私にとって貴女は唯一無二の心友だ。
私が貴女達を咎めることがあるとすれば唯一つ、私の許可無く勝手に命を落とすときだけよ。主の許可無く私の傍から去れるとは思わないで頂戴。
美鈴、パチェ、貴女達の生はいつまでも私と共に在る。だからこそ、私は誇るわ。私の傍に貴女達のような気高き珠玉の運命が集ってくれたことを、
私は誰よりも誇らしく、そして嬉しく思う。だからもう頭をいい加減に上げて頂戴。早くしないと折角のスープが冷めてしまうじゃないの』

 こんな偉そうなことを真顔で言ってやったのよ。手にトレイを持って。お握りとスープの詰め合わせを持って。話してる途中に
『コンソメスープよりもコーンスープの方が良かったかしら』とか話と微塵も関係無い事思ったりして。
 …まあ、偉そうなことを言いながら、結局言葉を要約すると『怒ってないから勘弁してくだしあ。あと偉そうなこと言っちゃってるけど私を見捨てないでくだしあ』
ってことなんだけど。しかも自分の傍から去るなとか言っておきながら、私以前思いっきり逃げようとしたし(※紅霧異変参照)
 そういう訳で、私はゼンゼンオコッテナインダヨー、グリーンダヨーって意志を伝えたんだけど、なんか美鈴がいきなり涙零しだすわ
パチェは『こいつは全くもう』みたいな視線向けてくるし、萃香はニヤニヤ笑いながら『これ以上私を惚れさせないでくれよ。どうにかなっちゃいそうだから』なんて
私的超危険ワードを炸裂してくれるし。おおおお友達で!萃香と私はいつまでもフレンドリーでブレンディーな関係で!私達ずっと友達よね!?
 そんなお話があり、私は本当はレミリアだって二人は理解してくれた。あと、フランの捕獲にも協力してくれるとのこと。フランとの夜の幻想郷
耐久鬼ごっこに参戦してくれるとのこと。キタ━━ヽ(≧∀≦) |ズ|バ|ッ|と|三|振|毎|度|あ|り|っ|!|(≧∀≦)ノ━━!!!!! わ、我が世の春がきた!!
 最初に美鈴とパチェの協力を諦めていただけに、この二枚のカードは大きい、非常に大きいわ。私一人がお荷物かつ粗大ゴミでも萃香に加え
美鈴とパチェならフランを捕まえられる。三人ならフランに並べる。三人ならフランを超せる。呂布と趙雲と孔明が初期戦力とかチート過ぎるでしょう!
 そんな大興奮を心の中で抑えつつ、私達四人はフランを追っかける為に幻想郷の夜空に旅立ったのよ。勿論、美鈴が夜食を食べ終えてから。

 そこで話は最初に戻るという訳。美鈴が居るのだから、いつものように私は美鈴に適当な理由を言って抱きかかえて貰おうと(五分以上飛べないから)
思っていたら、萃香が私にそっと近づいてきて、耳元で囁いたのよ。『長時間、空を飛べないんだろ?だったら私が力を貸してやるよ』って。
 最初は萃香の言ってる言葉が理解出来なかったんだけど、美鈴とパチェが会話してる隙を見計らい、萃香は瞬時に三体の自分の分身をその場に生みだしたわ。そうね、
サイズ的には手のひらサイズのちび萃香。アリスの人形よりも小さいくらいの大きさ。その三匹のちび萃香が、私の両足の下と背中の三点を
支え、私を軽々と夜空に持ち上げたのよ。いや、本当にびっくりした。だって、こんな小さいのに、私の身体を軽々と浮遊させるとか。
 驚き眼を見開く私に、飛行し近づいてきた萃香は楽しげに笑うだけ。私の長年の夢だった長時間&高高度維持飛行を萃香は難なく叶えてくれたというのに。
 くうう…す、萃香、貴女って本当に良い女過ぎるでしょう!萃香が男だったら正直結婚申し込んでた。親御さんへの挨拶いって息子さんを私に下さいって土下座してた。
 そういう訳で、私は現在、こうして五分どころか数十分もの飛行に至っているわ。うふ、うふふ!これが空!私の恋焦がれた一人の空!空を飛ぶ翼を求め欲した
私の辿り着いた世界!ああ…もう思い残すことなんてないわ…白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ…お待たせ、美鳥。もう一人の私…

 余談なのだけれど、私自分の意志で飛行して無いから。高さ、速度、左右移動全て萃香のコントロールだから。
 いや、当り前じゃないの。空を飛んでいるのは私じゃなくて、あくまで三人のちび萃香。私はこの娘達に乗ってるだけだし。
 つまり三点支持されて飛んでるだけなのよ。だから足の裏と背中が結構地味に痛い。ふ…これが空を裂く翼を持つ者の代償という訳ね。邪気眼を持たぬ
者には分からないでしょうけれど…加えて言うと、その三点しか支持されてないから、私の飛行形態は常に仁王立ち。腕なんてやることないから
組んでるし。つまり、私は直立不動で羅漢像のように男立ちで飛行してるのよ。私が紅魔館当主、江田島レミリアよ!美鈴とパチェは解説役でお願い。

「…ところでレミィ、さっきから気になってたんだけど、貴女なんで仁王立ちして飛行してるのよ?」
「背中の傷は剣士の恥よ、パチェ。私の後ろ姿に、あるいはその吸血鬼人生に一切の”逃げ傷”は不要」
「いや、貴女剣士でもなんでもないし…」
「お嬢様、ご立派です…武人の一人として紅美鈴、心より感動いたしました」
「ああ、実に立派な在り方だ。その在り方は実に美しく、そして誇り高く在る。流石はレミリアと褒めてやりたいところだ」
「…馬鹿ばっか」

 あれ、パチェの奴ノリが悪いわね…美鈴と萃香はギャグだと分かって反応してくれたのに。…わ、分かってくれてるわよね?特に萃香。
 まあ誤魔化すことは出来たみたいだし、別に良いか。私は軽く息を吐き、再びフランを求めて夜間飛行を続ける。しかし、フランの奴、
一体何処にいるのかしら。私は捜索全てを三人に任せてるから…というか、ちび萃香の上に乗ってるだけの私じゃ何の力にもなれないから、
何とか三人にはフランを見つけて欲しいんだけど…はあ、早くフラン見つけて帰りたいわ。私、夜の外の世界(レミリアにとって外の世界=館の外)って
あまり好きじゃないのよ。こんな暗い中、空なんてとんでたらいつ恐ろしい妖怪に見つかるか。三人が強いのは知ってるけれど、万が一、億が一という
ことだってある。だからこそ、少しでも危険の無い内にフランと咲夜を見つけてお家に帰りた…

「ちょっと待った~!」
「ふぎゃあああああああああああ!!!!」
「ぴぎゃっ!!!!」

 突然背後から声を掛けられ、思わず絶叫する私。わ、私の背後に立つなっ!まず正面に立って用件は訊くものでしょう!?スイス銀行にお金振り込みなさいよ畜生!
 私の声に反応し、三人は間をおかずに私と背後の人物の間に割り込む。な、なんて優秀な…レミリア大感激。だから今の私の失態は忘れて頂戴、永久に。
 三人の背中からゆっくりと私は声をかけた相手の姿を覗きこむ。そこに居たのは、ぷんすか顔を膨らます…えっと、鳥の妖怪?そんな感じの女の子。

「ちょっとちょっと!急に大声なんて出さないでよ!びっくりして心臓が止まっちゃうかと思ったじゃない!」
「それはこっちの台詞よ!こんな夜中にふらふらと…ふん、餓鬼が夜遊びか?」
「勿論、夜遊びよ。良い子の昼間はおねむの時間。夜は人狩りサービスタイムよ。
…って、何よ、人間が一人でも居るかと思ったらみんな人外じゃない。ちぇ、つまんない」

 私達の前で悔しそうに悪態をつく妖怪ちゃん。どうやら人間さんに用があったみたいね。ふん、用が無いなら帰れ帰れ!ことりはくうきよめ!
 美鈴達が居るせいか、いつもより強気な自分がいたり。勿論口に出したりはしないけれど。もう私凄く小物化してる。慣れていくのね…自分でも分かる…
 とにかく私達は忙しいの。お馬鹿な妹をさっさと捕まえないといけないの。だから他の妖怪はさっさとご退場願うわ。という訳で帰りなさい。

「人間なんて一人もいないでしょう。分かったらさっさと自分の巣にでも帰りな」
「ふん、私に命令する気?夜に飛ぶ鳥を恐れた事がないの?
私がその気になれば大した妖気も持たないアンタ達なんてボッコボコなんだから。雑魚は雑魚らしく命乞いでもしてみなさいよ」
「「「へえ」」」

 あ、終わった。はい終わった、小鳥の命ここで終わった。おきのどくですが ことりのいのちは きえてしまいました。
 私はともかく、他の三人を雑魚扱いしたのは拙過ぎる。萃香は妖気を普段幻想郷中にまき散らして妖気をワザと抑えてるだけだし、美鈴は
自分の妖気を操り普段は低く抑えているだけ。パチェは妖気なんて在る訳が無い、だって魔女だし。魔力は小鳥には感知出来る筈も無く。
 その三人を相手に雑魚発言って…可哀そう過ぎる。この能天気な女の子の未来が悲惨過ぎて言葉が出ない。萃香にぼこられた私より不幸過ぎる。

「何よ?文句があるんだったら相手してあげるわよ?私が本当の闇夜の恐怖を教えてあげる」
「「「闇夜の恐怖、ねえ…」」」

 さようなら、名も知らぬ小鳥ちゃん。恐れを知らない戦士のように振舞うしかない小鳥ちゃん。
 恨むなら己の迂闊さを恨んで頂戴。少なくとも私は自分の迂闊さを五百回くらいは呪ったから。貴女は良い妖怪だったけれど、その蛮勇さがいけないのよ。
 …萃香と美鈴とパチェのふるぼっことか、鬼畜過ぎる。ことりちゃんがかわいそうです…




















 ~side 慧音~



「がっ…!」

 一糸乱れぬ弾幕の波が私の身体を無慈悲に撃ちつける。回避行動も防御すらも出来ず、私は勢いに逆らうことなく地面に叩きつけられる。
 全身を巡る痛みと衝撃から、彼女の放った弾幕がそこらの連中が放つ弾幕とは全く異なる性質を帯びている事が改めて理解出来た。
 成程、この弾幕はお遊び用に頭を捻って考えた弾幕じゃない。恐らくは殺し合い用の魔弾を無理矢理弾幕ごっこ用に作り替えた代物なのだろう。
 一撃当たれば、命を断つとはいかずとも、人を行動不能に追いやるには実に充分過ぎる威力。スペルカードルールを鵜呑みに受け入れていないのだろう。
 倒れ伏す私の前に、私を容易に撃ち落とした少女は、クスリと妖艶な笑みを零して私を嗤う。

「何、もうお終い?私に喧嘩を売っておきながら、その様?
ククク、無様、実に無様で滑稽だよワーハクタク。歴史を紐解き後ろ見ることしか出来ないくせに、自分の座位を履き違えたのかい。
愚か、実に愚か過ぎる。私は人里になど用は無い。そこに住まう人間になど微塵も興味など抱かない。それなのにお前は一人で勝手な
想像に走り、人里を歴史に隠し、無謀にも私に牙をつき立てようとした。嗚呼、全く持って愚昧、実に度し難い浅慮さよな」

 その少女の言葉に、私は何一つ反論しない。私は自分の取った行動が彼女の言うように無意味なモノだとは思っていないのだから。
 唯でさえ歪な月、そして幾人もの意志の感じられる夜を止める術。そんな異変の中で人里に訪れた二人の人物、それを知って人里の
護りを担っている私が行動に何も移さない訳が無い。人里を隠し、出迎えた来訪者を一目見て、私は自分の直感を信じて良かったと確信する。
 人里の外に現れた少女――それはとびっきりに凶悪な威圧感と妖気を放っていて。常人なら傍に立つことすら許される濃密な気配だった。
 壊れている。その少女は壊れている。私の中で酷く警告が鳴り響き、私は二言三言言葉を交わした後、その少女にスペルカードを叩きつけた。
 だが、結果はこの様。敗北は見て明らかなれど、私はその蛮勇による行動によって二つの大切な情報を得る事が出来た。
 一つは目の前の少女が人里の人間に危害を加える事はないということ。勝手に勘違いし、試した点については謝罪したいと思う。
 だが、もう一つ。私が手に入れた情報、それに関しては見過ごせない。それは私にとって何より謎めいた情報で。

「はあ…つまらないわね。咲夜、行くわよ。無駄に時間を消費してしまったじゃない、どうしてくれるのよ」
「お嬢様、私の用件はまだ済んでおりませんが。人里の人間…この場合は目の前の彼女ですが、
この異変の犯人について何か知ってるなら情報提供を頼もうと…」
「コイツがする訳ないだろう?さっきから私の事を射殺さんばかりに睨みつけてくれている。
そしてコイツは死のうとも人里の連中を私達の前に現すつもりは無い。だから、時間の無駄だと言ったんだ。ほら、さっさと行くよ。
ワーハクタク、今宵私に喧嘩を売った事は見逃してあげる。せいぜい恐怖に震えて人里に引き籠ることね」
「はあ…それでは失礼いたしました。良い夜を」

 少女についていたメイドが一礼し、二人とも私に背を向ける。
 飛び立とうとする二人に対し、私は最後の気力を振り絞り、言葉を紡ぐ。それは私の知った何より大切な情報。
 その情報の正誤を確かめる為に、私は彼女に挑みかかったのだ。他の誰でも無い、この少女に――

「――お前は一体誰だ?『レミリア』の姿を偽り、暗き空を翔け…この歪な夜に一体何を為そうとしている?」

 そう、私の目の前から飛び立とうとする吸血鬼の少女…彼女は決して私の知人である『レミリア・スカーレット』足り得ない。
 目の前の少女、彼女の姿は私の知人であるレミリアと瓜二つで。だが、知人だからこそ分かる事がある。彼女がレミリアである筈が無いと。
 何故ならレミリアは私の事を知らぬ筈が無い。私の事をワーハクタクなどと呼ぶ筈が無い。そして何より、あの心優しい吸血鬼がこんな
禍々しい妖気を放つ筈が無いのだ。私の知る、人里の茶屋で共にお茶を啜っては和菓子談議に花を咲かせるような奇天烈な吸血鬼が
本物のレミリア・スカーレットならば、今目の前に居る少女は…

「…咲夜、どういうこと?」
「恐らくは美鈴かと。少なくとも私が母様と一緒に人里に行ったときに、彼女と母様が会話しているのを見た事がありませんので。
申し訳ありません…母様の人里での知人関係の情報は美鈴と共有し確認し合うべきでした」
「全くだよ…減点一。しっかりしてくれないと困るわね。今夜のレミリア・スカーレットはあくまで私。
劇の主役を演じているところに、舞台を指さされ『これは作り話だ』なんて言われては興醒めもいいところ。
完全で瀟洒、その看板は偽りなのかしら…っと、ああ、そうだ」

 メイドに対して言葉を紡ぎながら、得体の知れぬ吸血鬼は私にゆっくりと視線を向ける。
 その視線に、私は思わず呼吸すら忘れる。それは何処までも愉悦に満ち、そして何処までも冷酷で。
 私の知るレミリアと同じ顔、同じ造形。それなのに、表情一つでこうも空気が変わるのか。私の知るレミリアは、それは野に咲く花のように
優しげな笑みを零していたが、今私の目の前に在る少女のそれは――

「――お前、もういいよ。劇の進行を邪魔する人間なんて不要だもの。そのまま朝まで無様に地を這ってなよ」

 ――それは、どこまでも冷たく凍てつく氷で出来た蒼い薔薇。
 私を包むは、少女の掌から放たれた強大な魔弾。それが意識を失う前に私が覚えている最後の光景だった。





















 小鳥さん…もとい、夜雀の妖怪こと、ミスティア・ローレライが萃香達に喧嘩を売ってから二十分。
 あの三人が相手ならミスティアはとっくの昔にフライドチキンにでもされたんじゃないか…そう思っていた時期が私にもありました。

「へえ~、貴女屋台開いてるのね。良いなあ、自分の城を持ってるなんて素敵じゃない」
「そう?えへへ、ありがと。レミリアが店に来たらサービスしてあげるから、是非とも来てよ」
「それは嬉しいわね。でも良いわね、自分の手料理を客に振舞う場所があるって。
私も料理やお菓子作りが好きで、家ではよく作っては家族に振舞っているんだけど…やっぱりお客とは違うからねえ」
「何?レミリアは自分の店が欲しいの?」
「欲しいっていうか…まあ、夢よね。自分の店を持って自分の作ったモノが食べたいという人達に自分の作ったモノを振舞い喜んでもらう。
それって本当に何気ないことだけど、とっても幸せなことだと思うのよ。少なくとも私にはお金なんかより余程値打ちのあるものに思えるわ」
「あ~、それは同感ね。私も作ったヤツメウナギをお客さんに食べて貰って『美味しい』って言って貰えると、思わずガッツポーズ取っちゃうし」
「あ、分かる分かる。私もよくやるもの」

 私が今、雑談に興じているのは先程まで私達に散々喧嘩を売っていたミスティア。
 …いや、多分何で?って思ってると思う。私も何でさっきまで意気揚々と喧嘩売ってた相手と意気投合してお話してるのか不思議なんだけど、
まあ、その原因は考え直せば間違いなくあの三人のせいな訳で…

「だ~か~ら!あんな夜雀くらい私が適当にあしらってやるって言ってるじゃないか!
とにかく魔弾を当てりゃこっちの勝ちなんだろ、弾幕ごっこって。余裕だって、楽勝だって!」
「信用出来る訳ないでしょ!?さっきも同じ台詞言ってたでしょうが!
パチュリー様に『試しに弾幕撃ってみろ』って言われ、その結果があの半径二十メートルはあろうかというクレーターじゃない!
あんなの当たったら夜雀なんか一発で死ぬわよ!アンタは弾幕ごっこで死人を出す気なの!?博麗の巫女のルールをまた破るつもりな訳!?」
「あーもー、次は大丈夫だって。夜雀が生き残れる程度には加減するって。ようは逃げられない弱い弾幕を張ればいいんだろ?」
「貴女、もう一度基礎からスペルカードルールを勉強し直したら?逃げ場のない弾幕張ってどうするのよ」
「アレも駄目コレも駄目って器の小さい連中だねえ!じゃあどうしろって言うのさ!」
「「だから私がやるからお前(貴女)は引っこんでろって言ってんのよ!」」

 …あの三人、未だに口論続けてるし。しかも内容が『誰がミスティアの弾幕勝負の相手を務めるか』。三人が三人とも私がする私がするで
会議は紛糾、喧々囂々。肝心の相手であるミスティアは口論中に萃香が放った魔弾一発で完全白旗上げてるというのに。
 萃香の放った魔弾は草原に着弾し、見事なまでにどでかいクレーターを作ってくれちゃってるし。何あの威力、ビッグバン・インパクト?
 それを見て萃香の実力を知ったミスティアはもう見てるこっちが可哀そうになるくらいプルプル震えちゃってたし。分かるわあ、その気持ち。
 私も萃香に連行されて鬼退治を持ちかけられたときは正直死にたくなったしねえ。あまりにミスティアが他人事とは思えなかったから、震えるミスティアを
傍に呼んで慰めてあげてたって訳。そして雑談に興じてたらまあ、気付けばミスティアと意気投合したっていうか。実はこの娘、面白くて良い娘だったのよね。
 しかも料理が好きで屋台を持ってるらしいし。こういう料理好きな妖怪は大変貴重、お互い趣味も合ってこうして楽しく会話しているというお話。
 …でも、ちょっといい加減そろそろ拙いかも。フラン追っかけないと朝になっちゃうし…というか、そもそもミスティアがいなくなれば
口論も収まるんじゃないかしら。ミスティアだって身の危険が無くなる訳だし。よし、ミスティアに教えてあげよう。

「ミスティア、今夜のところは帰った方がいいわ。萃香の実力、見たでしょう?
三人が口論を続けているうちに帰っちゃえば、あとは私がなんとか誤魔化してあげるから」
「…そうね、そうさせてもらうわ。ごめんねレミリア、面倒事押し付けちゃって。元はと言えば、私が喧嘩売ったから悪いのに」
「良いわよ、そんなの。この件はそうね…今度貴女の屋台に行くから、そのときにサービスして貰えればお釣りがくるわ」
「レミリア…うんっ!そのときは沢山サービスさせて貰うからね!それじゃレミリア、またねっ!
私はいつもこの辺りで夜に屋台開いてるから絶対に来てよ!約束だからねっ!」
「ええ、是非お邪魔させてもらうわ。それじゃミスティア、また会いましょう」

 力強く私に手を振るミスティアに、私も笑って手を振り返す。本当、気持ちの良いくらい良い娘だわ。
 私もあれくらいバイタリティに溢れていれば、自分のお店を持つ事が出来るのかしら…自分のお店、か。本当、ミスティアって凄いわ。
 だけど、私だって負けてられない。何時の日か自分のお店、立派なケーキ屋さんを持ってミスティアと肩を並べるんだから。
 そして人里で評判のお店となって、沢山のお客さんに支えられて、幻想郷一のケーキ屋さんに私の店は…

「ああもう!いい加減にしろ!火弾『地霊活性弾』!」
「いい加減にするのはそっちでしょ!彩符『彩光乱舞』!」
「ああもう二人ともうるさい!土符『レイジィトリリトン』!」

 …って、えええええええ!?ななな、なんで三人ともスペルカード発動させてるの!?しかも味方同士で!?アホなの!?(そうだよアホだよ)
 さ、幸いこっちには流れ弾は飛んでこなかったけど、一歩間違えば大怪我するところだったじゃない!馬鹿馬鹿馬鹿!私を殺す気なの!?
 もう怒った!三人とも、今からお説教するわ!ちょっとこっちでOHANASHIするわよ!私のOSEKKYOUが火を噴くわよ!自分を棚に上げまくって
人生を悟った様な偉そうな言葉を並べたてて自分の正義を美化させて…

「きゃあああああああ!!!!!!」
「「「へ?」」」
「……え?」

 突如響いてきた悲鳴に、三人は弾幕勝負をストップさせ、顔を見合わせる。
 私も訊き覚えのある…というか、さっきまで聞いていた気がする声の悲鳴に、ゆっくりと頭をその方角に向ける。
 その方角は確かミスティアが飛び去って行った方角で…その方角は三人の流れ弾が飛んでいた方角で…う、嘘…嘘でしょう…?そんな…そんな…

『ねえレミリア、私、いつの日か屋台じゃなくて本当のお店を持ちたいって考えてるんだ。
腰を落ち着けて、おっきなお店で沢山のお客さんを招いて…もし私の夢が叶ったら、レミリアもときどき手伝ってくれるかな?』

『名前を呼んで。初めはそれだけでいいの。“君”とか“あなた”とか、そういうのじゃなくて。
ちゃんと相手の目をみてはっきりと相手の名前を呼ぶの。私、ミスティア・ローレライ。ミスティアだよ』

『笑ってよ、レミリア…貴女はやっぱり笑ってる方が良い。からっぽなんて言ってごめんね…』

「あ…あああ…み…」






『――護るから…本当の、私の想いがレミリアを護るから――』






「柿崎(みすちー)ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」












「確認してきたけど、目を回して木に引っ掛かってたわよあの妖怪。
大した怪我はしてなかったけれど、とりあえず治癒魔法施しておいたからそのうち目を覚ますでしょ」
「そっか。そりゃ良かったよ。夜雀には悪いことしちゃったね。まあ喧嘩ふっかけてきた分、自業自得なところもあるけどさ」
「それじゃ、妹様の捜索を実行しましょうか…って、お嬢様、泣いてらっしゃるんですか?」
「ぐすっ…ミスティアが生きていてくれたのよ…こんなに嬉しい事は無いわ」

 涙を拭い、私はフラン捜索続行の為に再び空を飛翔した(正確にはちび萃香が飛翔したの間違い)。
 …さようなら、ミスティア。良い風が吹けば、また会う事もあるかもしれないわね…
私は貴女との再会をずっと待ってるから…だから、また会いましょう。貴女の還るべき場所はここにあるのだから…









[13774] 嘘つき永夜抄 その四
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2010/05/05 20:01




 前回までのあらすじ。

 目が覚めたら何故かフランの格好(髪まで染められてた)になってた。
→犯人はフラン。フランの奴、自分は私(レミリア)の格好して咲夜まで連れて外に暴れに行ってる。
→私の格好をしてるフランが外で問題を引き起こせば(霊夢による)私の処刑確定。このままじゃまずい。
→萃香、美鈴、パチェの協力の下、絶賛フラン追跡中(未だ私フランの格好のままで)。
→その道中、お友達になれたミスティア、弾幕の流れ弾で轟沈。早過ぎる『さよなら』!




 …とまあ、これまでを軽く振り返ってみたんだけど、我ながら突っ込みどころ満載過ぎて嫌になるわ。もう帰りたい、畜生。
 とりあえずミスティアのお店に今度行って今回の件は謝るとして、現在フランを絶賛追跡中な訳なんだけど…

「さて、どちらを探しましょうか。この広い幻想郷、はたしてどこから手を付けたものやら」
「それはお前の得手とするところじゃないの?気を探るのが得意なんだろ?ぱぱっと見つけちゃってよ」
「冗談、人を便利道具か何かと勘違いしないでよ。いくらなんでも私の察知領域にだって限界範囲はあるもの。
幻想郷中からフラン様や咲夜さんの気配探知なんてしてたら、それこそ夜が明けちゃうわよ」
「そうね…伊吹萃香、貴女は妖気を広範囲に散布しているんでしょう?そこから気配を読み取ることは?」
「無理だね。私のは妖魔の反応を探知出来るような能力じゃないし。まあ、地道に探っていくしかないんじゃないか?」
「地道にねえ…全く、時間が無いというのに非効率ね。美鈴、貴女は気を限界まで張り巡らせて。半径1kmくらいはいけるんでしょう?」
「本気になれば3kmくらいは。しかし、隙間の妖怪がところどころ弄っているせいか、世界に気を混じらせにくいんですよね。
一応やってみますけれど、あまり期待はしないで下さいね。戦闘でも継続してくれていればすぐに分かるんですけど」

 三人の相談をポツンと少し離れたところで耳にする私。うん、難しい話はよく分からないけれど、私にだって
フランをここからどう探すかで困ってることくらいは分かる。えっと…ま、拙くないかしらコレ。フランが何処にいるか微塵も分からないって。
 幻想郷は広い、その中でフランを早く見つけるなんて…しかもフランの行動パターンなんて分からないし…そ、そうよ!フランの
日頃の外出パターンから分析すればいいんじゃない!人は遊びに行くときは遊び慣れた場所に行くものよ!いや、そんなことはないかもと思ったけど
フランなら…フランならきっとお姉様の予想通りに動いてくれる筈。という訳で三人に進言進言っと。

「美鈴、お前ならフランの向う先が分かるんじゃないの?」
「ふぇ?わ、私ですか?」
「え、いや、そんな風に驚かれても…だってフランが普段外出しているとき、私のとき同様にフランを抱き抱えて
外出させてるんでしょう?前にそう言ってたじゃない。だったら、貴女は普段のフランの外出の際、一緒に何処かへ行ってるということよね。
なら、その普段フランが遊び歩いている場所から手始めに探してみる価値はある筈よ…って、何その微妙そうな顔は」
「あ、いえ、そういえばそんな設定だったなあ、と」
「設定?」
「ああ、いえいえ、なんでもないです。確かにお嬢様の仰る通りですね。普段の外出先を考えれば、そこに居る可能性が高いですよね」
「そうそう、そういうこと。私を探すなら、人里か博麗神社かってところなんだけど、私は普段フランが何処に遊びに行っているか
知らないからね。という訳で美鈴、貴女は普段フランと一緒に何処に向ってるのよ」
「あー、えー、フランお嬢様は普段はそのー「人里でしょう」そう、パチュリー様の仰る通り人里なんですよ、はい」

 …いや、だからどうしてそんな一々自分自身を納得させるような仕草を。まあ、いっか。とりあえずフランが行きそうな場所は分かったし。
 ヒントが少ない今、まずは人里に向おう。うん、そこに居なかったら…分からなかったら人に訊く!ってことで、訊き込みでもしよう。幸い、
人里なら情報に困らないでしょうし。霧雨店主とか、本屋の主人とか、茶屋の主人とか…ああ、慧音に訊くのも有りね。無駄に物知りで親切だからね。

「それじゃ、まずは人里に向うとしましょう。そこでフランを探して、フランが居なかったら情報収集。
普段からフランが遊んでるなら、フランの目撃情報があるかもしれないし」
「まあ、訊ねる目撃情報はフランドールじゃなくてレミィ、貴女の情報なのだけれどね」
「は?いや、なんで私の情報を…探してるのはフランであって私じゃ…」
「はぁ…貴女、今の自分の姿とフランドールの姿をちゃんと理解してる?」
「自分の様相って…あ、そうだった」

 自分の服装を見直して、改めて気付く。そうだった、今の私はフランで、フランがレミリアなんだっけ。うう、紛らわしい。
 君の姿は僕に似ているなんてレベルじゃないわよ。羽の差異が無かったら私とフランの外見なんて少しも変わらないし。つまり、
フランが暴れる→部外者にはレミリアが暴れてる以外の何モノでもないって訳なんだけど…ううー!早くフランを捕まえないと。

「それじゃ人里に向うよ。フランが居なくとも、目撃情報を誰かが握ってるかもしれない。慧音とか」
「慧音さんですか。まあ、彼女ならお嬢様に好意的ですし、協力もしてくれますね」
「初めて聞く名ね。誰?」
「上白沢慧音、人里の守護者というか、寺小屋の先生というか。とにかくまあ、人里に住んでるワーハクタクですよ。
お嬢様が人里に漫画や茶菓子なんかを買いに向い始めた頃からの知り合いでして。昔はまあ色々ありましたけど、今はお嬢様の良き友人ですよ」
「友人というか、茶飲み友達というか。えっと、うん、物知りだし、良い奴だよ慧音は」
「それじゃ目指すは人里か。とりあえず向ってみるとしようかねえ」

 全員の同意を得て、私達は進路を人里へと向け飛翔する。私は飛んでないけどね!飛んでるのはあくまで萃香の分身だけどね!(自虐)
 しかし、慧音か。最近、茶屋で話したのは二週間前くらいだっけ。元気にしてるかしら…なんて懐かしむ程の期間は開いてないわねえ。
 上白沢慧音。美鈴の話し通り、人里で寺小屋の教師をやっているワーハクタク。ワーハクタクが何かって?いや、そんなの知らないから。どうも
美鈴の話と慧音の話からするに妖怪の一種みたいだけど…はあ、どうせ強いんでしょ。強い妖怪なんでしょ。私何か比べ物にならないんでしょ。もげろ(おっぱいとか)。
 話を戻して、私が慧音と知り合ったのは、初めて人里に訪れたとき。書物だけの知識だけじゃ真のお菓子は作れない、とかなんとかの理由で
人里に美鈴と遊びに行った時に、私の前に現れたのよね。しかも、めっちゃ私を睨みつけて。うん、あのときは凄く怖かったわね。
 で、美鈴と二人で『お菓子を買いに来たんです。人里に害するつもりなんて全然無いんです。トラストミー』なんて感じで説得したら
渋々納得して…くれる訳も無く。その日から私が里に遊びに来る度に、『監視だ』とか言って傍に居たのよね。いや、実に懐かしいわね。
 それで一緒に本屋で漫画漁りしたり、茶屋でスイーツ巡りしたり、それはもう散々慧音を振り回した気がする。主に美鈴が。特に美鈴が。
 美鈴の奴、なんか慧音の事気に入ってるらしくて何かある度に慧音に話しかけては振り回してたのよね。私?私は主に疲れ果ててる慧音を
労わってた気がする。しかし何でまた慧音を美鈴が気に入ってるのやら。理由を聞いたら、美鈴曰く『同じですから』とのこと。テライミフ。

 んで、気付けば慧音と雑談に興じたり、慧音の愚痴を聞いたり、私のお菓子作りの実力を語ったり…まあ、そんなことをしてたら
仲良くもなる訳で。気付けば、慧音が私達を監視することは無くなってた。というか、あとで聞いた話なんだけど、人里に入ってくる妖怪で
監視されたのは後にも先にも私だけとのこと。他の妖怪にそんなことをした事は無かったとのこと。害を為す妖怪は人里に入って来れないから
監視なんてする意味はないとこのこと。じゃあどうして私だけ特別枠なのかと慧音に文句を言ったら、慧音曰く『他の野良妖怪と幻想郷に喧嘩を売ったスカーレットの後継者を
同一視などするか馬鹿者』とのこと。怒ったら逆に怒り返されたの巻。どうやら私を危険視したのは、私のクソ親父の責任らしい。本当マダオだわお父様。
 それで、私も何かするつもりかと監視していたら漫画は読むわお菓子は食うわ危険な素振り何か一切しなかったから無罪放免。
 …なんか妖怪としてそれもどうなのって理由だけれど、こうして慧音は私を認めてくれたらしい。レミリア=無害だと。
 いや、そんな期待を裏切ったのが紅霧異変な訳で。あのときは本当にこれでもかってくらい怒られた。泣きそうになるくらい怒られた。
 私の責任じゃないのに。フランの責任なのに。拳骨一発で許して貰えたのは喜ぶべきか悲しむべきか。くそう、嫌な事思いだしたじゃないの。

 そういう訳で、人里の中で数えるほどしかいないお友達、上白沢慧音にお話を聞きに行くべく人里まで夜間飛行を行っている私達。
 慧音、起きてるかしら。こんな時間だから、もしかしたら寝てるかもしれない。そうなった場合、どうしよう…無理矢理起こすのも…
いや、でも、今回ばかりは緊急事態だし、慧音も分かってくれる…といいなあ…くれるわよね、わ、私は慧音を信じてる!上白沢慧音、やはり奴がベスト…

「…へえ?こいつは面白い。人里はいつから雲雀を飼うようになったんだい?」
「…お嬢様、私の背後に」
「へ?」

 萃香と美鈴の言葉に、私は慧音への言い訳選択から思考を現実へと引き戻す。
 明るい――私が目の前の『アレ』を視界に入れた最初の感想はたったその一言。ああ、自分のボキャブラリの無さに軽く絶望。だって
メチャクチャ明るかったんだもん、夜なのに。私達の目の前に現れた少女――彼女が身に纏うは暗き闇夜を照らす灼熱の光翼。
 人里まであと四半里。その夜空に羽ばたくは炎の翼鳥。…何この凄いの、鳳凰星座の青銅聖闘士?なんか迫力的には黄金以上なんだけど…
 白髪とも白銀とも判別し難い長い髪を携えた少女は、私達の方を睨み…ってええええ!?め、めっちゃ睨んではるやん…私達めっちゃ睨まれてるじゃない!怖っ!

「去れ、妖怪共。今夜の人里には誰一人として足を踏み入れさせやしない。
お前達とて身の危険を感じる為の幾分かの智慧はあるでしょう?なればこそ引き返せ。私の不死鳥にその身を焼き焦がされぬ前にね」

 掌に激しく燃える炎を携え、少女は私達に警告を発する。さっさとここから出ていけ、と。
 …うん、帰りましょう。なんか理由は知らないけれど、目の前の少女はとにかく機嫌が悪いみたい。人里に入るのは駄目みたいだし。
 私のヘタレセンサーがビンビンに危険アラームを鳴り響かせてる。アレは紫や幽々子、萃香ほどじゃないけれど充分に危険なモノだ。私が一歩でも
踏み出そうものなら確実に燃やされる。いやいやいやいやいやいや!危ないから!炎とか洒落にならないから!蝙蝠なんて焼いても美味しくないから!
 とにかくこの場から去る事が第一。そう考え、私は三人にここから去る様に口を開く…ことができなかった。何故なら…

「去れ、なんて言われて『はいそうですか』と従う馬鹿がいると思うかい?しかも相手は虚弱な雛鳥だ。
威勢が良いのは構わないが、人間、相手を見誤ったな?貴様如きが鬼退治を成し遂げられると?冗談は酒の席だけにしなよ、小娘。
…門番、魔法使い、手を出すなよ?コイツは私が直々に相手してやる。なんならお前達は先に人里へ向っても構わないよ」

 …萃香、普通に喧嘩を正面から買おうとしてるから。うおおおおおい!?何喧嘩普通に買っちゃってるの!?馬鹿なの!?鬼なの!?
 ちょ、ちょっと美鈴もパチェも萃香を止め…って、二人とも『そうさせてもらうわ』的な空気を出すのを止めてえええ!!何人里に向おうと
してるのよ!?怒ってるでしょ!?二人ともあの娘に馬鹿にされて少しカチンときてるんでしょ!?
 そ、そりゃいきなり喧嘩を売ってきたのは向こうだけど…いやいやいや、ここで正面から叩き潰すなんて真似は非常に拙い。何が拙いって
この娘が人間(萃香曰く)で、人里の近くというのがかなり拙い。この娘が人間ってことは、十中八九人里の人間。それをフルボッコになんて
しちゃったら『大怪我しました→犯人は萃香→一緒にいたのはレミリア→悪名経験値上昇中→全盛期レミリア伝説にまた一ページ』になっちゃう!
 駄目だ…フランを止めるどころか、私達のせいで人里を荒らすなんて本末転倒もいいところじゃない。ここは意地でも止めないと…紅魔館でSGGKと呼ばれたこの私ならいける!

「待ちなさい、萃香。私達の目的はその娘と戦うことではないでしょう?萃香程の妖怪が小娘相手に大人気ない。
そうね…どうしてもやりたいのなら『個人の用として後日日を改めて』彼女を訪れなさい」
「…それもそだね。いや、久々に骨のありそうな人間だったからつい気分が乗っちゃったよ。悪いね、小娘」
「…小娘小娘と言ってくれるわ。私の名は藤原妹紅、二度と小娘なんて呼ばないで」
「そう、それは失礼したわね、妹紅。さて…私達は人里に用があり、ここまでやってきた訳なのだけれど。
貴女の話を聞く限り、今夜人里の地には客を認めていないようね。その理由、訊かせてもらっても構わないかい?
私は幾度と人里に足を運ばせてもらっていたけれど、このように妖怪だからという理由で通行止めをくらったなんて過去に経験が無いわ。
となると、それには何か理由があるんだろう?まあ、話せないなら無理にとは言わないけれど。それならそれで私達はおとなしくこの場を去るだけさ」

 私の問いに、少女――もとい妹紅は睨むのを止めて少し考える仕草を見せる。多分、私達が話相手に足るかどうかを
判断してるんだと思う。まあ…萃香も拳を引っこめてくれたし、私も出来る限りの対応はしたし、会話くらいはしてくれても良いと思うんだけど…
いや、でもまあ『お前達に話す義理は無い!』と言われてもそれはそれで…とりあえずこの場での争いは無くなるし。情報が手に入れられないのは
少しばかり残念だけど、私の明日の未来の方が何十万倍も大事だもの。フランの情報はまた別の方法で探すとしましょう。
やがて、妹紅は思考を止め、軽く息をついて私達に事情を話す。

「お前は今、人里に何度か足を運んでると言ったわね。なら、この人里に住んでいるワーハクタク…上白沢慧音は知ってる?」
「ああ、知ってるも何も知人だよ。慧音とは良い茶飲み友達だ。慧音がどうかしたのかい?」

 私の言葉を聞いて、妹紅は今までの疑いに強張らせていた表情を崩し、本当の表情を見せてくれる。それは悔しさと憤りに満ちた少女の素顔。
 その様子に、私と美鈴は顔を見合わせて眉を寄せる。ちょっと…いや、何この空気…いや、まさか慧音の身に何かあったとか言うつもりじゃ…ちょっと、何この
新シリーズにつき物語新展開的な話の流れは…いやいやいやいや、慧音はリンカーコア持ちでも何でも…嫌な予感しかしなさ過ぎる…

「知人なら話は早いね…その慧音がつい今しがた妖怪に襲われたんだ」
「っ…慧音さんが!?容体は!」
「不幸中の幸いにして命に別条は無いけれど…それでもしばらくは動けないだろうと言われたわ。
慧音が動けず、人里の護り手が不在の今、私が代わりにここに居るのよ。それが私のお前達を警戒し拒む理由。
再び人里にあの妖怪が訪れないとも限らないからね…お前達がアイツの仲間である可能性も拭いきれない」
「アイツ?その口ぶりからして、貴女は犯人が誰だか分かっているの?」
「まあね…私は去り行く奴等の後ろ姿をおぼろげにしか見る事が出来なかったけれど、人里の連中に特徴を話したら、
すぐに正体は割れたよ。とんでもない妖気を発する背中に羽を生やした小娘に、それに付き従うメイド…奴等はかなり特徴的だったからね」
「…ちょ、おま」

 妹紅の言葉に、私は全身から血の気が引き、言葉を上手く返す事が出来なかった。
 拙い。拙い拙い拙い拙い拙い拙い拙い拙い拙い。何そのどこかで聞いたことある容姿のコンビ。聞いたことあるというか身に覚えがあり過ぎる。
 ちょっと、ちょっとスタッフどういうことよ。何この最悪の展開。嘘やん、こんなん。ありえへんやもん。いつになったらせっちゃんはウチと口きいてくれるん?
…って、現実逃避してる場合じゃない!ま、まさかまさかまさか慧音を怪我させた犯人ってこれはやっぱりどう考えても…

「そいつの名前はレミリア。紅魔館の主である吸血鬼、レミリア・スカーレットっていうらしいわ。
そいつが慧音をボロボロにした元凶、犯人。どう?お前達のうちの誰か、この名前に心当たりはある?」

 心当たりもクソもあるか。その名前を両親から与えられたちっぽけな小娘はお前の目の前に居るのよ畜生。
 美鈴とパチェは困ったような表情で私を見つめてるし…って、おおい!?こっちを見るなあ!ばれちゃうから!私がレミリアだってばれちゃうから!
 萃香に至っては笑い堪えてるし!畜生、萃香のあほ!そんなに私の不幸が楽しいか!楽しいのね!?ジーザス、どうして私にこんな試練ばかりを…
というか、フランのあほたれは何て事してくれるのよ…他の誰でも無い慧音をフルボッコにするなんて…あああああああ…終わった、私の人里ライフ完全に終わった。
 慧音の命に別条は無い(慧音ごめんなさい慧音ごめんなさい慧音ごめんなさい)とはいえ、私(の格好したフラン)は慧音に手を出した。これで慧音は絶縁確定、人里に入れなくなること間違いなし。
 本屋にも茶屋にも顔出せなくなって…うううう…私の人生唯一の娯楽が…なんで私がこんな目に…泣きたい。本気で泣きたい。でも今やるべきはそんなことじゃない。
 泣く以前に、妹紅に事情を説明しないといけない。そうしないと、私が妹紅の劫火に焼き殺される。レミリア=殺すになってる妹紅に殺される。
 でも、どうすればいい?ここで『犯人は私の妹よ!私は悪くないの!』なんて主張しても、私は助かるけれどフランが…いや、フランが妹紅に
簡単に負けるとは思わないけれど、間違いなく後日フランは妹紅とバトルことになる。そうなるとフランがあの業火のターゲットになる。



 …フランが、危ない。
 …フランの、命が、危ない。
 …フランを、護らないと。
 …護らなきゃ――私が、フランを。



「知っているわ。レミリア・スカーレットは他ならぬ私の姉の名前だもの。
慧音を襲った人物は、間違いなく私、フランドール・スカーレットの姉、レミリア・スカーレットだよ」
「何?」「え…」「へ!?」「へえ」

 気付けば私は、そんな戯けたことを口にしていた。あばばばばばば…じ、自分から逃げ道を塞いでしまった。もうだめぽ。
 でも、私に思いつく作戦はもうこれしかない。だから私は即座に実行に移す。こうすれば少なくともフランは目をつけられない。フランに
害は及ばない。どうして自分がそんな行動に走るのかは分からない。だけど、そうするしか、その選択肢しか私には無いと私は感じていた。

「慧音を傷つけたのは私の姉、レミリア・スカーレットよ。紅魔館の主にして、冷血非道な吸血鬼、それが私の実姉」
「っ!!お前えええええ!!!!!」
「っ、そこまでです」

 私の言葉に逆上し、襲いかかろうと拳を振り上げた妹紅を止めたのは美鈴。
 私めがけて振り下ろされた炎の拳を美鈴は難なく受け止めてみせる。…あ、熱くないのかしら美鈴。どう見ても火傷じゃ済まないと思うんだけど…
そんな他人事のような私の感想はさておき、妹紅は今にも射殺さんとばかりに私を睨みつける。そんな妹紅に、私は軽く息をつきながら言葉を紡ぐ。

「妹紅、貴女の怒りは尤もよ。だがそれ以上にお門違いでもある、それは理解してるかしら?」
「…くそっ!分かってるわよ!」

 言葉を吐き捨て、妹紅は美鈴から拳を離す。…良かった。どうやら『犯人の妹→よし殺す』というような発想をするほど
ヤバい人間じゃないみたい。ならいける。妹紅は紫達のような『あちら』の住人ではなく『こちら』の住人だと把握。
ならなんとか説得出来る。なんとか、なんとかフランの罪を『レミリアの』罪にしないと…

「…妹紅、少し遅くなってしまったけれど、謝罪をさせてもらうわ。私の姉が慧音に行った愚行に対してね。
本当にごめんなさい。私の姉のせいで、貴女の友人に要らぬ怪我を負わせてしまった。そのことに身内として謝罪するわ」
「へ?あ、い、いや…あー、その…こ、こっちこそ御免。よくよく考えれば、アンタは少しも悪くないのに、八つ当たりしてしまって。
悪いのはあくまでレミリア・スカーレットであって、アンタじゃないものね」
「そう…そう言って貰えると少し心が楽になるわ」
「しかし、そうなるとこっちはアンタ達に訊きたい事が幾つか出来たよ。何故、レミリア・スカーレットは慧音を襲った?
アンタ達は一体何しにここにやってきた?その行動の理由はこの歪な月と夜とも関係しているのか?」

 妹紅のマシンガンのような問いかけに頭の中で一つずつ処理していく私。最後の質問はよく分からないけれど…ま、まあ困った時は人に訊く!
なんとかパチェに上手く話を振って解答して貰おう、うん。そんなことを心に決め、私は一つずつ問いかけに答えていく。

「お姉様が慧音を襲った理由は分からないわ。もしかしたら暇潰し、ただの気紛れかもしれない」
「っ!そんな下らない理由でっ!!」
「そんな下らない理由で馬鹿な行動を起こすのがお姉様だもの。貴女も耳にしたことはあるでしょう?紅霧異変の首謀者、レミリア・スカーレットの話は」
「あ、ああ…なんでも太陽を覆い隠せば日中も吸血鬼が遊びに出られるとか、そんな下らない理由で異変を起こしたんでしょう?
その噂は聞いていたけれど、まさか本当にそこまで馬鹿とは…あ、ごめん、実の妹なんだ、姉の悪口を言われて気持ち良くはないよね」
「フフッ、構わないわ。それにしても妹紅、貴女は優しいのね」
「…別に、普通でしょ」

 照れ隠しにそっぽを向く妹紅。良い娘だわ…うう、その優しさをほんの少し…ほんの少しでいいから
お馬鹿な妹になんで分けてやれなかったんだ!神様の意地悪!フランのばか!おばか!なんで慧音に手なんか出したのよ!あんぽんたん!

「二つ目の問い、私達がここにやってきた理由…それは簡単、あの馬鹿な姉を館に連れ戻しに来たのよ。
館を勝手に離れ、幻想郷の人妖達…現にこうして貴女達に迷惑をかけ、被害まで出しているもの。早々に連れて帰って説教しなきゃいけないのさ。
そういう理由で、私達は愚姉を探してる最中という訳。まあ、ここで重要な情報が得られた訳だけれど」
「そういう理由…それじゃ、いきなり喧嘩を売って本当に申し訳ない事をしちゃったね。本当にごめん」
「構わないよ。その理由と背景だ、気が張るのも仕方ないさ。むしろ姉の愚行のせいで生じた結果だ、こちらが謝りこそすれ謝られる理由は無い」
「…フランドールって言ったっけ。貴女、なんか違うわね。妖怪だけど、慧音に近い」
「フフッ、おかしな妖怪だろう?よく友人からも言われるよ。けれどまあ、それが私だ、こればかりは仕方無い」
「ふぅん…まあ、私は嫌いじゃないよ、そういうの。まさか慧音以外にまともに話が通じる妖怪が居るとは思わなかったけれど」

 妹紅の言葉にありがとうと言葉を返し、話を再び戻す。
 …というか、さっきからパチェと美鈴の視線が痛い。これでもかってくらい痛い。説明するから!あとでちゃんと説明するから!だから
お願いだからボロを出さずに『悪いのは全部レミリア』って流れにして頂戴!この場を被害なしで乗り切るにはこれしかないのよ!

「そして最後にこの夜と月の理由は…ま、私は説明が下手だからね。パチェ」
「…関係は有るでしょうね。何故ならレミィの目的はこの歪な月だもの。
大方レミィもこの月の情報を得ようと人里に来て、その流れでワーハクタクと争いになったんじゃないの?あの娘、気が短くて我儘で子供っぽいし」

 ぐ…ぱ、パチェの奴!ここぞとばかりに好き勝手暴言並べてるし!イジメ駄目絶対って言葉を知らないの!?
 うう…気は短くないもん、我儘じゃないもん…子供っぽいって、こんなアダルティックな私になんという…くそう、ちょっと自分のオッパイが大きいからって。
 いつかパチェに反撃することを心に誓い、私は説明は終わりと妹紅の方に視線を送る。私達の説明に、妹紅は納得した様子で言葉を紡ぐ。

「成程ね…アンタ達がどういう意図で此処に来たのか、そしてその理由が私の願ったりであることも分かったわ。
だとしたら、私の願う事は唯一つだよ。さっさとアンタの馬鹿姉を慧音の前に引きずって謝罪させて」
「ええ、勿論そのつもりよ。後日改めて馬鹿姉を謝罪に向かわせるわ。それこそ土下座させるつもりよ」
「土下座って、あの悪名高いスカーレット・デビルが?あははっ!そりゃいいや!もし本当にそんなことしてくれたなら、
慧音はともかく、私は何の後腐れも無く全部許してあげるかもね!誇り高い吸血鬼が一妖怪に土下座って!」
「…言ったわね。言質、しっかり取ったからね」
「は?」
「いえ、なんでもないわ。うふふふ」

 ククク…妹紅、貴女は悪くないのよ。ただ、惜しむらくは世界の広さを知らない事。自分の物差しで世界を測り過ぎる事。
 土下座?そんなの余裕過ぎるわ!土下座どころか地面に頭擦り付けてやるわよ!靴だって磨いてやるわ!紅魔館の主のプライドの低さを舐めんな!
 しかし、これで全ては予定調和。妹紅に関しては私が後日出向いて頭を下げればOK。あとは慧音ね…慧音は怪我した張本人だから
簡単には許してくれないかもしれないわね…よし、フランを装ってどうすれば許してくれるか探ってみよう。勿論、見舞いの意味も込めて。
 そういう訳で、妹紅に慧音の見舞いに顔を出させてはくれないかを訊ねたところ、少し考える仕草をみせて、『慧音に訊いてくるからちょっと待って』と
言葉を残して人里へと戻って行った。その後ろ姿が見えなくなるや否や、私に向けられるパチェと美鈴の言葉の嵐。ですよねえ。

「で、どういうつもりなの、レミィ。どうして貴女はあの娘にあんなことを言ったのよ」
「そうですよお嬢様。あれではレミリアお嬢様が完全に悪役じゃないですか。お嬢様は何も悪くないのに」
「…良いのよ。そもそも、フランの件に関しては私の監督不行き届きの面もあるし、何よりフランが他人に頭を下げるなんて思えない。
幸い、人里の連中も妹紅も私が犯人だと勘違いしてくれているわ。だったら、その嘘を押し通して私が後日謝罪した方が後腐れが無くて良い」
「それでレミリア、アンタが汚れを一身に被ることになってもかい?」
「ふん…汚れなんて慣れ切ってるよ。本当の事を言って妹紅とフランが殺し合い、なんて下らない事態が防げるなら、それで良いじゃない。
慧音には本当に申し訳ないことをしたわ。その罪はお馬鹿な妹の代わりに私が全て償うつもりよ。それにね…」

 その言葉は、本当に驚くほどに自然と私の口から零れていて。
 まるでもう一人の自分が、胸の奥底の想いを代弁したかのように。

「――私はもう嫌なのよ。フランの命を危険に晒すような事態は」















 ~side 慧音~



 馬鹿だ。この娘――レミリア・スカーレットは本当に馬鹿だと思う。
 思い返せば出会ったときからそうだった。人里に初めて訪れた彼女に、私は疑心を抱き、監視という名目で彼女の人里での行動を邪魔した。
 それなのに、彼女は嫌な顔一つせず、私に笑って告げた。

『人里の護りを担っているのだろう?その行動は正しいよ。お前の行動に敬意を表せど、
邪険になどするものか。この私が如何に無害な存在であるかを、しっかり見届けなさいな』

 その言葉を聞いた時、私は開いた口がふさがらなかった。何処の世界に一妖怪に敬意を表する吸血鬼が居るのだろうか。ましては相手は半分人間の血が通っているのに、だ。
 そして彼女の言葉通り、私は彼女が人畜無害な人物であることをそう時間を掛けずに知ることになる。それどころか、彼女が本当に心優しい人間味あふれた
吸血鬼で在る事を知った。茶を酌み交わし、私の話に一喜一憂し、楽しげに笑みを零す彼女の何と天真爛漫なことか。彼女の笑顔を見る度に、私は己が勘違いを恥じた。
 本当、実に愚かしい。私は彼女を吸血鬼だからと、あのスカーレットの後継者だからという前提条件で勝手にこういう妖怪だと決めつけた。
 それがどうだ。本当のレミリア・スカーレットは冷酷とは無縁の存在ではないか。小さな日常に一喜一憂する、本当にありふれた人間の少女そのものではないか。
 誰よりも心優しく、常に他者を労わる心を忘れない少女、それがレミリア・スカーレットなのだから。

 だが、そんな少女だからこそ、そんな少女だと知っているからこそ、今回ばかりは『馬鹿』だと言うほかは無い。
 何故ならレミリアは今、私の目の前で必死に言葉を並べたてているのだ。


 曰く、慧音を怪我させたのは全て『姉のレミリア・スカーレット』の責任だと。
 曰く、後日必ずレミリアに謝罪をさせる。だからそれまで待っていて欲しい、と。
 曰く、その後の罰は何を与えても構わない。姉が謝っても慧音の気が済むまで好きにしてくれて構わない、と。


 そう、彼女は言葉を必死に並べたてるのだ。自身を妹の格好に扮し、妹の罪を自分の罪へと変える為に。
 その姿は道化だ。何故なら私は彼女の正体がレミリアだと知っているから。道化に身を扮したレミリアの必死なダンスを眺めている観客、それが私。
 だからこそ痛いほどにレミリアの想いが伝わってくる。頼むから妹のことは許して欲しい。責めるなら自分にしてくれ。全ては自分が悪いのだと。
 …馬鹿だ。本当にこの娘は馬鹿だ。お前は優し過ぎると、思わず絶叫したくなる。お前はそれで良いのか、と。
 けれど、私は決して口にはしない。口にすることなんて出来ない。友人がここまで必死に妹を護ろうとしているんだ。それをどうして台無しにできるだろう。
 だからこそ、私はこの寸劇に乗る。レミリアの背後で頭を下げる美鈴に軽く溜息をつき、目で言葉を贈る。『貸し一つだ』と。

「…お前の話は分かった。確かに全てはレミリアの罪だな。ならば、お前に頼みがある。
全てが終わったら、レミリアに私の下へ訪れるように告げておいてくれないか」
「え、ええ…勿論謝罪に向かわせるけれど…そ、その、あのね?
い、一応参考までに訊いておきたいのだけれど、あの、えっと…お、お姉様にどんなお仕置きをするのかなあ、なんて…」

 恐る恐る訊ねてくるレミリアに、私は軽く笑って答えてみせる。
 どうしてレミリアの妹があのような行動に出たのか。この夜に一体何が起きているのか。全ては未だ謎のままだ。けれど、それは全てが終わってから知ればいいこと。

「無論説教だ。こんな深夜に外を飛び回って好き勝手するような悪い子には、大人が諭してやらねばならんからな。
そうだな…ざっと五時間ほど、私の長話に付き合って貰うとしよう」

 そう――全てが終わった後で、レミリアには今回の事件の顛末を全て赤裸々に語って貰うとしよう。
 その際には茶屋の新作の茶菓子を茶請けにするのも悪くは無いな。だからレミリア、頼むから怪我一つ無く人里に戻ってこい。
 怪我人の面倒をみる相手まで怪我をしていては、こっちの気も休まらないだろうから。














 ~side 妹紅~



「それじゃ、世話になったわね。フラン…じゃなくて、レミリアは竹林の方向に向かったのね?」
「ああ、それは間違いないよ。私が見た限りではね」

 人里の外、慧音を見舞い終え、フランドール達は早速姉を追うべく行動に移そうとしていた。
 本当、実に気持ちの良い連中だと思う。それがどうして慧音を傷つけるような奴の妹なのかさっぱり理解出来ないけれど…まあ、そういうこともあるんだと思う。
 全てが終えたら、また人里に来るらしいから、その際は是非とも共に酒でも酌み交わしてみたいものだ。こういう連中は嫌いじゃないから。

「それじゃ行くよ、パチェ、美鈴」
「ええ」
「はいっ」
「それと萃香…本当に頼むわね」
「はいよっと。ま、分身が居れば私はその光景だけは見れるからね。脇役は観客に徹するとするよ。
ほらほら、夜は短いんだ。さっさと妹…じゃなくて姉を捕まえて拳の一発でもくれてやりなよ」
「そんな無理ゲーを…ま、まあとにかく必死で頑張ってくるわ。それじゃ妹紅、また会いましょう」

 そう言い残し、今度こそ連中は人里から離れていった。…何故か一人を残して。
 その残された一人…確か萃香とか呼ばれてたっけ。萃香に私は疑問符を頭に浮かべたまま訊ね掛ける。

「いや…アンタ、なんで残ってるのよ?連中と一緒に行かなくていいの?」
「うん?まあ、最初はそのつもりだったんだけどね。親友から一つ頼まれちゃってさ」
「頼み?」
「ああ。『慧音が体調を取り戻すまで、人里を護ってあげて欲しい。きっと妹紅一人じゃ辛い筈だから』って。
ま、そういう訳でこの伊吹萃香様が手を貸してあげるんだ。大船に乗ったつもりで構えてなよ。にゃはははは!」

 萃香の言葉に、私はその願いを込めた人物が誰であるのかをすぐに悟る。本当、吸血鬼のくせにお人好しだ。馬鹿だ。
 自分自身が悪い訳でもないのに、本当に余計な気苦労まで背負っちゃって…軽く息を吐き、私は笑みを零して言葉を紡ぐ。

「本当に呆れるくらいに良い奴だよね。そしてどこまでも気持ち良くすらあるわ。
吸血鬼、フランドール・スカーレットか…ふふっ、帰ってきたら焼き鳥の一つでも振舞ってあげようかね」
「おいおい、人の親友の名を間違ってくれるなよ?」
「へ?」

 何を言っているんだというような私に、萃香は胸を張って力強く言葉を放つ。
 それはまるで自分のことを自慢するように。己が武勇を語る様に。

「――レミリア・スカーレット。それが天下無双のこの私、伊吹萃香が唯一無二の親友と認めた友人の本当の名だよ。
どこまでも強く、どこまでも勇ましく、そしてどこまでも優しき小さな勇者。それがレミリア・スカーレットさ」

 輝く笑顔と共に嬉々として語る少女の顔。それは、どこまでも親愛と誇らしさに満ちたモノで。それを見て、思わず私も笑ってみせる。
 幸か不幸か、今宵の夜は長い。なればこそ、夜が明けるまで聞かせてもらおうじゃない。私にもその小さな優しい勇者様の私の知らない武勇伝をね。








[13774] 嘘つき永夜抄 その五
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2010/05/05 20:43





 ~side フランドール~



 人里から離れ、私達は闇と月明かりに彩られた竹林上空を飛翔する。
 夜空に浮かぶ歪な欠けた月。この異変の元凶、主犯を探して竹林まで出向いてみたが、恐らくここが『アタリ』だろう。
 他所と比較し、妖精達の『淀み』が異常過ぎる。咲夜ならまだしも、妖気を完全にまき散らしている私相手にも怯えず襲いかかってくる様子に、
私は心の中で確信を抱く。ここに異変の基点が存在すると。大魔術を行使している愚者が存在していると。妖精を一匹残らず撃ち落としながら、私は咲夜に問いかける。

「さて、この愉しき喜劇も終わりが近いみたいだけれど…異変を引き起こした奴は一体どんな奴だろうね」
「そうですね…正直なところ、人間だろうが妖怪だろうが相応の強者なのは間違いないかと」
「へえ?私が手塩にかけて鍛えたお前がそんな弱口を叩くの?そう思う理由は?
もし情けない理由だったりしたら、しばらくぶりに鋼を打ち据え直さないといけないからね」
「空の月を覆い隠す…これがどれだけの大魔術なのか、妖術魔術に関して素人の私にだってそれくらいは分かりますから。
質量を持つ偽月にて空間を侵食する、これを一人の人間、妖怪がやっていると考えるとなると」
「九十点、合格ね。そう、今回の相手は咲夜、貴女じゃどうにもならない相手だよ。そこを理解してるならそれでいいわ。
貴女の役割はあくまで母を護ること。それ以外のことで命を落とすのは決して許さない。なればこそ、相手との戦力差を読み、
勝てぬと悟れば早々に逃げの一手を打ちなさい。間違っても伊吹萃香のときのような愚行は繰り返してくれるなよ?」
「…しっかりと肝に銘じておきますわ」
「フフッ、そう悔しそうな顔をしない。今は勝てなくとも、研鑽を重ねて未来で勝てばいいのよ。今回の相手にも、伊吹萃香にもね。
お前には生まれながらにその才能が許されている。そして今はその時間さえも許された。人の身でありながら我らの同族で在るお前にはね」
「…そうですね。今は敵いませんが、必ずや」
「そう、それで良い。博麗も伊吹も所詮は踏み台、幾人もの妖怪を超越し、自身の母を護る一振りの最強を目指せばいい。そう――この私すらも超える程の」

 私の言葉に、咲夜は未だ上手く消化しきれずにいるのかこくりと首を頷かせるだけ。本当、母親に似たのか変なところで強情なのは変わらない。
 恐らくは、現段階での自身の力の無さを歯痒く思っているのだろうけれど、たかだか十数年しか生きていないことを考えれば
上等過ぎる程の力を咲夜は持っている。それなのに、この愚姪は更なる高みを目指そうとする。母を護る為、母の力となる為に。
 その想いに、私は思わず可愛い姪を優しく抱きしめたくなる衝動を必死で噛み殺す。甘やかすのはあくまで母様の役割。私はどこまでも厳しく咲夜に接することが仕事。
 咲夜をしっかり鍛え上げる。パチェも、美鈴も、そして私をも凌駕するような高みに辿り着ける、咲夜にはその可能性が在るのだから。
 どこまでも強く在れ。そしていつまでもお姉様の傍に在れ。美鈴と共に、お姉様を護る最強の刃で在り続けなさい。
 お姉様を護ること。お姉様の笑顔を絶やさないこと。遵守しなさい、それこそが、そう遠くない未来――私の亡き未来にお前に課せられた役割なのだから。
 だから私は咲夜を甘やかさない。きっと最期のそのときも、私は咲夜に厳しく接し続けるだろう。だって咲夜は道具だから。
お姉様の命を護る、お姉様の未来を護る為に無くてはならない重要な道具。お姉様の幸せの為に、咲夜に価値を付与し続ける。
 そして冥府へと旅立った際に、私は西行寺の亡霊にでも笑って自慢してやる。咲夜は道具である以上に――私にとって、可愛い自慢の姪娘であったと。

「――お嬢様、どうやら来客のようですが…如何いたしました?」
「ん…ああ、悪い。少し考え事をしてたわ。さて、我が道を邪魔するは一体どちら様かしら。
黒幕自ら出て来てくれるなら、これほど早い話も無い。巨悪もたまには自ら居城から外出するのも有りかもね」
「残念ながら、黒幕はお預けのようですわ。黒には違いありませんけれど」
「ええ、実に残念ね。あれは…確か霧雨魔理沙、だったかしら。もう一人は初見ね」
「ご存知でしたか。霧雨魔理沙と魂魄妖夢、妖夢は白玉楼の庭師を務めています」
「へえ…西行寺の。成程、お前に似てよく鍛えられてるね。あの若さで将来有望じゃない。
さて、魔理沙は一度図書館で会った事があるわ。猫を被って接したからね、博麗とは違って面倒事にはならないでしょう。やり過ごすよ」
「分かりました。では、そのように」

 向こうも私達を見つけたのか、私達の方へ速度を上げて飛行してくる。
 見ず知らずの妖怪なら弾幕勝負で力を見せつけても良いのだけれど、相手は何度も紅魔館に入り浸ってはお姉様と遊んでいる人間だ。近距離で眺められると私が
お姉様ではないことくらいすぐに見分けてしまうだろう。また、ワーハクタクのときのように、あとでお姉様の知人であることを知るということもない。
 そして、霧雨魔理沙は博麗霊夢と違い、私に対して喧嘩腰ということはない。ならば、私は猫を被り、適当にあしらって去ってもらうのがベストだろう。
 あとは半人半霊の出方しだいだけれど…さて、どうなることやら。

「動くと撃つ!間違えた、撃つと動く…って、じょじょ冗談だって!冗談だからその物騒なナイフを下ろせって!」
「TPOを弁える、社会の常識でしょう。こんな場所でそのような笑えない冗談をされてもね」
「はあ…本当、冗談が通じない奴だな。という訳でこんばんは、だ」
「お久しぶりです、咲夜さん。魚釣りのとき以来でしょうか」
「ええ、久しぶりね魔理沙、妖夢。魔理沙は毎日のように入り浸ってるから久しぶりという訳でもないけれど」
「失礼な、三日に二日くらいだろ?訂正を要求するぜ。私はそんなに厄介になってるつもりはない」
「その三日に二日も昼食と夕食を用意させられる身にもなってみたら?まあ、お嬢様が喜んで下さってるから何も言わないけれど」
「そうそう、ご主人様の友人兼自分の友人は大切にしないとな」

 軽口を叩き合っている魔理沙と咲夜だけれど、ふと私は視線を感じ、そちらの方へ視線を向ける。
 その視線の主は半人半霊――確か、魂魄妖夢と言ったかしら。少女はじっと私の方を見つめながら、小さく首を傾げている。

「…魂魄妖夢、どうかしたかしら?私の方を見てはしきりに首を傾げているけれど」
「へ?あ、い、いえ…その、なんというか、れ、レミリアさん…じゃない、ですよね?どちら様なのかなって…」
「へえ、そう思う理由は?」
「へ?いえ、その、えっと…羽も勿論違うんですが、その…し、失礼ながら妖気の量がレミリアさんとは桁違いなので…
あ!で、でも私は別にレミリアさんが弱いと言ってるんじゃありませんよ!?レミリアさんは私が知る中で誰より最強です!あ、えっと、勿論
実力とかでは紫様や幽々子様に叶わないかもしれませんが、その、心の在り方と申しますか、存在が最強と申しますか、私の中での理想像と申しますか、えっと…」
「――クッ」

 魂魄妖夢の容量を得ない説明に、私は笑う事を我慢出来なかった。夜空に響く程に腹を抱えて笑ってしまって。
 嗚呼おかしい。本当、お姉様は面白い娘ばかりを惹きつける。咲夜然りこの娘然り、どうしてこうも人妖に愛されるのだろう。
 この娘は咲夜と同じだ。お姉様を語る言葉、その目の輝き、どれをとっても昔の咲夜と瓜二つ。お伽話の英雄を語る少女の目そのもの。
 そんな少女の目に偽りの模倣など通じる筈も無い。だからこそ私は笑って正体を晒す。まさか魔理沙では無く、この少女に見破られるとは思わなかったけれど。

「魂魄妖夢、だったかしら。よく見抜いたわね。貴女の言う通り、私はレミリア・スカーレットじゃないわ」
「ん…って、あああ!よく見たら本当にレミリアじゃない!お前、レミリアの妹のフラン・スカーレットじゃないか!」
「フランドール、ね。フランドール・スカーレット。よろしくね、魂魄妖夢。そしてお久しぶりですわ、霧雨魔理沙。
つれないですわね、初対面の魂魄妖夢が貴女より先に私の正体を見破ってしまうだなんて」
「あ、はい、よろしくお願いします」
「あ~…ごめん。全部咲夜の奴が悪い。咲夜が私に漫才なんか強要するから」
「してません。私は過去に一度も漫才なんてしたことありません」
「え、してるじゃないか。いつも霊夢と」
「っ、分かったわ、霧雨魔理沙。貴女はここで日の出まで眠ってなさい」
「じょ、冗談だってば!ジョーク!いっつあじょーく!」

 ワイワイと再び騒ぐ二人を見ながら、私は呆れるように息をつく。…まあ、咲夜も気の許せる友人を手に入れたということかしらね。
 ずっと紅魔館で育ってきたから、同年代の友人がいないことをお姉様や美鈴は度々心配していたのだけれど。一安心といっていいのやら。

「…っと、咲夜とこんなアホ話してる場合じゃなくて。
お前達もこの月の異変を解決しに来たのか…の、前に、なんでフランドールはレミリアの格好なんてしてるんだ?
私みたいにレミリアと親しい奴じゃなければ、間違いなく見間違うぞ、それ」
「お嬢様と親しくても貴女は普通に間違ったけれど。気付いたのは妖夢だし」
「うるさいな…とにかく、何でだ?」
「ここに居るは貴女の言う通り、私と咲夜はこの歪な月の異変を解決しに来たのよ。
お姉様の格好をしている理由は至極簡単なことよ。そっちの方が面白いじゃない」

 私の適当な理由に、魔理沙と妖夢は唖然とする。当然だ、私だってそんな答えを返されたら言葉を失うか呆れるかしかない。
 けれど、どうやら魔理沙には感触の良い理由だったらしい。突如大笑いをしたかと思うと、私の肩を叩きながら笑みを零して言葉を紡ぐ。

「いやあ、初対面の印象からどんな奴か掴み損ねてたんだけど、なかなかどうして面白いなお前も!
異変に挑むのはレミリアじゃなくて、レミリアの格好をした妹。事件後にはレミリアがなぜか異変に参加したことになってる。
加えて言えば、レミリアが異変の危険に微塵も晒されること無く、だ。どっちの案かは知らないけれど、お前達も面白いことするなあ」
「どっちの、とは?」
「んあ?勿論、レミリアかフランドールか、だろ?この異変も、レミリアが自発的に参加してるんだろ?」
「…そうね」

 咲夜の少し言い淀む言葉は魔理沙の耳には入らなかったらしい。本当、ポーカーフェイスは得手のくせにお姉様のことになると。
 魔理沙の言葉に私は心の中で嘲笑する。お姉様が自発的に異変に参加などする訳がない。また、させる訳が無い。
 お姉様は何も知らず、ただ紅魔館で過ごしてくれれば良い。よしんば、計画がずれ、異変に向ったとしても、美鈴とパチェで危険の全てを排せばいい。
 何も知らず、何も心病まず、全てを私に任せてくれれば良い。お姉様の未来の礎は全て私が築き上げてみせるから。
 今より先の未来に、お姉様が私の描いた道を歩いてくれれば、それで良い。…それで良い、筈なんだ。

「私達がいるのはそういう理由。魔理沙に妖夢、貴女達は」
「勿論同じ理由だぜ?私は眠ってて気付かなかったんだが、妖夢がウチに来て『異変解決に助力して欲しい』って言ってきてな」
「幽々子様に本物の満月を取り戻すよう命じられまして…この偽りの月は妖怪にとって死活問題ですからね。
冥界に混乱をもたらす前に、顕界にて問題を解決してしまえ、と。その解決の為に、魔理沙に助力をお願いしました。幽々子様が彼女なら力になってくれる、と」
「いやいや、私も少しばかり幽々子の事を見直したぜ。同じ魔法使いでもアリスではなく、私を頼る着眼点、賞賛に値するよ。
そんな訳で、私と妖夢は幽々子のお願いを解決する為に異変巡りの最中って訳だ。まあ、異変に参加すれば面白いことが多々起こりそうだしな」
「…魔理沙、貴女絶対面白がってるでしょ」
「まさか。私はいつだって真剣実直がモットーさ。なあ妖夢?」
「ふぇ?あ、えっと…そう、かなあ」
「ああ、そこは肯定して欲しかった。これで妖夢と続いた半年あまりの友情も終わりか…」
「短っ!というかそんなことで私との友情終わるの!?」
「…貴女達、漫才するか会話するかどちらかにしてくれないかしら。フランお嬢様が呆れてるから」
「そんなの決まってるだろ。勿論、漫才するぜ」
「はあ…ごめんなさい。魔理沙がこんなふうで本当にごめんなさい」

 ペコペコと謝る妖夢に、私は笑いながら『構わないわ』と答える。本当、面白い連中ね。お姉様も退屈しない訳だわ。
 このまま雑談に興じてみたい気持ちもあるけれど、残念ながら私達にそこまでの猶予は無い。もし、お姉様側に美鈴がついていたら、
恐らくこちらに向っているでしょうし…少し遊び過ぎたわね、悪い癖だわ。
 私は視線で咲夜に命じ、この場を後にすることにする。咲夜は小さく頷き、二人に言葉を紡ぐ。

「それじゃ、私達は行くけれど…貴女達はどうする?
まさかとは思うけれど、私達の邪魔をするつもりはないでしょうね?」
「ああ、そりゃ無いな。お前達が解決するなら解決するで構わないし。だろ、妖夢」
「え、ええ…それはそうですが、面倒事を一方的に押し付けるのも…」
「大丈夫だって。咲夜とフランドールは元々、異変を解決するつもりで行動してたんだし。向こうにも協力して貰おうじゃないか。
私達は私達で独自に異変を解決する、その方向でいこうじゃないか。私達はもう少しこの辺りを探ってみる事にするよ」
「そうですね…ええと、咲夜さん、フランドールさん、お願い出来ますか?」
「構わないわ。魔理沙の言う通り、元よりこの異変は私達で解決しようとしてたのだから。それではお嬢様、参りましょう」
「そうね。それでは魔理沙に妖夢、ごきげんよう」

 そう言い残し、二人から飛び去るつもりだったのだけれど、一つ疑問に思ったことに気付き、その場で羽を止める。
 不思議そうな顔をする三人を余所に、私は魔理沙に対し、疑問の言葉を投げかける。

「最後に一つ質問なのだけれど…貴女は私が『この異変の首謀者』だとは考えなかったのかしら?」
「考える訳ないだろ?何言ってるんだお前は」
「あら、どうして?疑う理由なら山ほどあると思うのだけれど?」
「無い無い、一つも無い」
「…どうしてそんな風に言いきれるのかしら」

 私の問いかけに、魔理沙は笑って断言した。
 それはどこまでもストレートな想いの込められた言葉で。

「だってお前、レミリアのこと好きなんだろ?だから姉の為に色々頑張ってるんだろ?そしてレミリアもお前のこと大好きだし。
そんなお前がレミリアの困るような真似をする訳が無いじゃないか。それ以外に理由が必要か?」
「――ッ」

 それは本当に不意打ちだった。そんな言葉が帰ってくるなんて思わなくて。
 軽く息をつき、帽子を軽く被り直し、私は胸に渦巻く感情を必死に抑えながら言葉を紡ぐ。
 その蠢く感情の正体は知らない。分からない。だから私は必死に声を発した。

「そうだね…私はお姉様が大好きだよ。それ以外の理由なんて…不要だわ」
「お嬢様…」
「…行くよ、咲夜」

 かぶりを振って、私は咲夜の顔を見ること無く飛行を再開する。
 ああ、その通りだ。霧雨魔理沙の言うとおりだわ。全てはお姉様の為に――それ以外の理由なんて、何も要らない。



















 ――人生\(^o^)/。それ以外の言葉なんて、何も要らない。
 人里を離れて竹林に向って飛行する(してるのはあくまでミニ萃香)私は、魂が抜けたように夜風に身を委ねていた。
 本当にアホ。私のアホ。フラン以上に私のアホ。もう死ねばいいのに。私なんか死ねばいいのに。大馬鹿すぎる。
 どうして私が今ここまで自分を責めているのか…その理由は勿論、先程までの慧音と妹紅とのやりとり。一連のやりとりで
慧音を襲ったのは完全に『レミリア・スカーレット』になった。私の狙い通り、犯人は完全に私となってしまった。

 …うん、後悔は後に立たずっていうけどさ…でも言わせて欲しい。なんで私は自分を犯人だって言ったんだあああ!!!
 うああああ…全部フランが悪いのに!フランのあんぽんたんが悪いのに!私何にも悪くないのに!私被害者なのに!けど、けど、なんか
フランが危ないかも…なんて考えたら、口と体が勝手に動いてて…あうあうあー!なんで私フランを庇ったのよおお!!フランが危険な訳ないじゃない!
 フラン強いのよ!?フランは吸血鬼100パーセント中の100パーセントなのよ!?妹紅と戦っても余裕で生き残るに決まってるじゃない!
 早まった…早まり過ぎた…もう正直過去の自分が自分じゃない。フランの危険という言葉に反応した私は別人なのよ!絶対私の中に
もう一人のレミリアとか居るに違いないわ!だって、あり得ないでしょう!?フランを庇った結果…庇った結果…絶対私人里出入り禁止よこれ…

「お、お嬢様?先程から百面相のように表情が切り変わってますけれど…」
「美鈴、放っておきなさい。今のレミィには何を言っても無駄よ。私達の声、多分何も聴こえてないわ」

 人里が出入り禁止…それすなわち茶屋にも本屋にもいけないということ。つまり新しいスイーツも漫画も買えないということ。
 馬鹿な…それでは私はこれから先一体何を楽しみに生きていけばいいというの…一体何を拠り所にして生きていけばいいの…
 慧音をフルボッコにした私は人里一の危険人物間違い無し。そんな妖怪が人里に入れる訳も無く。
 慧音にも嫌われた。妹紅にも嫌われる。茶屋の老夫婦にも嫌われる。本屋の若旦那にも嫌われる。みんなに嫌われる。
 私悪くないのに。なんにも悪くないのに。みんなに嫌われる。…な、泣いてない!泣いてないわよ畜生!どうして私ばかりこんな目に…

「ちょ、ちょっとパチュリー様!?おおおお嬢様が泣いちゃってますけど!?」
「何も見なかった振りをしてさり気なく涙を拭ってあげて頂戴。私達の存在、完全に忘れてるから」

 人里に出入り禁止だけならまだマシな方よ。幻想郷のルールでもある、人里に住む者に手を出してはいけないというルールすら
フランは破ってる(※人里外で戦ったので破ってません。レミリア勘違い)。つまり、ルール違反者として私は処分されるということ。
 良くて霊夢か紫からの半殺し、最悪幻想郷からの追放…うううう、む、無理よ!一人じゃ何もできない私が幻想郷の外でどうやって
生きていけというの!?間違いなく野垂れ死にじゃない!誰か拾って…く、くれる訳ないじゃない!?私吸血鬼よ!?吸血鬼でも差別しない
人間なんて外の世界に居る訳ないじゃない!?いたら聖教会執行部門なんて存在しないわよ!私間違いなく死刑確定じゃない!
 どうしよう…うん、もし最悪そうなったら背中の羽を斬り落そう…死ぬほど痛いんだろうな…泣きたいくらい痛いんだろうな…
 背中の羽さえなければ、外見だけは人間の子供だし…そうなったら、誰か拾ってくれるかな…拾ってくれるといいな…
 もし運よく優しい家族に拾われたら、プライドも何もかも捨てて一人の女の子として生きていこう…もとからプライドなんて一ミリも持ってないけれど…
 もしかしたら、今より命の危険に晒されない生活になるかもしれないし…ごめんね、咲夜、パチェ、美鈴、みんな…フラン、あんたは地獄で覚えてなさい畜生。

「パチュリー様…あの、お嬢様、遠い目をしてブツブツなんか謝りだしたんですけれど…」
「はあ…もう、しょうがないわね」

 思い返せば碌な人生じゃなかったな…名門スカーレットの長女として生を受けながら、こんなだし…まあ昔の記憶は何故か全然覚えてないんだけど…
 美鈴は…良い奴だったわね。フラン以外で一番長い付き合いだし、本当によく私に尽くしてくれたわ…ありがとね、美鈴。
 パチェ…貴女は私の永遠の親友だわ。いじわるなときもあったけれど、私が必要としているときは必ず傍に居てくれて…
ああ、思い返すだけでパチェとの思い出の数々が。パチェの呆れる目、パチェの溜息、まるで私の目の前にいるかのように感じられるわ…

「いや、実際居るから。いい加減目を覚まして頂戴」
「ふぇ…って、ぱ、パチェ!?いやいやいや近い近い近いから!!」

 気付いたら視線…というより鼻先3センチの距離にパチェが。あらやだ、パチェってやっぱり美少女よね…ってNOOOO!!!!私はノーマル!!
 じたばたと慌てふためきかけた私に、パチェは自身の額を私の額に当て、諭すように言葉を紡ぐ。

「何をアレコレ考えてるのかは知らないけれど、落ち着いて。
レミィが高揚しているか、それとも不安に陥っているのか、それは私には分からないわ。レミィの心はレミィにしか分からない。
だから、私の言葉は見当違いかもしれないわ。いえ、間違いなく見当違いなんでしょう。だけど、それを理解して聞いて頂戴。
レミィの向う道、向う未来、それはすなわち私達の歩く未来。レミィの傍には私達は必ず一緒に居る。レミィの選ぶ道が私達の道なの」
「ぱ、パチェ…」
「私達は何があろうと必ず貴女の傍に居る。主人、親友、姉妹、親子…私達とレミィをつなぐ絆の形はみんなバラバラだけれど、
私達は誰一人として異なることなく胸に抱いている想いがある。それは私達がレミィのことを大好きだと言うこと。
私達はみな貴女の力となり、貴女の役に立つ為にここに在る。レミィと共に未来を歩む為に存在しているの。
不安になるなとは言わない。怖がるなとは言わない。けれど、忘れないで。貴女には常に私達がいるということを。
幻想郷を敵に回しても、世界を敵に回しても、この世の理に反しても、私達はレミィの傍にいるわ。それだけは覚えていて」

 パチェの言葉に、私は言葉を返せない。唐突すぎる話…だけれど、それは私が欲していた言葉で。
 そんな私の安心を読み取ったのか、パチェは額から顔を離し、軽く息をついて笑って言葉を発する。

「…なんてね。幼い人間の子供じゃあるまいし、他ならぬレミィが何かに怖がったり不安に感じたりすることはないと思うけれど」
「え、あ、も、勿論よ!私に怖いものなんてある訳ないじゃない!あ、あはははは!
嫌ねえ、パチェったらいきなり何訳の分からない事を言い出すのよ!?今の話じゃまるで私が何かに怯えて一人怖がってたみたいじゃない!
私は紅魔館の主よ!スカーレット・デビルなのよ!ほ、本当にパチェったら変な奴ねえ!あ、で、でも一応感謝はしてるかな、うん」
「フフッ、そうだったわね。私の親友は世界で最高の吸血鬼だものね。それじゃ、フランドールの捜索に戻りましょうか」

 私から離れ、小さくウィンク一つするパチェ。気付けば、私の胸の中にあった不安や閊えは一切合財消えていて。
 あれ…いや、本当にさっきまで不安どころか今にも首括りそうな勢いだったのに…ぱ、パチェの言葉のおかげで楽になってる!
 な、なんというリリカル・マジック~素敵な魔法~…パチェ、貴女は魔法使いだわ!(実際魔法使いです)言葉一つでこんなに私の胸の閊えを
取ってくれるなんて…本当にありがとう、パチェ…ただ、情けない姿をあまり晒せないから、素直に正面から言えない私を許して…本当は
抱きついて涙流して感謝したいくらいなんだけれど、そんなことすると『あ、コイツマジびびってたの?うわあ…正直引くわ』ってなるかもしれないから…ごめんね。
 パチェに勇気づけられ、気合いを入れ直す私。そうよ、何後ろ向きになってるのよ。まだ、まだ終わってない。まだ私の幻想郷ライフは終わっていないのよ。
 とにかく早くフランを捕まえて説教する。そして後日人里に出向いて慧音に土下座する。石を投げられようと足で踏まれようと謝り倒す。
 そして紫と霊夢にも土下座する。封魔針投げられようと隙間に落とされようと…そそそ、それが勘弁してくだしあ…と、とにかく謝り倒す!
 なんとか許して貰って、意地でも人里倦怠ライフリターンズを取り戻す!私は諦め無い!あたしは勝ち(漫画と茶菓子)を諦め無いっ!!

「ふふっ、元気が出たみたいですね。流石は親友、ですかね」
「倒れそうになったら背中を支えてあげる…別に親友だからできること、という訳でもないわ。至極当たり前のことをしただけよ」
「ほら!二人ともヒソヒソ話なんてしてないでさっさとフランを探すわよ!」

 背後の二人に声を出し、私は腕を組んで相変わらずの仁王立ち星間飛行を継続する。
 ふふん、今の私は実に気分が良いわ。パチェに貰った勇気、この心は何があろうと決して折れないわ!絶対に絶対にフランを家に連れて帰る!
 私の心に呼応したのか、両足と背中のミニ萃香が心なしか速度を上げたような気がする。ふはは!上等よ!さあ萃香、どんどん速度を上げて頂戴!
一陣の風となって、私はフランの下へと追いついてみせる!例え火の中水の中草の中森の中でもフランをGETしてみせる!海賊王に私はなる!

 そんな私の爽快気分状態だったのだけれど、たった一人の少女との出会いが私の心に冷や水を思いっきりぶっかけてくれることになる。

「え…ちょ、きゃあっ!!」
「へ?って、ふぎゅっ!!!」
 突如、竹林の向こうから人影が飛び出し、良い感じの速度を保っていた私と衝突してしまう。
 向こうが横から飛び出してきたので、私はそいつの胸の中に顔からダイブ。うぐぐっ…い、痛い…くきー!どうせなら美鈴並みのエアバッグでも胸に搭載してなさいよ畜生!
 強く鼻を打ったことと、パチェに貰った勇気が起因してか、私は事故を起こした相手に強気で言葉を投げかける。それが大失敗だとは知らずに。

「ちょっと!何処見て空飛んでるのよ!!少しは気をつけなさいよ!!」
「ああ!?それはこっちの台詞よ!!どこのクソ妖怪か知らないけれど、もう少し安全を考えて空飛びなさいよ!!しめるわよ!?」

 私が睨みつけた相手、それは何処かで見覚えのある様相で。まとめられた黒髪に釣り上がった強気の瞳。そして何よりの紅白の巫女姿。
 …まさか、とは言わないわ。だって、もうその人物なんて一人しかいないしね。心折れない?何があろうと?…嘘だよばーか!無理に決まってるでしょうが!!

「…って、アンタ、フランドール・スカーレット?
――へえ、そういうこと、アンタ、この間の喧嘩をここでリターンマッチしようってんだ?良い度胸じゃない?」

 私に対し人を射殺さんばかりの視線をぶつけて下さるのは勿論この人、博麗霊夢。人類最強の死刑執行人。
 …オワタ。本当に人生オワタ。なんか霊夢の後ろにアリスっぽい人が見えるけど、そんなんどうでもええねん。もう、ええねや。
 ああ、月並みだけどこの台詞で我が人生を締めくくらせて貰うとしましょう。

 美鈴、パチェ、咲夜、フラン――わりぃ、私死んだ。具体的に言うと多分八割殺しくらい。せ、せめて六割殺しくらいで許してくだちぃ…









[13774] 嘘つき永夜抄 その六
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2010/09/05 05:17


「…生きてる。私、ちゃんと生きてる」

 霊夢とアリスが飛び去っていく方向を眺めながら、私は美鈴やパチェにも聞こえない程の小声(しかも滅茶苦茶震えてる声)で呟く。
 目を瞬かせながら、右手ぶらぶら左手ぶらぶら。うん、動く。私の体はちゃんと動く。萃香にフルボッコされたときのような事態にはなっていない。
 というか、何もされなかった。無罪放免。霊夢に拳骨のひとつも貰わなかった。えっと…奇跡?起きないから奇跡というなら、起きた奇跡は
なんていうの?霊夢に胸元掴まれたときは本気で冥界への移住を決意したんだけど…何が何だか分からない…

「あーあ…いいんですか、パチュリー様。博麗の巫女達、異変より先にフランお嬢様を退治するみたいですよ?
それどころか、さっきの説明じゃ異変の犯人がフランお嬢様だと勘違いする可能性だってありますし」
「いいんじゃない?別にレミィが虚言を並べた訳でもなし、好きなように行動させてあげれば。
それに、どうせあの二人じゃフランドールに勝てないわ。遊び心さえ起こさなければ、時間稼ぎにもならないでしょ。
フランドールの相手をするには博麗の巫女では十年早い。違って?」
「過小評価ですねえ。私は五年で面白い勝負すると思いますよ?博麗霊夢の才気はウチの咲夜をも凌駕するレベルですからね。
私達の手元に置いて貰えるなら、ざっと三年で面白い成長をさせてみせると言い切れますけど」
「どちらにしろ、今の彼女相手なら鎧袖一触もいいところ。私たちが気にすることじゃないわ」
「違いありませんね。ましてや咲夜も一緒に居るんですからね。人形遣いちゃんが一緒でもまだ届かない」

 …後ろでパチェと美鈴が何かぼそぼそ話してるけど、今の私にはそんなの関けーね。…慧音、ちゃんと養生してるかしら。
 ちなみに、私が霊夢から解放された流れを話すと、ざっとこんな感じ。

 霊夢「フランドール、手前顔貸せやコラァ」
→レミリア「罠よ!これはフランが私を陥れるために仕組んだ罠よ!」
→霊夢「そうか!よし!殺す!フランはてめーだろーが!」
→レミリア「こやつめハハハ。ぬかしおる。覚悟完了、殺すなら殺せ。私は、私が思うまま!私が望むまま!雑魚であったぞ!」
→霊夢「よく見りゃレミリアじゃねーか。お前紛らわしんだよボケ」
→レミリア「最初に気づけハゲ。嘘ですすいまえんでした。私はレミリアで最初から霊夢様に逆らうつもりとかないんですごめんなちい」
→霊夢「妹の格好して夜間飛行してる理由を今北産業」
→レミリア「現代とりかへばや物語
      犯人はヤス
      ちょっくら妹捕まえてくる→無茶しやがっての予定」
→霊夢「把握。異変解決ついでにお前の妹ボコってきてやる。感謝しろ。あとお前帰れ。夜遊びすんなボケ」
→レミリア「自分、吸血鬼ですけどー」

 …いや、流れね?あくまでこういう流れだったってだけで、勿論会話にはアリスや美鈴やパチェも入ってきてるわよ?
 あと、怒気発しまくってた霊夢相手に本気で涙目全開だったことは歴史に残さないことにしたわ。泣いてない!泣いてないもんね!
 本当、霊夢に首根っこ掴まれたときは縊り殺されるかと…Thank you感謝、ここからゲームを始めよう。ロマンスの神様どうもありがとう。

「…というか、霊夢にぶつかったのは私のせいじゃなくてアンタのせいなんだけどね」
「?」
「…いや、そんな純粋な目をして首を傾げられても」

 パチェと美鈴に見つからないように、私の背中を支えてくれているちび萃香を捕まえ覗き込む私。
 軽くため息をつきながら、人差指でちび萃香の頭を軽く撫で、無罪放免と解放してあげる。するとちび萃香は何ごとも無かったかのように
私の背中へと戻り支え始める。萃香の分身のくせに良い子ねえ…いや、萃香が悪いことか捻くれてるとかいう意味じゃないけど。むしろ萃香は
真っ直ぐ過ぎて手に負えないというか…とにかく、危機は去ったわ。私は霊夢にフルボッコにされずにすんだのよ。
 ただでさえ、人里の件があるから霊夢にだけは会わないようにと心がけてたのに…今日は厄日だわ。誰かシャナク唱えてシャナク。ディスペルでも良いから。

「ふう…何はともあれ、これでフラン捜索に戻れるわね。
さあ二人とも!気を取り直してちゃっちゃとフランを見つけるよ!美鈴、フランの気配はまだ掴めないのかしら!?」
「ん~、気配察知の範囲をかなり広げてはいるんですけど、これだけ妖気が満ちる森だとなかなか…
ただ、なんとなくですけれど、二つほど知ってる気配の塊が在りますね。少なくとも二人は固まってそうな」
「こんな深い竹林のなかで?ふふん、間違いなくビンゴね。そのどちらかがお馬鹿フランと咲夜のコンビに違いないわ。
それで美鈴、どっちがフランと咲夜っぽいかまで分かるかしら?」
「断定は難しいですね。ただ、このまま竹林を左に抜ける方向の気配の方が濃密かつ強大に感じますね」
「いや、強大なのはちょっと…」

 美鈴の言葉に、私は顔を引き攣らせてお断りする。何が悲しくて正体不明の妖気の方向に行かなきゃいけないのよ。
 それがフランなら良いけれど、紫や幽々子クラスの見知らぬ化け物と遭遇しちゃったらどうするのよ。目も当てられないじゃないのよ。
 いい、美鈴。私は過去の異変で学んだのよ。危険な目に会いたくなければ、危険の元に近づかなければ良いと。紫や幽々子のような
最強連中はいわゆるひとつのトラブルメーカー。ToLoveるな展開ならまだしも、トラブルテリブルアクシデントなんて私には一切不要なの。わふぅ。
 という訳でもう一つの気配の塊とやらに向かうよ。さあ、急ぐのよ!時間は有限、フランをさっさと捕まえないと私はこの夜を越せないのよ!さあハリーハリーハリー!

「ちなみに、もう一つの気配は博麗の巫女が向かった方向でして…」
「よし、前者の強大な気配の方向へ向かうわよ!こっちにフランがいるって運命が告げてるわ!良いわね二人とも!」

 美鈴とパチェの返事を待つことなく、私は進路を霊夢とは反対方向に舵取りする。
 強大な妖怪との出会い?ハッ!今の不機嫌な霊夢と再びかち会う方がその何十倍も怖いわ!ヘタレ舐めんな!いくらお友達になったとはいえ
私の霊夢恐怖症がそう簡単に完治すると思ってか!チキンにビビリなくらいが女の子は丁度いいのよ!女は愛嬌!度胸は将来の旦那様に任せるっ!

「了解しました。全てはお嬢様の望む通りに」
「はあ…本当、分かりやすいというか…」
「そこがお嬢様の魅力的な点なんじゃないですか。ですよね、パチュリー様?」
「フフッ、まあ、否定はしないわ」

 一人先走ろうとする私に、二人は少しも遅れることなくついてくる。
 …というか、美鈴はまだしもパチェも飛行上手よね。普段図書館で引き籠ってる姿しか見てないから、ちょっと意外。
 喘息持ちかつ病弱とは本人の談だけれど…正直嘘なんじゃないかしらと思ってしまう。あれだけ綺麗な加速飛行を繰り返す奴のどこが
虚弱だというのやら。あれか。もしかして普段は病弱だけど、それは自分自身にリミッターをかけてるから副作用として症状がとか、そういうのか。
 もしそんな中二設定だったら、私は一人枕に顔を埋めて咽び泣いてやる。隠れチート設定とか…う、羨ましくないもん!
 あの引き籠りクイーンのパチェにそんな設定があるのなら、私に少しくらい…例えばほら、天に手を翳すとエネルギー的な何かが出たりとか。
 …いや、もしかしたら出るんじゃないかな。萃香の力を借りてるとはいえ、今の私は五分以上空を飛んでるレミリアを超えたレミリア、超レミリアだと
言わざるをえない存在なのよ。だったら少しくらい神様がおまけしてくれても…で、出ろー!エネルギーとか魔力とかそんなの出ろー!

「何、レミィ。急にラジオ体操なんか始めたりして。伸びの運動?」
「…パチェ、私達って親友よね?決して私の一方通行(アクセラレータ)な勘違いなんかじゃないわよね?」
「何を急に。私の親友は後にも先にも貴女だけよ、レミィ。それで?どうして急にラジオ体操?趣味なの?そういう年頃なの?」
「…美鈴、主命令よ、そこの魔女を懲らしめて」
「はいはい、そこまでですよパチュリー様。お嬢様への愛情表現は用法用量を順守して下さいね」
「そうしておくわ。流石に私も嫌われたくはないものね」

 そう言って話を打ち切るもニヤニヤしてるパチェ。よし、泣かす。帰ったら絶対泣かす。
 具体的に言うと、パチェはこれから一週間私の抱き枕の刑に処してやる。紅魔館主命令で拒否なんか許さないんだから。
 
「良いわねパチェ、団長命令だからね!」
「はいはい、そうね、覚えてたらね」

 …絶対に許さない。開き直るその態度が気に入らないのよ。両手をついて謝ったって許してあげない。
 私の怒りはフランよりもパチェの方に重きを置きそうな今日この頃。本当、私は良い友人を持ったものね。ちくせう。
















 ~side 霊夢~



「それで、どうするの?本当に…」
「レミリアに言った通りよ。異変解決のついでにレミリアの妹をぶっ潰す。
そうすればレミリアの用も解決して紅魔館に戻れる。異変を解決するのはそれからでも遅くない」
「…レミリアの妹って、フランドールでしょう?そんな物騒なことしなくても、話せば分かると思うんだけれど」
「…アンタ、一体フランドールの何を見てるのよ?そんな甘っちょろい言葉やお話が通じる相手だとでも?」
「その言葉、そっくり返させてもらうわ。霊夢はフランドールの一体何を見てそんな物騒な言葉を使ってるのよ」

 並んで飛行するアリスの言葉に、私は軽く舌打ちをする。駄目だ、話にならない。コイツはフランドールを知らないんだ。
 否、知ってはいるんだろう。けれど、私の知るフランドールとアリスの知るフランドールの姿が大きく異なり過ぎる。
 アリスの話を聞く限り、コイツの知ってるフランドールは姉思い、そして少しばかり変わり者の妹程度の認識だ。何を馬鹿な、と思う。
 夏に伊吹萃香が引き起こした異変で、私はフランドールと接する機会を一度得たけれど…あれがそんな生易しい言葉で終わるものか。
 確かにあの一件は完全に私の手落ちであり、非も認める。けれど、その際に接したフランドール・スカーレットの禍々しさ、内に秘める
狂気、常軌を逸した天蓋の力。そのどれもが私の全身に死と言う名の警告をけたたましく響かせた。
 あの一件は唯の濡れ衣だったけれど、だからといって、今回もそうとは限らない。レミリアの話を聞く限り、あいつはレミリアの知らない中で
勝手な行動を起こしている。それも、自身をレミリアだと偽って、だ。レミリア自身がそれを望まないのに、だ。
 レミリアの意思を無視し、レミリアの振りをして、この異変の夜を翔ける…それだけで私には十分過ぎるほどにぶっ飛ばす対象だ。
 ましてや、フランドールは紅霧異変で『前科』がある。この異変も奴が引き起こしたものである可能性は十二分にある。だからこそ、私は
フランドールを捕まえなきゃいけない。博麗の巫女として…そして、レミリア(あいつ)の友達として、絶対に。

「だから、霊夢…って、話を聞いてるの!?」
「うっさいわね…嫌なら帰りなさいよ。私は別に手伝ってくれと言った覚えはないわよ。
アンタがなんと言おうと、私はフランドールをぶっ飛ばす。そしてアイツをレミリアの前に引きずり出して頭下げさせてやる」
「はあ…それで、異変は?」
「犯人がフランドールなら解決。違うっていうんなら別の犯人をぶっ飛ばして解決。それだけよ」
「滅茶苦茶ね…全く、本当に仕方のないパートナーだわ」
「…悪いわね、アリス」
「高いわよ、魔法使いへの貸しは」
「安いわよ、友達への借りだもの」
「はあ…本当、今回だけだからね」

 ぶつくさと文句を言いながらも、結局私に手を貸してくれるアリス。本当、こいつは心底良い奴だと思う。良い奴というかお人好しね。
 今回の異変の件だってそうだ。異変解決は私の仕事なのに、『異変が起こってるのに何もしないのは寝覚めが悪いから』なんて理由で
アリスは異変解決に参加しちゃってる。思えば、春雪異変のときも、コイツには基本関係なかった気がする。それが根っからのお人好しのせいで。
 ――本当に、馬鹿よね。私はアリスの顔を軽く覗いて内心で笑ってやる。本当…ありがとう、アリス。
 ため息を連発するアリスを横目に、私は真っ直ぐ飛行を続ける。さて、こっちの方向に何かあると私の勘が告げてるけれど、鬼が出るか蛇が出るか。
 …鬼は前回出くわしたから、今回は蛇の方がいいわね、なんて思いながら飛行を続けると、辿り着いた場所には意外な連中がいた。

「ありゃ、霊夢?それにアリスも」
「魔理沙?それに妖夢も…」

 竹林の少し開けた場所に居たのは、魔理沙と妖夢。どうしてこいつ等が…そこまで考え、私は軽く息をつく。
 当たり前、か。他の誰でもない魔理沙だもの、異変が起こっているのにじっとしてる訳がない。妖夢と魔理沙、どっちがどっちを誘ったかは
分からないけれど、二人は今回の異変解決に乗り出してるのだろう。異変解決はこいつ等の仕事じゃないのに…本当、暇な連中ね。

「貴女達、どうして…なんて、聞くだけ野暮よね。貴女達もあの月を見て?」
「ああ、正確には月の件を妖夢に教えてもらって、だな。更に言うと妖夢は幽々子に教えてもらって、だ」
「あのね…別に胸を張って言うようなことじゃないでしょ。異変に気付けなかったんだから」
「アリス、言うだけ無駄よ。魔理沙だもの」
「そうね、魔理沙だものね」
「…お前ら、ため息つきながら人を小馬鹿にするのは辞めろよ。軽く傷つくから。ほら、早く謝れよ、妖夢に」
「そうだよっ…って、ええええ!?わ、私何も馬鹿にされてないじゃない!?馬鹿にされたのは魔理沙でしょ!?」
「酷っ!!妖夢、お前私のことを馬鹿だって言うのか!?」
「い、言ってない!!魔理沙のことを馬鹿になんてしてないじゃない!!」
「私が馬鹿にされてない、アリスと霊夢の他に居るのは私と妖夢だけ、じゃあ誰が馬鹿にされてるんだ?4ひく3は?」
「1だけど…」
「四人引く魔理沙アリス霊夢いこーる?」
「…あれ、私だ」
「という訳で二人とも妖夢に謝れ!」
「えっと…ええっと…と、とにかく私に謝って!謝らないと怒るよ!」
「…ちょっと待て、いいから落ち着きなさい、馬鹿コンビ」
「本当、掛け値なしの馬鹿ね、こいつ等」

 額を抑えるアリスに同調する私。正直、漫才なら家に帰ってやってほしい。幽々子の前なら喜ぶんじゃないの?
 というか、こんな馬鹿話をする為に私はここにいるんじゃない。軽く息を吐き、私は気持ちを切り替えて二人に尋ねかける。

「あんた達に訊きたいことがあるんだけど、いいわね。無論、拒否権なんてないけれど」
「相変わらず強引な奴、それでこそ博麗霊夢だ。まあ、良いぜ。異変の首謀者とか犯人の居場所とか以外なら何でも聞いてくれ」
「…なんでそこは教えてくれないのよ?」
「そんなの決まってるだろ、アリス。私が知らないからだ」
「最初から素直に知らないって言えばいいじゃない!このアホ魔理沙!」
「知らないって言うより教えないって言った方が格好いいと思わないか?」
「思わないわよっ!本当、なんでこんなのが魔法使いなのよ…」
「…あのね、いい加減にしないと三人まとめて締め上げるわよ?」
「「なんで私まで!?」」

 私の言葉に、アリスと妖夢が反論の声を上げるが無視。
 いい加減イラついている私に気付いたのか、魔理沙も空気を切り替え、真剣な表情で私を見つめ返す。最初からそうすればいいのよ、馬鹿魔理沙。

「アンタ達、私達に会うまでこの辺を飛びまわってたのよね?」
「ああ、そうだな。かれこれ三十分は飛びまわってるぜ。ただ、客人とは会えども残念ながら犯人の尻尾は依然見つけられないが」
「その客人っていうのは私達だけ?他の奴には会ってない?」
「会ってるぜ。お前達二人でこの夜通算四人目のお客様だ」
「…そいつ等の名前はフランドール・スカーレットに十六夜咲夜、これは間違いないわね?」

 私の言葉に、魔理沙は声を返さない。少し眉を寄せ、私の方をじっと観察してる。対照的に妖夢は目を丸くして驚いたような顔をしてる。
 …当たり、ね。どうやら魔理沙達は目的の二人に会ってる。そして、その二人が『ここ』に居ることを知っている私達に驚いている。
 けど、二人があいつらに会ってるなら話は早い。私は二人の変化を無視し、そのまま言葉を続けていく。

「それで、フランドール達は何処へ行ったの?三十分程度この辺りで飛びまわっていたなら、別れてそう時間が経ってないハズでしょう」
「さて、な。そもそも私達が会った客人がどうしてレミリアの妹と咲夜になるんだ?全くの別人かもしれないぜ?」
「…魔理沙、私は面倒も問答も嫌いなの。さっさと答えを返せ。アンタは私の質問に答えりゃいいのよ」
「…その言い方、癇に障るな。そんな言い方じゃ、例え私達が会った相手がフランドールだとしても、教える訳がないだろ」
「喧嘩売ってるの?こっちは急いでるんだけど」
「売ってるのはどっちだよ。急いでるなら、私達なんか無視して何処へでも行けばいい」
「ちょ、ちょっと二人とも落ち着きなさいよ!何二人して喧嘩腰になってるのよ!」
「そ、そうだよ二人とも、ちょっと落ち着いて…」

 睨みあう私達の間に割り込むアリスと妖夢。何よ、別に熱くなってなんかいないわよ。
 ただ魔理沙の馬鹿がいやに楯ついてくるから言葉を返してるだけじゃない。別に喧嘩なんてするつもりは…
 そんな私達に呆れるような表情を浮かべたまま、アリスは魔理沙達の方に視線を送り、口を開く。

「ねえ、魔理沙に妖夢。私達は別に貴女達に喧嘩を売りに来たわけじゃないのよ。まずそこは理解して」
「どうだかな。お前はそうでも、後ろの暴力巫女はそうでもないみたいだけど」
「んですって…?喧嘩売ってるならそう言いなさいよ、三秒で地べたに沈めてあげるから」
「あーもー!!いいから二人とも落ち着けって言ってんでしょうが!!黙って私の話を聞け!!話を続けるわよ!
私と霊夢は貴女達同様に異変解決に乗り出してる。そして、今回の異変の首謀者の第一容疑者としてフランドール・スカーレットだと
考えてる。だからこそ、フランドールを私達は追いかけてるし、その行き先を貴女達に教えてほしい、ただそれだけなのよ」

 アリスの説明を聞き、魔理沙は軽く目を見開いたかと思うと、『なんだそれ』と軽くため息をついて肩を竦める。
 そんな魔理沙の動作が癇に障るものの、私はアリスの顔を立てて口にはしない。ただ、妖夢も似たように『何言ってるんだ』という表情を
しているのにイラつきを覚えたけれど。

「あのなあ、霊夢にアリス。どこをどうしてそんな結論に辿り着いたかは知らないけれど、そりゃただの勘違いだ。
フランドールは白も白、真っ白だよ。あいつ等が今回の異変の首謀者な訳ないだろ」
「そう考える根拠は?根拠も無しに私も霊夢も『はい、そうですね』なんて言えないわ」
「根拠もくそもあるか。フランドールの奴は咲夜と一緒に異変解決に乗り出してるってさっき言ってたぜ?
言ってしまえば私達側だ。種明かししちゃうと、私達と異変解決の共同戦線を張ってる仲だよ」
「フランドールが異変解決ですって?魔理沙、アンタ、その言葉そのまま信じたの?鵜呑みにしちゃってる訳?」
「…なんだよ、何が言いたいんだよ、霊夢」
「それが嘘だって思わないの?自分が騙されてるって思わないの?本当、馬鹿にも程があるわよ」
「…おい、いい加減にしろよ霊夢。いくらお前でも、私の『友人』を馬鹿にすると、こっちも怒るぞ?」
「『友人』ですって?アレと友人?…馬鹿じゃないの?アレが誰かと手をつなぐ訳がない。
魔理沙、はっきり言うわ…アンタ、利用されてるわよ。人が良いのも大概にしなさいよ」
「――!!大概にするのはそっちだろ!さっきから聞いてればフランドールの悪口をべらべらと並べ立てて…
アイツが異変の首謀者っていうのはそっちの勝手な思い込みだろうが!そんな根拠でよくもまあ好き勝手言えるな!!」
「そっちこそよくもフランドールを庇い立て出来るわね!!何アイツの肩持っちゃってるのよ!!
フランドールがレミリアの格好して好き放題してるの、知らない訳でもないんでしょ!?」
「知ってるさ!けど、それがなんだって言うんだよ!レミリアの為の行動だろ!?それをどうこう言う必要もないだろ!」
「っ!ふざけんじゃないわよ!!何がレミリアの為の行動よ!それの何処にレミリアへの想いが存在してんのよ!!
レミリアの格好して好き勝手して!挙句の果てにはレミリアを困らせて!フランドールがどれだけレミリアの迷惑になってるか知ってる訳!?」
「はあ!?お前、言ってることがおかしいだろ!?フランドールはレミリアが好きで、レミリアの為に今行動を…」
「おかしいのはアンタよ!レミリアは迷惑してんのよ!困ってんのよ!止めようとしてんのよ!そんな気持ちも知らないでっ!
だから私はフランドールが許せない!私の大切な友達を困らせて、追い込ませて…だから私がレミリアの代わりにぶっ飛ばすのよ!!」
「…させないぜ。お前がフランドールをぶっ飛ばすつもりなら、私はお前を止めなきゃならん。レミリアの為にな」
「…やってみなさいよ。アンタが私の邪魔をするつもりなら、私はアンタもぶっ飛ばすだけよ。レミリアの為にね」

 私と魔理沙は睨み合い、互いに術符と八卦炉を取り出す。こうなったら止められない。止められるわけがない。そんなことは
長年の付き合いでとうの昔に分かってる。お互い強情だもの、こうなっては相手を屈服させる以外にない。そうやって私達は育ってきたんだもの。
 そんな私達に遅れて、アリスと妖夢は互いのパートナーの傍に立つ。妖夢は魔理沙の前衛に。アリスは私の後衛に。

「…悪いわね、アリス。また面倒事に巻き込んじゃって」
「もういいわよ、慣れっこだし。…それに、私もフランドールを全く疑って無いわけじゃないからね。
魔理沙の言うことが正しいとして、レミリアが全く事情を知らずに困り果てる理由がないもの。真にレミリアを想っているなら、ね」
「頼むぜ、妖夢。私だけじゃあの二人は部が悪いからな」
「はあ…こんなことはこれっきりだからね。でもまあ、今回の件は魔理沙に同意だから。
あのフランドールさんが、あんな風に優しく笑う人が、レミリアさんを利用してるだなんて微塵も思えないから」

 互いのパートナーに短く意思疎通し、合図も無しに私達は夜空を翔ける。
 そして互いに展開しあう季節外れの弾幕(はなび)。さて…早く二人をぶっ潰して、フランドールのところへ行くとするわよ、アリス。
 時間は有限、今宵の異変のタイムリミットは限られているのだから。








[13774] 嘘つき永夜抄 その七
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2010/09/05 05:31





 暗闇の空に浮かぶは、妖しき淡光を放つ薄黄の輝玉。
 其は古より人妖数多の存在を虜にしてきた闇夜の主。人も獣も妖しも、その誰もを平等に包み照らし、そして見下す。
 その宝玉を、少女は一人縁側から見上げていた。その瞳に映し出されるは他の全てを排した光景。
 少女は言葉を発さない。少女は息を乱さない。風のない水面に浮かぶ水葉のように、彼女はただ静けさに身を委ねて独り空を。
 少女と夜月、二者が描き出す光景は一体いつから始まったのだろうか。それは一分前かもしれない。それは宇宙が生まれたときかもしれない。
 刹那と悠久。そのどちらをも感じさせるほどに、少女にとって月は傍に在ることが当然だった。彼女は月の傍に在り、月は彼女の傍に在る。
 例えるなら月こそがこの世に存在するもう一人の自分自身。空に浮かぶ己が自身を、彼女は唯一人眺め続ける。その行動に理由などない。
これまでそうして生きてきたから。それが生きる意味だから。例え、その月が鏡に映し出された偽りの月だとしても。

「輝夜、そろそろ部屋に戻って。お客様が敷地内に足を入れたみたいだから」
「――そう。永琳の敷いた結界を破る者が現れたの。やはり水も流れ続けなければ腐るものなのかしら」

 少女の後ろに現れるは、彼女が懐に隠し持つ一振りの宝剣(じゅうしゃ)。
 突然現れた気配にも、少女は微動だにすることはない。何ひとつ慌てることなく、言葉を素っ気なく返すだけ。
 そんな少女に、銀の髪を持つ女性は、笑みを零して口を開く。

「流れが止まれど永遠は永遠。これだけのことをやっているんだもの、あの程度の低級結界を破る者が現れることは想定内よ。
むしろ予想以上に時間を稼いでくれたわね。私達が望む卯の刻まで残り六刻…因幡達の力は不要だったかしら」
「分かって言ってるでしょう?お客様は月の頭脳様にこう仰ってるのよ。『お前如き三時間あれば十分だ』って」
「あら、嬉しい評価をしてくれるわね。私をそんな風に扱ってくれる人なんてどれ程振りかしら」
「懐古主義も程々に。不要なお遊びは身を滅ぼすわよ?」
「私達が滅びを語るのもおかしな話だわ。そして貴女に戯れを説教されるとは思いもよらず」
「怒るに決まってるわ。古来より戯れごとはお姫様の特権だもの。お遊びは私のモノ、貴女は淡々と自分の仕事をこなしなさい」
「仰せの通りに。それで輝夜、部屋には?」
「すぐに戻るわ。だからもう少しだけ」

 少女の返答に、女性は仕方ないとばかりに息をひとつつき、その場から存在を消した。
 人の気配が一つ消え去った後にも、少女は会話前と何ひとつ変わることなく夜空を見上げ続ける。空に浮かび輝く月を。

「…滑稽ね。私達の用意した偽月にすら叢雲が寄り添うというのに」

 少女の呟きは誰の耳にも届かない。夜風に乗った己が言葉を周囲に溶け込ませ、少女は飽きることなく独り夜空を見上げ続ける。
 それはまるで終わりなき喜劇のように。それはまるで終わりなき悲劇のように。唯何処までも、何処までもただ独り――














「ストップです、お嬢様。それ以上は進んではいけません」
「へ?ちょ、ちょっと待っ…」

 美鈴の言葉に慌てる私。急に止まれて言われても、空飛んでるの私じゃなくてちび萃香だからそんなの無理。
 …なんて思ってたら、美鈴の言葉通り、ちび萃香はぴたりと空中に静止してくれた。ううん、なんて高性能。一家に一台ちび萃香の時代が
幻想郷に訪れそうね。もしそんな日が来たら、お菓子作りの完成品運びお手伝い用に一台買いたいなあ…なんて。

「いきなり止まれだなんて、どうしたのよ美鈴。何かフランの手かがりでも見つけたの?」
「フランお嬢様というか…情報の一つであるに違いはないんですけれど。
この先の竹林、何か違和感を覚えませんか?空気が歪というか、実際の光景なのに模写された絵のように感じるというか」
「この先の竹林…」

 美鈴の指さす方向を私は目を瞬かせてじっと見つめる。
 そこに広がってるのは先ほどと何ひとつ変わらない竹林が広がってるだけで。…あかん、全然違和感とか感じない。
 何この間違い探し。昔のウォーリー探しだってこんなに難易度高くないわよ。でも、『何も感じないですNE!』なんて胸張って
言うと私完全に無能ですって自白するようなものじゃない。かといって知ったかぶってしらを切り通すのも…ど、どうしよう…
 なんて返せばいいのか悩んでた私だったけれど、私が口を開く前に隣から救いの手が。

「…結界が張ってあるわね。それも誤認魔法の一種が。何も知らずにこの結果以上に入ると、
結界内部に建物があろうと何ひとつ違和感を覚えずに通過してしまうような内容みたい」
「へえ、そこまで詳細に分かるものなんですか?」
「結界は魔力や巫力といった力の構成式によって成り立つ。力は違えど、発生に至る道程は同じ。
ならば力の成分を排して構成式だけ読み取れば、その術式の目的や効用は大凡読み取れるものよ。実に容易だわ」
「ただし、パチュリー様に限る…という前置きが必要ですね、それは。常人には不可能ですよそれ」
「時間をかければ誰だって出来ることよ。まあ、そんなことはどうでもいいわ。
美鈴、この結界が途切れた場所を探して。フランドールと咲夜なら、この結界に気付き打破してる筈」
「空間を支配し、結界を破壊する…成程、あの二人なら得意とする分野ですね。少々お待ちを」

 私に代わって回答するパチェに答える美鈴。…なんか最近、常に二人の会話から置いてけぼり食らってる気がする。
 別にいいけどね、私は難しいことちんぷんかんぷんだし。何よりこんな会話に付いていったら頭がパンクしそうだし。
 私が求めるのは結果。どんな道を辿れども、二人がフランを探し出すことができればゲームクリアなのよ。私はその結果
フランを紅魔館につれてかえることが出来れば良いの。フフン、ここに来る途中に霊夢に会うことが出来たから私の心には
幾らかの余裕があるのよ。なんせ霊夢がフランと会っても、それが偽レミリアだって分かってるから私がフルボッコされることはないし。
 霊夢には『お願いだから怒るにしてもぼこるにしても優しくしてあげて。後は私が責任もって反省させるから』って伝えてるから
フランもあまり酷いことはされないだろうし。ここで私がフランを見つけるもよし、霊夢達が見つけるもよし、理想形のこの形だっ…!
十重二十重…いずれに転ぼうと対処できる万全の形…!今ここまで網が張れれば安心、まず間違いないわ…!
さっきの霊夢との遭遇は私の寿命をほんの少し縮めたに過ぎない…今度こそフランを捕まえる…!より強力な形で…!
 そしてフランに説教して早くおうちに帰るのよ!私は家でごろごろしたいの!もうこんな危険な夜空を飛びまわるとかマジ勘弁!
 そんなことを一人思ってたら、美鈴がパチェと会話しながら、私とは反対方向を指さしてる。具体的に言うと結界(?)の左側あたり。

「…間違いないわね。レミィ、見つけたわ。フランドール達が破壊して侵入した結界部位」
「へ、へえ…つまりそこを抜ければフラン達に追いつける訳ね」
「そういうことですね。それで、どうします?」
「答えの分かり切った質問なんて不要よ。さっさとあのお馬鹿を連れ戻しに行くわよ、二人とも」

 私の言葉に頷き、二人は結界を抜ける為に翔け出す。少し遅れて私も追尾。
 少し進んだところで、二人の姿が竹林から消失。そのことに驚く間もなく私もロスト。それで…まあ、結界を抜けるとそこはご立派な日本庭園でした。

「え、えええええ!?な、何よこれ!?こんな大きな建物いつの間に…」
「凄いですねえ…西行寺のお姫様のところにも全然負けていませんよ。こんな立派なモノがあるとは流石に予想できませんでした」
「これだけの建物を隠し通せる結界術式…か。八雲紫や西行寺幽々子、伊吹萃香にも劣らず厄介な奴に会えそうね」
「と、とりあえずフランを探すわよ!というかそれ以外しなくていいわ!間違ってもあの屋敷に近づかなくていいから!」

 パチェの言葉に、私は必死にノータッチを叫びながらフラン捜索を訴える。
 じょ、冗談じゃないわよ。あの屋敷がどこの何方様のお家かは知らないけれど、紫や幽々子、萃香レベルの奴が居るかもしれないですって?
 私はフランと咲夜を探しに来ただけ!妹と娘を連れ戻しにきただけなのよ!?その用件だけを済ませにきたのに、どうして自分から危険な
パンドラボックスに手をぶちこまにゃならんのよ!否!断じて否!私はあの屋敷に近づかない!ToLoveるは不要なのよ!
 拳を握りしめて力説する(心の中だけで)私だけれど、そんな私の気合は全くの徒労に終わることになる。

「あ、フランお嬢様。それに咲夜も」
「へ?」

 美鈴の指さすその方向には、こちらに向かってくる二つの人影が。え、あれ、なんで?
 予想外にあっけなく、これまでの苦労はなんだったんだってくらい簡単に見つかった私の目的人物は、私達の傍まで飛翔し続ける。
 え、何これ、どっきり?なんでいきなりフラン?ドラクエでいうとマイラの村に竜王がいるとかそんなレベル。なんで竜王温泉入ってくつろいでんだよみたいな。
 とにかく訳がわからない。こ、こんな簡単に見つかるとかライブでドアな元社長でも想定外すぎるでしょ?
 そして、私達の前に現れ、軽くため息を浮かべながら言葉を紡ぐ。

「御機嫌よう、お姉様。こんな時間に夜遊びとは感心しませんわ。おとなしく館に戻って夢の世界に戻っては如何?」
「な、な、な…!」

 まるで鏡映しの自分――普段の私と同じ様相をしたフランの台詞に、私は思わず声を失う。
 そんな私を気にすることも無く、フランは淡々と言葉を並べ立てていく。それは心の底から嘲るような声で。

「お姉様がここに居るってことは、美鈴もパチュリーも『その私』が偽物だって気付いたからだよね。面白くない、全然面白くない。
本当、お姉様って余計なことばかりしてくれるよね。人がせっかく好き勝手やって楽しんでたのに、横から平然と水を差す…本当、最低。
妖怪や半妖を虐めてこれから更に面白くなるところだったのに…それで、何しに来たの?」
「な、何しにって…そんなの好き勝手やってる貴女を連れ戻しに…」
「連れ戻す?はあ?なんで?どうして私が帰らなきゃいけないの?帰るなら一人で帰れば?」
「ひ、一人で帰るなら最初からこんなところまで貴女を追いかけてくる訳ないでしょ!?
一体なんの為に私や美鈴やパチェが東奔西走したと思って…!」
「誰がそんなこと望んだの?私はただ好き勝手に遊んでいたかったから抜けだしただけ。
お姉様の格好をしたのも、全ての責任をお姉様に後で押し付ける為。今から帰る?絶対嫌。帰るなら咲夜だけ連れて帰ってよ。
この娘、正直邪魔なんだよね。私がお姉様じゃないって気付いてさ、私が帰るつもりがないって分かったら、ずっとお目付役として残ってるんだもの」

 フランの自分勝手大爆走な発言に、私の中でピシリと何か亀裂が入る音が。お、落ち着け…落ち着くのよレミリア…こんなのいつものフランの軽口じゃない…
 誰より我儘で誰より人を小馬鹿にして誰より私を振り回すいつものフランじゃない。お姉様は怒らない。お姉様はびーくーる。
 …大丈夫、大丈夫、大丈夫だから冷静に連れ戻すように説得を…

「分かった、分かったわ。貴女の言い分は館で全て聞くから。咲夜の話も合わせて、ね。だから、早く紅魔館に…」
「嫌。帰るならみんなで帰って。大体、紅魔館の住人みんなが揃いも揃って何してるの?みんな暇人なら帰って寝たら?正直鬱陶しいよ。
美鈴もパチュリーもお姉様も…揃いも揃って、気持ち悪い」

 ――ぶちん。どかーん、大きい、これは入るか、入るか、入ったー。レミリア選手、人生第一号の怒り有頂天だー。
 駄目。無理。もう無理。この馬鹿娘、いい加減もう無理。そう思い至ったあとの私はそれはもう早かった。ブレーキ全壊フルスロットル。
 両足の裏のちび萃香から飛び、自分の力でフランのすぐ傍まで飛行。その行動に美鈴やパチェや咲夜が驚いたような顔をしてたのが
横目で見えたのは覚えてる。でも正確にはよく覚えてない。だって私の視界にはお馬鹿な妹だけが映し出されていたから。
 そんなフランも私に対し目を丸くして驚いている。けど、その表情はまた別のものへとすぐに変わることになる。なぜなら私がフランの
頭に力の限りで拳骨をぶちかましてあげたから。

「っ!?な、何よいきなり…」
「うるさいっ!うるさいっ!うるさいっ!この馬鹿フラン!馬鹿!馬鹿!大馬鹿フラン!
今日という今日は頭にきたわ!いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも勝手なことばかりして!!正座しなさい!」
「せ、正座って…ここ、空中…」
「いいから正座する!!いい、今日という今日ばかりは言わせてもらうわ!徹底的に言わせてもらうわ!」
「だ、だからお姉様、ここお空…」

 困惑するフラン相手に、私は自分の怒りを抑えることが出来ない。出来るわけがない。
 正直、そのときの私は自分の実力が蚊トンボ以下でフランが恐竜以上ということすら忘れていて。もう只管にフランに怒りをぶつけることしか考えられずに。

「謝りなさい!まずはみんなに迷惑かけたことと気持ち悪いって言ったことを謝りなさい!!あと正座しなさい!」
「いや、だから正座は…」
「反省は!?みんなとお姉様にごめんなさいは!?あと正座は!?」
「ご、ごめんなさい…正座は無理です、ごめんなさい」
「いつもいつも好き勝手して!やりたい放題やって!好き放題言って!みんなを散々振り回して!
主相続のときも庭に大穴あけたときも従者相手に暴れたときも紅霧異変のときもみんなみんな私のせいにして好き勝手して!それだけならまだいいわよ!
私が一人泥を被れば済むんだから!私が死んだあとで冥界で皆さんごめんなさいするから!全部私一人で済む問題だから!だけど、だけどね…!」

 パチュリーや美鈴、咲夜に聞かれてはまずいことを口から垂れ流しているのは分かってる。でも今の私は止められない。止まらない。
 だって、いい加減言いたいことがあったから。伝えたいことがあったから。このいつもいつも好き勝手ばかりするお姫様に。私とは違う
純粋な最強吸血鬼で怖いもの知らずのお姫様に、どうしても伝えないといけないことが――

「――こんな私の責任だけじゃ済まない場所で大暴れして、それでフランが誰かに殺されるようなことになったら、一体どうするのよ…」
「お…おねえ、さま…?」
「ずっと館の地下にいる貴女は知らないかもしれないけれど…幻想郷は私達なんかよりも遥かに強くて遥かに恐ろしい妖怪達がいっぱいいるのよ…
もし、そんな妖怪達の癇に障るような行動を貴女が知らずにとってしまったら、私じゃ…私じゃフランを守れないのよ…フランの命が危ないのよ?
慧音にしたように、貴女がこれから好き勝手に他人を踏み躙っていって…その相手が貴女より強かったら、その相手が貴女より強い妖怪の知人だったら…
勿論、それ以外の相手だったら暴力を振って良い訳がない…だけど、私は何よりも貴女の命が失われることの方が怖いの…貴女を失うことが嫌なのよ…
私相手に我儘をいくら言っても構わない…私相手にどんな暴言を吐いたって構わない…だけど、お願いだから危険な行動だけはやめて。
もう嫌なのよ…貴女がまた死ぬような未来なんて、私は絶対に嫌なのよ…貴女を死なせたくないから私は…」

 気付けば、私は年甲斐もなく涙を零していて。格好悪い。ああ、格好悪い。何これ。なんで泣いてるのよ私。こんな筈じゃなかったのに。
 好き勝手するフランに対しガミガミと説教して怒りをぶつけ散らすだけのつもりだったのに、気付けばなぜか自分でもよく分からないことを
フランに懇願していて。もう自分の口が自分の口じゃないように言葉が溢れ出してきて。しかも涙止まらないし。やっぱ駄目だ。咲夜のことも
まともに怒鳴ったり手を上げたり出来なかった私が今更妹相手にSEKKYOUなんて出来る訳がなかったんだ。ああ、もう恥だ。赤っ恥祭りよ畜生。
 なんで私が泣いてるのよ。なんでフランの死なんか怖がってるのよ。フランは私なんかとは違って何百倍も強い妖怪なんだ、好き勝手に
させればいいじゃない。紫相手だろうと幽々子相手だろうとフランなら渡り合える筈なのに。なんで、なんで私は…
 そんな私に、フランを始めとして周囲のみんなは誰ひとり言葉を発さない。それもそうよね、自分でも何言ってるか訳分かんないのに、
それを聞かされた私以外のみんながどう反応を取ればいいというのか。やばい、何この微妙な空気。死にたい。何とか空気を変えないと…
 目元を必死にごしごしと擦り、涙を拭った後に、茫然としたままのフランの頭に手を載せ、私はこほんと小さく咳払いをして言葉を紡ぐ。

「ま、まあ、とにかく分かったわね!?フランは頭の良い娘だからお姉様の言う言葉が分かったと思うわ!
ちょ、ちょっと他のみんなには分かりにくかったかもしれないけれど、これはあれ、スカーレット姉妹流のお話だったから気にしないで!」

 私の言葉に、凍りついた時間がゆっくりと動き出す。みんな眉を顰めて私…じゃなくて何故かフランを見つめてる。あれ、なんで?
 疑うというか探るというか、そんな感じの視線をみんなフランに…あれかな、私の言葉が訳分かんないからお前通訳しろよみたいな空気なのかな。
 そんなの、言ってる私自身が分からないのにフランに通訳出来るわけがないじゃない。とにかく、早く帰る流れにしないと…

「そ、それでフランはもう気が済んだの?貴女は館に一緒に帰ってくれるのね?」
「…うん。お姉様がそうしたいなら、そうする」

 私の言葉に、フランは力なくそう答えるだけ。あれ、何か嫌に素直。素直なフラン…なにそれ怖い。
 もしかして、何か悪いものでも食べたのかしら…まさか私のSEKKYOUに心打たれた!?な、なんという…フフ、ふふふ、そういうこと。
 どうやら私もとうとうその境地まで辿りつけたのね。自分を棚に上げて他人にびしばし偉そうなことを言って株を上げるOSEKKYOUを
マスターすることが出来たのね!あの主人公がレベル16くらいになるとベホイミと同時くらいに習得するというあのOSEKKYOUを!
 これは良いものを身に付けてしまったわ。よし、帰ったら紫と幽々子をまとめてSEKKYOUしてみよう。いえ、今の私ならばOHANASHIだって夢じゃないわ。
 私の高説に胸打たれたフランに微笑みながら、私は共にいた咲夜にも言葉をかける。

「咲夜も大変だったでしょう。フランが迷惑をかけたわね」
「あ…い、いえ、そんなことは…」
「帰ったら暖かいお茶でも淹れてあげるわ。身体も疲れてるでしょうしね。それじゃ、みんな、紅魔館に帰るよ」
「え、あ、あの、母様…じゃなくてレミリアお嬢様、異変はどうされるのですか?」
「…異変?何それ?」

 私の紡いだ言葉に、その場の全員が目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。え…あれ、もしかして地雷踏んだ?
 ちょ、ちょっと…何よ、この空気…異変って何よ。私にとってはフランが大暴れしてたこと事態が異変で、もう解決しちゃってるんだけど…
 そんな私を見ながら、美鈴やパチェがお互い首を振りあって『私はしてないですよ』『私もしてないわね』なんて言い合ってるし、それを
フランや咲夜が呆れるような目で見つめてるし…き、気まずい…何この教室で先生の文句友達同士で話してたら教室に先生が入ってきたみたいな
微妙過ぎる空気は…誰か説明しなさいよ。お互い目で『お前行けよ』みたいな空気やめなさいよ…あ、美鈴だ。今背中越しにジャンケンして美鈴が負けたの見えたわよクソッタレ。

「あの、レミリアお嬢様…フランお嬢様がここまで来た目的なんですけど…」
「…その空気だと、私に迷惑をかける為に好き勝手暴れてただけじゃないみたいね」
「あ、あはは…そうなんですよ。実は別の理由がありまして…」
「…で、その理由をどうして今までずっと私と行動してた貴女が知ってるのよ、美鈴」
「な、何ででしょう…」

 私のじと目に声が尻すぼみになる美鈴。…もしかして、美鈴、貴女…推理物とか得意な娘なの?
 なんだ…それなら最初からそう言ってくれればいいのに。きっとこれまでのヒントからフランの目的を読んだに違いないわ。
 恐るべき紅美鈴、見た目は大人、頭脳も大人、その名は名門番美鈴。帰ったらバーローを何冊か貸してあげよう。
 そんなことを考えていたら、美鈴からバトンを受け取ったらしく、パチェが軽く息をついて言葉を紡ぐ。

「フランドールの行動目的はレミィをからかう為じゃないわ。ましてや、自分勝手に他人を傷つける為じゃない」
「ちょ、ちょっとパチュリー…」
「フランは少し黙ってて。それでパチェ、この娘の目的は一体なんだったというの?」

 私の問いかけに、パチェは口を閉ざしてゆっくりと天を指さした。
 そこに在るのは夜空に浮かぶ大きな大きなお月さま。いつものように煌びやかに輝くまんまるな…いえ、ほんの少し欠けたお月さま。
 …え?何、フランの目的って月?月に行きたいの?八時ちょうどのアポロ13号で行きたいの?見えないものをみようとして望遠鏡をかついでったの?
 混乱する私の内心を察してくれたのか、パチェが説明するために再び口を開く。

「空に浮かぶ偽りの月――あれを消し去り本物の満月を取り戻すこと。
この幻想郷に起きた重大な異変を取り除くことこそ、フランドールの最たる目的よ」
「偽りの…月?」

 パチェの言葉に、私は再度月を見上げる。そこにあるのはやっぱりいつもと変わらぬお月様で。
 …え、嘘、あれ偽物なの?なんで?誰がわざわざそんなことを?というかその行動に何の意味が?
 次々と湧き出てくる疑問を抑え、私は一番大切だと思われる疑問をパチェにぶつけてみる。異変といわれると紅霧や春雪を思い出す。
 それらは確かに危ないもので、ずっと続くと他者の命まで脅かすようなものだった。となると、あの月も…ま、まさか…

「ちなみに、あの月を放置し続けると…」
「月は妖しにとってなくてはならない必要な素。あの月が仮に一週間と続くなら…幻想郷中の妖怪達が死に絶えるかもね」
「し、死に絶え…!?」
「そう、貴女もフランドールも美鈴もあの八雲紫でさえも分からない。それほどまでにあの偽月は危険なものなのよ。
故にフランドールは行動を移したの。この異変を解決する為に、ね」

 パチェの言葉に私は頭を鈍器か何かで思いっきりぶっ叩かれたような錯覚に陥った。な、なんてこと…そんな、そんな馬鹿な…
 私の知らないうちに、そんなヤバい代物が、状況が起こっていたなんて…あり得ない。ぶっちゃけあり得ない。
 妖怪達を殺す危険な月。そんな冗談にしか思えないようなモノが幻想郷の月を覆っていたなんて…いえ、そんなことはどうでもいい。
いや、どうでもよくはないんだけど、私にとってはそちらよりも重要なことがある。
 こんな危険な代物を、なんとフランは止めようとしていただなんて。そのことが私には何より衝撃だった。
 これだけのことを引き起こしてるんだもの、この異変を引き起こした相手は間違いなく紫や幽々子レベル。そんな危険な相手を承知で
フランは異変を解決するために一人立ち上がったんだ。でも、そのことは決して口にしない。現に今、パチェの話を嫌そうに聞いている。
 おそらく、フランは誰にも知られることなく一人で異変を解決しようとしたんだと思う。何故ならこんな危険なことに他のみんなをつきあわせたくなかったから。
 それどころか、フランはみんなを突き放した。危険だと知ってるから、私達に悪態をついて帰らせようとした。自分は今から死地に向かうと
いうのに、フランは誰ひとり巻き込もうとせず、ただ一人で危険を知って尚…馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿!この馬鹿フラン!貴女って人は!

「あ、あの…お姉様…?パチュリーの言ってることはかなり歪曲してて…」

 …いいえ、馬鹿なのは他の誰でもなく私自身だわ。実の妹を信じようとせず、普段の行動や慧音への行動に我を忘れ、物事の
本質を見ようともせずフランを好き勝手するだけの我儘娘だと勝手に決め付けた。そんな訳ないのに。そんな筈がないのに。
 お馬鹿。お馬鹿よフランは…優し過ぎる、貴女はどこまで優しい娘なの。他人が傷つくのが嫌で、その為には自分が傷つくのを恐れずに。
 人からどんな風に思われようと、蔑まれようと構わない。自分の命である一を切り捨て、みんなの笑顔である九を守る…それがフランの本当の望み。
 そんな妹の気持ちを知らず、私はさっきまで何を言った?自分勝手にフランを罵り、怒鳴りつけ、挙句の果てにはその行動に自己満足して…本当に馬鹿だ。
 私のすべきことはそんなことじゃなかったのに。私の為すべき役割はそんなことじゃなかったのに。
 フランの気持ち。本当のフラン。それを知ってしまえば、私はもう自分を抑えつけることなんて出来ない。
 気付けば私はフランに飛びつき抱きしめていた。自分一人を犠牲にしようとしたお馬鹿なフラン。大丈夫よ――今度は私がフランを守る番だから。















 ~side フランドール~



「フランっ!!」
「ちょ、ちょっとお姉様っ!?」

 突如、私に抱きついてきたお姉様。そんな突然の事態に私は困惑動転することしか出来ない。
 何故。何故。何故。どうしてこんな流れになってしまったのか。意味が分からない。なんでお姉様が私に抱きついてるの。
 どれもこれも全部パチュリーの馬鹿のせいだ。パチュリーがあんな説明をするからお姉様が思いっきり勘違いしちゃってる。お姉様の
中で私がとんでもない聖人君子になっちゃってる。誤解、誤解過ぎる。私はお姉様以外の塵芥なんてどうでもいい。お姉様以外の連中なんて
どこで誰が死のうと構わない。それなのに、それなのにお姉様は…

「お、お姉様、落ち着いて!多分お姉様は誤解を…っ!」
「いいの!もう貴女は何も言わなくていいのよ!お姉様は分かってるから…全部分かってるから。
勿論、貴女を止めるつもりなんてないわ。貴女の誇り高き生き方を私なんかが邪魔することなんて出来ないもの」
「――っ!」

 ぎゅっと私を包み込むように抱きしめるお姉様。っ、不味いっ、理性が感情に追いつかない。
 このままお姉様に抱きしめられると、私は駄目になる。間違いなく駄目になる。今の私が壊れてしまう。
 お姉様の温もり。お姉様の匂い。お姉様の優しさ。お姉様の鼓動。お姉様の存在。駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。
 このままだと私は確実に壊れてしまう。とうの昔に捨て去った筈の私になってしまう。お姉様だけに縋り、お姉様無では生きられなかった弱い私に。
 甘えたい。駄目だ。お話したい。駄目だ。手をつないで歩きたい。駄目だ。ご本を読んでほしい。駄目だ。一緒に眠りたい。駄目だ。
 感情が流入する。記憶の奥底から封じていたモノが止めどなく逆流しそうになる。収まれ、収まれ収まれ収まれ――!!



「――安心して、フラン。誰が何と言おうと、私はいつでも貴女と共にあるから」
『――安心なさい、フラン。お父様が何を言おうと関係ないわ。貴女が望む限り、お姉様はいつまでも貴女の傍に居るから』



「――お、ねえ、さま」
「ふ、フラン?」

 気付けば、私はお姉様を突き飛ばしていた。自分を抱きしめてくれる温もりを、自ら手放してしまった。
 その光景を他人事のように眺めている自分自身。そして少し遅れて自分自身を納得させる。これでいい。そう、これでいいのだと。
 荒くなった呼吸を整えながら、私はいつものように表情を作り、お姉様に言葉を紡ぎなおす。そう、いつものように不自然な笑顔で。

「あのね、お姉様。正直暑苦しいから」
「あ、暑苦しいって…と、とにかく私はフランの味方よ!貴女一人で死地になんて向かわせたりさせるもんですか!」
「…えっと、つまりどういうこと?」
「そんなの決まってるじゃない!フランだけじゃなくて、私達みんなも異変解決の力になるということよ!
貴女は一人じゃないわ。美鈴もパチェも咲夜も、そして私もいる!みんなで力を合わせてあの月をぶち壊して、そしてみんなの家である紅魔館に帰るのよ!
いいわね、美鈴!パチェ!咲夜!家族の使命は自分の使命!ワンフォーオール、オールフォーワン、目指せ甲子園よ!」

 目を輝かせ、過去に類をみないほどに大暴走を始めるお姉様。…駄目だ、こうなると止められる訳がない。脅したって帰らないだろう。
 何より、ここに美鈴とパチュリーがいるってことは、美鈴がお姉様側についたってことだ。お姉様の望む道を美鈴が邪魔する訳がない。
そして咲夜は最初からお姉様の望む道を希望している。…お姉様一人紅魔館に帰れ、なんて通じないだろう。本当、パチェも余計なことを
してくれる。こんな展開にならない為のポジションでしょうに…美鈴か伊吹鬼辺りに感化でもされたか。
 ため息をつく私の横目で、お姉様は咲夜に何故か妹自慢を始めてしまってる。…本当、勘弁してほしい。どうして本人が傍に居る
横で自慢話なんか始めるのか。それも自分の娘相手に…咲夜も咲夜だ。叔母の話なんか適当に聞き流してくれればいいのに。一体どうしてこんなことに…

「何やらお困りのようね、悪友」
「…ええ、とってもお困りよ、悪友。本当、余計なことばかりしてくれる…貴女、もしかしてお父様の残した最後の負の遺産?」
「感謝してほしいわね。私のおかげでお姉様は貴女に夢中よ」
「感謝なら互いの死後にいくらでもしてあげるわ。地獄の釜の中で咽び泣くまでね」
「それはどうも。冗談はさておき…ここまでくれば、レミィはこちら側に強く結びつけて居させた方がいいわ。
逆に変に追い返して、霊夢辺りと合流されては守れるものも守れなくなる。それなら貴女自身の手で守った方がいいでしょう?」
「失敗を成功に塗り替えて手柄にしようとする…狡い魔女だよパチュリーは」
「ありがとう、最高の褒め言葉よ。それで、悪の幹部の返答は如何に?無論、レミィをつれてそのまま共に帰宅するという手もあるけれど」
「…続行するわ。お姉様が今更異変解決せずに紅魔館に帰るものか。それにこの月が私達にとって危険なのは変わらないんだ。
少しでもお姉様の命を脅かす可能性があるものは、自分の手で潰した方が安心できる」
「そうね。そうしないとレミィの中の勇者(いもうと)様のイメージが崩れちゃうもの」
「…本気で殺すわよ。ったく…咲夜!」

 私はため息をつき、咲夜を呼び寄せる。美鈴でもよかったのだけれど、今美鈴は咲夜と入れ替わるようにして
お姉様の話し相手を務めている。なら、手の空いてる咲夜を使うことにする。
 私達の方に近づいてきた咲夜に、私は軽く息をつきながら言葉を紡ぎ直す。

「分かってると思うけれど、お姉様も来ることになったわ。ただ、お前には話したと思うけれど…」
「…この異変の首謀者は八雲紫と同等クラスの存在、ですね」
「そうよ。だからこそ、他の誰でもないお前に聞きたい。お前はお姉様をどうしたい?」
「…私が望むのは唯一つ。母様が望む道を」
「ふんっ…お前までそう言うなら、私は何も言わない。私一人で反対したところでどうにも出来ないからね。
お姉様は私が護る。お姉様には指一本触れさせない。これでいいわね?」

 私の言葉に、咲夜は嬉しそうに頷く。
 咲夜の考え、気持ちは把握した。ならば、お姉様を守るためにもう一役ほど舞台劇で担ってもらうことにする。

「それじゃ、咲夜。お前に一つ指示を与えるわ。無論、嫌なら断ってくれて構わない。
自分で考え、それがお姉様の為になる、お姉様の意に沿うと思うなら行動なさい」

 全てはお姉様を守るために。全ては愛するお姉様のために。
 こんな私にも再び同じ言葉を――私を死なせないと言ってくれたお姉様の未来のために、今度こそ私は。
















 ~side 妖夢~



「フッ!!!」

 吹き荒れる弾幕を私は両手の刀で一閃二閃と打ち払い、嵐の目へと翔けていく。
 けれど、その中心となる人物は先ほどから私と付かず離れずの距離を保ち、後方へ下がり続けていく。まるで私を誘いこむように…否、
実際に誘いこんでいるのだろう。その証拠に私と魔理沙の距離はかなり広がっている。最初は二対二の弾幕勝負だったというのに。
 あちら側の私を魔理沙から引き離そうという意図は最初から掴んでいた。けれど、私は敢えてそれに乗る。その誘い相手が霊夢だったなら
乗らなかっただろう。けれど、その私を誘いだした相手は…他の誰でもない、アリスなのだから。

「…さて、これくらい離れればお互い会話くらいは出来るかしらね」
「…そうね。これくらい離れれば、ね」

 予想通りとも言おうか。弾幕を打ちやめて、彼女は私に笑みを向けて言葉を紡ぐ。
 …戦闘継続の意思なし、か。あの冷静なアリスが霊夢や魔理沙の喧嘩に一枚乗った訳は、やっぱり私が目的だった。
 お互い完全に言葉も想いも噛み合わないあの二人では、話を聞くことも出来ない、そう踏んだのだろう。

「最近の若者は頭に血が昇りやすくて駄目ね。まあ、若さをぶつけあうのは人間だけの特権とは言うけれど」
「互いに譲れぬものがあれば当然の帰結かと。特に魔理沙と霊夢は仲が良いからね。二人は昔からの付き合いなんでしょ?
お互いが納得できないし相手が間違ってると思うから、正面からぶつかることだって辞さない…少し、羨ましいと思うよ。私にそういう人はいなかったから」
「元気が有り余ってるだけよ。まあ、私も少し羨ましいとは思うけれど。
…さて、互いにパートナーに怒られる前に情報交換といきましょうか。貴女達はフランドールと咲夜に会い、二人は異変解決に協力すると
言っていた、それは間違いないわね?」
「うん、何ひとつ相違無し。付け加えるなら、フランドールさんが魔理沙に『自分が異変の首謀者だと考えないのか』って尋ねたんだけど、
魔理沙が『お前がレミリアの困ることをする訳がない』って返したんだよね。そうしたら、フランドールさんが優しく笑ってた。
『私はお姉様が大好きだ』って。私は今日初めてフランドールさんに会ったんだけれど、彼女が異変を起こしてるとは考え難い」

 私の言葉に、アリスは考える仕草をみせる。どうやら私の情報から色々と憶測を立てているみたい。
 本当、こういうときアリスは凄いと思う。伊吹萃香のときもそうだったけれど、頭の回転が尋常じゃない。私達のなかでブレインというか
参謀というか、そういうポジションが本当に似合う人だと思う。

「しかし、そうなるとレミリア達がフランドールを探していたのは…レミリア達には内密だった?
自分をレミリアと偽ることでフランドールに何の意味が…レミリアの格好で異変を解決、そうなると得をするのは…レミリア?
でも、レミリアがそんなモノを望むとは…違う、何か一枚カードが足りない」
「あ、あの、アリス?出来れば私にも分かるように…」
「え、ああ、ごめんなさい。でも大した情報は私も無いわ。一つだけ言えるのは、異変の犯人がフランドールじゃないんじゃないかってことくらい」
「それは最初から私達が言ってたことじゃない…」
「あ~…ごめん、私達の勘違いだわ。申し訳ない」

 頬をかいて謝るアリスに、私は軽く息をつく。結局誤解が誤解を生んだだけの顛末、か。
 それが分かったならもう私達に戦う意味はない。私は身を翻して霊夢と魔理沙を止めに行こうとしたんだけれど…その私を止めたのは他ならぬアリスだった。

「まさかとは思うけれど、二人を止めるつもり?」
「え…そ、そうだけど…だってフランドールさんの疑いは晴れたんでしょ?だったら…」
「止まらないわよ。絶対に。賭けてもいい」
「な、なんで?」
「そんなの決まってるじゃない。あの二人にとって争う理由が犯人がフランドールかどうかなんて二の次でしかないからよ。
霊夢は自分勝手なフランドールの行動に困り果ててこの危険な夜に振り回されてる友達(レミリア)の姿を見てる。
魔理沙は姉の為に健気に行動を起こしている友達(フランドール)を馬鹿にされ、謝罪は無い。どちらにとってもブレーキにはなりえないのよ。
互いに譲れぬものがあるからぶつかりあう…さっき言ったばかりじゃない」
「そ、それはそうなんだけれど…」
「私はむしろ二人を見直したけどね。この歪な月の異変、誰を疑い犯人だと断じても決しておかしくはないわ。
私と妖夢が互いに二人のペアとして居ることで、『お前が犯人だ』と弾幕勝負をふっかけてきても良いくらい。
私は魔法使いでそんな術式があるかもしれないし、貴女の背後には西行寺幽々子が存在している」
「そんな理由で犯人だなんて…」
「二人はそうしなかった。それだけ私達を信じてくれているってことでしょ?ありがたいことね」

 そこまで言われて、私は返す言葉なく二人の弾幕勝負の行方を遠くから見つめる。
 互いの譲れぬものの為に、全力でぶつかりあう二人。そんな光景を私は自分自身を納得させるように眺め続ける。
 これは二人にとって大切なことなのだと。第三者には下らぬ勝負、子供じみた勝負、無駄なことに思えても、二人にとってはきっと。

「さ、弾幕勝負は二人の出番。ならば私達の仕事は異変の犯人捜しよ。周囲におかしな場所がないか探しましょう」
「え、で、でもいいの?二人は弾幕勝負してて私達はパートナーなのに…」
「私は魔理沙から貴女を引き離した。近距離の貴女と遠距離の魔理沙では、相性が良過ぎるからそれだけで大手柄だわ。
そして貴女も霊夢から私を引き離した。サポート役に徹し、魔法知識を有する私は魔理沙にとって邪魔だった。
ほら、二人ともしっかり仕事してるじゃない。褒められはすれど、怒られる謂れはないわね」
「そんな無理やりな…本当、アリスも魔理沙達に毒されてきてるよ」
「失礼ね、一緒にしないで頂戴…と、前なら言ったんでしょうけれど、今はそれも悪くないかと思ってたり」
「あははっ、それはもう駄目かもしれないね、私『達』は」
「ええ、そうかもね」

 互いに笑いあい、私達は再び異変の元凶を探るために、夜の竹林を翔ける。
 ただ、ふと気になったことがあり、私はアリスに対して問いかける。

「それで、霊夢と魔理沙の決着がついて、霊夢が負けたらアリスはどうするの?」
「何を唐突に。そんなの決まってるじゃない」

 私の問いに微笑んで、アリスはさも当たり前のように告げる。
 その笑顔は同性でも見惚れるような、そんな笑顔。どこまでも綺麗で、そして格好良くて。

「二人まとめて蹴散らして霊夢の仇を取ってあげるわ。この私、アリス・マーガトロイドがね」

 普段の冷静な姿の奥底に隠されたアリスという少女の本当の素顔。
 私はこのとき初めて本当の彼女に触れた気がした。アリスという名のとても負けず嫌いで強い意志を持つ少女の素顔に。








[13774] 追想 ~パチュリー・ノーレッジ~
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2010/09/10 06:29







【記録】

 一月と二十四日と十時間十四分。それが目覚めまで要した時間。
 精神状態も安定。記憶も想定の誤差範囲内。魔力値も前測定値に変化無し。
 奴への報告は全ての教育プログラムを施行してから行うことにする。






 当時の私の持つ最古の記憶は、今より数十年も前のこと。
 紅魔館の地下深く存在する暗闇に満ちた一室。堅い石台の上にて、私は覚醒をした。
 室内に存在するは、私の他に一人の男。厚手のローブを身に纏った生粋の魔法使い。その男は、目覚めたばかりの私に抑揚の無い声で告げる。

『人形。お前は今日からパチュリーと名乗り、この喜劇の舞台で踊れ。私が糸を手繰るままに、な』

 男は感情を一切表に出さぬまま、自身が生みだした人形…この私の存在意義について語り始める。
 私は目の前の男、一人の魔法使いに生みだされた人造生命体であること。私の為すべきことは男の傀儡として存在すること。
 男の為に生き、男の為に死ぬ。それが私に与えられた命令。それだけしか許されない、それだけの為に存在する。それが私。
 目覚めた私に、男はあらゆる教育を施した。魔法使いである男は私に魔法の知識、実際の行使、必要な博学の全てを叩きこんだ。
 私は男の言われるままに全てのプログラムを淡々とこなすだけ。データを処理するだけの人形、それが当時の私。
 数ヶ月の時を経て、私は男の教育プログラムの全てをこなし終えた。そんな私に、男は何ひとつ言葉を与えることはなかった。
 命令、報告、連絡。それらの言葉以外で私は男の言葉を耳にしたことがない。何故なら人形にそのような言葉を与える必要など無かったから。
 人形は感情を持たない。人形は自己判断をしない。人形はただ言われるままに動けばいい。操り人形はただ、糸に動かされるままに。












【記録】

 全ての教育プログラムを修了する。パチュリーの能力は予想以上だ。
 単純な魔力値だけならば、私やアイツをも上回る。アイツがこのことを知れば喜んだのだろうか。胸を張ったのだろうか。
 先日、奴にパチュリーを紹介する。私の便利な傀儡、玩具だと告げると、奴は堰を切ったように笑い、私に告げた。お前も随分狂ったものだと。
 奴はどうやら私を自分と同じ狂人だと見做した様だ。都合が良い。私は奴の言葉を否定することはしなかった。
 これで少なくともパチュリーが奴の手にかかることはあるまい。私の人形、壊れた玩具と見做してくれている内は。






 魔法使いの主である、この館の主への謁見を果たした。スカーレット、それが魔法使いの仕える家の名。
 頭を下げる私に、吸血鬼であるスカーレットは笑みを浮かべている。嫌な笑みだと思った。気持ち悪い、蔑まれている笑みだと。
 人形である私にすら不快を催すこの表情、常人なら一体如何程の苦痛だろうか。その答えは、スカーレットの隣に立つ一人の少女に在った。
 金色の髪を持つ、スカーレットを遥かに凌駕する妖力を内包する少女。彼女はスカーレットの見えぬ横で、表情を歪めていた。
 ――下種が。会話をしたこともない、接したことも無い少女。なのに、少女の心の底から紡ぐ呪詛の言葉、それが垣間見えた気がした。
 謁見中、その少女に一度目があったけれど、少女は詰らないものを見るように一瞥して私から視線を逸らす。
 まるでスカーレットに対する私の抱く感情を同様の想いを私に対して抱いたかのように。それが少しだけ私には悲しかった。
 人形は感情を持たない。だけど私は様々な感情を抱く。だから、当時の私は思ったものだ。嗚呼、私はまだ人形として不完全なのだと。













【記録】

 パチュリーをフランドールの配下とするように奴に進言する。
 適当な理由をでっちあげ、それらしく語れば判断力を失っている奴に断る理由はない。私の進言はすぐに了承された。
 これでいい。遅かれ早かれ、フランドールは必ず行動を起こす。奴がレミリアを塵芥のように扱う限り、フランドールは必ず実行に移す。
 本来なら殺戮機械とつながりを持つレミリアの方につけたかったのだが、そこまでは高望というものか。
 フランドールがこちらの思惑に気付き、パチュリーをいつの日かレミリアと繋げてくれることを望む。小娘にとっても使える駒は少しでも欲しいだろう。






 魔法使いに命じられ、私は先日謁見で会ったスカーレットの娘、フランドールの配下として働くことになった。
 恭しく一礼し、挨拶をする私に、フランドールは先日同様つまらなそうなモノを見る目をするだけで何も言葉を返さなかった。
 それから私は、フランドールの行動する後ろを少し離れてついていくだけ。何故なら魔法使いにそう命じられたから。他に何も命じられなかったから。
 そんな私に、フランドールはある日一言だけ言葉を投げかけた。

『お前にとってノーレッジとはどういう存在なんだ。
命令をくれるご主人様か?自身を縛る怨む対象か?それとも、そんな様になっても尚お前は奴を――呼べるのか』

 彼女の問いかけに対し、私は返す答えを持ち得なかった。何故ならノーレッジという人間を知らなかったから。
 私は知らない。ノーレッジなんて存在は知らない。だけど、その響きは酷く懐かしい気がした。
 何処かで聞いた、その優しい響き。だけど、私は知らない。今の私の知識の中にその単語は意味を為し得ない。
 だから私は表情を変えぬまま、淡々と返答を返した。

『その問いに対する答えを私は持ちません。何故なら私はノーレッジなんて人物を知りませんから。
私に在るのは主である魔法使いの男の命令だけ。その男の命令、フランドール様の傍に居ること、それだけが今の私の全て』
『――!お前…そうか、そういうことか。ノーレッジ…馬鹿な男ね』

 私の答えに表情を少しだけ歪めたものの、それ以上フランドールから言葉が返ってくることはなかった。
 その日以来、フランドールが私を邪険にするような態度を取ることはなくなった。
 フランドールに命じられるままに、私は日常を過ごすことになる。











【記録】

 私の目的がフランドールに知られたが、計画には何の支障もない。
 私の狙いがフランドールにとって益以外生まぬのだから、私の邪魔をすることもない。フランドールは私を利用するだろうし、私も利用させてもらう。
 
 奴がこの世界とは異なる閉ざされた世界、幻想郷への移転と、世界への侵略を決意した。
 従者たちも乗り気で、私の反対意見など耳にも入れようとしない。愚かな。最古の妖怪達が跋扈する世界を相手に戦争するなど。
 …潮時なのだろう。これは恐らく分岐点。間違いなく私達は八雲達に敗北を喫するだろう。そして弱体化した私達をフランドールが見逃す筈がない。
 これは好機。フランドールの要求も日増しに強くなっている。けれど、私は首を縦に振れない。振ることが出来ない。
 愚かだと思う。馬鹿なことだとは思う。それでも私は裏切れない。殺したい程に憎くとも、殺す為の道程を描きながらも、私は最後まで裏切ることが出来ないのだ。
 奴を…全てを失い、そして私の全てを奪ったスカーレットを、それでも私は…






 その日、私は物語に出会った。空想話やお伽話にしか存在しない、紙の中のお姫様。
 フランドールより、紅魔館にて妖怪達から殺戮機械と恐れられている紅髪鬼に接触しろとの命令を受け、その日私は紅魔館の最上階へと向かっていた。
 そして、最上階のテラスまで辿り着いた私の視界に入った光景は筆舌にし難いものだった。

 女の子。それはフランドールによく似た、小さな小さな女の子。
 その女の子が、紅髪鬼相手に大輪の笑顔を咲かせながら何やら雑談に興じていた。ただそれだけの光景。

 けれど、その光景から私は目を逸らすことができなかった。何故ならそれは私の知らないモノが凝縮された光景で。
 全身の身振り手振りを使って紅髪鬼に楽しげに話をする少女。それはどこまでも楽しそうで、どこまでも幸せが詰っていて。
 紅魔館の地下室で生まれ、これまで生きてきた私が今まで見たことのない表情。それは無邪気に笑う誰かの笑顔。
 これまで人形として生きてきた私が知りうることの出来なかった姿。それは他者を楽しくさせる優しい空気。
 知らない。こんな世界を私は知らない。私が知る世界はいつも命令と嘲笑と欲望に塗れた自分勝手な世界。
 あの紅魔館(せかい)でこんな風に生きる人を私は見たことがない。あの紅魔館(せかい)でこんなモノを私は触れたことがない。
 知らない世界。知らない空気。それなのに、どうして私はこんなにも惹かれる。どうして私はこんなにも憧れる。
 知らない。知らない。それは本当に?私は本当に知らないの?こんな世界を、私は、本当に触れたことがないのか。
 小さく生じた頭痛を抑えたまま、私は少女が去るまでの間、二人の生み出す世界をずっとずっと眺め続けていた。
 その光景を眺めながら、私は何故か心の中で酷く羨望を感じていた。その光景から、お前は住む世界が違うのだと言われているようで。
 やがて、少女が去り、それを見届けた後、紅髪鬼が私の方を振り返り、言葉をかける。どうやらずっと気付いていたらしい。

『覗きとは感心しないわね。お前がフランお嬢様の言っていた魔女かしら』
『あの…今の娘は…』

 紅髪鬼の言葉への返答、その言葉に彼女は驚いたような表情を見せる。だが、それ以上に驚いたのは私の方だ。
 どうして私が他人のことなど気にしているのか。それも先ほど外から眺めていただけの少女を。
 少し間をおいて、私は自分が生まれて初めて他者に興味を抱いていることを知る。馬鹿な。どうして。唯の人形である私が。
 そんな私に、彼女は少し考える仕草を見せた後、軽く首を振って言葉を紡ぐ。

『成程…話に聞いた通り、確かに同類ね。お前も私やフランお嬢様と同じ、壊れた生き物だよ』
『壊れた…生き物…?』
『フランお嬢様はそう判断したんだろうけれど、私はお前をまだ判断した訳じゃないからね。
だからこれは忠告よ、壊れた魔女。もしお前がレミリアお嬢様に害を為す存在なら、私がお前を殺してあげる』

 それだけを言い残し、紅髪鬼は私から興味を失したように視線を外した。
 そんな彼女に何も言い返せず、私は館へと戻っていく。先ほどまでテラスにいた少女の笑顔を思い出しながら。
 ――また、会いたいな。ただ、そんなことをポツリと呟いて。












【記録】

 幻想郷への侵攻の準備が整いつつある。欧州中の奴の息のかかった配下を全て集めて暴れまわるつもりらしい。
 その情報をフランドールに流すと、楽しそうに愉悦を零していた。理由を訊くと『面倒が省けるから』とのこと。
 やはりフランドールは八雲達を利用して、奴の主たる配下を殺し尽すつもりなのだろう。いくらフランドールの力が奴より強くとも、
その配下全てを敵に回すのは骨が折れるからだ。そして何より、レミリアの安全を完全に保証出来ないから博打にも出られないのだろう。
 そう返すと、フランドールは笑って連日と同じ誘い言葉を紡ぐ。だが、私はやはり首を横に振った。
 呆れるように言うフランドールの言葉が胸に刺さる。彼女の言うように泣いてくれるのだろうか。こんなどうしようもない私の為に、あの娘は…






『悩むくらいなら声をかければいいじゃない。お嬢様は喜ぶと思うわよ。ただでさえ話し相手が少ないんだもの』

 美鈴の言葉に、私はふるふると首を振る。そんなこと、出来ない。そんな勇気、私にない。
 そんな私に、美鈴は今日何度目ともしれない溜息をつく。心底呆れられてるのは自分でも分かる。でも、どうしようもない。
 あの夜、出会った少女――レミリア・スカーレットとの邂逅から一月。私は夜になると、テラスまで来ることが日常になっていた。
 夜に訪れ、レミリアと美鈴の会話を眺め、レミリアが部屋に戻った後で美鈴と会話する。そんな日々を私は繰り返していた。
 どうしてテラスに毎日訪れているのか、最初は自分でも分からなかった。フランドールに命令された訳でもない、だけど足が気付けば勝手に動いていた。
 そして、気付けば美鈴とも会話をするようになっていた。会話と言っても、美鈴が話して、私が短く答えたりするだけ。
 他人と雑談に興じるような教育プログラムを私は受けていない。だから雑談なんて出来ない。そんな私を理解しているのか、
美鈴も自分から話題を提起してくれる。私はそれを返すだけ。本当に不毛な会話。だけど、私にはそんな会話が嬉しく思えた。
 美鈴と会話をする切っ掛けとなったのは、テラスを覗き初めて三日目のこと。レミリアが帰宅するのを見届けて私も戻ろうとしたところを
美鈴に捕まった。そして、そこから会話に無理矢理付き合わされるようになる。
 どうしてそんなことをしたのか美鈴に一度理由を訊くと、美鈴曰く『大昔の自分を見てるようで何かイライラしたから』だそうだ。訳が分からない。

 その日より、美鈴と会話を続けているのだけれど、その内容はやはりレミリアのこと。
 美鈴の話から、初めて知ることが出来たレミリアの情報。レミリアがスカーレットの長女であること、フランドールの姉であること、
理由あって館に半軟禁状態にあること。そして…その理由が、彼女がスカーレットの娘であるのに関わらず、何の力も持たないからということ。
 故にレミリアに対して目を向ける者など館にはいない。落ちこぼれであり、塵ほどの価値もない吸血鬼に一体誰が手を差し出すのだろう。
 そんな話を聞き、半信半疑の私に美鈴は怒りを宿しながら言葉を紡いだ。

『この館は汚れしか存在しない。お嬢様に触れさせたくない、唾棄すべき屑どもしか。
正直なところ、フランお嬢様の存在がなければ、有無を言わせず私はレミリアお嬢様を館から連れ出していたわ』

 汚れ。そう美鈴が表現したのは、きっとスカーレットとそれに群がる妖怪達。
 成程、と思う。だからこそ美鈴はこんな風にレミリアの部屋の近くで待機しているのか。彼女を護る為に、彼女を汚れに触れさせない為に。
 私と初めて会ったとき、強く釘を刺してきたのもそれが理由。この世界は何の力も持たない純粋な者には残酷過ぎるから。
 あんな汚れに囲まれて生きていく、それはどんなに過酷なことなのだろう。どんなに辛いことなのだろう。
 あのような奴等に囲まれ続けて、己の全てを噛み殺して――フランドールは、どんな気持ちであの場にいるんだろう。
 レミリアに興味を抱く私。だけど、私の頭に描かれたのは、先に出会ったご主人様。
 冷酷で、冷淡で、無慈悲な少女。あの誇り高き吸血鬼(おんなのこ)は、一体どんな気持ちでスカーレットの傍に立つのだろう。
 こんなことを人形に訊ねられて、フランドールは不快に思うだろうか。人形如きが、他人の気持ちなど慮るだなんて、そんな行為を彼女は――












【記録】

 幻想郷への紅魔館の移転を終え、幻想郷中に侵攻を開始する。
 血気盛んな連中が率先して館から出て行くのは好都合だ。これでスカーレットが私を無理に戦場に立たせることもない。
 私はまだ死ねない。私の命を代価として支払うのは八雲紫に対してなどではない。私が支払うべき相手は既に決まっているのだから。

 パチュリーが体調を崩す。喘息と発熱が収まらない。地下室にてしばらく養生させる。
 調査の結果、魔力回路に異常を感知。応急処置を施したものの、肝心の根源を取り除くには至らない。
 パチュリーにはしばし休息を与え、その間に処置を施すことをフランドールに通達する。どうやらフランドールはフランドールで
これを好機だと捉え、レミリアとパチュリーを接触させる腹積もりらしい。こちらとしても無理さえさせなければ何も言うことはない。
 私の言葉を聞き、フランドールが笑った。その笑顔に私は少しばかり驚いた。その笑顔があまりにもフランドールの母親に似ていて。
 スカーレット、お前は本当に愚かだ。お前の失い死に物狂いで求めているものはここに在るというのに、お前はそのことに気付かない。気付けない。
 …それは私も同じことか。だからこそ、お前には私が相応しい。妻達の傍ではなく、地獄の釜で共に呪詛を紡ぎ合う末路こそが、私達には。






 体調を崩した。身体の調子がおかしい。男が言うには、私の身体の調整が上手くいっていないとのこと。
 調整を終えるまで、私は地下の一室にて安静することになる。薄暗い明りとベッドしか置かれていない、そんな部屋。
 まるで棺桶のような部屋で、私は数日の間一人で過ごすことになる。見慣れた天井を見上げては、この環境に私は思う。ただ一人、『寂しい』と。
 身体の調子の悪さよりも、喘息の辛さよりも、身体の熱の熱さよりも、何よりも思う。『誰かに傍にいてほしい』と。
 …私は本当に壊れてしまったのかもしれない。こんな馬鹿なこと、人形は思わない。それなのにどうして私は…













【記録】

 パチュリーの身体が回復しない。悪化の一途を辿る。魔力そのものに拒絶反応。このような症状、過去に例が無い。
 治癒が完全じゃなかったのか。あいつの一部で欠損を補ったことへの反動が今になって現れているのか。
 とにかく手を考えなければ。原因は身体に溢れる魔力と身体の干渉負荷、そこに一枚恒久的な魔力、それも親和性の高いモノを噛ませれば…

 奴から呼び出しが来たが無視する。そのような児戯に戯れている暇はない。
 フランドールが来訪したが事情を話して後回しにしてくれと告げる。今は本当に他人に構っている場合などではないのだから。
 探せ。何か方法は必ず在る筈だ。なんとしてもパチュリーを復調させる。その為にはどんな手でも使ってやる。
 例え神に逆らおうと地獄に落ちようとこの身が滅びようと構うものか。どんな禁忌にも手を出そう。何をしても、パチュリーだけは。






 その日、私の未来を決める一つの再会が訪れた。

 調整の為、地下に一人横になり続ける私のもとに一人の少女が訪れる。
 否、訪れるという表現はおかしいかもしれない。何故ならその少女もまた体調の不良でこの場に運ばれてきたのだから。

 その少女の名はレミリア。紅魔館の主の第一子、レミリア・スカーレット。
 私が触れてみたいと思った少女。接してみたいと思いながらも、勇気が足りなくて叶わなかった女の子。

 私の隣のベッドに寝かせられ、辛そうに魘されている少女。どうやら意識はあるものの、私の存在を認知する程の余裕はないらしい。
 少女の気付かぬ内に、私は精査の魔法を彼女に走らせる。…軽い感冒、命に別条無し。熱も微弱…症状的にはむしろ軽過ぎるくらい。
 それなのに彼女がここまで魘されるのは、恐らく彼女が吸血鬼だから。吸血鬼は風邪などひかない。何故ならそういう存在だから。
 …ならばどうして少女は。そこまで考え、私は美鈴の言葉を思い出す。そうだ、この少女はフランドールやスカーレットとは違うんだ。
 だから人間がかかる程度の病に魘される。その程度の風邪が少女には酷く感じられてしまう。だからこその今の姿なのだと。
 その少女の姿に、私は自分の辛い症状のことも忘れ、治癒呪文を唱える。少女の表情が少し和らいだのを確認した直後、私の意識は急激な
身体の負担増によって吹き飛ぶことになる。あの男の忠告、自分の許可無く治癒魔法のような高位魔法を使うなと命令されていたことを今になって思い出す。
 人形が犯した生まれて初めての命令違反。そのことへの驚きよりも、それが少女の為の行動であることに喜ぶ自分がいた。
 意識を失いながら、私は一人思う。――次に目覚めたとき、今度こそこの娘とお話しよう、と。














【記録】

 症状悪化。対処。移植。成功。











『大丈夫?私の顔が認識できる?ほら、指は何本?』


 目覚めた私を待っていたのは、隣のベッドで病に魘されていた筈の少女。
 私の顔を覗き込みながら、心配そうに訊ねかけてくる少女。何だろう、この状況は。私が起き上がろうとすると、慌てて少女が静止する。

『こら、何無理しようとしてるのよ。まだ寝てなきゃ駄目よ。貴女はここ四日間眠りっぱなしだったんだから』
『…四日、間?』
『そうよ。目が覚めたと思ったら、知らない部屋で隣のベッドで貴女が魘されてたんだもん。びっくりしたわよ。
事情を聞こうにも貴女は起きないし、館医みたいな男は『目覚めたそれに事情を聞いてください』しか言わないし…』

 話し相手がいなくて暇だし寂しいし辛かったんだからね、そう文句を零す少女に私は言葉を返せない。
 事情も何も、私は彼女が言うには今まで眠り続けていたのだ。それをどうして事情を説明することが出来るだろう。
 そもそも事情を知りたいのはこちらの方だ。そんな私の考えも知らずに、少女は楽しげに微笑みながら言葉を続ける。

『まあ、そんなことは置いといて。私、凄く待ってたのよ』
『待っていた?』
『そう。私は貴女が目覚めるのをずっとずっと待ってたの。
だって、そうじゃない。気付いたら知らない部屋で、その部屋には知らない女の子が傍にいて。これで貴女に興味を持たないなんて嘘よ。
貴女、紅魔館に住んでるの?名前は?お父様に仕えてるの?種族は?年齢は?』

 歓喜を爆発させて言葉を並べ立てる女の子に、私は困惑するしか出来ない。
 私のことをあれこれ他人に訊かれたのは初めてだから、対処できない。こんなとき、どうすればいいのか分からない。
 でも、女の子の質問は全然不快なんかじゃなくて。いつも影から見てるだけだった女の子、彼女が私のことを知ろうとしてくれている。
 ただ、それだけのこと。それだけのことなのに、何故かとても嬉しいような気がして。胸が暖かくなるような気がして。
 一方的に言葉をまくしたてる少女が、『あ』と何かに気付いたように、こほんと咳払いを一つして再び口を開く。

『病み上がりの相手に対する態度じゃなかったわね。ごめんなさい』
『えっと…気にしてないから』
『そう言って貰えると助かるわ。ちょっと興奮し過ぎたみたい。
でも、仕方ないと思わない?だって私、館でお話しするのって美鈴とフラン以外貴女で三人目だもの』
『――え』
『それ以外の人と私、お話したことがないのよ。だから興奮しちゃったの。本当に悪気はなかったのよ』

 少女の言葉、それに酷く違和感を覚えた。美鈴とフランドール、だけ?
 彼女はこの紅魔館の主の長姉で在る筈。確かに美鈴は言っていた、少女に力がないこと。そのことで館中の連中から蔑まれていること。
 だけど…だけど、この少女はスカーレットの娘なのだ。親もいて、それなのにどうして…

『私はレミリア。レミリア・スカーレット。この館の主であるスカーレットの長姉といえば分かりやすいかしら』
『わ…私はパチュリー。ファミリーネームは無いわ』
『パチュリー、パチュリーね。…うん、言い難いわね!貴女の名前、素敵な名前だけど呼び難い。
ちょっと待って、今呼び方を考えるから。パチュリ…パッチュリ…パチェリー…ぱっつぁん…パチョレック…オルタナティヴ…』
『あの…貴女、スカーレットの娘なのよね』
『うん?そうよ、さっきそう言ったじゃない。それと私のことはレミリアって呼んで頂戴。勿論、愛称なんて大歓迎よ。
愛称で呼び合うのって、何か友達っぽいじゃない?私、友達ゼロだから初めて友達出来そうで嬉しくて嬉しくて…』
『あ、ありがとう…じゃなくて。貴女、スカーレットの娘だったら、父親とお話したり…』
『無いわよ?あれ?そういえば私、お父様と会話したことないわね。生まれて一度も…あれ?ないわね。
まあ、そんな訳で貴女が私の人生のお話し相手三人目。私が人生で声をきいた三人目の相手だわ』

 笑顔で語る少女。その存在に私は喜びよりも先に恐怖を感じてしまった。
 ――歪。この少女を包み込む違和感と綻び、それを知ってしまったから。少女を…レミリアを取り巻く環境の恐ろしさを。
 理由は分からないけれど、レミリアは他者の存在を『忘れさせられて』いる。己の違和感を違和感とも認識しえない程の力で。
 だからこそ、レミリアの話す言葉にはズレが生じる。彼女の認識と現実との乖離が生まれている。
 彼女には父親が居る。けれど、レミリアは会話をしたことがないという。そんな筈がない。娘に一度も会わない父などいるものか。
 彼女は私に『人生で声を聞いた三人目の相手』だと言った。そんな筈はない。何故なら彼女は先ほど『館医みたいな男と話した』と言った。
 恐らく彼女は強い暗示をかけられている。術者が命じた相手以外との記憶の一切を残さないように、残らないように。
 それ以外の記憶の一切を捨て去るように。その答えに辿り着き、私は生じた全身の悪寒を必死に抑えつける。怖いと思った。恐ろしいと思った。
 

 この少女の笑顔。それを取り巻く周囲の薄汚い獣達。そんな獣達から少女を護る為の絡みつく狂気。
 少女を取り巻くそれらの事象。その結果生じた少女の笑顔。それが酷く優しく、そして何より残酷な光景に思えて。












【記録】

 調査の結果、パチュリーは完全に快方に向かうことが分かった。
 これから先、発熱や喘息といった症状がパチュリーに生じることは二度とないだろう。そうさせない為の処置は施したつもりだ。
 後のことはパチュリー自身の問題だ。何せパチュリーとアイツに加え、私の生涯で築き上げた総魔力だ。使いこなすには相応のことをする必要があるだろう。
 狂気に身を委ね追い続けたが故の結果が最強の魔法使い。求めずして得られたトップワンの位。なんとも皮肉なものだ。

 奴が八雲紫に敗北を喫した。紅魔館の残存勢力も一割を切るほどに殺し尽された。
 機は熟したか。奴の力も弱まり、奴の有力な配下も残るは片手で数える程。もはやこのチャンスをフランドールが見逃す筈がない。
 その証拠にフランドールが最後通牒を出してきた。その誘いに私は最後まで首を縦に振ることは出来なかった。
 苦々しく表情を歪めるフランドールに申し訳なく思う。フランドールは私を生かしたいのだろう。だが、そんなことは出来ない。許されない。
 …本当、嫌な役目を押し付ける。汚い大人だ。全てをあの少女に押し付け、私は奴と共に楽になろうとするのだから。
 本来ならば何も知らぬまま無垢な少女のままでいられただろうに。だからフランドール、私に情けなどかけてくれるな。パチュリーと自身を重ね合わせるな。
 レミリアの為に、この腐りきった館の全てから解放される為に、己が未来の為に、私をその手で。






 私が目覚めて二週間。その期間の間、私はずっとレミィと共にいた。
 レミィの方は完全に風邪が完治していたのだけれど、私がまだ地下にいなければいけないことを知ると
『私もパチェの傍にいる。友達がつらいときに傍にいるのは当然でしょ』と言ってくれた。その言葉が本当に嬉しくて、泣きそうになってしまった。
 それからの間、私はずっとレミィとお話をした。互いのこと、館のこと、そして未来のこと…沢山のことを話し合った。
 最初は何を話せばいいのか分からず、一方的に話を聞くだけだった私も、レミィに促されて自分から話すようになった。
 話慣れていない何一つ面白いことを言えない私の話を、レミィは文句ひとつ言わずに全て聞いてくれた。私なんかの話に、時に笑い、
時に怒り、時に驚き、時に悲しみ…私と沢山の感情を共有してくれた。私と沢山の想いを共有してくれた。
 

 ――嬉しかった。レミィが傍で笑ってくれることが。私を見てくれることが。
 ――嬉しかった。誰かとお話をして、こんな温かい気持ちになれることが。
 ――嬉しかった。レミィと話せば話すほど、自分に生が満ち溢れている気がした。


 レミィと一緒にいる、それだけで私は人形から解放されているような気がした。
 彼女の前で私は全てを曝した。笑顔、涙、怒り、悲しみ。以前の私なら何ひとつ表に出せなかったモノ。感情。
 その全てがレミィの前では現すことが出来た。レミィの前でなら、私が私で在ることから解放された。
 人形の私ではない、もう一人の私。レミィの前で躍動する、もう一人の私。そんな自分が生まれた。
 私の目の前で何ひとつ穢れなく笑う少女。その少女が与えてくれる暖かな気持ち。ああ、成程、今ならば美鈴の言っていたことの意味がよく分かる。
 これは私達にとって毒だ。甘美過ぎる、これまでの自分を捨て去ることに何の躊躇も擁かなくなるほどの甘美な毒。
 レミィは私達にとって眩し過ぎる。私達のような地の底で泥を啜り生きるような、そんな壊れた存在にとって、レミィは輝かし過ぎるのだ。
 例えるなら暖かな陽光。植物の誰もがそれを求めるように、私達のような連中はレミィを見て堪らなくなる。

 レミィのように、どこまでも穢れなき優しい女の子。
 自分が求める言葉を何ひとつ余すことなく伝えてくれる優しい女の子。
 そんな彼女にどうしても触れたくなるのだ。こんな自分でも、こんな私でも彼女に手を掴んで貰いたくて――

 …そう、今なら気持が分かる。誰よりも痛く、間違いなく美鈴よりも遥かに強く理解出来る。
 この優しい太陽を護る為に、この笑顔を護る為に――フランドールがどれだけその身に汚れを纏い狂気に身を窶しているのかが。
 彼女は決めている。覚悟を決めてしまっている。
 レミィを護る為にならば、どんなことでもしてみせると。どんなに己が穢れても、汚くなっても構わないと。


 私はレミィを裏切らない。
 レミィは私を変えてくれた女の子。私にとって沢山のはじめてをくれた大切な親友。
 

 そう、私はレミィを裏切らない。そして――それ以上にフランドールを裏切れない。
 レミィを愛しく思う。愛しているのだと自覚する。だからこそ、私は…愛する人の為にその身を捨てた女の子の味方になる。
 愛する親友を護る為に、あの男の人形をやめる。私はレミィの笑顔の為に…フランドールの力となろう。












【記録】

 間違いなく、これは私の記す最後の記録となるだろう。

 今しがた、スカーレットの命の気配が消え去った。やったのは間違いなくフランドールだろう。
 …逝ったか、スカーレット。やっとお前は誇り高き吸血鬼に戻れるのか。私達が憧れ、誇りにした偉大な吸血鬼へと。
 心配ない、すぐに私もそちらにいく。何、旗揚げからの付き合いだ。地獄の旅路も二人ならば飽きることはなかろうよ。
 これでようやく永い悪夢から解放される。私もお前も、ようやく…本当に、本当に永い悪夢だった。
 お前の妻が死に、フランドールが狂い、レミリアが禁呪を侵し、アイツと娘がお前の引き起こした事故に巻き込まれ…本当に、全てが悪夢だった。
 だが、それも終わりだ。私の死を以って全てが終わる。全ての元凶であるお前と私が去り、紅魔館は誇りを取り戻す。
 お前の娘は立ち、私の娘は事故の傷も完全に癒えた。操作した記憶も直に取り戻すだろう。私達が去り、紅魔館は再び歩み始めるんだ。

 誇れ、スカーレット。お前の娘達は本当に優秀だった。レミリアはお前も知るところだろうが、お前が狂ってからのフランドールは
昔のお前をも凌駕するほどだ。もし、まともな未来が存在していたら、お前はどちらを後継者にするか頭を悩ませていたのだろうか。
 ああ、実に優秀な娘達だ…お前も私も、本当に娘に恵まれた。
 互いに汚れた身だ。己が娘に『お前は私の誇りだ』などと告げることなど出来まいよ。なればこそ、地獄の悪鬼共に語ろうではないか。
 私達の娘は最高の娘だと。地獄の釜の底で笑い合おう、娘の未来に幸あれと。







 フランドールが行動を起こすと同時に、私も行動を起こす。
 私が向かうは地下の一室。私が狙うはスカーレットの右腕にして、この館に残された最後の実力者。
 その男のもとに私が向かう理由は唯一つ――未来の為に、あの男を殺すこと。全てをリセットする為に、私は生みの親の男を殺すのだ。


 この紅魔館の大掃除を担うのは私とフランドールだけ。美鈴は不測の事態に備えてレミィについて貰っている。
 本来なら、フランドール一人で行うつもりだったらしいけれど、そこに私が無理やり押し通った。いくらフランドールでも、
スカーレットとあの男を同時に相手に出来るとは思わなかったから。スカーレットの実力は勿論のこと、あの男は魔法使いとして一流。
 だからこそ、私が抑える。私が殺す。人形である私を生みだしたあの男。恩を仇で返すことは重々理解している。それでも私が殺す。

 最後の最後までフランドールは認めようとしなかったけれど、私は自分の意思を押し通した。
 だって、嫌だったから。フランドールがこれ以上一人で手を汚し続けることが。その汚れを分かち合いたいと思った。
 レミィを護る為に、レミィの未来の為に、レミィの笑顔を護る為に、私は綺麗でい続けることなんて望まない。
 …いいえ、違う。レミィの為、だなんて唯の逃げだ。レミィに責任を転嫁してる。私がそうしたいから、私の未来の為に、私は生みの親を殺すのだ。


 階段を下り終え、地下の扉を開くと、そこに私の目的の男は居た。
 私の登場に目を見開き驚いた後、男は口元を歪めて嘲笑して私に告げる。

『何をしにきた、人形。命令ならフランドールに訊けと言っておいた筈だが』
『そのフランドールの手伝いにきたのよ。でも、この場にいるのは私の意思。他の誰でもない、私だけの』
『人形風情が口を利く。貴様に自立など誰が求めた?人形は人形のままに主の命令だけを訊いていればいい』
『そうね…人形で居続けるなら、それもよかった。だけど、私は人形じゃない。私は人形なんかじゃないもの。
私はレミィが好き。大好き。だからレミィの力になりたい。レミィの傍に居たい。レミィといつまでも過ごしたい。
ねえ、貴方は私を作りだしたんでしょう?だったら教えて頂戴。私を人形と断ずるのなら、私の胸から溢れるこの感情は何?
抑えても抑えてもあふれ出るこの想いを知ってもなお、私は人形で在り続けるというの?』
『…下らんな。壊れた人形になど何の価値も無い。パチュリー、お前は廃棄だ。
命令を受け付けない人形など必要ない。お前の代わりなどいくらでも生み出せる。裏切り者の代わりなどいくらでも、な』
『ッ!代わりなんていない!私は私一人、私はここにいる!パチュリーは私一人よ!』
『だが私は認めない。私が存在する限り、パチュリーは無限に作り出せる。私がいる限りお前は世界に一つの存在になれやしない』
『だったら――だったら貴女を殺して私はたった一人のパチュリーになる!パチュリーは私だけよ!』

 私の絶叫を皮切りに、私と男は互いの魔法を全力で放ちあう。
 男の魔力は私と同等かそれ以上、だからこそ勝負は厳しいものになる――そんな予想を覆し、私の魔法は男の魔法を容赦なく呑み込んでいった。
 まるで男の魔力が失われてしまったかのように。まるで私の魔力が遥かに底上げされてしまっているかのように。
 そう…以前までには無かった力、それが今の私には在った。その存在に気付いたのは本当に今更になって。
 私の魔力に飲み込まれる刹那の男の顔――これまで見たことがない、穏やかな優しい表情を見てしまって、私は全てを悟ってしまった。
 初めて私が目を覚ました時の男の顔。私に魔法を教えるときの男の顔。私が身体の不調を訴えたときの男の顔。あの表情の全ての意味を。
 そして、男の正体。その男が何者なのかを知ってしまった。『思い出して』しまう前に、知ってしまったのだ。



『…そうだ、他の者などいるものか。世界が認めずとも私が認めるのはお前だけだ。
私とアイツの娘はお前だけ…私達の愛するパチュリー・ノーレッジはお前だけだったよ』



 あの男は――お父様は、本当に酷い『大嘘つき』なんだって。















【記録】

 最後に記す。この日記の保管場所を読み解く者…恐らくはフランドールだろうか。
 もしこの日記をフランドールが手にしたのならば、私の最後の願いをきいてほしい。
 これまで散々パチュリーのことを頼んでおいて、『またか』と思うかもしれないが、そこは親馬鹿と見下して見逃してほしい。

 私が頼むのは、ただ一つ。パチュリーをそれとなく誘導してほしい。
 パチュリーの目指すべき魔法使いの姿を『裏切りを誇れる魔法使い』に。
 フランドールは重々承知だろうが、私は最後の最後まで奴を裏切れなかった。奴を殺して自分だけ生きる道を選べなかった。
 真に奴のことを考えるなら、私は奴を裏切り、幼いレミリアとフランドールを連れて館から逃げるべきだったのだ。
 だけど、私は駄目だった。友の為に何が大切かを知っていながら、行動に移せなかった。その結果が現状だ。
 だからこそ、パチュリーに望みたい。私のような愚か者ではない、もう一つの未来。友の為に友を裏切れる、
そんな裏切りを誇りだと思える魔法使いになることを。
 他人に後ろ指を指されるかもしれない。他人に蔑まれるかもしれない。けれど、そんなことを恐れないで欲しい。
 何故なら私は知っているから。大切な者の為に全てを裏切り、大切な者(あね)を護り通す小さな勇者(おんなのこ)を私は知っているから。

 だから私は娘に望む。大切な人の為に、全ての柵を、世界を裏切れるような、そんな魔法使いになってくれることを。
 最後になるが、一筆だけ残させて欲しい。自分勝手だと分かっている。戯けたことだと分かっている。
 それでも私は残したい。他人の目に見える形で、死に向かう今も己の気持ちが最後まで真実であったと。





 私は娘を――パチュリーを誰よりも愛している。
 本当に駄目な親ではあったけれど、私もアイツも、心からお前のことを愛していたよ。
 願わくば、私達の築けなかった未来を…幸福な未来を歩まん事を。















「…勝手ね。本当、勝手過ぎる」

 書を閉じ、私は一人息をつく。
 言いたいことは山ほどある。それほど図書館中に響き渡る程の慟哭を伴って。
 けれど、決して口にはしない。それはあの人の生き方を汚すように感じられたから。
 私をスカーレットから護る為に、己が誇りも何もかも捨て去って、私に嫌われてまで私を護り通しくれたあの人。
 私は袖で目元をゴシゴシと強く拭き、書を巧妙な認識阻害魔法のかけられた棚に収納し、軽く深呼吸をする。
 軽く気持ちを入れ替え、私はゆっくりと目を見開く。大丈夫、変わりない。私の見える世界は何ひとつ変わらない。

「さて…と。そろそろお茶の時間だし、遅れないように向かわないとね。レミィがいじけちゃうから」

 軽く笑みを零し、私は図書館を後にする。
 言いたいことは沢山ある。ぶつけたい不満は山ほどある。だけど、私は絶対にそれを口にしない。
 だって、そうしちゃうと今、こうして私の得た世界を否定することになるから。今の私の幸せを否定することになるから。
 あの人の行動、思惑、生き方、その全てが今の私の幸せに在る。だったら、誇らないと。私を護ってくれた人――お父様がくれた、私の幸せ。
 だから最後に一つだけ約束してあげよう。お父様の最期の言葉に思いを馳せながら、私は一人言葉を紡ぐ。


「愛しき親友(レミィ)と気高き悪友(フランドール)の為に、
精々必死に目指してあげるとしましょうか――ノーレッジ(お父様)の意思を継ぎ、『裏切りを誇れる魔法使い』とやらに、ね」


 二人を絶対に裏切らない魔女ではなく、二人の為に裏切ることの出来る魔女に。
 目指すと言った自分で言っておいて笑ってしまう。ああ、成程、その役割は本当によく私に似合ってる。性格が悪い、この私にはとても。










[13774] 嘘つき永夜抄 その八
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2010/10/11 00:05






 ~side てゐ~



「月の光に導かれ~な~んども~巡り会う~…っと、おおう、そっちにゃその記号は要らないよ」

 気分良く鼻歌の一つを歌いながら、私は兎達に指示を出し、大広間の床に魔法円を描き続ける。
 お師匠様から頼まれた仕事を、私は文句の一つも言わずに淡々とこなし続ける。普段なら愚痴の一つや二つどころか仕事すら
ボイコットしただろうけれど、今日ばかりは手を抜いたりしない。何故なら今宵は特別な一夜、月の光に酔ったお客様を誠心誠意真心込めて
お出迎えしてあげなくちゃいけない。そんな面白おかしいイベントに手なんか抜ける筈もない。私は常に面白いコトの味方なのだから。

「一つ描いては姫の為、二つ描いてはお師匠様の為、三つ描いては鈴仙の…まあ、鈴仙はどうでもいいや。三つ描いては自分の為~」
「…どうでもいいって何よどうでもいいって」
「だって鈴仙、そういうの嫌いでしょ?鈴仙はそういうの、重荷に感じるタイプだし」

 背後からかけられた誰かの声にも私が驚くことはない。
 なんせ、その人物が私の後ろで延々と頭を悩ませていたのは彼是三十分は経つのだから。突然現れたならともかく、背後でウンウンうなり続けていた
声が途切れたらその人物――鈴仙・優曇華院・イナバが行う行動は私に話しかけるくらいしかない。
だから私、因幡てゐが鈴仙の声に驚くことなど決してありはしないのだ。私の返答に、鈴仙は肯定も否定もせず大きく息を吐くだけ。

「そんなに頭を悩ませることかなあ。鈴仙もただお師匠様に言われた通りに淡々と自分の仕事をこなせばいいんだよ。
何も考えることなく、ただ事務的に遂行する。私なんかよりも鈴仙はよっぽど得意じゃない、そういうのは」
「てゐに言われなくても分かってるわよ。侵入者の足止め…師匠に言われたことは全力で遂行に当たるわ。
ただ…ただ、ね。兎達の報告を聞く限り、相手は相当の実力者揃い何でしょ?」
「もちのろんろん、ありゃあヤバいね、ヤバ過ぎるね。
侵入者は四人だけど、三人がヤバいくらいの力を放って兎や妖精達を捻じ伏せちゃってる。ありゃきっと幻想郷でも指折りの妖怪達だよ。
うち一人は高見の見物を決め込んでるみたいだけど、恐らくそいつはリーダーで一番強いんでしょ。力を隠してるだけだと思う。
う~ん、そう考えると鈴仙の役割は大変だねえ。なんていうか、ご愁傷さま?骨は拾ってあげるから安心してね」

 私の軽口にも、鈴仙は少し睨みを利かせるだけで反論をしようとはしない。
 ありゃあ、こりゃ本当に拙いかも。考えの深みに陥っちゃってるね。相手は化け物揃い、その足止めを任された、だから自分が頑張らないといけない、
なんてそんな風に思いつめてるんだろうけれど…本当に鈴仙は真面目過ぎて駄目だね。頭が堅物過ぎるとこ、嫌いじゃないんだけど今はちょっと拙い。
 軽く肩を竦め、私は床に魔法円を描く為に動かし続けていた手を止め、鈴仙の方へと向き直す。全くもう、こういうフォローはお師匠様の仕事だって
いうのにさ。こういうときだけ私に面倒な仕事を押し付けられるのは困るよね、本当に。

「ねえ鈴仙、先に言っておくけどさ、鈴仙じゃどんなに頑張っても『鈴仙の思い描く勝利条件』には辿り着けないよ」
「…どういう意味よ」
「どういう意味もこういう意味も。鈴仙は今、こう思ってるでしょ?
『師匠に侵入者を食い止めるように命令されたけど、相手は化け物揃い、それも四人も相手なんて私で勝てるのか。否、間違いなく勝てない。
四人を相手にどうやって戦う?狂気の瞳と私の力でどれだけ保つ?良くて五分、最悪一分も…勝てなくてもいい、一秒でも足掻いて敵を…』ってね」

 質問に対する返答はない。それは言葉無くして肯定を意味するも同じ。
 そんな生真面目鈴仙に、私は人差指を立て、チッチッチッと三度左右に触れさせて再度言葉を紡ぎ直す。

「それが駄目駄目なんだよねえ。鈴仙、お師匠様の伝えたいことを何も理解出来てない。これじゃお仕事全然達成出来ないでしょ」
「普段仕事をサボりまくってるのが偉そうに…それで、私が分かってないってどういうことよ」
「じゃあ訊くけどさ。お師匠様は鈴仙に『侵入者を撃退しろ』とか『鈴仙が倒せ』とか『一人で勝利を勝ち取れ』とか言った?
鈴仙に対して『貴女の任務の目的は貴女の実力を持って撃ち滅ぼすことだ』とか言ったかなあ?違うよね?
お師匠様が鈴仙に命令したことは唯一つだけ。『可能な限り侵入者の足止め』をすることでしょ」

 そこまで言って、鈴仙はようやく私の言いたかったことに気付いたのか、驚くような表情を浮かべて目を見開いた。
 その顔に満足し、私はふふんと一笑、再び床に膝をついて魔法円を描く作業に移る。

「鈴仙は妖怪兎の中でも特別だよ。地上の兎の中でも群を抜いて…違うね、玉兎を含んでもなお抜きん出て強く優秀な兎だもん。
特別な力を有すると人も妖怪も時折錯覚を起しちゃう。一の仕事を自分なら五出来ると、五の仕事を一人でこなせる筈だと勘違いしちゃう。
でもね、そこは絶対に履き違えちゃ駄目だよ。私達は逆さになっても鬼には打ち勝てないし天狗のように羽ばたけない。けれどそれは決して恥ずかしいことじゃない。
私達は兎。どこまでいっても唯の兎なんだよ。だったら考えないと。狡賢く狡猾に、どうすれば驕り高ぶる悪鬼達から私達だけの勝利を掴みとれるのかをね。
自身の限界を知っている。自身の弱さを知っている。それは鬼にも天狗にも持ち得ない私達だけの立派な『武器』なんだから」
「てゐ…貴女」
「…なんてねっ。今のは全部お師匠様の受け売りだよもん。私が他人に偉そうに何かを語れる薀蓄なんて持ってる訳ないし。
まあ、結局何が言いたいのかっていうと、鈴仙は真面目過ぎるから適当に力抜いて適当にサボればいいんだよ。
私が鈴仙の立場だったらお師匠様の命令なんて全部投げ出して逃げ出すけどね。誰が自分より強い妖怪達と対峙なんかするもんかって」
「もう…少し見直したと思ったら。ふふっ、でも、そうね。少し力を抜いて考えてみる。
そうよね…打ち倒すことが私の勝利条件じゃないわ。私が勝つべき道は、勝ちうる為の道は、もっと別の場所に在る」
「そーそー、その調子その調子。…おおう、それはみ出しちゃ拙いって!私がお師匠様に怒られちゃうじゃない!」

 話に夢中になっていた間に、兎達が私の指示を失いおろおろと適当に魔法円を描いていたことに気付き、私は慌てて指示を出し直す。
 そんな私を見て先ほどとは打って変わって柔らかく笑う鈴仙。ん、もう安心だね。兎はストレスに弱いんだから、精神安定くらい自分で
出来るようにならないとねえ。もっと楽しくもっと可笑しく好き勝手に生きないと。それが兎の生涯ってもんでしょ?

「それで、魔法円の完成には後どれくらい時間を稼げばいいの?」
「ん~…三十分、といいたいところだけど、お師匠様の手による最後の仕上げも必要だから四十分は欲しいかな。
このえげつない術式を発動させるにゃ、私だけじゃ手に負えないからね」
「仕方ないわよ。師匠曰く、これが時間稼ぎの最大の切り札になるんでしょ?だったら頑張らないと」
「ん~、そだね。あ、兎からの報告なんだけど、もうすぐ侵入者達が永遠回廊突破しそうだって。
本当、よくやるよね。このままじゃ、十分経たずにこの部屋まで来ちゃいそう」
「来ないわよ。ええ、来るとしたら、そのときは既に時遅し、よ。
だってこの部屋に来る為には最後の難関――この私、鈴仙・優曇華院・イナバを突破しないといけないんだもの」

 軽口を叩いて笑う鈴仙に、私は笑って拳を差し出す。
 どうやら私の意図を理解したようで、鈴仙もまた拳を突き出し、私の拳にコツンと小さく押し当てる。

「良い格好は要らないよ、鈴仙。私達は兎、私達は弱者、私達は狩られる者。それさえ知っていれば、私達は誰よりも強い」
「ええ、解ってる。私達は私達らしく姫様の為に――どこまでも狡賢く、どこまでも計算高く勝利を掴みとってみせるわ」
「…とかなんとか口では言いながら、最後の最後で格好付けようとするのが鈴仙なのでした」
「しないってば!それじゃ、行ってくるから。それと、もし私がやられちゃったら、姫を…」
「死亡フラグ禁止ー。ほらほら、無駄口叩いてる暇ないんじゃないのー?」
「そ、そうだった!とにかく頑張ってくる!」

 慌てて走り去る鈴仙の背中を眺めながら、私は満足してうんうんと頷く。
 やっぱり鈴仙はああでなくちゃ。『勝つ』とか『倒す』とかじゃなくて『頑張る』がいい。鈴仙は頑張ることだけ考えればいい。鈴仙は納得しないだろうけど。
 そーんな母性溢れる考えを私は一秒で破棄し、さっさと自分のお仕事に戻る。私は何より自分主義、自分が楽しければそれでいい。
 鈴仙が無理をして無駄な怪我をするのは面白くない。鈴仙が見ず知らずの妖怪にボッコボコにされるのは面白くない。
 だから私は『一番楽しい』を実現させるために行動する。ただそれだけ。つまらなき世を面白おかしく、それが私のモットーだから。
 自分の面白さを何より優先する、それが私の生き方。その為には鈴仙にだってお師匠様にだって平気で嘘もつく。だってそれが私。因幡の白兎の生き方。
 常に自分本位、常に己が身可愛さ、それが私。だからこそ、私は自分の面白さの為にどんなことでもやってのける。


「――ねえ、イナバ。この退屈なお祭りを更に盛り上げる為、私に協力なさい。無論、永琳には内密でね」


 おもしろき こともなき世に おもしろく すみなすものは心なりけり
 世界はいつだって自分色。だからこそ私は物事が面白くなる為には、どんな助力だって惜しまない。
 私の知る限り世界で一番のお姫様。そんな姫の命令は、きっと私の世界を更に面白く塗り替えてくれるだろうから。
























 私にはあるのよ!この幻想郷で唯一人、弾幕の中でボーっと突っ立つ権利がね!…んなもん欲しくないわよ、畜生。

 軽くため息をつき、私は左に視線を送る。そこには弾幕を展開して妖精達を追い払う美鈴の姿。
 その姿を見届けた後、視線を右に。そこには弾幕をばら撒いて妖怪兎を逃げ惑わせるパチェの姿。
 そして、私の正面には、私の姿をしたフランが容赦ない弾幕で私達の道を塞ぐ全てのモノを無慈悲に薙ぎ払ってる。ラピュタの雷?
 もうなんていうか右も左も前も全部弾幕。本気で殺しにかかってる弾幕。三人がかりで弾幕。その中心でボーっと突っ立つ私。
 なんだろう…みんな私を護ってくれて大変嬉しいんだけど、なんていうか、その、凄く私駄目駄目過ぎる。
 他のみんなは頑張ってるのに、私は見てるだけ。…いや、何も出来ないのよ?私じゃ何の力にもなれないことくらい分かってるのよ?
 だって私弾幕出せないし、そもそも一人で空飛べないから敵の攻撃避けられないし…でも、だからといってこれは…い、いかんですよ!
 このままじゃ私は誰もが認めるマダオ(まるで駄目な乙女)じゃない!フランの力になる為に同行してるのに、私完全に役立たずじゃない!
 くぅ…分かっていた、分かっていたのよ。私がこのメンツでは明らかに戦力外通告なことくらい。ラスボスの前だと瞳に封じられ戦闘にすら
参加出来ないレベルだってことくらい。例えるならフランがダイでパチェがポップで美鈴がヒムね。私?私は…アバンにもラーハルトにもなれない
蓮っ葉なチウなのよ…同じチウなら長谷川千雨になりたかった…私もアイドルとしてバーチャルでうっはうはに…

「ふう、これで一通りは片付きましたかね」
「これで終わり?あと三倍は来てくれないと肩慣らしにもならないわ。ですわよね、お姉様?」
「へ?あ、そ、そうね。やっぱり肩は消耗品だものね!大事にしないといけないわ」
「温存するのはレミィだけでいいわ。もし私達の誰にも手に負えない奴が現れたら、そのときがレミィの出番だから」
「う…ま、まあ、そのときが本当に楽しみよ!あは、あははは…」

 パチェの一言に、私は乾いた笑みを零すことしか出来ない。そんな出番要らないから!必要ないから!
 美鈴もパチェもフランでさえも勝てない相手とか無理ゲーにも程があるわよ!そんな相手に私が出来ることなんて土下座以外何があるというの!
 大体勇者であるフランが負けちゃったら私達はその時点でゲームオーバー、館に戻るしか出来ないの。私はあれよ、馬車の馬くらいに思って頂戴。
 この異変を解決するという気高き想いを胸に宿したフラン…ああ、フラン、貴女はお姉様の誇りよ。本当に素敵過ぎる。貴女の雄姿、しっかりと
両目に焼き付けるから。頑張って応援するから。だから負けないで、もう少し最後まで走り抜けて。アツクナラナイデ、マケルワ!
 …まあ、いざとなったら一人別行動してる咲夜が助けを呼んでくれると信じましょう。みんながやられたら…そのときは私も必死で頑張るわ!死んだふりを!
 と、とりあえず私の出来ることはみんなを鼓舞することだけ!コホンと咳払いを一つ、私はみんなに声をかける。

「ま、私の出番は期待しないでおくわ。どうせ出番なんてないでしょうから」
「へえ…そうレミィが考える根拠は?」
「簡単よ。私の誇る紅魔館の楯(美鈴)に頭脳(パチェ)、そして私の最愛の剣(フラン)が揃っているんだ。こちらに負けなど存在しないよ。
ましてや私達とは別に私の懐刀(咲夜)が動いてくれている。紅魔館の皆が揃っているんだ、私達に敗北など存在しない。違うかしら?」
「フフッ、お嬢様の仰るとおりですね。お嬢様が私達を信じて下さるならば、私達に負けなど存在しません」
「本当、調子の良い…確かにその通りなんだけどね。残念だけど、お姉様の出番は一切無し。お姉様はただ黙って見てるだけでいいの」

 フランのぶっきらぼうな言葉も今の私には最高の言葉に聞こえるわ。ありがとう、フラン。お姉様、安全な場所でただ黙って見てるから。
 指咥えて見てるだけにするから。だから絶対に巻き込まないでね!いい!?絶対だからね!?約束したかんね!?
 私は言質を取ったことに『計画通り』と頬を緩ませながら、みんなの後に続くように飛行を続ける(続けてるのは勿論ちび萃香)。
 そんな中、永い廊下が終わり、開いた大きな広間に出る。…というか、さっきからずっと思ってたんだけど、この屋敷おかしい。絶対おかしい。
 外見は幽々子の家とあんまり変わらないのに、どうしてこんなに馬鹿みたいに広いのよ。さっきまで飛んでた廊下は横幅二十メートル、高さは三十メートルは
あろうかってくらい広かったし、この広間は縦横高さ四十メートルくらいある。何このフィールド、サイキッカー達が戦うの?咲夜がウォンなの?
 幻覚なのかはたまた魔法的な何かなのか…うー、そういう面に関して知識ゼロの私じゃ分かんない。多分フラン達は何が起きてるのか
把握してるんでしょうけれど、訊くに訊けないし…まあいいか。私は思考を元に戻すと、三人が何か話してた。

「誘ってるのかしら。どうするの?」
「私はどちらでも。お任せします」
「フン…小兎が生意気に。下りるよ、兎如きに馬鹿にされては吸血鬼の名が泣くもの」

 何か少し会話して、みんな床に向かって高度を落としてる。え、ちょ、待てよ!待ちなさいよ!ちび萃香追っかけてー!
 三人に少し遅れて、私は床…というか畳に足をつける。両足を支えてくれていた二匹のちび萃香は私のスカートの中に隠れたみたい。なんでまたそんなとこに。
 地に足をつけて、前を見ると、そこにはフラン達以外の見慣れぬ女の子の姿が。どちら様?え、ていうか何この空気、何で私を睨んでるの?
 …もしかして、このウサ耳少女は私達の敵?目的だったラスボス?異変の主?ちょ、ちょちょちょ!待って!本当に待って!
 拙いって!もしそうだったら拙いって!今の登場の仕方じゃ、まるで私がみんなのボスみたいじゃない!一人遅れてゆっくり降り立つなんて…や、闇に舞い降りた天才!倍プッシュだ!
 ボスは私じゃなくてフラン!この異変を解決するのはフランだから!そう念を込めて私はフランをじっと見つめる。そんな私の意図を理解したのか、
フランは私からウサ耳少女に視線を送ってゆっくりと言葉を紡ぐ。

「さて、逃げ惑う兎の中に立ち向かう兎が一羽。その酔狂な愚行の意図を訊こうか?」

 …おーまいが。フラン、貴女が素直になれないトゥーシャイシャイガールだってことは理解してるけど、初対面の相手にそれはちょっと。
 ほら、相手は確かに黒幕の気配濃厚、濃厚なんだけど…か、勘違いの可能性もあるっていうか、もっと温和に進めてもいいんじゃないかなって
お姉様は思ったりしなかったり…ね?その証拠にウサ耳ちゃんも怯えて…

「貴女はこの連中のトップなの?」
「は?」
「もしトップじゃないなら黙ってて。私は三下に用はないわ。
私が話すは貴女達の頂点に立ち、この永遠亭に土足で足を踏み入れようなんて考えた馬鹿の親玉だけ」
「…っ、言ったな、畜生如きが」

 お、怯えてないし!というかフラン相手に言い返したわよこの娘!?な、なんという恐れ知らない戦士のように振舞うしかないアンインストール。
 おでれえた。おでれえた。この娘、凄く勇気がある。私じゃフラン相手(しかも不機嫌)にそんなこと言えない。絶対言えない。
 そんな私に共感してるのか、美鈴もパチェも目を丸くさせて驚いてる。そりゃそうよ、誰だってフランみたいな妖気爆発させてる奴相手にそんな
喧嘩腰でいられる訳がない。ましてやこの娘のように相応の実力を持ってるような人程。しかし三下ね…フランが三下なら私は何下かしら。八下?十二下?

「…いいわ、その身、骨一つ残さず焼き殺してあげる。今晩は兎の丸焼き、食いでがあまりなさそうだけど」
「私は黙れと言ったわ。お前は唯一つ、お前がこの中で一番の妖怪かどうかを答えればいいのよ。
さあ答えなさい!それともお前が畜生と詰る相手に返す言葉もないの?私の言葉を聞き入れる智慧も存在しないのかしら?
…ハッ、一体どっちが畜生なんだか分かったものじゃないわね。さあ、答えなさい。お前がこの妖怪達の頂点に立つ、そう考えていいのね!?」

 断固たる意思を持って言い放つウサ耳少女。か、格好良い…なんて意思の強い女の子なのかしら。今どきこんな若者がいたなんてお姉さん驚きだ。
 まあ、この娘がどうしてそんな質問をしてるのかサッパリサッパリだけど…一番ね、間違いなくフランでしょ。一番強いし。二番が美鈴かな。
 そんなことを考えながらフランをぼーっと見てると、フランは兎ちゃんから目を逸らし、何故か私の方へ視線移動。…え?
 じっと見つめるフランの視線に耐えかね、私は美鈴の方に視線を向けると、美鈴もまた私を見て…あれえ?
 堪らずパチェの方に視線を…さも当然のように私を見てる。それはつまりあれ?私がこの中でトップだと?…なん…だと…?
 いや!ちょっと待って!お願いだから待って!確かに、確かにそうよ!?紅魔館では私、レミリア・スカーレットが主よ!?一番よ!?でも
この異変解決を目指す勇者はフランでしょ!?なのになんで私を見て…そこまで考え、私は今の自分の姿を振り返る。
 今の私は金色の髪に紅の服。…そうだ、今の私はレミリアではなくフランの格好をしてるんだった。つまるところ私がフラン。
 …ジーザス。そういうこと。つまるところ、あれなのよ。フランが異変解決しようとする場合、フランの名を残す為には私がフランだと
偽らなきゃいけないのよ。フランを立てつつ、他のみんなに異変を解決してもらう、それが私の任務。…フランの馬鹿あああ!よ、余計なことしてええ!!
 くう…今更だけど、これじゃ私が前に出るしかないじゃない。みんなの上に立つって言わなきゃいけないじゃない。で、でも大丈夫!
別に兎ちゃんと話すだけだから!戦う訳じゃないから!だから私がフランですって名乗り出て、適当にお茶を濁して終わろう、うん。
 軽く咳払いを一つし、私は笑みを無理矢理作り、皆の前にでてウサ耳少女と対峙する。そして高らかに名乗りを一つ。

「――フランドール。フランドール・スカーレット、それがこの娘達の頂点に立つ私の名前。
さて、そんな私を指名する貴女の名前は?この私を要望するんだ、それくらいの礼儀は持ち合わせていよう?」
「っ…鈴仙。鈴仙・優曇華院・イナバ。それが私の名前」
「鈴仙…そう、良い名ね。勇敢で、私達を相手に逃げる素振りすら見せやしない。敬意を表するに値するわ」
「…それが唯の強がりで、本当は今すぐにでもここから逃げ出したいって言ったら、貴女は私を軽蔑するかしら?」
「真逆。もしそれが本当ならば、私はお前の名を生涯胸に刻むでしょうね。
恐怖を押し殺し、決して勝てぬ悪鬼達に勇を振り絞り立ち向かう。それは何と誇り高く、気高く、美しき姿か。尊敬するよ、鈴仙・優曇華院・イナバ」

 私の軽口に、少女――鈴仙は少し驚いた様子を見せた後、笑みを零す。なんだ、張り詰めた表情以外も出来るのね。
 まあ、私の言ってることはデタラメ並べまくりだけど、尊敬するっていうのは本当。だって私なら逃げる。間違いなく逃げる。
 美鈴とパチェとフラン相手に対峙するとか罰ゲームにしても酷過ぎる。私がそんな目にあったら二度と自分の部屋から出てこなくなる自信があるわ。
 そんなことを考える私に、鈴仙は感情のギアを入れ直し、真剣な表情を私に向けて言葉を紡ぐ。

「フランドール…貴女達がここまで来た目的、それは今更訊ねるまでもない」
「ええ、知ってるなら話が早いわね。真実の月を取り返す、それが私達の目的よ」
「…そう。ならば私は貴女達の前に立ち塞がらなければいけない。貴女達をこれ以上先に通す訳にはいかないの」
「でしょうね。だけど、それは私達とて同じこと。私達は立ち止まれないわ。貴女の口ぶりから察するに、私達の到達点は間違いなくこの先にある」
「そう、私は譲れない」
「ええ、私も譲れない」

 だから、気は進まないけれど、フラン達にお願いして貴女を軽く優しく傷が残らないくらいに気絶させて…そんな風に考えていたら、
目の前の鈴仙からとんでもない提案が飛んできた。それは私にとって間違いなく最悪の提案。

「だから私は提案するわ。この異変を解決しに来た貴女達…その実力者達の頂点に立つ貴女に」
「提案?」
「そう…私が塞がるか貴女が進むか、その未来を賭けて正々堂々一対一で弾幕勝負をすることをね」

 …弾幕勝負。その言葉を耳にした刹那、私の目の前が真っ暗になった。あれ、手持ちのポケモンがもういない…なんて言ってる場合ではない!
 ちょ、ちょっと待て!よりによって弾幕勝負て!何を言ってるのよこの娘は!正々堂々もくそもあるか!私は弾幕一つ放てないのよ!?
 それのどこがフェアーな提案なのよ畜生!図ったな赤兎!目が赤いのは通常の三倍なの!?馬鹿なの!?兎は寂しいと死んじゃうの!?寂海王なの!?
 と、とにかく拙い!それは拙い!拙過ぎる!そんなん私絶対負けるやん!くそ、何とか口先で上手く路線変更を…

「その姿を見る限り、貴女は吸血鬼…さっきも言ったけれど、その誰もが高い力を感じさせる連中の頂点に立つ実力者。
そして、話してみた限り、貴女はそこの吸血鬼よりも冷静で知的、そして私を観察する眼力も持ってる。他人をも容認する器も持ってる。
そのような誇り高く、そして己が力に自信を持つ吸血鬼なら私如き小兎の挑戦、断る筈がないわよね。
貴女にとっては落ちているお金を拾うようなものでしょう?一人の力で私を弾幕勝負、お遊びで捻じ伏せれば、すぐに道は開けるのだから」

 に、逃げ道塞いでくるんじゃねえー!!何この狡猾兎!あれよあれよと私の逃げ場をおじゃまぷよの如く塞いでるじゃないのよ!?
 ここで『戦いたくねえー!死にたくないー!』なんて言えば私兎から逃げた脆弱吸血鬼のレッテル貼られるじゃない!いや、貼られるなら
まだしも私の真実(実は最弱)がフラン達にばれたりしたら…あ、あわわわわわ…つ、詰む!私の人生が詰んじゃうから!
 考えろ、何か手は、何か手は…そんなとき、横からパチェが私達の会話に口を挟む。

「…貴女、何か勘違いしてるんじゃないの?提案とは対等の条件を持って成り立つものよ?
私達がどうして圧倒的不利な立場にある貴女の言うことを訊かなきゃいけないの?私達がその気になれば
四人がかりで貴女一人その場で始末できるということを忘れてるの?」
「出来るものならやってみなさいよ。吸血鬼の誇りがそれを許すのならね」
「私は勘違いするなと言ったわ。吸血鬼の誇りが何?二人が否定しても、私か美鈴が無理を通して捻じ伏せればそれで解決よ。
二人には悪いけれど、私は全てにおいて効率を優先する。二人には後で謝罪するとして…お前を潰して長話は終わりにしていいかしら」
「主の意向を無視だなんてウチでは考えられないわ…でも、それでも貴女達は私の条件を飲まざるを得ないわ。
何故なら貴女達は私に従うしか道は残されていないのだから」

 パチェのナイスアシストは鈴仙の狡猾な作戦によって弾かれる。言葉を告げ終えると、鈴仙はパチンと軽く指を鳴らし部屋に音を響かせる。
 すると、室内の入り口と出口に在った筈の扉が消え失せ、始めから存在しなかったように世界へ溶け込んだ。ちょ、おま、出口っ!
 驚く私達に、鈴仙は笑みを浮かべながら最後要求を突き付ける。こここ、この女狐!じゃなくて女兎!

「この仕掛けは私の師匠独自の技術によるもの。私の同意なくして扉を開くことは叶わない。私が扉を開くときは、私が弾幕勝負で負けたときだけ。
他の蒙昧の雑音は聞き飽きたわ。さて、答えを聞かせて貰えるかしら、フランドール。何度も言うけれど、貴女にとって何ひとつ不利は存在しない。
私と一対一で弾幕勝負をしてもらえるかしら?それとも、力づくで私を殺し、一生この閉ざされた世界で過ごしてみる?」

 妖艶に笑う鈴仙。むぐう、うぐぐ…ぐうううう!やばい、チェック入ってる。完全に王手だこれ。
 返答を待つ鈴仙。答えに困る私。見守るみんな。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。弾幕勝負だけは嫌だ。どうにか、どうにかして何か何か何か…

「さあ、答えてフランドール・スカーレット!貴女の答えを!私と決闘を行うか否か!!」

 私の答え、私の答え…う、ううううー!!うー!うー!うー!
 私の答えなんて最初から一つしかないわよどちくしょーーーーーー!!!!!!













 ~side 鈴仙~



「決闘は――断る!!」

 フランドールの言葉に、私は驚きも無く受け入れる。
 そうだろう。先程話した時から、薄々とは感じ取っていた。この吸血鬼、フランドールには私の突こうとした欠点が存在しないことを。
 
「私は誇り高き吸血鬼ではない。矜持やプライドなどというものとは無関係の位置にいるわ。私は、幻想郷の妖怪達の命を背負っているの。
 軽々しく決闘などで、幻想郷に住まう人妖の運命を決定することなど、断じてできない!」

 そう、この吸血鬼は強者が持つ驕りや誇りといった余計な荷物を何一つ背負わない。
 だからこそ、決闘などという方法を取り、己が勝ちの道を一毛たりとも可能性を失そうなどとは思わない。
 目的の為ならば、彼女は自身の在り方をも否定する。強者であることも忘れ、否、最初から存在していないように振舞い行動に移す。
 そうでなければ、私のような兎相手に耳を貸そうなんてしない。そうでなければ、私の名を訊ねたりしない。

 …そうでなければ、私のような妖怪兎を誇りに思うだなんて、絶対に考えたりしない。

 彼女の言う幻想郷に住まう人妖の命とやらの意味するところは分からないけれど、彼女は譲れない大切なモノの為にこの場に立っているんだろう。
 だからこそ、彼女は最善を尽くす。私を倒す為には、何が起こるか分からない弾幕勝負ではなく実戦で。そして、一人ではなく多対一で。
 そして何より重要なことに――彼女は私が空手の鉄砲だと気づいている。私の全てがブラフで塗り固められていることに。
 室内を閉ざした術も唯の巧妙な幻術の一種で。私の意思とは関係なく、私の力が尽きれば扉は現れることにも気づいている。
 …悔しいけど、完敗ね。てゐの言う通り、色々と策を弄してみたけれど、稼げた時間は会話分だけか。残念を思う反面、少し喜ぶ自分もいる。
 吸血鬼という強大な存在で在りながら、敵である私にも敬意を払ってくれる器の大きな人に出会えたこと。それが少しだけ、嬉しかった。

「…成程。正しい選択ね。私のような付け焼刃のペテン師じゃ押し通せない、か」

 軽く笑い、私は人差指をゆっくりとフランドールの方に突き出す。
 私の時間稼ぎの作戦――弾幕勝負による時間の引き延ばしは瓦解する。
 四対一という不利を覆し、うまく時間を稼ぐために私の考えた作戦は見事に塵と化し、残される道は一対四の一方的な暴力だけ。
 小さく息をつき、私は意識を切り替える。戦いは嫌。戦争は嫌。だけど、姫様や師匠を後ろにして逃げるのは絶対に嫌。逃げるのは一度だけで十分だから。
 勝負…にもならない。だけど、私はあきらめない。弱者は弱者らしく、足掻いてみせる。嫌らしく狡猾に、格好悪くても役割は果たしてみせる。
 勝とうとは思わない。撃ち貫けるとは思わない。けれど、私の目的は果たさせて貰う。私の役割は唯一つ、姫様の為に少しでも多くの時間を稼ぐこと。
 そうすれば後は師匠が…てゐが、頑張ってくれるから。だからフランドール、私は負けない。貴女が相手でも、決して負けない。
 次に誰かが動けば皆が動く。そう認識し息を殺し合った刹那、フランドールが言葉を紡いだ。それは私が予想だにしていなかった言葉。

「そう、私一人で運命を決定など出来はしない…けれど、私はそれを理由にして鈴仙の誇りを踏み躙ることも良しとしない」
「え…」
「私達を前にして一度とて背を向けず、勇を持って相対したその姿、私は心から敬意を表したい。
強きに立ち向かうこと、それは誰もが可能性を抱きながら、誰もが出来る行動じゃない。そう私は先日、大切な友から教えられた。
勇気は心の強さ。勇気は真なる強さ。鈴仙、自分を卑下するな。お前は強者だ。身体ではない、種族ではない、その心の在り方こそ強者なんだ」
「…違うわ。私はただの臆病者よ。戦場で泣き喚き、逃げ惑うことだけしか出来ない一匹の臆病な兎、それが私」
「…それは私も同じだよ。私も同じ…同じなんだ。けれど、私はお前のように全てを一戦に賭す勇が無い。上に立つ私は、お前の提案を飲めない。
だからこそ、私もお前に提案する。鈴仙は私と一対一で対峙することを望んだが、私もまた一つの案を提案させて貰うわ。
私は自分に全ての運命を委ねられない。私は自分を信頼しない。けれど、私は自分の家族を心から信頼しているの――美鈴、パチェ」

 フランドールの言葉に反応し、彼女の後ろに待機していた二人が私の前に現れる。
 その二人の女性に、フランドールは笑みを零しながら、優しく言葉を紡ぎ直す。

「改めて二人を紹介するわ。
紅美鈴…私の誇る最強にして、過去に一度とて貫かれたことのない完全なる重楯。
パチュリー・ノーレッジ…私の最愛の友にして、唯の一度も知識にて後塵を拝したことのない玉冠。
私の自慢のこの二人――弾幕勝負にて見事に凌いでみせたなら、私は貴女の条件を飲みましょう」

 その提案に私は驚き言葉を失う。馬鹿な、どうして。そんな提案、フランドールに利することなんて何一つ存在しないのに。
 訳が分からないという表情の私から別の感情を読み取ったのか、フランドールは少し申し訳なさそうな表情を浮かべ、ゆっくりと口を開く。

「…ごめんなさい、鈴仙。卑怯だとは分かっている。けれど、これが私に出来る最大の譲歩なの。
私は戦えない…万が一にも私はここで倒れる訳にはいかないの。だから有利な立場を利用して貴女にそれを押し付ける。
レミリアを戦わせないこと…それが貴女に対するギリギリの分水嶺。だから…」
「…馬鹿ね、フランドール。貴女は何も謝る必要なんてないのに」

 心から申し訳なさそうに謝る少女に、私は呆れるように微笑み言葉をかける。
 そうだ。この少女のどこに謝る必要がある。この少女はただ尊重してくれただけなのだ。私の誇りを、心を、在り方を。
 だからこそ、四人で総掛りなどではなく、実力者ではあるものの二人相手にしてくれた。それが私の光を追える最小限の可能性だから。
 四人なら無理でも、二人なら可能性はある。そこから私が光を見いだせれば、勝機はある。そんな地点を、少女は選んでくれたのだから。
 強者の驕りでもお遊びでもなんでもなく、私一人の為に不要な配慮を行う。本当、呆れてしまう。だから、思わず言葉を零してしまった。

「フランドール、貴女、あまり人の上に立つのは似合わないわね」
「耳が痛いわね…でも、事実だわ。だから私に部下なんて必要ない。私に必要なのは家族だけ…それだけあれば他に何も要らないわ」
「…甘いね。本当、甘い。だけど、その甘さは私、嫌いじゃない。
感謝するわ、フランドール。でも、私だって簡単には負けないわ。譲ってもらった好機、絶対に活かしてみせる」
「頑張りなさい。私も二人を信じてるから。…言っておくけれど、美鈴もパチェも強いわよ。私の美鈴とパチェは、絶対に誰にも負けないんだから」

 フランドールの言葉に笑って頷き、私は相対する二人に対峙する。
 彼女の言葉通り、二人ともやはり並の妖怪以上の力を全身に纏っている。普通の殺し合いならおそらく勝負にならない状況だ。
 でも、今は殺し合いなんかじゃない。ルールがあり、勝ち負けがつくゲームの中だ。ならば私にも勝機はある。
 それに、負けてしまってもそれはそれで構わない。どちらに転んでも、私は『本当の勝利』を勝ち取ることが出来たのだから。
 弾幕勝負に持ち込み、泥仕合に縺れ込ませ、必死に時間を稼ぐこと。それが私の狙い。叶わないと思われたその狙いは、一人の少女の
『甘さ』によって得ることが出来た。だから私は感謝する。吸血鬼でありながら甘さの抜けきれない少女の在り方に。






 ねえ、てゐ。私はこれで良かったんだよね。本当に良かったんだよね。
 姫様の為に、師匠の為に、狡猾に立ち回って、他人の善意を、甘さを利用して…これが私達の本当の強さなんだよね?
 だったら、フランドールの教えてくれた私の心の強さって何なのかな…今の私は、その強さを誇っていいのかな。
 私の勇気。ちっぽけな勇気。強者に対しても決して負けない、背を向けない、逃げ出さない、私が求めていた本当の勇気。


 本当は今私が何をすべきか分かってる。姫様の為に、師匠の為に、弾幕勝負で私は正面から向き合わずに逃げ回ればいい。
 だけど、てゐ。それって本当の勇気なのかな。そんな姿をフランドールは認めてくれるのかな。
 そんな私の姿を見ても、フランドールは私に勇気ある者だって言ってくれるのかな。フランドールが全てを賭して信頼する二人を相手にして…


「…な訳、ないよね。そんな訳、あるもんか」


 私は拳を強く握り直し、覚悟を決めて二人に狂気の瞳を解放する。
 逃げ回るのが正解だと知っている。時間を稼ぐのが正しいと分かってる。だけど、そうじゃない。そうじゃない。
 私が今為すべきことはそんなことじゃない。私が真に胸を張って今を生きる為にすべきことはそんなことなんかじゃない。

「――っ!パチュリー様、きますよ!!」
「ええ…不規則な弾幕、構成、危険ね。この娘、かなりの実力者よ」

 そう、私は今を強く在りたい。フランドールに、この二人に報いる為に。
 私は勝つ。てゐ、ごめんなさい。私はやっぱり勝ちたい。心からこの二人に、フランドールに勝ちたい。
 勝利を手にして、胸を張りたいの。『みたか』って。『これが貴女達が認めてくれた鈴仙・優曇華院・イナバなんだ』って。
 てゐの言ってることが正しいことなんだって分かってる。てゐの言葉が本当なんだって分かってる。
 でも、それでも一度だけ。この一度だけは踏み出させて。こんなちっぽけな私を勇者と呼んでくれた人に報いる為に。
 臆病者で、裏切り者で、戦場で逃げ出した私にも、こんな私にもまだ誇れるものがあるのなら。
 だから私はもう迷わない。今は姫様も、師匠も忘れて、ただ眼前の好敵手達の為に。そして――






「月の兎の罠は決して抜けられない――今宵は狂夜、全てを捉える私の目に狂い惑いなさい!」






 ――私の想いを護ってくれた、フランドールの為に。この弾幕勝負(ゲーム)、絶対に勝ってみせる!



















「な、なしてこげなことに…」

 始まった弾幕勝負を見上げながら、私は一人呟く。
 なんとか私(無力雑魚)との勝負を避けて美鈴とパチェと戦わせる方向にもっていったんだけど…なんで対等の勝負しちゃってるの?
 あ、あんの嘘つき兎!どこが弱いのよ!自分は臆病だ、よ!滅茶苦茶強いじゃない!あの二人相手に弾幕ごっこであそこまで
立ちまわれるとか聞いてないわよ!?二対一に流れで持っていって勝確定とか思ってた過去の自分をぶん殴りたい…やっぱりフランも参戦させるべきだったかも…

「フン…必死ね」
「ひ、必死じゃないわよ!私は冷静よ」
「お姉様のことじゃなくてアイツのことね。あんなボロボロのくせに目がちっとも死なない。
…忌々しいけど撤回する。アイツは脆弱な小兎なんかじゃない」

 格好付けて言うフラン。お、お馬鹿っ!鈴仙が脆弱な小兎なんかじゃないことくらいそんなの最初から分かってるわよ!
 多分あれよ、鈴仙は兎のなかでも選ばれた兎なのよ。ほら、アメリカの童話にいる大きい太った感じがする兎なのよ。

「何にしても、少し時間が掛かるか…本当、お姉様は余計なことばかり」
「余計なことって…私、何もしてないわよ」
「してるよ。お姉様、手当たり次第見境無し。本当、不潔」
「ふ、ふふふ不潔とか言うなっ!朝昼夕夜と四回毎日欠かさず身体洗ってる乙女に不潔とか言うなっ!」

 私とフランのやり取りは結局弾幕勝負が終わるまで続けられた。
 鈴仙が被弾し、気を失い、それを美鈴が抱き抱えて助けるまで延々と。










[13774] 嘘つき永夜抄 その九
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2010/10/11 00:18






 ~side 咲夜~




 本当、呆れる。いいえ、呆れるどころの話じゃない。
 馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけれど、まさかここまで馬鹿だとは思わなかった。私は軽く額に手を当てて息を吐く。

「貴女達も貴女達よ。飼い主ならちゃんと手綱を握っておきなさい」
「誰が飼い主よ、誰が。それに私は春雪異変で学んだのよ、他人の喧嘩の仲裁ほど無駄骨はないってね」
「私達が横槍を入れると余計こじれそうだし…あ、あはは」
「全く…本当にどうしようもない」

 アリスと妖夢から視線を外し、私は偽りの月が座する夜空を見上げる。
 暗き闇夜を彩るは馬鹿と阿呆の乱れ打つ弾幕。アリス達から話を聞くに、二人はゆうに三十分は弾幕勝負を続けているらしい。本当、笑ってしまう。
 フラン様からの命を受け、結界の外に出てすぐ出会ったアリス達に話を聞けばコレ。溜息の一つでもつきたくなるというものだ。
 軽く首を振り、私は思考を切り替えて再度視線を夜空に向ける。互いに何やら大声を張り上げながら己が主張をぶつけ合う馬鹿霊夢と馬鹿魔理沙。
 フラン様の命を実行する為にも、まずはあの馬鹿達を止めないといけないんだけれど…仕方ないわね。

「アリス、妖夢、貴女達に先ほど事情を話した通りよ。二人を止めさせてもらうわ」
「ええ、何の異論も無いわ。貴女の話に耳を傾ければ、二人の争う理由もなくなるでしょうし」
「右に同じ。必要なら私達も協力するけれど」

 妖夢の言葉に、私は笑って不要の意思を告げる。他人の手など必要なものか。
 頭に血が昇った馬鹿を止める為にアリス達の手を煩わせるまでもない。私一人でお釣りがくる。
 軽く呼吸を整え、そして跳躍。二人の間、その空域まで翔けあがりながら、私は二人目掛けて弾幕を放つ。
 否、正確には二人ではなく互いを狙い放った弾幕を狙って、だ。私の放ったナイフ群は二人の弾幕を打ち消し合い、二人の注意をこちらに向けることに成功する。

「ちょっとアリス!何邪魔してんのよ!?…って、馬鹿メイド?」
「おおう妖夢、ナイスアシスト、助かっ…あれ、咲夜?」

 私の入れた横槍に、二人はそれぞれ180度異なる反応を見せる。霊夢はさも不快そうに、そして魔理沙は少し安堵の声を。
 けれど、横槍を入れたのが互いのパートナーではなく私だと分かると、両者ともに頭に疑問符を浮かべている。
 どうやらこの場に私が存在することに、まだ現状把握が追いつかないといった状況か。けれど、私はそんな二人の落ち着きをのんびり待つつもりはない。
 心底呆れるようにワザとらしく溜息をつき、私は二人に言葉を紡ぐ。

「そこまでよ、二人とも。この勝負、私が預かるわ。
…とはいっても、こんな馬鹿で無意味な消化試合を今宵中に返還するつもりなんて毛頭ないのだけれど」
「おいおい、そりゃ困る。借りたものはちゃんと返さないと泥棒の始まりだぜ?」
「パチュリー様が愚痴ってたわね。魔理沙に貸した本の返還が滞ってきてるって」
「アーアーキコエナーイ」
「そろそろ美鈴を嗾けようかと悩まれていたわよ?なんなら私が取り立てても…」
「ちょ!?返す、ちゃんと返すって!明日…は、無理だけど明後日!明後日までには頑張るから!」

 八卦炉をしまい、箒の上でヘコヘコと頭を下げ始める魔理沙。こちらはどうやら弾幕勝負を続けるつもりは無いらしい。
 …むしろ、弾幕勝負を遮られて喜んでる感があるわね。変ね、二人の話だと魔理沙もかなり頭に血が昇って喧嘩腰に弾幕勝負を始めたって
話だった筈だけど。弾幕勝負の最中に怒りが冷えて落ち着いたのか、はたまた最初から魔理沙はそこまで弾幕勝負を続けるつもりはなかったのか。
 そんな魔理沙とは対照的なのは霊夢。私達の会話を遮るように、怒り浸透とばかりに声を荒げる。

「何漫才なんかおっぱじめてんのよ、馬鹿魔理沙。そんなの放っておいてさっさとかかってきなさいよ」
「え゛…あ、いや、悪い霊夢、ちょっと私、おなかの調子が…」
「逃げられると思う?喧嘩を売っておいて『やっぱ無し』が私に通用すると?」
「凄く…思わないです…あー、もう、負け負け。私の負け。ごめんなさい、ギブアップ、霊夢の勝ちでいいよ。
全ての事情を知ってそうな咲夜(やつ)が来たんだ、意地張る理由もないしな。どっちがレミリアの為だったのかはコイツに訊けば分かるだろうし」
「…そうかしら。コイツが病気なくらいレミリアの為に生きてることは知ってるけれど、私は咲夜とフランドールの繋がりを知らないわ。
もしコイツがレミリア以上にフランドールについているなら、コイツの言葉に何の意味があるのやら」

 やはり問題なのは霊夢の方ね。二人に聞いた話だと、霊夢はフラン様を疑ってる。母様を利用していると思っている。
 その判断は無理からぬこと。霊夢と魔理沙は完全に見てきたフラン様の姿が異なる。フラン様の話だと、魔理沙は猫を被った
フラン様だけと接し、霊夢は素顔のフラン様と接し、そして一度弾幕勝負と殺し合いに発展している。
 霊夢は怒っている。母様の為に、本気で怒ってくれている。だからこそ止まらない、止まれない。自分の信じる一を遵守し、母様の為に動こうとしている。
 そんな愚直で馬鹿な霊夢に心から呆れる。そして同時に、心から羨ましく思う。その母様への在り方、想いの所在。真っ直ぐな姿。
 …それは、私には出来なかったこと。私はただ、フラン様に反対こそしたものの、結局行動に移すことが出来なかった。

 嫌な感じが収まらない今回の異変、私はどうしても母様を参加させたくなかった。例えそれが、母様の姿を偽ったフラン様であっても、
今回ばかりは止めておくべきだと。それは唯の勘だと言ってしまえばそれまで、けれど妙に色濃く感じる不安。私はそれを感じていた。
 けれど、結局私はフラン様に押し切られた。そして今、結果として母様は自分の意思でこの異変に参加なされている。
 それは、母様の意思に沿う行為。私達の行動が正当化された証。だけど、私はそれでも、それでも思ってしまう。今回の異変は今からでも参加を取りやめるべきだと。
 でも、それは母様の心に沿わない。母様はフラン様の為に、この異変への参加を決めてしまった。ならば私は母様の為に、想いに沿う。
 そのような考えが頭を回っていたからかもしれない。私が霊夢に、母様の為に怒り感情をぶつける霊夢に嫉妬を感じてしまったのは。

「霊夢、友達にそういう目を向けるの、よくないぜ。
私は悪友だからそういう冗談は受け入れるけどさ。お前の親友だろ、咲夜は」
「誰が親友だっ!私の親友はれっ…」
「親友は?ねえねえ、親友は?『れ』?『れ』何?」
「っ…何でもないわよ」
「霊夢の知人で『れ』から始まる親友ねえ…『れ』『れ』『れ』、誰だろうなあ~」
「~~~!!!」

 顔を俯けてプルプルと震える霊夢に、魔理沙は心から面白おかしいとばかりに霊夢の周囲をくるくる回り出す。
 …前言撤回。やっぱり『こんなの』を少しでも羨ましいなんて思わない。魔理沙に弄られ真剣な話をこれ以上ないほどに
吹き飛ばしてくれるこの馬鹿には。正確には馬鹿『達』なのだけど、私は霊夢が嫌いだから複数形にはしないことにした。
 ガーッと吠え、魔理沙に術符を投げつけている霊夢に私は心底溜息をつきながら再度言葉を紡ぎ直す。

「それで、いつになったら私の話を真剣に聞いてくれるのかしら、楽園の怠惰な巫女さん」
「文句なら場を引っ掻き回そうとするこの馬鹿に言いなさいよ!」
「失礼な。私はいつだって真剣だ。真剣で私に話しなさい、ってな。それで咲夜、お前が私達に話ってのは」
「ええ、一つ提案を貴女達に伝えにきたのよ。後ろの二人には既に話を通してある。後は貴女達の答え次第ね」

 そう告げる私の後ろには、アリスと妖夢の姿がある。
 どうやら弾幕勝負が終わったのを見計らって、私達の元へやってきたらしい。パートナーに断りなく話を受けたことに
少しばかり霊夢と魔理沙は表情に不満の色をみせたものの口にはしない。黙って私の言葉の続きを待っている。
 軽く息を吸って、私は二人に口を開く。

「私が貴女達に持ってきた話は『取引』」
「…取引?」
「ええ、そうよ。貴女達の目的はこの異変の解決、それに間違いはないわね?」
「それがどうしたのよ。何、邪魔でもするつもり?」
「邪魔どころか手助けに来たと言ったら貴女は信じるかしら、博麗霊夢」
「信じると思う?十六夜咲夜」
「…あのさ、イチャつくの、その辺でやめないか?仲良いのは分かるけど、話進まないしさ」
「「良くないわよ!!」」

 魔理沙の軽口に私と霊夢は息を揃えて怒鳴りつける。他の誰でもない霊夢と異口同音だなんて忌々しい。
 けれど、魔理沙の言うことも至極まっとうな意見なので、私は話を進めることにする。本当、霊夢と会話するとロクなことが無いわね。

「話を戻すわよ。貴女達が目指すのは異変の解決、そして現在、貴女達は異変の首謀者の所在を掴むところまで辿り着いていない。
そして、それを探る方法も見当すらついていない。ここまでの話に相違はないわね?」
「否定はしないけど、それだけを聞くと私達もの凄く無能だなあ」
「…うっさいわね。そんなもんすぐに見つけるわよ」
「魔理沙を弾幕勝負で沈めた後で?」
「魔理沙を弾幕勝負で沈めた後で」
「ちょ!?私降参しただろ!?負けましたって認めただろ!?止めろよ敗者に鞭打つような真似はっ!
大体なんでそういうときだけお前ら呼吸ぴったりなんだよ!この性悪コンビ!」
「それで?もったいぶらずにさっさと『取引』の内容を言いなさいよクソメイド」
「言われなくとも言うわよ外道巫女」
「あー、無視ですかそうですか。いいよ畜生、今度からプロフィール訊かれたら
嫌いなモノに話を聞かない巫女とメイドって言ってやる。後悔しても遅いからな、私は本気だからな」

 睨んでくる霊夢といじける魔理沙に、私は一枚のカードを提示する。
 それは『取引』という名を借りただけの一方的な依頼。二人が断らないのを知った上での取引だ。

「私から提示するものは『情報』。貴女達が欲してやまない今回の異変の首謀者、その居場所。
もし私の条件を呑んでくれたなら、貴女達をその場所に連れていくことを約束するわ」
「…異変の、首謀者?」
「ええ、そう。私達は既に異変の首謀者の居場所を突き止めている。
その場所は貴女達では見つけられない。いいえ、仮に見つけられたとしても貴女達では『結界』を突破出来ない。
この竹林全体にかけられている結界は非常に強固な代物で、解呪をする頃には日が昇るわね」
「結界…通りで妖しい気配がここいらでブツ切りになってると思ったら。
でも、変な話ね。その結界をアンタは一体どうやって見つけ、潜り抜けたのかしら?私達に不可能なことを、どうやってアンタは成し遂げた?」
「発見は私の力。結界はフランお嬢様の力とだけ言っておくわ。
空間掌握と万物破壊、貴女達四人の誰かがこの二つの力を持っているのなら、私の『取引』を受けることなく異変の首謀者の元へ
辿り着けることを約束するわ。もしくは…そうね、美鈴のようなフランお嬢様の生み出した結界の破壊点を探ることの出来る、
他人とは一線を画する程に気配探知に長けた人物が要れば」

 私の問いかけに霊夢も魔理沙も少し思考する様子を見せた後に二者それぞれの反応を示す。
 魔理沙はお手上げとばかりに苦笑し、霊夢はだからどうしたとばかりに私を一層睨みつける。
 どんなに睨まれても、私の語る話は事実。この四人では、少なくとも今宵中には結界の中に侵入することなど出来はしない筈だ。
 私はおろか、フラン様にすら読み取れなかった異質かつ巨大な竹林の魔術。結界内全ての人妖にあの屋敷の存在を感知できないように
する仕組み。その結界に侵入出来たのは前述した通り、私とフラン様の力のおかげだった。
 結界の存在を探知するのは私の役目。私は時間、すなわち空間制御に長けた能力者で空間の違和感に対し鼻が利く。
 だからこそ、竹林に満ち足りた空間の異変、この術式にはすぐに反応することが出来た。ただし、私はそこまで。私の力では
探知こそ出来るけれど内部に侵入するには至らない。私が操れるのは私の手をつけた空間だけ。そこに他者の汚染した空間は含まれない。
 結界内に侵入する為にはフラン様の力が必須だった。フラン様の持つ『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』、その力が。
 フラン様は結界に人一人が入れる程の小さな破壊点を生じさせ、結界の効力を失わせないままに結界を容易にすり抜けた。
 結界を破るには力技で捻じ伏せるか術式を読み取り解呪するか術者を倒すか等、いくつか方法はあるけれど、フラン様の取った行動はそのどれもを無視している。
 この舞台を壊さない為に、他者に邪魔されない為に、結界を利用する為に、フラン様は敢えて結界を残した。その結界が今こうして
役に立っている。フラン様の最小限の破壊が、私達の手札を増やすことにつながったのだ。
 フラン様の力が無い今、霊夢達に取れる手段なんてほぼ存在しない。自力で時間をかけて結界を破壊するか、この広い竹林の中でフラン様の生み出した結界の
破壊点を探し当てるか。前者を選べば夜が明ける、後者を選べば宝籤以上の部の悪い賭け。

「さあ、どうするの?時間の無駄と知りながら、結界の捜索と破壊なんていう骨折り作業に向かう?」
「そこまで説明されて向かうなんてどれだけ私達はマゾなんだよ。普通に咲夜に情報を貰うことを選ぶよ私は」
「そう、それじゃ魔理沙は取引に応じてくれるのね。霊夢、貴女はどうするの?」
「私をそこの馬鹿魔法使いと一緒にするな。アンタはまだ大事なコトを話してないじゃない」
「馬鹿魔法使い…もう今夜の霊夢は何でもありだな。友達は失ってから初めて大切さが分かるんだからな」
「大事なコト?必要な情報は与えたつもりだけど」
「ふざけんな。私達はまだ教えてもらってないわよ。アンタが私達に『情報』をくれるとして、その見返りにアンタは何を要求するのよ?」

 要求。霊夢に言われて、私はそういえば、と二人にまだ条件を提示していなかったことを思い出す。
 そうなるのも仕方のないことだと私は思う。なんせアリスと妖夢のときにすんなりと話が通り過ぎたため、そこに気を入れなくても
構わないと思いこんでしまったから。馬鹿だなと軽く自嘲しながら、私は二人に改めて口を開く。

「そうだったわね、謝罪するわ。私が貴女達に要求する見返りは唯一つ。
『今回の異変の首謀者を貴女達が必ず倒すこと』。ただそれだけよ」
「…は?」
「…え?」

 私の要求に二人はポカンとした表情を浮かべる。
 …アリスと妖夢の時よりも酷い反応ね。そんなに意外かしら。私の要求は。

「聞こえなかったかしら?それならもう一度言い直すけれど」
「き、聞こえたけど…アンタ、正気?」
「…そこで『本気』ではなく『正気』という言葉に悪意をヒシヒシと感じるわね。勿論正気よ。
私は責任を持って貴女達を異変の首謀者の元へ連れて行ってあげる。代わりに貴女達は責任を持って首謀者を倒す。
互いの要望に沿った良い取引なのではないかと私は思うのだけれど。さて、二人とも、返答は?」
「い、いや、返答なら迷わずYESだけどさ…なんていうか、その、いいのか?」
「いいのか、とは?」
「だって、お前とフランドールも異変解決を望んでたじゃないか。そしてお前達は犯人の居場所を突き止めた。
なのに、そこまで辿り着きながらお前は私達に異変解決を譲ると言ってる。これっておかしいだろ?」
「おかしいと感じるのは貴女の価値観。私達の得る益と魔理沙の考える益は異なっている、ただそれだけでしょう。
私達の目的は異変解決ではないわ。私達の目的はいつだって唯一つ…そう、絶対不変、唯一つ」

 そこまで言葉を続け、私は自身の爪が掌に食い込んでいることに気付く。どうやら知らぬ内に拳に力を入れていたらしい。
 軽く被りを振って脳裏に浮かんだ母様の顔を打ち消す。今私のすべきことは惨めに愚痴を零すことじゃない筈。
 それにフラン様は判断を私に委ねている。だからこそ私に命令ではなくお願いという形を取った。ならば私は迷うことなく行動に移すだけ。
 母様をどうするのか、その決定権をフラン様は他の誰でもない私に託してくれた。ならば私は母様の為になる行動を少しでも心がけなければいけない。
 今回の計画、フラン様はどうやら固執するつもりはない様子。ならば私は私なりに精いっぱい母様の為に策を弄するだけだ。
 紅魔館だけじゃない。霊夢も、魔理沙も、アリスも、妖夢も。その背後に居る八雲も、西行寺も。
 この幻想郷に存在する全ての力を利用してでも、母様の背中を支えてみせる。それが私、十六夜咲夜の役目なのだから。

「…問答も飽きたわ。私を追及したところで得られるのは時間の浪費という現実だけ。
さあ、選びなさい。私との取引を受け、異変解決に協力するか…私の手を払い、独力で異変解決に臨むのか。
後ろの二人から承諾は貰っているけれど、決めるのはあくまで貴女達。NOといえば、アリスと妖夢の手も借りないわ」
「…どうして?」
「それが二人の条件だからよ。アリスも妖夢も私の取引に応じる心はあるけれど、あくまで決定はパートナーとして行うとね。
最終決定はつまるところ貴女達二人の意志にかかってる。さあ、二人の答えを――」
「――乗るわ」

 私の言葉を遮るように返答を返したのは博麗霊夢。正直なところ、少しだけ予想外だった。
 魔理沙はともかく、霊夢は私の誘いを断るだろうと思っていたから。他の誰でもない、私の誘いだけは。
 そんな私に気付いたのか、驚く私に霊夢は少し眉をひそめて不満そうに言葉を紡ぐ。

「何よ、その顔。私が協力するのがそんなに意外かしら」
「…ええ、正直意外ね。私としては魔理沙の力を借りれれば御の字だと思っていたわ。何の血迷い?」
「あぁ?せめて心の迷いっていえクソメイド。協力してもらう気あんの?」
「あるわ。だから理由を訊きたいのよ。博麗霊夢が十六夜咲夜の手を取るなんて夢物語を決意した理由を」

 好奇心本位で訊ねる私に、霊夢は少しばかり考える仕草を見せ、やがて大きく息を吐いてゆっくりと口を開く。

「正直、私はレミリアを取り巻く紅魔館の連中をこれっぽっちも信用してないし、してやるつもりもない。
レミリアを一番大切だとのたまいながら、そのレミリアの意志は全部無視。これじゃ伊吹萃香や紫の奴と何一つ変わりゃしない。
現に今回の件だってレミリアに内密に進めて、当のレミリアは困惑し慌てふためいて妹を探しまわって危険な目にあってる。
本当、馬鹿じゃない?レミリアを危険な目にあわせたくないとか言いながら、レミリアをこんな夜に連れ出して。
なんの皮算用があったかも聞く気にならないし、理解するつもりも毛頭ないわ。アンタ達揃いも揃って役立たずよ」
「…返す言葉もないわね。そんな紅魔館の一員である私も当然信用できないのではなくて?」
「ええ、出来ないわ。アンタなんてその筆頭よ。紅魔館のことなんて関係無しに信用できないわ。
なんせ十六夜咲夜は紅魔館云々の前に一個人として私は嫌いだもの。他人は見下すわ冷血人間だわレミリア以外目に入らないわ
口を開けば雑言しか吐かないわ性格は思いっきりねじ曲がってるわ人の癇にガンガン障ってくるわ…」
「お、おい霊夢…」
「嫌い。私は十六夜咲夜が大っ嫌い。多分…いいえ、間違いなくこの幻想郷一ムカつくクソ女よ。私にとって一生相容れない存在と言っても良いくらい」

 そこまで毒を吐き、霊夢は言葉を止める。
 次にどんな毒を吐くのやら…そんなことを考えながら霊夢を眺めていると、霊夢は私から目を逸らし何も無い方向を見つめて
言葉を続けた。ただ、それは先ほどまでの怒りの込められた言葉などではなく、本当に不器用な想いが込められた言葉で。

「ただ…ただ、その、アンタの持ってるレミリアを誰より好きだって気持ち…世界の誰よりもレミリアを想っている心。
十六夜咲夜が母親のことを本当に護りたいと思ってる気持ちだけは…それだけは、信じてやってもいい。
アンタがこれまでの異変でどれだけ必死に…それこそ形振り構わずレミリアを護ろうとしてきたかは知ってるからね。…それが私のアンタに手を貸す理由よ」

 分かったか、クソメイド。そう言葉を結んで霊夢は話を切り上げる。ただ、顔は一向に私の方を向けようとはしない。
 霊夢に告げられた言葉が上手く飲み込めず、呆然としている私だが、時計の針は魔理沙の笑い声によって再び進められることになる。
 少女らしく活発な笑い声を零しながら、魔理沙は霊夢の首に腕を回して口を開く。

「まっ、そういうことで咲夜、今宵の異変の最終目的地まで案内頼むぜ?
なんせこの素直になれないツンデレ巫女が初めて勇気を出したんだ。より早くより安全により楽しくエスコートしてくれよ?」
「だ、誰がツンデレ巫女だっ!私は異変を解決したいから仕方なくっ」
「はいはい、そういうことにしといてやるさ。それで、アリス、妖夢、私達の結論はコレだけど構わないか?」
「ええ、私に異論はないわ。元より咲夜の取引には応じることがベストの選択だと考えていたしね」
「そうだね。私も同意見。早くレミリアさんに追いつかないとね」

 魔理沙の問いかけに、アリスも妖夢も笑って同意する。そんな面々に、私は軽く息を吐いて小さく言葉を漏らしてしまう。
 このどうしようもなく馬鹿なほどに『お人好し』な連中に、一言だけ。私の言葉が耳に入ったのか、アリスもまた苦笑を零しながら私に声をかける。

「そうね、咲夜の言う通りかもね。霊夢も魔理沙も妖夢もどうしようもないくらいの『お人好し』だわ。
メリット、デメリット…正直なところ、そんなものは度外視してる。連中はただ純粋に『十六夜咲夜』の手を取りたいのよ。
他の誰でもなくレミリアを護る為に、母親を護る為に行動を起こしている貴女の手をね」
「…私は紅魔館で育ってきた。私が信じるのは母様、そしてあの館に生きる家族だけ…それは昔も今も変わらない。
永遠にそれだけは不変…そう思っていたんだけれど、ね」
「過小評価ね。私達の知る十六夜咲夜はそんな矮小な存在じゃ終わらないわ。
家族以外をも信じ、可能な限り腕を広げてみる生き方も悪くないんじゃないかしら?どうしようもないくらいお人好し、そんな『仲間』を信じてみても、ね」
「…そう、ね。それも、悪くないのかもしれない。勿論、博麗霊夢以外、の条件付きで」
「…最後の最後まで貴女達は素直じゃないわね。本当は互いを誰より認め合ってるくせに」

 アリスの最後の言葉を無視し、私は大声で騒ぎ合う『仲間達』を見つめながら一人思う。私は本当は誰より恵まれているのかもしれない、と。
 捨て子として紅魔館に、母様に拾われ、実の父も母も知らない私だけれど、振り返ってみれば私の歩いてきた道は誰に対しても胸を張れる。
 愛しい母が、家族が。そして今、私は『利用すべき駒』ではなく『頼れる仲間』を手にしてる。家族以外に心を許せる人がいる。
 仲間達の力を得て、私は心を次なる行動へと切り替える。私が目指すはフラン様達より先にこの異変を解決してしまうこと。
 無論、そうしろとフラン様に命じられた訳ではない。これはあくまで私の判断。私の判断でフラン様達を出し抜く。
 そのような行動を起こす決意を私にさせたのは、先ほどの別れ際に話したフラン様との会話。誰にも聞かれないように二人で内密に交わした短い言葉。
 私は瞳を閉じ、フラン様がさきほど私に告げた言葉を思い出す。

『私達とは別行動を取り、博麗霊夢達と接触なさい。あの小娘達をどうするかは咲夜、お前に全て委ねるわ。
必要だと思うなら、あれ等の背後を含めて力を借りれば良い。不要だと思うなら排除しても構わない。なんなら、私の言葉を拒み、
博麗霊夢達を無視してこのまま私達と行動を共にするのもいい。八雲や西行寺の力を借りない限り、小娘達が結界内に入り込めるとは思わないしね。
いっそのこと、博麗霊夢達の力を借りてお姉様を無理矢理異変に担ぎ出している私達を倒し、お姉様を救い出すのもいいかもしれないわね?
私達は強く言えないけれど、あの暴力巫女や貴女の言葉ならお姉様だってウンと言わざるを得ないでしょうし』
『フラン様…お戯れを』
『戯れか…そうね、戯れだ。本当、遊びが過ぎる。本当なら力づくでもお姉様を館に縛りつけないといけない筈なのにね。
…駄目だね。一度気付くともう止まらない。今更後悔することも後ろを振り返ることも許されないのに。
咲夜、私は怖いんだよ…怖くて、怖くて仕方ないんだ。お姉様の命が危険に曝されることは勿論だけど、
今はそれ以上に――あの男と自分が同じだと、誰かに糾弾されるのが怖い。お姉様の翼を奪い、お姉様をあの地下牢に押し込め、お姉様の瞳から光を奪った
あの男と今の私は一体何が違う?同じだと…お前はあの男と同じ実姉(レミリア)を玩ぶ血が確かに流れていると、誰かに突き付けられるのが何より怖い』
『ふ、フラン様?』
『…咲夜、お願い。私のことなど考えなくていい。私達の計画などもう頭に入れずとも構わない。
貴女と美鈴だけは、他の一切を除してお姉様のことだけを考えて行動して。その上で博麗霊夢達と接触なさい。
…安心なさい。私が裏で策を弄するのはこれが最後。明日からお姉様に待つのは平穏で温かな未来だけ。
これから十年、百年…この幻想郷が続く限り、お姉様と美鈴とパチュリーと…そして咲夜、貴女の幸福な未来は続いていく筈だから』

 私にそんな言葉を告げ、優しく微笑んだフラン様。その笑顔は、私が初めてみるフラン様の表情で。
 いつもの自信と威厳に満ち溢れ、他を威圧するようなフラン様の姿はそこにはなく、在ったのは全てを諦念したかのような寂しい笑顔。
 その表情に、私は心が酷くざわつくのを感じた。嫌な予感とでもいうのだろうか。フラン様の笑顔が、私の胸を、心を動揺させる。
 いけない、と。このままではいけない、と。何かが、という訳ではない。何が、という訳でもない。
 ただ、私の中の何かがけたたましく警告を鳴り響かせて止まらないのだ。このままでは何もかもが手遅れになってしまうと。
 その予感は結界内に入り、あの屋敷を見たとき同様に強く膨らんで。否、嫌な予感は異変に参加する当初から強く感じていた。
 これまでの紅霧異変や春雪異変、そして伊吹萃香の件。そのどれにも感じなかった、強く妖しく、そして酷く全身がざわつく気配。
 まるで私の中の知らない私が警告している。あの歪な月を見る度に身体が熱に浮かされたように自分のモノから離れていく、そんな錯覚を覚えてしまうことに恐怖する。

 拙い。この異変は拙い。それは異変自体が?それとも異変の首謀者が?分からない。分からない。
 憎い。この全てが憎い。異変が?首謀者が?偽りの月が?幻想郷を包む酷く懐かしい香りが?何を私は憎む?何を私は懐かしむ?
 殺したい。この歪な月を。逃げ出したい。この歪な永遠を。護りたい。私の家族を。葬って欲しい。私の家族に。
 分からない。何もかも。怖い。この歪な夜が。だからフラン様を何度もひきとめた。だからパチュリー様に直訴した。
 触れてはならぬと。この異変は参加してはいけないと。でも止められなかった。でも止まらなかった。だったら私は他の手を取るしかない。
 誰でもいい。誰の手でもいいから借りる。そうしないと、危ないから。そうしないと、終わらないから。
 フラン様では。パチュリー様では。美鈴では。私では。きっときっと止まらない。きっときっと終わらない。




 私達では…止められない。私達では…姫に勝てない。
 私達には――きっと『永遠』は止められない。





「――や、咲夜!」
「…え」

 誰かの声に、私は意識を覚醒させる。気付けば、私の目の前には霊夢がいて。
 また、そんな私達二人の周りには魔理沙や妖夢、それにさっきまで一緒に話していた筈のアリスも。おかしいわね…アリスと二人で会話していた筈なのに。

「何よ、いきなり大きな声を出して」
「いきなり、じゃないわよ!さっきからさっさと案内しろって言ってたでしょうが!」
「…そうだったかしら?悪いわね、少しボーっとしてたみたい」
「おいおい、大丈夫か?体調不良なら、場所だけ私達に教えてお前は休んでても…」
「冗談。お嬢様達が異変に向かっている中、一人休みを貰う従者が何処にいるのよ。行くわよ、四人とも」

 心配してくれる魔理沙の言葉を払い、私は軽く息を吸い直し、自身の心を引き締め直す。
 …私は一体何をボケっとしてるんだ。何を考えていたのかは知らないけれど、今は思考の海に潜りこんでる場合じゃない。
 この歪な夜にフラン様の違和感、そして何より母様が前線に立っている。行動を起こせど、今は思い悩む必要など少しも無い。
 四人の力を借り、異変解決への別カードは手に入れた。霊夢と妖夢、この二人の背後にはJOKERが二枚存在してる。
 正直、フラン様達だけでも母様は十分守りきれるのかもしれない。だけど私はみんなの力を借りることを躊躇しない。
 九割九分決まった安全を十割まで引き上げる。一パーセントたりとも油断はしない、慢心は許さない。
 母様を護る為ならば、どんな手だって使ってみせる。この歪な月を破る為には、それでもきっと十分とは言えないだろうから。























 好きとか嫌いとか最初に言い出したのはユーゼス・ゴッツォ。もしくは天狗。
 世の中の八割の物事はこの二人の仕業に出来るのよ。憎い。未来人と天狗が憎い。いつの日かどちらかに会ったら文句言ってやる。
 私がこんなにへっぽこぷーでヘリタコぷーちゃんなのはお前らのせいかって。かえる先生でてこいやっ!

「お嬢様、さっきからブツブツ言ってますけれど、どうかしましたか?いつもの発作ですか?」
「…ちょっと待ちなさい、美鈴。いつもの発作って何よいつもの発作って。
それじゃまるで私がいつも小声で独り言言ってるみたいじゃない」
「まるでも何も、実際言ってるじゃない。レミィ、もしかして自覚無かったの?」
「嘘っ!?いいい、言ってない!私そんなに独り言なんて言ってない!そうよね、フラン!」
「お姉様、言ってるから。独り言言ってる時のお姉様、気持ち悪いから嫌い」

 き、嫌いって…いや、それ以前に気持ち悪いって…まあ、別に良いんだけど。というか、フランの毒舌にも慣れてきてる自分が嫌過ぎる。
 最近はフランの言葉にもあまりショックを受けなくなってきてるのよね…別に私、Mな吸血鬼でもなんでもないんだけど。
 そんな雑談をしながら、私達は今回の異変の首謀者の居場所を捜索して飛行中なう。
 本当、この屋敷って無駄に広くて困る。何か錯覚の魔法かなんか使ってるみたいだけど、それにしても限度ってものがあるでしょうに。
 正直、紅魔館くらいかと思ってたわよ。館内で弾幕ごっこが出来るなんて。屋敷の掃除係の人は大変ね。あ、掃除係で思い出したんだけど…

「美鈴、その娘まだ起きそうにないかしら?」
「そうですね。完全に気を失ってるみたいですし、すぐには無理かと」

 美鈴の返答に私は残念とばかりに溜息をつく。私が気にしているのは、美鈴が背中に負ぶっている少女――鈴仙・優曇華院・イナバのこと。
 先ほどまで美鈴とパチェの二人相手に弾幕勝負をしていた鈴仙だけれど、現在は美鈴の背中で夢の世界に突入中。突入中というか、
突入させたのは他ならぬ美鈴とパチェの二人なんだけどね。二人の大技(スペルカードっていうのかしら)が見事にコンボみたいに入ってたし。
 私のヘタレ説得により、美鈴とパチェという化物二人と弾幕勝負を強いられた鈴仙は、予想外過ぎる程に善戦したんだけれど、まあ
結果は当然のように敗北。当たり前よ、二対一の弾幕勝負とか最早弾幕勝負じゃないもの。虐めというか残虐ファイトというか…そんな感じだった。
 でまあ、鈴仙は気を失って負けちゃった訳だけど…うん、そのまま放置して先に進むとか無理。絶対無理。だから美鈴にお願いして鈴仙を一緒に連れてってるって訳。
 何で連れているのかって?いや、そんなの当たり前じゃない。だって、鈴仙を二対一で戦うように強いたのは他ならぬ私なのよ?そんな
卑怯技を使って放置とかしてみなさい。後日絶対恐ろしい報復が待ってるに違いないわ。きっと目を覚ました鈴仙はこう思うのよ。

『こっちが断れないのを知って二対一とかマジ鬼畜。よし、最終鬼畜フランドール殺す』

 そして鈴仙は紅魔館に乗り込んで、フランを襲うに違いないわ。で、フランもフランで好戦的だから喧嘩を買って…後はどちらが勝っても
泥沼劇場。美鈴やパチェ、そしてフラン曰く鈴仙もかなりの実力者らしいから、それは本当に拙過ぎる。血で血を洗う後日談に発展してしまいかねないわ。
 だからこそ、私は温厚に物事を進める為に鈴仙を連れて行っているのよ。鈴仙はこの館の主の部下でしょうから、私達がこのまま進めば
この娘か同僚に会うこともあるでしょう。そのとき、私は鈴仙を優しく引き渡すの。そしてこう言うのよ。『鈴仙も私の強敵(とも)だったわ』って。
 そして目覚めた鈴仙が同僚に私達から介抱されたことを訊いて少年ジャンプ式に恨みを持たない筈なのよ。争いは一時のものだったって。
 後日何故助けたと言う鈴仙に私は一言『人を助けるのに理由なんて必要かしら?』…完璧過ぎる。むしろ吸血鬼である私が人間に言われそうな台詞だけど
これで鈴仙も私を許し、将来私に魔法を教えてくれるに違いないわ。プラクテ・ビギ・ナル・キルゼムオール!魔法少女ならぬ魔法吸血鬼…あれ、以外とありじゃない?

「パチュリー様、またお嬢様が…」
「無視していいから。貴女のご主人様は不治の病を患ってるの、そう思いなさい」
「…二人とも、無駄口はそこまでよ。どうやらお客様のお出ましみたいね」
「客ですか?むしろ私達が客だと思うんですけれど」
「下らない上げ足とりはいいから行くよ。美鈴はここで待機、私とパチュリーで道を拓く」
「了解。フランドール、先行して。敵が固まってたら魔法で散らしてあげるから」

 …あれ、気付いたらフランとパチェが加速しちゃってる。え、何で?
 そこまで考え、私は自身の疑問の答えに辿り着く。また?また敵が出たの?どれだけ迎撃システム整ってるのよここは。
 もし鈴仙の同僚が居るんだったら、先ほど考えた『鈴仙ヤサイ人王子化計画』をそそくさと発動させるつもりだけど、また妖精やら
なんやらだったら…はあ、なんで今夜の妖精ってこんなに元気なの?というかフランとかに向かうとか無謀というか蛮勇というか。
 …少なくとも私には無理ね。あれ、もしかしなくても私の勇気って妖精以下?ああ、軽く死ねる。実力もハートも妖精以下の吸血鬼て。ちくせう。
 軽くため息をついて、私は美鈴の方を向き直し、雑談に興じる。早くフラン達帰ってこないかな。あと妖精さん達も逃げてくれないかな。
 そんな風に時間を潰していたら、先ほど飛び去って行ったフランとパチェが戻ってきた。しかも何か凄く難しい顔してる。どうかしたのかしら?
 私が疑問を口に出すより先に、美鈴が二人に問いかける。

「どうしたんですか、お二人とも。何かありました?」
「あったというか…正直、困惑してる」
「というと?」
「…見た方が早いわね。レミィ、美鈴、その娘を連れて一緒に来て頂戴」

 眉を顰めたパチェに私と美鈴をお互い首を傾げつつ、パチェの指摘通り鈴仙を連れて一緒に廊下の奥へと進んでいく。
 そして、廊下の途中から見えた光景に私は驚いてしまう。兎兎兎。右を見ても左を見ても兎がずらり。
 沢山の白兎が廊下の左右に整列し、見事な道を作ってくれている。え、これ何?何のイベント?サファリゾーン?私ボールなんて持ってないわよ?
 そんな兎の道もようやく終わりを迎え、廊下の終着点にある大襖の前に佇んでいる一人の少女…彼女の頭に生えてるウサ耳を見る限り、
どうも鈴仙のお仲間みたいね。そんな鈴仙より一回りほど幼い外見の少女が、これでもかってくらいに良い笑顔で大きな白旗を掲げてくれているではないか。
 …え、白旗?何ぞこれ?白旗って、白旗よね?ごめんなさいとか、降参ですとか、そういう意味のアレよね?
 困惑のあまり、私は他の三人を見るも、どうやら三人も同様の様子で首を振るばかり。ええっと…と、とりあえず接触していいのよね?
 私を最後尾にして、私達は白旗を振る兎少女の傍へと降り立っていく。うん、見れば見る程幼い。多分私と同じくらい…って誰が幼女か!
 困惑しつつも警戒を緩めない私達(レミリア以外の間違い)に、少女はニコニコとしたままで言葉を紡ぐ。

「どーも、お客様方。我らがご主人様の居城、『永遠亭』へようこそおいで下さいました」
「フン…下らない前書きはいいわ。お前は何?その白旗は降伏の意と捉えて構わないのかしら?」
「後者の質問には迷わずYESと答えましょう。私如きじゃ貴女達を止められるとは思いませんしー。
前者の質問には因幡てゐと答えましょう。因幡の白兎たあ私のことですよ。にししっ」
「…狸ね。フランドール、油断しないで。コイツ、貴女の数倍生きてる」

 いや、狸じゃないでしょ。どう見ても兎でしょ。何処をどう見たら狸なのよ。パチェのボケは反応に困る。
 突っ込みたい気持ちを抑え、私は因幡てゐとかいう兎の言葉に耳を傾ける。まあ、降伏宣言してるなら何もしてこないでしょうし。
 後は鈴仙渡して黒幕さんの居場所を訊いてサヨナラって感じかしら。流石にこの娘が黒幕ってことはないと思うんだけど…

「フン…私は外見に騙されてやるほど馬鹿じゃないんでね。さて、兎、降伏と言うのならお前の主の居場所を吐いて疾く消え失せるがいい。
まさかとは思うが、お前の主は大国主と言う訳ではあるまいね」
「真逆。私のご主人様はこの奥に。襖を開き、廊下を抜ければそこがご主人様…もとい、お師匠様の居場所ですとも」
「師匠ね…因幡の白兎を使役する物好きの顔を眺めてやるのも一興だわ。すぐに消し去ってやるけれど」
「お好きにどうぞ。さて、こうして私達因幡は無抵抗で道を譲ったのです。勿論その代価は頂けるので?」
「…狸が。美鈴」

 フランが美鈴に視線を向け、美鈴はコクリと頷き、背中にしょっていた鈴仙を妖怪兎達に引き渡す。
 …なーるほど。あの白旗は鈴仙が人質に取られてると思ったからか。…あれ?それって凄く拙くない?鈴仙目覚めたら私達悪役決定じゃない?
 あれ?あれれ?お、おかしいわね…こんな筈じゃ…そんなことを考えていたら、てゐという兎少女は私達の方へ向き直り、口を開く。

「最後に一つ質問に答えて頂けます?どうして鈴仙…ええと、この気絶した私のお仲間をここまで連れてきたんですか?
この娘、貴女達に向かっていったんでしょう?そして暴言だって吐いてる。その情報は回ってきてるから知ってます。
それなのにどうしてここまで連れてきてくれたんですか?まさか私達妖怪兎如きに人質、なんてつもりはさらさらないでしょうし」
「…その質問はここまで連れてくる結論を下した張本人に言って頂戴」

 面倒そうに告げ、パチェを始め、他の面々が私の方を向く。あ、え、いや、そんな急に話を振られても。
 ちょ、ちょっと待ちなさい。えっとさっきまで対鈴仙の同僚対策に用意していた回答が…なんだっけ、なんだっけ、えっと、えっと…た、確か…

「ひ、人を助けるのに理由なんて必要かしら?」
「――え?」
「え、あっ」

 そこまで言い切った後で、私は自分の台詞の過ちに気付く。これ同僚対策じゃなくて鈴仙に向ける言葉だったっ。
 間違った!思いっきり間違ってる!何この善人みたいな台詞!?いや、おかしいでしょ!?なんでぼこった本人(厳密には私じゃないけど)が
同僚相手に人助けを語ってるのよ!?やばいやばいやばいやばいやばい!!こ、ここからどうやって誤魔化すのよ!?いけるの!?
 …し、しょうがない。こういうときは無理やりにでも此方のペースに持ち込むしかない!無理な論法でも押し通せば道理が引っ込む筈よ!

「鈴仙は私達四人を相手にして、一人で立ち向かってきた…その姿は実に勇ある、そして心打たれる姿だったわ。
そんな者を傷ついたままで放置しろ、なんて出来る訳がないでしょう?故に助けた。無理に理由をつけるとしたら、そんなところよ」
「勇…ね。ねえ、リーダーさん、鈴仙は本当に勇ある姿だった?」
「勿論よ。私は鈴仙の姿に心奪われた。このレミ…フランドール・スカーレットは生涯鈴仙のあの雄姿を忘れないでしょうね。
誇りなさい、因幡てゐ。貴女の友は、誰にも誇れる勇ある者よ。もし、仮に鈴仙のことを貶す輩が存在したら、私が決して許さない。
もし、この後鈴仙が目を覚ましたら伝えておきなさい。『次は一人の友人として紅魔館で会いましょう、そのときは美味しい紅茶を準備して待ってるわ』、とね」

 早口で捲し立て、私は話を打ち切る。よし、よし、よし!大丈夫、これで大丈夫!相当予定はずれたけど、私の鈴仙敵化防止策は
成ってくれる…と、いいなあ。お願い鈴仙、美味しい紅茶ならいくらでも準備してあげるから、お願いだから『お前を殺す』なんて言ってこないで!
私は完全平和主義でもなんでもないから!百歩譲って『気持ち悪。二度と近づかないようにしよう』くらい思ってくれてもいいから!
 …でもまあ、鈴仙の姿が勇気ある格好良い姿だと感じたのは本当のこと。だって鈴仙、美鈴にもパチェにも一歩も引かずに戦ってた。
 そして鈴仙は本当に本当に強くて。あんなこと、私なんかじゃ絶対に出来ない。だから尊敬する。尊敬するけど…それ以上に敵になりたくない。
 そんな風に強く念じてると、因幡てゐはじっと私を見つめた後、楽しそうにニヤニヤと笑みを浮かべる。な、何よコイツ…

「成程ねえ…鈴仙もあんな行動に出る訳だ。面白いねえ、実に面白い。ねえ、アンタ本当に吸血鬼?」
「は、いや、そうだけど…」
「ふーん…あははっ、良いね!そういうの、私は好きだよ。長年生きてきたけど、アンタみたいなのは初めてだもん」

 笑いながらパシパシと私の肩を叩く因幡てゐ。何、急にコイツキャラ変わり過ぎじゃない?しかもタメ語に変わってるし。いや、敬語とか
そんなの全然気にしないんだけどさ…正直感想言うわ。変な奴。
 眉を顰める私に、てゐは楽しげに笑いながら、私との会話をつづけていく。

「いやいや、降参降参。今度は『本当に』降参するよ。
もう私はアンタ達の邪魔は一切しないし、お師匠様へ続く道を阻害するつもりもない」
「『本当に』って…お前」
「ん?ああ、狙ってたよ。アンタ達が奥の廊下に入った直後に前後から挟んで数と罠で一網打尽にしてやろうとか考えてた。
でも、こんな面白い吸血鬼が居るんじゃそんなこと出来やしないよ。そんなことしちゃ面白くないもんね」
「…狸が」

 フランの舌打ち、怖っ!というかフラン、お願いだからモノに当たらないで。貴女の放った蹴りで壁が貫いちゃってるから。
 しかし、罠を張るつもりだったって…何この孔明。こんなちんちくりんなのが策士だったなんて…はわわとか言うのかしら。
 だったらウチの策士にもあわわって言わせてあげないと。ちょっとパチェ、話が…じゃなくて!

「貴女、本当にもう何もしないんでしょうね?このあと後ろから、なんて洒落にもならないわよ?」
「しないってば。鈴仙を届けてくれて、私に色々と話してくれたんだもん、そこまで礼儀知らずなことはしないよ。
ただ、そうだね…それだけというのも何だから」

 そこで言葉を切り、てゐはニコニコと笑いながら私の両手を包み込むように握り、小さく言葉を紡いでいく。
 そんなてゐの行動に美鈴が制止しようと行動しそうになるけれど、私が視線でそれを止める。あ、ちなみに美鈴が動く前に止めたからね。
 当たり前でしょう?美鈴が動く速度って目に見えない速度なのよ?私が動き始めて目で追える訳ないじゃない。ちなみに美鈴を止めた理由は
ほら…こんな小さい娘に暴力とかアレだし。というか、もう何もしないって言ってくれたから害になるようなことはしないでしょ。
 そして数秒ほど経ち、てゐは言葉を止めてゆっくりと顔を上げる。そこにあったのはニッコニコな笑顔。うん、良い笑顔ね。

「で?何かブツブツ言ってたけれど、何をしたの?お呪い?」
「ん~、似たようなものかな。大丈夫、害はないから。どちらかというと、益はあるかもよ?」
「益ねえ…私、あまり信心深くはないんだけどね。まあ、期待しないでおくわ」
「あ、失礼だね。信じる者は救われるよ?私の二つ名を馬鹿にしてもらっちゃ困るねえ。
ま、あんまり過度の期待をされるのもあれだし、気休め程度には、ね?」
「信じろだと気休めだの一体どっちなのよ?」
「さあて?人を騙すのが兎の本分だから、どっちかな?にししっ」

 笑うてゐに、私は心底大きな溜息をつく。疲れる。この娘と話していると、もんの凄く疲れる。
 とりあえず、用は終わりよね。鈴仙も渡したし、てゐも退いてくれるみたいだし。あとは奥の黒幕を倒して館に戻るだけ。
 奥の部屋へと進む為、私はてゐに別れの言葉を切り出す。

「それじゃ私達は行くけれど…危ないから奥に入ってきちゃ駄目よ。間違いなく戦闘になるだろうから」
「分かってますって。私の役目はもう終わり、後はお師匠様とアンタ達の問題だもん。
私は鈴仙を看病しながら今宵の結末を楽しみにさせてもらうよ。いや~、本当に楽しみだね」
「そう、ちなみに聞いておくけれど、そのお師匠って強いのかしら?」

 兎達を撤収させながら、スタスタと私達が飛んできた方向へ去っていくてゐに私は訊ねかける。
 私の問いかけに、てゐはピタリと足を止め、言葉を紡いだ後、今度こそ去って行った。
 てゐの残した言葉、その言葉の重さを私達が噛みしめている間に。



「――強いよ。お師匠様はこの幻想郷の誰よりも強い。あの八雲紫でさえもお師匠様には届かない。だって、お師匠様には負けが存在しないから。
だから覚悟して挑みなよ、『レミリア・スカーレット』。アンタが対峙する相手は天蓋の神々にも匹敵する立派な『化物』なんだから」



















 ~side フランドール~



 因幡てゐが去り、私達は彼女が塞いでいた大襖を開き、最後の廊下を歩んでいく。
 廊下の距離は二十メートルもない。この距離では空を飛ぶ必要もない。よって私達は一歩ずつ今宵の黒幕の元へと足を踏みしめていく。
 私達の前を進む美鈴とパチュリー。どうやら因幡てゐの最後の言葉が引っかかったようで、お姉様を庇うように先を歩いている。
 ――この幻想郷で誰よりも強い。その言葉の意味を額面通りに捉える程私達は馬鹿じゃない。八雲紫を超える存在など、一体どれだけ居るだろうか。
 そんな存在が、誰にも気づかれることなくこの幻想郷に存在している?そして異変を起こしている?ありえない。そのような危険人物は
間違いなく八雲紫が監視管理している筈。けれど、それを唯の虚報として断じる訳にもいかない。だから私はお姉様の傍に居る。
 何が起こってもお姉様だけはどうにでも出来るように。何があろうと、お姉様には一芥の埃もつけさせやしない。

 …そんな思考の中、私は隣を歩くお姉様の横顔を気付かれないように覗き込む。お姉様は傍から見ても分かるほどにガチガチで。今にも
口から魂が出そうなくらい固くなっていて。そんな姿に私は内心で苦笑する。きっと先ほど兎に言われた言葉が効いているのだろう。
 お姉様にとって八雲紫以上の化物なんて存在しないから、頭の中でとんでもないモノを想像して怖がってるんだろう。
 そんなことを想像し、思わず内心笑ってしまう。本当、お馬鹿なお姉様。でも、そんなお姉様が私は愛おしい。そんなお姉様が私は大好き。
 振り返ってみれば、いつもいつもお姉様に迷惑をかけ、振り回しっぱなしだったと思う。その度にお姉様は私の後始末に奔走してくれたっけ。
 本当、お姉様の為という免罪符で私はどれほど自分勝手を積み上げてきただろう。私はどれほどお姉様の心を裏切ってきたのだろう。
 でも、お姉様、安心して。これが最後だから。これが終われば、私はお姉様に何も迷惑をかけないから。
 残された時間は少ない。きっともう十年も満たないと思う。残された時間はお姉様に迷惑をかけずに…静かに地下室で眠り続けよう。
 一人地下室で眠り…そして幸せに満ちた夢を見よう。お姉様と美鈴、パチュリーに咲夜。それにお姉様を慕う博麗霊夢達。
 お姉様を中心に、どこまでもどこまでも広がる優しい世界。そんな光景を夢見て、私はサヨナラしよう。それはきっと、何より幸せなことだと思うから。

 もう一度大好きなお姉様の横顔を覗き、私は小さく瞳を閉じる。
 …うん、良い切っ掛けだ。今夜でお姉様に甘えるのは最後。お姉様の傍に居るのも最後。今夜の異変で、全部お別れ。
 最後だから。本当にこれで最後にするから。だから、最後くらい…少しくらい、いいよね。
 私はゆっくりと手を伸ばし、永い間求め続けていた掌の温もりを掴み取る。

「――フラン?」

 お姉様の言葉に聞こえない振りをして。私は一歩一歩、お姉様の温かさを噛み締めながら最後の道を歩んでいく。
 温かいお姉様。大好きなお姉様。お姉様、私は本当に果報者だった。お姉様のお陰で、大好きなお姉様の傍にずっと居られた。
 でも、この幸せはお姉様の犠牲の上に成り立った偽りの幸せだから。だから、十二時(タイムリミット)を迎えたら、魔法はおしまい。
 ガラスの靴は残さない。残させない。だけど、そんなものより大切なモノは沢山残せた筈だから。
 王子様は迎えに来ない。だけど、私は笑ってやる。最後の最後まで笑っててやる。王子様は迎えに来ないけど、それでも素敵なハッピーエンドだったって。






 お姉様が、大好き。

 その想いさえこの胸に在り続けるならば、私は世界中の誰よりも幸せなままで終わりを迎えられるだろうから。
 お姉様が大好きだという想いと、今この手の中に在る確かな温もりを忘れぬ限り――








[13774] 嘘つき永夜抄 その十
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2010/10/12 02:34







 ~side 萃香~



 物語もいよいよ最終幕か、なかなかに面白い秋夜だったねえ。
 私は酒を傾けながら、分身の目を通してレミリア達と同じ光景を眺め続ける。
 そんな私の楽しみを共有せんと…違うか、レミリアが心配なだけか。情報を知ろうと、私の隣にいる雲雀の娘…確か藤原妹紅とか言ったっけ。
 妹紅が私に訊ねかけてくる。

「なあ、鬼。その、フランドール…じゃ、ないんだよね。レミリア、だね。あいつ、どうなった?危険な目にあったりとか…」
「してないよ。対峙する輩は全部門番と魔法使い、それにレミリアの妹が全部露払いしてるからね。
しかし、お前も奇特な奴だねえ。会って数時間しか経ってない妖怪の身の心配なんかしちゃってさ」
「…悪い?話した限り、レミリアは悪い奴じゃないからね、そんな知人の心配するくらい当たり前のことじゃない。
その妹は許せないけどさ…大体レミリアもレミリアで、いくら妹を庇う為とはいえ、あんな真似を…」
「笑えるだろ?本当、笑えるくらいにお人好しで人情家でとんでもない大馬鹿野郎さ。私にとって自慢の友人だよ」
「否定はしないね。本当、とんでもない大馬鹿みたいだね。鬼相手にそこまで言わせるなんて、とんでもない大馬鹿で大物だよ」

 妹紅の言葉に気を良くし、私はけらけらと笑いながら、妹紅に『飲むか?』と誘うように瓢箪を差し出す。
 少しばかり迷った後、妹紅は私から瓢箪を受け取り酒を喉に流し込む。おお、なかなか良い飲みっぷりじゃない。
 そういう飲める奴は嫌いじゃないね、そんなことを考えながらも私は思考をレミリア達の方へと切り替える。しかし、レミリアの奴、
異変に参加することを決めたかい。妹を連れ戻すところで終わりかと思っていたけれど、そこから更に踏み込むか。本当、飽きさせないね、レミリアは。
 まあ、正直今宵の黒幕がどんな連中かは興味あるし、私の好奇心を満たすうえでも、レミリアの勇姿を楽しむうえでも私としては
大歓迎な展開だけれど…さて、よくまあ、あの紅魔館の連中がそんな決断をしたもんだ。
 あの連中のことだから、この異変の『ヤバさ』は理解してる筈。そしてこの黒幕が並の実力者じゃ無いことも。
 天を覆う偽りの月、こんな大魔術を行使出来るのは私の知る限り紫クラスだ。そんな輩を前に、あの紅魔館の連中がレミリアを連れだせる訳がない。
 …少なくとも、私はそう考えていたんだけど。どうやら私のとんだ見当違いだったようだね。私としては非常に好ましい変化だ。
 閉じ込めるだけが愛情じゃない。羽を折り、檻に飼うだけが護るということじゃない。レミリアは吸血鬼、我ら鬼の同族。誇りある鬼をそんな
生殺しするような真似だけは認められない。だからこそ、私は連中の決断には大いに賞賛と賛同の意を表したいのだけれど…

「…さて、それは本当に決断かい、フランドール・スカーレット。
勇と信念を持った決断なら、私は何も言わないが、それが迷いによる中途半端な判断なら…レミリアの身を危険に曝すだけだ。
もし自身の考えに迷いが生じただけの選択なら、いっそのこと今宵は何も行動せずに終わった方がよかった。違うかい?」
「…は?いや、いきなり何を訳の分かんないことを」
「ああ、お前じゃない。私が問いかけてるのはお前じゃない。そうは思わないかい?――八雲紫に西行寺幽々子」

 困惑する妹紅の背後、その揺れ動く空間に私は笑って訊ねかける。
 その私の問いに対する答えは肯定の意。捻じ曲げられた空間の隙間から、妖艶に笑う紫と幽々子の姿が見える。

「でも、それは仕方のないこと。何故ならフランドールは孤独だから。
孤独で誰一人の味方も無く、ただ姉の為に走り続けてきた。山の頂上ばかり見続ける少女には、自分の走る道を把握することなど出来はしないわ」
「味方ならいくらでもいるじゃないか。門番に魔法使いに従者に」
「味方であっても、仲間じゃない。家族であっても、同胞じゃない。
いっそのこと、使い魔の一匹でも使役するべきだったわね。今のフランドールは揺らぎ過ぎている。
数百年の芯すら座屈させる程に、揺らぎ移ろい己を見失う。さて、彼女は一体何を焦っているのやら…」
「仕方ないわ、紫。生き急ぎ前だけを向いて走るのは若者の特権だもの。彼女にだって転ぶ権利はあるわ」
「そうかしら…私にはそうは思えないけれど。一度転ぶと全てが終わる、そんな風にフランドールは今を走ってる」

 紫の言葉に、私は肯定も否定もしない。紫はどうやらフランドールの何かを掴んだみたいだけれど、私は奴のことを何も知らない。
 否、知ることもないし、知るつもりもない。紫はやけにフランドールに肩入れしてるみたいだけど、私はアレには微塵も興味がない。
 私が興味を抱くのは今を強く賢明に生きる剛き者。希望の炎を胸に宿し、常に足を進め続ける前進者。
 だから私はフランドールに興味は持てない。少なくとも今のアレは、私には唯の過去に捕らわれた亡霊にしか見えないから。
 そんな紫や幽々子との会話の区切り。今まで口を挟まなかった妹紅が私の肩を叩き、ひそひそと小声で訊ねかける。

「お、おい…えっと、だ、誰?友人か何か?」
「ん、そうだよ。八雲紫に西行寺幽々子、どっちも胡散臭い妖怪と亡霊だから気をつけな」
「あら、失礼ですわね。私は常に清廉潔白、清く正しくを座右の銘としてますのに」
「紫はそういうところが胡散臭いって言われる所以なんだよ。もっと正直に気持ち良く生きられないもんかねえ、なあ幽々子」
「お生憎とこちらは死人なものでして。気持ちよく死なせて頂いてますわ」
「…ああ、なんとなく分かったよ。こいつ等、私駄目だ。なんか多分、間違いなく無理」

 そう言い残し、妹紅は私達から少しだけ距離を取る。まあ、正解だろうね。
 私も二人が強くなかったら最初は話そうとも思わなかっただろうし。多分、近づいてもないね。胡散臭過ぎて。
 軽く息をつき、私は紫達に向き直る。さて、どうしてこいつ等はこんなところに居るのやら。

「私達がここに居るのが不思議、そんな顔をしてるわね、萃香」
「なんだ、分かってるじゃんか。アンタ達が今夜の異変解決に乗り出さないのは正直不思議だね。
特に紫、アンタはどうして動かないんだい?この異変の犯人がアンタにとって実に接触するに値する奴だと知ってるんだろ?」
「ええ、知っているわ。知っているけれど、その存在にこの幻想郷で『私が』気付けなかった。
この世界は私の世界、けれど、私は止まった時間は認識できない。だからこそ、私は後ろに下がった」
「…当て馬か?紅魔館の連中と博麗の巫女達を餌にして、本懐を為すつもりか?」
「否定はしないわ。だけど、それは二割くらいかしら。一番の理由は霊夢達に経験を積ませることね。
これから先、似たようなシチュエーションが訪れたときにいつまでも母親頼りじゃ困るでしょう?歩行器はもう霊夢には不要だわ」
「ハッ、尤もらしいことをベラベラと。結局のところ、どちらに転んでも紫には美味しい話って訳だ。
紅魔館の連中が出し抜いても良し、博麗の巫女達がふんじばっても構わない、二者が敗すれば得られた情報を武器に己が手で片づける。
その結果、どの道を歩もうと、アンタはあの連中に意趣返しが出来るって訳だ」
「そういうこと。こんな私を萃香は軽蔑するかしら?」
「ああ、するね。思いっきりする。だけど、それ以上に好ましくある。
何があろうと決して揺れずに己が欲望を遂行する、それが八雲紫の芯の通ったやり方だ。アンタはそのままが良い」

 私の言葉に、紫はクスクスと微笑み『ありがとう』と感謝の言葉を紡ぐ。礼なんて要らないっていうのに。
 しかし、幽々子の奴もここにいるってことは、どうやら秘蔵っ子だけを派遣したか。あれも中々に筋が良いからね、経験も積ませたくもなるだろう。
 紫と幽々子は私と同じ傍観のスタンスってことか。臨機応変に紫はその後を対応するみたいだけど…いいのかねえ。

「アンタには言うだけ無駄だけど、今夜は正直何が起こっても不思議じゃない。不測の事態だって起こるかもしれないよ?」
「何を今更。世の中に不測以外の事態なんて在りませんわ。不測の事態を適宜捌いてこそ人々の後ろに歴史が出来るのだから。
私の方より貴女は良いの?この不測の事態という魔物こそが他の誰でもなく『レミリア』にとっては危険なのではなくて?」
「それからレミリアを護るのは連中の仕事だろ?私はレミリアが望めば手を貸すけれど、不要に出しゃばるつもりもないし」
「あらあら、冷たいお友達ですこと。それでレミリアが怪我でもしたら後悔するのではなくて?」

 ワザとらしく言ってくる紫と幽々子に、私は面倒臭がりながらも言葉を紡ぐ。
 本当は分かってるくせに、一々言葉に出させようとするこいつ等が本当、苛立たしい。どうせお前達も同じスタンスだろうが。

「――見縊るなよ?私はレミリアを紫と幽々子、アンタ達と同等の『友』として見做してるんだ。
レミリアは強い。そんな強者に子供の手を引くような舐めた扱いをするつもりは無い。私は一人の友として、レミリアの歩む道に手を貸すだけだ」

 私の返答に、紫は満足そうに、幽々子は楽しそうに笑うだけ。本当、ムカつくねこいつ等。なんで私はこんなのと友達なんだか。
 面倒な二人を放置して、私は再び視界を分身の方へと奔らせる。さて、レミリア、今宵もとうとう最終章だ。
 お前の勇、お前の心、お前の意志。その全てを黒幕にぶつけてやりなよ。この私、伊吹萃香に対してそう在り続けたように、ね。





















 デレ期終わるの早っ!めっちゃ早っ!


 …いや、何のことかと問われると、ただ単にフランが私の手を握ってきたってだけの話なんだけど。
 いやいやいや、それってはっきり言って滅茶苦茶凄いことなんじゃない?だってあのフランよ?いつも私のこと馬鹿にして
気持ち悪いとかきしょいとか言い続けてきたあのフランが私の手を握ってきたのよ?あれ、これ奇跡なんじゃない?奇跡って起こっても奇跡っていうの?SP40消費?
 もうすぐ異変の元凶と相まみえるから、正直かなりプルプル震えてた私だったけど、そんな私の手をフランが握ってきて。
 驚くあまりフランに対する反応が遅れちゃって、数秒くらいしてフランの方を見ると、フランは顔をそっぽに背けちゃってて。
 で、廊下が終わるとすぐに手を離して。本当、フラン、どうしちゃったのかしら…私の手を握るなんて、普段のフランからは微塵も考えられない。
 私みたいに異変の犯人が怖いとか、そんなんでフランが震えるタマじゃないし。むしろ嬉々として殺し合いを始めそうなフランがどうして。
 そんなことを悩みながら、私は先ほどまでフランの温もりが分け与えられていた自分の左手をニギニギと開閉する。
 …うん、まあ、悪くなかったかも。正直、嬉しかった。ほら、なんだかんだいって、フランは私の妹だから。
 問題ばかり起こす困ったちゃんだけど、ずっとずっと一緒だった可愛い妹だから。そんな妹に甘えられたのが、嬉しかった。…あ、甘えてくれたのよね?
 まあ、どうせ紅魔館に戻ったらいつものフラン何だろうけれどね。それはそれでいいか。どんなフランでもフランはフランだもん。
 私の大切なたった一人の妹、フランドール・スカーレット。フランがいつまでも一緒なら、私はそれで満足だから。

「…だから、さっさと異変を解決して紅魔館に戻らないとね。
美鈴、パチェ、フラン、準備は良いかしら?この襖の先に、今回の馬鹿げた異変の首謀者がいるわ。覚悟はOK?」

 私の問いに、三人は小さく頷いて肯定を示す。よし、行くわよ。幻想郷の平和の為に、私の日常の為に、この世を乱す悪を討つ!
 …も、勿論フランと美鈴とパチェがね?私?あほたれ!私如きが一体どなた様を倒せるというのよ!私の精神コマンドは激励・祈り・応援・期待・信頼・隠れ身よ!
 そんな訳で私もフル回転でみんなの応援に尽力するとするわ。例え世界がどんな腐敗と自由と暴力の真っただ中な世紀末でも
私が出来ることは唯一つ、人それを他力本願という!フハハー!お前も吾輩の応援対象にしてやろうかー!求められたらチアガールの格好だってするわよ!
 よし、紅魔館に帰ったら本を書こう。題名は『500歳から始めるレミリア式応援法』ね。私、生きて帰ったら印税生活で暮らすんだ…なーんちゃって。

「?どうしたんですか、お嬢様。突然笑い出したりして」
「フフッ、これが笑わずにいられるものか。美鈴、帰ったら一仕事よ。門番の仕事は休みでいいから、私を手伝いなさい」
「ふぇ?あ、はい、喜んで」
「パチェもよ?貴女の知識も必要だからね、期待してるわ」
「はあ…何を思いついたかは知らないけれど、帰ったらね」

 ぬふふ、二人の協力ゲット!これで私は人里界の出版プリンセスになれそうね。
 よし、私の未来の為にも頑張るわよ、フラン!私は気合を入れ直し、フランに笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

「いくわよ、フラン。さっさと終わらせて、私達の紅魔館(いえ)に帰りましょう」
「…そうだね。うん、終わらせて早く帰ろう、お姉様。全てを終わらせて、みんな一緒に――」

 フランの言葉に力強く頷き、私は意を決して最後の大襖を力いっぱい開く。
 廊下を終えた襖の先に広がっていたのは、広々とした木張り床の一室。どう考えても弾幕勝負に適してる室内と呼びたくも無くなるほどに
広い部屋。そんな一室の中央に佇む一人の女性の姿――どうやらアレが全ての元凶みたいね。ふふ、分かるわ。私の身体に存在する
『パねえっスいやマジで俺無理っスセンサー』、略してパイオセンサーがビンビンに反応するのよ。アレは近寄ってはいけない存在だと!ヤバい化物だと!
 妖力は感じない。けれど、私には分かるのよ!これまで散々不幸な目に会い続けた、そして化物と呼ばれる天蓋の存在を友達に持ち続けてる
私だからこそ感じ取れる!アレは本気でヤバい存在だと!ふふっ…まさかここにきて護身完成とはね…などと悠長なことを言ってる場合じゃない!
 思考しまくってた私を放置し、アレは私達の方へと一歩一歩近づいてくる。それに倣うように、私達も部屋の中央へ足を進めていく。
 そして、中央で互いに距離を取りあったまま、睨み合うように対峙する私達。私達の目の前に対峙する女性…それは美しい銀色の髪を持ち、人のものとは思えぬ美しい美貌を…って、

「――咲夜?」

 気付けば、私は思わず声を漏らしてしまっていた。そんな私の呟きに、少しばかり眉を顰める銀髪の女性。
 また、私の呟きに反応し、私の方を向く三人。あ、やば、空気読めないことした!放置して!私は放置していいから!
 …でも、似てる。私はマジマジとその女性を観察し直すけれど、やっぱり似てる。この人、凄く咲夜に似てる。
 勿論、咲夜の方が幼い感じがするし、髪型とか全然違うし何よりウチの咲夜の方が百万倍可愛いんだけれど(親馬鹿)…それでも、私は
目の前の女性から咲夜のイメージを除外できない。なんでこんなに似てるんだろう…まあ、世の中にはそっくりさんが三人云々いうけれど。
 そんな私はさておき、室内は思いっきり重い沈黙の空気に包まれていて。あれ、誰もしゃべらないの?挨拶って大事だと思うわよ?
 まあ、私は嫌だけど!こんなヤバイオーラビンビンの黒幕に話しかけるのなんて嫌だけど!だから私は他の人の力を借りるのよ。
 よーし、フラン、貴女に決めた!いけっ!フラン、貴女の毒舌で効果は抜群しちゃいなさい!何ならギャラドスでんきで四倍ダメージでも…

「咲夜、とは私のことかしら?可愛い可愛いお嬢さん」
「うぇ!?わ、私!?」

 うおおおい!なんでコッチに話しかけてくるのよ!目の前にフランとか美鈴とかパチェとかいるじゃない!めっちゃいるじゃない!
 くそ、コイツ絶対空気が読めない女ね!流石紫の同類は格が違った!多分コーヒー一杯でマックで粘るタイプの女ね!化粧とか始めたりするのね!
 忌々しく思いつつも、私はこほんと咳払いをして気持ちを切り替え直す。とにかく言葉を返さないと、返事をして得意満面の顔で『ボールはそちらにある』とか
政治的答弁して私から興味を逸らさないと。

「…悪いわね。貴女が私の娘によく似てたから、つい名前を零してしまったわ」
「貴女の娘に…?吸血鬼の娘に似てるだなんて、不思議なこともあるものね」
「一応言っておくけれど、咲夜は人間だからね。私は吸血鬼であってるけれど」
「吸血鬼の娘が人間?私に似ている娘といい、実に興味深いわ。無粋な侵入者でなければ、長話にでも付き合って欲しいところなのだけれど…」
「生憎と私は不躾で歓迎されない侵入者だ。雑談に興じる為にここに来た訳じゃないわ」
「然り。ならば侵入者に対して私は相応の対応を取らなきゃいけないわ。
――永遠亭にようこそ、招かれざるお客様方。この私、八意永琳が誠心誠意真心を持って応対させて頂きます」

 軽く瞳を閉じ、息を吸い直して目を見開く女性――八意永琳とかいう女。それに呼応するように吹き荒れる室内の風。
 あわわわわわ!やややややっぱりヤバい!こいつもヤバい!なんで目を開けたり閉じたりするだけで風が巻き起こるのよ!?
 そんなオサレ能力を持ってる時点でコイツは紫クラス確定だわ!くそ!私が実力者なら『ほう…大した奴だ…』なんて言ってやるのに!
 慌てて美鈴の後ろに隠れる私とは対照的に、一歩前に踏み込むのはフラン。ああ、格好良い、格好良いわフラン。貴女やっぱり英雄よ。勇者よ。

「…一応聞いておくわ。今宵の偽りの月、その犯人はお前で間違いないわね?」
「ええ、相違ないわ。そして、その邪魔をする為に夜を止めていたのは貴女達かしら?」
「私達『も』だよ。生憎とお前が考える程この幻想郷は甘くはないからね。
好き勝手に振舞おうとするお前達に業を煮やした数人が全員同時に夜を止めている。下手をすれば術者全員を倒すまで朝はこない」
「不要な心配をありがとう。けれど、その対策は既に在る。後は時間の経過を待つだけなのだけれど…当然退くつもりはないのでしょう?」
「当たり前だ。この幻想郷で随分と好き勝ってしてくれたんだ。私達妖怪の月を奪った罪、そう簡単に赦されると思うなよ?」
「これは異なことを。月は貴女達妖怪のモノでもなんでもない…月は唯無慈悲に万物を照らす宝玉、それが誰かの手に渡ることなど決してない」

 そこまで告げ、八意永琳は宙に浮かびながら少し後方へ下がる。そして取りだしたるは巨大な長弓。
 …うわ、何あれ、滅茶苦茶格好良い。あんなスラッとした細腕で大きな弓を扱うとか素敵過ぎる。…って、そんな呑気なことを言ってる場合じゃない!
 八意永琳の手にはいつの間にか携えられた光の矢が完全セット。めっちゃ狙ってる!フランの方をめっちゃ狙ってる。ヤバいって!あれ絶対ヤバいって!
 でも、フランの奴全然動じてないし、美鈴達も少しもビビる素振り見せないし…みんな男前過ぎるでしょう?もう本当、嫁に貰ってほしい。どうしてみんな女なのよ、畜生。
 弓矢を見ても動じない私達(あ、私は除外して。私めっちゃ動じてるから)に、八意永琳は最後通牒とばかりに口を開く。

「最後に訊ねさせて貰うわ。貴女達、本当に退くつもりはないのね?」
「当たり前だ。ここでお前を潰さずして帰れるものか」
「…朝になれば満月は元に戻すと言っても?偽りの月は今宵限りと言っても?」
「その言葉の真偽を誰が決める?そんな問答はもう良いだろう?私達はお前を倒すわ。
ああ、言っておくけれど…弾幕勝負、などと温いことを言ってくれるなよ?私達はもうお前達の無意味な時間稼ぎに付き合う義理は無いからね」
「…そう。ならば最早問答は不要ね。今宵のこの場は弾幕勝負ではなく殺し合い。
そして貴女達は私の言葉に耳を貸すつもりもない…ならば、私は相応に振舞うだけよ。お前達がそのつもりなら――私は姫の為にどこまでも冷酷でいられるわ」

 言葉を切り、八意永琳が瞳を閉じて術式を展開し始める。
 それはこれからこの場で殺し合いが始まる証。フランが前に出て、パチェと美鈴は下がり、私を護る陣形になっている。
 あとはフランと八意永琳のバトルを見守るだけ…そう考え、もっと後ろに下がろうとした私だけれど、その行動に移ることは出来なかった。







 ――身体が、跳ねた。

 ――駄目だ、と。このままではいけない、と。
 ――このままでは間違いなく失ってしまう。

 ――このままでは、大切なモノをまた失ってしまう。



 ――このままでは、また、私は――








 気付けば、私はその場から全力で翔け出していた。萃香の分身の力を借りず、自分に出来る精一杯の飛翔を持って。
 そんな私に最初に気付いたのは美鈴。次にパチェ。でも、遅い。私の飛翔は二人には止められない。
 何故、そうしたのかは分からない。何故、そのように思い至ったのかは分からない。
 だけど、身体が勝手に動いてしまう。まるで運命に導かれるように…いいえ、運命を阻害するように。
 ただ一心に私は翔ける。翔ける。翔ける。翔ける。翔ける。翔ける。
 もっと早く、もっと早く、もっと、もっともっともっともっともっともっともっと――!!
 それは私の永きに渡る生涯においても一番の速度で。ただがむしゃらに、ただ真っ直ぐに、私は翔ける。
 そうして目的の人物の背中まで辿り着き、私はブレーキをかけることなくその人物の背中を強く弾き飛ばす。

「――え」

 その人物――フランは突然の衝撃に、状況を把握出来ないままに『部屋の中央』から弾き飛ぶ。
 そして、フランの代わりに部屋の中央へは私の身体が。フランが床に転ぶと同時に八意永琳は呪文詠唱を終わるが、もう遅い。
 八意永琳の術式を紡ぎ終えると同時に、私の周囲を囲むように光の奔流が室内を奔っていく。そして床に描かれるは巨大かつ何解な魔法陣。
 私の半径一メートルを完全に外界から遮断するような光の陣。その陣の中央に佇む私。
 そんな私を呆然と見詰める三人の瞳と、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる八意永琳。
 そこまで把握し…私は軽く息を吸い、思わず絶叫してしまった。それはもう、カリスマもくそも取り繕うことも出来ずに全力で。

「うおおおおおおおおおおおい!!!!?私は一体何を暴走してくれちゃってるのよおおおおおおおおお!!!!!!!」

 思わず頭を抱え、その場にへたり込んでしまう自分。馬鹿馬鹿馬鹿!私の馬鹿!あんぽんたん!幼児体型!幼児体型は関係ないでしょ!?
 もうここまでくれば、一体これが何なのかくらい分かる。この魔法陣は明らかに八意永琳の仕掛けたトラップ。そして、そのトラップに
見事に引っかかってくれちゃってる私。いやいやいや!何!何なの私!何故!?どうして!?WHY!?
 自分の行動を振り返ってみれば、本当に馬鹿丸出しで。八意永琳とフランのガチバトルを離れて観戦しようとした刹那、突然身体中に
嫌な予感が激走して…うん、その正体はもう分かる。多分『コレ』だ。この魔法陣に私は気付いたんだ。
 …いや、なんで気付けるのよ私。魔法のスペシャリストのパチェも戦闘のプロのフランや美鈴も気付けなかった魔法陣に、どうして私なんかが
気付けちゃったりするのよ…意味分かんない。いや、もういい。気付けたのはもういい。危険察知能力(笑)とか運命把握能力(爆笑)とか
そんなの持ってるとは思わないけど…とにかく気付けた、それはそれでいい。
 でも、私はどうしてよりによって『私』が『フラン』を庇ってるのよ!?なんで『最弱』が『最強』を庇ってるのよ!?
 こんなの逆にみんなの良い迷惑じゃない!私が捕らわれてたら、みんな面倒事が増えて逆にやりにくくなって…いや、そもそもこれ捕縛魔法?
 下手をすれば殺傷魔法とか…ひ、ひいいい!!やっぱり強くて頑丈な美鈴辺りに役目を代わって貰えば良かったあああ!!!
 でもでも、みんなは私を強いと勘違いしてる訳だから、そんなお願い届く訳もなくって…そこまで考えたとき、私を囲む魔法の光に変化が
生じ、私の身体に異変が生じていることに気付く。
 …あー、そういうこと。うん、本当、最低最悪だ。あの、本当、ドン引かないで聞いてほしいんだけど、その…ね?


 …私、もう既に足首から先がありません。本当に何もないんですけど。


 本当、綺麗さっぱりない。ていうか、現在進行形で、足からどんどん魔法が浸食して分解されていっちゃってる。
 まるで砂で出来た城がサラサラと風に溶けていくように、私の身体がどんどん消えちゃってる。オーノー…などと言ってる場合ではない!
 あわわわわわわ!!ヤバい!ヤバいって!死んじゃう!これ本当に冗談抜きで死んじゃう!助けて!美鈴!パチェ!フラン!僕の地球を護って!
 泣き喚きそうになりながら、私は結界の外を眺めるも、そこには想像を絶する光景が。


 …フラン、泣いてる。
 泣きながら、必死に私を取り囲む魔法光の壁を叩いてる。

 …美鈴が何か叫んでる。目を見開かせて、必死に必死に何かを。
 …パチェが珍しく取り乱してる。クールビューティーが売りの、あのパチェが。


 その光景を見て、私は否が応でも悟ってしまった。完全に理解してしまった。
 こんな必死なみんなを見て。こんな絶望の色に染まってるみんなの顔を見て。







 …そっか。そうなんだ。
 私は――レミリア・スカーレットは、もうここで終わりなんだ。







 そこを理解してしまえば、後は早くて。私は大きく息を吐き、全身の力を失ってしまう。
 そうか、私、死んじゃうんだ。まあ、当たり前と言えば当たり前よね。
 もう私は膝から下がないんだもん。これで生きられるって方がおかしい。そんなこと、絶対にありえない。
 自分の死に直面して、私は予想外に動じていない自分自身に気付く。昔から死ぬことに散々怯えてきた私だけど、まさか
こんな結末だなんて思わなかったものね。だからかな、きっとただ単に自分自身の死をまだ理解しきれていいないだけなのかもしれない。
 うん、だったらそれでいいかも。変に把握して、みっともなく泣き叫ぶより、落ち着いたまま死んだ方が在る意味綺麗かも。
 …そんな風に死ねば、少しくらいみんなも安心できるしね。私は安らかに逝くことが出来たって。

 自身の身体が腰の部分まで消えている点に気付き、私は慌てて立ちあがる。足も無いのに立ちあがれる、本当、魔法って不思議よね。
 正直、言いたいことは山ほどある。何で私が、とか。どうして私がここで、とか。言い始めればきっと情けない台詞のオンパレードで霧が無い。
 だけど、そんな弱い私は最後の最後まで押し殺して。私は最後の奉公と、頭を切り替え直して喝を入れ直す。

 だって、私にはまだ役割が残されてるから。
 他のみんなにお別れは言えないけれど、友達にはお別れできないけれど。
 でも、今私の目の前には三人がいる。

 数百年も私に付き従ってくれた、美鈴が。
 初めての私の友達で、ずっと仲良くしてくれた、パチェが。
 幼い頃から今この時まで、傍にいてくれた、フランが。

 咲夜が居ないのは本当に残念。咲夜にも、愛する娘にも沢山沢山言いたいことは沢山あるけれど。
 でも、こればかりは仕方ないこと。逆に良かったのかもしれない。
 咲夜はあれで私にべったりだから、私の死に目になってあうと心が折れちゃうかもしれない。だから、逆に幸運に思おう。
 私は紅魔館の主。私はみんなのご主人様。だから、最後の仕事だけはしないとね。本当、らしくないけれど。

 私は美鈴の方を向き、頑張って笑顔を作る。
 美鈴は目に涙を溜めて必死に声を出してるけれど、私に美鈴の声は届かない。
 魔法陣が音を封鎖しているのか、私がもう音を感じ取れていないだけなのか。
 もし、前者だったら私の言葉は美鈴に届かないかもしれない。だけど、後者である可能性を…
美鈴に私の最後の言葉が届くことを信じて、私は言葉を紡ぐ。

「美鈴…これまで永きに渡る時間、よく私に付き従い尽くしてくれたわ。
貴女は一人ぼっちだった私を救ってくれた。貴女がいたから私は一人じゃなかった。
だから美鈴…今まで本当にありがとう。貴女は私の誇りだわ。貴女という従者がいたこと、私は絶対に忘れない」

 紅魔館の中、ひとりぼっちで過ごし続けた私に手を差し伸べてくれた美鈴。
 暗き館の中、私なんかの為に話し相手になってくれた美鈴。どんなときでも私の味方だった美鈴。
 ありがとう。本当に心からの感謝を。大好きな貴女が居たから、私は紅魔館の主として頑張れたんだから。

「パチェ…私の唯一無二の心友として、共に在り続けてくれてありがとう。
どんなときでも優しくて…ううん、ときどき意地悪だったりするけれど、そんなパチェが私は大好きだった。
本当はもう少し一緒に馬鹿に付き合って欲しかったけれど…ごめんね。こんな勝手ばかりな友達で、本当にごめんなさい」

 私に初めて友達というものを教えてくれたのは、他ならぬパチェだった。
 私がどんなに振り回しても、どんなに馬鹿な行動をしても、パチェはいつだって嫌な顔一つせずに付き合ってくれた。
 きっと、生まれ変わっても私は貴女以上の友達なんて出来ないと思う。だからパチェ、来世でもまた友達として会いましょう。約束だからね。

 二人に言葉を紡ぎ終え、私はゆっくりとフランの方へと顔を向ける。
 そこにいたフランは、これまで私が紅魔館で接し続けてきたフランとは全くの別人で。
 今、私の目の前に居るフランは傲慢さも冷血さも吸血鬼としての存在感も無い。
 ただ、泣いている。幼子が親を求めるように、夜に怯えるように、必死に声をあげて泣いている。
 それはどこまでも臆病な姿。それはどこまでも弱さをさらけ出した姿。でも、私はその姿に驚いたりしない。
 だって、私は理解したから。今のフランは、きっと本当のフラン。私の知る、本当のフランなんだ。
 泣き虫で、臆病で、怖がりで、私がいないと一人で夜も眠れなかった、私の可愛いフラン。
 そう、私はいつだってフランの傍に居たんだ。フランの泣き顔を、フランの悲しむ顔を見たくないから。
 ただ、笑っていてほしかった。そうだ、私はフランに笑っていて欲しかったんだ。
 フランが幸せになれますように。フランが笑って過ごせますように。それが私の願い。それが私の夢。
 それが今も昔も何一つ代わることのない――私、レミリア・スカーレットの夢だったんだ。

 夢。絶対譲れない夢。
 夢だから護らないと。大切なモノだから、決して諦めちゃ駄目だから。
 だから私は笑う。フランにも笑っていて欲しいから。だから笑う。フランが安心できるように。フランがゆっくり眠れるように。

「フラン…私の可愛いフラン。お願いだから泣かないで。私はフランの笑顔が大好きだから。
お姉様は先にさよならしてしまうことになっちゃったけど…でも、大丈夫。貴女はもう一人じゃないわ。
あの時とは違って、美鈴も、パチェも、咲夜もいる。貴女は一人じゃないから…お姉様がいなくても、貴女は大丈夫だから」

 私の言葉、それはもしかしたら届かないかもしれない言葉。だけど、私は必死で紡ぐ。
 私の身体はもう胸元まで消えてしまっている。私に残された時間は少ない。だから、最後の最後まで言葉を押し出し続ける。
 だって、フランは泣き虫だから。フランは本当に泣き虫で…そして、世界中で誰よりも優しい女の子だから。
 私の死で心が潰れない為に、フランが明日から頑張って前を向いて歩いていく為に、だからお願い。フラン、悲しまないで。

「ねえ、フラン…お願いだから、笑っていて。貴女が笑ってくれたら、私は安心できるから。
どんな状況でもフランが笑顔なら、きっと世界は幸せになる筈よ。フランの笑顔は魔法の力が込められてるの。貴女の笑顔でみんなが幸せになるわ。
そう…お父様も、お母様も、館のみんなも、みんなみんな貴女の笑顔が好きだから。ね?だから、フラン――」

 私が口に出来たのはそこまで。だけど、それで十分。
 フランが、最後に笑ってくれたから。昔のような無邪気でお日様のような笑顔じゃなくて、涙塗れの笑顔だったけど、フランは笑ってくれた。
 うん――頑張ったね、フラン。貴女は優しい娘だから、きっときっと私のことで沈んでしまうんだと思う。
 でも、悲しまないで。怨まないで。憎まないで。難しいかもしれないけれど、どんなときでも笑っていて。
 笑っていれば、貴女を中心に沢山の人と笑い合っていれば、きっとこの傷も癒える日が来る筈だから。だからお願い――フラン、私の可愛いフラン。









 どうか――どうかその笑顔を忘れないで。


 貴女の未来は、貴女の道は――きっと、貴女の優しい笑顔と共に、温かい幸せに満ち溢れている筈だから。































 室内を包む光が消え去ったとき、場は完全な静寂に包まれていた。
 否、強制的に包まされたといっても過言ではない。何故ならこの場の誰一人として心に空いた風穴の為に口を開くことが出来ないから。


 それは喪失。己が命よりも大切な人を失ったが故の絶望。
 それは失態。どうして大切な人を助けられなかったのかという自責。

 彼女達は立ちあがれない。彼女達は膝をつくしかできない。
 何故なら彼女達は失ってしまったから。王を奪われ、駒達は行動など出来はしない。何故ならそれがルール。
 彼女達の生きる意味は、彼女達の存在は、全ては一人の少女の為にあったのだから。
 止まらない。絶望が、悲しみが、涙が。けれど、それを糧に立ちあがることすら出来ない。
 そんな少女達に鞭打つように、この空間の支配者はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「そう…あの娘が、貴女達にとっての『姫』だったの。人数を省く予定が、まさかチェックメイトになるなんて…分からないものね。
何はともあれ、これで試合終了よ。心折れた者に手出しはしないわ。疾くこの場から去りなさい」

 それは無慈悲な通告。それはどこまでも無感情な言葉。
 恐らく、それを耳にしても常人は立ち上がれなかっただろう。何故なら心はそんな簡単なモノではないから。
 割り切れない。最愛の人を失った悲しみは割り切れない。叱咤されても、暴言を吐かれても、心が揺り動くのは更に先のこと。


 けれど、それは常人の話。
 『最悪なことに』、彼女達は違った。並の人間も、並の妖怪をも超越した彼女達。
 それは誰にとって幸運なのか。それは誰にとって不幸なのか。
 少女達の瞳に光が宿る。けれど、それは決して明るい瞳などではない。前を向く光などではない。
 ただただ絶望の湖を黒色で塗り染めただけ。いうなればそれは人形。いうなればそれは傀儡。
 彼女達は糸で踊る唯の人形。その糸を操るは復讐心や反逆心などといった生温いモノなどではなかった。


 彼女達を操るモノ――それは殺意。
 どこまでも純粋に、純粋に黒色を重ね合わせた底の見えない殺意。それが少女達の身体を突き動かす。







 少女は咆哮した。涙は枯れ果てる程に流してなお、彼女は泣き叫ぶ。
 彼女の愛する人は言ってくれた。私の為に生き、私の為に全てを差し出し、そして私の為に笑いなさい、と。
 それは遠い過去の誓約。その誓約を少女は遵守し続けた。愛する主と共に生きる為に、愛する主の傍に寄り添う為に。
 けれど、今、その愛する主人はもういない。彼女の生きる意味は何処にも存在しない。
 殺戮機械は生きる意味を得、そして再び失った。そんな少女に残されたモノなど何があるだろう?
 ない。なにもない。何故なら彼女にとって愛する主が全てだったから。主がいたから、彼女の世界に初めて色が灯ったのだ。
 ない。なにもない。最早彼女に生きる意味などありはしない。生きる意味を失った少女はこの世に存在する理由が無い。
 ――否。在った。一つだけ、たった一つだけ。存在する。
 愛する主を、自分の全てを奪ったモノ。それが今、目の前に居る。
 主を殺したモノが、この世にまだ存在している。何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
 要らない。主を殺したモノは、この世に必要無い。奪う。消す。それが自然。それが当然。
 なればこそ、彼女は躊躇しない。数百年の時を経て、殺戮機械は殺戮機械へ。この世の全てに絶望し、彼女は真なる姿を晒す。
 その姿は彼女が憎み続けた姿。人間にも化物にも属することが出来なかった呪われし己が血筋。
 だけど、もうそんなことに彼女は悩まない。アレを殺す為なら、彼女はどんな手段だって用いてみせる。仕えるモノはなんだって使う。

 強大な咆哮とともに現れた一匹の紅竜。神性を持つ龍ではなく、獣に特化した竜。それは彼女が半端者である証。
 理性を失い、愛する者を失い、紅竜は悲しみと憤怒の感情に咆哮する。優しく微笑む紅美鈴――もう彼女が笑うことは、ない。








 少女は壊れてしまった。彼女特有の冷静な思考回路は最早判断の一つすら下せない。
 智慧も、経験も、含蓄も。その何もかもを少女は投げ捨てた。だって使えないから。壊れた人形にそれは使えないから。
 人形。それは彼女が最も忌み嫌う言葉。だけど、今の少女の姿はまさしく人形だった。
 愛する友を。心友を。唯一無二の大好きな人を失ってしまった少女は、最早自身の意志で立つことすら叶わない。
 だってそれは仕方のないこと。彼女を人形から解き放ってくれた少女が、もうこの世には存在しないから。
 愛する友の為に、愛する心友の為に自ら手繰り糸を引き千切ったというのに、今もうその友は何処にもいない。
 滑稽だ。ああ、実に滑稽だ。ならばこの身は一体何の意味が在る?どうしてこの身が存在する必要がある?
 大好きな友の為に、未来の為に、様々な策を弄した。様々な姦計を施した。なのに、このざま。なのに、この結果。
 結局、自分の行ったことは、友を殺しただけ。友を失う未来につなげただけ。全ての結果が、コレだ。
 最愛の父を手にかけ、そこまでした勝ち取った未来がこの結果だったのだ。
 その現実は少女には辛過ぎた。だからこそ少女はもう動けない。瞳に未来を映すない。
 瞳に未来を映せないなら、マリオネットの生涯はそこでお終い。後に残されたのは、舞台用具の片づけだけ。
 故に、少女は行動する。人形として最後の仕事、舞台用具の片づけを。大切な親友を奪ってくれた邪魔な道具の片づけを。

 強力な魔力の塊である七色の石を纏い、少女は力を暴走させる。その力は稀代の魔法使い、実に三人分という国を一つ滅ぼせる程の力。
 けれど、その力を使うことに少女は躊躇しない。何故なら人形は判断など下さないから。判断など下せないから。
 自身で判断を下さない人形に、友と道を共にすることなど出来はしない。
 友の傍で幸せの道を歩み続けたパチュリー・ノーレッジ――彼女が自身の足を進めることは、二度とない。











 少女は失った。この世で何よりも大切だった、この世で誰よりも強く護りたいと願ったモノを、少女は失ってしまった。
 全てを犠牲にした。全てを捨てた。全てを賭した。全てを諦めた。けれど、少女は失った。
 少女は破れた。少女が幼き頃に立てた誓い、そのたった一つのことすら護れなかった。
 今度は私の番だと。全てを犠牲にして自分を助けてくれた人を、今度は私が護るのだと。
 どんなに蔑まれてもいい。どんなに嫌われてもいい。自分がどんな目にあっても、絶対に護ると誓った筈だったのに。
 許せなかった。自身が。何も出来なかった無力な自分が。
 幼い頃、少女は無力だった。無力故に、最愛の人は自分の犠牲となった。
 それは時間が経った今でも何一つ変わらなかった。護りたいと思ったモノを、今もこうして失ってしまった。
 全ては己が無力故に。全ては己が浅慮故に。
 自分のせい。自分のせい。大切な人が死んだのは、何もかも自分のせい。
 けれど、何より許せないのは、最愛の人が最後の最後まで自分の心配をしていたこと。
 声は届いていた。だからこそ、少女は全身を悲しみに捕らわれる。
 最後の最後まで愛する人は、死にゆく自身のことではなく少女のことを心配していた。
 笑っていて欲しいと。幸せであってほしいと。そんな馬鹿なことを望みながら、最愛の人は消えてしまった。
 最後まで少女を庇って、それでも最愛の人は笑っていた。感謝していた。
 それが少女には何より自分を責め立てる。自分がいなければ。自分なんて最初からいなければ、こんな結果になんてならなかった。
 自分が下らない計画なんて立てなければ。自分が紅魔館で父を殺さなければ。
 自分が最愛の人と接触しなければ。否…問題は原初、最初から自分なんてこの世に存在しなければよかったのだ。
 そうすれば、すべてが上手くいった。そうすれば、あの人は死ななかった。死なずに済んだ筈だ。

 殺意。少女を包むは殺意。拒絶。全ての拒絶。
 嫌い。嫌い。嫌い。全て嫌い。愛する人を殺した自分。愛する人の未来を許さない世界。愛する人がいない未来。
 そんなもの要らない。そんなものなんて必要ない。だから壊す。全部壊す。何もかも塵一つ残さない。
 心も、身体も、思い出も、今も、過去も、未来も。何もかも壊す。全てを壊し尽して、私も壊す。
 抑えつけた狂気の解放。長年積み重ねられた封印、その果てに込められた憎悪の想いは如何程のものなのか。
 少女は全てを解き放つ。狂気を抑えつけてくれていた最愛の人の力も、身体の限界も、何もかもを解放し、少女は真の姿を現す。
 それは四枚羽の堕天使。彼女特有の虹色の羽の上に生えるは、彼女の最愛の人と同じ漆黒の蝙蝠翼。
 少女の左手に握られしは、全てを断罪する深紅の神槍。少女の右手に握られしは、全てを焼き尽くす深焔の魔剣。
 全てを滅ぼし尽す力を持って、少女は口元を歪めて言葉を紡ぐ。それはきっと、少女にとって別れの言葉。



「――ごめんなさい。おねえさま、ごめんなさい。おねえさま…おねえさま…おねえさま…」



 流れる涙は止まらない。紡がれる謝罪の言葉も終わらない。嗚咽を零しながら、少女は別れを告げた。
 彼女の最愛の人――誰よりも臆病で、誰よりも優しかった愛しき姉に。そして、最愛の姉の愛した、この温かな世界に。










[13774] 嘘つき永夜抄 その十一
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2010/10/17 02:09







 ~side アリス~



 突然。それは本当に突然に訪れた。


 咲夜の求めに応じ、私達は張り巡らされた結界を抜け、今回の異変の首謀者の屋敷内へと侵入した。
 長い廊下を翔けながら、一刻一秒も早くレミリア達に追いつかんと咲夜が加速し、霊夢と魔理沙が続く。
 そんな彼女達の背後を固めるように、私と妖夢が後衛を務める。先行馬鹿の三人では務められないであろう、予想外の
敵襲や事変に対応し、事あらば三人を先に向かわせて私と妖夢でこの場を食い止める為に。
 レミリア…もとい、紅魔館の連中が通った道に最早余力のある敵が残っているとは思えないけれど、万が一ということもある。
 そういうことも考え、私と妖夢はもしもに備えていた。どんな状況の変化にも対応する為に、咲夜の力となる為に。

 けれど、そんな私達に訪れたのはそんな心構えさえあっけなく吹き飛ばしてくれる出来事。
 屋敷の奥へと向かっていた私達…いいえ、この幻想郷全体を包み込むかのように、『それ』は放たれた。

「――あ」

 幻想郷中を塗りつぶすように、押し殺すように染み広がっていく『それ』に、顕著に反応したのは魔理沙。
 飛行を止め、肺の中の空気を全て吐き、口元を必死に抑えている。その状態では、最早彼女得意の飛行すらままならない。
 必死に奥歯を噛み締め、全身の震えが思考に回らないように打ち消そうとする姿。それはいつもの明るく陽気な魔理沙らしさが微塵も残っていなかった。
 どうしてこのメンバーの中で、魔理沙が一番反応が顕著だったのか。その理由は考えずとも分かる。
 この中で、魔理沙が誰よりも『人間』だった。この中で、魔理沙が誰よりも『経験』が少なかった。ただ、それだけ。

「な…なんですか、これ」

 続いて妖夢が恐怖に駆られながらも声を発する。一体誰に訊ねかけたのか…多分、その対象なんて、ない。
 理解出来なかった。この中で誰より死を知る、死と密接に関わる彼女ですら、これほどの『それ』を経験したことが無かった。
 故に、知らない。故に、理解できない。だから妖夢は知ろうとする。教えを請う。誰でもいいから教えてほしいと。その気持ち、私には十分過ぎる程に分かる。
 私だって、妖夢と同じ立場だったらここまで冷静に思考が回らなかった筈。私と妖夢の差は、幼い頃の経験だけ。

「…嘘。何よこれ…こんなの規格外過ぎる。一、二…三。冗談でしょ…?
こんなの私、知らないわよ…スペルカード制定のときだって、こんな奴ら幻想郷に居なかった。
紫でも藍でも天魔でも無い…こんな禍々しい奴等、私は知らないわよ…ちょっと咲夜、アンタ何か知らないの?こんな…」
「…どうして。何が…」
「ちょ、ちょっと咲夜!?」

 驚きこそするものの、霊夢は冷静に思考するレベルにはあるみたい。流石は博麗の巫女、かしら。
 ただ、霊夢の隣に立つ咲夜がおかしい。様子がおかしいというか、驚愕を通り越して呆然自失といった状況。
 魔理沙のように『それ』に充てられた訳でも、妖夢のように『それ』の大きさに驚いている訳でもないみたい。だけど、咲夜は
何かが信じられないという状況で、上手く自分を律しきれていない状態。

 魔理沙を、妖夢を、霊夢を、咲夜を、そして私を乱す『それ』の正体。それは恐ろしく強大かつ純粋な『殺意』。
 幻想郷を覆いつくすように、この世の全てを囲むように展開される、おぞましい程の『殺意』。それが、私達の思考を激しく乱していた。

 こんなものを肌で感じるのは一体いつ以来だろうか。少なくとも私があちらから幻想郷に移住してからは経験したことなんてない。
 こんな常軌を逸したものを放てる存在なんて、私は片手で数える程しか知らない。
 経験から言えば、私の母に花妖怪。憶測から言えば、隙間妖怪に亡霊姫。だが、この殺気がその四人のうちの誰かとは微塵も考えられない。
 一体誰がこんな重厚な殺気を振り撒いているのか。何の為に、何の理由で。否、今考えるべきはそうじゃない。
 今考えるべきは行動。次の一手、私達はどうするべきか。この恐ろしいまでの殺意が放たれているのは、間違いなく私達が向かう先――異変の首謀者の居場所。
 どうする。どうする。どうする。落ち着け。落ち着いて考えろ。どんなときでも冷静に、それが魔法使いの…いいえ、私の役割。
 私達はまず選択しなければいけない。向かうか、引くか。この先、異変の首謀者の元が殺意の発生源であるならば、間違いなくそこで
『何か』が起こったということ。そして、何かを起こす引き金となりうる要因は二つ。『異変の首謀者』か『紅魔館組』、恐らくこの
どちらかに何かが起こった。もしくは両方に、か。どちらにせよ、常軌を逸した状況に在るのは間違いない。
 その中に私達が向かう?この状況で?少なくとも魔理沙は無理。妖夢と咲夜も怪しい。霊夢はまだこれを『異変』の一部と捉えているか
どうかで話が変わる。残る私は…駄目だ。今の私は一つの答えしか出せない。

 私の導く答えは『脱出』。どんな風に考えても、私に行動は起こせない。魔理沙を、妖夢を…霊夢を、咲夜を、あの場所に連れていくなんて出来ない。
 見ずとも分かる。触れずとも分かる。私達の目的地に広がってるのは濃厚な死の世界。西行妖や伊吹萃香のときとは比較にならない、
言葉通り一人の命を容易く消し去ることすら厭わない無慈悲な空間。そんな光景が、間違いなく終着点には存在する。
 だから私は選択する。異変解決よりも、仲間の命を…そして、自分の命を、選択する。友と我が身の可愛さの為、私は決断を下す。
 …仕方ないわ。格好悪いけれど、私のプライドが許すことではないけれど、それでも仕方ないと割り切る。
 きっとこのメンバーだと、私以外の誰も言いだせないだろうから。馬鹿みたいに前向きで、勇を必死に振おうとするこのお馬鹿達じゃ…ね。

「…ここまでよ、四人とも。この屋敷から脱出するわ」
「はあ!?ちょ、ちょっとアリス、アンタ何を…」
「何もどうもないわ。この事態は最早異変なんて言葉じゃ終わらない、私達だけじゃ手に余る事態になっている。
他の誰でもない霊夢、貴女なら今の状況を理解出来るでしょう?貴女、これほど濃厚な殺意を放つ妖怪と対峙したことがある?」
「…ない、けど」
「だったら問答は終わりよ。少なくとも五人じゃ『あれ』をどうすることも出来ない。
分かったら手を貸して。私達はギリギリ堪えられてるけれど、魔理沙はもう限界よ。下手をすれば中てられ過ぎて毒が回るわ」
「!?ま、魔理沙っ」

 私の言葉でようやく魔理沙の異変に気付けたのか、霊夢と妖夢は慌てて魔理沙の方へ振り向く。
 肩で呼吸をする魔理沙を急いで妖夢が身体を支え、何とか倒れないようにする。…本当、拙いわね。

「人外の殺意や悪意、それは圧縮され過ぎると人間には毒となる。『呪い』なんて言葉、聞いたことくらいあるでしょう?
貴女のように先天的に対妖怪に優れた血筋の人間なら耐えられるかもしれないけれど、魔理沙はそうじゃないわ。
魔理沙はこれまで妖怪と血生臭い殺し合いを繰り返してきた訳でもない。そんな未経験の相手に、この『殺意』、耐えられる訳がないでしょう」
「…だったら、魔理沙を貴女達に」
「私達に任せて自分はあの場所へ向かう、なんて言うつもりなら、この場で霊夢を止めさせて貰うわ。
悪いけれど、貴女の言い分も主張も聞き入れるつもりはない。無理矢理殴ってでも止めさせて貰う」
「…アンタ、私のパートナーよね?」
「パートナーだからこそ、よ。見ず知らずの赤の他人なら幾らでも向かわせてあげる。
だけど霊夢、貴女は行かせない。大切なパートナーを無駄死にさせる程、私は冷血でも馬鹿でもないもの。
…霊夢、貴女は理解出来るでしょう?この先の『殺意達』には勝てないと。一匹ならまだしも、それが複数…私達じゃ、どうにもならないのよ」

 正直、一匹ならば私だって考えた。魔理沙が駄目でも、こっちは四人。霊夢と咲夜と妖夢、それに私なら勝算は導けたかもしれない。
 だけど、それが複数になると不可能以外答えを導き出せない。荒れ狂う殺意の塊を一対一に限りなく近い状況に持ち込まれ、一体私達に
何が出来る?本気すら出していない伊吹萃香にすらあしらわれた私達に、一体どうして対処など出来る?
 悔しい。悔しい。だけど、その感情を噛み殺す。一番優先すべきは誇りなんかじゃないから。
 だから霊夢、理解して頂戴。貴女が異変を解決しなければという使命は分かる。だけど、これはもう『そんな世界』じゃない。
 この殺意の塊は、間違いなく個対個で当たるべきじゃない。この個に対しては群で当たらなければ解決なんて出来はしない。
 ごっこでも、バトルでも、戦いでもない。この『殺意』と与するなら私達は覚悟を決めて『戦争』しなければ絶対に勝ち目はない。
 すぐに結界外に出て、八雲紫に助勢を求める。あれに借りを作るのは霊夢にとって癪かもしれないけれど、今はそんなことを
気にしている場合なんかじゃない。少なくとも、八雲紫は断らない筈。だって、これは間違いなく幻想郷中を包む『災厄』なのだから。
 私の説得、その言葉に、霊夢は顔を顰めながらも考える。何とか必死に自身を納得させようと努めている。
 霊夢とは対照的に妖夢は一刻も早い脱出を望んでいる。当然だ、妖夢は何より一秒でも早く助けたいのだ。他の誰でもない、魔理沙を。
 そんな妖夢の視線を受け、霊夢は数十秒程悩んで、必死に答えを出した。それは、自身を押し殺す霊夢の望まぬ答え。

「…帰るわよ。戻って、紫の馬鹿に話をするわ。
そのときに魔理沙も家で寝かせる。私は知らないけれど、アリス、アンタは妖怪の毒気を抜く魔法くらい知ってるんでしょう」
「…ええ、勿論。すぐには抜けないけれど、一晩かけて絶対に完治させてみせる。
霊夢、貴女の冷静な判断に感謝するわ。納得は出来ないでしょうけれど…今はこれが最善」
「感謝なんかしないで。礼を言われると自分自身を殴りたくなる。この状況で元凶をぶっ飛ばせない自分自身を」

 怒り、悔しさ、様々な感情を押し留め、霊夢は私に擦れるように言葉を紡ぐ。
 …それでも、感謝するわ。霊夢の性格上、私の提案は絶対に呑めない内容だった筈なのに。それでも霊夢は自分を押し殺してくれた。
 自分の実力を真っ直ぐに見つめ、周囲の状況を理解し、そして判断を下してくれた。優先順位をしっかりつけてくれた。
 そんな霊夢だから、私は彼女を支えたくなる。そんな霊夢だからこそ、私は霊夢の歩く道を知りたくなる。
 だけど、本人に礼を言ってもさっきみたいに不機嫌になるだけだから、今度は心の中だけで。ありがとう、霊夢。

「…咲夜、悪いけれど、そういう訳よ。ここは一度全員引き返して…」
「駄目よ…私は引き返せない。私だけは、引き返せない」
「はあ!?アンタ、さっきのアリスの話を聞いてたの!?この先に何が待ってるか知ってるでしょう!?
廊下の先にはヤバい連中がいるのよ!私達じゃ手が出せない、とびきりヤバい連中が!くそっ、言ってて情けなくて涙が出そうよ畜生!
とにかく、私達が進もうとしてる場所はもう普通じゃないの!私達の目的地には、レミリアを追っかける先には…!」

 そこまで霊夢が怒鳴り上げたとき、私達は咲夜の真意に気付く。
 …そうだった。そうだったんだ。目前の死の気配のあまり、私は本当に一番大事なことを見失っていた。
 私達は一体どうしてここまで来た?それは勿論、異変の解決の為。だけど、『この場所に来ることが出来た』のはそんな目的を成し遂げる為じゃない。
 私達は追いかけていた筈だった。追いかけ追い抜き、その目的の人物より先んじて異変を解決しようとしてた筈だ。
 咲夜は…この一人の女の子は、いつだって一つの目的の為に行動している。その咲夜が今、私の意見を支持する筈も無かったんだ。


 だって、この廊下の先には咲夜の大切な人がいるから。
 咲夜の大切な母親――レミリア・スカーレットがこの『殺意』の先に存在するのだから。
 故に彼女は退けない。故に彼女は戻らない。母の為に、咲夜はどんな危険をも承知の上で突き進むだろう。


 咲夜の決意を感じ取り、私達は言葉を返せない。何も言葉を発せない。
 逃げる主張をした私は、最早自分の意見を押すことなんて出来ない。だって、それはあまりに酷な言葉だから。
 あの咲夜に、他ならぬ咲夜に見捨てろということ。レミリアを、母を捨てて保身に走れということ。そんな話に咲夜が頷く訳がない。
 いいえ、レミリアだけじゃない。門番も、パチュリーも、フランドールも、その全てを見捨てろと私は主張していたのだ。
 …なんて愚かな。本当、自分の考え無さが嫌になる。そんな選択を私は咲夜に突き付けてたのかと嘲笑の一つもしたくなる。
 残念だけれど、私にはもう最良の答えを導けない。何が良くて何が悪いのか、最早これは私の判断では下せないから。
 それは霊夢も妖夢も同じ。だけど、妖夢は必死に魔理沙を抱きしめている。その姿が酷く私の心を揺れ動かす。
 どうする。どうすればいい。そんな思考の海でおぼれかけている私達を、解放してくれたのは他ならぬ咲夜だった。
 先ほどまでの動揺や迷いはもう無い。確固たる意志を固めた咲夜は、私達に向き直り、優しく言葉を紡ぐ。

「…悪いわね、四人とも。ここまで付き合ってくれたことに心から感謝するわ。
だけど、それもここまで。ここから先は私一人で十分よ。貴女達は戻って不測の事態に備えて頂戴」
「ば、馬鹿っ!アンタ、一人で行くつもり!?性悪こじらせて頭まで沸かしてるんじゃないわよ!アンタ一人じゃ…」
「それでも…それでも、私は行くのよ、霊夢。
だって、私には母様が…いいえ、紅魔館の家族のみんなが全てだから。だから、何があろうと足を止めることは出来ない。
この憎悪の塊がどんなに危ないのかも十二分に分かってる。だけど、危険ならば尚更行かなければいけない。
だって私は――十六夜咲夜は、このときの為に生きてきたのだから。みんなを、母様を護る一振りの刃となる為に、この瞬間の為に」

 咲夜の決意に迷いはない。それは本当にどこまでも純粋な意志の現れ。
 …多分、それが咲夜の『命よりも優先されること』なんだと思う。誇りも矜持も何もかもかなぐり捨ててでも守るべきモノ。
 それだけが十六夜咲夜の、彼女のたった一つの絶対なんだ。その決意を、私達は汚せない。きっと、何を言っても咲夜は変わらない。

「霊夢、アリス、妖夢、魔理沙。最初に取引を持ちこんでおいて申し訳ないのだけれど…依頼内容の変更をお願いするわ。
依頼内容は『貴女達四人が誰一人欠けることなく脱出すること』。もし、この結界から出たらまずは…」
「――ざけんなっ!!さっきから聞いてりゃ、らしくないことをゴチャゴチャと!!
アンタは十六夜咲夜でしょ!?母親以外の人間なんて誰が死のうと構わない冷血メイドでしょ!?
なら使いなさいよ!お得意の手練手管で私達をレミリアの為の捨て駒にでも利用しなさいよ!」
「…そうね。多分…いいえ、間違いなく、母様の為なら私はそうすべきなんだと思う。
以前の私なら間違いなくそうしたでしょうけれど…だけど、ね」

 そこまで告げ、咲夜は詰め寄る霊夢に実に『らしくなく』微笑みかける。
 そして、小さく霊夢に何かを呟いた。それは私の距離からは聞きとれない程に小声。恐らく、当人同士にしか聞こえない声量だろう。
 その咲夜の呟きを耳に入れ、霊夢は一度大きく目を見開き、そして――徐に右手で咲夜の頬を引っ叩いた。
 突然の行動に、私も妖夢も驚くしか出来ない。一体この状況で何を馬鹿なことを…私も妖夢も非難の声を上げようとしたのだけれど、それは不要で。

「…『もしも』なんてないわ。アンタが死ぬのは他の奴なんかじゃなくて私が直々に殺すとき。レミリアを護るのはアンタの役目。
楽して逃げようとするなんて百年早いのよ、クソメイド。次に甘えた台詞言ったら、本気で泣かす」
「甘え…ね。確かに少しばかり情けなかったわね。本当、どうかしてた。
ええ、そうよ。その通りだわ。誰がお前なんかに渡してやるものか。母様を護るのは私の役割、それだけは誰にも譲れない」
「ちったあ目は覚めた?それとも、もう一発必要かしら、性悪冷血メイド」
「不要よ。次に手を出したら、その顔面を磨り潰してあげるわ、極貧単細胞巫女」

 二人は互いに不敵に笑いあい、じゃれあうように言葉を交わし合う。
 その光景に、私と妖夢は呆れるように息をつく。本当、意味が分からない。さっきまでは二人とも『らしくなかった』くせに。
 咲夜が放った一言が霊夢の何かに触れたのか。そして霊夢の行動が咲夜の心を動かしたのか。
 本当、人間というものは理解しがたい生き物だと痛感する。けれどまあ…そんな連中が嫌いになれないんだけど。
 そんな私達に、霊夢は少しばつが悪そうに笑いながら向き直り、言葉を紡ぐ。まあ、何を言いたいのかは大体理解してるけれど…ね。

「まあ…そういうことで、悪いわね、アリス。アンタとの今夜のパートナーもここで終わりにして頂戴。
私はこの馬鹿に付き合ってやることにしたから。レミリア達の救出にコイツだけじゃ絶対失敗に終わりそうだからね」
「…霊夢、貴女って人は」
「…御免。でも、やっぱり駄目なのよね。自分でも馬鹿だって分かってるけどさ、それって『私』じゃ無い気がする。
いくらヤバい連中がいるからって、目の前の異変から逃げちゃうと、きっと私が私じゃなくなる。
ましてや向かう先にはレミリアがいるからね…放っておけないでしょ、アイツ。弱っちいくせに、泣き虫なくせに…馬鹿みたいに頑張り屋だから。
そういう訳で、アリスに妖夢、悪いんだけど死んだ魔理沙のことを…」
「おいおい…勝手に人を殺してくれるなよ、馬鹿霊夢…」

 霊夢の言葉を遮るように、絞り出すように声を出したのは魔理沙。
 妖夢に肩を支えられながらも、魔理沙は笑顔を無理矢理作って反論してみせる。顔色は…さっきより良くなってる。
 まだ本調子には程遠いみたいだけれど、大分中てられていた毒気が抜けているように思える。一体どうして…

「魔理沙、貴女まだ無理出来る状態じゃないでしょう?それをどうして…」
「ああ、まあ…正直騙し騙しだけど、なんとかなってる。毒気抜くのは私の魔法じゃ無理なんで、順応魔法で無理矢理身体に馴染ませた」
「馴染ませたって…な、何馬鹿なことをやってるのよ!?人間にとって呪いは毒なのよ!?それを貴女…」
「やはは…間違いなく明日から一週間は一人で飯も食えないだろうなあ。けど、それはレミリアにでも頼んで面倒見て貰うとするよ。
それに、今問題にすべきは私の身体なんかじゃないだろ?今考えるべきは、一人でも多くの力を、レミリア救出の為に役立てることだ。
残念だけど、他の連中を呼びに戻る時間の余裕も無いからな…だったら、この五人で頑張らないと、な」
「で、でも魔理沙…魔理沙は無理しちゃ…」
「へっ、お断りだ。さっきから人のことを戦力外戦力外と馬鹿にし過ぎだろ。
こんな状態でも、出来ることは沢山あるんだ。少なくとも、レミリアを担いで脱出するなら、私の『足』は必要不可欠な筈だ。
それに、レミリアを助けたいのは私だって同じだしな…萃香のときのレミリアを考えりゃ、こんなの負傷でも何でもないさ」

 だったら、頑張るしかないだろ。そう締めて魔理沙は笑う。その表情に最早恐怖の色は無い。
 …本当、魔理沙も十分人間止めてるわね。この短時間で呪いを修正し、恐怖の色すら打ち消してしまうなんて常人じゃ考えられない。
 あと十年か二十年も経てば、もしかしたら魔理沙は私達以上の魔法使いの高みに到達してしまうかもしれない。
 私もパチュリーも辿り着けない、人々が『奇跡』と呼ぶ不可能すら独自の発想を持って叶えてしまう、本当の『魔法使い』に。
 そんな無理を押し通して笑う魔理沙に呼応し、妖夢もまた決断するように言葉を紡ぐ。

「魔理沙がここまで意志を押し通している…だったら、私に逃げ帰る一手なんて存在しない。
咲夜、霊夢、私も貴女達と共に行くよ。確かにこの先に存在するモノは常識を覆す存在なのかもしれない。だけど、それでも負けられない。
友達を護る為にこの刀を振るえること、私は誇りに思う。貴女達の道を邪魔する者は、私が楼観剣で切り伏せる。白楼剣で切り潰す」
「おおー、妖夢が男前だー。キャー、妖夢ー!私だーッ!結婚してくれー!」
「ひっ!?ちょ、ちょっと魔理沙、いきなり抱きつかないでっ!!」

 真面目に話していた妖夢の全てを台無しにする魔理沙。前言撤回、やっぱり魔理沙に真の魔法使いは無理ね。アホだし。
 その馬鹿らしい、けれど実に『いつもの』光景に、私も霊夢も咲夜も思わず笑ってしまう。本当、馬鹿ばかりだ。
 …だけど、これが私達の本当の『らしさ』なのかもしれない。考え過ぎて、後手を打つよりも出たとこ勝負で乗り切る。
 魔法使いとして本当にらしくない。ブレインとしてやっちゃいけない。だけど、今はその蛮勇が必要な時なのかもしれないわ。
 そうじゃないと、きっと私達は辿り着けない。他人が指さして呆れるくらいの馬鹿じゃないと、あの場所には辿り着けない。
 恐怖を勘違いし、怯えを見逃し、お腹が痛くなるくらい笑っちゃうような、そんな無鉄砲。それが今の私達には必要なのかもしれない。

 軽く息をつき、私もまた覚悟を決める。
 危険。危険。そのことは十分承知している。だけど、その場所に咲夜だけを向かわせることなんて出来ない。
 だったら危険を五等分。誰か一人の肩に背負わせるのではなく、みんなで受け持つ。
 そして全てが終わった時に笑って言ってあげよう。これはツケだと。後でしっかり払ってもらうと。

「…本当、このお人好しは誰のお人好しが感染ったんだか。
この幻想郷にはお人好しが多過ぎて、誰が病原菌なのか特定し難いわ」
「何よアリス、何か言った?」
「…いいえ、なんでもないわ。それよりも目的地に向かいながら話し合いを並行して行うわよ。
私達の目的地にて想定されるシチュエーション。そのときに取るべき対応はいくらシミュレートしてもし足りないんだから」

 そう告げて、私は四人に自分の意志を示す。
 この先に在る純粋なまでの殺意。この原因が一体何なのかは私達には分からない。
 異変の首謀者達のものか、はたまた全く異なる何かか…だけど、そこで取るべき私達の行動は変わらない。
 何が何でも紅魔館組を…咲夜の家族を助けてみせる。それが私の、魔法使いの本分――『奇跡』を為すということなのだから。





















 ~side 紫~



「…分身が消えた。フランドールの業火に巻き込まれた。分身とはいえ一撃で消滅とは、本当にとんでもない力だね」
「ええ、本当に恐ろしい程の力よ…恐らく単純な火力だけなら、私や貴女を上回る」

 萃香の問いに私は何一つ偽ることなく素直な感想を述べる。
 フランドールとレミリアの『カラクリ』。それは私のほぼ予想通りの内容だった。これでレミリアが無力な理由も
フランドールが恐ろしい程の力を有している理由も解明出来る。だけど、私が驚いているのはフランドールに対してだけじゃない。
 そのフランドールと共に暴れている魔法使いと紅竜の力。それはフランドールにこそ劣るものの、私達妖怪の中でも特上級と呼んでも
おかしくない実力だ。魔法使いは恐らく、歴史上でも三指に数えられる程の魔力。そして紅竜は龍という種族から言うまでも無い。
 …やられたわね。昔、紅魔館のことを化物の館などと冗談で言ったことがあるけれど、まさかここまでとはね。
 これだけの者達が一人の少女の為に集まっていたのね…本当、今ならフランドールが言っていた意味もよくわかる。
 紅魔館、悪魔の館――彼女達は個で在り群。あの館一つで戦争が出来るレベルだわ。隙間からの映像を覗きながら、私は高揚する気持ちを抑えつけて観察を続ける。
 私も萃香も幽々子も隙間の中に映し出されている殺し合いをただ黙って見つめ続ける。けれど、その光景を黙って見つめられない困ったさんが一人。

「お、おい…ちょっと待って!私には何がどうなってるのか…」
「何もクソもないよ。異変の元凶相手に、紅魔館の連中が三人がかりで殺しにかかってるだけさ」
「いや、そもそもどうやって覗いてるんだよ!そんな光景何処にも…」
「見たいなら貴女にも見せてあげるわよ?ただし、脳内に直接隙間の映像を叩きこむ形式だから、
妖怪じゃない貴女の脳は耐えられないかもしれないけれど…身体ではなく脳の情報量に自信はおあり?」
「い、いや…やめとく。なんか、脳は再生しても、後遺症とか記憶に残りそうだし…」

 私の問いかけに、白髪の少女は押し黙る。…へえ、どうやらこの娘も八意永琳と『同じ』なのかしら。
 私には月人には見えないけれど…幽々子の表情を見るに、間違いないわね。今は何の関係も無し、放置するだけなのだけれど。
 そして私は再び八意永琳と三人の殺し合い観賞へと戻る。魔法使いが放ったレーザーが八意永琳の左胸を貫き、そのまま紅竜の爪に五体を
引き裂かれて『また』ゲームセット。これで通算二十六度目の死ね。ただ、戻りが速い。死に際に放った魔矢が魔法使いの右肩を貫いてる。

「…巧いね。あいつ、相当殺し慣れてる。さっきからずっと自分の死を犠牲にして推し量ってる」
「そうね。だけど、果たして全てが計算通りに運んでくれるかしら?
フランドールを初めとした三人の力、八意永琳にとって全てが全て想定内とは思えないけれど」
「想定内だろ?だからこそ、最初にレミリアを消したんじゃないのかい?
他の四人の思考能力を全て奪い、自分の都合の良い時間稼ぎの駒…遊び相手にする為に」
「それはあくまで結果…紫はそう言いたいのね?」

 幽々子の問いに、私は微笑んで肯定の意を示す。
 八意永琳がレミリアに発動させた魔法陣…あれはレミリアに対して狙って発動させた訳では決してない筈。
 恐らく八意永琳が消そうとした目的の人物はフランドールの方。だからこそ、レミリアがフランドールを庇ったとき、驚愕の表情を
浮かべていた。あれが八意永琳の演技だとしたら、私は八意永琳を三ランクほど格下げして見直す必要がある。私直々に相手にするまでもないと。
 数分の会話で、きっと八意永琳は呼んだ筈。このメンツで、誰が一番強敵かつ立場が在り、消し去ってしまえば美味しい時間稼ぎが出来るのかを。
 一番の強者が消え、残された仲間が取る行動は怯え逃げ惑うか怒り狂い向かってくるか。前者ならばそれでいい。後者ならば時間稼ぎには都合が良い。
 集団というものは柱が消えれば脆いもの。その中で力とカリスマ、そして立場を持つ者が消えれば、後は瓦解するしかない。そう判断した上での
八意永琳の行動だった筈。だけど、消えたのは目的のフランドールではなく、レミリア。一番弱いと認識していた筈のレミリア。
 冷静を取り繕っているけれど、八意永琳の思考は大いにかき乱されただろう。なんせ、一番の弱者と思っていたレミリアが
唯一あの月の魔法を見破ったのだから。初見の相手、それも妖怪などには決して悟られる筈のない魔法を、レミリアが打ち破ってみせたのだから。

「けれど、結果としては八意永琳の勝ち。何故なら八意永琳の予定とは外れたけれど、狙い通りに物語は進行しているから。
八意永琳の想定外、それが功を奏してる。本当、世の中何が起こるか分からないわ。フランドールではなくレミリアが
彼女達の主であり精神的な柱であっただなんて、一体誰が見抜けるというのかしらね」
「よくも悪くも彼女は一流過ぎたわね。一流過ぎるが故に、レミリアを見抜き過ぎてしまった。
時間に余裕が在る時ならば、私達のようにレミリアから妖力を殆ど感じ取れないことを疑問に思ったのでしょうけれど」
「ハッ、レミリアの良さを見抜けないなんて三流もいいところだよ。まあ、血生臭いことに関しちゃ超一流をあげてもいいけど」
「本当、萃香のレミリア好きは最早病気の域ねえ」
「お、おい…あの、話に割り込んで悪いんだけど!」

 私達の会話に、先ほどの少女が再び割り込んでくる。
 一体何ごとかと視線を向ける私達に、少女は臆することなく訊ねかけてくる。それは彼女にとって大切なこと。

「あの…さっき、アンタ達の会話の中で、その、気になる内容があってね」
「何?別に意地悪するつもりもないから、訊いてみなさいな」
「そ、そう?それじゃ訊きたいんだけど…レミリアが『消えた』って、どういうことだ?」

 その少女の問いかけに、私はああ、と軽く納得する。
 どうやらこの少女にはレミリアと面識があるようだし、その点は確かに気になるかもしれないわね。
 そして私が答えを返す前に、先に萃香が口を開く。飄々とした様子で、何の躊躇も無く、ただ事実を口にする。

「どうもこうも言葉通りさ。レミリアが異変の首謀者に『殺された』。ただそれだけだよ」
「――こ、殺され、た?」
「ああ、殺された。敵の罠にかかって、魔法を発動されてそのままさ」
「っ、お、お前っ!!!!」

 淡々と他人事のように語る萃香に、少女が激昂して掴みかかる。
 襟首を掴み食らいかかる少女に、萃香は軽く首を捻るばかり。一体どうしたのだ、と。
 その仕草が更に少女を腹立たせたのか、怒りの感情を叩きつけるように声を荒げる。

「死んだんだろっ!?レミリアが死んだんだろ!?だったらなんで…なんでそんな風なんだよ!!」
「そんな風って何さ?」
「死んだんだぞ!?もう二度とレミリアは帰ってこないんだぞ!?
アンタ、レミリアの仲間なんだろ!友達なんだろ!それなのに何で何も言わないんだ!!」
「ん?…ああ、そういうことか。友として感想を言うと、レミリアのことは心から誇りに思うよ。
アイツは妹を護る為に、妹を庇ってその生涯を閉ざしたんだ。実に誇らしく、実に勇気ある、そして素晴らしい生き様だった。
本当…レミリアの奴、最期の最期まで私の心を奪っていっちゃったよ。私は永遠の友に心から敬意を払い続けるだろうね」
「っ!!!人が死ぬことを、誇りとか勇気とかふざけた言葉で誤魔化してるんじゃないっ!!!この冷血鬼がっ!!!」
「間違っちゃいないよ。だって私、鬼だしね」

 少女が全力で萃香に殴りかかるも、当然それが萃香に届くことはない。
 少女の繰り出した拳を難なく掌で受け止めながら、萃香は表情一つ変えることなく言葉を返す。
 その様子に私も幽々子も思わず笑ってしまう。本当、らしくないこと。表情を繕うなんて、さっきかららしくない真似をして。

「なあ、雲雀。お前は一体何が言いたいんだい?レミリアは死んだ、それは事実だ。私はそれをお前に告げただけだ」
「レミリアの死をっ!お前が肯定なんか、するなっ!友達の死を、他の誰でもないアンタが肯定なんかするんじゃないっ!」
「はあ…さっきから訳の分からないことをゴチャゴチャと。
遅かれ早かれ私達は死ぬ。妖怪として人々に忘れ去られ、存在意義を無くしたとき、私達は滅びる定めにあるんだ。
それがレミリアは少しばかり早かった。そしてレミリアは私達とは違い、誰に対しても誇れる、胸を張れる死に方をした。
それを私に否定しろと?レミリアの姿を、決意を、想いを否定しろと?――戯け。我らの在り方を無礼るのも大概にしろ、雛鳥が」

 問答は終わりとばかりに、萃香は少女の腹部を蹴りで薙ぎ払い、力に任せて跳躍させる。
 …あれ、かなり力を入れて蹴ってるわね。本当に萃香らしくないわ。最早萃香には自分の本心を隠すこともできないか。
 いいえ、本人は隠してるつもりもないんでしょうけどね。鬼は嘘を何より嫌う生き物、だから萃香の言葉は全て本心。
 萃香は本心からレミリアの死を誇っている。心から見事だと賞賛している。憧れだと強く惹かれている。だけど、だけどね…萃香。

「萃香、もうおよしなさい。貴女の在り方を否定したこの娘も悪いけれど、指摘を理解しようとしない貴女もみっともないわ」
「何だよみっともないって。私はただ小娘が訳の分からないことばかり言うから…」

 そう言って否定の言葉を紡ごうとする萃香に、私は笑って右手を差し出した。
 私の手はゆっくりと萃香に近づき、そして――萃香の頬を伝う涙をそっと拭った。

「鬼の目にも涙という言葉があるけれど、貴女のような妖怪にはあまり似合わない言葉よね」
「…あれ、何で涙なんか…こんなの、いつの間に」
「自分すら騙せない嘘に他人は騙せない…ましてや自分が嘘とすら認識できない嘘ではね。
…よかったわね、お嬢さん。どうやら萃香も悲しんでるみたいよ。レミリアの…大切な友人の死を、ね」

 私は小さく笑いながら、呆然としている少女に言葉を紡ぐ。
 しかし萃香、貴女は本当に感化されちゃっているわね。恐らく貴女や他の連中は否定するかもしれないけれど、私や幽々子は完全に認識してるわよ。
 貴女は最早山の人間ではなく、レミリア達の…いいえ、紅魔館の一員なんだって。
 滑稽ね。本当、滑稽だわ。だけど、萃香はそれでいいと私は思う。心を満たしてくれる勇者を探し続け、その果てに見つけた少女。
 少なくともその少女が生を終えるまでは、傍にいてもいいのではないかしら。
 そう――その少女、レミリアが『本当に』生を終えるまでは、ね。
 私は微笑みながら、幽々子の方を見る。萃香や私を見ながら、何も言わずに微笑む幽々子。…やっぱり幽々子は気付いているわね。本当、鋭いわ。

「幽々子、貴女はどうして気付いたの?私のように『月の経験』が在った訳ではないでしょう?」
「ふふっ、簡単なことよ。私は何も気付いていないわ。ただ、信じてただけ。信じているから、私は悲しむ涙も必要無い。違って?」
「成程、そう来るのね。それなら貴女の言う通り、悲しむ必要なんてないわね。
淡い希望を真実だと抱き続ければ、妄想も現実の強さとなる。幽々子、貴女は本当に凄いわね」
「そんなことないわ。ただ、面倒事の現実よりも淡く彩る夢に生きたいだけ。
それに、例えレミリアが死んでいたとしても、あの娘は幻想郷管轄でしょう?だったらその魂、私達が冥界にて譲り受けるだけ」
「閻魔様に叱られるわよ?最悪、お説教じゃ済まないかも」
「それを済ませるようにするのが私の腕のみせどころじゃない。まあ、その心配は貴女の様子をみる限り不要みたいだけれど。
ちなみに事実を萃香とそこの女の子には?」
「勿論言わないわ。だってその方が後で面白いじゃない」
「知らないわよ?後で萃香に怒られても」
「怒られるだけで済めばいいわね。ま、どうせ私はもうすぐ冬眠するもの。面倒事は全部レミリアにお任せよ。
…さて、そろそろ私も動きましょうか。幻想郷の外への『転移』は確認出来なかった。となるとレミリアは必ず幻想郷の中にいる」

 私は瞳を閉じ、自分の世界に眼を生み出していく。
 それは世界を浸食するように。それは世界を塗りつぶしていくように。
 幻想郷は私の世界。幻想郷は私の胎内。その世界中に私は一つ一つ監視の目を生み出していく。世界中に隙間の目を作り、その光景を私の脳内へと叩きこんでいく。
 自身のくみ上げた式を展開し、自動更新状態に組み、私の世界を浸食し続ける。あとは無事レミリアが私の網に引っ掛かってくれるかどうか。

 八意永琳がレミリアに施した魔法陣。その正体を私は何か理解している。
 あの魔法陣の正体は強大な力によって対象を無理矢理強制転移させる大規模な軍事用術式魔法。かつて、私が月と戦争を行ったときに使われていた魔法の一種。
 あれの正体を私が知っているのは、一度経験しているから。だから年の若い妖怪達ではアレの正体を見抜けない。何故ならアレを経験して生きているのは
世界で私一人なのだから。だからこそ、フランドールにも魔法使いにも八意永琳の術式は破れなかったし、正体を見破れなかった。
 そして、あの強大な魔術故に誤解する。あれを対象者を消し去ってしまう魔法陣だと。


 …そう、あれは初見の相手には見破れない。何故なら初動術式も存在せず、アレは本当に一瞬で発動する。
 発動してしまえば最後、その魔法に捕まった者は世界の何処かに強制転移をされ追い出される。それを封じる手立てなど術式を解読する以外に存在しない。
 しかし、そんな難題をレミリアは成し遂げてしまった。まるで術式の存在を感知したかのように、レミリアはフランドールを庇ってみせた。
 結果、レミリアこそ魔法陣の餌食になったけれど、フランドールを助けることに成功している。だからこそ、八意永琳も驚愕の表情を浮かべていた。
 在りえないと。読まれる訳がないと。そんな存在しない未来を、レミリアは容易く掴み取ってしまった。
 そのことに私はどうしようもなく頬を緩ませる。アレは一体何?どうしてレミリアはフランドールを助けることが出来た?
 あの瞬間、一体レミリアの目には何が映っていた?レミリアは一体どんな力を持って未来を変えてみせた?
 未来予測能力?否、アレはそんな生易しいものではなかった。あれは文字通り、未来すら捻じ曲げてみせた。
 妹に迫りくる未来を…運命を変えてしまう程の力、そんなものをレミリアは有している?フランドールへの譲渡を終えてもなお、そんな奇跡を残している?

 分からない。私には分からない。だけど、私にはその分からないが何より楽しい。心躍る。
 本当、レミリアは面白い。私の描く想像図予想図未来絵図を悉く容易に破壊してくれる。見えない未来、それが私には楽しくて仕方がない。
 この幻想郷が出来て幾許かの時間が流れているが、今幻想郷の運命の中心は間違いなくレミリア。彼女がこの世界の運命を右に左に
揺れ動かしている。面白い、本当に面白い。この不安定で不確定な明るい世界が、私は楽しくて仕方がない。
 数えること三度。その全ての異変で今、レミリアは死ぬことなく永らえている。そしてこれが四度目。
 現在、レミリアの居場所は分からない。だけど、私が想定する未来にレミリアのいない幻想郷など最早考えられない。
 愉悦。ああ、楽しくて堪らない。私の友人は次は一体何をやってのけてくれるのだろう。
 愉悦。ああ、不安で仕方がない。私の友人は次は一体どうやって危機を乗り越えてくれるのだろう。
 妖怪として今を楽しみ悦ぶ心。人として友人の生を心配する心。相反する二面性、それが私や萃香、そして幽々子の抱く問題。
 だから私達は距離を取る。私と幽々子はレミリアに近づき過ぎない。近づき過ぎれば、きっと求め過ぎる。萃香のように試してみたくなる。
 レミリアがどれ程までに運命に抗えるのか。レミリアがどれ程までに私達を受け止めてくれるのか。
 だから私達は自重する。心に歯止めをかけ、観察するだけに留めておく。だって、私は妖怪だから。自分本位な妖怪だから、奪いたくなる。
 全てを理性で押し留め、私達は見守ることに徹していく。レミリアの描く未来、その観客としての役割に。

「…これで四十七回目の死。だけど、その代償は紅竜の右目。
本当、我慢比べね。八意永琳の精神が持つか、それとも三者の怨念が勝るか」
「あら、意外ね。紫は既にこの結末を予想しているものだと思っていたわ」
「予想はしているわ。でもそれは水面に揺蕩う草船の如し。どちらに転ぶかなんて誰にも運命は分からない。運命なんて流れは私達に紡げない。
だからこそ人々も神も妖怪も『それ』を奇跡と呼ぶのよ。『運命を紡ぐ力』、そんな代物を持つ者なんて未だかつで誰も存在しないのだから」
「ふふっ、ならばもしそんな馬鹿げた力を持つ者が存在したら?」

 幽々子の問いかけに、私はクスリと微笑みながら迷わず答えを返してみせる。
 恐らくあの少女は、こんな私の答えが一番嫌いだろうから。

「決まってるじゃない。そんな人がいたら、指を指して思いっきり笑ってあげるわ。
――『貴女によく似合う、とってもメルヘンでロマンチックな能力ね』って」


























 夢を見ていた。

 それはまるで絵本の世界。お伽話を思い出しているかのように、おぼろげな世界。
 だけど、その内容を私は知っている気がする。知っている気がする。そんな気がする。



 物語の内容は、ごく普通の普通のお伽話。

 昔々、あるところ幼い二人の姉妹がいた。
 二人の姉妹はとても仲良しだった。姉は妹が可愛くて、いつも面倒を見ていて。妹はそんな姉が大好きで。
 それはどこにでもいるような、実に仲睦まじい姉妹のお話だった。


 だけど、その姉妹には一つだけ問題が存在して。
 それは、妹の身体が非常に病弱だったということ。とても身体が弱くて、妹は常にベッドの上で寝てばかりの生活だったこと。
 少女達の知る大人が言うには、妹は先天的な何かがどうこうが問題らしいのだけれど、私には難し過ぎてよく分からなかった。
 そんな妹だから、妹は常にお部屋に籠りっきり。だけど、姉はそんなことを少しも気にしない。
 いつも妹の元に遊びに行き、沢山沢山お話をしてあげた。ときには本を読んだりお花を運んできたり。
 そんな姉に妹はいつもいつも喜ぶ顔をみせていた。それはとても幸せに包まれた顔で、そんな妹の笑顔が姉は大好きだった。
 この笑顔を護りたい。この笑顔の為ならどんなことだって頑張れる。そんな風に姉はいつも思っていた。


 だけど、そんな二人の幸せな時間も刻一刻と終わりの時が近付いていた。

 身体の弱い妹が、突然体調を急激に悪化させたため。
 姉と一緒にお話ししているとき、妹は急に意識を失った。必死に助けを求める妹の姿が、姉の心に焼き付いて離れなかった。
 やがて一週間ほど経過し、妹が小康状態に戻るときには、姉は全ての事情を知ってしまった。

 妹の病気は、決して治らないのだと。
 妹に待つ運命は、死ぬことだけだと。

 妹の持つ病気は先天的な心と魔力の病気。
 強過ぎる妹の力が心の狂気と感応しあい、己が理性を蝕んでいく病。
 それは決して治癒など出来ない病気。治る手段など存在しない病気。もがき苦しみ、最後には発狂し…そして、死に至る病。

 そのことを知ったとき、姉は泣いた。涙が枯れ果てる程に泣いた。
 どうしてあの娘だけがこんな目にあうのか。どうしてあんな良い子がこんな酷い目にあうのか。
 その理不尽な現実が、姉にはどうしても納得出来なかった。
 そのどうしようもない未来が、姉にはどうしても受け入れることが出来なかった。

 だから、姉は助けを求めた。
 助けて、と。助けて、と。彼女の知る全ての人に助けを求めて回った。
 だけど、誰もが返す言葉は同じ。その言葉が帰ってくる度に、少女は心を傷つけた。


『優秀な後継ぎである貴女様が残るのならば、妹様は諦めても構わない』


 それは妖怪である彼らにとって普通の言葉。
 弱肉強食の世界で、強者だけが在る世界、その中ではごく普通の言葉だった。
 けれど、姉はその言葉を受け入れられなかった。その少女は、優し過ぎた。妖怪として生きるには、心が弱過ぎた。
 妹を切り捨てること、それを少女はよしと出来ない。
 妹を諦めること、それを少女は受け入れられない。
 故に姉は彷徨い続けた。妹を助ける方法を求め、少しでも多くの情報を求め続けた。
 その中で、少女は館中の妖怪達を頼り続けた。中にはまともな者もいた。けれどそれ以上に下種な輩が存在していた。
 そんな者達にも、少女は必死に助力を願い出た。ときには頭を下げ、ときには将来の地位を約束し、ときに見下され。
 妹を助ける為に、姉は必死に奔走した。その中で、一人の妖怪から姉は一つの秘術を教えてもらうことに成功する。

 その秘術を知ったとき、姉は歓喜した。これで妹が救えると、全てが解決すると。
 妹が元気になる。そうすれば、また妹の笑顔が見られる。一緒に幸せな時間を過ごすことが出来る。
 少女はそれだけに捕らわれた。益だけを考え、故に少女は犠牲として差し出すモノなど考えることも無い。
 そんなモノは些細なことだと。そんなモノは不要なモノだと。それを失っても、自分達に幸せに関係などないと。

 きっと、この館の誰もが歓迎してくれる。この館の誰もがこの未来を歓迎してくれる。
 今はちょっとだけ冷たい館の人たちも、きっと妹のことを私以上に大切にしてくれる。
 今は妹のことに見向きもしないお父様も、きっと私以上に妹を愛してくれる。

 少女は囚われる。少女は囚われる。
 幼さ故に、優しさ故に、甘さ故に、囚われる。
 幸せな未来を求め、優しい未来を求め、少女は実行する。一粒の希望が込められた、パンドラの箱を開けてしまう。



 物語はこれでお終い。だけど、それは絵本で言うならば、描かれたページの部分が終わっただけ。
 故に姉は知らない。これから先に待っていた、妹を待つ未来など。
 故に姉は知らない。彼女が望んだ未来が、幸福だけに彩られた世界などではなかったことを。







 幼いが故に、姉は最後まで知ることは出来なかった。

 大切な者の犠牲の上に成り立つ未来――それが唯の砂上の楼閣であったことを。


















 優しい未来を望み続けた少女。
 妹の幸せを望み続けた少女。


 その少女は、閉ざされた瞳をゆっくりと開いていく。
 夢の世界から現実の世界へ舞い戻る為、少女はゆっくりと意識を覚醒させてゆき、そして――



「…こんばんは。ようやく目を覚ましてくれたわね、眠り姫」



 ――夢の世界より舞い戻り、少女は新たな邂逅を果たす。
 闇の世界を偽りの月光が包む夜…そんな吸血姫と月姫の出会いを彩る舞台の上で。









[13774] 嘘つき永夜抄 その十二
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2010/10/24 02:53






 薄暗い部屋明かりを見上げる私。
 そんな私と天井をつなぐ線上から、私を覗き込むように微笑み、声をかける少女。

 ――何て、綺麗。

 その少女を見たとき、私が感じた第一印象は、たったそれだけ。私には、その感情以外持つことが許されなかった。
 黒髪の少女の見目麗しさ、それは一つの芸術に昇華してしまっている。
 紫が西欧の美の頂点だと例えるなら、少女は間違いなく大和の美の結晶。誰が見ても美しいと、その美を賞賛するに違いない。


 その少女の笑顔を眺めながら、私は思う。心の底から思う。――嗚呼、私もこんな美人に生まれたかった、と。
 私もこれくらい美人で、出るとこ出てたら、今頃恋人の一人や二人くらい…ちくせう、世の中ってなんでこんなにも不公平なのよ。
 きっとこの黒髪少女は、今まで散々男達に言い寄られてきたに違いないわ。年齢=彼氏いない歴の私とは
まさしく月とすっぽんなのよ。こんな五百年経ってもつるぺたノー魅力女とは生まれも育ちも違うのね。
 う…うううう、羨ましくないもん!ええ美人よ!貴女は確かに美人、私は貴女の足元の石ころにも満たないちんちくりんよ!
 でも、仕方ないって…それが自分なら…自分自身というものなら…しゃあないやろっ…!そこからいけって…!逃げるなっ…!夢想に…!
逃げないっ…!尽くすっ…!運命を全て…!いいじゃない…!三流で…!熱い三流なら上等よ…!
 今は届かないけれど、私には辿り着けないかもしれないけれど、いつか私だって、女の子として綺麗に着飾って…そして、辿り着く!
 沢山の人からチヤホヤされるなんて夢はみない…ただ、一人。たった一人だけでいい…私の、私だけのたった一人の旦那様に出会い、そして、添い遂げる…!
 そんな未来の為にも、私は自身を磨きに磨いてモテカワスリムで恋愛体質の愛されガールに…って、ちょっと待った。そこで思考を止め、
私は意識を視線の先にある黒髪美少女の方へと向ける。…いや、えっと、今更だけどこの娘、誰?
 いや、そもそもどうして私は見知らぬ美少女を見上げているのか…見上げてるってことは、この美少女が私より高い位置にいるってこと。
 空でも飛んでるの?いや、でも、そんな風には見えないっていうか、美少女の顔がちょうど、こう、なんていうか、膝枕でもされてるくらいの高さに…ひ、膝枕!?
 そこまで思考を働かせ、私はようやく自身の現状把握に辿り着く。私、見知らぬ美少女に膝枕なう。…いや、なんでさ。
 目を瞬かせて驚きを隠せない私に、美少女は楽しげに微笑んで…くうう、笑い方も上品だわ!くやしい、でもみとれちゃう!

「貴女、面白いわね。寝ても覚めても百面相。隠し事や偽り事が下手だってよく言われない?」
「…言われないわ。むしろそれは私の得意分野だもの。人間だろうが神だろうが惑わせてみせるのが悪魔でしょう」
「あら、そうなの。でも、悪魔ねえ…私には微塵も見えないけれど」
「私が悪魔に見えないなら、この世の何が悪魔に見えるのよ。貴女、見る目が無いってよく言われない?」
「言われないわね。モノを見る目には自信があるもの。世にはおしなべて中身の無い磁器ばかりなり、最後に頼れるのは自身の鑑識眼でしょう」

 私の言葉に、楽しげに笑いながら返答をする美少女。んー、なんかこの娘、最初のイメージとちょっと違う。
 最初に見たときは触れることも許されない、張り詰めた美の彫刻みたいなオーラを感じたんだけど、話してみると百八十度。めちゃくちゃ話しやすい。
 会話の波長が合ってるっていうのかな…ううん、一言二言会話しただけなのに、何故かよく分からないけれど、そんな風に感じてしまった。
 まあ、話しやすいならそれはそれで良いことよね。初っ端の紫みたいに話したくも無いオーラ出されるよりよっぽどマシだもの。あのときは本当に死ぬかと思った。
 いつまでも膝枕のお世話になるのもあれなので、私はゆっくりと美少女の膝から頭を上げる。うん、座って向かい合ってみると、やっぱり私より背は高い。
 …まあ、いいけどね。私より小さい奴なんて片手で数える程だもんね。萃香、私達、ずっと友達よね。一人裏切ってばいんばいんとかなったら本気で泣く。

「あら、もう起きて大丈夫なの?」
「心配は無用よ。まさか見知らぬ美少女に膝枕、なんて目覚めが用意されているとは思わなかったけれど」
「ええ、ええ、心から喜びなさいな。他でもない私が他人にこんなことをしたのは生まれて初めてなんだから」
「勿論、心から感謝してあげるわ。他でもないこの私に感謝されるんだから光栄に思いなさい」

 美少女と顔を突き合わせ、そして笑いあう。互いのお馬鹿なお姫様っぷりがちょこっとツボに入っちゃった。
 まあ、私はともかく目の前の美少女はお姫様って言われても納得しちゃいそうだけどね。凄く立派な…これ、なんていうんだっけ。
キモノ?ユカタ?フリソデ?ニニンバオリ?ジュウニヒトエ?ヒテンミツルギスタイル?よく分かんないけど、立派な和風正装だってことは分かる。
 対してこっちはフランの普段着。いや、フランも良いモノ着てる筈なんだけど、やっぱ目の前のコレと比べられると…しかも中身私だし。
 でも、いいなあ…女として、一度でいいからこんな服着てみたい。こんな服着て人里とか出てみたい。こんなオシャレしてみたい。
 そんなこと考えていたもんだから、目の前の美少女の問いかけに思ったまんまを答えちゃってて。

「それで、貴女は色々と訊きたいことがあるのでしょう?何せ突然こんな場所に喚ばれたんだものね。
面白くない存在だったら永遠の中にでも閉じ込めておこうかと思ったんだけれど…貴女なら良いわ。さあ、何でも答えてあげるわよ」
「その服何処で売ってるの?私もそれ着てみたいわ」
「えっ」
「えっ」
「…服?私のコレ?これが着たいの?」
「ええ、それ。それが着たい。それを着て人里とか歩いてみたいわ」
「コレねえ…うーん、これは人里じゃ売ってないと思うわよ。
貸してあげてもいいんだけど…貴女が着ると唯の七五三衣装じゃないかしら。身長とか…とか、色々足りないから、ズルズル引きずりそうだし」
「ひ、人の胸見て足りないとか言うなっ!」

 くっ…これだから富める人間はっ!私だってこれから、これからなんだから!
 …というか、質問に何でも答えてくれるとか言ってたわね。そんなときに私は一体何をいの一番に訊ねちゃってるのよ。
今一番大事なのは現状把握。気付けば見知らぬ場所、見知らぬ美少女、そして見知らぬ部屋。本当、何が何だか分からない状況なんだから。

「それじゃ真面目な質問何だけれど…ここ、何処?」
「何処…と問われると難しいわね。ここは外界から完全に遮断された永遠(せかい)。人も時も全ては閉ざされ、何者の干渉をも許さない終端。
どうして貴女がここに居るのかは…私が言わずとも分かるでしょう?ここに来るまでの経緯を思い出してくれればいいわ」

 美少女の答えに、私は言われるままにここに来た経緯を思い出す。
 私の記憶の最終末、そこで思い出されるのは涙。フランが、泣いていた。美鈴、パチェ、そしてフラン…みんなにお別れを言った。
 そこまで思い出したとき、私の霞がかってた頭の中は驚くほどにクリアになっていて…ああ、そっか、そうだったわね。


 ――私、死んじゃったんだ。


 身体が消滅し始めて、どう考えても助からないような状況の中、フラン達にお別れを言って…そして、気付けばこの場所に。
 となると、目の前の美少女の言葉の意味がようやく理解出来てくる。彼女は言った、ここは外界から完全に遮断された世界だと。
 外界とは…生きている人々とは完全に遮断された世界、それはすなわち死後の世界で。死後の世界だから、人も時も関係ない。何の干渉だってない。
 そこまで理解すると、後は呑みこむだけ。私は大きくため息をつき、力なく再び身体を寝かせて大の字を作る。勿論頭は美少女の膝の上だ。

「あら、現状把握が済んだと思ったら大きな溜息」
「…つきたくもなるよ。理解は出来たけれど、納得なんて到底出来やしないんだもの。私は聖人でもなんでもないんだから、泣きたくもなる」
「泣いてもいいけれど、お願いだから私の着衣は汚さないでね。一点物でお気に入りなんだから」
「私の傷ついた心だって立派な一点物よ。はあ…痛かったり苦しかったりしなかったことだけが、唯一の救いなのかも」
「痛いのも苦しいのも生きてる証。それらに恐怖を感じることは何より幸せなことなのよ」
「ご高説、心に染みるわ。出来ればもっと早くに聞きたかったけれど」
「それは残念。けれどこっちも商売だから、お代はしっかり頂くわ」
「…人の頬をつついて楽しいかい?」
「ええ、楽しいわ。背中に羽を生やした妖怪の子供を触るのなんて初めての経験だもの。兎はもう飽き飽き、新しい玩具が欲しいのよ」
「玩具が欲しけりゃ人里に行きなさい。人形師に頼めばぬいぐるみだって作ってくれるだろうさ」

 楽しそうに人の頬を玩んでくる美少女に私は抵抗もせずされるがまま。もう何か、色々と反抗する元気も無い。だって私死んじゃったし。
 自分が死んだって聞かされてまだ元気でいられる人なんて絶対いないわよ。むしろショックで口もきけないってレベルになっても
おかしくないと私は思う。私がその状態にならないのはまあ…一応、心の準備は昔からしてたしね。私、いつ死んでもおかしくなかったし。
 それに、本当にちょこっとだけど、フラン達にお別れは言えた。だから…心残りは在り過ぎるけど、無いことにする。
 フラン、泣いてたな…美鈴もパチェも、凄く取り乱してた。本当、ごめんねみんな。こんな唐突なお別れで、最後の最後まで足を引っ張るような
駄目駄目ご主人様で、本当にごめん。結局、最後まで私が弱いことは秘密だったなあ…それはそれで、良かったのかもしれないけれど。
 …咲夜、泣くかな。泣いちゃうよね…あの娘、なんだかんだいって私想いだもん。娘より先に逝けたこと、私は喜ぶべきなのかな。
 もし、未来が続いていたと仮定すると、咲夜は人間だから間違いなく私より先に死ぬ。その未来がこんな風に変わっちゃったこと、
そういう意味では良かった点もあるのかな…こんなこというと、咲夜本気で怒るよね。ごめんね、咲夜。臆病な母さんで、本当にごめん。

 でも、振り返ると…本当、波乱万丈だけど、良い人生だったと思う。沢山の家族に恵まれた。フラン、美鈴、パチェ、咲夜。みんなみんな自慢の家族だ。
そして沢山の友達にも巡り会えた。霊夢、魔理沙、妖夢、アリス、紫、幽々子、萃香、慧音…そして今回の異変で知り合った妹紅にミスティア。
 もう会えないのは分かってる。もう二度と会えないのは誰より理解している。でも、でも少しだけ思うことを許してほしい。
 …もっと、みんなと一緒にいたかった。もっともっと、みんなと時間を共に過ごしたかった。
 色んな大騒ぎをしたり、ときには面倒事に巻き込まれて、でも、みんなが最後には笑いあって…そんな、私の大切な日常。私の大好きだった日常。
 終わってみて、分かる。失ってみて、分かる。私の日常がどんなに幸せで満ち溢れていたか。私の全てがどんなに幸せで輝いていたことか。
 騒がしくも温かい日常、それがどんなに掛け替えのないものか。どれだけ大切なものだったのか、それが今更に理解出来るから――だから、どうしようもなく涙が止まらないんだ。

「…本当、百面相ね。笑った鴉がもう泣いてる」
「…みるな、ばか」

 少女の言葉を突っぱねて、私は右腕を必死に両目に押し当てて、只管声を押し殺して泣いた。
 心の慟哭が止まらない。こんなの嫌だと、みんなに会いたいと、もう一人の本当の私が必死に訴えてくる。でも、もう一人の私が現実を突き付ける。
 それは無理だと。もうそれは終わったんだと。だから私は声を押し殺す。声を、自分の本心を、必死に押し殺して泣き続ける。
 そうしないと、きっと心が保てないから。そうしないと、きっと諦められなくなってしまうから。だから、必死に。

「泣きたいなら好きなだけ泣きなさいな。ここは私の司る永遠、時間は幾らでも許されているもの。
…ただ、少しだけ残念ね。本当なら慰めの言葉の一つでもかけてあげたいのだけれど…生憎と私、他人の心は全て切り捨てて生きてきたの。
だから私には貴女が求めるだろう優しい言葉の一つもかけてあげられないわ。貴女のこと、嫌いじゃないから本当に残念」
「…言葉なんて、いい。今は…傍にいてくれれば、それで、いい。一人になりたく、ない」

 嗚咽交じりの私の弱音に、少女は笑うことも否定することも無くただ静かに受け入れてくれた。
 …ごめんね、フラン、パチェ、美鈴、咲夜。覚悟は決めていたつもりだけど、やっぱり私、全然強くなかった。強い私なんて結局うそっこだった。
 涙が止まらない。嗚咽を止められない。悲しみを抑えられない。温もりを渇望して止まない。
 会いたい。会いたいよ。みんなに会いたい。死ぬなんて嫌だ。こんなお別れなんて嫌だ。みんなと…みんなとずっとずっと一緒に生きたかった。
 格好悪い。多分今の私は凄く格好悪い。本当なら、紅魔館の主として、威厳ある在り方でみんなのこれからの幸せを願い続けることが
正しい姿なんだと思う。誇り高き吸血鬼として、己の死なんて笑って迎えてやるくらいしなければいけないんだと思う。
 でも、私は弱いから。自分でも情けないくらい本当に弱い吸血鬼だから。そんな私だから、自分の死を容易く受け入れられない。
 手放したくない、みんなの温もりを。離れたくない、みんなの笑顔と。嫌だ、嫌だ。死ぬのは嫌、別れるのは嫌、死にたくない。死にたくない。



 フラン、パチェ、美鈴、咲夜…本当、最期の最期まで格好悪いこんな私でごめんね。

 もし、もしも次があるのなら…もしも、もう一度生をやり直せるのなら、私、頑張るから…
 みんなの足を引っ張らないくらい、強くて格好良くて…誰が見ても立派な『本当のお嬢様』になってみせるから…

 だからみんな…叶うなら、もう一度だけ機会を頂戴。
 どうか…どうか来世でも、私が貴女達と再び出会えるような…そんな『運命』を私に――






















 ~side 永琳~



 ――強い。

 彼女達に対する言葉を述べさせて貰えるならば、私が紡げる感想はその一言だけに全てが凝縮される。
 指折り数えることすら児戯に思えるような年月を生きてきた私だけれど、長きに渡る生涯の中で
私をこれほどまでに追いつめる者など存在しなかった。月の都の賢人と謳われ、命を賭す機会が少なかったから
そう感じるのではないか…今の私にそう問う者がいたならば、私は即座に鼻で嗤ってやってもいい。
 永きを生きるということは、持てる引き出しの数を際限なく増やしていくということ。経験が人を造り、歴史が人を育む。
 事実、私は頭を使う者でありながら、月の中でも指折りの戦闘力を有している。力、魔力、妖力、神力。その全てを誰も比肩しうることの
出来ない経験と知識によって打ち破ってきた。だけど、そんな私の自負を彼女達は悉く打ち破ってくれる。

 私の内包する技術を彼女達はどこまでも純粋な力で押し通す。唯只管に一つの目的の為に己の身体を突き動かす。
 彼女達の狙いは私の命。私を殺す為に、ただそれだけの為だけに今の彼女達は在る。身体中から呪いとすら化してしまった殺意をばら撒いて、
唯只管に私を殺しにかかるのだ。その行為に彼女達は何一つ思考を挟む余地も無い、ただ美しい程に純粋な殺意。
 現に私はこれまで彼女達に数えて六十と九つの命を奪われた。魔法使いに十七つ、紅竜に二十と二つ、そして破壊の化身に三十。
 恐ろしい程に苛烈な彼女達の殺傷行為、それを私以外で受け止められる存在などいるのだろうか。私でなければ…いいえ、
輝夜の力を借りている私でなければ、恐らくは彼女達は抑えられないのではないかとすら錯覚しそうになる。
 一人でも厄介な暴力の塊、それが三人同時という時点で並の存在なら諦めたくもなるだろう。それほどまでに彼女達の巻き起こす殺意、悲しみの嵐は凄まじい。
 一人の少女の命が、彼女達をここまで変えてしまった。恐らく…いいえ、間違いなく私の消失させた少女は、彼女達にとっての主。
 いうなれば、私にとっての輝夜。それを失ってしまえば、彼女達は私と同様、最早この世に生を送る意味など在りはしない。
 どうしようもない絶望を、慟哭を共に、彼女達に出来ることは全てを滅ぼすことだけ。私も、世界も、主の存在しない、認めない全てを。
 今の彼女達は思考することなく暴れまわる唯の殺戮機械。彼女達の取るべき行動は最早律されることのない殺戮衝動だけ。
 そこまで考え、私は思わず口元を歪ませる。本当、残念ね。貴女達は強い、確かに強い。実力だけなら私は当然、最強と謳われる妖怪達にだって引けを取らないでしょう。



 だけど、それだけ。妖怪として、貴女達は確かに強い…本当にそれだけなのよ、今の貴女達は。

 全ての布石を終え、後は彼女達に教えてあげるだけ――強さだけでは、決してこの私には辿り着けないことを。



 通算七十度の死を迎えると同時に、私は今まで抑え続けていた身体の力のギアを一段階高見へ上げる。
 片腕は吹き飛んだまま、けれどそんなモノは気にしない。痛みはとうの昔に別れを告げている。人間の忌避する感覚で私は退けられない。
 床を強く蹴り、私は真っ直ぐにターゲット――魔法使いの方へ翔けていく。
 私の動きに魔法使いが気付くものの、彼女は即座に迎撃に移れない。ええ、そうでしょう。今の貴女は絶対に動けない。何故なら
そこが貴女の『隙』だと九つの死を犠牲にして探り当てたから。属性魔法を迎撃され、それを抑え込もうとワンランク上の属性魔法を
紡ぎ直した貴女には、小さな防御魔法すら張ることが出来ない。ましてや貴女の左肩には私の放った数本の魔矢が刺さってる。
 私への殺意を頼りに随分誤魔化して集中力を研ぎ澄ませていたみたいだけど、貴女達のような死を超えられない者に痛みは最高の幻惑となる。
 今、私が真っ直ぐ向かってきてると知って尚、貴女は最早何も出来ない。貴女の身体能力では避けることも防ぐことも出来はしない。そして
肝心なお仲間達は理性を失っている。だから『貴女を助ける』なんてチームプレイが出来る訳がない。故に――

「如何に膨大な魔力を持てど、有効に使えぬ頭がなければ唯の持ち腐れ――まず、ひとつ」

 掌を魔法使いの懐に押し当て、私は相当量の力を込めて彼女に放つ。
 防御も回避も出来ず、魔法使いは強烈な衝撃と共に床を転がり壁に押し付けられる。感覚からみて彼女ではもう立ち上がれないでしょう。
 私の憶測通り、彼女はそのまま気を失い魔力を霧散させた。彼女の周囲に漂っていた恐ろしい程の魔力の塊である七色の石は失われていく。
 気を失った魔法使いを見て、私は残る二つの化物に向き直る。これで厄介な魔法砲台は潰したものの、残る二つも面倒なことこの上ないわね。
 けれど、私が一番抑えたかった魔法使いは封じることが出来たのだから不満はないのだけれど。魔法使いを潰すこと、それは私にとって何より
急務だった。何故なら、魔法使いは下手をすれば『冷静さ』を取り戻し、彼女の知識を基に三人がまとまる可能性があったから。もし、彼女達が
チームであったなら、間違いなく私は彼女達の前に敗北していた。だからこそ、まずは頭となる可能性を潰したかった。…まあ、もうその心配は不要みたいだけど。

「オオオオオオオオォォォォ!!!!!!!」

 仲間を討ち取られたことを悟っているのか、紅竜が一際大きな咆哮をあげ、私に強大な爪を突き立ててくる。
 それを避けると同時に、吸血鬼の少女が紅の槍を私へと投擲、私の心臓を穿たんと狂った妖気を放ち、槍が疾走する。
 深紅の投槍…あれは確かに恐ろしい力を秘めている。もしこの館の結界が輝夜の力に頼っていなければ、間違いなく崩壊していたでしょうね。
屋敷だけではなく、地面も抉り、地底のマグマにすら辿り着く…それ程の力をアレは秘めている。けれど、当たらなければそれで終わり。
 あれは本来なら不可避の魔槍なのでしょう…もし、担い手が冷静ならば、その前提が付くけれど。私は回避行動のままに身体を空気に溶け込ませ、次なる
ターゲット――紅竜の死角へと潜り込む。こちらは魔法使いとは異なり、私にとって正直相性が悪い。何せこちらの攻撃がごく一部にしか通らないのだから。
 この紅竜、神聖を感じられないこととその容姿から、間違いなく純粋な『龍』ではない。人々から崇め祀られる存在ではなく、獣に特化したその在り方。
 長年生きてきた私も初めて見るけれど…恐らくは、半人半獣。その中でも、過去に例が幾つかしか存在しない龍と人の禁忌の申し子…龍人。
 神としての存在理由も人として生きることも許されない半端者の異端…その存在を世界が許す筈も無く、現世では唯のお伽話と化していた存在、それが今、目の前に在る。
 幻想郷は全てを受け入れるとは八雲の言葉だったか…本当、その懐の深さに恐れ入る。私は軽く息をつきつつ、紅竜を止める為に次なる一手を打つ。
 紅竜の恐るべきはその龍種としての破格の力でも、妖力でもなく、決して貫けぬ堅甲な身体に在る。通常の攻撃では傷一つ付かない竜鱗は
外界のお伽話の多くに伝えられる程。共に暴れている吸血鬼のお嬢さんならその鱗すら容易く貫くだろうけれど、私では間違いなく不可能。
 外が駄目ならどうするか、答えは単純、内から貫けばいいだけのこと。その為に私は全身を余すことなくこの竜に喰らわせていたのだから。

「――――――!!!」
「薬も過ぎれば毒となる。次に獲物を喰らうときは相手を確認してからになさいな――二つ」


 私は術式を紡ぎ、紅竜に捕食された肢体に埋め込んでいた禁薬の全てを解放する。
 それは一つ一つでは何の意味をも為さす薬剤。けれど、私の紡ぐ術式を起点に一つへ結合すれば、その薬は転じて凶悪な毒となる。
 他の誰でも無くこの私、八意永琳自ら調合した毒薬。鯨は勿論、幻想の龍種とて例外は無い。万人平等に毒は体内を駆け巡る。
 必死にもがき苦しむ紅竜だが、智慧の回らぬ今の貴女ではこの毒は防げない。殺すという意識だけが空回りし、人間体に戻って対処を行う
ことにすら辿り着けない。よって、獣の暴走劇はここで終わり。やがて、操り糸が切れたように、紅竜は地に伏す。そして、その身体が光に包まれ、
現れたのは紅髪を持つ人形の女性。紅竜の身体、力、妖力、再生力、その全ては測り終えた上での毒薬投与。三日は意識を失えど、死には至らないでしょう。
 二人目の獲物を仕留め、残る一人に私は視線を向ける。そこには最初と何一つ変わらぬ殺意と暴力の塊が在った。
 …仲間をやられても、この娘は微塵も動揺しないわね。本当、ご立派だわ。美しいまでの『壊れ方』、これがもしかすると妖怪の在るべき姿なのかもしれないわね。
 荒れ狂う吸血鬼の魔弾を避けながら、私は再びこの少女を観察する。先ほどの二人も大した化物だったけれど、この娘はその二人とも比肩出来ない化物。
 何せ、一匹の妖怪がこれ程までに凝縮された力を放てることがおかしい。私が回避する彼女の通常魔弾、その一発一発ですら普通の妖怪は
跡形も無く吹き飛ぶでしょう。ましてや、彼女の両手に持つ剣と槍は言わずもがな。あれらは伝承に伝わる魔剣、神槍の類だと言われても納得してしまいそう。
 おまけに、彼女は奇妙な力を行使する。私が彼女の攻撃に触れずとも、彼女は私を『破壊』する。私の腕を、心臓を、頭を、幾度となく吸血鬼は
壊してくれた。その不可思議な能力に予備動作など存在しない、本当に唐突に、その破壊は訪れる。無慈悲に、容赦なく、彼女は私を壊すのだ。
 唯でさえ数ある妖怪の中でも特A級と言っても過言ではない力に、その能力。そして、吸血鬼という種族からみて歴史は幾千と刻んでいないでしょう。
 あの幼さ、若さにしてこの力。本当、末恐ろしいとはこのこと。恐らくこのまま順調に生き永らえれば、彼女は世界中に恐れられる存在と
成り得るでしょう。名を歴史に残す…いいえ、吸血鬼最強存在として、その生涯を刻むことは間違いない。本当、惜しいわね…私はつくづく他人事のように思う。

「吸血鬼さん、貴女は強い。私がこれまで出会ってきた者の中でも、本当に数える程しか存在しない程。
それだけに残念…貴女では、決して私には勝てない。貴女なら鬼にも、九尾にも、天狗にも…もしかしたら、八雲にだって勝てるかもしれない。
けれど、他の誰でもない、私だけには決して勝てないのよ。貴女の敗因を語るなら――それはたった一言、『相性』の問題よ」

 私は笑みを零し、目の前の少女に『ワザと』その身を無防備に曝け出す。
 この隙を目の前の殺戮機械が見逃すことは無い、そのことを私は幾度と無く自らの命で証明した。この少女はどこまでも純粋な戦闘者。
 相手の命を奪うことに躊躇いは無く、その流れも実に手慣れている。隙を見せれば、己が持ち得る最大の火力で敵を消炭へと化す。
 その威力は絶句する程で、月の戦争兵器と言われてもおかしくないレベル。だけど、それだけの力を発動させるにはノーリスクという訳にはいかない。
 強大な破壊を行う度に、少女は絶大な魔力妖力を引き換えにしている。その証明に、今私を殺したこの娘は大きく肩で息をしている。とうとう
外見に見せる程に消耗したのね…本当、分かりやすい。この少女の持つ最強クラスの力、その代償は魔力妖力そして――生命力か。
 即座に身体を再生させた私は、牽制代わりに弓を生み出し、少女に向けて魔矢を放つ。弓という誓約を重ね、魔矢は通常魔弾より威力は高めてある。
けれど、それは先ほど倒した魔法使いの魔法障壁や紅竜の竜鱗で十分防げる程度の威力――それなのに、目の前の少女は防げない。
 少女は避けるでもなく、その矢を身体に受け貫かせる。ワザと受けた?…否、今のは避けきれなかった、防ぎきれなかっただけ。一瞬、障壁を
出そうとした少女の姿は確認した。そこで出さなかったのは…いいえ、出せなかったのは、力を最早防御に回せないから。最低限の防御すら捨てて
少女は淡々と私を殺す為だけに刃を研ぎ澄まそうとしている。その姿は見事だけど…今の貴女にとってそれは間違いなく悪手ね。
 殺したい気持ちは理解出来る。憎む想いは理解出来る。だけど、それを押し殺せないのが貴女達の弱さ。それを騙せないのが貴女達の弱点。
 もし、本当にあの娘の仇を取りたかったのなら…私を殺したかったのなら、貴女達の取るべき手は『それ』じゃなかったのよ。
 私は力を再び暴走させんと高めている少女に大きく弓引き、私の持てる最大級の力を向ける。それは私が常時抑え続けている『輝夜以上』の力。
 弓を向けても、少女は攻撃に移らない。いいえ、移れない。最早あの娘に即座に魔剣や神槍を振う力など残されていない。彼女に出来ることは、
己が身体に残された生命力を力に変換させ、無意味の己の生を縮めることだけ。その姿に、私は軽く息をつき、そして――矢を放つ。

「――っ」

 私の放った濃密度の力を込めた矢は、吸血鬼の身体、その中心に大きな風穴を空けて疾走した。
 やがて、ゆっくりと己の身体の異常を確かめるように、少女は口から血を零し、床に両膝をつく。最早、少女に私に反撃する力などない。
 確かに、その力は強大だった。妖怪としても天蓋のレベル、純粋な力比べの殺し合いなら彼女が負けることなどあり得ない。
 けれど…けれど、私にそれは通用しない。私には死が存在しないから、だから彼女の目指す『ゴール』など有り得ない。
 前提条件が最初から違っていたのだ。この娘達の目的は『私の死』だけれど、私の目的は『彼女達の自滅、および時間稼ぎ』。ならば私は彼女達を
引っ掻き回し、こちらに有利な条件に誘導し、彼女達を掌の上で転がせばいい。事実、それは相成った。
 彼女達は大切な『頭』を潰され、思考能力を失った。思考能力を失い、『弾幕勝負』という最良の条件提示を捨て、私との殺し合いを望んだ。
 そして、彼女達はチームプレイも作戦も何一つなく、ただ殺意と破壊衝動のみに突き動かされ行動した。それでは私は倒せない。故に私はこの策を取った。
 無論、彼女達にも私に勝利する方法はあった。一つは弾幕勝負という平等な土台に私を連れだせばよかった、そうすれば私の不死性など無意味なのだから。それで
打ち破った上で、冷静に最初に私が消した彼女の行方を問い詰め異変を終わらせればよかった。幻想郷に住まう上で、私はその提案を断れないのだから。
 もう一つは殺し合いなら殺し合いで『冷静に』挑むべきだった。少なくとも三人が個人ではなく、チームであったならば、私は間違いなく為す術無しに敗退していた筈だ。
 彼女達に求められたのは、私を『如何に残虐かつ無慈悲な暴力で殺し尽すか』ではなく『最小限の労力で如何に素早く数多く殺すか』だった。
 そうすれば、彼女達は己の力をセーブしながら、私を復活できない程に疲労させきることが出来た筈。もしくは、私が復活しても動けない程に疲労させ、捕縛すればよかった。
 現に今の私とてかなり疲労している。恐らくあと、五、六回も復活すれば身体は指一本動かせないだろう。そこまで彼女達は私を追い詰めた。だからこそ私は彼女達を強いと賞賛した。
 そう、彼女達は勝つべき道があった。それを自ら放棄したのは他ならぬ彼女達――そして、それを放棄させるように策を弄したのは他ならぬ私なのだけれど。

「…だからお嬢さん、もう諦めなさい。今宵の殺し合い、既に勝負はついてる――貴女達の敗北という結果で」

 呆れるように溜息をつき、私は必死に立ち上がろうとする吸血鬼の少女に声をかける。
 私の問いかけに彼女は応えない。ただ、呼吸を荒げ、床に血だまりを作り、身体に風穴を空けてなお、立ち上がろうとする。
 満身創痍、身体の臓物を失ってなお、少女の瞳に憎悪の焔は消えない。ただ私を殺す為だけに、その為だけに剣を取ろうとする。

「無駄よ。貴女達に私は殺せない、それは嫌になるほど理解出来たでしょう?
魔法使いも紅竜も立ち上がれない。三人でも駄目だったのに、手負いの貴女一人で一体何が出来ると?」
「…して、やる…ころ…して、やる…コロシテ、ヤル…」
「…聞く耳持たず、か。もういい加減眠りなさいな。安心なさい――夜が明けたら、貴女達の悪夢も全てそこで終わるわ」

 会話を打ち切り、私は眠りの術式を吸血鬼に展開する。
 私のような純粋な魔法使いでも術師でもない者の暗示術式は頗る効果が弱いモノの、今の完全に戦う力を失った吸血鬼相手には有用。
 如何に魔抵抗に定評のある吸血鬼と言えど、死の一歩手前まで陥ったそれでは防御など出来はしない。少女は崩れるように倒れ落ちる。

「――三つ。これで、終わり…ね」

 崩れ落ちた三人の姿を見届け、私は全身の徒労を感じながらようやく一息をつく。
 薬で脳を弄り、大分誤魔化しているけれど、正直もう何度も復活するような余裕はない。本当に紙一重、そこまで私は追いつめられた。
 こんなこと、過去に一度とて無かった。それほどまでに、この娘達は化物だった。時間稼ぎの為に、弾幕勝負ではなく殺し合いになるように
策を弄したのは私だけれど、ここまで己が危機に立つ展開は予想していなかった。幻想郷、その化物の棲む世界に私は改めて驚かされる。
 けれど、そう長くは息をつけない。何故ならこの状況でもまだ、この幻想郷の管理者、八雲紫は姿を現していないのだ。
 偽りの月を掲げる、なんて妖怪達にとって危機以外の何者でもない状況にも関わらず、彼女はまだ行動に移していない。恐らく、今までの
私達の様子を観察しているのは間違いないでしょう。ならば、気付いているか。私達の目的を、それが一夜限りのものであることを。
 ならば、人妖に危険が無いと私達を見過ごす?…馬鹿な、それでは何の為の管理者か。有り得ない。彼女は必ず次の一手を打っている筈。それでこそ妖怪の賢者。
 この吸血鬼達で時間は随分稼げたけれど、まだ足りない。次に来るのは九尾か、博麗の巫女か…どちらにせよ、時間は稼がなければいけない。

「手当は…不要ね。どれも死には至らない。
無いとは思うけれど、もしあの吸血鬼が実力者でこの場に戻ってきたならば、この三人を人質にとってもいい」

 そう考え、私は最初に魔法陣で転移させたもう一人の吸血鬼のことを思い出す。
 彼女に私が施した術式は転移魔法。この幻想郷、外界の何処かに対象を強制的に転移する軍事技術の応用術式。
 指揮系統を混乱させ、冷静さを失わせる為、そして相手戦力を少しでも削ぐ為に、私とてゐが用意したモノ。
 その術式に彼女がかかり、私の目論見は叶い、残された三人は一人余すことなく冷静さを失った。私の狙いは予定通り、結果だけを見れば…だ。
 そう、その結果はあくまで結果。私の予定では、一目で実力者だと感じ取れたもう一人の吸血鬼、彼女を転移させる筈だった。
 …だけど、それをもう一人の吸血鬼は防いでみせた。決して分かる筈の無い転移術式の発動を感じ取ったのか、その身を犠牲にして
もう一人の吸血鬼を庇った。結果として、私の狙った人物ではなく、もう一人の吸血鬼が対象となってしまった。
 その彼女の行動、それに対し、非常に疑問が残る。どうして彼女は私の術式を感じ取れた?アレは発動するまで決してばれない細工を
幾重にも施してある。少なくとも月のことを微塵も知らない妖怪に破れるようなものではない。それなのに、どうして…

「疑問点なら他にも在る。転移術式が発動するとき、僅かだけど術式に狂いがみえた。
…誰かが転移に干渉した?転移先を強制的に指定して…真逆。あの術式を制御できるのは、私に、てゐ、それに…」

 そこまで思考を働かせたとき、私の答えが導かれるのと同時に室内の扉が外から開かれる。
 そして、そこから現れた団体客に視線を送りながら、私は大きく溜息をつくしか出来なかった。
 …本当、今夜は千客万来ね。さて、私に残された復活は幾許か。このまま押し切る形で逃げ切れるかしら…ね。



















 ~side 霊夢~



「落ち着きなさい、咲夜。何が起こっても驚かない、その覚悟は出来てた筈よ」
「…ええ、分かってる。分かってる、から」

 アリスの制止の声に、咲夜の奴は必死に自分を抑え込みながら話してる。
 殺気の発生源『だった』その部屋に入るなり、アリスが咲夜に一声かけた理由、それは勿論私にも理解出来る。
 そこ部屋に広がっていたのは、一言で言うならば間違いなく地獄絵図。部屋中に紅い血がまき散らされ、床に倒れている三人の見知った奴ら。
 紅美鈴、パチュリー・ノーレッジ、そしてフランドール・スカーレット。その三人の誰もが力を失い、気を失っているのか死んでいるのか遠目では分からないけれど、
横たわった身体が地べたに存在しているのだから。その光景に私も言葉を失うしかない。
 あの門番が、あの魔法使いが、そしてあの吸血鬼が、負けた。あれほどの実力者達三人が、地べたに這い蹲ってる。
 突き付けられた現実が私達を戦慄させる。三人の身体とは対照的に、ただ一人その場に立ち尽くす女…アイツが、一人でやったと言うの?
 あんな妖気も魔力も霊気も感じない、普通に見える奴が、たった一人で。あの化物達を、たった一人で。

「嘘…だろ…美鈴とパチュリーの奴の実力は私がよく知ってる。それなのに…」
「…フランドールだってそうよ。あれは、私の知る限り、紫と同レベルの化物だった筈なのに」

 魔理沙の呟きに、私は力無く返すことしか出来ない。
 紫や幽々子、萃香と対峙するのとはまた異なるプレッシャー。強大な力ではなく、理解できない薄気味悪さ。
 そんな重圧が、私達の心に重くのしかかる。けれど、ここで怯える訳にはいかない。引く訳にはいかない。何故なら私達はアレに
問い詰めなければいけない。この場に後一人、居る筈の人物が存在しない理由を――レミリアの居場所を。
 いざ問い詰めんと私は気を入れ直し、部屋の中央に立つ銀髪の女を睨みつける。よくよく見れば、その女は返り血で分かりにくくはあるものの、
容貌がなんとなく咲夜の奴に似ている気がする…けれど、今はそんなことはどうでも良い。私達が知るべきは、レミリアの居場所。

「アンタ、レミリアを何処へやったのよ」
「…レミリア?」
「とぼけるなよ。もう一人、この場所に吸血鬼が来ただろう?そいつの居場所を吐けって言ってるんだよ」

 私に追随するように魔理沙が言葉をたたみかける。
 もう一人の吸血鬼、その点に心当たりがあったのか、女は『ああ』と思いだしたように言葉を返す。

「残念だけれど、あの娘ならもうこの場所にはいないわ」
「『もう』?『この場所には』?それはつまり、以前はここに居た、今は別の場所に連れだした…そう取って構わないのかしら?」
「構わないわよ、冷静で優秀な魔法使いさん」
「…悪かったな、冷静でも優秀でも無くて」
「あら、貴女のことを揶揄した訳ではないわ。ごめんなさいね。
私が言ったのは、そこで眠る魔法使いのこと。彼女は大切な主を失ったという現実に押し潰され、
ブレインとして何より重要な冷静さを放棄した、その点で貴女は優秀だと褒めただけ」

 女の呟き、それは私達にとって表情を凍りつかせることになる。
 パチュリーが主を失った――それを意味することはたった一つ。嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
 アイツが…あの臆病で泣き虫でお人好しな吸血鬼が死ぬもんか。だけど、現にアイツはここにいない。女は言った、以前はここに
居たけれど、もうここには居ないと…それはつまり、もうこの世にはいないという意味にも取れる。だけど、だけど…
 心が恐怖に支配される、そんなとき、冷静に対応したのはアリスだった。今にも叫び出しそうな咲夜や魔理沙、そして私に言い聞かせるように
声を荒げて女に言葉をつきつける。

「空言で私達を揺さぶろうとする…それはあまりに品が無くて芸がないわね。下衆びた真似は貴女の品性を疑われるわよ。
レミリアは殺してもいなければ、傷ついてもいない。レミリアがこの場にいないことを上手く利用して、私達を柳の下の泥鰌にしようなんて甘いのよ、女狐」
「へえ…本当、優秀ね。彼女がこの場に居ないという条件、そしてちょっとした言葉遊び…それだけで他の娘達は心乱してくれたのに」
「以前萃香にも言ったけれど…他の連中が頭に血が昇りやすい分、常に自分を律するように心がけてるだけよ。それが私、魔法使いの役割だって
レミリア自身から教えられたものね。レミリアがこの場に居ない理由、それは貴女が『コレ』を使って何処かに転移させたから…違って?」

 そう言ってアリスはコンコンと足元の床をつま先で軽く叩く。
 そこに描かれていたのは、血塗れになって見えにくくなってはいるけれど、確かな魔法陣が描かれていた。けれど、これが
どうして転移魔法でレミリアがそれに巻き込まれたって分かるのか。ただ、アリスの答えは正解らしく、女はこちらから見て分かるくらいに驚きを見せている。

「…どうして分かったのか、訊いても?」
「一つはレミリアの居場所を訊いた時の貴女の様子。あの反応は殺した相手にみせるような反応じゃない。
もう一つはこの大がかりな魔法陣。普通の連中なら、唯の結界魔法か何かと錯覚するんでしょうけれど…生憎私は幻想郷生まれじゃないのよ。
何処の出身かは知らないけれど、魔法と科学が発展し、それを技術として利用しているのは貴女の住まう世界だけじゃない。
閉ざされた世界ならともかく、私の生まれ育った観光地にとって団体客の誘致に転移術式は必要不可欠。形態は変わっても、基本術式に違いはないなら分かって当然だもの」
「…そういうこと。本当、幻想郷は不思議な場所ね。こちらが予想だにしない人妖が次々と」

 アリスと女の言葉の応酬、その内容の深い意味までは分からないけれど、一番重要な情報をアリスは引き出してくれた。
 この惨状の中、私達の目的であるレミリア…あいつは死んでいないということ。この場所から転移させられてはいるものの、
命を奪われたり、他の連中のように傷つけられたりした訳じゃない。だったら、打てる手は増えてくる。不安に心潰される必要も無い。
 …本当、頼りになる相棒よね。この異変が終わったらアリスの奴に何か礼でもしてあげないとね。勿論、この場みんなの割り勘で。
 私達の中の大きな不安を一つ解消し、再び女の方に向き直る。さて、レミリアの件はひとまず棚上げとして、問題はまだ山積みなのよね…
そのレミリアの居場所をどうやってコイツから訊き出すか…あの紅魔館の三人を相手して勝つような相手、しかもこの惨状を見るに弾幕勝負に
乗るような空気でもない。やるとしたら真正面から…どうするか、そう考えていたとき、今までずっと沈黙を保っていた咲夜が一歩前に踏み出し、女に訊ねかける。

「…私が訊きたいのは二つ。一つは、母様の…お前の転移させた吸血鬼の居場所。
そしてもう一つはこの惨状…この三人を、私の家族を傷つけたのは貴女、それに間違いはないか」
「前者に関しては分からない、としか言いようがないわね。私が行ったのは強制乱雑転移だもの。幻想郷内にいるか、外界にいるか…
居場所を知るには、魔法陣の術式と魔力残光を読み解けば足跡が分かるかもしれないけれど…正直薄い可能性ね。
もし彼女を探したいのなら、自らの足で世界中を回った方が早いかもしれないわ」
「馬鹿なこと言わないで。博麗大結界が在る限り、私や紫に断りなく内から外への転移や干渉なんて出来るわけないじゃない。
つまり、レミリアは間違いなくこの幻想郷内にいるって訳。アンタ、人を舐めるのも大概にしなさいよ」
「…貴女、何を言っているの?そもそも博麗大結界とは一体何の事を…」
「もう一つの問いの答えを早く返しなさい。貴女が、私の家族を傷つけたのか?答えはYESか、NOか」
「…YESよ。この三人は私が手を下したわ。私の目的の邪魔になりそうだったから、排除した。ただそれだけよ」
「それだけ分かれば十分だわ。お嬢様は幻想郷内に在り、貴女はフラン様、美鈴、パチュリー様を傷つけた。
ええ、理由としてはそれで十分過ぎる――今ここに、貴女を殺すことを、約束してあげる」

 咲夜は言葉を切り、女に向けて所持していたナイフを突き付ける。
 ただ、その動作を見せる前に私達に小さく言葉を紡ぐ。『予定通りに、フラン様達のこと、お願い』と。
 私達がここまで来る途中に練った対策。現状はその中でも比較的マシな部類に入る。なんせレミリアの生存が知らされ、他の三人もなんとか
死んではいない状況。だったら、私達に打てる手は在る。やるべき仕事、担うべき役割は在る。
 咲夜の声に、私達は頷き合い、予定通りに陣形を固める。前に出る咲夜に並ぶように私と妖夢が、そしてその横を固めるように魔理沙とアリスを。
 今、私達が…私と咲夜、妖夢に与えられた為すべき役割は、魔理沙とアリスの補助。二人が紅魔館の三人を救出し、この部屋から脱出するまでの
手助けと時間稼ぎをすること。咲夜の家族を助ける為に、少しでも多くの時間を稼ぐこと、それが私達の出した為すべき役割、結論だった。
 …情けないけれど、この異変は最早私達の手に負える代物では無くなってる。恐らく…いいえ、間違いなくこの女が全ての異変の元凶だろう。
 だけど、そいつをぶちのめす手段が今の私達には存在しない。フランドール達を退けた相手に、私達がどうこう出来るとは思えない。
 …けれど、簡単に白旗を上げてやることも出来ない。私は博麗の巫女、異変を解決する者。こんな風に弾幕勝負のルールを護らない
馬鹿だって相手にしなくちゃいけない、こんな機会はざらに在る。だから私は退けない、逃げない。例えその結果、命を失うことになっても、自分の意志は決して曲げない。
 それに、今は博麗の巫女って理由だけが戦う理由じゃない。咲夜の…コイツの家族を助ける為、そんな大層な理由まで背負ってる。
 だったら、負けられないじゃない。簡単にやられる訳にはいかないじゃない。勝てなくても、結果は出す。結果を出して、これから先ずっと
咲夜の馬鹿に言い続けてやる。私のお陰で三人を助けられたんだから、しっかり感謝を態度に表しなさいって馬鹿にして、そしてまた下らない喧嘩を繰り広げて。
 …負けられないわね。そんな馬鹿みたいな理由の為に、私は決して負けられない。フランドールも、門番も、魔法使いも全員助けてみせる。
 私一人なら不可能かもしれない。だけど、こっちは五人。この幻想郷で心から信じあい、背中を預け合える最高の五人。だったら私達に負けなんて無い。
 気合を入れ直し、今にも飛びかからんとする私達に、女は軽く息をつき、最後に言葉を紡ぐ。

「最早、退けなんて言うつもりもないわ。けれど、最後に一つだけ訊ねさせて。そこの銀髪の貴女…貴女の名前は?」
「――十六夜咲夜。それが私が母様に貰った、たった一つの大切な名前」
「そう…貴女が、咲夜なのね。人間でありながら、吸血鬼の寵愛を受けし者…十六夜咲夜、良い名ね。
…始めましょうか。何を『本当の』目的とするかは知らないけれど、せいぜいその狂気に狂った娘達の二の舞とならぬように」

 女の紡いだ言葉はそこで終わり。私達の放った弾幕を、女は想像以上の動きで回避し、それを切っ掛けに舞台の幕が上がる。
 さて…らしくないけれど、私は私なりの戦いをしてみせる。魔理沙、アリス、しっかり頼むわよ。アンタ達に救出は掛かってるんだから。



 …そして紫、どうせアンタのことだから私達の現状を覗いているんでしょう?

 私達は、間違いなく手を回せないから…だから、この異変解決とレミリアの捜索、任せたわよ。
 この化物は私達がなんとかしてみせるから、アンタは幻想郷の平和とその象徴をさっさと取り戻してきなさい。
 似合わない役どころに不満はあるでしょうけど、自分で異変解決に乗り出さなかったアンタが悪いんだから、文句は受け付けないわ。
 だから…だから紫、本当に頼むわよ。今はアンタだけが、頼りなんだから――
 










[13774] 嘘つき永夜抄 その十三
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2010/11/01 05:34




 ~side 魔理沙~



 デカイ口叩いた分の仕事はきっちりする、それこそ釣り銭が返ってくるくらいにだ。
 自分の信条を何度も何度も口の中で呟いて、私は持てる力の全てを賭けて飛翔する。背に自分より一回り大きな美鈴の奴を担いで、だ。
 私が翔ける後に、アリスの奴がパチュリーを背負って飛んでいく。そしてアリスと並ぶように、傀儡魔法によって人形に支えられた
フランドールの身体。私達はこの屋敷の廊下を真っ直ぐ出口向けて飛行し続けていた。
 …結論としては、あの女から三人を救出すること、コレ事態は呆気に取られる程簡単にいった。あの女は向かい来る霊夢達三人だけを
相手にし、紅魔館の連中の救出に向かう私達の阻害をすることは無かった。私とアリスの見解は一致して『こちらに手を出す余裕が無かった』ではなく
『ワザとこちらを見逃した』だけ。あの女は紅魔館組に最早存在価値は無いとでもいうように、私達の邪魔を一切しなかった。
 その点に関しては願ったり叶ったりだったんだが、けれど、私達の仕事はこれで終わりじゃない。
 私達が本当に任された仕事は、こいつ等の完全な無事という結果を叩き出すこと。その為にも、一刻も早くこいつらの手当てをしてやらなきゃ
いけない。私とアリスが救出組に回ったのも、その役割故のこと。アリスはともかく、私は治癒魔法なんて不得手なんだけど、今はそんなこと
言ってる場合じゃない。霊夢も妖夢も咲夜も使えない、なら私がひと踏ん張りするしかない。

「アリス、この辺りの適当な部屋は無理か!?」
「駄目よ、敵の懐内で長時間治癒に専念なんて博打を打つ訳にいかないわ。
大がかりな術式の行使になるんだから、背中の安全が確認出来る屋敷外まで向かわないと」
「でも、でもこいつ等は…特にフランドールの奴は、早く治癒しないと」
「外見上は致命傷に見えるけれど、吸血鬼は頭さえ残っていれば再生が可能。
…魔理沙、冷たいように感じるかもしれない。けれど、焦って失敗だけは許されないのよ。
レミリアに咲夜…友人の家族の命が懸かってるんだもの。私達に『精一杯頑張った』なんて言い分は要らない。
必要なのは『誰一人残らず助かった』という結果だけ。…この三人を、信じなさい」
「…そうだな、アリスの言う通りだ。今、私達に求められるのは最良の結果だけだ。
咲夜の奴が、他の誰でも無いアイツが私達に家族を助けてくれと頼んだんだ。だったら、結果を残さないとな。
常人には成し遂げられない奇跡を不思議な力で叶えること、それこそが――」
「――魔法使いの本分、でしょう?」

 アリスの返答に、私は満足だと笑い、飛翔速度を更にワンランク加速させる。
 こいつらを助ける前に受けた呪いのせいで、本調子とはいかないが、七割程度の速度は出せる。アリス曰く、それでも十分過ぎる程の速さらしいけど。
 …でも、あの女からは私が受けた殺意は感じられなかった。となると、やっぱりアレの発生源は…こいつらなんだろうな。
 レミリアが殺されたと思い…違うな、思わされて、あの女を殺さんと暴走して…仕方ないよな、こいつらにとってレミリアは全てなんだから。
 アリスの話では、レミリアは幻想郷内のどこかにいるらしい。まあ、少し心配ではあるけれど、生きているなら大丈夫。なんせアイツは
萃香相手に生き残った悪運があるからな。こいつらの治癒を終えた後で、紫にでも頼んで捜索するか。どうせ明日には魔法の効果が切れて私は『ポンコツ』なんだ。面倒を
見てもらう予定の家主がいないってんじゃ、どうしようもないし。そんなことを考えていた私に、突如アリスの声が耳を貫いた。

「――魔理沙!止まって!」
「――え」

 アリスの指示に、私は急ブレーキをかけ、その場に漂うように制止する。おいおい、魔理沙は急に止まれないっていうのに、一体何事…
と、アリスの視線の先――廊下の奥の存在達に気付き、私はようやく状況を把握する。…ちっ、面倒な。行きはよいよい帰りは地獄ってか。
 私達の前、廊下に立ち塞がるは無数の白。それは妖怪兎の群れ。そして、そいつ等を統率しているらしき人型妖怪が二人。
 …拙いな、この状況。私は本調子じゃない上に美鈴を担いでる。アリスに至っては二人だ。こんなことなら妖夢をこっちに回して貰うんだった。
 戦力的にも状況的にも圧倒的不利。さて、どうするかね…まあ、迷うことはないんだけどな。アリスは万全、そして治癒魔法が私より上手い。なら、
話は簡単だ。アリスもそのことを分かっているけれど、口にはしない。本当、冷静だけど冷酷に徹せない優しい奴。だから私から口にするしかない。

「アリス、悪いけど美鈴のこと任せたぜ。こいつ担ぐ分の人形の余裕はあるだろ?」
「…魔理沙、貴女」
「悪いけど拒否権は無しだ。私は熱しやすくて馬鹿な魔法使いだけど、それでも今の状況で『誰』が『何』を為すべきなのかくらいは分かるさ。
…ま、私もこんなところで死ぬつもりはないぜ。派手に道を切り開いたら適当におさらばさせて貰うつもりだしな。
だからアリス…三人のこと、頼むぜ。私達の持つ魔法使いの矜持ってヤツをみせつけてやろうじゃないか」

 私の提案、それがベストだと分かっているからアリスは何も言わない。何も言えない。
 何か言いたげなアリスを無視し、私は美鈴をアリスに押し付けて息を吸い直す。さて、仕切り直しだ。ここまでは正直魔理沙さんらしくない
格好悪い姿ばかり見せてるからな。ここらでちょっと汚名挽回、名誉返上といこうじゃないか。…逆だっけ?まあ、いいや。
 私はアリスの前に立ち、八卦炉を手にとって妖怪の群れを凝視する。…ざっと四十はいるか。数はともかく、先頭の二人をどうするか。
 けど、退くつもりも背中をみせるつもりも毛頭ないぜ。なんせ咲夜や霊夢、妖夢は私以上に絶望的な戦いを今やってるんだ。それなのに
私一人『イモを引く』訳にもいかない。勇気なら既に貰った。希望なら既に託した。ならば後はどこまでも自分らしくを貫くだけ。
 私はアリスに視線で合図を送る。私が特大の魔法を放ったら、それがミッションスタートの合図だ。
 さあ、一丁行くとしますかね。この私、霧雨魔理沙の独壇場。ここでやらなきゃ女が廃る、目に物みせてくれようかってな。
 八卦炉を突き出し、いざ魔力を解放しようとしたその刹那だった。向こう側――妖怪達から声が掛けられたのは。

「止めなさい。私達は貴女達と戦うつもりでここに来た訳じゃないわ。まず話を聞いて」
「そうそう、必要なら白旗だって掲げてあげるからさー。大人しく会話の席についた方がいいと思うよ?
鈴仙、こう見えて以外と気が短いから、下手すれば気が変わるかもしれないしー」
「てゐっ!もう…とにかく、私達の話を聞いて。貴女達が抱え込んでる三人を含めて、貴女達に決して手出しはしないことを約束するから」

 妖怪達からの唐突の提案、その内容に私は一瞬呆気に取られることとなる。いや、だってこっちは決死の覚悟完了したのに、蓋を開けてみれば…まあ、
正直助かる内容ではあるんだけど。妖怪達の提案に私はアリスの方を向き、その視線にアリスは頷いて応える。…だよな、折角のお誘いだけど
私達にはあまり時間が無い。それにこいつ等が簡単に心許して良い相手かどうかも分からない。

「…戦闘しないっていう提案には感謝するよ。けど、私達はアンタ等とのお話で貴重な時間を浪費する訳にはいかないんだ。
だから、このまま私達を見なかったことにして素通りさせてくれると有難い」
「屋敷の外に出るつもりなんでしょ?貴女達がそのつもりだって悟ったからこそ、私達はこうして貴女達の前に出たの。
このまま外に出るのは…ましてや、怪我人を連れて行くのは止めなさい。今、外は大変なことになってるから」
「…大変なこと?」
「そだよ。さっきまでずっとお師匠様のいる部屋から放たれてた殺気のせいで、妖精達が怯えちゃって敏感になり過ぎてる。
もしこのまま外に出たら、混乱した妖精達が一斉に襲ってきかねないよ。まあ、このまま何も教えずにアンタ達が痛い目にあっても
最初は構わないかなって思ってたんだけど、鈴仙の恩人の仲間がそれに巻き込まれるのはちょっとね~」
「恩人の仲間…ってのは、こいつ等のことか?」
「そうそう。そこの連中…正確にはそのご主人様に借りがあってね~。その分を今、ここで帳消しにして貰おうって訳」

 そういって小さな妖怪兎は楽しそうに笑う。…成る程、こいつ等、紅魔館組と接点があったのか。
 それもレミリアに恩があるって…レミリアの奴、一体何をしたんだ?いや、まあ、レイセンの恩人とか言ってたから、どうせアイツの
無意識お人好しパワーが爆発したんだろうけれど…ただ、妖怪達の言葉はしっかり咀嚼しないといけない。そのまま飲み込んでいい話じゃない。
 まず、一つ。この屋敷の外で妖精達が暴れ回ってるって話だけど…これはかなりの確率で真実の可能性が高い。あれだけの殺気、唯の人間の
私ですら中てられたのに、自然調和の象徴である妖精に何の影響も無い訳が無い。となると、これが真実だと仮定して…拙いな、三人を担いだ状況で
弾幕勝負なんて出来る訳が無い。ましてや今の私じゃ弾幕一つ避けることすら難しいかもしれない。
 そして、もう一つ。こいつ等がレミリアに借りがあって、それを返す為に私達の前に現れたという話。その話が真実かどうか、それを
断定するには私とアリスじゃ不可能。気絶してる三人のうち誰か一人でも起きてれば可能だったんだろうけれど…な。
 それに、その話が本当だったとして話を進めるとして、こいつ等が私達に一体何をするつもりなのか…恐らく、そこを話したいが為の、『お話』なんだろう。
 …受けるしか、ないな。私はアリスに肩を竦めて意志を示す。アリスも相手の狙いに潜り込まないといけないことが癪なのか、少し
不満そうにしながらも、口を開いて訊ねかけている。

「…いいわ、『話し合い』に応じましょう。もう一度伝えておくけれど、私達には時間が無いの。
無意味な話をするつもりなら、ここで切って頂戴。私達に有用な話であると判断出来るなら、耳を貸す用意はある」
「有用も何もないわ。私達の話は唯一つ、貴女達の求めてる場を提供する用意があること…私達が伝えたいのはそれだけよ」
「私達の求める場…とは?」
「訊くまでもないことでしょう?貴女達が今、求めているのはその三人を治癒する為に安全を約束された場所。
この先に広間が在るわ。治療薬から魔法陣生成道具まで一通り揃っているから、治すならそこに連れて行きなさい」

 大きい方の妖怪兎から提示された内容、それは何処までも私達が求めていた内容で。
 …いや、ここまでくると、逆に疑ってしまうのが人間の性ってもんだろ。おかし過ぎるだろ、それ。なんでこの館に住んでる妖怪が
ここまでしてくれようとするんだよ。しかもこいつ等、間違いなくあの女の手下だろ?それを、なんで…幾らレミリアに借り?があるとはいえ、
おかし過ぎる。そもそもこいつ等をここまで傷つけたのは他ならぬこいつ等のボスだって言うのに…そんな私の考えを読んだのか、大きな方の
妖怪兎は溜息をつきつつ言葉を紡ぐ。

「私達がそこまでする理由が見つからないから疑ってるんでしょうけれど…それは果たして最良の選択なの?
時間が経てば経つ程、後ろの三人は弱っていく。意地を張って疑って、それで全てを台無しにしてしまっては本末転倒じゃないの?」
「簡単に言ってくれるなよ…だって、おかし過ぎるだろ。なんでこいつ等を傷つけた奴等が、治療しようなんて思うんだよ」
「先に言っておくけれど、この件に師匠は関係無いわ。これは私の独断だもの」
「そうそう。だから鈴仙は後でお師匠様に説教されることが確定って訳。にししっ、楽しみ楽しみ」
「うるさいな…とにかく、どうするの?断るなら断る、それでも良いわ。
もし断られたところで、結果は同じこと――私が無理矢理貴女達から三人を引き剥がして、治療するだけだもの」

 鈴仙、そう呼ばれた少女は強い意志を瞳に込めて私達を一瞥する。…ここまでか。ここまでしようとするのか。
 どうやらこいつ等はあの女の意志とは無関係にフランドール達を助けようとしているらしい。それを鵜呑みにするのは難しいけれど、
でもその言葉が嘘じゃないってことは何となく分かる。それは相応の覚悟をした奴の目、心が強い奴の目だ。私に知人に沢山いる、そんな。
 …参ったな。もう、こうなると私じゃどうするべきか判断がつかない。私としてはこいつ等の提案に乗りたいが、それでも相応のリスクが在る。
 かといって、このまま外に出るのも…何より私達には時間が無い。だから、どうするか――当然お前に任せたぜ、アリス。
 私は笑ってアリスに託す。そんな私にアリスは呆れるような表情を浮かべながらも、答えは決まっていたのかあっさり決断を下す。

「…散々疑っておいて申し訳ないけれど、貴女達の提案、喜んでお受けするわ。
現在の私達を取り囲む状況を考えたら、貴女達を頼ることが最善…逆に、それ以外の道が無いもの」
「英断だね。それじゃ早速怪我人を預かろうか。準備は進めておくけれど、魔法治癒は貴女達が責任持ってやってよね。
その後の薬品投与とかは私や鈴仙で判断してあげるから」
「勿論よ。魔法は私達魔法使いの領域、そこまでしてもらうつもりはないわ」
「オーケー。それじゃ確かに患者三人は任されたよ」

 私達から紅魔館組の三人を受け取り、小さな妖怪兎は獣型の妖怪兎達に三人を運ばせ、自分もまた奥の部屋へと消えていく。
 そして、そんな妖怪達に付いて行くように、鈴仙と呼ばれた妖怪兎もまた奥の部屋へ向かおうとする。
 その後ろ姿に、私は思わず訊ねかけてしまう。どうしても訊いておきたかったから。

「おい、鈴仙とか言ったっけ。お前、どうしてそこまでしてくれるんだ?
レミリアに借りがあるとか言ってたけど、その借りはそこまでして返すような大きいモノでも無いんだろ?それなのにどうして…」
「…大きいわよ。レミリアは…レミリアは、私が失っていた大切なモノを取り戻させてくれたんだもの。
だから、こんなことは些細なことよ。貴女達が気にするようなことでもないし、気にして欲しくも無い」
「そっか…お前、良い奴だな。ちなみにお前が取り戻した大切なモノ、それが何なのか訊ねても?」

 私の問いかけに、鈴仙は小さく言葉を発し、奥の部屋に消えて行った。
 その鈴仙の呟きは小さく…けれど、何より力強く。


『――誇り、よ』


 鈴仙の言葉は、彼女の姿が見えなくなった今もなお、私の耳に残り続けていた。

















 ~side 妖夢~



「くうっ!!獄界剣『二百由旬の一閃』!!」

 襲い来る魔弾の嵐を、私は二本の剣で必死に捌く。
 弾幕を捌き終えた私の背後から、私の顔の横をすり抜けるように放たれる霊夢の迎撃弾。それを女は障壁を張って防ぐ。
 …陣形を変えてもなお霊夢狙い。本当、徹底してる。私は背後の霊夢に視線だけ交わし、二人同時に弾幕を展開する。
 そのばら撒かれた弾幕はあくまで補助。如何にあの人が――咲夜が女に対し優位に立ちまわれるか、その環境づくりこそ私達の役割。
 私達の弾幕を防ぎつつも、女は決して咲夜から目を逸らさない。常人を遥かに超越した速度の咲夜を眼で追える、それだけで
賞賛に値するけれど、それで全てを防ぎ切れるなら私達がアシストする意味は無い。咲夜は私達の援護をこれ以上ない程に上手く利用して、
女に近づき、その手に持つナイフを振う。事実、咲夜はこれで幾度と女を切りつけることに成功してる。

 この戦いが開幕したとき、私達の心は驚愕に満たされていた。魔理沙とアリスによる三人の救出を、この女は敢えて見逃した。
 その理由、それを問い詰めることも考えることも許すことなく、女は行動した。女の狙いは唯一人、霊夢だった。
 霊夢に対し恐ろしい量の弾幕を展開し、ときには直接攻撃しに近づくこともある。あまりに執拗な霊夢狙いに、私はすぐに攻撃から
サポートへ身を転じた。霊夢の傍で彼女を護ること、それこそが私の今、為すべき役割だと戦いの中で感じたからだ。
 結果、その一手は正解で、あの女は私達を攻めあぐねている。霊夢が只管咲夜の援護を、そして咲夜がトリッキーかつ俊敏な動きで女に切り込み、
私は霊夢の傍で霊夢の護りと咲夜のサポートの両方にスイッチを切り替える。私達が作った咄嗟の陣形だけど、これが今確実に功を奏してる。
 私が霊夢の傍についたことで、女は先ほどのように霊夢に近づくことは無くなった。恐らく、女は霊夢が近接レンジに有効な攻撃手段を
持っていないことを悟っていたんだろう。だけど、その霊夢の足りない部分は私が埋めた。だからこそ、女は無駄なリスクを背負わない。
 今、女に出来ることは咲夜の猛攻を防ぎながら、遠距離から霊夢を狙うこと。そして私はそれに対処し続ければいい。

「妖夢っ!大きいの撃つからその間壁は任せた!」
「承知!って、ちょ、ちょっと霊夢、私一人じゃこの量は…ええい!人符『現世斬』!!」

 当然のように無茶ぶりをしてくる友人に頭を痛めながら、私は必死に霊夢の壁となる。
 確かに辛い、辛いけれど…あのとき程の絶望は無い。私と霊夢と魔理沙とアリス、四人で萃香様に立ち向かったあのとき程は。
 何故なら、あのときとは違い、相手の攻撃は『常識』の範囲内に収まっている。相手は確かに強いとは感じるが、あくまで私達でも
反応出来るし防ぐことが可能なレベル。一対一では決して勝てないレベルだけど、三対一、ましてやこちらが防御に徹するなら手の打てない相手じゃない。
 萃香様の攻撃は常識を遥かに超え、防ぐことも出来ないし、何よりこちらの攻撃は通らない。そんな絶望しか待っていない戦いだったけれど、
この女には攻撃が通る。現に咲夜が幾度かナイフを奔らせ、出血という状況を生み出している。萃香様のように刃が肌を通らないということもない。
 決して届かない相手じゃない。決して絶望する戦力差じゃない。なら、負けられない。咲夜の為にも、レミリアさんの為にも、絶対に。
 私が訪れた全ての魔弾を叩き落としたとき、霊夢は紡ぎ続けていた術式を女に向けて発動させる。

「よし…咲夜!死ぬんじゃないわよ!――霊符『夢想封印』!!」
「え、ちょ、嘘っ…」

 私の制止の声を聞く前に、霊夢はとんでもない大技を咲夜と女の方をめがけて放ってみせる。
 二人を中心に、霊夢の放ったとんでもない符術が発動し――爆発。って、えええええええ!?ばばば、爆発って!?

「ちょ、ちょっと霊夢!?あれじゃ咲夜まで巻き込まれ…」
「る訳ないじゃない。アイツはこういうときに凄い便利な隠し玉があるんだから。そうでしょう、咲夜」
「――私のことを信頼した上での行動、そういうことにしておくわ」

 慌てふためく私と落着き払う霊夢のすぐ傍に、いつの間にか咲夜が。あ、そうか、時間操作…
 咲夜の持つ能力に気付き、一人慌てていた自分自身が少し恥ずかしい。小さくなる私に呆れながら、霊夢は
淡々と情報交換を行っていく。

「切りあってみての感想は?」
「力は私と同じくらい、反応速度も特筆すべき訳じゃない。肉弾戦はまだ美鈴やフラン様と組み合っていた方が恐怖を感じたレベルね。
間違いなくあれは近接戦闘を得意とするタイプじゃないわ。遠距離で撃ち合ってみての感想は?」
「撃ち慣れてるわね。正直、妖夢の機転がなければいの一番に墜とされてた。こっちが回避行動に移る、その先の先まで狙ってくる。
けれど、正直言って防げないレベルじゃない。威力も弾幕速度も許容範囲内。だけど…気持ち悪さが残るのよね」
「気持ち悪さ?」
「ええ…なんていうか、アイツ、私達を推し量ってるっていうか、試してるように弾幕を放ってる気がする。
だから、正直手の内を見せるのは程々にした方が良いわ。手札を切るなら一枚ずつ慎重に。そうしないと…多分、一気に喰われる」
「成程…確かにそうね。アレはフラン様や美鈴、パチュリー様を一人で打倒した存在。この程度の筈が無いわ。
相手の手札も何となく掴めてきたし、次はもう少し距離を詰めてみるつもりよ」
「頼むわよ、恐らく距離が近ければ近いほどアイツを打倒する答えに近づける筈。あと、気付いてると思うけど、アイツも持つ厄介な手札は…」
「ええ、言われるまでも無いわ。――驚異的な再生能力、それがあの女の一枚目の手札」

 咲夜の言葉を合図に、私達は再び離れる。こちらに向かって魔弾が放たれたからだ。
 咲夜の話の通り、あの女は霊夢の大技を喰らってなお平然とこちらを攻撃してくる。再生能力、か。妖怪なら誰もが持ち得る能力だけど…霊夢の
アレを喰らって簡単に立ち上がれるなんて常軌を逸してる。本当、厄介なことこの上ない能力だ。…っ、いけない!霊夢と少し距離が離れた!
 慌てて霊夢の方へと飛翔する私だけど、そんな隙を相手が見逃す筈も無く、女は咲夜のナイフを捌いて真っ直ぐに霊夢へ翔けていく。
 ただ、霊夢もそれを読んでいたのか、慌てることなく迎撃の陰陽玉を放ち、女を退けようとする。

「っ、さっきからしつこいのよアンタは!女に付き纏われる趣味なんか私にはないっ!」
「指示、読み、援護、直感…この戦いの中心は間違いなく貴女。
博麗の巫女…八雲紫の寵愛を受けし楽園の管理者。放置しておくには厄介過ぎるものね。まずは頭を叩いておきたいのよ」
「霊夢っ!!このっ、はあああああああ!!!」

 私が振り下ろした楼観剣にも女は慌てることなく退き、霊夢の追撃の弾幕を難なく避けて距離を取る。
 …上手い。本当、戦い慣れてる。私と霊夢の繰り出した囮を避け、女はその頭上から訪れる咲夜の斬撃をも防いでみせた。
 再生の追いつく傷は放置し、致命傷だけは必ず避ける。その淡々とした機械的作業、けれど完璧を求められる戦闘スタイルに賞賛を送りたくもある。
 けれど、それでも優位はこちらにある。数でも力でも、戦況は私達優位。だったら、その流れを押し続けなきゃいけない。
 切り結ぶ咲夜に、私と霊夢は只管援護をし続ける。そして、咲夜と女の戦いに瞬くすら許さず観察し続け、必死に状況打破の糸口を探す。
 どんな人間や妖怪にも必ず弱点はある。探せ、探せ、探せ。あの女の鉄壁の守りを抜くにはどうすればいい。
 不幸中の幸い、あの女の身体能力は私達と同等レベル。なら、手は在る筈だ。対処できない存在ではない筈だ。だから探せ。必死に、なんとしても――

「っ!拙っ、咲夜の奴、押され出してるじゃない!」
「え――う、嘘!?どうして!?」

 霊夢の叫びに、私は切り結ぶ二人の状況に気付き唖然とする。先ほどまで圧倒的に立ち回っていた咲夜の攻撃が、全て受け止められている。
 いや、受け止められているどころか、咲夜が時間を止めて現れる瞬間、場所を読み取って予めそちらに向かうような弾幕すら張ってる。
 …なんで、どうして。呆然とする私に、霊夢は声を荒げて指示を送る。

「ボケっとすんな!!このままじゃアイツが堕ちる!アイツを援護しに向かいなさい!」
「え、で、でも、そうすると霊夢が!」
「アンタがいないくらいで私が簡単に堕ちる訳ないでしょうが!それよりさっさと向かう!」
「わ、分かった!」

 霊夢の激しい声に、私は迷いを断ち切って真っ直ぐに咲夜のもとへ翔ける。
 その私の攻撃が通るように、霊夢は一際大きな弾幕を展開する。その弾幕を背に、私は二人の場所へ疾走し、勢いそのままに刀を振う。
 私の攻撃を紙一重で避け、距離を取ったのを確認して、私は咲夜に声をかける。

「急にどうしたんですか!?あんな突然劣勢に追いやられて…」
「…げほっ、本当、霊夢の読みって馬鹿に出来ないわね。霊夢の言う通りだったわ。
あの女…これまで霊夢を狙いながら私を推し量ってたみたい…私の攻撃モーションから時間操作、次のステップに至るまで完全に読み切ってる」
「そ、そんな…咲夜は私達の中でも一番戦闘慣れしてるのに…」
「…いくわよ。私達はまだ、負けていない」

 咲夜の呟きに、私は力強く頷き、女に向かって滑空する。
 正直、状況は悪化の一途を辿り始めてる。咲夜の動きを読めるようになっているということは、それ以上に激しく動き回っていた
私と霊夢の行動は筒抜け同然かもしれない。だけど、私達はまだ負けてない。心折れていない。ならば、立ち向かえる。
 必死に女の攻撃を捌く霊夢の前に立ち、私は二本の刀で次々と弾幕を打ち払っていく。…っ、重い。どうやら魔弾の威力も上乗せしてきてる。
 首元にかけた両手にゆっくりと力を入れていくように、女は私達にじわりじわりとプレッシャーをかけてきてる。
 それは如実に効果が現れて…霊夢も、私も、そして攻撃側で在る筈の咲夜ですら女の放つ弾幕に手を焼くことになる。くう…反撃に
移らせて貰えない。このままじゃ、防戦一方で何の手も打てなくなる…どうにかして、状況を打破しないと。なんとか、なんとかして…

「ああもうっ!このままじゃジリ貧じゃない!」
「れ、霊夢…落着いてっ」
「分かってるわよ!くぅ…二重結界を展開、無理、先に撃ちおとされる。夢想封印…散も集も時間稼ぎにしかならない。
なにか…なにか糸口が在る筈よ。認めるもんか…何も出来ずに負けるなんて絶対に認めてなんかやるもんか…」

 必死に策を探す霊夢、だけど私と同じく上手くこの状況をひっくり返す方法がみつからない。
 私と霊夢は重い弾幕で完全に封じられ、咲夜も相手の懐に潜り込めていない。本当、霊夢じゃないけどジリ貧。
 …だけど、絶対に対処法は在る筈。だってそうじゃない、あの女は現に霊夢を先に潰そうと必死に行動してたじゃないか。
 どんな状況でも勝てる雑魚を相手にしているなら、向こうはそんな行動には出ない筈。頭さえ潰れなければ、私達にも勝機は在る筈なんだ。
 だから耐える。耐えて耐えて耐えて耐えて、今は待つ。私達がなんとか出来る、その糸口を掴む機会を。

「…流石に、手ごわい。やはり、チームを組まれると厄介ね。本当、あの三人は先に頭を潰しておいて正解だったわ。
だけど、それもお終い。これまでの戦いで貴女達の大凡の力は把握したわ。
一人ずつ、確実に潰させて貰うわ。――この一撃、妖怪の身ですらない貴女達に耐えられて?」

 刹那、女の周囲に恐ろしい程の濃密な力を感じ取った。だけど、その時にはもう遅い。
 この女の真に恐るべきはその手慣れた戦闘技術。まるで呼吸をするように大きな力をワンアクションで私達に解き放った。
 ――拙い。その瞬間、私は現在の状況を把握する。咲夜の方はともかく、私達が非常に拙い。
 明らかにこれまでとは異なる力、まるで封印の封でも切ったかのように押し出された暴力の塊は、明らかに私と霊夢を呑みこまんと放たれている。
 私の回避はともかく、霊夢が完全に出遅れている。周囲の弾幕を防ぐ為に、霊夢が大きめの術式を常時展開していたのが仇になってる。
 どうする。私一人ならともかく、霊夢はこの攻撃を絶対に避けられない。私一人で避ける、恐らく相手はそれを望んでいる筈だ。
 相手の目的はあくまで霊夢。霊夢を潰し、その後で私と咲夜を潰すつもりだ。だったら、私はどうするべきか。考える、考える、考えて――そして呆気なく結論が出る。

「――っ!?妖…」
「…頼んだよ、霊夢、咲夜」

 私は半霊を叩きつけるように霊夢に押し付け、残る霊気のありったけを半霊の加速に使い、霊夢を女の攻撃の射程外へと運ぶ。
 …これでいい。霊夢、咲夜、そして私。このメンバーの中で、霊夢も咲夜も決して欠けてはいけない存在だ。あの女に勝つ為には、
二人の力が絶対に必要。だから、私は自分を切り捨てる。けれど、それは後ろ向きでもなんでもない。勝つ為の、勝利を掴む為の選択だ。
 その上での決断だもの、故に私は下を向かない。胸を張って、敵の攻撃を受け入れる。多分…いいえ、間違いなくこの攻撃で私はリタイアだろう。
 だけど、だけど勝利だけは譲らない。私では手が届かなくとも、霊夢なら、咲夜なら必ずなんとかしてくれる。この二人なら、どんな強敵だって打ち勝ってくれる。
 だから幽々子様…後悔はしていませんが、謝罪します。魂魄妖夢、この手で異変の元凶を切り伏せることが出来ませんでした。でも幽々子様に
怒られるというような心配はしていません。だって、この私の選択をきっと幽々子様は褒めて下さる…必ずそうだと、知っていますから。



 だからみんな――私の分まで、任せたからね。


 私達が…私達がみんなで力を合わせれば、勝てない者など――誰も、いない!



















 ~side 霊夢~



 息は、ある。


 倒れた妖夢に駆け寄る私と咲夜は、妖夢の生存を確認して安堵する。
 …こんの、馬鹿。何勝手に人を庇って勝手に危険な目にあってんのよ。アンタ、一歩間違えれば死ぬかもしれなかったのよ。
 それを勝手に…私は思わず自分の拳を強く握り締める。自分の未熟さが、力の無さが、友達の危険を招いたこと…その現実が、痛かった。
 そんな私達に、女は追撃をするでもなく宙に浮いたまま悠然と見下している。そして、私達に一方的に言葉を告げる。

「力の差は理解したでしょう?分かったなら、その娘を連れて引き返しなさい。
私の邪魔さえしなければ、逃げる者の背を撃ったりなどしないわ。だから早く、この場から消えなさい」

 その何処までも上からの言葉に、私は自分の中で何か切れるのを感じた。
 逃げろですって?消えろですって?アンタ、本気で何様のつもりよ。魔理沙が、アリスが、そして妖夢がどんな想いで私達に全てを
託したと思ってるのよ。それを命だけは助けてやるから逃げろですって?この場から去れですって?

 …許せない。絶対に、許せない。
 私は抱きしめた妖夢をその場にゆっくりと寝かせ、立ちあがって女に向かう。
 同じ気持ちなのか、咲夜の奴も私と肩を並べるように立ち、女を正面に据えて立ち並ぶ。

「…許さない。アンタだけは絶対に許さない。
妖夢が…私の友達がどんな想いでこの場に居たのか、それを理解せずに誇りを汚すような言葉…何処までも、馬鹿にして!」
「激昂するのは構わないけれど…それで一体何が変わるというの?
貴女達も前の三人同様、怒り狂い思考を失って私に襲いかかるのかしら?それはいいわね――ええ、実に楽になる」
「…もういい、黙りなさい。
お前の声も、存在も、その全てが癇に障る。私の家族を傷つけ、友人を穢した罪、その命だけでは足りないくらい。
もう迷わない…二度と人の身に戻れなくとも構わない。私の全てを賭して――お前を討つ」

 咲夜が言葉を紡ぎ終え、手に持つ白銀のナイフを迷うことなく己が首筋に奔らせる。
 その行動に、目の前の女は酷く驚きをみせているけれど、私は別段驚くことも無い。正直、咲夜の行動に驚いてる余裕すらない。
 頭が、心がグチャグチャに煮え滾ってる。けれど、それとは対照的に酷く心が落ち着いている自分が居るのも確か。
 燃えたぎる自分と、酷く冷静な自分。その二人が混じり合って、私の中でもう一人の私を形成していく。
 それはどんなしがらみからも逸脱した、全てに捕らわれない在り方。全てから浮いた自分、そんな私を形成していく。
 そんな私を余所に、咲夜の奴は己の首筋から噴き出した血液を己が背中に凝固させていき、一対の巨大な翼を形成する。その深紅の翼は
どこまでも美しく、そして禍々しく。翼を形成し終え、咲夜の首筋の傷はまるで妖怪のそれのようにあっさりと元に戻っていった。
 咲夜の瞳の色はどこまでも血の滴るような紅。その姿に、私は冷静に納得してしまう。ああ、そうか、これがコイツの『本当の姿』なのだと。
 その姿に納得しつつ、私もまた精神の中に『もう一人の自分』を形成し終える。全ての存在を超越し、何もかもから解き放たれた私――博麗の巫女。
 …ああ、成程。今なら紫の言っていた『博麗の巫女がその気になれば勝てない相手など存在しない』という言葉の意味がよく分かる。
 『この』私なら決して誰にも負けないだろう。精神的なものも物質的なものも全てから浮いた、こんな『現象』でしかない、今の私なら。

 私達の様子に、女は呆然とした状態を保っていたかと思うと、突如として笑いだす。
 そして、楽しそうに笑いを押し殺しながら、私達にゆっくりと言葉を紡いだ。

「成程、そういうこと。これが隙間妖怪と吸血鬼の…本当、今宵は驚かせて貰ってばかり。
さて…今の私では貴女達と朝まで遊ぶことが出来るかどうか。だけど、姫の為にも私が退くことはない。
お互いに退けぬ想いが在るのなら、どちらかが潰えるしかないわ。フフッ――さあ、幻想郷の夜明けはもう目の前にある!」

 今まで押し殺してきた己が本当の力――その全てを目の前の女は解放する。その力は本当に恐ろしく強大。
 …でも、今の私達に負けは無い。負けなんて考えられない。だってそうでしょう、魔理沙、アリス、妖夢、フランドール、美鈴、パチュリー…そしてレミリア。
 貴女達の想いを背負ってる、私達に敗北なんて在りえない。さあ、これで終幕よ。――『夢想天生』、その身にしかと受け止めなさい!





















 雑談なう。


 …いや、なうもくそもないくらい、ずっと話しっぱなしなんだけどね。
 私ことレミリア・スカーレット(故人)は、ここ数日ずっと輝夜相手にお話の毎日です。
 あ、輝夜っていうのは私の前に座ってるルナティックプリンセス(笑)のことね。輝夜の奴、いつもいつも私に
『レミリアの話が聞きたい』って言うんだもん。まあ、お迎えの順番待ちの間、やることも特にないし、じゃあ話すしかないじゃない。
 輝夜には私の輝かしい栄光の日々(不幸180パーセント)の内容を赤裸々に面白おかしく語ってるわ。いや、もう、輝夜の反応が
凄く良くて。私が何か話す度に冒険譚に耳を傾ける子供のように喜ぶのよ。そんな風にされちゃ、お姉さん頑張るしかないじゃない?
 それでまあ、延々と語り続けちゃう訳よ。輝夜って本当に聞き上手だから、話してて楽しいしね。本当、良い友人を見つけたわ。…死後だけどね!


 私が死に、この場所に辿り着いてから一体何日経過したかしら。
 日本風の小さな小部屋に、私はずっと輝夜と二人っきり。輝夜が言うには、この部屋は永遠に守られていて、全ての時間が止まった世界らしいのよね。
 だから私がお腹を空くこともないし、眠たくなることも無いし、トイレに行きたくなることもないし、新陳代謝がないからお風呂も不要らしい。
 …うん、でも花も恥じらう乙女としては、お風呂くらい用意して欲しかったわ。一日きっちり四回入浴するのがマイジャスティスオブライトっていうか。どんな試練に倒れるとしても
お風呂だけは入りたい純情な感情なのよ。ま、ものの三日くらいで慣れたけど。
 で、まあ、輝夜の話と自分の推測から思うに、ここは多分待合室なのよね。ほら、死んだ者は閻魔様に捌かれるっていうじゃない、多分それ。
 閻魔様は多忙だから、私達は待ちぼうけってこと。ああうん、私が待ちぼうけってことは一緒に待ってる輝夜も死人なのよね。美人薄命って本当なのねえ…勿体無い。
 まあ、初対面で散々笑ったり泣いたりして意気投合。転生裁判を待つ間、こうして輝夜と延々お話タイムって訳。で、今に至る、と。

 最初は自分の死に悲しみの中の悲しみ、百パーセント悲しみに暮れまくっていたけれど、まあいつまでも泣いてられないわよね。
 それに、なんだかんだいって輝夜が傍に居てくれたし。フラン達のことをふっきる為の時間、ずっと輝夜は何も言わずに傍に居てくれた。
 だから、今もまあ、正直悲しみはあるけど…以前に比べれば、大分ふっきれたと思う。自分の死もネタに出来るくらいになっちゃったし。
 落着いた時、そこで初めて輝夜と自己紹介をし合ったんだけど…まあ話をすると輝夜も面白いこと面白いこと。だってこの娘、蓬莱山輝夜って
メチャクチャ雅で大人し大和撫子な容貌してるのに、中身が破天荒過ぎるんだもん。ちょっと思い出すだけでも笑えるんだけど、この娘名前の後に
言った一言が『私、実は月のお姫様なのよね』。それ聞いて私大爆笑。だっていきなり「私は月の姫よ!(キリッ)」なんてされたら、その、普通に死ぬから。
 本当、輝夜って冗談のセンスも飛びぬけてるとその時しみじみ思ったわね。この吸血鬼殺し(フッキン・ブレイカー)めっ。

 長い期間、気の合う女の子と二人っきり。そんな状況じゃ、仲良くならない方がおかしいわよね。
 今じゃ輝夜とは目と目で通じあう関係になれるんじゃないかとすら思えるわ。
 私達の転生裁判がいつになるのかは知らないけれど、お迎えが来るまでの間、私はいつまでも待っていられそう。いやー、本当、
転生待ちの同室相手に恵まれたわ。持つべきモノは理解力のあるルームメイトよね。そんなことを思いながら、今日も私は輝夜と無駄話な日々よ。

「…とまあ、そんな訳で私は紫の魔の手から逃れた訳よ。
でも紫は同性愛者でもペドフィリアでもなんでもなくて、私の完全な誤解だった訳なんだけど」
「あははははっ、そんな間違いするのはレミリアだけよ、おっかしい。貴女は実に馬鹿ね」
「そんな青狸みたいに言うなっ!あのときの私は本当に必死だったのよ!
…でもまあ、紫の疑惑も完全に晴れた訳じゃないけどね」
「へえ、その根拠は?」
「…紫の奴、式神に獣耳の女性を連れてるのよ、狐耳。しかも話によると、更にもう一人、猫耳ロリの女の子もいるみたい。
しかも紫から直々に聞いたんだけど…その狐耳の女性は紫の手足として絶対命令服従らしいわ。もうね、それだけでもうね」
「どう聞いても変態ね。どうもありがとうございました」

 雑談に興じ、私は輝夜とお腹を押さえて笑いあう。…うん、こんな話、紫に聞かれたら瞬殺されるわね。
 でも、まあ、私死んじゃったから、流石に紫もここまでこないわよね…紫のケモナー同性愛者説は一度でいいから誰かに
話したかった秘密だし。流石に幽々子や萃香に話すと絶対紫に伝わるから、持てあましていた話題だけに。
 紫は本当、度し難い趣味を持ってたけど…良い奴だったよ。アイツは話を聞かないからな、ってね。
 そんなことを話しながら、また気付けば時間が経って。話が一区切りついて、私はうんと背伸びをして床に寝転がる。そんな私の
特等席は勿論、輝夜の膝の上。いや、この部屋って枕がないのよね。それで初日に枕にして以来、惰性でずるずると。
 …別にいいよね?輝夜、嫌がって無いし、私も頭が楽だし気持ちいいし。そんな風に寝転んだまま、私は思うままに言葉を紡ぐ。

「あー…それにしても、転生順番待ちも永いわね。そんなに死人が並んでるのかしら?閻魔様も大変ね」
「ああ、前に言ってた死者の転生が云々って話?私は死なないから、その概念がよく理解出来ないのよね」
「はいはい、不死身の第四小隊かっこいー。輝夜の『私絶対無敵不死身なんです』説は沢山聞かせてもらったから」
「むー、本当なんだけど…まあ、いいわ。それで、転生がどうしたの?」
「いや、私は次は一体どんな風に生まれ変わるのかなあって思ってね。また吸血鬼になるのかなあ」
「どうかしら。もしかしたら前世で云々なんて言って閻魔様がサービスしてくれるかも」
「転生…チート…だと…?フッ…とうとう私がシルバーニアンのパイロットになって宇宙を駆け回るときが来てしまったようね。
生まれ変わったときは私はコウ・ウサギ少尉でお願い」
「前に言ってた空想話だっけ。今度、読ませてね」
「いいわよ、来世で出会えたら幾らでも読ませてあげるわよ。貴女もあの動物の泥臭い武骨な世界にハマるといいわ!」

 地味な布教活動を行いながら、絶対に来ないであろう未来に私は想いを馳せる。
 …この輝夜の性格と何でも興味を示す性質なら、どっぷり漬け込むのは美鈴より簡単そうね。よし、もし来世でミラクル的に会えたら、絶対に布教する。
 まあ、その世界にシルバーニアンがあるのかすら怪しいんだけど…無いと泣く。絶対に泣く。あれは私のバイブルなのに。
 そんなことを考える私に、輝夜は少し考えるしぐさをみせて、再び言葉を紡ぐ。それは本当に何気ない質問。

「でも…もし、本当に転生におまけをつけてくれるとしたら、レミリアは何を願う?」
「普通の生活。ケーキ屋さん。素敵な旦那様。一軒家。男の子と女の子。願うことがあり過ぎて欲望で頭が埋め尽くされそう」
「本当、レミリアって小市民。貴女本当に吸血鬼?」
「ふん、自称ルナティックプリンセスには分からないわよ。この私の壮大なドリーム・ストーリーは」

 私は軽く息をつき、先ほどの輝夜の質問を真面目に考える。
 転生に願うべき願い。少し考え、そして呆気なく結論が出る。…本当、答えなんて分かり切ってるわよね。
 私が次の未来に…いいえ、次が駄目でも、その次の未来でも、願う内容は決して変わらない。変わる筈なんか、ないんだ。

「…また、みんなと出会うこと、かな。私の願う内容なんて、それくらいだよ」
「みんな…というのは、レミリアの部下達のこと?」
「家族と友達。私の大切な…とっても大切な人達。
フランにパチェ、美鈴に咲夜。霊夢に魔理沙に妖夢にアリスに紫に幽々子に萃香に…私の大好きだったみんな。
みんなとまた出会って、そして笑って一緒にいたい…私の願いは、どんなに月日が経とうとも、変わらないよ」

 目を閉じれば思い出す、騒がしくも温かな日々。終わってみて気付いた、自分がどうしようもなく幸せだと知ることが出来た毎日。
 そんな日々を、私は望んでる。大好きなみんなに囲まれて、少しくらい危険な目にあっても、それを後の笑い話に出来るような日々を。
 悲しみは今も胸に。でも、それ以上の感謝を心に。みんなとの再会を心の奥底で願いながら、私はきっと転生するのだと思う。
 それは私がレミリアじゃなくなっても、絶対に変わらない。どんな存在になってもきっと、いつの日かまたみんなの傍に。
 その想いを私は輝夜に照れ隠しに早口に語る。うん、こういうの、面と向かって人に語るのってあれだしね。
 私の話を聞き、輝夜は少し押し黙り、私の頭を膝に抱えたままで、ゆっくりと言葉を紡ぐ。それは、普段のおちゃらけた輝夜とは違っていて。

「…悪いけれど、私はレミリアと同じことは願えそうにないわね。
私は自分を取り巻く日常をそんな風に捉えたことなんてないもの。今が続けばいい、なんて思えない。こんなもの、早く終わればいいと思ってる。
…本当、愚かしいわね。永遠を否定してるくせに、私は今こうして永遠の中に居る」
「それは『今』が輝夜の掌に存在してるからそう思うのよ。失ってみれば、その大切さにも気づくわよ」
「そうかしら…私は二度、全てを捨て去ったけれど、それに悲しみなんて感じなかったわ」
「それこそ冗談。そう感じるのは貴女が全てを捨て去っていない証拠。
少し落着いて、周囲をしっかり見てみなさいな。貴女は本当に全てを失っているの?大切なモノを一つ残らず?」

 そんな訳ないでしょう。全てを捨てるなんて…いやいや、私がどれだけ苦労して漫画をコレクトしたと思ってるのよ。
 それを全部失うとか…悲しみのあまり夢想転生すら習得してしまうかもしれないわ。どうせ輝夜も失った失ったって
言ってるけど、絶対全部捨ててないわ。多分、一般人受けするような漫画は残してる筈よ。…あれ、これ漫画の話だっけ。
 永遠がどうとか訳の分かんないこと言うから、てっきり漫画の話だとばかり。まあ…いっか。私、他人にどうこう言える程立派な吸血鬼じゃないし。
そのあたりは輝夜も分かってくれてるでしょ。この私が如何に腐った吸血鬼かをね。だからこんなアホ相手に
真面目な相談や悩み吐露とかする訳も無い。私は黙って輝夜の言葉に耳を貸し続けた。

「…確かに手元に残ったモノは在る。けれど、それは在って当然のモノよ」
「それが当然だって決めたのは誰?それがいつまでも貴女の傍にあるなんて決めたのは誰?
…そんなこと、誰にも分かりはしないのよ。貴女は永遠永遠というけれど、この世に本当の永遠なんて存在しないのよ。
もし、本当に存在してるのなら、それは永遠なのではなくて…ただ、終わってるだけなのよ」
「…終わってる?」
「変化無く無限が続くって、つまり止まってるってことでしょ?変化が無い状況は既に破綻、終焉を迎えてるに過ぎないわ。
…具体的に言うと、永遠にこのままだったら私は身長も大きくならないし胸も大きくならないじゃない。そんなの絶対に御免よ」
「永遠から脱すれば、それは変化と穢れを伴うということ。ともすれば、最悪すら引き寄せかねない。それでも貴女は一歩を踏み出すの?」
「当たり前よ。最悪が起こるってことは最高も起こり得るってことじゃない。
四等賞だけの籤を引いたって楽しくもなんともないわ。ハズレの存在を知ってなお狙う一等賞に価値がある。怖がってちゃ何も始まらないよ」
「…それでも、私は踏み出せないわ。一人で踏み出すには、私はあまりに多くのモノを切り捨て過ぎた」

 …えーと、踏み出すって何が?一人で籤引きに行けないってこと?
 おかしいな…漫画の話から女体の成長の話から籤引きの話題で…踏み出す?本屋?服屋?籤引き屋?
 とりあえず何処でも一人で行ける場所だと思うんだけど…ははあ、そこまで考えて、私は一つのことを思い出す。
 そういえば、輝夜は前に言ってたわね。あまり外に出たことがないって。そう、この娘は生前はとんでもない引き籠りだったのよ。それで
一人じゃ買い物に行くのも心細いし勇気が出ない、と。まあ、自分のこと月のお姫様っていうくらいだし、そういう一歩を踏み出すのは
大変かもしれないけれど、でもここで勇気を出さないと貴女は来世でもヒッキーのままじゃない。駄目よ、それは友達として認められないわ。
 今となってはもう遅いかもしれないけれど、友の新たな旅立ちの為に私は力を貸さないといけないわ。
 大丈夫、社会は貴女が思う程怖いモノじゃないわ。勇気を出して一歩前進、そうすれば違う世界が開けるんだから。


「――戯け。何を恐れているのよ、蓬莱山輝夜。そんなの、全然貴女らしくもないじゃない」

 輝夜の膝から頭を上げ、私は息を吐きながらその場に立ちあがる。
 友の社会復帰の為に、来世の為に。私は己に出来る精一杯の応援を輝夜に送る。頑張れ頑張れ輝夜。かっとばせー輝夜。

「何かに怯え、永遠(じぶんのへや)に逃げるなど輝夜のすべきことじゃないでしょう?
貴女は誰に遠慮することなく、月の照らす道を真っ直ぐに歩けばいい。そして只管に胸を張り続けなさいな。
他人など考慮するな。全ては己が心と欲望に沿って、全てに対し傲慢に在り続けて笑っていればいい」

 …あ、そういえば輝夜言ってたっけ。一人じゃ勇気が出ないって。
 なら仕方ないわね…この社会人として先輩のレミリアさんが少しばかり背中を押してあげるとしましょうか。

「もし、それでも怖いというのなら、私が輝夜の手を引っ張って共に道を歩いてあげるわ。
一緒に道を歩き、共に笑い、共に騒ぎ、共に眠る――そうすれば、きっと貴女の求める全てが手に入る筈よ」

 ほら、貴女漫画読みたがってたじゃない。それも自分の好みで選んで帰るのよ。
 さようなら、母親に週刊誌を頼む日々。こんにちは、本屋で週刊誌を立ち読みする日々。さあ、私の手を掴みなさい輝夜。
 ああ、もしかして遠慮してるの?輝夜は良い人だから、私に迷惑をかけるのを嫌がってるかもしれないわ。フフッ、何遠慮すること無いじゃない。



「さあ、勇気を出して私の手を取りなさいな。何、私に気を使ってるなら遠慮は不要よ。
なんせ貴女は月の姫、そして私は吸血鬼の姫だ――古来より、吸血鬼は美しき満月に寄り添うが運命。
在るべきモノが在るべき場所に戻る、ただそれだけのこと。違うかしら、我が愛すべき友――蓬莱山輝夜」



 呆然と私を見つめたまま、輝夜はゆっくりと…だけど、強く私の手を握り返してくれた。
 …や、やった!友達を、あの世で出来た友達を無事真人間の道に連れ戻すことに成功したわ!私凄いかも!何この達成感!と、とったどー!
 うう…フラン、美鈴、パチェ、咲夜、見てくれてる?私、やったわよ!あの世でも頑張ったわよ!レミリア、あの世でも頑張ってるからー!








[13774] 嘘つき永夜抄 その十四
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2010/11/07 09:50




 ~side 輝夜~



 はじめはただ、ほんの小さな遊び心からの行動だった。



 この永遠亭への闖入者、その報告を永琳から受けたことが全ての始まり。
 月の使者から身を隠す為に、永琳が行った月隠しの秘術。何処をどう辿ったのかは分からないけれど、
幻想郷の何者かは私達がその犯人であると突き止め、この永遠が支配する永遠亭の結界を打ち破り、侵入してきた。

 その報告を永琳から受けたとき、当初の私は然したる興味も抱いていなかった。
 月を奪い隠す、なんて大業なことをやってのけたんだもの。それを良しとしない連中なんて幾らでも存在する。人はまだしも
妖怪達にとって偽月は存在すら脅かしかねないのだから、指を咥えて眺めているだけで終わる筈もない。
 永琳の施した結界を破られたこと、その点は少し予想外だったけれど、ただそれだけ。
 その相手が月の使者ではないのなら、どんな人間や妖怪だろうと永琳の永遠が阻むだけ。この世に生あるモノ達に私の永遠は壊せない。
 永遠亭が生み出されて初めて永遠が途切れる今。だけど、少し傷がついたところで永遠は永遠。終わることなく繰り返されるイマの
流れは終わらない。闖入者の持ち込む風と穢れはほんの一瞬のもの。
 私と永琳、そしてイナバ達。私達が生み出した永遠は風化することも朽ち果てることも許されない。
 故に、あのときの私は風を感じようとはしなかった。この永遠亭に吹き込もうとする、新たなる世界の風を。



 全ての切っ掛けとなった遊び心が生じたのは、永琳のもとに次々と持ち込まれる因幡達からの報告。
 曰く、侵入者達は恐ろしい程の実力者であると。曰く、侵入者達は次々と妖精達を打ちのめしていると。
 真っ直ぐに私達の本丸に近づいてくる報告を永琳と共に耳にしながら、面倒事を抱えて溜息をつく永琳の横で、私は少しだけ己が心の躍動を感じた。
 面白い。因幡達の報告が実に面白い。
 相手は無数の弾幕を打ち払い、夜空に輝く真の月を取り戻さんと私達のもとへと近づいてくる。それはまるで幻想の中の英雄譚。
 私達は月を奪った悪者。相手は月を取り戻そうとする勇者。月を取り戻す、その為に自ら苦労事を背負い込み、結界を打破し、私達の
首を狙って歩みを刻んでいく。本当、可笑しい。月の姫と謳われていた自分が、そんな立場に在ること、それが本当に面白くて。

 最初は微塵も興味を持てなかったこと。けれど、実際に報告を次々と耳に入れることで生まれた私の心の変化。
 そんな私の変化に当然気付いている永琳は、笑いを堪える私に『大人しくしてなさい』と釘を刺すことを忘れずに、自身は
侵入者の対応の為の準備に走る。ああ、永琳、その忠告は実に無駄なことよ。だって、そうでしょう?この世に私に命令出来る存在なんていないもの。
 久々に心が躍る。久々に興味を惹かれる。まして、相手は月の者でもなんでもない、ただの妖怪達。
 どうせこれは束の間の須臾。今が終われば、後はまた私達にとって終わりの無い永遠が続くだけ。だったら、私の取るべき道は唯一つ。

 私はやがて訪れるお客様方…いいえ、私の玩具達に心を馳せながら、ただ月を眺め続ける。
 永琳には悪いけれど、私は私で遊ばせてもらうわ。だって、他人を振り回し、自分本位に振舞うことこそ私の生き方。
 だから永琳、貴女には口を挟ませない。月も、地上も、清廉も、想いも。何もかも捨てた私には、これくらいしか自分の生に快楽を見出せないのだから。










 その少女が私の世界に現れたとき、私は己が持つ天運に生涯で初めて感謝したかもしれない。


 私がとった玩具を己が世界に連れ込む手段。それは本当に大きく、そして分の悪過ぎる賭けだった。
 永琳とてゐが用意していた侵入者を屋敷の外、顕界の何れかへ転移する術式。そこに一つ細工をさせて貰っただけ。
 引き込んだてゐの話だと、永琳は必ずこの転移術式を使用する。仲間意識の在る妖怪達が相手なら、一人欠落させることで
相手の頭に無理矢理血を昇らせて冷静さを失わせる、考える力を奪った相手ほど永琳にとって御しやすいものはないのだから。
 そんなてゐの話に私は笑みを浮かべ、届かぬ声で永琳に許可を取る。何、どうせ消し飛ばすのなら、その場所が少しくらい固定された
ところで何の問題もないでしょう?この術式の犠牲者が向かう先は顕界ではなく、私の永遠、ただそう変化するだけなのだから。

 そうやって術式の転移先をてゐに変化させるように言うけれど、てゐは少しばかり考える仕草をみせる。
 てゐ曰く、ランダム転移なら自分の手だけでなんとでもなるけれど、指向性を持たせるには永琳の力が必要不可欠らしい。てゐだけでも
やってやれないことはないけれど、その成功率は一割にも満たない、そんな危うい賭けになるらしい。
 では転移に失敗したらどうなるのか、その私の問いにてゐは苦笑して『指向性を維持する力が暴走して、対象の身体が全身バラバラ状態で
強制転移。まあ、身体の一欠けらくらいは姫のところに辿り着くんじゃないですか?』とのこと。つまり、失敗は対象の死が待つだけ。
 どうします、というてゐの声に私は迷うことなく実行することを告げる。会ってもいない侵入者の命、それを私が気にかける必要など何処にあるのか。
 相手は私達を止める為に動いている。それも妖怪だ、人の命を奪うことなんて微塵も抵抗は無いでしょう。
 遅かれ早かれ永琳の手によって失われる命なら、私が貰う。玩具として利用できるかどうかを見定めて使えないと思ったら再度私が殺すだけ。
 ならば転移で失われるかどうか、なんてことに心を動かす必要なんてないでしょう?優先すべきは常に自分本位、他人など関係無いわ。
 そうてゐに告げると、てゐは心の底から楽しそうに笑って私に告げた。『私の敬愛する姫様なら絶対そう言うと思ってました』と。
 その白々しい言葉に呆れつつ、私はてゐに術式への介入を指示する。本当、今更過ぎる。

 他人の命になど囚われない。他人の都合など切り捨てる。
 その現実に押し潰されるような心なら、私は今ここに存在していない。今も穢れなき月で無垢なる生人形となっている。
 私を取り囲む全てを切り捨てる、その覚悟を持ったからこそ、私は自ら罪人となったのだから。





 成功率、たった一割の賭け。その結果は、私の勝利に終わる。


 私の永遠が支配する閉ざされた一室。何者の干渉も許さないその世界に、一人の少女は舞い降りた。
 室内に現れた女の子、その姿に私の心は驚きに捕らわれることになる。背中に羽こそ生やしているものの、外見が実に幼くて。
 勿論、てゐのように実年齢と容姿は異なるのでしょうけれど…それでも、私は驚きを隠せなかった。たった一割以下、その運命を
勝ち取った妖怪が、こんな可愛らしい女の子であったことに。正直、もっと妖怪らしい妖怪を想像していたのだけれど…本当に驚いた。
 その少女は、室内に現れると同時に、その場に倒れこんだ。どうやら気を失っているらしく、私は意識が無いのを確認して、その娘の
傍へと近づき、そしてその女の子の異変に気付く。妖怪で在る筈の少女から、血の匂いや悪鬼の気配が微塵も感じられないことに。
 永遠亭の結界を打ち破り、妖怪達を容易に撃ち落としていったという因幡の話からは想像出来ない少女の気配。そのことに私は少しばかり
頭を悩ませるものの、瑣末なこととして切り捨てる。この少女が力を持とうが持つまいが、そんなことは私には関係ない。
 どうせ私に死など存在しないのだから、他者の力の大小など気にする必要はない。私が気にするべきは、目の前のこの少女が私の心を
揺り動かす存在かどうか――なのだけれど、その点に関しては二重丸をやっていい。なんせ、目の前の少女は、妖怪であるにも関わらず
こうして私という他者がここまでの距離に踏み込んできたにも関わらず…身体を丸めて、気持ち良さそうに眠り続けてるんだもの。

 そんな稚児のような仕草に、私は身体に通していた警戒、緊張といった全ての感情を放棄する。
 だって、そんなことは無意味だと思えたから。こんな無邪気に眠る子供に、一体何の意味が在るのか。私は軽く息をつき、
気持ち良さそうに眠る少女の隣に腰を下ろす。そして、その少女の寝顔をじっと観察し続ける。
 なんの夢を見てるのか、少女の寝顔は本当に百面相。笑ったり怒ったり苦しんだり。見てて飽きない寝顔に、私は自然笑みを零してしまう。
 そして、気付けば少女の頭を自身の膝の上に載せていて。本当、こんなことを他人にする自分自身に驚きを隠せない。
 無邪気に眠り続ける少女の寝顔を眺めながら、私は無理に起こすことも無く少女と言う玩具を楽しみ続ける。
 もし、この状態で目覚めたら、一体この娘はどんな反応をしてくれるのだろう――そんなことを一人心に描き続けながら。









 目覚めた少女――レミリア・スカーレットは私の想像を遥かに超える女の子だった。

 目が覚めるなり、私のことを怪しむ事も訝しむこともなく、ましてや敵と定め襲いかかることもなく。
 レミリアが取った行動は、彼女が眠っている間に私が考えていた予想なんて簡単に壊し尽してくれて。
 目覚めたレミリアは、本当に寝てる時以上に百面相。笑ったかと思えば泣きだしたり。かと思えば人の服を褒め出したり。
 予想も出来ないびっくり箱。私がレミリアに対して最初に感じた感想は、そんな感じだったかもしれない。
 ただ、初対面の筈の彼女との会話がとても心弾んだことは強く感じていた。レミリアと最初に交わした短い会話、だけどそんな会話が
私の心から最早この娘を消したり永遠に閉じ込めたりといった考えを除外していた。
 そして、理由は分からないけれど悲しみ私に縋り泣きつくレミリアの姿に、私は綺麗だと感じていた。
 泣いている理由は分からない。けれど、その誰かの為に泣ける在り方が綺麗だと、羨ましいと感じていた。妖怪の零す涙、その姿を
私は傍で眺め続けて――そして、レミリアにもっと触れてみたいと、強く感じている自身に気付いた。



 そこから私は、自身の能力によって須臾を永遠に変化させ、レミリアと時間を共にすることにする。
 当初、いつレミリアから『早くここから解放しろ』と言われるのかな、と考えていたのだけれど、レミリアは一向にそんなことを
口にすることは無かった。何の文句も言わず、ただ私の傍に居てくれた。ただ、時折転生待ちだの閻魔が遅いだと不思議な言葉を紡いで
いたのは気になったけれど。そんなレミリアと、私は顕界の時間にするならば十数日もの期間を、レミリアと二人きりで過ごした。
 その間、レミリアとは沢山の話をした。下らない雑談から、私自身のこと、そしてレミリアのこと。本当に沢山のことを二人で話した。
 特に私はレミリアの語る話に夢中になった。レミリアの語る世界、それは私の知る『つまらない世界』とは一線を画していて。
 レミリアは自身の取り巻く世界をとても楽しそうに語るのだ。家族のこと、友達のこと、厄介事に巻き込まれた日常から幸せな日常。その
全てに私は聞き入っていた。レミリアの語る世界、それは何処までも優しい世界、それは何処までも色のついた世界。
 レミリアの語るお話に一喜一憂し、時にハラハラして時に胸を撫で下ろして。そんな日々が、気付けば私は好ましく思っていた。
 永遠に逃げた私が得られなかった変化の物語、その日常を愛する少女。そのレミリアの語る優しいお伽話が、私はとても好きだった。
 どうしてレミリアの話にここまで心惹かれるのか、その理由なんて考えるまでもないことで。
 私に物語を語ってくれる少女が――レミリアが、どこまでも自分の生きるこの世界を愛しているから。大切だと思っているから、だから強く私の心を揺れ動かすのだ。
 全てを諦め、全てを捨て、世界を止めた私には持ち得ない全て…それをレミリアが持っているから、だから酷く私は心惹かれるんだろう。

 レミリアの語る家族。レミリアの語る友達。レミリアの語る世界。
 その熱の込められた世界が、私には遠過ぎて、眩し過ぎて…だから、恋焦がれてしまう。だから、酷く羨んでしまう。
 月の姫である私が得られなかった全てを、この少女は全て持っているから…だから、余計に。





 積もり積もった想い、それが完全に抑えられなくなったのは、レミリアの言葉と行動。

 いつものように雑談をレミリアと興じていたときに、私の零した何気ない一言に返してくれたレミリアの言葉。それが切っ掛けだった。
 もしもの死を仮定したときに、レミリアが望んだのは再会。日常を愛するが故に、レミリアは再び周囲の人々と出会いたいと願った。
 その願いに、私は酷く心がざわつくのを感じてしまう。その感情の正体、それは嫉妬。目の前の少女がどれだけ幸福な世界に生きているのか、
温かな世界に包まれているのか、それを知ってしまったから。だから私は心せず言葉を零してしまう。自分はそうは考えないと。こんな日常は早く終わってしまえば
いいと。全てを捨て去った私に残るものなどないから、と。そんな私に、レミリアは告げた。お前は本当に大切なものは失って無い、と。
 その言葉に、私は自身を振り返る。そして、掌に残るもの――永琳や因幡達の存在を知る。けれど、それは在って当然のモノ。私が姫で在る限り、
彼女達はそこに在らねばならない。そうレミリアに告げても、一笑に付されてしまう。私を前に、レミリアは『永遠など存在しない』と言う。
 …失う。永琳を、因幡を。そこまで考えたとき、私は在りえぬ未来に恐怖を感じた。そんなこと、在りえない。永遠は失われない。永遠は終わらない。
 永遠に絶望した私が、永遠に縋りつく。永遠を呪った私が、永遠を必要とする。その真実を突き付けられたことに気付き、私は愕然とする。
 変化を望んでいながら、私は変化を怖がっている。永遠に慣れ過ぎたが故に、永遠と変化の狭間を飛び越えられない。
 …ああ、そうか。だから私は『コレ』なんだ。ただ、レミリアの話を聞いて、羨んで、その余熱で満足して…肝心の一歩を今まで一度とて踏み出さない。
 その気になれば、機会は在った。永琳が拒もうと、私は道を貫けた。月の追手も何もかもを背負い、永遠を捨て世界と共に歩く道が。
 けれど、私は永遠に逃げ込んだ。変化を恐れ、変化を拒み、外面だけは変化を望んでおきながら、臆病ゆえに一歩を踏み出さない。
 …滑稽、実に惨め。永遠は終わりだとレミリアは言う。ならば終焉を迎えたこの身は一体どこに向かえばいいのか。
 そんな在り方を消失した私に、レミリアは言葉を与えてくれた。強制でも命令でもない、それは一人の『友』への言葉。



『――戯け。何を恐れているのよ、蓬莱山輝夜。そんなの、全然貴女らしくもないじゃない』

 ええ、そうね。レミリアの言う通りだわ。こんなの、全然私らしくない。
 どうして私が恐れる必要が在るのか。恐れる必要なんて、何も無かった筈なのに。


『何かに怯え、永遠(じぶんのへや)に逃げるなど輝夜のすべきことじゃないでしょう?
貴女は誰に遠慮することなく、月の照らす道を真っ直ぐに歩けばいい。そして只管に胸を張り続けなさいな。
他人など考慮するな。全ては己が心と欲望に沿って、全てに対し傲慢に在り続けて笑っていればいい』

 そう、私のすべきことはこんな永遠に逃げることなんかじゃない。私が求めるは、地から空を眺めることではなく、空から地を見下す勇気。
 月の世界から、地上の世界から逃げて逃げて逃げ通して、そんな世界に一体何が待つ。その在り方は、本当に私らしいと言えるのか。
 私は私が望むままに生きなければいけなかった。それが私の罪を全うする道だった筈だから。私が切望した在り方だった筈だから。


『もし、それでも怖いというのなら、私が輝夜の手を引っ張って共に道を歩いてあげるわ。
一緒に道を歩き、共に笑い、共に騒ぎ、共に眠る――そうすれば、きっと貴女の求める全てが手に入る筈よ』

 そう、私は一人じゃ無かった。大切なモノを全て捨てただなんて大嘘だった。
 私には永琳がいる。因幡が…鈴仙が、てゐがいる。私の大切な『家族』がいる。
 そして――今の私には、たった一人の大切な『友達』がいる。ならば、怖がることも逃げることもないじゃないか。


『さあ、勇気を出して私の手を取りなさいな。何、私に気を使ってるなら遠慮は不要よ。
なんせ貴女は月の姫、そして私は吸血鬼の姫だ――古来より、吸血鬼は美しき満月に寄り添うが運命。
在るべきモノが在るべき場所に戻る、ただそれだけのこと。違うかしら、我が愛すべき友――蓬莱山輝夜』

 レミリアが差し出したその手を、私はゆっくりと、そして存在を確かめるように掴む。
 …そうね。もう、終わりにしましょう。永遠に逃げることも、不幸なお姫様ぶるのも、全て終わり。
 私らしくない永遠を生きることよりも、大切なことを知ったから。例えこれが過ちだとしても、私は決して後悔しない。
 だから私は笑う。人生で初めて、心の底から、思いっきり。嬉しくて、嬉しくて仕方が無いから、だから笑う。涙がこぼれても、気にしない。

「ちょ、ちょっと、輝夜?ど、どうしたのよいきなり…」

 心配そうに私を覗きこむレミリアに、私は何でも無いと首を振り、目元を拭う。
 …逃げるのはもう終わり。綺麗を着飾り、全てに達観して世界を諦める在り方も必要無い。
 私はどこまでも私らしく、欲しいモノを手に入れる。羨ましいと思ったら、あらゆる手を使って手に入れれば良い。
 難題は解いた。ならばあとは我が道を歩くだけ。もし転びそうになったなら、他の人に支えて貰えばいい。手を引いて貰えばいい。
 私は瞳を閉じ、己が世界に終焉を告げる。同期するは同時間に存在するもうひとりの私。この世界とは異なり、あちらでは数十分と経過していない私。

「え、え、え!?な、何!?なななななんで何もない空間に亀裂とか入ってるの!?
あ、あの世にも終わりとか存在するの!?もしかしてあの世で死んだら無になるとかそういうアレなの!?て、転生駄目なの!?」

 永遠の世界を崩壊させる中、慌てふためくレミリアを落着かせるように手をつなぎ、私は笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
 答えは得た。道は開けた。だからレミリア、今度は私が見せる番。世界の温もりを、自身の幸せを教えてくれた貴女に、今度は私が――

「…行きましょう、レミリア。貴女達の求める真の月を返還し、深き闇夜を終わらせる。
貴女との明日を――この世界の本当の輝きを、二度と忘れぬよう永遠(わたし)に刻みつける為に」




















 ~side 永琳~



 完全に押されている。二人を相手にして、私の心を占める感情は焦燥と納得。
 このままでは拙いと警告を鳴らし続ける自分と、今の自分では二人をどうすることも出来ないと冷静に悟る自分。
 その二者が心の中に存在し、自身の逆境を何度も何度も想い知らされるものの、私は現状を打破出来ずにいる。
 どうしてここまで自身が劣勢だと言えるのか。それは今の私の惨状を見てもらえれば、誰だって分かること。
 全身から流れ『続ける』血液に、最早『存在しない』私の右腕。この状態で一体誰が私を優勢だと言うだろう。
 襲い来る吸血鬼とそれを援護し続ける巫女。この二人を、私はどうすることも出来ない。私の…輝夜の『永遠』を打ち破られたのは
本当に初めてのこと。こんな場面の対処法など考えたこともなかった。…本当、月の頭脳が聞いて呆れるわね。
 襲い来る弾幕の嵐を必死に避け、私は神速の如き速度で襲い来る吸血鬼の刃をなんとか回避する。巫女の弾幕はまだしも、次にアレに
斬られたら、恐らく二度と立てなくなる。その現実が分かっているからこそ、私は自身の瀕死の身体に鞭を打ち、回避行動に移り続ける。


 …本当、吸血鬼のお嬢さんも八雲の妖怪も、とんでもない化物を隠し持っていたものね。
 私は最早存在しない自身の右腕を見つめながら、彼女達の常識外の力に賞賛と恐怖を送る。私の身体の永遠…蓬莱の薬の力を、あの二人は破って見せた。
 気付いたときに遅かった。私があのメイド…紅血の翼を持つ吸血鬼に斬られたとき、その変化は生じた。吸血鬼に斬られた箇所が
何故か再生しない。変化を拒む能力、それが蓬莱の薬の力。傷がつくとは変化の証明、それなのに力が発揮されない。その理由を探すうちに
二度、三度と紅血のナイフとその爪で身体を斬られ、私は右腕を失った。
 どうして永遠の力が発動しないのか…その理由は、仮定で良ければ想像出来る。だけど、それはあまりに天蓋の力。
 もし、私の想像通りの力だとしたら…あの二人は、この世界の誰をも葬ることが出来る。人も妖怪も、神も。誰一人の例外無く、その力で。
 
 私の立てる仮定。それは吸血鬼と巫女、二人が有する力が『全てのルールを打ち消す力』と『時間を操る力』であるというもの。
 まずは前者の力…恐らくは巫女の方。彼女が有する力は、物事のルールや法則の全てを打ち消す、もしくは離れることが出来る能力だと推測する。
 その力の証明に、彼女に私の攻撃が『当たらない』。何度矢を放っても、攻撃は彼女の身体をすり抜けてしまう。彼女に攻撃が当たらないから、
彼女の援護を邪魔することが出来ない。これが悪循環となり、私の現状を紡ぎだしている。だけど、これだけなら私の永遠の力を破ることにはならない。
 …恐らく、彼女の力は他人にも作用することが出来る。そして、その力を作用させた相手が…あの吸血鬼でしょうね。
 巫女が吸血鬼に力を感応させ、吸血鬼の力の限界を解放してる。そして彼女の力は一つの究極の高みへと押し上げられた。
 『時間操作』、その能力を恐らく吸血鬼は前より所持していたのだろう。そのことにも驚きだけれど、その力は輝夜の持つ永遠と須臾を操る
力と同じ。奇跡に近い能力だけど、既に永遠と化している私の身体は打ち破れない。だけど、この吸血鬼はその更に一段高みへと昇りつめている。
 彼女が行使している力…それは『時間逆行』。私の身体を切りつけるとき、彼女はその力によって、私の身体の時を遡らせ、『永遠』の干渉が
生じない時間へと戻らせている。だからこそ、私の身体は再生しない。だからこそ、私の身体の永遠が失われている。

 もし、私の仮定が正しいとすれば…本当、なんてデタラメな力。この蓬莱の薬の唯一の隙、そこを二人は的確についたことになる。
 蓬莱の薬によって得られる力は『あらゆる変化を拒絶する体』。だけど、この力は制限がつき、『現象の後の作動』という制約がある。
 すなわち、この拒絶変化の力は事象が行った後に発動する。身体が傷つけられれば、痛みと苦痛を感じた後に再生という結果が生じる。
 熱で焼かれ燃やされたならば、身体が灰と化した後に再生する。年齢経過とて、身体の成長後の逆行という、正確に停止とはいえない力によって
支配されている。拒絶変化が生じるのは、あくまで現象後の身体。だからこそ、私達は身体が粉々になろうと細切れになろうと、髪一本…いいえ、細胞の
一つからだってこの身体の状態に戻ることが出来る。つまり、蓬莱の薬の呪いがかかった身体という媒体をもとに、事後逆行を行っている、これが私達の力のカラクリ。

 …そんな力を、この吸血鬼は蓬莱の薬の力が発動しない『薬使用前の私』まで時を遡らせて能力を打ち破った。
 昔の私の身体は、蓬莱の薬の力など存在しない。だから、現象を逆行することが出来ない。変化の拒絶へ移行できない。
 もし、蓬莱の薬の効能が『現象時の作動』なら防げた。時間逆行という干渉すら阻害することだって出来たでしょう。
 もしくは輝夜なら…同じ時間操作の力を有する輝夜なら、対応出来た。戻された時間を自身の能力によって押し進めれば良いだけなのだから。
 だけど、私にはこの能力に対応する力は無い。私が取るべき道は、時間逆行能力という『常識外』の力を有する吸血鬼を止めるか、
その時間逆行能力を使用する条件を生み出している巫女を止めるかなのだけれど…どちらも私には出来そうにない。
 巫女は先ほど言ったように、攻撃が当たらない。では吸血鬼はというと、身体能力と思考能力を考えて不可能に近い。
 先ほどの人間時とは違い、彼女の能力は吸血鬼の持つそれへと完全に変貌している。そして、厄介なのが思考の冷静さを失っていないこと。
 押す時は押し、引くときは引く。加えて巫女の援護もある。連携を組まれ、冷静な戦闘をこなしている彼女に、私は付け入ることが出来ない。
 加えて此方は蓬莱の薬の力が無いのだから、前の吸血鬼達のときのように己の死を犠牲にすることもできない。まさに八方ふさがりの状況。


 けれど、私はそんな自身の窮地などどうでもよかった。
 唯一つ。一つだけ気にかかり続けたこと、それだけが知りたかった。
 だから私は問いかける。殺し合っている相手に――吸血鬼に、私は己が心に抱き続けた疑問を。


「――何故、私の身体を時間操作したの?私の再生能力を止める為に、どうしてその結論に至ったの?
普通、そんな考えには至らない…私のこの力、『蓬莱の薬』の力、その原理を知っていなければ」

 私の問いかけに、吸血鬼は応えない。ただ無言のまま私を斬りつけていく。
 必死に回避行動に移りながら、私はなおも問いかける。自身の疑問を解消する為に、ただ真っ直ぐに。

「…思えば、最初から違和感があったのよ。その私に近い容貌、そして貴女の有するその特有の気配。
今となれば貴女の持つ時間操作能力だってそう。そんな力、輝夜以外に…ましてや地上人に許されるなんて絶対にあり得ない。
貴女は…十六夜咲夜、貴女は、貴女の正体はまさか――」
「――知らない。私は咲夜、十六夜咲夜。レミリア・スカーレットの娘にして紅魔館の誇り高き従者。
私の正体なんてそれだけよ。私は何も知らない…そう、知らない筈なのに、貴女達のことなんて知らない筈なのに――!」

 そこで言葉を切り、吸血鬼は…いいえ、十六夜咲夜は泣き叫ぶように声を荒げながら私に刃を向ける。
 その叫びは何処までも悲痛で、とても痛ましくて。まるで子供が癇癪を起すように。

「どうして!どうして私は知ってるのよ!蓬莱の薬のことも、月の技術のことも、姫の…蓬莱山輝夜のことも!
記憶なんて無いのに!思い出なんてないのに、貴女を見てると知識が流れ込んでくるのよ!
分からない…分からない…分からない!分からない!分からない!貴女は、八意永琳は私の一体なんだというのよ!?」

 十六夜咲夜の叫び…その言葉に、私は全てを理解した。
 そして自身を殺したくなる衝動に駆られる。どうして私は一目あった時に気付かなかったのか。気付けなかったのか。
 …この娘の、十六夜咲夜の正体。それは、私と輝夜の力を持つ、もう一人の私達。
 私がまだ月にいた頃に、月で行われていた狂った計画、その研究成果の果てに生み出された私達のクローン。それが彼女…十六夜咲夜の正体。
 輝夜の力、それが永遠と須臾を操る力だと知った一部の連中が計画した人工生命プロジェクト。すなわち、私の智慧と輝夜の力を持つ
月人を作りだし、その力を月の為に利用しようというもの。その計画を知った私や豊姫や依姫は一人残らず計画に手を貸した連中を消し去った。
 …けれど、肝心の生み出された赤子の行方は最後まで掴めなかった。また、計画者の一人の口から発覚を恐れるあまり、時間の歪んだ空間に捨て去ったという話を
知ることが出来たけれど、そこで捜索は打ち切り。それは遥か昔の話…その娘は間違いなく今、私達の目の前にいるこの娘だ。
 …私達月人の犯した罪の結晶、それがこの娘。故に、私は月を捨てた。輝夜の言葉に乗り、月人で在り続ける今を諦め、地に足をつけた。
 輝夜にも話していない、私達月の上層部だけが知る物語。その終末が今、ここに在る。その娘は今、成長して私の前に立ち塞がってる。
 吸血鬼となり、愛する家族を得て、友と共に、彼女は今、私達を倒さんとその力を振っている。何処までも強く、誇り高く、真っ直ぐに。


 その娘の姿に、私は思わず苦笑し、全身の身体から力が抜けるのを感じた。
 心が折れた…正確には、受け入れてしまっていた。己の終わりを、死を。この娘には、その資格がある。
 私を殺す力も、理由も、この娘は持っている。そして私にはその殺意を拒む理由が無い。
 彼女の大切な家族を傷つけ過ぎた。全てを捨てられ、過酷な運命を背負わされ、たった一人の赤子として見知らぬ世界に打ち捨てられた
少女が掴んだ全てを、私が穢してしまった。輝夜の為…その理由で立ち塞がるには、あまりに辛過ぎる。
 悪くないと、思ってしまった。他の誰でも無い、この娘の手にかかるなら…永遠を終わりにするのも、悪くは無いと思ってしまった。
 何より、私には選択肢など存在しない。今の私にはこの二人は止められない。抑えられない。足掻いても決して超えられない。
 その現実が、私により一層の覚悟を押し進める。私は彼女の蹴りをその身に受け、抵抗することなくそのまま地面に叩きつけられる。
 身体中の血は止まらない。失った右腕も戻らない。前の吸血鬼達の戦いの後遺症で、身体も満足に動かせない。
 一歩、また一歩と近づいてくる彼女の姿を眺めながら、私は己の死を受け入れ始めていた。
 己が血液を妖力によって生成した深紅のナイフを握る少女。その姿を眺めながら、私は言葉を紡ぐ。

「――私の負けよ。御覧の通り、私はもう抵抗することは出来ないわ」
「…この場に及んで、まさか命乞いなんてするつもり?」
「真逆。生き汚い生涯だと自負しているけれど、そこまで自身の誇りを投げ捨てるつもりはないもの。
…逆に、感謝してるくらい。私の終わりが…永遠の終わりが、十六夜咲夜、貴女で良かった。
貴女の手にかかるなら、私は迷わず逝ける。この死ならきっと、輝夜にも申し訳が立つでしょうから」
「っ…!また、そんな勝手に知った風な口を」
「気に障ったなら謝るわ。さあ、勝者の権利よ、その刃で私を貫きなさいな。
…それと最後に謝罪する。貴女の大切な家族を傷つけたこと、心から謝らせてもらう。本当にごめんなさい。
私の弟子に鈴仙という玉兎がいるから、その娘に薬を受け取って頂戴。妖怪だろうと一晩で治癒出来るでしょうから」

 全てを伝えおえ、私はゆっくりと両の瞳を閉じる。
 …本当、人生とは分からないものね。こうして私の世界が終ることなんて、考えたこともなかった。
 死なんて私や輝夜とは無縁の存在で、生涯永遠と付き合っていくんだなと思っていたのに…その永遠を、この娘は打ち破ってくれた。
 成長している姿を見るに、この娘は永遠に染まってはいないみたい。ならば、心配はない。後は愛する人々と共に生き、共に死ぬ幸せが待っている。
 少女の歩みが止まる音を聞き、私は自身の終焉を受け入れる。そして、ナイフが風を切る音を耳にしながら、私は最後に謝罪した。





「――ごめんなさい、最後まで共にいられなくて。輝夜。先に行っているわ…」





















 振り下ろされた紅血の短刃。そのナイフが貫いたのは、私の頭上の床だった。


 訪れることの無い己の死に、私はゆっくりと瞳を開ける。
 そこにあったのは、私の上に馬乗りになり、ナイフを振り下ろした十六夜咲夜の姿。
 私を見下ろす真っ直ぐな瞳。その姿に心奪われながら、私は疑問の言葉を口にする…否、しようとしたけれど、その前の彼女の言葉に打ち消される。

「…これでチェックメイトよ。貴女の言う通り、勝敗は決した。
ここで貴女を殺したところで、私に得られるものなんて何もないもの。それに…」
「…それに?」
「――貴女を殺したら、母様が悲しむ。何故か、そんな気がしたのよ…母様のことが頭を過って、気付いたら、ナイフを外してたわ。
そして貴女は私の家族を誰一人殺していない…私の家族を傷つけた代償はしっかり払ってもらったつもり」

 床に突きたてたナイフを霧散させ、十六夜咲夜はこれで話は終わりと私の上から退く。
 私はゆっくりと上半身を起こし、軽く息をついて言葉を紡ぐ。

「甘いわね…本当、優し過ぎる。でも…それが貴女が家族から与えて貰ったものなのね」
「甘いとは思わないわ。私はあくまで等価で代価を支払って貰っただけ。それに、これはあくまで私の分。まだ…」
「…まだ、私や妖夢の分が支払い終わってないのよね。このおとしまえ、どうつけてくれようかしら」

 十六夜咲夜の隣に現れた巫女の姿に、私は苦笑を浮かべるしかない。
 …そうね、咲夜にばかり意識がいってしまっていたけれど、この娘も本当に天蓋の存在だったわ。
 これなら八雲が巫女に据えるのも理解出来る。本当にデタラメね…そしてそれ以上に、この娘が十六夜咲夜の友人なら、本当に心強い。
 この二人なら、この先どんな相手だろうと乗り越えるでしょう。

「何笑ってるのよ!?大体、アンタには言いたいことが山ほどあるのよ!月返せとかボロボロになった服代払えとか何より…」
「…レミリア・スカーレットの居場所、でしょう?」
「そ、そうよ!アイツの居場所をさっさと教えなさいよ!さっさと迎えにいかないと、アイツ泣き虫だから絶対泣いてるだろうし…」
「…八意永琳、さっさと居場所を吐きなさい。吐かないと、やはりこの刃を貴女に突き立てさせてもらう」

 追及する二人に、私は首を軽く振って笑みを零す。
 レミリア・スカーレットの居場所、今になってみればそれは一つしかない。私が行ったランダム転移、それに介入した誰か。
 …そんなもの一人しかいない。そして私と十六夜咲夜の数奇の出会いを考えたなら、彼女の辿り着く場所はたった一つしかないのよね。
 本当、こんな不思議な夜は運命の一つでも信じてみたくなる。この夜が、私達の全てを変える新たなスタートになるのではないかと。

「さ゛く゛や゛あ゛ぁ゛ぁ゛~~~!!!」

 この部屋の結界が解放され、奥の部屋から現れた泣き顔の吸血鬼の少女、レミリア・スカーレット――そして、そんな彼女の手を握る私の主、蓬莱山輝夜。
 輝夜の表情に、私は悟る。…そう、輝夜。貴女もまた、何かを得たのね。そんな風に生きた表情をする貴女を見るのは、はたして何年ぶりかしら。
 嗚咽を零しながらレミリアは十六夜咲夜に抱きつき、十六夜咲夜もまたレミリアを強く抱きしめ返している。
 その姿を眺め続けたいと思っていた私だけれど、問題を起こしてやまない主人に文句の一つでも言おうと言葉を投げつける。

「…人が死にかけているときに逢引きとは良い御身分ね、輝夜」
「ええ、だって私、お姫様だし。それにしても派手にやられちゃったわね。貴女がこんな風になるなんて想像すらしてなかったわ」
「私だって想像しなかったわよ…死を受け入れても良いと、思ったわ。
だから輝夜、ごめんなさい…貴女を置いて、私は死のうとしたわ。従者としてはあるまじき失態ね」
「本当よ、心から謝罪してほしいわ。大切な『家族』に先立たれちゃ、折角の楽しいスタートも台無しじゃない」
「…輝夜、貴女、今私のことを…」

 私の言葉を遮るように輝夜は人差指を私の唇につけ、それ以上言葉は言わせないとばかりに笑う。
 そして、大号泣しながら『もう会えないと思ってた』などと絶叫する吸血鬼の少女を眺めながら輝夜は楽しそうに言葉を紡ぐ。

「死を受け入れるにはまだ早過ぎるわよ、永琳。
だって世界には――私達の永遠の外には、こんなにも楽しそうな世界が広がっているんですもの。
私達が持つ永遠の時間だって、貴女の手を引いて一緒にこの世界を楽しみ続けるには、全然足りないくらいなんだから」

 そんな輝夜の言葉が、どうしようもなく嬉しくて。気付けば私は涙を零してしまっていて。
 だけど、輝夜の言葉には力強く頷いて同意する。輝夜がレミリア・スカーレットと接して何を得たのかは分からない。
 けれど、今私達の胸に宿る新たな希望への想い…それだけは、きっと嘘じゃないと言えるから。

























 ~side 紫~



「これにて全ては閉幕、めでたしめでたし…といったところかしら?」
「ほう…それだけかい?アンタが良い残す遺言はそれだけでいいのかい?」

 背後で怒気を高め続ける親友の声に聞こえない振りをして、私は幽々子に後始末をお願いすることにする。
 だってこのままこの場所に居続けると、本当に洒落にならないことになりそうだし…それにしても萃香、本当に
レミリアが死んだと思ってたのね。馬鹿ねえ…あの娘が死ぬ訳ないじゃない。運命に愛されたあの娘が、この程度のことで。

「それじゃ幽々子、後はよろしくね~。私は妖怪の山の連中や賢者達に事情説明をしてくるから」
「それは構わないのだけれど…萃香の殺気が、先ほどのフランドール達と同レベルの濃度になりそうよ?いいの?」
「いいのいいの。それ、唯の照れ隠しだから。レミリアが死んだと思いこんで泣いちゃうなんて、萃香も可愛いところあるわよねえ…うふふ」
「うがああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「うあああ!?ちょ、ちょっと萃香、私は無関係でしょ!?ええい、不死『火の鳥 -鳳翼天翔-』!!」


 荒れ狂う鬼をからかうだけからかって、私は隙間に逃げ込んでこの場を後にする。
 さて、こっちの鬼はともかく、もう一人の鬼の方が私としては心配ね。
 計画は狂い、大切なお姉様は命の危険にあい、そして己は八意永琳の前に敗北して。幼いあの娘に耐えられるかしら。
 …まあ、耐えて貰わないと困るのだけれど。フランドール・スカーレット、貴女も必死にあがきなさいな。姉のみせた強さは
貴女もまた内包してるものなのよ。姉だけが強く、貴女だけが弱い筈が無い。だから立ちあがり、歯を食いしばって運命に立ち向かいなさい。


 少なくとも私は貴女に期待してるのよ。だって私は貴女の描く計画――それは何処までも歪で、何よりも美しいモノだと思っているのだから。









[13774] 嘘つき永夜抄 エピローグ
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2010/11/14 02:57







 ~side アリス~



「痛い痛い痛い痛い痛いっ!ちょっと咲夜、アンタ絶対私を殺す気でしょ!?」
「貴女を殺すつもりなら、最初に出会った頃に迷わずナイフを心臓に突き刺してたわよ。ほら、右手も伸ばす」
「うぎぎ…な、泣かす…体が治ったらアンタ絶対泣かす…ああああああ!!!!」
「あら、ごめんなさい。少し力の匙加減を誤ってしまったみたい。それじゃ、次はどこを痛めつけてあげようかしら」
「痛めつける!?アンタ、マジいい加減に…ひぎぃぃぃ!!!」

 本日、通算二十三度目となる霊夢の無様な悲鳴を耳にしながら、私は妖夢の用意してくれた緑茶を口にする。
 …うん、良い味ね。霊夢が入れるお茶は出涸らしばかりだから、こういう点では霊夢が五体満足に動けない現状に感謝かしら。
 正午を回る博麗神社、その一室。私は生まれたての小鹿のように全身をプルプルと振わせる霊夢、そしてそんな彼女に対して何ら
手加減という表現を感じられないストレッチ補助を行う咲夜の喜劇を眺め続けていた。本当、仲が良いのか悪いのか。
 そんな二人を眺めていると、また別の場所…具体的に言うと、隣の部屋に敷かれた布団の中からもう一人のお馬鹿の声が。

「良いぞ咲夜、もっとやれ。たまには霊夢の奴も痛い目をみるべきだと常々思ってたんだよな、うんうん」
「…魔理沙、そういう貴女は指の一本くらい動かせるようになったの?」
「おおう、馬鹿にするなよアリス。今の私は阿修羅すら凌駕する存在だ。右腕ならこのとーり」
「そう、一晩にしては早い回復ね。つきっきりで看病してくれてる妖夢に感謝しなさいよ」
「別に要らないよ。私が好きでしてることだし」

 私の言葉に妖夢は気にしないでと微笑む。本当、良い娘よね。言いかえるとお人好しなんでしょうけれど。
 でも、妖夢だって忙しい時間の中を霊夢と魔理沙の為にこうやって来てくれてるんだから、妖夢がなんといおうと
この馬鹿二人には感謝の言葉の一つでも送らせないとね。それは妖夢だけじゃなくて、咲夜にも言えることだけど。
 私の言おうとすることが伝わったのか、咲夜は私と一度目を合わせて軽く首を振って『必要無い』と意志を示す。
 …こっちもこっちで。まあ、魔理沙はともかく霊夢は絶対咲夜に礼なんて口にしないでしょうけれど。
 咲夜と妖夢は不要だって言ってるけれど、それはそれ。私は軽く咳払いをして、霊夢と魔理沙に口を開く。

「それでも、よ。霊夢も魔理沙も動けない状態の中、咲夜と妖夢はこうして時間を作って来てくれてるの。
 咲夜は紅魔館の連中のことや館での仕事があるし、妖夢だって幽々子に付いてないといけないのに、それなのに、よ。
そして貴女達のケアから身の回りのことまでやってくれる…普通、こんなお人好しいないわよ?
だから、言うべき言葉はちゃんと言う。感謝の想いは口にする、分かった?」
「…いや、アンタ、私のお母さん?」
「子供が言われるようなことをちゃんど出来ない貴女達が悪いんでしょうが。ほら、ちゃんとお礼を言う」
「私は常に言ってるけどなー。ま、いっか。咲夜も妖夢もありがとな。
まだ呪いが身体から消えなくて一人じゃ何も出来ないから、本当に感謝してるよ」
「…別に構わないわよ。言ってみれば、貴女の『それ』は身内の責任でもあるのだから。対価は異変の時に十分貰ってるわ」
「さっきも言ったけれど、私は好きでやってることだから。それに幽々子様も許して下さってるし」

 感謝を告げ終えた魔理沙から、私はもう一人の問題児の方へと視線を向ける。
 その問題巫女は心底…なんてレベルじゃ表せないくらい本気で嫌そうな顔をしたものの、やっと諦めたのか、そっぽを向いて
ぶつぶつと小さく言葉を紡ぐ。…いや、全然聞こえないわよ、そんな声量じゃ。
 私は再度注意しようとしたけれど、霊夢の背後、彼女の見えない角度で咲夜が柔らかく微笑んでるのを見ると…まあ、及第点かしらね。
 妖夢ももう必要ないからと笑ってるしね…本当、誰も彼もお人好しばかり。呆れるように溜息をつく私に、魔理沙がとんでもない攻撃を放ってくる。

「それにアリスもありがとな。本当、感謝してるから」
「…は?いや、どうしてそこで私が…」
「だってお前、異変解決してからこの三日間、何かと適当な理由をつけて神社に泊っては、私達の面倒見てくれてるじゃないか。
咲夜と妖夢が滞在出来るのは昼だけだから、アリスが居てくれて本当に助かってる。なんせ私達はこの様だから、アリスがいなかったら
どうなっていたことやら」
「あ、いや、それは…」
「…本当、呆れる程にお人好しね、貴女は」
「あはは…まあ、それがアリスだから。でも、確かにこんなお人好しは普通いないかも」

 さっきまでお人好しだと内心呆れていた咲夜と妖夢に笑われ、私は思わず羞恥で顔が熱くなる。
 …だって、しょうがないじゃない。霊夢も魔理沙も一人じゃご飯どころかお風呂にもお手洗いにも行けそうもない惨状なんだから。
 妖夢と咲夜が従者として自由が利かないなら、私が手を貸すしかないじゃない。…藪蛇だったわね、この話題は。さっさと話題を変えてしまおう。
 私は誤魔化すように、なんとか強引に話題を転換することにする。魔理沙の身体の容体…紅魔館の連中から放たれた殺意の余波、その影響は
この調子だと一週間と経たずに抜けるでしょう。あと二日もすれば自由に歩けるか。魔理沙が異変の夜に無茶する為に無茶な魔法行使を
行ってるから、こればかりは薬にも解呪魔法にも頼る訳にはいかない。自然治癒でゆっくり治すことがベスト。
 ただ、問題はもう一人の問題児。私は視線をその人物、霊夢の方に向けて容体を訊ねかける。

「魔理沙は先が見えたとして…霊夢、貴女はどうなの?いつ調子は復帰出来そうなの?」
「さあね…見ての通り、大分マシになってきたとはいえ、身体中がボロボロよ。今、異変を起こすような馬鹿なんていないでしょうね」
「起きたら起きたで私達が対処してあげるわよ。それで、その原因はやっぱり八意永琳との?」
「…しか考えられないわよ。多分、アイツと戦ったときに使った『アレ』が原因っぽい」
「博麗の血脈…博麗の者にだけ許された力、か」

 霊夢の身体がここまでの惨状に追いやられている原因、それは異変の夜に行われた八意永琳との戦闘にあるらしい。
 『らしい』という不確かな表現を使うのは、私がその現場にいなかったから。自分の目で見ていないので、なんとも言えないのだけれど、
その八意永琳との戦いで、なんと霊夢と咲夜は彼女から勝利をもぎ取ってみせた。あの紅魔館の三人を退けた八意永琳を、だ。
 どうやって倒したのか、それを聞くと霊夢曰く『気付いたら変な力が使えるようになったので、それを使った』とのこと。本当、呆れるしかない答えだと思う。
 本人も過去に使ったことの無い、戦闘中に使えるようになった力を用いて打倒したというのが本人の談。それで、霊夢にはその力がなんとなく
分かる程度だったらしいのだけれど、昨日紫から直接説明を聞いて大分その力の形が見えてきたらしい。
 私は具体的な説明を聞かされていないけれど、霊夢曰く『博麗の者だけに許された力』で、その力ならば幻想郷の誰が相手でも勝ちを拾えるとか。
 …正直、その話を聞いてもピンとこないし訳が分からないのよね。そう言うと霊夢は『私だってよく分からないんだから訊くな』とのこと。
 とにかく霊夢の話から、霊夢は『とんでもない能力』によって八意永琳を倒したものの、その使いこなせていない『とんでもない能力』の
反動によって今の惨状に至るらしい。紫の診断結果は『修行不足』。命に別条が無いようだから、そこまで重く考えることはないんだけど…ね。
 …あの霊夢をして、ここまで身体を酷使させる程の力、か。本当、私の想像力なんかでは手に余るわね。

「あまり身体がつらいようなら、鈴仙に話をつけて薬を貰ってあげましょうか?
妖怪や吸血鬼の治癒を促進する薬だってあったんだから、身体の痛みを抑制する薬だってあるでしょうし」
「…いい。ちょっと前まで敵だった奴の施しを受けるのは何か嫌だ」
「そんな子供みたいな…大体貴女は鈴仙やてゐと戦ったりしてないじゃない」
「どうせその薬を作ったのは八意永琳なんでしょ。どうせ数日すれば治るんだから、こんなことで借りなんて作るつもりなんてないわ。
…第一、アイツはそんな借りを作っていい相手じゃないって私の勘が言ってるもの」
「ちなみに現在進行形でアリス達への借りが積もり積もっていってる訳だが」
「友情って素敵な言葉よね。友情は見返りを求めない」
「…はぁ。別に求めるつもりはないけれど…霊夢の容体は把握したわ。それと、咲夜と妖夢は大丈夫なの?」

 私の問いかけに、妖夢は『大丈夫です』と小さく拳を握りしめて応える。
 ただ、その後少しばかり落ち込むような仕草をして、自嘲気味に言葉を紡ぐ。

「霊夢と咲夜はともかく、私は最初に墜ちちゃったから…正直、八意永琳とそこまで切り結んだ訳じゃないし。
情けない話だけど、己の未熟さが自分の身体を守る結果につながったというか…最低限の怪我で済んだというか
正直結果だけをみると私は二人の足手まといだったというか…って、あいたっ」
「…妖夢、それ以上馬鹿なこと言うと次は本気で殴るわよ。グーで思いっきり」

 妖夢の独白を遮るように霊夢が言葉を投げつける。ついでに傍にあった陰陽玉も妖夢に投げつけてる。
 …霊夢、身体痛いくせに相当我慢してるわね。その証拠に今、表情がかなり強張ってるし…まあ、確かに今の妖夢の台詞は減点対象ね。
 それ以上言葉を続けようとしない霊夢に、機嫌を損ねることをしてしまったのかと少しばかりうろたえる妖夢。傍観に徹する咲夜。面白がって
笑ってる魔理沙。…本当、こいつらはどいつもこいつも自分勝手で。だから私も妖夢には教えてあげないことにする。だって私も自分勝手な人間だから。

 本当、妖夢は馬鹿よね…あの永き夜、私達五人の中で誰か一人でも欠けたなら、きっと勝利は得られなかった筈なのに。
 霊夢は霊夢の、咲夜は咲夜の、魔理沙は魔理沙の、私は私の仕事をしたからこそ今の結果が在る。それは妖夢、貴女とて例外ではないのよ。
 昨日、貴女が白玉楼に帰った後、霊夢から話は聞いたんだから。貴女が霊夢を身体を張って庇ったこと、最後の最後までみんなの勝利を信じて
行動したこと、その結果があったからこそ、霊夢達は八意永琳に勝てたんだって。
 妖夢、貴女は胸を張って良い。貴女は貴女の為せる最大の仕事をやってのけたんだから。その結果を知っているからこそ、幽々子は貴女を
叱りもしないし、ここに来ることを許可しているのよ。あの亡霊のこと、貴女の成長を誰より喜んで隙間妖怪と楽しく会話してるでしょうね。
 だからそんな風に卑下する必要なんてないわ。貴女はもっと胸を張って堂々とすればいいの。…まあ、教えてはあげないけれど。

「…こういうのは自分で気付かないと、いつまで経っても変わらないでしょうし、ね」
「な、なにがっ!?あ、アリスも魔理沙も助けてよお…霊夢、明らかに不機嫌オーラ出してるし…」
「はいはい、それは自分で何とかして頂戴ね。妖夢の体調はなんの問題も無し、と。
それで咲夜、貴女の方は?パチュリーのチェックも入ってるでしょうけれど、一応教えてもらえるかしら?」
「…何の問題も無いわ。傷も疲れも『再生』するのに一日と掛からなかったから。
ただ、以前と比べて朝起きるのが少し辛くなったわね。それが『吸血鬼』の定めとあれば、受け入れるしかないのだけれど」

 淡々と話す咲夜に、私は成程ね、と相槌を打って情報を整理していく。
 どうやら完全な吸血鬼となって日は浅いけれど、順応力は恐ろしい程に高いみたいね。拒絶反応なく受け入れてるみたい。
 …まあ、パチュリーを始めとした紅魔館の連中が長年かけて適応させた身体だもの。そんなもの起こって貰っても困るでしょうし。
 話を耳に入れていれていく私をじっと見つめる紅の両眼、そして彼女の身体から溢れる人ならざる妖しの気配…それは咲夜が完全な吸血鬼へと為った証。
 咲夜の吸血鬼化――これが八意永琳を打倒するに至った二枚目のカード。八意永琳と戦っている中で、咲夜が覚醒…違うわね、
『不退転の決意』によって、生まれ変わった姿。家族の、友の危機に全ての覚悟を胸に、彼女の意志を力に代えたその代償。

 あの永き夜、その時から咲夜は人間としてではなく、吸血鬼として歩むことを選んだ。
 咲夜の話によると、幼い頃から吸血鬼化の前準備はゆっくりと進められてはいたらしい。レミリアの少量の血液をゆっくりと
体内に流し込み馴染ませ続け、人としての時間をゆっくりとゆっくりと妖しのそれへと変貌させていく。いわゆる眷属ってやつかしら。
 ただ、咲夜は最後の一歩をまだ踏み越えてはいなかった。吸血鬼としての力を覚醒させないまま、人間として今の今まで生きてきた。
 理由を聞くと、どうやらフランドールにその一線を越えることを止められていたそうだ。『準備はしてあげる。けれど、吸血鬼として
本当に生を為すのなら、そのことをお姉様に全て打ち明けなさい。お姉様の許可無しに我らが同属となることは許さない』、と。
 …まあ、そうよね。フランドール、彼女とはあまり接した機会はないけれど、それでも彼女の気持ちは分かる。
 咲夜はレミリアの娘で、その寵愛を一身に受けて育ってきたんだもの。また、咲夜もまたレミリアの為に今を生きている。
 そんなレミリアを無視して、人として生きるか妖しとして生きるかの決断なんて下せないわよね。多分…レミリアは反対するでしょうし。
 レミリアのことだから、咲夜には普通の幸せを望むでしょうから…ああ、だから言いだせなかったのか。咲夜はレミリアに。
 本人の話しぶりからするに、咲夜はずっと以前から吸血鬼として生きることを望んでいたみたいだもの。だけど、それを
レミリアに告げる勇気が無い…か。咲夜、レミリアに嫌われたり拒絶されたりすることを心から怖がってるから。その気持ちも
分からないではないけれど…もう踏み越えちゃったものね。最早その問答に意味など存在しない。今、ここにいる咲夜は他の何でもない吸血鬼なのだから。

「そっかあ…咲夜はもう吸血鬼なんだよな。これで唯の人間は私だけになっちゃったか」
「…待ちなさいコラ。魔理沙、今私を数から除外したわね。どういう意味よ」
「いや、だって霊夢は最早人間を超越して『博麗の巫女』って分類にカテゴライズされてるからなあ…
それで咲夜、吸血鬼になって不便なこととかないか?今はアレだが、身体が治って何か力になれるなら手を貸すぜ」
「ありがとう、でも特に不便はしていないわ。吸血鬼に為ったといっても、特に大きな変化があった訳でもないから」
「いや、あるだろ。ほら、レミリアみたいに日光が駄目とか、流水がアウトとか…」
「いえ、ないわよ。日光も流水も今の私には問題無いわ。だから特に不便は…」
「ちょ、ちょっと待って!今の話待って!」

 咲夜の言葉を遮るように、妖夢が驚きの表情を浮かべて声を発する。
 …まあ、普通驚くわよね。日光も流水も効かない吸血鬼なんて、歴史上で何人いることやら。
 しかし、そこまで咲夜に徹底するとは…本当、レミリアだけじゃなくて紅魔館の連中の咲夜への並々ならぬ愛情を
感じるわね。恐らく、パチュリー辺りの細工でしょうね。『日』も『水』も彼女の得意分野、ましてや咲夜は通常の吸血鬼とは
違って最初から太陽や流水に耐性のある人間からの為り替わり。そして咲夜自身も規格外のスペックを誇ってる。さぞやその
才能に舌を巻いたでしょうね。そういう目で咲夜を見るつもりは微塵も無いけれど…魔法使いとしては、恐ろしい程に魅力的な素体だもの。

「に、日光とか流水とか効かないって本当?」
「え、ええ…詳しくは分からないけれど、フラン様とパチュリー様と美鈴が事前に色々と手を打ってくれていたらしくて。
パチュリー様が言うには『ハイデライトウォーカーの贋作』だとか。あくまで魔術行使を私の身体に恒久的にかけているだけで、
私自身が日光と流水に対応している訳ではないらしいけれど…」
「あの、それって滅茶苦茶凄い技術なんじゃない…?だって、吸血鬼の弱点が無くなるんだよ?」
「凄い技術ではあるわね。けれど、それはあくまで咲夜限定よ。普通の吸血鬼相手じゃ、高過ぎる抗魔力と身体に纏う魔力によって
無効化されるのがオチね。それが分かっているからフランドールも使用してないでしょう」
「いやいや、アリス、ご高説のところ悪いが、お前の結論には矛盾があるぜ?
抗魔力と持ってる魔力によって加護が無効化されるなら、なんでレミリアは使って無いんだ?レミリア、どっちも微塵もないだろ?」
「…え?そ、そういえばそうね…変ね。こういう加護なら、レミリアは適応出来る気がするのだけれど…」

 レミリアは失礼な話だけれど、魔力も抗魔力も殆ど存在しない。正確に言うと限界魔力と限界抗魔力が著しく低い筈。
 こういう加護の場合、その人物の持つ限界の力を起点に発動できるかどうかが左右される。つまり、咲夜が適応出来たのは、十六夜咲夜という
人間の持つ限界の魔力と抗魔力が低かったから。それが吸血鬼になると話は変わる。例え、フランドールが同じ加護を受けようとしても、それは
不可能。例え咲夜と同条件に揃える為に、魔力を山ほど消費し、呪いか何かで抗魔力を下げたとしても、加護が判断するのはあくまで
『限界』の力。だから、その条件で言うならば、力を持たない…具体的には力の限界が低い筈のレミリアに作用しない訳がないのだけれど…
 思考の海に埋没する私を余所に、魔理沙は咲夜と会話を続けて行く。

「なあ咲夜、レミリアにはそれしないのか?アイツ、いつも『日光死ね!日光風邪ひけ!日光犬に噛まれろ!』みたいなこと
外に出る度に言ってるし、そんな便利なモノがあるのなら、かけてやった方がいいんじゃないか?」
「私もそうフラン様に進言したし、パチュリー様も言ったのだけれど…フラン様は『必要無い』って」
「ん~…よく分からんな。つまりレミリアには効果が無いからやっても無駄ってことか?」
「どうかしら…だけど、フラン様は母様のことに関してマイナスになるようなことは
仰らないでしょうから、何か理由があるんでしょう。変に期待させて効果が無かった、なんてなったら母様落ち込まれるかもしれないし…」
「…この超弩級クソマザコンが。母様母様って少しは乳離れしろっつーの」
「何か仰って?は・く・れ・い・れ・い・む」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!ふざけんなクソメイドっ!!人を椅子代わりにしてんじゃない!アンタ何様のつもりよ!?」

 霊夢の陰口を聞き逃すことなく、咲夜は霊夢の背に腰を下ろし、強制開脚前屈を執行させる。
 …はあ、大事な話だというのにこの馬鹿コンビは。咲夜も咲夜よ、自分が人間に別れを告げて吸血鬼になった…なんて大問題なのに、
少しも後悔や迷いも見せないで。今更だけど、本当にこの娘はレミリアの…いいえ、紅魔館の一人娘なのね。
 紅魔館は妖しの館。彼女が家族と共に生を歩み続ける為には、人の身ではそう遠くない未来に寿命と言う名の別れが訪れる。
 咲夜がどんなに頑張って長生きしても、それでも彼女の生はレミリア達にとってみれば刹那の時間で終わってしまう。
 …人として生きることと、妖しとして生きること、か。本当、少しだけ頭にくるかも。
 私も母さんに生んで貰って、この世に生を受けて…そして、沢山悩んで、魔法使いとして永きを生きることを決めた。
 咲夜とは少し形は異なるけれど、私は彼女と同じ経験を知っている。今の自分に別れを告げる苦しさ、その辛さを少しでも咲夜から肩代わりしてあげられるかな…
そんな風に思っていたんだけど、不要な気使いだったみたいね。咲夜は強い。心も、その在り方もどこまでも純粋で真っ直ぐで、その一途な想いは決して折れることは無い。
 本当、ちょっとだけ悔しいな。私が沢山苦しんで得た強さを、咲夜は迷わず掴み取ったんだもの。だから少しだけ意地悪しても悪くないかな。

「それで咲夜、貴女は『吸血鬼化』のこと、レミリアに話したの?」

 私の一言に、霊夢をいじめていた咲夜の手がピタリと止まる。そして現れるはクールな彼女の本当の素顔。
 顔を紅潮させ、まるで年相応の少女のように恥ずかしがり、視線を宙に漂わせて。…本当、レミリアのことになるとポンコツね、この娘。
 その反応に面白さの空気を感じ取ったのか、魔理沙がニヤニヤと笑みを浮かべながら私の言葉を拾って追い打ちをかける。本当、魔法使いって性悪ね。

「何だその反応~。咲夜、昨日まで『まだ伝えてない。どう伝えたら母様に怒られずに済むかしら』なんて散々悩んでたじゃんか。
さては告げたな?告げたんだな?告白したんだな?ウェディングロードを確約したんだな?」
「…いや、魔理沙、意味が分からないからね。咲夜がレミリアさんに吸血鬼のことを話したかどうかの話だよね」
「最近の妖夢は突っ込みが薄くて困る。昔の妖夢はもっと『みょわー!』とか『みょんみょん!』とか言って反応してくれたのに」
「言って無い!私そんなこと言ったこと一度も無いから!!」

 あちらが立てばこちらも立つ、霊夢と咲夜が漫談を始めれば魔理沙と妖夢がコントを始める。…はあ、本当、馬鹿ばかり。
 本当、あと一人で良いからこの空気に突っ込みを入れて打破出来る人材が欲しい。贅沢言うなら都会派、現代に強い娘が良い。そういう娘で
こいつ等の暴走を止めてくれるなら、少しくらい変な娘でも、常識から外れてても構わないから…まあ、無駄かつ無意味な願望だけど。
 妖夢と魔理沙の喜劇の終わりを待つことなく、私は咲夜に『どうなの』と目で問いかける。そして咲夜は少しばかり照れくさそうに、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。

「その…昨日の夜、母様に告げたわ…私が吸血鬼になったこと」
「へえ…それで、レミリアはどうだった?やっぱり怒ってた?」
「…ええ、沢山怒られたわ。『どうして相談してくれなかったのか』、『どうしてそこまで思い詰めるまで話してくれなかったのか』って。
本当、母様にあんなに怒られたのは初めて。沢山、沢山怒られたわ…でも、沢山怒った後に、『ありがとう』って」

 そう言葉を切り返し、咲夜は含羞んで私に話してくれた。
 レミリアが咲夜に伝えた言葉、想い、心…それを私達に、自慢するように。愛する母の姿を、私達に胸を張るように。

『勝手な言い分だけど、沢山叱っておいて情けない話なんだけど…咲夜が吸血鬼になってくれたことには心から感謝してる。そして喜んでる。
だって、咲夜はその力で私の家族と友達を守ってくれたんでしょう?私の大切なモノを守る為に、咲夜はその決断を下してくれた…咲夜が
みんなを守ってくれたこと、私は心から誇りに思ってる。そして、咲夜が吸血鬼になってくれたのなら…それはつまり、私達と同じ寿命を得たということでしょう。
…咲夜が、私より先に死なないこと、子供が安息に長生きすること。それは私にとって…母親にとって、どんなことよりも嬉しいことなんだから。
だから、さっきは紅魔館のご主人様としての説教。そして今は母親として、一人の吸血鬼としての感謝…そして、謝罪。
ありがとう、咲夜…そしてごめんなさい。私の我儘に、私達の為に貴女の人としての日常を、生を奪ってしまったこと…本当に、ごめんなさい…
貴女の決断、貴女の決意、絶対に無駄にしないから…貴女が吸血鬼になって良かったと思える未来を、絶対に私は築き上げてみせるから』

「…母様の言葉を、泣きながら語ってくれた母様の想いを聞いたとき、私は改めて確信したわ。
自分の選んだ未来は…私がみんなと共に吸血鬼として生きていく未来は、決して間違いなんかじゃ無かったって。
だからアリス、気持ちは嬉しいけれど、余計な気遣いは不要よ。私は人を捨て、吸血鬼として歩くことを…母様と共に歩く未来を誇りに思ってるから」
「そっか…まあ、そうよね。そんな風に言われたら、私は何も言わないわ。ようこそ人外の世界へ…なんてね」
「え、えっと…よ、ようこそ人間との混ざり者の世界へ」
「く…な、なんかそんな風に言われると私も人外の世界へ入りたくなってきたじゃないか!卑怯だぞマジョリティめ!魔女は私の特権だ!」

 私と妖夢の歓迎に、一人喰いつく馬鹿魔理沙。貴女もなろうと思えば遠くない未来に辿り着けるでしょうに。
 ま、何にせよ本人である咲夜が『これ』なら、確かに言うことはないわ。咲夜は自分で判断し、選び、その道を掴んだんだもの。
 ならば他人がどうこう言うのも筋違い、あとは咲夜に後悔ないように歩いて貰うだけ。その道を歩ませたのは愛する母が故に…母と娘、か。
 …うん、少し落着いたら一度くらい里帰りしてもいいかも知れないわね。そのときはこいつ等やレミリアなんかを連れて行っても良いかも
しれないわね。母さん、喜びそうだし…あの人、賑やかなの大好きだからね。レミリアを連れてったら、向こうでもとんでも無いトラブルが巻き起こり
そうなのが少しだけ不安なのだけど…そんな日常も、悪くは無いわね。この幻想郷の賑やかさを、少しでもみんなに伝えられたら…なんてね。

「そう言えば、肝心のレミリアはやっぱり他の連中につきっきりなのか?」
「ええ、あと三日は絶対に三人をベッドの上から移動させないって息まいてたわ。
フラン様も美鈴も妖怪だし、パチュリー様も治癒魔法があるから、身体はとうに治っているのだけど…母様が、ね」
「自分の許可なく無理することは許さないってとこか。まあ、そうだよな。三人ともあれだけボロボロだったんだから。
あの夜、レミリアが部屋にすっ飛んできて治癒中の三人の姿を見たとき、本当に死にそうになってたもんなあ…ていうか普通に泣いてたし」
「そういう訳で母様は少なくともあと三日は神社に来られないわよ。その後は絶対顔出すからよろしく伝えておくように言付けは受けてるけれど」
「そっかあ…ま、しょうがないか。あ~あ、紅魔館の連中の件が無ければ、私はあっちで世話になる予定だったんだけどな」
「あ?何?神社に文句があるならさっさと出て行きなさいよ。つーか出てけ。滞在費置いて出てけ」
「は?何言ってるんだ霊夢。お前さっき自分で『友情は見返りを求めない』って言ったばかりじゃないか」
「何寝言言ってるのよ。金は命より友達より重いのよ。そこを誤魔化す奴は生涯地でも這ってなさい」
「うわあ…そりゃないぜ」

 ぎゃあぎゃあと口論を始める霊夢と魔理沙、そしてその二人を見て笑う咲夜と妖夢。
 そんな連中を眺めつつ、私は先ほどまで調べていた四人の体調の状況を紙に記していく。ま、話を聞く限りだと
頼らないといけないのは霊夢くらいか。いつまでもあの調子じゃ、流石に可哀想だしね。

 そうして私は各人の健康状態をまとめた書類――八意永琳に渡す為の健診書類を丁寧にまとめていく。
 …ま、霊夢には悪いけれど、餅は餅屋。怪我をさせた責任を払うと申し出たのはあちらだもの、だったら利用出来るモノはしっかり
利用しておかないとね。私は別段八意永琳に対してそう悪い感情は抱いていないし、向こうもこちらの意向を理解してか霊夢と魔理沙の
リハビリメニューなんてものまで制作してくれてる。…霊夢には絶対口に出来ないわね。
 しかし、よくよく考えれば全ては正当防衛だというのに、命を狙った連中のアフターフォローに奔走するなんて。
 八意永琳も大概お人好しね…まあ、彼女の後ろのお姫様や下に付く鈴仙達の意向もあるでしょうけれど。


 全ては小さな勘違いから始まり、なんてことはない異変を生み出した永遠亭の連中。
 そしてその異変を幻想郷中を揺るがす程の大事にしてしまった私達。
 その異変を利用するつもりが、血生臭い殺し合いに発展させてしまった紅魔館。
 もつれにもつれた糸を強制的にハサミで断った咲夜と霊夢の二人、そして最後に解決の糸を束ねたレミリア・スカーレット。


 永き夜の異変を思い出し、私は心の底から溜息をついた。
 本当、色々なことがあり過ぎたくらいだけど…他人が客観的にみれば、ただそれだけの異変なのよね。
 勿論、一歩間違えれば誰が死んでもおかしくない、そんな物騒なという前書きはつくけれど。けれど、結果だけを見れば最上とは言わないものの、ベターな結果の筈。
 永遠亭の連中は話を聞く限り、博麗結界の存在が全てを解決してくれたらしく、失うどころか求めていた結果を得たらしい。
 対して、一番被害を受けた紅魔館の連中は…結果だけを見れば、レミリアは無事、そして咲夜は一回り大きく成長し、何より咲夜の話だと
永遠亭のトップである蓬莱山輝夜とレミリアとの交友が生まれたとのこと。それはつまり、永遠亭の連中が紅魔館…いいえ、レミリアの為の
カードとして入手できたことになる。まあ…こんなことを言うと霊夢が本気で怒りそうだけど、少なくとも紅魔館の連中はこう考えるでしょう。
 そして第三者の連中は…霊夢の覚醒と妖夢の経験、か。成程、よくもまあ一つの異変にこれだけの思惑と欲望を重ね合わせてくれるものだわ。
 結果だけをみれば数少ないパイを誰も損することなく分けあうことに成功してる…まあ、ローリスクで一攫千金狙いの人間には手痛い結果かもしれないけれど。

 私は軽く息をつき、魔法使い特有の思考回路にストップをかける。考え過ぎるのは悪い癖ね。異変の裏側なんて、正直私が気にすることでもないのに。
 …とりあえず、今回の異変で誰一人欠けることが無かったこと…それだけは喜んでおこう。あと、腕の良い薬師の知り合いが出来たことも、ね。





















 ~side 美鈴~



 室内に小さく響く可愛らしい寝息。その音を確認して、私はベッドにもたれ掛かるようにして眠るお嬢様を抱き抱える。
 そして自分が先ほどまで眠っていたベッドの上にそっと寝かせ、シーツをかける。そして、隣のベットに座っているパチュリー様から
お嬢様の周囲に施される防音の魔法。…これで途中で目覚めても、お嬢様に私達の声が届くことは無い。私は軽く息をつき、後ろを振り返って言葉を紡ぐ。

「レミリアお嬢様は眠りました。もう起きても大丈夫ですよ」

 私の言葉に、更にパチュリー様の隣に在るベッドに横たわる人物…正確には、シーツを被った塊だろうか。
 その塊がごそごそと動き出し、シーツという拘束具を解放して、一人の不機嫌そうな少女…フラン様が顔を見せる。

「今夜は意地でも貴女と会話するんだって、レミィも張り切ってたからね。いつもより随分遅めの起床になっちゃったわね」
「…今、何時?」
「夜の二時を回ったくらいですかね。咲夜さんも先ほど就寝しましたし、まさに妖怪達の時間真っ盛りですよ」

 私の返答に、フラン様は何も言葉を返すことなく、ベットから腰を上げる。
 そして、レミリア様が眠るベッドまで歩み寄り、穏やかに眠る我らが主をじっと眺める。その姿に、私もパチュリー様も思わず苦笑してしまう。

「無理にレミィを避ける必要、まだ存在するの?八雲紫に西行寺幽々子、伊吹萃香に蓬莱山輝夜…求めていた手駒は必要以上に揃ってる。
これで万全…なんて甘い幻想は言わないけれど、少なくとも貴女とレミィが距離を置き続ける理由にはならないんじゃない?」
「フラン様を館の主に祀り上げようとする妖怪連中は一掃し、レミリア様も紅魔館の座を降りることも館から離れることも考えなくなった。
もう良いんじゃないですか?レミリア様が貴女のアキレス腱だとみなし、人質に取ることも利用することも無い。もうフラン様とレミリア様の
不仲を装う必要もないでしょう。…もっとも、レミリア様は全然不仲だなんて思って無いみたいですけど」
「そうねえ…フランドールの態度、レミィにとっては唯の小憎らしい我儘妹くらいにしか移ってないみたいだし」
「…うるさいな、放っておいて」

 私達の進言をあっさり切り捨て、フラン様は己のベッドへと戻り腰を下ろす。
 その気だるげな仕草は、外見以上の妖艶さを醸し出していて、この姿を見ればフラン様の在り方こそ吸血鬼の象徴だとみなすだろう。
 …まあ、私達のご主人様にこんな仕草は全然合わないんでしょうけど。しかし、フラン様はまだ警戒してるのか。私が二人と出会って数百年が
経過しているけれど、フラン様はこれまでずっとレミリア様と距離を置いてきた。触れあったとしても、邪険に扱うだけ。そうする理由は
二人を取り囲んでいた周囲にある。そうしないと、きっとレミリアお嬢様は利用されていたから。フラン様を良いように操る為の駒として、
館中の腐った連中から。だからフラン様は自らレミリア様と距離を置いて生きてきた。その本人が誰よりレミリア様のことを想っているのに、だ。
 それは今になっても変わらない…変えられないのか、変えるつもりがないのか。前当主は死に、最早フラン様を縛る鎖など何処にも存在しない
というのに、それでもフラン様は未だレミリア様と距離を置いている。私達は必要ないのではないかと度々口にするのだけれど、フラン様は
決して頷こうとはしない。その理由は分からないけれど…まあ、時間の問題だと思ってる。もうお二人の間に壁など必要ないのだから。
 ベッドの上に投げ捨てていた帽子をかぶり直しながら、フラン様は大きく息を吐いて、ぽつりと言葉を紡ぐ。それは、私達にとって大き過ぎる罪科の独白。

「…本当、馬鹿よね。私に振り回されて、命の危険に曝されたのに、死すら覚悟したくせに…私達に一つの罵倒も無い」
「フランドール…それは」
「もう少しで死ぬところだった。調子に乗って、欲を掻き過ぎて、前に出過ぎた愚妹の不始末で命を落としてしまっていた。
それなのに…それなのにお姉様は何も言わない。何も言ってくれない。あるのはただ喜びの言葉だけ。
…何よ、何よ、何よそれ。感謝なんてされたくない。優しい言葉なんて欲しくない。そんな…そんなこと、私は望んでないのに!!」

 フラン様の声が次第に強く、感情と憤怒に満ちたものへと変貌していく。その言葉に、私もパチュリー様も声をかけることが出来ない。
 永遠が支配するあの夜…私達は、絶対にやってはいけないミスをした。油断と慢心、甘い考えが、私達の考え得る最悪の未来を紡ぎかけてしまった。
 私達の犯した大罪…それは、レミリア様を命の危険に曝してしまったこと。その光景を思い出すだけで、未だ私の心臓は凍りつくような錯覚に襲われる。
 レミリア様に出会い、レミリア様に生きる意味を与えられた私達…その私達が、自分達のミスによって、レミリア様を失いかけてしまった。
 守ると誓ったのに。何があってもその身だけは守ると誓った筈なのに…結果をみれば、実に醜悪で実に無様で。気付けば、私達のキングは
奪われてしまっていた。どれだけ盤上に駒が残ろうと、レミリア様を奪われてしまっては何の意味があるだろうか。
 レミリア様を失った心に、生に執着する想いなど存在する筈もなく、私は己が忌み続けてきた獣の身体となり、心に宿る憎悪のままに動き続けた。
 滅んでしまえ。レミリア様のいない世界など、みんな消えてしまえば良い。自分のミスから目を背けようと、何処までも無様な醜態を曝し続け、
そしてレミリア様の仇も討てず八意永琳の前に倒れた。なんと醜悪な存在なのだろう。なんと無様な生物なのだろう。
 主を守れず、責任から目を逸らし、悪意の全てを世界に押し付け、そして外面も無く周囲に当たり散らし、その上の敗北…本当、笑えてしまう。

 戦闘から回復して目を覚ましたとき、私は心から己の死を願った。
 もしレミリア様が生きている未来が存在したとしても、私は最早共に歩けないと考えた。
 主も守れず、レミリア様の従者としての在り方も穢して…今の私がレミリア様の傍になんてどうしていられるだろうか。
 目が覚めて、お嬢様が生きていることを知って、安堵すると共に運命に感謝した。僅かでも良かった。世界から去る前に、
レミリア様に…私が心奪われた、後にも先にもたった一人だけの私のご主人様に、一目だけでも会いたかったから。
 会って、そして謝罪したい。赦されることではないと知りながら、それでも私は願った。縋りたかった。お嬢様の温もりに、もう一度だけ。

 だけど、そんな私の想いは…レミリア様と再会した時の光景によって、全て打ち砕かれることになる。
 ボロボロになっていた私達と対面したとき、お嬢様は泣いていた。まるで子供のように泣きじゃくって、ただただ私達の身を案じて泣いていた。
 いつも取り繕っている『レミリア・スカーレット』も、『強い吸血鬼』も、何もかも投げ捨てて、レミリア様はボロボロの私達の手を握り、
ただただ何度も謝っていた。ごめんなさい、本当にごめんなさいと壊れた玩具のように、何度も何度も謝って。
 その姿に、私も気付けば涙を零してしまっていた。どうしてレミリア様が謝るのですか、謝るのは私達の方なのに。

 決して許されざる罪を犯した私達に、貴女は泣いてくれるのですか。こんな私達の為に、まだ貴女は涙を零して下さるのですか。
 平穏を望む貴女をこのような場所に連れ出し、危険と接させた私達に、それでも貴女は私達の手を強く握り締めて下さるのですか。
 こんな…こんなに醜い私達の為に、貴女は言葉をかけて下さるのですか…他人に弱い貴女を曝しても、それでも…私は、私にその資格はあるのですか。
 私に貴女を…レミリア様を愛し、その手を取る資格が…貴女の歩む道を共に歩く、そんな資格が…

 泣き疲れて眠るレミリア様、意識を失ってもなお私達の手を決して手放そうとはしなかったレミリア様。
 その姿に、私は自分勝手な誓いを立てた。都合の良いことだとは分かってる。決して許されざることだとは分かってる。
 でも、それでも私はレミリア様の傍にいたい。レミリア様と共に歩きたい。私に生きる意味を与えてくれたレミリア様が
もう一度機会を下さるのならば…こんな私の手を掴んで下さるというのなら、私は誰かに後ろ指を指されてもこの道を歩く。
 二度の失態は無い、許されない。レミリア様を失って初めて、本当にレミリア様は私の全てで在ることを認識した。上辺ではなく、心の底から死を感じ取った。
 レミリア様が望む道を、レミリア様が望む未来を私は紡ぐ。そう、私は自分の中で答えを出した。パチュリー様も同じだと思う。

 …だけど、フラン様は違う。あの異変の夜から、フラン様の心が以前のように静けさに包まれるようなことは無い。
 あの日から、フラン様は常に自身を責め続けている。自分の行動が、浅はかな計画が、全てはレミリア様の危険につながったのだと断じ続けている。
 その罪は私達が当然分かち合う罪だと言っても、フラン様は決して認めない。ただ、只管に自責と後悔の念に駆られ続けている。
 レミリア様を守る為の計画が、根本から崩れ落ちた。ひび割れの音は伊吹萃香の事件から生じ始めていた、その亀裂が完全に崩壊へとつながった。
 その結果、もたらしたのはレミリア様の命の危険。それはフラン様にとっても一番起こしてはならない災厄、そうならない為の計画だった筈なのに。

「フラン様…申し上げますが、今回の件はフラン様の責ではありません。
紅魔館からお嬢様を連れ出したのは、他ならぬ私ですから…フラン様は最後までレミリア様を館に残そうとしていたではありませんか。
真に咎められるべきは私です。私がレミリア様の意志に沿いたいと…そう考えたから」
「それも…それも計画の内だった。お前がお姉様を連れ出すことも、その上で伊吹萃香を利用することも、何もかも…
だけど、最終的な判断を誤ったのは私なのよ…思い返せば、私には『選択する』余地が呆れる程あった。
咲夜は何度も今回の異変は参加すべきではないと私に進言してくれた。お姉様と合流したときに素直に道を引き返せばよかった。
八意永琳の提案を受け入れれば、耳を傾けていればあんな事態にはならなかった。お姉様を…お姉様を命の危険に曝すことはなかった!!」
「フランドール、落着いて…」
「いっそ貶してくれればよかった!!『お前のせいで私は死にかけたんだ』って!『お前のせいで私はこんな目にあったんだ』って!
でもお姉様はそんなこと一言も言わないで!傷を負った私の心配ばかりして、何度も何度も優しい言葉をかけてくれて!
私が悪いのに!全部全部全部全部全部私が悪いのに!!こんな未来、私は望んでなかった!お姉様が死にそうになる未来なんて望んでなかったのに!」

 声を荒げて子供のように癇癪をあげるフラン様の様子に、私は驚き声を失う。
 これまで数百年フラン様と付き合ってきたけれど、こんなフラン様を見るのは初めてのことで。いつもの冷静で全てを見下ろす姿は何処にも無く、
そこに在るのは人間の稚児のように泣き声をあげる少女。私は視線をパチュリー様の方へ走らせると、パチュリー様もまた
私同様困惑の表情でフラン様を見つめていた。…パチュリー様も、知らないフラン様の顔、か。
 私達は何とか落着かせる為に声を何度もかけるけれど、フラン様の耳に私達の言葉が届くことは無い。

「違う、違う違う違う違う違う違う違う!私が望んだのはこんな未来じゃない!こんな未来を紡ぐ為に計画を練った訳じゃない!
私のせいでお姉様が死んだ!私なんかを庇ってお姉様が死んでしまった!私みたいな愚図が、私みたいな塵芥がお姉様を殺してしまった!」
「落着いてくださいフラン様!レミリア様は死んでなんていません!レミリア様はそこにいるじゃないですか!」
「認めない!こんな結末は認めない!私はお姉様に笑っていて欲しかっただけなのに!私はお姉様の在るべき未来を築こうとしただけなのに!
こんな…こんな未来しか待っていないのなら、どうして私はお姉様の未来を奪ってしまったの!?こんなの私は全然望んでない、望んでないのに!
嫌!嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌!!!こんなことなら、こんなことならっ、私は、私は――――!!」
「っ――フランドール!!」

 フラン様が言葉を叫ぶと同時に、パチュリー様はそれを塞ぐようにフラン様を強く抱きしめる。
 パチュリー様の抱擁に、肩で息をする程に気を荒げていたフラン様も、次第にゆっくりと落着きを取り戻し始める。
 時間にして数十秒くらいだろうか。フラン様はパチュリー様の腕の中から離れ、ベッドから立ち上がって言葉を紡ぐ。

「…地下に行くわ、少し頭を冷やしたいから。お姉様が目を覚ます頃には…戻ってくる」

 その言葉を残し、フラン様は室内から去って行ってしまった。
 フラン様が部屋から出て行かれ、パチュリー様は大きく溜息をつく。その様子に、私は胸の中の疑問を口に出来ずにいた。
 踏み込みたくも踏み込めない私に、パチュリー様はそんな思考をお構いなしに声を漏らす。

「…仕方ないわ。フランドールの気持ちも分かるもの。レミィが生きていたのは…本当に奇跡の産物」
「そうですね…失態が失態を呼び、慢心と油断がレミリア様の命を奪いかけてしまった。
本来ならレミリア様に己が首を差し出しても足りないくらいです」
「でも、後ろばかり向いていても仕方ないわ。今回は教訓、最後の最後に私達は最高の経験を得た。
レミィの存在が失われることの大きさ、絶望…その全てを知ったから、私達はレミィの為に更に強くなれる」
「…前向きですね。私も前向きではあるつもりですが、そこまで強く断言は出来かねます」
「後ろを向いて何になるの?下を向き続けてレミィに謝り続ければ、レミィの安全や未来が確約されるとでも?
…私は絶対にそんなことは許さない。今回支払った授業料、決して安くは無いわ。レミィの為に、私はその何百倍もリターンを生み出してみせる。
レミィの為に懺悔する暇があるなら、レミィの為に一つでも幸福への欠片を紡いでみせる。後悔と懺悔で私の足は止められないわ。
まあ…もしも過去を謝罪し続けるだけで未来への道が切り開かれるなら、幾らでも喜んで咽び泣いて土下座してあげるけれど…ね」
「強い女性(ひと)ですね…パチュリー様は」
「…そうやって魔法使いとしての自分で誤魔化さないと、耐えられないだけよ。
本当は、私だって泣きたいわよ…泣いてレミィに許しを乞いたいけれど、そんなことレミィは一切望んでないもの。
求められない謝罪はただの自己満足、そして相手に対する侮辱と同じよ…だから貴女も割り切って前を向き続けなさい。レミィの一たる従者ならば、ね」
「そうですね…私達が下を向いて泣き言を漏らすことは、何の益も生み出さないですから」
「…フランドールも良い意味で割り切ってくれるといいのだけど」

 軽く息を吐いて、パチュリー様は一度言葉を切る。恐らく、私と同じく自分ではフラン様の力になれないと悟っているのだろう。
 レミリア様の命にかかわってしまった事件…それを結果論で誤魔化すことを、きっとフラン様は良しとしない。誰よりレミリア様を
愛するが故に、フラン様は自分を責め続けるだろう。私達の声など届かない、フラン様の心に届く言葉を持つのは唯一人だけ。
 …無力ね。私やパチュリー様が何の言葉をかけたところで、結局私達は同じ穴の狢。同罪を犯した者の言葉なんて今のフラン様に
届く筈が無い。フラン様がレミリア様と接するつもりが無い以上、解決するのは時間だけなのかもしれない。

「フラン様のことは、時間が必要なのではないでしょうか…その時間は、未来は許された筈ですから。
幸か不幸か、今回の異変がレミリア様を関与させる最後の異変と決めていた。結果だけを見れば、レミリア様は月の姫という予想外の大物と接点を結ぶことが出来た。
八雲紫、西行寺幽々子、伊吹萃香、八意永琳、そして蓬莱山輝夜…もうこれだけの交友があるレミリア様に、異変参加など最早不要です。
これだけのつながりがあれば、私達に不測の事態が起き、私達が全員欠けたとしても…レミリア様は、他の強者のもとで生き残る。
ならば、後はそんな未来が訪れないことを願い、私達は今をレミリア様の為に生きればいい。レミリア様と共に生きて…その中で、レミリア様の
御心に触れ続ける日常が、温もりがフラン様の心を癒してくれる筈です。フラン様を縛るモノは何も存在しない…フラン様は心のままに永きの
時間を愛する姉と共に過ごすべきです。だって、その生涯を幸福のままに終える未来が確約されているのですから」
「…未来が確約されている、か。それははたしてどうなのかしら、ね」

 刹那、パチュリー様の声の質が変化したことに気付き、私は短く思考する。
 今、私の言葉の中に何かパチュリー様が疑問符を抱く内容があったのか。私が疑問を心に抱いているのを悟ったのか、
パチュリー様は小さく頭を振って言葉を紡ぐ。

「…調査中よ。あやふやな状態で適当なことは言いたくないの、明確な答えが分かったら報告するわ」
「それは私の何の言葉を捉えての調査中なのか、お聞きしても?」
「答えが出たら教えると言ったわ。今の貴女が気にすることではないもの…そうよ、こんなふざけた予感、私の推測違いに決まってる。
それよりも貴女には考えるべきことがあるでしょう。咲夜の戦闘訓練用のメニュー、少しは頭の中でまとめたのでしょうね?」
「へ?あ、ええ、それは勿論。咲夜さんの身体能力変化の大凡は掴みましたからね。
人ではなく妖怪としての戦い方、その力の切り替え法といった基礎をしっかり学んで頂くつもりです」
「そう、それならいいのだけれど。咲夜にとって貴女は最高の見本だからね。人と妖怪の二面性を持つ者の戦い方を教えてあげなさいな」
「あはは、責任重大ですね…本当なら、フラン様にも吸血鬼としての戦い方をご教授頂ければと思ったのですが」
「…今のフランドールには酷な話よ。それは後回し、今は妖怪種として他者とのアドバンテージを生かす戦い方を叩きこみましょう」

 私とパチュリー様は二人して咲夜さんの…吸血鬼と為った咲夜さんの為の育成計画について話し合う。
 …咲夜さんがとうとう此方側の立場になったこと、それ自体を私達は喜ぶべきなのかもしれない。永きときを共に生きられることになったのだから。
 でも、それでも…咲夜さんはもっとゆっくり決断出来る筈だった。その決断を早まらせたのは、他ならぬ私達の責任。
 私達が我を忘れ、自分勝手な暴走を行ってしまったから、咲夜さんは吸血鬼にならざるを得なくなってしまった。私達の責を取る為に、
八意永琳に勝つ為に、最後の一線を越えてしまった。そして咲夜さんは、私達三人に勝った八意永琳を見事に打倒した。
 …あの小さかった咲夜さんが、いつの間にか私達を越えてしまっていた。レミリア様の後ろを子鴨のようについて回っていた咲夜さんが、
今では紅魔館で誰よりもレミリア様の為にその刃を振っている。そのことに姉代わりとしての喜びと、幾許かの寂しさを感じてしまう。
 …後ろを向くのは止めよう。それはきっと、咲夜さんの決意を、誇りを穢すことになるから。だから私は咲夜の想いを受け止める。
 翼を持たない母の代わりに、誰より高き空を望むのならば、私達は咲夜さんの翼を守護する為に奔走しよう。
 いつの間にか実力は追い抜かれてしまったけれど…それでも姉代わりとして、可愛い妹の為に、私の出来る最高の助力を。

「…死ぬにはやはり早過ぎますね。私に出来ること、レミリアお嬢様の為に出来ることはまだ沢山在る」
「当然よ。私も貴女もレミィが幸福の内に生を閉じるその刹那まで、馬車馬のように働く未来が決定されてるわ。せいぜい泥に塗れなさい」
「そうですね…誇りを噛み締めながら、これからはレミリアお嬢様の心のままに生き続けるつもりです。
想いと覚悟、その力の使い方――か。認めたくはないけれど、伊吹萃香の想いを少しだけ理解出来たような気がします」

 私は会話を終え、ベッドの上で眠りにつかれているレミリア様を見つめながら笑みを零す。
 レミリア様の為に生きられる…もう一度、その機会は、運命は与えられた。ならば今度は二度と迷わない。今度は二度と踏み外さない。
 レミリア様がいて、フラン様がいて、パチュリー様がいて、咲夜さんがいて、そして私がいる。そんな優しい未来が私達には待っているから。
 だから、その優しい未来を護る為に、レミリア様を護る為に私は今度こそ楯となる。紅魔館の守護者とレミリア様に任ぜられた者として、
今度は獣としてなどではなく、一人の人として必ずこの場所を護ってみせる。それが私が…紅美鈴がレミリアお嬢様の心に沿う行動だと思うから。






















 開き直りって大切な言葉だと思うの。そうしないと何事も割り切れずに心が押し潰されてしまうだろうから。
 忘却って素敵な言葉だと思うの。人は過去を捨てて前を向いて歩き続けるからこそ強く在り続けることが出来るのだから。
 逃避って無敵な言葉だと思うの。どんなに苦しい壁を目の前にしても逃げ道が在れば心に余裕が生まれるのだから。
 諦念って全てを解決する魔法の言葉だと思うの。リリカルマジック、素敵な魔法。素敵に無敵この魔法。大丈夫、私に任せてね。













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 フラン達の看病を終え、みんなが完治して自分の部屋に戻り、久々の自分のベッドの上で
今回の異変を整理して、そして心に浮かんだ第一声、それが今の言葉。嫌だ。もう何もかも嫌だ。羞恥がマッハで死の回数が十二の試練突破出来る。
 勘違い、勘違い、また勘違い。暴走、暴走、また暴走。結果、一人何度も何度も何度も何度も大号泣。カリスマとか吸血鬼らしさとか
全力で外にぶん投げて全力全壊キャラ崩壊、私の積み重ねてきた孤高で妖艶な吸血鬼イメージ、その幻想をぶっ殺された。そげぶはしないって約束したじゃないですかァー!
 今までみんなの看病とか身の回りの世話とか大切な話のオンパレードとかで全然考える暇無かったけど、思い出してみたら出るわ出るわ私的
死に値する羞恥メモリーの数々。ああもう振り返ってみれば失態失態失態失態失態レミ娘、うー!(いかんでしょ?遺憾でしょ?)
 …本当、なんでこんなことになったんだろう。私は私なりに精いっぱい今を生きてきた筈なのに、こんな一人ピエロ状態になるなんて誰が想像出来るのよ。

 輝夜からあの世の待合室…ええい、今考えるとこの勘違いが忌々しいわ!とにかく、輝夜の支配する永遠の部屋から解放されたときから
事態がもう滅茶苦茶な方向に転がってしまった。まず、私が死んでないこと、その現実を突き付けられたとき一度頭がフリーズしたわ。
 私、めっちゃ死を覚悟したのに。沢山泣いて、輝夜の前で散々喚いて、それでも頑張って立ち直って、それで前を向いて、コレ。
 いや、生きてることは嬉しかった。嬉しかったけれど…私、みんなに既にお別れ言っちゃってたし。悪役の自爆阻止の為に瞬間移動する
間際の野菜人ばりにサヨナラみんなに告げちゃってたし。それを今更どんな顔して会いに行けばいいのよ!『ごめん、死ななかったからあの台詞ノーカンね』
なんて言える訳ないのよ!?レミリア死亡確認したのに…あ、これ復活フラグ立ってたの!?いや、そんなことはどうでも良くて!
 とにかくみんなにどの面下げて会えばいいのかで一点、そして散々偉そうに輝夜に高説垂れてた自分を思い出して頭真っ白化二点目。
 もう死んだとばかり思って、私輝夜にやりたい放題好き放題言っちゃったのよ!?自分の想い出話から友達関係のネタ話まで
暴露暴露の情報流出漏洩しまくりなのよ!?Remilia398特定完了なのよ!?とあるヘタレのプライバシー解禁なのよ!?
 そんな状態でアウアウなってた私だったんだけど、輝夜は何も言わずに私の手をとって歩いてくれて。あまりに恥ずかし過ぎる、恥の塊の
私に敢えて触れない優しさ。そんな輝夜に痺れる憧れる。本当、輝夜の優しさは天井知らずだわ。見ない振り、それが人を救うことだってあるのよ。

 …まあ、そんな私のアホみたいな思考も、元の大部屋に戻ったら完全に消え失せたんだけど。
 だって、そこに咲夜がいて。もう二度と会えないと思ってた愛する娘がいて。そう思ったら、さっきまでのお馬鹿思考なんて何処かに飛んでいっちゃってて。
 気付けば、咲夜に飛びついて泣いてたわ。ええ泣いたわ、泣きまくりだわ。霊夢も、妖夢も、輝夜もいる前でわんさか泣いたわ。
 今思い出せば恥とかそんなんとかで死にたくなるけど、その時の私は本当にどうしようもないほどに嬉しくて。咲夜にまた会えたことが、
本当に嬉しくて。感極まり過ぎて、まあ…そのとき、咲夜の紅色の瞳と、背中にあった紅色の結晶翼に気付かなかったのよね。まあ、それは置いといて。
 で、感情が大分落ち着いてきたところで、自分が今まで輝夜のところにいたことを話して…霊夢に一発頭殴られて。本気で痛かった。全力の拳骨だった。
 それで咲夜達からも事情を聞いたら、何故か輝夜の保護者の人と殺し合いに発展して、それでその人の腕を斬っちゃいましたよ、と。
 もうね、それ聞いた瞬間本気で死にかけた。気が遠くなった。輝夜の保護者…年齢的には母親には見えないけど、とにかくその人の腕を
奪ってしまったこと、一体どう謝ればいいのか…なんて考えてたら、その人の腕がいつの間にか再生してた。いや、何そのマジュニア能力。
 その人が咲夜に『敵対する意志はもうないわ。能力を止めてくれる?』って言っただけで腕が戻ったのよ?ぐにょんって。ぐにょんって。
 あまりの衝撃に意識を失いかけたんだけど、その人が『貴女の家族を治癒しに向かうからついてきなさい』って言って。何のことかさっぱり
分からないので、事情を聞くと、またとんでもない話が出て。なんでも私が輝夜の部屋にご招待されたのを、やっぱりみんなも私が死んだと
勘違いして…それで、その、輝夜の保護者の人とガチ殺し合いバトルになっちゃったらしくて…アリエナイ。ワロエナイ。
 まずそのことを謝罪されたんだけど、私としてはこちらが謝りたいくらいだった。いや、だって…勝手に家に乗り込んでおいて、勝手に
『私は死ぬけどお前ら後は頼んだぜ』演出してみんなを激昂させたのは他ならぬ私で…わ、私のせいで事態がとんでもない酷い方向にいっちゃったじゃない!
 輝夜の話を聞いた感じ、あれは私が勘違いした命を奪うトラップなんかじゃなくて、お客様ご招待ワープゲートだったんだと思う。
 本来ならフランがご招待される筈だったのに、それを私が勇み足で踏み込んで自らの悲劇の死(爆笑)を演出して…あうあうあー!
 とにかく、全部全部私の大暴走だったので謝罪は不要だったんだけど…むしろこっちに謝らせて下さい。ご、ごめんなしあ!

 そして私は屋敷内の一室に連れていかれたんだけど、その室内の光景にまた私大暴走。
 室内には魔理沙とアリス、鈴仙とてゐの姿が。そして彼女達が囲むように横たわっていた…ボロボロのフラン、美鈴、パチェの姿が。
 その、本当にボロボロで。傷の無いところがないってくらいボコボコで…そのとき私、本気で発狂しかけたわ。慌てて駆け出して、
三人に縋りついて、必死に声をかけて…でも三人から声は返ってこなくて。もう叫んだ。必死に叫んだ。誰か助けて、と。三人を助けて、と。
 そんな私に、輝夜の保護者の人は再び訊いてきたのよね。

『もう一度問うわ、レミリア・スカーレット。この三人をこんな風にしたのは他の誰でも無いこの私。
そんな者に、貴女は愛する家族の容体を預けられる?私を怨み殺したい気持ち、それを抑えられる?』

 もうね、そんなアホみたいな質問に頭きてね。私、生まれて初めて全力で人を殴ったかもしれない。
 輝夜の保護者の人のお腹をぽこんって。…ぽこん、なのはあれよ。私の力じゃそれがいっぱいいっぱいだったのよ。
 むしろ拳の骨が折れるかと思ったけど、どれだけ軟弱なのよ私。とにかく、一度思いっきり殴って、私は輝夜の保護者の人に叫んだわ。

『恨みも殺したい気持ちも最初から存在しない!貴女が気を負うのなら、今の拳に家族の借りを全部乗せたから受け取りなさい!
だから…だから、お願いだからみんなを助けて!何でもするから、私なら何でもするから、お願いだからみんなの命を助けて!
この娘達は、私の大切な家族なの…絶対に失えない大切な家族なのよ…だから、お願いします…みんなを、助けて下さい…』

 もうね、本気で土下座した。カリスマもくそもあるか、この緊急時、そんなものはワンワンにイートさせてしまえ。
 必死で頭を地面に擦り付けて咽び泣く私。顔面はぐちゃぐちゃ?そらそうよ、(涙と鼻水で)酷いもんよ。多分、あのときの顔の写真とか
残されてたら私は迷わず首を括る自信があるわ。乙女の泣き顔?ありゃそんなチャチなもんじゃなくってよ!多分全世界が引くレベルよ。
 まあ、そんな風にごつんごつんと頭を地べたに擦りつけてたら、私の新盟友の輝夜が後押ししてくれて。

『永琳、不可能とは言わせないわ。私が貴女に言う言葉は唯一つよ。――貴女の真なる力、私の友に教えてあげなさい』
『…ええ、言われずとも。レミリア・スカーレット、貴女は何も心配しなくて良い。
自分で傷つけた患者相手に言うのもおかしな話だけど――私の億を刻む知識、今この時だけは、全てを貴女の家族の為に』

 そんな会話を行って、輝夜の保護者の人のハイスピード治療が始まったのよね。
 で、私達は部屋の外で待ってたんだけど、ものの三十分くらいで治療完了。輝夜の保護者マジぱねえ。部屋に戻ると、劇的ビフォーアフターに
治療された三人の姿が。でも、輝夜の保護者の人曰く、妖怪でも一週間は無理させないようにとのこと。だから三人は一週間私が紅魔館で
責任持って看病保護することにそのとき決定したわ。私の吸血鬼として無意味過ぎる家事能力が火を吹く時がきてしまったようね!
 そんな訳で治してくれた輝夜の保護者の人に何度も何度もお礼の言葉を告げたら、その人が言うには初期手当てが完璧な対応をしていたから
これだけの短時間で治癒出来た。だから感謝はそこの四人に言って頂戴って、魔理沙達のことを教えてくれた。
 で、次に魔理沙達四人に礼を言ったら、四人とも笑って礼を受け取ってくれたわ。魔理沙、アリスは勿論だけど、鈴仙とてゐまで
手を貸してくれていたなんて…くうう!貴女達本当に良い人過ぎるわ!鈴仙、てゐ、貴女達と友達になれてよかったわ!そんな感じで
感激して手を握ってぶんぶん握手したら、鈴仙が『別に貴女の為じゃないわ、自分の為よ』ってこと言いだして。自分の為でもいい!それでも感謝してるから!
 てゐの方は『どういたしまして。お代は要らないよ、幸運の加護の件も含めて代価は貴女の面白そうな未来で十分過ぎるからね~』なんて
言ってくれたけど、よく意味が分かんないので流して感謝を告げまくってた。そんな私達をみて、何故か輝夜も手をとって握手してきたんだけど…あれかな、
輝夜は箱入り娘さんっぽいから握手が珍しいのかな。とりあえず、そんな感じで輝夜とも握手。本当、本当に良かった。

 まあ、そういう感じでその場は一度そこで終幕。私と咲夜は三人を少しでも早く養生させたいから、帰宅する旨を告げたわ。
 でも、霊夢は異変の処理とかそういうのがあるらしいから、もう少し残ってみんなと話しするって。正直、そのときの私は異変のことなんか
少しも頭に無かった。いや、もう、早く帰って三人をベッドに寝かせることしか頭に無くて。だから、異変の話とか経緯とか色んな話とか
する為に、二週間後に紅魔館に集まろうと私はみんなに呼びかけたのよ。いや、正直異変はもうどうでもいいけど、この夜はみんなに沢山
迷惑とかかけたから、正式な謝罪と感謝の言葉を送らないといけないし。そうして再会の約束を輝夜達と取り付けて、私と咲夜は一足先に
紅魔館に戻ったのよ。正確には、あと妖夢も。いや、だって私と咲夜だけじゃ三人を運べないし…そしたら、妖夢が
『私も幽々子様の言いつけは終わりましたから、そちらをお手伝いします。異変の詳細は後日お訊きさせて頂きます』って。妖夢、良い娘やわ…

 紅魔館に帰って、三人を室内に閉じ込めて(いや、本当に閉じ込めたのよね。絶対に無理させない外に出さない為に私ずっと監視してたし)
私はレッツ看病タイム。三人の為にご飯を作ったり、身の回りの世話をしたり、そのときの私は過去最高に輝いてた。ケーキ作りに次いで自分の
天職を見つけたような気がしたわ。咲夜が手伝いを何度も申し出てきたけれど、全部却下。三人は私を心配させた罰で、絶対私が世話をするって決めてたんだから。
 …それに、みんなが私の為にボロボロになったんだって知ったから、だったら私がお世話したいじゃない。
 私はみんなに心から感謝してる。沢山沢山ありがとうって言いたい程に、感謝してる。だから私はみんなの謝罪を受け取らない。
 だって、ありがとうがみんなに送る私の台詞だもの。ごめんなさいは必要ない、求めてない。みんなが謝ることなんて何もない。
 大好きなみんながここにいる。大好きなみんなの温もりが感じられる…全てを諦めた私には、それが何より嬉しかったから、だから私の心は感謝だけ。
 そんな風にみんなに接したら、美鈴には泣かれるわパチェに抱きしめられるわ…いや、うん、よく分かんないけど良かった!とにかく良かった!
 ただ、フランだけが私と目を合わせようとも会話しようともしてくれなくて…むう、本当に気難しい娘ね。今更だけど、本当に不思議ちゃんだわ。
 でも、気が向いたらで良いから私と会話してほしい。だって、私、フランに伝えたいことがあるから。フランに私の心を知って欲しいから。
 自分が死んでしまうんだと勘違いした刹那、私は少しだけ思い出したことがある。私がどれだけフランのことが好きなのか。私がフランの為に、
フランの笑顔の為ならなんだって出来るってことを…あれ、思い出すって変ね。思っただけなのに、どうして私、思い出すなんて言葉を使ったんだろう…

 そして、まあ、三人を看病してた一週間のうちに次々訪れる愛する家族の衝撃告白タイム。
 一番手は美鈴。美鈴が実はただの妖怪じゃなくて、龍と人間の子供…龍人って言ってたかしら、そういう存在だということを教えてくれた。
 そのことを聞いても、私は正直あまりピンとこなかった。だって慧音が半人半獣だし、別に美鈴がそれでも何もおかしくないし。
 しかも龍ってあの龍でしょ?私としては『めちゃくちゃ格好良い!』としか思わない訳で。そんなことを正直に口にしたら、美鈴が困ったように
微笑みながら事情を話してくれた。なんでも龍とは神聖な生き物で、本来なら世界、事象、万物に存在するモノを守護する役割を果たすらしい。
 でも、美鈴はその龍に人間という穢れが混ざってしまい、神聖を持たない唯の獣として古来より忌み嫌われる存在なのだとか。穢れた龍が守護する
モノは全てを不幸にする、なんて言い伝えがあるくらいらしい。その話を聞いても、私は正直『ふーん』としか思えない訳で…だって私、不幸になってないし。
 むしろ美鈴が一緒にいてくれるようになって、私の心から寂しいとか一人ぼっちとかそういう悲しい気持ちの一切が消えたもの。
 あのときはフランとも全く接することが出来なかったから、美鈴の存在がどれだけ支えになっていたか。美鈴の正体がなんであろうと、貴女は
私の大切な家族。私に出来た初めての従者、私と共に歩んでくれることを約束してくれた大切な人。それだけじゃない、なんて素で返してしまった。
 で、言った後で『やばい!私空気読めない発言したかも!』って思って、慌てて美鈴に言っちゃったのよね。

『美鈴は立派な役割を持ってるじゃない。私の大切な紅魔館(いえ)を護ってくれる、守護してくれるという立派な役割が。
それを考えると、私は他のどんな龍よりも美鈴のことを神聖な龍だと思えるわ。家を護ってくれる、強く優しい龍神様、素敵じゃない。
他の誰がなんと美鈴を揶揄しようと、私は美鈴を絶対に手放さないよ。むしろ見せつけて自慢してあげたいくらいよ。――私の美鈴は、こんなに素敵な人なんだって』

 それが止めになっちゃったみたいで、美鈴何も言わずに嗚咽を漏らし始めて。ごごご、ごめんね!?空気読めない主で本当にごめん!
 もう美鈴が泣きやむまでアレコレ言葉を並べて必死に美鈴をフォローして…くそう、何て言葉を返せばあのときは正解だったのよ。
 だって美鈴が呪龍だとか疎まれる龍だとか、正直そんなの気にしないんだもん。美鈴は美鈴、私と一緒にいてくれればそれでいいんだし。
 私は美鈴が好き。私と一緒に歩き、ともに笑いあってくれる美鈴が大好き。なら、それだけでいいじゃない。私はそれで十分だと思ってる。
 まあ、デリケートな問題に対して機微がきかないだけなんだけど…本当、今度紫と幽々子から上に立つ者の心構えとかそういうの学んでこよう、うん。

 美鈴の話が終わったと思ったら、今度は咲夜の吸血鬼化という衝撃的暴露が行われて。
 …いや、ごめん。それを初めて訊いたとき、本当に申し訳ないんだけど…嬉しかった。だって咲夜が私より先に死なないと約束されたから。
 ただ、それを伝える前に母親としてやるべきことはやらないといけないと思ったから、私は咲夜を叱りつけた。
 だってこの娘、そのことを話すこととかをずっと一人で溜めこんでたみたいだから、だから母親としてお説教。
 相談してほしかった。その悩みを、心の負担を私に分けて欲しかった。娘が苦しんでるのに、それを良しとする母親なんていないもの。
 これまでにないくらい、沢山叱って…そして、その後に私の気持ちを伝えた。咲夜が吸血鬼になって喜んでいる自分がいること、咲夜にそんな
決意をさせたことへの謝罪、それと約束…咲夜が吸血鬼になったことを後悔しない未来を、私が作っていくから。だから一緒に幸せになろうって。
 …あれ、なんか思い出すと告白みたいな台詞ね、これ。まあ、女同士の上に相手は娘だから気にすることもないんだけど…とにかく、私は
割かしすんなり咲夜の吸血鬼化を受け入れてた。ただ、その話を聞いた後でパチェを私専用抱き枕の刑に処した。咲夜の吸血鬼化に絡んでおいて
私に黙っていたこと万死に値する。むきゅむきゅうるさかったけれど、そんなの関係ねえ。フランのお仕置きも今度することにした。
 ただ、心配していた日光も流水もパチェ達のおかげで大丈夫だって話を聞いた時はほっとした。日常生活に不都合が生じると、流石にね…以前と
変わらない生活が送れるみたいで何よりよ。つまり咲夜の吸血鬼化は寿命が延びて、吸血鬼としての種族の力を手に入れて…何このワープ進化。
 母親は未だにコロモンなのに、娘は階段飛ばしでウォーグレイモンまでなっちゃってる。泣いてない、泣いてないわよ畜生。
 咲夜の吸血鬼としての身体の適応も、パチェや美鈴が責任を持って行ってくれるらしい。言いかえると咲夜の修行な日々がまた始まるとか。
 …本当、咲夜、一体どこまで行くのかしら。とりあえず願い事三つ叶えるボールのある星に行っても無事に戻ってきてほしい。瞬間移動とか覚えてきたらどうしよう…

 そんなどたばたした日々も終わり、三人の看病も終えて、私はこうして異変を振り返ったという訳。
 結局私のしたことは『私は死ぬぞー!』→『あれは嘘だ!』→泣き土下座のハイパーコンボくらい。…私、妹を連れ帰ろうとしただけなのに。
 まあでも、終わってみれば全て元通り万事解決…なのかしら。そうでも思わないとやってられないわ本当。
 咲夜が霊夢に聞いた話だと、異変は無事解決で輝夜達とはきっちり話をつけてきたとか。まあ、結局異変は私達の勘違いで
なんか別に輝夜達そんなに悪いことしてなかったみたいで、むしろ私達がそれを悪化させたみたいな話だったけど、なんか
封鎖結界とか永夜返しとかよく分かんない単語連発で解読不能状態なのよね…まあとにかく解決したみたいで何より。
 一週間して、美鈴もパチェもフランも以前と同様に日常を送ってる。
 美鈴はいつものように門の前で眠ったり妖精の娘達と遊んだり咲夜に稽古をつけたり。そういえば昨日窓から門を眺めたら
滅茶苦茶大きな紅竜が門の前で妖精達と戯れてたんだけど…あれ、美鈴龍であることをどうこう言って無かったっけ?てっきり気にしてる
ものだと思ってたんだけど…何かの切っ掛けでふっきれたのかしら?誰がそうさせたのかは知らないけれど、有難いことね。
うん、今度美鈴の背中に乗せて貰おう。竜騎士って格好良い響きよね、美鈴の背中に乗って『サラマンダーよりはやーい』とか言ってみよう、うん。
 パチェもまた日常に戻り図書館生活の日々。ただ、最近は調べ物があるのか、図書館の書物から屋敷内の部屋中の本を全部漁ってるみたい。
 あまりに真剣だったから、手伝おうかって言ったんだけど…まあ、拒否されたけどね。でもそんな必死に何を探しているのかしら。
 フランはフランである意味いつも通り。地下に籠って全然上に上がってこない。むしろ以前より悪化してる気がするわね。
 お姉さんとして、一刻も早くフランの社会復帰を押し進めてあげないと…これは計画を練る必要があるわね。その辺もみんなと相談してみよう。
 咲夜は妖怪としての身体の使い方とかそういうのを美鈴に指導受けてる。なんでも、人間の時の戦い方では力に振り回され過ぎて
そのあたりの制御を上手に出来るようにしないといけないとか。結構大変だけど遣り甲斐があるって咲夜笑ってた。…やっぱり咲夜の前世は野菜人かもしれない。
 ただ、妖怪…というか吸血鬼に為った為、妖力は勿論のこと、魔力も体内に生じているらしくて魔術方面も学び始めたとか。おかしいわね…咲夜が
どんどん遠い存在になっている気がするわ。あれかな、美鈴とパチェは咲夜に魔王でも倒させるつもりなのかな…頑張るのはいいけど、怪我だけには気をつけてほしいわ。
 そして萃香は、私が三人の看病期間を終えて部屋に戻った日に帰ってきてくれたわ。
 萃香にもお礼の言葉を言ったんだけど、なんか萃香の様子が変だったのよね。目を合わせてくれないというか…まあ、次の日には元に戻ったけど。
 それで事情を一度訊いたら、何故か真剣な顔で『紫は一度殺すべきだと思わない?』なんて言われた。いや、一度って…そもそも二人がやりあったら幻想郷終わるから。
 まあ、そんな感じで私達の永い夜は終わりを迎えた。全ては日常、在るべき姿に…本当、永い夜だったわ、全く。
 紅魔館のみんなは、私が泣いて暴走しまくってたのを見なかったことにしてくれてるらしい。まあ…あんな無様なご主人様は
流石に忘れたいわよね。だが私は一向に構わんっ!!全てを忘れて水に流して忘却の彼方に捨て去って下さいホントお願いします…










 そして、永き夜から二週間。

 輝夜達に言っていたように、今日はあの夜に関わったみんなを紅魔館に招待してお話をする日。
 お話というか、謝罪アンド感謝を正式に私が告げまくりたいだけなんだけど…でもでも、こういうのって大事だと思うのよ。
 こういうイベンドというか招待という催しで、あの夜にあったことをみんなで共有し、そして笑い話にするの。
 あの夜は色んな事が在り過ぎたから、みんなの心の時間の針もまだ止まったままだと思うし…それをこういう場を開くことでみんな
コミュニケーション、そして新たな第一歩!そういう計画なのよ。折角知り合ったんだから、みんなで仲良くしていきましょうと。
 この場を開くにあたり、一応私(咲夜も手伝ってくれた)お手製の料理とか用意して、立食パーティーみたいな会場を設営したわ。
 お酒も沢山用意してるから、異変が終わった後はみんなで仲良く楽しく!…というのは建前で、酒の力によってみんなの記憶から
私の醜態NGシーン集を消してしまいたいとか思ってないからね!ほほほ、本当なんです!お願いだからみんな覚えててくれないで頂戴…マジで。
 招待した人達はさっきも言ったけど、あの夜に私達が迷惑かけたりお世話になった人達。
 輝夜に永琳(咲夜に名前教えてもらった)、鈴仙にてゐ、慧音に妹紅にミスティア、あと…リグル、だったかしら?この人は私は
知らないんだけど、なんでもフランが迷惑かけたみたいで。咲夜に頼んで探して貰って招待しておいたわ。
 あとはいつものメンツね。霊夢に魔理沙にアリスに妖夢、そして霊夢と妖夢を送り出してくれた紫と幽々子。
 これだけの人数を呼ぶんだから、きっとみんなイザコザを忘れて盛り上がれるに違いないわ!その隙を縫ってみんなに謝罪と感謝を告げていく、と。
 そんな計画を一人頭に練りながら、当日。私は片手にメモ用紙、反対の手に鉛筆を持って会場内をうろうろうろうろ。

「これで魔理沙とアリスにはお礼を言って…次はリグル?って娘ね。
私は顔知らないんだけど、咲夜に訊けば分かるかしら?…って、ああ、この中で知らない娘が自然とリグルになるか」

 私はメモ用紙の中の魔理沙とアリスの名前を消して、次なるターゲットのもとへ足を進める。
 私が手に持っているのは勿論、私の作った『あの夜はごめんなさい&ありがとうシート』よ。別名、異変参加者名簿とも言うわね。
 そんなものを手に持って何をしているのかというと、まあ計画通りありがとうとごめんなさいをみんなに告げて回ってる訳よ。
 営業回りスタイルの私に、さっき魔理沙は大爆笑だし、アリスはアリスで不要な苦労を背負いこむのねなんて言われるし。不要じゃないわよ!
これは私達の円滑円満な明日を支える為の大事な行動なのよ!人付き合いがどれだけ大切なのか、とことん語ってあげたいわ。主に命の危険的な意味で。
 そんな感じでフラフラと回ってたら、私に用があるのか、一人の女性が近付いてきて。…確か八意永琳、だっけ?輝夜の保護者の人。

「こんにちは。少しお話を…と思っていたのだけれど、忙しいかしら?」
「ん、別に構わないわよ。私も貴女に用があったし、順番が変わるだけだから」
「順番?一体何の?」
「これ。あの永い夜に私達が世話になった人や迷惑をかけた人に声をかけていってるのよ」
「…貴女、吸血鬼なのよね?本当、変わってるって言われない?」
「失礼なヤツね…人にお礼や謝罪を言うのに『吸血鬼』なんてモノは関係あるの?
お世話になったら感謝を告げるし、迷惑をかけたらごめんなさいを言う、それは至極当たり前のことでしょう?
私は私の思うまま、私の望むままに行動するの。だから八意永琳、あの夜は本当にありがとう。貴女のおかげでみんな元気になれたもの」

 頭を下げて感謝を告げる私に、永琳はぽかんとした表情を浮かべ、そして笑みを零す。
 …本当、最近よく人に笑われるわね。別に嘲笑的な意味じゃないからいいけど…でもやっぱり納得がいかないわ。
 ぷんぷんと頬を膨らませる私に、永琳は『ごめんなさいね』と小さく謝罪をして言葉を続ける。

「輝夜が貴女に惹き込まれた理由、なんだか分かるような気がするわ。
レミリア・スカーレット、貴女は本当に魅力的ね。貴女の言葉は全て正しい、実に正しいわ。
感謝と謝罪は本当に大切なこと。たったその二つが告げられない故に人間は愚かしくも争いに至る」
「むう…馬鹿にしたり褒めたり忙しいわね。別に良いわよ、私だって笑われるのには慣れてるもの」
「あら、馬鹿になんてしていないわ。私は本当に貴女を尊敬するし、大切なことを学ばせて貰ってる。
貴女がそうしたのなら、私も礼を返さないとね。…あの夜、貴女の家族を傷つけたこと、心からお詫びするわ。本当にごめんなさい」

 突如頭を下げる永琳に、私はカウンターを喰らったように呆然としてしまう。
 そして慌ててそんなの必要無いという言葉を紡ごうとすると、永琳が悪戯が成功したように微笑んで告げる。

「ありがとうとごめんなさい、感謝と謝罪が正面から交わった。
だからプラスマイナスゼロで私達のもうその言葉は必要ない、それが貴女の想いで間違いないかしら?」
「…やられたわ。貴女、輝夜と永い間一緒にいるのよね。それくらい返して当たり前か。良い性格してるわよ本当」
「ふふっ、お褒めにお預かり光栄よ。でも、私が貴女の家族を傷つけて治したという言わばマッチポンプだから心苦しくはあるけれど」
「いいっこなしよ。あのとき、最初に貴女の話を聞こうともせずに刃を向けたのはこちらだもの。これで帳消しにしてくれると嬉しいわ」
「そう…貴女がそれで構わないなら」

 そう言って静かに微笑む永琳。その穏やかな表情に、私は愛する自分の娘の笑顔を重ねてしまう。
 …うん、やっぱり似てる。この人、絶対咲夜に似てる。あの夜に一目見て思っただけだから、よくあるちょっと似てるなってレベルかと
思いこんでたけれど、よくよくこうして見ると本当に似てるわ。もし咲夜が人間のまま、もう少しだけ齢を重ねたら、こんな風に
綺麗で清楚なお姉さんという感じになったのかもしれない。そんな風にじーっと顔を見て観察してると、当然あちらも気付く訳で。

「そんなにマジマジと顔を観察して、どうかしたかしら?」
「ふぇ?あ、ご、ごめんなさい。あの夜も言ったと思うけれど…やっぱり貴女、私の娘に似てるわ」
「…十六夜咲夜、のことね」
「ええ、そう。私の大切な一人娘。あの、まさかとは思うけれど…咲夜の、その、お姉さん…とかだったり」

 私の言葉に、永琳は言葉を返さず沈黙を保つ。…え、嘘、どんぴしゃ?まさかの咲夜の本当の家族?
 冗談交じりで言ったつもりが、まさかそんな…えええ!?どどど、どうしよう!?私どうすればいいの!?
 もし『咲夜は私達の家族です。返して下さい』なんて言われたらどうしよう!?だだだ駄目よ!咲夜は私の咲夜よ!今更そんなこと認めないわ!
 でも咲夜が本当の家族に会いたいって言ったら、それはそれで仕方が無いことで…し、親権問題はこの場合私が有利になるの!?裁判になったら負けるの!?
 いや落ち着け落ち着きなさいレミリア。そもそも私には咲夜を育て愛したというこの十数年の時間が…っていうか、咲夜思いっきり吸血鬼化させちゃった…
 あああああ!?きききき傷物にしちゃってる!?咲夜を思いっきり私色に染め上げちゃってる!?この場合どうなの!?罪に問われるの!?保護者監督不行き届き!?
 ああでもないこうでもないと思考がぐるぐる回る私に、永琳は大きく息をついて苦笑し、言葉を紡ぐ。

「安心なさい、レミリア。私と十六夜咲夜には何の関係もないわ。
…それにもし関係があったとしても、貴女から奪うつもりは毛頭ない」
「え、あ、そ、そうよね!関係無いわよね!いや、勿論最初から分かってたし私は動揺してないけどね!?でも一応ほら、訊いておこうかなってね!?」
「でも…少し興味があるわ。私に似ている…まるでもう一人の私のような、十六夜咲夜の物語に。
ねえ、レミリア。もしよければ、貴女と十六夜咲夜のお話を聞かせて貰ってもいいかしら。貴女と彼女の出会いを」
「あ、まあ…別に隠すようなことでもないし、構わないわよ」

 一度言葉を切って、私は咲夜との出会いからこれまでに至るまでの経緯を話し始める。
 その咲夜と私の話を、永琳は一字一句を聞き洩らさないように耳を傾けている。そして時折質問したり。
 …うー?そんなに興味沸くような内容かしら。確かに吸血鬼が人間を育てたっていうのは珍しい話なのかもしれないけど…まあいっか。
 大まかに大凡のことを話し終えると、永琳は満足したように笑みを零す。え、いや、そんな喜ばれても…私何も喜ばれるような話してないし。
 困惑しっぱなしの私に、永琳はとある疑問を口にした。

「そういえば貴女はレミリア・スカーレット。そして娘は十六夜咲夜。…ファミリーネームが異なるわね」
「ん、そうね。名前もだけど、十六夜のファミリーネームも私が与えたわ」

 本当はシュトルテハイムラインバッハ三世になる予定だったけれど、それは口に出さない。
 次にこれを口に出したら本気で怒るってフランに怒鳴られてるし。良い名前だと思ったんだけど…駄目ですかそうですか。
 成程、永琳の質問も尤もね。確かに咲夜を娘とするなら、普通はサクヤ・スカーレットよね。恐らくはその理由を訊いてるんでしょうけれど…

「…別に大した理由じゃないわよ。一つは咲夜の意志無くして、スカーレットに所属させたくなかったから。
まだ右も左も分からぬ赤子が、気付けば吸血鬼の家名を与えられていた…なんていうのは、正直嫌だったからね。
スカーレットの名を冠するかどうかは咲夜が大きくなって決めれば良い。自分でちゃんと判断出来るようになってから、ね」
「成程、確かに尤もな理由ね。だけど私はそれだけではないと思っているけれど」

 …鋭いわね。本当、流石は輝夜が自慢していただけのことはある。この人も実は紫クラスのアレな人なのかもしれないわ。
 少し考えたものの、まあ、隠すことでもないかという結論に至り、私は質問に対する答えを紡ぐ。
 私が咲夜に自身の名字を与えなかった、その最たる理由を。

「当たり前の話だけど、咲夜は元は人間だった。人間だった咲夜が、紅魔館の外に捨てられていたのを私が発見したの」
「ええ、それは先ほど教えてもらったわね」
「いい?咲夜は捨てられていたの。こんな赤子が、外で泣いて温もりを求めていた。当たり前の話だけど、咲夜はそのとき生きていたのよ。
赤子は一人では生きられない、長い時間を生きられる訳が無い。…それはつまり、先ほどまで『母親の温もり』が傍にあったということでしょう?」
「…そう、ね。普通は、そうでしょうね」
「咲夜がその場に捨てられてそう時間が経っていないということは、母親がつい最近まで近くにいたということ。
…すなわち、幻想郷に、咲夜の捨てられていた場所に母親は存在していたのよ。ああ、勿論、母親は既に亡く他の人の手によって…とも考えられるけれど、
少なくとも咲夜を保護する立場にある人間、家族はそこにいた筈なのよ」

 どうして咲夜を捨てたのか、その理由は今でも私には分からない。どうして捨てられていたのかなんて分かる筈が無い。
 でも、私にはどうしても何の理由も無しに捨てられたなんて思えなかった。きっと何か理由がある筈だと、きっとどうしようもない
理由があってこの場に咲夜を置いたんだと。我ながらなんという手前勝手なお人好し思考だとは思うけれど、けれど私の中で誰かが絶対にそうだと告げていた。
 だから、昔の私は考えに考え、一つの結論を導いた。この娘は私の娘として育てる。だけど、この娘から本当の肉親を奪うことを良しとしない。
 だって、どんな事情があるにせよ、きっとこの娘は望むだろうから。実の両親に会いたいと、一度会ってみたいと望むだろうから。
 そして実の家族も同じく、この娘との再会を願うだろう。だから私は自分達の場所をこの娘の負担にしたくない。いつの日か、もしかしたら
この娘が館を出て行くときが来るのかもしれない。そんな日が訪れても、この娘の心の重荷になどなってはならない。
 この娘は、咲夜は私が育てる。そして、必ずや幸せにしてみせる。そう願ったから、だから私は決断をした。

「将来、本当の家族に出会っても、咲夜にとって私達が重荷にならないように。咲夜が自分の意志で幸せを選び取れるように。
だから私は咲夜のファミリーネームを強制しないのよ。いつか来る、本当の家族との出会いを忌避しない為に、ちゃんと向きあえるように。
…だって、私達の望みは咲夜を縛ることなんかじゃない。咲夜は大切な一人娘、だからこそ自分の手で幸せを選んでもらいたいのよ。
あの娘は私の夢、あの娘は私の未来。目に入れても痛くないくらい可愛い娘だから…だから私は咲夜に決めて貰いたいのよ。咲夜自身の幸せを、ね」

 …本当、らしくもない話をしてしまったかもしれないわ。これ、第三者が聞いたら完璧に親馬鹿過ぎる発言だしねえ。
 でもでも、私は自分の決断を間違ったなんて思っていない。私達に強制されることなく、縛られることなく咲夜には幸せになってほしいから。
 そんな私の話に、永琳は一度瞳を閉じ、少し考えるような仕草を見せる。…やばい、呆れられたかしら。いやでも、娘を持つと親馬鹿になっちゃうのは
仕方のないことで…そうよ、永琳だって咲夜の小さい頃から見ていれば分かるわよ!咲夜、反則的に可愛いんだから!だから私は悪くない、無罪よ。
 やがて、永琳はゆっくりと瞳をあけて言葉を紡ぐ。それは本当に穏やかな声で。

「…貴女に、レミリア・スカーレットに十六夜咲夜が出会えたこと…その運命に感謝するわ。
貴女のような人に愛を与えられた十六夜咲夜は本当に幸せ者よ。本当…出会えたのが貴女で、良かった」
「えっと…ああ、うん、ありがとう…でいいのかしら」
「ただ…一言だけ言わせて頂けるなら、ファミリーネームの件、もう一度十六夜咲夜と話すことをお勧めするわ。
きっと今なら彼女も結論を下せる筈。あの娘が寄り添うのは月ではなく吸血姫。最早生みの親になんてこだわる必要はないわ。
…それに、貴女の娘の生みの親は最低な女だと私は予想するわ。自分の欲望のままに動き、その代価を娘に支払わせるような、そんな…ね」

 …むっかちーん。今の永琳の言葉、ちょっと頂けない。ていうか少し頭にきた。
 声を荒げるのも大人げないかなと思いつつも、やっぱり咲夜に関することだから口にせずにはいられない。
 私は声を大にして永琳に感情をぶつける。だって、ちょっと許せなかったし。

「取り消しなさい。今の発言を取り消しなさい」
「…発言、というと」
「咲夜の生みの親が最低の女だって言ったことよ!咲夜を生んだ人が、最低な女な訳あるもんか!
あんなに良い娘を生んでくれた人が、最低だなんて二度と言わないで!咲夜の母親は絶対に良い人に決まってるわ!!」
「レミリア…でも、現に咲夜は捨てられたのよ。どんな事情が在るにせよ、どんな過程で生まれても…その罪は母親に在るでしょう。
それはどんな綺麗な言葉で繕っても取り消せないし書き換えられない。咲夜が捨てられていた…それだけで母親は許されるべきではないのよ」
「そんなこと知るもんかっ!!許すとか許されないとか、そんなことを決めるのは母親でも貴女でもない!決めるのは咲夜よ!
咲夜の気持ちも知らないのに、勝手に許されないとか最低だとか思いこむのは絶対に許さない!私が許してなんかあげない!
少なくとも私は母親に感謝してる!咲夜という女の子と私はその人のおかげで出会えた!その人がいたから私は咲夜の温もりを知った!
もし咲夜の母親が下を向いていたら、私が思いっきり横っ面を引っ叩いてやる!そして言ってあげるわ!『胸を張れ』って!
貴女の娘はこんなにも立派な娘なんだって!『許されないなんて思うなら、今からでも愛情を注げ』って!自分勝手な言葉と行動で、咲夜を侮辱するなって!
どんな事情があるにせよ、咲夜を捨てた過去は確かに消えない!でも、失った時間を取り戻すことは今からだって出来るんだから、勝手な思い込みで私の娘を馬鹿にするな!!」

 そこまで叫び、私は会場のみんなの視線が私と永琳の二人に集まっていることに気付く…って、ぬああああああああ!?や、やっちまったべさ!!
 やばい!ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!!何やってるの!?私何やっちゃってるの!?
 そもそも私、なんで永琳にあんなこと叫んでるの!?永琳はただ疑問を口にしただけなのに、今の私めっちゃ恥ずかしい人じゃない!
 永琳が咲夜の母親ならまだしも、何にも関係無い永琳に今の言葉ぶつけても仕方ないじゃない!唯の八つ当たりじゃないこれ!!あばばばばば!!
 どうしよう…どうしようどうしようどうしよう!!思考がパニックに陥っていたとき、会場から魔理沙の大きな声が響き渡る。

「以上!パーティー開催者レミリアの娘への愛情トークでした!それじゃ次はその娘の母親に対する話を聞かせてもらおうか!!」

 魔理沙の言葉に、会場の連中の視線が私から咲夜の方へと移る。な、ナイスよ魔理沙!愛してる!今の貴女になら抱かれても良い!
 と、咲夜の方は顔を真っ赤にして困惑顔。…ごめんなさい咲夜ェ…咲夜は犠牲になったのだ…失態続きのお母様を許して。
 魔理沙の与えてくれたチャンス、無駄にはしないわ!私は永琳へと向き直り、こほんと咳払いをして引き攣った笑みを作って言葉を紡ぐ。

「と、まあ、もし貴女が咲夜の本当の母親だったなら私は言っていたでしょうね!
けど、ほら、あくまで貴女がそうだったらの話であって、別に貴女に言葉をぶつけた訳ではないのよ!?気にしないで頂戴!」
「…ふふっ、ええ、そういうことにしておくわ。…でも、ありがとう。本当、参考になったわ」
「な、何の参考かは分からないけれど力になれたなら何よりよ!うん!」
「それでは、私は失礼させて頂くわ。話に付き合ってくれて本当にありがとう。
そう、確かに逃げてるだけね…今からでも失われた時間を取り返せるのかどうか、それは自分次第だものね」

 そう告げて永琳は私に背を向けて去って行った。よ、良かった…のかしら。と、とりあえず異変のときのお礼は言ったしいいわよね。
 そうして私は手に持つチェックシートの永琳の名前に横線を引く。これで永琳はOK、と。
 次の謝罪アンド感謝のターゲットを求めて周囲を見回そうとすると、永琳とすれ違うようにこちらに来る輝夜の姿が。
 永琳と少し会話をし、ぽんぽんと永琳の肩を優しく叩いてそのまま私の元へと足を進めてくる。あれ、輝夜も何か用事かしら。
 まあ、輝夜にもお礼言わないといけないから丁度良かったんだけど。そして輝夜は私の前に…あれ、なんか機嫌が良さげ。

「どうしたのよ、そんなに楽しそうにして。何か良いことでもあったのかしら?」
「ふふっ、そうねえ…あったというか知ったというか。この場合、私もお母さんになるのかしら?それともお父さん?
まさか未婚のままに親になるなんて思わなかったけれど、まあそれも人生よね」
「…いや、いきなり訳の分からない発言はいいから。大体輝夜が結婚する相手なんて、一体どんな空前絶後の美男子なのよ」
「あら、ありがとう。現在のところ空席だけど、立候補してみる?難題は易しくしてあげるわよ?」
「ノーサンキュー。大体易しい難題って何よ、揚げアイス並に納得いかない」
「揚げアイスかあ…そういえばレミリア、ケーキ作りとか好きだったわよね。今度お手前の程を見せて頂いても?」
「フッ…輝夜、貴女に生きながら天国の階段を経験させてあげるわ」
「あら残念、私、不死だから天国とは無縁なのよ。残念無念また来週、ってね」

 こやつめハハハと二人して馬鹿話に笑いあう。本当、輝夜って会話の波長が合うなあ。話してて楽なことこの上ないわ。
 少しの間、この二週間分たまった話題を二人で交換しあう。やれ永琳達がどうの、やれ咲夜達がどうの。
 そんな会話の中、ふと輝夜がニコニコと笑顔を浮かべながら、手を差し出してきた。何事かと首をかしげる私に、輝夜は楽しそうに言葉を紡ぐ。

「今日は全てをリセットしてみんなで楽しくやることがコンセプトなんでしょう?
だったら、私達もここからスタート。蓬莱山輝夜が、レミリア・スカーレットの友として歩みゆくこれからの、ね」
「…フフッ、格好良いこと言ってくれるじゃない。そうね、今日が私達の新しい始まりの日よ。
貴女が望む限り、私は貴女の友として共に笑いあっていくつもりよ。私と貴女に用意された未来だもの、楽しくない訳が無いわ」
「ええ――よろしくね、レミリア」
「勿論――よろしくね、輝夜」

 互いの手と手を握り合い、固く握りあう私達。本当、私は良い友達を得ることが出来たわ。
 輝夜はとてもお姫様なところがあるけれど、そんなところも気に入ってる。彼女となら、きっと楽しく歩んでいける。
 仲の良いお友達として、末永く笑い合っていたい。そんな未来は、きっと楽し過ぎて飽きる暇がないだろうから。
 そして微笑みあう私達。束の間の優しい時間…そう、それは本当に束の間に過ぎず。

「ああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

 突如、室内に誰かの絶叫が響き渡り、私は驚き慌ててそちらの方に顔を向ける。
 そこにいたのは妹紅と慧音。そっか、遅れてくるって話だったけど、ようやく到着したのね。これで二人にもお礼とごめんなさいが出来るわ。
 そうして二人の傍に近づこうとしたものの、なんか妹紅の様子がおかしいことに気付く。
 …あれ、どうしたのかしら。なんか私達の方を見て驚いてる…っていうか、正確には輝夜?輝夜の方を見て吃驚してる。
 何、何事?もしかして知り合いだったの?そんな疑問を込めた視線を輝夜に送ると、輝夜は優しく微笑んだ後に、妹紅に言葉を紡ぐ。

「久しぶりね、藤原妹紅。貴女がこの場所に来るなんて本当に驚いているわ。貴女、レミリアの知り合いだったのね」
「そ、それはこっちの台詞だ!なんでアンタがここに居るのよ!?永遠の屋敷に閉じこもってるんじゃなかったの!?」
「ああ、それもう止めたわ。そんなことよりも楽しいこと、見つけちゃったから。
だから妹紅、貴女とのつまらない殺し合いも少し御休み。小鳥虐め遊びなんかやってる場合じゃなくなったのよ」
「ん…だと、このクソ女!!!私だって好きでアンタと遊んでんじゃないのよ!!」
「じゃあいい加減諦めたら?振られた父親の逆恨みなんて、つまらない理由で私を追いかけまわすのは」
「うっさい!!私には私の理由があるんだよ!!父様の件もあるけど、何より輝夜、私がアンタを気に入らない!!」

 …え、あれ、何この険悪ムード。今にも殺し合いを始めそうな…あ、妹紅のフェニックスたんインしたお。
 ごめん、本当、何これ。ちょっと状況が分からないっていうか、どうして妹紅さんはそんなに強そうなオーラを身に纏ってるのか。
 いや、これって穏やかなパーティーなのよ?そんな物騒な真似はご遠慮いただきたく…あれ、なんか他の連中みんな囃し立ててるし。
 ちょっと、魔理沙?貴女何トトカルチョなんて始めてるの?何その輝夜と妹紅と私のオッズ。私明らかに浮いてるわよね?なんでそこで
私の名前入れてるの?ちょっと意味が分からないですねー…いや、輝夜もどうして私を抱き寄せてるの?いや、間近で見ると本当に美人さん…じゃなくてね?
 いやいやいやいやいや、輝夜、ちょっと何で私を連れて空飛んでるの?おかしい、おかしいおかしいおかしいて。

「仕方ないわねえ…妹紅、かかってきなさいな。貴女と私の絶望的なまでの実力差、再び教えてあげるから」
「上等よ!アンタこそ負けてベソかかないでよね!骨すら残さず消しカスにしてやるよ!!」

 いやいやいやいやいやいやいやいや、なんで挑発し合ってるの?輝夜私をお姫様だっこしてなんで妹紅に喧嘩売ってるの?
 もしかして今から弾幕ごっこ?ゲームスタート?今から皆さんに殺し合いを初めてもらいます?
 へー、あー、そー、ふーん。始めちゃうんだ。あは、あはは…あははは……冗談ではない!!!!!!!!!

「離して!!弾幕勝負をしてもいいから私を離して!!リリースプリーズ!!私をお空へ解放してあげて!!」
「あら、駄目よレミリア。貴女には特等席で私の勇姿を見て貰わないと。そして妹紅の無様な敗北姿もね」
「はあ!?レミリアに見せるのは私の勝利姿に決まってるでしょ!?まずはアンタの頭撃ち抜いてレミリアを返して貰うわ!」
「何でレミリア争奪戦IN紅魔館が始まってるの!?賞品私なのになんでそんな熱くなってんの!?馬鹿なの!?死ぬの!?私が死ぬわ!!
大体賞品なら賞品として貴重に扱うべきだとレミリアはレミリアは思ったり!そう言う訳で一度私を地上に下ろすべきだとレミリアはレミリアは提案してみる!」
「フフッ…さあ、きなさい鶏。叩き潰してあげるから」
「いくわよ性悪!!余すことなく焦がし尽してやる!!」
「お願いだから問答してええええ!!!私の話を聞いてええええ!!!」

 私の言葉なんてこれっぽっちも耳に入ることなく、二人は互いに弾幕を展開しあう。
 館内が壊れないように、いつの間にか結界も見事に展開されてて…ああそう、誰も助けてくれないんですかそうですか。
ですよねー、スカーレットデビルが助けを求める訳ないですよねー。全てを諦め、私は輝夜に身体を委ねる。もういいや。輝夜なら、輝夜ならなんとかしてくれる。
 恨み節も少々込めつつ、私は輝夜に頑張るように言葉を紡ぐ。

「…一発でも私に当たったら、本気で怒るからね。泣いて怒るんだから」
「あら、それはそれで興味はあるけれど。せいぜい貴女の機嫌を損ねないよう、舞う姿を見て貰うとしましょうか」
「舞う姿よりも平穏が欲しいよ…穏やかな優しい日々が恋しい…」
「あら、そんなつまらない日常は駄目よ。レミリアにはこれから沢山沢山私に付き合って貰うんだから。そうでしょう――」

 そこで一度言葉を切り、輝夜は私に笑みを零す。
 それは本当にどこまでも美しく、そして輝いた笑顔で。だけど、初めてあったときのような儚さはどこにもなく、
そこにあるのは美しき少女を彩る生の輝き。輝夜が今を心から楽しんで生きている証。そんな笑顔を見ると、ちょっとだけ思ってしまう。
 本当に、本当にちょっとだけなんだけど…


「――永遠(わたし)を殺した責任、とってもらうんだから」


 この屈託なく笑う輝夜の笑顔に、この破天荒な友達の無茶苦茶に付き合うのも、そんなに悪くはないのかなって――












[13774] 幕間 その5
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2010/11/14 02:50







 中秋の風を頬に受け、透き通るような大空見上げて深呼吸。
 うだるような暑さは完全に消え失せ、夜になれば寒さすら感じ始める季節。そんな季節、そんな空の下で、私は人里の道を歩く。
 一歩、二歩、三歩。人々の賑わう声が溢れかえる世界で自分の確かな存在を感じながら、私は後ろを振り返る。
 そこに居るのは見知らぬ人々。右を見ても左を見ても私が知る顔は無い。ニンゲンというマジョリティに埋没する異端、それが今の私。
 妖怪にとって人は食糧、人は獲物、そして人は天敵。相反する意味を持つ存在、彼らの生み出している日常の景色に溺れながら、私は意を決して言葉を紡ぐ決意をする。
 人々の作りだす日常という名の甘毒に触れぬように、流され得ぬように。ニンゲン共の優しさに、決して心が砕かれぬように。

「だからね、お嬢ちゃん。黙ったままじゃ、お父さんやお母さんが何処にいるのか探しようがないんだってば」
「ほら、怖くないからお姉さん達にお名前教えてくれるかな?」
「…迷子じゃないわよ。私は紅魔館の誇り高き主だもの、迷子なんかじゃないわよ…」

 人里の優しい…もとい、私をどこまでも馬鹿にしてくれる人間達から目を逸らしながら、私は己が拳をワナワナと強く握り締める。
 馬鹿魔理沙。アホ輝夜。駄目駄目鈴仙。あとで絶対覚えてなさいよ…あ、キャンディくれるの?…私、もう五百歳過ぎてるのに…いや、一応貰うけど。
 大体迷子はあいつらの方なのよ。ちょっと目を離しただけなのに、あいつら一人残らず私を置いて何処かに行って…そりゃ輝夜は初めての
人里で舞い上がる気持ちは分かるわよ。でも、人里案内しろって私に言ったの貴女じゃない。それを放置て。案内人要らないじゃない。
 魔理沙も一緒に遊び呆けて私をおいて行くんじゃないわよ。鈴仙は…やっぱり許してあげよう。どうせ今日は輝夜に振り回されるのは
鈴仙だって決まってるんだし。とりあえず、この人ゴミの中を捜し回るのは得策じゃない。迷ったら待つ、私はホトトギスは鳴くまで待つ派なのよ。
 そういう訳で早く戻ってきなさいかぐまりコンビ。鈴仙もなんとか上手く舵取りして輝夜を連れ戻して頂戴。早くして、早くしてくれないと…

「…って、おい、お嬢ちゃん今にも泣きそうだぞ?なんだ、腹でも痛いのか?」
「馬鹿ね、こんな小さな子供が町中で両親と逸れたんだからこうもなるでしょ?ほら、怖かったら無理せず泣いてもいいからね?」

 …早くしてくれないと、そろそろ私の心が折れそうなのよ。駄目かも、ある意味萃香の試練より死ねる。何これネガティブホロウ?
 泣かない、絶対に泣いたりするもんか。…あと千年、あと千年後には必ずボンキュッボンのナイスバディな女になってやる。打倒幽々子…やっぱり打倒永琳にしよう、うん。
















「ほら、もう機嫌直せって。私達も悪かったと思ってるし、謝罪もこのとおりしたじゃないか。な?」
「…心が籠もって無い。輝夜なんてまだ笑ってるじゃない」
「だって、おかしくっておかしくって。もう、レミリアったら私を笑い死にさせるつもり?不死を殺そうだなんて、本当に貴女は最高ね」
「…姫様、今回はちゃんと謝罪した方が。悪いのは完全に姫様…じゃなくて私達なんですから」

 心が完全に折れて号泣する寸前だった私をよ・う・や・く救い出してくれた魔理沙輝夜鈴仙。
 そんな連中の心無い謝罪にぷんぷんの私。ふん、簡単に許してなんかあげないわよ。あと私が優しい夫婦から貰ったキャンディもあげないわよ。
 機嫌が全然直らない(当たり前よ)私に、魔理沙苦笑輝夜爆笑鈴仙困り顔。…輝夜ああああ!!貴女って人は貴女って人は!

「なに、ちょっとレミリア、いたいいたい」
「うるさいっ!うるさいっ!元はと言えば輝夜がフラフラするからいけないのよ!おかげで私が、淑女たる私があんな恥辱にっ!」
「あら、だって仕方ないじゃない。こんな風に出歩くの、本当に久しぶりなんだもの。楽しくて楽しくて色々と目移りしちゃうわね」

 反省の色を微塵も見せない輝夜に私の怒りのスーパーモード、レミリアフィンガー炸裂。具体的に言うと輝夜の掌になっくるなっくる。ガイアが私に輝夜を殴れと囁いているの。
 くう…この少しも自分が悪いとも思わない、なんていうバリバリ最強No1お姫様。きっとこんな姫は竜王だってクーリング・オフするに違いないわ。
 いや、まあ…確かに輝夜は脱引き籠りしたばかりで世界が新鮮に感じるのはしょうがないと思う。思うんだけど…どうして私だけ割りを食ってるのよ。

 そもそも、今日だって本当はこんな予定無かったのに。人里にちょっと用があるから、準備をして紅魔館を出ようとしたら、何故か輝夜と鈴仙がいて。何の用かと
訊ねたら最高の笑顔で『人里を案内して頂戴』。私は他の用があるから別の日にしてくれって言ったのに、聞く耳持たずに強制連行。で、人里に向かう途中で会った
魔理沙…うん、ごめんなさい。ぶっちゃけ魔理沙は唯の道連れ。二つ返事で一緒に行くって言って貰えたから良かったけれど…とにかくそれが今日の経緯。
 私が用があろうとなかろうと、他人の用など二の次三の次。自分が面白き世を面白く生きる、それが今の輝夜の姿。…いや、脱皮し過ぎでしょこの娘。
 初めて会ったときは本当に深窓の令嬢というか物語のお姫様って感じだったのに、今や世界を大いに盛り上げる活動でもやってそうな素敵少女に。
 …でも、輝夜がそんな今を楽しんでくれているなら、それでいいかなと思ったり。毒されてる、私完全に毒されちゃってる。こんな風に考える時点で
自分というモノが風化して流されまくってる。で、でも輝夜他の連中に比べたら常識内で引っ張り回すだけだからマシに感じるんだもん。
 私の周りには、輝夜が可愛く見えるくらい私を無理矢理振り回す奴が多いからね…紫とか幽々子とか萃香とか紫とか紫とか紫とか紫とか紫とか紫とか紫とか紫とか。
 だから輝夜の常識内に納めてくれてるワガママくらいは受け入れてあげてもいいかなって。一緒に居て楽しいしね…でも、でもね。

「そんな気持ちと今回の私の恥辱は無関係なのよ!!誰が迷子よ!誰が親とはぐれた女の子よ!」
「拳を握りしめて力説されてもねえ。私が貴女と逸れたのと貴女が人間の子供に間違えられたことに因果関係も何も無いし」
「…まあ、正論だよな。レミリアが人間の子供に間違えられたのは着てる服に理由があるだろ。
なんで咲夜が着てるようなメイド服着てるんだ?しかも羽まで収納しちゃって、そんな格好だったら間違えない方が無理だ」
「だから私は用があって人里に来たって言ったでしょう!私が付き合うのはここまでなの!今日は本当に用事があるの!」

 魔理沙の指摘通り、私の様相はいつものような格好ではなく、咲夜が身につけてるようなメイド服。紅魔館にあった妖精用のものを
一着拝借して着込んでる。妖精のものだから、背中の羽は外に出せるようになってるんだけど、私はあえて収納してる。結構背中の羽が窮屈なんだけどね。
 そして、魔理沙が訊ねてるこんな服装の理由何だけれど、この格好こそ私が今日人里に来る意味を文字通り体現、指し示している。
 いい、メイド服とは勝負服。すなわち汚れても大丈夫なように作られている、文明の結晶なの。これを着込んでいるということは、何をするかは分かるでしょう?
 そんな意志を伝えんが為に腕を組んで(日傘は脇に挟んで)ふふんと笑う私。そして、この問いにあっけなく回答を出したのは輝夜。それも全力に間違った方向に。

「言い難いけれど、娘と同じ格好をしたって体型は変わらないわよ?」
「誰がおっぱいの話をしてるのよ!!同じ格好して大きくなるなら咲夜じゃなくて美鈴の格好するわよ畜生!」
「大きくなるには揉まれると良いらしいぜ?この前紫が言ってた」
「紫が言ったことなんか信用出来…いや、でも、紫大きいし、まさか…」

 あのアダルトかつ妖艶な雰囲気を常に醸し出している紫、その経験談は決して馬鹿に出来ないわ。
 も、もしその話が本当なら、揉まれて私の鳥取砂丘がマウントフジに通信進化してくれるなら、勇気を出して一歩踏み出しても…!

「成長の余地があるんだから、胸なんか勝手に大きくなるでしょうに。まあ、やるなら手ぐらい貸すけれど。揉みますか?揉みませんか?」
「アリスゲームってあれだよな、アリスが一人寂しく遊んでるみたいで面白い響きだよな」
「『覚悟』とは…逃げを打つ心じゃないッ!『覚悟』とはッ!暗闇の荒野にッ!進むべき道を切り開くことよッ!!
真の『覚悟』とはここからよッ!さあ輝夜、覚悟は決まったわ!私の夢、野望の為に…さあ!私の胸をいつでも揉むがいいわ!」
「え、本当にするの?というかレミリア、揉めるほどあるの?あ、ないから揉むんだけど…本当にいいの?私、他人の胸を揉むなんて初めての経験なんだけど」
「そんなの私だって初めての経験よ。絶対、絶対に痛くしちゃ駄目だから!絶対に優しくしてよ!」
「ん~、ま、出来る限り頑張ってみるわ。痛かったらごめんね、可能な限り優しくするから」
「あれ…おかしいな、レミリアが子供に間違えられた話だったのに、なんでこんなヘンテコ歪曲空間が出来あがってるんだ?
いやいやいや、レミリア、話がずれてるからな?無理矢理話を戻すけど、結局人里の用事って何なんだ?
あと、無理矢理話を戻したのは、決して後で不機嫌爆発の咲夜からナイフを投げつけられたり追い回されたりするのが怖いからじゃないからな?ほ、本当だぞ?」

 魔理沙の話に、そういえばその話題だったと思いだし、私は意識を切り替え直す。おっぱい成長はまた今度にしよう、うん。あと鈴仙、
さっきから水筒に入れてる水で流しこんでるそれは何?私には胃薬か何かに見えるんだけど…胃薬を常備する程、胃が弱いのかしら。大変ね。
 でも家が薬屋さんだから胃腸が弱くてもなんとでもなるか。私も今度永琳になにか貰ってみよう、そんなことを思いながら魔理沙の問いに言葉を返す。

「メイド服を着てやることなんて、清掃とか料理とか家事関係に決まってるじゃない。
私は今日、慧音の家でお掃除やら何やらの手伝いをする為に人里に来てるの。先約というのはそれよ。分かった?」
「成程、全く分からん。慧音って寺小屋の先生やってる慧音だよな。なんでレミリアが慧音の家の掃除をするんだ?」
「ぐっ…そ、それは海よりも深くて山よりも高い事情があるのよ。せ、説明を始めると日が暮れて夕方になっちゃうくらいの壮絶な物語が」
「あら、須臾を永遠に変えるのは得意分野よ。語りたいなら、刹那を引き延ばしてあげるけれど」
「…黙秘します。とーにーかーく!私は今日は慧音との用が先なの!その用が終わったら合流するから!これで納得して頂戴!」

 どうして私が慧音の家の掃除やら何やらを手伝うのか…その理由なんて、語れる訳ないじゃない。言ったら絶対呆れられて馬鹿にされる。
 以前、異変解決ごめんなさい&ありがとうパーティーを開いたとき、慧音に今回の異変の件で色々と謝ったのよ。慧音、フランのせいで
怪我しちゃったし…いや、でも慧音はあのときのフランを私だと勘違いしてるから、私が怪我させたことになるのよね。
 で、直接『あのときはカッとなってやった。反省している。もう謝罪なんてしないなんていわないよ絶対!』って必死に謝ったら、予想外というか
拍子抜けする程に呆気なく許してくれたのよね。でも、その後何故か夜遊びについて怒られたけど…あの、私、その、吸血鬼…
 何はともあれ、慧音は簡単に許してくれたんだけど、慧音は異変とかと何の関係なく怪我しちゃったんだから、流石にそれだけっていうのも…そんな訳で
何か私に出来ることはないか力は貸せないかと訊ねまくったら、寺小屋の大掃除をするから手を貸してくれたらって言ってくれて。
 フフッ、それを聞いて私は内心ガッツポーズよ。弾幕勝負でも殺し合いでもなく家事、それはまさしく私だけのフィールドなのよ!
 この世に生を為して云百年、とうとう私の持つ固有結界、アンリミテッド・オソウジ・ワークスが火を吹く時が来てしまったようね。お菓子作りと
お掃除ならまだ咲夜にだって負けていない、まだ私の腕は錆ついちゃいないのよ!家事は任せろー!バリバリー!ってレベルなのよ私は。

 という訳で、今日の午前中は寺小屋の大掃除のお手伝いタイムなの。これで慧音への莫大な借りを少しでも返せるなら安いもの、ふふっ、私策士過ぎる。
 ただ、それを魔理沙達に話すのは…いや、だって、結局のところ『慧音にごめんなさいする為に家事手伝いするよ!』ってことで、
そんなこと言うとまた事態がややこしくなりそうだし…今日のことだって、紅魔館のみんなには内緒でやるんだし。紅魔館の主が清掃係とかみんな怒りそうだし。
 とにもかくにも、みんなに事情を話したくない以上、納得して貰わないと困る。いい、これはチャンスなのよ。あれだけフランの真似して
異変の夜を駆け回ったのに、フラン=私だって気付いていない数少ない人物が慧音と妹紅なのよ!くそう…どうしてばれてるのよ、ミスティアにも
会ったこと無かったリグルって娘にもあの夜の入れ変わりがばれてたし…だから、だから今回の件は絶対に逃せないのよ。
 まあ、なんだかんだ言って私お姉さんだしね。フランは異変を解決するために頑張っていたんだもん、駆け回るのがフランの役割なら私は
お姉さんとして出来る限りのフォローはしないと。慧音が私に対して勘違いしてくれて、私が謝罪して解決するならそれが一番。
 だから私を解放して!何も事情を聞かずに寺小屋へ向かわせてあげて!そう心の中で必死に念じていると、輝夜が軽く息をつき、微笑んで言葉を紡ぐ。

「…それで?ワーハクタクとの用件は昼過ぎには終わるのね?」
「ふぇ?え、あ、うん。昼までには終わるって言ってたわ」
「そう。ならレミリアはレミリアの用を済ませなさい。そして午後から私に付き合うこと、これを約束なさいな」
「ええっと…私は全然構わないというか、むしろ望む展開なんだけれど、いいの?」

 …意外というか、予想外というか。輝夜のことだから『他人との用事?そんなの知らないわ。やっぱり世界はあたし☆れじぇんど!』くらい
言うかと思ってたのに。そんな私の心を読み透かしているのか、輝夜はクスクスと上品に微笑みながら言葉を続ける。

「他人の用なんて知らない。他人の事情なんて鑑みるつもりもないわ。
でも私にとって貴女は、レミリアは他人なんかじゃないでしょう?
貴女は私にとって初めて出来た大切な『お友達』なんだもの。それくらいの配慮くらいは、ね」
「輝夜…」
「まあ、幸い私一人じゃなくて鈴仙もこの娘もいるし、退屈はしないでしょうからね。
勿論少しでも退屈だと感じたら寺小屋に乗り込んで貴女を連れ出すつもりなのだけれど」
「…私の十秒前の感動を返せ、月姫」
「返さずとも感動は日々自ずと生み出されるものよ、吸血姫。
レミリアはレミリアの望むまま、自分勝手に道を歩みなさいな。私も貴女に教えられたとおり、そうやって生きるつもりだから。
それじゃまた午後に会いましょう。行くわよ、鈴仙、黒いの」
「はあ…それじゃレミリア、また後ほど」
「誰が黒いのだっ!私には霧雨魔理沙って名前が…おっと、それじゃレミリア、またなっ!」

 楽しそうに去っていく輝夜と、それを追う鈴仙に魔理沙。そんな三人の後ろ姿を眺めながら、私もまた
思わず笑みを零してしまう。本当、面白い友達を得たものね。どこまでも優雅、上品で、そしてそれ以上にお姫様。

「…さて、お姫様の機嫌を損ねない為にも、頑張って慧音の手伝いを終わらせるとしましょうか」

 手に持つ日傘をくるくると回して、私は寺小屋への道を一歩一歩と足を進めていく。
 季節は中秋、空は快晴。こんな日はきっと絶好のお掃除日和になる筈だから。

















 ~side 鈴仙~



 ――輝夜がよく笑うようになった。


 数日前、師匠の手伝いを行っているときに、ぽつりと師匠が呟いた一言。
 その言葉の意味を、耳にした時の私はよく意味を理解出来なかったけれど、レミリアと共にいる姫様を見ていると成程と納得する。
 レミリアを右に左に振り回して、その反応を見ては姫様は心から楽しそうに笑ってる。こんな風に明るく、そして『生きている』姫様は
これまでになかったこと。以前、姫様は私達に語ったことがある。自分は生きながらに死んでいる、と。その言葉は今の姫様からは
全く連想できない…それほどまでにレミリアは姫様を変えてくれた。こんな風に前を見て歩く姫様は以前からは考えられなかった。

「…それは、私もか。私もレミリアに変えられた一人、よね」

 己の掌を見つめ、私は軽く笑みを零して開かれた掌を軽く握り締める。
 私の弱さを強さだと教えてくれたレミリア。私の臆病な心を勇気だと言ってくれたレミリア。
 …本当に不思議な吸血鬼だと思う。強者でありながら、驕らず見下さず常に他者と同じ目線に立とうとし、優しく微笑んで手を引こうとしてくれる。
 そんな彼女だからこそ、私もてゐも強く興味を引かれてしまう。恐らく姫様もそう。普通の妖怪には感じられない、彼女特有の不思議な魅力に惹きつけられる。
 ただ、それは私達とレミリアに距離が保たれているからであって、もしレミリアが主人だったらと思うと気が気でならない。
 どんな相手にも慈愛と敬意を持って対等に接してくれるレミリア…そんな主を持ったら、きっと私なんかストレスで胃が壊れちゃうに違いない。

 あの夜に触れ、今もこうして彼女との付き合いを持ってなんとなく分かってきたけれど…レミリアは潔白過ぎる。綺麗過ぎて、眩し過ぎて…もし、
こんなレミリアを利用しようとする輩、レミリアを穢そうとする輩が出てきたらと思うと、気が気じゃいられないと思う。
 勿論、レミリアは吸血鬼。あの師匠すらあと一歩まで追いつめたフランドールの姉なのだから、彼女はそれ以上の実力者なのだろうけれど…それでも
レミリアはその力を愚者にも振舞わない気がする。悩んで、悩んで、悩み抜いて…拳を振うのは、最後の最後になってから、そんな気がする。
 だからこそ、レミリアの従者は大変でしょうね。主がこんなにもお人好しなのだから、自分達まで春爛漫では絶対に話にならない。それでは利用されるだけ。
 …レミリアの従者の条件はきっと冷酷であること。他人に情けをかけるのも、優しさをみせるのも、全てはレミリアの役目。それがきっと主の良さを引立たせる。
 ならば従者は主の無い部分を補う必要がある。何処までも冷酷に、何処までも他人を利用して…それがきっと、レミリアを『活かす』。
 あの夜に、館内を包んだ恐ろしいまでの濃密度の殺気…師匠の話だとレミリア以外の三人の殺気らしいけれど、あれはホントに呪いに近いモノだった。
 月にいた頃だって、あれほど濃密な死の気配なんて感じたことはなかった。理由も、感情も、理性も捨てて、他人を殺すという意志…あんな
禍々しいモノを内包している時点で、きっとあの三人はレミリアの傍につく者として最高の資格と実力を持っているんだと思う。
 言われずとも必要なものは既に揃えている…流石はレミリア、か。その気になれば、この幻想郷でも力によって他者を捻じ伏せることだって
出来るでしょうに…でも、今なら分かる。レミリアはきっとそんな『無意味』なことはしない。
 彼女はどこまでも高潔だから、力で他者を従わせることも支配することも良しとしない。在るのは何処までも美しく誇りに満ちた在り方。
 他者を知ろうとし、他者を認め、他者を受け入れ、他者の手を取り、他者を誇る。それがきっと、彼女の…レミリア・スカーレットの生き方なんだと思う。

 そんなレミリアの姿に、私は自分を振り返る。私はレミリアのように、自分を誇り、他人を誇れるような生き方が出来るだろうか。
 身体の強さだけじゃなく、心の強さを内包するあの吸血鬼のように、私は自分自身を強く在り続けることが出来るだろうか。
 そこまで考え、私は軽く自嘲する。出来るだろうか、じゃないわね。やらなきゃいけないんだ。私は強く在りたい、もう二度と逃げたくないと誓ったから。
 背なら既に押してもらった筈。勇気と強さの意味は教えてもらっている筈。だったら、行動しないと。少しでもレミリアの背中に近づく為に、
レミリアのように強く在る自分を、師匠に、姫様に誇ってもらえるように。こんな自分を好きだと――誇れる自分だと、胸を張って言えるように。
 軽く握っていた拳を強く握り締め直し、私は顔を上げる。心は決まっている。想いは定まっている。だったらあとは走るだけ。
 レミリアの背中を見失わないように、遠くに感じないように、離れないように。そうですよね、姫様――

「…って、あれ、姫様は?」
「ん?あのお姫様なら、出店の方に歩いて行くの見たけど…いや、でもそれ結構前の話だぞ?」
「へ!?え、ええええ!?い、いつの間に!?」
「いつの間にって、いや、だから十分くらい結構前の話で…そういやお前、ずっと難しい顔してその人形と睨めっこしてたな。
買おうか買うまいか悩んでいたのは分かるけど…流石にお付きの人間が主忘れて没頭するのは拙いんじゃないか?」

 魔法使い…霧雨魔理沙の言葉に、私は言い返す言葉もなくウッと呻くしか出来ない。手に持ってる人形は姫様を待ってる間、
時間をつぶす為に偶然手に取っていただけの商品で…いや、私こんなウサギだか何だかのロボット人形なんて要らないわよ。何このシルバーニアンって。
 人形を陳列棚に戻し、私は慌てて周囲を見回して姫様を探す。拙い、拙い拙い拙い拙い。今の姫様から目を離すなんて迂闊もいいところよ。
 以前ならともかく、今の姫様は常にノンブレーキで我が道を行く人だもの、こんな人の多い場所で放置なんてしたらどんな問題を引き起こすか…

「お?あれってあのお姫様じゃないか?」
「え、ど、何処!?何処に姫様がいるの!?」
「いや、あの出店の団子屋のところ。普通に串団子食べてる美人がいるだろ、アレどう見てもお前の姫様じゃないか」

 霧雨魔理沙の言葉に、私は視線を彼女の指摘する方向へと向ける。
 そこには出店の団子屋から数本の串団子を受け取り、美味しそうに食べている姫様が。よ、良かった…普通に買い物を楽しんでるだけだったんだ。
 私は心から安堵して、姫様の方へと近づいていく。本当、今度は目を離さないようにしないと、なんの為に姫様のお付きで来てるのか分からないもの。
 近づいてくる私達に気付いた姫様は、楽しそうに微笑みながら私達に団子の感想を告げる。

「私、生まれて初めてこんな風に道端で売られている団子を食べたんだけれど、本当に美味しいわね。
こんな楽しいことばかりなら、本当に早く永遠から出るんだったわ。店主、もう一つ頂けるかしら」
「はいよ。どうぞ、お嬢さん」

 店主から団子を受け取って楽しんでいる姫様に、私は苦笑してしまう。
 …ごめんなさい、姫様。姫様のこと少し誤解してました。姫様のことだから絶対問題を叩き起こすだろうとか勝手に思っててごめんなさい。
 でも、よくよく考えてみれば姫様だって昔は地上で人間と生活をしていたそうだし、そこまで常識外れなことをしでかす理由もないものね。
 一人勝手に安堵する私に、姫様はニコニコと微笑んで私にも団子を差し出してくれる。えっと、受け取ってもいいのかしら…

「何を遠慮してるのよ。鈴仙も食べなさい、凄く美味しいから。あとそこの黒いのも」
「あ、ありがとうございます!それではお一つ…」
「だから黒いのって言うな!私は霧雨魔理沙だって言ってるのに…あと、サンキューな。貰えるものは貰う主義だから遠慮なく頂くよ」
「そうそう、遠慮なく食べなさい。なんてったって、団子は幾らでもここにあるんだから。これだけあれば幾ら食べても問題ないわよ」

 ――待て、ちょっと、マテ。私は姫様の発言がとんでもなく何か引っ掛かり、口に運ぼうとした団子を押し留める。
 姫様が言った言葉の羅列、『遠慮なく食べろ』『団子は幾らでもある』『幾ら食べても問題ない』。…え、なんで?意味がつながらないじゃない。
 遠慮なく食べろっていうのは、姫様の考え意志提示。その理由起点として団子は幾らでもある。幾らでもあるんだから幾ら食べても問題ない。…いやいやいや。おかしいでしょ。
 幾らでも団子はあるって姫が言ってるのは、言うまでもなく団子屋が出店に並べてる作り置きの団子のことよね。これが幾らでもあるのは
団子屋さんだから当たり前のこと。でも、それがイコール幾ら食べても問題無いにつながる筈が…だ、だってそのイコール関係につながる為には、
一つの何より重要かつ重過ぎるピースが必要で…そんなことを考えていたら、団子屋さんは姫様に当然の要求を口にする。

「沢山食べるねえ。ところでお嬢さん、先に今食べてる分のお代の方を貰ってもいいかい?」
「お代?…ああ、お代。そういえば買い物ってお金と物々交換するんだっけ。長年買い物なんてしてなかったから、完全に忘れてたわ」
「……え゛」

 姫様のとんでも発言に私は思わず声を発してしまう。多分驚きのあまり声帯からじゃなくて胃くらいから声が飛び出しちゃったと思う。
 忘れてたって…いやいやいや、この御団子はもう『お金を払って購入済』のものじゃないの?あ、いや、でも姫様が今から支払うなら何の問題も
ないんだよね…も、勿論お金ありますよね。だって日も昇って無い早朝に私を叩き起こして『レミリアのところに行くからついてきなさい!永琳の許可は下りてるわ!』って
言って私を連れ出したんですから。当然お金を師匠から受け取ってますよね…

「お代ね、少し待ってて頂戴。――そういう訳で鈴仙、支払いお願いね」
「……ええええええええええええ!?わ、私ですか!?」
「私ですかも何も当たり前でしょう?だって私、お金持ってないもの」
「ど、どうして持ってないんですか!!師匠に許可貰ったんですよね!?そのときに買い物行くこと分かってたならお金貰いますよね!?」
「そういう些事は貴女の仕事でしょ?だから払って頂戴」
「払うも何も私だって一文無しですよ!!私寝てる中を姫様に叩き起こされて、着替えだけ済ませてここまで連れてこられたんですよ!?
そんな私が師匠に会ってお金を貰ってる訳がないじゃないですか!自分の財布だって部屋の中ですよ!?…って、ええええ!?何その
『うわ、こいつ本気で使えねえ』みたいな目!?私だって最初からレミリアの家じゃなくて人里に買い物行くって知ってたら財布だってお金だって!」
「そんな『もしも』を仮定して言い訳をする時点で貴女は三流なのよ。言い訳は唯の逃げ口上、唯の責任転嫁だわ。違って?」
「う、確かに…って、えええ!?な、なんで私が悪いみたいな空気になってるんですか!?責任転嫁って姫様のことですよね!?」
「…あー、お嬢さん達、横から悪いが話を聞いていると、もしかしてアンタら一文無し…」
「ままま待って下さい!お金ならえーとえーと、そ、そうよ!霧雨魔理沙がいるじゃない!
ねえ霧雨魔理沙、申し訳ないんだけど…っていないし!!!影も形も残ってないし!!あ、あの黒白魔法使い一人で逃げたわね!?」
「…それで、お代、払って貰えるのかい?まさかとは思うけど、踏み倒そうなんてつもりじゃ」
「違います違います違います違います!お願いですから待って下さい!支払いはちゃんとしますから、えっと、えっと…」

 必死に頭を回転させて策を巡らせようとする私。落ち着け、落ち着いて。このままじゃ私も姫も窃盗なんて情けなくて涙が出そうな
前科が人里でついちゃうじゃない。こんなの師匠にバレたら…ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!どうにか、どうにかして支払いを…
 必死に考えを働かせていたら、姫様が何かを思いついたのか、ニコニコと微笑みながら店主に口を開く。いや、その笑顔に凄く嫌な予感が…

「ねえ店主。見たところ、貴方の店は少し人手が足りないように思うのよ。忙しくて仕方ないんじゃない?」
「え、ああ、そうさね。客が多い昼前になると、一人じゃなかなかねえ…それがどうかしたかい?」
「ええ、そうでしょうそうでしょう。そんな貴方に朗報よ。忙しい昼前、人件費の掛からない労働力が欲しいとは思わない?」
「唯で貰えるんならそりゃ喉から手が出る程欲しいが…」
「私達は代金を支払えない。だけど貴方が求める労働力で応えることは出来る。いわば支払いは身体で払うってヤツね。そういう訳で――」

 私の方を向いて最高の笑顔を浮かべる姫様。嫌な予感最高潮、いや、姫様といると最初からクライマックスなんだけど。
 分かってる。姫様の口から放たれる言葉は完全に理解出来てる。でも、でも、でもでもでもでもでも――

「鈴仙、貴方昼までここで唯働きね。よろしく」
「――なんて言われて納得できるかー!!どうしてそうなるんですかっ!!」
「だって私達お金無いんだから仕方ないじゃない。それに貴女、団子食べたじゃない。立派な共犯者よ」
「食べてません!まだ口に付けてないから返品します!クーオフ期間です!
団子を食べたのも沢山注文したのもお金払えなかったのも全部姫様じゃないですか!?
百歩譲って私も支払いのお手伝いをするとしても、どうして私『だけ』なんですか!?普通姫様も一緒に唯働きでしょ!?」
「嫌よ。だって私、まだまだ人里で見て回らなきゃいけないところが沢山あるもの。
貴女は何度も人里に来て遊び回ってるんでしょう?だったらいいじゃない」
「遊び回ってません!私は師匠の薬を販売に来てるんです!それに何ですその勝手過ぎる理由!?
私が働かなきゃいけない理由が微塵も無さ過ぎるじゃないですか。大体姫様は…っていないし!!またコレ!?またコレなの!?」

 気付けば姫様は私の目の前からロストしていて。ひ、卑怯過ぎる!須臾を永遠に変えて瞬間移動もどきで逃げたんだ!
 魔理沙も逃げ、姫様も逃げ、団子屋に残ってるのは私と店主、そして支払われていない団子の伝票だけ。
 引き攣った笑みを浮かべる私に、団子屋の店主は諦めろとばかりに肩を優しく叩いてくれる。
 そんな店主の嬉しくもなんともない優しさに、私は地面に膝をついて声を漏らすしか出来なかった。

「……不幸だ」

 絶望の色で染められた私の脳裏に何故かふと思い浮かぶ人形遣いの笑顔。
 …どうしてあの娘が頭の中に思い浮かんだのかは分からないけれど、今私が分かる現実は唯一つ。
 レミリアが用を済ますまでの間、私は一人団子屋で無償奉仕をしなければいけないということ…なんで私だけこんな目に…
















 ~side 慧音~



「このゴミ袋はまとめて外に出しておくわよ?あと、向こうの窓拭きも終わらせたからチェックしておいて頂戴」
「ん、了解した。すまないなレミリア、そこまでしてもらって」
「自分から言い出したことだもの、気にする必要なんてないわ。
むしろ私より子供達に礼を言いなさいな。私なんかよりよっぽど精力的に動き回ってくれてるわよ、貴女の教育の賜物かしらね」

 気にするなと手を振り、レミリアはゴミ袋を両手で持って寺小屋の外へと運んで行く。
 そんなレミリアの周囲には最早当たり前の光景のように群がる子供達。短時間でよくあそこまで懐いたものだ。
 …まあ、当たり前と言えば当たり前か。レミリアの子供に対する柔らかい接し方と対応を見ていれば。
 むしろ子供は大人よりフィルターが少ない分、純粋にその人物の本質を見抜く。一切合財の色眼鏡を外して覗くレミリア・スカーレットは
子供達にとって恐怖の対象などではなく、好意を抱くべき対象なのだろう。

「…本当、レミリアには出会ったときから驚かせて貰ってばかりだな。
あれを凶悪な妖怪だと疑い警戒し続けていた昔の自分のなんともまあ間抜けなことやら。今となっては良い笑い話か」

 窓を拭く手を止め、私は今回の寺小屋掃除の件に関して振り返る。
 以前、レミリアに招待されたパーティーの席で、予想通りレミリアは異変の夜の件を謝罪してきた。あれは自分が悪かったと、済まなかったと。
 あの夜のレミリアの行動から、絶対に妹を庇い自分の罪にするだろうとは予想出来ていたが、あんな衆人の面前で謝罪してくるとは
正直予想していなかったけれど…そんなレミリアの謝罪を私は当然受け入れた。レミリア側の事情は妹紅から聞き及んでいるし、あのときは
私もフランドールに対して警戒と疑念のあまり先に手を出してしまった。あちらに戦闘の意志が無かったのに、だ。結果だけを見れば私は被害者だが
同時に加害者でもある。だからこそ、レミリアの謝罪を一方的に受け入れることは当初渋ったけれど、レミリアの真っ直ぐ過ぎる想いに根負けした。
 私がフランドールに謝罪したいと申し出ても、それはレミリアの行為を台無しにすることになる。ならば私は謝罪の代わりにレミリアの優しい
嘘に付き合うことを決めた。だからこそ、レミリアには負担の少ない代価を支払ってもらって貸し借りを無しにさせて貰おうと思っていた…のだけれど。

「…まさかここまで本格的に手伝いをしてくれるとは思わなかったな。
しかもメイド服まで着てくるとは…美鈴の奴が知ったら一体どんな反応を示すことやら」

 私がレミリアに言い渡した代価、それは寺小屋の掃除の手伝いをしてほしいというもの。
 勿論、それは大仕事でもなんでもないし、子供たちと私の手があれば十分午前中には終わるような軽いものだ。
 それに少しだけレミリアの手を借りるだけ、それだけのつもりだったのに、レミリアは予想を遥かに越えて全力で付き合ってくれた。
 正直、美鈴か誰かを連れてきて手伝わせるかなとも思っていただけに、私がレミリアという少女を未だ甘く見ていたことを謝罪したいくらい、
それ程真剣にレミリアは取り組んでくれた。子供達が怯えないよう、メイド服に身を包んで背中の羽を隠し、寺小屋の掃除から子供達の
昼食の準備、挙句の果てには並行して子供達の話し相手にすらなってくれていた。その姿を眺めながら、私は笑っていいのか驚いていいのか
呆れていいのか本当に困ってしまった。以前からギャップだらけのおかしな吸血鬼だとは思っていたが、何処の世界に家事と子供の世話が得意な
吸血鬼がいるというのか。十六夜咲夜という一人娘がいるのだから、その手のことはお手の物なのだろうけれど…まさかレミリアに母として尊敬する日がくるとは。
 ゴミ出しを終え、外から戻ってくるレミリアの姿を眺めながら、私は思う。成程、美鈴が酒を飲んでは自慢する訳だ。
 レミリア・スカーレット、誇り高き吸血鬼にして悪魔達の棲まう紅魔館の主…そんな大層な肩書が馬鹿らしく思える程に、レミリアは…

「ゴミ出しも終わったし、これで掃除は一段落ってとこかしら。慧音、他に手伝うことは?」
「無いな。いや、正直レミリアには十分過ぎる程に手を貸してもらったよ。本当にありがとう。
まさか子供達の昼ご飯まで作ってくれるとは予想すらしていなかったけれど…」
「ふふん、そうでしょうそうでしょう。私は自分の部屋掃除も料理も出来ないような女じゃないのよ。
今は戦場に女が立つ時代だけれど、それでも決して忘れてはならない捨ててはならないモノがある。台所は女の戦場なのよ」
「いや、そこまで胸を張られても…まあ、レミリアが古式ゆかしき大和撫子を目指しているというのは理解出来た。
もうすぐ昼時にもなる。早速レミリアの手料理をみんなで楽しませて貰うとしようか」
「ええ、そうしなさい。冷めない内に食しなさい。召しませ淑女の愛情手料理、名付けてスカーレットタイフーンエクセレントガンマよ」
「わーい!レミリアお姉ちゃんの料理だー!スカタン料理だー!」
「スカタン料理ー!スカタン料理ー!」
「こ、こらっ!誰がスカタン料理よ!?スカーレットタイフーンエクセレントガンマだって言ったでしょ!?
いい?これには深い意味があって、まず私のスカーレットと和風、ジャパニーズタイフーンが重ね合わさって…」

 子供たちに指を立てて料理の説明するレミリアの姿に、私は思わず苦笑してしまう。
 世界広しと言えども、自分の作った料理の薀蓄を人間の子供に語る吸血鬼などレミリアくらいなのだろうな。
 騒ぎ立てる子供達の意識を引く為、私は一度二度と掌を叩き合わせて音を鳴らす。そして、子供達にご飯の準備をするように告げる。
 子供達が台所の方へ向かった後、私はレミリアに口を開く。

「ほら、もうすぐ正午の時間だ。蓬莱山輝夜達との約束があるんだろう?子供達がいない今、外に出ると良い」
「…悪いわね、なんか気を使わせちゃったみたいで」
「構わないさ。レミリアが用で離れなきゃいけないと言うと、必ず子供達は嫌がるだろうからな。
それより、今日は本当に感謝しているよ。レミリアのお陰で掃除も終わったし子供達も喜んでくれた」
「感謝の言葉はもう不要だってば。私こそこんなに楽しい時間を過ごさせて貰ったことを感謝してるんだから。
ところで慧音、その、身体の方は…」
「ん、勿論何の問題も無い。『レミリアの』卓越した戦闘センスのおかげで、後に残るような傷も無いからな」
「そ、そうよね!わ、私が後に残ったり後遺症を残したりする訳がないじゃない!それならいいのよ、うん!」

 引き攣った笑みを浮かべながら、レミリアはそれじゃ失礼するわと言葉を言い残し、寺小屋を後にする。
 私も『またいつでも遊びに来てくれ』と返し、レミリアの帰宅する背中を眺め続ける。途中、レミリアが玄関の扉を開こうとすると
外から扉が開かれ、そこから妹紅が現れる。そしてレミリアと一言二言言葉を交わし、何故か妹紅がレミリアにデコピンを放っていた。
 レミリアは不思議そうに首を傾げながらも今度こそ寺小屋を出ていき、妹紅は少し不機嫌そうな顔をしてこちらへと近づいてくる。ふむ、どうしたのやら。

「どうした妹紅、レミリアが何か?」
「…いや、ちょっと忠告しただけ。『お人好しも大概にしなさい』って。アイツ、良い人過ぎるから」
「まあ…な。確かに心配なところもあるけれど、それをフォローするのがレミリアの家族なのだろう?」
「そうなんだけど…でもさ、やっぱり心配になるよ。あーもう、上手く言えないんだけどさあ…アイツ絶対人生損してる」
「損か得かを決めるのは私達じゃない、レミリアだ。そのレミリアが今の日常を幸せだと言っているんだ、だったら良いじゃないか。
それに妹紅、随分とレミリアのことを気にかけるじゃないか。いや、私は嬉しいぞ?妹紅の成長を感じることも出来て、レミリアには本当に感謝しないとな」
「茶化さないで。全く…今度レミリアとはトコトン話し合う必要がありそうだよ」

 不満そうに憤る妹紅をなだめながら、私達は子供達に習うように台所の方へと足を向ける。
 ふむ、子供達の喜ぶ声と妹紅の愚痴を聞きながらレミリアの作る昼食を食べると言うのも悪くはないな。
 こんなにも良い天気の中、妹紅と共にお人好しな友人について色々と語り合うのも楽しそうだ。




















 っていうか、私輝夜達と合流する時間と場所を明確に決めてなかったわね…どうしよう。
 手に持つ日傘を右回転、左回転とくるくる回しながら、私は次に取るべき行動を思考する。人里の何処に行けばみんなに会えるやら。
 とりあえず昼食も近いから、みんな集まってご飯に行きたいわよね。流石に寺小屋で自分の作った料理を食べるのは
なんか違う気がするし、輝夜は人里の料理を食べてみたいでしょうし。となると、まずは合流でその後にご飯で…っと。
 そんな風に色々と考えていると、私の左肩が何かにぶつかるような衝撃…いや、そこまで大きなものではないんだけど、何かにぶつかるような
感覚に襲われる。その衝撃を得て初めて私は考え事に熱中するあまり誰かにぶつかってしまったことに気付いた。

「ご、ごめんなさい。少し考え事をしていて――」

 そこまで口にして、私は己の身体が凍りつくような錯覚に襲われた。まるで自分とは比肩出来ない程に強大な存在、蟻が恐竜と対峙した
ような、そんな恐怖を感じることすらおこがましい程の圧倒的な差を突き付けられたような…そんな錯覚に。
 そして漂う何処までも濃厚な血の香り。吸血鬼の私ですら噎せ返ってしまう、そんな夥しい血液、返り血。それが私の脳内に叩きつけられたイメージ。
 幽々子とも、萃香とも、紫とも異なる濃密な死の気配。例えるなら紫達と対峙した時が刃を突き付けられている状態なら、今の状態は
身体の奥深くに刃を突き刺されたようなモノ。襲い来る死の気配の恐怖ではなく、訪れた死への諦念。抗うことも怯えることも出来ず、ただただ受け入れる
ことしか出来ない死の現実。そんなリアルが私の全身を支配している、心と体が自ら死を望むような、そんな――

「…こちらこそごめんなさい。お怪我は無いかしら?」
「――え」

 私がぶつかった女性から声が掛けられ、それまでに私が感じていた死の気配や血の匂いがまるで幻だったかのように急速に霧散する。
 …あ、あれ、なんで。私は己の現状を理解出来ないままに、ぶつかってしまった女性の方へ視線を向ける。
 そこにいたのは、美女という表現がよく似合う女性。緑色の綺麗な髪を持ち、私同様に日傘を指して佇む女の人。柔らかく微笑む優雅な女性、
その人からは先ほどのような死や血といった生臭い表現はこれっぽっちも似合わないし、感じることも出来ないで。…もしかして、私の気のせい?
 不可思議過ぎる現状に首をかしげていると、女性が疑問に思ったのか私に対して問いかけをしてくる。

「どうしたの、そんな不思議そうな顔をして。私がどうかして?」
「え、いや…なんでも、ないわ。濃厚な血の匂いがした気がしたんだけど…気のせいかしら」
「血の匂い?フフッ、面白いことを言うのね、貴女。こんな昼間、それも人里でそんなモノがある訳がないじゃない」
「そうよねえ…悪いわね、急に変なことを言ったりして。初対面の、それも女性に言うような言葉では無かったわ」
「別に気にしてなんていないわよ。むしろ褒めてあげたいくらい。正直眉唾ものだと思っていたけれど、噂とは侮れないものね」

 私の言葉に、意味不明な言葉を返してくれる女性。…うわ、もしかしてこの人紫の仲間?完全自己完結型人間?
 この手のタイプはあまり会話に為りにくいのよね。とりあえず、早くおさらばしてしまおう、うん。早く輝夜達を探さないといけないし。
 私は女性に怪我がないことを確認し、さっさと離れる為に別れの言葉を切りだす。

「それじゃ、私は用があるから。さようなら」
「ええ、さようなら。フフッ――私達が再会するに相応しい日、そのときにまた会いましょう、『レミリア・スカーレット』」

 互いに別れの言葉を告げあい、私達は反対の方向へと歩み始める。
 そして十数メートル程あるいた後で、私はあることに気付き、自分の背後を振り返る。
 そこには先ほどの女性の姿は既に無く。人々で賑わう人里の道を眺めながら、私はぽつりと言葉を紡ぐ。

「…私、さっきの人に自分の名前教えたかしら」

 私の問いかけに言葉を返してくれる人はいない。
 視線を町中に彷徨わせながら、私は自分の問いに対する答えを記憶に求め続ける。初対面…だと思うんだけど…ね。
 輝夜達との再会を約束した昼過ぎの時間、私は解けない面倒な難題を望まずして運命に渡されてしまったような気がした。












[13774] 幕間 その6(文章追加12/11)
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2010/12/20 00:38



 ~side 霊夢~



 集中。感情を、意志を全てリセットし、虚無へ心をシフトする。
 精神を身体という鎖から解き放ち、全てのしがらみから己の全てを手放し続ける。
 何者にも縛られない存在へ、何モノにも触れられない高みへ。ゆっくりと、ゆっくりと、空っぽの自分へ――

「…出来ないわね、やっぱり」
「だあああ!うっさい外野、今もう少しで出来そうだったのよ!邪魔するなっ!」
「これで通算三十六度目の失敗よ、口だって挟みたくもなるわよ」

 人が頑張ってるところに水を差すクソメイドに、私は手に持っていたおはらい棒を全力で投げつける。
 勿論、コイツにそんなモノが効く訳ないんだけど。片手で簡単に受け止められ、咲夜は心底呆れるように溜息をつきながら
おはらい棒を地面に置く。クッ…腹立つ。出来ない自分に腹が立つというのもあるけれど、何より他の誰でもないコイツに
『使えない』と思われることがムカつく。他の誰でもなくコイツにだけはっ…
 苛立ちを隠せない私に、咲夜は別段気にする素振りも無く掌に持つ懐中時計で時間を確認する。

「鍛錬を初めて一時間…泣き言ならそろそろ受け付けてあげても良い時間だけど?」
「るさいっ!まだ諦めるような時間じゃない!私の辞書に不可能と諦めと奢るという言葉はないのよ!」
「それは随分と不良品な辞書ね。パチュリー様に言って上等の辞書を譲ってもらうことをお勧めするわ」
「言ってろ馬鹿メイド!まだよ、絶対成功させてアンタをギャフンと言わせてやる!」
「はいはい、期待しないで待ってるわ。頑張りなさい、博麗の巫女様。
あと、次に失敗したら強制的に休憩させるから。いい加減貴女がウンウン唸ってる姿を見るだけでは私も退屈だから」

 く…コイツ、完全に馬鹿にして!私はムカつく咲夜を放置し、再び精神を集中させる作業に移る。
 ――夢想天生。あの永い夜、八意永琳と対峙したとき私が使用した博麗にのみ許された真なる力。その絶大な能力で
私と咲夜は八意永琳を敗退させることに成功した。…だけど、あの日から私は一度もその力を発現出来たことが無かった。
 紫が言うには、『貴女にはまだ早すぎる力。永き夜で使用出来たのは幾多の奇跡が生み出した結果。精進なさいな』とのことだけど…そんな
舐めたこと言われて『はい、分かりました』で納得できる程私は良い子でも人間が出来てる訳でもない。
 一度出来た力の行使、二度目が出来ない訳が無い。もしこの力を自在に操れたなら、それは私の大きな武器になる。
 別に大きな力を得たからどうこうするつもりもない。他人に力を自慢することも興味ないし、この力で他人をどうこうするとも思わない。
 でも、自分が使える力を『力量不足』なんて烙印を押されたまま使うことが出来ない、なんて舐めた現実を受け入れる訳にもいかない。
 だから私は何度も何度も鍛錬を重ねて力を発現させる努力をする。怠惰が好き、面倒なことが嫌い、でも絶対に譲れないモノが在る。
 諦める私は私なんかじゃない。膝をつく私は私なんかじゃない。何より――十六夜咲夜の後塵を拝する私なんて、絶対に私なんかじゃない。
 咲夜の奴は既に吸血鬼として、その力を己のモノとする為の訓練を紅魔館で積み重ねてる。コイツは正真正銘の努力を怠らない天才だ。少しでも
気を抜けば、きっと簡単に置いていかれてしまう。こいつは家族の為に…レミリアの為にどこまでも強くなれるから。
 ――負けたくない。絶対に負けたくない。そんな単純な気持ちこそ、私の一番の原動力なんだと思う。他の誰でもない、十六夜咲夜にだけは…
咲夜にだけは、『博麗霊夢は弱い』だなんて絶対に思われたくない。だから――

「…だあああ!!どうして出来ないのよ、もおおお!!!」
「はい、通算三十七度目の失敗ね。少し休みなさい、無理して背伸びするよりも出来ない現実を受け入れた方が余程利口だわ」
「ぐっ…でも、まだ私は」
「次に確実に成功するというのなら言って頂戴、考慮してあげるから。
それが言えないなら、黙って休みなさい。無理を通したところで成功する訳でも無し」

 咲夜が放ったタオルを、私は不満アリアリの表情のまま受け取る。
 汗を拭く私を眺めながら、咲夜は小さく息をついて再び口を開く。

「神社の中にいないから何をしてるかと思えば、裏庭で鍛錬とはね。少しだけ見直したわよ、貴女のこと」
「見直したってどう意味よコラ」
「言葉通りよ。貴女は修行とか鍛錬とかそういうの絶対にしないタイプだと思ってたから。一体どんな心境の変化?」
「…咲夜、アンタ私がどうやって博麗の巫女の力を使えるようになったと思ってるのよ。これまでだってそれなりに鍛錬は積んできたわよ」
「あら、そうなの。私はてっきり貴女の力やセンスは全て天性のものかと。いつも勘だの何だの言ってたし」
「私は一体どんな吃驚人間だ。ったく…別に意味なんてないわよ。あの力は…あの力は遠くない未来、必ず必要になる。そう思っただけ」
「…そう。確かに、貴女の力は『強大』過ぎる。あの力があれば、貴女に勝てる相手はいないでしょうね」
「…褒めるな、気持ち悪い」
「褒めてないわよ、事実を述べただけ。それと勘違いしないで頂戴。
私はあくまで力の性質を賞賛しているだけで、そこに博麗霊夢への賞賛は一ミリも入って無いもの」
「よく言ったわ。それでこそ十六夜咲夜よ。…ちょっと顔貸せこのクソメイド」
「止めておきなさい。鍛錬が上手くいかず、勝負にも勝てずでは落ち込み過ぎて今夜の夕食が喉を通らなくなるわよ」

 暴言に暴言を返してくれる咲夜。本当、コイツは最高に最悪な友人だわ。なんで私も友達してるのやら。
 咲夜から差し出された水筒を受け取り、私は久方ぶりの水分補給をする。…でもまあ、口は最悪だけど、コイツ本当に
面倒見はいいわよね。なんだかんだいって、結局私の鍛錬に付き合ってくれてるし、こうして飲み物とか用意してくれてるし。
 本当は感謝の一つでも言うところ何だけど…絶対言わない。レミリアが相手ならまだしも、咲夜相手に感謝とか絶対嫌。
 鍛錬を一旦切り上げ、私は草の茂る地に腰を下ろし、小さく息をつく。そして再度喉を水で潤して、咲夜になんとなしに訊ねかける。

「人の面倒見るのはいいけど、そっちの鍛錬はどうなのよ。吸血鬼になったばかりで力の制御、大変なんでしょ?」
「あら、心配してくれるの?本当、貴女昨日何を拾い食いしたの?」
「茶化すな。真剣に会話しろ馬鹿メイド」
「それは失礼。力の制御なら順調…と言いたいところだけど、中々、ね。
魔力の行使の方は適性があったみたいで、そこそこ使えるようにはなってきてるのだけど、吸血鬼としての力の方が…ね」
「何、やっぱり力の制御って難しい訳?」
「論より証拠、その目で見てもらえれば理解してもらえると思うわ」

 そう言って、咲夜は軽く瞳を閉じ、己が身体の周囲に紅の霧を散布させる。魔力…いや、妖力か。紅霧異変でフランドールが使ったヤツね。
 紅の霧は咲夜の身体、その周囲から背中へと収束し続け、咲夜の背中に永い夜での戦いで見せた紅血の蝙蝠翼を生みだしてみせる。
 その血液の結晶とも取れる紅の羽は何処までも妖しく、咲夜が吸血鬼であることを主張していて。…本当、レミリアよりこいつの方が
よっぽど吸血鬼してるわよね。レミリアの羽はなんていうか…小さくてパタパタしてマスコットの羽みたいにしか思えないし。
 紅の翼を背に生み出し、吸血鬼としてのスタイルを繕った咲夜は、私を一瞥することなくスタスタと足を進め、庭内にある木々のうち、一本に
軽く手を添え、その木を撫でるように軽く押す。すると…まあ、なんとなく予想は出来ていたんだけど、木は呆気なく根元からへし折れて。

「…呆れた。アンタ、いつからそんなパワフルキャラになったのよ。まるでゴリラね、ゴリラ妖怪よ」
「その発言に関しては後で泣きたくなるほど釈明させるとして…正直、貴女より問題は山積みね。
以前のように人間としてのスタイルで戦うには、この身体はあまりにも『規格外』過ぎる。かといって、今のこの身体の
力を如何なく発揮させるには、まだまだ力の調整や発現に問題が在り過ぎる。正直、今の私は誰を相手にしても負けるでしょうね」
「どうして?どんな相手だろうと、その馬鹿力で全力でぶん殴ってやればいいじゃない。大抵の奴はビビって逃げ出すわよ?」
「…そんなふざけたかつ不格好な戦いをするくらいなら死を選ぶわ。大体、そんなテレフォンパンチが誰に当たるのよ。
私『達』が追いかける存在、肩を並べなければならない存在の誰に、ね」

 咲夜の言葉に、私は否定することはなかった。咲夜の言うとおり、私達が目指すは格上、天蓋の連中。その辺の妖怪を
相手に考えても仕方が無い。フランドール・スカーレット、八雲紫、西行寺幽々子、伊吹萃香、八意永琳…私達はあの連中に
負けない力を手にしなくちゃいけない。特に伊吹萃香…アイツには負けっぱなし、大き過ぎる借りがある。
 別にアイツが嫌いな訳じゃない。飲み会で何度か話したし、本当は良い奴だって分かってる。だけど、それとこれとは話が別。
 私、魔理沙、妖夢、アリスの四人がかりでも勝てなかったアイツに、いつか絶対ワンパンチ顔面に叩き込む。それを
あちらさんも望んでいるんだから、誰かに非難される謂れもない。負けられない。私はもう二度と誰にも負けない。
 どんな相手にも勝利をもぎ取って、それで大きく胸を張ってやる。それくらいの気概が無いと、絶対にあいつ等には追いつけないだろうから。
 私は水筒を地面に置き、気持ちを入れ直して立ちあがる。…そう、私はもう二度と誰にも負けない。誰が相手でも絶対に勝つ。だから――

「――鍛錬の続きをやるわよ。力をつけて、上から見下しくてくる連中の顔面を片っ端から驚愕の色に染め上げてやる」
「あら、私の顔なら既に驚愕に染まっていてよ?貴女がこんなに鍛錬に熱を込めているんですもの、幻想郷の終焉かと思いましたわ」
「…何処から湧いてきたのよ、自称最強妖怪」
「他称最強妖怪、ですわ」

 人が決意をしたってところに、突如空間に生じた隙間から湧き出る隙間妖怪。…本当、ゴキブリ並に神出鬼没ね、コイツは。
 宙に浮いた状態で上半身だけを見せ、紫はいつもの胡散臭い笑顔を浮かべて私達に言葉を紡ぐ。何の用よ、全く…さっさと済ませて何処かに行ってほしいわ。

「あら、そんなに邪険にしなくても良いでしょうに。二人きりの邪魔をしたのがそんなに嫌だった?」
「次にそんな気持ち悪いことを言ったら、その口を二度ときけないように無理矢理塞いでやる」
「…貴女、若い身空でそんな趣味に走ってるの?そういうのはもう少し年齢を重ねてからでも…」
「何の話よっ!!本気で陰陽玉で口塞ぐわよクソ妖怪!!さっさと用件を言え用件を!!」
「冗談よ、そんなに怒らなくてもいいじゃない。用件はただ単にお別れの挨拶をね。私、冬眠するから」

 紫の言葉に、私はそういえばもうそんな季節かと時期を確認する。そうね、コイツは冬眠を必要とする妖怪だっけ。
 いつも気が付いたら顔出して自由気ままに振舞ってくれてるから、居て当たり前居なくて当たり前っていう意味不明な存在。だからまあ、
冬眠しようと目覚めようと私としては『ふーん』って感じなんだけど…まあ、律儀に挨拶に来てくれたんだから、そこまで邪険にすることもないか。

「結界管理の仕事等はいつも通り藍に任せてるから、何かあったらあの娘に連絡してね」
「分かってるわよ。あと、ハッキリ言うけれど、アンタ起きてても寝てても常に藍に仕事押し付けてるじゃない。
私が博麗結界関係で頼った回数、アンタよりも断然藍の方が多いと思うんだけど。少しは真面目に仕事しなさいよ怠惰妖怪」
「あーあー、聞こえない聞こえない。そういう訳で後のことはよろしくね。
誰かさんの主のお陰で、今年は楽しい夢が沢山見られそうだわ。本当、今年は楽しい出来事が沢山あったもの」
「…それはレミリアお嬢様を貶しているのかしら、八雲紫」
「レミリアお嬢様ではなく、霊夢達の前で言うみたいに『母様』って言っても構わないのよ?私もレミリアのお友達だし」
「けれど、貴女は私の友達ではない。公私の区別はつけているつもりよ」
「つまりは霊夢はとうの昔に線の内側だと。フフッ、本当に良いお友達関係なのね、貴女達は」
「「誰がこんな奴と」」
「…そういうところが仲が良いと表現されると思うのだけれど。まあ、いいわ」

 紫は満足そうに微笑み、手に持つ扇子を広げて口元を隠す。
 そして、視線を私から咲夜の方へ移して、一つの質問を投げかける。

「そういえば十六夜咲夜、最近のフランドールはどんな風に館で過ごしているかしら?」
「フラン…お嬢様?どんな風に、とは質問の意図がよく分からないけれど…」
「そのままの意味で構わないわよ。私はレミリアの友人であると同時にフランドールの友人でもあるの。
あの娘、この前開かれたパーティーにも顔を見せなかったでしょう?どうしているかと思いまして」
「フラン様は異変の夜から以前以上に地下に籠られているわね…そういえば食事の時もあまり顔を見せなくなられたわ。
フラン様曰く、『忙しくて手が離せないだけだから気にするな』とだけ言われたけれど…それが何か」
「そう、成程ね…フフッ、ありがとう。十分過ぎるお話だわ」

 そう言葉を残し、それではと一礼して隙間の中に戻ろうとする紫に、私は『待ちなさい』と一言制止する。
 その声に、紫は行動を止め、私の方へ再度視線を向ける。そんな紫に、私は刹那に沸いた質問をぶつけてみる。

「…紫、貴女これから何かしでかすつもりじゃないでしょうね」
「はて…何か、とは?」
「それが分からないから聞いてるのよ。なんていうか…今のアンタにそれ、訊かないといけないと思って」
「フフッ、おかしな質問をするのね霊夢は。私のこれからの行動は冬眠に向けて挨拶回りするくらいよ。
最後にレミリアのところに顔を出して、心行くまでからかった後にゆっくり眠りにつくつもり」
「…最後の行動だけは止めて頂戴。お嬢様は今日、美鈴と一緒に夜雀のご友人のところに行っているのだから」
「あら、それは良い話を聞いたわ。是非ともその中に混じらせて貰うとしましょうか。
…それで霊夢、質問は終わりでいいかしら?今の答えで満足?」

 紫の反応に、これ以上何を追及しても無駄だと悟り、私は手をシッシッと追い払うように動かして行っていいと意志表示する。
 それを受けて、紫は今度こそ隙間の中に消え、神社内から消失した。それを見届けて、私は大きく溜息をつく。

「…結局何だったのよ、アイツは。いつもは勝手に冬眠して勝手に目覚めるくせに」
「貴女が分からないのに私が分かる筈もないでしょう。あの妖怪の考えることは本当に想像がつかないもの」
「当たり前よ。アイツの狂った思考回路を読み取れる奴がいたらお目に掛かりたいわ。尊敬のあまり神社で祀ってあげるから」
「他の誰でもない霊夢にそこまで言われるというのも…八雲紫、本当に不思議な妖怪ね」
「単に意味不明なだけよ。本当…変な悪だくみをしてなきゃいいんだけど。まあいいわ、とにかく鍛錬の続きよ続き」

 やがて興味の失せた紫を捨て起き、私は再び己の鍛錬へと戻る。
 あんの意味不明妖怪を始めとした連中に少しでも追いつくために、追い抜くために、ね。














 ~side パチュリー~



 暗闇に支配され、闇夜に棲まう者しか存在を許されぬ地下の監獄。
 レミィの在る世界が表なら、彼女が在る世界こそ裏。闇だけが息衝くこの空間に、彼女はただ一人存在し続ける。
 愛する姉の為に誰よりも冷酷に在り、誰よりも他者を見下し、誰よりも孤独で在り続けた少女――フランドール・スカーレット。
 彼女は誰の手を取ることもなく、この暗き世界で狂い続ける。咲夜も、美鈴も、そして私も…誰の力も不要とし、ただ独り、その身は愛する姉の為に。

「…何?貴女を呼んだ記憶はないのだけれど」
「そうね、呼ばれてなんていないわ。だけど、半月も上に姿を見せなければ心配もするでしょう」
「心配?フフッ、らしくもない。私のことなんて頭に入れる必要なんてないわ。貴女はただ、お姉様のことだけを――」
「――と、レミィが最近よく零しているのよね。フランと色々話したいことがあるのに、全然会えないって」

 私の言葉に、暗闇から返答は返ってくることは無い。
 私は軽く息を吐き、暗闇を照らす為に点灯の魔法を紡ぐ。掌から放たれる淡い光に、フランドールの身体から暗闇が振り払われていく。
 そして少しばかり面白くなさそうな表情を浮かべているフランドールに、私はしてやったりとばかりに笑って言葉を紡ぎ直す。

「勿論、レミィだけではなく私達も貴女を心配していたわ。さて、他に何か?フランドール・スカーレット」
「…前々から分かっていたことだけど、貴女の性格は時々不快だわ。衝動で思わず磨り潰したくなるときがある」
「人形のような私が好みなら、レミィに引き会わせた己の過去を呪うことね。あの娘に出会えなかったら、私は今も立派なお人形のままだった」
「ハッ、それこそ冗談。…それで、今日は何の用?生憎と私はあまり長話に付き合うような気分じゃないの。手短に頼みたいわね」
「ええ、こちらとしても手短に済ますつもりよ。こうして会話をしている今ですら、きっと貴女には多大な『負担』なのでしょうから」

 沈黙。私の言葉に、フランドールは笑うことも嫌味を返すこともなく、口を真横に噤んで応対する。
 その反応に、私は自分の推測の全てが一本の線でつながったことを確信した。…本当、嫌な予想ばかり当たるものね。
 運命未来全てに怨嗟の言葉を紡ぎたくなる…そんな感情を押し殺し、私は魔法使いとして必要な情報の確認と収集に努めていく。
 掌の上に展開する光魔法、その輝きを私はフランドールの座るベッド…その背後の壁に中てる。そこには、想像通り、無数の
欠落、欠損、傷跡が残されていた。力のままに、己の荒れ狂う能力のままに暴力をぶつけられたその痕跡が。

「いつから、というのも無駄な問いかけね。貴女の力、そのブレーキが外されたのはあの永き夜しかないもの」
「…その問いかけは私がすべきモノね。パチュリー…貴女、いつ気付いたの?」
「気付いたこと、そのことに声を大にすることはあまりしたくないわね。むしろどうして今まで気付けなかったのか…そちらが問題だもの。
思い返せば、答えは何処にでも転がっていた。だけど私達は、レミィしか見ていなかった。レミィだけを見続け、レミィの為だけを考えて
物事を判断し過ぎた。そして貴女のレミィに対する妄執を当たり前に捉え過ぎた…だから、私達は本当に大事なことの何もかもに気付けなかった」
「本当、面倒ね…魔法使いっていうのは一々前書きを並べ立てないと本題に入れないのかしら」

 小さく息をつき、フランドールは瞳をこちらに向け直す。
 その瞳は何処までも冷酷で、残忍で。その気になれば私の一人や二人の首など瞬きする間もなく刎ねることが出来るでしょうね。
 けれど、そんな子供騙しに流されてあげるほど私は子供ではない。フランドールの殺気を気にすることもなく、淡々と言葉を紡ぐ。

「確証を得たのはつい最近よ。薄々とは勘付いていたけれど、決定打を導けなかった。…違うわね、導こうともしなかっただけ。
最初に違和感を感じたのは、貴女がレミィを無理矢理この館の当主に仕立て上げたとき」
「どうして?私はお姉様が大好きなの。だから私は連中を殺した。お姉様を侮辱するあの塵達を淘汰したの。
ならばお姉様を紅魔館の主に据えるのは当たり前でしょう?愛する姉の為に、妹は姉を主にした、ただそれだけのこと」
「その手を用いるならば、あと数順遅らせる方がベストだった、それが分からない貴女ではないでしょう?
確かにレミィの秘密を握る連中は淘汰したけれど、レミィが主に座ること、その全てを他の連中まで納得した訳じゃないもの。
そもそも、レミィを主に据えること自体が悪手だわ。レミィの幸せを、無事を願うなら、貴女が無理にでも主として表に立った方が良い。
貴女に『その時間が許されているのなら』、紅魔館の主としてレミィの為に在り続ければ良かった。幻想郷の強者として立ち、レミィの
為に全ての障害を打ち払えるような、そんな存在として、ね」
「それが不可能である理由、分からない貴女ではないでしょ。私は頭が狂ってるからね、こんな不安定な者に主なんて勤まるものか。
それにお姉様を私の下につける?面白くない、実に面白くない冗談だ。お姉様が誰かの下につくことなどないわ。お姉様は唯一無二の存在なのだから」
「気が触れているから主はしない、レミィが大好きだから下につけたくない…そんな理由でレミィを失する悪手を打つ程、
私の知るフランドールは甘くないのよ。貴女にはそれが出来ない理由があった。無理をしても、時計の針を早める必要があった。
…思い返せばなんて簡単。フランドール、貴女は急き過ぎていたのよ。吸血種、妖怪…貴女やレミィの持つ許された時間とは対照的にね」

 私の言葉をフランドールは淡々と耳に入れるだけ。反論しないのは、間違いなく私の推測が外れていないことの証明。
 …事実、フランドールは計画を急いでいた。私達が元主を始めとした連中を淘汰した後、彼女はレミィを無理矢理紅魔館の
主の地位へと縛りつけた。そして、その決定に異を唱え、レミィではなくフランドールを担ぎあげようとする者、その全てを消し去った。
 フランドールがレミィへ冷たく接する態度、それを見て蠢く羽虫を呼び寄せて断罪していく。その結果として、この紅魔館に最早
レミィをどうこうしようなんて輩はいない。本来なら百年スパンで時間をかけて行うモノを、フランドールは十数年で成し遂げてしまった。
 レミィを愛するが故に、気が触れているから…そんな理由に、私達も惑わされた。フランドールの撒く幻惑に、踊らされた。
 彼女の取る行動一つ一つがレミィの為という理由が存在するから…だから、気付けなかった。彼女が隠していた真実を見抜けなかった。

「そしてレミィへの態度…あれも理由の一つね。元主達が消え去ったというのに、貴女は一向にレミィと距離を詰めようとしない」
「当たり前じゃない…私がお姉様と距離を詰めれば、私の枷としてお姉様が他の連中に狙われる。
それはお前だって重々承知の筈でしょう。その為に、私は屑共を全て消し去るのに数多の時間を要してしまったのだから。
またお姉様が屑に利用されないとは限らない、私に対してお姉様が有用だと知られてはならない。わざわざ己のアキレスを主張しろと?」
「誰が狙うの?博麗も八雲も西行寺も伊吹も蓬莱山も、その全てに友好を持ったレミィを一体誰が?」
「保険と本分を履き違えないで。連中はあくまで保険、百を九十九に自ら下げる愚行なんてしないわ」
「その一の為にレミィを悲しませるの?それこそ有り得ないわね。嘘も並び立てられると随分不快だわ。
言ってあげる。貴女がレミィと距離を取る理由は二つ…レミィを悲しませたくないこと、そして自分が悲しみたくないこと」

 そこまで言葉を並べ立てて、私は自分の言葉尻がどんどん強くなっていることを自覚する。
 …ああ、そういうこと。私、怒っているのか。フランドールに対して、どうしようもなく怒りを感じている。感情をぶつけてしまっている。
 けれど、思うままに感情をぶつけても、きっと答えは得られない。私は熱してしまった頭を冷ましながら、ゆっくりと言葉を紡ぎ直していく。

「…レミィを無理に異変に参加させること、これ自体が本来なら考えられないことなのよ。
確かにレミィの為になり、強者との関係を結ばせることが出来るけれど…そこにはレミィの望みもなければ危険だって存在する。
ならば何百年とゆっくり時間をかけて基盤作りしていく方が余程貴女らしく在る」
「急いてなどいないわ。現に私は屑共を屠り、数十年の時を無駄に過ごしてる。
もし貴女が言うように時間が無いのなら、すぐさま異変を起こしていた筈でしょ?」
「そこまで私に言わせないで…貴女はギリギリまで保っていたかった、ただそれだけでしょう。
貴女の『命(タイムリミット)』のギリギリまで、レミィと過ごす穏やかな平穏を…ね」

 …もう問答は必要ないでしょう。そう態度で告げる私に、フランドールは顔を顰めて言葉を返せない。
 カードは全て開かれている。残忍で冷血な吸血鬼、闇に生き続け仮面を被って嗤う少女の手札は曝け出された。
 馬鹿だ。この娘は本当に愚かだ。どんなに苦しくとも、辛くとも、仮面を被り姉の為に舞台の上で狂人として嗤い続けるフランドール。
 その少女に、私は辿り着いた真実を突き付ける。フランドールが隠し続けた、本当に戯けた運命を。




「――貴女はもう永くない。そうでしょう、フランドール・スカーレット」




 私の辿り着いた答え。それはたった一つの残酷な事実。
 嘘ならば良かった。私の下らない思い違いなら良かった。だけど、彼女の態度は私の答えを肯定してしまう。
 何を馬鹿なと笑ってくれればいい。勝手に殺すなと罵倒してくれればいい。だけど、フランドールはしない。出来ない。
 十数秒の間をおいて、フランドールは大きく息を吐き、言葉をぽつりぽつりと紡いでいく。それは、先ほどまでの殺気に
満ち溢れた狂気の姿とは程遠い、どこまでもか弱き姿。

「…使えない屑は嫌い。けれど、有能過ぎる奴も苛立たしいものね。長年生きてきたけれど、初めて知ったわ」
「否定はしないのね、フランドール」
「別にパチュリーと言葉遊びしたい訳じゃないもの。今更どう否定したところで無駄だろうし」
「最初からそう言ってくれたら長話せずに済んだのよ、違って?」
「フフッ、違いないね…本当、貴女は最高の拾いものよ、紅魔館の頭脳さん」

 一度言葉を切り、フランドールは苦笑混じりに語り始める。
 それは全くの第三者が耳にすれば理解に苦しむ言葉。けれど、彼女の真実を知る者からすればどこまでも悲痛な叫び。
 フランドールという少女の慟哭が、絶望が、痛い程に伝わってくる…そんな言葉。

「…最近、よく夢を見るよ」
「夢?」
「ええ…アイツを、私達を永遠の牢獄に閉じ込めた屑を屠るときの夢。
お姉様を全てから解放する為に…違うね。私を、私自身を全ての柵から解き放つ為に私が起こした私の戦争。
沢山の時間と沢山の恨みを積み重ね…ようやく、ようやく実行出来た私の夢の刹那(じかん)」

 彼女の語るシーン、それは私達のスタートと言っても過言ではない過去。
 フランドールと私が幾重の計略を用いて、実行に移した呪われし館の解放…前当主、レミィ達の父親の殺害。
 紅魔館に蔓延る最後の屑達を一掃する為に、八雲達との戦闘後、奴等の消耗時を狙って遂行した掃討作戦。
 その中で、私が実の父親を手にかけたように、フランドールもまた実の父親をその手にかけた。
 私達の計画は成功に終わり、種火を最低限の状態のままにレミィを忌まわしき鎖から解放することが出来た。
 そのとき、私も美鈴も全てが終わったのだと思っていた。これからはレミィとフランドールをはじめ、私達が望む
幸福に満ちた時間が始まったのだと思いこんでいた。…そう、フランドールの真実を知るまでは。

「あいつの頭を磨り潰したとき、私の心は歓喜に震えたよ…もう、何モノにも縛られないで済むんだって。
これで私は幸せになれる…これで私は本当の気持ちをお姉様に伝えることが出来る…もうあいつ等の目を気にして
お姉様に他人のように接する必要も無いんだって…お姉様の手を、つないで一緒に歩いていけるんだって…」
「フランドール…」
「…アイツを殺した気の昂りと、お姉様とお話し出来る喜びと…沢山、沢山感情が混じり合ったよ。
アイツを殺して、私は一心不乱にお姉様の部屋を目指して走ったよ。走って、走って、走って…お姉様の部屋の扉を開けて…
何て最初に声をかけよう、何て言えばお姉様は驚いてくれるかな…そんなことを馬鹿みたいに沢山考えて…お姉様に会ったんだよ。
…フフッ。ねえ、パチュリー、なんだと思う?私がお姉様に会って、最初に思ったことって一体何だと思う?」

 そこまで告げ、フランドールは細い両腕で自身の身体を強く抱きしめる。
 それが自身の身体の震えを抑える為の行為だと気付いたのは、彼女が言葉を発してから。声が震えないように必死に身体を抑え込み、
フランドールは言葉を続ける。それは懺悔、それは自嘲、それは悔恨、それは絶叫。

「――お姉様を殺したい。そう、思ったんだよ。沢山沢山お姉様を想って、私は…そう、思ったんだ」
「殺す…レミィを…?」
「…信じられないよね。私だって信じられない、信じたくない…でも、私はあのとき強くそう思ったんだ。
ベッドの上で眠るお姉様を見て…血塗れの私とは正反対な、何処までも純白で綺麗なお姉様を見て…私は、強く殺意の衝動に駆られた。
大好きなお姉様を、世界中の誰よりも愛するお姉様を、この手で穢したいと…殺したいと、思った。その光景は、きっと何よりも綺麗だろうから…
お姉様の血は一体どんな味がするだろう。お姉様は死の間際に一体どんな声を上げてくれるのだろう。お姉様の死は一体どれほど私の心を揺り動かすのだろう。
欲望が私の身体を突き動かして、お姉様の細い首に手をかけて…正気に戻ったよ。自分の行動に対し、今の貴女のような感情を抱いて…ね」

 ――絶句。今の私を表現するなら、最早それ以外の言葉はない。フランドールの口から紡がれたのは、私の想像を遥かに超える言葉。
 フランドールが、レミィを殺そうとした?あの誰よりもレミィを護る為に奔走し、レミィの為に全てを遂行したフランドールが?
 …有り得ない。馬鹿な。どうして。彼女は確かに精神的に不安定なところもあるが、判断、理性、そのあたりは何も問題ない。それなのに…
 答えの出ない迷宮に閉じ込められている私を余所に、フランドールの言葉は続く。

「最初は気の迷いだと思った…実の父親を殺した為に、精神が昂っただけなんだって、自分を誤魔化して…でも、それが私の持ち続けていた
『致命傷』なんだって気付くのには、ものの三日も掛からなかったよ。フフッ…本当、思い返せば当たり前なのにね…
私が今をこうして生きていられるのは、全てお姉様の起こした奇跡のおかげ…そんな儚いモノに頼っていただけなのに、私は自分が正常に戻れたんだって勘違いして…」
「どういうこと?フランドール、答えなさい。貴女の身体は…」
「…先天的な障害だよ。私の身体は生まれた頃から『欠陥品』でね。力の構造と精神構造が『駄目な』方向にねじ曲がり入り組んでる。
具体的に言うと妖力魔力の発動に心体が連動しちゃってるんだよね…ま、この当たりは貴女の方が詳しいでしょう?」
「…嘘。そんなの、決して有り得ない。貴女のその力で、そんな欠陥が存在したら…」
「壊れちゃう、よね。吸血鬼クラスの妖力なんて、発動した瞬間に心と身体が過負荷で悲鳴をあげる。例えそれが妖怪の身体でも、ね。
力を使わずとも、保持し続けるだけで心の方が先に根を上げる…ああ、そう言えば貴女の父親に私は百年持たないって言われてたわよ。
勿論、その百年の全ては寝たきりの状態で…という前置きが必要なのだけど」
「…どうして、貴女は今生きているの?言い難いけれど、そんな酷い障害は生半可な治癒、ましてや正当法では治せない筈よ」
「訊かなくても分かるでしょう?それを知っているからこそ、貴女は私の前にこうして現れたのでしょう?
私の計画、私の身体、私の思惑、そしてお姉様の…レミリア・スカーレットの真実。全ては一本の線につながったかしら、パチュリー・ノーレッジ」

 十分過ぎる程に…その一言が、言葉に出来ない。嫌みの一つも言い返せない。重過ぎる真実が、私の心を縛る。
 フランドールの言葉、その全てが真実ならば…『あの娘』のフランドールへの『呪い』は、奇跡と呼べるレベルに昇華してしまっている。
 けれど、幼さが故の力技…だからこそ、歪みが生じた。命を賭した禁呪を持ってしても、幾ら優秀とはいえ幼過ぎる『あの娘』では、
完全に蓋を閉ざせなかった。故に、災厄が漏れ出る。長年抑えてきた筈のフランドールの病が、実父を殺した弾みで解放されてしまった。
 その開かれた蓋は、じわりじわりとフランドールを蝕み、そして永き夜…八意永琳との戦闘で、フランドールは我を忘れる程に
憎悪を解放し…そして、最後の封は放たれてしまった。その結果が今の彼女。こうして笑ってはいるが、今のフランドールは眠ることすら
ままならないだろう。心と体、そのどちらにも言葉にしがたい苦痛が襲っている筈。それほどまでに、彼女を蝕む病は残酷なもの。
 その真実が、私の心を責め立てる。どうして気付けなかった。どうして私は知ることが出来なかった。
 ここに来るまでは、頬を引っ叩いて文句の一つでも言ってやろうと考えていた。同胞と謳いながら、私達に何も話してくれなかった
ことに嫌みの一つでも言ってやろうと思っていた。だけど、この娘のレミィを…愛する姉を護る為の、想像を絶する覚悟を知ってしまった。
 己が命も省見ず、ただ姉の為に奔走し続けた少女。姉を手にかけそうになる程の病と狂気を悟り、何の躊躇もなく『自らの死後の未来』を
築く計画を実行した少女。そんな彼女の真実が、決意が、想いが…どうしようもなく、責め立てる。
 …レミィの為に生きる。私達が口にするその言葉、それはなんて安っぽい言葉なんだろう。この娘はどんな気持ちで私達の言葉を聞いていたのだろう。
 愛する姉の為に計画を遂行し、愛する姉を護る為に駒を揃え…そして彼女は、その駒に最後の役割を果たさせようとしている。
 美鈴の、咲夜の、私の…フランドールの考えた、本当の役割。それはレミィを護ることではなく、レミィの最大の危険と為ってしまった――の排除。

 …認められない。こんなもの、絶対に認められない。
 私は拳を強く握り締め、フランドールに背を向ける。部屋から出て行こうとする私に、フランドールは分かりきったような問いを投げかける。

「そんなに急いでどちらにお出掛け?賢しい貴女なら、間違っても私の話をお姉様に言ったりしないとは思うけれど」
「…『今の』レミィに話してもしょうがないでしょう。今のレミィには…あまりに残酷過ぎる。
あの娘は貴女が大好きだからね…貴女が死ぬかもしれない、なんて言えばレミィの心が壊れてしまう」
「分かってるならいいわ。私が貴女に話したのは、『これから』のことを貴女に考えて貰う為。
上に戻って美鈴や咲夜に話して、これからのことを考えなさい。どうすればお姉様の為になるか…何がお姉様の為になるのか、それをしっかりと、ね」
「…ええ、しっかりと考えてあげるわ。ただ、一つだけ言えることはあるけれど」
「へえ、訊いてあげる。言ってみなさい」

 ここまで諦めているということは、間違いなくフランドールもあらゆる手を尽くしたんだろう。
 レミィと生きる為に、沢山の方法を探し、考え、壁に当たる度に絶望し…そして、諦めた。諦め、切り替え、決して足は止めなかった。
 フランドールが諦めるかどうかは確かに彼女の勝手。だけど、彼女が諦めたから私も…という訳にはいかない。
 だって、そうじゃない。フランドール、貴女は私にとって自分が姉の付属品くらいにしか思っていないと勘違いしてるようだけど…私は今でも盟友のつもりよ。
 レミィが掛け替えのない親友なら、貴女は決して別れられない悪友。これまで散々一緒に姦計を笑って実行してきた相棒、そう簡単に抜けられると思って貰っては困るわね。
 貴女は死を決め付けているけれど、私はそんなに甘くは無い。貴女の死なんて、私達の描いた計画には存在しないもの。
 私達が目指すべきは幸福。私達が目指すべきは最高のハッピーエンド。他人なんかどうでもいいけれど、レミィと貴女は絶対に幸せに
なってもらう。それが私達の…この館に生きる場所を与えて貰った者達の、大切な仕事だと思うから。だからフランドール、貴女に言えることはたった一つだけ――



「――私達をおいて、決して楽に死ねると思わないことね」



 私の捨て台詞に、フランドールは目を丸くさせて驚き、そして耐えきれないとばかりに声を上げて大笑いする。
 そんなフランドールに対し、私は呆れるように息を吐いて、今度こそ地下室を後にする。

 フランドールの眦に光る小さな滴…そんな本当の彼女の意志をしっかりと胸に抱いて。




















 ~side 紫~



 隙間から飛び降り、私は地に足をつける。
 そして、私の前に立つは私の自慢の式、八雲藍。藍は私の帰還を確認し、訊ねかけるように言葉を紡ぐ。

「お帰りなさいませ、紫様。博麗神社から?」
「いいえ、ヤツメウナギの屋台から」
「…は?」
「フフッ、貴女も一度行ってみるといいわ。中々に素敵なお店だったわよ。
特にお勧めのメニューは涙目の蝙蝠弄りね。可愛くて可愛くて、思わず時間を忘れてしまったわ」

 私の言葉に、なんのことか理解したのか、藍は呆れるように大きく溜息をつく。
 あらあら、心外な反応ね。あの娘の素晴らしさは貴女とて触れてみて理解したでしょうに。
 そんな私の考えを感じ取ったのか、藍はじと目で私を見つめながら口を開く。

「…お言葉ですが、あまりそんな行動ばかり取ってると、本気で嫌われちゃいますよ」
「レミリアが私を?フフッ、有り得ない有り得ない。あの娘、他人を嫌うことを嫌うもの。むしろ怯えると言ってもいいくらい」
「それでも、です。どんな気心が知れた友が相手でも、最低限の礼節は必要でしょう」
「あら、貴女いつから私に意見出来る程偉くなったの?」
「意見なら式になったときから全力でしているつもりですが。特に紫様が結界管理をサボったときとか私に押し付けたときとか」
「あーあー、聞こえない聞こえない」

 藍の言葉に両耳を抑え、私は全力でスルーに努める。こんな嫌味を言えるようになったなんて、藍も随分大きくなったわねえ。
初めて出会った頃はこんな小さな子狐だったのに、本当、月日が流れるのは早いものね。
 私は軽く息をついて、気持ちを切り替え直す。冗談話ではなく、真剣な話をする為に。
 空気の変化を機敏に読み取ったか、藍もまた意識を切り替え直し、報告の言葉を紡ぎ始める。

「早速ですがご報告させて頂きます。妖怪の山の天魔を始め、幻想郷の賢者達から苦情と要望が殺到しています。内容は…」
「説明されるまでもないわ。私の管理者としての力量への疑心、そして管理権限の譲渡でしょう?」
「…仰るとおりです。紅霧、春雪、永夜と幻想郷の平穏をかき乱す異変を許しておきながら、管理者として
自分達との会議に異変首謀者を連れてくるでもなければ謝罪させる訳でもない。事情すら説明しない、と」
「フン、年齢だけを重ねた屑が言ってくれるわね。捨て置きなさい、連中の要望に耳を貸す必要はないわ」
「ですが、紫様…特に天魔を始めとした妖怪の山の者達の声は強く、このままでは紫様の…」
「――捨て置け、私はそう言った筈よ。同じ言葉を二度も言わせないで」
「…出過ぎた真似を。申し訳ございません」

 頭を下げる藍を余所に、私は軽く瞳を閉じて思考する。連中の求めるモノ…それはこんな『重石』なんかではないでしょう。
 となると、理由か…下の血気盛んな連中を納得させるだけの理由、それが天魔。他の連中は…単なる私への揺さぶりか。
 …どちらにしても、行動は不要ね。少なくとも私は連中にレミリアもフランドールも差し出すつもりは微塵もない。あの娘達は
この幻想郷の未来を築いていく大切な欠片、決して失ってはならない玉石。だからこそ、私は藍に指示を出す。

「藍、指示を出すわ。連中が何を言おうと、決して耳を貸すことも首を垂れることもない。
例え連中が何を条件とし、何を引っ張り出してきたとしても突っ撥ねなさい。私が眠る間、このことだけを遵守なさいな」
「…例えそれが、紫様の立場を失わせることになろうとも、ですか?」
「無論よ。私が望むは変化、成長、永続、未来。私が望む幻想郷、その世界に私という駒は重要ではないの。
私が駄目なら、別の者が世界を管理すればいい。私は神を気取ることなど望まない――私が望むは、この世界の母で在ること」
「…承知しました。八雲藍、必ずや紫様の命を遵守いたします」
「ええ、お願いね、藍。私が起きるまで…きっとその間に、この幻想郷は一波乱あるだろうから」

 ――あの娘がみんなの中心に立つ限り、きっと、ね。そう付け足して、私は視線を空に向け、星々の瞬く世界を見上げる。
 夜空に輝く宝石達、それはまるで私の愛する幻想郷のよう。この世界に住まう誰もが輝きに溢れ、自らの生を証明するように眩しく地上を照らしている。
 その幻想郷の中で一際大きく輝く二つの星に、私は出会った。暗き闇夜で眩しく輝く姉星と、明るい日光の中で存在を示す妹星。
 二者相反するように輝く二星、けれどその輝きの美しさ、その本質は一緒。どちらも輝きの色が異なるだけで、この幻想郷内で
どこまでも優しく純粋に、道に迷う旅人の行き先を照らすが如くに煌めいて。私はそんな二つの星を何処までも愛おしく思う。
 決して失ってはならないモノ。決して無くしてはならないモノ。その二星はきっと、これから先の幻想郷の未来をも照らし出す。
 だから私は心から願う。決して失われぬように、忘れ得ぬように、無くさぬように。私が直接手を触れてしまえば、その輝きはきっと消えてしまう。
 何者にも穢されない、縛られない、触れられない、そんな天に輝く彼女達だからこそ価値が在る。友として、この世界を愛する者として、私は願う。


「――今年もまた、永い冬になりそうね。凍てつく嵐が吹き荒れる、そんな冬に」


 永き冬を越え、再び友として会いましょう――レミリア、フランドール。
 貴女達に待つ過酷な試練、それらを乗り越えて幸せに微笑みあう貴女達…そんな未来を、私は楽しみにしているわ。
 二つの星の輝きが一つになる、誰もが望み願うその儚くも優しい、決して在り得ぬ奇跡と呼ばれる未来を…ね。









[13774] 幕間 その7
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2010/12/13 03:42




 ~side 妖夢~



 流れる汗を拭い、刀を下ろし、私は目の前に対峙する咲夜に一礼する。
 息を切らす私とは対照的に、呼吸一つ乱さず一礼を返す咲夜。…まだまだ届かないなあ。けれど、本当に勉強になる。
 咲夜から離れ、縁側に向かう私と入れ替わるように咲夜のもとへ向かうのは霊夢。霊夢は咲夜の前に立ち、言葉を発さず開始の合図を待つ。
 それを察し、縁側に座っているアリスは私の時同様に足元の小石を拾い、宙に軽く放り投げる。空に放たれた小石が着地する刹那、二人の
影は風に溶け、二人だけが視認しあう、隔離された世界になる。霊夢と咲夜、二人の模擬戦闘が。
 スタートを見届けて、私もまたアリスや魔理沙同様に縁側に腰を下ろし、大きく息を吐く。そんな私に魔理沙は楽しそうに笑い、アリスは
当然のように用意していたタオルを投げてくれる。

「残念だったな。最初は妖夢が勝つんじゃないかって流れに見えたんだけどなあ」
「強引にこっちのペースに持ち込もうとしたからね…私じゃそうでもしないと咲夜相手に立ち回れないから。
ただ、攻め急ぎ過ぎたのが駄目だったかも。此方の思惑に気付かれて、距離の出し入れをされると…ね」
「咲夜、貴女の力配分と戦闘法を推し量ってたものね。様子見して次の手を柔軟に使い分ける、近遠どちらも出来る咲夜ならではね」
「嫌らしい戦い方するもんだなあ。私なら火力火力また火力で勝負だけど」
「魔理沙はそれで良いと思うよ、魔理沙らしくて」
「…ふふん、今さらりと妖夢が私を馬鹿にしたこと、気付かないと思ったか?誰が砲撃馬鹿だとー!」
「いいい言ってない!そんなの一言も言ってないから!だ、抱きつかないで!汗、汗かいたばかりだから私!」
「…人が真面目な話をしてるのに、貴女達って人は」
「私は真面目に聞いてるよ!?お願いだから一緒くたにしないでー!」

 抱きついてくる魔理沙をなんとか引き剥がし、私はアリスに必死に潔白を訴える。
 …う、冷たいじと目。はあ…魔理沙のせいでアリスに呆れられてしまった。空気を切り替える意味を込めて、こほんと小さく咳ばらいをして
私は霊夢と咲夜の模擬戦闘へと視線を移す。そこには恐ろしい速度で駆け回る咲夜と、腰を据えて迎撃する霊夢の姿が在った。
 どうやら霊夢相手に咲夜は様子見をするつもりはないらしい。その判断は実に正しいと思う。霊夢とは何度か手合わせしたけれど、
様子見なんて彼女相手には悪手以外の何物でもないのだから。霊夢は直観と洞察で相手の行動の数歩先を読み取る、だから探りなんて
引く真似をすればあっという間に押し込まれてしまう。霊夢相手に様子見の一手を打てるのは、遥かに格上の存在だけ。そう…あの八意永琳のように。
 その名前を頭に描いたとき、私は先ほどまでの咲夜の戦闘と八意永琳の戦闘が少しばかり重なって見えた。ああ、そうか。さっきまで
咲夜と戦っていたときの既視感は『それ』だったのか。相手によって時に押し、時に洞察し、最良の一手を常に紡ぎ相手を追い詰め、仕留める。
 さながら狩人のような戦い方、それはまるであの夜の八意永琳そのものではないか。似てる…本当によく似ている。
 そんなことを考えながら戦闘を眺め続ける私に、魔理沙は八卦炉を弄りながら私に問いかける。

「どうしたんだ?さっきからボーっとして。そんなに咲夜に負けたのがショックだったのか?」
「へ?ああ、そんなことないよ。落ち込む理由なんて何処にもないし、むしろ学ぶべきことの方が多いからね。
咲夜や霊夢との手合わせは本当に勉強になることばかりだもん、落ち込む暇があるならバネにして少しでも二人に追いつかないと」
「追いつくねえ…私の見る限りだと、そこまで二人に妖夢が劣っているとは思わないわよ。
むしろ近接戦闘なら貴女の領域だったじゃない。近接が貴女、遠距離が霊夢、ミドルレンジが咲夜ってところかしら」
「その距離の優位を保てる技術と経験が二人にはあるんだよ。いくら接近で圧倒したって負けちゃ意味が無いからね。
だから勉強努力精進あるのみ。二人に置いていかれないように、肩を並べて戦えるように…ね」
「その為に幽々子に頼み込んでこうして博麗神社に鍛錬に来ている…と。
立派な心がけだけど、お前、もしかして自分が幽々子の傍仕えってこと忘れてたりしないよな?」
「う…そ、それを言われると…でも幽々子様は『無意味な警護をする暇があるなら自分の為に時間を費やしなさいな』って…」
「無意味って…幽々子も大概言うわね…流石は八雲紫の親友かしら」
「まあ私は万々歳だけどな。その結果、こうして妖夢と会えるんだから。
鍛えろ鍛えろ、満足いくまで自分を鍛え上げれば良いさ。私はそんな妖夢を弄って楽しむから」
「弄って楽しむって何!?私修行しに来てるのになんで魔理沙にここで弄られる前提なの!?」

 魔理沙に反論するも、右から左にと魔理沙は受け流すだけ。本当、魔理沙って人は…良い友達ではあるんだけど。
 私がこうして博麗神社に最近よくお邪魔している理由、それは自己鍛錬の為。これまでは幽々子様の傍仕えとして、幽々子様の傍に
居ながら独力で鍛錬をし続けていた。私はそれで十分鍛錬出来ていると考えていた…そう、あの永き夜の異変までは。
 あのとき、私は霊夢達と一緒に八意永琳と対峙し、一人先に脱落してしまった。それは自分の役割を果たした結果、霊夢達に怒られ悟った今、
そのことを後ろめたく思うことも恥じるつもりもない。けれど、それでもやはり一剣士として思ってしまう。
 私も最後まで二人と共に戦いたかった。一人先に脱落することなく、最後まで一緒に…そう、願ってしまう。
 だから、霊夢と咲夜が博麗神社で鍛錬している話を聞いたとき、私は良い機会だと思った。独力では辿り着けない領域に、自分の意思で
踏み出すチャンスだと。私が持ち得ない、二人の持つ何かを学ぶことが出来るかもしれない、と。
 それから私は度々博麗神社を訪れ、二人と刀を交わらせている。その戦闘経験は決して一人では味わうことの出来なかった最良の経験。
 腕を交えて分かる、二人との差。だけど、そのことにマイナスを感じることなどない。切磋琢磨出来る存在がこんなにも身近にいること、
努力して追いつき、追い越すべき存在がこんなにも傍にいること、そのことをどうして後ろ向きに思う必要があるだろう。
 恵まれている。私は本当に恵まれている。この研鑽が、必ず私の糧となる。そしてそれがいつの日か、必ず幽々子様をお守りする為の力となる。
 届かぬ存在だと諦めていた紫様達の高み…その高みを、霊夢も咲夜も迷わず目指そうとしている。きっと私と彼女達の決定的な違いはそこだった。
 勝てないと諦めること、逃げ出すことは容易い。だけど、そこで上を向くことを諦めてしまっては本当のゴールを見失ってしまう。
 だから私は覚悟を決めた。あの二人のように、私も視線を遥か高みへ。敬意を示す存在を、追いつくべき目標へ。
 紫様にも藍さんにも決して負けない一人の剣士…どんな存在をも凌駕する、幽々子様を護る一振りの刀に。それが私の覚悟。
 その想いを幽々子様にぶつけたとき、幽々子様は驚いた表情を浮かべた後、優しく微笑んで言葉を送って下さった。

『その気持ちを忘れずに何処までも研鑽なさい、妖夢。良き友達と手を重ね合わせ、前だけを向いて走り続けなさい。
貴女の胸に宿る一途な想いこそ、貴女を目指す高みへと押し上げてくれる最高の武器。それさえ忘れなければ、貴女は決して誰にも負けないのだから』

 子供を褒めるように、幽々子様は私にそんな言葉を与えて下さった。それは私の気持ちを奮い立たせる為の優しい過分なお言葉、けれど、
私には千の財宝にも勝る至言。私の目指す道を幽々子様が後押しして下さっている…ならば、私は走り続ければ良い。
 何処までも高みへ…霊夢にも、咲夜にも紫様にも藍さんにも萃香様にも決して負けない、幽々子様を護る一振りの刀へ。

「おーい、妖夢ー?自分の世界に入るのはいいけど、流石にずっと無視されると地味に傷つくぞー?」
「みょんっ!?あ、ま、魔理沙、ごめん、話聞いてなかった」
「だろうなあ。いーよいーよ、妖夢に無視される私は一人寂しく八卦炉の調整でもしてる方がお似合いなんだ。
ああ、魔法使いとは何と孤高な存在か。そう思わないか、アリス」
「そこで同意を求めないで。それに貴女、会話していようとしていなかろうと最近ずっと八卦炉弄ってるじゃない」
「まあ、どっちにしろ弄るつもりではあるんだけど。…妖夢を」
「私を!?八卦炉じゃなくて!?」
「ああ、間違えた、八卦炉だった。やっぱ良いなあ、妖夢は打てば響くから。
妖夢がいない時なんて、もっぱら私の話し相手はアリスなんだが、コイツの冷たいこと冷たいこと」
「人に冷たくされるのは、それなりの理由が在るものよ。まともに会話して欲しければ、相応の話題を振って欲しいものね」
「…な?そんな訳でお前が神社に来ないと、私の話し相手はレミリアが来るまでゼロって訳だ。霊夢と咲夜はあの調子だしな」
「そういえばレミリアさんは?普段は咲夜と一緒に来てるのに」
「寝坊だと。起こすのも忍びないから、咲夜一人で来たそうだ。後で来るなら美鈴と一緒に来ると思うって」
「寝坊って…あはは、レミリアさんらしいというか、なんというか…」
「どーせ徹夜で漫画の新刊でも読んでたんだろ。よし、今夜はレミリアの家に泊って私も読ませて貰うとしよう」

 実に自分勝手なことを言う魔理沙に苦笑しつつも、私はレミリアさんが来ることに喜びを感じていた。
 …うん、レミリアさんが実は弱いってことを萃香様の異変で知ったけれど、やっぱりレミリアさんが私にとって
憧れの存在であることに変わりなくて。力は無くても、萃香様に勇気を持って立ち向かった姿なんて未だに心打たれてやまない。
 だから、レミリアさんと接することが出来るのは、やっぱり嬉しくて…それに美鈴さんも来るのは本当に嬉しい。あの人は
どちらかというと『武人(わたしたち)寄り』だから、色々と指導願いたいこともあるから。もしかしたら、一手手合わせ願えるかもしれないし。
 そんなことを考えていると、横から魔理沙が呆れるように息をついて言葉を漏らす。

「ったく、霊夢も咲夜も妖夢もみんな永夜の熱に浮かされちゃってまあ。いつからバトルマニアの集団になったんだよ」
「霊夢も咲夜も妖夢も目指すべき場所を見つけたのよ。祝福してあげなさいな。私達魔法使いに目指す境地があるように、
みんなにも辿り着かなきゃいけない場所が存在するのよ」
「ま、それもそうだけどな…それでもやっぱり寂しいぜ。どうせなら修行を二時間したら四時間は私に構うべきだと思うんだ」
「何がどうせならなのか分からないけれど、そういうのはレミリアに頼みなさい。あの娘なら喜んで付き合ってくれるでしょ?
それになんだかんだ言って、貴女も『かなり熱に浮かされてる』みたいだけど?いつから貴女はそんな殊勝な人間になったのかしら?」
「おいおい、言ってくれるぜ。私は最初から努力型人間だよ。みんなに一人取り残されない為に、自分に出来る限りの知識を重ねることで精一杯さ」
「?どういうこと?魔理沙も何か鍛錬しているってこと?」
「まあ、鍛錬というか研究かな。…よっと、完成!」

 先ほどまで弄っていた八卦炉を軽く宙に投げ、空から落ちてくる八卦炉を魔理沙は右手で掴み取る。
 その手に持つのは、私のような素人では何の判断もつかない魔理沙のいつもの八卦炉。でも、魔理沙は会心の出来だとでもいうように
笑って天に掲げている。その八卦炉を見て、アリスもまた感心するように魔理沙に賞賛に近い言葉を紡いでいる。
 全く理解できない私に、魔理沙は楽しそうに笑みを零しながら、その手に持つ八卦炉について説明を始める。

「いいか妖夢、この八卦炉は私の魔力を燃料として大きな火力を生み出す魔道具、そこまではいいか?」
「うん、それは知ってる。魔理沙がよく使ってる砲撃魔法とかにも利用してるよね、凄い大火力で」
「そうそう、マスタースパークとかにも使ってるアイテムなんだけど…そいつを更に今回チューンナップしたって訳だ。
今回は凄いぞ?なんせ私のここ三週間分の睡眠時間を根こそぎ奪っていった程の仕様なんだからな」
「…寝てないの?」
「寝てるぜ?毎日三時間きっちり」
「それって全然寝てないよね!?」
「まあまあ、その苦労も全ては今日の為さ。今回八卦炉に加えた改良は、力の貯蔵と収集、そして発現だ。
従来までの八卦炉は私の身体から直接魔力を送り込んで、それを火力に変換したり、魔法の森の植物から魔力を抽出したりしていたんだけど
今回は更にバリエーションを増やしてみたんだ。そうだな…アリス、ちょっと発火の魔法使ってみてくれないか?」

 魔理沙に頼まれ、アリスは瞬きする時間で小さな炎を掌に展開させる。
 その炎に、魔理沙は八卦炉を近づけさせ、短いセンテンスの詠唱を行う。すると、アリスの掌から炎は消えてしまう。
 …成程。そこまで見て、私は理解することが出来た。力の貯蔵と収集、魔理沙の先ほど言っていた話はコレのことだ。

「ちなみに今のはアリスの『魔力』を変換した訳だが…その気になれば咲夜の妖力、妖夢の霊力だって変換出来るんだ」
「ほえ…それは凄いかも。だって、巨大な力を他人から集めて貯蓄できる訳でしょ?しかも発現まで出来るということは…」
「勿論、集めた力を火力に変換して利用出来るって訳だ。どーだ!凄いだろ!魔理沙さん会心の新発明は!
どうだ妖夢!今ならこの八卦炉に霧雨魔理沙お手製のマジックマッシュルームシチューをつけてお値段…」
「こら、耳触りのいいことばかり言って妖夢を騙さないの。貯蓄出来る魔力量には制限が存在する…違って?」
「おい、ネタばらしするのが早過ぎ…ってか、やっぱり気付くよなあ…」
「当たり前よ。私は貴女より魔法使い歴が永いのよ。こと魔法関係の知識に関して負けるものですか」
「えっと…欠点が在るってこと?」
「ああ、イグザクトリーでございます。収集出来る力の量に限界があって、その限界が私の魔力量に依存するんだよな。
つまり、私が内包する限界魔力までしか八卦炉に貯蓄出来ないってこと。それは結局…」
「…この八卦炉で実現出来る最大火力の魔法は、魔理沙が現状で放てる最大火力と何ら変わらないということよ。
でも、魔力バックアップとしては非常に優秀だわ。貴女は火力二倍三倍の魔法を撃ちたかったみたいだけど、ね」
「くそ~…私も地道に魔力量を増やさないと駄目ってことか。ああ、やだなあ…流石にあの連中の仲間入りだけは無理だ」

 魔理沙は大きく溜息をつく。勿論、彼女の視線は庭先で戦闘を繰り広げている咲夜と霊夢の方向。
 悔しそうにしてる魔理沙だけど、二人の話を聞くだけでもそれがもの凄い発明だって分かるんだけど…自分と同等の力を
ストック出来るなんて、インチキもいいところって普通なら思うレベルなのに。本当、魔理沙もアリスもやっぱり凄い。
 そんなことを思っていると、ふと私達が座ってる縁側が突如として日陰になったことに気付く。そのことに気付き、私は
何気なく空を見上げ…そして驚愕。アリスも同様に驚き目を見開いて。だけど、魔理沙だけは未だ気付かずにぶつぶつと愚痴を零している。

「う~ん、もう少しだと思うだけどなあ…これさえ完成すればどんな妖怪だろうと確定一発効果は抜群なのに…」
「あ、あ、あ…ま、まり、まりさっ」
「…いや、待てよ?確かに理論的には私の限界魔力しか魔法を放てないけれど、それはあくまで理論であって実践した訳じゃない。
もしかしたら、実際に使ってみるともの凄い火力が出たりするんじゃないか?」
「りゅ、りゅ、りゅうがっ!竜がっ!」
「おお、竜だろうとなんだろうと薙ぎ払ってみせるさ!それくらい今回のは自信作なんだ!なんなら今すぐにでも実験して…」
「ち、違っ!上っ!魔理沙、上!!」
「んあ?上?」

 私達の声に、魔理沙はようやく異変に気付き、ゆっくりと顔を空に向ける。
 私達の視線の先、そこに存在するのは、巨大な紅翼竜。体長も身高もゆうに十メートルを超えようかという巨大な生き物。
 圧倒的な存在感を誇る紅竜が、博麗神社の上で翼をはためかせている。そしてゆっくりとこちらに近づいて――

「ま、ま、ま、マスタースパークーーーー!!!!!!」
「…って、えええええええええ!!!!!??」

 ――来る前に魔理沙が思いっきり魔法で迎撃していた。
 空を舞う紅竜目がけて、先ほどまで改良を行っていた八卦炉を使って、それはもう盛大に。
 呆然とする私達を余所に、魔理沙が最初にぽつりと呟いた一言――『急に竜が来たので』がやけに強く耳に残ってしまっている。



















「死ぬかと思った!!本っっっっ気で死ぬかと思ったのよ!!!?」

 ダンダンと強く卓袱台を叩いて必死の抗議糾弾を行う私。その相手は勿論魔理沙。
 博麗神社の客間、いつもの集合場所にて私は半泣き状態で必死に声を荒げている。私の対面には帽子を脱ぎ、畳の上に正座して反省の
形を取っている魔理沙。そんな魔理沙に向けられる霊夢、咲夜、アリスの呆れる視線。妖夢は困ったようにオロオロするだけ。私同様、
被害者である美鈴は私の背後に立っているから顔は見えないけど…とにかく!今この場で魔理沙は多数決によって有罪確定なのよ!

「だから、悪かったってば。ワザとじゃないんだよ、ついだよ、カッとなってやっちゃっただけなんだってば」
「ついもクソもあるかー!!何で友達の家に遊びに行っただけなのに、全力全壊スターでライトなブレイカーを喰らわなきゃいけないのよ!?」
「いや、だから目の前に突如として馬鹿でかい滅茶苦茶強そうな竜が現れたら、そんなの迎撃しちゃうって。竜なんて絵本の中でしか見たことなかったし」

 びっくりしたけど格好良かったなあ、なんて美鈴のことを褒める魔理沙。美鈴が格好良いのは確かだけど、今はそれは関係ないでしょうが!
 霊夢の家に遊びに行く日に少し寝坊しちゃって、美鈴にいつものように抱っこ飛行頼もうと思ったら、美鈴がドラゴンモードで連れてってくれるって
言うから、大興奮して美鈴の背中で竜騎士気分を味わって…で、友達の家に辿り着いた瞬間にズドンよ?誰だって怒るし泣きたくもなるわ!
 下からの砲撃だから、美鈴に直撃して背中にいた私は被害無しだったけど…それでも死ぬ想いだってしたのよ!意識ブラックアウトしかけたのよ!ブラックアウトシューターよ!
 いや、私だけじゃなくて美鈴に直撃させたことも駄目駄目よ!幾ら竜だって、美鈴が痛くないってことはなかっただろうし!

「私に謝罪するのもだけど、美鈴にもちゃんと謝りなさい!直撃くらったのは他ならぬ美鈴なのよ!」
「あはは、お嬢様、私は大丈夫ですから。魔理沙も悪気があってやった訳ではありませんから」
「…美鈴、建前はいいから、本音を言いなさい。母様もそれをお望みよ」
「魔法使いちゃん、今からちょーっと神社の裏まで面貸してね?肉体言語でお話してみよっか」
「怖っ!?門番滅茶苦茶怖っ!!おい咲夜、頼むから火に油を注ぐようなこと言わないでくれっ!!」
「自業自得でしょう。母様と美鈴に魔法を向けた罰、しっかり受けてきなさい。
言っておくけれど、美鈴は怒ると静かに怒るタイプで私なんかよりよっぽど怖いわよ?」
「馬鹿っ!止めろっ!嫌だっ、まだ死にたくなあああい!!!」

 ニコニコと張りつけられた笑顔を堅持する美鈴にずるずると引きずられる魔理沙。
 …あれ、もしかしてちょっとやり過ぎたかな。いやでも美鈴は滅茶苦茶優しいから、怒っても全然怖くなさそうだし…まあ、
美鈴が代わりに魔理沙にメッて言ってくれるみたいだから、水に流すことにしましょう。そもそも砲撃喰らったの美鈴なんだし。
 うん、そうよね。友達の家に来て、いつまでも一人怒ってるなんて空気悪くするだけだし。私は空気の読める女、エアリーダーフワライド
レミリアとは私のことよ。タイプにひこうはつけられないけれど。ぷわわー(・×・)。
 さて、遊びに来るなり盛大にズッコケてしまったけれど、大丈夫、今からならまだカリスマを取り戻せる。魔理沙の砲撃にかなり涙目絶叫
してしまったけれど、これから威厳に満ちたスタイルを見せれば私のキャラは取り戻せるわ。いくわよ、霊夢達!

「クククッ…ときに霊夢、貴女」
「気持ち悪い笑い方すんな」
「き、気持ち悪いって…私の悪役笑いが気持ち悪いって…」
「馬鹿なことやってないで用件をさっさと言いなさい用件を」
「うぐぐ…た、ただお昼ご飯はもう食べたのかって聞こうとしただけよ…
まだなら私が作ってあげるから、貴女達は鍛錬に戻って構わないわって言おうとしただけよ…あと気持ち悪くないもん…」
「母様、それでしたら私が…」
「何言ってるのよ。咲夜も霊夢達と鍛錬してるんでしょう?だったらそちらに集中なさい。
何、いつも霊夢の家にお邪魔させてもらってる立場なんだから、これくらいはね」
「…紅魔館の主が料理ねえ。アンタ、本当に変わってる吸血鬼よね」
「紅魔館の主でも吸血鬼でもある前に貴女達の友人だからね。そんなモノは今何も関係ないわ。
友達や娘が懸命に研鑽を重ねてるんだ。その手伝いをするのに、私の立場なんて秤にかける必要なんてないでしょう?
貴女達の一生懸命な姿は見ていて気持ち良いものね。貴女達が好きだから私も私に出来ることをしたい、ただそれだけよ」
「…っ、アンタ、またそういう言葉を何の臆面もなくっ」

 私の言葉に何か言いかけて口を閉ざす霊夢。…あれ、もしかして何か拙いこと言ったかしら。思ったことを言っただけで
特に失言は無かったと思うんだけれど。アリスなんか笑ってるし、咲夜や妖夢は熱っぽい視線向けてくるし…なんぞこれ。
 というか、お昼ご飯、作っていいのよね?料理する前提で、紅魔館から食材を美鈴ドラゴンの背中に乗せて運んできたんだから、
ここで断られても凄く困るんだけど…もし駄目だなんて言われたら美鈴が室内に運んできてくれた二つの大袋を一体どうしろと。
 家主の返答を待っていると、霊夢はやがて視線を逸らしながらポツリと『勝手にすれば』と言ってくれた。合意と見て宜しいですね?私は一向に構わん!
 それじゃ早速善は急げ、私は大袋から食材をどんどん台所の方へと運んで行く。まあ大半を妖夢と咲夜が運ぶの手伝ってくれたけど。
 台所内の椅子を拝借し、その上に立って(身長が足りないからね!)早速調理に取りかかる私。ああ、今この瞬間私は生きていると実感出来るわ!

「…ったく。あんなヤバい紅竜の主が『コレ』だなんて、本当、誰が信じてくれるんだか…」
「世界で五指に入る魔法使いと時間を操る吸血鬼、そして彼女達を遥かに上回る力を持つ吸血姫も付き従ってるわよ。
加えて言えば、八雲と西行寺、伊吹と博麗につながりを持っているわね。まあ…形だけなら、魔界にも、か…なんだか言ってて頭痛くなってきたけれど」
「あはは…でも、それはレミリアさんだからこそ、だよ。レミリアさんがああいう風だから皆傍に居たいと感じるんだと思う。
誰が相手でも真っ直ぐに向き合ってくれる、優しいレミリアさんだから…だよね、咲夜」
「そうね…本当、私の自慢の母様よ」

 外野が何かボソボソ言ってるけれど、聞こえない聞こえない。どうせ吸血鬼が料理とか~なんて言ってるんだろうし。
 ふふん、私の料理が外でも通じることは慧音のときで経験済みなのよ!私の料理の腕前に驚くがいいわ!…咲夜には実力追い抜かれちゃってるけれど。
 …お菓子作りなら、お菓子作りならまだ私に軍配が上がる筈。よし、どうせだからデザートも作っておこう…せ、設備あるのかな、神社に。


















 ~side 霊夢~



 ムカつく。イライラが収まらない。本気でムカムカする。

 レミリアの作った昼食を終え(本当に美味しかった。紅魔館の主辞めて料理人にでもなった方が良いんじゃないかしら)、午後に咲夜や妖夢と
模擬戦を行い、現在休憩時間(咲夜と妖夢が戦ってるから)で縁側で休んでる私は内心苛立ちが募っていた。
 その理由は咲夜に模擬戦で微妙に負け越してるからとか、妖夢に一度出し抜かれたからとか、そういう理由なんかじゃない。
 私が苛立つ理由、それは私の真横で先ほどからチラチラと此方に視線を送っては逸らし、視線を送っては逸らしを繰り返してるレミリアにあった。
 さっきから何か言いたそうにしては、口を開こうとし、そして噤む。私に何か言おうとしては、思い止めて魔理沙やアリス達の方へ話しかける。
 それが先ほどから数えることもう二十二回。…ムカつく。私に何か言いたいことがあるなら、遠慮せずに言えばいいじゃない。こういうのは
なんか…まるでレミリアに壁を作られているようで、本当に苛立たしい。一応、向こうが言いだすまで待つつもりではいたんだけど…正直もう限界。
 次に言葉を引っ込めたら、無理矢理にでも吐かせる。締め上げる。泣くまで脅して洗いざらい話させる。そう決めて言葉を待っていると、とうとうレミリアが私に言葉を紡ぐ。

「あの…あのね、霊夢…」
「…何よ」
「ひっ…え、えっと…えっと、その、良い天気ね?」

 ごめん、もう無理。限界。
 散々待たせて、勇気を振り絞ったと思ったら、出た言葉がそれってどういうことよ。大体この雲一つない晴天、吸血鬼として忌むべき
天気に対し『良い天気ね』って何よ。アンタ絶対微塵もそんなこと思ってないでしょ。空言葉なんか私に送って…OK、泣かす。
 私は身体をレミリアの方に向け、幽鬼の如くレミリアの頭に右手を近づけ、そしてガッチリとホールド。驚くレミリアを気にすることもなく、全力で握力注入。

「ひぎぃっ!?痛い痛い痛い痛い痛い!!霊夢痛い痛い痛い痛い痛い!!!」
「言いたいことがあるならさっさと吐きなさいよ!!!さっきからモジモジモジモジモジモジモジモジと!!!!!!」
「言う!!言うから!!ちゃんと言うから離してええええ!!!潰れる!私の頭が潰れちゃうから!!!!」
「…フン、最初からそうすればいいのよ。それと門番、アンタも咲夜の同類だとこれから認識してやるから、その邪魔な拳をどけなさい」
「今回は見逃しますが、次はありませんよ?私は咲夜さんほど貴女に寛容ではないので」

 私の後頭部に突き付けた拳を門番は笑顔を保ったままで引く。…成程、咲夜の奴が師匠の一人と慕う訳ね。コイツ、やっぱり相当強い。
 春雪異変のときに一度共闘したきりだけど、あの時はコイツの戦いをあまり見られなかったから強さを測り損ねたのよね。…まあ、正体が
竜って時点でトンデモだとは知ってたけど…今は別にそんなことどうでもいいか。レミリアがいる限り、コイツと戦うことは無いだろうし。
 私はレミリアを解放し、涙目になっているレミリアに『さっさと話せ』と視線を向ける。私の視線に小動物のようにビクビクしながらも、
レミリアはぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始める。…ていうか、そんなに怯えなくてもいいじゃない。他の連中はどうでもいいけど、コイツに
怖がられるのだけは…なんか、ちょっと嫌だ。

「あの、あのね…これはあくまで、あくまでも例え話なんだけど…本当に例え話なんだけどね?」
「分かったから!例え話という前提で聞いてあげるから、さっさと話しなさい!」
「そう、それならいいんだけど…えっと、それで、例えば霊夢に妹がいたとするじゃない?」

 …フランドール(あいつ)関係の話ね。しかもレミリア的に結構悩んでる内容だとみた。
 何、アイツと喧嘩でもしたのかしら。もしかしてアイツとの仲を取り持って欲しいだなんて言わないでしょうね。そんなのは
門番でも咲夜にでも頼めばいいじゃない。正直、私とフランドールは水と油でしかないのだから、力に為れるとも思わないし。
 ただ、相談事がフランドール関係だっていうのは門番も予想外みたいね。一瞬驚いたような表情を見せたし。さて、家族の連中にも
言ってない相談事か…まあ、力になれるようなことだったら良いんだけど。私は黙ったまま、レミリアの話に耳を傾ける。

「その妹は霊夢にいつもいつも嫌がらせばかりするの。最初の百年二百年くらいは無視、霊夢が話しかけても存在すら見えないように扱うの。
その後は意地悪や嫌がることばかり。霊夢が望んでないことを押し付けてきたり勝手に決めたり…そんな妹」
「…何それ。その妹、最悪過ぎるじゃない。私だったら問答無用でぶっ飛ばしてるわよ。二度とふざけた真似出来ないくらいボッコボコに…」
「で、でも!!でもその妹は悪いところばかりじゃないの!!」

 私の言葉を最後まで聞かず、レミリアは強く言葉を被せてくる。
 それは私の言葉を遮るように、それは私の言葉を否定するように。真剣な表情で、レミリアは真っ直ぐに私を見つめて言葉を紡ぎ続ける。

「確かに…確かに嫌なことばかりする妹で、霊夢は振り回されてばかり、ときには本気で殴りたくなるときだってある。
でも…でも、そんな妹だけど…そんな妹なんだけど、霊夢にとってはとても大切な可愛い妹なの」
「…いや、可愛くないでしょ。むしろ可愛さなんて微塵も感じないわよ」
「ううん、なんていうのか…何処が可愛いのかは、分からないんだけど…それでも、大切なの。守りたいと、一緒に居たいと思える妹なの…」
「…それで?そのふざけてるけど可愛い妹が私にいたとして?」

 言葉の続きを促す私に、レミリアは少し押し黙るように言葉を止める。…ったく、馬鹿咲夜に馬鹿門番、レミリアになんて顔させてんのよ。
 この話、どう聞いても家庭内の事情、問題じゃない。これはアンタ達がレミリアをケアしなくちゃいけない問題でしょうが。自分の都合で
レミリアを振り回すだけ振り回してコレじゃ、何の意味もないでしょうが…私の大切な『親友』に、こんな顔させてんじゃないわよ。
 やがて、レミリアは意を決したように言葉を続けていく。それは、レミリアの心の奥底に押し沈め続けていた悩み。

「その妹と…どうすれば、仲良くなれると思う?」
「…どういう意味よ。姉は妹が大好きなんでしょう?十分仲が良いじゃない」
「違うの…妹と姉の間には、永い年月で出来た隙間があって、会話なんてここ数年が奇跡というくらい、していなかった。
そのことに姉妹は…ううん、姉は、それでいいと思ってた。嫌なことばかりしてくる妹、勝手なことばかりする妹に辟易して…向こうが
そうならって、姉が距離を取っていたの。殴り合いの喧嘩なんかはしてないけど…その姉妹は、とてもとても遠い姉妹だった」
「レミリア…」
「…でも、姉の方は気付いてしまった。妹がどんなに大切なのか、どんなに大好きなのか…失いそうになって…本当に、今更…気付いてしまった。
都合が良いとは分かってる。でも、姉の方は妹のことが好きだから…好きだったんだと知ったから、だから仲良くしたいと思った。
だけど、今更どうして仲良くできるだろう…現に妹は姉と食事のときすらも顔を合わせようとはしなくて…会いたくても、姉はその勇気がなくて…
…ねえ、霊夢。そんな馬鹿な姉は、一体妹にどうすればいいのかな…どうすれば、仲直り出来るのかな…」

 そこでレミリアは言葉を切ってしまう。それ以上、言葉は続けられそうにないから。
 室内に訪れる静寂。この場の誰もが言葉を発することが出来ない。アリスも、門番も、あの魔理沙でさえも。
 …正直、話の内容には驚きを隠せない。コイツが妹と不仲に悩んでる、なんて微塵も想像してなかった。魔理沙達の語るフランドール像から、
こんな風にレミリアと距離があるだなんて想像すら出来なくて。でも、実際にレミリアはこうして語ってくれている。
 妹との距離、錯綜…そのことに、強く心を痛ませ、後悔し、悲しんでる。私にはこいつ等紅魔館の連中の過去なんて微塵も知らないし、
知ろうとも思わなかったけれど…でも、この現状はちょっとばかり許せない。コイツがこんな風に凹んでるのは認められない。
 何悩んでんのよ。何ウジウジしてんのよ。アンタは常に笑ってないといけないのに、能天気なくらいほわほわしてるのが丁度いいのに。
 だから私は思考する間もなく口にしてしまう。それは博麗霊夢にとって実にらしくない言葉。けれど、口にすることに後悔なんて無い言葉。

「…一つ、話をしてあげるわ」
「話…?」
「そう、これは私の経験談…一人の馬鹿でお人好しな妖怪の話よ」

 以前の私…博麗霊夢には友人と呼べる存在がいなかった。小さい頃から博麗の後継者として育てられ、この神社で過ごしてきた
私には同年代の人間の知り合いも、ましてや退治する存在である妖怪の知人なんて存在しなかった。
 唯一そう呼べそうな人間である魔理沙も、当時の私は友人とは認識していなかった。面倒事を運んでくる変な奴、そのくらいの認識だっただろうか。
 友人がいないこと、そのことに私は別段何も思わなかったし、感じることもなかった。『そういうものだ』、その程度くらいにしか思っていなかった。
 …だけど、そんな私の前に一人の変な妖怪が現れた。そいつは私に向かって『お前と仲良くなりたい』、なんてアホな言葉を投げつけてきた。
 そんな妖怪に私は呆れた。馬鹿じゃないのかと、頭おかしいんじゃないのかと。私は躊躇することなく、その妖怪を追い払った。二度と来るな、と。
 冷たく当たる私、すごすごと退散する妖怪。その姿を見て、私は二度とそいつは来ないだろうと思っていた。妖怪特有の一時の気まぐれか何かだろうと。

 …次の日、そいつはやってきた。驚く私に、そいつは再び口にした。『お前と友達になりたい』と。
 その言葉が、何故か私の心を強く揺さぶった。あれだけ強く追い返したのに、あれだけ冷たくあしらったのに、それでもコイツはこんなことを言う。
 気付けば私は、子供のようにムキになっていた。ときに門前払いをし、ときに居留守を使い、ときに暴言を並べ立て…本当、今思い返すとガキも甚だしい。
 でも、当時の私にとってそれは決して譲れなかったこと。トモダチなんて知らなかったから。自分と仲良くなりたい、なんて言う存在を知らなかったから。
 …そのときの私は怯えていたのかもしれない。知らないものに触れること、知らない世界に踏み出すこと、そのことを恐れていたのかもしれない。
 そんな酷い私に、それでも妖怪は会いに来る。『お前に会いに来た』『博麗霊夢と仲良くなりたいんだ』と、日傘を片手にメイドを連れて、何度も何度も。
 こっちの気持ちなんてお構いなし、その妖怪は自分が『そうしたいから』行動した。失敗とか、罵倒されるとか、そんなこと微塵も考えない。そいつは
こちらのことなんて何も怖がらず、自分の意志で何度も何度も何度も何度も私に言葉をぶつけてくれた。何を言われても、どんなに冷たくされても。
 …結局、そんな馬鹿に私は負けた。いつものように神社に来たそいつを、気付けば中に入れてて…そのとき、そいつは初めて私に笑顔を見せてくれた。
 その笑顔は本当に心から喜んでいる顔で…それを見たとき、私は全てを受け入れたわ。ああコイツ、アホなんだって。どうしようもないアホだから、
私の今までの行動なんて微塵も気にしちゃいないんだって。今コイツは私と友達になれたことを心から喜んでいるんだなって…そう、思った。
 そして、そいつの無理矢理こじ開けた扉のおかげで、私は沢山の奴等と友達になれた。きっと、そいつがいなかったら、私はまだ一人のままだった。
 だから私はそいつに凄く感謝してる。どこまでもアホで真っ直ぐな親友。私の大切な親友、最後まで諦めずに私なんかに接してくれた親友。
 私は今でもそいつのことを誇りに思うし、心から大切に思ってる。どんな事情があろうと、絶対に負けない諦めないへこたれない私の大切な親友を…ね。

 一度話を止め、私は息をついた後、レミリアに向き合う。
 …正直、これが正解かどうかは分からない。でも、私が言わなきゃいけないことはコレだと思うから。だから、言う。

「…正しいかどうか、何が一番効率的に目的を達成できるか、そんなことはどうでもいいのよ。
私の大切な親友が取った行動は、自分が信じるまま、何処までも愚直に真っ直ぐ向き合ってくれたということ」
「…霊夢」
「怖がらず、諦めず、決して譲らず。その真っ直ぐな想いに、私は負けたのよ。
…さて、話はここで終わりよ。レミリア、『仮定の姉』が『仮定の妹』に対し、どうすればいいのかなんて私は知らないわ。
でも、私の親友なら――私の大好きな親友なら、取るべき方法なんて一つしかないと考える筈よ。そうでしょう?」
「…そう、ね。霊夢の言う通りだわ。最初から取るべき方法なんて、一つしかないじゃない」

 ゆっくりと、だけど着実にレミリアの瞳に力強さが灯っていく。
 それは何があろうと決して折れない本当の強さ。私の大好きな親友(レミリア)の持つ、尊敬する強さ。
 …ふん、何よ。そんな表情が出来るなら、最初からそうしてなさいっての。こんな他人もいる中で、恥ずかしい話をした私が
馬鹿みたいじゃない。そんな風に考えていると、レミリアは大輪の笑顔を咲かせて私に頭を下げる。

「ありがとう、霊夢!貴女の話、凄く凄く参考になったわ!」
「…あっそう。それは良かったわね。お礼は期待してるから、今度何か持ってきなさいよ」
「うんっ!!霊夢が絶対喜ぶようなもの、持ってくるから!」

 ――ッ、だから、そんな顔を私に向けるなってば。
 頬の温度上昇を感じ、私はレミリアから顔を逸らす。本当、邪気が無さ過ぎる天然って厄介だわ。こっちが恥ずかしくなるから。
 そんな私に、音もなく近づいてくるのは門番。レミリアに聞こえないような小声で、私に話しかけてくる。

「ありがとうございます。貴女のおかげで、お嬢様の悩みは解決しそうです」
「…あのね、こういうのはアンタ達の管轄でしょうが。しっかりケアしてあげなさいよ、何の為の従者よ」
「あはは、耳が痛い…でも、大丈夫ですよ。妹様関係の悩みならば、ただの勘違い、すぐに解決する筈ですから」
「…つまり、妹はレミリアのことを嫌っていないのね?これから先は仲良く一緒に生きていくのね?」
「ええ、勿論です。もうフランお嬢様も異変に参加することはないと断言されましたし、二人の仲を邪魔するモノは何もありませんから」

 門番の言葉を聞き、私は軽く安堵の息をつく。それならいいんだけど…本当、頼むわよ。
 目の前でヒマワリのような笑顔を浮かべている親友を見つめながら、私は誰にでもなく心の中で呟いた。

 ――この笑顔が陰るようなことは、私は絶対に認めてやらないんだから。





















 反転。狂心。世界が揺れる。世界が壊れる。


 暗闇の中で、少女は蠢く。呼吸を乱し、身体を震わせ、体内に沸騰する己が狂気を抑え込む。
 それは苦痛、それは快楽、それは激痛、それは悦楽。幼い身体を、忌蟲が荒れる。

「――カ、あ、ふう――」

 抑えられぬ程の熱量を、少女は力に変換し、体外へと放出する。
 少女から放たれた狂刃は猛り狂い、彼女の棲まう檻壁を破壊する。
 少女の破壊は止まらない。少女の破壊は止められない。自発ではなく能動、それが狂った時間の終焉。

 荒れる。壊す。嗤う。
 荒れる。壊す。嗤う。
 抑えられない力の暴走、抑えられない心の暴走、消える蝋火の最期は苛烈。
 最高の絶頂と最低の絶望に振り回されながら、少女は思う。あとどれほど耐えればこの時間は終わるのか。

「ハァッ…あぅ…」

 捨てたくない夢。捨てられない希望。諦めたくない願い。諦められない世界。
 儚い望みに少女は夢を見る。夢を見るから恐怖する。ほんの小さな一つの願い、それすらも許されない世界で、少女は一人泣き続ける。

「…シにたク、ナいよ…ワかれタク、なイよ……お姉…サマ…」

 少女の涙は狂気に塗り潰される。少女の願いは色濃き絶望に浸食される。
 故に少女の声は天に届かない。何処までも暗き檻の中で、少女は独り――今宵も残酷な夢を見る。










[13774] 幕間 その8
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2010/12/23 09:00




 よいしょっ…っと。


 博麗神社から紅魔館に無事帰宅。美鈴(ドラゴンモード)の背から羽をぱたぱた上下させて降り、私は地に足をつける。
 私と咲夜が背から降りたことを確認し、いつもの人間モードに戻る美鈴。…何度見ても思うんだけど、なんで変身しても服が破れないのかしら。
 美鈴にそれとなく訊いても『変化(ぺんげ)ですからねえ』としか教えてくれないし…ううん、確か龍人って言ってたっけ。便利ねえ。
 美鈴は自分の種族が嫌いって言ってたけど、私にしてみれば羨ましい限りで。私も龍になれたらきっと今は自由に空も飛べる筈。…ドラゴンキッズくらいに
なれないかなあ。最悪ドラキーでもいいから。吸血鬼のくせにドラキーになりたいって願うのも大概アレ過ぎる気もするけど…
 
「美鈴、今日も付き合ってくれてありがとう。そして咲夜も鍛錬お疲れ様」
「いいえー、私はお嬢様の喜びが自分の喜びですからね。でも、お褒めの言葉は喜んで受け取らせて頂きますよ」
「母様こそ、昼食を用意して下さり感謝しています。霊夢達、本当に喜んでましたから」

 私が感謝の言葉を述べると、二人揃って笑顔を見せて返答を返してくれる。うん、二人の笑顔を見るとこっちも心がぽかぽかしてくるわねえ。
 …でも、咲夜、最近私のこと『母様』って呼んでくれるようになったわね。以前はいつも二人きりのとき以外は『お嬢様』だったのに。
 あれかしら、『母様って呼べるのは小学生までだよねー!』的な思春期病が終わりを迎えたのかしら。…いや、咲夜がそんな
難病を持っていたとは微塵も思わない訳だけど。でも、霊夢達と接する咲夜はなんていうか、前より柔らかくなってるのよね。連中相手に
表情を綻ばしてる咲夜を見てると、お母さんとっても安心。昔の咲夜は私達意外にはトゥーシャイシャイガールだったからねえ…

 娘の成長を喜びつつ、私は呼吸を軽く吸って意識を切り替える。…咲夜も頑張って勇気を出して、自分を変えたんだ。次は私の番だ。
 ここのところ、ずっと一人悩んできたこと。それは私のたった一人の妹、フランとの関係。あの永い夜、フランと永遠の別れを錯覚した
ことでやっと導くことが出来た私の本心。あの夜、フランと死別するんだと思ったとき、私にとってフランがどれ程大きな存在かを
知ってしまった…いいえ、違うわね。『今更』理解した…そう、本当に今更。ずっとずっと一緒にいたくせに、本当に…今更。

 フランドール・スカーレット。私のようなへっぽこと違い、『本当の吸血鬼』であるフランとの思い出は、本当に浅くて薄いものしかない。
 フランとちゃんと顔を合わせて話をするようになったこと、それはお父様が死んで私が紅魔館の主になってから。
 それまで私とフランは本当に他人のような存在だった。主の娘ということで、私は自室という堅牢で毎日を過ごし続けていて、昔の私が
お話しする相手は門番から私の傍仕えに異動した美鈴くらいだった。そんな軟禁状態を思えば、恐らくフランも同様の状態だったんだと思う。
 当時の私にとって、フランは畏怖すべき対象であり、嫉妬の対象であり、希薄な存在だった。廊下で顔を合わせても、向こうは私と目を
合わせることも会話することもせず、まるで路傍の石ころのように私を見ていた。そんな態度に、当時の私は毎日のように美鈴に愚痴を零していたように思う。
 生意気で、私なんか見向きもせずに、いてもいなくても変わらない存在で…でも、そんな美鈴との会話の中で、私は『でも可愛い妹なんだ』と
必ず言葉を終わらせていた。そう言わないと、駄目だったから。妹なんだ、私はお姉ちゃんなんだって、納得させないと、きっと耐えられなかったから。
 自分より遥かに優秀な妹が、自分の存在を認めていない…そう確信してしまうことが、何より恐ろしかったから。だから私は自分を誤魔化した。
 気難しい妹なんだと、難儀な奴なのだと、お姉さんで在り続ければ、私はいつか必要とされるのではないかと思ったから。


 美鈴と出会い、パチェと友達になり、そしてお父様が亡くなったとき、私とフランは顔を突き合わせて言葉を交わすことになる。
 その理由は、勿論『後継問題』。正直、私はお父様は迷わずフランを選ぶとそのとき信じて疑わなかった。どんなに似非の強さを着飾っても
本当の吸血鬼には叶わない。私とフランでは発する存在感がまるで違う。だからお父様は『私の嘘』に気付いているんじゃないかと思っていた。
 紅魔館の主はフランになって、私は館を追い出されるんだろうと思っていた。もしそうなったら、人里近くに居を借りて、森のケーキ屋さんとして
第二の人生を歩むつもりでいたわ。美鈴に『私が弱いことをばれないように』それとなく話してみると、美鈴も付いてきてくれると言っていたから、
身の危険的にもそんな心配はしていなかった。『私は紅魔館の主ではなく、レミリアお嬢様だけに付き従いますよ』そう言ってくれた美鈴の言葉は本当に嬉しかった。

 そして、お父様の遺言が紐解かれて、私の人生計画は全て無意味なものとなった。フランと顔を突き合わせ、フランが私に差し出してきた
お父様の遺言にはたった一言、『次の主はレミリアに譲る』だけ。そんな軽い一枚の紙きれで、私の世界は大きく暗転した。
 紅魔館の主なんて雑魚の私に務まる筈もないし、何より命の危険が酷過ぎる。私は『遺言なんて無意味。面倒事は嫌い。フランに譲る』と
強く訴えたけれど、私の言葉をフランは悉く否定した。そのとき、私の知る『今のフラン』に『初めて』出会ったのかもしれない。
 そこに以前のような『私の存在を見ないフラン』は何処にも存在せず、私の話をニヤニヤと笑って訊き、私の感情を逆撫でしては
その反応を楽しんでいるような、小悪魔なフラン。我儘で人の話なんて聞こうとしない、唯我独尊吸血鬼。それが私の出会った第二のフランだった。
 親友である筈のパチェすらフラン援護にまわり、結局私は紅魔館の主になることになった。美鈴は私の判断を優先するとは言ってくれたんだけど…私は主を受け入れた。
 少し前の私は、当時の自分の判断を死ぬほど呪っていたけれど、今なら私がどうしてそんな判断を取ったのかよく分かる。


 私は嬉しかったんだ。
 フランが初めて『レミリア』と接してくれたことが。

 私は本当に嬉しかったんだ。
 フランが初めて『レミリア』を認識してくれたことが。


 それからの日々は、振り返る必要もない。時折問題を起こしては私に責任を擦り付け、あたふたする私を見て笑うフラン。
 思い返せば、沢山…本当に沢山のことでフランに振り回され、散々心労をかけられてきた。ときには紅魔館から脱走することすら考えた。
 でも…でも、そんな日々を今の私は心から愛しく思う。何か問題を起こす度に、フランは私を見てくれた。私と接しようとしてくれた。
 フランにしてみれば、玩具として面白い姉で遊んでいただけかもしれないけれど、そんな理由でも私は構わない。
 たった一人の妹が、こんな情けない姉を姉として見てくれる。それだけで、それだけで私は本当に嬉しいから。
 今ならこんなにも大切だと、大好きだと分かるたった一人の妹…本当に今更過ぎると思う。長年接しようともせずに、今更大好きだなんて。
 でも、それでも私は願ってしまう。フランと接したいと、フランと仲良くなりたいと。
 疑似でもフランとの別れを経験して…私との別れで、泣いているフランを見て…あのフランが、私の為に泣いてくれていることを知って。
 でも、私は弱虫だから。自分の『嘘』を未だ家族の誰にも言いだせない弱虫だから…みんなを信じていると謳っておきながら、
『もし私が弱いことを知ってみんなが心変わりしたら』、そう思ってしまう臆病な私だから…だから、私はフランに一歩を踏み出せなかった。

 怖い。フランに罵倒されるのが怖い。今更だと、都合が良過ぎると、お前なんか嫌いだと言われるのが怖くて。
 独り思い悩み、どれだけ考えてもたった一歩が踏み出せず。本当に臆病な自分自身が嫌になる。そんな私の背を押してくれたのが、霊夢だった。
 内容をぼかして相談する私に、霊夢は強く背中を蹴りだしてくれた。『私の大好きな親友なら、取るべき方法なんて一つしかないと考える筈』だと。
 …そうだった。こんなお馬鹿な私が取れる方法なんて、いつだって一つしかなかった。私は馬鹿だから、思い悩んでも答えなんて出る筈が無かったんだ。
 私に出来るのは、いつだって行動だけ。行動して、強情にしがみついて、歯を食いしばることしか出来ない。それで私は霊夢の時も、萃香の時も乗り越えてきたんだ。
 フランが大好き。その気持ちが真実ならば、私は迷うことなんてしちゃいけなかった。怖がってウジウジするくらいなら、真っ直ぐに打って出る、それが私じゃないか。
 悩むな、迷うな、行動しろ。それが霊夢に教えてもらった私の姿。大切な親友が、ちょっぴり怖いぶっきらぼうな優しい親友が教えてくれた、
レミリア・スカーレットの生きる道。答えは出た、ならばもう迷ってなんかいられない。だから私は決断した。


 フランに、自分の本当の気持ちを伝えること。
 ごめんなさいを伝えて、もう一度、本当の仲の良い姉妹としてここからやり直そうと。

 …そして、もしフランが許してくれたら、フランに、咲夜に、美鈴に、パチェに私の『本当』を話そう。
 フランが許してくれるなら、きっと私も勇気を持てる筈だから。勇気を持って、本当の私を伝えられる筈だから。
 本当はこんなに弱い吸血鬼であること…そのことを、嘘つきな私でも、頑張って話すことが出来る筈だから。



「…よしっ!大丈夫!私ならやれる、頑張れる!」
「おお、お嬢様張り切ってますね。大丈夫、お嬢様なら何でも出来ますよ」
「うん、ありがとう美鈴。その『何のことかサッパリ分かんないけどとりあえず褒めとこう』みたいな適当振りが最高よ」
「いやあ、実際何のことか私にはサッパリですし。ねえ、咲夜さん?」
「えっと…ええ、何のことだか私には」

 首を傾げる二人に、私は内心ちょっと安堵する。いや、だって主や母親である私が妹との仲を取り戻すことを決意した、なんて
ちょっと格好悪いじゃない。二人は多分私とフランの仲をとても良好だと思ってるだろうし…余計な心配を二人にさせることもないしね。
 全部の事情はフランとのお話を終えてからにしよう。全てを終えたら、美鈴にも咲夜にも私の全てを話す。
 …だから、ごめんね、二人とも。臆病な私相手に辟易してるだろうけど、もう少しだけ待って欲しい。
 最後の最後まで臆病な私だけど、今度の今度は正直になれる筈だから。勇気を持って、二人に話せる筈だから。

「それじゃ私は一度自室に戻るわ。貴女達はどうするの?」
「そうですね…私も一度戻って、その後仕事に戻ろうかと」
「あ、咲夜さんそれ待って下さい。実はパチュリー様から『今日帰ってきたら図書館に来い』と言われてまして」
「図書館に?それは私だけに?」
「いえ、私と咲夜さんにだそうです。だからレミリアお嬢様とフランお嬢様は残念無念また来週ということで」
「く…何この微妙な疎外感は。別にいいけどね、私も私で用があるから」
「はい。ですので、こちらは気にせず頑張ってくださいね。お嬢様なら絶対に大丈夫です!何を頑張るかは知りませんが!」
「ええ、ありがとう。貴女の意味不明な応援、一応胸に留めとくわね。それじゃ二人とも、また後で」

 二人に別れを告げ、私は一度自室に戻る為に館内へと足を進めていく。
 い、一生に一度の覚悟でお話に行くんだもの!やっぱり決意表明の意味も込めて身を清めることは大切だもんね!
 と言う訳でまずは身体を一度綺麗にしておかないと。服も一番お気に入りのヤツを用意して…う~!本当に緊張したきたわ、フランに会って話すだけなのにー!





















 ~side 美鈴~



「――ふざけるなっ!!!!!!」

 我を忘れ、『素の自分』に戻ってしまったことを気にかけることもせず、私はテーブルを強く叩いて言葉を荒げる。
 気が安定しない。感情の昂りを隠せない。怒りと絶望が心を支配して、自分が何をしているのかすら分からない。
 『パチュリー』の話を聞き終えた今の私を表現するなら、まさしく『妖怪』なのだろう。自分の身体から殺気が充満しているのが理解出来る。
 私の怒りの表情を見てなお、パチュリーは揺るがない。彼女は淡々と事実を語るだけ。

「信じたくないのは分かるけれど、全て真実よ。本人に確認も取ったわ」
「それは真実です、なんて突き付けられて納得出来るような内容じゃないだろうが!!
どうしてもっと早く話さなかった!?どうして私達が何も知らない!?私達がそんなに信じられないか!?」
「貴女の怒りは尤もだし、同様の感情を私も抱えていることは否定しないわ。
でも、今そんな『余計な荷物』に振り回されている暇は無いの。時計の針を戻すことは、咲夜を持ってしても難しいこと。
私達が今、すべきことは未来を考えることよ。糾弾断罪は全てを終えてからでも遅くは無い」
「…ッ!分かってる、分かってるけれど…こんなふざけた現実、認めたくないのよ…」

 私は言葉をそれ以上発することが出来ず、押し黙るしか出来ない。
 パチュリーから伝えられた現実、それは本当に悪夢でしかないもので。絶望、それ以外に一体どう表現することが出来るだろうか。
 あの馬鹿が。私達が必死に奔走して求めた未来は、そんなものなんかじゃなかった筈だ。それなのに、一人だけ格好付けて、
全ての悪役を演じ続けて、それで自分はサヨナラか。ふざけてる。そんな舐めた現実、絶対に認めたくない。認められない。
 拳を握りしめて沈黙を保つことしか出来ない私を横に、今まで押し黙っていた『咲夜』がゆっくりと言葉を紡ぐ。

「…うそ、ですよね…そんなの、嘘、ですよね」
「…本当よ。証拠も証言も、全て揃ってる」
「そんなの…そんなの、ないですよ…フラン様は、最強なんですよ…?
誰より強くて、誰より厳しくて、でも誰より母様想いで…母様を護る為に、私をここまで鍛えてくれた、あのフラン様が…そんな…」
「受け入れなさい…まず、貴女達が現実を受け入れてくれないと、話の続けようがないのよ」
「っ、受け入れられません!!フラン様が――フラン叔母様が死ぬだなんて、そんなふざけた未来なんて!!」

 図書館に響き渡る程の声。それは悲痛な叫び声。様子を見れば、咲夜は目じりから涙を零していた。
 あの心の強い咲夜を持ってしても、この現実に押しつぶされそうになっている。その姿を見て、私は冷静に戻ることが出来た。
 ――何をやってるのよ私は。咲夜がこんな状態なのに、それを放置して一人勝手に感情的になって。今私にとるべきは、『パチュリー様』の
ように『冷静を取り繕うこと』。無理矢理にでも冷静にギアを切り替えて、落ち着かないとパチュリー様の言うとおり、話も出来はしない。
 それにパチュリー様が『フランドールは死ぬ。もう何も出来ない。諦めろ』だなんて話で終わるような人じゃないことは永い付き合いで分かってる。
 恐らく、この場において大切な話題は『そこ』じゃない。パチュリー様の議題内容は必ず未来を見ている筈。私は気を入れ直し、自分を取り繕って『咲夜さん』に言葉をかける。

「…咲夜さん、私も含め、一度落ち着きましょう。パチュリー様の話には、必ず先がありますから。ですよね、パチュリー様」
「…察してくれて助かるわ。もしあのままの状態で噛みついてこられたら、私も感情を抑えられなかった筈だから」
「申し訳ありません…先ほど、レミリアお嬢様からフランお嬢様へのお気持ちを聞かされていたものですから、感情的になってしまいました」
「そう…本当、尚更レミィには伝えられないわね。…さて、話を戻すわね。私達が話し合うべきは、次に取るべき一手の選択よ」
「次の一手…ですか?」
「そう、その決断を下すことを私はフランドールから直接頼まれたのよ。フランドールからの頼まれごとを、行動に移すか否か」

 そこまで伝えられ、私はフランお嬢様がパチュリー様に頼んだ内容を察し、思わず拳を強く握り締めてしまう。
 …それ程ですか。それ程までに、貴女はレミリアお嬢様の為に…本当、馬鹿ですよ貴女は。そんなことをして、本当にレミリアお嬢様が
喜ぶと思っているとは思ってはいないでしょうが…それでも、その選択肢だけは、選べない。選ぶことなんて、絶対に出来ない。
 私とは違い、言葉の意味を察せない咲夜さんにパチュリー様はゆっくりと言葉を紡ぐ。それはフランお嬢様から私達に課せられた最後の仕事。

「――フランドールを殺すか否か、その選択よ」
「なっ…!?なんですかそれ!?そんなの…」
「フランドールの病、症状、それは先程話したでしょう?そんな状況の中で、レミィに『もしも』があったらどうするの?
きっと、現状のフランドールは夢と現の境目すら曖昧でしょうね。そんな中、破壊願望と力がレミィに向けられたら…そう考えて、私達に決断を頼んだのよ。
レミィを護る為に、レミィに生きる意味を与えられた私達に、何が最良かの選択を…ね」
「っ…それでも、それでも私は嫌です。フラン様は、私の大切な家族です…母様の、たった一人の血のつながった家族なんです…
私に力を、母様を護る為の力を与えてくれたフラン様を、私は危険だからだなんて理由で殺すことなんて…そんなの出来ません…」

 咲夜の結論、それは間違いなく私達の総意。
 様々な経緯はあれど、レミリアお嬢様をここまで守り抜いてきたのは他ならぬフランお嬢様だ。そんなフランお嬢様を本人の希望とはいえ、
切り捨てるなんて真似だけは絶対にしない。フランお嬢様もまた、この紅魔館の家族の一人であり掛け替えのない人物なのだから。それに…それに何より…

「フランお嬢様が自分の為に死ぬ…そんなこと、レミリアお嬢様が受け入れる訳ありませんから。
私達はレミリアお嬢様の為に生きる者、レミリアお嬢様の望みこそ我々の本懐。なればこそ、レミリアお嬢様の心に沿って生きることに意味が在ります」
「つまり…?」
「――そんなことは決まっています。フランお嬢様の病、それを完治してしまえば、全ては丸く収まる筈です。
レミリアお嬢様とフランお嬢様が手を取り合って幸福に満ちた道を歩く未来…尊き夢を守る為、私達は只管それを目指すだけです」
「それがどれだけ困難な道だと知っても?」
「当然です。困難な未来こそ、掴み取る為に足掻くだけの価値が在る。そうでしょう、パチュリー様」
「…フフッ、違いないわ。そう、私達の目指すべきは遥かな高み。
レミィとフランドールが望むなら、私達は結果を導くだけよ。…フランドールは必ず助ける、これが総意で間違いないわね?」
「「はい」」

 私と咲夜さんはパチュリー様の言葉に強く頷く。当然です、それ以外の未来なんて絶対に認めません。
 だって、レミリアお嬢様は望んでいますから。フランお嬢様と手をつなぐことを、一緒に生きることを。共に笑いあう…そんな未来を。
 それにフランお嬢様、一人だけ途中下車なんて認めませんよ。私達は何処までも共犯者、レミリアお嬢様が真実を語ってくれたとき、
みんな揃って土下座する仲ではないですか。その謝罪を私達だけに押し付けようだなんてそうはいきません。
 みんなでごめんなさいして、レミリアお嬢様に沢山沢山お説教を受けて、そしてみんなで笑いあいましょう。
 レミリアお嬢様がいて、フランお嬢様がいて、そして私達がいる、そんな幸せな未来を祝いながら。そんな優しい未来を願いながら。

「…二人の意見は理解したわ。まず、これからの指針の話し合いをしましょう。
まず、当面はフランドールの身体への対処法とレミィの行動ね。フランドールの件は私に一任して頂戴。
この私の知識にかけて、必ずフランドールを救う方法を発見してみせるから。それと、レミィの件だけど、さっきも言ったように
フランドールの精神が非常に不安定なの。だからフランドールには極力…っ!?」

 パチュリー様が言葉を途中で切った理由、そんなものを口にする余裕など、今の私達には無かった。
 気付けば私達は図書館を出て駆け出していた。――馬鹿が!どうして、どうして最初に気付かなかった!?
 お前は先ほどまでレミリアお嬢様と一体何を話していた!?お嬢様が何をするつもりだったのかは知っていたではないか!?
 私が取るべき行動、それはパチュリー様から真実を聞かされてすぐにレミリアお嬢様を保護することじゃないか!何故なら
レミリアお嬢様は、大切なお話をする為に――精神が非常に不安定なフランお嬢様の地下室へと、向かっていたのだから!

「――レミリアお嬢様っ!!」

 名前を言葉に出し、私は真っ直ぐに地下への階段を駆け降りる。
 先ほど、館全体を覆う程の濁った妖気の発生源…その一室を只管に目指して。





















 ~side フランドール~






 夢。




 それは本当に優しい夢だった。




 地下室で一人泣いている私。一人ぼっちな私のもとに、大好きなお姉様が駆けつけてくれる夢。

 怖がっている私に、お姉様は沢山の言葉をくれるの。
 それは沢山沢山。お腹一杯になるくらいの、本当に優しい言葉。

 大好き。
 うん、大好きだよ。

 好き。
 うん、私はお姉様が大好き。

 お姉様のこと、ずっとずっと大好きだよ。

 お姉様、私に沢山お話をしてくれたね。
 寝たきりで動けない私に、沢山沢山お話をしてくれたね。

 全てを忘れてしまっても、お姉様は私に優しかったね。
 私、大好き。昔のお姉様も、今のお姉様もとってもとっても大好き。



 ねえ、お姉様。もし私が元気になったら、一緒にお外に出ようよ。
 星が沢山きらきらしてる空の下で、お姉様と一緒にお空を飛ぶの。

 でも、私はお姉様みたいに綺麗に飛べるか少しだけ不安。
 お姉様はお空を飛ぶのが上手だもん。それに凄く格好良い。お姉様は私の憧れ。
 いつかは私もお姉様みたいになりたいな。お姉様みたいな格好良い吸血鬼に、私もなりたいな。


















 ねえ、お姉様、ちゃんと私のお話聞いてくれてる?

 駄目だよ、居眠りなんかしちゃ。私、お姉様に沢山沢山お話したいんだから。
 大好きなお姉様と、もっともっとお話したいの。お話しようよ、沢山のお話。

















 ねえ、お姉様。お姉様が私のこといつも見てたの、私知ってたよ。

 お姉様、私のこと怖がってたよね。私のこと怖がってるお姉様、凄く凄く可愛かった。
 大好き。そんなお姉様も大好き。恐怖に震えて怯えちゃってるお姉様、そんなお姉様も大好きだよ。



 ねえ、お姉様。お姉様はいつも私に紅魔館の主の座を押し付けようとしてたよね。

 怖かったんだよね。紅魔館の主の座について、他の連中に狙われるのが。
 でも大丈夫。そんな塵はみんな私が殺しちゃったから。ぷちぷちって潰したよ。トマトみたいにぐちゃってなって、本当に綺麗だったよ。
 ああ、お姉様に見せてあげればよかったな。大好きなお姉様にあいつ等が綺麗な綺麗なぷちぷちになるところ、見せてあげればよかった。



 ねえ、お姉様。お姉様は私のこと嫌いかな?

 私は好き。お姉様のこと大好きだよ。お姉様の綺麗な姿も、お姉様の優しい心も、みんなみんな大好き。
 お姉様って凄く綺麗だから、きっと壊れた姿もきっと綺麗だよね。お姉様の壊れた姿、見てみたいなあ。
 お姉様のお気に入りの純白の服を、お姉様の綺麗な赤で染め上げるの。それはきっときっと、とても綺麗。




















 ねえ、お姉様、ちゃんと私のお話聞いてくれてる?

 駄目だよ、居眠りなんかしちゃ。私、お姉様に沢山沢山お話したいんだから。
 大好きなお姉様と、もっともっとお話したいの。お話しようよ、沢山のお話。


















 お姉様。お姉様。私の大好きなお姉様。
 ねえ、どうしてお話してくれないの?私のこと、嫌い?


 私は好きだよ。世界で一番お姉様が大好き。
 お姉様以外の奴なんて知らない。お姉様だけでいい。


 私の全てはお姉様のもの。心も身体も全部お姉様のもの。
 お姉様は誰のもの?私以外の誰かのもの?
 それは嫌だな。お姉様も私のものがいいな。
 他の奴等なんかにお姉様は渡せないもの。お姉様は全部全部私のものだ。


 お姉様の綺麗な髪も、お姉様の優しい笑顔も。
 手も、足も、爪も、血液も、骨も、臓物も、全部全部私のものだ。
 お姉様はとてもとても綺麗だから、きっとバラバラにしても綺麗。
 心も身体もバラバラにして、全部全部私のもの。お姉様を守るのは、私の役目だもん。



















 ねえ、お姉様、ちゃんと私のお話聞いてくれてる?

 駄目だよ、居眠りなんかしちゃ。私、お姉様に沢山沢山お話したいんだから。
 大好きなお姉様と、もっともっとお話したいの。お話しようよ、沢山のお話。

















 ねえ、お姉様、返事をしてよ。

 不安だよ。お姉様の声が聞こえないと、凄く凄く不安なの。
 私はお姉様がいないと駄目なの。お姉様がいないと、私は駄目なの。
 大好きなお姉様、寝てばかりいないでお返事してよ。お話しようよ、お話。沢山、沢山お話。


















 ねえ、お姉様、お願いだから起きてよ。

 寂しいよ。怖いよ。お姉様がいないと私嫌だよ。
 お願いだからお返事して。声を聞かせて。名前を呼んで。
 『フラン』って。お姉様にそう呼ばれるだけで、私は大丈夫だから。だからお姉様…お話…


















 ねえ、お姉様、お願いだから…お願いだから、目を覚まして…

 嘘だ。こんなの嘘だ。だって私、お姉様のこと大好きなんだよ?
 ずっと守らなくちゃって…お姉様を守るんだって…今度は私の番だって…
 嘘だよ…嫌だよ…こんなの、嫌だよ…嫌、こんなの…こんなの…こんなの…























「こんなの…嫌だよ…おねえ…さま…」


 ――美鈴の声も、咲夜の声も、パチュリーの声も、今の私には聞こえない。
 私の膝の上で、身体中を血に染めて眠るお姉様…その光景が、何処までも夢のように霞んで見えて。
 指一つ動かさないお姉様。まるで精巧に作られたお人形のように眠り続けるお姉様。
 まるでこのまま目を覚まさないんじゃないかって…まるで夢の世界の光景みたいだなって…

 ああ、そうか、これは夢なんだ。
 私の見る悪夢。お姉様のいない未来。だからお姉様は…こんなにも血塗れなんだね。




 …ああ、嫌だな。本当に嫌だ。


 夢を見るなら、やっぱり幸せな夢が良いな。
 お姉様と一緒に笑いあえる――そんな、幸せな夢が…私は大好きだから。









[13774] 嘘つき花映塚 その一
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2010/12/23 09:00





 人と妖が共存する幻想郷、その中にて最も種族が偏って生息する地が二つ。



 一つは人間達が生み出した集落である人里。幻想郷に生きる人間の多くがここに居住を構え生活している。
 そして、もう一方はその人里より離れた地に在る鬱蒼と緑繁る高嶺の山。その地には、人に在らざるモノが数多存在する。
 時に群れ、時に独立し。しかし、その山に住まう者達は誰一人として例外なく自身を『山に属する者』として認識している。
 何物にも縛られぬ妖でありながら、人間のように群れを作り、生み出された掟(ルール)を遵守し、集合体の一として彼等は行動する。

 自由であり、彼等は縛られている。縛られていながら、彼等は自由。
 妖として相反する在り方ながら、そのブレイクスルーを遂げた彼等は他の種族達とは一線を画する存在となる。
 統率されし妖達、その集団の恐ろしきまでの精悍さ。山を聖域とし、彼等は幾多の他種族を蹂躙し、その地位を古来より高めてきた。
 首を垂れる者は生かす。侮り刃を向ける者は殺す。彼等は干渉を嫌う。しかし、不干渉を貫くならば拳を決して振り上げない。

 かつて大和にて絶対の地位を築き上げた最強集団、それはこの幻想郷に移り変わってもなお不変。
 以前のような絶対的な種族からの統率は無い。それでも彼等の最強は揺るがない。
 彼等は自らを最強と認識している。例え一が倒れても、残る九にて敵を仕留める。そして残る九が新たな一を生みだす。
 故に彼等に敗北は無い。故に最強。『最強の妖怪』の名など不要、彼等が真に欲するは『最強の集団』。


 その統制された最強集団、彼等が属する地を人も妖も口を揃えてこう呼んでいる――妖怪の山、と。















「あー!!もう駄目!!全然駄目っ!!」

 年も明け、永き冬も終わりに近づき、春の息吹を感じ始めようかという季節。
 妖怪の山…そんな最強集団に属する一員である一人の少女の絶叫がそう広くない室内に響き渡る。
 先ほどまで進めていた筆を止め、書きかけの書物を力いっぱい丸めて部屋の隅のゴミ箱へ投げ捨てる。そんな
彼女の行動は今月に入って一体何度目だろうか。以前の月も合わせれば、最早数えることも億劫な程だ。
 そんな彼女を見て、呆れるように溜息をつくもう一人の少女。先ほどから言うかどうか迷っていたようだが、
どうやら意を決したらしく、もう一人の少女は机に向かって頭を悩ませる少女に言葉を紡ぐ。

「文さん、いい加減にして下さい。待機時間中に新聞を書かないでって前も私言ったじゃないですか」
「う~…やっぱり外に出ないと駄目なのよ。直接取材しないと、全然記事への輪郭が見えてこない…」
「文さんっ!!」

 注意を微塵も耳に入れていない上司に、もう一人の少女――犬走椛は更に二段階ほどギアを切り替えて少女に怒鳴りつける。
 その声を受け、机に突っ伏していた少女――射命丸文はようやく反応を示す。勿論、椛とは正反対にローギアのままでだが。

「聞いてる、ちゃんと聞こえてるから。椛のきゃんきゃん吠える声はちゃんと耳に入ってるから」
「入ってるなら行動で示して下さい!それと、私はきゃんきゃんなんて吠えてません!」
「行動で示せと言われても…待機時間に新聞書いてるの、私だけじゃないでしょ?他の鴉天狗の連中もやってるんでしょ?
それなのに、私だけにちゃんとしろって言われても困るわ。他の連中が良い記事を書いてる中、私だけ情報に取り残されたらどうするの?」
「他の鴉天狗の方々は待機時間に新聞書いたりなんてしませんっ!」
「え、嘘?じゃあ待機時間中に他の連中は何やってるの?まさか椛みたいに馬鹿正直に鍛錬とかやってる訳ないでしょ?」
「他の鴉天狗の方々はこの時間を鍛錬に費やされてますよ。交代時間まで修行してくると、外に出られたりしてますし」
「それ絶対サボってるじゃない!この馬鹿椛!貴女馬鹿正直だから他の天狗に騙されてるのよ!
後でそんな理由で外に出て行った連中の名前一人残らず教えなさい。サボるのはともかく椛を騙して仕事を押し付けたというのは流石に見過ごせないからね」
「…あの、その方々の名前を教えろって、文さん何かするつもりですか?」
「するわよ。可愛い椛に仕事を押し付けた連中を一匹残らず反省させてやるわ」

 真剣にそう話す文に、椛は困った様子で押し黙ってしまう。
 普段は適当で自分をからかってばかりのくせに、こういうときだけは強く格好良く在る。そんな文のことが椛は大好きだった。
 …けれど、正直彼女の今の内心としては、『文さんも十分私に仕事押し付けてます』なのだろうが。

「分かりました、その話はまたの機会にするとして…いい加減、真面目に待機任務に励んで下さいよ」
「ええ~…それはちょっと…だって、妖怪の山に侵入者なんてそうそうあるものじゃないでしょ。
幾ら当番制とはいえ、こう一日を暗い部屋でボーっと過ごすのも如何なものかと。それなら無駄な時間を記事制作に回す方が効率良いじゃない」
「無駄な時間じゃありません!山の守護は私達の大事なお仕事です!そもそも私達天狗の仕事とは…」
「う~ん…やっぱり直接取材に行くしか。でも、上の連中から接触するのは厳禁だと言われてるし…でも、そうなると…」
「文さんっ!!」

 説教を相も変わらず右から左に聞き流す文に、椛も二度目の咆哮を上げずにはいられなかったようだ。
 射命丸文――この妖怪の山に所属する鴉天狗にて、その種族に恥じぬ実力を持つ少女。
 鴉天狗の中でも千年程度の年齢ながら、その実力はかなり上等な部類に入る。同年齢の者達ならば、彼女に触れることすら叶わない程だ。
 本来なら妖怪の山の中でも、幹部相応の扱いを受けてもおかしくない程の力を持つ少女だが、彼女の扱いは普通の鴉天狗そのものである。
 その理由は、射命丸文の在り方にある。彼女は鴉天狗の中でも自由と風を愛する少女であった。自分の楽しみに生き、自分の望むままに生き、
世の面白きに全力を尽くす実に『妖怪らしい』妖怪だった。故に、彼女は誰かの上に立ったり他人を拘束したりすることを嫌う。
 望むなら後数百年もすれば大天狗に為れただろうが、彼女は妖怪の山での地位など気にすることもない。無論、彼女とてこの山の住人。
 山を愛しているし、山へ忠義を抱いているが、結局のところそこまでなのだ。山を自分がどうこうしよう、などという事は微塵も考えず、
山に属するままに自分が楽しいと思うことを第一に優先する。それが彼女、射命丸文の生き方だった。

 そんな実力者である先輩を、椛は心から尊敬しているし、他の誰よりも心許している。
 他の者が文のことを馬鹿にしていれば、彼女は心から激昂するし、最悪手を出してしまいかねないだろう。
 そのことは文には恥ずかしくて言ったことは無いのだけれど、それでも椛は思う。確かに心から尊敬する先輩だけど、やっぱり普段の
こういう適当なところは少しでも改善して欲しい、と。身回り警備の待機時間中に新聞を書くなんて、もっての他だろう、と。
 文も本当の根っこでは真面目な人物なのだが、椛ほど根から茎、あげくには葉までガチガチ一色という訳ではない。他の天狗の連中は
そんな文と椛のコンビだからこそお似合いなのだと思ってはいるのだが、知らぬは当人ばかりなりという訳だ。

 うーうーと不満を漏らす椛を尻目に、文は先ほど同様記事のことを考え続けている。
 彼女がここまで頭を悩ませる理由、それは彼女が心惹かれる取材対象にあった。文は趣味で新聞を書いているが、そんな文が
ここ数年心から興味引かれる人物、取材対象が存在していた。その人物の名前はレミリア・スカーレットだ。
 それは紅魔館という館に棲む吸血鬼の名前であり、最早幻想郷に住まう者で彼女の名を知らぬ者は誰一人いないだろうという程の存在。
 ここ数年の幻想郷において、彼女は今誰よりもその存在を示し続けている妖怪なのだ。
 彼女は最近引き起こされた異変…それも幻想郷を揺るがしかねない規模の異変の全てに関与している人物であり、
その武勇は噂好きの天狗達の間では耳にタコが出来る程に聞いていた。レミリア・スカーレットの名を轟かせた理由は数多にある。
 紅霧異変の元凶、春雪異変の共犯、永夜異変の関与。それらのどれにも興味を惹かれる内容だが、彼女の名をこの妖怪の地に強く轟かせた
理由はそれ等ではない。レミリアの名をこの地に知らしめた一番の理由は、彼女達の元頂点の一人である伊吹萃香の鬼退治である。
 彼女達天狗をはじめとした妖怪達の頂点に君臨していた種族、鬼。その中でも指折りの実力者であった伊吹萃香をレミリア・スカーレットは
打倒したとの話を八雲紫から告げられたとき、この妖怪の山に大きな衝撃が走った。それまでは紅霧異変や春雪異変など、異変を起こして
幻想郷を引っ掻き回す蝙蝠程度の認識だった天狗達に、初めて『レミリア・スカーレット』という吸血鬼の強大さを知らしめたのだ。
 それも当然のことで、天狗達は長年の間伊吹萃香の下に在り続け、それ故に彼女の強さ、恐ろしさを誰よりも理解していた。
 その彼女が打倒された。八雲紫と伊吹萃香の関係から、八雲紫が空言を並べたとは考えられない。鬼が誰かに打倒されたなどという嘘を
耳にすれば、どうなるか知らない彼女ではないだろう。ならばそれは事実であり、レミリアは本当に伊吹萃香を打倒したことになる。
 加えて、その伊吹萃香はレミリアを友と認め、現在彼女の館に棲んでいるという話にも衝撃を与えられた。あの伊吹萃香に友として認められ、
共に並んで生きることを許された存在…それだけで最早天狗にとってレミリア・スカーレットは簡単に触れて良い存在では無くなった。
 天狗達にとって、最早レミリアは八雲紫と同等。下っ端の天狗達ではなく、天魔が直々に交渉しなければならない相手なのだ。
 故に、天狗の幹部達は下の連中にレミリアに関する一つの指示を出した。レミリアに許可なく接触するな、と。
 彼らにとって、レミリア・スカーレットとは最早それほどまでに大きな存在となってしまったのだ。

 そんな上の決まりに、殆どの天狗達が納得していたし理解もしていた。誰が好んで鬼と親交のある存在に近づくだろう。
 天狗達にしてみれば、レミリアは興味の対象ではあるものの、それだけだ。決して近づこうとも思わないし、山から出ようとも思わない。
 彼等は山に属する者、山での生にレミリアなど何の関係もない。本来ならそれで終わる話の筈だった。そう、例外の天狗さえ存在しなければ。
 そんな彼等から例外に位置する天狗、その名こそ彼女、射命丸文なのだ。彼女は上に命を下されてもなおレミリアに対する知的好奇心が
捨てられなかった。むしろ、上からの規制をされて俄然やる気が昂ってしまっていた。彼女のジャーナリズム精神に油を注ぐ結果となってしまったのだろう。
 叶うなら、今すぐにでも山から飛び出してレミリアに取材を行いたい。けれど、レミリアに取材をしたところで、新聞になど出来はしない。
 もし直接取材したことがばれてしまえば、天魔達から罰を下されるだろう。山の掟は絶対、それを破る者に連中は容赦をしない。
 だから文の今出来ることは、レミリアのことを想像し、手前勝手な想像図を記事にして三文ゴシップ新聞を作ることだけ。だけど、そんな風に
作られた新聞に一体何の価値が在るだろう。取材は身体を張ってこそ意味があり、直接取材をせずに記事を書くなど三下以下でしかないと文は考えていた。
 書きたい。この幻想郷で最も熱い存在であるレミリア・スカーレットに関する記事が書きたい。
 でも書けない。山に属する者としての制約が文を強く縛りつける。レミリアに接触することはご法度、許されざる禁忌。
 故に彼女は悩み続ける。悩んで悩んで悩んで、答えの出ない迷路をぐるぐるぐるぐる。それがここ最近ずっと続いてしまっていた。
 そんな文に、椛は溜息をついて言葉を紡ぐ。正直仕事以外の話をしたくはなかったが、元気の出ない文を見るのも椛は嫌だったから。
 だから敢えて文の興味を引きそうな話を口にする。そしてその後、彼女は大きく後悔することになってしまう。
 何故なら全ての引き金は此処に存在した…そのことを、椛は後で理解することになってしまうのだから。

「そんなに良い記事が書けないなら、待機任務が終わった後で取材に出ればいいじゃないですか。いつものように」
「それが出来ないから悩んでるのよお…はあ、取材したくても出来ないジレンマ。一体どうすれば…」
「出来ないって…そんなに今回の異変は触れたくないんですか?文さん、異変が起きてもずっとこんな調子だし」
「異変なんて今はどうでもいいのよ…私が取材したいのは異変じゃなくて…って、異変?」

 椛の言葉に、文は突っ伏した身体を上げ、目を丸くさせて椛を見つめる。
 当然の反応に驚くものの、椛は首を小さく傾げながら口を開く。

「あれ、知らないんですか?今、幻想郷で異変が起きてるんですよ。といっても、今回はそんな被害が出るようなものでもないんですが…」
「いや、全く知らないんだけど…え、いつから?」
「二日くらい前ですよ。もうすぐ春だっていう季節なのに、桜やら向日葵やら四季折々の花が開花しちゃってるんです。
もう天狗達の中はそのことで持ちきりですよ?号外で新聞書いてる方もいらっしゃったみたいで…文さん、そのことを記事にするかどうかで
今まで悩んでいたんじゃないんですか?」
「そんなの全然知らなかったわよ…ううう、完全に出遅れたあ…今更記事にしても仕方無いじゃない…
大体そんな大事なのにどうして私は気付かなかったのよ!?この幻想郷最速のブンヤであるこの私が!」
「いや、だって文さん最近ずっと家に籠ってたじゃないですか。記事書いてるから邪魔しないでって」
「そ、そんなあ…別の記事作成で悩んでいたら、こんな特ダネが舞い降りていたなんて…」

 再び机に突っ伏して燃え尽きる文に、椛は打つ手なしとばかりに肩を落とす。
 そんな椛を余所に、文は自分の迂闊さを呪い嘆く。レミリアのことばかり考えていたら、まさかこんな大魚を逃すなんて。
 レミリアの件に比べれば小粒な記事だけど、それでも上手く立ち回れば次の新聞大会の良いネタになったかもしれないのに。そんな己の失態を
嘆きつつ、文は本当にどうするべきかを考え始める。今からその異変を調べたところで、他の天狗達に取り残されてるのは目に見えてる。ニュースは
鮮度がモノを言う世界、唯でさえ負けている他の天狗達の新聞に、今から勝負したところで結果なんて目に見えている。
 今更異変に関して調べたところで…そこまで考え、文はふとレミリアに関する事柄を思い出す。

(そういえば、レミリア・スカーレットはここ最近の異変全てに関与してるのよね…紅霧、春雪、萃夢、永夜…)

 異変在るところレミリア在り、それほどまでにあの吸血鬼は異変に絡んでいることを文は思い出す。
 その流れ通りであるのなら、今回の異変も間違いなくレミリアが関与してるのではないか。すなわち、この異変に関する取材を行えば
レミリアと接触する可能性があるということではないか。加えて言えば、文が行うのはあくまで『今回の異変の取材』であって、
『レミリアへの取材』ではない。異変の取材を行っていたら、『偶然』レミリアに遭遇し、『たまたま』彼女に接する機会があるかもしれない。
 他の記事内容を調べていたら、『予期せず』レミリアと出会ってしまった。それならば上の連中も文を処罰出来ないのではないか。
 そう、文とレミリアの出会いはあくまで『偶然』なのだから。すなわち、レミリアのことを調べる為に今回の異変は利用出来る。

「…ふふっ、うふふふっ、うふふふふふっ」
「ひっ!?あ、文さんどうしたんですか急に!?」
「勝てる!!今度の新聞大会、私の勝ちがここに確定したわ!!
異変?お花見?そんなの幾らでも貴女達にくれてあげるわ!でも最後に勝つのは私!この私、射命丸文なのよ!!
待ってなさい!私の恋焦がれた取材対象!貴女の全て、隠すところ一つなく私が白日のもとに曝け出してあげるわ!!」
「あ、文さんが壊れた…だ、誰か医者を呼んでえええ!!」

 ケタケタと大笑いする文と涙目で救助の声を発する椛。
 その光景を身回りを終えた他の鴉天狗が発見し、手に持つカメラにて写真に収めたことは言うまでもない。
















 待機任務を終えた翌日。

 文はカメラを携え、朝一番に山を飛び出し大空を滑空し続ける。
 善は急げとばかりに、彼女は早速『異変取材』の名目でレミリアの情報を集めることにした。異変を調べるついでに、何か
レミリアに関する有益な情報探し、そして偶然を装ってなんとか本人に接近する。それが今の文の第一目標だった。
 ただ、取材を始めるにあたり、文は何より先に向かっておきたい場所が在った。それは彼女が取材対象とする人物、
レミリア・スカーレットの居城、紅魔館の確認だ。勿論、中に入ったりすることはないが、遠目からでも彼女の棲む場所を自分の目で
確かめておきたかった。そして、遠くからでも写真が取れれば、新聞記事にするときに悪魔の居城として載せることも可能だろう。
 体当たり新聞記者の文としては、何を取材対象にするにしても、まずはその『空気』『風』に触れてみたいと思っていた。故の行動…だったのだが。

「あやや…人の気配、全くしないわね」

 全体を見下ろせる程の距離まで近づいた文ではあったが、紅魔館に住人の気配が全くしないことに少しばかり驚いてた。
 これだけの館なのだから、門番の一人や二人いるだろうと思っていた彼女だが、その予想は呆気なく裏切られることになる。
 門もそうだが、何より庭を見て住人の気配が在るかどうか一目で分かってしまう。全く手入れされていないその庭は、春先を迎えるというのに
雑草だらけで折角植えられた花が台無しになっている。少し前までは入念に庭いじりされれいたであろうに、今ではそれが見る影も無くなっていた。

「…少し、近づいてみようかな。出来れば庭の中まで忍び込んで…っ」

 門に近づき、そのまま門を潜り抜けようと飛行していた文だが、門に侵入する寸前で停止する。
 そして何もない門を睨みつけ、徐に足元に落ちていた小石を拾い上げ、その門の方へと放り投げる。
 すると、小石は何もない空間から反射されたかのように音を立て舞い戻ってくる。それは壁にでも当たったかのような様相で。

「…結界防壁か。幻想郷の今を賑わす吸血鬼様とあろうものが、なんて用心深くてせせこましい。
どうせなら、こんな小物っぽい結界なんかより、相応の実力者の門番でも置いた方が自分の格を上げるような気がするけどね」

 悪態をつくものの、それはこの結界が如何に堅牢なものであるかの裏返し。少なくとも自分の力だけじゃ難しいだろう、そう文は睨んでいた。
 何のつもりの結界かは理解出来ないが、この結界により文が紅魔館内部に侵入することを不可能にしていることは確実だった。
 門を起点に、館全体を覆うように張られたこの結界を抜けるのは実に至難の業、少し悩んだものの、文は大空に舞い戻り、館を再び見下ろせる場所に立つ。

「誰も棲んでいない廃墟…なんてことはないでしょうけれど、庭が全く手入れされていないのは気にかかるわね。
まあ、どうせ今直接会うことなんて出来ないし、写真が取れただけで万々歳かしら。けれど、それにしても…物寂しい館ね」

 その館を写真に収めながら、文は自分の想像と少し異なる館の姿に正直な感想を呟いていた。
 ここに来るまでの文の予想では、レミリア・スカーレットの居城はもっと綺麗で妖怪らしい活気気配に溢れ居ている場所だと
思っていたのだが、今文が実際に見たこの場所は生活の気配すらない冷たい場所で。誰かが棲んでいることすら疑わしい程に冷たくて。
 やはり物事は直接自分の目で見てみないことには分からないものだ…そう納得しながら、文は一枚、また一枚と景色をカメラに収めて行った。













 紅魔館を外側からながら、一通り取材し終え、文は次なる目的地を目指して大空を舞っていた。

 彼女が次に取るべきは、今回の異変の元凶探しとレミリアの出現する場所の捜索だ。
 前者と後者、この二者は全く無関係の内容に思えるが、文にとってはどちらも最終的な目的は同一のものである。
 結局、文が狙いとするのは『如何に偶然を装ってレミリアと接触できるか』なのだ。そのレミリアと出会う為に、文は
この異変と絡めて常に行動しなくてはならない。無論、その理由は上司連中に対する言い訳…もとい、建前作りの為だ。
 よって、文は方法の一つに今回の異変の元凶を掴むというものを考えた。異変起こるところにレミリアが現れるならば、その異変に自分も
巻き込まれて流れでレミリアと出会えばいい。もし異変の為にレミリアが動いているなら、ここでレミリアと出会える筈だ。
 もう一つの方法はレミリアが紅魔館以外で出没する場所を見つける方法。こちらはレミリアが異変に関し動かなかった場合を想定したもの。
 もしレミリアが異変に動かなければ、幾ら異変の元凶の周囲で行動したところで何の意味もない。ならば、レミリアがよく出没する
ポイントに網を張り、レミリアが現れたところで異変に関する取材と称して彼女に近づけばいい。
 どちらの作戦もレミリアと無理なく接する為に働かせた彼女の計画で、異変と絡める点こそ重要になる。
 理由作りを行ったうえで、レミリアと接触すること。それが彼女の何より遂行すべき任務なのだ。よって今彼女に必要な行動は…

「…情報収集、ね。どちらを取るにせよ、まずは誰かに話を聞かないと」

 常時持ち歩いてる手帳に行動指針をまとめ終え、文は両手で手帳を閉じながら次なる一手を打つ。
 異変とレミリア、どちらの情報を得るにしても、まずは誰かに聞き込みを行わなければ何も始まらない。何処で聞き込みをしようか、やはり
人が集まる場所に情報ありの原点に戻り、人里に向かうべきだろうか。そんなことを考えて頭を悩ませていると、彼女から数十メートル先の
場所を一陣の風が通り抜けていく。その光景はあまりに速く流れ、常人なら何が横切ったのかを認識することすら怪しいくらいの速度であったのだが、
天狗の中でも最速を謳われる彼女は悠々と認識することが出来ていた。少し考え、文は先ほど通り過ぎた人物に聞き込みを行うことを決める。

「それじゃ、『少しだけ』速く翔けるとしましょうか」

 背中の黒羽を大空に広げ、少女は営業スマイルを浮かべた後、そのまま風に溶ける。
 見る者が見れば空間移動でも行ったかのような速度で文は飛行し、先ほどの人物を追いかける。大気を斬り裂く風を纏い、二人の距離は
刹那の時間でゼロに留まり、そして――文は浮かべたスマイルのまま、前を飛行する少女に声をかける。

「あの~、御急ぎの最中にすみません。現在、聞き取り取材を行っておりまして、少々お話をお伺いしてもよろしいでしょうか?
あ、勿論お時間はそんなに長くは掛かりませんので。このまま飛行しながらでは落ち着きませんので、一度止まって頂けませんか?」
「おおおっ!?な、何だお前は!?」
「あ、申し遅れました。私、妖怪の山の射命丸文と申します。清く正しく美しくがモットーの文々。新聞の発行者です、はい。
ちなみに文々。新聞は既に定期購読のご契約はお済でしょうか?今でしたら、新聞に加えて妖怪の山トップアイドルのサイン入りプロマイドが…って、あやや?」

 笑顔のまま延々と語っていた文であったが、肝心の話し相手が目の前にいないことに気付く。どうやら少女の方は文が最初に頼んだ言葉を
受け入れてくれていたようで、中空で静止してくれてるらしい。それに気付かず自分は真っ直ぐに飛行し続けたという訳らしい。
 それに気付き、『失敗失敗』と頬を掻きながら、文はすぐに空中でターンを描き、少女の元へと疾走する。瞬時に少女のもとに辿り着き、
先ほど同様ニコニコと営業用スマイルで少女に話しかける。

「いやいや、失礼しました。まさか既に停止して下さっていたとは思いもよらず。取材協力に感謝します、はい」
「…お前、速いな。私の飛行速度についてこられる奴なんて、そういないと思っていたんだけどな」
「お褒め頂き恐縮至極。ですが、貴女もなかなかの速さでしたよ?人間にしては十分だと思いますよ。
まあ、今回は相手が悪かっただけなので、私以外の相手になら十分に胸を張っても構わないと思います」
「…その言い方、なんかムカつくな。上から目線バリバリで」
「あやや、これは申し訳ありません。速さに関しては少しばかりプライドがあるものでして」
「ちぇ…まあいいや。それより何か聞きたいことがあるって言ってたっけ。
悪いが私もやることがあるんでな、手短に頼むぜ。私に答えられることなら何でも答えてやるからさ」
「これはこれは何とも暇人…もとい、人の良い。ご協力本当に感謝です。
あ、先ほど名乗ったのですが、一応改めてもう一度。私、妖怪の山に棲んでいる鴉天狗の射命丸文と申します」
「丁寧に自己紹介どうも。私は魔理沙、霧雨魔理沙だ。魔法の森に棲んでる恋の魔法使いとは私のことだ」
「恋の魔法使いですか。となると人の心を操る操心術でも得手にしているとか?」
「いや、そんなもんは使えないぞ?」
「ほう、ならば文字通り百戦錬磨の恋愛達人とか」
「いんや、恋愛なんてしたことないな。自他共に認める未経験だ」
「…あの、それならどうして恋の魔法使いなんですか?」
「その通り名が滅茶苦茶格好良いからだ!自称・恋の魔法使いこと霧雨魔理沙…ってな」

 胸を張って答える魔理沙に、文は思わず頭を痛めてしまう。そして内心で一人思う。ああ、コイツは良い奴だけど変な奴なんだと。
 思わず素に戻って突っ込みを入れたくなってしまったが、折角手に入れた協力的な取材対象の機嫌を損ねても仕方ない。得意の二面性を駆使して
文は営業スマイルのままに質問を行う。余計なことは聞かず、さっさと自分の欲しい情報だけを取り出してしまおうと。

「それでは早速質問なのですが、ここ最近幻想郷に広がっている異変についてはご存知ですか?」
「異変?…あー、あれか。そこ等で春の花から冬の花まで色んな花が咲き乱れてるヤツか」
「ご存知のようなら話は早いですね。現在、妖怪の山の鴉天狗代表としてその異変について取材を行っているのですが、
異変に関して何か知っている情報はありませんか?犯人から原因から被害から死者から何でも情報は受け付けております故」
「死者って…いや、確かに異変は起こってるけど、別段気にするような異変でもないだろ?人が死ぬ訳でも害がある訳でもないし。
あいつなら仕事で動かにゃならんだろうけど、私は興味ないからパスだな。今回の異変に関しては、私は何の情報も集めてないぞ。
勿論、全く興味がゼロって訳じゃないけど…私には他にやるべきことがあるから。こう見えて魔理沙さんは多忙なんだ」
「あやや…それは残念です。有意義な情報がお聞き出来るかと思ったのですが」
「悪いな、力になれなくて。もし異変のことが詳しく知りたいなら、アイツのところに行ってみな。少なくとも私より情報は掴んでる筈だぜ」
「あいつ、とは?」
「ん、ああ、博麗霊夢…いわゆる博麗の巫女って奴だ。異変解決が霊夢の仕事だからな、嫌嫌でも動いてる筈だろうし。
…ただ、まあ、人当たりとかそういうのは期待するなよ。今のアイツ、本ッッッッッッッッ気で機嫌悪いからな。しかもお前が妖怪だから、尚更…」

 眉を顰めながら、魔理沙は文に言い難そうにモゴモゴと言葉を紡ぐ。
 魔理沙の話を聞きながら、文は成程と相槌を打ちながら手帳に選択肢を増やしていく。餅は餅屋、確かに異変に関することなら
博麗の巫女は適切だろう。ある意味、人里でむやみやたらに聞き込みをして数を当たるよりも狙い撃ちしやすいかもしれない。
 ただ、先ほど魔理沙の語った機嫌の悪さと妖怪相手なら尚更という点が文は気にかかる。今代の博麗の巫女は妖怪排他主義でも何でもないと
聞いていたが、最近妖怪を嫌悪するようなことでもあったのだろうか、と。少し気にはしたものの、別に大した問題ではないと切り捨てることにしたのだが。
 話を終え、文は一通りの情報をメモし終えて、魔理沙に営業スマイルで感謝を述べる。そんな文にいいよいいよ、手を振る魔理沙。
 その様子を見て、文は一応もう一つの情報も求めてみるかと画策する。その情報とはレミリア・スカーレットに関する情報。ただの人間である
魔理沙が彼女に関する重大な情報を持っているとは思えないが、それでも聞くだけ無料。そんな軽い気持ちで文は口を開いた。

「ところで魔理沙さん、貴女にもう一つだけお聞きしたい情報があるのですが、お願いしても構いませんか?」
「へえへえ、乗りかかった船だ、満足いくまでお話してやるよ。遠慮なく何でも聞いてくれ」
「ありがとうございます。お聞きしたいのは、ある人物に関する情報なんですよ」
「ある人物?う~ん、私の知ってる奴ならいいんだが…そいつの名前は?」
「はい、その人物の名はレミリア。紅魔館の主にして名高い吸血鬼、レミリア・スカーレットに関してです。
もし何かご存知であれば、彼女に関して情報提供を頂ければ…」

 そこまで口にし、文は言葉を止める。先ほどまでにこやかに談笑していた相手――霧雨魔理沙の様子の変貌に気付いたからだ。
 つい先まで笑顔を見せていた魔理沙は、レミリアの名前を耳にするやその笑みを止め、真剣そのものの表情で真っ直ぐに文の方を見つめていた。
 まるで文の思考を読み取ろうとしているように、じっと押し黙って文の瞳を真っ直ぐに見据える魔理沙。その様子に、文は驚きの感情を
押し殺し、営業スマイルのままで言葉を紡ぐ。こちらの変化を悟られるな、変化を伴わずに相手を揺さぶれ、それが文の取った行動だった。
 別段、この場は交渉の場でもなんでもない。しかし、レミリアの名を耳にした魔理沙の変化、それは頗る顕著なもので、その様子に文は瞬時に考えたのだ。
 『もしかしたら、この少女はレミリア・スカーレットの知人なのではないか。もしかしたら、この少女はレミリア・スカーレットの何かを知っているのではないか』と。

「どうしました、魔理沙さん。そんな急に怖い顔をして。レミリア・スカーレットに関して何か気に障ることでも?」
「…ああ、いや、何でもない。悪いな、少しボーっとしてた。
ところで、レミリア・スカーレットについての情報だったか。悪いが私は何も知らないな」
「へえ…それは本当ですか?」
「本当も何も、ここで私が嘘をつくことに一体何のメリットがあるんだ。私の知ってる情報なんて人里の連中と同レベルだ。
やれ強い吸血鬼だの、やれ妖怪の山の麓の湖の真ん中、その島に棲んでるだの…その程度の情報がお前は知りたいのか?」
「いいえ、そういう訳ではありませんが…分かりました、ここはそういうことにしておきましょう」

 少し悩んだ後、文は素直に退くことにする。魔理沙の様子から、ここで押しても大した情報は得られないだろうと推測したからだ。
 ただ、目の前の少女が嘘をついていることは明らかだと文は断言出来る。魔理沙が嘘に関して不得手であることを見抜き、彼女がレミリアに
関する情報に口を閉ざした理由…その点をまずは他から探っていく必要があると考えた。恐らく魔理沙はレミリアの知人か何かであり、
彼女がレミリアに関して口を閉ざす出来事が起こったのではないか。その出来事が先ほど観察した紅魔館の状態につながっているのではないか。
 短い会話の中で、文は長年の取材記者経験からそこまで予測仮想することに成功する。ならば、最早目の前の少女に用は無い。
 文はぱたんと手に持つ手帳を閉ざし、先ほど同様営業スマイルで言葉を紡ぐ。

「以上で取材は終了です。ご協力ありがとうございました、霧雨魔理沙さん」
「ああ、それは構わないんだが…お前、何でレミリア・スカーレットの情報なんて集めてるんだ?」
「あやや、それは黙秘権を発動させて頂きます。記者は情報が命ですから、ネタを易々と他人にお話しする訳にはいきません故」
「…そうか。まあ、他人の行動にどうこう言うつもりはないしな。悪いな、力になれなくて」
「いえいえ、凄く参考になる情報感謝ですよ。もしよろしければ、これを機に文々。新聞の定期購読もご一考頂ければ」

 そう笑顔で告げて、手持ちの文々。新聞のバックナンバーを魔理沙に押し付け、文はそれではと笑顔で去って行く。
 一瞬にして風に溶ける文の姿を見届け、やがて見えなくなった後に、魔理沙は大きく溜息をつく。
 そして、彼女がそっと呟く言葉は誰もいない空に舞って。まるでその言葉を本来受け取るべき主のもとへ運ぶかのように。

「…レミリアの情報を知りたいのはこっちの方だっつーの。
なあ、レミリア…お前、一体何処に消えちゃったんだよ…お前が消えて、もうすぐ四カ月は経とうって言うんだぞ…
霊夢の奴は本気でブチ切れてるし、みんなは神社に集まらなくなっちゃったし…お前がいない幻想郷は、本当に寂し過ぎるんだよ…」

 魔理沙の悲しみは誰の耳にも届くことなく風に遊ばれる。
 春風の舞い始めたこの幻想郷に、ゆらり、ゆらりと。受取人を只管探し続け、どこまでも遠く。










[13774] 嘘つき花映塚 その二
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2010/12/23 08:57



 一度、二度と大きく翼を羽ばたかせ、文は飛行速度を目的地の到着にあわせて漸減させてゆく。
 飛行から滑空へ、滑空から停空へ。『空を飛ぶ』という技能を持つだけの者達には出来ない美しき流れの形を伴って、
妖怪の山随一の飛行能力を持つ少女は大空を舞う。終着点の上空に辿り着き、文は大きく一息ついて目的の地を俯瞰する。
 博麗神社、そこに住まう人間、博麗霊夢。それが文の次の取材対象であり、今回会いに来た人物でもある。
 先ほど出会い、話を交わした人間の少女――霧雨魔理沙から得た情報より、文は次の標的を霊夢一人に絞り、異変に関する情報を呼び水として
なんとかレミリアに関する情報を得ようと考えていた。なんせ、博麗の巫女は紅霧異変においてレミリアを打倒した過去がある。それが例え
お遊びの弾幕勝負であっても、あのレミリア・スカーレットに唯一土をつけた存在となれば、文の好奇心をくすぐるのは当然の帰結であり。
 ましてや、博麗霊夢はレミリアと交友関係にあるという情報も流れている。ならば、博麗の巫女に取材を申し込むのは
一連の面倒を全て省くことが出来、実に効率的だとも言える。

「…なんだけど、ね。あの魔法使いの言ってた台詞が妙に気になるのよねえ…不機嫌だとか妖怪相手だと拙いだとか。
ま、そんな理由で引き下がるような私じゃないけれど。博麗霊夢、貴女には良いネタを期待させて貰うわよ」

 ご自慢の翼をはためかせ、手には愛用の手帳と筆を。ゆっくりと博麗神社の地へと高度を落とし近づいていく。
 境内に降り立ち、文は軽く周囲を見渡す。外に人の気配は無し、どうやら博麗霊夢は室内らしい。そう判断を下し、文は居住区らしき
建物の方へと足を進めていく。神社や設備に興味をひかれ、写真を撮ろうかとも考えたのだけれど、今日の取材は博麗神社ではないため自重する。
 そして、居住区の中庭の方へ歩いて行くと、その縁側に女性が一人腰を下ろしているのを発見する。
 あちらも文の存在に気付いたのか、湯呑を両手に持ちながら、じっと文の方を見つめている。その視線に、文はお得意の営業スマイルを浮かべてみせる。
 悪意がこちらに無いことを表情で示し、文はその女性へと近づき、いつも通りの挨拶を紡ぐ。

「どうもどうも、いきなりお邪魔して申し訳ありません。
私、妖怪の山に棲む鴉天狗、清く正しく誠実にがモットーの射命丸文と申します。はじめまして」
「…ええと、どうも」
「あやや、これはこれは友好的なご挨拶、恐縮です。ちなみにこちらは私の発行しております文々。新聞なのですが
定期購読はお済ですか?今でしたら、新聞に加えて河童特製汚れのよく落ちる洗濯洗剤がセットで…」
「…ええと、申し訳ないのだけれど、新聞勧誘なら私にしても無駄だから。私、この神社の家主でもなんでもないから」
「ですよねー。ええ、ええ、貴女が博麗の巫女ではないことくらい最初から分かっていましたとも。
ですが、やはりこの日この時この場所でお会いできましたのも何かの縁と申しましょう。という訳で貴女個人で新聞契約の方は…」
「お断りよ。私も霊夢も新聞は不要、他に用が無いなら悪いことは言わないから霊夢が帰ってくる前に帰りなさい。
あの娘、今頗る機嫌悪いから八つ当たりされても知らないわよ?ましてや貴女は妖怪なんだから」
「ほうほう、博麗霊夢さんは不在かつ妖怪相手に機嫌が悪いと。それはやっぱり今回の異変に関係して?えーと…」
「アリス。アリス・マーガトロイドよ。はあ…何だか面倒なのが来ちゃったわね。こんなことなら帰るべきだった」

 文の問いかけに、少女――アリス・マーガトロイドは実に面倒そう、億劫そうに答える。
 返答を待つ文に対し、アリスはちらりと視線を向ける。まるで観察するように文を一通り眺め、言葉を選ぶ。

「残念だけど、私は霊夢の情報は何も話さないわよ。あとで霊夢に怒られたくないし」
「ええ…いえいえ、そう仰らずに。そもそも、どうしてアリスさんが私に霊夢さんのお話をすると怒られちゃうんですか」
「だって貴女、天狗じゃない。天狗とは風説を玩ぶ者、ようするに御喋り好き。
例えば貴女に霊夢に関する一を語ったとして、それが十にも百にも五千六百九十二にもされてはかなわないわ」
「異議あり!そのご意見には異議ありです!それは所謂ひとつの妖怪種族差別です!
天狗だからと言って、誰も彼もがそうという訳ではありません。私は清く正しく純真無垢を売りにする清廉潔白幻想郷伝統のブンヤなのですよ?」
「それなら、私が話すことは誰にも話さないと約束出来るの?誓約の遵守、誓いの魔法陣でも描いてみる?」
「世の中に絶対なんて言葉は存在しませんよ。秘密が漏れることもまたマスコミュニケーションの今後の課題の一つなのです。
仕方ありません、私は取材対象のもしもを考え、ここは引き下がることにいたしましょう」
「本当、調子の良いことで。…まあ、霊夢のことは何も話さないけれどそれ以外なら」
「いいんですか!?」
「…少し引きたくなるくらいの喰いつきようね。言っておくけれど、私の答えられる範囲なら、よ」

 アリスの譲歩に、文は心の中で小さくガッツポーズをとる。正直、博麗の巫女の取材は不在という点で完全に諦めていただけに
予定外の取材が行えることに喜んでいた。どうもアリスの口振りからして、博麗霊夢との仲は良好らしい。ならば、彼女もまた
レミリア・スカーレットにつながる情報を持っているかもしれないということ。不機嫌が続いているという噂の巫女よりも、
落着きと冷静さを感じる目の前の少女の方が余程有益な情報を得られるかもしれない。そうプラスに前向きに文は考えることにして、
さっそく手帳を開いて筆の準備をする。取材対象の名前を霊夢からアリスへと切り替えて。

「それでは早速取材を行わせて頂きたいのですが…」
「待って。先に訊いておきたいのだけれど、貴女の用事って『それ』?
霊夢に訊きたいことがあったけれど、霊夢は不在。代わりにここに偶然滞在していた私に…それで間違いない?」
「ええ、間違いありませんが…どうしてまた?」
「もし霊夢に会わないといけない用があるのなら、後日にしないといけないでしょう。
何日の何時頃に会いたいと言っていたって霊夢に伝言しないといけないもの。貴方だってこういう無駄足をまた踏みたくないでしょう?」
「あやや…その、何と言いますか、よく『人が良い』とか『苦労性』とか言われたりしません?」
「…放っておいて。もう自分でも諦めてるから…性分なのよ」
「えっと…まあ、私はアリスさんのような方は好きですよ?一緒に居ると面倒事全部押し付けて楽できそうですし」
「それ全然褒めてないじゃない…まあいいわ。ほら、さっさと気が変わらない内に訊きたいことを言いなさい」

 肩を落としながら話すアリスの姿に、文は営業スマイルの中に自然と湧き出る笑みも含ませる。
 そんなアリスの気が変わらない内に情報を収集するべく、文は心を新聞記者のそれへと切り替え、アリスに対して強弱をつけて質問を投げかける。

「それでは早速。私がアリスさんにお訊ねしたいのは、今この幻想郷を騒がせている異変についてです」
「異変?…ああ、季節感が全く統一されない花が咲き乱れてるアレ?」
「そうですそうです。その異変について、新聞に一筆しようかなと考えこうして情報を収集しているのですが、
この異変について何かご存じではありませんか?元凶とか犯人とか志望動機とか犯行時間とか」
「…あのねえ。そんなこと知ってたら、『私がこの異変の犯人です』って言ってるようなものじゃない。私がそんなこと知る訳ないでしょうに」
「ですよねえ。まあ、先ほどのは冗談でして、本当に何かご存じありませんか?小さな情報でも構わないのですが」
「異変…異変ねえ。悪いけれど、今回の異変に関して私はノータッチなのよ。調査をしていないの。
興味が無い訳ではないけれど、今は他のことで手が離せないし…今回、異変のこと探っているのは私の回りだと霊夢くらいじゃないかしら」
「おや、いいんですか?霊夢さんの情報をお話しても。あとで怒られても私は知りませんよ?」
「博麗の巫女が異変に対して行動を起こすなんて誰でも知ってる情報よ、別段隠すようなことでも無し。
とにかく、私は異変について何も知らないわ。情報を得たいなら、人里辺りで聞き込みでもした方が余程良い情報を得られると思うわよ」
「午後からはそうさせて頂きますよ。あと、アリスさんから見て、やっぱり博麗の巫女に直接取材とかは…」
「…止めておきなさい。異変に関する情報で霊夢が許可した内容なら、私が改めて貴女に話してあげるから。
今の霊夢は…本当に不安定なのよ。少し厳しい言い方になるかもしれないけれど、貴女のような心労を今の霊夢に与えたくないの」
「あやや、心労ですか。私としましては、取材させて頂く方には極力気持ちよく話して頂けるように心がけているつもりなのですが」
「気に障ったならごめんなさい。貴女がどうとか、そういう問題じゃなくて…ね。
私個人としては、貴女は嫌いじゃないわよ。常識を理解しているし、頭もよく回る。話していて気持ち良いわ」
「…褒めても何も出ませんよ?というか、天狗相手なら普通は腹に一物とか考えません?自分で言うのもあれですけれど、私、結構酷いですよ?」
「むしろそれくらいの方が楽なのよ。私の周りは裏なんて無い直球勝負な連中ばかりだから、いつもいつも苦労するのは私だし…
ま、それは良いとして…とにかく、霊夢の取材だけは止めておきなさい。異変に関する情報なら、私が霊夢に話を聞いててあげるから」
「そうですね…今回はアリスさんという民間協力者を持てた訳ですし、良しとしておきましょう。
私としましても、博麗の巫女と事を荒立てたり気分を悪くさせたりするつもりもありませんので」
「そう、それは有難いわ。最近、ようやく機嫌の最低値を脱却したばかりだもの。このせいでまた機嫌を損ねられちゃかなわないわ」
「…もしかしてアリスさん、博麗の巫女の奥様か何かですか?」
「…否定したいけど、最近強く否定できないわ。どうして私が霊夢の為に家事なんてやってるのよ…確かにここでも魔法の研究は出来るけど。
いくら心配だからとはいえ、最近三日に二日はここに泊ってるし…でも、私が目を離すと今の霊夢はすぐ駄目な生活を送ろうとするし…」

 頭を抱えて悩みだすアリスに、文は今度からこの手の質問はしないことにしようと考える。何故か文にアリスの姿が可哀想に映ったらしい。
 流石の文も、アリスと霊夢の関係を同性愛などと微塵も考えるつもりはないが、ある意味これも爛れた関係なのかなどと思ったりする。
 アリスのお人好しと友達想い、情の厚さが霊夢をどうしても放っておけない。だから帰れない。無駄に自分を縛ってしまう苦労性な性格。
 心許した人限定ではあるのだろうが、駄目な人を見ると手を貸さずにはいられない、力になりたいと考えてしまう、それがきっとアリスなのだろうと文は推測した。
 そう考え、文は優しい笑みを浮かべ、とんとんとアリスの肩をそっと叩き、アドバイスを送る。

「アリスさん、貴女は将来ダメ男に引っ掛かるオーラが溢れかえってますのでお気をつけて」
「そんな心配いらないわよっ!!余計なお世話以外の何物でもないし!!」
「もしよろしければ知人の天狗をご紹介しますよ?私は興味無いんで全力でお断りしたんですが、
丈夫な卵を産めそうな番いを探してる大天狗が二、三人程いまして。厄介払いも兼ねてアリスさんにご紹介できればなと」
「卵なんて産めるかっ!しかも貴女今さりげなく厄介払いって言ったでしょ!?」
「あやや、残念です…アリスさんの未来をなんとかより良きものに変えられればと思ったのですが」
「だから人の未来をダメ男に引っ掛かる前提で話すの止めてくれる!?はあ…こういうのは妖夢とかの役割なのに」

 弄られキャラや突っ込み役を友人に押し付けてるあたり、アリスも大概な発言ではある。無論、妖夢を知らない文は頭に疑問符を浮かべるしかないが。
 アリスと雑談を交わしながら、文は手帳に得られた情報を整理していく。霧雨魔理沙に続き、アリス・マーガトロイドという少女の情報を。
 一人の人物として文はアリスに好感を抱いているが、そこに記者としての文が入ると別の観点が生まれる。記者の文にとって、アリスという
少女は情報源にもなりうるが、肝心の奥底は見せてくれない強かな人物に映っている。すなわち、押そうが引こうがアリスからはきっと
一定以上の情報は得られないだろうと考えている。文の言葉に、アリスはノーシンキングで情報の取捨選択を行っている。文に対し
どの情報をどの程度まで与えれば良いのかを即時に判断する、その能力と頭脳をアリスは持ち合わせている。
 そのことを文は肌と直感で感じ取り、記者としてアリスは揺さぶれない人物だと判断したのだ。よって、文はアリスに対し友好な関係を
築く為に会話を構成している。打算に満ちているように感じられるが、それをアリスは受け入れるだけの心を持っている。そのことが
文には非常に好ましい。アリス・マーガトロイドの大きさに敬意を表しつつ、文は程々の情報収集を行い続けた。

「とまあ、こんなものでいいかしら。他に訊きたいことは?」
「そうですね、今はこれで十分です。取材協力、心より感謝いたします、はい。
近い未来に記事になると思いますので、その際は是非とも文々。新聞の定期購読を…」
「考えておくわ。勿論、サービスは沢山してくれるのよね?」
「当然です。今ならご契約頂いたお客様全員のお宅に対し、この私め射命丸文が直々に早朝配達させて頂きますよ。文ちゃん目覚まし、便利ですよ」
「それは…嬉しいようであまり嬉しくないサービスだわ」

 苦笑するアリスに、文はニコニコ笑みを浮かべたままに別れの挨拶を切り出す。
 博麗の巫女には会えなかったけれど、予想外の情報を沢山得られた…アリスとの話で、文はそう結論を下す。
 むしろ不機嫌な博麗の巫女と相対するよりも余程有意義になったのではないかとすら思う。また後日ここに寄ってアリスと話をしよう、
そう考えながら文は神社から飛び立とうと黒羽を広げたその刹那だった。背後のアリスから突如、文に言葉が投げかけられたのは。

「そうそう、文。最後に一つだけ言っておくわ。
私の時はともかく、霊夢と直接会ったときに今日のような取材は止めておきなさいね」
「あやや?今日のような、と申しますと?」
「知れたこと――会話の中で『レミリアに関する情報をばれないように引き出そうと誘導すること』よ」

 アリスの言葉に、文は営業スマイルを止め、目を見開いて口を真一文字に結ぶ。無論、背後を向けているのでその表情はアリスに見えないようにだが。
 先ほどまでアリスと雑談に興じた中で、確かに文はアリスに対し何度か探りを入れていた。それとなく、レミリアに関する情報を引き出せないかと
考えて、だ。だが、文は魔理沙の時とは違い、直球的にレミリアの情報を問い質すことはしなかった。何故なら、先ほどの魔理沙の態度を見て、更に
情報管理が厳しいアリスがそう簡単にレミリアの情報をくれるとは思えなかった為だ。霧雨魔理沙と博麗霊夢はつながりがある、ならば霧雨魔理沙と
アリス・マーガトロイドにつながりがあると考えるのは文としては自然な考えであった。故に、魔理沙の時のようにストレートでいくと態度を
強張らせかねない。よって相手に気付かれないように上手く引いた状態のままで探ることが出来た…そう考えていたのだが。
 こちらの手の内はばればれ、か。そう結論付け、文は営業スマイルではなく『射命丸文本来の笑み』を浮かべてアリスに向き直る。

「本当、貴女は優秀よね、アリス。好意にも尊敬にも値するわ」
「ありがとう。それと、今の貴女が本当の射命丸文なのね。
どうせならいつもそちらでいなさいよ。今の貴女の方が話してて肩が凝らなそうで良いわ」
「新聞記者としての矜持の問題よ。取材対象には心から礼節を持って、懇切丁寧第一主義」
「あら、今の貴女は記者ではないの?」
「取材は終えたもの。今の私は唯の友人でしょう、アリス・マーガトロイド」
「そうね、今の私達は唯の友人ね、射命丸文」

 文の砕けた態度にも、アリスは少しも動じない。
 それも当然で、アリスは最初から文が裏表も一物あるとも考えていたのだから驚く筈もない。
 そんな冷静さが文にはますます好ましい。これから先も彼女とは良い友人として付き合っていけそうだと、文は笑みを零す。

「それじゃ、私は今度こそ失礼するわ。アリス、貴女の忠告をしっかりと心に留めさせて貰うわね」
「そうしなさい。霊夢の前でレミリアの話だけは絶対に駄目よ。それだけは遵守しておきなさい」
「…訊かないのね、私がレミリア・スカーレットに関して情報を探ろうとする理由を」
「訊かないわよ。貴女が誰の情報を探ろうと勝手だもの。ただ…」
「ただ…?」
「…なんでもないわ。とにかく、私や霊夢からレミリアの情報は期待しないで。
探すなら自分の足で探しなさい。苦労は若いうちに買ってでもするものよ」
「千年の時を生きる天狗に説教とは言ってくれるわ。有難く頂戴しておくけれど。
それでは、また会いましょう――アリス・マーガトロイド」
「ええ、また会いましょう――射命丸文」

 疾風迅雷、まるで風の化身のように文はアリスから消えるように高速で空を翔けていった。
 去って行った文の方向を眺めることもなく、アリスは軽く息をつく。そして、先ほど文に呟きかけた言葉を思い返し、自嘲する。

「ただ…レミリアに関する情報を手に入れたら、私にも教えて頂戴、というのは流石に虫が良過ぎるか。
あちらもレミリアと私達の関係を突っ込まずに自制したのに、こちらばかり求めてもね。情報は魔理沙の役目、私は私の役割を果たさないと」

 冷え切ってしまった緑茶を啜りながら、アリスは今は遠い友人達に想いを馳せる。
 湯呑をそっと横に置き、青く澄んだ空を見上げてアリスはぽつりと呟く。今は遠い友人達に、そっと。



「…早く会いに来なさいよ、レミリア、咲夜。このままじゃ、霊夢に許して貰えなくなっちゃうわよ。
今の霊夢はカンカンで、不機嫌で…本当に、今にも泣き出してしまいそうな顔してるんだからね」





























「ん~…予想以上。いや、この場合、予想以下って表現すべきなのかしら」

 夕刻を迎え、日が完全に傾き始めた人里の通りにて、文は足を進めながら一人頭を悩ませていた。
 博麗神社から移動し、人里にてレミリアに関する情報捜索を始めた文であったが、人々から得られた情報は実に面倒なものであった。
 得られた情報量はまさしく文の想定以上のものであった。レミリア・スカーレットの名は人里でも…否、妖怪の山以上に強く広まっており、
誰も彼もがその存在を知っていてレミリアの情報を語ってくれた。
 しかし、得られた情報の質が予想以下に悪過ぎる。なんせ、訊く人訊く人によって情報内容に差が在り過ぎるのだ。
 レミリア・スカーレット、彼女について人は本当に様々な人が存在した。
 やれ極悪な妖怪だの最強の妖怪だの幻想郷で一番害のある妖怪だの、それこそ悪鬼羅刹の表現も可愛らしく感じるように語る人もいれば
やれ唯のお菓子好きだのやれこの前漫画を立ち読みしていただのやれ道端で石に躓いて転んで泣きそうになっていただの、有り得ない
レミリアを語る人もいた。まるでレミリアが複数人いるかのように、人々の情報はあまりにまばら過ぎて、その点に文も頭を悩ませていた。

「なかには寺小屋で掃除を手伝っていたなんて馬鹿話もあったし…人間の為に掃除をする吸血鬼なんている訳ないでしょう」

 ぶつくさと愚痴を零す文だが、流石に彼女も文句の一つも言いたくなると言うものだ。なんせレミリア・スカーレットは
鬼を打ち倒し八雲と肩を並べる幻想郷の強者。それがどうして寺小屋の掃除なんて話とつながるのか。自分の目と耳を一番とする
心はあるものの、流石にそんな情報を文は鵜呑みにすることが出来ない。というか、出来る方がどうかしている。
 吸血鬼は夜の覇者、その力は鬼に並び立ち、その空を翔ける力は天狗にも比肩すると謳われる。その吸血鬼が、寺小屋の掃除などするのか。
 情報に玉石混合するのは当然のこと、しかし今回ばかりは石の混じりが多過ぎるのではないか。無論、その情報を自分が気に入らないから
嘘だなどと記者としてあるまじき行為をするつもりは微塵もない文だが、流石にレミリア=寺小屋の掃除手伝いだけは受け入れることが出来なかった。

「というか、何より手痛いのはレミリア・スカーレットの目撃証言がここ数カ月ばったり途切れてるってことなのよね…
誰も彼も見たのは半年以上も前だったりするし…ということは、人里にレミリアは来ていないのかしら」

 人里に足を最近めっきり運ばないとなると、この人里内でレミリアのよく行く場所を特定してそこで張る意味もなくなってしまう。
 文の目的はあくまで異変取材のついで、その偶然を利用してレミリアに接触することなのだから、肝心のレミリアが
人里に来ないのでは何の意味もなくなってしまう。半年以上も目撃証言が無いのなら、人里で出会える可能性は頗る低いということになる。
 魔理沙、アリスと順調に情報を小出しに得られたのはよかったが、この人里では良くも悪くも情報を得過ぎてしまった。玉石混じり過ぎた
情報は人の判断能力を曇らせる。無論、文とてその点は強く理解し心に留めてはいるが、こうなると人里で目撃されたレミリアが本当に
レミリアなのかどうかすら疑わしくなってくる。ケーキを食べたり漫画を読んだり寺小屋で掃除をしたりした妖怪は、もしかしたら
レミリアに良く似た別の妖怪なのではないだろうか。そもそも、人間に吸血鬼と他の妖怪の違いを理解出来るのかどうかすら疑わしい。
 日傘等で日陰を作っていたり、背中に羽が生えていたりする=今を騒がせてる妖怪、すなわちレミリアなどという短絡思考が
働いた可能性も否めない。むしろ、噂内容の大きな二極化からその可能性は非常に大きい。もしそうならば、本物のレミリアは、紅魔館から一切足を外に
運ばない可能性だって出てきてしまう。そうなると文は完全に手詰まりだ。紅魔館内部に侵入して偶然を装うもくそもないのだから。

「あやや…困ったわね。状況を打開するには足で行動するしかないんだけど…どうするか」

 足を止め、手帳に状況を取りまとめながら、文は次の一手を思考する。
 レミリアが人里に足を運ばないとなると、文に打てる手は大きく限られてしまう。すなわち、人里以外でレミリアの足を運ぶ場所を
捜索しなければならない。そうすると、再び人里の外での聞き込みが必要となってくる。人里では人里外の情報はどうしても色落ちてしまう。
 一番早い手は霧雨魔理沙かアリス・マーガトロイドを捕まえてレミリアの行動範囲を聞き出すことだ。二人は間違いなくレミリアとつながりがあり、
恐らくレミリアの良く行く場所も知っているだろう。けれど、あの二人がレミリアの情報を口にするとは思えない。二人が駄目なら、博麗の巫女など以ての外だ。
 次に早いのは、博麗神社付近で張り込むことだろう。博麗霊夢とレミリアの間で交友関係があるのは、八雲の妖怪の証言からはっきりしている。
 ならば、博麗神社にレミリアが足を運ぶ可能性は非常に高い。そこを張り込んでしまえば、偶然を装って近づくことは容易い…が、これまた来るという確証が無い。
 有用な一手を見出せず、頭を悩ませる文だが、ふと視線の先に気になる光景が広がっていることに気付く。


 一人の少女がちょこんと地面に腰を下ろしている。

 その状況を表現するなら、たったその一言で棲むのだが、更に詳しく説明するとなると、様々な不可思議な付帯状況が付いてしまう。
 まず第一に、少女が腰を下ろしているのは、正確には地面ではなく、使い古された茣蓙のようなもの。縦横一、二メートル程度の長方形型の
薄襤褸のそれに、少女は足を崩して座っていた。そして、少女の前には二、三個程パンにもお菓子にも見えるものが置かれていた。
 また、少女の上には雨避けの為か薄板で簡易の屋根のようなものが作られている。四本の脚の上に薄い木板を少女の正面以外覆った
箱モノのような、ある意味部屋とも呼べるかもしれないが、遠くから見るとまるで少女が箱に納められた地蔵か何かに見えてしまう。
 加えて、少女は厚手の服装に顔も隠れてしまうようなフードを被ってしまっている。どうして、その様相で相手が少女だと分かるのかと
言えば、その人物の背丈が本当に小さいことと、長丈のスカートを着用していることから判断したのである。それでも春先のこの季節で
真冬とも思えるようなその格好は十分異彩を放ってはいるのだが。
 そして何より目に付くのは、この少女が人通りの多い表通りではなく、あまり人の来そうにない裏路地の隅でこのような奇怪な行動を
取っていた点にあった。どうして誰もいないような、こんな場所で…何かの遊びだろうか。まさかこれが家と言う訳ではないだろうけれど…

 そんな風に文は思考を巡らせていた。
 人間の子供か何かの遊びだろう。別に自分が気にする必要もなければ、興味を惹かれるようなことでもないだろう、そう考えることだって出来た。
 けれど、文はそう判断しなかった。そのへんてこりんな光景に、言ってしまえば心惹かれた。
 文は常に面白いを好み生きてきた。興味惹かれるものに対し、常に全力で向かい走りときに追い。それが射命丸文の生き方だった。
 だからこそ、文は今回も自身の生き方、本能に従って判断を下す。ニコニコと楽しそうに笑みを零し、文は少女のもとに近づき、そっと声をかける。

「――こんにちは、お嬢さん」
「ふぇ…?」

 文の接近に全く気付いていなかったらしく、頭上から声を掛けられて、少女はゆっくりと顔を文の方へと上げる。
 そのフードから垣間見ることが出来た少女の素顔に、文は表情にこそ出さないものの驚いてた。その少女の容貌のなんと整ったことか。
 物乞いの子供をも予想していただけに、少女の様相は文にとって実に予想外であった。まるでどこぞの令嬢かと思わせる程に可愛らしい顔、
そして何処までも澄み切った綺麗な瞳。同性ながら、文は少女の可愛らしさに賞賛を送りたくなってしまう。恐らくあと少し成長すれば、
この少女は異性泣かせな女の子になるだろう、と。そんな文の不埒な思考とは反対に、少女は驚きの表情からやがて満面の笑みへと表情を変え、文に元気よく言葉を紡ぐ。

「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ?えっと、どういうこと?お店ごっこでもしてるの?」
「ご、ごっこじゃないわよ!立派なお店よ!私はここで商売してるの、しょーばい!」
「お店?商売?」

 少女の反論に、文は少し視線を彼女から外してぐるりと店(?)を見渡していく。
 敷かれた古茣蓙、雨風を防ぐ屋根、ぷーっと頬を膨らませる少女、そして少女の目の前に並べられた二個のパン。
 そこまで視界に入れ、文はようやく事態を呑みこめたのか、ぽんと掌を叩いてニコニコと笑顔で言葉を紡ぐ。

「そういうこと。貴女、おやつの時間なのね」
「そうそう…って、違うわよ!?どうしておやつの時間をここで一人寂しく迎えなきゃいけないの!?
私がしてるのは商売だって言ったじゃない!売ってるの!私はここでパンを売ってるの!」
「売ってるのって言われても…商品、二つしかないじゃない」
「そりゃそうよ、今一体何時だと思ってるの。良いパンはみんなお昼に売れちゃったわよ。お得意様が買っていったわ」
「お得意様がねえ…ちなみに最初は何個あったの?」
「三個!」
「…あー、いや、ええと…なんていうか、ごめん」

 嬉しそうにハキハキ答える少女に、文は思わず目頭を押さえてしまう。
 少女の笑顔がまた文の心をズキズキと痛めてしまう。『全然売れてないじゃない』という突っ込みすら引っ込めてしまう程に。
 気を取り直し、文は少女の方に視線を向け直して疑問を投げかける。

「そもそも、貴女はどうしてこんなところで商売なんてしているの?ここ、裏通りよ?人来ないでしょ?
どうせ売るんだったら、表通りで捌いた方が良いと思うんだけど…」
「んー…私もその方が良いかなと思ったんだけど、美鈴と咲夜がね。
まあ、表通りは店長さんのお店もあるし、じゃあ私は裏通りで頑張るとしましょうって考えた理由もあるけれど」
「表通りに店長さんのお店?」
「ほら、西通りの和菓子屋さん。私、あそこで働かせて貰ってるの。
働かせて貰ってるというか、調理器具と材料を借りて、自分の作ったモノをこうして売ってるだけなんだけどね」
「へえ、それで売り上げは懐に入ると。歩合制でやる気も入りそうね」
「?入らないよ?お金は全部店長のだよ」
「…いや、おかしいから。給料が出るとか?」
「?でないよ?お金、何も貰ってないよ?」
「…いやいやいや、おかしいから。何、貴女ただ働きさせられてるの?その年齢で?」
「ただ働きというか、趣味でやってることだし。私、お菓子作りとか大好きなのよ。
だから和菓子屋の店長さんにお願いして、道具と材料を貸してもらってる。その代わりに、私の売り上げは店長さんにあげるって交換条件。
店長さんは給料を渡すってずっと言ってきたんだけど、私はそんなの欲しくないし、美鈴も咲夜もいいって言ったし…そもそも迷惑かけてるの私だからね」
「ふーん…貴女が良いなら、それで良いけど。それにしても、子供に見えてしっかりしてるのね。何歳?」
「子供じゃないわよ!立派なレディよ!」
「そうね、立派なレディね。胸もお尻もぺたんこだけど立派なレディね。それで、何歳?」
「…知らない。私、自分の年齢知らないし」

 いじけるように言う少女に文は笑いながら、声をかけたのは正解だったと自分の判断に賞賛を送りたくなった。
 声をかけた少女のなんとも珍妙で面白いことか。こんなに幼いのに、自分の趣味の為に和菓子屋に頼み込んで道具を貸して貰い、
こうして自己満足の為に商売を為す。なんともまあ面白い少女だ。思いがけない出会いに、文は更なる会話を望み更に言葉を投げかける。

「貴女、面白いわね。私は文、射命丸文よ」
「教えない。文に私の名前は教えないわ」
「それでも構わないわ。貴女が私の名を知ってくれた、胸に刻んでくれたことが何より大事なの。
それじゃ店長さん、早速だけど商談に入らせて貰えるかしら。貴女のご自慢のパン二つのね」
「買うのね!?私のパンを買ってくれるのね!?ええと、一つが…」

 むすっとしていた少女だが、文の言葉を聞いて表情を百八十度切り替える。きらきらと目を輝かせて
期待に胸躍らせて金額を告げる少女に、文は満足げに微笑みながら手持ちのお金で支払いを済ませる。
 お金を受け取り、少女は首にぶら下げた小袋にお金を入れて、薄紙で作った袋に二つのパンを入れ、満面の笑みで文に手渡す。
 パンを渡され、それを早速口にしようとした文だが、少女から『ダメッ!』という制止の声をあげられ、手を止める。
 不思議そうに首を傾げる文に、少女は笑みを浮かべながら理由を語る。

「食べるのは私のいないところで食べて頂戴」
「そうなの?どうして?」
「だって、その方が楽しいじゃない!文に今、感想を聞かずにこのまま私は家に帰るの。
そうして『文はパンを美味しく食べてくれたのかな。その感想を明日聞けるのかな』ってワクワクしながら寝るの。
そうすると、明日がもの凄く楽しみになるじゃない!ワクワクの気持ちがいっぱいでおはようを迎えられるの!」
「何よそれ。あははっ、本当に子供ねえ」
「子供じゃないわよ!立派なレディだって言ってるでしょ!
そういう訳だから、食べるのは後にして。そして明日絶対に感想を言いに来ること!あとついでにまた私のパンを買いなさい!」
「本当、注文の多いパン屋さんね。まあいいけれど。パンの購入については、美味しかったら検討してあげる」
「ふふん、言ったわね。見てなさい、絶対絶対私のパンは美味しいんだから!」

 小さな胸をこれでもかと張る少女の微笑ましい姿に笑いを零しつつ、文はもうすぐ日が暮れそうな時刻になりつつあることを確認する。
 そろそろ山の方に戻らなければ、また可愛い後輩にきゃんきゃんと怒られてしまう。そんなことを考えながら、文は少女に向かい別れの言葉を紡ぐ。

「それじゃ、そろそろ私は行くとするわ。貴女は一人でお家に帰れるの?」
「馬鹿にしないでくれる!?私だって家に帰るくらい一人で出来るわよ!…む、迎えは来てくれるけど」
「ああ、そうなんだ。それなら安心ね。保護者の人の手を離して勝手にフラフラしちゃ駄目よ?」
「しないわよっ!それにフラフラしたって、家は人里にあるんだから一人でも帰れるもん!!文の馬鹿!」

 ぷんぷんになる少女に悪戯好きな笑顔を浮かべ、文はそれじゃと足を表通りの方へ進めようとする。
 ただ、背後の少女から最後に言葉を投げかけられ、一度は足を止める。

「リアよ。本当は他の人に自分の名前を教えちゃ駄目だって言われてるけど、文なら私のことリアって呼んでもいいわ」
「リア…ね。分かったわ。貴女の名前、しっかりと私の胸に刻ませて貰うわね。また会いましょう、リア」

 別れの挨拶を告げると、リアと名乗った少女は文に満面の笑顔で手をぶんぶんと強く振ってくれた。
 そんな一生懸命な少女を見つめながら、文は手に持つパンに期待を寄せる。さてさて、あの少女は一体どんな驚きを私に与えてくれるのか。
 レミリア・スカーレットに関する有益な情報は得られなかったけれど、なかなかに面白いモノは見つかったわね。
 それが今の文の――射命丸文の純粋な本心だった。小さな再会の約束だけど、何故か胸が躍るものがある。明日もまた楽しくなりそうだ、と。












[13774] 嘘つき花映塚 その三
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2010/12/25 14:02


 にらめっこ。

 今のリアの様相を表現するとしたら、それが一番似合うのだろうなと文は一人勝手に思う。
 目をぱちぱちと瞬かせながら真剣そのものの表情で文々。新聞に目を通す少女、その姿は背伸びをしてる子供のようで何だか微笑ましい。
 そんなリアを横目に、文は昼食にとリアから購入した新作パンに齧りつきながら、午後からの予定を思考する。一体これからどうしたものか、と。


 人里にてリアと出会ったその翌日。色々考えたものの、文はもう少しだけ人里で情報を収集することを選択した。
 レミリア・スカーレットに関する情報を得る為に、他の場所で聞き込みを行うことも考えたが、この人里にてもう少し
粘ってみても良いのではないかと結論付けたのだ。その理由は、人里において『全く情報が手に入らない』という訳ではないという点だ。
 幸か不幸か、この人里にはレミリアの情報が嫌という程に溢れかえっている。すなわち、情報の玉石さえ上手く判断出来れば、レミリアに関して
有意義な情報のみを抽出できるのではないか。これはある意味、文の新聞記者としての実力が試されていると言っても過言ではないのではないか。
 そうならば、幻想郷一のブンヤを自負する者として逃げる訳にはいかない。そんなノリで午前中の全てを情報収集に取り組んだものの、結果として釣果はゼロ。
 人々から得られる情報は、先日のものと大差なく、やはりレミリア・スカーレットの姿が二極化も甚だしい様相を呈してしまっていた。
 言ってしまえば、まさしく吸血『鬼』に相応しいレミリアと、そのあたりの幼女と何も変わらないレミリアと。
 その二つの情報を吟味し、何度も何度も考え直してみるものの、やはり文の導いた答えは後者が全くのでたらめだという可能性。自分達の元トップである
伊吹萃香を倒した吸血鬼が突き放して言えば『へたれ』などと誰が信じられるだろう。まとまらない頭を掻きつつ、気分転換と昼食の意味も込めて
結局文は彼女――リアのいる場所へと足を進めたという訳だ。これが昼前の出来事である。

 文が現れると、リアはきらきらと目を輝かせてまるで尻尾を振って喜ぶ子犬のように文を歓迎した。
 そんなリアに苦笑しつつ、文は約束通り先日食したパンの感想を告げる。――本当に、美味しかった、と。
 その言葉に、リアの顔はドキドキ顔から空に輝くお日様のように眩しいばかりの笑顔になる。そして事細かに感想を訊いてくるリア、
そんなリアを落着かせながら、面倒見良くリアの相手をする文。自分の事第一主義な文だが、実はこれでいて面倒見が良かったりする。
 天狗という集団を一をする群れに属する為か、文は自分より弱い存在に対し優しさを見せるところがある。強い者に媚び諂い、弱い者に
傲慢に見下すと言われる天狗の中では珍しい性質だが、天狗の中でも人一倍変人扱いされている文なので、別段気にすることもない。
 文の丁寧な感想を耳にしては嬉しそうに笑うリア。結局リアが文の感想に満足し終えたのは、話し始めて三十分は経とうかという頃だ。

 そんな話の最中に、リアはふと文の持っている配布用の文々。新聞に興味を示し、それは何かと文に訊ねかける。
 興味深々なリアに、文は少しばかり迷ったものの、そっと新聞を差し出して読むかどうかを訊ねかけた。文が迷った理由は、
まだ幼いリアに新聞の内容や文字が理解出来るかどうか分からなかった為である。けれどまあ、自分の作った新聞に興味を持ってくれるのは
悪い気分ではないし、何より読めなかったときは学の大切さに気付いてこれから学んでくれたらいい。そして、その後で自分の作った
文々。新聞を定期購読してくれれば問題無し、といった感じの軽いノリでリアに新聞を差し出したのだ。そんな文に、リアは喜んで新聞を受け取り、
先ほどからずっと新聞とにらめっこ中、という訳である。そんなリアを横目に見ながら、文は少し遅めの昼食という訳である。
 なお、パンの購入もリアの目の前で食べることも彼女に許可を取ってはいなかったりする。文が何度かリアに『パンを買う』と言っても、
リアは新聞に夢中で文の声が耳に入っていない様子。よって文は代金だけ茣蓙の上に置いて、三個あるうちの二個のパンを拝借することにした。
 恐らく、残りの一個はリアの言う『常連さん』用のものなのだろう。文の空腹コンディション的に三個全部食べたい気持ちはあるけれど、
それを勝手に平らげてしまうのは、流石に悪い気がして遠慮している。新聞に夢中なリアを放置し、文は二個目のパンへと手を伸ばす。

「…うん、本当に美味しい。この娘、言うだけあって菓子パン作りが上手ね。
椛のお土産用に買いたいから、明日から多く作ってもらうように言っておこうかしら」

 ふっくらと焼き上げ、砂糖をまぶした至極シンプルなパン。それなのに、一口齧っただけで広がる程良い甘さと食感。
 この年齢でこれだけのものが作れるなら、さぞかし将来は立派な菓子職人になれるだろうとリアの未来に文は判を押す。今のうちに
誘拐でもして、妖怪の山専属のパティシエにでもなってもらおうかな、なんて邪な気持ちもあったりなかったり。
 二個目のパンも食べ終え、文はパン屑を綺麗にするように指先を軽く舐め、小さく『ご馳走様でした』とリアに告げる。
 食べ終えた後のパンの袋を折りたたみ、肩にかけている小さな鞄に収納しようとしたその時だった。新聞を呼んでいたリアが突如がばっと
顔を上げ、文の方に視線を送ったのだ。突然の動きに、文は少しばかり驚きながらも訊ねかける。

「ど、どうしたの、いきなり顔を上げて」
「面白かった!!」
「…へ?」
「凄く凄くすっごーーーーーーーく面白かった!!」
「面白かったって…え、何が?」
「そんなの決まってるでしょ!新聞!文の作った『文々。新聞』!!読んでて時間を忘れるくらい夢中になっちゃった!!」

 突然のリアの言葉に、文は頭の中が完全に真っ白になってしまう。今までじっと黙って新聞とにらめっこしていたリアが
やっと顔を上げたと思ったら、唐突に自分の作った新聞をこれでもかという程に褒めちぎってきたのだ。まさしく
予想すらしていなかった事態で、文がそうなってしまうのも無理もないだろう。けれど、そんな文の事情などお構いなしに
リアは目をキラキラ子供のように(実際子供なのだが)熱を入れて何処が良かったという点を羅列していく。
 やれ内容が面白い、やれ写真が凄く良いという子供じみた真っ直ぐな評価から、やれ読者側に懇切丁寧に分かりやすく噛み砕いて記述している、
やれ記事の内容にちゃんと裏付けがあり信憑性の高い情報媒体だと思っただの読み手としての意見まで述べていく。
 呆然とする文に、リアは拳を握りしめて最後のひと押しとばかりに声を大にする。

「良かったところは沢山あったけれど、私が何より惹かれたのは新聞の文面から感じた文の熱意よ!!
見出しから構成から写真の選択まで、何一つとして妥協が無い!まさしく文の記者としてのこだわりを見たわ!
もうね、新聞を読んだだけで凄く伝わってきた!文が新聞を書くのが本当に本当に大好きなんだって気持ちが、沢山沢山伝わってきた!」
「あ…」
「だから私は大好き!文の一生懸命な新聞、文の努力と意志が込められた新聞、とても素敵だと思う!」

 臆すことも恥じることもなく、ただ真っ直ぐに語るリア。そんなリアの言葉に、文は気付けば自分の頬が強く熱を帯びていることを悟った。
 それも当然のことで、これまで文はこんな風に真正面から新聞創作を評価して貰ったことなんてなかった。天狗達の仲間内で競う新聞コンテスト等もあり、
批評という形で見て貰うことはあったけれど、読み手からこんな風に真っ直ぐな想いをぶつけられたことなど過去になかったのだ。
 『興味深い』『情報としての価値はある』などの言葉は新聞を取ってくれている人に言われたことはあれど、その文面からまさか
文の努力、想い、熱意を汲み取る者など誰もいなかった。それも当然で、新聞で重要なのは書き手ではなく情報、書き手のことなど瑣末なことでしかない。
 けれど、リアは新聞を新聞としてではなく『一つの作品』として読み取り、その感想を述べてくれた。それは新聞読者の感想と見るには
失格も甚だしい意見だが、新聞を書いた者の心を打つには十分過ぎる程に価値ある意見であった。
 リアの言葉に、文は自身を振り返る。一体いつ以来だろう、こんな風に新聞が素敵だと褒めて貰ったのは。
 自分の新聞、その出来にはいつでも胸を張る程の自信もプライドも持っている。いつだって自分は最高の新聞を書き続けた筈だと。
 けれど、それは一体何の為か。一体何の為に自分は新聞を書いてきた。何をして、新聞を書くことが楽しいと思ったのか。
 そんな遠い記憶を揺さぶるような、リアの感想。頭が混ぜ返されるような感覚に襲われながらも、文は乱れる心を抑えつけてゆっくりと
手をリアの方へと伸ばす。多分、今の自分はあまりに嬉し過ぎて、素直に気持ちを言葉に出来ないだろうから。だから、態度だけは、と。
 伸ばした手をリアの頭、すっぽり被ったフードの上に乗せ、文は少し乱暴なくらいの力でわしゃわしゃと撫でる。

「な、なによいきなり!?やめなさいっ!禿げちゃう、禿げちゃうから!!」
「新聞が読めるくらいには文字の勉強してる良い子へのご褒美よ。ありがたく受け取っておきなさいって」
「こ、こんなご褒美いるかー!!って、あれえ!?私の持ってきたパンが一個だけになってるうううう!!!」
「ごめん、私が食べた。美味しかったよ、ご馳走様。お金はそこにおいてるでしょ?」
「あ、本当だ…って、こらあああ!!店主の許可なく勝手に食べる奴が何処に居るのよ!?一歩間違えば泥棒じゃない!!」
「大丈夫。私、逃げ脚には自信があるから。これでも幻想郷最速なのよね」
「既に逃げる前提!?うう~!ばかばかばかばか!文の馬鹿!あほ!あんぽんたん!カバ!きつね!みどりのたぬき!」
「天狗だけど」

 涙目になりながらも、リアは文の置いたお金を昨日のように首にぶらさげた小袋へと収納していく。
 どうやら文句は言うものの、きっちり商売はしてくれるらしい。なんとも気難しいお姫様だなと笑う文に、
リアは少しばかりプンプンになりながらも、再び文に口を開く。

「でも、文って新聞記者だったのね。ジャーナリストって感じで格好良いかも」
「いや、感じも何もばりばりジャーナリストなんだけど…というか、言って無かったかしら?私が新聞記者やってるって」
「聞いてないわよ。今日初めて知ったわ」

 リアの言葉に、文はそうだったっけとあやふやな自分の記憶を引っ張り出そうと苦心する。
 初対面相手の場合、大抵は新聞記者であることをセットに自己紹介している文なのだが、どうやらリアのときはそれを
怠っていたらしい。いつもなら『新聞記者モード』の文が、その相手にとって初対面にあたる筈なのに…そんなことを考えつつ、文は改めて自己紹介をする。

「それでは改めて…私は文、清く正しく勇往邁進をモットーとする『文々。新聞』を発行している幻想郷伝統のブンヤ、射命丸文でございます。
もし文々。新聞がご入り用の時は遠慮なくお声をかけて頂ければ、今なら妖怪の山特製お守りが…」
「過去の文々。新聞が読みたい!頂戴!」
「…あやや、残念だけどバックナンバーは今手元にはありません。
申し訳ありませんが、これにて新聞記者としてのお話は終わりにさせて頂きます。…まあ、どうしても読みたいなら明日持ってきてあげるわよ」
「どうしても読みたい!」
「…貴女、本当に気持ち良いくらい真っ直ぐな娘ね。ちょっと両親の顔が見たいかも」
「?両親はいないけど、美鈴と咲夜ならここに来るわよ?会いたいの?」
「遠慮しておくわ。ご家族の方に『このお姉ちゃんが私を虐める~!』なんて泣きつかれちゃ対応に困るし」
「な、泣きつかないわよ!?あ、もしかして今馬鹿にした!?私のこと馬鹿にしたのね!?」
「馬鹿になんてしてないしてない。ちょっとした愛情表現だってば」

 ぎゃあぎゃあと文句を並び立てるリアに、文は悪戯な笑顔を浮かべたままでリアを弄りに弄り倒す。
 最早リアと文の間に壁など存在せず(最初からあったかどうかも怪しいが)、和気藹藹と笑いあう二人。そんな二人だけの空間が
裏通りに完成されていたのだが、文がリアを弄ろうと更に口を開こうとしたその刹那だった。

「――ッ!!」

 突如として全身を駆け巡った悪寒。背中に突き立てられた悪意、殺気。その信号が脳まで届く前に、文はリアを庇うようにして
両翼を開いて背後を振り向いた。それは文が妖怪の山で磨き抜いた、戦闘者としての射命丸文の反射行動。
 思考で考える間もなく、文は判断を下した。――誰かが自分を殺そうと、そのおぞましい意志を向けてきた、と。
 身体を背後に振り向かせ、視線が追いついたその先…そこに、件の人物は存在していた。日傘をさして、緑髪を携えた美女というに
何の躊躇する必要もない女性。だが、その身体から溢れ出る妖気の禍々しさが、その美を凍てつく程に冷たいものへと変貌させている。
 その女性は、文の方に視線を送ったまま、何を行動するでもなく楽しそうにニコニコと笑みを浮かべていた。その笑顔に、文は背筋に冷たい何かが走る。

「ちょっと文、貴女いきなりどうし…むぎゅ」

 当然の文の行動に何事かと横から覗きこもうとしたリアの頭を押さえつけ、文は言葉を発さぬままに正面の女性を睨みつける。
 いつでも動ける体勢を保ったまま、文は瞬時に相手を観察し、自身との単純比較を行う。そして得られた結果は…格上。その事実に
文は思わず苦笑いを浮かべそうになるものの表情には出さない。普段は度々不真面目を気取る文だが、こういう場面においては彼女の千年という
戦歴(キャリア)が身体を支配する。その経験が、文に強く語りかけるのだ。目の前の相手は、お前の届く相手ではない、と。
 故に、脳は常に逃げろ逃げろと警報を鳴らしているが、その一手を文は打てない。突如人里で殺気を向けられたことに頭が混乱している
という理由もあるが、何より文の後ろにはリアがいる。相手の狙いが自分ではなく、この小さな少女の可能性だってある。故に、動けない。
 逃げ脚には自信があるが、一人を担いで逃げられる相手であるとは思えない。どうする、どうする、どうする――
 思考を張り巡らせていた文だが、その行動は無意味に終わることになる。突如、目の前の女性は妖気を霧散させ、傘を折りたたみ、
両手を軽く上げる仕草を見せる。何事かと訝しむ文に、女性は楽しげに笑みを浮かべてゆっくりと言葉を紡ぐ。

「大袈裟ね。こんな人里で『そんなこと』を始める筈ないでしょう?」
「…そうかしら。私にはそうは思えなかったんだけどね…あれだけの『戯けた殺気』を放っておきながら、よく言う」
「あれは唯の味見。見知らぬ鴉が人の餌場を勝手に荒らしていれば、石の一つも投げたくなるわ。
初対面の者へ送る、私からの丁寧な名刺とでも思っておきなさいな」
「これはこれは随分と物騒な名刺ですことで…見下してくれるわね、妖怪」
「見下す立場だもの。興味の無い者、心惹かれぬ弱者は塵に等しいものよ、妖怪」
「ねーねー、さっきから何の話…そもそも文、貴女一体誰と話を…って、あー!!幽香じゃない!!」

 文の背後からひょこりと顔を出したリアは、対面する女性の姿を見て、大きな声を上げる。
 リアの声に、驚く文とは対照的に笑みを浮かべたまま女性はリアに向けて『こんにちは』と言葉を紡ぐ。
 先ほどまで殺気を振りまいていた女性とリアの応対に、文は眉を顰めたまま小声でリアに訊ねかける。

「…何、あの人、知り合いなの?」
「?そうよ。ほら、常連さんが一人いるって言ったじゃない、私のパンを買ってくれる人。それがこの人。名前は…」
「幽香。風見幽香よ、鴉さん。よろしくするつもりはないから、すぐに忘れてくれて構わないわよ」
「…あっそう。なら私の自己紹介は不要ね、私も貴女のことを覚えるつもりはないから」
「ええ、それで構わないわ。物事を覚えられない鳥頭らしくて実に素敵じゃない。それよりリア、いつものを頂いても構わないかしら?」

 文を無視し、女性――風見幽香は、リアに微笑みかけながら幻想郷で用いられている通貨を差し出す。
 完全に自身のことを見下している幽香に、文は売り言葉に買い言葉で返そうかと思ったものの、リアの商売客かつ現在進行形で
パンを購入しようとしている姿に自制する。態度はともかく、あちらは拳を完全に下げている。それなのに、わざわざこちらから
リアの前で事を荒立てることもない。そんな判断を下して押し黙る文を余所に、リアは幽香の差し出したお金と顔を困ったように何度も
視線を往復させる。そして、少しだけ迷った後、リアは差し出されたお金の半分だけ受け取って、残る一つのパンを幽香へと差し出す。
 その行動を横で見ながら、文は思わず首を傾げてしまう。どうしてお金を全部受け取らないのか、と。文の購入したパンの価格は
幽香が差し出している支払い料金と同じだった筈。それなのにどうして半額なのか、そんなことを考えていると、リアがおずおずと
申し訳なさそうに視線を幽香から逸らして言葉を紡ぐ。

「あのね、その…ごめん、幽香。今日はいつものパン、ないの」
「へえ…無いの。私の予約していたモノが、無いと貴女は言っているのかしら?」
「ご、ごめんなさい…幽香のいつも買ってくれてるパン、もう今日は残ってなくて…」
「…え」

 非常に申し訳なさそうにペコペコ謝るリアと、依然笑顔のままリアを見下ろす幽香。その横で表情を引き攣らせる文。
 予約していたパンはもう無い…その理由が自分にあることを、文はすぐさま気付く。恐らく、幽香が予約していたパンというのは
先ほど自分が食べてしまったパンのことだろう。確かにお金だけ置いて、リアの許可を取らずに食べてしまったし、そのことにリアは
声を荒げて糾弾していたけれど、まさか人様の予約したものだとは思う筈もなく。常連さん用にと一応一つ残してはいたが、
まさに三分の一の籤引きに失敗した状況になるとは。申し訳なさそうに謝るリアの姿に、胸の奥から罪悪感。それも当然のことで、
今回の件においてリアの過失は全くなく、あるのは文の失点だけである。しかし、しかしと文は頭を悩ませる。
 今回の件をリアに謝るなら構わない。けれど、今回文が謝るべき相手はリアではなく風見幽香。初対面の文に対し、舐め腐った殺気を
ぶつけ鴉だの鳥頭だの散々な暴言を吐いて下さった妖怪である。そんな初対面から好感度最低点を突破している相手に頭を下げるのは…

(そもそもパンの種類なんて何でも良いじゃない!メロンパンかアンパンか知らないけど、どんだけ小さいことにこだわってるのよこの女!)

 自分勝手な悪態を内心で付きながら、文は大きく息をついて意を決する。その決意は勿論、幽香に謝罪する決意である。
 いくら気に入らない相手とはいえ、流石に今回の件は自分が悪い。加えて、いつまでも何も悪くないリアに謝らせ続けるのも気分が悪い。
 ならばこちらが折れて嫌みの一つ二つと引き換えに水に流してもらうのが望ましい。そう決断し、頭を下げようとした文だったが…

「…なんてね。それではリア、予約していたモノとは違うけれど、このパンは確かに受け取らせて頂くわ」
「へ?い、いいの?」
「構わないわよ、パンの種類なんて拘っていたつもりはないもの。
フフッ、貴女とそこの鴉の間抜けな顔を見れただけの価値はあったわよ。望むなら、残りのお代も払ってあげましょうか?
特にそこの鳥頭鴉の葛藤する様子なんて、実に最高だったわね。吸血鬼と対を為す、太陽の空を支配する天狗とあろう者が…本当、無様ね」
「…ああ、そうですかそうですか。つまるところ貴女は私に喧嘩を売っていると。この射命丸文に喧嘩を売っているんですかそうですか」
「へえ…フフッ、貴女のこと、少しだけ評価し直してあげるわ、射命丸文。天狗のことだから、少し脅せば尻尾を振って媚びてくるかと思ったのだけど」
「強きに従い弱きに命ず。確かにそれは天狗としての生き方だけど…その強きも弱きにも『心惹かれる』って言葉が必要なのよ。
生憎私は貴女に心惹かれることなんて微塵も感じられないからね。私が尻尾を振る相手は私が心から認めた相手だけよ」
「…いいわ、実に良いわね鴉天狗。貴女のことも覚えておきましょう。来るべき祭りの際には、是非とも貴女も参加して頂きたいわ」
「なんのフェスティバルだか知らないけれど、私の手を引いてエスコートするつもりなら相応の覚悟で来なさい」
「な、なんで!?ねえ、なんでパンを売っただけなのにこんな重い空気になっちゃってるの!?
もお~!文も幽香もお願いだから仲良くしてよ!二人とも、私のたった二人だけの友達なんだから!」

 リアの絶叫に、文と幽香は睨み合いを止める。文は視線をそっぽに向けて、幽香は愉悦を零してリアに返答を返す。
 その声は何処までも甘く優しく。他者の骨を溶かしてしまうような、そんな濃密な甘い香りを伴った言葉。

「そうね…貴女の友達は、私達だけだものね。
たった二人しか存在しないの…今の貴女には、たった二人しか縋るお友達がいないの。だから、大切にしないといけないわね」
「そうよ!だから二人とも喧嘩は駄目よ!私の目の黒い内に喧嘩なんてご法度なんだからね!」
「…いや、喧嘩なんてするつもりは無かったんだけど…まあ、リアがそう言うなら」

 ぷんぷんと怒るリアに、文は幽香に対する矛を完全に納めてしまう。方や幽香は最初から相手にしてなかったとばかり。
 そんな様子が文を苛立たせるのだが、幽香は視線を気にすることなく受け流し、リアに向かって別れの言葉を紡ぐ。

「それでは失礼するわ。明日は何処かの黒鴉に掻っ攫われないよう、しっかりと私のパンを守って頂戴」
「またね、幽香。明日も楽しみに待ってるから」
「…というか、私が食べたって気付いてたのね。本当、嫌な奴」
「フフッ、貴女もまた会いましょう、射命丸文。舞台に上がる役者は多い方が楽しいから」
「私はあまり会いたくはないけどね…明日から貴女のパンを勝手に食べないように気をつけるわよ」

 文の捨て台詞を聞いて、幽香は今度こそ満足そうに笑みを浮かべて去って行った。
 幽香の姿が見えなくなるまで、リアはぶんぶんと必死に手を振り続ける。そんな姿を横目で見ながら、文は大きく息を吐き出して
呆れるように口を開く。

「…リア、貴女ってとんでもなく物騒な友達を持ってるのね」
「?物騒かしら。幽香って口は悪いけど、良い人よ。いつもパン買ってくれるし、ときどきお花くれたりするし」
「花…ねえ。アレに花なんて悪い冗談みたいな組み合わせねえ…」
「…文、もしかして幽香のこと、嫌い?」
「…あやや。嫌い、と断言までするつもりは無かったんだけど…ちょっと私らしくなかったわね」

 首を傾げるリアに、文は少し困ったような表情を浮かべつつ内心でちょっと困惑する。
 文は基本的にどんな相手だろうとマイペースを崩さない人物である。例え相手がどんなに喧嘩腰だったり見下したりしてこようと
ニコニコと柳に風でいるような少女であった。けれど、風見幽香との接触において、文はこれでもかという程に心を振り回されてしまった。
 相手の言葉を買い、自分の感情を上乗せして返し。適当にあしらって波風立てないようにする方法もあったのに、今回の文はその
選択を取らなかった。リアの前でそんな姿を取ることが出来なかった。どうしてだろう、そう考える文だが、別段深く悩むことでもないかと
呆気なく割り切り、リアに向けて笑顔を作って言葉を返す。

「安心なさい。こう見えて私は場を弁える人間…じゃなくて妖怪なの。リアの前で喧嘩なんてしないわ」
「そう?それならいいけど…私の前じゃなくても喧嘩は駄目よ?」
「それは約束出来ないわね」
「してよっ!?」

 相変わらずリアを弄る文。そんな光景が再び繰り広げられ、裏通りの小さなパン屋に温かな光景が戻る。
 そんな談笑をしばらく続け、文はそろそろ取材の再開といこうかと、伸びを一つしてリアに切り出した。

「そろそろ私は行くけれど、貴女はどうするの?パンはもう全部売れちゃったけど」
「私もお家に戻るわ。そもそも、今日は売れようと売れまいとお昼過ぎに切り上げる予定だったもの。
今日はこと後予定があるからね。多分もうすぐ迎えに来てくれると思う」
「予定?」
「うん。お昼から家にお医者さんが来るの。私、三日に一度健診を受けないといけないのよ。
うー…注射されたりする訳じゃないからまだ良いんだけど、それでもあの雰囲気、私嫌いなのよね…」

 何気なく放たれたリアの言葉に、文は一瞬踏み込んでいいものかどうか躊躇する。
 どこからどう見ても健康かつ元気いっぱいの少女が、医者の世話になっているなんて予想すらしていなかった。それも三日に一度も
健診を受けているとなると、何か抱えている可能性が高い。そのことに触れて良いのか…その一歩を、結局文は越えることは出来なかった。
 口にするかどうか迷っているとき、リアの口から人の名を呼ぶ声が放たれた為だ。それは今まで聞いたリアの言葉の中で、
一番温もりと親しみを感じられた、彼女の喜びに満ちた声。

「美鈴っ!咲夜っ!こっちこっち!」
「お待たせしました」

 リアの視線を追うように、文が移動させた視線の先には、二人の女性の姿があった。
 どちらも人里ではなかなかお目にかかれない程の美少女で、一人は特徴的な紅の髪を後ろで束ね、柔和な笑みを浮かべている。もう一人は
銀髪で髪を束ねることなく真っ直ぐに下ろし、まだ春先だと言うのに日傘を携えている。その二人の女性を見て、文は二人の外見的特徴よりも
大きく気になる点が存在した。

(――かなり、強い。この二人、種族までは分からないけれど妖か)

 人間では感じ取れない濃密な妖の気配。鼻の利く文ならばこそ悟れる妖気の大きさ。それを文は瞬時に感じ取っていた。
 リアに家族がいるとは聞いていたが、まさか妖怪…それもこれほどの妖怪だとは。小さな人間の女の子と、実力者である妖怪達の
アンバランスな組み合わせに、文は好奇心をそそられるものの、がっつくことはない。先ほどの風見幽香とは違い、向こうは文に対し
敵対するつもりも喧嘩を売ってくることもない。ならば、こちらから向こうの気分を害することもない。必要な情報は向こうから
切り出してくるだろう、そう考えて文はあちらの対応を待っていた。
 そんな文の考えを余所に、リアは喜びに全身を任せて、現れた紅髪の女性にぴょんと飛びつく。突然のリアの行動に驚くこともなく、
紅髪の女性はリアを優しく抱きとめ、手際良く抱き抱えながら、文の方へ視線を送る。

「この方は…」
「文!ほら、昨日言ったじゃない。新しいお友達が出来たって。あと私の名前も教えてるから、名前で呼んでも大丈夫よ!」
「そうですか…貴女が」
「ええと…リアの友達(?)をさせて貰ってる、射命丸文よ。はじめまして」
「これはこれはご丁寧に。私は美鈴と申します。それで、こっちが…」
「…咲夜よ」

 丁寧に言葉を返す美鈴と淡々と事務的な言葉を返す咲夜。その姿を見て、文はリアの同居人がなかなかどうして複雑な連中であると
理解する。美鈴の方はこちらと同類、腹に一つも二つも何かを抱えていそうな雰囲気だし、咲夜の方に至ってはこちらに友好的に
接するつもりもないらしい。そんなことを考えながら、文は息をついてリアに言葉を紡ぐ。

「この人達が貴女の言ってた一緒に住んでる人達なのね、リア」
「そうよ!美鈴も咲夜も私の大切な『お姉さん』なのっ!」
「あやや、そこまで嬉しそうに断言されるとこっちまで恥ずかしくなってしまいそう。良かったわね、美鈴に咲夜」
「あはは…」

 文の言葉に、美鈴は困ったように微笑み、咲夜は何かを我慢するように表情を顰めている。
 その反応に違和感を覚えつつ、文はそろそろお暇するかと言葉を切り出す。

「それじゃ私は行くわね。また明日会いましょう、リア」
「明日は新聞持ってきてね!忘れたら怒るからね!約束よ!」
「はいはい、ちゃんと持ってくるわよ。それに美鈴に咲夜、貴女達も縁があればまた明日」
「はい、また明日。リアのこと、よろしくお願いしますね」

 美鈴の言葉に笑って頷き、文は聞き込みの続きを行うべく、人里の表通りへと今度こそ去っていった。
 その姿が先ほどの幽香のとき同様、手を強く振って見送るリア。やがて文の姿が見えなくなり、手を振るのを止めたときを
見計らって美鈴がリアに言葉をかける。

「それではリア、行きましょうか。家の方で永琳も鈴仙も貴女を待ってますよ」
「…ねえ美鈴、私元気だから医者なんて要らないわ。今日はもう無しにしない?」
「駄目です。あんまり我儘を言うと、永琳からお小言が増えますよ」
「…うー」

 観念したのか、リアは意気消沈しながら美鈴の腕の中で小さな溜息を一つ。
 そんなリアを美鈴は苦笑しながら抱き抱え、咲夜は日傘で影を生み。
 昼下がりの穏やかな通り道に優しい影三つ。それは人里における、とある一つの家族の形。









[13774] 嘘つき花映塚 その四
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2010/12/27 03:22





 明りの消えた暗き館。


 幾許かの過去を遡れば、何処もかしこも笑顔と温もりに満ち溢れ、妖怪の棲まう塒などと誰もが信じ難くなるような
光景が広がっていたその場所は、今は最早見る影も無く。妖と人と、誰をも受け入れる優しい世界は既に終焉を迎えてしまっている。
 紅に染まる、光を失った館、紅魔館。終わりに向かい、朽ちつつあるそんな館の中に揺れ動く影が一つ。
 誰もいない館、その地下深くに広がる広大な書室…地下図書館。その一角に存在する机にて只管にペンを走らせる少女が一人。
 相当の分厚さを誇る書物を幾段にも机の上に積み重ね、少女は視線を紙と書上だけ往復させて、一心に自身の思考を紙上にて展開していく。
 他者には聞こえぬ程の小さい声量かつ他者には聞き取れぬ程の高速で、少女は只管言葉を紡ぎながら一心不乱に考えを紙にまとめていく。
 この作業を少女が始めたのは、昨日今日のことではない。少女はこの館に独りになって四ヶ月、只管こうして時間を過ごしてきた。彼女の
足元に散らばっている無数の紙の山がその事実を物語っている。飲食も、眠ることも一切を止め、少女はこうして時間を過ごしてきたのだ。
 彼女は生まれながらの魔法使い。それも世界で五指…否、三指に入ろうかという力と智慧を併せ持つ相応の実力者。当然、捨食等の魔法も
習得しており、飲食も睡眠も彼女は必要としないが、それでも疲労は溜まる。四ヶ月という時間、少女は一切の休養と取らずに集中し続けていた。
 いくら魔法使いとして上等な彼女とはいえ、そんな負荷をかけ続けていれば、限界は必ず訪れる。けれど、少女は止まらない。止まれない。
 限界などとうに迎えている。それでも少女は止まることなど無い。少女は頑なに倒れることを拒む。たった一つの目的の為に、限界など
既に超越した。心が折れぬならば、諦めてしまわなければいつまでも戦える。大切な親友と悪友を救う為に、そして何より全ては自分の為に、少女は走り続ける。
 今日に入って通算三十四枚目の紙に手を伸ばし、幾らかペンを走らせ終え、少女はその手を止めて小さく呟く。

「…駄目ね。この方法は理に適っているけれど、実現出来る訳が無い。これでは唯の絵空事に終わるだけ。
私達が欲しいのは机上の空論ではなく、実際に結果を残せる方法だもの…もう一度最初から考え直しね」

 理論の壁に立ち塞がれ、少女は少しも迷うことなく自身の導いた考えを投げ捨て、新たに一から思考を作り直す。
 この少女の恐ろしく優秀なところは、自身の考えを悩むことなく切り捨てられることにある。少女はどれだけ時間をかけた自分の
考えにも決して縛られない。不要だと断じたならば、即座に切り捨てることが出来る。無論、後に使えそうな部分は頭に残しておいて、だ。
 常人なら気を狂わせてしまう程の作業量、それ程の時間と手間をかけたモノを即断で采配を下せること。それが彼女を優秀たらしめている。
 トライ&エラーの作業の中で一切の無駄を省き、効率的に情報を抽出し、サイクルを繰り返す。これ程のことを少女はいとも簡単に行うのだ。
 けれど、そのことを今、少女に賞賛の声をあげたなら、きっと少女は呆れるような目を向け、こういうだろう。『下らない』と。
 今の少女が求めているのは結果。そこに自身の能力の優劣など不要、彼女はただ我武者羅に結果だけを求めている。
 その結果を…己が求める結果を生み出せなければ、自分はここに居る意味がないと理解しているから。今この瞬間こそが、自分がこの世に生を
為した理由なのだろうと、少女は考えているから。大切な二人を助ける為に、自分は生を受けたのだと決めたのだから。


 新たな理論を打ち立て、少女は二枚目、三枚目と再び紙に思考を綴っていく。
 そんな最中、時計の針が一つの数字を真っ直ぐに貫く。それに呼応するように、少女は無言で立ちあがって机から離れ、図書館を後にする。
 部屋を出て、少女が足を進める先はこの場所より更に闇が支配する地の底。幾重にも立ち塞がる扉を潜り抜け、幾段もの階段を降り、少女は
目的の場所に辿り着く。その室内には、足を踏み入れた彼女の他に、ベッドの上で眠る少女が独り。
 ただただ眠り続ける少女に、魔法使いの少女は何も声をかけることなく瞳を閉じ、呪文の詠唱を行う。それは強制催眠の魔法。通常ならば
現在眠っている少女の抗魔力から、魔法使いの少女の催眠魔法は通用などしない。けれど、今の少女は余りに無防備で、完全に衰弱しきっていて。
 そして何より、眠り続ける少女には意志が存在しなかった。最早その少女には、何かに抗う程の心の強さなど、何処にも。
 少女は何も考えない。考えることすら許されない。考えればきっと少女は終わってしまうから。理解すれば心が壊れてしまうから。
 諦め、放棄し、投げ出し、目と耳を塞ぎ。そんな少女を果たして人は生きていると、存在していると言えるのだろうか。故に紅魔館に
棲まう者は最早唯一人、魔法使いの少女をおいて、他に誰も存在しない。何故なら地下に眠る少女は生きるというには酷過ぎるから。
 魔法の行使を終え、魔法使いの少女は眠る少女の髪をそっと一撫でし、言葉を発さぬままにこの場を後にする。
 再び彼女の戻る先は図書館。椅子に腰を下ろし、少女は再び己の戦場を駆け抜けるのだ。全てを救う為に、自分にしか出来ない自分の為すべきことを為す為に。





















 月明かりと僅かな星光が照らす闇夜の海から抜け出し、少女はゆっくりと大地に両足を下ろす。
 場所は博麗神社、彼女の友人の住まう建物。まだ完全に冬を脱しきれていない寒空の中、少女は軽く息を吐いて建物の中へと足を踏み入れる。
 敷居を越え、短い廊下を抜け、居間への襖を開き。寒さの支配する外の世界から温かさが保たれている世界へ舞い戻った少女に投げつけられるは歓迎の言葉。

「寒い。折角部屋を暖めてるのに襖開けないでよ。さっさと閉めて」
「…帰ってくるなりその言われよう。そりゃないぜ、霊夢」
「はあ…ほら、魔理沙。貴女もさっさと入りなさい。食事の準備がもうすぐ終わるから」

 入室するなり冷たい言葉を投げつけられた少女――霧雨魔理沙は、言われるままに襖を締め直し、室内に用意された炬燵へと潜り込む。
 そんな彼女に、炬燵の中の先住人である博麗霊夢は寝転んだまま反応せず、台所で夕食の準備をしているアリスは魔理沙の為に
遠隔操作にて炬燵の温度の出力を上げる。魔理沙とアリス、そしてパチュリーによる合作の魔法炬燵はまだまだ引退するまで遠そうだ。
 炬燵に潜り込み、身体の芯から暖を集めながら、魔理沙はアリスに何を思うでもなく言葉をかける。

「今日の晩御飯は?」
「シチューをメインにサラダも用意して、後は昨日の出来合いよ」
「シチューか。アリスの洋食は美味いから楽しみだな」
「はあ…いつも言ってるけど、私は貴女達の料理人でもましてや母親でもないんだからね。
それより魔理沙、今日は結構足を遠くまで延ばしてたみたいだけど」

 アリスの問いかけに、魔理沙は被っていた帽子を脱ぎながらふるふると首を横に振る。
 それは彼女に釣果が得られなかったという意志表示。それを見て、アリスは小さく肩を落としてみせる。

「竹林の方まで足を運んだんだが、駄目だな。永琳も鈴仙もレミリアと会って無いそうだ」
「そう…病気か何かに罹って向こうに厄介になってる可能性も考えたんだけど、ね」
「吸血鬼が病気ねえ…他の誰でも無いレミリアならありそうで困る。インフルエンザとかに滅茶苦茶弱そうだし」
「あのねえ…あまり冗談にならないようなことで笑いを取ろうとしない。万が一、億が一ってこともあるのよ?
紅魔館の状況から見て、他の連中もレミリアと一緒にいることは間違いないでしょうけれど、音信不通の今、絶対に無事だとは…」

 アリスが口に出来たのはそこまでだった。彼女達の会話に割り込むように、室内に響き渡る鈍い衝突音。
 その音の発生源に、アリスも魔理沙も口を噤む。その衝撃音を生じさせたのは、他の誰でも無い霊夢その人で。彼女はいつのまにか
上半身を炬燵から起こし、拳を握りしめて炬燵台へと振り下ろしたのだ。隠そうともせず、苛立ちを表面に出して。

「勝手にいなくなった奴の話なんかどうでもいいのよ。気分悪くなるから止めて」
「…本当、分かりやすい奴だよな霊夢って。そんなに心配なら害の無い異変なんて放置してお前も…」
「ああ゛?」
「…ナンデモナイデス、ゴメンナサイ」

 あまりの霊夢の怒気をはらんだ言葉に、魔理沙は反論することも出来ずスゴスゴと退散する。
 そんないつもの光景に、アリスは割り込むことも止めることもせず、淡々と料理をこなしていく。現状の霊夢に何を言っても
無駄なことは、この数カ月でとうに分かり切ってることだからだ。

 ――レミリアが、突如として消えた。それは本当に突然の出来事だった。

 レミリアが霊夢に悩み相談を行い、翌日、翌々日と経ってもレミリアは一向に博麗神社に姿を見せようとしなかった。
 彼女だけではなく、日々共に修行を重ねていた咲夜すらも姿を見せない。そのことに霊夢、アリス、魔理沙、妖夢が完全におかしいと
気付いたのは五日ほど経過してのことだった。痺れを切らした魔理沙が紅魔館に遊びに出かけたとき、紅魔館を包む異様な雰囲気に気付いたのだ。
 紅魔館は結界によって閉ざされ、入ることも出ることも叶わない状態に封鎖され。それどころか、紅魔館からは人が棲んでいる気配すら
完全に失われていて。ようやく状況の異変を知った四人は、すぐさま幻想郷中を駆け回った。
 彼女達が思いつく、レミリアに関する場所を駆け回ったが、何処へ行ってもレミリアは見つからなかった。白玉楼も、紫の家も、永遠亭も、人里も。
 何処を探してもレミリアの影すら掴めない状況に陥り、それから四ヶ月。月日は経てど、状況は一向に変化しなかった。

 時間が流れ、彼女達の取り巻く状況もまた刻一刻と変化していく。レミリアを探し始めて二月が経ち、妖夢があまり博麗神社に来れなくなった。
 彼女曰く、冥界にて少しばかり仕事が忙しくなり、幽々子の手伝いをしなければいけなくなったとのこと。最後まで後ろ髪引かれてはいたが、
後のことを皆に託して妖夢は冥界へと戻っていった。それから二ヶ月が経つが、妖夢は多忙を極めるのか、未だに神社に顔を見せていない。
 時間の流れがゆっくりと、しかし着実に彼女達の世界を蝕んでいった。やがて霊夢はレミリアを心配する気持ちから、どうして会いに来ないのかと
責める気持ちにシフトしてしまう。それは彼女が誰より強くレミリアを想うが故に取ってしまった自衛の心。きっとそう思わなければ、
彼女は不安に押し潰されて日々を送ることが出来なかっただろうから。大切な親友が何の音沙汰もなく消えてしまった現実に、心が乱され続けただろうから。
 そんな霊夢の気持ちを理解しているからこそ、魔理沙もアリスも霊夢を強く責めるようなことはしない。
 博麗霊夢がレミリアのことを大切に思う心、心配する気持ちを理解していたからこそ、二人は霊夢の不器用な姿を受け入れている。
 この幻想郷で誰より気が強い少女が、歯を食いしばって自分を保とうとどれだけ必死なのかを、二人は知っているのだから。
 そんな最中、幻想郷に舞い降りた小さな異変に霊夢は止むを得ず対応しなくてはならなくなった。博麗の巫女の仕事は異変解決、例え
どんな事情があってもそれだけは必ず遂行しなくてはならない。それが彼女を博麗の巫女たらしめているレゾンデートルなのだ。
 よって、現在この三人は役割を分担して行動を起こしている。霊夢は異変解決に奔走し、魔理沙はレミリア捜索に。そしてアリスは二人のフォロー。
 突然消えてしまった友人を探し、三人はなんとも不可思議な共同生活を送っていた。博麗神社に厄介になるのは、魔理沙は三日に一度程度なのだが
アリスはほぼ毎日である。その理由は勿論、アリスの呆れる程のお人好しと苦労性によるものなのだが。

 不機嫌極まりない霊夢の様子に、魔理沙もアリスもレミリアの話題を続けることを諦める。
 そして閑話休題とばかりに、アリスが気を利かせて話題を霊夢に振る。それはレミリア捜索と同様に大切な話。

「霊夢の方はどうなの?異変の元凶に関するヒントは何か見つかったの?」
「ヒントなんて断言していいのかどうかは分からないけれど、少しだけ方向性は見えたわ」
「方向性?」
「そう…私は季節外れに咲き乱れる花や溢れかえる妖精ばかりに目がいってたけれど、重要なのはそっちじゃなかった。
この異変はそれらの他に、見過ごすことの出来ない程の大きな変化が存在してる。明日はそっちを当たるつもりよ」
「他の大きな変化?それは一体…」

 訊ねかけるアリスに、霊夢は一旦言葉を切って、再び炬燵に横になる。
 それは、彼女にとって躊躇の時間。はたして口にすべきかどうかを迷っている仕草だ。
 その様子にアリスは首を傾げるものの、急がせるような真似はしない。霊夢が話してくれるなら聞く、そういう
スタンスで向き合っている。それは魔理沙も同様で、異変に関しては霊夢に投げているので彼女もまた霊夢の言葉を待つだけだ。
 そして、ゆっくりと放たれた霊夢の言葉に、彼女が言い淀んでいた理由を悟る。彼女はあまり疑いたくなかったのだ。彼女達の良く知る人物を――

「…霊の数よ。どこもかしこも、以前では考えられないくらいに幽霊が多過ぎるのよ。
だから明日、私は冥界に向かうわ。霊のことなら連中が詳しいだろうし…元凶なら、まとめてぶっ飛ばすだけだから」

 ――魂魄妖夢、そして彼女の主、西行寺幽々子。
 博麗の巫女が犯人だと疑ったのは、冥界の管理人を務めている前科者。そして、霊夢達にとって大切な友人。
 無論、霊夢とて彼女達が犯人だとは思ってはいない…いないが、万が一という可能性を捨てきれない。だから霊夢は口にしたのだ。
 アリスの口からも魔理沙の口からも決して言わせない為に、誰より先に口にし難いことを、博麗の巫女の責任として。
 






















 そんな決意を霊夢が心の中で固めている同時刻より更に夜が深まった時間。
 人里の中でもあまり人の来ない外れに位置する家屋に、来客が一人。
 それを出迎えた紅髪の女性は、すやすやと眠る少女のことを銀髪の女性に任せ、少女を起こさないようにゆっくりと外へと足を運ぶ。
 入口の扉を閉め、紅髪の女性は無言のまま家屋から離れる。来客の女性もまた、同様に家屋からゆっくりと離れていく。
 そして十分に距離を取った後に、来客の女性は静かにその口を開く。

「すまないな、夜遅くに」
「構わないわ。この時間じゃないと、お嬢様が起きているものね。
むしろ謝るのは私の方じゃない。こっちの都合で慧音にこんな時間に付き合って貰ってる」
「それこそ気にするな。私は自分が知りたいから、状況を耳にしたいからこそ、こうして行動してるだけなのだから。
言わば自分勝手な興味本位だ。そこに美鈴の謝罪など挟む余地などないさ」
「興味本位じゃなくて過分なお人好しの間違いでしょ。…でも、ありがと。慧音の存在は、本当に助かってるから」

 礼を告げる紅髪の女性――美鈴に、来客の女性――慧音はそれ以上は不要と首を小さく振って笑ってみせる。
 そして、足を進めながら、慧音は美鈴に対し、いつものように様々な情報を提供して貰う。…否、情報とは少しばかり異なるかもしれない。
 美鈴が慧音に提供して貰っているのは、単純な情報ではなく『人里の歴史』だ。人里内の歴史というモノから、溢れる人から妖怪まで
今日存在した全ての人物の気質を美鈴は一つ一つ漏らさずに記憶していく。その人物の気の在り方、空気を覚え、人里内に
存在しているかどうかを幻想郷のどの位置からでも把握できるように。情報の積算を終え、美鈴は軽く息をつく。その間十数秒、相変わらずの
手際に慧音は呆れるような賞賛するようなどちらともとれるような声を漏らし、美鈴に言葉を贈る。

「いつ見ても見事だな。普通、これだけの情報など簡単に処理しきれないものだが」
「気に関してだけよ、別段胸を張れることでもないわ。それにこれくらいは出来ないと、パチュリー様に顔向け出来ないから…ね」
「…確か、一人館に残って探しているんだったか」
「…そうよ。月の頭脳すら越えられなかった壁を、パチュリー様は乗り越えようとしているの。
私達が無力なばかりに…パチュリー様だけに、負担を背負わせるような真似をして」
「言うな。パチュリーとて、お前と咲夜を信じたからこそ彼女を任せたのだろう?
下を向くなよ――紅美鈴。お前が暗い顔をすると、咲夜も彼女も不安に思うだろう。特に咲夜は不安定なんだ、支えてやらないでどうする」
「そうね…一番つらいのは咲夜だものね。本当、泣きたいのを我慢してよく頑張ってるわ、あの娘は」
「母親から娘と見て貰えなくなった…泣きたいだろうな、本当は」
「…泣かないわよ、咲夜だもの」
「…泣かないだろうな、咲夜だから」

 お互いに同じ言葉を返し、二人は人の気配が完全に消えた人里の通りを歩いていく。
 人里内は既に暗く、月明かりだけが頼りと言った状況だが、二人は決して道に迷うことは無い。互いに人里の地に
慣れた者同士というのもあるだろうが、何より彼女は両者ともに半妖なのだ。夜目など効いて当然なのだから。
 そんな暗き道を歩みながら、慧音は再び美鈴に訊ねかける。

「昨日、魔理沙が家を訪れてな。彼女の居場所を探していた」
「…そう。魔法使いちゃんが」
「魔理沙だけじゃない。霊夢もアリスも妖夢も彼女の居場所を探しているそうだ」
「それで、慧音は喋っちゃった訳だ。あ~あ、残念…漏れちゃった」
「とんだ濡れ衣を着せてくれるな…無論、何も言わなかったさ。
だが、彼女が帰ったあとで…な。果たして本当にこれでいいのか…魔理沙の必死な顔を思うと、断言出来なくなってしまう」
「…霊夢も魔理沙も、沢山沢山心配してるでしょうね」
「なあ…やはり、彼女が無事であることだけでも告げておくべきではないのか?
魔理沙達は心から彼女のことを心配しているんだ。せめて、それくらいは…」
「そうね…そう出来たらいいって、私も思うよ。だけど…ね」

 理由は分かっているだろう、そんな視線に慧音は言葉を返せない。
 分かっている。美鈴とて魔理沙達に告げるべきだと考えていることくらい、慧音はとうに理解していた。
 けれど、最後の一歩を美鈴達は越えられない。どうしても八意永琳の診断結果、その言葉が重く心にのしかかる。
 彼女達は現在、ギリギリの線上に乗っている。こういう言い方は酷かもしれないが、彼女達が『二つ』を失う訳には
いかないのだ。迷い、選ぶ。最悪の場合を考慮に入れて動く、それが今の美鈴達の為すべきことだと知っている。
 だから彼女達は万が一の選択も出来ない。他者の心配を解消する為だけに、一か八かを打つことなど出来ないのだ。
 故に慧音は反論を続けない。駄目もとだと分かっていた、だが、美鈴の重く悲しそうな表情に言うべきではなかったと後悔の念を抱く。
 彼女とて好きでこのような判断を下している訳ではない。美鈴とて大切な人との絆を捨てて、無かったものにされてもなお
必死で支えようとしている。そんな彼女の、彼女達に自分がどうこう言えることなどありはしない。それが慧音の考えだった。
 自分に出来るのは協力と傍観――この過酷な運命を偶然知ってしまった者としての出来ること、それはきっとそれだけなのだから。
 軽く頭を振り、慧音は軽く呼吸をつき直して、明るく振舞って美鈴に言葉を紡ぐ。

「どうだ、久々に一杯やらないか?家に幾つか貰いモノがあるんだ」
「遠慮しておくわ…と、言いたいところだけど、気分だけ貰っておくわね」
「気分だけ?」
「ええ、酒を飲むのは貴女『達』だけ。私は横で明るい気持ちを分けて貰うことにする。
私が次に酒を口にするのはみんなが…紅魔館のみんなが、また一緒に笑いあえるその時だって、決めてるから」

 そう言って言葉を一度きり、慧音の家の前で美鈴は背後を振り返る。
 そこには誰もいない大通りが広がっているだけだが、そんな虚空に美鈴は当然のように言葉を紡ぐ。

「…そういう訳よ。私の分は貴女が飲んで頂戴」
「そういう提案なら大歓迎さ。喜んで受けさせて貰うよ。でも本当にいいのかい?」
「いいのよ。それに貴女にはあの人の身辺警護役として日頃世話になってるもの。十分に相応の対価だわ」
「対価ねえ。別に私はそんなモノの為にやってるつもりはないけど…まっ、貰えるタダ酒は遠慮なく貰うけどね」

 何も無い夜道に何処からとなく集まる白い霧に、美鈴と慧音は共に頷き合って室内へと入っていく。
 そして、彼女達を追うように、その場に姿を現した小さな少女もまた同様に。























 美鈴達が言葉を交わし合う同時刻。


 妖怪の山のある集落、その一家屋内にて頭を悩ませる少女が一人。
 彼女はこれまで自分がまとめた聞き込みの内容をまとめる作業に従事していたものの、
先ほどペンを投げ捨て作業を放棄してしまった。その理由は言わずもがな、情報に何一つ統一性が無いからだ。
 例えばレミリア・スカーレットに関する情報の中で容姿の一つをとっても、ある人物はスカーレットの名の通り、紅髪を持つ少女と
言うし、かたや別の者は淡い紫色の髪の少女とも証言し、また別の人物はブロンドだと言っていた。それが髪型、顔の造形、服装ともなると
組み合わせるだけで万を軽く越える程のパターンが出来てしまう。ここに加えて彼女に付き従う従者の情報も曖昧だ。種族から性別、外見まで恐ろしくバラバラだ。
 もっと言うなら、それぞれの情報量がほぼ均等の人数から聞こえたのも痛い。情報に偏りが無ければ、何に準拠して判断していいのかという
筋道すら立てられない。このあまりに悲惨な状況に、文は誰にでもなく一人愚痴を零す。

「ここまでくると、何者かが意図的にレミリア・スカーレットに関する虚偽情報を流しているとしか思えないわね…」

 そんな勝手な意見を思うものの、文は即座に自分の考えを否定する。
 そもそも誰がどうしてレミリアに関する虚偽情報を流す必要があるのか。誰が流して誰にそんなメリットが存在するのか。
 レミリア側が流した…なんてまず何より考えられない。妖怪とは人々にどれだけ恐れられるか、その点で優劣が決定づけられる部分が
少なからず存在している。それなのに、わざわざ自分の姿を偽って流す必要など何処にあるのか。何処の誰が聞いても『あれがレミリアだ』と
恐れてくれる方が都合が良いに決まってる。なればこそ、レミリア側が虚偽情報を流すとは微塵も考えられないのだ。
 では、他の第三者がと考えると、それはもっと怪しい。何故ならそんなことをして一体何の得があるのか。もしそのことを
レミリア・スカーレットが耳にすれば怒りを買って情報の出元を探るに決まってる。彼女はこの幻想郷で伊吹萃香をも
打倒した最強の一角に位置する妖怪なのだ。メリットどころか、デメリットしか考えられないのに、そんなことをする必要が何処にあるのか。
 考えれば考える程堂々巡りな展開に、文は軽く溜息をついて再び言葉を零す。

「せめてレミリア・スカーレットの容貌だけでも知っていれば、直接聞き込みで『こんな人見ませんでした?』って
人里で訊けるのに…そうすれば、少しはマシな情報が整理できるのに…」

 しかし、そこで文の無い物ねだりは終わってしまう。人里ですらこんな有様だというのに、一体どうやってレミリアの容貌を知ることが出来るのか。
 人里での訊き込みはハッキリ言って無駄だろう。それが駄目だから、こんな方法を考えているのだから。では、実際のレミリアを知る人物に
直接訊くのはどうか。それも正直なかなかに難しい。文の知る限り、レミリア・スカーレットと面識が確実にあるのは、紅魔館の住人達、
八雲の妖怪、西行寺の亡霊、伊吹萃香、そして博麗の巫女だ。まず順に考えていくとすると、紅魔館の住人達は却下。そもそも紅魔館に
誰がいるのかすら知らないし、結局それはレミリアと直接接触したことと何ら相違ない。それでは上の連中にお咎めを喰らってしまう。
 次に八雲の妖怪と西行寺の亡霊だが、こちらは面識もなければ一介の天狗如きに情報をくれるような者達とは到底思えない。そして
伊吹萃香だが、これこそ大却下。現在、彼女はレミリア・スカーレットと共に在ることは有名で、下手を打てば最強の二者の
反感を買ってしまいかねない。何より文は鬼が苦手であり、自分から接触するなど以ての外なのだ。残るは博麗の巫女だが、
これまた分が悪い。なんでも彼女は今、頗る機嫌が悪くて、しかも妖怪相手だと非常に拙いらしい。とても自分に情報をくれるとは思えない。
 そのことを考え、文は大きく息を吐く。博麗の巫女が一番可能性が高かっただけに、文の落胆は大きく。

「もう…機嫌悪くなるなら、私が聞き込みしたいとき以外にしなさいよ…面倒な。
でも、博麗の巫女の機嫌が悪いことは確定だし、どうしたものか…他の誰でもない、いつも博麗霊夢と一緒にいるっぽい
アリス・マーガトロイドやや霧雨魔理沙の情報だもの。その信頼度は…アリスに、魔理沙?――そうよ!あの二人がいたじゃない!」

 そこまで考え、文はレミリアの情報を聞くに値する二人の人物が幻想郷に存在していたことを思い出す。
 先日出会った二人の魔法使い、霧雨魔理沙にアリス・マーガトロイド。どちらも文と友好的に会話を行ってくれ、情報を得るには
適した人物であった。だが、彼女達はレミリアに関する話題には決して触れようとも深く探らせようともしなかった。
 その理由は分からないが、二人からレミリアの情報を聞き出すのは中々に難しいことは文も理解している。それでも…

「…他の連中に比べれば何倍もマシ、か。それに私が聞くのは外見だけだし、それくらいなら話してくれるかもしれないし。
とりあえず、明日のやるべき方向が固まったわね。博麗霊夢のいない隙をついて、アリスとまた話をすること…これが一番手っ取り早いわ」

 行動の詳細を手帳にまとめ、文はくるんとペンを回しながら楽しそうに笑みを浮かべる。
 一歩ずつ、少しずつではあるが確実に。ゆっくりとにじり寄るように、文は己の望みへと近づいていく。

「――期待してなさい、レミリア・スカーレット。この私、射命丸文が貴女と対面する日はそう遠くない筈だから」

 文の呟きは同じ夜空の下に存在するであろう吸血鬼のもとへ。
 彼女から贈られる言葉は、少女がしばしの休息を取る前の世界との別れの言葉代わりに。
 まあ、闇夜の覇者たる吸血鬼は深夜こそ活動の時間であって、こんな時間に眠ることなんてまず有り得ないでしょうけれど。
そんなことを他人事のように考えながら笑い、文は遅くなってしまった休息の時間にただただ身を委ねるのだった。























 闇。


 一面の闇が支配する漆黒の世界。
 月の光も、星の光も差し込まない、全ての生者から隔離された世界で女は嗤う。

 それは愉悦。それは悦楽。
 自身の欲望のままに、自身の愉しみこそ世界の全てと知る女性は、訪れる未来を想像して嗤う。

 一つ。また一つと異界に蠢くそれらを放ち続け、女性は嗤い続ける。
 舞台の仕込みは上々。既に開幕のファンファーレは世界に響き渡っている。
 あとは役者を舞台に上げるだけ、それだけで彼女の望む劇は舞い踊り始めてくれる。
 暗闇だけが支配する呪われた泥の中で、女性は笑みを浮かべて独り言葉を紡ぐ。

「…始めましょう、お遊びの時間を。始めましょう、終焉の時を。始めましょう、忘れ物を取り戻す我らが旅路へ」

 嗤う。嗤う。身を暗き泥に委ね、女性は嗤う。
 一つ、また一つと相反する世界に蟲毒を送り続け、ただ独り。









[13774] 嘘つき花映塚 その五
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2011/01/04 00:45




 昼前の人里。ここ二日同様、人間達の活気賑わうこの場所…の、外れに位置する人の気配の乏しい裏通り。
 その中にある小さな友人が営んでいる小さな小さなパン屋さん。その場所に文は大量の新聞を持って悠然と舞い降りる。
 そこには、最近できた文の友人であるリアが、文の登場に喜び手をぶんぶんと振って挨拶を行ってくれている。
 そんな微笑ましい姿に、文は笑みを零しながら、彼女の方へと近づいていく。そして、声が届く距離に近づき互いに挨拶を済ませる。

「こんにちは、リア。今日も良い天気ね」
「こんにちは、文。新聞本当に持ってきてくれたのね!」

 挨拶と同時に、文の手に持つ大量の新聞に目をつけ、瞳を輝かせるリア。
 その反応を待ってましたとばかりに、文は自慢げに両手で持つ新聞の束をリアの隣に置き、胸を張って語り始める。

「貴女の注文通り、『文々。新聞』のバックナンバーを持ってきてあげたわよ。
一応、余ってる分を手当たり次第持ってきたから、どのくらい前の号かは分からないけれど…多分、ここ数年分はあるんじゃないかしら」
「本当に!?やった!ありがとう文、本当に大好き!」
「あはは、私は別にちんまい女の子に告白される趣味なんてないんだけどね。ま、感想はまた読み終わった後で聞かせてよ」
「?文、何処かに行くの?」

 新聞を一部取り、広げつつも首を小動物さながら小さく傾けるリアに、文もまたリアが並べて販売している
余りのパンを二つ拾いながら言葉を返す。勿論、商品を拾う際に代金を置くのも忘れない。

「ん。今日は取材にちょっと人里を出る予定。だから今日は一緒にいられないかな」
「残念…今日は幽香も用があるってすぐ帰っちゃったし、つまんないわね」
「だから代わりに新聞沢山持ってきてあげたじゃない。…というか、アイツやっぱり来てたのね。
パンが残り二個しかない時点でなんとなく予想はついてたけど…」
「うん。ちょうど文と入れ替わりで帰ったわよ。一時間くらいお話してたんだけど」
「一時間って…アイツと一時間も会話するリアを心から尊敬するわ。一体どんな話題があるのよ、あんなのと」
「色々話すわよ。今日は怖いものに関してとか一緒にお話ししたし」
「怖いもの?アイツが?あの『世界の頂点は私。敵は全て下郎』なんて言いそうな風見幽香が?
…いや、ごめんけど全く想像が出来ないわ。アイツに怖いものなんてあるの?」
「うん。怖いもの知らずの巫女と魔法使いが怖いって笑ってた。
じゃあ私が巫女服着てみようかって言ったら、怖過ぎて笑い死にしちゃうかもって」
「…リア、貴女普通に遊ばれてるだけだと思う」

 何を意図しての発言かは理解出来ないが、とりあえず風見幽香が微塵も怖がっていないことくらい、文には簡単に想像がついた。
 どうせお人好しで疑うことをしらないリア相手に、適当な法螺を吹きこんで遊んでだだけに違いない。昨日接した彼女の
在り方を考えると、その結論に落ち着いてしまう。まあ、実際その通りなのだろうけれどと文は深く考えることを止める。
 巫女が怖いなどと言っておきながら、あの妖怪のことだ。博麗の巫女が自分を退治しに来たら、嗜虐を遺憾なく発揮して返り討ちにするだろう。
 勿論、それは実力勝負のときであって、ただの弾幕勝負だと適当にあしらって終わり…で、済ませるかもしれないが。そんなことを考えながら、
文は風見幽香の話題を投げ捨て、リアに再び言葉を紡ぐ。

「そういう訳で、私はもう行くから。私のいない間もしっかり商売に励むのよ」
「文が残りのパン二個買ってくれたから、商品は全部売り切れよ。私のお店も今日は店仕舞い」
「あやや、それは残念。取材が終わった後でまた来ようと思ってたんだけど」
「…ホント?本当に文は戻ってきてくれるの?嘘じゃない?」
「いや、そんな風に目を輝かされると、絶対嘘なんて言えない訳で。でも、今日は店仕舞いなんでしょ?」
「新しいパン作って持ってくる!お店で新聞読みながら文を待ってる!」
「…まあ、それでリアがいいならいいけど。それにしても、本当に小動物みたいな娘ね。ええい、愛い奴愛い奴」
「こ、こらっ!頭撫でないで!一人前のレディーになんてことすんのよ!?」
「はいはい、もう少し出るとこ出たらレディとして認めてあげる」
「せ、セクハラ反対っ!」

 がーっと吠えるリアに、文はスキンシップを終えて、それではまた後でと人里から飛び去り後にする。
 目指す地は二日前と同じく博麗神社、目指す人はアリス・マーガトロイド。博麗の巫女の不在を祈りながら、文は取材の為に
幻想郷の大空を一人翔けていった。黒き両翼を広げ、太陽の光を背に受けて。

























 冥界へと続く長き階段を霊夢は真っ直ぐに翔けていく。


 無論、彼女はこの果てしなく続く階段を一段一段踏みしめて昇り詰めている訳ではない。
 そんな手順を踏んでしまえば、彼女が目的とする人物達との接触前に体力が完全に底をついてしまう。
 今の彼女にはそんな無駄な体力を一ミリたりとて消費させる訳にはいかないのだ。
 霊夢の仮定の一つである、彼女達が――冥界に棲まう友人、魂魄妖夢とその主が今回の異変の元凶であるのならば。
 そのときは間違いなくこの冥界が霊夢と彼女達の戦場と化すのは間違いない。妖夢の実力は当然のこと、春雪異変のときに
少しだけコトを構えた幽々子の実力も霊夢は嫌という程に理解している。だからこそ、霊夢は脇目も振らず真っ直ぐに彼女達の箱庭を目指して
ただ翔け続けているのだ。心を静して、心を制す。友人としての博麗霊夢ではなく、博麗の巫女としての博麗霊夢を楔つける。
 そうすれば、この先何が起ころうと、決して己の芯だけはぶれないだろうから。それが彼女の、博麗霊夢の現在の心の在り方だった。
 ただ静かに。一心を貫き、霊夢は翔け続ける速度を落して制止し、階段上空を睨みつける。
 霊夢同様、その場に佇み霊夢をじっと見つめる友人――魂魄妖夢を。

「…二ヶ月ぶり、かな。霊夢と次に会うのは貴女の神社でだと思っていたけど」
「予想は何時だって裏切られるものよ。世の中には自分の思い通りになるものなんて数える程しかない。
本当にムカつく世の中だとは思わない?どいつもこいつも自分勝手、人を振り回してばかり。正直頭にきて仕方が無いの」
「その台詞、霊夢が人に言えるものじゃないと私は思うけど」
「私はいいの。私が他人を振り回すのは自由、でも他人が私を振り回すのだけは勘弁ならないわ」
「…本当、霊夢らしい。それじゃ今日の用件は」
「人の都合も考えず、勝手な行動をして幻想郷(わたし)を振り回すどこぞの馬鹿をぶん殴りに来たの」

 少しも恥じることなく、胸を張って告げる霊夢に妖夢は呆れるように溜息一つ。
 柔らかくなりそうな空気だが、妖夢の次なる行動に霊夢もまた身体を少しばかり強張らせることになる。妖夢が腰に納めていた
二刀を引き抜き、戦闘姿勢を霊夢に対して構えてみせた為だ。それに呼応するように、霊夢もまた体内の巫力を戦闘時のものへと循環させていく。
 張り詰める空気の中で、沈黙だけが二人を包む。数秒の静寂の後、やがて妖夢がゆっくりと言葉を紡ぐ。

「今日の用件は魂魄妖夢の友人ではなく、博麗の巫女としてのモノ。
そして用件の内容は現在幻想郷内で生じている異変に関すること。そう考えても?」
「その通りよ。幻想郷中の花が咲き乱れてる異変…でも、今回の問題は『そこ』じゃない。重要なのはそんなものじゃない。
幻想郷には咲き乱れる花の他にも溢れてるものがあった。そして『それ』を管理するのはアンタ達の役目」
「…成程、納得したよ。確かに幽霊管理は我が主、幽々子様のお役目。霊夢が疑うのも理解出来る。
でも私が今の貴女を幽々子様のもとへ通すと思う?もし仮に幽々子様が異変の元凶ならば、私は何を賭しても貴女を止めるのは当然。
そして幽々子様が犯人で無いと私が口で言っても、霊夢は納得しないでしょ?」
「無理ね。西行寺幽々子が貴女に事情を話さず行動を為してる可能性だってあるもの。全ての判断は幽々子の奴に会ってから」
「今の霊夢が幽々子様に危害を為さないと断言出来ない以上…通さないわ、博麗霊夢」
「貴女の許可なんて最初から求めてないわよ…私はね、こんな異変に長々と時間を取られてる暇なんてないのよ。
早く異変を終わらせて、厄介事は全部紫に奴に押し付けて、そして『あの馬鹿』を私直々に見つけ出してやるの。
私の前に引っ張り出して、涙目のアイツにきっちり事情説明と謝罪を要求する。そして、一発思いっきりぶん殴って一応許してやる。
私は博麗の巫女としての自分も一人の人間としての自分も全部きっちり優先させる。…だから押し通すわよ、魂魄妖夢」

 刀と術符を構え合い、互いに距離を取り合いながら一触即発の雰囲気を醸す二人。
 近接では妖夢に、遠離では霊夢に分がある為、どちらが強者とは断言出来ないが、二人とも相応の実力者。ごっこ遊びにしろ
真っ向勝負にしろ、ぶつかれば長期戦は間違いないだろう。それだけの実力が、今の二人には備わっている。
 互いの力量を理解し認め合っている二人だからこそ、簡単に勝負は終わらない。故に二人は最初の一手を重要視する。
 如何にファーストコンタクトで相手より優位に立つか。ただそれだけを考え、二人は相対し続ける。
 やがて、対峙して数秒が経ち、先に動いたのは妖夢だった。大業に両手の二刀を天に突き刺し、視線をそちらにむけて咆哮。

「あー!!あんなところにレミリアさんがー!」
「は!?え、ちょ、嘘!?…っおぷっ!!?」

 実力伯仲していた二人ではあるが、予想に反して勝負は一瞬にして決まることになる。
 妖夢の言葉に反応してしまい、顔を上に向けてしまった霊夢の顔に真っ白な柔らかい何かが物凄い速度で押し当てられたのだ。
 まるで柔軟性に富む枕を押し当てられたような感覚に、一体何が起こったのか理解できず、慌てて顔から何かを引き剥がそうとした霊夢だが
時既に遅く。顔に張り付いた異物を取り除いだ刹那、霊夢の鼻先に何時の間に接近したのか、妖夢が笑顔で佇み、
その手に握られた刀の切っ先が向けられていた。そして妖夢は先ほどまでの張り詰めた空気が嘘だったかのように、柔らかな声で霊夢に告げる。

「はい、チェックメイト。お気の毒ですが、霊夢の冒険はここで終わり…だね」
「…ちょっと、妖夢」
「どう、驚いた?これが新しい私の技、『半霊飛ばし』。以前、魔理沙が提案してくれた意見を参考にしてみたんだけど」
「…アホね。アンタ、やっぱり完全にアホなのね。
確かに驚いたは驚いたけど…こんなの、ただ奇を衒っただけじゃない。しかも、こっち攻撃されたらどうすんのよ。こんな風にっ」
「ひゃんっ!?」

 顔に張り付いていた白い物体――妖夢の半霊に、霊夢は容赦なくペシンと平手を打ちつける。
 直接打たれた訳ではないが、感覚は共有しているのか、妖夢はびくんと身体をのけぞらせて反応し、その姿に霊夢は大きく溜息をつく。
 そして、内心では別の意味で大きな息をついた。それは安堵の息で…友人が、今回の異変には『無関係』だと理解出来た為だ。
 刀をしまう妖夢に、霊夢は呆れるような表情を浮かべながらも、ぶっきらぼうに声をかける。それは久々の再会の喜びを隠す為。

「ま、とにかく久しぶりね、妖夢。相変わらずで安心したわ。あと魔理沙に学ぶのは極力控えなさい、馬鹿が伝染るから」
「あはは…善処はするよ、うん。それは置いておいて…改めて久しぶりだね、霊夢。私は相変わらずなんて霊夢を表現出来ないけど」
「?どういう意味よ」
「言葉通りだよ。霊夢、私と最後に別れた二ヶ月前と比べて、凄く『霊夢らしさ』が戻ってる。
…本当に、安心した。あのときの霊夢は、レミリアさんのことでいっぱいで、こんな風に私の言葉に反応することすら覚束なかったんだから」
「…私、そんな状態だった?」
「そんな状態だったの!でもまあ…今はレミリアさんに対して文句も言えるようになってるから、大丈夫かな」
「…妖夢」
「何?」

 ちょいちょいと近づくように指で指示する霊夢に、言われるがままに従う妖夢。
 ムスッとしてる霊夢との距離を近づけていく妖夢だが、突如彼女の首周りに霊夢の腕が回され、何が起こったか悟る間も
与えられず極め技をかけられる。ギリギリと妖夢の首を腕で締め付け、ヘッドロックと表現出来そうな状態で霊夢は妖夢に口を開く。

「アンタ、さっきから何よその上から目線は!普通にムカつくわね!妖夢は妖夢らしくし続けときなさいよ!」
「い、意味が分かんないから!妖夢らしくって何!?」
「前からずっと思ってたんだけど、アンタ日増しに魔理沙の馬鹿に似てきてんのよマジで!仲良いからって何毒されてきてるのよ!」
「そ、そんなこと言われても…あ、でも霊夢も咲夜に似てあ痛たたたたたたた!!!!」
「言い忘れてた。レミリアぶん殴るのは一発で済ませてあげるけれど、咲夜の馬鹿は七割殺ししないと収まらないわ。あの馬鹿、絶対殺す」
「死ぬから!咲夜の前に私が死ぬから!残り半分まで幽霊になっちゃう!」
「って、だから私はアンタと遊んでる場合じゃないのよ!異変解決しないといけないんだから、何か知ってたらさっさと吐きなさい!」
「え!?そこで私が怒られるの!?私の首絞めて一人勝手に遊んでたの霊夢なのに!?」

 けほっと小さく咽ながら、妖夢は友人の理不尽さを懐かしみながらも言葉を律儀に返していたりする。
 霊夢の拘束から解き放たれ、少しばかり乱れた衣服を整え直して、妖夢は彼女に向き直る。先ほどまでのお遊びの空気をおいて、
西行寺幽々子の庭師としての姿で霊夢に言葉を紡ぐ。

「今回の幻想郷に生じている花の異変、それは先も言ったように私達も当然知ってるよ。
霊夢の言う通り、今回の異変に幽霊が絡んでることも理解してる。そのことを逸早く知ったのは、他ならぬ幽々子様だったから」
「幽々子が?…その言い草だと、まるで自分達も異変を解決しようとしてる側みたいじゃない」
「だから犯人じゃないってば…とにかく、幽々子様は幻想郷に生じた幽霊の存在に気付き、私を白玉楼に呼び戻した。それが二ヶ月前のこと」
「それは変じゃない?幽霊が溢れかえったのは、花が咲き乱れる異変が起こった後のことでしょう?
妖夢が博麗神社に来なくなったのは、まだ完全に真冬で、幽霊どころか花も咲いてなかったじゃない」

 花が咲き、そして幽霊が溢れかえった。その霊夢の当然なる説に、妖夢が『それは』と説明を続けようとしたその時だった。
 首を傾げる霊夢に対し、妖夢ではない第三者からその答えが授けられる。無論、この場に現れる人物など彼女をおいて他に存在しないのだが。

「――真逆。花が咲き、霊が戯れるに非ず。霊の迷いこそ、幻想郷の花々を狂い咲き乱れさせているのよ。
道を失いし魂魄達の逃げゆく先は、開花を待つ草木の蕾。今の彼等には、そこにしか自身の存在場所がないの」
「幽々子様!?いつからそこに」
「…でたわね、紫二号機。神出鬼没な登場と回りくどい説明したがるのは大妖怪の証なのかしらね」
「あら、私は妖怪ではないのだけれど」
「亡霊も妖怪も似たようなもんよ。それで、勿論説明を続けて貰えるんでしょうね」
「説明とは?」
「今回の異変で知ってること全部と『西行寺幽々子が異変の元凶ではない証明』よ」

 妖夢達の前に現れた女性――西行寺幽々子は霊夢の毒にも気にすることもなく、たおやかに微笑むだけ。
 そんな彼女の態度に霊夢は少しばかり苛立つものの、嘘のつけない妖夢の様子からみて、『白玉楼が異変の元凶』という
説は既に白紙に返してしまっている。なんだかんだ言いながら、霊夢の求める情報は唯一つ。人間である自分では
掴めなかった、亡霊である幽々子の知っている異変に関する情報なのだ。そんな霊夢の心を知ってか、幽々子は微笑んで説明を続ける。

「異変について知っていること、それ自体は貴女と然程変わらないわ。
今回の異変は花と霊の戯れ事。花が霊に使われているか、はたまた霊が花に利用されているのか…そこまでは分からないけれど」
「花と霊、この二つにはやっぱり関係があるのね?」
「然り。居場所を失った霊の拠り所は開花を待つ花にのみ存在するの。
彷徨う無縁の霊が花に逃げ、その結果が現在の幻想郷。咲き乱れる花々、その全てに霊が宿ってしまっている」
「害は?この異変を放置し続けるとどんな悪害が引き起こされる?」
「何もないわ。萃香の引き起こした異変、それに近いものと考えてくれていいわね。
この異変は恐らく祭りを起こしたいのよ。幻想郷中を花で飾り、整えたステージの上で喜劇を紡ぐ。言わば今は下地作りかしら」
「…その口ぶりだと、犯人を知ってるみたいじゃない」
「是であり非である。私は犯人を知っているし、けれど犯人を知らない。
前者だけなら私は妖夢を呼び戻すことはしなかった…だけど、後者は何が起こるか分からない。だから私は妖夢を呼び戻した。
異形の魂魄にも我らが対応する為に、その在り方を理解し、迷える彼等を使役出来るように」
「…アンタね、頼むから幻想郷共通言語で話してくれる?そういう話し方は紫だけで十分間に合ってるんだけど」
「あら、それは残念。率直に言うと、今回の異変の原因は二つ在る。そのうちの一つは博麗の巫女が関わるものではないの。
だけど残る一つ…これは貴女の仕事に入る。だから、頑張って異変を追い続けなさいというお話」
「だー!!散々引っ張るだけ引っ張ってそれだけなの!?誰が怪しいとか心当たりとかないの!?」
「それを探るのが貴女のお仕事でしょう?幻想郷内に散りばめられたヒントをつなぎ合わせ、謎を解き明かすことが」
「博麗の巫女の仕事は探偵じゃない!!」

 言葉を激しく交わし合う(むしろ霊夢が一方的にだが)二人に、いつ間に入ろうかとオロオロする妖夢。
 仲裁に入るのはいいが、この場合絶対とばっちりが自身に来てしまうこと、それが問題なのだ。不機嫌な霊夢に
言葉をぶつけられるのも、楽しそうに微笑んでる幽々子に遊ばれるのも、どっちにしろ妖夢は御免被りたい事態だ。
 だから現在は静観に徹しているのだが、内心で妖夢は思う。幽々子様、お願いだから霊夢で遊ばないで下さい…と。
 そんな妖夢の願いが通じたのか、幽々子は少しばかり考える仕草を見せた後、スッと手に持つ扇子を広げて言葉を紡ぐ。

「――彼岸。貴女が異変に終焉を打ちたいのなら、そこに向かいなさい。
きっとその先に、貴女の求める答えを懇切丁寧に語って下さる方がいる筈だから」
「彼岸?彼岸って、あの死んだら渡る三途の川の、あの彼岸?」
「そう。再思の道を往き、無縁の塚を越え、彼岸の果てに存在する者。その人物こそ、今回の異変に最も関与するお方」
「…その口ぶりだと、アンタより偉い奴なの?」
「偉い…フフッ、そうね、とても上の立場の方よ。紫なんて天敵扱いして、あの方から逃げ回ってるくらいだもの。
冥界はやがて来る分かれ道を待つだけの場所。私はその管理人。だから、裁きを終える前の幽霊に関しては、
本来は私ではなくあの方達の管轄なの。だから貴女が今日のように誰かを問い詰めたいのなら、迷わず彼岸を目指しなさいな」
「紫が天敵扱いして、アンタにそれだけのことを言わせる奴って…何、相手は龍神か何かな訳?」
「さあ?それは直接確かめてみないとね。鬼が出るか蛇が出るか、はたまた異変の元凶が飛び出してくれるかもしれないわよ?」
「…いいわ。アンタのその意見をとりあえず採用してあげる。もし、何も無かったら、アンタが異変の元凶って可能性を復活させるからね」

 話は終わったとばかりに、霊夢は幽々子から顔を背け、視線を自分が先ほどまで辿ってきた階下の方へと向ける。
 次なる目的地、それは魔法の森の先にある彼岸の地。幽々子がいうには、その場所に存在する誰かがこの異変の鍵を握るらしい。
 彼女の話しぶりからして、霊夢に語った内容がただのデタラメなどではないことくらい、霊夢は理解している。何だかんだと言いながら、
霊夢は紫や幽々子の『そういう点』だけは信頼していた。語りたがりである彼女達格上の存在の話す情報、その言葉一句一句に誇りが賭されて
いることに対して。故に幽々子の語る通り、彼岸には何かがあるのだろう。ならば霊夢のとるべき行動は唯一つ、踏み込んでみるだけ。
 覚悟を決めて、冥界から去ろうとする霊夢に、今まで言葉を閉ざしていた妖夢は意を決して最後に声をかける。

「霊夢。レミリアさんも咲夜も…きっと、きっと何か事情があるんだと思う。私達の前に出てこられないような、何か特別な事情が」
「…それで?」
「霊夢が辛いように、きっとレミリアさんも咲夜も辛い思いをしてるんだと思う。
レミリアさんも咲夜も霊夢のこと大好きだから…その二人が今なお会いに来られないのは、絶対に何か止むを得ぬ事情があるんだと思う」

 …だから。そう一度言葉を切って、妖夢は霊夢に想いを告げる。
 尊敬する英雄(レミリア)に、心を許す友人(咲夜)に対する自分の心を。消えた二人を想う霊夢に、自分の望みを。

「――この異変が解決したら、またみんなでレミリアさん達を探しに行こう。
絶対に見つけ出して、霊夢が怒って私達が宥めて…そしてまた、いつもの日常に戻ろう。騒がしくも温かい、いつもの博麗神社に…また」

 妖夢の願い。妖夢の想い。彼女の紡ぐ言葉に、霊夢は背中を向けたまま反応しない。
 時間にして数秒。少し間をおき、霊夢は大袈裟に肩を竦め、大きく息をついて妖夢に振り返る。そして徐に口を開いた。

「あったり前でしょう。最初に言ったけど、アイツ等は絶対連れ戻して一発ぶん殴ること決定なんだから。
妖夢、アンタもしっかり準備しときなさいよ。アイツ等を連れ戻したら、全額レミリア達負担で大きな飲み会開くんだからね!」

 胸を張って、本心から笑って。そうキッパリ言い放つ霊夢に、妖夢もまた笑って力強く頷いてみせる。
 博麗霊夢、その姿を取り戻した彼女に妖夢は心から安堵をする。もう大丈夫、霊夢はいつもの霊夢だと。彼女特有の、誰にも負けない
唯我独尊天衣無縫な強さを持つ自分達のリーダー、博麗霊夢なのだと。
 彼女の姿を取り戻せたのは、きっとアリスと魔理沙が傍に居続けてくれたからなのだろう。そのことに、妖夢は言葉にせず心の中で
二人に感謝する。霊夢を陰ながら支えてくれた二人に、心からの感謝を。けれど、妖夢は知らない。霊夢が本来の姿を取り戻す為の
最後の強烈な一押しをしてくれたのは、他ならぬ自分自身だということに。だから、今はいないアリスと魔理沙がこの
姿を見れば、妖夢同様の行動を取るだろう。最後に霊夢を支えてくれた妖夢に、心からの感謝を。
 冥界から去っていった霊夢の背中を見つめ続ける妖夢に、幽々子は楽しげに言葉を紡ぐ。

「良い友人を持ったわね、妖夢」
「ええ、本当に…霊夢は私の大切な友人ですから」
「フフッ、そういう意味で言ったのでは無いのだけれど…互いに支えあうことこそ、真なる友人なのかしらね。
本当、レミリアには感謝してもしきれないわ。あの娘が貴女の運命を変えていく。彼女との出会いが、貴女を劇的に成長させていく」
「…レミリアさん、本当に何処に消えたんでしょうか。レミリアさんだけではなく、咲夜も美鈴さんも…」
「彼女達が表舞台に現れるには時期尚早ということよ。誰が仕込んだのかは知らないけれど、見知らぬ誰かさんの
描く喜劇の台本に未だ彼女達の出番は描かれていない、ただそれだけのこと。けれど、舞台が揃い終えた後、そのときは…」

 言葉を切り、幽々子は笑みを浮かべたままに小さく首を振る。
 手に持つ扇子をそっと閉じ、幽々子は再びゆっくりと口を開いて妖夢に言葉をかける。

「…さあ、訓練に戻りましょうか。私も妖夢もまだ未熟、異なる霊を意のままに手繰るに到らないのだから」
「は、はいっ!…あの、幽々子様。幻想郷に溢れる霊に関して、異なる霊のことを霊夢に話しておられなかったのは…」
「あの娘に与える情報でもないわ。こちらは前にも言った通り、私達の管轄だもの。
紫の言っていた、『もしも』の事態に陥ったとき、彼等を制するのは霊夢ではなく我等の役目なのだから。
さ、頑張りましょうね妖夢。一に鍛錬二に鍛錬、日々研鑽を積むことの大切さは貴女の知る通りだわ」

 泰然自若、どんなときでも動じぬ冥界の亡霊姫は、笑みを浮かべたままに歩みを白玉楼の方へと向けた。
 妖夢は小さく首を傾げるものの、主の決定に従い彼女の後ろを歩いていく。一度だけ、もう姿の見えなくなった友人の
消えた方向に視線を送り、小声で一言『頑張れ、霊夢』とエールを送りながら。


























「あら、また来たのね。今日は新聞記者として?私の友人として?」
「どうもこんにちは。今日は新聞記者としてお邪魔させて貰いました。あ、文々。新聞の定期購読について考え直して下さいました?」
「考え直したわ。やっぱり不要だって結論が出たけれど」
「あやや…うう、諦めませんよ。ジャーナリズム、人の知ろうとする欲望は無限大なんですから」

 お昼を過ぎた博麗神社。その地にて文はアリスと再会を果たしたものの、軽いジャブを向こうから打たれてしまう。
 そんな軽口のやり取りをしていた文だが、ふとアリスの他にもう一人存在していることに気づく。だが、その人物は
博麗の巫女では無かったので気にしないことにする。加えて言えば、むしろ取材対象の一人なので好都合であったりする。
 そのアリス以外の人物に対し、文はニコニコと笑みを浮かべて言葉を投げかける。

「どうも、お久しぶりです魔理沙さん。なんとなく予想はついてましたが、やはりアリスさんとお知り合いでしたか」
「二日ぶりだな、新聞屋。お前がアリスと接触してたことは二日前に聞いてるぜ。なんとも足の速い天狗だ事で」
「新聞屋ではありません、私はブンヤです。そこを間違えられては困ります」
「いや、どっちも一緒…いや、なんでもない。それより取材に来たんだろ?また異変の話か?」
「それともレミリアに関する話かしら?話がどちらかで、私達の対応は異なってくるけれど」
「うーん、そう先に前置きされてしまうと大変言い難いのですが、後者に関してです。レミリア・スカーレットに関して、お話を伺えればなと」

 文のお願いに、アリスと魔理沙も沈黙を貫く。予想通りの状況に、文は彼女たちの口を緩める為に言葉を並べ続ける。
 彼女の行う行動、それは譲歩。文が求めるのはレミリアに関する情報、その中でも容姿容貌に関する内容だけに限定する。
 それならばアリス達から何か引き出せるのではないかと、文は懸命に二人に頭を下げる。

「お二人がお話し出来ないという点は二日前に理解しています。けれど、私はどうしても彼女に関する情報が欲しいのです。
何もお二人にレミリアに関する全てをお聞きしようという訳ではないのです。容貌、彼女は一体どんな姿をしているのか、それだけでもいいんです」
「…容貌?何言ってんだ、お前。レミリアの容貌なんて誰だって知ってるだろ。その様子じゃ、人里でも聞き込みなりなんなりしたんだろ?」
「しましたよ、ええしましたとも。けれど、聞く人聞く人十人十色の答えしか返ってこないんですよ。
やれ赤髪だのやれ青髪だの、やれ目は黄金だのやれ緋色だの…レミリアどころか従者に関しても同様の始末。
情けない話、打つ手無しの状況なんです。だからこそ、こうしてお二人にお聞きしてるのですが…」
「そんな馬鹿な。レミリアの容貌に関する情報が人里内で割れる訳がないだろ。だって、レミリアはいつも私や美鈴や咲夜の奴と一緒に…」
「――待って魔理沙」

 文の話が引っかかったのか、口を滑らせていた魔理沙を抑制し、アリスは文を見つめながら思考する。
 それを見て、文は内心舌打ちをしつつもアリスを称賛する。情報提供、文が益する行為はこちらが完全優位に立ってから。交渉の基本を
忠実に守っているアリスの有能さに感心しつつも、文は文で得られた情報を分析する。
 文の話に魔理沙が否定の言葉を零していたこと、そして人里内でレミリアに関する情報が割れる筈がないと断言したこと。そして言葉は
途中だったものの、魔理沙は今明らかにレミリアと一緒に人里に訪れていたという話をしようとしていた。その点から導かれるのは、やはり
第三者の存在。何者かが、レミリア・スカーレットに関する虚偽の情報を人里内に広めてしまっているということ。そうでなければ納得が出来ないのだ。
 一体誰が何の為に?何を目的としてそのような行動を?レミリア・スカーレットを知らない文では、そこから先が何も想像出来ないが
アリス達は違う。文の見えないモノを、レミリアと交友のある彼女達なら別の視点でモノが見える筈。
 それは一体何か。もしそれが分かったとして、彼女達は自分に情報をどうすればくれるか。その点を思考していた文だが、
アリスが思考し終えたのか、文の方を見て言葉を紡ぐ。

「文。貴女に尋ねるわ。貴女は何故レミリア・スカーレットを追うの?彼女に会ってどうするつもり?」

 真っ直ぐに視線を送ってきたアリスに対し、文はどう答えるべきかを少しばかり考える。
 策を弄して虚偽を行う…そんなことをしてアリス達の機嫌を損ねてどうする?今の彼女に対し、そのようなことを行うメリットなどない。
 ならば真っ直ぐに真剣に答えた方がいい。きっと彼女の性格上、誠実な者には誠実な対応をしてくれる筈。そう考え、文もまた真っ直ぐに
アリスを見つめ返して返答を返す。

「取材するわ。私、射命丸文はレミリア・スカーレットに並々ならぬ興味を抱き続けてきた。
これはブンヤの射命丸文としてだけではなく、一人の鴉天狗である射命丸文としての本心でもあるの」
「どうしてレミリアに興味を持つ?アイツの一体何がお前を惹きつけるんだ?」
「全てよ。レミリア・スカーレットに関する情報の全てが私の心を惹きつけて止まないの。
紅霧異変、春雪異変、永夜異変、その全てに彼女は関与している。そして何より、彼女は我らが頂点たる伊吹萃香様すらも退けた。
あの天衣無縫、誰にも膝をつかなかった萃香様を退け、しかも萃香様は今も彼女と交友を結んだと八雲の管理者から報告を受けている。
博麗の巫女、八雲の管理人、西行寺の亡霊、永夜の首謀者、そして伊吹鬼を友とする吸血鬼…これで興味を持つなという方がおかしいわ。
誰が止めようと、私は必ず彼女と接触してみせる。そして取材をお願いして、許可を貰えれば新聞にする。ただそれだけよ」
「…つまり、貴女はレミリアと会い、『彼女が許可した情報だけ』を新聞に書き記したいと…そういうことね」
「そうよ。私はブンヤ、誇り高き幻想郷のブンヤなの。相手が嫌がる情報を記事にして一体何になるというの。
勿論、そういう記事を書かなきゃいけないときだってある。けれど、それは相手が相応の事件を引き起こして相応の行動を取った場合だけよ。
私が行うのは偏った色モノゴシップ記事の提供じゃない、客観的な視点を大事にしつつも読者を惹きつける純粋な情報媒体娯楽痛快新聞よ。
今回のレミリア・スカーレットに関して言えば、どうして私が彼女の嫌がる内容を記事にしないといけないの?彼女が何か引き起こした訳でもないのに」
「いや、引き起こしてるだろ。異変とか異変とか異変とか」
「あの程度の異変なんて私達妖怪にしてみれば娯楽と同類よ。まあ…上の連中はそう捉えてはないみたいだけど。
私が言うのは彼女が人の誇りを傷つけたとか、他人の存在を否定したとか妖怪として恥ずべき行為を為したかどうか。
何、貴女の知るレミリア・スカーレットは取材を受けるには値しない下種だとでも?」
「…いや、下種というか、むしろ百八十度反対に位置するリスみたいな天然小動物というか…」
「…話を戻すわよ、文。貴女の取材の全ては、まずはレミリアに会ってから全てを決める。それでいいのね?」
「ええ、構わないわ。取材対象に出会わないと何も始まらないし、始めるつもりもない。
勝手な想像、偽りに満ちたレミリア・スカーレットを記事にするなんて誇りが許さない。それだけよ」

 言葉を切って、文は瞳を逸らすことなく、アリスに向かい合う。
 二人の視線が宙で交錯しあい、沈黙が場を支配する。待つこと数瞬、やがてアリスは根負けしたように大きく溜息をつき、魔理沙に語りかける。

「…魔理沙、予定通りよ。彼女に協力してもらいましょう」
「…だよな。こいつなら、レミリアに対して勝手な風評やレミリアの嫌がる情報を書き殴って広めることもなさそうだし」
「何の話?レミリアの情報を教えて貰えるの?」
「ええ、構わないわ。貴女が求めるレミリア・スカーレットの情報、それを貴女に提供することを約束するわ」

 アリスの言葉に、文は隠すこともなく右手を握りしめてガッツポーズをとる。
 この二人から情報を手に入れること、これに失敗したら完全に立ち往生の状態になっていたことは想像に難くなく、文にしてみれば
心の底から喜びを表現したい状況だった。そんな喜び浮かれる文に対し、アリスは『でも』と前置きをして言葉を続ける。

「私達は貴女に情報を提供する。だけど、それが『無償』だなんて、思われても困るわ」
「…お金ならあまり持ち合わせてないわよ。私、必要最低限度のお金しか持ち歩かないタイプだし」
「お金なんて要らないわよ!私達が求めるのは、貴女との協力関係にある」
「協力関係?」
「そう。貴女にレミリアに関する情報をこれから貴女の望むままに提示してあげる。ただし…」

 そこで一度言葉を区切って、アリスは顔を文に向けて言葉を続け直した。
 そのときのアリスの表情は、先ほどと変わらないものであった。けれど、何故か文にはその表情が少しだけ違った雰囲気が宿ったような気がした。
 まるで子供が何かに縋りつくような、そんなか弱い雰囲気…そんな空気を、今のアリスから感じてしまうのだ。

「…その見返りとして、これから貴女に一人の人物の捜索をお願いするわ」
「人の捜索…?それは一体誰の?」



「――レミリア・スカーレット。それが私達の探し続けている、大切な一人の女の子(ともだち)の名前よ」























 文がアリス達と会話を交わしている同時刻。

 冥界を離れ、魔法の森を抜け、再思の道を翔け続けていた霊夢だが、その彼女の足は一つの壁によって塞がれることになる。
 無論、表現通りに霊夢の前に壁が存在する訳ではない。否、むしろ壁の方が楽だったかもしれない。
 ただの積み上げられた壁であったならば、得意の力技でねじふせて穴の一つでも空けてしまえば簡単に突破出来るのだから。

 しかし、その現実の壁はあまりに堅牢、あまりに分厚く。
 ゆえに霊夢は突破出来ない。無視して道を行くには、その壁はあまりに強大過ぎた。
 舌打ちをする霊夢の前に立ち塞がる巨大な壁――彼女は楽しそうに嗤い、霊夢に対して挨拶を紡ぐ。



「初めまして。…いいえ、この場合、久しぶりと表現した方が正しいのかしらね。博麗霊夢」
「…風見幽香。なんでアンタがこんな場所に」


 身を構える霊夢に対し、悠然傲慢に微笑む女性…風見幽香。
 霊夢が目指す場所、彼岸の地――その場所に無事たどり着くには、まだ遠く。









[13774] 嘘つき花映塚 その六(文章追加 2/13)
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2011/02/20 04:44



 季節外れの彼岸花が咲き誇る再思の道。

 役目を終えた彼らが、再び表舞台にて踊り狂う…そんな用意されし劇場の中に、霊夢は容赦なく叩きつけられる。

「――ッ」

 激痛が背中に奔るものの、情けなく声を呻いている暇などない。そんな余裕、今の彼女には何処にもありはしないのだ。
 そのような脆弱な行動に時間を取られれば、あっという間に閻魔の裁きへ直送されてしまう。思考を挟む余地もなく、霊夢は
必死に体を捻ってその場から強制的に移動する。彼女が身体に鞭を入れて必死に移動した刹那、先ほどまで彼女が転がっていた場所を
恐ろしい程の力を込められた魔弾が寸分違わず容赦なく放たれる。その強大な暴力は花々の咲く大地を抉り、爆風を巻き起こし、
すぐ傍で回避行動をとっていた霊夢を吹き飛ばす程の衝撃を引き起こす。その衝撃に霊夢は逆らわず、上手く力を利用して宙空にて
体勢を整え直す。彼女が術符を構えたその先には、先ほどから相対している女性――風見幽香の姿がある。
 砂ぼこりに塗れながらも、視線に強い意志を込め続ける霊夢とは対照的に、幽香は実につまらなさそうに言葉を紡ぐ。

「…期待外れね。他の誰でもない貴女なら、少しは楽しめると思っていたのに」
「少し自分が優勢だからって…調子に乗らないでよクソ妖怪が」

 完全に己を見下した発言に、霊夢は肩で息をつきながらも言葉で食ってかかる。
 表面上強がって見せる霊夢だが、実情心の中では非常に困惑しきっていた。彼女の驚く理由はただ一つ――『予想外』の風見幽香の強さだ。
 彼岸へと向かう道を遮られ、霊夢と対峙する風見幽香。そんな彼女と霊夢だが、二人が出会うのはこれが初めてのことではなかった。
 今から遡ること幾年、霊夢がまだ博麗の巫女として認められたばかりの頃。紅霧異変という幻想郷に生じた異変解決すらも経験していない
駆け出し巫女だった時代に、霊夢は風見幽香と一度だけ接触していた。当時、修行も兼ねて博麗神社近隣で悪さをする妖怪達を退治していた
霊夢の前に、彼女が現れ突然喧嘩をふっかけてきたのだ。まるで今日がそのときの重ね写しであるかの如く。
 まだ経験未熟な霊夢にとって、当時の風見幽香は実に恐ろしい相手であった。苦戦に苦戦を重ね、一歩間違えれば敗退する危機すらあった。
 しかし、結局それは『もしも』の話で。最終的に、霊夢は風見幽香相手に勝利を勝ち取ることが出来、彼女を懲らしめることに成功した。
 ――そう。博麗霊夢は過去に風見幽香を一度『撃退』しているのだ。それも現在のような経験を持ちえない、駆け出しの霊夢で、だ。

 それから数年、現在の霊夢は当時の霊夢と比較出来ないほどの実力と経験を積んできた。
 研鑽を積み、数多の強者達と対等に渡り合ってきた彼女の力は、それこそ自負出来るほどのモノを身につけてきた筈だ。
 フランドール、西行寺幽々子、八雲紫、伊吹萃香、そして八意永琳。幻想郷に住まう化物の名に相応しき連中と、霊夢は対等に渡り合ってきたのだ。
 自惚れとは言えない、確固たる事実。霊夢が渡り合ってきた彼女達と比肩して、風見幽香は二枚も三枚も落ちる相手である筈だった。
 妖怪は人間のような急激な成長は望めない。だからこそ、数年前に撃退できた相手の風見幽香ならば、決して苦戦することはない。その筈だったのだ。

 だが、今こうして彼女の目前に広がっている現実はどうだ。
 風見幽香の以前とは全く異なる圧倒的な暴力の嵐。他者を捩じ伏せるその破壊の力に、霊夢は手も足も出ずに押し切られてしまった。
 結果、風見幽香は悠然と霊夢を見下す立場に。結果、博麗霊夢は唇を噛み締めて幽香を見上げる立場に。
 修行をサボっていた訳ではない、むしろ研鑽を積み続けていた。そんな霊夢の日々を、まるで無駄だと言わんばかりに風見幽香は打ち砕いてしまった。
 ここまでくると誰だって理解する。否、理解しなくてはならない。相対する妖怪を睨みつけながら、霊夢は思う。――風見幽香、彼女は強い、と。
 睨むことしか出来ない霊夢に、やがて興味を失ったように幽香は言葉を紡いでいく。

「興醒め。貴女がこの調子では、魔理沙なんて更に期待出来ないでしょう。私の知る限り、ここに彼女は存在しないもの」
「…アンタ、魔理沙と知り合いなの?初耳なんだけど」
「知る必要のないことよ。貴女も魔理沙もお役御免…劇に花を添える引き立て役にもなれそうにないみたいだし。
どうやら他の妖怪連中はよっぽど貴女を甘やかして育てたみたいね。弱者は存在する価値すらないのよ、博麗霊夢」
「そういうアンタは随分変わったわね。昔、私にブッ飛ばされたときからは考えられないくらい…何、あれは演技だった訳?」
「真逆。当時の私はあれが全力、精一杯。貴女に敗北したこと、彼女は本当に堪えていたみたいよ?
だからその後幻想郷で何も悪さなんてしなかったでしょう。弱さは罪、あの様で風見幽香を名乗っていたのだから我がことながら笑えてしまうわ」

 霊夢の言葉に嗤って答える幽香。そのあまりに他人ごとな言葉に、霊夢は少しばかり引っ掛かりを覚えるものの、
そのようなことに気を取られている暇などありはしない。考えるべきは今どうやってこの窮状を脱するか。
 認めるのは実に癪だが、今の自分一人では風見幽香に敵わない。霊夢は現状を冷静に捉えることは出来ている。だが、そこからだ。
 その力不足の自分が如何に彼女相手に立ち回るか。先ほどまでのような正面からの撃ち合いなど問題外、距離を出し入れしようにも相手がそれを許さない。
 ならばどうする、背中を向けて逃げるか――否、断じて否。自分が妖怪相手に背を向けるなんて絶対に許せない。誇りが許さない。
 考えろ、どうすれば最善の一手かを。考えろ、どうすればアイツから勝ちを紡げるかを。一か八かで制御できない夢想転生を展開するにはまだ早い。
 思考し続けながら幽香を睨みつける霊夢だが、対峙する幽香が先に行動を起こす。彼女は霊夢に突きつけていた傘を下し、吐き捨てるように言葉を紡いだ。

「もういいわ、博麗霊夢。邪魔しないから、何処とでも消えなさいな」
「…何それ、勝手に人の行く道を邪魔しておきながら、何を勝手な」
「ああ、それに関しては謝るわ。ごめんなさいね、邪魔をして。
でも、安心なさい。私が貴女の邪魔をすることはこれから先二度とないわ。だって私――弱い博麗霊夢に興味ないもの」

 それだけを言い残し、幽香はまるで子供が飽きた玩具を手放すように、その場から去ろうとする。
 そんな彼女の行動に、当然納得出来る霊夢ではない。今の言葉は完全に霊夢の心を、誇りを、在り方を傷つけた。博麗の巫女として
在り続けた彼女の全てを否定する言葉だ。霊夢に背を向け去って行こうとする幽香に、霊夢は激昂して術符をつきつけて展開しようとするが――

「…止めておきなさい。一度は見逃すけれど、二度目はないわ。動けば、確実に殺すわよ?」
「――っ」

 振りかえることもせず、背中を向けたままで紡いだ幽香の一言。
 その言葉に霊夢は霊弾を発することが出来なかった。風見幽香の身体から放たれる圧倒的な禍々しい殺意に、身体を拘束されたのだ。
 それは人間と妖怪との圧倒的な存在の差。全ての抵抗の意志を削ぎ落とす、恐ろしい程の恐怖。風見幽香のプレッシャーに、霊夢は負けたのだ。
 何も出来ない霊夢に、幽香は背を向けたまま今度こそ去っていく。一言『惨めね』とだけ言葉を残して。
 やがて幽香が見えなくなり、拘束から解き放たれた霊夢は俯き、震える掌を強く強く握りしめる。

「…くしょう…畜生…」

 それは完全なまでの敗北。霊夢が経験する、何一つ言葉を残すことすら許さない、戦わせてすら貰えなかった惨敗。
 圧倒的な力の差を持つ相手とは何度も戦ってきた。けれど、その度に霊夢は相手にくらいつき、大きな成長を遂げてきた。
 けれど今回はこれまでとは明らかに大きく異なる。言ってしまえば、霊夢は戦うことすら出来なかった。この場にあったのは、
一方的な弱い者いじめ、ただそれだけだ。相手の存在に恐怖し、霊夢は一矢すら報いることが出来なかった。恐怖で身体が動かなかった。
 それは霊夢の誇りを何より傷つける結果。それは霊夢の心を何より傷つける結果。自身の弱さが、情けなさが、不甲斐なさが彼女を蝕む。
 掌から血が滲みそうになるほどに拳を強く握りしめて。何度も地面に転がされて埃まみれになっても払うことも出来ず。

「畜生…畜生…畜生!」

 やり場のない怒りと悲しみに、心強き少女は幾年振りかの涙を零す。
 とめどなく溢れ出る涙を、少女は未だ拭えない。胸に湧き出る己への罵倒の言葉の全てを吐き捨てるには、まだ時間がかかるだろうから。


























 どうして気づかなかったのか。そう問われるならば、幾らでも反論は存在する。
 けれど、最早そのような問答は無意味に等しい。結果として自身の追い求めていたモノはすぐ目の前に在ったという事実。
 考えるべきは、これから一体どうするべきか。否、最早それも考える時間すら不要。現に彼女は一つの契約のもとに情報提供を
受け、答えに辿り着いてしまったのだから、一つの行動以外取ることなど出来はしないのだ。
 そう、悩むことなど必要ない。彼女が取るべき道は、一歩踏み出して全てを暴いて突きつけるだけ。全てを壊して問い詰めるだけ。
 けれど、その一歩が踏み出せない。彼女はどうしてもその一歩が未だに踏み出せずにいた。
 人里に戻り、笑顔で語る少女――リアとともに時間を過ごして数時間。文は未だ答えの出ない迷宮で彷徨い続けていた。

「でねっ、でねっ、この新聞の中で私が特に気になったのはね…ねえ、文、ちゃんと私の話聞いてる?」
「…ああ、うん、聞いてる聞いてる。ナスを愛する人は心強き人って話よね」
「全然微塵も聞いてないっ!?もー!真剣に聞いてよ!だから、私が言いたいのは」

 ぷんぷんと怒る少女、リアを見つめながら、文はアリス達に語ってもらったレミリア・スカーレットの容貌を振り返る。
 淡く短い蒼紫髪に、紅の両瞳。そして背中に生える小さな蝙蝠の翼。体格は寺小屋の童程度で、容貌は美少女と評して誰もが納得する。
 その情報をもとに、文は再びリアの顔を覗き込む。フードによって見難くはなっているが、そこから覗く髪色と瞳の色は説明通り、
背中に羽があるかどうかは大きめのコートを羽織っている為、判別できないが、外見は確かに寺小屋の童そのもの。容貌は…誰が見ても美少女だ。
 ここまで一致すると、最早逆に違う人物なのではないかという疑念すら湧き出てしまう。それほどまでにアリス達から語られた
レミリア・スカーレットの情報と文の友人である少女…リアの外見は一致してしまっていた。そのことが非常に文の頭を痛めていく。

 まず第一に文は叫びたかった声を大にして叫びたかった。レミリア・スカーレット、貴女一体こんなとこで何してんのよ、と。
 正直なところ、リアがレミリアであるということを未だ文は納得出来ずにいた。否、出来よう筈もなかった。レミリア・スカーレットと
いえば、数多の大妖怪と結びつき、幻想郷のパワーバランスの一角を担う吸血鬼。それは決してこんな場所でパンを売って喜び、
友達と会話しては笑ったりいじけたり、ましてや唯の一介の天狗如きと会う為にパンを焼き直したりするような人物ではない筈だ。
 それを無理矢理…本当に強引にリア=レミリアと結びつけると、文の計画の全ては音を立てて崩れてしまう。まず第一に、レミリアとの
接触は異変捜索という名目を持って行うことが第一条件だった。上の連中がレミリアとの直接接触を試みる者に厳罰を言い渡している為、
文としてはそこを誤魔化す為の策を弄するつもりだったのだが…リアとの接触は、思いっきり文の方から興味本位によるものだった。
 まだそこは『この娘がレミリアだとは知らなかった』と無理に強引に話せば向こうは納得してくれるかもしれない(間違いなく無理だろうが)が、
現在文はリアと友人という関係を持ってしまっている。これははっきり言って致命的だ。どう誤魔化すことも出来ない、山での罰は決定であろう状況だ。
 山の上層部がレミリアとの接触を八雲の妖怪に阻まれていることは裏情報で知っている。だが、そんな上の連中の駆け引きをおいて
文が先んじてレミリアと接触、しかも交友関係を持ってしまったという事実はどうしても誤魔化せない。その点が非常に文にとって頭の痛い事実だ。
 もしリアがレミリアだった場合、どうすれば自分が無傷でいられるかを考え直す必要がある。そう文は一説に対し保身を考えていた。

 けれど、正直なところ、今の文にとって自身の罰など優先順位でいうと下から数えた方が遥かに早い。
 今、彼女が非常に頭を悩ませるのは、リアへの問い詰め。果たして彼女に『貴女はレミリアなの?』と訊ねてよいのかどうか、だ。
 もしリアがレミリアであるならば、彼女は少なからず何か事情があって紅魔館ではなく人里に身を寄せているのだろう。そして身を隠し、
人里内でのレミリア・スカーレットの情報という、自身の築き上げた名声を捻じ曲げてまでここに滞在している。
 彼女をそこまでさせる事情が今のリアにはあるのではないか。…否、それどころか、その事情を『リア自身が』理解しているのかどうかすら怪しい。
 もしリアがレミリアだと仮定しても、この三日間触れ合ってきた文は今のリアがレミリアの演技であるとどうしても思えなかったのだ。
 レミリアが姿を偽り、リアという少女を演じているとするならば、それはそれは心から称賛を贈りたくなるような擬態だ。今のリアは文の目をも
欺くほどに人里の一人の人間の娘でしかなく、妖気も覇気もその一切を彼女から感じられないのだ。
 …だが、それ以上に文は思う。リアという少女と自分が過ごしたこの三日間、それが偽りだったなどと認めたくないと。
 自分が一切を着飾ることなくリアと接したように、リアも一切を着飾ることなく自分と接してくれた…そう文は思っていた。自分の心のままに
笑い、怒り、そして新聞への想いを伝えてくれたリア。そんな少女に文は少なからず惹かれている自分を確かに感じていた。
 だからこそ、この瞬間が偽りの演技ごとだったなどと思いたくはない。それが事実なら、きっとこのリアとの優しい時間が終わってしまうだろうから。
 真偽を確かめること、その一歩が文には踏み出せない。だから、文は少女に縋る。大切な友人を最後まで信じられる、そんな勇気を分けて貰う為に。

「…リア、ちょっとごめんね」
「へ?きゃ、ちょ、ちょっと文!?いきなり何抱きついてるのよ!?ええええええ!?こ、公衆の面前で何しちゃってるの!?」
「はいはい、お願いだから騒がないでね。すぐに済むから。星の数でも数えてれば終わってるから」
「何その嫌過ぎる表現!?というか星なんてまだ出てる訳ないじゃない!?」

 無理矢理抱きしめた腕の中でじたばたと暴れるリア。そんな少女に苦笑を零しながら、文はさっと腕を少女の背中に走らせる。
 文が触れた少女の背中、その感触に文は溜息一つ。コートの上からであるものの、そこには背中と異なる確かな感触が存在した。
 それは文達のように大空を支配する者達だけに許された誇り。彼女にそれが生えているのなら、きっとリアはそうなんだろう。
 リアの温もりを肌で感じながら、文は意を決する。大丈夫、リアの正体がなんであろうと、きっとリアはリアのまま。
 決して偽りなんかじゃない。リアは全てを自分に曝け出して接してくれていた。心から友達だと思ってくれている。大丈夫、信じられる。
 心は決まった。ならば後は真っ直ぐに走るだけ。そう意を決し、文はリアの両肩に手を載せ、しゃがみ込んだままリアと視線を合わせて言葉を紡ぐ。

「…ねえ、リア。貴女に訊きたいことがあるわ」
「訊きたいこと?えっと…別に何でも訊いてくれていいけれど」
「そう、ありがとう。それじゃ単刀直入に訊かせて貰うわ。リア、貴女の本当の名は――」

 文が言葉にするのは、そこまでだった。
 突如として文の背後に現れた妖の気配。それに反応し、文はすぐさま身体を切り替えてリアを護るように立ち塞がる。
 また幽香のような性質の悪い妖怪でも現れたのか…そう考えての行動だったが、彼女の予想は呆気なく裏切られることになる。

「…貴女は確か、美鈴だったかしら」
「ええ、お久しぶりです、射命丸文さん。唐突ですが、少しばかりお時間を頂いても?」
「…あれ、美鈴じゃない。もうお仕事は終わったの?」
「いえいえ、ちょうどお昼休みを頂きまして。それに射命丸さんに少しお話ししたいことがあったので、リアのところに居てくれてよかったです」

 笑顔を浮かべながら淡々と語る美鈴に、文は彼女の狸振りに思わず称賛を送りたくなった。
 リアの手前偶然を装っているが、そんな筈はない。話をさせまいとばかりに突如気配を発揮させたところをみるに、
どうやら以前から自分達の会話に聞き耳を立てていたらしい。そして、リアの前で明かされては困る話をしだしたので、出てきたと。
 美鈴の行動を理解し、文もまた笑みを零して、優しくリアの頭を一撫でして美鈴に言葉を返す。

「ええ、むしろこちらからお願いしたいところだわ。
どうやらお互いに話したいことが色々とあるみたいだし…ね」
「そうですか。そう仰って頂けるなら幸いです。それではこちらへ」
「え、文も美鈴も行っちゃうの?お話ならここですれば…」
「ごめんねリア。今から彼女とは大人の話をしないといけないから、リアにはちょーっと早過ぎるかな」
「むー!子供扱いするなってば!」

 ぷんすか怒るリアを置いて、文は美鈴に従いリアの店から移動する。
 そして、リアの姿が見えなくなり、文は笑みを零す。それが気になったのか、美鈴は背後の文に疑問を問いかける。

「どうしたんですか?急に笑い出したりして」
「ええ、正直安心したというか、嬉しくってね」
「安心?嬉しい?」
「だってそうじゃない。私がリアに『リアの正体』について話題を提起しようとしたとき、貴女はそれを妨害した。
それはつまり、リアに己の素性を話されては拙いってことでしょう?言い換えれば、リアはそのことを『知らない』。
その理由は分からないけれど、一つ確かなものは、これまで私と接してくれたリアが何一つ偽りなく本物の彼女だったってこと。
今あの小さな店で笑ってるリアは、誰かを演じてる訳でもなんでもない。私、射命丸文の友人であるリアという少女…違って?」

 文の言葉に、美鈴は驚き言葉を失うものの、やがて耐えられなくなったのか声を殺して笑い始める。
 そして笑いを堪えながら、文に一言言葉を送るのだ。『貴女がリアの友人になってくれて、本当に良かった』と。
 そんな美鈴の言葉を受け取りながら、文は美鈴の案内されるままに彼女の後ろを歩いていく。
 やがて、人里を離れ、開けた草原へと足を踏み入れ、そこで美鈴は初めて背後の文へと振り返る。
 互いに笑顔を浮かべているものの、それは狸と狐の浮かべる表情。互いにどう話をすべきかの腹芸を水面下で行いながら二人は対峙している。

「さて、何からお話すべきなんでしょうね。射命丸文さん、貴女がリアと交友を結んだのはつい先日のこと。
つまりこれまでのことを何一つ知らない状態。貴女としては、何処まで踏み込むつもりでいますか?」
「無論、全部よ。それと、今は『リア』なんて呼ばなくてもいいんじゃないかしら?
――紅魔館が誇る守護者にしてレミリア・スカーレットが一の従者、紅美鈴さん」
「…はて、『お嬢様』の情報ならまだしも、私個人の情報はそう漏れる筈はないのですが」
「『レミリアの』友人からの情報よ。彼女達との約束なのよ、レミリア達の情報を貰う代わりに、『私達の大切な友人』を探してくれってね」

 文の言葉に、美鈴は黙したまま瞳を閉じる。
 まだ寒さの残る春風が吹く草原に起こる静寂。その静寂を打ち破ったのは、話し手である美鈴。
 ゆっくりと口を開き、言葉を淡々と述べていく。

「…全て知っての通りよ。リアの正体は我らが主――レミリア・スカーレット様に間違いないわ」
「あやや、以外に呆気なく答えをくれるのね。それと口調、本当に狸もいいところね」
「貴女に言われたくないわよ、天狗。答えを渡すのは、貴女を信頼してる証と受け取って貰って構わないわ」
「信頼の証?」
「そう…貴女が、お嬢様を悲しませる未来を選ぶことはないだろうという、私達の…ね」

 美鈴の語る言葉、その重さを文は受け手として少なからず感じ取っていた。
 恐らく彼女は告げているのだ。覚悟がないならば、そのつもりがないのなら、ここから先の話は耳にする資格はないと。
 だが、ここで引き下がるなら文は最初から足を踏み入れなどしない。ここまで来たのは、全てを知るためだ。
 レミリア・スカーレットのこと、そして大切な友人であるリアのこと。その全ての真実を知る為に、自分は行動しているのだから。
 文の意志を感じ取ったのか、美鈴は小さく頷いて再び言葉を紡いでいく。それは今日に到るまでの話。

「まず初めに、どうしてレミリアお嬢様が紅魔館ではなく人里にいるのか…その辺りから話し始めましょうか」
「そうね…リアが自分の正体を知らない事情も気になるけれど、まずはそこよね」
「ああ、大丈夫よ。その理由も、今から私が語る事情に含まれているからね。
レミリアお嬢様が人里に滞在する理由、それは紅魔館に棲み続けられない事情が出来たから。そしてその事情は…」

 言葉を一度止め、再び淡々と語った美鈴の言葉。その言葉に、文は口を開くことが出来なかった。
 ただ当たり前のように、ただ何気ない言葉のように、美鈴は語ったのだ。
 たった一言――『実の妹に殺されかけたから』と。冷静に語る美鈴と対照的な内容の凄惨さ。
 あのリアが誰かに殺されかけた。あの笑顔が誰かの手によって壊されかけた。そのことを考えると、気づけば文は美鈴の襟元を掴んで己が方に引き寄せていた。
 ただ、そんな彼女の行動にも動じることはない。それが文には癪に障り、さっさと美鈴から手を離す。

「いいの?一発や二発くらい、覚悟していたんだけど」
「…貴女、誰かに殴られたがってるでしょ。何に罪の意識を感じているのか知らないけれど、私を自己満足の為に利用するのはやめてくれる?」
「これは手厳しいわね…そうね、今のは謝罪するわ。ごめんなさい、射命丸文」
「謝罪はいいから続きを話しなさい。…レミリア・スカーレットに実妹がいたことは初耳なんだけど。しかも姉を殺しかけるって…どういう妹よ」
「色々あるのよ、こっちにも。何はともかく、レミリアお嬢様の妹…フランドールお嬢様が
レミリアお嬢様を殺しそうになったこと…全てはそこから始まったわ。無論、レミリアお嬢様が生きているのはご覧の通りなんだけど」
「…何故姉を殺そうとしたの?紅魔館の主の座…権力争いか何か?」
「まあ、第三者が考えるとそうなるわよね…残念だけど、全くの別物よ。その件は今は関係ないから割愛するわ。
魔法と気、時間操作による状態保持、そして専門医による処置…様々な奇跡が重なって、お嬢様は何とか生き延びることが出来た。
だけど、その代償にお嬢様は…記憶を失ったわ」
「…吸血鬼なら自己治癒能力もかなりのものと思っていたんだけど。記憶を失った要因は?」
「医者の見立てでは精神的なものによる心因性と出血過多と強い衝撃を全身に受けた外傷性、その複合型だそうよ。
彼女の予想では、特に前者が強烈に記憶を閉じ込めてしまってるそうで…それだけ、フランお嬢様の行動が、レミリアお嬢様には」

 それ以上言葉を続けることが出来なかった。美鈴は表情を顰め、感情を押し留めるのに精いっぱいで次の話を続けられない。
 だが、それは文とて同じこと。リアがあのような状態になっているのに、何かしら理由があるのだろうとは思っていた。だが、まさか
これほどまでに重いものだとは思わなかった。実の妹に殺されかけたなどと、一体誰が想像するだろうか。
 あのように天真爛漫に笑う少女が、そんな境遇を経て今に至るなど。言葉を発せない文に、美鈴がぽつりと再び言葉を紡ぐ。

「医者からは、レミリアお嬢様の容体が完全に落ち着くまでは記憶を揺り動かすような真似を絶対にするなと強く言われたわ。
もし心因性のトラウマによって、記憶を閉ざしているならば、何かの拍子に妹に殺されかけたことを思い出すかもしれないって。
それが切っ掛けで心が壊れたりしてしまうこと…その可能性も否定出来ないとね」
「…それが理由なのね。リアが紅魔館ではなく、人里で過ごす理由も、アリス達にリアの現状を教えないのも」
「そうよ。正直なところ、私と咲夜が傍に連れ添っている…それすらも非常に危険な綱渡りだった。
けれど、誰かがお嬢様についてないといけないわ。だから私と咲夜は自身の立場も想いも全て捨て…今、『リア』との関係を作ってる」
「…言うのは野暮だけど、流石にキツイわね」
「私なんかどうでもいいのよ。けれど咲夜は…あの娘は、レミリアお嬢様の娘だから」

 自分のことよりも他者を気に掛ける在り方。その姿に、文は彼女は確かにリアの従者なのだろうと考える。
 美鈴を見つめながら、文は自分の開いてしまったパンドラの箱、その中に詰められた情報を整理する。
 まず、リアの正体はやはりレミリア・スカーレットその人であったこと。そして彼女は自分がレミリアであることを知らない。
 リアは自分の記憶を失ってしまっている。その理由は実の妹による凶行。下手をすれば吸血鬼である彼女ですらも死にかけていた。
 そしてリアの記憶障害、それはトラウマを誘発して心を壊す可能性が否定できない。だから彼女は知人の誰かに頼ることも出来ず、人里で過ごしている。
 …だから、か。そこまで考え、文は理解をする。どうしてリアが自分のことを友達と言ってあんなに喜んでいたのか。リアは記憶を失い、
手に残るものが本当に少しだけしか存在していないのだ。記憶を失った後の光景…それがリアの世界の全て。
 アリスのことも魔理沙のことも、リアは覚えていない。だから文と幽香が二人だけの友達。従者と家族だった美鈴と咲夜は、大切な姉。
 あの笑顔から、一体どうしてこんな事態が考えられるだろう。あんな風に幸せそうに笑う少女が、一体どうして。
 表情を曇らせる文に、美鈴もまた悲しみを押し殺して話を進めていく。

「…目覚めて一カ月。その間は、本当に何もなかった。
お嬢様は言葉も返すことも出来ず、私達を認識することさえ難しく…本当に、医者にかかりきりの状態だったわ。
そして更に一カ月。少しずつ言葉もかわせるようになって、現状も認識できるようになり、感情も芽生えだして。
それから住まいを人里に移し、少しずつ少しずつ『生きる』ということに慣れていった。やがて笑顔を見せるようになって、
まるで昔を思い出すように菓子パン作りに興味を持つようになって…今ではああやって店を開くほどに行動を自発的に行動出来るようになったわ」
「…リア、楽しそうだものね。お店を開いているときのリア、お客もろくにこないくせに凄く笑ってるもの」
「夢だったのよ…昔、たった一度だけお嬢様が語ってくれた小さな小さな夢物語。
だけど運命って皮肉だわ。こんな形でお嬢様の夢が叶うなんて…そんなこと、一体誰が望んだというのかしら」
「…『レミリアの』夢って」
「――自分だけのお店を、ケーキ屋さんを開くこと。それがお嬢様の夢。
誇り高き吸血鬼として幻想郷に名を轟かせる、本当は誰よりも心優しい少女が願った小さな、けれど誰より壮大な…夢よ」

 本来ならば笑ってやれる話題だったのかもしれない。そんなバカなと笑い飛ばすような内容だったのかもしれない。
 けれど、今の文にはその話が少しも笑い話に聞こえずに。それは何処までも悲しい話。あまりに残酷で、あまりにふざけていて。
 言葉を失う文に、美鈴は何も言葉をかけず、瞳を閉じて、そのまま足を人里の方へと向けて歩み始める。
 この場から去ろうとする美鈴に、文は『待ちなさい』と声をかけ、最後に一つ疑問を投げかける。

「…どうしてこの話を私にしたの?いいえ、する気になったの?
私がレミリア・スカーレットの情報を追い求めていることくらい、貴女はとうに知っていたでしょう?
その気になれば、私はこの情報をいつでも誰かに話すことが出来る…その危険を理解していない貴女ではないでしょう?」
「…さあ?どうしてかしらね。私も他の第三者にこの話をするつもりなんて以前は毛頭なかったわ。
ましてや貴女は鴉天狗、加えてレミリア・スカーレットに関する新聞を作ろうとしている者。
そんな相手にここまで話をするなんて、絶対にあり得ない話よね」
「ちょっと貴女、ふざけて――」

 文が掴みかからんばかりに声を荒げた刹那、美鈴は身体を文の方に切り返し、そっと言葉を紡いだ。
 彼女の見せる表情、それは美鈴が見せた初めての素顔なのかもしれない。本当に困ったように、だけど、その笑顔は温もりに溢れていて。
 偽りの笑顔ではなく、優しさと温かさの混じる笑顔。それは彼女の主が大好きだった笑顔だ。レミリアが大好きだった、紅魔館の守護者の本当の素顔。

「――でもね、お嬢様が心から笑ってたのよ。
貴女と接して、家に帰ってもずっと貴女の話ばかりで、文のことが大好きだって。
まるで冒険譚の英雄にでもあった女の子みたいに、ずっとずっと貴女の話を家で沢山するのよ」
「なっ…」
「…だからかしらね。貴女なら、許してあげられるかもしれないわ。
諦めるつもりなんて毛頭ないけれど…それでも『もしも』のときは、貴女にならね。
フランお嬢様が、私が、パチュリー様が、そして咲夜が出会ったように貴女もまた出会うべくしてお嬢様と出会い惹かれあった。
もしこれが運命だというのなら…もしお嬢様がレミリアとしてではなく、リアとしての生を歩むことになったなら、そのときは…」

 それだけを告げ、美鈴は今度こそ文の前から去って行った。
 美鈴の言葉を受け、文はしばらく言葉の意味を考えていたものの、微塵も理解に到ることが出来ず、やがて全てを放り出して草原に横になる。
 晴れ渡る空を見上げながら、文は自身が知ってしまった全ての現実を噛み締め、大きく溜息をつく。

「…こんなの、記事になんて出来る訳ないじゃない。
かといってアリス達に話すことも出来ない…本当、一体私はどうすればいいっていうのよ」

 全てを知ることが出来ず八方塞がりになってしまっていた昨日から、全てを知って動くことの出来なくなった今日へ。
 懐にしまった手帳に、文は大きくバツ印を記入して放り投げる。記述した情報ページは勿論、レミリア・スカーレットについてだ。
 流れゆく雲を見つめながら、文は一人誰にでもなくぽつりと呟いた。

「…リア、貴女は今、本当に幸せなの?貴女の感じてるその幸せは――」

 文の言葉は誰の耳にも届かない。
 大きく息をつき、文はゆっくりと瞳を閉じる。少し肌寒くはあるが、眠れないほどじゃない。このまま少しだけ眠ってしまおう。
 そして起きた後で、またリアに会いに行こう。一度寝てしまえば、きっとこの胸のもやもやも晴れてくれる筈だから。





















 三途の河。
 
 それは死した霊魂ならば外界幻想郷の出身問わず必ず流れ着く終端への渡し場。
 三途の河では魂を閻魔の裁判へと送りだす為に、魂の運び手として死神がそこに存在している。
 人であろうと妖怪であろうと、分け隔てなく魂を運ぶ者、それがこの三途の河における彼等の役割であり任務。
 逆に言い換えるならば、それ以外において彼等は自身の仕事の領分の範囲外となる。そう、魂の運び手こそ、この場での彼らの役目。

「…なんだけどねえ。私は与えられた仕事以外は極力やりたくないんだけど…ねっ」

 荒れ狂う弾幕を両手で構えた大鎌にて打ち払い、赤髪の死神――小野塚小町はお返しとばかりに空間を切り裂く斬撃を相対する敵へと放つ。
 彼女の反撃を対峙する女性は微塵も狼狽することなく展開した障壁にて霧散させる。その様子に、小町はただただ肩を落とすばかりだ。

「面倒な奴だね。どうせ遅かれ早かれアンタが閻魔様に会うのは確定された未来なんだ。そう急くことに何の意味が在る?」
「会いに行かされるのは好きじゃないの。私は常に己の望むまま、自分の思うままに、己のみに運命を左右される。
閻魔に会うときは私の意志がそれを望んだときなのよ。だからもう一度言うわ――この場に幻想郷を受け持つ閻魔を呼び出しなさいな」
「あー…出来れば私だってお前さんみたいな面倒事、四季様にさっさと押し付けてサヨナラしたいんだけどね。
さてさて、三途の河にて滞り続ける夥しい霊の惨状。今、こんな状況を見られちゃ、一体どんなお説教がくることか」
「あら、どうせ遅かれ早かれ貴女が閻魔に怒られるのは確定された未来でしょう?だったら先延ばしすることに何の意味が在るの?」
「在るさ。お前をお仕置きして四季様の前にしょっ引けば、少しは怒りが収まるかもしれないだろう?」
「貴女程度では到底無理な話よ、死神」
「やってみなけりゃ分からんよ、妖怪」

 互いに口元を歪め合い、対峙する二人の間を無数の弾幕が飛翔し合う。
 嵐のように荒れ狂う撃ち合いの中で、小町はときに距離を詰めて切り結び、ときに離れて守勢に入る。
 距離の出し入れを『能力無しに』行い続けて戦闘を継続しているが、今の彼女の心は相対する妖怪への情報収集のみに集中していた。
 小町は普段はグウタラではあるものの、数ある死神の中でも指折りの戦闘力を有しており、死神の持つ大鎌を人間への
サービス目的ではなく、他者の命を断つ純然たる暗器として使用出来る稀な死神であった。
 そんな彼女にして、対峙する妖怪はただ遊んでいるかのように暴力を振う。まるで底の見えない実力に、ただただ悠然に振る舞う姿。
 彼女に対して攻撃を紡ぐ度に、小町は彼女への評価を修正していく。並の上、上の下、上の上、特上の下、特上の特上…そして
小町が紡いだ妖怪への評価は最高級。幻想郷で例えるなら、天魔や八雲に比肩する実力者。その答えを導いた時、小町は隠すことなく
苦笑を浮かべて内心で悪態をつく。珍しく非番の日に出勤してみればこれだ、今後は二度と気まぐれなんて起こすものか、と。

 妖怪の望むままに彼女の直属の上司である閻魔を呼び出してもよかったのだが、小町はその一手を選ばなかった。
 その主たる理由は妖怪に告げた通りなのだが、何より彼女を確固たる拒否に行動させたのは、上司へ寄せる全幅の信頼。
 小町は普段は怠けてばかりで、いつもいつも上司に小言と説教を戴いているが、その実やるときは死神の誰よりも仕事をする死神だった。
 そんな小町の在り方を説教こそするものの、上司は受け入れている。死神として厄介者の扱いを受けていた小町の才能を見抜き、
直属の部下として引き抜いたのが彼女の上司だった。そんな上司を小町は心から尊敬しているし、その人の為なら全てを捧げる程に心酔だってしている。
 だからこそ、小町はその人物の為だけを考えて行動する。今、きっとあの人が欲するのは時間。この妖怪の全てを知る為に、覗く為に
時間を欲する筈だ。ならば自分が行うべきは時間稼ぎ。相手が遊んでいる時間を、自分を舐めている心を利用し、あの方が望むだけの時間を稼ぐ。
 一度、二度、三度、四度…幾度の刃をぶつけ合い、小町の身体が限界に近付き始めたとき、彼女の望みはここに成る。

「――ご苦労様でした、小町。貴女のおかげで『彼女の望み』を知ることが出来ました」

 その声を聞き、小町はこの賭けに己が勝利したことを悟る。
 小町と妖怪、二人が対峙する三途の河に現れた女性――楽園の最高裁判長、四季映姫・ヤマナザドゥ。
 彼女の登場に、妖怪は力を振うのを止め、さぞ愉しそうに口を歪めて言葉を紡ぐ。それは丁寧さの中に獰猛な獣の気配を入り混じらせた挨拶。

「やっと出てきたわね。待ち侘びたわよ、この楽園の支配者さん」
「異な事を。幻想郷は誰のものでも無いでしょう。管理を司る八雲の妖怪も博麗の人間も、ましてや私のものでも」
「そうかしら?世界を維持する力を持つ者は壊す力を持つに等しいわ。
この幻想郷において、その権利を有する者は支配者と言っても差支えないでしょう?八雲紫と博麗霊夢、そして四季映姫」
「私は幻想郷の死者を裁く者、それ以上でもそれ以下でもありません」
「そう…ならば貴女の席は私がそのまま頂くことにするわ。不干渉の傍観を決め込む臆病者に舞台に上がる資格はないもの」
「貴女の罪を私が裁くのは、貴女が死を迎えた後のこと。今の貴女の望みを叶えるのは幻想郷に生きる生者の役割でしょう。
――風見幽香…貴女は少し、いいえ、不要な程に永きを生き過ぎた。貴女の罪は貴女の心を染色し、自身を律することすら叶わない。
そう、貴女は歪が過ぎる。貴女の望む生と死は並立など出来はしない。全てを受け入れる幻想郷においても、貴女の旅路は終わらない」
「…ならば、全てを壊し尽くし、また旅を続けるだけよ。私の願いが成就するそのときまで、全ての弱者から奪い尽くしてあげるだけ」

 壊れたように微笑み、妖怪――風見幽香は閉じていた日傘を開き、自身を覆い隠すように傘を肩に乗せる。
 そして、用は済んだとばかりに二人に対して背を向け歩き始める。そんな彼女に、小町は呆れるように息をついて言葉を投げかける。

「おいおい、散々好き放題暴れて四季様を呼び出して、二言三言言葉を交わしただけで終わりかい?」
「用なら十分過ぎるほどに済んでいるわ。人の心を覗き見する腰抜け閻魔は幻想郷に何が起ころうと不干渉を貫くそうよ。
…ああ、貴女はとてもお気の毒ね。近い未来、恐ろしいほどの魂がこの地に流れ着くもの。今のうちに有給でも取得することをお勧めするわ」
「ああ、ちょいと待ちなよ。私の悪口は幾らでも受け入れるが、四季様への侮辱は…」
「小町」

 一歩踏み出そうとした小町だが、映姫からの抑止を受ける。
 そして少し遅れて映姫の指摘の意味に気付き、参ったとばかりに小町は肩を竦める。幽香の姿は最早何処にもない。
 彼女が去って、小町は訊ねかけるように映姫に対して言葉を紡ぐ。

「アイツ、とんでもない化物ですね。まさか幻想郷にあんなのが八雲紫達以外に存在したなんて知りませんでしたよ」
「貴女が知らないのも無理はありません。彼女は歴史ある妖怪、けれど幻想郷や外界で歴史を積んだ訳ではないのですから」
「実に厄介なことこの上ないですねえ。…まあ、このどでかい借りは近い未来に十倍にして返すつもりですけど」

 そう告げて、小町は右手に握りしめていた大鎌の柄の後端を地面にトンと押し付ける。その小さな衝撃により、
とうとう限界を迎えてしまったらしく、彼女の大鎌の刃に無数の亀裂が奔っていき、そして崩壊した。
 どうやら彼女の鎌は風見幽香と対峙し続けるには役者不足であったらしい。死神を初めてから長年の付き合いだった相棒との
別れを惜しみつつも、小町は映姫との会話をつづけていく。

「それで四季様、『鏡』でアイツの狙いは覗けたみたいですけれど、本当に傍観に徹するんですか?」
「私達の役割は死者を運び裁くこと。生者を導くことはあれど、運命に介入することは決して触れてはならぬ領域です。
それに私達は幻想郷の者ではない。彼岸の者でもない。幻想郷の未来を決めるのは幻想郷に生きる者達なのですから」
「ですよねえ。さて…そうなると、あの女の言うとおり、私も少し覚悟決めないといけませんね。
下手すれば…いんや、最良の手を打たなければ、いくら八雲達でも幻想郷は支えきれない。あの妖怪一人の為に幻想郷が沈む」
「貴女はそう読みますか、小町」
「こう見えても四季様に散々鍛えられてますからね。私の読みと四季様の考えは強ち異なっていないと思いますよ」

 小町の言葉に、映姫は答えない。
 瞳を閉ざし、少し考える仕草を見せた後、何事もなかったかのように映姫は言葉を紡ぐ。

「…さて、仕事に戻りましょうか。小町、非番の日に仕事に精を出す心掛けは非常に立派ですが、それでサボっていては何の意味もない」
「うえ!?い、いや、四季様、私さっきまであんな化物相手に戦って…」
「そう、貴女は少し休憩が多過ぎる。私達は死者を裁く者であると同時に奉仕する者でもあるのです。
まだ仕事は始まったばかり、運ばなければならない魂は五万と存在するでしょう」
「そ、そんなあ…はぁ、やっぱり非番の日に仕事なんてやるもんじゃないね、全く」
「小町、何か言いましたか?」
「いえいえ、何にも言ってませんよ。小野塚小町、誠心誠意働かせて頂きますっと」

 刃を失った大鎌を二回転、三回転と軽く回し、小町は溜息交じりで言葉を返すだけだった。
 視界に移る無数の霊魂、そして足元に散らばる壊れた刃片。さて、霊魂を運ぶ仕事と大鎌の後片付け、果たして四季様はどちらを
先にしろとおっしゃるだろうか、などと考えながら。



















 竹林の中に存在する大屋敷、永遠亭。


 その中の一室に、先ほど一人の少女の診察を終えたばかりの女性がデスクに向かい診断結果を記入していく。
 そんな彼女の隣に用意された椅子に座り、作業中の彼女に遠慮することなく、診察された少女と入れ替わりに入室した少女が語りかける。

「咲夜、また少し痩せてたんじゃない?あれ、きっと食事をあまりろくに取ってないわよ絶対」
「…注意は何度も喚起してるんだけどね。馬の耳に念仏とは上手く言ったものね」
「あら、栄養バランスを考えてしっかり摂取させるのが母親の役割でしょう?」
「あの娘の母親は後にも先にも一人だけよ」
「だけど、今はその母親が不在であの様。だったら義母が頑張らないとね」

 隣に座る少女――蓬莱山輝夜の軽口に、女性――八意永琳は何も言い返すこともせず大きく溜息をつくばかりだ。
 先ほどまで診察していた十六夜咲夜、彼女に関するカルテを作成しているが、吸血鬼化に関する症状は特に何の問題もない。むしろ
よく身体に血液を馴染ませ、人間からの変化に対応していると称賛してもいいくらいだ。
 だが、肝心の人間の方が拙い。咲夜は母を失って以来、精神的に不安定な状態が続いてしまっている。だからこそ、美鈴は
吸血鬼化の進行具合の確認という名目のもとで、永琳に健康診断を行ってもらっている。
 しかし、そんな咲夜の変化も仕方ないと言えば仕方ない。愛する母が記憶を失い、自分のことを娘と認識してくれない。ましてや
その前に、母は命を落としかけたのだ。加えて言えば、母をその手にかけたのは敬愛する伯母であり、その伯母もまた命の危機に瀕している。
 そんな過酷な現実に、二十を数えぬ少女がよくぞ耐えていると表現した方が正しいのかもしれない。しかし、咲夜はあくまで
十数年しか生きていない少女なのだ。今彼女の周りを取り巻く現状に、いつ心が潰されてもおかしくない…そういう状況が形成されているのだ。
 そのことに永琳は強く頭を悩ませる。心のケアも医者の役割ではあるが、咲夜は他の患者とは永琳にとって異なる存在だ。
 永琳にとって咲夜はもう一人の自分であり、一人の娘といっても過言ではない。だからこそ、何処まで踏み込むべきか判断しかねるのだ。
 そんな永琳の戸惑う姿に、輝夜は輝夜で楽しんでいたりする。そんな輝夜に、永琳は呆れるように言葉を紡ぐ。

「そんな風に言ってるけれど、貴女も似たようなものじゃない。レミリアと接触出来ずに退屈で仕方ないんじゃない?」
「そうねえ…レミリアと折角知り合えたのに、こういう状況になってしまったのは残念よ。
でも、正直私はそこまで重く考えていないのよね。すぐレミリアとは以前同様に一緒に遊べる、そう考えてるもの」
「それはそれは楽観的な考えね。レミリアの症状が重いことは貴女も知ってるでしょうに」
「知ってるわよ。でも大丈夫」
「あのねえ、輝夜。貴女一体何を根拠に…」

 呆れるように大きく溜息をつく永琳。そんな彼女に更なる溜息をつかせる輝夜の言葉。
 けれど、他者にはどんなに滑稽に感じても、それは蓬莱山輝夜としてのレミリアに対する何処までも真っ直ぐな想い。
 故に永琳は呆れはすれど笑わない。輝夜の言葉こそ心理なのかもしれないと、心のどこかで思っている自分が存在しているから。

「レミリアはどんな状況でも簡単に覆すわよ。それこそ周囲を呆然とさせてしまうくらいにね。
私達を永遠の呪縛から簡単に解き放ったあの娘が、この程度のことに負ける訳ないじゃない。
誰が相手だろうと何が道を塞ごうと、レミリア相手には実に瑣末なことよ。だってそれが私のレミリアなんだもの」

 胸を躍らせて語る輝夜に、永琳は今日何度目ともしれない溜息をつくことしかできなかった。
 ――でも、レミリアならその通りかもね。そんな風に、心の奥底で思いながら。





















「忘れものよ」

 永遠亭から人里への帰途、竹林の道を歩む咲夜は背後から言葉を投げかけられ、ゆっくりと背後を振り返る。
 声をかけた相手を確認するよりも早く、宙を浮遊し自身の方へと近づいてくる何かを受け止める。それは小さな巾着袋で、飛翔体を
確認した後に咲夜は視線を手元から、投擲を行った相手の方へと移す。

「貴女は確か…鈴仙、だったかしら」
「覚えてくれてるとは驚きね。ったく…師匠の診察に来て、肝心の薬を忘れてどうするのよ」
「…わざわざ届けてくれたのね。ありがとう」
「礼なら私じゃなくて師匠に言うことね。貴女の忘れものに気づいて、届けるように私に言ったのは師匠なんだから」

 鈴仙の言葉に、咲夜はその通りねと納得しつつ、袋の中身を確認する。
 そこには永琳が調合した薬が複数存在しており、種類は妖力の安定薬から栄養剤と多岐に渡る。
 数にして片手じゃ数えきれない薬に、軽く息をつく咲夜だが、それが少しばかり気に食わなかったのか、鈴仙はむっとした
表情を浮かべて咲夜に言葉を紡ぐ。

「分かってると思うけれど、毎食後に欠かさず飲みなさいよ。間違っても飲まない、なんて選択はしないでよね」
「…分かっているわよ。あの人が、八意永琳が私の為に作ってくれた薬…その意味くらい重々理解してる」
「その割には嬉しくなさそうね。まるで薬を飲むことに罪過を感じてるみたいに見えるわ」
「頼りたくないのよ…極力あの人には」
「餅は餅屋って言葉を知ってる?貴女は妖怪になってまだ日が浅いんでしょう。
その不安定な身体を調律させるなら、師匠の力を借りることが一番手っ取り早くて適切なのよ」
「分かってる。分かってるけれど…あの人は、優し過ぎる。
八意永琳に全てを投げ出して頼ってしまうと…きっと私は溺れてしまう」
「…ごめん、悪いんだけど言ってる意味が分からないから」

 首を捻る鈴仙を余所に、咲夜は一人薬を巾着袋の中へと戻していく。
 咲夜の不安、咲夜の心。それは鈴仙では決して理解出来ないこと。咲夜の抱く想いは一度二度出会った相手には理解できぬもの。
 レミリアが記憶を失い、咲夜は自身とレミリアの絆である母娘という立場を失った。幼い頃にレミリアに拾われ、彼女の娘として
生を享受してきた咲夜にとって、レミリアの存在がどれほど大きなものであるかなど言葉にする必要すらない。
 愛する母。尊敬する母。どんなときでも自分のことを優しく見守ってくれていた母。そんなレミリアは、今の咲夜の傍には存在しない。
 今、彼女の傍にいるのは、全てを失い、一人の『姉』として自分を慕ってくれる少女、リア。リアはいつも咲夜に対し、大好きという
気持ちを沢山抱えて接してくれる。リアがどれだけ咲夜のことを想ってくれているのか、そのことは重々理解している。

 けれど、それは決して『母』が『娘』に向ける瞳ではない。
 けれど、それは決して『母』が『娘』に寄せる想いではない。

 リアが咲夜に語りかけてくれる度に、咲夜は自分の中から母の存在が消えていく感覚に襲われた。
 まるでこの少女が最初から自分の仕える人物であったかのように。まるで自分がこの少女の娘であった過去が嘘であったかのように。
 悲しかった。自分のことを娘として見てくれない現実が。
 悲しかった。自分のことを娘として接してくれない世界が。
 だけど、そんな咲夜の気持ちは宙に浮かせたままに、時間は流れていった。
 仕方がないのだと。きっといつか元通りになるのだと。何度も何度も必死に自分自身に言い聞かせ、己の心を騙し続け、咲夜は今を耐え続けた。
 一番つらいのは他ならぬ母様なのだ。一番悲しいのは他ならぬ母様なのだ。
 甘えを吐くことなんて許されない。泣き言をいうことなんて認められない。今の状況は、そんな情けなさを寛容してはくれたりしない。
 フラン様は時を閉ざし死と直面しかけている。パチュリー様は全てを救おうと奔走している。
 美鈴は母様と自分を護る苦しさをおくびにも出さない。ならば自分が弱音を吐いていい理由などない。そう咲夜は何度も何度も自分を戒め続けた。

 二十歳にも満たぬ少女が、心を押し殺し続けたが故の綻び、それが今の咲夜だった。
 必死に取り繕ってはいるが、身体も心も中身はボロボロだった。吸血鬼という種族に変わった故に倒れることなく在り続けているものの、
もし以前までの人間体であったなら、満足に身体を動かすことすら困難だっただろう。食事も睡眠もまともに取っていないのだから、それも当然のこと。
 心が弱いと責めるには酷過ぎる。だからこそ、他の誰も彼女を責めない。倒れそうになる彼女を蔭から支えることに徹する。
 そんな優しさを、咲夜は周囲の人々から感じ取っていた。美鈴は勿論のこと、慧音からの心遣いも彼女には感謝している。
 だが、誰より咲夜の事を心配してくれているのは八意永琳だろうと咲夜は断言出来る。
 診察を行う中で、永琳は咲夜に気遣い多くの言葉を投げかけてくれた。レミリアのこと、自身のこと、未来のこと。
 永琳の与えてくれる言葉、その一つ一つが咲夜の心を癒してくれた。彼女は咲夜が欲している言葉をおしみなく与えてくれた。
 けれど、肝心の一線だけは決して越えない。触れてほしくないことや、求めていないものには近づかない。そんな
永琳の心遣いが、今の咲夜にはどうしようもなく心を揺り動かしてしまう。
 永琳の言葉、態度、優しさ――その全てに、咲夜は欲しているモノを否応なしに重ねてしまった。
 咲夜が手にしたもの。咲夜が失ったもの。八意永琳…ああ、この人はまるで『母様』のように私に接してくれているんだ、と。

 八意永琳と自身の関係、そのことを咲夜は薄々ではあるが感じ取っていた。
 自身の記憶の中にある見たことも聞いたこともない、けれど見知ったように感じられる知識の欠片。自身と永琳の
容姿の酷似、加えて唯一無二とされた『永遠の姫』の持つ能力に近しいものを自身が有していること。
 永琳が自分に接してくれていることは、罪悪感による感情なのかもしれない。後ろめたさによる行動なのかもしれない。
 けれど、それを知ってなお、咲夜は甘えてしまいたくなってしまう。どうしようもなく欲してしまう。
 そんな自分の感情を知る度に、咲夜は酷い嫌悪感を自身に抱いてしまうのだ。ああ、結局お前はそうなのか、と。
 母を失い、自分にとって都合の良い拠り所を失くしてしまった。そんな最中に現れた胸の空白を埋めてくれる『母親(ひと)』。
 愛するだのなんだの言っておきながら、自分を娘として見てくれない母より他の女性に自分は縋ろうとしている。なんて醜い、浅ましい。
 己への侮蔑の感情を並べ立て、咲夜は耳を必死に抑え目を閉ざし、甘い誘惑を幾度と断ってきた。
 違う。八意永琳は違う。自分にとっての母親は唯一人。自分が縋る人は唯一人。あの人だけなのに。
 けれど、夕食時に嬉しそうに天狗の少女の事を語る母は、何処までも楽しそうで、どこまでもその少女に想いを募らせていて。
 違う。母様は全てを失い、友も家族も何もかも失ったから、だから天狗の少女に寄り添っているだけ。
 少女の心の中で繰り返される負の連鎖。それがどうしようもなく咲夜の心と身体を蝕んでいく。けれど、それは他の人には
触れさせてはならぬ領域、だからこそ咲夜は今も一人心を押し殺し続ける。
 故に鈴仙には理解出来ない。心が摩耗しきった少女が、愛する母を失った娘が自身を責め続けている世界など。

 何も言葉を紡ぐことなく、下を向き続ける咲夜に辟易したのか、鈴仙はわざとらしく溜息をついて言葉を発する。
 それはまるで、少女達の周囲にまとわりつく鬱葱とした空気を追い払うかのように。

「暗いわね、貴女。まるでレミリアとは正反対」
「暗いかしら。他人にそう悟られるなら余程重症なのね、私。
メイドとしての教育を受け直さないといけないかもねしれないわ」
「軽口を言う余裕はあるんだ。まあ、それならいいんだけど…お願いだからあまり暗い空気出さないでよ。
貴女が暗いとレミリアが心配するじゃない」
「…してくれるかしら、今のお嬢様が」
「しない人に見えてるのなら、悪いことは言わないから今すぐレミリアの傍から消えた方がいいわね。
記憶の有無に関わらず、レミリアは常に貴女のことを第一に考えてくれてるでしょ。
少なくとも姫様と一緒に遊んでるときのレミリアはそうだった。口を開けば貴女の自慢ばかり、少し嫉妬しちゃうくらい。
その対象である貴女がそんなバカな発言をするのなら…レミリアにはお気の毒さまと言う他無いわね。
だから少しは自信を持ちなさいよ。何を悩んでるのか知らないけれど、貴女にはどんな姿であれ、あのレミリアがいるんだから」
「…貴女、少しだけ私の友達に似ているわね」
「私が?」
「ええ。厳しくて不躾で乱暴な言葉の中に、何より大切な言葉を捻じ込んでくる私のふざけたお友達。
…ありがとう、鈴仙。私を元気づけようとしてくれたのよね、感謝してる」
「…別に。私は貴女がそんなんじゃ、レミリアが可哀想だなって思っただけだから」

 顔を背けて言葉を切る鈴仙に苦笑しながら、咲夜は手に持つ薬を少し強めに握りしめる。
 頼ることも縋ることもしない、けれど、愛する母親が元に戻ったときに元気な笑顔を見せる為に。その為に、力を借りよう。
 心がぶれていることは否定しない。心が揺らいでいることから目を逸らさない。だけど、自分の一は絶対に動かさない。
 どんな状況でも、どんなときでも、自分の全ては母様の為にあるのだから。それこそが、十六夜咲夜の生き方なのだから。
 それに、余りに情けない姿ばかり見せてはいられない。そんな醜態を晒し続ければ、きっとあの乱暴な友人が自分を半殺しに来るだろうから。
 咲夜は心を切り替え、真っ直ぐな瞳で空を見上げる。夜空には欠けて弧を描く月が在り、幻想郷の夜を照らしていた。
 そんな夜空の月に少女は想う。今は欠けた月も時満ちればいつかは真円を描く。この悲しき時間も、永遠に続きはしない。
 母様は戻ってくる。母様と、フラン様と、パチュリー様と、美鈴と、そして私。みんなで笑いあえる、館での優しい日常は必ず戻ってくる。
 日常が戻ってきて、家族みんなが揃う中で。きっと音信不通続きで散々ご立腹だろう友人達に沢山沢山謝罪をするのだ。特にあの巫女は気が短いから
謝罪だけでは済まないかもしれない。そんな未来を空想し、咲夜は一人自然と笑みを零す。

「どうしたのよ急に笑ったりなんかして」
「いいえ。ただ…一発二発くらいなら殴られてあげようかしら、なんて笑えた考えをしてる自分に呆れただけよ」
「はあ…咲夜、貴女って変な奴ね」
「それは仕方ないわ。だって私は家族も友人も知人も触れ合うみんなが『愛すべき変人』なんですもの」
「…いや、それだと私まで変人になるじゃない!?私は普通よ!」

 必死に声をあげて反論する鈴仙に、咲夜は堪え切れずに声を発して笑ってしまう。
 今は笑いを押し殺すことに必死で気づいていないが、少女がこうして誰かの前で笑うこと…それは彼女の母親が記憶を失ってから
初めてのことだった。笑顔を失った少女、そんな少女が久方ぶりに世界に光を取り戻した瞬間だった。






[13774] 追想 ~フランドール・スカーレット~
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2011/02/13 22:53





 求めていたものは、一体なんだったのだろう。


 渇望し続けていたものは、一体なんだったのだろう。




 幾度と転び、幾度と絶望し、幾度と涙を堪え。

 一。十。百。千。大業に言えば悠久とも思える程の凍てついた時間を刻み。

 私は何を追い続け、掌を大空に差し出し続けたのだろう。




 分からない。

 今の私には分からない。

 だって今の私は、きっと大切な『それ』を失ってしまったのだから。

 護ると誓ったのに。

 私が護ると誓った筈なのに。





 欲しかったもの。手にしたかったもの。

 諦めたもの。手放してしまったもの。




 分からない。

 今の私には分からない。








 誰か教えて。お願いだから教えて頂戴。



 本当に正しい道は、一体何だったのか。

 私は何を諦め、何を手にすれば良かったのか。










 ――私は一体どうすれば、大切な人を――
























『おねーさま、きょうもおべんきょう?フランといっしょにいられないの?』





 私がそう訊ねると、お姉様は決まっていつも困ったような笑顔を浮かべていた。
 お姉様の優しい笑顔は大好き。でも、こんな風に困ったような笑顔も好き。だから私はワザとこんな悪い子を演じてしまう。
 そんな私の内心を読んでいるのか、我儘を言う私にお姉様はいつも笑顔のままで優しくこう言うの。

『フランが良い子にしていたら、早く切り上げて戻ってくるから』

 私の髪を優しく撫でながら、そう告げるお姉様。そんなお姉様に良い子で待っていると約束する私。
 ベッドの上で寝たきりの私は、お姉様と過ごす時間だけが幸せな時間。だから、お姉様との約束はとても大切。
 良い子にしてたら、またお姉様が来てくれるから。いつも地下で独りぼっち、誰もいない部屋にお姉様は私に会いに来てくれる。
 だから、私にとってこの約束はとても大切な約束。お姉様は、約束を守ってくれるもの。お姉様はいつだって嘘をつかない。
 お姉様が来てくれるなら、どんなに一人ぼっちでも怖くない。お姉様に会えるなら、どんなに身体がつらくても平気。
 だから私はお姉様に約束をするの。お姉様とまたお話しするために、良い子で待ってるとお約束。


 フランドール・スカーレット。
 それが私の名前、そして大好きなお姉様…レミリア・スカーレットと血を分けた実の姉妹である証明。
 私はスカーレット家という、吸血鬼の中でも有数の実力者であるスカーレットの実子として生を享けた。だけど、私は
生まれたときから先天的な障害を患っていて、自分一人で満足に立ちあがることすら出来ない病気を持っていた。
 なんでも、魔法使いの診断によると、精神と魔力の相関が…とにかく、とてもとても難しい病気で、治るのが難しい病気みたい。
 お父様は、そんな私を後継者として見做すことの出来ない役立たずとして私の存在を無いものとしてる。でも、それは仕方のないこと。
 お父様は力ある妖怪、それも幾多の妖怪達を従えるスカーレット家の頂点。そんなお父様にとって、私なんか唯のお荷物でしかないもの。
 最悪、他者に利用されることも考えたなら、殺してしまった方が合理的ですらある。だから私は命あるだけで幸運なんだと思う。
 お母様は私を生んだときに亡くなったらしい。だから私はお母様のことは肖像画でしか見たことないけれど、とてもお姉様によく似てる。
 髪の色も意志の強そうな瞳も、全部全部お姉様そっくり。きっとお姉様が大きくなったら、あんな風に素敵な吸血鬼になるんだと思う。逆に
私はお父様の血を色濃く受け継いじゃったみたい。髪の色も瞳も全部お父様と一緒。お姉様とお揃いがよかったから少し残念。

 お父様もお母様も接することなく生きてきた私だけど、そんなことは微塵も気にならなかった。気にする必要もなかった。
 だって私にはお姉様がいてくれたから。私のたった一人のお姉様、レミリア・スカーレット。
 お姉様は凄い。お姉様はスカーレット家の長女にして、誇りある名門のスカーレット家の後継者を約束された存在。
 生まれつき駄目駄目な私と違って、お姉様は凄く強くて凄く賢くてスカーレット家の将来は安泰だってお父様の部下達が
話してるのを盗み聞きしたことある。私はお姉様が戦ったりしてるところは見たことないけれど、生まれて百年程度しか経っていないのに
他の妖怪連中にそれだけ褒められるんだから、やっぱりお姉様はとてもとても凄いんだと思う。
 私にはそのことが凄く凄く誇らしかった。大好きなお姉様は、やっぱり世界で一番のお姉様なんだってみんなに言われてるようで。
 もし身体が元気なら、私はお姉様と一緒に館中を回ってみんなに胸を張りたかった。『この人が私の自慢のお姉様なんだ』って。

 物心ついたときから、お姉様だけが私の傍にいてくれた。
 病弱な私に食事を持ってきてくれたり、身体の心配をしてくれたり、ときには沢山のお話をしてくれたり。
 お姉様だけが私の世界の全て。お姉様と一緒にいる時間だけが私の生きている時間。
 優しく微笑むお姉様が大好き。私をそっと抱きしめてくれるお姉様が大好き。忙しいのに、それでも私に会いに来てくれるお姉様が大好き。
 お姉様は私の全て。お姉様だけが私の全て。
 神様がたった一つだけ私に授けてくれた大切な大切な宝物、それがお姉様。
 幸せだった。お姉様と一緒に過ごす時間が。
 幸せだった。お姉様と笑い合う日々が。

 だから、私は少しも怖くなんてなかった。
 自分の命が永くなくて、もうすぐ死んでしまうとしても。そんなもの、微塵も怖くなんてなかった。
 だって私は幸せだったから。お姉様に、幸せな時間を沢山沢山作ってもらったから。

 私はやがてくるであろう自分の死を、半分受け入れていた。
 でも、そんなことは本当に些細なことで。たとえ明日死んでしまうとしても、私は構わなかった。
 お姉様と約束すれば、また会えるから。だから、死んでしまっても、きっと大丈夫。
 もし死んでしまっても、約束すれば大丈夫。お姉様は嘘なんてつかないから、絶対に守ってくれるから。
 だから私は死んでも大丈夫。死んでしまったら、次は今とは違った元気な身体で、またお姉様に会いに行けるから。










 その日は、本当に急に訪れて。



 いつものようにお姉様とお話をしてると、急に体中を激痛が走った。
 毎日出てるような症状だと我慢も出来てお姉様に隠したり出来たんだけど、その日はいつものモノとは完全に異なっていて。
 正気を失う程の激痛と心が瓦解するような感覚に襲われ、私は思わず言葉にして助けを求めてしまった。
 死は覚悟していたのに。いつでも死んであげられると思ってたのに、自分が思った以上に私は弱い存在で。
 だから、私はお姉様に決して口にしてはいけない禁断の言葉を漏らしてしまった。
 酷く狼狽して私に言葉を投げかけ続けるお姉様に、私は助けを求めてしまった。



『助けて…お姉様、助けて…』





 私の身体の症状が悪化して一週間が経過した頃、私はようやく意識を取り戻した。
 けれど、それは一時的なもので、一時間後には…一秒後には、また意識を失うかもしれない。
 そう自分で感じられるほどに、私の身体は最早手遅れな状態へと移行してしまっていた。
 多分、もうこの世に意識を保ったまま存在出来る時間なんてあと僅かなんだろう。そう思うと、私は無性にお姉様に会いたくなった。
 この世に未練なんてない。この世に思い残すことなんてない。それをするには、私には余りに何も無さ過ぎた。
 空っぽのままに生まれ、空っぽのままで生き続け、そして空っぽのままに死んでいく。それが私、フランドール・スカーレットなのだから。
 だけど、そんな私にも一つだけ大切なものがある。
 お姉様。世界でただ一人、私を愛してくれた大好きなお姉様。
 他の何物にも刻まれずとも、お姉様の思い出の中に残れるのならばそれでよかった。
 お姉様の思い出に、私という存在が生き続けてくれるならば、私には十分過ぎる程の幸せだった。

 だから思う。もし、心残りがあるとすれば、お姉様と会話が出来ないままにこの世にお別れすること。
 最期にお姉様に会って、一言だけお礼を言いたかった。『ありがとう』と。『お姉様のおかげで、私は幸せだった』と。
 思い始めれば心は止まらず、己の意識が闇に塗りつぶされていく最中で私は思い続けていた。
 ――最期にお別れ、言いたかったな…と。









 闇。

 どこまでもどす黒く塗り潰された闇色の世界の中で、誰かが私に囁き掛ける。
 それはとてもとても甘い誘惑。私が望むことすら出来ないほどの幸福。
 誰が囁いているのかは分からない。だけど、誰かが私の耳元でそっと呟くのだ。

『フランドール。もし、お前の助かる未来が存在するとしたらどうする?』と。

 その誰かの呟きを、私はお腹を抱えて大笑いする。
 そんな未来は、在り得ない。私の人生はもう終わり。私はこのまま死んでいく、そのことだけは間違いないのだから。
 けれど、そんな私に対して得体のしれない誰かが未だ幾度と耳元で呟き続ける。

『フランドール。もし、お前の望みが叶うとしたらどうする?』と。

 私の望み。そんなことは無理だ。私の望みは叶わない。
 それは私が幼い頃より心の奥底に押し沈めた甘い甘い夢物語。夢見ることすら許されない酷く優しい幸せ。
 けれど、私はそんなものは見ない。それを一度してしまえば、きっと戻れなくなるから。
 その夢は、あまりに優しすぎる。その夢は、あまりに幸せ過ぎる。夢を見れば、必ずその夢は身を焦がす。
 そして甘美過ぎる夢に溺れ、私は心を壊すだろう。それは死よりも残酷な時間。それは死よりも過酷な責め苦。
 必死で否定する私に、誰かは何度も何度も訊ね続ける。
 願い。夢。未来。そんな甘い幸せを、そんな幻想を何度も何度も何度も何度も。
 最初は一笑に付していた私だけど、やがて悪魔の囁きに心惹かれ己の心を制せなくなってしまう。
 いいのだろうか。許されるのだろうか。そんな未来を、幸せを、夢を。私が願ってしまっても、良いのだろうか。
 何度も何度も私を拐す甘い言葉に、私は完全に心奪われ、その言葉を、意志を口にしてしまった。


『…生きたい。死にたくない。生きて、お姉様と一緒に生きたい』


 その言葉を放ってしまった刹那、私の世界は濃泥の黒一色から解放され、何も見えない程の白で塗潰されていく。
 まるで私の中にもう一人の優しい誰かが入り込んでくるように…私の世界を、優しい色に染め上げて。












 困惑。


 私が目を覚まして覚えた感情はそれ一色以外に無かった。
 目覚めたとき、私が存在していたのはいつもの地下室のベッドではなく、紅魔館地上の広大な一室。
 豪勢な飾り付けが施された室内は、私が先日まで居た薄暗く何一つモノのない地下室とは一線を画する様相で。
 そして、私の困惑はそれだけでは終わらない。ふと身体が恐ろしい程に軽いことに気づき、恐る恐る足を床につけて立ち上がってみると、
何の困難もなく己が身体を支えることが出来た。これまでは自分一人では立ち上がれなかったのに、だ。
 加えて身体中を漲る恐ろしいほどの妖気の昂ぶり。これまで鍛錬というものを行ったことがない自分の身体とは思えない程に
力が充実している現象に、私は驚きを通り越して呆然とすることしかできなかった。
 しかし、自分の身体が健康であると理解した時、私は心の底から湧き上がる歓喜を抑えることが出来なかった。
 理由は分からない、けれど自分はこうして生きている。しかも身体の自由すらも手にしている。
 元気になったということは、お姉様とこれからもずっと一緒にいられるということ。それは何と幸せなことなのだろう。なんと至上な未来なのだろう。
 喜び溢れる私は、室内から飛び出して、館中を走りまわってお姉様を探し回った。地下室以外あまり紅魔館の中を知らない私だから、
お姉様をなかなか見つけることは出来ず、道中に様々な妖怪達に出くわした。
 その妖怪達は私を見るなり、嫌な笑みを浮かべて挨拶を口にしていた。『フランドールお嬢様、ご健勝で何よりです』『お身体の具合は大丈夫ですか』と。
 まるで私に取り入ろうという心根を隠そうともしない連中に、私は首を傾げながらもお姉様の居場所を訊ねる。けれど、連中は下種びた
笑みを浮かべて口を揃えるのだ。『レミリア・スカーレットとは誰のことですか?』と。
 連中の言葉に、私は意味を理解することが出来なかった。自分はともかくお姉様を知らない妖怪など、この館に存在する筈がないからだ。
 お姉様は次代のスカーレット家を担う後継者であり、実力も風格も相応の者とお父様の部下達に認識されている。つまりお姉様は
将来の自分達の主になる可能性が高く、その相手を知らないなどという筈がないのだ。そう何度も問い詰めても連中は笑いを堪えて
知らぬ存ぜぬを貫くばかり。あまりにその態度が腹立たしくなり、私は己が身体に漲る力を解放しようとしたその時だった。私達の前に、お父様が姿を現したのだ。

 そのことに、私は軽く安堵する。他の馬鹿どもはともかく、お父様がお姉様の居場所を知らない筈がない。
 私はお父様に一礼し、お姉様の居場所を訊ねるが、そんな私にお父様は信じられない反応を返した。
 何も感情が込められていない、ただただ冷淡な瞳。その瞳で私を見下し、たった一言言葉を紡いだ。

『今日からお前は私の後継者としての教育を受けろ。話はそれだけだ』

 たったその一言だけを言い、お父様はこの場から去って行こうとした。
 そんなお父様に、私は慌てて道を塞ぐように立ち塞がり、必死に食らいついてお姉様のことを問い質す。
 お姉様は何処に行ったの、後継者って何のこと、お姉様が後継者なのにどうして。
 次から次に湧き出る疑問を投げつける私を、お父様は面倒だとばかりに蹴り飛ばした。
 廊下に倒れ、言葉を失う私にお父様は『ゴミなら地下だ。あのゴミもお前が責任を持って廃棄しておけ』と告げた。
 お父様に蹴られたことよりも、私にはお父様の言葉の意味が理解出来ないことが心を占め、ただただ困惑することしか出来なかった。
 どうしてお姉様のことを訊ねたのに、ゴミがどうこうなんて話が出るのか。地下のゴミを廃棄しろとは何のことなのか。
 現状に頭が追いつかない私に、まだ立ち去っていなかった連中がニヤニヤと笑いながら私に話しかけてくる。

『まずは当主様の仰る通り、地下掃除をしてはいかがですか?何なら手伝いますよ?』

 連中の言葉の意味は未だに理解出来なかったが、地下に何かヒントがあるのかもしれない。そう考えた私は、連中と共に
自分の塒であった地下へと足を進めた。大階段を下り、地上とは何十メートルも離れた暗闇の支配する世界。
 何処までも暗く、鬱葱さと孤独のみが存在を許される地下室…その一室に、それは、居た。
 私の存在した地下の一室ではなく、更に闇が支配する牢獄。お父様に逆らった者達が投げ入れられ、ただ死を待つだけの場所。
 その一室に、それは存在していた。まるで投げ捨てられたボロ人形のように床に転がっていて。

『――うそ』

 そのボロボロになってしまった誰か。それを私は最初認識することが出来なかった。
 否、認識したくなかった。だって、そんなの在り得ない。その光景は絶対に在り得てはならないものだったから。

『――うそ、だ』

 地下牢に投げ捨てられた少女――彼女は酷く、自分の知っている誰かに似ていた。
 だけど、自分の知っている誰か…自分が大好きなあの人とは、異なり過ぎる箇所が多過ぎる。
 私の大好きなあの人の髪は何処までも綺麗に整えられていて…だけど、地下牢の少女は、土埃まみれの髪で櫛すらも通されておらず。
 私の大好きなあの人の瞳は何処までも澄んだ美しい瞳で…だけど、地下牢の少女の瞳は、最早何も映すことが出来ない程に濁りきって。
 私の大好きなあの人の身体は何処までも傷一つなく綺麗な肌で…だけど、地下牢の少女の身体は傷だらけで、衣類一つすら身に纏わせてもらえず。

『――嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!』

 違う。違う。違う。この娘は、あの人じゃない。この娘があの人である筈がない。
 必死に現実を否定する私に、共に地下にきていた下種どもが愉悦を零しながら言葉を紡ぐ。
 それは心から愉しそうに。それは心から嬉しそうに。

『嘘じゃありませんよ。正真正銘、この小娘がフランドール様の探していた人物ですよ。
どうです、惨めなものでしょう?スカーレットの後継者として未来を約束されていた小娘が今やこのザマなんですから』

 そう言って、奴等は醜い愉悦を零しながら、あの人によく似た少女の髪を乱暴に掴み引き寄せる。
 力任せに引っ張られる少女は、少しの抵抗もせず連中にされるがまま。止めてよ。その人は、その人はお前達如きが触れていい存在なんかじゃない。
 もしその人が私の愛する人であるならば、お前達のような屑が触れていい人じゃないんだ。
 呆然とするしか出来ない私に、奴等はますます調子付いたように悪臭を伴った唾棄すべき言葉を並べたてていく。

『あれだけ大切に育てられていたくせに、当主の意向に逆らって下らぬ行動を起こす者の末路がこれですよ。
このことは後継者たるフランドール様には重々理解してもらわないといけません』
『そうですよ。貴女様は聡明なお方、こんな屑のような馬鹿な行動は取らないとは思いますが…念のために釘を刺しておきませんとね』
『しかし、残念と言えば残念かもしれませんね。もしこの小娘がもう少し成長していたなら、我々とて別の意味で楽しめたものを』
『違いない。あのスカーレット様の娘を蹂躙出来るならさぞ面白かっただろうに、こんな貧相な小娘ではやる気も起きんよ』

 屑共の吐き気を催すような言葉が私の心を蝕んでいく。奴等の言葉が私の心を追い立てていく。
 ああ、間違いないんだろう。やはり、これは夢なんかではなくて。奴等の言葉がこれほどまでに気分を害する世界。
 …今、奴等にされるがままに力を振われている少女。あの人は…私の愛した、レミリアお姉様なんだ。
 それを認めてしまえば、後は刹那に終わってしまって。感情の堰が壊れ、自分を抑えることなど出来ず。

『…るな』
『ああ?何か仰いましたか、フランドールお嬢様?』
『――お姉様にその汚らわしい手で触れるなと言ったのよ、塵芥共が』

 生まれて初めて行った力の行使。
 それはこれまでずっと寝たきりだった自分からは考えられない程スムーズに行使されて。
 力の開放、それは瞬きをする間も与えることなく終えてしまった。汚らわしい手でお姉様に触れる屑の首を片手で跳ね飛ばし、
隣で下品に笑っていた屑の頭を残る片手で磨り潰し。二匹の妖怪の命を一瞬で絶命させ、私は生まれて初めて他者の命を奪った。
 けれど、そこに罪悪感など感じることは無かった。奴等は私のお姉様に無礼を働いた。奴等は私のお姉様に汚らわしい手で触れた。それだけで万死に値する罪だから。
 私は殺した奴らのことなど微塵も振り返らず、ただ倒れ伏したお姉様をそっと抱き寄せ、その顔を覗き込む。地下牢の一室に投げ捨てられた
お姉様…その表情からは、以前のような輝きは全て失われていた。意志のない瞳、戻らぬ返答。お姉様はまるで生きることを放棄するかのような
様相だった。そんなお姉様を私は抱きしめ、言葉を漏らさず涙を零した。どうして。どうしてどうしてどうしてどうしてどうして――
 何が起こったのか。どうしてこんな状況になってしまっているのか。眠っていた私には、少しも理解することも想像することも叶わない。
 だけど、今私の目の前に広がる現実はお姉様が壊れてしまった現実(リアル)。いつも私に優しく微笑みかけ、温かい言葉をくれたお姉様は
何処にもなく、今ここには世界のどの光景をも映し出すことが出来ない程に壊れてしまったお姉様が存在するだけ。
 そして、そんなお姉様をゴミのように扱う館の連中…お父様。実の娘であり、後継者でもあるお姉様を、ゴミと言い切ったお父様。

『――してやる』

 あれだけお姉様はお父様の為に尽くしていたのに。
 お父様の名に恥じない後継者となる為に、スカーレットを継ぐに相応しい吸血鬼となる為に日々研鑽を積んでいたのに。
 そんなお姉様を、お父様は…アイツは、ゴミだと。私のお姉様を、ゴミなどと切って捨てた。そして挙句の果てに、こんな場所にお姉様を。

『――殺してやる』

 己の感情の制御、そんなこと今の私には考えることすら出来なかった。
 気づけば私は紅魔館の地上へと上がり、そこに存在する妖怪達を片っ端から屠り去っていた。
 目覚めた自分の力を感情のままに振り回し、一匹、また一匹と妖怪を殺していった。
 私の大切なお姉様をあんな風に扱った連中を一匹たりとて生かしておくつもりなど無かった。私の大切なものを傷つけた奴等に生きる資格などない。私が認めない。
 やがて二十を超える屍を築き上げたとき、とうとう私の目的とする『奴』が私の目の前に現れた。
 力を振う私に、奴は楽しそうに愉悦を零すだけ。その態度が私の癇に酷く障り、迷うことなく力を行使する。
 けれど、目覚めたばかりの私と百戦錬磨で館の頂点に立つ奴では実力があまりに違い過ぎた。呆気なく私を地べたに叩きつけ、私の頭を踏みつけて
奴は私を見下していた。だけど、私の心に灯った憎しみの炎がそんなもので消え果ることなどない。
 私は必死に口を動かし、奴に対して呪詛の言葉を紡ぐ。絶対に許さない。こいつだけは――お父様だけは、絶対に。

『殺してやる!絶対に殺してやる!お前は必ず私がこの手で殺してやるんだから!!』
『お前が私を?ふん、笑えない冗談だ…だが、その下らぬ憎悪の心がお前の成長をもたらすのならば一興か。
いいだろう。憎みたければ存分に憎むがいい。私を憎み、そして力をつけるがいい。今のお前では、私に触れることすら叶わぬ』
『私を殺さないつもり…?舐めるな!私はお前の人形でも玩具でもない!お前に生かされるくらいなら、自分の手でっ!』
『お前が死ねば、レミリアは私が殺す。それで構わぬというのなら、自ら死を選ぶがいいさ』
『なっ…』
『だが、お前が生を選び、私に都合のいい傀儡となり続けるのなら、レミリアを生かしてやろう。
無論、地下牢などではなく以前のような自室を与えてな。さて、どうするフランドール。選ぶのはお前だ』

 奴の提示する条件。それは最初から私が首を横に振る権利など与えてすらいない命令と同じもの。
 あまりに酷過ぎる奴の自分勝手な言葉に、私は気づけば涙を零していた。嗚咽を零し、必死に言葉を紡いだ。
 そんなものは無駄であると知っているのに。そんなものは自分を惨めにするだけだと理解していたのに。それでもそうせずにはいられなかった。

『酷いよ…お姉様の父親なのに…お姉様は頑張ってた、立派な後継者になるんだって…お父様の力になるんだって…
それなのにどうしてこんなことが出来るのよ…お姉様が、お姉様が一体何をしたっていうのよ…こんなのってないよ…』
『何も出来ない、それが今のレミリアの現状だ。そしてそれは私の娘である資格など無いも同じこと。
そして幸か不幸か予備がこうして使えるようになった。ならば予備がレミリアの役目を負うのは当然のことだろう』

 実の娘を娘とも思わぬ言葉に、私は必死に感情を抑えて唇を噛み締めた。そして最後と決めた涙を零す。
 もう私が泣くのは今日が最後。明日からの私は涙を零す暇すら存在しないだろうから。
 拳を握りしめ、己の本心を押し殺し、私はこの日誓った。どれだけ時間がかかろうと、必ず奴を…私達の父親だった者を、この手で殺すことを。























 その日から、私は生の全てを己の研鑽に注ぎ込んだ。
 奴の命じた配下の連中から効率のいい力の使い方、他者を圧倒する技術を学び、
ときには奴に命じられるままに他の妖怪か人間の領地へ向かい、そこで私に刃を向ける連中を惨殺した。
 他の妖怪や人間との戦闘は私にとって奴との来るべき日の予行練習に過ぎなかった。如何に自分の身体を
効率よく使い、如何に他者を殺す為のステップを構成出来るか。新しく体得した力の試し打ちもそこで行った。
 そんな私の自分勝手には、私に刃を向けた連中にのみ付き合ってもらった。恐怖に震え戦う意思を見せぬ者や
無抵抗な連中、力の無い連中には興味を向けず力を振わなかった。それは私の奴に対する小さな報復だったのかもしれない。
 そのことを咎めてくる奴の配下は、指揮者への反逆として即座に殺した。遅かれ早かれ私は紅魔館の連中を殺し尽くす予定なのだ、
むしろ私の命に反逆してくれる連中が多ければ多いほど、奴等を殺す名目が手に入れられて好都合だった。
 だからこそ、私は戦闘の度に歯向かわぬ連中を殺すなと部下に命じ続けた。本当、父の息がかかった奴等は呆れるほどに
単純な奴ばかりで笑えてしまう。命令を無視したとき、私は歓喜に心を震わせながら、連中を殺していったのだから。

 鍛錬と襲撃以外の空いた時間の全てを、私はお姉様と過ごす時間に費やした。
 お姉様は地下室ではなく、私の自室となってしまったお姉様の部屋へと運び、私のベッドの上で日々を過ごし続けていた。
 何があったのかは分からないけれど、お姉様は完全に心を壊してしまっていて。私が何と声をかけても、
お姉様は何の反応も示さなかった。否、示せなかった。だけど、それでも私は幸運だと思っていた。お姉様があの状況下で生きてくれていた。
それだけでも私は喜ぶべきだと考えていた。あの屑達が少しでも気まぐれを起こせば、お姉様はきっともうこの世に存在していなかっただろうから。
 横になったまま身動ぎ一つ出来ないお姉様のお世話を私はし続けた。ときに食事をなんとか喉を通させ、ときに髪を梳き、ときに身体を拭き。
 お姉様の身の回りのお世話をすること、それだけが私の幸せだったのかもしれない。血生臭い世界でしか生きられない私の心を
お姉様との時間が唯一の安らぎだった。そんな日々を繰り返し、幾度もの季節を繰り返す中で、私は一人の魔法使いの女と出会った。

 その出会いは格別驚くようなものでもない。私がお姉様の部屋へ向かう最中、その女と私は廊下で出会った。
 魔法使いである女、彼女の容貌を見て私はそいつが奴の右腕の魔法使い、その妻であることを即座に理解する。長い紫の髪に
妖艶な美貌を持つ女など、この館にそう存在するものではない。奴と近しい人物は私にとって将来殺すべき存在、そして憎むべき存在。
 だから私は舌打ちをし、そいつを見なかったことにして横を通り過ぎようとした刹那だった。その女は横を歩き去ろうとした私に
一言言葉を紡いだのだ。

『壊れた心を取り戻すのは難しいこと。けれど、その上を雪原のような白で上塗りしてしまえば、心は新たな色を描けるかもしれない』

 その女の言葉を耳にし、私は後ろを振り返ったときには既にその女の姿は何処にも存在せず。
 最初は女の言葉を気にも留めていなかった私だけど、お姉様と過ごす時間を重ねる内に魔法使いの呟いた言葉が何度も何度も思い出されるようになった。
 お姉様の心は完全に壊れてしまっている。お姉様が以前のように笑ってくれるのは、きっと時間を待つだけでは解決しないんだろう、それは
私にも薄々と感じ取れていた。このままお姉様を生きる屍のように過ごさせ続けること、それ以外に方法がないのか。否、存在する。それが女の口にした内容。
 違和感は感じていた。どうして奴に近しいあの女が私にそんなアドバイスのような言葉を送ったのか、理解出来なかったから。
 疑うことは何度も何度も行った。だけど、私が選ぶ選択肢を持ちえないのも事実。今のお姉様は全く無風の世界に存在する泉。微動だにしない
水面に変化をもたらす為には、一石を投じることが一番の近道。だけど、お姉様が仮に心を取り戻したとして、あの女に一体何のメリットがあるのか。
 考えても答えの出ない状態に、私は悩み続け、そして決断を下す。お姉様の心を取り戻す為の一手を打ってみる決心を。
 心を壊したお姉様を抱き寄せ、私は真っ直ぐにお姉様の瞳を覗き込む。見つめるはお姉様の瞳の奥に縛られた心、壊れた世界。
 私がお姉様に行うこと、それは吸血鬼特有の能力である強力不可避の暗示。他者を操る為の力を、お姉様の心の再活動の為に利用する。
 幾重にも厳重に暗示を私はお姉様にかけ続ける。かける暗示の内容は唯一つ、一切の記憶の消去。忌まわしきこの館の中での
記憶の全てに蓋をして、新たな生を享受する為に。心を壊してしまった理由は分からない、けれど何も無いゼロの状態からならば
新たな心を描けるかもしれない。…勿論、全てを忘れてしまえば、私のことも私との思い出の全ても忘れてしまうだろう。
 でも、私はそれでもよかった。またお姉様が笑ってくれるなら、私の大好きなあの温かな笑顔を浮かべてくれるなら、私のことなど忘れてくれても構わない。
 私の心なんて関係ない。私の想いなんて関係ない。ただ、お姉様が幸せになってくれるのならばそれでいい。
 一日、また一日と数日かけて深く深く暗示を繰り返して…そしてお姉様は心を取り戻すことになる。この紅魔館での過去の一切を捨て去って。












 お姉様が心を取り戻し、自我を萌芽させてからというもの、私はお姉様と接する際には常に一つの暗示をかけ続けている。
 それは自室から外に足を運ばないこと。理由は言うまでもない、この館は私以外皆お姉様を塵扱いする屑しか存在しない館なのだ。そんな汚れた場所に
お姉様を歩かせるつもりなんて私には毛頭なかった。私が室内にいないとき、お姉様の存在する部屋は私の施錠した強力な魔力結界によって
封鎖されるようになっている。外からは決して開かないようになっており、開くには私が施錠を解放するか内側から開くしかない。
 それくらい厳重にしなければ、私はお姉様を護ることが出来なかった。お姉様に窮屈な思いや孤独を強いているのは痛いほどに理解している。
 けれど、私にはそうするしか出来ないのだ。この館には私の味方なんて存在しない。誰も彼もみんなお姉様を見下し塵扱いする屑ばかり。
 だから私は一人でも守らなくちゃいけない。どんな手を使ってもお姉様を守る。たとえ一人でも、私が必ずお姉様を。




 やがて、私に僥倖とも言うべき転機が訪れることになる。

 奴がいつものように有能な妖怪を引き抜いてきた、その中に一人異彩を放つ妖怪が存在していた。
 紅の髪に色を映さぬ瞳、全身から血の匂いを放つ壊れた殺戮機械。それが私が彼女に感じた初めての印象だった。
 新しく館に来た妖怪の誰も彼もが奴に平伏す中、彼女は一人気にする素振りも見せず頭を下げることもない。そのことに不満を持ったのか、
暴力にて従わせようとした奴の部下を文字通り瞬殺してみせた。その姿に、私は初めてこの館内で奴に対抗出来るカードを一枚見つけたことを確信した。
 アレは決して奴如きに従えることの出来る存在ではない。彼女は必ず奴の配下にはならない。ならば彼女の存在は利用出来る。
 上手くいけば、奴を殺す為の強力なカードに…それどころか、お姉様を守る為の最高のジョーカーに成り得る存在だ。どうにかしてこちらに引き込めないか。
 そこまで考え、私は自分が非常に無茶な考えを並べていることに気づき思わず呆れてしまう。…何を都合のいい話を並べ立てているのか。あれが
誰かに属する存在ではないことは先ほど言った通りじゃないか。彼女はきっと何者にも従わない頭を垂れない。何故なら彼女は唯他者を殺す為だけに存在しているのだから。
 諦めたくはないが、自分に打てる有効打が何一つ見つからない。どうすることも出来ず、ただ淡々と時間が流れてしまう日々。

 そんな最中、私にとってある意味大事件とも言える事件が館内で発生した。
 お姉様が私の暗示に逆らい、部屋の外へと出てしまったのだ。そのことに気付いたのは、部屋の施錠が解放されたことを感じ取った為。
 理由は分からない。けれど、お姉様は私の幾重にも重ねた暗示を跳ね除け、そのまま室外に出たことになる。その危険に顔を青ざめさせ、
私は慌ててお姉様の居場所を必死に探し回った。もしお姉様が館の連中に出会ってしまえば、それこそ非常に恐ろしい事態になりかねない。
 なんとしても先にお姉様と出会わなければ。けれど、お姉様はどれだけ探しても館内にいなくて。もしかして館の外に出たのか、
そこまで考えて私は自分の世界が終ってしまいそうになるのを感じていた。何故なら館外、紅魔館の門の前には彼女が存在しているから。
 彼女は門前に立ち、モノを考えない殺戮機械として館に訪れる侵入者を一人残らず殺している。そんな存在の前にお姉様が
立ってしまえば、そこから先の未来など赤子でも分かる。私は可能な限り全力で駆け、必死に館の外へと踏み出した。
 最悪の可能性は考えたくない。でも、最悪の一歩手前は考えなければならない。あの化物と殺し合う可能性を。
 必死に館外に飛び出し、気配を消して門の前まで近づき――そこで私は予想すらしていなかった光景を目撃することになる。

 月だけが光照らす夜空の下で、お姉様が何度も何度も空を飛ぶ練習を繰り返す姿。
 そして、そんなお姉様をじっと眺め続ける紅髪の妖怪。

 その二人の様子に私は言葉を発することが出来なかった。一体何がどうなっているのか、と。
 お姉様が空を飛ぶ練習をしていることにも非常に困惑したけれど、それ以上に驚きを隠せなかったのが、紅髪の妖怪の姿だ。
 彼女はまるで見惚れたようにお姉様の姿をずっと眺め続け、夢中という言葉が非常に似合う状態で。何より彼女がここまで
近づいた自分の気配に気づかない状態、それこそが以上過ぎた。今の彼女は殺戮機械と表現するにはあまりに。
 そんな二人の姿に、私の中でもう一人の冷静な私が静かに囁いてきた。『これは利用出来るのではないか』と。
 理由は分からないが、お姉様のあの姿に彼女は心惹かれている。すなわち、彼女がお姉様を殺す可能性は現段階では非常に
低いと推測出来る。ならば、もっと二人の距離が近づけばどうなる。もしあの妖怪がお姉様に心を開いたならば、そのときは。
 これは非常に大きな賭けだった。やもすれば、お姉様の命を失いかねない程の大きな大きなギャンブル。けれど、その賭けに勝った時、
私は膨大なリターンを得ることが出来る。私以外でお姉様を守ってくれる最強の剣、その存在がもしかしたら入手できるかもしれないのだ。
 私は悩み、そして彼女に対して賭けを挑むことを決意する。お姉様の深夜の飛行練習を、私は一切止めない。ただ、お姉様が外に向かう際、
お姉様の歩む道に存在した奴の部下連中は無理矢理眠らせてお姉様と接触させないようにした程度だ。そして、いつの日か
彼女と接触したとき、より味方が必要なのだと訴えかけられるように、私に対する印象に『嫌いな妹』という暗示をかけて。

 一か八かというに相応しい賭けであったけれど、その結果は私の望む以上のリターンを手にすることが出来た。
 彼女――紅美鈴はお姉様に心惹かれ、そしてお姉様にその忠誠を誓った。お姉様の為だけに生き、お姉様の為に全てを賭す妖怪へと。
 その結果に私は喜びを隠すことが出来なかった。最高のカードを手に入れたという理由もそうだけど、何よりあれほどの妖怪の
心を奪ってしまったお姉様の凄さに言葉を表現することが出来ない程に嬉しかった。あの妖怪に心許される存在など、私だって出来はしない。
 私は声を大にして館中の連中に叫びたかった。お前達が無能だと屑だと言ったお姉様はこんなに凄いんだと。こんなに素晴らしいのだと。
 そのことを笑いながら、紅美鈴に初接触時に語ったとき、紅美鈴は呆れるように笑って私に力を貸すことを約束してくれた。
 当然だ。私と彼女はお姉様を守る為、その一点において決して互いに壊れることのない誓いを果たしている。だからこそ、私と彼女が
相容れない理由がない。私と美鈴は同胞、お姉様の為に生き、お姉様の為に死ぬ存在なのだから。
 美鈴にこの館の連中を一人残らず消し去る計画を話すと、美鈴もまた乗り気で『私が代わりに今すぐ実行してあげようか?』と提案してきた。
 そんな美鈴に苦笑しながら、私は軽く首を横に振る。まだその時じゃない、私達が行動するのは全ての条件が揃ってから。お姉様が
何の心配をすることもなく、これから先幸せに生きていける為の条件が揃った時…その為には、私達二人だけじゃまだ足りない。














 それから時間が流れ、美鈴が私の代わりにお姉様を守り続け、私がお姉様と距離を置いて
久しくなった頃、紅魔館中を揺るがす一つの事件が発生した。それは奴が部下に研究させ続けていた魔力実験の暴走。
 強大な力を精密操作する大実験だった為か、暴走の規模は酷く、奴の部下が十数人この世から去った。
 その報告を受けたとき、私はどうせならもっと大人数を巻き添えにしてくれればよかったのにと一人悪態をついていた。そう、
一人の人物の死亡報告を受けたときまでは。
 その人物は奴の右腕の魔法使い、その妻。お姉様に暗示をかけることを助言してくれた不可思議なあの女。
 彼女はどうやら、その大事故に巻き込まれて命を落としたらしい。その報告に、私は先ほどまでの最低な考えを少しだけ改める。
 別に死を追悼してやろうとは思わない。あの女も所詮奴の仲間、お姉様があんな扱いを受けても何も声をあげようとしなかった一人。
 だけど、それでもお姉様の心を取り戻すにいたった理由の一つであることに変わりはない。だから私は一言だけ言葉を紡いだ。
 こうして彼女が顕界から去るまで口に出来なかった言葉――『ありがとう』、その一言を。


 事故の報告を受けてから、二月近くの時間が流れ。
 奴の右腕である魔法使いが、一人の少女を奴に紹介した。その少女の姿に、私は少しばかり驚いてしまう。
 容貌こそ幼いけれど、その姿は私の知るあの死んだ魔法使いの女に酷似していて。そして、その夫である男が紹介してきた
という点で、その少女が彼女の忘れ形見であることを理解する。けれど、報告では確か娘も死んだとなっていた気がするけれど。
 そんなことを考えていると、奴は二人を見て、突如笑い声をあげて語る。『お前も随分狂ったものだ』と。
 成程、奴に同意する訳ではないけれど、確かに魔法使いは狂っている。何があったかは知らないが、自分の娘を便利な傀儡、玩具などと
表現するところなんか実に奴そっくりで最高の屑ではないか。最低の下種であると私は称賛してあげたい気分に駆られていた。
 そして、肝心の少女に対する印象は何一つ持ち得なかった。この娘は私同様父親に利用される玩具に過ぎないのだ。憐れむ心も
同情心も持つことなんて出来ない。少女がもし現状から解放されたいと望むのなら、そのとき私は初めて興味を持つかもしれない。
 同じ穴の狢、同じ地獄の釜の中でもがき苦しむ同胞として、少女の力に。

 それから数日後、何を狂ったか魔法使いは少女を私直属の部下にするように奴に進言したらしい。
 それを受け、少女が私の部下となることが正式に決まり、私は自分の後ろを歩く少女に苛立ちを隠すことが出来ずにいた。
 人形――ああ、実にその表現がよく似合う少女だ。言われたことに反応せず反抗せず。ただ唯々諾々と己が運命を受け入れ、諦め。
 ただただ父に言われるままに生きる、そんな姿が私は何より気に食わなかった。自分と同じ立場でありながら、そんなふざけた
世界を受け入れてしまっている少女が私には到底受け入れ難いものであった。だから私は思わず訊ねてしまう。
 お前にとって父親は何なんだと。命令をくれるご主人様か、そんな奴を――お父様などと呼べるのかと。
 だが、彼女から返ってきた答え。その言葉に私は言葉を失うことになる。魔法使いのことを、少女はノーレッジであると…父であると、
認識していない。それどころか一切の記憶を奪われてしまっている。それは恐らく魔法使いが少女に対し、そのような対処を行った為。
 何故そんなことを…そこまで考え、私はこれまでの流れで不可思議な点が線になるのを感じた。
 自身の右腕の妻が死んだと報告を受けた時の奴の表情、そしてあの魔法使いが執拗に奴ではなく自分に少女を近づけようとしている行動。
 全ての点が線になったとき、私はあの魔法使いの考えを理解した。あの魔法使いは守ろうとしているのだと。奴の手から、娘を。
 推測ではあるけれど、恐らく魔法事故は奴が作為的に引き起こしたもの。そして、その事故の為に魔法使いは妻を失い、娘すらを
失いかけてしまった。その状況は非常に奴の境遇と似ていて…奴がどうしてそんなことをしたのかは分からないが、それを
魔法使いはしっかり認識している。だから娘を自分に預けようとしている。たった一人の娘を守るために、自分とのつながりを捨て去ってまで。

 その考えを悟った時、私は魔法使いのもとへ真意を問い質しに向かった。散々沈黙を保ち続けたが、結局彼は口を割った。私の考えが真意であると。
 それを聞いた時、私は彼に力を貸せと訴えかけた。近い未来、私は奴を殺すと。そうすれば、お前は自由になり娘と共に幸せな未来を
歩くことが出来る筈だと。だけど、彼は私の誘いに決して頷くことはなかった。何度も何度も誘っても、彼は首を横に振って
『奴を裏切ることは出来ない』と言葉を返した。ならばここで殺すぞと脅しても、彼は決して首を縦に振らなかった。
 ただ一言、『殺すなら殺して構わない。お前にはその権利も資格もある。だが、私を殺すなら娘の…パチュリーのことは頼まれてくれるのだろう』と
いつも同じ言葉を紡ぐのだ。それを耳にする度に、私はあの少女に嫉妬を覚えていた。私達の父が奴ではなく彼だったなら…そんな無駄な未来を想像してしまうから。



 その魔法使い――ノーレッジを何とかこちらに引き込めないか取引を幾度と持ちかけている最中、奴がふざけた戦争を決意する。
 この欧州から古き妖怪達が住まう地、幻想郷へ転移を行い、その地を力で持って侵攻するなどという馬鹿げた考えだ。
 部下達に命を下し、歓喜に震える紅魔館の中で私は一人冷やかな目で奴のことを見つめていた。愚か過ぎる、たかが欧州を抑えたくらいで
図に乗ったか。幻想郷、その地は私とて噂で聞いたことがある。この顕界から去っていった妖怪達が、幻想が生き続ける隔離世。
 そんな場所に棲まう連中が、私達程度でどうにかなると思っているのか。一世界を生み出せるほどの存在がその地には在ることくらい
考えずとも悟れるだろうに。だが、頭が完全に狂ってしまっている奴には、そんな考えなど微塵も想像すら出来ないのだろう。
 私の他に唯一危険を感じ取ったノーレッジが、奴に対して必死に反対意見を述べていたが、そんなものに耳を傾けるような男か。
 ノーレッジ、本当に愚かな男。お前が信じている男は、お前の考えるような男なんかじゃない。奴の存在はお前から最愛の妻も、
果てには娘すらも奪いかけてしまったというのに、それでもお前は奴を信じるのか。…本当に救えない男。奴にそんな価値など存在しないのに。
 友の為に全てを犠牲にするのか。娘より友を取るというのか。ならば私とお前は決して手を取り合うことは出来はしないだろう。
 …けれど、私は最後までお前を諦めない。お前が娘を私に預ける限り…娘を救う為に尽力する限り、私はお前を。



 紅魔館が幻想郷に転移を終えると同時に、奴の配下達は我先にと幻想郷中で暴れまわり始めた。
 私は奴の『お遊び』に付き合うつもりなど毛頭ない。むしろ、これは私達にとって最大の好機でもある。
 勝手に幻想郷で暴れまわり他者の命を奪い続ける連中を、幻想郷は決して許さないだろう。奴をも超える妖怪が、必ずや
この地に訪れ、連中を一人残らず屠り去る筈だ。ならば私は傍観していればいい。それだけで私の長年の夢が、目的が達成される。
 無論、この手で奴を屠りたい想いは変わらない。けれど、私が何より優先すべきはお姉様。お姉様を害する全ての者を屠り去り、
この紅魔館から下種の輩を一掃し、そしてお姉様が今度こそ幸せになれる場所を築き上げること。
 誰からも害されることもない、私とお姉様が一緒に笑いあえる場所。それが私の何よりの目的なのだから、あいつの首の一つや二つ他の妖怪に
くれてやってもいい。だからこそ、私は幻想郷進行で騒がしい連中の裏をかいて着々と自身の計画を推し進める。
 一つはノーレッジの要望である、お姉様とノーレッジの娘…パチュリーの接触。
 ノーレッジの計画を知った当初より、彼はお姉様とパチュリーをなんとか接触させてほしいと考えていた。最初は何故だろうかと
考えていたが、日に日に変化していくパチュリーの様子に私は納得する。今のパチュリーは出会った頃の人形などではなく、
自分でものを考えものを欲する立派な個として存在している。そんなパチュリーに『心』を与えたのは他ならぬお姉様。
 そのことに私は耐えられず笑みを零さずにはいられなかった。お姉様は本当に凄い。あのパチュリーに笑顔を与えたのは、他ならぬお姉様なんだ。
 私はそのことをノーレッジに何度も何度も繰り返し自慢した。その度にノーレッジは呆れるような溜息をついていたが、彼にそんな風に
あしらわれるのは心外だった。何せこの馬鹿は自分の魔力の殆んどをパチュリーに移植した程の親馬鹿なのだ。幾らパチュリーの体調が
戻らず危険な状況にあったとはいえ、自身の数百年の力の全てを迷わず娘に譲り渡したのだ。それを親馬鹿と言わずして何と云うのよ。
 娘に対する想い、それは私達が決して得られなかったもの。自分が得られなかったからこそ、私は強く思うのだ。
 ――ノーレッジ、お願いだから娘を悲しませるような選択肢は選んでくれないでよ。下らないモノに縛られて、パチュリーを泣かせるような真似は。







 私の目論見通り、幻想郷で好き勝手し過ぎた奴等を処刑する為に幻想郷の強者達がこの館に乗り込んできた。
 館内の連中が次々に屠り去っていく光景を、私は美鈴達と共に地下から笑って眺めていた。
 奴の従者達が一匹、また一匹とたった二人の妖怪に屠られていく様に私は愉悦を零さずにはいられなかった。
 他者を蹂躙し続けた屑達が、因果応報を持って呆気なく殺されていく様、それは実に心躍る光景ではないか。
 待っていた。私達はこのときを数百年も待ち続けていた。呪われし館から解放されるときを、お姉様が本当の意味で
生を紡ぎ始めるその瞬間を。処刑人の強さは言葉にするのも憚られる程で、奴の強大な力を持ってしても彼女には手も足も出ず。
 結論から言うと、奴は生き延びた。処刑人達は奴の部下を片手で数える程度のみを生かし、奴の力を根こそぎへし折った上で
幻想郷での不可侵条約を締結させたのだ。そのことに、私は処刑人に少なからず感謝した。そう、貴女は私に手を下させてくれるのね。
奴をこの世から消し去る最後の決断を、この私に。私は美鈴にお姉様を任せ、私が待ち望んだ最高の瞬間への準備を推し進める。

 けれど、私が奴を殺す前に最後に為すべき仕事がある。それはノーレッジの説得。
 あの男は処刑人に見つかることなく、地下に潜み続けた。私はノーレッジの元に辿り着き、言葉を交わす。
 もう奴は終わりだと。私がこの手で始末すると。だからお前はもう奴に縛られることはないと。
 だが、この最後の最後になってもノーレッジは私の誘いに決して頷くことはなかった。あまりに頑固な男に、私は感情を苛立たせて言葉をぶつける。

『どうしてそこまで奴に付き従う!?お前は奴に妻を殺され、娘も奪われかけたんだろう!?』
『奴をここまで狂わせたのは私の責任でもある。今更一人生き延びようとは思わんよ』
『一人じゃないでしょう!?お前には娘が…パチュリーがいるじゃない!
お前は娘に何も知られぬままにこの世から去るつもりか!?娘を置いて一人楽になろうというの!?』
『そうだ。パチュリーには既に生きる術、私の魔法技術の全てを叩きこんでいる。後は私がいなくともどうにでもなる。
それに、パチュリーにはレミリアが…そしてお前がいる。なればこそ私は安心して地獄への階段を奴と昇ろう』
『っ、ふざけるなっ!お前達はいつだってそうだ!自分勝手な欲望で娘(わたし)達を振り回して!
生きなさいよ!恰好悪くても、無様でも、許されなくても生き延びなさいよ!!パチュリーの為に…娘の為に足掻きなさいよ!!』
『…許せとは言わんよ。私はお前達に対する所業を…レミリアに対する奴の行動を見て見ぬ振りをした。罰されるには十分過ぎる理由だ。
もし私とアイツがもっと心が強ければ、お前達を連れて館から逃げ出すことも出来ただろうに…だからフランドール、私などに同情するな。
私はお前が憎む悪だ。私が存在する限り、レミリアの平穏は決して手に入らない。だから迷うな、迷ってくれるな。
私が死ぬことは最早避けられぬ。私と奴の死を持って、この館は忌まわしき柵から解放される。
…お前はアレの妻に似て優しい娘だからな。私が難しいことを言っていることは重々承知している、だがそれでも――』

 そこまで言われて、結局私はノーレッジの心変わりをさせることが出来なかった。
 彼はもう私の言葉なんかでは動かない、それが痛いほどに分かったから。だから私に出来ることは、彼の最後の願いを聞き届けることだけ。
 彼が私に託した最後の願い。『――どうか、今度こそ幸せになってくれ。お前とレミリアと、そして私の娘と共に今度こそ』

















 来るべき運命の日。全ての準備を終え、私は己が忌まわしき柵を断ちきり運命に終止符を打つ。


 処刑人との戦いで完全に消耗してしまっている奴に、私は最高の笑顔を持って対峙する。
 ただ、私が来ることが分かっていたのか、奴は少しも動揺することなく身体に魔力を通していく。その光景に私は愉悦を零さざるを得ない。

 ――なんて、儚い。なんて、脆弱。

 あれほど強大だった奴の力のなんとか弱いことか。まるで生まれたての雛鳥のよう、それほどまでに奴は弱り切っていた。
 だが、そんなことで私は温情をかけたりしない。奴はお姉様に許されざる罪を犯した。奴はお姉様を裏切った。
 私は軽く瞳を閉じ、己が持つ全ての力を解放する。私がこの数百年間、このときの為に磨き続けてきた復讐の刃を鞘から引き抜く。
 私が得た力、それは奴をも超える程の圧倒的な破壊の力。背中の翅は二対の歪な宝石翼だけでなく、純粋な蝙蝠の羽も生じていく。
 その私の力に、奴は何が可笑しいのかさぞ嬉しそうに歓喜に打ち震えている。だけど、そんな気が狂った奴のことなど今更気にもならない。
 炎の剣と深紅の魔槍、私の愛用する二種の刃を生み出し、迷うことなく私は奴へと翔けていく。そして、奴もまた爪によって私の攻撃を
迎撃する。一度、二度と打ち合う中で私は己が勝利を確信する。勝てる、奴は私の動きにも力にも全く対応できていない。
 やがて私が力で押し切り、奴は肢体を復活出来ぬまでに裂かれ、焼き潰され。力なく床に転がることしか出来ない状況まで追いやられた。
 その光景に、私は我慢することが出来ずに大声で笑ってしまう。そんな私に、奴もまた愉悦を零して言葉を紡ぐ。

『可笑しいか、フランドール』
『ええ、最高よ。もうこれ以上ない程に最高の気分だわ。
あれだけ私達を弄んだお前が、最早私に手も足も出ない。お姉様を穢した罪人がこうして私に裁かれている。
良い様ね、スカーレット。あの時私を殺しておかなかった己の慢心を嘆きなさい?お前は私が殺す、その約束、今宵果たしてあげるわ』
『クククッ、何故私が嘆く必要がある?私の期待通り、お前はこうしてここまでの存在になってくれたというのに』
『フン、負け惜しみを。何、お前は私に強くなって欲しかったとでもいう訳?自分が殺される程に?』
『違うな。私がお前に望んだのは強さではない。お前の心の奥底に眠る『狂気の覚醒』だよ』
『…なんですって』

 何を訳の分からないことを。そう言って笑い飛ばそうとしたとき、奴は突如として狂ったように笑い言葉を吐き出していく。
 まるで雨水が蓄えられて限界を迎えていた堰が完全に崩壊したように、奴は下品さを押し隠そうともせずに言葉を並び立てた。

『狂気だよ!フランドール・スカーレット、やはりお前は他の誰でもない私の娘だ!
お前は私以上に、いいや私など足元にも及ばない程に狂いきってくれた!これを喜ばずして何を喜ぶというのか!』
『…狂ってるのはお前でしょう?私は何処も狂ってなんか』
『いいや狂っているさ!!私を殺そうするお前の表情、実に狂人に相応しい歪み方だったぞ!?
腕を切り落とし、足を焼き尽くし、一歩また一歩と私を傷つける度にお前は欲に溺れた娼婦のような表情へと移ろっていった!
そもそも私のときだけではない、私の部下を一人また一人と殺した時のお前も同様の顔をしていた!
愉しかろう?嬉しかろう?他者を己が欲望の為に蹂躙することは何事にも代え難き程に甘美だろう?
お前が我らを殺す際に感じる絶頂は復讐心が満たされた為などではない、お前が殺戮と蹂躙を愛する根っからの狂人故だ!』

 ケタケタと笑う奴に、私は付き合っていられないとばかりに手に持つ魔槍に力を込め直す。
 こんな奴と最早語る舌などない。最後くらい謝罪の一つでも出るかとは実に甘い考えだった。さっさと殺して全てを終わらせる。
 私が奴に近づき、紅の槍を奴の脳天めがけて突き刺そうとしたその刹那――奴の口から私は最後に最悪の真実を紡がれることになる。

『お前は芸術だよ、フランドール。お前をそこまで育て上げた根本にあるレミリアにも感謝せねばなるまいよ。
奴だけがお前の才能を正しく見抜き、自身の命を糧にしてお前を救ったのだからな』
『…命を糧に?お前、一体何の話を…』
『気づかないか?それとも気づかぬ振りをしているのか?そうよな、気づいてしまえばお前も私達と同罪だ。
最後に一つ教えてやろう、フランドール。どうして昔、病と狂気に蝕まれ死を待つだけだったお前がこうして生き延びられたと思う?
お前の病は決して治癒出来るような生易しいものではなかった。そう、それこそ禁術秘術を持って『生贄』を差し出しても難しいほどにな』

 どうして自分の身体が動くようになったのか。それは私が深く考えるのを忌避した問い。
 深く考えれば、答えなんて呆気なく導かれてしまうから。もしその答えを紡いでしまえば、私は奴等と同じになってしまう。
 言葉を発せない私に、奴は気を良くしたのか畳み掛けるように言葉を続ける。やめろ、やめて、止めてよ。それ以上は、止めて。

『どうしてレミリアは力を失ってしまっている?どうしてレミリアは心を壊してしまった?
どうしてレミリアの持つ魔力と翼をお前が所持している?どうしてレミリアは未だ弱いまま?
滑稽、実に滑稽よな。レミリアの全てを奪ったと私を憎み育ったお前が、その実誰よりもレミリアから全てを奪ってきているのだから』
『…やめて。お願いだから、それ以上は言わないで…』
『レミリアの為?お前がその言葉を使う資格があるのか?レミリアから全てを奪い、奴をゴミそのものに変えた他の誰でもないお前が。
いいかフランドール、お前はあくまで狂人で掠奪者だ。お前は所詮何処まで行っても私と同類、他者から奪うことでしか生きられず、快楽を見出せない。
やがて近いうちにお前は知ることになるさ。自分が大切にするモノ、それを自らの手で壊すことになる未来を、そしてその悦楽を。
零れ出した水の流れは何人足りとて止められぬ。崩壊の序曲は始まった。ましてやお前は私以上の狂気を孕む者、長い未来とて世界が許さないだろう。
狂気に身を委ねよ、他者を蹂躙し尽くせ、その呪われた手で肉親を殺し始まりの鐘の音を打ち鳴らせ、全てを憎悪し全てを殺し尽くせ!』
『…黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!』
『忘れるなフランドール!お前の未来は狂うことしか許されない!私を殺すその手で、お前は必ず大切な存在全てを殺し尽くす!
私がそうであったように、私の中のもう一人の私に狂わされたように、お前も必ず自分自身に翻弄される世界が続いている!
足掻け、もがけ、苦しめ、そして私を超える狂人になるがいいさ!そしてお前もその手で自らの最愛の者達を殺し尽くすがいい!
仲間を、友を、家族をその手で!お前の何より大切なレミリアも、その血塗られた手で――!!』
『――黙れと言った!!』

 これ以上はもう沢山。気づけば私は手に持つ槍で奴の脳天を真っ直ぐに突き刺していた。
 やがて奴は憑き物が落ちたように表情を和らげ、一言残して身体の全てを灰と化し、この世から去って行った。

『――忘れるなよ、フランドール。己が狂気に負けた愚か者の末路、しかとその眼に焼き付けておけ。お前の愛する者を護る為に…な』

 奴の死、それは私とお姉様がこの館の呪いから解放されたことを意味する。
 それは実に喜ばしいこと、心から喜ぶべきこと。それなのに、私は自身から流れる涙を止めることが出来なかった。
 奴がお姉様をあのような扱いにした日から、決して零さないと誓った涙。それがとめどなく私の瞳から溢れだし、止めることなど出来なくて。
 涙の理由、それはお姉様の真実を知ってしまったから。お姉様がああなってしまったのは、私の責任。私を救う為に、お姉様は自分を
犠牲にして、あんな風になってしまった。その真実が痛いくらいに私の心を責め立てている。きっとそう、私が泣いているのはそのせい。

 私が泣くのはお姉様の為。私が涙を見せるのは全てはお姉様の為。
 だから勘違いしないで欲しい。私が泣くのは、決して奴を――お父様を、この手にかけたことが悲しいからではないのだから。











 私がお父様を…奴を屠ったと同様、ノーレッジもまたやはり死を選ぶことを決めてしまった。
 奴を屠った後、私が地下へ戻ると、そこに力なく倒れ伏し、涙を零すパチュリーと、安らかな表情で眠るノーレッジの姿があった。
 パチュリーの様子を見る限り、真実を知ってしまったらしい。ノーレッジが実の父であり、誰よりも自分のことを愛していた真実を。
 涙を零すパチュリーに、私は己が責任を果たす為に言葉を紡ぐ。知っていた。口止めされていた理由はあれど、私は
彼がパチュリーの父親であり、愛するが故の行動であると知っていた。けれど、私は止められなかった。ノーレッジの死を、決意を。
 だからパチュリーに真実を告げる。自分は全てを知っていた、知っていながらに利用したと。私の言葉に、パチュリーは軽く首を横に振って否定する。
『お父様は自らの死を望んでいて、その願いを私は叶えてあげられた。それだけは、誰にも否定されたくない』と。
 …強い娘だと思う。だからこそ思う、ノーレッジ、お前は本当に馬鹿者だと。こんな娘を遺して先に逝くなんて、本当に愚かだと。
 私は彼の遺体の前で帽子を脱ぎ、瞳を瞑り冥福を祈る。誇り高き魔法使い、我が同胞に安らかな眠りが待たんことを。

 心配しないで。お前が託したこの娘は、必ず幸せになるわ。
 最早、この館の未来は幸福以外に存在しない。私がいて、パチュリーがいて、美鈴がいて…そして、お姉様がいる。
 もう私達を縛るものは何も存在しない。私達は幸せになれるんだ。もう何も…私達を脅かすものは存在しない…その筈だから。













 狂人。

 狂ってる。

 奴の言っていた言葉の意味、それを私は涙が出るほどに思い知らされることとなった。





 全てを終え、喜びと心の昂ぶりを感じるままに、私はお姉様に会いに行った。
 もう私とお姉様を遮るものは何も存在しない。奴は消え、私達の世界はあの優しき日々を取り戻せる。
 距離を取る必要もない。誰かに遠慮する必要もない。私は己の望むままにお姉様に想いを伝えられる。
 お姉様の手を取って、一緒に何処までも歩いて行ける。そうなる筈だった。そうなる筈だったのに――私の『狂気』が、それを許さなかった。

 お姉様に最初に会って、私が最初に感じたことは、何処までも純粋な殺意。
 憎むことも、憎悪も存在しない、ただただそうしたかったという欲望による殺意衝動。それが私のお姉様への最初の想いだった。
 ベッドの上で眠るお姉様を見て…血塗れの私とは正反対な、何処までも純白で綺麗なお姉様を見て…私は、強く殺意の衝動に駆られた。
 大好きなお姉様を、世界中の誰よりも愛するお姉様を、この手で穢したいと…殺したいと、思った。その光景は、きっと何よりも綺麗だろうから…
 お姉様の血は一体どんな味がするだろう。お姉様は死の間際に一体どんな声を上げてくれるのだろう。お姉様の死は一体どれほど私の心を揺り動かすのだろう。
 欲望が私の身体を突き動かして、お姉様の細い首に手をかけ、その刹那私は初めて自分の取った行動と感情に驚愕した。


 ――お前は今、一体何をしようとした。
 ――他の誰でもない最愛の人に、一体何を。


 気の迷いだと思った。奴を殺した故の気の昂ぶりによるものだと思った。
 だけど、私の脳裏から奴の最後の言葉がどうしても消せず。身体に溢れる嫌な予感がどうしても拭えず。
 そのとき私は自分の身体に流れる狂気、その忌まわしき身体と数百年ぶりに向かい合うことになる。完治したと思っていた、自身の身体の真実に。
 奴の書斎とノーレッジの書斎を片っ端から調べ尽くし、そこで私は真実に辿り着く。私の身体の症状と、お姉様が私に施した禁術の秘密を。
 私の身体は先天的な魔力と心の欠損によるもの。互いが欠損し合ったモノを埋め合わせるように入り組み、二者が連動するように入り組んでしまっている。
 すなわち、妖力や魔力を行使しようとすれば、それに連動し心も熱を帯びる。その複合作用によって気の昂ぶりを生み、心が冷静さを保てなくなる。
吸血鬼でありながら、その症状は致命的な病だった。存在するだけで妖力を行使している吸血鬼がそんな症状を持てば、どんなに長くとも百年と
生きられはしない。事実、昔の私は百を数えるか数えないかで死を待つ症状に陥ってしまっていた。
 それを抑えつけたのがお姉様の行使した禁呪だった。血を分けた姉妹だからこそ行えた禁術、それは自身の力の全てを私に譲り、その力の全てを
持って私の魔力と心の欠損を力づくで押さえつけて補うこと。これはお姉様が私と姉妹であり、殆んど似通った拒絶反応の生じない力であるが故に出来たこと。
 力の全てを私に流し込めば、私の身体は生を求める為にその力を利用する。けれど、そんなことをしてしまえば、術者は無事でいられる筈がない。何せ
生命器官の維持に必要な力の全てを相手に送り出してしまうのだ。お姉様が使用した禁術の正体を突き止めたとき、私は恐怖に震えた。文字通り、お姉様は
 命を賭して私を救ってくれたのだ。下手をすれば…否、最早そうなってもおかしくない確率、それほどまでに自分の命を捨てる危険を孕んでいるのに、だ。
 お姉様が全てを賭して守ってくれた私の命、お姉様が全ての力を捨ててまで施錠してくれた私の身体。それがどうして今になって。

 その理由は探るまでもなくすぐに想像がついた。私の身体と能力の成長に、お姉様の送ってくれた力が追いついていないこと。
 まだ幼い頃に禁術を使って私に力を与え、私の身体の欠損を塞いでくれた。だけど、それはあくまでお姉様が幼い頃の全ての力。今までの
私の身体の症状を抑えつけていた点で、如何にお姉様が優れた力を持っていたのかが窺い知れるけれど、それでも当然限界は訪れる。
 私の成長が止まることなく続き、お姉様の魔力では欠損を埋めきることが出来ず、その症状が今になって少しずつ見え始めている。
 まだお姉様の力があるから、私が急激に狂い暴走あるいは死に至るということはない。けれど、月日の流れが私の身体を蝕んでいくことは
明確。ゆっくりとゆっくりと症状は進み、最終的には私の身体と心を壊し尽くし、末路は想像に難くない。
 その現実に直面し、私は言葉を発することすら出来ずに立ち竦んだ。どうして。どうして。どうして。救われる筈だった。みんな幸せになれる筈だった。
 お姉様と一緒に笑いあえる日々が始まる筈だった。お姉様とお話ししあえる日々が始まる筈だった。それなのに、どうして。
 何とか治す方法はないかと必死に手当たり次第に考えるも、私が手にするのは絶望という結果だけ。何より、私の知る中で誰より優秀な
ノーレッジが手記にて諦めていた点、これが私にとって致命傷だった。あの魔法使いの智を持ってしても、私の症状は治せない。

 理不尽な現実に嘆き悲しみ涙を零し、ようやく手にした幸せを諦めなければいけないことを無理矢理納得させ、私は自身のことではなく
お姉様のことに考えを向ける。私が死ぬ未来、それはとてもとても悲しいこと。お姉様と幸せになれる日々を夢見てきただけに、
この現実は心折れるほどに苦しい結末。だけど、それでも私は全てを諦めることなどしない。私の一はお姉様の幸せ。たとえそこに私が
存在しなくても、お姉様が幸せになれればそれで構わない。たとえ私が存在せずとも、今は美鈴もパチュリーもお姉様と共にある。
 ならば私のすべきことは何だ。自分の死に恐怖し、見えない明日に怯えることか。否、断じて否。私がすべきはお姉様の幸せの為、幸福への努力。
 考えろ、これから先に自分がお姉様に何が出来るかを。お姉様の歩く未来をより安全に、そして幸福に彩る為に私がすべきことが何かを。
 思考し、まず私が考えたのはお姉様への力の返却。奴が死に、次に考えるべきは如何に他の存在からお姉様を守り通すか。その点を考えた時、
何よりお姉様が以前のような力と才を取り戻してくれるのが一番早い。たとえその結果が私の死につながるとしても、だ。
 その方法を模索したが、結果としては悪手とみなした。私が死ねば、お姉様に自動的に力が帰属する可能性もあるにはあるが、もし
叶わなかった場合のデメリットが重過ぎる。私の死は遅かれ早かれ確定している、ならばお姉様に力を返す僅かな可能性に賭けるのはそのあとでもいい。

 ならばどうする。お姉様を守る為に、私は一体何が出来る。もし自分の身体に問題がなければ、私がお姉様の代わりに
紅魔館の主となって危険の矢面に立ち、お姉様にはお姉様の望むままに幸せを追求してもらうつもりだった。無論、お姉様が望むなら主の座だってすぐに渡すつもりだった。
 けれど、今そんなことをしてしまっても何の意味もない。私がいずれ死ねば、お姉様は何の前準備もなく紅魔館の主として
座に就かなければいけなくなり、幻想郷の他の妖怪達と接さなければいけない。私が存在しない状況でそれだけは非常に危険過ぎる。
 かといってお姉様を今すぐ紅魔館の主の座につけて何のメリットが存在する。幻想郷の連中にとって、紅魔館は最早終わった館。この先数十年は
こちらが何も行動を起こさなければ、不干渉を決め込んでくれるかもしれない。だけど、その後の未来は約束された訳ではない。
 その短い期間でお姉様を主に据えたところで、私達はどうやってお姉様の為に立ち回れる。お姉様が館の主として君臨し、
幻想郷の強者達と面して、それで一体何が…そこまで考え、私は一つの計画を思いつく。それは本当に思いつきで、危険な綱渡りに変わりはない代物。
 …だけど、何もせずに指をくわえて時間が流れるのを待つよりも、行動する意味はある。お姉様は私達のような心汚れた妖怪達にとって
眩しい存在、その在り方に興味を示す奴等は出てくるかもしれない。そして上手くいけば、美鈴のときのようにお姉様が立ち回ってくれるかもしれない。
 はっきり言って、私には未来が存在しない。けれど、美鈴とパチュリーの二人だけに全てを押し付けるのは余りに酷過ぎる。
 最終的に、美鈴とパチュリーがお姉様を連れて紅魔館から去り、人も妖怪も足の踏み入れない場所でゆっくり暮らす選択肢もある。けれど、
それは後にどうしようもなくなった際に取れる一手だ。なら、今は紅魔館の持つ財貨と力をお姉様の為に利用できる一手を打つべきだ。
 全ての迷いを消し、私は一つの計画を推し進める決意をする。お姉様を幻想郷における強者としての名声を集めさせ、そして真なる
強者達と結びつけ、これからの未来を連中を利用することで守り通す一手を。私のいない未来で、お姉様が他者に命を脅かされることのないように。


















 私の計画はまさに順調そのものだった。

 博麗の巫女の代替わり、その時を狙って私はお姉様の名を幻想郷に知らしめる為に紅霧異変を引き起こし、そこから物語は一気に加速した。
 お姉様の在り方、純粋な心に誰も彼も惹かれていく。博麗の巫女も八雲の妖怪も西行寺の亡霊も伊吹鬼も。
 危険な橋を何度か渡ることもあったけれど、私は明るい未来を確信していた。私がこのまま死んでしまっても、お姉様は大丈夫だと。お姉様は
幸せになれると、誰からも命を脅かされることなどないと。
 そして、私は最後の一押しとして、永夜異変に参加を決めた。それが最後となる筈だった。そこでお姉様の名を幻想郷に広げ、
私はお役御免。お姉様に知られぬまま、独り地下で死を待つつもりだった。身体も大分限界を迎えていることを薄々感じ取っていた。

 だけど、私の描いた計画は呆気なく崩れ去ってしまう。
 八意永琳が展開した転移術式、その発動から私をかばってお姉様が消えてしまった。
 私の慢心油断から発生した事態、そして何よりお姉様が『また』私を庇って死にゆく姿に、私は己が感情を抑えることなど出来なかった。
 力の暴走、制御の枷の開放。
 私は何の思考をすることなく、己が力を獣のように解き放った。己が心に溢れる破壊衝動に身を委ねたのだ。
 けれど、思考のない獣に知恵ある者を討つことなど叶わず。私は八意永琳の前に敗北を喫してしまった。
 やがて異変は解決し、お姉様が無事であることに私は心から安堵したが、それ以上に自分自身を殺したい衝動に駆られた。

 お姉様を守ると決めたくせに、私は自分の行動によってお姉様を命の危険に晒してしまった。
 お姉様が全てなどと謳いながら、私はお姉様を殺しかけてしまったのだ。
 
 その結果を見て、思考し、私は決意を固めた。自身の死を受け入れることを。
 最早今の私は、お姉様にとって害悪な存在に過ぎず。私の存在がお姉様の危険を呼びこんでしまっている。
 それに、自分で死を決断しなくとも、そのときはもう目の前に迫っていた。
 八意永琳との戦闘で、私は何の制御もせずに己が感情と力を暴発させた。その代償が、病の恐ろしいまでの進行だった。
 今の私は一日のうち半日を言葉を絶する苦痛との葛藤に消費されている。身体と心が限界を迎えていた。
 このままでは拙い事態になると理解していた。だからこそ、私は地下に誰と顔を合わせるでもなく閉じこもることに決めた。
 やがて訪れる緩慢な死を迎え入れる為に。けれど、私はこの選択を心から後悔することになる。




 最良の一手は理解していた。それは自らの手で自らの命を消し去ること。
 だけど、私はその一手を選べなかった。全てを諦め、この世から去るには私はあまりにも勇気がなくて。
 どんなに上辺を繕っても、本当の私は何処までも臆病な私で。
 死を覚悟したなどとほざきながら、私は誰よりも死の恐怖から逃げ切ることが出来なかった。

 怖かった。お姉様とお別れするのが。
 怖かった。お姉様と二度と会えないことが。
 自ら死を選ぶには、今の私は捨てたくないモノがあまりに多過ぎて。
 結局、私は最後の最後まで臆病だった。
 何がお姉様の幸せにつながるかを理解していながら、最後まで私は『甘い幻想』を捨てることが出来なかった。
 決して訪れることのない奇跡を信じ、決して叶うことのない夢に縋りつき。






 ――結果、私は自らの手で最愛の人を殺してしまった。

 ――勇気のない臆病な私が招いた末路、それがこの結果だった。





 狂気を抑えることが出来ず、お姉様の全てを自らの手で壊し尽くした。
 目の前に現れたお姉様に、私は全ての真実を告げて、そして責め立てた。



 お姉様が私を生き延びさせたから、こんなに苦しい想いをすることになってしまった。

 お姉様があんな選択をしなければ、私は苦しむことはなかった。



 そんな微塵も思っていない言葉を、お姉様にぶつけ責め立て。
 違う。違う違う違う違う違う。私はお姉様のことをそんな風に思っていないのに。
 お姉様には感謝しかしていない。お姉様は私を救ってくれた。私はお姉様に助けてもらった。
 だからお姉様に少しでもお返し出来るように、お姉様が幸せになれるように、それだけを考えていただけだったのに。
 震えるお姉様に、私は自分を律することが出来なかった。まるでもう一人の壊れた自分が私の中に存在しているように、
私の意志とは関係なくお姉様を『壊す』為だけに行動し、そのことに愉悦を零す。
 そして、もう一人の私が取ろうとした行動を察して、私は心の中で必死に悲鳴をあげる。

 止めて。お願いだからそれだけは止めて。
 助けて。誰か私を止めて。美鈴、パチュリー、咲夜、誰でも良いから私を殺してでも止めて頂戴。
 それだけは、それだけは絶対にしてはいけない。それをしてしまえば、お姉様がまた壊れてしまう。また笑顔を失ってしまう。
 だから誰か――お願いだから、私を殺して。お願いだから、誰でも構わないから、お姉様を――お姉様を、護って。










 そして私は、震えるお姉様の瞳を覗き込み、開けてはいけないパンドラの箱を抉じ開ける。



 遥か昔に重ねかけた、暗示の開放。

 お姉様が今のお姉様で在り続ける為に必要だった心の枷。

 お姉様の壊れた心を護り続けた私の楔を、私は自分自身で引き抜いたのだ。






























 求めていたものは、一体なんだったのだろう。


 渇望し続けていたものは、一体なんだったのだろう。




 幾度と転び、幾度と絶望し、幾度と涙を堪え。

 一。十。百。千。大業に言えば悠久とも思える程の凍てついた時間を刻み。

 私は何を追い続け、掌を大空に差し出し続けたのだろう。




 分からない。

 今の私には分からない。

 だって今の私は、きっと大切な『それ』を失ってしまったのだから。

 護ると誓ったのに。

 私が護ると誓った筈なのに。





 欲しかったもの。手にしたかったもの。

 諦めたもの。手放してしまったもの。




 分からない。

 今の私には分からない。








 誰か教えて。お願いだから教えて頂戴。



 本当に正しい道は、一体何だったのか。

 私は何を諦め、何を手にすれば良かったのか。










 ――私は一体どうすれば、大切な人を――









[13774] 嘘つき花映塚 その七
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2011/02/20 04:47





「凄い!凄いわ文!人里がとてもとてもとっても小さい!ほら、空がこんなにも近くに感じるの!」
「喜ぶのはまだ早いわよ。私達天狗の棲む世界は他の人妖とは一線を画する世界、
私達は遥か遠く高き天空に恋い焦がれ想い酔いしれ歴史を刻み続けてきた。この程度、私達にとって児戯に等しい高さだもの」
「空ー!そーらー!凄い!高い!でも怖くない!不思議!」
「…ああ、人の全然聞いてないわね、この小娘ちゃんは」

 幻想郷の人間の住まう地、人里を遥か足下に見下ろす高見。
 その大空で文は自身の背中できゃっきゃと騒ぐリアに苦笑交じりに息一つ。少しは天狗らしく無意味に偉ぶってみたものの、
どうやら自分の背中の少女は風が舞い踊る大空の世界に夢中らしい。これはしばらく言葉は返ってきそうにないなと思い、文は
リアの負担にならない程度の速度で空を旋回し、幻想郷の遊覧飛行へと洒落込むことにする。

 美鈴からリア――レミリアの真実を告げられてから一日が過ぎ。
 文がリアに対して取った行動は『現状維持』という実に彼女らしくない中途半端な対応だった。
 少なからず自分が好意を抱いている少女がレミリア・スカーレットであったこと、その事実よりも文の心に重く圧し掛かったのは
無垢なる少女が知らずに背負っている過去の真実。リアが記憶を失ったのは、実の妹により命を奪われかけ、生死の淵を彷徨った果ての奇跡。
 今のリアはレミリア・スカーレットであった自身の過去を何一つ知らない。全てを失い、今という刹那を笑い、喜び精一杯生きているただの一人の女の子。
 そんなリアに対し、最早文はレミリアに関する取材などという気持ちは完全に失われていた。それも当然のことだ。今、この幻想郷にレミリアなどという
最強の吸血鬼は何処にも存在しないのだから、文が取材を行うことなどどう足掻いても不可能だ。
 無論、現在の状況に対し視点を変えてみれば面白おかしいゴシップ記事は出来る。噂を見聞きしたという空言で誤魔化し、
幻想郷のパワーバランスの一角を担う吸血鬼が何の力も持たぬ唯の少女になってしまったと囃し立てて書きたてれば良い。
 それだけで幻想郷に住まう人妖は誰も彼も文の新聞に夢中になるだろう。内容の真偽を確かめる為に、人里に人妖が殺到するかもしれない。
 けれど、そんな下種な記事を書くほど文は落ちぶれてもいなければ、誇りを捨ててもいない。記事を書くのは自分と読者の為、
そこに『自分が楽しめない』という気持ちが邪魔をすれば忽ち文は新聞作成に対する情熱を失ってしまうだろう。
 面白おかしく生きることをモットーにする文だが、彼女は他者を貶めたり好奇の目に晒したりすることに喜びなど感じない。
 噂好きにも噂好きの、ブンヤにもブンヤの誇りがある。故に文はレミリアに対する新聞作成を美鈴に真実を告げられた刹那に投げ捨ててしまったのだ。

 通常ならそれで終りの筈だった。
 レミリアを記事にするには、文の誇りが許さない。ならばレミリアを諦め、新たな記事作成に意志を注ぐだけ。
 レミリアに関してはお気の毒だとは思うが、所詮他人の不幸。山に属する天狗である自分には何の関係もないことだと切って捨てた筈だった。
 だが、文はそうしなかった。否、出来なかった。
 その行動を取るには、レミリアのことを他人事と忘れ去るには、あまりにリアに近づき過ぎてしまった。あまりにリアに触れ過ぎてしまった。
 数日前に人里で出会い、自分との会話に一喜一憂しては沢山の表情を見せてくれた少女。
 自分の書いた新聞を、そして自分自身のことを大好きだと迷いなく言ってくれた少女。
 文は自分の事を他者に胸を張れるような善人ではないと自負している。むしろ怠惰なところや場を引っ掻き回すところを考えると
やや悪い方の妖怪に入るのではないかとすら考えている。けれど、それでも文はリアのことを切り捨てられない。
 面倒事だと逃避するには、自分はあまりに知り過ぎた。少女の心、優しさ、純粋さ、そして背負っている過去の重さを。
 もし、自分がここで『もう二度と会わないから』と告げ、リアの前から去ってしまえば、きっとこの少女は悲しむだろう。自惚れなどではなく、
心から悲しんでくれることを文は理解している。リアは自分の事を友達だと言った。たった二人だけの友達だと。そんな少女を、文は裏切れない。
 けれど、今の現状が最上だとは微塵も思えなかった。記憶も何もかも失ったリア、その理由は実の妹に殺されかけてしまったという重いもの。
 確かに、今のリアに記憶を取り戻させるのは酷なことだ。美鈴が文に話した通り、記憶の復活がトリガーとなってしまい、リアの心を
再び壊してしまう可能性だって否めない。だけど、それでも文は思ってしまう。今のリアの姿が本当に彼女の幸せなのか、と。
 リアがレミリアだった頃のことを文は知らない。けれど、文は魔理沙やアリスに触れて彼女の周囲を包み込む断片を手にしてしまった。
 魔理沙とアリスが今も必死で『大切な友達』を探し回っていること。毎日毎日奔走して、得体のしれない天狗相手に『お願い』を
してくる程に必死に。それだけで文はレミリアの見ていた世界を少しだけ知ることが出来た。

 リア、貴女は友達が二人だけなんて言ってたけれど、それは違う。
 貴女には友達が沢山存在しているのよ。貴女の事を心の底から心配してくれている、大切な友達が。

 そのことをリアに告げること、その一歩を踏み出すことが文には出来ない。
 何故ならアリス達の想いを知っていると同時に、文は美鈴達の想いにも触れてしまった。
 大切な『主』の命を失わせたくないと、決して儚い灯火を消してはならないと己の心を押し殺してリアを護り続ける美鈴達。彼女達の心も
文には重々理解出来るものだ。確かに周囲にとって今は過酷過ぎる運命に囚われた世界だけれど、何も知らないリアには関係のない世界だ。
 リアの知る世界は、彼女が自我を取り戻した数カ月の世界。そこに他者の想いを背負わせるには、あまりに酷過ぎるではないか。
 何も知らない少女に『思いだせ』『お前は本当は紅魔館の頂点に立つ吸血鬼なのだ』と押し付けて、一体何の意味がある。そんな風に
急くことは、徒にリアの心に危険を生じさせる結果にしかならない。ならば現状維持こそ最善ではないか、もしかしたら時が解決してくれる
可能性だってある。いつの日かリアが心を壊すことなく記憶を取り戻し、館に戻るときが来るかもしれない。そして文はよく知らないけれど、
妹との騒動も解決に導けるかもしれない。そう、そんな美鈴達の考えも理解出来ないでもないのだ。

 アリス達の気持ち。美鈴達の気持ち。その両者の想いに文は気づけば触れてしまっていて。
 彼女達のリアへの、レミリアへの想いを理解しているからこそ、文は動けない。自慢の両羽を想いに絡みとられ、自由な空を満足に飛ぶことすらままならない。
 所詮自分は唯の傍観者、レミリアの過去も事情も何も知らない、ただ今のリアだけと知り合っている半端者。
 だから文は現状維持を決め込み、傍観に徹する。所詮参入の遅い『余所者』の自分には、決定権など存在しないのだから。
自身の背中で歓声をあげている大切な友達の運命を左右する、その決断の権利は。
 納得など出来ない。現状が最良とはどうしても思えない。けれど現状を揺るがす一手を打つ資格など自分にはありもしないし、どの手が
最良なのかも分からない。故に見物、故に傍観。歯がゆく思いながら、悔しく思いながらも、文はただじっと己が心を押し殺して。

「うーん、本当に最高の気分!これでお空が晴れてたら言うこと無しなんだけどなあ」
「いや、晴れてたらリアを空になんて連れて行かないわよ。…でも、確かに見事なまでに曇ってるわね。
昼過ぎだってのに、一筋の太陽光すら差さないほどに空が雲で覆われてる」
「しかも真っ黒な雲だし…雨なんて降ったりしないわよね?こんな高い場所で水に濡れると風邪ひいちゃうかも」
「雨にはならないと思うけど…何にせよ嫌な天気ね」

 大空から望む景色を見つめながら呟かれたリアの一言に、文はつられる様に空を見上げる。
 背中に抱える少女の言う通り、幻想郷に広がる青空は隙間なく敷き詰められた雲の大群によって覆われていた。無論、文は空を飛ぶ前から
承知していたし、むしろしていなければリアを大空に招待など出来る筈もない。リア…レミリアの正体は吸血鬼であり、日光は吸血鬼にとって天敵なのだから。

 天候の様子と風の流れを読み、文は日光が今日一日出ることはないと考え、人里に来るなりリアに大空に行ってみないかと誘ってみた。
 リアの過去、現状という答えの出ない迷路に陥ってしまった自身の思考回路をリフレッシュする意味も込めて、リアにそんな誘いを何気なしにしてみたところ、
想像以上にリアから喜びの反応が返ってきてしまった。早く早くとリアに急かされるままに大空へ、そして現在に到るという訳である。
 空を飛び始めて少しばかり時間が流れた現在だが、空の状況はリアの指摘する通り、深い雲が更に空を埋め尽くし蠢いている。雨が降らないかと
リアの危惧に、文は大丈夫だと答えてはいるが、それも少しばかり怪しく感じてくる程の暗雲が空を支配し始めていた。
 背後のリアを抱え直しながら、文は早めに地上に戻ることも考えなければいけないなと思考する。今はまだいいが、雨が降ったとなれば
吸血鬼である少女にとって一大事になりかねないからだ。吸血鬼は日光と同様に流水にも弱いのだから。
 降りることも考えないと、そうリアに告げようとした文だが、リアの喜びっぷりに水を注すことに少しばかり躊躇いを覚える。
 かといってこのまま人里から離れた場所を飛び続けるのも拙い。雨が降りだせば雨宿りすら難しくなってしまう。少しばかり悩んだ後、
文はリアと会話をしながらゆっくりと人里の方へ自然に戻ることにした。話に夢中になれば、この少女のことだから何も気づかぬまま
人里に戻ることが出来るだろう。そう考え、文は適当に話題を考えてリアに言葉を紡ぎかける。

「それにしても本当に想像以上に喜んでくれるわね。そんなに空の上が楽しい?」
「楽しい!楽し過ぎてヤバいかも!少し寒いけど楽しいわ!かなり寒いけど楽しいわ!めちゃくちゃ寒いけど楽しいわ!」
「…つまり、もんのすごおおおく寒いのね。大空に慣れてないと確かに少し辛かったかもしれないわね」
「でも平気!楽しいから寒くないわ!それに文の背中が温かいし!」
「あやや、天狗の背中で暖を取るなんて聞いたことないわ。これぞまさに背中を取られたってところかしら」
「うー、この景色を美鈴や咲夜にも見せてあげたいわ。二人とも、この素敵な光景を見れば笑ってくれるかもしれないし」
「そうねえ、リアがいてくれれば連中はいつも笑ってくれるだろうけど、この光景を見るともっと笑ってくれるかもしれないわねえ」

 あははと軽く笑う文だが、背中の少女から返答がなかなか戻ってこないことに気づく。
 文の想像では楽しげに笑いながら『そうよね』なんて言葉が元気よく返ってくると思っていただけに、文は少しばかり面食らう。
 そんな文に、リアは少し間を開けてぽつりと言葉を紡ぐ。それは先ほどまでの少女の声色とは大きく異なっていて。

「…いつも、笑ってないわ。美鈴も咲夜も、いつも、笑ってないの」
「…笑ってない?どういうこと?」
「あのね…咲夜も美鈴も、私といるときはニコニコしてくれるけど、本当は全然楽しそうじゃないの」
「笑ってるのに楽しそうじゃないって…リアの勘違いなんじゃない?楽しいときに人も妖怪も笑うものよ」
「そうなのかな…でも、私は二人がときどき凄く泣きそうな顔してるの、何度か見たの。
どうしたのって二人に訊いても、二人は『なんでもない』としか言ってくれなくて…ねえ文、二人は本当に私といて楽しいのかな」

 リアの言葉に文は返答を上手く返せない。得意の舌先で話を繕うには、少女の言葉が重過ぎた。
 少女の語る話に、文は背中に抱える少女を自身がどれだけ甘く見ていたのかを痛感する。何も気づかない、何も気づけない少女だと
勝手に思い込んでいたことに強く心を痛めさせる。これまで自分がどれだけこの少女の存在を『消して』いたのかを強く感じさせられた。
 美鈴達の想い、アリス達の想い。周囲の人々の想いによって文は現状をどうするべきかを一人悩んでいた。だが、結局のところ
彼女達は話の主役などではないのだ。今回、文を含めた人々を動かしている全ての中心はこの少女、リアなのだ。
 全てはリアが記憶を失ったこと、リアが妹に殺されかけたことが起因であるのに、文は気づけばリアを唯の被害者としてしか捉えていなかった。
 自分がどうするべきか。そのことを文は二つの考えにのみ絞っていた。美鈴達の考えを支持するべきかアリス達の願いを叶えるべきか、ただそれだけ。
 自分は傍観者だから、後乗りの第三者で事情を知らないからと結論を他人に預けていたが、それも大きな間違いで。
 決定を下すのは自分でもましてや他人でもない。今回の事象、その全ての決定権は一体誰にあるのか。そんなものは最初から決まっているではないか。

 ――全てを決めるのは、このリアだ。
 ――このまま何も知らずに生きるか、自分の重い過去を受け止めるのか。それらを決定するのは他の誰でもないリアなのだ。

 無論、リアの現状は痛いほどに理解してる。一歩選択を間違えば、致命傷になりかねない、最悪の結末を導く可能性だってある。
 だけど、今のリアはその選択肢すら与えられていない状態だ。時間の経過が全てを解決するというのなら、そのことをリアに伝えてあげればいいのだ。
 リアを護りたい、その想いは強く理解するし共感もする。だけど、その結果リアを悲しませては何もならないではないか。
 美鈴は、咲夜は知っているのか。今、リアがこうして二人に対して抱いている感情を。
 リアが何も出来ない、何も気づけない少女だと決めつけて楔を打ってしまってはいないのか。それとも、それを踏まえて行動を起こしているのか。
 足りない。情報が足りない。けれど、答えは出てる。この『現状』は非常にリアにとって好ましくない。
 この少女の正体がレミリア・スカーレットであること、そのようなことは今は実に瑣末なことで。今こうしてリアは文の背中で泣きそうに
なっているのだ。大切な友人が泣きそうになっている、それを助けるのに何か理由が必要なのか。
 恐らく美鈴も咲夜もリアの身に起きた、命の危険に陥ったという事件の為に、リアに触れることに対して過剰に臆病になっている。
 だから踏み込めない、踏み出せない。だから気づけない、気づかない。自分が大切に想っている少女が、今こうして不安に押し潰されそうに
なっている現状に。文は瞳を軽く閉じ、リアにそっと訊ねかける。それは自分の背中を蹴り出す為の大事な質問。
 リアの…否、レミリア・スカーレットの真実を知ったその日、勇気がなくて本人には訊ねられなかった大切な質問。

「…ねえ、リア。貴女は今、本当に幸せなの?」
「…幸せよ。美鈴も、咲夜も、幽香も、文もいる。こんなに沢山の大好きな人に囲まれて幸せじゃないなんて、言えないわ」

 ――でも。そう言葉を切って、リアはゆっくりと言葉を紡いでいく。

「でも…違う気がするの。幸せなのに、全然幸せじゃない…そんな気がしてならないの」
「幸せなのに、幸せじゃない…」
「美鈴と咲夜達と一緒にいて、大好きなお菓子作りが出来て、文や幽香とお話して…凄く、凄く幸せ。
でも…違うんじゃないかって、いつも『もう一人の私』が夢で叫んでくるの。こんなのは違うんだって、こんなのを求めていたんじゃないって」
「リア、貴女まさか…」
「もう一人の私が必死に叫んで…気づけば、私によく似た女の子が夢の中にいて。
その娘は泣いてるの…いつもいつも一人で寂しそうに泣いてるの。そんなの嫌なのに、その娘は絶対に泣かせたくないって思ってるのに、
どれだけ必死に手を伸ばしても、その娘には私の手は届かなくて…そして気づいたら目が覚めてて。
その娘が泣いているのに、私、全然幸せなんかじゃない…夢の中のお話の筈なのに、私には強くそう思えて仕方ないの…」
「…リア、その話を美鈴達には」

 文の質問に、リアはふるふると首を小さく横に振る。その答えを聞き、文は自分の結論を導き出す。
 リアの語る夢の内容、それは自分には分からない。だけど、あの連中なら…美鈴達なら必ず何か意味を知っている筈。
 …なんて簡単なこと。リアの笑顔を取り戻す為に自分が出来ること、その方法なんてたった一つだ。
 リアが心から笑顔になるためには、リアが胸を張って幸せだって言えるようになること。リアの心の悩みを解き放つ為に、リアが悲しんでいる
本音も含めて、一度美鈴達と話し合うべきだったのだ。リアの心に溜めている想いを、その全てを二人に話すべきなのだ。
 それを受けて美鈴達がリアに『真実』を話すかどうかは二の次で良い、今のリアは美鈴達の想いの空回りが負担になってしまっている。
 自分がリアを救おうなんて思わない。そんなたいそれたことが出来るとも思えないし、自分では役者不足であることくらい重々理解してる。だけど、
そのアシストくらいは出来る筈だ。友達の悩みを解決する一助になるくらいなら、今の自分でも出来る筈。迷いを捨て、文はリアに口を開く。

「…リア、人里に戻るわよ。戻って貴女は話をするべきなの」
「話って誰と?何のお話をするの?」
「――貴女の大好きな家族と、貴女の本当の想いを伝える為のお話よ」

 リアの返答を待たず、文は真っ直ぐに人里目指して空を翔けていく。
 少女の負担にならない程度に、それでいて可能な限り迅く、自慢の翼で空を裂いて。









「貴女が戻って来るのを待っていたわよ、リア。そして射命丸文」
「…何?今少し忙しくて貴女の相手をしている暇はないんだけど」
「時間は取らせないわ。それに私の用件の本命は貴女の抱える小さな少女」

 人里に戻り舞い降りた文達の前に佇む女性――風見幽香を前に文は少しばかり眉を顰める。
 別段彼女が悪いという訳ではないが、今の文は一刻一秒と早くリアを美鈴達に会わせてあげたかった。故に意図せずして言葉に
少しばかり棘が入るが、幽香は気にすることはない。二人の元に近づき、愉しげに微笑みながら一本の薔薇を差し出す。
 それは燃えるような紅ではなく、どこまでも漆黒に染まった薔薇の花。首を傾げながらも、差し出された薔薇を受け取るリアに、幽香は
笑顔を絶やすことなく言葉を続ける。

「大事に持っておきなさい。パーティーの開幕は、それを使って教えてあげる」
「…パーティー?何、幽香パーティーを開くの?もしかして私を呼んでくれるの?」
「ええ、貴女を楽しませる為に沢山の趣向を凝らすつもりよ。フフッ、楽しみにしてるわ。
用件はそれだけよ。それではリア、さようなら。次に会うときは『本当の再会』であることを期待するわ」

 そう告げて去ろうとした幽香に、文は彼女の語る言葉に対し強烈な違和感を覚えた。
 幽香はリアに対し、『本当の再会』という言葉を使っていた。それは何を意味するのか。今会ったのは再会とは言えないということか。
そう言えば、以前にも不思議なことを彼女は言っていた。以前、幽香に対しリアが文と仲良くしろと言った際に、彼女は一体何と言った。

『そうね…貴女の友達は、私達だけだものね。
たった二人しか存在しないの…今の貴女には、たった二人しか縋るお友達がいないの。だから、大切にしないといけないわね』

 『今の貴女には』。そして先ほどの『本当の再会』。これまでの何も知らない文には微塵も理解出来なかった言葉、けれど
今の文には彼女の使う言葉の意図するところを察することが出来た。つまり、この風見幽香は――

「…風見幽香、貴女まさかリアの素性を」
「さあて、どうかしらね。一つだけ言えるのは、記憶を覗くのは閻魔とさとり妖怪の特権という訳ではないということ。
相応の力と技術を持つ者ならば、疑似の代用品は幾らでも模倣出来るものよ。フフッ、貴女との再会も期待してるわよ、射命丸文。それでは…ね」

 愉悦だけを残し、幽香は二人の元から去って行った。
 幽香が一体何を知っているのかを問い詰める為に追いかけたい衝動に駆られる文だが、その心を必死に自制する。
 今優先すべきはリアを美鈴達と会わせること。あのような狂言回しを演じる妖怪に付き合っている場合ではないのだから、と。






















 文とリアが幽香と別れた同時刻。
 彼岸へと続く道、その上空を三人の少女が空を切って飛翔する。
 風切り音だけが支配する空間を打ち消すように、少女の中の一人が言葉を紡ぐ。

「なあ霊夢、道は本当にこっちで合ってるのか?というか、この広い彼岸の何処に行けばいいんだ?」
「…知らないわよ。私は幽々子から彼岸に行けって言われただけだもの」
「あの西行寺幽々子が適当なことを言う…ことは充分にありそうな気がするけれど、信じることにして。
とにかく今は道を急ぎましょう。なんだかひと雨きそうな空模様だもの」
「濡れるのはちょっと勘弁だな。まだ寒さは残りに残ってるんだ、風邪でも引いちゃたまんないからな」

 雑談を繰り広げながら、三人の少女――霊夢に魔理沙、アリスは真っ直ぐに彼岸へと翔け続けていた。
 三人がこの場所を訪れている理由、それは幽々子の言葉の真意を確認する為だ。幽々子は昨日、霊夢に対し、異変を解決したいのならば
彼岸へ向かえと告げた。それを実行に移した霊夢だが、昨日は突然のアクシデントに見舞われ、結局行動に移すことは出来なかった。
 否、彼岸の前までは辿り着いたのだが、それを横から突如として妨害されたのだ。妨害した相手は風見幽香。彼女は何の説明もなく
霊夢に対し牙を剥き、霊夢を完膚なき程に叩き潰してみせた。ボロボロにされた霊夢は、そのまま彼岸に向かうことも出来ず、昨日は
神社へと引き返して身体の治癒に専念している。傷だらけの霊夢の帰還に驚き、事情説明を要求したアリスと魔理沙に対し、霊夢は結局
最後まで口を閉ざし続けた。口にするには余りに自身が情けなく、無様過ぎて。そんな霊夢の心を知ってか、魔理沙とアリスは強く追及することはなかった。
 ただし、今日再び彼岸に向かおうとした霊夢に対して同行を申し出た。断ろうとした霊夢だが、こればかりは二人とも決して折れることはなく。
 結局根負けした霊夢が渋々ながら二人を連れて彼岸へと向かっているという状態である。流石の霊夢も、魔理沙とアリスが心配して
同行を申し出ていることを理解してるため、強引に振り切ることは出来なかったようだ。けれど感謝の言葉は発さないのは実に彼女らしくはあるが。

「しかし幽々子も恐ろしいことを言うもんだ。紫や幽々子よりも上の存在ってどんな化物だよ。
そいつに話を聞きに行っていきなり戦闘、だなんてのは御免被りたいところなんだが…どう思う、霊夢」
「…アイツじゃないわ。アイツは彼岸にいつもいる訳じゃない。同じ化物でも幽々子が言ってる奴は、恐らく別の奴。
くそっ…アイツ、いつか絶対ぶっ潰す。この借りは百万倍にして返してやる。異変解決してレミリア見つけた後に絶対に八割殺しくらいにしてやる」
「…あ~、アリス、なんか霊夢がえらく物騒な言葉を並び立ててるんだが…」
「聞き流しなさい、とばっちりがきても知らないわよ」
「だよなあ」

 ぶつぶつと言葉を紡ぐ霊夢に、冷や汗を流す魔理沙。そして呆れるように息をつくアリス。
 そんな三者三様の三人旅だが、そう時間をかけ続けることもなく終点を迎えることになる。彼岸に面する三途の河、その地にて
彼女達を待っているように佇む二人の人物の姿を視界に捉えた為だ。目の前に現れた人物達に警戒を見せる三人だが、相手に戦う意思が
ないことを悟り、ゆっくりと彼岸に立つ人物の方へと近づいていき、着地する。
 地に足をつけた三人に対し、並び立つ人物のうち、緑髪の女性がゆっくりと言葉を紡ぐ。

「――貴女がここに訪れるのを待っていましたよ、博麗の巫女」
「…アンタが幽々子の言う『遥か格上の存在』って奴?」
「私と西行寺幽々子に格の差など存在しません。あるのはその身に委ねられた役職の差異のみ。
礼儀としてまずは名を名乗りましょう…私は幻想郷の裁判官を担当している四季映姫」
「そして私は四季様直属の死神、小野塚小町。まあ、よろしく頼むよ」
「閻魔と死神…成程、幽々子の言うことは強ち間違ってはいないみたいね。アンタ達なら沢山事情を話して貰えそうだわ。
今回の異変の真犯人に関して、知っていることを全部教えて貰いましょうか」

 映姫と小町に、霊夢達は早速とばかりに問い詰める。
 突然の問いかけにも、映姫達は予期していたのか、何ら動揺することなくすぐに言葉を返す。

「今回の異変は二種類の魂に起因する異変…ですが、貴方達にとって回帰の時に関する話は不要でしょう。
貴方達が求めているのは、『人為的に』異変を推し進めている人物を探ること、違いありませんね?」
「そうよ。誰かが幻想郷に魂を溢れさせ、それが花を咲き乱れさせて幻想郷を騒がせている、ここまではあたりがついてるのよ。
その犯人が誰なのか教えなさい。貴方達、知っているんでしょう?」
「貴方達がその行動を起こした者が犯人だと認識しているのなら、該当する人物は把握しています。
――風見幽香。その妖怪がこの幻想郷に異界の魂を送りこんでいる者の正体です」
「…なんですって?」

 映姫の言葉に、霊夢は驚き目を丸くする。それとは対照的に魔理沙は『誰だそりゃ』と首を傾げるばかりだ。
 霊夢達とは異なり、残るアリスは少し思考する様子を見せている。しかし映姫達の会話に口は挟まない。
 三者三様の反応を見せる霊夢達に、映姫は淡々と説明を続けていく。

「本来なら、今回の異変は予め予期されていた異変でした。風見幽香の存在の有無に関わらず、
幻想郷中に現在と同じような状況は成り立っていたでしょう」
「…はあ?いや、言ってる意味が分からないから。だったらなんで幽香の奴が犯人だって言い方するのよ」
「先ほど言った通りです。彼女もまた異界から魂を送りこんできているからです。彼女の行動により、幻想郷に溢れる魂は
最早許容量を遥かに超えてしまって、こちらでも対処が困難な状況に陥っている程です。加えて、異界の魂は私達十王の担当外の存在。
現在、上層部が魂の割り当てを行っていますが…それまでの間、風見幽香の持ち込んだ魂は我々の裁判を通過するどころか受けることすらままならない」
「異界の魂って…アイツ、幻想郷の妖怪でしょう。もともとは外界にいたかもしれないけれど、どっちにせよ裁判出来る魂なんじゃないの?」

 霊夢の問いに、映姫は静かに首を振って否定する。
 映姫の返答に眉を顰める霊夢だが、そんな霊夢に映姫は再び言葉を紡ぐ。

「風見幽香は我々すら把握していなかった世界から訪れた来訪者。彼女の持ち運んだ多量の魂も同様です。
彼女は未知の世界から二年ほど前に幻想郷に突然現れた妖怪なのです。幻想郷とも外界とも異なる異界にて歴史を刻み続けた大妖怪、それが彼女です」
「…在り得ない。だって風見幽香は私がまだ博麗の巫女見習いのときには幻想郷にいた筈よ。それが二年前に現れたなんて矛盾もいいところじゃない」
「いえ、どちらも真実です。何故ならこの幻想郷には一時的に風見幽香が二人存在したのですから。
うち貴女が昔出会った風見幽香は二年前に私が直々に裁判を行っていることが証明になります。貴女の知る風見幽香は既に死んでいるのです」
「そんな…それじゃ、あの昨日私が出会った風見幽香は」

 そっと瞳を閉じ、映姫はゆっくりと口を開く。
 彼女の口から齎された真実、その意味は余りに重く深く。

「――極めて近く、限りなく遠い世界からの来訪者。
この世界に舞い降り、もう一人の自分をその手にかけた狂気の妖怪。それが今、幻想郷に存在する大妖怪…風見幽香の正体です」


























 妖怪の山、その麓に広がる大きな湖。その中央に浮かぶ孤島に降り立つ女性が一人。
 地に足を付け、一歩、また一歩と歩みを刻み続け、女性は孤島に唯一建造されている建物へと近づいていく。
 その建造物――紅魔館の門前まで足を進め、女性は館を軽く一望する。手入れが届いていない庭は荒れ果て、館には
人の気配が微塵もなく。そんな荒れ果てた館に笑みを零し、女性はそっと門へと手を近づける。
 女性の差し出した手が門に触れるかどうかの刹那、その手を遮るように空間に魔力が奔り、巨大なドーム状の障壁を館内外の狭間に
形成されていく。女性の手は結界障壁に弾かれ、門に触れることすらままならない。
 だが、そんな障壁による妨害に女性は何ら動揺することはない。笑みを浮かべたまま、再び手を結界へと差し出して結界に触れる。
 そして、堅牢な結界に対し、『必要分だけ』の己が力を発動させる。結界に触れること十数秒、やがて結界はまるで初めから存在していなかったかの
如く風に溶けて消失した。行く手を阻むモノは消え去り、女性は再び一歩また一歩と足を敷地内へと進めていく。

 荒れた花壇を抜け、広がる中庭に足を踏み入れ、そこで再び女性の足は止まる。
 ただ、先ほどまでのように無言のままという訳にはいかない。何故なら女性の視線の先には、彼女以外の存在が確認された為だ。
 彼女の視線の先、紅魔館の館内へと続く扉の前に現れた紫髪の少女は気怠そうな気配を隠そうともせず言葉を紡ぐ。

「館を包む障壁は見えなかったの?現在この館は来客お断りよ、出直しておいで、妖怪」
「あら、あの程度で障壁のつもりだったの?私はてっきり呼び鈴かと思っていたわ」
「呼び鈴だと認識したのに壊したのね、知性の足りない妖怪ね。
…それで、何の用?こっちは今凄く忙しいの。少なくとも見知らぬ闖入者に時間を割く余裕なんてないわ」

 少女の問いかけに、女性は笑みを絶やすことなく言葉を返す。
 ゆっくりと身体に妖気を浸透させ、周囲の空気を少しずつ獣のそれへと馴染ませる作業を並行させながら。

「全ての準備が終えたから、そろそろ盛大にパーティーの幕開けに移ろうと思ってね」
「パーティーだか祭りだか知らないけれど、そういうのは余所でやって。この暇人」
「あら、そういう訳にはいかないわ。幻想郷中を巻き込む最高のショーにするには、どうしてもここに在るモノが必要なのよ」
「…何が欲しいの。場合によっては都合してあげるから、さっさと帰って」

 その言葉に、女性は抑えていた身体の妖気を解放する。
 永い間抑え続けていた身体中の血の匂いを振り撒き、歪んだ笑みを顔に張り付けたままで少女に応える。

「欲しいのは、この世界における運命に対する着火剤。運命に抗う最高の素材を完成させること。
――フランドール・スカーレット。真なる運命に弄ばれし姫君、その小娘の首を貰い受けに来たわ」

 女性――風見幽香の言葉に、少女――パチュリー・ノーレッジは少しばかり眉を顰めた後、幽香に向けて迷わず戦闘用の術式を展開する。
 開始の合図も無く始められた殺戮劇に、幽香は口元を歪めながら己が力を解放していく。
 この日、風見幽香が待ち望んだ喜劇の幕が開く。永い間、永い間、気の狂う程の永い時間を恋い焦がれ続けた最高の時が。









[13774] 嘘つき花映塚 その八
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2011/02/20 04:53







 人里の中に存在する小高い丘。
 ぐるりと一望すれば人里を見渡せる場所に、美鈴は腰を下していた。
 無論、彼女がこうして時間を過ごしているのは無意味に休息を取っている訳などではない。人里の全てを把握出来る
場所ならば、彼女の得意とする能力を行使し易くなる。だからこそ、彼女はこうしてリアの傍を離れるというリスクを負ってまで、行動を起こしている。
 彼女が行うのは人里に出入りする人と妖、その全ての把握。慧音から提供してもらった『人里の歴史』を気配という点だけ特化して抽出し、
その気配の全てを現在の人里に存在する気配の全てと適合させる。そうすることで、人里内における美鈴にとって『見知らぬ存在』を消していく。
 現在の人里と美鈴の知る過去の人里の気配を重ね合わせ、もし『見知らぬ存在』が現れたならば、その者が美鈴の護るべき者にとって
危険か安全かを判定する。もし安全ならそれでいい。仮に危険な存在と認識したならば、守護の役目を担ってくれている者にその存在を
報告し、念入りに注意を払うようにしてもらう。それが美鈴の行動の第一の目的であり、人里に移り住んでからというものの、彼女が
危険だと判断した存在は唯一人だけ。だが、守護者の報告からも護るべき者の報告からも、その人物が害する人物であるとは聞いておらず、
ただの杞憂で終わってしまっていた。結果だけを見れば無用に思える行動かもしれないが、それでも美鈴は手を抜くことはしない。
 迷うことも揺れることもなく、美鈴は護るべき者――リアの為に、全力を尽くす。失いたくない、失ってはならない者の為に、今を全力で。
 美鈴は心の底からリアを失う未来を恐れている。誰より古くからリア…否、レミリアに仕え、彼女の為に生きてきた彼女は、
誰よりリアルにレミリアの存在しない未来を感じ、恐怖に苛まれてしまっている。だからこそ万全を尽くす、今自分が出来ることを。

「…少し気が乱れたわ。もう一度最初から」
「――っ」

 無論、そんな未来を恐れているのは美鈴だけではない。
 レミリアの娘である少女、十六夜咲夜もまた同様だ。だが、今の咲夜は美鈴と比べて少しだけ心の在り方が異なる。
 咲夜は未来を恐れる以上に、前を向くことを決めた。いつの日か訪れる幸せな未来を夢想し、その為に今自分がすべきことを為そうとしている。
 その為に、今の咲夜は必死に己が妖しの力を律そうと研鑽している。人の身でありながら、吸血鬼という妖怪上位種の力を身に付けた
少女。やもすれば振り回されてしまう程の膨大な力を、咲夜は己が力とする為に、必死で制御訓練を己に課し続ける。
 十の力が必要な時に十の力を発揮する為、百の力が必要な時に百二十の力で暴走してしまわない為。信じる未来を紡ぐ為に、いつか
必ずこの力が必要となる時が訪れる。そう確信している故に、咲夜は必死に鍛錬を続けるのだ。美鈴に指導を仰ぎながら。

 そんな咲夜の姿を見て、美鈴は思う。咲夜の中で、何かが変わった、と。
 昨日までも、美鈴は咲夜と同様の訓練を繰り返していた。しかし、咲夜の内面がボロボロ過ぎて、まともな訓練にすらなっていなかった。
 そのことを美鈴は責めなかったし、むしろ仕方のないことだと考えていた。今の咲夜を取り囲む現状は、あまりに酷で自分自身を
律しろという方が残酷だ。けれど、今の咲夜は昨日までとはまるで別人で、少女の瞳には確かな意志の炎が宿っていた。
 それは、決意を下した者の瞳。それは、心強き者の瞳。
 まだ幼き頃、咲夜が愛する母の為に強くなりたいと申し出、研鑽を積み続けたときと全く同じ、未来を目指す者の証。

 ――そう、咲夜は乗り越えたのね。自分の答えを導いたのね。

 どうしてその答えに辿り着いたのかは分からない。自分で決めたのか、誰かに背中を押してもらったのか。
 だけど、今の咲夜は本当に強い。覚悟を決めたときの意志の強さ、心の強さ。それは血の繋がらない母から受け継いだ咲夜の財産。
 そんな咲夜の姿に、美鈴は己を振り返り自嘲する。咲夜は現状を嘆くだけではなく、己の意志を持って悲しみを乗り越えたというのに、
自分はどうだ。悲しむばかり怖がるばかりで何一つ前に進めやしない、現状を維持すること、最悪を回避する思考しか出来ない。
 無論、美鈴自身それが悪いとは思わない。最良が何なのか答えが導けない今、最悪を回避することは逃げの一手だとは思わない。
 それでも、それでも美鈴は思ってしまう。行動しないこと、希望を待ち続けることが本当に自分達のすべきことなのかと。
 今自分の取るべき行動、それに自信を持っているならば、咲夜のように強く在ることだって出来よう。だけど、今の自分に咲夜のような
意志を心に灯すことなんて到底出来ない。自分が打っている一手は、全てにおいて中途半端な一手でしかないからだ。その最たる理由が、
先日射命丸文との会話だ。真にレミリアの帰還を信じるならば、文にあのような会話を行う必要はなかった。心の底からレミリアが元に戻ることを
信じているならば、『リアを頼む』なんていう言葉は決して発さなかった筈だ。
 どうしてあのような話を文にしたのか、その答えはとうに出ている。それは美鈴が『最良の未来』よりも『最悪を回避する未来』を
目指すことに縛られてしまっているからだ。彼女の心を縛る感情は恐怖、レミリアのいない世界がどうしても美鈴の心を蝕む。
 頭が潰れてしまえば人も妖怪も動けぬように、美鈴もまた頭たるレミリアを失って行動出来ない。レミリアの為に生きる美鈴は誰より強く、
レミリアを失った美鈴は誰より脆い。そんな己の弱さを自覚しているからこそ、美鈴は咲夜を羨む。最良を目指す決意を胸に宿した、恐怖を振り払う咲夜の強さを。

「少し前まであんなに小さかった女の子が、まさかこんなに大きくなるなんてね…本当、人生は分からない」
「…何、その年寄りみたいな台詞は」
「実際に年寄りだもの、これくらいは許してよ。貴女のお母様の見る目は確かだったというお話よ」
「そんなの当然よ、だから母様の周りには美鈴も居るんでしょう。母様の周りに集まる人は誰も彼も超一流ばかりで泣きたくなるわ。
母様の守護者は最強の守護者なのだから、娘もそれに追いつく為に相応の研鑽を重ねないと駄目なのよ」
「…本当に、この娘は。そんなこと言われてしまっては、格好悪いところなんて見せられないじゃない」
「そんなの当たり前でしょう。紅美鈴は十六夜咲夜にとって永遠に目指すべき高みの存在だもの。
他の誰でもない私の前では常に格好良いままでいて頂戴、『お姉様』」
「母親に似るのは構わないけれど、伯母に似るのは止めておきなさい。最愛の人に対して素直に好きも言えなくなっちゃう」
「あら、それは無理な話ね。フラン様もまた私にとって目指すべき憧れなのだから」
「そう。それなら止めはしないけど――はい、気が乱れたわ。もう一度最初から」
「なっ!?今のは美鈴が話しかけたからっ」
「あーあー、聞こえない聞こえない」

 咲夜の声を右から左に、美鈴は笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
 恨めしそうに見つめてくる咲夜を横目に、美鈴は軽く呼吸を一つ、自分の心を少しずつまとめていく。
 レミリアのこと、フランドールのこと、今の現状、未来のこと。これらに対し、美鈴自身がどの一手を打つべきなのかは
分からない。現状を打破するにも、その一手をどう紡ぐべきか見当もつかない。
 けれど、下を向き続けて情けない姿ばかりを晒す訳にはいかない。何故なら自分の背中を咲夜が見てくれているから。
 こんなちっぽけで主人がいないと何も出来ない自分の姿を、咲夜は信じて見つめ続けてくれているから。だったら、無様な醜態ばかりは晒せない。
 解決法は導けない。最善最良の未来を紡ぐ答えなど出せない。だけど、心強く在ることは出来る筈だ。咲夜のように、自分の夢見る
未来を信じ、自分に出来る精一杯を行うこと、これくらい出来ないとは言わせない。
 私は誰だ。私は美鈴、紅美鈴。紅魔館の守護者にして、レミリア様が一の従者。レミリア様の未来を信じること、それだけは誰にも負けてはならないのだから。
 少しだけ軽くなった心に、美鈴は我ながら実に調子が良い奴だと微笑みながら、視線を空へと向ける。
 空は漆黒と表現したくなるほどに暗き雲に覆われ、日光が差し込むことはない。けれど、美鈴は思う。決して晴れない空はないように、
いつまでも永続する不幸など存在しない。かつて、自身の心に救いの雨を降らせてくれた主が存在したように、永き暗闇の世界もいつかは。

「それに、この淀みと停滞を変えてくれるのは最早私達の独力だけでは不可能なのかもしれない」
「…美鈴?」
「逃げるつもりは毛頭ない。諦めたつもりも微塵もない。だけど…それでも都合の良い希望の二文字に縋りたくなるが人の性。
…期待しても良いのかしら、射命丸文。過去のお嬢様ではなく、今の『リア』だけを見つめる貴女に、私達の未来の第一歩を」

 美鈴は目を細め、暗き空を眺め続ける。
 その空には、真っ直ぐに美鈴達の元へと向かい翔け続ける、黒翼の少女の姿が在った。




















「…巨星がとうとう動き始めたか。紫様の推測が揺れ動くこと無く」

 幻想郷上空にて、九尾の女性――八雲藍は一人ぽつりと言葉を紡ぐ。
 彼女が遥か空の上より視界で捉えたのは、紅魔館へ向かう一匹の妖怪…風見幽香の姿。
 恐らく、彼女は全ての終焉を始める為の準備を終えたのだろう。この幻想郷に溢れかえる異界の魂がその証拠。
 彼女の真なる望みは分からない。けれど、もしも彼女の望みが藍の主の推察通りであるとするならば。

「全ての命運は一人の少女の双肩に乗る定めにあった…それがこの世界の在り方だと断じるには、あまりに酷過ぎる。
私は紫様達のように、あの少女を等身大以上に見ることは出来ない。妖精一人あしらえない者に一体何が出来る。
ましてや相手は個の妖怪に在らず。例えあの少女が相応の吸血鬼であったとしても勝敗は決して覆らない。
それは少女が悪い訳じゃない。仮に対峙するのが私でも、幽々子様でも、萃香様でも…紫様であっても、それは同じこと」

 軽く息をつき、藍は幻想郷を覆う漆黒の空を眺める。
 恐らく…否、間違いなくこの空も彼女の用意したステージの一環なのだろう。日光の差さぬ舞台ならば、この世界の主役は降り立つことが出来るから。
 妄執とも思えるほどの念の入れ具合に、藍は溜息をつきたくなる気持ちを自制して次なる役目を果たす為に身を翻す。
 例え己の思考がどうであれ、優先すべきは敬愛する主が命令。どんなときでも藍にとって主は絶対だった。だから
今回もきっと全ては彼女の主――八雲紫の掌の上の出来事。そう断じる為に、藍は幾度と自分自身を納得させる。

「…レミリア・スカーレット、もしも運命に対峙する道を選ぶなら、どうか足を踏み外してくれないで。
貴女が相対するのは個ではなく世界。運や偶然に左右されるほど、風見幽香という存在は甘くはないのだから」

 そう言葉を紡ぎ終え、藍は主に命じられた最後の役目を果たす為に移動を開始する。
 風見幽香という名の嵐が紅魔館で吹き荒れるその姿を見届けることなく。






















 しどろもどろながらも、必死に語るリアの言葉。
 少女の言葉を、美鈴と咲夜は言葉を挟むことなく聞き続けていた。その姿を、文は目を逸らすことなく眺め続けている。
 けれど、決して他人事と距離を取るつもりはない。リアの傍で、少女が不安と恐怖に押し潰されないように、文はリアの小さな
掌を包むようにしっかりと握っている。そんな文の優しさがあるからこそ、リアは真っ直ぐに美鈴達に心の想いを綴ることが出来た。

 自分が美鈴達と一緒にいることで覚えた違和感、不安。
 いつも笑ってくれる美鈴達が、心から楽しそうに笑っていないと感じてしまうこと。
 それはもしかしたら、二人に自分が何か悪いことをしてしまったからなのではないか。
 それはもしかしたら、二人が自分のことを嫌いになってしまったのではないか。
 もしそうなら謝るから、どうか笑ってほしい。二人が楽しく過ごせるように何でもするから、どうか嫌いにならないで。

 自分の想いを告げ終えたリアに、美鈴も咲夜も言葉を完全に失っていた。
 それは予想だにしていなかったリアの想いに対する驚き。少なからず二人はリアが幸せだと思っていた。
 美鈴と咲夜がリアのことを想っている気持ちに嘘はない。だからこそ、リアだけは幸せでいてくれると勘違いしていた傲慢、それを突きつけられた。
 結局、美鈴達はリアに対し完全に踏み込めてはいなかったのだ。もし、以前のレミリアに対するように接していたならば、リアは
このような感情、不安を持つことはなかっただろう。けれど、美鈴と咲夜は知らず知らずの内にブレーキを踏んでいたのだ。
 パチュリー達を、霊夢達を差し置いて、自分達だけがレミリアと接し幸せを感じることに罪悪感を覚えること。気づかぬ内にその想いが
真っ直ぐに純粋にリアと接することを妨害していた。今のリアは純粋無垢な一人の女の子、故にリアはそんな違和感を見抜いてしまう。
 自分達だけが幸せになっていい筈がない、この娘は『リア』であり『レミリア』ではない、その想いが二人の瞳を良くも悪くも曇らせてしまった。
 結果、リアは自身の悩みを二人に話せず、ここまで回り道をしてしまった。不安を胸に抱え、けれどそんな気持ちを押し込んで。
 呆然とする美鈴達に、文は想像通りの二人の『優しい反応』に少しばかり安堵を漏らしつつ、リアの言葉に補足を加える。

「言っておくけれど、リアの話を聞いて罪悪感を持ったり、ましてや謝罪なんてしてくれないでよ。
この娘が求めてるのは、貴女達の本当の気持ちだけ。貴女達がリアのことを好きなのか、嫌いなのか、それだけよ」
「っ、そんなの好きに決まってるでしょ!?私が、私達が母様…いいえ、リアを嫌いになることなんて絶対に無い!」
「…咲夜の言う通りよ。私達はリアを誰より愛している。その気持ちは誰にも負けない…そのことは過去も未来も変わることはないわ」
「そう、それを聞いて安心したわ。…ほらね、私の言った通り話してみるものでしょ?
何事もそうだけど、自分の気持ちを押し殺して一人で抱えてしまっても物事は解決しないものよ。自分の気持ちはちゃんと伝える、これは大事なことなのだから」
「うん…うんっ…」

 美鈴達の言葉に、不安で張り詰めていたモノが取れたのか、リアは涙を必死に拭いながら文の言葉に頷き返す。
 そんなリアを見て、文は笑みを一つ零し、彼女の掌からそっと手を離す。そして空いた手で少女の背中を軽く押す。
 文に押されるままに、リアは美鈴達の方へ足を進め、そして美鈴の胸の中へ顔を埋めて泣きじゃくる。そんなリアを優しく撫でながら、
美鈴は文に視線を向けてそっと言葉を紡ぐ。

「…本当、貴女には教えられてばかりね、文。
私達は大切を謳っておきながら、結局自分の事ばかりしか考えていなかった。
この娘が…リアが、私達のことで不安を感じているなんて、微塵も思っていなかった。少し考えれば、分かることだった筈なのに…」
「仕方ないわよ、貴女達にとってその娘は『リア』である前に『あの人』なのだから。逆の立場なら、私だって見抜けなかった。
私はその娘の『以前』を知らない。だけど、今の『リア』のことなら誰にも負けない気持ちがある。ただそれだけのことよ」
「少しだけ、嫉妬しちゃうわ。貴女にもしものときリアのことを託すなんて言ってしまったこと、失敗だったかも」
「嫉妬すること自体無意味よ。私とリアの関係…それはきっと、もうすぐ終わりを迎えるだろうから」
「…どういう意味?」
「…リアは恐らく全てを知ることを望んでいるという意味よ、十六夜咲夜」

 咲夜の言葉に、文は瞳を逸らさず真っ直ぐに言葉を返す。
 意味を上手く掴めない二人に、文は泣いているリアの代わりに説明を始める。きっと今のリアでは上手く言葉に出来ないだろうから。

「先日、貴女に『リアの話』を聞かせて貰ったわね、美鈴」
「…ええ、そうね」
「あの話を聞いて、私はどうしても納得出来なくてね。
勿論、貴女達の気持も現状も理解してるし、それしか手はなかったということも分かってる。
だけど、だけどどうしても私の心から一つの疑念が消えなかったのよ。『本当にそれはリアの幸せなのか』って。
何も知らずに、知らされずに今を過ごしているリア…今その瞬間を、本当に幸せだとリアは胸を張って言えるのかなって。
私は狡賢くはあるけれど、賢くはないからね。考えても答えが出ないから、リアに直接訊いたのよ。今、リアは幸せなのかって」

 答えはご覧の通りだけど、とリアに笑って視線を向けた後、文は言葉を続ける。
 彼女が行いたいのは、リアの気持ちを見抜けなかった二人への断罪や叱責などでは決してないのだから。
 文が知りたいのは、リアの発した言葉の意味。きっとこの二人なら、リアの紡いだ言葉の意味を知っている筈。

「リアが話してくれた不安な気持ち、その大本となっているのは貴女達への不安じゃなかったの。
リアが現状に不安を感じている理由は、私が聞いても全く分からない内容だった。だけど、貴女達なら分かると私は思ってる。
『リア』しか知らない私ではなく、『もう一人のリア』を知っている貴女達なら、リアが私に語ってくれた話の内容を」
「…教えて頂戴。リアが、貴女に何を語ったのかを」
「…夢の中で、もう一人の自分が叫んでくるそうよ。『こんなのは幸せじゃない』って。『こんな日々を求めていたんじゃない』って。
そして、そのもう一人の自分とは他に、自分によく似た女の子が夢の中でいつも泣いているそうよ。
その女の子はいつも寂しそうに一人で泣いていて、その女の子を泣かせたくないのに、どれだけ必死に手を伸ばしても届かない。
リアの見るそんな夢が、今のリアの幸せが『偽りゴト』なんだって語りかけている。だからリアは今に不安を覚えてしまっている。
…ねえ、美鈴、咲夜。貴女達ならリアのこの夢のこと、理解できるんじゃないの?
私でも、リアでも分からないけれど…リアではない貴女達にとっての『本当のリア』を知る者ならば…」

 どうなの、そう視線で問いかける文に、美鈴と咲夜は返答を返さない。
 文の話してくれた言葉の意味、それだけなら二人は当然理解している。リアの話す夢、もう一人の自分、そして自分によく似た女の子のこと。
 けれど、美鈴達は次の言葉を発せない。それは迷い、それは困惑。彼女達が望んでいた希望の光が形となって見えたことに対する疑心。
 リアと文が語る事象、それらが意味することは唯一つ――リアの心の欠片が、少しずつ形を修復しているという証明。過去を取り戻す希望が萌芽した証。
 美鈴も咲夜も今は必死に自身の感情を押し殺すので精一杯だ。気を少しでも緩めてしまえば、きっと泣いてしまうだろうから。困惑から喜びへ、
けれど、その後に訪れる判断。はたして、自分達はこれからどうするべきなのか。
 リアがレミリアとしての記憶を…フランドールへの想いを心に留めていること、これは何より大きな意味を持つ。
 自身が殺されかけたにも関わらず、レミリアは未だフランドールを想い、助けたいと必死に叫び続けている。すなわち、リアが過去を
思い出してもトラウマによって心が再び壊れないことの証明となるのではないか、そう二人は認識する。
 だが、それはあくまで素人判断。勝手な判断で、『最悪の結果』を紡ぐ訳にはいかない。安全に安全を期すならば、時間をかけて
リアの記憶を揺り戻していくのが正解なのかもしれない。けれど、だけど…だ。
 美鈴はそっと視線を文の方へ向ける。射命丸文、彼女は『行動』と『意志』によってリアの心を救っている。それは臆病な自分達には
決して取ることの出来なかったこと。リアだけを想い、リアのことだけを考えた者だけが手にした結果なのだ。
 瞳を閉じ、美鈴は思う。もし、この世界に運命を司る神が存在するというのなら、その神は何を持って救いの手を差し伸べるだろうか。
 自身達は保守と逃げと臆病さによって現状を維持し、文は意志と想いと勇気によってリアの現状を切り開いた。
 そこまで考え、美鈴はふっと笑みを零す。ああ、そうだ。最初から迷う必要など無かった。何が正しくて、何が正解なのかなんて『この方』に
仕えた時から決まっていたんだから。

 ――リアの望みを受け入れ、リアの決断を信じ、リアの為に行動を起こす。

 天狗の少女がそうしたように、自分達の想いの答えはきっとそこに在る。
 何故ならこの身はこの方の為に在り、この方の望みを叶える為だけに存在する。だから難しく考えるな、迷うな、先送りにするな。
 信じろ。レミリアお嬢様のフランお嬢様への想いを、心を、希望を、願いを。そうすればきっと、道は必ず開ける筈だから。
 美鈴は咲夜に視線を向け、意志の確認を無言で取る。美鈴の視線に咲夜は言葉にすることなく、強い意志を堪えた瞳で頷くだけ。
 泣き終えて、自身の腕の中でただじっと見上げてくる少女に、美鈴は言葉を紡ぐ。それは『リア』と別れを告げる為の言葉。

「…文は謝罪は必要ないと言ったけれど、やはりこれだけは謝らせてもらうわ。
ごめんなさい、リア。私達は結局、貴女のことを本当の意味で一番に考えていなかった。一番大切なことが何なのか、分かっていた筈なのに」
「美鈴は悪くないわっ!勿論咲夜も悪くないっ!悪いのは勝手に不安を覚えていた私…」
「…リア、貴女の見る夢、それはとてもとても大切なこと。
貴女が忘れてしまった、貴女の知らないもう一人の貴女に触れる為の大切な希望の欠片」
「どういう意味…?私が忘れてしまったって…」
「…それを知れば、貴女はもう今の生活には戻れなくなる。もう貴女は『リア』として生きていけなくなるわ。
今の人里の平穏な暮らしも、貴女の手にしたパン屋の夢も、その全てを諦め、貴女は過酷な現実と戦わなくてはいけなくなる。
それはきっとどうしようもなく辛いこと。それはきっとどうしようもなく残酷なこと。全てを知ってしまえば、この甘い幻想の幸せは砂に消える。
貴女が『真実』を知りたいと望むなら、私達は叶える。だけど、貴女が望まなければ、私達は決して行動しないことを誓う。
これは何も知らぬ貴女にとって酷な選択を迫っていると理解してる。だけど、私達では…私達が決めてしまっては、絶対にいけない。
…リア、貴女は自分で選ばなければいけない。あの日、伊吹萃香が『レミリア・スカーレット』に選択させたように、今回も貴女が選ぶのよ。
どちらの選択を選んでも、私達は決して貴女の傍を離れない。私達は貴女がどんな未来を選ぼうと、『リア』のことが大好きなのだから」

 美鈴の言葉に、リアは一切口を挟むことなく耳にし続けた。
 彼女が語り終えたとき、リアは長らく閉ざしていた口をすぐに開く。少女の答えは、最初から決まっていたから。
 だから少女は微笑む。どんなときでも味方でいてくれると言ってくれた美鈴の心に応えるように、少女は胸を張って結論を紡ぐのだ。

「――教えて頂戴。美鈴達の知る私の見る夢、その本当の意味を」
「…良いのね、リア。貴女はその選択で後悔はしないのね」
「しないわ。今の私には、正直未だに美鈴の話す言葉の意味は半分も理解出来ないけど、それでも一つだけ分かることがあるから。
『そんな未来を選んでも、二人が私の傍にいてくれる』、それだけが分かってるなら大丈夫だもの。
美鈴と咲夜が一緒なら、私はどんな未来が待ってても怖くなんかないもの。二人が一緒なら、私は何処までも頑張れる筈だから」

 それ以上、言葉は不要だった。
 リアの言葉に感情を抑えきれず、美鈴はリアを強く抱きしめる。記憶を失ってもなお、一番欲しい言葉をくれる少女の優しさに。
 そんな光景に、文は息を吐きつつ視線を咲夜の方へと向ける。『貴女は良いの?』と。文の視線に、咲夜は微笑んで首を横に振るだけ。
そして声に出さずに文にそっと伝えるのだ。『全てが解決してから、十倍にして頂くつもり』。案外したたかなのね、そう文は笑って応える。
 少しの静寂が空間を包んだ後、美鈴がゆっくりと言葉を紡ぐ。それは決意を込めた言葉。

「…永琳のところへ行きましょう。事情の全てを話して、リアの過去の記憶を紐解く」
「永琳?それって最近竹林か何かで薬師をやってるって噂の?」
「知ってるなら話が早いわね。その八意永琳よ。
あの人はリアがこうなってからお世話になっていてね、リアと咲夜の身体の事を任せているの。
リアの記憶を取り戻す為に、きっと永琳の力は必要になる。何が起こっても対応出来るように」

 美鈴の説明に、文は彼女の本気の想いを感じ取る。美鈴はリアの意志を汲み、本当に記憶を取り戻させるつもりだ。
 それはリアの願い、それはリアの想い。それが叶えられたことに、文は心から安堵する。良かった、本当に良かった、と。
 そんな文に、美鈴は少しだけ意地悪そうに微笑みながら言葉を投げかける。

「勿論、貴女にも来てもらうわよ。ウチのお姫様を誑かした責任は最後まで取って貰わないとね」
「何を言うかと思えば、駄目だと言われてもついていくわよ。ここまで来て仲間外れなんてありえないわ。
それにこの目でしっかりと見届けないとね。この小さな女の子が一体どんな顔して、『再び』私に会いに来てくれるのか」
「ああ、その点は心配しないで。過去を取り戻しても、リアは間違いなくリアのままだから」
「何よそれ。幻想郷最強の一角を担う吸血鬼がこのままだったら、私もしかしたら所属を山から紅魔館に移してしまうかもね。
これほど面白おかしいご主人様なんてそうはいないわよ」
「それが存在するから私達が集っているのよ。ま、期待しないで待ってるわよ、文。貴女も私達と一緒に――」

 雑談にみなが興じあえたのは、そこまでだった。
 一早く反応したのは、気の扱いに長けた美鈴だった。抱きしめるリアを護るように、身体を『妖気』の発する方向から背けさせる。
 そして遅れて咲夜と文が反応する。彼女達が反応したのは、現在地である人里の丘より遥か離れた空に打ち上げられた発光魔法。その魔法に
文は何事かと視線を其方に移すに留まるが、美鈴と咲夜は文より更に数歩踏み込んだ反応を見せる。
 何故なら魔法の打ち上げられた方角、そして魔法の種類…それらは彼女達がよく知るモノであった為だ。

「パチュリー様の魔法…?」
「それに今のおぞましい妖気は…まさか、紅魔館で何か起きたとでもいうの?」
「ちょ、ちょっと二人ともどういうこと?私には何が何だか…」

 二人だけで内通しあう会話に、文はたまらず口を挟むが、今の二人は文の質問に答える余裕などなかった。
 美鈴が感じた紅魔館に在る筈のない妖気と、先ほど見たパチュリーの魔法。それらが意味することは唯一つ。紅魔館に
招かれざる侵入者が訪れ、その応対にパチュリーが苦心しているということ。それもパチュリーがあのような不確かな信号を送る程に急な状況で。
 事情が差し迫ったモノであることを感じ取り、美鈴と咲夜は互いに頷き合って、行動を即座に決定する。
 困惑する文に、美鈴は腕に抱いていたリアを差し出し、言葉を紡ぐ。

「ごめんなさい、リア、文。永琳のところに向かうのはもう少しだけ待って頂戴。
永琳の元へ向かう前に、少しやらないといけないことが出来たみたいだから」
「え…美鈴、咲夜も何処か行っちゃうの?」
「大丈夫よ、すぐに帰ってくるから。すぐに用を済ませて、みんなで一緒に永琳のところへ向かいましょう。
…文、悪いんだけど、リアのこと頼むわね。リアにはとびっきりの加護を付けてるから、もしもはないと思うけれど」
「美鈴、咲夜、貴女達…」
「それじゃ、リア、また会いましょう。帰ってきたら、貴女に全ての真実を必ず伝えるから」
「リア…また会いましょう。パチュリー様やフラン様、霊夢達も一緒に…みんな一緒に、必ず」

 言葉だけを残し、二人は光魔法と妖気の発生した場所へと飛翔して行った。
 後に残された文はリアを抱きしめながら、二人の様子に密かな確信を抱いていた。
 文とて歴戦の強者、山で侵入者を相手に力を振い続けた強き天狗だからこそ分かること。

 ――美鈴と咲夜の瞳、あれは間違いなく闘う者の瞳だった。

 急過ぎる話に文は全くついていけず、かといって無力なリアを放置して二人を追う訳にもいかず。
 軽く息を吐き、文はらしくもない言葉を紡ぐのだ。それは彼女の心からの本心。

「…お願いだから、この娘を泣かせるような真似だけはしてくれないでよね」






















 一方的な虐殺。

 戦闘のことを何も知らぬ者がこの光景を見るならば、それ以外の何物でもないと判断するだろう。
 それほどまでに風見幽香とパチュリー・ノーレッジの戦闘は一方的過ぎた。
 幽香が放ち続ける魔弾を、パチュリーは只管防御にて磔にされることしか出来ない。しかも、その防御もまた完全ではない。
 その証拠に、パチュリーの肢体のあらゆる箇所から血が流れ、少女の美しい肢体は無事な個所を探すほうが難しいという状態に
陥っている。故に虐殺、死に損ないの魔法使いを、妖怪がただ弄って愉しんでいるようにしか第三者は思わないだろう。
 だが、それはあくまで何も事情を知らぬ素人の手前勝手な判断に過ぎない。現に、パチュリーと対峙する幽香の感想は大きく異なる。
 肩で息をし、相対する幽香に向き合う少女に、幽香は愉悦混じりに称賛の言葉を送る。

「…素晴らしい、実に素晴らしいわ。貴女の持つ魔法の力と瞬時の判断力、戦闘センスは並のモノではない。
瞬時に自身が私に叶わないと悟るや、致命傷のみを避けるために百と二十と八の魔法を使い分け私の攻撃を裁き続けたその集中力。
見事よ、魔法使い。私の知る古き記憶の中でも、貴女程の魔法使いは数えるほどしか存在しなかった」
「そう…それは光栄なことね。満足してくれたなら、そろそろ消えてくれる?何度も言うけれど、私は貴女みたいな狂人に付き合う程暇じゃないの」
「この状況でまだそんなことを言えることには関心するけれど…貴女の願いは残念ながら叶うことはないわね。
貴女が望みを満たす為には、二つに一つ。目の前の妖怪を殺すか、もしくは殺されるか。そのどちらかを選べば、貴女は今すぐ解放されるわよ」
「面倒ね…フランドールが貴女にとって一体何の価値が存在するというの。あの娘は最早自分の力で立ち上がることすら不可能な程に
死に瀕してる。フランドールと戦いたいという望みを持っているならば、諦めて早々に去りなさい」
「繕われた贋作に興味など無いわ。私が求めるのは、世界や運命すらも乗り越える程の抗う力。フランドールの死はその為の確定事項。
それより、貴女こそフランドールに固持する理由が何処にあるの?貴女が傍に在りたいと願うのは、フランドールではなくレミリアでしょう?
遅かれ早かれ死に行く小娘など放って、早々にレミリアの元に逃げれば良いじゃない。今なら見逃してあげても良いわよ?」

 幽香の問いかけに、パチュリーは感情を抑えきれなかった。
 お腹に手を当て、心底苦しそうに、パチュリーは『笑った』。実に彼女らしくなく、大声で、力の限り。
 そんなパチュリーの奇行に眉を寄せる幽香だが、彼女の感情はパチュリーの意志によって百八十度再び変えられることになる。
 口元を歪め、意志を瞳に宿し、パチュリーは幽香に向かって強く言い放つ。

「どうしてレミィやフランドールと私の関係を知っているのかは知らないけれど…貴女の問いにはこう答えてあげるわ。
――『死んでもお断りよ、このクソ妖怪』ってね」
「へえ…貴女はレミリアの親友なんでしょう?いいの、勝手に死にゆくような選択を選んでも。
なんて不憫、レミリアは死にかけの妹の為に親友までも失ってしまうのね。親友に裏切られ、そうしてレミリアは最後には一人になってしまう」
「ええ、そうよ。私はレミィを裏切る。私は親友を裏切って、悪友の味方につくの。
だって、そうしないときっとレミィが悲しむから。フランドールの存在しない未来なんて、絶対にレミィは望まないから、だから私はレミィを裏切るのよ」
「そうして貴女は親友の為にフランドールの唯一の味方になる…と」
「いいえ、違うわ。私はフランドールも裏切るわ。フランドールはきっと私のこんな行動を微塵も望んでいない。
フランドールはきっと自分なんか見捨てて早く姉の傍へ向かえと言うでしょうね…そんな選択、私は死んでも御免だわ」
「それもまたレミリアの為かしら?」
「是であり否である。結果はレミィの為だけど…そう、私の全ては『自分の為』なのよ。
私はレミィもフランドールも欠けた未来なんて絶対に認めてあげない。二人が幸せに笑いあう未来以外、絶対に認めてあげない。
そうでしょう?あの娘達は互いに互いを誰より想いあっていながら、幸せを決して手にすることなく今までを生きてきたの。
そんな二人を幸せにすることこそ、私の役割であり私の仕事。その願いを達成出来ないなんて…私のノーレッジとしての誇りが許さない!」

 かつて、少女には誇り高き父が存在した。彼女の父は友を裏切ることが出来ず、全てを失い死んでいった。
 優し過ぎた少女の父は、全ての罪過を一人背負って死んでいった。けれど、彼は一人娘に大切な言葉を遺すことが出来た。
 彼には紡げなったもう一つの未来を紡ぐ為に、娘に同じ過ちを繰り返させない為に、一人の魔法使いは少女に想いを遺したのだ。
 その意志を受け継いだ少女――パチュリー・ノーレッジは心の声を幽香へとぶつける。それは一人の少女が胸に宿す誰にも穢されない大切な矜持。

「私は裏切りの魔女、パチュリー・ノーレッジ!気高きノーレッジの血を受け継ぎし七曜の魔法使い!
愛する親友を護る為に、愛する悪友を護る為に、私は己の裏切りを誇り胸を張るわ!己が自分勝手の未来の為に、私は全てを裏切ってみせる!」
「その選択が余りに薄い可能性の未来に賭したものであると知っても…」
「生憎と分の悪い賭けには強いのよ…私は自身の何を失っても、必ず二人の未来を紡いでみせる!
この私の意志と誇り、踏み躙れるものならば力づくで踏み躙ってみなさい!父の誇り、母の誇り、そして私の誇りに賭けて、決して私は倒れない!」
「…本当に残念よ、パチュリー・ノーレッジ。願わくば、その強さを護る為ではなく、私を殺す為に向けて欲しかったわ」

 瞳を閉じ、幽香はパチュリーの残りの力では防げない威力の魔弾を形成し、解き放つ。
 満身創痍のパチュリーめがけて解き放たれた力を前に、パチュリーは恐怖することなく口元を歪めて、そっと呟いた。

「…助けに来るのが遅いのよ、戦闘は貴女達の分野でしょうに」

 魔弾がパチュリーの身体を穿つ直前に、魔弾は他者による膨大な力によって防がれることになる。
 パチュリーの前に姿を現し、鉄の拳と紅血のナイフによって魔力を完全に霧散化させた女性達――紅美鈴と十六夜咲夜の姿に、
風見幽香は驚愕よりも喜びの感情を示す。顔を綻ばせ、楽しそうに愉悦を漏らして言葉を紡ぐ。

「フフッ、そう、オードブルの後にはスープが来なくてはいつまで経ってもコース料理が進まないわ。
相手は半端な竜に半端な吸血鬼…悪くないわ。この二人相手なら、少しだけ私の力を解放してあげても良いかしらね」
「どんな状況になっているかと思えば…まさか風見幽香が相手とはね。パチュリー様もつくづく運の無い」
「それでパチュリー様…あの女の狙いは」
「フランドールの首を御所望だそうよ。フランドールは部屋から少しも動かせない、絶対安静だっていうのに…嫌になるわね」
「となると…私達には風見幽香を殺すしか勝利条件はないということですか。分かりやすくて良いじゃないですか」
「そういうこと…悪いわね、妖怪。これからは三対一よ、手段を選ばず勝たせて貰うわ」
「手段なんて選んでる余裕はないでしょう?さあ、幾多の奇術謀術搦め手を用いて万全を期して私を殺しに来なさいな。
貴女達が相手にするのは一つの世界。この幻想郷を消し去るつもりで挑まなければ、私に触れることすら叶わないまま死ぬだけよ」

 楽しそうに嗤いながら、幽香は己が力の封印を一つ解放する。
 彼女の背中から生まれいずるは、深緑と暗紫の二対四枚の両翼。彼女の抑えきれぬ果てなき暴力の一端。
 幻想郷に舞い降りし破壊神は、徐々に徐々に加速をつけて世界に力を行使する。壊れた心に愉悦を溢れさせて。










[13774] 嘘つき花映塚 その九
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2011/03/08 19:20





 人外の強さ。
 それを単純に表現するならば『何に特化しているか』によって分類出来る。

 例えば妖怪の中でも最強と謳われる隙間妖怪、八雲紫。人妖達は何をもって彼女を最強と評しているか、何故に彼女が
最強の座に君臨しているか。それは八雲紫だけが持つ特異過ぎる力、『境界を操る程度の能力』が根幹を為している。
 無論、それだけが彼女の力かと言えば否である。彼女自身が特上級の妖怪としての力を持ち、配下に九尾の狐という伝説の
霊獣を従えているという点も彼女を最強たらしめている理由の一つに上がるだろう。だが、八雲紫という妖怪の強さを紐解いた時、
最終的に導かれる結論はやはり能力の強さ異能さに帰結する。八雲紫は誰にも触れられない世界を自身に内包する、他と一線を画した妖怪なのだ。
 話を戻そう。八雲紫が特異な力に拠っているように、人外の強さとは大凡の大別を特化する方向性によって分類出来るのだ。
 最強の鬼、伊吹萃香は霧化能力はあくまでおまけのようなもので、彼女の本質の強さはその恐るべき肉体能力にあるし、西行寺幽々子ならば
他の存在を己の気分一つで死に誘う恐ろしき能力を持っている。このように、『強者』と謳われる者は必ずカタチ在る『強さ』に拠って成り立っているのだ。

 だが、そんな常識を覆す存在が一人だけ存在する。
 ――風見幽香。相対する妖怪の異質さに、拳を交えている美鈴は誰より早く理解し、内心で戦慄する。
 美鈴は今でこそレミリアの為に生き、殺し殺されという世界から離れて生きているが、以前は数多の妖怪達の
屍の山を築き上げる程に濃密な血の香りに溢れる戦場を駆け抜けていた。恐らく、戦闘経験だけなら幻想郷でも指折りかもしれない。
 そんな彼女だからこそ、風見幽香の異質さを理解し、その在り方に絶句する。
 風見幽香は強い。そんなことは素人だって分かることだ。だが、彼女が『どのように強いのか』を語るならば、それは
まるで御伽噺の空想語りをするような気概で行わなければならない。それほどまでに美鈴は風見幽香の『強さの在り方』が信じられなかった。
 風見幽香の強さ、それは何モノにも頼らぬ強さ。
 もし、美鈴が誰かに風見幽香は何を持って強者と呼ぶかと問われれば、即座にこう答えるだろう。


 ――風見幽香は、全てが強い。
 ――力も、魔力も、疾さも、技巧さも。彼女の持つ全てが完璧によって成り立っている、と。


 美鈴とて歴戦の強者、殺し合いにおいての駆け引き、自分より格上の存在との戦い方など遥か昔に体得している。一人では叶わなくとも、
彼女には遠距離のスペシャリストであるパチュリーと近遠と距離の出し入れが出来る咲夜が援護にいるのだ。八意永琳のときのように
自我を失ったときならまだしも、己の判断能力が生きている状況下で、他者に後塵を拝するような事態にはそうそう陥る筈がないと信じていた。
 それを美鈴達の慢心と呼ぶには余りに酷過ぎるだろう。現に彼女達三人の連携は一匹の妖怪如きが堪え凌げるような生半可なモノではなく、
この幻想郷に彼女達を相手にして一体何人が生き残れるかという程の領域まで彼女達は達しているのだから。
 美鈴が敵を引き付け、咲夜とパチュリーが後方から致命傷を与える戦術。逆に二人が敵の動きを封じ、美鈴が一点突破する戦術。
 また、美鈴と咲夜が入れ替わり、時を止めて強襲することだってあるし、大胆奇抜な戦法なら、パチュリー一人で大魔力で滅させることだって在る。
 数えるのも億劫な程に、この三人には戦闘に関する引き出しが存在する。実質三対一ではなく、群体対個体、それが彼女達の戦術。
 一人一人だけでも強者と謳われる存在が、一同に三者揃って猛攻を繰り出すのだ。並の妖怪…否、例え特上の妖怪でも通常なら
膝を折るのも時間の問題の筈だった。だからこそ、美鈴達は悔しさを只管心で押し殺すしか無かった。
 彼女達が突きつけられた恐ろしく無慈悲な現実――風見幽香には、自分達の攻撃が全く通用していないという現実に。

「っ、咲夜!」
「分かってる!」

 風見幽香から距離を取る美鈴と呼応するように、咲夜は己が魔力を凝固させた紅血のナイフの雨を幽香へと解き放つ。
 咲夜の弾幕を幽香は避けることなく、掌を翳して障壁を展開して受け止める。だが、片手暇で終わらせるほど彼女達は甘くない。
 ナイフを受け止める刹那、美鈴の遥か後方から特大のレーザーが風見幽香目がけて疾走する。パチュリーの解き放つ膨大な魔力の塊に、
流石に受け止めるのは面倒だと判断したのか、幽香は咲夜とパチュリーの魔弾の交差しない方向へ身体を誘導する。その回避行動こそが
美鈴達の真の狙い、風見幽香の移動を待ち侘びたように、美鈴は身体を人間体から竜体へと変化させ、獰猛な牙が垣間見える咥内から
恐ろしい程に闘気を圧縮した波動を幽香目がけて解き放つ。それは彼女が持てる最大出力による破壊の力、龍族たる彼女のみに許された暴力の嵐。
 眩い閃光を放ち、美鈴の放った竜闘気は風見幽香ごと大地を大きく抉り、周囲が見えなくなるほどの砂塵を巻き起こす。
 力を放ち、美鈴はすぐに人間体に戻り、戦闘態勢を取る。これで終わってくれると良いけれど、などと楽観的な気持ちを持ちたくなる美鈴だが…

「…世の中そんなに甘くはない、か。
あれで倒れてくれないなんて、一体どういう身体の作りしてるのよ…貴女、本当に不死身なんじゃないでしょうね」
「あら、そんなに悲観することはないわ。今のは少しだけ効いたもの。
メイドと魔法使いと貴女のコンビネーション、実に見事だわ。フフッ、生きが良くてそれでこそ殺し甲斐があるというもの」

 砂埃の先、やがて開けた美鈴達の視界に、風見幽香は攻撃を受ける前と何一つ変わらぬ姿で悠然と笑みを浮かべて佇んでいる。
 変わったところといえば、少しばかり服に砂埃が付着した程度か。息一つ乱れぬ風見幽香に、美鈴は大きな息をひとつ吐き、言葉を紡ぐ。

「…そう言えばまだ聞いてなかったわね。どうしてお前はフランお嬢様の命を狙う?」
「その質問は魔法使いが最初にしているわよ?そして私は答えを丁寧に返してあげたつもりだけど」
「私が直接お前から訊きたいのよ、風見幽香。お前がフランお嬢様に興味を示すことなんて私には全く想像すらしていなかった。
お前が興味を示すのはレミリアお嬢様…いいえ、『リア』だと思っていた。故にリアに近づき、無害を今の今まで装い続けた。違うかしら?」
「違わないわね。貴女の言う通り、私が興味を示しているのは他の誰でもない『レミリア・スカーレット』唯一人よ。
言ってしまえば、フランドールの命は目的地に辿り着くまでの余興に過ぎないわ」
「余興ですって…?貴様、フラン様の命をなんだと思っている!!」
「別に何も?そうね、言ってしまえば有効活用かしら。
そこの魔法使いにも言ったけれど、レミリアの妹の命は遅かれ早かれ消える運命に在る。どうせいつ死んでも変わらない命じゃない。
だから私がその命を有効活用してあげるの。私が望む、運命に抗うに値する鍵を目覚めさせる為に、私がその無駄に生き永らえている命を消してあげるわ」
「そんな勝手な理由で貴女はフランドールの命を奪おうと言うのね」
「勝手?フフッ、何を言うかと思えば…ええ、己が欲望、望み、私欲、全ては私の都合に拠って私はフランドールを殺すわ。
それの一体何がおかしいのかしら?妖怪とは自分の欲望のみに準じて生きる存在、生殺与奪の全ては強者だけに許された権利。
仕えている主に毒されているのか知らないけれど、貴女達は『ズレ』過ぎているのよ。妖怪が妖怪相手に理を説いてどうなる?道徳を説いてどうなる?
私達の間に存在する絶対不変のルールは唯一つ、強い者が正義で弱い者は悪。弱者は強者を止められない、フランドールは私を止められない。
それはフランドールが弱いから。私より弱いから、フランドールは死ぬしかない。弱者は強者に殺されるだけ、それが私達妖怪の在り方でしょう?」

 感情を抑えきれず、飛び出そうとする咲夜を美鈴は手で制する。感情のままに怒りのままに力を振えば、自分達は間違いなく
八意永琳との一戦と同じ末路を辿ってしまうだろうから。必死に咲夜を押し留め、自身の感情をセーブし、美鈴は重い口をなんとか開く。

「…本当、誤算ね。こんなことなら、お前がリアに近づいてきたときに力づくで排除すべきだった。
自分の見る目の無さと、『アイツ』の適当さを呪いたくなるばかりよ。風見幽香、やはり最初に感じたようにお前はリアにとって有害な存在だった」
「有害だなんて酷いわね。私は貴女達の望むままに『リアのお友達』をしっかり演じてあげたじゃない。
少なくとも射命丸文が現れるまでは、リアは貴女達よりも私に心を置いていたわ。本当に無様ね、護りたい愛する者から貴女達は目を逸らしていた。
それに、貴女達は望んでいたでしょう?自分達が楽になる為に、リアと強者に『自分達以上』の新たな絆を作らせようとした。
幸か不幸か、射命丸文の登場で私のお役は御免になったけれど…もう少しで、貴女達の心の弱さによってリアが死ぬところだったわ」
「…どういう意味よ」
「そんなの決まってるじゃない。もしリアが射命丸文ではなく、私を選んで縋っていたならば――私は迷わずあの小娘を殺していたわよ?
私が欲するのは強き意志によって世界に抗う反逆者。ただ泣くだけしか出来ない無能な小娘なんて生きる価値すら無いわ。違って?」
「…もしも、もしもお嬢様を想う心が少しでも在るのならばと思っていたけれど、そんな考えは本当に不要だったみたいね。
――風見幽香、お前はここで殺すわ。我らが主、レミリア様とフランドール様を穢した罪、光ささぬ暗き地の底にて贖い続けるが良い」

 美鈴の押し隠そうともしない殺気の開放にも、幽香は心地よいといわんばかりに妖しく微笑み返すだけ。
 背中の四枚羽を悠然と広げ、今にも喉笛に爪を突き立てんと構える三人にも微塵も動じることなく楽しげに言葉を紡いでいく。

「獰猛な獣達の唸り声は何時聴いても心躍る。その牙が、憎む心が我が身に届くと信じて足掻く姿は心を打つ」

 嗤いながら、幽香は幻想郷に己が心を溶け込ませ、『異界の扉』を解放する。
 幽香の周囲を包むおぞましい程の空気の変貌に、美鈴達は警戒を引き上げ距離を取る。だが、今の幽香に美鈴達の動作など視界に入らない。
 世界に生を産む喜び、世界に異物を産む悦び。抑えきれぬ愉悦を声に出し、高らかに笑い声を上げながら、幽香は幻想郷に
存在しえぬ異形達を産みつけてゆく。それはこの幻想には存在しない巨大な魔物植物群、それはこの幻想には存在しえぬ魂達。
 紅魔館の庭、その大地から巨大な植物の蔓がまるで意志を持つように右に左に暴れまわる。その数は一本、十本、五十本、数えることを
投げ出したくなるほどの暴力。加え、幽香の周囲を飛び回るは形を持たぬ異界の魂達。恨み、妬み、悲しみ。負の感情を撒き散らす
死のカタチは幻想郷という生きた世界を餌にしているように飛翔する。
 幽香の作り上げた『世界』に三人は息を飲み、そして理解する。自分達が対峙する妖怪がどれだけ化物であるかを、『真の意味で』。
 風見幽香、彼女はまさに存在自体が死を形成していると言っても過言ではないだろう。触れる者には死を、逆らう者には最高の死を。
 魂達を弄び、数多の妖怪植物達を指揮して。風見幽香は第二幕の開始を告げる為に言葉を紡ぐ。

「開幕の舞台役者を務めてくれた貴女達に最大級の賛辞と感謝を込めて、私から出来る最高の贈り物を。
それは恐怖、それは諦念、それは無力、それは無慈悲――この私が貴女達の心の全てを絶望に染め上げてあげる」

 幽香の宣誓を皮切りに、紅魔館の上空にて、互いの命を貪らんと獣の牙が再び交錯し合う。
 勝算、実力差、そんなモノは最早何の意味もない。ここに在るのは、互いの喉笛を狙いあう気高き殺戮者達の舞台劇。
 より強く、より疾く、より心から相手の死を願う者こそ絶対強者。獣達の協奏はまだ始まったばかりだ。



















 三人が風見幽香と激突し合う同時刻。
 美鈴達が去って行った人里の丘の上で文は小さく心の中で舌打ちをする。
 それは自身の判断ミスを責める心から生まれた感情。腕の中にリアを抱きしめながら、文は幻想郷の空を見上げながら小声で毒づく。

「…幻想郷の風が震えている。空の大気が混濁してる。拙いわね…この風は、とても不穏な風だわ」

 腕の中のリアを抱きしめ直しながら、文は美鈴達の帰還を待つという現状維持の選択を選んだ自身に呆れてしまう。
 美鈴と咲夜がこの地を去る時、彼女達は戦闘者…闘う者の瞳をしていた。何が起こったのかは分からないが、彼女達がこれから
戦闘を行うという時点で、リアを任せられた文が取る選択は二人に代わってリアの守護役を務めること。ただ、それは選択ミスであったと強く痛感する。
 幻想郷の恐ろしいほどに暗く濁り風荒れる空を見て、文は幻想郷が異常な状況に在ることをようやく確認する。平穏と平和によって
維持されていた幻想郷内に吹き荒ぶ風達、それは文が幼い頃に経験していた『戦場の空気』と酷く似通っていた。
 まだ妖怪の山が幻想郷ではなく、外界に位置していた時代。妖と妖とが命のやり取りによって己が地位を確立していた時代。
 そんな古き戦場の地を、文は幼いながらに駆け抜けていた。無論、当時は今ほど実力も持たず、闘う天狗達のサポートに徹するくらいが
席の山ではあったが、それでも文は若いながらに戦場の風を理解していた。その経験が、含蓄が今の文を形成し、その知識が現状の拙さを物語る。

 暗い闇雲が空を覆う幻想郷、今この地は平穏な世界などではない。
 世界の風が文に告げている。この地は戦場、血生臭い妖怪達の駆ける世界と化してしまったのだと。

 故に、文は己が失策を悔やむ。
 取るべき一手は『待つ』ことではなかった。取るべき一手は『正確な現状把握』、それが何より優先すべきだった。
 リアを抱き、美鈴達の帰りを待つのではなく、よりリアの安全を考えるなら、この『不穏な風』の正体を突き止めなければならない。
 見えないモノはカタチが理解できぬからこそ恐ろしい。だが、その素性さえ理解してしまえば幾らでも対処のしようは在る。
 戦場で大切なのは情報、それを天狗である彼女は痛いほどに理解している。ならば今取るべきは行動、この異変の現況を知る為に、
美鈴達を追うこと、それが文のすべきこと。恐らく、美鈴達に起きた予想外のアクシデント、それが今回の件に関わっている筈だから。

 自身の行動を決め、次に文が考えるのはリアをどうするか。美鈴達にリアを任せられた手前、いくらリアの安全の為とはいえ、文の情報収集という
危険事にこの無力な少女を付き合わせる訳にはいかない。今の幻想郷は何が起こっても不自然ではない程に風が騒いでいる、リアに対して
『まさか』を引き起こさせる訳にはいかないのだ。ならばリアをどうする。そこまで考え、文は美鈴達が先ほどまでリアを八意永琳のところへ
連れて行こうとしていたことを思い出す。文自身、八意永琳との面識はないのだが、リアは確実に在るだろう。
 リアを彼女に預かって貰い、リアの安全を確保したうえで行動に移し、そこから次の一手を考える、これが最善なのではないか。
 美鈴達の場所へ向かえば、彼女達の様子からみて十中八九戦闘が生じているだろう。その場を見て、流石に山の一員である文は
他者達の戦闘に介入は出来ないが、それでもリアに関する助力は出来る。美鈴達に退却を促すことは出来る。
 それが最善だと判断し、早速文はリアに永琳の居場所を訊ねようとし、顔をリアの方に向けた時――文の表情は驚愕に染まる。
 今までずっと押し黙っていたリア、彼女の異変に文はようやく気付いたのだ。

「リア…貴女、いつからこんなに震えて…」

 文の服を必死に掴み、彼女の腕の中でリアは小さな体を過剰なまでに震えさせていた。
 その震えの正体は、無論寒さなどによるものではない。リアの身体の震え、それは恐怖と言う名の感情。奥歯を振わせる程の震えに、
文は呆ける自分を蹴り飛ばし、慌ててリアに言葉をかける。医者でもなんでもない文がリアの現状を把握するには、言葉による判断しか出来ないのだから。

「ちょ、ちょっとリア!しっかりしなさい!身体の調子が悪いの!?」
「怖い…文、怖いよ…震えがさっきからずっと止まらないの…」
「怖い?怖いって、一体何が…」

 そこまで話し、文は一つの心当たりが脳裏をよぎる。
 リアの震えの根源、それは恐怖。では、その恐怖とは一体何から来ているのか。先ほどまでと今の状況では一体何が変わってしまったのか。
 そんなものは問わずとも分かる。幻想郷中を包み込む重苦しい空気が先ほどまでとの決定的な差であることは明白だ。だが、それは
あくまで文達だからこそ気づけた変化だ。普通の人間には到底感じ取れぬ変化であり、記憶を失ったリアでは叶わぬことの筈。
 けれど、リアは今現にこうして空気の変化に対し敏感に反応している。それも『恐怖』という正確な判断を心が下している。
 すなわち、今のリアは『恐怖』という感情が鋭利に働いているということ。そして、その恐怖を感じ取ることの出来る信号は…

「…命の危険、か。死への嗅覚、直感が恐ろしいまでに研ぎ澄まされて、心知らず自衛本能を発揮してるのね」

 震えるリアを見やりながら、文は答えを勝手ながら導き出す。どうしてここまでリアが命の危険に対し過敏になっているのか、その理由は
想像する必要もない。恐らくは、リアが一度死にかけてしまったことに起因しているのだろう。
 リアは『レミリア・スカーレット』であった頃に、記憶を失う程の傷を受けて生死の世界を彷徨っている。恐らく記憶には残らずとも、
心にその記憶は刻み込まれているのだろう。知らず知らずの内に防衛本能が過剰に働き、自身の身体と心に必死に危険を訴えるのだ。
 ――成程、美鈴の話は確かだった。リアの心には死の記憶が、トラウマが刻みつけられている。それこそ、自分で歩くことすら出来ぬ程の
強大なトラウマがリアの心を縛りつけている。リアを活かす為に、リアの身体が二度と怖い目にあいたくないと訴える。
 嫌だ。怖い。死にたくない。痛い想いはしたくない。そんな当たり前の感情が何倍にも過剰に増幅され、リアをその場から一歩足りとて
動くことを不可能にする。それはまるで呪いのように、強烈なトラウマがリアの心を縛りつけるのだ。
 リアの様子から下した推測に、文はこのままでは拙いと判断する。リアの症状はいわゆるところの心の病だ。もし下手な手を打てば
心が壊れてしまうことは美鈴とも会話した通り、想像に難くない。加えて、文は医療に関して門外漢であり、適切な処置も出来ない。
 だからこそ、文はリアを永琳の元に連れていくのを急がなければならないと考える。一刻も早くこの幻想郷を包む『空気』から
隔離させなければ、危険だと。文はリアを医者の元へ運ぶことを決め、少女を強く抱きしめて空を舞う。

「ど、何処に行くの、文…」
「安全なところよ。リア、貴女の知ってる八意永琳という人がいるでしょう?
その人のところに向かうから、その場所を教えて頂戴。知らないなら、人里でその場所を知ってる人のところでも構わないから」
「ま、待って文!幽香から貰ったお花がまだ下に置きっぱなし…」
「そんなのは後で私が取ってきてあげるから早く教えて!大体、あんな奴は今はどうでも…」
「――あら、どうでもいいとは酷い言われようね。妖怪とて心は傷つくものよ、射命丸文?」
「っ!」

 突然背後から聞こえた声に、文はリアを抱きしめたまま、空を滑空しつつ背後を振り返る。
 振り返る文達の背後には、声の主――風見幽香が笑みを湛え悠然と佇んでいた。
 先ほど別れた幽香が再び突然目の前に現れたことに文とリアは驚きを示すものの、文は即座にその幽香の『不自然さ』に気づき、リアを
護るように抱きしめたままでつんけんと言葉を投げつける。

「…幻術だか妖術だか知らないけれど、用があるなら直接『本体』を差し向けなさい。失礼極まりない妖怪ね。
大体、こっちは忙しいから貴女の相手をしてる暇はないって言わなかったかしら?」
「あら、即座に見抜くのね。私が本物ではないということを」
「舐めるな。風見幽香が僅かばかりの存在感しか感じ取れないような、そんな希薄な妖怪な訳ないでしょう。
恐らくはリアに渡した黒薔薇に術式の細工を施していたんでしょうけれど…もう一度言うわ。今は失せなさい、風見幽香。
今、リアは貴女に構ってる場合じゃないの。一刻一秒早くこの娘を安全な場所に連れて行かないといけないのだから」
「それは困るわね。もしもその娘が何処かに逃げると言うのなら――その娘の家族は一人残らず無駄死にということになってしまうわ」

 幽香が何気ない言葉のように放った一言に、彼女を見つめる文の瞳は獰猛な猛禽類のそれへと変化させる。
 今にも射殺さんとばかりに睨む文の反応に満足しながら、幽香は楽しそうに愉悦を零しながら言葉を続ける。それは
幽香の一言で大筋を掴んでしまった文に対してではなく、未だ幽香の言葉を理解出来ないリアに対しての言葉。

「さあ、楽しい時間の始まりよ。この世界の運命は一人の少女を中心に廻っていた、ならば私がその運命を捩じ伏せる」
「ゆ、幽香、何を言って…」
「だけど、私の前に対峙するは今の貴女では三下もいいところ。私が求めるは、世界に定められた運命の輪を捻じ曲げた、未来を紡ぐ吸血鬼。
私はそんな吸血鬼に会いたい、心から会いたいの。だから、彼女に会う為に、最後の扉を抉じ開ける。故に私は貴女の大切な妖怪達を殺してあげる。
貴女に仕える紅竜を、貴女の愛娘たる吸血姫を、貴女の親友である魔法識者を――そして、貴女の何より大切な、たった一人の妹を」
「黙れっ!!!」

 リアの前でそれ以上口にするのは許さない、そのような意志を込めて、文は迷うことなく片手を幽香に向け、全てを切り裂く旋風を疾走させる。
 文の放った疾風に僅かばかりの妖力で形成された幻影が耐えられる訳がない。風に切り裂かれ、幽香の幻はゆっくりと揺らぎ消失を始める。
 だが、それも予定調和とでもいうように、幽香は口元を歪めながら最後に言葉を残す。

「待っているわ、吸血姫との再会を。そして未来を紡ぐ吸血鬼との対面を。
愉しみよ。貴女がフランドール・スカーレットの首を見たとき、どのような感情を私にぶつけてくれるのか…」

 最後に笑顔だけを残し、幻の幽香は風に溶け、文の疾風によって切り裂かれた黒薔薇が大地へと落ちていった。
 幽香の言葉から読み取れた内容…その全てに文は思わず唇を強く噛み締める。今、幻想郷を取り巻く現象の全てが
風見幽香にあることを文が悟った為だ。全てを知ってしまったからこそ、心の熱情が一つ残らず怒りへと変換されてしまう。

 ――リアを利用した。あの女は己の目的を達成する為に、この少女を利用した。
 ――その目的の為に、リアに近づき、友人を装い、そして最後はこの少女の家族を殺そうとしている。

 その事実だけで、文は今すぐ紅魔館へ向かい、幽香に対し牙を突き立てたい衝動に駆られるが、それだけは決して出来ない。
 文はあくまで妖怪の山の一員であり、これはいわばレミリア・スカーレットをはじめとする紅魔館と風見幽香の戦争である。そんなものに
自分が手を出すなんてすれば、一体どんな罰が与えられるのか分かったものではない。少なくとも山からの追放は免れないだろう。
 だからこそ、文に出来るのは怒りを抑え呑み込み、リアを安全な場所に連れて行き、美鈴達の無事を祈ることだけ。本当にそれだけなのだ。
 少なくとも、幽香はリアに対し何かを待ち望んでる。そんな幽香のもとにリアを連れていくことなど決してしてはならぬこと。
 そう自分に言い聞かせ、リアに永琳のところへ向かうよう促そうとした文だが…その行動をリアの言葉が制止させてしまう。

「私の大切な人を殺すって…嘘よね?幽香は私の友達だもの、そんなことしないよね?
幽香が美鈴や咲夜を殺したり…そんなの、絶対嘘だよね?」
「っ…嘘、じゃないわ。あの女はそれが出来る女よ。恐らく、アイツにはそれが出来るだけの力が…在る」
「だ、だって幽香優しいのよ!?いつも私とお話してくれるし、会いに来てくれるし、花だって…」
「納得出来なくても理解出来なくてもいい。だけど、リア、今だけは頭に叩き込んで。
アイツは…風見幽香は、それが出来る妖怪だし、それをすることに何の躊躇もなく踏み込める、一線を越えた妖怪よ」
「嫌…そんなの嫌よ!美鈴も咲夜も私の大切な家族なの!殺されるなんて絶対に嫌よ!!
だって一緒にいるって誓ったもの!何があっても私は離れないって誓ったんだもの!美鈴も咲夜もパチェもフランもずっと一緒だって!」
「リア!?貴女、本当にもう記憶が…」
「嫌…死ぬのは嫌…痛いのは嫌…怖いのは嫌…でも、みんなと離れ離れになるのはもっと嫌…」

 自身の腕の中で震える少女に、文は一つの岐路に立たされる。
 ――はたしてこのまま、リアを安全な場所に逃げさせることが正解かどうか、だ。
 無論、戦う力がないリアが幽香に対し何が出来るという訳ではない。そして何より、『もしも』を仮定すれば
リアの目の前で少女の愛する者達の死体が並べられることになる。そんな現実に、この少女の心が耐えられる筈もない。
 もっとも取るべき最善の一手は、リアを安全な場所へと遠ざけ、全ての苦しみ現実過酷から目を逸らさせること。そして『奇跡』を信じ、
他の者達の帰還を待つ。それが『今のリア』に取ることのできる最善の一手なのだろう。
 だが、だがしかし、それが果たして正解なのか。それが本当にリアが心から望む選択なのか。
 確かに今のリアでは何も幽香に対し手を打つことが出来ない。しかし、文の知らない『本当のリア』ならばどうか。
 恐らく、風見幽香はリアではなく、リアの向こう側に存在する『もう一人のリア』に期待を寄せている。その登場の為に、
風見幽香は行動を起こしている。ならば、彼女が美鈴達を屠るより早くリアが自分自身を取り戻せたならば、状況はどうなるか。
 最善とは言えない。むしろ悪化するかもしれない。リアの命の危険は遥かにウナギ登りするかもしれない。
 だけど、それが成功すれば『リアの悲しむ未来』を防げる可能性がぐんと高まる。本当に、本当に僅かな可能性だけど、それでも
この少女が泣かずに済む未来が待つ可能性が生まれる。だけど、それは賭けだ。賭けに失敗すれば、リアの心は壊れるかもしれない。
 けれど、それでも――

「――貴女は、誓ったものね。みんなが一緒なら、どんな未来でも怖くないって」
「文…」

 ――信じたい。この小さな少女が、幸せをつかみ取る未来を、幻想を。
 自分に出来た、この儚い友達は他人に心配されてばかりいるほど弱い女の子なんかじゃない。リアは大切な人の為に行動出来る女の子だ。
 文は全ての錯綜を捨て、心を決める。たった一人の少女の為に、決意をする。文はゆっくりと地に降り、リアを大地に下して言葉を紡ぐ。

「…リア、私は貴女と友達になれたことを誇りに思う。
貴女のような友人が出来て、最近の私は毎日が楽しくて楽しくて仕方なかった。『リア』という少女に出会えて、本当に良かった」
「文…?」
「…だけど、その幸せの時間はもう終わり。『リア』という少女の時間は捨てて、貴女は本当の姿を取り戻さなきゃいけない。
そうしないと、きっとこの運命は変えられない。美鈴達を救う為には…貴女の本当の力が必要な筈よ。だからこそ、風見幽香は貴女に執着している」
「分からない…文、貴女何を言って…」
「――リア、思い出して。貴女は本当は一体何者であるのかを。
貴女の名前は本当に『リア』だったの?貴女の家族は美鈴と咲夜の二人だけだったの?貴女の友達は私と風見幽香の二人だけだったの?
違うでしょう?本当の貴女は大切なものをもっともっと沢山その胸に抱いてる筈よ。貴女の愛し護りたいと思ったモノは両手で抱えきれない程に
大きなものだった筈よ。貴女は誰を護りたいの?貴女は誰を愛したいの?貴女のその力は、私に護られる為に存在する訳じゃないでしょう?」
「うあ…知らない…私には、分からないよ…」
「いいえ、知ってる筈よ。貴女はさっき言ったじゃない。離れないと誓ったと、美鈴や咲夜…そして、パチェとフランって娘の名前を叫んだじゃない。
それは貴女を『本当に』愛する人々。貴女が護りたいと、失いたくないと想った人々。その人々が今、風見幽香に殺されようとしてるの。
だからリア、貴女は逃げちゃダメ!ここで逃げてしまえば、きっと一生貴女は後悔するわ。つらい記憶から逃げないで向き合って!貴女はそれが出来る強い女の子でしょう!」
「うう…でも、嫌だ…怖い、拒絶されるのが怖いよ…またあの娘に嫌われたら、私は…私は…」

 頭を押さえて悲痛な叫びを零すリアに、文はリアの心を縛る『根源』を突き止める。
 ――成程、リアの心を縛っていた大本は『それ』なのね。結局、リアが心を閉ざしてしまった理由は、大怪我でもなんでもなく、
愛する妹に『拒絶』されたという現実。意図せずして妹の心を追いこんでいたという自責の念、それがリアの心を捕えていたのだ。
 その少女は何処までも優しく、故に何処までも自分だけを責める。妹が自分を殺そうとした現実などよりも、妹を追いこんでいた
という認識が心を傷つけてしまった。故に少女は恐れる、孤独を、一人を、他人からの拒絶を、別れを。
 …だけど、そう文は考えを一蹴してリアを見つめる。この壁を乗り越えないと、きっとリアは前に進めないから。この壁を自分の手で
叩き壊さないと、きっとリアは未来を紡げないから。だから、文は自分の取るべき行動を決めた。
 迷いはない。その行動の重さは知っている。それは自分が過去の全てと決別することを意味する。
 だけど、それでも構わないと思った。どうしてこの少女にそこまで惹かれるのかは分からない。けれど、護りたいと思った。助けたいと思った。
 心から愛おしく思うこの小さな友人の為に、自分が出来ることがすぐそこに存在する。葛藤は在る。後悔はする。だけど、今は決して迷わない。
 ただ一つだけの心残り…山に残したたった一人の可愛い後輩に『ごめん』と心の中で呟いて――文は山を捨てる決意をし、リアの背中を押した。

「勇気を出しなさい、リア!貴女は決して一人になんてならない!一人になんてさせやしない!」
「文…でも…」
「私がいる!例え貴女が他の誰に拒絶されても、私がずっと貴女の傍にいてあげる!
リアが決して一人になることなんてない、貴女の歩む道が私の歩み道なんだから!
だから、だからリア!…いいえ、レミリア・スカーレット!貴女は貴女の大切なモノを自分のその手で護りなさい!」
「――良く言った、射命丸文。お前の勇、しかと見届けさせて貰ったよ」
「っ、誰!?」

 何も無い虚空に響いた声に、文は慌てて反応し――そこで身体を硬直させる。
 我が目を疑った、と表現するには文の驚きを表すには不十分かもしれない。何故ならそこには予想すらしていなかった人物がいたのだから。
 自分達の目の前に『現れた』少女――伊吹萃香。それは文にとって遥か天蓋の存在、自分達天狗が仕える鬼の中でも最強を謳われる一人。
 意識を取り戻し、慌てて膝をついて跪こうとする文だが、それは萃香の一喝によって抑止される。

「頭を下げるな!!」
「え…」
「お前は我が友を救う為に己が意志を貫いた誇り高き妖だ。私はお前を敬すべき存在だと、勇ある者だと認めている。
そんな者が軽々に頭を下げ膝をつくな。お前は最早一介の天狗などではない、レミリアと肩を並べる一人の『射命丸文』なんだ。
今のお前は私にとって天魔よりも上に在る。勇と誇りの鴉天狗、お前は自分を誇り胸を張れ。私が認める射命丸文、お前はそれだけの価値が在る」

 遥か雲の上の存在である萃香に褒め言葉を並べられ、文は言葉を失い呆然とするしか出来なかった。まるで夢物語の世界であるかのように。
 そんな文とは反対に、萃香は落ち着き払ったままで、俯くリアの方へと視線を向け、ゆっくりと言葉を紡ぐ。それは何処までも優しく、そして
想いの込められた友人としての言葉。

「さて…誓いを果たす時だよ、我が永遠の友よ。
私はお前に敗れたとき、約束したね。お前の勇ある決断を尊重し、お前の信ずる道を歩き、
お前の迷うる心を断ち切り、お前の背を支える一人の友としてお前の傍にと。
鬼にとって友との盟約は永遠の誓い。お前の望みの為に、お前の取るべき未来を紡ぐ為に、私はお前の為に路傍の捨て石となることだって構わない。
そう…射命丸文にこれだけの決意をさせた今のお前になら、私は迷うことなくどんな望みだって叶えてやれる。
さあ、選択の時だよ!我が永遠の友――レミリア・スカーレット!恐怖を断ちきり運命に立ち向かうか逃げるか、その答えを私に聞かせておくれ!」

 萃香の叫びはただ一人の友の為に。同格の相手と認めた莫逆の友の為に。
 文の叫びと萃香の叫び。友人の声が、リアを戒める呪いから解放していく。最早恐怖も怯えも、少女の心には無い。
 全ての糸は解れ、一つの未来を導いていく。何も知らず過酷な現実から目を背けた少女の姿は最早何処にもなく、在るのは愛する者の為に羽ばたく吸血鬼。
 目覚めのとき、解放のとき。ばらばらになった心は一つのかたちを作り、全ての自分を取り戻す。愛する者の為に過去の全てから
解き放たれた紅悪魔、レミリア・スカーレット。全ての覚醒を遂げ、スカーレット・デビルは――思いっきり地面に向けてヘッドバットをかました。

「ちょっ!?な、何やってるのよ!?」

 驚き叫ぶ文の制止の声も耳に入れることなく、少女は二度三度四度五度と何度も回数を重ねてゴンゴンゴンと大地に頭突きを繰り返す。
 その光景に萃香は楽しげに笑うだけ。やがて十八回目の頭突きを大地にぶちかました後、少女はゆっくりと頭を上げ――言葉を紡ぐ。

「…本当、頭にくるわね。私は何時だって本当に大切なモノから逃げようとしてばかり。
どんなときでも楽になる道ばかりを選んで、残された者のことなんて微塵も考えない卑怯者」
「だが、今は違うだろう?時間はかかったが、アンタは間に合った。大切な者を護る為に立ちあがる決意をしたんだ」
「それは貴女達のおかげよ。特に文…貴女のおかげで、私は立ち上がることが出来た。手遅れにならずに済んだ。
貴女には本当に感謝してもしきれないわ…私の方こそ、貴女と友達になれて、本当に良かった」
「…そう、貴女が私の知らない…」
「…初めまして、文。私がレミリア――紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ」

 そう告げ、大地から膝を上げて立ち上がる少女の姿に、文は思わず息を飲む。
 身体から発される妖気は殆んど皆無に等しい。それでも少女の周囲から発される王者の気質、迫力、空気。それは明らかにリアとは異なる統治者としての風。
 そんな少女に、文はようやく美鈴達が仕える主の大きさを知った。これが、レミリア・スカーレットか――これが、本物の紅悪魔、幻想郷の
パワーバランスの一角を担う、八雲達と肩を並べる絶対強者。文は呼吸を忘れ、レミリアに対し言葉を紡ごうとしたその時――

「――ごめん!もう無理!限界!」
「へ?あ、あれ、レミリアの風がまたリアの風になった?」
「馬鹿だねえ、格好付けたところでどうなるって言うんだい。
射命丸文には在るべきままのアンタの姿を見せてやんなよ、レミリア。きっと射命丸文もそっちの方が嬉しいだろうさ」
「え、えっと…どういうこと…?」
「つまり、本物のレミリア・スカーレットは『リア』同様、何の力も持たないヘッポコ吸血鬼だってことよ!あ、自分で言ってて泣きそう!」
「じゃ、じゃあさっきの威圧感とかプレッシャーとかは…」
「まだ私に力が在った頃の記憶も思い出したから、使ってみようかなって…でも空っぽの力でんなもん使える訳ないわよね。
それにほら、文ってレミリア・スカーレット=強い吸血鬼みたいなイメージ持ってただろうから、その演出…みたいな?」

 てへりと茶目っ気たっぷりに告げたレミリアに、文はぶちんと心の中で色々と大事な何かがぶちきれたような気がした。
 そして文はにこやかな笑顔と共に、両手でレミリアの頬を掴み、思いっきり引っ張りながら絶叫する。

「記憶を取り戻して早々アホな真似するんじゃないわよ!!このアホリア・スカーレットがあああ!!」
「ぴぎいいい!!!!ふぉめんなふぁい、ふぉめんなふぁい、ゆるひへ~~!!!」

 怒り狂う文に対し、プライドもくそもなく全力謝罪するレミリア。そんな姿を見て、けたけたと笑う萃香。
 きっと今の光景を美鈴達が見たら、涙を零すだろう。それは喜びの涙、彼女達が待ち侘びた本当のレミリアの日常がここに在るのだから。
 文から解放され、頬を抑える涙目のレミリアに、文はハッと思い出したように言葉を紡ぐ。

「って、それじゃ美鈴達はどうするのよ!?私は記憶を取り戻した運命にも抗える『レミリア・スカーレット』の力を当てにしてたのに!
悪いけど、あの風見幽香は別格の存在よ!?例え美鈴達に私と貴女が力を貸しても何のプラスにもならないわよ!?
萃香様の力を借りても、確実に勝てるかどうか…それほどまでに、風見幽香は別次元の存在なのよ!?どうするのよ!?どうするんですか!?」
「さあ?それを決めるのはレミリアの役割だから、私はレミリアに従うだけさ」
「勝てないか…それはちょっと困るわね。幽香の性格上、絶対に一度は転ばないとこちらの言うこと聞いてくれないだろうし。
かといってフラン達が殺されるのは絶対駄目だし…私達が三人、咲夜達をあわせても七人…これでも勝てない…」
「どうするのよ…レミリア、何か考えは…」
「フフッ、勿論あるわよ。他ならぬ私の大切な者達を助ける為の作戦ですもの、無い訳がないわ。
まず、私達がすべきは助力を得ること。この状況を打破する為に、確実に必要な力が在る。そしてその存在を私は知っている」
「その力って一体…」

 文の言葉に応えず、レミリアは軽く瞳閉じて追想する。
 現状を打破する為に、この場の三人と向こうの四人の力ではきっと足りない。それほどまでに風見幽香は別格の存在なのだ。
 ならばどうする。足りない力はどうやって補う。勝つ為の力はどうやって増やすことが出来る。今から強くなることなんて不可能、
運命に期待を寄せても仕方のない。未来を切り開く為に必要なのは、何処までも意志を宿す者達の役割。
 考えろ。考えろ。考えろ。答えは導いている、必要な考えはその後のこと。どうやったら風見幽香から勝ちをもぎ取れる。あの風見幽香を
打倒する為の欠片は己が身体に心に刻まれている筈だ。情報を探せ、欠片を繋ぎ合わせろ、それこそが自分の役割。大切な者達を護る為に為すべき仕事。
 希望の光は決して消さない。諦めて膝を折ることなんて絶対にしない。約束したから、誓ったから。
 どんなに怖くても、どんなに泣きたくても、私の大切な家族(モノ)は誰一人として他人に譲ってなんかやらない。それは絶対にしてかけがえのない大切な誓い。
 幸せになる。今度こそ間違えない、誰も彼もが笑顔でいられる幸せな未来を紡ぐ。
 そして誰より自分を想い行動し身を犠牲にした大切なあの娘を護る為に。フランドールの笑顔を誰より傍で感じる為に、レミリアは決して折れぬ
心を武器に未来を切り開く。少女が紡ぐは最後に待つ最高の結末の為に。



『――永遠に幼き紅い月、レミリア・スカーレット。必要な時は、他の誰でもなくこの私を頼りなさい。
紅月が闇を厭う時、私はその群雲を払い除ける敵無き牙となりましょう。最強の妖怪、八雲紫が貴女の力にね』



「――お願いよ、紫!!貴女の力が今ここに必要なの!!みんなを護る為に、貴女の力を私に貸して頂戴――!!!!』



 少女の叫びは暗雲の空に。少女の祈りは暗き世界に。
 全てを救う、全てを幸せにする為に、少女は願いを込めて空に祈る――愛する人々と、今度こそ幸せになる為に。





























「――そう。諦めなければ必ず奇跡は起こるものよ。
 この世界は幻想郷。非常識なモノ、存在し得ないモノによって生み出された残酷な楽園。
 外の世界で失われた『想い』と『幻想』によって成り立つ、それはそれは不思議な世界なんですもの」





























 健闘したと言っていい。それほどまでに三人は荒れ狂う攻撃を凌ぎ続けた。

 五十を超える魔植物と二百を超える魂達の暴風に、三人は何とか隙を探しては風見幽香に攻撃を仕掛けようと試みた。
 だが、数の暴力に結局三人は捩じ伏せられた。これが後幾人かの手が在り、植物と魂を抑止する力が存在すれば、その拳は
風見幽香に届いたのかもしれない。けれど、彼らにはその数を覆す程の力も作戦も持ち得なかった。
 一人、また一人と力尽き、やがて最後の一人である紅美鈴も大地に膝をつく。血の溜まった唾を吐き、美鈴は自嘲気味に毒づく。

「…参ったわね。ここまで…差があるなんて…ね」
「そう悲観することはないわ。貴女達は十分に私を楽しませてくれたもの」

 膝をつく美鈴の前に降り立つ風見幽香に、美鈴は視線を叩きつける。
 だが、それは最早彼女にそれだけしか反抗の力が残されていないという証。それを理解してる幽香は、余裕を崩さぬままに言葉を紡ぐ。

「予想より楽しめたわ、紅竜。三人が三人共に私の予想を遥かに超える力を持っていた」
「心にもない…慰めは要らないわ…」
「あら、心からそう思っているのだけど――特に十六夜咲夜、彼女は実に面白い素体だわ。
殺し合う時間が重なるごとに、十六夜咲夜は強くなっていった。恐ろしき程の成長速度だわ。正直、もう少し見てみたい気持ちもあった。
だけど、所詮十六夜咲夜は私にとって脇役に過ぎないし、成長を待つつもりもない…だからここですぐに殺してあげる」

 愉悦を零しながら、幽香は一歩また一歩と気を失い倒れている咲夜の方へと足を進める。
 そんな幽香の歩みを止めなければならない美鈴だが、彼女にはその力すら残されていない。幽香は笑みを零しながら咲夜の頭を鷲掴みにし、宙づりにする。
 その光景を、美鈴は唇を噛み締めて睨みつける。美鈴は力なく、パチュリーもまた立ちあがる力は無い。そんな二人を眺めながら、幽香は
嗜虐心がそそられたか、嬉しそうに唾棄すべき言葉を発する。

「この娘は貴女達にとっても娘同然なんでしょう?人間でありながら、吸血鬼に成った小娘が、さぞや可愛いでしょう。
フフッ、そうね、まずは貴女達の前でこの小娘を殺すとしましょう。そして貴女達の叫びを愉しませて貰うとするわ」
「…この、下種が…」
「良い遠吠えね、負け犬らしくて実に素敵。
さて、吸血鬼とはいえ成り立ての身。首を落とせば、その身は自然と死んでしまうでしょうよ」
「咲夜…逃げて…」

 美鈴の叫びは咲夜には届かない。必死に手を伸ばす美鈴の姿に満足し、幽香は咲夜の首元にその狂爪を迷うことなく疾走させる。
 咲夜の首と胴体が離れたと思われた刹那、幽香の一振りは虚空に終わる。幽香が咲夜を掴んでいたその手の先に咲夜は存在せず、
在るのは己が腕に突き刺さった深紅の魔槍のみ。その魔槍を無言で引き抜き、幽香は滴る己が血液を舐めながら言葉を紡ぐ。

「…そう、そんなに死に急ぐのね。
逃げずに出てくるのは感心だけど…遅かれ早かれ、お前の死は確定なのよ――フランドール・スカーレット?」
「フラン…お嬢…様…どうして…」

 幽香と美鈴が視線を向けた紅魔館の入り口――そこに立つは、心身ともにボロボロな少女、フランドールの姿。
 眠り姫の目覚め、それは全ての終わりの始まり。運命と運命の交差するその刹那の時は、近い。
 










[13774] 嘘つき花映塚 その十
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2011/03/11 02:48






 本来ならば指一本すら動かせぬ少女の身体。
 けれど今、少女は大地に自らの足に拠って立っている。今にも倒れそうな身体を必死に支え、激痛と表現することすら
生やさしい程の感覚を堪えながら、少女は右腕を突き出し、自身に残る最後の力を振り絞り魔槍を放った。
 今の少女の心と身体は生きていることすら不思議な程にボロボロで。己が力で立ち上がるだけでなく、力を操り敵へ刃を放つこと、それは
奇跡と呼ぶに値する。少女の状態を知っている者ならば、誰もがそう称賛せずにはいられない程の奇跡なのだ。
 だが、それは所詮奇跡に過ぎない。奇跡とは刹那の出来事、永く世界に在り続けることの出来ない夢物語の幻想。
 奇跡の時間は始まりに難く、終わりに脆い。愛する姪を救うという奇跡を為したその代償は、今の少女には払いきれぬ程に大きな負債で。
 故にここに、奇跡は終わる。幽香から咲夜が解放されたのを見届け、少女――フランドールは糸の切れたマリオネットのように大地に両膝を落とす。

「フラン…ドール…なんて無茶を…」
「フランお嬢様…」

 美鈴とパチュリーの悲痛な叫び。フランドールの必死の一手。どちらが咲夜に伝わったのかは分からない。
 大地に振り落とされた咲夜は意識を取り戻し、ぼやける視界を必死に律しながらフランドールに言葉を紡ごうとする。しかし、
それより先にフランドールから放たれた言葉によって、咲夜は口を開くことを制されてしまう。

「目を覚ましたのね…良かった。咲夜が、無事で…本当に、良かった」
「フラン…様…」

 息を切らしながら紡がれたフランドールの言葉に、咲夜は己が最も愛する人の影を見る。
 自分の事を放り捨て、何より先に咲夜の心配を口にする優しい姿。それは咲夜の敬愛する母――レミリア・スカーレットに酷似していた。
 その優しさはフランドールが決して咲夜に晒そうとしなかった本当の素顔。咲夜の為に、咲夜が強く生きていく為に何処までも
厳しく接し続けたフランドールが初めて見せた本来の心優しき少女の姿。それこそが、彼女がレミリアの妹である何よりの証なのかもしれない。
 言葉を紡げない咲夜だが、それでも悲劇という名の舞台劇は止まらない。膝をつくフランドールに対し、笑みを浮かべて歩み寄る妖怪――風見幽香が
愉しげに言葉を投げかける。

「実に美しき母娘(おやこ)愛ね。例えそれがほんの僅かに命を存えるだけの結果であるとしても」
「…咲夜は、私達の…紅魔館の…大切な、一人娘なのよ…それを簡単に、殺されてしまっては…困るわね…」
「だからこそ殺す価値があるのでしょう?そして十六夜咲夜以上に貴女の命は利用する価値があるのよ、フランドール・スカーレット」
「…それは、光栄なことね…名前も素性も全く知らない妖怪さん…」
「貴女は知らなくても、私は貴女のことをよく知ってるわよ?
『レミリアの記憶』の中では『昔』も『今』も貴女のことで溢れていたわ、フランドール・スカーレット」
「…そう、お姉様の記憶を覗いたのね。それで…その妖怪が何用かしら。
まさか…咲夜達を虐める為に、ここに来た…という訳でもないでしょう…?」
「――この目で見てみたいのよ。理不尽な運命を、終わる世界を変えられる程の力を。
その為には貴女の姉、レミリア・スカーレットの『真の目覚め』がどうしても必要なの。けれど、今のアレは使えぬ唯の塵も同然。
眠り姫を叩き起こす為には、限度を超えた劇薬を投与するのが手っ取り早いのよ。そう…例えば、レミリアがその身その力を犠牲にしても
護り抜こうとしたモノなんて実に効果的だとは思わない?どうかしら」

 愉しげに語る幽香に、フランドールは言葉を返さずそっと瞳を閉じる。
 二人の間を包む静寂、その間は微々たる時間ではあるが、フランドールにとっては何より永い時間。
 思考し、判断し、決断を下す。まともに動かぬ身体、けれども脳だけはまだ動かせる。永きに渡る時を姉の為だけに費やし続けた力で、
フランドールは最後の交渉に身を乗り出す。それはフランドールが全てを賭す、妖怪としての最後の賭け。
 じっとフランドールを見つめ続ける幽香に、少女はゆっくりと言葉を紡いでいく。

「…それで?必要な命(くび)は私だけ?」
「冗談。私は妖怪、何処までも貪欲に強欲に奪い尽くすわよ?貴女の命のついでに、そこの三人の命も貰ってあげる。
レミリアの覚醒の為には、貴女一人の命で十分にお釣りがくると思うけれど」
「それなら…私だけで満足して欲しいものね…土下座でもすれば、他の三人は…見過ごして貰えるのかしら…」
「誇り無い妖怪は容赦なく殺すわよ?そんな屑の願いを聞き届ける義理も無いものね」
「手厳しいわね…だけど、三人の命だけは本当に勘弁して貰えないかしら…
もし…私だけではなく、この三人を殺してしまえば…貴女の目的も達成出来なくなってしまうかも…しれないわよ…?」

 フランドールの言葉に、幽香は言葉を止め、視線に鋭さを増して少女の方を凝視する。
 それは間違いなくフランドールの言葉の意味をどう受け止めるか考えている様子。それを見て、フランドールは風見幽香にとって
『目的達成』がどれだけ重要であるかを理解する。この妖怪は目的を己の快楽などという下等な理由で失ったりしない妖怪だ。
 愉悦よりも計画を、感情よりも理性を優先する『力』と『智慧』を持つ『優秀』な妖怪。メリットデメリットを考慮し行動出来る人物だ。
 だからこそ、フランドールは話を一気に推し進める。元よりこちらは空手のこけおどし、無いモノを武器として活用するしかないのだから。

「簡単な話よ…私達四人が、同時に死ねば…お姉様は目覚める前に…心を壊してしまうかもしれないわ…
失う者が…一人ならば、他の家族が支えればいい…だけど、一気に全てを失ってしまえば…はたしてどうかしらね…」
「…その程度で心壊すような者に用など無いわ。それならそれで、レミリアを使えぬ塵として処分するだけのこと」
「フフッ…フフフフッ…」
「…何が可笑しいのかしら、フランドール・スカーレット?」
「いえ…貴女風に言うならば、こんな何もせずとも死にゆく塵を試しても意味がないのにと考えたら、ついね…
つまらない嘘は不要よ、妖怪…貴女がどれだけお姉様に入れ込んでいるか…それくらい、嫌でも悟れるわよ…
お姉様の目覚め…唯でさえ、可能性は薄いのに、少しでも可能性が薄れる一手なんて…妖怪として極めて優秀そうな貴女が…するわけないじゃない…
貴女の…よくわからない計画に…お姉様の代わりは存在するの…?そんな簡単に代役を…立てられるなら、そもそもこんな…
面倒な手順が必要な…お姉様なんて最初から使わない…違うかしら?
もし私の命だけでお姉様が目的通りにならなかったら…そうすれば、改めてそこの三人を…殺せばいいのよ…私の提案は、後出しでも
十分に…対応出来る内容だわ…それを考えたなら、どちらの手も打てる私の案を採択する方が…貴女にとって都合が良いでしょう…?」

 フランドールの話を幽香は黙したまま思考する。フランドールの提案は、確かに幽香にとって都合のいい提案だ。
 少女の語るレミリアの心の崩壊、その可能性も決してゼロではない。もしそのようなことになってしまえば、これまで行ってきた
お膳立てが全て無駄になってしまう。それならばフランドールの言うとおり、まずはフランドールの命だけにし、そこから数を増やしていけばいい。
 もしフランドールの命だけで足りなければ、もう一人、更にもう一人と殺していく方が一度に殺すよりもその場その場で判断が
行いやすい。家族を殺すことでレミリアの心がどう動くのか、その観察が。そこまで考え、幽香は軽く息を一つ吐いて言葉を返す。

「他人に踊らされるのは嫌いなのよね。だけど…貴女のその命に免じて、今回だけは踊ってあげる。
けれど、見逃すのは所詮レミリアがここに訪れるまでよ?その後は貴女同様、この三人も殺すわよ?」
「十分よ…受け入れてくれたことに、感謝するわ…名も知らぬ妖怪さん」
「死にゆく者に名を語る趣味はないわ。さて、貴女は己が命と引き換えにこの三人の延命を願い出た訳だけれど…それに一体何の意味が在る?
遅かれ早かれ、この三人も貴女の後を追うことになるというのに。それならば一緒に死なせてあげるのが、私のせめてもの情けだと思っていたのだけれど」
「この娘達が…共に死ぬのは、私なんかじゃないわ…この娘達が、命を賭けるのは、ただ一人の為じゃなきゃいけないの…
そうじゃなきゃ…そうじゃなければ、報われないじゃない…私がここまで無駄に生き永らえてきた…意味が無いじゃない…」
「へえ?無駄に生き永らえている自覚はあるのね?」
「そりゃあね…結局、私は…お姉様にとって…単なる害でしかなかったんだから…」

 自嘲気味に微笑むフランドールに、美鈴もパチュリーも咲夜も否定の声を上げたかった。
 それは違うと、声を大にして叫びたかった。だけど、フランドールは彼女達が声を上げる前に首を振って否定する。
 思い返してみれば、自分の行ったことは結局姉に危険と迷惑を呼び寄せてばかりの行為だった。そうフランドールは理解していた。
 不必要に姉を縛り、自身が望み姉が望まぬ道を強制し、『姉の為』という免罪符を手に、どんなこともフランドールは行ってきた。
 散々振り回して、命の危険を誘って、挙句の果てには自らの手で姉を――フランドールは諦めている。生きることに、姉に寄り添って生きることに。
 だからこそ、この場を自身の最後の役目を果たす場所だと考えていた。理由は分からないが、姉が恐ろしく強大な妖怪に目を付けられ、
『昔の姉』を取り戻させる為に自身の命を利用しようとしている。むしろ、フランドールは今、喜びを感じているのかもしれない。
 出来るかどうかは分からない。けれど、目の前の妖怪は自身の命という使い道のない塵を姉の為に使ってくれようとしている。もしそれで
姉が力を、強さを、記憶を取り戻せるのならば…それは実に望ましいことなのではないか。それこそが自分に出来る贖罪なのではないか。
 沢山沢山迷惑をかけ続けた姉に、自分が出来る最後の仕事。もしかしたら、この舞台は神が用意してくれた最後のチャンスなのかもしれない。

 生きたいと願うには、あまりに失い過ぎた。
 共に在りたいと願うには、あまりに愚か過ぎた。
 最早、この世界に自分の居場所など何処にも存在しない。最愛の人を傷つけてしまった自分に、居場所なんて何処にも。

 だからフランドールは微笑む。それは諦め、それは終焉。
 行うことは、ただの時間の先延ばし。でも、少なくとも自分の命を捨てれば、姉が来るまでの三人の時間は稼ぐことが出来る。
 この場に三人が存在するのは、どう考慮しても『フランドール』という楔のせいに在る。自分が居るから、三人はこの場から逃げられなかった。
 だけど、ここで自分が死ねば三人を縛るモノは何も無くなる。そして、疲労した咲夜も、時間を操れるようになる程の休息の時間を
与えてあげられる。ならばこの命はまだ利用価値が在る。例え身体の大半は動かずとも、それでも『姉の為』に使うことが出来る。
 故にフランドールは覚悟を、決意を下した。この世に別れを告げる決意を――ここが、己の死ぬ場所なのだと。
 想いを捨て、希望を捨て、フランドールは最期の最期にリアルに生きる。最期まで迷惑をかけ続けた姉の為に、少女はその身を捧ぐのだ。

「…いいわ。この首にまだ価値があるというのなら、持って行きなさい…こんな屑にも、まだ価値があるというのなら…ね」
「言われずとも持っていくわ。…別れの挨拶くらいなら、済ませるまで待ってあげるわよ?」
「そう…見かけによらず、随分とお優しいのね…それなら、少しだけ時間を戴くわ」

 言葉を返し、フランドールは視線を三人の方へと向ける。
 そして、三人の姿に思わず苦笑してしまう。フランドールを護る為に、必死に立ちあがろうとする三人の様子、そして別れの言葉を告げようとする自分。
 ――ああ、これはあの夜の焼き写しね。お姉様が私を庇ってくれた、あの永き夜と。
 そんな風に思い出を振り返りながら、フランドールは言葉を紡ぐ。姉の為とはいえ、こんな自分の粗末な計画に最後まで力を貸してくれた、愛する家族達に。

「そういう訳よ…悪いけれど、私は一足先に…サヨナラね。
散々、他人を巻き込んで迷惑をかけた元凶が…最後まで自分勝手で申し訳ないんだけど…」
「フランお嬢様、貴女が…貴女が死んでどうなるんですか…そんなことをしても、レミリアお嬢様は…」
「…美鈴、思えば貴女には…お姉様のことで、一番力になって貰ったわね…貴女が、お姉様の味方になってくれて…本当に良かった」
「フランお嬢様…っ、この馬鹿!貴女が…アンタが死んだら、レミリアが泣くでしょ…!?
レミリアだけじゃない!私だって…私だって、アンタがいないと、どうしたらいいのか、分かんないわよ!?
アンタは私のご主人様でしょう!?レミリアだけじゃない、アンタだって私の主人なのよ!?それなのに…主人が先に死ぬなんて、馬鹿じゃないの!?
それに、姉を護るって、誓ったんでしょ…!?あの屑から姉をずっと護り続けたアンタが、こんなことで、諦めてどうするのよ…!?」
「そうね…きっと、お姉様なら、諦めない。お姉様はどんなときでも、諦めないわね…私は、そんなお姉様のようになりたかった…なりたかったんだ」

 力なく笑うフランドールに、美鈴は涙を零して大地を拳で叩きつける。
 救えない己の無力さが、どうしようもない現実が彼女の心を責め立てる。その姿に、フランドールは何も出来ない。
 彼女の傷を癒すのは、自分の力じゃ無理だから。彼女に真の力となれるのは、他の誰でもない姉だけなのだから。そう、自分を誤魔化して。

「パチュリー…貴女はまだこっちに来ちゃ駄目だよ。地獄の業火に焼かれるのは、私一人だけで十分間に合ってるから…」
「…酷いわね、フランドール。貴女もお父様と同じで…全てを自分勝手に押し付けて、死ぬのね…」
「そうだね…自覚してる…だけど、貴女はまだお姉様の為に生きられる…だから、お願いだから、最後までお姉様の傍にいて。
私は地獄の底で…貴女の事を、ノーレッジと語り明かすことにするわ…」
「っ、フランドール、私は、レミィだけじゃなくて貴女もっ」
「…ありがとう。その言葉だけで、十分だよ。私はそれだけで…もう、十分だから」

 静かに涙を湛えるパチュリーに、フランドールは小さく微笑んで礼を告げるだけ。
 軽く息をつき、フランドールは最後の別れを告げる為に視線を最後の一人へと向ける。
 その人物――十六夜咲夜に、最早いつもの冷静沈着な少女の姿はない。涙を流し、嗚咽を零す年相応の少女が居るだけ。
 そんな咲夜に、フランドールは瞳を閉じてそっと口を開く。フランドールから溢れだしたものは言葉ではなく、旋律。
 それは何処の国の曲かも忘れられた、古き古き民謡曲。子供をあやすように優しく紡がれる曲に、咲夜は涙を止める。
 フランドールの紡ぐ曲、その歌に何処か聞き覚えがあった。咲夜の記憶に残るにはまだ難しい、それほどまでに昔のこと。
 遠く、遠く昔に耳にした優しいメロディー。泣きやんだ咲夜に、やがてフランドールは歌を終え、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「貴女がまだ…とても、とても小さい頃…お姉様の部屋から連れ出しては、貴女にこうやって聴かせていたわ…」
「あ…」
「貴女は小さい頃から我慢ばかりする娘で…特にお姉様の前では、夜泣きすらしようとしない、不思議な娘だった…
だからかしらね…お姉様が手の離せないとき、その場にいないときばかり、貴女は泣いていたわ…その度に、こうやって歌を歌うの…
知ってた…?私、貴女を小さい頃に何度も抱き抱えてたのよ…?お姉様には内緒で…何度も抱いては、こうやって歌を聴かせてた…
小さい頃…私がそうだったように、貴女にも、聴かせてあげたかった…お姉様が忘れてしまった、お姉様の歌を…こうやって、貴女に…」
「フラン…さ…ま…」
「…咲夜には、強くなる為とはいえ…厳しく接してばかりだったわね…本当に、ごめんね…
本当は私も…お姉様みたいに、貴女を抱きしめてあげたかった…良いことをした咲夜を、頑張った咲夜を…沢山沢山、褒めてあげたかった…
こんなに…大きくなった咲夜を、正面から抱きしめてあげたかった…抱きしめて、あげたかったのにな…」

 フランドールの独白に咲夜は何も答えられない。止まった筈の涙が再びとめどなく押し寄せて、何も言葉に出来ない。
 知らなかった。フランドールがここまで…実の母同様にここまで自分のことを想ってくれていたなんて。愛してくれていたなんて。
 それを知るには、あまりに遅すぎた。結局自分はフランドールに与えられてばかりで、何一つ返していないのに。それなのに、フランドールは
先に逝こうとしている。こんな酷過ぎることがあるのか、許されるのか。こんなものを運命というのなら、世界はあまりにねじ曲がり過ぎている。
 けれど、フランドールは世界を呪うことも糾弾することもない。ただ、今はもう全てをありのままに受け入れるだけ。それだけの覚悟を、済ませてしまった。
 だから、後は最後に別れを告げるだけ。この世界に、辛過ぎた運命に、最後の別れを。
 身体の力を落とし、フランドールは力なく微笑み、幽香に口を開く。

「…待たせたわね。こんな私に時間を与えてくれたことに…感謝してるわ」
「…不要よ。私はこれから貴女を殺すのよ?そんな相手に感謝をするなら、呪いの言葉の一つでも紡ぎなさい」
「吐けないわよ…私が、犯してきた罪過を考えたら…この終わりは、贅沢過ぎる…」
「諦めが早いわね?もう少し足掻いてみても面白くはあるのではなくて?」
「フフッ…それだけの力があれば、幾らでも足掻いたんだけどね…生憎、こっちはもう本当に空っぽなのよ…
それに…さっきから貴女、変よ?まるで私を生かそうとしてる…これじゃ私を殺したくないみたいじゃない…」
「…戯言を。いいわ、貴女が死に急ぐなら今すぐここで殺してあげる、フランドール・スカーレット。
――呪いなさい、己が運命への無力さを。さようなら、最後はせめて苦しまぬよう一瞬で殺してあげるわ」

 幽香の掌がフランドールに翳され、掌に妖力が集中していく。
 それを見届け、フランドールはゆっくりと両瞳を閉じる。最早瞳に移す必要のあるものなどない。三人との別れも済ませた。
 この世に未練など何もない――否、一つだけ在る。フランドールの最後の心残り、それは最愛の姉にひとつの言葉を送れなかったこと。
 幼い頃に、自分の為に力の全てを失い、記憶も封じた姉に、ずっとずっと言えなかった言葉。
 もしも、お姉様が記憶を取り戻せたら…力を取り戻せたら、告げようと夢想していた大切な想い。それが最後まで告げられなかったこと、
それだけがフランドールは心残りだった。言葉にしてこの世界には残せなかったけれど、代わりに心の中で想いは告げられる。
 例え消し炭一つ残らずとも、この心だけは誰にも消させはしない。世界で一番愛する姉に、フランドールは最後の言葉を送る。
 心の中でそっと紡ぐ一言。それが永きに渡り過酷な運命に踊らされた少女、フランドール・スカーレットの最後の言葉――























(――さようなら、お姉様。お姉様のこと、ずっとずっと大s「紫の馬鹿ああああああーーーーーー!!!!!!!!!!」




















 ――には、ならなかった。なることが許されなかった。


 突如空から降ってきた『何か』から発せられた声に、幽香は視線をフランドールから上へと向けた。だが、それが非常に拙かった。
 見上げた幽香の視界に移ったのは、使い古された靴の裏。具体的に言うと右足用の靴の裏。それが非常に速い速度で自身の顔に
目がけて近づい――否、着弾した。それはもう、言葉にすることも躊躇われるほどに美しく。
 そんな幽香の顔面をクッション代わりに、空から現れた何者かは幽香の顔で二段目のジャンプを行い、その勢いのままに
フランドールの方へと軌道を切り替える。そして瞳を閉じたままだったフランドールがその動きに気づける筈もなく、その誰かに
強く抱きしめられて、フランドールは錐揉み状に大地を二転三転と転がって行く。
 突如身体中に強制された回転運動が収まり、何事かとフランドールはゆっくりと瞳を開ける。
 目を開き、そこでフランドールは言葉を失った。何故ならそこには決して在る筈のない人物の姿があったからだ。
 自分の上に馬乗りになっている少女。その髪は何処までも美しく淡い蒼紫で。その瞳は何処までも澄んだ紅で。何処までも見惚れるほどに
美しい容姿に、何物にも折れぬ意志の宿った瞳。その人物をフランドールは知っている。否、見紛う筈もない。何故ならそれは
フランドールが幼い頃より憧れ追いかけ続けた人と同じもの。そうフランドールがその人物を見間違える筈がないのだ。
 フランドールにとって、その人は永遠の英雄。どんなときでも、どんなときでもお姫様の危機を救ってくれる、世界でただ一人の最愛の――お姉様なのだから。

「お…ねえ、さま…?ほんとうに…おねえさま…なの?」
「し、死ぬかと思った…みんなを助ける前に私の吸血鬼人生終わったかと思った…紫の奴、いつか絶対絶対絶対ぎゃふんと言わせてやるんだから…
じゃなくて!ほ、本当にって何!?え、何、もしかして私いつもと違ってる!?それとも私が記憶を失っている間にレミリア(偽)とか現れてるの!?
もしくはフランにいつの間にか十二人の妹ならぬ姉が出来たとか…だ、駄目よ!?フランのお姉様は私だけ!急増姉なんて認めないわよ!?」

 呆然とする妹に、うろたえ過ぎて恐ろしく見当外れな言葉を並べ立てる駄目姉――レミリア・スカーレット。
 だが、フランドールの瞳から涙が流れるのを見て、冷静さを取り戻したのか、レミリアは優しく微笑み…告げた。

「――そうよ、フラン。本当…と表現するのはなんだかおかしいけれど、ね。
今まで貴女一人に辛いことを沢山押し付けて、本当にごめんなさいね。貴女にはお父様のことや紅魔館のこと…沢山の事を背負わせてしまった」
「おねえさま…記憶が…」
「ええ、全て思い出したわ。貴女が私を護る為に、沢山沢山頑張ってくれたことも…ちゃんと理解してる。
辛かったわね…フランは本当は泣き虫なのに、誰にも涙を見せないで本当に頑張って…でも、もう我慢しなくていいからね。
これからはお姉様がずっとずっとフランを支えるから。お姉様が頑張るから――だからフランはもう無理しなくていいのよ」

 レミリアの紡いだ言葉、フランドールにはその優しさが限界だった。
 流れる涙を我慢することも出来ず、嗚咽を堪えることも出来ず、フランドールはレミリアを強く抱きしめ、彼女の胸の中で声にして泣いた。
 これまで強く在り続けた少女、姉を護る為に冷酷冷静で在り続けた少女の本当の姿、それが今のフランドールだった。
 本当は誰よりも泣き虫で、臆病で。そんな少女の仮面が、数百年の時を経て壊れる。最早舞台に虚構の道化を演じる必要などないのだから。
 フランドールを優しく抱きしめながら、レミリアは傷ついた三人に視線を向けて言葉をかける。誰もが待ち望んでいた主の帰還、その主の言葉の一言目は――ごめんなさい。

「ごめんなさい、美鈴、パチェ、咲夜!言葉にするのもアレ過ぎるんだけど…沢山沢山沢山沢山たくさーーーん迷惑かけた!!
何処から謝っていいものか分かんないんだけど、とにかく本当にごめんなさい!いや、でも努力は認めてほしいとレミリアはレミリアは考えたり!
私も記憶を取り戻す為に精一杯頑張ったんだけど、結果がなかなか伴わないというか…いやでも今はバッチ思い出せてるからね!?だから…」
「…もう良いわよ。色々と言いたいことは沢山あったのに、いつもどおり『過ぎる』レミィの姿を見ると、もう何も言えなくなっちゃったじゃない。
この馬鹿レミィ…フランドールには泣かせてあげてるくせに、私達には涙を流すことすら許さず呆けてろと言うのね」
「あははっ…でも、これでこそ私達のご主人様です。お待ちしていました、レミリア様――本当に、戻って来てくれたんですね」
「母様…良かった、本当に、良かった…」

 しどろもどろなレミリアに、パチュリーが、美鈴が、咲夜が笑顔を零して主の帰還を祝福する。
 そんな三人にレミリアは何度も何度も頭を下げてお礼を繰り返す。だが、勿論そんな空気がいつまでも続く筈もなく。
 レミリアに顔面を踏みつけられ、これまでずっと硬直していた妖怪――風見幽香が恐ろしいほどに冷たい笑顔を浮かべ、レミリアに言葉を紡ぐ。

「…それで話は終わり?私の顔を土足で踏みつけ、私を無視して家族みんなでお喋りとは面白いわね。
本当、面白過ぎて思わず幻想郷をこのまま崩壊させてしまおうかと一瞬考えてしまったわ。ねえ――レミリア・スカーレット?」
「ひゅい!?ごごごごめん幽香、わざとじゃないのよ!?文句なら、貴女の真上に私を転送した紫に…」
「ふん…まあ、いいわ。それよりも…どうやら無事に記憶を取り戻せたようね?
良かったわ。もし貴女が『リア』のままで来られたら、どうしようかと思っていたのよ」

 幽香の台詞に、レミリアは表情を真剣なそれへと変え、フランをその場に優しく寝かせて立ち上がる。
 そして身体を幽香の方へ向け、睨みつけるように幽香へ視線を向けて口を開く。それはレミリアらしからぬ少し荒い感情が込められた言葉。

「力無い少女が御所望なら悪いけど売り切れよ。ここに在るのは、紅魔館の主、レミリア・スカーレットだけ。
…さて、久しぶりね、と言った方が良いのかしら?『あのとき』貴女が望んだ条件を今日は満たしているのかしらね」
「憶えていてくれたとは光栄だわ。ええ、『私達が再会するに相応しい日』、まさしくその日は今日をおいて他に存在しない。
この日この時この場所こそが私達の再び相まみえる舞台だったのよ、レミリア・スカーレット」
「その為に裏で着々と準備を整えていた訳か。記憶を失った私と友人となったのも、全てはこの時の為」
「フフッ、そうだと言ったら貴女は怒るかしら?怒ってくれるのかしら?」
「いいえ、怒ったりしないわ。むしろ感謝してるくらい。
どんな思惑があろうと、当時『リア』だった私を貴女が支えてくれたこと、それだけは変わらない事実だもの。その件に関しては心から
礼を言うわ。ありがとう、幽香――リアと友達になってくれて」

 頭を下げるレミリアに、幽香は眉を寄せて心を苛立ちに充ち溢れさせる。
 こんな礼を貰う為に、自分は過去を積み上げていった訳ではない。感謝して貰う為に行動を起こしてきた訳ではない。
 そんな怒りをレミリアにぶつける為に口を開こうとした幽香だが、それを行動にすることは叶わなかった。
 何故なら目の前のレミリアから発せられる空気――それが先ほどまでとは完全に異質なモノへと変わっていたからだ。
 それは何処までも大きく決して動じない巨岩のように。何処何処までも頑強かつ壮大な重圧に、幽香は驚きを隠せない。

「でもね、幽香…私はそれとは全く関係のない別のことに凄く凄く凄く怒っているの。
貴女がリアを利用したことは構わない。貴女がリアの友達を偽っていたことも構わない。だけど、だけどね――貴女は私の家族に一体何をしているの?」

 レミリアの静かな怒声、それに呼応するように少女の身体から大きな妖力の波動が放出される。
 その妖気の大きさに、幽香は息を呑む。否、幽香だけではない。その場にいた美鈴も、パチュリーも、咲夜も驚きで言葉を失っている。
 唯一動じないのは誰よりレミリアの傍にいたフランドールだけ。フランドールはそれが当然であるかのようにレミリアの今を受け入れている。
 そんな面々を余所に、レミリアの言葉は続く。それは温厚な少女が初めて心に宿した感情、純粋なまでの怒り。
 迸る激情から放たれた妖力のなんと強大なことか。今の彼女は幻想郷に名を響かせるスカーレット・デビルに相応しき力を全身に溢れさせ、
その力強さはその場の誰もが彼女に近づくことさえ出来ぬ程の威圧を持っていて。妖気を爆発させながら、レミリアは淡々と言葉を続けていく。

「私はどう扱われても構わない。私はどう虚仮にされても構わない。私がどう傷つこうと構わない。
けれど、幽香…貴女は決して超えてはならない一線を超えてしまっている。分かる?貴女は私の大切なモノを利用し、傷つけた。
美鈴の傷、パチュリーの傷、咲夜の傷、そしてフランの傷…その全てが赦すことなど出来ぬ大罪、極刑に値する代物なのよ」
「…だったらどうする?私は謝罪するつもりもなければ赦しを乞うつもりもないわよ?」
「謝罪?赦し?――阿呆が、そんなもので罪が赦されると考えている時点で状況を理解出来ていないと申告してるようなもの。
幽香…いえ、風見幽香、私は貴女を許さない。貴女がフラン達を殺そうとしたのならば、私は決して迷わない――風見幽香、お前は私がこの手で殺す」

 レミリアの言葉に、幽香は堪え切れなかったのか、感情を表に出す。
 それは歓喜、それは狂気、それは悦び、それは喜び、それは祝福、それは歓迎。
 腹の底から笑った後に、幽香は嬉しさを抑えきれないといった状態で言葉を並べ立てる。

「素晴らしい!実に素晴らしいわ、レミリア・スカーレット!!
本来の力を取り戻し、妖怪としての誇りを胸に宿し、何より心配だった対峙する相手への甘さすらも消し去っている!!
レミリア、やはり貴女こそ私が追い求め続けた運命へ抗う力を持つ者よ!この世界の中心に存在する者、それが貴女!!」
「興味ないわね。私にとって大切なことは、お前をこの手で葬ることだけよ。お前は必ず私が殺すわ、風見幽香」
「そうよ!私を憎みなさい!殺意を私に向けなさい!貴女の持つ全てを賭して、私に刃を向けなさい!
さあ、貴女の家族は皆私に触れることすら叶わなかった!植物と魂(このこ)達を突破出来なかった!それを貴女はどう乗り越える!?」
「私は既に蹴りを貴女にくれてやってるけどね…でも、確かにこの数を私一人で相手にするのは到底不可能。
そう、私一人じゃこれらを突破出来ない――だけど、幽香。貴女は私の記憶を覗いた割に、肝心なことを見落としているのね」
「肝心なこと?」

 訊ね返す幽香に、レミリアはさぞ愉しげに微笑みを零し、声を大にして胸を張る。
 それは力なき少女が歩いてきた数百年の歴史の歩みのカタチ。全てを失った少女が育み手にした沢山の宝物。

「幽香、私は――レミリア・スカーレットはとんでもないヘタレなのよ!!」
「…は?」
「自分でも泣きたくなるくらいヘタレでビビりで臆病でチキンでヘッポコで臆病で根暗でノロマで泣き虫で弱虫で臆病なの!」
「…臆病がとても重複してるわね。それで?」
「恥ずかしい話、実は吸血鬼のくせに夜の紅魔館を一人で歩くのも嫌よ!だって怖いじゃない!
天気の良い日は外に出たりせずに一日中部屋の中でマンガを読み続けていたいわ!だって外に出るの面倒じゃない!
加えて言うならこの五十年間一ミリ足りとも胸のサイズが成長してないわ!もしこのままペタンコだったらどうしようって不安で不安で仕方ない!
一人じゃ何も出来ない、それが私だった!この数百年、私はフランを初めとしてみんなの力がなければ決してここまで生きることなんて絶対出来なかった!」
「…分からないわね。そんな屑でノロマな貴女が一体どうしたというの」

 下らないと吐き捨てる幽香に、レミリアは会心の笑みを浮かべて右手を高々と空に翳す。
 それが全ての始まりの合図だった。空に無数の亀裂が走り、レミリア達が対峙する場所を覆うようにして、隙間から幾人もの人妖が姿を現した。
 突然現れた人々に、美鈴、パチュリー、咲夜、そしてフランドールはある種レミリアの登場よりも驚き言葉を発することが出来なかった。何故なら
この場に現れた人々は誰も彼もが彼女達の良く知る人物ばかり――その全てが、彼女達が計画し実行に移した、レミリアと結びつかせようとした人々なのだから。
 力なき主が幻想郷で生き抜く為に、フランドール達が計画した、幻想郷の強者達との関係を深めること。それはレミリアにとって危険ばかりを
引き寄せる、いわば彼女達にとっては最早何の意味も無かったと思われ、捨て去っていた計画だった。
 けれど、フランドール達の望んだ光景…それは今、彼女達の目の前で現実のモノとなる。西行寺の姫が、伊吹鬼が、月姫が一堂に駆けつけてくれている。
 空を見上げる幽香に、レミリアは人生で一番胸を張り、声を大にして言葉を紡ぐ。これこそが、少女の誇り。少女の歩んできた道の足跡。

「――そんな屑でノロマな私には何より誇れる大切な『友達』が存在したのよ、幽香。
確かに私は弱い…だけど、その弱さがあったから、私はこんなにも沢山の友達を得ることが出来た。こんなにも信じられる仲間を手にすることが出来た。
それはきっと強く在るだけでは、絶対に得られなかった。絶対に手にすることは出来なかった。
弱い私の歩いてきた道、それは沢山の人に支えられてきた妖怪としては情けない道なのかもしれない…だけど、私は自分の歩んできたこの道を誰よりも誇るわ」
「それはつまり、貴女は結局一人では何も出来ない屑だと言っているのと同じことではなくて?」
「そうよ、私は一人では何も出来ないわ。…でもね、二人なら頑張れる。三人ならもっともっと頑張れる。
そしてどんどん沢山のみんなと手を取り合えば、最後には『風見幽香を倒す』という奇跡だって成し遂げられる。
――待たせたわね、幽香。これが貴女の待ち望んでいた『レミリア・スカーレットの本当の力』よ。みんなの力を借りて、私は貴女を倒してみせる!」

 宣戦布告。レミリアの言い放った言葉に、幽香は軽く息をついてくるりと周囲を見渡した。
 空に舞う少女達、どれもこれもが一級品の力を持つ者。もしくはその可能性を秘めた原石たる者達。その圧巻な光景に、幽香は再び息を吐き――そして嗤った。
 何処までも愉しげに楽しげに喜びを悦びを世界に充ち溢れさせ。そして幽香はレミリアから少し離れるように空に浮かび、言葉を紡ぐ。

「レミリア・スカーレット、貴女は本当に私の予想を超えてくれるわ。
紅魔館の連中までは予期していた。届くなら射命丸文くらいまでも想定していた。だけど、結果はどう?
この連中の誰も彼もが『友人』なんて下らぬモノの為に、私に喧嘩を売ろうとしているわ。恐ろしい、実に恐ろしいわレミリア・スカーレット。
他者をこの殺し合いに容易く引き込める貴女はどんな独裁者よりも有能だわ。他人の命を捨て石にすることすら厭わない、実に妖怪らしくて素敵よ?」
「…捨て石になんてするつもりは毛頭ないわ。私は誰一人として死なせるつもりはない。
みんなが無事で、みんなが幸せで、みんなが笑えるような、そんな結末(ハッピーエンド)を掴む。私の為に、誰一人として死なせたりなんてしない」
「フフッ、ウフフフフ…この風見幽香相手に一人も死者を出さないと、貴女はそう言うのね?この私を相手に、誰一人死なせはしないと言うのね?
アハッ、アハハハハハハハハッ!!!いいわ!貴女のその優しい幻想、その全てをこの私が直々に粉々にしてあげる!この私が貴女の心を
ボロボロになるまで犯し尽くしてあげる!その何処何処までも真っ白な心に、下等な欲望と絶望をぶちまけて嬲ってあげるわ!
全ての覚醒は終え、私が永遠に夢見た舞台は完成した!後は全てを奪い殺し尽くすだけ!私の全てを賭して世界を壊し尽くすだけ!」

 嗤いながら、幽香は新たな術式を展開する。それは彼女が持つ秘術の一つ、この世界には存在しない失われた世界の力。
 幽香の身体から影が二体生まれ、やがてその影は色を持ち、風見幽香その人と同じ姿になる。無論、身体に維持する妖気の強大さは変わらず、
それがただの幻術や紛い物ではないことを証明している。すなわち、この場には強者たる風見幽香が三人存在することになる。
 そして、三人の幽香が口を揃え、レミリアに対し最後の言葉を紡ぐ。それは、この幻想郷における大異変のラストステージの開幕を意味する。

「「「幻想は何処までも幻想のまま。優しい夢を追い続け、現実の過酷さに押し殺されなさいな、レミリア・スカーレット」」」
「馬鹿ね、幽香…世界は貴女が思うほど辛くはないわ。世界にはこんなにも優しさと温かさで
充ち溢れている――私達が生きる世界には、こんなにも沢山の大切な人達が一緒にいるのだから!!」

 レミリアの言葉が終焉の始まりだった。
 幽香の妖気が世界に弾け、それを合図に魔植物と魂達の宴が始まる。そして幽香もまた、力を世界に解き放つ。
 奇跡を信じる者と、運命を否定する者。決して相容れぬ二人の妖怪、幻想郷を舞台にして巻き起こる争いの火蓋は切って落とされたのだ。

























 友の力を借り、みんなを集めた少女は頭を下げて集まった人々に願いを乞う。

 家族を助けたいと、妹を救いたいと、必死に必死に頭を下げた。
 力を借りる為に、少女がずっと秘密にしていた嘘も紐解いた。

 自分には、戦う力が無い。
 自分だけでは、きっと大切な人を救えない。

 だから、力を貸して欲しい。
 後でどんな無理難題を言われても、絶対に借りは返すから、だから家族を――愛する人々を助ける為に力を貸して、と。


 そんな少女に、やがて一人の少女が言葉を発する。

 『絶対嫌だ』

 その言葉に、お願いを申し出た少女は俯きつつも理解を示す。
 仕方ない。一体どこの誰が他人の家族の為に命を捨てるような真似をするのか。
 これから対峙する相手は最早一介の妖怪ではなく、世界。それだけの強大な存在なのだから。

 拒絶の言葉を受け入れ、話を聴いてくれたことに感謝をし、少女は独り家族の元へ駆けつけようとする。
 だが、そんな少女の行動は拒絶した少女によって遮られる。
 去ろうとした少女に、拒絶を示した少女は力の限り拳骨を打ちおろしたからだ。
 あまりの痛みに思わず半べそになってしまう女の子。そんな少女に、拒絶を示した少女は言い放つ。

 『借りなんて思うな。アンタは私の友達、大切な友達なのよ。そんな相手に貸しなんて作りたくない。
 だからアンタはこう言えば良いのよ。『むかつく妖怪を一緒にぶっとばしてスッキリしましょう!』ってね』

 ぶっきらぼうに言い放つ少女の言葉に、願いを申し出た少女は呆然とする。
 だが、その意見はこの場の誰もが同じだった。皆が少女に笑みを零し、喜んでそのお祭りに参加させて貰うと承諾する。
 状況を把握出来ない少女に、また別の少女が笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。それはみんなの想いを伝える為に。

 『みんなお前の力になりたいんだよ。ここにいる連中はみんなお前に助けて貰ったり救われたり心惹かれたり…そんな連中ばかりなのさ。
  お前がこれまで何の見返りもなく私達の力になってくれたように、今度は私達がそれを返す番…ただそれだけのことだろ?
  言ってしまえば、みんなの想いはお前が歩いてきた道の結果なんだ。だから、お願いなんて不要なんだ。頭を下げたりする必要なんてない。
  だって、私達は自分の意志でお前の力になりたいと願っているんだからな。そうだろ、みんな?』

 その言葉に、この場の誰もが微笑んで頷く。みんなの想いに触れ、少女は気づけば涙を零していた。
 沢山、沢山嘘をついたのに。沢山、沢山みんなを騙してきたのに、それでも受け入れてくれた。
 こんな弱い自分を、こんな情けない自分を、みんなが受け入れてくれた。それでも力になりたいと言ってくれた。
 嬉しさが、抑えられなかった。涙が、止まらなかった。
 だけど、泣いて幸せに浸る時間なんて許されないから。自分がすべきはここで泣いて立ち止まることなんかじゃないから。
 だから少女は立ちあがる。涙を拭って、心を燃やし、少女は笑ってみんなに告げた。

 『全てが済んだら、みんなでパーティーしましょう!だからみんな…その前に一暴れして頂戴!
  貴女達の格好良い姿を私に見せて!一生脳裏に焼き付いて離れないくらい、うんと素敵な姿を私に!』

 人も、妖怪も、そんな小さな境界など彼女達には存在しない。
 誰も彼もが手を取り合い、全ては少女の為に。全ては少女の笑顔の為に。全ては少女の幸せな日常の為に。


 多くの人々が一人の少女の為に織り成すつながりの輪――それはもしかしたら、既に『奇跡』と呼ぶに値するのかもしれない。

























 幽香から放たれた魔弾の嵐、その標的は誰にあった訳ではない。
 無差別無方向にばら撒かれた魔力の嵐を、空を翔ける人々は回避し戦闘行動へと移って行く。

 だが、無傷の彼女達とは違い、回避行動に移れない者達が存在する。
 それは先ほどまで幽香と戦いを繰り広げていた紅魔館の面々である。そのなかで、パチュリーと美鈴、そしてフランドールは
比較的位置が近く、また、魔力弾がそちらに飛んでこなかったことが幸いした。よって回避行動に移る必要もなかった。
 しかし、一人離れた位置にいた咲夜、彼女は運が悪かったと言う他ない。幽香の放った魔弾が彼女目がけて真っ直ぐに疾走し、
それに気づいたのは、回避行動に移るには余りに遅過ぎた。時間を止めるほどの余力も跳躍する瞬発力も今の彼女には残されていなかった。
 どうする、そう思考する時間すらも咲夜には与えられなかった。咲夜に出来るのは瞳を閉じ、少しでもダメージが少なく終わることを祈るだけ。
 瞳を閉じ、衝撃に身を備えた咲夜だが、それは無為に終わる。激しい爆音だけが周囲を包み、咲夜の元に訪れたのは僅かばかりの爆風だけ。
 まるで咲夜の前に強固な壁でも現れたかのように錯覚してしまう程、咲夜の身体には傷一つ残さず届かず。何が起こったのか、ゆっくりと
瞳を咲夜が開いたとき――そこには、一人の女性が咲夜に背を向けて立っていた。
 その女性の背中に、咲夜は言葉を発することが出来ない。見惚れてしまっていた。完全に心奪われていた。咲夜の前に立つ背中は
唯の女性の背である筈なのに、咲夜にはまるで別物のように見えてしまう。
 それは理想。それは追い掛け続けている未来。そう咲夜が錯覚してしまう程に――その八意永琳の姿は、咲夜にとって目を惹きつけるものだった。
 言葉を失したままの咲夜に、振り返ることなく永琳はそっと言葉を紡ぐ。

「私達は仕える主に全てを捧げる者…主の為に生き、主の為に死ぬことを厭わず躊躇わず
どんな艱難辛苦をも乗り越えなければならない者…それが私達『従者』の役目であり定め」
「従者の…役目…」
「そう、私達は何処までも主の為に在り続けなければならない…それが私達の自分で決めた誇りであり、生き方でしょう。
私達が膝をつくのは主が諦めたときのみ。それでは咲夜、貴女の仕えるべき主人は…愛する母は今何かを諦めているかしら?」

 永琳の言葉に、咲夜は強く首を振って否定する。
 少女の母は決してあきらめない。家族のみんなを救うのだと、絶対に幸せになるのだと決めたなら、決して揺れず逃げず振り返らず。
 あの最強最悪の妖怪を前にして、一歩も退くことなく彼女は立ち続けた。自分の大切なモノを護る為、己が意志を貫き通している。
 そう、母は頑張っている。それなのに、今の自分はどうだ。立てないなどと軟弱な理由で一瞬でも諦めかけてしまっていた。
 みんなが来てくれた。奇跡をおこす為に力が集結した。みんなが頑張ってくれている…それなのに自分だけ情けなく休んでいるなんて、絶対に駄目だ。
 心が定まり一線を超えてしまえば少女は誰よりも強く。震える足に活を入れ、少女は紅血の翼を再び展開し、その場に立ちあがる。
 その姿を感じ取り、永琳は最後まで後ろを振り返らぬままに言葉を咲夜に紡ぐ。それは厳しくも優しい、少女を想うもう一人の母の言葉。

「私達が行うのは戦場のサポートよ。幅広い戦場を広大な視点で捉えながら、最良の一手を紡いでいく。
――咲夜、貴女に出来ないとは言わせないわ。レミリアの娘たる貴女なら、必ず出来る筈よ」
「…当たり前でしょう。私は母様の…レミリア・スカーレットの娘、十六夜咲夜なのよ…それくらい、やってみせるわ」
「良い返事ね…行くわよ、咲夜。可能な限り私についてきなさい――私の本当の力、貴女に見せてあげるわ」
「言われなくても――行きましょう、私のもう一人のお母様」

 永琳と咲夜、二人は戦場の風景に溶け込み、誰が為に風となりて戦場を駆け抜ける。
 圧倒的不利な戦況を覆す為に、奇跡を現実のモノとする為に。力を必死に振り絞り、虚空に力を解き放ち、二人は戦場に吹き荒れる嵐と化した。















「ひぇぇ!?ちょ、ちょっと待って!こんなレベルの妖怪だなんて聞いてないわよっ!」
「ええい、今更ウダウダ泣き言言わないでよ!男の子でしょ!?」
「私は女よっ!!って、ふひゃあ!?」

 荒れ狂う魔植物の蔓による波状攻撃を、少女達は必死に逃げまどう。
 初めは一本だった筈の魔植物が二本となり、三本となり…やがては五本もの巨大植物達が少女達を捕えんと暴れまわる。
 必死に回避を試みる少女達だが、その逃避が計算の上での行動であることを智慧の無い植物では当然悟ることは出来ない。
 激しく複雑な動きで回避し続ける二人の少女の努力あって、やがて魔植物達は互いが互いに絡み合い動くことすらままならなく
なってしまう。そこを狙い澄ましたように、少女達は空で反転して植物目がけて攻撃を放つ。

「やっと止まったわね!植物如きが虫に逆らうんじゃないわよ!」
「右に同じ!植物如きが鳥類に刃向かおうなんて三億とんで八百万年早いのよ!」

 二人の少女――リグル・ナイトバグとミスティア・ローレライの同時魔弾により、魔植物達は激しく燃え上がりのた打ち回って灰と化す。
 それを見届けて、リグルとミスティアは喜び笑顔を浮かべてハイタッチを交わし合う。実際、彼女達の働きはかなり大きく、これで
彼女達が仕留めた魔植物は計十二本に及ぶ。唯の一介の妖怪でありながら、彼女達は実にこの場で活躍の動きを見せていた。
 この場に立つ者、それは誰もがレミリアの為と前述したが、少しだけ訂正しておこう。彼女、リグル・ナイトバグは面々の中で
唯一レミリアの為に動いた訳ではない少女だ。それも当然のことで、彼女が永夜の異変で面識があったのはレミリアではなく
フランドールの方であり、しかもフランドールには大変恐ろしい目にこれでもかという程に合わせられているのだ。
 よって彼女は紅魔館の面々を恨む理由こそあれど、現在のように力になる理由など何処にも無かったりする。しかし、彼女は今
レミリア達の為にこうして動いている。その理由は大きく訳で二つ存在する。一つは妖怪らしく、『この大異変を引き起こした妖怪を
退治することに力を貸せば、自身の名が幻想郷で売れるから』というもの。そしてもう一つは、彼女の友人であるミスティアの強引な勧誘である。
 リグルの親友であるミスティア。彼女はリグルと違い、レミリア自身と親交があり、料理趣味の点からも非常に仲の良い友人である。その友人が
力を貸してほしいと言ったのだ。力云々のことはよく分からなかったが、それでも自分の力が大妖怪を倒す為に必要だと言ってくれたのだ。
 それならばと、ミスティアはレミリアに力を貸すことに何の躊躇いも無かった。ときどきお店を手伝ってくれたりする大切な友人を
訳の分からない妖怪に殺され奪われることなど勘弁ならない。その為に、ミスティアはリグルも強引に参加させたのだ。リグルが力のある
妖怪であることをミスティア自身が知っている為だ。
 そんな思惑があったりなかったりする二人だが、戦況は実に上々。機嫌良く喜ぶ二人だが、そんな喜びが長続きする訳もなく。

「いや~、もう植物如き敵じゃないね。十本でも二十本でもかかってこいっていうか」
「よね~!レミリアもこれくらいなら頭下げる必要なんて本当に無かったのに…って、リグルー!!後ろ後ろー!!!」
「へ?…って、にゃああああ!!!?本当に三十本以上きてるうううううう!!!!!」
「い、一時撤退!!」
「あ、ま、待ってよミスティアあああ!!!」

 再び始まる二人と植物達の追いかけっこだが、それは何とか窮地をしのぐ結果となった。
 逃げる二人の前に突如現れた妖怪兎――因幡てゐが二人に対し空に向けて指を指す。それはすなわち上に逃げろという指示。
 追い掛けられていて余裕のない二人は迷わずてゐの指示に従い上空へと飛行する。そんな二人を追って自らも空に昇ろうとした植物達だが
彼らの命運はそこで尽きることになる。伸びてくる彼等に、突如として空から魔弾の嵐が降り注いだのだ。
 恐ろしいほどの速射性をみせる弾幕の嵐に、リグルとミスティアは息を飲む。やがて魔弾が注ぎ終え、大地に残ったのは撃ち貫かれた
植物の肉片達だけ。その恐ろしいほどに精密な掃討作戦をやってのけた少女は、二人を振り返ることなく次の獲物へと弾幕をばら撒く。
 呆然とする二人に、共に残っているてゐはニシシと楽しそうに笑いながら二人に教えてあげる。

「これで私と鈴仙の撃墜数は七十二本っと。もっと頑張らないと鈴仙に全部手柄を奪われちゃうよん、お二人さん。
今日の鈴仙は本気と書いてマジだからね~。おかげで私も楽が出来ていいやね」

 そう告げた後、てゐは笑顔のままに鈴仙の方へと飛んで行った。
 やがて自我を取り戻した負けず嫌いの二人は、より多く魔植物を狩る為に必死に空を翔ける。
 妖怪はとても負けず嫌い。彼女達のゲーム染みた心は、確かにレミリア達の力に変わっていた。因幡てゐという参謀長を指揮官に据えて。
















 地を這う邪魔者が魔植物とするならば、空を舞う邪魔者は異界の霊魂達に他ならない。
 彼等は怨念という自我を持ち、生者を妬み襲いかかる。魔植物と彼等を鎮めずして、風見幽香に拳は決して届かない。
 だが、地上に魔植物を狩る者が現れたように、空にもまた魂を狩る者達が躍動する。
 その者は両手に握る長刀を一閃、二閃と奔らせ、呼び寄せた魂を一時的に冥界へと叩き送って行く。それは彼女――魂魄妖夢にしか出来ぬ芸当だろう。

「…消滅させたりはしない。だけど、今は待っていて欲しい。貴女達にレミリアさんの邪魔をさせる訳にはいかないんだから――せいっ!!」

 次々と引き寄せられる霊魂を妖夢は手際よく一振りで魂を冥界へと送って行く。
 妖夢の猛攻に、魂達は美鈴達にみせたような反撃の素振りをみせることはない。否、みせられないのだ。
 何故なら彼等は縛られているから。彼らが魂であるかぎり、たった一人の束縛から逃れることは決して出来ない。
 この世とあの世で唯一人、魂を操ることの出来る亡霊姫、西行寺幽々子――彼女の力の前に、彼等は無力であるのだから。

「…慣れてしまえば、異界の魂もこちらの魂と感触は変わらないものね。
憎悪の色に染まってしまえど、死者は過去を取り返すことも時計の針を戻すことも出来はしない…おとなしく眠りなさいな」
「幽々子様、次をお願いしますっ!!」
「紫のこと、あまり責められないわね…本当、これらの異変はまさに私達が望みし異変に相違ないわ。
この異変が妖夢をまたひとつ大きく成長させる。この成長も全てはレミリアのおかげ…勝たないとね、全ての者の為にも」

 何処までも華麗に、雅に、幽雅に幽々子は舞い踊る。死霊の全てが他者に向かわぬよう、縛りつける為に。
 既に三百を超える魂を一人で操りきっている西行寺幽々子――やはり彼女もまた別格の存在なのだ。
 死を誘う亡霊の姫は、今宵生者の為に舞を為す。主に負けぬ働きを、その従者もまた尽力して応えてみせていた。
 力を振うは小さな身体に大きな勇気を宿した友人の為に。少女の幸せの為に、冥界の姫とその庭師は自分達の役割を果たす。


















 魔植物と霊魂は少女達によって抑えられているが、それで全てが終わる訳では当然無い。
 この狂劇の元凶である大妖怪、風見幽香。彼女を止めずして、この異変は終わらない。終焉を迎えられない。
 彼女は一人だけでも恐ろしく強大なのに、今や風見幽香は三人もこの世界に存在している。彼女を止めるのは、抑えるのは
並の存在では決して不可能。風見幽香を抑えるには、対峙する者もまた一線を超えた存在でなければならない。
 だからこそ、少女達は風見幽香を止める為に最大の布陣を敷く。強者には強者を、狂える牙には咎める刃を。
 三つに分かれた暴力の一体、一人目の風見幽香の前に立つは死を乗り越えた絶対強者達。自身に対峙する二人を見て、幽香は愉しげに言葉を紡ぐ。

「月姫と不死鳥…貴女達が力を合わせて私に向かう未来は流石に想像していなかったわね」

 幽香の言葉に、二人の少女――蓬莱山輝夜と藤原妹紅はそれぞれ異なる反応を示す。
 輝夜は心底面白いとでも言うように笑い、妹紅は心底嫌そうに顔を歪め。そして、二者の内でより気分が良かった
輝夜が幽香に対して返答する。

「面白いでしょう?在り得ない筈の未来、想像すら出来ない筈の未来、そんなものは所詮私達の想像力の欠如に起因するものでしかないの。
どんな夢物語も幻想も、私達が在る限り『決して在り得ない』は存在しない。この世界はどんな可能性をも孕んで受け入れる。
本当、この世はこんなにも実に面白きことに充ちているわ。こんなこと、レミリアに出会うまで私は本当に知らなかった。レミリアに出会えて、私の世界は色を知った」
「そういえば貴女もレミリアに変えられた一人だったわね。月の姫ともあろうものが、実に単純。
力を持たぬ小娘の適当な言葉回しに踊らされただけでしょう?心にもない言葉と想いの詰まっていない空虚な言葉を並べられて、貴女が勝手に勘違いしただけ」
「あら、私とレミリアのことをどうして知っているのかは知らないけれど…貴女、頭は大丈夫?貴女はその程度でしかレミリアを捉えていないのかしら?
レミリアが本当に空っぽなら、私の世界は決して動かなかった。レミリアに熱を求めたりしなかった。私がレミリアに求めたのは表面や上辺だけじゃないもの。
あの娘の言葉は所詮切っ掛けに過ぎない。私が心から追い求めたのは、レミリアの世界での在り方。私はあの娘の生き方を心から羨んだわ」

 輝夜の言葉に続くように、妹紅は視線を逸らしながら口を開く。
 それはもしかしたら、輝夜と妹紅が初めて意を揃えたときなのかもしれない。

「レミリアの奴は何処までも真っ直ぐでしょ。それは私達のように『死から見放された』存在には、どうしようもなく心惹かれるのよ。
今を精一杯生きる姿、人と人とのつながりを愛する生き方、それは私達が忘れてしまった生き方だった。
私は輝夜の馬鹿ほどレミリアに肩入れしちゃいないけどね…それでも、護りたいと思うのよ。あの娘がいつまでも一生懸命生きられる世界を、ね」
「そういう訳で、レミリアと私の面白おかしく過ごす未来を邪魔する不届き者には、早々にご退場願おうかしら。
どうせならレミリアじゃなくて、そこの鶏の魂を持っていきなさいな。やもすれば死神に褒めて貰えるかもしれないわ?」
「…もしレミリアの件がなかったら、早々にそこの妖怪に寝返って貴女を殺してたわよ、このクソ輝夜」
「あら、今からでも遅くはないわよ?その妖怪のついでに、貴女も一緒に殺してあげるわよ?だから早く寝返りなさいな」
「ハッ!貴女こそ早く寝返りなさいよ!一緒に殺してレミリアにはちゃんと『勇敢な最期だった』って伝えてやるから!」

 ぎゃあぎゃあと口論する二人に、幽香は軽く息をつき、容赦なく魔弾を二人に向かって解き放つ。
 だが、幽香の掌から力が解放されることはなかった。『気づけば』幽香の右腕は無く、消し炭と化しており。
 呆然とする幽香だが、背後から紡がれた言葉に身を熱情に滾らせる。そう、殺し合いは既に始まっているのだ。

「――身の程を弁えなさい、妖怪。貴女が対峙するのは二つの永遠。貴女のような欲望に塗れた生物が軽々しく触れていい存在ではないのよ?」
「――永遠を殺すことが出来るのは永遠だけ。私の命と輝夜の命、果たしてお前に幾つこの身を滅ぼすことが出来るかしら?」

 振り向く幽香に、月姫と不死鳥は互いに口元を緩め、高らかに声を揃えて宣言する。
 永遠と永遠が空に交り合う、それは過去よりおいて今宵が初めて。重なりあう永遠が一体どのような奇跡を織り成すのか。















 輝夜と妹紅が幽香を抑えているように、残る幽香も同様に誰かが抑えなければならない。
 それは幽香と対峙しても決して負けぬ者が良い。幽香を倒すことに特化した実力者ならば誰でも良かったのかもしれない。
 だが、ここに幽香に対峙する者達は自ら志願した二人。無論、少女達は相応の実力者ではあるが、実力云々ではなく彼女達は
己が意志で幽香と相対することを望んだのだ。その二人に、幽香は言葉を投げかける。

「さて…どういう理由で私の前に立ちはだかるか、実に興味があるわ。
理由を聴かせて貰えるかしら――射命丸文、そしてアリス・マーガトロイド」

 自身の前に対峙する二人の少女に、幽香は笑みを零して問いかけた。
 彼女の問いかけに先に答えたのは、文だった。黒翼を広げ、文は感情を抑えたままに言葉を紡ぐ。

「私の方は聞くまでもないでしょう?風見幽香…貴女を直接ぶっとばさないと、私の気がどうしても晴れないからよ」
「あら、私は貴女に恨みを買うようなことをした記憶は無いのだけれど?」
「…レミリアは貴女に言ったわね。『リア』を利用していたこと、騙していたことは構わない、気にしないって。
だけど私の意見は違うわ。貴女は何も知らぬリアの…レミリアの想いを土足で踏み躙った。己の欲望の為にレミリアを振り回した。
レミリアは貴女を信じていたのに、大切な友達だって話していたのに――それをお前は最悪の形で裏切った!!!」

 文の怒りが、心の叫びが世界を揺らす。一介の鴉天狗としては身に余る才を有するその力が解放される。
 戦う意志を決めた文の力、それは大天狗に勝るとも劣らない。身体中の妖気を解き放ち、文は扇を手に幽香に言い放つ。

「風見幽香、たとえレミリアが許してもお前は決して私が許さない!
友を裏切ること、仲間を裏切ることは何より万死に値する大罪と知りなさい!あの娘を…レミリアを泣かせた罪は重いわよ、クソ妖怪!!」
「フン…天狗らしく仲間意識の強いことで。でも、貴女は本当に愚かね?
この争いに参加したことで、貴女は帰る場所を失った。紅魔館に手を貸す貴女はもう二度と妖怪の山へは戻れない」
「それがどうしたのよ?これでも相応の覚悟はしてる、山に戻って処罰されることだって理解してる。
だけど、だけど――そんな小さいことよりも、大切なことが在るのよ!レミリアが勇気を振り絞って選んだ未来を、私は絶対誰にも邪魔させない!
それが私がリアに――勇気を振り絞ってくれた大切な友達に、最後に報いる為に出来ることなんだから!」

 文の言葉に、幽香は肯定も否定もしない。ただ黙したまま文の声を受け入れ、視線を文からアリスの方へと移す。
 そんな視線に気づいたのか、アリスもまた幽香と視線を交錯させて、そっと口を開く。

「私が貴女の前に対峙する理由は――何故かしらね。
どうして私は貴女の前に立っているのか…私は貴女を笑うべきなのかしら。それとも呆れるべきなのかしら。らしくないと怒るべきなのかしら。
どうしたいのかは分からないけれど、それでも自分の為すべき役割は理解してる――幽香、貴女を止める為に私はここに存在するのよ」
「その口振り…成程、そういうこと。貴女はあの世界から生き延びたのね、『アリス』」
「…貴女と会うまでは忘れていたわ。いいえ、忘れさせられていた。貴女のことは僅かに憶えていても、全ての終わりは完全に記憶から消失していた。
そう処置を施さなければ、きっと当時の私は耐えられなかった。あの娘達ともう会えない現実を受け入れられなかっただろうから」
「そう…あの女もつくづく娘に甘い」
「そう責めてくれないでよ、私の自慢の母親なんだから」

 言葉を交わし、アリスは軽く呪文を詠唱し一つの本を召喚する。
 それは彼女が長年忘れさせられていた真なる力。幼い頃のアリスでは使いこなせなかった、究極の術式。
 高まるアリスの魔力に、幽香は口元を緩めて愉しげに言葉をかける。

「使いこなせるかしら?昔の貴女はそれに振り回されるだけだったけれど」
「今の私なら出来る筈よ。それに、これを使わないと今の貴女は止められないでしょうし…ね。
――無理矢理でも止めさせてもらうわよ、幽香。貴女の気持ちも想いも十分に理解出来る…だけど、こんなことをしても
私達の愛した世界は何一つ帰ってこない。それに過去に囚われている貴女に――レミリアの幸せを奪う権利なんて何処にも存在しない!」
「知った風な口をきく…かかってきなさい、昔と何一つ変わらぬ形で叩き潰してあげる」
「あの娘達の代わりに、なんて言うつもりはない…それでも、誰かが貴女を引っ叩いてでも止めないといけない。
そうしないと、この結末は誰も救われないじゃない。止めるわよ、魔界神の娘が一人、アリス・マーガトロイドが風見幽香をこの手で!」

 空を翔ける者、魔を極める者。二つの牙を荒れ狂う妖怪に突き立てんと世界を奔る。
 誰にも譲らぬ想いと決意を心に宿す限り、少女達に敗北は存在しない。誰が為に力を振う、誰が為に戦場に立つ。
 戦場を翔ける二人には、誰にも負けられぬ理由が在る。ならば例えどんなに強大な相手であろうと臆することは何もない。
 決意を胸に、少女達は空を翔ける。闇夜を切り裂く流星のように、誰よりも速く疾く。


















 三人のうち、二人の幽香は抑えた。残るは一人のみ。
 他の幽香は二体一という人数の有利を持って戦場を支配する形を取ったが、最後の一人はそんな状況は必要ない。
 何故ならば幽香に相対する者もまた国士無双の戦人。幽香に負けぬ程の強大な力を有する最強の一角を担う大妖怪。
 その存在にかつて人々は恐れを抱き、畏怖と敬意を込めて彼等をこう呼んだ――鬼、と。
 幽香の前に君臨する少女、伊吹萃香。楽しげに笑う少女に、幽香は口を開いて言葉を紡ぐ。

「…気になってはいたのよね。レミリアの周囲に常時纏わりつくおかしな気配の正体を。
数多の妖怪達を束ねる最強の鬼が子供のお守役とは、随分と落ちたものね」
「つまらん挑発なんて必要ないよ、妖怪。心配せずとも、私は全力でお前と殺し合ってやるさ。
それにレミリアの本当の価値に気づいているからこそ、お前はここまで面倒事をお膳立てしたんだろうに。
お前も私同様、レミリアに魅せられた存在だ。レミリアの眠っていた力を引き出したことには素直に称賛を送ってやるよ。
後はお前をぶっとばしてこの劇は終わりさ。お前という障害を乗り越えることで、また一つレミリアは強くなる。私はそれが嬉しくてたまらないんだ」
「まるで私がただの踏み台かのように言ってくれる。随分私も舐められたものね」
「馬鹿な、どうして私がお前を舐める必要がある?お前が本気で強いと認めてるから、私が『本体』の前にこうして対峙してるんだろう?
今のこの面子のなかで、本当のお前と対峙できる者なんて何人もいるものか。強いて言えば、西行寺幽々子に八意永琳だけど、
連中ではお前と非常に相性が悪過ぎる。お前と打ち合うなら、どんな攻撃にも揺るがない頑丈な奴じゃないと即座に消されてしまうからね」

 萃香の説明に、幽香は正答した子供を褒めるように楽しげに笑う。
 そう、真の実力を持つ複製ではない幽香を相手に出来るのは、この場においては唯一人、伊吹萃香をおいて他に存在しない。
 他の者達では圧倒的な暴力を前に捩じ伏せられてしまう。荒れ狂う暴風を止めることが出来るのは、暴風に対し根幹から揺るがないほどに
丈夫な防壁を持つ者だけ。そしてその資格を有するのは、鬼の中でも最強と謳われた存在――伊吹萃香だけだ。
 準備はオーケーだと言わんばかりに伸びをする萃香に、幽香は嗤いながら口を開く。

「その通りよ。私と対峙するには、有象無象の雛鳥如きでは刹那の時間すら耐えられない。
だから私を相手に出来るのは、伊吹萃香――そして八雲紫、この二人だけでしょうね」
「紫ならやることがあるからアンタの相手は私だけさ。紫は今、アンタを確実に仕留める為に策を弄しているだろうからね」
「あら、いいの?そんな貴重な情報を私に話しても」
「笑わせるな。アンタは相手の策なんか微塵も気にしないタイプだろ?相手がどんな小細工に走ろうと、その全てを
己の絶対的な暴力で捩じ伏せてきた妖怪だろ?お前の身体にこびり付いた血の匂いがその全てを教えてくれるよ」
「流石は伊吹萃香、よく見ているわ。もしかしたら、私達はよく似ているのかもしれないわね」
「ああ、似ているんだろうね。ただ、残念なことにお互いが惹かれているレミリアに関して求めるモノが違い過ぎる。
アンタはレミリアの今に全てを求め過ぎている。私はレミリアの未来に心奪われ過ぎている。どっちもつくづく救えない大馬鹿野郎さね」
「そう、救えない馬鹿の道は二つに一つ。死んで馬鹿をリセットするか――己を貫き通して、馬鹿である我が道を誇るか」
「そして私達は互いに頑固者だ。自分の道を決して誰かに譲るなんてことはあり得ない。だったら、強い者が己を貫き通すだけだ」

 大妖怪としての誇りを抱き、萃香と幽香は互いに妖気を高め合って対峙する。
 その力は果てなき程に強大で、力を解放すれば一山二山を軽く破壊する程の力を秘めているだろう。
 それほどまでに圧倒的な二人の妖怪が、それぞれ己が為に力を振う。
 レミリアの運命を見極めたい者、レミリアの未来を夢見る者。己の為に、友の為に、大妖怪は力を解放する。

「――きな!風見幽香!この私、伊吹萃香を倒し、その禍々しい己が欲望を貫き通してみせな!
今宵の私は最愛の友の為にここに在る!この私に膝をつかせること、それがどれほどの大業かを恐怖と共にその身に刻みつけるが良い!」
「――教えてあげるわ、貴女達力を持つ妖怪が私の前ではどれほど滑稽な存在であるのかを。伊吹萃香、私の欲望の為に死になさい」

 最強と最強のぶつかりあい、それは己が意地と誇りのぶつかりあいでもある。
 誰よりも己の我を貫き通す為、誰にも邪魔されぬ覇道を進む為に、大妖怪達は力を振って道を切り開く。
 彼女達が他者に屈するとき、それは自身の命が燃え尽きたときなのだろうから。
















「そこだっ!!」

 飛び込んでくる流れ弾を、上白沢慧音は慌てることなく撃ち落とし、鉄壁の守りを堅持する。
 彼女がこの戦場で受け持つのはある種において誰よりも重要な役割なのかもしれない。彼女が受け持つのは
動けぬ者達の守り人。負傷している美鈴、パチュリー、そして病に冒されているフランドールを流れ弾から護り抜くこと。
 集まった面々の中でも、慧音はそれほど戦闘に秀でた者ではない。しかし、こと護りの戦闘においてはその力を誰よりも
発揮することに長けている。それが人里の守護者を務める彼女の戦いであり、彼女の在り方。そんな慧音に、ボロボロの美鈴がなんとか
立ち上がり助力を試みようとするが、慧音はそれを制止する。

「まだ無理をするな。お前達が立ち上がって無理をしてどうなる」
「何を言うのよ…他のみんなが、こんなに頑張ってくれているのに…私達だけ、休めないわよ…」
「その気持ちは十二分に理解してるさ。だが、それを承知で言っているんだ。
辛いだろうが、今は休んで少しでも力を取り戻してくれ。お前達の力は、まもなく必ず必要になる。
それが私達をまとめる者――レミリアの意見でもあるんだ。だから美鈴、今は堪えてくれ。お前達の力を、レミリアは後に必要としているんだ」

 慧音の言葉に、美鈴達は視線を慧音からレミリアの方へと移す。
 そのレミリア当人は慧音達から少し離れた場所に立ち、わき目も振らず真っ直ぐに幽香と他の者達の戦闘を凝視し続けている。
 少女の立つ場所、それは慧音の守護する領域から外れた場所。下手をすれば流れ弾が被弾しても、誰からも護って貰えない場所だ。その場所に
レミリアは立ち、何処よりも幽香達の戦闘が見える場所で彼女達を観察していた。
 例え己が数メートル先で魔弾が着弾しようと、レミリアは決して怯えず怯まず目を逸らさない。ただ勝機を見出す為に、風見幽香をその目で
じっと観察し続け、勝ちを紡ぐ為に好機を伺い続けている。そんな少女に、慧音は心から敬意を表していた。
 何故なら慧音には見えているから。戦場に立つレミリアの身体が本当は恐怖に震えていることを、大地に立つレミリアの両膝が笑っていることを、慧音は知っている。
 それでも、レミリアは恐怖を必死に押し殺し、危険を承知の上で戦場に立っている。本当なら、みんなに全てを押し付けて安全な場所に逃げても
構わなかった。それをしても、レミリアが本当は弱いことを知っている者達は誰も咎めたりしないのに、それでもレミリアは戦場に立った。
 恐怖を克服している訳ではない。戦場なんて経験したことある筈がない。他人を殺したことはおろか、傷つけたことすらない少女に
そんな過酷な経験がある筈もない。それでもレミリアは勝利の為に勇気を振り絞っている。みんなで幸せになりたいと、みんなを助けたいと
心に誓い、心だけを武器にこの場に立ちあがっているのだ。そんなレミリアの背中を見つめながら、慧音は言葉を紡ぐ。

「…美鈴、お前達は幸せ者なのかもしれないな。他者の為にあれほどまでに誇り高く在り続ける者を、私は他に知らない」
「そうね…私は、私達は…本当に、果報者だわ…だから、応えないとね…お嬢様の期待を、いつも裏切ってばかりだったけれど…今度こそは、絶対に」
「裏切ってなどいないさ。お前の今の姿を、きっとレミリアは誇るだろう。喜んで私にお前の素晴らしさを語るのだろうな…それがあの娘だから。
…生き延びんとな。こんな下らぬ戦場で、私達は誰一人として死んではならないんだ。あの娘の、レミリアの笑顔を守る為に…な」

 飛び込んでくる流れ弾を再び一閃し、慧音は微笑みながらそう結ぶ。
 そう、この戦場で誰一人として死んではならない。そうでなければ、少女の願いが成就したとは言えないのだから。
 ――みんなで幸せになる。それが少女の、レミリア・スカーレットの皆に託した想いの形なのだと皆が知っている。
















 揺れ動き荒れ狂う戦場より少し離れた空で、その戦況を見つめる女性が一人。
 その女性は楽しそうに微笑みながら、そっと一人言葉を呟く。

「フフッ、風見幽香をその一身に引き付ける為に、あれほどまでに似合わぬ不格好な道化を演じてくれているのだもの。
これに応えなければ、怒られるだけでは済まなくてよ。…藍、八雲紫が命じるわ。二人のサポートに死力を尽くしなさいな」

 その女性――八雲紫の呟きは風に溶け、しかし確実に届けたい者の耳へと届けられる。
 それを確認し、紫はそっと瞳を閉じて、彼女だけに許された禁忌の秘術を解放する。
 紫の身体は淡い光を放ち、それに呼応するように彼女の周囲で風達が暴れ始める。

「…隙間の力の全ては藍に譲渡した。これで何が起ころうと、幻想郷の維持には何一つ問題はない。
例え『八雲紫』が消滅しても、この世界は滅びない。我が意志と力を受け継ぐ者さえ存在する限り、私の夢は終わらない」

 風を身に纏い、紫はゆっくりと瞳を開き、最後の扉を開け放つ。
 刹那、彼女の身体は幻想郷に溶け始め、まるで水が大地に浸透していくように、紫は幻想郷の地へと沈んでいく。

「――さあ、贖罪のときよ、風見幽香。我が愛する友人を、そして幻想郷を穢した罪の代償は極めて重い。
二人の少女が生み出す優しい幻想に囚われた哀れな妖怪の末路など一つだけ――美しく残酷にこの大地から消え去りなさい」

 誰よりも優しく、誰よりも残酷な微笑みを残して、八雲紫は幻想郷の大地に溶け消えた。
 希望の光はまだ幻想郷の空に差し込まない。けれど、その目は完全に発芽している。
 あとは全てを救う為に闇雲を払いのけるだけ。それを払いのける者こそ、その名に相応しいのだろう。――この世界の寵愛を受けし者、運命の申し子の名に。










[13774] 嘘つき花映塚 その十一
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2011/03/21 00:22






 一方的に蹂躙を行っていた風見幽香だが、レミリア達の登場によって場の状況は大きく一変する。
 幽香の持つ圧倒的な暴力を、レミリアは仲間の、友の力を借りることで押し返し、圧倒的絶望の状況を少しずつではあるが
優勢の状況化へと塗り替えつつある。数の暴力に対し、レミリア達は一人一人が己の役目に殉じることにより対抗していた。
 無論、レミリアを中心に個の集団が一つにまとまっている点も非常に大きな理由ではあるが、レミリアがどれだけ優秀な指揮官であろうと
決してこの状況は一人では生み出せない。何よりレミリアは自身のことを無能な指揮官だと理解している。だからこそ、彼女は
この場で共に戦ってくれている仲間達に、たった一つの指示しか出していない。それ以外は不要だと、余計な重荷になることを理解しているからだ。

『全てが済んだら、みんなでパーティーしましょう!だからみんな…その前に一暴れして頂戴!
貴女達の格好良い姿を私に見せて!一生脳裏に焼き付いて離れないくらい、うんと素敵な姿を私に!』

 レミリアが皆に頼んだ指示はたったその一言だけ。けれど、その言葉にレミリアは全ての想いを込めている。
 この戦場においてレミリアが何より望む絶対条件――誰一人死ぬことは許さないという点をレミリアは皆へ語った言葉に何より重きを置いている。
 故にレミリアはこの後のお祭り騒ぎという未来を語ったのだ。誰一人欠けることなく、この場を絶対に乗り切るのだという強い意志と共に。
 そして、レミリアが言葉に込めた『格好良い姿』の意味。それはつまり、『己が力を最大限に発揮出来る戦い方をしろ』ということ。
 レミリアのもとに集う者達は人間、月人、妖怪、亡霊と様々な者達が種族の枠を超えて集まっている。その者達は一人一人が得意とする
戦闘も異なれば、力を振える戦況も変わる。そして、それを知るのは己自身だけ。その力は未熟な指揮官の束縛では発揮出来なくなる可能性が高い。
 だが、この戦場――風見幽香という化物を相手にして、そんな生半可な応対は許されない。それぞれが百パーセントの力を発揮して
初めて彼女と対峙する資格を得る、それほどまでの存在と戦わなければならないのだ。
 故に、レミリアは仲間を縛らなかった。指示をせず、百戦錬磨の少女達の戦場における嗅覚を頼った。
 一歩間違えば総崩れする可能性だって孕んでいる無茶過ぎる作戦だが、その無茶を可能にする道をレミリアは歩んできたのだ。
 沢山の危険な目にあい、それでもレミリアは皆との想いを、絆を育んできた。そんなレミリアの想いをこの場の誰もが知っている。少女が
何を護りたいのか、何を幸せとするのか、どんな未来を紡ぎたいのか、この場の誰もが理解しているのだ。
 故に、レミリアの集めた者達は誰一人として一糸乱れることなく戦場を駆けた。力無き少女の夢を、未来を護る為に何が最善か、
自分に一番何が出来るのか――そして、何をすればこの少女の笑顔を紡げるのかを考えて、誰もが戦場で己が力を振うのだ。

 その結果が、今の戦場だった。己の得意分野を見極め、己の役割を全うする為に、少女達は誰に言われることなく己の戦場を決めた。
 風見幽香に相対するとき、大きな障害となる魔植物と異界の霊魂達。これをを排除出来ずに美鈴達は数の暴力の前に敗れ去ってしまった。
 だが、今の戦場において、その最たる邪魔者である二つは完全に抑え込んでいる。
 魔植物はリグルとミスティアがかく乱し、植物達が集まるであろう位置をてゐが割り出し、鈴仙が掃討している。
 これは鈴仙の多対一、そして遥か遠距離から外敵を一掃することに長けた能力を最大限に利用した戦術である。鈴仙にとって
一番のネックである攻撃力の薄さは植物相手にはあまり問題とならず、射撃時に無防備になる点はてゐの防御によってカバーされている。
 そして、鈴仙が仕留め損ねた植物はリグルとミスティアの餌食となるだけ。魔植物達を抑える為に組まれた急造パーティーではあるが、
彼女達はある意味、この場のどのパーティーよりも効率よく戦果を叩きだしているのかもしれない。それほどまでに、彼女達は魔植物を上手く抑えてくれている。

 それに対し、風見幽香が異界から呼び出した霊魂達の対応はというと――言ってしまえば、ほぼ完封である。
 先ほどまで美鈴達に恐ろしいまでに猛威を振っていた霊魂達は、今は最早何一つ外敵に抗うことすら出来ない。それほどまでに
霊魂達にとって対峙する二人――西行寺幽々子と魂魄妖夢との相性が悪過ぎた。魂を操る力を持つ亡霊姫と魂を冥界へ送る剣士という二人には。
 だが、本来ならばこの二人も霊魂達にとっては恐れるべき相手ではなかった筈なのだ。何故なら霊魂は『この世界』の存在ではない。異界の
霊魂とこの世界の霊魂とでは魂の在り方が根本から異なる。構造が違えば、例え霊を操る力を持とうが、成仏させる力を持とうが、意味はない
 触れたことのないモノを己が能力と適応させるには、即座にという訳にはいかず、少なくとも数か月もの訓練が必要になる筈なのだ。
 しかし、西行寺幽々子と魂魄妖夢は魂の適応に微塵も労苦することはない。それは彼女達がこの数カ月の間、異界の魂に対して適応する為の
訓練を積んできた証拠に他ならない。そう、彼女達は数カ月も前の時より、この瞬間を予想して力を重ねてきていたのだ。
 どうして彼女達がこの状況を読み取れたのか、こうなるであろうと未来を読めたのか。その答えを訊ねれば、幽々子は微笑んで
『私の悪友に聞いて下さいな』と答えるであろう。この戦況を予期していたのは、彼女の親友である八雲紫。そして親友の不確定な
未来を、幽々子達は見事形に現してみせた。本来ならば戦場を掻き乱し、ある意味においては幽香よりも厄介な存在である霊魂を二人は仕留めてみせたのだ。

 このように二つのパーティーによって魔植物と魂はほぼ完全に抑えられているが、それでも撃ち漏らしは必ず存在する。
 彼女達の手の届かなかった連中が、幽香と対峙する者達や怪我人達の元へ魔の手を伸ばそうとすることは一度や二度ではない。だが、そんな
闖入者が他の者達の元へ届くことは決してなかった。何故なら、この戦場には非常に優秀な遊撃手が二人も存在する為だ。
 ――八意永琳と十六夜咲夜。彼女達は常に広く戦況を見極めながら、戦場が常に有利な場を形成するように戦場を立ち回っている。
 少しでも油断をすれば一気に押し込まれる、そんな戦況を上手く支え、時に遠距離から、時に近距離から刃を振う、それが彼女達の役割だ。
 派手な活躍など不要、求めるは結果のみ。荒れ狂う戦場が表とするならば、影に溶け込み音も無く獲物を仕留める彼女達は裏の存在。
 だが、その力は奇跡を成立させるためには必要不可欠な力であることに間違いなどあろう筈もない。誰よりも静かに、誰よりも強く、戦場を二人は駆け抜ける。



 植物と魂を抑えたならば、残るは風見幽香だが、残る勢力で一気に…などと楽をさせてくれないのが風見幽香が大妖怪たる証。
 彼女は己が力を分け、自身と何一つ相違のない程の力を持つ分身を二体構築し、戦火を更に広げて嗤う。
 そんな風見幽香に相対するは、蓬莱山輝夜と藤原妹紅の二人。射命丸文とアリス・マーガトロイドの二人。そして、伊吹萃香の一対一だ。
 彼女達の戦況を評するならば、それぞれをこう評するだろう。輝夜と妹紅を『優勢』、萃香を『拮抗』、そして文とアリスを『予想外』と。

 それぞれの状況をこと詳細に語るならば、まずは輝夜と妹紅と幽香の戦況だが、彼女達は優勢、それも幽香をやや押しているといっても
決して過言ではない状況だ。美鈴達のときとは違い、彼女達には魔植物や霊魂という障害物が発生しない為、彼女達は戦場をフルに駆け回り
己が力を発揮出来る状況ではあるのだが、それでも相手は風見幽香。幾ら分身体とはいえ、相応の力を持つ相手。決して優位に立ち回るのは
簡単なことではないのだが、それでも彼女達は風見幽香相手に優勢を堅持しているのだ。
 その最たる理由は、二人の絶妙なコンビネーションにある。輝夜と妹紅は互いが互いの意志を疎通し合っているかのように、幽香にとって
非常に嫌らしい攻撃を合わせてくる。妹紅が幽香から離れるかどうかのギリギリの点で、輝夜は弾幕の嵐を降り注いだり、輝夜が幽香との
距離を縮めて搦め手を打てば、輝夜もろとも焼き尽くすかと思うような火の鳥を妹紅が放ってきたりと、対峙する幽香ですら呆れてしまいそうに
なるほどに味方を撃つギリギリのラインを二人は攻めてくるのだ。まるで仲間を巻き込んでもお構いなしなのかと疑いたくなる程に。
 一見無茶苦茶な戦法に見えるが、妹紅や輝夜のような大火力を持つ者達がその戦法を取れば、対峙する相手はたまったものではない。
 一人が足止めをし、もう一人が大火力で攻め、足止め役は攻撃を分かり切っていたようにギリギリで回避し無傷で乗り切る。まるで相方が
死に際した時、どのような行動に移るのかを読み切っているような戦法に、幽香は上手く戦況の手綱を握れずに削られていた。
 お互い手の内はまだ晒していないものの、現状のカードの切り合いにおいては輝夜と妹紅が上回っている。故に『優勢』なのである。

 次に萃香と幽香の立ち合いだが、良くも悪くも大妖怪同士の力の比べ合い、二者の戦闘は完全に膠着状態に陥っていた。
 その結果について萃香を不甲斐ないなどと責める者がいれば、何も知らぬ愚か者と嘲笑されるだろう。それほどまでに萃香は実に見事に
幽香の神域に到る暴力を捌いていた。今の幽香の力――『本体』の幽香の力は、こと接近戦に限定すれば、萃香以外誰一人として凌げなかっただろう。
 彼女達の拳は山をも砕く力を持つ、それが目にも止まらぬ速度で出し入れされ、その中に更にフェイントを含めた駆け引きまで交わってくる。
 更に距離を取れば取っただけ選択肢も増え、相手の行動がどうくる、などと頭で考えていれば即座に仕留められる、そんなレベルで彼女達は
殺し合いを行っているのだ。それなのに、萃香も幽香も恐怖や苦悶の表情一つ見せることはない。
 彼女達は真剣だった。殺し合いに関して、彼女達はこの場の誰よりも経験を重ね、限定的ではあるが『最強』と評される存在となった者達だ。
 互いの力量を互いに把握し合っているからこそ、この殺し合いに格下など存在しない。暴力に呑み込まれた者は無様な屍を晒すだけ、ただそれだけなのだ。
 大地を割る蹴りを繰りだし、月を破砕する拳を突き、死と隣り合わせの舞台の上で戦闘者達は踊り狂う。共演者の命が尽きるまで、何処までも。


















 そんな戦況を、大地から見上げる少女が一人――フランドール・スカーレット。
 最早、己の独力では身体を起こすことすら叶わず、フランドールはパチュリーに身体を起こしてもらい、なんとか空を見上げている有様である。
 それも当然の状態だった。ただでさえ、フランドールの身体は狂気が進行し、何時死んでもおかしくない状況なのだ。
 パチュリーの睡眠魔法により、症状の進行を抑えてはいたが、今日は数々の無茶を行ってしまった。その代償が今の少女の姿である。
 肩で呼吸をし、意識すら朦朧とさせるフランドールに、パチュリーと傍にいる美鈴は心配して声をかける。

「フランドール…やはり、今からでも遅くはないわ。睡眠魔法なら、貴女の身体の症状の進行を…」
「いいよ…必要無い…今更、眠って…どうなるのよ…今、私達がすべきことは…お姉様の、力になること…少しでも、力になることよ…」
「ですが、フランお嬢様…」
「…死に急ぐ、つもりもないわ…だけど、今は…今だけは…」

 パチュリー達の制止の声に首を振り、フランドールは空で踊り狂う幽香を見上げる。
 幽香の引き起こした異変…否、最早異変と表現することすら出来なくなりつつあるのかもしれない。彼女にもしレミリア達が負けたなら、
彼女は己が意志のさじ加減一つで幻想郷を破壊することが出来る力を持っているのだから。彼女の執心対象であるレミリアが期待外れに終わった時、
はたして彼女がこの幻想郷を永らえさせる理由など存在するのだろうか。
 幸か不幸か、ここには幻想郷有数の戦力が恐ろしいほどに揃ってしまっている。この面子で止められぬ相手を、はたして他のバラバラで
まとまりのない妖怪達に止められるのか。それを考えれば、ここが最後の境界線なのかもしれないとフランドールは考える。幻想郷を守る、最後の一線がここなのだと。
 別段、フランドールは幻想郷を守るなどと考えたことは一度もない。しかし、この世界には姉がいる。大切な人達がいる。
 だからこそ、結果として守らなければならない。幻想郷を守る為に、あの妖怪を止めなければならない。あの大妖怪、風見幽香を。
 そしてフランドールはそれがどれほど難しいことかも十分に理解している。今でこそ、レミリア達の登場により優勢を保っているが、
それは所詮風見幽香の『お遊びの範疇』でだ。その証拠に、風見幽香は一度とて『幻想郷を破壊できる程の力』を他者に向けていない。
 恐らくは風見幽香本体と対峙している伊吹萃香は気づいているのだろう。彼女がまだカードを隠していること、そして全力を出していないことに。
 このままでは駄目だ。きっとこのまま時間が流れていけば、間違いなく風見幽香が最後まで立つ結果となってしまう。

 そう考えてしまうフランドールだが、その不安が表に出てしまうことはない。何故なら少女の弱気な心を、一人の少女が幾度と打ち消してくれるから。
 フランドールが空から視線を逸らしたその先に立つ少女――それは、彼女が誰より愛する気高き姉の姿。
 レミリアは戦闘が始まってから、一度もぶれることなく、じっと戦況を観察し続けている。恐怖を押し殺し、身体の震えを抑え込み、勇気だけを
武器に何処までも勝利を信じて己の役割を果たしている。そんな姉の姿が、フランドールの心を何処までも安心に導いてくれる。
 みんなが死んでしまうという不安も、風見幽香に勝てないという不安も、その全てを姉の背中が吸い込んで消してしまう。
 諦めない。レミリアは絶対に諦めない。少女は愚直なまでに必死に前だけを見て走り続けている。
 どれだけ滑稽に思われても、どれだけ無様に思われても、そんなものをモノともせずにレミリアは未来だけを見つめて全力で走ろうとしている。
 その姿に、フランドールは心の中で想うのだ。姉は、レミリア・スカーレットはやはり世界で一番のお姉様なのだと。
 想いだけでは何も変えられない。想いだけでは奇跡なんて起こせない。それでも、想いを持つ者、信じる者だけが世界を変えることが出来る。
 どんなに薄い可能性でも、レミリアは幸せになる為の道を諦めない。その姿勢が、在り方こそが世界に愛される者の資格にして資質。そんな
レミリアだからこそ、風見幽香も彼女に入れ込んだ。運命を、世界を一人の存在で変える可能性を持つ者だと認識した。

 そんな姉の姿に、フランドールは心を決める。今の自分に出来る、今の自分の最後の役割を果たすことに。
 きっと『今の』レミリアには必要な力になる筈だから。必死で在るモノだけで姉は乗り切ろうとしているが、それではきっと勝ちは拾えない。
 勝ちを拾う為に犠牲が必要だとは言わない。それでも、それに近いモノを差し出すことで可能性を高めることは出来る。
 何もしなければ、あと一週間は生きられるかもしれない。それをしてしまえば、もう一日も生きられないかもしれない。
 きっと姉は怒るだろう。姉は本気で怒るだろう。それでも、それでもフランドールは願う。
 最後に姉に会えた。姉に抱きしめて貰えた、それだけで自分は十分幸せだったから、だから今度は――自分が姉に返す番だ。
 フランドールの異変、それにいち早く気づいたのは傍にいたパチュリーだった。目を見開き、声を荒げてフランドールを制止する。

「っ何をしているのフランドール!?止めなさい!!貴女はそんな無理に耐えられる身体じゃ…」
「…止めないで、パチュリー…これは、絶対に…必要な、ことなんだから…
今の…お姉様は…自分で空を飛ぶ翼を持たないから…お姉様だけでは…きっと、この奇跡は起こせない…」
「フランドール…貴女…」
「フフッ…馬鹿だよね…私、こんな状況なのに…嬉しいんだ…
やっと…お姉様の…力になれる…本当の意味で…お姉様の、力になれるんだ…それが本当に嬉しいんだよ…パチュリー…美鈴…」

 フランドールは掌に力を集中させ、激痛を必死に堪えながら深紅の魔槍を形成する。
 それはフランドールの残された力の全てを集約した、神槍の名に相応しき力を秘めた槍。
 最後の力を振り絞り、完成した恐ろしき程の力を秘めた魔槍を美鈴に渡し、フランドールは言葉を紡ぐ。

「美鈴…これを、お姉様に…渡して…
この力は…お姉様の力…私がお姉様にあの日貰った…絆の力…この力は…きっと…お姉様の…役に、立つから…」
「フランお嬢様…分かりました。この槍は私が確かにレミリアお嬢様に」
「お願い…お姉様に…一言…伝えて…『フランも一緒』って…」
「フランドール!?」

 美鈴に魔槍を渡し終え、意識を失ったフランドールにパチュリーと美鈴が即座に彼女の症状を魔法と気によって確認する。
 依然症状は酷くあるものの、気を失っただけということを知り、二人は安堵の息をつく。そして、美鈴はフランドールの
意志を形に為す為に、その場から立ち上がり、少し離れたレミリアの方へと近づいていく。
 そして、以前空を見上げ続けるレミリアの邪魔にならないように、背後から美鈴はレミリアに向けて言葉を紡ぐ。

「レミリアお嬢様…フランお嬢様よりこれをお渡しするように、と」
「…あのお馬鹿、また無茶をして。それで、フランは…?」
「気を失っていますが、即座に死ぬようなことはありません。ですが…この戦況が長引けば」
「そう…」
「それと、フランお嬢様から伝言が…『フランも一緒』、と」
「…負けられないわね。あの娘から貰った勇気、決して無駄には出来ないわ」

 レミリアは振り返らぬまま、空を見上げたまま美鈴から魔槍を受け取る。
 まるでフランドールからの預かり物がなんであったかを知っていたように、あまりに冷静な反応に美鈴は少しばかり目を丸くする。
 それはレミリアが冷酷だとか、冷たいなどと馬鹿な感想を抱いた為ではない。以前のレミリアならばフランの症状に動揺し
集中力を幽香に対しこの場で切らせていた筈だ。それなのに、今のレミリアは少しも動揺せずに、淡々と美鈴から槍を受け取っている。
 レミリアの行動、それはフランの行動の重さを重々理解しているということ。だからこそ、一刹那の隙をも幽香から見落とさぬよう、
意識を幽香から決して切らぬ姿に美鈴は一部下としてではなく、一武人として敬意を表さずにはいられなかった。
 今は感じられないが、幽香に相対したときに放った強大な妖気。そして今の応対、在り方。その姿に、美鈴は内心で思考する。
 この姿を、このレミリアをフランドールは知っていたのか。この誰よりも王者たる、優しさや温かさだけではない、レミリアの姿を。
 答えの出ない思考をしていた美鈴に、空を見上げたままで、レミリアはぽつりと言葉を紡ぐ。

「ねえ美鈴――今の私は、強く見えるかしら」
「…見えます。風見幽香に妖力を解放したレミリアお嬢様の姿、それは八雲紫にも引けを取らぬと贔屓目無しに断言出来ます」
「そう、紫と一緒っていうのは少しだけ嫌だけど…ありがとう、美鈴。
他の誰でもなく誰より永く私に仕えてくれた貴女の目にそう映るならば、私達には十分過ぎる勝機があると私は考える。
だけど美鈴、貴女は貴女のままで私を見つめていて頂戴。今、貴女の目の前に立つ私は、貴女の知るレミリアと何一つ変わらないわ」

 レミリアの言葉から紡がれた言葉に、美鈴は少しだけ言葉を返すのを躊躇う。
 そして、軽く息を吐いて美鈴は少しばかり笑みを浮かべて言葉を返す。それは懐かしい二人の絆。

「――当たり前でしょう。例え何年経とうと、貴女は私の知ってるレミリアなんですから。例え貴女がどう変わろうと私の見る目なんて絶対に変わりませんよ。
私が触れたいと、共に在りたいと願った少女…誰より真っ直ぐで努力家で不可能を可能にしてみせる吸血鬼――それがレミリア・スカーレットなんですから。
それは私だけじゃなく、パチュリーだって咲夜だって同じですよ。どんな風になっても、例え不要と言われても、私達は全力でレミリアを護りますよ」

 驚くのは、今度はレミリアの番だった。
 美鈴のしてやったりという風に笑って告げた言葉に、やがてレミリアもまた微笑み、風に乗せるようにそっと言葉を紡ぐ。

「ありがとう、美鈴…貴女に出会えて、本当に良かった。――貴女達の想い、私は決して無駄にはしないわ。
美鈴が、パチュリーが、咲夜が、そしてみんなが…フランが一緒なら、私はどんな相手にも、絶対に負けてなんてあげないんだから」






















 魔植物への対応、霊魂達への戦略、そして二体の風見幽香との戦況の報告は上記した通りである。
 そこで、先ほどは触れなかった最後の戦場、風見幽香と相対する二人――射命丸文とアリス・マーガトロイド達の戦いについて触れる。
 文とアリスの二人と風見幽香の戦いについて、前述した際は『予想外』と評した。その理由は今、彼女達の舞い踊る戦場に答えがある。

「っ、羽虫がっ!!」

 苛立たしげに力を解放する幽香だが、それは果たして本日何度目の空振りか。
 幽香の放った衝撃波では、彼女の周囲を駆け抜ける旋風を一瞬たりとて足止めするには至らない。
 常人には捉えられぬ速度を以って、空を翔ける黒き翼はその刃を次々と幽香目がけて切り刻む。
 小さな竜巻が放つ真空の刃を幽香は最小限度の回避行動だけで致命傷を避け続ける。やろうと思えば、より大きな力をもって
その風を打ち消し強行突破することも可能なのだが、その『罠』に二度もかかってやるほど幽香は愚かではない。つまらぬトラップの代償は
彼女の左腕で既に支払われている。未だ再生しない左腕に視線を送り、舌打ちを一つついて幽香は次にくるであろう大砲に備える。
 嵐が過ぎ去った後に訪れるは、全てを呑み込む略奪の光。嵐の通過と共に、幽香目がけて放たれる大魔法。防ぐことも返すことも難しいそれを
幽香が出来ることは憎々しげに必死に回避することだけ。大魔法を全力で回避した幽香だが、そこで油断することは決して出来ない。
 何故なら彼女が相対するは、幻想郷一の疾さを持つ風神少女。回避際を狙われ、幽香は背中を風の刃にて切り裂かれる。表情を歪ませる幽香に、
距離置いて舞い降りる空の支配者――射命丸文は顔色一つ変えることなく淡々と言い放つ。

「ちょこまかとよく避ける。一体どっちが羽虫か分からないわね、風見幽香。あれだけの大口を叩いて逃げ回るだけしか能がないのかしら?」
「…面白いわね、本当に面白いわ。一介の鴉天狗だと高を括っていた。所詮は他者に媚びる妖怪と見下していた。
それが今、貴女は私を追い詰めている。これは一体何の冗談かしらね、射命丸文。それだけの実力があれば、山でも相応の立場になれたでしょうに」
「私が欲するのは束縛ではなく自由よ。私が生きるは誰かの上ではなく、空の上。私は別に誰が上で誰が下かなんて興味無いのよ。
そして私が本気の力を振うのは、私が心からその時だと決めたとき――生まれて初めてよ、誰かを殺す為に本気で力を行使するのは」
「フフッ…それほどまでにあの小娘が大切なのかしら?そしてそれを裏切った私が憎いのかしら?」
「ええ、憎いわ。自分でもらしくないとは思うけれど…腸が煮えたぎって仕方ないのよ。
あの娘は、レミリアは貴女のことを好きだと言った。貴女の事を大切な友達だと言った。それなのに、それなのに…」
「…滑稽よね。こんな妖怪を信じるなんて、友達だと思うなんて本当に哀れで涙が出そう。
本当、レミリア・スカーレットには笑わせて貰ってばかり。あの娘は他人に運命を狂わされ、踊らされて死ぬ定めにあるのではなくて?」
「一生懸命だったのよ…レミリアは、どんなに屑なお前も最後まで信じてた。お前に貰った花を大切にしていた。
それをお前は土足で踏み躙るなんて表現すら生温い程の行動を起こした。妹を、家族を傷つけ、レミリアの想いに唾を吐きかけ…」

 そこで言葉を切り、文は己の感情をクールダウンさせるように大きく一度息を吐き、そして続ける。

「…もう問答は不要でしょう?お前に未来など必要ない、語る言葉すら持ち得ない。お前はここで死ぬのよ、風見幽香」

 最後だとばかりに、文は身体の中のギアを一気にトップギアへと切り替える。
 それは神速、それは雷光。恐ろしいほどの速度と熱を蓄え、文は空を縦横無尽に駆け巡る。
 そんな文の動きを幽香は抑えられない。しかし、文ばかりに気を取られる訳にはいかない。そちらに意識を向き過ぎれば、今度は
アリスの砲撃が待っている。あの一撃は食らってはならない。昔は振り回されていた究極の魔導書を今のアリスは完全に使いこなしている。
 あれは略奪の力、あれは吸収の力。その証拠に、アリスの魔術に捕らわれた腕は未だに回復する気配がない。あれは妖怪を滅することに
特化した魔法だ。あれの直撃だけは、絶対に避けなければならない。意識を広く持ち、二人の気配に集中する幽香だが、最早彼女に二人を防ぐ術は無かった。
 幻想郷の誰より早い文と後方から誰より重い砲撃を放つアリス。この二人を崩すには、まずは前線の文をなんとかしなければ
いけないのに、その文が今の幽香では捕まえられない。そこを手間取っているうちに、アリスからの恐ろしい魔法が飛んでくる。
 言ってしまえば、実は文とアリスはオフェンスとサポートが前衛後衛で入れ替わっているのだ。前線で飛び回る文が、大砲撃を行う
アリスのサポートであり、その一撃を持って幽香の命を根こそぎ奪う、それが可能な魔法をアリスは使用しているのだ。
 だからといって、文に決定力が無いのかと問われれば、決してそうではない。文の十分過ぎる程の速度が込められた一撃は
今の幽香では耐えるのがかなり難しい。鬼の拳と比肩しても劣らない程の一撃を文は繰りだせるのだ。攻防一体の一撃を。
 なんとか勝機を探る為に、必死に猛攻を耐える幽香だが、そのときは訪れなかった。訪れるのを許す程、文とアリスは甘くはない。
 やがて、文のラッシュに根を上げ回避に移った幽香に、アリスの狙い澄ました一撃が放たれる。もう一本の腕を犠牲にすることを覚悟し、
必死の防御を試みて足を止めた幽香であったが――それが彼女の致命的な判断ミスとなった。
 風神が世界を支配するこの戦場において、幽香は決して足を止めてはならなかったのだ。足を止めれば最後、風は容赦なく幽香の首を狙うのだから。

「あ――」
「――終わりよ、風見幽香。私の大切な友人を穢したその罪、お前の命で確かに贖ってもらったわ」

 風神三閃。文の繰りだした風の刃により、幽香は人間体を維持するには不可能な状態――その身を四分割に刻まれる。
 そして、回復の時を待つには余りに大きな隙が生じる。如何に大妖怪といえど、身体を復活する為の時間は誰しも平等に必要とする。
 その時間を待つ、そんな優しさを二人は決して見せたりなどしない。バラバラに刻まれた幽香を呑み込むはアリスの放つ大魔法。

「…まず、一体、ね」

 幽香を完全に消滅させたのを確認し、アリスは軽く息をつく。
 あれだけの大魔法を連続で放ち続けたのだ、身体に疲労が無い訳ではない。しかし、それでもアリスは弱音を吐かない。
 幽香を滅ぼしたことに喜びも油断もすることなく、次の標的を見据えて再び精神を集中させて力を高めていく。
 そんなアリスの横で、文は羽を羽ばたかせながらアリスに対して言葉を紡ぐ。

「残る二体…どちらかが本体、ということかしら」
「恐らく、ね。だけど、こんな力を持つ分身なんて、そう何体も作れる訳がない。
自分の分身を作るのは、それだけで恐ろしく力を必要とするわ。ましてや自分と同じ力量を持つ程ならば、天文学的な量となる。
…幽香らしくないわね。あの幽香が、ただの弾幕勝負ならまだしも、殺し合いの場においてそんな魔術を使うなんて…非効率的過ぎる。
そんなことをするくらいなら、人数的な不利を承知で自分一人で戦う方が、遥かに強い筈。それなのに…」
「確かにね…でも、結果が全てよ。アイツはそんな馬鹿な魔術を使い、そして私達の前に敗れ去った。ただそれだけ。
さあ、萃香様やあの二人をサポートしに向かいましょう。残る二体を消して、それで終わりよ」

 首を捻るアリスをおいて、文は次なる標的を消す為に他の幽香の元へ向かおうと翼を広げる。
 少女のそんな行動を油断などと断ずるにはあまりに酷過ぎるだろう――刹那、文の片翼に恐ろしく膨大な力の刃が貫いた。

「――っ!!!!があああ!!!」
「文っ!?」
「――勝利の余韻に浸るには、まだ早過ぎではなくて?射命丸文、そしてアリス・マーガトロイド」

 翼を切り裂かれ、苦悶の声を発する文と驚愕の表情を浮かべるアリス。
 そんな彼女達の背後に存在する一人の女性の姿。微粒子と化した妖気の粒が一つ一つ集まり、人間の身体をゆっくりと形成していく。
 やがて、何とか立ち上がる文とアリスの前に妖艶に微笑む女性――風見幽香が楽しげに二人に言葉を紡ぐ。

「私を倒してみせたのは素直に称賛を送るけれど、そこで満足されては困るわね。
ここで逃げられてしまうと、貴女達の中で『風見幽香は弱い』という誤った認識のままになってしまう。それは決して見過ごせないわ」
「馬鹿な…どうして、お前が…そうか、分身ならば…」
「ご明察通り。例え分身体が敗れても、本体さえ残っていれば修復可能よ?ごめんなさいね、ぬか喜びさせてしまったみたい」
「そんな…嘘。あれだけの力を持つ分身体なのに、再び作れる筈が…」
「そんなの、どうだっていいわ…また対峙するというのなら、何度でも殺すだけよ…沢山殺せば、そのうち本体がガス欠起こすでしょ。
風見幽香、貴女の分身体では決して私達に勝てないわ。何度立ち上がっても無駄よ、私達は幾度でも貴女を殺すわ」
「幾度でも…ね。フフッ、フフフフッ、アハハハハハハハハハハッ!!!!!!」

 文の言葉に、幽香は我慢を抑えられなくなったのか、突如として大声で笑い始める。
 そんな幽香の行動に、文もアリスも困惑し表情を顰める。やがて満足したのか、幽香は楽しげに笑みを浮かべたままに会話を続ける。

「いいわ、その僅かな希望を抱いて強がる姿、実に滑稽よ。
その瞳が一体どのような絶望に染まるのか、本当に楽しみよ…フフッ、フフフッ」
「…何をゴチャゴチャと。いくわよ、風見幽香。さっきと同じように貴女を殺してあげる?」
「ええ、いいわよ射命丸文。ただし、先に忠告しておくわ――今回の私の妖力は、先ほどの分身体の三倍程の力を詰めてあるわよ?」
「なっ――」

 それ以上、その場の誰も言葉を続けることが出来なかった。
 力を解放する幽香。その姿に文もアリスも言葉を失う。それは幻想郷を揺るがす程に強大な妖気の放出。
 その力の大きさは大妖怪として他の者達が並ぶことをも不可能にさせる、それほどまでに単純に莫大な妖気の量で。
 呆然とする文とアリスに、幽香は楽しげに説明を続ける。

「さて?今の私の妖力、単純な大きさの比較で言うと伊吹萃香と同等くらいかしら?
八雲紫にはやや届かないくらいだけど…それでも貴女達を相手にするには十分過ぎるかもしれないわね。
さて、貴女達に伊吹萃香が倒せるだけの力があるかしら?もし倒せたなら、私は心から称賛を送り、次の分身体を作ってあげるわ。
次はそうね…最初の分身体の六倍程度の力を詰めてみるのはどうかしら?六倍となると、果たして幻想郷に並ぶ程力を持つ者が存在するかどうか。
もしその私を倒せたならば、貴女達は胸を張って幻想郷最強を名乗りなさいな。その後、十二倍程妖気を高めた私が相手をしてあげるから」

 幽香の説明に、文とアリスは言葉を返せない。最早、幽香の語っていることが現実として理解出来るのかどうか。
 それほどまでに、幽香が語った現実はあまりにフザけた現実過ぎた。どれだけ幽香を倒しても、幽香の妖気が尽きることはない。
 それどころか、何倍も強化した上で生み出すという。そのあまりに笑い話にもならない内容を下らない戯言と一蹴することは二人にはどうしても出来ない。
 何故なら今、幽香は現実に分身体を三倍強化して送りだしてみせたのだ。この現実が文達の心を縛り、絶望という水を浸食させる。

「どうして…どうして、そんなことが可能なの…在り得ない…そんなこと、無限の妖力でもない限り、一人の妖怪に…」
「確かに無理な話よね。でも、もし私がそれを持っているとしたらどうかしら?
無限とは言わない…けれど、無限に近い膨大な妖気を持っていたならば?そうね――例えば世界一つ分の力なんてどうかしら?
もし私が『世界と一体化』していて、己の匙加減一つで幻想郷と異なる世界から力を引き出せるとしたら?私と世界がつながっていたとすれば?」

 幽香は楽しげに笑いながら、そっと指を鳴らす。
 その合図を皮切りに、誰もが力を合わせ合って優勢を保っていた戦況が一変する。
 皆の奮闘により、相当数の数を駆逐した魔植物と魂達――それらが再び戦場に蘇る。幽香の復活を祝うように、以前以上の力をつけて。
 そして輝夜と妹紅の前に対峙していた、もう一つの分身体である幽香の身体から、先程同様恐ろしき妖気の爆発を観測する。こちらも
外界から力を受け取り、強化されたのだろう。あれほどまでに必死に優勢を築き上げていたのに、その状況は呆気なく瓦解してしまう。
 その場の誰もが驚愕に表情を歪め、そして心の中にゆっくりと『絶望』という名の空気が浸食していく。染み出してしまえば最後、その
感情は何処までも止まらない。まるで雪道を雪玉が転がり落ちていくように、絶望の色は深く暗く皆の心を染め上げて。

 風見幽香。人々の心に絶望の色を為す稀代の大妖怪。
 その妖怪は口元を禍々しく歪め、狂気を心に宿し、その場の全ての者達に宣言する。

「フフフッ…さあ、嘆き、悲しみ、己が無力に絶望なさいな。
貴女達が相対するは個ではなく世界――狂気に彩られた世界を消し去らぬ限り、貴女達に未来はないわ。
もしまだ抵抗すると言うのなら、運命を打ち壊す程の意志と決意を持って、この私を殺してみせなさい。
それが出来なければ、私は貴女達を――この世界の全てを壊し尽くして消えるだけよ」

 世界が絶望に染め上げられる。世界が終焉の気配を漂わせる。
 僅かではあるが、この場の誰もが心に絶望の闇を抱いてしまっている。力在る者ならば、風見幽香の出鱈目さを嫌が応にも理解してしまうから。
 もし、この現状で微塵も絶望に感化されていない者が存在するのならば、人々はその者をこう表現するだろう。

 それは恐ろしい程に救いようのない大馬鹿者。
 ――けれど、それでも最後の最後で奇跡を起こすに値する資格を持つ、最強無敵の大馬鹿者、と。





































 追想 ~名も無き妖怪~









 ――世界の崩壊。全ての終焉。それは本当に余りにも唐突だった。


 その理由は、今となっては知る由も無い。
 彼女の住まう世界は顕界が在って成り立つ世界。その世界が崩壊したのならば、顕界もまた終焉を迎えた可能性が高い。
 人間達が愚かにも競い合い、我先にと生み出し合う世界を壊すモノ達が放ちあったのか、外宇宙から石ころでも飛び込んできたのか、
はたまた全ての生物を死滅させる災厄でも広まったのか。全てを失ってしまった後では知る由もないが、その日確かに世界は滅びたのだ。


 今となっては名も無き妖怪。その世界に己の全てを置き忘れてしまった妖怪。
 彼女はその世界――幻想郷で手に入れた全てのモノを一瞬にして失ってしまったのだ。



 幻想郷は滅びた。けれど、彼女は生きている。
 その理由は、彼女が幻想郷とは全く異なる次元世界との境界に居を構える妖怪だった為。
 彼女が幻想郷ではなく、その次元世界…夢幻世界側に咄嗟の判断で館を移転させたことが彼女の命を救った。
 否、彼女だけではなく彼女の部下でもある三人の妖怪達の命もなのだが、結局それは己が死を少しだけ先延ばしにしたに過ぎなかった。
 何故なら妖怪は人間無くして存在できぬ者。世界が消え、人間達が一人残らず失われた世界で、妖怪が生きていける筈がなかった。



 顕界が消え去り、人間から考えれば果てしなく長い年月が流れ、その妖怪は一人になっていた。
 共に在った彼女の部下達は一人、また一人と衰弱していき…そして最後は、主に力を託して死んでいった。
 死に向かう際、彼女の部下達は誰一人として恐怖や悲しみに囚われることなく、笑ってこの世に別れを告げた。
 何故なら、己の死が主の生を先送りにする。己の力を養分に、主はまだ永きを生きることが出来る。そのことが彼女達には誇らしかった。
 そんな部下達を、妖怪は涙一つ流すことなく見送った。ただ、一言。『救えない馬鹿ね』とだけ呟いて。
 死後の部下達の魂は閻魔達の元へ向かうことはなかった。否、向かうことが出来なかったと言っていい。恐らくは顕界が壊れてしまった
ときに冥界なども共に滅びてしまっているのだろう。当然だ、生きるモノが存在しない世界…そもそも世界すら存在しないのに、
裁きを行うモノが存在すること自体が在り得ないのだから。部下達の魂は夢幻世界へと残り、敬愛する主の傍に残ることになる。



 それからまた年月が流れ。
 妖怪の元に奇怪なモノが流れ着く。それは顕界に在る筈の夥しい数の魂達。
 何処から流れ着いたのか。全てが夢と幻で成り立つこの世界では、足跡を辿ることは叶わないが、それでも魂達は彼女の知る地、
幻想郷に住まう者達の魂だった。何故それが分かるのか――その理由は簡単で、彼女の知る者の魂をそこで見つけた為だ。
 幻想郷を失い、裁きを受けることも出来ず、何も無い虚空を漂い続けた魂達が辿り着いた先が、同じく先も未来も無い、死を待つだけの
自分の元であると知り、妖怪は思わず苦笑する。だが、同時に思う。それが滅びの定めであったというのなら、それも悪くはないと。



 数えるのも億劫になる程の時間が流れ、とうとう妖怪も避けられない死と対面する時が訪れることになる。
 部下の妖怪達三人分の力で生き延びることが出来ていた妖怪だが、それでも最早限界だった。
 指一本動かせない自身に、妖怪は嗤う。かつて最強と謳われた自身が、最期はこのザマなのかと哂う。
 どんなに強くとも、どんなに力を持とうとも、所詮気まぐれな世界の命運一つで終わってしまう現実。
 どれだけ最強であっても、これが運命なのだと言われればそれで全てが終焉。結局それでは無力と同義だ。

 その現実が妖怪の心を酷く苛立たせる。
 自分は強者。それでも、自分は搾取される側に回ってしまった。
 世界は自分から全てを奪った。遊び相手を、部下を、そして今自分の命をも奪おうとしている。
 
 憎かった。世界が、運命が。
 殺してやりたかった。たかだか世界一つすら跳ね除けられない無力な己自身を。

 終わる。まもなく己が命が尽きようとしている。
 自分が死ねばどうなるのか。この迷える魂達は、自分の部下や友の魂は何の救いも無く、惨めなままに彷徨い続けるのか。
 何一つ満足出来ず、不完全燃焼のままに自分は殺されるのか。
 そんな無様な自分の醜態を世界は指差して笑うだろう。運命すら抗えぬ下らぬ妖怪だと、何も残せずに消されるのだろう。



















 ――ふざけるな。


 ――たかが世界如きに、たかが運命如きにくれてやるほど、この命は安い命ではない。


 ――理不尽な世界など叩き潰す。舐めた運命など砕いてやる。


 ――欲しい。力が欲しい。


 ――どんなふざけた世界にも負けぬ力が、どんな理不尽な運命にも抗える力が。


 ――もし、自分が手に出来ないというのなら、他の者が持っていても構わない。


 ――例え自分が死んだとしても、その者が殺してくれるなら構わない。


 ――殺す。殺す。絶対に殺す。どんなに惨めでも、無様でも構わない。


 ――どんな手を使っても、どんな犠牲を払っても、お前だけは必ず殺す。






















 ――私達を滅ぼした『世界』と『運命』を、私は必ず殺してやる。






















 執念が、妖怪を生かす。

 どす黒い程の殺意が、妖怪を更なる高みへ押し上げる

 夢と幻によって成り立つ空の世界である夢幻世界は、一人の妖怪の果てしなき悪意により世界の在り方を変える。

 どこまでも悪意を飲み込み、何処までも殺意を取りこみ。

 生きる。まだ死ねない。まだ殺していない。まだ自分はやるべきことが残されている。

 ある種において誰よりも純粋な願いを、夢幻世界は呼応するように応えてみせる。

 その妖怪の朽ちた身体はゆっくりと世界と一つになっていく。世界に溶け、夢幻は邪悪な絶望に塗り替えられていく。

 夢幻世界を呑んでいるのか、それとも呑みこまれているのか。最早どちらとも言えぬ、妖怪の在り方の変貌。

 その中で、妖怪は高らかに嗤う。狂ったように…否、最早妖怪は完全に狂っていた。心に宿る復讐心が妖怪をそう変貌させてしまった。









 それから永遠とも思える時間を妖怪は染め上げた世界で過ごした。

 夢幻世界の時間は、妖怪が同期したときより針が壊れてしまっている。最早この世界に時間の流れなど存在しない。

 外界において止まった時間がこの世界では無限となる。狂ってしまった世界、それがこの世界なのだ。

 己の身体を完全に同化した世界とつなげるために、数多の時間を費やした。それは体感時間にして億を遥かに超える年月。

 通常の妖怪の精神なら狂い死んでいただろう。妖怪にとっても、億を数える年月は到底耐えられる時間ではない。

 だが、その時間も壊れた妖怪の心には何の苦痛にも感じなかった。むしろ悦びですらあった。

 壊れた世界とまた一つ混ざり合う度に、運命に勝てると確信していった。己が力で運命を切り開けると自信にした。

















 壊れた世界と完全に一つと化したとき、彼女に一つの転機が訪れることになる。

 力を十分過ぎる程に蓄えた彼女の世界と、他の世界が交錯した。

 それは本当に極めて一瞬。けれど、彼女は迷うことなくその交錯点を強制的につなぎあわせ、その世界にかつての己の身体を送りこんだ。

 世界を壊す為に。その世界の運命を壊す為に、狂気を胸に抱き、妖怪は再び大地に降り立ったのだ。

 それが最早何の意味も持たぬ、唯のやつあたりと同義であることに妖怪は気づかない。気づけない。世界を、運命を憎む気持ちが彼女を狂わせた。

 自分が今から行おうとしている行動、それが憎んでいる世界や運命と同じ行動であることに、妖怪は自分では気づけない。

 全てを狂わせ、誇りをも失った妖怪は歩み出す。全てを憎み、全てを滅ぼす為に。そして妖怪はその世界で一人の妖怪と出会う。













 ――その妖怪の名は風見幽香。

 ――世界に降り立った妖怪が遥か遥か遠い昔に耳にした、それは懐かしい響きの名であった。




















 幻想郷で出会った最初に出会った妖怪、風見幽香はその妖怪から見れば、酷く滑稽な存在だった。

 大した力も無いくせに、自分は強者だと胸を張り、妖怪に対し常に上から目線でモノを語る。
 そんな風見幽香を、心の狂った妖怪は興味深く観察していた。その妖怪が他者と触れるのは億を超える程に久方ぶりのこと。
 故に、妖怪にとって風見幽香の語る話の全てが新鮮だった。彼女に触れる度に、遥か昔に失った何かを取り戻すような感覚に襲われた。

 そんな妖怪に、風見幽香は『愚図』だの『愚鈍』だの散々な言葉を並べながらも、共に在ることが決して満更でもない様子だった。
 何故なら風見幽香という妖怪にとって、他の存在とこうして時間を過ごすのは初めての事で。だからこそ、嬉しかったのだろう。
 初めて自分に部下のような存在が出来たこと、それは自分が強いと他者に認められたような気がして。

 風見幽香に連れられ、妖怪は様々な場所を共にした。
 特に風見幽香は、花咲き乱れる太陽の畑という場所を好んだ。その理由を彼女に訊ねると、自分は花妖怪だからと胸を張った。
 その花妖怪は強い種族なのかと問われると、風見幽香は口を噤み、少し間をおいて妖怪を蹴り飛ばした。『生意気だ』と怒りながら。



 妖怪が初めて世界に降り立ち、風見幽香と触れあった日々。
 彼女と過ごす日々が、妖怪にかけられた呪いを忘れさせていた。
 永き時により失われてしまった全て。その全てを上書きしてしまっていた呪いと殺意。それらが風見幽香と共にあるだけで失われていった。
 理由は分からない。まるで風見幽香が鏡写しの自分自身であるかのように、彼女の心が自分の心へと変貌しているような錯覚。
 気難しく怒りっぽい、そして何処か子供っぽさの残る風見幽香。そんな妖怪に、気づけば心は上書きされていった。
 全てを忘れ、風見幽香に振り回されて生きる生き方、それも幸せだったのかもしれない。それを選べれば、幸福だったのかもしれない。

 しかし、ここでも妖怪の幸せを運命は阻害する。
 まるで妖怪の幸せなど認めないとでもいうように、運命は過酷な世界へと妖怪を誘う。








 ある日、風見幽香が息を巻いて楽しげに語ってきた。

『博麗の巫女が代替わりをした。最初にこの巫女を倒せば、誰も自分を馬鹿にしない。
もう二度と自分を弱い妖怪だなんて見下さない。誰よりも強く、誰よりも誇り高い妖怪になれる』と。

 その話を聞いても、妖怪には何のことか分からないが、それが風見幽香の喜ぶことであると理解した。
 故に手を貸そうとしたが、それを風見幽香は固辞した。自分一人で倒さなければ意味がないのだと。
 風見幽香の言葉に頷き、妖怪は彼女の戻りを待った。そしてしばらくの時間が流れ、風見幽香はボロボロになって帰ってきた。
 結果は訊ねるまでも無く敗北。博麗の巫女を相手にするには、風見幽香はあまりに『弱過ぎた』。
 大地に横たわる幽香は、涙を押し殺して言葉を紡ぐ。

『こんなのは私じゃない。こんなのは風見幽香じゃない。
風見幽香は誰より最強なのよ。風見幽香は誰より誇り高く誰よりも格好良いの。そうなるって、私は決めたのに。
どうして強く生まれなかったの。どうして力を私は持たないの。悔しい。悔しい。悔しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。
こんな大嫌いな運命を跳ね除ける力が欲しい。こんな弱い私を作った世界を見返す力が欲しい。その為なら死んでも良い』

 涙を流して呪詛を紡ぐ幽香の姿に、妖怪は何も言えずにその場に佇む。
 その光景が、何かと酷く重なった。運命を呪う姿が、運命を恨む姿が、己の無力を責める姿が、何かにとても酷く似ていた。
 けれど、妖怪は思い出せない。思いだせないが、幽香の悩みを解決する方法を妖怪は知っていた。
 何故なら妖怪は力の在る妖怪。自分に力が在り、幽香には力が無い。そして幽香は力在る妖怪に成りたいという。その為なら死んでも構わないと言う。
 ならば答えは簡単だ。全てを捨て、妖怪の身体と一つになってしまえばいい。幸い自分に名前も決まった形も無い。同期して
風見幽香の姿と名を使えば、この世界において風見幽香は最強となれる。例え本物の風見幽香は死んでしまっても、その力と意志は別の
風見幽香に生きるのだ。その提案をしたとき、幽香は呆然とした後、笑って言った。『それで私が最強になれるなら』、と。

 それは不幸だったのか、それとも幸せだったのか。
 風見幽香を取り込み、彼女の全てを略奪し、人間の形を取り戻した時、その妖怪は全てを思い出した。
 遥か昔の己の記憶、目的、自分がどのような存在で在ったのか。そして触れた。風見幽香の想い、意志、心。
 風見幽香は最期は幸せに包まれてこの世を去った。『弱い自分』という自身から『最強の自分』への変貌。それは形として示した世界と運命への反逆。
 どこまでも純粋で、どこまでも誇り高く在り続けた風見幽香。だからこそ、最期は喜びのままに死んでいった。
 その姿は、妖怪が望んだ姿だった。自身が望んだ姿であった筈だ。世界と運命に抗い、抵抗し、形として逆らった結末。
 なのに、どうして心はこんなにも満たされないのか。どうしてこんなにも心は空虚なのか。
 そして、この溢れ出る涙は一体何なのか。理解できぬまま涙を拭い、この世界に生まれた新たな風見幽香は一人の妖怪に最期の別れを告げた。

『――さようなら。私と同じ名を持つ、誇り高き脆弱な妖怪。この世界の最強で在りたいという貴女の願いは、私が形にしてあげるから』













 この世界を滅ぼすことで、本当に世界に対し復讐となるのか。
 この世界に生きる者を殺し尽くすことが、本当に運命を殺すことになるのか。

 『風見幽香』の死は、確実に妖怪の心に新たな疑問を投げかける結果を生み出していた。
 答えの導けない迷路の中で、妖怪は毎日を思考の海で過ごしていた。
 たった一人の妖怪の死で消えるほど、妖怪の狂気は軽いものではない。だが、それが運命や世界を相手に喜ばせる結果となっては意味がない。
 何を持って、世界と運命に勝つと言えるのか。何が世界で、何が運命なのか。
 見えぬ復讐の相手を妖怪は必死に探していた。無論、答えなど既に出ている。だが、それを認めれば妖怪は過去の全てを否定されてしまう。
 それだけは認められない。故に妖怪は運命を憎み復讐を心に誓い続ける。

 そんな彼女をおいて、この世界は騒がしくも波乱が巻き起こり続ける。
 紅霧異変に春雪異変、伊吹鬼に永夜異変と数多の人妖を巻き込み、世界は騒がしくも廻り続けた。
 その様子を、妖怪はじっと観察していた。決して異変に触れることはない、けれど、誰にも気づかれぬことなく重要な情報だけを抜き取って。
 そして妖怪は全ての異変に一人の少女が中心人物として関わっていることを知る。
 ――レミリア・スカーレット。五百の齢を重ねたばかりの幼い吸血鬼にして、何故かは分からないが何の妖力を持たぬ不思議な存在。
 その存在に妖怪は興味を抱く。それは少女をかつての『風見幽香』と重ね合わせた側面があったことも否定しない。レミリアの情報を集め、
彼女に関わる人物や彼女自身の記憶を覗き、そして妖怪は面白い真実を知る。そのレミリアがかつては力を持つ存在だったこと、そしてその
力を死にゆく妹の運命を変える為に使用したこと。滅びの運命を己が力で変えてしまったこと。

 レミリアの情報が、妖怪の心に狂った炎を宿らせる。レミリアを知れば知るほど、彼女は運命を味方につけ、数多の滅びの定めを
乗り越えてきた。そして多くの仲間を手にし、この世界にて中心人物といえる程の立場に昇り詰めている。
 その姿が妖怪にはたまらなく心奮わせた。――運命に愛されている。この少女は、この世界に愛されている。
 言ってしまえば、レミリアは運命の申し子。その答えに辿り着いた時、妖怪は愚かな結論を導いてしまった。

 ――この者が運命と世界の寵愛を受けているというのなら、この小娘こそ私の追い求めてきた存在だ。
 ――この少女が誰よりも強くなるように導き、自分の前に対峙させる。そうすれば、自分は世界を、運命を殺すことが出来るのではないか。

 遥か遠い昔の彼女なら、そんな思考は微塵も抱かなかった。だが、今の彼女は完全に壊れてしまっていた。
 復讐の為に永きを生き、そしてその果てに彼女は復讐する対象を見失った。けれど、彼女の生は終わらない。終えられない。
 妖怪には、明確な敵が必要だった。復讐する相手が必要だった。そうしなければ、救えない、救われない。散った者たちは、魂はどうやって救済される?
 全てを失った妖怪は、己が考えに大きな矛盾を孕んだままに計画を実行に移す。狂った妖怪は最早、誰かに殺されることでしか止まれない。
 自分が止まる時は、運命を殺すか、運命に殺されるかのどちらかしかない。だからこそ、妖怪は走り続ける。狂気と修羅の道を、狂った道を走り続けるのだ。


 気づいていない。妖怪は、気づいていない。
 運命を殺す為に、己が行っている行動が、他者にかつての自身と同じ苦痛を味あわせる結果を生み出すことに、妖怪は気づけない。

 誰よりも強く、誰よりも哀れな妖怪。
 それが彼女の――今は名も無き妖怪の成れの果てだった。
















 だが、心の奥底では…かつての誇り高き自分自身は、気づいているのかもしれない。


 その妖怪が真に望んでいるのは、誰かの手によって、この永き運命から解放されることだということに――









[13774] 嘘つき花映塚 その十二
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2011/03/25 02:11





 幻想郷の大地が暗黒の闇に塗潰される。
 幻想郷の風がこの地に住まう者全てに対し、誰一人として分け隔てることなく絶望を運んでゆく。

 ――風見幽香。
 この世界に舞い降りた一人の妖怪…否、最早一つの世界として存在する者の闇は何処までも深く、何処までも暗く。
 圧倒的なまでの力と畏怖すべきほどの狂気。彼女の存在の前に、幻想郷の火は風前の灯火だと表現しても、笑う者は誰も存在しないだろう。
 風見幽香は間違いなく簡単にやってのける。世界を飲み込み、世界を滅ぼすこと。今の彼女の力なら、それが可能なのだ。

 狂った世界が舞い踊るとき、世界は崩壊の円舞曲を奏で続ける。許される時間は幾許か、その絶望の中で少女達は起ち続ける。
 少女達は風見幽香の前には余りに無力。狂った世界を相手にすること、それが一体どれ程までに絶望的な戦いなのか、彼女達は痛いほどに理解している。
 己が未来に待つは、荒れ狂う暗黒の世界に飲み込まれた果ての死。そんな未来が瞳を閉じて夢想せずとも、容易く脳裏を過る、それほどまでに漂う濃密な死の香り。
 けれど、少女達は決して膝を折ったりしない。負けず屈せず諦めず、ただただ未来を信じて風見幽香という絶望に抗い続けている。
 常人なら…否、例え心が強い者でも、今の風見幽香の前では強靭な心も紙屑も同じ。それほどまでに今の風見幽香は強大過ぎた。

 だが、少女達は諦めない。恐怖など振り切って、前だけを向いて必死に走り続ける。
 逃げない。諦めない。絶対に勝つ。絶望に塗潰された世界の中で、少女達は僅かな希望を胸に戦い続ける。
 心を折るものか。絶対に負けるものか。彼女達は心が絶望に染まりそうになる度に、一人の少女へと視線を向けて、少女の姿を勇気に変える。
 その少女はその場の誰もの希望の灯火。闇に支配された幻想郷に灯された唯一の希望。その少女が諦めず、必死に前を向き続けている。
 少女の姿が、少女の勇気がこの場の全ての者に勇気を分け与える。そして心に新たな勇気を灯して誓うのだ。










 ――レミリアが諦めない限り、私達は絶対に諦めないと。




















 風見幽香の力により更なる強化をされた魔植物達。
 それらを相手にしていた者達の疲労もピークが近づいている。当然だ、倒せば倒す程に強くなる敵など一体どれ程の悪夢だろうか。
 そんな悪夢達を前に、ミスティア、リグル、そしててゐは肩で呼吸をしつつ、互いの無事を確認し合うように言葉を紡ぎ合う。

「リグル、それと、てゐ…だっけ?まだ、生きてるわよね?」
「当たり前でしょ…虫が、植物に殺されるなんて…笑い話にもならないわ」
「そう?世の中には、食虫植物なんてのも、いるからねえ…」
「冗談言い合えるなら、まだまだ大丈夫ね…一人当たり、五十体くらいが、ノルマかな…」
「…ミスティア、私、なんでここに居るのか、本当に不思議だわ。なんであまり、面識のない、吸血鬼の為に、ここまで」
「だったら逃げれば、いいんじゃない?別にアンタが逃げても、レミリアは怒りもしないし、恨みもしないさ。
年長者から、意見を言わせて貰うと、アレだけの化物は神話幻想時代にだって存在したかどうか…逃げるなって方が、酷な話だよ」

 てゐの言葉に、リグルは呼吸を整えつつ空を一瞥する。
 そこには複数の幽香が、他の者達を相手に恐ろしいほどの暴力を振っている姿がある。その姿を見て、リグルはフンと不機嫌そうに言葉を返す。

「…絶対嫌。私は戦うわよ。最後まで戦わないと、あのムカつく偉そうな妖怪の泣きっ面を拝めないじゃない。
私は『自分が最強』なんて思って偉そうにふんぞり返ってる妖怪が大嫌いなの。いずれ最強の妖怪の座は私達虫のモノになるのよ。
それを差し置いて、あんな傲慢に私達を屑か塵か何かのように扱って…だからあの妖怪は潰すわ!私以外の奴の力で!」
「はぁ…格好良いと途中まで思ってたのに、最後の最後でどうしてオチつけるのよ、馬鹿リグル」
「いや、だって私じゃ明らかに勝てないし…それにアレに立ち向かうのはちょっとねえ?」
「ま、いいじゃない。他の連中には他の連中の、私達には私達の役割があるさね。
私達が為すべきことは、少しでも多くの植物をプチプチ潰してあの妖怪に嫌がらせすることだね。
鈴仙が上のアシストにも手を割いてるんだから、私達は私達で頑張らないとね~」
「そうねえ…ま、さっさとアイツをぶっとばさないとレミリアと一緒に料理も出来やしないしね」
「あの力の無い吸血鬼だって逃げてないんだから!虫のプライドにも五分の魂ってヤツを見せてやるわ!」
「私はより面白おかしい毎日の為に頑張るとしましょ~。こんな大騒動が起きたんだもの、これを
無事解決した後、果たしてレミリアの未来はどうなることやら。にししっ、絶対面白いよね~!期待してるよ、レミリアさんっ」

 大地に立ち、幽香を真っ直ぐに見詰めているレミリアを横目に、三人は気合いを入れ直して植物達に立ち向かう。
 希望の炎は決して消えない。彼女達は己の欲望に忠実、その欲望は未来への糧、己の願う明日の為に彼女達は決して己を曲げない。

 少女達が願うは『未来』。彼女達が望むは面白おかしく平穏無事な笑いに満ちた幻想郷――それが彼女達の『希望』。

















 風見幽香が異界の扉を開き、幻想郷に再び流入する夥しい数の霊魂達。
 その数は最早妖夢と幽々子の二人では処理出来る限界数を超え、彼女達を逆に飲み込まんとする勢いで暴れ回っている。
 そんな妖夢達をフォローするのは、魔植物組から移行してきた鈴仙、そして常時アシストに徹していた咲夜と永琳。
 地上とは違い、空中は風見幽香とその分身体との戦場でもある。故に、魔植物達よりも霊魂達をしっかりと抑えなければ、風見幽香との
戦闘において害を及ぼす結果となってしまう。ただでさえ、風見幽香に対する勝算が得られていないというのに、それ以上可能性を
悪化させる訳にはいかない。故に、五人体制という多めの人員による戦闘なのだが、それでも彼女達の旗色は良くはない。
 何せ、霊魂に対し決定打を持つのは妖夢と幽々子しかいない。他の面々が出来るのは、あくまで彼女達のバックアップなのだ。
 霊魂の足止めこそ成功しているものの、幽々子と妖夢が魂達を冥界に叩き送る数は疲労と共に減少の一途を辿ってしまっている。また、
他の三人の疲労も当然ながら著しい。無数の霊魂達に囲まれながら、妖夢と鈴仙、そして咲夜は三人共に背中を合わせながら言葉を紡ぎ合う

「本当に嫌になる程の魂達ね…妖夢達もよく二人で凌いだものだわ。遠慮というものを知らないのかしら?」
「あはは…いっそのこと白旗でも上げてみる?」
「冗談でも笑えないわね。私達は絶対に負けられない…誰が相手でも、私はもう二度と戦場で背中は見せない。
今日だけは戦い抜く…この場の誰よりも戦い抜いてみせる…この戦場で、ありったけの勇気を振り絞っている、あのレミリアよりも…ね」
「鈴仙…そうね、私達の戦い、善戦に意味はないわ。私達は必ず勝たなければならない。
勝って、あの妖怪から守り抜くのよ。私達の大切な存在を、この愛しき世界を…そうでしょう、妖夢」
「…そうだね、その通りだ。レミリアさんの折れない心、諦めない心が在る限り、私達は絶対に負けたりしない!
――聞きなさい無数の迷える霊魂達!我が名は魂魄妖夢!今の私はレミリアさんの想いを!そして幻想郷の未来を守る一振りの刃なり!」
「こういうのはキャラじゃないけれど…私の瞳に捉われたのが運の尽きだと思いなさい。蟻一匹すら撃ち逃さないわよ、今の私は」
「母様を、みんなを、そして世界を護る為に――私達は、絶対に勝つ!!」

 咲夜の叫びを皮切りに、三人が霊魂を翻弄する程の速度で戦場を駆け抜ける。
 その力は普段の彼女達の何倍にも感じられる力強さと躍動感を持っていた。時間を操る力など残されていない、狂気の魔眼を
使用してアドバンテージを取ることも出来ない。けれど、彼女達の本当の強さはそのようなモノとは無関係の場所に存在している。
 今の彼女達の心に絶望など入る余地が存在しない。少女達は明日だけを見て、勝利だけを信じて走り続けている。大地に立つ
小さな吸血鬼の姿が、決して諦めない彼女の瞳が、少女達に戦場を翔けるにたる理由を充足させてくれる。

 少女達が目指すは『幸福』。皆が笑いあって過ごし、騒がしくも愛おしい明日を掴み取る為――それが彼女達の『希望』。



 そんな少女達の姿を見つめながら、戦場で舞う戦姫が二人。
 正確無比の射撃と変幻自在の操魂術により、霊魂達を一匹、また一匹と仕留めながら幽々子は永琳に微笑みながら語りかける。

「成長とは若者の特権ね。今のあの娘達は、昨日のあの娘達とはまるで別人の強さを持っている」
「そうね…不謹慎であるとは理解しているけれど、この戦場が無ければ、鈴仙はあんなに強くはなれなかった。
真の強さとは心の強さ、今の鈴仙は戦場を逃げ出した頃の鈴仙とは本当に別人。そして咲夜も…いいえ、これは私の台詞ではないわね」
「フフッ、この先は全てを終えた後で、ね。私が妖夢自慢を、貴女が鈴仙自慢を…そしてレミリアが咲夜の自慢を語り合うの。
もっとも、今の咲夜は貴女にも随分なついているみたいだから、レミリアが焼きもち沢山焼いて大変かもしれないけれど」
「それは凄く楽しそうな催しね。そうね…悪くないわ。戦場において、他者を殺める効率だけを考えるのではなく、
全てを終えた後の未来に夢想する…こんな戦場も、悪くないわ」
「そういうこと。だから――そろそろこの劇を終幕に導くとしましょう?」
「ええ…早々に片づけ、我らが愛しき先導者の雄姿を見届けるとしましょうか」

 幽々子と永琳は妖艶に微笑み合い、その身の力を解放する。
 彼女達が解き放つは全ての存在を死へと容易く導く強大な力。冥界を、そして月の暗部を任せられる程の実力者である
彼女達が霊魂達などにどうして手間取ることがあるだろうか。
 鎧袖一触、一騎当千と表現するに相応しく、彼女達は空に舞う霊魂達を恐ろしき速度で処理していく。
 どんな絶望の状況の中でも、他の者の上に立つ立場である彼女達は決して下を向くことも諦めることも無く、淡々と己達に課せられた
裏方役に徹して従事する。それは、彼女達が理解しているから。未来は決して終わらない、この先も彼女達の望む未来は続いているのだと。
 その未来を揺るがぬモノと信じさせてくれるのは、彼女達とは比較にならぬ程に弱く儚い吸血鬼。
 力を持たぬ少女、しかしそれでも少女は奇跡を為そうとしている。彼女は自分の歩いてきた道により、その可能性を紡ぎ出そうと頑張っている。
 決して屈さぬ諦めぬ、勇気を持って前進をし続ける者、そのような者にこそ奇跡は起こりうることを彼女達は知っていた。そして
その少女が奇跡を起こすことは彼女達にとって実に当たり前のことなのだ。何故なら少女はこれまでに幾度となく在り得ぬ未来を紡いでみせた。
 ならば今回も奇跡を起こすのでは…などという薄い考えではない。その少女は必ず奇跡を起こす、起こす力を持っていると信じている。

 彼女達の揺るがぬものは『確信』。全ての物語の中心に立ち、自分達をここまで導いた少女の描く結末――それが彼女達の『希望』。

















 真なる力を解き放った風見幽香。今の彼女と一対一にて対峙することが可能な者は果たして幻想郷に何人存在するだろうか。
 否、複数掛かりですら数えるほどしか存在し得ないかもしれない。それほどまでに今の風見幽香は天蓋の化物と成ってしまっていた。
 それが例え分身体であっても同じこと。偽りの存在であろうとも、分身体を操るのは他の誰でもない風見幽香本人なのだから。
 絶望と狂気の成れの果て。そのような怪物と対峙し続け、幽香と相対する者達の疲労は極限まで高まってしまっていた。
 最早彼女達に優勢は無く、必死に幽香の攻撃を凌ぎ耐えるしか出来ない。そして幽香は所詮分身体であり、何度でも復活が可能という
点が戦う者達の心に絶望の二文字を色濃く映し出す。…そう、映し出す筈だった。
 決して勝てぬ相手、決して勝利を掴めぬ相手、決して越えられぬ相手。恐らく幻想郷…否、この顕界に生きるほぼ全ての者が
そう認識し、圧倒的な力の差に膝を折ってしまいそうになる状況…それにもかかわらず、少女達は笑っていた。
 気が触れてしまった訳ではない。狂ってしまった訳でもない。それでも少女達は笑う。心から楽しむように、この戦場で。
 その笑顔が幽香は心から気に食わない。劣勢にも関わらず、己の死に片足を突っ込んでいる状況にも関わらず、少女達は笑っている。
 そんな輝夜と妹紅の表情に、幽香は完全に苛立ちを感じていた。荒れ狂う暴弾を放ちながら、幽香は憎々しげに言葉を紡ぐ。

「さっきからヘラヘラと…恐怖のあまり気でも狂ったのかしら?一体何がそんなに面白いというの?」
「あら、面白いわよ。面白くて面白くてもう死んでしまいそう。
ねえ、不思議だとは思わない?永き生を疎み、この世の全てをつまらないと切り捨てていた私が、今こんなにも生を渇望しているわ」

 幽香の全てを穿つ衝撃波を避けながら、輝夜は口元を押さえて愉悦を零す。それが幽香には堪らなく鬱陶しい。
 だが、幾ら幽香が苛立ちを募らせたとて、今の彼女は止まらない。刹那にも満たぬ攻撃の隙間を掻い潜り、反撃を行いながら輝夜は言葉を続ける。

「楽しい。生きるのが楽しくて楽しくて仕方がないの。
知らなかった。外の世界がこんなにも面白きことに溢れているなんて私は知らなかった。
幻でも夢物語でも隠世でもなく、現(うつつ)の世界に広がる御伽噺。小さな小さな女の子が必死に足掻き織り成す冒険譚。
私の世界に色を教えてくれた友人が、己の力の全てを用い、堕ちた世界を相手に奇跡を起こそうとしている。
英雄なんて微塵も似合わない女の子が、可能性を決して捨てることなく世界に対峙しているのよ。
そんな劇を私はこんな特等席で観賞することが出来る。それは私が行きてここにいるから。ねえ、妹紅?生きることは実に素晴らしいことだとは思わない?」

 宝玉の弾幕を空に描きながら、輝夜は入れ替わるように戦場をスイッチする妹紅にさも日常会話のように訊ねかける。
 だが、そんな輝夜の問いに妹紅もまた何ら日常会話と違いを見せず、苦笑交じりに言葉を返す。

「私はアンタと違って前から生きることに絶望なんかしちゃいないわよ。…けど、生きるのが楽しいというのは同感。
最初は必死で一生懸命で馬鹿正直で、こんなの放っておけないじゃないって感じで見守ってただけなのに…あんな姿を見せられるとね。
正直、まだ先が見たいと思うよ。アイツがこれから先、一体どんな妖怪に成長し、どんな未来を築いていくのか…これも生きる楽しみってモンの一つでしょ?
大切な人の未来の為に、今この刹那に全てを捨てても頑張れる姿、それは私や輝夜には出来ない強さだからね…応援したいと思うじゃないか」
「素直にレミリアに惚れたって言えばいいのに。勿論、妹紅如きにレミリアはあげないけれど」
「…輝夜、アンタ変わったね。もう本当、思いっきり気持ち悪い方向に。死ねばいいのに、おえっ」
「死なないわよ?この戦場で私は何があろうと一度も死なないわ。だって約束したものね」
「そうね…例え不死であろうと、私達は一度も死ねない。だってそれがアイツとの約束だから」
「貴女達、一体何をゴチャゴチャと…」

 再び暴力の竜巻を巻き起こす幽香に、輝夜と妹紅は笑いあったまま戦場で踊り続ける。
 永遠の檻に囚われた少女達、彼女達の万分の一にも満たぬ力しか持ち得ぬ吸血鬼。けれど、そんな吸血鬼の女の子に少女達は強さを見る。
 それは誰かの為に立ち上がれる強さ。誰かの為に自分を迷わず捨てられる強さ。そして未来を切り開くことを決して諦めない本当の強さ。
 そんな少女の姿を、在り方を、二人は想いを一つに重ねる。今は、今だけは全ての柵から解き放たれ、ただ一人の少女の為に。
 少女達の舞い踊る天空の下、大地にて戦況を見つめ続ける少女を視界に刻みこみながら、二人は声を揃えて言葉を紡ぐ。

「「――今宵の永遠は決して失われることはないわ。誰一人として死なないこと、それがレミリアの望みなのだから!」」

 彼女達が期するは『誓い』。錆びついた永遠にかつての光を取り戻してくれた少女の未来の為に少しでも力を――それが彼女達の『希望』。



















 状況が完全に反転してしまった戦場。
 現在において、もっとも厳しい情勢と言えるのは間違いなく彼女達、射命丸文とアリス・マーガトロイド組だろう。
 何せ、文は自慢の翼を負傷し、以前までのように速さで幽香を翻弄することが出来ない。また、文の翼が奪われれば、アリスの大魔法を
使う為の時間すら稼ぐことが出来ない。ましてや相手は以前よりも遥かに力が増幅している幽香の分身体なのだ。
 そして、アリスと文は輝夜達とは違い、命を護る為に腕や足を切り捨てたりなどという回避行動は取れない。輝夜達は即死だけを避ける戦術、
すなわち永遠を約束された者にしか出来ない戦い方で何とか均衡を保てているが、彼女達はそうではない。妖怪である文を持ってしても
すぐには回復に到らない…そのような馬鹿げた威力の攻撃を幽香は平然と連続で繰りだしてくるのだ。文とアリスが速度という点での
アドバンテージを失ってしまえば、彼女達は唯の獲物に過ぎない。幽香の攻撃を必死に回避するだけで反撃にも移れない。否、回避とは
いうものの最早完全に攻撃を防ぐことすら叶わない。それほどまでに文とアリスは追い詰められていた。
 現に文は額から血流、自慢の黒羽は片翼が見るも無残な程に傷つけられてしまっている。アリスは表情にこそ出さないものの、残り魔力量が
かなり厳しい状態にある。肉体能力に優れる文が幾度とアリスの楯となっているが、最早二人の命運は風前の灯火と表現されるのも時間の問題だろう。
 幽香の猛攻を何とか防ぎながら、文とアリスは互いに幾度となく状況を報告し合い、少しでも長く戦う為に必死に策を弄する。

「はぁ…はぁ…アリス、障壁はあとどれくらい、張れそう…?」
「…頑張って、十回ね。幽香の攻撃を防ぐレベルだと、それがもう限界…悔しいわね、序盤戦で魔力を使い過ぎなければ…」
「戦場で…『もしも』なんて考えてると、死ぬわよ…っ!!」

 一撃一撃に致命傷を与える威力が込められている誘導弾幕を、文は己が妖力を風に変え、旋風をぶつけることで相殺する。
 否、文の力では最早相殺することすら出来ない。それほどまでに文は疲労し、幽香の力は規格外に変貌してしまっている。迎撃損ねた
幽香の魔弾が文の腕部に直撃し、文は苦悶の表情を浮かべるも決して声には出さない。そんな文にアリスは声を荒げる。

「もう貴女は一度下がりなさい!幾ら妖怪でも幽香の攻撃を受け続けると死ぬわよ!?」
「あやや…天狗がまさか魔法使いに命の危険を心配されるとは…悪いけど、それだけは聞けないわね。
今、私がここを退いたとして、貴女はアイツ相手に勝算があるの…?」
「それは…」
「ないでしょう…?もし、私達の戦線が壊れてしまえば…アイツの向かう先は、間違いなく…あそこだわ」

 文は視線を大地へと向ける。そこには文達の戦場を見つめ続ける少女の姿が在る。
 少女は決して逃げることなく戦場に立ち、勝利を願い、未来だけを見据え、仲間達を信じ続けている。
 そんな少女の姿を見て、文は思わず笑みを零してしまいながら、アリスに楽しそうに話しかける。

「…本当は、逃げたい筈よ…自分が怖いというのもあるけれど…あの娘は大切な人が傷つくことを何より恐れてる…
今みたいに…自分の為に、友達を戦場に立たせること…それはきっと、あの娘にとって、何より嫌なことだと思うわ…
声を大にしたいと思う…『もうみんな逃げて』って、泣き叫びたいんだと思う…」
「文…」
「…でも、逃げないのよね。自分の恐怖を、気持ちを必死に押し殺してさ…勝利を信じて、戦場に立ってるのよあの娘は…
パンが売れただけで笑ってた…私の新聞を読んで楽しいと言ってくれた…みんなが大好きなんだと叫んでいた…
…護りたいのよ、あの娘の笑顔を…大切な友達の笑顔を、私は護りたい…だから戦場から、逃げ出さないし、逃げ出すつもりも毛頭ない…
風見幽香を殺したいとか、妖怪の誇りとか、そんなものは結局瑣末なことで…私はあの娘の…レミリアの為に、ここに在る…
…おかしいわね。本当、妖怪の山では根なし草だったのに…他人の為にここまで戦う未来なんて微塵も想像してなかった…壊れちゃったのかもしれないわね、私」
「壊れた妖怪…か。それなら私も壊れた魔法使いね。
私はあの娘達程レミリアに入れ込んだつもりなんてなかったのに…本当におかしな娘ね。
レミリアはその在り方で私達をどうしようもなく惹きつける。レミリアの存在は…他人を強くさせる」
「在り方とか、魅力とか…そんな安い言葉ではないでしょ…あの娘が他人を惹きつけるのは、あの娘が歩いてきた、道があってこそでしょう…」
「…文は本当にレミリアのことをよく見てるのね。私より短い付き合いである筈なのに、まるでレミリアと数年来の友人みたい」
「鬼も、天狗も…根本は同じなのよ。私達はね、誰かに惚れ込むと…どうしようもなくなってしまうの。
だから、この後はせいぜい気をつけることね…貴女達がうかうかしてると…レミリアのお友達一位の座は、私が奪っちゃうわよ…」
「それは…大事ね。私はともかく、周囲の友人達に強く言い聞かせるとしましょう」

 どんな絶望の下にあろうとも、二人は決して下を向くことはなく、未来だけを考え戦い続ける。
 彼女達の心を折る為には、どんな暗闇や暴力を持ってきたとしても決して叶わない。少女達の心は何モノにも決して屈さぬ芯が通っているから。

 少女達を支えるは『友情』。大切な人々の為に、決して絶望などに屈さない小さな勇者を護りたいから――それが彼女達の『希望』。

















 激しさを増す戦場において、安全地帯など最早何処にも存在しない。

 魔植物が、霊魂達が、そして風見幽香の筆舌し難い程の暴力が地に空に荒れ狂う。
 その戦場で、上白沢慧音は呼吸を乱しながらも必死に守りを固め続ける。彼女の持つ全ての力を防御に注ぎ続け、彼女は自身の役割を果たす。
 右に左に襲いくる魔弾を撃ち落とし切り払い、慧音は口を開いて美鈴に声を荒げる

「動くなっ!!お前達の力を今無駄に使わせる訳にはいかないんだ!!」
「っ…けれど、これ以上は貴女が持たないでしょう!?私とパチュリー様は構わないから、貴女はフランお嬢様の守りだけに…」
「持たせてみせると言った!!舐めるなよ、紅美鈴――私は人里の守護者だ。この程度で根を上げたなら、私は里の子供達に笑われてしまうだろう!」

 彼女の得意とする獲物を剣に鏡に勾玉にと変えてゆきながら、慧音は猛攻を防いでいく。
 慧音の叫びは美鈴が戦場に向かう心を押し留める。歯痒そうな美鈴に、気を失ったフランドールを抱きしめたままパチュリーはそっと言葉を紡ぐ。

「…美鈴、レミィを信じましょう。
私達の力が本当に必要となる場面が必ず訪れる…他の誰でもないレミィが私達にそう言ったのよ。
だったら、私達はレミィを信じて少しでも力を集めるだけよ」
「分かっています…ですが、このままではアイツの圧倒的な力に押され、ジリ貧になってしまうだけですよ。
この状況を打破する為には、場をひっくり返してしまう程のジョーカーでもなければ…」
「――ジョーカーなら在るだろう。致命傷となりうる弾幕が荒れ狂う戦場の中で、ただ真っ直ぐに好機を伺い続けている少女の存在、
それこそがお前の言うジョーカーだろう。この場に私達を集めたのはレミリアなんだ…そのレミリアが諦めない限り、必ず奇跡は起こる」
「…誰も彼もお嬢様に背負わせ過ぎなのよ。世界の命運なんて、お嬢様には重過ぎる。
愛する人達と穏やかに過ごせる日常…それだけがお嬢様の望みだった」
「だが、背負う決意をしたのもまたレミリアだ。小さな少女がみせた大きな勇気、その決意の全ては愛する者の為に…だろう?
それに、レミリアが重過ぎると感じるならば、手を差し出して上げればいいんだ。その為に私達が…いいや、違うな。
レミリアを『真の意味で』支えられるのは美鈴、お前達『家族』だけなんだ。だから――」
「――言われなくとも支えるわよ。私達はまだ、お嬢様に与えて貰ったモノを何一つ返せていないんだから」
「…そうね。私達はまだレミィに何も返せていない。レミィにも、この娘にも…ね」

 気を失っているフランドールを優しく撫でながら、パチュリーはそっと言葉を紡ぐ。
 そんな美鈴とパチュリーの姿を見つめながら、慧音は自然と笑みを零しながら、攻撃を凌ぎ続けていく。
 二人の姿に慧音は思う。レミリア・スカーレットという少女が手にしたモノ、それは確かに私達とのつながりであり絆だったのだろう。
 だが、例えそれらを手にせずとも、少女には誰よりも光り輝く眩い宝物を持っているのだ。
 小さな少女、その勇気を支えているモノ。少女が決して膝を折らない全ての理由が、ここに在る。
 この者達が共に在る限り、レミリアは誰にも負けたりしない。決して諦めたりしないのだろう、と。

 彼女達を強く結ぶは『愛』。永きを共にし、これから先も共に歩み続ける愛しき人の為に――それが彼女達の『希望』。



















「どうした風見幽香?随分と心乱れてるようじゃないか」

 全ての元凶である風見幽香――その本体。
 彼女と対峙し続け恐ろしい程の暴力を交換し合う少女、伊吹萃香が愉悦を零しながら幽香に訊ねかける。
 そんな萃香に、幽香は鬱陶しそうに蹴りを繰りだしながら、言葉を吐き捨てる。

「この世界の住人は、随分と往生際が悪いものねと呆れていただけよ」
「くくっ、何を言うかと思えば。それを私達は心強き者と呼ぶんじゃないか。
最後まで決して諦めない、どんな困難にも膝をつかない存在を人々は敬意と憧憬を込めて勇者と呼ぶのさ」
「…下らないわ。諦めなければ全て上手くいくと?心折れなければ全てが救われると?
愚か、実に愚かで滑稽よ。世界は御伽噺のように優しくはないわ。どんな感動的なお話も、たった一つの運命の気まぐれによって
終焉を迎える。どんなに心強くとも、どんなに勇ましくとも、運命の前ではあまりに無力。
力無き者は悪、抗えぬ者は悪、無念のままに死にゆく者は悪。力に抗えるものは力だけ…運命を殺すには、力が必要なのよ」
「運命運命とやけに拘る。どうした?まさかとは思うが、これはひょっとしてやつあたりか何かかい?
運命や世界に押し潰され、怒りの矛先を何の関係も無いレミリアに向けているだけだとしたら…とんだ期待外れの妖怪だ。
小さい、実に器が小さいね。それじゃ私や紫に勝つことは出来るかもしれないが――レミリアには絶対に勝てないよ、お前如きではね」
「――ッ、伊吹萃香ぁ!!」

 幽香が突き出した拳を萃香は避けることなく掌で受け止め、残る拳を幽香に突き出す。
 その拳を幽香がまた掌で受け、二人は互いに両手を掴み合って純粋な力比べへと突入する。
 力に関しては幻想郷有数の能力を持つ萃香と、世界と融合し能力が遥かに押し上げられた幽香。
 二人の押し合いは見事に拮抗し、一進一退の攻防を繰り広げながら、萃香は幽香に対し言葉を紡ぐ。

「風見幽香、お前に見えるか?今のレミリアの姿が、在り方が。それとも、あの姿が見えぬ程に瞳が曇ってしまっているか?
レミリアは勇敢だ。お前という絶望を前にしても、決して運命がなどと言い訳を並べて逃げたりしない。
運命も何もかもを飲み込み、自分の信じる一の道の為に前だけを向いて歩いているんだ。その姿にお前は一体何を見る?
今のお前に、あのレミリア相手に勝利が掴めるか?確かに命は奪えるだろうさ。確かに滅ぼすことは出来るだろうさ。
だが――レミリアはお前相手に絶対に屈さないよ。例え肢体をバラバラに裂かれても、レミリアがお前相手に心折れたりするものか。
そんなレミリアにお前は一体どうやって勝つっていうのさ?お前のような臆病者に、レミリアの心を絶望に染めることなんか出来ないだろ」
「貴様っ!!!」

 萃香の言葉に、幽香の心に狂気の炎が灯る。
 身体の奥底から溢れ出るおぞましき程の力に、萃香の顔が苦痛に歪む。あの萃香が力で押され始めたのだ。
 だが、萃香が退くことは決して無い。幽香に対峙したまま、腕に力を込めて言葉を紡ぎ続ける。

「予想外か?この場の誰一人として心を絶望に染められないのがそんなに悔しいか?
ははっ、所詮お前の力なんてその程度のモノなのさ。いいや、違うね。お前や私の力なんて、アレの前には塵も同じなんだ。
それは人間だって妖怪だって変わらない。誰かの為に強く在る姿、愛する者の為に力を合わせる姿…それは私達大妖怪をも相手にしない最強の力だ。
感じるか、風見幽香。連中の心に溢れる想いが、熱く燃える希望の炎が。そしてその全てを一身に受ける小さな勇者の熱き鼓動を感じているか?」
「感じているわ…けれど、そんなモノは私の障害になりはしない!
想い、心、希望、その全てを私が絶望の海に沈めてあげる!全てを飲み込み、破壊し尽くし、私は運命を超える!」
「…悲しい妖怪だね、風見幽香。
私はお前に勝てない。紫だってお前には勝てない。でも、レミリアはお前に勝つよ。レミリアはお前なんかに負けてやれる理由がないんだからね。
最後に一つ、忠告しておいてやるよ。――レミリアの拳、じっくりとその身で味わいな。レミリアの拳は、今のアンタにゃ耐えられぬ程に
死ぬほど熱く死ぬほど痛いだろうからね」

 最強の妖怪、風見幽香。彼女を前に、萃香は笑みを零して言葉を送った。
 萃香を戦場に立たせるは友との『絆』。過去にも先にも唯一人、自分に打ち勝った莫逆の友の為――それが彼女の『希望』。
































 絶望の空の下。暗黒に染められた大地の中。

 そんな暗闇の中でも力強く数々の『希望』達。

 少女達の願う未来が、幸福が、確信が、誓いが、友情が、絆が、全ての想いが幻想郷で一つに重なっていく。

 その想いの全てはただ一人の少女の為に。この幻想郷で出会った小さな友人の為に。




 諦めない。

 絶対に諦めない。

 負けない。

 絶対に負けない。




 その気持ちが折れない限り、少女達は負けたりしない。

 純粋な想いと人々の絆。その全てが奇跡を織り成す可能性を持つ少女の元に届けられている。

 そう、奇跡を起こすには最早十分過ぎる程に条件は成立している。

 あとは全ての引き金を引くだけ。世界に絶望せず、大切な人の為に立ち続けるみんなの想いに応えるだけ。

 ならば迷う必要はない。

 力は在る。勇気は貰った。あとは真っ直ぐに未来だけを願い、行動に移すだけ。



 時は満ちた。さあ、最後の勝負を始めるとしよう。

 愛する者の為に。愛する未来を紡ぐ為に。









 沢山の愛する人の力を借りて、誰より弱い吸血鬼はここに一つの奇跡を為さんと動き出す。


 最後の最後の大勝負。吸血鬼、レミリア・スカーレット――小さな小さな勇者の最終劇が今ここに。

























『さあ、見せて頂戴。誇り高き吸血姫、レミリア・スカーレット――この世界での、貴女の真実の羽撃きを』























「なっ!?」

 世界の風が変わる。空気の流れが淀みを払うように逆流する。
 その異変に真っ先に気づいたのは、他の誰でもない風見幽香その人。
 何かの間違いかと、幾度と確認するが、それが己の気のせいではないことを知り、強く奥歯を噛み締める。
 その反応に、萃香は即座に事態を読み取り、口元を歪めて言葉を紡ぐ。

「ようやく紫の奴がやってくれたみたいだね。本当、普段怠けているからこういうときに即座に対応出来ないんだよ」
「っ、八雲紫の仕業だと言うの!?馬鹿な…これが一体何を意味するか理解しているの!?」
「してるだろうね。最悪、紫はもう二度と『元には戻れない』。紫は幻想郷の大地に溶け、真なる意味で幻想郷と一つになるだろうさ」

 萃香が言葉を紡ぐ度に、幽香の表情が焦りの色を孕んでいく。
 紫の行ったこと、それは幻想郷と一つになることで、幻想郷と他世界とのつながりを己が力で直接的に制御を行うこと。
 すなわち、紫は幽香と異世界とのつながりを強引にも程がある方法にて断ち切ったのだ。幻想郷と他世界のつながりを断てば、
幾ら世界と一つになっている風見幽香とて、無限に力を異世界から引いてくることが出来なくなる。紫は幻想郷と他世界全ての
つながりを遮断し、幽香の供給ラインを完全にストップさせたのだ。無論、幽香は紫が境界を操る力を持っていることは知っていたが、
この選択肢を選ぶことは微塵も想定していなかった。何故なら、世界と世界のつながりを断つことは妖怪の力では決して不可能だからだ。
 世界と世界を結びつけるも切り別れるも、可能なのは世界の意志だけ。すなわち、世界の意志がそこになければ、幾ら紫とて
そのような大掛かりな軌跡を起こすことは出来ないのだ。だが、紫はその身を世界に溶かすことで実行に移してみせたのだ。
 幽香は信じられないという感情のまま、吐き捨てるように萃香に言葉を投げつける。

「八雲の管理者と博麗の巫女…そのどちらかが欠けたとき、幻想郷は終焉を迎える。
あの八雲紫が後先のことすら考えられぬ一手を打つとは思わなかったのだけれど…」
「八雲の管理者は既に藍に代替わりしてるよ。紫はその身を犠牲にする可能性を孕んでも、お前を危険視してるのさ、風見幽香。
さて、友の放った渾身の一手、お前は一体どうする?最早お前に無限の力は存在しない。あとはお前を潰せばそこで終わりだろう?」
「――私を倒すですって?クククッ…アハハハハハッ!!この現状の私ですら打破出来ぬお前達がこの私を!?
たかが世界と私を切り離しただけで勝った気でいるなんて、実に愚かね!私には本体のこの力と、分身体の力が存在するのよ?
それらを全て一つにしてしまえば、お前達は各個撃破すら出来なくなると言うのに…」
「どうかねえ?無限の回復力さえ無くなってしまえば、私は勝機が出来たと見るがね。
どんな妖怪だって、自分より大きな力の前には無力だ。アンタを飲み込む程の力が存在すれば、どうかねえ?」
「――面白い。その安い挑発、高くつくわよ。最早手加減などしない、私の全ての力でこの世界を消してあげる!!」

 声を高らかに叫び、幽香は全ての分身体と魔植物の力を己が本体へ集中させる手順を取る。
 彼女の魔術展開と共に、魔植物の全ては枯れ果て、分身体は風に溶けるように形を失い、幽香の元へ集まろうとしていた。
 だが、それはこの戦場で唯一見せた幽香の隙。幾度の戦場を乗り越えた妖怪であっても、紫の秘術により幽香は落ち着きを多少欠いていたのだ。
 勝ちだけを望むながら、現状維持のままで力の差で押し続ければよかった。だが、幽香は運命に打ち勝つことだけに固執し、圧倒的な
力の差を誇示せんが為に、己が本体に力を集める一手を選んでしまった。世界への、運命への呪いが幽香を愚かな一手へと導いてしまったのだ。



 見逃さない。

 戦場にて一度も逃げることなく幽香を観察し続けていた少女がそんな隙を見逃す筈がない。

 それは少女が今の今まで待ち続けていた好機。
 恐らくはこの戦場にて二度と訪れないであろうラストチャンス。

 モノにする。
 絶対にモノにして、勝ちを紡ぎ取る。
 このチャンスをモノにして、戦いを終わらせる。

 永い時間を待ち続けた。
 勝利を掴む為に堪え続けた。
 最早少女を縛るモノは何一つ存在しない。後は力を解放するだけ。
 狂気と過去に囚われた妖怪から勝利を紡ぎ取る為に、少女は己が力の全てを引き出す。

 少女の待ち望んだこの状況を作ってくれた沢山の人々の為にも――必ず成功させてみせる。絶対に勝ってみせる。
 この戦場に集まってくれた人々の想いと願いを――全てはこの瞬間の為に!!






 ――恐ろしい程の妖気の爆発。
 突然膨れ上がった力に、幽香は己の意志とは関係なくその方向へ視線を向けさせられる。
 そして、その光景に幽香は表情を驚愕に歪める。遥か下の大地に立つ少女――レミリアの全身から溢れ出る爆大な妖気に。
 何処までも力強く、何処までも全てを包み込むような力に、幽香は息を飲む。あれ程の強大な力を幽香が他者に見出すのは初めての経験だった。
 単純な力の大きさだけなら、八雲紫はおろか、今の彼女自身よりも大きいだろう。それほどの力を一体何処に。
 そんな幽香の驚きを余所に、好機を掴み取る為に少女は動き出す。手に持つ紅の神槍にその膨大な魔力を注ぎ込み、力を槍だけに集中し。
 そして、少女は全てを終わらせる為に、紅の槍を力強く振りかぶり、幽香目がけて全ての力を込めて解き放つ。

「幽香ァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」

 少女から放たれた紅槍に、幽香は己が身体に警告を走らせる。拙いと、あれを食らってしまえば唯では済まないと。
 だが、幽香は飛翔する槍を回避する行動がとれない。何故なら幽香は分身体達と一つになるための魔術を行使していた為。
 今、その魔術を解いてしまえば、分身体や魔植物の妖気を二度と回収出来なくなってしまい、霧散化させてしまうことになる。だが、
分身体を吸収するには、レミリアの解き放った槍があまりに速過ぎる。吸収を待てば、間違いなく紅槍が己が身体を刺し貫くだろう。
 幽香が完全に動きが止まるその刹那――その瞬間をレミリアは狙っていた。その真実を知り、幽香は気づけば愉悦を零していた。

 面白い。面白い。面白い面白い面白い面白い面白い!!
 まさに運命、勝利を確信する自分に最後の最後まで抗ってくるレミリアはまさしく世界の用意した運命の壁だ。
 どんな未来になろうとも、最後に自分を邪魔してくるのはレミリア・スカーレット。それはまさしく幽香の『想定内』だった。
 幽香はレミリアのことを完全に運命の申し子だと見做していた。レミリアこそが自分に立ち塞がる最後の壁だと認識していた。
 どんな困難をも乗り越える少女。どんな奇跡をも叶えてみせる少女。ましてやレミリアは力を取り戻しているのだ。
 出会ったときから、今のこの刹那まで、幽香はレミリアを一度たりとも弱者であると視界から外したことはない。
 どんな敵よりも、どんな妖怪よりも強敵、それが幽香のレミリアへの評価であった。最強の敵であるレミリア、そんな彼女のマークを
幽香が外す筈もなかった。故にこれは『想定内』――想定内ならば幾らでも対応出来る!
 幽香は分身体の力を己と融合させることなく、即座に転用できる攻撃用の魔力へと変換し、己が掌に集める。
 そして、レミリアが放った紅槍目がけて迷うことなく全力で力を解き放つ。それは彼女が得意とする力――マスタースパークだ。
 全てを飲み込んでしまいそうな程に巨大な光の柱が、レミリア目がけて解き放たれる。そして幽香は笑って声を発する。

「貴女の作戦、実に見事だったけれど――私の勝ちよ、レミリア!!
貴女を殺し、世界を壊して私は運命を超える!!エリーの!くるみの!オレンジの!全ての者の怨みを今ここで晴らしてあげる!!」

 己が勝利を確信し、幽香は愉悦を零す。
 幽香の解き放ったマスタースパークとレミリアの解き放った紅槍。
 その二つがぶつかりあう刹那、幽香はレミリアの表情がどれほど恐怖に歪んでいるかを覗く為に視線を送った。
 だが、そこにあったレミリアの表情は何処までも笑顔。したり顔で笑いながら、レミリアは幽香に向けて何かを呟いていた。
 その言葉は遠く離れた幽香の耳には届かない。だが、幽香には届かずとも、レミリアの周囲の風に溶けることは出来る。
 彼女の周りを舞う風が、空気が少女の確かな言葉を聞いた。それはレミリアから幽香に送られた届かぬ言葉。









『…幽香。貴女の敗因は二つよ。
一つは私を過大評価し過ぎたこと。私の記憶を読むことで『不必要な過去』の情報まで手にしてしまったことが理由の一つ。
そしてもう一つは、貴女が私の最大の武器を知らなかったこと。私の本当の最大の武器は己が魔力でもましてや他人の力でもない――』

 一度言葉を切って、レミリアは胸を張って声を大にした。
 そのレミリアの叫びは槍と魔法の衝突と全く同時に――レミリアの実にヘタレな言葉が幻想郷に響き渡ったのだ。




『私の最大の武器にして、か弱いこの身をここまで生き延びさせた最高の技術――それは勿論『ハッタリ』よ!!
幽香みたいな強靭無敵最強な悪魔超人をこの私如きが倒せると思いこんでしまったこと、それが全ての大間違いよ!!!!』













 レミリアの紅槍は幽香の魔法に着弾した刹那、それはまるで風船が破裂するように『ぱん』と小さな音を立てて呆気なく崩れ去って。
 あれだけ強大な妖気を込められていた筈の槍が、まるでその妖気がハリボテで塗り固められていたかのように何一つ抵抗せずに消えて。
 その事態に幽香は勿論のこと、この場の誰もが驚き言葉を失っていた。その場の殆んどの者がレミリアの力によって幽香の魔弾を
捩じ伏せると思っていたからだ。それが捩じ伏せるどころか、何の抵抗も出来ずに呆気なく崩れ去ってしまったのだ。この事態を
どうして驚かずにいられようか。だが、驚く暇など戦場には存在しない。レミリアの解き放った紅槍では勢いを少しも微塵もこれっぽっちも
止められなかった幽香のマスタースパークがレミリア目がけて疾走しているからだ。
 その状況に気づき、戦場の文が、輝夜が、アリスが、妹紅が、永琳が。その場の誰もがレミリアを護る為に駆け出していた。
 だが、レミリアのはったりに引っ掛かった彼女達では決して間に合わない。レミリアのはったりは見事に敵も味方も騙すことに成功していたのだ。
 そうでなければ、きっとレミリアは幽香を騙すことが出来なかった。敵も味方も騙せるほどの演技でなければ、あの幽香を騙し通すことは
絶対に出来なかった筈だ。だが、その代償が今レミリアの命を奪わんと解き放たれている。
 その光景に、その場の誰もがレミリアの名を叫ぶ。少女の命が奪われる光景を幻視し、この戦場で初めて絶望に心が染まりそうになる。



 レミリアが死ぬ。大切な少女が命の危険に晒される。
 そんなことが許されるのか。否、断じて否。
 失わせない。大切な人を今度こそ自分の手で護る。この人だけは絶対に守り抜く。
 そう誓った者達がいた。レミリアの為に生きると願った者達がいた。
 故に、彼女達はレミリアのハッタリになど騙されず、即座に行動に移していた。
 例えレミリアに力があろうとなかろうと関係ない。レミリアは必ず守ると誓った。レミリアは自分が助けると誓ったのだから。

 故に、ここに彼女達の力は届く。
 レミリアの前に集うは、レミリアが護ろうとした大切な家族達。
 誰よりも傍でレミリアを見守り続けてきた彼女達が、この場でレミリアを護れないなど許される筈もない。
 守り抜く。誰よりもこの人を守り抜いてみせる。
 レミリアの前に少女達が集い、力を合わせて防壁を張る。温存し続けた力は今この時の為に。全ては愛する者を護る為に。
 その光景に、レミリアは声を大にして言葉を紡ぐ。それは本当にヘタレな言葉で――それでもその場の誰もが望んでいた言葉。

「信じてた!美鈴、パチェ、咲夜、私は貴女達を信じてたわ!
貴女達なら私の力の有無に関わらず助けてくれると信じてた!幽香の攻撃が怖くて怖くて…やばい、本気で泣きそう」
「アホなこと言ってる暇があるなら、私達の後ろに隠れてレミィ!美鈴、咲夜、力を集中し続けて!押し返すわよ!」
「分かってますって!気を失っているフランお嬢様の分も私が働いてみせますとも!」
「勝つ…!勝ってまたいつもの紅魔館に戻る…!その為にも、母様は殺させないっ!」

 三人が力を合わせて展開した防壁が、幽香の放つ魔法をギリギリのところで押し戻そうとする。
 突然の防壁にこれこそ面食らった幽香だが、何ら慌てる必要はない。結局のところ、結果だけをみればレミリアのハッタリで
こちらは何の被害も受けておらず、向こうは死に損ないの連中による障壁を張っただけ。やがて光がレミリア達を飲み込むのも
時間の問題だ。そう考え、幽香はマスタースパークへの力を更に押し上げようとした刹那である。

 魔力を解き放っていた幽香の遥か頭上の空。その場所に小さな空間の隙間が生まれる。
 そして、そこから現れた少女達。彼女達の力を感じ取り、幽香は視線を其方に向ける。そこにはこれまで
この戦場の何処にも存在していなかった少女達の姿があった。

「九尾の狐…そしてあれは」

 空間の隙間を生み出した九尾、八雲藍の傍に存在する二人の少女に幽香は目を向ける。
 そこに存在する少女達、それは純粋な人間である博麗霊夢と霧雨魔理沙の二人。幽香が一度手を合わせ、取るに足らぬ
存在であると一蹴した少女だ。それがどうして今この状況で――そんな疑問を考えていた時、幽香の心は驚きに包まれる。
 その少女の片割れである霧雨魔理沙が幽香に向けて八卦炉を構え、己が力を八卦炉へと集中している。それはいい、こちらを
攻撃するというだけなら、人間如きの力で幽香は微塵も動じたりしない。だが、その魔理沙に集っている力が明らかに異常だった。
 霧雨魔理沙の魔力の高まり、その大きさはやがて幻想郷の妖怪達の力をも遥かに越えてゆき。気づけば幽香すらも簡単に
消し去ることが出来るほどの力へと変わっていた。その光景に幽香は動揺を隠せない。何故、たかが人間があれほどまでの力を
扱える。どうして唯の脇役である筈の存在が、あれだけの力を持っている。その幽香の疑問を紐解くには、今より少しばかり時間を遡る必要がある。















『私が何としてでも幽香に隙を作るから――霊夢、魔理沙、トドメの一撃は貴女達にお願いするわ』

 レミリアの言葉に、霊夢と魔理沙が言葉を失い呆然とする。
 そして、先に自分を取り戻した魔理沙が、まだ驚きの表情を浮かべたままレミリアに訊ねかける。

『あー、いや、それは構わないんだが…どうして私達なんだ?
話を聞く限り、風見幽香ってとんでもない化物なんだろう?そいつ相手に隙を作るのは並大抵のことじゃない筈だ。
その隙を私達に預けるなんて…同じ一撃なら萃香の奴とかの方が良いんじゃないのか?』
『いいえ、貴女達じゃないと駄目なのよ。貴女達じゃないと、きっと幽香は倒せない。
私はこの結論に絶対の自信を持っているし、その裏打ちのなる根拠だって存在してるのよ!』
『ほう、その根拠とは?』

 興味津々に訊ね返す魔理沙に、レミリアは胸を張って答えを紡ぐ。
 それはもう声を大にして、自信満々に。

『幽香が前に言ってたのよ!自分の怖いモノは『無鉄砲な巫女と魔法使い』だって!
ほら、霊夢と魔理沙って見事に条件に当てはまってるじゃない!だから幽香相手は二人が適役なのよ!』
『へー、そうなのかー。…って、何だその適当過ぎる理由は!?駄目駄目過ぎるだろ!?』
『え!?何処が!?だって幽香、巫女と魔法使いが…』
『それはそいつが私達以外の巫女と魔法使いに痛い目にでも遭わされただけの話しかもしれないだろ!?
そもそも風見幽香っていうのが嘘ついてるかもしれないし!』
『なん…ですって…?いや、でも幽香がそんな嘘なんてつくとは思えないし…大丈夫!二人なら絶対に出来る!』
『なんで励まし口調になってるんだ!?おい霊夢、お前からもこの天然お嬢様に何とか…』

 ああだこうだと言いあっている二人に、今まで口を閉ざしていた霊夢がゆっくりとレミリアに言葉を紡ぐ。
 その真剣な眼差しに、レミリアもまた真っ直ぐに霊夢を見つめ返す。

『…レミリア。はっきり言っておくけれど、私はつい最近、一度風見幽香に負けているわ。それも手酷く一方的にボコボコにされてる』
『お、おい霊夢…?』
『あの時、私はコイツには勝てないって思った。あまりの自分の情けなさに無様に泣いたりもした。
そんな私だと知っても、アンタは私に任せてくれる?アイツを倒す為の、一番重要な役割を私に任せてくれるの?』
『――当然よ。私は例え霊夢が幽香に何百万回負けていたと知っても、貴女に任せると思うわ。
幽香が言っていた言葉とは関係なしに、私は貴女と魔理沙じゃないと、きっと駄目だと思ってる。貴女達なら大丈夫だって、私は確信してる。
霊夢と魔理沙なら、絶対になんとかしてくれる。霊夢と魔理沙なら…私達の未来を、幻想郷を絶対にどうにかしてくれると』

 真っ直ぐなレミリアの瞳に、霊夢は少しばかり気おくれしたのか、視線を彼女から逸らす。
 だが、レミリアは真っ直ぐに霊夢を見つめたまま、霊夢の両手を包み込むように握りしめ、声を大にして告げる。

『霊夢、自信を持って。幽香に一度負けたからなんだって言うのよ。
ハッキリ言うけれど、私は霊夢が怖かったわ!幽香なんか比べ物にならないくらい怖かった!そんな霊夢が幽香に負ける訳ないでしょ!』
『い、いやレミリア、お前言ってること結構無茶苦茶だからな?』
『紫よりも幽々子よりも萃香よりも誰よりも私は霊夢が怖かった!でも、今は全然怖くないわ!それは霊夢が友達になってくれたから!
霊夢が友達になってくれたとき、私がどれだけ嬉しかったか貴女は知ってる?あんなに強くてあんなに格好良くてあんなに無敵な巫女が
友達になってくれたとき、私は人里のみんなに自慢したいくらい舞いあがっていたのよ?博麗の巫女は幻想郷のヒーロー!主役!英雄なの!
例えどんな敵が相手でも、私のヒーローは絶対に誰にも負けたりしない!負けたら這い上がってスーパー巫女になって帰ってくるの!
どんな状況でも、どんな敵が相手でも、絶対に負けない私の霊夢!私の自慢の大切な友達!どんな逆境でも簡単にひっくり返して
迷惑かけてばかりの私の頭を叩きながら『心配かけんな馬鹿』って言ってくれる、それが私の大好きな博麗霊夢だもの!だから霊夢は幽香に負けないわ!』

 どうだと言わんばかりに胸を張るレミリアに、霊夢はやがて表情を崩していく。
 それは笑顔。仕方ないと言わんばかりに呆れつつも、確かな優しさを湛えた少女の笑顔。
 霊夢は自身と対峙するレミリアをそっと優しく抱きしめ、からかうように言葉を紡ぐ。

『そこまで言われて、流石に逃げるなんて格好悪い真似なんて出来ないわよ。
――任せなさい、レミリア。アンタの家族、アンタの妹、アンタの全てを私が絶対に救ってみせるわ』
『霊夢…ありがとう、霊夢。
本当は私が出来ればいいんだけど、私は本当に無力だから…だから、お願い霊夢…みんなを、みんなを助けて』
『ただし、全てが終わったら…その時は覚悟しなさいよね。沢山心配かけたんだもの、私が良いと言うまで許してあげないんだからね』
『…えーと。もしかして私は邪魔者か?あれか?もしかしなくとも、私の存在忘れられていたりしないか?』
『勿論する訳ないでしょ。あの風見幽香を倒す為には、私と魔理沙…アンタの力が必要なんだから』
『お?もしかして霊夢、何か良い案でも思いついてるのか?』

 魔理沙の問いかけに、霊夢は力強く頷く。
 そして霊夢の語る風見幽香を倒す為の策を聞き、やがて魔理沙はにんやりと楽しそうに笑い賛成する。
 ――そういう賭けは嫌いじゃない。ましてや、こんなにも大切なモノが背負った勝負となるとワクワクするな、と。
















 ――夢想天生。

 全ての柵、限界の枷を解き放つ霊夢だけに許された力。それがこの博打に必要不可欠な力。
 この力と魔理沙の持つ改造された八卦炉の力、その二つを利用することで幽香に対する勝機が生まれる。
 魔理沙の持つ八卦炉は、彼女が以前『自分の魔力量と同程度の力を限界とし、収集、ストックし、砲撃として使用することが出来る』というカスタムを
行っている。この力は理論上、魔理沙の魔力上限によって制限されるものの、言いかえれば魔理沙の上限を超えない限りは魔力を貯め続けることが出来るということになる。
 では、ここに魔理沙の魔力上限を取っ払ってしまったと仮定したらどうなるだろうか。もし魔理沙に魔力量の限界が存在しなければ、
一体どれだけの力を収集し、溜め、解き放つことが出来るだろうか。

 それはあくまで夢物語に過ぎないが、もし魔理沙が限界を超えてしまえば、その力は神をも世界をも倒せる程の力となる。
 そう、それはあくまで夢物語。――だが、今この現実に夢物語を現に変えることが求められた。
 そんな無茶苦茶を可能にすること、それが霊夢の役割。彼女の持つ夢想天生によって、魔理沙を限界の壁から解き放つ。かつて霊夢が
咲夜の限界を超えさせたように、今回もまた同じように行うだけ。
 だが、霊夢はこの力を自在には操れない。自分の意志では使いこなせない。その不安をレミリアは呆気なく解き放ってくれた。
 レミリアが霊夢に送った言葉の一つ一つが霊夢の心を勇気づけた。少女の霊夢を信じる想いが、霊夢の強さを蘇らせた。

 博麗の巫女、博麗霊夢。
 その気になれば幻想郷の誰にも負けないと言われる少女の覚醒の時。
 迷いを捨てた少女に最早操れぬ力など存在しない。魔理沙の限界を解放し、霊夢と魔理沙は藍の力を借りて、只管この戦場で息を潜ませて
力の収集に務めてきた。仲間達の魔弾を、幽香の放つ魔弾を次々と影に集めてゆき、やがてくるであろう舞台の為に準備を整え続けた。

 ――そう。言ってしまえば、この戦場の全ての人々は、最後の真打ちの為に戦い続けたのだ。
 少しでも多く幽香を倒す為の力を霊夢達が集められるように、その真実に幽香が決して気付かぬように。
 そして、その為にレミリアは幾度と幽香の気を引く為の演技を演じてみせた。微塵も持たぬ妖気を薄く張り詰め、自身が強大な力を
持っているかのように演じてみせたり、最後のトドメ役は自分であるかのように演じてみせたり。
 少女達の積み重ねた全ては、この奇跡の為に。そして今、真なる意味での勝負の時は満る。
 マスタースパークを放っている幽香は、霊夢と魔理沙の登場に気づいても、其方の方に攻撃を繰り出せない。攻撃を一度止めたところで、
即座に霊夢達の方角へ攻撃に移ることは出来ない。レミリアの存在が、過分なまでのレミリアへの過大評価が、確かな幽香の足止めを築いていた。
 完全に動きを止められた幽香に、霊夢は動けないことを確信し、魔理沙に指示を送る。

「レミリアは見事に役目を果たしてくれた。あとは私達の番よ、魔理沙。
ぶっ潰すわよ。レミリアを散々弄んでくれた罪、ここで全部償ってもらうわ」
「分かってるさ――狙いは外さないぜ。みんなが築いてくれた好機、私達の手で決めてみせないと女が廃るってな!」
「風見幽香、色々言いたいこともあるけれど、今は一つだけにしてあげる。
――私の大切な親友を泣かせるんじゃないわよ!このクソ妖怪がああああああ!!!!!!」

 そして、魔理沙から解き放たれるは風見幽香のマスタースパークすらも越えるほどの強大な大砲撃。
 想像を絶するほどの力に、幽香は生まれて初めて己の死を錯覚する。あれをまともに食らっては駄目だと何度も何度も身体中に警告が鳴り響く。
 逃げたい。逃げたい。逃げたい。逃げたい。逃げたい。それは風見幽香という誇り高き妖怪の在り方を完全に否定する選択肢。
 故に選べない。そのような選択肢を選んでしまえば、自分が自分ではなくなってしまう。
 ならばどうする、撃ち返しは不可能。今自身が展開しているマスタースパークが完全に反撃という選択肢を削除してしまっている。これほどの
大砲撃を今更方向転換など出来る筈もない。どうするどうするどうするどうするどうする――
 風見幽香としての誇り、運命への勝利への執念。その二つの葛藤で、幽香は最終的に後者を選ぶことになる。捨てて良い。風見幽香という
誇りを捨ててでも、自分は勝たなければならない。運命に、世界に、そうでなければ救われない。他の人々が救われないではないか。
 英断を選び、幽香はマスタースパークを止める。そして、霊夢と魔理沙の放った力に向き合う。
 あれほどの力を完全回避することは出来ない。だが、致命傷を避ければ勝機は在る。身体を再生するだけの妖力は残っている、この攻撃での
致命傷を避けて、身体を即座に回復させてレミリアを潰せばそれで終わりだ。何処何処までも勝利にしがみ付く幽香の執念、それは実に称賛に値するものだろう。
 事実、それが出来れば幽香は勝ちだった筈だ。誰も彼もが消耗した中で、幽香を止められる相手など存在しないのだから。

 だが、幽香はそれを行動に移すことが出来なかった。
 回避行動に移った筈の身体が、元の位置から少しも動いていないのだ。まるで距離でも操られたかのように。
 全く状況が掴めない幽香だが、視線の片隅に一人の死神の姿を映し出す。
 その死神は鎌を大地に突き立て、にやりと笑って幽香にそっと言葉を紡ぐ。

『――アンタには言わなかったっけか。このどでかい借りは近い未来に十倍にして返すってね。
四季様は運命に介入するなと言ったが、そんな未来を幻想郷を愛する四季様が心から望む筈がないだろう?
だから私は存在するのさ。四季様の愛するモノを護る為に、私はこうして仕事をサボるって訳だ。だから妖怪――いい加減眠りなよ』

 小町の言葉を幽香には届かない。しかし小町の意志は確実に幽香に届いている。
 怒りに心を振わせ、幽香は視線を砲撃の方へと移す。最早回避手段を失った幽香にこの攻撃を避けることなど出来はしない。
 やがて彼女を包み込むは全てを終わらせる希望の光。激しい光に包まれながら、幽香は最後にぽつりと言葉を紡いだ。


「結局、私は最後の最後でまた貴女達に敗れたということ…フフッ、貴女達は、この世界にちゃんと生きていたのね――靈夢、魔理沙」

 抗う力を捨て、風見幽香は全てを受け入れた。
 彼女の浮かべた表情、最後に見せた表情は何処までも優しく――温かな笑顔に溢れていた。

























 指一本動かぬ身体。最早妖気も殆んど存在しない。
 大地に身体を沈め、幽香は何一つ抗うことなく力を失っていた。
 やがて聞こえてくる誰かの足音に、幽香は寝ころんだまま起きることなくそっと言葉を紡ぐ。

「…見事よ、レミリア・スカーレット…
貴女は私相手に勝利を収めてみせた…決して逃げることなく奇跡を成し遂げてみせたこと、素直に称賛するわ…」
「…別に奇跡を起こそうとした訳じゃないわ。
私は護りたかった…大切な人が死ぬなんて、絶対に嫌だった…みんなと一緒にいたい、ただそれだけだったのよ」
「そう…貴女は本当に必死だった…ただ純粋に前だけを見つめて、決して諦めず…その結果が、この結末よ…」

 自身を覗きこむように見つめるレミリアに、幽香は最早邪気一つ含まれない笑顔のままに言葉を紡ぐ。
 そして、レミリアから視線を逸らすように、虚空を見つめながら、誰にでもなく言葉を続ける。

「結局、私は運命に勝てなかった…どんなに力をつけても、運命には勝てないのね…
本当、滑稽ね…本当、無様…最後は誇りを捨てた、十全を賭した、それでも私は勝てなかった…これが私の運命なのかしらね…
こんなものはただの見当違いなやつあたりだと理解していても…それでも私は勝ちたかった…」
「ええ、そうね。貴女は運命に勝てなかった。貴女の望む勝利を得ることは叶わなかった」

 レミリアの淡々とした言葉を幽香は何も反論せず受け止める。
 そんな幽香に、レミリアは『だから』と前置きして、そっと言葉を続けた。それは幽香が予想すらしていなかった言葉。

「――だから、私が幽香の代わりに勝ってあげたわよ。
私は…いいえ、私達は『幻想郷滅びの危機』という運命に勝った。幽香の代わりに運命をフルボッコにしてあげたわよ」
「は――」
「要は発想の転換よ。貴女が運命に敵わなかったということは、私達が運命に勝ったということ。
理由は知らないけれど、貴女の憎みに憎んでいた運命は結果として私達が退治してあげたの!だからこれから先、貴女を縛るモノは何一つ無くなったじゃない!」
「…貴女、マッチポンプって言葉を知ってる?」
「アーアーキコエナーイ。とにかく!幽香が散々根に持ってた運命とかいうのは退治したから、これからは前向きに生きていきなさい!
前を向いて他の人達を襲ったりすることなく楽しく毎日を生きていくこと!それが勝者…っていうのは凄くおこがましくて嫌なんだけど、
とにかく勝った私からの命令よ!この命令は絶対なんだから、破ったら…えっと、ええっと、とにかく酷いからね!分かった!?」
「…貴女、まさか私を生かすつもり?私の生を、コケにするつも…」
「『私を殺せ』とか言われても無理よ!だって私他人を殺すだけの力なんて持ってないもの!
あ、もしかして幽香に言った『お前を殺す』って言葉をまだ信じてるの?任務了解、お前を殺すと言ったわね、あれは嘘よ!
その証拠に見るが良いわ!この私の全力全開、フランの力を借りないグングニル(笑)の力の煌めきを!」

 そう言って、レミリアは掌に先ほど幽香に投擲した神槍を創り出し、迷うことなく幽香の腹部へと突き立てる。
 すると神槍は幽香の身体に突き刺さることなく、まるでゴム製か何かのようにぐにゅんと思いっきり座屈し、そして霧散した。
 その光景を幽香は呆然と眺め、そして耐えきれなくなったように笑みを零し、十分過ぎるほどに笑った後に、レミリアに告げる。

「…完敗よ、レミリア。本当、酷い娘ね…最後の最後まで、私の期待を裏切ってくれる…」
「勝手に見当違いな期待をして裏切ったなんて言う方が酷いと私は思う!でも…お願いだから生きてよ、幽香…
確かに幽香の行った行動は許せないし、幽香のせいで沢山の人が傷ついたわ。だけど…」

 一度言葉を切って、レミリアは幽香の傍でそっとしゃがみ込む。
 そして幽香の瞳をじっと見つめながら、真っ直ぐに言葉を紡ぐ。それはレミリアの心からの本心。

「…だけど、それでも幽香は私の大切な友達なのよ。
何も力の無い私に、何も持たず一人だった私に、幽香は手を差し伸べてくれた。
それが例え『本当の私』を引き出す為だったとしても…それでも私は嬉しかった。幽香と会ってお話しすることが、凄く凄く嬉しかったのよ。
私は幽香の過去を知らない。どうして幽香が運命に縛られているのかも分からない。でも、それでも私は願うわ。
幽香が未来に生きることを、幽香が笑って一緒に過ごしてくれる未来を…しょうがないじゃない。どんなことがあっても、やっぱり幽香は私の友達だもの」

 レミリアの言葉に、幽香は返答を返さない。
 ただ、瞳を閉じて、最後にそっと言葉を口にした。それは、どこまでも安らかな想いに充ち溢れた言葉で――

「…あの閻魔の言う通りね。私は私の望む生も死も手に入れられない…
こんな世界があることを知ってしまえば…そんなこと、望めないじゃない…本当に、レミリアは…意地悪ね…」

 そして、幽香は今度こそ意識を闇に沈め、気を失った。
 レミリアは慌てて幽香の胸に耳を当て、彼女にまだ鼓動があることを確認して安堵の溜息をつく。
 結局、少女は冷徹に徹せなかった。だが、そんなものを望む者などこの場に誰も存在しない。
 レミリアはレミリアのままで風見幽香と向き合った。その結果だけで、誰も文句を口にすることはなかった。
 ただ、願わくば、この妖怪がレミリアによって救われますように――そう心の中で祈りながら。

 幽香の傍から立ち上がり、レミリアは周囲に集まってくれた人々をぐるりと見渡し、そして深く深く頭を何度も下げる。
 むしろ頭を下げるどころか土下座する勢い…いや、もう土下座を行っていたりした。土下座をしながら何度も何度もお礼を告げる。

「ありがとう!!みんな、本当に本当に本当に本当に本当にほんとーーーーーーにありがとう!!!
みんなのおかげで誰一人死ぬこと無く助けることが出来た!もう感謝の言葉を表わしきれないくらい感謝してる!!」

 そんなレミリアの姿に、この場の誰もが笑いあう。最後の最後でコレなのだから、笑うのも当然だが。
 あまりに情けない姿を色んな意味でオープンにしてるレミリアに、いい加減苦言を言おうとした霊夢が口を開こうとしたその時だ。
 彼女達の背後から、パチュリーの悲痛な叫びがレミリアの元へ届けられる。

「レミィ!!急いでこっちに…フランドールの方へ来て頂戴!!」
「パチェ!?ふ、フランがどうしたの!?」
「フランドールが…フランドールが危険なのよ!!このままでは…このままではフランドールが一日持たずに死んでしまうわ!!」

 パチュリーの叫びは虚空に溶け、悲痛な声はその場の誰もの胸に。
 風見幽香という嵐を乗り切った少女達。そんな少女達に襲い来る最後の悲報。

 レミリア・スカーレットという少女が愛する最愛の妹――フランドールの命を救わずして、彼女達の望む結末は訪れない。
 誰もが笑っていられるような、そんな幸せな結末を。奇跡をカタチに出来るのは、きっとたった一人の少女だけ。
 最後の奇跡を導いて、最後はどうか幸福な結末を…彼女達の未来の行方は、運命の少女へと委ねられた。














[13774] 嘘つき花映塚 その十三
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2012/01/02 23:11





 世界と世界の境界線。幻想郷と外界との狭間…それは決して常人では触れることすら叶わぬ領域。
 神にも覗くことが出来ない空間、狭間の世界にて女性は境界を操る。
 うねりさざめく歪な世界の中で、女性は意識を集中させて何かを探し続ける。
 それを続けること数時間…やがて女性は目的の人物を探し当て、隙間を使うことにより、その人物を狭間の世界から幻想郷へと引き上げる。
 狭間の世界に囚われていた人物――八雲紫は、自身を救助してくれた相手、八雲藍に笑みを零しながら冗談を告げる。

「見事ね。それだけ境界を操れるのなら、私も安心して引退出来るというものよ。大きくなったわね、藍」
「それだけ冗談が言えるなら、心配は不要とは存じてますが――御身が無事でなによりです、紫様」
「無事なのは貴女達のおかげよ。貴女達が風見幽香を倒してくれたから、私の命はまだ続いている」
「…やはり、その身を犠牲にするおつもりでしたか。口惜しいですが、確かに風見幽香を抑えるには…」
「そう、風見幽香は私達では倒せなかった。だから私が命を捨てて、風見幽香を異空間に閉じ込める…それが本来の運命だった。
それでも風見幽香を封じ込められる可能性は極めて低い。だから最悪の場合、貴女と博麗の巫女を生かして幻想郷ごと
彼女を殺す策まで考えていたのだけれど…本当、無駄になっちゃったわね。感謝しなければいけないわ、私の大切なお友達に」

 軽く息をつき、紫は空を眺める。
 空は依然暗闇に溶けたまま。しかしそれは幽香の巻き起こした暗雲のせいではなく、ただ単に今が深夜である為。
 レミリア達が幽香を打倒してから、数時間の時が流れている。空を眺めながら、紫は藍に訊ねかける。

「藍、状況報告をお願い」
「はい。風見幽香を打倒した後、フランドール・スカーレットの容体が急変いたしました。
彼女を紅魔館に連れ込み、八意永琳を始めとして数人の手により処置が施されましたが…」
「…無駄でしょうね。フランドールの身体は、狂気は最早『普通の一手』ではどうしようもない状態の筈」
「仰る通りです。尽力を尽くしたものの、八意永琳が言うには…夜明けまで、と。
現在、この戦場に集ってくれた他の者達は紅魔館に滞在しています」

 藍の説明に、紫は空を眺める視線を切り、身体を藍の方へと向ける。
 そして、十分だとばかりに藍の言葉を止め、紫はそっと言葉を紡ぐ。

「藍、境界の力を今一度私に。貴女は他の者を集めておきなさい」
「紫様…」
「――力になってあげないとね。ここまで頑張ってきたあの娘が、最後の最後まで笑っていられるように…ね」

















 紅魔館のテラス。
 その場所に少女――レミリアは誰と共に在るでもなく一人で佇んでいた。
 妹の死を永琳に宣告され、レミリアはそれからの時間を一人この場所で過ごしていた。
 他の者が傍にいようと心遣いを見せたが、レミリアはそれを拒んだ。だが、それは決してレミリアが心弱り拒絶した為ではない。
 少女の瞳には意志の力がまだ灯っている。決して負けない、諦めない少女の炎が宿っていた。だからこそ、他の者はレミリアの言葉を受け入れた。
 テラスで夜の風に当たりながら、レミリアは一人考え続けていた。これから自分のすべきこと、何をすれば正解なのかを。
 そんなレミリアに、背後から声をかける者が一人。

「一人で寒さの残る春風を受けていると、風邪をひいてしまうわよ?」
「…紫」

 姿を現した紫に、レミリアは驚いたような表情を一瞬浮かべる。
 そして、小走り気味に紫の方へ駆け寄り、真っ直ぐに紫の身体に抱きついた。そんなレミリアに、紫は困ったように微笑む。

「よかった…紫が無事で、本当によかった…
萃香から聞いてたわ…紫がとんでもない無茶をしたって…もしかしたら、二度と会えないかもしれないって…」
「…私が無事なのは、貴女のおかげよ、レミリア。
ありがとう、私の小さなお友達。貴女のおかげで、私はまだ愛する幻想郷の未来を見守り続けることが出来るわ」
「礼を言うのは私の方よ…紫が力を貸してくれたから、みんなを、家族を助けることが出来た。本当にありがとう、紫…」

 子供のようにぎゅっと強く抱きしめてくるレミリアに、紫は優しく頭を撫でながら応えるだけ。
 やがて、レミリアが紫からそっと離れたのをきっかけに、紫はレミリアに訊ねかける。

「風見幽香も紅魔館に連れ込んだそうね。藍から話は聞いてるわ。
殺されそうになった相手を自分の城に連れ込むなんて驚きを通り越して呆れすら出てしまいそうよ」
「言わないでよ…みんなから散々お叱りの言葉は受けてるんだから。
幽香は紅魔館のベッドで気を失ったままよ。多分、数日後には意識が戻るだろうって永琳が言ってた」
「幾ら一度倒したとはいえ、風見幽香は未だ世界を滅ぼす力を持っていることは事実よ。異界とのつながりも回復しているでしょう。
もし、風見幽香が復調してしまえば私達は今度こそ為すすべなく滅ぼされるわよ?それならば今…」
「…紫、幽香はそんなことしないわ。それは誇り高き妖怪の代表である貴女の方がよく理解してるでしょう?
幽香は人一倍プライド高くて頑固だから、そういう行動は幽香自身が許さないと思う」
「返す言葉も無いわね。まあ、貴女がそう言うのならきっとそうなんでしょう。風見幽香の件はひとまず置いておきましょうか」

 軽く息をつき、紫は再びレミリアに対して口を開く。

「フランドールのことも、話は聞いているわ。夜明けを待つことすら難しいそうね」

 紫の言葉に、レミリアは小さく頷いて肯定する。
 そのレミリアに、紫は誰もが口に出来なかった言葉を容赦なく並べ立てていく。

「フランドールを救う道、それは最早片手で数えることすら難しいわ。
一番速くて簡単なのは、彼女を解放してあげること」
「それは…」
「あの娘は誰よりも運命に抗い続けた。その命を幾度と削り、大切な者の為に走り続けた。
その姿には敬意を表するし、ある種において美しさすら感じさせる…だけど、最早あの娘の蝋の翼は溶けてしまっている。
翼を失った鳥は大空を羽ばたけない…ならば、あの娘を苦痛から解放してやるのがせめてもの愛情ではなくて?
貴女が出来ないというのなら、代わりに私が実行してあげるわよ。フランドールも私の大切な友、彼女の誇りは私が護ってあげるつもりよ」

 紫の提案はつまるところ、フランドールを殺すことだった。
 フランドールを縛る狂気から解放すること、誇り高き彼女を狂気などに殺させたりしないこと。それが紫の言うもっとも楽な救う道。
 彼女の提案に、レミリアは少しばかり思考した後、そっと言葉を紡ぐ。

「…ありがとう、紫。貴女は優しいわね。
本当なら、誰もが気づいてるその答えを、貴女は私に責められることを承知の上で提言してくれた」

 くすりと微笑んで、レミリアは優しく告げる。
 内心を読まれ、不意を突かれた紫はまいったとばかりに両手を上げて降参の意を示す。そんな紫にレミリアは言葉を続ける。

「でも…やっぱり駄目よ、紫。フランが死ぬ未来なんて、私には絶対に選べない。
子供だと分かってる。諦めが悪いと分かってる。でも…それでも私は絶対に嫌。フランがいない世界なんて、絶対に認められない。
フランは私の為に、沢山のモノを犠牲にしてきたわ…そのフランが、報われない救われない世界なんて…私は嫌なのよ」

 少女知っている。大切な妹が誰の為に己の命を費やしてきたのか、その真実を知っている。
 愛する妹の命の価値、それは最早切って捨てるなどレミリアには出来なかった。諦めたくない、諦められない。
 そんなレミリアに、紫は予想通りだというように微笑み、次案を提示する。

「ならば、貴女の選ぶ道はフランドールを生かすことで救う道。
その選択肢を選ぶなら、何より手堅いのは一度辿った道を引き返すこと。
貴女には、過去にフランドールを狂気から救った過去がある。かつての貴女は幼かった為、半端な結果となってしまった。
だけど、今の貴女ならもしかしたらフランドールを救えるかもしれないわよ?――その命を捨てるなら、もしかしたら…ね」

 紫の告げる選択――それはレミリアがかつてフランドールを救う為に使用した禁術。
 かつてレミリアはフランドールの狂気を封じ込める為に、その身の全てを犠牲にする禁忌の秘術を使用した。
 だが、レミリアの術式が不完全だったことにより、その術式は中途半端な状態で実行されてしまった。フランドールの狂気は
その場凌ぎではあったが抑えられ、代わりにレミリアもまた命こそは助かったものの、心と力を完全に封ぜられて。
 その禁術はレミリアとフランドールのように、血を分けたかつ似通った力を持つ者にしか使えぬ秘術。故にフランドールを
この術式をもって救おうとするのならば、必然的に術者はレミリアとなる。しかし、今のレミリアが使用すれば、確かに
術式は完璧に使用されるだろう。ただし、術者となるレミリアは必ず命を落とす結果になるだろうが。
 その紫の提案にも、レミリアは小さく首を横に振る。

「その方法も考えた…でもね、紫、その方法を使っても誰も幸せになれないことは、過去の私が教えてくれているわ。
私は馬鹿だから、フランが助かれば全てが救われるって…フランが助かれば、みんな幸せになれるって思っていた。
でも、結果を振り返ってみれば、私は全てをフランに押し付けただけ…私のせいで、フランは沢山沢山辛い思いをした。私がフランにそうさせてしまった。
…駄目なのよ、紫。誰かを犠牲にして誰かが幸せになる…そんなもの、本当の幸せなんかじゃない。
誰かを犠牲にして、フランが本当に笑顔で過ごせるような、そんな未来なんて…そんなもの、何処にも存在しないのよ」

 力強く言い放つレミリアに、紫は予想はされていた…否、予想以上の答えを受け、内心一人微笑みながら思う。
 もしかしたら、一番成長したのは霊夢ではなく、この娘なのかもしれないと。幾度の経験により、ここまで毅然と自分の強さを示せるように
なったこと、それは本当に褒めるべきことで。萃香がレミリアの未来に入れ込んでいる理由、それが実によく分かる程に、今の
レミリアは強き心を持っている。諦めない少女、妹を救う為に誰かを犠牲にすることをよしとしない少女。
 その姿に、紫は心を決めた。この少女ならば、紡げるかもしれない。誰もが不可能と断じる運命をも一蹴し、皆が望む誰もが幸せになれる未来を。
 紫は優しく微笑み、ゆっくりとレミリアに口を開く。それは紫がレミリアに送る、最後の選択肢。

「レミリア…貴女の選ぶ道は、実に困難な道よ。常人なら挑むことすら放棄する程に、それは紙のように薄い可能性」
「…分かってる。それでも、それでも私はその道を選びたい。
馬鹿なんだと思う。頭が悪いと自認してる。でも、私は縋りたい…みんなが幸せになれる未来以外、選ぶことなんて出来ない。
私はフランを愛してる…そして家族を、友達を、この場に集まってくれたみんなを愛してる。こんな人々が共に笑いあえる未来を私は諦めたくない」
「子供ね、まるで駄々っ子のよう…だけど、物分かりが良くお利口を取り繕う者では決して運命は覆せない。
貴女がやろうとしていること、それは薄氷の上を永遠に歩み続けるような難業よ。人々はこのことを何と呼ぶかご存じかしら?」

 紫の問いに、レミリアは応えずそっと瞳を閉じる。
 沈黙が支配する二人の間を、まだ冷たさの残る夜風が通り抜けていく。
 やがて、何処までも強情な少女に根負けしたように紫は息をつき、たおやかな笑みを零す。

「…私はただ待つだけよ。大切なお友達の願いを、望みを、聞き届けるだけ。
こんなにも頑張ったお友達だもの。世界を救ってくれた友の願いに砕身するというのは当然のこと」
「紫…」
「――レミリア・スカーレット。我が親愛なる盟友にして、幻想郷を護り抜いた尊き勇者様。
さあ、貴女の願いを私に聞かせて頂戴。大切な人々と共に築き上げた未来の為に…貴女の望む、貴女の夢を」
「私の…私の願いは――」



















 揺れる感覚に、少女の意識はゆっくりと覚醒されていく。
 瞳を開いた少女の視界に飛び込んできたのは、暗闇に充ちる空の中で輝く無数の星々達。
 ぼんやりとした視界がやがてピントを取り戻していくと同時に、少女は自分が誰かに背負われているのだということに気付いた。
 一体誰に――そんなことを少女は少しも悩んだり考えたりすることはなかった。何故なら、その温もりを少女は知っていたから。
 彼女が小さい頃に、幾度と無く求めた温もり。それは少女の心に安心と安らぎを与えてくれる、とてもとても不思議な魔法が込められている温かさ。
 だから少女は自身を背負っている人物、その相手を決して間違えることなど無かった。

「おねえ…さま…?」
「ん。目覚めたのね、フラン。気分は…良い訳ないか」

 少女――フランドールから無意識に紡がれた言葉に、レミリアは苦笑交じりで優しく応える。
 そんなレミリアの言葉に、フランドールは力無く首を小さく横に振りながら否定する。

「そんなこと、ないよ。お姉様の背中…凄く温かいから…それよりもお姉様…あの妖怪は…」
「幽香?ふふん、幽香なら私がコラって怒ってあげたわよ。
…いや、結果的にみると霊夢と魔理沙が懲らしめたことになるんだけど、私も勝利に少しくらいは貢献…した、わよね?
えっと…そ、そうよ!私は中継ぎ!ホールドポイントをあげるような、いぶし銀な活躍をしたの!だからフランはもう何も心配しなくていいのよ?」
「そっか…良かった…お姉様が無事で、本当に、良かった…」

 フランドールの呟きに、レミリアは己の心が激しく揺れ動くのを感じた。
 こんな状態になってもなお、姉のことを心配している姿に、レミリアは思わず声を大にして叫びたくなるが、必死に自制する。
 レミリアの内心を余所に、フランドールはぽつぽつと言葉を続ける。それはまるで最後の別れを確かめているように。

「お姉様…記憶、取り戻したんだよね…昔のことも、何もかも…知ってるんだよね…」
「…そうね。フラン…本当にごめんなさい。私が馬鹿なせいで…私の勝手な行動が、貴女を沢山沢山苦しめて…」
「ううん…私は大丈夫。お姉様は私を死なせない為に、自分を犠牲にしてまで助けてくれたんだもの…
むしろ謝らないといけないのは私の方だよ…ごめんなさい、お姉様…私、お姉様を沢山沢山傷つけて…最後には、お姉様をこの手で…」

 壊れた堤防は一気に破壊へと導いて。流れるフランドールの涙はやがて嗚咽に変わって。
 謝罪、懺悔、悔恨。フランドールの心の奥底に抑えつけられていた負の想いはレミリアの前に晒されて。
 そこに冷酷を着飾る少女の姿は何処にも無く、在るのは全ての偽りを脱ぎ捨てた心弱き泣き虫な女の子が存在するだけ。
 泣きじゃくるフランドールに、レミリアは優しく彼女を抱え直し、そっとメロディを口ずさむ。
 その優しい旋律に、フランドールは涙を止めて顔を上げる。その歌は懐かしい歌。昔、彼女が眠るとき、よく姉に聴かせて貰っていた歌。
 少女はその旋律が好きだった。大好きな姉から紡がれる歌が本当に大好きだった。ベッドの中で一人、何度も何度も歌の練習をした。
 それは少女と記憶を失ってしまった姉とをつなぐ最後の絆だった。自分を救ってくれた姉を、自分を護ってくれた姉を忘れぬ為に
心に留め続けていた優しい記憶の歌。レミリアの紡ぐメロディに心奪われ、フランドールの目に涙はもう存在しない。
 星空に響く優しい歌。何処までも続けばいいとフランドールは願う。永遠に続けばいいと少女は思う。けれど、それは幻想で。
 どんなに幸せな時間も永遠は許されない。どんな物語もやがて終焉は訪れる。そう…フランドールには、もう僅かな時間も残されていない。。
 そのことを理解しているから、フランドールは今この時間を大切にする。別れのときまで、傍にいてくれることを許してくれた姉に感謝を。
 やがて、レミリアの歌が終わり、少女は笑顔のままに言葉を紡ぐ。少女の力無い笑顔に込められるは、充足に満ちた別れの想い。

「ありがとう、お姉様…もう、大丈夫だから…私はもう、何も怖くないから…」
「フラン…」
「私は本当に幸せだった…美鈴に、パチュリーに、咲夜に出会えて…そして、お姉様とまた以前のようにお話し出来て…幸せだったよ。
本当は、あのときに終わっていた筈の命を、お姉様が救ってくれて…苦しいことも沢山あったけれど、それ以上に私には大切なモノが出来て…
これで幸せじゃないなんて言っちゃうと…神様に怒られちゃうわ…」

 知っている。最早自分に猶予など存在しないことを少女は知っている。
 だからこそ受け入れる。死を、終わりを、別れを。けれど、それは決して悲しみだけではない。
 最後の最後で、少女は自分の望む未来を手に入れたから。姉が幸せになり、沢山の人々に囲まれて過ごす未来を、勝ち取ったのだから。
 悔いはない。姉の為に走り続けた自分の生は決して間違っていなかった。誇れ、それはきっと許される筈だから。
 何度も何度もそう自分に言い聞かせ、フランドールは笑みを零す。それは何という優しい嘘だろうか。
 本当の望みはある。最後の最後まで諦めたくない願いはある。けれど、それは叶わないと知っているから。何より姉を困らせたくないから。
 だから少女は嘘をつく。最後の最後まで、姉に負担をかけないように、酷く残酷で優しい嘘を。
 レミリアは無言のままに、フランドールを背中から下し、横抱きの形で抱え直す。
 そして、レミリアの背中で見えなかった光景が広がり、フランドールは笑みを零したまま、力無き声で言葉を紡ぐ。

「沢山の人に…迷惑をかけて、本当にごめんなさい…
私はもう…一緒にいられないけど、他の人はそうじゃないから…だから、お姉様のこと、お願いします…」

 そう言葉を紡ぎ、フランドールは己が視界の前に集まった人々――風見幽香と共に戦い抜いてくれた人達に言葉を紡ぐ。
 フランドールの言葉に、その場の誰もが言葉を返さない。それも当然だとフランドールは思う。何せ自分は勝手な思惑によって
この人達に多大な迷惑をかけてきたのだ。更に言えば、レミリアに対する加害者の一人でもある。そんな自分に一体何の言葉を返すというのか。
 自分の罪、自分の過去、全てをフランドールは受け入れる。やがて覚悟を終えたのか、フランドールはレミリアにそっと言葉を紡ぐ。

「お姉様…もう、いいから…ありがとう、最期に時間を作ってくれて…」
「…フラン、貴女はもう二度と苦しむ必要はないわ。苦しみの連鎖から今、貴女を解放してあげる」
「…うん、お願い。お姉様の手で、私を…」

 最後に言葉を振り絞り、フランドールはそっと瞳を閉じる。
 愛する姉の腕の中で、愛する姉の手によって苦しみから解放されること。その結末をフランドールは本当に幸福だと感じている。
 姉には嫌な役目を背負わせてしまうが、それでもフランドールは嬉しかった。この世に別れを告げるのが、忌まわしき狂気の鎖ではなく
愛する姉の手によるものならば、胸を張って冥府へと旅立てるから。恐らく自分は地獄へと落ちるだろう。そのときは先に向かっているで
あろう父親に散々罵倒交じりで自慢するのだ。お前が切り捨てた姉は最強だった、私のお姉様は誰よりも格好良い最高のお姉様だったと。
 別れの時を前に、フランドールは力こそ無いが笑っていた。最期の別れは悲しみではなく喜びに。幸福の中で旅立とうと心に決めて。

「さようなら、フラン。私の愛したたった一人の妹。せめて貴女の最期は、この私の手で――」
「さようなら、お姉様――ありがとう、私、お姉様の事が…」

 少女の心に残された最期の心残り、それを告げて向こうに旅立つ。
 そうすれば、きっと何の後悔も無く旅立てるから。だから最後に自分の本当の気持ちを――そう考え、フランドールは言葉を口にする。


















「――なんて言うとでも思ったのかしら?甘いわよ!フラン!なっちゃいない、なっちゃいないわよ、妹がー!!」
「…え」
「今よ、紫!パチェ!やーーーーーっておしまいっ!!」



 レミリアの叫び声に呼応するように、彼女の足下に突如として大きな魔法陣が展開される。
 レミリア達を包み込む程に激しい光の奔流と共に、二人の光景をこれまでずっと沈黙のままに見守り続けていた人々が
『予定通り』の行動へと移る。紫とパチュリー、八意永琳と博麗霊夢、そして八雲藍は魔法陣及び術式の制御に。
 残りの者達は、レミリア達の足下とは異なる場所に展開された魔法陣に向け、己の妖力や魔力をいつでも放てるように集中させて。
 突然の光景、行動に微塵も状況を把握出来ないフランドールは未だ呆然としたままでレミリアへと訊ねかける。

「お、お姉様…これは一体…」
「ふはははははー!!!まだ気付かないのかしら!?フラン、貴女は私に騙されていたのよ!!
私が!この私が!フランを易々と死なせるような選択肢を選ぶと思ったかー!!死なせはせん!死なせはせんぞー!!」
「お、おい、ちょっとレミリアの奴、色んな意味でヤバくないか?」
「大丈夫、元からよ」

 興奮して叫びまわるレミリアに引き気味の魔理沙がパチュリーに訊ねかけるものの、親友は親友で結構酷い扱いである。
 そんなレミリアを余所に、周囲の人物達は着実に準備を進めていく。術式を前に、紫達は最終確認を進めていく。

「術式は安定、魔法陣同士の接続を確認。さて、準備自体は整ったわね。
流石は世界指折りの魔法使いが数ヶ月不休不眠で導いた秘術だけのことはあるわね」
「…それでも、分の悪い賭けになることに間違いはないわ。本当なら、もっと確実な方法を探したかったのだけれど、もう時間がないもの…
それに、この方法ではレミィにかかる負担が大き過ぎる…」
「それを何とか最低限に抑えてやるのが私達の仕事でしょうが。つべこべ言わずに自分の仕事に自信を持ちなさいよ。
レミリアがやるっつってんだから、私はやるわよ。絶対成功させるんだから、アンタ達も死ぬ気でやりなさいよ」
「分かっているわ。藍、だったかしら?レミリアへの力の供給は私が全て担当するから、貴女と八雲紫は
送られてくる力を全て情報として数式に変換して私の頭に直接叩きこんで頂戴。分水嶺は私が判断するわ」
「承知したわ。紫様、魔力妖力の全ての波長パターンの解析は私の方で行いますので、紫様は八意永琳への情報提供と結界維持を」

 自分達を放置して飛び回る連絡事項。その光景に、フランドールはやがて一つの結論を導き出す。
 この場の全ての人々が協力し合って為そうとしていること、それはもしや。問い詰めるように視線をレミリアの方へぶつけるフランドールだが、
レミリアはフランドールの責めるような視線を真っ直ぐに受け止め、胸を張って言葉を紡ぐ。

「だって前もって話したら、フランは反対するでしょ?
自分を助ける為に、そんな馬鹿な真似はするなって。そんなことはいいから、自分を早く殺してくれって」
「当たり前じゃない…!無理よ、無謀よ、出来る訳無いわ!そんなこと…絶対無理だよ」
「無理じゃない!いや、本来は無理なのかもしれないけど、その無理も無謀も全部全部私の知ったことか!」
「私の身体は普通の病気とは違うんだよ!?力の構造と精神構造が駄目な方向にねじ曲がり入り組んでいて、
妖力魔力の発動に心体が連動しちゃってるんだよ!?治せるわけないよ!」
「治せる!というか治す!大丈夫、出来る!理論上は大丈夫だってパチェが言ってた!紅魔館のダイジョーブ博士を私は信じてる!」
「っ、私の身体は普通の人とは違うの!私の妖力を、魔力を抑えつける為には同質の力で蓋をするしかなくて…もう嫌だよ!
お姉様を犠牲にして助かるなんて、私は絶対に嫌だ!お願いだから、お姉様お願いだからもう…」
「うええ!?なんで私が死ぬこと前提な訳!?死なないわよ、私は死なないわ!
私達が今から行うのは、私が行った禁術じゃないわ。フランを助ける為に、みんなの力を少しずつ借りよう他力本願万歳作戦よ!」

 言葉こそ思いっきり酷く曲解しているが、レミリア達が導いたフランドールを救う為の作戦は概ねその通りだった。
 彼女達がフランドールに施すのは、フランドールの狂った力を抑えつける為により強大な力で彼女に蓋をすること。すなわちレミリアが
過去に行った禁術の強化版である。だが、レミリアの行った封印は、彼女の力が未熟であった為に不完全な形となってしまった。
 それを今回は完全な形で封印を行おうというモノであるのだが、ここで大きな問題が生じる。
 レミリアの行った禁術は他者から他者に命を賭す程の莫大な力を送りこむことを必要とし、かつ送り側と受け手側が酷似した力を持つ者
同士にしか許されないという術式だった。故に、単純に他の人々から力を集めてフランドールに送る、という訳にはいかない。
 フランドールに質の異なる力を注ぎこんでしまっては、それこそ死の間際に立っている少女は耐えられる筈もなく、下手をすればその
衝撃でフランドールが死んでしまう。故に、フランドール側が受け取れるような、馴染ませた力に一度変換する必要があった。
 そこで、彼女達の導いた答えは一度レミリアという緩衝材を通してフランドールに力を送るという手である。レミリアという素体を
漏斗代わりに使い、純粋にフランドールの身体に適合した力だけを供給するというのが今回の作戦の概要である。

 だが、この作戦に難色を示したのは他の誰でもない考案者のパチュリーだった。彼女が問題に上げたのは三点だ。
 一つは、種類の異なる複雑な力を医療の力に変換することの難しさ。魔理沙の砲撃のように、力としてのストック、放出なら
どうにでもなるが、今回の場合のようにレミリアからフランドールへと輸送する力が、魔力妖力巫力と幾多幾重の力となってしまっていると
どんな不都合が起こるか分からないという点だ。だが、その問題は、八雲紫と八雲藍の境界を操る力により解消の目処が立てられる。
 彼女達が超高速に送られてきた力の成分を数式に起こし、どの力がどれほど混在しているのかを制御役の八意永琳に情報を提供し、
彼女が送る力を配分することにより解決へと導くことが出来た。八雲と八意、この二人の力がなければ決して解決し得なかった問題である。
 次なる問題点は、必要な力がどれ程莫大になるのかが全く予測出来ないという点だ。
 フランドールの力を抑えつける為に必要な力、それがどれ程強大かは、かつてレミリアが己の命を賭した点から簡単に予想がつく。ましてや、
当時のフランドールはまだ己の力を微塵も持たない覚醒していない吸血鬼だったにも関わらず、だ。今のフランドールは幻想郷で指折りの
力を持つ妖怪であり、そんな彼女を助ける為に一体どれ程天文学的な力が必要となるのか。更に言えば、フランドールに力を送る為には、
一度レミリアという抵抗を通さなければならない。その時に一体どれ程の損失が生まれるのか、これも試してみないと分からない問題である。
 この問題に対しては、やらずに諦めるよりはやってみるという結論しか導けなかった。少なくとも伊吹萃香、八雲紫と化物揃いの面子が存在している
時点であまり気にかける問題でもないというのが、紫や萃香、永琳達を除いた大勢の考えではあったのだが。
 最後の問題点は、ずばりレミリアへの過大な負担だ。フランドールに力を送る為には、一度レミリアに力を送らなければならない。そして
レミリアは幾多もの種類の力を体内にて己が力として馴染ませた後に、フランドールに送らなければならないのだ。
 異なる力を体内で変換させること、それは言葉にすれば簡単だが、実際に行うと恐ろしい苦痛が身体を駆け巡る。気絶しそうになるような
痛みにレミリアはフランドールの治癒が終わるまで耐え続けなければならないのだ。この点が一番の問題であり、その場の誰もが作戦を実行に
うつすことを躊躇う内容だった。しかし、そんな皆を余所に、レミリアは実行に移すと皆に願い出た。難色を示す面々に、レミリアは
必死に頭を下げて『自分を信じて欲しい』と乞い願った。当人であるレミリアがそう決めては、誰も反対することも出来ず、レミリアの負担は
少しでも和らげる努力を行っていくという決まりの元で、今回の作戦は実行に移されたのだ。

 この作戦の概要を知り、フランドールは顔を真っ青にしてレミリアの腕の中でじたばたと暴れ抵抗する。
 逃れようとするフランドールを離すまいと、レミリアはフランドールを必死に抱きとめる。

「離して!お願いだからもうやめて!これじゃお姉様が、お姉様が死んでしまうっ!!」
「死なないから!ただちょーーーーーっと泣きたいくらい痛みが爆発するだけだから!生爪剥がれるよりはマシだろうから!
…って、うおおおおい!?言ってて自分で怖くなってきたじゃない!もう止めて!お姉様のなけなしの勇気を奪う発言はしないで!
お姉様のチキンハートのライフはもうゼロよ!?お願いだからおとなしく私の腕の中で眠ってて!大丈夫、寝てたらすぐ終わってるから!」
「冗談言ってる場合じゃないんだよ!もしかしたらお姉様が死んじゃうかもしれないんだよ!?
お姉様、お願いだからこんなことはもうやめて!私はいいから、私はもう、死んでしまっても…」
「っ、死んでしまってもいいとか言わないでっ!!フランが死んで良い訳ないでしょ!?」

 レミリアのらしからぬ怒声に、フランドールはびくりと身を竦ませる。
 そんなフランドールに、レミリアは声を荒げたままに言葉をぶつけていく。まるで自分の心を必死に伝えるように。

「私は嫌だ!フランが死んじゃうなんて絶対に嫌!」
「お姉様…」
「私はまだフランと何も手にしていないじゃない!フランと一緒に過ごす日常も!フランと一緒に笑いあえる時間も!何も私は手にしていない!
私はこれから先もずっとずっとフランと一緒にいたい!フランの手をつないで一緒に歩いていきたい!フランがいない世界なんて考えたくない!
だから絶対にフランの言うことなんて聞いてあげないし、諦めてなんてあげない!私はフランが好き!大好き!だからフラン、貴女の本音を聞かせなさい!」
「私の…本音…」
「貴女はこのまま死んでも平気なの!?私と、美鈴と、パチェと、咲夜と…こんなにも素敵な友達がいる世界にお別れを告げて、それで構わないの!?
全てが仕方ないと、全てがこれでいいんだと諦めて達観して、自分一人が犠牲になって、それで貴女は本当に幸せなの!?それが貴女の望んだ未来なの!?
もし本当にそうだと言うのなら、それは仕方ないのかもしれない…だけど、違うでしょう!?貴女が望んだ世界は、決してそんな寂しくて冷たい世界じゃないでしょう!?
望みなさい!声を大にして!子供のように不格好でも構わないから、必死に本音を言いなさい!強さも、器用さも、そんなものは投げ捨てて叫びなさい!
みっともなくても構わない!余裕なんて無くても構わない!泣いて、喚いて、それでも必死に手を伸ばすことを諦めないで!
世界は…世界は、貴女が思うほど辛くも厳しくもない!心から願えば、想いを伝えれば、絶対に世界は応えてくれる――どんな奇跡だって叶えてくれる!!
さあ、フラン!貴女はどうしたいのかを私に教えて!!貴女の望む未来は、決してこのまま死にゆくことなんかじゃないでしょう!!」

 それはレミリアの何一つ偽らざる妹への想い。彼女の声は、真っ直ぐに愛する妹の心へと届いていく。
 諦めていた。それは叶うことのない奇跡だと。捨て去っていた。それを望むのはあまりに夢物語だと。
 だが、そんな自分を姉は叱責した。無様でも、格好悪くても、願いなさいと。ただ真っ直ぐに、我武者羅に、想いなさいと。
 諦める者と挫けぬ者、その両者を比較して、一体どちらが奇跡を起こすに相応しいだろうか。諦め利口を着飾る者に神は微笑んでくれるだろうか。
 何より、少女はレミリアの想いを感じてしまった。生きて欲しいと、共に在りたいという姉の想いを知ってしまった。
 自分の本心なんてとうの昔に気付いている。だけど、見ないふりをして諦めていただけ。本当は、ずっと思っていた。願っていた。
 その願いは姉と同じ。その願いは愛する人と一緒。そんなことを知ってしまえば、もう諦めるなんて出来ない。捨てるなんて出来ない。
 だからフランドールはレミリアの想いに応えるように、本当の心をさらけ出す。
 嘘つきな自分(うそっこおじょうさま)を脱ぎ捨て、真実の想いを伝えられる自分に。声を大にして、涙を零して、フランドールは言葉を紡ぐ。

「――生きたいよ…私も、お姉様と一緒に生きたいよ…諦めたくない、死にたくない…私はお姉様と一緒に未来を歩きたい!!」
「っ!良く言ったわフラン!貴女の願い、絶対に叶えてみせるわ!!――私以外の他の人達が!!!という訳で後は任せたわよみんな!!」

 レミリアのどうしようもないほどの情けない声に、その場の誰もが思わずがくりと崩れ落ちる。
 けれどまあ、それもまたレミリアのご愛敬。魔法陣を前に、その場の誰もが力を収束させ準備を整える。

「まあ、アイツは力無いみたいだからね。やっぱりここは私みたいな強い妖怪が力を貸してあげないとね!」
「リグルの分際で偉っそーに。ま、後は任せてよレミリア。貴女の妹さんもまとめて私が助けてあげるからね」
「さあさあ、ここまで盛り上がったんだから、絶対に成功させないと歴史に残る恥話だよ~」

 リグルが、ミスティアが、てゐが次々に力を解放し、魔法陣へと力を送ってゆく。
 第一陣が力の送るのを確認し、次に備えていた第二陣もまた次々と力を解き放っていく。

「永琳ー!妹紅は体力有り余ってるから私達の十倍くらい吸い取って構わないわよー。むしろそのまま干乾びさせても問題ないからねー」
「アンタ、最後の最後まで口の減らない女ね…ま、私は誰かさんと違って強いから?十倍くらい喜んで差し上げるけど」
「あ、そう?それじゃ十倍送りなさいよ迷わず送りなさいよ早く送りなさいよ。私は今のペースで頑張るけど」
「ちょ!?おま、そこは普通『じゃあ私も!』って言うところじゃないの!?」
「お前達、少しは真面目にやれないのかあ!!レミリアの妹が助かるかどうかの場面なんだぞ、もっと真剣にやれ!!」

 輝夜が、妹紅が、慧音が力を送ってゆく。
 魔法陣に収束する光が激しく煌めくが、希望の光はまだ力を失わず、更に輝きを増すことになる。
 第二陣の呼応して第三陣が待ってましたとばかりに力を解放する。

「期待に応えないとね…!レミリアが望んだ未来まであと少しなんだから!リアが、レミリアが諦めなかった故の奇跡はもう目の前にある!」
「勇気、決意、覚悟…レミリア、アンタの雄姿は全て目に焼き付けさせて貰ってるよ。
迷わず駆け抜けなよ、我が盟友!レミリアの道を遮るモノは全部この私が片づけてやるさ!」
「ふふっ、ここで応えてみせなければ友として失格というもの。レミリアへの恩義、今ここに報いさせて頂くわ」

 文が、萃香が、幽々子が魔法陣に更なる力を集めていく。
 集まり続ける力は奇跡への大切な要素。皆が集める未来への力は、何処までも光り輝いて。
 そして次なる第四陣が駄目押しとばかりに力を次々に注ぎ込んでいく。

「レミリアさんの願いの為に!みんなの幸せの為に!ここが最後の踏ん張りどころ、押し通してみせる!!」
「あれだけ頑張ったレミリアが一番護りたかった存在…護ってみせるわ。姉妹が笑いあえる未来の為にも、ここは絶対に譲らない!」
「嫌いじゃない、こういうのは嫌いじゃないぜ。さあ、レミリア、今度はお前の誰より一番格好良い姿を私達に見せてくれよな!」
「さあみんな、もうひと頑張りよ!レミリアの妹、絶対に救ってみせる!そして胸を張って母さん達に事の結末を報告してあげないとね!」

 妖夢が、鈴仙が、魔理沙が、アリスが奇跡を信じて惜しみなく助力を重ねていく。
 魔法陣から溢れ出そうになる程の強大な力が一つになり、巨大な炎のように揺らぎ続ける。
 その炎に、最後となる第五陣が容赦のない全力全開の力を解き放ち、炎を恒星へと変貌させていった。

「フランお嬢様がいないと何も始まらないのよ!フランお嬢様とレミリアお嬢様、二人がいないと紅魔館は成り立てない!護るわよ、全てを!」
「まだ私は教えて貰っていないことが沢山ある…だからフラン様、私は決して貴女を死なせない!」
「熱い連中だね、本当、実に気持ちの良い連中だ。悪いけど四季様、今日一日は有休ってことにしといて下さいよ!
こんなものを見せられたら、力を貸さずにはいられないじゃないか!私の力、容赦なく持って行きなよ、レミリア・スカーレット!」

 美鈴の、咲夜の、小町の力が最後の後押しとなり、集まった力は恐ろしいほどに強大な光へと変容した。
 その力は現在においては純粋な暴力を産む力に過ぎないが、それを上手く制御することにより人を助ける為の大切な武器となる。
 その役割を担うのが、術式制御を担当する者達だ。力が相当量貯蓄されたことを確認し、結界組は指示を飛ばし合って作業に移る。

「!上方の制御が甘いわよ!一流の魔法使いを名乗るならもっと丁寧な仕事しなさいよ!」
「分かっているわよ!術式には一つのミスも許されない…救うわ。レミィもフランドールも何一つ傷つけさせない!」
「そんなの当たり前でしょうが!レミリアもその妹も私が絶対に救ってやる!博麗の巫女を舐めるなっ!!」

 集まり続ける力を、溢れ出ぬように霊夢とパチュリーは術式と魔術によって調整を加えていき、収集した
力を藍と紫が次々と分析、配分し永琳へと届ける。そして永琳はその力をレミリアに最小限の負担になるように供給を始める。

「紫様、妖力の解析に若干の遅れが」
「萃香に少しばかり放出を抑えるように言っておいて。それと幽々子に張り切り過ぎて消滅しないようにも」
「…幽々子様の件は洒落になりませんよ、それ」
「冗談よ。八意永琳、レミリアへの転送は?」
「始めているわ。ただ、やはり苦痛が出るのは完全にはシャット出来ないわね。レミリアに頑張ってもらうしかないのだけれど…」
「頑張るわよ、あの娘は。一度決めたら誰が何と言おうとやりとおす、本当に頑固な娘ですもの」

 確信を持って微笑む紫に、永琳もまた笑みを浮かべて同意する。違いない、と。
 全員が始動し始めたことにより、集められた力は必然的にレミリアの身体を通じてフランドールへと流されていくことになる。
 自身の身体に流れてくる力に、フランドールは驚き目を見開く。先ほどまでは意識を失う程の激痛に苛まれていた身体が嘘のように
軽くなっていき、まるで熱を帯びたように身体中に熱い血液が力強く脈動するのを感じていた。
 その変化に、思わず愛する姉に驚きの声を伝えようとして口を開こうとしたフランドールだが、レミリアの様子を見て言葉を失ってしまう。

「お、お姉様…」
「痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない…」

 そこでフランドールが見たものは、まさしくある意味においてレミリアがフランドールに一番見られたくない姿かもしれない。
 必死にギリギリと奥歯を噛み締め、目にいっぱいの涙を溜めて、身体は諤々と生まれたての小鹿のように震えに震えて。
 最早今のレミリアに他のことに気遣う余裕など微塵もなかった。かつて経験したことのない程の激痛が全身を襲い、気を失わぬ
ように必死に耐えている状態である。無論、フランドールが感じ続けていた激痛よりは幾分かマシなのだが、それでも常人以下のレミリアにとっては
この世の終わりとも感じられるほどの激痛である。あまりの様相に、フランドールは必死に声をかけるが、レミリアは笑って言葉を返すだけ。

「お姉様!や、やっぱりこれ以上は…」
「よ、余裕だし…痛くないわー…全然痛くないわー…私がヤバいってどこ情報よー…」
「じょ、冗談なんて言ってる場合じゃないんだよ!!このままじゃお姉様が本当に…」
「…死なないわよ…お姉様は、絶対に死なないわよ…うぐぐ…死んでなんか、やるもんか…」

 必死に痛みを堪えながら、レミリアはフランドールにバレバレな虚勢を張り続ける。
 戦場に立ち続けた訳でも、生死の境界を潜り抜けてきた訳でもない。そんなレミリアに、これほどの苦痛は想像を絶するほどに苛酷な筈だ。
 だが、それでもレミリアは必死に立ち続け、堪え続ける。そんなレミリアの姿は、最早制止の声すらかけることが躊躇われるほどで。
 一番つらいのは自分である筈なのに、それでもレミリアは苦痛に耐えて、フランドールに言葉を送り続ける。彼女が安心できるように、少しでも気が和らぐように。

「もう少しだからね…フラン、貴女を…ようやく、永い苦しみから…解放して、あげられる…」
「そんな…私は…」
「もう…自分を押し殺す必要も…自分を犠牲にする必要も…何もかも無い…そんな世界が、貴女を待ってるから…うぅ…
だから、フラン…私を、みんなを…信じて…貴女が信じてくれたら、私達に…負けなんて、絶対にあり得ないんだから…
どんな奇跡だって…どんな夢物語だって…絶対に、実現してみせるわ…」

 レミリアの言葉に、フランドールは潤む涙を拭い、こくんと力強く頷いた。
 もう、レミリアが自分の言葉では止まらないと理解したから。きっと姉はどんな制止の言葉も受け入れない。
 全ては自分を救う為に、それを真っ直ぐに信じて走り抜けようとしている。その姿にフランドールは姉の強さを、大きさを感じた。
 ――本当に、敵わない。やっぱりお姉様は私の自慢のお姉様だ。そう心の中で呟き、フランドールは顔を上げる。
 そこにあるのは、先ほどまでのように泣くだけで何も出来なかったフランドールではない。敬愛する姉と同じく、諦めない意志の炎を
ともした誇り高き吸血姫。彼女はレミリアの妹、その真なる強さが覚醒されたとき、彼女の心もまた誰にも負けない強靭な心となる。
 諦めない。姉が諦めないと決めた。他の人々が救うと誓ってくれた。ならば、救われる身である自身がいつまでも泣きじゃくってどうする。
 フランドールの身体に、心に生への想いが溢れてく。生きたいと、未来を歩みたいという強き意志が身体中から溢れていく。
 それは最強の吸血姫の真なる羽ばたき。紐解かれていく、フランドールの覚醒に、結界を制御しながら紫は微笑みながら言葉を紡ぐ。

「紅の二翼、その覚醒の時…か。ふふっ、本当に幻想郷のこれからの未来が愉しみね。若い力が世界を創る…この娘達が運命を刻んでゆく」
「ちょっと紫!一人で笑ってないで、もう少し力を安定させなさいよ!連中が張り切り過ぎて結界が不安定なのよ!」
「はいはい、喜んで仕事させて頂きますわ…と」

 霊夢の荒げた声を適当に流し、紫は己の仕事へと集中する。
 この場に集った人々、その誰もが己の仕事を完全にこなしてゆく。たった一つのミスも許されない中で、少女達は非の打ちどころのない程に
己の役割をこなし、レミリアを通じてフランドールに力を送り続けていく。
 また、送られてくる力の負荷に耐え続けるレミリアもまた見事だ。決して折れず負けず。
 順調にフランドールに送られていく力に、このままいけばフランドールを救うことが出来る。その筈だった。
 だが、この状態を何処何処までも不変のままに続けることなど決して出来る筈もない。それほどまでに、フランドールの治癒の為に
必要な力は大き過ぎた。フランドールの吸収量に対し、魔方陣からの力の供給量が段々と逆転現象を引き起こし始め、やがて一人また一人と
限界が近づいてゆき、情況的にはどんなに楽観的に見ても治癒終了まで皆の力がもつとは考えられない事態に陥ってしまっていた。

「くっ…ちょっと紫!アンタ妖気の量だけなら幻想郷一なんでしょ!?こっちはいいから、アンタも向こうに回ってきなさいよ!」
「以前までの私なら、迷わずそうしたのだけれど…ね。生憎、幻想郷と一体化した際に力の大部分を奪われちゃってるのよ。
だから今の私が向こうに参加したところで、大した力になれるとは思わないわね。それに、不足している力の量は、妖怪の
一匹や二匹で賄える量ではないわ」
「…レミリアの身体を通すことが予想以上に損失を生んでいるわ。あれだけの苦痛を伴っているんだもの、当たり前と言えば当たり前だけど…
拙いわね…このままだと、本当に治癒が終わらないまま、みんなが先にダウンしてしまうわ」
「そしてこの術式は、最後まで終わらせないと何の意味もない…結果、フランドールも救えない…」
「うぎぎ…何か手はないの!?畜生…畜生畜生畜生!このままじゃレミリアの妹を助けられないじゃない!何か、何か手は…!」

 焦りが生まれ始めた人々の中でも、レミリアは焦りを見せることはなかった。
 送られてくる力が少しでも無駄なくフランドールに伝わるように、レミリアは黙々と痛みを堪えて力を送り続ける。
 そんなレミリアに、フランドールは言葉を発さず、ただぎゅっとレミリアを抱きしめ、温もりを手放さぬように務めつづけた。
 諦めないと決めた。揺るがないと決めた。だからレミリアは、フランドールは揺るがない。逃げない、折れない、目を逸らさない。
 そんな二人の姿に、この場の誰もが瞳を奪われ、そして心を切り替える。諦めるにはまだ早いと。ここで諦めては、全てが台無しになってしまうと。
 何か手はないかと誰もが策を考える。だが、彼女達がよりよい策を思いつく前に心だけではどうしようもない限界が少女を蝕んでしまった。

「――あ」
「お姉様っ!?」

 それは意識したものではなかった。文字通り、『気づけば倒れていた』状態だった。
 心は不屈、決して折れない心を持っていても、レミリアの身体は結局のところ力を失っていた吸血鬼に過ぎない。
 むしろ、よくぞここまで持ったものだと賞賛したい。褒められることはあれど、決して責められることはないだろう。それほどまでに
レミリアは尽力したと言っていい。だが、それは所詮結果を無視した話に過ぎず、結果だけを見ればレミリアは事を為す前に倒れてしまった。
 過程はどうあれ、フランドールを救えなければその行動に意味は無く。倒れるレミリアに慌てて支え言葉をかけようとしたフランドールだが、
レミリアの様子に口を噤んでしまった。それほどまでに今のレミリアは自身への不甲斐無さに怒りを灯していて。

「くしょう…畜生…なんでよ、どうしてよ…今頑張らないでどうするのよ!この程度で倒れてどうするのよ!」
「お姉様…」
「救いたいんでしょう!?一緒にいたいんでしょう!?共に未来を歩むと誓ったんでしょう!?
今立たないと、その全てが駄目になってしまうのよ!?動きなさいよ…立ち上がりなさいよ!頑張りなさいよ!!
動けなくなってもいい…これから先二度と動けなくなってもいい!だから今だけは…今だけは立ち上がってよ、私の身体!!」

 悔し涙を零し、何度も何度も大地を叩き、必死にレミリアは立ち上がろうとするが、足が全く動かない。
 その姿にこの場の誰もが声をかけられない。レミリアの身体が限界という壁に阻まれ、それを少女が必死に乗り越えようとしている姿を
この場の誰もが阻むことが出来ない。自分達では、きっとレミリアの力になれない。今のレミリアが求めているのは、決して優しい言葉などではないから。
 それは背中を蹴り飛ばしてくれる力。彼女を今一度奮い立たせてくれる程の力。奇跡を呼び起こす、運命をねじ伏せる程の力。
 立ち上がれない焦りがレミリアを蝕んでいく。このままではフランドールを救えないという不安がレミリアを侵食していく。
 このままでは駄目だ。このままでは全てが終わってしまう。レミリアは誰にでもなく唯真っ直ぐに祈る。
 神でも悪魔でも構わない。フランを助けてなんて贅沢は言わない。ただ今一度、今一度自分を立ち上がらせてくれるだけでいい。
 何があっても折れないと誓ったのに、それを果たせなかった嘘つきな自分…そんな愚かな私に、誰か。悔し涙を流しながら、レミリアは必死に心の中で叫び続ける。

 その叫びは何処までも真っ直ぐで。何者にも負けない程に強き心の叫びで。
 幾度の運命を乗り越えてきた少女が、最後の最後で大切な者を救えない。そのような結末が認められるのか。
 否、断じて否。全ての悲しみを、望まぬ未来を乗り越えるために、少女は誰より尽力してきた。
 友の力を、愛する人々の力を借りて、誰ひとり命を失うことない未来を築きあげてみせた。
 ならばこれは必然。少女が危機に陥るとき、彼女にはその身に体現する資格を持っているのだ。













「――何をしているの、レミリア・スカーレット。私の許可なく敗北して良いと誰が言ったのかしら?」









 ――それは奇跡。彼女が幻想郷で積み上げた想い、絆、その最後の一欠けら。

 突然響き渡る凛とした声に、レミリアを始めとしたその場の誰もが上空に視線を移す。
 そこには、少女達が予想すらしなかった人物が存在していた。

 その者は誇り。
 その者は力。
 誰よりも強く在ることを願い、誰よりも運命を憎み、そしてレミリア達に挑んだ女性。

 空に佇む女性に、レミリアは驚きの表情を浮かべたまま、その人の名を紡ぐ。



「――ゆう、か…貴女、どうして…」



 レミリアの問いかけに、女性――風見幽香は呆れるように肩を竦めて笑うだけ。
 そんな仕草に、真っ先に噛み付いたのはレミリアではなく文だった。幽香に対し、最も怒りを抱いている彼女は、声を荒げる。

「何しに来たのよ、風見幽香…!貴女、一度ぶっとばされても、まだ懲りてない訳…!?」
「そうだと言ったらどうする?今の状況は、貴女達を仕留めるには最高の好機よね。誰一人動けないこの状況は」
「ぐ…!」

 幽香の指摘に、文は言葉を返せない。確かに今、この状況では誰一人として幽香の強襲には対応出来ないだろう。
 かといって、魔法陣から離れてしまえば、フランドールを救うことが難しくなってしまう。最早打つ手無しの状況だが、幽香を
前にしても、レミリアは決して怖がったり不安を感じたりしていない。ただ真っ直ぐに幽香を見つめ、彼女の真意を、言葉を待っていた。
 そんな少女の姿をじっと観察し、やがて幽香はゆっくりと言葉を紡いでゆく。

「いつまで無様に地を這っているのかしら?さっさと立ち上がりなさい、レミリア。
貴女はこの私相手に勝利を収めたのよ?それをこの程度の『運命』に負けてしまっては、私が困るのよ」
「幽香…」
「私の代わりに運命に勝ってくれるのでしょう?私達の無念を貴女が解放してくれるのでしょう?
もし、あれが口だけだったと言うのなら、今すぐ貴女の傍に行って、そのちんちくりんな身体を全力で踏みつけてあげるわ。
どうなの、レミリア?貴女の貫き通そうとした意地は、覚悟はこの程度の運命にねじ伏せられてしまう程度だったの?」

 幽香の言葉、それは何処までも厳しく…けれど、明らかにレミリアを支える言葉で。
 彼女は信頼している。負ける筈がないと思っている。自分という苛酷な運命を打破してみせたレミリアが、この程度で終わる筈がないと理解している。
 並べたてられる幽香の激に、レミリアは拳を強く握り締める。そうだ、この程度の運命が一体何だと言うんだ。
 自分達は乗り越えた。滅びの運命を、何より厳しい戦いを乗り越えた。幽香という壁ですら乗り越えてみせた。
 それに比べれば、今の状況なんて乗り越えられない訳がない。命は在る、五体は在る、ならば身体が動かない理由など何処にも存在しない。
 立て。今一度奮い立て。小さな身体に宿したちっぽけな意地を貫き通せ。そうすればきっと道はつながる。そうすればきっと――奇跡は起こる!

「…上等よ。それでこそ、私の認めた存在。私が敗北した相手が、この程度に屈する筈がないわ」
「誰が…ちんちくりん…ひんそーボディよ…見返してやる…千年後ぐらいには…ぼんきゅっぼんで…幽香以上のないすぼでーに…なってやるんだから…」

 立ち上がるレミリアに、幽香は満足そうに笑みを浮かべる。その笑顔は以前のような闇に染まった笑顔などではない。
 風見幽香の登場に、何とか場を持ち直したが、それでも状況が好転した訳ではない。以前、必要となる力が不足したままで、
このままでは皆の力が枯渇してしまう状況に変わりはない。力が必要だった。強大な力が、フランドールを救うための力が。
 誰も彼もの心に生まれ始めた絶望。少女が立ち上がることで一度は振り払われた絶望が、再び少女達の心を侵食してしまう
 諦めたくない。絶対に諦めたくない。助けたい。大切な友人の妹を、家族を救いたい。ただ一途に願いを胸に抱き、希望を捨てずに。

「くそっ…何とかならないのかよ!!流石の魔理沙さんも、ちょっとばかりヤバいぜ!」
「諦めない…絶対に、諦めるもんか…レミリアさんが諦めない限り、絶対に諦めるもんかあ!!」

 魔理沙と妖夢の叫びは、この場の誰もが胸に抱く叫びだっただろう。
 限界を迎えてもなお、レミリアの為に立ち続ける少女達。奇跡を願う、奇跡を求める少女達。
 諦めない。未来を、少女達は絶対に諦めない。苛酷な運命を乗り越える資格、それは絶対に諦めない強き心。
 ならば、奇跡は必ず起こる。少女達の願いは、想いは、必ず運命を乗り越える――故にここに、奇跡は完成する。

「――我が夢幻の世界よ…封じた力、その全てを今ここに解放するわ」

 上空にて幽香は術式を詠唱し、異界への空間を抉じ開ける。
 そして、空間の断裂から想像を絶するほどの強大な力を魔方陣に向けて放出する。
 まるで巨大な滝から流れ落ちてくるような力の奔流に、一同誰もが眼を見開き驚きを隠せない。
 それは一世界を形成するための力。それは彼女が幾億という年月を重ね積んだ力。その全てを世界から解き放ち、幽香は魔方陣に注ぎ込んでいく。
 幽香の行動を理解出来ず、文は疑問の言葉を思わず口にしてしまう。

「なんで…どうして…貴女、レミリアを殺そうとしたんでしょう…?それなのに、なんで…」
「勘違いしないで。私はその小娘がどうなろうと知ったことではないし、妹の命なんてモノに興味はないわ。
けれど、ここでレミリアに敗れて貰っては困るのよ。私に勝った者が、運命に屈するなど認めない、許さない。
それに、思い出したのよ――私は誰よりも強く、誰よりも誇り高き妖怪で在り続ける。それがもう一人の私との約束だった。
私が風見幽香で在り続けるために、レミリアに借りを作りっぱなしだなんて認められない――全ては私自身の為に、それ以外の理由などないわ」

 何処までも美しく、何処までも誇り高き在り方。それが彼女の、風見幽香の誰にも譲れぬ誓いだった。
 敗北を恥じることはない。だが、運命に対し後塵を拝することだけを幽香は許さない。
 自分を運命から、呪いから解放してくれた少女が敗北する姿など絶対に認められない。そんなものは許さない。
 少女が敗北を喫するのは、再び自分が少女に相対した時だけ。故に幽香は力を貸すのだ。全ては自分の誇り故に、全ては自分の願い故に。
 そんな幽香に、レミリアは目に涙を貯めたまま、言葉を送る。そんなレミリアに、幽香はそっけなく言葉を返すだけ。

「ありがとう、幽香…忘れないから、この恩は絶対に忘れないから…」
「…下らないわね。全ては自分の為にやったことよ。
礼など言う暇があるなら、さっさとその妹を助けてあげなさい」
「うん…うんっ…!」

 幽香に感謝を繰り返し、レミリアはフランドールを抱きしめる力をぐっと強める。
 もう離さないと、決して諦めないと意志を込めて、レミリアは大地に両足を強く踏みしめる。
 そして、風見幽香の天蓋の妖力量により、状況は完全に一転する。急激に増加した力の量に、制御組の誰もが声色を変える。

「いける…!これなら、これならレミリアの妹を救える筈よ!そうでしょう、紫!」
「ええ――あとはレミリア次第よ。レミリアが最後まで立ち続けられたなら…奇跡は成る」
「立ち続けるわよ。レミィが…私達のレミィは、どんなときでも絶対に諦めない。レミィは絶対に負けたりしない」
「そうね…レミリアが諦めなかった故の結果が今の状況よ。ならば、あとは――」
「――彼女の羽ばたきにかかっている…か」

 制御組も、魔法陣組も、その場の誰もがレミリアを信じて彼女を見守り続ける。
 だが、少女達は知っている。こういう場面で、あの少女が絶対に諦めない頑固者だということを。
 そんな期待に少女も応える。苦痛など、とうの昔に乗り越えた。あとは気合、何処までも折れない強き意志を持って運命を乗り越えるだけ。
 愛する姉の頑張りに、妹は何も疑ったり諦めたりしない。妹もまた、心の壁を乗り越えた。決して折れぬ心を持って、姉を信じると決めた。
 諦めぬ少女達が立ち続ける限り、奇跡は何度でも起こってみせる。奇跡が繰り返されるなら、それは必然と化して。
 幾度もの奇跡が積み重なって築き上げた道、それは後にも先にも人々はこう呼ぶのだ。




「お姉様――いつまでも、一緒だよ」
「ええ、フラン――いつまでも、貴女の傍に」




 ――『未来』。多くの人々の想いと願いによって切り開かれる、そんな新たな世界のことを。












[13774] エピローグ ~うそっこおぜうさま~
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2012/01/02 23:11
 晴れ渡る空の下、屋台を経営している少女の朝はそんなに早くはなかったりする。
 彼女は元より夜行性で、本格的に行動するのは日が暮れてからである。そんな訳で、少女は昼過ぎに起き、そこから夜の屋台に
向けて仕込やら何やらの準備を行うのだが、今日はどうやらいつものようにという訳にはいかないらしい。
 その少女――ミスティアの登場を待っていたかのように、屋台の椅子に座りニコニコと嬉しそうな笑顔を零す少女がいたからだ。
 だらしない程に満面の笑みを零す少女――リグルに、ミスティアは大きくため息をつきながら、面倒そうに話しかける。

「で…何で貴女が開店前の屋台に堂々と座ってくれちゃってるのよ、リグル」
「いや、だって一秒一刻でも早くミスティアに話したかったんだもの!」
「話したかったって、何を?」
「勿論、私の語る武勇伝を聞いたチルノやルーミアの反応だよ!
幻想郷最強クラスの妖怪、風見幽香を相手に私が千切っては投げ千切っては投げ…」
「はぁ…貴女が一体いつあんな化け物を千切ったり投げたりしたっていうのよ。誇張どころかただの法螺話じゃない」
「いいの!とにかく大事なところは、私が風見幽香を倒したメンバーの一員だったってところなんだから!
ふふふ、これでまた幻想郷における虫の地位向上が確約されてしまったわ!ミスティア、サイン貰うなら今のうちだよ?」
「サインはいいから、暇なら仕込みを手伝いなさいよ。大体、風見幽香を倒したのは――」

 そこまで言葉を紡ぎ、ミスティアは友人のことを思い出す。
 そして想像の中で必死に土下座をし続ける友人に吹き出してしまう。そうだ、あの娘は『自分が風見幽香を倒した』なんて決して認めないだろう。
 だから、リグルの話すように、『みんなの勝利』ってことの方が良いのかもしれないわね。そんな風に思いながら、ミスティアは屋台の準備を進めていく。

「ねーねー、ミスティアは自慢しないの?みんなに格好良いって言われるよ?」
「いいのよ、私は。良い女は人に自慢なんかしないものなの。それに…」
「それに?」
「レミリアの為にみんなと一緒に戦えたこと、それだけで私には十分自慢になってるわ」
「ああ、何その一人だけ綺麗にまとめようとして!」
「だって私は別に自分の強さとかどーでもいいしー。あ、それとあの戦いのおかげで常連さんが沢山増えて嬉しいわね!
いやあ、やっぱり持つべきものは友というか、人脈というか。さあ、今夜も人が沢山来るだろうから、じゃんじゃん準備しないとねー!」
「あーん、これじゃ何だか私が馬鹿みたいじゃない!くぅ…こうなったら屋台に『風見幽香を倒した人々が集まる伝説の店』って落書きして…」
「やってみなさいよ?そのかわり、今日の店のメニューに昆虫の踊り食いが追加されることを覚悟しなさいね」
「酷っ!虫差別反対ー!」
「…あ、そういえばレミリアといえば、この前レミリアの友達が来てさ…」

 ぎゃあぎゃあと言いあいながら、少女達の騒がしくも穏やかな日常は続いていく。
 風見幽香がレミリアに敗れてから二週間――それだけの優しい時間が幻想郷を流れていた。


















「風見幽香は敗北し、幻想郷の平穏は戻り、以前と変わらぬ日常へ――めでたしめでたし、ね」

 お茶を飲みながら、他人事のように言う紫に、藍は他人を射殺せそうな程に強烈な視線を思いっきりぶつける。
 だが、そんな視線に動じるような人物ではないことは百も承知。その光景に、萃香も幽々子も笑うだけ。
 やがて心折れた藍は、大きく肩で息を吐いて、恨みを綴るように言葉を並べていく。

「その日常の為に、今私がどれだけ駆け回っているかご存知ですか。
幻想郷と外界とのつながりを強制的に切断したことへの各所への説明、謝罪。幻想郷の賢者達への事情説明、事後報告。
ところどころに解れを生じさせた結界の修復、その全てを私が睡眠も取らずに奔走しているんですけれど」
「それは仕方ないわ。だって今は貴女が新しい『八雲の管理者』なのだもの。頑張ってね、藍。八雲の名に恥じぬ働き、期待しているわ」
「頑張ってね、ではありません。私が言いたいのは、少しくらい助力して下さっても良いのではないかと言いたいのです」
「だって私、力の大部分を失っちゃったから、戦闘ならともかく結界関係に関しては唯の足手まといでしょう?
ましてや立場を失った私が、挨拶回りに言ったところで意味も無し。私の出来ることは、後継者の活躍を優しく見守ることくらいだもの」
「…お願いですから一刻一秒でも早く力を取り戻してください。本当に一人では限界なんです、無理です、本気で過労死します」
「そうねえ…それでは、私が直々に橙を指導してあげようかしら。あの娘も八雲を冠するに値するレベルまでは育ててあげないといけないしね」
「…つまり、ご自分で働くつもりは更々ないと」
「働くわよ、力を完全に取り戻したら働くから」
「それは何時になるんですか。明日ですか一週間後ですか一ヶ月後ですか一年後とか言ったら本気でぶち殺します」
「ちょ、ちょっと藍、目が怖い、怖いから」

 詰め寄る藍に、紫は落ち着くように言い聞かせながら後ずさる。
 そんな二人を見ながら、萃香は酒を喉に通して楽しげに言葉を弾ませる。

「ま、遅かれ早かれ紫からアンタに代替わりしないといけなかったんだ。
紫のサボり癖はともかく、良い機会じゃないか。藍なら紫以上に立派な管理者になれるさ」
「そうそう、紫は仕事を本当に気が乗らないとしないからね」
「…いや、他の人ならともかく、萃香と幽々子に言われるのは心外だわ」
「とにかく今は紫を休ませてあげなよ。何だかんだ言って、今回の件で誰より働いたのは紫なんだからさ」
「分かっています…紫様、一刻も早く養生して力を取り戻して下さい」
「大丈夫よ、そんなに長い時間はかからないから。レミリアのおかげで、私の命もこうして在る訳だしね」

 死の可能性を大きく孕んでいた紫にそう言われてしまっては、藍に反論など出来る筈もない。
 渋々という感じで、藍は紫に文句を言うのを止める。
 穏やかな静寂、それを壊すように口を開いたのは萃香。酒を傾けながら、言葉を紡ぐ。

「しかし、風見幽香か…本当にとんでもない奴だったね。世の中にはまだあれだけの化け物が存在したのかい。
今回は奴が『別のもの』に固執してくれたおかげで何とか出来たが、もし最初から幻想郷の破壊が目的だったらヤバかったんじゃないか?」
「そうね、間違いなく危険だったわね。風見幽香が私達を試すような真似をせず、最初から異界の力の全てを持って
私達を蹂躙していたなら、勝利は間違いなく風見幽香のモノだった筈よ。けれど、風見幽香はその選択を選ばなかった。その理由は…貴女と同じでしょ?」
「そうだね…風見幽香は私と同じ、レミリアに自分の追い求めるモノを見ていた。その結果が今の敗北さ。
この世界を壊すだけでは得られない何かを追いかけ続けていたんだろう。その答えを風見幽香が得たのかどうかは分からないけど…ね」
「答えは得たと私は思うわよ?だからこそ、最後の最後で風見幽香はレミリアに力を貸し、異界の力を放棄した…違って?」
「幽々子の言う通りね。恐らく風見幽香は自分なりの答えを得たのでしょう…故に、風見幽香が幻想郷を脅かすことは二度とないでしょうね」
「楽観するね、紫」
「楽観するわ、だって風見幽香が何かしようとしたら、涙目で止めてくれる英雄がこの世界には居るんですもの」
「にゃはは、違いない」

 快闊と笑う萃香に同調して、その場の誰もが笑みを零す。
 そんな中、そういえばと、幽々子はふと浮かんだ疑問を二人に尋ねかける。

「そういえば、レミリアは風見幽香との戦闘中に強大な妖気を放出してたわよね?
結局、全てがブラフだったのだけれど…よくもまあ、あんな土壇場で風見幽香を騙し切れたわね」
「フフッ、それが面白いところなのよ、幽々子。レミリアは風見幽香をトラップにひっかける為に、かなり用意周到な準備を重ねていたわ。
レミリアは記憶を取り戻し、自身の力の使い方を完全に思い出した。しかし、己から湧きあがる力の大部分はフランドールへと流れており、
当然のことながら風見幽香を倒せるよな力は残っていない。そこであの娘は記憶を取り戻してから『三度』だけ力を使用したの」
「三度?」
「ええ…一度は記憶を取り戻してからすぐに。妖力を始動させ、あの娘は『今の自分がどれだけの力を行使できるのか』を試していた。
そして自分が幽香を打倒する為の力を持たないと知るや否や、すぐに己の力を風見幽香の隙を生みだす為だけに利用することを決めたわ。
風見幽香がレミリアのことを過大評価していることをレミリアは知っていた。だからこそ、自分を強大に見せることで風見幽香の注意を一身に引きつけた。
二度目の解放は、幽香の前に現れたとき。自身の力を最大限に薄く引き延ばして風船のように膨らませ、強大な力を演出した。その姿に風見幽香は勘違いを強めてしまった。
最後は説明せずとも分かるでしょう?妹に託された神槍にどうようのハッタリの力を付加することにより、『この一手こそ奥の手』であると誤認させた。
フフッ…あの娘は『出来ることをやっただけ』と言うけれど、これは常人には決して出来ぬ判断と行動よ。実に見事な手際だったわ」
「成程…でも、レミリアの魔力を巨大に見せる力、それをどうして幽香は見抜けなかったのかしら。魔力を薄く引き延ばしただけなら、中身が
何も詰まっていないことに気づけたのではないかしら?」
「何を言っているんだい、西行寺の。中身なら沢山詰まってるじゃないか」

 幽々子の疑問に、萃香は笑って言葉を紡ぐ。
 萃香の言葉、その言葉には何処までも力が込められていた。当然だ、何故ならレミリアの生みだしたあの力を最初に味わったのは
風見幽香などではない。レミリアは記憶が戻る以前にも、同じ方法で運命を打倒してみせたのだ。伊吹鬼という最強の鬼を相手に、その力で。

「レミリアの力を風見幽香がどうして見抜けなかったのか、それは実に簡単だ。
レミリアの力の中身は決して空っぽなんかじゃない。レミリアの力には沢山の勇気と想いが詰まっていたのさ。
誰かを救いたいという願い、その為に自らを奮い立たせることの出来る強き心。それは何者にも決して負けない最強の力だ。
私達妖怪は肉体的なダメージよりも心の強さに左右される。そういう意味では、レミリアは最強なのさ――あの娘は小さな力に大きな勇気を乗せていたんだからね」
「そういうこと。綺麗事を言うつもりはないけれど、時に想いはどんな強大な力をも乗り越えて奇跡を生む。それが幻想――それが私達の世界だもの」
「ふふっ、分かりましたわ。本当、レミリアは私達に幾度もの奇跡を見せてくれる。本当に楽しみよ、あの娘がこれからどんな道を歩んでいくのか」
「レミリアの未来…ね。私も実に楽しみよ。レミリアに施した細工、まだ本人には話していないけれど、そのことに気付いたとき、一体どんな反応を示すのか」
「んん?紫、アンタレミリアに何かやったのかい?」
「やったと言うより、これまでの頑張りに対するちょっとしたご褒美かしら?」

 楽しそうにクスクスと笑う紫に、萃香は勿体ぶるなと紫をせっつく。
 そして、紫はゆっくりと説明を始めていく。

「レミリアが過去に行った禁術、それは本来ならばレミリアの命の全てをフランドールに引き渡すことにより成功に至る魔術よ。
でも、その禁術は中途半端に成功してしまった。つまり、レミリアは命が助かる程度に妖力をフランドールに引き渡したということ。
それはあくまで一過性の魔術の筈、それなのにどうしてレミリアは未だに力を持たないのかしら?妖力なんて、時間と共に必ず回復する筈なのに」
「そう言われてみれば…確かにその通りね。すなわち、レミリアの身体には…」
「そう。レミリアの身体は依然としてフランドールと回路がつながったままだったのよ。
いつまでも妖気をフランドールに流入させていたから、レミリアは妖気を生み出せない。だからレミリアの体内には必要最小限の力しか存在しなかった。
その存在に治癒の最中に気づいてね…だから、私の力でその境界を断ち切ったのよ」
「おおおお!!つ、つまり紫、それはもしかしなくても!!」
「――ええ、レミリアの力は時間が経てば取り戻すことが出来るでしょうね。恐らくは数十年か、それくらいの時間を待てば以前の通りよ」
「――っ、紫!私は長年アンタと付き合ってきたが、今ほどアンタに感謝したことはないよ!
そうか!レミリアが力を取り戻すのかい!もう少し待てば今度は全力のレミリアと戦えるのかい!!」
「あらら…紫、それは萃香には教えない方が良かったのではないの?多分、レミリア、泣いて逃げ出すわよ?」
「ふふっ、遅かれ早かれ知る情報よ。そのうちレミリアも教えずとも知るでしょうしね。
フランドールにもうレミリアの妖力は必要ない。ただ、逆にあの娘はそれこそ一世界分の力を体内に貯め込んでしまったけれど」
「本当、興味が尽きない姉妹ね。楽しみね…紅の二翼が幻想郷の夜空を翔る時、一体どのような物語を生みだしてくれるのか」

 小躍りする萃香をよそに、二人はレミリア達の話題で盛り上がる。
 そんな中、ひとしきり喜び終えた萃香が、紫達に言葉を紡ぐ。

「ああ、そうだ、レミリアと言えば頼まれごとがあったんだったっけ」

 そして、ふと何かを思い出したように、萃香がごそごそと懐から一枚の手紙を取り出す。
 それは一体何かと尋ねかける面々に、萃香は楽しそうに告げた。

「――約束だったろ?レミリアと、私達との大事な約束事。全てが無事終わったら…ってね」
















 一面の花が咲き誇る太陽の畑。その場所に彼女、風見幽香は佇んでいた。

 レミリア達との激戦を終えて、幽香はこの場所でただ毎日を過ごしていた。
 何をするでもない、何をしている訳でもない。時間を費やすことだけが目的であるかのように、幽香はこの地に留まり続けている。
 だが、幽香は今の結果に満足していた。レミリアには勝てなかった、けれど、レミリアは自分の代わりに運命を打ち破ってくれた。
 それは少女が語ったなんともお粗末な論理。だけど、そんな前向き過ぎる考えを幽香は苦笑しつつも受け入れた。
 悪くない。自分の力では叶わなかったけれど、あの少女が全ての無念を晴らしてくれたのならば、悪くはないと。
 故に、幽香が二度と幻想郷に牙を突き立てることはない。彼女にはもうその理由がないから。
 何かを憎むことも、何かに捕らわれることもない。今の幽香は何処までも自由で、何処までも空白だった。
 
 そんな幽香のもとに、一人の少女が突然訪れる。黒き翼をはためかせ、幽香の前で呆れるような視線を向けて舞い降りる。
 その少女――射命丸文は、大袈裟に肩を竦めながら幽香に言葉を紡ぐ。

「やっと見つけたと思ったら、こんな人気のない場所にいたのね。本当、人に面倒かけて何処までも迷惑な女ね」
「別に探してくれと望んだ訳でもないのに、随分な言われようね。殺されたいのかしら、射命丸文」
「止めておきなさい。今の毒気抜かれた貴女じゃ、私は殺せっこないでしょ」
「…それで、何の用?心配せずとも、私はもう何もしないわよ。無論、レミリアにも手出しは…」

 幽香の言葉はそこで遮られることになる。
 文が空気を裂くように投げた何かを手で受け止めた為だ。投げつけられたモノが何かを確認すると、そこにあったのは手紙。
 真っ白な手紙に、子供っぽい字で『風見幽香様へ』と書かれた宛名。そして、封を止めるために貼られた蝙蝠印のシールのようなもの。
 怪訝そうに手紙を見つめる幽香に、文は気乗りしないとばかりに口を開く。

「招待状よ。レミリアから、貴女への」
「招待状…?」
「そう、パーティーの招待状。もうすぐレミリアの身体が完治して、フランドールも医者からOKサインが出そうだからね。
約束していたのよ。全てが終わったら、みんな無事に戻ってこれたら、盛大なお祝いをしようって。だから、その招待状」
「…貴女達、頭が狂ってるの?そのパーティーに私を呼んでどうするのよ。全ての元凶である私を」
「知らないわよ。文句ならレミリアに言って頂戴。ま、レミリアの気持ちもわからないでもないんだけどさ…」

 文の話を聞き、幽香は呆れを通り越して最早何の言葉も出てこない。
 他の誰でもなく幽香はレミリアやフランドールの命を奪おうとしたのだ。それなのにパーティーにお呼ばれとは一体どんな笑い話だ。
 話にならないとばかりに、幽香は受け取った招待状を破り捨てようと、その紙に手をかけたが――

「え?破るの?破るってことは不参加なの?ぷぷっ、逃げるんだ。貴女散々偉そうなことを言っておいて、レミリアから逃げるんだ?」
「…なんですって?」
「だって、レミリアから招待を受けておきながら辞退するっていうことは、つまりレミリアに会いたくないんでしょ?逃げるんでしょ?
うわ、格好悪…ださ、死んだほうがいいわよそれ。最強の妖怪ーとか誇り高き妖怪ーとか言っておいて、力を持たない小娘一人から逃げるんだ?
それはそれで面白いわね。リニューアルした文々。新聞の最初の記事は『チキン妖怪風見幽香!レミリアに怯えて逃げ惑う日々!』なんて良いかもしれないわね~」

 破り去ることが出来なかった。何故なら目の前で天狗の少女がこれでもかと幽香を煽り立ててくるのだ。
 トントンと幽香の周囲を回りながら、まるで『どんな気持ち?今どんな気持ち?』とでも問うようなウザさで幽香を馬鹿にしてくるのだ。
 やがて幽香は、手紙を破り捨てるのを諦め、息をついて招待状を懐へとしまう。それを確認して、文は笑みをこぼして幽香に声をかける。

「最初からそうしておけばいいのよ、ばーか。最も、記者の誇りとしてそんな三文記事なんて書くつもりは毛頭ないけど」
「…パーティーには有難く参加させて貰うと伝えておきなさい。当日には最高の鴉料理をふるまってあげるとも、ね」
「おお、怖い怖い。まあ、参加してくれるなら何よりよ。
…レミリア、貴女に会いたがっているからね。もう一度幽香に会って、ちゃんとお礼を言うんだって。本当、こんな奴に礼なんて必要ないのに」

 文の毒舌を気にすることなく受け流し、幽香はレミリアの招待の意図を探…ろうとして止めた。
 どうせあの頭からっぽの小娘は何も考えていないに違いない。天狗の言うように、本当にただ純粋に自分に礼を言う為だけに招待したのだろう。
 そんな結論を導き、幽香は呆れてため息をつくしか出来なかった。そして、話題を変えるように、幽香は文に尋ねかける。

「それで、貴女はいつからレミリア専属の郵便配達員になったのかしら?妖怪の山に戻らなくて良いの?」
「あやや…まあ、お察しの通りよ。貴女を倒す為に、レミリアの力に…妖怪の山以外の妖怪に手を貸しちゃったからね。
当然、妖怪の山には私の事がばれて追放決定。そんな訳で今の私は妖怪の山ではなく、紅魔館に住んでる紅魔館天狗って訳」
「後先のことを考えずに行動するからそうなるのよ。天狗のくせに保身に走らないからよ、間抜け」
「うっさいわね…いいのよ、私は私の信じる道を行っただけ。そこに後悔も何もないわ。
ま、幸いレミリアの傍は毎日が楽しくて居心地が良いからね。しばらくはこのままでも構わないと考えているわ。新聞を書くにも困らないしね」
「一度飼われてしまえば、動物は二度と野生に戻れないわ。せいぜい気をつけることね」
「うぐ…そうなったら、そうなったでレミリアに一生養って貰うし」
「呆れた覚悟ね、この寄生虫天狗」
「吠えてなさい、この宿なし妖怪」

 恐ろしい程に酷い言葉で詰りあうものの、二人の心に互いに対する憎悪など存在しない。
 文の幽香に対する怒りも、幽香がレミリアへの敗北を認めたことで大分解消されている。ただ、根っこの部分でどうしても
そりが合わないのか、顔を突き合わせれば現在のように泥沼の口論が始まってしまうのだが。
 やがて一通り罵倒してすっきりしたのか、文は身体を大空に翻し、最後に幽香に釘を刺しておく。

「それじゃ私は帰るけど…当日逃げるなよ?」
「誰が。下らぬ心配をする暇があるのなら、雪だるま式に増え続けるレミリアへの借りを返す算段でも立て始めたら?この居候」
「あが…す、少なくとも萃香様よりは働いてるわ!く…風見幽香、やっぱり貴女は私の天敵よ!」

 捨て台詞を残し、文は勝負は預けたとばかりに空へと消えていった。
 そんな文に幽香は仕方ないとばかりに息をつきながら、幽香は自分を巻き込むこのおかしな世界に笑みを零す。
 あれほどまでに憎んでいた世界。あれほどまでに消し去りたかった運命。けれど、今はそんな世界が運ぶ風が何故か心地よく感じる。
 一人の少女が運命を壊してくれた。一人の少女が奇跡を起こしてくれた。その結果生まれたこの未来を、幽香は嫌いではなかった。
 悪くない。それは風見幽香がようやく取り戻すことが出来た、運命から解放された日々。
 感謝しようとは思わない。けれど、結果は認めよう。自分を解放してくれたのは、他の誰でもなくレミリアなのだと。その事実だけを受け止めよう。
 そして胸を張って報告しよう。今は亡き大切な部下達に、情けない主の結末を語ろう。他力本願ではあったけれど――それでも願いは果たしたのだと。
 穏やかに微笑みながら、幽香はそっと言葉を紡ぐ。それはこの場に現れた人々に語りかけた言葉。

「鴉の次は死神と閻魔とは実に縁起の悪い。私を死に誘いにでも来たのかしら?」
「いんにゃ、四季様の得意科目はどちらかというとお説教…きゃん!」

 幽香の前に現れた人物達…四季映姫と小野塚小町に、幽香は少しも驚く様子もない。
 むしろ驚いたのは無駄口を叩こうとした刹那にお叱りを受けている小町の方かもしれない。
 そんな小町をおいて、映姫はこほんと小さく咳払いをした後に口を開く。

「風見幽香、今日は貴女に報告があって足を運びました」
「報告?ククッ、私の罪を裁きに来たの間違いではなくて?」
「貴女の罪を裁くのは、貴女が死んで後でのこと。それに罪を自覚しているのなら、償う道は今からでも遅くない」
「お説教をしに来たのなら帰りなさい。今の私は気分が良くてね、害するつもりなら容赦しないわよ」
「…先ほども言った通り、貴女に会いに来た理由は報告をする為です。
貴女が異界からこの世界に導いた異界の魂達、その全ての処遇が決まりました。
異界の魂ではありますが、魂に罪など在る筈もない。全てこちらで引き受け、他の魂達と同様に裁判にかけることにしました。
転生をするか成仏をするか、はたまた冥界にて待機となるかはまだ未定ですが…ね」
「…そう」
「これで貴女の世界の魂達は安息の時を迎えるでしょう。
貴女は罪科に囚われている妖怪ですが…今回の行動は善行に値する。貴女は幾万もの魂達を救ったのです」
「…私は自分が望むままに行動しただけよ。それ以上でもそれ以下でもないわ。そこに他人が価値をつけるなんて舐めた真似は許さない」

 つんけんと言い放つ幽香だが、彼女は自身の目的の一つが叶えられたことに安堵していた。
 この幻想郷に魂達を散布し導いたこと、その一番の理由はコレだった。迷える魂達、行き場を失った幽香の世界の住人達が、
今一度生を為すこと。この世界でもう一度やり直すこと。それが幽香の運命と対峙する以外の、もう一つの譲れぬ願いだった。
 誰かを救いたい訳ではない。ただ、許せなかった。自分同様、下らぬ運命如きに命運を左右された者達を放置することが。
 それはまるで運命の強大さを象徴するようで、己の無力さを突き付けられているようで。故に幽香は救うと決めた。この魂達に安らぎを。
 そんな幽香の心を知ってか、映姫はふっと笑みを零し、小町に口を開く。

「…帰りますよ、小町。私達の仕事は山ほど詰まっている、ましてや休みを取る為には仕事のペースを倍に引き上げなければいけません」
「うええ?レミリアのパーティーなら、仕事場に何も言わずに休んで参加しちゃえばいいじゃないですかって、あたたたたた!!!」
「小町、貴女が今異変で為したことは上司として咎めます。ですが、一人の貴女の友人としては心から貴女を誇りに思っています。
そんな私の心を踏みにじるような発言は控えなさい。今は只管仕事に励むこと、それが貴女に出来る役割よ」
「わかっ、分かりましたってば!頑張ります、誠心誠意仕事に励ませて頂きますってば!」

 耳を引っ張られながら、小町は必死に弁を並べ立てて何とか映姫に解放してもらう。
 何とか解放してもらった小町は、大袈裟に耳を撫でながら、先に歩いていく映姫の後ろをついていく。
 しかし、数歩歩いたところで足を止め、小町は後ろを振り返らぬまま、幽香に対して言葉を紡ぐ。

「良かったじゃないか、妖怪。確かにアンタの望む、阿修羅の生も充足の死も得られなかったのかもしれない。
けれど、こうしてアンタの望みは叶えられた。これは十分すぎるほどに喜んでいいことじゃないのかい?」
「死神如きが分かった風な口をきく。私の望みの一体何をお前が知っていると言うの」
「さて、ね。私は死に関係した仕事をしているから、ただ感じたままに口にするだけさ。
――風見幽香、アンタ、実は心の奥底で自分の敗北を望んでいたんだろ?誰かに打倒されることを、誰かに救われることを望んでいた。
アンタがその気になれば、この幻想郷でアンタに勝てる相手はいなかった筈なのに…頭の良いアンタが、お粗末な失態で敗北を喫した理由はそれしか考えられないがねえ」

 小町の問いに、幽香は言葉を返せない。その反応で十分だとばかりに、小町は再び足を進めてゆき、背後の幽香にひらひらと手を振って別れを告げた。
 二人が去って、太陽の畑に咲き誇る花々を見つめながら、幽香は己の心を振り返る。
 その気になれば、確かに勝てていた。レミリアがあの場面に訪れた時点で、己の全ての力を解放すればよかった。
 けれど、幽香はそれが出来なかった。運命に勝ちたいという条件も、あの時点でレミリアに対峙している点で満たしていた筈なのに。
 それなのに、幽香は時間を引き延ばした。最後の最後まで、幻想郷の住民達を試すように、戦い続け、その隙を突かれて敗北した。
 大妖怪の自惚れと言われてしまえばそれまでの話だが、幽香は幾度と天秤を一気に振り切るチャンスがあったのだ。けれど、その方法を
選ばなかった。レミリアの家族も、幽香はレミリアが現れるまで殺せなかった。結局これが何を意味するのか――その答えを導こうとしたときだ。

「――ちょっと貴女!一体誰に断ってこの場所に居座ってるのよ!ここは私のお気に入りの場所なのよ!?」

 風に流されるように耳に届いた言葉。それはどこか懐かしい響きが込められた声。
 閉じていた瞳を開き、幽香はそっと声の方向へ視線を向ける。そこには一人の小さな少女が腕を組んで立っていた。
 その少女に、幽香は一瞬驚きを示すが、やがて全てを理解したのか、くすりと微笑んで言葉を紡ぐ。

「あら?ここは誰かの土地という訳でもないでしょう?
それに私もこの場所を気に入っているの。そんな風に誰かに咎められる謂れなんてないわね」
「む…この場所を気に入るなんて、なかなか良いセンスをしてるわね。見る目あるじゃない。
だ・け・ど!ここは誰が何と言おうと私の場所なんだから、つべこべ言わずに出て行きなさい!」
「嫌だと言ったら?」

 首を小さく振って、幽香は過去を振り返るのを止める。もしもの未来、自分の心、そんなものは最早考えても何の意味も為さないから。
 運命の鎖から解放され、幽香は未来に生きることを選択した。愛した人々の分も、この世界で背負って生きることを決めた。
 今の彼女は真っ白なキャンパスだ。過去に積み重ねた力も技術も、今は未来という絵を描く為の道具に過ぎない。
 己に課せられた役割を終え、彼女に残されるはもう一人の自分の心残り。
 ――風見幽香は最強の妖怪。風見幽香は誰よりも誇り高き妖怪。
 そうだ。自分にはまだ目指すべき未来が在る。残された為すべきことがある。
 風見幽香は最強でなければならない。風見幽香は誰よりも誇り高く生きなければならない。優雅に、他者を圧倒する生き方を。
 自分の為すべきは風見幽香の生き様を他の者達に教えること。他の者達の心に刻みつけること。
 そして誇るのだ。今は亡き部下達に、今は亡きもう一人の私に、風見幽香は貴女達が誇るに値する妖怪であったと。

 だから、まず始めに目の前の少女に一から教えてあげないといけない。
 もう一度再会した私。もう一度高みを目指そうとする私。今度は自身に絶望しないように、今度は自身の未来を信じ続けられるように。
 そう、それはどこまでも強く。自分よりも、自分に打ち勝った吸血鬼の少女よりも、何処までも遠くに羽ばたけるように。
 幽香の言葉に、目の前の少女――緑髪で、強い意志を瞳に灯した妖怪の女の子は、力強く幽香に向けて宣誓した。


「どうしてもここに居たいのなら、仕方ないから私の部下にしてあげるわ!この私、最強の花妖怪――風見幽香のね!」


 二人の風見幽香が描き始める物語――それは何処までも真っ白なキャンパスが広がっていて。
 さあ、これから一体どのような未来を描いていこう。地に風に、幻想郷には予想もつかない希望の光が満ち溢れている。



















 早朝の永遠亭。その日は誰も彼もが忙しく、どたばたとあちらこちらに駆け巡る。
 その理由は、勿論お姫様に有り。本日開催される紅魔館でのパーティー、それは本当に久方ぶりのお祭り騒ぎ。
 だからこそ、面白きを大事にする姫様がとんでも発言をしてくれたのだ。曰く、折角のパーティーなのだからばっちり正装で決めないと、と。
 そういう訳で、今朝は誰も彼もが綺麗な衣装に大変身。輝夜は勿論のこと、永琳も鈴仙もてゐも例外なく和服美人に決まっている。
 ただ、そこに永遠亭までみんなを迎えにきた妹紅と慧音も巻き添えをくらって状況が更に面白おかしくなってしまう。
 特に妹紅が和服を着て、輝夜のテンションは最高潮だ。彼女を指さしてお腹を抱えて大笑いする始末である。

「あはははは!!何で似合ってるの!?なんで妹紅なのにそんなにも私の服が似合ってるの!?あはははははっ!!」
「笑うな!!一応これでも豪族の娘だったのよ、和服が似合って当たり前でしょ!?」
「やばい、妹紅がこんなに綺麗になるなんて、本当に最高よ!ちょっと妹紅、貴女私を笑い殺す気でしょう!?」
「だ、だから私は今更こんなの着たくなかったのよ!!もういい、脱ぐ!今すぐ脱ぐ!こんなの着るくらいなら裸で参加した方がマシよ!」
「まあまあ、落ち着け妹紅。輝夜は言い方こそアレだが、お前のことを褒めてくれてるんだから」
「何処が!?あれはただ私のことを良い笑い物にしてるだけじゃない!?」
「あー、もうおかし過ぎ!妹紅のあまりの綺麗さに涙が止まらないわよ!妹紅、これからはずっとその格好でいてよ!」
「~~!!泣かす!もう絶対泣かす!!マジ泣かす!!むしろ七回くらい泣かす!!」

 ぎゃあぎゃあと掴み合いを始めそうな程の大騒動に広がりつつある輝夜と妹紅のじゃれあいに、慧音も永琳も呆れるように息をつくだけ。
 一方てゐは心から満足そうに彼女達の騒乱を笑って観察している。面白きこそ彼女の正義なのだ。
 もう二人を止めることを諦めたのか、慧音は着なれぬ華やかな単衣を整えながら、永琳に言葉を紡ぐ。

「全く…今日は折角の目出度い日だというのに、この二人は少しも変わらないんだな」
「それも日常を取り戻した証拠と言われれば喜ぶべきなのかもしれないわね。
最も、輝夜は最初からこの未来を少しも疑っていなかったみたいだけれど」
「そうだな…情けない話だが、私は少し不安だった。それほどまでに風見幽香は恐ろしく強大な相手だった」
「そうね…けれど、終わってみれば幻想郷の平和は御覧の通り。レミリアには本当に感謝しているわ。
あの娘が頑張ったおかげで、私達の望む平穏がここに続いている」
「そんなセリフをレミリアに言うと、あの娘は絶対に嫌がると思うが。
これだけの奇跡を起こしておきながら、きっと申し訳なさそうにあの娘は自分の力じゃないと言うんだろうな」
「でしょうね。けれど、それもレミリアがみんなに好かれる魅力の一つでしょう?
私としては、もう少し自分に自信を持っても良いと思うけれど…まあ、そこは言わずにおきましょうか。
今はこの穏やかな日々が続くことを喜びましょう」
「…だな。私達は誰一人欠けずこの世界に存在している。それだけで十分過ぎる結果だ」

 今回の異変を振り返り、慧音と永琳は互いに笑顔を浮かべて微笑みあう。
 そして、慧音はふと永遠亭の主要人物が一人この場に欠けていることに気づき、永琳に尋ねかける。

「そういえば、鈴仙はどうしたんだ?あの娘もこの後、紅魔館に向かうんだろう?」
「フフッ、あの娘なら攫われちゃったわ」
「攫われた?誰に?」
「あの娘の新しい絆――この幻想郷で出来た、新しいお友達に」
「ああ、成程…連中なら、気が合うに違いない。それにしても嬉しそうだな、永琳」
「ええ、嬉しいわ。あの娘が私達以外の者と交わろうと一歩を踏み出している…それは本当に大きな一歩だから」
「連中は容赦が無いから、随分と厳しく鍛えられそうだな」
「それくらいでないと困るわ。鈴仙もいずれは私達を自分からリードしてくれるくらいに成長してもらわないとね」
「おーおー、お師匠様も随分と鈴仙ちゃんを買ってくれてるねえ」
「強くなって貰いたいのよ。鈴仙にも、咲夜にも…ね」

 そう言って優しく微笑む永琳に、てゐは『この親馬鹿』というような笑みを浮かべて笑うだけ。
 やがて、時間が近づいたのか、輝夜と妹紅は口論を止めて、一時休戦とばかりに互いに言葉を紡ぐ。

「妹紅を弄るのも飽きてきたし…そろそろ向かいましょうか。私達の王子様主催パーティーに」
「王子様って…どちらかというと、レミリアはお姫様役じゃないの?」
「あら、妹紅ったら本当に馬鹿ね。レミリアは誰よりも王子様よ、あんな素敵な英雄は他にいないわ。
それに、私というお姫様が存在するのに、お姫様は二人も要らないわ」
「えーえー、そうですね。アンタは何処までも世界で一番お姫様よ。
それじゃ、向かうとしましょうか。どんな顔してパーティーを開催するのか、あのお嬢様に期待して」
「賭けてみる?レミリアが一体どんな顔でパーティーを開くかを」
「馬鹿、どうせ答えは一緒でしょ。そんなの賭けにもならないわよ」

 輝夜と妹紅は互いに顔を見合わせ、少女を想像して互いに微笑みあう。
 レミリアがどんな顔をして自分達を迎えるのか、そんなものは予想するだけ無駄だろう。
 ――どんな困難をも乗り越えた私達の英雄は、いつだって誰より幸せに満ちた笑顔で私達を迎えてくれる筈だから。























 招待された人々は集い、盛大なお祭り騒ぎはここに始まりの合図を告げる。


 レミリアの挨拶を皮切りに、用意された飲み物、食べ物が次から次へと消費されて飲めや歌えやの大騒ぎ。
 会場に用意された手料理はレミリアや咲夜が作ったものから、各自が持ち寄ったものまで多種多様に揃えられ、
お酒に至ってはこの場の誰もが自分のとっておきのお酒を持ち寄る程の大きな宴。もしかしたら、この場に集まる人々が過去に一度も
経験したこと無いくらい、それほどまでに大きな宴かもしれない。
 その宴の会場の中で、アルコールを一気に煽る少女と、延々と説教を受け続ける少女がいた。博麗霊夢と十六夜咲夜である。

「だからね!事情は耳が痛くなるほどに聞いたけれど、私達に音沙汰無しってところがムカつくのよ!聞いてるのアンタ!?」
「聞いてるわよ、しっかり一言一句聞き逃さずこうして説教を受け入れているじゃない。今の私の何処に貴女から更なる叱りを受ける要素があるのかしら」
「そのムカつく態度が気に食わないっつってんのよ!レミリアは他の連中も言いたいことあるだろうから、解放してあげたけど
アンタはそう簡単に逃げられるとは思わないことね。そもそも、レミリアの記憶が失われたなら失われたで…」

 ガミガミと一方的に咲夜に叱りつける霊夢と、それを甘んじて受け入れる咲夜。
 そんな二人を見て、傍にいた妖夢は苦笑を浮かべながらも小声でアリスに尋ねかける。

「えっと…これ、止めなくていいの?」
「いいのよ、二人とも素直になれない照れ隠しなだけだから。
霊夢も咲夜も、こうして久しぶりに真正面から話が出来るのが嬉しいのよ。何だかんだいって、互いに認め合ってるものね」
「う~ん…互いに認め合ってるのは分かるけど、段々言葉がヒートアップしてきてるような…」
「だから私に黙ってたのが許せないっつってんでしょうがクソメイド!!」
「だからそのことは何度も謝罪しているでしょう?いい加減同じ説教をくどくどとしつこいのよ、単細胞巫女」

 熱を帯びてくる二人のディスカッションに、妖夢は『これも日常…なのかなあ』と首を傾げつつもとりあえず納得する。
 そして、手に持つお酒を少しずつ喉に通しながら、妖夢はしみじみと過去を振り返りながら口を開く。

「でも…本当に良かった。みんながこうしてまた集まれて、一緒にお祭り騒ぎが出来て…本当に、良かった」
「あら、この未来を実現したのはみんなの力、そして妖夢、貴女の力のおかげでもあるのよ?それを他人事のように言うのは…」
「うん、霊夢にまた怒られちゃうね。今回は私もちゃんと胸を張ってるよ。
私はちゃんとみんなの力になることが出来た…レミリアさんの未来を築く一振りの刀となることが出来た。その結果は、本当に誇らしいから」
「それが分かっているなら良いわ。この未来はみんなの力で築き上げた未来…幽香が取り戻そうとした私達の夢見た日常」
「アリス?」
「…なんでもないわ。それよりも妖夢、お酒が減ってるじゃない。注いであげるから」
「ありがとう、アリス。それじゃお言葉に甘えて…」

 妖夢が差し出した酒枡に、アリスはテーブルの上に置かれていたお酒を溢れぬように注いでいく。
 そして、並々と注がれたお酒を、妖夢が口まで運ぼうとしたその時だ。気を完全に緩めていた妖夢の背中に誰から抱きつき、驚く妖夢から
お酒をさっと受け取り、遠慮なく自分の口元に運んで流しこんでゆく。
 あー!という妖夢の声と、アリスの呆れるように冷たい視線。そんな二者の反応を気にすることなく、お酒泥棒の犯人――霧雨魔理沙は
注がれていたお酒を全て一気に飲み干した後で、二人に輝く笑顔で言葉を紡ぐ。

「いいお酒だ!うん、今日も元気だお酒が美味い!いやあ、妖夢、ご馳走様」
「魔理沙~…お酒が飲みたいなら、その辺に沢山あるでしょ?どうして私のお酒を飲むかなあ…」
「妖夢は実に馬鹿だな。人から注いで貰ったお酒を飲むのが美味しいんじゃないか!自分で注いだ酒なんかとは比べ物にならないんだぜ?」
「もう…言ってくれたら、お酒くらい私が幾らでも注ぐから…って、にゃー!?な、何で人の耳たぶ噛んでるの!?」
「いや、妖夢があまりに健気なことを言うもので虐めたくなった。ワザとやった、反省はしていない」
「あ、アリス助けてええ!魔理沙が、魔理沙が変だよ!」
「元からでしょ。それに妖夢、酔っ払いの相手をまともにしようとする貴女も悪いわ。こんなの適当にあしらっておけばいいの」
「酷っ!まあ、妖夢を弄り過ぎて嫌われるのも嫌だし、この辺にしておくか」

 妖夢から離れ、魔理沙は悪かった悪かったと軽く謝りながら、自分が飲んでしまった分のお酒を妖夢の酒枡に注ぎなおす。
 こういうアフターケアをきっちりする辺りが、魔理沙が破天荒ながら他人に嫌われない所以なのだろう。そんな憎めない魔理沙に、
妖夢は仕方ないとばかりに肩を落としながらも、魔理沙からしっかりとお酒を受け取る。
 突然割り込むように登場した魔理沙に、アリスは呆れるような視線を維持したまま少女に尋ねかける。

「それで、いきなり消えたと思ったら、今度は何処に行っていたの?」
「いや、本当はレミリアの奴でも引っ張ってこようかと思ってたんだが、さっきは霊夢に捕まってて、今は幽香の奴に捕まっててな。
それで代わりと言っちゃなんだが、ここで私達『魔理沙さんと愉快な仲間達』チームに新たなニューフェイスが誕生するのを発表しようかと」
「え、あれ、私達何時の間にそんなチームに参加してたの?」
「おいおい、自覚無しとは困るぜ副団長。リーダーは私、弄られ役兼副団長は妖夢って決めてたじゃないか」
「何で私が副団長!?いや、むしろ何で副団長がおまけになってるの!?そもそも弄られ役なんて役職与えられてたの!?」
「打てば響く妖夢さんは放置するとして、それでは新メンバーの紹介だ。こいつが私達の期待の新星、鈴仙・エヴァンジェリン・イナバだ!」
「鈴仙・優曇華院・イナバよ!というか何で私がここに連れてこられているのよ…朝から魔理沙に拉致されて宴会の準備を手伝わされたと思ったら…」

 魔理沙の紹介と同時に、和服姿の鈴仙が渋々という形で姿を現す。
 そんな鈴仙の姿に、瞬時に同族の匂いを嗅ぎ取ったのか、アリスと妖夢は優しい瞳を向けて鈴仙の肩をそっと叩く。
 何の行動かさっぱり分からない鈴仙は、うろたえながら二人に口を開く。

「え、ちょ、何この手は…というか、何よその生温かい憐れむような眼差しは…」
「新入団おめでとう。貴女もこの先散々苦労しそうね…胃薬は必要かしら?」
「な、何よ胃薬って!?いや、薬なら師匠で十分に間に合って…」
「大丈夫、最初は大変だけどすぐに慣れるから!最終的には『あ、私はこのポジションなんだ』って受け入れることが大事だから!」
「何その訳の分からない励ましは!?止めて!お願いだからその苛立たしい視線は止めて!」

 新たなる弄られポジション、しかも苦労人属性というアリスと妖夢の属性のどちらにも対応出来そうなゴールデンルーキーの未来に
二人は必死に慰めの言葉をかける。他の誰でもない魔理沙に目を付けられたのだ、この少女が逃れられる術はもう無いだろう。
 そんな気持ち悪い慰めを必死にかわしながら、鈴仙はふと霊夢と口論する咲夜の姿を見つける。そして、互いに何の遠慮もなく
言葉をぶつけあう姿に、霊夢がかつて咲夜の語っていた友人だとあたりを付けた。鈴仙の何気ない行動、それがいけなかった。
 喧嘩する二人に、鈴仙はとんでもない爆弾を放り込んでしまったのだから。

「ねえ、咲夜。もしかしてこの博麗の巫女が、貴女の言ってたお友達?」
「へ?」
「え…」

 鈴仙の言葉に、咲夜の時間が凍りつく。それは咲夜の永遠に隠しておきたい秘匿中の秘匿。
 だが、そんなことは鈴仙には何の関係も知る由もなく。当然のように鈴仙は続きの言葉を続けて紡いでいく。

「ほら、貴女が物凄く落ち込んで凹んでいたときに私と会話したでしょ?その時に言っていたじゃない。
私が貴女の大切な友達に似てるって。ええと、確か『厳しくて不躾で乱暴な言葉の中に、何より大切な言葉を捻じ込んでくる私のふざけたお友達』だっけ?」
「あ…あ…あ…」
「?どうしたのよ、咲夜。この人なんでしょ?貴女の…うーん、親友?は」

 予想すらしていなかった鈴仙の暴露のオンパレードに、咲夜は顔を真っ赤にしてパクパクと口を開閉するしか出来ない。
 そして、それを黙って聞いていた霊夢もまた顔を真っ赤に染め、何とか捻り出すように言葉を発する。それは少女の最大限の照れ隠し。

「アンタ、そんなこと他人に言ってたの…おえ、キモ」

 霊夢の言葉、それが恐ろしい戦場の幕開けだった。
 沈黙を保ち続けていた咲夜だが、大きく息を吸い直し、冷静さを取り戻して霊夢に言葉を返す。

「何を言っているの?私がそんな台詞を言う訳ないでしょう?」
「は?何言ってるのよ、現にそこの鈴仙って奴が…」
「言ってないわよ?言ってないわよね、鈴仙?」
「え、いや、言って…ない!全然言ってないわね、うん!」

 勇気を持っていた筈だった。レミリアに負けない勇気を鈴仙は手にした筈だった。
 だが、そんな鈴仙ですら目の前の咲夜の凍りつくような笑顔には勝てず。即座に白旗を上げて文字通り脱兎の勢いで意見を曲げる。
 何だかんだ言って、鈴仙も我が身が大切である。こんなとばっちりで痛い目にあうのは死んでもごめんなのだ。
 鈴仙の意見を味方につけ、咲夜は勝ち誇ったように微笑みながら、霊夢にズカズカと容赦のない言葉を並べる。

「鈴仙が言ってないとなると、貴女の勘違いということになるわね、霊夢?
何、もしかして貴女は私にそんな風に想われたかったの?残念だけど、私は貴女のことを諦めと頭の悪い巫女くらいにしか思ってなくてよ?」
「はあ?はああ?はあああああ?誰が、誰を想ってるって?馬鹿じゃない?マザコンが度を通り越して頭に蛆湧いてるんじゃない?
私だってアンタのことなんか乳離れ出来ない冷血メイドくらいにしか思ってないわよ。自惚れんじゃないわよ、ばーか」
「え、あ、な、何でこの二人いきなり喧嘩腰になってるのよ?ちょ、ちょっと誰か、この二人を止めなさいよ!?」

 一触即発の状態へとシフトしてしまった霊夢と咲夜、そしてそんな二人を初めて見る為か、どうしていいのか分からない鈴仙。
 だが、他の者達は我関せずとばかりに宴を楽しんでいる。最早あの妖夢ですら、二人の喧嘩の仲裁は完全に諦めている。
 そんな状態だから、完全に熱を帯びた霊夢と咲夜の二人に目をつけられるのは当然鈴仙な訳で。

「あったまきた!!いいわよ、久しぶりにやってやろうじゃない!!外に出なさい!ぎったんぎたんに叩きのめしてやるわ、このマザコンメイド!」
「ふん、貴女如きが私に届くとでも?久方ぶりに現実というものを教えてあげないといけないみたいね、この外道巫女」
「え、いや、あの、何で私まで外に連れて行かれてるのよ!?私関係ないでしょ!?この喧嘩に私何も関係ないでしょ!?」
「何言ってんのよ!このクソメイドをぼっこぼこにしたっていう証人が必要でしょ!アンタは審判よ!」
「そういうこと――ま、せいぜい誰より近くで情けなく咽び泣く巫女の姿を眺めているといいわ」
「いや、誰より近くって、それ絶対私巻き込まれ…だ、誰か助けてっ!魔理沙!アリス!妖夢!だ、誰かあああああ!!」

 ずるずると折角の綺麗な和服ごと引きずられていく鈴仙に、その場の誰もが手を合わせて合掌する。
 いいのかなあ、と被害を逃れて心配する余裕のある妖夢だが、魔理沙の『あれは私達の仲間になる為の通過儀式だ』などという
適当な嘘に乗せられて、仕方ないかと納得する。何より、テンションが上がっている二人の間には流石の妖夢も入りたくはないのだ。
 館の外へと出て行った三人を眺めながら、魔理沙はしみじみと他人事のように言葉を呟く。

「いやあ、ライバルって良い響きだな。ああやって互いに切磋琢磨しあい伸びていくんだよな。
久々に感動した。こうやって互いを認め合っていくのが昔の幻想郷なんだよな。今の新参は昔の幻想郷を知らないから困る」
「あくまで良い話に持っていこうとする貴女の精神構造には感心するばかりよ。ったく…鈴仙には後で謝らないとね」
「ま、これで鈴仙もあの二人の関係には割って入れないことが分かっただろうさ。ラブラブだもんな、あの二人」
「…あんな血みどろな愛情関係は私なら死んでも御免ね」
「あはは…右に同じ」
「ま、あいつ等もあいつ等なりにこのお祭りを楽しんでるってことさ。私達も負けじと楽しませて貰おうじゃないか。
何せ今日は私達の新たなスタートの日でもあるんだからな!」
「へえ、それは初耳ね。私達は一体何に向けてスタートを切るのかしら」
「そんなの決まってるだろ。私達がスタートを切るのは――」

 お酒を飲みながら、魔理沙は満面の笑みでアリスに力強く答える。
 私達がスタートを切るのは――私達が力を合わせて手にした、以前よりもずっと楽しく面白おかしき新たな未来へ、と。


















「これでよし…と。大丈夫よ、フランドール。おかしなところは何処もないわ」

 対面する少女の衣服を整え終え、パチュリーは満足そうに笑みを零す。
 そんなパチュリーの言葉がなかなか信じられないのか、フランドールは不安そうな瞳を美鈴の方へと向ける。
 だが、そんな少女の不安を一蹴するように、美鈴もまた笑顔でフランドールに言葉を紡ぐ。

「ええ、綺麗ですよ、フランお嬢様。緋色のドレスが良く似合っています」
「そうかな…お姉様、私の格好に笑ったりしないかな」
「しないわよ。むしろ貴女がお洒落してるという点で喜び過ぎて変になるかもしれないわね。最近のレミィのシスコン振りは目に余るから」
「そうですねえ。私達としましては、レミリアお嬢様の反応よりもフランお嬢様がレミリアお嬢様に引いてしまわないかが心配かも」
「引かないよ…でも、うん、ありがとう、二人とも。ちょっとだけ、自信が持てたよ」
「全く…レミィもそうだけど、貴女達は自分の容姿にもう少し自信を持ちなさいよ。
貴女達姉妹は何処に出しても恥ずかしくない美少女なんだから。ほら、勇気を出してレミィのところに行く。
あんまりのんびりしてると、また八雲の妖怪達にレミィを奪われちゃうわよ?」
「そ、それは駄目!うん、それじゃ行ってくる!ありがとう、パチュリー、美鈴!」

 頭を下げて姉の元へと駆けていった少女の後ろ姿を見つめながら、
パチュリーと美鈴は互いに顔を合わせて笑みを零す。それは何処までも穏やかで、優しい笑顔だった。

「本当、最近のあの娘はどんどん変わっていくわね…笑ったり不安がったり、まるで子供みたい」
「変わっていってるのではなく、取り戻しているんでしょうね。昔の頃の…冷酷を着飾る必要のなかった昔の姿を。
私達としては喜ばしい変化ですよ。あんなに幸せそうなフランお嬢様は今まで見たことありませんから」
「そうね…本当、私達は感謝しないといけないわね。この幸せを導いてくれた…」
「神にでも感謝しますか?」
「…止めておきましょう。この奇跡は神がもたらしたモノではなく、この場の全ての人達の力によるモノだもの。
感謝するなら、みんなに…そして、多くの人の力を一つにまとめあげた私達の敬愛するご主人様に…ね」
「そうですね…本当、誇りに思います。私はお嬢様に…レミリアお嬢様に出会えて、本当に良かった」
「私もよ。あの娘達に出会えた奇跡…それは誰にも譲れない私の何よりの宝物。こんな未来を歩くことが出来る私は誰よりも果報者だわ」

 感謝の言葉を紡ぎ合う二人だが、彼女達は決して忘れてはならない。この奇跡は彼女達の頑張りも大きく力になっているということに。
 最後の最後までパチュリーも美鈴も諦めなかった。パチュリーはフランドールを救う為に、叡智を結集して一つの術式を完成させた。
 美鈴はレミリアの帰還を信じ、レミリアと咲夜を守り続けた。その結果が、今日という奇跡につながっているのだ。
 だからこそ、彼女達は胸を張っていいだろう。紅魔館の主、レミリア・スカーレットの親友と守護者…彼女達はどこまでも主の望みを叶えたのだから。

「んー!それじゃ私も飲むとしますか!パチュリー様もどうですか?」
「私もすぐに向かうわ。私に構わず先に飲んでいて頂戴」
「了解しましたっと。よーし、今日は沢山飲むわよー!まずは魔法使いちゃん辺りに絡んでみようかしらね!」

 喜びを前面に押し出し、会場に向かっていく美鈴を見送り、パチュリーは視線を窓の外へと向ける。
 そこには雲一つない青空が何処までも広がっていて。何も遮るモノのない今ならば、少女の声は空に届くかもしれない。
 そう考え、パチュリーはそっと言葉を紡ぐ。それは彼女の敬愛した人々に送る最後の言葉。

「これでようやく紅魔館は全ての呪縛から解放される…私達の幸せを遮るものは何もないわ。
お父様、お母様、私達の今を見守って下さっているかしら。私達はもう大丈夫…私達の未来はきっと、幸せに満ち溢れているだろうから」

 そう言葉を結び、パチュリーは穏やかな笑顔を残して宴の中へと溶け込んでいった。
 彼女の父が、母が夢見た紅魔館の姿は今ここに。誰もが誇れる紅魔館――それは何処までも優しく、何処までも希望に満ちていて。



















「レミリアおねえさまっ!」

 ようやく会場で見つけた目的の人物に、フランドールは恥ずかしさを押し殺して名前を呼ぶ。
 そんなフランドールの呼びかけに、会場中をあっちにフラフラこっちにフラフラしていたお間抜けなお姫様は少女の方に身体を向ける。
 …ただ、真っ赤になった右頬と後頭部を必死に抑えながらという情けない姿だったけれど。

「お、お姉様…どうしたの、その頬っぺた。だ、大丈夫…?」
「全然大丈夫じゃない、大問題よ。
お酒が入ってる霊夢にこれまでのこと謝ってたら、反省が足りないって思いっきり抓られて…ううう、乙女の柔肌になんてことするのよ…
ばかばかばか、霊夢のばか…これでお嫁に行けなくなったらどう責任とってくれるのよ、うぐぐ…」
「お、お姉様…頬っぺただけじゃなくて、その、心なしか後頭部が膨れてるような…だ、大丈夫…?」
「全然大丈夫じゃない、大問題よ。
幽香が幽香そっくりの女の子を連れてきてたから『幽香って子持ちだったの!?』って言ったら思い切り拳骨くらって…
ううううう…頭が割れるように痛いいいいい…何よ何よ何よ、みんなして私が一体何をしたって言うのよ…あ、涙が…」

 涙を必死に目に溜めて己のへっぽこぶりを余すことなく露呈するレミリア。
 その余りの哀れさにフランドールは大きくため息をつく。色々と言いたかったこと、お話ししたかったことがあったのに、
目の前のお姉様はその真面目な空気を全て台無しにしてくれる。とりあえず応急処置的に治癒の力を姉に向けて使用していると、
レミリアは目をぱちぱちとさせてフランドールの方を見つめる。そんな姉の視線に驚き、フランドールは少しばかりびくりとしたものの、
すぐに紡がれたレミリアの言葉に、少女は言葉を失ってしまう。

「ドレス、凄く似合ってるわ。うん、とても可愛くて綺麗――流石は私の妹ね」
「あ…」

 優しく微笑み、フランドールの髪を撫でてくれる姉に、少女は何も言葉を紡げなくなる。
 言いたいことは沢山あったのに、伝えたい言葉は沢山あるのに、いつもいつもお姉様はこうだ。
 私がほしい言葉を、私が喜ぶ言葉を届けてくれる。その度に私の心は喜びに満ち溢れ、真っ白になってしまう。
 卑怯だ。お姉様は本当に卑怯だ。そんな想いからか、フランドールは顔を真っ赤にしたまま、ぎゅっと姉の手のひらを握り締める。
 それでフランドールの想いは伝わったのか、レミリアはそれ以上はいじめたりしない。ただ微笑んで、妹の存在を確かめるだけ。
 守りたいと思った少女。失いたくないと願った少女。その妹が、今も自分の傍でこうして存在してくれている。それだけで
レミリアは十分過ぎる程に幸せだから。言葉なんて要らない。ただ、フランドールが傍にいればいい。それだけでレミリアは幸せだったから。

 そして、互いに言葉を発することなく、騒がしき会場を手をつないで歩いていく。
 時に魔理沙に冷やかされ、時に輝夜に笑われて。沢山の人々に温かな騒乱と歓声を送られて、少女達は互いに微笑みあう。
 それは少女達の新たな門出。運命が許さなかった、二人の少女が素顔のままに生きること。それが今、誰にも咎められることなく許されている。
 少女達は打ち勝ったのだ。彼女達を縛る運命に、宿命に。幾度の壁を乗り越え、幾度の奇跡を育んで、多くの人々の手を取って、少女達はここまで歩いてきた。
 互いに笑いあう少女達、その表情に一点の曇りなど何処にあろう。全ての偽りの仮面を捨て、互いに互いを想い合う優しい日々が始まって。

「ねえ、フラン――貴女は今、幸せかしら?」
「お姉様ったら、本当に意地悪…こんなにも楽しくて、こんなにも嬉しくて、幸せじゃないなんて言う筈がないじゃない。
ありがとう、お姉様…私、本当に幸せだよ。私、これから先もお姉様と一緒にいられるんだよね…みんなと生きて良いんだよね…」
「お馬鹿ね、フランは。そんなの当たり前でしょう。たとえ嫌だと言っても、私は貴女の手を引いて貴女を未来へ連れていくわよ。
たとえ貴女がどんなに暗い地の底にいたとしても、私は絶対に貴女を連れ出してみせるわ。…勿論、みんなの力を借りてだけどね!」
「もう…お姉様、最後の一言は余計だよ。でも、ありがとう…私、信じてるから。お姉様がどんなときでも助けてくれること、信じてるから」
「ええ、信じなさいな。いい、フラン?貴女のお姉様はね…この幻想郷で最弱だけど、貴女の為ならどんな最強にだって負けないんだからね!」
「…ねえ、お姉様。私、お姉様にずっとずっと伝えたかったことがあるの」
「伝えたいこと?」
「うん…お姉様が記憶を失ってから、ずっと胸にしまっておいた言葉…あのね、お姉様、私ね、お姉様のことが…」
「はいはーい!!みなさんちゅーもーく!!この幻想郷兼紅魔館伝統のブンヤこと射命丸文にご注目をお願いしまーす!!」

 言葉を伝えようとしたフランドールだが、それは三度妨害されることになる。
 会場の中央で射命丸文が大声をあげて皆の注目を集めた為だ。文の声が会場に響き渡った訳だから、当然レミリアの意識はそっちに向けれられて。
 そのことに少しばかり不満を持つものの、フランドールもまた文の声に耳を傾ける。

「えー!こうして先の異変の関係者が無事全員参加して頂けたことに、まずは感謝いたします!ありがとーございましたー!
それでですねー!この皆様のお集まり頂いたことを記念いたしまして、ここいらで全員で記念撮影をしたいと思いますー!
ちなみにこの写真はなんと、『新・文々。新聞』の最初の記事に使われる予定でーす!ちなみに撮影拒否は認められませんー!報道の自由ですー!」

 文の恐ろしい程に自分勝手な説明に、その場の誰もが笑いながら野次を飛ばす。
 だが、どうやら記念撮影をすることだけはまとまったらしい。紅魔館の二階へ続く大階段の前で撮影することになり、みなに集まるように
文が指示を出す。そして、次第に階段付近に会場の全ての人間が集まっていく。人も妖怪も霊も月人も、種族などお構いなしにみんなが笑顔で集まって。

「お、押さないでよー!!ちょっと貴女達、どうせなら私をもっと中央に…」
「私達は小さいから前に決まってるでしょ!ほら、さっさと並ぶ!」
「後で天狗さんに写真貰って悪戯に使おうかな。うぷぷ、鈴仙なんか思いっきり引っかかってくれそうだし」

 リグルが、ミスティアが、てゐが騒がしくも並んでいく。
 彼女達は力こそ強大ではないけれど、奇跡を紡ぐ為に決して欠かすことの出来なかった大切な力だった。

「写真って中央に移ると早死にするっていうわよね。という訳で妹紅、GO!」
「GO!じゃないわよ!!大体私がそんなことで死ねるか!!そんなに言うならアンタが中央で映りなさいよ!」
「お前達は最後まで喧嘩しないと気が済まないのか…最後くらいは笑顔で映らないか」
「言うだけ無駄でしょう。さ、二人は放置してさっさと並びましょうか」

 輝夜が、妹紅が、慧音が、永琳が場所をとっていく。
 永夜に出会った彼女達は、この運命を覆す為の決して消えぬ炎となった。不死鳥となりて、レミリアを支え続けた。

「大丈夫かしら?私が映ると文字通り心霊写真になってしまうけれど」
「いや、幽々子様がおっしゃると洒落になりませんから…って紫様!人の尻尾で遊ばないで下さい!」
「まあまあ、いいじゃないの。私から貴女へ代替わりしましたというアピールを込めて、よ」
「にゃはは、良いねえ、実に良い!この騒がしくも希望に満ち溢れたお祭り騒ぎ、これこそ私が待ち望んでいた未来さね!」

 幽々子が、藍が、紫が、萃香が悠然とカメラの前に佇んでいく。
 大妖怪と謳われる彼女達が手を貸したこと、それはレミリアの何より大きな原動力となっていた。奇跡へ続く道の、大きな武器となって。

「小町、その…私はこの位置で写真にちゃんと収まるでしょうか」
「ああ、大丈夫でしょ。何なら私が肩車してあげましょうか…って、きゃん!!なんでさ!?」
「な、何よこの狭苦しさ!ちょっとゆーか!私を抱えてくれないと、私絶対映れないじゃない!」
「別に映れずとも問題無いでしょう?…冗談よ、鬱陶しいから泣くの止めなさい。ほら、抱き抱えてあげるから」

 映姫が、小町が、そして幽香と新たに出会えたもう一人の彼女が順に入っていく。
 彼女達は見定める者、そして運命に挑んだ者と異なる立場にありながら、それでも最後は奇跡を成し遂げる一役を担ってみせた。

「ちょ、押すなってば!痛い痛い痛い痛い…痛いっつってんでしょーが!!どこのどいつよ私を押してるのはー!!」
「それも私だ。…って、ジョーク!!私じゃないってマジでマジで!犯人は妖夢だ!謎は全て解けた!」
「えええええ!?いやいやいやいやいやいや!!私何もしてないから!
って、あああ!?お願いだから霊夢、私の半霊を締め上げるのは止めてー!」
「…貴女、よくこんな濃い連中を今までまとめてたわね。本当、同情するわ…」
「止めて!お願いだから同情の言葉をかけるのは止めて!もう胃薬を一気飲みする生活は嫌なのよ…というか文!貴女は入らないの!?」
「あやや、ご心配なくー!自動シャッターモードがありますので、私もちゃんと入りますよー!」

 霊夢が、魔理沙が、妖夢が、鈴仙が、アリスが、そして文が騒動を起こしながら我先にと押し合っていく。
 彼女達はレミリアにとって掛け替えのない友であり絆であった。彼女達がいたから、レミリアは未来を切り開くことが出来たのだ。

「そうだ!折角だからこの写真を拡大して紅魔館に末永く飾りましょうよパチュリー様!これは凄く良い記念になりますし!」
「そうね、それも悪くないかもね。ほら咲夜、何を遠慮しているのよ。貴女は二人の傍に近寄りなさい」
「は、はい!それでは失礼します…」

 美鈴が、パチュリーが、咲夜が幸せに包まれながら主の横に並んでいく。
 彼女達は誰よりも姉妹を支え続けた。どんなときでも二人の為に走り続けてくれた少女達は、これから続いていく未来でも必ず姉妹の力となり続けるだろう。

 多くの人々の集まるその中央、当然そこが姉妹の位置だった。
 沢山の人に囲まれ、少女達は笑顔を絶やさない。それは心からの幸せを祝う為。それは心からみんなに感謝を告げる為。
 彼女達の導いた奇跡は多くの人々に支えられていた。この場の誰一人として欠けることを許されなかった、そんなか細い可能性を追った上の奇跡だった。
 もしかしたら、こんな幸せな未来は一歩間違えば紡げなかったかもしれない。
 もしかしたら、このような温かな日常は二度と過ごせなかったのかもしれない。
 けれど、少女達は決して未来を諦めなかった。少女達は幸福な結末だけを信じて足掻き続けた。
 その結果が皆の笑顔。その結果が今の幸福。誰もが笑い幸せの中で迎えられた世界。

 感謝を。全ての人に、全ての奇跡に。
 心の中で何度もそうフランドールは祈りを込めて、文の用意したカメラに視線を送る。

「それじゃータイマー押しますよー!ボタンを押して三秒後に撮影ですからねー!よーい、どんっ!」

 カメラのタイマーをセットし、文は慌てて皆の集団の中に飛び込んでいく。
 カメラのシャッターが切られるまで残り三秒。その中でフランドールは最後の最後に悪戯を思いつく。
 今の今まで多くのことに妨害され続けたのだ。このチャンスを利用しても、決して罰はあたらないだろうと笑みを浮かべて。

 それは、少女がずっとずっと愛する姉に伝えたかった言葉。
 それは、少女が何時か伝えようと夢見続けていた奇跡。

 シャッターが切られるまで、残り一秒。
 これまで押し殺してきた感情を解き放つように、フランドールはレミリアに抱きついて想いを告げた。
 その笑顔は何処までも幸福に満ちていて――それは世界の誰よりも綺麗な笑顔で。
















「――お姉様、大好きっ!!」














 それは世界で一番シンプルな言葉。

 誰かを好きだという想い――それはどんな奇跡をも導く為の、この世界の誰にでも出来る魔法の呪文。

 フランドールの特別な魔法に、レミリアもまた微笑んで返すのだ。世界に温かな奇跡を生む為の、そんな素敵な魔法の呪文を。



























 紅魔館は悪魔の棲む館。この館の住人はみんな嘘をついていました。


 妖怪も魔女も人間も吸血鬼も。この館の住人は誰もが平然と嘘をついていました。


 だけどこの館に嘘をつく人はもう誰一人として存在しません。誰もが嘘を必要とせず、楽しく笑って過ごしています。


 みんなは嘘をつきません。それはきっと、彼女達にはもう『うそっこ』なんて必要ないと知ったからでしょう。













 互いが互いを想いあう『大好き』という気持ちを知ったから。


 嘘なんかなくても、彼女達は想いの導く奇跡によって幸せになれるから。


 だから彼女達は『うそっこ』を捨てて、みんなで手をつないで未来へ歩き始めたのです。














 これから先、うそっこをやめたおじょうさまは沢山の出来事に巻き込まれることでしょう。


 天人さんに振り回されたり、神様達に変に気に入られたり、望まずして月に向かわされたり、気づけば地底に放り込まれたり。


 きっときっとおじょうさまを取り巻く日常は静けさなんて訪れないことでしょう。


 でも、きっと大丈夫。おじょうさまは決して負けたりなんかしません。


 どんな出来ごとにも、少女は涙目ながら必死に乗り越えることでしょう。


 だって、おじょうさまは無敵だから。とても臆病で泣き虫で怖がりだけど、おじょうさまは誰かの為に頑張れる人だから。


 だから私達は安心しておじょうさまの物語を閉じるとしましょう。


 小さな小さなお姫様の英雄譚。その物語はここで終わるけれど、おじょうさまの未来は何処までも続いていきます。
















 大好きな人の為に。何処までも優しい未来の為に。







 今日も明日も明後日も。







 みんなの手をつないで、おじょうさまは日々を過ごしていくのです。







 それがおじょうさまの――小さな小さなお姫様が心から望んだ、誰にも譲れない大切な日々なのですから。



































    うそっこおぜうさま   

             【おしまい】









[13774] あとがき
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2011/03/25 02:23


 後書き





 これにて『うそっこおぜうさま』の物語は閉幕です。まずは最後までお読み下さった皆様に心から感謝を。

 SSはこれにて終わりですが、おぜうさまの物語は続いていくことでしょう。
 天子とか早苗さんとかさとりとか聖様とか、今まで以上の困難が沢山待っていることでしょう。
 でもおぜうのことですから、きっと涙目で頑張って乗り切ってくれると思います。多分、きっと、恐らく。
 ですので、おぜうはきっとどんな未来でも幸せに頑張れると思います。頑張れおぜう、負けるなおぜう。

 さて、こうして連載SSを書き終えてみて…本当、感謝の言葉以外思い浮かびません。
 こうして完結を迎えられたのは、一重に皆様のおかげです。皆様がずっと温かく励まし応援して下さったからこそ、私は最後まで走りきることが出来ました。

 うそっこおぜうさまをお読み下さった方、本当にありがとうございます。最後までお付き合い頂けて感謝の言葉もありません。
 物語を読み、感想を下さった方、本当にありがとうございます。皆様のご声援が最後まで私の原動力でした。
 誤字訂正にご協力下さった方、深く感謝申し上げます。皆様の助力のおかげで、SSがちゃんと形になりました。
 個人サイトにてこのSSを紹介して下さった方、心から感謝申し上げます。実はこっそり覗きまくっては感激に悶えてました。
 イラストを描いて下さった方、土下座する勢いで感謝いたします。描いて下さったイラストはしっかり保存して家宝にする所存です。
 その他、本当に数えきれない程の方に支えていただきまして…本当、私は果報者だと思います。レミリアに負けないくらい果報者です。
 そして、このようなSSを書く場を提供して頂いたArcadia管理人の舞様に、東方Projectの二次創作にあたるにおいて、
 上海アリス幻樂団様に深く感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

 最後になりますが、この物語は自分一人ではなく、皆様と共に力を合わせて作り上げた物語であると考えています。
 私一人の力では決してここまで来ることが出来なかった。皆様が後押しして下さったからこそ完結まで頑張れた。
 だから、この物語は私にとって皆様との絆であり思い出です。この経験、この熱い想いを決して忘れることなく、頑張っていこうと思います。

 では、本当に月並みの挨拶となりますが――ご愛読、本当にありがとうございました。
 『うそっこおぜうさま』を応援して下さった皆様に心より感謝をこめて。本当に、本当にありがとうございました!




 2011/3/25  にゃお











[13774] 人物紹介とかそういうのを簡単に
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201
Date: 2011/03/25 02:26
レミリア・スカーレット

主人公。紅魔館の主にして、最強の吸血鬼…じゃなかったりします。実は物凄く弱いです。
戦闘能力はスカウターでも計測不能らしいです(低い意味で)。今を生き残る為に、日々頑張ってハッタリかまして生きてます。
本人は平和に過ごしたいようですが、多分無理です。お嬢様は根っからのトラブル引き寄せ体質らしいです。
最近お気に入りの漫画は『0083~森の中のシルバーニアン・ファミリー』。好きなキャラはコウ・ウサギ少尉。ニュータイプよりオールドタイプ派。




フランドール・スカーレット

レミリアの妹。レミリアの妹なのに、ものすんごい化物です。本気で強いです。スカウター壊れちゃいます。
レミリアの前では性格の悪い妹ぶっていますが、その裏ではお姉様激ラブ娘。愛するお姉様の為なら妖怪の十匹や百匹平然と殺しちゃいます。
お姉様の名前を幻想郷に轟かせる為に、パチュリーと二人裏であれこれしてるらしいです。実は意外と策士さんなんです。
正直、お姉様以外の奴は割とどうでもいい感じなので、お姉様以外の人はあまり近づかない方がいいと思います。ときどき狂気入っちゃうんで。




十六夜咲夜

紅魔館唯一の人間にして、レミリア付きのメイド長。人間なのに死ぬほど強いです。スカウター爆破です。
まだ赤子の頃に、捨てられているのをレミリアが見つけ、我が子のように手塩をかけて育てた結果、こんな最強魔人になっちゃいました。
人間である自分を我が娘も同然のように育ててくれたレミリアを誰よりも敬愛し、レミリアの為なら死ぬことも躊躇わないらしいです。
最近は年頃ということもあり、レミリアのことを直接『母様』と呼ぶのが出来ないらしいです。瀟洒な恥ずかしがり屋さんなんです。




パチュリー・ノーレッジ

レミリアの親友にして、紅魔館のブレインと呼べる存在の魔法使い。マジで強いです。スカウター粉砕玉砕大喝采です。
レミリアのことが大好きで、ときどきレミリアに意地悪をしてるところをみると、実は子供っぽいところもあるんだなと思います。
ただし、やっぱりレミリアの為ならフラン同様、どんな悪事に手を染めることも厭わないので、凄く危険。極力近づいてはいけません。
魔法のレベルは本当に化物。遠距離の撃ち合いで彼女に勝てる人はそういません。将来は紅魔館の紫い悪魔なんて言われるかもしれません。おはなししようか。




紅美鈴

紅魔館を護る守護者。何の妖怪かはよく分かりません。泣きたいくらい強いです。スカウターあぼーんです。
紅魔館の特異な面々の中で、一番温厚な人で、優しい人です。言いかえるなら、紅魔館の唯一の良心。
でも、やっぱり戦闘となると別人のようになっちゃいます。近接戦闘で彼女を打倒出来る人なんているんでしょうか。
実は唯一のお嬢様の漫画趣味の良き理解者だったりします。ただ、美鈴さんは0083よりも08小隊の方が好きなんだそうです。どうでもいいです。




八雲紫

幻想郷の管理者にして母。隙間妖怪さんです。最強強いです。最強強いって何ですか、意味が分かりません。スカウター?自信無くして早退しました。
実力が無いにも関わらず、紅魔館の面々に愛されているレミリアさんに最近熱中夢中アイウォンチュー。ハッピーバースデー、いいですねー。
昔、レミリアのお父様を余裕でフルボッコにしたくらいの力を持っています。そこに痺れる憧れる、誰が何と言おうと彼女は最強です。
彼女はレミリアを気に入っているので、猫可愛がりしてますが、レミリアは紫が怖いのでいつもガクブルです。おお、こわいこわい。でも、かわいいぜ…




博麗霊夢

楽園の素敵な巫女。博麗神社の巫女さんで異変解決の人。鬼強いです。霊夢最高や!スカウターなんか最初からいらんかったんや!
祖先から受け継いだ天賦の才を余すことなく発揮している、人類最強を咲夜さんと地で争う人。レミリアの強烈なトラウマ。
最近代替わりしたばかりなので、経験こそ少ないですが、彼女特有の直感と実力でビシバシ悪党を成敗していきます。パーイル・フォーメーション!
命の安全の為にレミリアは彼女と仲良くなることに必死ですが、彼女がレミリアにオちる日は来るんでしょうか。藤崎詩織以上の難易度だと思います、彼女。




霧雨魔理沙

普通の魔法使い。でも実力はあんまり普通じゃないみたいです。フリーダム強いです。スカウター?笑えば良いと思うよ。
紅霧異変では美鈴に足止めされていた為、レミリア様との出会いは異変後。そういう理由もあり、レミリア様は魔理沙相手には何のトラウマも
ないそうです。化物揃いの神社の中で、レミリア様の良き雑談相手。魔理沙もレミリア様の事を気に入っていて妹のように可愛がってる
みたいです。ただ、彼女のなのはさんばりの砲撃をお嬢様が見ると、多分泣いて『魔理沙!貴女も私を裏切ったのね!』と叫びそうです。




魂魄妖夢

白玉楼の庭師兼、剣の指南役。二刀流の剣士さん。ダイナミック強いです。スカウター「お断りします( ゚ω゚ )」
お嬢様の噂話を聞いて、お嬢様に憧れて、お嬢様に出会って恋に落ち…てはないです。でも、そんな唯一ともいえるテンプレ勘違いキャラかもしれません。
剣の実力は確かで、近接~中距離のレンジは彼女のモノ。悪・即・斬の精神を大事にしつつ我が剣に断てぬもの…あんまり無し!
原作に比べてキャラが若干柔らかいのは仕様です。妖夢=良い娘のイメージはどうも自分の中で固定されてるみたいです。ツンツン妖夢派の人、ごめんなさい。




西行寺幽々子

冥界に住む白玉楼、西行寺家のお嬢様にして冥界の幽霊管理人。強過ぎDEATH。スカウター先生の次回作にご期待下さい。
レミリアに怖い人は誰と聞くと、名前に上がる三人のうちの一人。霊夢、紫、幽々子の三人揃って三倍満、レミリアはもうハコってます。
最初に紫にレミリアの噂を聞いたときは半信半疑だったんですが、実物を見て一気に興味が湧いちゃったらしいです。ご愁傷様です。
レベル1デスの使い手、最強の青魔道士です。レミリアの中で同性愛者&ペドフィリア疑惑かかってますが、当然そんなことはありませんです。




アリス・マーガトロイド

魔法の森に住んでる七色人形遣い。人形を操る程度の能力を持つ魔法使いさん。クレバー強いです。スカウター「アリス!お前は俺のっ…」(ぼかーん)
春雪異変の際、魔法の森上空で殺し合い(に発展しそうな喧嘩)をしている霊夢と咲夜の仲裁をして、そのまま異変解決メンバーに加わった良い人。
本作品では原作妖々夢での魔理沙の立ち位置に立っちゃってます。そういう訳で魔理沙と絡んでません。永夜抄でコンビ組めるんでしょうか。不安です。
霊夢と咲夜の緩衝材になり続ける限り、彼女の気苦労は絶えそうにありませんね。多分、登場人物中で一位を争う常識人。言い換えると普通の人。




西行妖

白玉楼に植えられている妖怪桜。何度春が来ても咲く事はない不可思議な大桜。クレイジー強いです。スカウター「もう迷うな!!!とっとといけええええ!!!」
この木の地面には何者かが封ぜられていて、それを幽々子は…みたいな感動ストーリーがあるんですが、本編では一切関係ありません。微塵も関係ありません。
他の東方SSならばシリアスストーリーに花を添えるのですが、当作品ではただの変態触手桜です。幼い身体のれみりゃ様を触手であんなことやこんなことしてます。
正直、このSSを書く上でいつ児ポ法に引っかかるのか不安で仕方ありません。西行妖の触手プレイとか作者頭本気でぶっ壊れてるんじゃないでしょうか。




伊吹萃香

幻想郷では最早存在しないと言われていた種族、鬼の少女。もうそのまんま鬼強いです。スカウター「ああ、時間を稼ぐのはいいが――別に、アレから逃げてしまっても構わんのだろう?」
幻想郷で鬼社会を復活させようと思ったら、何か凄い魅力的な幼女が居てホイホイされたら、目的を忘れちゃってたお茶目さん。
ただ、その実力はまさに鬼の名に相応しく、SS内では咲夜→レミリア(これはノーカンかも)→霊夢、魔理沙、アリス、妖夢の三連戦を一人で勝ち抜いた強者。
強く書き過ぎたかと思ったけれど、原作では怒涛の七人抜きを達成してるので、そんなことはなかったり。公式チート。現在レミリアにぞっこんバーニンラブ。



リグル・ナイトバグ

蛍の妖怪、数千とも数万とも言われる種類の虫を操る蟲の女王。ざわ強いです。スカウター「私はネオスカウター 全ての強者 全ての存在 全ての記憶を忘れ そして 私も引き籠ろう 永遠に!!」
異変に紛れてフラフラ飛んでた人間をゲッチュしたと思ったら相手がフランちゃんだったという奇跡。不幸数値的にはレミリアとドッコイ。
凶悪極悪ステータスのフラン相手では分が悪く、当然のようにあぼーん。しかもトラウマつき。りぐるちゃんがかわいそうです。
フランが相手だったからこうなってしまったけれど、実はかなりの能力者なんです。リグルちゃんは強いんです。あとムシキング言うな。ムシクイーンも発売してくださいセガ。



ミスティア・ローレライ

夜雀の妖怪で歌で人を狂わせる恐ろしき妖怪。ウルトラソウル強いです。スカウター「へへっ…やっぱ俺って不可能を可能に…」
夜道にフラフラと飛んでいた人間を襲えたと思ったら相手は美鈴(HARD)+パチェ(HARD)+萃香(HELL)という素敵仕様。死にたい。
ただリグルちゃんとは違い、何故かレミィと料理友情パワーが芽生えてお友達に。ひいきはありません。優遇もありません。
彼女の最大の幸運は幽々子と出会わなかったことかも。柿崎役ですが勿論死んでません。どうでもいいですがリン・ミンメイと紅 美鈴って似てるかも。



上白沢慧音

ワーハクタクと呼ばれる知識と歴史の半獣。レガシーオブ強いです。スカウター「言われたよ…僕は投降しろって…」
人里を守るためにフランドールと戦い、重傷を負って永夜抄リタイアした不遇の方。でもリグルの五十倍見せ場があった気もします。
普段はレミリアたまの数少ないご友人。人里における彼女の数少ない話し相手です。あと美鈴と仲が良いとかなんとか。
説教くさいところもあるけれど、基本的に面倒見の良い人。多分SS内でアリスと一位争いをするであろう常識人。まともキャラ少ないです。



藤原妹紅

蓬莱の人の形、別名幻想郷の不死鳥。グゥレイトゥ強いです。スカウター「防弾チョッキを着ていれば即死じゃなかった」(キリッ)
慧音さんが戦線離脱したために急遽EXから三面ボスに配置替えされた人。三面でフジヤマヴォルケイノとかマジ勘弁。
お姫様も出てないのに、正直この方を出しちゃって大丈夫かなと思ったけれど、シナリオには何の問題も無く。
余談ですが、実は彼女人里で何回か美鈴とか咲夜とかとニアミスしてます。正式に会うのは異変時が初みたいだとか。どーでもいーですよ。




鈴仙・優曇華院・イナバ

狂気の赤眼を持つ玉兎。Dan Dan Dan 真っ直ぐ強いです。スカウター「お前が私の死か…それにしても随b」
レミリアに上手いこと乗せられて美鈴&パチュリーと二対一というとんでも弾幕バトルをしてしまった兎さん。レミリア的強者認定。
ツンデ霊夢がオちて(?)しまった今、幻想郷のツンデレ枠は鈴仙の双肩にかかってるとかいないとか。
個人的に主人公組に参加すると良いと思います。アリスの苦労人枠をサポートすること間違い無し。狂気、赤眼、オリジナル主人公スペックです。




因幡てゐ

永遠亭に住む幸福謀略なんでもござれな妖怪兎さん。つよきす強いです。スカウター「「「解放(リリース)!」」」(どかーん)
面白きを求め、師匠の命令をスルーして姫の計画に手を貸す悪戯うさぎさん。今が楽しければ全て良しの愛すべき体現者。
子供に見えて年齢はウン千歳とか素で合法ロリを突き抜ける少女。人が年をとるときは心が老いるときだって慧音が言ってた。
実は永夜抄編で重要な役を果たしたキーキャラ。彼女のフラグ無しだとおぜうデッドエンドでした。幸運マジぱねえっす。




八意永琳

永夜抄編のラスボスさん、月の頭脳、月の賢者。冗談無しに本当に強いです。スカウター「彼女の強さ?全部捕手(かぐや)に訊け!」
東方永夜抄→東方儚月抄と設定がどんどんどんどんチートに歯止めが掛からなくなってるスーパー超人さん。設定だけなら神をも屠れそうです。
チートの原作通り、パチェ&美鈴&フランを封殺する力を見せるが…『える、しっているか、ちーとをとめるのはしゅじんこうのとっけんなのだ』
異変中は悪者みたいになっちゃいましたが、普段はちゃんと良い人です。咲夜の上級職とかじゃありません。クラスチェンジとかしません。




蓬莱山輝夜

永遠と須臾の罪人、永遠の姫、そして永琳にラスボス押し付けた裏ボスさん。強過ぎじゃなイカ。スカウター「うん、それ無理」
戦闘は全て永琳に押し付けたので、異変中はれみりゃ様とラブラブとかしかしてないですが、それでもこちらは真カリスマ。純正本物お姫様です。
実力は勿論言うまでもなく。てゐ同様面白きを求め、その為なら回りを振り回すことも厭わない、おぜうの平穏粉砕キャラになります。
個人的に会話のテンポが魔理沙と同じくらいレミリアと噛み合うキャラです。姫がボケ、姫が突っ込みし、無限ループ、胃薬水で、流すは鈴仙。




射命丸文

幻想郷伝統のブンヤ、最も里に近い妖怪。の筈が、いつのまにかレミリアに最も近い妖怪に。強ししっかりしなさいです。スカウター「涙の数だけ強くなれるよ」
レミリア・スカーレットの記事を追いかけていた筈なのに、気づけばレミリアにホイホイされたおっちょこちょい天狗。かかったな、アホが!
戦闘面では流石の天狗、分身体とはいえ、一度風見幽香を撃退する程の実力者。何気に熱いキャラでした。男前天狗。
そんな男前天狗である筈なのに、気づけば家なし宿なし生活で紅魔館のお世話に。でもレミリアは幸せそうなのでいいんじゃないカナ。




八雲藍

策士の九尾、最強の妖獣。TSUYOIってローマ字で書くと凄く弱そう強いです。スカウター「勝てないんやな…悲劇やな」
実は登場は花映塚編より遥かに前だったりする人。でも、そのときはフランにあぼんされて出番まで至らず。不遇です。
そんな鬱憤を晴らすように、花映塚編では霊夢達をサポートしたり魔方陣を制御したりと八面六臂の大活躍。藍様の時代が来ました。
ただ、時代が来過ぎて、ゆかりんから八雲の管理人の仕事を全部押しつけられる羽目に。あ、前からなんであんまりかんけーね。




四季映姫・ヤマザナドゥ

地獄の最高裁判長。なんかもう冗談抜きでこの人に勝てる人いるのか強さです。スカウター「戦闘力を解放する…それだけはしないでくれ」
物凄く強くて偉い、しかもラスボス的カリスマを完全に備えた人物ですが、幽香りんの存在が不味かった。
気づけば幽香りんにラスボスの座を奪われて相対的に出番が減ってしまった人。その分、部下が良いところを沢山持っていたけれど。
きっと彼女がラスボスだったらシリアスじゃなくてコントになっていたと思います。うそつきレミリアえんまにせっきょうをうけるのまき。




小野塚小町

三途の水先案内人、戦闘派サボり死神。強っ、メンタンピンどらどらどらー。スカウター「俺は悪くねえ!!」
幽香と渡り合うわ、最後の最後の駄目押し役を担うわ、実は凄く美味しいとこどりな彼女。贔屓はありません。巨乳贔屓とかありません。
レミリアにお呼ばれしてないのに、最終決戦に参加して幽香に借りを返したりと男気に溢れた江戸っ子娘。カッコイイ系女子です。
基本さぼりーぬな彼女ですが、花映塚では凄く頑張りました。よってこれから先長い充電期間に入ることでしょう。こまっちゃん永遠に。




風見幽香

四季のフラワーマスター。もう正直強さとかで表せるレベルじゃありませんよね。スカウター「もう何も怖くない」
うそっこおぜうさまの物語を締めくくる最強最悪のラスボス。戦闘力インフレを引き起こした全ての元凶。
へたれみりゃを過大評価し過ぎて盛大に転んでしまったというちょっぴり天然なところもあります。だがそれがいい。
最終的に何故か一児の母に。嘘ですごめんなさい。そんなことを言うとレミリアのように拳骨で成敗成敗ごっどはんどすまーっしゅです。




スカウター

『二度と戦闘系SSなんか参加するか!俺は引退するぞジョジョー!』と叫んで何処かに去って行った。
彼としては学園物なんか平和で良いんじゃないかと考え、次の世界をネギまにするかFateにするか迷っている最中だとか。苛酷な運命からは逃げられない…!
最終的な戦績は1勝25敗。本当、最後の最後までお疲れさまでした。スカウター先生の次回作にご期待下さい。








[13774] 後日談 その1 ~紅魔館の新たな一歩~
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2011/05/29 22:24



 それは、小さな小さなお姫様の英雄譚。




 とてもとても臆病なおじょうさまが、勇気を振り絞って手に入れた未来。


 とてもとても泣き虫なおじょうさまが、みんなと一緒に掴んだ幸せ。


 それは何処までも続く果てなき道。みんなと共に、微笑みあって一緒に歩く永き旅路。


 うそっこなおじょうさまの物語は終わりを迎え、そこから先は記憶されない夢物語。


 一人の女の子と沢山の家族、友達が手をつなぎ合って笑いあう。そんな何気ない日常の夢物語。









 小さな小さなお姫様の英雄譚、その終わりを迎えた先の物語。


 それは世界を救うことも、世界を滅ぼすこともない、本当に本当にごく普通の女の子の物語なのかもしれません。


 歴史上の書物にはきっと掲載されないけれど、少女が何より望み手にした本当の幸せの物語。






 そんな夢の続きを、今は少しだけ紐解くことにいたしましょう。




 これは、何処にでもいるような、本当に泣き虫で臆病で弱虫で…

 それでも、大切なモノは何一つとして譲らなかった、とある一人の女の子の夢物語(アフターストーリー)。

























 紅魔館の一室に存在する大広間。
 その中央に用意された円卓、最後の椅子に私は腰を下ろす。
 そして他の席に座ったみんなを一瞥する。私からフラン、パチェ、咲夜、美鈴、萃香、文と時計回りに
ぐるりと一周する席順。みんなの準備が整ったことを確認して開会の言葉を告げる。

「気をつけ!礼!休むな!これから『第一回紅魔館最高委員会』を開催します!」

 私の開式の挨拶と同時に、咲夜がみんなに私が用意したペーパーを配布する。
 それを皆が受け取ったのを見届けて、私は再び言葉を紡ぐ。

「えー、それでは今回の会議は第一回ということもあり、みんなも勝手が分からないと思うけれど…」
「勝手どころか、そもそも私達は朝食時に『今日の夕方大広間に集合だから!』としかレミィに言われていない訳で」
「ですねえ。まあ、それはそれでこの時間を楽しみにしながら仕事に励めた訳ですが」

 私の台詞に、横からパチェや美鈴が次々に口を挟んでくる。
 …あれ?そうだっけ?私、何をするか話してなかったっけ?思いっきり首を傾げながら、私は隣のフランに視線を送る。
 私の視線に、フランは少し困ったように微笑みながらフルフルと小さく首を横に振る。…拙、私何も説明してなかったわ。
 配布する紙の作成を、咲夜に一緒に作るように頼んでたものだから、てっきりみんなに話したものだと思ってた。駄目じゃん、私。
 じと目で見てくるパチェの視線が痛い、痛すぎる。くっ、負けるもんか!私はこほんと咳払いを一つして、自分の失態を無かったことにすることにした。

「そ、それも当然よ!だって私、みんなにワザと秘密にしてたんだもん!
第一回の会議をするに当たり、ほら、やっぱり生の意見が訊きたかった訳で!事前に何を話すか知らせちゃうと、色々考えちゃうでしょ?だから…」
「だから?」
「…伝えるの忘れてました。本当にごめんなさい」
「よろしい」

 愛すべき親友の視線のプレッシャーに負け、あっさりとばたんきゅーする私。
 しかたないじゃないしかたないじゃない、パチェの視線が本当に冷たいんだもん。畜生、あれ絶対私虐めて楽しんでる顔よ。貴女はいつから幽香になったのよ。
 まあ、気を取り直して。私は改めてみんなの顔を見ながら、今回の集会について説明する。

「それでは改めて説明するわね。
みんなに集まって貰ったのは、他でもない紅魔館のこれからのことを一緒に話し合いたいのよ」
「紅魔館のこれから…ですか?」
「そうよ、美鈴。幽香の一件から今までの間、館の修復やら
フランのリハビリやら私の筋肉痛とか筋肉痛とか筋肉痛とか筋肉痛とかで落ち着いてお話出来なかったでしょう?」
「あやや、主にレミリアの筋肉痛の事情が妨げになってるわね」
「まさか他人の力を身体に通すことの弊害がこんな形で返ってくるとは思わなかったわ…むしろフランより私のが重傷ってどういうことよ。
フフッ、これこそ最弱の身体を持つ吸血鬼の宿命ね。とりあえず文、貴女が永遠亭に湿布を幾度と取りに行ってくれた優しさ、私は未来に語り継いでいこうと思う」
「いや、そんなこと語り継がれても…ゴシップ記者ならまだしも、湿布記者なんて嫌過ぎるわよ」

 本当に嫌そうに表情を顰める文。いや、でも、本当に文のおかげで大分楽になったのよ。
 あの日、フランを助ける為、私の身体を供給管替わりにしてみんなの力を大量に受け入れたんだけど、その反動が何故か筋肉痛。意味不明過ぎる。
 もうね、辛かった。本当に辛かった。一人で動けないどころかご飯も食べられないし。同じリハビリ仲間のフランにご飯を食べさせて貰っていた始末。
 永琳曰く『本来なら妖力方面の形の無い力に影響が出る筈なのに、どうして貴女は筋肉痛になるのか。本当に不思議な娘ね』なんて
不思議生物扱いされるし、お見舞いに来てくれた連中は一人残らず笑って帰るし。あれ、これ本気で泣いていいんじゃない?
 フランがものの三日で日常生活を送れるようになった中、私は美鈴や咲夜に日替わりで背負われる日々。…いや、もう忘れよう。こんな日々は忘れてしまおう。
 私は悲しい未来にグッデイグッバイマイフレンズして、話題を元に戻す。

「幽香の一件…ええい、まだるっこしいから幽香異変と呼ぶわね。
幽香異変の前と後で、私達の在り方は大きく変貌した…いいえ、違うわね。幽香異変だけじゃない。
紅霧異変から幽香異変までの間に、私達は本当に様々なことが変わってる筈よ」
「それは例えば私達かい?」
「そうよ。例えば、私達には大切な新しい家族が増えた。
萃香に文、二人は私の掛け替えのない大切な友にして、紅魔館の一員。二人のことを私達は言うまでも無く家族だと思ってるわ」
「あはは…なんか恥ずかしいわね、ただ居候してる身には勿体ない言葉と言うか」

 私の話に、文は少し照れているのか笑って言葉を返す。
 いや、萃香は前からだけど、文も紅魔館に住むようになってくれて私的には本当に嬉しい以外の言葉が無いわ。
 心の中で萃香と文に一礼して、私は話を続ける。

「変化は勿論、二人のことだけではないわ。以前から紅魔館に住んでいた私達自身にも大きな変化は沢山あった筈よ。
私にも、フランにも、パチェにも、咲夜にも、美鈴にも。みんなみんな以前とは大きく変わったものがある。そうでしょう?」
「そうだね…お姉様の言う通り、私は以前とは大きく変わった。ううん、生まれ変わることが出来たと言ってもいいのかもしれない。
お姉様とみんなのおかげで私は諦めていた生を…お姉様とみんなと歩むことの出来る未来を手に入れた。
お姉様に『大好き』だと伝えられる今を諦めずに済んだ。私にとって、この数年間は本当に…本当に、大きな変化だったよ」
「…そうね、フランドールに同じよ。私達はようやく『戒め』から解放された。
お父様や、お母様が望んだ紅魔館を取り戻すことが出来た。それは大きな変化…いいえ、新たな未来の始まりなのでしょうね」
「私は…私は人間としてではなく、吸血鬼としての生を選びました。これがきっと私にとって一番の大きな変化なのだと思います。
だけど、そのことに後悔はありません。私は人間としてではなく、妖怪として母様やみんなと一緒に生を歩きたい…これは私が望んだ変化なのですから」
「変化ですか…私はこの身体に流れる呪われた血を自身で認められるようになったことが変化なのかもしれませんね。
永きを憎んだこの龍人の在り方、それをレミリアお嬢様は受けいれて下さった。背中を押して下さったおかげで私は今の自分を誇ることが出来る」

 次々にみんなが口にする変化に、私はうんうんと頷いて肯定する。
 そうよ、たった二年そこらしか経っていない中で、私達はこんなにも変化が起きたのよ。むしろ激変と言ってもいいくらいなのかもしれない。
 満足げに喜ぶ私に、みんなの視線がいつの間にか私に集中する。あれ、何で?あ、そっか、私の変化言ってないか。
 こほんと小さく咳払いをし、私は胸を張ってみんなに自分の変化を告げる。

「私の変化は沢山沢山沢山あるわよ!まずフランと以前のような関係に戻ることが出来たこと!いいえ、以前以上の大好きな関係になれた!」
「お姉様…」
「言っていけば切りがないくらい変化してる!友達が沢山増えたこと!萃香と文という家族も増えたこと!
美鈴パチェ咲夜ともっともっと仲良くなれたこと!生まれて初めてお店を持つという経験が出来たこと!
この二年間で私の漫画コレクションが結構増えたこと!お菓子作りのレパートリーも少しずつ増えてること!
とにかく本当に多くの変化があるのよ!そう、この二年という歳月はこんなにも私達を変えてくれたのよ!
私はこの変化に感謝してる!みんなのことを心から大好きだって大切だって守りたいって言えるようになった今を私は誇るわ!だから!」
「だから?」
「私はみんなと一緒に手をつないで一歩目を踏み出したいの!
私を含め、生まれ変わった新しいみんなと一緒に、この幸せな未来への第一歩を!今日はその為の会議なのよ!」

 大好きな漫画の話を語るように、私は拳を握りしめて熱弁をふるう。
 そんな私に、みんなから送られる拍手達。ありがとうみんな!私の想いがなんとか伝わってくれたようで本当に嬉しいわ。
 過去の私達にサヨウナラ、こんにちは、新しい私達。言ってしまえば私達はNEW紅魔館。ブランニューハート、今ここから始まるのよ。
 みんなの拍手が鳴りやんだのを確認して、私は咲夜の方に視線を送る。司会進行役を務めてくれてる咲夜は、こくりと頷いてみんなに説明を始める。

「それではこれより『第一回紅魔館最高委員会』を行います。司会進行は私、咲夜・スカーレットが務めさせて頂きますわ」
「へえ、咲夜、アンタはその名を名乗るのかい?それがアンタの選んだ道か」
「はい、萃香様。母様とフラン様にお願いをして、了承を頂きました。
悩み考え…それでもやはり、私はこの道を望みます。私の選ぶ道は、いつまでもスカーレットと共に」
「そっか。うん、良い覚悟だ。レミリア、この娘を大切にしなよ」
「言われなくてもするわよっ!咲夜はいつまでも私の大切な娘なの!」

 萃香の茶化しに私はぷんぷんと反論する。それを見て微笑む咲夜。…まあ、咲夜が楽しそうなら萃香を許してあげるわ。
 でも、そうよね。咲夜は名実共に私の娘になったのよね。異変が終わって数日後だったかしら。咲夜が私達のところに来て、
スカーレットとなることを願い出た時はびっくりしたなあ。
 一応、私も『本当に良いの?本当の両親にいつの日か会ってから決めても遅くはないのよ?』と尋ねたんだけど、咲夜は
首を横に振って『私は何処までも母様の娘です。母様とフラン様の想いには感謝します…けれど、やはり私はこの道を選びたいです。
それに、私の選ぶこの道を…きっともう一人の母様も望んで下さっていると思いますから』と言われたのよね。
 はて、もう一人の母様って誰なんだろう。美鈴…は、咲夜にとってお姉さんなのよねえ。
 まあ、そんな訳で、咲夜の本気を受け入れた訳。咲夜・スカーレット…うん、咲夜、いつまでも一緒だからね。
お母さん、子離れ出来ない駄目吸血鬼だから覚悟しといてよね。妹離れも出来ない駄目駄目吸血鬼でもあるんだけど。

「それでは本日の会議の流れについて説明します。
まず初めに、母様より『紅魔館の主』についてお話頂きます。次に、『紅魔館の役職、役割』についての話し合いを。
そして『紅魔館住人の要望』として、皆様より意見を頂き、『質疑応答』を持って本日の会議を終了とさせて頂きます」
「咲夜!重要な項目が抜けてるわ!」
「…そうでした、大変失礼いたしました。
『質疑応答』の後、最後に母様より『重大発表』が行われるとのことです。以上ですが、ご質問がなければ早速会議に入りたいと思います」

 咲夜の流れるような聞きやすい声に、誰も口を挟むことは無い。
 そして、最初の会議項目である『紅魔館の主』について、私からみんなに説明をすることになる。
 小さく咳払いを一つして、私はみんなに再び話しかける。

「まず最初に決めておきたいのは『紅魔館の主』について。
これまでは唯のお飾りではあったけれど、私が務めていたわね。…本当にお飾りだけどね!粉飾し過ぎだってレベルだけどね!」
「そんな自虐的にならなくても…というか、紅魔館の主はレミリア以外にないでしょう?
それは新参の私だけの意見じゃなくて、この場のみんなの意見だと私は思ってるけれど」
「ありがとう、文。勿論、この場に来て今更『紅魔館の主なんか嫌じゃー!!全部フランに押し付けて私はケーキ屋さんになる!』なんて
言う訳がないでしょう。ええ、ええ、そんなこと、もう思えるような段階じゃないの」
「何その『以前は常に思ってました』感爆発の台詞は…」
「思ってたのよ!!そのときの私は記憶も無ければ、力が無いこともみんなに必死に隠してたから、
裏でフランやパチェが頑張ってくれてたことすら知らなかったのよ!?そんな私が紅魔館の主に祭り上げられたら、やることなんか一つしかないじゃない!
全てをフランに丸投げして逃亡!本当、一体何度決行を試みては失敗したことか…」
「本当よ。あのときは随分レミィに笑わせ…苦労させられたわ」
「笑わせられたって言った!今パチェ言い直したけど絶対笑わせられたって言ってた!
うぐぐ…ええい!過去のことはもういいってさっき言ったでしょ!大切なのは今!明日って今よ!信じれば夢かnow!
とにかく、紅魔館の主は私なの!私が一番なんだぞー!紅魔館の主だぞー!!さ、賛成の人は挙手!」

 ばんばんと机を叩いて議決を取ると、なんとか全員一致で私の再任が決定。
 良かったわ、これで不信任なんて出されたら、もう霊夢の家に転がり込んで泣き寝入り決定よ。安堵の息をつきながら、
私は気を取り直して話を続けていく。

「賛成してくれてありがとう。紅魔館の主は私が続けるとして、問題となるのは次の紅魔館の主のことね」
「次の主?」
「そうよ。私はこんなだし、お父様はフランに酷いことを沢山したマダオだけど、それでもスカーレットの血脈は別の意味を持ってる。
正直、私自身は微塵も興味無いけれど、脈々と続くスカーレットを絶やさせるのはよろしくないわ」
「それはつまり、レミリアに『もしも』があったときの為に、フランドールと咲夜のどちらかを次の主にってことかい?」
「そうそう!私だって『もしも』はまだ先のことだと思ってるけれど、それがいつになるのかは分からないでしょ?
だから、そういう意味でも私が主である間に、その辺りのことも決めておこうかと…」
「必要ない」
「へ?」
「そんなの、必要ないよ。お姉様に『もしも』なんて絶対にありえない。認めない」

 私の言葉に、変なプレッシャーを発しながら否定するフラン。こ、怖っ!フランが何か久々に怖い!!
 え、何、『もしも』があり得ないって何その全否定!?いやいやいやいやいやいや!!それちょっと酷くない!?
 た、確かに今すぐ『もしも』が出来るとは思わないわよ?で、でもそんなの分からないじゃない!チャンスがあれば私にだって…
 そんなことを考えてると、フランと同様に、咲夜も物凄いプレッシャーを発しながら私の言葉を否定する。

「フラン様に同じです。母様に『もしも』の時など絶対に訪れません」
「ぜ、絶対!?え、ちょ、ちょっと待って、幾らなんでも絶対はちょっと酷過ぎ…」
「お姉様?お姉様は私達をおいていかないよね?ずっと一緒だって約束してくれたものね?」
「はうっ!!!た、確かに約束したけど、でもでも、やっぱりそれと並行して女の子としての自分の幸せも、その…」
「安心して下さい。母様のことは私達が守ります。母様の身を脅かす魔の手、その一切を私達が排してみせますから」

 私に近づく人の一切を排除!?それは一体どんなレベルの嫌がらせよ!?
 酷い、酷過ぎる…私は思わず机の上に頭からがくりと崩れ落ちてしまった。
 うう、フランと咲夜がこんなに反対するんじゃ、私絶対無理じゃない。少女漫画みたいな展開なんて夢また夢物語じゃない。
 でも、まさかフラン達がこんなに強硬に反対するとは思わなかったわ。そんなにも『もしも』が嫌だったのかな…
 私も女の子だし、紅魔館の主を譲る『もしも』=『素敵な旦那様を見つけて入籍したとき』を少しくらい夢見たって…こ、こうなったら
なんとか旦那様に頭を下げて婿養子入りして貰うしか!あ、でも、なんかフラン達は相手を排除するとか…わ、私の恋人居ない歴は一体いつまで続くのよ…
 完全に心折れかけてる私に、変な方向に決意を固めてるフランと咲夜。そんな私達に、パチェが呆れるように言葉を紡ぐ。

「はあ…とりあえず、スカーレットの後継に関する点は私が素案をまとめておくわ。
ま、この件に関してはあまり深く考える必要もないと思うけれど」
「お願いパチェ…何とか二人を納得させて、私の女の子としての未来を…」
「はい、それでは次に移りたいと思います。続きまして『紅魔館の役職、役割』について母様の方より発表いたします」
「紅魔館の役職?それは私達にも与えられるの?」

 文の質問に、咲夜は軽く頷いて肯定の意を示す。
 そして、咲夜に代わり、私が文を始めとしたみんなに言葉の意図するところの説明を行う。

「役職とか役割とか言うと固く感じるけれど、砕いて言うなら紅魔館内でお願いしたいお仕事みたいな感じかしら?
ほら、文は以前言ってたでしょ?『お世話になるのは本当に感謝してるけど、何もしない状態が続くと申し訳ない』って。
私はそれでも全然問題ないと思うんだけど、やっぱり一緒に住むんだもの。折角なら気持よく毎日を過ごして欲しいじゃない。
だから、文の意見を汲んだ上で、みんなの紅魔館の役職というか仕事を一度整理してみようかなって」
「あやや、まさか私のそんな小さな意見まで聞いてくれるなんて。本当、ありがとうね、レミリア」
「いいのいいの、館に住むみんなの想いを大切にして汲みとるのも主の仕事だもん。
というか、それくらいしか私には出来ないけどね!間違っても二度と幽香みたいな天蓋妖怪とバトルしたりするもんか!嫌でござる!絶対に闘いたくないでござる!」
「言われなくとも戦わせないわよ。それじゃレミィ、発表の方をお願い」
「あ、うん。えっと、まあ私、レミリア・スカーレットは『紅魔館の当主兼月・水・金の食事当番』」
「食事当番…いや、レミリアがそれでいいなら、それでいいんだけど…館の主と食事当番を兼任する吸血鬼って、何か凄いわね…」
「いいじゃないか、レミリアの作る飯は美味いんだからさ」

 口々に話し合う文や萃香。いや、だって、私の『紅魔館当主』って立場、殆んどニートみたいなものだし…
 本当は毎日の食事当番とお掃除係も担当したかったんだけど、咲夜が絶対駄目って譲らなくて。別に私に譲ってくれてもいいのに。
 でも、何とか交渉の末に三日分の食事当番の座は手に入れたからね!料理の腕はお菓子作り以外咲夜に抜かれちゃったけど、これからは
逆にごぼう抜きよ!咲夜が吸血鬼になったことで、世界一の家庭的な吸血鬼の座は奪われちゃったからね。何としても奪還するわよ!
 迸る情熱を胸に秘めながら、私は次々にみんなのお仕事というか役割をお話ししてく。

「フランは『紅魔館の副当主』。副と言っても、権限や立場は当主のそれと考えてもらって構わないわ。
…というか、私が当主としての仕事何も出来ないからね!むしろ当主としての仕事はこれまでずっとフランがやってた訳で!
そういう訳でフラン、私は貴女が全てなの。頑張ってフラン、貴女がナンバーワンよ。貴女が真・当主、私がネオ・当主な感じで」
「えっと…ナンバーワンかどうかはともかく、うん、お姉様の為にしっかり頑張るわ」
「咲夜は以前の通り、『メイド兼レミリア護衛役』ね。咲夜には私が担当する日以外の料理や家事を行って貰うわ。
…でも、忙しい時は家事とか全部私に任せてくれていいからね?むしろ私に全部役割を遠慮なくくれてもいいのよ?」
「駄目ですよ、お嬢様。咲夜が困ってますから」
「くう…と、とにかく咲夜、今まで同様のお仕事だけど、本当によろしくね。特に私の護衛役をお願いね!私世界で一番弱いからね!?」
「勿論です。母様を守ることこそ私の役目、この役割だけは誰にも絶対に負けません」

 無様な私のお願いにも、真っ直ぐに答えてくれる咲夜。か、格好良い!!くそ、これで咲夜が男の子だったら間違いなく惚れてたわよ!
 本当にこんなに立派に成長して…お母さん、本当に感激。言うなれば貴女は私の騎士、守ってナイト、みつめてナイト。
 フランといい、咲夜といい、本当にこの娘達はどうしてここまで…そんな優しくしないでどんな顔すればいいの。
 このまま喜びに浸り続けたいんだけど、あんまりずっとそうしてるとパチェからまた冷たい視線が飛んできそうだから、この辺で切り上げておこう、うん。

「美鈴も今まで通り、『門番兼庭師』ね。門番と言うか、最近は本当に来客応対が主な仕事なんだけど、お願いね美鈴。
勿論、四六時中門前にいなくても大丈夫だからね?小まめな休憩と水分補給は大切だし、あまり無理だけは…」
「あはは、ありがとうございます。勿論、分かっていますよ。この館の門は私にお任せ下さいな。
紅魔館の門は私とレミリアお嬢様の大切な場所ですからね、駄目だと言われてもこの場所だけは譲れません」
「そう言って貰えると嬉しいわ。そして次にパチェなんだけど…あ、あのね、パチェ、少しだけ言いにくいんだけど、その…」
「…どうせ頭を使う系の仕事を全て私に回しているんでしょう?別に気にしないから、私の仕事を教えて頂戴」
「うう、ごめんねパチェ…パチェには『紅魔館の資産運営』とか管理とか諸々の頭脳仕事を全部お願いしたいの。
本当は私達も均等に割り振らなきゃって思ったんだけど…」
「いいわよ、以前から私が担当しているし、そんなに大変なことでもないから。
でも、そうね。折角レミィが自分の意思で紅魔館の主になったんだもの、その辺もゆっくり学んで貰おうかしらね」
「あ、あんまり厳しくしないでね?私本当にアホだから難しいことはあんまり頭に入らなくて…」
「大丈夫よ、厳しくなんてしないから。ゆっくり、一歩ずつ学んでいきましょう。そう、少しずつ…ね」

 パチェに将来の勉強の約束を取り交わしながら、私は次に萃香と文の方へと視線を向ける。
 そうすると、二人から返ってくるのは期待の視線。う…何でこんなに期待されてるのよ。
 これじゃまるで『レミリア・スカーレットはこの私をどんな風に使ってくれるのか』と期待してるみたいじゃない。いやいやいやいや!
私にそんな現場経営力なんて微塵もないから!私はそんな勝つ為の経営戦略なんて知らないから!
 二人の期待に思いっきり心の中で土下座をしながら、私は二人にお願いしたい仕事の話を続ける。

「まず萃香なんだけど、萃香には咲夜の鍛錬とフランのリハビリの手伝いをお願いしたいの」
「鍛錬とリハビリかい?」
「ええ、そうよ。これは咲夜とフラン、それぞれから希望があったから意見を取り入れてみたんだけどね。
まず咲夜の方は、幽香レベルの妖怪と戦う機会が欲しいらしくて。私にしてみれば考えるだけで土下座して逃げ出したいレベルの要求だけど。
次にフランの方は、病み上がりということで、ちょっと無理をしても自分の力を受け止められるくらいの相手と模擬戦をして
自分の力加減を調整したいんですって。えっと、これまた私からしてみれば全然理解出来そうにない戦闘民族な台詞にしか聞こえないんだけど」
「レミィ、貴女自分が弱いことを隠す必要がなくなってから、本当に素敵なまでにヘタレ台詞のオンパレードね」
「当たり前でしょう!もう『うそっこ』な私はあの日でお別れなの!今の私は自分の弱さを前面に押し出して生きていくことを決めてるのよ!
もし、また『自分は強いです』なんてうそっこしてトラブルに巻き込まれたらどうするの!?
どんなにヘタレと呼ばれようと、どんなに無様だと笑われようと、それでも…それでも守りたい世界があるんだ!!」
「か、格好良いのか悪いのか判断に困る台詞ね…レミリアってホントに『リア』と全然変わらないのね」
「にゃはは、まあ構わないだろ。レミリアがいざって時に誰より勇ある者ってのは分かってるんだから。
それより、咲夜とフランドールの手合わせだったね。良いよ、引き受けてやるよ」
「本当!?ありがとう、萃香!」
「いいっていいって。昔のこいつ等ならともかく、今のフランドールも咲夜も実に将来が楽しみな存在だからね。
それに、いつか来る日に備えて『同じ吸血鬼』相手に手合わせするのも悪くは無い。ま、私が二人をしっかり受け止めてやるさ」
「ありがとうございます、萃香様」
「ありがとう、萃香」
「ふふん、けれど覚悟しときなよ?鬼の扱きは厳しいよ。星熊の奴じゃないが、駄目になるまでついてきてもらおうか。
ところで、レミリアに文も一緒に鍛錬してみてはどうだい?アンタ達も私が容赦なく鍛えて…」
「「お断りします( ゚ω゚ )」」

 断 固 拒 否。萃香の言葉に、私と文は全身全霊を持ってお断りをする。
 このおバカ萃香!私はさっきトラブルに巻き込まれたくないって言ったばかりじゃない!私は安全に安全に毎日を過ごしたいのよ!
 それを毎日毎日萃香と鍛錬だなんて…もうあんな目になんて二度とあってたまるか!(※萃香の鬼退治参照)また骨折とかマジ勘弁!
 心の底から残念そうにしている萃香を見なかったことにして、最後の一人となった文にお仕事の内容を伝える。

「最後に文なんだけど、文にはお買いもの係をお願いしたいのよ。
以前までは咲夜のお仕事だったんだけど、咲夜の仕事が沢山増えてしまって、ちょっと一人では大変かなって」
「それに、今の紅魔館は私や萃香様と人数も大所帯になってきてるし、買い物の量も自然に増えそうね。
ええ、問題ないわ。なんだったら、買い物だけじゃなくて、手紙の郵送やちょっとした連絡係も引き受けるわよ?」
「いいの?でも、それだと今度は文が大変になっちゃいそうで」
「いいわよ、それくらい。館に住ませて貰ってるわ、凄く大きな一室与えて貰ってるわ、新聞づくりが好きに出来るわ、
おまけに給金まで出してくれるわ…これだけの待遇だもの、何もしない方が返って気にするのよ。
それに他ならぬレミリアの為なら、それくらいはね」
「ありがとう、文!それじゃ、文のお仕事にさっきの内容も加えさせて貰うわね」

 私の言葉に対応して、咲夜は手元の資料に文の仕事内容を書き足していく。
 本当、みんな申し訳なくなるくらい働き者ね。私は家事とかそういうのは大好きなんだけど、それ以外だと漫画読んだりして
ゴロゴロしてるだけだからなあ…だ、大丈夫。こんな私でもきっと貰ってくれる男の人は存在する筈だもん。
 でも、文への話が終わったので、これにてみんなの仕事の説明は終了。不満とか絶対あるだろうから、いつでも対応する気持ちで
臨んだんだけど、まさかの不満ゼロ。みんな本当に凄いわね…私は咲夜やフランと手合わせとか言われたら遺書書くわ絶対。
 役割や仕事の話が終わったことを確認し、咲夜は次の内容へと話を進める。次は確か、みんなの要望だっけ。

「続きまして、『紅魔館住人の要望』に移りたいと思います。
ここでは、紅魔館当主である母様がよりよき紅魔館生活を皆様に提供する為にも、皆様の要望をお聞きしたいとのことです」
「…という訳。やっぱり何事も日々改善が大事だからね、みんなの紅魔館生活での希望とか要望をどんどん取り入れていきたいと思うのよ。
家族として一緒に住むんだもの、やっぱりみんなが楽しく笑いあえる素敵なお家にしたいというのが私の気持ち」
「紅魔館って私の知る限りじゃ悪魔の棲む恐怖の館って呼ばれてたと思うんだけどね…」
「そんな館に誰がするかー!いい、文!これからの紅魔館は誰もがスマイルスマイル楽しいことならいっぱい夢見ることならめいっぱいの
幻想郷一の幸せハウスにすることが私の目標なのよ!間違っても血塗られてるとか悪魔が棲むとかそういうのとは無縁なの!」
「いや、確かに悪魔は住んでないけれど吸血鬼はしっかり住んでる訳で…」
「みんなで協力、みんなで幸せ!さあ、みんな!そんな私達の輝かしい未来の為に何か要望はないかしら!?
何でも良いのよ!?どんな希望提案千客万来ばっちこいよ!ただし萃香、貴女の『レミリアと戦いたい』は駄目!」
「にゃはは、今は我慢しておくよ。今は、ね」
「今はとか言うなああああ!!!お願いだからフランとの全開バトルぶつけあって燃え尽きて最高になって頂戴!」

 ぎゃあぎゃあと悲鳴をあげる私と笑う萃香。ううう、この娘絶対私との再戦を諦めてないじゃない!
 だ、大丈夫。萃香とのバトルは遠い遠い先の未来のことの筈だから。というか今の私が戦ったところで一体誰に勝てると言うのよ!
 今の私がどれだけスカーレットデビル(笑)なのかは萃香も知ってるでしょうに…そんな風に萃香と意見を交わし合っていると、
今まで沈黙を保っていたパチェの手がすっと上がる。おお、良いわよパチェ、何でも言って頂戴!

「私の個人的な要望…というか、報告なのだけれど。もう少ししたら、悪魔召喚および契約を取り交わそうと思ってるわ」
「悪魔召喚?え、何、どういう理由でまた悪魔召喚?」
「図書館の司書が欲しいのよ。これまでは図書館はレミィを、ひいては紅魔館を守る為の知識の貯蔵庫として活用していたけれど、
今のレミィや紅魔館にそれらはもう必要ないでしょう?フランドールと二人で暗躍をしたり計画を練ることもないわ。
だから、これからは本当の意味で自分の趣味の為に使っていこうと思ってる。その為にも、広大な図書館を管理する司書が欲しいのよ」
「司書ねえ…うん、パチェが良いなら良いと思うけれど、悪魔召喚でしょ?やっぱり悪魔って、その、悪魔なんでしょ?
大丈夫?いきなり私に襲いかかってきたりしない?喧嘩腰だったりしない?土下座すれば許してくれる許容力を持ってる?」
「大丈夫よ、お姉様。そんな悪魔はお姉様に触れる前にこの私が殺すから。肢体を引き裂いてゆっくり殺しつくしてあげるから」
「ふ、フラン…貴女そんな可愛い笑顔でそんな残酷な台詞を…と、とにかくパチェ、悪魔ってその、どんなのが来るの?
パチェのすることに反対なんてするつもりはないけれど、超残酷悪魔超人とか来られたら、本当に困るんだけど…」
「さあ、どんなのが来るかまでは分からないわね。媒体無しの私の魔力だけに依った悪魔召喚だから、術者の力量に依存した存在が来ると思うけれど」
「そ、そんなの絶対最強無敵悪魔たんが来るじゃない!?パチェって魔法使いでも世界で五指に入る実力者なんでしょ!?それを貴女…」

 そこまで考え、私は悪魔が来たときの妄想を高速演算でシミュレートする。
 きっとパチェの性別が女だから、女がくるでしょうね。そして性格は悪魔だから残忍狡猾、きっと他者を見下すような悪魔よ。
 どんな風に私に接してくるのかちょっと想像してみると…

(ええ?貴女が紅魔館の主なんですかあ?ぷぷっ、こんなちんちくりんなのが当主様(爆笑)とか死んで生まれ変わった方がいいですよお?)
(レミリア様ー、ちょっと喉が渇いたんで紅茶淹れて下さいよお。あ?何反論してんの?さっさと淹れろっつってんだよチビスケが)
(レミリア様って何かそこら辺の連中とは匂い違いますよねー。雑魚っていうかクズっていうかー、もっとはっきり言うと死んだ方がいいっていうかー)
(えーマジ恋人いない歴五百年オーバー!?きもーい!!彼氏無しが許されるのは百歳までだよねー!!キャハハハハハ!!)

「も、もう駄目だ…おしまいだあ…伝説の悪魔に勝てる訳がない…」
「どんな変な妄想をして凹んでるのかは知らないけれど、少なくともレミィに害を為すような奴を呼ぶつもりはないから安心なさい」
「というか、凄い凹みっぷりね…一体レミリアはどんな想像をしたのよ…」

 パチェの言葉を信じることにして、悪魔召喚の要望の件は咲夜の書類に書き加えられる。
 お願いだから私を虐めるような悪魔召喚は止めて本当に止めて。私心が滅茶苦茶脆いから虐められると絶対にすぐ泣いちゃうからイヤマジで。
 他の人にも要望とかないか聞いてみたんだけど、とりあえず今は無くて出てきたら追々伝えていくとのこと。みんな本当に欲が無いのね…
 あ、ちなみに私はパチェの図書館に漫画を入荷して欲しいって美鈴共々直訴したんだけど却下されたわ。くききー!パチェのあほ!漫画の何がいけないのよ!
 そして、最後に質疑応答に移ったんだけど、これまた質問無し。まあ、質問必要な議題でも無かったからね、今日のは。

「それでは『質疑応答』の時間を終了します。最後に、母様より『重大発表』を持って会議を終えたいと思います。母様、お願いします」

 咲夜に促され、私は待ってましたとばかりに胸を張ってその場に立ち上がる。
 そして集まるみんなの視線。う…な、なんかこんな風に見つめられると、ちょこっと言うの恥ずかしくなってきた。

「え、えと…その、えっとね。今日はみんなにその…私から、重大発表があって…」
「そうね、その件が冒頭からずっと気になっていたのよね。それでレミィ、貴女は一体何を発表してくれるの?」
「う、うん…あの、みんな驚かないで欲しいんだけど…その、えっと…」

 いざ言おうとなると、恥ずかしくてついモジモジして言い淀んでしまう私。
 ううー…べ、別に恥ずかしいことでもなんでもない普通のことなんだけど、なんかやっぱり改めて言うとなると凄く恥ずかしい!
 頑張れ私!勇気を出してみんなに伝えるのよ!さあ飛べ!勇気を出して空を飛ぶのよ私!みんなに向かってフライハイ!
 意を決し、私はみんなに向かって大切な発表を行う。

「その…も、戻ってるの…」
「戻ってる?一体何がですか?」
「私の…その…よ、妖気が…ほ、本当にちょこっと何だけど…戻ってきてるの…」
「「「「「――え」」」」」」

 私の言葉に、驚愕とか呆然とかそんなものを通り越した表情を浮かべるフラン、パチェ、美鈴、咲夜、文。
 唯一人驚きを見せない萃香は楽しそうに笑うだけ。あれ、もしかして萃香、このこと知ってたの…?
 やがて間をおいて、みんなが意識を取り戻したかと思ったら、次に取った行動は私への強襲。え、嘘、ちょ、おま…

「パチュリー!!」
「…本当に増えてる。僅かに、本当に僅かになのだけれど、レミィの妖気の量が増加してる。
確かにフランドールへ力を供給する理由は無くなったけれど、一体どうして…」
「そんなことはどうでもいいよ!戻るんだね!?お姉様は昔のように自分の力を取り戻せるんだね!?」
「ええ…時間はかかるでしょうけれど、それだけは間違いないわ。レミィは必ず、吸血鬼としての力を取り戻す」
「――お姉様っ!!!」
「ふぎゃっ!!」

 感極まったらしく、フランは目尻に涙を貯めて私に飛びついてきた。
 フランを支えきれるほどの力なんて私に在る筈もなく、無様に押しつぶされる私。そんな私の胸の中で泣くフラン。
 …そうよね、フランは私の力が自分のせいで失われたって気にしてたもんね。そんな負い目が失われたことに安堵して、
私はフランの頭を優しく撫でつづけてあげる。やがてみんなが落ち着きを取り戻した後に、萃香が事情を説明する。

「紫のおかげだよ。フランドールを救う術式の中で、紫の奴がレミリアからフランドールへの供給通路を断ち切ったんだとさ。
だから感謝なら紫の奴にしなよ。少なくとも私は人生で一番紫の奴に感謝したね」
「紫が…もう、本当に紫ったらいつでも格好良過ぎるのよ。今度会ったら、お礼にお礼を重ねたフルコースを堪能して貰うんだから」
「でも、おめでとうございますレミリアお嬢様。これで時間が経てば、レミリアお嬢様は私達の知らない昔のお嬢様の力を取り戻せるのですね」
「うん、ありがとう美鈴。ただ、その…ね?私、力をちょこっとずつ取り戻してはいるものの、力の使い方を忘れちゃって…」

 私の言葉に、誰も彼もが『何言ってんだコイツ』的な視線になる。
 だ、だって仕方ないじゃない!こちとら四百年くらい力使ってなかったのよ!?人間でいえば二十歳の人が四歳の頃に学んだ
教科書の内容を覚えているかどうかってレベルなのよ!?自転車の乗り方を体で覚えるとかそういうのじゃないのよ!!
 そもそも、昔の私のままだったら、性格がこんな風な訳がないし。昔の私より、今の私の方がやっぱりレミリアの基礎基盤になっちゃってるのよ。
 何とか必死に必死に思いだしてグングニルの出し方だけは思い出せたんだけど、そのグングニルも『ぐにょんぐにる』状態だし…
 つまり今の私は水に浸かることは出来るものの、泳ぐことも何も出来ないスタートスイマー。そういう訳で、誰か私に力の使い方を
教えて欲しいなー…なんて言おうとしたんだけど、そのとき何故かみんなが互いに互いを睨み合ってて。え、嘘、何事?

「…お姉様には私が直接指導をするわ。同じ吸血鬼、同じ力を持つ者、当たり前のことでしょう?」
「馬鹿ね、貴女は実践的過ぎてレミィがついていけないわ。まずレミィには私が基礎的な知識関係から授業を始めるわ」
「いえいえ、必要なのは基礎的な身体の使い方からです。知識や妖力はその後でも何も問題はありません」
「え?え?え?あ、いや、別に私は強くなりたい訳でもなんでもなくて…ただその、折角力を取り戻すなら、少しくらい力を使えるように
なってみたいかなあ、てへり…なーんて感じを味わってみたいだけだったり…」
「パチュリーも美鈴も仕事が忙しいでしょう?余計な負担を背負う暇があるなら、お姉様に命じられた仕事をしなさいよ」
「それは貴女とて同じでしょう?レミィの為に時間なら作ってあげられるから、余計な気遣いは不要よ」
「右に同じです。レミリアお嬢様は力に触れたばかり、言わば黒にも白にも染まる本当に大切な時期なんです。
その時間の中で基本に触れないでどうするんですか。何と言われようと、お嬢様には私が直接指導します」
「あ、あのね、お願いだから私の話にも耳をちょーっとだけ、ね?」
「――へえ?逆らうんだ、私に」
「逆らうわよ。私と貴女の関係は以前とは違うでしょう?」
「いいですね、力を示して誰がお嬢様の指導役に相応しいか決めるのも悪くはありません…本気で行くわよ?フランドール、パチュリー」

 あ、あかん…もう何やねん幻想郷…なんで誰も彼もバトルジャンキーやねん…
 ちょこっと力の使い方が知りたかっただけで、何で『レミリア争奪戦INニュー紅魔館』が勃発してるのよ。しかも商品が
へっぽこぷーな私なのよ?一体どこの酔狂がこんなバトルに参戦するのよ…あ、ここに三人ほどアホの娘がいた。
 口論を始めた三人を余所に、机に力なくへたり込む私。もういいわよ、好きにすればいいじゃない!勝者が私を好きなようにすればいいじゃない!
 そんな風にいじけてる私に、苦笑交じりで文が私に言葉を紡ぐ。

「愛され過ぎるってのも大変ね、レミリア。貴女の能力、今日から『みんなに愛される程度の能力』にでもしたら?」
「お断りよ…そんなハプニングばかりに巻き込まれそうな能力なんて絶対お断りよ…ああ、不幸だわ…今なら私の右手で誰でもOSEKKYOUできそう…」
「いやいや、面白い連中じゃないか。どいつもこいつもレミリアが好きで真剣に考えてくれてるから、ああやって熱を帯びてるのさ。
何、なんだったら私が直接レミリアを鍛えてあげても…」
「勘弁して頂戴!!!うえええええーーーん!!さくやーーー!!!さくやーーーー!!!」

 私にとって絶対味方である咲夜に私は泣きつく。母親の立場台無し?格好悪い?そんなの知るかー!!もう知らない!!全部知らないわよ畜生!!
 結局、三人の口論は泣きついた私を見て怒りゲージマックスになった咲夜の仲裁が入るまで続くことになる。咲夜、怒らせたら本当に怖いのね…気をつけよう、うん。








 騒がしさ、賑やかさが更に勢いを増して加速し続ける紅魔館。それが私達のお家。

 こんな家を、家族を、そして幻想郷を私は心から愛してる。こんな日常がいつまでも本当に続けばいいと心から思う。

 やっと手に入れた幸せ。フランと、みんなと何処までも一緒に歩いてゆけるこんな毎日が、私は大好きなんだから。














[13774] 後日談 その2 ~博麗神社での取り決めごと~
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2011/06/09 11:51




 私の目覚めは、この世に並び立つモノなど存在しない程の可憐な笑顔に迎えられることから始まる。


 寝起きでぼんやりとした私に、その少女はまるで暖かな陽光を連想させるように微笑みながら言葉を紡ぐ。
 『おはよう、お姉様』。一つのベッドで共に就寝した筈の少女は、いつだって私より先に目を覚まして私にそんな言葉をかけてくれる。
 いつも私より早く起きるものだから、私がその娘にもっと寝ていても良いのにと言うと、少女は軽く首を振ってこう告げるのだ。

 『お姉様より早く起きて、お姉様の寝顔を眺めているのが私は大好きだから。
お姉様が傍に居るんだって、ずっとずっと一緒なんだって強く感じることが出来るから…その時間は、私にとって掛け替えのない宝物なの』

 優しく微笑みながら話す少女――それが私のたった一人の大切な妹、フランドール・スカーレット。
 フランのどうしようもない程に愛おしい言葉に、私はぎゅっとフランを優しく抱きしめる。そんな私にフランは抵抗することも無く
抱擁を受け入れてくれる。結局、私達が食事を摂る為に寝室を出て行くのは、咲夜が訪れる時間までずれ込むことになる。
 それまでの時間は私とフランの時間。何をするでもなく、何を行うでもなく、私はフランとの優しい時間を共有するだけ。それが私には堪らなく幸せだった。


 目覚めから朝の身支度を整え終えて、食後の紅茶を楽しみながら、私は紅魔館に住まう家族のみんなに話をする。
 話の内容は、私の今日の一日の予定。紅魔館の主である私の予定によって、基本的に他のみんなの一日の予定が決まると言っても過言ではないからだ。
 無論、私としては他のみんなには自分の好きなように過ごして貰いたいのだけど、みんなは私中心に予定を立てることを前提に考えなければ
落ち着かない…というより、私が一人で行動することが不安らしい。つい先日に幽香の一件があったから、ナーバスになる気持ちは分かるけれど、
本当に心配性な家族達だと思う。そして、それ以上に私は思うのだ。私は本当に…本当に、愛しい最高の家族に巡り会えたのだと。

 そういう訳で、私の一日の基本方針をみんなに伝える訳だけれど、私の一日の行動予定なんて、今は館内にほぼ限定されている。
 まず第一に幽香に壊された館や庭の補修を優先しないといけないから(無論、私は魔法も何も使えないから役立たずこの上ないんだけど、
庭や館外のレイアウトとかで美鈴や咲夜が指示を求めてきたりするので、一応参加はしてる)館の外に一人遊びに行く訳にもいかない。
 第二に、私以外のみんなは幽香との戦いで大小あれど怪我を負っているのだ。妖怪の自己治癒力や魔法使いの治癒魔法で完治してるとは
口々に言うものの、私はそんな言葉を微塵も信用してあげない。だから、この数週間は、誰一人として無理はさせないつもりなのだ。
 言わば私はみんなの監視役。数時間おきに、みんなに休憩を促し、そしてみんなの為にお茶やお菓子を振る舞うこと、それが私のメインの仕事。
 もっとも、幽香戦後に一番重症だったのは私の筋肉痛だったのだけど、それは忘れることにする。自分を棚に上げてみんなを心配する私万歳。
 第三に、今の私はフランから少しも離れられない。みんなの力で治ったとはいえ、フランは少し前まで何時死んでもおかしくない
状況だったのだ。そんなフランが絶対に絶対に無茶をしないよう、私は永琳から渡されているリハビリメニューを片手に、フランにつきっきり。
 少しばかりフランには窮屈な思いをさせることを詫びると、フランは笑って『お姉様と一緒にいられる時間が増えるから、私は凄く嬉しいよ』と
言ってくれた。そんなフランの言葉に、私は永琳のリハビリメニューに対し少しだけ感謝してしまう。ちょっと間違っている気もするけれど。

 館のこと、みんなのこと、そしてフランのこともあり、この数週間の私の行動は館内限定だ。…ごめん、主な理由は私の筋肉痛だった。
 フランと一緒に館内を歩き回り、館修復の作業を行ってくれているみんなに指示や労いの言葉をかける。
 そして、空いた時間を見つけてはフランのリハビリ。リハビリと言っても、フランが行うのは、自身の体内の力の流動、その確認作業。
 永琳が言うには、フランの体には自身の妖力と私の妖力だけでなく、巫力魔力霊力挙句の果てには異界の力全てが内包されているらしい。
 最早幻想郷…否、外界を含めても並ぶ存在がそれほど存在するのか、というレベルの力をフランは持ってしまったらしい。その気になれば
一山の破壊すら瞬きする間に行える程の力が在るらしいのだけど、フランはそんな力に微塵も興味はないらしい。
 フラン曰く『みんなと、お姉様と生きていけるならそれでいい。私の力はみんなを守る為だけに使えれば、それでいい』とのこと。
 やる気さえあれば神すら世界すら殺す力を持つというのに、何とも欲がないと優しく微笑むのは永琳。壮絶な力をその身に宿したフランが
導いた答えは、みんなと一緒に幸せになること。それだけが運命に抗い続けた私の妹の導いた未来だった。

 そんなフランが宿している力が誤作動を起こさない為にも、日頃のチェックは欠かすなという永琳の助言のもとに、フランは毎日必ず
己の力の確認作業を行っている。力の流動から、美鈴や咲夜や萃香を相手にした軽い模擬戦闘、簡単な術式展開などメニューは様々だ。
 自身の力を解放するときのフランの表情は、可愛らしい女の子の顔から、力の意味を知る大妖怪のそれへと変貌する。
 最愛から最強へ。私が記憶を取り戻す前によく見せていた、他人を平伏させるようなフランの鋭い瞳。そんなフランの表情も私はたまらなく好きだった。
 心から格好良いと思う。あれが本当の吸血鬼の姿なのだと思う。だから私は素直な感想をフランに告げるのだけど、そんな発言をする私に
フランは顔を真っ赤に染め上げて『恥ずかしいよ、お姉様』と照れてくれる。私にしてみれば、そのギャップ差は卑怯だと思う。本当に可愛くて可愛くて。



 フランのリハビリには紅魔館の家族一同全員協力のもと付き合ってくれている。
 ただ、やっぱりと言うべきか、今のフランの強さは本当に尋常じゃないレベルらしく。以前までの戦闘技術に加え、他を圧倒する程の力を
有した為か、今のフランを1on1で抑えられるのは、紅魔館では萃香だけみたい。
 基本、フランのリハビリバトルは多対一で行われている。フラン一人に対し、美鈴と咲夜、そして援護限定だけどパチェもつく。ときにはそこに
文まで入って、最強揃いの四対一なんて状況にも関わらず、フランが敗北を喫することは一度としてなかった。本当にフランは凄いと思う。
 そのことをフランに言うと、フランは笑って『そういう訓練だから。褒めるのは美鈴達の方だよ』と言葉を返していた。最初はその意味が
よく分からなかったのだけど、萃香に訊くと美鈴達はフランが調整した力の同等程度まで力を抑えて相手をしているらしい。
 首を傾げる私に、萃香は笑って『美鈴が竜に、咲夜が吸血鬼に、パチュリーが力を解放し、文が竜巻を呼んで
しまうと、紅魔館がまた壊れてしまうじゃないか』と告げた。つまり、フランと美鈴達は意図して手加減限定下の中での本気バトルをし、
美鈴達はフランが勝てるように更に調整をしているらしい。正直戦闘に関して門外漢の私には理解不能だけど、それは凄いことだというのは分かった。
 ただ、それならどうして萃香はフランに勝っているのかを訊ねると、萃香は歯を見せて言った。『手を抜いてワザと負けるのは嫌いだからね』。萃香らしいなと思う。



 フランのリハビリメニューを一通り終えて、私とフランは館のみんなと共に楽しい時間を過ごす。
 美鈴や咲夜やパチェ、そして萃香や文を加えて沢山のお話をしたりする。私達が談笑に興じる中、フランはそれを聞いて楽しそうに微笑んでいる。
 まだ萃香や文のようなフランにとって『線の外』だった人達との会話はぎこちないけれど、それでもフランは頑張って『本当の自分』で接しようと頑張っている。
 その姿が私には…いいえ、私達には凄く好ましい。頑張れ、フラン。少しずつでも構わない、貴女は今度こそ自分の望むままに生きる道が許されているから。
 私の為に他者を威圧したり見下したり、そんな傲慢な吸血鬼の姿を偽る必要なんてないの。フランはフランらしく、歩いていけばいいんだから。



 一日を終え、一緒にお風呂を楽しんで、私とフランは再び眠りに就く。
 私が吸血鬼としてヘンテコな昼夜逆転生活を送り続けているから、フランもそれに合わせようと朝起きて夜寝る生活を送っている。
 そんな生活を私が送っているのは、他の家族や友達と生活リズムを合わせたいからだけど、その為にフランまで無理をさせる訳にはいかない。
 しばらくの間はフランと同じ真に吸血鬼らしい夜活動の生活を送ろうかと尋ねたのだけど、フランは首を振って否定する。

『夜起きて活動して、それで一人じゃ意味がないから。私はみんなと…お姉様とこれから先もずっと一緒が良い』

 はにかんで健気に断言するフランを、私は今日何度目か分からない抱擁をする。私だってそうよ、私だってフランとずっと一緒がいいんだから。
 そう告げると、フランは顔を少しだけ紅潮させて、小さく『お姉様、大好き』と呟いてくれる。照れ隠しに顔を私の胸に埋める姿なんて本当に愛らしい。
 フランってば本当に卑怯だ。他の誰でもない貴女にそんな風に想われて、私にはこれ以上どうやってもフランに想いを伝え切れる自信が無いじゃない。
 伝えたい想いは沢山ある。共有したい思い出は山ほどある。だから、私は沢山沢山詰まった想いを時間をかけて渡していこう。

 私とフランの未来はまだ始まったばかり。
 私とフランの未来は何処までも広がっている。
 貴女が私を愛してくれる。私は貴女を愛し続けたい。手をつないで、一緒に何処までも歩いていきましょう。
 そんな風に私はフランと共に歩む暖かな道を夢想して、再び眠りにつくのだ。誰より可愛らしいフランの寝顔を見つめながら。





















「それでね、それでね、また別の日にはフランと一緒にお料理をしたり…」
「…もういいから。アンタの近況、よーーーーーーーーーーーっく分かったから」

 私が話を更に続けようとすると、そこには眉を思いっきり顰めた不機嫌顔の霊夢が。あれ、何で不機嫌空気?
 何か霊夢の顔に『これ以上フランドールの話を続けると泣かす』って思いっきり書いてあるような…私のフラン話は108まであるんだけど。
 何故何ナデシコと首を傾げる私に、霊夢の隣に座って紅茶を飲んでいた魔理沙が苦笑を浮かべながら横から言葉を紡ぐ。

「ほら、レミリアが嬉しそうに妹の話ばかりするから霊夢の奴、機嫌悪くなっちゃったじゃないか」
「…魔理沙、博麗神社に来てもアンタには二度とお茶出さないから。つーか二度とウチに来るな」
「酷っ!?出涸らしのお茶すら私には出してくれないって何の虐めだよ!?嘘嘘、冗談!冗談だってば!」

 …どうやら私への意味不明な怒りは魔理沙の方へと向いてくれたみたい。流石魔理沙、霊夢に怒られてもなんともないわ。
 昼下がりの紅魔館、IN私の部屋。久しぶりに遊びに来てくれた霊夢と魔理沙に、私は紅茶とお手製のクッキーでお出迎え。
 いや、もう本当に久しぶりに遊びに来てくれた大切な友達だものね!やっぱり嬉しいじゃない?もう自分が紅魔館の主である立場とか
そんなもん紅魔館の湖に投げ捨てて全身全霊でご奉仕よ。それに咲夜も館の仕事で少し手が離せないみたいだったしね。
 それでまあ、私の筋肉痛お見舞い以来のご対面となる二人と雑談に興じてたんだけど、なんか話せば話すほど霊夢が不機嫌になっていったのよね。
 特にフランの話を続けてると…いや、本当に何が何だか分からない。折角の機会だからと、フランの可愛さを余すところなく伝えたつもり
だったんだけど。まあ、不機嫌さは魔理沙の方に移ったみたいだから、こっちとしては助かったんだけど。相変わらず霊夢は怒ったら怖いし。
び、ビビってないわよ!?霊夢ちゃんのことなんか全然ビビってないんだからね!?好きだから好きなのに分かんない測定不能なキモチなのよ!
 安堵する私に、魔理沙は笑みを零しながらクッキーを摘まんで更に言葉を投げかけてくる。

「しかしまあ、レミリアの話からフランドールが随分と面白いことになってるのはよく分かったよ」
「そうなのよ!あのフランが!少し前まで『お姉様お願いだから死んで?』とか平然と言ってたフランが完全にデレ期到来なのよ!?
いや、そういうツンケンしたフランが演技だったっていうのは分かってるんだけど、それでも数百年の間冷たくされてた私には
頭で理解する以上の衝撃なの!分かる!?貴女達にこの喜びが上手く伝えられているかしら!?もうね、私の妹がこんなに可愛いわけがない!
寝ても覚めてもフランのことばかり!ねえ、どうしよう!?フランの可愛さは最早犯罪級なのよ!?」
「落ち着けレミリア、レズでシスコンでロリコンって何の三重苦だよ」
「私はノーマルよっ!素敵な男の人との結婚願望ばりばりの夢見る乙女よっ!
…いや、そもそもフランってロリコンの範疇に入るのかしら。フランって実年齢私と少ししか変わらないし…」
「実年齢じゃなくて見た目が問題なんじゃないか?いわゆる一つの合法ロリ」
「…アンタ達、いい加減そのアホみたいな会話止めない?とりあえずレミリア、アンタの身体は何も問題ないのね?」
「私?あ、うん、身体の方はもう全然」

 私の返答に、霊夢は『ならいいのよ』と小さく息をつく。えっと、どういう意味?なんで私の身体?
 首を傾げる私に、魔理沙は楽しそうに笑ってその理由を教えてくれた。

「霊夢の奴、レミリアの身体のことずっと心配してたんだよ。永琳が大丈夫だって言ってるのに、こいつだけはずっとお前の…」
「魔理沙?」
「…いや、このクッキー本当に美味いなマジで、うん」

 何かを言おうとした魔理沙に、霊夢は本日特大級の殺気を放って魔理沙の言葉を抑制する。
 …いや、分かったけどね。流石に私でも、魔理沙の伝えようとしたことは伝わったけどね。本当、霊夢って人は…
 私は胸の中がぐっと熱くなるのを感じ、その気持ちを表す為に、席を霊夢の隣に移動し、身体を霊夢へと持たれかける。

「ちょ、いきなり何よレミリア」
「なーんでもない!えへへ、霊夢、大好き!」
「何なのよ、全くもう…別に良いけど」

 邪険に追い払ったりしない霊夢を確認し、私は調子に乗りに乗って霊夢に甘えることにする。
 いやいやいや、本当に昔はこんな風に霊夢と仲良くなれるとは思えなかったなあ。霊夢と仲良くなろう計画を実行中のときは
五月病迎えた社会人みたいに博麗神社に行くのが苦痛で苦痛で仕方なかったのに…霊夢、貴女は私の永遠の親友だからもう離れない!
 私が霊夢にべったりしてると、魔理沙がニヤニヤしながら私達の方を見つめてた。でも、そんな魔理沙に霊夢が再び睨みつけて牽制。
 …なんか霊夢、睨みつけるスキルが上がってる気がする。レベル51で習得したのかしら。伝説の炎鳥から習ったのかしら。
 そんなことを考えながら、霊夢に甘えていると、ふと霊夢が私に視線を向けて訊ねかけてくる。

「館のこととかで外に出られないって言っていたけれど、それはもう一段落ついたの?」
「うん、もう大丈夫。フランも永琳から直々にOKサイン出てるし、みんなも怪我は全部完治してるし館は綺麗になったし。
だからもう、以前の通り博麗神社に遊びに行けるわよ。と言う訳で霊夢、貴女の家に遊びに行っても良い?」
「別に構わないけど、遊ぶより先に別件でレミリアに用があるのよね。今日はその用でここに来た訳だし」
「別の用?」

 首を傾げる私に、霊夢は『まあ、そっちの用件を伝えなきゃいけないのをアンタの顔みたら忘れかけちゃったけど』と言いながら、
話を続ける。それは霊夢から私への…いいえ、紅魔館の主、レミリア・スカーレットへのお誘いの言葉だった。

























 紅魔館の主、レミリア・スカーレットへのお誘いの言葉だった…って、気付くのが遅過ぎるのよ馬鹿馬鹿馬鹿!私のあんぽんたん!

 腰を下ろして、この場…博麗神社の少し広めの部屋を一望し、そのあまりに場違いな空気に私は心の中で大きく溜息をつく。
 ああ、浮いてる。私絶対浮いてる。この場に集った面々に私が紛れ込んでる自体がおかし過ぎる。いや、私も一応紅魔館の
トップだから全然おかしくない筈なんだけど、それでも違和感が拭えない。こんなことなら、私の代わりにフランに来て貰うんだった…

 先日、霊夢と『博麗神社に集合』『おk』って会話をして、ノリノリで遊びに来たら神社の奥の部屋まで連れていかれて。
 そして、一緒に来た咲夜達は部屋の外で待つように霊夢から言われて、私一人で部屋に入ったら幻想郷最強の面々が部屋にINしてた。
 具体的に言うと、白玉楼トップの幽々子、人里の守護者の慧音、永遠亭の姫である輝夜、そして八雲の新たな管理者である藍。この人達は
何かの組織…というかグループと言うか、とにかくそういうののリーダーとして私同様に呼ばれたみたい。言わば代表者組ね。
 みんなも多分、他の人と一緒に来たんだろうけれど、外で待つように言われてるのか傍に誰もつけていない。うん、ここに来るまでに妖夢とか
鈴仙とかに会ったから、多分そういうことなんでしょうね。いや、確かに全員はこの部屋には入りきらないとは思うけれど。
 そして、私達のような代表組とは別にこの部屋に存在している人物が四人。それは紫に幽香に萃香にアリス。
 このアリス以外の三人は…今は何かの代表とかそういう上に立つ立場じゃないけれど、一人の力で世界を変えられる言わば破格の妖怪ね。
 何をするかは分からないけれど、みんなのトップの集会にこの三人は欠かせないでしょうね。むしろ萃香が私の代わりに紅魔館代表で出てくれないかな。
 残る一人のアリスは…こればっかりはよく分かんない。別に何かのトップと言う訳でもないし、アリス一人が紫とか幽香とか萃香とかのような
存在自体バグキャラ化してるとは思わないし…なんだろう、アリスは私とは別の意味で浮いてる気がする。いや、アリスも凄く強いんだけど。

 …結局、現状をまとめると。
 私が霊夢の家に遊びに行ったら、幻想郷の最強大集合。私一人場違い空気。何この集まり。以上。
 幽々子に慧音に輝夜に藍に紫に幽香に萃香にアリスに…見なさい、私がゴミの様よ。遊びの場とか宴会とかだと、そういうの全く気にならないんだけど
こういう正式(?)な場になると、自分の明らかな浮きっぷりが…あ、輝夜がこっそり手を振ってくれた。流石は輝夜、こんな緊張の場でも
遊び心を失わないとは。よし、これは私も手を振って返答するべきね。私は小さく手を上げて、輝夜の方に手を…振ろうとしたら、部屋に最後の一人である霊夢イン。

「待たせたわね…って、何、レミリアその手は。何か質問?」
「…これが離間の計か。月の姫もよくやる」
「は?」

 思いっきり『何言ってんだコイツ』的視線を向けてくる霊夢に、私はすごすごと手を戻す。
 くっ、謀ったな輝夜!あああ!やっぱり輝夜笑ってる!メッチャ笑ってる!盗んだバイクでイセリナが走ってくるじゃない畜生!
 アホな失態をしてる私を余所に、部屋に入ってきた霊夢は室内に置かれた台の上に一枚の紙を置く。んー、ここからじゃちょっと何が書いてるか
分かんないわね。そして、その横に置かれるは一本のナイフと少し大きめの箱。…えっと、今から何をするつもりなのかサッパリ予想も出来ないんだけど。
 あの箱なんだろ…ナイフが横にあるんだから、食べ物でも入ってるのかしら。まさかこの場は霊夢の料理お披露目会?くっ!なんてこと!
それを先に知っていたなら私も最近練習して増やした料理の新レパートリーのお披露目を!とか、そんな訳ないか。
 霊夢が箱の蓋を開けると、そこには、真っ赤に染められた布が。血…じゃないわよね。多分、あれは染色液を浸してるだけで…朱肉代わりかな?
 そんなことを考えていると、用意が出来たのか、霊夢は私達の方へと向き直り口を開く。

「準備も出来たし、面子も揃ったから説明を始めるわよ。と言っても、説明なんて先日会った時にそれぞれ話した通りよ。
その話を受けて、この場にみんな揃ってくれてるってことは、私の提案に同意したとみなして良いのかしらね」

 霊夢の言葉に、その場の誰もが反論を口にしない。…え?先日話した通りって何?もしかしてみんな、事前に説明受けてるの?私は
博麗神社に来いとしか聞いてない気がするんだけど…き、聞いてないわよね?私の記憶違いとかじゃ全然ないわよね?
 …訊いてもいいのよね?分からなかったら人に訊く、それを全うしてもいいのよね?そうよ、私は以前までの私とは違うのよ。
 以前のように最強を装わなくていいから、知らなくても分からなくても全然恥ずかしくないの。どうせ質問したところで『レミリアだからなあ』で
済む筈よ。よし、勇気を出して質問しよう。私は胸を張って霊夢に対して再び手を上げる。

「何よ、レミリア。今度こそ質問?」
「ええ!霊夢に訊きたいことがあるの」
「何?」
「今から何するか私全然知らないんだけど!説明プリーズ!」
「はあ?説明ならしたでしょ?昨日アンタの部屋で、しかも私のすぐ真横で」

 霊夢、私に説明してたみたい。いかん、全く記憶にない…いつの話をしてるのよ霊夢は。
 すぐ真横ってことは、私が霊夢の隣の席に移動して凭れ掛った後で…あ、そうだ。私、あの後、霊夢の傍があまりに気持ち良かったもので
うとうとしちゃってたんだっけ…何とか魔理沙に起こして貰ったんだけど、もしかしてその時に…い、いかーん!!これ私のミスじゃない!
 いかん、これはいかんですよ…このミスは霊夢に怒られるミスですよ…冷や汗を流しながら、ひきつった笑みを浮かべるしか出来ない私に
じと目の霊夢。ううう…そろそろ覚悟を決める時ですかな、私!ビーム・ラムを使うのね!?いつ霊夢に怒鳴られても良いように目を閉じて
ぷるぷる震える私。そんな私に、霊夢は大きく溜息をついて…怒鳴らずに説明をしてくれた。

「良いわ、もう一度確認の意味も込めてこの場で説明することにするわ。
印を貰った後で『前と話が違う』なんて言われるのも嫌だし」
「ふふっ、優しいのね、霊夢は」
「はっ倒すわよ、紫。あとレミリア、私は別にアンタを怒ったりしないから怖がるの止めなさい。
例え実力がヘッポコでも、アンタは紅魔館の主。紅魔館の代表としてこの場にいるんだから、もっとシャンとしなさいよ」
「う、うん…ありがとう、霊夢」

 霊夢の指摘に従い、背筋を伸ばす私。うん、確かに霊夢の言うとおりね。私が幾らヘッポコでも、この場でびくびくしてると
紅魔館全ての人に申し訳ないわ。流石霊夢、貴女はいつだって私に大切なことを教えてくれる。あと最近凄く優しいし。
 そして、霊夢が私達を集めた理由を改めて(私は全く聞いた記憶が無いけれど)説明してくれる。
 霊夢が私達のようなグループのトップ、あるいは一人で最強と謳われる実力者を博麗神社に集めたのは、
この場に集まった連中に対して、一つの約束事を順守して貰う為、契約書に捺印が欲しいというもの。
 その約束事というのは『スペルカードルール』の厳守。私はスペルカードルールを詳しく知らないので、簡単にしか言えないんだけど、
このルールは確か霊夢が考え、幻想郷中に広められた決闘ルールだった筈。導入理由はえっと、妖怪同士とか化物同士の戦闘は
下手をすると幻想郷の崩壊を招く恐れがあるので、それに代わる代替案をってことで考えられたものだった気がする。
 でも、このルールはまだ出来て日も浅く、完全な浸透までには至ってないのよね。以前から幻想郷に棲んでいた妖怪とかは大分このルールが
適用してくれてるけど、幻想郷に来たばかりの連中とか他者に姿を見せない妖怪とか興味のない妖怪とかはガン無視してるって
以前霊夢がぼやいていた気がする。うん、確かそんな感じの奴よね。魔弾一つだせない私には何の関係もなかったルールだけど。

 で、霊夢がそのルールをこの場の面々に守って貰いたい理由は、少し前に引き起こされた幽香異変にあるらしい。
 何でも、あの異変は本当に本当に本当に幻想郷が崩壊するかどうかの一歩手前の状態までいってたみたいで、文字通り紫が
命を賭けて何とかなった状態だということ。つまり、幽香一人であの惨状だったのだから、この場の面々がスペルカードルールを守らなければ
幻想郷の命が幾つあっても足りない…それくらいヤバいことらしいの。まあ、確かに萃香とか本気出して右手で結界殴れば、その幻想郷をぶっ壊す出来そうだし。
 そこで、二度とあんな惨状を繰り返さない為にも、ここにいる連中及びその部下にはスペルカードルールを守って欲しい。それが霊夢の提案だった。
 全てを聞き終えた時、私の感想は『霊夢も博麗の巫女の仕事頑張ってるんだなあ』だった。いや、だって霊夢なら『私は守って貰っても
守って貰わなくても構わないわよ?ただし、守らなかった奴は全員私がぶっとばす』くらいの気持ちかなって思ったし。
 まあ、霊夢の考えは分かったわ。それに賛成するか反対するかだけど、別に私に反対する理由なんてないし。
 戦う力も無ければ、スペルカードルールにも参加出来ない私は、宇宙船幻想郷号の一員として賛成するだけだもの。紅魔館の他の人の意見とか
本当は聞きたいんだけど…まあ、フランも咲夜も今更この面々と殺し合いなんてする訳ないし。大丈夫でしょ。

 そんなことを考えてると、説明を続けていた霊夢が突如とんでもない行動に出てくれた。
 台に置かれたナイフを手に取り、突如そのナイフを親指の腹に奔らせ…痛い痛い痛い痛い痛い!!見てるだけで痛い!!何してんの霊夢!?
 血!血が出てるから!親指から血が!!と、とにかく治療しないと!!私がハンカチを慌てて霊夢に差し出そうとしたら、霊夢は血が出た
親指を迷わず用意していた紙面へと押しつけて。そして平然とした様子で私達に言葉を告げる。

「この決めごとに同意してくれる人はこんな風に捺印をよこしなさい。ん、ありがとレミリア」
「え、あ、うん…」

 私からハンカチを受け取った霊夢は何事も無かったように話を進める。いやいやいやいやいやいやいや、待てと、待ちなさいと。
 つまり何か、スペルカードルール順守の契約書にサインが必要で、それが血判で…ひいい!!無理無理無理無理!!そんなの絶対無理!!
 自分の指にナイフ押しあてるとか考えるだけで死ねるわよ!?そりゃ料理の時とかに包丁で怪我したことはあるけど、これは自発的な
自傷行為じゃない!!それを幻想郷一チキンでへたれな私にやれと!?絶対NO!!ナイフを手に持つのだって嫌よ私は!!
 冷や汗全力全開、胸の鼓動は最高潮を迎えてる私だけど、ふとナイフの横に置かれてた箱…どでかい朱肉の存在に気づく。そ、そうよ!わざわざ
ナイフなんて使わなくても、霊夢は朱肉を用意してくれてるじゃない!どうして自傷行為なんてしなくちゃいけないのよ!こんな便利アイテムが用意されてるのに!
 ふぅ、霊夢ったら脅かしちゃって。ナイフと朱肉なら、みんな普通に朱肉を使うに決まってるじゃないの。まあアレよね、霊夢は
提案者っていうことで、こういうデモンストレーションが必要みたいな。霊夢、貴女はよく頑張ったわ、感動した、格好良かったわ。
 後は私達に任せなさい。誰一人足並み乱すことなく、朱肉捺印を書面に押してあげるから。まずは景気良く私から…そんな風に
捺印二番手を取ろうとしたら、私の前に別の人が。新しい八雲の管理人、八雲藍。

「無論、私は幻想郷の管理人の一人として賛同する。ここに八雲の血を持って賛成を示す」

 そう言って、藍もまた霊夢同様ナイフを親指に奔らせて血判。…あれ、何でナイフ使ってるの?朱肉は?
 判を押して、藍は当たり前のように自分の席へと戻っていく。おおい!何で朱肉使わないのよ!?どうして態々痛い想いなんてするのよ!?
 藍に続いて今度は慧音が立ち上がり、書面の前へ。け、慧音は大丈夫よね!?人里の常識人代表だもんね!やっぱり血を流すのは健康面から
考えて良くないと思うの!人の血がついたナイフを自分の傷口にってのは如何なものかとレミリアはレミリアは考えてみる!

「スペルカードルールは言わば弱者を守る為のルールでもある。
その決まりに私が賛同しない訳が無いな。人里を代表して、改めてここに賛同させて貰うよ」

 …あ、そうなんですか。ナイフ、使っちゃうんですか。慧音、貴女は信じてたのに…貴女まで朱肉ちゃんの存在を無視するのね。
 いやいやいやいやいや、待ってよ。ちょっと待ちなさいよ本気で。これ、無茶苦茶朱肉使い難い空気じゃない。もしこれでみんな
ナイフを使ってみなさいよ?その場で私だけ朱肉を使う?絶対ありえない。元来日本人気質の私には到底無理よ、欧州生まれだけど。
 と、とにかく一人でも朱肉を使ってくれれば…次は輝夜か。輝夜なら、輝夜なら私の気持ちを分かってくれる!私は必死に輝夜にアイコンタクトを
試みると、輝夜は『全て分かってるから』というようにウインクを返してくれた。か、輝夜!流石月のお姫様は格が違った。輝夜なら私の想いを…

「霊夢、少し血を流すわよ。貴女達程度の傷じゃ、私は瞬きする間に回復してしまうから」
「良いけど床は汚さないでよね。掃除するの面倒だし」
「分かってるって」

 そう言って、輝夜は右手に不思議な力を集中させて、思いっきり左手の親指を切りつけた。あ、水芸。じゃない!血が!血がメッチャ出てるやん!!
 もうね、深く切りつけたとかレベルじゃない。あれ抉ってる!親指絶対抉り取ってる!おえっぷ、無理…私は堪らず視線を輝夜から逸らして
気を失いそうになる自分を律し続ける。そして、ようやく心が落ち着いたときには輝夜の血判は終わってた。か、輝夜のあほーー!!全然私の気持ち伝わってないじゃない!
 ちょ、何よその『私はレミリアの期待に応えました』的な笑顔は!くうう!輝夜自身が超絶美少女だけに様になってて何も言えない!
 拙い、この流れは非常に拙い、拙過ぎるわよ。次は…あ、アリスなら!!アリスならきっと何とかしてくれる!流石都会派の魔法使いは格が違ったってところを
私に見せつけてくれる筈!やっぱり都会派ともなると何事も合理的に話を進めてくれる筈よ。具体的に言うと、ナイフなんて使わない。
 アリスは書面の前にたった後、一度霊夢の方に視線を向けて訊ねかける。

「そういえば訊き忘れていたのだけれど、この集まりに私を呼んだのは霊夢なの?」
「違うわよ。呼んだのは紫の奴ね。私は別に必要ないでしょって言ったんだけど、どうしても紫がアンタを呼ぶようにって」
「そういうこと。別に私は魔界代表を気取るつもりは微塵もないんだけど…まあ、いいでしょう」

 …あれかしら。最近の幻想郷の女の子には自傷癖みたいなのが流行ってるのかしら。アリス、どうして貴女までナイフを…朱肉ちゃん…
 拙い。情況的には六回終了5-0で相手チーム自慢の中継ぎ陣が出てきたくらい拙いわ。残るメンバーは幽々子、幽香、萃香、紫…今までの
面子以上に朱肉使うイメージが湧かないんだけど…特に萃香とか幽香とか。いやいやいや、私は信じる!一人で良い!一人で良いのよ!だからお願い、誰か朱肉を…
 私が心の中で必死に祈り続ける中、次に立ち上がったのは幽々子。幽々子!貴女は幽霊でしょう!?亡霊でしょう!?ゴーストにいあいぎりは
効かないことくらい、私はお見通しなんだから!だって妖夢が言ってたもん!幽霊は妖夢の刀で成仏が幽霊十匹分で何とかかんとかって(聞いてねえ)

「冥界管理人として、白玉楼の主として賛同いたしますわ。元より他者にこの力を振るうつもりもなし」
「うーん、幽々子の力は本当に反則だものねえ。そうは思わない、藍?」
「紫様、貴女がそれを仰いますか…」

 私の祈りは微塵も幽々子に届かず、早々にナイフ活用中。何でナイフ使うの…というか何で幽々子切れるのよ…タイプはゴーストじゃなかったの…
 でも、普通に考えたら当たり前のことで。幽々子は飲み食いもするし、日常生活で私達が幽々子に触れるし、切れない訳がないのよね…
 というかね、これだけみんなナイフ使ってると、用意された朱肉は一体何なのよって思うじゃない!誰でもいいから活用してよ!そうしないと
私一人朱肉なんて格好悪過ぎじゃない!いや、格好悪いだけならいくらでもするんだけど、みんな使ってないのに私だけなんて絶対無理!でも
ナイフで自分から進んで怪我するなんてもっとイヤ!血なんて出たら泣きたいくらい痛いじゃない!私は人の血を見るのが駄目なのよ!(※吸血鬼です)
 もういい、誰でもいいから…誰でもいいから朱肉を…次の人は幽香か。もういい、幽香!そのナイフをへし折ってしまいなさい!
いつもみたいに上から目線で『永遠の安心感を与えてやろう!』とか言うといいわ!お願いしますお願いしますお願いしますお願いします。

「…博麗霊夢、私は他者に縛られるのが嫌いだわ。他者の敷いたルールの上だけの自由なんて論外よ」
「知ってるわよ。けど、今のアンタはそこを折り曲げて譲歩する用意がある。だからこの場に来てるんでしょう?」
「分かってるじゃない。私は『ある条件』さえ付けてもらえるなら、このふざけたルールに同意してあげても構わないわ」
「いいわ、言ってみなさい。正直、今日の集まりの一番の目的は風見幽香を抑える為にあるんだもの。
アンタがそれで納得してくれるなら、少しぐらい融通効かせるつもりよ」
「フフッ、良い心がけね。私が望む条件は、ある人物相手のときには、そのスペルカードルールを適用しないこと。
来るべき日、来るべき時が訪れたときに、私がたった一人の相手とスペルカードルール抜きで全力で戦うことを認めること。それだけよ」
「はあ?アンタ、まだ誰かと殺し合いがしたい訳?大体、アンタの眼鏡に叶うような奴なんて…ッ、そういうこと」
「殺すつもりはないし、今日明日に行うつもりもないわ。ただ、風見幽香が負けっぱなしという訳にもいかないでしょう?
世界にも、運命にも打ち勝つ存在…それが成長した時、どのようになるのか。そこの伊吹鬼ではないけれど、確かに興味があるわ。
もし、アレが成長した時、私の胸を震えさせるような妖怪になったときは…」
「へえ、中々分かってきたじゃないか、風見幽香」
「…結局貴女と同じ答えに辿り着いたというのが癪だけれど」
「そう言うなよ。あれだけの在り方を見せてくれる相手に期待するなというのが酷ってもんさね」

 …あれ、幽香にナイフへし折ってくれるの願ってたら、何か捺印するところに幽香だけじゃなくて萃香までいる。
 しかも、霊夢を含めた三人の視線がちらちらとこちらに向けられてる気がするし。も、もしかしてばれた!?『こいつ絶対
ナイフにびびってるよ』ってみんなで話してるの!?き、気付いてくれたなら、ナイフをしまってくれても良いんだからね!
 やがて三人の視線は私から離れ、幽香が颯爽と捺印を済ませてしまう。無論ナイフでね!分かってたわよ畜生!幽香が朱肉使うイメージなんて
微塵もなかったもん!幽香が『ナイフで痛いの嫌だから朱肉で』なんて言ったら、幽香の前でスキキライ花占いやってやるわ!
 幽香が終わって、次はその場に既に経ってる萃香なんだけど、萃香がナイフを使わないとか…ないよねえ。

「博麗霊夢、私の条件も風見幽香と同じで頼むよ。まあ、私は以前から公言してるから知ってるとは思うけどさ」
「はあ…本当に強くなってからにしてくれるのね?間違っても今のアイツを襲ったりしてくれないでよ?そんなことをしたら、私がアンタを潰すわよ」
「分かってるって。まあ、千年単位の未来の話さ、安心しなよ。それに私も生き死にの殺し合いまでやるつもりはないし。
さて、それじゃ誓いの証だが…悪いけど私はナイフは使わないよ」
「マジでっ!?」
「ん?どうかしたのかい、レミリア」
「な、何でもない何でもない!」

 す、す、す、す、萃香キターーーーーーーー!!!え、嘘、本当に萃香ナイフ使わないの!?
 あの自分が傷つくのなんて微塵も躊躇わない萃香がまさかの救世主だったなんて!神が、神がここにいた!
 他の誰でもない萃香がナイフを使わずに朱肉を使うんだもの!これで私は誰に何も言われることなく、安心して朱肉が使えるわ!
 萃香、貴女は何処まで私にとって頼れるナイスガールなの。本当に萃香が男だったら結婚しても良い。個人的女の子じゃなかったら土下座して
交際申し込むランキング霊夢と並んで同率トップよ。萃香ー!私よー!結婚してくれー!
 そんな風に心の中で狂喜乱舞してると、萃香はおもむろに親指を口元に持って行って、思いっきり指の腹を噛んだ。え、何してるの、この娘。

「私の身体はそんなか細いナイフじゃ傷一つ付きやしないからね。私の血が見たいなら、髭切の一つでも用意して貰わないと」
「頑丈過ぎる身体っていうのも考えものね。それじゃここに捺印貰えるかしら」
「了解っと…これでいいかい?」

 そう言って、萃香は口元から手を離して、書面に捺印をする。
 ああ、そういうこと、萃香、自分の親指を噛み切って血を出したのね。…もっと痛いわ!!!
 大体、私の歯じゃ指どころか牛筋すら噛み切ることすら難しいというのに。ああ、そういえば吸血鬼の誇りと謳われる自慢の牙も
以前霊夢に『お前のは牙じゃねえ』って言われたっけ…確かに私の犬歯は人間のちびっこのそれと変わらないけどね…泣きたくなってきた。
 いや、もう現実逃避してる場合じゃない。萃香がナイフ以上に恐ろしい手を使って捺印を行った以上、私にはもう紫しか残されていない訳で。
 私は全ての想いを込めて紫の方をじっと見つめると、紫と視線が合う。おおお!紫、私よ!お願いだからナイフは使わないで!作戦名は『いのちをだいじに』よ!
貴女なら、紅霧異変から沢山の誤解を生みつつも最後には友として歩むことが出来た貴女なら私の想いを汲みとってくれる筈!いや、そんな
世界最高峰美人スマイルなんて要らないから!貴女はただナイフを使わない道を選んでくれればいいのよ!一番良い朱肉を頼む!
 必死に私が紫に最後の念を向けていると、霊夢がそんな私に向かって言葉を紡ぐ。紫じゃなくて何故か私に。

「何してるのよ、レミリア。早く来なさいよ、アンタが最後よ」
「うぇ!?なんで私!?ゆ、紫は!?まだ紫が押してないじゃない!」
「紫は見届け人よ。八雲の管理者の立場は藍が引き継いでいるって藍も言ったじゃない。藍が同意した時点で紫も同意なのよ。
まあ、私からすれば面倒事を全部藍に押し付けて自分は早々に楽隠居を決め込んだだけのようにも見えるけどね」
「それは心外ですわ。大きな災厄も終焉を迎え、幻想郷には変化の時代が訪れていると感じた為よ。
これからの幻想郷を創るのは私達ではなく、新たな力と想いを抱く次なる世界の申し子達。なればこそ、私も喜んでこの身を引こうと言うもの」
「また適当なことを…まあ、いいけどね。藍の優秀さは幻想郷で二番目に知ってるつもりだし」
「あら、それでは藍の優秀さを一番知る者は誰かしら?」
「抜かしなさい、ペテン妖怪。それよりレミリア、そういう訳だからさっさとこっちに来なさい」

 いや、どういう訳よ畜生。結局分かったのは紫が『八雲は永遠に不滅です』宣言で引退して最後の希望が失われたことくらいじゃない。
 霊夢に言われるままに、私はすんごーーーーーーく重い足を引きずって書面のところまで歩いていく。ううう、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。痛いのなんて嫌だ。
 いざ書面の前に立つと、紙の上に並ぶはみんなの捺印。真ん中が空白で、その中心から円を書くようにみんな印を押してある。名前は…あ、既に書いてあるのね。
 つまり、これは最後に私が己が血液を持って捺印をすることで、画竜点睛を埋めると。…もういいやん、こんなん押さんでもウチ弾幕使えへんやんか…
 いつまでもダラダラしてると、霊夢からお叱りが飛ぶので、私は意を決して台に置かれているナイフを握る。怖っ!刃物怖っ!いかんいかん、あぶないあぶない…これを
あれですか、私の親指にあてて奔らせろと。うん、それ無理。そんな怖くて痛いことビビりでヘタレの私が出来るかあああ!!!
 や、やばい、本気でやりたくない。そんな痛い思いも怖い思いも絶対したくない。もう恐怖と圧迫感で手が震えてる。ナイフ持ってる手が本気で震えてるから。
 早く指を切らなくちゃという焦燥感と痛いのは絶対嫌だという恐怖感が私の心をどうしようもなく追いたてていく。うううううう…ほ、本当に無理。
何か視界が滲んできた…無様な醜態晒してるでしょ?紅魔館の主なんだぜ、これ…も、もう駄目。本当に本当に本当に本当に本当にここまで頑張ってくれた
みんなには申し訳ないんだけど、私にはやっぱり無理。半ベソモード入ってるし、これ以上この時間が続くとマジ泣きするから。絶対マジ泣きタイム入るから。

 限界を悟り、私は霊夢に涙目の視線を送る。もういい、霊夢に怒られてもいいから正直にナイフ怖いって言おう。私が土下座覚悟で霊夢に視線を向けると、
霊夢超絶不機嫌顔。ひぃぃ!!やっぱり怒ってる!!これはあれよね、『お前早く切れよ。ナ・イ・フ!ナ・イ・フ!』って視線よね…終わった。
 そして、怒りが限界に達したのか、霊夢は私からナイフを取り上げて軽い拳骨一発。ごめんなさい!ヘタレ吸血鬼で本当にごめんなさい!親に怒られる
子供のようにしゅんとする私に、霊夢がどんな毒を吐いてくるか怯えていると、そんな訳は全然無かった訳で。

「何無理してナイフなんか使おうとしてんのよ馬鹿。アンタはこっちの朱肉を使うの」
「え…い、いいの?でも、みんなナイフ使ってるのに、私だけ…」
「他の連中はいいのよ。でもアンタは駄目」
「な、なんで?」
「そんなの…っ、理由なんかどうでもいいからさっさと朱肉使ってサインしなさい!この馬鹿レミリア!」
「わ、分かった!分かりました!」

 霊夢に急かされ、私は慌てて朱肉の蓋を開ける。
 …でも、本当に助かった。馬鹿馬鹿言われたけど、霊夢のおかげでナイフを使わずにこの場を済ませることが出来た。
 どうしよう、この胸に湧き上がる霊夢への感謝の気持ちをどう表現すればいいの。霊夢、貴女が神か。貴女はいつだって私の英雄なのね。
 …うん、決めた。今日は霊夢を紅魔館にお誘いしよう。そして感謝の気持ちを沢山沢山カタチにして精一杯返していこう。
 霊夢にお泊りして貰って、私が最近少しずつ増やしてる料理のレパートリーを堪能してもらって、私の作ったお菓子と共に紅茶を堪能して貰って、それでそれで…
 そんなイメージを膨らませながら、私は大きな朱肉に手を近づける。本当に大きい朱肉ね、私の掌が余裕で収まるじゃない。そうして私は今日集まったメンバー最後の捺印を済ませ…

























 ~side 妖夢~



「暇だなあ…早く霊夢達終わらないかな」
「魔理沙、さっきからそればっかりだね。そんなに時間は掛からないって霊夢も言ってたじゃない」

 今日何度目か分からない魔理沙の呟きに私は苦笑しながら言葉を返す。
 幽々子様やレミリアさん達が霊夢に連れられて三十分が過ぎる程度だろうか。話し合いが終わるまで、
私達は博麗神社の客間で各々の時間を過ごしていた。その中で私はというと、いつものように魔理沙や咲夜、鈴仙と一緒にお話ししたり。
 そんな中での先ほどの魔理沙の発言だったんだけど、私以外の二人は魔理沙の言葉に無反応。それが気に食わなかったのか、魔理沙は
咲夜と鈴仙の二人に言葉を紡ぐ。

「なー、妖夢以外の二人もそう思うだろ?早くみんなで何処かに遊びに行きたいと思うよな?」
「思うよなって、私は姫様の付き添いで来てるんだからそういう訳にはいかないわよ」
「右に同じね。私も母様と一緒に来てるのだから」
「ええー…というか、レミリアも輝夜も誘えば『おk、把握』とか言って一緒に遊びに行くタイプじゃんか。
だから今のうちに何処に遊びに行くか決めておこうじゃないか。私的には、紅魔館の湖の主釣りリベンジが…」
「あれはもういいよ…」

 魔理沙の提案を、私は即座に拒否する。
 というか、何よりもレミリアさんが拒絶すると思う。あの日以来、もう二度と魚釣りなんかしないって言ってたし。
 何処に遊びに行くか思案してる魔理沙を余所に、ふと鈴仙がぽつりと言葉を紡いだ。

「それにしても…こうして何処かに遊びに行くなんて話をする未来、風見幽香と戦ってるときは微塵も想像出来なかったわ」
「そうなのか?そりゃ勿体ないな。私はあの時は終わった後の宴会のことで頭が一杯だったが」
「どうすればそんなにポジティブになれるのよ…貴女本当に人間?」
「失礼だな。私は勝利を微塵も疑ってなかっただけさ。
絶対に勝つと決まっているんだから、考えるのは楽しい未来のことだけでいいだろ?違うか?」
「…本当、貴女らしいわ魔理沙。でも、貴女のそういう考えは最近嫌いではないと思ってる」
「おお?咲夜に褒められた気がするんだが、こりゃ珍しいな。
下手をすれば明日は豪雪かもしれん。妖夢、頼むから幻想郷から春を奪ってくれるなよ?」
「奪わないよっ!でも、私も魔理沙のそういう考え、好きだよ。そういうところだけは素直に尊敬してるから」
「けちけちせずに私の全てをリスペクトしてくれてもいいんだぜ?」

 笑って話す魔理沙だけど、彼女のこういう気質に私や咲夜は何度も救われてる。
 レミリアさんの決して折れない心、魔理沙の未来を疑わない在り方。それらはきっと、私達のような存在がどうしようもなく欲するものだから。
 …まあ、普段の魔理沙は本当にあれだから、全てを尊敬することは出来ないんだけど。私と同意見なのか、咲夜も聞かなかったふりをしてるし。
 そんな私達に、鈴仙は不思議そうな視線を送りながらも、再び話を続ける。

「とりあえず貴女のようにお気楽極楽思考が出来なかった私は、今ある平穏を幸せに感じているわよ」
「そりゃ鍛え方が足りないな、見当鈴仙。もしくはかなみ・優曇華院・イナバ。
私達の新メンバーとして、もっと人生を楽観して図太く生きようじゃないか」
「誰よそれ…まあ、貴女達と一緒に居るのは嫌いじゃないからね。これからも色々と学ばせて貰うわよ」
「うむうむ、日々学んで精進するといいさ」
「…いや、何で魔理沙はそんなに上から目線なのか私には全然分かんないんだけれど…」
「気にしたら負けよ、妖夢。魔理沙はいつもこんな感じでしょ」

 咲夜の冷静な突っ込みを否定できない自分。
 でも、鈴仙が私達の中に自分から入ろうとしてくれているのは嬉しく思う。魔理沙に強制的に参加させられた
被害者なのかと最初は思ったけれど、話してみてそうじゃないって分かったしね。鈴仙と友達になれたことは本当に嬉しいと思ってる。
 鈴仙も私や咲夜と同じく、主を持つ立場だし、色々相談に乗ったり乗って貰ったり出来ると思うから。
 再び何気ない話題で雑談に興じていると、相も変わらず魔理沙が唐突に突飛な提案をする。

「なあ、ちょっとだけ話し合いを覗きにいかないか?何か終わる気配無いし」
「えええ…駄目だよ、魔理沙。あれはとても大切な話し合いの場なんだから、邪魔しちゃ駄目だって」
「大切って、別に弾幕勝負ルールをお願いしてるだけじゃないか。霊夢の場合、お願いなんて可愛らしい表現は似合わないけどさ。
大丈夫、大丈夫。ちょこっとだけ覗くだけで、絶対に邪魔したりしないからさ。それに私だって幻想郷に生きる一人の人間なんだぜ?
幻想郷に生きて、弾幕勝負を行っている以上、あの場に参加する資格はあると思う」
「う、う~ん…そう強く言われると、なんだかそんな気がしてきた…で、でもでも」
「固いなあ、妖夢は。本当にチラッと覗くだけだって。それに妖夢も興味があるだろ?
あれだけの連中が集まって真剣な場なんて、もう二度とないかもしれないぜ?連中の『本気』って奴を見てみたいと思わないか?」

 魔理沙の誘いに私は強く反対を通せない。だ、だって気になるのは確かだし…この会議に集まった人は誰も彼もが天蓋の存在で。
 それがどれだけ荘厳で神聖な張りつめた世界が展開されているのか、気にならないと言ったら嘘だ。魔理沙の言う通り、覗きたい気持ちは確かにある。
 でも、それを覗きなんて行為で汚してしまうと考えると…うんうん悩んでる私に、予想外の人物から後押しの言葉をかけられた。

「いいんじゃないかしら。邪魔する訳でも無し、覗くだけでしょう?」
「おお、まさか咲夜からアシストが来るとは。さっきといい、どうしたんだ?
真面目一徹レミリア絶対至上主義のお前がそんな発言をするなんて」
「その訳の分からない絶対至上主義はともかく…貴女達とこれだけ一緒に居れば、考え方だって変わるわよ。
オンとオフの切り替え方も勉強だってパチュリー様やフラン様、美鈴にも散々言われてるしね」
「おお、咲夜が今まで以上に瀟洒だ…何という洗練された発言、これでまた咲夜と妖夢に大きな差が」
「な、何で私と咲夜に差が出てるの!?私何時の間に咲夜に置いて行かれたの!?」
「そういう訳で咲夜の許可も出たし遠慮なく行くとするか。咲夜と鈴仙はどうする?妖夢は強制な」
「私は遠慮しておくわ。戻ってきた母様から紅魔館のみんなと一緒に話を聞くことにしているから」
「私もパス。もしそんなことして見つかったら、後で姫様になんて茶化されるか分かったものじゃないし」
「私は…って、何で私だけ強制なの!?私にも二人のように訊いてよ!?」
「大きな音は立てるなよ!さあ、ミッションスタートだ!」

 魔理沙に引きずられるように、結局私は押し切られて覗きに参加することに。
 うう、本当に良いのかなあ…でも、興味があるのも確かだけど。確かなんだけど…うううう…本当に少しだけ覗いて戻ろう。
 話し合いが行われている部屋に近づくにつれ、私の心臓の音は少しずつ速度を上げていく。どきどきしてきたな…あれだけの
人達が集まる場だもの、どれだけ厳かな中で行われているんだろう。集団を纏める者やオンリーワンで世界を変えられる者…そんな方が
一同に集い真剣に話し合う場だもの、いつもの宴会とは絶対に空気が違うんだろうな。
 やがて、話し合いが行われている部屋の前に辿り着き、魔理沙はアイコンタクトで扉を開く旨を私に伝えてくる。私は息を飲み込み、
魔理沙に対してこくりと頷く。そして、そっと開かれる扉の向こうに私達は視線を向ける。この扉の向こうには、一体どれだけの緊迫した空間が――





「何やってんのよアホレミリアーーー!!!!!!何でみんなの車連判のど真ん中に手形なんか付けてるのよ!?」
「わ、ワザとじゃない!ワザとじゃないのよ!!だってみんなが綺麗に捺印を円環状に押してて、私の捺印するスペースが真ん中にしかなかったんだもん!」
「私が言ってるのは何で拇印じゃなくて手形を付けたのかって訊いてんのよ!!アンタこの契約書を関取のサイン手形にでもするつもり!?」
「間違っただけだってばああああ!!!あーん、本当にワザとじゃないのにいいいい!!!!」





 ――微塵も広がっていなかった。部屋の向こうに広がっていた光景は、怒り狂う霊夢としゃがみ込んで許しを乞うレミリアさん。
 そして、それを見て楽しげに笑う方々、呆れる方々。最早、この場にお酒があったら宴会場と言われても違和感のない『いつもの』空気。
 私と魔理沙は一度視線を見合わせ、何も言わずにそっと頷き合い、互いに次に取るべき行動へと移った。
 魔理沙は霊夢を宥めに、そして私は咲夜達の元へ向かい、たった一言を皆に告げるのだ。『宴会、もう始めるみたいです』と。







[13774] 後日談 その3 ~幻想郷縁起~
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2011/06/11 02:47





 ~side 慧音~






「せんせー、またあしたっ!」
「ああ、また明日。寄り道せずに帰るんだぞ」

 寺小屋から帰宅する子供達を見送り、私はゆっくりと沈み始めた太陽を軽く一瞥する。
 季節は春、以前までの冬時と比べて日が沈む時間が明らかに遅くなっている。日が暮れ難くなることは
夕刻時の子供たちの遊ぶ時間が増えるということであり、子供たちにとっては喜ばしいことなのだろうな。
 どうかはしゃぎ過ぎて転んだりはしてくれるなよと思いながら、私は寺小屋に鍵をかけ、戸締りを確認して出かける準備をする。
 私が外出する理由、それは人に会う約束を取り交わしている為である。その人物は今朝、私の家に訪れて『相談したいことがあるので
夕刻会ってくれないか』と約束を取り付けた。その人物…彼女は私の知人であり、少しばかり困ったような様子であった為、私は二つ返事で了承を出した。

「しかし、彼女が私に相談とは珍しい。私から相談を持ちかけることはよくあるのだが…」

 果たしてどんな相談ごとだろうか、そのようなことを考えながら、私は待ち合わせの場所まで足を運んでゆく。
 そして、待ち合わせの約束をしていた茶屋には、既に彼女は到着していたらしく、既にお茶を頼み、何やら書物を読みながら眉を顰めていた。
 …ふむ、あのように頭を悩ませる彼女の姿を見るのは珍しいな。私は彼女の珍しい様子を観察しながら、こちらに気付かない彼女に声をかける。

「遅れて済まない。少しばかり待たせてしまったか?」
「あ、いえ、そんなことはありませんよ。私も先ほど来たばかりですから」
「そうか、それを聞いて安心した。それでは改めて――こんにちは、阿求」
「ええ、こんにちは、慧音さん」

 私の挨拶に彼女――稗田阿求は笑顔を見せて一礼する。
 簡単な会話を済まして、私は阿求の正面に腰を下ろし、店員に緑茶を注文する。阿求は何やら相談があるという話だ、
ならばお茶の一つくらい注文しなくては店にも迷惑だろう。私の注文に合わせて、阿求も緑茶のお代わりを頼む。
 そして、阿求と向かい合う形になって、彼女は視線を私に向けて口を開く。

「慧音さん、本日はわざわざ私の為に時間を作って下さりありがとうございます」
「いや、構わないよ。むしろ頼ってもらえて光栄だ。
さて、何でも私に相談があるという話だったな。他ならぬ阿求の頼みだ、私で力になれるといいが」
「ええ、他ならぬ慧音さんだからこそ私は貴女を頼ったのです。
慧音さんは私の知人の中で、人妖問わず最も交友の広い人物ですからね」
「立場上の理由だよ。人里の守護者を務めている以上、素性の一切を知らぬ人間妖怪は少ない方がいいだろう?
むしろ逆に疎まれている可能性の方が高いぞ。職務的な質問をして良い顔をしてくれる妖怪なんて、数えるほどしか存在しなかったからな」
「それでも慧音さんは『幻想郷に棲む多くの妖怪と接した』という歴史があります」
「ふむ…他の誰でもない『稗田』の君に歴史を求められるとはな。並の人妖ならば君の方が詳しいだろうに。
つまるところ、阿求が欲しているのは情報か。それも君の知らない、最近に幻想郷で名を上げるような妖怪だな」

 私の問いかけに阿求は『話が早くて助かります』と微笑んで頭を下げる。
 情報、か。私が彼女に言ったように、阿求はこと妖怪や幻想郷の知識に関しては右に出る者は存在しない程の知恵者だ。
 それは彼女の『稗田』の血脈が何より強く物語り、幻想郷縁起を編纂した彼女が私に妖怪の情報を頼るとなると、
過去の情報では導けない最近の妖怪に関することに絞られる。昔から存在が知らされている強者達は、みな過去の彼女が情報を紐解いているだろうから。
 さて、一体誰の情報か。本命どころでいうと、少し前に幻想郷を滅ぼしかねない程の大異変を引き起こした風見幽香か。八雲紫達の話によれば、
彼女は外界とは異なる『別世界』からの来訪者だという。その恐ろしきまでの力と謎に満ち溢れた過去、阿求なら興味惹かれる妖怪だろうな。
 そんなことを考えていた私に、阿求は持っている書物を私に見せる為にそっと差し出した。そこには『幻想郷縁起』と阿求の文字で書かれていた。

「それは幻想郷縁起…妖怪や幻想郷の情報を過去の君が編纂した書物だな」
「ええ、そうです。ですが、これは『今回の私』が現在作成している途中の、言わば九冊目に当たる幻想郷縁起ですが」
「成程。すなわち、阿求が今代の幻想郷縁起を作成する中で、情報がなかなか手に入らない妖怪がいたか。
情報がないから、その妖怪に関しての項目が記述出来ない…だから私にその妖怪の話を聞かせて欲しい、と」

 大凡の予想を阿求に語ると、私の問いかけに彼女は少し困ったような表情を浮かべる。
 む、どうやら私の予想は外れたか。私に妖怪の情報を訊ねる理由はそれしかないと思ったのだが。
 首を傾げる私に、やがて阿求は『実は』と切り出して言葉を続ける。

「慧音さんの予想は半分合ってます。私が今代の幻想郷縁起を作成するに当たり、新規のある妖怪の情報を集めようとしました。
ですが、私が困っているのは情報が少ないからではありません。『情報が有り過ぎて』困っているのです」
「有り過ぎて困るとは面白い悩みだな。情報というものは、多ければ多い程、その項目に対して詳しく書けるものではないのか?」
「ええ、その情報の全てが真実ならば…です。ですが、私には、手にした情報の正誤を判断することが出来ないのです。
その情報全てを鵜呑みにして書くことも出来るのですが、それをやってしまえばきっと私は後悔するでしょう。
恐らくその妖怪は、私が阿求として生を全うするまでの期間の中で、他の誰よりも幻想郷の中心に立つ妖怪です。
言ってしまえば、私の…稗田阿求の役割はその妖怪の行動を記すことにあるのではないかと、最近よく考えているのです」
「…それ程か。他の誰でもない君がそれ程までに語る程の大妖怪が、この幻想郷に存在したか」
「ええ。現にその妖怪は、恐るべき力とカリスマで大異変に干渉しています。恐らく、現在の幻想郷で最強を体現しているのは他ならぬその妖怪でしょう。
ですので、慧音さんには是非とも、その妖怪と私をつないで頂きたいのです。慧音さんならば、人里に度々現れているという
その大妖怪とも恐らく接触したことがあると思います。慧音さんの縁を頼りに、私はその妖怪と直接話をしたいのです」
「直接会うつもりなのか?それが危険につながる行為であるかもしれないぞ?」
「構いません。その妖怪に会うこと…それは危険を背負ってでも価値があることだと私は考えています。
恐らくこれからの幻想郷もその妖怪を中心に揺れ動く筈です。だからこそ私はその妖怪に会い、幻想郷縁起を編纂することで
この時代を生きたカタチを残したいのです」

 どうかお願いします、そう頭を下げる阿求の姿を見て、私は断る術など持っていない。
 軽く息をつき、私も阿求に彼女を…風見幽香を紹介する覚悟を決める。ただ、私が頼んで彼女が会ってくれるかどうか。
 何せ風見幽香は一人の少女以外存在を認めているのかどうかすら怪しい人物だ。他は全て下郎と考え、大妖怪らしく
見下すような空気さえ在る。そんな彼女が阿求に会ってくれるかどうか…私は頭を悩ませながら、阿求に尋ねかける。

「阿求の願いは分かったし、当然私は力を貸すつもりだ。
だが、私の力で果たして阿求と彼女を引き合わせることが出来るかどうか…」
「そうですか…やはり慧音さんでも、レミリア・スカーレットと接触するのは難しいですか」
「そうだな、私では風見幽香と…え?レミリア?」
「へ?レミリア・スカーレットですよ?」
「…風見幽香じゃなくて?」
「いえ、紅魔館の主である吸血鬼、レミリア・スカーレットですが…」

 阿求の言葉に、私は思わず言葉を失ってしまう。
 今までの話とレミリアがどうしてもつながらなかった為か、少し混乱をきたしてしまっていた。
 …いや、恐るべき力とかカリスマだとか阿求は言っていたような。幻想郷最強を体現する存在だとか言っていたような。
だから私はてっきり風見幽香だと思い、危険だと考えていたんだが…レミリア?レミリアとはあのレミリア…だろう。
 混乱がピークに達している私に、阿求はトドメとばかりにトンデモナイものを見せてきた。
 彼女が手にもつ編纂途中の幻想郷縁起を開き、ある項目を差し出しながら、私に言葉を続ける。

「人里で集めた情報を寄せ集めて、一応の形としてレミリア・スカーレットの項目を作成してみたのですが…
これが何処まで真偽であるのか、私には判断がつかないのです。ですから、直接会ってみなければいけないと思いまして」
「え、ああ、うん…」

 混乱のあまり半端な返答をしながら、私は阿求から幻想郷縁起を受け取り、そのレミリアのページに視線を落とす。
 そして、私はそのあまりの記述内容に言葉を失ってしまった。正直、言葉を失うくらいで済ませられた自分自身を褒めてやりたい気分だった。




























 ~side 阿求~



「それじゃ、この娘を紅魔館に連れて行けばいいんだな?」

 後日、慧音さんとの待ち合わせの場所に辿り着くと、そこには黒白で統一された服装を着こなす少女がいた。
 彼女――霧雨魔理沙さんは、私と挨拶を交わした後で、慧音さんに改めて確認を取る。

「ああ、頼んだぞ。本当は阿求の誤解を解く為にも、私が直接送ってやるべきなのだが…」
「慧音は寺小屋の仕事があるんだろ?気にするなって。
私が紅魔館に遊びに行くのは、ほぼ毎日のことなんだからな。遊びに行くついでだよ、気にすることでもないから」
「そうか、そう言ってもらえると助かる。それでは魔理沙、阿求のことを頼んだぞ」

 慧音さんにお礼と別れを告げ、私は魔理沙さんが飛行に使用する箒の後ろに乗せて貰った。
 私が乗ったことを確認し、魔理沙さんは無理のない程度の速度で人里の上空へと飛翔する。
 地上より少しばかり体感温度が低く感じられる高度を固定し、飛行を続けながら魔理沙さんは背後の私に問いかける。

「阿求…で、合ってるよな。阿求は紅魔館に何の用があるんだ?
私は慧音から、お前を紅魔館に連れて行って紅魔館の連中に紹介してやって欲しいとしか言われてなくてなあ」
「ええ、阿求で合ってますよ、魔理沙さん。私の用は紅魔館…正確には、レミリア・スカーレットさんに関することなんです」
「レミリア?あいつに?」
「ええ、紅魔館の主、レミリアさんにです。私はレミリアさんに直接会わなければならない理由があるのです。
ところで、魔理沙さん。貴女の口ぶりからして、もしかして魔理沙さんはレミリアさんとは知人だったりしますか?」
「ん~…知人なんて距離のある関係ではないなあ。友達でも足りないかもしれない、心の友って感じかな?」
「あ、あのレミリアさんとそんな関係なんですか!?」
「んあ?いや、どのレミリアさんとそんな関係がどんな関係でこんな風に驚いているのかさっぱり分からないんだが…」

 首を傾げる魔理沙さんを余所に、私は彼女の発言に驚きを隠せなかった。
 レミリア・スカーレットが数多の強者達と友好的な関係にあることは知っていた。けれど、まさか魔理沙さんのような
普通の人間にまで友人を認めているなどとは少しも想像していなかったからだ。
 強き妖怪とは弱者を見下すもの。魔理沙さんが弱いとは言わない、けれど、魔理沙さんはあくまで人間なのだ。
 普通の妖怪ならば、唯の人間なんて視界にすら入れないというのに、レミリアは自らを彼女と『対等』の関係としている。
 全く思考が読めない吸血鬼の在り方に、私は知らずのうちに手に汗を握る自分を感じていた。
 未知なる妖怪に出会う恐怖か興奮か、私は出会ったことのない幻想郷最強の妖怪に己が感情を高ぶらせずにはいられなかった。
 そんな私に、魔理沙さんは楽しげに笑って言葉を紡ぐ。

「とりあえず阿求はレミリアに会ってみたいって訳だ。
ん、良いんじゃないか?レミリアの奴なら、お前のことも歓迎してくれるだろ」
「…歓迎、してくれるんですか?」
「するな、間違いなく。というか、あいつが誰かを拒否する姿なんて全く想像出来ないな。
誰が相手だろうと、レミリアは全てを受け入れるぞ?ただ、相手によっては歓迎の反応は変わるだろうけどなあ」
「万物を在りのままに受け入れる…まるで幻想郷の在り方のようですね」
「あはは、そんな大層なものじゃないだろうけど。おっと、紅魔館が見え始めたぞ、阿求」

 魔理沙さんの言葉に、私は意識を思考の海から視界に広がる光景へと切り替える。
 そこには大きな湖が広がり、その中央にぽっかりと浮かぶ大きな島が存在していた。
 その島に聳え立つは大きな洋風の館。紅魔館――紅悪魔を初めとした、多くの強き妖怪達が棲まう場所。
 ここに彼女が……ここ数年の間、幻想郷にて己が力を誇示し続けた最強の吸血鬼、レミリア・スカーレットが存在するのか。
 私は息を飲み、魔理沙さんに気付かれないように今一度覚悟を決める。彼女に、スカーレット・デビルに会う為の勇気を心に。

 けれど、そんな私のなけなしの勇気は最初の一歩で挫かれることになる。
 何故なら、この島に降り立ち、館に向かおうとした私達を『とんでもない化物』が道を塞いでくれていたからだ。
 紅魔館へと続く道、館へ入る為の門。その前に君臨するは巨大な紅竜。身の丈にして十メートルは優に超える体躯のドラゴンが
誰一人生かしては門を通さぬとばかりに横になっていたからだ。

「あ、あわ!あわわ!ま、まままま魔理沙さん!竜、竜が!!きょ巨大な竜が!!」
「ああ、竜だな。ったく、美鈴の奴…まーた白昼堂々だらだら居眠りなんかしてるし」
「はやっ、はやっ、早く逃げないと!逃げませんと!!って、何近づいてるんですか!?食べられちゃいますよ!?」
「…だとさ。美鈴、お前いつから人喰い竜にクラスチェンジしたんだ?」
『さあ?それよりも魔法使いちゃん、人をサボり魔か何かのように言うの止めてくれる?』
「サボり魔だろ?門番としてお前、全然機能してないし」
『機能するような相手がいないのよ。館に来るのは皆お嬢様の大切なご友人だしね。日々是平穏良いことじゃない。
むしろ今の紅魔館に挑むような輩がいれば、私は心から敬意を表してあげるわ』
「お前にパチュリーに咲夜に文に萃香にフランドールか、軽く百回は死ねるな。難易度ルナティック過ぎるだろ」
『そういうこと…ふぁぁ』

 巨大な紅竜は大きな欠伸を一つして、身体中に光を収束させる。
 そして、竜を包む光が収まったと思うと、そこには紅髪を持つ美しき大人の女性が佇んでいて。
 ただただ呆然とするしか出来ない私に、その女性は優しくにこりと微笑んで、楽しそうに声をかける。

「初めまして、見知らぬお客人。私は紅魔館の門番を務めている紅美鈴と申します」
「え、あ――は、初めましてっ!わ、私は稗田阿求と申します」
「はい、とても元気の良いご挨拶ありがとうございます。さて、本日はこの紅魔館に如何なるご用件でしょうか?」
「遊びに来た!ついでに言うと何時も通り晩飯もよろしく頼むぜ!」
「魔理沙には訊いてないからね、どうせいつものことだし。ご飯のことなら咲夜に言って頂戴。
それで稗田阿求さん?貴女のご要件は?」
「は、はい!」

 そして、私は紅竜――もとい、美鈴さんにこれまでの事情を説明する。
 私が過去より幻想郷縁起について纏めていること、その中でレミリア・スカーレットの項目について情報が上手く集められないこと。
 情報の真実を知る為に、直接本人に会いたいということ。可能ならばお話を聞かせて貰いたいということ。
 私が事情を説明すると、美鈴さんはどんどん表情が申し訳なさげな気まずそうな表情へと変わっていく。不思議に思っている私に、
美鈴さんは苦笑しながら私に言葉を紡ぐ。

「えっと、阿求さん…ごめんなさい、それ、間違いなく私達の責任だわ。
人里でお嬢様の情報が訳の分からないことになってるのは、少し前に私達が人里で情報操作を行っちゃったから」
「え、そ、そうなのですか?どうしてまたそのような…」
「あー、レミリアが『リア』だったときの話か。私も苦労したぜ、何せどれだけ探しても情報が集まらないんだもんな。
というかお前達、もしかしなくても人里でのレミリア像は放置しっぱなしなのか?」
「あはは…ま、まあ良いじゃない!お嬢様に興味を持つ人はこうやって阿求さんのように直接訊ねてくれる訳だし、
もう今のお嬢様には以前のような『作られた名声』なんて不要な訳だしね。それより阿求さん、貴女の事情は分かりました。
そのような理由なら、お嬢様は喜んで貴女にお会いになるでしょう。どうぞ紅魔館の門を通り下さいな」
「あ、ありがとうございますっ!」

 門を開いてくれた美鈴さんに、私は慌てて頭を下げて礼を告げる。その間に魔理沙さんは門を潜り抜けていた。
 そんな魔理沙さんを追いかける為に、私も門を通ろうと足を踏み出した刹那、背後の美鈴さんから言葉がかけられる。

「稗田阿求さん、一つだけ忠告しておきます。
絶対に無いとは思いますが、どうか『レミリアお嬢様に害を為す』真似だけはお止め下さいますよう。
それだけがこの紅魔館において絶対遵守すべき法。もしそれが破られてしまえば――私達は貴女を容赦なく殺すわよ?」
「――ッ、わ、わ、分かりました…」
「はい、大変良いお返事です!紅魔館一同、貴女を心より歓迎申し上げますよ、阿求さん」

 それだけを告げて、美鈴さんは慈母のような笑顔で、私に手を振ってくれた。
 その変わりように、私は己の身体の震えを必死に抑えながら、魔理沙さんを追いかけることしか出来なかった。
 彼女から感じられた恐ろしいまでの殺気…主人を害する者には、容赦なく無慈悲な死を与えることも厭わない覚悟。
 竜という妖怪よりも遥かに神性の高い種族でありながら、彼女はレミリア・スカーレットに最上の忠誠を誓っている。
 その種族からも分かる通り、彼女の強さも天蓋のモノなのだろう。そんな紅竜すらもレミリアは使役する。美鈴さんが心から
レミリアのことを崇拝し従っていることは彼女の言動から明らかだ。
 私は心の中で益々高まるレミリアへの敬意と畏怖を感じながら、魔理沙さんの後を必死についていった。









 紅魔館の敷地内に足を踏み入れ、私が次に目にしたのは、紅魔館の庭でじっと空を見上げる少女の姿。
 ただ、その少女が唯の人間でないことは彼女の容貌とここが『紅魔館』であることで明らかだ。
 その少女の頭からは巨大な角が二本生えている。特徴的な容貌から、彼女が最強の鬼、伊吹萃香であることを私は知る。
 …本当に、彼女も紅魔館に滞在しているんだ。あの鬼の中でも最強と謳われる伊吹萃香をも、レミリアは傍に置いているのか。
 何か集中する彼女に、魔理沙さんは遠慮なく近づき声をかける。

「どうしたんだ?何か空に面白いものでもあるのか…って、あー…」
「将来面白くなるかどうかはあいつ次第さ。ま、文に喰い下がってる点では十分頑張ってるよ。
可能性を諦めず、勝つ為の方法を常に模索する姿には、流石はレミリアの娘だと褒めてやりたいところだ。
しかし、文も流石だね。最初は嫌々参加したくせに、鞘から抜き放てばあれだけの動きをする」
「…悪いが私には残像しか見えないぞ。おお、早い早い。文はともかく、咲夜も最早十分人間やめてるな」
「残像を追えるだけでも大したもんさ。どうだい?アンタもここで鍛えていくかい?」
「冗談だろ?悪いが私は普通平穏魔法使いライフを全うしたいんだ。そういう誘いは霊夢や妖夢にでもやってくれ」
「そうかい。アンタも十分『こっちの世界』でやれる力と可能性を持っていると思うがね」

 伊吹萃香の言葉に首を振りながら、魔理沙さんはこちらへと戻ってくる。
 そして、私の肩をぽんと優しく叩き言葉を紡ぐ。

「行こうぜ阿求。レミリアの部屋まで私が案内出来るからな、咲夜の案内は不要だろ」
「え、え?でも魔理沙さん、今、伊吹萃香さんに何かお誘いされて…」
「馬鹿、やめろ、空を見るな。あれは私達普通の人間が足を踏み入れちゃいけない領域なんだ」
「で、でも…」
「き に す る な !」
「は、はいっ!」

 魔理沙さんに強く押し通される形で、私は紅魔館の館へと足を踏み入れる。
 …ただ、背後から爆発音が聞こえたり空が光ったりしてるのは、気にしないことにしよう。
 巨大な館に入り、私は周囲をきょろきょろと眺めながら魔理沙さんの後をついていく。
 階段を上ったり通路を曲がったりと複雑な道を魔理沙さんは迷うことなく足を進めていく。その慣れた様子に、
彼女が幾度とこの館に遊びに来ているというのは、決して冗談などではないことが証明されている。
 紅魔館は閉ざされた館であり、人間など決して立ち入らせないというイメージを抱いていた私には本当に驚き以外にない。
 だからこそ、今の私ではレミリア・スカーレットの人物像が全く想像出来ない。
 妖怪特有の傲慢も驕りも感じさせない、最強の吸血鬼。はたして彼女はどのような妖怪なのだろうか。

「――お。ついたぜ阿求、ここがレミリアの部屋だ」
「は、はいっ。準備も覚悟も既に完了しています」
「覚悟って何の覚悟だよ。まあいいや、それじゃ入るぜ」

 魔理沙さんが扉を開け、部屋に足を踏み入れる後に私も続く。
 室内に足を踏み入れ、そこで私はたった一人の少女に瞳を奪われる。
 部屋の中央の椅子に腰をかけ、テーブルの上におかれた紅茶を嗜む少女――その圧倒的なまでの存在感に私はどうしようもなく魅了された。
 まるで御伽噺からワンシーンを切り抜いたような幻想を感じさせ、それでいて幼い少女の身体から放たれる強大な圧迫感。それは彼女が
強大な妖怪であることの証であり、天蓋の存在である証明。
 何の力もない私がこれほどまで感じることが出来る、その時点で少女の存在は異常なのだ。
 そして、少女は優雅に紅茶をテーブルに置いて、私達に視線を向けて言葉を紡ぐ。

「魔理沙に――見ない顔ね。この紅魔館に新たな客人とは珍しいわ」
「お邪魔してるぜ。というか、庭先で暴れてる戦闘狂をなんとかしてくれ。こっちまで巻き込まれそうになったぞ?」
「あら、それはお気の毒ね。最強と謳われる伊吹鬼、咲夜にも良き師が増えたとは思わない?
最近、八雲紫が博麗の巫女の修行に助力しているでしょう。ならば咲夜も私達以外から、という訳。勿論これは咲夜自身が望んだことよ?」
「知ってるよ。しかし、咲夜の奴は一体何処まで強くなれば気が済むのやら」
「飽くなき向上心こそあの娘の強さよ。それに、萃香は私にとっても大切なリハビリパートナーなのだけれどね。
さて…そこの貴女、いつまでも扉の前に立っていても仕方ないでしょう?」
「は、はいっ!」

 少女の言葉に、ようやく私は金縛りにでもあったような身体をぎこちなく動かすことに成功する。
 そんな私の姿に、少女は全てを理解しているように微笑み、私達にも椅子に座るように呼び掛ける。
 魔理沙さんは少女が誘う前から先に腰を下ろしており、私は緊張に身を包みながら恐る恐る席に腰を下ろした。
 恐らく外から見て私はこれ以上ない程にガチガチの動きをしているんだと思う。そんな私に、少女は重ねた指先を組み替えながら楽しげに言葉を紡ぐ。

「悪いわね。本来なら、紅茶の一つでも振る舞ってあげたいのだけど…私は紅茶の入れ方がまだまだ勉強不足でね。
もう少しだけ時間を頂戴。折角の初めてのお客様だもの、今日という日を忘れられない程に素晴らしい紅茶を楽しんで貰いたいわ」
「紅茶を入れる練習もしてるのか。前は確かお菓子作りも練習始めたとか言ってたな。先生が優秀過ぎて大変だなあ」
「フフッ、本当よ。私があの領域に辿り着くには、まだまだ時間が掛かるみたい」
「そうか?でもあいつ、お前のことこの前博麗神社で滅茶苦茶自慢してたぞ?
『凄く筋が良いの!そして凄く凄く可愛いの!もし妹じゃなくて私が男なら絶対にお嫁さんに貰いたいくらいよ!』って」
「も、もう…お姉様ったら」

 魔理沙さんの言葉に、少女の身体から他者を圧する空気が消え、まるで年相応の少女のような表情が垣間見える。
 その光景が私に今日何度目か分からない衝撃を齎した。最強と謳われる吸血鬼、その少女が持つ二面性。そのアンバランスさ。
 私達のような人間とは絶対的に異なる世界に生き、強者達と殺し合いを経験しながらも、少女はあのような表情を見せることが出来る。
 知らなければいけないと思った。間違いない、きっとこの少女こそが幻想郷中の人妖を惹きつける最強の吸血鬼だ。
 だから私は意を決して踏み込む。その少女のことを書き記すことこそが、『稗田阿求』の役割だと思うから。

「あ、あの!私は稗田阿求と言います!本日は貴女に用があり、お伺いさせて頂きました!」
「私に?それこそ珍しいわね。私個人への客なんて八雲紫くらいかと思っていたわ」
「だって基本お前は姉と一緒にいるからなあ。別に個人で訪ねなくても会えるし。
って、いやいや、そうじゃなくて阿求、お前の要件は妹じゃなくて…」
「稗田阿求、要件を訊きましょう。別に畏まったり遠慮したりすることはないわ。貴女の用を貴女の言葉そのままで説明なさい」
「は、はい!」

 説明を促され、私は目の前の少女に魔理沙さんへ行ったモノと同じ説明をする。
 私の話を興味深そうに聞いていた少女は、やがて少し困惑するような表情へと移っていく。そんな変化に気付けず、私は
最後まで説明を続け、最後に言葉を結んだ。

「以上が私のここにいる理由です。幻想郷最強の吸血鬼…いえ、最早幻想郷最強の存在になりつつある妖怪――レミリア・スカーレット。
私は貴女のことを知りたいと、貴女の在り方を記したいと考えました。そして、その選択は間違いで無かったと貴女に会って確信しました」
「いや、だから阿求、あのな、レミリアはこっちじゃなくて…」
「私はもっと貴女のことが知りたいと思いました!貴女にもっと触れてみたいと感じました!
幻想郷縁起を編纂してる中、ずっと形の見えない貴女を想い続けていました。貴女に会いたいと、何度も何度も思いました。
そして今、こうして貴女に出会い、その存在に瞳を奪われて思ったんです!私の想いは間違いじゃなかったと!ですからどうか、どうかお願いします!」

 熱を帯びる私の言葉に、少女の困惑は深まるばかり。だが私は止まらない、止められない。
 私は胸に炎を宿し、心の想いを込めて彼女に――レミリア・スカーレットに告げる。
 私が彼女へ募らせ続けた想いを、心を。私のたった一つの願いを。

「私に、私に貴女の「だ、駄目よーーー!!!それだけは駄目えええええええ!!!!」編纂させてください…へ?」

 私の声を遮るように、突如室内に現れたもう一人の少女――まるで目の前の紅魔館の主に瓜二つな…何故かメイド服を着ている少女を見て、
私は思わず言葉を失ってしまった。えっと…こ、これは一体…どうしてレミリアさんにそっくりな少女が給仕をしているのか…


























 それ以上台詞を続けさせてなるものかと、私は扉を力いっぱい(レミリア120パーセント)で開け放ち、思いっきり絶叫した。

 いや、だってそんなの当たり前じゃない!フランやもうすぐ訓練を終える咲夜や、他のみんなの為にクッキーを焼いてて、それを
持って意気揚々と部屋に戻ってきたら、見知らぬ少女がフランへ告白しようとしてるじゃない!
 何を言っているのか分からないと思うけど、私だってこの状況は何がなんだか掴めないわよ。催眠術とか云々頭がどうにかなりそうよ。
 クッキー焼き終えて部屋に戻ったらシャラララエクスタシータイムとか誰が思うのよ!?見知らぬ女の子、メッチャ熱帯びた瞳で
フランのこと見つめてたし…くああああ!だ、断固レミリア!駄目駄目こんなの認めないわ!絶対に認めるもんですかあああ!!

「お、お姉様…?一体どうし――」
「どうしたもこうしたもあるかーー!!駄目よフラン!?同性愛はいけないわ!非生産的な!
いいえ、そもそもフランに恋愛はまだ早すぎるわ!!こんな白昼堂々告白だなんて…わ、私だって告白なんてされたことないのに!!」
「ちょ、ちょっとレミリア、落ち着…」
「生まれてこのかた恋人いない歴五百年を超えた私を差し置いてフランに恋人!?こんなの絶対おかしいよ!?
幾ら相手が女の子とはいえ、そんなの絶対絶対認めないんだから!そ、そこの貴女!!」
「わ、私ですか!?」

 キッと視線を向けた先にいる黒髪の女の子を私は凝視、観察。
 …くうう!普通に可愛い女の子じゃない!確かにフランは同性から見ても魅力的な女の子かもしれないけれど、どうしてこんな美少女が!
 と、とにかくフランに恋人はまだ早過ぎるのよ!これは決して嫉妬とか妹に先を越されそうになって焦ってるとか、全然そんなんじゃないんだから!
 まずは何としても、この娘にフランのことを諦めて貰わないと…例え今は恨まれても、これが二人の為なんだから!

「悪いけれど、ふ、フランのことは諦めてくれるかしら!?
この娘の姉として、貴女との交際は認められないわ!どどど、同性愛なんて駄目よ!フランのことはお願いだから諦めて頂戴!
どうしても女の人が諦めきれないなら、私の友達で『そっち』の理解がありそうな人を何人か紹介してあげるから、フランは駄目!」
「…なあ、ちなみにレミリアの言う理解がありそうな奴って誰だ?」
「紫!」
「即答だな…つーかそれ、紫を生贄にするだけじゃないか」
「紫なら、紫なら何とかしてくれる…ととととにかく!どうかどうかどうかフランのことは後生ですから諦めて下さい!
ど、どうしても諦めきれないなら、わ、私が犠牲になるから…本当は滅茶苦茶泣きたいくらい嫌だけど、頑張ってデートするから、だから…」

 女の子に対してこれ以上ないくらい美しく土下座を決める私。
 みじめ?無様?ふん、フランを守る為なら土下座くらい呼吸をするノリで決めてみせるわ!
 だって、折角フランと『以前』のように仲良くなれたのよ?やっと本当の姉妹に戻れたのよ?その幸せを恋人が奪い去るなんて酷過ぎるわ。
 今、フランに離れられちゃうと私100パーセント泣いて引き籠る自信があるわ。だから誰が相手でもフランは絶対渡さない!
 覚悟を決めて土下座モード継続中の私に、背後からフランが優しく微笑みながらそっと私を抱きしめてくれた。

「もう…馬鹿だよ、お姉様は。私がお姉様以外の誰かのものになったりする筈ないのに」
「フラン…でも、でも」
「約束したよ。いつまでも、一緒だって。だから心配しないで、私はお姉様が許してくれる限り、ずっと傍にいるから」
「うう…ふらあああん!」

 優しい言葉をかけてくれるフランを私は涙目で抱きしめ返す。くうう!なんて可愛い娘なの!
 フランが一緒に居てくれるのなら、私はそれだけで十分…いえ、やっぱり紅魔館の家族みんなが一緒なら…ううん、友達みんなも含めて
幸せなら十分に変えよう。私は我儘で強欲な吸血鬼だから、沢山の幸せを願ってしまうし諦めない。
 とりあえず、今はフランが私を選んでくれたことを感謝しよう。本当にごめんね、黒髪の女の子。貴女には、紫をちゃんと紹介するから。
 ゆっくりとフランから離れ、私はその場に立ち上がり、少女に向けこほんと小さく咳払いをして声をかける。

「そういう訳で…本当に本当にごめんなさい。
貴女の想いは理解してるけれど、どうしてもフランは渡せないの。で、デート一回とかで許してくれるなら、その、私が頑張るから!」
「いえ、あの…えっと、ごめんなさい、私には何がどうなっているのか…とりあえず一つ確認させて下さい」
「いいわよ。それで貴女が諦めてくれるなら」
「あの…そちらの方は、レミリア・スカーレットさんではないのですか?」

 そういって、黒髪の娘はフランの方へ視線を向ける。
 え?何?この娘はもしかしてフランのことを私だと思っていたの?なーんだ、唯の勘違いだったのね。
 この娘の狙いはフランではなく、私だった訳だ。そっかそっか、それならそうと最初から言いなさいよね、もう!
 これでフランがこの黒髪の娘と一緒になってにゃんにゃんなんて未来は消えた訳だ。だってこの娘はフランと私を勘違いしてた訳で。
 ああ、本当に安心した…などと言ってる場合ではない!!!!それってつまり、この娘がにゃんにゃんしたい相手ってつまりわたし――って、うええええええい!?

「わ、私はノーマルだから!!このレミリア・スカーレットには正しいと信じる夢がある!!
それはいつか素敵な旦那様と一緒になり、家族みんなで幸せに過ごしながら、いつか自分だけのケーキ屋さんを持つことよ!!
お、女の子には全然興味が無いから諦めて頂戴!わわわ私の憧れの人はコウ・ウサギ少尉にクロネコ・ハラオウン提督なんだから!」
「いやいやいや、とりあえずレミリア、マジで一度落ちつけって。本当に話が進まないからな?
まずは二人の誤解を解くことから始めるけど、レミリア、阿求は別に同性愛者でも何でもないから」
「そ、そうなの?」
「そうなの。で、阿求、お前も盛大な勘違いしてたけど、こっちで涙目になってるメイド服着てる方がレミリア・スカーレット。
それでさっきまでお前が勘違いしていた相手が、その妹のフランドール・スカーレットだから」

 私達を紹介する魔理沙。その少女は呆然とした後、何度も私とフランの顔に視線を繰り返し移動させる。
 そして、今度は手に持っていた書物を開き、何度も何度も私と本を視線でいったりきたり。……なんぞこれ?
 とりあえず、勝手な誤解と勘違いをしてしまった訳だから謝らないとね。私は改めてその阿求と呼ばれた少女に向き直り、口を開き…

「とりあえず、勝手な勘違いをしていたみたいね。本当にごめんなさい。
魔理沙の紹介にもあった通り、私が紅魔館の主を務めているレミリア・スカーレット…」
「う、嘘ですっ!!全て嘘ですっ!!!」

 思いっきり否定された。あれ?何この新展開。
 今まで幾度も自己紹介してきたけど、スタートダッシュで否定されるって初めてじゃないかしら。
 何が嘘なのかはさっぱり分からないけれど…仕方ないわね。こほんと咳払いをしつつ、私は改めて女の子に自己紹介。

「貴女!!私を一体誰だと思ってやがる!!」
「へ…?」
「幻想郷に悪名轟く紅魔館!ヘタレの魂背中に背負い!
他力本願の現当主!レミリア様とは、私のことよ!!」

 ビシッと決めて言い放つ私に、唖然とする少女。ふふっ、決まったわ。これ以上ないくらいに決まったわ。
 ここ数週間色々と考えつづけた『他人に二度と自分が強いなんて勘違いさせない為の自己紹介法』だけど、これは完璧ね。
 この挨拶だけで、私が如何に取るに足らないヘタレな存在かを存分にアピールすることが出来るわ。美鈴と一緒に漫画を読んで考えた甲斐があったというものよ。
 見なさい、この空気の変わりっぷりを。魔理沙は腹を抱えて爆笑してるし、フランは顔を真っ赤にして視線を逸らしてるし。
 とりあえず私は最高の笑顔をもって、少女にアドバイスを送る。

「貴女が何を偽りだと疑っているのかは知らないけれど、余計なモノに惑わされないで。
自分が選んだ一つのことが、貴女の幻想郷の真実よ。フフッ、そうでしょう、フラン?」
「えっと…そう、なのかなあ?」
「とりあえずお前達、頼むから阿求に回復の時間を与えてやってくれよ。
あまりの衝撃に回復不能な状態まで陥ってるみたいだからさ」

 魔理沙の言う通り、黒髪ちゃんは口から魂がはみ出てると言われてもおかしくないくらい呆然としてて。だ、大丈夫かしら。
 とりあえず、この娘の意識が戻ってくるまで、私はさっき作ったばかりのクッキーをフラン達の前に広げて、みんなの為に
紅茶を淹れる。勿論、何が何だかよく分からないけど、多分お客様であろう女の子の分も忘れない。
 私がみんなの分の紅茶を淹れ終えたくらいで、女の子の意識が戻り、目をぱちくりとさせて私の方をマジマジと見つめている。
 …えっと、こういう場合、私から声をかけた方がいいわよね。とりあえず、話を始める前に…

「貴女が何に驚いていたのかはよく分からないけれど、とりあえず紅茶をどうぞ。クッキーも焼きたてだから遠慮しないでね」
「あ、ありがとうございます…あの、えっと…レミリア、様…」
「レミリア、ね。私はこの館の主を務めているけれど、別に特別偉い訳でもなんでもないから。
とりあえず様付けは止めてね。それ以外だったら好きなように呼んでくれて構わないから」
「そうそう、レミリアに様付けなんてしてるの美鈴か咲夜くらいだし。
そして今、本人から好きなように呼んでくれて構わないと言われたから、私は今日からレミリアのことを『スカーレット・デビル』と呼ぶことにする」
「ぬわーーっっ!!止めて!?お願いだから名前で呼んで!?そんな咲夜の広めた病的ネームで私を呼ぶのは止めて!?」
「…咲夜にシュトルテハイムなんとかとか名前をつけそうになったお姉様もどうかと思うけど…」
「何か言ったフラン!?」
「ううん、何にも。お姉様大好きだよ?」
「…何気に時々黒いよな、フランドール」

 私達がぎゃあぎゃあと騒いでいる中、少女は戸惑いつつも紅茶に手を伸ばしてくれた。
 そして紅茶を口に含み、先ほどとはびっくりしたような表情を私に見せてくれる。フッ、手応えあり!その反応が見たかったのよ私は!
 さあ、次はクッキーの番よ。女は度胸、何でもやってみるのよ。クッキーを食べてお腹の中がパンパンだぜって言いなさい!堪能しなさい!
 女の子の反応を今か今かと待つ私。女の子が口にクッキーを含み、そして一言目を――

「いや、マジ美味いよなレミリアの紅茶とクッキー。なあ阿求」
「え、あ、はい」
「うおおおおい!!!魔理沙貴女なんてことしちゃってるのよ!?折角の第一声が!!女の子の感想がなあなあに終わっちゃったじゃない!?
私は自分の作ったものを食べて貰った後の第一声を何よりのご馳走だと信じて生きてきてるのに!!」
「曲がりなりにも吸血鬼なんだから、そこは人間に血を啜ることって言っておこうぜ」
「そういえば私、最近自分が微塵も血を飲んでないことに気付いたの。多分ここ一年くらい飲んでないと思う」
「お前、本当に吸血鬼か?ご飯とお菓子を主食にする吸血鬼なんて聞いたことないんだが」
「以前慧音に子供が夜更かしするなと怒られて涙目になったことがあるんだけど、ギリギリ吸血鬼よね?」
「いやギリギリも何も余裕でアウトだろ。審判にクレーム付けることすらおこがましいレベルで」
「あ、あの…」

 私達の会話に、入り込んでくるは黒髪の女の子…って、私、この娘の名前訊いてないわね。
 何かを話そうとする少女に対し、私は手のひらで少女を制止して、笑顔を浮かべて訊ねかける。

「かなり遅れてしまって申し訳ないんだけど、貴女の名前を訊かせて貰えるかしら?」
「あ…わ、私は稗田阿求と申します」
「阿求…うん、阿求、素敵な名前ね。さっきも言ったけれど、私はレミリアね。
私は貴女のことを阿求って呼ぶから、貴女も私のことを気軽にレミリアって呼んで頂戴」
「好きなように呼んでいいんじゃなかったっけ?」
「魔理沙のせいでしょうがあほんだらーー!!ところで、阿求、さっき何か話そうとしてたけど?」
「えっと…まずは紅茶とクッキー、ありがとうございます。本当に美味しいです。
こんなに美味しいものは、今まで食べたことなかったので…これ、本当にレミリアさんがお作りに?」
「ええ、全て私が作ったものよ。最近は幻想郷一の家庭的吸血鬼の座を咲夜から奪還する為に研鑽を重ねててね。
阿求の口に合ってくれていたなら嬉しいわ。そうね、折角だから阿求の帰宅時にはお土産として私のお菓子を包んであげましょう!」
「あ、ありがとうございます…紅魔館の主がお菓子作り…レミリア・スカーレットがお土産…メイド服着てお菓子自慢…」
「どうしたの?」
「いえ、何でも…えっと、お話の続きで、私が紅魔館に来た理由はその、レミリアさん以外のお二人にはお話したのですが…」

 何やら物凄く言い難そうに口を噤む阿求。そんな阿求に何やら同情的な視線を送るフランと魔理沙。え、何この空気。
 ちょっと、止めなさいよそういう空気…何もしてないのに、何故か湧きあがる罪悪感。私、私が悪いの!?まるで何かの全責任が私にあるような…
 そして、意を決したのか、阿求はぽつりぽつりと紅魔館に訪れた事情を説明してくれた。
 阿求がここに来た理由は、私、レミリア・スカーレットのことを知りたかったから。ここ数年、幻想郷を騒がせている存在、紅魔館に棲む紅悪魔の噂。
それらを耳にする度に、阿求は私に会いたいという想いが募っていったらしい。そして、阿求は何でも妖怪のことを書き記す書物の編纂を
しているらしくて、そこに私の項目を作る為に、本人に会わなければとも思ったらしい。それで今日、阿求は私に会いに来たという理由だとか。

 それを聞いて、私は成程なあと納得する。まあ、確かにここ最近の異変に私絡んでるしね。自分の意思かどうかはともかく、絡んでるしね。
 でも、内容なんて大したものじゃないし。紅霧異変は霊夢に怯え逃げ回っただけだし、春雪異変は変態桜に振り回されて失神してただけだし、
萃香異変は萃香にフルボッコされただけだし、永夜異変は輝夜の部屋で雑談してただけだし、幽香異変はみんなに助け求めただけだし。
 …並べてみると、私って本当に見事なまでにヘッポコね。物語として残すことすら不可能な恥物語よね。私に最強系設定とか絶対無理ねこれ。
 そういう訳で、私は阿求の要件に対して別段深く考えることはなかったり。だって、あれでしょ?幻想郷でレミリアって吸血鬼がいるけど、
どんな妖怪かは分かりません。調べに来たら、ただのヘッポコな妖怪でした、書物にそう書きましょう。おしまい。これで終わりでしょ?
 そんな甘い考えで阿求の話を聞いていたんだけど、阿求が私達に差し出した一冊の書物が私の勝手な幻想を全てぶっ壊してくれました。

「そういう訳で、現在は様々な方々からのお話等を頼りにして、レミリアさんの項目を作成していたのですが…」
「へえ、それは凄く興味あるかも。ちゃんと『人畜無害の女の子』とか『意外と繊細な女の子』とか書いてくれてる?
どうせだったら、少しくらい脚色して『将来ナイスバディの良いお嫁さんになる可能性大』なんて書いてくれてもいいのよ?むしろ書いてくださいお願いします」
「えっと…そ、その、こちらが現在私がまとめたレミリアさんの項目なんですが…」
「へえ、どれどれ…」

 阿求の差し出した書物を私と魔理沙とフランはみんなして覗きこむ。
 えっと、吸血鬼の項目、レミリア・スカーレットね…どれどれ…














 紅い悪魔

 レミリア・スカーレット



 能力:運命を操る程度の能力
 危険度:極高
 人間友好度:不明
 主な活動場所:紅魔館近辺



 九代目である私が生きている現在の幻想郷の中で、最も有名な妖怪と言えば彼女、レミリア・スカーレットだろう。
 実年齢にして五百年以上を生きる吸血鬼であり、恐ろしく強い妖怪達が棲まう地、紅魔館の主である。
 『歴代最強の吸血鬼』『スカーレット・デビル』『幻想郷最強の一角』『夜闇の覇者』等、彼女の強き在り方、その評価を含めた呼び名はあまりに有名であり、
幻想郷に住まう人々にとってレミリア・スカーレットは誰よりもその存在を畏怖されている。

 彼女の容貌に関しては諸説あり、正確な情報の裏付けは取れていないが、
その容貌が十にも満たない幼児のようであるという説から、色香を形に表現したような美貌を備えた大人の女性のようであるという説まで存在する。
 吸血鬼としての驚異的な身体能力に加え、悪魔の名に相応しい知性を兼ね備えた幻想郷最強の一角を担う妖怪である。彼女を強者と謳うその理由は後の逸話部にて記載する。
 他の妖怪達とも親交を持ち、八雲紫、西行寺幽々子、伊吹萃香など幻想郷に名を響かせる者達と交友を持っているらしい。(彼女達と交友が
あるということは、すなわち彼女達に勝るとも劣らない存在であるという証明に他ならないか)
 彼女の『運命を操る程度の能力』とは、文字通り他者の運命を変える力であり、彼女と知人になる者はそれを境に生活が大きく変化する事もあるという。
 この能力を用いて、彼女は幾多もの妖怪を意のままに従え、紅魔館に駐在させているらしい。※1

 ※1 なんでも紅魔館には彼女と異なる吸血鬼やら魔法使いやら天狗やら、挙句の果てには竜や鬼まで棲んでいるとか。滅茶苦茶もいいところだ。



 この妖怪に纏わる逸話

 ・紅霧異変

 紅魔館の存在、ひいてはレミリア・スカーレットの存在が人間の間に大きく知れ渡った異変である。
 幻想郷が紅く深い霧に包まれ、地上は日の光が届かず、夏なのに気温も上がらないという異変があった。
 この霧は実害こそ殆んど生じなかったが、気味の悪さに人々は人里どころか家からもまともに出られなくなったのである。
 異変の首謀者はレミリアであり、その目的は自身の名を幻想郷中に轟かせる為の示威行為であったのではないかと推測される。
 最終的には、博麗の巫女がレミリアを懲らしめて解決したと言われているが、当人の博麗の巫女はそれを強く否定している。※2
 幻想郷中を紅霧で覆うには、相応の力が必要になることを考えれば、ここからレミリア・スカーレットの恐ろしき力が垣間見える。

 ※2 洗脳された?幻想郷において博麗の巫女が妖怪に負けるなど考えられないが。


 ・春雪異変

 春の時期になっても冬が長引き、五月になったにもかかわらず冬のように雪が降り続けた異変である。
 この異変の首謀者は冥界の西行寺幽々子であるが、彼女にレミリア・スカーレットが積極的に協力を行っていたらしい。
 間接的にではあるが、彼女は紅霧異変に続き、幻想郷から春を奪うという異変を実行に移すことに成功している。
 また、西行寺幽々子と肩を並べて異変を引き起こしたことも彼女を語る上で欠かせないエピソードだろう。
 紅霧異変に続き、彼女が幻想郷の世界をただの遊び心にて変貌させることが出来ることを知らしめた事件である。


 ・伊吹萃香の鬼退治

 こちらは異変とは言えないかもしれないが、レミリア・スカーレット自身の強大さを何より物語る内容により記載する。
 この幻想郷に最近現れた鬼である伊吹萃香相手に、レミリアは単身で決闘を行い、伊吹萃香相手に勝利を手にしたらしい。※3
 鬼の中でも最強と謳われる伊吹萃香を下したこと、それはレミリアの強さの何よりの証明だろう。
 万に一つも勝ち目のないと言われる鬼退治を策を弄することなく成功させたのは、過去にも先にも恐らく彼女だけになるのではないか。

 ※3 最強同士がぶつかりあって、よくもまあ幻想郷が壊れなかったものである。


 ・永夜異変

 レミリア・スカーレットが異変を引き起こす側ではなく、解決側で行動を起こした異変。
 幻想郷に現れた偽りの月を打破する為に、彼女が博麗の巫女と力を合わせて異変の元凶を打倒したらしい。
 異変を引き起こしたかと思えば、状況によっては博麗の巫女とも協力し合える柔軟さ冷静さを彼女は兼ね備えているようだ。
 また、この異変を契機に、彼女は永遠亭の蓬莱山輝夜と交友関係を築いている。※4

 ※4 異変に接触しては、その関係者を惹き付けている。他者を魅了する彼女は、やはり唯の傲岸不遜な妖怪とは程遠い存在らしい。


 ・風見幽香の大異変

 風見幽香が幻想郷中を巻き込んで引き起こした大異変である。幻想郷中を暗雲で包み、地を揺らし、歪な妖気で世界を包んだ恐ろしき異変である。※5
 この異変に対し、解決役の中心となったのは博麗の巫女ではなくレミリアだったらしい。彼女は幻想郷中から力を持つ人妖達を集め、
 その力を束ねて風見幽香を撃退した。これがすべて真実ならば、レミリアは幻想郷を救った救世主であるとも言えるかもしれない。※6
 異変の詳細については風見幽香の調査と並行して調べていくことにする。ただ、やはり幻想郷の中心は今、どこまでもレミリアなのである。

 ※5 流石の私も幻想郷の終焉かと思った。それくらい過去にないほどに大きな幻想郷の異変だった。
 ※6 いえ、信じてない訳ではないですよ八雲紫さん。レミリアに関する数々の異変の情報提供本当に感謝していますから。



 目撃報告例

 彼女の目撃証言は風貌が定かでないことから何が真実であるかを証明することは難しい。
 人里の外で彼女の気分を害した妖怪の肢体を引き裂いていたという話から、人里の茶屋で和菓子を嗜んでいたという話まで存在する。
 これも後ほど何とかして纏めなければいけない項目だろう。



 対策

 もし彼女に敵だと認識されてしまえば、その時点で終わりだと考えた方が良い。
 彼女自身が幻想郷最強クラスの力を持ち、かつ配下にも恐ろしき強さの妖怪を数多に揃えているのである。
 一番の対処法はレミリア・スカーレットと敵対するような馬鹿な真似は決してしないことだ。
 もしあなたが、伊吹萃香や風見幽香を打倒する自信があるのなら、その上をゆく彼女相手に戦ってみることを止めはしないのだが。
 本気でレミリアを倒したいのなら、幻想郷中の戦力という戦力を集めて総出で紅魔館を攻めるくらいしかないのではないだろうか。
 レミリア・スカーレットを打ち倒すということは、ある種において運命を殺す意味に他ならないのかもしれない。※7

 ※7 最早彼女に吸血鬼としての弱点すら本当に存在しているのかどうかも怪しい。極論だが出会わないことが最上の勝利である。















「ほっちゃーん!!ほ、ほーっ、ホアアーッ!!ホアーッ!!」
「あははははははははははは!!!!!!!無理!!!絶対耐えられないってこれ!!!!あはははははははははは!!!」

 阿求の記述した項目を読み終えた私達の反応は三者三様。
 私はあまりの衝撃に耐えられず奇声を上げて床を全力で転がりまわってる。
 魔理沙は目尻に涙を溜めて全力で笑ってる。これでもかってくらい全力全開で。
 フランは何故か凄く満足そうに阿求の書物を読み直してる。時々頷いたりしては何度も何度もページに目を運んでいる。
 もうね、何処から突っ込んだらいいのか何を声にすればいいのか分からない。訳が分からないよとかそんなレベルじゃない。書面に書かれた
私が私じゃない。これは一体何処の世界のスカーレット・デビルに関する記述なのよ。極めて近く限りなく遠い世界か何かかと。
 中二病とかそんな次元を超越した最強存在化してるじゃない。何よ歴代最強の吸血鬼て。何よ幻想郷最強の一角て。本当に誰よお前。
 部屋中を転がりまわった私は、ふらふらと必死に足に力を入れて立ち上がり、阿求に対して涙目で問い詰める。

「何処をどうすれば!私が!こんな『ボクの考えたオリジナル幻想郷最強妖怪』になるのよ!?一体誰からこんな嘘っぱち情報を聞いたの!?」
「え、えっと…人里の人々や、偶然お会いすることが出来た八雲紫さんとか…や、やっぱり真実とは違いますか?」
「違うも何も全部大嘘よ!!そこで笑い転げてる魔理沙の反応を見れば否が応でも分かるでしょ!?
そもそも紫は私の何を語ってるのよ!?嫌がらせ!?これやっぱり嫌がらせ!?私が紫に一体何をしたというのよ!?」
「いや、さっき思いっきり紫を同性愛者扱いしてたと思うけど。まあ、それはともかく、レミリアに関する情報がこうなるのは仕方ないんじゃないか?
だって、幽香異変が終わるまでの間、お前を守る為にフランドール達がレミリア=強いって情報を流しに流したんだろ?むしろ当然の帰結だろうな」
「そうだね…ごめんね、お姉様。まさかこんなことになるなんて思わなくて」
「ふ、フランは悪くないのよ?かといってパチェや咲夜や美鈴が悪い訳でもないし…うう、私は一体誰を責めればいいのよ…」
「あの、何か本当にすみません…」
「勿論阿求も悪くないのよ…貴女はただ、自分の手に入れた情報をまとめただけなんだから…
でも流石にこれを後世に残すのだけは勘弁して頂戴!これが残ってしまうと、私は紫も幽香も萃香をも超越したトンデモ吸血鬼になっちゃうわ…」
「いいんじゃないか?人里でのみんなの反応が面白そうだし」
「よくないっ!これが真実だと思われると、私は茶屋巡りも漫画買い漁りもオチオチ出来なくなっちゃうじゃないの!?」

 一人で幻想郷を滅ぼせそうなレミリア(笑)が本屋で漫画を漁るって何の冗談よ…そんな未来絶対にNOよ。断固拒否なのよ。
 こんなものが歴史書物として後に流れてしまっては、最近ようやく収まってきてる『レミリア強者幻想』が現実のものとなってしまうじゃないの。
 私の必死なお願いに、阿求はこくりと小さく頷いてくれた。良かった…お願いだから、私の項目は除外して頂戴。吸血鬼の欄にも載せなくていいからね。
 安堵する私に、阿求は少し迷うような素振りを見せた後、再度私に言葉を紡ぐ。

「あの…その、こういうことをお訊ねするのは、本当に失礼に当たると思いますし…
でも、確認しておかないといけないと思いますし…本当に、本当にすみません…失礼を承知の上で、一つお訊ねさせてもらえないでしょうか」
「そ、そこまで失礼な質問なの?一応女の子だから、あまり心を抉る質問はちょっと…
すー…よし、深呼吸OKよ。どんな質問でも受け入れるわ、かかってらっしゃいな」
「それでは…あの、先ほどの反応やレミリアさんのこれまでの言動を見てて感じたのですが…
もしかして、レミリアさん…御噂程の強さを持っていなかったり…とか」
「その噂の強さが貴女の書いた書物通りだと言うのなら、土下座をしてでも涙を流してでも全身全霊私の全てを賭して否定させて貰うわ。
…というか、阿求。貴女の中で私の強さって正直なところどのくらいなの?例えば、このクッキーがそれぞれ紫、幽々子、萃香、私だとするじゃない?
ちょっとこれを力関係順に並べてみてくれる?クッキー間の距離は力の関係に比例するとして」

 私のお願いに、阿求は少し考える仕草を見せた後、クッキーを順番に並び変える。
 その結果は私>紫=幽々子=萃香…っておおおおおい!!!!なんで私だけ一段とびぬけたのよ!?しかも私と紫達意外と距離空いてるんだけど!?
 私は絶叫したい気持ちを抑えながら、冷静さを必死に保ちつつ阿求に説明を始める。魔理沙!肩震わせて笑ってるんじゃないわよ畜生!

「あのね、阿求。今から本っっっ当の正解を教えるから。
まずこの問題において、私以外の三人の強さ比較なんてどうでもいいのよ。ぶっちゃけあの三人は存在が限界突破してるんだから」

 そう言って、私は三人を意味するクッキーを縦に三つ綺麗に並べる。
 そして、残る私を意味するクッキーをピックアップし、無言のまま席から立ち上がり、部屋の窓を開く。
 私の部屋の窓(勿論普段はカーテン閉めて日光入らないようにしてるわよ?死んじゃうし)は美鈴の護る門から見守れる場所に位置してるので、
自然と私が窓から顔を出すと美鈴を見ることが出来る。加えて、美鈴もいつも私の部屋に気を配ってくれてるから、窓が開けば美鈴は私の方を
振り向いてくれる。私に気付き、窓の下まで来てくれた美鈴に、私は美鈴に向かってクッキーをそっと落とした。突然の行動にも、
美鈴は微塵も慌てることなく口でクッキーをナイスキャッチ。それを見届けた後、私は美鈴に少し大きめの声で声をかける。

「もうすぐ鍛錬の時間だけど先に地下に行ってて頂戴ー!私も貴女の分のクッキー持ってすぐに向うからー!」
「分かりましたー!先に準備をしてお待ちしていますねー!」

 用件を告げ終え、私は窓を閉めて、阿求の方を振り返り告げる。
 それはもう、過去最高級な程に胸を張って、これ以上なくキッパリと。

「これが私と紫達の差よ、阿求」
「…え」
「私と紫達の実力は紅魔館四階の高さを越えて美鈴の胃袋に収まって門まで向かってもなお足りない程の差が存在するのよ」
「そ、それはつまり…」
「クククッ、今頃気づいても遅いわよ、阿求?あまりの恐怖に平伏すがいいわ!馬鹿げてる夢の在り処なんて知らないわ!
そうよ阿求、幻想郷一の絶対弱者――それが私、レミリア・スカーレットの正体なのよ!
東に博麗の巫女があれば土下座して紅霧異変の謝罪土下座を敢行し、西に春を奪う西行の亡霊があれば気絶してる間に異変が解決し、
南に死にそうにない月姫あれば共に部屋に引き籠って漫画について熱く語り、北に私に興味を持つ最強の鬼があれば私の存在なんてつまらないからやめろといい!
そういうものに私はなりたいと微塵も痺れられないし憧れられもしない存在、それが本当の私なのよ!」
「で、でも、レミリアさんは門番の方を始めとして多くの強き妖怪達を従えて…それに紫さんを始めとした強者の妖怪との親交も…」
「従えてるんじゃないわ、家族だから一緒にいるのよ。フランも美鈴もパチェも咲夜も萃香も文も私の大切な大切な家族だから一緒にいるの!
そして紫達だってそう。私は自分の強さや在り方を誇示したくて紫達と友達やってる訳じゃないわよ?みんなが好きだから、友達やってるの。
…まあ、最初の頃紫達が死ぬほど怖かったことは否定しないわ。本当にもう、何度ノイローゼになりかけたことか…」
「あの頃のお前、いつも霊夢と会う時涙目で私の後ろに隠れたりしてたもんなあ」
「全くよ。あのときはもう、いつも魔理沙早く来い早く来いって思ってた。
霊夢は切れ切れモードだし、咲夜は警戒モードバリバリだったし…まあ、そういう訳で私は最弱吸血鬼なのよ、オーケー?」
「…すみません、やっぱりどうしても信じられません。
こんなにも幻想郷を騒がせてるレミリアさんが、これだけの人妖を惹きつけるレミリアさんが、弱いだなんて…
まだ、実はフランドールさんがレミリアさんだと言われた方が信じられるかもしれません…」
「まあ、普通はそうだよね。今や幻想郷にとってお姉様はそういう存在なんだもの。
お姉様、多分これ以上の問答は無意味だよ。私がこの娘の立場だったなら、お姉様がワザと道化を演じてはぐらかしてるようにしか見えないだろうし」

 フランの指摘に、私は口元をニヤリと緩める。ふふふ、そんなの承知の上よ。
 これほどまでにガッチガチに固められた固定観念を解くことがどれだけ大変なのか、私は知っている。そう、こんな経験は初めてではないのよ?
 私は以前、阿求以上の強敵と対峙しているのよ。その相手とは慧音。私と美鈴が人里を初めて訪れた時、慧音は私がスカーレットの後継者であるという点で
それはもう見事に危険視警戒してくれたわ。だけど、そんな慧音への誤解すらも私は解いた経験を持っているの。そして、誤解を解く為には一体何が
効果的なのかを学んだわ。さあ、心配することはないわ阿求。私が貴女のその幻想、容赦なくぶっ壊してあげるから。
 笑みを浮かべたまま立ち上がり、私は阿求に向かって口を開く。

「阿求、今から一緒に地下へ来て頂戴。教えてあげるわ――私が幻想郷最弱を名乗るに相応しい、その力をね」





















 ~side 魔理沙~



 いや、本当に慧音には心から感謝したいくらいだ。
 まさかレミリア宅への道案内からここまで面白い事態になるとは思わなかった。
 阿求の勘違いはある意味仕方ないと言えば仕方ないんだけど、それを全否定する為に全力で向き合うレミリアの面白いこと面白いこと。
 本当、レミリアと一緒に居ると飽きなくていいな。私は内心で大笑いしながら、レミリア達と共に紅魔館の地下へと足を進めていく。
 そして、結構な数の階段を下り終え、レミリアの開いた扉の先にはかなりの広さがある部屋が広がっていた。へえ、図書館以外にも
こんなに広い部屋があったのか。そんなことを考えていると、中には既に先客…客と表現するのも変な話か。美鈴がレミリアを出迎えていた。

「お待ちしていました、レミリアお嬢様にフランお嬢様に魔理沙…と、そちらの方は確か」
「見学よ。ちょっと阿求は慧音程ではないけど、私について勘違いをしているみたいだから、誤解を解いておこうと思ってね」
「あはは…私達の流した噂のせいでご面倒をおかけします、はい」
「いいわよ、全部私を守る為の行動だったんでしょう?美鈴達には感謝こそしてるけど、責めるつもりなんて微塵もないわよ。
それと、これは美鈴の分のクッキーだから、鍛錬の前に一口どうぞ。先にクッキー食べ終えてから鍛錬でも私は良いわよ?」
「あはは、ありがとうございます。そうですね、クッキーはお嬢様の鍛錬に付き合った後で頂くことにしましょう」

 …本当、良い主だよな。部分部分だけを切り取ると、本当に良い主なんだよな。ただ、そこに威厳とかカリスマとかそういう
いろんな意味で吸血鬼として大切なモノが欠落しちゃってるだけで。まあ、私は友人としてレミリアが好きだからそんなことはどうでもいいんだが。
 さて、ここまで連れてこられて美鈴まで呼びだして、一体何を見せてくれるのやら。そう考えていると、レミリアは私達の方に向きあい、説明を始める。

「阿求、貴女にわざわざここまでご足労願ったのは他でもない私の妖怪としての実力を見せつける為よ。
今からここで私が美鈴相手に普段行ってる鍛錬の様子を何一つ包み隠さず披露するわ。それを見て、私の実力を直接肌で感じ取りなさいな。
本当は咲夜達みたいに外でやる方がいいんだけど、私は吸血鬼だから日光下には出られないからね。少し暗いのは許して頂戴」
「は、はい…レミリアさんの、幻想郷最強の妖怪の鍛錬…あの、私、巻き込まれたりしませんか…?」
「大丈夫よ。もし不安だったら私の後ろに隠れてなさい、何があっても守ってあげるから」
「あ、ありがとうございます…フランドールさん」

 感謝の言葉を告げてフランドールの背後に隠れる阿求。…いや、なんか今、フランドールがレミリアの妹であることを強く感じられた気がした。
 多分、本人は微塵も気付いていないだろうけれど、フランドールの奴もかなり天然でサラリと凄い台詞を言うんだな。それだけの言葉を言えるだけの
力をフランドールの場合は持ってるんだが…いやいや、本当にこの姉妹の未来が心配だ。言い寄る男は星の数なんじゃないのかね…男に度胸があればの話だけど。
 まあ、姉妹の恋愛話はともかくとして、私としてはレミリアの鍛錬してるって話に興味があるな。私の記憶が確かなら、レミリアは以前までは
そんなことやってなかったと思うんだが。確かこの前、妖気が紫のおかげで少しずつ戻り始めてるとは言ってたけれど、まさかあのレミリアまで鍛錬とは。
 一度湧いた好奇心は止まらず、私はレミリアに率直な疑問を投げかける。

「なあレミリア、お前いつからトレーニングなんて始めたんだ?私は初耳だぞ?」
「そうだっけ?始めたのは妖気が戻り出したことを知って、紅魔館のみんなに報告してからかな。
その日以来、身体の方は美鈴に、妖力魔力の方はパチェに少しずつ鍛錬に付き合って貰ってるのよ」
「なんでその二人?お前は吸血鬼なんだから、フランドールの方が教師役としては適役なんじゃないのか?」
「…私だってそうしたかったわよ。お姉様には私が教えたかったけど…美鈴とパチュリーの話の方が筋が通ってるから仕方ないじゃない」

 不機嫌そうにフランドールは理由を教えてくれた。
 なんでも、現在力が殆んど存在しないレミリアにとって、吸血鬼としての力による戦闘を行うフランドールはあまり参考にならないらしい。
 言ってしまえば、レミリアは今ようやくハイハイの練習をしようとしてるのに、フランドールは徒競走の正しいフォームやコツを教えることに等しいらしい。
 遅かれ早かれレミリアが力を完全に取り戻すには数百という年月を費やす必要があるのだから、ならば今のうちは基礎中の基礎を叩きこんだ方が
適切だと言うのが結論だった。そして、美鈴はその基礎をレミリアに教える役目としては最高の教師役らしい。何故なら美鈴は『人間としての戦闘技術を極めた珍しい妖怪』だからだとか。
 理由はよく分からんが、こいつはレミリアに出会う以前は竜としての自分ではなく人間としての自分で多くの妖怪をぶっ飛ばしてきたそうだ。
 その磨き上げた『竜』ではなく『人間』としての技術が今のレミリアにはフィットする筈だという…そういうもんかね?私にゃ肉体言語的な会話はよく分からんが。
 まあ、でも確かに今のレミリアに人外の動きは無理だろうな。それなら努力すれば到達出来る人間の技術を…ってことなのかな。勝手な結論を
導きながら、私は再度レミリアに訊ねかける。

「まあ、レミリアがトレーニングをしてるし、優秀な教師がついたのはよく分かったが、肝心のその理由がよく分からない。
レミリアは以前まで『私は戦いなんてしない!バトルジャンキーみんな風邪ひけ!』って言ってただろ?」
「それは今も変わってないわよ。でも、妖気を取り戻し始めてるんだから、少しずつ力を取り戻す為の努力をしないと駄目でしょう?
いい魔理沙?今の私は分かりやすく例えるなら紅魔館でこんなポジションなのよ?」

 そんなことを言いながら、レミリアは部屋に用意されている紙にペンを走らせる。

 咲夜     L50 氷・鋼
 パチュリー  L50 エスパー
 美鈴     L50 ドラゴン・格闘
 フランドール L50 炎・飛行
 文      L50 飛行
 萃香     L50 格闘・地面
 レミリア   L1  ノーマル

「成程、全く分からん」
「つまり!私が言いたいのは泣きたいくらい私が役立たずってことよ!このままじゃみんなの負担になり過ぎてるってことよ!
別に強者とは言わないわ!だけど、せめて自分の身を守れるくらい…とも言わないわ!なんとか逃げ延びて…とも言わない!
せめて、せめて危険な目にあったときにみんなが助けに来てくれるまで時間を少しでも稼げるようになりたいのよ!
例えスペルカードルールが存在しようと、守らない奴はやっぱり守らないのよ!そのときに嘆いても遅すぎるのよ!?」
「なんて吸血鬼だ…鍛錬の理由に何一つ『強くなりたい』の言葉が無く何処までも逃げ腰で後ろ向きな理由。流石はレミリアだ」
「…いいのよ。無理に強さを追い求めるよりも、身分相応を守ることだって大切なんだもん」
「そか。まあ、怪我しない程度に頑張れよ。阿求にお前の強さを…じゃなくて弱さを見せつけてやれ」
「フッ…見せてあげるわ。世界一格好悪い吸血鬼の雄姿をね」

 格好良いのか悪いのか、判断に困り過ぎる台詞を残してレミリアは美鈴の元へと歩いていく。
 レミリアが離れると同時くらいに、私の隣にいたフランドールがぼそりとレミリアの言葉に対する意見を述べる。

「お姉様はああ言っているけれど、美鈴やパチュリーの行う鍛錬のゴールはそんなレベルじゃないわ」
「そうなのか?」
「ええ。お姉様は吸血鬼にも関わらず、『弱者が強者に勝つための戦闘技術』を身につける教育を受けている。
それは私達にとって不要の技術だわ。私達妖怪は種族としての力を軸にして、本能に根付いた他者を蹂躙する能力を技術と呼んでいる。
人間の戦闘技術と私達の戦闘技術は明確な線引きがされているのよ。少なくとも私達のような力強い妖怪は特にね」
「うーん、まあ言いたいことは何となく分かるよ。あれだろ?例えば敵が鋭い爪で攻撃してきたとして。
弱い人間は剣や盾を使い防ぐ、これは一つの技術だ。だけど、お前達はその必要が無い。何故なら爪の攻撃なんて片手で跳ね除けられるからだ。
そしてその行動も一つの技術に当たる。更に言えば、萃香なんて防御手段に出る必要すらない。何故ならあいつの身体は敵の爪なんて通さないから。だがこれも一種の技術だ。
みんな『攻撃を防ぐ』という一つの行動に対し、人間は磨いたスキルに比重を置いて、妖怪は種族の力に比重を置いて行動を取る。それがフランドールの言う技術の線引きなんだろ?」
「…成程ね。美鈴が貴女のことを褒める理由もよく分かる気がするわ。頭が良い娘は嫌いじゃないわよ、魔理沙」
「もっと褒めてくれてもいいんだぜ。それはさておき、今のレミリアは後者をする為の力が無い。よってレミリアが
圧倒的な敵との力の差を埋めるためには、人間達の持つ弱者の技術を手にしなければならない訳だ」
「そう。そしてお姉様はその『強者との差を己が種族の力ではなく技術の差で埋める術』を吸血鬼の身でありながら修めようとしているの。
パチュリーの魔術講座だってそう。お姉様は今、私達が不要だと切って捨てたような瑣末な力ですら必死で学んでいるわ。
さて、ここで魔理沙に考えてほしい。もし、お姉様が弱者としての技術を習得したまま私や紫と同等の力を取り戻せたなら?
私が力任せ本能任せに振るう紅槍も、お姉様は遠い未来にて達人の如き槍術にて捌くでしょう。
私が不要だと基礎すら学ばなかった初歩の発火魔術も、お姉様は遠い未来にて大地を焼き尽くす程の業火へと変貌させるでしょう。
…それはどれほどの未来になるのかは分からないわ。けれど、私達が目指してるお姉様の領域はそういう領域なのよ。
私も美鈴もパチュリーも咲夜も辿り着けないもう一段高みの世界…お姉様にはその力と素質が在る」

 フランドールが力強く語りきる様に、私は思わず息を呑む。
 まさかフランドール達がこんな考え方をしているとは思わなかったからだ。正直なところ、『お姉様は私達が護るから危険な鍛錬なんて不要』くらいの
考えなのかと思っていただけに、本当に意外だった。そして、こいつらが見据えているレミリアの未来の強さ、それは私達には決して見えない姿だ。
 …信じてる、とは違うな。確信しているんだ。フランドールを始め、紅魔館の連中はレミリアが強くなることに微塵も疑いを抱いていないんだ。
 そりゃ、私だってそこそこ強くはなるかもしれないとは思ってる。妖力が戻り始めてるって話だし、何よりどんな形であれレミリアは
萃香や幽香に勝ったんだ。いざという時に発揮する勇気に、レミリアが本来持つ力を取り戻せたなら、強い吸血鬼になれるだろうなとは思ってる。
 だけど、フランドール達は更に先を見据えているのか…こいつらを変えたのは、やっぱり他の誰でもないレミリアなんだろうな。
 護られるだけじゃなく、みんなを護れるようになりたい想いを知っているから。レミリアのどこまでも真っ直ぐな本当の想いに触れたから。
 私は軽く息をつき、視線をレミリアの方へと向ける。レミリアは今、美鈴の槍術の見よう見まねで紅槍を振り回しては転んでいた。その姿を眺めながら、私はそっと口を開く。

「レミリアがそう望んでいるなら、いいんじゃないか?
折角戦闘の為の鍛錬なんて似合わなさ過ぎる努力をしてるんだ。どうせなら幻想郷一を目指しても悪くないだろ」
「お姉様にも勿論話してるわよ。お姉様は半信半疑というか、ただの与太話だとしか思っていないみたいだけどね」
「しかし、レミリアが最強になる幻想郷か…ああ、ちょっと見てみたいな。他人に暴力を振るえない最強なんて聞いたことがない。
ま、私は残念ながら見れそうにないが、見届け人は他の誰かがやってくれるか。
きっと遠い未来でも、阿求みたいに妖怪のことを歴史に残してくれる奴がいるだろうしな」
「あ…」
「フフッ、そうね。その時はお姉様のことをお願いするわね、『稗田阿求』?」
「何を言ってるんだお前は…その頃には私と一緒に阿求もお陀仏してるっつーのに」

 阿求に微笑みかけるフランドールに、何も言葉を返せない阿求。
 分かるぜその気持ち、分かりにくい冗談ほど返答に困るときはないもんな。
 …しかし、レミリアが滅茶苦茶強くなって最強になる未来か。それは現時点では途方もない御伽噺で夢物語だ。
 でも、そんなもしもを考えると笑わずにはいられない。それはなんて面白おかしくて楽しい未来だろう。いつも霊夢相手に涙目になって
私の後ろに隠れていた吸血鬼が、幻想郷の…いいや、世界の誰よりも強い未来だなんて面白過ぎるじゃないか。
 そんな幻想を脳裏に描きながら、私はこちらに歓声を上げながら向かってくるレミリアに言葉を返す。

「魔理沙!魔理沙!見て見て見て!私のグングニルが!私のグングニルが!」
「ちゃんと見てるって。グングニルがどうしたんだ?」
「グングニルが!ほら、何か鍛錬してる間にいつの間にか進化したの!
具体的に言うとゴムみたいに曲がったり伸びるようになっちゃった!ここ曲がるー!こんな槍を持ってる私はきっと特別な存在なのだと感じました!(キリッ)」
「…っ、本当にお前って奴はもう!あっははははは!!それじゃ唯の子供用玩具じゃないか!!あははははは!!!」

 少なくとも今の私にとって、レミリアは紛れもなく最強だ。これ以上ないくらい、私の腹筋を容赦なく責め立ててくれる。
 だからこそ、私は愛すべき友人の為に尽力する家族達を応援することにする。私にとっては既に幻想郷最強のレミリアなんだ。
 どうせならスケールは大きく世界一…いいや、宇宙のどの星々よりも一等輝く一番星にしてやってくれってな。
 
























 夜の帳が下りて幾分時間が経つ頃。


 阿求は魔理沙に運んで貰い、数刻ぶりに人里の大地へ足をつける。
 今日のことを感謝する阿求に、魔理沙は笑って気にするなと首を振る。どうやら彼女は今日は紅魔館にお泊りらしく、
このままUターンで紅魔館に戻るらしい。何でも帰ってからレミリアの部屋で主と一緒に漫画を読み耽るのだとか。
 そんな魔理沙を笑って見送り、阿求は家路へつこうと足を運ぼうとするが、少し歩いた先に見知った女性が立っていることに気づく。
 どうやら彼女は自分の帰りを待ってくれていたらしい。少し足早に彼女に近寄り、阿求は声をかける。

「待っていてくれたんですか、慧音さん」
「先ほど寺小屋での仕事が終わってな。言うほど待っていないから、気にしなくても良いぞ」
「そうですか。でも、ありがとうございます」

 頭をぺこりと下げる阿求に、彼女――上白沢慧音は少し困ったように笑みを零す。
 そして、どちらというでもなく横に並んで人里の道を歩き始める。夜とはいえ、人々の住まう地はそこかしこに明りが灯されて
薄らではあるが、互いの表情を認識する程度の光度は保たれている。幾許の静寂が二人を包むが、やがて阿求がそっと慧音に話しかける。

「レミリアさん…レミリアさんに、お会いできました」
「そうか。どうだった、幻想郷最強の妖怪は」
「慧音さん、人が悪いです…私の記述部を読んでも、何も教えてくれなかったじゃないですか」
「ああ、うん…流石にあそこまで書かれると、直接本人に会った方が早いと思ってな。
言ってしまえば、私はレミリアに対する勘違いの先人だからな。レミリアを知るには他人から語って貰っても意味が無いだろう」
「そうですね…本当に、不思議な吸血鬼でした。私の想像とは遥かに違う方でしたし、それ以上に沢山の衝撃があって…」
「失望したか?」

 慧音の言葉に、阿求は少し考える素振りを見せる。そして、肯定も否定もせず、
慧音に対して、手に持っていた少し大きめの包みを見せる。

「これ、レミリアさんから頂いたんです。中はアップルパイだそうで、今日のお土産にって」
「そうか。レミリアの作るモノは本当に何でも美味しいからな」
「ええ、何でも幻想郷一家庭的な吸血鬼になるのが当面の目標みたいですよ」
「それは大変だな…ライバルは娘の咲夜だろう?お菓子作りはレミリアに部があるだろうが、咲夜はオールマイティだからな」
「それと、世界一幸せなお嫁さんにもなりたいと」
「それは壮大かつ難易度の高い夢だな…一体どこの誰があの連中全員に結婚を認めて貰えるのか」

 レミリアに対する雑談に興じあい、二人は互いに笑みを零し合う。
 そして、一度二人の話が途切れた時、阿求は一度大きく息をついて、慧音にぽつりと言葉を零す。

「…今代の幻想郷縁起の編纂、先送りにしようと思います」
「それはまた唐突だな。それはやはりレミリアのせいか?」
「そうですね…私、本当に何も知りませんでした。
この幻想郷にあんな人が、いいえ、あんな人達が笑いあって過ごしてるなんて全然知りませんでした。
幻想郷縁起…その目的は人々の生活を脅かす妖怪についての対処法を記すことにあります。
だけど、今日レミリアさんや彼女の周囲に集まる方々に触れて、それだけで本当に良いのかと感じました」
「というと?」
「危ない妖怪、厄介な妖怪、害の無い妖怪…それだけを記すなんて、少し勿体ないじゃないですか。
今日というたった一日だけで、私は『過去』に知ろうともしなかった、沢山の素敵な妖怪達に出会えました。妖怪の本当の素顔に触れられました。
過去の私の誰が妖怪に弱さ自慢なんてされましたか?過去の私の誰がお土産にアップルパイなんて貰えましたか?
きっと、レミリアさんに直接会おうとしなければ、こんな経験は絶対に出来ませんでした…人の噂や情報、憶測や逸話だけでその妖怪を判断し歴史に残して
いては、絶対に皆さんの素顔を垣間見ることなんて出来ませんでした。一度知ってしまったら…もっと知りたいと思うじゃないですか」
「そうか…まあ、阿求がそう決めたのなら私は何も言わないさ」
「はい。幸運にも、私にはまだ時間が残されています。
この時間を最後の最後まで無駄に使うことなく、私は書き記したいのです。過去の私が為し得なかった、『真実の幻想郷縁起』を」
「…変えていくんだな。レミリアは出会った者の心や想いを変えていく。
いや、こういう言い方はレミリアが怒るだろうな。『変えたのは私ではなくその人自身の意志で、私は何もしない出来ない』と」
「ふふっ、レミリアさんならそう言いそうです」

 この場に居ない泣き虫な紅魔館の主に、二人は笑いあう。
 一度阿求はうんと小さく背伸びをして、慧音に提案を持ちかける。それは少女の持つアップルパイに関する提案。

「慧音さん、これから一緒に食後のデザートなんてどうですか?
『幻想郷最強』ではありませんでしたが、『幻想郷最高』の妖怪の作った作品です。美味しくない筈がありませんよ?」
「ふむ、それはとても魅力的な提案だな。阿求さえよければ是非お願いしたい」
「ええ、それでは私の屋敷に行きましょう。今日は慧音さんに沢山沢山お話したい気分です」

 微笑みながら、少女はくるりと身体を一回転させて視線を空へと向ける。
 彼女の見上げた空には無数の星々が輝いていて。それらを眺めながら、少女は一人想うのだ。
 今の自分はきっとこの立場だと。幻想郷という世界には沢山の妖怪達がこんな風に沢山沢山存在していて。
 だけど、自分は星の上っ面の輝きだけを眺め、その星が煌めく本当の理由なんて知ろうともしなかった。
 勇気を出してもう一歩踏み出せば、きっと星々の輝きの意味を知ることが出来る。そのときに初めて、輝きの美しさを理解することが出来るのだろう。
 危険な存在。害ある存在。妖怪達が人間にとってそんな存在であることに否定はしない。だけど、それは一面のみを取り上げた
場合であり、別の面から覗いてみれば、妖怪達は宝石にだって負けないくらいの輝きを持っていることを知ったから。

「慧音さん、幻想郷は本当に不思議な場所ですね」
「ああ、そうだな。幻想郷にはこんなにも――」
「――こんなにも、温かくて素敵な幻想で満ち溢れているのだから」

 幻想郷縁起は一時筆を置き、少女はこれからのことを想う。
 これから先、残された時間の中で自分は一体どんな妖怪のどんな素顔を見ることが出来るだろう。どんな輝きを知ることが出来るだろう。
 未来のことを楽しみにしつつ、阿求はちょっとだけ先の予定を考える。次は慧音さんと一緒にもう一度あの場所へ遊びに行こう。
 今度は一人の友達として、こんなちっぽけな人間である自分をも友達だと認めてくれた不思議な不思議な妖怪達が住まう、あの騒がしくも優しく温かい世界にもう一度。






















 これは今よりもう少しだけ先の未来のお話。


 九代目阿礼乙女、稗田家当主が死の間際に書き残した書物『幻想郷縁起』。
 そこには過去の幻想郷縁起のような幻想郷のただの妖怪の情報ではなく、
彼女が短い生涯の中で出会い絆を深めあった『友人』達のことが記述されていたという。
 そして、幻想郷縁起の序文の結びには、こう一文が書かれていたという。















 ――それでは、幻想郷縁起をよく読んで、素敵な貴方に安全かつ『私のように幸せだったと胸を張れる』幻想郷ライフを。










[13774] 嘘つき風神録 その一
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2012/01/02 23:07






 ずっとずっと憧れていた先輩。数か月前までは、遠くから眺めてるだけで声をかけることすら出来なかった遠い人。
 その人が今、こうして私を強く抱きしめてくれて。私の想いは、最後の最後で最愛の人に届いたんだ。

「ジバ子、君は本当に残酷だな。私に温もりを、生きる意味を教えてくれた君は私を置いてこの世から去ろうとしている…
君のいない世界で、私は一体これからどうやって生きていけばいいんだ。君を失って、私は一体どうやって…」
「ユキノ男先輩…私の誰よりも愛した人。どうか私なんかに囚われないで…
私は幸せだった。貴方に出会えて愛して貰えて、この世界の誰よりも幸せだった。貴方はきっと神様が私にくれた贈り物だったのね。
私が死んでも、貴方は決して立ち止まらないで…私の愛した貴方は、他の人を幸せにしてあげられる本当に優しい人だから」
「ジバ子…」

 優しい涙を零してくれる先輩に、私は精一杯の笑顔を浮かべる。私は今、ちゃんと笑えているだろうか。
 先輩が少しでも不安にならないように、私が誰よりも幸せだったと証明する為に、私はしっかりと笑えているのだろうか。
 ありがとう、先輩。私の愛した世界で唯一人の素敵な人。貴方の腕の中で旅立てるなら、私はもう何も怖くない。
 やがて自然に私と先輩の唇はそっと重なって。先輩、さようなら――私は貴方に出会えて、本当に…



















「んああああああ!!!ジ、ジバ子のアホおおおおおお!!!駄目駄目駄目!どうしてそこで死んじゃうのよ!?
貴女言ったわよね!?『私は将来先輩のお嫁さんになる』って!!ネバーギブアップ、今日から貴方は不死鳥よ!!」
「残り巻数は後一冊…このまま死ぬんじゃない?どうも打ち切り臭が酷く漂ってるし」
「やめてえええ!!お願いだから私を絶望に叩き込むような発言はやめてええええ!!
私は何時でもハッピーエンド以外認めないをモットーにしてるのよ!?そんな死亡エンド誰が認めるものか!
私と輝夜はずっと期待していたんでしょう!?ジバ子が生きて先輩のお嫁さんになる、そんな誰もが笑って誰もが望む最高のハッピーエンドってやつを!」
「私は面白ければ何でもいいけど。それに私は恋愛物はあまり興味が無いのよね」

 もうすぐお昼を迎えようかという紅魔館。
 早朝から遊びに来てくれた輝夜と二人、私の部屋でゴロゴロと漫画を読み耽っては漫画の感想を言い合って過ごしてるナウ。
 私が最近お気に入りの恋愛漫画に悶えていると、輝夜は打ち切りエンドなんて酷い予想を立ててきたのよ。鬼過ぎる。
 …でも、最終巻一つ手前でこの展開は、もう滅茶苦茶嫌な予感がして仕方ないのよね。これで死亡エンドなんて迎えてみなさい。ジバ子の
お墓の前で泣かないで下さいなんて千の風になってみなさい。私、多分しばらく立ち直れなくなる。
 …うん、続きはまた今度にしよう。私は最終巻をマイ漫画専用本棚にいそいそと収納する。

「最後の一巻見ないの?」
「…もし本当に輝夜の予想通りの展開だったら、私ちょっと立ち直れない。熱が冷めた後で読むことにするわ。
それにしても、いいなあ…やっぱり恋愛物いいなあ…素敵な男の人と出会って、そこから運命が始まって…キャーキャー!!
ああ、私にもドキドキで壊れそうな1000パーセントスパーキングな恋がこないかなあ…」
「何、レミリアは男と付き合いたいの?」
「当たり前でしょう!私はノーマル、カビケンタラッキーにも負けないくらいドノーマルな女の子なのよ!?
女の子として生まれたからには、私だって恋の一つくらいしたいわよ!素敵な男の人とお付き合いしたいわよ!」
「そんなものかしら。男に言い寄られても、正直あまり楽しいものではなかったわよ?経験談を言わせてもらうと」
「うぐっ…そ、そう言えば輝夜って滅茶苦茶モテモテだったのよね…沢山の男の人に言い寄られてたとか…」
「うん。面倒なだけだったけど」

 …あかん、輝夜が格好良過ぎる。あっさりと言い放つ輝夜の何と女として煌めいてることか。
 知ってるわよ、かぐや姫のモテモテ伝説は北欧にも届いてるのよ。全盛期の輝夜はあれでしょ、『3人に5回告白されることは当たり前、
3人に8回告白されることも』とか『出会って数時間後に男からの貢物頻発』とか『グッと微笑んだだけで二十人の男が集まった』とか
そういうレベルの神聖モテモテ王国を築いてたんでしょ。ううう…同じ女なのに輝夜とレミリア、どうして差がついたのか…慢心、環境の違い…
 軽く凹む私に、輝夜は読んでる漫画を一度閉じて、心に湧いた疑問を私に遠慮なく投げかけてくる。

「レミリアは付き合いたい付き合いたいっていつも言ってるけれど、貴女って男の人の知り合いっているの?」
「へ?男の人の知り合い?」
「そう、知り合い」
「も、勿論いるわよ!えーと、ちょっと待ってね…」

 輝夜の指摘に、私は必死に記憶の奥底から男の人の交友関係を見つめ直す。
 えっと、男の人、男の人…道具屋の店主、茶屋のお爺さん…あれ、終わり?え、嘘、本当に?男の人、男の人…本当にこれだけ?
 ちょ、ちょっと待って。今まで本気で男友達とか考えたことなかったけれど、これ本格的に女の子として拙くない?
 冷や汗をダラダラと流しながら、私は輝夜の目を見て必死に声を押し出す。

「お、男前な女の子なら…何人か…霊夢とか萃香とか…」
「つまり男の人の知り合いはいないということね」
「うぐぅ…そ、そういう輝夜はどうなの!?男のお友達なんているの!?」
「私?そんなのいないわよ?私はレミリアが友達ならそれだけで満足だし」
「いやいやいやいやいやいや!そんなあっさりきっぱりはっきり言い放たれるとリアクションに困るというか…
でも、これは少し大問題ね…紅魔館の主が男の子とお話したこともないなんて、絶対に許されることではないと思うの!
そう、神は言っているわ。私はこのまま独女でいるべきではないと!」
「おお、燃えてるわね。でも、レミリアがどんな風に男と接するのか見るのも一興かも」

 私はベッドの上で必死に現状の打開策を考える。
 そう、このままではいけないわ。どんな物語だって恋愛は必要不可欠な絶対要素。このレミリア・スカーレットが紡ぐ物語に
素敵な男の子との出会いが未だにないなんて絶対に許されないわ。私の物語はバトルモノなどではなく、恋愛ほのぼのモノになるべきなのよ。
 必死にベッドの上で頭を悩ませる私に、ふと輝夜が部屋を見渡した後、口を開く。

「そういえば、今日は部屋に貴女の妹も伊吹鬼もいないのね。遊びに来る時は二人のどちらかが部屋に居るイメージだったけれど」
「萃香とフランなら外よ。ほら、外から何か爆発音みたいなものが聞こえてくるでしょう?」
「言われてみれば確かに聞こえるわね。何、二人で鍛錬でもしているの?」
「第一回幻想郷暗黒武術会。何か面白いことはないかって萃香に訊ねられたから、この漫画みたいに武術会でも開けばいいじゃないって
ノリで適当なことを言ったら本気で開催されたでござるの巻。何も考えずに言った。今は反省しているわ」
「へえ、そんなものが今開催されてるんだ。いいの?レミリアは参加しなくても」
「絶対NO!萃香に誘われた時、一秒も間をおかずに土下座拒否を敢行出来た私の雄姿、輝夜にも見せてあげたかったくらいよ。
というか、本当に冗談で言ったのに、まさか岩を削り出してリングまで自分で作りだすなんて…まいった、私の負けよ萃香。貴女の出番よ、咲夜…」
「そしてレミリアは瞬間移動で死亡、と。出来るの?瞬間移動」
「瞬間土下座なら。死刑囚とのデスマッチ一番手は私に任せなさい」
「自信を持って土下座する吸血鬼様、本当にレミリアは飽きさせないわよね。私、貴女のこと好きよ」
「うん、私も輝夜のこと大好きよ。大好きだからいつまでも良いお友達で」

 いつもの冗談キャッチボールを繰り返して、私は先ほどまでの会話の内容に小さく溜息をつく。
 ――男性の知人が全然いない。その現実を突き付けられ、正直私の精神状態はあんまり落ち着ける状況ではなかったりする。
 だって、私の将来の夢って何時の日か素敵な旦那様と結婚して家族みんなで幸せになることなのよ?それなのに、今の私は
懸念する男の人はおろか、友達どころか知人だって数えるほどしかいない状態。こんな状態で『将来の夢はお嫁さん(キリ)』とか言ってる私の何と道化なことか。
 こういうことを言うと、きっと家族のみんなは『焦るようなことでもないだろう』と一笑に付すんでしょうけれど…私、彼氏いない歴が
見事に五百年越えちゃってるのよね…いいえ、彼氏いない歴どころか異性の方とまともに話をしたことすらない訳で。
 こんな私が結婚の夢を語るなんておこがましいと思わないかねって何処かのお偉いさんに怒られてしまいそうな現実。ましてや、私は
輝夜のようなモテ期すら一度も訪れていない在り様。だ、駄目よ!私本気で駄目駄目過ぎるわ!私、この現状に甘んじちゃってるじゃない!
 フランのことを含め、山積みだった大変な問題が一応落ち着いたのよ。この好機に行動せずしていつ行動すると言うの!?
 何もしない吸血鬼が夢を語るだけで叶えられるの?望むだけで願いは叶うの?違うでしょ!本気で心から願うのは、いつだって行動が伴ったときだけなのよ!
 本気で望んで、願って、必死に手を伸ばした者だけに神様は微笑んでくれるのよ!私の幸せの為に!家族の幸せの為に!だから私は――

「――決めたわ、輝夜!私、今日から真剣に探すことにする!」
「探す?探すって一体何を?」
「そんなの決まってるわ!私が一生を共に添い遂げる、素敵な素敵な旦那様よ!」

 私の唐突な宣言に、輝夜の口からクッキーがぽろりと零れ落ちた。
 そして、数秒して何がツボに入ったのか輝夜はお腹を抱えて大爆笑。…本当、私は良い友達を持ったものね。ちくせう。
 ひとしきり笑い終えた輝夜に、私は『思い立ったが吉日』と宣告し、人里に向かうことを告げる。
 すると輝夜も当たり前のように『面白そうだから私も行く』と一緒に人里へ。日傘を片手に、人里の街中を歩く私と輝夜。
 …まあ、人里に来てどうするんだと問われると、私が応えられるのは『何も』とか言えなかったりする。仕方ないじゃない!素敵な旦那様に
出会う為にはどうすればいいのか、なんて独女歴五百年の私に分かる訳ないでしょ!?だからまあ、単純な思考回路だと我ながら思うんだけど、
『人里には男の人いぱーい!というかそこしか男の人居る場所知らないし!』ってことで、人里に舞い降りた訳よ。
 そんな私の単純思考な意見に、輝夜はニコニコと笑うだけで反対する事は無かった。楽しんでる。この輝夜の反応は私のアホな行動を見て
楽しんでる顔だわ。ふふん、これまでの輝夜との付き合いから、輝夜の考えることなんてお見通しなんだから…リア充が馬鹿にして!
 いいわ、輝夜がそういうつもりなら、私にだって意地ってモノがあるんだから。この輝夜のにやけ顔を驚きへと変える為にも、絶対に素敵な
人と出会ってやる。絶対に今日中に運命的な出会いを果たしてやる。そう心の中で誓ってたんだけど…

「美しいお嬢さん、よろしければ私とお茶でも」
「ごめんなさいね、興味が無いわ」
「どうですか、私とこれから一緒に…」
「貴女といても退屈そうだから嫌よ」

 私の歩く数メートル後ろで、あれよこれよと言う間に男の人達に言い寄られる輝夜。
 そんな輝夜の姿をちらちらと眺めることしか出来ない私のなんと惨めなことか。あれ、変ね…涙が急に出てきたじゃない…
 群がる男の人を斬っては捨て斬っては捨て…何この真・輝夜無双。ちょっとどういうことよ、誰よこんな厨キャラ作ったの。我ニ敵ナシ状態じゃない。
 沢山の男の人に言い寄られる輝夜。そうよね、輝夜、幻想郷一位二位を争うレベルの美少女だもんね。普通誰だって声掛けるわよね。
 対する私はちんちくりんで背も無ければ胸も無い、実力もなければ度胸も無いヘタレでチキンなビビり根暗女だもんね。そりゃ勝負にもならないわよね。
 女として勝負にならないことくらい最初から分かってた。天と地の差が在ることだって知ってた。でも、でも…私だって女の子よ?こんなのでも
女の子としてのプライドってものがあるのよ?私という一人の女の子もここにいるっていうのに、輝夜だけ口説かれてるっていうのは…正直、死ねる。
 また一人、また一人と言い寄られている輝夜の姿をチラチラと眺めながら私は心の中で何度も何度も祈り続ける。
 神様。幻想郷の何処かにいるであろう私の味方をしてくれる神様。一人だけでいいんです。何人も何人もなんて我儘は言いません。
だから神様、たった一人だけ…たった一人だけで良いから、私に声をかけてくれる男の方を!お願いしますお願いしますお願いしますお願いしま…

「もしもし、そこの日傘のお嬢さんや」
「――ッ!?は、はい!日傘を持つ私に何かご用ですか!?」

 キタ。きたきたきたきたきたきたきたきたキターーーーー!!!神は、神は私を見捨てなかった!!
 信じる者は救われる、実に良い響きだわ。何処の神様か分からないけれど、私は今日から貴女の教えを信じることにします。浄土真宗から宗教変えます。
 出会えた。とうとう私にも声をかけて下さる方がいた。これぞまさしく運命の出会いと言わずして何と言うの。落ち着け、落ち着きなさい私。あまり
がっつくと品の無い女だって思われてしまうわ。殿方は立てて、私は一歩後ろから。心のドキドキを必死に抑えながら、私は声をかけて下さった殿方の方を振り返り――

「小さいのに一人でお出かけとは偉いのう。どれ、ワシが飴玉をあげよう」
「――あ、え、え?」
「うむうむ、小さい子供が遠慮などするものではないぞ。それでは気をつけてな」
「あ…りが、と…う…?」

 私の運命の――爺様は私に飴玉を三つほどくれて、私の頭を一撫でして一緒にいたお婆さんと一緒に笑って去って行った。
 …あめちゃん。私の運命の人は、齢にして七十を超えてそうな爺様で。私の運命の人は、私のことを小さな子供扱いして、飴玉をくれて。
 聞こえる。私の後ろから必死に笑いを押し殺してる輝夜のくぐもった笑う声が聞こえる。あ、見てたんだ。今の光景全部見てたんだ。
 ふーん。見られちゃったんだ。神様にまでお願いして、沢山沢山お祈りしてようやく辿り着けた、私の運命の爺様との出会いを見てたんだ。
 …ああ、もう無理。もう限界。もう駄目。私はフルフルと零れ落ちる感情を抑えきれずに、そのまま全力で暴発させた。

「もー!もーもーもーもー!!輝夜のあほー!!!なんで輝夜ばっかりもてて私は全然もてへんのじゃー!!
こんなん不公平やろ!!ウチかて女の子なんじゃ!!こんなちんちくりんでも一度くらい女の子されたいんじゃ!!モテモテの輝夜のどあほーー!!!!」

 本気で、これ以上ないくらい、思いっきり情けない言葉を並べ立てて、私はマジ泣きしながら駆けだしていた。
 自分のモテ力の情けなさと、輝夜への妬みの想いを言葉に乗せ、私は十にも満たない人里の子供のように泣きじゃくった。
 輝夜に対する言葉が見当違いの八つ当たりと分かっていても、抑えられない感情ってものがあるのよ。…ウチだけの運命のあんちゃんはいつになったら現れるんじゃ…
























 輝夜から逃げ去ること数分後。私は人里の大通りを一人ぶらぶらと歩いていた。
 とりあえず、気持ちは何とか落ち着いて、輝夜にごめんなさい言う為にも合流しようと思うんだけど、肝心の輝夜が見つからない。
 さっきまで輝夜のいた場所は誰もおらず、周囲にも見当たらず。結局どうしようもなくて、私は人里をこうして輝夜探しの旅に出てると
言う訳なんだけど…本当、輝夜、一体どこに行っちゃったのかしら。そんなことを考えながら、道を歩いていると、ふと視界にある少女の姿を捉える。
 いや、ある少女…なんて勿体付けた言い方したけれど、その女の子は私の知人でも何でもなくて。ただ、凄く目を引く女の子で。女の子というか、今のその娘の姿が、かな。
 綺麗な緑髪を束ね、年頃は魔理沙達くらいの可愛らしさと綺麗さが入り混じる女の子。でも、何より興味深いのは、その女の子の格好。
 彼女はまるで霊夢のような…いいえ、霊夢同様に巫女服に身を包んでいた。正直、霊夢以外で巫女服を着てる人なんて私は幻想郷で
初めて見た。だから物珍しさを感じたという点もあるにはあるんだけど、それ以上に私が気になったのは、その女の子の表情。
 なんていうか、疲れてる。道の隅に控えめに立っている女の子は、綺麗な容貌に少し疲れを感じさせる、そんな表情を浮かべていた。
 …うーん。初対面の相手の疲れが気にかかるっていうのも変な話だけど、正直勿体無いなと思う。多分その表情は人が誰も見ていないからこそ
浮かべた表情なんだろうけれど、そんな表情が下にある中で笑ってもあまり楽しくないでしょう。
 私の美少女観察眼(これまでの沢山の美少女との出会いで無駄に磨かれました)によれば、あの娘は笑うと絶対にもっともっと綺麗だと思う。
 だからこそ、なんていうか、歯がゆいっていうか、勿体無いなっていうか。余計なことをしてるんだろうな、そう思いつつも気になったものは
仕方ない。私は意を決して、その女の子の傍へと歩みより、声をかける。

「そこの貴女、ちょっと良いかしら?」
「…え?あ、はい、何でしょうか――ッ!?」

 私の方を向き、優しく笑顔を作った――かと思ったら、いきなり女の子の目が釣り上がる。鬼怖っ!!何この敵意剥き出しの目!?
 思わずビビってしまい、言葉を思わず飲み込んでしまう。いやいやいやいやいや!!なんで初対面の女の子なのに私に対して爆弾点灯!?まだ
出会う前だからデートにも誘えないのに爆弾処理しなきゃいけなかったなんて、一体どんな鬼難易度隠しキャラなのこの娘!?
 少女に言葉を続けられず、あうあうと口をパクパクさせることしか出来ない私に、女の子はじっと私を凝視しながら口を開く。

「…貴女、妖怪ですね?」
「え?あ、ええと…妖怪だけど…」
「ならば問います。貴女は人に害を為す妖怪ですか?これまでに一度でも人に害を加えましたか?」
「ち、違うわ。私は人に害をもたらしたことなんて一度も無い」
「その言葉、神に誓えますか?」
「貴女がそれを望むなら、私は神だろうと誰であろうと誓ってあげる。私の存在すべてを賭して虚偽の無いことをここに誓うわ」

 むしろもたらす力なんてない。だって私、ヘッポコだもん。人間に害を為すどころか、人里の子供に喧嘩で泣かされるレベルだし。
 少女の問いかけに(びびりながら涙目で)素直に応えると、納得したのか満足したのか、少女は張り詰めた気を静め、先ほどまでの
優しい表情へと戻って私に深く頭を下げる。え、怒ったと思ったら謝罪?何この急展開。

「まずは非礼をお許し下さい。いきなり不躾な問いかけをしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「えっと、いや、いいよ、うん。
よく分からないけれど、貴女にとっては必要なことだったんでしょう?それで貴女が満足出来たのなら、私はそれでいいわ」
「ありがとうございます。はい、私にとっては本当に…本当に大切なことでしたので。
悪い妖怪、人に害を為す妖怪は退治する。貴女が良い妖怪で本当に良かったです」

 …いや、悪い妖怪なら退治するって。如何にも霊夢の台詞っぽい…っていうか、霊夢の台詞よね。巫女って生き物はみんなこうなのかしら。
 まあ、霊夢の場合前置きとして『私にとって』『面倒でなければ』なんてモノがつきそうだけど。とにかく、この女の子は私を敵という
カテゴリーから除外してくれたみたいで何より。正直『ヤバそうな女の子に声をかけちゃったかも』って気持ちが心の中で生まれちゃってるけど、気にしないことにする。
 とりあえず、この女の子の前に幽香とか連れてきちゃ絶対にいけないということは分かったわ。いや、幽香=悪って訳じゃないんだけど、
幽香のことだから悪乗りして『私は幻想郷一の害悪よ。かつてこの世界すら滅ぼそうとしたわ』なんて言い出しそうだし…幽香、ヒール格好良い。
 私がそんな意味不明なことを考えていると、女の子は改めて私に対して挨拶を行う。

「私、東風谷早苗と言います。あの、お名前をお訊ねしても?」
「ん。私はレミリア、レミリア・スカーレット。見ての通り妖怪だけど、貴女は人間かしら?」
「はい。私は人間…そうですね、人間です」
「そう、悪いわね変な確認とって。何せ見ての通り、ヘッポコな妖怪でね。
表立った妖気や力の大小は何となく分かるんだけど、貴女みたいに力をワザと抑えてる相手は種族まで目利き出来ないのよ」
「…私が力を抑えていると、どうして?」
「経験。貴女、人間だけど相当実力者でしょ?」

 だって巫女服=霊夢=バリバリ最強No1じゃない。巫女服は私にとって最強の戦闘服のイメージなんだもの。
 だから勝手にこの娘も滅茶苦茶強いんだろうなって思ってたんだけど、違ったかしら。首を傾げる私に、その少女は
少し困ったように微笑みながら、返答を返してくれた。

「自身の強さは分かりませんが…私の仕える神様に恥ずかしくないよう、研鑽は積んできたつもりです。
ですので、ありがとうございます。レミリアさんの言葉、凄く嬉しかったです。これまでの努力が認められたみたいで」
「そうなんだ。でも、今まで他の連中だって貴女のこと『強い』って言っていたんじゃないの?」
「いえ…私、さっきみたいに褒めて貰ったのは生まれて初めてですよ。
他の方は私の力を怖がったり気味悪がったり…外の世界に、私の居場所は最初から何処にも在りませんでしたから」
「そっか、よく分からないけれど貴女も色々と大変だったみたいね。でも、今はそうじゃないんでしょう?」
「…ええ、そうですね。私は、私達はこの地に、幻想郷に全てを賭して…そして生きる術を、場所を見つけることが出来ましたから」

 嬉しそうに、それでいて上品に笑う早苗。うん、早苗の話は微塵も分からないけど、とりあえず元気になったみたいで良かったわ。
 神様が云々っていうのは、あれでしょうね。早苗は巫女みたいだから、早苗が信仰している神様のことでしょうね。空の上から早苗を
見守ってくれてるみたいな。うんうん、信心深いのは良いことね。私は数分前に出会いの神様なんて信じないことにしたけれど。
 それと、話の内容からして早苗は外来人みたいね。つい最近幻想郷に越してきたようなことをさっき言ってたし。
 そうすると、早苗の言う話もよく分かる。幻想が失われた外の世界で霊夢クラスのパワーを持つ巫女なんて受け入れられる訳が無い。そんな
超人を一般人が怖がるのも当然でしょう。だって、昔の私が霊夢を本気で怖がってたのと結局同じ話だし。本当、こっちに来てよかったわね、早苗。
 心の中で同情しながら、私は早苗に会話する切っ掛けとなった彼女の疲れた表情について問いかけることにする。まあ、折角自己紹介を
交わす仲になれたんだし、それくらいは踏み込んでも良いわよね。嫌な顔されたら話変えればいいんだし。

「ところで早苗…あ、早苗って呼んでも良い?」
「ええ、構いませんよ。私もレミリアさんとお呼びしてますから」
「さんづけは要らないんだけどね…まあ、それは置いといて。
早苗、さっきまで何処か疲れたような困ったようなそんな顔してたわよ?どうかしたの?」
「え…そ、そんな顔してましたか私」
「してた。貴女みたいな美少女が道端でそんな顔してるんだもの。何かあったのかなと思うじゃない。
それで私は貴女に声をかけてみたんだけど…あ、余計なお節介だったらごめんね?本当に興味本位というか、心配本位というか、そんな感じだから」
「…ふふっ、レミリアさんはお優しいんですね。声をかけて下さりありがとうございます」
「あ、別に感謝されるようなことでも…あと優しくも何ともないからね?本当にこればっかりはただの好奇心で…」
「人を心配すること、声をかけること。それは誰にでも出来るようで、とても難しいことです。
ましてや私はレミリアさんと面識もない相手。それなのに、レミリアさんは心配して下さり、声をかけて下さったんですよね」
「持ち上げ過ぎよ…とにかく、そういう訳なんだけれど、何か悩みでも?
出会ったばかりで何の縁も無い私だけど、愚痴を聞くくらいは力になれるわよ?
こう見えて精神的サンドバッグとしては幻想郷一位二位を争うレベルの逸材だと自負しているからね。遠慮なく吐き出してくれてもいいのよ?」
「サンドバッグになんて出来ませんよ。でも、お言葉に甘えて少しだけお話をさせて頂いてもよろしいですか?
レミリアさんの貴重な時間を割いて頂くことになってしまうので心苦しいのですが」
「いいよ、時間なら腐るほどあるし、探し人も見つからないし。何より話を聞きたいっていったのは私だしね。
さあ、遠慮なく私に愚痴を零しなさい。どんな話も受け止めてあげるわよ?」

 そう言葉を切ると、早苗は微笑みながらゆっくりと私に話を始めてくれた。
 早苗の話によると、私の予想通り、早苗はつい最近この幻想郷に外界から越してきたらしい。それも神社と湖ごとという
紅魔館みたいなミラクル転移を行って。そんな無茶苦茶をする奴なんてお父様くらいかと思ってただけに驚いたわ。
 で、越してきたはいいんだけど、転移した場所が少しばかり悪かったらしい。彼女達が越してきたのは妖怪の山。あの場所は
天狗を始めとした妖怪達の領域で、突然の闖入者である彼女を当然歓迎する筈も無い。で、妖怪の山に居を構えることを彼女の神様が
必死に対話を試みているんだけど、向こうは全然話を聞いてくれず、出ていけの一点張り。彼女の神様という表現がよく分からないんだけど
多分早苗自身が心の中の神様を信じて交渉しているってことなんでしょうね。神様なんて現実にいる訳ないし。
 で、妖怪の山の妖怪達と険悪なムードが漂っている中、自分も神様の力になりたいものの神様は早苗に妖怪達の前に出すつもりはないらしい。
 『身の危険を心配して下さってるんです』とは早苗の談だけれど、いや、早苗が交渉してるなら直接出てるような…早苗の口ぶりはまるで
本当に神様が存在してるみたいね。本当、早苗は熱心な教徒なのね。これが本当の巫女の姿なんでしょうけれど…霊夢ェ…
 で、それでも何とか神様の力になりたい早苗が出した結論は信仰の獲得だった。何でも、幻想郷に来た目的は彼女の信じる宗教が
外界で信仰を失ってしまっていたらしく、このまま滅びを待つより(宗教の滅びって何かしら。神社の維持費が払えないとかかしら)幻想郷に
全てを賭けようとこの世界に引っ越したらしい。だから、本来の目的である信仰の獲得を人里で行おうと早苗は考えて行動したとのこと。
 でも、困ったことに人里の人々はあまり早苗の話を聞いてくれないらしい。うん、そりゃそうよね。人里の道端に立って宗教について話を
したがる女の子。いくら美少女でも、初対面の相手からそんな話を熱心にされてはドン引きする人も出るでしょう。
 かくして本日が信仰獲得を開始して三日目だけど、あまりに人が集まらないので少し心が折れかけている…というのが早苗の話だった。
 その話を聞いて、私が思ったのはさっきも言うように『無理も無い』ということ。例えば私が早苗に興味を持たない村人Aさんだったとして
早苗の突然の宗教の話を聞くかというと…ねえ。ましてや早苗の信じる宗教は幻想郷に根付いていない真新しい宗教な訳で。
 …本人には言えないんだけれど、きっと村人達の間では『変な女の子が変な宗教を勧誘してる』としか広まってないんだろうなあ。早苗の
熱い気持ちは分かるけれど、ちょっと本人のやる気が空回りしちゃって変な方向に行ってる気がする。
 『なかなか難しいです』と肩を落とす早苗に、私はうーんと頭を少しばかり悩ませる。折角知り合えた友人が困ってるんだもの、
力になってあげたいんだけど、私に何が出来るのか。人里に知人でもいれば、早苗は怪しい女の子でも何でもないから、少しだけ
話を聞いてあげてって言えるんだけどね…私、人里の知人って数えるくらいしかいないし。まあ、寺小屋の子供達を入れて良いなら
その数は馬鹿みたいに増えるんだけど…って、おおおおお!?寺小屋の子供!?

「ねえ、早苗。貴女は自分の信じる神様のお話を人に聞いて貰いたいのよね?」
「え?あ、そうです」
「その神様に対して無理に信仰させたりとかは?」
「そんなことしませんよ。人が信じる者は人それぞれですし、それを無理に変えさせても本当の信仰は得られません。
ただ、もし私の話を聞いて、少しでも神奈子様の…神様のことを知りたいと思って頂けたら、これ以上の喜びはありません。
私はただ、知って欲しいのです。外界で忘れ去られかけ、滅びを待つしかなかった私の神様の存在を多くの方に知って頂く。それだけでいいんです。
忘れ去られなければ、神様は消えません。人々の心に生きていれば、神様は永遠に在り続けることが出来るんです。
…私は、私の大切な人が消える未来なんて嫌なんです。だからこそ、大切な人を護る為に…皆様の力を少しでも借りられれば、それ以上は望みません」
「そう…うん、分かった。それなら慧音もOKくれると思う。
悪いんだけど早苗、少しだけここで待っていて頂戴。すぐに戻ってくると思うから、お願いね!」
「レミリアさん?」

 それだけを言い残し、私は慧音と子供たちの居るであろう寺小屋へと走っていく。
 うん、正直早苗の言う宗教とか信仰とか神様とかの話は全然分かんないんだけど、それでも力になってあげたいと思う。
 だって、あんな風に一生懸命な女の子が頑張ってるんだもの。そんな女の子の為に、こんな私でも力になれるのなら、少しくらいは…ね。
 …あと、早苗の信じる神様は恋愛も対象にしてるのか後で聞いてみよう。もししてたら、私も早苗の宗教の話を真面目に聞いてみよう、うん。
























 ~side 早苗~



 私が人里で出会った妖怪さんは、不思議な妖怪さんでした。
 見ず知らずの私に対して、声をかけて下さった理由が『貴女が疲れたような困ったような表情をしていたから』というもの。
 その言葉に、私はとても驚いてしまった。妖怪には、こんな人もいるんだ、と。
 妖怪とは悪いもの。妖怪とは退治するもの。このように教えられてきた私にとって、人里の地で出会った妖怪さんは在る意味私の
常識の外に位置する存在でした。そんな風に驚く私に、妖怪さんはなおも私の概念を壊すような言葉を続けてくれます。
 愚痴を聞いてあげる、と。心の閊えがスッキリするなら、話してみろ、と。力になってあげる、と。
 それらの言葉は本当に私には信じられないものばかりで。妖怪はおろか、他人にもこんな風に心配されることなんて
私には経験がありませんでした。私がどんな風に思い悩んでも、私を理解しようとして下さるのは神奈子様だけだったから。
 実の父も、実の母も、友人も、誰もが私を異質なモノと遠ざける世界。それが私の今まで過ごしてきた世界。
 生まれながらに私は常人とは異なる力を持っていたから。私はきっと他の人から『悪い意味』で違っていたから。だからこれは私のせい。
 そんな私を、この世界は受け入れてくれる。こんな私を、妖怪さんは許容してくれる。そんな些細なことが、私にはどうしようもなく嬉しくて。
 だから舞い上がってしまい、私は妖怪さんに自分の悩みを打ち明けてしまった。私の抱える事情、神奈子様のことを。
 突然こんな重い話をされても、普通の人は困るだけだろうに、私はそれでも話さずにはいられなかった。この妖怪さんなら
受け止めてくれるかもしれないと期待してしまったから。この妖怪さんなら、私の話をしっかりと聞いてくれるのではないかと。

 そして全てを告げ終えたとき、妖怪さんの行動は私の期待を裏切るものだった。そう、それはどうしようもなく良い方向に。
 妖怪さんは、少しだけ待つように言い、人里の奥へと走り去って行った。何事だろうかと思いつつ待つこと十数分、妖怪さんは再び
私の前に現れてくれた。それも何故か沢山の子供達を連れて、だ。

「え、えっと…これはあの、一体…」
「君が東風谷早苗か。成程、確かにレミリアの言う通り、真面目そうな女の子だ。
全く、人里を流れる噂などやはり当てにならないな。変な女の子と表現されるような感じでもあるまいに」
「あの、貴女は…」
「ああ、申し遅れた。私は慧音、上白沢慧音だ。この人里で寺小屋の教師をやっている。
今日は君が子供達に歴史の話をしてくれるということで、急遽青空授業に切り替えたという訳だ。本日はよろしく頼む」
「「「お願いしますーー!!!」」」

 子供たちが礼儀正しく一礼する姿に慌てて私も一礼を返す。
 ただ、未だに現状が良く分からず、私は自分でも分かる程にうろたえた様相で妖怪さんの方へ視線を送ってしまう。
 そんな私に、妖怪さんはぐっと拳を握って私に向かって言葉を贈る。

「ほら、子供たちが貴女の神様のお話を待っているわよ!貴女の信じる神様の物語を子供たちに聞かせてあげて頂戴!
なんせ一宗教の神様なんだもの、沢山逸話があるんでしょう!?それをバーンとォ!!話してあげると子供たちもハッピー貴女もハッピー!
あ、どうせなら五百年独身だった妖怪を結婚させたとかそういう話でも私は一向に構わんッッ!!むしろその方向をお願いする所存で!!」
「そんな話子供たちが喜ぶか馬鹿者」

 そんな妖怪さんと慧音さんの遣り取りを私は呆然と眺めるだけ。
 ちらりと視線を移せば、子供たちが今か今かと私の話を待ってくれていた。
 …待ってくれている。私の話を、神奈子様のお話を、子供たちが楽しみに待ってくれている。ようやく理解できた現状が
私の胸をこれ以上ない程に温かくさせる。そして、理解する。この状況を作り出してくれたのは、他ならぬ妖怪さんなのだと。
 今日出会ったばかりの妖怪さんは、私なんかの為にここまで力になってくれた。
 人里で出会った妖怪さんは、悪い妖怪でも何でもなくて。少し話をしただけの私に、こんなにも力を貸してくれた。
 その現実が、事実が、私の世界を変える。それは他の人にとっては小さなことかもしれない。当たり前のことなのかもしれない。
 だけど、外の世界で過去を生きた私には信じられないくらい大きな出来事。これが、幻想郷。これが、私の生きる世界。この方が、妖怪。
 私は自分の心に生じ続ける感情を抑えきれず、思わず少しだけ表情に零してしまう。クスリと笑みを零しながら、私は子供たちに言葉を紡ぎ始める。

「――それは昔々のお話です。まだ、人々が文明らしい文明を持ち得なかった、これは今より遥か昔の…」

 神奈子様。今日は早苗に沢山の出来事がありました。夜のうちに語りつくせるか不安になるくらい、とてもとても沢山のことがあったんです。
 話は少し長くなるかもしれませんが、それでも神奈子様には最後までお付き合いをお願いしたいと思います。
 何せ、今日は私にとって、とてもとても大切な出会いがあったから。それは、この幻想郷で出会うことのできた、私の初めてのお友達。
 

 ――レミリア・スカーレットさん。私の出会った、とても優しい優しい妖怪さん。
 神奈子様、幻想郷は本当に素敵な場所ですね。この世界に訪れたこと、妖怪さん…いいえ、レミリアさんに出会えたこと、私は心から感謝します。
 退治する必要のない、とてもとても優しい良い妖怪のお話を、今日は神奈子様に沢山沢山しようと思います。






















「ただいま~…って、咲夜?えっと、輝夜は戻ってきたり…してない?」
「蓬莱山輝夜なら帰宅しましたよ。母様に伝言とこちらをお渡しするように、と」
「…髪飾り?わ、綺麗!こんな素敵なモノを貰って良いの!?あ、伝言の方はなんて?」
「『今日はごめんなさい。悪気はなかったのだけれど、レミリアを不快にさせたのなら謝ります。
私にとって貴女が初めての友達だから、どこまで許されるかの境界線が下手くそで本当にごめんね』と」
「…ば輝夜。私は全然気にしてないのに…むしろ謝るのは勝手に振り回して勝手に泣いた私だっていうのに。
輝夜には私からも後日謝罪して贈り物をしないとね。うん、ありがとう、咲夜…って、貴女、よく見るとあちこちボロボロじゃない。
どうしたの…って、そう言えば今日貴女萃香の開催した武術会に参加してたんだっけ…」
「はい。母様の為に必ず優勝をと誓っていたのですが…申し訳ありません」
「いやいやいや謝る必要ないからね!?うん、咲夜が頑張って満足したならそれでいいの!
それでちなみに咲夜は何処までいけたの?」
「初戦の妖夢には何とか勝ちを拾えたのですが、続く次戦で不覚にも霊夢に後れを取ってしまいまして…」
「あああああああ!!咲夜は頑張ったから!頑張ったからそんな今にも自殺しそうな顔しないで!!
次やれば大丈夫だから!!組み合わせとかの問題もあるし、次霊夢とやったら咲夜が勝つから!!!そ、それで優勝は霊夢?」
「いえ、霊夢は次の試合で八雲藍に敗退しました。私との戦いで力の全てを使いきったようで嘘のようにボロ負けしました」
「ああ、そうなんだ…というか、あの式神さんも試合に出てたんだ。そういうの出そうにないイメージだったけど。じゃあ優勝は藍なのね」
「いえ、続く試合で八雲藍は風見幽香に競り負けまして」
「…そ、そうなの…やっぱり幽香が優勝か。うん、幽香化物だもんね…流石幽香…」
「いえ、幽香は続く試合で伊吹萃香に接近戦の上に膝をつきまして」
「ちょっとちょっとちょっと!?あれも負けこれも負けそれも負けって一体誰が優勝したのよ!?」
「ですので、風見幽香に勝利した伊吹萃香が優勝ということになります。次回は必ずや母様の為にも優勝を」
「…うん、その、が、頑張って」





 



[13774] 嘘つき風神録 その二
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2011/12/04 20:25


 ~side 文~




 夕食をみんなと済ませた私は、一人先に部屋を後にした。
 いつもならレミリア達と共にのんびりと雑談に興じるところなのだけれど…私は部屋を出た足をそのままテラスへと向ける。
 残暑の残る季節、パチュリーの魔法によって適温に管理されている館内とは異なる四季の込められた空気を感じながら、私は
視線を真っ直ぐ湖の向こうへと向ける。暗闇が支配し始める世界の中で、私の両眼はある一つの場所だけを捉えていた。

「いやいや、なかなかどうして面白いことになってるみたいじゃないか」
「そうですね…ここ数日、流れ降りてくる風が酷く騒がしいから何事かと思えば」

 まるで最初からそこにいたように、私に背後から声をかけてきた方――伊吹萃香様に、私は苦笑交じりで答える。
 やっぱり萃香様も気付いていたのね。それも当然か。幾ら長年離れていたとはいえ、萃香様はかつて『あの場所』の最上位に
数えられたお方だ。不穏な風や異変があれば、遠く在れど感じることなど造作も無いことだろう。
 私は肩を竦めながら、萃香様の方へと振り返る。そんな私に、萃香様は楽しそうに問いかけてきた。

「文、お前はどうするんだい?この一件について動くつもりか?」
「御冗談を。私は既に追放された身、自由の身なのです。今の私にとって、あの場所は何の関係もありませんよ。
例え私があの場所に足を踏み入れたところで、逆に追い返されるのがオチです。それだけならまだ良い方で、最悪厳罰で処分されますよ。
それに、レミリアの話の内容が真実ならば早々衝突に発展する事は無いでしょう。その理由は萃香様は十分過ぎるほど理解出来るかと」
「成程、違いない。連中は交渉の方針を可能な限り続けるだろうね。賢明だが面白くない判断だ」
「あやや、相変わらず無茶を言います。面白くなくとも最善ですよ。幾ら天狗が優れた妖怪種族だからとはいえ、今回ばかりは相手が悪過ぎます」
「そうだね。レミリアやフランドール達は歳若く、生まれも違い過ぎて名前を聞いてもピンとこないだろう。
レミリアの話していた巫女が仕える『アレ』の名は私達東方の者にとってはあまりに有名な存在だ。何故今頃になってこの地に来たのかは知らないが、
あれだけの存在に己が聖地を荒らされ、居を構えられるとは連中もよくよく運の無い。私達という柵から解放されて好き勝手やっていたというのに」
「全ては萃香様の仰る通りですよ。どれだけ群れを為そうと、我らのような存在では間違いなく勝ちなど拾えません。そもそも対等に立つことすら有り得ない。
きっと山の人達は安全に、何事も無い、賢明な道を選びますよ。だから山の者は誰も傷つかない。何もないまま終わりです」

 私の言葉に、『そうかい』と萃香様は笑うだけでそれ以上言葉を返さなかった。
 ただ、私の隣まで足を進め、その場にドカッと腰を下ろした。それはもう、鬼という表現が似合いすぎる程豪快に。
 そんな萃香様の行動に驚き困惑する私に、萃香様は手に持つ瓢箪を差し出してくる。…成程、そういうこと。レミリアは
問題外だし、咲夜も言う程強くない。パチュリーとフランドールはレミリア無しではあまり楽しそうに飲まない。となると、私か
美鈴かというのがいつものパターンなんだけど、今日は私か。萃香様からの晩酌相手のご指名に、私は笑みを零しながら口を開く。

「私でよければ、喜んで」
「ん、今日はお前が良い。文は天狗なのに気持ち良い奴だから一緒に呑んで楽しいからね」
「鬼と一緒にお酒を呑むなんて精神的に大変なだけで、何も楽しくない…少し前までそんな風に考えていたんですけどね。
変えられたんですよ。この館の住人達に…そして誰より一生懸命なお姫様に、ですね。いや、変えられたというより学んだのかな。
利害関係とか上下関係とか力関係とか…そういうつまらないこと抜きにして、真っ直ぐ貴女と『友』の絆を育んだ背中を見ていると、ね」
「おや、他人事のように言ってくれるね。私はお前も対等、大事な友の一人として見ているつもりだけれどね」
「あやや、光栄過ぎて言葉が何も思い浮かびませんよ。まさか私が伊吹鬼様に友と呼ばれる日が来るなんて、私もそう捨てたものではありませんね」
「ああ、胸を張って誇ると良い。射命丸文、お前は私の大切な友だ」

 萃香様の真っ直ぐな言葉と視線に、私は耐えられずに視線を逸らしてしまう。本当、レミリアの言う通り男前過ぎる方よね。
 こんな言葉を萃香様から伝えられて嬉しくない訳が無い。きっと、あの狭い世界に棲んでいたらこんな経験をする日は無かったでしょうね。
 私くらいじゃないかしら。鬼、それも最強と謳われる一角を担う萃香様とこんな風に会話できる天狗っていうのは。こんな話、きっと
他の天狗は誰も信じてくれないでしょうね。私はクスリと笑みを零しつつ、萃香様から酒枡を受け取り一気に飲み干す。
 自慢じゃないけれど、私はお酒にとても強い。勿論、萃香様程ではないけれど(萃香様はヤバ過ぎる。強いとかの次元を通り越している)、
こんな風に一気に呷ったところで私が酔い潰れたりすることはない。だからこそ、萃香様のお酒の相手は私か美鈴なんだけど。
 お酒を呑み終えた私は、返杯とばかりに萃香様の枡にお酒を注ぐ。そして、萃香様が酒を呑む姿を眺めながらそっと言葉を紡ぐ。

「さて、どうしましょうか。あの場所で起きている現状、フランドール達に伝えます?」
「要らない要らない。折角レミリアに新たな友が出来たというのに、それを阻害させるような話をするのも無粋だろう?
ま、今のフランドール達が新たな巫女とやらをどうこうするとは思わないが、わざわざ余計な心配をかけさせる必要も無い」
「…読めました。萃香様、期待してますね?レミリアが『今回の騒動』に巻き込まれることを」
「期待してるというか、確信してるよ。我が心友はそういう星の下に生まれているらしいからね。
知らず知らずのうちとはいえ、レミリアは自ら望み、その巫女に近づき接し、そして力になってあげたんだろう?
だったら私達のすべきことはレミリアの望むまま思うままの道を支えるだけさ。少なくとも私はそうするつもりだよ」
「私はあまり危険なことに首を突っ込んで欲しくないんですけどね…ま、いざとなったら」
「「私達『家族』がレミリアを助けるだけ」」

 異口同音の言葉を並べ、私達は互いにニッと笑いあう。
 そう、レミリアは今まで通りレミリアの信じる望む道を行けば良い。私達はその選択を、想いを必ず守ってみせるから。
 そんな自分の選んだ答えに、私は思わず内心苦笑する。本当、完全に私も紅魔館の妖怪になっちゃったな、と。もう美鈴達のことを
過保護だなんて笑えないわね。あの場所のことだとか、幻想を超越する存在だとか、そんなものは何の関係も無い。
 私達が望むのは、レミリアの笑顔。あの娘がいつまでも笑って過ごせる世界、そんな優しい世界。ただ、それだけ。

「…そう。今の私にはそれだけで充分ですよ。もう私はあの場所とは何の関係も無くなってしまったのだから」
「お前がそう言うのならそうなんだろうさ。だけど文、一応言っておくよ。
さっきまでお前が並べ立てた今後の未来図、あの言葉は全て『予想』ではなく『願望』だったことに気付いているかい?」

 萃香様の問いに私は答えない。答えてしまうと、きっと心に迷いが生じてしまうだろうから。
 もう私とあの場所は関係ない。例え何が生じようが、どんな嵐が吹き荒れようが、私は何もしないし出来ない。するつもりもない。


 …だけど、あの娘は。
 あの場所で、何があろうと私について来てくれたあの娘は、どうなるのだろう。
 争いなんて起きない。天狗とは聡く狡賢い生き物。だから打算で動く故に、争いなんて決して起きない。
 争いなんて起きなければ、あの娘が剣を取ることもない――山坂と湖の権化を相手に、決して敵わぬ命を落とすだけの戦いになど。



























「信仰を集めるというのは、存外難しいものなのね」

 私のボヤキに、早苗は同意するように困ったような笑みを零す。
 そんな私の呟きに、早苗の隣に座っている魔理沙が楽しそうに口を開く。

「最初の方だけど、話を聞いてくれるまでは聞いてくれるんだよな。ただまあ、そこで終わっちゃう訳なんだけど」
「それはそうよ。早苗の話は凄く有難い神様の話で、『凄い神様だな』とは思うけれど、それで終わりなんだもの」
「あう…ご、ごめんなさい…」
「別に責めてる訳じゃないわよ。早苗の話は分かりやすいし興味も引くよう色々頑張ってるのは分かってるから。
…それと貴女達、終盤に人里の人達が早苗の話を全然聞いてくれなかった一番の理由をちゃんと理解してるんでしょうね」
「「全く」」
「はあ…」

 魔理沙の話を引き継いだのは、私の隣に座ってるアリス。うーん、そうなのよね。早苗の話は凄く分かりやすいし
面白いんだけど…でも、話を終えてその神様を信仰してみようかなってなるかというと。
 ああでもない、こうでもないと私達四人は人里の茶屋で作戦会議中。議題は勿論『どうすれば早苗は信仰を人里で集められるか』よ。
 何故、この場所に私達四人が集まっているかというと…話せば長くもならない話なんだけど。

 早苗と知り合ってから三日が過ぎ、私は再び早苗に会いに人里に出向いてみた。魔理沙同伴で。
 何で魔理沙が同伴なのかというと、魔理沙がウチに遊びに来た時に早苗の話をすると興味津津で『私もその巫女に会いたい』と言ったから。
 で、じゃあ早速会いにいってみようかと人里に向かい、早苗と再会したのよ。早苗は相変わらず人里で信仰を集める為に頑張っていたわ。
 ただ、初めて出会った日と比べて、早苗の周囲にちらほらと人が集まって早苗の話に耳を傾けてくれている。後で早苗に聞いた話によると、
寺小屋の子供達が良い意味で早苗の話を親達に流してくれたみたいで、『じゃあ一度くらい話を聞いてみようか』という人が来てくれているらしい。
 それで早苗は一生懸命話をするんだけど、まあ、そこまで。まずは早苗の信仰する神様の存在を知らしめるだけでも
それなりに効果はあるらしい(何の効果かは知らないけど意味があるって早苗が力説してた)。でも、信仰を集めるという意味では全然不足みたい。
 ローマは一日にして成らず、やっぱりこういうのは沢山の時間を積み重ねて為すものだとは思うんだけど…ほら、早苗凄く一生懸命だし。私も魔理沙も
暇人以外の何ものでもないし。だったら、魔理沙の紹介がてらに早苗のお手伝いでもしてみましょうかって訳。
 そんな風に午前中は早苗が話している横で魔理沙と二人で客引きしてた。『幻想郷大ブレーク中の新興宗教が今ここに!』
『全幻想郷が泣いた!人里ベストセラーナンバーワン宗教!』『大人も子供もお姉さんも』『神様と響き合う物語』とか早苗の周辺に看板作ったりしてた。
 …気付けば早苗の周囲には人っ子一人存在せず。この惨状に、私達は三人共に溜息をついて信仰を集める難しさを実感したわ。

 本当、一体何が悪かったのか。早苗の話も私達の客引きも完ぺきだったと思うんだけど…とりあえず、現状を打破する為にと、魔理沙が
魔法の森までひとっ飛びしてアリスを連れてきたのよね。『私達のブレイン役だから。アリスなら、アリスなら何とかしてくれる』って言ってた。
 アリスは私達から事情を聞くや否や、大きな溜息。少しばかり私達の布教光景を眺めた後に『作戦会議をしましょう』と一言。ちなみにアリスさん、茶屋に向かう前に
私と魔理沙が必死で作った看板を全てひっこ抜いちゃった。あんなに頑張ったのに…わざわざ慧音に道具まで借りて作った力作だったのに…
 まあ、そういう訳で現在人里の茶屋で作戦タイム中という訳。しかし、私と魔理沙の看板作戦と客引きが通用しないとなるともう…

「とりあえず魔理沙とレミリア、一応言っておくけれど後半に人足が遠のいたのは間違いなく貴女達のせいだから」
「なん…だと…?」
「わ、私達のせいなの!?ええええ!?でも私達、人を呼ぶ為に頑張って看板を…」
「それが悪かったって言ってるの!あんな訳の分からないモノに囲まれた人の話なんて誰も聞きたがる訳ないでしょ!?」
「そうか?心の琴線に触れそうなキャッチコピーを沢山並べてみたんだが…」
「ごめんね早苗…私と魔理沙、貴女の力になるつもりがまさか足を引っ張っていただなんて…」
「ち、違いますお二人とも!全ては私が偏に力不足だったからでお二人は全然…」
「くそう…レミリア、やっぱり私は『幻想郷全土がハルマゲドン』にすべきだったんだと」
「違うわ魔理沙。人里のみんなの心を掴む為に『私より凄い神に会いに行く』を使うべきだったんだと私は」
「…もう貴女達は黙ってて、お願いだから」

 二人揃って仲良くアリスから戦力外通告される私と魔理沙。ぐぬぬ…アリスが一体何に呆れているのか難解すぎる…
 私達を黙らせた後、アリスは早苗の方へと向き直り口を開く。

「正直なところ、二日三日で貴女の信じる神様を人里で布教するのは不可能だと私は思う。
信神ってものは簡単に人の心に根付くものじゃないからね。勿論、人里でこういう風に語りかけて広めようとする手は悪くないと思う。
だけど、その結果を今すぐに求めようというのは本当に難しいことよ」
「そうですね…確かにアリスさんの仰る通りです。ですので、私としましては、まずは私の信じる神様の存在を知って頂ければ、と」
「いやいや早苗、そんな消極的守りに入った考えでは信仰は得られないな。
目標はでっかく高く、話を聞いて貰った人が即今日からその神様を信じてくれるくらいの勢いでだな…」
「その勢いで大失敗してるアホ魔法使いは黙ってて」
「アホう使いと申したか」
「お前は一体何を言っているんだ」
「(´・ω・`)」

 魔理沙の真顔突っ込みに凹む私。くうう!だってしょうがないじゃない!下らないとは分かっていたけど思いついたんだもん!言ってみたかったんだもん!
 アリスの正論にコクコクと頷く早苗…にしても、魔理沙もアリスも早苗とさっき知りあったばかりなのに
滅茶苦茶コミュニケーションスムーズに取れてるわね。いや、私もそうだったんだけど。早苗はあれね、何ていうか初対面でも話しやすい
親しみやすい空気があるからね。物腰も柔らかいし丁寧だし。…まあ、悪い妖怪には厳しいみたいだけど。よかったヘタレ妖怪で。
 まあ、確かにアリスの言う通り二日三日で信仰得られるなら苦労はしない訳で。信仰、信仰ねえ…うん、やっぱりこればっかりは難しい。
 だって、そうじゃない?目には見えない、存在しない神様を信じるっていうのは簡単なようで難しい。今まで神様の存在を信じていなかった
人に早苗の信じる神様を今日からっていうのは本当になかなか…ううん、何とか力になってあげたかったんだけど、今回ばかりは私は
本当に完全戦力外ね…ごめんね早苗、頼りにならない私を許して頂戴。いや、私が頼りになったことなんて過去の一度もないんだけどね!(胸を張って)
 そんなことを考えていると、困ったように微笑みながら肩を落とす早苗の姿が。ああ、うん…なんていうか、凄く申し訳ない感が…
 それは魔理沙達も同じだったようで、魔理沙が小声でアリスに『何か方法ないのか』と訊ねてる。アリスもアリスでアイディアを考えだそうとして…いや、
今更だけどアリスって本当に良い人よね…今日急に呼びだされて力を貸せ、なんて言われても、ちゃんと真剣に力になってくれるんだもん。
 良い人というか、苦労性というか…早苗の信仰集めはアリスに何の関係もないのに、自分が得する訳でもないのに。

「アリス…貴女、良いお嫁さんになれるわ。そして良いお母さんになれそう」
「は?いや、何をいきなり…」
「吸血鬼って鏡に映らないんだよな。レミリア、ちょっくら私と一緒に水辺にでも行ってみようか?」
「いや、魔理沙も意味が分からないわよ…それより早苗、信仰を集める方法だけど」
「は、はいっ」

 おお!アリスから早苗に何か意見が飛び出ようとしてるわ!流石はアリス、何か思いついたのね!
 幻想郷一の都会派魔法使いは格が違うわね!アリスッ、貴女の意見を聞きましょうッ!戦力外は黙って耳を傾けるから!

「即日とは言わないけれど、人里で信仰を早く集めたいのなら『結果』を人々に与えることよ」
「結果…ですか?」
「そう。結局のところ、貴女の神様が人里の人々にとって『どんな利益をもたらすのか』を教えることが一番信仰への近道な訳。
人が神を信じることで心の支えとなるのはその後。誰かの心の支えと化する為には、その前のステップを踏まなければいけないわ。
貴女の神様が自分達に何を与えてくれるのか。貴女の神様はどんな凄いことが出来るのか。貴女の神様は何を守ってくれるのか。
それを形にして与えてあげられることほど、分かりやすいことはないわ。人の信心を得たいなら、まずは力を見せてあげないといけない。
そして、その役目こそ貴女の役割なのではないの?神の力、貴女は全く使えない訳でもないのでしょう?」
「ええ…そうですね。無論、比べるのもおこがましい程に未熟なものではありますが」
「未熟でも良いのよ。貴女が神の力を継ぎ、それを形として人々の前に示すことが出来るというのが大事なのだから。
貴女は神に仕える巫女、言わば神の娘。強大過ぎる神の力は直接民には示せない。なら、代わりにその役割を貴女が果たさないとね」
「それはつまり…」
「人里で困ってる人に対し、貴女が受け継いだ『神の力』を持って解決してあげること。それだけで世界は大分変る筈よ。
現金過ぎるように思われるかもしれないけれど、人はいつだって『奇跡』を求めてる。困ったこと、無理なこと、大変なことに助けを求めてる。
勿論、それは自分で解決しなければいけない問題が大半だけど、何事も一人で解決出来るほど誰もが強くはないわ。
そんな人々を救えたなら、人々の心に貴女の神が宿るでしょうね。どんなときでも、貴女の神が自分を守ってくれる、と」

 具体的な方法を語るアリスに、私と魔理沙は目を見開き驚愕する。何てこと…私と魔理沙は看板作って人の呼び込みをするくらいしか
思いつかなかったのに、アリスは確かな理屈と理由を並べて早苗に一つの道を提示してあげた。
 確かにアリスの言う通り、人の心に神様を宿らせるには、その人に神様を信じさせるだけの理由がいる。神の力を信じさせるだけの理由が。
 そして、その理由付けに最も適したものは、自身の救済。神様の力を目の当たりにして、その力を以って助けて貰うこと。これほどまでに
神様を信じられる理由があるだろうか。現に早苗は目から鱗とばかりにコクコクと力強く頷き、その表情に力強い意志の込められた笑顔が戻る。

「そうです…その通りです!私は神様の巫女、言ってしまえば神様の代行者なんです!その私が神様の力によって
人々の力になることこそが私の為すべき役割なんです!例え信仰が得られずとも、神様の力によって誰かが救われた事実は残る!
神様が人助けを行うことに駄目と言う訳がありません!ましてや、これが信仰集めにつながると言うのなら!
ありがとうございます、アリスさん!レミリアさん!魔理沙さん!おかげで私、自分の為すべきことが分かりました!
早速神社に一度戻り、明日からの方針を神様と相談したいと思います!」
「どういたしまして!私は何もしてないけどね!」
「どうしたしまして!私も何もしてないけどな!」
「貴女達、本当に良いコンビね…ま、私もたいしたことはしてないけれど。
それより早苗、私はちょくちょく人里に来てるから、何か困った時は遠慮なく相談して頂戴ね」
「アリスさん…はいっ!よろしくお願いしますっ!」

 興奮が絶好調に達しているのか、早苗はアリスの手を両手で握りぶんぶんと力強く振り、私達に別れを告げて茶屋を後にした。
 早苗が店から飛び出すのを眺めてから、私と魔理沙は両者ともに尊敬の眼差しをアリスに向ける。そんな私達に若干引き気味のアリス。

「な、何よ二人して…」
「アリス、貴女凄く格好良い…まさかあんなに早苗に的確なアドバイスをしてあげられるなんて」
「同感だ。アリス、お前は本当に出来る女だな。流石はチーム『魔理沙さんと愉快な仲間達』が誇るブレインだ」
「別に褒められるようなことじゃないわ。ただ思いついたことを適当にアドバイスしただけよ」
「適当にしては凄くちゃんとしたアドバイスだったじゃない。ね?」
「だよな。アリスはもしかしてあれか、実は前職が魔法使いじゃなくて神の使いか何かか。
早苗に神様と信仰のこと語ってるとき、滅茶苦茶専門家みたいだったぞ。何でそんなに神様の在り方について詳しいんだ?」
「まあ…色々とあるのよ。それよりも、あの娘。東風谷早苗のことなんだけど――何者なの?」

 その瞬間、アリスの瞳に真剣の色が宿る。
 アリスの纏う空気の変化に気付かない程、私と魔理沙は付き合いが浅い訳じゃない。
 私達も真面目になって、アリスの問いに答えを返す。

「何者、というと?私の知ってる早苗の情報は、アリスの知ってるものと全然変わらないわよ?
最近、幻想郷に越してきたばかりの巫女さんで、神様の信仰を集めようと頑張ってる…」
「そうじゃないわ。私の言っているのは、あの娘から感じられる力の異常さ、よ。
レミリア…はともかく、魔理沙、貴女…も、専門外よね。ああもう、こういうときに限って霊夢も咲夜も妖夢も鈴仙もいない…」
「おい、レミリア、もしかしなくても、私達馬鹿にされてるのか?」
「違うわ魔理沙、アリスは優しいから私達をちゃんと一般人として扱ってくれてるのよ。
逆に霊夢や咲夜達と同格扱いで話を進められたら、私は迷うことなく逃げるわ」
「…レミリア、お前」
「止めて!お願いだから『コイツマジヘタレ』的視線は止めて!
私=ヘッポコの事実が折角広まったのよ!私はもう二度と自分が強いなんて偽りたくないのよ!弱者万歳!私は敗者になりたいのよ!」
「あのね…話、真面目なモノに戻していいかしら。
あの娘、東風谷早苗が神様に仕える巫女だというのは分かった。巫女だから神様の力を借りることも出来るでしょう。
けれど、それでもあの娘は異常なのよ。ただの人間とは思えない程に、あの娘の身体から人とは異なる別の存在、力を感じるのよ」
「それっておかしいの?ただの人間で一線を越えた存在なんて、幻想郷には沢山いるじゃない」
「だよな。霊夢も少し前の咲夜も正直人間なのに人間止めてたし。早苗は巫女だし、そういうこともあるだろ」
「ああもう、私が言いたいのはそうじゃなくて…だから早苗はただ力が強いだけじゃなくて私と同じ…」
「「私と同じ?」」

 そこまで告げ、アリスは大きく息を吐き出し、『なんでもない』と言葉を切った。
 ちょ、おま、そこまで言って話を終えるなんて鬼畜にも程があるでしょう。クレームをつけようと思った私達だけど、
アリスの明らかな『それ以上追及するなオーラ』に言葉を止める。うう…きょ、今日はこのくらいで勘弁してあげるわ!
 でも、早苗か…アリスにそこまで言わせるんだもの。やっぱり強いのねえ。霊夢といい早苗といい、巫女って本当に強いのね。
 あれかな、強さの秘密は巫女服なのかな。私も霊夢の服着れば強くなるのかな。霊夢の巫女服を着て華麗に戦う私…か、格好良いかも!
 うん、良いじゃない。巫女服良いじゃない。よし、霊夢に巫女服貸して貰えるよう交渉してみよう。そして霊夢の巫女服を見本にして
自分で巫女服を作ってみようじゃない。ふふん、こう見えて裁縫もなかなかいけるからね私!良いお嫁さんになる為のスキルだけはばっちり
きっちり磨いてきたからね!咲夜の子供の頃の服だって私が作ってたからね!よし、そうと決まれば善は急げよね!

「魔理沙、アリス、博麗神社に行きましょう。霊夢に用が出来たわ。遊びに行くついでに用件を済ませるとしましょう」
「そうね…餅は餅屋、それが手っ取り早いか。私も霊夢に用が出来たし、行きましょうか」
「ま、どうせこの後の予定は無しだったんだ。どうせなら他の連中も誘ってみるか。私は咲夜と鈴仙と妖夢に声をかけてくるよ」
「咲夜なら今日は永遠亭に行くって言ってたから、多分そっちに居ると思うわ。お願いね、魔理沙」
「了解~」

 話はまとまり、私とアリスは博麗神社に。魔理沙は永遠亭と白玉楼へ向かうことにした。
 それにしても、早苗…か。霊夢とはまた異なる巫女さんで、アリスの認める程の実力者。
 あんなに丁寧で穏やかな娘も、いざ戦闘となれば霊夢ばりの力を発揮するのね…よかった。二回目だけど、自分、ヘッポコヘタレ妖怪で本当に良かった。
 もう紅霧異変のときのように巫女に殺されかける事態はまっぴら御免なのよ。レミリア・スカーレットはヘタレに過ごしたいの。
 平和が一番カステラ二番。幽香の一件も終わったし、もう二度と争いなんて勘弁よ。こんな穏やかな日常が永久に永久に永久に続きますように。



















「ねえ霊夢!いきなりで悪いんだけどお願いがあるの!
霊夢の服が欲しいのよ!霊夢の服に興味があるの!だから霊夢、今すぐ服を脱いで私に頂だ…おうふ!!!」
「何興奮しながら気持ち悪いこと言ってるのよコイツはあああああ!!!!」
「はあ…一体何やってるのよレミリアは…」

 霊夢から貰った久々の全力拳骨は涙が出るくらい痛かったです。
 





 



[13774] 嘘つき風神録 その三
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2011/12/12 19:05
 





 両目を閉じ、私は心を空虚(から)にして不要の全てを排除する。

 身に纏う風も、闇を照らす蝋の光も。
 必要なのは、身体の奥底から湧きあがる源泉の水(ちから)。
 永きに渡る時間の中で、遥か地下深くで育まれ続けた雫の一滴。それだけを抽出する事が私の求める全て。

 応えよ。我が身体に散らばる力の欠片達。
 応じよ。我が身体に流れる誇り高き妖しの血脈。
 一つ、また一つと己が身体に築き上げた力の構成を変貌させ、高みへと登り詰めて行く。
 目指すべき高みまで、求める力が放たれるまで数多の時など不要。私の為すべきは遥か遠き地下水を汲み上げるだけに過ぎないのだから。

 満たせ。我が身体の全てを。
 満たせ。我が求める力の胎動で。
 満たせ。満たせ。満たせ。満たせ。満たせ満たせ満たせ満たせ満たせ満たせ満たせ――!!


















「――ククッ、待たせたわねパチェ。これが私の本当の姿、全力全開の妖気よ。
今の私は最早ただのレミリアではないわ。さしずめ、『スーパーレミリア』とでも名乗っておきま…」
「楽しそうに語ってるところ悪いんだけど、さっきまでと妖力の大きさは何も変わってないわよレミィ」
「…ですよねー」

 分かり切っていたパチェの指摘に私は凹むことすらせずに笑って答えるだけ。
 妖力の大きさが変わってないですって?そんなの当たり前じゃない。だって私、妖力を高める方法なんて知らないもん。
 いや、昔は知ってたし出来たのよ?信じられないかもしれないけれど、まるで呼吸でもするかのように妖力を上下出来てたのよ?
でも今は無理。絶対無理。だって、私の今の力は昔と比べるのもおこがましいレベルでのヘッポコプーだもの。昔の方法なんて使えないし、そもそも忘れたし。
 パチェ風に説明口調で言うなら、昔の私と今の私では同じ身体でも妖力の差が大き過ぎて同じ力の運用なんて絶対に不可能。昔の私が力を
行使する方法が自転車の運転と例えるなら、今の私が力を行使する方法はローラースケートを運転ってくらい違うのよ。
 昔と同じ方法で力を行使しようとしても失敗に終わるだけだし負担も馬鹿にならないから使うなって強くパチェに言われてるわ。いや、使わないから。
 だから、私がさっきまで心の中で言ってた偉そうな格好良い台詞は全部デタラメ。そもそも私が心を空っぽになんて
出来る訳ないじゃない。空っぽにしろとか言われたら逆に妄想したくなるのが私なのよ。駄目妖怪舐めんなって感じよ。

 まあ、自分のヘッポコぶりの話は置いといて。
 今、私は大図書館にいる。具体的に言うと、大図書館にいるのは私、パチェ、フランの三人。
 最初はフランと二人で部屋でのんびりしてたんだけど、パチェが部屋に来て『調べたいことがあるから』って言われて
二つ返事で図書館に行った訳よ。で、図書館に着くなり『レミィの全妖力を解放してみせて』。何この無茶ぶり。
 私の全妖力なんて砂糖小さじ一杯分も無いことくらい、親友のパチェなら嫌になるくらい知ってるでしょうに。鬼なの?鬼は萃香だけじゃなかったの?
 唐突な振りに困り果てた若手芸人のように、必死にそのことをパチェに伝えるんだけど『問題無い、行け』とGOサイン。そもそも私
妖気の解放の仕方知らないって言ったら『幽香と戦ったときに出来ただろ。やれ』。あんな奇跡二度と起こせるかボケー!
 ぶつぶつとパチェに文句を言うものの、味方だと思ってたフランまでパチェについて『お願いお姉様』なんて言うもんだから、
結局やるしかなくなっちゃって。そりゃ、心の友と書いて心友のパチェと最愛の妹であるフランにお願いされちゃね。
 いいわ、見せてあげるわ!私の本当の姿(ちょーよわい)を!私の全力を見て笑うがいいわ!って感じで適当に集中した訳よ。その結果がこれ。
 …まあ、少しばかり期待したのは事実よ。最近パチェや美鈴の指導も受けてるし、私もブラックリボン軍を一人で壊滅出来るくらいの戦闘力がなんて
妄想したのは事実よ。テロリストが教室に入ってきてそれを倒して学校のヒーローみたいな妄想してたのは事実よ。人の夢と書いて儚いわね、私妖怪だけどね。
 ま、とりあえず求められたことはやったしパチェも満足してくれたでしょ。うん、私は頑張った。ただ、結果がついてこないだけ。ただ、それだけのこと。

「こんな結果で申し訳ないけど、これが私の全力全開よパチェ。満足してくれた?」
「ええ、ありがとうレミィ。協力感謝するわ」
「感謝されるほど何も出来てないけどね!自分の相変わらずのヘッポコぶりに泣きたくなっただけだもんね!
別にいいし!私強くなんてなりたくないし!私空飛べるだけで十分満足だし!泣いてない、泣いてないもんね!」
「ああ、そうそう。とりあえずその右手の槍も貰っていいかしら。こっちも調べる必要ありそうだし」
「へ?右手…って、うおおおい!?いつのまにか私の右手にグングニル(笑)が!?」

 パチェの指摘の通り、私の右手に伸縮自在のヘタレ槍(バンジーランス)が。槍のくせにゴムのようにぐにょんぐにょんなっちゃう
私の自慢のヘッポコ槍。妖力を集めろなんて無茶ぶりされて集中してたけど、何時の間にか作ってたのね。
 まあ、こんなのでいいんだったら幾らでもあげるんだけど。こんなの欲しいなんてパチェもモノ好きねえ。どんだけ力を込めても玩具みたいに
なっちゃうから、物干し竿代わりにも使えない役立たず槍なのに。この槍の用途なんて人里の子供のチャンバラごっこくらいでしょ。
 …あ、それいいかも!子供達、特に男の子はこういうの好きだろうし、あの子達の前で『投影開始』とか言いながらコレ量産したら
喜ばれるかもしれないわ!おおお、燃えてきた!よし、慧音、私が目指すべきは正義の味方ではなく子供の味方よ。
 今後の楽しみを妄想しつつ、私はパチェにグングニル(失笑)を渡す。グングニルというか、ぐにょんぐにるよね、これ。

「ゴミになったら私に言ってね。言ってくれたら私が消すから」
「ええ、お願いするわ。これは『レミィが望めば消せる』のね」
「?消せるし、作れるわよ?何なら証拠見せましょうか?ふふん、見るが良いわ私のヘッポコマジックを!」

 胸を張って、私はパチンと右手で指を鳴らす。私の意志に世界が応えるように、私の周囲にぼとぼとと大量に落ちてくる
無数のグングニル(嘲笑)達。その数は十本、十五本、二十本と馬鹿みたいに増えていく。見なさい!私の槍がゴミの様よ!(実際にゴミです)
 その光景をパチェとフランが目を見開いて眺めてる…あ、やば、調子に乗り過ぎて二人を思いっきり呆れさせちゃった。今自分が
物凄く恥ずかしいことしてるのにようやく気付き、私は慌ててもう一度指を鳴らす。するとあら不思議…でも何でも無く、私の発生させた
ゴミ山は一瞬にして霧散する。さっきまでの光景を無かったことにしてほしい。ああ恥ずかしい。こほんと咳払いをして、私はパチェに言葉を紡ぐ。

「そ、そういう訳でこれくらいは私だって出来るようになってるのよ?
本当にちょこっとだけど妖力戻ってるからね!いくら私が駄目駄目妖怪でも、自分で作ったものくらい後片付け出来るわよ!」
「成程ね…ありがとう、レミィ。重ねて感謝するわ」
「いいのいいの!むしろ感謝してるのは私だしね!こんな私でも、パチェは匙を投げないで面倒見てくれるし!
何の実験だかは知らないけれど、他に私に出来ることがあったら何でも言って頂戴。図書館の掃除とか夜食の用意とかそっちの面なら幾らでもむしろ望むところ…」
「――母様、お客様がお見えになっています」
「へうっ!?って、咲夜何時の間に私の後ろに!?ていうか、客って…あれ、紫?」
「こんにちは、レミリア」

 図書館に現れたのは咲夜と紫。紫が図書館になんて珍しいわね、普段なら私の部屋に…ああ、そうか、私の部屋に誰もいないからこっちに来たんだ。
 お客様ってことは遊びに来てくれたのかしら。だったらお茶の用意をしないとね。でも、パチェの用は済んでないかもしれないし。咲夜に
用意して貰ってもいいんだけど、折角私を訪ねて来てくれた友達には私自身が御持て成しをしたい訳で。そういう意味も込めて、パチェに
離れても大丈夫かをアイコンタクトで確認。こくりと頷くパチェ。うーん、私達って本当に以心伝心。持つべきものはやっぱり心友ね、パチェ。
 ここ数年で沢山の大切なお友達が出来たけど、パチェはそういう友達のカテゴリーとはちょっと違うのよね。何て言うんだろう…私にとって
パチェは友達であり、姉妹みたいなものであり。うん、とりあえず一つ言えるのはこれから先どんなことがあっても私がパチェと離れることは
絶対に無いと言える。ときどき意地悪なときもあるけど、やっぱり私はそんなパチェが大好きだから。

「パチェ、私達ずっと友達よね」
「?いきなり何を言い出すかと思えば。貴女は私の永遠の親友よ、レミィ」

 そうよ心から素敵な貴女私のことをよろしく。不思議そうに首を傾げるパチェの手を握り締める私。
 とりあえず満足したので、私はパチェから離れて紫に向き直る。目の前で意味不明な行動に出ても、紫は当然のように
動じることも無く優しく微笑むだけ。本当、紫って理解力のある素敵な大人の女性よね。出会ったばかりの頃、ペドフィリア扱いしてごめんね。今も
同性に興味を持ってる疑惑を完全に晴らした訳では無かったりするけど、そういうのは私以外でやってね。

「今日は一人?藍はお仕事?」
「ええ、藍は八雲の後継者として頑張って働いてくれてるわ。
最近、藍の私に対する『早く力を回復させて仕事しろ』という怨嗟の言葉も軽く聞き流せるようになってきたわね」
「九尾の狐、本当に苦労してるわね…同情するわ」
「フランドールは藍の味方なの?悲しいわね」
「貴女と藍なら間違いなく後者に味方するわよ。幻想郷の怠惰な管理人さん」
「フフッ、そんな皮肉も言えるようになったのなら十分快方に向かってると言えるわね。
愛しのお姉様の前でモジモジしてる貴女もいいけれど、以前のように妖しの気品をその身に纏った貴女も素敵よ」
「ありがとう、他の誰でも無い貴女にそう言って貰えるのは光栄だわ。
その視線の位置を少しでも蹴り落とせるよう、今後もレディとして精進していくとしましょう」

 互いに言葉を交わし合って笑いあう紫とフラン。な、何かこの二人から変な威圧感を感じるんだけど…ていうか、
こうして見ると紫とフランってちょっと似てるところがある気がするわね。私より紫に似てるフラン…いや、私の中身が
こんなポンコツなんだから、純然たる誇りある吸血鬼として生きざるを得なかったフランが紫により近いのは当たり前なんだけど。
 それでも、やっぱりこの娘のお姉様である自分としては、そういうところはさびしかったりする訳で。うーん、私も紫やフランのように
ラスボスチックな空気を身に纏った方がいいのかしら。こう、威圧感というか、プレッシャーというか…

「ククッ――それでは紫、我が領域にお前を招待してやろうではないか。
この私の聖地に足を踏み入れることが出来る幸運を噛み締めて地上への階段を一段ずつ登るがいい」
「ええ、エスコートをお願いしますわ幻想郷最強の吸血鬼さん。
ところで、その貴女の聖地に『これで激モテ!今すぐ彼氏を作る為に必要な五つの必須アイテム』という表紙の本を見つけたのだけど…」
「んにゃあああああああ!!!!!?わ、私の大事なマル秘アイテムが何故ええええ!!?あんなに厳重にベッドの下に隠していたのに!?」
「さて、何故かしら?ああ、先人として忠告させて頂くけれど、貴女に黒のランジェリーはどうかと思うわよ?赤ペンで何重にも丸をつけて
あったけれど、今の貴女のスタイルであれはちょっと…」
「ばかっ!ばかっ!えっち!変態!ゆかりの覗き魔!忘れて!!紫だけじゃなくてみんなも今の話は忘れて!!
私全然そんなの欲しくないからね!?黒のランジェリーって何!?そんなの全然興味無いし!私欲しいなんて言ったこと無いし!」
「…欲しいのね、お姉様」
「…欲しいです。ねえ、パチェ…一日だけでいいからその、身体がぼんきゅっぼんになれる薬とか、その…」
「ないわよ」

 即答されて肩を落とす私。そうよね、いくらパチェえもんでもそんな意味不明な薬なんてないわよね…
 というか紫、どうして貴女私の秘密を…私が一緒に本屋に来た美鈴の目を必死に掻い潜って購入した一冊の存在をどうして…
 萃香やフランをはじめ、多くの人で賑わう私の部屋。そんな部屋が私一人になったチャンスにだけこそこそ読んでいた私の神聖モテモテブックをどうして…
 くうう…あの本の存在は絶対に誰にも知らせないつもりだったのに!こうなったら紫とゆっくり話し合う必要がありそうね!親しき仲にも礼儀あり、
紫にはその辺のはうつーわんつーを教え込まないといけないみたいだわ!その辺教えるんで男の人と仲良くなれる方法を私に教えて下さい!

「とりあえず紫は私の部屋!今から紫には説教だから!私ぷんぷんだからね!?」
「ええ、構いませんわ。私も出来る限り貴女に似合う素敵なコーディネートをレクチャーするとしましょう」
「ほ、本当!?ま、まさかあの最強のモテ女である紫直々の授業ですって…
なんということなの…言うなればこれは界王様からの直々の修行も同義。この一日で私の女子力が跳ね上がること間違いなし!
こうしちゃいられないわ。フラン、咲夜、パチェ、貴女達も紫の授業を受けないと!紅魔館の女子力を紫に上げて貰うわよ!」
「…私はいいわ。興味無いから」
「わ、私もパスするわ。この後、もう少しパチュリーに用事があるから」
「私は参加させて頂きます。幻想郷最強の妖怪の講義、為にならない訳がありませんから」

 咲夜だけ参加か。ま、仕方ないわよね。パチェもフランもこういうの本当にあんまり興味無いみたいだし。
 逆に言うと咲夜が参加したことにびっくり。しかも咲夜ノリノリじゃない。まさか咲夜が女子力に興味を持っていたなんて…いや、
でも咲夜も人間で言うとお年頃だもん。恋の一つや二つ始めても全然おかしくないわ。愛する殿方の為に己を磨く姿、多くを学ぼうとする姿勢、
その気高き姿が如何に美しいかを咲夜も知っているのね。咲夜が女の子としての成長を遂げている…うう、お母さん感激よ!
 戦闘もいいけれど、やっぱり一人の母としては咲夜に女の子して欲しい気持ちもある訳で。いいわ咲夜、今日は二人で女子力をどんどん
あげちゃいましょう!そして幻想郷の誰と出会っても恥じないような、素敵な女の子になってみせるのよ!

「善は急げ、行くわよ紫、咲夜!目指せ幻想郷一の大和撫子!乙女よ大志を抱け!夢見て素敵になれ!」
「――ええ、行くとしましょうか」

 後ろを振り返ると、紫はフランに小さく何かを耳打ちして私に向き直る。
 あれ、何かフランが眉を顰めて難しそうな顔してる。何言われたのかな…あ、表情戻った。私の見間違えかな…
 とにかく今は部屋に早く戻りましょう!私と咲夜の将来の為にも、今日は学びに学ばせて貰うわよ、紫!!
























 ~side フランドール~



 紫や咲夜と共に、お姉様は図書館を後にする。
 その姿を見届け終え、私は大きく息をつく。私と同じ気分なんでしょうね、パチュリーもお姉様から受け取った槍を机の上に
置きながら難しい表情のままに私に言葉を紡ぐ。

「さて…どうするのフランドール。
風見幽香での一件(むちゃ)、その後の妖力の回復…経過を確かめようと、今日は検査を行うだけだったのに」
「…分かってるわよ、パチュリー。薄々とは気付いていたけれど…こう目の前で見せられると、ね」
「気付いていたの?」
「真に何も持ち得ぬならば、どんな奇跡を持ってしても風見幽香へのアレは有り得ないもの。
ただ…ただ、これほどまでに無茶苦茶だとは思ってなかったけれど。本当、お姉様は私の想像なんて相手にすらしてくれないのね」
「それは仕方ないわ。だって貴女のお姉様はそういう存在なんですもの」
「そうね、仕方ないわね。だって貴女の唯一無二の親友はそういう存在なんだものね」

 私とパチュリーは先ほどのお姉様の見せてくれた光景を思い出し、呆れて笑うことしか出来なかった。
 お姉様がやってみせた神槍(あれ)の大量構成…それは私達にとっては最早言葉にすることすら出来ない程の世界なのだから。

 ――例えこの身体が十全だとしても、私にはお姉様と同じことなど決して出来ない。
 ――いいえ、私だけじゃない。パチュリーも、美鈴も、咲夜も不可能よ。お姉様が見せてくれた世界は誰にも届かぬ幻想の一つ。

 私の思考に気付いているのか、パチュリーが視線で『お前は出来るのか』と問いかけてくる。その問いかけに、私は無言のまま
お姉様と同じ神槍(もの)を右手に一本生み出す。そして、二本、三本と複製し…そこで終わり。精度のズレに耐えきれず、四本目の
槍は形を為さぬまま世界に散っていった。想像通りの光景に、私は力なく笑ってパチュリーに答えを返す。

「御覧の通りよ、パチュリー。これでも全力でギリギリの調整を試みたんだけど、ね」
「…当然の結果ね。同一の存在を許すほど世界は優しくは無い。風見幽香も根源が異なっているからこそ並んで存在出来る。
同一の存在は世界を排し、近しい存在を世界は別物とみなす。もし、同一と呼べるモノを世界に複数生み出そうとすれば――」
「――恐ろしい程の精度を必要とする調整能力が必須となる。それこそ、構成要素に一塵ほどの差しかない程の…ね」

 それは奇跡と呼ぶに相応しい力。
 世界が存在を認める程度に異なる、同一のモノを世界に同時に展開するということは、大袈裟でも何でも無くそれほどのこと。
 数百年の鍛錬と研鑽を積んできた私ですら為し得ぬ能力。いいえ、例えこれから私が残る生をどれだけ注ぎ込もうとも辿り着けるか
分からぬ領域。その世界に、お姉様は身を置いている。その現実に、私は耐えようもない愉悦を零すしかない。
 お姉様。お姉様。お姉様は本当に何処までも私の永遠の英雄(おねえさま)なのね。尊敬なんて言葉では表せない。敬愛なんて言葉では
言いつくせない。胸が焦がれる、どうしようもなく欲しくなる。独占したくなる。愛おしくなる。狂おしくなる。
 純粋無垢なお姉様とは鏡映し、強欲な妖怪らしい感情に振り回され笑う私に、パチュリーもまた口元を緩めながら私に問いかける。

「この力、『以前』のレミィには?」
「私の知る限りは持っていなかったわ。お姉様が優れていたのは、その純然たる吸血鬼としての才。
昔のお姉様は他の妖怪を圧倒する程の力と魔力を持ち、その絶対的差を持って対峙する者を叩きのめす王者のみに許された戦い方だった。
だからこそ、アイツはお姉様を最良たる後継者として細心の教育を行っていたわ。
お姉様に吸血鬼として足りなかったのは…役立たずの私に対して、非常に徹しきれなかった優しさだけ。お姉様は妖怪として誰よりも優し過ぎた」
「そうね…だけど、その優しさに貴女は救われた。貴女も、私も…ね」
「ええ…そんなお姉様だったからこそ、私は今もここにいる。お姉様や貴女達と一緒に居ることが出来る」
「…きっとこの力は、そんなレミィの吸血鬼失格である優しさによる力でしょうね。
レミィは長年の間、禁術によって貴女に力を配給し続けた。それも自身には妖怪として生を為す最低限度の妖力だけを残し続けて。
言ってしまえば、レミィはこの数百年もの時間の中の全てを力の調整作業を繰り返し続けたのよ。それも自身の命を左右するギリギリの境界線の中で。
…恐ろしいわね、禁術と呼ばれるだけのことはあるわ。恐らく並大抵の者ならば、その調整に失敗して数年持たずに死を迎えたでしょう」
「だけど…お姉様にはその禁術すらを上回る程の才が許されていた。もしこの件がなければ、必ず歴史に名を残しているであろう程の
吸血鬼…いいえ、妖怪としての才がお姉様を生かした。その才が、お姉様をこの数百年間の見えない研鑽を積みきらせてしまった。
ええ、目の前でアレを見せられては最早否定のしようのない事実よ――お姉様は、妖気の操作能力、その精度が私達とは一線を画している」

 自身の妖気限定だけど、お姉様は妖気を誰よりも上手く使いこなすことができるのだろう。
 生み出した妖気の構成要素をそれこそ針の穴を通す程の精密な操作によって調整し、自身の武器と為す。それがお姉様の持つ異端の力だ。
 でなければ、先ほど私とパチュリーの前で見せた奇跡に対する説明のつきようが無い。あれだけの同一の神槍を展開する為には、世界が
完全なる同一と認めない程の誤差しか構成要素の差が存在しないモノを作り出すしかない。本当に僅かに異なるモノを作ることは、同一のモノを
生み出すこととは比肩出来ない程に難しいことだ。それをお姉様は何の苦労もすることなく冗談半分で生み出してみせた。
 そして、お姉様はそれらの槍を触れることも無く一瞬で全てを消した。生み出した槍を消す為には三つの手段がある。一つは外的要因により
破壊されること。もう一つは込められた己が力を霧散させること。通常、生み出した武器を消す時はこのどちらかだ。私が神剣や神槍を
使って戦闘を行ったときは、後者にて消している。けれど、お姉様はそのどちらでもない第三の方法を使っていた。

 お姉様が使用した神槍の消し方、それは構成要素の操作だ。お姉様は五十をも超える数の槍の全ての構成要素を同時に操作し、
全ての槍がこの世界に『神槍として同時存在出来ない同一の構成』に変化させ、全ての槍を消してみせたのだ。
 その方法、光景がどれだけ信じられないレベルのものであるかなど語るまでもない。零から生み出したものの構成を変えるのではなく、
今既に在るものの構成を変化させることは前者よりも遥かに難しいことだ。通常なら集中して時間をかけてゆっくり構成を変化させていく。
 その方法は武器の消失させる方法としては頗る効率が悪い。そして行使を行う者には遥か高みのレベルを要求する。
 だからこそ、普通はこのような方法で武器を消すことなどせず、私が普段取っている壊すか力を霧散させるかの方法を用いるのだけれど…本当に笑いしか出てこないじゃない。

「…一度美鈴にも見て貰った方がいいわね。この手のことなら、私達よりも美鈴が詳しいわ」
「そうね…でも本当、お姉様には驚かされてばかりだわ。
もし、お姉様の身体に妖力が満ちていれば…きっとお姉様は、幻想郷でも三本の指に入る存在になっていたでしょうね」
「ええ、そうね。レミィに妖力があれば…ね。この力、本当に惜しくて仕方ないけれど…」
「「…今の妖力の無いお姉様(レミィ)には何の意味もない力なのよね」」

 私とパチュリーは互いに残念と息をつく。
 そう。この力が本当に意味を為すのは、あくまで行使者に力があってこそ。
 今のお姉様は空を飛ぶだけで精一杯の妖力しか身体に無い。故に、生み出した神槍も最低限度の力しか込めることが出来ず、
複数生産されたあれらは外殻だけの張りぼてに過ぎない。どれだけ力の構成要素を弄っても、大元となる力自体が零に近いのでは意味が無い。
 勿論、この力が完全に意味を為さないという訳ではない。現にお姉様はこの力を利用し、一匹の大妖怪――風見幽香から勝利をもぎ取ってみせた。
 神槍の構成を変化させ、他者に恐ろしく強大なモノに感じさせる程に存在だけを肥大化させ、見事に風見幽香を騙し切った。
 そう――言ってしまえば、この力はお姉様にとって『ハッタリを活かす為の有効な武器』でも在る。お姉様が望むなら、零の力を何倍にも
強大に飾り立てることが可能なのだから。まあ…すぐにばれるけどね。そのハッタリを続けられる妖力がお姉様にはないから。
 この力が真に生きるのは、お姉様が力を取り戻してから。数百年の未来を持って、この力は意味を為す。
 歴史上の誰よりも優れた才を持つお姉様が、誰よりも効率よくその力を運用することで、初めて天蓋の能力となるのだから。

「…この力を今の時点で何とか活かせないか、一度考える必要があるわね。
将来のレミィの為だけにと捨てるにはあまりに惜しい力だわ」
「そうね…美鈴や萃香も交えて話し合いましょうか。後は紫も呼ばないとね」
「…そういえば貴女、先ほど八雲紫に何か耳打ちされてたけど」
「…別に大したことじゃないわ」

 私はパチュリーの問いへの答えを返しながら、先ほど紫に耳打ちされた言葉の意味を考える。

『――藍はとても優秀な管理者。これまでの私ほどお姫様(レミリア)寄りの甘い裁定や贔屓、判断は下したりしないわよ?
もし、レミリアを下らぬ騒動に巻き込みたくはないと願うなら、出来る限りの手を今のうちに打っておくことをお勧めするわ』

 あの紫は冗談は言うけれど、下らぬ虚言で他者を掻き回すようなことはしない。加えてお姉様の件なら猶更だ。
 紫の忠告…それは何者かがお姉様との接触を望み、何かに利用しようとしているということ。
 今のお姉様の立場、それを知っていれば軽はずみに近づこうとする者など存在しない筈。それなのにお姉様に近づこうと考える
輩がいるということは、そいつはスカーレット・デビルを恐れもしない余程の身の程知らずの馬鹿か、もしくは――お姉様を『下』にみる程の実力者か、だ。
 その予想に私は自身の意志を決める。誰がお姉様に近づこうとしているのかは分からない。今の私達は昔とは違う。もしお姉様が
その者を歓迎し、友とするなら私達も心から迎え入れよう。だけど、もしそれがお姉様を利用し玩ぶだけの行為なのだとしたら――

「――相手が誰であろうと、私がこの手で必ず殺してあげるわよ?」
「…それが神であろうとも?」
「愚問だね、パチュリー。私達にとっての神は一人だけ在ればいい。
この世界を誰よりも優しく照らしてくれる、たった一人の女神さえ在れば…ね」
「八雲紫じゃないけれど、そういう以前のような妖しの血に彩られた貴女も十分に貴女らしいと思うわよ。フランドール」
「女はいつだって二面性を持つ生き物なのよ?知らなかった?」
「…そういう風に妖艶に笑う方法、レミィに教えてあげれば泣いて喜ぶと思うわよ」

 パチュリーの冗談を笑い飛ばし、私は図書館を後にしてお姉様の居る部屋へと向かう。
 …こんな笑い方、お姉様に必要無いわ。お姉様と共に幸せの道を歩むことが許された私だけど、原初の誓いは今もなおこの胸に在るのだから。

 お姉様は何処までも綺麗なままで在り続けて。汚れる役割は全て私が請け負うから。
 私達の希望を、何人たりとてその輝きを曇らせはしないわ。
 もしお姉様を汚そうと企む、己が身を弁えない輩が存在するのなら――この私の全てを持って、お前をこの世から消し去るだけよ。





















 蝋の光に灯された暗き一室にて、その存在は息をつく。


 その者は尊大にして唯一無二。もし、室内に人間が存在すれば、そのあまりに強大な力に圧倒され、気付けば平身低頭しているだろう。
 それほどまでに人間…否、妖怪とも線を画する存在、それが彼女であった。
 彼女の溜息が生み出されたとき、室内に声が響き渡る。しかし、それは室内に唯一存在する筈の彼女の声ではない。
 姿は見えない。存在も感じ取れない。けれども確かにそこに在る。その声が彼女に語りかけるのだ。

「随分とお疲れみたいね。連中の相手はそんなに面倒?」
「ああ、実に面倒だ。頭も回れば舌も回る。こっちの痛手を知っているから、威圧的にせめることも出来ない。
全く…交渉事なんてのは私は苦手なのよ。明日からは貴女が連中のところに行ってくれない?」
「それは出来ない相談ね。だって、この神社の神はあくまで貴女だもの。
言ってしまえば、勝者の義務ってやつ?私が面白おかしく過ごす為にも、頑張って心をすり減らして来てね」
「言われなくともそうするさ。私達には目的が在る。折角張った大博打、こんなつまらんことで躓き続ける必要はないわ」
「ま、いざとなったら手を貸してあげるよ。私と貴女なら、鬼の居ない山一つなんて軽いでしょう?」
「…その手は本当にどうしようもなくなってから、ね。この狭い世界で不要な敵を作る程馬鹿らしいことはないでしょう?」
「馬鹿らしくはないけれど面白いじゃない。万事は全て神遊び、ってね」
「――諏訪子」
「――冗談よ、神奈子。それじゃ、私は戻るから」

 諏訪子。そう呼ばれた人物の声が聞こえなくなり、室内には再び静寂が満ちる。
 そして残された女性――神奈子と呼ばれた者は、軽く瞳を閉じ、言葉を紡ぐ。

「…そう言えば、早苗が面白い話をしていたわね。
あの娘に出来た初めての友達が他者に害を為さぬ妖怪…か。さて、こっちの見極めも大切な私の仕事ね。
出来れば連中との交渉が終わって落ち着いてから、そう考えていたのだけれど」

 もし、何の裏も無く早苗と交友を結んでいるだけならばそれでいい。この世界に来て初めて私以外の異質な存在を知ったあの娘にとって
他種族との交友は何事にも代えがたい経験となるだろう。
 けれど、もし何も知らぬ早苗を利用しようという下種な妖怪だったなら――


「――この私が一切の慈悲なく消し去ってあげるだけだわ。顕界にも冥界にも一毛の存在すら許さぬ程の罰を与えてね」


 そう告げて笑う彼女の姿――それは例えるなら軍神。
 僅かな光のみが存在を許された部屋にて、彼女は笑う。それは何処までも強き者がみせる猛き狩人の笑みだった。






 



[13774] 嘘つき風神録 その四
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2012/01/02 23:06








「白菜も購入済…と。必要な食材はこれで一通り揃いましたね」
「そうね…あとは萃香からお酒を頼まれてるから、酒屋さんに行かないと。咲夜、荷物は重くない?大丈夫?」
「ご心配ありがとうございます、母様。この程度では何の負担も感じませんから大丈夫です」

 お昼時の人里の中を、私と咲夜は二人で談笑しながらショッピングを楽しむ。
 いや、ショッピングというか、単に今夜のご飯の買い出しなんだけどね。文が今日は館にいないから、私と咲夜がこうして買い出ししてるって訳。
 こうして愛する娘である咲夜と二人で買い物…うん、凄く良い。私、ちゃんとお母さんしてるって実感。
 咲夜も咲夜で楽しそうにしてくれているから、こっちも無駄に張り切っちゃう訳で。そういえば、こういう風に咲夜と二人っきりで
買い物なんて久しぶりかもしれないわね。いつもは美鈴やフランが一緒だから、本当に二人だけというのは滅多にないかも。
 でも、こういうのもたまには悪くないかもね。家族とはまた違う、親子だけのコミュニケーション。親と子供の隔たりが嘆かれている
今だからこそ、こういう機会は大切にしないといけないの。一人の母親として、咲夜には私の背中を見て育って……訂正、背中は
フランや美鈴達の立派な背中を見て育ってくれていいから、両手いっぱいの幸せを掴んで欲しい。うん、幾つになっても親にとって子供は
大切な子供なの。咲夜には沢山沢山たーくさん幸せになってもらいたいから、そのために私に出来ることはなんでもするつもりよ。

「咲夜、貴女は今幸せかしら?」
「はい、世界中の誰よりも幸せだと断言出来ます」
「え、それはちょっと困るかも。だって、私の幸せは咲夜の幸せなんだもの。
咲夜が世界一幸せになっちゃうと、必然的に私がその上になっちゃうから、咲夜が世界で二番目に幸せになっちゃうわ」
「母様ったら…ふふっ、それなら何とか二人で一緒に世界で一番幸せになれる方法を考えないといけませんね」
「そうねえ、パチェに相談したら何か良いアドバイスくれるかもしれないわね。パチェの頭脳は世界一ィ、だもん。
という訳で、咲夜が日々幸せに過ごす為にも私は今を全力全開よ!さあ咲夜、母さんにしてもらいたいこととか要望とかないかしら?」
「わ、私はその…母様が笑ってくれるなら、それだけで…」

 くうう、何よこの可愛い生き物。咲夜ちょっと可愛過ぎるでしょう。ちょっとこの娘育てた親出てきなさいよマジで(お前だ)。
 本当、最近は咲夜といいフランといい可愛過ぎる娘が増え過ぎて困る。こんな魅力的な娘達だもの、きっと人里では男の人達から
沢山の好意を抱かれるに違いないわ。今の人里だって絶対に熱烈歓迎サク者、流石だよな私達状態に違いないわ。
 …でも、その割には人里の男の人達が咲夜に声をかけてきたりしないわね。輝夜の時は『リア充みんな指先一つでダウンしろ!』って
くらい言い寄ってきてたのに、咲夜には誰も声をかけないなんて…正直不思議過ぎるわ。
 いや、だって親の贔屓でも何でもないくらい、咲夜って美少女なのよ?身体もスラってしてて、私みたいなレジェンド・オブ・まな板みたいな
ひんそーボディでもないし。一体どうして…ふと、咲夜の方に視線を向けると、咲夜の視線が何故か私から外れてて…鬼怖っ!!
 その時咲夜がしてた視線はあれよ、一時期のフランが私に見せてたような『消えろ屑が』的な冷酷な視線。ど、どうしたのかしら咲夜、何か不機嫌になることでも…

「しゃ、しゃくや…?」
「――はい、母様。何か?」
「あ、いや、うん、何でもない…かな」

 超ビビりながら声をかけると、何時も通り温かな優しい笑顔を浮かべる咲夜。あれ、全然怖くない…何で?
 咲夜が先ほどまで睨みつけていた視線の方を見ても、里の男の人が二、三人呆然と突っ立ってるだけだし…訳が分からないよ。
 まあ、咲夜も女の子。女心と秋の空、そういう心模様になることだってあるわよね。無駄に不機嫌になったりすることもあるわよね。
 霊夢とか魔理沙とかも、一定周期で何故か不機嫌になったり体調悪くなったりするもんね。咲夜も元人間、そういう気分になったりすることだってあるんでしょう。
私にはそういうときは全然無いんだけど…自慢じゃないけれど、人間に最も近い妖怪を自認する(戦闘力的な意味で)私としては、いつか私も
そういう人間的一定周期の機嫌の機微が理解できるようになりたいわね。そうすれば不機嫌な霊夢に怒鳴られずに済むし。本当は優しいと理解してても
不機嫌な霊夢ってやっぱり怖いのよ畜生。大好きなんだけど不機嫌な時はやっぱり近寄りたくないのがビビり根性なのよ。

 そんな感じで、咲夜とお話しながら次なる目的地である酒屋に足を運ぼうとした私だけど、ふと人里の通り道にできたある人だかりに気付く。
 里の人が十数人集まってて、中心で何が起きてるのかは分からないけれど、人里でこういう光景を見るのは珍しいかも。何かしら、
チンドン屋さん?それにしては騒がしい音も聞こえないし…そういえば、あの場所って三週間くらい前に私が早苗に出会った場所と同じね。
 そのことを思い出し、雑談の中で咲夜にそのことを伝えてみることに。

「咲夜、今あそこに人だかりが出来てるじゃない。あの場所で私は以前早苗と出会ったのよ」
「早苗…確か、幻想郷に越してきた外界の巫女ですよね?以前、母様がお話して下さった」
「そうそう、その早苗。そういえば、早苗と貴女はまだ面識がないんだっけ?」
「ええ。母様の他に魔理沙やアリスから話は伺っていますが、実際にお会いしたことは」
「そっかあ…早苗は咲夜と歳も近そうだから、仲良くなれると思うのよね。実際、魔理沙やアリスとすぐに打ち解けてたし。
もし人里で早苗を見つけたら、お母さん、咲夜のこと紹介してあげるからね?そうだ、今から早苗を探してみるというのも…」
「ありがとうございます。ですが、母様にご足労頂かなくとも、どうやら出会うことは出来そうですよ?」
「へ?どういうこと?」

 私の疑問に、咲夜はそっと人だかりの方を指出した。
 人だかりに生じた人と人との隙間の中、その中心に立つ少女の姿に私は『成程』と納得する。
 確かに咲夜の言うとおり、私が探す手間をかける必要もなく、目的の女の子は目と鼻の先にいたみたい。
 どうやら、向こうも私の存在に気付いたみたいで、凄く華やかな笑顔をみせてこちらに手を振ってくれている。その姿に嬉しくなりつつ、
私は日傘を片手に持ち替えて、手を振りながら彼女の方へと近づいて行った。

「お久しぶりです、レミリアさんっ!」
「ええ、久しぶりね、早苗」
「――レミリア?レミリアってもしかして、あの…」

 早苗が私の名前を呼ぶや否や、人垣を作っていた人々が様々な表情を浮かべつつ、まるで蜘蛛の子を散らすようにこの場から去っていく。
 …え、あれ、何で?もしかして私、余計なことをしちゃってた?何で私の名前を聞いただけであんな風に…あ、そういうことか。
 私、よくよく考えてみればこの人里で『幻想郷最強の一角を担う妖怪』なんてトンデモ噂を流されてるんだっけ。しかも私には紅霧異変という
実力を人々に知らしめる程の前科がある。それらが全部嘘っぱちだと知らない人が、私の名前を聞いてさっきみたいな反応を見せるのは
当たり前のことだ。なんせ相手は気まぐれで何をするか分からない実力者の妖怪。幾ら人里内でも、剥きだしのナイフはやっぱりナイフ、凶器に違いないのだから。
 …あー、これは早苗に本当に申し訳ないことをしちゃった。どうみても早苗、布教が上手くいってる最中だったもんね。私は力なく肩を落として早苗に謝る。

「ごめんね、早苗。私のせいで折角集まってくれた人達が…」
「え、え、え?わわわっ、お願いですから頭を上げて下さいレミリアさん!私は何も気にしてませんからっ!
というか、私どうしてレミリアさんに頭を下げられているのかもさっぱりで…」
「へ?だ、だって今の人達って、その、私のせいで…」
「?そういえば、皆さん帰られましたね。恐らく、他に用事が出来たからだと思いますが。
貴重な時間を私のお話を聞いて下さったことに感謝の言葉を告げ損ねてしまいましたね。また明日改めてお礼を言おうと思います」
「え、そ、そうなの?ああ、何だ、安心した…てっきり私のせいでみんな怖がって帰っちゃったのかと。
そうよね!よくよく考えれば私如きがレミリア名乗ったところで『何この嘘つき幼女』って思われるのが関の山よね!
だれがこんなちんちくりんに怖がるかって話よね!…ううー!!うー!!うー!!うーーー!!!」
「えええええっ!?急に泣きだしてどうしたんですかレミリアさん!?えっと、は、ハンカチハンカチ…」

 そっか、もろ刃の剣ってこんなにダメージ大きいんだ。まさか自分の言葉にこんなに傷つくなんて思いもしなかったじゃない、畜生。
 慌てて私の涙をハンカチで拭ってくれる早苗…本当に良い娘やわ。私は情けない姿を頑張って払拭すべく、笑顔を作りなおして早苗に声かける。

「急に取り乱してごめんなさいね、早苗。改めてこんにちは」
「ええ、こんにちは。あの、お隣の方は…?」

 挨拶をしあった後、早苗は視線を咲夜の方へと向ける。さっきから咲夜の方見てたもんね、流石に気になるわよね。
 その言葉を待ってましたとばかりに、私は胸を張って自慢の娘を早苗に紹介する。

「この娘は私の一人娘の咲夜…っと、自己紹介は本人からの方がいいわよね。咲夜、お願いね」
「ええ、初めまして。私はレミリア・スカーレットの娘、咲夜・スカーレットと申します。どうぞお見知りおき下さいね」
「あ、はい、こちらこそ初めまして。私は東風谷早苗と申しま……え?レミリアさんの娘さん?」
「そうよ。私の自慢の一人娘!どう、すっごくすっごくすーーーっごく可愛くて綺麗でしょう?」
「え、ええええええええええええ!!?な、何でレミリアさんに娘さんが!?しかも私と同じ歳くらいの!?」
「…魔理沙があんなに楽しそうに語る訳だわ。妖夢に似てるわね、リアクションが」

 ポツリと零す咲夜の一言に言われてみれば。妖夢もそうだけど、この娘も反応が面白いわね。
 まあ、流石に私のような大人の女性的冷静リアクションを取れとは言わないけれど、女の子には慎ましさも必要よ?
 どんなことにも動じず騒がず慌てず。揺るがぬ心と一途な想いで佇むその姿ことが乙女として必要な…

「せめて逆じゃないんですか!?レミリアさんが咲夜さんの娘とかそういうドッキリばらしとかは…」
「だ、誰が紅いランドセルを背負って通学する事を楽しみにしてるもうすぐ卒園式を迎えそうな咲夜の娘だこらああああ!!!」
「落ち着いて下さい母様、早苗はそこまで言ってませんから」
「ご、ごめんなさい…あの、本当にその、お二人は親子…」
「本当よ!血はつながってないけど、咲夜は私の大切な一人娘だもん!そうよね、咲夜!」
「ええ、私が母様の娘であることは過去未来永遠に変わることのない事実ですわ」

 私の熱の篭った説明に、ようやく早苗は私達が本当に親子であるということを理解してくれた。
 どうやら早苗は私が咲夜を産んだものだと誤解していたみたいで、それが自分の早とちりだと気付いてくれた。
 …まあ、気持ちは分からないでもないけどね。見た目がこんな風な私が、咲夜を連れて『娘です』なんて言ったら
普通は早苗みたいな反応するわよね。普通に『へー』で済んでる魔理沙とか霊夢とかの方がおかしいわけで。
 大体娘がどうして母親より発育しまくってるんだって話だしね。…咲夜、あと千年待ってなさい。ごぼう抜きしてあげるから。

「それはそうと早苗、随分と人が集まっていたみたいだけど…もしかしなくても布教が絶好調だったり?」
「そうなんです!先日頂いたレミリアさん達からのアドバイスのおかげで、最近は多くの方がお話を聞いて下さっているんですよ!」
「アドバイス?…ああ、私達というか、アリスの話してくれた『神の代行者として結果を人々に示すこと』だったかしら」

 私の問いに、早苗は『そうです』と力強く頷いて返してくれる。
 早苗の話によると、あの後早苗は神様と相談して(仏壇に御祈りでもしてたんだろうか)、アリスの言葉を実行することにしたらしい。
 その内容は人里で困っている人の力になること、早苗の持つ神の力の一端によって問題を解消してあげること。
 そしてこの三週間、早苗は人里の人々の力になりになり抜いたらしい。体調が良くない老人に祈りを通して健勝へと導いたり、
日照りが続く畑に雨乞いをして雨を降らせたり…いや、早苗、何気にチート過ぎじゃない?治癒能力とか天候変化とか…巫女ってやっぱりそういう化物(もの)なのかしら。
 中でも、特に人々から乞われて行ったのが妖怪退治らしい。よく人里外で悪さをしたりする妖怪を何とかしてほしいとの
要望に、早苗は二つ返事で了承。実際に人里の外で迷惑をかける妖怪を何匹もびしばし退治したらしい。
 それを聞いて、私は最早絶句するしかなく。人里外の妖怪って、妖怪よね…妖怪って言えば人間じゃない化物の妖怪よね…それを
早苗は人に頼まれたからというだけで、余裕で倒しちゃったの?妖怪には鬼とか隙間妖怪とか吸血鬼とか天蓋の存在もいるのに…そんなの倒せとか
言われたら、私なら泣いて喚いて必死に土下座して勘弁して下さいと許しを乞う自信があるわ。(←吸血鬼です)
 まあ、それらの結果が見事に早苗の思い描いた通り、人々の信仰への力となり、人里の人々は早苗を『口先だけの存在じゃない』と
認識して話を聞いてくれたり中には信仰を始めてくれたりする人も出てきたらしい。それが早苗の語るこれまでのお話だった。

「そっかあ…早苗、凄く頑張ってるのね。恐ろしい妖怪達が跋扈するこの幻想郷で妖怪退治なんて、私は考えるだけでも恐ろしいというのに」
「ありがとうございます…って、あれ、レミリアさんも妖怪ですよね。妖怪であるレミリアさんが恐ろしいと言うのは…」
「同じ妖怪でもピンキリなのよ。ほら、よく見比べてみなさい。
貴女がこれまで戦ってきた妖怪と私、埋められない程の絶対的な力の差が存在するでしょう?私から妖気なんて微塵も感じないでしょう?
その辺のノラ妖怪が野生の虎とするならば、私は人間に飼われているジャンガリアンハムスターよ」
「あ、あはは…で、でも私はレミリアさんの方がずっとずっと好ましい妖怪だと思います。
私が人里の外で出会った妖怪は、私の話を少しも聞いてくれないし、一言目二言目には食べさせろだし…」
「普通、妖怪ってそういうものだと思うわよ?人と妖怪とは食べられるモノであり、退治されるモノって紫も言ってたし。
でも早苗、妖怪退治を頑張って布教するのもいいけれど、あまり無理をしては駄目よ?」
「無理、ですか?」
「ええ、そうよ。貴女はまだ出会ってないみたいだから分からないだろうけれど、この幻想郷には本当に洒落にならないくらい
力を持つ妖怪達がこれでもかってくらい存在してるからね。下手に対峙すれば怪我だけでは済まないくらいの恐ろしい化物がいるの。
だから早苗、幻想郷の先人として私から貴女に一つアドバイス。絶対に勝てないと思ったら即座に逃げること。
この幻想郷の妖怪は力の強さと比例して誇りの高さを備えてる。そういう連中は背中を向けて逃げる相手に追撃をかけるような
真似はしないわ。だから早苗、どんなに格好悪くても情けなくても構わないから、命が危ないと思ったら迷わず逃げること。それがこの世界で一番大切なことよ」

 私の真剣な言葉に、早苗はコクコクと頷いて返す。
 多分、いいえ、間違いなく私の言ってる言葉は全てが真実だと思う。早苗が同じ巫女である霊夢と同等の強さを持つとしたら、
この娘にとって敵わない敵のレベルとはつまり紫や萃香、幽香クラスの存在だ。みんな私の友達なんだけど、幻想郷の絶対強者に数えられる
彼女達に共通している一つの事は強者として、上に立つ者としての誇り。彼女達は存在そのものが他者に畏怖を抱かせる程の幻想。
 そんな彼女達が怯え逃げる下郎など相手にする筈が無い。彼女達は下らない存在など視界にすら入らないのだから。
 …うん、だったらカス子な私も視界に入れるなボケって初めの頃はよく思ってたわねえ。紫とか紫とか紫とか紫とか紫とか。
 まあ、私は例外中の例外のゴミ子として、紫レベルの妖怪相手に退治を試みるなんて無謀な真似は自殺と同じ。だから早苗には
自分を大切にして、ヤバいと思ったら逃げて欲しい。財宝に目を眩ませてマジンガ様に撲殺されるような真似は避けて欲しいのよ。
 私の話に、早苗はちゃんと理解を示してくれている。うんうん、良かった。これが霊夢相手なら『私が気に入らない奴は強かろうと弱かろうと
ぶっ潰すだけよ』なんて言って話を聞いてくれなさそうだけど、早苗はちゃんと話を分かってくれて…

「レミリアさんの心遣い、大変感謝します。
ですが、私は逃げません。人里でその妖怪の存在に困ってる方がいます。心を痛めてる方がいるんです。
ここで私が逃げてしまっては、一体誰がその方の不安を取り除けるのでしょう。例え勝ち目が薄くても、私は絶対に負けません!」
「って、霊夢以上に話を聞いてくれてないじゃない!?ちょ、ちょっと早苗、貴女私の話を…」
「ええ、レミリアさんの優しさには本当に心から感謝しています。ですが、私は先ほど人里の方から強力な妖怪の退治をお願いされたのです。
もう私はお願いを受理してしまった。もし、ここで怯え逃げかえってしまえば私はただの嘘つきです。それはすなわち、神様の顔に
泥を塗るも同じことではありませんか。そんなこと、私自身が私を許せません。八坂様に仕える風祝として、絶対に曲げられません」

 目を輝かせて語る早苗の何と眩しいことか…って、違う!コレヤバいって!早苗に死亡フラグビンビン立ってるって!
 くうう…、一体何処の馬鹿よ!早苗にヤバい妖怪退治をお願いした奴は!こんな真っ直ぐで優しい早苗に無茶ぶりなんかするな!もし
この娘が退治をお願いされた妖怪が本気でヤバい妖怪だったら…あ、あかんあかんあかんあかん!折角出来た友達が幽々子のもとへ旅立っちゃう!
 何とか妖怪退治を止めさせようにも、早苗の決意は固そうで折れる気配ゼロだし…ど、どうしよう…
 オロオロと困惑していると、これまで話を黙って聞いていた咲夜が私の耳元でそっと助言を送ってくれる。

「私が早苗に付添いましょうか。もし、その妖怪が母様の知人である大妖怪なら、事情を話して適当にあしらってもらうようお願いします。
仮に私達の見知らぬ妖怪であったとしても、私の能力ならば早苗一人担いで逃げ帰ることは可能です」
「そ、そうね…咲夜の能力と力なら、どんな化物と出会っても大丈夫そうね…申し訳ないんだけど、咲夜、お願いできるかな…」
「全ては母様のお心のままに」

 そう言って微笑んでくれる咲夜の何と男前なことか。
 くー!咲夜、本当に素敵よ!いつの間にかこんなに素敵な女の子に成長して、母さん嬉しい!
 とりあえず、早苗が無茶して命を落とさないことが第一。多分、早苗も『本物の化物』をその目で見れば、考えが変わると思う。
 幻想郷は本当は凄く凄く恐ろしい場所で、自分を超える化物、死を目前に感じる瞬間が何処にでも在り触れているということを。
 …でも、それで早苗が死んじゃうのは絶対に駄目。早苗は良い子だもん。凄く凄く良い子だもん。今は自分の役割、使命への責任感と
妖怪を退治出来たという達成感がこの娘を突っ走らせちゃってるけれど、それが原因で派手に転んで取り返しがつかないなんてことは絶対に駄目だ。
 だから咲夜、お願いよ。どうか、どうか早苗を死なせないで。私は…まあ、雑魚だから早苗と一緒に居ても強い妖怪相手に土下座するくらいしか。
 ヘタレなことしか考えられない私を余所に、咲夜は早苗に先ほどの打ち合わせ通りの展開となるように話を始める。

「ところで早苗、これから貴女が退治しようとしている妖怪のことを訊いてもいいかしら?
もしかしたら、その妖怪は私達の知っている妖怪かもしれないわ。何だったらアドバイスだって出来るかもしれない」
「あ、ありがとうございます咲夜さん!と言っても、実は私も名前までは知らないんですよ。
先ほど里の人から『この幻想郷で一番危険であろう妖怪』としか聞いていない訳でして…あはは」
「…そのフレーズには思い当たる節が幾つも存在するんだけど、個人的予想としては紫か幽香ね。
お願いします、そのどちらかなら私が頑張って土下座して頼み込めば何とでも…」
「あ、でもその妖怪の棲み処は聞きましたよ?何でもその妖怪は妖怪の山の麓の湖に居を構えているらしく」
「へえ…近くに棲んでるけど、そんな化物が棲んでるとは知らなかった。あの湖って何か化物が存在してるんだ。どんな奴?」
「えっと…人間を何とも思っていない残忍な化物で、部下には竜や鬼や天狗や魔法使いを従えているそうです」
「マジで!?そんな化物を部下にするとかどんなトンデモ存在な奴よ!?
ちょっと帰ったら美鈴や萃香や文やパチェに話をしないといけないわ。貴女達みたいな化物を部下にするヤバい奴が幻想郷にいるって!
話だけ聞けば紫や幽香すら凌駕する存在じゃない…ヤバい、近くにそんな化物が棲んでいたなんて怖くなってきた。これちょっと引っ越し考える必要があるかも…」
「…母様。あの、早苗の言っている化物とは恐らく…いえ、間違いなく母様のことかと…」

 表情を引き攣らせた咲夜が私に再度耳打ち。
 ああそうか、成程。そのトンデモ化物の正体は私――私っ!!!!?ちょ、ちょ、おま、ま、待って!マジで待って!?
 何で私になるの!?私には部下なんて一人もいないのよ!?そりゃ家族はいるわよ!?竜に鬼に天狗に魔法使いに…って、よく考えれば
私の家族構成と全く同じじゃない!?一応、紅魔館の主だから形だけをみると私の部下、になるのかな…ってうおおおおおい!?
 大体危険な妖怪=私とか連想出来るかっ!阿求のときもそうだったけど、何よこの無理ゲー連想ゲーム!?いやいやいや、そうじゃなくて
問題は早苗が退治しようとしてる妖怪=私な訳で!どどど、どうしよう!?このままじゃ私が早苗に殺される!!嫌よ!巫女に命を狙われるのは
一度だけで十分過ぎる経験なのよ!?こ、こうなったら早く館に戻ってまた家出の計画練らないと…って、これも違う!!そんなことしてる
暇があったら早苗の誤解を解かないと!私が危険な妖怪じゃないってことを話さないと、本当に拙…

「…私はこのまま早苗に紅魔館を攻めさせることを提案します、母様」
「うええええ!?な、何で!?咲夜本気で言ってるの!?母さん死ぬから!!母さん早苗に殺されちゃうから!!」
「いえ、それだけは絶対にあり得ません。そもそも早苗は母様が紅魔館の主であることに気付いていない様子。
ですから、母様はこのまま事が終わるまで人里で過ごして頂ければいいのです」
「た、確かにそうだけど…でも、早苗が紅魔館に…」
「…私は早苗の攻め入る場所が紅魔館であったことを幸運だったと考えています。
あの場所なら、早苗が死ぬことは絶対にありません。逆に早苗に『現実』を教え込むのに最適な教育者が門前に存在します。
早苗がこれから幻想郷で生きることを選んだのならば、彼女はいつか誰かに挫折を教えて貰わなければならない。
――母様、この一件を私に預からせてもらえないでしょうか。この経験は必ずや早苗のプラスになることをお約束いたします」

 そこまで語る咲夜は本当に真剣そのもので…咲夜が何をするかは分からないけれど、この目は真剣に早苗のことを考えてくれてる目だ。
 …うん、私には咲夜が何をするつもりか全然見当もつかないけれど、この件は咲夜に任せた方がいいと思う。
 私には何とかして早苗に行動を起こさせないようにすることしか思いつかないけれど、咲夜にはきっと別の見方が出来てるんだろう。
 そしてそれは、きっと私よりも早苗の為になること。私よりも早苗の未来を考えての行動。
 そんな咲夜の意見を私が断れる訳が無い。何より私は咲夜を信じる、そのことに疑いなんて持つ訳が無い。コクリと頷いて、私は咲夜に全てを委ねる。
 咲夜に全てを任せ、人里にて全てが終わるのを待つことにした。本当に何をするかは分からないんだけど…早苗、頑張って。



























 ~side 早苗~



 自惚れていた訳ではなかった。
 自分の力に酔っていた訳ではなかった。
 全ては神奈子様の為に、全ては私の信じる神様の為に。それだけを願い考え行動した。

「どうしたの、風祝ちゃん。動きがどんどん遅くなってるわよ?」
「くっ――」

 その結果がどうだ。
 人里の方に妖怪を倒すと約束した。強力な妖怪だとは聞いていたが、神奈子様の力添えがある限り負けはしないと信じていた。
 その結果がどうだ。
 今の私は満身創痍。方や相手は傷一つついていない。
 笑えてしまう。どうしようもない程の力の差に、涙など流すことも出来ない。
 私は、私の力は人里の方に倒すと約束した妖怪――その配下である門番にすら遠く届かなかった。
 門の前で悠然と佇み微笑む紅髪の妖怪。彼女には私の繰り出す秘術一つすら届かない。彼女の身体に傷一つつけることすら出来ない。

「素材が良い、そのことは認めるよ。
風祝ちゃんは言わば光る原石だ。博麗の巫女や魔法使いちゃん同様、もう少し時間を経たなら私なんて軽く凌駕する存在になれるわ。
だけど、原石は所詮原石。所有者が正しい方向に磨いてあげなければ、それは路傍の石も同義。
いや、磨いていなかった訳じゃないんでしょう。ただ、所有者が願う方向とは異なる地に原石が落っこちちゃったんでしょうね」
「――蛇符『神代大蛇』、吹き飛びなさいっ!!」
「貴女は絶対的に経験が足りていない。こんな風に『本物の』妖怪と対峙した経験なんてないんでしょう?
聞けば貴女は最近外界から幻想郷にやってきたらしいじゃない。それならば仕方のないこと、外の世界にもう妖怪なんて数えるほどしか存在しないでしょうから」

 私の弾幕が、紅髪の妖怪によって容易くかき消される。
 嘘だ。この秘術は前に対峙した妖怪にはとても効果的だったのに。
 嘘だ。この秘術を腕をたった一薙ぎするだけでかき消してしまうなんて。
 この力は神奈子様の力、私の信じる神様の力の一端。それをこんなにも、こんなにもあっさりと――

「加えて、風祝ちゃんの力の使い方はあまりにぎこちないね。その力、本当に風祝ちゃんの真の力なの?」
「ッ、愚弄するんですか!!私の力を、八坂加奈子様に授かった神の力を貴女はっ!!」
「いや、別に馬鹿にするつもりはないよ。ただ、貴女が操る力その力だけという点に違和感を感じただけだから。
しかし、別の力を隠していた訳でも封じていた訳でもないとしたら、貴女の選択は実に失敗ね。
私は最初に訊いた筈よ?『この勝負は弾幕によるお遊び勝負か、それとも――』って。それに貴女は何と答えたかしら」
「人々に迷惑をかける妖怪相手に、お遊びなんてするつもりは最初からありませんっ!!」
「――戯け。それがお前の慢心だと言うのよ、小娘が」

 私の言葉に、紅髪の妖怪は表情を変えた。それは獰猛な獣の瞳――人を獲物としか捉えていない、残虐な色。
 刹那、私は後ろへ加速する。何をされた訳でもない。何があった訳でもない。ただ、睨まれた。それだけを理由に私は退いた。
 それは言ってしまえば人間の本能だ。絶対的強者を恐れる弱者の心、それが私の命を救った。
 私がそれまで立っていた場所に、恐ろしい程の力の気流が荒れ狂い、その場所を呑みこむ。一歩逃げ遅れれば、私はあの暴風に身体を
蹂躙されて意識を保つことすら不可能だっただろう。息を呑む私に、門前の妖怪は再度言葉を紡ぐ。

「他者と対峙して、大切なことは相手の力量を見抜くこと。相手の力を見抜き、その相手から最も勝算を得られる戦いを挑むべきだった。
そして『命を落とす』という最悪の敗北から絶対に逃れる道を確保し続けること。命さえあれば何度でも機会は訪れるのだから。
その二つを、貴女はどちらも自分から放棄してしまった。同じ妖怪退治を生業とする博麗の巫女ならば、こんな悪手は絶対に取らなかった筈よ」

 その指摘が私の胸に痛い程に突き刺さる。これが、レミリアさんの言っていたことだ。
 強き妖怪だとは分かっていた。自分が勝てないかもしれない妖怪だと感じていた。だけど、私は戦いを挑んでしまった。
 逃げれば良かった。逃げてしまい、改めて策を練れば良かった。だけど、私はそうはしなかった。出来なかった。
 その結果が今の惨状だ。慢心と油断が、私の負けを決定付けてしまった。信じれば必ず勝ち目はあると、神奈子様の力なら負けはないと
盲目に力に溺れた結果が、この状況なんだ。言ってしまえば、これは当たり前の結果。私はレミリアさんの言葉を何一つ耳にしようとしなかったのだから。
 必死に反撃に転じようとする私だが、その足掻きもこれまで。一気に距離を詰められ、強烈な蹴りを腹部に叩き込まれ、私は地へと叩き伏せられる。

「かはっ――あ」
「貴女の選んだその行動は、結果として貴女の命を縮めるだけだった。
勇気と言えば聞こえはいい。けれど、貴女の取った行為はあくまで油断と慢心に誘われた無為で無謀な選択に過ぎない。
勝てると思ったんでしょう?何匹か妖怪を蹴散らして、自分の力は誰にでも通用すると誤認したんでしょう?
貴女をそう思い込ませてしまったモノ、それは貴女が今まで敗北を味わったことがないから。
負けを知らないから、自分は強いと何処までも思いこんでしまう。負けを知らないから、死の恐怖を感じない。
言ってしまえば、勝ち続けることは勝利に酔い続けることと同義だわ。それは貴女が悪い訳じゃない。貴女が悪い訳じゃないんだけど――」

 そう告げ、紅髪の妖怪は獰猛な笑みを浮かべてその身を眩しい光に包ませる。
 彼女を包む光が収まる刹那、幻想郷中に響き渡ろうかと言うほどの恐ろしい獣の咆哮が光の中央から放たれる。
 その声に、私はようやく現実というものを知った。ああ、そうか――私はここで『死』ぬのだと。
 光が収束したその先から現れた巨大な獣に、最早私は零す言葉すら思いつかなかった。それは私にとって絶対の死。
 幻想の地だけに住まうことを許された存在。私の居た世界では夢物語の一説にしか登場しない空物語の生き物――竜。
 その紅竜が一歩、また一歩と近づく姿を呆然と見詰めながら、私は他人事のように自分の終わりを感じていた。そうか、私はここで終わるんだ。

『――無知の罪、その対価は命で支払われるのが野生の掟。
さて、これまでは貴女が妖怪を狩る者だったみたいだけど、立場が逆転してしまったみたいよ?
今日、この場所で今から貴女は命を落とす訳だけれど…何か言い残すことはあるかしら?貴女の最期の言葉くらい待ってあげるわよ』

 最期の言葉、か。そのようなものを許してくれるとは、何とまあ心の寛大な妖怪だろうかと私は内心笑ってしまう。
 さて、そんな時間を許して貰えたものの、今の私には特に思うことなんて在りはしない。ただ、あるのは悔しさだけ。
 神様の、神奈子様の力になれずに命を失うこと。そんな馬鹿な行動を選んでしまった自分自身、そのどれもがただ情けなくて悔しくて仕方が無い。
 でも、そんな愚痴を目の前の妖怪に零すことなんてない。だって、それは本当に格好悪いと思ったから。今の今まで十分に
格好悪い私だけど、それでも最後のその格好悪さだけは見せたくはなかった。
 私の命を奪うこの妖怪には、最後の最後まで八坂の風祝は心折れなかったという姿を見せつけたかったから。
 それはきっと、私の馬鹿な意地。何一つこの妖怪には敵わないけれど、心だけは決して負けたくなかった。それはきっと八坂様が
どうとかは関係の無い、ただの一人の『東風谷早苗』という女の子の意地だ。昔から負けず嫌いだった、そんな私のちっぽけな。
 無言のまま、じっと紅竜を見つめる私。最期の言葉なんて必要ない。それは心の中だけで済ますこと。
 示すのは、私がこれまで生きた姿。それは情けなく泣き喚くことでも何でも無い。ただ、私らしく意地っ張りに。
 そんな私の姿に、紅竜もまた私から視線を外さず、そっと言葉を紡ぐ。

『…後悔の言葉も、恐怖も無く、あるのは真っ直ぐな意志だけ、か。
成程ね…あの娘が頼みこむのも分かる気がするわ。普段は他人に興味をあまり示さないあの娘があんなに言ってくるから
どんな娘かと思えば…貴女は似ているのね。その意志の強さ、心の強さがどうしようもなく――』
「別に強くなんてありませんよ…今から死ぬのかと思うと、恐怖で心がどうにかなってしまいそうです…
でも、それでも気持ちだけは負けたくありませんから。私、どうしようもなく意地っ張りで負けず嫌いなんですよ」
『――良く言ったわ、人間。あの娘と同じく、私も貴女のことが実に気に入った。
前言を撤回させてもらう。貴女は無為で無謀で愚か――だけど、それ以上に
大切なモノを守り通せるだけの強き意志と心のある、素敵なお嬢様(おんなのこ)だわ』

 その言葉を最後に、私の視界が暗転に染まる。薙ぎ倒されたか喰われたのかは分からない。だけど、これが私の最期だというのは嫌でも分かる。
 自分の死なんて私はあまり考えてこなかった。誰かに殺されるなんてニュースの中だけの出来事だった。
 だけど、これが現実。私は自分の命と引き換えにようやく現実を知ることが出来た。
 悔いなんて沢山ある。やり直せたなら、なんて考えれば切りが無い。
 だから、私は無駄なことは考えない。私が取るべき行動は祈ることだけ。
 私の最期の想いが、少しでも大切な人『達』に届きますように。私の死が、少しでもあの方『達』の負担になりませんように。





(――お力になれず、申し訳ありませんでした。八坂神奈子様………洩……訪子様)





 薄れゆく意識の中で、私は愛する神々に祈るだけ。
 私のよく知る最愛の神様と、私の知らない最愛の神様に。




























「お疲れ様。だけど言わせて。美鈴はやり過ぎ」
「ええええ!?だ、だってこうしろって言ったの咲夜じゃない!?私だって頑張って…」
「…いや、流石にこれは私もやり過ぎだと思うわよ?
この娘、お姉様の友達なんでしょう?お姉様が帰ってきたときの美鈴の言い訳が楽しみね?」
「ふ、フランお嬢様まで!?あわわ…お、怒られる…レミリアお嬢様に怒られる…」
「怒られるというか、泣くかもね。レミィのことだから」
「…起きて風祝ちゃん!!今から起きて私をボコボコにして頂戴!!私何も抵抗しないから!!何なら私の全妖力を貴女に送…」
「「「ちょっと待て馬鹿門番」」」






 



[13774] 嘘つき風神録 その五
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:290f3cec
Date: 2012/01/02 23:22




 ~side 早苗~



 薄ぼんやりとした意識が初めに捉えた光景は、不思議な光で部屋を照らしているシャンデリア。

 電気によって光り輝いていないことを知り、私はここが私の生まれた世界でないことを知る。
 蝋の炎によって照らしていないことを知り、私はここが私の見知らぬ場所であることを知る。
 電気でもない、炎の力でもない、けれどシャンデリアは室内を明るく照らしあげている。その光景が、私には何故かとても綺麗に思えた。
 どうして私が見知らぬ部屋、そのベッドの上に横になっているのか。どうして私は今まで気を失っていたのか。本来ならば
いの一番に状況把握に努めなければいけなかったのだと思う。だけど、私の意識は空に浮かぶ『幻想』の方に囚われてしまって。

「一体どんな原理で光り輝いているのか…本当に不思議です。でも、とても綺麗…」
「目覚めて一言目がそれとはね。普通は驚いたり困惑したり、場合によっては怯えたりするものよ?
やはり巫女という存在は、私達の常識とは離れたところに位置する人間しかなれないのかしらね」
「貴女は…咲夜さん?」

 私の独り言に対し、どこか驚くような呆れるような声が紡がれ、私はその方向へ視線を向ける。
 そこには、レミリアさんの娘である咲夜さんが微笑みながら私の方を見つめていた。
 私が寝ているベッドの横に椅子を置き、その上に腰を下ろしている姿を見ると、もしかしてずっと私の傍にいてくれたんだろうか。

「あの…もしかして、私が寝ている間、ずっと傍に?」
「ええ、そうね。どこぞの巫女とは違って、実に穏やかで可愛らしい寝顔だったわね」
「っ、そ、そういうところはあまり見ないで下さいっ!というか、言わなくていいですから!」

 咲夜さんの言葉に、私は上半身をベッドから起こしながら抗議する。
 同世代の女の子にそういうことを言われたことが無いので、あまりの恥ずかしさに少し声が大きくなってしまったけれど
咲夜さんは微塵も気にしていないらしく、手に持つ懐中時計で時間を確認しながら私に話しかける。

「貴女が気を失ってから一時間と十五分。正直予想以上にお早い目覚めだったわよ。
早苗、貴女はどうして気を失ったのかは覚えていて?」
「どうして気を失ったか、ですか?それは――」

 そこまで言葉を紡ぎ、私は脳裏に最後の映像を甦らせてしまう。
 それは何処までも巨大な死の塊。紅の竜が無力な私を食い千切らんと口を開く姿。
 目前に迫った己の死をようやく身体が認識したのか、全身が恐怖で震えて己が意思で上手く動かせなくなる。
 そんな私の状況を理解したのか、咲夜さんは何の感情の変化も見せることもなく淡々と私に言葉を紡ぐ。

「そうなるのも無理はないわ。貴女は一度、殺されたのだから」
「ころ、された…?」
「ええ、間違いなく。貴女は一度、この幻想郷で確実に死を迎えているわ」
「そ、そんな…でも、わたし、生きて…」
「里の人間から幻想郷最強の一角を担う妖怪の噂を聞き、悪名高き彼女を退治しようと策も練らずに館に向かい、
貴女はその館の門番に無謀にも殺し合いを選択し、そして手も足も出せずに負け、その命を無駄に散らした。
…どう?もしも、この幻想郷を構成するピースが一つでも狂っていれば、早苗は『本当に』そうなっていた筈よ。何か否定出来て?」

 咲夜さんの言葉に、私は何一つ反論できない。できる筈がない。
 そう、結果を見れば全ては咲夜さんの言う通りで。私は彼女を退治しようと挑み、そして彼女に会うことも出来ずに終わった。
 レミリアさんの心配する言葉に耳も貸さず、どんなに大変でも自分なら出来ると増長し、幻想郷で一人二人の妖怪を退治しただけで調子に乗って。
 その結果が今の私だ。咲夜さんの言う通り、調子に乗った代償は私の命で支払われなければいけなかった。それが私の末路だった筈だ。
 だけど、私は今生きている。その理由は…そう問いかけるように、私は咲夜さんへと視線を向ける。

「どうしてだと思う?」
「…咲夜さんが、助けてくれたから。あの竜から私を助けてくれたから、ではないのですか」
「助ける?どうして私が貴女を助ける必要があるの?貴女はあの館の主の命を狙っていたのでしょう?
貴女と紅竜がもし再び敵対して対峙したのなら、私は少しも迷わずに紅竜の方に加勢するわよ?」
「ど、どうして…」
「何故かと問われれば理由は簡単。あの竜は、紅美鈴は私の大切な姉だから。
貴女の攻め込んだ『この家』は私の育った大切な場所だから。そして、貴女の狙うこの館の主は――私の何より大切な人だから」

 咲夜さんが語る言葉に、私は次の言葉が出てこない。
 何故なら、咲夜さんの語る言葉の意味が何一つ理解できていないから。
 姉?大切な場所?大切な人?分からない。咲夜さんの語る言葉の意味が全く分からない。
 この場所は、とても悪い妖怪の家で。人に迷惑をかける妖怪の住まう地で、咲夜さんには全然関係のない場所で。
 そんな私に咲夜さんは軽く息をつき、私が理解出来るようにと改めて話を続ける。

「――紅の館、紅魔館には決して近づくな。何故ならそこには恐ろしき悪鬼達が集っているから。
その悪鬼達を束ねる主、彼女を見て生きて帰った者はいない。その妖怪は鬼も天狗も竜すらも従える恐ろしき化け物」
「そ、それは里の人達が話していた…」
「そう、この館、紅魔館を人里の人々が話している内容よね。恐らく貴女はここまでしか聞いていないのでしょう?
聞いていれば、今回のような過ちは絶対に起こさなかった筈だもの。その噂を最後まで耳にしていれば、貴女はこの館で命を落とすこともなかった」

 そこまで告げ、咲夜さんは再び先ほどまで語っていた人里の話を語りだす。
 それは、私が知らなかった続きのお話。最強の妖怪と幻想郷で恐れ謳われる恐ろしき妖怪の――

「その化け物が指を鳴らせば、世界は紅色に包まれる。その化け物が天を睨めば、世界から春は奪われる。
その化け物が気分を害せば、新円を描く月は破砕され。その化け物が邪魔と決めれば、どんな強き妖怪ですら圧倒する。
近づくな。紅悪魔に近づくな。紅き館の吸血鬼、幻想郷の誰よりも強く恐ろしき天蓋の化け物――レミリア・スカーレットには近づくな」
「…れ、みり、あ、さん?」

 咲夜さんから告げられた、その最強の妖怪の名を耳にしたとき、私はハンマーで頭を強く殴られたような衝撃に襲われる。
 何故。どうしてそこでレミリアさんの名前が上がるの。レミリアさんは何も関係がない。レミリアさんはそんな存在じゃない。
 だって、レミリアさんは心優しい妖怪で。この幻想郷で右も左も知らない、困り果てていた私に手を差し伸べてくれて。
 そればかりか、一緒に信仰を集める手伝いをしてくれたり、同世代の女の子を友達として紹介してくれたり。
 嘘だ。レミリアさんがそんな存在だなんて絶対に嘘だ。あのレミリアさんが、人里の人達にあんな風に悪く言われる筈がない。
 レミリアさんは誰かに迷惑なんてかける人じゃない。レミリアさんは他者を害したことが無いって私に誓ってくれた。どうして、どうして、どうして。
 ――嘘?すべて嘘だった?レミリアさんは、私に嘘をついていた?騙した?騙された?欺かれた?掌で踊る私を滑稽だと笑っていた?
 本当は、レミリアさんは人里のみんなが語るような悪い妖怪で。私の心すらも玩具にするような存在で。レミリアさんは、レミリアさんは――






『いいよ、時間なら腐るほどあるし、探し人も見つからないし。何より話を聞きたいっていったのは私だしね。
さあ、遠慮なく私に愚痴を零しなさい。どんな話も受け止めてあげるわよ?』






「…違う。レミリアさんは、レミリアさんはそんな人じゃない」

 レミリアさんは、私を心配してくれた。
 見知らぬ相手にも関わらず、何のメリットもないのに、私が心配だと言ってくれた。
 レミリアさんは笑ってくれた。
 自分には何の関係もない信仰集めなのに、それが上手くいくとまるで自分のことのように笑ってくれた。
 レミリアさんは止めろと言ってくれた。
 強い妖怪と対峙するのは危険だと、逃げろと必死に私に話してくれた。どれだけ格好悪い姿を見せても、構わないというように。
 レミリアさんが、悪い妖怪だなんて絶対に無い。レミリアさんが酷い妖怪だなんて絶対に嘘だ。
 もし、人里の人達が真実だと言うのなら、誰が何と言おうと私は否定する。世界中の誰が認めても、私は決して認めたりなんかしない。
 あんな風に優しい人が、誰かを傷つけたりするものか。だから私は信じない。絶対に信じない。たとえ娘である咲夜さんの話でも、私は絶対に。
 それ以上レミリアさんを悪く言うなら許さない。そう意思を込めて私は咲夜さんを睨む。その私の反応を咲夜さんは無言のままにじっと見つめ――そして笑った。

「な、なんで笑うんですか!?あれ、私の意思が全然通じてない…わ、私は怒ってるんですよ!?
いくら咲夜さんでも、それ以上レミリアさんのことを悪く言うのは許さ…」
「伝わってるわよ。これ以上無いほどに、十分にね」
「…そ、そうですか。それならいいんですが」
「第三者の真偽も分からぬ噂に流されず、自分の接し感じた母様(レミリア・スカーレット)の姿を信じるその想い、しっかり伝わっているわ。
…ありがとう、早苗。母様を噂に惑わされず、疑わずに信じてくれたこと、心から感謝してる」
「感謝されるようなことではありません。私はただ…そんな風に悪く言われるレミリアさんは見たくないというだけですから」
「それでも、よ。人里の件は私達の罪…母様を守る為に間違った行動をとったとは思わないけれど、それによって失われたものも沢山ある。
だから、貴女自身が噂に惑わされず、母様を信じると言ってくれたこと…それが何より嬉しかったわ。本当にありがとう、早苗」

 そう言って微笑む咲夜さんに思わず見惚れてしまう。
 ――なんて、綺麗に笑うんだろう。自分と同世代だと言うのに、まるで別世界の女性のように思える程に綺麗で。
 私は生まれて初めて同性の女の子に魅入ってしまった。そして、そんな自分がとても恥ずかしくて、首をぶんぶんと横に振って誤魔化すように話を紡ぐ。

「と、とにかく詳しい話を聞かせてください!この場所は紅魔館で、ここにレミリアさんや咲夜さんは住んでて!
そして人里で噂されている妖怪はレミリアさんのことで、レミリアさんは悪い妖怪なんかじゃない、これはOKですよね!?」
「ええ、そうよ。噂される通り、ここには鬼も天狗も竜も住んでいるけれどね。
この館の主である母様がもし悪い妖怪にカテゴリーされるなら、是非とも善い妖怪というものを見てみたいわ」
「そうですか…って、紅魔館の主がレミリアさんだって知ってたならどうして人里で教えてくれないんですか!?
おかげで私、咲夜さんの家族の方に思いっきり喧嘩売っちゃったじゃないですか!?というか退治しようとしてしまったじゃないですか!?」
「それが必要だと思ったからよ?ちなみに貴女に対してこれ以上ないくらい実力差を見せるようにと
美鈴にお願いしたのは私。あ、美鈴というのは貴女の対峙した門番のことね?」
「ど、どうして!?」
「貴女は一度転ぶ必要があると思ったから――ここで転ばせなければ、貴女は遅かれ早かれこの幻想郷で殺されると思ったからよ」
「っ」

 咲夜さんの迷いない言葉が私の心に突き刺さる。
 その言葉の意味を問う前に、咲夜さんはまるで私の心を見透かしているかのように説明を始めた。

「貴女のことは母様に聞いているわ。以前までは外の世界にいたこと、幻想郷へやってきた理由。
そして、貴女が信仰を集める為に人里の人々の力となっていることは、貴女から直接聞いたことだったわね。
その手段の一つに、人々に迷惑をかけている妖怪退治を行っていること…それが『弾幕勝負』ではなく『真剣勝負』であることも」
「…そうです。人々に迷惑をかける妖怪を懲らしめること、神様の力を持って行うこと。
それを積み重ねれば、人里の皆さんは悩みが解決し、神様の力の大きさを知ってくれます。実際に人里で…」
「上手くいっていたわね。貴女がどんな妖怪を退治してきたかは知らないけれど、その方法は確かに上手くいっていた。
本来、貴女の行っていた役割を為すべき筈のウチの巫女は『その気』にならないと行動を起こさない。加えて、彼女は母様とつながりがある。
人里の人々にとって、貴女の存在は非常に頼りになったでしょうね。なんせ何の文句も言わず面倒事を解決してくれるのだから」
「…何か問題がありますか。人々の悩みは解決し、私は信仰を手に入れることが出来るんですよ」
「ええ、あるわね。問題があるのは早苗、貴女自身よ。東風谷早苗――貴女は全てを何一つ理解していない」

 そう言葉を告げ、咲夜さんは椅子から立ち上がって私を見下ろす。
 咲夜さんの瞳、そこには一色が塗りこまれていた。その色は怒り。冷静な咲夜さんが、私に対して静かに怒っていることは
今日出会ったばかりの私にも感じることが出来た。少し怯む私に、咲夜さんはそのまま言葉を紡いでいく。

「早苗、貴女は確かに強い。外の世界から訪れたばかり、それも人間の身でありながら強力な力を宿し、妖怪を退治する姿は称賛に値するわ。
並みの妖怪では貴女を止められないでしょうね。それほどに優れた力を貴女は持ち、研鑽を積んでいる。だけど、それ故に貴女は危うい。
――早苗、貴女は今まで誰かに負けたことがないでしょう?自分を容易に打倒する存在を、玩具のように弄ぶ程の存在と対峙したことがないでしょう?
だから貴女は分からないのよ。挑むか、逃げるか、立ち回るか…相手に対する自分が定まらないから、貴女は打倒することでしか勝ちを拾えない」
「そんな…ことは…」
「美鈴が言わなかった?貴女は敗北…いいえ、挫折を知らないのが敗因だって。
信仰が貴女の武器であり強さ、信じる心が貴女の力であることは理解してる。けれど、そこに貴女の心の落とし穴は存在する。
神の力が最も優れていると、神の力は誰にも負けないと信じるが故に、貴女は自分の力は誰にも負けてはいけないという想いに捕らわれる。
神の力の前に負けは許されない、その力を授かった自分が負けてしまえば、信仰は失われてしまう…そういう想いが貴女をそうさせてしまったのではなくて?」

 まるで心の中を覗きながら会話でもしているかのように、咲夜さんは私のことを的確に話していく。
 その言葉のどれもが真実で、私は何も反論出来ない。負けないと思っていた。神様の、神奈子様の力は誰にも負ける筈がないと思っていた。
 神奈子様の力を授かった私が負けてしまえば、神奈子様の名に傷がつくから。だから負けられない。絶対に私は妖怪に負けられないんだ、そう思って。
 だけど、私はその思考故に負けてしまった。咲夜さんの言う通り、もっと冷静になれば幾らでも考えることができた筈なのに。
 門番の妖怪も、最初は弾幕勝負をするのかと提示してきた。弾幕勝負なら私にも勝機があった。だけど、私は神奈子様の力が負ける筈なんて
絶対に無い。自分は絶対に負けないと決めつけ、提案を一蹴して、退治を試みて…結果は笑えるくらいの大敗。

「今回はただの負けで済んだ。それはあくまで貴女の運が良かったからよ。
貴女が攻めた場所が、この紅魔館だったから貴女は気絶程度で済んだ。けれど、これがもし別の妖怪だったら?
言っておくけれど、美鈴は確かに強い妖怪だけれど、最強と謳われる妖怪達には届かない。現にこの館には、美鈴より強い者が確実に二人は存在するのだから。
そんな美鈴と同格…いいえ、それ以上の存在に貴女が出会っていたならば、貴女の命はこの世には既に存在しないのよ」
「そう…ですね」

 分かる。分かっている。咲夜さんが言っていることは痛いほどに理解してる。
 そう、咲夜さんは私の慢心を指摘してくれた。だからこそ、今回の件は私の為に行動してくれたんだ。
 私が命を失う前に、下らぬ勘違いによって幻想郷で死んでしまう前に、咲夜さんは自ら悪役を買って出たんだ。
 門番にも勝てない私が何を勘違いしているのか、と。お前はそれほど強くないのだから無理はするな、と。
 救われた。この命は咲夜さんに救われた。だから、感謝してるし、お礼の言葉を言わないといけない。
 頭では分かっている。ここで咲夜さんに微笑んで『ありがとうございます』と言うのが正しいんだって分かっている筈なのに。
 でも、でも、私は本当にどうしようもない程に意地っ張りで負けず嫌いで。

「早苗…」

 気づけば私は涙を零していた。
 一つ、また一つと感情の雫を零してしまう。どれだけ我慢しようとしても、壊れてしまった堤防では心の波は抑えきれなくて。
 こんなこと、咲夜さんに言うべきじゃないのに。それでも、それでも私は気持ちを抑えきれずに、とうとう言葉を零してしまう。

「悔しいです…私、本当に悔しいんです…
私、沢山沢山修業したんです…みんなに忌み嫌われたこの力でも、神奈子様の力になれると知ってから、沢山沢山修業したんです…
神奈子様の力は無敵の力で、困っている人達を助ける為の力で、その力で私は沢山の人を幸せにするんだって、そう誓ったのに…
私、全然強くないです…負けられないのに、私は誰にも負けられないのに、私は神奈子様の力になりたかったのに…」

 嗚咽を零しながら、私は咲夜さんに只管心の叫びを紡いでいく。
 情けないと思う。格好悪いと思う。だけど、どうしても抑えきれなくて。どうしても耐えられなくて。
 嫌だな。折角できたばかりの友達に、こんな格好悪い姿を見せるのは、本当に嫌だな。嫌われちゃうかな。呆れられちゃうかな。
 もしかしたら笑われてしまうかもしれない。そんな不安に押し潰されそうになる私に、咲夜さんは何も言わず私の傍に寄り、そっと私の手を握ってくれた。

「さ…くや、さん…」
「…早苗にひとつ、お話をしてあげる。それは貴女にとてもよく似たある一人の従者の話」

 そう話を切り出して、咲夜さんはゆっくりと私に話を始めてくれた。
 とある館に一人の従者がいて、その人物は大切なご主人様の為に強くなる為の研鑽を積み重ねていた。
 そのご主人様を護る為に、誰よりも強くなる努力を重ね、そしてその従者は確かに強くなっていった。
 少なくともその辺の妖怪には負けたりしない力があり、従者も自身を過信していた。自分は誰が相手だろうと、簡単に負けたりしない力を手に入れたと。
 だけど、その従者は現実を知ることになる。
 その調子に乗った従者の前に、一匹の妖怪が現れた。その妖怪は太古から『鬼』と呼ばれ恐れられる存在で、彼女の前に対峙した。
 従者には幾つかの手段を選べた。この場を逃げて誰かに助けを求めることも出来た。
 けれど、従者は自身の力を過信して戦いを挑んだ。この鬼は大切なご主人様の害になる、自分が排除する、自分ならやれる、と。
 その結果は笑える程の敗北。その負けが、従者の大切なご主人様を傷つけた。
 従者が人質として利用され、ご主人様はボロボロにされ。従者の慢心が、油断が、全てを台無しにするところだったのだ。

「…ある意味、貴女よりも悲惨よね。世界を知らなかった従者は、己を過信して大切な人を失うところだったのだから。
もし、その果てに大切な人を失っていたら…そう考えるだけで従者は夜も一人で眠れなくなってしまった」
「…その従者の方は、その後どうされたんですか?」
「落ち込んだわ。心折れて、二度と立ち直れないのではないかって程に。一時はナイフを再び手に持つことすら出来なかった。
…でも、立ち直れた。自分一人では立ち上がれなくても…大切な人達が、従者を支えてくれたから」
「大切な人達、ですか?」
「護れなかったご主人様は、その従者を笑って抱きしめてくれた。そんなことは気にしなくていいと、貴女が無事で本当に良かったと従者を許してくれた。
大切な友人は、その従者に怒ってくれた。『無意味な自責をするくらいなら、無理してでも主人の前で笑ってやれ』と叱咤してくれた。
…気づけば、その従者はもう一度立ち上がっていたわ。悔やむより、下を向くよりも大切なことをみんなに教えてもらえたから」

 そう告げ、咲夜さんは私の涙を優しく指で拭い、私からそっと離れる。
 そして、優しく微笑んだまま、身体に『力』を収束させた。それが一体何の力なのかを感じた時には、すでに咲夜さんの姿は変貌して。
 ――どこまでも美しい緋色に染まった紅の翼。それを見て、私は全てを理解した。これが、きっとその従者が手に入れた翼なのだと。
 どんなに負けても、どんなに転んでも、何度でも立ち上がる者だけが手に入れることが出来る。本当の強さなのだと。

「――悔しいという気持ち、大切な人を護りたいという気持ち。
それがあれば、何度転んだって貴女は立ち上がれるわ、早苗。どんな絶望にも、強者にも決して心折れない貴女の在り方はとても綺麗だった。
今回の経験が貴女の力になる…私はそう信じているわ。誰よりも泣き虫で寂しがりだった従者なんかよりも、貴女はきっと強くなれるだろうから」

 そう告げて笑う咲夜さんは何処までも綺麗で格好良くて――こんな風に私もなりたいと、強く願ってしまう。
 今は距離が遠くとも、いつかはきっと私もその従者の…咲夜さんのように、大切なものを押し通せるだけの強さを、きっと。





















 ~side レミリア~



「うううう…さくや、あんなに立派になっちゃって…パチェ!?ちゃんと録画した!?」

 咲夜と早苗がいる部屋の中を遠見の水晶(パチェの私物レンタルなう)で覗きながら、
私はパチェにちゃんと記録できたのかを確認する。私の問いに、パチェは呆れるように息をつきながら返答する。

「はいはい、水晶にはばっちり記録したから安心して。
しかし、娘の友人同士の語り合いを保存するのも一体どうなのかしらね」
「ばかっ!大切な娘があんな素敵に育ったのよ!?これを記録せずして一体何を記録すると言うの!そうよね、フラン!?」
「そう…かなあ。でも、とりあえず咲夜が立派になって嬉しいというのには同意かな」
「そうですね…咲夜も少し前までは家族以外の人には興味ゼロだったのに、本当に素敵な成長です」
「そうよね!?みんなそう思うわよね!?ううー!この高鳴る気持ちをみんなに伝えたい気分よ!
霊夢とかに『ひゃっほー!!咲夜最高!!』って笑顔で手を振りながら浜辺を走り回ってこの想いを伝えたいわ!」
「…お姉様、お願いだから止めて。それだけは本当に止めて」
「そう?それは残念…って、美鈴、さっきから気になっていたんだけど、何でずっと土下座してるの?」

 私の指摘に、美鈴はぴくりと身体を跳ねさせる。え、もしかして触れちゃいけないことだった?何かの罰ゲームか何かだったりするの?
 少し困ったような表情をしつつ、美鈴はゆっくりと私に説明を始める。

「それは…ほら、お嬢様の友人である彼女をあのような目に合わせたのは、他ならぬ私自身な訳でして…」
「?美鈴が早苗を倒しちゃったのよね?でも、それは咲夜からお願いされたからでしょう?どうして貴女が謝るの?しかも私に」
「へ?あ、あれ…その、怒ったりしないんですか?」
「だからどうして私が貴女を怒るのよ?」
「~~!!だ、騙しましたねパチュリー様フラン様!!」
「あら、人聞きの悪いことを言わないでくれるかしら。私はあくまで可能性の話をしただけよ、美鈴?そうよね、パチュリー」
「そうね、私はかもしれないとしか言ってないし。というか、レミィに怒られるかもって最初に言ったのは貴女自身でしょう?」
「うう~!!うがーーーー!!」

 わっ!?美鈴が壊れた!?ううん、やっぱり門番ってストレス溜まる仕事なのかしら。
 今度美鈴を沢山労ってあげよう。うん、マッサージとか喜ぶかもしれない。ただ美鈴相手にマッサージすると、そのむちむちぼでーに
私の嫉妬の炎が燃え上がって恐ろしいことになるかもしれない。私だって、私だって千年後には…って、それはともかくとして。

「美鈴は悪くないけれど、早苗に対して手を出したこと。こればかりは大問題よ」
「…まあ、そうよね。幾らあの娘の為とはいえ、気絶させたことに変わりはないし」
「う…こ、後遺症とか痕になるような傷とかはありませんよ!?絶対絶対絶対にです!」
「だから美鈴は悪くないの!悪いのは他の誰でもなく私でしょう?」
「「「え…」」」

 いや、そんな『何言ってるんだこいつ』みたいな目で見られても…だってそうでしょう?今回の件は紅魔館内で起こったことだもの。
 ましてや早苗のためとはいえ、美鈴は早苗に手を出してしまった。どんな事情があっても、それだけは変わらない。
 家族の責任は長の責任、たとえこんなへっぽこぷーな私でも、この館の主は私だもん。だったら、早苗に対する罪は私の罪よ。

「貴女達の罪は長である私の罪、そんなのは当たり前でしょう。
この館の主として、まずは私が早苗に謝罪するのは至極当然のこと。そして、次の行動も責任もって私はする必要があるのよ」
「次の行動…ですか?」

 美鈴が私の言葉の意味を図りかねてるのか首を傾げる。
 フランとパチェは引き攣った表情してる…というかパチェは『おいバカ止めろ』って言葉が顔に書いてる。なんでさ。
 まあ、私は立派な社会人だからね。また、娘を持つ立場の人間としてこういう場合の為すべきことは理解してるのよ。
 私は自信満々に胸を張り、三人に対して次にとるべき行動を明言する。

「早苗に謝ったら次は早苗の親御さんにごめんなさいしないといけないのよ。
という訳で、明日私は早苗の両親に菓子折りを持って謝罪しに行くわよ!娘さんを怪我させて済みませんでしたって謝りにね!」

 私の発言に、三人の表情が思いっきり硬直したような気がした。えっと…だから、なんでよ?





















 ~side パチュリー~



 厄介なことになった。本当に厄介なことになったわ、あのお人好しレミィ。
 『明日の菓子折りの準備をしてくる』と部屋をレミィが飛び出した刹那、私は大きなため息をつく。つかなきゃやってられないわ。
 どうしてあの娘はこうも自分から危険地帯(トラブル)の方へと…そんな私に、美鈴が苦笑しながら言葉を紡ぐ。

「気苦労が多いですね、パチュリー様は。ストレス対策とかちゃんとしてます?」
「八意永琳に厄介になろうか考え中よ。本当にもう…あれは一体どこの誰のお姉様よ」
「言わないでよ…うう…お姉様あ…」

 珍しくフランドールも困り果てた表情をしてる。それも当然のこと。
 レミィが言った言葉、それはすなわち『妖怪の山』へ向かうということ。妖怪の山…よりにもよってあの厄介な場所に。
 以前までの私達がレミィの為に多くの強者達と関係を結んでいた大きな理由、それがその場所に在る。
 妖怪の山は最強の群集団。もし、この幻想郷の地が戦場となれば、覇者となる可能性が一番高い妖怪達の集う聖地。
 連中は輪の中の存在以外を決して己が領地に入れようとせず、排他的なことでも有名だ。そんな連中に押し切られない
為にも、私達は他の連中とレミィとの交友を深めていったのだけれど…まさか、全てが終わった後で、あの場所の名前が上がるなんてね。
 そして、あのアホレミィはそんな場所へ向かうなどと言ってる訳で。決心は固そうで、ああなったレミィが自分の意見を下げる筈もない。
 ましてや、フランドールと美鈴、そして私は誓っている。レミィの望む道を必ず支えると。だから私たちが考えるべきはレミィの邪魔ではなく――

「――どうすればレミィに一切の危害が加わらないか、ね。
東風谷早苗の信じる神に会いに行く、このこと自体に危険は?」
「ないでしょ。神と言うくらいだもの、こちらがどれだけの『益』を東風谷早苗に提供したかは理解できる筈。
それが分からないような存在に仕えているほど、東風谷早苗は安くはないよ。あれは霊夢と近いうちに肩を並べる逸材でしょ」
「私も同意見です。問題があるとすれば、そちらよりも妖怪の山の連中でしょう。
『レミリア・スカーレットの利用価値』を一番理解しているのは間違いなく連中でしょうし。私が向こうなら、間違いなく押さえに来るかと」
「だったらいっそのこと全員で妖怪の山に向かう?」
「それは悪手ね。紅魔館全員だと向こうには戦争売りに来たようにしか思われないでしょ?
むしろ向こうにお姉様の来訪を知られないように進めるべきよ。最小限の人数で、妖気をゼロに抑える」
「となると、レミリアお嬢様ともう一人…ですね。例えどんなことがあろうと、お嬢様を護れる実力が在るものが望ましい。
そう、例えば天狗が十匹二十匹集まろうと、物の数でない程に圧倒的な…ね」
「フフッ、役目を譲ってあげるなんて優しいのね美鈴は。さて、そういう訳だけど、貴女の実力は如何程かしら、フランドール・スカーレット?」
「それを私に問うの?愚問だよ、パチュリー」

 そう告げて、フランドールは愉しげに笑う。
 その姿に、私と美鈴は目を合わせて笑うだけ。そう、この館には二人の最強が存在している。
 一人は我らが愛しきご主人様であるレミリア・スカーレット。あの娘は誰よりも眩く輝いて、その在り方は幻想郷最強であると断言できる。
 そして、もう一人――その妹であるフランドール・スカーレット。この娘には何の言葉遊びも必要ない。



「――お姉様を護る為ならば、誰が相手であろうと壊してあげる。
私達の最愛のお姉様を穢そうとする愚昧な輩に、明日の命なんて無駄なものは必要ないでしょう?」



 この娘は、最愛の姉の為ならば、どこまでも冷酷に、無慈悲に――そしてこの世の誰よりも強くなれるのだから。









[13774] 嘘つき風神録 その六
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:290f3cec
Date: 2012/01/03 16:50
 





 ~side 文~



「それじゃ私達は行ってくるから。館のことはよろしくね」

 紅魔館の門の前、そこに私達紅魔館の住人は全員集まっていた。
 その理由は勿論、館の主であるレミリアとフランドールの見送り。二人はこれから
先日から紅魔館に宿泊していた東風谷早苗の家に挨拶に向かうのだとか。
 昨日の一件を美鈴達から聞かされたとき、私は驚きの前に呆れを感じずにはいられなかった。
 いつか巻き込まれるんじゃないかとは感じていたのだけれど、まさか自分から飛び込むだなんて。本当にレミリアはもう…
 まあ、今回の賭けは私の負けね。流石は萃香様といったところかしら。仰っていた通り、確かにレミリアは『そういう』星の下に生まれてるみたい。

「大丈夫?忘れ物はない?ちゃんとハンカチは持った?」
「大丈夫…って、なんでパチェはお母さん口調!?大丈夫だからね!?必要アイテムは全部私のマイバッグに入ってるからね!」

 そう宣言して、レミリアは肩にかけた小さなポシェットを掲げてアピールしてる。パチュリーは疑いの視線を緩めず最後の中身確認。
 そんな二人を眺めながら、私は横で笑ってるフランドールに小声で話しかける。少なくとも東風谷早苗には届かない程度の声で。

「昨日説明したけれど、妖怪の山は今ちょっと面倒なことになってるわ」
「分かってる。だから私達は『保険』を二重にかけたんじゃない。
感謝してるわよ、文。貴女の情報のおかげで、私達は更に網を張ることが出来たわ。
…どこぞの馬鹿鬼は一人面白がって最後まで何も教えてくれなかったけどね」
「あやや…それが萃香様だもの、仕方ないわ。でも、萃香様も手は貸してくれるんだから」
「これで貸してくれなかったら、あいつはウチのただ飯食らいも良いところじゃない」
「咲夜の鍛錬に手を貸してくれてると思うけど」
「あれはアイツの単なる趣味。全く…今度一緒に酒を飲むときにはガツンと言ってあげないとね。
お姉様が優し過ぎるから、萃香も紫も際限なく調子に乗るのよ全く…」

 そうやって文句を零すフランドールに私は笑みを零す。友人のことを話すときの表情が本当にこの娘の姉にそっくりで。
 なんだかんだ言ってやっぱり姉妹よね。ただ、姉と違ってフランドールは感情をストレートに出すことが下手だから
こんな風に天邪鬼な態度を取ってるけれど。この娘の言葉や態度に、どれだけ萃香様や八雲紫を信頼しているのかが手に取るように感じられるわ。
 そんな私の考えを読み取ったのか、フランドールは私をじと目で眺めている。勿論私はどこ吹く風で受け流す。
 やがてフランドールは小さく息をつき、再度言葉を紡ぎ直す。

「とにかく、今後のことは昨日話した通りよ。『もしも』のときはお願いするわ」
「分かってるって。ま、とにかくあの山の連中には気を付けて。何せ連中は狡賢さに長けてるからね」
「それは身をもって体験済みよ。何せあの山出身の奴には、掃除当番を用事があるからと言い訳されて押し付けられた経験が三度もあるからね」
「あー…それはまあ、その、すみません、はい」
「別にいいけどね。とにかく文、今回の件で事態が急変したときは貴女頼りよ」
「あやや、幻想郷最強の一翼を担う貴女からの信頼を受ける程私も出世しちゃったのね。まあ、期待にはしっかり応えるから安心して」
「信頼なんてとうの昔からしてるわよ。貴女は自分の居場所を捨ててでもお姉様を護ってくれたわ。
お姉様も言っていたと思うけれど、文、貴女はもう大切な私達の家族なのよ。家族を信頼すること、そんなこと当たり前のことじゃない」

 …本当、この娘もレミリアに負けず劣らず酷いわ。素でそういうことを言えるのね。
 レミリアが『ああ』なのは、禁術による弊害なんだと思っていたけれど、フランドールの天然を見る限りは素でああみたいね。
 これは将来、この娘達と生涯を共にするであろう番いは苦労するわね。私は内心で苦笑しながら、視線を東風谷早苗へ向けて尋ねかける。

「ところで早苗、貴女の家は妖怪の山の敷地内にあるのよね?」
「あ、はい、そうです」
「まさかとは思うけれど、真正面から妖怪の山に足を踏み入れてその場所を目指している訳ではないわよね?
山に一歩踏み入れれば、哨戒天狗が見回りしててすぐに侵入者扱いされるでしょうし」
「ええ、その通りです。ですので、妖怪の山の外に、神様の用意して下さった転移陣を利用しています。
それを使えば、妖怪の山の道中を使用することなく、戻ることが出来ますので」

 早苗の言葉に、レミリア以外の全員の表情が少しばかり固くなる。
 それも当然のことで、転移陣はかなり高度な秘術。その術式を使用できるということは、必然的に使用している術者が相応の実力者だということになる。
 私は勿論、別段驚くことはない。フランドール達は名前を聞いても分からないだろうが、東風谷早苗が仕えている神の名を聞けば、
私や萃香様はそれくらい出来て当たり前という認識になる。言っては悪いけれど、私達にとってその存在は八雲紫や西行寺幽々子以上の大物なのだから。
 …ま、その神様のおかげでレミリア達の道中の安全は保障された訳だけれど。これならフランドールの用意した保険の策は必要ないかもしれないわね。
 色々私が考えたところで、何が変わるでもないか。だから私は私らしく、油断してるレミリアを背後から抱きしめる。

「わきゅ!?きゅ、急に何よ文!?」
「何もー。レミリア、しっかり頑張ってくるのよ?怖くなったらいつでも私の名前を呼びなさい。幻想郷最速の風が貴女に訪れるでしょうから」
「もう、パチェも文も大袈裟ね。ただ早苗の家族にごめんなさいするだけなのよ?何も起きないってば」

 ――大切な貴女(レミリア)に、祝福の風があらんことを。
 言う必要もないことだけれど、絶対に怪我なく帰ってきなさいよ、レミリア。紅魔館のみんなが貴女の笑顔の帰宅を待っているんだからね。





















 ~side 神奈子~



 本殿の中で、私は瞳を閉じ続ける。
 昨晩から思考し続けているのは、次なる一手をどう打つか。否、相手にアドバンテージがある以上、向こうがどう打ってくるのか、か。
 諏訪子には『親馬鹿。心配し過ぎ』と腹を抱えて笑われたが、そればかりは仕方ない。あの娘は、早苗は私にとって最後の希望なのだから。
 その早苗が昨日から未だ帰ってこないのだ。諏訪子は血の繋がりからか、あの娘の無事を確信しているようだけれど…無事の程度も分からないのに、気楽なものね。
 早苗が未だ帰ってこない理由は一つ、何者かに帰還を阻害されている以外にない。何らかの理由が、あの娘を足止めしたのだろう。
 その理由までは見当がつかないが、その犯人は二つに絞られる。妖怪の山の連中か、あの娘の親交のあるレミリア・スカーレットか。
 前者ならば至極分かりやすい。早苗を盾に、私達にこの地から出ていくように要求するだけでいい。後者なら難しい。何せ私には
未だレミリア・スカーレットの像が形作れないのだから。

 レミリア・スカーレット。妖怪でありながら、早苗に手を貸した優しき存在。
 先日、新たな八雲の管理者にその存在は如何なるものかと訊ねれば、難しい表情で悩み抜いた末に『私程度では判断しかねる存在』と評した。
 管理者が言うには、レミリア・スカーレットはその身一つで幻想郷の多くの強者と絆を深めた存在らしい。八雲紫に西行寺の亡霊、そして少し前に
この幻想郷を滅ぼそうとした程の実力者の妖怪をも打倒し、友好を築き上げたのだという。
 興味深い。実に興味深い妖怪が、ウチの早苗に接触した理由はなんだ。
 早苗の話を聞けば、今の私達にそれほどの価値がないことは理解しているだろう。八雲紫達を擁している今、山の連中を敵に回して
私達と接触することに利益など存在しない。レミリア・スカーレットは早苗の奥に一体何の価値を見出している?
 気づけば、私は笑みを零していた。面白い、面白いじゃないか、レミリア・スカーレット。成程、あの八雲紫が気に入る訳だ。会いもしないのに、
こんなにも愉快な気分にさせてくれる存在は実に希少だ。さて、仮に犯人が彼女だとすれば、朽ちる私達に一体どんな要求をする?

 そんなことを思考していると、私の領域に来訪者の訪れを感知する。
 それと同時に、私以外に存在しない筈の室内に響き渡る彼女の声。

「早苗、帰ってきたみたいね。安心した?」
「ああ、心から安堵しているよ――さて、諏訪子、お前はどう見る?」
「黄色い方は強いね。首飾りに妖力抑制効果があるのか、外面だけは妖気が皆無に見えるけど、あれはとんでもない力を持ってるよ。
下手すれば全盛期の神奈子に並ぶんじゃない?妖怪の身体一つによくもまあ世界一つ分の力なんて蓄えたもんだよ」
「成程ね…今の私じゃ、正面切っても厳しいか。心躍るね、一度やりあってみたいもんだ」
「冗談。神奈子とあの娘じゃただの弱い者いじめになっちゃうじゃない。戦いっていうものは力の大きさだけで決まるものじゃないでしょう?
――少なくとも、アンタが私以外の存在に後れを取るようなことがあったら、私が神奈子を殺すよ?」
「怖いわねえ…冗談よ。それで、もう一人の方は?」
「んー…表現し難いわ。私の言いたいこと、直接見れば分かると思う。あんな存在見たことないよ。面白いねえ…あれ本当に妖怪?あれじゃまるで…」
「諏訪子?」
「…ごめん、なんでもないわ。とにかく早苗は無事、拘束されてることもないわ。
むしろ、早苗はその妖怪達と談笑してるわよ?敵対意思も感じられないし、お客様として招き入れる方向で進めることを進言するわ」
「そう…分かった、その方向でいきましょう」

 室内に存在しない彼女――諏訪子との会話を打ち切り、私はその場に座ったまま来訪者達の訪れを待つ。
 しかし、諏訪子が評した来訪者達。一人の実力者らしき方の感想は私にも理解できる。だけど、もう一人に対する諏訪子の反応は…
 詳しい内容を諏訪子に確認するか?否、諏訪子は直接見ればわかると言ったわね。それはつまり、余計な先入観無しに判断した方が良いということ。
 他の誰でもないあの諏訪子があんな反応を示すのは本当に珍しいこと。そのことだけで、私の胸は期待を高まらせずにはいられなかった。
 面白いじゃないか。一体どんな奴を早苗は連れてきた。その面白い奴は、あのレミリア・スカーレットなのか。今か今かと子供のように
待ち侘びる私のもとに、とうとう早苗が訪れる。諏訪子の言っていた通り、二人の来訪者を引き連れて。

「ただ今戻りました、神奈子様。それと帰宅が遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした」
「いや、早苗が無事なら構わないよ。それよりも、後ろの二人は誰だい?折角のお客様なんだ、私に紹介してくれるんだろう?」

 そう言って、私は早苗の背後の二人を観察するように見つめる。
 見た目は十に満ちるかどうかの幼子だが、両者ともに背中の羽がそうであることを否定している。よく似ているね、姉妹だろうか。
 金髪の方は…成程、諏訪子の読み通り力のある妖怪ね。私の方を観察しているわ。こちらの力や手札を読もうとしているのは分かるけれど、まだ若いわね。
 実力は相応以上にあるようだけど、それだけ分かりやすいとこちらも対応しやすいわ。老獪さを身につければ、実に面白い存在になるでしょうね。
 そして、私は視線をもう一人の方へと向ける。それと同時に、早苗が二人を私に紹介してくれた。

「こちらは私が以前神奈子様にお話ししたレミリア・スカーレットさんです。そして、こちらはその妹であるフランドール・スカーレットさん。
先日は、お二人の家に宿泊させて頂きまして、大変お世話になりました」
「へえ…それは礼を言わないとね。どうやらウチの早苗がそちらに世話になったようだ」

 私の言葉に、もう一人の方――レミリア・スカーレットはぴくりと肩を震わせる。
 …成程、諏訪子の言っていた意味が一目で理解した。これが八雲の管理人が語っていたレミリア・スカーレットだと言うのなら、心から納得出来る。
 この妖怪は本当に妖怪なのか、面白い。それが諏訪子の評したこの娘なのだけれど、諏訪子がそう言うのも仕方のないこと。
 何故ならこの娘には『穢れ』が殆ど存在していないのだ。妖怪という何百年と生きた存在にも関わらず、私達神からも穢れを全く感知出来ないのだ。
 それはまるでこの世に生を受けたばかりの赤子のように、この妖怪は澄み切った存在だと私達は見なしてしまっている。そうとしか読み取れないのだ。

 ――面白い、否、面白過ぎる。何故だ。何故、この妖怪はこんなにも穢れが存在しない。妖怪ならば数百年を生きた存在だろう。その間に他種族や
人間の殺生も繰り返してきただろう。否、それどころか穢れは生きているだけで積もっていくモノ。それらの穢れをこの妖怪は一体どこに置いてきた?
 禊や祓を行っても、ここまで真っ新な状態にはなれない。この妖怪の時間がまるで生まれたその時から止まってしまったかのように、再び
赤子の状態に生まれ変わったかのように真っ白じゃないか。身体が一度死んだのか?否、身体が死しても、心に穢れは溜まる筈。では心が一度死んだのか?
ならば身体の穢れが説明できない。まるで心と身体がそれぞれ一度死を迎えたかのように、この妖怪は酷く純粋な存在じゃないか。
 俄然興味が尽きない。そんな私の心を余所に、レミリア・スカーレットは私を一度見つめ、早苗の前に立つ。さあ、一体どんな手を打つ?
お前が早苗の力になった理由はなんだ?何のためにお前は私に接触する?愉悦に笑みを零す私に、レミリアはそっと問いかける。

「貴女が早苗の保護者…で間違いないわね?」
「ああ、違いない。私の名は八坂神奈子、早苗が随分と世話になったわね。レミリア・スカーレット?」
「ええ、そうね。早苗を随分とこちらの都合で振り回させて貰ったわ」
「早苗の顔にもそのことがしっかりと描かれているよ。どうやら良い経験をさせて貰ったようだが?」

 私の指摘に、レミリア・スカーレットの目が驚愕に見開かれる。
 早苗に大きな変化があったことなど、容易に分かる。以前の早苗に比べ、今の早苗には確かな何かが在る。それを作ってくれたのは
他の誰でもないレミリアなのだろう。この件も感謝しなければならないな、私が再度感謝の言葉を紡ごうとしたときだった。

「八坂神奈子、これ以上無駄な問答は不要だとは思わないか?」
「ほう?それはつまり、こちらの要求を理解していると」
「無論よ。だからこそ、私はここにいる。貴女が求めるモノを差し出すためにね」

 …成程、見抜いているか。私がレミリア・スカーレットに興味を抱いていたことを早苗から聞いたか。
 そう、私は以前よりこの娘との接触を求めていた。早苗に対する在り方をはじめ、この妖怪は実に一般の妖怪とは違い過ぎる。
 もし早苗を利用しているだけならば、そう考えてはいたが、この妖怪はそのような浅い妖怪ではないようだ。
 私が求めているのは、表面だけの探り合いなどではなく、互いの手札を全て見せ合うこと。知りたい。レミリア・スカーレットという
妖怪を私は知りたい。このような面白い存在の全てを私は見てみたいと強く求めている。
 レミリア・スカーレットが一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。いいだろう、そちらが求めてくれるなら私もやりやすい。
 下らぬ腹の探り合いを止め、私はその場に立ち上がる。見下ろす立場から対等へ。これが私の神としての礼儀。
 レミリア・スカーレットに呼応するように私も一歩、また一歩と彼女に近づき、私と彼女との距離が残り一メートルを切った刹那――

「――お宅の大切な娘さんを怪我させて本当に本当に本当に申し訳ありませんでしたあああああ!!!!!!!!!」
「――は?」

 私の視界の最底辺にレミリア・スカーレットは消え、そして私に対して美しい程に綺麗な土下座を敢行していた。
 突然の事態に呆然とするしかない私と早苗。ただ、私の脳裏に何故か聞こえない筈の諏訪子の笑い声が盛大に響いたような気がした。
























 良かった!早苗のお母さんが滅茶苦茶懐の大きい人で本当に良かった!!


 早苗のお母さんである八坂神奈子(本人から神奈子で良いって言われたから神奈子って呼ぶ)から
早苗の一件を許してもらえたとき、本当に心の底から安堵したわよ!
 正直ね、神奈子の姿を見たとき終わったと思った。全身から立ち上る力を見てどう見ても紫や幽々子、萃香クラスだったもん。
 この人に『お宅の娘さんフルボッコにしちゃいました。てへり』なんて言うとか無理ゲーにも程がある。もうね、神奈子から
『早苗が世話になった』って言われる度本気で泣きそうになった。それってつまり『ウチの早苗をよくもまあ可愛がってくれたなワレ』ってことな訳で。
 もうね、情けないのを覚悟の上でフランに代わってもらいたかった。今日から紅魔館の主交代制にしようって言いたくなった。でも、ここまで
来た手前逃げるわけにもいかず。覚悟を決めて全力土下座を決めたのよ。もうこれ以上ないくらい全力で。
 そしたら、神奈子思いっきり困惑して『事情を話してくれ。意味が分からない』なんて言うのよ?で、私がこれまでの経緯と謝罪の理由について
話すと神奈子さん大爆笑。さっきまでの張りつめた空気が嘘のように霧散して、お腹を抱えて笑う笑う。で、ようやく笑い終えたと思ったら
早苗に『早苗!今すぐ酒の用意をしなさい!この二人の可愛らしい来客を丁重にお持て成ししてあげて頂戴』なんて言うのよ。早苗も早苗で
待ってましたとばかりに良い笑顔。で、私とフランは気づけば神奈子と早苗に大歓迎されちゃってるって訳。
 いや、もう、本当に助かった。神奈子が本気で怒り狂って私殺されるんじゃないかとか思ってただけに、この喜びを如何せん。
 という訳で、私とフランは神奈子と向かい合って酒を飲みかわしてるのよ。あ、ちなみに私はお茶飲んでます。私も酒飲みたかったのに、
フランが絶対にダメって…なんで私だけお茶。私もお酒飲みたいのに…フランはけちんぼだ。

「しかし、様々な一手を想定していたんだが、まさか土下座とはね。こればかりは流石に予想外だったよ」
「何でよ?仮にも私達は早苗に手を出したのよ?それを謝るのは当たり前のことじゃない。改めて、本当にごめんね、早苗」
「いえ、いいんですよ!咲夜さんの言う通り、あれがなければ私はきっとこの先幻想郷で命を落としていたと思います。
それに、咲夜さんや美鈴さんから沢山の大切なことを教えられましたし…私はむしろ感謝していますよ、レミリアさん」
「な、なんていう良い娘なの!神奈子、貴女は良い娘を持ったわね…こんな良い娘さんなんだもの、大切にしないとダメよ?」
「早苗の良さが分かるかい?あっはっは!お前は本当に面白い妖怪だね。
だが、早苗の言う通り、私もお前には感謝しているよ、レミリア。本来なら、早苗の件は私が教えなければいけないことだったんだがね…」
「いや、違うから!教えたのは私じゃなくて咲夜と美鈴だから!私は何もしていないからね!?」
「でも、強い妖怪の恐ろしさを私に語ってくれたのは他の誰でもないレミリアさんですよ」
「ああ…言われてみれば。え、いいの?私がこのありがとうを受け取っても構わないの?どう思うフラン!?」
「いや、そこを私に訊かれても…二人が良いって言ってるんだから受け取って良いんじゃないかな?」
「そう?そ、それなら私がみんなを代表して受け取るわ。ありがとう、二人とも!」
「いや、ありがとうを受け取るのにどうしてお姉様がありがとうって言ってるの…」

 私とフランの会話に早苗は微笑み、神奈子は大笑い。というか、神奈子と早苗って親子だけどちょっと似てないわね。
 苗字が東風谷と八坂ってところを見るに、多分二人は私と咲夜と同じ関係なんだと思う。これ以上は二人の問題だから私は口にしないけど。
 それよりも、神奈子と話してみて感じたのは、神奈子は萃香に近い気質を持ってるってこと。気持ちいいさっぱりした性格で
立ち振る舞いも格好良い。そして何より感じるのは早苗への惜しみない愛情。うん、凄く良い人だと思う。
 こういう人に育てられたから、早苗はこんなに良い娘に育ったんでしょうね。まあウチの咲夜には負けるけどね!咲夜が一番だもんね!
 とにかく早苗に関する一件も解決したし、本当に一安心。早苗は咲夜の素敵なお友達になれそうだし、今日の神奈子といい、素敵な出会いが満載ね。

「早苗の件も許して貰えたし、神奈子とも知り合えたし、本当に今日は良い日だわ!」
「おや、私との出会いも良い日と評してくれるのね」
「それはそうよ。だって神奈子、話してて凄く良い人ってすぐに分かるもん!
しかも常識人だしね!また、紫とか幽々子とか幽香みたいに変に強烈なファーストコンタクトだったらどうしようかと思ってたわよ」
「ふふっ、レミリアは随分と友人が多いみたいだね」
「そうねえ…みんな出会いは無茶苦茶だったけど、今となっては誰もが私のかけがえのない大切な友達よ。
紫も幽々子も萃香も輝夜も幽香もみんなみんな大切な人。ただ、私を振り回して大変な目に合わせるのは勘弁ね!」
「萃香…もしや、萃香というのは伊吹萃香のことか?」
「?もしやもなにも、その萃香だけど。どうしたの?もしかして萃香と知り合い?」
「いや、伊吹萃香の武勇は私達にも届いているからね。そうか…伊吹萃香は今何処に?この山にはいないようだけど?」
「萃香なら紅魔館に居るわ。下らぬ陰謀と私欲渦巻く妖怪の山よりもお姉様の傍が良いんですって」
「あははっ!成程成程、流石は伊吹鬼だ!良く見抜いているじゃないか。ああ、実にその通りだろうさね」
「あの鬼はお姉様が好き過ぎるのよ。あれは病気よ病気。もしかしたら、今もお姉様の傍にいるかもね?」
「そうかい、そうかい。しかし、それはお前さんも同じじゃないのか?その病気にかかってるように見えるけどね」
「ッ!う、うるさないなあ、放っておいてよ!」

 フラン、今萃香がこの場にいないからって好き放題言うなあ。
 この場にいたら萃香は何ていうかなあ。…萃香のことだから普通に『ああ、好きだよ』なんて男前に言ってきそう。ダメダメダメダメ!私はノーマル!
 …っていうか、あれ、なんかフランが珍しい顔してる。顔真っ赤にして神奈子の方睨んで。神奈子は神奈子で
ニヤニヤしながらフランを見てるし。何だろう、この二人ってもしかしなくても相性が良いのかな。
 もしそうなら大チャンス!フランはちょっと人見知りの気があるからね。ここで神奈子と仲良くなれるなら越したことはないわ。
 だって、フランの仲良い友達って主に紫とか幽々子とか幽香とかだし。そこに神奈子が加われば…それただの幻想郷最強面子大集合じゃない!
 あれかしら、強者と強者は惹かれあうっていう奴なのかしら。ダメよフラン、そんな強い人ばかりと交わってしまうと、考えが
偏ってしまってよくないわ。よし、バランスを取る為にも、フランには幻想郷最弱の奴との関係を強めさせないと…幻想郷最弱、最弱…

「フラン、大好きよ。愛してる。もっと深い関係になりましょう」
「ちょ、ちょっとお姉様!?いきなり何を!?」
「あっはっは!姉妹仲が良いのは実に良いことだ。しかし本当に面白いな、お前達姉妹は」
「ちょ、ちょっと貴女も面白がってないで何か言いなさいよ!早苗も!」
「ええと、私は一人っ子だったのでお二人が羨ましいですよ?」
「こ、この咲夜並みの天然娘っ…お姉様、わかったから!お姉様の気持ちは十分に分かったから!」

 関係を深めるために全力でフランに抱き着いてみたんだけど、全力拒否されたでござる。
 まあ、これくらい関係を深めておけばフランも紫達に染められたりしないでしょう。私の最弱はちっとばっか響くわよ。
 フランを抱きしめ終えて満足してる私に、神奈子は少し真剣な表情に戻り、私に対して言葉を紡ぐ。

「さて、レミリアにフランドール。ここからは少しばかり真面目な話をさせて貰いたいんだが、構わないかい?」
「良いけど、あんまり難しい話とかはちょっと…そういうのは、フランの方にお願い出来ると」
「お姉様?」
「が、頑張る!お姉様頑張るから!さあ神奈子、私の準備はOKよ!どんな話でもバッチコイよ!」
「本当に真剣な空気が似合わない娘だね、レミリアは。まあ、私もその方が気軽に話せて良いんだけどね。
話の内容は私達とこの妖怪の山との関係についてだ。私達がこの幻想郷に来た経緯は?」
「早苗から聞いてるわ。確か外の世界で失われた信仰を集める為に、幻想郷に来たのよね?」
「その通り。私達のような存在にとって、信仰が失われるのは死活問題だ。外界では最早信仰は殆ど得られず、私達は
消えゆくのを待つだけの身だった。このまま消えても仕方ない…そう思っていたよ。この娘が生まれるまでは」

 そう言って、神奈子は早苗の頭を優しく撫でる。そんな神奈子に早苗は恥ずかしそうにしつつも、為されるがままに受け入れる。
 本当に良い関係よね。神奈子と早苗、互いが互いをどれだけ大切にしているか凄く伝わってくるし…本当に二人とも、互いが好きなのね。

「早苗は幾千年の時を超え、久方ぶりに私達を認識出来る程の力と才を秘めた娘だった。
この娘がどれだけの可能性を秘めているのか…フランドール・スカーレット、お前なら分かるんじゃないかい?」
「ええ、無論理解しているわ。ウチの咲夜は後天的なモノだけど、貴女の娘は先天的に人間を超越しているわね。
博麗の巫女のように、その体内に奇跡の血脈を担っているのかしら?」
「…そうだね、その通りだ。この娘には神の血が流れている。
ただ、世代を重ねるごとに薄れていき、本来ならば消え果る筈だった…その血脈が、この娘をヒトではなく神と定めた」

 少しばかり困ったように笑う神奈子。というか、私には話がちんぷんかんぷんなんだけど…何、神の血って。
 早苗は神奈子と親子で。でも血はつながっていないかもしれないから、そうじゃないかもしれなくて。で、早苗には神の血ってのが流れてて。
 …あかん、全然話が分からへんやん。とりあえず、私にはあまり関係のない話なんでしょうね。というかフランは
分かってるみたいだから、あとで噛み砕いて説明してもらおう、うん。私はとにかく神奈子の話に耳を傾け続ける。

「私達だけが滅びるなら良かった。だが、この娘が生まれたことで、私達はその選択を選ぶことは出来なくなった。その理由は言わずとも分かるだろう?」
「――生きながらにして神になった身、その信仰が失われてしまえば、それは死を意味するも同じ…か」
「そういうことさ。私達が滅びるのは運命なのかもしれない。だが、この娘は何も知らず持たずしてこの世に生を受けた。
私達のような古き血に縛られ、振り回されて命を落とす――そんな下らぬ運命を受け入れる程、私達は従順ではないのよ」
「だからこそ、信仰を得る為に賭けに出た…か」
「ええ。八雲紫…前八雲の管理人であるアイツの申し出は私達にとって実に渡りに船だったわ。
科学という名の奇跡が支配する外界で私達が信仰を再び集めることは、非常に難しい。けれど、新天地なら私達はやり直すことが出来る。
そして私達は決断を下した。残る力を掻き集め、湖ごとこの幻想郷へ転移することをね」
「そして、転移先が不幸にも幻想郷一縄張り意識の強い連中の領域だった…と。本当についてないわね」
「言葉もないね。そういう訳で、後のことは説明するまでもないことかね。
私達は再び転移を行うだけの力がない。だからこそ、妖怪の山の連中に土地を貸してくれと頼んでいる。
妖怪の山の連中は、突然現れた新参者が自分達の領地を占領し面白い筈がない。さっさと出て行けと私達に要求する」
「本来なら、向こうは実力行使に出る。だけど、そう打って出ないのは」
「私が『八坂神奈子』だからさ。この妖怪の山に住む連中は殆どが東方の島国の妖怪達だ。ならば私を恐れるのもまた当然のこと」
「ふぅん…どうやら昔は随分と力の有る存在だったみたいね。文があんなにも私に忠告するわけだ」
「昔の話さ。今となってはただの消えゆく未来に怯える一人の儚い存在さ」
「それで?私達への要求は?」
「要求か…本来ならば、レミリアとの協力関係を結び、その後ろ盾を持って連中との交渉を有利に…なんて考えていたんだけどね」

 そう言って、神奈子は私を見て優しく笑う。え、何、話題変わったの?
 あまりに難しい話が続いてたので、私は自分の右手と左手でじゃんけんしてたんだけど…ちなみに右手が三勝で左手が五勝。左の方が強いのね、私の手。
 神奈子の言葉を待っていると、神奈子は再び楽しげに笑いながら、私の頭をぽんぽんと優しく叩く。え、何事?

「こんなに純粋無垢な姿を見せられると、そんな気は更々失せてしまったわ。
この娘は、私達の下らぬ争いに巻き込んでいい娘じゃないさ。私は純粋にこの娘と交友を結びたいと思っているよ」
「え?いや、交友を結ぶも何も、神奈子はもう友人だと思ってたんだけど…え、ダメ?」
「あははっ!駄目なものかい。下らぬ些事は関係なしに、私はお前を好ましく思っているよ、レミリア・スカーレット。
早苗の件も世話になったし、この娘もお前達に懐いている。どうだい?ここで改めて私達と友人になってくれるかい?」
「え、いや、全然OKだけど。えっと、あらためてよろしくね、神奈子、そして早苗」

 そう言って、私は神奈子の手を握りぶんぶんと小さく握手する。
 そんな姿を眺めながら、フランは楽しげに笑ってる。あら、フランがこんな風に穏やかに笑うのは珍しいかも。
 フランの横顔を眺めていると、フランは優しげな表情のままに、神奈子に向かって口を開く。

「成程ね…確かに文の言う通り、大きな存在だわ。
八坂神奈子は確かに私達の下らぬ謀では差し測れない器量の持ち主のようね。
本当に良いの?お姉様の力があれば、きっと妖怪の山との交渉は上手くいくわよ?お姉様の後ろには八雲も西行寺も伊吹鬼もついてるのに」
「構わないさ。元よりこの問題は私達の身内ごとだ。先ほども言ったが、この件にレミリアを巻き込んでどうする。
この娘にそんな下らぬ穢れを付きまとわせる真似はしたくない。言ってしまえば、気に入ったのさ」
「そう…本当にお姉様は誰も彼も惹きつけるわね」
「何を言ってるんだ。私が気に入ったのはレミリアだけじゃない。お前もだよ、フランドール・スカーレット」
「…わ、私!?私は別に何も…」
「何を言う。お前はこの地に足を踏み入れてからずっと姉を護る為に気を張っているだろう?
今とて姉に何かあれば、すぐに妖気を開放できるように戦闘態勢を整えている。例え同胞といえど、そこまで他者を想う妖怪など私は見たことがない。
私はお前達二人を気に入ったのさ。姉の純粋な想い、妹の一途な想い、それを知ることが出来たのが今日は一番の収穫かもしれないね」

 神奈子の言葉に、フランは恥ずかしそうに下を向いて押し黙る。フラン、人に面と向かって好きって言われるのに弱いのかな。
 …大丈夫かな。将来フランはちょろいさんとか言われたりしないかな。いや、フランに限って大丈夫だとは思うんだけど
凄く素敵な男の人が目の前に現れたりしたら…うん、私なら一瞬で落ちる。ちょろりあ・スカーレットとか言われてもそんなの関係ねえって叫んで落ちる。
 でも、神奈子がフランのことを気に入ってくれたようで何より。こうやってフランも友達の輪をどんどん広げてくれれば。
 そんなことを考えていた刹那だった。突如として、私の脳裏に伝わってきた何か。それは少し遅れてメッセージへと書き換えられて。

『ねえ、おかしなおかしな妖怪さん。もしよければ、神奈子だけじゃなくて私ともお話ししない?』

「は?」
「どうしました、レミリアさん?」
「いや、今誰かが何か話しかけてきたような…」

 脳裏に響いた声の主を探そうと、私は周囲をキョロキョロと見渡す。
 早苗に、フランに、神奈子。他に誰もいないわよね…って、あれ、何か神奈子が凄く頭押さえてる。どうしたんだろう。
 フランに何か声が聞こえなかったかと問いかけるもNO。早苗に訊ねてもNO。えっと、聴こえてるの私だけ?幻聴?え、嘘、この歳で?まだ五百歳なのに?
 心に浮かんだ不安を必死に振り払いつつ、私は神奈子に訊ねかける。

「ね、ねえ神奈子…今、なんか不思議な声が…」
「…はあ。レミリア、この部屋を出て廊下の突き当たりを右だ。悪いけど、そこに向かってくれない?」
「え?えっと…何で?」
「…それは本人から直接訊いてくれ。覗き見だけじゃ我慢できなくなったらしくてな。
はっきり言って、私以上にお前に興味を抱いている奴がそこにいるから。適当に相手してあげてくれると有り難い」

 物凄く疲れたように言う神奈子に、私は思いっきり頭にクエスチョンマーク。いや、意味が分からないんだけど…誰がいるのよそこに。
 どうやら早苗も同じようで、『私と神奈子様以外にこの家には誰もいないんですが…』とか言ってるし。え、嘘、じゃあそこに誰がいるの?
 早苗も知らない人って…も、もしかして幽霊!?ちょ、おま、もう幽霊はいいから!春雪異変で幽霊はお腹いっぱいだから!
 いきたくないなあ…行きたくないけど、行かないと神奈子が困るだろうし…よし、パッと行ってパッと帰ってこよう。
 私は覚悟を決めて、部屋を泣く泣く後にする。えっと、廊下の突き当たりを右…何、普通に廊下の続きがあるだけで誰もいないじゃない。
 誰もいないのを確認して、私は安堵の息をつく。何よ、神奈子ったら意地悪ね。私を怖がらせて面白がるつもりでしょ。ふふん、こういうのは
紫とか紫とか紫とか紫とかで慣れてるのよ?鍛えに鍛えられたんだもの、私を驚かすならこの程度じゃ全然足りないわよ?
 変に胸を張って、私は部屋に戻ろうと後ろを振り返って――そこに、待ち人はいた。

「ばあっ」
「ふぎゃあああああああああああ!!!!!!!」

 背後から唐突にかけられた声に、私は驚きのあまり全力絶叫で廊下を転がり回る。な、南無阿弥陀仏!!助けてゴーストスイーパー妖夢!
 頭を抱えて怯える私の上から降り注がれる可愛らしい笑い声。その声に、私は恐る恐るゆっくりと顔を上げる。

「あ、貴女は…」
「――こんにちは。そしてはじめまして、不思議な不思議な可愛い妖怪さん」

 私の目前に立っている一人の少女に、私は目を奪われる。
 そこには外見こそ私と近しく見えるものの、その身体に神奈子に負けない程の力を感じる笑顔の素敵な女の子が立っていた。
 その娘はただ楽しげににっこりと微笑みながら、私が立ち上がるのを今か今かと待っているように思えた。






 



[13774] 嘘つき風神録 その七
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2012/01/05 16:15
 







 私の目の前に突如として現れた女の子。
 金色の綺麗な髪に、私より少し成長した少女くらいの外見。何より特徴的な…目玉のついた不思議帽子。
 尻餅をついて唖然としてる私。そんな私を女の子は楽しげにニコニコと見つめてる。えっと…ど、どうすればええのコレ。
 何と声をかけるべきか悩んでいると、私達へと近づく足音が。そして、不思議そうに首を傾げる足音の主…早苗の登場に、私はこれ幸いと言葉を紡ぐ。

「どうしたんですか、レミリアさん。先ほど、レミリアさんの悲鳴が聞こえてきたんですが」
「さ、早苗!きゅ、急に女の子が!空から女の子が!」
「いや、空からは降ってきてないけどね?」
「女の子、ですか?」

 私の言葉の要領を得ていないのか、早苗は不思議そうに考える仕草を見せている…って、いやいやいやいや!何を考える必要が!?
 いるじゃない!私の目の前に見知らぬ素性の女の子がいるじゃない!この娘のことを言ってるのよ!?
 そうやって私が必死に早苗に訴えかけようと口を開こうとしたその刹那だった。女の子が肩を軽く竦めながら、その口を開いたのは。

「無駄だよ。早苗に『だけ』は私の姿が見えないもの」
「…え」
「早苗には私の姿が見えないし、私の声は聞こえない。
例え早苗にどれだけの力があろうと、それだけは変わらないし変えられない。早苗が私の存在を知ることは未来永劫有り得ない」

 淡々と言い放つ女の子の言葉を、私は何も言葉を発さないまま受け入れる。
 ただ、私の行ったことは何度も何度も早苗と女の子の間で視線を入れ替えただけ。
 女の子の言葉の意味は分からなかった。だけど、それが凄く凄く重い言葉であることだけは分かったから。だから、何も言えなくて。
 そんな私に、早苗は首を傾げつつも、言葉を紡ぐ。

「先ほど、神奈子様がフランドールさんに本日は泊っていかないかとお誘いしまして。
フランドールさんはレミリアさんが良ければ、という返答でしたので…よろしければレミリアさん、今日はお泊り頂けませんか?」
「あ、うん…えっと、お願いします」
「そうですか!それでは早速神奈子様にお伝えしてきますね!それとお風呂や御夕飯の準備も始めないと!」

 そう言って、早苗は私に笑顔で一礼し、嬉しそうに廊下から去って行った。
 その後ろ姿を眺めていると、女の子は楽しげに笑いながら私に話しかける。

「早苗、本当に良い娘でしょ?私達の自慢の娘よ。私のような性悪からどうしてあんな娘が生まれたのか不思議なくらい」
「そうね、早苗は本当に良い娘よね…」

 …待て。今、この女の子は何て言った。『私のような性悪からどうしてあんな娘が生まれたのか』。今、確かにそう言ったわよね?
 えっと…え?どういうこと?このまだ名前も知らない何故か早苗には見えない少女は、言葉通りに意味を取るなら早苗を産んだって
ことで…ちょちょちょちょちょちょちょっと待った!え、産んだの!?早苗を!?この娘が!?どう見ても私とそう歳の変わらなさそうなこの娘が!?
 いや待て、落ち着け私。外見と年齢が比例しないのは萃香の件で痛い目にあった筈。この娘はこう見えて、凄い人生経験豊富なのかもしれない。
 でも、いや…正直、どうなの?この娘がどれだけ歳を重ねてるとしても、この娘に子供を産ませるってどうなの?何この強烈な犯罪臭。何処の
誰かは知らないけれど、どんな覚悟でこの娘と結婚したのよ。相手の人が見てみたい…そう言えばさっきこの娘『私達の自慢の娘』って言ったわよね。
 私達の『達』って誰だ。この神社に他に誰がいる。早苗と、この娘の他に誰が…そんなの一人しかいないじゃない!萃香クラスに男らしい素敵な人がいるじゃない!
 …マジか。マジなの。つまり、この娘が早苗の『実の』お母さんだとするならば、早苗の『実の』お父さんは一人しか該当しない訳で。神奈子ェ…貴女はこの娘にとっての光なのね。
 いや、人の恋愛にとやかく言うつもりはないけれど…色々と頑張ったのね、この娘。どうしてこの娘が早苗に見えないのか、その理由も
なんとなく分かる。多分、この娘はもうこの世には…若年出産が物凄く危険だってのは私だって知ってる。
 でも、この娘は死した後でも早苗を優しく傍で見守ってるんだと思う…凄いと思う。もし、私が同じ立場なら、咲夜の傍ではたして笑ってられるだろうか。
 一緒にいたいのに、いられない。一方通行な在り方でも、傍でこんな風に私は…

「…貴女、本当に頑張ったのね。同じ母の立場として心から尊敬するわ」
「え、何?なんで私こんな尊敬の目で見られてるの?」
「やっぱり愛よね…どんなにつらいことが待っていたとしても、神奈子のことを心から愛していたのよね。
許されぬ愛と分かっていながらも、二人は恋に落ち、そして早苗という子宝を…」
「いや、ないから。私が神奈子を愛してるとか絶対にあり得ないから。ていうか無理」
「…えっと、ツンデレ?」
「言ってる意味は良く分からないけど、どうして私が神奈子の子供を産まなきゃならないの。女同士だし、そっちの趣味はないんだけど」
「いや、そう言われると確かに…え、だってさっき早苗は私達の自慢の娘だって…」
「神奈子は早苗の育ての親。私は早苗の生みの親。まあ、厳密には違うけれど、そんな感じだよ。
しかし、お前も随分と面白い思考回路をしてるのね。私と神奈子が夫婦か、そんな風に思われたのは初めてだよ」
「…正直すみませんでした。そうよね!女同士で流石に子供は出来ないわよね!あはは、私ったら…」
「出来るよ?何?やって欲しいの?」
「全力で勘弁して下さいまし!!」

 けたけた楽しそうに笑う女の子に全力でノーサンキュー。そういうのは本当に無理なんで絶対に無理なんでマジで無理なんで。
 はあ…全部は私の早とちりの勘違いか。生みの親と育ての親、そうよね、普通に考えればそうなるわよね。私の思考回路は
一体どうなってるのか。あれよ、通知表に『もう少し物事を冷静に見る癖をつけましょう』って書かれるレベルよ。
 とにかく、この娘に不快な思いをさせずに済んで良かったわ。胸を撫で下ろしてると、女の子の姿はいつの間にか消えていて。
 あれ、何処に行ったの?周囲を見回してみると、ある一室の襖が開いていて。そこを覗いてみると、さっきの女の子が畳に座って私を手招いていた。

「廊下で立ち話っていうのも嫌じゃない?ほら、こっちにおいでよ」
「えっと、それじゃお邪魔します…と」

 誘われるがままに、私は女の子の正面に腰を下ろす。
 おお、畳の感覚が気持ちいい。ここの畳は良い畳ね。紫の家と同じだわ。霊夢のところは畳がときどき痛いのよね。
 そんなどうでもいいことに感動していると、目の前の女の子は帽子を脱ぎながら言葉を紡ぐ。

「さて、それじゃ改めて自己紹介といきましょうか。私は諏訪子――洩矢諏訪子。
貴女の名前を教えてくれるかしら、興味の尽きない妖怪さん?」
「あ、これはご丁寧に。私はレミリア、レミリア・スカーレット。妖怪…というか、一応これでも吸血鬼。
妖怪の山の麓の湖…そこにある紅魔館って館の主を務めてるわ。ただ、勘違いをして欲しくないのは私の実力よ!
私は弱い!この幻想郷の誰よりも弱い!一国一城の主だからといって強者だと思われるのは心外だわ!そこだけはしっかり覚えて!」
「あはは、分かってるって。レミリア、レミリアね。うん、良い名前じゃない。
ところでレミリアに訊きたいんだけど――お前、一度死んでるね?」
「は?」

 死んでる。はて、死んでるとはどういうことだろう。
 死ぬような思いなら何度でも経験してるし、輝夜と一緒に引き籠った時には自分は死んだと勘違いしたけど…え、死んだことなんてないよね?
 私は諏訪子の問いにふいふいと首を横に振る。だって私、死んでないもん。伊達にあの世は見てねえぜなんて言えないもん。
 そんな私に、諏訪子は『言い直そうか』と言葉を改め、再び口を開く。

「死んだというよりも、リセットされたと言った方がいいね。
お前の身体には驚くほどに穢れが無い。それは私達神にとって非常に好ましく、そして恐ろしい程に厄介だ。ある意味最高の伴侶であり、天敵でもある。
だからこそ、私は興味が尽きないのよね。一体何をすればそれほどまでに『歪』になれる?貴女の身に一体何があったのよ?」
「えっと…いや、本当に何もないんだけど…そりゃ死にかけたことは何度もあるわよ?
フランの狂気を治す為に禁術に手を出したり、フランの狂気によって危うく殺されかけたり…って、おおい!?私フラン関係で
二回も死にかけてるじゃない!?なんというゴキブリ並みの生命力…我がことながら褒めてあげたい気分だわ」
「へえ、なかなかどうして面白い人生を歩んできたみたいじゃない。その話は後で詳しく聞かせて貰いたいわ」
「いいけど…あんまり面白い話じゃないわよ?しかも無駄に長いし…」
「いいのいいの。黄泉路への最期の手土産には丁度良いわ。長話の方が後で思いだして退屈しなさそうで良いしね」
「そう?それなら良いけど…いや、ちょっと待った」

 私の制止の声に、諏訪子は何か?と首を傾げる。あ、可愛い…じゃなくて!
 今、諏訪子の口から恐ろしく物騒な言葉が出たような気がするんだけど。黄泉路への最期の手土産…いやいやいやいやいやいやいや!
 私は恐怖のあまり思わず頭を抱えて全身ガード。そして諏訪子に必死に懇願。

「命だけは許して!私はまだ死にたくないの!私にはまだ結婚とケーキ屋さんという二大巨頭の夢があるの!」
「へ?…ああ、ごめんごめん、説明が悪かったわね。黄泉路へ行くのはレミリアじゃなくて私ね」
「…諏訪子が?え…諏訪子、死んじゃうの?」
「うん、死ぬよ。正確にいうと消える、かな?」

 そう笑って告げる諏訪子に、私は次にかける言葉が出てこなくて。
 えっと、死ぬって…死ぬことよね。諏訪子がもうすぐ死ぬって…え、何で?出会ったばかりでサヨナラbyebye元気でいてね?
 …幽霊なのは私の勘違いだった訳で。諏訪子、どう見ても元気よね。えっと、ジョーク?私そういうブラックな心臓に悪い
冗談はあんまり好きじゃないんだけど…一応、確認の意味を込めて訊ね返してみる。

「…冗談よね?諏訪子、死なないよね?」
「いや、死ぬよ?」
「…なんで?諏訪子はなんで死んでしまうん?」
「それが一番の方法だと神奈子と話し合って決めたからよ。私達の夢の為には、私が死ぬのが一番良いから」

 笑顔で語る諏訪子の言葉に、私は段々上手く声を発せなくなってくる。
 諏訪子の語る己の死、それが本当のことだとどうしようもなく実感し始めたから。諏訪子の目に一切の迷いが無い。自分の死に少しの疑問も抱いてない。
 …いや、駄目でしょ?諏訪子、死んじゃうなんて駄目でしょ?理由は全然知らないけど、諏訪子が…誰かが死んでいいなんてこと、絶対に無い。
 とにかく今の私は頭が混乱でいっぱいで。死ぬのを止めろと止めればいいの?何で死にたいなんて言うのと事情を聞けばいいの?何を優先すれば
この訳の分からない状況を抜け出せるのか…頭が思考でパンクしそうな状態の私に、諏訪子はまるでその反応を楽しみながら説明をする。

「私達がこの幻想郷に来た理由は神奈子にさっき聞いたよね?」
「うん…信仰集める為、だよね。そうしないと早苗の身体に良くないのよね」
「よくない…というか、早苗も死んじゃうんだけどね。まあ、そういうこと。
早苗が不幸にも先祖返りなんてモノを起こしちゃったせいで、あの娘は運命を縛られてしまったわ。
私達が消えるのは仕方のないことだとして…あの娘にまで私達の業を背負わせてしまうのはあんまりでしょう?
だから、私達はこの幻想郷へ転移する決断をしたわ。私と神奈子の持つ殆んどの力を消費して。
私達の転移は成功であり失敗だった。その理由は言わずとも分かると思うけれど」
「妖怪の山…よね。ここ、滅茶苦茶強い妖怪達の土地なんだよね」
「そういうことよ。連中は今すぐ出て行けと私達要求する。それは至極当たり前のことよ。
だけど、私達は『はい、分かりました』と頷けない。何故なら私達にはもう一度転移を行うだけの力が残っていないから。
私達に出来ることは、連中に粘り強く交渉する事だけ。ま、その苦労は神奈子が一身に受けてる訳だけど」

 そう言って微笑む諏訪子に、死の空気なんて微塵も感じなくて。
 疑問が未だ解消しない私に、諏訪子は再度説明を続けていく。

「結局、進展しないのよ。向こうもこちらも一切譲歩する気がないのだから。
話し合いで解決しないなら、あとは実力行使しかないでしょう?この山の連中に力づくでも私達の条件を呑ませないといけない」
「ま、まさか諏訪子、貴女は妖怪の山に喧嘩を…」
「…って、私は考えていたんだけどね。どうやらその方法は駄目みたいなのよね。
この幻想郷で私と神奈子が力を振るえば、それこそ世界の維持に問題が発生するレベルで余波が出ちゃう。
折角転移した地、それも幻想が生きる場所を壊してしまっては何の意味もないじゃない。
そして私達は土地は欲しいけれど、妖怪の山を統率したい訳じゃないわ。信者は欲しいけれど配下は要らないの。
そのことを向こうも知っているから、私達に対しても強気で交渉してくるのよ。ね、厄介でしょう?」
「そ、そうね…というか、諏訪子の口ぶりだと、神奈子と二人なら幻想郷を破壊出来るように聞こえるんだけど…」
「出来るよ?そんな無意味で面倒なことしないけど」
「で、出来るんだ…」

 いや、諏訪子マジぱない。何この娘格好良過ぎるでしょ。
 幻想郷破壊出来ますとか、そんなの紫でも言えないわよ。いや、言ったら問題発言なんだけど…しかし、諏訪子、貴女は神か何かなの?凄過ぎでしょ。
 とりあえず、諏訪子と神奈子は絶対に怒らせては駄目だと心に誓う私に、諏訪子は肩を竦めながら口を開く。

「土地は貰えない。力づくも出来ない。だったらもう、こっちが折れるしかないじゃない。
このまま居座ったままで信仰を集めても、信仰集めがままならないのは分かってる。何より早苗の身が危ないわ。
だから、私達は話し合って決めたのよ。幻想郷内でもう一度だけ、この神社を湖ごと転移させることを」
「でも、さっき諏訪子は転移出来るほどの力が残ってないって…」
「うん、ないよ。無いなら頑張って絞り出すしかないじゃない?
腐っても土着神の頂点、消滅覚悟ならそれくらいは簡単なことよ」
「つ、つまり諏訪子は…」
「ええ――私の命と引き換えに、空間転移を行うわ。全てを神奈子に託して、私は消えるの」

 そう言い放つ諏訪子は、どこまでも荘厳さに満ちていて。
 さきほどまでと同じ笑いながら告げている。けれど、それはどこまでも神聖で。私如きが触れてはならない領域に思えて。
 それはきっと覚悟。それはきっと決意。会って間もない私でも、それは痛い程に強く感じられて。
 きっと、私なんかの言葉じゃ諏訪子は止まらない。『死んじゃ駄目だ』『命を大事にして』『死んでほしくない』
…そんな言葉じゃ、諏訪子は絶対に足を止めたりしない。だけど、それでも私は止めたかった。
 誰かが誰かの為に死ぬなんて、間違いだと教えられたから。それが誰かを幸せにするだなんて、嘘っぱちだと知っているから。
 自分を犠牲にして、悲しむ人がいることを、私は身を持って体験したから――だから私はそれでも口にする。無駄だと分かっていても、それでも。

「諏訪子…死んじゃ駄目よ。諏訪子が死ぬと、神奈子も早苗も悲しむじゃない…そんなの、絶対、駄目」
「神奈子とは話し合って決めたことさ。そして早苗は悲しまないよ」
「どうして!?貴女は早苗の――」

『早苗には私の姿が見えないし、私の声は聞こえない。
例え早苗にどれだけの力があろうと、それだけは変わらないし変えられない。早苗が私の存在を知ることは未来永劫有り得ない』

 それは、諏訪子の早苗に対して言い放った言葉。
 まるで日常の挨拶を交わすかのように、当然のように言った諏訪子の言葉…それが私の頭に甦る。
 その言葉に、今更ながら私は疑問を感じる。何故、早苗に諏訪子の姿は見えないの。生みの親である諏訪子の姿や声を、どうして娘である早苗は感じ取れない。
 否、それだけじゃない。早苗は諏訪子の存在すら認識していない。早苗の口から私は諏訪子のことを聞いたことがない。先ほどの会話中でも
早苗は神社には神奈子と自分の二人だけだと言った。それは何故――そんな疑問に、諏訪子は微笑みながら口を開く。

「けじめだよ。遠い遠い遥か昔、より強大な力に膝をついた無様な存在が自分に科した最後のけじめ。
…あの娘は、そういう存在なのよ。差し出さなければ、自分自身を許せなかったから。譲れなかった誇りのなれの果て、それがあの娘」
「…全然、意味が分からないわよ諏訪子」
「分からなくていいの。あの娘に私は必要ない。そもそも私にそんな資格なんてないしね。
あの娘は私なんかの為に悲しむ必要も苦しむ必要もない。あの娘には…早苗には神奈子が傍に居ればそれで十分なのよ」

 そう言った諏訪子の顔は、今までの笑顔とは違い、どこまでも儚く見えて。
 違うと反論したかった。そんな訳無いと言いたかった。でも、諏訪子と早苗の事情は私が簡単に踏み込んで良い話だとは思えずに。
 触れて良いのか駄目なのか…その迷いが、私の行動を遅らせてしまった。
 諏訪子は先ほどまでの笑顔に戻り、楽しげに笑いを『作り』ながら私に話しかけるのだ。

「さあさあ、つまらない話はこれで終わり!
それよりもレミリア、お前の話を聞かせてよ。お前がこれまでの生でどんな経験をし、どんなことを為し、どんなものを得たのかを教えて頂戴。
それはとてもとても興味深く、心躍る物語であると私は確信しているからね」

 心に生まれた靄を振り払えぬまま、私は諏訪子に話を始める。
 良かったのかな。本当に、諏訪子の選択は正解なのかな。
 諏訪子が死んで、早苗は何も知らずに…それで、本当にみんなが幸せになれるのかな。そんなの、そんなものは…






















 ~side フランドール~



「――そんなものが、本当の幸せだと言える訳がないでしょう。実に愚かね、八坂神奈子」

 神奈子の話を聞き終え、私が口にした第一声がそれだった。
 鼻で笑う私の反応を予想していたのか、神奈子は酒を口に運び笑みを零す。

「お前ならそういうだろうと思っていたよ、フランドール」
「神なら何でも知っているとでも?人の心を読み通すのは不作法者のすることよ」
「そうじゃないさ。ただ、お前なら私の話を聞いて憤るだろうと思っていただけだ。
何せフランドール、お前はどうしようもなく心が優し過ぎる」
「…呆れた。私を『優しい』だなんて言う馬鹿は初めて見たわ。優しいのはお姉様、私は家族以外の連中なんてどうでもいい」
「どうでも良いと思っているなら、先程の台詞は出てこないよ。
お前は私達の選択に苛立ち、不快に感じているからこそ怒ってくれたんだろう?」
「――ふん、下らない」

 言葉に言葉を重ねてくる神奈子を一瞥し、私は用意された酒を喉に通す。
 別に私が神奈子に『そう』言ったのは、別に優しさでも何でもない。ただ、その在り方がムカついたから。
 神奈子の奴も、もう一人の神も、私は心からイラつかずにはいられない。
 だって、連中は諦めてるから。勝手に諦めて、勝手に選択して、その選択が最上だと勝手に思い込んで。
 ああ、心の底からイラつくじゃない。だってその姿は――どこまでも少し前の私そのものなんだもの。
 私は酒枡を置き、神奈子を睨みながら、言葉を紡ぐ。こんなことまで言うつもりはなかったのだけど…お姉様のお節介が伝染したのかもね。

「所詮は他人事だもの、お前達がそれで良いと言うならそうすればいいさ。
けどね、神奈子。格好良く諦めること、利口を着飾ることは可能性を殺すわよ?
少なくとも私はそう教えられ、救われた。どんなに格好悪くても、どんなに無様でも未来を信じること…望むことが大切なんだって、私は知ったよ。
お前達がどれだけ凄い存在でどれだけ偉い存在かなんて知らないわ。だけど、手を伸ばすことを諦めたらそこで何もかも終わってしまうわよ」
「フランドール、お前…」
「…貴女に少しでも不格好さを許容する懐があるのなら、もう一度計画を再考する事をお勧めするわ。
雲の上で俯瞰するしか出来ない貴女達には考えにくいかもしれないけどね…泣かせていい娘じゃないでしょ、早苗は」
「…そうだな。私達の勝手な考えで、早苗の心を決めつけていい筈が無い。
まだ時間には幾分かの猶予がある。もう少し良い方法がないか考えてみるのも悪くはないか」
「まあ…お姉様はどうしようもなくお人好しだからね。お姉様に事情を説明すれば、力なんて幾らでも貸してくれるわよ。
私もお姉様がそう決めたのなら、お姉様の力になるだけだしね」
「そうかいそうかい、フランドールも私達に力を貸してくれるのか。これは有難いね」
「あくまでお姉様がそう望むならよ!お姉様がそうしたいって言うなら、私は仕方なく力を貸すだけ…それだけよ!」

 そう言い放つ私に、楽しげに笑う神奈子。ああくそ、私らしくもないし、調子も上がらないわね。
 紫や幽々子のように腹の奥底で会話をし合うような連中とは相性が良いけど、どうも萃香や神奈子みたいな連中には
自分のペースが崩されてしまう。本当に厄介なことこの上ないわ。
 …まあ、私が変わったというのもあるんでしょうけどね。本当、昔の私ならこんなことに口出ししたりしなかったのに。
 それもこれも全部お姉様のせいだ。お姉様がどうしようもなく優しいから…だから、私も目指したくなる。
 あんな風に、力が無くても誰かの心を、在り方を救える姿に。誰かの為にどこまでも頑張れるお姉様の背中に、私は――まあ、今はお姉様が
無茶しないようにその背中を支えることだけでいっぱいいっぱいなんだけど。本当、お姉様は一度転がり出したら何処に行くか分かんないんだもん。
 そんなことを考えながら、肩を竦める私に、神奈子は穏やかな瞳を向けながら口を開く。

「ねえ、フランドール。酒の肴代わりだ、私に話をしてくれないか?」
「話?別段面白い話なんて私は持ち合わせていなけれど。何の話が良いのよ」
「お前さんの歩いてきた道が知りたい。
フランドール・スカーレットが今この時までどのような過去を紡いできたのか…それが純粋に知りたいんだ。
どのような世界にお前が生まれ、何を感じ、何を護り、何を一として世界と向き合っていたのか…それを私に教えて欲しい」
「はあ…お前もよくよく物好きね、神奈子。
私の生涯なんて、所詮血生臭さに彩られた妖怪話に過ぎないというのに」
「だが、その殺生の果てに妖怪は手に入れているじゃないか。何物にも負けない、幸せという名の宝玉を」
「…後でつまらないなんて愚痴を零してみなさい、本気で殺すからね」

 そう言葉を一度切り、私は神奈子に話を始める。
 それは何処までも泣き虫で臆病な吸血鬼の物語。そして、そんな妹を何処までも優しく守り抜いてくれた世界で一番素敵な吸血鬼の英雄譚――






















 ~side 神奈子~



「実に楽しい時間だったよ。またお前達が遊びに来てくれるのを楽しみにしているよ」

 翌日。私と早苗はレミリア達を送り出す為に最後の挨拶を交わしていた。
 そんな私の言葉に、フランドールは『お姉様が一緒ならね』と天の邪鬼に笑って返して。
 そして、レミリアは…昨日から変わらず『この』表情か。全く…フランドールの言うように、レミリアは優し過ぎるね。
 諏訪子の話だと、諏訪子がもうすぐ消えるかもしれないという話を聞いてから、ずっとこの状態か。昨日出会ったばかりの
私達にこんなにも心配してくれるのか。本当、諏訪子の言う通り、これが妖怪だなんて信じ難いねえ。
 私はそっとレミリアの頭を撫でながら、言葉を紡ぐ。少しでもこの娘の不安を取り除くことが出来るように。

「神奈子…その、ね…やっぱり私…」
「安心しなよ、レミリア。お前の心配は当分…」
『――神奈子、外にお客さんだよ』

 レミリアに言葉を告げようとした刹那、私の脳に諏訪子から連絡が入る。
 何時もとは違う諏訪子の空気に、私は少しばかり目を細める。面倒事か…この別れの刹那に邪魔してくれる。
 私は軽く息をつき、二人に言葉をかける。

「出発は少しばかり先送りしてくれないか?どうやら外に私への客が来てるらしい」
「客…ねえ。それにしては獣臭い殺気が感じ取れるけれど?」
「そのようだねえ。全く…面倒事は交渉事だけにしてほしいもんだがね」

 どうやらフランドールは外の気配に気付いているらしく、笑って私に告げる。
 ま、所詮私に向けられた感情だ。この娘達には関係ない。私は早苗に二人をもう少しだけ
世話するように告げ、神社の境内の方へと足を運ぶ。
 …さて。進まぬ交渉に苛立ち、力づくでの退去を行使しに来たか。気配からして四匹か。随分と舐められたもんだ。
 この程度なら諏訪子の力を借りるまでもない。私は面倒さを感じつつも、連中の前に姿を現す。
 …へえ、兵隊だけじゃなくて大天狗まで出てきたか。私は愉悦を零しながら、大天狗に向けて口を開く。

「交渉の続きにしては随分と気分の悪い気配を醸し出してくれるじゃないか。まさかとは思うが、私相手に喧嘩を売りに来たのか?」
「それこそ真逆よ。力を失いつつあるとはいえ、我らが束になったところで、軍神に敵う筈もあるまいて」
「心にもないことを言う。それで、用件は何だ?交渉の続きなら後にして貰いたい。
今は大切な客人を見送りしている最中でね。非常に気分が良いところに水を注されたんだ、気分を害された私のことを慮って貰いたいものだが」
「何、我々は提案に来たのだよ。その内容を聞けば、軍神殿はさぞやお喜びになるような…そのような提案だ」
「へえ…聞こうじゃないか。お前達は私に何を差し出す?その見返りは何だ?」
「差し出すは軍神殿が求めてやまない妖怪の山の土地。
願いさえ聞き届けて貰えれば、お主が占領しているこの一帯の土地を全てを譲渡しよう」

 大天狗の言葉に、私は表情に出さずも心で思考する。
 あれほど拒んでいた土地を、大天狗は借用どころか譲渡と言った。これほどまでの好条件を提示してきたのは何故だ。
 今まで少しも譲ろうとはしなかったのが、まるで人が変わったようにこちらへの好条件を持ってきている。
 それはすなわち、こちらに対する要求が強大であるということに他ならない。一体連中は何を要求する。
 力か、名声か、従属か。次の一手を思考しながら、私は視線を大天狗に『要求は何だ』と訊ねる。
 そして、その視線を受けて、大天狗から紡がれた要求――それをポーカーフェイスで受け入れることは、私には出来なかった。







「その見返りとして我々が要求するのは――レミリア・スカーレット。
今この地に滞在しているスカーレット・デビルを我々に差し出して貰いたい。それが我々の要求だ」







 何故なら、妖怪達が要求してきたのは、この件には何の関係もない筈のお姫様だったのだから。










 



[13774] 嘘つき風神録 その八
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2012/01/08 17:04
 





 ~side 神奈子~



「ふむ…お前達の言ってる言葉の意味がよく分からんな。
私は前回までの交渉の継続を行うつもりでいたのだが、そこに無関係の妖怪の名が出てくるとはどういうことだい?」

 大天狗から交換条件としてレミリアを提示するように言われ、私は軽くとぼけて連中に返答をする。
 そんな私に、大天狗は歳月の穢れを感じさせる下種びた笑みを零して言葉を再度紡いだ。

「呆けても意味はなかろうて。この神社にスカーレットの姫君達が訪れていることは昨日より確認している。
おっと、まさかとは思うがどのようになどと問い直すことはしまい?我らが目の力、軍神殿ならご存知かと思うが」
「…千里眼か。人様の家まで目を張り巡らせるとは、実に不快だね。覗きに何の抵抗もないとは実に天狗らしいじゃないか」
「何、我々もこの許された最後の世界で生き残る為に必死なのだよ。これくらいは容赦願いたい。
それに先程は言葉が悪かったな。少し訂正させて頂こう」

 そう一度言葉を切って、大天狗は大袈裟に両手を掲げて私に言い直す。
 ――覗き聞いてるのか、二人は。まあ、それも当然か。このような異様な空気のお客様だ、気にならない方がおかしいか。
 建物の蔭から私達の話に耳を傾けているお姫様達に苦笑しながら、私は静かに大天狗の言葉を待つ。

「我々は純粋にレミリア・スカーレットと会談の場を持ちたいのだ。
現在、この幻想郷において最強の一人と謳われる吸血姫との話し合いの場を我々妖怪の山は求めている。
そうさな…だからこそ、差し出せと言うのは実に言葉が悪い。我々は軍神殿に我々とレミリアとを結び付けてもらいたいのだよ」
「それだけを聞けば笑いが出る程に私達に好都合な提案だな。
私はレミリアをお前達に紹介するだけで欲してやまない妖怪の山の土地が貰える。正直気色悪さすら感じる程に楽な条件だ」
「厳しい条件を嘆くならまだしも、楽な条件に愚痴を零す意味もあるまいよ」
「何故私を頼る?レミリアに会って話がしたいなら、直接紅魔館に向かえばいい。
下らぬ偽心を抱かぬ限り、紅魔館の連中はレミリアに会わせてくれると思うがね。誠意を示したいなら、お前達が直接レミリアの下へ行け」
「ふむ…然り。だが、そればかりは出来ぬのだ。
何故なら、レミリア・スカーレットとの会談を要求しているのは他ならぬ我らが長なのだから。
山の全てを支配する者が山を易々と降りることなど出来はしない。だからこそ、我々はレミリア・スカーレットにご足労願うしかないのだ」
「…天魔が直々に、か。ククッ、我らが愛しき友人はよくよく人気者じゃないか。
そちらの都合で向かえないと言うのならばその理由をレミリアに言え。機会なら幾らでもあっただろう?」
「その機会を隙間の女狐に悉く潰されたのよ。おっと、あ奴が退いた今も管理人には女狐が居座っていたか」
「つまらん冗談に笑って欲しいなら、巣に帰ってお仲間に言ってな」
「それに、我々が求めるのはあくまでレミリア・スカーレット一人だけ。もう一人の姫君や配下の連中は不要なのだ。
我らはレミリア・スカーレットとの会談を求めるが、その為に姫君の配下達まで山に入れる訳にはいかんのでな」
「何故だ?レミリアの家族くらい同行を許容してやればいい。実に小さいね、お前達の器が知れるぞ?」
「姫君の配下はその全てが一騎当千、誰も彼も化物よ。そんな連中に変な気を起こされては困るのだよ」
「心配せずとも、レミリアの手を借りてお前達を押し潰そうとは思わんよ」

 そう返しながら、私は表情に出さないように考える。
 …こいつらが本当のことを言っていないのは考えるまでもない。ただ、虚言の境界を見極めるのが面倒だ。
 妖怪の山の連中がレミリアを欲してるのは真実だ。だが、奴らが会合だけで終わるなどとは微塵も感じられない。
 会談の場を持ちたいのならば、私が先ほど言ったように直接紅魔館に出向き、その理由を言えば良い。フランドールの話を聞けば、
以前までの紅魔館はレミリアを護る為に強者達と関係を結ぶ方向で計画を進めていたという。それなら両者にとって益となるだろう。
 だが、連中はそれをしなかった。否、行おうとはしたが、その機会の全てを八雲紫に潰されたと言った。これが真実であるならば、
レミリアと妖怪の山の連中をつなげることは、八雲紫にとって都合が悪いことを示している。
 では、八雲紫にとって都合が悪いこととは何だ。あれは難しいようで実に理に適った妖怪だ。無意味なことなどすまい。
 管理人としてならば、幻想郷の平穏に異常をきたす意味で拙い。レミリアの友人としてならば、レミリアに害を為すという意味で拙い。
 …成程、ここまで出揃えば簡単に答えは浮かびあがる。八雲紫が連中とレミリアとの接触を妨害したのは、妖怪の山の連中が
レミリアを利用しようと考え、その行動が幻想郷の平和を乱す恐れがあるからだ。

 では、どうしてここにきて私に対してレミリアの引き渡しを要求してきたのか。
 それこそ単純。私達という『弱者』の楔が、レミリアの全てを縛ると連中は読んでいる為だ。
 恐らく連中はレミリアのことをよく調べている。あの娘の情に厚く他者の為に動く性格を知っている。だからこそ、私達を利用した。
 この妖怪の山の土地がなければ、私達が幻想郷で生きることが難しいことなど連中は理解している。その事情をレミリアが知れば、
果たして他人事でいられるか…そこまで読んだ上での交渉だろう。成程、必死だね。そこまで身を落としてレミリアを欲するか。
 私は笑みを零し、連中へ視線を向ける。ああ、お前達の手練手管、実に賞賛に値する。この私相手によくもまあ、そこまで悪智慧を働かせたものだ。

「さて、どうかな軍神殿。か弱き我らの切実なる願い、聞き届けて貰えないだろうか」
「弱者の願いに耳を傾けるのも神の役目。仕事に励むのも悪くはないが、その前に別のお勤めが先に必要だろう?」
「その仕事とは――ッ」
「――鴉が。鳥獣如きが私を愚弄したな?この八坂刀売神に対し、我が身可愛さ故に友を売れ、貴様はそう言うのだな?」

 瞬きさせる間も与えない。私は轟雷を繰り出し、容赦することもなく連中へと閃光を奔らせる。
 大天狗はギリギリのところで避けたが、兵隊連中はそうもいかない。私の放った稲光で、奴の引き連れていた他の天狗は
一匹残らず地に倒れ伏すことになる。私の行動に、大天狗は探るように私に言葉を紡ぐ。

「どうやら軍神殿の癇に障ったようだ。我らとしてはそのようなつもりは毛頭なかったのだが」
「最初からそのつもりなら、全員あの世に送っていたよ。その命あることに感謝するがいいさ。
――交渉は決裂だ。貴様も我が物顔で空を駆けまわれる翼を焼かれたくはないだろう?分かったら後ろの連中をつれて巣に戻ることだね」
「ふむ、考え直しては貰えないか?」
「再考の余地もないね。この問題は我々とお前達の問題、レミリアには何の関係もないことだ。
帰って天魔に伝えておけ。次に下らぬ手を打つならば、容赦はしないとな」
「例えそれが軍神殿の消滅につながっても、か?」

 そう訊ねかける大天狗を私は鼻で笑う。どうやらこいつらは己の欲望だけに生き過ぎて頭が腐ってしまっているらしい。
 自身の消滅など恐れるものか。そんな下らぬことの為にレミリアを売るなど考えられない。それは間違いなく諏訪子も同じ考えの筈だ。
 このような下らぬことにあの娘を巻き込むくらいなら、喜んで消えてやるさ。言ってしまえば、最悪私達が消えても、早苗さえいれば希望は残る。
 そのような考えをしている自分に、私は軽く自嘲する。悪いね、フランドール。どうやら私はどこまでも古く錆びついているらしい。
 悪足掻きをするには、歳を重ね過ぎた。利巧を捨て去るには、誇りを持ち過ぎた。私達には、お前さん達のような勇気ある生き方は出来ないらしい。
 ――必死にもがいて生きるより、友の為に死ねるならこれほどの去り際はないだろうなどと下らぬ考えをしてしまう私達のような馬鹿者には、ね。




















 ~side フランドール~



「――駄目だよ、お姉様。それ以上、動かないで」

 神奈子達のところへ飛び出そうと足を一歩動かしたお姉様に、私はそう言葉を放った。
 私の制止の声に、お姉様はぎこちない動きで私の方を振り返る。そのお姉様の表情は後から遅れて色がついて。
 …無意識、か。私の声を聞いて、初めて自分の足が進んでいるのに気付いたのね。そして、お姉様の表情に浮かぶのは一つの意志。
 私は顔に出さずに心の中で大きく息をつく。お姉様のこの表情は好きだ。お姉様の強さ、優しさ全てを込めた世界で一番格好良い姿だから。
 だけど、今はそんなお姉様の表情は見たくなかった。何故なら、お姉様の取ろうとしている行動は、お姉様の身に危険が伴う行動なのだから。
 今ならまだ軌道修正できるかもしれない。私はそう思考し、お姉様に口を開く。神奈子達には悪いけれど、私が最も優先すべきはお姉様なのだから。

「お姉様は今自分が何をしようとしているのか理解してる?
神奈子と天狗のところに行って、お姉様は一体何をしようとしたの?」
「…私があの人達のところに行けば、助かるかもしれない。みんなみんな、助かるかもしれないのよ、フラン」
「そうだね、助かるかもしれないね。
神奈子達は妖怪の山の土地を手に入れることが出来るから、消える必要もなくなるね」
「だったら…」
「だけど、そこにはお姉様の身の安全の保証が無い。お姉様が危険な目に遭うかもしれない。
その可能性が一毛でもある限り、私はお姉様を止めるよ。例え神奈子達が消えるとしても、お姉様を失うことには代えられない」

 私の言葉に納得出来ないのか、お姉様は『でも』と何とか反論の糸口を見つけようと必死に思考してる。
 その姿から、お姉様がどれだけ神奈子達を助ける為に必死になっているかなんて誰が見ても分かる。分かるからこそ、私は止める。
 お姉様の持つ優しさ、必死さはブレーキが完全に壊れてしまっているから。だから、お姉様を護るのは私達家族の役目。
 その為に、私はお姉様が反論出来ないように卑怯な言葉を並べ立てる。

「『誰かの犠牲の上に幸せなんて成り立たない』。それを私に教えてくれたのはお姉様でしょ?
ここでお姉様が自分を差し出して、本当に神奈子達は幸せになれると?神奈子達はそれで納得すると思うの?
自分達の保身の為に、お姉様を犠牲にして、妖怪の山で土地を手に入れて。それを神奈子達が望むとお姉様は本気で思ってるの?」
「…思わないよ。全然思わない、けど…」
「率直に言うわ。お姉様のそれは、ただの自己満足よ。
お姉様の優しさ、神奈子達を想う心はとても尊いものだと思うし、私達はその心に救われた。だからこそ、そのお姉様の心は護りたいと思う。
でも、今の状況でそのお姉様の優しさは人を傷つける。その行動は、神奈子達の在り方を踏み躙る行為に等しいのよ」

 お姉様の行動に、きっと神奈子達は心から憤怒するだろう。あれらは私なんかとは比べ物にならない程に強者として過去を生き続けてきた。
 彼女達のこれまで歩いてきた足跡が、きっとお姉様の行動を許さない。友だとか、絆だとか、そういう次元じゃないんだ。
 誰だって死にたくない。誰だって消えたくない。だけど、それよりも大切なものだって在る。
 例え優しさとはいえ、他者を犠牲にした上の平穏など、神奈子のような存在は最も忌み嫌うことだから。
 …私がお姉様を犠牲にして幸せになんてなりたくなかったように、神奈子達もまた同じ…否、それ以上だと思う。
 私だって神奈子達に消えて欲しくなんてない。だけど、それをお姉様と秤にかけることなんで出来はしない。そんなこと、神奈子達だって望まない。
 私の話に、お姉様は下を向いて口を噤む。そして、私への援護は早苗からも送られてくる。

「…私もフランドールさんと同意見です」
「早苗…」
「天狗の方々の詳しい事情は分かりませんが…天狗の方々にレミリアさんを差し出して土地を貰うなんて、絶対に違うと思います。
レミリアさんは私にとって大切な友人であり、神奈子様の友人でもあります。友達を裏切ってまで、私達は居座ろうとは思いません」
「でも、でも…」
「大丈夫ですよ!何と言っても、私の神様は神奈子様なんです!
あんな要求受け入れなくても、きっと神奈子様なら何か良い良案を教えて下さいます!だからレミリアさんは自分を犠牲になんてする必要無いんです」

 明るく笑って言う早苗。神奈子の良案か…力が残っていれば、それも出来たでしょうに。
 昨日の話しぶりからして、神奈子の次案など存在しない。もう一柱を切ることでしか、神奈子達は存続出来ない程に追い詰められてる。
 神一人消滅覚悟の大転移。恐らく、通常転移のような力の量にモノを言わせるだけでは為し得ないんでしょうね。だからこそ、神奈子は
私に助力を求めない。信仰や歴史が関係しているのかは分からないけれど、この神社と湖は第三者の力技の転移じゃ動かせないんでしょう。
 …多分、お姉様はそのことを薄々勘付いているんだと思う。知識や経験ではなく、直感で『ここで下がれば全てが終わる』と。
 私と早苗の言葉を受け、お姉様は口を開けない。その姿に罪悪感が生まれるものの、その感情を何とか押し殺す。
 とにかく、今の私が為すべきことはお姉様を紅魔館に連れて帰ること。その為にお姉様の意志を折ること…その筈だったのに。

「…ごめんね、フラン。やっぱり私、駄目みたい」
「お姉様…」

 気付けば、お姉様は顔をあげて。どうしようもなく綺麗に微笑んでいて。
 お姉様は小さく首を横に振り、私達に言葉を紡ぐ。それは、かつて私が幾度となく恋焦がれたお姉様の姿。

「私の行動が駄目だってことは分かってる。この行動が誰の為にもならないって分かってる。
こんなことして神奈子達が喜ぶなんて思わないし、むしろ物凄く怒られるんだろうなってことも分かってる。
…だけど、やっぱり嫌。何もしないまま納得なんて出来ない。友達とこれからを一緒に歩く為の道があるなら、私はそれを選びたい」
「…お姉様のその行為は、神奈子達のことを何も考えていない行為だよ。それでもお姉様はその道を選ぶの?」
「本当は私だってそんなの選びたくないわよ…神奈子は優しいけど本気で怒ると怖そうだし、私は怖い目になんてあいたくないし…
私は元来臆病者で泣き虫だもん。可能なら、今すぐ紅魔館に帰って布団に潜り込んで後のこと全部フランに押しつけてしまいたいわよ。
でもね、そんなことしちゃうと私は絶対に『後悔』しちゃうから。後で絶対今の自分を嫌いになっちゃうと思うから、だから選ぶの」
「自分勝手だね。そして我儘」
「それは仕方ない。だって私は巷で噂の悪名高いスカーレット・デビル。世界で一番自分勝手で我儘放題な吸血鬼なんだもん」

 そう言って微笑むお姉様に迷いはなくて。
 そんなお姉様を私は見つめ続け――そして、笑った。どうしようもなく、おかしかったから。耐えられなかったから。
 お腹を抱えて笑う私に呆然とするお姉様と早苗。そして、『何で笑うの!』と怒るお姉様。
 だって仕方ないわ。何故なら、お姉様の在り方が本当にどこまでもお姉様らしくて――本当に、どうしようもなく格好良かったから。

 嗚呼、そうよ。それでこそお姉様よ。
 神奈子の誇り?私の計算?そんなものは実に瑣末なこと。そのようなものは幾らでも蹴り捨ててしまえばいい。
 お姉様はどこまでもお姉様らしく在れば良い。お姉様が望むままに、自分勝手に、己の望む道を歩けば良い。
 何処までも傲慢に、何処までも己の為に。神奈子達を助けたいのなら、そうすればいい。それが神奈子達の望まぬ道でも気にする事は無い。
 何故なら、お姉様の歩む道は必ず人を笑顔にする道だから。例えどれだけ他人を振り回しても、お姉様は救うと決めた相手を必ず救う人だから。
 そう、お姉様の行動理由など『したいから』だけで構わないんだ。その望みをただ自分勝手に私達に伝えてくれればいい。
 お姉様がそう『覚悟』を決めたのなら。お姉様がそう『意志』を定めたのなら。それはすなわち、私達紅魔館の歩く道。
 私達がすべきはお姉様の道を邪魔する事なんかじゃない。私達はお姉様の道をこの手で切り開けばいい。
 危険を排することも、下らぬ権謀を打破することも、全ては私達の役割。それがお姉様の為に生きるということなのだから。
 ――道は決まった。お姉様の心は定まった。ならば、私達はその通りに動くだけ。お姉様の望む未来を勝ちとる為に、ね。
 私は笑みを零しながら、お姉様に話しかける。ああ、本当に心躍る。

「お姉様の意志は理解したわ。お姉様が確固としてそう決めたのなら、私が口を挟むこともない。私はお姉様の望むままに動くだけよ」
「そう…ごめんね、フラン。こんな我儘勝手で貴女をいつも振り回して」
「いいよ別に。お姉様の望む道を支えることが私達の望みだもの。
お姉様は何も心配せずに自分のやりたいように行動して。後の仕上げと押し込みは私達の方でやっておくから」
「?えっと、よく分からないけど、フランに任せる」

 そう告げ、お姉様は神奈子達の方へと歩いていく。…脚が震えてるのは見ないふりをしよう、うん。
 私は軽く息をつき、困った風に早苗に向けて笑いかける。どうやら早苗も気持ちは私と似たようなものらしい。

「困ったお姉様でしょ?人に無理はするな、危険な目にあいそうになったら逃げろ…なんて言っておきながら、自分はコレだもん」
「ええ、本当に。だけど…みんながレミリアさんに惹かれる理由、改めて分かったような気がします」
「この世に二人といないわよ?あんな風に、他人の為にどこまでも優しくなれる妖怪は」
「ふふっ、自慢のお姉さんなんですね」
「当たり前でしょう?お姉様はこの世界で一番素敵な人――私の誇りであり私の全てよ」

 そう告げ、私もまたお姉様を追うように神奈子達の下へ足を進める。
 そして、神奈子達のところへ辿り着くと…神奈子が本気でお姉様に怒っていた。お姉様、既に涙目で困り果てている。
 …まあ、そうなるわよね。どんなに自分をつき通そうとしても、お姉様はやっぱりお姉様で。怒り狂った神奈子は流石に怖いでしょうね。
 私は息をつき、神奈子に言葉を投げかける。無論、お姉様の求める道を切り開く為に。

「そこまでよ、神奈子。それ以上お姉様を責めるのを止めて貰えるかしら」
「――フランドール。お前、これはどういうことだ」
「どうもこうもないわ。お姉様は自分の意志で連中との会談に応じるとの決断を下したのよ。だから姿を現した、ただそれだけのことよ?」

 私の言葉に神奈子の怒りの色が更に濃厚に染まり上がる。下手をすれば怒りだけで人が殺せそうね。
 それも仕方のないこと。お姉様の行動は、神奈子達のような存在にしてみれば唯の侮辱でしかない。誰が友を犠牲にしてまで
自分の保身を願ったと思っているんでしょう。神奈子の気持ちは分からないでもない。むしろ痛い程に分かる。
 だけど、それがどうしようもない程の勘違いであるということを私は神奈子に教えてあげないといけない。
 私は表情を変え、神奈子に口を開く。そう、神奈子。貴女達は少しばかり勘違いをしているのよ。

「――神奈子、お前の意志などどうでもいいわ。
お姉様の行動がお前にとって侮辱や誇りを汚していると感じるなら、それはそれで構わないのよ。何せ、お前のことなどお姉様には何も関係ないのだから」
「…なんだと?」
「紅魔館の主であり、我らが長であるレミリア・スカーレットが下した結論よ?
それは主が意志であり、主が望み。言うなればそれはお姉様の欲望よ。お前やお前の事情など鑑みないわ。お姉様は自分がしたいから、そうするだけ。
増長も傲慢も大概にしなさいよ、神奈子。お前の都合や誇りなど知ったことか。お姉様は自分の道を往く為に行動しているだけ。
その過程でどのような結果が付き纏おうと関係ないのよ。お姉様の望む道をどうしてお前如きが邪魔出来る?
お姉様の行動がお前にとって本当に拙いものであるのなら、お姉様を殺すつもりで止めなさい。尤も――お姉様の道は私が護るけれど」

 怒りを示す神奈子に、私はそう言葉を突き付ける。これは全て私の本心だ。
 結局、お姉様を止める権利など神奈子に在りはしない。お姉様は確かに神奈子達の為に行動しているが、最終的に
その行動は自分の為なのだから。妖怪が自分の欲望の為に動く行為を邪魔だと思うなら、神奈子は武力を持って止めるしかない。
 これは間違いなく神奈子達の誇りや在り方を踏み躙る行為だ。だけど、私はそれを承知の上で実行する。
 神奈子達に怒られても、嫌われても、それでも救いたいとお姉様は言った。ならば私はお姉様の望みの為に行動するだけだ。
 そんなお姉様の願いを邪魔すると言うのなら、例え神奈子相手でも許さない――そう強い意志を込めて私は神奈子を睨んだ。
 私の視線を正面から受け、やがて神奈子は沈黙を捨て、大きな溜息をついた。

「…阿呆が。レミリア、お前は何処までも愚かだ。つくづく救いようのない愚か者だ。
長い年月を生きてきたが、これほどの大馬鹿者を私は見たことがない」
「ごめん、ごめんね神奈子…神奈子の気持ち、裏切っちゃって本当にごめん…」
「謝ってくれるな。我らが在り方を否定しても、それでも自分の道を往くと決めたんだろう。
…本来なら、謝るべきは私達の方だと言うに。フランドール、お前にも嫌な役目を押しつけたね。時を重ねると、自分の意見すら碌に曲げられない」
「…別に。さっきも言った通り、私はお姉様の望みを叶えたいだけ。そこにお前達のことなんて何の関係もないわ」

 私は神奈子との会話を終え、視線を天狗の方へと向ける。
 …フン、にやけ顔が気に入らないわね。予想外に自分達にとって都合の良い話になって気分が良いのは分かるけれど。
 そんな天狗に、お姉様は気持ちを切り替え言葉を紡ぐ。

「事情は聞いていたわね?私、レミリア・スカーレットは貴女達の会談に応じることにしたわ。丁重に持て成しなさい」
「無論。何せ姫君はこの幻想郷において誰よりも重要な役割を持つお方、粗相の無いよう誠心誠意を尽くすことを約束しよう。
それでは姫君、ついて来て貰えるかね?我らが長も姫君の到着を今か今かと心待ちにしておられる故」
「待ちなさい。その前に差し出すべきものを差し出しなさい。そういう約束でしょう」

 お姉様の言葉に、天狗は了承したとばかりに神奈子に竹筒のようなものを投げる。
 神奈子がそれを受け取ったのを確認し、天狗は神奈子ではなくお姉様に向けて説明を始める。まるで神奈子には最早興味はないかのように。

「土地の所有を認める件を書に認めてある。我らが長の書名も入っている。
それが在る限り我らは土地の所有を認めよう。これで満足かな?」
「…ええ、十分よ。貴女達の長のところへ案内しなさい」
「承知」
「――待ちなさい」

 そう告げ、天狗はお姉様と共にこの神社から飛び去ろうとするが、私はそれを制止する。
 まだ何かあるのかと面倒そうに振り返る天狗に、私はとびっきりの笑顔をぶつけてあげる。
 ――私の気配の変貌に築いたのか、天狗は表情を強張らせる。ああ、少しばかり怖がらせ過ぎたかしら。
 だけど、こんなモノでは済まさないわよ。もしもお前達がお姉様を裏切ったり、少しでも傷つけたりしたのなら、この程度で許せる訳が無い。

「――三時間。それだけの猶予を与えてあげるわ。
これより三時間で会談を早急に終わらせ、お姉様を無事この神社に送り届けなさい。反論は認めない、許さない」
「何を…」
「いい、約束よ?もしこの約束が一秒でも反故にされたとき、およびお姉様に傷一つでもあったとき。
――そのときは、私達『紅魔館』に対する宣戦布告とみなし、お前達山の連中を一人残らず殺し尽してあげる。そのことを一字一句漏らさず天魔に伝えなさい」

 いいわね?そう告げて哂う私はどこまでも妖怪で。同じ姉妹でありながら、お姉様には絶対に出来ないであろう顔で。
 パチュリーの道具で妖気は隠していても、殺気だけは抑えられない。長年生きている天狗ならば、私の本気は簡単に伝わるだろう。
 さて、楔は打った。お姉様の意志を守り通すだけの下準備も事前に行っている。お姉様の命を守る為の策も在る。
 あとは連中の動向次第だけど――どうかお姉様の心を裏切ってくれるなよ?私達はお姉様のように寛大でもなければ慈悲深くもないのだから。
























 高いよ!何この馬鹿みたいに大きな巨大樹は!?死者が生き返る葉っぱでも生えてるの!?
 偉そうな天狗さんに案内され、山をふよふよ飛んでやっとゴールと思ったら、更に上に行くらしい。何であんな高いところに棲むの?死ぬの?今日が曇りで本当に良かったよ。
 本当、空を自分で飛べるだけの妖力が戻ってて良かった。他の戦う力とか全然要らないけど、これだけは何とかしてほしかっただけに紫に感謝。
 もう空を三分飛んだら筋肉痛なんて悲しみにサヨナラ。そんなどうでもいい感謝をしながら、私は天狗の後をついて巨大樹の上へ上へとふよふよふよふよ。飛ぶ速度が遅くてごめんね!

 …ああ、それにしても神奈子、本当に怖かったなあ。正直幽香レベルの怖さだった。神奈子の前に出た時、本気で死を覚悟したわよ畜生。
 でも、そればっかりは仕方のないこと。怒られても仕方ないわよね…私、自分勝手な行動しちゃってるんだもん。神奈子がこんなこと
望んでないってのは痛い程に伝わってるけど…でも、それでも諏訪子が消えちゃうより絶対良い。私が天狗達のところに行くだけで解決するならそれでいい。
 そりゃ私だって怖いわよ。天狗ってことは、文レベルの妖怪達がうじゃうじゃいるところに一人で会談とか涙が出そうになるくらい怖いわよ。
 でも、それは私が頑張って我慢すればいいだけだし、天狗達も少し話せば『こいつじゃ話にならんわ』と言ってフランを呼び直すでしょうし。
 何やら天狗達は何かの交渉を私としたいみたいだけど、私のようなアホの子が難しい話なんて出来る訳もなく。きっとこの人達すぐに
『どうしてフランドールじゃなくてこっちを連れてきたんだ』って後悔することになると思う。で、私はみんなのところに強制送還と。
 …天狗達、何も知らないから勘違いしてるんでしょうね。私が強いって勘違いしてるから、交渉事なんかで私を呼びだそうとしてるのよ。ふふん、
紅魔館を本当に動かしているのはフランとパチェで私は専ら料理とかお菓子作りが役割だというのに。
 でも、その勘違いのおかげで諏訪子達を助けることが出来たんだから感謝しないと。土地権利書はしっかり神奈子に渡された訳で。
 何だか詐欺を働いたみたいだけど、私が強いって勝手に勘違いしたのはそっちだからね。今更返せと言われても無理だからね。
 とりあえず、みんなに謝る準備をしておこう。天狗達にごめんなさい、神奈子達にごめんなさい。そして私が滅茶苦茶みんなに怒られて、
そして最後にはハッピーエンドよ。まあ…私は多分怒られ過ぎて魂抜けかけてるんでしょうけれど。

「こちらだ、吸血鬼の姫君よ」

 そう言って、天狗は大樹に大きく開かれた空洞へ私を案内する。
 …わあ、広い。というか、右も左も天狗天狗あんど天狗。みんな強そうね…まさに化物の巣。ラスボスの城って感じがするわ。
 屈強そうな天狗達の視線が私に集中してる。み、見ないでいいから!見ても面白いものでも何でもないから!
 ザ・余所者って感じの肩身の狭い思いをしつつ、私は案内されるままに天狗について行く。うう…もう帰りたい。早く話し合い終わらせて帰りたい。
 大体、話し合いって何を話し合うのよ。漫画談議なら幾らでもしてあげるけど、私に語れるようなことなんて何もないわよ?
 天狗のボスって言うくらいだから、どうせ紫とか幽々子とかレベルの悪魔超人が出てくるんでしょ。最強クラスの妖怪は
言ってることが全然理解出来ないのよこんちくしょう。仲良くなるまで話してる内容が本当に外国語にしか聞こえないのよ。
 どうか天狗のボスが文みたいなフランクな天狗さんでありますようにと願いながら、私は天狗に指示されるままに室内へと入る。
 案内された一室、それはとても広い和室が広がっていて。案内してくれた天狗を含めて、六人の強そうな天狗さん達と、その最奥には――

「――天魔様、只今戻りました。
この姫君がかのレミリア・スカーレットにございます」

 案内してくれた天狗が一礼したその先には、一段高くなった座敷高に座った人物。
 …いえ、人物なのかも分からない。だって私にはそのシルエットしか見えない訳で。その姿を隠すように思いっきり簾みたいなもので私達との間を遮っていて。
 ええと…あの、正直反応に困る。何これ、貴方一体どこの頭虫邸の闇将軍?どうすればいいの?とりあえずカメラで写真撮れば良いの?
 他の天狗達も闇将軍…というか簾に向かって一礼してるし。私もした方がいいのかしら…でも、こんな顔も姿も見えない人に頭を下げるのも。
 そんなことを考えていると、案内してくれた天狗はやっと解放されたとばかりに他の天狗達同様、私を囲うように部屋の隅へ座った。えっと、いや、私は?
貴方は自分の席が決まっているからいいけど、私はどうすればいいの?何処に座ればいいのよコレ。まさかとは思うけど、あの闇将軍の
簾の中へ行けという訳ではないでしょうね?私、ちょっとああいう演出が格好良いと思ってる人はその…出来れば遠慮したいんだけど。
 …誰も何も言ってくれないし。普通は『お座り下さい』とか言うもんでしょ?何この就職面接みたいな圧迫感。試されてるの?試されてるの私。
 誰も何も言わないなら座るわよ?ほ、本当に座るからね?駄目だと言っても遅いんだからね?そう心を決め、私はその場に腰を下ろす。それを
待っていたかのように、天狗の一人が私に向かって口を開く。さ、さっさと会話したいなら『座ってくれ』って言えこらああああ!!

「さて、姫君よ。まずはこの地にわざわざご足労頂いたことを…」
「そういうのは要らないわ。私は貴方達の望み通り、交渉の場に赴いただけ。
ほら、さっさとこれまでの経緯をそこのお偉いさんに伝えて頂戴。わざわざフランの怒りを自分から買う必要もないでしょう?」

 私の言葉に、さっきまで案内してくれてた天狗が苦虫を噛み潰したような表情で上司さんに報告をし始める。
 いや、フランが天狗に時間を指定してくれて助かったわ。フランが話してくれたおかげで、どんなに長くても三時間後には
私は解放されるんだから。難しい話を無理に私にされても困るし。駄目だと判断したなら、即時にフランのところへ返してほしい。
 天狗が闇将軍に伝え終えたのを確認し、私は言葉を紡ぐ。とにかくさっさと話を終わらせて、みんなにごめんなさいしよう。

「それでは貴方達の求める会談とやらの内容を聞かせてもらいましょうか」
「慌しいことだ。姫君との場を持つことは我らが心より待ちわびた時間なのだ、そうそう急くこともあるまいよ」
「私が帰らないことで機嫌を損ねる人達がいるのよ。私だって怒られたくもないしね。だからさっさと話を進めて頂戴」
「そう言うな、姫君よ。まずは我らが感謝の言葉を受け取って貰いたい。
この幻想郷を自分勝手に荒らし回ってくれた下らぬ妖怪を打倒してくれたことに礼を申し上げよう」
「下らぬ妖怪…?」
「無論、風見幽香のことよ。あの愚かな妖怪は自身の身分も弁えず、この幻想郷全てを敵に回す愚かな行為に出た。
姫君が多数の部下共を統率し、あ奴を打倒する姿を我らはこの地より見学させて頂いた。実に見事な手際だった」
「愚かな妖怪…?多数の部下…?」

 あれ、何だろう…褒めて貰ってる筈なのに、全然嬉しくない。何かさっきからガンガン私の心をささくれ立たせてくれちゃってる。
 天狗的には、幽香を止めてくれてありがとうっていいたんだろうけど…何か、嫌だ。そういう褒められ方、全然嬉しくない。
 確かに幽香は幻想郷のみんなに悪いことをした妖怪だし、私がみんなの手を借りたのは事実だけど…なんか、違う。
 そんな私の気持ちを気にすることなく、天狗は愉しげに言葉を続ける。

「あれだけの妖怪達を手足のように操るとは、流石はスカーレット・デビルよな。
我らが姫君に感嘆の意を送りたいのは、このような事態を想定してあらかじめ手を打っていたことよ。
八雲紫や西行寺幽々子を引き入れ、我らが上司である伊吹萃香様までも姫君は利用した。無論、無力な人間や力無き妖怪共も
盾代わりに利用する周到さも見事。多くの人妖を意のままに操り、姫君はあの風見幽香を倒してみせたのだから」
「ち、違…」
「他者を己が意のままに動かす才、実に価値ある力よ。例え『戦う力が無くとも』その存在価値は十分過ぎる程に在るだろう」

 天狗の言葉に、私は一瞬身体が強張る。戦う力が無くとも…そう天狗が私に告げた理由、そんなの考えるまでもない。
 この人達は知っている。私が戦う力なんて微塵も持たないことを知ってるんだ。一体どうして…って、考えるまでもないか。
 だってこの人達、さっき言ってた。幽香と私達との戦いを覗いてたって。だったら、私が幽香に向かって『自分戦う力ゼロです』宣言も
しっかり聞いてるし、お!グングニルゥー!のハリボテ性能も知ってるってことよね。つまり私の最弱はバレバレユカイって訳よ。
 …でも、最弱バレしたからって困ることって全然無くない?私はもうみんなにそのこと隠してる訳でもないし、紅魔館の本当の強者は
フランだってことを話せば、私に利用価値なんて微塵も無い訳で。そもそも、向こうも私が弱いって知って接触してきたんでしょ?
だったら私は何も悪くないわ!普通にお話して、私に出来ることなら考えるし、無理なら無理って言うだけ。
 とにかくもう早くこの場を切りぬけてしまおう。うん。だって、この人達、正直なんか嫌。話してて気分悪い。多分、本当は
悪い人では全然無いと思うんだけど…なんていうか、みんなが馬鹿にされてるみたいで。

「…長話は断ると言った筈だけどね。それで?お前達は力を持たないこの私に一体何を要求すると言うの?」
「力を持たぬなどとは微塵も思っておらんよ。姫君には力が在る。その存在一つで幻想郷のバランスを容易に壊しうる程の。
姫君は自分が持つ力の大きさを知らぬのだ。自身が望めば、この小さな世界は幾らでも変貌出来よう。
気に喰わぬ存在が在れば、己が欲望のままに葬り去ることも出来る。そう、かつて姫君が風見幽香にそうしたように、な」
「っ、いいからさっさと用件を話して!もう面倒なお話はコリゴリよ!お前達は一体私に何をしてほしいのよ!?」
「そうさな…我らが望むは、妖怪の山と姫君との友好よ。姫君には我らとの絆を深めて貰いたい」
「…へ?」

 えっと…つまり、天狗達の要求は、私と友達になりたいってこと。え、嘘、何、そんなことだったの?
 予想外の要求に、私は身体の力が抜けるのを感じた。な、何よー!警戒しまくって損したじゃない!一体どんな無理難題が押しつけられるのかと
思ったわよ!こんな仰々しい場を用意してまで、本当にビビらせるんだから!そういうお願いなら、私は喜んでOK出すわよ!
 その話を聞くと、天狗達の態度も先ほどまで見えていたものとは違った風に見えて。そっかそっか、この人達は素直になれない皮肉屋さんなのね。だから
幽香や紫達のことを上手く表現出来ない。ううん、こんな性格なら確かに友達作るのは難しかったかもしれない。
 でも、大丈夫!貴方達の心、確かに私に伝わったわ!貴方達が素直になれないのなら、私が近づいてあげればいいだけのこと!
 今の私はリア充の中のリア充、超リア充よ!かつての引き籠り友達パチェだけ人間とは違うのよ、今の私は友達沢山引き籠り人間なのだから!
 ええ、問題無いわ。一発了承を出そうと、私が口を開きかけたその時だった。天狗が最後に一言を付け加えたのは。

「――ただし、その友好はどのような事象よりも優先される。その条件を付属して、な」
「…条、件?」
「無論。姫君には何より我らとの絆を重要視して貰わねばならぬ。
何、そんなに難しいことではないよ。我らが望む時に、その力を貸してくれれば良い。
例えば、八雲紫や西行寺幽々子が我らの敵に回った時にも、有無を言わさず我らの力となってくれれば…な」

 …えっと、え、どういうこと。意味が分からない。全然意味が分からない。
 何で私が紫や幽々子と戦うことになるの?二人は大切な友達だもん、そんなこと絶対にあり得ないじゃない。
 紫も幽々子もフランの命を助けてくれた恩もある。私達の今があるのは、二人の力あってのこと。それなのに何で?
 呆然とする私に、天狗は愉しげに笑いながら言葉を紡いでいく。何で?何で笑ってるの?全然面白くない、面白くないわよこんなの。

「何を迷う必要がある?姫君にとって都合の悪いことなど何一つないではないか。
この友好を持って、我らは姫君の力となる。我らが力は集団の力、その力の価値は八雲紫達以上のものだということは姫君にも分かるだろう?
かつて姫君が己の欲望の為に強者達との関係をつなげたように、我らともそうすればよい。
『友人』などという耳触りの良い言葉を用いても構わんよ。八雲紫達とはそのように利用し合う関係を築いたのだろう?」

 何よ、それ。天狗の言ってること、その意味が全部理解出来ない。
 それじゃまるで、私と紫達が友達じゃないみたいじゃない。表面だけ取り繕って、互いの利益だけを算出し合うそんな関係に聞こえるじゃない。
 つまり、この人達は私達のことをそんな風に思ってるんだ。フランを助ける為に、私の大切な人を守る為に
力を貸してくれたみんなのことを、そんな風に――押し黙る私に、天狗は言葉を更に並べていく。

「我らは恐れているのだ。今の幻想郷は完全にバランスを崩してしまっている。
かつては我らが群体の力、八雲紫が個の力という二つのバランスによって平穏を保っていた。
だが、今はどうだ。姫君に集う力、それらが一つの方向を向けばこの世界は容易に破壊される程のモノとなってしまっている。
我らは恐ろしいのだよ。何も理解しておらぬ者達が、気分一つで世界を壊してしまうこの状況が」
「だから…私を利用するというの…?」
「利用するとは人聞きの悪い。我らは共にこの世界の調和を保たせたいと言いたいのだ。
八雲紫、あ奴は管理者失格よ。己の望み欲望のままにこの世界を支配しようとしていた。そ奴の配下である八雲藍も信を置けぬ」

 何を、言ってるんだろう。この人は知らないのか。
 紫がこの世界を、幻想郷を守る為に命すらも捨てようとしたことを、この人は。
 私は拳を握り、そっと言葉を紡ぐ。それは精一杯の私の反論。

「もし…もし、私がこの申し出を断れば、どうするの…?」
「ふむ…賢い姫君がそのような選択をするとは思えぬが。
もし、姫君がそのような選択を選ぶのならば、仕方が無い。我らは申し出を引っ込めるとしよう」
「なら…」
「――その代わりとして、姫君にはその生涯をこの地にて終えてもらう。
姫君をこの場所に軟禁し、我らのお願いを姫君の配下達に聞いて貰うことにしよう」
「それはつまり…私を人質に取るということね」
「…どうやら姫君は自身のことを未だ理解されておらぬ様子。
レミリア・スカーレット、貴女はこの幻想郷にとって自身のことを何と心得る?」
「私は私でしょ…それ以外に一体何があるというのよ」
「姫君、貴女はこの幻想郷の妖怪達にとっての生ける王冠なのだよ。
姫君を持つ者こそが幻想郷を統べる者と称して問題無い程に、姫君は利用価値を高め過ぎた。
実に便利なものだとは思わんかね?その者を擁して、少しばかりお願いするだけで幾人もの化物達が従ってくれるのだ」

 …そういうこと。確かに私の『命』なら、フランもパチェも美鈴も咲夜も頷かざるを得ないでしょうね。
 つまり、この人達の目的は最初から私なんかじゃなくて。私の後ろにいる、みんなの力を利用しようとしてるんだ。
 確かに私は力も何もないから、軟禁するのは容易でしょう。フラン達が傍にいない今、これほど利用しやすい奴なんていないと思う。
 連中にとって、交渉なんて最初からするつもりはなくて。結局どちらに転んでも連中にとっては都合のいいことだったんだ。そのことを、
きっと神奈子は知っていたんだ。知っていたから、私を本気で怒って止めてくれた。フランだってそう。私に何度も確認を取ってくれたんだ。
 私は軽く息をつき、笑う。馬鹿だな、私。本当に馬鹿だ。何が弱いから利用価値がないだ。何がすぐに返してくれるだろうだ。私、全然
自分のこと分かっていなかった。本当に何も理解してなかった。私に価値なんてなくても、私の周りの人達がみんな誰も彼も価値ある存在じゃない。
 そして、そのみんなはとても優しいから、私なんかの為に行動してくれる。そんな簡単なことにも気付けないなんて…私って、ホントばか。
 私は笑みを零しながら、最後の確認を取る。その相手は、未だなお簾の向こうで姿を見せないこの人達のトップさん。

「ねえ、そこの貴方…この人の意見は、貴方の結論。そう考えても構わないのかしら…?」
「当然だ。我らの意見は天魔様の意見。そのことに…」
「…お前には聞いていないのよ。天魔とやら、私は貴方に訊いているのよ」

 天狗の言葉を遮り、私は天魔と呼ばれる奴に質問を突き付ける。
 だけど、天魔からの返答は返ってこない。それはすなわち肯定に他ならなくて。私は軽く肩を竦めるしかない。
 そんな私に、天狗は眉を顰めながらも言葉を紡ぐ。それは私への最後通牒。

「それでは答えを聞かせて貰おうか、姫君。我らに力を貸してくれるや否や」
「答え…ね」

 私はそっと瞳を閉じ、考える。
 きっとこの場で最良の選択は頷くこと。頷き、フラン達の下へ戻り、みんなの指示を仰いで次の行動を打つこと。
 それが最良だとは思うし、私にも危険が無くて一番だとは分かってる。その手を選んでも、きっとみんなは私を責めたりしない。
 だけど、だけど――それでも、その選択は出来ない。その選択肢は、他の誰でも無い私が私を責めるから。

 この天狗達は、私の大切な人達を馬鹿にした。
 この天狗達は、私の大切な絆をコケにした。

 私とみんなの関係が、ただの利用し合うだけの関係だと、連中は言った。
 私の為に、みんながどれだけ自分の身を省みずに力を貸してくれたのか、そのことを何も知らないくせに。
 幻想郷の強者と呼ばれるみんなと私のことなんて、何も知らないくせに。

『――永遠に幼き紅い月、レミリア・スカーレット。必要な時は、他の誰でもなくこの私を頼りなさい。
紅月が闇を厭う時、私はその群雲を払い除ける敵無き牙となりましょう。最強の妖怪、八雲紫が貴女の力にね』

『ふふっ、勇ましい人ね。その在り方、好意に値するわ。常人なら気を狂わせても仕方のない境遇を、貴女は一歩も引かずに勇往邁進し続けている。
妖夢も心惹かれる訳だわ。貴女はその在り方が眩い、例えるなら線香花火。その輝きは周囲に集う闇夜の化生程目を奪われて離さない』

『鬼の盟約は永遠の誓い。レミリアが許すなら、これから先、私はお前を決して裏切らぬ莫逆の友として共に道を歩むことを誓おう。
お前の勇ある決断を尊重し、お前の信ずる道を歩き、お前の迷うる心を断ち切り、お前の背を支える一人の友としてレミリアの傍に』

『…行きましょう、レミリア。貴女達の求める真の月を返還し、深き闇夜を終わらせる。
貴女との明日を――この世界の本当の輝きを、二度と忘れぬよう永遠(わたし)に刻みつける為に』

『私の代わりに運命に勝ってくれるのでしょう?私達の無念を貴女が解放してくれるのでしょう?
もし、あれが口だけだったと言うのなら、今すぐ貴女の傍に行って、そのちんちくりんな身体を全力で踏みつけてあげるわ。
どうなの、レミリア?貴女の貫き通そうとした意地は、覚悟はこの程度の運命にねじ伏せられてしまう程度だったの?』

 紫が、幽々子が、萃香が、輝夜が、幽香が。
 この世界で絶対強者と謳われる人達がどんなに優しくて、どんなに素敵な人達なのか、少しも知らないくせに。
 それなのに、みんなは私のことを好き勝手に利用してるだけだと決めつけて。私とみんなとの関係をそのような下種びたものだと評して。
 許せない。絶対に許せない。自分のことはどれだけ馬鹿にされても構わない。私のことをどれだけグズ子扱いしようと構わない。
 でも、みんなのことを…私の大切な友達を、大好きなみんなのことを馬鹿にすることだけは許さない。
 こんな感情は初めてかもしれない。こんな気持ちは初めてかもしれない。
 かつて萃香と対峙した時とも、幽香と対峙したときとも違う。どうしようもない程に胸に渦巻く気持ち。
 ――ああ、これが『怒り』なんだ。本当に本当に本当にどうしようもなく、相手のことすらも考えられなくなる程に。
 気付けば私は右手に神槍を生み出していて。前動作や初動のない私の術式に、天狗達は表情を驚愕に染め、慌てて立ち上がる。

「っ、馬鹿な!?レミリア・スカーレットは一人では何も生み出せぬ、妖力を持たぬ妖怪では――」
「…答えが欲しいと言ったわね、鴉共。
私の解答、遠慮なくその身で受け止めるが良い――答えは『バカめ』よ!!」

 そう叫び、私は自身の保有する全妖力を槍に乗せ、迷わず簾目がけて投擲する。
 私の槍が簾を払い、その奥の誰かに衝突するや部屋中を閃光が包む。大きな破裂音が響き渡るのは、その少し後のことだった。




























 部屋中に溢れかえった光の渦が収束し、天狗達はようやく目を開けることが可能となる。
 そして、室内には既にレミリア・スカーレットの姿は見えず、天狗達は周囲を見渡す。開かれた窓を見て、レミリア・スカーレットは
最早この高度に存在していないことを理解した。

「くそっ…小娘が、下らぬ真似を。いや、それよりも天魔様だ!ご無事ですか、天魔様!!」

 天狗達が慌てて、簾の方へと近寄ろうとするが、向こう側から響く声に足を止める。
 それは笑い声。何処までも上品に、けれど愉悦は抑えられず。簾の向こうから聞こえる声に、天狗達は自分達の主の無事を知る。

「御無事で何よりです、天魔様」
「フフッ…追い詰められた状況、幾つか行動を想定していたけれど、まさかこんな手を打って出るとはね。
レミリア・スカーレット、実に想像を覆してくれるじゃないか。悪手も悪手、最低と評しても過言ではない一手を躊躇なく
踏み込んでくる姿、笑わずにはいられないわ。これだけの大天狗に囲まれて、普通は選ばないわよ?」
「はっ…まさかレミリア・スカーレットがこれ程までの愚者とは思わず。
今すぐ、妖怪の山全ての天狗にレミリアを捉えるよう指示します。あ奴がそう力の無いことは確認済み、容易にあ奴を捕えて――」
「――愚か者はどちらだ、戯け」

 先程までとは打って変わったような冷徹を帯びた声が室内に透き通る。
 その声に、その場の天狗の誰もが跪き下を向く。そんな彼らに、天魔と呼ばれる者は淡々と言葉を紡ぐ。

「交渉に失敗した上に、責任の全てを吸血姫に押しつけ…失態を重ねてよくもまあ、未だ偉そうな顔が出来たものね。
言っておくが、お前達に次なる一手を打つ資格は無いわ。長年の付き合いだ、お前達の顔を立ててやろうと全て黙って見ていればこの様。
相手はあの萃香様が友と認めた者よ。それをお前達は浅い策で絡め取ろうと息巻いて」
「で、ですが『姫』。我らは…」
「確か、あちら側の指定は三時間だったわね。いいか、これは命令よ。
今より三時間、この場所からお前達は一切動くな。無論、他の天狗達に命を出すことも許さない」
「そ、それではレミリアが…」
「妖怪の山の守りは堅牢よ。見回り天狗達の隙を抜いて山を降り切るのは至難の業、そう簡単に出来るものか。
こちら側の下らぬ策謀で不快にさせたんだ。これくらいの礼も出来ねば、指を指されて笑われよう。その後のことは好きにすればいい」

 反論は許さない。その者は、絶対強者として在り、天狗達に命を下す。
 天狗達が渋々と従う姿を眺めながら、天魔と呼ばれた者は口元を愉しげに歪ませて想いを告げる。

「そう、最初からこうするべきだったのよ。レミリア・スカーレットを知るならば、下らぬ策ではなく正面から見定める。
爺達の謀略など面白くも何ともないわ。意志の強さ、心の強さに直接触れてこそ私達は妖怪として生まれた悦びが在る。
風の運んだ姿に真実など見えはしないわ。その正体を掴むのは何時だって実体を形に収める記者自身の役割だものね。
――さて、このまたとない機会。じっくり心ゆくまで見せて貰おうかしら。この世界を救った英雄さん達の、その強さと在り方をね」























 レミリアが天狗達と共に去ってからの時を、フランドールはただ黙して待ち続けていた。
 神社の境内で、立ちつくしたまま瞳を閉じて。まるで風の流れを感じ続けているかのように、彼女はそう在り続けた。
 ただ、彼女の愛する者の戻りを待つ為に。
 ただ、彼女の愛する人の帰りを待つ為に。
 そして、彼女の閉ざされた瞳はゆっくりと開かれる時を迎えた。
 ――約束の時間になっても、彼女の待ち人は帰ってくることはなかったから。

「…行くのかい、フランドール」
「ええ、勿論よ。約束を破るような連中には誰かが躾けてあげないといけないものね」

 背後に立つ神奈子に、フランドールは愉しげに笑って言う。
 首元につけていた首飾りをそっと外し、フランドールは神奈子にそれを投げ渡す。

「大切に取っておいてよ。パチュリーが三日かけて作った代物だから、壊しちゃうと怒られちゃうわ」
「妖力殺しか…成程、よく出来ている」
「何事もなければ、それで無力を装ったまま山を降りることを考えていたんだけどね…どうやら、この山の連中は本気で命が要らないらしい」

 そう告げて、フランドールは抑えていた妖気を解放する。
 それは一瞬、けれど何処までも届く。フランドールを中心として、放射状となった光が幻想郷中を照らす。
 その光は彼女が抑えきれずに変貌した妖力の形。異形となりて周囲に現れるのも仕方のないこと。何故ならフランドール・スカーレットの
身体には、何の虚偽もなく世界一つ分の妖力が蓄えられているのだから。
 全ての力を解放し、背中の羽を四枚羽へと変貌させたフランドールに、神奈子は愉しげに笑いながら言葉を紡ぐ。

「成程、それがお前さんの本当の姿か。
惜しい、実に惜しいね。私に力が戻っていたならば、是非とも一戦演じてみたかったものだ」
「あら、別に私は構わないわよ?何なら連中との準備運動代わりとして一戦交えて下さる?」
「悪いがそれは出来ない相談だ。私はこう見えて疲れるのが嫌いでね。『戦闘前』に余計な力は極力使いたくはないんだよ」

 そう言い放ち、神奈子は力の制御を戦の形へと切り替える。
 背中にしめ縄、全てを打ち貫かんと聳える御柱を携えた神奈子の姿に、フランドールもまた愉しげに笑いながら訊ねかける。

「いいの?折角お姉様の道のおまけで貰えたんだ。貰えるものは貰っておけばいい」
「残念だが気が変わってね。レミリアの意志と想いは尊重するが、これは『私の道』だ。
諏訪子と二人なら消滅覚悟で臨むが、幸いお前さんは力が有り余ってるんだろう?ならば私はそこまで無理をする必要がないからな」

 話を進めながら、神奈子は天狗から貰った竹筒を片手で砕き割る。
 砕き、燃やされた竹筒と書状は最早この世に存在せず。燃え尽きた紙切れを眺めながら、神奈子は笑って語るのだ。

「さて、これで私は連中から『力づく』で土地を奪い取るしかなくなった訳だ。
フフッ、実に充足しているよ。レミリアが自分の信じる道を行ったように、私も自分の信じる道を歩くことが出来る」
「本当に馬鹿ね。素直にお姉様の好意に甘えていればいいのに。だけどその在り方、嫌いじゃないわよ」
「それは嬉しい言葉だね。さて…それでは奪いに行くとしようか。我らがお姫様を」
「奪いに行くのではないわ――迎えにいくのよ。お姉様は誰のものでもなく、お姉様だけのものなのだから」

 そう笑いあう二人は何処までも強き輝きに満ち溢れ。
 吸血姫と軍神は踊る。この緑深き古戦場にて、どこまでも強く誇り高く。


















 そして、レミリアの為に動き出したのは、無論この二人だけではない。
 彼女の危機を知り、その者達が動かない筈が無いのだ。何故なら彼女達はレミリアの守護者。
 レミリアの為に生き、レミリアの為に全てが在る彼女達が、この戦場に降臨しない筈が無かった。

「来ましたね、フランお嬢様からの合図。何か起こるだろうなとは思っていましたけれど、やはりこうなりましたか」
「全ては想定内よ。レミィのことだもの、こうなるんじゃないかとは思っていたわ。
…言っておくけれど、レミィの安全は保障されている。間違っても永夜の時のように暴走してくれないでよ」
「ええ~…それをパチュリー様が私に言うんですか。心配しなくても大丈夫ですってば。
今度は決して見失わない。言わばこれは私達の雪辱戦。私達は私達に任された仕事を実行するのみ――そうよね、咲夜」
「ええ、その通りよ。全ては母様の為に…鴉如き、何匹集まろうと私達の敵ではないわ」

 レミリアの下に絶対強者の星々は集う。
 妖怪の山、その上に胡坐をかく者達はまだ気付かない。気付けない。
 全ては張り巡らせられた策の上。恐ろしき程に獰猛、そして優秀な三匹の狼達が、自分達の喉笛を掻き切らんと迫っていることに。






 



[13774] 嘘つき風神録 その九
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707
Date: 2012/01/22 11:18
 



 ~side 魔理沙~



「2のダブルを出して、これで上がりっと。はい、私の勝ち」
「え、え、嘘!?なんでそんな強いカードまだ持ってるの!?残ってるの私と魔理沙しかいないのに!?」
「そんなの決まってるだろ。私が妖夢を何が何でも最下位に叩き落としたかったからだ!
妖夢が富豪なんてそんなの絶対おかしいよ。妖夢は大貧民だからこそ輝けるんだ。分かるな、この気持ち」
「全然分かんないよ!?ううー…折角富豪まで上がれたのにまた大貧民だよ…」

 妖夢は手に持っていたトランプをバラバラと卓袱台の上に落とす。ううん、博麗神社に響き渡る妖夢の悲鳴が心地いい。
 持っていたカードはK、J、7と全てシングルか。妖夢、カードの切り方本当に下手だよなあ…今回は富豪だったから、
調子に乗って大富豪のアリスにどんどん強いカードで勝負に行ってたしな。その結果が大貧民なんだけどな。
 妖夢の落としたトランプを拾い、鈴仙はカードを切りなおしてみんなに再配分する。鈴仙の奴は逃げるのが上手いんだよな。
 確実に勝てるとき以外は引く姿勢が、鈴仙の位置を富豪と貧民で行ったり来たりさせてる。麻雀させたらベタ降りするタイプだな、鈴仙。
 そして、アリス。こいつは強い。本当に強い。カードの引きもさるところながら、私達の手札を読み切っているかのように、実に
厭らしいカードの切り方をしてくる。例え手持ちが悪くても、ブラフで押し切ったりもしてくるし。今のところ連続大富豪だ。都落ちしても
すぐに復活してくるし…何度かアリスを止める為に、私も身を切って向かって行ったんだけどなあ。
 やっぱりコイツを止めるには、私達じゃ難しいか。そういう意味も込めて、私は何度も霊夢の参戦を呼び掛けてるんだけどなあ。

「なあ、霊夢。お前も早く参加しようぜ。
どこぞの空気読めない魔法使いがマジ過ぎて場が固まってるんだよ。お前の直感が頼りなんだよ」
「私が空気読めない云々よりも、貴女達が下手過ぎるだけじゃない。
鈴仙は安全な勝負以外しないし、妖夢はどの順位でも強いカードからしか切らないし、魔理沙は革命狙いか妖夢いじめだし」
「私いじめ!?何でカードゲームでそんな不公平ルールがあるの!?」
「今頃気付いたの…?いや、今まで気付かない妖夢も大概だけど、それをストレートに言うアリスも結構あれなような気が…」
「ほら、霊夢が早く参加しないと妖夢が泣きだしちゃうぞー?さあさあハリーハリーハリーオード!」
「…私はいいって言ってんでしょ。アンタ達だけでやってなさい」

 私の誘いにも、霊夢は微塵も興味無さげに煎餅を齧ってる。
 …つーか、本当にコイツは上の空だな。いや、その理由は勿論、この場の全員が理解してるんだが。
 しかし、咲夜の奴も微妙過ぎる置き土産を残してくれたもんだ。霊夢の場合、『こっち』の方が嫌だろうな。
 そんな霊夢を見かねてか、アリスは息をひとつはいて霊夢へと話しかける。

「『今回の件は私達に任せて欲しい』。他の誰でもない親友のお願いでしょ?
動きたいのは山々でしょうけれど、今回は咲夜の顔を立ててあげてもいいんじゃない」
「誰が親友よ、誰が。別に私はあの馬鹿が何をしようと関係ないわよ」
「先程から幻想郷中に広がってる巨大な妖気。あれが発生して、咲夜は急いで紅魔館に帰ったんだよね。
だったら、あれは紅魔館の中の誰かの力なんじゃないかな」
「問題は、その誰かがそういう力を出す必要がある状況になってしまったということでしょ?
私は紅魔館の人達について、貴女達ほど詳しくはないから分からないけれど…あれだけの力を持つ人が紅魔館にいるだけで驚きよ」

 いや、幾らでもいるだろ…って、ああ、そうか。鈴仙の奴、紅魔館の連中が本気になった場面に出くわしたことないんだ。
 月の異変のときは、『弾幕勝負』で美鈴とパチュリーに負けて気絶したって言ってたから、連中の狂気じみた殺気を見てないだろうし
幽香の時にはパチュリーも美鈴もダウンして、フランドールに至っては立つことすらままならない状態だったもんな。
 私達は紅魔館がそういう規格外の集まりだって知っているから、微塵も驚かないんだけど。ただ、鈴仙の言った
『誰かが力を発揮しなければいけない程の状況』。それはつまり、連中にとって大切なモノが危機にある訳で。その連中の大切なモノって言ったらなあ…

「…レミリア関係だろうなあ」
「…レミリアでしょうね」
「…レミリアさんだよね」

 私とアリスと妖夢は同じ結論に至ったらしい。それしかないよな、普通に考えて。
 状況はよく分からんが、間違いなくレミリアがまた何かトラブルに巻き込まれてしまったと考えるのが正しいんだろ。だから
咲夜の奴があの妖気を感じてすぐに帰ったんだ。そして、そこまでのことに霊夢は間違いなくすぐに気付いてる。
 だからずっとああやってソワソワしてるんだろうな。レミリアが何かに巻き込まれてるって一点が引っかかってるんだろう。
 でも、動けない。咲夜の奴が真剣な顔して、私たち全員にお願いしたから。今回の件は私達に全て任せて欲しいと。
 どこまでも真っ直ぐな姿に、霊夢は折れた。折れたんだけど…さてさて、この気難しいお姫様をどうするか。
 私が悩んでいると、その横で何やら鈴仙が霊夢に向かって口を開いていた。

「別にそんなに気にする必要ないと思うけど。あの咲夜が私達に動かなくても大丈夫って言ったんだし。
だって、レミリアの安全に関しては人数十倍気を使うじゃない。レミリアに降りかかる危機が少しでも減らせるのなら
有無を言わさず私達に協力しろって言うと思うんだけど」
「それなら良いんだけどね…あいつ、変なところで遠慮するのよ。馬鹿だから」
「いや、貴女達の普段の会話の何処に遠慮が…今日も二人の間で殺すって単語三十回以上飛び交ってたんだけど…」
「でも、確かに咲夜の奴は今日は私達に有無を言わせなかったな。特に霊夢と妖夢だけは絶対に動くなって言ってたし」
「…遠慮したのではなく、せざるを得なかった状況…?
私達の中でも、霊夢と妖夢に念押しした理由…二人と私達との立ち位置との差?」

 何やらアリスが考えだした。そこまで気にするなら、咲夜を止めて詳しい理由を追求すれば良かっただろうに。
 私は鈴仙から配られたカードから五枚を適当に抜き取り、視線で妖夢に同じ行動を取るように指示する。お互いカードをオープンしないまま
ランダムに五枚取り、せーのでオープン。妖夢は本当にバラバラ、私は同じ数字が三枚揃っていた。スリーカードで私の勝ち。
 ポーカーをしたということが分かっていないらしく、妖夢は首を傾げてカードを見比べている。…うん、流石に罪悪感が出てきたし、
今回の勝負は無かったことにしよう。手に持つカードを卓袱台に置きながら、私はアリスに言葉を紡ぐ。

「立ち位置の問題か?私ならむしろ霊夢と妖夢を積極的に引っ張ると思うけどな」
「その理由は?」
「簡単だ。霊夢は博麗の巫女っていう肩書が在るし、管理者として紫っていう最高の後ろ盾がある。
妖夢はこれが幽々子に変わるだけだ。何か問題が起きたり争い事に発展したりしたなら、この二人のバックは武器になる。そうだろ?」
「それって良いの?博麗の巫女って幻想郷の争い事に関しては中立中庸の立場って聞いてるけど。
異変や幻想郷の危機なんて状況ならまだしも、争い事に霊夢を引っ張るのは問題なんじゃない?」
「幽々子様だってそうだよ。幽々子様は冥界管理人という立場があるから、例えレミリアさんが関わっていても
一方的に力を貸すって言うのは難しいよ。そんなことしてしまえば、冥界はレミリアさんと手を組んでいると見做されちゃう」
「それが何か拙いのか?ただ友達のピンチに力を貸すってだけだろ?幽香のときだってみんな力を貸したじゃないか」
「拙いのよ。そんなことを堂々とやってしまえば、一体誰が彼女達に公平中立を求められる管理の仕事を任せられると言うの。
前回の幽香の件は特例よ。あれは幻想郷崩壊の危険を孕んでいた、いわば最大級の異変だもの。
裏で手回しや策を用いることは出来ても、正面から手を貸してしまうのは問題なの」
「どんな風に問題なんだ?」
「はあ…例えば魔理沙、紅魔館が人里と喧嘩したとするでしょ?
最早、レミリア達と人里は争いを避けられない状況になったとして、貴女は霊夢がレミリアに力を貸せると思う?
例え人里側にどれだけ非があろうと、霊夢がレミリアとどれだけ仲が良い友人であろうと、霊夢がレミリアに手を貸して良いと思う?」
「…いや、それは拙いな」

 そんなことをしてしまえば、霊夢は中立の立場ではなく、ただの妖怪、レミリアの味方になってしまう。
 かといって、人里側につくことも拙い。どんな理由背景をも無視してただ人間だからという理由で
人里側につけば、妖怪達の間に霊夢への不信が生まれ、それこそ取り決めごと全てを反故にされかれない。
 結局、その場合に霊夢が取るべき行動は傍観か、両成敗か。片方だけに寄ってしまえば、博麗の巫女として成り立てない。
 個人としてレミリアと友好を深めるのは構わない。だけど、それが度を越して『霊夢自身の役割』を阻害してしまうのは拙い。
 依頼での妖怪退治とは話のレベルが異なる訳で。その妖怪退治だってちゃんとした事情理由があって初めて成り立つのに、
組織同士の対立に霊夢が肩を持ってしまえば非常に拙いのか。
 妖夢だってそうだ。妖夢や幽々子がレミリアと他の争いに力を貸せば、紅魔館と冥界が同盟を組んだ証明以外の何物でもない。
 …ああ、成程。咲夜の奴、そこまで霊夢達のことを考えてやってたのか。本当にあいつは素直じゃないな。そのことを口で言ってやればいいだろうに。

「博麗の巫女が表立って力を貸せるのは、異変解決の時だけよ。
現状で分かっていることは、強大な妖気が幻想郷で確認出来たことと、咲夜が動いたことだけ」
「大きな力が感じ取れる時点で異変として動くのもな。これでもし紅魔館と誰かがぶつかっていたら、霊夢は動くに動けない」
「レミリアや咲夜の敵に回らない為には、今の行動が一番ベストなのよ。
そう、それを頭では納得出来てるんでしょうけれど…肝心の身体の方が、ね」

 アリスの言うとおり、霊夢の奴は全然落ち着きを繕えていない。
 もう何て言うか、身体中から『私レミリアのことが心配です』オーラが出てる。お前はレミリアのおかんか。ったく、ホントに仕方ない奴だな。
 私はその場から立ち上がり、うんとひと伸びして、神社の外へ移動しようとする。そんな私に、霊夢はじと目で訊ねかける。

「何処に行く気よ、魔理沙」
「決まってるだろ?今回お姫様はどんなトラブルに巻き込まれたのか見に行くんだよ。
私は霊夢達とは違ってフリーだからな。別段、誰にレミリアとの仲をどう思われようと痛くも痒くも…わぷっ」
「あ、座布団直撃」
「な、なにするんだよ霊夢!折角私が動けないお前の代わりに…」
「必要無いわよ。というか、あの馬鹿の精一杯の強がりを無駄にするような真似をするな。
何が起きてるのかは知らないけど、あいつが大丈夫って言ったんなら、それだけは間違いないんでしょ。
例え、どんなことが起きようとあいつがレミリアを守ると言ったら、それは絶対なのよ。
…何せ、あの馬鹿はレミリアを守りたいというその為だけに生きてたくらいの、途方もない一途なレミリア馬鹿なんだから」

 それだけを言って、霊夢は飲みかけだった緑茶を一気に飲み干していく。
 そして、ズカズカと私達が囲んでいた卓袱台の方へと足を進め、その場に腰を下ろす。

「ほら、私も混ぜなさい!アリスの奴が独り勝ちとか一体どんな低レベルな勝負してるのよ?
私が参加する以上、楽に勝てるとは思わないことね!とりあえずこの場の全員、着てるモノ一枚残らず引ん剥いてやるわ」
「い、いつからこの大富豪は脱衣大富豪に!?無理だから!絶対に無理だから!!」
「霊夢が参加するなら、みんな平民からよね…というか、私は師匠のお使いに来たついでに寄っただけなのに」
「はあ…急に元気になったと思ったら。せめて罰ゲームを落として頂戴。一番負けた人はみんなに晩御飯を作るとか」

 口々にみんな文句を言うものの、霊夢が元気になったことに安堵してるのはバレバレで。
 私はそんな気の良い仲間達に口元を緩めながら、今この場にいないお姫様に心の中で言葉を贈る。
 悪いな、レミリア。何が起こってるのかは知らないけれど、今回は私達のヘルプは無しだ。だけど、安心してくれよ。
 お前が誰よりも頼りにしてる家族達は既に動いているし、私達だって最後はそうさ。
 立場だ、理由があって動けないだ、何だかんだみんな言ってはいるけれど。

「――もし、お前が本当のピンチに陥った時は、何があろうと駆けつけてやるからさ。
例えどんな危険が待ち構えていても、誰を敵に回すとしても…結局みんなお前のことが好きだからさ、助けずにはいられないのさ」

 小声でそう呟き、私はみんなの輪の中へと戻っていく。
 さて、さっきまでは妖夢弄りに夢中になっていたが、霊夢が参戦するとなれば話は別だ。
 今夜の晩飯を無料で済ませる為にも、ここは一丁本気で勝ちに行くとしますかね。

























 ピンチなんてレベルじゃない。ヤバい。ヤバい。本気でヤバい。
 薄暗い山の中を私は誰にも見つからないように慎重に慎重に歩いて行きながら、今にも爆発しそうな心臓音を抑えるのに必死だった。
 私のチキンハートがこれ以上ない程にギリギリと締めつけられ、許されるなら今にも『あばばばばばばば』と
叫び回りたいこの状況。こんな私に誰がした…そんなこと、今更考えるまでもない。さっきまでの天狗のお偉いさんとの一件のせいよ。

「やっちゃった…やっちゃっちゃ…そんときゃーっちあんどリリース…って違うわ!そんなアホなこと言ってる場合じゃないのよ!」

 あわあわしながら、私は先程の自分の行動を後悔する。もうこれ以上ないくらい後悔する。
 ついかっとなってやったなんてレベルじゃないわよ!?ばかばかばかばか私のばか!なんでいつもいつもいつもいつもいつも
こんなに考えなしで行動するのよ!?あの時は頭に血が上り過ぎてマッギョニル投げつけちゃったけど、投げつけた相手って
この山のトップ、いわば紫や幽々子や萃香や幽香と同レベルの実力者じゃない!?それに、幾ら高圧的で酷い話ばかりしてきた
とはいえ、向こうはあくまでも話し合いのスタンスを取ってくれてたのに、私思いっきり肉体言語行使してるじゃない!?
 この前、美鈴に習った要領で、出来る限り目眩ましになるように派手な爆発を起こして(ダメージゼロです。レミリア仕様ですので)
その隙に窓から飛び落ちて(文字通り落ちました。飛行より落下の方が早いからです)山の中に逃げたのはいいけど…このまま逃がして
なんて絶対くれないわよね。だって、向こうは私を利用する気満々だったもん。加えて、この山に棲む全妖怪が天狗さんの配下らしいし…
 きっと今頃、天狗帝國の幹部定例会とかいって、お偉いさん達が私の処遇を話し合ってるのよ…きっとトップの一声で天狗七人会を
中心とする二十一支部の妖怪達が集まるのよ…きっと牛鬼会とか餓鬼会とか怖いのが沢山存在するのよ…

「こっちから思いっきり攻撃しちゃったから…もう、ごめんなさいじゃ許して貰えないわよね…
…本当に私って馬鹿だよね。結局、私の行動はみんなに迷惑かけることになってる…フランも咲夜も美鈴もパチェも萃香も文も、みんな心配するよね…」

 友達の為に怒ったことは間違ったとは思わない。だけど、それでも私の行動は責められてしかるべきもので。
 フランや早苗に命を大切にしろとか自分を一番に考えろとか言いながら、私は自分のバカさ加減のせいで命を粗末にしてる。
 今、私は敵地の中で独りっきり。守ってくれる人は誰もいない。見つかってしまえば、きっと無事では済まない。
 怖い。怖い。怖い。ゆっくりと這い上がってくる恐怖に、気付けば震えていて。
 どんなに怖い状況でも、みんなが一緒なら耐えられた。みんなと一緒なら、乗り越えることが出来た。
 でも、今の私は何処までも一人で。自業自得だと分かっている。自分のバカな行動のしっぺ返しだということも分かってる。
 自分の愚かさと、一人という不安の重圧が、どこまでも私を責め立てて。格好悪いとは分かっていても、それでも私は弱いから――

「少しくらい…いいよね…誰も、見てないもんね…」

 流れてくる涙を、抑え切れなくて。
 それは間違いなく、私の弱さ。それは間違いなく、私の情けなさ。
 弱いくせに、一人じゃ何も出来ないくせに、身分不相応なスーパーマンになろうとしたバカな私。
 本当に私って最低だ。こんな結果なんて、誰も望んで無かったのに。自分一人で勝手に突っ走って、この様で。
 時間にして三分くらいだろうか。それだけの時間、私は一人で泣いて。そして、泣き終えた後で私は自分自身を叱咤する。

「…よし!もう弱音を吐くのはこれで終わり!後悔ばかりしたって前に進めないもの!
失敗したなら取り返す!とにかく何とか無事にフランと合流して、それから今後のことを考えるのよ!」

 そう、最低の状況を作り出してしまった私だけど、まだ『取り戻せない』状況じゃない。
 何とかこの窮状を乗り切って、フラン達のところへ行けばなんとかなる。今、この状況で最悪に取り戻せないのは、
私が捕まってしまい、一人で行動すら出来ぬような負傷を負って、何も出来ぬ人質としてフラン達との交渉に使われることだ。
 そんな状況だったら本当にどうしようもなかったけれど…まだ、私には歩く足と意志がある。決して諦めなければ、どんな状況だって
乗り越えられる。そんな奇跡を私は知っているから。この幻想郷でみんなに教えられたから。だから私は必死に前を向く。
 例え虚勢でも、自分の弱虫な心を動かす為なら、どんなことでもやってみせる。だってそうでしょ?諦めたらそこで試合終了なのだから。

「大体、天狗が何よ。天狗天狗って、こっちだって吸血鬼よ?相手がどれだけ凄かろうと、私だって本気を出せば…」

 そこまで言って、私は天狗に囲まれる自分を想像する。
 私一人に対し、文が五人…文が五人!?咲夜と対等に渡り合い、萃香に『本気を出してくれたなら、私とも面白い試合になると
思うんだけどね』なんてべた褒めされる文が五人!?それに対して、こっちは最近腕立てが十回出来るようになって歓喜してるへっぽこ吸血鬼ですって!?

「もう駄目だあ…おしまいだあ…」

 必死に鼓舞した心が根元からベキンと折れる音がした。というか勝てるかそんな無理ゲー!!
 そんな鬼畜縛りプレイするくらいならひのきの棒でゾーマと戦うわよ!レベル1のズバットがレベル100のムクホーク五匹にどう戦えと!?
 あ、あかんやん…文の強さを知ってるから、余計に天狗の強さが理解出来て駄目駄目過ぎる…
 このままじゃいけないわ…なんとかマイナスイメージを拭わないと。気持ちで負けちゃ駄目なのよ!
 昔の人が言いました、想像するのは常に最強の自分だと。そう、必死に想像するのよ!強くて格好良い私を!
 いいえ、想像する必要なんてない、思い出すだけで良いの!今ではこんなにヘッポコぷーな私だけど、昔の私は確かに輝いていた!
 禁呪に手を出す前の私は、お父様の配下の妖怪との模擬戦にだって一度も苦戦しなかったくらい強かった筈!思いだすのよ、私!
昔の私は天狗にだって負けないくらい頑張っていた筈なんだから!私の全盛期はいつよ?幽香戦のとき?私は…私は三百年以上前なのよ!!
 思い出せ、思い出すのよ私…私はどんな風に戦って、どんな風に勝利していたか。そう、私はどんな時でも勝利だけを手にして優雅に微笑み…

『貴女も悪くなかったわよ?だけど、私には届かないわ。私には負けられぬ理由があるのだから…』
『これで勘弁して下さい…』

 勝利に酔う私、そしてそんな私に土下座して財布を差し出す私…

「…って、うおおおおい!?何で敗者まで私になってんの!?」

 折角強い私を想像してるのに、無様に負けてるのが私ならフィフティーフィフティーどころかマイナスじゃない!?
 しかも何財布まで差し出してるのよ!?あまりに似合いすぎて怖いんですけど!?違う、違う違う違う!私が勝利を収める相手は
凄く強そうな相手ばかりで…そう、私の身の丈の数倍はありそうな魔獣だって…

『フフッ…身体の強さ大きさは認めるけれど、それだけね。それでは私には届かないわよ?』
『うー…』

 勝利を宣言する私と、そんな私に乗られている五メートルはあろうかという身長を持ち、
しゃがんで頭を押さえている無様なビッグ私。そう、そうよ。私はこんな風に自分の数倍の身長を持つ大きな私相手でも…

「…って、駄目だあああ!!私が自分以外に勝てる相手なんて全く想像出来ないいいいいい!!!」

 もう私の中で『地上最弱の生物イコール私』っていう方程式が完全に完成されちゃってるのよ。
 私より弱い奴なんて生まれてこの方見たこと無いからしょうがないじゃない。何てこと…常に最弱の自分を想像することに
関しては、私は誰よりも極めてしまっていたというの…恐ろしい、私の駄目才能っぷりが恐ろしいわ。

 …よし、戦って勝つという発想は諦めましょう。所詮私如きが誰かと敵対して勝つなんて発想自体おこがましいと思わんかね。
 使用キャラがレミリア・スカーレットという時点で、相手が天狗だろうと人里の子供だろうと餅屋さんが飼ってるコロ(二ヶ月半の豆柴)だろうと
勝利の二文字は存在しないのよ。ならば逆転ホームラン。勝てぬなら、見つからなければいいホトトギス。
 幸か不幸か、私の妖気は極めてゼロに近い。これはすなわち、私の妖気を探って追跡なんて真似が出来ないということ。
 何があったのかは知らないけれど、天狗達が私をすぐに追ってこなかったのは本当に僥倖。一度連中が私を見失ってしまえば、
私を再度見つける為には直接視界に入れる距離まで近づかないと絶対に不可能よ。相手が美鈴みたいに気配察地に特化でもしていない限りは。

「ふふん…このレミリア、逃げる隠れる土下座するに関してはこの幻想郷の妖怪の誰よりも長があると自負しているわ。
この森の中で私がギリースーツでも着こめば、一生誰にも見つからない自信がある。そのくらい私は空気となれる存在なのよ?」

 胸を張り、私は草木の生い茂る山の中を一歩一歩と進んでいく。
 どっちの方角に向かえばいいのかさっぱりだけど、とりあえず山を下りれば何とかなる筈。山を降りる為には、
只管一つの方角だけを歩き続ければきっと出られる筈よ。空を飛んで位置を確認できればいいんだけど…妖怪の山の空に
沢山の見回り天狗さん達がいるだろうから迂闊に顔を出せない訳で。ビビりの私は極力見つからないよう地を往くのよ。
 ふふ、やばい、何か生ける気がしてきたわ。さっきまで泣いていたくせにと思われるかもしれないけれど、
無意味でも自信を持つことは大事なことよ。よし、そうよ、これでこそ私よ。ヘタレビビリのマイナスポイントも騙し通せるくらいの
ポジティブシンキングさえあれば、私はあと三年は戦えるわ。とにかく誰にも見つからないよう、誰にも見つからないよう…

「――そこの貴女、ちょっと良いかしら?」
「ごめんなさい本当にごめんなさいこれで勘弁して下さい!!!」

 背後から突然声をかけられ、私は振り向くと同時に土下座を敢行。無論、ポケットの中のくまさん財布を差し出すことも忘れない。
 というか、いきなり見つかってるやん…え、何これ。『私達の戦いはこれからだ!』の次のページで主人公デッドエンド迎えてるやん。
 何で私見つかったのとか、どうやって見つけたのとか、そんなことは置いといて…とりあえず、終わったかな。うん。
 ポジティブ思考なんて紅魔館の湖か何かに投げ捨てる勢いで絶望する私に、声をかけてきた人は溜息一つついて私に話しかける。

「ほら、早く立って。別に私は貴女を怒ったりしてる訳じゃないから」
「…え、あ、うん」
「全く…急に土下座なんて意味不明だし、何より服が汚れるでしょ。貴女、いつもこんなことしてるの?」
「えーと、その…してる、かなあ」
「頭を下げるときはもう少し状況を考えて下げなさい。
貴女だって嫌でしょ?自分が悪くもないのに、他人に土下座したりするなんて」

 私の服の汚れを払いながら、淡々と諭してくれる人…妖怪さん。え、何この展開。私捕まってリンチじゃないの?
 しゃがみ込み、私と目線を合わせてくれる妖怪さん。美少女さんで綺麗な白髪を持ち、頭部についた耳はわんこのようなお耳。そしてもふもふ尻尾。
何より特徴的な背中に生えてる純白の翼。え、何この人、本当に格好良い。妖怪…よね?何の妖怪なの?天狗…じゃないわよね。
 だって天狗って鴉だし。羽は黒いし、そもそもこの人はワンコ耳と尻尾がついてるし…犬の天使様か何かかな。エンジェルチワワとか。
 呆然と私がその人を眺めていると、その人は私の服の汚れを払い終えた後で立ち上がり、私に向かって再び口を開く。

「それで、貴女どうしたの?さっきから独り言ずっとぶつぶつ言って困ってたみたいだけど」
「え?え、あ、えーと…その、ま、迷子…になっちゃった、みたいな?」
「迷子?貴女、この先は天魔様のおられる聖地内よ?駄目でしょう、許可なくこんな場所まで来ては。
妖怪の山の妖怪なら、それくらい知ってて当たり前の常識じゃない」
「さ、最近引っ越してきたばかりだから!ちょっとまだ常識に疎いところがあったりなかったり!」
「引っ越し?貴女、この山に入居したばかりなの?おかしいわね、新しい同胞が増えたときは情報が回ってくる筈だけど」
「そ、そうなの?ま、まだ日が浅いから完全に回って無いのかも?かも?」

 ヤバい、天使様の私を見る目がだんだん厳しくなってる。ああああああ、やばいやばいやばいやばい誤魔化しきれてない!!
 ていうか、何どんどんでまかせ並べ立ててるのよ私!いや、でも、向こうは私をレミリアだと分かってないみたいだし、何とか
妖怪の山の妖怪として勘違いして貰わないと困る。頼みます、頼みますから誤魔化されてください。そして私を解放してあげてください。
 じーっと私を見つめる天子様。視線を逸らさないように頑張ってぎこちなく微笑む私。そして、天子様は軽く息をつき、再び私に言葉を紡ぐ。

「まあいいわ。とりあえず、私に同行して頂戴。天魔様の聖地から離れないと、大天狗様に怒られちゃうから」
「え、えっと…ど、何処に連行?まさか、あの、妖怪の山のボスのところとか…」
「聖地から離れないと怒られるって言ってるのに、どうして貴女を天魔様のところに連れていくのよ?大体連行って何。
一緒に行くのは、私達妖怪の居住区よ。貴女もそこに家があるんでしょう?」
「え、な、ないけど…」
「無い?もしかして貴女、棲み処を持たない妖怪なの?」
「う、うん…本当は家が欲しいんだけどね!?ほら、家を持つにもローンとか払えないし新参者は段ボールハウスで十分っていうか!?」
「…とりあえず、いいから来なさい。私の家に案内するから」
「…何で?」
「貴女、自分の今の格好全然見えてないでしょ?服なんてあちこち破れてボロボロじゃない。
そんな格好で歩き回るのは問題でしょ。私のお古の服をあげるから」

 …天使がいた。妖怪の山に、恐ろしい程に優しい天使様がいた。
 本当、幻想郷もまだまだ捨てたものじゃないわね。こんな優しい人がいるなんて…さて、どうしよう。
 このまま妖怪の山の居住区に行くのは、非常にリスキーであると同時にチャンスでもある。木の葉を隠すなら森の中、天使様に
衣服を貰って、この服を捨ててしまえば迷彩度は上がる気がする。そして、『私は妖怪の山の妖怪です!』って言い張ってしまえば、
我が物顔でこの山を歩けるじゃない。うん、このまま拒否して天使様に疑いを持たれるよりはまだ助かる可能性がある。
 …何だか、心優しい天使様を利用してるみたいで本当に気苦しいんだけど…それでも、私は助からないといけない。
 家族の為にも、神奈子や諏訪子や早苗の為にも、私はここで捕まる訳にはいかないの。だからごめんなさい、天使様。私は卑怯な女です。
 貴女の優しさを保身の為に利用します。許してくれとは言いません。だから私に――

「ところで貴女、名前と種族は?」
「――え?れみ…うおおおおおおおい!?」
「な、何!?」

 許して下さい(切実)。いや、え、何その唐突な無茶ぶり!?危うく素で本名言いそうになったじゃない!?
 名前と種族って…いや、ここでレミリアで吸血鬼ですとか言ったら即バレするでしょ!?偽名、種族、何かないの!?

「だから名前よ、名前。ずっと貴女、とか言うのもあれでしょう?
種族は貴女が見た目だけじゃ分からない種族だからよ。羽はあるけど、天狗ではないでしょう?」
「え、あ、う…名前、名前ね…」

 どうしよう!?誰かのを適当にレンタルするとか!?でも、有名過ぎるとばれたりしない!?
 そもそも種族って何があるの!?私みたいな弱っちいのにぴったりな納得できる説得力のある種族って何!?
 やばいやばいやばいやばいやばい!!考えろ、考えろ私、何か、何か何か何か何か何か――

「あうあう…も…」
「も?
「モス子・ミュール」(キリッ)
「…種族は?」
「蚊の妖怪」(キリリッ)

 通らばリーチ!頼むから通して!見逃して!!ていうか私何言ってんの!?モス子て!?蚊の妖怪て!?
 天使様の判定は――セーフ!!『ああ、成程』って納得してくれてる…って、うおおおい!?私蚊の妖怪で納得されてるよ!?
 いや、確かにこんなにへっぽこだけど、蚊って!自分で言ったんだけど、それでも蚊って!!そこは少しくらい疑問を持ってよ!?
 私は小さな不満を必死に胸の中に収めつつ、天使様の次なる言葉に耳を傾ける。

「モス子、ね。それではよろしく、モス子。
それと、私の名前なんだけれど――私の名前は犬走椛。種族は分かると思うけれど、白狼天狗よ。よろしくね」
「よろしく…て、天狗!?天使じゃなくて!?」
「…いや、何処から天使なんて出てきたのよ。何処からどう見ても天狗でしょう。
それじゃ行くわよ、モス子。居住区まではそんなに遠くないから」

 そう言って、天使様――じゃなくて椛は私の手を引いて空を飛行する。
 天狗、へえ、天狗なんだ。つまり私はプレイボールしてすぐに天狗様に見つかっちゃってると。
 …ごめん、フラン。やっぱり私、駄目かもしんない。このどうしようもなく不運なモス子・スカーレット姉様を許して頂戴。



















 ~side 紫~



「紫様あ…これ、難しいです」
「フフッ、大丈夫よ橙。初めてにしては上手に制御出来ているわ」
「本当ですかっ」

 喜ぶ橙の頭を撫でながら、私は視線を橙の手元へと向ける。
 現在、橙はお手玉を四つほど宙に浮かせて、それぞれ異なる軌道で動かし続けている。
 これは私が橙に課した空間制御の練習の一環。管理人の座を藍に代替わりした今、少しでも早く
この娘を立派な『八雲』に成長させる必要がある。それ故に、私が橙の指導をこうやって行っている。
 …まあ、藍は橙の成長よりも先に私の復帰を望んでいるみたいだけど。笑みを零しながら指導する私に、呆れるように言葉を紡ぐ女性が一人。

「八雲紫も随分と子煩悩ね。指導にしては随分と温いことで」
「あら?私は藍には厳しかったわよ?
娘には厳しく、孫には甘くが私の基本方針なのよ。それと、『も』ということは貴女は子煩悩ということかしら、風見幽香?」
「馬鹿らしい。私に甘さと優しさなんてモノは存在しないのよ。
あの娘なら、今頃花畑で目を回してる頃じゃないかしらね。調子に乗っていたから、肉弾戦で現実を教えてあげたところだもの」
「あらあら、子供の教育に随分と熱心なことで」
「当然でしょう?アレでも『風見幽香』の名を冠する者ならば、強く在って当然よ。
弱者の風見幽香など、この世に存在することすら許さない。許されないわ」

 そう言って彼女――風見幽香は愉しげに微笑む。
 物騒なことを告げる客人に、私もまた笑みを零して、橙に言葉を贈る。

「橙、あと二十分程制御を繰り返したら休憩にしましょう」
「はいっ、紫様!」

 そう橙に指示を送り、私は幽香の方へと足を進める。
 彼女とは、異変の時よりの付き合いだけれど、なかなかどうして悪くない。
 向こうもそう思っているからこそ、こうやって遊びに来てくれるのでしょうけれど。本当、レミリアの人を見抜く目は大したものね。
 そんなことを考えている私に、幽香が愉悦混じりで私に話しかける。

「妖怪の山が騒がしいけれど。アレに手だしはしていいのかしら?
あれだけ楽しそうな空気を振りまいているのだもの。誘いに乗っても仕方ないでしょう?」
「あら、駄目よ幽香。あれは藍の管轄だもの。傍観するか、乗り出すか。それを決めるのはあの娘の役割よ。
組織同士のぶつかり合いに霊夢が動くことは出来ない。間に入ることは、霊夢ではなく藍のお仕事」
「全てを娘に押し付けた張本人がよく言う。成程、お前の娘は優秀よ。だけど、お前のように柔らかさが足りないわ。
こんな騒動からも自身の利益をしっかり得る為に策を弄するお前のような、ね」
「柔軟さはこれから身につけるものよ。さて、お茶にしましょうか。最近、幽々子から良い茶葉を譲って貰ったのよ」
「頂いておくわ。しかし、残念ね。この機会に味わってみたかったのだけれど…ね」
「あら、お茶なら幾らでも味あわせてあげるけれど?」
「ふん、今回は傍観に徹してあげる。少しばかり興味もあるしね」

 そう告げて幽香は口元を歪める。――成程、全て読んでいる、か。本当に幽香も食えない妖怪ね。
 私は微笑みながら、お茶の用意を進めるだけ。愛娘の更なる成長の為に、現状と友人を利用する今を笑いながら。

「――フランドール・スカーレットと八雲藍。
この世界の英雄の妹と、最強の妖怪の娘。現時点でどちらが優れているのか、実に興味深いわ」







 


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