(収入) - (支出) = (収支)
誰もが一度は見た事のある式である。
通常、真面目に働いて収入を得て、散財していない者は収支が正の値になる。
その者が支出を抑えるようにしているのであればその収支の値も当然大きくなる。
だが、毎日過酷な職場で9時間働き、可能な限り節約したとしても収支に負の記号が付いてしまう男がここにいる。
総務の換金窓口前で本日の給与343マネーを片手に苦々しい顔で立つよしおである。
よしお達の後輩である新人パーティとの合同迷宮探索を行ってから早5日が経過。
常に1日の収支がマイナスのよしおは現在ほんの少しの貯蓄を削りながらも何とか生活できているレベルだ。
しかし、長くは保たない。
現状のよしおの手持ちは2500マネーを切っている。
この5日間、残念ながらマカライト鉱石の一つも入手できなかった。
このままでは後1週間程度で貯蓄が尽きてしまうだろう。
退職届作成の件についても進捗状況は芳しくない。
(あぁ…それにしても金が欲しい…っ!)
よしおは現在殆ど食費にしか金銭を費やしてはいない。
一日二食。日に費やす金銭は1000マネー以下である。
例えば自炊などすればもう少し節約することも可能だろう。
しかし、よしおの住む社員寮にはキッチン等はなく、ベッドしか置いてない。
その為、これ以上節約しろといっても出来ないのが現状なのだ。
現状を脱出するには収入の値をより大きくする必要がある。
かといって、収入を大きくするにはより深い階層に潜って採掘を行うしかない。
深い階層ほど掘り尽くされてはおらず、また貴重な資源が採集しやすい。
しかし、当然ながら深い階層になればなるほどモンスターの強さもそれに比例し大きくなるので、命の危険は増す。
臆病なよしおとしてもそれは御免であったのだが、残念な事にそうも言っていられない状況が後日発生するのであった。
総務で換金を終えた後は、いつものように購買へと向かう。
今日は“お米戦隊炊飯ジャー”の他にも“ティガーマスク”というアニメの放送があるのだ。
見逃す道理はない。
『虎だ!お前は虎になるのだ!』
“ティガーマスク”のストーリーはどこかデジャヴを感じさせるものだ。
現代社会でも見たことがあるような見たことがないような…。
何か虎次郎はこのアニメの主人公に非常に似ている。性格は全く似てはいないが。
虎次郎もこの主人公のように少しは勇敢さを持ってくれればとよしおは思う。
虎次郎にとっての“虎の穴”とは果たしてこの会社のことであろうか。
彼がブーヘンヴァルト強制収容所という“虎の穴”でどうにか生き残る術を早い内に身につける事をよしおは祈るばかりであった。
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翌日の業務が終了した後、今では8名まで減ってしまったよしおのパーティの面々は一同に会し、会議を行っていた。
命の危険がある迷宮探索。少しでもその危険性を減らすために、週に何度か、このように集まって互いの意思疎通を行い、今後の方針を決めていこうというのだ。
しかし、今回集まったのは、今後の方針について話し合うためではなかった。
「例の新人共がより地下深くで採掘を行う計画をしている」
よしおのパーティのリーダー役を務める黒い鴉頭の男が今回の議題について語った。
彼の名は烏丸九郎。名は体を表すといったところである。
「例の新人共というと……あの桃色暴動に襲われていて俺達が助けたパーティか?」
ユーマがそれについて確認を取る。
「そうだ。連中、もっと贅沢な生活をしたいそうだ。その為には浅い階層で採掘なんざしていられないらしい」
確かに浅い階層で採掘していても十分な賃金を得る事は出来ない為、食べていくだけで精一杯だ。
現在減給処分中のよしおはその事を人一倍強く実感している。
「無謀だと思うね」
藤吉郎が意見を述べる。
よしおも藤吉郎と同意見だ。
迷宮探索において最も必要なものはモンスターに対しての情報である。
どのような攻撃をしてくるのか、弱点は何なのかを知っておく事は迷宮探索のリスクを格段に下げることができるのだ。
だからと言って、理論と実践は違う。知識としては知っていてもそれを実際に活かせないことが多い。
よしお達が助けた新入社員達も桃色暴動に関する知識は得ていても恐怖によってそれを実践に活かせてはいなかった。
彼らだけではない。よしお達だってそうである。
入社初日の桃色暴動の時は言うまでもなく、3日目の毛むくじゃらの共鳴無惨と巨大ガガンボみたいな酩酊蜂起の挟み撃ちにあった時などでも一気にパーティは混乱状態に陥った。
そうして、多くの死者を出した事と引き換えによしお達は、実践での心構えや想定外の事が起きても冷静を保つ事など多くの事を学んできた。
だが、それがよしお達が助けた後輩達に適応されるかというとそうではない。
1週間入社が早いか否かの違いではあるが、よしお達は誰の助けもなく、モンスターに対しては自分達のみだけで対処せねばならなかった。
しかし、対して彼らはどうかというとよしお達の助けがあって実践でのモンスターの対処を覚えてきたのだ。
よしお達と同じく彼らにも与えられた拠点まで辿り着いて戻って来いという課題も、彼らが心配だったよしお達が同行し、共鳴無惨や酩酊蜂起の対処の見本を見せていた。
きっと彼らはよしお達から地下1~4階の敵の対処法を覚えて、これなら深い階層のモンスターの対処なんて簡単なんじゃないか?なんて勘違いしているんではないかと思う。
そうした彼らが、理論と実践は違うという心構えや、想定外の出来事に対して冷静に対処する事を十分に学んでいるかと聞かれると疑問に思わざるを得ない。
短い間であるものの、よしお達は彼らに厳しく教育してきたつもりだが、結果的には彼らを甘やかすことになっていたのではないかとよしおは思う。
「私もそれは無謀だと言って止めたんだがね。話を聞いてはくれなかったよ」
九郎は不機嫌そうに答えた。
「…精霊執行官の野郎か?」
その名前を聞いた九郎は苦虫を噛み潰したような顔をしたことでそれを肯定した。
精霊執行官。
中々にアレな名前だが、後輩達の中でリーダーをしている者である。
人間に近い容姿をしているが、耳が長いのが特徴だ。
ゲームでいうエルフとか呼ばれる人種なのかもしれないが顔の造形は至って普通である。
エルフといえば美形なイメージが先行するがこの異世界では別にそんなことはないようだ。
俺のほうがカッコいいな!なんてよしおは思っちゃったりするくらいである。
よしお達のリーダーである烏丸九郎という男が冷静沈着であるのに対して、彼は何処か支配者気取りな男であった。
これまでもどこか独裁的な部分を見せていた事で、よしお達は彼を要注意人物として見ていた。
彼に反抗してくれる者が後輩達の中で誰か居ればよかったのだが、残念ながら彼を除く他の面々は流されてしまう性格のようだ。
必然、彼が独裁的にパーティの方針を決める事となったのだろう。
「それで…いつだ」
「…明日だ」
「はあぁ!?」
「既に拠点宿泊施設の使用届も総務に提出してしまっているらしい」
「場所はどこだ?」
「地下6階だ」
「せめて地下5階にしておけってんだよ…」
地下6階であれば休憩せずに往復するだけでも半日かかってしまう。
そこで採掘することを考えると必然、拠点での泊まりは必須となる。
既に彼らは総務に拠点宿泊施設使用の申請を行ってしまっている。
即ち地下深くの階層で採掘を行うことを総務に知らせてしまっているわけだ。
今から取り消しするよう精霊執行官に言いつけたところで彼が素直に従うとは思えないし、拠点宿泊施設の使用の急なキャンセルは総務から何らかのペナルティを受けることになるかもしれない。
「…で?どうすんだよ」
「我々も彼らに同行する事を提案する。後輩には死なれたくないしな」
何だかんだ言って可愛い後輩達である。死んで欲しくはないのだ。
「それに我々も試用期間が終わればバラバラに配属されてしまう。中には探索部に配属されて地下深くに潜らなければならない者もいるだろう。今回の件はそうなった時の為の予行演習とでも考えるしかないな」
よしおとしてはルームメイトである虎次郎には悪いが、ぶっちゃけ新人達には同行したくなかった。
だがしかし、他のメンバーは、新人達の悲鳴を聞きつけて助けに向かったよしおに触発されて妙な正義感が彼らの中に育っていた。
実はそれは誤解であるのだが。
「仕方ねぇな」
「ここで見捨てたら桃色回路さんに笑われちまいますよ!」
「ハハハ、全くその通りだ。ただし、新人共にはお灸を据えてやらんといかんな」
(え?何?何でそこで俺の名前が出てくるの?!)
よしおを除くパーティーメンバー全てが仕方なしではあったが、それを了承した。
(笑わないから付いていくのやめようよ…)
心の中ではそう思っているよしおであるが、言葉が分からないという要因だけではなく、彼もまた流される性格であったので反対意見は言えなかったりするのであった。
「どうやら気持ちは皆同じようだな…。時間がない。このまま採掘場所と地下5階、6階に出没するモンスターについての説明を行う」
そうして、それから1時間、採掘場所と地下5,6階に出没するモンスターについての対処についての説明が九郎より行われた。
「それでは各自、地図と出没するモンスターの復習、それと明日の準備を怠るな。拠点宿泊施設の使用申請は私が行っておく。以上、何か質問がなければ解散とする」
(マジか…。マジで行くのかよ…)
こうして流されるままにいやおうなしに深階層へと潜る羽目になったよしおであった。
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会議が終わり、自室に戻ったよしおであるが、今宵はとても勉強できる心境になかった。
明日は未知エリアの地下6階まで降りなくてはならないのである。
ベッドにてうつ伏せに顔を伏せて沈むよしおを心配したのか、ルームメイトの虎次郎が声をかける。
「あの…大丈夫ですか」
「頭がフットーしそうだよおぉ」
顔を枕に沈め、パタパタと手を振りながらよしおは答える。
明日の事について考えると頭が痛い。
絶対何か起きる、ヤバい事が起きる、とよしおは深憂していた。
異世界に来てからの運勢は下限突破であるよしおは、ネガティブシンキングに陥ってしまっていた。
「…頭痛薬買ってきましょうか?」
マッスルタイガーは気配りも出来た。
なんと懇篤な男だろうか。よしおと同じく試用期間中である彼も十分な金銭は持っていないであろうに。
全く容姿とは似つかない性格である。
「ダイジョウブ」
埋めていた顔を虎次郎へと向け、返事をする。
それでも心配そうな虎次郎の顔を見てよしおの顔に若干の笑みが浮かぶ。
ごちゃごちゃと心配ばかりしていても仕方がないのだ。決まってしまったものはもう覆らない。腹を括るしかないのだ。
よしおは気持ちの切り替えが早い事が長所なのだ。
自分を心配してくれるこの筋肉虎の為にもなるのならばまぁ仕方ないか、とよしおは思った。
何だかんだでよしおはお人よしなのだ。
よしおにとって虎次郎とは見た目は怖いが、臆病で優しいルームメイトであるという評価だ。
対して虎次郎にとってよしおという存在は実は精神的な支柱となっている。
虎次郎は計り知れない程の筋力を持ち、高い戦闘力を有するものの臆病な性格である。
彼以外の同期は桃色暴動やポチなど対処の仕方を覚え、戦闘行為が行えるようになったのであるが、彼はその臆病な性格が災いして、未だに敵と遭遇すると恐れから頭を抱えて蹲ってしまって戦闘時役に立たないだけでなく、邪魔になっていた。
そんな見た目は強そうであるのに邪魔にしかならない存在である虎次郎は他の新入社員からイジメの対象となってしまっていたのだ。
陰口を叩く者も居ればあからさまに邪魔である事を責め立ててくる者(後者は主に精霊執行官であるが)。
気弱な虎次郎はそれに反論できなかったし、実際責められてしまう行動をしているのも確かであった。
そうした虎次郎が精神的に追い詰められてしまうのも仕方のない事である。
だが、彼の同期達とは違い、先輩であり、ルームメイトであるよしおは虎次郎をそんな目で見るような事はしなかった。
よしおは言葉が話せないというブランクがあるものの、虎次郎を見下したりはせず、自分と対等に接してくれていたのだ。
彼に言葉を教え、たどたどしい公用語ながらお礼を言われると自分が少しは彼にとって役に立っていることを実感できる。
そのことだけがこの辛い職場でも彼を支え続けてきたものなのだ。
入社して1週間程度だが、よしおが居なければ彼は辛い職場、人間関係に苦しみ、早々に潰れてしまっていただろう。
しかし、虎次郎もいつまでもそのままではいられない。
自身の臆病な性格をどうにかしないと比喩的表現抜きでこのブラック企業では生きてはいけない。
よしおが減給により金銭的に崖っぷちなのに対して、虎次郎もまた精神的な要因により崖っぷちなのである。
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翌日の始業時間15分前、集合場所にはよしおのパーティと新人パーティが集まっていた。
いきなり現れた先輩達に新人達も戸惑いを隠せないようである。
よしお達を見て精霊執行官など明様に嫌そうな顔をしている。
「整列しろッ!ウジ虫共ッ!」
イタクラの容赦ない怒声が響く。
イタクラはよしおのパーティーメンバーの中の一人で最も後輩達に対して厳しく教育してきた狼男である。
この男に対しては新入社員も皆恐れており、彼に口出しをするような勇気のある者はいない。
「地下6階で採掘するつもりらしいな…そんなに自分の力を過信しているか、ウジ虫共!貴様らに出来るのはクソの山から体をくねらせながら這い出る事だけだッ!」
自身の力を過信して地下6階に行くという無謀な計画を立てたのだ。
彼らだけで生きて帰ってこれるとは到底思えない。
おせっかいかもしれないが、彼らを助けるためよしお達もついていかなくてはならなくなった。
彼らの無謀な行動によって、よしお達の予定も急遽変更しなくてはならなくなったし、命の危険も増す。
そんなわけでいつも以上によしお達先輩が新人達に厳しくあたるのも仕方のない事なのかもしれないが…
「いいか、貴様らはこの星で最下等の生命体だ。貴様らは人間ではない。両生動物のクソをかき集めた値打ちしかない!」
(怖ぇ…)
何かハートマン軍曹が憑依しているイタクラに同期であるよしおですら恐怖を覚えてしまうのであった。
「計画を立てたのは誰だ」
新人達の誰も返事をしようとはしない。
板倉は新人達の前を歩き、一人一人睨みつける。
その内の一人の前で立ち止まり、
「お前か!?」
彼の顎を強引に掴み、顔を近づけた。
「ち、違…!」
「ふざけるな!口でクソたれる前と後に“サー”と言え!分かったかこのウジ虫がッ!」
「Sir, Yes, Sir!」
「もう一度聞く…計画を立てたのはお前か!?」
「Sir, No, Sir!」
「嘘つくなクソガキが!貴様だろ!」
「Sir, No, Sir!」
犯人が分かっているというのに敢えて間違った人物を叱責している。
良心の呵責に耐えられない真犯人を燻りだそうという魂胆だ。
まさに鬼教官である。
「自分であります、サー!」
耐えられなくなったのか真犯人の精霊執行官が大声を出す。
他人に責任を擦り付けないのは感心だ。最も責任を他人に擦り付けてしまえばさすがに彼の同期も従わなくなるだろうが。
「そっちのクソか…正直なのは感心だ。気に入った。名前は?」
「精霊執行官です、サー!」
「名前が気に入らん。本日より“たれ蔵”と呼ぶ。いい名前だろ、気に入ったか?」
「Sir, Yes, Sir!」
あんまりすぎる。元の厨二病の名前もアレだがあんまりすぎる。あまりの暴虐にドン引きのよしおである。
「なぜ計画を立てた」
「お金の為です、サー!」
「ふざけるな!クソの中で孵化した貴様らは1マネーの価値だってありはしない!自分より価値のある物を持とうなんざおこがましいと思わんか!?」
「Sir, Yes, Sir!」
「フン、いいか、喜べ!今日は俺達が貴様らウジ虫共についていってじっくりかわいがってやる!」
それを聞いて新人達は皆顔を青ざめる。
こうして新人達にとって地獄の合同迷宮探索が始まったのである。
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「よォし!ここで3時間の休憩を取る!その後はいよいよ地下6階へ向かう!恐怖でズボンを湿らせないようにしっかり用を足しておけ!解散!」
どうにか無事に地下4階の拠点まで辿り着いた一行。各々が休憩を取るため散っていく。
新人達は言うまでもないが、流石によしお達もクタクタである。
最もよしお達は新人達に疲れを見せないよう隠してはいたが。
よしおもすぐさま休憩を取りたかったが、その前に懸念している事を解消しなくてはならない。
それは虎次郎の事だ。
相変わらず臆病が治っていない虎次郎は道中でもしっかりと皆に迷惑をかけ、板倉からも厳しい叱責を受けていた。
きっと落ち込んでいるに違いない。世話になっている身として、ルームメイトとして彼を慰めてやらなければならないだろう
虎次郎を探しに回るよしお。
暫く歩き回った後、休憩室の片隅で案の定、鬱状態の虎次郎を発見した。
(空気が…澱んでおる…)
虎次郎を基点に何か負のエネルギーが充満している様な気がする。
これはいかんとよしおは虎次郎に声をかける。
「ダイジョウブ?」
「…あ、桃色回路さん。すいません。ご迷惑ばかりおかけしてしまいまして…」
よしお自身も臆病だから虎次郎の気持ちはわかるつもりだ。
確かにモンスターは怖い。
しかし、一匹モンスターを倒してしまえば臆病は半分に、さらにもう一匹倒せば四分の一に、三匹目でそのモンスターに対しては恐れは感じなくなるものだ。
言い換えれば、最初の一匹で勇気を出して戦うことが一番難しい。
虎次郎にもその勇気を出す切欠というものがあればいいのであるが中々都合良くは行かないものである。
虎次郎に何かアドバイスが出来ればいいのに、よしおは自分が言葉が満足に話せないのをもどかしく思うのであった。
「ダイジョウブ!ダイジョウブ!」
虎次郎の肩を叩きながらそんな短い言葉しかかける事が出来ない。
「ありがとうございます。桃色回路さん…」
弱弱しいものであったが、虎次郎はよしおに笑みを見せた。
少しは虎次郎を慰めることができただろうか。
しかし、こんな簡単な言葉でしか慰めてやれない自分自身をよしおは情けなく思うのであった。
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いよいよ出発時間と相成った。
目的地である地下6階への採掘場までは2時間半程度の道のりである。
ブーヘンヴァルト強制収容所社員は地下5階以下で採掘できて初めて一人前だと言われる。
その理由はやはりモンスターの強さによるものである。
地下1階~4階までの敵はある意味、“攻略法”と呼べるものが確立していた。
例えば、“桃色暴動”に対しては脅えを見せてはならないこと
“共鳴無惨”に対しては囮戦法が有効であることなどである。
これまでは“攻略法”が確立されていたので、恐怖によって混乱に陥っていなければ実力がない者でも何とか敵を倒すことが出来た。
しかし、地下5階からはそのような“攻略法”が確立されている敵は殆どいない。
即ち、社員自身の実力がダイレクトに影響してくる部分があるのだ。
その中で“桃色暴動”のように徒党を組んで襲ってくるモンスター達も当然存在する。
しかし、その強さは、“桃色暴動”の比ではない。
群れているくせに敵の一体一体が即死級の攻撃手段を持っていることなんてざらなのである。
そんなわけで、これから地下6階へと向かうパーティの中でも、よしおパーティのメンバーは緊張感に溢れていた。
地下1~4階までの慣れている敵とは違う。
ここから先の敵はパーティメンバーそれぞれの実力がより反映されてくる。それ以前にまず、恐慌状態に陥らないことが重要である。
これまでのように初見の敵に出会ったからと言って、仲間が死んだからと言って、容易く恐慌状態へ陥ってるようであればこの先へは踏み込むべきではない。
よしお達のパーティはこれまで何度も恐慌状態に陥り、全滅しかけてきた。
歴代の新人パーティの中でも上位に入るほどのハードな経験をしてきたのだ。
そして、その経験は決して無駄ではない。
社員殺しという別格の敵と遭遇して生き残ってきた彼らである。
そんじょそこらの敵と初めて遭遇したからといって怖気づくような事はないのだ。
また、多くの同期を失う内に、彼らは無意識下で仲間が死ぬ事に対してある程度は慣れてしまっている。それは、よしおも例外ではない。
その為、不測の事態が起こって仲間の一人二人が死んでしまったとしてもも、これまでの様に容易く恐慌状態へ陥る事はないだろう。
入社して1ヶ月経っていないというのに、彼らは“度胸”という面では立派に一人前なのだ。
対して、後輩たちは大いに甘やかされて育ってきた。
これまでよしお達に付いて回って、モンスターの対処法を学んできたからと言って、不測の事態が発生した場合に彼らがよしお達と同じように恐慌状態にならないというのは楽観的すぎるだろう。
そんな彼らが自分達だけで地下5階以下に降りようとするなど片腹痛いのだ。
だが、“実力がない”という事に付いては先輩後輩どちらも同じである。
度胸があるよしお達なら地下5階以下での探索も可能!なんて思われるかもしれないが、彼らも新人の域を出ず、実力がついてきていないという点では後輩達と同じだ。
後輩達が無謀なのは言うまでもないが、単に後輩達が心配だからと簡単に彼らに付いていく事を決めた彼らもまた無謀であると言える。
地下6階に潜る事に決まり、唯一人「行くたくねぇなー」なんて思ってたよしおが実はメンバーの中で最も懸命な判断をしていた者であったのは誰も知る由がない。
惜しむべきはよしおが言葉を話せず、それを彼らに伝えられなかったことだろう。
拠点を出発して40分、何度かモンスターに襲われながらも一行は地下5階入り口へと辿り着く。
今までは前座に過ぎない。ここからが正念場である。
半人前と一人前を隔てる壁の入り口を前にしてよしお自身も不安は隠せない。
同期達も何だかピリピリとした雰囲気を醸し出している。
一方で後輩達はどこか暢気そうである。
“たれ蔵”とかは調子に乗って「迷宮探索など貧弱貧弱ゥー!」なんて事をイタクラに聞こえないように後輩同士でコソコソ言ってるが、お前らマジ自重せぇよ、とよしおは思う。
あーいう奴は真っ先に死ぬのだ。実力があるとかないとか関係がない。テンプレ的死亡フラグな人間だからだ。
彼が命の危機に陥ってもよしおは助けはしない。助ける義理もない。
もしこれが同期のメンバーであったなら……もしかしたら助けようとするかもしれない。
実際にユーマや藤次郎が命の危機に陥っているときに率先して自分が助けたという経験がある癖に、必ず助けに向かうとは言わないあたり、未だチキンっぷりが抜けないよしおであった。
恐る恐る地下5階に降りる一行。
そして、地下五階に降りるや否やよしお達は早速敵と遭遇することとなる。
「うおぉッ!」
そんな大声が先頭から発せられた。
正面方向に大きい四足歩行の何か。一瞬ポチかと思ったが違う。サイズが違いすぎる。
(でけぇ…マジかよ…!)
敵モンスターを見て案の定ビビるよしお。
しかし、それと同時にどこか冷静な部分が無意識に敵モンスターの情報を頭の中から汲み取っていた。
確かアレの名前は“ビッグポチ”。名前の通りポチのビッグバージョンだったはずである。
ポチが普通の犬くらいの大きさなのに対して、コイツは小さめの象くらいのサイズがある。
当然、地下1~4階に生息するポチとは比較にならないくらい強い。
そして、大声に反応したのかビッグポチもこちらの方向を向く。
顔自体はポチと同じく何処か愛嬌を感じさせるものだが、涎をだらだら垂らしていることがそれを台無しにしている。
そして、その表情もよしお達を認識するや否や、非常に恐ろしいものへと変わり、モンスターと呼ぶに相応しい造形を取る。
その表情の劇的な変化を見てよしおは、
『ごめん。帰っていい?』
と、ボソリと日本語で呟いてしまうのであった。
あれだけ暢気だった後輩達も全員固まってしまっている。役に立ちそうにない。
というか、戦闘に参加しても邪魔になるだけだろう。
虎次郎は…いつもの通り蹲って筋肉ダンゴになっている。
結局、処理は先輩達がするしかなくなった。
「ヒヨッ子共は後ろへ下がれ。」
その命令に後輩達は素直に従う。
逆に先輩達は前へと出る。
(え?俺も前に出るの?)
よしおとしては当然自分も後ろに下がりたかった。
だって、嘗てよしおがハマッていた“ファイナルファンタジア11”というネットゲームでは白魔道士をレベル上限まで上げたことだってあるのだ。
その卓越したプレイテクニックによって仲間内では“癒しのYoshio”なんて呼ばれていたくらいである。
つまり、自分は後衛ジョブだから後方で支援すべきではないのか。
自分が後ろに下がりたい理由に意味のわからない理論を持ち出すよしおだった。
いつの間にかビッグポチは呻り始めて、今にも飛び掛らんとしている。
(おい…アレやばいんじゃない?時間ないよ?)
せめて心の準備をする時間が欲しい。
よしおはビッグポチが気短な性格でないことを祈った。
「囮になる。死角から刺し殺せ」
10秒かからずに九郎が戦法を構築する。
「一人じゃ危険だ。俺もやろう」
10秒かからずにそれにユーマが修正を入れる。
そうして、作戦は20秒かからず完成した。
「スリーカウントだ」
「わかった」
(ちょ!心の準備がまだ…!)
気短だったのは同期の皆達の方だったようだ。
よしおの心の声を無視して九郎が声を出す。
「3」
ビッグポチの唸りが止まる。
「2」
その数字と同時に強靭な足で地面を蹴りつけたことにより、ビッグポチの運動ベクトルが前方を向く。
「うおぉぉッ!?」「うあッ!?」「なッ…!」
合図を無視して、凄まじいスピードでビッグポチがよしお達に迫ってきた。
「フライングだよ、馬鹿野郎ッ!」
囮も何もない。真正面からぶつかることとなってしまった。
考えてやったのだとしたらこのビッグポチ、中々の策士である。
距離はあと4メートル。
1秒を待たずに両者は接触する。
結果はどうなるか分からないが、高い確率で同期の誰かが死ぬ。
その筈であったのだが、
「…ッ!?」
衝突目前でいきなりビッグポチが横っ飛びをする。
そして、よしお達を無視して横を過ぎ去って行く。
「…ッ!?拙い!そいつの狙いは…ッ!」
(は?え?)
よしおは展開が予想外すぎて状況を把握できない。
状況を正しく理解出来たのは後輩の誰かの悲鳴が耳に入った直後である。
「あ"あ"あ"あ"っ!」
振り向くと、ビッグポチが後輩の一団に突っ込んでその中の運の悪かった一人の腹に食いつき、鋭い牙と強靭な顎によって完全に固定していた。
「痛だい"い"い"い"い"い"あ"あ"あ"!?」
何度聞いても聞き慣れない。酷い音声だ。
だというのに、仲間がこんな醜い悲鳴を上げる羽目になっているというのに、後輩の誰も助けようとしない。
「喰ってんじゃねぇよ、畜生がッ!」
先輩の中で最もビッグポチに近い位置にいたイタクラが勢いをつけて刺突を繰り出そうとする。
しかし、哀れな後輩を咥えこんだまま、ビッグポチは再度横っ飛びをして回避する。
そして、そのまま奥の方へと走り去っていき、彼を連れ去ってしまった。
「やべぇ!逃がすなッ!追えッ!」
「新人共!突っ立ってんじゃねぇッ!お前達も行くんだよ!」
先輩達が先頭を走り、それに置いてかれまいと後輩達も続く。
10分くらい走り続けた頃だろうか、誰もかれもが息が途切れ途切れである。
日々過酷な業務で鍛えられているとはいえ、入社して1ヶ月未満のよしおにとってまだまだ運動は苦手であった。
しかし、間も無く一同は停止する事になる。
物凄い早さでカッ飛んでいって後続を突き放していたユーマとイタクラが先の広間の入り口で立ちすくんでいたからだ。
「…止まれ」
「ハァッ!ハァッ!何でだ!早くしないと…!」
藤吉郎が息を切らせながら抗議するが、ユーマの次の言葉に黙ってしまうこととなる。
「遅かった…。今は“食事中”だ」
その意味を誰もが正しく理解した。
その報告にへたり込んでしまう者達。よしおもその中の一人だった。
「クソッたれがッ!」
そう言い放って、イタクラはズカズカと後輩達に向かって歩く。
そして、“たれ蔵”の胸倉を掴んで低い声で脅す。
「撤退だ、文句はねぇよな…?」
その声には怒りが込められていた。爆発しないように必死で押さえ込んでいる、そんな声であった。
「…Yes, Sir」
たれ蔵はただ力なく答えることしか出来なかった。
暫くその場で黙ってへたり込んでいたが、イタクラがそれを破る。
「…おい」
「ん?」
「あの臆病筋肉は何処へいった」
「は?」
(臆病筋肉?……あ!!)
よしおはキョロキョロと周りを見渡す。居ない。
あの臆病な大柄のタイガーマスクはどこにも居なかった。
よしおの顔が青ざめる。
「おいおいおいおいッ!マジかよッ!」
そんな様子のよしおを見て、イタクラも現状を理解する。
きっと彼はあの場所で一人で蹲ったままなのだ。
(畜生、マジで!?マジかよッ!)
足が疲労でブルブルと震える。それでも戻らなくてはならない。
虎次郎は臆病者だけど、言葉の勉強を教えてもらった優しい男だ。
恩ばかり受けていて、彼には何も返してはいない。
転びそうになるのを堪えながらよしおは立ち上がり、来た道を引き返そうとする。
そんなよしおを見てユーマが肩を叩き、告げる。
「俺に任せろ。俺なら5分…いや4分で戻れる」
それを聞いていたイタクラが追従する。
「遅いな。俺なら3分で行ける」
そんな事を言っているけど彼らだって疲れているんだろう。
「何、お前のルームメイトが襲われていたとしてもお前達が到着するまで時間稼ぎくらいはできるさ」
「アイツは一番ダメな奴だからな。死んでもらっては困る。しっかり教育しなけりゃならん」
それでも尚、可愛い後輩のため、そしてよしおを安心させるため、少数行動は危険だっていうのに彼らは骨を折ってくれるのだ。
異世界に来て酷い目にあってばかりだ。
それでも、異世界に来てたった一つだけ幸運なことがあった。
種族も言葉も違うけれど、このかけがえのない友人達を得る事が出来たというのはこの世界でのたった一つの幸福だ。
目頭が熱くなる。またしても「ありがとう」という言葉は涙声になってしまった。
「おい、桃色回路泣くんじゃねぇよ」
「ククク…ホント幻術力学だな、お前は」
(何よ…幻術力学って…)
またしても出てきた謎の単語に顔を上げる。
ユーマとイタクラが互いに顔を見合わせ苦笑していた。
彼らにとって虎次郎はよく知る相手では無い。
それでも彼は自分達の後輩だ。だから助けにいかないといけない。
だけどそれだけが理由じゃない。
彼らはよしおが虎次郎から言葉を教えてもらっていることを知っている。
虎次郎はよしおの友人でもあるのだ。
自身の友人の友人の為だ。多少の危険がなんだっていうのか。
どんなに疲れていても、どんな危険な目にあったとしても、彼らは虎次郎を助け出すことを決意していた。
「さて、こうしてる場合じゃないな。ユーマ、俺に付いてこれるかな?」
「俺にそんな口を聞けるとでも?“東ウェリントンの赤兎馬”の異名を知らないわけじゃないんだろう?」
こんな状況だって言うのにふざけあって楽しそうな二人。
そんな二人をみてよしおは不安に思うどころか頼もしさを感じるのであった。
それから15分後、先に向かったユーマとイタクラを除くよしお達は階段へと戻るべく急いでいた。
疲れていたけれど出来るだけ急ぐべく、走ってきた。
口の中の唾の粘度が高くなってしまった。喉に絡み付いて辛い。それに脇腹も痛い。
それでも彼らは走るのをやめなかった。
すでにユーマとイタクラは到着しているはずである。
彼らと虎次郎が何事もなく無事だといいのだが。
もうすぐ到着だ。きっと彼らは元気な姿で迎えてくれるはずだ。
よしおはそう信じていた。
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よしおは目前の光景が現実とは思えなかった。
いや、パーティの全員が目の前の光景を信じられなかった。
(何だよ…これ…)
よしおの心の声はパーティの誰にでも向けた物ではない。
唯一つ、目の前の緑色の巨大な生物に対して向けられている。
対してその巨大な生物の二つの複眼はよしお達に向けられてはいない。
ただ目の前の“食料”に対して向けられていた。
それはカマキリだった。
鎌状の前脚で“食料”を抑えつけ、大顎でかじって食べている。
“食料”を噛み砕く、ゴリゴリという音がここまで届く。
初めて聞いたその音は非常に嫌悪感を齎すものだった。
“食料”は人の形をしていた。
ただ、頭がない。床にも落ちていない。だとしたら何処へ言ったのか。
答えは当然「胃の中」だろう。
いや、そんなことは重要なことではない。
問題は“食料”が誰なのか、ということだ。
頭さえあれば判断が出来たのにその肝心の頭が無かった。
虎次郎はあそこで蹲ったままだ。震えてるから無事みたいだ。
ユーマは倒れている。大丈夫なんだろうか。気を失っているだけだといいのだが…。
イタクラは…イタクラは何処だ。見当たらない。
パーティの全員がその非現実を眺めていた。
均衡が崩れたのは、後輩の一人が蹲り、嘔吐したことによるものである。
それに続いて、皆、床に吐瀉物を撒き散らかす者が続出する。
よしおもあのカマキリに喰われているのがイタクラだと分かった時、胃から酸っぱい物が込み上げてきて、床に嘔吐してしまった。
(何でこうなった…何が悪かったんだ…)
蹲り、床に撒き散らかった自分の吐瀉物に目を向けていたが、そんな視覚の情報などよしおの脳では処理されない。
よしおが頭の中で処理しているのは“何故こうなったのか”、“何が悪かったのか”その二点の理由についてのみである。
“何故こうなったのか?”
あのカマキリの化け物が襲いかかってきたのだろう。そしたら、イタクラの頭が無くなってしまった。
これはいい。間違っていないはずだ。
じゃあ“一体何が悪かったのか?”
よしお自身なのか?虎次郎?それともそもそも地下6階に潜ろうと計画を立てたたれ蔵?
否、違う。
カマキリの化け物だ。
こいつだ。こいつのせいだ。全部こいつが悪い。
心の中で沸々と何かが湧き上がってくるのを感じた。怒りというその感情は今までの人生でも何度も感じた事のあるものだ。
だけど、よしおは今まではそれを表に出す事は滅多になかった。
だけど今回のそれは規模が違う。抑えられそうにないものだった。
目の前の怨敵を睨みつける。
(うぅうぅぅ…!うぅう…!)
それでも、その怨敵を視界に入れてしまうと怒りよりも恐怖が上回ってしまうのは何故だ。
目の前の存在が許せないはずなのに、戦いたくないと思ってしまうのは何故だ。
イタクラの仇をとらなくちゃならないっていうのに、死にたくないなんて躊躇してしまうのは何故だ。
目の前で倒れている仲間がいるっていうのに、早く助けなくちゃならないっていうのに、心の何処かが「早く逃げろ」と叫んでいるのだ。
(いやだ…死にたくない…)
今まで何度も自分自身を情けないと感じた事はある。
だけど、今回のそれは今までのものとは比にならない。
自分が途轍もなく醜く感じてしまうのだ。
それでも脳裏に過ぎる。
イタクラとユーマはどうだっただろうか。
「俺に任せろ」と言って命をかけて虎次郎を守りに行ってくれたではないか。
そして、イタクラは自分の命と引き換えにして、虎次郎を守りきった。
それに比べて自分はどうだ。仲間の仇よりも自分の命を優先するっていうのか。
「うぅうあああぁ」
子供のように大声でよしおは声を上げて泣いた。
涙を流しながら、大声で泣きながら、それでも立ち上がって、マチェットナイフを包んでいた布を剥ぎ取った。
涙は止まらない。恐怖は麻痺しない。
グスグスと鼻を鳴らしながら、顔を涙でぐしゃぐしゃにさせながら怨敵を視界に入れる。
涙でその肖像はぼやけてしまっていた。
それでもマチェットナイフを片手にカマキリに突撃しようと体勢を変える。
「待って、桃色回路!」
それを後ろで見ていた藤吉郎が大声でよしおを止める。
だけど振り向かない。止めないで欲しいとよしおは思っていた。
仇をとるという決意が鈍りそうになってしまいそうだったから。
しかし、彼の次の言葉は予想外のものであった。
「僕も混ぜろ」
よしおは驚いて藤吉郎の顔を見る。
彼の目は怒りに燃えていた。
同期の皆がその言葉に追従する。
「クソッ…怖いけど…!ライバルである桃色回路に遅れを取るわけにはいかない!」
「屋上へ行こうぜ…久しぶりにキレちまったよ…」
「許さん…!許さんぞ!虫けらッ!じわじわと嬲り殺しにしてくれる…!」
よしおだけではない。彼の同期のメンバーは皆計り知れないほどの怒りと恐怖を感じていた。
しかし、よしおの恐怖で泣き喚きながらも、敵と戦おうとする姿勢を見て全員が恐怖を乗り越えていた。
「殺せ!絶対に生かして帰すな!」
九郎のその号令を元に先輩メンバーは目前の敵目掛け、殺到する。
策も何もない。最早全員怨敵を排除することしか頭に残っていなかった。
「いい加減ッ放しやがれ!」
イタクラを食べ続けているカマキリの鎌状の前足目掛け、九郎が剣で斬りつける。
しかし、昆虫類の甲殻の堅さは並ではない。
ましてやこの巨大なサイズの虫のものであれば、青銅の剣で切り落とすというのは極めて困難なことだ。
全身の力を込めて放たれた斬撃は当然の如く、甲殻によって弾かれてしまった。
「クソッ…!堅いぞ…!」
同僚達は何度も何度も斬りつけているが、そんなことを気にもしていないのかカマキリはのんびりとイタクラを捕食し続けている。
よしおもその悠悠自適なカマキリの態度を見て、怒りが完全に恐怖を上回った。
(ブッ殺してやる…!)
手にしたマチェットナイフでカマキリの後方から走り寄り、下から上へ掬い上げるように斬りつける。
その斬撃は、偶然にも甲殻で覆われていない、腹の部分を傷つける事に成功していた。
それによって驚いたカマキリはイタクラの死体を放した。
(腹…!腹が弱点か…!)
仲間達に腹が弱点であることを伝えたい。だけど的確な言葉がよしおにはわからなかった。
なんとか伝えられないかと、今まで学んできた言葉を思い起こすが、一向に妙案は思いつかない。
戦闘中だというのに考え事をしていたよしおはいつの間にかカマキリがよしおの方へと向き直っているのに気が付いた。
カマキリはよしおに向けて鎌を大きく広げ、羽を扇状に広げて威嚇をしていた。
「うぉぉっ!?」
直後、よしおの視覚情報はカマキリが体を中脚と後脚で支え、左右の前脚を揃えて胸部につけるように折りたたむ捕獲の姿勢に入ったのを確認した。
(うっ…!?)
ヤバイ!と直感で感じたよしおは咄嗟に回避の姿勢に入り、横っ飛びをしようとしたのだが、誤算だったのはその巨体からは想像も出来ないスピードでカマキリが動いたことだ。
「い"っ!?」
大鎌が広がり、大きく敏速に伸びてきた。
回避は間に合わず、左腕の付け根と手首をその二つの大鎌でがっちりと挟みこまれる。
(あぁああぁあぁ!痛ぇあ…ッッッ!)
「桃色回路ッ!?」
ギリギリと万力のような力で締め上げられていることによって、大鎌に付いている多数の棘がよしおの腕に食い込む。
血が流れ出し、ボタボタと床を赤く濡らす。
(このッ…放…せよッ!)
それでも、右手に持ったマチェットナイフで何度も斬りつけるが、甲殻によって弾かれてしまう。
カマキリはそんなことを意に介さず、さらに締め付けてくる。
(痛だだだだだッ!あ"ぁ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"っ!)
そして、その大顎でよしおの二の腕に噛み付いてきた。
「あがッ……ッッッ!?」
たった1回噛み付かれただけだ。
だというのに二の腕の肉は切断され、骨も切断され、皮で辛うじて繋がっているだけになってしまった。
血飛沫がカマキリの顔を赤く飾る。
程なくよしおの左腕は完全に二つに分離した。
だというのにカマキリはよしおを放しはしない。
片方の鎌はよしおの左腕の付け根を挟みこんだまま、更にもう片方の鎌でよしおの腹から胸を挟みこんだ。
「い"あ"ッッッ…!?」
よしおの胸と腹と背に大鎌の棘が食い込み傷つける。次はよしおの腸を喰おうとするつもりなのだろうか。
さらに血がボタボタと流れ落ちる。よしおは最早、全身血塗れであった。
「手前ぇぇぇッ!!」
それを見て再度ブチ切れた同僚達が、カマキリに殺到する。
多くの者の放った斬撃が甲殻によって弾かれてしまったが、その中の一人が偶然カマキリの比較的柔らかい腹の部分を斬りつけて傷を負わせる。
傷つけられたカマキリはよしおを投げ飛ばした。
投げ飛ばされたよしおは虎次郎の蹲っている近くに叩きつけられた。
「桃色回路ッ…!」
駆け寄ろうとした藤吉郎に九郎が大声で注意する。
「後ろを向くな!今は前だけを見るんだ!」
「くッ…!桃色回路、すぐアイツを倒すから待っててくれッ!」
声をかけたが、よしおはピクリとも動かない。
「腹だ!腹を狙え!」
「正面に立つんじゃない!予想以上に攻撃範囲が広いぞ!」
傷つけられたことに怒りを覚えたのか、カマキリは大きく暴れ始めた。
「腹なんて狙えねぇよ、畜生!」
暴れ回るカマキリに誰も近づく事は出来なかった。
事態は硬直したまま、時だけが過ぎていった。
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「トラジロー」
「トラ、ジロウ」
蹲って震えていた虎次郎が顔を上げたのはそんな弱弱しい小さな声によってである。
「トラ、ジロ」
声の聞こえる方向に顔を向けるとよしおが仰向けに倒れながらもこちらを向いていた。。
だが、酷い状態だ。
よしおは血塗れなのだ。それによしおの左腕は何処に行ったのだ。
「う、うあぁ…桃色回路さん…っ!腕…腕が…」
急いでよしおの元に駆け寄る。左腕だけじゃない。よしおは胸部にも腹部にも酷い怪我を負っていた。
これは助からないんじゃないだろうか、心の中でふと浮かんだ考えを即座に否定する。
「うぅああ…!桃色回路さんっ!しっ、死なないでください!」
虎次郎にとってよしおはたった一人の味方だ。
虎次郎は自身の臆病な性格のせいで、迷宮探索では全く役にたたない単なるお荷物、そんな評価が同期の皆からはされている。
だけど、ルームメイトのよしおだけは、自分をそういう目で見なかった。
それどころか何度も何度も励ましてくれた。
そして、よしお自身もこんなどうしようもない自分を頼ってくれていた。
それだけが、この会社での生活においてたった一つの救いだった。
だから、よしおが死んでしまったら、自分はここで、この会社できっと生きてはいけない。
それは“依存”と呼ばれてもなんら差し支えのないものであった。
「トラジロー」
よしおは何度も虎次郎に呼びかける。
きっと何か言いたい事があるのだろう。
「はいっ!ここにいます!僕はここにいます!」
虎次郎はよしおの小さな右掌を自分の大きな両手で握る。
涙が溢れ出る。流れ落ちた涙はポツリと音をたて、よしおの血塗れの服に吸収されていった。
「ダイジョウブ?」
左腕を千切られてしまっているというのに、腹部にも酷い怪我を負っているというのに、自分の事より、ずっと恐怖で蹲っていただけの自分の事を心配している。
「無事ですっ…!僕は無事です!うぅ…それよりも桃色回路さんがっ…!」
その言葉によしおは弱弱しくも笑みを浮かべる。しかし、その直後、ゴボゴボと大量の吐血をした。
「ひっ…!び、病院っ…!病院に行かないと…!」
誰か頼りになりそうな人はいないだろうかと辺りを見渡した。
頼りになりそうな先輩達は皆、何かカマキリのような化け物と戦っている。
自分の同期である者達は皆、目の前の光景に戦慄し、ただ突っ立っているだけだ。
「た、助けっ…!助けてください!誰か助けてください!桃色回路さんが…!」
こんな大声を出すのはいつくらいぶりだろうか。
自分の同期である皆のほうに向けて呼びかけるが、虎次郎の大声にこちらを見るだけで誰もその場を動こうとしない。
「うぅぅ…っ!」
ならばと、戦っている先輩達に向けて同じように大声で助けを求めた。
「五月蝿ぇ!黙ってろッ!コイツをぶっ殺した後…ッ!嫌でも助けてやるよ…!」
駄目なのだ。それじゃきっと間に合わない。血が止まらないのだ。今すぐ助けが必要なのだ。
あのカマキリのような化け物のせいでこのままでは間に合わなくなってしまう。
「うぅうううぅう…っ!」
「ダイ…ジョブ、ダイジョウブ」
よしおがうわごとのように同じ言葉を繰り返す。
「……はい!大丈夫ですっ!安心してください、桃色回路さんっ!」
急いで止血と簡単な応急処置を施す。しかし、こんなものは時間稼ぎにもならないだろう。
だから、急がなくてはならない。
よしおの手を強く握る。
これからやることは凄く怖いことだ。
だけどそれよりも怖いことがある。
それはよしおが死ぬことだ。
それに比べたら、断然マシなのだ。
よしおに届くよう、大声で自分の誓いを宣言する。
「僕がっ…!僕が今すぐアイツを倒してきますからっ!ここで見ていてください…!」
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「雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
鼓膜が破裂せんばかりの大音量の叫びが、迷宮内に木霊する。
その大声によってよしおは出血によって薄れていた意識を取り戻す。
音のする方向を見ると虎次郎の大きな背中が見えた。
その雄叫びの発生源は虎次郎だった。
あの臆病な虎次郎が前線に出ているのだ。
きっと彼は、涙を流しながら、鬼気迫る表情をしながら、心の中では脅えながら、
それでも前に出て巨大カマキリと対峙しているのだろう。
彼の背中しか見えていなくてもよしおには何故だかそれが手に取るように分かった。
巨大なカマキリに対峙する虎次郎の大きな背中を眺め続ける。
その背中も見る見るうちに変化する。筋肉が大きく隆起する。それにより、服が破れ千切れる。
そして顕現する彼の上半身。
遠目であったとしても、視界がぼやけていたとしても、わかる。
―なんと、
――なんと凄まじい肉体だろうか!
薄ぼんやりとした意識の中で、根拠も無くよしおは確信した。
あんな昆虫風情が虎次郎に勝てるはずがないことを。
「フッ!」
直後、虎次郎が動く。
下半身の柔軟で強靭な筋肉から生み出される爆発的なエネルギーは全て前方へと向けられ、虎次郎の速度は0から一気にトップスピードへと変化する。
「馬鹿…ッ!真正面から行k…!」
しかし、九郎が言葉を言い切る前に、巨大カマキリまでの距離は一瞬で30mから残り1mへと化す。
そして、大地を割らんばかりに足を踏みしめて全てのスピードを殺す。
筋力にものを言わせて、今度は逆に虎次郎の速度はトップスピードから0になった。
否、止まったのは下半身のみであった。
上半身は未だにそのスピードを維持している。
凄まじいエネルギーを持った直線運動は、腰の回転によって、何のエネルギー損失を生み出す事もなく、全て回転運動へと変換される。
そして、全てのエネルギーがただ一点、虎次郎の両手で支えられた青銅の剣、その切っ先にのみに収束され、
「だらッシャアアアッ!」
ボゴンッ!という音と共に、青銅の剣の刃をまるでガラス細工のように砕け散らせながら、巨大カマキリの右前脚の鎌を吹っ飛ばした。
その光景に口を開けて唖然とする一同。
否、瀕死のよしおだけがやっぱり、という表情でその光景を見てにやけていた。
甲殻が堅いだとか柔らかい腹の部分を狙えだとか、そんな戦術的要素では虎次郎を拘束することなんてできない。
全ては虎次郎の凄まじい筋肉によって一方的に決着がつけられる。
その筋力はあらゆるものを破壊の対象とする。勿論、それには武器である青銅の剣自身も含まれていた。
彼の筋力には並大抵の武器では耐えられないのは明白だ。
では、武器のなくなってしまった虎次郎は最早戦えないのだろうか?
その答えはすぐさま解明されることになる。
片方の前脚を吹き飛ばされ、巨大カマキリが思わず後退する。
しかし、それを逃がすほど、今の虎次郎は甘くはない。
攻撃を放ち終わった無防備な姿勢からすぐさまリカバリーを行い、後退するカマキリに追撃する。
そして、素早い動きで、手を交差させて、カマキリの頭を掴んだ。
頭を掴まれたカマキリは暴れるも、虎次郎の凄まじい握力から逃れられない。
残った方の大鎌で虎次郎の胴体を挟み、締め付けるも虎次郎はそれを意に介さない。
「NUUUUUUUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
そのまま虎次郎はゆっくりとバルブを回すようにカマキリの首を回転させる。
180度回転させるまでは必死に暴れた。
それを超えた辺りから抵抗は徐々に弱くなっていき、
360度を超えたところでカマキリは死んだ。
だが、虎次郎は首を回し続ける。
720度
1080度
1440度
そうして、ほつれたボタンのようにカマキリの頭がブラブラになった頃、
「フンッ!」
虎次郎の渾身の右手刀によって、カマキリの頭は完全に切断された。
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「桃色回路さん、終わりました」
すぐに戻ってきた虎次郎がよしおに声をかける。
意識は朦朧として、体が非常に重く感じたが、よしおは必死に体を動かして残った右手で親指をグッと上に上げて見せた。
見ていたぞ、格好よかったぞ、ということを伝えたかった。
それを見て、虎次郎も涙でぐしゃぐしゃな顔のまま、大きな手で親指をグッと上に上げて返事をした。
「帰りましょう。桃色回路さん。僕が負ぶっていってあげますから」
瀕死のよしおを赤子でも抱くかのように優しく、自分の背に乗せる虎次郎。
筋肉モリモリの男臭い背中だって言うのに、その大きな背中は酷く自分を安堵させるのは何故だろうか。
だけど、虎次郎の背中を汚してしまった。
やっぱり簡単な応急処置だけでは血は止まってくれないみたいだ。
止まる事がなく流れ続けるよしおの血が虎次郎の背中をどんどん赤く染めてしまうのをよしおは朦朧とした意識の中で申し訳なく感じていた。
「おい」
九郎が呆然としたまま突っ立っていた“たれ蔵”に声をかける。
たれ蔵はゆっくりと九郎の方に顔を向けた。
「これは計画を立てたお前だけのせいじゃない。蹲ったままだった虎次郎のせいでもあるし、お前を止め切れなかった俺達のせいでもある」
そう言って九郎は目を閉じた。
「これはまだ誰にも伝えていない」
そして、静かに涙を流す。
「…俺は昔、医者を目指していたからわかる。アイツは…よしおは助からない」
涙を隠すため、腕で両目を覆う九郎。
「だから、この経験を無駄にしないでくれ。二度と同じ過ちを繰り返さないでくれ、お願いだ。頼むよ」
「はい」
“たれ蔵”も俯いて涙を流して返事をした。
ユーマは気を失っていただけのようだ。それを聞いてよしおは酷く安堵を覚えた。
よしおは虎次郎に背負われて、意識のないユーマも藤吉郎に背負われてパーティ一同は急いで拠点へと引き返えしていた。
「もう少しですからね。もう少しで拠点まで着きますからね」
虎次郎に背負われて、揺れる背中でよしおは思う。
本当に疲れた。
自分の左腕は何か千切れてしまったみたいだ。何だか現実感がわかない。
幸運な事に体の痛みはいつの間にか全身の痺れへと変わっていた。
現実感がないことと痛みを感じないお陰で取り乱すことはない。
というか、取り乱すほどの体力がない。
血が止まらないのだが、これは大丈夫なのだろうか。
まぁ、何とかなるんだろう。
虎次郎も藤吉郎も大丈夫、心配ないって言っているのだ。
しかし、何度も意識が途切れ途切れになりそうになってしまう。
意識を失う前に今日の虎次郎の活躍を褒めてやりたいとよしおは思った。
今日の虎次郎は凄かった。
思った通りだった。
初めて会ったときからあの筋肉には秘められたパワーが込められていることをよしおは見抜いていたのだ。
やはり、虎次郎の戦闘力は凄まじかった。
まるでアレだ。あのアニメでみた“ティガーマスク”みたいだった。
自分自身が何故かヒーローだなんて呼ばれているけれど、虎次郎のほうがよっぽどヒーローだとよしおは朦朧とした意識の中で思う。
「トラジロー」
大きな声を出したつもりだったが、弱弱しい声しか出なかった。
こんな声じゃ、虎次郎に気付いてもらえないだろう。
「はい。何ですか?桃色回路さん」
予想に反して、虎次郎は答えてくれた。
あのアニメからちょうど良い台詞を録音出来ていたのだ。今こそ使うべきなのだろう。
「虎だ、お前は虎になる、のだ」
「…」
虎次郎は何も言わなかった。
だけど、暫くして虎次郎は返事をしてくれた。
「はい。もう臆病者は卒業します。虎のように勇敢になります」
どうやら、虎次郎は臆病を完全に克服したようだ。
返事を聞いてよしおはそのことを嬉しく思った。
「トラジロ」
「はい。何ですか。桃色回路さん」
「お前、の、信じうお前を、信じろ」
「…はい。自分の力を信じます。もう誰にも負けてなんかやりません」
それを聞いてよしおは安心した。この分なら、虎次郎はもう大丈夫だろう。
親しいルームメイトの大きな成長をこの目で見る事が出来たのだ。
何でか分からないけれど自分の事のように嬉しく感じてしまう。
口元に満足げな笑みが浮かぶ。
さすがにもう意識を繋ぎとめているのが限界だった。
そうしてブツンと電源を切るかのように意識が落ちた。
「…えっ?」「なっ!?」「あっ…!」
背負っていたはずのよしおの重さが急に消えた。
よしおを背負っていた虎次郎と後ろにいた九郎と藤吉郎が驚いて同時に声を出す。
いや、重さだけではない。よしお自身が消えていた。
霞のように、一瞬で。
「え?あ?何が…?」
後ろにいた九郎が答える。
「分からない…。体が半透明になってそのまま消えてしまった」
「え、あ、あ…」
よしおが急に消えてしまって狼狽する虎次郎。
考え込む九郎。
「戻るぞ」
「で、でも、よしおさんが消え…消えて…」
「新人ッ!その理由をゆっくりと考えるために安全な場所へ行く必要があるんだッ!いいから付いて来いッ!」
「う、…はい」
九郎も本心ではよしおを探したい。
だけど、この場に留まっていては危険が増すだけだ。下手をすると全滅の危機だってあるのだ。
一行は急いで拠点へと向かった。
拠点に到着して早速、よしおが急に消えてしまったことについて、仲間と共にその理由を考えてみる。
「よしおは妖精だったのではないか、力尽きたから消えてしまったんじゃないか」
そんな意見が飛び出たが、
妖精は力尽きると消えてしまうのか?
いや、それ以前に妖精なんていう空想の産物が果たして存在するのか?
ビバリーヒルズ商店街で妖精を見た事あるよ、どことなくよしおに似ていたような気がする
と訳のわからない議論になる始末。3時間話し合いを続けても結局何一つわからないままであった。
単独でよしおを探しに戻ろうとする虎次郎をあの手この手で引き止めつつ、仕方なしに一行は更に半日かけて、地上へと帰還する。
誰も彼もが皆、暗い表情をしていた。
そうして地上に戻った彼らが見たのは、食堂でモリモリとメシを食っている消えたはずの妖精の姿である。
何故五体満足なのか、何故地上に戻ってきているのか理由は分からないままが、よしおと無事再会できたことに同期の皆は涙を流して喜び、
後輩達はやっぱ桃色回路さん、ヤベェ、パネェ、スゲェの三拍子の賛辞を送り、
虎次郎は涙と鼻水を流しながら、よしおを両手で胸に埋め、ギリギリと万力のように締め付け、よしおの気を失わせていた。
結局、その日、よしおは目覚める事はなかったのでなぜ消えてしまったのか聞く事は出来ず、虎次郎は先輩メンバーから叱られて、涙目になるのであった。
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設定
精霊執行官(ホーンテッドジュピター)…後輩パーティのリーダー。通称“たれ蔵”。本名はマルセルという名前があるが、このSSでは以降、たれ蔵として表記される可能性が高い。
巨大カマキリ…正式名称はキラーマンティス。地下5~6に生息。強いぞーかっこいいぞー。
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あとがき
更新が遅れて申し訳ないです。
なんだか書いててヒロインが虎次郎なような気がしてきた。
BL…?いや、虎次郎をTSさせて、筋肉モリモリの虎女とでもいうのか…。
しかし、文章量が50k近いとは、何だこれは。
わかりにくいかもしれませんが、キャラ同士の会話においてよしおがその場にいない場合、「桃色回路」ではなく、「よしお」と普通に表記しています。
アレだ、言葉が伝わらないって設定だとSS書くにおいても難しいね!