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[14157] 石見の書き綴る日記【東方・オリ主】 ※改訂中
Name: あかつつ◆b0e32ba5 ID:4d7dc312
Date: 2014/05/22 21:41
所謂オリ主ものです。
主人公最強といった要素はありませんが、ご都合主義的な展開が少なからず含まれているかもしれません。
加えて文体が日記調です。

こういったものが嫌いな方は回避をお願いします。
大丈夫と思われる方は本編へどうぞ。





※『閑話・お酒を酌み交わす夜』まで加筆修正完了。(主に閑話)
 『第△▲◆期の日記 其の二』から『第△▲◆期の日記 其の三』まで改訂。
 『閑話・第百二十季の大晦日の夜』改訂 2014/5/22

記事を削除してしまうと移動が面倒になりますので、『閑話・第百二十季の大晦日の夜』以降の記事は一旦空記事にしてあります。
非常に申し訳ありませんがご了承をお願いします。

初投稿:2009/11/21 22:26
チラシの裏板→その他板移動:2010/01/03



[14157] 第△△■期の日記
Name: あかつつ◆b0e32ba5 ID:4d7dc312
Date: 2012/10/18 16:41
△▲○●☆★□■◇◆



第△△■季、●月△日


私は岩である。名前はない。
……というのは嘘である。

私の名は『石見』。
幻想郷の、妖怪の山の頂にぽつり一つ鎮座し、数千年という間月日の光を浴び続け、妖怪へと成った岩である。
昼間は辺りを眺め、夜間は人型を成して辺りを歩く。

そんな私であるが、住処を変えないせいか、いい加減暇に暇を持て余すようになってしまった。
そこで、日々心に映り行くよしなし事を日記をつけることにする。
日記の書かれるこの帳面は魔法の森の入り口に佇む貧相な店で手に入れた。
店の名前は確か……香霖堂だったか。店主は所謂半人半妖の類らしいが、どちらもさほど興味もなかった。
ただ扱う品物には興味があったので、再び訪れることもあるかもしれない。



第△△■季、●月■日


日記をつけ始めて七度目の月が昇り、花の咲き誇る春が訪れた。
というのも今日は朝から春告精のリリーホワイトが春を告げに、弾幕という光の玉を撒き散らしながら私の上を通り過ぎていったからである。
一発だが私に直撃させていったので、今度夜間に姿を見せることがあれば495倍返しにするつもりだ。
500倍にしない私はなんて優しいのだろう。

昼頃には花見でもしようと結構な人妖が博麗神社に押しかけていくのが見えた。
つい先ほどの私とは正反対である。
天狗の長たる天魔と一緒に、静かに花見酒を呷っていただけの私とは騒々しさが万倍か兆倍かかけ離れていたに違いない。
ちなみに毎年の事であるが、天魔は春告精が活動し始めたこの日にだけ私とともに酒を酌み交わすのだ。
自己紹介には未だ至っていない。年に一度とはいえ百年間ずっと名前すら名乗りあっていないのはどうかと思う。
私のみが一方的に知っているのも居心地が悪いので、次の花見のときに話してみよう。


追記:そういえば天魔は私の正体を知っているのだろうか?朝日が昇る前にふと疑問を抱いたのでここに記しておく。



第△△■季、■月☆日


近頃紅の霧が各地に広がっている。
血にも似たこの色から、まず妖怪の類の仕業に間違いない。が、何の為に霧などを発生させたのだろう。
異変だろうか? 現時点では、これが異変にまで昇華するかは些か疑問である。
ついこの間『スペルカードルール』が制定されたので、もしこれが異変となって解決されるときには弾幕ごっこが使われるかもしれない。期待は膨らむばかりである。

これを書く間に、いつかのために少しばかり弾幕ごっこの練習をしようと思いついたが、友人と呼べる知り合いが恐ろしく少ない上、誰もが誰も忙しいのに気がついて泣く泣く諦めることにした。



第△△■季、■月△▲日


紅霧に隠された満月の元で日記を書こうと筆を取った今しがた、神社の方角から弾幕を撒き散らして進む輩が居るのに気がついた。
恐らく博麗の巫女が異変解決に乗り出したのだろう。野次馬精神で追いかけてみるつもりだ。
日記の続きはまた後で書くことにする。


異変の顛末を見届けてきた。
原因は暫く前に外の世界から来た、霧の湖のほとりの紅の館の主人の吸血鬼だった。
その館の門番の聞くところによると、名は『レミリア・スカーレット』。
遠目で見る限りでもその実力の高さは伺えた。幻想郷の妖怪でも五本の指に入るだろう。
つい先ほどまで幻想郷中を覆っていた霧を発生させた理由も、他の者に危害を加えずに害を与えて博麗の巫女を呼び寄せ、そこで自身の力を存分に見せつけようという魂胆だろう。
驚嘆に値する策略である。是非とも友人となりたいものだ。

だが、私にとってそれよりも驚くべきことがあった。
これは異変側ではなく、異変解決側のことだ。
妖精妖怪人間問わず立ち塞がる者は全て跳ね除けて解決してくれた現在の博麗の巫女、『博麗霊夢』はその務めに違わぬ素晴らしい才を発揮してくれた。
が、それでも驚くことではない。
私が驚いたのは、異変解決者は『二人』居たというそのことである。

もう一人の異変解決者、『霧雨魔理沙』。
役目を負っていないにも関わらず、箒にまたがり魔法を放って異変解決に貢献する姿に私は多大な感動を覚えた。
霧雨という姓に聞き覚えは無いのでおそらくは普通の家の出だろう。
だが、いずれ彼女の家系が博麗に並ぶものになることを期待しよう。



第△△■季、◇月▲日


昨日レミリアの妹の『フランドール・スカーレット』が暴走したらしい。
レミリアの住む紅魔館で、お抱えの魔女且つレミリアの友人の『パチュリー・ノーレッジ』が押さえ込みかかるも紅白の巫女と黒白の魔法使いに邪魔されて開放。
結果、邪魔した責任として原因たる二人が力ずくでおとなしくさせた、とのこと。

……この話を聞くのに、妖精数十人の話を盗み聞きするよりも噂好きな鴉天狗一人の話を聞いた方が早かった。
霧の湖に妖精でも頭の良いのが二匹いるらしいが、そちらの頭脳もあまりいいとはいえないという。
香霖堂で読んだ童話での妖精とはあまりにもギャップが大きすぎる。
たまに現れる外の世界の人間が妖精についていかないことを祈っておこう。



第△△■季、△▲月○▲日


私が岩とはいえ、寒さを感じることには変わりない。
だからといって意地を張って山頂から降りないのも私の在り方である。
とは思いつつも、今日だけは人里の方まで降りてきた。

人里の茶店で除夜の鐘を待っていた私のもとに先ほど、数少ない私の友人であり冬眠している筈の妖怪の賢者がやってきた。
珍しく冬に起きた理由はただ私と少し話したかっただけらしい。
実際、多少のお喋りと新年を迎えたときの挨拶だけをして帰っていった。
まったくもって何を考えているのかさっぱりわからない友人である。
友人として、いつかその考えの断片でも理解できるようになりたいものだと思う。


追記:話の内容は主に冬眠についてだった。本当に何を考えてるのか知りたい。








なんというオリ主説明。



[14157] 第△△◇期の日記 其の一
Name: あかつつ◆b0e32ba5 ID:4d7dc312
Date: 2012/10/18 16:58
△▲○●☆★□■◇◆



第△△◇季、△月△日


新しい年を迎え、さあ頂へ帰ろうというところで初日の出を見てしまった。
急いで帰って日常を過ごすのもよいが、夜行性の私は日中あまり動きたくない。
たまには人里で一日を過ごすのも悪くないだろう。そう思い、寺子屋の入り口近くで丸くなった。
これもまた一興である。

寺子屋に突然現れた私は、やはりというか、そこに通う子供たちの興味の的となった。
散々乗られ座られ蹴っ飛ばされはしたが私は我慢する。
私とて数千年と存在しているのである。この程度のお遊びに怒るほど短気ではないのだ。
……流石に大工の子が金槌を持ってきたときには、人型となって拳骨を食らわせた。文字通り粉骨砕身に易々させられるわけにはいかない。

子供たちの興味も失い、日没を迎えて行動を開始させる私のところに慧音が訪れた。
彼女と会うのはいつかのときに獣人となって以来である。
今は寺子屋の教師をやってるらしい。従事する何かがあるというのは羨ましい限りだ。
そういえば慧音は私と一歩距離を置いている節がある。そのせいで、友人と呼べるほど気安い間柄に至っていないのがとても悲しい。
いつかその距離を詰めて話し合ってみたいと切実に思う。



第△△◇季、▲月△★日


本日はいつもの鴉天狗が私を足蹴にしていったこと以外には何も起こらなかった。
動物も妖怪も冬眠しているものが少なからず居るこの季節、他の者たちも動きが鈍い中で変化を求めるのもおかしいだろう。
生き生きとしているのなんて冬の妖怪か雪や氷の妖精くらいである。
無論私はあまり動かない。人と同じ姿となろうとも本質は岩なのだ。

そんな中でも元気に飛び回る鴉天狗を見て、長らく使っていなかった『浮遊術』を試してみようと思う。
私とて妖怪の端くれ、鈍っているとしても出来ないことはあるまい。
すぐに試してみるとしよう。続きは後に書くことにした。


結果から言えば、使用は出来た。
ただ、千年前と比べるとあまりにお粗末な出来だということに衝撃を隠しきれない。まさに月とスッポン、天と地、ウサギと亀という調子である。
あの頃は幾らでも飛べたのに、今では十分間浮かぶだけで疲労困憊といった有様だ。
私の原形が岩とはいえ、これは酷い鈍りようだ。酷すぎる。
生まれたての妖精にすら劣るに違いない。
妖力が落ちたのだろうか?
いや、妖怪の山という妖気に満ち溢れる場所に四六時中居るならば、高まることはあっても落ちることはない筈だ。
ならば原因はやり方や慣れ、妖力の変換の仕方か。
暫く浮遊術の練習に明け暮れることになりそうだ。



第△△◇季、○月▲■日


漸く浮遊術の成果が現れてきた。今は二時間は浮かんでいられる。
毎日の努力が実を結んだと思うと喜びも一入である。
ただ、飛び回ろうとすると十五分と持たないのが酷く落胆してしまう。
今後も修練は欠かせない。

そういえば、今年はいつもよりも暖かくなるのが遅い。
三寒四温という言葉とは裏腹に、今日は寒気が続いて七日目である。
天魔との花見酒も遅くなるのだろうか。あれをしないと春が来たという実感が沸かないのだ。
いい加減暖かくなってほしい。私は春が好きなのだ。
それと、早くリリーホワイトに495倍返しもしてやりたい。
弾幕を食らわされたあのときから一度も見かけていないので、未だ恨みは継続中である。

さて、そろそろ帳面の終わりが近づいている。
人里の『霧雨道具店』という場所にも同じような品物があるらしいが、香霖堂とどちらが良いだろうか。
一度こちらにも立ち寄ってみよう。


追記:そういえば霧雨魔理沙の姓も『霧雨』である。何かしら関連性があるのだろうか?



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



第△△◇季、●月△日


私は岩である。名前はまだない。
……というのは嘘である。

私の名は石見。
幻想郷の、妖怪の山の頂にぽつり一つ鎮座し、数千年という間月日の光を浴び続け、妖怪へと成った岩である。
昨年の今日から日記も書き続けて一年を迎え、新しい帳面に入った。
この帳面は霧雨道具店で買ったものである。
香霖堂は古道具店であり、新しく買うのであればこちらの方がいいと両店主に言われた。
実際こちらの方が使い勝手がよさそうである。

そして365日分の日々の結集たる一冊は、私の居る頂の地面の下に丁寧に埋めてある。
私の能力を持ってしないと手の届かない場所に、である。
頂を丸ごと破壊されれば出てくるかもしれないが、そんなことをする間抜けもいないだろう。

さて、本来ならそろそろ春の足音が聞こえてきてもよさそうな頃なのだが、未だに春の姿は遠く大吹雪の向こう側。
また異変だろうかとも疑ったが、まだいつもどおりから外れてはいない。
これが単なる杞憂であることを願うばかりである。



第△△◇季、●月▲◆日


まだ今日も春が来ない。
去年ならば十二日前には春告精がやってきて、天魔と酒を酌み交わしていた。
とくれば既に異常であることがわかる。が、天狗も河童もこれも一興かなといった具合である。
私としては均等に楽しみたいのだけれども。

しかしこの天候、誰かの仕業か。まさか天空に住まう竜神?竜神ならそれも在り得る。
だが、理由がない。幻想郷を見守る竜神ならば悪戯に天候を変えるなどとはしないはずだ。
だとすれば何者かが『春を奪って』いる?
そうであるなら、出来れば早めに返してほしい限りである。私は花の香りを嗅ぎ、花の麗しさを眺めて賞賛したいのだ。

ちなみに未だ浮遊術の勘は戻ってきておらず、飛び回るにも大体九十分が限度である。



第△△◇季、☆月■日


まだ春は来ない。完璧な異変である。
が、やはり山の妖怪たちは異変を楽しみ雪見酒と騒いでいる。
何度も言うが私は春が好きなのだ。大好きなのだ。
幾ら温厚な私といえど我慢の限界である。
どうやって幻想郷から春を奪った奴を見つけて叩きのそうと画策しているところで、吹雪の中に桜の花びらを見つけた。
恐らくこの桜を辿れば犯人だろうと見当がつく。そこで私には珍しく日中から人型を取り行動することにした。
見ていなさい、異変の黒幕!



第△△◇季、☆月◇日


昨日はまたもや珍しく、頂に帰った後に人型も解かず眠りこけてしまった。
夜明けに帰って気がついたら既に今日の夜更けである。半日も寝ていたなどまるで妖怪の賢者じゃあるまいし……。
今日の分の日記には昨日の顛末を書くことにする。


昨日私が桜の花びらを追っていくと、その先には三人の人間が居た。
その三人のうち二人は言わずもがな。博麗の巫女である『博麗霊夢』と、人間の魔法使いの『霧雨魔理沙』。
そして見慣れない最後の一人。紅霧異変の際に見かけたことがあるメイド服のその人物は恐らく『十六夜咲夜』だ。
主人であるレミリアの指令を受けたのだろうか。
兎に角全員異変解決に乗り出したのだろうが、そうするのが少し遅すぎるのではないかと思ってしまう。

三人が妖怪たちをのしていく様をついていって眺める私であったが、正直それだけでいっぱいいっぱいである。
氷の妖精と冬の妖怪を跳ね除け、妖怪の賢者の式の式をあしらい、人形使いを退けていったが、そのあたりから私は徐々に追いつけなくなっていた。
騒霊姉妹を潰すのを見届けることはできたが、雲を超えて長い長い階段に辿りついた時点で私は限界を迎えてしまった。
地に降り立ち、とぼとぼ歩いて階段を上り切り、そして着いた白玉楼で見た光景は、既に今回の元凶である『西行寺幽々子』を叩きのめし終わったところである。
こうして長い冬の異変は終了したのだった。
……まったくもって骨折り損のくたびれもうけである。


追記:白玉楼でちらりと見た咲ききってなかった桜に、私と似たようなものを感じた。聞くところによると、西行寺幽々子は西行妖という妖怪桜を咲かせようとしていたらしいが。



第△△◇季、☆月△◇日


妖怪の賢者が漸く起きて仕事を開始、博麗大結界の北東側の境界が引き直されたらしい。
鴉天狗の話によると、この前の三人が叩き起こしたとのこと。
何時までも冬眠なんて言って寝ているからである。まったく紫は何をやってるんだろう。

紫といえば先ほど飛行訓練の一環で冥界の入り口まで飛んでいったときに、式の藍に会った。
聞いてみれば何やら結界の見回りや補完らしい。真面目な式神である。
私も藍のような式神を持ちたいと彼女に言ったら、自分で妖獣かに憑けてみてはとは言われた。
今はまだ妖力を扱い切れていないせいで難しいだろうが、昔の勘が戻ったらいずれやってみよう。

あと、逆に何でここに居るのか聞かれもした。素直に理由を言ったら微妙な表情で「頑張ってください」。
そのときの私には上位妖怪からの哀れみにしか聞こえなかった。
実際九尾の妖狐と単なる岩ではそうでしかないことが更に悲しくなる。
……頑張ろう、私。頑張らなきゃ。








石見はこの数百年、まったく妖力を使っていません。



[14157] 閑話・八雲藍の困惑
Name: あかつつ◆b0e32ba5 ID:4d7dc312
Date: 2012/10/18 18:07
閑話・八雲藍の困惑



その日、私は紫様の言いつけで各地の結界を見て回っていた。
綻びがあれば修復し、強化しておくというもの。
酷いものがあれば紫様に報告だ。

幻想郷には外の世界と隔絶するための博麗大結界に、外で幻影と化したモノを呼び寄せる幻と実体の境界の二つがある。
そのうち、博麗大結界は博麗の巫女が管理し、幻と実体の境界は私達が管理している。
この幻と実体の境界を見回っているのだ。
結界に異常などあれば、忘れ去られたモノが幻想郷に呼び寄せられなかったり、逆に妖怪が堂々と外の世界を飛び回ることになるかもしれない。
故にこれは怠ることの出来ない重要な仕事であるのだ。




各地を回り終えて帰路につき、冥界の入り口辺りに差し掛かったそのとき。

「藍? あー、やっぱりその尻尾は藍じゃない。久方ぶりね」

声を掛けられ、振り向いた先には柔和な笑みを浮かべた、石色の髪と同じ色の着物着た女性。
あらあらうふふと上品な笑い声を上げそうな彼女を私は知っている。
その身に蓄えられた強大な妖力を感じさせない振る舞いを知っている。
穏やかな灰色の瞳と白い肌を持つ妖怪を知っている。

「石見様ではないですか。こんなところでお会いするとは思ってませんでしたよ」

主君たる紫様の友人である石見様も、そうねと一言同意した。
紫様とは千年来の付き合いらしい。私ともずっと昔から交流がある。
とはいえ、以前会ったときから二十年は経っているだろうか。
そんな時間も私や彼女にとっては一日のようなもの。調子は二十年前と変わっている様子はない。

「紫からは時々話に聞いていたけれど、やっぱり変わりないみたいね、安心した。
 ところで、見たところ何処かに行く途中だったみたいだけど……何か用事でもあったの? ああ、もしかして仕事中とか」

「大方そのとおりですね。少し結界の見回りと補完を」

「あら? ……そ、それじゃあ邪魔しちゃったのかしら、ごめんなさい」

慌てて謝る石見様を制止し、私はからからと笑った。

「あはは、大丈夫ですよ。丁度帰り道だったので、お気になさらずとも結構です」

「そうなの? ならよかったぁ、お疲れ様。
 しかし藍って本当、真面目ね。貴女みたいなのが式神だなんて、紫ったら本当に羨ましい」

私も藍みたいな式神欲しかったなー、と子供みたいに欲しがる石見様。
その言葉は半分冗談であり、恐縮ではあるが私への称賛しているのがわかる。
昔から少し回りくどく褒めてくださる彼女のやり方は、なんとなくむず痒くなる。

「お褒めの言葉、感謝の至りです。でも式神なら、ご自分で憑けてはいかがでしょう?
 私も橙を従えておりますし、石見様なら十分実力もあるでしょう」

そのお返しとは言わないが、冗談交じりで、少し馬鹿真面目な返答をしてみた。
とはいえ、内心ではある意味疑問にも思っていたことである。
妖力でいえば、石見様は幻想郷でもトップクラスに君臨しておられる。
寧ろこのくらいなら式の一つや二つ、下級妖怪の二匹や三匹従えていない方が不思議であるように思われるのだが。

「うーん……。今度気が向いたらやってみることにするかな」

いや、温厚なこの方は誰かの上に立とうと思ってはいないだろう。
余計な一言だったのかもしれない。心の内で少しばかり反省しておかねば……。




「そういえば、石見様は何故こちらまで?」

話を変えるついでに、私はさしあたって疑問に思っていたことを聞いてみた。
普段、石見様は妖怪の山の付近で活動しているはずである。
人里はまだしも、こんなところまで出てくるのは珍しい。

「私? 私はちょっと訓練で来たんだけどね」

「訓練ですか。ふむ……弾幕ごっこの?」

「ううん、浮遊術。もとい、飛行の」

「浮遊術ですか……うん? 浮遊術?」

思わず聞き返してしまった。少し、思考が止まったのだ。

……はて? 少し聞き間違えたのだろうか。
いや、本当はわかっている。ただ、この妖力と訓練の内容がかみ合ってない気がするのだ。

飛行? 浮遊術? なんだろう、今まで抱いていた石見様という像とのギャップというのだろうか。
その幅が大きすぎやしないか。
年月を重ねてきた妖怪は、もはや元がどうあれ蓄積した妖力はポッと出の妖怪では歯が立たないものである。
彼女ほどの年月を経た大妖怪の持つ力は膨大だろう。浮遊術など呼吸にも等しく行えるはずであるが。

いや待て、飛行の精度の微調整などかもしれない。
その理屈ならなんとか納得する。
大妖怪だものな、飛行訓練のレベルも相当に高いのだろう。うん、納得だ。

「それがね、妖力の操作の仕方を忘れたのか、まだちょっと不安定で」

「そ、そうでしたか……。ええと、成果の方はどうです?」

「んー、そろそろ二時間くらい、ゆっくりなら飛べる」

ええと、その、石見様。
それは妖精とさほどレベルが変わらないのでは。

「そう……ですか。……頑張ってください、では私はこれにて」

……妖力だけは、トップクラスなのである。
技術や能力は別物だった、ただその事実だけだ。

そう思うと、なんだか頭が痛くなってきた。
想像と現実の隔たりを感じながら、私は沈痛な面持ちの石見様と別れて早々に屋敷へと戻った。








・その後の紫と藍の会話


「紫様、只今帰りました」

「あら? 貴女にしては随分と遅い帰りね」

「……申し訳ありません」

「いいわよ、責めてるわけじゃないから。珍しかっただけ。で、どうかした?」

「実は冥界辺りで石見様とお会いしまして……」

「へえ、石見と。ますますもって珍しいわねぇ。でも何でそんなところまで」

「それが、飛行の訓練のためと……最大で2時間ほど浮遊してられるそうです」

「……そう。……どれだけ鈍ってるのかしら、あの子」





[14157] 第△△◇期の日記 其の二
Name: あかつつ◆b0e32ba5 ID:4d7dc312
Date: 2012/10/18 18:33
△▲○●☆★□■◇◆



第△△◇季、★月▲◆日


漸く桜が咲いた。
随分と来るのが遅い春風になんとなく安堵の溜息を乗せてしまう。
奪われてたせいで春が縮まるのは仕方がないにしても、二ヶ月は少し長すぎる期間である。
ついでにリリーホワイトも飛び回っていたらしいが、結局私のもとへは来なかった。
495倍返しはまたもや次の機会である。

昼間、騒がしい人妖が昨年よりも数を増やして、再び神社へと押しかけていくのが見えた。
花見で宴会でもするのかとよく目を凝らしてみると、その顔触れの中には紅霧の吸血鬼、その友人の魔女。
昼間に出てくるとは、相当宴会に参加したかったのだろう。特に日光が苦手な吸血鬼は。
いや、それはまだいいとしてあの亡霊お嬢様は何故顕界に降りてきている。幽霊の管理は大丈夫なのだろうか。
もし職務の放棄となればまずいことになりかねない筈だ。何せ冥界のトップなのだから。
というか花見ならば白玉楼に立派な桜があるだろうに。
やはり彼女も宴会に参加したかったのか?それならば自身の庭に招けばいいものを。



第△△◇季、□月△日


いつもより早く花が散ったと思ったら、瞬く間に雨が降ってきた。
幻想郷にも梅雨という私の一番嫌いな時期が訪れたのである。
池の水が溢れ、川幅は広がり、おまけに滑りやすくなる。
しとしとと降る雨は風情があるのだろうけども、水が苦手な私にそんなものを感じる余裕などとてもない。
一昨年など、滝つぼに落ちて河童に助けられたことすらあるのだ。
冬がずっと長くなった分春と一緒に梅雨も短くなるのは幸いではあるが。

それと関連して、今から先ほど起こった恥ずかしい出来事を戒めに書こうと思う。
戒めである。二度とこんなことをしないようにという。
そう、あれは先ほど散歩しているときのこと。
……濡れた地面に足を滑らせて、木の洞に頭から突っ込んでしまった。
それならばいい。それだけならばいいのだが、よりよってそのときの私の体と穴の大きさが一緒だったらしく、抜けなくなってしまったのである。
つまり外から見られている私は洞からお尻を突き出してもがいているというとてつもなく恥ずかしい状態だったのだ。
なんたる屈辱、なんたる恥辱。
しかも時折木の枝から垂れる雫がお尻を打つ。
いつもの鴉天狗が偶然通りがかるまでの一時間とも二時間とも感じられる間、まさに地獄の刑罰だった。
……着物が捲くれあがってなかっただけマシだとは、鴉天狗の言葉である。
もう全部梅雨のせいだ。梅雨なんて大っ嫌い!



第△△◇季、□月▲○日


例年よりもずっと短い、だが私にとっては長い梅雨が明けた。
もうぐっと夏の陽気な気候へと変わってきている。
妖精たちもぶんぶん飛び違っているし、妖怪も思い思いの活動を起こしているようだ。

夕方に博麗神社の方角を頑張って見てみたら、何やら宴会の準備をしているのが見えた。
途中私の視線に気がついたのか、博麗霊夢がキッと目を鋭くして辺りを見回していた。
流石は博麗の巫女である。とんでもなく勘が鋭い。
もし彼女の機嫌を損ねることがあれば私も駆逐されるのだろうか。
そんなことはないとは思うが、想像するだけで背筋に冷たいものが走った。
博麗の巫女と会うときは怒らせないように気をつけなければ。



第△△◇季、■月●日


最近三日おきに天狗のところが騒がしいと思ったら毎度宴会をしていた。
神社の方角も騒がしいと思ったら、同じように宴会をしていた。
ついでに妖しい霧が幻想郷中を覆っていたとなると、これはアレの仕業だろう。
アレの持つ『密と疎を操る程度の能力』で、人妖を萃めて宴会させていると見た。
ならば、春が短くて花見ができなかったのが悔しくてという理由だとも簡単に予想できる。
だが、宴会をさせるのはいいけれど、こうも頻繁にとなると楽しさも半減してしまうのではないか。
宴会を待ち侘びる楽しみというのもあるのだ。
だからといって私が口を出すわけではないけれども。

と、私が書いている間に紫が来た。
お酒を集めて回っていたのは知ってるので、お酒は持ってないと言ったら違うと言われた。
明日の宴会のお誘いらしい。もちろん快く返事をしておいた。
これも霧のせいだろうか。そうだとしても、楽しまなければ損である。
明日は昼間のうちにおつまみか何か買っていくことにしよう。
それにしても騒がしくお酒を飲むのなんて何時振りだろう、今から楽しみだ。


追記:そういえばいつの間にか紫は衣替えをしていた。中華風のモノである。私としてはあの紫のドレスよりもこちらの方が好きだ。



第△△◇季、■月□日


今日の昼間、丸くなっている私のもとで霧が集まってきた。
アレかと思っていればやはりだった。アレこと西瓜……ではなく、『伊吹萃香』である。
何やら相談に来たらしく、私は嫌々ながらすぐに人型を成した。
日中から動くのを良しとしない私だが、砕かれたり投げられたり塵へと拡散させられるのは勘弁してほしいのだ。
ずっと昔のことだが、ただの岩と間違えられて持ち上げられたときはもう駄目かと思ったほどである。

それはいいとして、何やらこの間の宴会は自身が楽しむだけじゃなく、地底に居る鬼たちを呼び寄せようともしてたらしい。
しかし結果は誰も来なかったという。そこでどうすれば鬼たちが出てくるのだろうと聞きに来たということだ。
正直な話、勿論鬼は気の良い者ばかりではあるのだが、私には居ないに越した事はないのだ。
鬼は力があり且つ好戦的であるので、下手に戦わせれば、その余波でも私は幾つもの欠片に姿を変えてしまうかもしれない。
そんなの真っ平ごめんである。
とはいえ、内心をそのまま吐露するのもどうかと思ったので、これはなるようになるものだと言っておいた。
萃香が憮然としていたのは言うまでもないだろう。

追記:あと霊夢が神社に入れてくれないという相談を受けた。内容から察するに、宴会でもないのにお神酒を無断で飲む萃香の自業自得だと思うが。




第△△◇季、◇月▲□日


今日は中秋の名月、私は天狗達に紛れて月見を肴に宴会をしようと思っていた。
けれども、昇ってきた月は少し欠けていていたのである。妖怪にとって、これは由々しき事態の筈だ。
が、天狗達は博麗の巫女か誰かが解決するだろうと人任せに、宴会を始める始末。
この天狗ども、もう駄目である。というわけで、私がこの異変の元凶を探すことにする。
出来れば誰かがすぐに解決してくれるといいのだけれども。


とばっちりは食らったけれども、一応異変は収束した。
今回は月から来た三人、『レイセン・ウドンゲイン・イナバ』という妙ちきりんな名の兎に薬師の『八意永琳』。
そして月の姫だという『蓬莱山輝夜』等、迷いの竹林の奥にある永遠亭の住人達の仕業だった。
何やら使者が来るのを防ぐためだというが、幻想郷は結界で覆われているのだ。そう容易く入ってこれる筈がないというのに。
それにしても、どうにも千年程前に「かぐや」という名前を聞いたことがあるのだが、如何せん思い出せない。
その頃はよく京辺りに行った気がする。もしかしたらどこぞの有名人の名前かもしれない。

そうした結末は置いておき、首謀者の判明以前、私があても無く彷徨っていると博麗の巫女と妖怪の賢者という二人組と遭遇した。
彼女らは私を見るなり弾幕を放ってきた。正確には霊夢だけだが。
仕方ないので応戦に出たが瞬殺された。スペルカードの一枚と出す暇も無く撃沈である。
紫に助け起こされて事情を聞いてみれば、霊夢はこの月の犯人だと思ったらしい。
そして何故止めなかったと紫に聞けば、今私がどれぐらいの実力があるか知りたかった、と。
このような丸腰の妖をつかまえて酷い話もあったものだ。
その後、人妖の魔法使い達に紅魔の主従、更に半人半霊の『魂魄妖夢』をお供に亡霊お嬢様が次々合流してきた。
全員異変の解決に来た模様で、紫含めどいつもこいつも夜を止めていると言ってきた。
月を必要としない妖怪や人間にとってはそっちの方が異変になるだろうことは予期するに難くないのだが。
人形遣いの『アリス・マーガトロイド』は真面目にしても他三人は面白半分だからたまったものではない。


追記:次の日にはやはりというか、この日のことを『永夜異変』と呼ばれていた。四組の人妖のことは話されているが、私については何も広まっていないらしい。








次回も閑話。の予定。



[14157] 閑話・射命丸文の遭遇
Name: あかつつ◆b0e32ba5 ID:4d7dc312
Date: 2012/10/18 19:04
閑話・射命丸文の遭遇



そのとき、私は新聞のネタ探しをしていた。
丁度とある一面のスペースが少しだけ空いてしまったのだ。
何かコラムを入れるのが丁度良いぐらいの空きだが、コラムは他のところで多く入れてしまったのだ。
今の状態ですら多いというのに、これ以上は流石に憚られる。
その上ネタの貯蔵も尽きたときだから堪らない。
変な妖怪に「行くぞ射命丸。ネタの貯蔵は十分か?」などと言われれば迷いなど一片も無く吹き飛ばすのも仕方ないと言える。




誰かが私に対して陰謀を!? という下らない自意識過剰な考えを膨らませながら飛んでいると、とっても面白い光景が目に飛び込んできた。
木の根元で何かが揺れている。
石の色をした着物を着た下半身……もとい、山の頂に住む大妖怪。


  ネ  タ  ゲ  ッ  ト  !!


その文字が頭に浮かんでコンマ一秒でカメラを取り出し構えて写真を撮りましたとも。
多分十枚くらいは撮ったと思う、頭で理解する前に体が動いてたから正確にはわからないけど。

で、気が済んだところで状況を把握。
どうやら彼女は木の洞に突っ込んで抜けない状態らしい。
水滴がお尻に垂れる度「うひゃ!?」とか「ひゃん!」とか「ひぃん!」とか嬌声をあげている。
何せ彼女の着物の裾から僅かに覗く肌にピンポイントで落ちているのだから、その効果は抜群だ。
普段落ち着き払っている筈の彼女がこんな珍しい姿を晒しているのが面白くて仕方が無い。
というか何この人。私の数倍生きているらしいのに、この可愛さというか乳臭さはなんなのか。
一人の女の子として少し悔しいのでもう三枚ほど撮っておいた。

そのうちすすり泣く音が聞こえてきたので、慌てて呼びかけてみる。

「い、石見様ですよね? 大丈夫ですかー」

「あ、あ、文ちゃん!? 私、私! わかる!? 石見、なんだけど! は、早く助けてぇ!」

やばい、面白すぎる。
今の私なら断言できる、今のこの方は最高の玩具(おもちゃ)だ。
妖怪の賢者があのような性格をしている理由もわからなくもない。
おお、楽しい楽しい。

とはいえ流石に可哀想にもなってきたので、引っこ抜いてあげることにした。
偉そう? 何を言う、現時点で優位に立っているのは私なのだ。偉そうで何が悪い。



「うわぁ~~~ん、ありがとお文ちゃ~~ん!」

「はいはい、その目から流れる液体を私に擦り付けないでくださいね」

あくまで冷静且つ冷徹に答える。
今私に抱きついている大妖怪・石見様は涙目でカリスマの欠片も無い。
本当に我らがトップの天魔様に匹敵する実力の持ち主か些か疑問である。
天魔様と酒を酌み交わしているのを椛が発見してから妻、いや愛人か!? などと瞬く間に噂になったものだが、その後の経過を見る限りそんな雰囲気では全く無いことがわかった。
というかお二人が会うことすら無い。
毎年一日だけの付き合いだと張本人である天魔様が弁解したことが止めとなってこの事態は収束したが、いやはや、あの時は楽しかったものだ。
というか毎年一日って、貴方方は織姫星と彦星か。


しばらく経って、石見様が漸くいつもの調子に落ち着いてきた。
未だに涙目ではあるものの、まあ普段通りであろう。そろそろ何があったか聞いてもいい頃か。
まだダメだったら? そんなことは私の知ったことではない。

「……で、どうしてあんなことになってたんです。お尻だけ突き出したあのスタイルは。
 なんですか? 新手の美容法とかですか? もっと綺麗になっちゃうんですか?」

「そんな美容法あるわけないでしょう。というか私には必要無いから」

「相変わらず羨ましいお体で。それで? 実際のところはどうなんですかって聞いてるんですが?」

彼女は元が岩だけに体を自由に変えられるだかなんだかで、肌も髪も手入れの必要が無いらしい。
幻想郷中の女性が羨む体質だが、本人はどうでもよさそうなのが反発を招くのですよ。
そんな裏話はさておき、石見様は答えにくそうに少し顔を赤くする。
まあ、恥ずかしい姿でしたからね。

「……ぬかるみで滑って転んで、嵌っちゃった……のよね……」

「……はあ。いやはや、間抜けですねえ。」

彼女の呟いた内容は大体予想できる結果だった。なのでぞんざいな返事をしておく。
不敬だろうが流石に許されるだろう。失態にも程がある。
本当に大妖怪? どれだけ迂闊なのよ、気を抜きすぎじゃない。

「う……全部梅雨が悪いの。川は溢れるし足元は滑るし、この時期に碌な目にあった試しがないもの」

「そう思うなら今回はまだマシじゃないですか? 変に怪我する前に……っと、怪我するような体じゃないですね。
 まあ、あの状態でも一応ある程度肌は隠れてましたし。着物が捲くれ上がって、その上盛った獣がやってきてたら最悪でしたでしょうし」

女性の尊厳的に考えて。
割と種族選ばず交尾したがる物の怪も多いし、そこに雌の股があれば突っ込むのだから危ないことこの上ない。
春画(十八禁絵)展開は御免だろう。よほどそちらの方面に飢えてない限り。

ま、私には関係ないですが、と呟いて翼を広げる。
事の顛末は聞いたし、これ以上いる必要もない。とっとと戻って紙面を仕上げる作業といこう。

「感謝してくださいね、女に飢えた獣が通りがかる前に助けてあげたのですから。
 もしかしたら結構危ない事態だったかもしれませんねぇ、これ」

助けた理由は記事にするからだけど。
バレたらぺしゃんこに押しつぶされるかもしれないが、石見様は私の新聞を読まないし、バレることはないだろう。
つまりは何を書こうが報復無しだ。いやあ実に良い条件である。
ネタを見つけた清々しい気分で空を翔る私の後ろから、ありがとねーという声が投げかけられた。
人助け(妖怪だが)もいいものだが、そのとき既に私は文章の構成を考えていた。
他人の不幸は私の記事だ。


実名は避けてイニシャルにしてあげようかしら、写真は欲しい人に買わせよう、とか画策しながら夜を往く。
原稿を書くのが楽しみだ、早く早く帰らなきゃね。
こんな美味しいネタはそうそう無いもの!








・その後の博麗神社


「ふーん……」

「お、霊夢。何読んでるんだっと……なんだ、新聞か。何々、『文々。新聞』?」

「ん? ……誰かと思えば魔理沙か。いやね、この新聞記者って結構あくどいと思ってたのよ」

「あー? 『某大妖怪・Iさん、まさかの痴態!』か、この妖怪も哀れだな」

「やっぱりそう思うよね。まぁ名前も顔も知らない奴のことなんてどうでもいいけど」

「もしかしたら明日は我が身かもしれないぜ? 私には関係ないが」

「その言葉、そっくりそのまま自分に聞かせてみれば?」



[14157] 第△△◇期の日記 其の三
Name: あかつつ◆b0e32ba5 ID:4d7dc312
Date: 2012/10/18 19:43
△▲○●☆★□■◇◆



第△△◇季、△◆月○日


先ほど人里に行ったときに、利一という猟師からお饅頭を貰った。
彼が夜の山で迷っていたときに、私に人里まで案内してもらったお礼だという。
そういえばそんなこともあっただろうか。
食事に興味ない私ではあるのだが、人からの贈り物を無碍にするというのは礼儀知らずというもの。
快く受け取り、その場を後にした。

故に困った。
この十六個のお饅頭をどうしたものか。
一人寂しくこのお饅頭だけ食べるのは流石に憚られる。
お茶か何か無ければ、お茶請けたるお饅頭もその役目を果たすことは適わない。
そうは言えど、天魔は忙しいだろうし紫はこちらから会う手段が無い。
どうしたものかと書きながら思っていたが、今いいことを思いついた。
あの亡霊お嬢様に会いに行くのだ。宴会でも彼女はお酒より食べ物に手を出していたような気がする。
ならばこれを一緒に美味しく頂くこともできるだろう。
それに彼女の住む場所は白玉楼という大層な屋敷。お茶だって揃っているのではないか。
善は私を急かさせる。そうと決まれば出発しよう。


行ってきたのはいいのだが斬りかかられた。
白玉楼で庭師の仕事をしている魂魄妖夢にである。
私が何をしたというのだろう。というか、見覚えがあると自ら言っていたのに襲うのはどうかと思うのだが。
途中で亡霊お嬢様が止めに来てくれなければバラバラになっていたかもしれない。恐ろしい限りだ。

屋敷の中に招かれてから、漸く本題のお饅頭を出してみれば、亡霊お嬢様は私に似た落ち着きようから一転、子供のように目を輝かせてきた。
何やら人里で今話題の甘味所のお饅頭だと妖夢が話してくれたが、そんないい物をくれるほどいいことをした覚えも無いのだが。
ちなみに私が一つ食べる間に幽々子は四つ頬張っていた。私と妖夢が三つずつ、残りの十個は幽々子のお腹の中に収まった。
亡霊なのに食い意地が張るとは驚きである。食費が気になるものだ。

気になることといえばもう一つ、妖夢の持つ刀に見覚えがあると思ったら、妖怪が鍛えたと触れ込みが回っている『楼観剣』だった。
もしやと思いもう片方の短刀について聞いてみれば、迷いを断つ『白楼剣』だという。
更に千年前に『魂魄妖忌』という青年がこの二振りを持っていたのを思い出した。
とくれば、妖夢は彼の親族だろう。
実際に聞いてみたら祖父だという、変な縁もあったものだ。
千年を越えて、再び半人半霊に類稀な二刀で襲われるとは。



第△△◇季、△◆月△□日


突然焼き鳥が食べたくなった。
特に理由と呼べるものもきっかけとなるものも無かったのだが、強いて言うならば二週間前のお饅頭で味を占めたのが原因だろうか。
それともあの亡霊お嬢様の影響を受けたのだろうか。
兎に角無性に食べたくなったのである。
嫌々そうだったが、風の噂という名を借りた風使いの鴉天狗に聞いてみたところ、何故か竹林に焼き鳥屋があるらしい。
特にやることもなかったので行ってみることにした。

が、途中で妖怪が落ちていた。
何時ぞやの異変で魔理沙か誰かに丸焼きにされた夜雀こと『ミスティア・ローレライ』である。
チリチリぷすぷすと音を立てている辺り、私が通りがかる少し前に撃墜されたようだ。
心配になり気絶していた彼女を揺り起こすと、行き成り泣きつかれた。
落ち着かせながら要領の得ない話を聞いて要約するに、「魔理沙を見つけて再び挑んでまたもやマスタースパークで焼かれた。悔しい」とのこと。
とりあえず次は頑張りましょうといったありきたりな言葉で慰めておいた。

そういえば竹林のどこに焼き鳥屋があるか聞いていなかったとその時点で思い出した。
なのでミスティアに聞いてみたのだが、そんなところに行くくらいなら自分の鰻でも食べていきなさいと言い始める。
そういえば夜雀、つまりは鳥だったのを忘れていた。そんなところといえばそうだろう。
しかし屋台とはなんだろうか、と思っているうちに連れて行かれたのはあちこちがぼろくなっている屋台。
何やらミスティアの寝床の一つであるらしく、何か焼いて食べたいときは此処で焼くとのこと。
八目鰻を掻っ捌いて手際良く調理する様は見ていて素晴らしいものだった。
味も見た目どおりに美味しく、これならこの屋台を立ち上げたら人気が出そうである。
そんなことを言ったら本気にしていっそのこと焼き鳥撲滅をと夢を膨らませていた。頑張れ、鳥妖怪。


追記:鰻を焼いているミスティアを見てるうちに着物が似合いそうだと感じた。今度どこかの人里のどこかの女将さんのお古でもあれば貰って着せてみたい。



第△△◇季、△◆月▲◇日


さっき、竹林の方向で炎の鳥が飛んでいるのを見た。
数百年も前から、満月の夜のみに何度も見ている炎である。
最近はしっかり見えるぐらいに高く飛ぶこともなかったから、こうやって見ることも久々だ。
随分前からだが、あれは妖怪同士の争いだと考えている。
だとすれば高く飛ぶときは戦いが激化しているのだろう。
毎度夜更けにやるのは別にいいのだが、近辺の妖怪、特に兎などは迷惑してないのだろうか。
同じ妖怪の身なだけ、少し気になる。


そんな風に思いながらぼんやり見ていると、火の鳥の近くにちらりと違うものが見えた。
なんだろうとよくよく注視してみれば、霊夢と紫が弾幕を張っている。
なるほど、また何か起きたのかと火の鳥をよく見れば、中央に人の形。
妖怪か? と考えを巡らしても、妖怪特有の『雰囲気』が見られない。
だとすれば術を使う人間だろうが、何百年も前から見ているのだ。
同一の人間であればありえる筈もない。
だとすれば、術を代々受け継ぐ一族だろうか。
否。そんな一族などこの幻想郷では博麗ぐらいしか知らない。
更に同じ博麗で同じ術でも、威力や速度はもちろん、果ては見た目すら違うことすらある。
ならば在り得る答えとしては、これぐらいか。

あの火の鳥の人間は不老不死。

なんだか楽しくなってきた。
不老不死の人間と聞いて不老不死の象徴たる岩石、その妖怪である私が興味を持たない筈があるだろうか。そんな筈は無い。
……まぁ不老不死といえど、月から来たというあの二人の人間にはあまり近寄りたくないという例外はあるのだが。
兎にも角にも明日にでも話を聞きに行ってみよう。流石に今日は行動する時間もそこまで取れないし。



第△△◇季、△◆月○◆日


焼かれた。
というのは流石に端的過ぎたか。だけれども書いてしまったものは仕方ないので残しておこう。

夕焼けを山の向こうに落ちるまで見送ってから竹林に出発した。
その残光が完全に消えるまでに会ってみようと思ったのだ。
果たして、彼女を見つけることが出来た。
白い髪の毛に赤いリボン、背中に一本と胸前の二本の紐がつながったもの(紫によるとサスペンダーというらしい)。
間違いなく昨日の人の形。
少し気が立っているみたいではあるが、話しかけてみることは可能だった。
それで即刻不老不死の話について伺おうとしたら……焼かれた、というわけである。
人間の不老不死といえば利点も多いだろうが、逆に人間社会で暮らすには悪い面の方が多すぎる。
知らない妖怪が自分の不老不死を知っていればそれは驚くし、聞いてくれば精神的な傷を掘り起こすということになるだろう。
けども行き成り私を焼くのは酷いと思う。
岩とて熱は伝わる、過剰な熱ならば溶けてしまうかもしれない。
正直勘弁して欲しかったが、牽制程度の炎で本当によかったとも思う。
ただ、着物はあちこち焦げて、髪は直毛から外の世界の言葉で言う「パーマ」になってしまったのが悲しい。
綺麗に直るだろうか? まっすぐが私のお気に入りの髪型なのだが。

そう、それはさておき、彼女こと『藤原妹紅』は牽制すら避けなかった私に興味を抱いてくれたようだ。
これは好機だと判断して事情を話して不老不死について聞いてみれば、なんてことのない、とはいえないが案外あっさりとした返答が返ってきた。
曰く、千年以上前にあの永遠亭のお姫様とその従者が蓬莱の薬というものを作って置いていった。
曰く、姫に怒りを抱いていた自分は不老不死の薬を奪って飲んで不老不死と成った。
曰く、それに怒りを抱いて殺し合いをしている。
何ととんでもない展開だろう。逆恨みか正当な怒りかはよくわからないが、とりあえず納得はできた。……と思う。
というかそんなほいほいと作れるものなのか不老不死。
不老不死の象徴としてとても悲しくなってくる。
あそこの人々は不老不死を広めようとはしていなさそうなのが幸いというか。
それでも数名とはいえこんなに人類の悲願を達成してしまった者がいることはとても悲しいことである。



第△△◇季、△△月△△日


広葉樹の葉も全て散って秋の気配も通り過ぎ、もう冬かななどと思いながら落ち葉を踏みしめていると、近くの木陰から妙な声が聞こえた。
またかと思って見てみれば、やっぱり紅葉と豊穣の神様の秋姉妹。
ぶつぶつとお互い呟きあってるその様は、傍目から見てもかなり気持ち悪い。というか恐ろしい。
その内容が「秋が終わる……」だの「冬なんて来なければいい……いっそ春も夏もなければいい」だの「ずっと秋ならいいのになあ……」だの。
初見の方が聞けば尚更気分は下降の一途を辿ってしまうことだろう。
秋真っ盛りだった先月は嬉しそうにくるくる回っていたり、緑葉を赤や黄色に染め上げたり、秋の実りを与えたと楽しそうにしていたというのに。
その差はまさに天国と地獄並、飛べない亀と博麗神社の亀。
かけ離れすぎて比べようがない。

まあ、私達にとってこの秋姉妹の有様は、一種の冬の訪れを感じさせるものと化しているのだが。
毎年これなのだ、この二柱が醸し出す瘴気に慣れなきゃ季節の変わり目などやってられないのである。
慣れないほうがおかしいとは鴉天狗の言。
確かに……と頷きかけている辺り、私も完璧に諦めているのかもしれない。
最初は慰めていたものだが、誰でも十年経てばまたかとなり、百年過ぎれば最早気にしないといった感じだ。
ちなみに二柱を前々から知っているどの妖怪に聞いても同じような反応しかなかった。
哀れと言うべきか、溜息をつくべきか。
私にはもうどうしようもない、この時期の二柱。


というかここまで書いておいてなんだが、去年も同じようなこと書いていなかったっけ。
物忘れが酷いのか秋姉妹の衝撃が響いているせいか。出来れば後者であってほしい。



第△△◇季、△▲月◇日


随分と雪が積もってきたものだ。
時々岩のままで坂道を転がっていってみたいと思っていたら、人型のときに躓いて擬似雪だるまとなりながら大蝦蟇の池に落ちて妖怪蛙に助けられた。ありがとう妖怪蛙。


それはそうと、数刻前に魔法の森の浅いところで宵闇の妖怪と有名な『ルーミア』と出会った。
出会い頭から口の周りに食べ散らかした肉片と血をつけていたのが印象的だったが、せめてもう少しきれいに食べられないものか。
食べられた人間が可哀想である。ついでに骨でも残っていないと家族が手を合わせることもできないのだが、そこのところは大丈夫だろうか?
そんな風に考えていると、私を食べてもいいかと聞かれた。勿論無理である。
どれだけ食べるのだろうかと気になりながらも、食べられたくないし私は妖怪とはいえ岩。
岩石を食べられるのか、と聞けばそれは無理ーと間延びした返事をいただいた。当然である。

ふと霊力のような気配を頭のリボンから感じた。
よく見てみれば、封印の札のような文字と模様が描かれている。
張本人のルーミアに聞いてみてもわからないらしい。
ただ、自分では触れることすらままならないということだが、この封印は一体何なのだろう。
封印されているということは今感じている妖力から計る実力よりも強い筈であり、もしかしたらルーミアは私なんかよりも強いかもしれない。
今の振る舞いではそんな雰囲気など感じないが。
やはり妖怪はこう、私のように落ち着き払った振る舞いをするべきだと思う。そうすればカリスマ性というか、威厳が出るというのに。


追記:最後の一行部分のみ鴉天狗に話したら鼻で笑われた。



第△△◇季、△▲月○△日


今年も無事一年が過ぎ去った。
一日一日を振り返ると、昨年よりもぐっと知り合いが増えた感がする。
それ以上に酷い目に遭う回数が増えた気もするが。水に落ちたり水に滑ったり。

今年は折角知り合いが増えたので、人里ではなく妹紅の家へと押しかけてみた。
ミスティアや亡霊お嬢さまのところもいいのだが、なんといっても妹紅は炎の術が使える。
毎年寒い中で身を震わせるのも一つの冬の楽しみ方といえども、ぬくぬくと暖かいところで年を越すのも素晴らしい。
といった旨を本人に話したら焼かれた。今度はいつも隠し持っているこの帳面も焦げたあたり、会う度に火加減が強くなっているみたいである。
着物のダメージは一定だが、頂に戻ったら繕わなければ。

来年まであと一刻のときに、何やら慧音が来た。
思わぬ場所で出会ったのに私も驚いたが向こうは更に驚いていた。
どうやら二人は友人らしい。それだけで私は成る程納得ではあるのだが、私以外二人はまだ納得していない。
やれ妹紅はどういう知り合いなのか、やれ慧音こそどうして知っているの。
十分にわたるその話し合いにいい加減どうでもよくなってきた。
納得するのが難しいなら、いっそそういうことなんだと受け入れてしまえばいいのに。
ぬくぬくとおこたで温まっている私はそんないつもより緩い思考をしていた。








むっちゃくちゃ更新が開いたァ。すいやせん。



[14157] 閑話・魂魄妖夢の驚愕
Name: あかつつ◆b0e32ba5 ID:4d7dc312
Date: 2012/10/18 19:43
閑話・魂魄妖夢の驚愕



秋のある日の夜のことだ。
植木の前に立ち、楼観剣での剪定――剣捌きの正確さの修行と庭師の仕事を両立できるのだ――をしているとき、後方数尺の位置に気配を感じた。
同時にじゃりっと地面を鳴らして降り立った音もする。
幽々子様だろうか? ……否。幽々子は今頃お風呂に入っている。此処に居るはずもない。
しかも感じる気配には妖力が混じっている。かなり強大だ。
思いつくのは紫様だが、あの方ならだらけてスキマに座るかスキマから半分だけ体を出すくらいだろう。


ならば――何者?
そう考える前に、そのままの体勢で私は刀を突きつけていた。
……息を呑む音はしない。
得物を突きつけられて慄かないというのは、相当の実力を持つ証拠だ。
妖力や霊力も一つの基準とはなるが、心胆の太さと技量を兼ね合わせるとそれは絶対のものとなる。
確か、そのようなことを師匠――私の祖父である魂魄妖忌――がおっしゃっていた気がする。
何をしに来たかはわからないがどんな相手だろう。
不思議と心が躍る。
強者と手合わせするときの心中である。
そんなときだ。

「……ごめんなさい、仕事中だったのね」

相手はどこか抜けたような調子で謝罪の言葉を口にした。
眉を顰めて振り返ると、石を思わせる色合いの和服姿の女性。
手には人里の甘味所の箱を持ち、その笑みはどこかしゅんとしている。

「えーと……だ、誰だ!」

「んー? 妖怪の山の頂に住む岩の妖、石見と申します。お仕事中にごめんなさいね。
 でも、その刀を下ろしてくれないかしら。危ないし……ね?」

「へ? は、はぁ」

拍子抜けさせられながらも、誤魔化しに名を尋ねれば答える妖怪。
礼儀正しいというのか、抜けているというか。
なんとなく幽々子様を髣髴とさせる物腰である。
そういえばこの妖怪、どこかで見覚えが……

「ところで、妖夢ちゃんだっけ? 夏の宴会のときとか、この間の異変のときにも会ったの、覚えてる?」

宴会に、異変……。
そのキーワードで頭に浮かんでいた点と点がつながった。

「ああっ! ある、見覚えがあります! 紫様とよく話していた、あの妖怪?」

「そうそう、その妖怪。覚えていてくれたのね、ありがとー」

何度も行われた宴会の最後の三回くらいに来ていた。
異変の時には人妖のペアの中、妖怪一人だけでついてきた。
今と同じ朗らかな笑みを浮かべていた、石色の妖怪。
そう認識すると、私は刀を収めた。

「これは失礼を。とはいえ、不用意に後ろに立たないでください。私とて驚きます」

「あー、それはごめんなさいね。貴女が随分集中してたものだから」

「いえ、今後気を付けていただければ十分です」

いやはや、白玉楼に来ることがあろうとは驚きである。
鋭い目をした猟師の方――確か、利一さんだったか――が新しい甘味所でほくほくとした笑顔でお饅頭を買ってる姿を見たときくらいには驚いた。
……いや、利一さんのときの方が驚いたか?
正直あれは紫様が真冬に生き生きと活動するくらい衝撃だった。


「それはそうと、何の御用でこんな辺鄙なところまで?」

妖怪の山といえば、此処からは相当離れているはず。
とてもじゃないが軽い用事で来ることはないだろうが……。
そう思いつつ尋ねてみると、石見様――多分偉いのだから、様と付けて呼ぶべきだろう――は、朗らかな笑顔で軽く箱を持ち上げた。

「人里でお饅頭を頂いたの。でも、お茶が無いし一人で食べるのもね。だからかな」

「……はあ、左様ですか」

想像以上に軽い用事だった。
確かに白玉楼にはお茶もあるが、わざわざ此処まで足を運ぶものだろうか。
間抜けだなあというべきか、それともご苦労様だなあとでも思うべきか、これは。

しかし、お饅頭の例を思い浮かべたそばからお饅頭が出てくるとは意外。
関係無いだろうけども。

「で、貴女の主人の幽々子さんは何処かしら? 一応でも挨拶しないと」

「幽々子様なら入浴中です。お話ならしておきますので」

「いや、でもねぇ……」

む? 困った顔をしながらも、何やら粘る。
幽々子様にどうしてそこまで会いたいのだろう。
理由は何にしても、通すことは出来ない。

「貴女はどうか知らないのですが、幽々子様はそろそろ眠る時間ですよ。それでもまだ会おうというのなら――」

一つ斬られて退散していただきます。岩の妖怪だから大丈夫でしょう?
続く筈のその言葉を言わずに、目前の首を掻っ切るべく背中の楼観剣を最短動作で抜刀。跳躍。一閃。
流星のように弧を描いて柔らかそうな首に吸い込まれてゆく。
そして曲線は当然のようにすっぱり、さっぱりと獲物の頭と体を切り離した。

振るった瞬間、そう確信した。――のだが。

「……危ない、危ないから。その刀を収めなさいよぅ……」

斬った筈の敵は、刀を振り切った丁度私の一足一刀の間合い、私が一歩前に出れば切ることのできる位置で恐々とこちらを見ていた。
避けられた――? 剣閃を見切られた、ということか。
今の一撃で大抵の妖怪は葬り去れたと自負できる。それをあしらう程度には、奴は強い。

「やはり手錬れでしたか。だが、そう何度も簡単に避けられると――」

「妖夢、お仕舞いよ」

横から制止の声。
そちらを向けば、亡霊なのにお風呂に入ったせいで肌は上気している我が主。

「あ、幽々子様。……駄目ですか?」

もう少し戦ってみたいのに。
そんな願いはむすっとむくれた幽々子様には届かないみたいだ。

「駄目。持ってきてくれたお土産が駄目になるじゃない」

「……私の価値は、これ以下なの?」

溜息とともに、今まで以上にしゅんと落ち込む石見様。
……うーん、初対面の貴女とであれば私もそれを選ぶかもしれない。



庭からところ変わって部屋の中。

「紫から話は聞いているわ。山の上の聡い大妖怪さん」

「うん? そんな大層な渾名なんて初めて聞いた。でも私には合わないと思うけど。だって、幻想郷の大妖怪といったら紫とかじゃない」

「そう、確かにそうかもしれないわ。なら名前で良いかしら、石見」

「あらあら、皆どうにも仰々しい渾名か様付けでしか呼んでくれないから嬉しい限りね。私も名前で呼んでいい?」

「いいわよ~。それにしても紫の知り合いだから、どんなのかと思ったわ~」

「あ、それ言えてる。紫だもの、変な知り合いが多そうだし」

幽々子様が二人居るような感じがする……!
その空間内に居る私は、恐怖とは違う意味で戦々恐々としていた。
ほんわかとした雰囲気が二倍。
いや、幽々子様より石見様の方が純粋にほんわかしている。

こういったらなんだけど、幽々子様は何を考えているかわからない度合いが強い。
これに対し石見様は短絡的なのかわかりやすい思考をしている。
お饅頭を貰った、でもお茶欲しいな、よし此処来よう、とまあこんな感じには。
……本当にこの方は大妖怪などであるのだろうか。

「それで本題だけど。これ、人里で頂いたの」

「あら、お饅頭ね? 石見、よく私のところに持ってきてくれたわ。ぐっどよ、ぐっど!」

「……あれ? これって今話題の甘味所の……。こんなのよく手に入りましたね。
 というか、よく差し上げる気になりましたね、石見様に送った人って」

箱を開けて私が見たのはそう、利一さんが買っていたあれと同じところの同じ、一口大のお饅頭である。

ん? ……まさか。

「へぇ、いいところのものなのね。でもこんなもの貰うほどいいことした覚えは無いんだけどなあ」

「えっと、どなたからいただいたんですか? これ」

「え? ええと、確か、利一って人だったかしら。見たところ、猟師らしいけど」


    確    定    。


成る程、石見様に差し上げるために買っていたのか。
でもなんであそこまで喜色満面の状態だったのだろう。未だ疑問は尽きず。

「そんな些細なことはいいから、早く食べましょう? ほら妖夢も」

「へ? あ、いえ私は」

「妖夢ちゃん、こういうときは食べなきゃ損よ?」

そういいながら上品に少しずつ食べていく石見様。
幽々子様の二つ一遍に頬張っている姿とはまさに対極だ。
というかやっぱり幽々子様の食い意地の張りように驚いている。

「それじゃあ私も……はむ」

一口頬張ると、餡子の甘さが口の中に広がる。
話題に上っているというだけあって美味しい。
程よく甘い餡子に程よい厚さの皮。
人の噂になるほど人気になるのもわかるというものだ。



結局幽々子様が大部分を食べてしまったが、それでも石見様は柔和に笑っている。
皆で食べて美味しかったな、とかそんなことを思っているのだろう。
実際そのことを口に出して言っているから間違い無い。

ふと、彼女の目線が落ちた。
その先には私がいつも携えている楼観剣と白楼剣が置かれている。
少しの間、じっと二刀を見つめた後、ふと思いついたように私に問いかけてきた。

「ねえ妖夢ちゃん、これって楼観剣よね。妖怪が鍛えたという、あの」

「ええ、知っていたのですか?」

「まあ、ね。そっちの短刀の方は?」

「こちらですか、これは白楼剣ですよ。斬った者の迷いを断ち切ることができて、楼観剣と一緒に師匠から受け継いだんです」

そんな私の答えを聞くと、考え込むように腕を組んだ。
もしかして、いやまさか? とぶつぶつ呟いているが一体どうしたのだろう。
見ているこちらとしては、正直に言うと気味の悪い反応であるのだが。
と、何かを思い出したらしく今度は私の方を向いた。

「妖夢ちゃんの苗字は魂魄、だったけど、魂魄妖忌という名前に聞き覚えは?」

今度は私が驚く番であった。
何せ自分の身内の名前が出てきたのだ、これで驚かずしてなにで驚けと。

「妖、忌!? 石見様……何故師匠の名を?」

「師匠? 何、まさかまだ生きてるの? あの剣客って」

「え、いや、今は何処に居られるかわからないのですが……師匠は、私のおじいちゃんです」

石見様は今日一番の驚きの表情をしていたに違いない。
目はこれでもかと見開き口はぽけっと開いている。

「うわー……世間って本当に狭いものねえ。私ね、貴女のおじいちゃんと千年前に戦ったことがあるのよ?」

驚きすぎてもう何がなんだかわからない。
師匠の話をもっと聞くため、私は彼女を更に問い詰めていった。



この日、私達はずっと聞いては答え、聞いては答えを繰り返し繰り返し続けることとなった。
日が昇って漸く時間の経過に気づくぐらい、眠るのも、帰るのも忘れるくらい夢中で。
それぐらい楽しかったのである。あの師匠の若い時代を聞くこと、語ることが。

結局一日石見様が泊まり、また夜更かしをすることになったが……それはまあ、面白かったので良しとしよう。








・そのときの幽々子の反応

「ねぇー、妖夢お茶はー?」

「石見ー、もう何か無いの?」

「二人とも聞いて……ないわね」

「……もういいもん、私寝るから」

「……」

「……zzz……」

「……」

「……寂しいわぁ……くすん」



[14157] 第△▲◆期の日記 其の一
Name: あかつつ◆b0e32ba5 ID:4d7dc312
Date: 2012/10/18 19:55
△▲○●☆★□■◇◆



第△▲◆季、△月△日


事態も収束したところで、丁度年も明けた。
おこたの中で女三人であけましておめでとうと挨拶をする。
人、とはいえども蓬莱人と半人半獣と妖怪で誰も全うな人間ではないのだが。
一応人間と半分だけ人間と人間じゃないの。あれ、一番私が遠い。

正月だしせめて今日だけでも一日人型で居てみよう。
そう思って初日の出を拝んだのだが……やっぱり眩しい。
丸くなって岩へと戻ろうとする私にやはり妹紅は炎を浴びせかける。
反論しても腑抜けたこと言うなと慧音も混じって説教された。
一応だけど私が一番年上だというのに。
そんな私をおとなしくさせるとは流石は現役教師、上手い人との接し方である。
私は人じゃないが。

昼頃、少し寒さも和らいだことだし初詣へ行こうということとなった。
移動方法はやはり飛行。使えるのだから使わねば、とは私の言。
が、肝心の私は一番遅い。全盛とはいかなくていいのだが、流石にこれは……。
そう思っているところに慧音が助言をくれた。何やら体全体で飛ぶ感覚らしい。
思えば脚か背中のみにしか集中していなかった気がする。
助言どおりに想像しながら飛んでみるとあっさり飛べた。それも思った以上に速く。
どうやら先ほどまでのは効率の悪い飛び方みたいだ。
つまり今までの飛行訓練はほぼ無駄。
……一年近くの努力が否定された気分である。無性に泣きたくなった。

博麗神社は初詣で賑わっていることだろう、そう思って到着したときに見たのは数人の参拝客。
いつもの服装にマフラーを巻いた霊夢の表情はいつもどおりやるせなかった。
今代になってから参拝客がめっきり来なくなったらしいが、それは妖怪が神社に来たからなどと聞く。
だが私には到底そうには思えない。寧ろこの巫女の態度が原因ではないのだろうか。
二拝二拍一拝を終えてそんな風に思った。



第△▲◆季、▲月△▲日


ありのままさっき起こったことを話す。
大蝦蟇の池に来たら、氷の妖精が大蝦蟇に食われかけていた。
何を言ってるかわからねーとは思うが私も何を言ってるのかわからない。
頭がどうにかなりそうだった……ということはなく、その光景を平然と見ていた。
先の文章は、以前珍しくも命からがら人里にたどり着いた外来人が漫画でこうするものだと言っていたので書いてみた。
漫画といえば以前紫がゲゲゲの鬼太郎だとかいう外の世界の漫画を読みながらやってきたことがあったか。
鳥獣戯画みたいに絵を順々に読んでいくものらしいが、まあ良いとしよう。

氷の妖精こと『チルノ』は此処で蛙を氷漬けにして遊んでいたらしく、それを見かねてお仕置きとして食べた、と大蝦蟇。
以前も何度も食べられているらしいが、頭の方が弱いのか反省していないのか懲りずに氷漬けにしているらしい。
大蝦蟇に頼まれて説得をしてみるも、妖精の子供らしい考えの前には無駄である。
出来る限り凍らせるのはやめようということにはなったのだが、多分三日と経たずして忘れるだろう。
嗚呼、悲しきかな妖精のおつむ。


追記:説得一日後にはまた蛙を凍らせて遊んでいる姿が見られた。やはり妖精である。



第△▲◆季、○月△◆日


今日は何もせずじっとしていようということで、頂で未だ暖かくない高山の空気にどてらを羽織って打ち震えているところに一匹の白狼天狗が来た。
いつぞやに私と天魔の酒の酌み交わしを見ていた少女である。名を『犬走椛』と言うらしい。
天魔に聞いたことはあるのだが、いやはやすぐに思い出せない辺り年を食った証拠か。
あれから一度も見ていなかったが、何の用があってか来た様子。
恐れ多いのですがと前置きをして話し出したのだが、内容は大将棋の話。
友達の河童に勝てないからどうにかしたいので上司の鴉天狗に聞けば「頂で暇している大妖怪にでも聞け」と言われたという。
大妖怪という言葉に疑問を持って聞いてみたが、どうやら妖怪の山では私と天魔が頂点だということになってるらしい。
千年前ならいざ知らず、今は長く生きてるだけで大妖怪などと言われるまでの力を持ってはいないではないのだけれど。
というか鴉天狗は私を敬え。年上を敬え。

とりあえず実力を測ろうということで将棋を指してみたが如何せん、ちんぷんかんぷんで圧倒的な差をつけられて負けてしまった。
江戸幕府の頃には浄瑠璃やら歌舞伎やらを見に行ってばかりで、あまりこういうものには手を出していなかったのである。
とくれば毎日でもやってる椛に勝てるはずも無い。
だが、負けっぱなしというのも癪である。
これからは河童と天狗の勝負でも見て勉強するとしよう。


追記:河童の名前は『河城にとり』というらしい。何時ぞやに滝つぼに落ちたときに助けてもらった河童とは、世間は狭い。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



第△▲◆季、●月△日


私の名は石見。
幻想郷の、妖怪の山の頂にぽつり一つ鎮座し、数千年という間月日の光を浴び続け、妖怪へと成った岩である。
前の二冊に記しておいた前書きはそっくり削った。
いい加減同じパターンは飽きるのである。
二冊目は一冊目と同様の場所に、同様に埋めておいた。
次に光を浴びるのは何時の日になるか。せいぜいそのときを心待ちにしておこう。

三冊目となるこの帳面ではあるのだが何故か利一という猟師からいただいた。
以前もではあるのだが何故此処まで私に贈り物をしてくれるのか。
そしてあのひょんひょんと跳ねる前髪はどうにかしてほしい。
色々なことが少しばかり不気味に感じる今日この頃。

さて、今年は昨年のような冬が長く続く類の異変もなしで、三寒四温に則って順調に暖かくなっている。
あれほど積もっていた雪が、山麓まで伸びる曲水となる様は見ていて気持ちがいい。
もうすぐ春告精共々動物達も紫も起き出すだろう。
早く春へとならないものか。心待ちにして一日目の日記とする。


追記:私が帳面をいただく場面を見られていたらしく、鴉天狗がやたらにやついていた。何故だか不快である。



第△▲◆季、●月◇日


今年も春が来た。今年もリリーホワイトは来ない。
私が怒っていることに気づいているのだろうか。妖精なのに小賢しいものである。

そんな些細な事象は置いておき、やはり幻想郷の柳暗花明の季節は素晴らしい。
桜の開花も順調、高山の植物も皆咲き始めている。
芳しい香りが仄かに漂うこの春、人妖霊神問わず宴を始めていた。
彼方此方でやはり騒がしく楽しそうにお酒を飲むのを見ているだけでこちらの気分も高揚してくるというものだ
が、花を見ながらのお酒は美味しいということはわかるのだが、天狗達を見るに幾夜にもわたって行う腹積もりらしい。
例年よりも相当多いお酒を引っ張り出していた気がする。
はて、今年は何かあったのだろうか。気になるばかりだ。

それはそうと、例年の如く今年も天魔とお酒を酌み交わした。
果たして私は美しい景色を肴に、静かに穏やかに飲むのが性に合っている。
天魔に、貴女が玉山崩るところを見てみたいものだ。そのようなことを言われたがそこまでお酒を飲むこともないだろう。
そう思いつついつか見れるかもしれないとだけ返しておいたのは、酔って気が大きくなっていたからに違いない。



第△▲◆季、☆月▲日


春が訪れてからもう一月近く経とうとしているが、未だ花は散る様子を見せない。
博麗神社の桜も満開の状態を保っている。竹林の方では珍しい竹の花が咲いてるとのこと。
大蝦蟇の池では睡蓮の花すら咲いている。どうやら花を咲かす植物はどれも咲いているらしい。
というのも、今年は幻想郷が幻想と化してから百二十年。
六十年に一度、外の世界で幽霊が増加したのと大結界が緩むのが重なり、溢れた幽霊が花に憑いて咲き乱れるのである。
この異変は特に害は無いようで、まだ花の見頃が続くというのは純粋に嬉しい。
六十年前は皆で大騒ぎしたものだが。やれ何が起きている、やれ博霊の巫女はどうしたと口々に言い合ったのもしっかり覚えている。
再思の道で死神と遭遇し、無縁塚で閻魔様の辛い説教を聞いたというのも忘れてはいない。
紫に幽々子もあの説教は苦手らしい。無論、私も苦手にしている。

はてさて、今回も人妖達は色々な行動に出ている。
六十年前を知っている妖怪達は動じずに宴をしているのもいれば、騒ぎに乗じて色々やってるのもいる。
鴉天狗達は後者のようで、記事を書くため各地に散らばっているようだ。いつもの鴉天狗も例外ではない。
異変を解決しようとする人妖を身近で観察して記事に起こせると大喜びで飛び去っていった。
閻魔様に怒られないといいのだが。

そんな風に思っていた今さっき、いつもの鴉天狗がやってきた。
どうやら私の杞憂は現実となっていたらしく、確り説教されて帰ってきたみたいだ。散々な様子が見て取れた。
新聞について何時になく真剣な様子で考え込んでいた辺り、閻魔様の説教は功を成したようである。
あの方の説教は悟りを開く近道なのだろう。私は二度とお会いしたいとは思わないが。



第△▲◆季、☆月▲★日


日が昇ってから原型へと戻ろうとしたら、何時になく嫌な予感が訪れた。
異変など起こってはいないのだが、用心することに越したことはあるまい。
とりあえず昼夜の行動を逆転させてみるつもりだ。日記は次の日の出前に書くことにしよう。


完全に裏目に出た。
あれから大蝦蟇の池に行くと、鴉天狗が宙に浮かびながら執筆の構想を練っているのを発見した。
彼女は私を見るなり、とんでもないものを見たかのように目を開き、今日は槍でも降るのではないかと口走る始末。
酷く自尊心を傷つけられた気がする。だから紫でもあるまいし、私とて昼間に行動することぐらいあるのだ。

大蝦蟇と共に鴉天狗を眺めて時を浪費していると、今朝の予感が的中した。
閻魔様こと『四季映姫・ヤマザナドゥ』様が来られたのだ。
以前話した教えを皆が理解したのか、それを確認するために幻想郷中を見て回っているらしい。つまりは説教の焼き直しである。
そこに私がいたのだ。彼女が説教をしない理由はあるだろうか、いやある筈も無い。
鴉天狗の答えに三十点とつけた後にすぐさま私の説教へとなる。
それはもう凄まじかった。何が凄まじいかというと、教えを説くのに最初から考えてあるかのようにすらすらと、しかも長々と言葉が出てきたことがである。
本当に私に会うのを想定してやってきたのではないだろうか。閻魔様の性格ならやりかねないのが怖いところ。
結局、力の使い方から普段の生活、更には振る舞いといった細やかなものに至るまで容赦など皆無かのように説教しつくされた。
私がしかと心に刻んだのを確認するまで解放してくれなかった辺り、閻魔様は少しずれた加虐趣味を持っているのではないだろうか。


追記:こっそり覗いていた紫に聞けば、紫の場合は私の四倍五倍は軽く行くらしい。酷いものだ。








先のことばかり考えていたら目先のこと(=今回の話の想定)をやっていなかった。



[14157] 閑話・お酒を酌み交わす夜
Name: あかつつ◆b0e32ba5 ID:4d7dc312
Date: 2012/10/18 19:57
閑話・お酒を酌み交わす夜



「ん……しょっと」

頂にある小さな陣地の一番高い場所、空にせり出したそこが私のお気に入りであり寝床であり、一日の大半を過ごす場所である。
いつものように原型から人型へと成り、今は落ちてしまった日の残光を体に纏いながら大きく伸びをする。
西の空は紅の時間を過ぎて橙に染まり、その上から藍と紫が層を成して覆いかぶさる。
幻想郷の幻惑的な黄昏時。人間と動物と植物の時間から妖怪と幽霊の時間へと移り変わる僅かな間。
この妖美な間がいつも私の胸に感動と活力を生む。

ふと眼下に広がる自然を見れば、闇色に滲む桜色、赤色、白色がぽつぽつひっそり己が存在を知らせていた。
一足早くと初春に咲く花を見ていると、知り合いの最速の彼女が脳裏に浮かんでくる。
なんだかおかしくて笑みを浮かべてしまう。
だって、花の中にもあのような気概を持つ者がいるなど可笑しいじゃない。


「ほう、情趣を味わっているところでしたかな。石見殿」

独りくつくつと喉を鳴らしていると、後ろから一年に一度の声が聞こえた。
低く渋みを醸し出す声で、一族の長に相応しい貫禄の一端とは過言でもないだろう。
聞くものによっては飛び上がるやもではあるが、私には親しみしか感じない。
見れば、一升瓶片手に歩み寄る男性の姿。大結界以来の酒飲み仲間。

「そのようなところです……こんばんは、天魔。今年も良いお酒を持ってきてくれたの?」

その言葉の中に自身の名前を見つけて、にやりと笑う天狗の長。
昨年必要のない自己紹介とともに呼び合うことにしたのだが、知り合ってから随分自身を語るまで長かったものだ。

「それは勿論。部下達の騒がしい宴などにはとても出せない程度には上質のものだ。こういう酒は静かに味わうべきでな」

それは楽しみ、と喜色を滲ませながら懐から漆塗りの盃を二つ取り出す。
こちらも、持っているものでも一番上等な盃だ。
ちなみに日々の習慣となっている日記の帳面も、いつも此処に入れている。
他にも色々と入れてあるが、何故入るかなどということは……女の謎、ということで。




「……あ。これは本当に……毎年のよりも美味しいんじゃないかしら」

崖の上のへりに並んで腰掛け、お酒を注いで少しずつ盃を傾ける。
すると、口に流れ込むそれはいつもとは明らかに味わいが違う。
今までのものも相当価値のある美味なお酒だったのだが、今年に限ってはとても芳醇な古酒である。
しかし、熟成具合が半端なものではない。何処でこんなものを手に入れたのだろう。

「はは、今年が幾年かお忘れかな? これは今より丁度百二十年前に私が作ったものなのだが」

百二十年?そう首を捻る前に、大結界の設置を思い出した。
成る程あの時期に作ったもの。どうりで随分と熟成されているわけだが、とんでもないお酒を選んできたものだ。
美味しくて他のお酒が霞んで見える。

そして百二十年ということは、二度目の幻想郷の還暦である。
幻想郷は六十年に一度生まれ変わり、花が咲き乱れる。
今年は丁度その時期であり、記念というか、一つの区切りとしてこれを選んだのだろう。
いやはや、なんとも粋な男だ。

「成る程。六十年に一度の素晴らしいお酒で幻想郷の生まれ変わりを祝おう、と。素敵な心意気じゃない」

「いやなに、単にこの酒を誰かと一緒に賞味したかっただけのこと。見上げた精神など持って選んだわけではないさ」

「そうかしら? 天魔ほど敬服できる心持の人なんて、幻想郷の何処を見てもいないけれど」

「貴女にそう言っていただけるのならば至極光栄というものだ、石見殿」

そんな風に笑いながら受け答えて、盃の中身を飲み干す天魔。
それを見て私がすぐにお酌すると、瓶を取られてお酌し返される。
瓶を持っているのが片手のせいか、勢い余って淵から溢れそうになった。
私は慌ててお酒を啜って、こぼれない程度まで調節する。
非難の意味を込めて天魔を見やれば、再び笑って盃を傾けていた。



「……ふむぅ、これで終いか。やれやれ、この時ばかりはいつも時間の流れが速すぎる」

数度目となるお酌をすると、瓶はこれ以上やれないと一滴だけ零してお酒を出さなくなってしまった。
日没に少し遅れて昇った月はまだ頂点まで半分進んだかどうかという程度だ。
それでもほろ酔い程度だが体は熱を帯びている。案外丁度良い具合だったかもしれない。

「同感。少し勿体無い感じがしてならないけど、今年もお終いね」

「そうですな。また来年、この時期に飲みましょう。ま、次回からはこれよりは質が落ちるが」

「十分、今回が特別だっただけよ。いつも良いものばかり持ってくるのだから変わらず期待しているわね」

盃を受け取って懐に収め、天魔はもと来た道を引き返す。
次に会うことになるのは宴会のときか、それとも来年か。
それはわからないが、心待ちにしておこう。


ふと天魔が足を止め、振り向いた。

「そういえば、貴女の酔っているところを見たことがないな。昨年の宴会でもそれほど飲んでいなかったように見えたが?」

「それは勿論、だらしの無い姿など見せられないもの」

酔ってぐでんぐでんな醜態など大勢の前では見せたくはない。
口を尖らせて言ってみれば、今度もまた天魔は笑みを浮かべていた。

「そうか、そうか。ならばいつか貴女の玉山崩る姿を見てみたいものだ。女性のそういう姿は妖艶らしいのでな」

あらあらそう、と笑みを返す。
何を言われようとあられもない姿など見せるつもりは無い故の笑みだ。
ついでに、そこまで飲むこともないだろうから無理ね、そう皮肉気に返そうと思って……やめておいた。
代わりに、妖しげな含み笑いを付け加えながら次の言葉を紡ぐ。

「進んでなろうとは思いはしないけれど……いつか、見れるかもしれないかもね」

特に意味はなく……ただの、気まぐれで、そう言った。







夢十夜、っぽいわけでもない。



[14157] 第△▲◆期の日記 其の二 (改訂)
Name: あかつつ◆b0e32ba5 ID:4d7dc312
Date: 2012/10/20 20:23
△▲○●☆★□■◇◆



第△▲◆季、★月■日


近頃花粉と黄砂が酷い。
他の山を見れば空との境界線は霞み、空を見れば鳥が溶け込みつつある。
こういう不安定なものも乙なものではあるが、やはりくっきりとした山の端が私の好みである。
空飛ぶ妖怪達がくしゃみで花粉を撒き散らしていかない、というのも一つの理由だ。
勿論、いや勿論私には花粉など効きもしないが、見ている方は気分が悪い。
例の如くあの鴉天狗が一風起こして吹き飛ばしてくれないものか。
いや、流石に無理があるだろう、今日も日中鼻水を啜りつつ私に座ってなにやら思案していたのを見てそう思った。

というか彼女は敬意というものを知らないのだろうか。
毎度の如く日中私を足蹴にするわ座るわ。私だと知らないわけでもあるまい。
堅苦しい関係は必要ないとは思いつつも、此処まで舐められては上下を教えてあげたくなるというものだ。
が、恐らく実力では鴉天狗が数枚上手。全力でかかろうとも私が地に伏すことになるに違いない。
だからといって策を練ろうとも、あの狡猾な鴉天狗はそれ以上を弄してくるだろう。
ならば、少し怒ることぐらいしか出来まい。
……自分がとても情けなく感じられた瞬間である。



第△▲◆季、★月▲△日


鴉天狗が今日も座りに来たので、座ろうとしたところを驚かしたら予想以上に驚かれて逆に私が驚いた。
……わかりにくい。順を追って書くことにする。

私は梅雨にしては珍しい、麗らかな日差しの下で丸まっていたところ、以前の如く例の鴉天狗が座りに来た。
そこで私は座る瞬間を見計らい、声を掛けて驚かすことにした。
果たしてその目論見は成功するに至った。至ったのだが、驚きすぎて悲鳴をあげてしまい、逆に私が驚かされることとなった。
予想以上の反応には驚かされるものである。

人型を取って鴉天狗を落ち着かせつつ話を聞いてみると、
・私が岩であることは知っていた
・だがここら辺はよく配置が変わるため、どの岩かわからなかった
・まさか座っている岩が私とは思いもしなかった
ということらしい。
私は時々周囲の岩を移動させるが、私がどれであるかということをわからなくしていたとは。
考えてみれば、私が人化するところなど彼女に見せたこともなかった気がする。
ならば私がどんな岩であるか、何処にいるかなどわかるわけもないだろう。
そんなわけで今までのことは水に流すことにした。

が、この行き場のない怒りはどうすればよいのだろうか。悩む。


追記:許すと言った直後、鴉天狗がこっそりにやり笑いをした気がする。……気のせいだと思いたい。



第△▲◆季、□月○日


また大蝦蟇の池で氷精もといチルノが妖怪蛙に食われていた。
もう何も言うまい。

と、達観したように見ていたら氷精が胃に飲み込まれる前に復活。
涎でべとべとのままスペルカードを展開する氷精に対し妖怪蛙も弾幕で応戦する。
スペルカードが時間切れになると同時に長い長い舌で再び妖怪蛙が氷精を捕縛&捕食した。
暫くもごもごやったあと、ごくりと飲み込んだ。
大体いつもあんな感じなのだろう。流石は妖怪蛙、慣れている。

そしてその一部始終をその場にいたいつもどおりの鴉天狗が写真を撮っていた。
氷精対妖怪蛙など日常茶飯事で衝撃など僅かどころかなきに等しいというのに、こんなものが記事になるのだろうか。
すぐに現像されたものを見てみると、確かに上手に綺麗に写ってはいるのだが。
これでも彼女のは天狗の中では良いと香霖堂の店主の……なんと言っただろうか。兎に角店主が言っていた。
そういえば十年ほど前にその年の新聞大会だとかで優勝を取った天狗のものを見たが、江戸の瓦版などよりはよくなかった筈である。
……平均的な天狗はどれほど酷いのだろうか。疑問は尽きない。


追記:その後しばらくしてから行き成り氷精が吐き出されたのに驚いて、また池に落ちた。なんで文ちゃんは見てるだけなのかしら。助けてくれたっていいのに。



第△▲◆季、□月△☆日


夜が更けてからミスティアのもとに訪れてみたが、見る限り大分屋台の修理が出来ていた。
思いついたときにやっていただけあって随分と遅い修理である。
聞くと、内装はまだ壊れたままの部分も数多いらしい。これはまだかなりかかるのではないだろうか。
それでもあと一月の内には完成させると意気込んでいた。ここまで出来たらあとは集中して頑張るとのこと。
早くお店を出せるようになればいいのだが。

そういえば屋台をやるといっても、慧音がそう簡単に人里に入れるのだろうか。
疑問を抱いてまた聞けば、人里でなく妖怪らしく森の中で商売するらしい。
商法は自分の歌で鳥目になった人間を呼び寄せて八目鰻を食べさせるという、自作自演染みたもの。
鳥頭の筈なのに小賢しく妖怪らしいやり方である。味で勝負とはいけないのだろうか。

それと以前から考えていた『ミスティア和服計画』を実行させてみた。
翼は着物に穴を開けて着させたのだが、どうにも何かが足りない。
色合いもいつもの服と同じもので違和感は無いのだが、違う部分に足りないところがあるようだ。
何なのだろう。一度検討が必要である。



第△▲◆季、■月△◆日


珍しい物でもないかと香霖堂を訪ねてみれば、石といえば貴女もかと行き成り店主に言われた。
説明なしでそんなこと言われると混乱するのだが。

昼間に魔理沙と霊夢がそれぞれ石を持ってきたらしい。
岩が元である私は無論幻想郷でかなり石に詳しいと思うのだが、霊夢の持ってきた石は骨だという。
化石ではないかと聞けば、名前がわからないから化石ではなく骨だと言われた。
化石とは、土に埋まっていた骨に名前をつけることで化石と成り。
名前が無いということは神々が名前をつける前の生き物の骨であり。
故に名前が無いその骨は化石ではないらしい。
正直、その理論は無茶苦茶だと思うのだが。
文字通り石と化したのが化石。そういうものだろう?
が、私がそんなことを言っても無駄だとなんとなく感じて、口を噤んでおいた。

代わりに以前山の上で貝の化石を見つけたのはどうしてかと聞いたが、龍となるための海の見立てだという。
龍が生まれるための天、海、雨の必要性はわかるのだが、龍になるためにその生き物が貝を採ってきて此処で死んだというのだろうか。
それならば川や海の傍で死ぬのが一番手っ取り早いと思うのだが。
まさか貝を他の生き物から貰ってきたわけでもあるまいし。
そうも思ったが、やはり無駄そうなのでやめておいた。


追記:結局面白そうな品物は無かった。行くだけ損だったか?



第△▲◆季、△◆月▲■日


嘯風弄月という言葉の通り風と月に風情を感じていると、風つながりか鴉天狗が記事の編集案を纏めにやってきた。
なぜか此処は風の通りが良く落ち着くのだという。私の雰囲気が土地に反映しているのだとふざけて言ったら当然のように鼻で笑われた。
やはりこの子には敬意を表す気が無いのか。

何か面白いことはなかったかと聞けば、先月から始まったミスティアの新商売の焼き八目鰻が繁盛しているなんて風の噂で流れているとのこと。
そういえばミスティアには開店直前に会ったきりである。元気でやっているみたいで何より。
私はそれだけで話を締めくくろうとしたのだが、突然鴉天狗が今から行こうと言い出した。
部下と行けばいいのではないかと断ろうとしたが、その部下である椛はもう寝てるらしい。
他に行きそうな人はいないか探す手間がかかるという。
仕方が無いと思いつつも少し気にもなるし、早速向かってみることにした。
続きはまた、帰ってきたときに。


お供の鴉天狗を連れて屋台にやっていけば丁度私達が最後の客らしく、いそいそと準備し直しているミスティアがいた。
私は少しばかり罪悪感を感じたが、鴉天狗はどこ吹く風といった態度なのが気に食わない。
それは置いておき、ミスティアは私が以前持っていった前掛けにたすき、頭巾は着用している。
特にたすき。袖を捲くるこれがなければなんというか、女将らしさが足りないのだ。
思い出していてよかったとしみじみ思うものである。

そういえば鰻を食べるのは着物を持っていったとき以来だが、その味は一段と美味しくなっていた。
また少し修行したんだとか。隣の天狗も舌鼓を鳴らすほどの腕前で、繁盛するのも当然である。
こうも上手くなってくれると、提案しただけの身だが少し誇らしくなるというものだ。
美味しいものはそれだけで幸せを運ぶ素晴らしい妖術である。その使い手が増えるということは、自然と幸せが増えるのだ。
これで誇らないことがあろうか、いやない。
この幸せを分かち合うため、今度他の者とも来てみよう。
紫や幽々子がいいだろうか?楽しみである。


追記:熱燗も一応頼んだのだが、鴉天狗がどんどん飲む。流石天狗、お酒には強い。



第△▲◆季、△▲月○日


文字が酷く書き難い。手は細かに震え、筆の先は私の意思通りには動かない。
この原因には師走の頃の寒さもあるといえばあるのだが、此度の異変、いや災難のせいが大きいだろう。
何せ今の私は、短い手を伸ばし、小さな身を縮こまらせ、消えてしまった胸の谷間を儚くも想いながらこれを書いているのだから。

つまり、だ。
私は子供の姿になってしまっているのだ。

……鴉天狗め。








改訂。そしてロリ化へ……。



[14157] 閑話・夜雀の屋台での夜 (差し替え)
Name: あかつつ◆b0e32ba5 ID:4d7dc312
Date: 2012/10/20 20:39
閑話・夜雀の屋台での夜



崖の上に座り、下弦の月夜を超えて磨り減りゆく細月を見ゆる。
少々肌寒くはあるが、澄んだ風が私の傍を通り過ぎていく。
ざああ、と色付き始めた木の葉を揺らす音が耳に心地よい。

雲が流れ、月が星を引き連れ、風が小石をさらう。
幾度も見た風景で、しかし幾度も初めて見る風景を見続けていると、木の葉とは違う音が聞こえてきた。
ばさりばさりと翼をはためかせる音だ。振り向くと、いつもの鴉天狗が私の領域たる頂に降り立つところだった。

「あら、珍しい。こんな夜更けに何用?」

「あやや、失礼します石見様。新聞記事で少々悩み事がありましてね。編集案やらレイアウトやら……。
 室内に籠ってうんうん唸ってても良いアイデアは出そうにないので、場所を変えてやってみよう、と思い立ちまして」

ふーんとも、そうなのとも私が言葉を返さない内に、彼女は近場の手ごろな岩に腰かける。
すぐさま携えた帳面を開いてペンを走らせ始めた。

今時風の鴉天狗、射命丸文。天狗の中でも私と親しい者の一人である。
天狗は総じて教えたがりであるが、鴉天狗はゴシップ好き。新聞を発行したがる性質であり、彼女も御多分に洩れない。

そういえば彼女の書く新聞は何と言ったか、と首を傾げてみる。しかし当然と言うべきか、そうしてみたところで出てくるものでもない。
私は天狗の出す新聞は一切読まないのだ。狭く閉鎖的な幻想郷、大事が起きればすぐに伝わるので新聞を読む方が手間になる。
また狭いということは起きる事は限定され、書く事は限定され、天狗の書く新聞はどれも似たようなものとなる。しかもつまらない事ばかり。
瞑想や夢想してた方がまだ有用という物である。

結局鴉天狗の新聞の名は出て来なかったが、代わりに違う疑問が思い浮かんできた。

「文ちゃん文ちゃん、なんでここに来たのよ? 他にも場所はあるでしょうに」

「ん? ……ああ、そういえば。風任せと言えばそれまでなんでしょうが……」

一度ペンを止めて顎に当てるが、すぐに編集を再開する。

「そうですね……どういう訳か、此処は風の通りが良いんですよ。とても落ち着くので……ここはこれでよし、と」

「ん、そうなんだ」

高地にあるので、確かに此処は風が強く空気も澄んでいる。成る程これならそうかとも思ったが、いや待てよ。
天狗の住処もこの妖怪の山であり、当然高地であるわけだ。大した違いは無いとも思われる。
であるならば、一体違いは何処にあるのか?
ちらりと周りを見渡して、それから自身に視線を下す。

「……私かなぁ?」

「はい?」

呟きを聞いた鴉天狗が思わずペンを止め、疑問符を浮かべる。ええい、その怪しい物を見るような目はやめなさい。
横目で鴉天狗を見つつ、人差し指を立てて慧音のように教授してやる。

「いやね、私が居るから此処の風が良いのかなってね。私って凄く優しくて心が広いじゃない。
 で、私のこの穏やかな雰囲気が此処に影響を及ぼしているんじゃあないかな、と。おわかりかな?」

人差し指を立てて、微笑みを浮かべてみる。うん、決まった。
私の勝ち誇った思いとは裏腹に、鴉天狗の目は可哀想な物を見るようなものへ、そして嘲笑い見下すようなものへとみるみる変化していく。

幾秒かの沈黙が漂う。

「…………はっ! 面白い冗談ですね、今のは聞かなかったことにしてあげますよ」

今この子思い切り鼻で笑ったんだけど。
自分で言うのはおかしいとは思うけども、私、この子より上の立場だよね?
敬意を表しなくてもいいが、せめて馬鹿にした目で見るのはやめてほしい。
お互い冗談だというのは言わずとも承知だが、こうまでに馬鹿にされた反応は中々悲しくなってくる。

鴉天狗はよよよと泣き崩れる真似をする私を一瞥すると、再三編集作業に没頭して行った。



一時間としない内に、鴉天狗はホクホク顔を見せた。
どうやら無事に新聞原稿の草案が完成したらしい。私には関係の無い話だが。ええ、関係の無い話だが。

「よーし、出来ました! いやー、此処に来て良かったです」

「あっそ、そうですかー」

ぶすっとした態度で返事をしてみると、はいはいごめんなさいと平謝りが聞こえてくる。
年下を扱うような口調にますます不機嫌になってしまう。
私年上、鴉天狗年下。人間からすればどちらも長生きではあるが、しかし年功序列というものがあるのだ。

「あーあー、わかりましたって。謝りますってばぁ」

「ふーんだ。別に怒ってなんかいないもんだ」

「怒ってるじゃないですか。わざとらしいなー、もう」

これだから石見様は乳臭いんですから、などとぼやく声が聞こえる。
……子供っぽいじゃなく乳臭いとは如何に。

「全く仕方ありませんね……じゃあお詫びにってことで、何か知りたい事でもありませんか?
 真新しい情報は取り揃えてますのでお答えできますよ、きっと」

と、懐柔案に乗り出してくる鴉天狗。ご機嫌取りは一流と言った所か。

皮肉めいた思考を置いておき、噂にしろ何にしろ、鴉天狗は情報の収集に余念がない。
事の真偽と記事の中身はさて置いて、山の頂でぼんやりしている妖怪より多くの出来事を知っている。
先程は「天狗の記事はつまらない」と言いはしたが、あくまで大事を取り扱う物ばかりであるからだ。
記事にもならぬ小事や噂を聞くのであれば、それはきっと有用だろう。

……記事よりも噂についての方が役に立つ、というのは皮肉かもしれないが。

とはいえ、何か知りたい事と考えてみるが、特別思いつくものも無い。
当たり障りのない事でも聞いてみるとしよう。

「ふーん……じゃあ、何処かで何か面白い事でもなかった? 此処にいるとやっぱり暇なのよ」

「そうですねえ、夜雀の屋台って知ってます?」

「夜雀……ん? それってミスティアの、よね?」

知り合いの事が出てきて、つい尋ね返してしまう。
知っているも何も、ミスティアの屋台商売は私が焚きつけたようなものだ。

「知っているなら話が早いです。先月から始まった焼き八目鰻なんですが、これが中々好評でして。
 まだ噂だけしか聞いていないので、取材がてら一度食べてみたいかなーなんて思っているのですが……」

「ははぁ、それは良かった。ミスティアも元気に頑張っているのねー」

好調というのなら、もう心配はいらないだろう。
今度食べに行ってみるものいいかもしれない。というか、行って食べたい。
あの歯ごたえはやはり食べたという実感を与えてくれる良い物だ。


うむうむと一人で完結して、私は嘯風弄月に戻るとしよう。





「……で、なんで『今から一緒に行きましょう~』、なんて言ったのよ?」

「いや、だから言ったでしょう? 取材がてら食べてみたいのですが今は石見様しか頼れる人はいない、と」

「はいはーい、八目鰻2人前お待ちどおさま!」

今私は、鴉天狗に連れられて屋台へと来ていた。
既に夜更けも夜更け、もう二刻もすれば朝であろう夜更けであり、客は私たち以外にはいない。
まさしく草木も眠る、昔ながらの妖の出没時間だ。
幻想郷では朝昼夜の全ての時間に妖怪の姿が見られるので、かえってこの時間帯は休んでいる者も少なくない。

「しかし、こんな夜更けにごめんなさい。ありがとうね、ミスティア」

「屋台を出しているのですから、別にそこまで気にする事でもないでしょうに」

「文ちゃんはもう少し礼儀を知りなさい、礼儀を。まったく、ごめんなさいね?」

「石見にはお世話になったからね。まあ、初対面でも営業だから焼くけど。
 あー、あー、よし。真夜中に~あやかしの客~♪ 来たりて八目食む~♪」

即興で歌を紡ぎながら、ミスティアは徳利を湯につけて見張っている。
可愛らしい顔を湯気や熱気で上気させている姿は、中々絵になりそうだ。
茶色の頭巾を被り、同色の着物の袖をたすきで上げて、前掛けを掛けてと、大人の雰囲気が出ている。
普段の元気な様子もまた可愛らしいが、このように女将らしい格好をするのもまた違った良さがあるものだなぁ。

「石見様。夜雀に見とれるのは置いといて、早速頂きましょう。冷めてしまっては勿体無いですよ」

「あ、うん」

鴉天狗によって意識を戻されると、美味しそうな香りを改めて感じた。
八目鰻が焼けた香ばしい匂いと甘辛なタレの香りが食欲をそそる。

串を手に取り、一口。

「ん! ……んむ、これは」

「中々癖がありますが、これはイケますね。八目鰻の歯ごたえが調理一つで悪くなくなってる、寧ろ長所と化しています。
 タレの味付けも素材の味を損なわず、濃いめの味わいなのに後味をそれほど引きずってこないからつまみとしても食べやすいです」

加えて素材とタレの調和が~、だのと隣で鴉天狗が朗々と語る。
ええい、内容にはほぼ同意するが邪魔くさい。貴女は食通か何かか。
私はそんな口が達者じゃないのだから、私が褒めても平々凡々に聞こえてしまう。
そう思いつつも、きちんと口に出して伝えるべきは伝えるのだが。

「文ちゃんみたいには上手く言えないけど、すっごく美味しいじゃない。前よりも全然美味しくなってる」

「えへへー、実はちょっと修行してね! 屋台出すならこれぐらいの腕前は必要でしょ?」

「いやいや十二分でしょう。幻想郷一美味しい八目鰻と言ってもよろしいのでは?
 そういうわけで、私の新聞でもおすすめと太鼓判を押しておきましょうかね~。そう書く価値はありますし」

見え透いたお世辞を言いつつも、どうやらお眼鏡にかなったようである。
鴉天狗はご満悦の笑みを浮かべて咀嚼していた。幸せそうなことだ。

「そこまでは言わないけど、うん。繁盛するわけね」

「おっと、盛況の理由はそこだけじゃないのよ! 単純に美味しいっていうのもあるけど、そうじゃない美味しさがあってね……」

そうやってミスティアが語り始めた瞬間、鴉天狗の手帳にペン先が走り始めるのを私は見た。
下手に弱みや情報を出せばこの始末、何処か信用ならないというのも当然の評価である。
だからと言って私に口を出す気はない。私には被害が及んでないのだ、まあ他人事となるのは仕方ないだろう?

しかしさて、こうやって素晴らしい屋台を出してくれているのはとても素敵な事である。
提案しただけの身とはいえ、何処かこう、誇らしげな気持ちになるものだ。
ミスティアの料理はまるで幻術、いや妖術のようなものである。それも幸せを運ぶような。
なれば、誇らしくなるのも当然であるだろう。

取材を続ける二人を差し置いて、一人うむうむと感じ入る。
後で帳面に書いてもいいやも知れぬ。その時はもう少し纏めた文章にして書くこととしよう。


そんな屋台での一場面であった。








おまけ:熱燗

「さてっと、熱燗できたよ。石見も天狗もぐいっといきなさい!」

「少し頂こうかな。文ちゃんは……」

「これだけですか? ちょっと足りなさすぎますよ。……あと5本ください!」

「はいはーい! 5本追加ね!」

「いやー、最近はもう肌寒いですからねぇ。ささ、石見様もぐいっとぐいっと!」

「……勘定は割り前よ? 割り勘だからね?」

「……えっ?」

「………………」



[14157] 第△▲◆期の日記 其の三 (改訂)
Name: あかつつ◆b0e32ba5 ID:4d7dc312
Date: 2014/05/22 21:16
△▲○●☆★□■◇◆



第△▲◆季、△▲月●日


夜が明けた。何時ぞやに秘密裏に作った岩倉の中で、暖を取りつつ朝日を眺めている。
昨夜動き回ったお陰で、今日はもう動く気力も予定も無い。
そのため、まず書くことの無い本日の日記は昨夜の真相を書き留めておくことにする。


ことの始まりはあの駄鴉天狗だ。
私の住処にやってきては敬意を払わぬ無礼な態度を見せ付けている彼女が、日中に例の如く我が近辺にやってきてたらしい。
他の天狗とのいざこざで鴉天狗の機嫌が悪かったので、愚痴りに来たらしい、が。
肝心の私は見当たらない。その時は原型で転寝をしていたのだ。見つかるわけもない。
仕方なく憂さ晴らしにそこで烈風を吹き散らしたという。
ちなみに所々伝聞の形になっているが、それは偶々見ていた白狼天狗、当然椛であるが、その証言によるものだからである。

此処からが問題だ。
丁度良い具合に崖の傍に身を置いていた私なのだが、偶然鴉天狗の烈風をもろに受けて少し位置がずれる。
すると何という偶然の悪戯か、そこの地面が重さを支えきれなくなって崩れた。
その上に乗っていた私は、当然地面と共に落下していく。
ここで普段なら浮遊術なり何なりで回避できただろう。
だが、何せ意識は夢の中だ。危機に気付く事すらままならない。
何も出来ないまま、不運にも私と同等以上の硬さと大きさを持った岩々に叩きつけられて、これまた不運にも川に入水。
この時点で眠りから覚めはしたのだが、衝撃が強すぎて意識が覚醒する通り越して真白に塗りつぶされた。
あとは自然の摂理、自然の法則に従うところ。清流に流され転がされていったのだった。

再び気付いたときには、なんていうことは無い浅瀬だった。
水嫌いの私でも慌てないほどの水深ではあるものの、入る筈のない水辺である。
ということで、何が何やらわからないまま人型へと姿を変えたのだが、どうにも普段と幾分低い目線。
違和感を覚えながら一歩踏み出せばその歩幅は小さく、いつもの調子で現れた着物も引きずる始末である。
慌てて体を見回し弄ってみると、平らな胸、小さな手足、そして自分で言うのもなんだが、ぷにぷにとした柔らかな頬。
正直に言おう。数年ぶりに、この時ばかりは愕然とした。
自己陶酔などしてはいないし、傾国の美女などとは間違っても言うつもりも起きない。
だが、男の一人や二人惑わすのに訳の無い色香を醸し出していた姿が、なんと幼い童そのものとなっていたのだった。

川に入った岩というのは川底にぶつけて割れたりして、時間をかけて流れて小石へとなる。
私の体は割れたり削れたお陰で、一回り小さくなっていた。
故に、人型へとなっても体積が足りず、童の姿にしか成れなかったのだ。
一応このような事態に陥った体験が無いわけではない。
時間をかけて周囲の石なり砂なりを体に取り込めば、再びあの艶やかな美貌も甦ることは経験済みだ。
とは言えど、恐らくは多少なりと生活に支障が出るだろうし、元に戻るまでどの程度掛かるかわかりやしない。
全く、自身の哀れさと運の無さに泣きたくなる。


追記:浅瀬から上がるときに躓いて溺れかけ、陸の上でも水を吸った着物が凍って凍えかけた。もう泣いたよ私。



第△▲◆季、△▲月□日


清げで知的な麗容を失ってから早幾日、今の今まで先述の岩倉の中に天照大神よろしく引き籠っていた。
目覚めて童の姿になれば当然だ。当然であるはずだ。
こうやって日記に書き起こせば客観的に見れるものの、憂鬱が無くなる筈も無く。
今こうやって昨日までのものを読み返しても、ところどころ惰性と傷心が滲み出ている。

だがこうして昼前に目覚めた時には、気力と体力がふつふつとわき出てくるのを感じた。
昨晩は雪が降ったらしく、外に出ると清々しく冷ややかな空気に触れ、残っていた憂いも洗い流される。
岩倉の前に積もった雪にさくりさくりと足跡を付けるだけでも、心地よい愉悦が心に満ちるようだ。
気分のままにこのまま散歩にでも出てみようか。続きは後ほどに。


上々の機嫌で散歩に出ると、暫くして退屈そうに警備する白狼天狗を見つけた。
思い切って手を振ってやれば、向こうも気が付いて手を振り返す。そして怪訝な顔をして首を傾げた後、顔色を変えていた。
これを見るに、どうやら私の変化はあまり伝わってないらしい。当然のことだ、何せ姿も見せずに落胆していたのだから。
ならば丁度良い。これ幸いと例の小娘への復讐を目論むことにした。

空がまだ青く澄んでいる時、対象捜索の道中に三匹の妖精に遭う。普段なら微笑んで見過ごすところで逆にちょっかいを出してみた。
雪玉を鼻っ柱にぶつけてやると当然怒って向かってくるが、何の事は無い、妖精特有の軽くて暖かい頭を使い全員雪の中に埋め込む。
そんなことをしていたらあの忌々しい駄鴉天狗を発見。音、姿、風にも細心の注意を払い、後ろから堆(うずたか)く積もった雪の中に突き飛ばしてやった。
雪から頭を出して目を瞬かせていたが、あれ程愉快で痛快な出来事も無いだろう。

結局、日が暮れるまでそうやって遊び歩いていた。
そして今こうやって帳面に書いているのだが、立ち返ってみればどうにも浮かれすぎなような気がする。
原因の一つに、駄鴉天狗に吠え面をかかせたというのは全く持って間違いないが。
数日岩倉に引き籠っていた反動で、周りが全て美しく見えるのだろうか。
江戸の町を遊び歩くのとはまた趣が違うが、何にせよ楽しかった。
明日も同じく愉快な一日を過ごせることを祈る。



第△▲◆季、△▲月△△日


何やら月から来たとかいう胡散臭い二人組のところで、月面万象展とかいうのを開いているらしい。
実際に見てきたいつもの鴉天狗によれば、当然ながら少々いんちき臭い物もあったらしい。
逆に言えば真実めいた物も存在しているということだが、まあ私には関係の無い事だ。
本物であろうといんちきであろうと、興味を持つこと自体には影響しないのだから。
例えば、月の石とかいうのは本物であってもただの石だろうからいいとして、気になるのは輝き続けている着物だ。
ただ光ってるだけの着物とはいえ、それはそれは美しいのだろう。機会があれば着てみたいものだ。

そういう代物がある万象展ではあるのだが、行く気は一切合財起きやしない。
大勢の来客だか何だかで人が混みそうではあるが、それが嫌なわけでもない。
ただあの姫様然としているようで全く緩い性格をしたのと、その従者であり赤色青色の服装の薬師が苦手なのだ。
よくわからない心中に加え、不老不死の象徴たる私よりも年上であるかのような振る舞い。
そしてどういうわけでどうやって作った不老不死の薬、飲んで出来たが不老不死の体。
どうにも私とは波長が合わないらしい。おかげで先述の着物への興味までもが失せてしまった。

ついでに言えば、数日前から始めたという月の兎の餅つきショーとかいう出し物も気に入らない。
あの二人と同様に月から来たと言っているレイセンという兎が餅つきしているだけだという。
月の兎自体には物珍しいものの、その餅はただの餅だろうに。
もう客引きの出し物にしか見えない。というかそうでしかないか。何にせよ浅ましい浅ましい。


追記:「月面万象展」ではなく「月都万象展」らしい。飛んでも届かぬ彼方に都なんてあるのだろうか?



第△▲◆季、△▲月▲●日


行住坐臥、常に麗朗で艶麗だった私の肢体が失われてから早二十日と二日ほど。
幼い目線にも慣れてきて、不自由もほぼ無くなってきたこの頃だ。
不自由どころか、寧ろ以前よりも充実した日々を送っている気がする。
だからといって幼児体型のままで居るつもりなど毛頭無く、石を取り込んで元に戻る努力はしているのだ。
おかげで少しずつ背丈も戻り始めている。それなりの時間は必要だが、また元に戻れるだろう。

そんな訳で、ではないが忘年のささやかな宴会ということで、天狗二人を連れてミスティアの屋台のもとへ行ってきた。
お代は私持ちだ。年長者の威厳やら見栄やらというのもあるが、単純に鴉天狗に押し切られただけでもある。
顔見知りに免じて値段に色を付けてもらえるので、飯代に心配はしないが。

しかし、しかれども、天狗は須らく酒豪である。ということは酒代が嵩むのだ。
私は今の姿が姿故に飲まない。椛は飲むといっても少しずつであまり負担は無い。
というのに性質の悪いことに、鴉天狗は奢りという文字に調子を良くして大酒を飲む。
その内に愚痴も混じり、呑まれる事の無い体質を活用して自棄酒されてはもう堪らない。
愚痴の内容も、『鞍馬諧報』だかなんだかという文字置き場のような新聞に大賞を取られたのが気に入らないなどと全く興味も無いのだ。
だというのに私に奢らせるつもりとは何たる傲慢。
遠慮という言葉は知らないのかと聞けば、意味は知っていると答えて実行はしない鴉天狗。
結局鴉天狗の酒代が代金の六割を超え、それを見かねた椛の提案でその半分は自分で払ってもらった。
本当に良かった、例え鴉天狗への嫌がらせの意味であってもありがとう、椛。鴉天狗は様を見ろ。

そうそう、途中アレもやってくるかとも思ったが、既に何処かに混じっているのかやってくることはなかった。
外来人が言っていたが、確かキリシタンのするクリスマスだとかいう日らしい。何某(なにがし)の誕生を祝って宴会を行う日らしく、アレはそれに混じっているのだろう。
またの名を聖夜というが、何が聖なのだろうか。何が侵し難く厳かなのだろうか。
もしや徳のある人物の日かもしれないが、何にしろそういった人物を知らない私には関係の無い事だ。


追記:そういえばたまたま利一という猟師が屋台に居たが、私を見るなり夜闇に消えていった。不思議なこともあったものだ。



第△▲◆季、△▲月○△日


大晦日の雪の降る中、今年も妹紅宅にお邪魔することにした。
妖美で大人な私ではなく可憐な少女の私であるのはまだまだ継続中だ。来年の半ば頃には戻っているのだろうが。
妹紅はそんな私を見るなり、差し金か子供かいやそんなに美しくないなどとぶつぶつつぶやき始めた。
故に、日頃の感謝と恨みの念を多大に込めて、判決は石頭の刑。要するに頭突きである。
どうにも私は相手が丈夫だの不死だのとわかってると、直接実力行使に出てしまうらしい。
そのまま追撃を加えたり追いかけてきた妹紅をあしらったりと暫く遊んでもみた。
結局慧音に捕まり、喧嘩両成敗で本家頭突きにて沈められたが。あれはもう二度と味わいたくない。

その後は親切なことに、慧音によって二人していつの間にか居間へと運ばれていた。
起きてからそのまましばらく卓袱台に突っ伏していると、慧音が年越し蕎麦を運んできた。
妹紅はあれからずっと私と居たので、どうやら慧音が殆ど調理したらしい。
流石に自炊しているだけあって、私には作れない美味しさだった。出汁がいいのだろうか。兎も角ご馳走様。

その後はお茶を飲みながら談話となり、お互いの近況を語り合った。
私からはちびっこくなった経緯、妹紅は竹林の姫との交流という名の殺陣、慧音ならば寺子屋の子供の話など。
そこからどう派生したか覚えてはいないが、慧音から以前の私とは変わったように見える、などという事を話された。
とはいえ、知り合って年月の浅い妹紅にはピンと来ないらしいし、私としても何ら変わったつもりもない。
人との関わり方が変わったようだと言われたが、はて。











[14157] 閑話・第百二十季の大晦日の夜 (改訂)
Name: あかつつ◆b0e32ba5 ID:4d7dc312
Date: 2014/05/22 21:15
閑話・第百二十季の大晦日の夜



「こんばんはー、もっこうっさんー♪」

「……子供?」

妖怪の山から見て人間の里の向こう側に広がる、迷いの竹林。
雪の降る宵の口にわざわざやってきた私を、白髪の女の子が驚き半分怪しみ半分で見下ろす。
自分の家だろうこの小屋で年越し蕎麦でも作っていたのだろうか、扉を開けた方とは逆の手に菜箸を持っていた。
白い服と赤い指貫袴の上に前掛けを着けて、何とも家庭的な雰囲気が似合う。
今まさに首をひねった彼女こそ蓬莱人、不老不死の『藤原妹紅』である。
面立ちこそ可愛らしいが私には毎度火を放ったり拳骨を食らわしたりと、中々暴力的で少々捻くれている少女だ。
初対面で炎を投げつけるなどという、此処十年で一番暖まる歓迎をしてくれたことは暫く忘れるつもりはない。

その彼女は、こうして困惑している事からわかる通り、私が『私』であるとは認識していないのだろう。
石色の髪を鴉の濡れ羽色に染めて、うさぎ結び(『外』ではツーサイドアップというらしい髪型)をしている幼い私が『石見』であるとは。
共通点と言えば、顔の作りや服飾の色合い、それと常々振り撒いてた美麗さによく似た溢れ出る可憐さくらいのものだ。
端的に言えば可愛い可愛い良く似た親戚のような姿なのだ、わからずとも無理はない。

にこにこと笑いかける私を前に、うんうんと唸りながらぶつぶつと考えを呟く妹紅。

「んー……年越し前なのに、まさか里の子がやってくる筈ないよね。
 とくると子供の妖怪か。石見の差し金……もしかして隠し子?
 石見と随分似てるし……いや、男と付き合えるほど魅力があるわけでも……」

うむ。彼女は私の逆鱗を的確にわかっているらしい。
口の端が引きつり、全力をもってして作り上げた幼い笑顔が歪みそうになる。我慢我慢。
いよいよ腕組みまでして考え始めた妹紅の服を、私は無垢な笑みを浮かべたままちょいちょいと引っ張った。

「ねー、もこうのお姉さん。ちょっとかがんで?」

「うん? いいけれど、どうかし、みぎゃあっ!?」

ごつっ!
返事を全て聞く前に妹紅の耳を掴み、瞬、と効果音付きで高速の頭突きを食らわせた。
予想外の攻撃に為す術も無く、彼女はひっくり返る。
慧音程でなくとも相当痛い筈だ。私の頭突きの威力を思い知ったか!

妹紅と一緒に怒りも吹っ飛んで行ったのか、鼻歌も歌いたくなるくらい痛快な気分で私は玄関で仰向けになった彼女を見る。
すると閃く追撃という案。思い立ったが吉日、すぐさま行動。
頭を抱えて痛みに打ち震える妹紅のお腹へと飛び乗り、無理矢理息を吐き出させる。
苦悶の表情の彼女をにやにや見つめながら、ついでに頬も引っ張る。
嗚呼、年越し前にこんな面白い物を見れるなんて!

「だーれーのー隠し子だって? 妹紅お姉さん? 誰に魅力が無いって?」

「く……うぐぐ! も、もしやと、思ったけど、やっぱり……! アンタ、石見かああぁぁぁぁっ!!」

「わー! 妹紅が怒ったー! きゃははー!」

妹紅が起き上がるのを見越して飛びずさり、外へ誘き出して様子を見る。
予想通り私へと駆け出す妹紅。菜箸も放り出してしまった辺り、真面目にひっ捕らえる気らしい。
勿論私は捕まる気などさらさら無く、両手を上げて可愛さを前面に押し出しつつ挑発しながら逃げ始めた。

雪の中を私と妹紅が駆け回り、ちょっとだけ竹林に入ったり小屋の前に出てきてみたり。
捕まえようとする腕はするりと避け、逆に避けた傍から頭を引っ叩こうと反撃も加えた。
とはいえ流石に彼女も学習するようで、頭を傾けては私の手から逃れている。
待て、やだ、この馬鹿、馬鹿はどっちよ、などと言い争いながら追いかけっこは激しさを増す。

「この! 子供の姿をしているからって手加減すると思ってんの!? こら石見!」

「へへーん! まずは私を捕まえてから言いなさーい!」

言いながら足は動かし続けるが、そろそろ外も飽きてきた。
家の中に入れば頭突きの件も有耶無耶にすることもできるし、ついでに年越し蕎麦も頂けるやも。
適当に画策すると、妹紅に舌を出しながら玄関へ真っ直ぐ進む。
首だけ彼女に向けて憤慨の様を見ながら、ついに家の中に入り――

「わぷっ?」

――入ろうとしたところで、何かにぶつかった。反射的に目を瞑る。
棚か何かだろうか?一瞬思ったが、すぐに自ら否定する。
それにしては場所がおかしいし、感触も柔らかいし暖かいような、つまりは気持ち良い。
ちょっとだけ抱きつきたい気持ちもあるが、妹紅に捕まってはまずいので慌てて前を向く。


「なあ、二人とも」


走り回って暖まった体が、一言で凍った気がした。
頭の上から聞こえたその声は懐かしく耳当たり良く、しかし冷たく鋭い。
後ろからは妹紅が息を飲む音も聞こえた。
恐ろしさに動かない体は、あまり聞きたくない厳罰の予兆を聞き取る。

「私は去年、こう言ってなかったか?大晦日ぐらい争いは無しだ、とな」

錆付いた手押し車のように、ぎぎ、ぎぎと見上げた先には……。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「ほら二人とも、蕎麦が出来たぞ」

「…………」

「…………」

三人分の蕎麦をお盆に乗せて運ぶ慧音を余所に、私と妹紅はこたつの上に突っ伏していた。
痛みがまだ消えない。額からは煙でも出ていることだろう。
それぐらい慧音の頭突きは痛かった。頭が凹んでないか心配だ。
岩の私より強いってどういうことなの……。

「石見、いい加減起きろと言ってるだろう?妹紅もだ。折角の蕎麦が冷めてしまう」

「慧音ぇ、もう少し手加減してくれたってぇー……」

顔を上げてそう漏らしてみる。ちょっとぐらいは同情してほしい。
だが、慧音は淡々と蕎麦を置きながら私の泣き言を一蹴する。

「言い付けを守らないお前達が悪い。里の子供たちだって守れる約束じゃないか、あんなもの。
 長く生きているお前達が守れなくてどうする。石見、お前が子供の姿だろうとな」

「ううう、それを言われたら何も言い返せなーい……」

るるると涙を不必要にも落としつつ、取りつく島もない慧音から顔を逸らしてみた。
蕎麦の匂いが鼻孔をくすぐる。体は正直な様で、食事という私には必要のない行為をお腹が催促してくる。
それはかなり久々な感覚、なるほど食欲をそそるとはこの事だ。うむうむ、美味しそう。
並んだどんぶりから立ち上る湯気の向こうで、ようやく妹紅が顔を上げた。

「それにしても、なんでそんなちびっこい姿になってんのよ?」

尋ねてくるが、痛みと疑問で眉が変な動きをしていてちょっと吹き出しそうになる。
そんな私を見て更に妹紅は更に眉を潜め、それもまた少し可笑しく見えてしまう。

それはそうと、妹紅が尋ねたのは当然の疑問だ。逆の立場なら、私だって聞いているだろう。
とはいえ、この話はどうせ私が笑い者にされるだけだ。嗚呼嫌だ嫌だ、あんまり話したくない。
しかし話せない訳でもないし、わざわざ聞かれたからには寛大な気持ちで話してやってもいいかもしれない。

「私だって好き好んで子供でいる訳じゃないし、あんまり話したくもないけど?
 でもまあ折角聞いてきたんだし、仕方ないなあ、話してあげる。聞くも涙、語るも涙の悲しい出来事を……」

「悲しい? 石見の事だ、どうせ愉快な茶飲み話に決まっている」

「慧音まで私の扱いが酷い……実体験していないからこそ、いけしゃあしゃあとそんな事言えるんだってば」

ぶすっと不満を訴えるが、慧音は澄ました顔で手を合わせる。
慧音のいけずー、と呟いて私もそれに合わせた。こたつの向こうで妹紅も同じようにしている。
そうして一先ず私達は、夜食をすすることにしたのだった。


……あ、美味しい。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「……それでね、利一さん……だったっけ。その人が私を見るなりぼろぼろ泣き出しちゃって。
 それも無表情。どうしたらいいのかわかんない内に、うちの山の天狗並に速く走ってったの。
 結局、終始呆然だったわけだけど。私、何か変なことでもしたっけ?さーっぱり見当もつかなくて」

「あー……成る程な、そういう訳だったのか。ったく、利一め……。
 ああ、その、なんだ?彼には私が言っておくよ。次に山から来るときには治っているから心配するな」

「ふうん。大変ねぇ、どっちも」

さて、お手製の年越し蕎麦も食べ終えて。
百二十一季が来るまでの間、そのまま三人で茶飲み話に花を咲かせていた。
今の話題は利一という里人についてだ。最近、彼の奇行が目立っているのだ。
彼が私に何を抱いているのかははてさてさっぱりわからないが、私個人としては彼の前髪がひょんひょんと跳ねているのが気になる。
だってねえ、あの跳ねっぷりはなんなのか。額で交わってみたり毛先が威嚇し合ってたりと、毛の一本一本に命でも吹き込まれているのか。
そんな彼の行動をぼやいてみれば、何故だか慧音は苦笑いを零し、可笑しそうに妹紅が湯呑みを傾けた。


「しかし、石見。お前も随分と変わったな」

ふと、慧音がそう言った。
視線は記憶の中の景色を見る様に、何処か在らぬ方へと向いている。
私といえば、一瞬呆けてしまった。慧音の唐突な物言いとその内容に、少しばかり認識が遅れてしまったからだろう。

「変わったって、私が? ……別に何も変わったつもりはないよ?」

「石見が変わったって……けーね、何がどんな風に変わったのよ? 私にはさっぱりわかんないんだけど」

妹紅も今一ピンと来ないらしい。
彼女とは知り合ったのがつい昨年であり、もう既に気の置けない仲ではあるが、お互いに知らない程度の付き合いである。
何かが変わってたとしても、気付くにはまだ浅い付き合いだ。

それは当然としても、当の本人である私にも何も思い当たる節は無い。
自分のことほどわからないという言葉は良く聞くものの、私には自分を見つめ直す時間がいくらでもある。
だから、わからない事など無いと思っていたのだが。

「人との関わり方だな。ああいや、人間という意味じゃない。正しくは他者とのだ。
 他者と関わる回数も、関わりの深さも、以前より増しているように見えるな。
 人里に来る回数も、関わる者の人数も増えている。きっと他でもそうなんじゃないか?」

あくまで私から見たらだが、と付け加えて慧音はお茶を啜った。

こうやって言われてみたなら、なるほど、そうかもしれない、といった具合に気付いた気になる。
所詮はわかった気であることもわかっているが、とりあえずは認識した。
関わりが増えたし深くなった、ね。

「言われてみればね。前よりも慧音とは仲良くなれたし、妹紅と知り合えたし、そうと言えばそうなのかもね」

「ふうん……。今のでそうだっていうんなら、前はもっと酷かったんでしょうねぇ」

「……ふ、ふん。言うじゃない妹紅さん?」

ちょっとどもったが、別に図星だったから動揺したってわけじゃない。決して。
……決して。








更新日時は初夏なのに内容は年末。

ここまで改訂完了。記事を削除してしまうと移動が面倒になりますので、以降の記事は一旦空記事にしてあります。
非常に申し訳ありませんがご了承をお願いします。



[14157] 第△▲△期の日記 其の一 (空記事、改訂待ち)
Name: あかつつ◆b0e32ba5 ID:315e37b1
Date: 2012/10/20 20:43
空記事。
以下同文です。



[14157] 閑話・スペルカード考案の一日 (空記事、改訂待ち)
Name: あかつつ◆b0e32ba5 ID:81808c05
Date: 2012/10/20 20:44
空記事。
以下同文です。


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