氷のような冷たい美貌。
凜とした佇まいが相応しい体躯。
鴉の濡れ羽のような、艶やかさを持つ黒髪。
深淵を映すかのような底の無い、漆黒の瞳。
そして、身に纏うは見た者を恐怖に落とし込むかのような、闇の雰囲気。
その白魚のような指先で、黒地に白文字の書かれた板を裏返す事は無く、どこか寂しそうにそれは佇んでいた。
『軽食屋サグラダ 準備中』
魔女のような彼女の名前は、桜田コズエ。
本日は軽食屋サグラダの休業日である。
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人間は弱い。
私達との戦力差はそれこそ象と蟻程の差があると言っても過言ではない。
そんな弱い人間達が、まるで自分達が地上の覇者だと言わんばかりに幅を利かせているのが私は酷く気に入らなかった。だって人間は弱くて、私達は強いのだ。増して私は仲間内では一番の実力を持っていると言っても過言ではないと自負している。いや、私はまだしもなぜ私よりも余程力のある大人達が人間の言う事に従うのか理解が出来ない。
誇りを持って生きろ。そう私達に教えてきた大人達が自らの誇りをドブに捨てるような事をしているのか、何度となく私は声高にそれを語ったけれど、帰って来たのはどこか諦念めいた視線と、聞き分けのない子供に言い聞かせるような諫言。それを耳にする度に私は全身を掻き毟りたい衝動に駆られる。何でみんなそんな平然としているのだ、私達は馬鹿にされているようなものだと叫び出したかった。
人間達の勝手な事情で棲家を追われ、辺境にひっそりと潜むなんて、そんなの私達の姿じゃない。
私がそういった事を口にする度にみんな顔を困らせて笑う。
そんな状況に我慢が出来なくなってどれくらい経った頃だろうか。私は天啓とも言える閃きを得た。
「そうだ、人間をやっつけよう」
みんな人間を甘く見るなと言う。
と言う事はつまり、人間が怖くなってしまったのだろう。
人間なんて弱いのに、誇りを忘れて怖がっているなんて、馬鹿馬鹿しい。
だから私が、この私がみんなに誇りを取り戻させよう。私が沢山人間をやっつけたらきっとみんな分かってくれる。
私達は強いと、私達がこの世界の覇者であると自覚してくれる。
そう思うと頭がすぅっと澄んだように感じた。何だ、こんな簡単なことだったんだと思わず笑みさえ浮かぶ。
晴れ晴れとした私の心を代弁するかのような蒼穹に、私は身を投げた。
さぁ、人間をやっつけよう。沢山、やっつけよう。
そう飛び出したのが少し前で、先程人里を襲撃しようとした私はボロボロになって何処とも知れぬ森の中で惨めに倒れ伏していた。体中にガタが来ている。骨だってきっと折れているし、血だって沢山出ている。動かない四肢は勢い込んで飛び出してこのザマかと私を笑っている。
そう、私は人間達にこれでもかという程にボコボコにされてしまった。
でも私は認めたくない。あんなの戦いじゃない。
人間達は弱かったのだ。確かに弱かった。だと言うのに倒しても倒しても魔法使いの回復ですぐに立ち上がり、チクリとしかしない攻撃を私に向ける。そう、攻撃だって痛くないのだ。ほんの少しチクリとした感覚があるくらいだったのに、何度も何度もやられると少しずつ痛くなってくる。気が付けば私は段々と押され始めていたのだ。
弱いのに、弱いくせに少しずつ私を傷めつけた人間に私は我慢ならなかった。
こんなのは戦いなんかじゃない。誇り高き戦なんかじゃない。
私達の姿を維持する事も出来なくなった私は人間の姿になるまで追い詰められてしまっていた。華奢な、ひ弱な人間の姿を戦いの最中に晒す羞恥に私はどうしようもなく激昂していた。
その時まさに私の首を切り落とさんとしていた人間に、私は叫び出してしまっていた。
「こんなの違う! こんなの戦いなんかじゃない!」
私の予想外の行動に一瞬動きが止まった隙を突いて、恥も外聞もなく私は逃げ出してしまっていた。何とか私達の姿を取りその場から離脱し、力尽きるまで飛び、今現在人間の姿を晒して森の中で息も絶え絶えに倒れ伏しているのだ。
何と情けない事だろう。あんなに大口を叩いておいて、仲間に見られたら何と言われるだろう。責められるだろうか、それともあの困ったような顔で私を見るのだろうか。どちらにせよ、私は酷く苛立つ事になるだろう。
悔しい。
惨めだ。
私は人間なんかに負けていないのに、あいつらより私の方がよっぽど強いのに。あんな戦いを戦いとも思わないようなやり方でのされても、今こうなっている結果が全てだと言うのだろうか。
体からじくりと血が滲み出し、どうしようもない痛みが私を襲う。
きっと私はこのまま死んで、世界に還ってしまうのだろう。
まだやりたい事はいっぱいあった。
腹は立ったけれど仲間達はみんな良い奴らだった。
ぐぐ、と痛む体に力を入れる。
「死にたくない」
私は、死にたくなかった。
言葉にする必要など無いのに、自然と口に出してしまっていた。
誇りだなんて、私がどうこう言う資格などもう無くなってしまっている。人間達にこっぴどくやられた上で、死にたくない死にたくないと赤子のようにもがいているこの姿を誇り高き始祖が見たら一体何と仰るだろう。ボロボロと、涙が溢れ出していた。
「死にたくない?」
「あぁ、死にたくない」
朦朧とする意識で、私はついに幻聴さえ耳にした。
本当に心から生に縋っているのだと、苦笑してしまいたい。
「そう、死にたくないんですね」
あぁ、死にたくないよ。
私は魂に響くその声に誘われるかのように気を失った。
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「そう、私は死んだのだろう」
口に出して確認する。
何故そんな事をしているのかと言えば、私が今清潔なベッドの上で目を覚ましたからだ。私達の価値観では死んだ魂は世界の栄養となって巡る、という考え方が一般的なのだけれど、人間達には死後も世界が存在すると提唱する団体があるらしい。この状況はもしかしたら、そのまさかなのだろうか。
そう思った所で、体を動かすだけで痛くてたまらなかった疼痛が無くなっている事に気付いた。見れば、腕や脚など、それぞれ傷が酷い所に包帯が丁寧に巻いてある。
驚くべき事に、この包帯がただの包帯じゃない事に気付いた所で私は頭から冷や水を被った気持になった。
「……生きてる」
包帯から感じるのは、魔力。
人間の用いる一般的な治療道具に擬態したそれは、紛う事無くマジックアイテムであった。マジックアイテムと言えば市場に殆ど流通せず、入手及び作成が困難な事で知られており、それは相当な高値が付くと有名だ。特に回復系統のものとなると喉から手が出るくらい欲しがる輩は枚挙に暇がないだろう。
では、そのような高価なものが一体何故私に施されているのか。分からない。マジックアイテムの効果は実際に確かなものであったようで、包帯を解いて見ても僅かに痛みが残る程度だ。
この時私の頭は酷く混乱していたのだろう。無理もないように思えるが、かと言ってそれが人間の接近に気付けなかった言い訳にはならない。
きぃ、という控え目な音と共に、人間が扉から顔を出した。
「起きましたか」
しまった。
これがこの時私の頭の中を駆け巡った言葉だ。そう、扉から顔を出したのは恐らく私を助けただろう、人間。私達の掟には、命を助けられたらそれ相応の恩を返さねばならないという至極当たり前の言葉がある。
人間。人間のメス。
私はこれから、この人間のメスに傅いて生きていかなければならないのだろうかと、そう考えて絶望に至ったのだ。
人間を、馬鹿にするな。
奴らは俺達の全てを食らう。
仲間内の先輩に言われた一言が脳裏に浮かぶ。
私達の存在というものは人間にとっては酷く貴重なもので、死んだ同胞の体が人間達の過ぎ去った後、何一つ残らなかったというのだ。血も、骨も、肉も、全てが持っていかれる。何とおぞましい事だろうか。
さて、この人間のメスが何を思って私を助けたかは知らないが、恐らく生かしているのは私という素材を生かしておくためだろう。
そう考えると、目の前の何の変哲のない人間のメスが恐ろしく見えた。
「名前は何ですか」
ツカツカと部屋に入って来るや否や薄い笑いを顔に張り付けて人間のメスが私に問う。
今の私がこのメスに逆らうのは得策ではない。先程充分過ぎる程人間には痛みつけられたのだ、私は学習する。
「ルーデル。ルーデルだ」
「そうですか。ではルー、何故あなたは森の中で倒れていましたか」
「……」
「言いたくないのですか」
「……あぁ、言いたくないね」
今、思いだした。
この声、私が気を失う前に聞いた声だ。幻聴では無かったのだ。
つまりは私の正体が分かった上でこうやって質問をしている。私に名前を略して呼ぶわで一体何様のつもりだ。次第に腹も立ってくる。
ベッドの上で上体を起こした私を見下ろす視線からは何も読み取れず、イライラした。
「では聞きません。ルー、あなたが帰る所はありますか」
帰る所と聞いて真っ先に思い浮かんだのは私達の集落だ。人間達が棲む所とは程遠い山の中、退屈だったけれど確かに平和だった場所。あそこに戻りたいとは思うけれど、言い付けを破り人間を襲撃し、尚且つ瀕死に陥るまで痛めつけられた私に戻れる資格なんて、無い。
「……無い」
「そうですか」
困ったような表情を浮かべる人間のメスを見て、私はイライラが止まらなかった。お前らが全部悪いのに、何で私がこんな目に遭わなければならないんだと、理不尽な怒りが私の中で鎌首をもたげる。それにこのメス、あの場所にいたという事はあの、私を傷つけた人間の一団にいたという事もあるかもしれない(人間のメスの顔の区別など出来ない)。大方私を追い駆けて疲弊した私を仲間たちにはばれないように連れ帰り、素知らぬ顔をして利を総取りしようと言うのだろう。
そんな人間に命を助けられたとなると、いよいよ涙が溢れる思いだった。
一言二言、せめてこの人間に食ってかかってやろうと顔を上げた瞬間、鈴の音が室内に響いた。そして生ずる僅かな魔力に私は面食らってしまった。この音もまたマジックアイテムか何かによるものだろう。
ただの人間のくせに、いったい何だこいつ。
「来客のようです。少し待っていて下さい」
それだけ言うと私の事など意に介さないように踵を返して部屋を出て行く。
随分私も甘く見られたものだが、命を助けられたという弱みがあるためこの場から動く事を私自身が良しとしない。
一体これからどうしたものだろうと溜息を吐いたと同時に、爆発的な魔力がすぐ近くから溢れ出す。私はあまりの驚きにベッドから落ちそうになってしまう程、前準備も何もない、突発的な魔力の発露。
何があったのだろうかと五感を強化すると、信じられないような結果が待っていた。
この魔力は、あの、人間のメスのものだ。
強化された耳朶に人間のメスと来客とやらの会話が飛び込んできた。人間のオスが二人、あのメスの魔力が大きすぎて判別しにくい。
「と、歳の頃は十代前半程の、普段見る事のない少女をあなたが家に連れ込んだとじょ、情報を頂きました」
「そ、それは先頃取り逃したドラゴンの人間形態時のものと酷似しているため、調査に参りました」
「そうですか」
(……おい、お前言えよ)
(え、せ、先輩お願いしますよ)
(無理だよ超怖いもん)
(ちょっ! ……部隊長にある事ない事言いますよ)
(うっ。……じゃあ一緒に言うぞ。それなら良いだろう)
(ほんと何でこんな仕事……)
(しょげるな。せーの)
「「ちょ、調査のため立ち入らせて頂きます!」
まずい。
あのメスに関しては少し分からなくなってきたが、間違いなく二匹のオスは私を捉えるつもりだ。しかも恐れてはいるもののあのメスとは敵対しているようだ。すぐに逃げ出さねばという気持ちもあるが、ここを離れたらなけなしの誇りすら失ってしまう気がして、私はベッドから降りる事が出来なかった。
詰み。
詰みだ。
もう盤上をどう逃げ回ろうと無駄。
おしまい。おしまいだ。
靴音がどんどんこの部屋に迫り、ついにその扉が開いた。
「なっ! お前は矢張り!」
「サグラダ! 何を考えているこいつを解き放つとどうなるか!」
「我々は市民を守る義務があり、それは国が定めた司法を以て成り立つ」
「サグラダ、お前を拘束する」
喚き立てるオスが二匹。
ツカツカとその間を通って部屋に入ってきたメスは、最早人間とは思えなかった。
勢いに任せて捲くしあげたのだろう、オスどもの事を一瞥すると濃厚な魔力が、塊となって部屋に満ちた。それはもう衝撃として感じられるほど、それだけで力となる魔力。
苦しい。
一匹のオスなど座り込んでしまっている。
「あなた方は、ルーの保護者ですか」
「ちっ、違う! 私がこんな奴らに!」
思わず叫ぶも、こちらに向けられた視線に、私は恐怖を感じていた。
人間達に痛めつけられ、死の間際でも一番感じたのは悔しいという感情だったというのに、私は今確かに、この人間に恐怖していた。
「わ、我々は第二十三項によってその生命を」
「難しい言葉、分かりません」
尚も喚くオスにぴしゃりと言い放つと、改めてオスどもにこの人間は正対して、言い放った。
「帰って頂けないでしょうか」
「なっ……!」
「何か問題は、ありましたか?」
オスどもは勿論、逃げ帰るしか無かった。
そして暴風雨のような魔力の奔流が止まり、メスは私に向かってにこりと微笑んだ。
それはまるで別人。私は魔力のかけらも感じないその笑みに、体を震わせた。
「お、お前の名前は」
「サクラダコズエです。店長をしています」
「サクラダコズエ」
「ルーデル。あなたには仕事を手伝って頂きます」
こいつの言う、仕事とは、一体。
「私は未だこちらの言葉に慣れていないので、時折おかしな言葉遣いになったり、先程のように何を言っているか分からない事があります」
それはつまり、先程のような。
ですので、あなたにはそのフォローをお願いしたいのです。
そう言ってにぃと笑ったサクラダからは魔力も何も感じなかったが、私は確かに恐怖を感じた。
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「いや、最近休み無かったから大変でさ」
「さっちゃん仕事になると人格変わるもんねー。クソを垂れる前と後ろにサーを着けろ! とかやってるんでしょ?」
「いやー、さすがにそこまでは……あれ?」
「うわ、正直引く」
同僚と軽口を叩きながら街中を歩く。
今日は先週あったドラゴン出没事件の特別出勤分の振り替え休業日だ。
「そういえば、さっちゃん魔法とか使えないのにまたドラゴンぶっ倒したんでしょ? 軽く人間辞めてるよね」
「いや、子どもだったみたいでさ。弱かったよー、こっち死傷者ゼロだったし」
「え?」
「だからゼロ。ドラゴンは半分精神体みたいな所あるから一回くらい首切っても死なないのに必死に逃げられてさ」
実際弱かった。
弱かったくせに自信満々でフハハハ、我に敵うとでも思うたか人間ども! とか言ってたのでフルボッコにした。少しむかついたから首の一回くらい落としておいた方が良かったかもしれないが、あの、女の子の姿で涙目上目遣いを切れっていうのはさすがの私も良心が咎められて逃がしてしまった。
戦い方もなっちゃいなかったし、正直これで特別報酬が入るのならちょろいもんだぜ、とか思ったけれど事後処理の書類やら何やらが山のようにあってそうもいかなかった。行きつけの軽食屋に行けないほどの忙しさに私は内心目を回していた。
今回のドラゴン襲撃は、襲撃と言って良いのかな。正直に言ってしまえば出来レースだったのだ。
ドラゴン側から人間襲いそうな若いのがいるから現実見せてやってよ、お金沢山払うから。なんて持ちかけられて、近くの街で張って襲撃を待った訳だ。
魔法使いなどのフォローもあってか死傷者どころか実際は重傷者もゼロ。せいぜいどこそこの骨が折れた程度の怪我で済んだのは、ドラゴンと対峙するという経験に対してあまりにも低いリスクであったし、私としては書類作業がなければ万々歳の結果である。
だが、問題がひとつ。
「倒したドラゴン見つかってないんだよねぇ」
「えぇ!? あ、危ないんじゃないの!?」
「いや、さすがに痛めつけたから人には警戒するだろうし、ドラゴンさん側からのフォローもあるでしょ」
「は、はー。そんなもんなの?」
「そうだよ。いくらドラゴンさんでもそこまで無責任じゃないだろうし」
いやぁ、私事務方だから全然分かんないや、と感心したように言う同僚はどこか可愛らしかった。
「あ、私今日茶葉買って帰るからこっちで」
「はいよ。私はご飯でも食べてから帰るよ」
「太るよ」
「動くから大丈夫」
畜生羨ましくないぞそれは、なんて言いながら遠ざかる同僚に手を振って別れる。
さて、約十日振りにサグラダにでも行きましょうと自然と軽くなる体を感じる。店の中はあんなにずーんとしているのに、店の事を思うと体が軽くなるなんておかしな話だ。
何を食べようかな、なんて考えているとすぐに店についてしまう。
からん、ころん。
扉を開けるとそこには上質な調度品と陽射しが気持のよい店内。そして絡みつくような濃厚な魔力。
ぐ、と思わず一歩下がってしまう。
「いらっしゃいませ」
慣れた久し振りに耳にする底冷えのする声に誘われていつも座っている窓際の席に私は腰掛けた。久し振りなのにちゃんと好きな席を覚えていてくれている事に、私は思わず微笑んでしまっていた。席に着くや早々と注文を済ませて、座席に備え付けのスプーンをクルクルと手の中で弄ぶ。
そういえば座席に食器を備え付けておく店も珍しい。余程衛生管理には気をつけているのだろう。
「お、おまたせいたしました」
スプーンをクルクルと回すのに白熱していた私に、どこか幼い声が掛けられる。
あれ、とそちらに目をやった私は、思考停止に陥った。
ショートカットの緑色の髪。同色の瞳。店長の服をそのまま小さくしたようなエプロンドレスに包まれたその幼い体躯を、私はつい最近見かけなかっただろうか。
いや、確かに見かけた。
そう、私は確かこの少女の首を、思いきり切り落とそうとしなかっただろうか。
手の中のスプーンは床に落ちてしまっていた。
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営業日誌
休業日に営業日誌というのもどうかと思ったけれど、記さなければならない事が起こった。
たまの休み森を散歩していたら、血だらけの女の子が倒れていたのだ。体に傷を負っていて、治療が必要だろうとすぐに家に運び入れた。(そう遠くない場所で良かった)
医者に連れて行こうとも思ったのだけれど、こちらの世界の医者はどうも祈祷をすれば治るとかそういう事を言う、藪医者が多いのだ。幸いな事に私も得手ではないけれど治癒なんたらとかいう魔法を使う事が出来る。それを包帯に転用したりして治療を続けると、女の子はすぐ目が覚めた。案外傷も平気そうである。
さて、そのあとからがまた大変だった。
男の人が二人、早口で何やら捲し立てて家に押し入ってきたのだ。この営業日誌にも日本語で記している通り、私はこの世界の言語、文字に未だ不安が残る。何を言っているか分からない男の人達が家に入ってきて、すごくこわかった。
ルー(女の子はルーデルという名前だと言ったので、ルーと呼ぼうと思う)を見て口調が荒くなっていたので、私はますます委縮してしまったが、ともかくルーと関係があるのは間違いないと見て聞くと、ルーが関係なんか無いと大声で言った。見ればルーは半泣きで怯えているようだったので、なるほどどうやらこの人達が悪党というものだろうとどこか冷静な頭で私は考えた。偉い人に何かあった時にはこれを押せ、と渡されたものがポケットにあるのを確認して何とか帰って頂けないかと願った所、案外あっさりと引いてくれたのがなんだかおかしかった。
ひょっとしなくてもルーは訳アリな子なのかもしれない。私は確かにその時ルーを拾って後悔した。飲食店など噂で成り立っている所もあるのだから、変な噂は避けなくてはならない。本人にも確かめた所、公の場所には出たくないと言っていた。
それをそのまま鵜呑みにするのはあまりに危険かもしれないけれど、そう言ったルーはやはり半泣きで、このまま手を放してしまうのはあまりにも忍びなかった。
あとは適当に理由を付けてこの家に引きとめる。最近少し忙しくなってきていたので、無賃で労働力をゲットできたのだと考えればいいだろう。
休みの日だって言うのに、なんだか休めなかった。
明日は良い事がありますように。
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ドラゴンさんがルーを探しにくるフラグと、対魔法使い部隊出動フラグ2が立ちました