「あはは、まあそんなに怒らないでよ千雨」
「呼び捨てにするな」
「なによ。マスターとでも呼んでほしいの? それともご主人さま? 千雨さまってのも有りっちゃ有りよね」
「ねえよ」
「ごめんごめん。許してよ。別の世界でのヨリシロって言うのはわたしの存在すべてがかかってるから、どうしても失敗できなかったのよ。最初にびびらさせておけば、あとが楽じゃない」
わたしは思う。
――――ふざけるな。
第一話 ルビーが千雨に説明をする話
駅のベンチで座りながら、自称魔法使いの話を聞いた。わたしは現実を理解するのが嫌いなだけで、理解力は高いのだ。現実逃避は無駄な行いだとわかっている。
まあ、それでもわたしが発狂もせずに、話を聞こうなんて思ったのは、この魔法使いの性格によるところが大きい。
彼女はあれだけ大げさなはったりをかましながらも、わたしと話していくうちに、その仮面を脱ぎ捨てていた。
「じゃあ、この世界には魔法とか幽霊とか吸血鬼が存在して、それは隠蔽されている。あんたはその一員で、結局わたしに取り付くってことか」
一番重要なところだけをまとめてみた。
そんな世迷いごとに躊躇なく頷く相手に、こちらのほうがひるんでしまった。
「わたしが意識を飛ばしてた理由は?」
「……あれはただ単に、あなたが魔力に当てられただけよ。ぶっ倒れちゃったから介抱してあげたんだから、感謝してほしいわ」
「じゃあやっぱり、てめえの所為ってことじゃないか」
「まあそうだけどね。まあ、起きて何より。詳しいことはちょっと長くなるから、後で話すわ」
あとがあるのか、とつぶやいた。この女と関わるのは決定事項らしい。
頷く彼女の姿を憂鬱に眺めながらも、あまり大げさに嘆くことはできない。
公園のベンチに座っているわたしはさすがにまったく人目につかないわけにはいかないからだ。
わたしは彼女に文句を口にしようとして、口をつぐむ。人が通りかかった。仕事帰りのサラリーマンだろう。駅へのショートカットに公園に入っただけのようでわたしの目の前を歩いていく。
ベンチに座る女子中学生などには当然目もくれない。
この女はどうやらほかの人間には見えないらしい。
さすがにこのサラリーマンが周りに無関心でも、女子中学生だけでなくその横で宙に浮かぶ半透明の人影が見えているならもう少し違ったリアクションを返すだろう。
わたしが人目を気にする以上、人気がある限り、向こうだけがしゃべりかけられるというわけだ。
ふん、音ってのは大気の振動じゃなかったのか? 質量を持たない幽霊が声を出すな。小学校の理科からやり直してほしいものだ。
まあ種の見当はついている。ライトノベルの一つでも読めば魔法使いの百人に百人は使っているテレパシーというやつだろう。思っただけで相手に伝わるような魔法かなにかか、と考えて、そんなことを当たり前のように考え始めた自分に愕然とする。
少したって、人気がなくなったことを確認してから再度口を開いた。
「で、あんたはわたしに取り付いてなにがしたいんだ? 願いをかなえてくれるっていうんなら、あんたの自由を望んでやるからわたしから離れてほしいんだが」
「残念ながらそんないいものじゃないわ。わたしは願いがあるけど、それは自前でかなえるからね。あなたはアラジンの役をお願いしたいのよ。わたしが願いをかなえている間ね。もちろんあなたの願い事があるならある程度は善処するわ」
「…………具体的には?」
「わたしからの願いとしては、そのペンダントを肌身離さず持っててくれること。かなえられる願いとしては、金銭的なものから魔法的なことまで幅広く。あと、魔力はもらうけどべつに死ぬってわけじゃない。あとはパスをつなげてもらえると助かるわね。わたしもあんまり人の生気を吸い取るような真似はしたくないし」
手を上げて、言葉をさえぎる。
「……わけわかんない単語で会話するな。煙に巻こうとしてんならわたしがこの宝石を捨ててそれで終わりだ」
いきなり粉くさくなった幽霊もどきの魔法使いをにらみつける。
「オッケーオッケー、ごめんなさい。ごまかすつもりなんてないわ。ちゃんと説明するって」
わたしの本気を嗅ぎ取ったのか、あわてたように手を振った。
まあ、わたしの言葉もハッタリではない。宝石を捨ててここから逃げるというのは十分に考慮に値するアイディアなのだ。それで本当に逃げ切れるのかとか、すでに名前を教えてしまっていることとかを考慮して、ある程度状況がつかめるまで会話をしているに過ぎない。
「ランプの精にはご主人様が必要なのよ。ご主人様から魔力をもらわないとわたしは生存できないの。どうしてもっていうならそこらへんを歩いている人から魔力を吸い取るってこともできるけどね」
「……まあいい。それで?」
「んーとね。そこらへんの人から魔力をすうってのはなかなか難しくてね。吸血鬼っぽく、血を絞ってそれを飲む、なんて手もあるけど、乱暴でしょう? 効率はいいけど、ごまかすのが面倒くさいし吸われたほうも失血死、かるくても神経衰弱で参っちゃうでしょうね。わたしも一日に一人二人を昏倒させないといけないし、それってちょっとひどいでしょ。でもあなたとわたしはもうある程度パスが……魔力のつながりみたいなものが出来ているから、そこから供給してもらえるのよ。こっちは効率がものすごく良いからわたしがただ存在するだけならあなたは吸われていることも気づかない程度の消耗で済むってわけ」
「……存在するだけならってのは何なんだよ」
「わたしが魔法を使ったりしたら、消費も激しくなるわ。でもあなたに支障が出るような非常事態なんてのは早々起こらないわよ」
魔法をつかったりしたら、か。そういう台詞がいちいち引っかかってしまう。
「その非常事態ってのは何なんだよ? ……いや、そもそも、お前の目的を聞いてない」
「うーんそれはさすがに今はいえないわ。あなたの事情も知らないし。嘘を言って誤魔化さないだけわたしの誠意を感じてほしい……ってのは都合がよすぎるかしら?」
そちらから干渉したのだ、当然都合がよすぎるというべきだろう。
だが、その言葉は掛け値なしに申し訳なさにあふれていたので、即答で文句をいうのも気が引けた。
わたしが沈黙して、二人して少し黙る。
「正直なところ簡単に離れるのは無理だし、わたしもあなたにそこまで迷惑をかける気はないわ。悪いけど、ある程度はあきらめてほしいのだけど」
「無理だな」
即答する。
わたしの当たり前の返事になぜかルビーが頬を引きつらせた。
「魔法が使えるようになりたいっていうんなら教えるわ。お金がほしいっていうんなら都合する。怪我をすれば治すし、かなえられる望みなら無制限でかなえてあげるわよ。あなた根は善人そうだし」
あきらめる気がなさそうな声に眉をしかめる。
「……素直に言おうか?」
「んっ? なにをよ」
「うそ臭すぎる。わたしはあんたがどんなにきっちりと論理的に理由を述べても完全には信用できないし、ここで問答して完全に論破されようが納得できない。簡単に言やあ、どうやったってわたしは私が騙されてるって可能性を捨てきれないってことだが……はっきり言えばすぐにどっかに行ってほしい」
混乱しすぎて言葉を飾ることも出来ないわたしの口から本音が漏れた。
それを聞くと、魔法使いはなぜか愉快そうに笑った。その笑いすら、わたしをはめるための仕草に見えてしまうのだから、わたしの性悪も大概だ。
「ええ、そのほうが良いでしょう。最も賢い対応だわ。まあ、背後霊がついたようなものだと思ってある程度はあきらめて。一応あなたの正気と、わたしが幻覚じゃないのを証明してあげるわ。あとはそういうのが少しばかり関わったと思ってわたしからはアプローチをしないってところで妥協してもらうとしましょう。本当にだめなら宝石を捨てて頂戴な」
そういうと、魔法使いは半透明だった体に色をつけ、地面にひょいと降り立つと、足元から石ころを拾い上げて、わたしに向かって放り投げた。
反射的に石ころを受け取りながら、その動作に頬を引きつらせた。
洒落になっていない。あまりに単純で、だからこそわたしの一縷の望みであった幻覚という想像を打ち破るその仕草。
そうして、わたしに現実を見せつけると、魔法使いはすぐに体を幽霊の状態に戻した。やつがいうところの霊体化というやつだろう。
わたしがさすがに黙って、女もわたしが冷静になるまで待つ気なのかしゃべらない。
そのまま数分が過ぎて、わたしはいまだ言葉を発せず、体を透明に戻した女に声をかけようと口を開こうとして、そのまま口を閉じることを繰り返していた。
「――あれ、長谷川さんですか?」
そんなとき、横合いから声がかかった。
魔法使いをにらんでいた顔を向けると、自分の感覚ではついさっき見たばかりの顔があった。
「…………んっ、宮崎か」
冷静を装うのに数秒の沈黙が必要だった。
そこにいたのは宮崎のどかだった。
どうやら件の古本市の帰りらしい。大きな紙袋をひとつ抱えていた。
宮崎はわたしが今までにらみつけていた方向に少しだけ、視線を送った。
何も見えなかったのだろうが、とくに気にもならなかったのか、それに触れることもなく宮崎は言葉を続ける。
「長谷川さんも、まだいらっしゃったんですね。用事は終わったんですか?」
「終わったとも終わってないともいえるな。まあ休んでたようなもんだよ」
どのみちこの魔法使いが口を挟むことはあるまい。軽そうだが頭の回転はずいぶんとよさそうだった。
宮崎が来たのはいい機会だろう。
正直なところ、ここでこの魔法使いとここで別れられるとは思っていない。
宝石を捨てるという選択は考えすらしなかった。姿が消せて本物の魔法使いで人間を衰弱させると当たり前のように口にする女を野に放すのも怖かったが、そんな女と関わっておいて、そいつに完全にコンタクトできなくなることこそが怖かったのだ。
かくれんぼでは暗闇の中で目を瞑るよりも見晴らしのいいところで鬼を視認したいと思う、そんな心境を百倍に濃くすれば今の気持ちに近づけるだろう。
わたしは手の陰に隠していた宝石をこっそりとポケットにしまいながら宮崎に話しかける。
「わたしは帰ろうかと思っていたところだよ。宮崎も帰りか?」
「はい。もうずいぶん暗くなってしまいましたし」
確かにすでに日が完全に沈んでいる。駅前ならまだしも麻帆良の女子寮まではそれなりに肝試しの体をなしていることだろう。
「んっ? 綾瀬はどうしたんだ?」
一人きりでいる宮崎を見て、ふと気づいたことを口にする。
「ああ、それがゆえはハルナにつかまって、出かけに手伝いをしていたらしいです」
詳しく聞けば、出かけギリギリまでと言うことで早乙女の手伝いをしていた綾瀬が、まあ予想通りに出かけぎりぎりになってもめどの立たない同人作家に泣きつかれたらしい。
この三人が各個人間でも仲のいいグループだったからこその悲劇であるといえよう。融通が利きすぎるのも考え物だ。
とくになにを示し合わせたわけでもなく宮崎の横に並んで歩く。
「じゃあ一人か。わたしは買い物は一人のほうがいいと思うタイプだが、宮崎はどうだったんだ? 目的の本は買えたわけか」
「はい、ゆえから狙っていた本のことは聞いてましたから」
そういって軽く紙袋を持ち上げる。綾瀬夕映の代わりに買ったということだろう。
狙っていた本。古本市を節約の場ではなく、探索の場として捉えていることがわかる台詞だ。綾瀬らしい。
切符を買って電車を待ちながら話を聞くと、中身はなんと文学書などではなく、海外児童文学書だった。しかも原書らしく英語である。
学校では隣の席だが、初めて知った。
バカブラックと呼ばれるあいつがそんなもの、読めるのか?
「ゆえは学校の授業が嫌いなんだそうです。頭はすごく良いんですよ」
ふむ、頷く。自画自賛だが、わたしもそれなりに頭の出来は悪くはないが、成績のほうは芳しくない。
知識と知能は違うものだ。
しかし、たとえ賢くとも英語を読めるか読めないかは純粋に成績と直結する問題だと思ったが、まあ興味のあることにしか力を注がない輩ということだろう。
頭と成績は同ベクトルではないのだ。
それを知っているわたしは、その言葉にとくに驚くこともなかった。
しかし、哲学者のラテン語で書いてある原書本を読んでたのを見たことがあります、と続く宮崎の言葉には、さすがに引いた。
ラテン語など、使われる文字すらあやふやだ。アルファベットではなかったと思うが、どうだったか。
「ラテン語ねえ。哲学書よりは、錬金術か古代の魔術書ってイメージだな」
この軽口が思わず漏れたのは横に浮かぶ幽霊の影響だろう。
「あはは、わたしもそのようなものです。ゆえもちょっとわかるだけっていってました。それに、そこまでいくとゆえよりこのかさんのほうがいろいろと詳しいですね」
「ああ、近衛か。あいつはそういうの好きそうだな」
確かオカルト研究部のはずだ。節操なくそういう類のコレクターとして収集をしているという話を聞いたことがあった。
「はい。長谷川さんもそういうものが好きなんですか?」
わたしの食いつきがよかったからだろう。宮崎がそう聞いた。
だがわたしはもともと魔法や幽霊といったものは嫌いなのだ。
つい先ほどから興味を持たざるを得なくなったに過ぎない。
「ああ、あんまり好きでもなかったんだが、いまはそうでもないな。悪魔祓いと退魔法について詳しく学びたいところだ」
キョトンとした宮崎の顔に苦笑を返す。
「いや、悪霊に取り付かれていてね。どうにかしたいと思ってるんだよ」
いつもならこんな軽口はたたかなかっただろう。横に浮かんでいる魔法使いからむっとした表情を向けられた。
だが、これは会話としては最低の部類だろう。
わたしだけ納得して、宮崎はわたしの言葉に眉根を寄せて黙ってしまった。独りよがりを通り越して、自己満足だけの軽口だ。
わたしは空気を払うように、手を振った。
「悪い悪い。私事だよ。オカルトっぽい出来事に巻き込まれてね。あんまりそういうのは信じていなかったはずなんだが、趣旨換えするかと思ってたところなんだ」
そのときの自分は冷静なつもりでもさすがにいろいろとパニクっていたんだろう。
いつもなら、こんなやぶへびな会話はしないはずのわたしは、そんな言葉を口にしていた。
そのあとは、わざわざそんなわけのわからないネタを話の種にすることもなく、電車が目的地につくまでの間、わたしたちは話を続けた。
そんな感じで、宮崎とわたしはお互いにらしくもなく饒舌に会話を続けた。秘密が多いため大して会話を盛り上げられないわたしに対して、本読みの性か、無口な割りに引き出しの多い宮崎は会話を飽きることがなかった。
学友の意外な一面というよりは、引きこもり気味のわたしが学友のよさを再認した、とかそういう部類だろう。
会話が苦手かと思ったがそうでもないんだな、と口にすれば、わたしとの会話は話しやすいと返事をされた。なるほど、こいつは善人だとわたしは笑う。
そんな会話を続けている間、魔法使いはというと、わたしのそばに浮かびずっと黙ったままだった。
わたしが宮崎と笑っているときも、難しい顔をしているときも、相談事に悩んだときも、軽口に軽く怒ってみたときも、何一つ口にすることはなく、わたしの横で微笑ましいものでも見るかのように薄い笑いを浮かべていた。
いや、一度だけ女はしゃべった。
そう、ただ一度、ただ一言。
わたしに向かい、返事を期待していないような声色で、思いもかけずに声が出てしまったかのように問いかけられたその一言。
麻帆良の学園都市に入る瞬間に、わたしに話しかけたその言葉。
――――ねえ千雨。ここにあるのは何の学校なの? 魔法? 神術? まさか普通の学校だったりしないわよね?
寮につくまでの長い道のり。彼女がしゃべったのは、結局そんなつまらない質問だけだった。
◆◆◆
寮に帰ってからまずはじめに行うべきことは決まっている。こういうときほとんど一人部屋としての扱いを受けているのは幸運だった。
「おい、出てこいよ」
「出てこいって言い方はないんじゃなくて? ずっと後ろについていたし、あなたには見えてたでしょ?」
反応が即座に返る。
うっすらとした体に色が灯る。同時に色づいた体は質量を持ったかのように現実味を増し、そのまま地面に降り立った。
カーペットが沈む音に顔をしかめる。
「質量保存の法則って言葉を知ってるか? 魔法だからってなんでもありかよ」
「あらあら。物理学の壁は魔法なんかよりもよっぽど強固よ。物理は法則で魔術は技術。だから文字通り語るべき次元が違う。幽霊は情報体だから質量はないし、いまわたしが質量を持っているように見えるのだって、実際は下向きの力場が働いているだけ。大丈夫大丈夫、魔法使いと関わったからって常識が丸々破壊されるわけじゃないわよ。物理学が間違ってるわけじゃなくて、秘密の技術が存在するとでも思っておきなさい」
そういって魔法使いはわたしに笑う。
到底納得できるものではなかったが、一応うなずいた。
「で、聞きたいことというか、説明はしてくれるんだろ? わたしは、まずお前の言い分から聞きたいんだが」
女はククク、とおかしそうに笑った。
「いやはや、ほんとに千雨はいいマスターだわ。よくもまあこんな状況でそこまで理性的に振舞えるものね」
「ふん、悪いがこういうのには慣れててね。周りがみんな異常を異常とおもわねえってのは、なかなかつらいんだ。まあこの様じゃあ、うちのクラスメートにも魔法使いがいそうだなこりゃ」
せいぜい五分五分の希望的観測から出た言葉だったが、その言葉に魔法使いは頷いた。
「ああやっぱり。この学校には魔術師がいるのね」
「……やっぱり?」
「ええ、この街はちょっととんでもないわよ。キロ単位で張られてる大結界で街全体が覆われてるし、強度も索敵性能も半端じゃないわね。魔力の流れも普通じゃ考えられないほど動いているし、極めつけはあの馬鹿でかい木よ。ここは霊脈としても一級品だし、あれは確実にこの霊脈の中心ね。わたしじゃなきゃあここまですんなりとは進入できなかったでしょうね」
自画自賛の戯言は無視するとして、こいつの言っているのは世界樹のことだろう。わからない単語はあったが、いいたいことは伝わった。
顔をしかめてしまうのをとめられない。
「やっぱ、魔法使いってのはたくさんいて、この街はそういうわけわからないやつに支配されてるってことかよ」
最悪だ。知らないままというのも気分が悪いが、ここまで大事だとため息も出ようというものだ。
隠れ住めよ、うっとおしい。引きこもって大なべでトカゲでも煮込んでいればいいものを……。
「で、あんたはこの学園都市をその悪の手先の支配から解き放ってくれるってことか?」
「学園都市?」
「ここだよ。あんたは街だと思ってるみたいだが、一応学校だ。小学校から大学までぶち抜きのな」
さすがに驚いたのか、目を丸くした。
「へえぇ、面白いわねえ。で、魔術師用の学校もあるの?」
こいつはバカなのだろうか?
あるわけないだろ、と吐き捨てる。
「お前、わたしに初めてあったときに、わたしが魔法を知らないって知ってたじゃないか」
「ごめんごめん冗談よ。でもまあ、そうよね。こういう感じで文明が発達した世界が百個あったら、そのうち九十では魔法は秘匿されてるものだし」
「……どういう意味だ?」
「そのままよ。魔法を技術体系の一つして捕らえている世界もあるってこと。魔術は共有できないけど、知識や技術は共有化するほうが得な場合もあるしね」
だとすると、九十は意外と少ないのか? 九十九個は秘匿しとけよそんなもん。
「んっ? いや、それよりさっきからあんたが言ってる世界ってのはどういう意味だ? 統計取るってどういうことだよ。惑星を旅する宇宙人とかじゃあないよな、まさか」
返答は肩をすくめる仕草だった。
当然じゃない、と頷かれる。
「平行世界よ。ここであってここでない。日本があるけど、この日本は存在せずに、貴女がいるかもしれないけれど、それは貴女ではない貴女。多重世界でも可能性世界でも良いけどね。わたしはそれを移動できる世界でただ一人の例外なのよ。これはわたしの大師父だって出来ないんだから」
ものすっごい尊敬していいのよ、と微笑まれた。
「あんたのすごさはどうでも良いが……じゃあこの世界にも魔法使いがたくさんいるのか。あんたの言う魔法使いのご主人様とやらにはわたしみたいな一般人にもなれるんだよな。そうすると相当の人数がこういう事情に関わってるってことか?」
わたしの言葉にルビーはキョトンとした顔を返した。一瞬空けてああ、と頷く。
「いや、ご主人様が必要なのはわたしだけよ。普通の魔法使いにはそういうのはいらないわ。自前の魔力をもってるからね。わたしはもう死んじゃってるからさ」
それなりに驚くべき台詞をあはは、と笑いながら口にする。こいつはやはり幽霊らしい。
「ああ、そうだ。一応、両腕の袖をめくってみてくれないかしら」
「そで?」
とつぶやいて、たいしたことでもないかと素直にめくる。
「……なにもないわね。やっぱり聖杯戦争ではなく、ただ世界にちりばめた宝石の移動媒体だけじゃあ、そう都合よくはいかないか。召喚方法は同じシステムでも、令呪を期待するのは都合がよすぎね」
それをちらりと見て、ルビーは訳の分からないことをぺらぺらしゃべった。独り言だったのだろう、後半はよく聞こえなかった。
なんなんだ、と首をかしげる。
「いやいや、もし“刺青”でもあったら付き合い方を変えなくちゃいけないと思ってね」
まさかそのままの意味ではあるまい。思わせぶりな台詞ばかり吐くのはやめてほしいものだ。
その後、いくつかの問答を繰り返したが、決定的にうそだということもできず、逆に本気にするにはぶっ飛びすぎたその話に、わたしは会話の方向を変えることにした。
ポケットに入っていた宝石を取り出し、ルビーに見せる。
「まあ、この世界の魔法とかはいいよ。どっちにしろ、わたしにとっては魔法使いの間に大差はない。正直一気に全部言われてもパンクしちまうしな。まず今やるべきことが聞きたいね。この宝石をもっとけば良いって話だったよな。このままわたしに取り付きつづけてくのか、あんた?」
「それはわからないわね。まあ秘密ということで……ああ、でも、わたしはわたしの目的があるから、今日中には出て行くわよ」
そう笑う。
意外だ。こういうのは一生涯レベルで取り付くものだと思っていた。
「そりゃ何よりだ」
「でもまあ、わたしはあなたに召喚されたという形をとっているから、またちょくちょく戻ってくるかもね。そのときは邪険にしないでね」
続くその言葉にわたしは顔を引きつらせた。ああ、やっぱりそうなるのか。
「まあ、わたしがこれを持ってる以上しょうがないんだろうが……まあ誰にも見られないようにしてくれよ」
宝石をもてあそびながら問いかける。装飾はきれいだが宝石自体はかなり小さい。指輪でもいけるだろうが、小さめの赤い宝石が金細工にはめ込まれて、その上にネックレス用の鎖がついている。
「これってルビーなのか?」
「ううん。ガーネットよ」
あっさりと首を振られた。
すこし驚く。
「ルビーを名乗っといてガーネットかよ」
「ええ。まっ、それはわたしの象徴なのよ。結構質もいいのよそれ。でもこれだけじゃあ……えーっとここの物価でも十万円はいかないし、装飾を全部ひっくるめても十万を少し超えるくらいだと思うわ」
それでも十分大金だが、やはり宝石というのは高級の代名詞だ。
たいそうなあおり文句で現れた魔女が己の象徴と言い切ったわりには安っぽい。
そんなものか、という表情を読み取られたのだろう、その女はふくれっ面をしてジト目を向けた。
「あらら、一応由緒正しいものなんだけどね。わたしが死に際にあの男を倒すのに使ったものだし……」
倒す? と首をかしげた。こいつの癖なのか、どうも会話が読み取りづらい。自分の中だけで完結してしまっているようだ。思考に出力がついていってない。
わたしの不理解をよそに、ぶつぶつと呟きを続ける。
「マキリの虫っていってね。わたしの妹の仇なのよ。わたしだって世界を移動できるとはいえ生まれた世界とこうして世界を旅する理由があるわけだしね」
さすがに、その内容とルビーの真剣そうな顔にたたずまいを直した。
「そんなにかしこまらなくてもいいわよ。結局わたしは妹をそいつに殺されて、わたしはそいつを殺し返した。だけどどうしても妹のことをあきらめられなかったわたしは、こうして世界を渡りながら、別の世界の妹を助けているの。いったでしょ、契約に縛られた世界の奴隷だって。わたしはこうして世界をわたり続けることが決定しているのよ」
その言葉は段々とトーンを落とし、最後のほうは自分自身に語りかける呟きのようだった。
その顔は先ほどまでの明るい顔の面影は無い。
「妹さんの敵討ちってことか?」
「ちょっと違うわ。別に仇を討ちたいわけじゃない。殺すことが目的というわけじゃないわ。あの子が幸せならそれでいいもの。わざわざ仇の並列存在を殺したいわけじゃない」
「…………」
「どうでもいい話。そこそこの宝石でも使い方しだいって言う話だしね。まあそんなわけでわたしはそいつをいつも身につけてたのよ。そんな昔話よりも今の話でしょ」
ぱんっと手を打ち鳴らし、場違いに明るい声を上げる。
わけがわからないが、聞くことはできなかった。ああ、そうかい。と気のないふりをした言葉だけを返して、宝石をしまった。
彼女はよどんだ空気を拭い去るように饒舌にしゃべりだす。
まったく、今夜はそう簡単に眠れなそうだ。
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はじめの投稿なのでそこそこ話がまとまるところまで投稿しました。
すこし長めに後書きを書きます。
ネギまとFateのクロスといえば百人中99人が想像するようにネギまがメインでFateからの介入もの
Fateからの介入ものといえば百人中2,3人しか想像しないであろうカレイドルビーの召喚もの。
カレイドルビーのキャラ設定は3年前の私の処女作「召喚 カレイドルビー」に順じているんですが、まあ読まなくても問題ないと思います。
読んだことない人が多数だと思いますので、今回のもあわせて簡単に説明します。桜のために頑張ってるルビーさんが色々な平行世界に行ってるけど、今回はネギま!という作品です(ってこれだと前作が誤解されそうですが、前作はFate本編の再構築ものです)。
作者はラストは断固ハッピーエンド派ですが、黒い話もそれはそれでいけます。クロスなんて書いてますが、原作設定は出来るだけ厳守したい派です。
男女のカップリングも百合もある程度ならいけます。やおいはよくわかりません。この作品で恋愛要素はすこし出ると思います。
そして最も重要な点なのですが、私はいままで作品は投稿したら完結させるのが一番重要だと思っていました。というか今でも思っているんですが、正直今回のは完結させられるかわからないです。プロット的には区切りを修学旅行、ラストを学園祭に設定していて、最悪でも修学旅行までは書きたいんですけど、正直ここまで長編になるだろう話だとすこし自信がないです。
なのでチラシの裏に投稿させていただきました。かなり久しぶりにSS書くので練習というかリハビリ的な要素もあり、扱いは習作です。
一人でも読みたいとおっしゃってくれる方がいればできる限り続けます。
それではよろしくお願いします。