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[1446] オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人
Date: 2006/03/25 00:12
 黄土の馬に跨り駆ける。付き従う騎馬兵達を密集させ、軍の戦端を槍の穂先の如く鋭く陣取る。構えは突破。それだけで武名が風に唸る。齢28を数える、未だ若き勇将ドロアが勇躍せん、と

 ドロアは敵との距離を測る。敵陣、強大なる王国の精強なる騎馬2000騎。自陣、己が率いる軍最精鋭鉄頭の1500騎。王国弓騎馬隊の、足早に駆けさせながらその馬上で構える弓の冴え、敵ながら見事


 戦場である。他に言葉は無し

 此処が何処か定まらずとも、その一言で事足りる。そう、戦場である


 王国弓騎馬2000がそれぞれの射角を確保しつつ矢を放つ。ピタリと揃った斉射にドロアは驚嘆した。密集陣はそのままに下知を飛ばす


 「来るぞ! 気合の乗らん腑抜けた矢の雨だ!!」


 では、それならば


「貫かれたら末代までの恥よ! 一矢も食らわず駆け抜けぃ!!」


 オリジナル逆行


 ドロア及び鉄頭の騎馬は急激に速さを上げた。馬脚がガリガリと荒れた平地を削り、その目を見張る速さと荒々しさとは裏腹に、動きは地を這うように違和が無い。最精鋭を名乗る鍛え抜かれた馬力と研鑽され続ける馬術はこの為にある。無被害、とは行かずとも、降り注いだ矢の大半を鉄頭の騎馬を貫かせずに終わらせたのだ

 構えた直槍を一振り。ビュゥン、と風に鳴るそれは、しかし馬脚が大地を蹴る音で聞こえもしない。ドロアは敵弓騎馬の後方から第二斉射が上がるのを見て、猛った


 (第二射は狙いが深い。殆どが俺の動きを阻むように飛ぶ)


 ギラギラと太陽が輝く空で雨の如く飛ぶ矢は目立つ。目立つ故に察し易く、また誘われ易い。ドロアの下知が続く


 「鼓を乱打! これより騎馬は左右真っ二つに割れよ! 敵先遣を一撃し将の第二陣を貫く!」


 遅延は少しも無かった。命令に違わず洗練された動きで陣を二つに分けた鉄頭の騎馬は、迷う事無く最速で駆け続ける。この速さこそが最精鋭の証。僅かでも遅れる者は、鉄頭の騎馬を名乗ること許されない。それ故鉄頭の騎馬1500は、考える速さすらただの騎馬軍とは違うのだ

 迷う事なく。それは例え、自ら達を率いる若き赤毛の勇将ドロアが、ただ一人直進を続けていようとも


 「クラード! バナーズ! それぞれが左右を率いろ!」

 「応ッ!」 「バナーズの、槍をかけて!」


 それだけでドロアは微塵の脅えも無く矢の雨に飛び込み、一振りでそれを薙ぎ払うと尚も駆け続けた


 ドロアは戦っていた。敗戦必至のユイカ王国、その興亡をかけた戦で、攻め滅ぼされる者の一人として戦っていた

 興亡をかけた戦で敗戦必至とは話にならない。ドロアとその配下、そして今も同じ戦場の違う場所で戦い続けるその他の軍団達は、死に場所を求めて戦っているのと大差が無い

 だが例え敗戦でも、槍を握る手の力が弱まる事は無い。否、敗戦だからこそ、高まり荒ぶる心がある

 ユイカは、この小国は確実に滅ぶだろうとドロアは感じていた。王家の族は尽く誅されて、ユイカの地は今攻め寄せる「リバンテ」の物となり、ユイカ自身は跡形も残らないに違いない


 国の乱れによる隙をリバンテに突かれた形であった。一部の権力者の専横が招いた、必定の滅びであった

 責任は自分達にもあるのだ。専横を許した自分達にも、責任はあるのだ。だからこそ、ユイカが滅んだ後の大地など見てはいけない。今この時に命の全てを燃やしてしまわねば、世界一の物笑いの種になる


 「ユイカ王国」の為に尽くせる事が無いのであらば、恥を抱いて生きようとは思わない。ただユイカが存在したと言う証を、この一戦で世界の全てに刻み込んでやる

 ドロアの腹は、決まっていた


 「この俺が弱矢で討てると思うたかッ!!」


……………………………………………………


 (やりおったなドロアめ、お得意の速さで、シランドの軍に食らいついたか!!)


 激しい戦局を見渡せる小高い丘で、「攻め滅ぼす立場」にある老齢の軍師ダナンは、頬に皺と共に刻まれた剣の傷跡を撫でた

 彼からしてドロアは敵である。しかし、その実力の解釈については、敵味方等と言う概念の介在する余地は無い


 考えれば思うところ多々ある。圧倒的武力で以って、領土拡大の為に行う戦。言ってしまえば侵略戦争だ

 しかしこの戦は侵略ではない。統治の乱れ著しいユイカ王国の民を救う、リバンテ王国の正義の戦い。そう言う事に“なっている”。事実、ユイカの政の乱れようは酷い物で、ダナン自身それに嫌気が指してユイカを出奔した、元・ユイカ王国の軍師だ

だがそんな名分…『正義の戦』など、他の国々どころか今はリバンテの将である自分すら信じていないがな、とダナンは笑った


 ダナンは再び丘の下を見下ろす。平地の其処では、赤毛の勇将ドロアの軍がリバンテの精鋭揃いの中でも中堅どころに位置するシランドの軍を抜いた所だった。しかし散々に引き裂かれたとて、シランドも「これぞ王国」と言われるリバンテの将。立て直しは早い。あれならば戦列に穴を開ける事はあるまいと、ダナンは即座に頭を回す


 ドロア。アレは、こんな詰まらない敗戦で輝かせるには惜しい智勇才心の持ち主であった。古くからの友誼と事前の諜報からダナンは、ドロアの事を常人以上によく知っている。ドロアだけではない、ユイカ国の事なら何でもだ

 ドロアの武勇と軍才は例えリバンテの中でも一際抜きん出るだろう。ダナンは鬼謀の軍師であるが、自軍の損害を鑑みても、やはりドロアを殺すのは惜しい。何としても与力に欲しい。ダナンは只人を殺すのには何も感じないが、才人を殺すのは非常に嫌がる性質であった


 激しい馬蹄の音を立てながら、連絡役の騎馬が五騎。ダナンが振り向くと、それら五騎は馬から飛び降りて跪いた


 「ダナン軍師! 竜軍、翼軍、火軍、各戦列を押さえ込みました! なれど絡軍敗退、西部戦線を侵されております!」


 この戦は長引かせるべきでない。当初そう考えたダナンは、戦場をユイカの王城から遥か東へ行った所にある、広大な平地に定めた。丁度進軍経路と重なっており、その都合もある。其処でなら、否が応にも勝利か、敗北かが一撃で決すると踏んだのである


 「絡軍担当の西の陣と言えば、「大盾の」アルバートか。…流石にやってくれおる」


 その戦場の西に置けるユイカ軍主力を率いるのは、「大盾の」アルバート。音に聞こえた名将だ。粘り強い構えをしながら、次第に敵を飲み込む戦をする。ユイカは小国の癖に無駄に歴史だけはあるから、こういう厄介なのが居たりする。ダナンは笑みを漏らした。しかしそれは先程の笑とは違い、僅かな苦笑


 アルバートも抜きん出ていると言えばそうだろう。しかし、ドロア程の輝きは感じぬ


 「…ふん、西に予備を投入しろ! 狙うはドロアだ、どの道ヤツには突撃するしか道が残されておらん。アルバートや他の支軍は、それまで封じておければ良い」


 そのように、散々に陣立てしたからな


 「極限まで駆け上らせろ、本陣近くまでだ! そしてそこで捕縛してやろうぞ!」

 「はッ!!」


 ダナンは赤いマントを翻らせた。この決戦は我が主の出る幕ではない。名高きリバンテの王が出張るには、余りにも舞台が貧相だ


 ドロアを捕えてしまえば後は詰まらぬ戦になろうな。そう零しつつ、ダナンは己の職務を果たす為に動き始めた


……………………………………………………


 駆け上り、駆け上り、鉄頭の騎馬を幾多討ち取られ、その数がやがて半数になろうと駆け上り

 誘いと解っていても駆け上り、返り血で肌と鎧を赤に染めた末に、敵本陣に辿り着いた時だった


 「ドロア将軍! 四方の壁に弓兵です!」


 即席に高く組まれた木の上で、先に炎が灯る矢を番えた弓兵達。予想出来なかった訳ではない。寧ろ当然であると、逆に得心が行く


 ドロアは怯みはしなかった。何が相手でも関係無し。どんな数が相手でも関係無し。突撃した所で負け戦。万に一つすら無い勝ちの可能性を、まさか夢想していた訳でも無い

 死しか無い。そう解っていて突撃を重ねてきたのだ。今更ドロアとその配下の鉄頭騎馬隊が、火矢如きを恐れる理由がない


 「小細工を…。星落針の陣を崩すな、このドロアの元にお前達は一振りの刃よ! 切っ先は俺が担う!」


 更に突撃。鉄頭騎馬の最速の基本は、密集にある。陣形を針の如く細く整え、それが彗星と見紛うばかりに戦場を駆ける

 生半の包囲では押し留める事不可能。しかし正面からぶつかれば鉄頭騎馬兵は、人は人の範疇を超え、馬は馬の範疇を越えて動く。速く、鋭く動くのだ


下知をよく聞き、迷わず、素早く、臨機応変に動くのは兵としての大前提。出来なければ話にならない。そこに生きようと思わぬ覚悟、個人の技量、そして軍団としての連携が備わって、初めて歴戦の兵(つわもの)と呼ばれる

 そして鉄頭の騎馬には、それに加えて圧倒的な速さと、攻撃力があった


 火矢が放たれた。それを避け、或いは弾き、ドロアは陣の奥を目指して黄土の馬を駆る。そこにふと感じる鼻を付く臭い。大地に火矢が突き立つと、今度はそこから地面が燃え始める。臭いの元は油であった。火は瞬く間に炎となり、陣ごとドロア達を呑まんとしてきた

 火計。戦場の気に晒され、ドロア達騎兵の猛気に乗り移られていても、馬は臆病な生き物だ。火の中に置いてはいけない。咄嗟にドロアが思ったのは、そんな事だった


 「敵は我等を潰すのに陣すらも惜しくないようだぞ! 油に乗る火よりも疾く走れ!!」


 追い縋る火を放し、駆ける。歴史ある鉄頭の騎馬隊。栄えある初代は揶揄でなく風よりも疾く走ったと言う。ではこれくらい出来ずに、何とするか


 そして出てきた、真打ちが。ドロアは、謀ったようにして陣の最奥から駆けて来る騎馬隊を見遣り、獰猛に笑った


 (行くぞ。このドロア、一本の槍と愛馬あれば、五百の首を取ってみせよう)


 その言葉は嘘ではない。それこそが、勇将ドロアの武が行き着ける場所


 ドロアとその後につき従う鉄頭の騎馬隊は、敵本陣に向けて、最後の突撃を敢行した


……………………………………………………

……………………………………………………


 「本来なら、こうするのは戦が決着してからなんだが………。お前は特別に今からやってやろう。ダナンの狸は俺を戦場に出したくないようだし、そうなると暇で如何にもならん」


 火計に使われた陣から、少し離れた場所に建設された新たな陣。その中でドロアは、ある人物と相対していた

 口調は尊大。気風は豪壮。如何見てもドロアより若い顔つきは、しかし王者の貫禄。戦場で着る物とは思えない、簡素な赤い布着に剣を佩いた大男

 誰か、とは語るまでも無い。若いながらに虎のような容姿と体躯を持つリバンテの王が、其処に居た


 「しかし、予想以上に若いな、ダナンがご執心の勇将ってのは。あのジーさん、男色の気でもあるのかね? お前はどう思うよ」

 「は、自分が聞き及ぶ限りではその様な話は聞いておりません。優秀な人材を欲しがる、あの軍師殿の悪い癖が出た物と思われます」

 「真面目に答えるな。気が抜けるだろうが」

 「申し訳ございません」


 リバンテの王が、傍らの副官らしき男と始めた漫才は、下らなかった。ドロアはフン、と鼻を鳴らした


 「…さて、言わなくても解るだろうが一応名乗ってやろう。俺がタイガーだ。タイガー・レッド・リバンテ。場合によっちゃ貴様が最後に聞く名だが、やはり場合によっちゃ貴様がこれから忠誠を誓う名だ。どうだ、嬉しいか?」

 「嬉しくも何とも無い。そこいらに転がる石ころに名が付いていた方が、まだ面白味があろうよ」

 「そーかそーか。そんなに命が要らんか貴様。ここはスパッと逝くか?」


 ドロアがギシリ、と歯軋りした。後ろ手に縛られた体が、激憤に軋んだ。その反応を引き出して何か思う所があったのか、タイガーは簡素な椅子の上で頬杖を付く


 「憤懣遣る方無いって面だな。………降る気は無いのか? どうにもここで死ぬのが悔しくて仕方無いって感じがしてるぜ。ダナンの爺さんの事もあるし、その気があんなら悪いようにする心算はねぇんだがな……」

 「みすみすユイカが滅びるのを見過ごした俺が……今更後世の事など…!」


 そうだ、タイガーの言うとおり、悔しかった。確かに悔しかった。死を覚悟していても、どうにもならないと解っていても、ただ悔しかった。結局滅ぶであろうユイカを思えば、二十八年の己の人生、丸々全て無駄だったのでは無いかと、それが悔しくて仕方が無かった


 何の大志あって祖国に仕えた訳ではない。ただ漠然とこの国の力になろうと、この国を支えようと、それが愛する国の為なのだと思って仕えた。軍に入るまで、母すら置いて好き勝手に国々を旅していたドロアに大志はなかったが、その心に偽りは無い。一兵卒から始まり、一軍の将にまで至った。心で仕えた故に、心が痛かった


 其処まで思って、急に心が静まった。力が、抜けていった

 国が滅ぶ。それと同時にこの身も滅ぶ。それだけだ。それだけならば、もう良いではないか


 「………はん、一度言った事を覆す男にゃ見えんなぁ」


 タイガーが立ち上がり、剣を抜く。華美な装飾の余り実用的ではない剣だ。本人もそれは解っているのか、顔を歪める


「こんな派手なだけの鈍らに斬られるんじゃ、この男に合わんな」


 おい、と一声。タイガーの声に傍らの副官は、自分の剣を差し出す事で答えた


 「さて、遺言があれば聞こう」

 「………………生き残った部下達を厚遇して欲しい。俺に言われて無理矢理従っていただけの兵だ。助命を願う」

 「何を言うか。嫌々従う兵が、あんなに強いもんかよ」


 タイガーが腕を一振りした。その瞬間、ドロアの視界は暗闇に包まれた


 「アンタも強かった。陣中でアンタが斬った400の兵と、アンタの部下が切った1400の兵の墓前で、アンタは俺が処断したと伝える」


 それが、若き勇将ドロアが今生で聞いた、最後の言葉だった


……………………………………………………


 真っ暗闇の中で目覚めた。夜である。咄嗟に木造りの窓を壊さんばかりの勢いで空けて、外の空気を思いっきり吸い込む。そして吐き出す。咽て悶える


 そこまでして漸く、赤毛の青年は僅かなりとも落ち着きを取り戻した。油断なく辺りを見回し、そして疑問符を浮かべる。ここは…? いや、まさか。そんな台詞を頭の中でめぐらせる


 其処は見慣れた質素な木の小屋。青年に取っての自宅であり、そして在り得ない場所でもあった。青年はその家を、遥か昔に“引き払っていた”のだから


 ガタガタと慌しく外に駆け出す。そして桶いっぱいに水を張って、顔を突っ込んで水を飲む。ついでにバシャバシャと顔を洗って、改めて自分の顔が移りこんだ桶を覗き込み、再び驚愕した


 月明かりで己の顔を確認し、腰を抜かしそうな程驚く青年の名は、ドロアと言った


 「な、…なんで、若い? コレは、お、俺は!! ……訳が解らん!!」


 訳が解らん、が


 「解らんが、なんたるザマだッ!!」


 目覚めて始めにした事は、夜空に向かって吼える事だった


――ランク「敗軍の将」


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中々新しい試み………でも無いか



[1446] Re:オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人
Date: 2006/03/25 00:14
 …ドロアは、元々貧民の捨て子だった。ドロアの子供の頃と言えば、ユイカは争いの全く無い国でそれなりに栄えても居り、貧民など本当に珍しい類の民だ。ドロアは、それに産まれた

 成長の早い子供だったと、ドロアは自分でも思う。膂力、体力の類は同年代の子供達より何倍も速く成長したし、背丈も同様だ。実年齢より3~4歳大人びて見られるような事が、極普通にあった。それは当時のドロアに取って、有利に働きこそすれ、不利になる事は少しも無かった。庇護を受けられぬ子供は、か弱いからである


 兎にも角にも、ドロアは発達した身体を用いて、勝手気ままに生きていた。ユイカは小国ながらに裕福だったので、素性も知れない子供を雇ってくれるような所も無いでは無く、生きていく事は出来た

住む場所が無い者を保護するような施設は確かに在ったが、ドロアは其処が大嫌いだった。碌な所では無かった


 そんな風にして生きていたドロアは、十四の時に、一人の女性と出会ったのだ。その人は偉く肝っ玉母ちゃんで、偉く傑物で、偉く嘘を吐くのが下手糞な人だった

 要点だけ言ってしまえば、まだ青二才も良い所であった幼き日のドロアは、その人の子になった


 「入るぞ、ランさん」


 朝の光がツヤで反射する扉を押し、開いた隙間から顔を覗き込ませる。そして一言。冷えた空気が漂う其処は、ステンドグラスが朝の光に色彩を加えている

 教会だった。厳粛な空気が漂う其処は、それ以外には見えない。最も、見た目はかなりみすぼらしいが


 何の宗教の舎なのかドロアには解らない。元々、宗教に興味は無い。だから、何を崇め奉っていても特に関係は無い

 ドロアをそんな感じに開き直らせる教会の中では、ステンドグラスの窓から差し込む朝日を受けながら、祈りを捧げる妙齢の美女の姿があった


 「ランさん」


 ドロアは彼女の事を、名前で呼ぶ。素直にそのまま、ランと呼ぶ。それが、何と無く習慣になっている

 ランは腰まであるドロアと同じ赤い髪を、蒼いゆったりした服に隠している。思えば記憶の中の義母は何時もこの格好で、何かの制服かも知れないなと、ドロアは思った


 ランは振り向き絶叫する。少し唐突過ぎるだろうが、兎に角絶叫したのだ


 「わ、わぁぁぁぁ!! ドロアが! ドロアが教会に来た! しかもこんな朝早くに!! て、天変地異の前触れだぁぁ!!」


 大きな目がクリクリと忙しく四方を見渡して、如何にも動転してますと言いたげになる。ドロアは自分でも訳が解らない、胸を締め付けられる感覚に、俯く


 「ランさん」

 「何だよ、そんな哀しそうな顔したって駄目だ。何時も寄り付きもしないじゃないか。コレは何かあったんだって思う方が普通だ」


 違う、そういう事を言いたいのでは、無いのだ


 この人が母。行き倒れ、死に掛けたドロアを救ってくれた人。この人こそが、実父と実母を知らぬドロアの、唯一の母

 この人はそう遠く無い未来に、病で呆気なく死ぬ。その悲報を聞いた時ドロアは二十二歳。従軍中の事だった


 オリジナル逆行2


 ランが椅子に座りながら、真っ二つに断ち割った林檎の片割れを差し出してくる


 「でも本当に珍しいなぁ~、ドロアが教会に来るなんて。いっつも、陰気だ何だとか言って寄り付かないで、家で御飯の催促しながら待ってる癖に。とうとうドロアも、神様の偉大さが解るくらいに成長したのかな?」


 ――腹空かして倒れてた洟垂れ小僧も早十八歳。寂しい気もするけど、そろそろ大人かな…

 ――ランさんの前じゃ、何時まで経っても俺は子供だ。神に向かって祈る気にはならんがな


 「……どうした? ランさん。変な顔してるぞ」

 「い、いやぁ、この馬鹿息子はいい加減大人になろうかって言うのに、一体どこ遊びまわってるんだろうとか思ってたんだけど……。今回の旅は、良い旅だったみたいだ。見違えた、半年前と」


 良い旅か、終幕はとんでもない形の、凄まじい旅であったような気もするが


 林檎を齧った。ドロアはその甘さを口の中で転がして、ランを見る。旅と、ランは言った。本当に、旅だったのかも知れない

 この時期のドロアは良く旅をしていた。あちらこちらを行って回り、金を稼いでランの教会がある山村に戻る。何度も繰り返した慣れっこの習慣だ。だがしかし、今回の物は特に……

 特に、長い旅だった。ランと言う母が死んで後から、簡単に時間に換算して約六年になろう


 もう言わずとも解る筈だ。今ドロアが居る世界は、元ドロアが居た世界では無かった。十年。首を切られたその瞬間から、十年も昔。その曖昧な記憶の中の光景が、今日の朝目覚めたドロアの目の前には広がっていた

 時を遡る。こんな異常な事態に直面して、ドロアは何の実感も湧かなかった。ただ、恐ろしくはある

 もし、あの世界が、『若き赤毛の勇将ドロア』が居た世界が、ただの夢であったとすれば

 本当に、何の意味も無い、勝手な妄想であったならば。そう思うと、恐ろしかった。それくらい、現実感が無かった


 「……半年か」ボソリ、と呟くように言う


 「違う。半年なんて騒ぎでは無かった。色んな事をして、色んな物を見た。六年分くらいの価値はある。きっと」

 「あは、……ハイハイ、六年分か。確かに六年分旅すれば、ドロアにだって落ち着きも出るかな」


 断ち割られた林檎を見て、ドロアは思う。自分もコレだ。我武者羅に生きた“以前”の自分は、訳の解らない愛国心と使命感を傍らに置いていた

 それが、切り捨てられた。半分になった林檎のように。リバンテ王国の若き王に落とされた首と共に、奇麗さっぱりと。今更ユイカ国で何かしよう等と考えられない。それは侮辱だと感じる。“以前”の世界で、正に命と身体と、持てる物全てを駆使してユイカ国を守ろうとし、死んでいった者達への


 踏みにじれない。どうしても、出来ない。今更ユイカ国の為に何かしよう、等と考えてしまえば、それは“以前”の全てを否定する事だ。何もかも無かった事にしてしまうと、そう言う事だ


 だから林檎にもう一度齧りついて、それきりユイカの事は考えないようにしようと思った。幸いにもドロアには、別の道があった。まだ、やるべきだと思える事があった


 「それで、今日にでも出るんじゃ無かったかな? 正規軍立て直しの為の募兵に志願するんだろ?」


 時期は、そうだった。平和だったユイカ王国は、ドロアが十八の時突如戦火を被る。直接ユイカの領土で戦争が起きた訳ではない。盟友である隣国の要請に応じて、国王自ら軍を率いて遠征したのだ

 そして、大敗した。王は戦死し、その権威が次代に移り変わると共に、軍の改革が始まるのである。五年後、ドロア二十三歳の時、一時的な平和が訪れるまで


 王が戦死したその時の戦争で戦果を残したのは、“以前”最後の戦いでドロアが率いていた鉄頭の騎馬隊と、極一部だけだ。言ってしまえば、その極一部が目を見張るような戦いぶりを示したからこそ、ユイカには早期に体制を立て直せるだけの余力が残った


 ランの言う募兵とは、その軍改革の一環として行われた物。ドロアはそれに志願し、将軍への道を駆け上り始めたのである


 以前は


 「―――行かん」


 短く切り返したドロアの言葉に、ランはポカンとする


 「良いんだ。行かない」

 「え? でも、半年前は偉く息巻いてたじゃ無いか。『祖国の為に、武量を示す良い機会だー』とか何とか言って」

 「そんな事は問題では無い。ランさん、………本当は、体が悪いんじゃないのか。…胸が」


 ランが息を呑んだ。何故知っている、そんな風に。ドロアの口が堅く引き結ばれる。真一文字に、悲しみを堪えるように

 本当に嘘が吐けない人だ。隠し事なんて、少しも出来ない人なのに

 なのに、自分は母の苦しみに気付いてやれなかった。自分の事ばかりで、甘えていただけだ


 今の自分は、どうなのだろうか


 「俺の栄達など如何でも良いのです。孝行させてくれないか」


 この世界に舞い戻ってきて、母を一目見て決めた。拾ったのか、それとも夢を見ているだけなのか、それすらも解りはしないがこの命、今はこの人の為に使おうと


……………………………………………………

……………………………………………………


 ――あの時陣中で受けた悲報は、ドロアを愕然とさせて有り余る物だった

 ラン、病死。その報を聞いて戦いが終わり後、それこそ馬を何頭も使い潰す勢いでランの教会へと急いだドロアは、ランが己の病を隠していた事を知った


 死の何年も前からランは病に冒されていた。心を弱らせる病で、それの進行には激痛が伴う。体力の低下は当然で、死の一年前から殆ど歩く事も困難だったと言う


 なのに、隠していた。ランは、ドロアの前に居る時だけは、まるで平気を装った

 血を吐くほど苦しかったろうに、辛かったろうに、ドロアに隠していた。ドロアも、気付けなかった


 だが、今はどうだ。ドロアの手の届く所にランが居る。今ならば、色んな事が出来る。話せる、手を握れる、笑い合う事も

 血を分けた関係では無い。が、命を救われ、子とまでなったのだ。一生を幾つ重ねても返しきれない恩と、血の絆にも劣らない親子の情がある


 尽くしてやりたいと思うのは、普通ではないか


 ……これも同じ事なのでは無いのかとも思った。“以前”の歴史で死んでいった者達を否定するのと同じで、心配を掛けぬように、とひた隠しにしたランの誇りを、踏みにじっているのでは無いかと

 自分勝手な話だと、ドロアはそう思う。だがそれを恥じ、感傷に浸る心算は、毛頭無かった


……………………………………………………


 パチパチと小さな暖炉に火が灯る小屋で、安楽椅子に座ったランがノビをする。蒼の制服は着ていない。ドロアと同じ赤い髪を、素直に晒していた

 安楽椅子は、ドロアが買い付けた物だった


 「何で解った? 半年前までは、全然気付いた感じしてなかったんだけど…。やっぱり、男の子って旅をすれば変わる物?」


 ドロアは、そんなランの肩を揉んでいた。ドロアは歴戦の勇士ではあったが、何せ産まれてこの方親孝行と言う物に縁が無かった不器用な男。だから、孝行させてくれとは言った物の、こんな稚拙な事しか思い浮かばなかったのである


 だが、ランは笑って、そして喜んだ。ランの目じりに浮かんだ小粒の嬉し涙が、その本心だった


 「そうだ。自分の事で手一杯だった俺は、どうやら回りに気を使えるくらいには、成長できたらしい」

 「私に世話焼けるくらいに?」

 「あぁ、ランさんの肩を揉めるくらいに」

 「あはっ、はは、何だか小さい子供が、お母さんの肩揉んでるみたいだ」

 「やってる事は、詰まり同じだ。俺は貴女の子です」


 教会を閉めるよ、とランは言った。意地張って続けてみようと思ってたけど、ドロアにバレちゃったんじゃ、もう駄目だ。きっともう自慢の息子に甘えちゃって、踏ん張れない。そう笑った


 ドロアはそれで構わなかった。元々宗教家では無いし、教会への寄付金など無くてもランを養っていく自信はある

 久しく無かった戦争に首を突っ込み、しかも大敗の上に国王が戦死までしたユイカは、混乱からか他国ほどでは無い物のかなり治安が乱れている。争い事に乗じて荒稼ぎするには良い頃合だ。寧ろ、長く軍職に勤めていたドロアは、それ以外の稼ぎ方が出来ない


 詰まる所殺人職業の類。人を殺して人を養う、皮肉の効いた欺瞞だが、それの是非を悩む程ドロアは道徳観念の強い男では無かった

 とは言っても、ランの方が五月蝿い為、進んでその職の話をしようとは思わないが


 「あぁ…良いなぁ~、こう言うの。病気は嫌だけど、幸せだなぁ……」

 「婆臭いぞ、ランさん」

 「うっさい! ホレホレ、しっかり腰を入れて揉まんかい!」

 「良いのか、俺が本気で力を入れたら、ランさんの肩が粉々になってしまうぞ」

 「そ、それは嫌だ」


 些か本気で焦りながら首を振るラン。ドロアはその時少しだけ、本当に少しだけ、口を緩めて微笑んだ。戻ってきてから、最初の笑みだった

 ランがこのまま病没せずに、ずっと笑っていてくれるような、そんな夢のような事まで考えていた。何処まで行っても、現実感が湧かなかった故かも知れない


 翌日からドロアは荒稼ぎを開始する。武の才只人より並外れた男は、戦の場にてとんでもなく強い。受けるのは専ら野盗、山賊相手の仕事だったが、その力は遺憾なくなく発揮された

 ユイカの混乱の最中に現れたドロアは、その混乱の中で暴れまわった。それが親孝行の為、なんて聞いたら、ドロアに斬られた者達は死んでも死にきれまい。だが兎に角、ドロアはとんでもなく強かった


 抜きん出た武量を持つ赤毛の傭兵は、あっと言う間にその存在をユイカの隅々にまで知らしめる程になったのである


――ランク「敗軍の将」→「マザコン戦士」


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度を過ぎると宜しくないかも



[1446] Re[2]:オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人
Date: 2006/03/25 00:16
 「あぁあぁ、捕えても世話なんかできんし、上の連中にも手懐けて帰順させるような暇は無いだろう。どうにもならんぜ」


 夜。ランの教会がある山村から徒歩で一日足らずの距離には、ロードリーと言う町がある。その町にドロアは居た

場所は町の入り口。と言うか、更に外側とも言える町外れ。そこに立つ、やたら大きな鍵で閉じられた倉庫の前で、上から壮年の男が降らす声に、ドロアは閉口した


 遠くを見遣れば、乾燥した大地を松明の灯りがかなりの速さで近付いてくるのが解る。十数から成る騎馬で、乗っている者達は皆傷だらけの鎧を着ている


 どこぞの兵隊崩れなのが一目で解った。彼等の狙いは、ドロアが背後に守る倉庫


 「どこから流れてきやがったのか……、全く迷惑な話だぜ」


 フン、と鼻を鳴らし


 「着ているのは東の海洋国に多い鎧だ。そちらの方からだろう。大陸北西端のユイカまで、態々ご苦労な事よ」


 立て掛けてあった、刃がやたらと広い槍を手に取りつつドロア。屋根の上の男はほぉ、と感嘆した。兄ちゃん若いのに物知りだねぇ。そんな感じだ


 そしてどっかりと腰を下ろしながら、男はちょっと意地の悪そうな笑みを浮かべる。それは夜、ベッドの中の子供に恐い話を語って聞かせる父親のような、そんな笑みである


 聞かせる相手は、幼子のように可愛らしい面相では無いが…。ドロアはク、と嗤いを噛み殺した


 「そういえば兄ちゃん、海洋国って言えば知ってるか? ちょいと前にあっちの方で、海の兵士どもがアマゾネス連中にズタボロにされたろ」

 「……うん? ……確か、戦争続きだったフーカー海軍の事だな。隣国のアマゾネスどもに陸で奇襲に奇襲を重ねられて、屈強な筈の海の男達が見るも無残に敗走させられたって話だろう。よくよく見れば、あの鎧はフーカー海軍の物に見える」


 確かに、見覚えがある鎧だ


 「兎に角その海軍がな、逃げに逃げて逃げまくった挙句、ほうほうの態で漸く自国領域の町まで逃げ帰ったんだが……」


 そこで男は声の調子を一転させる。大袈裟なほどに仰け反ると、夜の空いっぱいに声を響かせようと、怒鳴り上げた

 迷惑とか、そんな事はどうでも良いといわんばかりだ。兵隊崩れどもを挑発してやろうと言う底意地の悪さが丸見えで、男は傲岸不遜に笑ってみせる


 「実は其処は既に占領されてて、娼婦に化けたアマゾネスどもに手前等の“ナニ”が勃たなくなるまで追い掛け回されたってぇ話だァーー!!! あの不能海軍どもはよォォッォーーー!!!」

 「ぐわはははははははは!!!!」


 男の意図した罵声に、ドロアは心底笑い声を上げた。傑作だ。冗談としてはそれほどではないが、罵声としては最上級。この男、後で上物の酒を奢ってやっても良い


 「オイ手前等! 偉そうな鎧を着込んじゃいるが、自分のモノはキッチリ勃つんだろうなァァ!!」


 そうでもないと思っていたが、どうした事か。腹が痛い。決めた。この男には後で、この町で一番高い酒を奢ってやる。絶対だ


 ビュンと槍を一振り。馬は無く、従う兵も居ないが、それだけで武名が風に唸る。嘗ての勇将ドロアが勇躍せん、と

 敵は兵士崩れの強盗団。罵声に色めき立ち、逆上しているのが良く解る。ドロアは鼻で嗤った。兵士としての経験を馬鹿にされて、怒れる程に誇りがあるなら、最初から強盗になどなるなと言うのだ


 ダン、と一歩踏み出した。そのたった一歩で、ドロアの気分は戦場に立つ戦士のそれになった


 オリジナル逆行3


 元兵士が夜盗の類になると言うのは珍しくないが、その手の輩は非常に手強い。普通の賊とは比べ物ようも無いほどに、だ。その上、ドロアの記憶にある東海洋国の兵士は、ドイツもコイツも手練だった。陸よりも命の危険が多い海で戦う彼等は、より強くなる


 だがそれは、何でもない事だ。戦場では、戦う相手は選べない。そう言うのは軍師の仕事だ

 恐れる理由にはならない。ドロアの心得ではない。世に数多(あまた)居る将軍や軍師と言うのは、どこかに「恐れ」と言う感情を落としてきたか、若しくは初めから持っていない生き物である。敵を恐れでは見ない。「如何言う物か」見ようとする

 ドロアも例に漏れず、敵がどんな相手であろうと必要以上に気にしない、胆の太さがあった


 音曲を指揮するかのように腕を一振りし、一喝


 「馬防柵!!」


 それを受け、倉庫の上の男が用意していた松明を振る。瞬間、倉庫まで100馬身と迫っていた兵士崩れどもの目の前に、鋭い木の杭が取り付けられた柵が土中より起き上がる


 (海の兵士よ、罠は三段まで重ねてあるぞ。こう言う経験をお前達は中々知るまい)


 兵士崩れどもが、そのガタンと言う音を聞いた時にはもう遅い。暗がりの中で止まれなかった兵士崩れどもは、全騎転倒した


 ドロアはその余りの情けなさに、溜息を吐いた。おいおい、まさかたった一騎すらも越えてこれんとは


 「奴等、件のアマゾネス連中に去勢でもされてるんじゃぁ無いのか?」

 「へっへぇ、好都合じゃねぇか! 鐘は如何する? 部下を待機させてあるが」

 「必要ないだろう。無駄に付近の民を不安がらせる事も無い」


 一人で事足りる。足音高く地に伝えられる力の感触を確かめると、ドロアは一直線に走り始める。慌てたのは倉庫の上の男だ。落ちそうなくらい屋根から身を乗り出して、叫ぶ


 「お、オイィ~ッ!! 幾らなんでもたった一人で敵う訳ねぇだろがッ!!」


 しかし、男は直ぐに押し黙った。己が目に映った光景が、自分の予想とは全く掛け離れていたからである

 男の視界の中では、ドロアが漸く起き上がった集団に飛び掛り、常人離れした膂力と技で一度に三人を切り倒した所だった

 否、切り倒したでは生温いか。槍の一振りの筈が、まるで御伽噺に出てくる鬼(オーガ)のような一撃。ちょっとコレは、黙るしかない


 「………………一人適当に残して他は殺せよ! 後々面倒になるからな!!」


 取り敢えず言っておくか。そんな感じに飛んできた男の言葉に、ドロアは血飛沫と暴力を撒き散らしながら明快に返した


 「では一人残して全て、刎ねる事にする!!」


 勿論、首の事だった


……………………………………………………


 傭兵と言うのが当たり前に認められる時代だ。国が手を出すまでも無い雑事や、町や村単位で起こる問題ごとに関しては、傭兵がその腕を振るう事も少なくない

 そのため町、村に置かれている役場には、傭兵専用の受付と言うのもしっかり設置されているのだ。そこいらの何でも屋が個人でこなすような仕事もあれば、大規模な傭兵団やそんな類にしか回せない仕事等もある。最も後者は戦争への参加など、国直々の依頼が殆どだが


 しかし、ユイカは平和な国であり、傭兵等の力が必要になる仕事は少ない。否、少なかった。王が没し、その子が王位を受け継いだ混乱期の今、荒事は増加している

王の死に方が悪かった。何と言っても、長らく無かった戦争での討ち死にであるが故、急な軍事改革と併せて軍や治安維持部隊がまともに動いていない。平和呆けしていたといわれれば、それまでであろう。混乱していたのだ


 それでも未だ、他国に比べて犯罪発生率が少ないのは、平和呆けしたユイカの美点だと、ドロアはそう思った


 「よぉーっし、まぁ飲んでくれよ兄ちゃん。アンタの御蔭で本当助かった。うちの連中には、一人も死人が出なかったんだからなぁ」


 町の酒場でドロアは男の酌を受けていた。屋根の上で松明を振り回し、馬防柵の合図を送った男だ。この町で新しく創設された自警団の責任者で、名をジッカと言う。米神に巨大な刀傷の後があるが、それが全く恐くない。何処か人好きする雰囲気のある男だ

 どこぞの国で軍役に就いていた事があるらしく、なまじっかその手の経験があるせいで、自警団団長などと言う厄介事を背負い込んだと、ドロアに愚痴っていた


 ドロアが受けた仕事の内容は意外に複雑だった。ロードリーはここ暫く、何度も繰り返し盗賊団による襲撃を受けていたのだが、その回数が半端ではない。そのしつこさ故に、早期に何とかせねば禍根を残すと判断され、自警団の依頼と言う形で役場に話が回ったのだ

 依頼は第一に盗賊団の撃退。それが終了すれば次は盗賊団の根城を突き止め、それを報告する事だ。あわよくば壊滅させてくれとは言っていたが、流石に其処までは期待されていなかっただろう

 丸きり、軍や治安維持部隊の仕事である。が、その両方ともがまともに動いていない以上は、ロードリーの町のみで何とかするしかなった訳だ


 そしてドロアはよく立ち寄るこの町の依頼を受け、“あわよくば壊滅”までさせてしまった。これにはロードリー自警団の者達も、度肝を抜かれた


 「もう並み居る賊どもバッサバッサと切り倒しちまって、ありゃ痛快だった! 見ててスカッとしたわな。あの連中には散々好き勝手やられてたからよ」

 「もうその話は良いから飲め、奢る。アンタの怒声は傑作だったぞ、暫くはアレで思い出し笑いを堪えるのに必死になりそうだ」

 「おぉ、こりゃ悪いやな」


 酒場で一番高い酒を注文する。酒瓶ごと寄越せと言ったら、酒場の主は本当に酒瓶ごと寄越して来た。主がニヤリと笑って、髭面でウィンクをするのを見て、ドロアは口をへの字に曲げる

 取り敢えず、約束どおり一番高い酒を奢った。約束と言っても自分の中だけの約束だが、悪い気はしなかった


 それからドロアは取りとめも無く話をした。ジッカは人好きのする雰囲気の上に話上手で、何時まで話しても飽きはこなかった

 だが、朝っぱらから飲み続け、夜になってしまってもそれは不摂生である。一頻り話し終えた後ドロアは、最後の話題の心算でジッカに問いかける


 「そういえば、賊を一人生かしておいたろう。何か吐いたか?」

 「おう、あの野郎か。吐いた吐いた、要らん事まで吐きやがったぜ。あの連中、ユイカに流れてくるまでにも相当やらかしたみたいでな、根城にはかなりのお宝が溜め込まれてるんだとよ。……かなりあくどい事もやった見てぇだし、…全く罪作りな連中だぜ」


 完全に酔いが回った赤ら顔で、ジッカは言い捨てた。そして酒杯を置くと、コソコソと言い直す

 何とはなしにドロアは耳を寄せた。ジッカが、一枚の獣皮を差し出した


 「実は、その根城の場所を聞き出したのよ。この羊皮紙に書いてあるから、兄ちゃんにやる。お宝はまだ残ってる筈だ。……どうせ自警団から出る報酬なんざ高が知れてるだろ?」


 ジッカは自警団団長である。だが、自警団の財政を取り仕切るのはこのロードリーのお偉方だ。ジッカ自身は、余り好き勝手できる立場ではないのだ


 ドロアは困り顔になった。場所が解っているなら自分で行けば良い。自警団団長としては、こういった盗賊の類が溜め込んだ財貨は国か町に返却すべきだろう。それをせずとも、黙っていれば自分の物としても誰にも解りはすまい。元々が強盗団の物であるから、元の持ち主でもなければバレたとしても誰も文句を言わないだろうが

 それを言うと、ジッカは盛大に笑いながらドロアの脇を肘で突く。何真面目くさってんだ、そう言って笑ったのだ


 「気にすんな! もう俺としちゃ、可愛い部下に一人も人死にが出なかっただけで万々歳なんだよ。それに二十人近く居たアイツらをたった一人で蹴散らしたのは、兄ちゃんじゃねぇか」


 とても兵士崩れどもを前にして、「一人残して皆殺し」等と言った男の台詞には思えない。が、

 ドロアは素直に受け取る事にした。思わぬ拾い物であったのは、間違いない


……………………………………………………


 ユイカには歴史がある。ここ暫くこそ極めて平和な国ではあったが、四百年前の建国の様は、正に戦をする為に産まれた国、と言うべき物だった

 詳しい資料等は全て国の書庫で眠っているが、概要だけであればそこそこの学者なら知っている。ユイカ国は四百年前、大陸の覇を唱えていた一大帝国に離反し、独立の狼煙を上げたのだ。ただ大陸北西端の、豊かでもなく、大きい訳でもない大地のみで


 闘争の国だった。ユイカはその名を受けた瞬間から戦いを始め、初代指導者マスターグの名の下に、兵力に勝る帝国の討伐軍を尽く討ち果たしたとされている。それが原因で帝国は疲弊し、大小の国々に分裂する事となった

 今のユイカの在り様を見れば、とても信じられる話ではない。四百年前のユイカの戦士が今の祖国を見れば、すぐさまその在り様を恥じ、己の首を掻き切って死ぬだろうとまで言われている


 兎に角、ユイカには歴史はあった。戦の歴史が。国境から主要街道で一直線上に結ばれる各町も、それの名残であった


 王都より最も近い町、カートル。その町の砦門を、ある一団が通過する


 この砦門が、戦の歴史の名残と言う由縁である。ユイカの町や村は、その殆どが元砦や戦陣を改築して作られた。詰まり主要拠点をそのまま町や村にしてしまった訳だ

 ユイカは主要街道以外に大軍の進行が可能な道が無い為、数を頼みに攻める帝国軍は其処を使用する他無い。ユイカがそれに対応しようとすれば、当然主要街道に幾つもの城塞を、そしてその付近に死角を補う為の戦陣を建設する事になる。産まれるべくして産まれた町なのだ。カートルや、ロードリーは


 だが、良くも悪くも今のユイカに、四百年前のような熾烈さは無かった。その一団が通ろうとする砦門も、穏やかな陽の光に晒され、その威容を全く無価値な物へと変貌させていた


 「……相変わらず変な臭いがする。如何にかならん物か、こればかりは何時までも慣れそうにない」

 「人の臭いと言うヤツですな、そんなに不愉快そうな顔をしないで下され…。ほら、笑顔笑顔、笑っていた方が門の衛兵達にも受けが良い」


 十名程の西方馬民族の装いの者達に、一人だけユイカの文官を交えた奇妙な一団だった。ユイカ文官の歩き難そうな衣は兎も角、西方馬民族の、防寒衣に鉄糸を編みこんだ装いは目立つ。砦門を通る者全てが、一団に物珍しそうな視線を送っていく


 先頭を歩くのは、前髪で己の目を隠した十六~七歳程度の少女と、初老に差し掛かる文官衣の男だった。少女は文官衣の男の言葉に、詰まらなさそうに返す


 「私は口よりも雄弁に語る目を見せていない。笑っていてもいなくても、同じさ」


 黒い髪に隠された奥で、少女の瞳がくるりと踊る


 「相手に礼を払う時は見せるのでしょう? 衛兵は治安を守る誇り高い兵士です。非礼に当たりますぞ」

 「弱兵に礼を払えるか。それに礼を払う時だけ見せるのでも無いぞ。戦の時にこそ………」


 取り付く島も無い少女の言葉に、文官衣の男は慌てて歯止めをかけた


 「そこまで。このままだと、またリーヴァ殿の戦談義が花開きそうなので、ここでお終いとしましょう。門も近いですし、そろそろ通行許可証の提出準備をしなければ」


 初老の男は年齢を感じさせない軽快な口調で、少女――リーヴァを諌める。リーヴァも素直に従った。不満を覚えない訳ではなかったが、一々言い争いに発展させるほど、子供ではなかった


 「……気に入らないが、そうしておこう。それにスコット殿の言う事だ。お目付け役の懇願くらい、聞いてやらんでも無い」


 そういってリーヴァが浮かべた表情筋が引き攣りまくった奇妙な顔に、男――スコットは苦笑した

 これが彼女なりの愛想笑いなのだろう。今までにも見た事がある。この少女は愛想振り撒くとか、媚を売るとか、自分を偽る事が大の苦手で、無理をするとこうなるのだ


 まぁ、若さゆえに可愛らしい物よ。既に思考が老人に至る事を自覚して、未だ若い心算のスコットは、二重の意味で苦笑しつつ、門の衛兵に通行許可証を差し出した


 「ご苦労。こちらの方は、友好深きダナンの族の方だ。通行願いたい」


 門の衛兵はそれを受け取りつつ、スコットの背後を見て些か腰を引いた。リーヴァの奇面を直視したのであろうと、スコットは推測する

 衛兵は腰を引きつつも、それを確認して木の札に何かを刻んだ。そして些かどもりながら、許可の旨をスコットに返してきた


 「か、確認しました。どうぞ、お通り下さい」


 何だ、情けない。スコットは眉を顰める。少女一人奇妙な面を作っているとは言え、大の大人がそこまで脅えてどうする

 だが、後ろを振り返ったスコットは、そんな嘲笑の思いを一瞬で吹き飛ばした


 奇面を作っていたのはリーヴァ一人ではなかった。彼女の後につき従う屈強な男達も、一人残らず表情筋を痙攣させて、幼子が直視すれば泣き出すような愛想笑いを浮かべていたのだ


 正直、恐い


 「………………わ、私は西方馬民族の方の応対をするのはこれで二度目ですが、随分と楽しい方々なのですね」

 「……………………」


 スコットはこちらも愛想笑いを浮かべた。しかし動揺を隠し切れないそれは、奇しくもスコットの背後でリーヴァ達が浮かべるような、くしゃくしゃの笑みだった


 「どうだ、スコット殿。これで文句はあるまい」

 (………こ、この道中、致命的な問題が起こらねば良いが……)


――ランク「マザコン戦士」


・・・・・・・・・・・・・・・・

宝探しは男の浪漫だと思うのですが



[1446] Re[3]:オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人
Date: 2006/03/25 00:20
 ドロアの金銭欲はまぁ人並みである。否、金銭を手に入れる実力を伴う為、常人よりは些か強いかも知れない

 蓄財に興味がある訳ではない。ドロアが嗜む物と言えば、酒と女性だ。酒はユイカの将軍達の中でも三番目に強かったし、ドロアの娼館通いはそれなりに有名だった


 かなりの大酒のみだったドロアは、妻も妾も作らずに娼館に通った。それは将軍職の頃からではなく一兵卒の時からで、兵士の先輩から教わった遊びに、ドロアは味をしめた訳だ

 身請けしよう等とは考えない。娼館の雰囲気が何と無く好きだった

 “我が国の誇る勇将様はちょっと女にだらしない。こりゃ、生涯独身と見たね” 市井の住人達は、親しみを多分に籠めて、そう噂した物だ

 何にせよ若かったのである


 だが、今となってはそうも行かない。先も言ったようにドロアは蓄財には興味が無いが、今はその蓄財にこそ励まなければならない。ランの面倒を見るのは大変だ。衣食は勿論、医者にも診せなければならないし、薬とてそうだ

 何だかんだいって、傭兵や何でも屋の稼ぎは良い訳ではなく、ドロアの趣味趣向に無駄遣いする訳には行かなかった


 だが、あの兵士崩れどもがかなりの額を溜め込んでいれば、話はちょっと変わる


 (問題は、本当に強盗団が壊滅しているのかどうか、と言う所だな)


 二十人近くを討ち取って、それ以上の数の賊となるとそうそうは居ない。ユイカでは皆無であろう

 だが未だ生き残りの居る可能性を否定は出来ない。ドロアは賊の根城を壊滅させた訳ではなく、襲ってきた賊を壊滅させただけだ。用心が必要である


 ドロアはロードリーにて、頑丈で上等な槍を買い付け、駿馬を一頭借り入れた。渡された羊皮紙に書かれた場所は、馬があれば半日足らずで着ける距離。早いに越した事は無い


 溜め込まれた財宝とやらが有っても無くても、良い土産話にはなるだろう。ドロアはそう、気の無い風を装いつつも、心持は冒険に挑む幼い少年のそれであった


 「残党が居ても意味は無い。全て斬り捨ててくれるわ」


 オリジナル逆行4


 馬を飛ばして早半日。ドロアは何時までも馬に跨っている訳にも行かず、その背から降りると、馬を宥めながら引き始めた

 地図にある位置は、ここいらでは有名な険山であった。緑深く、道は険しいのは当たり前だが、このカートル北西にある山には更に一つ、厄介な噂がある


 笑い飛ばせない話として、「この山には人を丸呑みにする怪魚が出る」と言うのだ


 ミンチと言う魚が居る。平均して人の背丈程に育つ大きな種類で、気性は獰猛。人の腕を食いちぎったと言う話も聞く

 この山には、そのミンチが生息している。ただし、その大きさは通常の三倍で


 「…ふん、嘘か誠か…」


 ドロアは馬を引きながら、隣で轟音を上げ続ける激流を見遣り、直ぐに気を散らして山の獣道を急いだ


 そしてふと、目的地間近となった時に、耳を欹てる。一瞬気のせいかとも考えたが違う。ドロアはその時、確かに何者かの悲鳴を聞きつけていた

 山だけあって悲鳴は方々に反射して位置を断定し辛い。しかしこの付近なのは間違いないだろう。ドロアは移動し辛いのを覚悟して馬に跨り、走らせる。邪魔な木の枝等は豪腕と槍ではらって進む


 山の中には木々が開けている位置に滝があった。そこから成る川にはボロボロのつり橋が架けられており、向こう側に渡れるようにはなっている。安全などは欠片程もなかったが

 ドロアは其処で悲鳴の元を見つけた。男達が倒れ伏していた。傷だらけの鎧を着た男達が、背に幾本もの矢を突き立てられ、絶命していた


 (賊の残党か? まだこれ程の数がいたか)


 ドロアは死体に近付き、槍の穂先でうつ伏せのそれをひっくり返す。つり橋の向こうまで逃げようとした所を、背後から射られたようだ

 そんな死体が約二十。ドロアがロードリーで斬り捨てたのと、ほぼ同数


 (して、これ程の数を討ち果たしたのは…)


 ドロアは平然と森へと馬首を返し――そしてそこに迫っていた九つの矢を槍の一閃で叩き落した


……………………………………………………


 「第二射、構え」


 驚く程冷静なリーヴァの声が森の中に響く。リーヴァは部下達にそう命じつつ、自らも弓に矢を番えた

 狙いは先程リーヴァ達が放った九矢を叩き落した男。リーヴァの知る所ではないが、名をドロア。敵が圧倒的多数と知れているのに退こうとせず、爆発的な勢いで馬を駆り、森の中に飛び込んできた男


 この突撃は胆からか、それともただ馬鹿なだけか。リーヴァは髪を分け、冷徹な黒の瞳でそれを見つつ、斉射を命じる

 「放て」同時に自分も放つ。しかしその九矢は先程と同じく、水平の風車のようにドロアが振り回した槍で、尽く弾かれた


 (これ以上隠れては撃てない。あれ程の武の者、位置は読まれたと見るべきか)


 「散れ!」 リーヴァはそう叫び、今までドロアに狙いをつけていた木の枝から飛び降りた


 「リーヴァ殿、何をなさる! そ奴は私が――ッ!!」

 「赤毛の賊! 猪武者が、身の程を弁えろ!!」


弓の使い手が敵に身を晒す愚を無視。そして高所の利点を捨てる未熟を無視。ついでに、スコットの言葉を無視

 リーヴァは降り立ち、再びドロアに、赤毛の賊に弓を引いた


 ドロアは猛る。何本も何本も矢を射掛けられて黙っている程、ドロアは大人しくない

 何時の間にかロードリーで借り受けた駿馬には、ドロアの猛気が乗り移っていた


 「貴様が首魁か! いきなり弓引くとは、如何なる道理だ!」


 ドロアは一流を超える馬術の将。そしてそのドロアが駆るは、若く精気の漲る駿馬。戦馬の調練を受けていないとは言え、その速度は尋常ではない

 ドロアは一呼吸の間にリーヴァに肉薄した。戦場で戦う相手の生死など問う筈も無い。森の野獣ですら後ずさる殺気を腹の内で高めつつ、槍を構える


 ――刹那の交差! リーヴァの放った矢はドロアの右肩を切り裂いてゆき、ドロアの一撃はリーヴァの弓を絶った


 地面が爆ぜる。ドロアは急激に馬を制止させ更に馬首を返し、リーヴァは転がり、立ち上がり、弓を投げ捨てると腰の長剣を抜く


 「退かれませい! 御身は大事! 何かあれば、この場限りで収まる事と思いまするな!!」

 「賢しい! 詰まらん御託を挟むな!!」」


 木々の間からスコットが再び叫ぶ。しかしリーヴァは、矢張りと言うべきか、今度もその声に従う事は無かった

 リーヴァは長剣を体に引き寄せる。握る掌は常日頃の鍛錬で荒れていて、逆にそれがしっくりと来る。完全に迎え撃つ心算だった


 「無法者とは言え、女の身で見上げた度胸よ…!」


 ク、と笑い、再びドロアは肉薄する。最早逃さん、今度こそ一刀両断にする心算で、ドロアは槍を振り被る

 相手は自分を賊と勘違いしているようだが、その誤解、敢えて解く心算も無い。言っても簡単には信じないだろうからだ。それに問答無用で襲われて、黙って水に流す気は無い


 リーヴァが飛び上がる。ドロアが速度を上げる

 リーヴァから繰り出されたのは、身体ごと押し込んでの突きだった。速さと重さの乗った特上の突き。想像以上の力量。ドロアは槍を引き戻すと、紙一重でその突きの威力を逸らす

 リーヴァの攻勢はまだ止まなかった。ドロアが斬り返す前にリーヴァの右足は振りぬかれ、ドロアの駆る駿馬の下顎を打ち抜いていた


 「我等馬の民を前にして騎乗したまま居られると思ったか! 無礼者!」


 暴走、痛みに慣れていない馬はそれだけで猛気を散らし、暴れまわる

 ドロアとリーヴァは縺れ合ったまま馬に乗せられ、終いには川の流れの中へと叩き込まれた


 着水の瞬間、ドロアは咄嗟に息を大きく吸い込む。ドボン、と景色が移り変わる。とんでもなく冷たくて深い水の中は、青い膜がかかったように全てが暗い

 槍を口に銜えて腰の皮鎧を外す。手甲と具足も同様だ。水の中で着けていては自殺行為だと、遥か昔に受けた水練で嫌と言うほど思い知っている


 水泡が晴れればリーヴァの姿も見つかった。防寒衣を脱ぎ捨て、身に纏うのは胸と腰部を僅かに覆う鉄糸布のみ


 (この女、敵は選ばん癖に戦場は選んでいる。勇か智かと分ければ、間違いなく勇将の気質)


 平地で戦えば一瞬でドロアはリーヴァを斬り捨てた事だろう。それをさせない為にリーヴァは戦場を選んでいる。障害物の多い森、そして攻撃力が格段に落ちる水中


 そこまで考えて、ドロアは自分の中で血が滾るのを自覚した

 戦場に身を置き、勇将と呼ばれるまでに至った。少しは落ち着きが出るかと思えばこれだ。歳不相応に若すぎる。いや、今は相応に若いのだが


 貴様も同じ心持であろう。するとドロアは長剣を構えるリーヴァの口が、本人にも自覚は無いだろう、弧を描くのを確かに見た


 ――笑んでいる

 しかし、だ。………例えどこであろうと、今、お前はこのドロアと真正面から対峙した

 ――ならばお前はこれまでよ


 その時だ。ドロアとリーヴァが己の獲物を構えて、再び切り結ぼうとしたその瞬間

 その間に割ってはいる巨大な影があった。五メートルはある影だ。泡を撒き散らし、どこぞで人でも食らったのか、血の尾まで引いている。影は身を翻らせると、ドロアとリーヴァめがけ勢いを上げる


 巨大な影は魚だった。とんでもない大魚。それは噂に聞く、化け物ミンチ


 「「………………………………」」


 何と、何と邪魔な事だろう。ぎろり、と、二人がその不躾な乱入者を睨みつけたのは、ほぼ同時だった


 「ガボガボッ!!」 魚如きがッ!!

 「ガボボ!!」 無礼者め!!


……………………………………………………


 「リーヴァ殿ォォーー!! おのれ、何たる事か…!!」


 スコットは川岸から身を乗り出して叫んだ。水は激しく暴れ、水中で続く想像を絶する争いを思い浮かばせる

 光が通らず、暗い。潜らずして中を確認するのは不可能だ


 非常に拙い事になったとスコットは歯を食い縛った。リーヴァの身は西方馬民族有力氏族の長女、こんな所で命を落とされては、ユイカと馬民族の友好にかかわる。特に今は混迷期。下手をすればこの事件が、ユイカを滅ぼす原因となるやも知れないのだ

 スコットはリーヴァの部下に指示を出した。水練の経験が無い者六名に荷物の中から縄を持ってくるよう言い、残りの数少ない水練経験者二名を待機させる。自分は動き難い文官衣を脱いだ。もしもの時は衰えかけている身体に鞭打っても、リーヴァを助ける心算だ


 水は老人には厳しすぎる程に冷たそうだ。だがそんな事を考える暇は無いし、自分はまだまだ老人ではない。そう鼻を鳴らし、スコットは用意された縄の端に木に結ばせ、その反対の端を握ると、いざ、とばかりに飛び込もうとした


 しかしその時、制止の声


 「待たれよ、スコット殿」


 それと同時に、川の中から巨大な化け物魚が吹っ飛んできた。頭部をリーヴァの長剣に貫かれて絶命している。人を平たく押し潰すなど訳ない重量のそれが降ってくるのだ、スコットとリーヴァの部下達は泡をくって逃げ出す


 「猛琥を二匹相手にするよりも、余程容易だった」


 スコットが怪魚を避けて振り返ると、リーヴァが川から上がり、首を振って水を飛ばしている所だった


 ――なんと! この怪魚を、いまだ二十にも至らぬリーヴァ殿が仕留めたのか!


 「…リーヴァ殿の剛勇は知っていたが………いやはや、このような化け物すら仕留めてしまわれるとは…。して、あの賊は?」


 リーヴァは無言で川を振り返る。すると再び、川の流れの中で暴れる者がある

 ザバン、と威勢よく水中から手が突き出された。川岸の土をその手は掴み、力強い動作で己が主を持ち上げた

 首だけ除かせたのは、ドロアだった


 「私が仕留めた。私の勝ちだな?」


 ドロアは悠然と佇むリーヴァの顔を見上げる。秀麗な面では漆黒の瞳が挑戦的にドロアを見下ろしており、何時の間にそんな勝負になったのかと、そう問うのも無粋な気がした


 よく解らんが、面白い女だ。ドロアはリーヴァの挑戦を受け、獰猛に笑いながら、身体を引き上げた


 その強靭な体躯に捕らわれ、水から引き摺りだされたのは、リーヴァが仕留めたような化け物ミンチ。噂に上る人を丸呑む怪魚とは、二匹居たのだ。こちらは首から先が一刀で切り落とされており、ぽっかりと無い

 いや、あった。ドロアは化け物ミンチを引き上げたあと、槍を持ち上げる。その穂先には、しっかりと化け物ミンチの頭部が突き刺さっていた


 ――闘気は既に無い


 ――ドロアはこちらも挑戦的に笑い、言い放った


 「くく、…誰の勝ちだったか?」

 「よく見るが良い。私の仕留めた魚の方が大きい」


 ドロアは大声を上げて笑った


 「何故笑う。無礼者、決着をつけるか?」

 「…~~! この期に及んでまだご自身で戦うおつもりか! 双方これ以上やると言うのなら、まずこの私の首を落としてからにして貰いましょう!!」


 ドロアは更に大声で笑った


 「黙れ、スコット殿。文官が戦の機を見切れる心算か」 ヒョイ、とリーヴァが、ドロアが転がした巨大ミンチの頭部を投げる

 「私は外交官で…むがっ!!」 スコットがそれを真正面から受けた。丁度、首だけのミンチに頭から食らわれたようだった


 ドロアはとうとう仰け反って笑い出した


――ランク「マザコン戦士」→「赤毛の賊」


・・・・・・・・・・・・・・・・・

また一ヵ月後くらいに会いましょう(何



[1446] Re[4]:オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人
Date: 2006/03/30 21:13
 顰め面で酒を酌んで、何が楽しいのか。ドロアは己の隣で酒杯を持つスコットを見る

 自分の酒杯に酒を注いでも、隣でスコットが仏頂面をしていれば何やら気がピリピリとして仕方無い。だがそれも、この男の職務の重責を省みれば、致し方の無い事かと納得した


 ドロアはスコットの事を知っていた。この初老の男はユイカきっての外交官で、ドロアの計算が正しければ今四十五歳の筈である。弁が立ち、頭もよく回る切れ者だ

 そして今から一年後に暗殺される筈の男でもあった。この時期スコットはユイカと友好関係にある西方馬民族との間に、更に一歩進んだ同盟を結ぼうと腐心しており、それを成されては面白くない文官の集まりに謀殺されたのである

 改革の煽りは軍にのみ影響するのでは無い。同盟を締結させスコットが更に功を積めば、その職を追われると焦る者が幾人も居た。スコットの死因は、酒杯に塗られた致死毒による心の硬直だった


 当時のドロアは全くそんな事知らなかった。興味が無かったと言っても良いだろう。スコットの死によって西方馬民族との同盟は露と消えたが、それは逆にドロアが戦場に立つ機会を増やしたとも言えたからだ

 スコットの事を知ったのは将軍職に就いてからである。過去の記録から職務の果たし方を学ぼうとしていたドロアは、国の為に身を削りながらも非業の死を遂げたスコットの事が、どうにも印象に残っていた


 「…………酒は止めた方が良いだろうな」

 「うん? 何をいきなり」

 「酒に盛られた毒は悟り難い。ユイカの酒は臭いが強い故な。顕在化はしていないが、この国にも腐った根はある。油断などすれば、気付いた時には墓の下と言う事になりかねんぞ」


 ドロアはそう、言いはしたが、己の行動に頭痛すら感じていた

 自分は何をしているのか。偉そうに言って、大したザマである。自分に自分が失笑を漏らしそうだ


 スコットが鋭い視線でドロアを射抜き、そして己の酒杯に視線を落とした。そのまま気にも留めていないように杯を飽ける


 「うむ、上手い酒だ。流石はリーヴァ殿が勧めるだけある。赤毛の鼠が毒でも仕込んだかと思うたが、そうでも無いようだしのぅ」

 「大した胆力だが、警戒無くば死ぬるのみだ」

 「貴様、ユイカ国の内患を知っておるのか」


 ドロアは眉一つ動かさなかった。スコットが投げかけてくる視線など完全に捨て置き、無表情のまま再び杯に酒を注ぐ

 スコットは前を向いた。空の酒杯を置く。酒は注がず、その杯には言葉を注いだ


 「ドロア…そうか、ドロアか。呼ぶまでも無い名だと思っていたがどうして中々。時折耳に挟む名だ。傭兵が何故とは問わんが、貴様、ここまで何をしに来た」


 隠して困る事でなし


 「強盗団がせっせと貯めた財宝を、母の土産にでもしてやろうと思うてな」

 「わははっ、ぬかしおるわ若造が! それはまた贅沢な土産な事よ!」


 オリジナル逆行5


 ――森の闇で酒を呑む二人組みに、新たにリーヴァが加わった


 「……気付いていたぞ。賊の太刀はよく知っている。賊は賊だ。賊の剣は卑しい。決して高みに上がれん。お前のようにはならん」

 「ほぉ、それでも俺を斬ろうとしたのか、このじゃじゃ馬は」

 「誰がじゃじゃ馬か、無礼者め」


 ドロアとスコットは、二人仲良く並んで正座をしていた。背筋をピシリと伸ばして腰を立て、しっかりとした姿勢でありながら、けれども表情は苦かった

 二人の目の前にはリーヴァが居る。髪を分け、夜の闇とはまた少し違った深みのある瞳をギラギラとさせている。良い年した中年と若い青年が年端も行かぬ少女の前で正座しているのだ。酒杯が転がっていたとしても違和感は拭い難い


 だがリーヴァは寧ろそれを当然と言わんばかりの仕種で、己だけは倒木に腰掛けていた


 「で、ドロア。お前は何をしていた。化け物魚が出る以外に面白味の無い山だ、物見遊山と言う訳ではない筈だ」


 ドロアは全く悪びれる素振りもなく訳を言ってのけた


……………………………………………………


 「あぁ? お前、賊では無いかと思ったのに、それでは賊と大差が無いではないか」

 「馬鹿者、賊などと一緒にするな」

 「何処が違う」

 「太刀筋」


 お前の言だろうがと、正座のまま酒杯を傾け臆面もなく言ってみせるドロア。

 呆とした表情になったリーヴァを見て、正座と言う苦行に耐えながらスコットは微かな笑い声を漏らす。一本取られましたな、リーヴァ殿。そう言ったスコットは、リーヴァが仏頂面になったのを確認すると、最早隠しもせずに笑い出した


 「笑うな、無礼者」


 夜の空気が危うく変わったのは、唐突ながらもその時だ

 そう言ってリーヴァが立ち上がった時。彼女の背後の茂みが騒ぎ、そこから野兎や何やら、山の生き物が飛び出してくる。すると次の瞬間、それらが飛び出してきた方向が、パッと明るくなった


 急に充満し始める熱と、木の燃える臭い。火だ。ドロアはあの最後の戦から、何と無く火が苦手で、嫌いだ

 それとは関係ないがドロアは槍を手に取り、立ち上がる。山火事が起きる季節ではない。しかも前触れなく唐突にあそこまでの火勢、人為的な物でなくて、何だと言うのだ


 その横では長くの正座が老いかけた体に響いたか、足を痺れさせたスコットが最寄の木に手をつき、必死の思いで体を支えていた


 「あたた、し、痺れた…! リーヴァ殿、打ち漏らしの賊がおったようですな!」

 「欲の皮突っ張った馬鹿どもめ、この期に及んで重い金銀を抱えて逃げるられる心算か」


 リーヴァとドロアはすぐさま駆け出した。スコットはまだ痺れていた


……………………………………………………


 林の中の一本道で馬を駆る。先頭はリーヴァ、その直ぐ背後を極限まで集中してドロア。更に後ろは、リーヴァの部下達七名。残りの一人は出遅れたスコットと共に居る

 林の中はドロアが予想していたよりかは明るい。月の光は底冷えするほど青み掛かっていて、暗い光で道を照らしてくれた


 その中でリーヴァの早掛けは迷いが無かった。ただ一直線に進み、後ろ等無いかの如く振り返らない


 「少数の賊の逃亡など、最も追い難い陣容だ! 何故こっちと解るのか!」


 そのリーヴァが、ドロアの問いに対して首だけ後ろを振り返る


 「部下が馬の嘶きの向かう先を聞いている! 我等に気付かれぬよう金銀を運び出し、それから火を放ったとして、早々遠くに行ける訳が無い! おおまかでも位置さえ揃えば、このリーヴァの名に掛けて追いついて見せる!」


 堂々と言い放つ言葉には如何し様もない程の自身に満ち溢れていた。確たる根拠は無いに等しいのだが、それを全く感じさせない。意図して弁を操る女には見えん、恐らくは天然か


 しかし、会話に意識を削ぎながらもその速度はドロアより尚速い。何と言う馬、そしてそれを乗りこなす術か。ドロアは驚嘆する。このドロアが馬の不利があるとは言え、追随するだけで精一杯

 この走り難い林の中を流石は馬民族だ。リーヴァは最早そこいらで精鋭と呼ばれる騎兵隊より早く、その部下達も何ら遜色ない腕前ではないか。戦場で鉄頭の騎馬隊と同等の働きが出来るかと言えば否であろうが、この速さには見るべき物がある


 いや、飾らず正直に言えば、ドロアは最速の部隊の将だった男として、気が猛って仕方無いのだ

 駆る馬の馬力自体が違うとは言え、己より速い騎手。競争心で身が弾む


 「位置はそれならば良い! だが、この先は!」


 しかしドロアは進行方向に誤りを感じていた

 敵を一直線に追うのは良い。馬も術も見事。そしてリーヴァとその部下達の武量は、身をもって知っている


 「崖であるぞ! どう通る!」


 だが、この先はかなり高い崖だ。大の大人十人分の背丈を合わせたほどの高さがあった筈


 「何ぃっ?!」 リーヴァが前に向き直る


 林が終り、視界が開けた。燃えている森のせいで夜空も些か明るい。目の前には崖。高い崖。そして地平線には、砂塵を巻き上げて逃げていく一団

 リーヴァは崖の手前で急停止した。ドロアと部下達も勿論、その背後で止まった


 「……もっと早く言わぬか、ドロア!」


 かと思えば違った。リーヴァは一つ理不尽な文句を言って呼吸を整えると


 何の躊躇いもなく、崖から馬を飛ばした


 これは桁外れだった。桁外れの胆力か、桁外れの無謀。そのどちらか。奇しくもドロアは、ここに来てリーヴァが考えたような事を思っている

 いや、自分の認識が甘いだけかも知れぬ。西方馬民族の間では、騎兵は平然と空を飛ぶのが当たり前なのではなかろうか

そう考えたドロアは背後を振り返るが、リーヴァの部下達は皆唖然としていた。屈強な戦士達がこうなのだから、ドロアの推測は恐らく違うのだろう


 では、リーヴァのみが成せる技か。そう思うと何故か笑いが込み上げてきた

 負けられん。ふとそう思う。まるで子供じみていたが、どうにも抑えきれそうにない


 負けられん


 「俺もまだまだ青いなッ!」


 ドロアはリーヴァがしたように、崖に向けて馬を駆った。馬は脅えて止まろうとするが、そんな事は許さない

 ロードリー一番の駿馬よ、本能の恐れを信じず、この俺を信じよ。ドロアはそう気を吐いて、無理矢理に馬を飛ばせた


――そして、危うく上等の駿馬一頭潰しかけた


……………………………………………………


 同条件に立てば後は容易い。金銀を引いた荷馬車より、装いの少ない軽騎兵の方が早いのは当然だ

 しかも追うのはドロアとリーヴァ。闇に紛れ気付かれぬよう徹しながら進もうと、標的に追いつくのは難しくなかった


 「お前も飛んだか、ドロア」

 「左様、貴様と互角だ」

 「あぁ?」


 馬を熾烈な速度で走らせながらも、その上で弓を構えつつリーヴァ。ドロアが戯れに放った言葉にピクリと眉を動かすが、それのみ


 ドロアは槍を一振りしてリーヴァと馬首を並べる。右手にリーヴァ番える矢の切っ先を捉えながら、見つからぬようドロアは気を配りつつ、逃げの一手を続ける強盗団を観察する


 「全て騎馬。中央に金銀を積んだ荷馬車。それを囲む方陣にて周りに二十余人」

 「言われずとも解っている」

 「大した数だ。まだあれだけ居たとはな。そうそう見掛けん規模だぞ」


 リーヴァの返答は手厳しい。予想できた答えではあったが


 ドロアはリーヴァの集中が段々と糸のように細くなっていくのを感じる。大した気の引き絞りようだった。ドロアの知る弓の名手とは大抵このような雰囲気を纏っていたが、リーヴァの歳でここまで出来る者は、今の今まで見た事も無かった


 その射手が唐突に、臆する事なく堂々とドロアに命じた。それをする理由は何も無い筈なのに、如何にも当然だと言わんばかりの態度で、何に遠慮するでも無ければ、何に恥じ入る訳でもない、そんな態度で命じたのだ


 「ドロア、お前は私に従え。後尾で指示を出している者の脳天を打ち抜く。同時にお前は左から襲うが良い。方陣が崩れたら私が右から襲う」

 「貴様、………じゃじゃ馬が。この俺を使って魅せる心算か?」

 「戦いとは理詰めで行うべき物。このまま奴等を襲っても負けはしないが、この折角の機会にそれでは、私を育てる良い経験にならん」


 ドロアは閉口する。この期に及んで何を言うのか、この女は


 「理詰めの戦? 知ったような口を聞く。しかも己の成長を己で説くか。一寸前に部下を置き去りにした体たらくで、尽く身の程知らずな女よ」


 しかし、全く悪びれた様子も無く


 「黙れ無礼者。私は機運と時勢を見ただけだ。結果としてお前だけが私についてきて、そして私がリーヴァ故に、お前を率いるのだ」


 その名に俺を使えるだけの意味があると


 相変わらずリーヴァは弓を構え、鋭い視線は前を向いたままだった

 ドロアは小さく笑った。今日は全く、朝から晩まで本当に退屈しない日だ。慌しすぎるし、血生臭い。しかし

 それが何だか、心地よい。闘いの事を思うと胸が躍る

 戦の事を思うと、血肉が躍る


 面白い。このような小規模の戦闘に、しかもこのドロアに対して率いる等と言う言葉を使うなど、この女は未熟も良い所

 だが、率いられてやる縁も所縁も無いくせに、気概と才覚は勇将のそれと来た物だ。無能と言う二文字が裸足で逃げ出す女、それが西方馬民族のリーヴァ


 ――面白い、戯れで無いならば、二、三の命令で貴様の実力を量ってくれるわ


 ドロアはリーヴァの弓が唸ると同時、いや、それよりも一瞬早く速度を急上昇させた。既に体力は尽きておろうに、ドロアの猛気に乗り移られ駿馬は稲妻の如く走る


 リーヴァの極まった一矢が命中した。野太い悲鳴があがり、突然の攻撃に方陣に歪みが生じる。ドロアはリーヴァが言った通りに、左に浮き彫りにされた方陣の弱点目掛けて突っ込んだ


 「ドロア! 移った!」


 リーヴァの言葉の意味を一瞬で解する。まがりなりにも元軍兵の集団、指揮する者が死んだとて、その権の移行は素早く、的確と見た

 方陣は崩れたかと思いきや最後の一歩を踏みとどまっているからだ。もう一押しが必要だ


 「真っ二つに私の一矢の道を拓け!」 リーヴァが怒鳴る


 ドロアは槍を振り回しながら兵士崩れどもを尽く抜き去り前に躍り出た。賊徒の類がどれ程居ようとドロアを止められる筈も無い。そしてドロアは猛烈に馬首を返し、地獄の悪鬼が如き威圧と殺意を以って再び方陣に食い込む

 賊徒相手に加減など愚考の極み。尽くを斬り抜くのみ


 「おぁぁッ!! 退けぃ! 退けい退けい退けい! 凡骨は俺に寄る事すら許さんぞッ!!」


 ――何と言う事か、歴戦の俺が、まるで内に秘めようとせぬこの猛りよう。まるで体だけではなく、心までが青二才であったこの頃に立ち返ったようだ


 この頃のドロアは限界を知らぬ。挑めば、何処までも行けそうな気さえしていた。そんな獣のような暴に襲われれば堪ったものではない

 方陣を維持していた兵士崩れどもは断末魔の悲鳴を上げる間すらなく切り倒されていく。一人、二人、四人、八人。そしてついにドロアが荷馬車の右を抜き、方陣を絶ち割って駆け抜けた時、そこには指揮官が丸裸で身を晒す


 リーヴァの目が見開かれた。黒の色がぎゅう、となる。片目が瞑られた瞬間、風を割る一矢が放たれた


……………………………………………………


 「我が父の弓を取り戻しに来たのだ」 リーヴァは、そう言った


 リーヴァ達はスコットをお目付け役としてあの山に居た。友好であるとは言え勝手の違う国に、態々お目付け役をつけられてでも来る理由

 ドロアはさぞかし大層な物であろうと思っていたのだが、その理由は今一理解し難い物だった


 「父の弓は、武神の弓よ。私に取っては大切な物。それを奴等、我等の族に殺しと盗みを働いた折に持って行ったのだ。決して許すことが出来なかった」

 「……成る程な。奴等東より流れて来た癖に、このユイカよりも更に西へと行ったのか」


 だが何と無く解らんでも無い。この女が若く、そして若い故に強情で、己の身の危険を顧みなかっただけだ

 ただ一つの強弓の為に、ただ一つどころではすまない命を賭け、賊を追ってくる。まるで現実的ではない話だが、若い故に可愛らしい物よ。ドロアは、要因は違えどスコットと同じ事を思う


 リーヴァはドロアの返答に笑みを浮かべた。ドロアとしては初めて見るリーヴァの穏やかな顔だ。その笑顔をふと消すと、リーヴァは流れていた前髪を手繰り寄せ、目を隠すように下ろす


 「フン、このリーヴァはドロアとは戦をしない事にした。この先ずっとな」


 些か慌てて、何か誤魔化すように言う。 「弓は取り返した。亡き父も、これで眠れよう」 そう言って防寒衣を直し、踵を返す

 ロードリーで休息を取っていたが、既に町の外ではスコットとリーヴァの部下が帰還の準備をして待っている筈だ。ドロアは何の気はなしに声を掛ける


 「賊どもの金銀は俺が貰うぞ。出会いがしらに仕掛けられた矢の事は、それで相殺としてやろう」

 「ぬかせ。高々荷馬車一台分の金銀が、お前の命と等価か?」

 「今の俺はただの民だ。傭兵だがな」


 それだけ聞くと、ふむ、ふむ、ふむ、とリーヴァは頷く。背を向けたまま、リーヴァは頷く。おまけにもう一つ、顎に手をやりながら、リーヴァは頷く


 「……では、今より暫くして、私が直属の兵を養うことを許された時は」

 「?」

 「まず一番にお前を登用しよう。その時は荷馬車三台分の金銀を積んでやるから、期待して置くが良い」

 「……身の程知らずな、女よな」


 ドロアは笑った。リーヴァはそのまま振り返らず、ロードリーから去っていった


――ランク「赤毛の賊」→「リーヴァの御手付き」


………………………………


……うーむ、何かテンポ悪いな。こんな拙作に感想をいただき、どうもありがとう
そして言ってしまえば、これは逆行主人公最強ハーレム物です。だが私は謝りまs(ry

また再来週にでも会いましょう



[1446] Re[5]:オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人
Date: 2006/04/08 14:21
 「うわ、何だコレ! どうしたんだ?!」


 昼、ランの教会がある山村にドロアは戻った

 ロードリーの町に極めて近いこの山村は、便宜的にロードリーの村と呼ばれている。ここも例に漏れず戦陣を潰して作られた村だが、最早その名残は無いと言って良いだろう


 そこでドロアを出迎えたランの第一声が、正にそれだった。ドロアが結局そのまま買い取った駿馬に引かせた荷馬車を見て、ランは仰天したのだ


 「道理から外れる事はしてない、俺とてこの国を追われたくはないからな。寧ろその真逆だ。賊どもから巻き上げてやりました」


 ランはその言葉に唖然とした。荷馬車に高く詰まれた金銀の山は、とてもじゃないけれどボロ小屋には入れられる間が無い。それにその馬は何なのだろうとランは上手く回ろうとしない頭を必死に回す


 ふと見れば村人たちが回りで野次馬をしていた。それはそうだ。いきなりこんな物が村の中にでん、とあったら、誰だって気付くだろう

 近所の悪戯小僧が荷馬車に忍び寄り、やんちゃな笑みを浮かべてその中身を抜き取ろうとする。しかしそれを既に看破していたドロアは、悪戯小僧の鼻を摘んでぐりぐりと揺すっていた


 「こら、手癖が悪いぞ」


 その様子が切っ掛けで、漸くランの意識が正常に戻る

 ランは顎に手を当ててうーむと唸った後、他に思い浮かばないため、一つの言葉を発した


 「…………コレ、何に使うのさ?」

 「色々。衣食住は勿論、その他諸々に金は必要だ」


 至極当然の話だ。ランは再びうーむと唸る


 「それに……ランさんを医者に見せたりもしなければいけない。ロードリーで既に馬を用意してきた。王都へ行こう」

 「えぇ?! いきなりだな、私何も聞いてない」

 「言ってないから、当然さ」


 それだけ言うと、ドロアは衆目を全く気にせず荷馬車を移動させ、ボロ小屋の隣で待機させる。それからランを読んで中に入ると、あっという間に必要な物を纏め、旅支度を整えてしまった


 「善は急げと言う。善悪定からぬ場所で生きる身ではあるが、これは少なくとも善行だと思う」

 「え、え? それは確かに、ドロアの気持ちは嬉しいけど…」


 そして出立。ランは二、三日ポカンとしている間に、気付けばユイカ国の王都に居た

 ランはその時、心底から恐怖を覚えた。それは我が自慢の息子の、想像を絶する行動力に対してだった


 オリジナル逆行6


 ドロアはユイカ王都、ラグランにて一般に開かれている国立医局で、驚愕から声を荒げた


 「ふむ、お前さんの母君の身体だが………」

 「……………………………」

 「おぉ、心配せんでも問題なく治るぞ」

 「何ッ?!」


 少し離れた位置にある寝台で、眠りを誘う香で意識を閉ざしているランを見る。裸体に薄布一枚掛けただけのランは、特に何か変わった様子は見当たらない

 だが、目の前の老医師は治ると言った。前の世の歴史を覆せると、この老医師は明言したのだ


 「しかしながら、時と金がかかる。時は三年ほど。金はお前の持ち込んだ額の…………そうさな、四倍は掛かろうな。目玉が飛び出る額だ」


 ドロアは椅子を跳ね飛ばして立ち上がり、そして医局の石壁に頭を打ちつけた


 一瞬にして顔が屈辱の朱に染まる。何の事は無い。前の世であろうとも、自分が気付けばランは助かった筈なのだ。金。ランの病は不治でも何でもない。金を積めば治る物であったのだから

 これ程己を無様に感じたことは久しい。ガシガシと何度も頭を打ちつけ、割れた額と噛み締めた唇から血が滴ってきた。この場に居るのが常人であれば腰を抜かしただろう。男が一人、流れ出る血も構わず無表情のまま壁に頭を打ち付ける様は、かなり恐怖を煽る


 (阿呆め)


 悔やんでも悔やみ足りん。しかしだからと言って、悔やんでいても意味がない

 助かるとこの医師は言ったのだ。病如きに奪われた母の命を、今こそ取り戻す好機。この一度死した筈の生の意味が今、確立されようとしている


(………これこそが俺の意味やも知れん。我が母を救う事こそが、俺の)


 石壁に小さい穴が一つ開いたところで、ドロアは血を拭いもせず、老医師に向き直った

 白髪混じりの彼はドロアの様子など気にも留めず、墨汁を染み込ませた筆で獣皮に何やら書き込んでいる。日ごろ書類と薬類に囲まれて生活しているにしては、大した冷静さだ。しかも向き直ったドロアを見ると、医師は何でもないようにしれっと言う


 「気は済んだか?」


 ドロアはその問いを無視した


 「今日持ってきた分でどれほど尽力して貰える?」

 「……十月分。来年の六月までは我々としても手を尽くせる。それ以上は貴様が追加を払わねば、薬を取り寄せる事も出来んぞ。我々は患者を診るが、薬の金までは都合してやれん。ユイカ国とて同様だ」

 「解った。足りない分は、俺が必ず稼ぎ出して来よう。あの人を頼む」


 ドロアは両の手を握り締めて頭を下げた。ドロアは下を向いていたため、老医師が既にドロアに背を向け、己の職務を再再開した事に気付かなかった


 「任せておけ。ワシはユイカ最高の神医だからな」


……………………………………………………


 「う…頭がズキズキする。これだから催眠香は嫌なんだ…」

 「大丈夫か?」

 「うーん、あまり…。それよりどうだったんだ、私の病気」


 ラグランの医局より出て、ドロアとランは西へと歩く


 ドロアはラグラン西の主要通りに、宿屋の一室を用意していた。長く時が掛かる為、既にラグランへの移住許可を申請しているが、早々簡単に認められる物ではない

 それでも他国よりかは融通の利く方だ。通常は国の生産基盤を確保する為、農民、工民問わず民のの移住許可など絶対に下りないのが普通だが、ユイカではそれが下りる。その場合畑や鍛冶工場などはユイカ国に接収される事となるが、無駄に遊ばせておくよりかは良いだろうと言うのが一般的な考えだ。因みに、商人に限っては殆どその規制がない


 ドロアの用意した宿はそれほど上等な物では無かったが、ドロアにもランにも、不満は無かった


 「時間はかかるが、問題なく治るそうだ。良かったな。……………………あぁ、良かったな」

 「そうなの? ………はは、うん、良かった」


 そうだ、本当に良かった


 のんびりと昼過ぎの通りを歩く。軍改革が始まってからこのラグランも騒がしくなり、ドロアのように武器を持ち、鎧で身を固めている者がよく見受けられる

 ガチャガチャと言う金属的な音と共に、剣呑な雰囲気を感じるのはどうしようも無いが、それも暫くすれば慣れてしまった。ランにしても元々胆力並々ならぬ女性だとドロアは知っている。そしてその記憶通り、ランは少しも物怖じしていなかった


 「……一ヵ月後に、新生ユイカ軍の遠征か。ドロア、本当に良かったのか?」

 「気にしなくても良い。俺は、俺がこれをやりたくて今こうしている。決して自分が枷だとか、そんな下らない事を考えないでくれ」

 「それは……それはドロアの穿ちすぎだよ。私はこう見えても神経が図太いからな。そんな殊勝な事は考えない」


 小さく笑いながらランはドロアの直ぐ後ろを付いてくる。ドロアはランの歩幅に合せ、些かゆっくりと歩いているのだが、それでも少し早いようだ

 ドロアは笑った。槍を肩に担いで、からかい混じりの表情だった


 「ランさんは嘘が下手だ」


 ごんと拳が飛んでくる。ランだ。背丈が違いすぎるから、ランは背伸びをしなければならない


 ランはドロアを追い抜いてずんずんと歩く。ずんずんずんずんと進んでふと立ち止まると、急に方向転換して酒家に入った


 何を隠そう、ランもかなりの酒豪だった


……………………………………………………


 「実は酒場とかに入るのって初めてなんだ。昔は私もラグランに居たんだけど、村には酒場なんて無いから」


 辺りを珍しそうに見回すランの姿は、確かに慣れている風には見えなかった


 どっかりとカウンターに陣取る。ランを酒屋の主人の前に座らせ、ドロアはその直ぐ背後の立ち席に着き、じろりと辺りを見回す。酒の屋だけあって、中は他には無い雰囲気がある。言ってしまえば、柄の悪そうな類の者しか見受けられない。ランは美人だ。気を配って置かねば、ちょっかいを掛ける輩が居るかもしれない

 空いてるのだから、座りなよ、そんなランの言葉を、ドロアは謹んで辞退した


 「しかし、何でまた酒家に? 酒が呑みたいなら途中で買っていけばいいだろう」

 「いや、何ていうのか……うーん、何でだろうな。ほっとしたら何か気が抜けたって言うか。ちょっと変わった事がやりたくなったのさ」

 「………まぁ、咎めはしないさ。俺とて酒は好きだ」


 適当に注文して寛ぐ。ランが調子に乗って、まだ何も来ない内から幾つも幾つも酒を注文する物だから、ドロアは少し笑ってしまった


 「頼み過ぎだ、ランさん」

 「何を軟弱な事を。全部呑めば良いんだ、頼み過ぎたって」


 ランはまず来た一杯目を一息に飲み干して言った。剛毅な事だとドロアは肩を竦め、自分の所に給仕の娘が運んできた酒をあおる

 強い匂いのその酒は思っていた以上に上手い。二口目で酒杯を開けて、ドロアは漏らす

 意図しない呟きだった


 「上手いな」

 「そうでしょう? ウチに来られた方は皆そう言いますよ」


 給仕の娘が嬉しそうに相槌を打つ。ふと見遣れば、長い黒髪を一束に纏めた、小鼻、小口の並外れて美しい娘だ。美味い酒に美人の給仕。客は柄の悪そうなのしかいないが、よく儲かる事だろう

 そんな事を思っていると、ランがドロアの腕を引いてきた。懲りずに、席に着けと言う事らしい

 暫し逡巡。その後、ク、と笑いを漏らしてドロアは今度はその誘いに乗った。目を光らせる気分ではなくなった。無粋だ


 明るい見通しが立った直後だ。本当に良い気分なのだ。先には何も気を張り詰めさせ、危ぶむ事が無い。安穏としており、将軍職に就いていた者としては特に動ずるべき所は何も無いが、退屈とも言えるそれが不思議と悪い気分ではなかった

 戦場に喜び、敵と相対し気が猛るは武人。そして、母と共に酒を呑み、その安穏を分け合いながら感じるのもまた、武人。少々奇妙な二面性であった


 「同じのをもう一杯。…………酒入れごとくれんか」


 カウンター席に座って直ぐ、丸禿で眼光の鋭い店主に頼む

 店主は何かしらの作業で手が離せないらしく、給仕の娘に視線を送る。すると娘はてきぱきとしながら、ドロアに酒を入れ物ごと運んできた


 「親父さん、子豚を焼いてください!」


 とうとうランがつまみに手を出し始めた。子豚の丸焼きか、ラグランの豚はよく肥えていて美味い。焼きたてともなれば、それはもう口の中でとろける


 本当に良い気分だった。ドロアは何も無いのに、堪え切れなくて笑った


……………………………………………………


 夕暮れ時。酒豪で鳴らすランをして、漸く酒杯を傾ける手が緩くなった頃合

 付け加えて、リロイと名乗った美しい給仕に、ドロアが何度目になるか解らない酌を受けていた時だった


 「お代わりをどうぞ。……………でもドロアさんって、何だか他の傭兵の方とは違いますよね。兵と名のつく職の方は、荒々しい人ばかりだと思っていたんですけど」

 「礼節も必要だ。戦場での武働きは最も判りやすい勲功だが、人の上を目指そうと思うのなら、能力だけでなく人間としての礼も要る」

 「あらあら? そんな格好良い事言って。幾らリロイちゃんが美人だからって、この母の目の前で口説くのは駄目だぞドロア」


 酒家の入り口の扉を吹き飛ばさんばかりの勢いで突っ込み、衆目を全く気にする事なく笑う青年が一人


 「おぉー! リロイさん! 今日も来たぜぇー!」


 だが青年は固まった。何故って、ドロアとリロイを見て

 もっと詳しく言おう。青年は、今にも頬と頬が触れ合いそうな至近で話しているドロアとリロイを見て、固まったのだ


 「お、おぉぉ、き、今日も……、き、来た……ぜ」


 身なりの良い青年だった。つんつんと逆立つ青い頭髪に、まだ幼いながらも並みの大人では相手にならないほどガッシリ鍛えこまれた体躯。背丈もドロアの頭一つ下まではある。それを覆い隠すように纏う青い外套は、上等な仕立てで一般市民が気軽に着れる物ではない


 そして瞳までもが青。腰に下げた剣と身のこなしから、戦士の類なのは解った


 「ギル君、今日は遅かったわね」


 リロイが青年――ギルに向き直る。何か呑むかと問いかけるが、ギルはぶんぶんと首を振って断った


 ふい、とギルは顎に手をやり、なにやらうんうん唸る。そして熟考した後、やや座った目でのしのしとドロアに向かって歩いてきた


 ランが警戒を籠めた眼差しでギルを睨んだ。しかしギルの方は、ドロアの横でほろ酔うランなど眼中に無いようで、全くの無視であった


 リロイの横を素通りするギル。彼はドロアの近くまで来ると、カウンターにどん、と手を置き、挑戦的な目をして、こう言った


 「なぁアンタ。悪いんだが、其処は俺の予約席でね。譲っちゃくれないか」

 「え? ちょっと、ギル君!」


 ドロアはギラギラと光るギルの目を見る。そしてすぐさま、フイ、と逸らした。貴様など眼中に無いぞ、そう示したのである


 「断ると言ったらどうする」


 ギルは外套を勢いよく脱ぎ捨て、吼えた


 「表へ出な、力ずくで貰い受けるぜ!」


 大層な荒くれ者だ。武辺者は快活で、判りやすい

 断る気など毛頭無かった。勝負と来れば決して退けないのが、武人であった


――ランク「リーヴァの御手付き」


…………………………


 さて、一日フライングしたがどうなることやら

 また数日後にでも会いましょう



[1446] Re[6]:オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人
Date: 2006/04/09 02:27
 大槍の柄によく使われる、冗談のように硬い棒の両端を持って対峙する。夜になりかけている大通りには行き交う人の為に篝火が焚かれていて、奇しくもそれがこの騒ぎを余計に目立たせた

 棒の片端を握りドロア。そしてその対極を握ってギル。双方とも腰を落とし、足を地面に叩きつけて気炎を上げる。叩きつけられた力が土を伝わり、大地を震えさせる


 二人の周囲は塩の丸い円で囲まれていた。野次馬はそれこそ大通りに溢れ、一般人の通行を困難にさせる程居たが、誰一人として白線の内側に入ろうとはしなかった


 これが境界線である。この内側に入った者は、殺されたとしても文句は言えない


 「一番!」


 ギルが踏み込んでくる


 「受けて立つ!」


 同時にドロアも踏み込んだ


 二人は全く同時に、棒を渾身の力で押し始めた。押し切られれば敗北。白線の外に押し出された時点で、敗者は勝者の最も解り易い膂力に屈したと言う事だ。明確に勝敗が決する。己の強力無双を誇る者ほど、その決着には異論を挟まない

 ドロアの力は強く、またギルの力も強かった。踏み込んだ時既に地面は力を受け止めきれず抉られており、二人の上げる気炎と気勢は野次馬の群れを慄かせてあまりある


 吟遊詩人に詩にさせても構わない、それくらいの迫力がある一騎打ちだ。それがこのような市井の道端で、しかも女一人を発端に行われているとは何とも情けない話だ。ドロアは笑いつつ、更に力を入れた


 だがこれはまだ前座。まだ、時として己の体が壊れるまで全力を出すほど、空気は熱く熱していない


 一瞬の停滞を狙って、ギルが左の拳を放ってきた。ドロアは反射的にそれを受け止めたが、その隙を突かれ塩の円の外まで押し出されてしまう

 若造が、やってくれる。そう洩らしたドロアに、ギルは挑発的に親指を突きつけた


 両者、再び棒の両端を持って対峙する


 「二番!」


 次に番数を宣言したのはドロアだった


 「迎え撃つ!」


 意気込んで踏み出してくるギル


 しかしドロアは全く力を籠めず、寧ろ棒を握る手を引いた。ガクンと力が逃がされ、ギルは体制を崩す

 技量を使った小手先の策だ。まだ前座。まだまだ前座。この程度の挑発が無ければ、その気にはなるまい

 ドロアが完全に体制を崩したギルにニヤリと笑いかけ、それから問答無用で、引いた手を逆に突き出した。もうこうなるとギルに成す術は無い。怪力に押された身体は勢いよく白線から叩き出され、おまけにギルは激しく転倒した


 苦痛の呻きを、ギルは上げる。だが立ち上がるその時までは、決して棒を離しはしなかった。これもまた、誇り。押し合いの最中に棒を離してしまうような軟弱の徒は、そもそも勝負する事すら許されない


 ギルがギシリ、と歯を噛み合わせる。ドロアが差し出した棒の端を握りこんで、大きな目を更に大きく見開いた


 ドロアも獰猛に笑う。深く腰を落として、これで三たび、二人は塩の円の中心で対峙した


 「大口を叩くだけはあるな、青毛。このドロアと張り合う馬鹿力だけは褒めてやる」


 ピタリと、棒に寄り添うようにしてドロア


 「……ほざけ。ほざいて名乗れよ、赤毛。ドロアだとぉ~…!」


 ベッ、と、口内の肉を噛み千切り、吐き出してギルは言った


 オリジナル逆行7


 野次馬と共に場は沸騰した。熱がうねる空間。全力を掛ける空気だ


 次が最後の大一番。この勝負だけは、つまらない策も、下世話な小細工も無い。ただ膂力を競う男と男のみが居る


 正直ドロアは感嘆していた。英傑とは探せば居る物だと、そう思った

 このドロアと張り合う豪腕とは、例え他に何も無くともただそれだけで見事な才である。そして目の前に立つこのギルは、決して腕力一辺倒の男ではあるまい。気配で解る


 兎も角、絶世の武人に達する事の叶う華。ギルこそそれだ。しかし未だ青い蕾

 その蕾の頃合を見計らってやるのもまた悪くない。ドロアは溢れ出す闘気を、獰猛な笑みで覆った


 「このギルバートの相手をして貰おうか、無双の傭兵殿よォッ!!」


 踏み込むギルバート。ドロアは息を飲んだ

 ギルバート。聞き覚えがある。その名は確か


 「成る程、「大盾」殿は御子に恵まれたのだな!」

 「手前! 親父は関係無いだろ親父は!」


 互いに全力で押し合う二人。盛り上がりの最高潮に達した野次馬達は盛大に雄叫びを上げる

 二人の間で硬い硬い棒が快音を立て折れ散った。二人の膂力に耐え切れなかったのである


 そうなればもう、二人には己の拳しか勝敗を決する物は無い。ドロアは槍を置いており、ギルバートは剣を置いている


 そして、本当に残念な事に

 闘争の技となればギルバートは、歴戦に歴戦を重ね続けているドロアに敵う筈も無かった


……………………………………………………


 力の強い者は、得てしてその力の効率的な使い方を知っている物だ


 力があれば、力を振るう。力を振るい続ければ、その勘が備わっていく。師を得て技を学び、そこから高みに至る武とは違う。猛将が戦場で多数を相手に振るう武は、そうやって強くなる。技は後付だ

 成れる者は必ず成る。成れぬ者は決して成れぬ。猛将と呼ばれるのは、そういう類の存在だった


 (竜は竜。初めからそうであり、それ以外には成れぬ)


 ドロアは既に血が固まった米神を撫でた。ギルバートの拳が掠り、薄皮一枚を持っていかれた所

 一撃として食らってやる心算は無かった。手加減などしていない。この傷はギルバートの実力が刻んだ物だ

 つい、と視線を横にずらす。そこで手当てを受けているギルバートはもっと酷い。其処彼処打ち身擦り傷だらけで、無傷の場所を探す方が難しかった


 この男の内にある物も


 「ドラゴンの資質か」

 「え? 何か言いました?」


 呟きを聞き取った、ギルバートの治療をしている長い黒髪を一房に纏めた女に、ドロアは何でもないと言って誤魔化した。因みにユイカでは、女性は髪を一括りにするのが一般的である。ランは珍しい方の部類だ


 視線を巡らせれば薄汚い壁と、錆び掛けた鉄格子。ゆらゆら揺れる松明は目に悪く、どうしようもない黴臭さは正直堪える

 ドロアとギルバートは、騒乱の咎を受け、ラグランの牢屋に打ち込まれていた


 どっかりと備え付けのベッドに横たわる。ギルバートの治療は、頬の傷に移っていた。ブーツの踵を真正面から当てて、盛大に肉が引き千切れた筈だが、ギルバートは其処に薬を塗りこまれても平然としている

 全く気になら無いようで、そんな事よりも己が完膚なきまでに敗北した事の方が余程重大なのか、顰め面で黙り込んでいた。若いな、と、ドロアは洩らした


 治療する女はギルバートの同僚で、カモールと言った。報せを受けて牢に来たらしい。職はユイカ軍歩兵隊の分隊長。女だてらに、僅かなりとは言え人の上に立つ身である。ここ最近の募兵に志願したそうだ

 そしてあの「大盾の」アルバートの息子であるくせに、何を血迷ったか家を飛び出し、一兵士から始めたギルバート。アルバートもギルバートの意を組んでか、息子の人事に口を出さなかった。それでも有能な者を率先して取り立てようとするユイカの新しい気質が、その身を十八歳と若いながらに、分隊長の職に置いている。ギルバートには才能があったのだ


 しかし、何故これ程の男が、“以前の”歴史では上に抜け出してこなかったのだろうか。ドロアもアルバートとの宴席で、彼の男が四人居る息子と二人居る娘を溺愛する様を聞かされはしたが、詳しい事までは知らない

 武名の一つや二つ聞いていても可笑しくない筈だ。しかし、アルバートの息子が軍に置いて勲功を上げたと言う話は、一度として聞いたことが無かった


 「…………何だよ、ジロジロ見やがって」


 ドロアの無遠慮な視線にとうとう我慢の限界が来たか、ギルバートが苛立ちの混ざった声を上げる

 カモールが制した。その為に取った手段は、ギルバートの背の傷を遠慮なしに殴る事だった


 「ぬぐッ!」

 「あのね、まずは謝罪! まぁたギルが原因なんだってね? そんなんじゃ、そう遠く無い内に軍からも放逐されるよ」


 ドロアが見る限り、カモールは比較的控えめな性格だったが、礼には五月蝿いようだ。彼女なりに怒るときは怒り、そうなれば遠慮が無くなる

 ギルバートは舌打ちを一つして、ドロアに頭を下げた。喧嘩をふっかけたのは自分で、咎も確かに自分にあると、冷えた頭はよく理解しているらしい。それ以上文句は言わなかった


 「若い内はそんな物だ。向こう見ずなくらいが丁度良いだろう。だが…」


 力量を読め


 「喧嘩を売る相手くらいは選ぶ事だ。戦場であれば、これ幸いとばかりに俺はお前を殺したぞ、「大盾の」息子殿」

 「あ、それ禁句」

 「手前、一度ならず二度までも…! 親父は関係無いだろ親父は!」


 カモールがボソリと呟いた言葉は最早気にならなかったか、ギルバートは息巻いて椅子から飛び起きる

 ドロアがもう一戦組むかとばかりに立ち上がるが、それよりも早く、鉄格子の外側に人影が現れた


 青い髪に青い髭に青い瞳。青い鎧に青いマントに青い具足

 名高き「大盾の」アルバートが、其処に居た


 アルバートは鉄格子の間から手を差し込み、まだ気付いていない己の息子の後頭部を掴み上げる


 「全くその通りだ。だが血の絆は無くならん。無関係で事が済むなど絶対に無いと、知っておった筈だろう」


そして、鉄格子に激突するまで思い切りよく引いた


 「あごがッ!」


 ガゴン、鉄格子よりもギルバートの頭の方が固かった。鉄格子は一撃で歪んでいた


 ドロアはく、と笑いを洩らした。このアルバート、何時も何時も顰め面をした武人だ。自分に厳しく、他者にも厳しい。罰を与える時は真に手加減しない。今のように


だが、その実態は、どうしようも無い子煩悩で、事ある毎に息子に剣やら書物やら送りつけ、その息子の入隊式とくれば、市井の人間や樹木、果ては野に生える野草に扮装してでも覗きに行く、類稀な親馬鹿なのであった


 (よもや、再びアルバート殿に会える等とは思わなんだ)


 酒を酌み交わした昔が懐かしい


 頃合を見計らったか、アルバートの背後からひょこ、と顔を出したランに、ドロアは笑い返した


 「ランさんか」

 「迎えに来たよ、ドロア」


……………………………………………………


 「ギルバートは子の中で最も私の血を濃く継いでおるようでな、正直、今のユイカで息子に敵う者は居るまいと思って居ったが、それは親の欲目と言うヤツだったらしい」


 飄々と言うアルバートの背を見て歩きながら、ドロアは溜息を吐く。その直ぐ横で、ギルバートが嫌そうに顔を歪めた


 態々息子を迎えにご苦労な事だが、「大盾の」アルバートともあろう人材がそんなに暇な訳が無い

 アルバートはドロアと違い、武だけでなく政の舞台にも通じる能力を持っている。信任厚く、実力を持ち、ユイカに長く勤めそれをよく知るとなれば、仕事は自ずと膨大な量になる筈だ

 それらを無視してまで自ら息子を迎えに来るのだ。これはもう、何とも言い難かった


 「…して、ギル」

 「何だよ…」

 「乱闘の場はあの酒場だったそうだな」


 アルバートが首だけ後ろを向き、ギルバートを睨んだ。ギルバートは痛いところを突かれたとでも言うように、う、と呻いた


 「未熟者め。まだ子供の癖に女に現を抜かしとるからそうなるのだ」


 ランとカモールがクスクスと含み笑いした。ギルバートが顔を真っ赤にして睨むが、二人はおどけて笑いながらドロアを盾に隠れる。ドロアも少し笑った。その笑いはギルバートだけではなく、アルバートにも向けてだった


 子供の癖にと言うが、アルバートが最初の子を作ったのは、僅か十七の時だ。今のドロアやギルバートよりも一歳若い。因みに今アルバートは、スコットと同年の四十五歳である

 代々伝わる家系として、早々に妻を娶るのは珍しくないが、子を作るのはそれなりに年を経てからが一般的だ。アルバートのそれは、かなり早いと言えた


 「詰め所だ。通達は行っている。部隊長に私の分まで絞ってもらえ」

 「ケッ、解ってらぁな。…あの坊ちゃんにネチネチ言われるのは気に食わねぇが、今回は暴れんのは無しにしとくさ」


 幾許か歩けば、其処は既に兵士詰め所だった。ここも煌々と松明が焚かれており、明るい。巡回する兵士の姿が何人も見受けられる

 ギルバートは詰め所入り口の門兵に呼びかけ、その向こうに消える前に、ドロアに人差し指を突きつけた


 「オイ、無双の傭兵殿よ、コイツだけは言って置くぜ!」

 「聞くだけ聞いておいてやろうか」

 「そのな! その、あんまりリロイさんにジャレつくんじゃ無いぜ! あの人お人好しだからな。凄い美人だが、付け込んだりするなよ!」

 「貴様のそれは甚だ勘違いだが、取り敢えず覚えておいてやろうか」


 ドロアはサラっと流した


 「…何て判りやすいんだ、あの子。まるで昔のドロアを見てる気分」

 「え…? ギルみたいなドロアさん…? …………全然想像出来ないや」


 またもやクスクスと笑うランとカモール。二人はどうやら意気投合したらしく、盛んに言葉を交わしている


 ドロアはフンと鼻で笑う。ふと見遣れば、アルバートがドロアの顔を覗きこんでいた

 ドロアにしてみれば再会。しかしアルバートにしてみれば、初対面。思うところが無かった訳ではないが、今更どうと言う事も無い


 アルバートが言葉を放った。それは最後の最後まで、息子の事だった


 「ギルが迷惑を掛けた。済まなんだ」

 「アルバート殿が謝られる事ではありますまい。私闘です故、御子息も心置きなく……一歩たりとて退かなかったのでしょう。少々考えが甘かったと言わざるを得ませんが」

 「そなたにそう言って貰えると助かる。ドロア殿と言ったな」

 「然り」

 「市井の噂だけでなく、スコットからも話しを聞いている。勇猛の士と面識を持ったとな。「傭兵ドロア」と一騎打ちしたのだ。ギルも良い経験になっただろう」


 腕組んだアルバートは、顰め面にどこか笑みが混じっているような気さえした。ドロアは視線を逸らす。親の顔とは、こういう物なのだろうか


 「才あり、質あり、心あり、そして良く育つべく遇されている。アルバート殿の御子息は、いずれ天下に武名を轟かせる将となりましょう」

 「名高き兵(つわもの)が言うのだ。期待できそうだ」


 そういうとアルバートは踵を返す。ランと談笑していたカモールも、それに気付いて後に従う。二人は今来た道を引き返そうとしている


 「後日、謝礼がしたい。受けてくれ」


 ランがその後姿に、ぶんぶんと手を振った


……………………………………………………


 後日、宿を引き払い、新居に移り住んだドロアとランの元に、荷が届いた

 ただの一市民が持つには額の大きい金銀と、薬だ。ドロアは眉を顰める。謝礼と言うには、明らかに多過ぎた


 (そう言えばあの人には、こんな強かな面があった)


 断れぬと知って送りつけて来たのだ。薬は、ランの治療に必要な物だった

 勇者、賢人を迎えるに当たっては、礼を尽くす。贈り物をし、その才を讃え、そして更に礼を尽くす。よく知っている

 完全報恩。受けた恩に必ず報いる。それを怠るは、義で無し。何でなくとも、まず自分の精神がそれを許さぬ


 態々細かく調べてくれた物だ。それこそ母の病状まで


 (さて、これは大きい。大きすぎる。この返礼、如何にすべきか……)


 機があれば、「大盾の」アルバートが最も望む形で、この恩を返さねばならない

 ドロアの頭を少なからず頭痛が襲った


――ランク「リーヴァの御手付き」→「傭兵ドロア」


……………………………


翌日も数日後の内。とか言ってみる今日この頃

え? カモールの存在意義? それは聞いちゃいけねぇよ。

感想を頂き恐悦至極
ランさんがどうなるかはアレですが、私は決して誤りまs(ry

また来週にでも会いましょう



[1446] Re[7]:オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人
Date: 2006/04/13 22:13
 ある日、ユイカ王都ラグランの屋敷で、アルバートの叔父に当たる人物が死んだ

 近しき者が死する時、アルバートの一族は三日三晩の間、決して金物の類を持たず、身につけず、食べ物も質素な物を食し、喪に服す。警備の者も、毒見役の者も、縁の無い者達は総じて屋敷の外に追いやられる

 その時ばかりはアルバートの屋敷を守る門兵達も、白い法衣を着て、武器は持たず一本の棒のみで番に当たる。これは大きな隙となる。アルバートとその一門を邪魔に思っている者は、かなり居た


 そうなるとドロアは三日三晩の間、飯も殆ど食わず、厠すらも極力我慢し、アルバート一門の流に反さぬよう金物の類を一切外すと、門兵の棒を一本借り受けて屋敷の門の前に仁王立ちで侍(はべ)った


 一日目、見目麗しい女が馬に瓶を引かせて参った


 「悼み酒でございます。アルバート様にお届け下さい」


 それしか言わぬ女をドロアは訝しみ、その酒を一掬い、無理矢理女に飲ませる

 すると女は、たちまちの内に血を吐いて死んだ。毒酒を携えて来た女の亡骸を、ドロアは一片の情けもかけず野に打ち捨てた


 二日目、豪奢な着物を纏った利発そうな幼子が息せき切って参った


 「此度、死後の世界に招かれた者の子です。郷里より急いで参った。お通し下さい」


 ドロアは饐えた臭いを嗅ぎ取り、幼子を無理矢理地面に引き倒すと、問答無用で首の骨を折る

 幼子の腰帯からは無数の毒針が出てきた。毒蛙の肝を煮溶かし、それを塗りこめた、酷い臭いのする針だった


 三日目、闇夜に紛れるようにして、黒装束の男どもが参った


 「アルバート殿の草である。そこを退かれよ」

 「煤鼠とかわり映えせん下郎どもが。まさかこのドロアが、そのような戯言信じる等と思っていまい」


 黒装束の男達は、常人であれば掠り傷だけで死に至る毒を塗った短剣を抜き、ドロアに襲い掛かった

 ただの一人のドロアは、ただの一本の棒のみで、ただの一歩も退かず、とうとう黒装束の男達を尽く打ち殺してしまった


 翌朝。三日三晩屋敷の門を守り続けたドロアに、アルバートは言った


 「お主の御蔭で助かった。喪は平常に終わり、一部の乱れも不手際も、問題も起こらなかった」


 ただの一人のドロア、ただの一本の棒を投げ捨て、ただの一言





 「――ならば良し!」





……………………………………………………


 「…………って言う話が広まってるんだそうだぞ」

 「ランさん………そんな話、誰から聞いた」


 カモちゃんからさ、と笑顔で答えるランに、ドロアは溜息を吐いた


 カモちゃんとはカモールの事か。何時の間に愛称で呼ぶほど仲良くなったのか。ドロアは真新しい部屋の中で、酒を煽りながら頭を抱える


 「アルバート殿の縁者に、もう先の永くない者が居たのは知っていた。喪に土産の一つでも持っていこうと思っていたのだが……それが護衛に変わっただけです」


 受けた礼を返さねばならなかったのだと続けて呟く。しかしランはそんなドロアの言葉を一蹴すると、部屋の隅を指差した


 「それで、返した礼を、また返されたの?」


 そこにはアルバートから送られた物が積まれていた。この前よりも遥かに多い金銀。薬の入った麻袋。そして酒樽


 「……………………………」


 ドロアは無言で、もう一度酒杯を煽った

 ドロアが苦々しい顔で飲むこの酒も、アルバートから贈られた物だった


 オリジナル逆行8


 酒家でリロイの酌を受けながら、ギルバートは己の頬に刻まれ、この先一生消える事は無いであろう傷を撫で擦る

 この酒家も、先日のドロアの武勇伝で持ちきりだった。荒くれ者どもも酒家の主人も、話すことと言えばそれであり、リロイすらうっかりとドロアを嫌っているギルバートの目の前で、その話を零してしまう始末


 あわやギルバートは不機嫌顔か、とリロイは予想したが、それに外れてギルバートは平静だった


 「…怒らないのね。もっと気にすると思ったわ」

 「怒るも何も、あの男が守ったのは親父の屋敷だぜ? ……そりゃ確かにアイツ自身は気に入らないが、恩は感じてる。不満に思うのは、義にもとるってモンだ」


 ギルバートはリロイから目を逸らすと、おどけて笑った。だがカウンターに乗ったつまみの皿をつつく姿は、どうにもどんよりしているとリロイは感じる


 己の実家に難が降りかかった時自分は何も出来ぬままだったのだ。誇り高き将の子として、思う所があるのだろう。当の本人の口癖は「親父は関係無いだろ親父は!」だが


 「以外に大人なのね」

 「…………昼の練兵を抜けてくるような輩を、大人って呼ぶのか?」

 「あら、…自覚があるんだったら、真面目に出れば良いのに」


 何時に無いギルバートの物言いに、リロイは一瞬虚を突かれたような顔になる

 リロイは少し可笑しくなって、クスクスと笑った。おまけとして酒を一杯注ぐと、ギルバートの肩をちょん、ちょん、と突っつき、頬を赤くしながら慌てるギルバートを尻目に、他の客の応対に向かう


 背後でガックリとしながら呟かれた、ギルバートの上擦った声を、リロイは聞かない振りした


 「り、リロイさん。やっぱり子供扱いかよ……」


……………………………………………………


 ドロアは家の居間にて、客人を持て成していた


 門の前での騒動から早四日。僅かそれだけの間に、ドロアの評を訪ねて参った者は6人も居た。純粋にドロアに興味がある者と、ドロアを通じてアルバートとの友誼を得たい物。そしてそれが半々ずつの者。同じなのは、皆それなりの名士、志士であると言う事だ


 こう言う繋がりは大切であるとドロアは知っている。能のある士程、広く才人に友誼を求めたがるからだ。何時か身を救う繋がりであった


 「いや、流石は「傭兵ドロア」殿。噂に違わぬ人物であった」

 「その噂がどのような物かは知らぬが、褒め言葉として受け取らせて頂く」


 ドロアは持て成しに酒を用いた。客人に茶の一杯すら出さないのは非礼になる。されとて初めて会った人物と酒を呑むなど滅多に無いが、其処まで気にする性質ではない

 ドロアは豪放に酒と料理を用い、客はその気質に概ね満足の色を見せていた


 そして、この六人目の客人とも酒杯を交えて歓談しあい、暫くした時、ふと客人が話を変える


 「そう言えば、これ程持て成されてただそれだけでは不公平だ。ここは一つ、それがしが独自に手に入れた情報をお教えしよう」


 ほぉ、とドロアは興味深げに息を吐き、酒杯を置いた

 これだから捨て置けない。彼等から得られる情報を、ドロアは決して馬鹿にはしなかった


 「明日、国王ルルガン・ホワイト・ユイカ殿が、隣国レゾンの親善大使と遊興に出られるのは知っておられよう?」

 「うむ、一般へは余り洩れて欲しくないようだがな」


 潜められた声が語り始めたのは、ユイカの外交だった

 明日ラグランの劇場で、大使を持て成す事を目的とした演劇が行われる。多くの重臣が参列し、警護の数も相当数になると思われる遊興だ


 ドロアはその話を聞いて、ふと何か引っ掛かる物を感じた


 はて、この外交。何か問題があったような……


 「劇場を警備する兵の人事に、どうもきな臭い動きがある」


 ドロアの背が、ピクンと伸びた


 「きな臭い、とは?」

 「さて、どうにも、とある文官の息の掛かった者が多数選ばれておるようでなぁ。警備に回る部隊に、その文官の私兵出身者が」

 「……それは」

 「ユイカとレゾンの交わりを絶つべく、襲撃が起ころう。状況が十中八九のそれを示している。事は大きいぞ、三週間後に控えた遠征の戦局すら左右されよう」


 ここまで聞かされて、漸くドロアは思い出した。この襲撃事件、ドロアは知っている


 青天の霹靂ともいえるべきこの事件は、ユイカと隣国レゾンの関係を一度に泡沫の物とした。友好など彼岸の果てに消え去り、その修復に三年もの月日が費やされる事になるのだ

 三週間後に迫った遠征も、当初はユイカ国、ユイカ友好国のアイリエン国、そしてレゾン国の三国が協力し合う事になっていた。相手はユイカ東方に位置するアイリエン国の、更に東側の面で隣接する海洋諸国連合

 ユイカはアイリエン国の同盟軍として。そしてレゾンは、ユイカ国を仲立ちとしたアイリエン国の同盟軍として

 この中からレゾンが抜けたのは、戦局を左右した。戦は膠着状態に陥り、五年後国力が完全に疲弊しきってから、漸くの和睦と相成ったのだ


 これがドロアの知る全てだ。明日起こるであろう事件は、正に歴史を変革する一事と言えた


 「……それを読みきる、カシム殿と仰られた貴方は誰だ?」


 頭に黄色い布を巻いた三十台の男は、笑って名乗った


 「カシムバーン」


……………………………………………………


 ドロアは夜になっても部屋に灯りも点けず、じっと腕組みしたまま椅子に座っていた

 頭を悩ますのは勿論昼の話。酒で忘れようとしても忘れられず、眠りの中に誤魔化そうとしても、誤魔化せない

 だが今更何をするのか、一度ユイカの全てを捨てたこの身が

 ただ無為とも言える死に様を迎えたこの身が、今更ユイカ国に何かしようと言うのか


 忠、義。国とは数多の人材が民の為に働く、その結果だ。栄えるも、滅びるも、民の為と言うその大義の下だ

 ただ未来が解ると言うだけで過程を捨て去り、己の望むままを求め天下を泳ぐは不義。ユイカ国へ義理立てする心を斬り捨てられた今ならば、尚の事よく解る。ユイカの終末を知っていると言うだけで、ただユイカ国、ひいてはユイカ王家の為だけに働くのは、余りにも蒙昧であると


 そのような真似をすれば、“以前”ドロアが共に戦場を駆けた輩(ともがら)は、決してドロアを許すまい。怨嗟がドロアを飲み、憤怒がドロアを打ちつけよう

 未来を知っている。知ってしまっている。その一点が、ドロアを縛っていた


 (ユイカへの義は斬り捨てられた。タイガーによって。ユイカ国がユイカ国として生き残る事が、決して万民の為になるとは言い切れぬ事を、俺は知っている。…………そう想っていた筈)


 そう想っていたからこそ、ドロアは振り切るようにして、ランへ考を尽くそうとしている

 ドロアは固い頭の持ち主だった。戦の術ならば柔軟に編み出せても、将となり学んだ義に対しては、決して賢く対応できぬのが、ドロア。その様は愚かとも言える


 (だが、解らぬ。解らぬが、しかし)


 この身体の内に燻る義憤は何だ。ユイカ王家への忠が、まだ俺の内底に眠っていると言うのか

 ユイカの民の笑顔を知っているからか。戦乱の無かった平和の国、其処で育まれてきた命を知っているからか


 (解らん。『正しき義』が解らん。だが、この国に住まう者達の笑顔を思えば)


 思い浮かべれば


 (無性に、この国を守りたくなってくる。己の全てを投げ出しても構わんとさえ思えてしまう。――この義憤は、何だ)


 ドロアが腕を解き、大きく息を吐く。頬が熱を持ち始めていた


 その時、ドアが外から乱暴に叩かれた。開けてくれと縋るように頼む声は、此処最近よくランと話をしている女。カモールの声


 『開けて、開けて下さい! お願いします!』


 ただならぬ様子であった。知らぬ振りをする訳にも行かない

 ドロアは熟考の余韻抜けきらぬ熱い顔のまま、応えた


 「開いている。入って来い」


 その途端ドアが破られたかの如く開けられ、所々に傷を負い、血だらけになったカモールが倒れこんでくる


 そしてその背後から飛翔してくる短剣。カモールがドアを開けた瞬間に倒れなければ、そのままカモールの背を貫き、命を奪っていただろうと簡単に予想できる。ドアとドロアは直線状。ドロアは飛んできたナイフを、事も無げ叩き落した


 そとを一瞬で見切れば、黒い外套を纏う男どもが幾人も見える。ドロアは素早く壁に立て掛けてあった槍を取ると、問答無用で部屋に入り込んできた男の一人を、一瞬で突き殺した

 早業だった。殺害の意思には一瞬の停滞も無く、まるでそうなる事が当たり前であるかのように、槍で貫かれた男は絶命した


 「ドロ…ア、さん…!」

 「貴様等、カモールに何の用だか知らぬが、ここはこのドロアの家だ。命惜しくば去ね」


 机を蹴り飛ばして道を開け、カモールを抱き抱える

 男達を威圧。これで退くならば良し、退かぬなら。ドロアは纏めて斬り捨てる心算であった


 結果を言えば、暗殺者の風体の男達はドロアの警告を無視した。部屋の中は一瞬で血に染まり、死体の山が一つ、出来上がったのであった


……………………………………………………


 ランに、ベッドに寝かしつけられながら、カモールは呻いた


 「明日、ルルガン様が襲撃されるんです。私、どうしても、それ、止めないと」


 カモールはぽろぽろと涙を流しながら言った。幸い傷はどれも掠り傷で、命に別状はない

 ただ刃には痺れ薬が塗ってあった。満足に舌も動かないであろうに、カモールは必死に言ったのだ。王を守らねばと


 どのようにして明日の事を知ったのか、ドロアは知らない。だが、カモールの心は解る。この闇の中、複数の暗殺者に襲撃されながら、動かぬ身体を動かし、一縷の望みを持ってドロアを尋ねてきたのだ

 ユイカの兵故に。ユイカの志士故に


 「助けて、下さい。厚かましい、のは、解ってます。でも、私…」


 ぽろぽろと続く涙は止まりようがなかった。ランはカモールの瞼をそっと閉じさせる

 直ぐに寝息が聞こえた。痺れ薬が抜けるのに、明日の朝まで待たねばならなかった


 ランが口を開く


 「助けてあげるんだ、ドロア」


 ドロアは腕を組んで黙り込む


 「何で、迷う? 怖いか?」


 ランがドロアを背から抱いた。母が幼子をあやすような、そんな仕種だ

 だがドロアは、もうそれ程若くない


 滅びと言う起きてしまった結果を、受け入れろと言う自責の声が聞こえる


 「………義がある。数万の戦士への義と、数十万への民への義がある。“俺”がユイカの王家へ肩入れするのは、それへの不義なんだ」

 「カモちゃんを、よく見ろ」


 ランの口調は何時に無く強い。ドロアは眠るカモールに視線を向ける


 「カモちゃんだって義の塊だ。こんな小さな女の子だってユイカが好きで、ボロボロになってでもそれの為に戦ってる。これだって義だ。愛されるユイカの姿なんだ」


 涙はまだ溢れていた。カモールが眠りについても、その身体は「例え死しても」と言う悲壮な決意に脈打っていた


 「ドロアが私なんかよりずっと物事を考えてるのは知ってる。ずっと何かを想ってるのは知ってる。でも…」


 ――でも、救われちゃいけないのか?

 ――ユイカの為に何かしようって想うのは、いけない事なのか?


 ドロアの肌が泡立った。ちりちりとした燻りが、段々と強く煌いていくのが解った


 「正しき義」


 義。母まで、そう言う。そうか、求める物は、こんな小さな女子の胸の内にも流れていたのか


そうか、ならば良かろう。このドロア、義母と一人の志士の為に迷いを捨てよう

 敢えて“以前”の怨嗟を受けよう。憤怒も丸ごと飲み干してやる。“以前”のそれら全て、このドロアは抱き抱えてもう一度立って魅せよう


 何処まで行っても、このドロアはユイカの将であった。ユイカの行く末を左右する事件。それに対する義憤

 もう一度カモールを見る。おぉ、義憤よ


 「…解った。ユイカの為に、ユイカの民の為に」


 言った。口に出しては後には退けぬ。このドロアは、地獄に一歩を踏み出したのだ


 気付けばランは泣いていた。子を想う故に、泣いていたのだった


 「…ありがとう。御免なさい。私がこんな事を言える立場じゃないのは知っているけれど、言わせてくれ」

 「ランさん」

 「死なないで、ドロア……」


――ランク「傭兵ドロア」→「正義のマザコン戦士」


…………………………

 はい、壮絶にフライングした。「予告当てにならねーよ!」とか言わないでくれるとありがたいです。

 展開としては、ここまでこじつけ気味にやっといて、最後には母の一言かよ、みたいな

 また暫くしてから会いましょう(何



[1446] Re[8]:オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人
Date: 2006/04/17 22:52
 スコットは目の前の人影を追いつつ王城の門を出る。豪奢な飾りの馬など自分には要らぬと思いつつ、身形を整える事の大事さは知っている

 しかし、自分の目の前を行く人物の更に豪奢な成りはどうした事か。スコットの知る彼は徹底した実益主義者で、公ではない場や、民の目に触れぬ場では、何時も質素な服を着ているのだが

 それほどこの外交を重要に感じてくれているのだろうか。スコットはそう思いつつも、回りを守る衛兵にも憚らず、どんよりとした声を発した


 「我が君」


 そう、スコットの前を行く、豪壮な衣に高潔な気風の感じられる白のマントを羽織る人物こそ、ユイカ国王、ルルガン・ホワイト・ユイカであった


 「このスコット、蒙昧の徒ではありますが、レゾン国との友好が如何に重要な物か、それは理解している心算です」

 「うむ、そうだろうなぁ。お前はとても頭が良いからな」


 クルリと馬上で振り向きつつ、まだ二十台半ばであろう黒髪の青年がニヤリと笑う

 いけしゃあしゃあと言う物だとスコットは苦笑いした。ただの苦笑いでは無い。スコットの胃はキリキリと痛んでおり、頭痛は既に二日前から止まらぬままである。そんなスコットの苦笑いが、安く流されて堪る物か


 「ですが…! 私は我が君がやれと言うから、矮躯に鞭打って馬民族との交わりを成そうと駆けずり回っておるのですぞ! 今日とて氏族の長との会見があったのです! 幾らレゾン大使の持て成しの為とは言え、その苦心をあっさりと延期なさるようでは、国家の大計は成せますまい!」


 そう。レゾン大使の接待に自分が出席するなど、スコットにとっては突然の事態で、正に仰天の類だった


 「文句があったのか? では早々に申し立てればよかったろうに」

 「我が君が私を避けておられたのでしょうが!」


 スコットの憤懣は爆発した。馬民族氏族長との会見を延期せよと通達されたのが二日前。当然スコットはそれを取り消して貰う為にルルガンに申し立てを行おうとした

 だがルルガンを尋ねたスコットは、一言物申す事すら許されぬまま門前払いを食らった。政務に忙しい故、と言うのがその理由だった

 それだけならまだ言い包められても良いと言えよう。事実なのだから。しかし問題なのはこの、器量がどでかい癖に賢しく小手先の技を好む君主だ

 スコットは門前払いを食らった直後、己の執務室に担ぎこまれた膨大な量の羊皮紙に、忙殺される運びと相成ったのであった


 「馬鹿者。要事は全て密議でこなせ。格好だけの会見ならばいっその事取りやめてしまっても俺は構わんのだぞ」

 「………」


 スコットが悔しいのは、ルルガンの言う事が強ち外れていないと言う所だった


 態々日時を民衆に知れ渡るようにして行う会見では、重要な取り決めは殆ど行わない。会見などはただの格好つけで、全てを裏でひっそりと決めていくのがスコットの流儀だ

 大体事ある毎に話し合いやら親書やらが必要なのだ。一々大仰な護衛を引き連れて行うよりは、隠れながらの方が遥かに効率はよかった


 「うぐぐぐ…簡単に言いなさるが、形式も必要で御座います」


 スコットはがっくりと項垂れた。どうせ何を言おうとも、我が君はお聞き入れ下さるまい


 元々スコットはルルガンと親しい訳ではない。確かにユイカ国王として忠誠は尽くしているが、寧ろ関係は疎遠な方だ

 交わる機会が無かったと言えばそれまでであろう。“ユイカ国王”の玉体は一つしかなく、そしてその身がこなさねばならない仕事は、それこそ数多くあった


 「はっはぁ、スコットは普段、弁と奸智を抑え、謙遜と礼を持ち、己を低く見せようとしているな」

 「唐突に何を言われるのですか。………からかっておいでですな?」

 「いーやいや、だが今はスコットの、その冷えた弁舌と奸智が要るのだ。よく俺を手伝ってくれ」


 オリジナル逆行9


 寝室で、ドロアとカモールとカシムが、額を寄せ合った


 「カシム殿、策を」


 頭に黄色い布を巻いた男は一度頷く

 カシムはドロアに請われてここに来ていた。ドロアの依頼によって、此度の事件に力を貸してくれるのだ


 漸く痺れ薬の抜けたカモールが耳を欹てる。一言一句聞き逃すまいとして、彼女は身を乗り出した


 「概略を話す。ルルガン国王の一行は今日の昼に劇場に到着する。人目など考えて、襲撃はそれ以降。時間としては些か余裕があろう」

 「襲撃の方法は?」

 「ルルガン王の護衛は敵側と見て良い。そうなれば暗殺者に人数は要らぬ。少数の手練が、初めから劇場に潜んで居ると考えるのが妥当だな」


 カシムがルルガンの入る劇場の見取り図を取り出し、舞台袖と部屋隅、そして二階のテラスを指で示す

 光が漏れず、入らずの造りだ。中で松明を燃やすのだろうが、それでも人が容易に隠れられるくらいの薄暗さであろう


 「しかし少数とは言っても、こっちよりは多いです。私の所の部隊長に事件の事を言ってみたんですけど、信じてもらえなくて…」


 カモールの言葉にカシムがさも面白そうに笑った。カモールが首を傾げる。自分は何か面白い事を言ったのか?

 カシムは首を振って答えた


 「いや、カモール殿の上司はそうでも、同僚は違ったぞ。カモール殿が命がけで国に尽くそうとしていると言ったら、皆息巻いて協力を申し出てくれた。直ぐに駆けつけてくるだろうさ。…………相当に信頼されているな」


 カモールは一瞬唖然とした顔となり、その後に照れながらも、嬉しそうな顔になった

 因みに協力を取り付けたのはドロアだ。一応、「独断で動くのは命令違反になるぞ」と脅してみはしたが、その程度で怯む者達ではなかた。それにもし事件を解決すれば大きな功績となる。功を積めば、罪に問われる事は無い筈だ


 「彼等はカモール、お前が指揮しろ。傭兵の類にしゃしゃり出てこられて、黙っているような温い兵達ではあるまい」

 「え? は、はい!」


 ドロアが言う間に、カシムがもう一枚地図を取り出す。それは劇場周辺の地図だった。カシムは劇場内の見取り図と周辺地図の写しを取り出すと、それをドロアとカモールに押し付けながら言う


 「して、ドロア殿。貴殿はアルバート殿と友誼があるのだろう。伝えなくて良いのか?」

 「状況を鑑みれば、此度アルバート殿は何も知らぬのが一番好ましい」


 幾らか余裕があると言っても、アルバートを動かす程の時間は無い。ならば「知っていたが何も出来なかった」より、「最初から何も知らなかった」の方が受ける叱責は無い筈だ


 そこまで考えて、ふとドロアは思い至った


 そうならば、事が全て終わった後に、此度の件は全てアルバートの慧眼によって解決した事にすれば良い。幸いにしてカモールはアルバートの率いる軍団の兵。話の辻褄合わせも簡単になるし、何より独断行動の咎を受けずとも済む

 そしてもし失敗した時は、何も先程も言ったように何も知らなかった事にしておけば良いのだ


 ドロアは眉を顰めた。この期に及んで自分は何て下らない事に気を配っているのか

 男が下がるわと吐き捨てつつも、ドロアは続けた。失敗などあってはならないのだから


 「良いかカモール。今回の第一は、まずルルガン王とレゾン大使の身の安全」


 流石に、ルルガン王の身を害そうとまでは考えて居ないだろうが、と胸中でドロア


 「そして、レゾン大使に此度の件を気付かれぬ事。音も無く劇場の中に入り、闇に乗じて敵を屠るのが最上だ。……どうしようも無い時は、宴の剣舞と称して太刀回れ。極力注意しろ」


 其処まで言ったドロアは、突如として馬の嘶きを聞きつけて、木窓を開け放つ

 すると其処に、向こうの通りから十数騎もの騎兵が掛けてくるのが見えた。先頭を走るのは青い髪の男で、巨大な盾を背負い、長大な剣を腰に差している


 ギルバートだった。ギルバートは顔を出したドロアを真正面から無視し、その後ろに居るカモールに向けて言い放った


 「おぉし! ギルバート以下歩兵部隊推参! カモール、率いろ!」


 ドロアは、今は騎兵だろうがと言う呟きを、無理矢理飲み込んだ


 「すまんな、カシム殿。このような事を手伝わせて」

 「何、義を見てせざるは、と言うヤツだ。それに、それがしなりの打算もあるのでな」


――宴の幕が上がる


……………………………………………………


 劇場の中に揺れる松明は少なく、それが光と闇を滲ませ、かえって幻想的な空間を作り出している

 そして舞台の上で細身の刃を持ち、舞い踊る女達。人数と配置、振り付けの全てが洗練された舞を舞う彼女達は、薄暗い光の中で淫靡に撓っていた


 ルルガン王とレゾン大使は、一階客席の最後尾より少し前に居た。ルルガン王と大使の居る所だけは今日に限って椅子が取り外されており、些か広くなっている

 ルルガン王と大使は、酒杯を交えて歓談していた。舞台も見事な物で、少しの問題も無い。その光景を客席最後列から見ていたスコットは、ひんやりとした声を出す


 「…………何用か。今日この劇場には、市民の立ち入りは許されておらぬ」

 「は。スコット殿にお渡ししたき書状があり、僭越ながらも闇に紛れ、参らせて頂きました」


 何時の間にか、スコットの背後に一人の男が現れていた。頭に黄色い布を巻いた三十歳程の男で、恭しく下げられた眼前に、一枚の紙を捧げ持っている

 男はカシムだった。スコットは油断なくカシムを睨みつけながら、腰の剣に手をやった


 「誰の書状か」


 何の、とは聞かない


 「ドロア殿にございます」


 スコットは一層眼光を強めた。このような時に、一体何用で書状が参るのか。本物ならば他愛も無い内容ではあるまい。そんな遣り取りをする程友好が深い訳ではないからだ。大体、本当にドロアの書状かどうかも解らない


 スコットは半信半疑ながらもその書状を受け取り、封を切る


 すると中から出てきた紙には、ただ一言のみ、こう書かれていた


 『内患顕れり』


 むう、とスコットは息を漏らした。カシムはその様を見届け、スコットの真横の席に座りながら言った


 「これより先何が起ころうとも、宴の演出と言う事にしていただきたい。若輩者ではありますが、不肖このカシムもお手伝いしましょう」


 何をのうのうと言っておるか。スコットは飽くまでも堂々としたカシムの態度に、眉を少し顰めた


……………………………………………………


 劇場の回りを囲う高い壁からカシムと少数の兵を忍び込ませた後、ドロア達は馬首を返して裏門へと回った

 劇場の内外に分散されている兵の数は、総勢八十名程。とてもではないが全てを相手にはしていられない。裏門に配置されている兵を、他の部隊に連絡を取る暇も与えないまま一撃で撃破し、劇場内に入り込むのが得策である


 あと一つ角を曲れば敵と相対せん、と言う所に至って、ドロアは馬から飛び降りた。カモールとギルバート以下の兵達もそれに習う。飽くまでも静かに。決して音を上げないように


 カモールが角から覗きこみ、裏門の兵達の様子を確認した後、抜剣。左手を掲げ、無言のままに振り下ろした

 それに従ってドロア達は駆け出した。誰一人として声も気炎も発さぬまま、一本道を敵に向かって駆け抜ける


 「ん…? な、貴様等いった――!!」


 数は十人足らず。逸早く異常を察知し声を上げようとした兵を、ギルバートが己の背丈ほどある大剣で両断する

 ドロアが二番槍とばかりに続いた。各々が一人の首を刎ね、裏門は瞬きする間に制圧されてしまった


 「カモールッ、俺は左の通路から二階に向かう。お前は直接王と大使を救援に行けッ」

 「解りましたッ、ギル」


 ギルバートが施錠されていた扉を蹴破る。そこからカモールを先頭に雪崩れ込み、今此処に事態は決して後戻り出来ぬ所へと転がりだしたのだった


 「どうかご無事で、ドロアさん!」

 「生きてろよ、お前!」


 ドロアは一言だけ言い返した


 「誰に物を言っている」


……………………………………………………


 豪壮な造りの廊下には真紅の絨毯が敷かれていた。ドロアはその絨毯が抉れんばかりに足を叩きつけながら、加速し続ける

 幾許か走らぬ内に敵は居た。まずは五人。流石に異常に気付いており、ドロアを見るなり抜剣した


 こうなっては最早仕方無い事と事前に想定している。ドロアは体制も低く踏み込み、直剣がそのまま真紅の槍になったようなそれを薙ぎ上げた


 ドン、と、とても人体が発する物とは思えない異音が響く。右脇腹から左肩へ。人知の外側にある膂力と技で振るわれた刃は、敵の躯を鉄の鎧ごと真っ二つにした


 「おんのれがぁッ!!」


 まず一人。ブッ、と息を吐き、余分な身体の硬さを抜き取りながらドロア。振った槍を引き寄せつつ、尚も踏み込む


 どれ程広い造りとは言え所詮は廊下。人が剣を振り回そうと思えば、どうしても横並びでは二人が限界だ

 それではドロアを斃すなど出来はしない。五対一でも元々無い兵士達の勝算は、一対一、二対一を連続させる空間で、果てしなく無に近くなった


 あ、と兵士達が喘いだ時には、その身体は二人纏めて輪切りにされた後。ドロアは恐慌に陥った残り二人の兵士をも情け容赦なく切り捨て、螺旋状の階段を駆け上がる


 そして其処に現れたドアを開け、中に飛び込んでみれば、其処こそがドロアの目的地であった


 (見つけた、ルルガン王…!)


 視界の下方には美女達の剣舞を終え、戦の場を劇とした舞台

 それを隣の男と歓談しながら見る、嘗ての主君の姿を、ドロアは見つけた


――ランク「正義のマザコン戦士」


……………………………

申し訳ないが、ここで切らせて頂く。これぞ視聴者をモジモジさせるコマーシャル。(・∀・)

モジモジさせた分だけ面白くなれば良いのに、とか思ったりする次第。身に余るご感想の数々、痛み入ります。

ドロアは暫くマザコン戦士のままで。っと言う訳で、また再来週にでも会いましょう。



[1446] Re[9]:オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人
Date: 2006/04/18 23:17
 空気が音を立てて変化したのを、ルルガンははっきりと感じ取っていた


 (……劇場の中の闇が………)


 舞台の上では戦場が再現されていた。煌びやかな鎧を纏い、紅色の槍を振る役者達が、所狭しと切り結んでいる

 それらを照らすのが幻惑的な彩を造る松明だ。そして、その灯火が照らしつくせぬ闇が、今うずうずと広がっていくような感覚を、ルルガンは覚えたのだった


 ス、とルルガンと大使の間に、黄色い布を頭に巻いた男が現れる。カシムだ。そして続いてスコットも。ルルガンは闇を睨んだ。直視すれば肝の潰れそうな、壮絶な眼光だった


 「――おぉ、容易くも俺の命を獲れると勘違いしている狼藉者が居るぞ」


 何とかせよ。怖気づいた様子もなく吐くルルガンを尻目に、カシムは芝居がかった仕種で声を上げた


 「『無礼者がッ! 戦に紛れて我等が王の命を狙うとは、国賊どもめ!』」


 その途端ルルガンと大使を庇う様にして、眼前に大きな鉄の板を抱えた兵士達が立ち塞がった。突然の事に戸惑う大使を尻目に、兵士達は号令付けて、ぐおぉぉ、と言う掛け声と共に一度に前へと前進する

 そこには闇より滲み出てきた人影。抜き身の剣を引っさげて、一直線にこちらへと疾駆してくる黒衣の者達が居る。抱えた鉄板を盾にして、兵達はまずは一撃とばかりに正面衝突した


 「余興で御座います。危険はありませぬ故、どうぞごゆるりとご鑑賞くだされ」


 大使に何食わぬ顔で語って見せるスコットを見ながら、ルルガンは笑った


 「ほぉ、卑怯な敵の放つ暗殺者が“国賊”とは、また奇妙な言い方をする物だな」

 「さて、このカシムの知るべき所では無いので」


 カシムがニヤリと笑った。それだけで、ルルガンは大まかな事を全て把握していた


……………………………………………………


 一階の様子を一目で見渡せるようになっている二階には、弓を持った暗殺者。しかし、一階に突如として現れた伏兵に、その暗殺者は隠しようもない程動揺していた

 闇に紛れる者として、まずは実力不足。心を平坦なままに置かねばならぬ筈が、この体たらく


 突然の事態の推移に脂汗を流す暗殺者。その頬の直ぐ横に、ドロアの顔が現れた

 動揺の浮かんでいた顔は一瞬で色を変えた。次に現れたのは、恐慌の顔色だった


 「お前達のような木っ端が、身の程を弁えずユイカを害するかと思うと、虫唾が走り反吐が出る」


 ジロリ、と動くドロアの目。暗殺者と、視線が繋がる

 凄まじい威圧だった。ただ無表情を務めるドロアの目が、耳が、口が、うなじが、肩が、殺気と形容しても良い黒い炎の揺らぎで、圧倒的な怒りと恐怖をばら撒いている

 ドロアは逆手に持つ槍を暗殺者の首に沿え、一気に引く。首と胴が泣き別れ、断末魔の悲鳴すら上げること叶わず暗殺者は逝った


 ドロアはその首を、唖然としながら客席の出来事を見ている役者達向けて放る。騒がれ、足を引っ張られても面倒だ。突然生首を投げ付けられた役者達は、蜘蛛の子散らすように逃げていく


 それを見て取ったカシムが怒鳴った


 「『おぉ、誰ぞ、王の危機に身命を賭し、その御身を護る勇者は居らぬか!!』」


 事前に台本すら手に入れていたのか。抜け目ないやつ


 「『我が参らん! 先陣の者どもよ、名乗らずとも良い!!』」


 ドロアは手摺を蹴って一階へと飛び降りた

 落下の土産は天下に通じる一撃。それを振り上げながらドロアは兵達の抱え持つ鉄板の目の前に飛び降り、重さを加えてまず一人を両断した


 「『ただ武で示せぃッッ!!』」


 オリジナル逆行10


 世に武芸は数え切れぬ程あれど、真に気高き武は戦場の武。ドロアはそう信じている

 戦場には嘘が無い。真実しか存在出来ぬ。即ちその真実とは、強いか、弱いか

 ドロアは己の武を、護る為の武だとか、心を鍛える為の武だなどと自惚れては居ない

 もっと単純な物。相対する物の命をただひたすらに突き抉るのが、ドロアの武であった


 「兵ども、鉄板を捨てよ! このドロアが押し通る、一人たりとて抜かせるな!」


 おぉ! と掛け声を上げて兵達は重い鉄板を捨て去り、抜剣した。ドロアがそれの先頭で構えを取り、その構えに力を溜めた。まともに殺り合えば、普通の兵がその手の訓練を受けた者に敵う筈は無い。率先して戦わせる事は出来ない


 暗殺者は前方にのみ存在する。目視できるだけで数は八人。これで全てと見るべきか、まだ潜む者ありと見るべきか


 ドロアは構えに溜めた力を解き放った。一足飛びに前を目指し、唖然としながら動けない文官どもの視線を一身に受けつつ、迫る暗殺者達の中に身を投じる

 全て殺し尽す心算で。もし抜かせる事になれば、ドロアの背後で待機する兵達と、カシムが止める


 「きえつッ!」


 先頭の暗殺者が怪鳥の如き気勢を上げた。呼吸は丸見えだった。馬鹿めとドロアは呟く。幾度もの戦場を越えた戦士には、その一呼吸だけで敵の躯の動き方が理解できる

 短剣を振り上げた瞬間に、その腹を紅蓮の槍が突き抉る。一撃で肉を食い破って背から飛び出したそれは、全く文句の付けようがない神速の突尖だった


 ドロアは次に備え槍を引く――が、抜けない。暗殺者が絶命しながらも、両手で己の腹を貫いた槍を抑え込んでいた


 (ただでは死なぬと言う訳か…!)


 その意気やよし


 (しかしこのドロア、その程度の窮地は、何時如何なる時も平らげて来たぞ…!)


 ドロアは暗殺者が突き刺さったままの槍を振り上げ、前方への道を開けた。死体を盾に使おう等とは思わない。防ぐにはよくとも、攻めるには邪魔なだけである


 既に暗殺者の二陣は迫っていた。似合わぬ直剣を腰溜めに、無駄な挙動を排して飛び込んでくる

 だが、飛び込んでいるのはドロアとて同じだった。ドロアは退かない。後退など、一歩たりとて在り得なかった


 ぐわし、と、ドロアの右の豪腕が暗殺者の頭を掴み上げた。そこは暗殺者にしてみれば射程距離。好機とばかりに直剣を突き出してくる

 だが、そんな事はおかまいなし。ドロアは直剣が己の胴に至るよりも早く、その右の豪腕を床に叩きつけ、暗殺者の頭蓋を砕いた


 ごきゃり、と言う良いようも無い生々しい異音。それを聞きながらもドロアは、新しく迫る気配に沈み込ませた頭を持ち上げる


 三陣は空中からきた。高く飛び上がりつつ両手の短剣を煌かせ、そんな様子の暗殺者にドロアは嘲弄の念しか抱けない


 ――態々死に体で来るか、隙だらけよな!!


 とても、穂先に大の男の体重がかかっているとは思えない鋭さで槍が閃く。問答無用でまたもや突き。それは寸分の狂いもなく空を舞う暗殺者の腹に突き刺さり、激しく血飛沫を舞い上がらせる

 槍の穂先で串刺しとなった死体は、これで二つとなった。後五人。ドロアの思考をその数だけが掠めた


 「……一人ずつでは話にならぬ。弱兵よ。武の才なく、非力の身で、しかも身の程を弁えぬ愚か者どもよ」


 ドロアが仕留めた三人の暗殺者の死体を捨てもせず、逆にそれを誇示するかのように掲げながら言った


 「このドロアには一斉に迫るが良い。さもなくば、死ぬるのみぞ」


 残る五人の暗殺者はどう控えめに見ても腰が引けている

 その内の一人が、意地も誇りも無く尻餅をついて後退りした。黒い布に覆われた顔は表情が解らないが、恐怖と狂気の色に染められたその目だけはよく解った


 「い、一瞬で三人…! 馬鹿な、こ、この男は、魔王か…!」


……………………………………………………


 ――あれ程の男が、この小国に隠れておったか!!


 ルルガンは最早座って居れず、隠し切れない幼い笑みを零しながら、立ち上がる

 ルルガンは『匂い』が消えたのを感じた。それは幼い時から、戦場に立つ機会は無くとも、本能的に嗅ぎ取れる物

 死の匂いだ。それが充満している時は、僅かでも間違えれば己は死ぬと感じる。それが潮が引くように消え失せた。ルルガンは、体の内だけでは収まりきらない、熱の昂ぶりを感じていた


 そんな時ルルガンの感覚は敏感だ。上方に剣呑な気配を感じ取るや、刹那の間にその正体を看破してみせる


 「上にも居るぞ! この上俺に血潮猛る殺陣を見せてくれる者は居らんのか!!」


 その声に合わせたかのように、二階から飛び降りてくる黒衣の男達が四人

 ルルガン王と大使を囲むようにして、それほど離れていない位置に降り立った暗殺者達は、直ぐに移動を開始した


 (これだ、今のユイカに、ここまで鬼気迫る迫力で演じる名優は居らぬ。ならばここまでの殺気を放つこやつらは、本当に俺か、もしくは大使殿を狙っていると言う事だ)


 一直線に影が這うように、こちらを目指す暗殺者達。ルルガンの顔は更に笑顔になった。この上は何が見られるのか。否が応にも期待は高まる


 その時、ルルガンの背後にある入り口扉が吹き飛んだ。真っ二つになって宙を舞うそれは、巨大な剣に切りつけられ、再起不能の状態だった


 入り口で多数の兵を従えた一人の女が剣を振る。カモールだ。血糊が飛び散り、それが血風となった。傷ついた彼女達の着込む鎧が、熾烈な戦闘を思わせる


 カモールは、グルリと劇場内を一瞥して言った


 「最精鋭王国近衛軍団、剣竜隊! 遅参の義、御免なれ!!」


 ぐは、とルルガンは笑った。最精鋭王国近衛軍団とはまた吹いたものだ。このような場で無ければ、打ち首にされても文句は言えない騙り名である

 大体、剣竜隊など存在しない。そのような大仰な名を許す程、ルルガンは酔狂では無いのだから


 四人の敵を防ぐ為に回りを囲む兵達を見て、ルルガンの気分は最高だった。ふと見れば、大使の方は最初こそ動揺していた物の、今ではこれを余興と信じきっているようで、興奮気味に手を叩いている


 何と言う暢気な男だろうとルルガンは笑った。だが、ルルガンも他人の事は言えないに違い無かった


……………………………………………………


 カモールの下知は確かな物だった


 「三対一で掛かって! 敵はこちらよりも実力で上手、数で補うんだ!!」


 ギルバートを筆頭に激しく切り結ぶ。確かに暗殺者達は自分達よりも強く、複数対複数の戦闘に慣れているが、それでも数が違う。大体、分散していては勝ち目など無い

 先にカシムと共に忍び込み、その指示に従っていた兵達も加わった。カモールが振り返れば、ドロアが残った者達を片付けたのか、その首級を引っさげながら堂々と歩いてくる所であった


 ザ、と、いきなりドロアが跪く


 「主命、力の及ぶ限り果たして御座います!」


 見ればカシムもその後ろで跪いている。何時の間にか、そんな配役になっていた


 正直に言えば、カモールは胸に来る物があった。カモール自身に男性を跪かせて喜ぶような趣味は無いが、今カモールの前でそうするのは、“あの”気高き武人、ドロアだ

 カモールが己の知る限り最強のギルバートを軽く破り、精神としても高みにあるドロアが、演技とは言え自分に跪き、主とまで呼んでいる。これで何も思わないほうがおかしい


 カァ、とカモールの頬が熱くなる。勇将を従える王とは、正にこのような心持なのだろうと、今理解した


 「ドロア、まだ終わっては居ないんです。私の命令を尊ぶならば、身を惜しまず戦って」


 何とか徹しきれたとカモールは思う。失敗しなかった。ドロアと言う人は、ただ仮初に命じるだけで、これ程気を揉むような価値のある人だったのか


 「御意!」


 ドロアは、本人は気付いていないのだろうが、些か奇妙な物言いだったカモールに苦笑し、そして直ぐに新たな敵へと身を躍らせた


 気付けば敵は増えていた。新たに下りてきた五人の黒衣の男が、カモールの指揮の下、陣を構成しつつ戦う兵士達と、切り結んでいる最中だった


……………………………………………………


 作戦は完全に成功した。ルルガン王とレゾン大使の身は護られ、大使に此度の事件をまるで気取られる事なく、しかも味方には一人の戦死者も出なかった

 完全勝利。その言葉が良く似合う。そして今後のユイカをも左右するこの作戦の功労者は、間違いなくドロア、カシムと、カモール達であった


 「………それが、何でまたこんな黴臭ぇ牢屋に押し込められてんだよ!」

 「ちょっと、静かにしててよギル。五月蝿くて眠れない」


 壁一つ挟んでカモールがギルに言った。そう、ここは些か前の乱闘事件でも世話になった牢屋

 しかもドロアは、ギルバートと同じ牢だったのだ


 「一晩すれば出られる。これは一時的な措置だ。あれだけの大立ち回りをやらかしたんだからな」

 「あぁクソ、納得いかねぇなぁ、もう!」

 「調査が進むまでは俺達を犯罪者として扱うしか方便が無いと言う事だ。全く、ルルガン王も全て解っておいでだろうに、人の悪い」


 ドロアとギルバートとカモールだけではない。今この牢屋には、作戦に参加した全ての兵がぶち込まれている

 ただカシムだけは上手くやったようでここには居ない。今頃ルルガン王に直々に謁見し、事件の解決と自分達の釈放に助力しているだろうと、ドロアは思考した


 「畜生め、リロイさんに会いたいぜ…」

 「女々しい男だ。それでもアルバート殿の息子か」

 「手前、だから親父は関係無いだろ親父は!!」


――ランク「正義のマザコン戦士」


………………………………


ハイ、再来週とか言ってモジモジさせて置きながら意表を突いて翌日投降する緻密な罠。だが私はあy(ry

しかし、出来は…。あまり突っ込まないでくれると在り難いですが。

もう本当に下らない事は言いませんので、再来週にでも会いましょう。



[1446] Re[10]:オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人
Date: 2006/04/29 21:32
 「良い気分だったぞ」


 王城門を越えて直ぐの石畳の上でルルガン王

 ドロアは頭脳の中であるがままに言葉を見比べてみても、どれも抜きん出る物が無い。それは即ち、今は目の前の男に捧げても良い言葉が無いと言う事だ。ルルガンの少しの遠慮も無い視線に顔を上げられないドロアは、跪きながらそう自問自答した


 「兵達にはそれぞれ昇進と金を褒美に与えておいた。さて、主要を担ったお前達には、どんな見返りが似合うと思う?」


 正面のカモールとその横のギルバートは身じろぎもしなかった。ルルガンの言葉の意味を図りかねている

 褒美が欲しくて戦った訳では無いが、傭兵の身で清廉を気取っても意味は無い。さして興味の無い物でも、受けて置いて損は無いだろう。いや、いっその事、受けて得になる物でもねだって見るか

 不遜であろうが、これで良い。大義、正義と口に出すのは数度。胸の中でそれが炎の如く燃えていれば、後は迷わず進める

 ドロアは例え“以前”の全てを裏切っているのだとしても、思うままを貫けば良いのだ。ドロアはドロアのままであれば、ただそれだけで恥じ入る事は何一つ無かった


 (……ではルルガン王。貴方は今、どんな様子で居られる)


 そうすると、無性に今のルルガン王の事が知りたくなる。声に混じる自信だけは今も“以前”も変わらないが

 だが、今はどんな目で世を見ていらっしゃるのか。今はどんな風に部下に下知を下されるのか


 ドロアは固く目を閉じた


 「うーむ、………よし」


 ルルガンがツンと上向き、見下ろすように視線を使いながら、眼を細める


「ではカモール及びギルバート、お前達二人は今日から俺の軍団で部将として禄を食め。このルルガンは若い可能性には甘い、そこで軍才を魅せよ」

 「ッ! はっ!」 「あ、在り難き幸せ!」


 大抜擢。部将とは言っても使い走りと大差無い待遇であろうが、一兵士からの出世と見れば大した物だ

 だが大した物でも、それほど珍しい話ではない。今のユイカであれば寧ろこのような事例が無かったのが奇妙とも言える。それに、問題があればそれは別の類だった


 当然ではあるが高々一部将とは言えその責務は甘くない。無学の者が一念発起しただけでこなせる仕事では無いのだ。学ぶべき事が多々あるし、ドロアとてそうだった

 では、このカモールとギルバートにそれを躾けるのは誰か。ドロアはふと頭を巡らせる


 「そしてドロア。お前、俺の傍を護らんか? 破格の待遇を約束しよう」


 ルルガンの言葉をドロアは意図的に聞かないようにした。ここいらは、理屈ではない


考えが行き着く。此度の遠征、確かルルガン王の軍団には、あのダナンが軍師として付いていた

 成る程、ダナン軍師に押し付ける心算か。見聞きさせ、指導し、学ばせるには良い人事やも知れぬな

胸中としては複雑。嘗ての味方であり、敵であり、そして今またユイカの為に尽くす軍師。こういう状況は、一体何と言い表せば良いものか…


 ドロアは立ち上がって一つ頭を下げた。口から漏れ出た言葉は、全くの無意識の内だと言うのに、少しも淀みなかった


 「残念だが、俺ではルルガン王殿のお役には立てますまい」


 此度の褒賞は、ルルガン王直々の誘いを一蹴する、その無礼とで相殺よ


 オリジナル逆行11


 「固い男だな。取り付く島も無いぞ」


 むん、と唸ってルルガンは呟いた。ニヤニヤと石畳の上に胡坐をかく姿は、全く以ってその性質を掴みがたいと感じさせる。なんとも言えない突拍子の無さがルルガンにはあるのだ


 ルルガン王の誘いを蹴ったドロアの事、その心象を悪い物にしない為にはどうすればとカモールは必死に考えながら、額を石畳に付けんばかりに頭を低くする

 カモールにしてみればそんな事をする義理は無い。だが彼女は生来、他人から良く言われる損な性格をしている。面倒見が良く、節介を焼きたがる。もし道端で倒れ伏す病人や怪我人がいたら、カモールはそれを救う為に命がけだ

 だから、今度のドロアの無礼な態度も何とか擁護しようと考えた。しかもカモールにとってドロアは赤の他人ではない。恩人であった


 しかし、ルルガンはそんなカモールの胸中も知らず、あっけらかんと言って見せる


 「よし、カモール」

 「はッ!!」

 「お前に与力を一人まで認める。あの男を口説き落とせたら、そのままお前の副官として養っても良いぞ」


 カモールは眼をぱちくりとさせた。そのまま迂闊にも、許されて居ないにも関らず顔を上げてしまい、カモールは慌ててまた下を向く


 怒っていないのか?


 一瞬だけ見たルルガン王は胡坐の上に頬杖をついて矢張りニヤニヤと笑っていた。カモールの確認できたのはそれだけである

 ルルガン王の言う意味が咄嗟に噛み砕けず、カモールは必死に頭を回した。簡潔な筈のルルガンの言葉がやけに難しく感じられ、簡単な一つの答えに辿り着くのに、カモールはかなりの時を要した


 「あの男、軍略はどうか知らんが武は凄まじい。上手く使いこなし、駆り立てる事が出来れば、もしやお前今年の内に二つ名持ちの将軍に成り上がれるかもしれん」


 わっはっはっは、何て、豪快に笑いながら言う。カモールには冗談なのか、本気なのか、全く判別出来ない

 と言うか、カモールは今理解した。真正面からこの君主と対峙すれば、自分はただただ振り回される事になるだろうと。役者が違うとかそういう話ではなくて、そういう相性なのだ。こればかりはどうしようもなかった


 ザ、とルルガン王が立ち上がった。何も言わないと言う事は、このまま平伏していろと言う事だ。ルルガン王が背を向ける気配がするが、カモールは平伏したまま送る


 「俺はもう行く。お前達も今日は宿舎にて沙汰を待て」


 つい先程の事など無かったかのように、ずんずんとルルガン王は歩いていく。忙しい身で、よくもまぁここまで時間を割いてくれた物だなんて考えながら、カモールは漸く安心して思考に没頭していく


 誰を誰の副官にだって?

 あのドロアをこのカモールの副官にだって?


 ――何を馬鹿な事を。大体、ドロアにしてみればこんな小娘を相手にする理由があるまい

 ――しかし、もしかすると、もしかしたら? もし、ユイカ国ではない、カモールへの仕官を、あのドロアが認めたら?


 かなり遠くまで行ったルルガン王が、ふと振り返って叫ぶ


 「それとな、ギルバート! 今回の貴様の人事には、親父は関係しておらんからな!」


 隣でガバ、と顔を上げるギルバートに、カモールは良かったね、なんてお座成りな台詞をうわ言のように考えた


 ――例えルルガン王が本気でなかったとしても、言質はとった事になる。許されない何て事は無い筈だ

 ――と言うか――お墨付き


 ルルガン王の背中が視界から消えた時、カモールとギルバートは一緒になって飛び上がった


 「「いよぉっし!!」」


……………………………………………………


 異例の人事の起きた三日後、内々的な処理の御蔭で、己の身近で大事件が起こったなど、少しも気付かなかったリロイは、まだ日も高い内からカウンターに居座るランに掛かりきりだった


 「ランさん…ほら、もうそんなに泣かないで。ドロアさんだって良い年した大人なんですし、四ヶ月と半月働き詰めだったんでしょう? そんな事もありますよ」

 「ドロアはまだ十八歳だ! そ、それなのに……」

 「え…? じ、十八歳?! 私より二つも下なの…?!」


 ランはホロリ、ホロリと涙を流しながら、次々に酒を注いでは、片端からその酒杯を空にしていく

 かなりの勢いだった。ランがこの酒家に来るようになって早二週間。数少ない女性客ともあってリロイとランは直ぐに打ち解け、リロイはランの人となりも大分知った心算だったが、だからこそ飲みすぎだと解る


 漏らした溜息はもう数え切れない。ランがどんよりとした空気を纏って現れ、蚊の羽音程度の声で「ドロアがグレた…」なんて泣き出した時、自分はもうとっ捕まっていたのだなと、リロイは思った


 (別に良いじゃない、楽夜街から帰って来ないくらい。まだ一週間とか、そんなに経ってる訳じゃないんだから)


 楽夜街とは、ラグランの歓楽街にあるとびきりの娼館通りの事だ。ドロアがそこに行ったまま帰らないと言うなら、女遊び以外に考えられない


 (ランさん、こんなのはオトコの甲斐性ですよ……。しかし、十八歳かぁ……)


 こっちはこっちで、リロイにとっては衝撃の事実である


……………………………………………………


 「追い撃つ戦いと言うのは追う側にしてみれば存外に戦い難い物だ。逃げる時とは大抵兵は傷つき、士気は低下している状況だが、上手くやれば被害を抑えられる事もある」

 「あ、ハイ。ダナン軍師も似たような事を仰っていました。確か、敵に背を向けたまま敷く陣とかもあるんですよね?」

 「そうだ。追撃は機動力のある騎兵が行うのが常であるから、専ら対騎兵の物が多いな」


 楽夜街の一角にある上品な酒家で、ドロアはカモールに講釈を垂れていた

 机を挟んでドロアの話を聞くカモールは、最初はこんな事をしに来たのではなかった。ここ数日、ドロアの前に現れては副官を務めてくれと頭を下げているのだが、何時もドロアが断り続ける内に、こんな風に話がすり替わってしまうのだ

 今ではカモールは、勤め先の上司である軍師ダナンとドロアの両方に、昼夜を問わず軍学を学んでいる状態であった


 「……で、…それはそうとして、……そろそろその、目のやり場に困るんですが…」


 一舐め、二舐めと、僅かずつ酒を呑んでいたカモールが、そう言って唐突に話を変える

 原因はドロアの周りに侍り、しな垂れる艶やかな美女達だ。人差し指と中指で自らの口を押さえ、クスクスと妖しく笑う彼女達は、カモールと然程歳の変わらない者も居れば、深い色香を放つ妙齢の者も居る

 共通しているのは、誰もが皆とびきり付きの美女と言う事だ。望めば閨の共から酒の相手までしてくれる彼女達は、楽夜街の高級娼婦だった


 ドロアがカモールに向かって、まるで平静に言う


 「恩知らずだな、お前は。彼女達は勉学に勤しむお前のために、態々こうして口を噤んでくれていると言うのに」


 なぁ、とドロアが問えば、彼女達はニコリとしながらウンウンと頷く。その仕種一つをとっても上品な感じが漂う。媚びるだけではない彼女達は、とても高いのだ。一人一人にそれなりに金がかかった女性達であった


 「でも……いくら楽夜街って言ったって、そんなに女性を引き連れてるの、ドロアさん以外に居ませんよ。欲張りすぎですって」


 カモールの声が上擦る。どうやら先程までは、出きる限り意識しないようにしていたらしい。娼婦だ亡八だと騒ぐような潔癖症では無いようだが、免疫があると言うわけでも無いと見える


 ドロアは腕組みする。そして暫し熟考

 その後にドロアが吐いた言葉は、何時もの彼には似合わない曖昧な口調だった。ドロア自身疑問を感じているような


 「……俺が最初に酒の相方を頼んだのは、一人だけだったと思うのだがな」

 「へぇ、………モテる男は辛いですね、ドロアさん」 カモールは少しだけ理解する


 勝手について来た訳か。玄人の、娼婦らしくない真似をしたのは、彼女達自身も自覚しているらしい

 客を選んでついてきた彼女達は、そこで初めて声を発し、たまには良いじゃないと笑った


 「長くこの仕事やってると、良い男はついつい気合入れて相手したくなっちゃうのよね。やっぱり、何度も来て欲しいじゃない」


 一人が言った台詞に、彼女達はまたもやウンウンと頷く。本気ならば大した職業精神だと褒める他無い

 こんな事を言われたら、大抵の男は一発だろうよと、艶やかな娼婦達の心の中まで読めないドロアは思った


……………………………………………………


 アルバートは差し迫った執務の大半を片付けると、夜半の無礼を承知でダナンの執務室を訪れていた


 「どうされた、アルバート殿」


 低い声で羊皮紙の山が呻く。性格にはその中で仕事を続けるダナンだが

 アルバートはまず詫びた。仕事の邪魔をして済まぬ、その思いを正に「済まぬ」の一言で片付けると、ダナンは「詮無き事」と言い捨てた


 「最近抜擢された将の様子を聞きたい。ダナン殿が指導しておられると聞いた」


 ふむ、とダナンが頷く。羊皮紙に囲まれた中で筆が猛然と往復する音が鳴り続け、アルバートはどんな問いを投げかけられても平然と仕事を続けるだろうダナンの禿頭を、ハッキリと想像する事が出来た


 ダナンは筆と口を同時に動かした


 「悪くは無い。二人ともそれなりに能はある。どのような伸び方をするかまでは未だ解らぬが、全く使えぬと言う事は無いだろう」

 「やってゆけるか」

 「うむ。…得にカモールと言う娘は面白いぞ。まるで未熟者である癖に、時折幾度もの死地を駆け抜けた歴戦の猛将のような事を言いおるのだ。あの気質は意外に新生ユイカ軍と合うやもな」


 ダナンは付け加えるように、「今は件のドロアとか言う男を口説きに行っている」と言った。「どうせ、今日も鳴かず飛ばずであろうが」


 ギルバートは沈黙した。ダナンは、そんな様子など気にも留めず仕事を続ける

 今のダナンに一瞬たりとも暇な時間など無い。元よりルルガン王と遜色無い激務をこなしていたのが、厄介な事に新人を二人も押し付けられたのだ。その苦労は更に増えた

 だが、例え如何なる重責、苦難であろうと、それが実現可能な事であるのなら、眉も動かさず達成してみせるのが軍師と言う物だ。仕事が面倒だなどと、ダナンは思うはずも無い


 平坦な口調のままでダナンは話した。ダナンがギルバートの名を口に出し、既に堂々と兵を率いる胆力のある彼の者は、手勢を持たせて賊の討伐に向かわせたと言うと、アルバートは俯いて右目を固く瞑る

 ダナンは知る由も無いが、アルバートが照れ隠しの為に無意識に行う仕種だ

 アルバートは、自慢の息子が既に将として立派に責務を果たしていると知ると、何とも誇らしい気分になるのだった


 ――ふと、ダナンが言った


 「そういえばアルバート殿、ルルガン王より、貴殿に口頭でのみ伝えよと言われておる事がある」

 「…む?」

 「海洋諸連合国の事だ。このユイカで、大分好き勝手にやっていたようだな」


――ランク「正義のマザコン戦士」→「非行青年」


…………………………


ドロアがグレた…………

身に余る感想の数々、どうもありがとう。しかしドロアがつんでれとは、これはまた新しい境地だ(何

また近い内に会いましょう



[1446] Re[11]:オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人
Date: 2006/05/03 21:31
 「つまり、金をやるから山賊を偽ってユイカを荒らせ。そう言われたんだな?」


 兵を下がらせたまま、倒れ伏した賊首領の背を踏みつけ、巨剣を突きつけながらギルバートは問うた


 「そ、そうだ! 頼む、助けてくれ! 国元のアイリエンに、六人子供が居るんだ! こ、こんな事でもしなきゃ、養っていけなかったんだよぉッッ!!」


 涙ながらに首領は叫んだ。哀れさすら感じるその様を見て、ギルバートは不愉快そうに眉を顰めた


 隣国アイリエンは戦によって治安が乱れ、民は貧困に喘いでいる

 この男の叫びは、この男だけの物ではない。戦火に苦しむ無辜の民全ての物。ギルバートとて、その程度の事承知している


 「手前に子が居るから、殺らなかったのか?」


 ギルバートは、男を筆頭にした山賊に襲われた村を思い出す。散々なまでに荒らされ、焼かれていたが、何故か幼い子供の生き残りは多かった

 だが、それが何になる


 生き残った子等は、これから先の生を、一人きりで歩みださねばならない。彼等の現実には、圧倒的な理不尽によって奪われた世界の残骸しか無いのだ


 幼き命の記憶に刻まれた親兄弟、友の死に様は、この平和なユイカで絶対に起きてはいけない悲しみの筈だった


 「…そ、そうだ…!」

 「そうかよ」


 ギルバートはそれ以上を聞かなかった。男を思いきり蹴りつけると、無様に転がるその眼前に巨剣を突き立てる


 「手前で脳天をぶち割れ。見届けてやるぜ」


 無道の行いをし、民の財貨を奪い、人を殺すのが賊。そして賊は、どこまで行き果てようが賊だ

 その罪を償え。ギルバートの目は、伝説に残る氷の巨人の息吹よりも冷たかった


……………………………………………………


 相変わらず激務を消化しながら、ダナンはギルバートの報告を聞いた

 ギルバートはあるがまま全てを、少々どもりながら答える。どもる程気を張っているのは、ダナンの近くにアルバートが居るからだ。この男、実の父に対して此処暫く素直になれないでいる


 気を張るのはまぁ当然だった


 「…つまりがそう言う事だ、アルバート殿。今のギルバートの報告が裏付けになる。アルバート殿は、先の件を知っているな? レゾン大使の」

 「公然の秘密になっている。…成る程、海洋諸国連合、焦っているな」

 「ユイカ・レゾン離間の計は先日破られた故な。嫌がらせ程度とは言え、力も入ろうと言う物」


 ダナンの言葉を聞いて、アルバートの目が厳しくなる。今の口ぶりは、まるで


 「首謀者が何か吐いたか。流石はダナン殿、仕事が速い」

 「襲撃を成功させた暁には、海洋諸国連合に上位士政務官として厚遇して貰える筈だったらしいな。…所詮、平和に緩んだ売国奴。部下も二流なら、自身も二流よ。吐かせるなど容易き事」


 確保した先日の襲撃事件の首謀者である文官は、既に誅殺してある。ルルガン王が直々に命じた

 ダナンがあらいざらいを吐かせた後だ。その後ダナンはユイカの国中に手を伸ばし、目を光らせ、根本的な解決を図っていた


 アルバートがこれ以上は行かぬと言う程皺を刻んだ眉間を揉み解す。まざまざとユイカの内患を見せられては、頭痛もしようと言う物


 アルバートはダナンに問うた


 「して、ルルガン王が私にこれを伝えるよう言った訳は? 私の所に回る仕事が急に減ってな。其処まで手回しされているのだ、何も無いと言う事はあるまい」


 ダナンが羊皮紙の一角を掻き分け、顔を覗かせる。今日初めてダナンはアルバートとギルバートに顔を晒した。そこには頬に一本線傷の入った禿頭が、確かに居た


 ダナンはアルバートを見上げる。するとアルバートには、何時も平坦で表情が変わるのは軍略の話をする時のみだと思っていたこの軍師の顔が、少しだけ微笑んでいるように見えた


 「ルルガン王は、アルバート殿に屯所の兵権を貸与なされるそうだ。これ以上の事が起きたら速攻消せ。…アルバート殿はユイカの重臣。それが先の件に何の働きも示さなかった。ルルガン王は、貴殿にどうしても功を上げさせたいのだろう」

 「………………………」


 アルバートは目を閉じた


 「それと、一時的だがギルバートをアルバート殿の指揮下で使って貰いたい。息子の成長をその目で確かめるのも、悪くは無かろう」

 「うげッ!!!」


 ギルバートが仰け反った


 オリジナル逆行12


 王都ラグランより西に馬で二日の距離。そこに仮設された馬民族との会談用の陣中で、スコットは不意に呼び止められた


 「僅かぶりだな、スコット殿。二週間と言った所か」

 「おぉ、これはリーヴァ殿。先程の会見ではどうも助かりましたぞ」


 スコットが振り返った先に居たのは、軽装鎧を着込んだリーヴァだった。左肩から先をはだけさせ、腕の先まで彫られた鷹の目に良く似た紋章を晒している

 それはリーヴァが西方馬民族の中の一氏族の長であり、またその氏族一の弓取りである事を示す。前氏族長である実父の強弓を取り戻し、その誇りを護ったリーヴァは、名実ともにその後継者の座に就いていた


 「非戦派連中を黙らせた事か? それならば気にするな」


 馬民族は正真正銘の実力主義だ。如何に前氏族長の娘とは言え、能力と人望の二つが無ければリーヴァの長就任は無かった。スコットは、その事を良く知っている


 僅か十六歳。成人に至らぬ身でそれを成し遂げた事に、スコットは感嘆した


 「元々参戦の方向に機運は流れていたのだ。私がしゃしゃり出ずとも、来年には軍盟は成っただろうさ」

 「まぁ、何はともあれ、これで激務からも暫し解放されますわい。延期させられたり、前倒しさせられたり、その合間にレゾン大使の接待までやらされたり。正直、肩の荷が降りた心地です」


 リーヴァはご苦労な事だとだけ言うと、部下に馬を引かせ、それに跨る

 元々リーヴァにスコットを長く引き止める心算は無い。見知った顔に挨拶もせぬのは無礼と、そう思ったからだった


 だが、聞きついでだ。リーヴァは跨った馬の上から聞いてみた


 「良いのか、私にそんな愚痴を零して」

 「何を。リーヴァ殿だからこそ、私も気を抜けると言う物」

 「ふん、そんな事を言って私を引き込もうとする。スコット殿は全く、私好みの御し難い智士だな」


 スコットは内心肩を竦めた。やはり、少々気を抜いた素振りを見せただけでは看破されるのみか

 だが友好的な事に変わりは無い。有望株と知己になれたことは幸運であったとスコットは思う

 この繋がりは大切にせねばならんなと考えながら、スコットはこれから帰還するリーヴァに最後の世間話の心算で言った


 「御し難いと言えばリーヴァ殿、こちらに出立してくる前に、我が君が“あの”ドロアを見知られたようでしてな」


 リーヴァが返そうとしていた馬首を止める


 「…ルルガン殿がドロアを? ……それでどうした。登用でもしたのか」


 目が細くなった。声も些か低い。スコットはいきなり変わったリーヴァの様子に思わず身を引く

 しまった、何故かは知らぬがこの話題、失敗であったか?

 今のリーヴァからは嫌な予感しかしない。西方馬民族との会談を成功させ、軍盟をも結んだと言うのに、最後の最後で誤るとはこのスコット、不覚であった。しかし、今更話を打ち切る訳にも行かない


 「いえ、それが一蹴されたようでして。小さいとは言っても裕福な我等がユイカ国の、それも王直々の誘いを断るとは、あの男こそ御し難いと思ったのですよ」

 「…く、はは、そうか、蹴ったか。まぁ当然だな」


 笑いながら思わせぶりに言うリーヴァに、スコットは訝しげな顔をした


 「…? はぁ…。しかし、諦めてはおられぬようですが。先日抜擢した将に「口説き落として来い」とまで命ぜられた程ですからな」

 「「口説き落とす」とは……。その将とは女か」

 「えぇ、まぁ」

 「色仕掛けか?」

 「まさか、そんな物でなびく器ではありますまい」

 「私もそう思う」


 リーヴァは急に視線を外すと、そっぽ向くように馬を歩かせ始める

 しかし、帰還するにしては方向が違った。リーヴァが行く方は、どちらかと言えば馬民族の地ではなく、ユイカ王都よりの方向


 スコットの嫌な予感はここにきて明確な形になった。いや、それは勘弁してくれまいか。自分は将や軍師のような、例え目の前に化け物が躍り出てきたとしても、身じろぎ一つしないような心臓は持ち合わせていないのだ。これ以上の心労は命に係る。ただでさえ此処最近問題続きなのだから


 「り、リーヴァ殿、どちらへ行かれるので?」


 しかしリーヴァは、スコットの縋るような思いを、一刀両断にした


 「騎馬軍団に先んじて単身ラグランに向かう。兵の移動は他の者に任せるさ」


 スコットはその瞬間、胃の中から何かが競りあがってくるのを感じた。とりあえずハッキリとしたのは、今のリーヴァの一言でスコットが各所に提出せねばならない一束二キログラムの羊皮紙が、七束は増えたと言う事だけである


 苦り顔を堪えきれぬスコットに、リーヴァは更に言う


 「そうだな、取り成しはスコット殿に頼みたい。流石にいきなりは拙かろう」


 七束ではない。十束であった


 「何の目的で行かれるのです」

 「私には兵は居ても腹心が居らなんだ。そして私の最初の臣下は、あの男と決めている。つまり、そう言う事だ」


 歴戦の外交官も形無しである。さめざめと泣くスコットは、外との交わり極むる舌戦の場でなければ、とても人情味のある男なのだ


……………………………………………………


 「空気が温い」


 娼館の二階の一室にて、ドロアは息を吐いた

 仄暗い部屋でぼんやりとするのは好きではない。ドロアの基本は動き続ける事にあるからだ。突撃力のある騎馬なんて物を率いていると、自然、そんな風になってしまう


 率いる。そう言えば、ここ最近は自分自身の手で兵を動かすような事が無かったな。当然ではある。今のドロアは、そのような立場に居ない

 ベッドの乱れた絹布の上で、ドロアはフン、と鼻を鳴らした


 (軍、か。……此度の遠征、どうなる物やら)


 “以前”の“この時”、自分はどんな風だったろう。ふと、そう思う


 遠征に出る前に、既にドロアは部隊長になっていた。前線で身体を張る部隊長等に、高度な指揮の術は必要ない。只管強く、堂々としており、味方を鼓舞出来れば良いのだ


 戦術を駆使する動きは全てその軍を率いる将から出る。ドロアの仕事は、それを忠実に守り身体を張る事。その智と弁で世を渡る軍師とは違うドロアは、まず其処から成り上がった


 (……そうだな、俺はこの時、まだまだ若かった。名のある将の首級でも上げまくって、戦場でドロアの名を聞けば、恐怖の余り敵が自害して果てるような、そんな戦果を望んでいた)


 思い出そうと思えば、昔の自分の事は簡単に思い出せた

 それは今もこのドロアが、歴戦を重ねた勇将でありつつも、戦に臨んだ始めての力を失っていないと言う事だ


 思い至れば勇将ドロアは、未だ将で無き部隊長ドロア。正に貪欲に敵を求める戦人の心地だった


 「ふん、どいつもこいつも、どうしてくれよう」


 数多の敵兵の顔が浮かび、敵将の顔が浮かび、敵軍、敵陣の様が浮かぶ


 その次は味方だ。戦友達の顔が浮かび、忠実な部下の顔が浮かび、君主の顔が浮かぶ

 そう、浮かぶ。ルルガン王の面影


 (いっその事、今からでもユイカ軍の兵卒に志願してやろうか)


 もう一度一番下から始めるのも良い。今からでも遅くは無い筈だ。数多の戦功、幾多の武功を上げまくって、本当にドロアの名だけで敵が自害しだすような将になってやろうか

 ユイカは守るべき祖国。そのユイカ随一、いや、大陸に鳴り響く勇名の将として、祖国の守り手となる。夢想してみれば何とも誇らしいでは無いか

 常人が考えれば夢の中の戯言でも、ドロアが思えば一味も二味も違う。その身体に熱が流れ始めた


 そこに、ふとランの顔が浮かぶ


 ランさんはどうしようか。ドロアはベッドから立ち上がりかけ、座り直す


 一度孝行させてくれと頼み込んでおきながら、途中で投げ出しては余りにも情けない

 そう考えると、急に熱は引き始めた。人と言うのは身勝手な生き物だ。こんな大事な事でも、慣れてしまえば平然とそれを忘れてしまう


 しかし、これ以上ランさんに何をしてやれば良いのだろうとドロアは悩む。この男は武勇でのみ生きてきた。ランさんの為に金を稼ぎ、病の治療の手筈を整え、居を構え、この上は何をすれば良いのか。それが解らない

 そして、解らないままであるならば戦へ、戦場へ行けとそう思う

 矢張り其処しかなかった。ドロアは、ユイカの将であった


 (済まんな、ランさん)


 ドロアの腹が決まった。すると、最後の最後とばかりに浮かぶ物がある


 カモールの顔だった。手助けをしてくれと頭を下げる、新参の将の顔だった


 ドロアは目の前の空中に浮かんだそれを、ぺしゃりと掴み潰す。平然としていて、全く躊躇が無い


 ドロアは簡単に頭を下げる将器には仕えない。仕えないし、使えない。ドロアは自分に向かって平然と頭を下げるカモールを思い出すと、とても使われてやる気にはなれなかった

 礼を払うのと卑屈になるのは全く違う

 やはり、器量が足りていないのだと思った


 其処まで考えてドロアは立ち上がり、部屋を出た。いい加減長く家に帰っていない。ランさんが大分心配しているだろう

 事実、ランは今もリロイの酒場で大泣きしているのだが


 階段を目指し、其処を降りようとすると、下から猛然と一人の娼婦が駆け上がってくるのが見える


 ドロアは立ち止まった。階段を下りた先にある一階に剣呑な空気が満ち満ちており、激しく争う音が聞こえる。剣戟の物もある


 「何があった」


 ドロアは娼婦に問いかけた。昨晩、ドロアの相手をしてくれた女性である。ドロアの事を慮ってか、伝えに来てくれたらしい


 「それが訳解らないのよ。何だか決闘だか、仇討ちだか、そんな騒ぎになってて傭兵達が大暴れ。店が滅茶苦茶だわ」


 娼婦はそう言いつつ、乱れた髪を掻きあげる

 ドロアは気にする事なく階段を降り始める。それを見た娼婦が些か慌てたように制止の声をかけるが、ドロアは聞かなかった


 「ちょっと、危ないわよ!」

 「それは、俺が死んだ時に言ってくれ」


――ランク「非行青年」→「引く手あまた」


…………………


ハーレムを目指しているのに中々女性キャラが出てこない罠

というか、アルバートとギルバートを時々間違えそうになr(ry


まぁ、また来週にでも会いましょう



[1446] Re[12]:オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人
Date: 2006/05/04 18:47
 階段を降りきった瞬間に、ドロアに向かって人影が飛んできた

 向かってきたとかそう言うのではない。言葉通りに、飛んできた


 「ぬぐッ」


 咄嗟に受け止めたのは良い。問題はその後だ。怒声に目を上げてみれば、其処には長剣片手に踏み込んでくる大柄な傭兵が一人


 「邪魔よォッ!」


 しかも今しがた降りてきたドロアごと抱え込んだ者を斬ろうてか、何の迷いもなく剣を振り下ろしてくる


 足を振り上げる。ブーツは鉄板入りの特性だ。体勢の崩れている今、退くに退けず、前にも出れず、であればこの傭兵の太刀、真正面から受け止めるより他無い

 ガン、と言う衝撃は予想以上に重かった。ドロアは蹴り払ってその剣を跳ね飛ばすと、問答無用で傭兵の顔面を殴り飛ばした

 同時に抱きかかえていた人間を降ろす。足手纏いだ。一階は、乱戦の様相を呈していた


 「こンの野郎……いきなりしゃしゃり出て何をしやがるッ!!」


 ドロアに殴り飛ばされた傭兵が起き上がり、折れた歯を吐き出し、灰色の髪を振り乱して吼える

 俺ごと斬ろうとしておいてよくもまぁそんな事が言えると、ドロアは机の上に置いてあった銀細工の壷を手繰り寄せながら思った。ここいらの感性は、ドロアにはよく解らない


 ただ解るのは、今のでドロアが完全に敵と認識されたと言う事だ。何の事もなかった。乱闘とは、何時もそのように拡大していく


 「貴様が其処で暴れている連中の首魁か」

 「馬鹿め! 一対一でそんな些事は関係ない!」


 傭兵が踏み込んだ。戦士の技は流石に早い。当然迷いも無かった。一撃を真正面から食らえば死ぬ

 だがドロアと競うにはまだ足りん。ドロアは傭兵の渾身の身の振りも、剣の早さも平然と無視して、銀細工の壷でその面を張り飛ばす

 おまけとばかりにその頭を掴んで床に叩きつけた。木の床にメリメリと言う異音が走ると、その姿は歪んで割れてしまっていた


 「でかいのは威勢だけか?」


 返答は無い。泡を吹いて意識を失っている

 ドロアは気絶した傭兵達の首領と思われる者を放り出し、今の一撃で乱闘も止め、静まり返った場に怒鳴った


 「兵士が来るぞ! とっ捕まりたくなければ争いなぞ止めて、尻に帆を掛けて逃げよ!」


 弾かれたように傭兵達は動き出した。気絶した首領を抱えて、大慌てで逃げ去っていく

 そして本当に兵士が現れた。街でこんな騒ぎを起こせば当然だ。それにしても、動きが早い


 ドロアは先程自分に吹っ飛んできた人間に歩み寄った

 それはユイカには珍しい短髪の、旅衣を着込んだまだ若い女だった


 「…女?」


……………………………………………………


 「で、何故俺が捕まっている」

 「知るか、派手に暴れたせいだろう。お前ラグランに来てからまだ三週間も経ってねぇのに、三回も牢屋にぶち込まれるってのはどうなんだよ、無双の傭兵として」

 「内二回はお前もだろうが」

 「五月蝿い」


 最早見慣れたラグランの牢屋で、ドロアはギルバート相手に不毛な言い争いを続けていた


 ドロアは事の後、真っ先に捕まった。自分はほんの一人を殴り倒しただけなのだが

 そしてドロアに吹っ飛んできた女もまた、ドロアとは別の牢屋に入れられている。見て居た者によれば、一番最初にあの女が傭兵の首領に切りかかったらしいが

 どの道、女が気絶している状態では聞ける筈も無かった


 「…納得行かんな」

 「だぁ、一日くらい我慢してろよ! 親父が何だかんだやってるから、どうせ直ぐ出られるだろ」

 「? アルバート殿が何故…?」

 「け、一時的に俺の面倒を見るんだとよ。あー胸糞悪い。お前は首を突っ込むな」


 ギルバートの物言いにカチンと来たドロアは、意地悪そうに鼻で笑った


 「アルバート殿の子守り付きか。如何にもお坊ちゃまで可愛いなお前は」


 ギルバートの目が据わった


 オリジナル逆行13


 鉄格子を挟んでドロアとギルバートは押し合った。力比べ再びである

 勿論棒は無いから、ドロアとギルバートはガッシリと手をつかみ合って、そのまま押し合っている。鉄格子の間から手が出る余裕があれば十分だった


 あらん限りの握力で互いの手を握り締めながら、あらん限りの腕力で互いを押し合う。棒は折れるが、二人の手は折れない。加えて心も折れないとなれば、この勝負何時まで続くのか予想できなくなる

 勿論双方引く気は無い。二人が空いた手で握る鉄格子の方が、曲って折れてしまいそうだった


 「この野郎、良い度胸じゃねぇか、毎度毎度人の親父を引き合いに出しやがって…!」

 「お前がそれを一々気にするのは、アルバート殿に情けない引け目を感じているからだろうが、この未熟者め…!」


 ドロアは何とも自分らしくない事をよく自覚していた。下らない挑発をしてこんな力比べに持ち込んだ。鬱憤が溜っているのか?

 もしかしたら、乱闘騒ぎなんて物に巻き込まれたせいで知らず血が滾っているのか

 確かな事は、こうやってギルバートと競う事が、面白くて仕方無いと言う事だった


 だがそれに水を差す人物が現れる。当のアルバートだ


 「何をしておるギル。囚人への暴力は棒罰だぞ」

 「げ、親父?!」


 アルバートの登場で、自然二人の争いも止まる。がっくりと来る感じである


 極最近にも同じ様な事があったなと、ドロアは不満気に息を漏らした


……………………………………………………


 「例の娘が目を覚ましたので、貴殿にも報せるべきかと思ってな」

 「……まぁ、今回の件、元はと言えば俺はその女の起こした乱闘に巻き込まれた訳ですからな」


 平然と乗り込んでいったのだが、其処は伏せておく


 「それで結局、何故あの女は傭兵団の頭なんぞに襲い掛かったのです」

 「仇討ちと本人は言っておる。親の仇だそうだ。仇の名はアイゲン。灰色の髪をしているから、それなりに目立つ」

 「…俺が殴り倒した男も確かに灰色の髪をしておりましたな。砂漠の国の出か」


 南方の砂漠の国の出身者には、不思議と灰色の髪が多い


 アルバートとドロアは薄暗い廊下を歩き続けながら話した。その直ぐ後ろを、気にいらなそうな表情でギルバートがついてくる


 ご大層な事だとドロアは思った。今の世、仇討ちは義士の行いとして広く容認されてはいるが、実際に血縁の者を殺されたからと言って実行する者は少ない

 いや、居ないと言う訳ではないが、仇討ちの相手を探し出し、己の手でそれを殺すとなると、余り現実的ではないのだ。日常の全てを捨てなければ大勢の中の人一人を追い続ける事など出来ない


 アルバートは更に続けた


 「私の立場としてあの娘の仇討ちを止める事は出来ぬ。が、アイゲンはあの娘の話とは別に、咎人として追われておるのだ」

 「…罪状は?」


 ギルバートが忌々しげに口を挟んだ

 今の彼にとって忌々しいのはドロアではない。アイゲンと言う灰色の髪の傭兵が行った、罪の所業だ


 「山賊行為だ。野郎、反吐が出やがるぜ。どうせ海洋諸国…」

 「ギル!!」


 アルバートが怒鳴る。ギルバートにそれ以上機密を漏らしてもらっては拙い。ドロアは傭兵だ。ユイカの兵では無いのだ


 ギルバートを一喝すると、アルバートはそれだけで何も気にしていない風に前を向いた

 ドロアは聞かなかった。どうせ口を割らないと、解っている


 「ここだ」


 アルバートが牢屋とは違う、尋問室の鉄の扉を開いた


……………………………………………………


 「御免」


 机を挟んでドロアと向かい合った女は、ゴン、と机に頭を打ち付けて、ドロアに詫びた

 女はエウリニーゲと名乗った。エウリは血と泥に塗れた装いであったが全くそれを気にした様子も無く、ただ頭を下げていた


――


 「俺の親父は、元は何処か別の国の兵士だったんだ。それが村に流れてきて……その時に、俺は親父に拾われた」


 短髪の頭を抱え込むようにしながら、エウリはぽつり、ぽつりと語る

 彼女が語る限りでは、エウリはどうやら親を持たぬ子であったようだ。ドロアはその境遇を知っていた。他の何でも無い、ドロア自身がそうである


 「あいつ等が村を襲ってきた時にも、親父は一歩も退かないで戦ったんだ。故郷でも何でも無いんだ、逃げちまえば良かったのに……」

 「歴戦の誇り高い兵は、ここぞと言う時決して退きはしない。お前の親父殿もそうだったのだな」

 「…でも、殺されちまったよ………」


 エウリはそれっきり俯いて、何も話そうとはしなくなった


 ドロアは部屋の隅で聞いていたギルバートに問う。質問の内容は、アイゲンの行方だ


 「何処かに身を隠しちまった。アイゲンの傭兵団の連中は粗方捕まえたんだがなぁ……。今は手の空いてる兵が総出で探してる最中だ。あのカシムとか言うオッサンも間諜を使って動いてるらしいから、どうせ直ぐ見つかる」

 「しかし何故、そんな男をむざむざとラグランに入れたのだ」

 「アイゲンがラグランに来た時は、まだソイツが山賊野郎だったなんて報せは入ってなかったんだよ」


 ドロアは一つ勘違いしていた事に気付いた

 エウリの父が殺されたのは、つい最近の話なのか


 アルバートが低く言う


 「国内の情報伝達が遅過ぎる」


――


 結局聞けた話はそれだけで、ドロアは釈放された

 その折、ドロアはアルバートから一つ頼まれた。それは、エウリの監督である


 エウリの目的が仇討ちであるからして、ユイカ軍に任せて大人しくしていろと言っても絶対に聞くまい。ならばその監視をしてくれと頼まれたのだ。いっその事、アイゲンを探し出して殺してくれても良いぞとアルバートは言っていた


 普通であればこんな頼みは絶対に受けない。しかし、相手は他ならぬアルバートだ。ドロアは断りきれず、結局彼女の面倒を見る事になってしまった

 何より、ランに無承諾のままなのがドロアには痛い


 「……ふん、相も変わらず、アルバート殿はどうこう言っても女に甘いな」


 エウリの身の心配など、本来ならアルバートはしなくても良いのだ。それを態々、このドロアに守らせるような真似までする

 “以前”でもこんな感じであったような気がする。アルバートは親馬鹿だったが、それと同じくらい妻を愛していた


 帰り道も半ばまで来た時、エウリが口を開いた


 「なぁ、アンタ、御免な。迷惑かけ続けで…」

 「お前が言う事ではない。お前の面倒を見るのは、アルバート殿が仰られたからだ。侘びも礼も全てあの人に言うのだな」

 「…解ったよ。だけどアンタ、冷たいな」


 エウリが立ち止まる


 「何がだ」

 「声と、口調」

 「その歳、その境遇で優しくされたい訳でも無かろう。……ん? お前、年は?」

 「………さぁ、十六~八くらいだ。今まで特に気にした事も無かったから、よく解らない」


 そうか、と呟くと、ドロアはエウリに歩くよう促す

 世に出るには十分な年齢だ。今更余人の口調だの何だの程度で、女々しく言う事もあるまいに


 ドロアは背後にエウリが着いてくるのを確認しながら、漸く家に辿り着いた


 「子供のように甘やかして欲しいならランさんに頼め。仇討ちの為に日常を捨てたなら、見栄と外聞も捨ててしまって構わんだろう」

 「ランさん…?」

 「義母だ。俺が早々に巣立ったのがご不満のようでな。子を甘やかしたい時期なのかも知れん」


 エウリは開かれた扉を見ながらも立ち竦む。それはそうか。ついた途端に、こんな訳の解らない台詞を吐かれたら、誰だってそうであろう

 ドロアは腕組みしてエウリが中に入るのを待った。そんな様子を見てか、エウリが一言


 そんな真顔で言うなんて


 「アンタって解らない人だな」


 笑った。エウリはドロアが見る中では、初めて笑っていた。ぼんやりと、何処か遠くを見ていたような精気の無い瞳が、今は確りとドロアを映している


 だが、ドロアの無骨な慰めは、どうやらエウリには届かなかったらしい


――ランク「引く手あまた」


…………………………


来週と言いつつフェイント      同じネタだが私は(以下略

決してGWだからと調子に乗っている訳ではありません。

そして、ゴムさんの忠告をありがたく受け止め、猛省する次第です。どうもありがとうございました。

また明日にでも会いましょう。嘘ですが



[1446] Re[13]:オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人
Date: 2006/05/11 08:07
 ギルバートはラグランの中、怒号を上げながら馬を駆った。横を併走するのは途中から駆けつけて来た案内役でもあるカシム。更に後ろを騎馬の一隊が追随してくる

 朝早くとは言え人は多い。それを散らしながら進まねばならないのだから、ギルバートは急いて急いて仕方が無かった。急を要すると言うのに、馬脚を遅らせねばならないからだ。ギルバートの目的は唯一つ、賊将アイゲンの殺害。可能であれば、捕縛


 抑えようとしても自然気は昂ぶる。些か力の篭る口調で、ギルバートは怒鳴るようにカシムに呼びかけた


 「おいこらオッサン! 急ぐのは良いさ、俺も猛っちまってしょうがねぇ! だがこの派手な様は何だ?!」


 将と軍師の後を、騎馬隊が追随する様はどうしようもなく目立つ。街中ともあれば尚更だ。これでは敵に即応され、最悪の場合取り逃がす事になるだろう


 「敵さんに気付いてくれって言ってるようなモンじゃねぇか!!」

 「それで良いのだ。敵に気付かせ、派手な戦いを起こし、この件が知れ渡れば知れ渡る程、アイゲンを動かした海洋諸連合の策の無道ぶりはユイカにとって有利に動く。死んでおるのは無辜の民故、交渉の材料にはうってつけだ。………次の角を左に曲がれ」


 至って平坦な口調で語るカシムに、ギルバートは不満顔を隠しもしない


 「あぁ?! そりゃ確かに気に入らねぇやり方だとは思うが、潰す手間増やしながらそこまでやる意味あるのかよっ。第一、これで平民に人死にが出たら本末転倒だろう!」


 怒鳴りながらもギルバートは急激に馬首を切って左に曲がる。そこから先は主要道とは違う倉庫が立ち並ぶ区域だが、その分人は居らず道幅も広い


 「燻り出す、と言う意味もある」


 ギルバートは奇妙な感覚を感じ取って道の先に目を凝らした。遥か先に何かの集団が居る

馬上で背伸びし、明確にその姿を察知。それは物々しく武装した傭兵と思しき者達の集まり


 賊将アイゲンめ、まだあれだけの兵を従えていやがったのか。ギルバートの表情が一変。目が剥かれ、口端が釣りあがった。前傾姿勢でより苛烈に馬を駆る。後ろの騎馬隊共々、速度を上げた


 「燻り出す、だぁ?!」

 「以前、ユイカがアイリエンの同盟軍として参戦した時、海洋諸連合は相当に焦った筈だ。アイリエンが海洋諸連合の侵攻にぎりぎりで踏み止まっている状況にユイカが出しゃばれば、それがひっくり返されるやも知れんとな。結局ユイカは大敗した訳だが」


 王すら戦死したその戦いで、ユイカ軍はその殆どが何の役にも立たなかった。しかしルルガンが王位についてからもユイカはアイリエンへの物資援助を惜しんでいない。その効果もあってアイリエンの将兵達は、数ヶ月経った今もぎりぎりの戦況を戦い続けている


 背の巨剣を抜き放ちギルバートは構えた。習うように騎馬隊も槍を持ち上げる

 敵が気付いた。先頭に見えるのは灰色頭の賊将アイゲン。ギルバートは、くはぁ、と笑う


 「故に、王がその位を継ぐ混乱に紛れてアイゲンの様な連中を忍び込ませたのだとそれがしは見る。そしてこの数ヶ月入念に準備させておったのだ。時来らば決起させ、ユイカの出鼻を挫こうと。そうでなければ、追われる身であるアイゲンが態々ラグランに入る理由が無い」


 ギルバートが猛然とカシムを引き離し始める。追随する騎馬隊もそれに習う他無い

 笑顔ながらもいい加減な口ぶりで、ギルバートは叫ぶ。今は目の前に敵がいる。それだけで、他の事は取り敢えずどうでも良い


 「わっからねぇなぁぁーーッ!! 俺はそんなの、絶対に成功しねぇと思うんだがなぁー!!」

 「私もそう想っていたが………さて、もし王位を継いだのがルルガン王殿でなければ、如何転んでいたか解らぬぞ」


 少なくとも、激しく揺さぶられたろう。その言葉を無視し、ギルバートは唸りながら更に速度を上げ、先頭切って突っ込んだ


 オリジナル逆行14


 エウリニーゲ。エウリニーゲとは獣の名である

 草原を走る狼の変種だ。赤黒くガチガチとした固い毛を持ち、毒草に爪や身体を擦り付ける習性がある。その気になれば木の根を齧って生きられる程にしぶとい

 少数ずつで群れる毒狼。気性が荒いと言う訳ではない。しかし、群れの狼が害された時、エウリニーゲは禍々しく猛り狂う


 養父の壮絶な死に様は、忘れることなど出来なかった。森の中、戻るエウリを止めようとする生き残りに押さえつけられながら凝視した村の中で、養父は腕を失くし、腹を細槍に貫かれた上で首を落とされた

 首は紛失したままだ。全てが余りに唐突のまま起こって、エウリには何が何だかよく解らなかった

 だが、それでも解る事がある。最早今までの生は無いと言う事。道理の通らない圧倒的な理不尽が、全て壊してしまったのだから

 明確な悪を知った。それは理不尽だ。意味も無く――いや、意味が会った所でエウリは許しなどしない。死した養父の無念と、粉々になった“今まで”の残骸だけが、エウリにある


 エウリは元から嫌いだった理不尽が、大嫌いになった。幾ら呪っても、足りはしなかった


 宛がわれたベッドの上で短剣をもてあそぶ。毒狼に相応しい、致死毒の塗られた短剣だ。山賊に滅ぼされた村長の家に飾られていた一品である

 べろん、と刃を一舐め。短剣の毒は猛毒だ。傷から浸入しようと口から臓腑に回ろうと、絶対に死ぬ。刃に乾いた毒が一舐めで溶け出した分で十全だ

 しかし、エウリは舌にじんとした痺れを感じたが、ただのそれだけ


 エウリは毒に耐性がある。先天的な物なのか、食うに困って野草、毒草構わず口に含んで生き延びたのが原因かは解らないが、彼女は毒に強い

 ちょっとした自慢であった


 「何の味がする」


 ビク、と振り返れば、開け放たれた扉の取っ手にドロアが手を掛けていた

 エウリは咄嗟に短剣を隠す。何故そうしたのかは解らない。漠然とした危機感からだ


 「奇抜な趣味だな」

 「…い、いーや別に。こんなの趣味な訳が無いだろ。ただ、何と無く」

 「俺は今までに鉄を噛み砕いて消化出切る人間を見た事が無い。お前は出切るのかも知れんが、今は普通の飯を食え。ランさんが待っている」


 冗談交じりに笑うドロア。エウリは眉を顰めた


……………………………………………………


 「もう三日になる。そろそろ慣れたらどうだ」 エウリが、家の中にあるちょっとした段差に躓いた時、ドロアに言われた言葉だ


 ここ来てからもう三日。それだけの時があれば、エウリがドロアとランの人柄を知るには十分だった


 ドロアは中々意地が悪い。エウリは逃げようとか、そんな事を考えるとそれが顔に出るのか、何時でもドロアは機敏に察知する

 するとこれ見よがしに家の出入り口を開け放し、その横に腕組みしながら仁王立ちするのだ。その固さときたらどうしようも無い程で、雷が降ろうが巨岩が降ろうが絶対に動きはすまいと思わせる

 それを見ると、エウリはどうにも抜け出せなくなってしまう。ドロアが何を言いたいのかは全く解らなかったが、その固い愚直さが、まるで養父のようだとエウリは思った。最も養父はあんなに冷たく無いし、傲岸不遜でも無かったが


 ランはエウリに優しかった。しかし、やはりドロアの義母と思わせる程胆力がある。通った一本筋が鉄の人

 あれやこれやと世話を焼きたがるのは彼女の性なのだろうか。初めて見た時は、「このドラ息子!」なんて叫びつつドロアに酒戦を挑み、挙句返り討ちにされ、エウリはほとほと困り果てたのだが……

 本当のランは他に言いようがないくらい丸っきりの母だ。それは母なんて知らないエウリにも解る気がする。エウリは、一編にランが好きになった


 (だけど、違う)


 それでも違和感は残った。家とは光、族とは松明である。人が目印に帰り着く場所。それぞれが色を持ち、各々が色を知る


 (ここは、違う)


 エウリにとっての家とはここではなく、エウリにとっての族とは死した養父のみだ


 ドロアもランも、エウリがこの家に居る事に文句など言いはしない。嫌な顔だって少しもしない

だが色が違う。考えれば考えるほど“この家”は己の居場所ではない。例え全く考えなかったとしても、“この家”は己の居場所ではなかった


 全く毛色の違う光に寄る羽虫。感じる違和感とは正にそれ。ブンブンと、ドロアとランの回りを飛んで邪魔臭い事この上ない。自分で考えて嫌になる


どんよりと落ち込みながら突っ伏した机の上で薄らと目を開けば、エウリとは全く色の違う、ランの顔が見えた


 「……うーん、今日の夕食、肉か魚二つに一つだとしたら、どちらを選ぶ?」


 気楽な質問をしてくれる。こっちがどんな気かも知らないで

 理不尽は嫌いだが、理不尽な事を考えてしまった。その思考を振り払い、プイとそっぽ向いて「どっちでも良いよ」と言おうとしたのだが


 「肉、断然肉で!」

 「解ったぞ。今日も元気だなー」


 ――エウリは刹那の間の後には、己の考えていた物とは全く違う答えを返した後だった。ここには、何だかんだと言っても餌付けされているエウリが居る


……………………………………………………


 入り組んだ場所では騎兵など役に立たない。倉庫区と言っても市街地で戦おうとすれば自然乱戦になる。そうなると騎乗しているのは不利以外の何物でもない

 ギルバートは適当に機を見計らって下馬した。引き連れてきた部隊も同じ様に下馬している。陣形無視の乱戦とは本来カシムの望む戦の仕方では無かったが、彼はギルバートの将帥ぶりを確かめつつ、そのやり方に異論を挟まなかった


 元よりギルバートがアイゲンと一騎討ちしているのでは、兵の指揮も何も無い。ギルバートの幾度目かの巨剣の一撃が大地に突き立つ


 (野郎、せこせこと小賢しく動くじゃねぇか…!)


 ギルバートの剛剣は常人にはまともに受け切れる物ではない。当然だった


 鋭く呼気を吐き出しながら突き。紙一重でかわされ大きく踏み込んでの縦薙ぎ。地面を抉った巨剣、逆袈裟に切り上げて一撃

アイゲンは避ける、避ける。大きく開いたギルバートの脇を駆け抜けるように逃げながら、明らかに心の臓を狙った細槍の逆撃が来た。ギルバートは背骨が圧し折れそうな速度で身を捩る


 「ぬっがぁぁぁ!!」

 「糞ったれが!」


 ――軽い


 鎧を掠らせただけでその逆撃をかわした。ギルバートの体勢は流れない。巨剣が跳ねる重みを腕力で無理矢理捻じ伏せて、水平に振り切る。掻い潜るには低すぎる剛剣の軌跡、避けられたなら避けられぬように工夫を加え磨きをかける

だがそれなりの太木を一撃で切り倒す威力のそれは、踏み込まず歯を食いしばって留まったアイゲンには当たらなかった。巨剣を頭より高く振り上げ、ギルバートは身を低くした


「踏み込んで来いや、両断してやるぜ!」


アイゲンは迷う事なく突っ込んできた。そうであれば、ギルバートにとて迷いなど無い

真正面に巨剣を打ち下ろす。しかし穿ったのはまたも地面、アイゲンは巨剣の射程外。動きに惑わされたか。ギルバートは己の息を堰き止めながら、伸びるアイゲンの細槍を左腕にはめ込んだ大盾で防いだ


 やはり、軽い。ギルバートの頭を過ぎったのはそんな思考。奇妙な確信があった


 (いや、違ぇな)


 ――俺が重いのか


 「山賊野郎、手前、弱ぇな」


 アイゲンの動きがピタリと止まった。ギルバートの口が緩んでいく。それを見て、アイゲンの額に血管が浮き上がった

 何とも単純な侮辱の一言。誤解のしようも無い程単純明快なそれは、戦人として身を立てる者の誇りを著しく傷つけた


 「……つけあがりやがってぇぇーーッ!!」


 細槍の突きが来た。恐らくは今までで最も早く、最も威力のある突きが来た

 ギルバートの一対一の姿とは身を低くする事。伸び上がってはいけない。低い位置から高みに挑むように戦う事


 一直線に伸びる細槍。死線が見えた。ならばギルバートは、コイツの少しだけ下を


 (潜り抜ける……!)


 アイゲンに比べてギルバートは重い。だが、それは敏さを失う事と同義ではならない

 重くて敏い。そんな力が要る。どうしても要る


 下げた頭と背なの上を槍が通り過ぎ、直ぐに戻っていく。ギルバートはそれに引かれるように同時に踏み込んだ


 「手前の『殺す』って気炎は、こんな貧弱な物か山賊野郎――ッ!」


 続く第二撃。それは先程よりも尚早い。だが、ギルバートは既に踏み込んでしまっている。体を捩り、巨剣を旋回させ、更に死線の下を潜る


 そして常識で測れぬ膂力を以ってして、巨剣を細槍に打ち付けた。結果は火を見るよりも明らか。中ほどで断ち折られた細槍は、先端が弾けて倉庫の壁に突き立っていた


 「……どうにも弱ぇな、手前はよ」


 ギルバートの一閃がアイゲンの左腕を肩から切り落とした

 アイゲンの絶叫が、倉庫区に響いた


……………………………………………………


 いきなり飛び込んできたカモールの焦りに焦った早口に、エウリは全く何の迷いも感じぬまま家の外へと足を向ける


 「ドロアさん! ドロアさん?! 何処ですか?! 反乱です、首魁は咎人アイゲン! 倉庫区で戦闘ぉーッ!」


 時が来た。そんな気がした。ここに来て、自分が行かない理由は無い


 不思議と心は落ち着いていた。息を吸い込むような自然さで自分の額に触れ、そこで初めて手が氷の如く冷たくなっているのに気付いた


 「エウリ…? 貴女、何処に…。待って、エウリ!」


 外へ出ようとするエウリに気付き、カモールが声を上げる。エウリは無視して走り出した。草原の毒狼は仲間の仇を取らずに居れない。その為に走るのに、何を疑う事がある


 しかし、エウリは外に出た瞬間大きな人影にぶつかった。そしてぶつかった瞬間きつく抱きすくめられる。いや、抱くと言うよりは、がっちり掴んで離さないと言うべきか

 人影はドロアだった。じたばたともがいても、抜けない。ドロアは眉を顰めながら言った


 「何処へ行く心算だ」


――ランク「引く手あまた」


………………………


…………ん? 何だか色々と妙な――まぁ良いk(ry

また近いうちにお会いしましょう



[1446] Re[14]:オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人
Date: 2006/05/21 01:49
 「何がやりたいのだお前。復讐か。だが無理だな、ひ弱だ。止めておけ、哀れすぎて捨て置けん」

 鋼のような肉体はまるで動かない。もがくエウリなど何処吹く風か、ドロアは小柄な体を持ち上げて部屋の中へ押し戻す
 焦ったエウリは頭上に見えるドロアの顎に頭突きをかました。駄目だ、固すぎる。ドロアは無表情、この三日間でエウリが見た事もない表情だ。思わず肩が縮こまりそうになる

 「ど、ドロアさん…」
 「お前も何をしに此処に来たのだ。早く帰れ。話をする雰囲気でないのは見れば解るな」
 「今日は、退けません!」

 己の用事を思い出したカモールは退かない。「離せよ!」と騒ぎ立てようとしたエウリの口はドロアの大きな手によって塞がれた。無視して、机に打ち付けそうなほどカモールは頭を下げる

 彼女には今日が最後の機である。ふと思い浮かべればルルガン王の顔。底意地の悪そうな笑みで、これ以上時間を掛けるな等とほざいた彼の王の事がある。今日が最後の機だ。今日以外ないのだ

 「急の報せで私の部隊にも討伐の命が来たんです、本当なら既に動く局面で、無理を言って待って貰っている。…私は貴方の助力が欲しいんです、お願い、手伝って!」
 「俺を雇うと言う事か。そうでないならば、お前に仕えよと言う事か」
 「言い切れます、私には、貴方の支えが要る!」

 ぐあ、と唐突にドロアが吼えた。エウリを抱く腕の力が強まって、骨格が変形するのではと言う錯覚すら起こさせる
 カモールは飛び上がった。視線を逸らさないだけでも大した物だ。だってエウリは、ドロアの気迫に一発で足が震えだしたのだから

 「動くべき時にここで油を売るのが兵士か! 端から俺に寄りかかって、貴様はこの先ユイカ軍団で何をする心算かぁッ!」

 言う程本気で無いのはエウリにも解る。この男が本気で威圧すれば、遊び野にはしゃぎ回る幼子と変わり無い自分など、当の昔に腰が砕けて二度と立てない。ドロアの平常と変わりない息遣いも、それを示していた
 だが強すぎる。カモールは歯を食い縛って足を床に叩きつけた。そうでもしなければ立っていられない。猛将の吼え声は、腹の底がぐちゃぐちゃになった気がする程に恐ろしい。力が抜け出す

 「行け! 将であろう!」

 決別の言葉に目が見開かれた。少し泣き顔。それを見たエウリは何故だか腹が立った。ドロアにであるが、そのまま走るように出て行ってしまうカモールにも腹が立った
 頭突きを再び。今度はドロアの胸に何度も何度も叩きつけて、漸くその拘束を解かせる。否、解いてもらった、が正しい。鋼鉄のような胸を打った額の肉が赤くなった

 「馬鹿! 大馬鹿野郎! アンタやっぱり冷たいよ!」

 何故あんな風に突き放してしまえるんだ。絶対に納得がいかない

 一瞬だけ、仇討ちだの帰る場所だの震える足だの、そう言う事が頭から吹っ飛ぶ。怒鳴りつけた後にハッと気付いて、ドロアに掴まれた手を振り払う
 馬鹿、何を気にしている。そんな余裕があるものか。今は余分な事は考えるな

 握り締めた毒の短剣。ここに復讐の刃。一度ギッと歯を食いしばってから、行かねばとエウリは踵を返した


 「行くな、行けば死ぬぞ、むざむざと死ぬな。…兵士でも何でも無いお前を、死なせたくはない」
 「関係あるもんか!」
 「仇討ちとは例えどんな結果になろうと後に何も残らぬ物。ましてや私怨で動くなら、最早道は無いぞ」
 「私怨なんかじゃない!」

 エウリは外に走り出しながら言った。騒いでいた心が静まったような気がする。今ならば、ハッキリと言えるだろう

 「決着をつける…! 復讐なんて、呼ばないからな!」


 オリジナル逆行15


 「馬鹿者!」

 外にエウリを追いかけてみれば、エウリは動転するカモールに構わず、彼女の駆る馬の尻に飛び乗っていた
制止するカモールに二、三言懇願。カモールは動揺しながらも、それでエウリを乗せたまま走り出す

 どれ程早く走ろうが、人の足では馬に追いつけない。ドロアは舌打ち一つで踵を返し、家の中へと入った

 「ランさん」

 死なせる訳には、いかんよな。ドロアは壁の長刃槍を取りながらランを呼ぶ。次いで篭手に具足。鎧は纏わずとも、着ている服は元より刀槍の類を通さぬ戦衣だ
 戦の備え。そして滑り止めの荒皮を手にはめ込んでいる最中、ドロアは気付いた。家の何処にも、ランの気配が無い

 「…ランさん?!」

 何故居らぬ。答えには、一瞬で辿り着いた

 買い物に出掛けたままか! ドロアは転がるような慌てぶりで外に躍り出た
 不覚。エウリとカモールに気を取られすぎて、ランの不在に気付かなかった。よくよく考えれば、例えランが家の何処に居ようと、あれだけ騒いでおいて様子を見に来ない筈が無い。ドロアは焦り、つないであった馬の縄を解くのももどかしく断ち切る

 (おのれ…! 争いに巻き込まれているとは限らんが…! 無事で居れ、絶対に死んでくれるなよ!)

 ランの無事の確保。何よりもそれが最優先だ。エウリは何の心算か知らぬがカモールが共に居る、早々簡単に死んだりはすまい
 …カモール自身はどうした物か。そう今更思いつつ、ドロアは怒号で市民を追い散らしながら、猛烈な勢いで市場へと馬を駆った


……………………………………………………


 「あぁ畜生め! 逃足ばかり速ぇ野郎だ、傭兵ってのは!!

 腕を落とされ逃げ出すアイゲンを、しかしギルバートは追えない
 乱戦になった兵達を纏め、残敵を殲滅し、追撃はその後だ。苛立たしげにギルバートは下知を下した

 「隊伍を組めぃ! 俺に合流しつつ敵を殺しつくせ、その後直ぐに追撃じゃぁッ!」

 言いながらも一人、二人と斬り倒す。雑魚では相手にならぬ故に、捨て置いてアイゲンを追えない事が余計にもどかしかった

 ふと、カシムが馬で駆けて来るのが見えた。後ろに伝令を連れている。ギルバートはカシムに背を向けたまま、当たる所やたらめったらに巨剣を振り回し続ける。涼しい顔で口を開くカシム

 「そんなに焦らずとも良い。アイゲンに血を止め、体力を回復させる間をくれてやれ。この場は奴を逃亡させろ」

 それを聞いたギルバートの頭に一瞬で血が上りきった。この期に及んで何を言いやがるか、敵を見逃せと言うのか
 そうやって怒鳴りつけようとしてギルバートは踏み止まる
待て、怒鳴るだけでは成長しない。学び、覚えよ。まずはこのカシムと言う軍師を信じることを覚えよ!

 「…ッ! 手前! この野郎! したり顔で! 語りやがって! そうすりゃ! 残りの連中すらも! 燻り出せると! そう言う事か?!」

 天を振り仰いでぬがぁ、と吼えるギルバートに、カシムは笑って見せた

 「はっは! どうにも貴殿は、根を根絶するよりも先んじて防ぐ戦をしたいようだな。確かに被害は出んが、それでは何時までも懸念の種を抱えたままだぞ。時には割り切れ」

 巨剣を振り翳し、再び敵と真向から切り結びつつ、ギルバートは怒鳴った

 「…ケッ、良く知りもせん癖に俺を語るんじゃねぇ、簡単に御せるなんて思うなよ」


――


 「うら行くぞォッ!」

 そう言って先頭切って走り出すギルバートの横を、カシムは馬で追随した
 今の戦闘で馬を失った者は多く出た。殺されたり逃げ散ったりで、元の半数以下しか戦馬が残っていない。これは予想された事態だが、こうなってしまっては騎馬隊として機能するのは無理である

 結局、ギルバートは残っていた馬も捨てさせた。カシムと伝令以外の実戦部隊は全て徒歩となり、それでも猛烈な勢いで進軍し始めた
 カシムは一応ギルバートだけでも馬に乗せようとしたが、他ならぬギルバート自身がそれを拒んだ。地に足をつけて戦う感覚を好んだからであった

 「早馬飛ばし、一応の避難勧告が終了したぞ。これより先、目に映る者はほぼ敵と断じて間違いない」

 カシムは伝令二名に複数言い含める。伝令達は一礼し、直ぐに走り出した。本来伝令はもっと大勢を用意し、多方向に向けて何度も放つ物だが、ここは王都ラグランだ。ユイカ軍の庭と言っても良い
カシムの周囲には何時も最低四騎侍っており、それらが行ったり来たりで忙しく走り回っていた

 「親父からか?」
 「『アルバート殿』からだ」
 「あぁ、そうかよ。それで、次は何をしろと?」
 「『不治の病の如くアイゲンに張り付き、襲撃し続けろ』と。それだけ果たせば、他は何とかしてくれるそうだ」
 「おうおう、そりゃご親切な事だぜ」

 火吹き酒でも含んだかのような苦り顔で、ギルバートは言う。カシムは無表情のままだ。無表情のまま、どうにも大人に成りきれないギルバートを見た
 反抗期とか、そんな類の言葉は、将と言う立ち位置を考えれば吐けないし、事実ギルバートは吐いていない。だがどうにもギルバートの中には、アルバートに対して劣等感に似た負い目がある。そしてギルバートは立場を考えて刃向かわないが、反発はしていた

 心を覆って働かねばならない身としては他に無い程未熟。才覚溢れながらも感情に正直過ぎ、達観した部分が無い。一軍を率いるには、もっと年をとらねばならないなとカシムは評した

 またもや伝令が駆けて来た。耳打ちしてきた伝令にカシムは一寸黙考し、大声で伝えよと命令した

 「はッ! …早くも賊軍、動き出して御座います! 市外、軍舎など含め、決起地点は三十以上に及ぶ模様! 総計として敵は、当初の予想の五倍に及ぶ五百以上かと! 現在は各地域の部隊が即応し、激しい戦闘を繰り広げております!」

 五百。目を剥くギルバートを、カシムは黙って観察した
 五百の傭兵の決起。凄まじい話であった、真実ならば今動員されて居る兵力では足りなくなる。ギルバートが如何断ずるのか、それをカシムは見たかった

 「………嘘だな! 偽報、撹乱は傭兵の十八番、信じる方がどうかしてるぜ!」

 数は五百等と言う人数より、絶対に少ない。どれ程多かろうとその半数以下。五百もの傭兵がラグランで不穏な動きをすれば、絶対に気付かない筈が無いからだ
 カシムはギルバートの答えを見届けると馬首を返した
 それなりに、満足だった

 「そろそろアルバート殿はそれがしに兵を動かせと仰るだろう。先んじて屯所の本部に戻っておく事にする」
 「…あぁ? ……結局何しに来たんだよ、一体」
 「何、ただの道案内よ。武運を祈るぞ、ギルバート殿」


……………………………………………………


 国の力を削ぐ、と言うなら、焼く。田を焼き、家を焼き、兵器を焼き、城門を焼き、兎に角焼くのが手っ取り早い。当然、傭兵だって焼こうとする
 しかしそんな真似を『大盾』のアルバートが許す筈も無かった。緻密に敵の位置を調べ、監視させ、兵士を即応させる。火計の九割を、堅忍不抜の兵を率いる将は、阻止していた

 だが全てに対応すると言うのもどだい無理な話。特に人が多数集まる市街地等は

 突如として火の手が上がり、兵士と傭兵が切り結び始めた市場でまずランがした事は、近くにいた少年少女の首根っこを引っ掴んで、適当な家屋に放り込む事だった

 「逃げろ! 家に立て篭もって鍵を掛けろ! 家の燃える物は駆けに駆け、屯所で保護を求めろ! 兎に角逃げろぉッ!!」

 兵士の叫ぶ言葉に、それならこんな所で戦うな
 ランはそう言えなかった。そんな暇が無かったからだ。兎に角逃げねばならなかった。それしか生きる道が無い。買い求めた肉も包丁も放り出して逃げなければ、死ぬ。逃げ惑うのはランだけでなく、市場にごった返していた人々も同様だった

 何時の間に現れたのか、其処彼処で切り結ぶ阿呆ども。何故こんな所で、何故そんな風に戦う。無辜の民を巻き込んで楽しいか
 市場の入り口にはポツンと似つかわしくない酒場があった。ラグラン自体、他と比較して酒場の多い都であるが、気が動転して如何にも訳が解らないランは、そこの扉に体当たりするようにして転がり込む

 膝が震えているのが自覚できた。今まで生きてきた内で、初めての経験。全く見知らぬ空気

 (何だこれ、何だこれ!)

 四つん這いのまま、主人すら店を捨てて逃げたか無人の酒場の奥を目指し、裏口を探す。例え気が動転していても、本能的に生きようと――逃げようとする。直ぐにそれは見つかった。しかし

 開かない。固く閉じられている。華奢な女のランでは、破る事など出来そうもなかった

 息が急に荒くなった。先程まででも荒かったが、この荒さは先程までとは全く違う。手取りにされた魚がのたうって暴れる様に似ている
 ランは開かぬ裏口の扉に背を預け、必死に呼吸を整えようとした

 (戻るのか、外に)

 行けぬなら退くしかない。隠れていたって危険だ。この酒場にも、火がかけられるかも知れない。だが、外では争いが続いている筈だ。剣戟の音と刀槍の煌きが恐ろしくて、とても行けた物ではない

普通の、女なら。だがランは胆があった。ランはその胆に、己の身命を掛ける気になった

 「…嫌だ…! 治るって言われたんだ、私の胸…!」

 死ぬもんか


――ランク「引く手あまた」→「最近影の薄いアイツ」


…………………


如何見てもギルバートが主人公です本当にありがとうございました

ギルバートはもう苦悩する主人公担当で



[1446] Re[15]:オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人β
Date: 2006/06/21 00:47
 馬上弓、等と言っても、早々中る物ではない。地に足をつけない体勢と言うだけでもう難しいのに、馬の足は激しく揺れ、距離感もどんどん変わる。加えて、相手だって止まっている訳ではない
 これらは全て言ってしまうなら確認するまでもない当然の事だったが、それを踏まえた上で敵に命中させ得る、年齢と関係の無い天性の妙技が、リーヴァにはあった

 武芸に優れるとは即ち、槍剣弓馬全てに長ずる事を言う

 弓矢を取り回しながら巡る視線

 (一矢、ニ矢、駆け抜けて三矢。余りにも賊が少ない。……これは外れを引いたか。危険が無いと言えばそうなのだが)

 敵の数の無さに不満がるリーヴァはより強大な敵を求めていた。誰も彼も戦の中に身を置く者ならば当然だが、己の名を上げたいという欲がある。ドロア、ギルバート、カモール。誰もが持っている
 その為にリーヴァが強い敵を望むのは、至極当然の事。それだからこそリーヴァはスコットを置き去りに、ユイカ国への参も後回しにして、目敏く見つけた戦の火に飛び込んだ。それも、「少し酒でも舐めに行くか」程度の気楽さで

 元よりこれは、何処まで行こうとユイカ国と言う他人の戦。打算が無い訳ではない
 ユイカ軍の対応は極めて早かった。踏み込みすぎなければ死なぬと言う確信があった

 ――そうすると後には、馬の民が身の危険を顧みずユイカ国の難事解決に尽力した、そんな事実だけが残る筈である


……………………………………………………


 屯所陣幕の中でアルバートはラグランの地図を見下ろしている。彼だけは至極静かでも、彼の周りは大波が岩に当たって砕けるように騒がしい。アルバートはトン、と己の額を指で突く。アルバート殿、と呼ぶ声

 「第一軍団からの援兵、動きましたぞッ。ジリジリと来て漸くで御座る、中々良い勘をしておりますな、カモールとか言う新米の奴は」

 アルバートは意図的に、陣幕の中に入ってきた将から目を逸らした
 カモールの部隊からは、どうにも腑に落ちない報告ばかりが上がっていた。偶然ではないのか
 しかし、と手を顎に。どちらにせよ、まだ、である

 「まだだ。まだ早い。まだまだ待てと伝えよ」
 「…はッ、…しかし、それでは挟撃の好機が…。いえ、了解しもうした」

 将をとんぼ返りさせる。力を注いでいる自覚があった。片手間でも済む賊を相手に、ここまで気を張るのは久しく無い感覚である

 陣幕の内外から足音がよく響いていた。近くの物は人の物。遠くからの物は、馬の蹄のそれだった

 「ギルバートの――」

 アルバートは地図の細部までを指で辿りながら呟く。不思議と、己の指図で大軍を動かしている気にはならぬ

 「――部隊はどうだ」

 陣幕の外まで馬で駆け、転がり込んできた伝令がそれに応えた

 「ギルバート隊、見つける端から敵を打ち破り、とうとう西部を完全に鎮圧なされました! これぞ正に破竹の勢いでございます!」
 「お前ギルに、付け上がらずに努めよとこのアルバートの釘を刺して来い」


 オリジナル逆行16


 逃げる民の声よりも剣戟のそれと怒声の方が多くなった時、ドロアの形相は人の物ではなくなっていた
 否、顔が問題なのではない。ぐいと歯を食いしばった表情は人以外の何物でもない。が、

 この威圧はどうした事か。その歪む空気は戦士達の注意を否が応にも引き寄せる。全速で駆け抜けるドロアには、市場入り口で隊列を組み、敵と押し合い圧し合いしていたユイカ軍の兵士達が最も早く気付いた

 列の後方に当る位置で、一人が振り返り叫ぶ

 「うん? 誰か! 賊かぁ?! 散れ、寄らば賊と見なして斬り捨てるぞ!!」

 ドロアが傍若無人に言い返した

 「やっかましいわ! 黙って道を開けぃ! この先に用がある!」
 「な、…何を抜かすーッ!」

 いきり立って兵士は槍を振り上げるが、それをもう一人が止める。肩を掴まれて眉を寄せる兵士。ドロアは只管に構わなかった

 「おい、待て、あの赤髪は…………」

 制止をかけた男は見た事があった。アルバート邸の門の前、ピンと伸ばした背筋のままで不動を決め込んだ赤い髪の魔王のような男を、彼は見た事があった

 「あれは――ど、ドロアだ!! 間違いねぇ、俺は見た事があるぞ!!」
 「ドロアぁ?! あのドロアかッ?!」

 無双の傭兵?!

 途端、兵士達は示し合わせていたかの如く組んでいた隊列を真っ二つに割った。今回蜂起したのは傭兵の集団で、それを鑑みればドロアとて十分敵の可能性がある。しかしそんな思考は彼等の頭の中には全く生まれなかった
 ドロアはいよいよ調子に乗って駆け抜ける。水を断ち割ったかのように現れた道を、それこそ常人の想像では及びつかない速度で行った

 視線が集まる。期待か、不安か、憧憬か。その中心でドロアは槍を頂点に構え、身を引き絞る
 鈍く行く暇は無い。これこそは好都合。構えられた身が、次の瞬間には暴風になっていた

 「押し通ぉォォーーーるッ!!!」

 賊兵の隊列に食い込む瞬間の豪力篭めた一撃! 皮切ったとばかりに、繰り出される乱撃、乱撃、乱撃! 寄せ付けぬ、寄り付けぬ斬の嵐!

 馬足は最早そのままに行く。止めようと前に立つなら斬り飛ばす、逃げ切れずに前に立つのでもやはり斬り飛ばす
 そのただ一騎の突撃は敵最前列を問答無用に貫いた。後に控える隊を引き裂き、ドロアの通った後だけが血煙のみの空白地帯。縦横無尽に振るわれる槍は正に大旋風
束になろうが徒党を組もうが、三十ばかりの小勢が集まっただけの隊列では、ドロアに敵う筈も無かったのだ

 「ぐ、ぅぅうう!」

 貫かれる隊列の最後尾、最も腕の立つ庸兵がドロアの一撃を身を捨てて受け止めた
 しかし駿馬の足に跳ね上げられる。その直後、ドロアの豪槍を受け止めた細槍の柄ごと、彼は空に舞ったまま両断されていた

 「ううぉぁあああああ!!」 断末魔は、輪切りにされた身体の上半身が残した

 ――ただ一人、一本の槍にて、されど馬上にあれば、一騎当千

 「ぐ、ぐぉぉ、強ぇぞ! 単騎駆けたぁ初めて見た! コイツは本物じゃ!」
 「おぉ、血風…! 正に瞬く間に…!」



 「血風! 血風の――!」



 戦の雄叫びを上げながら兵士達が斬りこんだ。市街戦用の短槍を一列に、分けられた二つの隊は互いが互いを追い抜くよう交互に突撃を繰り返す

 「うおりゃぁ! 手間をかけずに皆殺せぇ! 我等の援軍はあのドロアだぞ!」

 ドロアただ一人に真っ二つにされていた賊の隊列に、それに耐える事は無理だった。元より何せずとも勝つべき相手、これ以上手間取る事は、ユイカの軍団として恥ずべき事だと、皆がそう思った。ただ単騎で駆け抜けていった強者の背中に、誰もが鼓舞され尽くしていた

 ドロアはその気勢を背に馬を駆り続ける。ゆっくりと重々しく開いた口から、虎が大口を開けて吐くような熱の篭った吐息が零れ落ちた

 (傭兵…賊め! よりにもよってここでか!)

 できれば
 できればここで戦うなと、そんな虫の良い話をドロアは願っていた。ここにはランが居る筈なのだ。冗談ではない
 しかし国、城、町の破壊工作で市場が狙われない筈が無かった。とは言ってもラグランには主要な市場が約十二ほどあり、今ドロアが居るのはその中で最も規模の小さい場所。見落としてくれと願うのは、強ち希望的観測でもない

ドロアの動じぬ筈の将の器が、激しく急いているような気がした

 それからドロアは暫く駆ける。市場と言うのは主要路以外は入り組んでいる物で、一々探し回らねばならない
 流石に、気は逸る。だがジッとそれを噛み殺すのが、冷静と言う事だ。ドロアは争った痕跡しか残らないラグランの市場を駆け回った

 其処にふと感じる気配。来る、と思った次の瞬間には、何者かが詰まれてあった木箱を吹き飛ばし、積土と岩で高く作られた高路から空を舞っている
 騎馬だ。たった一騎。目を見張る大柄な馬で、その背では深い黒の瞳がドロアを見下ろしていた

 「リーヴァッ!! 何故お前!」
 「ほろあッ!!」

 リーヴァ。彼女は何故か、口で手綱を操っている。空いた手には人の影。それがランだと気付いた瞬間、ドロアは猛然と走り続けるリーヴァに向かって駆ける
 リーヴァの背後から、十数騎の騎兵が、激しい追撃をかけていたからだ


……………………………………………………


 リーヴァの横に並んだドロアに、彼女はランを投げた。ドロアは口から胃が飛び出す思いでそれを受け止める。背筋が冷やりとした物だ。ドロアは、取り敢えず黙ってランの様子を確認する

 矢を受けていた。しかし死にいたる傷は無い。本人も失神しているだけだ。だが、確かに女であるその身に、傷を受けていた
 左の肩に矢傷。右手の小指が骨折。擦り傷、切り傷、火傷。ドロアは吼えた。糞どもが

 リーヴァは自由になった手で豪奢な弓を構えていた。飾りが美しいだけではない、力強さのある強弓だ。女の細腕で引けるのかと疑問に思うそれを、しかしリーヴァは後ろを振り向き、手綱を口に銜えたまま引いて見せた
 後ろの蝿をぶっ飛ばす。リーヴァの目は既に怒りに満ちている

 「ほの……ふれいほんあッッ!!」 無礼者が

 放たれた矢は確実に敵を貫く。それを確認すらしなかったドロアは、リーヴァが口に銜えた手綱を無理矢理引き剥がす
 狭い道を選んで曲がった。この場は逃げ切るが先決である

 「取り敢えず、何故お前がランさんと一緒に居たのか話せ」

 ただ少し会い、ただ少し争い、ただ少し共に戦った相手を前に、双方ともまるで臆するところはなかった。旧知の友のような切り出し

 ドロアがリーヴァの銜えていた手綱を無理矢理引き剥がす。ランは玉を抱えるように抱き込んだ。これ以上は、例え羽虫が噛む程度の傷ですら、付けさせてやらない覚悟だった

 「ふぁんッ! …んっつ、随分な挨拶だな、久方ぶりの戦友を相手に」
 「そんな物言いは似合わん、それより何故だ」
 「別に意図していた訳ではない。その、お前が言うランと言うのを拾ったのは本当に偶然だ。逃げ遅れたらしくてな」
 「…では」

 肩に突き立った矢の具合を確かめた。浅い。そして、それ程時間も経っていない。肉が締まっていない今ならば比較的負担もなく抜ける
 ドロアは馬上で器用に体勢を変えて、ランの口の中に指を入れる

 「何故お前がこんな所で、しかも賊連中に追われている」

 問答無用に引き抜いた。ランの身体が痙攣して、口に入ったドロアの指がガジリと噛まれた

 「ふん、火付けをしようとしていた連中の頭を打ち抜いたのが気に入らなかったようでな、あの無礼者ども、しつこく追ってくる。ユイカの盟友としての責務を果たしただけなのだが」
 「笑わせる。つまり、お前が勝手に首を突っ込んだと言う事か」
 「そうとも言う。………む、別の道から先回りを狙ったか」

 狭道から他の道と重なる所で、再び敵騎兵の姿が現れた。ドロアは凄まじい眼光でそれを睨む。リーヴァがもう一度矢を放った

 俺が馬鹿だったのだとドロアは思った。抱えたランは、小さすぎる
 リーヴァが苦々しく舌打ちして、しかし面白そうに言った

 「姉か? どうせ縁者だろう。流石は“ドロア”の縁の者だ、大した胆力。そのランとやら、私が見つけた時、幼子を矢の雨から庇おうとしていた。いい根性だと本気で思うぞ」

 その幼子は、既に事切れていたがな

 つくづく、尽く、ランさんなのだとドロアは感じる。抱きしめる腕に自然、力が篭った

 ――己の馬鹿め
 ――この人を置いてなど、行けぬ

 「リーヴァ、付いて来い! 逃げ切るぞ!」
 「何…?! 無礼者、私に付いて来るのが順当だろうが!」

 市場の入り口は近い。其処まで行けば、ユイカの軍団と合流できる公算がある
 蹴散らすのはドロアにならば容易い事だ。事実リーヴァだって、今すぐあの賊どもを皆殺してこい、と平気で言う。だがランを抱えたままそんな事出来る筈も無かった。かと言って、ランを人任せにする事も、絶対にできなかった

 結局後ろに纏わり付かれたまま駆け続ける。存外に足が速い連中。この市場の構造を予め調べつくした、緻密な速さだった
 だが、ドロアは駆ける内に、遠目に一つの軍団を見つける。リーヴァはドロアよりももっと早く気付いた。そして、眉を顰めていた

 「何だあの部隊は? 成りも旗も傷だらけだぞ」

 ドロアには解る。鎧も、旗印も、何処も彼処も傷だらけの部隊
 その先頭に立っているのは、目を血走らせたギルバートだ。ドロアが叫ぶ前に、ギルバートが叫んでいた

 「行けぁッッ! 手前の尻の連中は、俺様とこの部隊が引き受けたァァーーッッ!!!!」


――ランク「最近影の薄いアイツ」→「血風ドロア」


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ギルバートこれマジ勇者。そしてカモールとエウリ影も形もなし。

また来月にでも(ry



[1446] Re[16]:オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人β
Date: 2006/07/08 23:33
 ドロアと見知らぬ女が横をすり抜けていくのを見てから、ギルバートは思った
 敵の数が今までより随分多い。賊どもの殆どは、東を中心に展開されていたと見える
 ドロアが首だけ振り返ってギルバートに叫んだ。そしてその後直ぐに、ドロアと女の姿は遠く見えなくなった

 「済まん! 礼は必ず!」

 呆け野郎と笑う。余り好きでは無い相手からの言葉とは思えぬほど気分が良い。公平公正清廉潔白を旨に教育を受けた男だから、苦手な人物が窮地立っているからと言っても、それで喜ぶ訳では無いが

 「ぬ、おぉンッ!」

 ギルバートは巨剣を振り回し、自分の左右に配置されていた太い縄を断ち切った。建築物の上に仕込んだ落ち物仕掛けだ、臨機応変の策である
 途端、商店の屋根から大量の角材が降り注ぎ、騎兵集団は出鼻から挫かれる。ギルバートは其処に、問答無用に襲い掛かった

 「おっしゃァッ! このギルバートの後に続け、何ならば追い越して行っちまっても構わねぇぞッ!」

 斬りこむ勢いは途轍もない。馬鹿みたいな荒々しさで角材を乗り越え、飛び込んでいくギルバートとその部下達。連戦の疲れなど全く感じさせないまま、ギルバートは巨剣を振り回した。その豪気と勇気と不屈の闘志が、兵を駆り立てる

 ふと馬蹄の音に顔を巡らせれば、高路を掛けていくユイカ軍団騎兵隊の姿がある。一人がちらりとこちらを向いた。ギルバートにとって見覚えのあるそれはカモールの顔
カモールの率いる騎馬が両翼からギルバート隊と賊達を飛び越え、そして完全に背後に抜けてから、華麗に高路より飛び降りた

 強襲。ギルバートの隊に押されまくっていた賊の背後をカモールの隊が襲う。訓練で腐れて吐き出す程に繰り返した連携だ。最も今は率いる立場だったが、その呼吸は変わっていない

 この状況で誤る訳がない!

 「第一軍団推参! 命が惜しくば武器を捨てて投降しなさい!」」
 「遅ぇ! 次からはもうちょっと急ぐこったなぁッ!」

 思わぬ援兵にギルバートはガハッ、と笑った。良いタイミングで現れる物だ。ここまでされて壊滅せぬ賊など居る物か
 事実、賊の兵団は一撃で四散した。しかしそれでもギルバートは止まらず、散り散りに逃げようとする敵を容赦なく叩き潰して行った


 オリジナル逆行17


 医局はどこも開いていなかった、丸ごと避難してしまっている。仕方なくドロアは遠くの屯所まで出向き、そこに仮設された陣幕医局の中の医師に、ランを預けた

 「ランさん……眠っているだけなのか。…………今は、そうしていてくれ」

 陣幕医局は傷を負った民や兵士でごった返していた。かなりの人数が居る物の、今この王都で起こっている騒ぎを鑑みれば余りにも少ない数である。迅速な対応は今日一日で賊を殲滅せしめるだろう。ドロアは陣幕医局の入り口の掛け布を荒々しく振り払い、外に待つリーヴァに歩み寄る

 リーヴァが髪で隠している瞳を、ふ、と開いた

 「ランとやらの容態はどうだ」
 「………無事だそうだ。傷は残るが、重傷ではないと言われた。………本当に、感謝する」
 「………あぁ?! ………あ、あぁ、うむ。………別に、大した事ではない」

 目を閉じて真摯に礼を述べたドロアに、リーヴァは一瞬面食らった。彼女にしては珍しく……本当に珍しく、口篭りながら返答する
 鉄面皮のまま腕組みしてむぅ、と唸るリーヴァ。ドロアはその横を歩いて、己の馬の鐙に手を掛ける

 そしてふと振り向いて、跨るのを止めた。そこにはドロアが現れたことを伝令で知ったアルバートが、態々出向いてきていた

 「アルバート殿」
 「暫くぶりだな、ドロア殿。そして……、貴女は西方馬民族の方とお見受け致すが?」
 「そうだ。友好深きダナンの族、氏族長リーヴァ。宜しく頼む」

 リーヴァが何時もの調子を取り戻して、不意に尋ねてきたアルバートに返した
 ドロアが馬鹿者と罵る。少しは口の聞き方に気をつけねば、長生き出来んぞ

 「いや、良い。そうか、ダナン軍師の縁の方か。こちらこそ宜しく頼む」

 アルバートは続けた

 「賊どもの殲滅戦で迷惑を掛けた様だ。しかしこれも国の大事、悪く思わないで欲しい」
 「解っております。………あぁ、俺とて………。アルバート殿に責は無い、根本的な部分から、ラグランで暴れまわるあの阿呆どもが悪いのだ」

 苦々しげに口を閉じ、ドロアは風見鶏が後ろを向くような角張った動きでアルバートに背を向けた

 「…母君が怪我を負われたそうだな、行くのか?」
 「逝かせて頂く…!」

 纏う空気が一変した。ゴゥと耳鳴りがしそうな程に圧迫されるような空気は、ドロアの武威。リーヴァは面白げに鼻を鳴らして受けとめ、ドロアは轡にブーツを咬ませ、落ち着いた動作で馬に跨った

 尋常ではない。途轍もなく巨大な硬い鋼の塊か、若しくは岩石が、不細工にも馬に跨っているような存在感だった

 「止めてくれるなよ、アルバート殿」

 リーヴァもそれに習う。先を制してぬけぬけと言った。アルバートはふむ、と顎に手をやって、目を瞑った

 「客将と言う位置付けとなる。良いのか」
 「構いませぬ。あの蝿ども、これ以上の無道を許しては置けませぬ故」
 「即応はしたが、敵の展開を読み違えたのは私の責任だ。……尻拭いをさせて済まぬ」

 其処まで言ってドロアは一礼し、馬を駆けさせた。敵の展開を全て予測するなど土台不可能なのだが、そんな事で慰めを言う男ではない。『大盾』とてそれを欲しいと思わない。アルバートは見送る。ニヤニヤと、族長の位に就いてからするようになった笑いを浮かべながらリーヴァが併走し、矢筒に予備の矢を差し入れながら、ドロアに言った

 「…いい気分だ、二週前をまざまざと思い出す。どうするドロア、また私が率いようか。お前に選ばせてやるぞ」
 「ほざくなリーヴァ。お前は俺の後ろをついて来るだけで良い。その台詞はもう少し柄を上げてから言うんだな」

 リーヴァには二週間前に無かった縦横さがある。憎まれ口叩きながらもドロアは感じていた。この身の程知らずは、この若さで最早老獪さまで手に入れようとしているのか
 勢いだけではなくなっている。ドロアは何時か、本当にこの少女が自分を率いるような事になるのではないかと、悪寒に眉を顰めた。リーヴァはふ、と、目を大きく開いた

 「ふん、強引傲慢な台詞も、お前が言うと嫌に男らしく聞こえてくるな」

 そういった途端機先を制する。リーヴァは早駆けが得意だ

 「ここは貴様に恩を売る事にするぞ、ドロア!」

 リーヴァが速度を上げてドロアを追い抜いた。調子に乗るなじゃじゃ馬。ドロアがこちらも速度を上げ、リーヴァに追いつく

 「身の程知らずめ!」
 「無礼者、さっきのようにリーヴァと呼べッ」


……………………………………………………


 ギルバートが一歩踏み出した瞬間
 唐突にその身体がグラリと揺らいだ。地を踏みしめていた靴の底が浮き、ギルバートは歯を食い縛って受身も取らず、敢えて堂々と倒れこんだ

 よくよく考えれば昨日の夜より眠らず、食わず、少しの水を飲んだまま働き詰め、戦い詰めだったのだ。部下達には休息を取らせたが彼自身はそうではない
 グ、と地面を押そうとする手すらも、酷く重たい。賊の殲滅を終えたカモールがエウリを伴ってギルバートに駆け寄った

 「ギル!」
 「騒ぐんじゃねぇよ…、ケッ、ザマぁねぇ。腰が抜けてやがら」
 「あ、アンタ顔色悪いぞ、大丈夫かよ!」
 「誰に言ってやがる。…っつーか、何で手前が此処に居やがる、ドロアの阿呆は何やってんだ…?」

 睨まれたエウリがばつの悪さから目を逸らした。ギルバートは捨て置く。彼に取ってエウリなど、興味の対象外なのだ
 今もギルバートの中にある熱は、そんな事よりも余程重要だった。本格的に兵を率いる心地、感慨も何も無い癖に、ただただ只管に使命感が募る

 ギルバート隊、総員三十五名。負傷離脱、八名。戦死、五名。その力の向かう先を示す事こそが、使命

 「う…ん、んんん…! 戯けが、このギルバートともあろうモンがよぉ…!」

 腰抜かしたままで居られる物か
 …だが、立てなかった

 ギルバートは目を閉じる。弱音は吐かない、部下に手を貸せとも言わない。そしてジッと沈黙を守っていたカモールに、先に行けとだけ伝えた。エウリにはしゃしゃり出るんじゃねぇよ小娘と罵る
 カモールは頷き、踵を返した。エウリは激戦と言う聞きなれない言葉をそのまま体言しているかのようなギルバートに言われ、何も言い返せない。だがそれは聞けない話だった。例え誰に言われても

 「エウリ、早く乗って。……ギル、先に行く」
 「行けよ、行け。俺とお前は対等だ、一々報告みてぇな真似するな」
 「進発! 全速!」

 騎兵隊が駆けて行く。ギルバートは途端ぜぃぜぃと、荒く息を吐き始めた。やせ我慢だ。正直限界なのである
 だがギルバートは目を閉じ、身体を好きに投げ出しながらも部下達に休息の命令を出した。終れば再び戦わせる。とことん過酷な道を逝かせる心算だった

 「畜生、何だか俺…」

 エウリがカモールの後ろで呟く。抱きついた腰は鎧越しなのに酷く熱い。エウリは荒い息を吐くギルバートの強がりを、確りと見ていた

 その様がまるで父の死に際の様に思えた。ドロアもギルバートと言う男も、兵士とはこんな奴等なのか、皆こんな奴等なのか。胸から叫び声がせり上がって来る。エウリの前に広がっている覚悟の世界
 そんなエウリの、背後から腹に回される手を、カモールは出来るだけ優しく包んだ

 「解る。解るぞ畜生。俺の親父は兵士で、俺は兵士の娘なんだ。糞、逃げないよ、逃げない筈だよ、例え死んでも…!」
 「ギルバートの事?」
 「アイツだけじゃない、アンタや、ドロアや、俺の…親父。辛いなら、苦しいなら逃げれば良いのに、兵士なんだ。――兵士なんだ」

 エウリが背に顔を埋めてくるのを感じて、カモールは首だけ振り返る。最後尾で騎馬を走らせるカモールは、ギルバートのような勢いは無いが、緻密だ

 「…ギルは、ただ無鉄砲なだけだと思うけどね」

 小さく、疲れたように笑う。そして、続ける

 「だけど私にも解る。散々言われてきた。私達は骨の髄まで兵士なんだ。ドロアさんや、エウリのお父様や、多分ギルバートも。当然私だって」

 その時、横合いから飛んできた投槍がカモールの目の前を霞め、そのまま石壁に突き立つ。カモールはパッ、と視線を巡らせた。ここいらは一本道で、横からの強襲なんて出来る筈が無い。一体どんな手を使ったのか
 右手に片腕の無い賊将アイゲン部隊を見つけて、エウリは驚愕した

 穴だ。地面にでかい穴が開いている。短い攻穴を複数繋げて移動路、退路にしたと言う戦の話をカモールは聞いた事があった。しかし、まさか本当に穴の準備までしていたとは!

 「…へ、早速出くわしたか」

 アイゲンが先頭切って走り出した。彼はカモール等とは比べ物にならない、幾つもの敗戦を糧にしてきた歴戦だ
 この期に及んで、迷う所など少しも無かった

 「良いぜ、そろそろ疲れたのよ俺ぁ。手前が引導を渡してみな」

 下知はする。だが間に合う等と淡い希望は抱かない。駆け出しだがカモールだって統率者だ。進むにも逃げるにも、無様なんて曝して堪るか
 だからカモールは隊を呼び戻しつつも単騎で前に出た。こんなのはカモールの動きではない。彼女は一騎当千の勇ではないのだから

 だが今だけは

 「誇り高い兵ならば! きっとただ生き続けるような自然さで、民と国の為に一つの命を投げ出せる!」

 エウリ、死ぬ気で! そう呼びかけられたエウリは熱い衝動のままに毒剣を引き抜いていた


……………………………………………………


 乗馬がすれ違いざま、細槍の一撃で葬られた。良く心得た物だアイゲン。カモールは落馬し背中を激しく打ちつけたが、それでもエウリだけは抱き寄せて庇る
 鎧が無かったら確実に背骨が折れていただろう。直ぐに立ち上がろうとしても、激しく咳き込んでしまい無理だった

 「アイ、ゲェェーーンッッ!!」

 エウリがカモールを守ろうと、仇の名を怒鳴りつけながら迫るアイゲン隊の前に立ち塞がる。違う、それでは立場が逆だ。何故、私はエウリに守られているんだ

 カモールが無理矢理立ち上がる。敵部隊は直ぐ其処だ。アイゲンも馬から槍を引き抜き、こちらへ走り出そうとしている

 立場が逆だ、もう一度心の中で叫んだ。エウリに守られて、どうするんだ!

 「エウリィィッ! 飛べぇぇッッ!!」

 落馬の前に咄嗟に掴んでいた弓矢を構えた。幸いに損傷は無く、問題なく使える。エウリが横に飛び退いた。カモールが矢を放った
 一矢、アイゲン隊の先頭を走っていた者に命中した。カモールは弓矢を投げ捨ててエウリを抱きかかえる。其処に漸く、戻ってきた騎馬隊が突撃を仕掛ける
 転がるように逃げる二人を騎馬隊が間に割り込んで救った。しかし、其処に尚も飛び込んでくる影。咄嗟に抜剣するカモールよりも早く、エウリがそれに牙を向く

 アイゲンだ。少数が多数を倒すにはあらゆる手段が必要となる。戦術、地の利、個人の武勇、兵器

 そして乾坤一擲。相手の指揮官を討つ事。アイゲンは忠実に実行したのだ

 「女子供が戦場に出しゃばるかァーーッ!」
 「うわぁぁああああああ!!!」

 アイゲンは例え回りを取り囲まれる事になろうと、少しも脅えはしなかった

 「このぉ、命知らずの傭兵――ッッ!」
 「首が飛んでから同じ台詞を吐いて見やがれッ!!」


――ランク「血風ドロア」


…………………………

どんなに頑張っても話が盛り上がらない女、カモーr(ry
同じくエウr(ry

いや、御免なさい(・∀・)



[1446] Re[17]:オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人β
Date: 2006/07/17 22:54
 争う兵の姿を見た時、リーヴァは横を走るドロアの気が変質したのを感じ取った
 思わず駆っていた馬が速度を落とす。無意識に止まろうとしている。リーヴァは現れたドロアの背を、横顔を見て、更に違うと、それだけを感じた

 「…抑えるべし、抑えるべしと思おうと」

 兵が向かってくるのが見える。敵の目前で足を止めてしまえば騎兵はお終いだ。敵はその騎兵を相手に上手く立ち回りつつ、各個に分断しようとしている
 何時もなら緻密な射によって先手を討つ頃合だ。何時ものリーヴァなら

 しかしそれをしなかった。リーヴァは何か、今まで見たことの無い怪物でも見たかのような表情で、ドロアと敵先手が交差する瞬間を見つめていた
 ドロアの振り掲げていた紅い槍が、一瞬だけ動く。リーヴァは確かに見た。そして言い換えれば、それしか見る事が出来なかった

 「かぁッ! 抑えが効かんわッ!!」

 荒々しく突き出された槍が、一瞬で二人、纏めて串刺しにしている。何とも言い難い力技だったが、しかし鋭い。いや、見えなかったが、その様を見るだけで解る。鋭さが突き抜けていった余韻がある
 そして何より速過ぎる。速さとは技にのみ宿るのではないのだと、リーヴァは今知った

 何時、やった

 並外れた膂力は知っていた。熟練熟達された技も知っていた。戦機を見切る目の事も知っていた
 だがなんとまぁ、ここまで鋭い男だとは知らなんだ

 (もしこの先この男の武を理屈で語る奴が居たら、私は指を指して笑ってやろう)

 リーヴァは曲乗りしてドロアの後に続いた。鐙の上に立ち上がり、先程ドロアが言ったように何もしないでただその背に続く

 まるで威風堂々たる王が如き尊大さで、リーヴァはドロアの背後に陣取った


……………………………………………………


 「くが…ぁっぷ………げ、げぇ…」
 「カモール…! か、カモール! カモ!!」


 やられた、とカモールは前のめりになりながら思った。胸の鎧を貫いて、アイゲンの小剣が右の胸を抉っている。細槍に気を取られすぎた
 感覚的に意識を向けた。浅いのか、深いのか、カモールには良く解らない。解らないが、解る事もある

 倒れてはならない
 カモールはくしゃくしゃに顔を歪めながら、叫び声を上げて地面に足を叩き付けた

 口内が熱い、血がせり上がってきている

 「立つな、カモール!!」

 エウリが後ろから抱き着いてカモールを引き倒した。直後、今までカモールの頭があった場所をアイゲンの細槍が薙ぎ、カモールとエウリは転がるように逃げた。追撃するアイゲン
 エウリは立ち上がった。本当なら、ずぅっと頭を抱え込んで、這い蹲って居たかった。立ちたくない、怖いんだ

 でもその後ろには血を吐くカモールが居る。もうこれ以上奪われるのは、自分が死ぬ事よりも嫌だった

 (畜生! 畜生! 決めた! 死のう! ここで死のう!)

 そう覚悟しても、今自分の後ろにある物は、最後まで諦めないぞ
 エウリが飛び掛るも、敵う訳が無い。容赦の無い蹴りがエウリの腹を貪り、しかしエウリは吹き飛ばない。アイゲンの足にしがみ付いていた。ふわ、と身体が持ち上がると、次の瞬間額に衝撃。頭突きだ

 皮が破れて血が飛んだ。アイゲンは細槍を口に銜え、エウリの首根っこを引っ掴んで放り捨てると、同時にカモールを抱え上げて、今正にアイゲンの背後から襲いかかろうとしていたユイカ騎馬隊への盾にした

 ――覚悟は、正に何の役にも立たなかった


 オリジナル逆行18


 もう既に夕暮れの刻である


 馬上で更に視線を高くして見ていたリーヴァは直ぐに異変に気付いた。争う兵の動きが極端に鈍くなり、収束していく

 「おい」

 リーヴァの目が鋭くなった。否が応にも怯えが走る、魔物のような目付きで、リーヴァは忌々しく言い捨てた

 「何故あの将は、舌を噛まんのだ」

 リーヴァの視線の先には捕らわれたカモール。ドロアは無理矢理馬を停止させる。ドロアだけではない、敵も味方も、両方とも動きを止めていた

 人質? この乱戦の中で、よくもまぁ上手く事を運んだ物だとドロアは歯を食い縛る。だが、馬鹿め。そんな物が通用する状況か
 ――通用、していた。アイゲンが止めたのはユイカ軍団だけではない、己の配下もだ
一瞬でも場を膠着させられれば、状況を知らしめる事は出来る。そして混乱させ、時間を稼ぎ、……其処から先はドロアには無用の思考だった

 ただあの乱戦の最中に、無謀とも言える戦闘停止を成功させたアイゲンの手口は、賞賛に値する

 ゆっくり、互いが互いを警戒しながら、ユイカ軍と賊が二方に分かれる。自然睨みあう形になった

 「リーヴァ、止まれ」
 「……フン」

 ドロアが槍を水平に持ち上げ、分かたれた二つの軍団の真中に馬を進める。疲れ果てた表情で漸くそれにに気付いたアイゲンは、忌々しげに舌打ちした
 ユイカの軍団と、賊の集団。両方ともにドロアを見つけ、そしてそれが何者であるかに気付くと、そろって青褪めた緊張の表情になった。この状況下では何がどうなるのか、全く予想が付かなかった

 ジッとドロアは、真正面の先にある、その生き様を睨む。カモールの傷は深くない。失血死にだけ気をつけておけば、全く命に別状は無い。尚の事大した力加減だった

 「最後の最後まで、戯けた真似ばかりする。人質などが何の役に立つ。使って逃げられる状況だと思うのか」
 「……何だ、いきなりしゃしゃり出てきやがったと思えば、手前は」
 「俺の顔を忘れたと言う事も、俺が誰だか知らんと言う事もあるまい」
 「其処で止まれ! 寄らば、この女の首を折る」

 ガ、と制止。カモールの目が、力を失いながらドロアを見た

 なんともまぁ、情けないや。カモールが唾を飲み込む。呼吸しようと胸が動く度に激痛が走った
 本当に、情けない。自分なりに力を尽くしてみたが、結局はこの有様。一瞬の交錯の中で、自分だけがまるで下手を打っていた。一体自分は何をしにここまで来たのか

 例え将を討とうが捕えようが、賊は降伏勧告などしない。兵だって賊の要求など聞くものか
 だから、こういう場合、命は大体諦める。ユイカ軍団の誇りが、賊に傅くなどありえない。部隊は最後まで尽く戦い、私は死ぬだろう。そう思っていた

 「何故……」

 だからふと、そう問うた。何故戦わず、睨みあっているんだ

 ドロアがその呟きを拾う。彼の中にはカモールの問う「何故」の意味が五個くらい思いついた。ドロアはアイゲンを無視し、その中で最もカモールが聞きたいのであろう一つを答える

 「…ここに居る若年の兵達は、お前を死なせたくないんだそうだ。例えどんな未熟者だろうとな」

 一拍置いてその意味を理解したカモールが、ぐわぁ、と啼いた。戦友達にその身を惜しまれる、それはとても誇らしい事だと思った
 だが、もう良い。将が兵の足を引っ張るなど、あってはならない

 「――もう…! 良い…!」

 ――もう良いから

 そうか。と呟く。グ、とドロアが四肢に力を篭め、馬を駆る。アイゲンが慌てて怒鳴った。しかし聞かない。なまじ人質など取ってしまったから、アイゲン自身も躊躇する

 結局アイゲン配下の部隊が動き、束になり嵩にかかってドロアを襲った
 ドロアは、炎が爆ぜたように吼えた

 「くどいわッ!! 退けぃ!」

馬上で曲乗りして三百六十度全方位を切り払い、ドン、と言うとても肉を斬ったとは思えない轟音を響かせる。追い縋る賊達を一撃で砕いた。大の男を何人も平気で吹き飛ばす様は圧巻だ。人の肉体が巻き起こす人外の嵐

 「カモール!」

 気炎高めて槍を掲げた。体の筋肉を引き絞り、硬直させ、ただ一本の武装を構える。今ドロアは弓になる。矢は、真紅の槍だ

 「お前を俺にくれ!!」

 放たれた紅の矢。それは、カモールの心臓に向かって真っ直ぐ飛んだ

 そうだ! とカモールは理解した。これこそが、自分の思い描くままのドロアだ
 この人が負ける所など見たくなかった。この人が膝を屈する所など見たくなかった。この人の足手纏いにだけは、なりたくなかった。例えここが己の墓場になろうと

 構うもんか、紅い槍よ、私を貫け。カモールは笑った。こんな人に望まれる。これもまた、とても誇らしいことだと思った
 夕暮れの中に刻まれる、鮮烈な笑顔

 「――――――はいっ」

 アイゲンが雄叫びを上げながら逃れようと身を翻す


……………………………………………………


 天空から人が降って来る

 武神は気まぐれだと言う。気まぐれに任せて、時折空から人を降らせる。それは人と人を競わせる為であったり、或いは武神の娯楽の為であったり、…人を救う為であったりすると言う

 背の高い家屋の屋根から格好付けて飛び降りたのは、ギルバートだった。部下を置き一人だけで現れた彼は何を意図していた訳でもなかったが

 確かに、武神が降らせるに足る男だろう

 「ギルバァァート、スラァァァアアッッッッシュ!!!!」

 巨剣に加速と体重と持てる力の全てを注いだ
 狙いは賊将、アイゲン。手前の同僚を人質に取られて、黙っていられる性分ではない

 地面とアイゲンが間近に迫ったところで、ギルバートは巨剣を振った。振った、と言うか、叩き付けた

 「お、あぁっ?!」

 目を剥いた。前から真紅の槍、上から巨剣。恐らく今まで生きてきた内、最も素早い動きで、賊将は身体を跳ねさせる。一度に両方をやり過ごさねば

 必死の思いで避けるアイゲン。槍は標的を失って石の壁に減り込み、外れた巨剣は地面を抉るだけでは済まない。硬い土質のそれは四方八方に亀裂が走っている、ただ、ギルバートの放った一撃で。アイゲンは己の目か、若しくは頭がイカれたのだと思った

 カモールが動いた。最早動いていい状態ではなかったが、そんな事は言っていられなかった
 大きく息を吸い込んでアイゲンの腕を己の腹に引き寄せる。自身は足腰を沈ませて、アイゲンの懐に潜り込んだ。ここからだ、動揺から動けないアイゲンの腕を捻り上げる

 そしてそのまま前のめりになり、投げ飛ばす。放り出しはしない。宙に浮かせたアイゲンの身体を渾身の力で引っ張って、そのまま亀裂の走る大地に叩き付けた。

カモールはそれを見届けると、続いて襲ってきた激痛に悲鳴を上げてのた打ち回った

 その一撃で肩がイカレた。アイゲンは歯を食い縛る形相とは違う、何処か醒めた心で理解する。ズタボロの身体を無理矢理転がして距離を取り、立ち上がろうとして尻餅をつく

 立ちあがる? ……とんでもない。良い投げが入ったもんだ、脳味噌がグラグラ言いやがる

 ギルバートは巨剣を杖にし。ニヤリと獰猛な笑みを浮かべ、土を蹴った。正に瞬きの間に全てが決した

 「…形勢逆転、だろ? なぁ、山賊野郎」

 そして、その背後にも言う

 「なぁ、小娘」

 アイゲンの背後に何時の間にか、血が溢れる額を押さえたエウリが、毒剣をだらりと持って立っていた


……………………………………………………


 「…………ここが」
 「…………………」
 「俺の、死に場所か……」

 ぐい、ぐい、と無理矢理力を篭めて立ち上がろうとするアイゲンの首に、エウリはそっと毒剣を添えた
 四肢から力を抜くアイゲン。夕暮れの中で毒の刃だけがぬらぬらと鈍く光る

 アイゲン配下の兵は少しも動けなかった。ユイカ兵に牽制されていると言うのもあるが、瞬く間に起こった出来事に、ただただ唖然とするしかないと言うのが本当である

 刃を首から引き離す。エウリはゆっくりとそれを掲げて、口を開く

 「………ッ!」

 開いたが
 言葉は出なかった。顔が泣きそうに歪む

 「あぁ…………」

 アイゲンがぐらり、と揺れた

 「………あぁ…………俺が、手前の親父を殺った」

 振り下ろされる毒剣。倒れ伏すその胸元に向けて、一直線

 過去よ、今よ、未来よ。俺はどうなりますか。強く生きて行けるでしょうか。独りでも、生きて行けるでしょうか

 問いには勿論答えなど無かった。その代わり、振り下ろされたエウリの剣は、その軌道の途中でピタリと止められてしまう
 振り返る先には、深い色の目でジロリと睨むリーヴァ。エウリは彼女の名など知らない。でも、彼女の強さは知れた

 「黙れ」

 声を放とうとするエウリの口を、リーヴァの手が塞ぐ

 「お前の出る幕ではない」

 その通りと言わんばかりに、下馬したドロアがエウリの頭を優しく撫で、其処を越えていった

 「何か言い残す事はあるか」

 ドロアは壁から引き抜いてきた槍を突きつける。アイゲンは最早動く気力も無い
 下らん情をかけるじゃないか。そう言って嘲った。しかしドロアは、真剣な面持ちを崩さず、ジッとアイゲンを見つめていた

 「何か言い残す事はあるか」
 「方々流れて根も何もねぇ俺に、そんな情けは要らねぇんだよ馬鹿め」
 「情けで言うのではない。情けでなくても当然の事」

 アイゲンがドロアを恐ろしいまでの形相で睨む。ドロアはまるで気にしなかった

 「何か言い残す事はあるか」

 三度目。そこで、漸くアイゲンは観念したように目を閉じた

 「………『天下無双』の海蛇に伝えてくれや」

 ――済まねぇとよ
 ドロアが槍を胸に突き入れる。それだけでアイゲンは血を吐き、呆気なく絶命した。アイゲンの配下達が息を呑む。皆、身じろぎする事も出来なかった

 「エウリ、済まん…いや、許せ………いや」

 ドロアは背を向けたままそれだけを言った

 「…………お前の仇は、俺が勝手に殺してしまった」


――ランク「血風ドロア」


…………………………………………

 唐突ですが、出来の悪さは認めるので、一つだけ、我が事ながら言わせて欲しい


 ちょ、おま、ギルバートスラッシュって何だよwwwwww



[1446] Re[18]オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人β
Date: 2006/07/29 21:25
 逆賊大暴れ。そこいらでさんざ戦闘し、挙句火まで放たれたと言うのに、王都ラグランにはさしたる被害も無かった
 その上、予想された被害の目算は予め…それこそ戦闘が始まるよりもずっと前から計算されており、既に対策も立てられていた。それを平然と無感情にこなすから、骨の髄まで浸かった文官は好かねぇと、ギルバートは後に愚痴っている

 ドロアはランを背負って例の市街を歩く。当り構わず暴れまわったのは正に昨日の事で、肩やらに傷を抱えるランは市街の光景を見ながら終始苦笑いしていた

 ドロアの横を通り過ぎる兵と市民達が、皆一様に頭を下げていく。今日は朝からずっとこんな感じだ。特に兵士と来たら、昨日激戦を繰り広げた者達が疲労も怪我もおして復興作業に従事している。彼らの興奮は、又聞きでドロアの暴れぶりを知る民達よりも余程強かった

 「……………何だか皆ドロアにペコペコして、変な気分だ。人気者だね、ドロア」
 「ランさんもその内顔を覚えられるぞ」
 「何でさ」
 「俺の名が知られるとは、身近に居るランさんもと言う事だ。俺は貴女の子ですから」

 背に頭を埋めてくるランに、ドロアはさしたる反応も返さない

 「嫌な気分だ」

 ランを背負いなおして、ドロアは足を早めた。まずは、家に


……………………………………………………


 ルルガンは詰まれた羊皮紙の前で作業をしながら、ルルガンはクワッ、と叫ぶ

 「掛かったな阿呆めがッ!」

 その直後、ルルガンの執務室の扉を乱暴に開けて入ってきた文官の一団が、上から降ってきた木の棒にしこたま頭を打ち据えられた。縄で括られている。いわずもがな、扉を開けた瞬間に振ってくる仕掛けだ。情けない程に幼い罠だった

 「あ痛ッ! ルルガン様、な、何ですかコレは!」
 「やかましい、どうせ貴様等の用件は解っておる。御託は良いからその羊皮紙の束を置いてとっとと仕事にかかれ」
 「む…は、はぁ。しかし幾らなんでもコレは無いのでは…」

 ブツクサ言う文官達をルルガンは無視する。ユイカ国の聡明な新王は、今非常に攻撃的であった

 理由は羊皮紙だ。先ほどからドイツもコイツもが同じような馬鹿面を下げて同じように持ってくる羊皮紙ども。全ては今回の鎮圧作戦の指揮を執ったアルバート、……の、下で働いていたギルバートからの物だった
 内容は此度の戦場の、知りえる部分の仔細詳細全て。まるまる全て。正に一文字とて漏らすまいぞと言う執念が滲み出ていた
 そして、どの羊皮紙の最後にも載る言葉

 『先に待つ戦の前哨戦、殆どが新兵であった者達の初陣なれば、相当と思われるより以上の恩賞と、戦死者の家族への補償を願いたく候』

 「おぉ、正しい! この俺相手にたかが青二才が物怖じもせん言い草だ。正に正論」

 因みにルルガンは二十四歳だ。6歳程しか違わない

 ルルガンは、ギルバートが全く不慣れな鉄面皮を装って己と相対しているような感覚を覚える。ただその一文の為だけに幾つも幾つも、よく送ってきたものだ

 「ギルバートとカモールを昇進させよ! 加えてギルバートはダナンの隊より俺の直下に異動させる、カモールは遠征軍から外せ、暇を出して傷の治療をさせてこい!」


 オリジナル逆行19


 カモールは兵舎の壁に凭れかかってぼやりと考える。夜だけあって、少し冷えるか
 草と土の匂いが強かった。カモールはクンクンと鼻を鳴らしながら、包帯を巻いた左胸の傷を確かめた

 ジワリと傷が熱を持っていた。よく死ななかった物だと、今更ながら思う
 俄かにも、自分にも天運と言う物があったのかな。そう熱い溜息を漏らした時

 「カモール」

 ふと声。咄嗟の事に驚いて、カモールは慌てて立つ。聞こえてきた声が意外な人物の物だったからだ
 彼女の知る彼は、こんな所に来る理由が無い。まさか態々私に会いに来たか、とカモールはそんな夢想をしながらクルクル見回す

 気付けば彼は直ぐ隣に居た。何時の間に近付かれたのか全く解らなくて、カモールは上擦った声を漏らした

 「ドロアさん?!」
 「落ち着け。傷に障る。…………まぁ、中に残ってどんちゃん騒ぎを続けていても同じだがな」

 言うドロアに、あぁとカモール。兵舎の壁一枚隔てた所では、今も祝勝会が続いていたな。早々に抜けてきたカモールだったが、馬鹿騒ぎは多少の事では収まらないだろう
 でも何故ドロアが居るのだろうか。思いはしても、カモールはそれを聞けない。何と無くそんな雰囲気ではなかった

 「傷は。中々深くいったろう。まだ痛むか?」
 「…あぁはい、いいえ…。今は、そんなには」

 ドロアがカモールの直ぐ近くまで来て見下ろす。カモールの身長はさして高くない。自然ドロアを目一杯見上げる姿勢になった
 くて、とドロアの手の甲がカモールの額の熱を測る。 「いあ?!」 訳の解らない奇声を漏らして、カモールは飛び退る

 飛び退ろうとしたら、ドロアの右手がカモールの背を回って、華奢な肩を包んでいた。カモールの顔は焼けた炭のように真っ赤になる。でも、それ以上逃げようとはしなかった

 「……二度とこんな真似をするな、カモール」

 ドロアの頭がカモールの首筋に降りて来て、至近からの声にカモールはゾクゾクと震える。余りの事に固く目を瞑った。それでも、自分を抱きすくめるドロアの輪郭は鮮やかに解った

 ぐったり身体を預ける。カモールは何も言えない。ドロアも、無言のままだった
 心なしか、抱く力が強まったとき、ドロアはカモールの布服を捲り上げた。カモールは背伸びして、ドロアの首に手を回した。捲り上げる手は、嫌にゆっくり

 右胸の傷に、包帯越しに啄ばむような口付けが落ちる

 「ど、どど、ドロアさん…! うくっあ、…そ、そこは……」


……………………………………………………


 ――メゴッ! と強烈な異音

 木の机に頭を減り込ませて直後、カモールは激痛に色気もへったくれも無い悲鳴を上げて飛び上がる

 「あぐああぁぁぁあッ!!」
 「あぐあ! では無いわ無礼者め!」
 「うっぐぅぅぉぉ…! ……り、リーヴァ殿ですか? いきなり何をなさるんです!」

 額が赤くなっていた。カモールは其処を両手で押さえて、目尻に涙を溜める破目になった

 「やかましい、貴様真昼間からなんて夢を見ている。何が、「どろあさんそこはだめですー」だふざけおって。私を馬鹿にしているのか」
 「そ、そんな事、夢? 私寝言を…?! って聞いてたの?!」

 ――全部夢か! 何て勿体無い!

 「何をほざくか」

 リーヴァは仁王立ちしてビシ、と指差す。その先にはリロイが居た。長机の向こうで頬を朱に染め、苦笑いしながら拭き終わった皿を何度も何度も無意味に拭きなおしていた
 カモールは最早漏れ出る絶叫も無い。ひたすら大口をぱくぱくさせて、本当に羞恥から真っ赤になる

 「……………………!!!!!!」

 ここは! リロイの酒場! 何と衆目のある場所で! いや今は自分達三人だけしか居ないのだけれど!
 しかし! 兎に角! これは最早死ぬしか! この恥は! しかしただ死ぬだけでは! この生命が!

 「………! ま、まだ!」
 「あぁ?」
 「まだ何もやってませ――ッ」

 もう無言でリーヴァはカモールを蹴った。カモールは椅子から転がり落ち、其処で両手で顔を覆って、シクシク泣きながらぐったりとなったのだった

 リロイがぽつりと、商売の邪魔なんだけど、と呟いた


 こやつら、往年の友の如き息の合い様がありおる


……………………………………………………


 その時、当のドロアは一体どんな運命の悪戯か、ギルバートと肩を並べて歩いていた
 ドロアは良い物の、問題はギルバート。木材角材木槌と資材を担ぎまくり、且つ格好は上半身裸。とてもユイカ軍団の一部将とは思えない出で立ちである

 怪力をこれでもかと発揮するその肉体は未完成ながらも逞しく、しなやかだった

 「だがな、俺にはお前の筋肉美を鑑賞する心算は毛頭無いぞ」
 「あぁ?! 手前、なに人を露出狂みたいに言ってやがる」

 ギルバートが眉を顰めた。ドロアの言わんとする事は十分解っていたが、だからと言ってその通りにする心算は、ギルバートには無い
 ドロアとて其処まで強く言う心算も無いのである

 ギルバートは雑事を片付け職務を果たした後、ただ己の体の動くままあちらこちらに出張っては町の復旧を手伝っていた。今担いでいる資材だって、全てその為の物だ
 己の力を振り絞って民の為に働き続ける男に、ドロアが何を言えようか。否、言える筈も無い

 この男の賞賛されるべき行動に比べたら、たかが露出狂である事くらい、何の意味があろうと言うのだ。ドロアはかぶりを振った

 「だから露出狂ではねぇと言ってるだろうが!」
 「うぐ」

 飛んできた拳をドロアは甘んじて受ける。調子に乗りすぎた自覚があったからだ


 それから暫く歩く。そしてドロアの家に辿り着く。ギルバートが資材と木槌を降ろした。ここに来たのは……

 エウリニーゲの見送りの為

 「…思えば生意気な小娘だったな。どうだったよ、短かったが、預かってみて」

 ばんばん、と手をはたきながらギルバート。ぎこちなくドロアから顔を背けながら言う

 「…短い? …いや、十分だ。奴は俺の妹分だ。ランさんの娘だ」
 「…おぉ、そうかい。……何か、意外だったぜ」
 「こんな事を言うのがか?」

 ドロアが顔を向けるのを見て、ギルバートはふん、と余計にそっぽ向いた

 「他人なんざ、どうなろうと知ったこっちゃねぇ。…手前は、そういう奴だと思ってた」
 「……なんだ、急に。気持ち悪い」

 今度はドロアが眉を顰める。しかし、直ぐにその表情を消した。現れる何時もの無表情

 だが、言葉には抑揚があった。ほんの少し嬉しそうに、ギルバートには聞こえた

 「お前こそ大分柄を上げたな。たった少しの間に、見違えたぞ。………ん? お前、その癖、……照れているのか」

 ドロアが覗くとギルバートは矢張り顔を背けたが、ドロアははっきりと見た
 ギルバートは固目を強く瞑っていた。自分の父と全く同じの、照れ隠しの仕種だった

 程ほどに、ドロアは歩き出す。別れの時である


……………………………………………………


 「そんなこんなで、手前の仇は死んだし、もう縛る物は何も無ぇよ、好き勝手にやれ。…俺はそれを伝える為だけに来た、解ったら頭を下げて礼を良いな」

 微かに笑って言うギルバートに、エウリは拳で答えた。ごつ、と音がするが、痛いのはエウリの拳の方でギルバートは笑ったままだ
 ギルバートは予想していた返答に鼻を鳴らした。気の強い小娘だ、何だか小気味良かった

 「へっ、……達者でやりな」

 そういうギルバートは良い。だが、エウリにはまだ関門がある
 左手をしっかりと掴んでいるランの存在だ。これが哀しそうな顔で、如何にもエウリまで辛くなってしまう
 ドロアがそのランの後ろから見守っていた。エウリは宿命の敵でも睨むかのような目付きで地面の小石を睨み、気まずさを誤魔化していた

 「あの、本当、ありがとう。俺迷惑掛ける事しかしてなくて」
 「そんな事は良いんだぁぁ~……!」

 ランさんがぐお、と口を開く。同時にぐお、と目尻を下げた

 「…御免、俺、親父の首を捜すからさ」

 エウリは家に帰りたかった。燃えてしまった故郷に帰りたかったのだ。最早無い故郷だが、それでも
 恩を受けっ放しなのは心苦しかった。でも、それに報いるのを後回しにしてでも、今は家に帰りたい。欲求は抑えがたかった

 「畜生、御免よぉ…!」

 ドロアが笑った。エウリの目尻までぐお、と下がったからだ。ランとエウリ、二人して何て顔をしているのか
 そっと歩いてきて、包帯の巻かれたランの手を緩やかに解く。ランは大人しく従った。その代わり、歯を食いしばっているようだった

 「持って行け」

 エウリに押し付けるのは、鷹の細工を施された短剣。毒剣では、刺々し過ぎる。無骨なドロアの土産は、無骨な剣で良い

 「乗って行け」

 右手には最早すっかりドロアの荒乗りになれた駿馬が引かれている。エウリは正直馬術に不安があったが、ドロアは有無を言わせない

 「何時でも頼れ」

 最後にドロアは、胸を張る。右手の親指でグイ、と自分の胸を指し示す。ランもドロアの横に並んで、頭数個分低い位置で同じ仕種をした

 「帰って来い」

 ――「絶対にだ」

 エウリは馬に跨った。そして頭を下げた。ランが手を振る。エウリは馬を進ませる

 何度も何度もエウリは振り返った。家の前でランとドロア、ついでにギルバートは、その姿が見えなくなるまでそれを見送っていた。ずっと見送っていた


……………………………

 わ た し は も う 死 ん で い る   肉体美あたりで

えぇ、申し訳ありませんでしたとも。



[1446] Re:[19]オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人β
Date: 2006/08/11 21:03
 「軍でもずっと使えそうな奴を探していた。ユイカの軍は弱いともっぱらの評判だから、そんな惰弱な軍ならば己の力も目立ち易かろう、そういう考えで有能な者が集まっている。見所のある奴は結構多かったぞ」

 あぁ、はいはい。目を隠し、表情が読めなくなったリーヴァに対して、カモールは適当に受け答えした
 と言うか、表情など元より読む必要も無いか。そういう風に感じる。どうせ、一体どこから来るのか解らない自信に満ち溢れた顔つきで、全て我が物とでも言うように話すのだ。会って一日どころか、数時間しか経っていないが、容易にそれは予想が付いた


 最初は、カモールはこのリーヴァと言う少女が自分を嫌っている物だとばかり思っていた。否、事実嫌われていたようである
 しかしとんでもない醜態の後、苦り顔で少し言葉を交わす内に、リーヴァはカモールの事を『敵に成り得ぬ』と判断したようだった。それはそれで気に入らないような気もするが、態々反発出切るほど、カモールは向こう見ずでは無い

 だが、本当を言えば、やっぱりカモールはリーヴァが少し苦手だった

 「…あぁ、手当たり次第粉かけたって噂が立ってましたよ。ちょっとは遠慮して貰わないと…、大体戦を控えた今、勧誘されたからすぐさま軍を退くなんて出来ないんですから」
 「解っている。下調べと言う奴だ、まだ誰も誘ってなど居ない。今はユイカと言う国を学ぶべし」
 「学ぶ、とは?」

 カモールの見遣るリーヴァは、背筋をピンと伸ばしている。その華奢な体の上に乗っかった頭が、くるりとこちらを向いた

 「訳の解らない者よりも、解る者の方が安心するだろう。ユイカを学び、私がユイカの士にとって解り易い者になってやれば、人も集まり易くなろう」

 カモールには解るような解らないような、不思議な心持だった。少なくとも、今のリーヴァは解らない
 こんな事を堂々と言ってのけるコイツは何者だ。あぁ、西方馬民族の氏族長さんでしたね。偉いんでした

 何と無く首を捻る。その、リーヴァが目をつけた者達と言うのが、戦が終っても生き残っていれば良いのだが

 「やけに入れ込むんですね。そんなに気に入った人が、ユイカに居るんですか?」
 「…………あぁ、そうだ。気位の高い奴で困っていたが、もう大丈夫」
 「?」
 「ユイカに一般的に流通する書を読んだ。強兵は強い者にこそ惹かれるとそれにある。正に最もな事」

 ふふん、と鼻を鳴らしたリーヴァが胸を反らす。そして、顔の前に垂れていた髪を払って瞳を曝け出した

 「こう言う事だ」

 リーヴァが真正面からカモールを見据える

 (うわっ、凄い可愛い…)

 何て考えられたのは一瞬。重なった視線の色が全く変わった

 カモールは腰が抜けるかと思った。最初力強いながらも静かだったリーヴァの目が、急に殺気と暴力を満載した危険な物に変わったからだ
 殺される そう思ったのも仕方無い。カモールは何時の間にか肩を掴まれていて、傷から走る激痛に耐えてまで剣を抜こうとしても、抜けなかった

 「――お前、私の部下にならんか?」 ゴゴゴ…! と耳鳴りがする

 まさかこれが、こんな野獣のような凶相で言うのが勧誘の心算なのか…!
 リーヴァが部下にならないかと発した瞬間、冷や汗がだくだくと流れ出す。だらり、とカモールの体から力が抜けた

 「…………それ、絶対に間違ってると思いますよ……」
 「? 何? 駄目か……?」

 盛大な溜息でカモールは緊張を解いた。このおとぼけ馬民族、一体何をどう勘違いしているのやら
 丁度その時、入り口を乱暴に開きながらギルバートが現れた。カモールは視線で指し示す、アイツはどうだよ
 この少女は少し常識を知った方が良い。あんな、殺せる物であれば殺してやると言わんばかりに睨み付けられて、竦まない者が居るものか。ギルバートで試せ

 そんなカモールの胸中も知らず、リーヴァは今度こそ、と席を立つ。ギルバートは突如として現れた、仁王立ちの格好のリーヴァに、少々意表を突かれたような顔をした

 そして一撃

 「――私の部下にならんか?」 ゴゴゴ…! と耳鳴りがする
 「な……何ぃ?!」 キューンッ!

 途端にギルバートの顔に朱が乗った。怒りとかそういうのでは無くて、純粋にリーヴァに漢惚れしそうな感じのそれである
 ブフッ、とカモールは口に含んだ水を噴出した。キューンッ! じゃ無いよ大馬鹿

 (き、効いてる………)


――


 もういい加減帰ってくれないかな

 一部始終を見ていてそんな風に、リロイは長机の向こうで呟いた


――


 オリジナル逆行20


 ドロアは練兵場にて、アルバートとの縁の深さを感じる

 広大なそこを駆け抜ける騎馬の一団、それの最後尾にドロアは着いていた。軍が動き始めるのは二日後。その日に備え、懸命に部隊の練度を上げようと苦心するユイカ軍の部将に、ドロアは招かれた
 聞けばアルバートの陪臣だと言う。確かに他と比べれば、頼み易いと言った感情も理解できた

 「右ぃ! 速さを逃がさず南へ向かえい!」

 ドロアが怒鳴りつける。騎馬達はそれに従いぐいぐいと右に曲がった。何時もなら軍の中核か先頭で示す下知だが、最後尾であっては上手く通らない

 平たく作られた地を行き、備え付けられた木の柵に木目がはっきり見える位置まで接近。ごぉごぉと跳ね上がる土煙の様子を見つつ、ドロアは次は左に行けと指示した

 ちらりと見遣ればランが居る。練兵場の隅で座り込んでいた

 「今日は歩兵に足を合わせる必要は無いぞ! 調子に乗れ!」


――


 ドロアを招いた将は、ドロア自身より一回り以上年をとっている。しかしそれでも三十そこそこ。経験が備わり、正に人生で最も強い時期に差し掛かる将だ
 ドロアは散々に走り回らせた兵達を尻目に下馬し、一礼した。無精髭を生やしたその将は、己が率いる兵達には普段殆ど見せないであろう笑みを浮かべながら、ドロアを迎えた

 「いやいや、流石。ドロア殿が最後尾に侍ると言うだけで、こやつ等全く気合の乗りようが違う。感謝いたす」

 確かに部隊の尻で怒鳴り散らした物の、ドロアは何でも無い事のようにその言葉を辞した。事実、何でも無い
 外の者が本来それを率いる者よりも鋭く隊を動かしては、相手の面子が立たない。この先の指揮、及び士気にもかかわる。ドロアは意識して細かく命令をしないでいた
 相手の将もそれを感じているようで、その意味では苦笑も混ざりつつ、ドロアに礼を言うのだった

 「下馬ぜよ、全員休んで構わん!」

 ふと、思い出す。ドロアが兵達の上に立つようになった時の事だ。何分昔の事であるから、細かい時期までは覚えていないが
 あの頃は誰も反抗などしない物の、皆不満がありありと眼に表れていた。随分と居心地の悪い思いを……。否、ドロアはしていない。気に入らない目付きの者は尽く屈服させた。そして戦場では必ず敵の刃を受ける位置で戦い、内外で己の実力を示すうちに、全てが従うようになった

 軍略も戦術も学ぶ以前の事だ。他に何も持っていなかったドロアは、渾身の武と命を掛けていた


 「お疲れ様。いやさ、全く立派に育っちゃって。ドロアがこう言う事に慣れてるとは知らなかった」
 「…まぁな。しかし、俺は本来こういう目的で呼ばれたのでは無いだろう。腕力を買われて兵達と組み打ちでも頼まれるのかと思ったが…、何故こうなっているのやら」
 「む、今露骨に話を逸らしたろ」

 近寄ってくるドロアをのんびりと迎えるラン。クスクスと笑う。埃っぽい練兵場の土から腰を上げた

 「済まん、詰まらなかったろう」
 「全然ッ、……息子の成長を間近で見れるって言うのは、嬉しいぞ」

 だけど、とランは零す

 「なんだか、何と無くなんだけれど……変わり過ぎてしまって、寂しいな、とかも思うぞ」

 苦笑いしながらランはドロアの胸をトン、と叩いた

 その後結局ドロアは、何人もの兵達を相手取って実戦さながらの訓練を行った
 この機を逃してなるものかと、何人も何人も挑んでくるのだから、かなり時間を食った。最後の方はドロアを招いた将までまざり、一対多数での白兵戦である

 その真っ直ぐな姿勢と気性にドロアは懐古の念を抱く

 自分も、この中で生きていたのだな、と


……………………………………………………


 夜になり町に出、ドロアはリロイの酒場が、既に行きつけになっている事に漸く気付いた
 意図しての事ではないが、行き着けと言うのはまぁそんな物だろう。ドロアはリロイの酒場に、見知った顔が集っているような気さえした。飽くまで勘だが

 (………ランさんも連れてくるべきだったか)

 もう道程も中ほどまで来て、ドロアは今更振り返る。思えばこうしてドロアが町に出た時、ランは独りなのだ
 今まではそんなに気にもしなかったが、これはランに酷い真似をしている。矢張りエウリの奴を何処にもやらず、ランと自分の傍にでも置いておけば良かったかと、ドロアは頭を振った

 「省みすぎているか? この俺が」

 再び歩き出して呟いた。自分はここまで、終った事をグダグダと言うような、女々しい男だったのだろうか


――


 リロイの酒場に入った瞬間、ドロアは表情に出さずに驚く

 もしかしたならばとは思っていたが、まさか本当に居るとは。しかも何の間違いか、リーヴァまで席の一つを陣取ってギルバートと酒戦を争っている

 方やドロアのような傭兵を招き、兵を鍛える者が居れば、方や酒場の一角を占拠し、従業員を半泣きにさせている者も居る。最早諦めたような表情で愛想を振りまくリロイを見て、ドロアは眉間を一度だけ揉んだ

 ドロアの姿に一番最初に気付いたのは、リーヴァだ。彼女の視界には、しっかりと酒場の入り口が収まっていたのである

 「ふ、ク。待っていたぞ、ドロア。ここに居ればお前に会えると聞いていた」

 同時にリーヴァは漸く己の時が来たことを感じた。それもそうだ。ずっとこの酒場に居たのは、カモールとどつき漫才をする為でも、ギルバートと酒樽を飲み干す為でもない
 この赤い髪の男だけを求めて、ずっとずぅっと待っていたのだ。リーヴァは今しがた己が潰したギルバートを放り出し、席を立った

 その行動の速さと言ったら、カモールがドロアに挨拶をする間すら無し

 「もういい加減私を焦らすな。お前の為に荷馬車三台分の金銀を用意してきた」
 「あぁ?」

 リーヴァは椅子を一つ蹴り動かし、ドロアに差し出す。ドロアが相変わらずの無表情でそれを無視すると、リーヴァはそれでも構わないとドロアの頭に腕を回して引き寄せた

 「――私について来い、武名と誉れが諸手を挙げて寄って来るぞ」 ゴゴゴ…! とやはり耳鳴りがする

 ドロアは無視する。怯みもしない。だが、睨みつけてくる目を、リーヴァ以上に見据え返した

 「――そんな事よりも、俺の嫁にならんか? 強い子を産める強い女がよい」


 完結に言えば、その一言にリーヴァはブチ切れた

 ―― メ ゴ !

 返事として襲い掛かってきた唸り声を上げる鉄拳を、ドロアは左の頬で受け止めた


――


 「え、えぇ?! い、今のって本気ですか?!」
 「そんな訳あるか馬鹿者が、とっとと其処で潰れている青二才を叩き起こせ、邪魔だ。リロイ、酒をくれるか」
 「あ、あぁ? はい…。冗談だったんですか…」

 ドロアとカモールは二人して、今凄まじい勢いでリーヴァが駆け抜けていった酒場の入り口を見遣る。扉の片方が破壊されていた。あれは木板ごと新調するしかない

 ガリガリと馬蹄が土を跳ね上げる音が遠ざかっていった。なんか、ちょっと可哀想かな、なんてカモールは頭の隅で考えた

 「……幾ら勇将の気質でも、如何せんまだ子供か。………否、俺が期待し過ぎただけなのだろうな、あの女に」

 いびきもかかずにぐるぐると目を回しているギルバートを揺すっている最中、カモールはドロアの呟きを聞きつけた。些か理不尽では無いだろうか。ドロアの発言は、全く何の関係も無かったような気がするのだけど
 ギルバートは起きない。仕方無いので、カモールは痛い痛い傷を我慢してギルバートを引き摺り、店の隅っこの方に寝かせた

 今の今まで気付かなかったが、店の中にはドロア、リロイ、酒場の主人、そして自分以外誰も居ない
 やっぱり騒ぎ過ぎだったか。カモールは幾つもの意味を篭めて、盛大に溜息を吐く


……………………………………………………


 で、ドロアを打ん殴ったリーヴァは、夜になってもまだ仕事の消えぬ、軍師ダナンの所に押しかけていた

 「あの無礼者が、人がどんな気持ちで待って居ったかも知らぬ癖に、いけしゃあしゃあと下世話な話をしおって…! 何故私が動揺せねばならんッ」
 「戯け、動揺する方が悪い。そんな事で責任ある立場が務まるのか?」
 「勤め上げている! 何だ叔父貴殿、私の仕事に何か文句でもあるのか!」
 「無い。過不足なくこなしておるな。だが、態々ここまで愚痴を言いに来るでないわ」

 リーヴァの氏族は、ダナンの族と呼ばれる。軍師ダナンの兄が馬民族の女に恋をし、終いには実力で氏族長の座を受けた事から、ユイカの内では現リーヴァの氏族をその当時から既に名の売れていたダナンのそれをつけて呼ぶようになった

 リーヴァの目も髪も爪も肌も全て馬民族の物だが、血は半分、ユイカのそれが流れている。血縁であった

 「何が不満だ…。叔父貴殿、私はそんなに無能に見えるか?」
 「見えぬ。見えぬが、それだけが仕える理由にはなるまい。そのドロアとやらは、己の生き方をしている。その生き方が、お前の生き方と重なっておらんだけだ」

 上に立つ風格を身につけたかと思えば、男一人の事でここまで揉める。ダナンは、幼い頃から幼くなかった兄の娘がこうまで荒れるのを初めて見た。やれやれ
 ドロアとやらの顔を一度拝んでみたくなった。ダナンは、執務を一切の停滞なく続けながら、それでもしっかりとリーヴァに応答する

 血を分けた者の忘れ形見だ。どうして可愛くない筈があろうか。ダナンは、ふ、と少しだけ笑った

 「それにしても、あぁだこうだと騒ぎおって。お前は恋する乙女か、生娘でもあるまいに」
 「な…! 私は生娘だ叔父貴殿!」
 「ぶ、ば、馬鹿者。大声で何をほざく」


……………………………………………………


 ギルバートを起こしたのは結局、ドロアの拳骨だった
 ひりひりと痛む脳天を押さえながら、ギルバートは大人しく肉を食っている。ドロアはやれやれとでも言いたげな表情で、静かに酒を呑んでいた。カモールが酒の相方だ。傷に障らぬ程度である

 「全く、好き勝手騒いじゃって。ギル君ってこう言う事になると本当に子供みたいなんだから」
 「済まねぇ、リロイさん。いやぁ、あのガキ酒強ぇよ。この俺と同じ量を呑んでるのに、まるで酔っちゃいねぇんだから。…あっ痛ぅ~」

 何時だって子供だと思うがな。ふと、ギルバートの情けない横顔を見たドロアは、しかしその思考を打ち消した

 (うん、子供だと思っていたが……)

 どうであろうか。もう、おおっぴらに子供と馬鹿にする事は出来ないのでは。そう思わせる程、ギルバートは逞しくなった気がする
 体の事ではない。たしかにそれもあるのだが、もっと根本的な物だ。人間としてギルバートは逞しくなった。堂々と男の太さを誇れる、そんな風に

 結構な事よ。ジーッと自分を見つめるドロアをギルバートが訝しんだ時、若い声が場に響いた

 「たのもぉー!」

 現れたのは傷だらけの革鎧を着込んだ男だった。いや、革鎧だけではないか。本人もかなりの傷を身に受けているようで、どうしても荒い戦いの匂いを振りまく男だ
 ドロアと同年か、それよりも下。楽しげに笑いながら、男は言う

 「ここにくりゃぁ、ユイカでいっちゃん強い男に会えるって聞いたんだがよぉー!」

 あぁ? と柄の悪い声を上げてギルバートが立ち上がった

 「俺はクラード! 今をときめく『血風』ドロア殿はいらっしゃるかい?!」


 ――ランク「血風ドロア」


…………………………………

まぁ、こんな日もある。
リーヴァはもうちょっとの間ツンツンしててくれ、とか思いました、すいません。



[1446] Re:[ 20]オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人β
Date: 2006/08/11 21:19
 「逸れた本隊の位置は」
 「この崖の向こうだと、大将はお考えで?」
 「そうだ、ヴォーダンの軍が斥侯を出しながら少し遅く進んだとすれば、我が軍はこの向こうの位置で待ち受けるだろうぜ」

 最低限の武装以外全てを外した状態で、ドロアは崖を上る。猛烈な勢いでごつごつとした岩の出っ張りに手を伸ばし、疲労した身体を無理矢理持ち上げる
 すぐ後に続くのは負けるものかとばかりに力むクラード。一心不乱に、ドロアの背だけを追った

 「だぁ、はっ、ひぃ、はぁ…! ゴードンの野郎にやらされた糞訓練並みに厳しいわッ」

 頂上まで辿り着く。ドロアは墳、と気合を入れて、それを昇りきった。先のほうを一瞥すれば其処には予想通りの光景。しゃがんでクラードに手を差し出したとき、ドロアは薄らと微笑んですらいた

 「大将、笑ってますぜ」
 「笑いもするぜ、見ろよ、どんぴしゃだ」

 崖を上りきるとそこからは急な坂道になっている。そして其処を降りきった平地では、ドロアとクラードの所属するユイカ軍と、敵軍が激しくぶつかり合っていた
 激しい剣戟の音がここまで響く。敵軍の猛烈な突撃に、ユイカ軍はじりじりと後退していく。勢いに乗られるとは非常に面倒な物

 味方の窮地は、即ちドロアの好機でもある
 ここは命の賭けどころ。ここから駆け下りれば、もしかしたら敵軍の最後尾に位置する将を襲えるかも知れない。そんな位置だ。だが無謀と言えば無謀。ドロアとクラードの二人だけで切り込んでも、敵は容易に二人を囲むだろう

 ドロアは猛然と上を目指している。崖の上とかそんな意味ではない。軍団の中での上と言う意味だ。命を賭けずして得られる物ではない。だが
 クラードはどうなのだろうか。己の野望の為だけに、この忠実な部下を巻き込む事は、しては行けないような気がした

 「…うへ、今すぐ切り込みてぇー! って顔ですね」
 「なんだ、解るのかよ」

 そりゃもう完璧に。がっはははと笑うクラードをドロアは殴った。人の気も知らないで
 体中から流れ落ちる汗を払った。どうせこんな物、直ぐに気にならなくなるだろうが

 打ん殴られたクラードは、冗談の混ざった空気と共に笑みを消した。そして、唯一腰に残っていた剣を抜き

 「行きましょうや。俺は、足手纏いって言われるのが嫌いでしてね。特にアンタには」

 頭の悪い提案をしてみせる

 「良いのか。俺は何人ぶった切っても勝つ心算でいるがよ……、お前についてこれるのかよ」
 「えぇ行きまさぁ、行きますとも! 死ぬまで」

 ドロアはもうそれ以上は聞かなかった。ありがたい事だ。こんな身分も後ろ盾も無い俺の我儘に付き合ってくれるのか
 細く頼りない剣を抜く。それを手放してしまわないよう、服の切れ端で縛った。これより先は、正に死地だ

 「底抜けの馬鹿だな手前! あの世の果てまでついて来いよ!」
 「応ッ!!」


――


 それから結局、ドロアとクラードはたった二人きり、物陰に隠れながら敵軍最後尾に忍び寄り、急襲をかける
 咄嗟に敵近衛兵が組んだ円陣をただの一撃で破りぬいたドロアとクラードは、敵将を切り捨て、その場で勝ち名乗りを上げた

 その後は当然死ぬ目に会った。実際死んだかとも思った。兎にも角にも討ち取った首を抱えて逃げ出した二人は、だがしっかりと生き抜いたのであった


 それも今では、未来の昔話である


 オリジナル逆行20


 「座れ、ギルバート、敵意剥き出しでどうする心算だ。俺の客だぞ」

 ゆっくりと酒杯を置くドロア。ギルバートは不愉快だと眉を顰める

 「あぁ? ……あのなぁ、ああ言う前口上吐いて酒場に来る奴ぁ、大抵一暴れしに来てんだよ。見過ごせる訳ねぇだろうが………。大体、俺じゃなくてお前を訪ねてってのも何だか気に入らねぇな…」
 「解っている。だが、俺もお前も酒が入ってる。暴れに来たとは言っても、そんな相手と戦って喜ぶような奴は武芸者とは言わんだろ」

 すぱん、とドロアは唐突にカモールの頭を叩いた 「あだッ!!」
 こちらはこちらで目立たないように、机の下で短剣を引き抜いていた。この直情径行どもめ

 「大人しくしてろ。そう喧嘩腰では話も出来ん」

 なぁ? とドロアは毒気を抜かれ、奇妙に面食らったような表情になっていたクラードに呼びかけた

 「いや、あんなぁアンタら、俺まだ何にも言ってないだろうが…」

 クラードの言葉を無視し、納得行かない表情ではあったがギルバートが座りなおした。こうなるともう、クラードとしても脈絡無く暴れては格好がつかない

 「リロイ、アイリエンの酒をくれ。…好きだろう?」
 「人の話聞けよ…。そりゃ確かに好きだけどよ…」
 「あぁ、そんな顔をしているぞお前。代金は俺が持つ。兎に角座ると良い」
 「そんな顔ってお前……」

 ドロアは嘗ての部下の好みの酒を未だに覚えている。クラードはまた表情を変えた。逆立ちしようとして失敗した子供のような顔だ。何と無く気分悪そうにしている

 実際気分は悪かろう。なんだこの見透かしたような馴れ馴れしさは。まぁ、ただ酒飲めるってんなら遠慮はしないけど。ドロアには、座ったクラードが何を考えているのか容易に解った

 「ギルバート、早く肉を食ってしまえ」
 「五月蝿ぇな、お前は俺の親父かよ!」
 「いや、あのよ………」

 クラードは当初酒場に乗り込んできた勢いは何処に行ったのか、どうにもしおらしい
 リロイが酒を運んできてからは、尚の事口を挟めなくなった

 「よかったです、一悶着かな、とか思って戦々恐々でしたから。ほっとしましたよ」
 「うん…あぁ…うむ………」


――


 暫くして、ドロアはクラードを潰した。言葉巧みに酒戦に誘い、ベロンベロンにしてしまったのである
 カモールは二人のあまりの飲み様に胸焼けでも起こしたのか、しきりにどんどんと胸を叩いている。ギルバートも顔色は良くない。リーヴァに散々に打ち負かされた直後だからだろう
兎に角クラードはまずい。近所の洟垂れガキの方がまだしまりのある顔をするよ、と評価されるゆるんだ顔で、彼は消えかける意識を必死で繋いでいるのだ。だがしまりが無いので格好が悪すぎる

 ドロアだけがほろ酔いながらも涼しい顔つきであった。クラードはぐらぐらと揺れる頭を必死に支え、意味も無くがははと笑いながら己の敗北を認めた

 「…それで、俺への用件は何だ。手合わせが望みか」
 「いんやぁー……最初は…ここいらで……うはッ、名前がやたら売れてる庸兵…の、面を拝んでみようぅ、と思ってよぉ~。強そうだったら、うっく、一つ斬り合ってみようかとも…思っちゃァ居たんだが」

 「強ぇ~…! アンタ強ぇぜぇ…!!」 たった独りで大岩を持ち上げ続けるような、悲壮な決意。正にそんな心持で頭をもたげていたクラードは、矢張りと言うか、とうとうと言うか、顔面から机に沈んだ。まともな会話が出来たのは、其処までだった

 「酒の強さを見に来た訳じゃないだろうに」


 自然な感じでドロアは苦笑を漏らす。やはり、当然、当たり前の事だが

 クラードの自分を見る目。期待と好奇心が満載された、しかし“初見の他人”を見る目

 そういうものと、理解している。感傷も何もある物か、あってたまるか。ドロアは吐き捨てるのだが
 それでも、クラードにむかってこの馬鹿野郎と罵りそうな自分が居るのを、確りと自覚していた。ドロアにはどうしても似合わない感覚だった

 「……チ、女々しい…」
 「ドロアさん」
 「何だ」
 「持って帰ってくださいね、その人」

 「……………………」


……………………………………………………


 槍を振っていた。それは過去、己の生きる術を見出した時から始めた事であり、今も、未来も、変わらず続けていく動作だ。実際続けていた
 奇麗に決められた型の訓練ではない。それをしては縦横無尽と言う言葉が消える。最初に始めた時は、明確な意思も目的意識も無いただ凶器を振るうのみの薄っぺらな動作だったが、その動作が全くの無意味で無い事をドロアは知っていた

 「精が出るねぇ」

 鎧を外して身軽なクラードが居る。ドロアは気付いていたのかそうではないのか、クラードを振り返りもしない。クラードは伸びをしていた。至極自然体だった

 無視されたとか、そうでないとかは、彼に取ってどうでも良い。故郷を出てから幾つ歳を経たのか覚えていなかったが、クラードにとって武芸に根ざす諸国遍歴と言うのは、ただ戦い続けると言う事のみであった

 「俺ぁさ、酒が身体に残らん体質なのよ」

 そういったがどうかの間、槍を振るドロアの間合いにクラードの気配が入り込む
 止めはしない。止める筈も無い。クラードとて止まるなどと思っていない。この二人にとって今ここで逢うと言う事は、やはり、ただ戦い続けると言う事のみであった

 何の脈絡も無い癖に極自然に当たり前だとでも言いたげな表情で、二人は切り結んだ

 「えぇぇぇいぁッ!」
 「応ぁッッ!!!」

 遠心力で速さを得た槍。横なぎに来た槍にしては幅の広すぎる刃を、クラードの槍が迎え撃つ。真正面から受け止めると思いきや、足と腰と背を落として跳ね上げた。反動を押し殺す鈍い音は、クラードだけに聞こえている

 顔の横を通り過ぎていく風切りの音に、クラードの太い眉根が歪んだ。激しい負担と苦痛。あまりの鋭さに逸らした力の軌跡すら自由にならない。いや、今の一撃、受け止められたのが奇跡か。この威力を知ってしまっては体に余分な力が入り、もう率先して受け止める事はできまい

 だが、勝利の機とは刹那の間にひそむ物と心得るクラードは踏み込む。その鼻面の先をドロアの振り下ろした槍の穂先が掠めていった。ドン、と言う轟音、地面に減り込んだそれを握るのは、なんともしなやかに力強い右手のみ
 膂力だけで無理矢理槍を引き戻した。力任せの反応に、しかし失われていない鋭さ。コイツは本物だ。“強”が肉の服を着て歩いているのだと、そう思った。今の一瞬ではっきりとした武の優劣でも解る。一瞬、たったの一瞬で

 ぎゅぅ、と顔面から血の気が引き、クラードは冷や汗を噴き出した。恐怖と言う弱い感情を噛み殺すため、ガキンと歯を噛みあわせると、身体は震えだそうとまではしなかった

 今のは俺の負け!

 「もう一本!」
 「フン…」

 更に力強く動き出した二人を、顔を出した陽光がギラリと睨みつける
 今、互いが互いの目の前に居ると言う事は、当然、ただ戦い続けると言う事のみであった


……………………………………………………


 カモールは市中でばったりとランに出くわした。カモールは目を剥いた物である。ランは重傷の身だと言うのに、こんな所で何をしているのか

 「ランさん、何でこんな所に…! 無理しちゃ駄目だって言われたでしょう」
 「あぁ~、うん、抜け出して来た。…だが、そんなに酷い怪我じゃ無いと思うんだけどな」
 「立派に重傷ですよ。ほら、荷を貸してください…って、あッ痛ぅ~…!」

 半ば強引に荷を奪ったカモールは、胸からビリリと走った痛みに呻いた。ランが慌てて荷を持とうとするが、カモールは虚勢をはる
 そして二人して歩き始めた。行き先はランとドロアの家までだ


――


 「………まぁ、そんな訳で、休暇を貰った訳なんですが……。遠征軍からは外されてしまうし、溜息しか出てきませんよ」
 「私には少し解らない感覚だな。それで良いような気がするんだけど、やっぱりカモちゃんにとっては、駄目なんだろうな」
 「…えぇ、それはまぁ。ギルとも差がついちゃいますしね」

 ゆっくりゆっくり歩く二人の会話は、歩行速度に無さに反比例して多くなる
 カモールはルルガン王から通達された療養休暇の話を、溜息混じりに語った。ずっと遠征の日を見据えて様々な訓練を積んできたと言うのに、直前でこれでは、正直とんでもない肩透かしを食らった気分である

 カモールはこの休暇、故郷に帰る心算だった。静養すると言う意味では間違っては無い。まぁ、良いかなと半ば開き直った感もあるカモールは、一つの計画を実行に移す

 「実は少し故郷の方に顔を出そうと思っているんですが、もしご迷惑でなければ、招待されてくれませんか? 私が言うのもなんですけど、良い所ですよ」

 ランは唐突な申し出にキョトンとする

 「思えば私、以前の騒動のお礼、まだしてないんですよね。勿論招待するんですから、精一杯の事はさせてもらいます。どうですか?」

 最初渋ると思っていたカモールの予想に反して、ランは意外や意外、乗り気であった
 大人しい感じのするランだが、その実彼女は好奇心が人一倍多い性質なのである。普段表には出てこない面だが、いまここでは、カモールの提案に食らいついた

 「ドロアに頼んでみよう!」


……………………………………………………


 ランとカモールが辿り着いた時、ドロアとクラードの戦いは

 何故か、ギルバートに乱入されてしまっていた


 「うんがぁぁああああ!!!」

 真正直に一直線の振り下ろしを紙一重で避ける。ギルバートの巨剣は空間を断ち割って、先ほどのドロアの槍のように地面に減り込んだ。神経を削る回避である
 しかし、反撃を見越した回避と言うのは挙動が小さければ小さいほど良い。ドロアは掌の上で真紅の柄をギュン、と回転させ、思い切り斬り上げる。ギルバートは巨剣を手放すと思い切りよく前に出て、槍の柄を押さえ込んだ
 ドロアは少しも動揺せずに更に力を篭める。満身の力を篭めて掛かれば、いくら怪力のギルバートとは言え、崩れた体制でどうこう出切る筈は無い。予想どおりギルバートの身体は浮き上がり、そのまま投げ飛ばされた

 ふと、向かって左側に大きく上体を捩る。今までドロアの頭があった所を、クラードの槍が背後から突っ走っていった。ドロアはぐんと伸びたそれを掴むと、前に引きずり出す。宙を泳ぐクラードの体に膝蹴り

 「!」

 ドロアは息を飲んだ。クラードが胃液を吐きながら槍を掴んだ腕を捕らえたのだ。ギュル、と旋風のようにクラードは身体全体でドロアの右手を捕える
 其処に、巨剣を取り直したギルバートが上空から襲いかかった

 「早くやれえぇぇーッッ!!」

 槍で防ごうとしてその思考を却下した。全体重乗せて、全力を振り絞った超重量剣の一撃。しかも振るうはギルバート。生半の守りでは、今度はこちらが砕かれる
 ドロアはクラードに抑えられた右手を無理矢理地面に押し付け――否、叩きつけ、バリバリと歯を食いしばりながらまたもやギルバートの斬撃を避けきった。しかしギルバートの本気は、ここから

 ギルバートは避けられた巨剣を押し留めようとしない。それどころか更に体を捻り、尚も回る。並々ならぬ身体能力で重心を保ったまま、速度だけが増した
 回転斬り。まるで曲芸にも見えるその一撃に、ドロアは本気にさせられた

 「ギルバァァート、スラァァァアアッッッッシュ!!!!」

 メリ、と、ドロアは組み付かれた右腕の間接を無理矢理曲げる。クラードの決死の拘束が緩んだ

 ここから先は動体視力。目に映る光景の中で、神速を以って振り下ろされんとする巨剣の切先を見つけ出すのだ

 ――捉えた! ドロアも槍を振るう。全身を覆う筋肉の尽くを使い果たして、天まで延びるような突きを繰り出した
 その時にはもう、ギルバートの巨剣とドロアの槍は密着していた。次の瞬間己が両断されていても構わぬ覚悟でドロアは槍を押し出し、巨剣を真正面から弾き返した

 「ギルバートスラッシュ、敗れたり…!」

 たたらを踏むギルバートを尻目に、クラードを蹴り倒し、胸板を踏みつけて自由を奪う
 そうしてから改めてギルバートの喉首に槍を突きつけた。ギラギラと目だけが燃えるギルバートは、冷や汗を一つたらしてから舌打ちした

 「――お前等、二人纏めて漸く半人前だな」

 「「もう一本!」」
 「何度でも来い」

 三人が一気に飛び跳ねる


――


 「ぎゃ、ぎゃぁッ?! あれ真剣、真剣ですよ! 何でこんな真昼間から全力で殺し合いしてるんですか!」
 「え、…さぁ? 私が抜け出した時は、ドロアとクラード君だけだった筈なんだけど」
 「と、止めないと!」

 焦るカモールに、ランは待ったをかける

 「止めといた方が良い。男の子って、こういうの邪魔されるのが嫌いなんだ」

 あんな連中捕まえて「男の子」なんて呼べるのは可笑しいですよ、とカモールは訴える。特にドロア
 カモールは何と無く解った。この人、少し何処かズレてる

 「そんな事言ってる場合じゃないでしょうが!」

 カモールは腰の剣を引き抜いて駆け出した。獲物を構えたのは、動物的な本能からだった


――ランク「血風ドロア」


……………………………………

うぉ、汗臭い。そして話自体は余り進まない。
うむ、これぞ主人公最強っぽいな、とか思ったり。
まぁ、こんな日もあるかとか思いますた。

f氏の指摘に愕然。修正し猛省する次第です。埃の誤字指摘もありがとうございました。



[1446] Re:[21]オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人β
Date: 2006/08/30 22:56
 何時も人波で溢れる大通りだが今日ばかりは桁が違った。不必要と思われる程に広い、時として三十人を越える兵士達が捕り物で暴れまわっても余裕の残る其処は、人一人が満足に後ろを振り向くことさえ出来ないほどごったがえしている

 人の群れは大通りの両端に分かれていた。皆揃って興奮の面持ちで大通りの中央を見つめ、其処を行くのは豪壮に飾ったユイカの軍団。行進の様相は、威風堂々と言うのが相応しい。あちらこちらで鳴る音曲もそれを助長し、これぞ如何なる敵にも負けぬ精兵と、信頼を呼び起こす様があった

 人波の中ドロアは軍団の行進を見つめる。正確には軍団の最前列に一人、殊更威容の際立つ群青の鎧を纏うギルバートをだ。左右に三人ずつ歩兵が配され、中心で騎馬を気取るギルバートは、確かに見ているだけで昂揚してくる不思議な魅力がある

 「む……ルルガン王殿も、よくあの青二才に軍の穂先を任せたな」

 ドロアは、態々思っているのとは正反対の事を、背伸びして何とか行進を見ようとしている隣のカモールに向けて言った

 ルルガン直下のギルバートが先頭に立つのは確かにそれほど可笑しい訳ではない。が、全くの違和感が無い訳でもなかった
 ルルガンの軍団に居るのが、ギルバートだけと言う訳はない。ダナンを初めとし、ギルバートよりも遥かにユイカの為に尽くしてきた将達が居る。ギルバートなど新参も良い所だ
 それがこの配置。ダナンのような軍師が立つ事は無いにせよ、他にも人は居た筈だが。例えばそう、……この時期に、鉄頭の騎馬を任されている者、とか

 何を隠そう、ドロアも幾度と無く、穂先を任された事があった

 (――この時の鉄頭の騎馬は本当の少数精鋭。確か、兵員は六百が制限だったな)

 それ故に、一部隊としてルルガンの軍団に組み込まれている

 背伸びしても前が見えない事実に悪態を吐き、仕方無いと諦めたカモール。ドロアは無言でその首根っこを掴むと子猫をそうするように高く持ち上げた。服の成りから首は絞まらない

 「うわ……」

 カモールは文句を飲み込んだ

 「奴はどうだ」
 「まるで…別人みたいですね。ギルじゃないみたいだ」
 「どんな感じがする」
 「アルバート様のような、そんな雰囲気がします」
 「本人には言うなよ、歯をむき出して怒る」

 カモールはクスクスと笑った

 「はい」


 ふと、いきなり回りの人波がザッと引き、先ほどまでとは少し違う歓声が起こる。何と思えば、ギルバートが目の前を騎馬で通り抜けながら自前の巨剣を天高く突き上げていた。その鋭い視線は、ドロアとカモールへ
 左右の歩兵が遅ればせながら同様に槍を突き上げる。其処からぶち上げられた歓声は、際限なく広がって怒号を呼んだ

 コイツは中々、語り草に出来そうな出征式だ

 「ク、調子に乗って役者気取り、根性叩き直してやろうか」
 「何だか本当に今日のギルは……違いますね。やたら機嫌が良い」
 「アレだな」

 ドロアが、顎で指し示すと、其処には穏やかな顔つきで行進を眺めるリロイの姿がある。カモールは得心した。あの二人、ギルとリロイ、何かあったな

 「…見届けたら直ぐに戻るぞ、俺達も出発しなければ」


 オリジナル逆行21


 ランの懇願を退け切れ無かった理由は、幾つもあったがどれも決定的ではない。特に、医局の医師が「寧ろ積極的に行って来い」とランを後押ししたのは大きいが、それも少し違う気がした
 ランまで連れ出して旅をしよう、なんて、何故自分は許容したのだろうか

兎にも角にも、気を取り直してカモールの招待を受けると決まり、カモールの実家がユイカ北東に位置する山国の名士だと知った時、ドロアは逆に納得した
 ギルバートと親しかった理由だ。尋ねてみれば、一兵卒としてユイカ軍に参入した時、アルバートの方からそれとなく促されたと言う。ギルバートを頼む、なんて態の良い事を言われ、雲の上の人物と言っても良い相手からの頼みにカモールは単純に舞い上がったそうだが、実際にはギルバートとカモール両方に配慮された結果だ

 ギルバートがどれ程嫌がろうと、父の名と身分はついて回る。カモールとて、その実家とやらがどれ程の物かは知らないが同様だ。名士に近しい人間は名士と言うのが、ドロア自身は気に入らないが対外的には宜しい

 「まぁ、「アルバート様から貴方の事を頼まれた」なんて言ったモンだから、最初はゴミでも見る様な目で睨まれましたけどね」
 「それ面白そうだ、もっと詳しく聞きたいな」
 「ふはっ、…そうですね、ギルの奴、実はそんなに荒っぽいって訳じゃ無いんですが、私の顔を見ると凄く不愉快そうな顔になるんですよ。こっちも、何時だってそんな態度取られるとギルが憎らしくなって来ましてね…」

 乗り合い馬車の中であれこれと話をするランとカモールを、横から見ているのはクラードだった
 クラードはどぉ、と疲れを滲ませた顔色で溜息を吐く。予想以上に流され易い己を恥じていた

 クラードは今、傭兵としてドロア一行の護衛を引き受けている。ランに押し切られ、ドロアもさして反対しなかったのが理由だった


――


 一方ドロアは、立派に舗装された道を行く数台の馬車の最後尾を歩いていた。馬車の護衛が、ドイツもコイツも頼りになりそうにない者達だったからである
 どちらにせよ馬車に揺られてジッとしているよりかは、退屈しないで済む。カモールの故郷とやらまで道程は二十日を数える。良い気晴らしにはなるだろう

 護衛に就いても金子が出る訳ではないが、雇われている訳ではないので文句は言えなかった


……………………………………………………


 出発してから三日後、馬車の群れが小休止の為に寄った湖に頭を突っ込んで、それからクラードは馬鹿野郎と叫んだ

 「っぶぁ…! へ、…今まで、手前独りだけで好き勝手やって来たンだがなァ…」

 湖は舗装こそされていないが、街道沿いにある。こういった水源は特に貴重で、どんな小さな物でも湖と名のつくものは細かく地図に記されている。この湖は街道沿いだが、同時に森に囲まれてもいた
そこかしこからする鳥獣の気配に、ドロアはピクリと耳を動かした

 「傭兵が傭兵の護衛なんぞをやってたら、徒党組んだと思われちまうかねぇ…」
 「俺としてはそんな心算は無かったが。お前も意外に溜め込む男だな、三日間それで苦い顔をしていたのか」

 傭兵傭兵と言えど、たった一人を傭兵と言う事は少ない。傭兵なんて仰々しく言うよりも、何でも屋と言った方が正しいからだ。ユイカに限りとは言え、名の売れすぎているドロアの方が可笑しい

 悩む奴、とドロアはクラードの尻を蹴り飛ばして湖に落とした。今此処にこうして居る事を、誰が咎める。組んで暴れるのでも、組んで働くのでもなし、勘違いのされようなど無い筈だった

 それをまぁ一々と

 「……おい、これは何か違うだろ…! これはどっちかって言ったら、あのギルバートって野郎の役回りじゃねぇのかい?!」
 「よく聞けよクラード、お前は俺が何故こう思うのか解らんだろうが」
 「はぁッ?!」

 ドロアの唐突な切り出しに、クラードは面食らう

 「俺はお前となら、別に組んで戦るのも面白いかと思っている」

 そして、訳が解らなくて間の抜けた面になったのだった


……………………………………………………


 実の所、出征式に参加したのは軍団の極々一部の者達のみであった
他の部隊は万事を整えてカートルにて待機しており、輸送路の確保等に奔走していた部隊を取り込んで本格的に動き出したユイカ軍は、二週間程でアイリエン主城に辿り着いた

 「同盟国殿から使者が来ております。是非是非、我々を歓待させてくれと申しておりますが…」
 「断れ断れ、腹の底では、どうせユイカ軍など「先の戦」のように役に立たんと決め付けているだろうよ。どんな厚顔無恥な奴でも受けられんわ」

 敷設された簡易の陣の中、報告に現れた兵士を前にルルガンは頬杖をつく。地面に直に腰を下ろしたルルガンは、疎らに訪れる報告を聞きながら、ダナンを相手に石中てをやっていた

 手持ちの石を投げて相手の石を塩の円から叩き出すだけだが、中々どうして。このジジイ手強い
 ルルガンの言葉にダナンが眼も細く言う

 「ルルガン殿は、それが出来るお方だと思っておりましたが」
 「……どうせ言うなら率直に厚顔無恥と言え」
 「ルルガン殿は、厚顔無恥なお方だと思っておりましたが」

 ルルガンが頭を左右に振った。ダナンはそ知らぬ顔で己の石を投げる。的中、塩の一部を四散させながら弾き出されるルルガンの石
 ユイカの王はユイカの王らしく、堂々と笑った。猪口才な

 「挑発しているな? そんな手に乗るものか」
 「…して、如何いたしましょうか。本当に断っても宜しいので?」
 「構わん。それと、全軍に進軍再開の時刻を早めると伝えろ。夜が開けるよりも少し早く出るぞ」

 明朗と聞きやすい声で返答し、一礼してから男は場を辞した。そして今度は、それと入れ替わりにギルバートが現れる
 ギルバートは、己の主とその軍師が相も揃って白熱した勝負を展開しているのに眉を顰めた。自分が簡単な諸事のみで暇を持て余していると思えば、こちらもか

 背筋を必要以上に伸ばして、角ばった挨拶をする

 「失礼します」
 「お前か、どうした」
 「は、アイリエンから、歓待の申し出が来ていると聞き及びました」

 ルルガンとダナンが、同時にギルバートに視線を遣った。こういう事に率先して参加しようと言う洒落た男ではない。だと言うのに耳ざとく聞きつけてきて、二人ともそれが意外だったのだ

 「おう、確かに来たが、断りを入れた。もしやと思うがお前、行きたかったのか?」
 「……はい、アイリエンの兵士は強いと聞いております。直に見る機会があるかと思いまして」

 気恥ずかしそうにギルバートは仰け反った
 ルルガンとダナンは、今度は二人して顔を見合わせる。確かに洒落た男ではなかったが、こういう事を考える男だったか

 しかしルルガンは、こういった変わった感のある男が好きだった。面白い遊びや実益のある物、そして一風変わった物が好きだった
 全部ひっくるめた、“面白くて実益があり、一風変わった物”であるならば、言う事が無い。ギルバートにちょくちょくそんな空気を感じさせられて、ルルガンは実はギルバートの事が大のお気に入りになっていた

 「ははっは、なら気にするな。あそこの兵士を見たところで何も益は無い。アイリエンと言う国で本当に強い兵士とは、今も前線に侍って過酷の二文字を戦い抜いている男たちの事だ。首都には伝統と自尊心ばかりが肥大した、貴族出の軟弱者かその子飼いしか居らん」
 「は、はぁ…。左様に御座りますか」

 ギルバートが生返事を返したところに、また来客が現れる

 「失礼致す。…………少し警戒が足りないのでは? 普通、入れと言われるまで外で待たせる物だと思うが…」

 リーヴァだった。少々怪訝な物が混ざった顔色でリーヴァは言い、ルルガンは石を投げつつよく来たと言った

 「あン? 手前は…」
 「ギルバート殿か。酒は呑んでないだろうな? 弱い者が呑むと始末が悪い」
 「そ、早々簡単に酒に呑まれる訳ねぇだろうが! お前が可笑しいんだお前がッ」

 頬を染めて語気を強めた。ギルバートは思わず飛び退く。いいようにからかってくれて、何て嫌な奴なんだろう
 大体、お前に“殿”なんて付けられると凄く違和感がある。ギルバートはそう言って自分の腕をさすった。少々寒い感覚があった、風は、全くそんな風では無いのに

 今度はダナンが口を挟んだ

 「どうでも良いがリーヴァ、用件は何なのだ」
 「アイリエンから歓待の申し出が来ていると聞いた。盟国の盟国とくれば浅い関係ではない、一つ兵を検分でもしてやろうかと思ってな、叔父貴殿」

 またもや、顔を見合わせるルルガンとダナン

 ルルガンは大笑いした


……………………………………………………


 一方何事も無く馬車の旅を続け、残す道程も後僅かとなったドロア達
 既に関所も国境も抜け、カモールの祖国に入っている。ドロア達は異国に入って初めての大きな都市まで辿り着き、カモールを覗いた誰もがへぇ、と声を漏らした

 「…隣国だけあって、街の感覚はユイカとかなり似ているな。雰囲気はかなり違うが」
 「都市ユーリカです。ここから首都までは、類敏に休憩所や寄せ市なんかが設置されてますから、ぐっと楽になりますよ。……んーん、やっぱり、暫く離れてたから懐かしい感じがします。里帰りってのも良いもんですね」

 カモールの説明を他所にずんずんと歩いていくのはクラードとランだ。ランはユイカに良く似た町並みに親近感を覚えたのか、しきりに辺りを見回しては頷いている

 クラードに至っては旅には慣れているから、今更町並みが見知った物であろうとそうでなかろうと大して関係
無い。まるで初めて来た街を歩いているとは思えない足取りのクラードに、ドロアは呼び掛けた

 「何処に行く気だ」
 「俺より強い奴に会いに行く」

 阿呆かお前は


 「ランさん、薬を…っ」
 「ドロアが持っててくれっ、私が持ってるよりもずっと安心だ!」


――


 そこから先は、本当にカモールの言った通りだった
 少し行けば宿、少し行けば寄せ市、少し行けば…と言った具合に、旅をすると言うよりも、ずっと続いている街を歩いているような感覚に近い。

 珍しい物にも事欠かなかった
寄せ市の酒場で、竜も卒倒すると言う火吹き酒に止せば良いのにクラードとランが手を出し、のた打ち回ったり
 湿度を快適に保つための窓板をドロアがそれと知らず圧し折ってしまい、平謝りする破目になったりもした

 何だかんだ言って良い旅だった。全て纏めて、およそ十七日の道程。それを全て踏破したドロア達は、今、カモールの故郷に立っていた

カモールの祖国。名をライオヘイツン。アマゾネスの武名誉れ高い、山の国だった


――ランク「血風ドロア」→「旅人ドロア」


……………………………

苦悩する主人公担当ギルバート萌え

……え? いや、アルバートは今グッと堪えて力を溜める時なんだろうと自分に言い聞かせてみるテスト



[1446] Re:[22]オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人β
Date: 2006/09/11 07:51
 カモールの実家はドロアの予想以上に大きかった
 何の為なのか解らない程堅固に造られた門には、ライオヘイツンの軍団でよく使われる鉤槍と丸盾が刻まれている
 武門の屋敷だ。ドロアは、眉を顰めてカモールに問うた

 「お前の実家は、まさかアマゾネス軍団の…?」
 「え、はい。母が一軍の長を任されていると聞いてます。父は今何をしているのか解りませんが…」
 「軍を一つ任される程の重臣?」

 ドロアは口から炎を吐いた。けして火吹き酒を飲んだ訳ではない、ドロアは、カモールの首に右腕を回し、其処から息が完全に止まる寸前まで締め上げる

 「この馬鹿が。他国に仕える身が、例え己の母であろうと、国の重職にある者の所へ易々来て良いと思っているのか」
 「だ、…だ……メ…なんでず…か…?!」
 「時期が悪いのだ戯け。今はユイカの軍が総力を挙げて遠征を行っている最中。そんな時にふらりと現れたお前を、ライオヘイツンが疑わぬ訳がない」

 カモールの顔色が紫になるのを見て、ランとクラードが止めに入る
 ドロアは舌打ちして、しかしすんなりとカモールを解放した。クラードがカモールの背中を擦りつつ、やれやれと首を振る

 「ゲッほッ、ゲェッホ…! だ、大丈夫です。アレで私の母上は信頼が厚いんです。将の身は国の為に全て投げ出されて当然と公言する人でしたから、怪我人の放蕩娘が一人帰ってきたところで、誰も怪しんだりしませんよ」
 「……………」

 それはカモールの母への信頼であって、カモールへの信頼では無い。当然だが
 ドロアはそう言おうと口を開き、…止めた。こんな事カモールとて当然知っているだろう

 どの道、母の信頼云々のみの話ではないと思ったが、ドロアはとりあえず矛を収める事にした


――


 門をくぐって始めに現れた侍女は、かなり年季の入ったカモール顔馴染みの者だった。大きめの鼻と丸い頬が、回りを明るくさせる雰囲気を持っている。快活の良さそうな中年の女性である
 カモールを見て途端に顔を綻ばせた彼女は、久しぶりの息女の帰還に目尻に涙まで浮かべる

 「あらまぁ! カモール様! よくぞお帰りになられました!」
 「ただいま。久しぶりの感じで、変な気分だよ。手紙読んだ? 予定通りの日時だったんだけれど」
 「えぇ、それはもう! お持て成しの準備もととのえてあります。この婆も久しくカモール様のお顔を見ておりませんでしたから、とても嬉しいですわ! …後の方々は?」

 武家で働く者らしく、礼儀はある物の少々気持ちの良い荒さが混ざる
 ドロアはランの薬以外の荷物を、玄関まで出てきた侍女達に渡しながら、カモールが自分を紹介するのを待った。流石にランの荷まで任せる心算は無く、大した物は無いながらもそれは持ったままだったが
 ランが驚いた面持ちでドロアの傍に寄った

 「な、何だか凄いな。カモちゃんって良い所のお嬢さんだったんだね」
 「ランさんも、分けてしまえばユイカの貴人に当る。このドロアの母だ。名士とは名が実力と声望を持って知られていると言う事」
 「……我が家はこんなに大きくないよ」
 「大きい方が良いか?」
 「いや、要らないや。私とドロアしか居ないのに、余り大きくても意味無いから」

 暢気だな、と声を掛けてきたのはクラードだ

 「のんびりしてるねぇ、大将も姐さんも」


 オリジナル逆行22


 河沿いにアイリエンの軍が篭る要塞は、ある
 分布する河の浅瀬と幅の狭い場所、それらを完全に抑えた広大な要塞で、河自体が堀の役目を果たす。最初アイリエンと海洋諸連合の戦が始まった時より建造され、改修に改修を重ねて見る者が息を呑むほどに巨大になった
 あちらこちらに出城、馬防柵、果ては落とし穴の名残までもが放置され、全体図としては歪とも言える。激しい戦の様を見せ付ける、正に要塞

 そして今とて、戦場

 「おぉ、やっておるやっておる」

 川上、馬上で手をかざしながらルルガンは言ってみせる。視線の先では激しく城を攻める海洋諸連合軍と、堅く城を守るアイリエン軍が居た
 矢や石が飛ぶ、落ちるのは当たり前。アイリエン遊軍が城外で敵を牽制し、諸連合軍攻撃隊が盾で身を守りながら果敢に城門に連なる。ユイカ軍出陣す、と、海洋諸連合にだって報は及んでいるだろう。鬼気迫るような果敢な攻めは、焦りの裏返しであるのかも知れない

 ルルガンは軍を押し留めながら、傍らのダナンを呼ぶ

 「レゾンの軍が辿り着くのは?」
 「三日後かと」
 「実際は?」
 「レゾン軍通用道、敵妨害等を考えて四日後の夜」

 なら良い。ルルガンは剣を振り上げた

 「襲え! 奴等の尻に火を点けて来い!」

 バ、と、振り下ろす

 リーヴァを先頭に、まずは軽騎馬が疾走しだした。一挙動、一呼吸すら乱れず、馬の民で構成される部隊は、弓を上から引き下すように絞る
 騎乗を邪魔せぬ為の騎射。つがえられた矢の先端には、炎がともっていた

 「射たならば即座に下がれよ! 歩兵と連携する初めての戦だ、遅れる者は私直々に死をくれてやるからそう思え!」

 おぉ、と屈強な馬上の戦士達が怒号を上げた
 騎馬隊が大地を揺るがす音に、海洋諸連合が気付いた時にはもう遅い。リーヴァは、敵右翼に最も接近している――!

 「やるぞ!」

 一斉に火矢が放たれた。それは晴天を飛び、ユイカ軍が現れたる事を戦場の全てに知らしめた後
敵攻城部隊の右翼に降り注いだ

 「…! き、奇襲ッ! 一体何処からあんな数が…!」
 「落ち着けぃ! 火矢だ、燃える物さえなければただの矢に劣る! 奴等の狙いは我等を混乱させる事ぞッッ!!」

 一斉に馬首を切るリーヴァの騎馬隊。その直ぐ後からは、歩兵が駆けて来ている
 先頭は図ったようにギルバート。この男は敵に食らいつくのに遅れを取るほど馬鹿では無い。それにギルバートだけではなかった。ユイカ全軍、押し広がるようにして戦場に食い込んでいく

 要塞の上でアイリエンの将が目を見開いた。援軍、援軍か。盟国の軍か

 「おぉッ! 全軍咆えぃ! 奮起せよぉッ! あの潮臭い玉無しどもを要塞門から引き剥がせ!」

 ユイカ軍団。アイリエン国、センダール要塞防衛戦、推参


……………………………………………………


 海洋諸連合の軍は、迷ったりなどしなかった
 ユイカ軍団の接近を許したと理解した瞬間、今まで必死に攻めていたであろうに、未練も終着も残さず撤退。殿軍を堅めに堅め、深追いすれば逆に引き込んで踏み潰してくれんとばかりの堅牢さで引いていった。早い決断で慎重な退き。唯一その尻に最後まで食らいついていたからこそ、ギルバートは沸々と血を滾らせる

 強い


 「国主直々の援軍、誠に感謝いたす、ルルガン殿!」
 「あいや、そう畏まって下さるなノード殿。我等弱兵なれど、盟国としての信義貫かんと馳せ参じた次第。これは寧ろ当然で御座ろう」

 敵の退きに合わせ、要塞から打って出て見せたアイリエン国王、ノード・ブルー・アイリエンは、ルルガンに豪快な笑いを見せた
 ユイカ軍とアイリエン軍が向かい合い、その中心に出てルルガンとノードは堅く握手を交わす。ルルガンとノードは、歳こそルルガン二十四歳、ノード五十歳と倍以上離れているが、以前から面識がある

 そのまま両軍は、センダール要塞へと入った。全軍顔合わせも含めた大軍議が開かれるのは、海洋諸連合も体制を整え終えるであろう、翌日の予定である


――


 「……今頃、ユイカ軍団は何処に居ますかねぇ…」
 「まだ戦線に到達していまい。…と、まぁ、普通ならそういうであろうが。ルルガン王殿はもう少し無理を強いる御仁だ。既に、センダール要塞に到着していても可笑しく無いな」

 大きな机以外は殆ど何も無い広間に通され、ドロア達は漸く一息ついていた
 ゆっくりのんびりとライオヘイツンまで来たが、疲労が無い訳ではない。特にランは、ゆったりとした安楽椅子をいの一番に陣取ると、早くもうとうとと頭を上下させていた

 そんな時に切り出したのは、カモールだった。その胸中は解る。気にならない方が可笑しいだろう

 「ユイカ、アイリエン、レゾン国と、東海洋諸連合国の戦かぁ…。強いのがしこたま居るンだろうねぇ」

 クラードが足を組んで言う。この男は、何処に居ても自分のペースが崩れない
ドロアはその組んだ足を蹴り飛ばした。クラードの足の上に無造作に置かれた槍が、ゆらゆら揺れて危なかったからだ

 「その「強いの」の内でも、特に際立つ者が居る」
 「おぉ、誰の事言いたいのか解るぜ、大将。『海蛇』ウォーケン、だろ?」
 「然り」

 ――アイゲンの遺言は、ギルバートに任せてある


――


 諸連合国軍戦陣の中、大きな身体から大きな鎧を取り外し、所構わず放り出しながら歩く男が居る
 背が高い。ドロアよりも頭一つ分高い。そして服の上からでも解る、鍛え抜かれて常人の物とは思えなくなった身体。特に、背
 其処は最早、違う。背の“おこり”は既に人間の物とは思えず、漲る膂力は事実人間を超えたもの

 獰猛に笑う顔が、グ、と力を篭めている蛇のように見える男だった。男は好き勝手に鎧を放り投げるが、後から続くその男の部下がわたわたと鎧を受けとめる。それを承知の上で、投げていた

 「来たな、二度目の敵増援。こんな事態は正直御免だと思っちゃァ居たが…」

 男の名はウォーケンと言った。ウォーケンは服までも剥ぎ取ると、途中にある水桶に容器を突っ込み、一杯分の水を引っかぶって頭を振る。水飛沫が飛んで、かはぁ、と大きく息を吐き出す

 そうこうする内に己の陣幕に辿り着くウォーケン。迷い無くその中に足を進める。勿論、鎧を抱えた部下達も付いて来る

 「報告せぃ!」

 それだけを言った。ウォーケンの抱える、その一言に答えるための人材達は、既に陣幕の仲に揃っていた


――


 「一騎当千の代名詞だ。鳴る武名だけで、もう戦う気も起きなくなるもんさ」
 「ほぉ、戦いたくないのか?」
 「手合わせだけで良いんだよ。命を粗末にゃできんしねぇ」

 嘘

 適当な事ばかり言って。この男はこんな風に軽く言っていても、いざ戦う機会に恵まれれば、どうか
 行くに違いない。喜んで真剣勝負に首を突っ込むのだ、間違いなく。ドロアには確信がある

 「まだ、居ますよね」

 顎に手をやり、ふむ、と思案しながらカモール。ドロアとクラードは視線をやった

 「カザ殿。智武兼ね備えた万能の才と聞きます。諸連合の陣容は、ダナン軍師に何度も聞かされましたから」


――


 格好は雑兵と同じでも、気配は有象無象どもとは全く違う
 カザは、鬱蒼とした森に覆われた小高い丘の上に居た。少数の兵を率いて自ら出張り、センダール要塞をジッと見つめていた。何時もなら陽光で輝く黄土の長髪も、今は土で真っ黒にして目立たなくしてある

 (…ふぅー、ん)

 依然、動きは無かった。ユイカ軍団到着後、間髪入れずに大挙してくる場合も考えられた為、こうして残ったが……

 (無い、か。しかし、これで数の上では互角)

 ガザは立ち上がる。敵が出てくるにせよ留まるにせよ、これ以上は、“危険”だ。兵達に大声で撤退を命じ、自分がまず最初に駆け出した

 「ガザ殿? ガザ殿ぉッ! 何をそんなに慌てておられるのです!」
 「いいから早く走らんか戯けー! 敵さんが少しでもまともなら、こんな伏兵のし易い場所放っておかんわ! 直ぐに制圧の部隊が出て来ちゃうぜぇー!」

 そう叫び終わるか終らないかと言うときに、センダール要塞の門が開いた
 青い鎧の将を先頭に、ユイカ軍団の兵がゆったりと、しかし素早く門から出てくる。ガザは自慢の遠くまで良く見える目を駆使して、走りながらも後ろ向きのまま、青い将をジーっと見た

 (制圧指揮は、『大盾の』アルバート殿か。コイツは本気で逃げんと、皆殺しになってしまうなぁ)


――


 「…………」
 「…………」
 「どうした、二人とも」

 カモールが苦笑い。部屋の棚から毛布を引っ張り出すと、それをランに掛けながら言う

 「いえ、何か、落ち着かないな、と」
 「あぁ、俺もだ。……こんな所にまで来て、戦の話をするんじゃなかったぜ」


……………………………………………………


 ギルバートは要塞に入り、雑事をこなした後、ルルガンにも無断で要塞の中を練り歩いていた
 目立つ。鎧こそ着ていない物の、装いはユイカ国のそれだ。目を引くのは当然だったが、それが原因で、ギルバートはどんどん機嫌を悪くしていた

 (目つきが気に入らねぇ)

 目つきが悪い、と言うのは、自分の教官に散々言われた事である。成る程、腹が立つ訳だ、とギルバートは得心した。得心した所で、機嫌が直る訳ではない

 ドイツもコイツも人様の事を、あからさまに見下していやがる。先の戦で大敗した事もあるし、ギルバート自身の若さもある。まぁ、仕方の無い事と言えばそうではあるのかも知れない、が

 ギルバートはそんな事を考慮する男ではない。馬鹿にされて黙っているのなら、男なんぞ止めてしまえと思っているクチだ

 「オイ、手前等の指揮官の名は?」

 ギルバートは道行く一人の兵をとっ捕まえた。巨剣を投げて遠くへ放り、薄笑いの消えた兵士の首を締め上げる

 「うげ、ぐ、っく、いきなり、な、何を…!」
 「良いからよ、答えな」
 「! ……ぞ…るディ、しょ、しょうぐ…ん……!」
 「そうかいそうかい、それじゃ、その将軍に謝っといてくれ」

 ギルバートは先ほど巨剣をそうしたように、兵士を放り出した
 パシンと威勢の良い音を上げて、左掌と右拳を打ち合わせる。ドシンと重みのある音を上げて、大地を踏み鳴らした

 「『貴殿の部隊は暫く使い物になりゃしません』ってなぁーッッ!!」

 ギルバートは若かった。若さに任せて、到着したその日にセンダール要塞で大乱闘を起こした
――ランク「旅人ドロア」


………………………………

ちょ、ぐだぐだ (;´Д`)
正直投稿するのが怖いくらいだったり

最近遅々としていて申し訳ありませんが、この上は一ヶ月後にまた会いまs(ry



[1446] Re:[23]オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人β
Date: 2006/09/18 20:52
 夜
 顔をでこぼこに腫れ上がらせて気絶しているギルバートの隣で、ルルガンとアルバートは顔をつき合わせていた

 「………」

 顰め面のアルバート。対照的に、ニヤリと笑っているルルガン。照らす松明が少ない為に不気味さが生まれ、要らぬ凄みがある
 ルルガンは徐に細い筆を取り出した。そのまま嬉々としてギルバートの顔面に落書きし始めるルルガンを、アルバートは止めようとはしなかった

 「く、ククク………来て早々、五十人以上と大乱闘か。とんでもない事を仕出かしてくれた」
 「どうせ、乱闘の様子をどこかで見物しておられたのではありませぬか…? 貴方は人の悪いお方に御座る故」
 「楽しそうだったからな。ギルバートが剣を捨てたから、相手方も揃って獲物を放り出しおった。素手で矢鱈滅多ら殴りあうのが、あそこまで昂ぶる物だとは知らなんだ」

 ふむ、と満足気に筆を止めるルルガン。ギルバートの閉じた瞼に、今にもキラキラとふざけた光を放ちそうな目が描かれている。右の頬には「猪突猛進」の四文字。腫れ上がった顔に書いているのに、上手い
 アルバートがピクリと眉を跳ねさせる。ルルガンから筆を借り受けると、今度は自分が書き出した

 「咎は如何ほどに?」
 「昇進を取り消し、棒係に十数回打ん殴らせた。お前の嘆願も効いている」
 「…アイリエン側はそれで」
 「文句は出ていない。それどころか襲い掛かられた側の癖に、自分から棒罰を願い出る変態どもが十人以上おるのだ。知っているだろう?」

 ふむ、と胡坐の上に頬杖をつくルルガン

 「“向こう”も苦笑いしておった。……お、良いぞ良いぞ、「身の程知らず」の「青二才」か。これは笑える!」

 アルバートはギルバートの額に折れ散った巨剣を描き、その左の頬には「身の程知らず」「青二才」と二つの文字を書いた
 これがルルガンにはたまらなかったようで、ユイカの王は、隠す事無く、開けっぴろげに大笑いした

 しかし気絶しているとはいえ、好き勝手やるものである

 「アルバート。コイツは面白いな」
 「我が息子ながら、面白いだけでは将は務まりませぬ」
 「そう言うのでは無いかと思っていた」

 ふ、とルルガンが馬鹿笑いを止める
 アルバートは笑みを消したルルガンの方を見なかった。ルルガンは立ち上がる。場を辞す時、この男は静かか五月蝿いか両極端だ

 今のルルガンは極めて静か

 「コイツが、このルルガンと同じく、もう六年早く生まれてくれていれば。そうであれば、お前の手で馬鹿を直す暇もあったろうにな」

 そうして、王の背中は消えた


――


 「…馬鹿で良いと思うております」

 アルバートは頭を下げながら言う。次にその顔を上げた時、瞳は閉じられていた
 私の息子は馬鹿だが、実はそうでもない。アルバートは思っている。今のギルバートに残っている馬鹿は、何時まで持っていようと構わない筈の馬鹿だ

 アルバートが失ってしまったもの。失うべきではなかったものを持っている。ギルバートがそうであるのだから

 「馬鹿で良い。…否――」

 それだけでもまずは満足

 「その馬鹿が良い」

 そう言いつつアルバートは己が息子の鼻面を、赤い泡を吹いて鼻出血すら起こるように強打した。ギルバートが覚醒と同時に血を撒き散らしながら飛び退っても気にもしない
 鼻の骨が折れなかっただけマシと思え。そう言い捨てたアルバートに、ギルバートは歯を剥き出しにして怒った

 「て、めぇ…! 何の心算だこの糞親父が!」


 オリジナル逆行23


 翌日、軍議が行われる巨大な一室の前でリーヴァと鉢合わせしたギルバートは、速攻で大笑いされた
 ギルバートも原因は気付いていた。目覚めてから出会う者出会う者、人の顔を見てはクスリクスリと忍び笑い。嫌な感覚に水の張った小皿を覗いてみれば、其処は余りにも凝り過ぎた感のある落書きだ。即座にギルバートは消そうとしたが、とても小皿一杯分の水では足りない

 落としに行く時間は無い。故にギルバートは開き直った。笑わば笑え、例え俺が笑われ、ひいては我が父であるアルバートが笑われたとて、それは自業自得だろう。これをやったのは当のアルバートと見て間違いないのだから

 ――実際はルルガンも一枚噛んでいるが、そこまでは気付きようも無かった

 「ふ、ふふふ……、ハァーーっはっはっはっはっはッ!! うわぁぁーっはっはっはっはっはッッ!!」
 「ぐぅ…! コイツ、こういう女だったか…?!」

 軍議の最中顔の落書きを咎められた時

 ギルバートは「いや、中々に達筆でありましょう」と誤魔化し、雰囲気を和やかにしたと後の記憶には残された


……………………………………………………


 ウォーケンが居た。ウォーケンが現れた。二百と言う極々少数の部隊にカザまでをも参加させ、二百と言う極々少数の部隊とは思えない程の堂々とした態度で要塞の真正面に布陣した

 要塞門と間を持つ。弓矢の射程よりもやや余裕を持ち、兵全員に気勢を上げさせ、余裕の挑発だった

 「カザ。誰が出てくる」
 「お抱えの軍師に聞けって。そりゃまぁ、彼の「大盾」殿ではあるまい、程度は考えるけど」

 馬首を並べさせ、ウォーケンとカザ。ウォーケンはジッと門を睨んだ

 「なら、どんな風に来る」
 「伏兵を警戒して様子見の三百から四百。出てきても、敵全体の五十分の一を越えんと見た。最高で五百って所じゃねぇかなぁ?」
 「小競り合いの数だな。なぁカザ。俺も、もう四十だ」

 知ってるよ、ンな事は。カザは自分の二倍の齢を数える猛将を、少しも畏れていなかった。彼らの付き合いは親子ほどに長い。今更何を気遣う必要も無い
 だからウォーケンの言葉は、例えそれがどんな無茶であっても、カザにとっては少しも驚く所では無かった

 ウォーケンが無茶を言うのは、それは自分の父親が年甲斐も無く我儘を言うような物だ

 「そろそろ俺より強いヤツに会って見たい」
 「かぁー、そりゃ無理だぜウォーケン! お前より強いヤツなんてのは、ずぅっと昔に行った剣闘都市にだって居なかったじゃねぇか! あそこでダメなら、どこでもダメさ!」

 言いながらカザは背伸びして右腕を振り回した。ブンブンと振ると、それに従って右翼側の兵が上ってくる
 防げ、と言わずとも、兵達は剣を構えていた。刃が向けられる其処には、先頭に少女を擁く異相の弓騎馬隊。激しい剣戟の音が僅かの間、鳴り響き、しかし異相の弓騎馬たちは深く食い込もうとしてこず、一撃のみで駆け抜けていく

 疾風の突撃。予め門の外に居たな。カザの口端が笑みの形に歪む
 数は六百以上。読みは外れた。あの先頭を走る指揮官の少女が無理に攻めてこなかったのは、予想だにしていなかったこちらの陣の堅さを一呼吸で感じたからだ

 「うっひょー外れちまった! ウォーケン、あの女はどうだよ! 一瞬だが、気も胆も強そうな目だったぜぇーッ!」

 カザが冗談を飛ばすよりも早く、ウォーケンは動いていた。将軍とは彼だ、ウォーケンの動きに合わせて部隊は動く。カザは遅れぬように追随する

 ウォーケンは槍を持ち上げる。歪な形をした、古代の蛇の巻きつく槍だ。精巧に造られたそれは青く光っていた。――追うは、異相の騎馬隊

 鳴り物の太鼓を殴らせる。伏兵の合図だ。読まれていようと配置して置けば良い。現に敵は「居るかも知れない」程度の読みを斬り捨て、飛び込んできた

 「今だ! 一挙に包め! 包んだら潰せ! 敵はユイカ西方に住まう馬民族と見た、堅く重囲せねば破られるぞ!」

 そう言って先頭に踊り出ながら、ウォーケンは目を見張った

 (既に来ている!)

 ウォーケンの指揮で躍り出た伏兵達が見たのは、飛び込んでくる弓騎兵ではない。否、弓騎兵なのは間違いない。間違いなのはそれらの進む方向だ

 本当に僅かな間に反転している。この足の速さを何とする――!

 「カザ!」
 「解ってる、やる事は変わりゃしない! 俺達で足止めして包囲殲滅…!」


――


 「こんな真似が出来るのは此度一度だけだ! 精々派手に見せ付けるぞ!」

 反転した馬民族の部隊の先頭は、リーヴァであった。彼女以外である訳がなかった
 穴等は埋め立てられ、柵等は取り外され、そこは人だろうが馬だろうが、駆け回るのに最適な場所になっている。援軍が来た以上守勢に回る必要の無いアイリエンがそうしたのである

 そしてつまりそれは、リーヴァの独壇場と言う事だ。今ならば、敵が西方馬民族と言う部隊の強さを知らぬ今ならば、リーヴァは何でも出来るのだ

 反転よりの突撃。後方からは伏兵として隠れていた兵達が追ってきている。しかし歩兵、すぐさま逃げれば追いつかれずに撤退できる。が

 「矢、放て! 放ったら槍を持て、弓は封じよ!

 それにはまず、目の前の男を抜かねばならぬ。鋭く一斉射した

 「リーヴァ殿、カザは見たか!」
 「あぁ、見た! 先ほどの先制で目を皿のようにして見たが、不敵な笑みの男だった!」

 リーヴァの背後から怒鳴るのはカシム。カシムバーンだ。リーヴァが「頭の回る者が欲しい」と叔父貴に依頼した所、カシムが回された

 「では再び目を皿のようにしなされ、真正面から青槍を構えるあの将が…」
 「解っている」

 人馬一体。そして、指揮官と軍師、部隊も一体。一丸となった六百の騎兵は、堅く迎え撃つ二百の敵に向かって走り続ける。段々と、敵将が近付いてくる

 「ウォーケンだな!」

 リーヴァは剣を抜いた。抜いたが、切り結ぶ心算は無い。ただ駆け抜けるのみ

 「その通りだ!」

 突撃するリーヴァと迎え撃つウォーケンが交錯する。ガキン、と一際大きい音が響いた

 リーヴァにウォーケンの槍は早過ぎ、そして鋭すぎ、尚且つ重すぎた。リーヴァは自分ですら意識せぬ本能のままに、防御に剣を突き出し、上体を逸らして逃げの体勢を取っていた

 「………ッッ!」

 馬は。咄嗟に太腿で馬の腹を締め付ける。大丈夫だった。馬に怪我は無い

 (いかん、体勢…)

 崩れた体勢を立て直さねば。敵の雑兵に討たれる

 しかしそれは杞憂だった。リーヴァの目の前には道が一本開かれている。敵兵は左右に退き、見ているのみだ
 カザの指揮である。この猛烈な勢いを真正面から受け止めるのは、得策ではない。無理に策を成功させずとも、ここは引き分けにしておこう。打算だった

 「やるなッ!」

 振り返りたくないと思っても、上半身が振り返る。見ずには居られない。一瞬の交錯で、己は死ぬ程の気を中てられた

 相変わらず背後を追随してくるのはカシムだが、それより後の馬民兵達は、皆ウォーケンを避けるように走ってくる。ウォーケンは己を取り巻きながらも駆け抜けていく兵を全く眼中に入れず、駆け去っていくリーヴァを一瞥し、ニヤリと笑った

 もうリーヴァは振り返らない。只管に先頭を駆け続け、要塞門へと到達する
 一時停止し、気付かぬうちに止めてしまっていた呼吸を再開した。酷く、荒い息だった

 「いかかで御座ったか、ウォーケンは!」
 「強い、アレは! 全ては見ていないが馬鹿みたいに強いぞきっと!」

 荒い息のまま話そうとするから語気は自然強くなる。カシムなど、止めも何もせずとも息は荒い
 リーヴァは深呼吸した。長すぎるのではないか、とカシムが心配するほどに息を吸い込み、そして漸く吐き出した

 「ドロアの槍を見ていなければ、私は斬り捨てられていた確信が在る。ウォーケンと言うヤツは――」

 遠目に、敵も撤退し始めたのが解った

 「まるで、ドロアの様な強さだった!」

……

 「ダナン軍師に聞いた通り、リーヴァ殿は何を話してもドロア、ドロアですな」
 「な、何?」


――


 「ウォーケン、何で斬らなかったんだ?」
 「斬った。そう思ったが、防がれていた」

 未だリーヴァが駆けて行った方を見続けるウォーケンに、カザは問いかける。撤退の指示を出した。のろのろしていては敵が大挙して出てくるだろう

 「へぇ、そんなに強いとは思わなかったけどな…。弓の腕は別として」

 カザの右肩には矢が一本、突き立っている。リーヴァの放ったものだ。カザは、少女が小さな体から放った鋭い殺気を、明確に思い出す事が出来た

 「もしかして、本気になった?」

 ウォーケンは馬首を返した。何を軽々しい事を、と、カザを叱った

 「なるか。役者に不足よ」


ランク「旅人ドロア」→「THE・出番無し」


……………………………

一ヶ月なんて嘘でしたーでもすんません一週間でも十分遅…… (・∀・)

ぐだぐだからは抜けられませんが、それでも気張ってみる次第です



[1446] Re[24]:オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人β
Date: 2006/09/28 19:38
 ギルバートは戦場に置いて最前線以外を知らない。初の戦に出て僅か三日目でそう言われる程、敵と切り結ぶ生死の狭間を好む。ギルバートは決して兵のみを戦わせているのではない猛将と呼ばれたかった
 己の腕には覚えがあった。父には及ばず、ドロアにも負け、だがそれでも強者であると言う自負が、陣の中に下がる事を絶対に認めない

 ただ只管に強く成りたかったし、強く在りたかった。何れ己の中に残っている弱さを全部叩き出して、自分は完成するのだとギルバートは信じていた


――


 「右ぃッ! 突撃来るぞ、槍上げろぉーッ!」

 ギルバートはそう叫びながら、自分がいの一番に飛び込んでいた
 直ぐ其処に敵騎馬の一隊が迫っている。ギルバートはぐぉぉ、と巨剣を天に掲げるように構え、迎え撃った

 打ん殴れ
 ギルバートを中心に一列に並んだ兵達が、掲げた槍を一斉に叩き下した。敵騎馬の突き出す槍とそれらは噛み合い、ガチリと鳴った後に纏めて弾き飛ばされる
 矢張り騎馬の突撃を真正面から受け止めるのは無理だ。ギルバート自身は眼前に迫る敵を馬ごと斬り倒すが、全員が全員そんな真似を出来る訳も無い

 ギルバートは仰け反り押し込まれる味方を省みず、単身で其処に踏み出ると、怒鳴り声で指揮を取りながら巨剣を大暴れさせた

 「二列目、突けぇいッ!!」

 背後に控えていた二列目が唸り声を上げて飛び出してくる。深く沈んだ兵達の腰が、瞬間的に伸び上がる
 一斉に突き出される槍。今度は突撃を食い止めた。敵騎馬後続が尚も駆け、味方を馬蹄で踏み付けてでも勢いで押し切ろうとするが、がっつりと組んでしまえば数の多いほうが有利だ

 ギルバートの剣舞は乗りに乗った。好き勝手暴れながらの指揮に、満を持してギルバート隊の参列目が躍り出る

 「押し返せ! 巨剣の指揮下にあるお前らが、力で負けンのは許さねぇぞッッ!!」

 ――オォッ!

 じりじりと押し返したかと思えば、一定の押し具合を境に、ガリガリと敵の陣列を刈取るようにして猛追しだす。ギルバートの居る場所が一歩分突出すれば、左右の戦列がそれに習い敵を押し返す。その波は伝播して戦線全体に及び、味方が一方的に敵を押し捲り始めた

 堅い! ルルガンは心躍る気分だった。要塞の上の高みで大きな指令以外全てを部下に任せながら、ルルガンはギルバートの活躍を見ていた

 「ははぁ、矢張り若い者達の内では最も抜きん出ている」

 ダナンが歩み出てくる

 「敵も次々と陣を入れ替えておりますれば、そろそろ主力の精兵が出てくる頃合と思われます」
 「ギルバートでは荷が重いか」
 「はい」
 「だが…お前自身が出張るほどの相手では無いようだな」

 ルルガンがそう判断したのは、ダナンの顔色からだった

 ダナンは、このジジイは強い相手を前にすると心が変わる。心が変わると雰囲気と人相まで変わる。まるで他人かと思う程違うから、彼が“そう”なれば一目で解る。ルルガンは、そう聞いた事があった
 今のダナンは平素と変わりない。寡黙を通し、冷徹な瞳のまま戦場を見やっていた

 「解りますか」
 「解るな」

 ダナンは愉快そうに笑うルルガンを、相手にしなかった

 「ギルバートが押し切ってしまう前に下らせましょう。さすれば敵の攻撃も一旦は収まる事でしょう。その間に、何かしら施せば宜しいかと。万一、引き込まれた上で本気になられたら厄介です」


 オリジナル逆行24


 リーヴァが騎馬を率いて戻れば連携して戦っていた筈のギルバートはもう居ない。リーヴァは馬を飛び降りると、後を部下に任せて陣の中をずんずん歩き出した

 軍議の直後一戦交えてから、昼夜問わずのこの猛攻。攻めて攻めて勝負を決める気かと思えば、ふと攻撃が緩んでザッと退いて行く。のらりくらりとした感じは、リーヴァは好きでは無い
 だがこれが戦か。リーヴァの胸は同時に高鳴ってもいた

 レゾンの援軍が来るというのに敢えて要塞に篭らずの野戦。ユイカもアイリエンも、諸連合には煮え湯を飲まされている。これ以上弱気な戦はしたくなかった。ドロアをして勇将の気質と言わしめるリーヴァには、その心情がよく理解できる
 早歩きで一際大きな陣幕を見つけると、鼻息も荒く踏み込んだ。其処は負傷兵の呻き声が溢れていて、その最も奥にギルバートは居た

 負傷兵の治療を手伝っていた。止血をしながら激励し、弱音を吐くヤツは尻を蹴り飛ばす。悲壮感など全く見せずに、戦場の中でも外でもあらゆる意味で戦っている
 こうだ、この男は。一時として休まない。何時も何か駆けずり回って、その姿にリーヴァは一瞬、本当に彼女らしくないが、声を掛けるのを躊躇った

 だが、ずっとそうしている訳にも行かぬ

 「ギルバート殿、話がある」
 「五月蝿ぇぞ、静かにしてろ!」

 リーヴァが背後に近寄りながら声を掛けると、ギルバートは目を剥いて怒った
 彼は兵士の腕を握っていた。リーヴァは覗き込んで、木板の上で苦しげに喘ぐ兵士に即座に見切りをつける。腹の傷が深くてどうしようもない
 致命傷だった


――


 「…! ッ!」

 兵士が必死に何かを喋っていた。見れば若く、ギルバートとそう変わりはしないだろう
 酷く早口の上、噛んだり、どもったり、つっかえたり、体力の喪失と死への恐怖から、まともに言いたい事すらも言えない

 だが、それでも解る。若い兵士はぼろぼろ泣きながら、自分の腕を握るギルバートの手を握り返した

 「俺、お役に立てましたか…!」

 ギルバートはにっかり笑う

 「おう」

 本当に笑顔だ。暗い物が全く入り込めない、嘘臭い笑顔である。作り笑いと誰でも解る

 「手前みたいな勇者は大陸中探しても早々居やしねぇさ。その勇猛さを、尊敬するぜ」

 若い兵士は涙を流して目を閉じた。ギルバートは短刀と取り出すと兵士の鎧を外し、一瞬の淀みも停滞も迷いもなく、胸に突き立てた
 絶命の瞬間に血を吐いた。それでも兵士の表情は、ちっとも辛そうではなかった


――


 「将の仕事ではない」

 ギルバートの前を歩いて野戦陣幕医局を出ながら、リーヴァは言う。ズンズンと力強い早歩きは、少しも乱れない

 続いて出てくるギルバート。その背には、兵達の視線が注がれていた。ギルバートは一度だけ振り返ると、素直にリーヴァの後に従った。兵達は皆頭を下げた
 例え将であっても、例え兵達にどんな風に思われていても、ギルバートは下っ端も下っ端だった。出来る事は限られていた

 「あぁ言う事しか、俺はあいつらにしてやれねぇんだ」
 「そんなに年経た物言いを気取っても、中身までは変わらんぞ」

 別に、とギルバートは応える

 「農家の三男だ。志願理由は、「男らしく成りたい」だったか。軍の教官の目の前で、そんな馬鹿みてぇな理由を馬鹿正直に言う馬鹿な奴だったのよ」

 産まれて初めてであろう、厳しい顔つきをしたギルバートは目を細めた。賊や極少数の傭兵を相手にするのとは違う、全力の死地があり、その中で戦っている
 ギルバートは自分はまだ良いと思った。自分には自惚れでなく、人並み外れた膂力があった
 だが、兵士達はどれ程鍛え、陣を教え込み、連携の経験を積ませても、ただの兵士だ。何も持っていない

 何も持って、いないのだ
持たざる者が、ただ一つ持っている己の身を捧げだして戦い抜いている。それを実感として知ったギルバートが、一人、また一人と死んでいくのを見て、平気な訳が無かった

 「やけに詳しいな」
 「俺の部隊の人間だ。知ってて当然」
 「部隊には百人以上居るだろう。それ全て?」

 ギルバートがリーヴァの横に並ぶ

 「何時の間にか全員覚えちまったさ」

 歩く内に、ギルバートの部下が走り寄る。ギルバート専用の巨剣を担ぎ、ひいこら言いながらだ。巨剣を受け取るとギルバートは、リーヴァに向き直った

 「それで、態々ここまで来たのは何でだよ。直々にきやがるんだ、只事じゃなさそうだが」
 「次、敵の攻撃が始まるよりも前に別働隊に参加して前線から外れる。迂回して敵側面を突けとの事だが、はてさて、成るか成らぬか…」

 一瞬見詰め合って、それから二人して同時に歩き出した

 「兵が一人死ぬ度に足を止める事はできん。矢張り、将の仕事ではない」
 「止まってねぇよ。止まってる暇なんてねぇよ。振り返ってるだけだ」


……………………………………………………


 レゾンの援軍が到着するのは、ダナンの読みが正しければ、明日の夜だった

 「弱い兵を前面に押し立てている」 と、アルバート

 カシムは黄色い布を頭に巻き直しながらアイリエンの将と話し込むアルバートを見た。今彼が寛ぐ要塞の一室は、彼に宛がわれた部屋ではない
 アルバートの部屋だった。カシムは忙しい男だった。ダナンの下に居れば能力に見合った評価はされる。が、ダナンはそれの何倍も部下を扱き使う。カシムは優れた男で、余計ダナンに酷使されていた。リーヴァの補助をしたかと思えば、次はアルバートの所だった

 「『海蛇』率いる兵は、疾い者達でございました。リーヴァ殿は非凡な姫将。率いるも風に名が鳴る馬民の兵となれば、それと余裕に向き合い少しも実力を見せていない彼らは、かなり手強いと見受けられます」
 「カシム殿、それがしもそう思うな。しかし何時も果敢に攻め寄せる癖に、昨日今日と来る輩は、わざと使えん奴等を選りすぐって攻めているのかと思う程だ」

 アイリエンの将、グライアの後押しを得て、カシムの言葉は益々信憑性を増す
 髭を伸ばし放題にしているグライアは、背の低い、ついでに鼻も低い男だ。しかしマジマジ見てみると、決して「小さい」と言うような雰囲気の男ではなかった。寧ろ、ひょろっと背だけ高いカシムよりも大きく、がっしりして見える

 カシムには二人妹が居て、その内の一人、カシムが何かと世話を焼く方がグライアに仕官していた。その関係からカシムは、グライアとも親しかった

 アルバートは筆を取って真っ白い紙に絵を書いた。軍の動きだった。アルバートは一書きしては腕組みし、二書きしては腕組みしながら、少しずつ真っ白い紙を黒く塗りつぶしていく

 「…まぁ、明日になれば更にレゾン国の援軍も参ります。そうすれば自然、和議の道を検討する事になりましょう。海洋諸連合も妥協出来ぬ者達ではありますまい」
 「明日になれば、な。故に尚の事、勝負を着けに来ると思っていたが」

 “軍師”の妥協という言葉に、アルバートとグライアは眉を顰めた。カシムは要らぬ事を口走ったかと後悔する

 和議。決して悪い話ではないと思うが、ギルバートとグライアには思うところもあるだろう。慎むべきだったな

 「読み過ぎても無為か」
 「無為か」
 「無為に御座る」

 三人が三人とも同じ言葉を口にして、初めにグライアがどっかり座っていた腰を上げた

 「今宵はここら辺にしておこう。酒も無いことだしな」

 グライアが立ち上がると、尚の事大きく見えた。小男の癖に大きいのが、何とも珍妙だった

 「アルバート殿、貴殿は相変わらず強いままのようだ。「何がユイカ軍か」と言う奴も多いが、それがしはアルバート殿が来てくれただけで、十万の兵を得たように心強い」
 「そう言ってくれるのはグライア殿だけだ。配下の将兵も喜ぼう、感謝する」

 では、これで。短い遣り取りで満足したようで、グライアはそのまま部屋を出て行った

 アルバートがグライアと知遇を得たのは、前回ユイカが散々に打ち破られた戦場だった
 グライアは雨がしとしと降る戦場の中、惨めな大敗を喫したユイカ軍の中でも、アルバートは強いままだと言うのを直感で感じた。アイリエンの将兵の中でグライアは少数派にあたる。ユイカに対し見下した感じの無い男であった

 「それで、明日からは…否、今からは私の軍師か、カシム」
 「は。どうやらそれがし、数ある将の方々の中でも、アルバート殿かカモール殿が最も“馬が合う”ようでして」

 にこりとして、カシムは語りだした


……………………………………………………


 同じ頃、昼に戦場に出張らず、己自ら鍛え上げた最強の兵達を休ませ、温存していたウォーケンは、馬上にあった
 夜と言うのは、特に戦陣の中のそれは人を静かにさせる。大声を立ててはいけないという気にさせる
 ウォーケンは敢えて戦意に満ち満ちた表情でその静けさを破った

 「今から、敵を殺りに行く」

 目の前には粛々と隊列を組む騎馬隊の姿があった。ウォーケン直属の千を中核とした、四千の部隊だった。全てウォーケン自身が見繕った兵達だ。どいつもこいつも、皆一様に顔つきが違う

 「現状は苦しい。現状が苦しい。打破するにはどうやら、“命運を掛けた戦”と言うのを何度も何度もこなさねばならん。しかもその全てに勝たねばならん。こんな状況にしてしまった俺の無能を、まずは責めてもいいぞ」

 責めてもいいぞといわれて、責める者は誰一人としていなかった。ウォーケンに無理なのであれば、誰であろうと無理なのだ。兵達にはそんな認識があった
 信頼と置き換えてもよかった。ウォーケンが、例えどんな事であろうと手を抜くのが嫌いなのを、兵達は知っていた。全力のウォーケン以上の働きが出来る者など、神々にだって居るものか

 「無いならば、逝こう。我等は河を越え、森を越える。レゾンの弱兵を散々に蹴散らしてやろう!」

 そう言って真っ先にウォーケンが馬を駆った。木板を噛ませ、蹄には湿らせた藁を巻き、音が一切起こらないようにした。後に従って駆け出す者達も、皆同じだ

 敵に気付かれる訳には行かず、勿論敵の間諜に知られる訳にも行かず

 ジッとこれまでを耐えて、今正にウォーケンは解き放たれた。奇襲だった

 ウォーケンが星空に青蛇の槍を突き上げる。兵士達は雄叫びの代わりに、ウォーケン同様槍を空へと突きつけた


――ランク「THE・出番無し」


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ドロアなんて飾りです、偉い人にはそれが(ry



[1446] Re[25]:オリジナル逆行 祖国の華
Name: 中の人β
Date: 2006/10/22 11:55
 リーヴァが灯火を吹き消すと、宛がわれた部屋は真っ暗になった。今日の夜は嫌な感じがする。空気が体に張り付く気がして、リーヴァは肩を撫でた

 寝台に身を投げ出して、リーヴァは思案し始めた。目を閉じて浮かんだのは、己が率いる部隊の事でも、態々見聞して見つけてきた有望そうな人材の事でも、要塞周辺の地形の事でもなかった。それはウォーケンを殺す方法だった

 唸った。ずっとずっと、それこそ初めて相対してあわや斬られかかった直後からずっと考えているのに、未だに答えは出ていなかった

 (…解らん。勝ち負けではない、どうにかして殺せればよいが、その策が浮かばん。何をやっても無駄のような気がする。時が経てば経つほど、その気持ちが大きくなる)

 リーヴァは、勝てると感じるときは平然と勝つ物だ。そして勝てないと感じるときは全く勝てない。解らない時は勝ったり負けたりするが、大体は勝つ。不利でも勝利の方向へ無理矢理に引き摺ってゆく

 だが、奴は駄目な気がする。リーヴァはぼう、と天井を見つめた。夜目が利くリーヴァには半開きの窓から僅かに入ってくる星明りだけで十分だった

 「えぇい、勿体無いな。諸連合なんぞの重臣でなければな。惜しい、実に」

 味方には引き込めない。敵としてあれば非常に厄介。引き込めないならば、せめて対抗手段が欲しいのに

 「このリーヴァの思い通りに行かんのなら、せめて、せめてドロアが居ればな」

 リーヴァは寝台から起き上がると、中途半端な開き具合だった木窓を蹴り開けた。騒々しく開かれたその先には、うってかわって湖の底のような静けさの中で光る星々
空は繋がっている。ドロアも自分と同じ世界に居るのだと思うと、リーヴァの焦りのような苛立ちは不思議と和らいで行った


……………………………………………………


 ライオヘイツン首都にある劇場はユイカの物よりも少し大きい。その昔、それはそれは大きな剣闘場が二つあったのだが、円形のそれを片方改築して劇場に仕立てた。その名残で劇場は、中心の舞台を観客席が取り巻くような造りになっている

 通気性が全くといっていいほど無いため、劇場内のあちらこちらに大団扇で風を起こす人員が居た。それでもまだ暑いよと零すランに、ドロアは笑った

 そんな暑い思いまでして見ているのは、海の向こうの大陸、其処で栄華を誇ったとある国の古戦記だという
 滅亡に向かって加速してゆく一国に産まれ出た主人公の視点で語られる戦記だ。話は既にいざ国が滅ばんと言う所に差し掛かっており、主人公の父が死の間際、息子に己の胸の内を伝えようとする場面だった

 「ぐぅ、っく、あ、涙出てきた」

 ドロアを挟んでランの反対側で、カモールがボロボロ泣き始めてしまった。彼女は軍人をやっているくせに、こういう話に弱い。そしてドロアですら耳を疑うであろうが、ギルバートとアルバートもこういうのに弱い。カモールが決して取っ付き易い相手では無かっただろうギルバートと親しくなれた理由には、この相通ずる趣味も一つ、ある

 「…何と言うか、な」

 だが、ドロアとしては素直に感動できる場面ではなかった
 ドロアは“以前”、今舞台の上で繰り広げられているのと非常に似通った場面に遭遇した事がある。今となっては矢張り「未来の昔話」だが、一度記憶が頭をもたげてしまうと、もう駄目だ

 どうにも苦く感じる。普段にも増して寡黙、無表情になるドロアに、ランは「こんな時まで大人ぶっちゃって」とその肩を突っついた


 同じ空の下であろうと、ドロアはリーヴァと同じ空は見ていなかった


 オリジナル逆行25


 「クラードが戻っていない?」

 カモールの屋敷へと戻ったドロアは、そこ行く侍女を一人捕まえて聞いた言葉を鸚鵡返しに返した

 ここへ来た当初の心配は何処へやら、慣れてしまえばどうとでもなる物だ。ドロアに不安が無い訳では無かったが、何も起こらない現状に、漸く警戒も薄れてきた頃だった。ランとカモールの静養の為に来た筈だが、当の本人達が存外に元気な為、あちらこちらを遊行している
 今日も今日とて似た様な物。ただ違うのはドロア達とクラードが別行動を取ったと言う事で、尚且つクラードだけが未だ戻っていないと言う事だった

 「…剣闘の興行はもう終っている頃合だが」

 侍女に向かって問いかけるが、興味の無い者が知っている事柄ではない。古戦記などに興味の無いクラードは、一人で別の見世物を見に行ったのだ。本来ならとっくの昔に終っていても良い筈だが、侍女は恐縮して縮こまりながら、「申し訳ありませんが、解りかねます」と言うばかりである

 「良い。そんなに怯えるな」

 ドロアは首を振って促す。自身の放つ威圧感の所為だが、指摘する事は侍女には出来なかった

 行き先を一々確かめておかねばならない程、クラードとは子供のような男ではない。平常なら「何れ戻るだろう」で済ましてしまうが、今夜は不思議と胸がざわめく

 (カモールと分かれる前に興行の時刻を確かめておけば良かったか)

 ついさっき、ランとカモールは連れ立って湯浴みに向かった。ドロアでは踏み込めない領域であるし、態々侍女に聞きに行かせるのも大袈裟な気がする
 良い、良いさ、と、ドロアはもう一度首を振った

 「少々出る、俺の槍を持ってきてくれるか。ランさんとカモールにはお前から伝えてくれ」

 侍女は慌てたように返事をした


……………………………………………………


 ドロアは槍に皮鞘を取り付けると、一直線にクラードが行ったと思われる競技場へと向かった
 治安に関してはユイカ以上に厳しい。剥き身の武器をちらつかせていたら、即座に警備兵に呼び止められるのがライオヘイツンだ。その事を意識してドロアは、なるべく問題事を起こさないようにしなければと考えている
 騒ぎを起こして皺寄せが行くのはカモールだ。自分一人で済まないだけに、神経質にもなった

 到着してみれば競技場は、今日の一切の興行を終了させていた。夜なのだから、当然と言えば当然であったが

 (では、酒場か、盛り場か、或いは)

 クラードならば、何処へ行くか

 (或いは揉め事の起きている場所だな)

 ドロアは即断した。それはもう、クラードが哀れになるくらい早く即断した
 クラードは揉め事を起こしやすく、また揉め事に巻き込まれやすい男だ
 ドロアだって十分そうなのだが、知らぬは本人ばかりなりで、溜息を一つ吐くとクラードを探しに大通りへと足を向けた

ドロアが問題事を起こさないように、と留意しているのなら、まず最初に己の事を深く知らねばならなかった


――


――


 「何処にも居らなんだ」


 酒場にも盛り場にもクラードは居らず、ドロアは行き違いになったかと一度屋敷に戻るも、矢張り居なかった
 しかもランとカモールはかなり時が経つと言うのに、未だ浴場から出てこない。同性同士の友情を深め合っているらしいが、裸の付き合いと言うのはドロアには今一理解できない交誼だ

 「お話がお弾みのようで、カモール様もラン様も大変楽しそうにしていらっしゃいました」
 「そう言う物か」
 「そう言う物に御座います」

 クラードを探しに出る前、一人見送ってくれた侍女がクスクスと笑った。肝が太いのか慣れたのか、先程に比べ大分恐れを感じなくなったようで、ドロアに気後れする様子も無い

 「御用で私も暫し呼ばれましたが、ラン様は非常に…柔らかいと言うか、暖かなお方ですね。ドロア様の事を我が事のように、誇らしげに自慢なさっておられましたよ」

 浴場でにこにこと、ランが侍女に語ったドロアは、侍女自身が想像していた人物像とは大分違った
 弁舌に淀みない世慣れした風情に見えて、結構朴訥なドロアが、侍女には可愛くも見えた。意外な新境地である
 侍女はランの笑顔を思い出すと、思わずそれとまるっきり同じな笑顔になってしまうのだった

 「殿方は、そう言う事は?」
 「男同士で共に湯浴みと言うのは、無い。そもそも俺達のような平民は、大抵水浴びで済ます」
 「ライオヘイツンでは、高貴な女性の方はよく仲の宜しいお方と湯浴みなされます。他国では違うのですね、…勉強になります」

 やはりクスクスと笑う侍女を前に、ドロアは腕を組んだ

 「俺に限って言うのなら、赤の他人と湯に浸かった事はある。女だったがな。……何処であろうと、ヤろうと思えばヤれる物だ」

 侍女は顔を朱に染めた

 「…え? …か、か、からかっておいでですね?」

 慌てる侍女を見て、ふ、肩を竦めるドロアは、彼女にとって既に畏怖すべき存在ではなかった。立ち振る舞いには“慣れた”感があるのに、貴人のようでは全く無く、気さくに冗談も飛ばす。カモール様のようだと思った

 ドロアは一瞬黙考する
 何時の間にか談笑していたが、こんな事をしている暇があったのだろうか、自分には

 「もう一度出てくる。…しかしお前、客人に対する態度を少し考えたほうが良いな」

 悪戯っぽく咎め、ドロアは踵を返しながら小さく笑った。その様は悠然としていて、侍女はドロアの背を閉じていく門がバタンと隠してしまうと、自分でも気付かないくらい小さな、熱っぽい溜息を吐いた

 「ドロア様…………はぁ……」


……………………………………………………


 クラードはと言えばドロアの想像した通り揉め事の真っ最中であった。劇場や競技場がある区域からはおよそ正反対にある盛り場で、五人以上を相手に大乱闘していたのである

 治安に厳しいライオヘイツンではあるが、例え乱闘が起ころうと小規模であったり、凶器が持ち出されたりしない限りは率先して止めようとはしない。少々荒っぽいところのあるお国柄、細々とした事まで縛り付けては、民はそれを不満に思う

 この場合五対一と言う乱闘ではあったが、誰も凶器を持ち出さず、クラードが相手の五人に決して負けていなかった為、警備の者達は止めるどころか寧ろ野次馬の方に加わってしまっていたのだ

 「はん、お前ら、勘違いはしない方がいいぜ」

 クラードは片方の鼻の穴を押さえ、息を噴き出す。鼻腔の奥で固まっていた血が飛んで広がった。少々の傷など物ともしない、勇敢な勝利者の姿である

 (そうそう、これよこれ。どうにもドロアの大将が強すぎるからいけないねぇ、自分がどれ程のもんか、今一解らなくなっちまう)

 ドロアを相手取って戦うと、どう頑張っても四分の一人前扱いされてしまう。自分が、実は物凄く弱いのではないかと思ってしまう程だ。だが本来はこうだ。クラードは素手での戦いを酷く苦手としているが、市井のごろつき五人程度に負ける筈が無い。負っても、軽傷である。五人の側が五人で戦う事に慣れていないのだから

 因みに左肩の脱臼に頭部の裂傷、奥歯も一本折られていて、軽傷なのかどうかは判らない。少なくともクラードはまるで痛そうではなかった

 「殺す気だったら、こんな梃子摺る事は無いさね。報復なんて考えんな、次は殺るぜ」

 クラードは足腰が立たない男達に言うと、放り出していた槍を拾い上げ、ついでに近くで事態の推移を見守っていた一人の子供を抱き上げた。この子供、乱闘騒ぎの原因とも言える子供である

 そしてクラードは逃げ出した。槍と子供を纏め持って高く突き上げ、野次馬に己を見せつけながらのそれは、決して「逃げる」なんて大人しい物ではなかった。警備兵達は追わない。彼らは空気が読めるからクラードを追わないのである。そんな事よりも、五人組の方を縛り上げるのが先決だった

 いいぞいいぞ、格好良いぜ兄ちゃん そんな声援を背に受けながら、クラードはヒーローのように去った


――


 欠けた歯を食い縛って、クラードは外れた左腕を子供に引っ張らせた。一二、三歳程にしか見えない彼は、荒事で負わされた傷をおどおどしながらも治療する。矢を射掛けられた猪が上げるような唸り声を出しながら、クラードはそれでも肩を填めた

 次は、この子供だ。この少年、夜道で五人組の絡まれていたところをクラードが割って入った。お約束と言えばお約束ではあるが、そもそも何でこんな夜中に、子供が一人で出歩いていたのか

 上半身裸で体の具合を確かめながら、クラードは思いはした。が、深く聞く心算も無かった。クラードにしてみれば見咎めて助けこそしても、深く首を突っ込む義理は無かった

 しかし少年は、どうにもクラードに首を突っ込んで欲しいようだった。少年は傷の治療を終え、朝にならない内に帰れと告げるクラードに向かって、唐突に土下座をかましたのである

 「ご、御免なさい! どうぞ、どうぞ俺っちを助けちゃ貰えませんか!」

 少年は大きな目をぎゅぅっと閉じて、子供特有のキンキン声で懇願した。クラードは首を傾げて、傾げて、傾げて、自分が何か揉め事に巻き込まれそうな予感を感じた
 同時に一つ思い出す。ここ最近クラードの雇用主と言う事になっている、化物みたいに強い男の顔だ

 彼は、ドロアは何て言っていたっけ。確か、騒ぐな、揉めるな、暴れるな
 そんな風に、厄介事を起こすなと言われていた気がする。それを破れば、怒髪天を突く勢いで怒るだろうなとクラードは予想して、内心冷や汗をかく

 少年を見た。良く見れば中々小奇麗な、秀麗とも言える目鼻立ちだった。しかも華奢だ
 この野郎、男娼館にでも売り飛ばしてやろうか

 途端少年がビク、と震えた。クラードの苦々しい視線を感じたようだった

 「出来れば大将の意向を無視したかぁねぇが、俺も、まぁ、なんだ。お前みたいな餓鬼の懇願を跳ね除けたい訳じゃねぇな」

 ならば、と少年は目を輝かせる

 「話、聞くぜ」


――ランク「THE・出番無し」


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ぐっとぐっと力を溜めても、ポーンと弾まなけりゃ意味がn(ry


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