俺は『学園都市』にいる『とある能力者』に憑依した。
誰だと思う?
上条当麻? 一方通行? それとも意表を突いて御坂美琴? 白井黒子?
答えは「NO」だ。
主役ではない。
主役だったら良かったなんて贅沢は言わないぜ。心の贅肉さ。
俺が憑依した人物。
そいつに『名前』はなかった。
つまり、脇役だ。
脇役に憑依したのだ。
べ、別に上条当麻に憑依して神裂ねーちんの堕天使コスなんて望んでないから!
不満はないのだ。
脇役でもいい、無敵(レベル6)ならば。
そう、俺は特典として前人未踏の『絶対能力』を手にした脇役だ!
え? 誰に憑依したかって?
名も無きATM強盗犯とでも言おうか。
『とある科学の超電磁砲』単行本第三巻、番外編「とある二人の新人研修」にて登場した二人組の強盗。その片割れ『絶対等速(イコールスピード)』という男に、憑依しちゃった。個性っぽい部分はない。悪役の三下って雰囲気が隠せない顔立ち。小学生の白井黒子に負けた男に、俺は憑依したのだ。
でも、無敵(レベル6)だぜ?
最強(アクセラレータ)より上ですよ?
「て、テメー! 裏切るのか!?」
「やめろ! やめてくれぇ!!」
「あ、がガ我ががががg………!」
時系列は原作で強盗を犯すよりも少し前。場所は薄汚い誰かの部屋。どうやら強盗計画を企てていたので殲滅しちゃった………(笑)。
そもそも強盗なんて格好悪い。
原作では語られなかったが、俺(つまり絶対等速)は先輩とやらに上納金を支払うために強盗したっぽい。
不良にも上下関係がある。むしろ不良のほうが厳しいのかもしれない。
上納金、つまりノルマ達成のために強盗とは馬鹿としか言いようがないね。
だーかーら。
皆殺しってヤツですよ。
集まった面子は俺を含めて五人。実行犯が原作にもあるように俺とニット帽の二人で、他の三人が逃走用の車などサポート。なんて計画してたのでぶっ殺した。
ついでに先輩とやらも排除決定だ。『能力』の練習も兼ねて人間関係の清算をしなくては。せっかくの『とある魔術の禁書目録』もしくは『とある科学の超電磁砲』という世界を堪能できるのに三流の悪党なんかと連んでいたら興醒めだしね。
俺の能力『絶対等速』は無敵だ。
誰も俺には勝てないぜ!
………………
最強の超能力者(アクセラレータ)は『絶対能力進化(レベル6シフト)』という計画に参加していた。
無敵(レベル6)に成れば、少しは自分の世界が変わると思ったのかもしれないし、単純に『上』を目指しただけかもしれない。
とにかく。
一方通行はクローンを二〇〇〇〇人、殺害すると決めた。
殺人を絶対の禁忌とは思っていない。
しかし快楽殺人など反吐が出る。
完全に悪でありながら、善とは違った『何か』が一方通行にはあった。
これで何度目か、少なくとも百は超えただろう『実験』が今日も始まる。
目の前に、邪魔者(イレギュラー)さえいなければ。
「………おい。この場合『実験』ってなァどォなっちまうンだ?」
御坂美琴(第三位)のクローンを適当に嬲っていると、『そいつ』が空から降ってきた。
「よー。面白そうな場面じゃん、俺も混ぜてくれよ」
「あァン? オマエ、俺が誰だか分かってンのか?」
「サイキョーだろ? 俺ってポケモンとかもトコトン鍛えてからバトルするタイプだからさ、今日まで絶対の自信が持てるまで超能力(レベル5)には挑戦しなかったんだよ」
「あ? なンだそりャ? まるで、俺(最強)に今なら勝てるって聞こえるなァ?」
空には月。無人の区画。殺し合いには打って付け。クローンは半死半生で一言も話せないだろう。
「オマエ、面白ェな」
足下のベクトルを操作。砂利を『そいつ』に向けて発射する。下手な銃撃よりも厄介な散弾だ、回避は難しいだろう。普通ならば。
「あァ?」
呆然とした。
最強である一方通行ならばまだしも、何処の誰かも知らない『そいつ』が、自分と同じ行動をしたのだ。
即ち、不動。
『反射』という盾がある自分(最強)ならば当然の行為。
防御も回避も不要。どんな攻撃も跳ね返せば無害だ。
それと、同じだった。
発射された砂利は命中した。
しかし、それだけ。
『そいつ』に傷はない。微動すらしていない。服に汚れもない。
ただ、当たっただけ。
まるで『反射』のように無力化したのだ、攻撃を。
「俺は絶対能力者(レベル6)。学園都市の番外位、『絶対等速(イコールスピード)』」
「番外位だァ? 知らねーぞ、そンなのは」
「トーゼンだぜ、自称だからな」
殺し合いが激化した。
砂利が効かないのならばもっと大きな物を。
壁を破壊し、それを使って押し潰す。
自称レベル6は平然と壁を通過して来た。漫画の表現みたいに、人型の穴を開けながら。それを確認しながらも後方の空へと飛ぶ。
「あハははははははァ!!!」
笑う。最強に匹敵する者などいない。それを証明するために笑う。
「上空(そこ)は安全地帯じゃねーぞ?」
空中浮遊する一方通行に、ジャンプ。
本来ならば重力に従い落ちるはずの軌道が、真っ直ぐになる。
明らかに自然な跳躍ではない。
念動力(テレキネシス)か風力使い(エアロシューター)か。それともベクトル操作か。空を自由に飛べる能力は限られる。
少なくとも大能力(レベル4)は確実だろう。
そして、一方通行と同じく能力の応用が半端ない。
肉体を硬化させたのか、物理攻撃が通用せず。
跳躍すれば物理法則を無視して向かってくる。
本当に、一方通行と同じくベクトル操作か?
「とりあえず、一発だ!」
テレホンパンチ。右腕を大きく振り回す。
その攻撃を無視しながら、一方通行は両手を絶対等速に突き出した。
悪手。毒手。
触れたら、死ぬ。
血の流れをベクトル操作で逆流させ即死させる。
最強にして最悪の直接攻撃。
「死ンじまいなァ!」
激突!
二人の攻撃は互いに届いた。
ドッ!!
「あっは? はは。何だよそりャ」
顔面を思いっきり殴られ、地面に落ちたのは一方通行だった。
口からは血が出ている。唇を切ったのだ。そして一方通行の攻撃は当たったが、血液逆流はもちろん反射さえも出来なかった。むしろ突き指した。
「面白ェ。ははは。ちくしょう」
口を手で押さえながら、立ち上がる。絶対等速はまだ上空にいる。
「最っ高に愉快にキマっちまったぞ! オマエはァ!!!」
再び空へと舞い戻る。
ゴッ!!
また、殴られた。
ガッ!!
三度目の突撃も殴り返された。
「ちっくしょオオ!! オマエ何だよ! その変な能力はァァ!!!」
地面に倒れ、敵を見上げるなど初体験。
「クソッ何でこっちの手はただの一発も入ンねェンだ!?」
「言っただろ? 俺は鍛えているんだ。能力に頼っているだけのオマエと、能力なしの喧嘩で経験を積んだ俺とじゃ天と地の差があるんだよ」
こちらの攻撃が通じず、あちらが一方的に攻撃する。
ワンサイドゲーム。
それは、一方通行の専売特許だった。
だった、のに。
「くかっ。くかきけこかかきくけききこくけこきかか――――」
それが覆されようとしている。
最強だけど。無敵じゃない。
一方通行は初めて己の『能力』と向き合った。
自分を孤独にする大嫌いな『能力』を。
自分の周りを傷つける『能力』を。
生まれて初めて心から必要とした。
何度も「いらない」と思った。
世界と一人で戦争ができる強大な力を疎ましく思ったのは一度や二度ではない。
しかし。それでも。
必要なのだ。
「風。空気。大気の流れ」
暴風では生温い。風の暴力。
「ぎィヤはははははははは!」
薙ぎ払う大気の反乱。
自然災害に生身で勝てる人間などいない。
普通の人間ならば。
「おーおー。『原作』通りじゃん。一皮ムけたな、おい」
やはり平然と、宙に浮く無敵(レベル6)。
一方通行もこの程度で倒せるなどと思っていない。
「いいぜェ! 愉快な事を思いついた。圧縮、空気を圧縮!!」
光。
光が、集まる。
高電離気体(プラズマ)。
風が一点に集中。
この一帯全部を吹き飛ばす過剰暴力(オーバーキル)。
「こりゃー、ヤベーかな? さすがはサイキョーだぜ」
余裕を崩さず、絶対等速は笑みを浮かべる。髪の毛一本すら風で揺れない。宙に浮いたまま一方通行を見下ろす。
「よしッ!! オマエ、俺の舎弟になれ!!!」
……………………………………は?
思わず、プラズマが乱れた。
風を操る計算を誤ったので、式を組み直す。
「あァ!? ンなに死にたきゃギネスに載っちまうぐれェ愉快な死体(オブジェ)に変えちまおうかァ!!」
ブチ切れた。
プラズマを凝縮、解放。
世界は音と光を失った。
………………
大爆発。
幸いにも、その爆発で死んだのは一人だけだった。時間帯が夜で、場所が『実験』用の区画だったからだ。
犠牲者はミサカクローンだ。もっとも、既に半死人だったのだから爆発がなくても死んでいたが。
「ちくしょう。俺の負けかァ?」
「おう。オマエの負けだ、百合子ちゃん」
「百合子って言うなァ」
あの後。
天地を揺るがす最強の一撃は無敵(レベル6)には効かなかった。
つまり、絶対等速は物理的熱量的衝撃的に無敵なのだった。
「いや~。一方通行がマジで鈴科百合子だとは思わなかったぜ」
「黙れ。そして死ね」
「いいじゃん、貧乳は大好物だぜ」
「死ねェェ!!」
無論。最強(かのじょ)では無敵(かれ)に傷一つ付けられない。
「一緒に風呂に入ったら、ビックリだったぜ」
「テメーが嫌がる俺の服を脱がして浴槽にダイブさせたンだろうがよォ!」
「思わずオマエの股間をじっくり観察しちゃったぜ。立派な女の子だったぜ?」
「死ねェ! マジで死ねェ!!」
大爆発から10時間。
全力を難なく防がれた一方通行は崩壊した瓦礫の中で脱力し、敗北(死)を待った。
しかし。
「そんじゃ、師匠と弟子のハートフル入浴タイムにしよーぜ」
などと意味不明な発言と共に一方通行はお持ち帰りされた。
バトルの後は友情が芽生えるモン! とか。
死闘の果てに新しい門出が! とか。
裸の付き合いは大事だぜ! とか。
無理矢理、服を奪われ風呂を強要された一方通行は叫んだ。
「俺はオンナだァ!!」
無理もないだろう。絶対等速はマナーを守る男だった。
湯にタオルを入れない。温泉のマナーだ。今回は彼の自宅にある風呂だったが。
つまり?
彼が彼である証拠。
こ・か・ん。それが丸見えだった。
最強であっても女である一方通行には衝撃だった。
いや、最強であり孤高であったがゆえに免疫がなかった。
初めての『おちんちん』だった。
だから思わず自身の性別を叫んだのは詮無きこと。
「え? マジ!?」
驚愕と共に、湯船の中で顔を背けていた一方通行の両足首を掴み、広げる。
「ぎャああァああァ!!!」
持ち上げられた。
足を持たれて、体が浮いた。
絶対等速の視線が、一方通行の女の部分を貫通した。
「コロスコロスコロスコロスコロスコロス」
「ごめんゴメン。ま、気にすんな!」
そのまま強制的に一方通行は混浴させられた。
背中を流せと言われれば瞬時に拒否。
背中を流すと言われたら逃げ出した。すぐに捕まったが。
「ツンデレか? ツンデレだろ? はいはい、百合子ちゃんは可愛いな。ツンツンしてて。そろそろデレてもいいんだぞ?」
無視だ。
こんな馬鹿は無視だ。
「ちょっと全身を洗っただけで怒るなよ。そりゃあホルモンバランス崩れてて男にも女にも見える貧乳でパイパンだからって………」
「うるせェ! コロス!! ぜってェコロス!!!」
こんな風に、じゃれ合うなんて何年振りだろうか。もしかしたら初めてかもしれない。
一方通行は怒りながらもそんな感傷があった。
最強であるがゆえの孤独。
孤高であるからこそ学園都市第一位。
こんな、触れ合いなど。
必要ない、と思っていたのに。
「ま、オマエも俺の舎弟だ。困った事があったら何でも言えよ。力になるぜ」
「はァ? 最強の俺にそンなの必要ねェよ」
反射的に断ったが、心の何処かで喜んでいる自分がいる。
誰かが心配してくれるなんて、懐かしい。本当に懐かしい。
駄目だ。こんな雰囲気は自分に合わない。クローンとは言え100以上の命を奪った自分には、無理だ。一方通行は甘い誘惑のような絶対等速を恐れた。
このままでは、依存してしますかもしれない。
(そンなアホな。俺が誰かを頼るゥ? ありえねェな)
「どーした、百合子ちゃん」
「うるせェ」
こんな関係も、悪くない………かもしれない。
「あ、そーだ。百合子ちゃんにお願いがあるんだよ」
「百合子と呼ぶな。でェ? 俺は敗者だからよォ、ちったァそれらしくする」
「そうだな。とりあえずスクール水着を着てくれ」
「そンな代物は持ってねェよ。そもそも服を着たままでもベクトルを操作すれば泳げるぜェ?」
「俺は『萌え』と『燃え』の両方を愛する男だぜ! 別に水泳がしたいんじゃなくて、スクール水着の女の子が見たいだけだ。そして脱がせたい」
「なァ!? エロ目的だったのかよォ!!」
「スクール水着にそれ以外の用途はない!」
力強い断言だった。
あまりにも堂々としていたのでちょっぴり格好いいと思ったのは一方通行の秘密だ。
「ま。ジョーダンはさておき。『上条当麻』と『三沢塾』について調査してくれよ、チョーサ」
「あァ? 誰だよ、カミジョーって?」
「主人公だよ。俺的にはカミやんより一方通行のほうがキャラ的に好きだけどな」
「なァ!? す、好きとか気安く言うンじゃねェよ!」
「はいはい、ツンデレツンデレ」
「意味分かンねェぞォ!?」
こんな。
友人のような。そうでないような。
この距離感は、一方通行にとって新鮮だった。
「まァ、頼まれてやるよ。俺もヒマだしなァ。『実験』も終わったしな」
無敵(レベル6)が目前にいるのだから、わざわざ面倒なクローン殺しなどする必要はない。
最強と無敵の違いを、存分に見てやろう。
そんな事を思いながら、一方通行は頼まれた調査について予定を頭の中で立てる。
まずは昼寝だな。昨夜から寝ていないのだ。時間は正午よりも少し前だが、学校にも通っていない身だ。惰眠を貪っても文句など誰も言わないし言わせない。
「ありがとう! 愛してる! 眠たそうだな? 添い寝してやるよ、そして胸を揉んで巨乳に変身させてやるよ!」
「うぜェ。何もするな」
言いながら、無意識で添い寝を許可する一方通行の姿があったとかなかったとか。
「調査とか細かい雑用は苦手でな。オマエに会うのも一苦労だったんだぜ?」
「俺を雑用係とかァ、コロスぞ?」
布団の中。
まだまだ殺伐とした『じゃれ合い』は続いた。
………続く?