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[1507] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり
Name: とどく=たくさん◆20b68893
Date: 2010/05/07 20:19
「自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」は、2006年4月より、2009年6月までこちらにて、連載させていただいた作品です。

 読者の皆様のご支援を賜り、アルファポリス・ドリームブッククラブにて平成22年4月12日「ゲート/自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」というタイトルにて出版されましたので、この場からは取り下げさせていただいております。


 接触編・炎龍編は以前こちらで公開させていただいた弱毒版とほぼ同じ物です。
 冥門編は、書き直しを予定しています。


 なお、外伝につきましては、このArcadia 管理者の舞様のご了解を得て、引き続きこの場にて掲載を続けて参りますので宜しくお願いいたします。



[1507] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃってます。     湯煙温泉編
Name: とどく=たくさん◆20b68893 ID:5eba37fb
Date: 2009/10/24 13:51




 着意事項





 この作品では「自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」に登場するキャラの一部が、箱根の温泉旅館山海楼閣でまったりと過ごす情景を描いています。と言うことで起承転結なんて、まったくありません。

 しかも『フルメタ温泉描写方式』を用いて懇切公平慈愛心を持って、キャラの赤裸々な姿の描写を試みております。そのために……これに限った話ではありませんが……本作品では読者の皆様の喜怒哀楽を含めた様々な情緒が、いろいろな形で刺激される可能性がとても、とても、とっても大きいと思います。(あるいは、盛大に滑って寒くなるか…)

 さらに、本編と繋がらないことをいいことに、作者は相当ふざけて書いてます。本編ばかり書いていると、精神とか肩とかのいろいろが凝り固まってきて疲れるのです。そこで、いろいろと発散させたかったのです。

 今や、「勢いに任せて書きました。だが後悔してません。ぞれどころか非常に満足している」って感じです。

 こうした作者の一方的な都合とか、表現に不快感を感じる傾向がある方や、劣情を催された上にそれを適切な手段で自己処理スッキリすることの出来ない方、法やルール、道徳、モラル、マナー、エチケットなんか知らないといった方は、お読みになることを、どうぞお控えになって下さい。

 年齢的には、精神年齢15歳以下の方はお控え下さいってところでしょうか?

 万が一これを読んだことで、精神的な外傷を負われたり、不快感を感じられたとしても、例によって作者は一切関知しません。

 マッチで火傷すれば、使用者のせいです。マッチが製造中止になったりしません。

 包丁で手を切れば、やっぱり使用者のせいです。包丁の生産中止になったりしません。

 餅を喉に詰まらせたら、やっぱり食べる側の不注意です。餅の製造販売が中止になったりしませんよね。

 なのに、なんでコンニャクゼリーは製造者責任が問われて販売が中止になるんでしょうね?不思議です。

 ちなみに、厚労省の『窒息の原因となった食品』(2006年版)によると、餅169件、パン90件、米飯89件、あめ28件、団子23件、カプセルゼリーはたったの11(コンニャクゼリー含む)だったりするそうです。

 従ってコンニャクゼリーが窒息の原因になると言う理由で製造販売が駄目と言うなら、お餅は製造中止、パンも製造中止、お米も製造中止、あめも製造中止、団子も製造中止にしないといけない、と言うことになるんだけどねぇ。

 更に言うと、いろいろと裏がありそうです。消費者行政担当相の後援会に(ry

 おっと、政治ネタが『また』過ぎたようです。

 でも、こうした劇・毒物的表現を含めて、きちんと噛んで飲み下し、喉に詰まらせたりするようなことのない方のみ、どうぞいろいろと想像したりニヤニヤして楽しんで下さい。





































 よろしいですか?



            まきますか?   まきませんか?





























じゃなくて…。


            「読みたいですか?」



            「引き返すなら今ですよ」



























 そう言えば…「画像が見たければ、自分が馬鹿であることを証明せよ」って某所での誰かの書き込みに対して、応えようとした人が「We are fool.」って書こうとて「Our fool.」って書き込んでしまい、以来「Our fool.って書けよ」転じて、「わっふるわっふると書き込んでください」になったそうですね~。(世間話)












 え、早くしろ?













 かしこまりました。では、参りましょう。

 とどく=たくさん 拝






















番外篇 自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃってます。

 -湯煙温泉篇-(15禁相当)




























 Wikipediaなどの資料を調べると、温泉の利用形態は大きく分けて①「入浴して体を休める」②「入浴して療養する」③「入浴して楽しむ(泳ぐなど)」④「飲む」⑤「蒸気を利用する(サウナ・蒸し風呂)」に大別されるそうである。

 欧米では温泉は、②や④の利用法が基本であり、医師の処方をもらって飲用したり、療養するのに用いると言う。①や③の利用法は、日本独特の利用法と言っても良いのかも知れない。

 さて、『特地』に住まう女性達にとって『入浴』とは、美容や各種の理由によって、悩ましいことの一つである。別に『特地』に限った話ではないのだが、天然の温泉等は火山地帯などに集中して稀少であることから、身体の清潔を維持しようと思うと、どうしても河川、湖、泉、井戸の水等を用いるしかなくなってしまうのである。

 ただ、それらを入浴に適した温度にすることは、多量の薪と労力を消費するが故に、非常に贅沢なことと見なされている。要は冷たい水を直接浴びるしかないと言うことだ。

 で、いくつかの問題が発生する。

 その一つが『のぞき』である。

 説明の必要はないと思う。

 こちら側だって、ギリシャ神話などを紐解けば、乙女や処女やニンフ、ああっ女神さま等々が泉や河川で水浴をしているのを「つい、うっかり」覗き見て、酷い目にあった男の逸話が出て来るくらいなんだから、それくらいに多い事だったと言える。

 男側からすれば、そんなところで水浴びすんなとか、各種の言い分もあるんだけれど、とりあえずはまぁ偶然の事故とか、未必の故意というか、不幸とか、様々な理由でのぞきが発生する可能性があって、女性としてはおちおちと肌を晒すことは出来ないのである。

「ちなみに、ロゥリィはどうしてる?」

 栗林のした問いかけの末尾が「た?」の過去形ではなく、「る?」の現在進行形であることに、是非ご留意頂きたい。

「あらぁ。そんな不埒者にはお仕置きに決まってるわぁ。過失の可能性もあるから、極刑に処すってわけにはいかなかったけれどぉ」

 あまりにも「お仕置き」などと軽く言うから、どれほどのものか「具体的には?やっぱり、神様だけなに下手人を馬に変えたり、蜘蛛に変えたりとか?」と、ついうっかり尋ねてしまった。

「そうねぇ。ハルバートでちょんぎって、犬狼に喰わせるぅ?そんなに見たいならいくらでも見ていろと、瞼を切り取って目を閉じられないようにしてあげるとかぁ…」

 思わず想像して、悪寒に襲われてしまった。

 女の身であるから、ちょんぎる云々のあたりの想像は無理だが、瞼を切り取ってからの下りは、思わずぞっとしてしまう。

「こ、ここは安心していいわ。この温泉宿の山海楼閣では大浴場は当然のこと、露店風呂も四方は生け垣とか壁で仕切ってあって、少なくとも偶然とか、なんかの間違いで覗いてしまいましたってことは、ほぼあり得ないから。あ、みんな、脱いだ服は、それぞれにロッカーにしまってね。ほら、そこ。脱衣所の床に脱いだ物を散らかさないっ!」

「つまりぃ、確信犯以外あり得ないって事よねぇ。当然、極刑よねぇ…」

 フリル黒ゴスのリボンを弛めつつも、大きな窓の外に見える山々へと視線を向けニィと微笑むロゥリィは、やっぱり恐かった。頼むから覗きなんかすんなよ、と心の奥で伊丹や富田に釘を刺す栗林だった。




 草むす山林の中。木の葉や草花が大地を覆い尽くしている。倒木や岩、そして日の当たらないところには苔やキノコ類が繁っている。

 こんな風景を指さして「人がいるぞ」と言われても、素人は信じないだろう。

 人の姿らしきものなど、全く見られないからだ。

 だが、目線を向けるべき所について経験を積むと、自然の風景の中に漠とした違和感を受けるようになってくる。

 例えば、疎であるべきところが密になり、密であるところが疎であったり。陽の当たらないところに、日光を好む植物が生えていたり…。

 そんな場所を見つけたら、光の当たるところ、影の所をよっく見比べる。そうするとつや消しをした塗装や、迷彩柄の生地が見えてきたり、緑や濃緑のドーランを塗った人肌を発見することが出来る、『かも』知れない。

 そうすると、どうにか人の形をしているものが隠れているのを発見できるわけだ。

 この辺りが、初級編である。これが出来るようになり、様々なことに応用できるようになると……

 君は、敵の待ち伏せを見破ることに成功した!!

 生存力がレベル1向上した。

 観察力がレベル1向上した。

 危険察知力がレベル1向上した。

 隠蔽応用力がレベル1向上した。

 対のぞき技能がレベル1向上した。

 地雷的『なにか』発見技能レベルが1向上した。

 おれおれ詐欺看破力 C+が追加された。

 スコッパー初級から中級へとレベルが向上した。

 とにかく1向上した。そう、レベルが上がるのである。

 とは言っても、当然のことながら中級以上になると、敵は隠蔽しようとする場所の植生、地形、地物に応じて常にカモフラージュを更新するようになる。従って、さらなる観察力を磨かなければならない。何しろ、敵はジャングルに居るばかりではなく、我々の日常生活から匿名掲示板等、様々なところに潜んでいるのだから。是非頑張って貰いたい。

 さて、中級を越えて、上級と言うほぼ完璧なカモフラージュをして隠蔽していたとしても、不用意な動揺は背景から人の姿を浮き彫りとさせてしまうので、絶対に避けなければならないとされていてる……の、だが。

「……うっ」

『アーチャー。どうしました?心拍数が跳ね上がりましたよ』

『アーチャー』というコードネームを持つ赤井弓人三等陸尉は、思わず身を揺るがせてしまい自然にとけ込んでいたはずの我が身を暴露してしまった。

 特殊作戦群の実働部隊は、現在マスター・サーヴァント制をとっている。これによってサーヴァントたるコマンド要員は、後方のマスター(担当指揮官)によって心音モニター、バイタル等が常にチェックされているのだ。彼の心拍数の激変は数値として表記される。

「今、対象Bと視線が合った。すげぇ殺気だった」

 M95対物狙撃銃の照準眼鏡にうつった黒ゴス少女の刺すような視線がこちらを睨んだのである。

 だが、狙撃銃の対物レンズが太陽光などを反射しないようなフィルタ処理を施すこと最早常識レベルの問題で怠るはずも無く、きちんと隠蔽している限り、察知できるはずはないのだ。

『あり得ません。直線距離で450メートルも離れているのですよ。たまたま視線が貴方の方に向いただけです』

「いや、絶対に察知された。俺の勘がそう言っている。このまま監視を続けると、何かヤバイ。絶対にヤバイ」

『了解しました。では、速やかにポイントKへ移動してください。浴場及び脱衣所の監視は、内部協力者にお願いすることにします』

「ああ頼む。俺はこれより移動する」

 赤井は、死神ロゥリィの殺視線をうけ、全身が微妙に震えて冷や汗を掻いていることをこの時初めて気付いた。彼は誰も知らないところで、生と死の狭間を超え、今まさに生き残るための重要な選択をしたのであるが、当の本人もそれを知ることはなかった。




さて、

「あんた達はどうしてた?」

 恐い雰囲気を祓うようにして栗林は話を皆に振った。

 ちなみに昔の日本では、覗きを避けようと思えば、自宅に水をえっちらおっちら運んで、たらいに水を張って、それで肌を洗うしかなかった。これを行水(ぎょうずい)という。

 誰の家にも入浴施設があるようになったのは昭和も末期近くになってからだ。浮世絵などにも、井戸端の沐浴風景などが描かれていて、おおらかだった古き時代を感じさせるが、当の本人達にとっては、「ちょっちねぇ」といった気分だろう。

「誰も入って来られないような、深い森の奥に泉を見つけて使っていたわ」とテュカ。

「妾は…宮殿に浴室があったから。軍営中では、歩哨がついていたし…」とピニャ。

「騎士団の男連中との壮絶な戦いは筆舌に尽くせぬものがありますわ。覗こうとするわたくし達と、防ごうとする彼らとの戦いは、騎士団史として残しても宜しいのではないですか?」とボーゼス。

 ここで、栗林がフリーズする。翻訳のミスかと思って「はい?覗かれたんではなくて、覗いた?」と尋ねなおした。

 ボーゼスの回答「殿方らが互いに友誼を確認しあう姿を見ることは、わたくしのこの上ない喜びなのです」というものだった。

「うむ。その為に、騎士団を設立したとは言わぬが、望外の収穫ではあったな。くっくっくっ」とピニャ。

 こうして栗林は、背筋に汗を掻きつつ呻いた。覗く方も覗く方だが、男の方も男の方である。戦国時代、古代ヨーロッパ、中世ヨーロッパ等々と、こちらにも男色はあたりまえの時代はあったのだが、遠い過去のことだけに別の世界の話として感じていたのである……が、それらが突如身近に感じられて、栗林は鳥肌の立つような感触と共に押し殺すように呟く。

「く、腐ってやがる」と。





「あまり気にしたことはない。いつも井戸端」と、非常に剛毅なことを言ったのはレレイであった。

 井戸端というのは、その地域の人が水を汲みに集まるところであることは『井戸端会議』などという言葉が存在することからもそれが知れるだろう。つまり、人目が大いに存在する場所なのだ。
 コダ村とは、いろいろとおおらかな所だったのかも知れない。

「義姉が水を浴びていると、家の中でも覗きが出没して退治するのが大変だった。けれど、私はその点、楽だった。井戸端でも覗かれたことはない。たまたま人が来ても、じろじろ見たりせずそのまま用を済ませて通り過ぎていく…」

「……………………」

「……………………」

 論評に困る発言である。

 それはよかったわねと言って良いのか、それは残念ねと言って良いのか…女性としては、沽券に関わる部分もあるように思えるのだ。

 そう、残念ながらレレイの身体的な性徴は始まったばかりなのだ。

 レレイ・ラ・レレーナは、実年齢は特地歴で15才。だが見た目はもう少し幼く見える。体躯が小柄なのもあるから、電車の切符なら子供料金でもいけるかもしれない。

 カトー老師はちゃんとレレイを食べさせていたのだろうか。コダ村での栄養状態があまりよくなかったのか本人の偏食が原因か、その体つきはいささか細かった。

 そのせいで女性としての成熟もこれからである。
 そう、これからなのだ。最近では栄養状態も改善されたから、それなりに丸みを帯びてくることは間違いないと思いたい。今後の期待にかけたいところである。

 髪は白銀…いわゆるプラチナブロンドをショートにしている。ここで瞳が紅いと一部のマニアには喜ばれるかも知れないが、残念ながら黒みがかったグリーン(緑色)。冷ややかな印象を周囲に与える無表情も、細い眉や、ゆるやかな曲線が美しい鼻梁とか、薄目だけど柔らかみを感じさせる唇とか、シャープな顎のラインで彩られてフィギュアモデルのようだ。

 彼女の魅力は、ほっそりとした項(うなじ)から、背中にかけて伸びる滑らかなラインであろう。緩やかな曲線が、ちょっと骨っぽい肩胛骨の段丘へと続いている。そこがまた良いのだ。もうちょっと痩せすぎると、骨っぽさが際だちすぎて醜いし、もうちょっと肉が付いているとこの魅力は消えてしまいかねない。なんとも絶妙な感じである。

 さらにつづく背中はゆるやかに流れるようにして腰のラインを形成している。それがあるために、その下のヒップは小ぶりでも、全体のバランスから見ればちゃんと女性性を強調しているのだ。

 浴衣なんか着せると、そりぁもう映えるだろう。

「気にするな、あたしと比べれば15才の君には、まだまだ未来があるぞ」という祈りを込めて梨紗は、レレイの白い背中をポンと叩いた。同病相憐れむとも言う。

 また、世には「微乳がよい」という男もいるのだとレレイに言って聞かせた。

 ちなみに、梨紗の前の亭主は「有れば良いが、ささやかなら、それはそれでまた良し」という種類の男であった。おかげで、あんまりな劣等感を抱かずに済んだのである。そんな梨紗の慰めをレレイはうんうんと聞いて、大いに参考にしたようである。何の参考かは、ここでは語るまい。

 さて、そんな微乳同志の傷の舐めあいを余所に、女性方の視線は、もっぱら栗林の爆弾級巨乳へと集まっていた。

「これって、どうなっているのでしょう?」

「う~む」

 特に、ピニャとボーゼスの関心が何に向いているかを「ああ、ブラね」と察した栗林は、下着を外して見せることとした。

 特地における文化の調査で、女性用の下着にブラジャーに相当するものがないという事実は確認されている。日本でブラジャーが一般に普及したのが第二次大戦後、洋装が一般化してからだから、二人が珍しげに関心を持つのも当然のことかも知れない。

 ところが、いろいろと忙しかったピニャとボーゼスを除いた他の女性衆はと言うと、原宿や下北沢で大いに買い物を楽しんでいる。その購入品目のリストには洋服や小物以外に、下着というものがあったわけで、皆それぞれに入浴を終えたら試してみる気満々で、着替えの中へと忍び込ませている。

 だから、テュカとか、ロゥリィとかレレイの視線はブラなんかよりも、栗林の巨乳に注がれていた。

「これぇ、どうなってるのぉ?」

「中身が詰まっているのか疑問。通常は重みに従って垂れる」

「中身が空気だったりしないわよね。逆に筋肉だって可能性も」

 これを受けて、ピニャとボーゼスも参加する。下着も興味深いが、栗林の乳房も非常に興味が注がれるものであったからだ。

「いずれにせよ、触ってみればわかるであろう。筋肉なら、きっとかっちんこっちんだ」

「では、わたくしが…」

 ボーゼスが、すっと手を伸ばしてくる。

 その感触はサイズこそ違うが、例えるに新品の軟式テニスボール(ゴムまり)だろうか?弾力に溢れ、はち切れそうなほどであった。形状は半球型。ジェルバッグでも入ってるんじゃないのか?と思うところだが「へへへ、天然物だよ~ん」ということである。位置も、強固な大胸筋によって上胸部に維持されていて、のど仏の下の窪みと両の胸のトップが見事に正三角を描いている。

 それが滑らかな肌の感触と、比較的小さめの突起で可愛らしくデコレートされている。小麦色に日焼けした周囲の肌とちがって、常に隠されているその部位については産まれたままの薄桃に近い肌色をしている。

 そして身体の方はと言うと、ボディビルの不自然なそれとちがい、野生の猫科の動物のようなしなやかな筋肉が肌の下に隠されている。肩回り、首、胴回りともに光の当たり加減では、その段丘が見える程だ。

 でも、彼女の肢体を眺めるならば、立ち止まった姿よりも、動いている時の方がよいかも知れない。躍動する筋肉とか、きゅっとしまったお尻とか、揺れたりする「何か」とかきっとその目は釘付けになるに違いない。剛と柔、小柄な体躯と巨乳、肌の白さと日焼けの黒さというコントラストは、はっきり言わせてもらえば、非常にエロい。

 非常にエロぃのだ。

 大切なことだから二度言いました。

「で、殿下。信じられません。非常に素晴らしい感触です。酒を入れた革袋のような、弾力のないフニャフニャした感触を想像していたのですが、これはまるで赤子の頬のようでいて、しかもしっかりと中身が詰まっています」

「ほほう?」

「ふ~ん?」

「学術的にも、興味深い」

 こうして、四方八方から伸びてくる手によって栗林は、暫くの間文字通り「揉みくちゃ」にされたのであった。




 CMです。





















CM--01-- 15秒

 平成××年、突如として東京銀座に、異世界への門が開かれた。
 中からあふれ出る怪異達。阿鼻叫喚の地獄絵図。

 陸上自衛隊は、これを撃退し、門の向こう側、『特地』へと足を踏み入れた。

『自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』

 異世界ファンタジーと、現代日本の接触を描いたオリジナル小説、宜しくお願いします。














 CM終わり。





 さて、次にあるのが『水』の問題である。

 勿論、『特地』に限った話ではない。こちら側でも日本を除いた多くの国がそうなのだが、…『特地』の水の多くは、いわゆる「硬水」であった。

 硬水は入浴には適さないのである。

 髪はごわごわになるし、肌は突っ張った感じになるばかりか、荒れたりするそうである。従って清潔を保ちたいという衝動と、美容のためにはあまり水に触れたくないという気持ちの中間点で揺れ動いて、妥協点を見いだすしかないのだ。(ヨーロッパの人があんまり風呂に入らないのもそのせいらしい…)

 ところがである。

 ここは日本。箱根の温泉旅館。

 彼女らの眼前に広がる、巨大露天風呂。

 室内は湯煙漂う桐の浴槽。北欧式サウナにジャグジー、ジェットバス等々。

 これらを充たす、無尽蔵なまでの温。

 その効能たるや『美人の湯』とまで言われ、肌がスベスベになるばかりか、美容の敵たる冷え症、肩凝り、腰痛、神経症、各種アレルギーにまで効能があると、保健所の効能書きまでついている。

 そして、入浴を徹底的に楽しむために作られた設備の数々。露天風呂でありながら、周囲に(一応)張り巡らされた目隠し塀。その開放感と安心感。

 これらを産まれて初めて見た、特地の娘たちの心境を是非想像せよ。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「凄ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!」

「す、素晴らしい。これほど画期的なものが、この世にあったとは…」

「なんということでしょう!!なんということでしょうっ!!是非、みんなを連れてこなければ…」

「……………………………(感涙)」ポロッ

「へへへ、凄いでしょ」

 栗林は我が手柄のごとく胸を張った。その巨乳には無数の赤い手形がついていたが。



 1番手、ロゥリィ・マーキュリー

 彼女は、かけ流しの湯を指先でツンツンと触れてみて、ちょびっと口に運んだ。

 今度は、浴槽に手をつっこんで、その充分なまでの温かさを堪能(作中では冬です)すると、その瞳を輝かせた。そしておもむろに、初めて公衆浴場に来た外国人っぽく、いきなり浴槽に飛び込むという暴挙に及ぼうとして、栗林に羽交い締められた。

「これっ!!まず身体を洗いなさい!!」

「おっ、おっおっ…おおっっ!!」

 ずりずりと引きずられていくロゥリィ。

 親から引き離される幼稚園児の如き悲しげな表情で、温泉に手を伸ばすが離されていくばかり。さらには、栗林の二つの巨乳の、弾力に富んだ感触を後頭部に感じて、なんだか悔しい。とっても悔しい気分である。

 ちなみに、彼女の肌はまるで白磁のごとくであった。それが湯煙の温かさからか、それとも生来のものか、薄紅色に染まっているから、なんとも言えない艶気がある。そんな彼女の肌に、水滴がちりばめられていたり、湯気で湿気を充分に含んだ漆黒の髪が、乱れ髪のごとくぺたっと張り付いている姿を想像してよ。どうだい?みんな。

 亜神たる彼女は、外傷を負ったとしても、その再生能力で常に完全修復されてしまうから傷一つ無い。シミ、そばかす、擦り傷や日焼けの類も、完全修復されてしまう。自分で望んだ外傷であったとしても、完全修復である。だから、耳にも臍にもピアス穴をあけられない。(刺しっぱなしにしておくことは可能)刺青の類も不可能。いくら食べても太らない。肉の身体を捨て去るその日までは、この姿のままである。

 では、そのスタイルについてなんだが、出るところについては確かに控えめだ。微乳である。しかし、しかしである。「そんなものは飾りです。エロいひとにはわからんのです」と言うではないか。(元ネタ/あっちこっちにありすぎて、よくわからん)

 実際小さくても良いものは良いのだ。

 ロゥリィの胸は微乳であるが美乳でもある。ささやかではあるが、その形状は品よし、形よし、張りよしなのだ。しかもである、その突端はイチゴミルク系のあめ玉のようなピンクである。これはもう、芸術品と言っても過言ではない。いや、芸術品その物だ!!(断言)

 さらに、出るところがささやかである代わりだろうか、引っ込むところは見事なまでに引っ込んでいるのだ。ぎゅっと締まった腰回り、首、くるぶしから足首の細さはそこらで見られるようなものではない。

 そう、ロゥリィは幼児体型ではないのである。強いて言うならマイクロサイズのデルモ体型とでも言えばよいだろう。



 この直後、第二のカルチャーショックがロゥリィを襲う。

 問答無用とばかりに、栗林に頭からお湯をザバッとかけられた後に、ピュピュと浴びせられたやや白濁した液体…それに一瞬、何を連想したかは秘密だが「酷ぉぃ。顔にまでかかっちゃったじゃないぃ!!」と抗議する間もなく、ヘチマタオルでごしごしと擦られ、身体は自分で洗えと手渡されて驚く。

 その泡立ちというか、クリィミィな感触と香りのボディソープに、思わずうっとりである。ロゥリィ・マーキュリー961才にして、石鹸というものを知った瞬間だ。

 『特地』にも、獣脂にアルカリ灰を混ぜて作る石鹸らしきものは一応あるのだ。だが、その品質はあまり良いとは言えないものだ。前述したような水の問題もあるから、脂分を肌から奪う石鹸をやたらと使うことも出来ないということで浴用として用いられるのも一般的ではない。だから、このグリセリン分を大いに含んだ『すべすべっぬるぬるっ』とした感触は石鹸について言えば、ロゥリィは初体験なのである。

 えっ?石鹸以外は何かって? そりゃ、あれでしょ……おわっ、聖下様っ!!お許し下さいっ!!ぎゃぁ………

「くすくすくすくすぅ。血ぃの感触ってぇ、とってもぉ、すべすべぇぬるぬるぅしてるのよねぇ」
















しばらくお待ち下さい。





作者、再生につきしばらくお待ち下さい。















 2番手、ピニャ・コ・ラーダ。

 彼女は、先達たるロィリィの暴挙が、栗林によって阻止されたのを見て、後に続こうとしていた我が身を振り返った。

「こほん」と咳払いを一つしてこの場にいる全ての女性に率先し、自ら身を清めることとしたのである。

 栗林がロゥリィにさせているのを真似てカラン(お風呂場の蛇口のこと)の前に品良く片膝をついてすわり、身体に巻いたタオルを解こうとして思わず絶句。

 巨大な鏡。

 横に長大な鏡。

 湯気で曇っているが、巨大な鏡。

 ひずみも無く、着色もなく、こちらの姿を寸分の狂いもなく、正直に映し出す鏡。(脱衣場にもあったはずだが、気付かなかったということにしておいてほしい)

 帝国では、鏡は青銅や鉄を磨いて作るものである。

 そのために、サイズもそう大きなものは作れないのが現状であった。

 ひずみがないような鏡は、ドワーフ、しかもドワーフの中でも「あなたがネ申か?」と問われる程の者にしか作れないと言われている。

 しかも、作れたとしてもそのサイズには自ずと限界があった。それが、これほどのサイズで、しかも水っけの多い浴室などに(帝国の鏡は金属製であるが故に、錆びたり腐食しやすいので水気は厳禁である)…。

 思わず、我が身に見入ってしまう。

 本当の自分の姿。

 口から漏れ出てしまう。「これが妾か?」と。

 一糸まとわぬ自らの裸体が、鏡の向こう側にいた。それはゆがみがないが為に、赤裸々に自らの正体を映し出す。そう、初めて見た嘘偽りのない己の姿に衝撃を受けていたのである。

 チラと栗林を見やって、その双丘を自らのものと見比べてしまう。

 栗林に髪を、がっしがっしと洗われて黄色い悲鳴を上げているロゥリィが目に入り、そのきゅっと締まったウェストと、しなやかな手足を自らと見比べる。

 思わず、沸き上がる劣等感。

 皇宮の鏡は、これまでピニャにおべっかを使っていたという事実に初めて気付く。帝国では、鏡に歪みがあるのは当然であったがゆえに盲目となっていたようだ。

 おそらく彼女の部屋にある鏡は、全体的に横に細く、それでいて、胸部あたりは豊かに見えるような歪みがあったのに違いない。そう。特地の貴婦人達は鏡を求めるに当たって、自分が美しく映るようなゆがみをもった鏡を探すのだ。全体の傾向としては少しばかり細く映るような歪み方をしているものが喜ばれる。その意味では、現代日本ではゲームセンターなどにあるプリクラがそうである。

「なんと言うことか…」

 思わず両手を浴室の床について、失意のポーズをとってしまう。ちなみに浴室なので裸である。

「どうしました?殿下」

 打ち拉がれているピニャの姿を見慣れつつあるボーゼスは、あまり深刻にとらえず、ちらと尋ねるだけで自分の身体を洗っていた。『こっち』に来てから、ピニャが受ける衝撃にいちいち気を回していたらきりがないのだ。

「ボーゼス。真実というのは過酷だな」

「はぁ…」

 これにはボーゼスも、なんとも答える言葉がなかった。

 ピニャ自身は劣等感を感じているようだが、男たる筆者に言わせて貰うと彼女の肢体はそれほど卑下したものではないからだ。

 要は、比較の対象が良くない。この場における『最大級』とこの場における『最細級』と比べてどうしようと言うのか。こういうことはバランスなのだから。

 ピニャの裸体を一言で評するなら、調和が取れているという表現が適しているだろう。

 栗林ほどではないとしても、その肌の下にはしなやかな筋肉がある。すべすべでまろみを感じさせる肩の線。それに張り付く燃えるような紅の乱れ髪。

 それはまさに、『洋もの』女性の裸身であった。

 張りのある二つの双丘は桃のような形状でツンっと上を向いて自己主張。その下には、ゆるやかな曲線でくぼみの織りなす腹部が広がって、真ん中に臍がある。乗馬によって引き締められたヒップは緩みたるみが一切なく、そこから伸びる大腿は緊張感に溢れている。ふくらはぎからくるぶしにかけてのラインは、若鮎のようで実に美しい。肉感的とはピニャのためにある言葉かも知れない。

 もし、傍にいたら思わず手を伸ばしてしまうたくなりそう。

 こちら側で産まれ育ったら、きっとモデルか芸能界…いずれにしても、引く手数多だろうに、そんな肢体を有する皇女殿下は持たなくても良いコンプレックスに苛まれて、「うう、鏡は正直のほうがよい」と、自室の鏡を新調することを誓ったのでした。



 3番手、テュカ・ルナ・マルソー。

 彼女は、浴室の壁面にある木製の重厚なドア……洞窟内部とかダンジョンの宝物庫につけられているような…の前に立っていた。

 それは、いわゆるサウナであった。

 扉に触れてみて、その熱さにここは何だろう?と首を傾げる。
 ちょっと戸を開けてみる。中から溢れ出るむわっとした熱気に、思わず、ぴっくりしてしまった。

 ちなみに、ハイエルフは種族的に自然児に近いので、裸になるべき場所では裸になることに抵抗がない。ということで裸身での立ち居振る舞いも堂々としてて、タオルを巻いたりして隠すこともしない、しない、全くしないのだ。

『上』も『下』も当然のことながら澄んだ蜂蜜のような金髪。(えっ、『下』?…もちろん眉毛のことだ。なんだと思ったんだね?某に出てくる似非金髪博士とは違うことを強調したかったのだよ、くっくっくっ)

 彼女の容姿を描写するとすれば、ちょっと人間の範囲を超えているなと思えてくる線の細さが特徴的かも知れない。痩せぎすなわけではない。手足が絶妙なまでに長くて綺麗なのだ。まさに黄金律の美しさである。肌の色は、ボーゼスやピニャに比べて東洋人に近くて肌理が細かいが、梨紗と比べれば白い方と言える。例えるに精巧な金細工だろう。

 胸の双丘について言えば、サイズについては平均的と言えば平均的なんだけど、メリハリのあるお椀型をしているので、栗林に匹敵する質感がある。しかもその尖端はローズピンク。腰回りも柳腰という表現がふさわしいスリムさ。問題があるとすれば、神秘的で妖精的なだけに、女々した色気に欠けてしまうところかも知れない。男的に言えば、見て欲情するより先に「おわっ、すっげぇ綺麗」と感心してしまうという感じである。ちょっと手を出しにくい。

「何してるの?」

 梨紗が背後から声をかけると、テュカはわりと上手な日本語で応じて来た。

「ここって、何?」

「ああ、サウナよ。熱気で汗を絞るところ…ま、こんな解説よりは、試してみることよ。試して、試して…」

 こうして、そう言う梨紗に手を引かれ、テュカはサウナへと入っていった。


 およそ、5分後


 バンっとドアを開けて真っ赤になったテュカと梨紗が飛び出して、梨紗にひっぱられるようにして水風呂に頭から飛び込んだ。

「あ、熱っち、あっち、暑っち~!!」

 二人を追いかけるようにして高温の蒸気が浴室に吹き出して来た。

「いったい、何をしたのよっ!!

「あんまり暑いから、つい水の精霊を呼び出してあの熱い石に…」

 北欧式のサウナは乾式といって、室温は80~100度近くになる。それで火傷しないのは、空気が乾燥しているからなのだ。これをいきなりスチームにしたら、全身が熱傷を負ってしまうだろう。下手をすれば死ぬ。

 呼び出された水の精霊も、災難だったろうが、梨紗のほうがもっと災難だ。高温の蒸気で危うく蒸し焼きになかけた梨紗は、おおきなため息をつくと、こんこんとサウナについて説明するのであった。

















 CMです。





CM--2--  30秒



 コダ村からの避難民達は、自衛隊の援助で細々と生活をしていた。

 だが、勤労意欲に富む彼らは、ただ他人に養われていることを由とはしなかった。

 そんな彼らが選んだ自活の道は、翼龍の鱗を掻き集め売ることだった。

 評判が評判を呼び、各地から押し寄せるように集まる商人達。だんだんと発展してしまうアルヌスの難民キャンプ。目新しい商品との出会い。馴れない料金交渉と為替相場に困惑する少女達に取り入って一儲けをたくらむ悪人柳田。そして金の臭いに群がる泥棒する奴と特殊作戦群との壮絶な戦い。
 こっちの常識とあっちの常識の違いから生じる様々なドタバタ喜劇。


番外篇 自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃってます。

 -商売繁盛篇-(15禁相当) 


「さぁ、はじまるでざます。逝くでガンス。Wonがぁ……先生!!助けてくださいっ!!こすぴちゃんが息してないんですっっ!!!」







 CM終わり。














 どんなことにも一番というのは、なんとも言えない爽快感があるものだ。

 温泉に入るのだってまたしかり。一番風呂なんて言葉もあるくらいなのだから。

 身体の隅々を石鹸を用いてピカピカスベスベになるまでしっかりと洗い、髪まで綺麗に洗らわれた今、彼女を妨害する者はいない。マナーに従って、髪を湯面に漬け込まないようにたくしあげ、ターバンのようにタオルで包みあげて準備も万端。

 栗林も「うん、よし」告げる。

 意気込んだロゥリィは浴槽の淵に立って、今からこれから入ろうとして『湯』を感慨深く見つめていた。

 どういう訳か自分達以外には客もなく、浴槽は広くて、さらに湯はどこまでも透き通っている。そしてふわふわと沸き立つ湯気によって、そこはあたかも幻想郷のように感じられた。

 その湯面…というより水面は、ピニャが魅入られて動かなくなってしまった鏡のように平らで、外の風景を映し出している。

 そこに、ロゥリィは、ちょっと足先をつけてみた。

 ぱぁっと広がる同心円の波紋が、なんとも美しい。

 波紋が広がりきるの待って、いよいよこの平らかな水面を自分が掻き乱すのだと思った瞬間、隣からテュカがざぶんと入った。

「えっ?!」

 気分的には、足跡のない綺麗な雪面にこれから足跡を残すのだと思って、一歩を踏み出そうとした瞬間、別の誰かが飛び込んできてあたり一面を掻き乱したような感じと言えるだろう。

「くっ、テュカぁ……」

 しかし、ロゥリィの胸中なんて誰にも察することが出来るはずがない。テュカに続いて、レレイもピニャも、ボーゼスも、梨紗も栗林もどんどん入っていく。

「何してるの?さっさと入りなさいよ」

 栗林の声に、誰にも判らないように涙を流して握り拳するロゥリィであった。






 露天風呂に浸かって首だけ出す。

 湯の温かさと、冬の外気の冷たさが巧みにマッチする。頭が冷えて体が温まる、頭寒足熱を絵に描いたような状態だ。

「ふぁぁぁ」と、思わずため息が出てしまうのはどうやら日本人だけではないようで、そこかしこから小さな、あるいは大きく大胆なため息が聞こえたりする。

 ゆっくりのんびりと、これぞ極楽。

 とは言っても妙齢の女性達が集まって、ただじっとしているというのも詰まらないと言う意見が、誰からともなく出てきた。

 湯の中でする娯楽というものは無いのか?とテュカは尋ねる。これが泉とか川なら、泳いだりして楽しむという選択肢がある。水を浴びせあったり、潜ったりと楽しい遊びがいっぱいだ。

 が、それは温泉のマナーには反しているということで栗林は固く禁止を言い渡した。

 じゃぁ何がある?騒ぐのも駄目。泳ぐのも駄目。何も楽しめないではないか?という意見が次々と出る。

 ただ、湯に浸かることそのものを楽しむというワビサビは異世界ファンタジーの人にはちょっと通じないのかなぁと思いつつ、栗林が思い浮べたのが、舟盛りの刺身料理をお湯に浮かべて、お酒を呑むというものだが、実はこれは都市伝説らしい。無理に頼めばやってくれる旅館もあるかも知れないが、湯船に料理をばらまいたり、お銚子と言えども瀬戸物であるが故に浴室で割ったりしたらその破片でお客が怪我をする可能性もあるということで、いい顔されないのが現実だ。

 悩む栗林に、湯船の中で助け船を出したのは梨紗であった。

「こう言う時は、恋話(コイバナ)をするものよ」

「なるほど、男連中もいないし」

 と言うことで、一同ボーゼスへと視線を集めるのであった。関心がないのか、レレイだけは、ちょっと離れたところで、魔法を使って水玉にしたお湯を空中に浮かべて遊んでいた。

「な、な、なんでしょう?」

 浴びせられる視線の迫力に圧されて、ボーゼスは後ずさる。

 一同を代表して栗林が、ボーゼスに迫った。

「富田ちゃんが、どうもボーゼスさんをお気に入りのようなのよねぇ。ボーゼスさんとしてはどうなのかなぁ?と思って…」

「え、あ、それは…」

「当然、気付いてたでしょ?」

 女性は、男性の好意が誰に向けられているかを察するのに敏感だという。だが当事者になるとそれが判らないと言うのは良くある話だ。他人事だと冷静になれるのに、自分のことだと色々な思惑が入ってしまうからである。

 とは言っても富田が、何かにつけて自分に対して気遣いを見せてくれていると言うのはうすうす感じていたようで、それが好意なのかなぁ、それとも単なる気遣いなのかなぁと思いめぐらせていたのだ。それが今、周囲から指摘されたので「やっぱり、そうか」と理解したのがホントのところ。

「ボーゼスさん的には、富田はどうなのかなぁ?」

「騎士団では男女間のその手のことは、き、禁止になっていますので、それに家柄とか、身分とか、ゴニョゴニョ、ぶくぶくぶく…」

 顔の下半分をお湯に沈めて俯くボーゼス。ぶくぶくと言葉を気泡にして、顔を紅くするのはお湯のせいか、それとも別の理由か?

「うわぁ!!前時代的!しかも、同性同士はよくて異性は駄目ってどういうモラル?」

「そ、そうは言いましても」

 ボーゼスの視線は、騎士団の最高指揮官たるピニャへと泳ぐ。

「ボーゼス。こういう場で、そう言う無粋なことは言わないようにするがよい。実際に交際するとか、そういうのではなく、話の上でのこととして、皆はどう思うかと尋ねておるのだ」

 ピニャはボーゼスにゆっくりと近づくと、逃がさないようにその背後をとった。

「で、殿下」

「さあ、白状するがよい。妾もボーゼスがどのような男を好むのかには、興味津々だ」

 ピニャに、背後からその胸を鷲掴みにされて逃げ道を失ってしまうボーゼス。まさに絶体絶命のピンチ。髪を湯につけないようにまとめたタオルもはずれて彼女の豪奢な金髪がはらりと落ちた。

「お、おねぇさま。ご勘弁下さい」

「お、お姉さま?!!」

 周囲から上がる驚きの声。そこには、なんとも百合な気配が漂って見えた。

「だ、男色の上に百合かよ……どういう騎士団だあんたらは」

「誤解のなきように申しておくが、我らは姉妹銘を交わした仲であり、断じて皆が怪しむような不謹慎なものではないぞ」

 姉妹銘、それは騎士団内で年長の者が年下の者を教え導くと言う関係を、兄弟姉妹に例えてちぎり結んだことから始まるのである。

「ま、マリ○て、かよ」

「………マ○見てとは?何かな?」

「いや、こっちの話…」

「ならばいい。さて、ボーゼス白状しろ。さもなくば…うりうり」

「いや、お姉さま、そこは駄目です。いや、あっ、まって、あっぁぁぁ」

 行為が言葉を裏切っているとはこのことだろう。

 一同、黙って見ていることにした。

 こうして、背後から魂の姉に責め立てられるボーゼス嬢は、誰からの支援もないまま孤立無援の状態で敵に蹂躙されてしまうのである。

 さて、ボーゼス嬢がピニャ殿下に、程良くいじられている間に彼女についての描写をしてしまおう。やはり、ボーゼス嬢は縦巻きロールの金髪がトレードマークである。とは言っても、テュカのような澄んだ蜂蜜色と違って、レモン色のような黄色分の強い金だ。

 その髪を振り乱して、ピニャの責め苦に悶えている姿は、どう遠慮して表現しても「えっちぃ」としか言い様がない。
 しかも、その肢体は、ゆったりとした柔らかさを感じさせる。とは言っても、ぽっちゃりタイプにならないのがさすがに鍛えている女性騎士だ。しっかりと締まるところは締まっているのだ。が、端々に女性的な丸みとふくよかさがあって、ピニャに揉みくちゃにされている胸はツンっと突き出た釣り鐘型である。

 腿はムチムチ感があるし、お尻もぷっくりとしてまるみがあって、大変美味しそう。



「…………………………、と、トミタ殿は」

 ピニャの責め苦に耐えかねたボーゼスは、ようやく口を割ろうとした。

 周囲の女性達は耳を寄せる。

 レレイはやっぱり関心が無いかのように魔法をつかって、水玉を人の頭ほどのサイズに成長させたまま、ふよふよと浮かべて遊んでいた。

「トミタ殿のことは憎からず思っております」

 ニヘラッとした空気が周囲に満ちた。

 これは当然の事ながら、後で富田をからかってやらねばならないだろう、ということで一同合意を見たのである。

 ところが場の雰囲気を破るかのように「そんなことより…」という感じでロゥリィが湯面を叩いて日本語で話しかけた。

「わたしぃは、リサに尋ねたいわぁ。イタミとどうなってるのかぁ?」

 何がどうしたと言うのか、レレイの作り上た水玉が割れた風船みたいに弾ける。

 頭からお湯を浴びたレレイの緑瞳が中空を泳いだ。

「リコンしたって言ってたけど、それって自衛隊の人は偵察とかの意味で使ってない?」

 テュカの翻訳にロゥリィは、ぶんぶんと首を振った。

「それだと意味が通らないわぁ。リコンっていうのは別れたって意味だと思うんだけどぉどうなのぉ。それにぃ、別れた割にはぁ、仲良しな感じだけどぉ」

「うぐっ」

「そもそもなんだってあんなのと結婚したんです?やっぱり同じ趣味だったからなんですか?」

 これは栗林だ。

「いやぁ、そのぉ」

 梨紗としてはそれは恥多き過去であった。いや、伊丹と夫婦だったことが恥というわけではない。そうではなく…結婚するに至った理由と、離婚に至った理由が問題であった。

「まぁ、端的に言えば、貧乏していたので養ってくれと泣きついたわけでして」

「養ってくれと…」

「いろいろとあって喰うに困っちゃって、たまたま側にいて安定収入をもらってる先輩が妙に眩しく見えたって言うかなんて言うか…」

 日本語を解さないピニャやボーゼスは梨紗の説明が理解できず、通訳を求めてレレイへと近づいた。

 先ほどまで無関心を装って独り遊びしていたレレイも、何故か耳を傾けている様子が見受けられる。少しばかり梨紗に近づいているようにも見えたので、声をかけて通訳を頼むと淡々と梨紗の言葉を翻訳した。

「なるほど。梨紗様は堅実なお方なのですね」

 ボーゼスの評は少しばかり持ち上げすぎというものだ。が、現実的に見れば養って貰うために男性と結婚するというのも、別におかしな話とも言えないのである。貴族社会でも、生活に困窮した貴族の娘が、身分に劣るけれど財力のある家に嫁ぐというのはよくある話だからだ。こちらはお金を、先方は名誉と女を手に入れることが出来る。いわゆるどっちも利益があるという取引だ。

「それの何処が問題で?」

「『養ってください、その代わりに結婚してあげます』ってセリフがいつまでも尾を引いちゃって」

「げっ」

「もしかして、そのセリフを直で言ったとか?」

 女性衆もさすがにそれはどうかと梨紗に詰め寄った。いくら本心と言っても、それを直に言って良い場合と悪い場合がある。あなたには養って貰うために結婚しますと言われて、男だって気分がよいはずないだろう。下手すりゃ愛情の欠片もない、冷えた夫婦関係に陥れかねない。

「と、言うか、それがプロポーズの言葉でした………はい」

 栗林は肩を竦めた。

 ロゥリィもさすがに口をあけたまま閉じられなかったし、レレイは通訳を中断してしまってピニャにつつかれ、テュカは瞼をぱちつかせた。

「そ、それでよく結婚したもんだ。あの男は」

 栗林は感心したように呻いた。よっぽどの大人物か、馬鹿のどちらかであろう。

「先輩とは中学時代からのつきあいだったから、胡座かいちゃったところもあって…その後は、まったく話題にもならなかったし、結構仲の良い夫婦をやってたと思ってたんだけど……銀座事件の二重橋の戦いって、結構危なかったんでしょ?無事に帰ってきたのでホッとした時に気が緩んじゃって、なんでわざわざ危ないとこに行くのよって詰っちゃったら、『何かあっても保険金出るから、心配するな。生活に困ることはないよ』とか言われて、ガツーンと来ちゃって。この男、あたしが好きなのわかってないって気づいちゃったのよ…だから仕切なおさないとって、思って…」

「それで離婚を」

「なるほどぉ、でもリコンしちゃったんなら、もぅ他人よねぇ」

 ロゥリィはそう呟いたりするのである。


















 CMです。





CM--3-- 30秒




 少年、ロイド・フロイトの夢は兵士になることだった。

 煌びやかな鎧で身を固め戦友達と戦列を組み、国や故郷のために勇猛果敢に戦う。

 そんな英雄物語を読むたびに彼の胸は熱く躍り、十五才の秋に商店を営む両親に別れを告げると故郷を飛び出した。

 あこがれの軍隊に入隊することは、さして難しくなかった。

 彼の国レムスは、いつもどこかで戦争をしていたから、常に兵士の募集が行われていたのだ。

 こうして彼は夢を適えた。適えたはずだった。

 貧弱な体格ながら一生懸命剣や槍、弓の稽古に励んで、それなりであったとしても「まぁ努力は認める。邪魔にならないように隅っこにいなさい」と言われる程度には受け容れられて、十六才の夏に初めての実戦を体験することとなったのである。

 だが彼の初陣は、後にアンティウムの大敗北と呼ばれるものとなる。

 多くの戦友を失いつつも命からがらなんとか生き延びることが出来たが、小隊軍曹からは軍を去るように勧められてしまう。

「なんで僕が、辞めなければならないのですか?」

 多くの僚友を失った今、軍の再建は残された者の使命。これまで以上に頑張らなくてはならないはずである。彼にはその自覚も覚悟もあった。

 だが小隊軍曹は、無情にも告げた。

「あえて言おう、お前は軍隊に向いていない」

 このまま軍に残っていれば、お前程度でも小隊の指揮官になれてしまう。そうなったら、お前の部下になる奴が苦労する、とすら言われてしまったのだ。

 居場所を失った彼が、次に目指したのは影の世界、国の密偵組織だった。

 軍隊にいて実戦経験もあるという経歴が幸いして、採用されるのは容易かった。そして国の密偵や暗殺者としての訓練を受けることになったのである。

 そしてやはり一生懸命訓練に励み、一年半ほど頑張って、どうにかやっていけるかもと思った頃合いに上司から呼び出されこう告げられた。

「君はこの仕事に致命的に向いてない」

 本来なら、こうした影の世界に触れた者は、陽の当たる世界に出ることは許されないはずである。抜けようとすれば罰され、逃げ出そうものならどこに逃げようとも、櫨櫂の及ぶ限り終生追われ続けることになるはずであった。

 彼はそのように言い聞かされていたし、彼自身も一生をこの仕事に捧げる覚悟を抱いていた。ところが何故か皆からは祝福され、いつも恐ろしそうな表情しかしていなかったはずの上司は、気味が悪くなるような満面の笑みでこう言ったのだ。

「私が思うに、君は戦いよりも、人を助ける仕事が向いているのではないだろうか?例えば聖職者とか、医師とか……」

 そして驚いたことに「これは少ないが……」と餞別すら差し出したのである。

 こうして彼は、陽の当たる世界へと追い出されることとなった。

 だからロイド・フロイトは、医師を目指すことにしたのである。



 医療がまだ未発達の世界で、奮闘する若き医師のメディカルファンタジー。


『偏歴医(へんれきい)ロイド・フロイトの診療記録』


 ただいま連載中
 




 CM終わり。
















 温泉旅館での娯楽設備と言うと、卓球だったり、地下とかに置かれた20年くらい昔のゲームだったり、大規模な高級旅館とかになると、なんでか知らないが「カラオケルーム」とか、「ディスコ」(←客が居るのを見たことがない。それとも季節によっては利用する人がいるんだろうか?)なんてものまであったりする。

 でも、山海楼はそこまで大規模な商業的施設ではないから、温泉に漬かったらノンビリしてくださいという感じで、その手の施設は設けていなかった。

 だからと言うわけでもないのだろうが、その代わりとして料理に力を入れるという方針らしい。

 だけど…こう言っちゃ何だけど、それもありがちな感じだった。

 だって、どれほど板前さんが腕を振るっても、結局の所メニューには、お刺身をつけることになるし、冬場だと固形燃料であっためる小さな鍋料理、魚の焼いたもの、茶碗蒸し、土地で取れたものと称して山菜……。ちょっと奢るなら海老とか蟹ってことになる。それが『定番』とされているからだ。

 この定番から外れると、変な話だけど評価はぐっと下がってしまう。「ええっ!美味いジャン」と思っても駄目で、お刺身がつかないと貧相な感じと言われてしまうし、卓上で温めたり焼いたりして食べる鍋、あるいは網焼きの類がないと、高級感に欠けるとされてしまう。どっちかという食べる側の食に対する感性の貧困さが原因だと思うのだが、世の中そういうことになっている。

 だから、どこの温泉旅館も冒険しない。ということで、どこへ行っても似たような彩りの料理が出てくることになっているのだ。温泉旅館のホームページとか、旅行のカタログを取り寄せてみれば、みなさんもこの意見には同意してくれると思う。

 このあたりの事情は、伊丹も大人として弁えているから「お座敷の支度が整いました」と仲居さんに言われても、過度の期待を寄せるようなことはなかった。

 ま、不味くなければいいや、という感じである。富田と栗林は、腹がふくれて酒が呑めればいいやって感じだった。梨紗は、ここしばらくの間続いた粗食のせいで、どんな料理が来ても豪華に感じてしまうと言っている。

 問題は、その後ろにぞろぞろと続く特地3人娘+2淑女が、料理に非常に期待感を抱いていることであった。特に3人娘は、古田からいかに日本料理が素晴らしいかを吹き込まれていたから、本場でどれほどのものが食せるかと、わいわい言いあっているのだ。

「そんなに、フルタと申す者の料理は凄いのか?」

 ピニャの問いに、テュカは大いに頷く。ロゥリィも大絶賛だ。

「ならば是非味わってみたいものだ。そんなに素晴らしい腕前の料理人が、兵士をやってるとは日本という国は、どういう国なのか?」

「店を開く資金を貯めるために自衛隊に入ったって言ってましたよ」と説明するのは富田である。

 親が店を持っているという場合を除いて、料理人が独立して店を持つには、大きく分けて三つの道がある。一つは、自己資金を貯めて開店するというもの。コツコツと働いて資金を貯めて小さくても自分の城を持つ。こういうタイプの人間は、足を運んでくれるお客に満足してもらえればいい、という感じで堅実に仕事をしていくし、腕前だけが勝負という感じになる。

 これに対して自己の腕前を、金持ちにアピールして出資させるという方法で店を構える者がいる。この場合は、お金を持っている人に、自分に出資してくれたら儲けさせますよと言う意味でも、料理の腕前とは別に、自分を売り込んでいく才能も必要となるのだ。
 出資者を儲けさせるためには収益を高めなくてはならないし、その為には単価の高い高級料理をつくらなくてはならない。そうなると、金払いの良い上客に来て貰いたくて、それにはマスコミに宣伝して貰って、よい材料を仕入れるためには……ということで積極的に他人と関わっていく才能を併せ持つ必要があるのだ。

 最後の一つが、師匠の店から「のれん分け」 してもらうというやり方となる。これは師匠がもっていた人脈とか、仕入れ先とか、店の信用とか、知名度を分けて貰う形をとるので店の経営がしやすいという利点がある。

 古田陸士長は、この最後のコースに乗っていた。が、師匠と喧嘩してしまい、店を飛び出してしまったので、仕方なく自分の資金で店を開くことにして金を貯めるために自衛隊に入ったというわけである。ちなみに師匠は料理界のドンと言われているような人らしく、別の店で働くことはとても難しいと言う。かと言ってその辺の街の食堂で働くのはプライドが許さないと言う事情らしい。

「あんまし、期待しない方がいいよ」

 旅館の仲居さんや板前さんには失礼とは思いつつも、富田はそう告げた。

「食べる人の顔を見て、その人のために、と古田が材料から吟味して腕を振るった飯と、毎日毎日やって来る顔も知らない客に出す、決まり切ったメニューを作らされる板前さんの料理とでは、比較すること事態、間違いだからね」

 板前さんの腕の良し悪しではなく、それはもう大量生産の量産品と、一点物の違いとでも言うべき問題なのだと説明する。もちろん旅館の板前さんは「そんなことはない」と言うだろう。だが、腕前が同程度であれば、大量の作業の中でつくられる宴会料理の方が、質的に劣ると言うことは誰にでも理解できる話だ。

 こう言われてしまえば、テュカもロゥリィも先ほどのような高テンションを下げざるを得ない。やや、期待値を下げて、晩餐の席に着こうとした。






 伊丹は見た瞬間、「へっ?」と首を傾げた。

 そこには西洋料理の数々が並んでいたからだ。

 思わず、仲居さんに「こ、これですか?」と尋ねる。

「はい。申し訳ないんですが、板前さん盲腸炎になってしまいまして、板前さんの息子さんに来てもらったんですが、それがフレンチレストランのシェフでして。お客様には、今晩は、こちらをご賞味下さい」

 旅館の浴衣を着て、畳の部屋で、お膳に並ぶのがフレンチ?

 なんとも予想の斜め上を行く事態である。温泉旅館の定番からは大きく外れたために、意表をつかれてしまった。

 ちなみにメニューは、以下の通りである。

 前菜は、人参ムースとコンソメジュレ うに添え

 メインデッシュは、和牛の赤ワイン煮込み ジャガ芋のエカゼと野菜添え

 デザートに、柚子風味のブランマンジェ 黒胡椒風味のクレームグラッセ添え

 ワインは、シャルル・プジョワーズ(赤)であった。






「あの肉が、凄い。非常に軟らかかったぞ」

 食後のデザートをつつきながらピニャは反芻した。

 分厚い肉を葡萄酒で煮込んで、プリプリとした食感を残したまま葡萄酒の味がしみこんでいてしかも、口の中で溶けるようにほぐれていく感覚はある種の陶酔感があった。

「前菜もよかったですわ」

 ボーゼスも賛同するが、それは決してお追従などではなかった。

 二人とも特地の王侯・貴族階級属する身だ。庶民では味わえないような贅沢な料理を日常として食べている。が、こちらと比較するとやはり料理の技術や調味料といった食材には格差があることを知ったのである。

 こんな時、人間の対応は大きく二つに分かれる。
 どこぞの卑屈な人達みたいに「自分の物の方が素晴らしい」と言って欠点にもならないような粗を探して貶したり、それが言えないとなると「自分の方にこれの起源がある」と声高に主張したりする卑小な対応と、優れたものを優れているとして、ただ素直に賞賛し讃えると言うものだ。

 二人とも、やはり高貴な育ちをしているためか、気高い精神性をもっていた。仲居さんを通じて料理長を呼んでもらい、その見事な仕事を褒め称えようとしたのである。

 一方、シェフの方だが、父親の代役として料理をすることは引き受けたが、あくまでも一時しのぎと考えていた。明日からは別の日本料理の板前に来て貰うようにして、自分はそれまでのつなぎと位置づけていた。あくまでも父親の職場の窮状を救うための臨時だ。大体日本料理が定番の温泉旅館で、日本料理の食器や漆器にフレンチとはちょっと合わなさ過ぎだろう。お客だってびっくりした筈だ。ただし最高の仕事をしたから味で文句を言う客は居ない。そう考えていたのである。

 だから、お座敷のお客様に「会いたい」と呼ばれて何事かと思った。

 日頃働いているレストランなら、食通ぶった成金野郎が挨拶をしたいと尊大な態度で呼びつけて来るのはよくあることだ。一応商売だから、機嫌を損ねないように対応するのだが、胸中では「味もわからん癖して」と舌を出している。

 が、今夜に関しては場所が場所だけに、その手の苦情はありかもしれないと思った。

 そもそもお座敷だと、どう挨拶したものかと思ってしまう。やはり正座して頭を下げるべきなんだろうか…と思いつつ、挨拶の声をかけて襖を開いた

 すると目の前にいたのは、燃えるよう赤毛の美女と、豪奢な金髪美女の持ち主だった。

 浴衣を着ているのはここが温泉旅館だから不思議ではないが、物腰というか落ち着きというか、有無を言わせない上から目線なのにそれを納得させられてしまうある種の威厳を備えていて、その傍らにはえらく綺麗な美少女達がいて、なんだかパッとしない日本人と、えらく巨乳の日本人女性と精悍な男がいたりする。

 まるでどっかの王様の治める国からお忍びで日本に来ている王女様とそのお付きの侍女達。それと木っ端役人に男女のガードマンという、実際には間違っているが、概ね間違っていない印象をシェフは抱いた。

 赤毛の美女が喋っている。金髪の美人が繰り返すように語る。
 それは何処の国のものとも判らない言語だったが、賞賛されているのはわかった。そのためにシェフは笑みを浮かべてしまった。美人で、しかもそれなりの地位にある人から誉められるのは、やはりいい気分なのである。

 見た目もぱっとしない木っ端役人の通訳など耳に入らないぐらいだった。

「ここまで、喜んでいただけるなら、明朝も腕を振るいましょう」

 こうして初志に反して、シェフは明日の朝食に腕を振る決心をしたのである。が、残念ながらその朝食を彼女たちが食べることはなかった。彼女たちは、夜も明けないうちに旅館を出発してしまったからである。






 温泉街のハズレにあるコンビニで、栗林と梨紗は、買い物籠をビール缶や各種缶チューハイ、缶カクテル等の酒類で満たしていた。

 食事が終わって静かにくつろいで、その後ただ眠るだけなんて、詰まらない。やっぱり酒盛りだろうと言うことで、と買い出しにやって来たのである。

「梨紗さん、こんなに買ってお金は大丈夫ですか?」

「大丈夫、アレから財布ごと奪ってきたから…」

 梨紗が見せたのは伊丹の黒革の財布だった。

 財布ごと奪った上に、それで山ほど買い物をするという大胆さに、栗林は唖然としてしまう。けれど、伊丹のことだから、不機嫌そうにブツブツ言いながらも容認してしまうんだろうなぁとも思えた。伊丹が、この手のことで怒ったりする場面が思い浮かばないのだ。それに梨紗も梨紗でさりげなく値段の安い酒を選んでいて、それなりの遠慮をしている様子を横目で確認できた。

「でも、梨紗さん。ホントによくぞアレと結婚しましたね」

「ん?……妙にこだわるのねぇ?もしかして結構気になってるとか?」

 酒類の冷蔵庫の前で、商品を吟味しながら梨紗は口だけで尋ねた。

 ワインのハーフボトルを籠の中に入れる。

「か、勘弁してくださいよ。ただ、隊長云々と言うより、結婚そのものに興味があって」

 栗林は、おつまみの『あたりめ』を商品籠に入れた。柿のタネもはずすことは出来ないだろう。

「ああ、そう言うことね。栗林さんは結婚がしたいのか」

「そうですよ。明るく清く正しい家庭を築くのが夢だったりします。その為の相手を探してます」

 探す必要なんてないんじゃないかなと梨紗は栗林の胸を見て思う。結婚したいと一言言えば、立候補者が群れをなして押し寄せてくるんじゃないだろうか。

 すると「胸見て寄ってくるような男は、回し蹴りです」と栗林は言う。

 巨乳には巨乳の悩みがあるのかも知れない。だが、それは恵まれた者の贅沢な悩みとしか梨紗には思えなかった。

「確認して置くけど、伊丹みたいな駄目?嫌いなの?」

「嫌いか好きかと問われれば、嫌いじゃないですよ。一緒に戦っている仲間ですから。けど、男としては、ちょっと遠慮したいなぁ」

「ふ~ん、じゃぁ富田君みたいなタイプは?」

「あれは近すぎて、もう友達感覚ですね。それに彼奴の好みは、ボーゼスさんみたいなタイプですし」

 梨紗は、ポテチを籠に放り込むとずしりと重い買い物籠を「ふんっ」と持ち上げてレジへと向かった。




 二人で手分けしてコンビニ袋を抱えて旅館へと戻る。その帰路においても話は止まない。というより、二人きりだからこそ出来る話というのもあった。

「で、あの、テュカって娘はどんな感じ?」

「まぁ、彼女も普通の女の子ですね。耳が尖ってるだけですよ」

「黒ゴスと銀髪の二人は…」

 梨紗は栗林に、特地の女性について尋ねていた。その嗜好とか、気質とかである。

「ロゥリィは時々恐いですよ。あの顔でバンバン人に斬りかかってました。ある意味ヤンでるんじゃないかと。レレイは教室に一人は居るお勉強が得意で引っ込み思案なタイプですね」

 自分だってロゥリィの隣に立って、盗賊相手に銃剣突撃かました身である。それを棚に上げて、言いたい放題の栗林であった。栗林の人物評はある意味一面的に過ぎるきらいがあるが、逆にそれだからこそ特地3人娘に気兼ねなくざっくばらんなつきあいが出来るとも言える。対人関係に置いて繊細なタイプはそれはそれでいいが、雑なタイプにも良いところがある。それかこう言うところかも知れない。

 何しろ相手は…

「何考えてるか判らない魔法少女に、齢900才を越えるロリ婆さんと、金髪エルフかぁ」

 …なのだから。繊細なだけだったら、近づくことも出来ないかも知れない。

「特地には、天然物のウサ耳もいましたよ。猫耳もいたし、髪がウニョウニョ動く見た目幼女っぽいのとかもいたかなぁ」

「うわっ……もしかしてメデューサ?それともシャンブロウ?」

 梨紗は羨ましさのあまり頭を抱えた。

 2次元の世界にしかいないと思っていたが、それが現実にいるとなればどうしたって気になる。是非見に行きたい、行ってみたい。

 もし、犬夜○みたいなのが居たら、マジ萌える。

 今からでも自衛隊に入ろうかと頭の片隅で思ってしまうほどだ。まぁ無理だろうが。

 そんな会話をしながらの帰路、街のあちこちに妙に外国人の姿を見かけた。

 箱根の温泉も国際的になったんですねぇと言い合っている二人であった。






 さて……

 温泉旅館に来て、一度しか風呂に入らない人間は、どれだけいるだろうか?

 筆者だと、到着してすぐにお湯に漬かって、朝起きてからと併せて2回は入りたいと思うところである。

 特に、深酒した翌朝なんかは、サウナでじっくりと汗を絞りアルコールとホルムアルデヒドを排出して、体内の水分を清いものと交換したい。

 可能なら、陽の出の前あたりに露店風呂に入り、太陽が昇るのを風呂の中から拝みたいと思ったりする。実際に実行したこともある。ただその時は、時間を間違えて日ノ出の30分以上も前に風呂に入って、湯あたりしてしまった。

 伊丹の場合は、これに加えて『寝る前のもう一回』が加わる。皆がいないような頃合いに、一人で、ゆっくりしたかったのだ。

 湯に浸かって国会でのバタバタや、その後の騒動を思い出す。

 いや、それ以前に、特地ではボーゼスにぶん殴られたり、死にそうになるまで走らされたり、はっきり言って心身共に結構負担を感じていたのだ。

 それでも保ってるのは、嫌々ながらも仕事だからと続けていた体力錬成(たいりょくれんせい)の成果かも知れない。

 露天風呂に肩まで浸かってため息をひとつ。身体の力をそっと抜いていく。

 すると、身体の隅々にまで血液が行き渡りどんどん癒されていく、そんな愉楽を感じた。

 一般幹候として久留米で訓練で時間的に追いまくられ、精神的に張りつめた毎日が続いた時に、ほんの2~3分、何もしなくて良い時間が出来た時がある。それが非常に快感として感じられたものだった。ゆっくり出来ると言うことは、時として快楽となりうるのだ。

 それを今、伊丹は追体験していた。しかも珍しく周りには誰もいないし。

 栗林と梨紗は買い物。富田はピニャとボーゼスを案内して、旅館の周囲を散策している。ロゥリィ達はテレビの操作法を教えてくれと言ってきたので、懇切丁寧に教えてやった。

 操作リモコンの一部を指さして「このボタンはなんだ?」と尋ねてきたので、成人番組を見るためのものだと説明したら「成人番組とは何か?」としつこく聞かれて閉口してしまった。が、「教育上、子供に見せることは不適切とされる番組だ」と説明してやったから、深意を理解して決して見ていないと思う。

 そう、絶対に見てない筈だ。きっとも、多分、おそらく…。
「ま、見てもいいけどねぇ」

 最年少のレレイだって15才だ。しかも特地では15才は立派に成人だと言うから、いいんじゃないかなぁと思ったりした。

「明日には戻らないといけないのかなぁ?」

 出来ることならもう一泊ゆっくりしたいところだった。

 休暇とは言うが、今回は全然休暇になっていないのだ。本来なら国会で参考人招致を終えて、その後から休暇だったはずなのだ。それが泊まったホテルは火事になるわ、全員引き連れて梨紗の家に避難する羽目になるわ、散々である。これは是非とも、休暇の取り直しを認めて貰わなくてはならないと思うところである。もちろん、日程は12月の29日、30日、31日である。

 伊丹は、両腕をう~んと延ばすと、戻ってから檜垣三等陸佐(伊丹の上司である)と交渉する決意を高めていたのである。




 一方、ロゥリィとテュカ、レレイは…。

 テレビの画面を、あんぐりと口を開けて見入っていた。

 いったいどんな番組が流されていたかは秘密であるが、ある種の心理的な衝撃を受けて凍り付いていたのは確かである。

「うわぁ……こんなことするんだ?」

「……………」

「……………」

 かろうじて声を出すことが出来たのはロゥリィだけで、テュカは顔面を完全に紅潮させ、レレイに至っては瞼をばちくりさせて「あうあうあう」と呻いている。身じろぎ一つすることは出来なかった。

 結局の所、栗林と梨紗の二人が帰って来るまでの約40分間を延々と「教育上、子供に見せることは不適切とされる番組」を見続けてしまうこととなったのである。







 この後、どうなったかについてはどうぞ本編をご参照いただきたい。







 ふぅ、疲れた。



[1507] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃってます。     商売繁盛編 1
Name: とどく=たくさん◆20b68893 ID:5eba37fb
Date: 2010/04/20 19:30




 帝都悪所街 某酒房。

 薄汚れた酒場で、ならず者達が今にも壊れそうなほどに古ぼけたテーブルを囲んでいた。
 とは言っても、この店、いや少なくともこの街でならず者でない者などいない。何しろここは生き馬の目を抜く無法者の街なのだから。

 雑多な人種、獣人が混在して住み、数歩進めばスリが懐に手を突っ込んで来て、金目の物を持っていると見られれば、後からゾロゾロとおっかない連中が着いて来る。暗い路地に入ったら間違いなく強盗から声を掛けられるだろう。

 そんな場所であるが故に、屯(たむろ)するのも剣呑な風体の男達、殺気と狂気を混じらせた抜き身の刀剣のような風貌をしたヒト種、あるいはワーウルフなどの獣人、六肢族、オーク、ゴブリンなどである。

 隙を見せれば潰される。だから誰も彼もが舐められないよう、侮られないようにと爪を立て牙を剥いて四方八方に威嚇の殺気を放っている。そんなに他人を警戒し寄せ付けまいとするなら、孤高を気取って人の居ないところに行けば良いのである。だが、そんな風に生きられるほどは強くはない。どうしたって他人の存在を必要とする。そんな連中が傷つけられるほどには他人を寄せつけず、凍えるほどには離れまいと適度な距離をとって集うのがこの悪所街であり、そしてこの酒場なのである。

 それは、例え女であってもかわることはない。

 街娼が婀娜(あだ)っぽい視線を行き交う男達に向け、あるいは荒んだ雰囲気で魔薬の香りを漂わせた娘が、なにを見ているのかボーッと中空に視線を泳がせていたりする。皆、声を掛けられるのを待っているのだ。生きていくために。

 そういう職業ではない女は、男と同様に、いや男以上に刺々しさを身に纏って牙を剥く。

 こちらも種族は様々でヒト種あり、ボーパルバニー、キャットウーマン、犬耳、蛇、角が生えていたり、翼を持つハーピィなどの翼人達などなどだ。

 ところがである。このテーブルを囲む三人に関して言えば、暴力を感情的に振るう者が放つ安っぽい粗野さがなかった。利益の有無を冷厳に計って、必要な時に限って凶暴性を剥き出しにし、そうでない場面ではこれを隠しておく計算高さが彼らには備わってるようであった。その意味では、凶暴性を剥き出しにすることでしか己を保つことができないような者に較べ幾分かマシと言える。いや、より悪質と評すべきかも知れない。

 男達は、数札遊びに興じていた。

「おい、シャープス。どっかに景気のいい話は転がってねぇか?」

 ひげ面のヒト種とワーウルフの混血らしい男は、仲間にそんなことを問いかけながら積み上げた銅貨を押し出した。手札の彩りに視線を巡らせ、勝ち目大いにありと見たのだろう。

 一方、シャープスと呼ばれた痩身のヒト種は、しばし考え込んでいたがやがて勝負に応じると肯いた。

 対する三人目。犬耳男は、勝ち目無しと踏んだようで早々に勝負から降りると宣言した。

「なんだエッド、尻まくるのがずいぶんと早いじゃねぇか?」
「んなこと言ったってよぉ、見てくれよレットー。これで勝負ができるわきゃないだろ?」

 臆病者と挑発される前に、エッドは手札をテーブル上に晒すと降参するように両手をあげた。
 レットーもそれを見た途端「はぁ、しょうがねぇな」と、顎ひげを撫でながら嘆息した。

 勝負事は相手を屈服させての勝利が気持ちいい。だから勝算があると見た勝負で相手に逃げられるのは腹立たしい気分になる。だから分が悪いというだけで勝負から逃げるような輩は臆病者等々と大いに罵倒してやるつもりだったのだ。だが、見てみればエッドの手札に役が一つもないと来ている。これで勝負に応じろと強いるのは虐めでしかない。あまりに大人げないことなので気が抜けてしまったのだ。

 その間に傍らのシャープスは数札の山を捲って手札を交換しつつ、粗悪なゥォト銀貨を掛け金としてテーブルに積み増ししていた。そして「小耳に挟んだんですが」と前置きして話し始めた。

「どうもアルヌスのあたりが、景気良いみたいですよ」

 勝負の行方を見守ることなったエッドは、ウェイトレスの翼人娘を招き寄せて酒を持って来させながら訝しげに問いかける。

「おいおいシャープス、あんな何もないところに、どんな儲け話があるってんだ?」

 言葉を交わしながらレットーやシャープスが「俺にもちょっとくれ」とばかりに空となった杯を突き出したので、翼人ウェイトレスはちらっとボトルオーナーのエッドを見た。

 エッドは表に出さないように舌打ちしつつ、仕方なさげに肩を竦めウェィトレスに二人を優先するように合図した。
 こんなところに彼らの微妙な力関係が現れているようである。

 シャープスは、杯の中身をぐいっと飲み干すと、視線を手札からレットーへと真っ直ぐに向けた。

「あそこで大きな戦があったって話じゃないですか。拾い物に金目の物がどっさりってことですよ」

 戦死した兵士や騎士の鎧や武具、懐の財布、はぐれ駒、遺棄された物資。もし死に損なった兵士を捕虜にできればそのまま奴隷として売り払うこともできるわけで……戦場跡は金目の物でいっぱいだ。

 これを戦利品として回収するのは、本来は勝者の特権である。

 だが戦闘における勝利者が、いつまでも同じ場所に居座っていることはあり得ないので、たいていは取りこぼしがある。そして、これを狙う者がハイエナのごとく出没するのである。

 とは言っても彼らは落ちている物を探して、死体から金目の物を剥ぐという地道な作業を自ら汗水垂らしてやろうと言っているのではない。

 この手のことは近隣の農夫や、チンピラレベルの者が行う。彼らのような悪党は、その上前をはねて懐を暖かくしようとするのだ。そして似たような名案を思いついた者同士がかち合うと、ちょっとした血なまぐさい暴力沙汰が起きたりするわけである。

「だけど、あそこは異世界から来たとか言う連中がずっと占領してて、近づけないって話を聞いたぞ。ベッサーラの配下連中が追い返されたって、愚痴をこぼしていたぜ。夜陰に紛れて忍び込もうとしても、何故か見つかっちまうってことだ。行くだけ無駄さ」

 レットーはつまらなさそうに鼻を鳴らすと手札をテーブルの上に広げた。そして勝利を宣言するかのようにほくそ笑みつつ髭のはえた顎を撫でる。彼の九枚ある手札は、全てが同じ色で統一されていた。

 しかし、シャープスはそれを一瞥すると、残念でしたと言わんばかりの態度で自分の手札を広げた。そこには同じ色と符丁のものが三枚づつ三組存在していた。そしてテーブルに積まれた掛け金を抱き寄せるようにして我が元へと引き寄せたのである。

 場に弛緩した空気が流れる。レットーはふて腐れたように勢いよく杯を空にした。

 エッドはテーブルの札を回収して、新たに配るべく揃えはじめる。

 シャープスは、貨幣をじゃらじゃらと積み上げ、その中から品質の悪い銅貨の一枚を翼人ウェイトレスにチップとして放り投げつつ語った。

「そうなんですけどね。どうも行商人の噂によると女子供が異世界から来た連中に取り入ってかなり旨く儲けてるって話です。拾い物っていうのは雨の恵みと同じで、みんなが潤おってこそ公平ってもんでしょ? 拾い者をした連中から俺達が金を集める。そして俺たちが盛大に使って酒場や女達が潤う。それが世の中の金の流れってもんです。それを女子供が独り占めにして堰きとめてたら、まわりが干上がっちまう。そういう不公正があったら、それを正すのが俺たちの役割ってもんじゃありませんかね?」

 この言葉にレットーは「そうだな、それが道理だ」と大きく頷いた。金というのは流れるのが自然の姿である。それを無闇に堰き止める者が居るから、金がなくて困る者が出てくる。これがレットー達の信じる理屈であった。ちなみに詐欺師や泥棒に類する人間は、大抵はこの手のことを口にして自己を正当化するのでそれほど珍しい理屈ではない。

「で、どういう絵図を描いてるんだ? 相手は異世界からの軍隊に護られてるんだろ?」
「ええ。いつもやってる見たいに力尽くってわけにはいかねぇと思います。でもそれならそれでやりようってものがありましてね。まあちょっと聞いてください」

 こうしてレットーとエッドは、シャーブスの話に身を乗り出すこととなったのである。






 自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃっています。

 「商売繁盛編」      -1-






 彼女達は、店を大きくしようという気はなかった。
 アルヌス生活者協同組合を大きくするつもりもなかった。全ては、自分達の必要を賄えれば良いと思っていただけなのである。






 レレイ・ラ・レレーナの一日は、アルヌスの山頂に駐屯する陸上自衛隊特地派遣部隊から聞こえて来る特地時間〇六時〇〇分の起床ラッパにて始まる。

 本日のラッパ手はどうも調子が悪いようである。それとも元からあまり上手ではないのかも知れない。乾いた朝の空気に金管の澄んだ音を響かせつつも、聞いていると妙に力が抜けてしまう微妙な音程の狂いがあって、快いまどろみから蹴り出されるような気分で目が醒めた。

「折角の清々しい朝なのに」

 レレイはカーテンの隙間から差し込む朝日の中で胸の空気をすっかり入れ換えるように「すうっ」と息を吸い、気合いを込めて大きくは吐きだした。白いシーツの滑らかな感触に包まれている肌を引きはがすようにして身を起こすのである。

 周囲に視線を巡らせて、コシコシと瞼を擦る。

 低血圧傾向のあるレレイは頭に血が循って意識が清明になるまでにいささか時間がかかる。寝台の上に座り込んで約2~3分ほど、ぼやっと過ごした。

「…………」

 就眠用の衣服をまとう習慣はレレイにはない。というより、就眠時の為だけにまとう衣服があるような贅沢な暮らしは、これまでしていなかった。ならば今の彼女は裸にシーツという麗しき姿かと思われるかも知れないが、残念なことにそれも違った。今、彼女が身にまとっているのは東京に行った際に買い込んだ純白のTシャツワンピに、ボトムは自衛隊から貰った廃棄扱い官品(かんぴん)ジャージを膝上でカットしたものだ。

 官品ジャージとは、国から隊員達に『貸与』されるジャージのことであり、総じてデザインは残念なことになっている。その廃棄品を貰ったのである。

 Tシャツワンピースはサイズが一回り以上も大きいせいか、襟首からほっそりとした右肩が鎖骨の下当たりまで露わになってしまった。その分、丈も長いので裾はしどけなく座り込んでいる少女の腿の真ん中当たりまで覆っている。そこから膝まではジャージで包まれていて、さらに下は鑞のように白い素足が伸びているという寝起き姿である。

 暫くすると頭に血が回り始め、レレイはその緑色の瞳に、緻密な知性を示す深い輝きを取り戻した。

 寝台から降りて、ベットの下に脱ぎ捨てたつっかけに爪先を乗せ、床頭にあったタオルを奪うようにしてとると仮設住宅の戸をカラカラとアルミサッシの引き戸を開く。そして小さく欠伸をしながら難民キャンプの共同水場へと向かう。そこで洗顔をするのが彼女の習慣なのである。

 ところが、水場に行くとそこには大勢の行商人達が集まっていて、レレイは呆然と立ちつくすしかなかった。

 この難民キャンプは、街や村落から離れている上に宿の類がない。だから商談でここを訪れた行商人達は、最低一泊は野宿する。夜道を無理に進めば獰猛な怪異や野盗に襲われる危険性が強くなるからだ。それだったら異世界から来たという軍隊が警戒しているこのアルヌスの麓の方がはるかに安全である。

 それに彼らは旅慣れている。焚き火を囲んで眠るのはむしろ日常といっても良いくらいなのだ。とはいえ朝になれば、食事、洗顔、口をすすぐのに水が欲しい。水筒の水を持ち合わせてはいても、新鮮で綺麗な水があるならばそちらの方が良いのだ。

 そう言った理由で野宿をしていた商人達が、この近辺では唯一とも言えるこの水場に集まってしまうのである。そして互いに顔を合わせればそこは商売人同士、挨拶やら、噂話、情報交換をしたりで話し込んでしまうのである。

 しかも最近は数が増える一方である。十人、二十人程度なら大したことではなかったが、五十人とか六十人になると、さすがに迷惑である。

 ここには小さな子供も生活しているし、体の不自由な怪我人やお年寄りもいる。だから水場を使うのはかまわないが、仮設住宅の敷地内にはあまり屯(たむろ)しないでほしいとレレイは注意を促していた。もちろん行商人達も「はい。わかりました」と快く受け容れてくれるが、実際はこの始末である。

 思わず、頭を抱えたくなった。
 彼ら相手に商売をしている以上、やむを得ないこととも言えるから、あまり口やかましくも出来ない。あまり口やかましくすると、だったら宿泊施設を何とかしろとか、それが嫌ならば宿を作らせろとか言われかねない。

「おはようございます。レレーナさん」

 立ちつくすレレイの姿に気づいた者が機嫌をとるような、しかしどこか引きつったような笑みの挨拶をして来た。そしてそれを合図に、行商人達が次々とレレイに声を掛けてきた。

 此処にいるのは一角(ひとかど)の商人、行商人達だ。成人と認められる年齢に達したばかりの小娘にここまで下手に出なければならないなんて、内心面白くないことだろう。それでも彼らはレレイに進んで挨拶をしてくる。これと言うのも彼らが喉から手が出るほどに欲しがっている商品を、アルヌス生活者協同組合が握っているからでしかない。

 そう、商人は利益のためになら頭などいくらでも下げるのだ。これで調子に乗って自分が偉い人間になったと勘違いしようものなら、きっと足を掬われてしまうだろう。

 自戒しないといけない。そう呟いたレレイは、ひとり1人に向けて言葉少なながらも「おはようございます」と丁寧に挨拶を返していった。

 とは言っても、今朝に限って言えば、皆、いささか頭を下げ過ぎるようなような気もした。機嫌を取ると言うより、何かに怯えているようにも感じられた。

 その理由はすぐに判明した。ふと見ると、水場の傍らに数人の男が縛られて「私は、泥棒です」と大きく額に書かれて転がされていたからだ。

 この人達は……たしか行商人だったはず。

 レレイの優秀な記憶力は、この男達の顔をしっかりと覚えていた。

 彼らはこちらで扱っている日本の珍しい品物を是非是非購入したいと持ちかけて来た。だが条件で折り合いが付かず、最終的にお引き取り願うしかなかったのである。

 そんな彼らが、何故に? しかし、その答えは彼らの額に大書されているのだからここは何故と問うよりは、どのような経緯で、と思考するのが正しいのかも知れない。

 男達はレレイを実に情けなさそうな表情で見上げると、他に言うべき言葉が見つからなかったのか、それとも商人としての習慣からか「お、おはようございます」と挨拶してきた。

「おはよう……ございます」

 レレイは、そんな彼らに対しても、無表情ながら丁寧に挨拶を返したのだった。



 洗顔を済ませて、食堂へと行くと既にロゥリィがいて、フォークで皿をつついていた。しかし何やら浮かない表情であった。

「おはよう」と挨拶を投げかけてみる。

 すると「おはよ」という抑揚に欠けた挨拶が投げ返されてきた。

 彼女の皿を見ると、薫製肉を薄く切ったものと、家禽の卵を崩さずに焼いたもの……古田によるとこれは「目玉焼き」あるいは「ハムエッグ」と呼ぶのだと言う。これに森で採ってきた山菜や豆を炒めた物を添えて、塩胡椒がふりかけてある。さらには黍(きび)の粉をこねてピザあるいはホットケーキのように焼いた、トルティージャと呼ばれるものが並んでいた。

 さらに果汁をコップに一杯。実に贅沢なメニューである。

 しかし見たところロゥリィはぼんやりとした表情で動作も緩慢、どうにも食がすすまない様子であった。ロゥリィはその小柄な外見に反して意外と健啖家である。いつもならこのくらいの朝食、瞬く間に平らげてしまうと言うのにいったいどうしたと言うことだろう?

 疑問があれば、速やかに答えを得ることが賢者の習性。レレイは単刀直入に尋ねてみることにした。

「何かあった?」
 浮かない顔をして。

「夜中に泥棒が出たのよぉ。とっつかまえて縛って転がしておいたからぁ」
 ああ、あれか。

 レレイは「見た」とだけ返した。

 ロゥリィの説明に寄れば昨夜未明、組合の倉庫で侵入者を報せる警報が鳴り、駆けつけると彼らが倉庫内の荷物を持ち去ろうとしていたので、これを捕縛したという。問答無用の現行犯逮捕であった。

「後でぇ、警衛隊に引き渡しておいてくれるぅ?」

「わかった」

 お陰で寝が足りないとロゥリィは呟いた。それに加えて、少しばかり欲求不満っぽいと愚痴を付け加えていた。

 ここ最近、現れるのはこそ泥ばかり。見つかったら居直って強盗に変身するとか、野盗団を引き入れて襲って来るような度胸のある悪党はいないのかと嘆いている。これが気怠そうな表情をしている理由のようであった。

 だが、死神ロゥリィを前にして、居直れるほどの強気の人生を送っている人間は、きっともっと別の人生を送っていると思うレレイである。それに、見付けたのがロゥリィでなく、年寄りとか女子供だったらそれこそ居直り強盗にかわっていたかも知れない。犯罪者の度胸の有無なんかよりも、そっちの方を憂いて欲しいと思う。
 商取引が上手く行かなかった行商人が、出来心にしても泥棒に手を染めてしまうという現状は大変望ましくないのだ。

「なんとかしないといけない」

 そんなことを考えながら、レレイはロゥリィの向かいに自分の席を確保すると、食事を貰いに調理場へと向かった。

 今日の朝食当番はテュカである。調理場の奥ではテュカが、子供達を助手にしてわいわいと騒ぎながら卵を焼いているのが見えた。傍らでは子供達がハムに胡椒をふりかけている。

 実のところ、コダ村からの避難民達の多くは朝食を摂るという習慣を持っていなかった。朝、昼、夜と、一日3回も食事を出来るほど豊かな生活をしていなかったからだ。

 味付けだって肉などの保存に大量の塩を使うから大抵の食事は塩味。調理と言ってもそれを濃くするか薄くするかでしかなかったのである。高価な香辛料を含む調味料なんて滅多に見ることはなかった。

 それが、ここでは食事の内容が充実している。いや充実し過ぎていた。
 お陰で皆、舌が肥え始めていた。

 塩、香辛料、唐辛子くらいはこちらでもなんとか手にはいるが、ソース、マヨネーズ、ドレッシング、さらには醤油。こうしたもののほとんどは日本から輸入しなければならない。その為に食費は高くつく。なのに、それらを湯水のようにふんだんに使ってしまうのだ。もう前のような食生活では、満足できない身体にされてしまったのかも知れない。

 これは自衛隊に保護されてから身に付いた悪癖とも言えるだろう。

 いずれはコダ村に戻ることになるが、その後になって、今のような食生活を棄てることが出来るかについてはレレイも自信がない。もし、今のような美食を続けるならば、それを支える収入を確保する工夫が必要となるのだ。

 なんとかしないといけない事ばかり。
 もう、自分達だけで、どうにか出来る範囲を超えているのかも知れない、とレレイは思った。

*      *

 朝食を済ませると、レレイはテュカと共に、自衛官達からは「PX」と呼称される日用生活品の売店に出勤する。とは言っても彼女の職場は店内ではなくて、その裏手に設けられた組合事務所だ。ここで続々とやってくる行商人達と商談をして、書類と睨めっこし、金勘定して、帳簿をつけるといった仕事をするのである。

 店の接客業務の方は、今は語学研修生のボーゼス達に付いてきたお付きのメイドさん達が、交代で手伝ってくれている。それが原因なのか若い自衛官の来客が日増しに増えて繁盛の度合いを増して、まだ店が開く時間ではないのに、もう開店待ちが集まっている。

 これが昼や、夕刻になるともっと凄くなって店は客で溢れかえる。この小さな店舗では、受け容れることの出来る客が限られているのだ。

「問題が起こる前に、店をなんとかしたい」

 ため息混じりのレレイの呟きに、テュカは答えた。

「いっそのこと、もう一軒建てちゃうってのはどう? お金ならあるんでしょ?」
「ある」

 住む家、生活の糧……必要な物は、もう充分に与えて貰った。
 これ以上は、イタミ達に迷惑を掛けるわけにはいかない。その意味では、テュカの提案は充分に考慮に値した。というよりすぐにやるべきだと思った。

「問題は、大工にアテがないこと」
「それは任せて置いて。伊達に森の管理はしてないわ。間伐材の取引でドワーフの頭領にコネがあるのよ」

 テュカは、得意げな笑みと共に耳をピクピクと振るわせて交渉役を引き受けた。テュカは父親の件になると若干おかしな所があるが、それ以外については非常に頼りになる女性である。

 ふと見れば、組合事務所の玄関前にも行列が出来ていた。

 行商人達が列を成してる。その長さに、レレイとテュカはうんざりとした色彩を帯びた顔を互いに見合わせ、自分だけが朝っぱらから疲れを感じているわけではないことを確認する。

「では、商談を始めます。最初の方からどうぞ……」

 こうしてテュカの合図で、日々の仕事が始まるのである。



 このアルヌス生活者協同組合にやってくる商人達は、組合の主力商品である『翼竜の鱗』目当てでやって来る。だがここに来れば便利そうな日用生活品や、雑貨などが必然的に目に入ることもあってかこれらも扱いたい、売って欲しいと言う要望が増えてレレイ達を悩ませていた。

 注文すれば商品は日本からどんどん運ばれて来るんだから、売ってあげれば良いと思うところである。だが実際に商売をしているとそうもいかず、限られた量しか扱えないのが現状であった。
 もちろん、これにはきちんとした理由がある。

 組合は、日本から輸入する商品の代価は日本円で支払う。これは当然の話だ。そして、この仕入れた品物は売店で自衛官達相手に日本円で売る。
『売上』から『仕入れ代金』を除いた金額が、『粗利』だ。

 通常はここに人件費とか各種の経費が含まれているので純粋な利益……つまり儲けはもっと小さくなるものである。しかし、そちらは特地の貨幣で支払わなければならないから粗利分となった『日本円』はそっくり、新しい仕入れの代価に充ててしまうのである。

 これに対して『翼竜の鱗』は特地の商人向けの品物である。代価は特地の金貨や銀貨といった貨幣で入って来る。

 『鱗』は丘に散在している翼竜の死骸から収集するので仕入れ代金の支払いがない。従って売上の全てが粗利となる。売店で接客を手伝ってくれるメイドさん達へのお手伝い料や各種経費を引いて残る純利益も膨大で、生活に消費する生鮮食料品などの買い出し費用を賄ってなお有り余る勢いで組合の金庫を満たしつつあった。

 ところが、日本から輸入した商品を特地の商人に売ってしまうとなると、少しばかり話は違ってくる。
 仕入れの支払いに日本円を使うのに、入ってくるのは特地の通貨だからだ。

 もう少し具体的に言うと、例えば毎月PXでの自衛官相手の商売で粗利が百万円あるとすると、月々百万円の範囲でしか日本からの品物を仕入れることができないのだ。

 もちろん、先ほど説明したようにPXは繁盛している。その粗利も日々増大傾向にあるから、輸入の支払いに充てることの出来る日本円も増えつつある。しかしそれでも、その範囲でしか輸入品を仕入れることが出来ないという制約は存在し続けるのである。従って日本からの輸入は、このあたりが限界になってしまう。

 ものすごい勢いで貯まっていく特地の貨幣を日本円に両替できれば話は早いかも知れない。だが、現状ではそういう仕組みが出来ていない。自衛隊や日本政府が、金貨に含有されている金の相場に応じた額で日本円と交換してくれるが、それとて頻繁にあることではないからどうしたって『日本円』が不足してしまうのである

「故に、ご希望の品をお売りすることは出来ない」

 レレイの説明を頷きながら聞いていた行商人、トラウト・ローレンツ氏は残念そうに頭を振った。

 応接テーブルの上に載せた両手を組んで、少しせわしげな感じで親指を動かしている。そして、小さくため息をつくとこう切り出した。

「レレーナさん。あなた方が、今のようなご商売のなさりかたをしていても、充分な利益を上げられることは承知しております。しかし、我々から見ると、それは損をしていると言わざるを得ません」
「損?」
「得られる利益を得ていないことを、我々商人は損と考えるのです」

 それは、そのように考えない貴女はまだまだ商人にはほど遠いと、遠回しに非難しているかのようであった。

「例えば、私のような行商人が翼竜の鱗を購入しようとしても、単価が高いために扱い量は知れています。荷馬車で遠い道のりをやって来ても、帰りの荷台は空に等しいでしょう。そして、まだまだ荷台に物を乗せる余裕があるというのに、遠い道のりを旅するのです。しかも、鱗の相場はここ最近あなた方が安定して供給をされているので若干ながら下がり気味。より利益を求めようとしたら遠くに運ばなくてはならない。これがどれほどの損と感じられるかは、お判り頂けるでしょうか? しかも、あなた方は支払いを必ず現金でとおっしゃる。そうなるとなおさらです」

 組合は、現在行商人相手の取引では手形や為替の類は受け付けていない。
 商法や裁判制度の整っているとは言い難いこの特地では、約束手形を受けるなど見ず知らずの者に、金を貸すのと大差ない行為なのである。残念なことに裁判は贈賄がまかり通って公平性が疑わしく、訴訟や取り立てのリスクが高い。これを避けるため、よっぽどつきあいの深い相手でなければ、現金での取引を求めるのは当たり前のことであって、非難されるようなことではない。

 が、しかし……ローレンツは言う。
「失礼ながら、事情に疎くらっしゃるようなので説明いたしますが、このところ帝国も含めた、この地域一帯では貨幣が不足しつつあります。非常に……そのためにまとまった額の貨幣を用意することが、とても難しくなりつつあるのです」

 ローレンツは以前からの貨幣不足が、最近になって如実にその度合いを増していると強調した。

 物は多いと価値が下がり、少ないと上がるという原則がある。従って貨幣が不足すると相対的に物の値段は下がっていくことになる。すると人々は、貨幣を手元に留めようとするので、ますます貨幣が不足する悪循環が起こるのである。

 大抵の国では、貨幣の鋳造量を増やすことでこれに対応しようとするが、新しく発行された貨幣が市場に行き渡るまでにはどうしても時間差が発生する。そしてその時間差が、時に大きな利益となって一部の商人を喜ばせ、逆に大部分の民には不利益となってこれを苦しめるのである。

 実を言えばレレイは、こんな説明を聞くまでもなく市場で貨幣が不足していることを理解していた。そればかりか主立った品物がいくらで取り引きされているか、その傾向までもちゃんと把握していた。その為に、イタリカの商人リュドー氏に、多額の料金を支払って市況報告を2~3日置きに送ってもらっているのだから。

 ただ、レレイが口を挟まず素知らぬ顔をしていると、相手の滑舌は立て板に水のごとく流れるので黙しているに過ぎない。レレイの経験が少ないと見るやほとんどの商人は、それにつけ込もうとする。一部に至っては言葉巧みに騙そうとして来る。そして、その実、全てを承知しているレレイから、手ひどいしっぺ返しを喰らうことになるのである。

 だがこのトラウト氏に関して言えば、例外的に正直な商人らしい。そればかりか、相手の不足をただしてあげようという誠実な男のようであった。

「わざわざ街から離れたこのアルヌスまでやって来て、商品は満足に仕入れることも出来ず空荷で帰るというのは、我々規模の小さな行商人にとっては損でしか有りません。つい、出来心が沸き上る気持もわからなくもないというのが、本音です。もちろん、それを実行してしまうのは許されないことですが……」

 だから、男の言葉はレレイにまっすぐに届いていた。

「せめて、こちらの組合で私どもが持ちこむ商品をお買い上げ頂けるならば、少しは話は変わってくると思うのですが、いかがでしょう。異界から参られた兵士の皆様に、この世界の特産品をお土産として売られては? あなた方に必要なのは、こちらの貨幣で仕入れて、そのニホンエンとやらで売ることの出来る商品の扱いを始めることだと思うのですよ?」

 こういって、やり手の行商人は持ってきた商品のサンプルを取り出したのである。

「それで、木彫りの民芸品を買ったという訳ぇ? 一個1クロウも払って全部で百五十個も買ったとぉ……」

 事務所の片隅に山積みになっているのは、それは各地の神殿街などで作られている神々の姿を象った様々な種類の彫刻であった。

 ロゥリィは「奮発したわねぇ」と呟きつつ、山積みになった民芸品の中から自分の姿を象った人形を見つけだして1つ手に取ってみた。

 造りは細かくて決して悪い品物ではない。

 ずしりとしていてスベスベとした感触は黒檀を材料にしているからだ。それでも、民芸品の人形1つでクロウ銀貨1枚と言うのは少々高価ではないかとロゥリィは呟いた。

 それを聞くと、実は横から口を挟んできた女性の売り口上につい乗せられて、百五十個で二百クロウも払ってしまった、とはとても言えなくなってしまったレレイである。厳密に言えば二百クロウ分の日本製タオルとの交換である。『タオル織り』という特殊な製法で仕上げられた日本製の生地は吸水性に優れている上に肌への感触も良いので、手ぬぐい、あるいは肌掛けに具合が良く、扱いたいと申し出てくる商人はとても多い。

 それでもレレイは澄まし顔で答えた。

「別に、商品だけを買ったわけではない」
「ふ~ん、アイデアにお金を払ったという事ねぇ」

 商人との『関係』も、金で買えるものではない。一度限りの商売ならば、いくらでも阿漕になれる強い立場だが、先々のことを考えると手加減も必要だと、カトー先生より厳しく言われている。

「そろそろ自衛隊や、日本政府へ、こちらの品物を売ることも始めた方がよいとは以前から考えていた。今回は良いきっかけになるかも知れない」

 いずれ翼竜の鱗は採りつくしてしまうだろう。そうなれば組合の主立った収入源はPXだけになってしまう。そして、それだっていつまでも続くわけではない。日本と特地間で交流が本格化すれば自分達なんか、あっと言う間に脇へ押しやられてしまうに違いないのだから。

 みんなが慎ましく生活をするならそれでも良いかも知れない。だが正直言えばほんの少し豊かな生活をしたいと思ってしまう。主に、食生活的に。

 だから今後どうなっていくとしても、組合の役割や信用を高めて行くことは意味があると考えていた。そしてその一つが、特地から日本側への物の流れを作ることと考えたのである。その最初の品が、特地の土産物であった。

「でも、これ……いくらにするの?」
「…………」

 商品のほとんどは仕入れ単価がはっきりしているので、これに若干の粗利分を足した額に設定している。(そのせいで、ほとんどの商品は日本国内で買うよりも安い)だが、こちらの品物を自衛官相手に売るなら、金額設定を最初から考えないといけなくなる。

 生活必需品なら既にPXで扱っている品を目安にできるが、こうした土産物の類は、いくらにすれば良いのか全く手がかりがなかったのだ。

 そこでレレイ達は伊丹に相談することにした。

 伊丹は、目の前に列ぶ品物にその瞳を輝かせながら、とある女神像を手にした。

「こ、これは懐かしい、ベ、ベル○○□ィ、他にもいろいろ……」

 どういう理由かはわからないが、女神や精霊の姿を形取ったこれらの像の中に、伊丹の記憶にある様々なキャラクターを連想させる、あえて言うならば非常に酷似している物が多数含まれていたのだ。いや、はっきり言ってそのものと言っても良い。

 おそらく偶然の一致か神々の悪戯に類するものだろう。サイズを無視するなら、表面が砕けて中から神様を自称する少女が出てきそうなものまであったのだ。

「土産物として売りたいので、値段を考えるのを手伝って欲しい」
「これを土産物として売る? 土産物?」

 伊丹は、大きく首を振って否定の意を表した。
 黒檀は日本では稀少品であり超のつく高級木材であることや、象られている美しい神々の姿を、そのへんにある土産物などとして扱うなど、言語道断であることを1つ1つ丁寧に述べていったのだ。

 そして、伊丹は女神の像1つ1つを取り上げて値段を付けていった。

「これは8000円、これは6000円、これは小さいから3000円ってとこか。おおっと惜しい。もうすこし動きの感じられる姿だったら7000円はいけたろうにポーズがちょっと残念だ、3000円」

 それはレレイが目を剥くような金額であった。いくらなんでも高すぎると思った。これまで日本の品物を特地に売っていてクロウ銀貨一枚がだいたい千円ぐらいに相当すると、見込んでいたからだ。

 伊丹は言った。「いや、ちゃんと売れるって」と。
 傍らでは、ロゥリィも固唾を呑んで見守っていた。

 彼女が真剣な態度をとっているのは、レレイとは次元の異なるもっと切実な理由が存在していた。そしてその緊張は、伊丹が手がエムロイの使徒、亜神ロゥリィ・マーキュリーの像に延びた瞬間最高潮に達し、彼の口から出る値段がどれほどのものなるかを聞き逃すまいと耳をそばだてたのである。

「う~む、2000円」
「へ?」
「2000円だね」

 彼を擁護するならば、理由はいくらでも掲げることができる。
 例えば像のサイズが小さいとか、造りの細かい部分が甘い、とか、1/1スケールの現物が目の前にあるのだから、それと比較できる分評価が厳しいのだとか、いろいろと言える。

 だが、事の当事者からしてみれば他の女神像につけた金額と、自分の像につけられた金額の落差にいろいろな意味での思うところと言うか、乙女心から発露される様々な感情が揺り動かされるのも致し方ないことであろう。ましてやここのところ欲求不満やいろいろが溜まっている。

 次第に、その場の空気が肌寒くなっていった。
 闇色の瘴気が組合事務室を満たしていくような気配がレレイにもはっきりと感じられて、思わず一歩も二歩も後ずさってしまう。

 勿論、発生源はロゥリィだ。

「くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくす」

 ロゥリィの唇が、暗黒色のルージュを置いたかのような色彩を放ちつつ、禍々しく弧を描いた。裏設定だがここで明かしてしまうと、ロゥリィの唇の色彩描写は堂々たる戦いに赴く時と、罪人の首を吹っ飛ばす時とでは異なっていたりする。もし暇があったら本編を読み返して確認して頂けたら幸いである。

「ロ、ロゥリィ……」
「わかっているわぁ。死なない程度にしておくからぁ」

 黒い霧があたかもバルサンを焚いたかのごとく瞬く間に室内を満たしていくような幻覚に捕らわれたレレイは、つい反射的に部屋から逃げ出してしまった。

 値札付けに夢中になっていた伊丹も、ようやく事態の急変に気づいたようで「何?どうした急に?」などと言っていたがもう遅い。

「なんだ? 状況ガス! わっ、ロゥリィ、どうしたんだそんな怖い顔をして!!」

 後ろ手で扉を閉めたレレイは、悲鳴にも似た伊丹の声を聞きながらぎゅと目を閉じて、耳を塞いで彼の無事と平穏を祈った。

 伊丹とは既に三日夜の儀も済ませた仲だ。
 それを庇いもせず見捨ててしまうなんて、自分はなんて薄情な女なのだろう。だけど、こと今回に関しては貴方が悪いのよ伊丹。だから、せめて貴方が苦しまないように……と健気にも祈り続けていたのだった。



 結局の所、神々の姿を象った像の約1/3は、ネットオークションなどで伊丹の付けた値以上に売れた。そして男神やその他その像については土産物としてPXで売られ、大いに組合を潤すこととなったのである。

 また、ここしばらくいろいろな意味で欲求が不満していたロゥリィも非常に満たされた表情で、彼女の肌はとっても艶めいていたということである。

 ちなみにロゥリィの像は、2万円の札をつけたまま伊丹の居室に置かれている。



*      *



 一方、行商人に扮した男達が、七台の荷馬車を連ねてこれよりアルヌスへと向かって出発しようとしていた。

 ここ帝都では珍しい風景ではない。だが、たとえ帝都でもここが悪所となると少しばかり事情が異なってくる。真面目な行商人がこんなところに紛れ込んでくるなど、襲ってくださいと言うようなもので、あり得る風景ではなかったからだ。だから誰もがまず驚いたように目を向けるのだが、見れば、先頭の荷馬車では御者のとなりにレットーが隊商の頭よろしく腰掛けていて、「ああ、なるほどね」と、また彼奴等が何か仕事をしようとしていると納得するのであった。

 続く二台目にはエッド、そして最後尾ではシャープスが全体を見渡していた。御者や隊商の使用人としては彼らの部下達が扮している。とは言っても、強面の六肢族や、ワーウルフでは、ヤクザが真面目を気取ってるようなもので、発する雰囲気のちぐはぐさはどうも拭いきれず、人々の見せ物になってしまうのだ。

「なんだレットー、行商人に商売替えか?」

 行き会った顔見知りが驚いたように目を丸くしてからかってくる。が、当人は至って真面目な表情で「ああ。ちょっと堅気な商人をやってみようと思ってな」と、商売人を演じていた。

 その後ろでは、どうみても街娼にしか見えないけばけばしい猫耳娘が、気取った風体で座ってキセルをくゆらせていた。

「レットー。言っとくけどさぁ、約束の銀貨五〇枚はデナリ銀貨で間違いないだろうね? 後でゥオト銀貨でしたとか言われても嫌だかんね」

「少しは信用しろってんだ。それより商売人の娘を演じるんだから、薬はやめとけ」
 そう言ってレットーは娘からキセルを取り上げた。
 女は「ええっ! なんでよぉ」と不平を隠さない。

「どこの世界に、魔薬の臭いをさせてる堅気がいるんだ?」
「アルヌスについてからでいいじゃんかよお?」
「馬~鹿。薬っ気が抜けるのに時間がかかるだろうが。今から抜いて置くぐらいで、丁度良いんだよ」
「あたいさぁ、薬がないと頭が痛くなんのよね」

 ぶつくさ言いながら髪をガサガサと掻く娘。レットーはそんな娘に対して冷たく言い放った。

「嫌なら降りろ。女子供相手の仕事だから、女が居た方がやりやすいってことでお前に声を掛けただけだ。代わりなんていくらでも居るんだぞ」

 見渡せば、自分達を見ている街の娘達が大勢居た。皆、この街から抜け出したくてチャンスを待っているのだ。そしてデナリ銀貨が五〇枚もあれば……。

「ああっレットー。わかった、わかったよ」
「いいか、ニキータ。この仕事の間はな、俺のことは『お父様』と呼ぶんだ。シャープスとエッドは、お前の兄貴だ。いいな?」

「お、お……お父様?!」
 ニキータは素っ頓狂な言い方で、その呼び方が自分にも、そしてレットーにも似合わないということをアピールした。

「種族が違うし、無理じゃない?」

 だが、レットーは「訳ありの家族ってのはどこにでもあるもんだ。あからさまな方が相手が気をつかってかえって何も言わないもんなんだよ」と至極真面目に言ったのだった。









[1507] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃってます。     商売繁盛編 2
Name: とどく=たくさん◆20b68893 ID:5eba37fb
Date: 2010/04/21 19:58






 ミューティ・ルナ・サイレスはセイレーン種である。
 その容姿は20代前半のヒト種女性に似る。

 違いを挙げると、肌の色が陽に焼けたようにうす紅色で、膝から下や肘から手首のあたりまで、そして頭髪のあるべきところも鮮やかな色彩の羽毛で覆われている事などだろうか。あとは、肢体は細め。胸の曲線も形はよいが、それほどではない。

 爪先には鷹のような鋭い爪を有している。
 精霊魔法をよく使う種族としては有名なのはエルフだが、彼女達もまた精霊魔法を得意とし
ている。

 美しい歌声で船乗り達を惑わし、船を難破させるといった伝説すらある。それは彼女達が海辺や島嶼などをその居住地として、外界からの侵入者は徹底的に拒み、近づく者の船を魔法をもって沈めたり、船乗り達を惑わして追い払うという閉鎖的な性格から発生した伝承であろう。

 その意味ではミューティは変わり者と言える。同族達の住む島を出て、雑多な種族が住む大陸なんぞで傭兵などを職業にしているのだから。もちろん、そこに行き着くまでにはそれなりの紆余曲折というものがあったわけなのだが、それを詳しく語る必要はない。「男が関わっている。それもロクでもない類の……」、これで説明修了。「あとはご想像の通り」と言ったところだ。

 ここで重要なことは、ミューティという若いセイレーンが本来の性格には向かないはずの傭兵を職業としていたことである。ヒト種の男と一緒に。そして彼女達の雇い主のとある小国が、コドゥ・リノ・グワバン……すなわち連合諸王国軍に兵を出し、アルヌスの攻略戦に参加した。

 連合諸王国軍は自衛隊の火力の前にいとも簡単に敗亡した。殲滅された。徹底的に叩きのめされた。だがミューティと男は、生き残っていた。

 生き残った者にとっては、敗北は終わりを意味しない。逆に始まりを意味するかも知れない。満足な水も食糧もないままに、荒野を彷徨するという逃避行の。

 泥にまみれて地を這うようにして歩き、空腹に耐えかねて民家の戸を叩き食糧を分けて貰えないかと頼み込んでみたものの、すげなく断られてしまう。すると、腹を立てた男が剣を抜いて押し入り強盗へと早変わりしてしまった。

 ミューティには止める間もなかった。また、それ以外に空腹を満たす方法もなかった。
 こうして見事なまでに、男と女は野盗へと身を堕とすこととなった。

 ほんのわずかに残っていた良心も、瞬く間に磨り減っていった。
 生きるために仕方ない。そんな言い訳を呟いていたのも最初の数回までで、しばらくすると言い訳を考えることすらしなくなっていた。まるで、熱病にでも冒されているかのように、非現実的な興奮の中で、民家や、集落や、隊商を襲い続けたのである。

 一種の病気だったのかも知れない。それも相当に質の悪い種類のだ。
 まるで実感が湧かなかった。
 男と共に人を殺して、酒を飲んで、腹を満たす。
 暗がりや、草むらに男と共にしけ込んで情欲に溺れる。

 男が他の女を抱いている時は、他の男に身を委ねることすらした。
 それも一人や二人ではなく、三人四人、一度に複数と……とにかく何かに夢中になることで、ぐちゃぐちゃとぼやけている頭の中を真っ白にしたかった。それが出来るなら何でもよかったのだ。

 男の肩越しに星空を眺めつつ、いったい何をやっているのだろうと思うこともあった。だが、そうするのが当然であるかのように、ただ殺戮の興奮と肉欲に耽っていたのだ。

「病気だ。それも精神的な方面の病気だ。みんな頭が変になったんだ」

 大空に向かって訳もなく叫き、痛みも苦しみも、何もかも味わい尽くそうとするかのように駆けめぐって無法を働いた。

 そしてその病は、イタリカの街を襲うことで最高潮に達した。
 同じように野盗に身を落とした連中が集まり、人数を増やし、いつの間にか街を襲うことになっていた。どこの街でも良かったのである。だから手近にある街が選ばれた。

 街を攻めることに果たしてどんな意味があるのかと考えることもない。反対する者もなかった。まるで海に向けて集団自殺をはかる鼠みたいに、何かに向けて剣を抜きたくて仕方なかったのだ。それだけである。

 その戦いは、彼女達がアルヌスに置き忘れてきた何かを思い出させてくれた。
 剣戟の音、飛び交う矢、仲間の呻き声、そして大地にしみこむ血の香り。彼女が、いや皆がよく知る戦争がそこにあった。

「ウチ、これ知ってるよ。これって戦争って言うんだ。これが戦争なんだよ。きゃっほぅ!!」

 馴染み深い戦争だった。
 だからミューティは懸命に戦った。精霊魔法を駆使して、風を吹かせて味方を守った。剣を振って矢を放ち、戦いの熱狂の中に自分を投げ込んだ。

 彼女の男も剣を抜いてがむしゃらに突き進んでいった。そして、その戦いで男は望みのものを得た。それは死という名の終焉である。

 彼ら彼女らの前に立ち塞がったのは、エムロイの使徒、ロゥリィ。
 その槍斧は祝福だった。
 羨ましいことにミューティの男は亜神の自らの手で頭を二つに割られて果てて逝ったのだ。

 そして、大空から降り注ぐ弾雨と辺りを満たす爆発こそが、全ての幕引きとなった。
 燃え上がると炎と、炸裂と、硝煙の香りに包まれながら、ミューティは爆風を全身で受け止めようと、浴びようとして両手を拡げた。これで終われる。全てが終わる。

 世界の中に自分を放り出して、全ての終わりを受け容れていた。そう。これが終わりだと信じていたのだ。

 だが……



 夜が明けると、「不運にも」生き残った者が集められていた。
 見張りは立っていたが、あまり意味はない。
 誰も彼も呆けたようにただ座り込んでおり、逃げようという意志を持つ者などどこにもいなかったからだ。

 捕虜となって奴隷に売られる。それが彼ら、彼女らの運命である。
 正直、どうでも良かった。彼女が愛した男も死んでしまったが、別段悲しくもないし、そもそも愛していたかどうかも今では分からなくなっていた。そんな男が居たな。出会ったな、故郷を飛び出したな。その後下らない生活をしていたな……そんな漠然とした感想が、すり切れた記憶の中で、色あせて残っているだけ。

 目を開いても何も見ておらず、見ていたとしても意識しておらず、意識していても他人事のように感じている。

 誰かに指図されればそのまま動いて、指図されなければそのまま動かずにじっとしていた。そんな人形のような存在となり果てていた。

 そんな彼女達の前に、数人の男達が現れた。
 濃い緑、若草色、茶色、そんな色の混在した斑模様の服を着た男達だった。

「そこの女と、この女と……」
「隊長、……女の子ばっかり選んでません? 良からぬこと考えてるでしょう?」
「んな訳ないだろう。あくまでも取り調べの参考人としてだなあ」
「わかってますよ。奴隷として売られるからでしょ? こっちじゃあ、どんな扱いをされるか分かりませんからね」
「なら茶化すな。でも、一人くらいは男を選ばないと不味いか……よし、そこの男にしよう。これで五人だ。お前達、こいつら連れていけ」
「へ~い」

 両腕を男達にとられて、何かに載せられ運ばれる。
 自分がどこへ運ばれようとしてるのか、これからどんなことになるのか。その時のミューティはどうでも良く感じられて、全く気にならなかったのである。



    *        *



「ミューティっ!」

 枕を蹴っ飛ばすような勢いで投げかけられた声に吃驚して、思わず寝台から墜ち、床との激しい抱擁を強いられた。
 顔をベチャッとぶつけた痛みで涙目になっている。

 なんだか、非常に屈辱的な気分であった。

「あ痛ぁ……」

 石造りの壁、格子の入った高い窓。薄暗い中にそこから朝の一時だけ光が入り込む。
 まぶしさすら感じる光の加減からすると、今日はきっと晴天なのだろうが……そう言えば、もう随分と外の気色を眺めていないことに気づいた。

 扉にしつらえられた覗き窓から、看守役の男女が覗き込んでいる。

「オ、オハヨウございます」

 慌てて身支度を整えた。
『じゃーじ』とか呼ばれる伸縮性の生地で出来た服に、シャツという格好になった。
 履き物はサンダル。ヒト種と違ってセイレーン種は足の爪が尖っているから爪先が開放されている履き物は有り難い。

「よしっと」

 全ての支度を終えると、鉄の扉が開かれた。
 独房に入って来るのはいつも必ず女性だ。歩く時もミューティの傍を歩くのは女で、男性は少し離れて続くという付き添い方をしている。もしかしたら気を使ってくれてるのかも知れないが、盗賊に身を落とした時に羞恥心にはじまるいろいろを棄ててしまっただけに、今更気を使われても困るというのが正直な思いである。

 恥じらいの気持とかが蘇ったら、穴を掘って埋まりたくなっちゃうから。だからかえって、物みたいに、獣みたいに扱われたかった。

 ミューティは、独房から廊下に出ると長い廊下の突き当たりの一室に入るように指示された。
 中には、小さな机があって椅子が三つある。いつものように一番奥の椅子に座った。
 ここに連れて来られて以来、毎日毎日毎日毎日、様々な男女と話をすることが彼女の日課である。

 訊かれる内容は、どこから来たか? どんな所に住んでいたか? これまで何をして来たか? というミューティ個人についての詮索から、戦争に出た理由、つきあっていた男のことに至る全てだった。だから素直に話した。

「出会った男に、自分にはもっと大きな可能性があると言われて故郷を出た……」
「そんなことを言ってくれた男は初めてなので、つい惚れてしまった」
「ところが、男はヒモだった。自分ばかり働かせられた。博打で借金をつくって、それから逃れる為に男と一緒に傭兵になったりして各国を旅していた」

 こんな事を話したら、呆れられてしまった。
 時には、セイレーン種の女がどのように子をなして何日、何ヶ月かけて産むのかなんてことまでも訊かれたこともある。身体検査とか医学検査だとかいって、膝や肘をコツコツと叩かれたり、針を刺されて血を抜かれたこともあった。痛くて、ちょっと怖かった。

 精霊魔法が使える話をしたら、いろいろと人前で試させられた。
「さつえい」をするとか言われて何かの器具の前に立ったり、身体に何か色々を取り付けて精霊魔法を試させられたこともあった。

 でも、そんなことも毎日続けていればやがてネタが尽きる。
 ミューティもあまり物事をよく知っている方ではなかったからなおさらで、ここ数日は雑談ばかりで一日が終わるようになっていた。

「よおっ!」

 今日やって来たのは、カツモトとか言う男だった。
 他に、女が通訳にやって来たこともある。でも、このカツモトという男が一番通訳に来る回数が多い。

 いつもは態度の偉そうな男がカツモトに何かを言って、カツモトがミューティに解る言葉で話しかけて来る。そしてミューティの答えを、カツモトが通訳するという繰り返し。だけど今日のカツモトは珍しいことに一人だけで来て、しかも机の上に荷物をドサッと置いた。

 布袋の中を見ろと言うので開いてみると、ここに来た時にミューティが身につけていた所持品が入っていた。

「ウチの荷物……もしかして、返してくれるの?」
「中身、全部入ってるか?」

 誰が洗濯したのか服はとても綺麗に、しかもきちんと畳まれて初めて見る透明な包みに入れられていた。それと捕まった時に身につけていたアクセサリー類。小物とか、それと財布まで入っている。中には、こんなもの持っていたっけと思うような物まであった。

「全部あるかって……よくわかんないよ。捕まった時の自分がどうだったかなんて、よく憶えてないもん」

 ここに連れてこられて時のことは、実のところあまり良く憶えていないのだ。変な夢を見ていたというのがミューティの実感である。深酒をしていて酔っ払っていた。そんな感じが近いかも知れない。

 素面(しらふ)にかえった今、思い返そうとすると「マジかよ」と、本当に自分がやったのかなと思いたくなるような記憶に触れそうになる。だから今は出来るだけ考えないようにしているのだ。

「中身は間違いないな。じゃあこの受け取りにサインしろ」

 なんだか沢山字の書いてある紙を出され、名前を書けと言われる。文章をカツモトが読み上げてくれたが、要するに袋に入っていたものの一覧らしかった。

 ミューティは字の読み書きが出来なかったから、かわりに書き判と言うもの描くことになる。
 書き判というのは字の代わりに一筆書きで記す自分の印だ。ミューティの場合は鳥に似た形を描いた。

 紙を受けとったカツモトは、よしと頷くと告げた。

「さて、ミューティ。釈放だ」
「釈放ってなに?」
「要するに用が済んだから帰って良いよってこと」
「何処に?」
「実家とか……故郷にあるんだろ?」

 確かに、故郷はある。けれど今更帰れるはずがない。それに遠い。凄く遠いのだ。そこまで、どうやって帰れと言うのだろう。

「ちょっと困るよ。ウチはあんたらの奴隷なんだろ? だったらそっちで身の振り方を決めておくれよお」
「奴隷なんかにしてないって。取り調べと、この世界の調査に協力をして貰っていただけだ。盗賊行為は確かに犯罪だけど、フォルマル伯爵家と協定を結んだことで、伯爵領内のことについては日本国の司法権が及ばないことが確認されたからな。この度正式に、不起訴処分の釈放ということになったわけだ」
「何それ?」
「要するに、自分の身の振り方は自分で決めろと言うこと。さ、行くぞ」

 こうしてミューティは、独り放り出されることとなったのである。

 もう二度と来るんじゃないぞと言う出所時お定まりのセリフと共に放り出され、これからどうしたら良いのか分からなくて、所在なげに路傍に立ちつくす。
 すると突如自分の名を呼ぶ声があった。

「あなたがぁミューティ?」
「はい?」

 振り返って見た瞬間、ミューティは「ああ、自分はこれから死ぬんだ」と思った。自分がしてきたことの償いを、ここですることになるんだと思った。
 何故ならそこに、死神が立っていたからだ。

 これが、ミューティとロゥリイとの出会いであった。



自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃっています。
「商売繁盛編」      -2-



 ロゥリィ・マーキュリィ。亜神、エムロイの使徒。

 一般的に常識とされる知識ではそういうことになっている。だが、まじまじと向かい合うのは、当然の事ながらこれが始めてだ。話しかけられることがあるなどとは思っても見なかった。イタリカでの乱戦中に、対峙したことがあったかも知れないが、全く持って憶えていない。

 見た目はヒト種で、年の頃12~13才くらいの少女。

 真っ黒でフリルをちりばめたエムロイ神殿の神官服を纏っていて、手にはドでかいハルバートを持っている。そのハルバートの柄は、数匹の蛇が絡み合ったような形で棒状になっていた。

 黒く染められた紗のベールの向こう側にある真っ黒な相貌は、冷たく自分を見据えている。その下に見える小ぶりな唇は、古くなった血液を思わせる黒色が塗られていた。

 全身を覆う冷え冷えとした感触。
 思わず身体が硬直して身じろぐことも出来なくなっていた。これが蛇に睨まれるカエルの心境という奴かも知れないとミューティは思った。

 何も言えない。声すらも出ない。
 何か反応を示した方がよいということは解っているのだが、果たしてどのようにするべきか。どうしたら良いのか、まったくもって思い付けなかった。

 無言で立ちつくすミューティに、死神は紅い唇をひらく。

「ついてらっしゃぁい」

 確かその唇……黒くなかった?

 一瞬、目の錯覚かな? とミューティは瞼をしばたたかせた。だが、改めて見直してもロゥリィの唇は濡れたように紅く艶めいていた。

「何をしているのぉ?」
「あ……はい」

 ミューティは、深々と息を吐いた。緊張の余りいつのまにか呼吸すら止めていたようだ。
 胸を満たしていた濁気を新鮮な空気と入れ替える数瞬の遅れを取り戻すため、慌てて黒い少女の背中を追いかけた。

 アルヌスの丘を麓へと下っていく。

 どこへ行こうとしているのか? そう思って遠くへと視線を向けると、稜線の向こう側には目を疑いたくなるような光景が広がっていた。

「え、ここがアルヌス?」

 そこは、かつては何にもない荒野と森だったはずである。
 しかもそれは大昔の話ではない。ほんのちょっと前のことだ。麓から、頂上に向かって攻め上ったことがあるから間違いない。野営をして、森の泉にまで水を汲みに行ったこともあった。なのにその森の畔には、今や小さな集落が、いや、既に小さな街とも言って良い程の建物群が建設されようとしているのだ。

 その建設中の街へと入っていく。

 ドワーフを始めとした様々な種族の職人達が大勢集まって、一斉に釿(ちょうな)を振って大木の皮を削り落として角材に形成していく作業をしている。

 槍鉋(やりがんな)を構えた職人が柱となる木材の表面を削って、向こうが透けて見えるほどの薄い削りかすを作りあげ、大地に積もったおが屑は、真新しい木材の鮮烈な香りを周囲に放っていた。

 男達の野太い掛け声と共に大柱が天に向かって立てられ、梁が渡され、新しい倉庫が居住用の建物が、様々な施設がその骨格を表し始めていた。

 この街を覆い尽くす陽性の喧騒と活気は、行き交う人々が「おはようっ」と、やけっぱちにも近い怒号に似た挨拶を交わしてしまうほどだ。

「野郎共っ、ぼやぼやしてんじゃねぇゾ! さっさと次の梁を渡せっ!」

 絵図面を片手にしたドワーフの頭領が、喧嘩を売ってるんじゃないかと思うほどの勢いで指図と言う名の罵声を職人達に浴びせている。一斉に木槌が振るわれて轟音と共に梁が柱にはめ込まれていく。鼓膜をつんざく騒音に思わず首をひっこめたくなった。

「凄いでしょぉ?」

 あまりにもポカンとした表情をしていたからだろう、ロゥリィが言葉をかけて来た。だが騒音に妨げられてよく聞き取ることができず、「いま、なんて言いました?!」と問い返してしまった。

 ロィリィはミューティの耳に口を近づけて来る。

「これはねぇ。ぴぃえっくすというお店になるのよぉ」
「店?! これが店?!」

 問い返したくなるのも仕方のないことである。これから梁が載せられようとしてる建物は、ミューティが見たこともないような規模だったからだ。

 勿論、ミューティが知らないだけで、これを越える規模の建造物はこの世界にも存在しているだろう。だが倉庫でなく、また軍事施設でもなく、はたまた神殿の類でもなしに、小売りを目的とした商用施設でこれほどの規模を持つものは存在したことがない。その意味では『売り場面積、特地で最大』の称号が得られるような建築物なのだ。

 それをわずか2~3ヶ月で棟上げまでこぎ着けるとは、大工達もはりきったものである。実に驚異的な早さであった。

「前見た時は、ここには何にもなかったのに。凄い速さですね」

 頭領率いる職人集団の手際の良さや作業能力の素晴らしさが示されたと言っても良いが、彼らがここまで張り切っているには、実はそれなりの理由があるらしい。ロゥリィの説明によるとアルヌス生活者協同組合で、「着工開始から50日以内に完成したら、工賃は3倍。70日以内なら2倍(注/材料費別)。ただし手抜きをしたら以下略」という破格過ぎるほどの条件をつけたと言う。

 そのお陰で、毎日、早朝からこの騒ぎである。
 朝の目覚めを、脳天を連打するような槌音で迎えるレレイやテュカは「あんな条件出すんじゃなかった」と激しく後悔してボヤいているなどと言って、ロゥリィはコロコロと笑った。

 工事現場を突っ切って進むと、小ぶりな長屋棟がある。

「こっちに来なさぁい」

 ロゥリィに言われるままに建物の玄関をくぐる。
 どうやらその建物は食堂のようであった。包丁や鍋が並んだ厨房らしき場所と、大テーブル、そしてそれを囲むように椅子が並べられているところから、そう解釈することが出来た。

 ミューティはロゥリィから、椅子の一つに座れと促された。
 既に昼食の仕込みが始まっているようで、厨房の奥では料理人が忙しそうに手を動かしていた。だが、入ってきたのがロゥリィだと知ると料理人が「丁度良かった」と声を掛けて来た。

「聖下。ちょっと良いですか?」
「なぁに? ガストン」
「実は、職人相手に酒を出したいんですが……」

 料理人は、チラリとミューティを一瞥してから、ロゥリィに説明を始めた。
 ドワーフを含めて大工職人達は大抵が大酒飲みの荒くれ男達であり、今度の仕事でも膨大な量の酒を樽で持ちこんで来ていた。だが、それもそろそろ飲みきってしまう頃だ。だから組合で酒を出せば儲かるのではないかと言う。

 だが、ロゥリィはいい顔をしない。

「酔っぱらいに騒がれるのはいやぁよぉ」
「いやいや、それは逆ですって」

 ガストンは自分の胸ほどの背丈しかないロゥリィに縋るように、あたふたと説明を並べた。
 こんな娯楽もないところにいる彼らの楽しみは酒だけだ。もしこれを切らして欲求不満を蓄積させたら、荒くれた連中なだけにちょっとばかり不味いことになるかも知れない等々……。

 少し遠いが、最寄りの街まで出かけさせるが、あるいはここで程々に飲ませるのが良いのではないか。それがガストンの言わんとしていることである。

「俺が棟梁の下で働いていた時は、食い物にしても酒を切らさないように気を使ったもんです」

 ここでロゥリィは、会話に加われず居心地悪そうにしているミューティに気づいて、料理人を指さして紹介する心遣いを見せた。

「この男はガストンよ。元々は土木作業員だったの」
「へぇ。でも、土木作業員がなんだってまた料理人に?」

 ミューティの問いも当然と思ったのか、ガストンは自分がここの料理人に収まった経緯の説明をはじめた。

 ドワーフを中心とした亜人の大工職人達は、ヒト種の数倍『喰う』。
 ヒト種だって肉体労働者は、頭脳労働者が見るとびっくりするほど多く『喰う』のだから、働きまくっている百人以上の男達がどれほどの食糧を消費するか、ちょっと考えも付かないほどになってしまう。

 ところがこの難民キャンプでは、台所作業はもっぱら避難民のお年寄りとか、子供達、テュカやレレイ達が交代で行っていた。

 自衛隊からは、フルタという料理の専門家が支援に来てくれていたから調理の方はなんとかなっていたが、食材の買い出しなどを含めると店舗の管理や商談、翼竜の鱗の採集等々と同時並行に進めることが出来なくなって、人手不足の状態に陥ってしまったのである。

 そんな時に名乗り出たのが、この筋肉質で白髪のおっさんなのである。

「ガストン・ノル・ボァです。以前は、クレナドで料理店をひらいてました」

 百人を超える職人集団は種族も出身も雑多だが、その境遇もまちまちである。
 例えば棟梁所有の技術奴隷もいるし、一般の雇われ作業員達もいると言うように。ましてや今回は滅多にない大もうけのチャンスだったから、棟梁はあちこち職人を呼び寄せて大量増員を図っていた。

 しかしガストンは、この職能集団の中ではヒエラルキー的には最下層に近い地位しか得られなかった。大工という職人集団の中で物を言うのは技術だからである。逆に言えば一定以上の技術を持っていれば奴隷であってもかなり厚遇されている。例えば食事、配給の酒、寝る場所、休みがあった時の娯楽、もちろん女もだ。従って、自由民であろうとも雑用や力仕事しか出来ないような者は、扱いがはなはだ悪いのである。

 さらにガストンの場合は、土工作業員と言いつつも、実のところこれまで賄い食をつくる作業ばかりして来た。一般的に賄い調理という仕事は、作業員達がきつい肉体労働を厭ってサボるための口実にされていることが多い。そのせいで楽な調理仕事で時間の大半を潰し、他の作業員達と同じ給料をせしめようとしている狡い奴と思われていたのである。

 もちろんガストンのしていた仕事は違う。彼は粗悪な食材と格闘して、職人達が喜ぶような食事を作っていたのだから。だが、先入観というものはなかなか払拭できない。どうしても、土木作業員達は自分の仕事が一番きつい、賄いなんて楽な仕事と考えてしまう。そして、それが日常のささいなところで嫌味や悪口となり、ささくれた心をさらに痛めつけてくれたのである。

 もちろん我慢するしか手はない。ガストンは黙って耐え仕事を続ける日々を送っていた。
 ところがである。このアルヌスの工事現場では賄い食をつくる必要はないと言うことになった。

 作業現場が街から遠いこともあって、施主側が賄い食を用意するという契約を交わしたからだ。そのため彼は、本来の仕事である土工作業に専念できることとなったわけである。

 しかし、仕事のペースはいつもより数倍上がっていて、過酷なまでにきつい。さらに、今まで楽してきたと皆から思われている分、周囲からの視線も、高額の報酬に目の色を変えている棟梁からの監視も厳しくて、寸刻も休ませてもらえない。

 こうなるともう、とんこ(飯場用語である。工事現場などから逃走することを言う。一般に現場監督は、給料日が近くなって来ると作業員に非常に厳しい仕事を言いつけるようになる。作業員が給料を諦めて逃げ出すようにし向けて人件費の節約をはかるのだ)するしかない。

 そして遂に、ガストンは音を上げて『とんこ』したのである。
 だが、ただ逃げたのではなかった。その足で組合事務所に赴いてテュカやレレイ、ロゥリィ相手に、料理人として雇って欲しいと申し出た。

「言ってくれれば、料理ばかりじゃなくて小間使いからなんでもやりますよ。その代わり、作業員並の賃金をもらいたいんです……」
 見れば女子供、怪我人老人ばかりである。自分みたいな者がいたら便利ではないですかと売り込んだ。

「料理人が、なんで土工作業員をしていたの?」

 テュカの問いにガストンは恥ずかしげに答えた。
「店が潰れて女房には逃げられた上に借金が残っちまったんですよ」

 それで工事現場で働きだしたということである。

「何故、作業員が嫌になった?」
 レレイの問いに、元料理人の男は自分の両手を開いて見つめた。

「今はこんな立場になっちまいましたが、俺は自分の手を食い物を扱うように鍛えてきました。地面をほじくって、木を削ってたら、それがどんどんダメになっちまうように思えて来たんです。そこに来て、ここじゃものすごい美味い食い物を出してるじゃないですか? 俺、居ても立ってもいられなくなっちまって……」

 こうして彼は料理人として採用され、難民キャンプの調理場で働くようになったのである。従って土木作業員達の機微には、他の誰よりも詳しいと言える。そんな彼からの提案だから一考に値する。ロゥリィは腕組みをして考え込んだ。

「お酒ねぇ……テュカ達はなんて言ってるぅ?」
「治安にかかわるので、聖下の意見を聞いてからと言うことでした」

 それでロゥリィの許可を求めているということである。

「貴女はどうおもう?」

 突然問われたミューティは慌てた。自分には関係のない話しと思っていたからだ。
「え、あっ、はい?」
「荒くれ者にお酒を出した方がいいかしらぁ?」

 元傭兵として、そして傭兵崩れの元盗賊の経験を思い返しながら「り、量が過ぎなければ、良いかも」答えた。たいていの荒くれ者は飲酒量が過ぎると大変扱いにくくなった。

「そうなのよねぇ……問題は量なのよぉ。量を呑まさないにはどうしたらぁ……」

 考え込んだロゥリィは、ポンと手を打つ。
「高いお酒のみ許可するわぁ」

 エールだの濁酒(どぶろく)だの、安くて品質の悪い酒は、騒動の種になる酔っぱらいを量産するだけである。それを避けるならば量を呑みたくても呑めないくらい値の張る物を用意すればよい。普通の酒を持ってきて高い値段をつけたりすれば不満が高まるが、文句を言わせないほどに品質の良い物ならば不満も少ないだろうと言うのだ。

「ニホンに良いお酒があったからぁ、そこから仕入れましょう」
 確かビールとかウィスキーとか言ったわね、と呟いている。呑んだことがあるのか、味を反芻して舌なめずりしていた。
 だがガストンには、彼女とは違う思惑があったようである。

「俺としては、その、あの……」
「なぁに? 文句あるのぉ?」

 鋭い、射殺すような視線を受けて、ガストンは背筋を伸ばして返事した。

「い、いいえっ、ありませんっ!」

 そうは言いながらもガストンの額にぶわっと脂汗の雫が浮かべていた。ロゥリィが、お前の心底などお見通しだと言わんばかりに恐い笑みで見つめたからである。

「素直でよい子は好きよぉ」
 満足そうに肯いたロゥリィは「あ、でも」と自らの頬に人差し指を充て首を傾げた。

「お酒を出すようになったらぁ人手が足りなくならなぁい? 買い出しも大変よねぇ?」

 今は、食事を出すだけなので職人達は食い終わるとすぐに食堂から立ち去るが、酒を出すと居酒屋のようにいつまでも居座り続けることになる。するとこの食堂では確実に手狭になる。それに給仕が必要になるだろう。酒を出せば確実に摘みの料理が必要となるから、料理の材料を仕入れて来るのにも手を増やす必要がある。

 するとガストンは緊張した面持ちで言った。
「き、給仕の件ですが……」

 ガストンは最近出入りするようになった、行商人の娘を雇ってみたいと言う。
 親の仕事も手伝わず暇をもてあましているので、下働きでも良いから使ってやってくれと父親から頼まれていたという説明であった。

「そんな娘でぇ大丈夫なのぉ?」
「猫の手も借りたいってことで、この際ですよ。もしよかったら、こちらのお嬢さんもどうですか?」

 ガストンはそんなことを言いながら、ちらとミューティへと目を向けた。
「ダメよぉ。コレはあたしぃの方で使う予定だからぁ……」

 ミューティは、自分がロゥリィの下で働くことになっていることをこの時始めて知った。
 とりあえず自分が宙に浮いたような、寄る辺のない状態ではなくなったようで、これで一安心という心境になれた。とは言え、いったい何をさせられるのだろうという不安は残る。さらに、ガストンが「せ、聖下がお使いになるんですか?」と驚いてみせたことで、この不安は、沸き上がる雲のように一層大きくなった。

「何かぁ問題ぃ? それとも、ガストンが代わるぅ?」
「いえいえいえいえ……是非、遠慮しておきます。でも、大変だろうなぁ。きっと、食堂の方が楽だと思うよ」

 そんな事を言いながら勧誘するガストンの視線は、あきらかに同情の色を含んでいた。
 これを受けてミューティの脳裏に「給仕の方がいいのかな?」という思いが一瞬だけ浮かんだ。だが、ロゥリィに面と向かって「給仕をします」とも言えず、また自分にその手の接客業向くとも思えなかったので、諦めることにしたのである。

「問題は買い出しよね。ガストンとその娘だけじゃあ無理でしょう?」
「ええ。それでなんですが、行商人から仕入れるしかないと思いまして、その、あの……」

 どうしたことか、突然ガストンの額から大量の汗が流れ出した。
 ロゥリィの鋭い視線が彼の目を貫いたのだ。

「ふ~ん、そう言うことぉ。 行商人とはもう話がつけてあるのねぇ?」
「あ、いえ、そんなことは……ですが、俺が決めて良いのなら、その、あの……」
「なるほどぉ」

 ロゥリィはポンと掌を拳で打った。
 そしておもむろに右腕を伸ばすと自分よりも背の高い料理人の襟首をむんずと掴み、片手でひょいと引き倒せた。

 逆らいがたい凄まじい腕力によって、男は立っていることが出来なかった。ロゥリィの前で膝をついて跪く姿になる。それでもロゥリィを見下ろす姿になってしまう体格差があったが、心情的にはロゥリィから見下ろされているような気分となっていた。

 しかも冷酷な殺視線に晒されて生きた心地がしない。
 魄のすくみ上がったガストンの身体は、瘧のように震えていた。

「あ、あの、な、何か不味かったですか?」

「良い報せがあるわぁ。今日から貴方の給料は倍になりますぅ。それに昇格よお。今後は料理長を名乗っていいわぁ」

「あ、あ、あ、有り難うございます」

「その代わりと言ったら何なんだけどぉ。何かを決めたり選んだりする時は料理人としての経験と誇りに従うことぉ。口に入る物を任せるのよぉ。その仕入れを袖の下なんかに左右させたらぁ、寸刻みにしてハーディのところに送り込んであげるぅ。いいことぉ、わかったかしらぁ?」

「あ、はっ、はいっ!」

 悲鳴にも似た甲高い返事を上げるガストン。
 ロゥリイは大変良くできましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべるとガストンを「ひょい」と立ち上がらせ、ついでに自分が握り締めて乱した襟元を丁寧に整えてやる。

「給仕は貴方が雇うのだからぁ、よく目を配りなさぁい。その娘がすることは、貴方の責任よぉ? いいわねぇ」

 こ、恐わぁ。
 傍らで見ていただけなのに、とばっちりをうけて肝が大いにすくみ上がるのを感じたミューティであった。



    *      *



 こうしてミューティは、アルヌス生活者協同組合で働くこととなった。
 彼女に与えられた仕事はロゥリィの手伝い……つまり、金の臭いを嗅いで集まってくる連中の警戒と退治と説明された。

 ロゥリィがハルバートを振り回す横で、ミューティが投げナイフを投擲する。
 荷物を抱えて逃げ出した暴力担当と思われる大男をロゥリィがいとも簡単に吹っ飛ばして、知謀担当と思われる小男はミューティが組み伏して踏んづける。

「ウチ、元盗賊ですよ。良いんですか?」
「それはカツモトから聞いてるから大丈夫よぉ。盗賊だったなら、盗賊の考えそうなことも、わかるでしょぉ? よからぬ事も、考えるまでは赦してあげるからぁ安心なさい。もちろん、実行に移したらバッサリやってあげるけどねぇ」

 そうかぁ、行き場のない自分のことをロゥリィに頼んでくれたのは彼だったのか。
 他人の情けが身に染みる。極寒の冷風の如き孤独感の中で差し出された手の温もりは、どれほどに感じられるか。その上ミューティは惚れっぽかった。そんなこともあって彼女はカツモトのことを好きになっていた。今度会えたら、誘ってみようかと思ったりしている。

「と言っても傭兵崩れだから、本業じゃないんですけどね」

 生粋の盗賊ではないとあたかも言い訳するかのように呟きながら、よっこらせとミューティは盗賊を縛りあげたのである。
 こうして捕らえた泥棒等は、警務隊へと引き渡すことになっている。

「勝手に処罰したり、闇に葬ったりしてはいけないことになっているのよぉ」と、ロゥリィは、自分達がこれからどういう運命をたどるのかを心配している泥棒達に、実に残念そうな口振りで語って聞かせた。だから大人しくするしているように、と。

「もし暴れたらぁ、手荒なことをしなければならなくなるわぁ」と警告する言葉には、どこかで暴れることを期待しているかのような響きがあった。
 もちろんそんな風に言われれば誰だって抵抗に躊躇するだろう。自分達が反抗的な態度をとるのを死神とあだ名された亜神が虎視眈々と待ち構えているのだから。

 その上でロィリィは、後はミューティに任せると言ってさっさと立ち去ってしまう。
 残ったのミューティは独りだ。
 女一人である。「うまくやればぁ、逃げ出せるかも知れないわよぉ」そんな幻声が泥棒二人の耳元で誘惑する。だがしかし、二人の男は恐怖の色彩を帯びた瞳のまま、きょろきょろと周囲を警戒するように見渡した。ロゥリィの言葉がそして態度が、強い呪縛となって彼らを縛っていたからである。

「どうしたの? もしかして逃げようとか?」
 尋ねるミューティの言葉に、「めっそうもない」と泥棒二人はぶんぶんっと首を振った。そして、はやく引き渡されたいとばかりに率先して立ち上がりテキパキと連行されたのだった。

 これなら楽な仕事である。ミューティは言われているほど大変ではないなと思った。

 だが彼女の仕事は、警務隊に「泥棒捕まえてきました」と言って送り届けても終わりとはならない。泥棒を捕らえるに至った経緯についての詳細な供述を求められたからである。

「もしかして、このためにウチを雇ったのかな」

 泥棒を捕まえた一般市民は経験したことがあるかも知れないが、日本の警察機構では犯罪者を捕らえた時、その日の朝から何をしていたかまで訊ねられる。朝何時に起きたかなんて、ひったくりを捕まえたことにはまったく関係ないというのに、そんなことまで供述調書に書き記していくのである。警務隊でもそれは同じであり、その時の状況を説明するのは大変に時間がかかる。夕方から始まった調書の作成が、夜半近くになってしまうほどだ。それを盗賊だの、ならず者だのを捕まえる都度やっていたら、たしかに面倒くさくなってしまうだろう。自分の身代わりに出来る者を雇おうと思ってもおかしくない。

 なるほど、確かに大変だ。
 ミューティは料理長からの視線の意味を、ここに来てようやく悟ったのだった。



 さて、半月ほどの時が流れる。

 3、3、3の法則がという物があって、大抵の人間は新しい職場にはいると3日、3週間、3ヶ月頃(さらに1年、3年、そして10年)の時期で、その職場を辞めたくなる。

 これを乗り越えることが出来れば大抵はその仕事を続けることが出来るのだが、ミューティは最初の「3日」を乗り越えて、次の「3週間」をこれから迎えようとしていた。

 慣れない仕事と人間関係、そして自分の立ち位置の確保に悪戦苦闘する時期である。

 難民キャンプ内を警備して見回り、何かあればすぐさま駆けつけるという仕事もそれだけならば前からしていた傭兵の仕事に近い部分もあるので、3~4日で要領を掴むことが出来た。

 だが、最大の難関は直属の上司となったロゥリィに馴れることである。

 例えばロゥリィという亜神は、朝が異様に早い。まだヒトであった時……随分と昔のことらしいが彼女は神殿で生活をしていたと言う。その頃の習慣が身に付いており、日の出と共に起き出して、まず陽光に向けて跪拝するのだ。

 それは深夜に捕り物があった時でも変わらない日課であった。
 泥棒というのは、往々にして夜行性であるから当然のごとくミューティは寝不足となる。ロゥリィだってそうで、そんな朝は眠そうな表情をしていた。

 とは言えロゥリィは亜神だ。
 どれほど不健康な生活をしようとも、そのダメージが肉体に刻まれることはない。対するにミューティは生身の女だから、寝不足が蓄積すれば、その影響は確実に肌や、羽毛の色艶にダメージを与えてしまうのである。

 妙齢のミューティにとってそれはかなり深刻な問題と言えた。

 出来ることなら、不足した分の睡眠時間は起床時間を繰り下げることで埋め合わせたいのだが、直属の上司が早朝から仕事をしていると言うのに、自分だけ安穏と寝ているというのもなかなかに抵抗のある行為である。

 出来れば、一度きちんと話してみたいところであるが、今のところ敷居が高かった。
 そして今日も朝から二人してアルヌスを見回っていたのである。

「行商人の出入りを禁止したくなるわぁ」

 道を進む荷馬車が数珠繋ぎになっている風景にロゥリィがボヤく。
 アルヌスやってくる行商人は日を追う毎に増えており、それに伴って紛れ込んでくる盗賊とかならず者の数もますます増えていた。

 盗賊は捕らえれば良い。ならず者は二度と来ないように、骨の髄まで恐怖を刻み込めば良い。だが、それよりももっと質の悪い者が商人の中にいるとロゥリイは呟く。

 どうにもロゥリィの癇に障る者がいるらしい。

「そうなるとわっちらは、困ったことになってしまいんす」

 突然、かけられた言葉に振り返ると、荷馬車の一台からであった。
 最近取引高の増えたトラウトという行商人の細君は、このあたりではまず見かけることのない人狼種の少女であった。荷車の隣にいるトラウト氏がミューティの肢体を舐めるように見てしまい、その爪先が狼少女によってぎゅっと踏んづけられている。

 その様子に、ミューティは思わず微笑んでしまった。他人のものに手を出したくなるような悪癖はミューティにはないが、この男性については、ちょっといいかなと思ったりしてしまった。やはり、惚れっぽい。

 その視線に気づいたのか、狼少女の尻尾の毛が逆立った。
 トラウト氏は慌てて、商人らしい笑顔をつくって初見の会釈をして来た。
 勘弁してください。彼の目はそう語っている。

「ここでは、糖蜜に漬け込んだ桃を缶に詰めたものが、大変安く手に入りますからね。私の妻はあれが大層お気に入りなのですよ。もし、商人の出入りを禁止なさりたいのであれば、どこかの街にでも、この組合の商店を構えていただきませんと私が大変困ったことになります」

 モモ缶のことらしい。ミューティもあれを食べた時のあまりの甘さ、美味さに舌がとろけるかと思った。

「どう困るの?」
「それは、その、いろいろと……」

 紅くるなるトラウトを見て、ミューティはリア充自爆しやがれと思ったりする。
 一方、隣ではロゥリィが、「余所の街に店を出すのは良いわねぇ」とトラウト氏の提案に頷いていた。街に出入りする人間を減らす良い方法のように思えたのである。

「その話、あとで聞かせてもらえるかしら?」
「え、余所に店を構える件ですか? 真剣にご検討いただけるので? 畏まりました。では後ほどお話しさせて頂きます……」

 大もうけの臭いを嗅ぎつけたのか、トラウト氏ははしゃぐように瞳を輝かせた。
 そして、馬に軽く鞭をくれると、荷馬車を先へと進ませて行った。

 彼によって堰きとめられていた荷馬車が再び流れていく。やってくる行商人の荷車のほとんどに、野菜や小麦といった生鮮食料品が積まれていた。

「こうして見ると、食べ物を扱っている行商人が多いですね」
「そうよぉ。ガストンが酒を出し始めてから、みんな食べること食べること……自衛隊の人達も来るから、食べ物の買い付け量がとても多くなっているのぉ」

 仕事をすればするほど、仕事が増えていくと嘆くように呟いてロゥリィは肩を竦めるのだった。



    *    *



 アルヌス生活者協同組合は、主にコダ村からの避難民達の合議制で運営されているが、ミューティの見たところ実質的に仕切っているのは、ロゥリィ、テュカ、レレイの3人のようである。

 もちろん、何でもかんでも3人で話し合って仕事を進めているわけではない。自然と役割分担のようなものが出来上がっていた。

 例えば、組合としての商談や金勘定に類することはレレイ。
 難民キャンプや森、組合の施設整備に関わることはテュカ。
 ロゥリィは祭祀の他、アルヌスの治安を仕切っている。

 もちろん、自分の役割以外には関心を払わないという意味ではなく、それぞれに気を配っていて日に一度は、こうしたらどうか、ああしたらどうかと話し合っている姿が見られる。

 顧問格にカトーという老人がいるが、こちらは何かの研究をしたり、本を書いたり、日本や、帝国から派遣されてきた役人達に語学教育を施したりに忙しく、実務はほとんどしていない。賢者だと聞いた時は堅苦しい年寄りは苦手だと思ったが、時々スケベな発言をしては女性陣の顰蹙を買ったりしていて、ミューティにとっては親しみやすいと感じた。

 子供達は多くは家事の他、翼竜の鱗を掻き集める仕事をしている。
 翼竜の死骸にウジ虫やスライムをたからせて屍肉を啄ませ、骨だけになってから鱗を集めるのである。「がすますく」とかいう面帽をつけ、ごわごわした服を纏った姿で丘のあちこちを徘徊する彼らの姿は、ゴブリンのような怪異に似ていると思ってしまった。

 正直、ミューティは子供は苦手である。どう接して良いかわからないからであるが、その事が子供達にも伝わるのか彼らも距離を置いて観察してくるだけで、彼女に近づこうとはしない。

 残るはお年寄りや怪我人だが、こちらは店番や、小さな子供達の面倒を見ていることが多い。これがアルヌス生活者協同組合の構成員達であった。

 いつものように、警務隊に盗賊犯をつきだして、独り調書作成につきあわされていたミューティは、担当の警務官から「難民キャンプ内に、警務隊を常駐拠点を建設することになったよ」と報されて、これで仕事も楽になるかもと喜び勇んだ。ロゥリィが、すなわち自分が泥棒を捕まえるために、走ることも少なくなるはずだからである。

 そして急いでその事を知らせようと組合事務所へと戻ったところで、3人娘が顔をつきあわせて考え込んでいるところに出くわしてしまった。

 そこには、柳田二等陸尉の姿もあった。
 この男に、ミューティはあまり良い印象を抱いていない。日頃から態度が横柄で、留置施設にいた時にも何度か尋問というか、根ほり葉ほり尋ねられたことがあり、他にも人が大勢居るところにつれていかれ、精霊魔法を使って見せろとか、さらし者にされたからである。

 今回は何事かと思ったら、どうやら商談のようであった。

「そういうことで、自衛隊の糧食斑で使う食材の一部を、現地購入つまり、この特地で購入することになったわけだが、納入業者をやってもらいたいんだ……」

 要するにアルヌスに駐屯する自衛官達の食べる、食事の材料をアルヌス生活者協同組合に納入して貰いたいということであった。

「いったいどれほどの量になると思ってるのぉ?」

 ロゥリィは地響きが聞こえそうな重々しい声で、柳田に迫った。
 レレイもテュカも天井を仰いでいる。

「別に、食材の全部をここから買うって言っているわけではないさ。肉や野菜と言った一部をだよ。大変なら人を雇えばいいと思うぞ」

 柳田はそう言いながら、組合に雇われているミューティを見た。
 食堂部門では料理長のガストンと、ニキータ。ニキータとか言う娘は、いささがドジだが言われるままにくるくるとよく働くという評判である。

 その調子で人を増やせば良いと柳田は言う。

「出入りの行商人を何人か、直に雇ったらどうだ?」
「でも、日本から運んでくればいいものを、どうしてここから買うの?」

 テュカやロゥリィには日本の品物の方が品質がよいという先入観がある。わざわざ特地の品物を買いたいと言う理由がわからなかった。

「実のところ自衛隊も財政的に厳しい。そこで経費を極力引き下げたいんだ。その為には、隊員達に喰わせる飯の経費を切りつめるのが一番ってことなんだ。じゃぁ、質を落とすか。それは出来ない。良い品物を、安く手に入れる必要がある。そう思ってみれば、この特地は農薬も使わない良質な食品の宝庫だろう」

 寄生虫とかが怖いが、生で食べさえしなければ良いのである。そう思えば、特地の物価の安さは金勘定をしている側からすると大いに魅力的であった。

「それと、これは為替相場の不均衡を是正するよい機会だぞ」

 柳田は言った。

 今までは、PXでの売上だけで日本の品物をほそぼそと買い付けていた。だが、食材を納入するようになれば、そこで得た日本円で取引を拡大することが出来る。そうすれば、日本円が有利すぎて、特地の貨幣がどんどん流出してしまうという現状も改善できるだろう、と。

「なるほど。それで最近になって、こちらの金貨だとか銀貨を、やたらと両替するようになったのね?」

 テュカに問われて柳田は「あ、ばれた?」とでも言うかのように頭を掻いた。
 組合にとって良い話と言われるよりも、その実、彼の私益追及が目的という方が、こんな話を持ちかけて来た理由としては理解しやすい。

「そんなことないぞ。あれはたまたまこちらの貨幣を土産としてだなあ、ただちょっと多すぎたんで、日本円に両替しなおそうとは思っているが……」

 語るに落ちるとはこのことであった。
 だがそのことを差し引いても、柳田がこの話を組合に持ちこんでくれたことは有り難かった。彼としては、適当にそこらの行商人にこの取引を持ちかけてもよかったのだから。だがそうなればいかに免税特権を有しているとは言え、本物の商人に勝てるはずがない。こんなチンケな組合、商売の流れからあっという間にはじき出されてしまうに違いないのだ。

「じゃ、そう言うことで……」

 そう言い残して、柳田は立ち去っていく。
 ロゥリィ、レレイ、テュカ……アルヌスの間で生活する彼女達には、この話を断るという選択肢は最初からなかったのである。




 



[1507] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃってます。     商売繁盛編 3
Name: とどく=たくさん◆20b68893 ID:c848d70a
Date: 2010/05/07 20:33




「おい、シャープス! 後始末は丁寧にやれっ!」

 ごろつきの中のごろつき、悪人の中の悪人として悪所街にその名を知られるレットーは荷馬車の御者台に腰を据えたまま、知謀担当の配下をぶっきらぼうに呼びつけた。

 彼の乗る荷馬車には、野菜や果物が山と積みこまれていた。さらに後ろには十数台の荷車が数珠繋ぎに並んでいるが、よくよく見ると積み荷の馬鈴薯がドロばかりでなく血のようなどす黒い何かで汚れていたりするから、これらがどのような方法で彼の持ち物となったかは想像に難しくない。

 傍らでは、手下に雇った六肢族が犯罪の痕跡を抹消する作業をしていた。
 六肢族は二対四本の腕を巧みに生かした槍技と、深く物事を考えない愚直な性向で知られている。小柄な体躯ながら臂力に優れており、彼らは自らをして蟻の子孫であると誇る。

 その男たちが車輪が壊れて動けなくなった荷馬車に群がると、崖へと向けて土を削りながらぐいぐいと押しまくり、オーク達は荷物を積み替えたり、行商人の死体から衣服や財布などを剥ぎ取るなどの作業をしている。

 これらを統率していたシャープスは、頭目のいらだちを隠さない呼び声に振り返ると言った。

「大丈夫です。こうやって谷底に放り込んでおけばバレっこありませんぜ」
「それでも気を配れと言ってる! 足がつかねえように、毛筋一本も残すんじゃねぇぞっ! 死体は谷に落とすよりどっかに穴掘って埋めろ。いいなっ!」

 ここしばらく堅気の商人を演じて農村地帯をまわっては品物を仕入れ、そしてそれをアルヌスで売るという忍耐の生活を続けていたがため鬱憤が溜まっているのかも知れない。いつも以上に細かい指図を受けたシャープスは閉口したように肩をすくめた。

「何がそう気に入らねえんですかい?」

 レットーは舌打ちするとぼやくように言った。

「ガストンの野郎、料理長様だかなんだか知らねぇが、出世したとたん手のひらを返したみたいに急によそよそしくなりやがった」

「ああ、あいつのことでしたか。奴が俺たちとの関わりを嫌がるようになったせいで、こんなせせこましいことから始めなきゃなんなくなったのは確かですが、予定が狂ったと言うほどのことではありませんぜ? 攻め手はいくらだってあります」

「そうかもしれねぇ。だが、あいつのことだけじゃねぇんだよ。前もっての心づもりがまるっきし無駄になっちまったじゃねぇか。そうなりゃあ実際にやれるこたぁそこらのチンピラ盗賊と同じで、力押しの雑(ざつ)仕事になっちまう。俺はそいつが気にいらねぇんだ」

「いやいやいや、無駄になんかなってませんって。ニキータを押し込んだんだって、向こうの内情を探らせるのに十分役立ちます。ガストンのことだって、詳しい話をする前だったから俺らのことを、仕事を大きくすることを焚きつけて儲けようとした腹黒な行商人程度にしか思ってないはずです。そして組合の幹部連中は仕事が増えて細かいことには目が行き渡らない。つけ込むなら今しかありませんって」

「だがよ……」
 レットーはそこまで言って自分の頭を指先でつついた。

「何かが盛大に囁きやがるんだ。危ないぞってな。慎重になったほうがいい」

「レットー、そいつは慎重じゃあねぇ。弱気って奴だ。一度でも弱気に駆られたら、俺たちの商売は張っていけねぇ。今からでも行商人にでも鞍替えした方がいいですぜ。俺らが言うのも何ですが、こんな手堅い商売なかなかありゃしませんからね。働いたら働いた分、実入りがあるなんて俺だって初めてだ。この味を知っちまったら誰だって手放したくなくなって弱気になってもおかしくはねぇ」

 実際、アルヌス生活者協同組合が自衛隊に生鮮食料品を納入するようになるとアルヌスに向かう行商人の数は飛躍的に増加していた。これまででもアルヌスに訪れる商人の数は少ないとは言い難かっただけにレットー達も驚いたほどだ。

 だが行商人を演じて見れば、これはさほど不思議な現象ではないことは理解できた。

 組合が食料品の買い付けを始めたことによって、往路までもが利益を生むようになったのである。組合に品物を納めた利益で商品を仕入れればよいから、多額の現金を用意する必要もなくなった。こうなれば確実に収入になると信じて仕入れをかけられる商売だけに、皆が一斉に靡くのも当然と言えば当然なのだ。

 シャープスが言うように、これまで演じて来た堅気の行商でも、慎ましく生活していくならばこれでもう充分とも言える。「働いたら、働いた分、報われる」というのはなかなかにないことなのだから。

 誤解してる人間が多いが「働いても、報われない」のは不幸でも何でもなく当たり前のことである。もちろんそれは理想ではある。だが、決して実現しないからこその理想であり、それはとても異常なことなのである。

 例えば農業。一生懸命田畑を耕し、タネを播いて水をやっても、なお作物が実るかどうかは判らない。天候が悪かったり突発的な虫の害があれば、一切合切がすべて無駄になってしまう。これは世の中の仕組みが悪いのではない。もともとの自然の摂理なのだ。

 だからヒトは出来る限りのことをした上で、豊作を神に祈願する。

 そして智慧の力で自然の仕組みをあばきたて、なんとか大自然から得られる割り前を安定して確保しようと努力する。それでも、期待する収穫を得続けることは出来ないのが現実である。さらに、自然への干渉のしわ寄せが、様々な形で姿を現すことになる。

 景気が悪くなり職を失った。いっそのこと農業でもしようかな、などと口にする者がいるが、そう言った者はきっと自分の運命を翻弄していたものが、「景気」だけでなく、これに「天候」「虫、獣害」が加わったことに嫌でも気づくことになるだろう。そちらの方が容易に機嫌を変え、はるかに厳しいのだから。

 物作りにしてもそうだ。一生懸命努力し、工夫し、困難を乗り越えて作った製品であっても世間から高く評価されるとは限らない。そうなれば全ては無駄になりはてる。
 商売もそう。良い品物を店頭に並べても、客が買ってくれるとは限らない。どれだけ良い品物であろうと欲しがる者がいなければ、不良在庫に陥って店をたたむしかなくなる。

 こうした損得の分水嶺を見越し、そしてその危険性を背負いながら品物を造り、商品を仕入れる。日々、腸腑がねじれ切れそうな重圧の中で賭けに勝った者だけが、その代価として豊かな生活を得る。それが現実なのである。

 行商人達はこの摂理を痛いほどよく知っていた。解っている。骨身に刻み込んでいる。遠路はるばる荷物を運んだのに持っていった先で商品が値崩れを起こしていて、泣く泣く大損を飲み下したという経験のない商人などないのだから。

 だからこそ、アルヌスへと向かう。
 農家から買い集めた菜根や馬鈴薯等を荷車に山ほど積みこみ、鮮度を落とさないようにできるだけ早くアルヌスへと持ちこむ。そして空となった荷台に、ニホンから来たという様々な品物を積みこんでは地方で売り歩くのだ。そして再び農家を巡ってからアルヌスへと向かう。この行商が利益を生む循環だ。

 だがレットー達はそんな生真面目な生活を負け犬根性、退屈と見なして軽蔑し、満足できない。だからこそ悪党などという生き方をしている。その心底には、働いても働いただけの見返りのない世界に対する拗ねた反駁があったかもしれない。世界は富に満ちているはずなのに、それが自分に回ってこないのはきっと誰かがズルをして横取りをしているからだという小児病的な幻想があったかもしれない。それでも、自ら選んで悪党になったという誇りがある。それをわずかばかりの実入りで真面目な生き方に靡いて、弱気になったなどと言われれば、誇りがいたく傷つくことになるのだ。

「舐めるんじゃねぇっ!」

 レットーは吠えるように怒鳴ると短剣の切っ先をシャープスの喉元に突きつけた。その驚くべき早さにシャープスは上体を仰け反らすことしかできなかったほどだ。

「さっきから黙って言わせておけば、随分と舐めたことほざくじゃねぇか。ヒト種風情がいい度胸だ。俺は、おめえがむつきもとれねぇような赤ん坊の時分からこの世界で幅を利かせてたんだぞ。お前ぇなんか使ってやってるのは、その小賢しいところが仕事の上で役に立つからだけだ。その小賢しさで俺様のことを心配なんぞしやがったら、ひねりつぶしてやるから覚えとけっ。わかったかっ!」

 その地鳴りするような声に肝を冷やしたシャープスは、額に汗をかきつつ二度三度と頷くしかなかった。

「わかればいいんだ。わかれば」
 そういうとレットーは短剣を鞘へと収めた。

「それでだ……これで全部だと思うか?」

 急に話を変えられてシャープスはしどろもどろになったが、どうにかレットーの問いに答えるだけの思考を保つことは出来た。
「い、いや、さすがに全部ってわけにはいかないでしょう。けれど、かなりの行商人を潰したはずですぜ」

「どうせやるなら慎重を期して、完璧にしたいところだぜ」

「いや。さすがにアルヌスに向かう行商人を全部つぶすってのは無理ですぜ、レットー」
「なんだ。無理か?」
 
レットーは「おまえがそういうなら、しかたねぇ。諦めるとしよう」あからさまに舌打ちしてみせた。要するにおまえの進言であきらめてやったんだと言外に念押ししているのだ。

「あんまり完璧にやりすぎて俺等だけが無事って言うのも、おかしな話ですからね。ほどほどが丁度良いんですよ。むこうで怪しまれないようにしませんと、話が進められなくなっちまう」

「なんだ。ずいぶんと弱気じゃねぇか」

「こいつは慎重って奴でさぁ」

「そうだな。それが慎重って奴だ。わかりゃぁいいんだよわかりゃあ。それにしても、堅気の真似は肩が凝るな。堅気生活なんざ頼まれたってやりたくはねぇぞ」
 肩をたたく姿も妙にわざとらしかった。堅気の生活に靡いていると言われたのがよっぽと気に障っているようである。

「その割には、行商人姿が堂に入ってますぜ」

「お前もな。商売替えをしても充分にやってけるんじゃねぇのか?」

「悪党ですからね」

「お前もか。俺もだ」

 二人とも必要とあらば堅気を演じるくらいのことは出来る。だからこその悪名ともいえた。

 堅気に生きるにしても悪党になるとしても、それなりに成功するにはそこそこの我慢と自己抑制が必要となる。そしてこの素養がないとどちらにもなれない半端者になり果てる。半端者のすることならば例えそれが悪事でも大したことにはならないが、逆に言えばこの素質の持ち主が悪党の側になるとやることも大きい。それは、いつ被害者になるかわからない善良に生きる人々にとっては間違いなく不幸なことなのだ。

 そうこうしている内に、荷物の積み替えを終え、犠牲者の埋葬が片づいた。

「よし、行くぞ」

 レットーは部下達の準備が整うのを確認すると出発を号令した。
 荷馬車の列は、なにかの追跡を恐れるように真っ直ぐアルヌスには向かわずに脇道にそれると鬱蒼とした森の中へと入った。

「よし。物を隠せ」
 レットー達は森の茂みに荷物と荷車のほとんどを隠すと、手下達にはこのあたりに居残って行商人達を襲ってまわるよう指示をした。

 自分達はと言うと、もともと自分達のものであった荷馬車5台ばかりを引き連れて森を抜け出すのである。そして半日ほど進むと異世界から来た軍隊が支配する地域に入る。

 このあたりになると、他の行商人の姿をちらほらと遠くに見かけるようになるが、もう盗賊仕事はできない。異世界から来たとか言う連中は、何かことがあるとすぐに駆けつけて来るからだ。

 目的地が同じなだけに、荷馬車に乗る行商人達はあえて近づこうとしなくてもだんだんと側に寄ってくる。そしたら「やぁ、景気はどうだね?」などと愛想良く手を挙たりして無害を装う。ついでに「どのあたりから来た?」と世間話のふりをして後日襲うための情報収集も忘れずに済ませておく。

 やがて荒野の真ん中にある小さな建物の前にさしかかると停止を命じられた。
 それは自衛隊の検問所であった。

 シャープスは、慌てて組合から出されている取引証明や数枚を紙を取り出して提示した。そこには何が書いてあるかはよく判らないが異世界から来たという連中は、これを見ると自分達を武装したままでも通過させてくれるのである。

 レットーとシャープスは、「武装は、剣と弓矢ですね」と、慣れない言葉を使って訥々と問いかけて来る兵士……自衛官に対して、努めて友好的に見えるよう頬を引き寄せて笑顔を作り「はい、そうです」と返事した。

 残念なことにその努力は、彼らという存在をかえって怪しい印象にしていたため検問所の自衛官は「ん?」と眉根を寄せた。だが自衛官は幾ばくか迷った末に、個人的な感覚から沸き上がる警声などより、既に何度か往来し普通に商いをしているという実績を優先する判断を下したようだ。

「はい。行って良いですよ」
「ありがとうございます。いつもいつもご苦労様です」

 そんな愛想の良い態度をとりながらも、レットーは検問所とその周囲をゆっくりと見渡した。

 目に見える範囲では、この検問所には二人ほどの兵士しかいないように見える。
 これならば制止を無視してつっきったり、脇道から抜けることもできそうに思える。だが、それを試みた者の全てが、途中で捕捉されてしまったことは既に知れ渡っていて、今では誰もが行儀良くして列を乱すこともない。

 実際、検問所の奥にある茂みには、全身に草や葉を纏ったヒト種が二人ほど隠れているのをレットーの鋭い嗅覚が見つけだしていた。その様子から、もっと連中がこの近辺を警戒しているであろうことは容易に予想できた。

 なかなかに厳重である。
 だが自分達のように手間暇をかけさえすれば、これを出し抜くこともできるのだ。

 相手の一枚上を行ったという満足感に浸ってレットーは笑みを浮かべた。「へへへ」と心の底から愉快な気分になって笑った。
 こうして木製の車輪が石ころや砂土を踏む、ガラガラザラザラという音を響かせながら、彼らはアルヌスの麓へと近づいたのである。










 自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃっています。

 「商売繁盛編」      -3-










「デアビスの街に店舗と倉庫に使える建物を確保しました。中心街からは少し離れていますが、行商人が多く集まって来ることが予想されますから、敷地を広くとれる方がよいと考えました。倉庫も広めのものを借りることが出来そうです」

 事務所の机に置いた羊皮紙の地図と店舗の絵図面を指さしながら、トラウトはアルヌス生活者協同組合デアビス支店を開くのに必要な資金、設備、準備期間等についての計画を述べていく。

「主立った役職につける者については私の知人にふさわしい者がおります。声を掛けましたところ色好い返事がありましたので、身辺の整理がつきしだい来てくれるでしょう。皆それぞれに信用のおける者達ですよ。ただ、それだけだとどうしても働き手が不足してしまいます。貴重な商品を扱う仕事なだけに誰でも良いというわけにはいきません」

 レレイは肯いた。
「それについてフォルマル伯爵家に、働き手の紹介依頼を出すことにした」

「ふ~ん。いい感じねぇ」
 話が順調にまとまっていく様子が快いのかロゥリィも上機嫌そうに微笑んだ。
 レレイはいつものように無表情で図面を確認している。テュカは「これでここにやってくる行商人の数が減らすことが出来るわ」とホッとした表情を見せた。

「野宿の商人達が木の枝を勝手に伐ったり、水を汚したりするのがどうしても気に入らなかったの」

「それでしたら宿をお造りになればよかったでしょうに」

 商売に遠路はるばるやって来て、商談の前夜に野宿しなければならなかったトラウトは何度か恨みがましい気持になったことがある。自分一人ならまだしも妻も一緒なのだからせめて雨風野露がしのげる場所を提供しろと月に向かって吼えたものだ。なにしろ彼の妻は、嫌味を発する技術においては余人の追従を許さない域に達していて、それを聞きながらではいくら満天の星空を眺めていても、安らかな眠りが得られることはあり得なかったのだから。

 とは言え、こうして内情を理解できる立場になってみると、コダ村から逃れてきた難民達に宿を建てて経営しろと言うのも無理難題であったとわかってしまう。だから今は精々協力して組合の仕事を手伝い、ついでに組合の施設に泊めて貰える立場を得ることにしたのだ。それに支店の立ち上げと経営は、将来自分の店を持つための予行演習になるし、行商とは趣の異なる店舗経営の経験を得る良い機会でもある。人脈も広がる。良いことばかりだ。

「それと完全に行商人が来ないようにするならば、支店をログナンと帝都にも開くことをお勧めします。そうすれば、行商人は手近な支店へと向かってここまでは来ないでしょう」

 そうすればこのアルヌスは、日本から入ってきた品物を各地に発送し、各支店を統括する拠点としての役割を果たすだけでよくなるとトラウトは説明した。

「3箇所も必要ぉ?」
「そこまで仕事を大きくしたくはない。わたしたちだけでは捌ききれなくなった商売を肩代わりしてくれればよい」

 ロゥリィとレレイの言葉に、トラウトは呆れたように言った。

「欲のないことですね」

「急に大きくなったら手に負えない。人が増えすぎると目も行き届かなくなる」

「ですが、その為に高額な報酬で私を雇って下さったのでしょう? 細々としたことはお任せ下さい」

「別にぃ、そのためだけで支店をつくるわけじゃないわぁ」
 では、どんな理由? と問いたいげなトラウトの視線に、ロゥリィは肩を竦めた。

「あたしぃがここに行商人を寄りつかせたくないのはぁ、このアルヌスが戦場(いくさば)だってこともあるのよぉ」

 レレイもテュカも同意とばかりに肯いた。
 あまりにも平和なためについ忘れかけてしまうが、ここはいつ何時戦闘が再開されてもおかしくない場所なのだ。下手をすると、行商人達が巻き込これてしまう。それを恐れるのだとロゥリィは言った。

 だがトラウトはそんな心配は不要だと一笑する。

「聖下。戦士が戦場に倒れるのは本懐と聞きます。それは商人とておなじなのです。危険な道中をあえて進むのは利を求めてのこと。その結果命を落とすことになったとしても、それは商人として勇気をしめしたからにすぎません。案じて頂く必要はありません」

 それを聞いても、ロゥリィは心配そうに嘆息した。

「商人の魂はあたしの管轄外だからぁ冥福を約束できないわよぉ」

「皆それぞれに信じる神を抱いておりますので、ご心配には及びません。それに進んで危険な目にあいたいわけでもありませんから、それぞれに鼻を利かせて危ないことは避けるはずです。今、行商人達が寄って来るのは危険と利益とを秤に掛けて、価値があるからと踏んだからです。ご心配下さるのは光栄ですが、それも過ぎますと侮られていると思いたくなりますよ」

 戦士や兵士はどうしても商人という存在を一段低く見る傾向があるとトラウトは愚痴をこぼした。現実に、武器を突きつけられれば戦うこともなく逃げ回るだけだから、女子供、老人同様に庇護すべき対象として扱われる。もちろん、実際に庇護されるよりは襲われて全てを奪われることの方が多いのだが。

「聖下も戦神でらっしゃるが故に、我らを保護すべき存在と感じてらっしゃるのでしょう。ですが、我々も戦っているのです。ただ立ち向かうものが、槍や剣先ではないだけです」

 するとロゥリィはきょとんとした表情でトラウトを見つめた。まるで見直すかのように。そして軽く微笑むと彼の言を認めたことを肯いて示し「誇り高いのねぇ」と告げた。

「ご理解いただけて感謝します」

 トラウトは恭しく頭を下げると、本題であるところの自分の計画についての説明を続けようとした。この計画にはたくさんの商人が参画する。国王と取り引きする巨大商会が扱うような金額が動いて、なおかつ成功の見込みも極めて高い。一介の行商人に過ぎなかった彼の言葉にも自ずと気迫と力が籠もった。

「それで私の支店で扱う品物なんですが、品揃えについては……」

 だが突然の戸の叩く音に話の腰が折られてしまい、彼の意気込みは嘆息にとって変わられた。

「だれ?」とレレイ。

「ガストンです」

 料理長であった。ガストンは「話の邪魔をして申し訳ありません」と言いながらも部屋に入ってくるとレレイ達を前にして報告した。

「実は、(丘の)上に納める野菜が、まだ揃わないんですが……」

「え?」

 行商人は次から次ぎへと来る。だから品物の入荷が途切れたことはなかった。それだけに荷が足りないと言う事態が起こるなど考えられなかったのである。

 とは言え料理長がわざわざ冗談を言いに来ることも考えられないわけで、事実を確かめるべくレレイ達はトラウトらと共に、慌てて倉庫に向かった。そして現実を目にすることとなる。

 なるほど、見ればいつもは行列が出来ているはずの荷馬車が今日に限っては少ない。そのために倉庫に納められる野菜類も、必要量に達していなかった。

 テュカは倉庫を見渡した。
「全く入って来てないという訳ではないのね。でも、どうしたのかしら?」

 居合わせた行商人達に何か問題があったのかと尋ねてみる。だが、よくわからないと言う答えであった。ここに来るまでの道が塞がっているということもなく、自分達は問題なくここに来ることが出来たと言うのである。

「何か理由が考えられる?」
 テュカの問いにトラウトは腕を組んで眉根を寄せた。

「う~む。行商人達は別に綱で繋がれているわけではないのですから、好きなところへと行くことが出来ます。ですから皆が他の街に向かったのが重なったという可能性は確かにありましょう。ですがこのアルヌスは、行商人にとってはもっとも利益のあがる通商路です。その旨味を知っていて、なお他の道を行く変わり者がいてもおかしくはありませんが、皆が一斉にと言うのはとても考えにくいですね。街道が軍隊や、崖崩れなどでふさがれているのでなければ、別の何かかも知れません」

「別の何かとは?」

「例えば、行商人達が値を釣り上げるために、皆で語らって一斉に荷を運ぶのをやめた。あるいは、野菜の価格が高騰した。または、盗賊などの跳梁でしょうか?」

「荷の値を釣り上げるために皆が徒党を組むなんてことあり得るの?」

「ないとは言えません。けれどそれは結束力の強い団体でもなければ難しいことです。いずれにせよ、調べてみる必要があるでしょう。とは言え当面の問題は、原因などよりも納期の迫っている品物を早急に揃える必要があると言うことです」

 トラウトはそういって経営上の危機に陥っていることを指摘した。

 しかし、そうは言っても、近くの村や街へと往復するだけで1日以上かかる。売買交渉に手間取ればさらに時間を必要とするだろう。それに、実際に品物を仕入れようとしても、それをするだけの人手が現在の組合には存在していない。

 品物を自分達で買い集めるのではなく、行商人が持ってきた物を買うというやりかたの脆弱性が、暴露されてしまった瞬間であった。

「今日明日は在庫があるからなんとかなる。でも、この状態が明日以降も続くようならば、契約を果たせなくなってしまう」

 皆の間に重々しい空気が流れた。

「レレーナさん。どうでしょう、事情を説明して取引先に待って頂いては。その間に品物を掻き集めるのです」

 トラウトの言うとおりであった。それしか他に手だてはない。

 レレイとテュカはその足で丘を登ると柳田に面会を求めて、納品期限の猶予を頼むことにした。余計な仕事を増やすことになるだけに、了解してくれるとしてもきつい嫌味のひとつか二つ言われると覚悟してである。ところがどうしたことか、意外にもすんなりと肯いてもらえて拍子抜けである。

「このぐらいのことは織り込み済みだ。何しろここは戦地だ。物流が滞りなく行くなんて思ってないって。平和な日本だって電車がとまったり、事故が起こったりなんかしょっちゅうなんだ」

 物わかりの良い言葉に、レレイもテュカも安堵のため息をついてしまった。

 とは言え心配事がひとつ片づくと柳田にしては珍しいその温厚な態度が妙に気になる。この事態が彼にとって都合がよいのか、それとも何か良い出来事でもあって機嫌がよいのかと邪推したぐらいだ。

 だが話を聴いてみれば戦闘状態というものに対する考え方の違いが大きかったようである。

 日本を含めた門の向こうの世界では、戦争は産業基盤、道路、橋と言った施設を破壊することが多く、その状況下では注文した品物が指定した期日どころか、無事に到着するかどうかも怪しいと言うのだ。従って物資の調達に不都合が起きたとしてもおかしくなく、現地での物品調達では計画に余裕をもたせてあると言うことである。

 柳田の説明が進むに連れてレレイとテュカの二人に漂っていた重苦しい空気は取り払われていった。だが柳田が引き続き説明していくにつれて何とも言い難い不快感を味わうこととなった。

「中東の連中なんて期日は守らないわ、品物は揃わないなんて当たり前だったかんな。この特地でも似たようなもんだろ。しかも女子供に任せた仕事だから、あんましアテにしてないんだ。だから納期がたまに遅れるぐらいのことは堅苦しく考えなくていい。仕事を頼んだのだってぶちゃけた話、現地調達で経費の削減努力をしてますってポーズを政治屋に見せるためだったんでな」

 それは優しげな声色で語られたものであったが、何かこう高みから見下ろすような視線を感じさせる言葉でもあった。どうにももの凄く軽く扱われている気分である。貨幣の交換比率の不公平を是正するとか何とか言っていたくせに、そのあたりの理由はどこにいってしまったのだろう。

 それでも言い返すことが出来ないのが、実際に約束を果たせていない立場のレレイ達である。

 さらに柳田の言葉は続いた。

「そうは言ってもだ、これがまた遅れるなんてことになると、お前さん達ひとり1人の信用に関わるぞ。なんとか努力はしろよ。問題点はわかってるんだろう?」

 もちろん、レレイもテュカも自分達の弱点を克服する方法はわかっている。

 当面は、買い取り価格を釣り上げて行商人達を走らせるしかないが、今後の仕入れは行商人任せにするのではなく、自分達で……さすがに農村地帯を自分達が買い歩く時間はないから従業員を雇うことになるが、そうやつて品物を確保することが必要となるのだ。

 ただしそれだと、安全面での問題が気にかかる。

 自衛隊の支配域にある、このアルヌスとその周囲は大丈夫だ。だが、その外側の帝国支配域ではどうだろう。軍事力の喪失。治安維持能力の低下で、少し前のイタリカのように盗賊を生業とする者が出没していてもおかしくない。帝国軍もどう出てくるかわからない。そんな場所に従業員を送り出す以上は、不測の事態に備えて護衛ぐらいつけなければならない。

 トラウトはああ言ったが、それは心意気の問題であって雇う側が無策のままで良いと言うことでは決してないのだから。

 だが、護衛や従業員を雇うと言うことは給料を払うと言うことである。
 つまり毎月決まった日に、皆にお金を配ると言うことである。

 すでに料理長を始めとして仕事を手伝ってくれている皆に対しては既にやっていることであるが、その規模が増えれば増えただけのお金を安定して確保できる仕組みをつくらないといけない。その為には今よりももっと仕事を大きくする必要があった。そしてそれこそが、レレイが躊躇いを感じることであった。

 従業員を雇い入れればその生活を支える責任が生じる。その責任を果たすために、利益をとことん追求する。それはもう、コダ村からの避難してきた自分達が生活していくための商売とは、次元の違う話となってしまうからである。

 だが、ここまで来たらもう遅い。引き返すならもっと前であるべきだった。

「少し調子にのりすぎてたかも知れないわね」

 テュカの言葉に、確かに自重が足りなかったかもしれないとレレイは思った。





    *     *





 アルヌスに入ったレットーは後の仕事をエッドに任せると、シャープスと共に食堂へと向かった。

 そこには大工達や行商人達ががつがつと飯を喰らいつつ、日本から輸入された酒をチビチビと呑んでいるという活気にみちた混雑があった。

 かつてはこの食堂は組合の身内しか利用できなかった。

 だが、料理長の提案によって大工達に酒を出すようになったのをきっかけに一般開放され、作業員ばかりでなくここを訪れる行商人達も利用するようになっている。出される酒は少しばかり値段が張ったが、料理が美味いので大いに繁盛していた。

 堅気の商人を演じるならず者達は、空いている席を確保するとどっかりと腰を下ろし長年の習慣からかまず周囲を見渡した。自分達の安全を脅かすような者がいないか、逃げ出すとしたらどちらへ走るべきかの確認である。彼らの安全を脅かすのは捕吏や賞金稼ぎばかりでなく、粗暴にしてもトチ狂ったレベルに達している者とか、競合する同業他社などが含まれる。

 そして、とりあえず大丈夫とみなして初めて注文の声を上げるのだ。

 間髪置かず「あ、は~い」という甲高い返事が響く。

 それは店や町を覆う陽性の活気に影響を受けた明るい活き活きとした成分を含んでいる。退廃と猜疑の渦巻く悪所街では絶対聞くことができないような性質のものだ。その声の主である猫耳ウェイトレスは、レットーの顔を見ると凍り付いたように動きを止めた。

「あ、レットー、来たんだ……」

 緊張を孕んだ声に、男二人はニヤリと嗤った。

「よお、ニキータ。元気で働いているようだな。父さん嬉しいぞ」

「あ、う、うん……それより何にする?」
 見ての通り忙しいので早く注文して欲しい。

 ニキータは余計なことは言うまい、聞くまい、尋ねられまいとするかのごとく、注文だけを手早く取ると、忙しさを言い訳に逃げるように厨房へと走った。

 もちろん、そんなニキータの心底はレットー達にとってはお見通しである。

 いろいろと後ろめたい素性を隠しながらも堅気の店で働き、ささやかな幸せをつかみかけた途端に、過去を知る男にでくわした。そんな顔をしていたからだ。

「あいつ、自分を堅気だと勘違いしてやがったな」

 組合事務所から支払い受けとってきたエッドが、ニキータの背中から尻のあたりに視線を走らせながら腰を下ろした。

 テーブルの上には銀貨の詰まった袋が置かれた。シャープスはふんと鼻を鳴らして、手にとって重さを感覚で計る。

「いつもより多いな。さすがに品物が入ってこなければ値を釣り上げざるを得ないってことでしょう」

「そんなもん、はした金だ」

 レットーはその程度の額には興味がないと言わんばかりに鼻を鳴らした。

 大金を稼いだように思えるが、この程度の儲けでは商品の買い付けやら手下連中への給金、旅程中の食糧費等をさっ引けば、半分くらいしか残らないからだ。その程度の利益では一日、二日豪遊したら終わってしまう。彼らの考える稼ぎとは、もっともっと大きなものなのである。そう一ケ月、二ケ月豪遊したとしても使い切れない程の。

 そんな不満足な気分だからだろう、周囲で食事をしている商人達を見渡すと口をついて出てくるのは愚痴ばかりである。

「もう少し閑散としているかと思ったんだがな。意外と集まってるじゃねぇか。もっとこの近くで仕事をしたほうが良いか?」

「いや。流石に不味いでしょう。丘の上にいる『あの』連中は、空から監視しているそうですからね。あっと言う間に見つかって追われちまいますぜ」

「はぁ……結局今やってることを地道に続けるしかないってことか」

「そのあたりは我慢しやしょう。それでエッド、組合の連中どんな様子だった?」

「流石に動揺を隠せない様子だったぜ。話ついでに倉庫を覗いて来たけど、いつもなら一杯になっている野菜もほんどなかったし。だからしゃかりきになって品物を集めようとしたぜ。破格の値段を約束して行商人連中に片っ端から声を掛けてる。俺も3日以内に品物を集めてくればこれまでの3倍は出すって言われたぜ」

「と言うことです、レットー」

「つまりは連中の尻に火がついたってことだ。ここでもう一押しすれば面白いことになるだろうさ。よし、ニキータを呼べ」

 聞き耳を立てられたとしても咎められない程度のぎりぎりの内容にとどめた会話をしつつ、男達はほくそ笑むのだった。



 一方、レレイ達は仕入れの全てを行商人に頼り切るのではなく、組合からも人手を出して商品の買い付けをすることにした。提案者はデアビス支店の責任者に内定しているトラウトであり、レレイ達は協議の末に彼の提案を受け容れた。

「これが私にとって、行商の仕納めになるでしょう。これまではここに座ることが私の日常ででしたが、これが終いと思って座るとなんだか感慨深い物がありますね」

 トラウトはそう言うと愛用の荷車を引き出し来ると御者席に座った。彼は自ら買い付けに行く言って志願していたのである。

 その隣には彼の妻が当然のように座っている。

「ミューティを護衛につけるわぁ」

 ロゥリィの言葉で、馬を牽いてきたミューティが一歩前に出る。急いで支度したのだろう、肩で息をしていた。その武装した姿は元傭兵だけあってなかなか様になったものだ。

 ところが妙齢の女性を護衛につけると言われたトラウトは、何か都合の悪いことでもあるかのように、微妙な顔つきとなった。

「折角のお申し出ですが、結構ですよ」

「雇い主の言うことにはぁ従っておきなさいぃ」

「ですがその、あの……私にもいろいろと都合がありまして」

 ちらちらと隣にいる細君の顔色を伺う様子は、この夫婦の力関係を微妙に表しているようである。男は声を低く下げて言った。

「実は私の妻は、女性と道連れになるのをものすごく嫌がりまして……」

「それは綺麗な女が傍らにいるとぉ、誰かが脇見してしまうからではないのぉ?」

「そ、そんなことはありません」

 彼の妻は、声を張り上げて否定する夫を無言のまま見つめた。
 それはただの無言ではなく、ある種の圧力というか重圧を被害者に感じさせる迫力に満ちた無言であった。

 本当か? その言葉は本当か? としきりに問いかけているかのようであった。

「そこまではっきり言うなら大丈夫よねぇ」

 ロゥリィは身を乗り出すと、いたずらっぽい笑みで彼の妻へと話しかける。

「…………」

 トラウトの妻はチラと視線をミューティの肢体に走らせると、再び無言のまま夫の背中を見つめなおす。なんで女が、何で女が、なんで女がという無言の愚痴が、トラウトのみならず皆の耳にも聞こえてきそうな程である。

 すると包みを抱えたニキータが食堂からやって来ると、トラウトに「はい。食事です」と食料を差し出しながら問いかけた。

「どちらの方角に行くんですか?」

 何気ない問いであったために、心理的にいっぱいいっぱいだったトラウトも何気なく答えた。

「折角ですから、イタリカ方面に向かってみますよ」

「気をつけてくださいね」

「はい」

「本当に、気をつけてくださいね」

 ニキータのその言葉にはなんとも言えない思いのこもった響きがあった。
 これがまたトラウトの細君にどのように受け取られたかは、言うまでもないことであって、隣からの無言の圧力が耐え難いまでに高まったトラウトは逃げるようにして手綱を降るのだった。

「え、ええ。じゃ、じゃぁ言ってきます」

 それはこの場を立ち去ることで、自分が陥っている危険な状況をやり過ごすことができると硬く信じているかのような慌ただしさであった。

 あっという間に遠ざかっていく。

「帰って来たら支店の話をしますからねっ!」

 振り返って必死に叫ぶ姿には、レレイやテュカもかけるべき見送りの言葉を発し損なってしまったほどである。

「ちょっと虐めすぎじゃないですか?」
 そんな事を言いながらミューティは馬に跨った。

「いいのよぉ。もう二人きりの生活ではないのだから馴れて貰わないとねぇ」

「ウチ、なんだか悪いことしてるみたいな気分です。完全におじゃま虫ですよね」

 するとロゥリィは心配そうにミューティの膝に手を当てた。

「くれぐれも言っておくけどぉ、寝取っちゃだめよぉ。それともあたしぃがついて行くべきかしらぁ……」

「聖下が、赴かれるほどの仕事じゃないですよ、任せて置いてください。ウチがいくら惚れっぽくても、妻帯者にまで手を出したりしないですよお」

「じゃあ、任せたわよぉ」

 ミューティは馬の首を翻させると鞭を当てる。

「行ってきますっ!」
 そしてこう言い残すと先行したトラウト達を追うのだった。



    *    *



 伊丹指揮する第三偵察隊は、今日もアルヌスを離れ、近隣の住民との接触や周辺情勢把握のための偵察任務にいそしんでいる。

 とは言え、帝国皇女ピニャ殿下の協力を得て帝国との交渉にとりかかろうとしている今の段階では、自衛隊側から帝国の支配領域奥深くに分け入って進む必要性も少なくなって、彼ら第三偵察隊に与えられる任務はフォルマル伯爵家との連絡業務が主たる物となりつつあった。もちろん、地元住民との交流にはじまる情勢把握が軽んじられているわけではないが、コダ村からの避難民がアルヌスで生活を始めると、それにともなう形で特地の情報がどんどん入って来るようになったから、その必要性が相対的に低下したのである。

 ならばこれで伊丹達の……いや、彼の仕事が楽になったかと言うとそうでもなく、今もイタリカからの帰り道に高機動車は後方に軽装甲機動車と73式小型トラックを置き去りにする形で悪路を爆走していた。

 土煙を上げ、道なき道を突き進むその様子は何かに追われているか、はたまた困難にあった人を救わんとして現場に駆けつける緊急車両のごときであった。

 凸凹の激しい悪路を高機動車はものともせずに走り抜けていく。

 車体は弾むようにして大きく跳ねた。そしてその度に後席からは、女性の悲鳴にも似た叫び声が響く。

 助手席の伊丹は何度も振り返ろうとした。

 だが席から投げ出されないようにつかまっているだけでも精一杯であった。せめて言葉だけでもかけようとするのだが、車体が上下に激しくゆすれるために口を開くと舌を噛みかねない。ために歯を喰いしばって衝撃に耐えることしか出来なかったのだ。

 運転する倉田は額に冷たい汗を流しながら必死になってステアリングを操り、床を踏み抜くほどにアクセルを踏みこんでいる。

 伊丹はその様子を横目で見ると歯の根をあわせたまま、唸るようにして叫んだ。

「く、くらた。倉田! もっとゆっくり……」

 だがそんな伊丹の声を背後からの悲鳴が覆い隠してしまう。そればかりか倉田をせかすように叫ぶのだ。

「きゃぁぁ! 凄いっ、凄いっ! もっと速くっ!」

「任せておいてくださいパナッシュさん。行きますよっ!」

「違う。わたくしの名はパナシュだっ!」

「た、頼むよぉ。もっとゆっくりって言ってるじゃないかぁ!!」

 どうやら呻りをあげるエンジン音にかき消されて、倉田の耳には伊丹の懇願は耳に入らないようであった。

 そう。今は、連絡業務のついでという形でフォルマル伯爵家から託された荷物……例えばピニャ・コ・ラーダ皇女殿下からアルヌスに派遣された語学研修生とか、そのお着きのメイドさん達に届ける手紙とか、同じく彼女たちの私物といった物をアルヌスに運んでいる真っ最中なのである。

 特に今回は、語学研修生のお嬢様そのものが連絡員として乗り込んで来ている。その名もカルギー男爵の一人娘、パナシュ。彼女はピニャ率いる騎士団・白薔薇隊の隊長であり、その美貌と凛々しさから騎士団内では男女を問わない人気を集める憧れの君でもある。

 その彼女も、最初はとてもおとなしくしていた。

 おとなしいといっても、それは物静かで落ち着いていると評するべきのものであり、男装の麗人と呼ぶにふさわしい端正な物腰に付随する物であった。

 なのにそれが桑原に「こちらに腰掛けてください」と案内され高機動車に乗り込んだ途端、物怖じして小さくなっていると表現するしかないぐらいに縮こまってしまったのである。

「どうしたんです?」

 フォルマル家のメイドの一人ペルシアに「また来ますからね」と再会の約束を済ませ、運転席に座ろうとした倉田三等陸曹は、パナシュの姿に気づくと初めての乗り物に緊張しているのかなと思って声をかけることにした。ペルシア達の冷ややかな視線が妙に気になったが、妙齢の女性がおびえたような姿を見せていれば、それが誰であれ声をかけないわけにはいかないだろう。これはもう男の本能、いや義務なのだから。

「いや、その、実は……」

 訥々と事情の説明を始めるパナシュの姿はまるで何かにおびえた少女のようであった。いや、事実として怯えていた訳なのだが、いったい何に怯えていたかは程なく判明する。

「前に、イタミ様にその、あの、非道いことをしてしまって。まだ何もお詫びも……」

 パナシュは伊丹を捕虜にした上に、帝国の習慣に従って虐待した責任者の片割れでもあった。

 自分のしたことがどれほど状況を悪くさせる行為であったかは、激怒したピニャにボーゼスが額に怪我を負わされてしまうという出来事があったことから理解できる。さらに事態の解決のためにボーゼスや自分に下された命令も、死んでこいと言われたに等しいほどの、非常に重たいものであった。

 その問題も、今では伊丹が寛恕したという形で一応の解決を見たこととなっている。だがそれによってピニャには返すあてのない負債が残ってしまった。その原因を作った一人としては、伊丹の姿を見て恐縮するなと言う方が無理と言えるのだ。

 しかも、ピニャから下された命令は実のところ解除されていない。ピニャとボーゼスの日本行きとか、その前後のドタバタであやふやとなってしまったが、ボーゼスとパナシュの二人に下された「身を挺して伊丹を籠絡せよ」というピニャの厳命は生真面目なパナシュの中では未だに生きていたのだ。

 だから「籠絡しなきゃ」と考える。だが年下の女性相手ならまだしも、対男性の経験は不足……と言うより全くなかったことから、どんなことをきっかけにして言い寄るべきか手管がわからずに悩んでしまい、さらにそれに伴う複雑な心情とか義務感とか、罪悪感とかが綯い交ぜになってますます身動きつかなくなってしまったのである。そしてパナシュのそんな様子が、倉田からは何かにおびえているように見えたと言うわけである。

 もちろんそんな胸中の全てを、目の前にいる伊丹に聞かれるわけにもいかないから、倉田の問いに対しては、伊丹に対する申し訳なさから縮こまっていると説明するしかない。つまりは伊丹のせいとなってしまう。

「隊長。だめですよ、こんな美人を怯えさせちゃ」

 助手席に座って「俺たち、宅配便じゃねえんだけどなぁ」と託された荷物の目録とにらめっこしていた伊丹は、倉田の言葉に初めて顔を上げた。

「え、何? 俺がどうしたって?」

「だから、パナシュさんを怖がらせていることですよ」

「俺、別に何もしてないよ」

「いいや、怖がらせてますね。でなきゃ、こんなに怯えるはずないでしょう」

「えっ。でも、俺、ホント知らないよ!」

 そんな言い訳をしながら伊丹はよっこらせと振り返った。するとパナシュは彼の視線を恐れるようにビクッと首をすくめたのである。それを見て倉田は勝ち誇ったようにホラと指摘した。

「隊長」

 倉田三等陸曹は、伊丹二等陸尉の肩をポンとたたくと言った。

「反省してください」

「反省も何も、俺なにもしてないもん」
「いいから、パナシュさんに謝ってあげてください。でないと俺は隊長が女性をいぢめたって報告しないといけなくなりますよ。主にロリっ娘とか、魔法少女とか、エルフっ娘とかに……」

 それは怖い。

 こうまで言われると、自分に非がなくてもつい謝っちゃうのが日本人の悪い癖である。察しと思いやりの精神と和を尊ぶという美徳が、事態を解決し相手の心を満たすために自らをして一歩退かせてしまうのだ。

「どうも済みませんねぇ。なんか怖がらせちゃったみたいで」

 頭をパリポリ掻きながらぺこりと頭を下げる伊丹。もちろんパナシュにはそんな日本人の美徳はよくわからない。自分が謝るべきところなのに、伊丹の方が謝ってくるという理解の出来ない状況に、ますます申し訳ない気分となってさらに恐縮してしまったのだった。

「わ、わたくしの方こそ申し訳ないと……」

「いや。それはもう済んだ話でして」

「でもそれではあまりにも申し訳なく」

「いやいやいや」

 こうして数十分間にわたって伊丹が謝り、パナシュが小さくなり、それを見てさらに伊丹が謝るという連関が続くこととなった。しかも、お互いにこんな調子なのでいつまでたっても終わらない。

 端から見ていてさすがに焦れたのだろう。桑原が「隊長。そろそろ行きませんか?」と割り込んでくれた。

 おかげで「お、おう。そうだな速く出発しないと」と、どうにかこの状況を解消することは出来た。そう解消である。解決ではない。故に車内には、パナシュの発するウジウジとした空気が漂いつづけることとなったのである。

 ところがである。

 高機動車が動き出し、速度が乗ってくるとパナシュの様子が変わった。

 重苦しい空気が払拭されて、まるで小さな子供がはしゃぐように身を乗り出したのだ。

 表情も、ぱあっと輝いて実に良い。美人の笑顔というのは何というか、男の気分を晴れやかにしてくれる効果がある。

 この娘は速い乗り物が好きなんだ。

 そう解釈した伊丹は、パナシュが喜ぶならと普段なら絶対にしないような命令を下した。

「よし、倉田。許可する。パナシュさんに高機動車の性能を体験させてあげなさい」

 こうして伊丹らの乗った高機動車は、砂煙をたなびかせて荒野を疾駆し始めたのである。

 あんまり速度を上げたら怖がっちゃうかなと思ったが、日頃から馬で野山を駈けめぐるパナシュにとって、この程度の揺れはさしたる苦痛ともならないようで、キャアキャア騒ぎつつも後部座席から、もっともっとと囃し立て運転している倉田を妙に張り切らせてしまこととなったのだ。

 程なくして、伊丹は自らの判断に修正を迫られることとなる。

 この娘は速い乗り物が好きなんてレベルじゃない。スピード狂だ!

「んじゃ今度のカーブでドリフト走行。いきますよっ!」

 滑ってる! おい、倉田。滑ってるって!

「うわっ、凄い凄い。これって横にも走るんだっ!」

 走らない。断じて走らない。車は普通横向きには走らないものなのだ。

 伊丹はそう怒鳴りたかった。

 だが迂闊に口を開くと舌を噛みそうになるので押し黙ったままだった。

 倉田とパナシュの二人が平気でしゃべりまくれるのが大いなる不思議である。
 ちなみに後席の桑原は、倉田がアクセルを踏み込んでからずっと無言である。おやっさんもそれなりの年齢なので、ちゃんと生きているかが気になる伊丹であった。

 ところがである。突然、後部座席から前に身を乗り出したパナシュが、伊丹の顔をのぞき込むと叫んだ。

「イタミさまっ。あれを!」

「危ないですよ。席に座ってください」

 激しい揺れにさらされる中で、伊丹はパナシュに座るように叫んだ。だが、パナシュは進行方向左側の方に指さすと繰り返して言う。

「あそこに何かがっ!」

 言われるままに目を向けても平原が広がるばかりで何も見えない。

「何か見えますか?」

 パナシュは今度は倉田に速度を下げて、車の進行方向を指さす方に向けるように促している。倉田は首を傾げながらもブレーキを踏むと、車の速度を少しずつ巡行速度まで下げていった。

「あれは……」

 伊丹や倉田には何も見えなかったが、パナシュには何かが見えているらしい。

 アフリカとかモンゴルとかには視力が5とか、6とか、下手すると8.0まで行く人がいると言う。もしかするとパナシュもその類の人かもしれない。

 しばらく進むとようやく伊丹達にも何かが見えてきた。

 だがそれは、馬が一頭、ゆっくりとこちらに向けて進んで来るようにしか見えなかった。

 それでもパナシュは言う。

「誰か乗ってます。しかも手傷を負っているっ!」

 やがて伊丹達の前に現れたのは、背中に矢を受けて気を失いつつも馬の背にどうにかしがみついているミューティだったのである。






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どうも全4話では終わりそうもないですね。
まぁ、終わるまで書けば良いだけだから、それはそれでいいか。





それと報告があります。











炎龍編出版決定。
スケジュールは調整中とのことで、私にもまだわからないです。









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