目が覚めたら、知らない天井だった。
板を繋ぎ合わせただけの単純な作りで、格子の影も無い。
酒飲んだ記憶も無いんだけどな、と思いながら、時計を探そうと俯せになろうとした。
「あー、」
…ん?
今は、「よっ、」と掛け声を出したつもりなんだけどな。
「あーああー」
試しに、おはよう、と言ってみた。
痛みは無いけど、風邪か?
喉に手を当てようとして、小さい手が見えた。
まさか!
手をニギニギと動かすと、その手も二ギニギと動く。
夢…だろうなぁ。
首が座ってないらしく、枕に頭が埋まっている。
首を傾けて、目の端で右側を精一杯見ると、木の柵のようなものがある。
その向こうに簡素な箪笥、ベッド。
ここは、どっかの室内なんだと分かる。
で、今自分は、赤子らしくて、木の柵。
思い当たるのは、ベビーベッド。
…まぁ、良いや。
夢だし、変に悪夢よかマシだし。
端に寄せていた眼球を戻し、疲れた目を癒す為に、力一杯目を閉じてゆっくり開
けた。
虫!?
頭の方から、黒い影が口の方に滑るように動いた。
手で払う。
空振った。
確認する為に、それを見た。
それは、トトロのスス渡りに似ていて、仄かに茶色がかっていた。
「あーあー?」
なんだこれ?と、言ったつもりなんだけど、そういえば今は赤ん坊だった。
試しに、指でつついてみた。
『それ』は、嫌がるように、指から逃げた。
追う。逃げる。追う。逃げる。
しばらく繰り返してみて、今度は、指をくるくると回してみた。
『それ』は、揺れながら、指先を追って前後に動く。
誘うように円を楕円にしてやった。
耐えきれないようで、『それ』は、勢いをつけて指を追う。
なんだかんだで、結構楽しい。
懐いてくると意外に可愛い。
しばらくやってると、どこからともなく『それ』と似たようなのも集まって来た。
茶色の他に、赤、青、緑もいる。
僕に害が無いと判断されたんだろう。
それは、嬉しいことは嬉しい。しかし、数が増えたことによって、追っかけっこ
がしんどい。
一対二十って、なんだこれ?
いや、負ける気はないけど。
こっちは、手同士のタッチ有りにして逃げる。
肩がつりそうに痛い。
しかし、負けたくない一心でやってると、部屋の外でドアの開く音がした。
その音で、『彼ら』は一斉に散らばり始めた。
コツコツと靴音。
ただ、僕は逃げ切った達成感で一杯だった。
『彼ら』は、螺旋状に上がったり下りたりしたり、天井に沿って行ったり来たり
した。
ガチャと、この部屋の開く音。
と、ここで一つ考えが浮かんだ。
これからどうなんだろ?
スプラッタなホラーじゃなきゃ良いな。
ジワジワ系はきっついなぁ。と思う。
覚悟を決めて待っていると
「起きたの?ウルシア」
覗き込んだのは外国人の女だ。
今現在の身長が感覚的に掴めないせいで、なんとなくだけど、20前後ぐらいで、
緩くカールのかかった金髪を後ろにまとめていて、おとなしいイメージを抱かせる。
「あー」
あの、とつい話しかけようとしても、やっぱり駄目だった。
「ん~、お腹空いたの?」
背中に手を差し込まれて、起こされた。
初めて下半身を含めて、自分を見れたけど、赤ん坊だと再確認しただけだった。
足を動かしてみると動く。…と、さっきまで足のあったところに、茶色い『あれ』
何故、そこをチョイスした?
声にならない声をあげながら足を戻す。
急に動いた足に女は、足の方を見、続いて僕の顔を見る。
出来る限りの作り笑顔で応えた。
早く他のとこ隠れろ。
視界の端に入る『それ』にアイコンタクトを送るが、また足の下に隠れた。
「お腹減ったんだね」
そう、女は言い、今度は全身を持ち上げられた。
もう駄目だ。
こうされたら、庇いきれない。
水平にすくい上げるように持ち上げられたので、目の端でベッドの上を見ると、
馬鹿は一匹では無かったらしい。
何故、お前らそこをチョイスする?
諦めた。
やれることはやってやった。
もう無理だ。
「ちょっと待ってね」
女は、上着の裾を持つと一気にたくしあげた。
目の前にさらけ出された乳房。
正直、興奮しないといったら嘘だ。
外国の若い女で、かなりデカい、確かにピンクとは言えないけど、近いと言えば
近い乳首。
ただ、情けない。
知り合いに見られたら、まず死にたくなる。
女が僕の頭を持って強引に近づけてきたので咥えた。
食事と割り切ることにした。
さっき、明らかに僕を見て『ウルシア』と呼んだ。
今、僕はウルシアと言う名前なんだろうか。
それにしても、ここは何処だろう?
夢には、知っている物しか出てこないはずだ。
少なくとも、こんな場所は見たことがない。
などと考えて、目の前の光景から逃げようとした。
さっさとこの時間を終わらせたくて、力いっぱい吸っていると
「お腹減ってたんだね」
女はそう言うが、もはやそれでかまわない。
腹いっぱいになるまで飲むと、口を離した。
抱えなおされ、背中を叩かれゲップをしたのを見ると、女はまたベッドに僕を置いた。
さっきと微妙に違う位置に置かれ、茶色やらの『それ』が隠れきれていない。
僕が抱えられていたとき、明らかにこの女は、目にしているはずだ。
試しに、体をゆすって女の注意を引いた後、『それ』を指差してみた。
「なに?なにかあるの?」
女の視線は、僕の指した茶色いものを通り過ぎた先を見る。
見えないのだろうか?
なら、さっきの僕の足掻きを返せ。
「もう一眠りしたら、また帰ってくるからね。」
女は僕の頭を優しく撫でた。
確かにお腹一杯で、眠い。
おでこに柔らかい感触を感じるのと同時くらいに眠りに落ちていった。
目が覚めた。
夜だった。
そばのベッドでは女が寝ていた。
まだ、この世界にいるらしい。
窓から月明かりが射している。
その中で、『それ』の緑と青が好き勝手に舞っていた。
綺麗だな。
思いながら、視線を上げていった。
で、驚いた。
月が二つある。
少し考えて、ゼロ魔が浮かんだ。
太陽が二つなら、ジョジョ。
月が二つあれば、ゼロ魔。
それくらいしか覚えが無い。
生憎と、ゼロ魔は読んだことがない。
友達に言われて、ざっとギーシュのくだりまで見た。
正式なタイトルも分からず、友達が確かそんなタイトルを言っていたという記憶ぐらい。
後は知らない。
夢なら、いつか覚めるだろう。
いまは、とりあえず、月明かりの下で踊る緑と青の彼らを眺めてることにした。