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[15301] 【習作】ゼロ魔・オリ主転生・原作知識無・チートになるかも
Name: oki◆2fcd534b ID:a3894709
Date: 2010/01/04 11:48
はじめまして。
初めて投稿します。
捜索も投稿も書き込んだことないので、掲示板の使い方が間違っていたら言ってください。
気付き次第、なるべく早く直すようにします。


以下内容について

・主人公も原作知識がないですが、作者もありません。
他の方々の二次を見て、共通項が原作なんだろうな、と思っています。
ぼちぼち買っていこうとは思いますが。

・なので、途中まで、中世ファンタジーのようになると思います。

・一応、調べてから書こうと思いますが、間違いや独自の解釈が入ります。

・アンチルイズではありませんが、作者がツンデレ属性ではないので、ルイズに冷たい部分が出てきます。ご容赦下さい。

では。



[15301] 朝、起きたら
Name: oki◆2fcd534b ID:a3894709
Date: 2010/01/22 13:19
目が覚めたら、知らない天井だった。
板を繋ぎ合わせただけの単純な作りで、格子の影も無い。
酒飲んだ記憶も無いんだけどな、と思いながら、時計を探そうと俯せになろうとした。
「あー、」
…ん?
今は、「よっ、」と掛け声を出したつもりなんだけどな。

「あーああー」
試しに、おはよう、と言ってみた。

痛みは無いけど、風邪か?

喉に手を当てようとして、小さい手が見えた。
まさか!
手をニギニギと動かすと、その手も二ギニギと動く。

夢…だろうなぁ。

首が座ってないらしく、枕に頭が埋まっている。
首を傾けて、目の端で右側を精一杯見ると、木の柵のようなものがある。
その向こうに簡素な箪笥、ベッド。
ここは、どっかの室内なんだと分かる。
で、今自分は、赤子らしくて、木の柵。
思い当たるのは、ベビーベッド。


…まぁ、良いや。
夢だし、変に悪夢よかマシだし。

端に寄せていた眼球を戻し、疲れた目を癒す為に、力一杯目を閉じてゆっくり開
けた。

虫!?

頭の方から、黒い影が口の方に滑るように動いた。
手で払う。
空振った。
確認する為に、それを見た。

それは、トトロのスス渡りに似ていて、仄かに茶色がかっていた。
「あーあー?」
なんだこれ?と、言ったつもりなんだけど、そういえば今は赤ん坊だった。

試しに、指でつついてみた。
『それ』は、嫌がるように、指から逃げた。
追う。逃げる。追う。逃げる。
しばらく繰り返してみて、今度は、指をくるくると回してみた。
『それ』は、揺れながら、指先を追って前後に動く。
誘うように円を楕円にしてやった。
耐えきれないようで、『それ』は、勢いをつけて指を追う。
なんだかんだで、結構楽しい。
懐いてくると意外に可愛い。

しばらくやってると、どこからともなく『それ』と似たようなのも集まって来た。
茶色の他に、赤、青、緑もいる。
僕に害が無いと判断されたんだろう。
それは、嬉しいことは嬉しい。しかし、数が増えたことによって、追っかけっこ
がしんどい。
一対二十って、なんだこれ?
いや、負ける気はないけど。

こっちは、手同士のタッチ有りにして逃げる。

肩がつりそうに痛い。
しかし、負けたくない一心でやってると、部屋の外でドアの開く音がした。

その音で、『彼ら』は一斉に散らばり始めた。

コツコツと靴音。

ただ、僕は逃げ切った達成感で一杯だった。
『彼ら』は、螺旋状に上がったり下りたりしたり、天井に沿って行ったり来たり
した。


ガチャと、この部屋の開く音。

と、ここで一つ考えが浮かんだ。
これからどうなんだろ?
スプラッタなホラーじゃなきゃ良いな。
ジワジワ系はきっついなぁ。と思う。
覚悟を決めて待っていると
「起きたの?ウルシア」
覗き込んだのは外国人の女だ。
今現在の身長が感覚的に掴めないせいで、なんとなくだけど、20前後ぐらいで、
緩くカールのかかった金髪を後ろにまとめていて、おとなしいイメージを抱かせる。

「あー」
あの、とつい話しかけようとしても、やっぱり駄目だった。

「ん~、お腹空いたの?」

背中に手を差し込まれて、起こされた。
初めて下半身を含めて、自分を見れたけど、赤ん坊だと再確認しただけだった。
足を動かしてみると動く。…と、さっきまで足のあったところに、茶色い『あれ』

何故、そこをチョイスした?

声にならない声をあげながら足を戻す。
急に動いた足に女は、足の方を見、続いて僕の顔を見る。
出来る限りの作り笑顔で応えた。
早く他のとこ隠れろ。
視界の端に入る『それ』にアイコンタクトを送るが、また足の下に隠れた。

「お腹減ったんだね」
そう、女は言い、今度は全身を持ち上げられた。
もう駄目だ。
こうされたら、庇いきれない。
水平にすくい上げるように持ち上げられたので、目の端でベッドの上を見ると、
馬鹿は一匹では無かったらしい。

何故、お前らそこをチョイスする?

諦めた。
やれることはやってやった。
もう無理だ。

「ちょっと待ってね」
女は、上着の裾を持つと一気にたくしあげた。
目の前にさらけ出された乳房。

正直、興奮しないといったら嘘だ。
外国の若い女で、かなりデカい、確かにピンクとは言えないけど、近いと言えば
近い乳首。
ただ、情けない。
知り合いに見られたら、まず死にたくなる。
女が僕の頭を持って強引に近づけてきたので咥えた。
食事と割り切ることにした。

さっき、明らかに僕を見て『ウルシア』と呼んだ。
今、僕はウルシアと言う名前なんだろうか。
それにしても、ここは何処だろう?
夢には、知っている物しか出てこないはずだ。
少なくとも、こんな場所は見たことがない。
などと考えて、目の前の光景から逃げようとした。
さっさとこの時間を終わらせたくて、力いっぱい吸っていると
「お腹減ってたんだね」
女はそう言うが、もはやそれでかまわない。

腹いっぱいになるまで飲むと、口を離した。
抱えなおされ、背中を叩かれゲップをしたのを見ると、女はまたベッドに僕を置いた。
さっきと微妙に違う位置に置かれ、茶色やらの『それ』が隠れきれていない。
僕が抱えられていたとき、明らかにこの女は、目にしているはずだ。
試しに、体をゆすって女の注意を引いた後、『それ』を指差してみた。
「なに?なにかあるの?」
女の視線は、僕の指した茶色いものを通り過ぎた先を見る。
見えないのだろうか?
なら、さっきの僕の足掻きを返せ。
「もう一眠りしたら、また帰ってくるからね。」
女は僕の頭を優しく撫でた。
確かにお腹一杯で、眠い。
おでこに柔らかい感触を感じるのと同時くらいに眠りに落ちていった。






目が覚めた。
夜だった。
そばのベッドでは女が寝ていた。
まだ、この世界にいるらしい。
窓から月明かりが射している。
その中で、『それ』の緑と青が好き勝手に舞っていた。
綺麗だな。
思いながら、視線を上げていった。
で、驚いた。
月が二つある。

少し考えて、ゼロ魔が浮かんだ。
太陽が二つなら、ジョジョ。
月が二つあれば、ゼロ魔。
それくらいしか覚えが無い。

生憎と、ゼロ魔は読んだことがない。
友達に言われて、ざっとギーシュのくだりまで見た。
正式なタイトルも分からず、友達が確かそんなタイトルを言っていたという記憶ぐらい。
後は知らない。
夢なら、いつか覚めるだろう。
いまは、とりあえず、月明かりの下で踊る緑と青の彼らを眺めてることにした。



[15301] 夢じゃなかったら
Name: oki◆2fcd534b ID:dbcbda1c
Date: 2010/01/22 13:18
赤ちゃんの仕事は寝ることだ。とは、良く言ったものだ。
いい加減、夢から覚めること無く続くこの世界を受け入れられるようになってきた今日この頃。
一日に20時間くらい寝ている気がする。
時計なんて無いから、あくまで感覚的なものだけど。
ここの家は農家らしく、祖父のロックは朝から畑へ行く。
祖母のテスは、家事や繕い物を、母親のミアは、村の中央にある集会所に行き、
他の奥様方と収穫物の仕分けや機織り、小物作りに勤しんでいた。

父親は居ないようだった。

家族の話の中にも出ず、及びそうになると急に話を変えた。
時折、祖父や祖母、奥様方から向けられる視線には同情が見えた。

死んだのだろうか。

お金が無いから捨てられる、なんてことは無さそうなので、別に構わないけど。

日中、僕のすることといえば寝てるか、『彼ら』と戯れるくらい。
『彼ら』は、どこからともなく現れる。
晴れている日は赤と茶が多いけど、雨の日は緑と青が多い。
何か決まりがあるかもしれないけど、構う相手がいれば暇潰しにはなる。
段々、感情が分かるようになった。
っていっても、遊んであげれば嬉しい、疲れて止めれば悲しい。
その程度。
困るのは、食事と排泄。
泣けば、母親は気付いてくれる。
しかし、排泄はまだ建物の陰などに移動してくれるが、食事はその場で胸を差し
出される。
他の女性の視線を浴びながら、女性の胸を吸う。

なんという羞恥プレー。

将来、絶対にこの村を出る。
死ぬまで、この時の話をされるなんて、考えただけで泣きそうだ。

そんな風に日々が過ぎていった。


半年程経ち、夏を迎えたある日の夜。

日中寝ていることもあって、急に目が覚めた。
室内は暗く、まだ深夜だと思われた。

ふと目をやったベッドに母親はおらず、気配を感じて視界を窓に向けた。

母親は、窓際に椅子を動かし月明りで手紙を読んでいた。
2枚ほどの手紙を持っているが、何かを思いだしながら、考えながら読んでいるのか、じっくりと時間をかけて読んでいた。

陰になって、顔は見えない。

父親の残した手紙なんだろうか。

何で死んだかは知らないけど、この時は、母親に同情した。
もっとも、赤子に出来ることなんか無く、見なかったことにして、寝ることにし
た。

慰めるのは、時間と月の光の中舞う『彼ら』に任せる。


その日から数日間、母親は、たまに考え込んでいるような姿を見せた。
僕としては、父親のことを思い出してるんだろうと思っていた。

数日経った日に、母親は、仕事を早引けした。
僕を抱えあげると、集会所を出た。
『彼ら』は、不満そうだったが、決定権が僕に無い以上仕方ない。
手だけは振っておいた。

母親は、家の方向とは違う方に早足で歩いて行く。
抱えられてる方としては、とうとう捨てられるかとヒヤヒヤしている。
思い当たるのはその位しかない。
そもそも、村の生活圏は狭い。
外から来る行商人がかろうじて、中央の情報をくれるのみ。
大体の人は、村の中で生き、死んでいく。
たまに村を出て行く若いお兄さんもいるが、戻ってくる若くなくなったお兄さんもいる。
根が農民で、ここしか知らない人間が街で大成するのは難しかろう。
隣の村に嫁いでいった娘ですら稀に手紙をくれるのみだと、言っていた。
主産業が農業なだけに、力仕事に向かない女の身に、手紙代やら生まれた村に帰ってくる自由を与えてくれるとも思えないが。
そんな環境の中、母親が子供を抱えて村のはずれへなんて、思い当たることは多くない。
あんたの最愛の人の子供だぜ。と説得したいところだ。

必死に「あーあー」と声を上げてみる。

「もう少しだからね」と、母親。

なにがもう少しなんですか!?

すわ、捨てられるの確定ですか?

前で抱き抱えられてるせいで、見えるのは遠ざかっていく村の中心部。
大して大きい村でも無いので、すぐ小さくなっていく。

やがて、村の外れ、林に入るところで、母親の足が止まる。

ここなら、なんとか帰れるな。と考えていた。
申し訳ないが、せめて歩けるようになるまで待って欲しい。


「ミア」
知らない声がした。
「ウルド様」
母親の声。
誰だ?
「その子が」
「はい」
顔を見ようと、体を捩り始めたところで知らない手が差し込まれ、持ち上げられ
た。
「立派な子だ」
目の前にいたのは、なかなか精悍な顔をしたおっさんだった。
この村じゃ見ない上等そうな服に、整えられた髪と髭。
厚手のマントを纏っている。
貴族なのか?
「名は?」
おっさんは、母親に顔を向けた。
「ウルド様の名を頂き、ウルシアと」
聞くと、おっさんは、嬉しそうに、
「ウルシア、我が子よ」
と、叫び、僕を上下に揺すった。
おっさんの肩が動くのにつられて、マントの肩のところから、茶色の『彼ら』が
一匹姿を見せた。
「あー」と声をあげた。
それが良かったのか、おっさんは、さらに激しく動かしたあと、僕を抱き締めた。
手で出て来た『彼』を叩いてみたが、愛情表現にとられた。
このおっさんにも見えて無いんだろうか?


その後は、男女の会話だった。

僕は、気を使ってそっぽを向いていた。
ついて来たり、こんな場所にもいるのか集まって来た『彼ら』に息を吹き掛けて
遊んでいた。


察するに、母親は、このおっさんの館で働いていて、お手付きなわけか。
子供が出来ちゃって村に返された。
そんなとこらしい。
まぁ、だとしても、父親が生きていて良かったんじゃないかと思う。
僕は、別に、だけど、母親的に。


しばらく、愛の囁きを交わした後、父親は僕を母親に手渡す。

「また、会いに来る」
そう言うと、父親は、短く呪文を唱えた。
すると、『彼ら』の内の緑色が一匹すごい勢いで吸い込まれるように父親の口内
に入っていく。
「あー」
うぉ。
つい、口に出た。
それを、別れの挨拶と受け取ったのか、父親は、軽く僕の頭を撫ぜると、

浮いた。

「また、手紙を送る」
「はい、お待ちしております」

父親と母親はなんて事なく別れた。

僕としたら驚くのみだ。

ゼロ魔だから、貴族が魔法を使えるのは知ってる。


しかし、『彼ら』は魔法の基なのか?

驚いたまま『彼ら』を見ると、また息をかける遊びが始まったのかと、喜びながら逃げ出していく。

どーゆー仕組みなのか?

父親の謎は消えたけど、今度は違う疑問が湧いた。




後書き

一応、アニメで見たシエスタの村の雰囲気からのイメージです。
機織り機ぐらいあると思うんですが。





[15301] 日々が過ぎていったら
Name: oki◆2fcd534b ID:4b94a6f0
Date: 2010/01/22 13:17
父親と別れて、家に帰った後、早速『彼ら』が集まると、赤いのを一匹手で壁を
作り誘い込むようにして口に入れてみた。
赤を選んだのは、茶色は埃っぽそうだし、青と緑は黴っぽそうだったから。
赤は、頑張れば飴っぽいので赤にした。
口に入れると、突然暗くなったのに驚いたようで暴れる。
鼻で呼吸をしながら、意を決して飲み込んだ。

…何の変化も無い。

なんか条件があるんだろうか?

と、喉から何かが上がって来る感じがした。
こほん、と咳をすると赤いのが口から飛び出した。
赤い『彼』は、一目散に逃げ出し、母親のベッドの下に逃げ込んだ。

僕の周囲にいた『彼ら』も、一斉に怯え逃げ出す。

あるものは天井の隅に固り、あるものは辺を動き回った。

悪いことしたなと思ってはいるが、ここまで拒否反応を見せるとは、本当に嫌な
んだな。
ごめんごめん、と手を合わせ、頭を下げた。
この時代、この世界でゼスチャーの意味が通じるかは分からなかったけど、謝っ
ていることは解ってくれたらしい。
一匹、近寄ってきたのに手を伸ばした。
近付く手に警戒を見せたので、人差し指を伸して、軽く丸い形をしている底の部
分を擦ってやる。

くすぐったそうに喜ぶ姿に、他の奴等も耐えきれず近寄ってくる。
片っ端から撫でてやった。
赤いのは、特に念入りにやってやる。

押し合いをしながら、指先を争う彼らを見ながら考える。

条件。
やっぱり呪文だろう。
血自体は問題無いと思う。
父親が貴族なのだから。
しかし、こればかりは、試しようも無い。
魔法が使える者が周りに居ないのだから、聞いて覚えることも出来ない。
はてさて。



もう何か月かして、やっとハイハイという移動手段を自由自在に操れるだけの筋力をつけた頃。

夕食の場で、
「そろそろウルシアも乳離れの時期だと思うの」
母親は言い出した。
こちらとしては、諸手をあげて、賛成をしたい。
あの光景をこれ以上晒すのは勘弁願いたい。
「もうかい?」
祖母が不安げに意義を唱えた。

良いんです、僕は全く気にしないんで。

「大丈夫よね、ウルシア」
母親がこっちを見る。
「あーあ」
こっくりと頭を上下して答えた。
そろそろ、ママと発音出来るようになってはいるが、ここでママと言ってしまっ
ては、乳離れは延期だ。
絶対に、そうとられないようにはっきりと、「あ」の発音をしてやった。
首肯のおまけ付きだ。
「ほら」
母親は意図した通りに受け取り、祖母も受け取った。
それでも、なお怪しんではいるが。
「試しに、明日一日お前が預かってみれば良い」
祖父にそう言われた祖母は、ようやく母親の意見を受け入れた。


次の日、僕は全力で良い子を演じた。

ここに居なさい、と言われれば、例え祖母が忘れていようが、そこにいた。

昼飯の薄いオートミールのようなものも我慢して飲んだ。

愛想を振りまきながら甘えた。



効果が出たのか、帰って来た母親に
「こんな可愛くて素直な子供は居ない」
と、宣言するまでになった。

それからは、昼間は祖母と一緒にいることになった。
子供らしく、たまにちょこちょこ動き回りはするが、概ね大人しくしている。
たまに訪ねて来る祖母の友達に愛想を振りまくのも忘れない。
稀にだが、果物を持ってきてくれるからだ。
そこそこな味で羞恥プレーの母乳と不味いけど平穏なオートミールで、泣きなが
らオートミールを選んだ僕だが、貰えるならオートミール以外が食べたい。
赤ん坊が可愛いのは、自分の生きるための環境を整えるためなのだから。

友達の来訪が増え、僕への贈り物が増え始めた頃、いつもの噂話の中に母親の話が出た。
僕が既に排泄以外で泣くことは無いと分かったのか、彼女たちは、僕をそっちのけで話を始める。
僕は、『彼ら』を使ってチェスの真似事をしていた。
茶色がポーン、青がビショプ、緑がナイト、足りないのは二個積んで、そんな感じで。

「そういえば、娘が最近ミアちゃんがたまに早く帰っちゃうって言うんだけど、何か用事あるの?」
僕のビショプがとられた時だった。
「え、知らないわよ、帰ってくる時間はいつも同じくらいだし」
ドキッとした。
「なんかどこか行ってるらしいのよ」
「誰かと会ってるの?」
「ちょっとわかんないだけど、もしかしたら」
お友達はこっちを見た。
「ウルちゃんなら知ってるかもね」
祖母も見てくる。

いや、知ってるけどね。
父親です。

「あー」
首を傾げる感じで誤魔化した。
「なんて、分かる訳ないか」
「そうよね、後で聞いてみるわ」

パパ、と言うのは簡単だけど、今回は母親を助けたい。
いつかの月の光で手紙を読んでいたのを思い出すと、このくらい良いかと思う。
そして、初めて父親と会ったとき以来、実は何度か会っている。
その度に、
「この人がお父さんだよ」
そう言って、僕を父親に見せる姿が、なんか切ない。

母親が帰ってきた。
夕食が進み、そろそろ食べ終わる頃。
「ミア、今日聞いたんだけど、お前最近仕事を早く抜けてるって本当かい?」
祖母が切り出した。
「ん?」
一拍おいた後。
「前の仕事の人と会ってるの」
はっきりと言った。
「前のって、領主様のことかい?」
「そうよ」
「何故?」
「もしかしたら、また戻れるかもしれないって話」
「戻るのかい?」
祖母は驚いている。
祖父も、僕もだ。
実際そうなのだけど、村の人は、当然祖母と祖父も、うすうす僕の父親は、領主のウルド様だと思っている。
その辺は、まぁ構わない。
お手つきの話は、耳にせずとも想像できる。
少なからず、今現在各地に何人かは存在すると思われる。

驚いた理由は、ウルドさま、父親には妻がいるということなのだ。
母親は、浮気相手。
まさか、本妻の住んでいるところに、浮気相手を働かすとかありえないだろうし。
本妻が気付いてないという話はないと思う。

僕の名前だ。

ウルシア。

明らかにウルドの名前が入っている。
こんな名前を使用人の子供がつけるわけが無い。
男の使用人なら、逞しくなって欲しいとか、言い訳はあるだろうけど、女の使用人では奥方の疑惑を生む。
逆に気付いている事に気付いてるからこそだろう。
開き直りに近い。

それを母親は言ってのけたのだ。
そりゃ驚く。

「だって、お前・・・」
祖母もなんて言って良いのか、言いよどんだ。
「だって、お給料は断然良いのよ、もし働けるならそうするべきだわ。
お母さんだってそう思うでしょ」
「でも、お前、ウルシアはどうするんだ」
普段はあまり喋らない祖父も反対意見を出した。
「連れて行くわ」
母親は僕を抱き上げると、抱きしめた。
「この子だってその方が幸せよ」

それが決め手だった。
事情を知ってるのが逆手に取った言葉だった。
2人とも何も言えなかった。

「まぁ、空いたらの話よ。
今すぐって訳じゃないわ」
そう落とすと
「そ、そうよね」
「そうだな、もしかしたら空かないかもしれないからな」
それでひとまず収めた。

その後は、その話に触れることは無く、祖母は友達に
「前の職場で知り合った人に、仕事の口を聞いている」と話した。
友達も何か感づいたようだったが、
「ウルシアも連れて行きたいって言うの」
そう言われては、といった感じだった。

僕としては、魔法の件とかオートミールから逃げられるので、嬉しさ半分
虐めとか嫌だなというので、怖さ半分
とりあえず、流れに身を任せようと思う。







秋が終わり、冬が過ぎ、春が遠くなり、夏が近づいた。
僕は、ふらふらながら歩けるようになっていた。
「大丈夫?」
手を繋いでいる母親の言葉に
「大丈夫」
上を見ながら返すと、頭のバランスで後ろに転びそうなのをこらえた。
なにはともあれ、親子で並んでウルド子爵の館の門をくぐった。



[15301] 環境が変わったら
Name: oki◆2fcd534b ID:24867700
Date: 2010/01/06 14:13
贔屓目無しで母親を見れば、多分、美しい方に分類されると思う。
顔立ちは整っているし、田舎生まれの朴訥さは優しさに変わる。
稀に見せる知性は、使用人として働いていたときのものだろう。
豊かな胸と腰周りは母性を、大人しそうな顔は真面目さを。
押しの弱さは、話上手とそれによる顔の広さがカバーした。

女が化けると言うのは本当らしい。

領主の屋敷の席は確かに一つ空いた。

春先に、ウルド子爵の夫人、ガラが亡くなった。
その席に母親は身を座らせた。
既に、父親には、サルドという7歳の息子とグリッドという4歳の娘がいた。
対外的には、平民の娘など娶れないが、すぐに他の貴族の娘を娶らなくても良い環境ではあった。
子供さえいれば、ガラ夫人の親たちもすぐに別の姉妹を、とは性急に言わないのだろう。
夫人の死後、何度か来たらしいが、ウルド子爵は言いくるめたらしい。

屋敷に関係する住人は誰しも分かってはいた。
ウルド子爵は、母親に使用人の部屋では無く、元夫人の部屋を与えた。
服を与えた。
身の回りの物を与えた。
世話をする者を与えた。

着飾った母親は化けた。
整った顔立ちは美しさになり、優しさは深くなった。
滑らかなドレスは母性の他に、艶を出し始め、大人しそうな顔は庇護欲を湧かせた。
隣に貴族の父親が立とうと見劣りもしないものになった。
そして、そのように振舞った。

年配の使用人は良い顔をしなかったが、言えば応じ、分をわきまえた態度に出る母親にそうそう何度も言えず、若い使用人は母親の味方だった。

母親の顔見知りもいたと思う。
元夫人は、貴族であり、平民を差別する人だった。
ひきかえ、今度の夫人は平民出であり、彼らのことについて幾つかウルド子爵に提案をし、待遇を少し改善するだけで、解ってくれていると、喜んで母親の味方になった。
商人も同様だった。
商人ということは平民出。
中央の方の大貴族ならまだしも、田舎の貴族など夫人の使える金も高が知れてる。
無理やりに値切っていたようだった。
それを正当な値段で買うようになった。
やはり、同じ人間として気持ちよく売買をしたい。
商人たちも、他の町や村で財布の紐を握ってる人のマイナスになるようなことは言わなかった。
商人は噂も流すが、口は堅いし信用には敏感だ。
黙っていれば、それなりな商いが出来ると踏んだ。
そうなれば、大半は母親の味方となり、良く思っていない者も受け入れざるを得なかった。
告げ口は、使用人の分を超えている。
身分とひきかえに声を上げる者などいなかった。
勿論、サルバとグリッドから不満の声は上がる。
しかし、それは継母の悲しさとして、知られた物。
逆に、ウルド子爵と母親の愛情を深めるものになった。


おかげで、微妙な立場に置かれた僕だが

「この子に財産を残さない」

という父親としての宣言と、服装や扱いを使用人の子と同等にすること、使用人の部屋で育てられることで区別をされた。
親代わりということで、アランという青年を付けられた。

僕の日常はだいぶ変わった。

使用人の子は、僕の他に、ポルチェという4歳の子がいる。
その子はもう働いていて、働けない僕は午前中一人で使用人部屋にいる。
午後は、アランが少しだけ来て、文字を教えてくれる。
この辺、特別扱いされていると思う。
そしてまた一人残される。

午後、たまにサルバとグリッドが来る。

サルバは、僕のことが当然気に入らないようで、小突いてくる。
タイミングを見計らい、僕が泣き出すと満足したようで帰っていく。
力加減を間違えて、痣が出来たりすることがある。
部屋に戻ってきたアランが気付くと、
「僕は味方ですから」
そう言いながら、抱きしめてくれたりする。

グリッドは、自分の部屋に呼んでままごとをさせられる。
今までいなかった弟が嬉しいらしかった。
将来の財産分与とか分かっていないんだろうと思う。
大好きな父親に
「弟だから、仲良くしなさい」
と言われ、そのままで受け取っているようだ。
この時、サルバが来ることもあるが、僕を見ると何も言わず部屋を出て行く。
グリッドを通して、父親に言いつけられるのが嫌なのだろう。
その分、後日小突くのが強くなる。
そんな時に、痣が出来るのだ。

シスコン、と思いながらも、居場所が減っていくのが嫌なんだと思うと、同情の余地はある。


概ね、楽しくやっている。
食事は問題ないし、使用人たちも優しい。
「大きくなったら、偉くなってくださいね」
と言ってくる人もいるが、先行投資だろうがなんだろうが、今平穏が与えられるなら構わない。

相変わらず『彼ら』もいる。
一人でいても、退屈しないのは『彼ら』のおかげだ。
『彼ら』は、父親にもサルバにもグリッドにもアランにも他の使用人にも見えないようだった。
問いかけても答えてくれないので、ほったらかしている。

心配といえば、実家が少し恋しい。
祖父と祖母は元気でやっているだろうか。
この時代の平均寿命は知らないが、医者もいない世界では、そんなに長いとも思えない。
元気にやってくれれば良いと思う。

母親はたまに午前中に会いに来る。
「良い子にしてなさいね」
そう言ってぎゅっと抱きしめられ
「うん」
答えた僕の頭を撫でて帰っていく。

母親はますます綺麗になっていった。

そんな風にして、何年か経っていった。





後書き

プロローグ終了ということで。



[15301] 月日が流れていったら
Name: oki◆2fcd534b ID:fd2348a6
Date: 2010/01/08 01:51
遠くで鳥の鳴き声がする。
春の柔らかい風に花の甘い香りが混じる。

「ミスタ・ルネ」

コルベールが僕の名前を呼んだ。
「はい」
僕が返事をすると、僕の前の生徒たちが二つに分かれ道が出来た。
杖をつきながら歩き出した。

「おい、ゼロのルネ、お前今日失敗だったら退学だからな」
と、声をかけられた。
「俺は、失敗に賭けているから安心して失敗しろ」
と声をかけられた。
転ばそうと足を出された。
それを避けた。

円のようになっている生徒の輪の中央に出た。

「さて、ミスタ・ルネ」
「はい」
コルベールの声に緊張の色が見えるのは、自分の担当クラスから退学者を出したくないからだろうか。
退学者が出ると給料が下がるから、とか保身からじゃなきゃ良いなと思う。

呪文を唱えた。



何も起きなかった。
笑いは起きた。
「止めてー、成功しないでー」
という声もする。
随分と、失敗に賭けた者が多そうだ。

「静かに」
コルベールが大きな声を出した。
辺りが静かになった。
「もう一度、やってみなさい」

もう一度唱えた。



やっぱり何も起きなかった。
やっぱり笑いは起きた。


「ふーむ」
明らかに困っているようなコルベールの声がした。

「ミスタ・コルベール」
ここで止められてしまっては、僕としてはたまらない。
せっかくコツを掴みかけたのに。
「なにかね?」
「もう一度、やってみてもよろしいですか?」
少し考えるような声を出した後
「ああ、構わないよ」

「では」

「我が名は、ルネ・フランツ。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし使い魔を召還せよ」

前方の方の空間にキュッと何かが集まるような力を感じ、ポンと破裂した。

「おおっ」
そこにいる全員が発したように思えた。
僕も発した。
破裂したところから、小さな生き物のような気配があった。

「さっそく、コントラクト・サーヴァントを」
コルベールに言われ、そっと指を生き物に伸ばした。
生き物は指に乗った。

「我が名は、ルネ・フランツ。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
唇を差し出すと、小さく触れる感触があった。
少し間があった。
急に見知った自分の顔が見えた。
これが使い魔との視界の共有というやつか。
話には聞いていたけど、小動物の視界なんて想像がし辛い。
中々面白いと思っていると、コルベールが覗き込んできた。
「おお、珍しい、クイーンズ・クイーン・ビーですな」
どうやら彼女は、クイーンと言っているのだから雌だろう、珍しい蜂らしい。
珍しい蠅じゃなくて良かった。
珍しい蠅と普通の蜂だったら、僕は普通の蜂をとるタイプだ。

「では、次はミス・ルイズ」

コルベールは次の生徒を呼んだ。
僕がさっきより幾分しっかりした足取りで輪の中に入ろうとするのと入れ違いに、ルイズが出てきた。
顔が随分と強張っている。
「大丈夫だと思う、いつも僕より上だと言っているんだから」
軽く笑いながら言うと、ルイズは少しムッとした顔になり
「当たり前よ」
肩をいくらか怒らせながらすれ違った。
輪に加わった僕の周囲は、なんで成功するんだよ、みたいな目で見てくる。
かなり大人数で賭けが行われたのだと思われる。

ルイズが呪文を唱えた。


爆発した。
彼女にも笑いが起きた。
「さすが、爆発のルイズ」
「お前は止めてくれー」
声が上がる。
ルイズも賭けの対象になっていたらしい。

悔しい。


何故僕にその話を持ちかけてくれなかったのか?
絶対儲けてやったのに。


その後も、ルイズの爆発は続いた。



コルベールも止めさせようか、様子を見ているようだった。
しかし、僕のように何回か失敗した後に成功というパターンが存在する所為で止めかねているようだった。


僕は、ルイズが成功するものだと思っている。
しかし、暇なものは暇だ。
召還したクイーンズ・クイーン・ビーに名前をつけることにした。
シェリーとキール、どっちが良いと聞いたら、シェリーが良いような態度を見せたので、シェリーにした。
僕とシェリーが、命名式をしていると、と言っても僕が鼻歌を歌いシェリーは勝手に飛び回っていただけだが、視界共有の所為で酔いそうになるのでゆっくり飛んでもらった、また周囲から声が上がった。
見れば、平民のような格好をした同い年くらいの男が座っていて、ルイズとコルベールが言い争っていた。

「もう一度やらせて下さい」
その平民はルイズが召還したらしかった。
「平民を召還したぜ」と笑っている生徒たちからも推測できた。
ルイズは食い下がった。
しかしコルベールの
「春の召還は神聖な儀式である、これはどんなルールにも優先する」
意志は曲げることは出来ず、結局ルイズは、何か言いながら、どうせ愚痴だろう、コントラクト・サーヴァントをした。

「ふむ、こちらはきちんと出来たようだね」
とりあえず、どんな形だろうと儀式が終わった安堵からかコルベールは笑いながら言った。
「どうせ、平民だからだろ」とか
「他の種族じゃこうはいかないだろ」とか
要は馬鹿にする声が上がる。
結構な数が賭けに参加していたんだな。
全くもって惜しい。
ギーシュあたり教えてくれても良いだろうに。
せっかくの儲けるチャンスがふいになった。

僕が惜しんでる間に平民は苦しんでいた。
ルーンを刻まれるのは痛いらしかった。
ごめんね、とシェリーを指で撫でると、くすぐったそうに揺れた。
僕は、こーゆー小さい生き物に好かれるのだろうか?
コルベールが平民に刻まれたルーンを見て、何か言った。

「では、皆教室へ戻りなさい」
コルベールはそう言うと、率先してフライを唱え浮かんだ。
僕の周囲も浮かび始めた。
皆教室に向かって飛んでいく。

「お前らは歩いてこいよ」
「レビテーションすら出来ないくせに、僕の貯金を」
「その平民がお似合いよ」
口々に言って離れていく。
彼らが小さくなり始めた。
ルイズはため息をついた。
僕は、マントにつけたポケットからタバコを出すと、ジッポで火をつけた。

「あんた、なんなのよ!」
ルイズがキレたようだった。
「お前らなんなんだ!ここはどこだ!俺に何をした!」
平民もキレたらしかった。
しばらく、トリスタニアだの、トーキョーだの、どこだそれだの、田舎だのが飛び交った。
僕はマントから灰皿を出すと灰を落とした。
袋状で中が皮になっているやつだ。
最近持たされた。
めんどくさい。
そして、目の前の光景もめんどくさい。
「ルイズ、そろそろ行かないか?」
僕が声をかけると、ルイズがこっちを見た。
「そうね。って、またあんたそんなもの吸って」
タバコを注意された。
「別に良いだろ、ここ、教室じゃないんだし」
「嫌よ、それニオイ移るんだもん」
「風上に行け」
「もう」
ルイズは声を荒げるが、止める気はない。
お前にそんな権利を与えた覚えは無いのだから。
「さて、そこの君、とりあえず立てるか?」
座ったままの平民に手を差し伸べた。
「ああ」
平民は僕の手を握り、立ち上がった。
「とりあえず名前は?」
「平賀才人だけど」
ヒラガは、名前を言ったあと、驚いたようだった。
「どうした?ヒラガ」
「あんた、それ見えてんの?」
ヒラガは、僕の顔について驚いたようだった。
「ああ、僕は諸事情で失明してさ。
こうして、布を巻いてる」
因みに今は、黒い布を巻いている。
本来眼球のあるところがぽっかり空洞の人間は、僕でも怖い。
「慣れればどうとでもなるよ、ついさっき目の代わりも出来たし」
シェリーが僕の肩に止まった。
ちゃっかり風上だ。
シェリーもタバコの煙はお気に召さないらしい。
「彼女はシェリー、僕の使い魔だ」
シェリーは軽く頭を下げる。
ヒラガもそれを受けて頭を下げた。
「で、ぼくはルネ・ハインツ、君の名はヒラガで良いんだよね?」
「いや、俺んとこは名字名前の順だから、俺の名前は才人」
「ふーん」
僕とサイトが話しているのがお気に召さないのか
「ちょっと、何2人して話し始めてんの」
ルイズが僕とサイトの間に入ってきた。
「だって、ルイズじゃ話が進まないんだもん」
「平民と仲良くしてるあんたがおかしいの」
「だって、僕、ゲルマニア育ちだし、田舎だったからあんまりそーゆーこだわりは無いなぁ」
「だから、ゲルマニアは嫌いなのよ、キュルケといいあんたといい」
「あの」
と今度はほったらかされていたサイトが口をはさんできた。
「なによ」
ルイズはサイトに噛み付くように振り返った。
別にサイトは悪いことをしたわけではなかろうに。
「とりあえず、ここはどこなんだ?」
「だから、ここはトリステイン魔法学院」
「だから、何処だよそれ」
またぎゃおぎゃおと。
めんどくさい。
「いいや、僕の部屋来ない?どうせこの後の授業って、使い魔についての連絡事項だろ。
後で誰かに聞けば良いよ。春休みに実家帰ったばっかだから、この前ルイズに飲ませたワインもあるし。」
「はー、良いわ、そうする。」
「って、おい」
話の腰を折られたサイトは叫んでるが。
「サイトも来いよ。こんなとこで話してても埒が明かない。菓子くらい出してやるから」
そう言うとサイトも渋々うなずく。
なにはともあれ、移動を始めた。
「あー、ルネみたいなのが欲しかった」
「まぁ、便利っちゃ便利だな、杖が無くても歩けるし、久々に色のある景色見たわ」
「そんなはっきり見えるの?」
「結構普通だぞ。視点が変だけど、見え方は見えてた頃と大して変わらないし」
そういえば
「初めてルイズの顔見たわ」
「そういえばそうね」
「お前、結構可愛いな」
「な、なによ急に」
「サイトもそう思うだろ?」
「まぁ、顔だけなら」
「だけってなんなのよ」
「はっはっは」
「あんたも笑ってんじゃないの」
「サイトも一本吸うか?」
「いや、俺の住んでいた所で酒とタバコは20歳からっていう決まりなんだ」
「こいつ、16のくせして酒飲んでるぞ」
「こいつ、16のくせにタバコ吸ってるわよ」
「16?」
「なんだ、サイト、お前幾つよ」
「17」
「うっわ、見えねぇ」
「あんた、年上ならもっとしっかりしてなさいよ」
「うるさいな、まだ学生だぞ」
「何よ、学生って」
「学校行ってる生徒ってこと」
「僕らもそうだけどな」
「そうだけど、ちがうんだよ」

そんな会話をしながら、男子寮の僕の部屋に向かった。


後書き


感想掲示板からいくつか

>HNについて

ご意見ありがとうございます。
一応思い入れがあるので、しばらくこのままで様子をみようと思います。


>日本語、文章量について

ブラインドタッチの練習も兼ねているので、慣れれば文章量もあがると、・・・良いなぁ。そんな感じなので、ご容赦を。
日本語については、一発書きに近いので、所々あると思います。努力します。


>母親の死亡フラグ

とりあえず、微かですが伏線として2人たってます。
死ぬかどうかは、まだ決めてませんが。





[15301] 説得を始めたら
Name: oki◆2fcd534b ID:14bf79f7
Date: 2010/01/09 00:53
僕の部屋は階段を上ったすぐ近くにある。
オールド・オスマンは、僕のためにそう配慮してくれたようだった。
朝夕の生徒の行き来が煩いかと思ったが、流石に子供といえ貴族だ。
部屋の造りがしっかりしていることもあって、少しざわざわ聞こえる程度だ。
文句を言うほどでもない。
今日から、シェリーのおかげで階段を上がるのが楽になった。

楽が出来るのは良いことだ。

「ただいま」
僕が扉を開くと、リンは、僕の机の近くにある机で仕事をしていた。
「お帰りなさいませ、ルネ様」
リンは、座ったまま答えた。
「おじゃまします」
「おじゃましまーす」
ルイズは入ったことがあるので堂々と、サイトは恐々入ってきた。
「随分と早い戻りですね」
リンは、立ち上がり、こちらへ歩いてきた。
久々に姿をみたが、変わらず小柄でだった。
僕の好みで、肩まである髪を二つに分け、後ろで丸く纏めているのが嬉しい。
「やっぱり退学ですか?」
眼鏡の奥のツリ目が細められ、口元は笑っていない。
「あんたんとこのメイドは、相変わらずね」
ルイズの口元は引きつっていた。
「彼女は僕のメイドで、リン」
ルイズ以外に紹介をした。
「ルネ様のメイドをしております、リンと申します」
リンは深々と頭を下げた。
「こっちが、ルイズの使い魔候補の、サイト・ヒラガ」
「は、はじめまして」
サイトが慌てて頭を下げた。
「で、これが僕の使い魔、シェリー」
肩口からシェリーが出てきて、首を動かした。
リンが再び頭を下げて「よろしくお願いいたします」と受けた。
「とりあえず座ろうか。
リン、葡萄ジュースを二つ、ワインを一つ、それとクックベリーパイを」
僕は指示を出すと、部屋の真ん中付近にあるテーブルセットに座るように2人に言った。

4人がけのテーブルに、僕とルイズが対面に、間にサイトが座った。

このセットは最近買った。
高いだけあって、座り心地が良い。
ここに座るのは最近の僕のお気に入りだ。
座ると、すぐにグラスとパイが運ばれた。
「失礼致します」
リンは、ワインと葡萄ジュース、それとクックベリーパイを並べていく。
僕の皿だけ、クックベリーパイではなくて、林檎を荒く切ったアップルパイになっている。
クックベリーパイは、滑らかに練ったものなので、嫌いではないが、僕は歯ごたえのあるこちらのパイの方が好きだ。
「とりあえず食べな」
サイトに向けて言ったつもりなのだけど、ルイズが口を付け出した。
ルイズはそのパイを与えておけば、しばらく大人しい。
サイトはちらちらとリンを見ていた。
「どうした?」
「いや、本物のメイドって見るの初めてだから。
ルイズのところにもいるのか?」
メイドを見たこと無いって、本当に彼は平民なんだなと思った。
「一応学院にも雑用をするメイドはいるが、個人ではいない。
僕は目が見えないからね、特例ってやつさ」
「ふーん」
サイトは安心したような、がっかりしたような声を出した。
「とりあえず食べれば良い。おなかが減っていないなら構わないが、空腹だと悲観的になる」
もう一度勧めて、サイトは口を付け始めた。

ルイズは「美味しい」と褒めたのを、リンが「恐縮です」と答えたり、ルイズがお代わりを要求した。
クックベリーパイは幾つかバリエーションがあるが、全てルイズの好みにしてある。
どうせ作るのはリンだし、僕は口にしないから、どうでもいいが。
ルイズとの交渉で上手く働きさえすれば良い。

全員の皿の上が空になった。
あれだけ騒げば、腹も減るだろうと思う。

「というわけで、リン、仕事だ」
「何が、というわけか、私の頭脳をもってしても分かりかねます」
皿を片付けたリンを呼んだ。
「こちらのサイトは、今まで僕たちの住んでいるところとは、大分異なるところに住んでいたらしい。
で、サイトの話を聞いて、要点を纏めてくれ」
どうせ、ルイズと一緒じゃ話が進まないと思って、リンのいるこの部屋まで来たのだ。
「そのような仕事、私がするべき仕事ですか?」
リンは不満そうだ。
「サイトは、僕たちと全く関わりの無いところから来たらしい。
知らない単語も多い、リンだったら出来ると思ったんだが」

一呼吸置いた。

「出来ないというなら良い」
「可能です、すぐにやって見せます」
言い終わるかどうか、という早さでリンは言い放った。
「そうか、じゃあ、お願いする。
僕の椅子を使って構わない」
リンは幾分頬を上気させ、「はい」と答えた。
「じゃ、サイト、あっちで話をしてあげて」
「あ、ああ」
リンは、やる気満々なようで、座っているサイトの腕を取り立ち上がらせた。
サイトは戸惑っていて、リンの触れている部分に照れているようだった。
女に慣れていないのだろうか?と思った。

「じゃあ、春の使い魔召還合格を祝って」
僕がグラスを掲げると、ルイズも同じようにした。
「嫌だけどね、あんな平民」
軽くグラスを揺すった。
「珍しい蠅よりマシだろう?」
「何それ?」
ルイズは小首を傾げた。
「そして、蛙よりはマシだろう?」
ルイズは吹き出した。
僕は、ちょっとむっとした。
もしワインがついていたら、クロスは交換しないといけない。
せっかく苦労して、気に入ったクロスを見つけたのに。
「そ、そうね、蛙よりはマシね」

2人でサイトの方を見ると、リンに向かって色々話していた。
リンは、黙々とペンを走らせ、時折サイトに質問をしていた。

「あんな平民を言葉を信じるの?」
ルイズは、訝しげに聞いてくる。
「ん、本当なら面白いな、くらいかな?」

まぁ、どうせサイトは、ルイズの使い魔になるしかないだろうと思っている。
いきなりサイトの言う、異世界、に来たのに生活の準備なんてしているわけはない。
こうしているのは、本当に好奇心からだ。

「リンにわざわざあんなことをさせる必要あるの?」
「リンがそろそろ褒められたがっていたから、ちょうど良いかなって」
「それにしては、本人が乗り気じゃなかったわよ」
「リンは天邪鬼だから。僕のやって欲しいというお願いは、いつもあんな感じに言われる」
「めんどくさいわね」
それはルイズも負けてない、と思う。
「今朝だって言ったんだよ。
試験が駄目だったら退学だから荷造りしといてって、合格だったらパイでも焼いといてって。
ほら、口ではさっきみたいなことを言っときながら」
僕は部屋内を示し
「全く荷造りされてない」
テーブルの上を示し
「代わりにパイはばっちり」
「私の分もね」
ルイズは僕がクックベリーパイを食べないことを知っている。
「ルイズは、合格すると思っていたから、用意だけはさせといた。
僕はどうなるか分からなかったけど」
「あ、当たり前よ」
ルイズは、照れているようだった。
視覚を手に入れると、意外と面白いことが増えるんだと知った。

「終わりました」
リンが数枚の紙と、サイトをつれて戻ってきた。
サイトを元の位置に座らせた。
「じゃあ、お願い」
僕が言うと、リンは立ったまま話し始めた。

「サイト・ヒラガ様は、チキュウというところのニホンという国のトーキョーという地方の生まれです。そこには貴族というものは居らず」

「何処よそれ、それに貴族がいないなんて」
ルイズが立ち上がり口を挟んだ。
「ルイズ、とりあえず最後まで聞け」
僕が止めると、素直に従った。
やはり、クックベリーパイによる満腹は偉大だ。
「続けて」

「はい、そこには貴族は居らず、魔法も存在せず、科学という技術によって勝手に動くクルマ、デンシャなどがあり」

この時、またルイズが立ち上がりかけたが、唇に人差し指を当てる仕草で止めた。
ルイズは従う。
やはり、餌付けは偉大だ。

「政治は、ニホンという国の人々の中で選ばれた人々が代表となり行うとのことです」
などなど説明は続いた。

「ありえないわ、そんな国!」
ルイズは溜まっていた分を叫んだ。
「あるんだよ!」
サイトも叫び返した。
別にあってもなくても良いが、煩い。
僕も、知っている限りそんな国は、今確認されている地図上に存在しないと思う。
東のほうに行けばあるかもしれないが、そんな変わった国なら噂くらい聞こえてきても良いと思うが。
それとは、別に一つ思い浮かんだことがあった。

「サイト」
僕が呼んだ時、ルイズもサイトも叫び続けた所為で肩で息をしていた。
「なんだ?ルネもそんな国は無いって言うのか」
サイトが振り返った。
「チバという地名に聞き覚えはあるか?」
さっき話を聞いて思い出した。
僕の中にある薄っすらとした記憶だ。
僕は元々この世界の人間ではないから、この世界に無い知識はある。
しかし、使える知識は良いが、使えない知識は刺激の無い状態では、脳が不要なものとして忘れていく。
元の住所なんて、その最たるものの一つじゃないだろうか。
さっきのチキュウを聞いて思い出した。
聞いたサイトの顔は劇的に変わった。
「あるよ、千葉だろ?あるのか?どこだ?」
僕の肩に両手を置いて、激しく揺さぶってきた。
「とりあえず、これを止めろ」
「あ、悪い」
「何よ、ルネ、こいつの国のこと知ってるの?」
僕は、揺さぶられることによって、後ろに回ってしまったマントを直した。
「なんかで見たような気がしただけだ」
言う気なんてない。
僕だって薄っすらとした記憶なのに、何処だと言われても困る。
今更、同郷と言われても、あんまり愛着も残っていない。
「じゃあ、俺帰れるんだな?」
「ちょっと、あんたは私の使い魔なの」
サイトは喜び、ルイズは慌てながら叫んだ。
「生憎と、相当昔の話でね、何時何で見たかも覚えてない。さらに言うと、見たのがその単語かどうかも自信が無い。サイトとは別の異世界の国にある似た名前の国かもしれない」
僕が言うと
「えー」
「ほら、みなさい」
サイトは落ち込み、ルイズは勝ち誇った。
別にお前は何もしていないだろうに。
まぁ、収穫といえば収穫か。
そんなに時代が離れていなければ、僕が忘れた使える知識があるかもしれない。
後々聞いてみようと思う。
「じゃあ、呪文かなんか無いのか?」
サイトは立ち直りの早いタイプらしい。
「そんな呪文聞いたこと無いな。ルイズは?」
「私も無いわ」
ルイズは、座学では学年一位だから、彼女が知らなきゃ知れ渡っている呪文には無いのだろう。
「リンは?」
「私は、平民ですので、呪文のことまでは」
「なんだ、リンも知らないことあるんだな」
そう言うと、リンは悔しそうな顔をした。
僕は顔はサイトの方を見ているが、視界を共有しているシェリーがしっかりと見ていた。
これで、僕の知らないところでリンは呪文の知識を手に入れるだろう。
最近大きな出来事が無いから、時間は余っているはずだ。
リンは時間を潰せるし、僕はリンからそれを聞けば良いから時間の短縮だ。
2人とも得をする。
良かった良かった。
「じゃあ、俺はどうすれば良いんだよ?」
「だから、あんたは私の使い魔になるの」
また振り出しに戻った。
「なぁ、ルネ、何か方法は無いのか?」
さっきのチバで、僕に親近感でも湧いたのか、僕に詰め寄った。
めんどくさくなってきた僕は、考える体でマントからタバコを出し火をつけた。
相変わらず、ルイズとリンは顔をしかめ、シェリーは肩からテーブルの上に移った。
席を立ち、灰皿を取りに行った。
リンは窓を開けた。

僕は席に戻り、僕は言った。

「無いことは無いけどね」





後書き

感想掲示板でもあったとおり、話が大分飛びました。
間に色々あったんですが、全てが微妙に絡んでいて何処で区切ったら良いかわからなかったんで、いっそ、って感じです。

最初の予定では、偶々魔法を使える平民がルイズの家で使用人をする話だったのに、なんで普通に学院に入ってるんでしょうね?
そんな感じでその場のノリです。



[15301] 説得が終わったら
Name: oki◆2fcd534b ID:5fb6ec53
Date: 2010/01/10 10:34
「なんだ、あるんじゃないか」
僕の、無いことは無い、という言葉に安心したようだった。
ルイズは、複雑なようだった。

「ん、サイトが死ねば良い」

沈黙

「何?」
「えっ」
2人は驚き、声を上げた。リンも驚いた表情をした。
「死ぬってなんだよ」
サイトは、馬鹿にされた、とでも思ったらしい。
「まだ、使い魔が死んだ後、どうなるのかは、はっきり解明されてないからさ、
もしかしたら戻れるかもしれない。そしたら、ルーンは消えるはずだから、ルイ
ズがもう一度使い魔召喚をすれば良い」
ねっ、と言ってみた。
「詭弁ですね」
リンは、そう言うけど、ゼロと証明されなければ、ゼロではない。
と、いっても死んだ使い魔を気にする魔法使いは少ない。
証明されることは、しばらく無いと思う。
「別に、僕の考えだから、選ぶかは好きにして」
一応、保険は打った。
僕としては、サイトが死のうが、ルイズが人殺しになろうが構わない。
あくまで、僕は学者の考えを言っただけ。


かなり濃いグレーだろうけど、サイトは、どう見ても平民だから、有耶無耶にな
るんじゃないかなぁ、多分。

「なるほど」
ルイズには、考える余地があるようだった。
「ま、本気か」
そのルイズにサイトは、身の危険を感じたらしい。
「しかし、サイト様が死んだとして、ルイズ様が、次の召喚を成功させるとは限
りませんが」
ルイズは、うっ、と声を出した。
思い当たるらしい。
しばらく、俯いたまま考えると、顔を上げた。
「良いわ、あんたを使い魔にする」
あれだけ苦労した成功を逃す気は無いようだ。
「だから、俺は使い魔になる気は無い」

「サイト様」

強く床を蹴ったサイトに、リンは冷静な声を掛けた。
「サイト様は、例えば剣や銃など、腕に覚えはおありですか?」
「い、いや、無いけど」
急に話しかけられて、リンの雰囲気に押されていた。
「先程見せていただいたお金は、この世界では使えません。身元がはっきりしな
いので、どこかで雇っていただけるとも思えません。残るは、傭兵、もしくは、
野盗、ゴロツキですが、腕に覚えがなければ、話にもなりません。どのようにし
て生活なさるおつもりで」
淡々とリンは言った。
「えっ」
サイトは、今まで考えていなかったようだった。
「その点、ルイズ様の使い魔になれば、衣食住は保証されます。ルイズ様は、立
派な貴族ですから、酷いことはなされないと思います」
リンは、伺うようにルイズを見た。
「と、当然よ、貴族ですもの」
エッヘンと聞こえそうな程、胸を張った。
立派な貴族、という単語がお気に召したようだ。
この辺、リンもルイズの性格を分かってる。
「私も平民ですが、ルネ様の元で働けて幸せだと思っております」


サイトは渋っていたが
「サイト、困ったことがあったら、出来る範囲で助けてやるよ。同じ男だ」
僕がリンの言ったことを助けるように言った。
サイトは、僕が言うなら、と渋々使い魔になることを受け入れた。
僕の本音を言えば、もうルイズとサイトのやり取りに飽きていたから、さっさと
終わらせたかった。
サイトの生活環境の無さを言えば良かったのだか、僕は、一応ながら貴族だ。
ルイズの味方と思われると、サイトは余計かたくなになる気がしたから様子を見
ていた。
上手いこと、リンが切り出してくれた。


結局、サイトはルイズと視覚や聴覚を共有出来ないし、秘薬も知らないし、腕に
覚えも無いので、ルイズ専用雑用係となった。
意気揚々のルイズと諦めた顔のサイトが部屋から出て行った。

まぁ、リンの言った通り、そんな酷いことしないだろう、しないと良いなぁと思
いながら見送った。

僕に出来るのは、ルイズにクックベリーパイを与えるようにリンに言うことぐら
いだ。
あまりに無力。
ああ、無力。

さて、そのリンが僕を見ていた。
「どうしたの?」
「申し訳ありません。つい口を出してしまいました」
使用人は貴族の話に口出さないのが普通。
サイトの説得が上手くいったから、僕は、別に気にしないけど。
「気にしてないよ。良い判断だった。おいで、褒めたげる」
「結構です」
仕方ないから、僕から近付いた。
「結構ですって」
ポンと頭に手を置いて、髪の毛を梳くように撫でた。

「っん、止めてください、タバコくさいです」

顔は嬉しそうなのに、小声で憎まれ口をたたく。


本当にリンは、面白い。



その晩、ギーシュが訪ねてきた。
「やぁ、リン、相変わらず美しいね」
ギーシュは、リンに歩み寄った。
「ギーシュ、それは、僕のだ。君だろうと譲る気は無い」
僕は、ギーシュと今夜飲むワインを取り出すと、テーブルに置いた。
「私の頭脳は、ルネ様に捧げておりますが、私自身は私の物です。どなたの物で
もありません」
リンはキッパリと言う。
「聞いただろう、ギーシュ。リンは僕の物だ」
「ふむ」
僕は笑い、ギーシュは残念そうに首を振った。
「違います。頭脳だけと言っております」
リンは強く言うが、僕とギーシュは聞く耳を持たない。
これは、僕らの約束のようなやり取りだ。

「今日は、実家から持ってきたハムだ。最高の物だぞ。リン、すまないが、切っ
てくれ」
ギーシュは、持って来た包みをリンに渡した。
「僕は、チーズだ。食べ頃の最高のやつだ」
僕は、既に切り分けたチーズをギーシュに見せた。
「そして、今日のワインは、僕の番だ」
僕は白が好きだが、ギーシュは赤が好きだ。
だから、ワインは交互にしている。


僕らは、テーブルセットに隣り合って座り、各々勝手にワインをグラスに注いだ


「では、僕らの友情に」
ギーシュがグラスを優雅に掲げた。
「友情に」
僕もグラスを上げた。それにギーシュがグラスを当てた。
綺麗な音が響き、ワインを飲んだ。

僕らは、どちらからともなく笑い出した。



すーっと、ギーシュの口から煙が上がった。
「実家も良いが、このひと時もたまらないものだね」
「全くだよ」
灰を落としながら、同意をした。
この世界には、パイプや葉巻はあっても、紙巻きは無かった。
僕が作った。
僕だけが吸えれば良かったので、実家で暇をもてあましていたロック爺に作ってもらっていた。
僕が譲ったりして、ジワジワと広がって来た。
ギーシュも、僕と飲んでいて、興味を持ち、吸うようになった。
目をつけた他の商会も取り扱い始めたらしいが、味が数段違うらしい。
そりゃそうだ。
僕のとこは、僕のための嗜好品だから、採算なんて考えて無い。
利益は、他のところからとれば良いし。

「やっとケティと遠乗りの約束を取り付けてね」
「もう、かい?随分早いな」
「僕が魅力的だからだよ」
「いや、君の躊躇いの無ささ」
「薔薇は全ての蝶に平等さ」
「やっとモンモランシーを落としたばかりじゃないか」
「それは、それだよ」
「あれだけ騒いだのに、それ、扱いかい?」
「仕方ないじゃないか、あんなに可愛らしい子が寄ってくるんだぞ」
「君は浮気症だ」
「君だって、少なからずいるだろう。例えば、ミス・グリッド、たまに話をして
いるのを見るぞ」
「たまたま、落とし物を拾っただけさ。彼女も田舎生まれで、育った環境が似て
るんだ。葉っぱで笛を作る方法を彼女も知っていた」
「色気が無い」
「田舎では、草や花で冠を作れれば、十分さ」
「君は固すぎる」
「既にいる女性で満足なんだ。なぁ、リン」
「知りません」
「禁欲者め」
「幸せ者さ」
「それに、久々に顔を見る目を手に入れた」
僕は、布を巻いた自分の目を指した。
「ああ、使い魔か。君は何だった?」
「シェリーだ」
肩口からシェリーを見せた。
「ふむ。可愛らしい」
「君はなんだ?」
尋ねると、ギーシュは笑みを浮かべた。
「僕のは、ここには連れて来れないが、窓から下を見てみたまえ」
僕らはワイン片手に、連れ立って窓際に移動した。
下を覗くと、月明かりを浴びて、大きなものが手を振っていた。
「美しいだろう。僕のヴェルダンデは」
ジャイアント・モールだった。
ギーシュは、うっとりと窓の下を見ていた。
僕とギーシュは、美しいの感覚が違うことを知った。
僕は、小さいものの方が好きだ。
「君も美しいと思うだろ?」
僕に振るな。
「たしかに。だが、やっぱり自分の使い魔が一番だと思ってしまうものだな」
逃げた。
「ふむ。そうかも知れないね。君は、シェリーが一番か」
なんとか誤魔化せた。
「しかし、見ろ、あの月明かりを浴びるヴェルダンテの姿を」
ギーシュの自慢話が始まりそうだった。
「リン、リンも飲め。今日は記念すべき日だ」
話を曲げなければ、
「ギーシュもモンモランシーを誘って来い。皆で飲もうじゃないか」
「それは良い」
ギーシュは、早速ワインを僕に渡すと窓のふちに足をかけた。
「間違ってケティのところへ行くなよ」
僕が言うと、ギーシュは笑いながら飛んで行った。
僕は、タバコに火をつけた。
モンモランシーが来ると、僕とギーシュはタバコを吸わない。
彼女は、香水や秘薬を作り、家計を助けている。
鼻は大切な道具だ。
だから、最後に吸っておく。
吸いながら、持ってきたリンのグラスにワインを注いでやった。

「ありがとうございます」
「気にするな」


まどから見える二つの月は、今日も綺麗だ。

今夜も楽しい夜になりそうだ。





後書き

話が進まないですが。


以下感想掲示板より

>主人公について

投稿させてもらっている。読んでもらっている。という認識はありますが、生憎と初めての投稿なので、僕の好みの文章や流れになっていることは否めません。
僕としては、これでも自己があり過ぎるくらいだという認識です。
少しずつばらしていく方が好きなので、こんな感じで進んでいきます。
悪しからずご了承下さい。




[15301] 朝食を食べに行ったら
Name: oki◆2fcd534b ID:da8c3b7b
Date: 2010/01/12 02:18
ギーシュがモンモランシーを連れて来て、リンも含めて四人で飲んだ翌朝。

僕はベッドの中にいた。
僕には、指一本動かす力も無い。
無理に動こうとすれば、僕はきっと死んでしまう。
そう思った。

「たった一日の寝不足で死んだ人を私は知りません」

リンは容赦が無い。
シェリーのお陰で、ベッドで丸まっている僕を真上からのぞき込むようにしてい
るリンの姿が見えた。
まるで、子供を起こす母親のようだ。

「僕は、もう駄目だ、リン、最後に君を見れて良かった」
僕は、我ながら適当な感じで言った。

これでシェリーから見える光景は、死にそうな男と、看取る女の図になった。

これなら、僕が意識を飛ばしても問題無い。
加えて、僕が目を覚ました時には、女は奇跡にむせび泣くだろう。

さぁ、リン、その瞬間のために泣く準備をしておけ。


「嫌です」
結局、かけていた毛布と布団をとられた。

「リン、君には、日々を楽しくしようという気持ちは無いのか?」

「ルネ様が、私の言う通りに動いて下されば、きっと楽しいと思います」

「ふむ、じゃあ、君に楽しさを与えよう」

なんて、言ってみたけど、本当はリンが絶対に布団を返してくれないのを知って
るからだ。
ベッドと布団、両方あっての天国だ。
両方無ければ地獄、片方だけなら人界で、人界なら行動を起こすべきだ。

「ありがとうございます」

リンの声に、嬉しさは見えなかった。

仕方無く、僕は、リンの出した服に着替え、朝食を食べに行く。

アルヴィーズの食堂の手前で、聞き覚えのある声を聞いた。
「おはよう、キュルケ」
「あら、おはよう、ルネ」
初めて、キュルケを見たが、確かにこの胸を男性はほおっておかないだろう。
僕は、あんまり巨乳好きでは無いが。
キュルケは、サラマンダーを連れていた。
「随分、立派だね」
しゃがんで、サラマンダーを覗き込んだ。
「ええ、この大きな尻尾の炎を見て。間違いなく、火竜山脈のサラマンダーよ。
私にぴったりの、って」
キュルケは、高らかに歌い上げるように言った後、はたと気付いたようだった。
「ルネ、貴方見えてるの?」
僕は、肩口から、シェリーを見せた。
「クィーンズ・クィーン・ビーのシェリー、彼女のお陰」
シェリーは、首を上下させた。
「あら、可愛らしい。また、見えるようになって良かったじゃない。
よろしく、シェリー、私はキュルケ、こっちのサラマンダーは、フレイム」
フレイムは、チロチロと口から炎を出しながら、頭を動かした。
「よろしく、フレイム。僕は、ルネ」
頭を撫でてやると、ブワッと音がした。
僕は、とっさにのけ反った。
感じた熱さは、フレイムが炎を吐いたようだった。
キュルケは、嬉しいのよ、と説明してくれたが、なるべく撫でないようにしよう
と決めた。
「さて、行きましょう、ルネも朝食でしょ」
僕はうなづき、キュルケに従い、僕らは歩き出した。
「ルイズの使い魔知ってる?」
キュルケは、さも楽しげに言った。

「平民だろ」
「なんだ、知ってたの」
「昨日会ったよ」
「全く、あの子は期待を裏切らないわ」
「まぁ、面白いと言えば面白い」
「平民なんて、どうするのかしら」

食堂の扉が見えてくると、フレイムは、歩く方向を変えた。使い魔専用の食事場
所があるらしい。
シェリーは、このサイズだから構わないと思う。

「平民と言ったって使い道はあるさ」
「あら、例えば?」
「人間と話を出来るのは人間だけ、人間のために何か出来るのは人間だけ」
「フレイムは、私と話せるし、秘薬を探せるわ」
キュルケは、何を言っているんだとばかりに。

「違うさ。人間が認めるのは、やっぱり人間なんだよ。珍しい種族でも、強い種
族でもなくてね」

「じゃあ、ルネはあの平民が特別な力を持っているとでも」
「いや、全く思ってない」

僕としては、ルイズの方に興味がある。
ルイズがどうなるかは、あの平民召喚が何らかのきっかけになると思う。
初めての魔法成功が、前例の無い平民召喚だし。
幾つかの推測と勘だから、誰にも言わないけど。

キュルケは、何か期待したのか、身を乗り出して聞いたのに、僕の答えが不満だったらしい。
「なんだ」と呟いた。

「あれば、面白いなぁと」
「全く、貴方は脳天気よね」
「生憎と、目の前が真っ暗なもので」
「笑えないわよ」
「でも、何かあるかもね」
「ふーん、貴方が言うなら、何かあるのね」
「あくまで、予想だけどね」
「貴方の予想は、結構当たるもの」
「生憎と、見えないから楽観視も悲観視も出来ないのでね」
「その冗談も笑えないわ」

長机の途中で、キュルケと別れた。
僕は、いつも端で食べる。
入口から遠いので、人が少ない。
万が一、何かを倒した場合、めんどくさくなる確率が低い。
僕が席に着くと、ルイズがいた。
キュルケは、部屋の前で会ったと言っていたが、僕と話しながら歩いたせいで、
何処かで抜かれたのだろう。

彼女は、性格のせいか友達が少ない。
たまに端で食べていたので、僕が話しかけ、そんなのが続き、僕の前にルイズが
座るようになった。
隣りの床にはサイトが座っていた。
「おはよう、ルイズ」
「おはよう、ルネ」
「おはよう、サイト」
「おはよう」
サイトは、恨めしげに僕を見てきた。
「確認するが、サイト、もし、そーゆープレイ中なら、僕は極力、君に話しかけ
ないが」
人の趣味は様々だ。
同意の上であれば、僕は生温かく見る。
見守りなどしない。
「違うんだ、ルネ。こいつが」
サイトが指差したルイズを見た。
「躾よ」
「少しくらい良いだろ。あんなにあるんだから」
サイトは、テーブルの上と自分の前にある皿を示した。
「これらは、みんな無くなるぞ」
僕の言葉に、サイトは疑いの眼差しだ。
「だって、女の子もいるんだぞ」
サイトは、長机の所々にいる女性の集まりを指差す。

「ふむ、良いか、サイト、魔法を使うには、精神力を使う。」
サイトは、ふむふむとうなづく。
「そして、精神力というのは、時には体力を補うこともあるものだ」
「ああ、そういうのは、俺の世界の言葉にもある」
「なら、話は早い。つまり、精神力は体力より高位の力なんだ。ここは、魔法学
校、魔法を、精神力を使い続ける授業があるわけだ。そして、まだ魔法が未熟だ
から、慣れた魔法使いが同じ魔法を使うより多くの精神力を使う。だから、精神
力回復の為には、このぐらいの量が必要なんだ」
「なるほど」
サイトは、相槌を打った。
そして、ルイズの胸を見た。

なるほど、何故この量を食べても胸にいかないのか、分かったらしい。
ルイズが気付き、平手を飛ばした。
サイトは避けた。
「躱すな」
「叩くな」
「はっはっはっ」
「あんたは笑うな。ったく、だから、あんたにあげるご飯は無いの」
ルイズは、ニンマリと笑いながら、サイトを見る。
「僕の分なら、分けてやるよ」
ルイズは敵を見つけたように僕を睨み、サイトは光を見つけたように僕を仰いだ

「僕は、視覚が無い分、体力の疲労は多いから食べることは食べるけど、魔法を
使えないから、こんなに要らないんだ」
「え、ルネって魔法使えないのか」
ここは魔法学校だから、サイトの驚きは当然か。
「残念なことにね。だから、ゼロのルネって呼ばれてるよ」
「ゼロってなんだ?」
「二つ名さ」
「ルイズは、キュルケに、爆発のルイズって呼ばれてたな」
「あんたは、知らなくて良いの」
さっきから、ルイズは、ずっと僕を睨んでいる。
視線を言語に出来るなら、さしずめ、邪魔すんな、といったところか。

「だからね、きちんと、御主人様に、許可を得るなら良いよ」

わざと、抑揚に加減をつけたけど、気付くかはサイト次第だ。
サイトは、クルリとルイズに向き、頭を下げた。
気付いたかな。
「ルイズ、いや、御主人様、俺、御主人様みたいな、可愛くて、立派な貴族の使
い魔を果たせるように頑張るから」
ルイズの口元が緩む。
ルイズは、性格と魔法の腕から、あまり褒められたことが無く、直接の褒め言葉
に弱い。
「ほら、ルイズ、サイトもこう言ってる。空腹じゃ、サイトも満足に勤めを果たせない」
僕が続くと、サイトは首を激しく振った。

それを見て、改めて餌付けの偉大さを知った。

「じ、じゃあ、仕方ないわ。貰いなさい」
僕とサイトは、ルイズを褒め続けた。
立派だの貴族だのスレンダー美人だの美乳だの。
僕は、サイトに取り皿を渡し、好きに食べるように言った。
その量に、ルイズは咎めようとしたが、僕は「その分頑張るもんな」と言い、サ
イトは強く同意した。
ルイズは、ふん、と鼻を鳴らした後
「ルネは甘いわ」
そう言った。


僕の皿の上が綺麗に無くなった。
学院入学初だ。
なんで、皆あんなに食べられるのか、不思議でしょうがない。
僕だって、小食ではないが、あの量は無理。
今まで残していたんだけど、少なからず罪悪感があった。
田舎で育ったので、農民が作ってる姿を見ているし、勿体ないと思っていた。
減らして欲しかったんだけど、貴族の格とかの関係で、食べる前の量に差がある
と、問題らしい。
リンに言われた。
リンが言うなら、仕方ない。
かと言って、口をつけた食べ終わった物を、誰かにあげるのも嫌だったし。
ちょうど良く、サイトがいたので、2人なら食べきれるかな、と誘ってみた。
精神力の回復の為に、食べる量が多いなんて、僕のでっち上げだ。
そんな、貴族と平民を比べる学者なんていないし。
魔法っていう言葉が絡めば、ルイズを説得出来そうな気がしたから、言ってみた。
魔法関係なら、ルイズを騙せるだけの知識は無いが、平民絡みなら、ルイズは無知に近い。
キュルケだったら、無理だったと思う。
騙せなかったら、それはそれで良いやと気まぐれに思ってやってみた。


僕は、残さなかった充実感を感じながら、食堂を出た。

日差しは温かく、良い天気だった。





後書き

今回は、伏線というか、過去絡みの話が少ないですが。
キュルケがすごい量の食事をとってたら、可愛いな。と思って。


以下感想掲示板より

>リンについて

過去話のきっかけの人なので、チラチラ書いていけたらな。そんな感じです。
申し訳ないです。



[15301] 授業を受けに入ったら
Name: oki◆2fcd534b ID:da8c3b7b
Date: 2010/01/12 04:19
僕の朝食が終わると、今度はシェリーの食事のために僕らは別れた。
普通の蜂蜜でも構わないようだけど、出来るなら咲いている花の蜜の方が良いだろうと思い、そうした。

たった半日だが、視界共有を体験してしまうと、無い生活は不便だ。
今までそうしてきたので、何かが出来ないとかは無い。
が、億劫というか、めんどくさい。
人間、一度楽を覚えると駄目だな。
僕は、それを実感しながら教室に入った。

教室は、後ろの席が高くなっていて、一番下に黒板がある。
僕は、一番前に座る。
教科書の内容は、既にリンに覚えさせて、説明を受けているので問題ないが、困るのは、授業中の会話から問題を出してくる教師だ。
こればかりは、リンといえど、どうしようもない。
仕方なく僕は、一番前の席で授業を受けることにしている。

座って、教科書やノートを並べていると、教室がざわついた。
ざわざわと皆がざわめく中、誰かが僕の横に座った。
「ルイズか?」
「ええ」
「人気者だな」
僕は、ふざけて言った。
「いつもと同じよ」
澄まして答えた。
サイトだな、と見当はついていた。
学校なんて狭い世界、噂なんてすぐ広まる。
ルイズの向こう側に誰かが座る。

「ここは、メイジの席。使い魔は床」
サイトが椅子に座ったらしい。
そこまで躾ける必要あるんだろうか。

ちょっと間があいた。

「ルネを見ても無駄。今はシェリーがいないから気付いてないわよ」
サイトは僕に助けを求めたらしい。
「今、シェリーは、外で花を探してる」
僕が言うと、どかっと床に座る音がした。
もし僕が見えていたとしても、助ける気が無い。
だって、利益が無い。
それからしばらく、サイトはルイズに他の生徒の使い魔について尋ねていた。
それを聞いていると、本当に知らないんだなと思った。
流石に、猫や梟は知っているらしいが。
やりとりが続き、「きょろきょろしないの」とルイズが注意したところで、教室の扉が開いた。
生徒が黙ったところから、入ってきたのは教師か。
「おはようございます、皆さん、春の使い魔召還は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔を見るのが楽しみなのですよ」
シュヴルーズという女の教師は、第一声に明るく言った。
声の量と色から、中年ぐらいで太めだと分かった。
あとで、シェリーのいるときに顔を一致させよう。
「おやおや、変わった使い魔を召還したものですね、ミス・ヴァリエール」
シュヴルーズは、サイトに目を止めた。
そりゃ、今までいなかった種類だから、気になるだろうけど。

教室が笑いに包まれた。
「爆発のルイズ、召還できないからって、その辺の平民を連れてくるなよ」
声を上げたものがいた。
この声は、誰だったか、マルコ・・・マルコ・・・
「違うわ、ちゃんと召還したわ、こいつが勝手に来ちゃったのよ」
「嘘つくな、サモン・サーヴァントが出来なかったんだろう」
ルイズとマルコが言い争い、他の生徒は笑っている。
「ミセス・シュヴルーズ、かぜっぴきのマリコヌルに侮辱されました」
机を叩く音が近くからした。
「かぜっぴきだと?俺は、風上をマリコヌルだ!風邪なんてひいていない」
マルコは、マルコルヌルというらしい。
「ミス・ヴァリエール、ミスタ・マリコヌル、みっともない口論を止めなさい」
シュヴルーズは2人を諌めるが、シュヴルーズが言い出さなければ良かっただけの話だと思う。
「ミセス・シュヴルーズ、俺のかぜっぴきは、ただの中傷ですが、ルイズの爆発は事実です」
マルコは、さも、どうだ、とばかりに言うが、別に二つ名など学園の中の話であり、どうもこうも無かろうと思う。
二つ名が無くとも、メイジじゃなくても、多分マルコより強いだろうという人もいるし。
マルコの言葉で、クスクスと笑いが広がったが、
「あなた達は、そのままで授業を受けなさい」
シュヴルーズがなにかしたらしい。
笑いが収まった。

「では、授業を始めましょう」
シュヴルーズは、そう言って授業を始めた。
一年生の時に聞いた、火水風土の基本の話をして、自分が赤土という二つ名を持っているという話から、土系統の話になった。
ざっと土系統の素晴らしさを語ると
「では」
ごん、という重い物が教卓に置かれる音がした。
「今から、皆さんに土系統の基本である、錬金、の魔法を覚えてもらいます。もう出来る人もいるでしょうが、基本は大事です。おさらいする事にします」
そう言うと、シュヴルーズは、小声でルーンを唱えた。

少しして
「ゴゴ、ゴールドですか?」
キュルケの声がした。
僕もそれを聞いて驚いた。
もしゴールドだというなら、シュヴルーズはスクウェアクラスだ。
そのような人が教師なら、面白い話の一つや二つ、授業中話してくれれれば、と思った。
「違います、ただの真鍮です」
がっかりした。
では、トライアングル以下か。
シュヴルーズは、もったいぶった後
「トライアングルですから」
と言った。
ラインに見せて、トライアングルです、と言った方が効果があると思うのだけど。
隣でルイズが
「何よ、授業中よ」と小声で言った。
サイトが何か聞いたらしい。
サイトは、メイジのランクも知らなかったらしい。
本当に、僕らとは違う世界から来たんだな、と思う。
ルイズは、サイトにランクの説明をした。
「ミス・ヴァリエール、授業中の私語は慎みなさい」
サイトへの講義を見咎められた。
「おしゃべりをする暇があるなら、あなたにやってもらいましょう」
シュヴルーズは、ルイズに前に来るように促した。
ルイズは、無言だ。

「先生」
キュルケが困ったような声を出した。
「なんです?」
「先生は、ルイズに教えるのは初めてですよね、彼女は危険なんです」
「危険?」
「ええ」
教室中から、そうなんです、と声が上がった。
「しかし、彼女は努力家と聞いています。失敗を恐れていては、前に進めません」
シュヴルーズは、まぁ教師としては良い発言だろうを、言った。
「でしたら、ルネも努力家です。彼にやってもらえば良いと思います」
僕に白羽の矢が立った。
「確かに、ミスタ・フランツも努力家だと聞いています。しかし、彼は目が不自由だとも聞いています。わざわざ移動してもらう必要も無いでしょう」
教室中が、ルネに、という声の中、シュヴルーズは、「さぁ」と、再びルイズを促した。

「やります」
ルイズは、立ち上がってはっきりと言った。

「ひぃ」
キュルケをはじめとする何人かが、短い悲鳴のようなものを上げた。

とりあえず、僕は机の下にもぐりこんだ。
こんなときに、躊躇っては駄目だ。
躊躇いは、時として命に関わる。
そして、今がその時だ。
ルイズだって、成功するかもしれないが、その時は改めて称えれば良いのだ。

シュヴルーズのアドバイスが聞こえ


どん、と言う音が響いた。


何かが叩きつけられる音、飛び跳ねる音、割れる音が続いた。
教室の後ろの方では、各々の使い魔を呼ぶ声と使い魔の鳴き声がする。


しばらくこのままでいようと決めた。


「ちょっと失敗したみたいね」


「いつもだろ」
「何を唱えてもこうじゃないか」
教室中のブーイングの中、平然と言うルイズに心の中で賞賛を送った。







「くっそ、なんで俺まで」
サイトは、ガッチャガッチャと音をさせながら、割れた窓ガラスを集めていた。
ルイズは、煤けてしまったところを雑巾で拭いている。
全てがひっくり返されたような教室にいるのは、僕とルイズとサイトのみ。
気絶したシュヴルーズが爆発音に集まってきたほかの教師に保健室に連れて行かれ、残された生徒に教室の後片付けを言いつけられたが、全員、これがルイズによって引き起こされたことを知っているため、ルイズを残し出て行った。
僕が残っているのは、万が一転んだりしたら危険だからだ。
僕の席のところだけ、マントでガラス片などを払い、座っている。
本来、禁煙の教室で堂々とタバコが吸えるのは、こんな時ぐらいだと、煙を燻らしていた。

「おい、ルネ、お前も手伝え」
サイトが近寄ってきた。
「生憎と、今は視力が無い」
「シェリーを呼べば良いだろ」
「そんな都合の良い能力は無いな」
本当は呼べるが、呼んだら手伝わなくてはいけないのに呼ぶやつがいるだろうか?
「くっそー」
「まぁ、頑張れくらいは言っておく」
「しっかし、爆発のルイズね」
サイトの声は、明らかに面白いものを見つけたという含みがあった。
「サイト」
「なんだよ」

「君が何をしようと勝手だが、それによって、君がどんな被害を被ろうと、例えば、飯を抜かれる、ここを追い出される、最悪殺されても、僕は一切知らないからな」

「殺されるって、ちょっとからかうだけだぞ」
流石に、生死がかかると怖気づくらしい。

「僕の知ってる話では、貴族の前を横切った子供が殺されたそうだ。庇った親共々な。因みにその貴族だが、悠々と帰路に着き、今でもどこかで貴族をやっている」

「な、なんだよ、それ」

「まぁ、ルイズは寛大かもしれない。やりたければ、やれ。僕に止める権限は無い。君に対しても、勿論、ルイズに対してもだ」

サイトは悔しそうな声を上げたあと、
「クッソー」と叫んだ。


「まぁ、頑張れ」




なんとか、なんでもない風を装った。
が、実際冷や汗が出た。
もし、サイトがルイズをからかい、呪文なんて唱えようものなら、僕は確実に被害を被るではないか。
ルイズをからかいたいなら、僕のいないとこでやれ。

やれやれ。


僕は、大人しく煙草を吸いながら、先ほど呼んだシェリーが来るのを待っていた。





後書き

特に何ということも無い繋ぎですが。



[15301] 朝を終えたら
Name: oki◆2fcd534b ID:397b121f
Date: 2010/01/12 18:01
僕は、シェリーを教室の入り口まで呼ぶと、共有した視界を頼りに教室を出て行こうとした。
サイトに見つかり、「大丈夫じゃないか」と言われたが、「トイレ」だと言っておいた。
さて、昼食まで何処で暇を潰そうかと思っていると、リンが歩いてくるのが見えた。
「何かあったか?」
僕が聞くと、小さく、しかし深く息を吸い
「爆発音の後、急にシェリーが飛び出したので」
「僕の身に何かあったかと、不安になったか?」
「いえ、その場合、お父様にご報告しなければならないので、確認を」
「そんな肩で息しながらじゃ、真実味が無いな」
僕が指摘すると、リンは、顔を赤くしながら
「こ、これは、より早く連絡をしようとする仕事上の義務からです」
「そういうことにしておこう、さて行くか」
「ちょ、そういうことじゃなくて、そうなんです」
リンを連れて行ける場所というと、意外と少ない。
リンが平民なので、貴族の場所にいると絡んでくる者がいるのだ。
と、なると。



僕とリンは、学院長室にいた。
「水ギセルも良いが、たまに吸うと美味いのう」
「なら、僕も持ってきた甲斐があります」
オールド・オスマンの机に灰皿を置き、2人でだべっていた。
秘書のロングビルは、自分の机で仕事中で、リンが僕らの分のお茶を入れた。
オールド・オスマンも、僕からタバコの味を知った一人だ。
庭で吸っていたら、オールド・オスマンから、声をかけてきた。
それ以来、たまに学院長室に分けに来る。
最近の天気など、特に中身の無い話をしながら、煙を吐き出している。
一本を吸い終わったオールド・オスマンが次のタバコに手を伸ばそうとすると、タバコの箱が宙に浮きロングビルの机の上に飛んでいった。
「年寄りの楽しみを取り上げて楽しいかね?」
「貴方の健康管理も仕事のうちなので」
ロングビルは書類から顔を上げずに言った。
オールド・オスマンは立ち上がると、ロングビルの方へと歩き出す。
「こう平和な日々が続くとな、時間のすごし方が大切なのじゃ」
明らかに、ロングビルの隣に立つオールド・オスマンの手の動きは怪しいが、僕は何も言わない。
僕が被害者じゃないし。
「真面目な顔をして、わたしのお尻を撫でるのを止めてください」
ロングビルは、変わらず冷静だ。
オールド・オスマンは、深くため息をついた。
「真実というのは、いったい何処にあるんじゃろうか?」

どん

僕は、足を上げ、強く踏みおろした。
場所は、僕の横に立つリンの足元。
僕の足の寸前にネズミが一匹。
「ルネも冷たいのう」
「本当に冷たかったら、モートソグニルを踏んでますよ」
モートソグニルは、ちゅうちゅうと鳴きながらオールド・オスマンの元へと戻っていく。
「おお、気が許せるの友達は、モートソグニル、お前だけじゃ」
芝居がかったように言いながら、ポケットからナッツを取り出し、与えた。
友達に、女の下着を覗かせるのもどうかと思うが。
モーソグニルは、ナッツを齧り終えると、また鳴いた。
「そうか、そうか、もっと欲しいか。じゃが、その前に報告じゃ」
モートソグニルは、鳴く。
「そうか、白か。純白か。うむ、しかし、ミス・ロングビルは黒に限る。そう思わんか?ルネ」
振られた。
だから、答えた。
「いや、でも、ところどころレースで可愛らしいと思いますよ」
ロングビルは、驚いたようでこっちを見た。
僕の周りを飛んでいるシェリーを介して目が合った。
僕としては、覗くつもりではなく、モートソグニルの監視としてシェリーを使っただけだ。
絶対に、リンの下着を覗こうとするに決まっているのだから。
その途中、偶々、ロングビルの下着が覗ける位置取りになった、他意は無い。

「いや、やはり、黒じゃ。色気が必要じゃ、だから婚期を逃すんじゃ」
オールド・オスマンは、きっぱりと言った。
しかし、僕も男だ。
僕にだって、好みがある。
「僕は、黒は狙いすぎていて、嫌ですね。純白でもレースがついていれば、十分だと思います。
婚期を逃したと言っても、初々しさが大」
僕は最後まで言えなかった。
横から押されて椅子から落とされたからだ。
僕と関係なく動かない視界の中で、ロングビルはゆらりと立ち上がった。

僕はリンに、オールド・オスマンはロングビルに無言で蹴られ続けた。
「痛い、リン、主にする行為じゃないだろう、痛っ、シェリー、君まで」
「ごめんなさい、もうしない、あだっ、年寄りに、いだ」
2人と一匹は、息を荒げながら蹴り続けた。

バタンと扉が開いた。

「た、大変です」
慌てたコルベールが入ってきた。
「なんじゃね、大変なことなどあるものか、全ては小事じゃ」
オールド・オスマンは、腕を後ろで組んだ姿勢で重々しく答えた。
ロングビルも元の机に座っていて、僕らも元の体勢に戻っている。
「これを見てください」
コルベールは、本当に焦っているのか、オールド・オスマンしか見えていないようだった。
先程、オールド・オスマンがロングビルのところに行ったため、僕とはオールド・オスマンの机の端と端分の距離だけ離れている。
「なんじゃ、これは?」
オールド・オスマンは、コルベールから渡されたものを見た。
本のようだった。
「始祖ブリミルの使い魔、ではないか。まーた、こんなもの読んで、」
「いえ、それだけでは無いのです」
オールド・オスマンの言葉を遮って、コルベールは一枚の紙を渡した。
「ムッ」
オールド・オスマンの目が鋭くなる。
「ミス・ロングビル、ルネ、席を外しなさい」
そう言われて、初めてコルベールは、僕たちに気付いたようだ。
僕は、軽く会釈をすると、リンを連れて学院長室を出た。
とりあえず、自分たちの部屋に戻ることにした。
歩き、学院長室から離れたのを確認すると
「リン、さっきの本のタイトルを覚えているか?」
「はい、始祖ブリミルの使い魔たち、と」
「ブリミルの使い魔の資料を覚えているな。
特徴、ルーン、そして、それがサイトと一致するかどうか確かめる」
コルベールの話を聞いたとき、とっさにサイトが浮かんだ。
使い魔の話で、最近見た変わった使い魔といえば、サイトしか居ない。
「はい、かしこまりました」
リンは、素直に応えた。



部屋に戻ると、昼になろうという時間になっていた。
そろそろ昼食を食べに行こうかというときに、サイトが来た。
「どうした?」

「助けてくれ」

開口一番に助けだけを求められても困る。
「それじゃ解らない。君が何かをやったのか?」
やったとしたら、自業自得だと思ってもらうより他ないが。
「違う、ルイズのやつさ。昨日と今朝は服だけだったんだ。
なのに、さっき着替えるとき、下着も俺に履かせろって」

若干引いた。
個人の趣味だと言われては、何も言えないけど。

「ふーん、女の使用人で、というなら解るけど、男でねぇ」

「俺、どうしたら良いんだよ、む、胸が無い筈なのに有るんだぜ」
大分、パニックになっているらしい。
そういえば、サイトに聞こうと思っていたことがあった。
「一つ聞いても良いか?」
「な、なんだよ?」
「君は、女を知っているか?」
「えっ?」
サイトは、何を言ったか分からなかったようだ。
「ふむ、言い直そう、女を抱いたことはあるか?」
これなら、解るだろう。
サイトは、チラチラとリンを見ていた。
「あ、あるわけないだろう、これから知り合おうって時に攫われたんだ。
そーゆールネはあんのかよ」
随分と早口だ。
「あるよ」
「あんのかよ」
「実家にいた頃、友人とな、女を買いに行くことはあった」
「それが、ルイズとどうつながんだよ」
「慣れてしまえばいいだろう?」
「は?」
「学院にも平民はいる。その子らと付き合えばいい。スタイルだけならルイズより良い子は結構居るぞ」

いくら生活のためとはいえ、今みたいなルイズの使い魔生活はストレスがたまるだろう。
恋人の一人でもいれば、心に余裕も出来ようし。
メイドに手を出すのは、生徒の間では暗黙の内にご法度だが。
若いうちに、平民の子供が出来てしまうと、相続やらなんやらが煩い。
それに、そうなってしまうと、学院に居辛いし、結局は学院を辞めなければならない。
辞めることは、貴族にとっては致命的なイメージを付けてしまうからだ。
平民が平民と恋人関係になるのは、特に禁止されていないから大丈夫だと思う。
結婚さえしなければ、たまにサイトが小遣いくらい貰えば、ルイズに迷惑もかけないと思うし。

「とりあえず、行くぞ」
サイトを部屋から出した。
僕は、リンに言い残すことがあるから、と部屋に戻った。

「どうだった?リン」
「ガンダールヴです」
リンは、冷静だったが、僕はつい声を上げた。
「ほう」

やっぱり、ルイズは面白い。


食堂に行く道すがら、食べ終わった生徒達とすれ違う。
その生徒の流れの中から、シエスタを見つけた。
「シエスタ」
僕が呼ぶと、シエスタはこっちを見た。
「ルネ様、どうかなさいましたか?」

学院の生徒とリンは仲が良い。
たまにリンに何か作らせるときに、ここの厨房を借りている。
その際、多めに作らせ、渡している。
目が不自由な僕にとって、手伝いをしてくれる使用人は多い方が良い。
僕が作るわけでないし、最初から量を作ると思えば、お金もそれほどじゃない。
その中で、シエスタはリンに色々と料理について聞いてくる。
リンの料理は、僕の好みで作らせている。
それが、シエスタの好みにも合うらしい。
リンを通じて、僕にも聞いてくるおかげで、シエスタとは顔見知りだ。

「こちら、ルイズの使い魔なんだけど、何か食べる物はないかな?
さすがに、他の使い魔が食べてるようなものは、口に合わないらしくてね」
他の使い魔の食事は、生魚、虫などだ。
合うわけがない。
「まぁ、では、こちらへ」
シエスタが、サイトを誘った。
ぼくは、サイトに道を譲ると
「じゃあ、サイト、出会いは作った。僕は、朝のところで食事をしている。
あとは、お前に任す」
「な、ルネ」
サイトは、何か言いたげだったが、シエスタに連れられて、食堂の裏手に歩いていった。
あとは、本人の努力次第。
僕は、正面から食堂に入った。


「随分と遅かったわね」
先にいたルイズは、全てを食べ終えるところだった。
「混雑する時間は避けたいんだよ」
「そう、それで、私の使い魔を知らない?ルネに用事があるって出て行ったんだけど」

原因が君だとは、言わない。
個人の趣味に口を出す気は無い。

「まぁ、色々と聞かれたんだよ。洗い場とか」
「そんなこと、私に聞けば良いのに」
「ご主人様の手を煩わせたくなかったんだろ。良い心がけだ」
「で、その使い魔は?」
「実際に行ってみるって。ここに居ることは言ってあるから、そのうち来るんじゃないか?」
「そう」
僕は食事を始めた。
相変わらず、食べきれる量ではない。


ざわざわと騒がしくなったので、そのほうを見るとギーシュがいた。
周囲を囲まれ、自慢げに何か言っている。
いつものことだ。
僕は食事を再開した
しばらくすると、さらに騒がしくなった。

「うそつき」
怒鳴るような女性の声がした。
モンモランシーの声だ。
再び見ると、ギーシュのところから、2人の女性が離れていく。
一人は知ってる、モンモランシーだ。
もう一人は、察するに、彼女がケティだろうか。
二股がばれたか。
今夜は付き合ってやろう。
そう思いながら、ギーシュを見ると、見覚えがある服。

何故、サイトはあそこにいるのだろうか?
近くにシエスタもいるが、どんな話のながれなんだろうか?

サイトとギーシュは、何か言い争っていて、周りはそれに合わせて笑ったりしている。
「あの馬鹿」
ルイズは立ち上がると、サイトのところへ向かった。

「逃げんのかよ」
サイトは、出入り口にむかうギーシュに呼びかけた。
「ヴェストリの広場に来い」
ギーシュは、そう言うと食堂を出て行く。
決闘か。
サイトも随分と向こう見ずなことだ。
シエスタは逃げるように厨房に向かった。
サイトは、辿りついたルイズに怒鳴られてる。
何か言い捨てると、ギーシュを取り囲んでいたやつらに連れられて、サイトは食堂を後にする。
ルイズも後を追った。
食堂にいた他の生徒も、面白い見世物が始まったと、出て行く。
とりあえず、僕は近くで興味と恐怖を感じながら行く末を見ていたメイドが居たので、呼び、紅茶とデザートを頼んだ。
決闘もすぐには始まるまい。
どうせ、サイトが痛い目にあうだけだろう。
サイトがガンダールヴとはいえ、すぐに目覚めることもないと思う。
見る価値はそんなにない。
それよりは、デザートを食す方が大事だ。
紅茶は、自分で買って、厨房に預けてある。
今は、フレーバーティが好きなのだ。
僕が、ゆったりとしていると、目の前に女性が座った。
栗色の髪は、緩やかなウェーブを描き、白い首筋を流れている。
瞳も栗色で、真面目さと優しさが見えた。

「ご機嫌いかがですか?ミスタ・ルネ」

僕は、メイドにカップをもう一セット持ってくるように言った。

「なかなかですね、ミス・グリッド」

メイドが、ポットから紅茶を注いだ。
僕は、メイドに行くよう言った。
あたりの人影を窺うと、ギーシュのおかげで、食堂内に殆ど人はいない。
僕は、改めて頭を下げた。



「お久しぶりです、姉さま」


「春休み前以来ね、ウルシア」

姉さまは、にっこりと笑われた。





後書き

予想できたでしょうが、やっと、ウルシア=ルネに辿りつきました。


以下感想掲示板より

>主人公の隠し事について

僕の考えですが、拙いとしても一応一人称で書いています。
普通に生活していて、何の事件も無いのに一々過去を思い返して考えたり、分析したりするかなぁ、と思うので。


>ゼロ魔の知識について

今回の話で、やっと繋がりましたが、ゼロ魔の世界で15年生きてれば、それなりの知識は、手に入るんじゃないですかね?


>タバコについて

多分、今まで読んだ本とかの影響でしょうか。
貴族は葉巻を吸っている印象があります。
あと、作者としてはタバコよりもワインの方が違和感があります。
タバコの話も書いていければなぁと思います。



[15301] 決闘が始まったら
Name: oki◆2fcd534b ID:631c7b01
Date: 2010/01/15 03:34
姉さまは、紅茶を一口含まれて、「あら」と目を細めた。
「初めての味だわ、また新しいのを作ったのね」
「はい、もし気に入っていただけたのなら、少しお分けいたしますが?」
その場合、メイドに言えば通じるようにしておきますから、と姉さまに言った。
「あなたは、多才ね。あなたの考えた水車も、ラベンダーも、あの村に必要な物になったわ」
「必死に考えた末です。なんとか父様の力になろうとしていましたから」
母親は、父親の寵愛を受けていたが、それは、妻の座と愛人の座の両方に片足ずつ突っ込んでいるような微妙なものだった。
僕は、使用人としての子と、貴族の子という2つの地位を行ったり来たりした。
使用人としての勤めをし、貴族の教育を受けた。
もっとも、僕は姉さまのついで、であり、空いた時間を一緒に受けても良い、という程度だったが。
僕に魔法の才能が無かった所為なのかもしれないが。
「そうね、コモンマジックが使えないのに、系統魔法が使えるなんて聞いたこと無いもの」
「欠けた部分があるなら、それ以外の物で補わなければならなかったのです。
それが僕の生きるための手段でした」
そして、それが母親を正妻の椅子に置くための手段だと考えた。
「弟の優秀さに、姉として嫉妬したわ」
大げさな言い方に僕は、つい笑ってしまった。
「そして、弟として、誇らしくもあったわ」
苦笑いで受けた。
「その癖、何が欲しい?ってお父様から聞かれる度に、休みが欲しいと言って、あの村に帰るだけ。
おかげで、私が何かねだる度に、嫌な顔をされたわ」
僕に、何か買ってもらえるとは思っていなかっただけなのだけど。
「おまけに、時々ポルチェを連れて」
「一応、姉さまがお出かけの日にしていましたが?」
「つまらない社交場もあるのよ、こっちは不満を言いたいのに、ポルチェッたら満足そうな顔をして」
ロック爺とテス婆さんも孫のようなポルチェを気に入っていた。
年の近い子供もいたから、大人しかいない館にいるよりは楽しいと思って連れ出した。
「僕には、あまり欲しい物が無いのですよ。出来るなら、財産として、あの村を貰って、平穏に暮らしていければ良かったのです」
偽らざる本音だ。
「こんなことを言うと、皆に小さい夢だと笑われそうですがね」
笑ってごまかした。
「笑わないわよ」
「笑っていただいても構いませんよ」
笑われても構わない。
「私は、あなたのことを良く知ってるわ」
姉さまはにやりと笑った。
「あなたは、何も欲しがらないような、全てを譲るような顔をしているくせに、欲しいと思った物に関しては頑固よ」
そう言われてしまうと、僕としては笑うしかない。
「相手が誰であろうと、それが例え女王陛下であろうと、あなたは譲らないんじゃないかと思うことがあるわ。あの村で一国に立ち向かう、それが小さいかしら?」
僕は肩をすくめた。
この世界は、僕の本来居る世界でない、という思いがずっとある。
僕は、自分のためのお金も地位もあまり欲しいと思わない。
友人と飲むためのお金、狭い範囲で何かを広めるための地位があれば良い。
ただ、あの村の形が僕の原風景であり、帰るべき場所のような気がしていた。
全てが始まったあの場所だけが、僕が居て良い場所のような気がするのだ。
「どうせ、目が見えないのも、その辺の事情でしょ?」
僕は笑うことで、暗に正解だと示した。
姉さまは、カップを傾け、飲み干した。
席を立つ。
ポケットから手紙を出すと、名が机の上にそっと置いた。
「ポルチェからの手紙よ。まったく、あの子また見合いを断ったわ。
あなたがさっさと引き受けて、傍に置くだけで良いのに。
変に、あなたが気を持たせるから」
ため息を一つ。
「それと、ドナは元気だったわ。じゃあ、またね」
紫のマントを翻し、去っていった。
手紙と僕が残った。
姉さまと僕の会話はカップ一杯分と決まっている。
それが、彼女にとっても限界らしく、僕も限界だった。
彼女の兄、サルバを、僕は殺した。
彼女たちは、僕から、帰る場所を奪った。
互いに許せるわけも無く、しかし事情を知っている所為で、責めることも出来ず、溜まる苛立ちを昔話の懐かしさで慰めていた。
僕は、手紙を手に取ると、ポケットに入れた。
彼女を引き受ける気は、今のところ、無い。
ポルチェは、あの時、理由も知らず僕を信じてくれた。
売られていたリンは、出会った時から僕のものだ。
だから、最後の最後殺しても、僕は、諦めきれる。
ポルチェは、その思い出がある限り、きっと躊躇いが出る。
覚悟が決められない以上、傍に置けない。
しかし、と思う。

皮肉なものだな。


僕は、あの村で平穏に暮らしたいだけだったのに。
もうあの村に行くことは出来ない。
僕の努力の甲斐無く、弟のドナの誕生で正妻に納まった母親は、僕を見ると錯乱状態に陥る。

ああ、無性にタバコが吸いたい。

そういえば、タバコが吸いたくなったのも、あのときが初めてだなと思い出した。
僕は、とりあえず、食堂を出て、タバコを銜えた。
ヴェストリの広場に向かうことにする。
別に見る気は無かったのだけど、何か、姉さまとの会話を忘れるための出来事が欲しかった。




僕が着いたときには、決闘はもう始まっていた。
案の定、サイトはギーシュのワルキューレに殴られ、蹴られていた。
「ルネ」
僕が友人たちと話していると、呼ばれた。
見れば、ルイズだった。
「ルネ、あなた、ギーシュと友達でしょ、止めさせてよ」
ルイズは、僕のマントを握りながら言った。

正直、めんどくさかった。
サイトは平民だし、別にギーシュに殺されたところで問題無いし。
かと言って、ルイズも無碍に出来ない。
僕の今の状態では、見ることも、感じることもままならない『彼ら』が、ルイズが魔法を使うと、感じられるほどざわめくのだ。
今はその力を使いこなせないだけで、将来的にはすごいメイジになると思っていた。
虚無とは、想像の少しばかり上を行き過ぎだが、おかげでガンダールヴに気付け、ルイズの虚無を気付けた。
ルイズの価値は上がった。
ここで、彼女との信頼関係を崩すのは、上手い手では無いと思う。

「ルネ」
再度マントを引っ張られた。
僕は、自分を諌めた。
まだ姉さまとの会話での、苛立ちが消えていないようだ。
このままでは、リンに気付かれる。
いつもの僕でいなければならない。
「少し待て」
僕は、ルイズを落ち着かせるように言った。
「待てって、早くしないとサイトが死んじゃう」
僕は、シェリーを飛ばし、辺りを見た。
「いた」
リンを見つけた。
僕は、リンのところへと群衆をかけわけ歩き出した。
ルイズも着いてきた。
「遅くなりました」
リンは、頭を下げながら、僕に持ってきたものを渡した。
一振りの刀だ。
これに良い思い出は無いのだけど、護身用にと持ってきたものだ。
銃は、火薬の管理が面倒だ。
「そんなものどうするのよ」
僕は、リンに礼と部屋に戻るように言って、ルイズを無視して、また群衆の中に戻っていく。
さっさと行かないと、本当にサイトが死んでしまうかもしれないし、目の見えない者にとって、群衆の中など、避けたい物の一つだ。
ルイズに構っている余裕は無い。
群衆の一番前にやっと出た。
サイトは、丸まった状態で、ワルキューレに踏みつけられていた。
時折動くから、死んではいないようだ。

「ギーシュ」

僕の呼びかけに、ギーシュをはじめ、全員の注目が集まった。
本当なら、このような注目を集めることはしたくないのだが仕方ない。

「なんだね、ルネ、決闘を止める気かい?」
ギーシュは明らかに興を削がれたような声を出した。
「いや、そうではないさ。
ただ、今オッズを見てね、あまりにも君が勝つのが分かっていて面白くない。
それでだ」
僕は、持っていた刀を見せた。
「彼に武器を渡したい」
ギーシュは少し考えるそぶりを見せた。
マジックアイテムの類かどうか疑っているのだろう。
「勿論、ディテクト・マジックをかけてもらって構わない。君にも、ここに居る何名かにも確認してもらう」
僕が周囲に居た数名に確認してもらっている間に、ルイズはサイトに駆け寄っていった。
ただの刀と確認されると、僕はギーシュのところへ行く。

「君はどっちに賭けた?」
魔法をかけながら、ギーシュに尋ねられた。
「平民に賭けた」
彼は感嘆の声を上げた。
「君に信用されていないとはショックだよ」
と笑った。
「これは遊びだろう?だったら、損しない方より損するかもしれない方に賭けた方が面白い」
僕の答えに彼は、「確かに」と笑った。
確認が終わった。
「じゃあ、君には損をさせるとしよう」
サイトの方に向かおうとする僕にそう言った。
「安心しろ、今夜のワイン代ぐらいは残してあるから」
後ろから、苦笑いが聞こえた。


「立てるか?」
僕は、サイトに声をかけた。
「なんてことねぇよ」
ふらふらとしながらも立ち上がる。
僕はサイトに、刀を抜いて渡そうとした。
「使え。切れ味は無いといって言いほどだが、鈍器としては中々丈夫だ」
僕の刀は、本来、切る部分が潰され丸まっている。
その代わり、峰を出来る限り分厚くしている、一応持てる範囲にしたが。
「サンキュ」
受け取ろうとしたサイトの手を、ルイズが止めた。
「馬鹿、何言ってるのよ、貴族に平民はどうやっても勝てないの。
ルネもルネよ、なんでサイトにこんなもの渡すのよ。殺されるだけじゃない」
「だそうだ。どうする?言い辛いなら、僕がギーシュに伝えても良い」
僕としては、ここで認められると損をするから嫌なんだけども。
「うるせぇ」
サイトはルイズを振り払い、刀を取った。
「ムカつくんだよ、どいつもこいつも、貴族だからって、メイジだからって、威張りやがって。
魔法を使えるのがそんなに偉いって言うかよ」
まぁ、魔法を使える方が、出来る事が増えるからな。と思いつつも、水は差さない。
ギーシュの方へ歩き出すサイトを鞘を持ったまま見ていた。
「馬鹿」
ルイズはサイトに叫び、僕を睨んできた。
「ルネの馬鹿」
蹴られた。
「別に良いだろ?サイトが死ねば、ルイズは違う使い魔を呼べる。君が望んだ状態になる」
言うと、ルイズは黙った。
納得は出来ないが、言い返せるほど否定できないのだろう。
リンの言ったように、次の召還が成功する保証はしないけど。
僕は、ルイズが黙ると、広場の中央に意識を向けた。

相変わらず、サイトはワルキューレに良い様にされるだけだった。
刀によってリーチは伸びたが、体は疲労と怪我によって遅い。
結果、元気なときの素手とあんまり変わりが無いんじゃないだろうか。

「ふむ」
僕の予想では、急に覚醒するとはさすがに思いはしなかったが、片鱗くらいは見せると思っていたが。
あまりのやられっぷりにがっかりだ。
何かしら条件でもあるんだろうか?
損はしたけど、それが解っただけで良しとしようかな。
僕がそう思い始めた頃、またサイトが吹っ飛ばされた。
右手があらぬ方に曲がっている。
仰向けに転がったサイトの顔をワルキューレが踏みつけた。
終わりだな、そう思った。
「ルネ、お前の行為も無駄だったな」
近くに居たやつに言われた。
「残念だよ」
色々と。

ワルキューレがサイトから離れたが、サイトはぴくりともしない。
死んだかな、と思っていると、ルイズが駆けていった。
気持ちの折り合いはついたんだろうか?と思うが、自分の使い魔が死ぬのも良い気分ではないだろうな、とも思う。
転がったままのサイトをルイズは頭の方から覗き込むように座り、声をかけていた。
サイトの頭が動く。
気絶していただけらしい。
そのまま、2、3会話を交わすと、サイトは上半身を起こそうとする。
右手が折れているのでぎこちない。
「君、まだ立つかね?」
ギーシュがサイトに声をかけた。
「ったりまえだ、俺は少し休憩してただけだ」
まだやる気らしい。
「では、次は、君の左手を右手と同じようにしてやろう。
両手が使えなくなれば、君も負けを認めやすくなるだろう?
ごめんなさい、そう一言言えば、君の負けを認めよう」
「ふざけないで」
ルイズは立ち上がり、怒鳴った。
ギーシュは無視した。

「解るか?今、君に残された牙は、左手のみだ。残された牙をどうするかは、君の自由だ」

サイトは折れた右手を近くに飛ばされた刀に伸ばした。
ルイズが止める。
「駄目よ、絶対駄目、それをとったらギーシュは容赦しないわ」
そうだろうな、と思う。
そこまで歯向かったら、負けを認めたところで許されないと思う。
サイトが何か言った。
「そうよ、それがどうしたって言うのよ」
叫ぶルイズを押しのけ、右手で体を支え、左手を刀に伸ばした。
「使い魔で良い、床で寝るのも構わない、飯だって文句言わねぇよ、下着だって洗ってやる。
生きるためだ、仕方ねぇ」
下着まで洗わされていたか。

「でも」

一瞬溜め

「下げたくねぇ頭は下げらんねぇ」
左手が刀を掴んだ時、甲が光った気がした。
サイトは、すっくと立ち上がった。
先ほどまでと少し違う。
ふむ、何らかの条件を満たしたらしい。
「まずは褒めよう、ここまで貴族に歯向かう平民がいるとは」
言うと、ギーシュはワルキューレを差し向けた。
ここからなら、少しは面白くなりそうだな、と思った瞬間、ワルキューレが轟音とともに飛んだ。
僕の近くまで飛んできた。
見れば、胴体が半分以上のところまで凹んでいる。
サイトの動きは、人間の限界まで上がっているように思えた。
「な、何?」
ギーシュは慌てて、6体のワルキューレを出したが、サイトは次から次へとワルキューレたちを吹っ飛ばしていく。
あれを捉えるのは、腕の良い銃士隊の者でも難しいだろうなと思う。
散弾銃の生産をもう少し考えても良いかもしれない。
全てのワルキューレを蹴散らすと、最後にギーシュに飛び蹴りを入れた。
倒れるギーシュを追って、サイトが跳んだ。
あんなものがあの速度で当たったら、間違いなくギーシュは死ぬだろうな。

ドン、と音がした。

今日の飲みは中止かと考えていると、ギーシュの頭が動き、刀とサイトを見て、何か言った。
当てはしなかったようだ。
まぁ、友達が無事でよかった。

サイトが、刀を天に突き出した。

群衆が沸きあがる。
あの平民やるじゃないか、とか、ギーシュが負けたぞ、と叫んでいる者もいるが、大体は悲鳴のような声を上げた。
賭けに負けた者たちだろう。
全員がギーシュに賭けていたので、賭けは成立しそうになかったところだったが、僕がサイトに賭けたので、賭けは成立してしまったのだ。
おかげで、僕は大儲けだ。
負けていたら、相当な額を持っていかれたと思うが。
僕も、サイトが覚醒するという確証はなかったから、平等ではあると思うので問題無し。
歓声の中、サイトが倒れた。
あれだけぼろぼろだから無理もない。
ルイズが走っていき、僕も歩いていく。
サイトにはルイズが行ったので、僕はギーシュに手を差し伸べた。
「おかげで、損せずに済んだ」
ギーシュは「嫌味か」と、手を掴んできた。
僕らがサイトの様子を見に近寄る。
「サイトの方はどうだ?」
「寝てるわ」
ルイズはホッとしたような声だった。
「まさか、僕が負けるなんてね」
ギーシュは首を振りながら言った。
「あんたが弱いのよ」
ルイズはサイトを支え起こそうとするが、体格的に無理だった。
「ああ、もう!重いのよ!馬鹿!」
そりゃそうだろうな。
見かねたギーシュがレビテーションをかけた。
サイトが浮く。
ルイズは、それを押していった。

僕達が残され、ギーシュは肩を落とした。
「負けるなんて、これっぽっちも思っていなかった」
「だろうな」
「君は、こうなると予想していたのかい?」
こっちを見てきたギーシュにタバコを差し出しながら
「まさか」
僕は、笑いながら答えた。






後書き


今回は、ちょっと長く出来たと思います。
本当なら、もうちょっと早く、この話の予定だったんですけど、随分と延びました。



以下、感想掲示板より

>会話が平坦について

すいません、楽なので、ついやってしまいます。気を付けるようにします。

>設定について

ルイズが虚無だとは書かなかったので、ギリギリセーフかなと思ってました。
それだけ才能があるから、なんとかなんだろう。
とか、そんな感じで。
もう少し理由あるんですが、もうちょっと先になりますので。



[15301] 決闘が終わったら
Name: oki◆2fcd534b ID:3eb6c57f
Date: 2010/01/15 19:56
ギーシュが、サイトに負けた夜、僕の部屋で2人で飲んでいた。
「本当に、負けるなんて思っていなかったんだ」
また、それか、と僕は笑った。
「諦めろ、明らかに君は負けた」
「もし勝っていたら、僕のことをモンモランシーも見直して」
「無いな」
短く切って落とした。
「そんなことは無いだろう、少しくらい」
俯いて、頭を抱えていたギーシュは顔を上げた。
「リン、君はどう思う」
リンに救いを求めた。
「無いですね、二股がばれた時点で有り得ません」
リンも容赦無い。
ああ、とギーシュは天を仰いだ。
「まぁ、頑張れ」
僕は、赤ワインを呷った。
「君が武器なんて渡さなければ良かったんだ」
ギーシュはこちた。
これも何度も聞いた。
「素手じゃ平等じゃないだろう?
賭け事はなるべく平等な方が面白い」
「結果、君一人が丸儲けだ」
テーブルの上には、何皿か料理が乗っている。
今日の儲けから、リンに言って、材料を買い取らせ、作らせた。
「君もその恩恵を受けているだろう」
テーブルの上を示して言った。
「知り合って1年近く経つが、君があんな物を持っているとは知らなかった」
ギーシュは、壁に立てかけてある刀を指差した。
「学院じゃ必要無いからな」
僕の実家には、山もあり、森もある、野盗もいれば、猪、熊もいる。
「護身用さ」
「それも、斬るというより、鈍器に近かった」
ワルキューレを叩き潰していたのを思い出したらしい。
「一匹二匹ならまだしも、集団だと脂や血ですぐに役に立たなくなる。だから、最初から切れ味なんて無視した」
動けなくさえしてしまえば、後はナイフでも十分だからだ。
ギーシュは納得したらしい。
「あの平民は、なにか、ああいった心得はあったんだろうか?」
「さぁ、本人に聞いてみたらどうだ?」
「ふむ」
ギーシュは考え込んだ。
僕が思うに、サイトが幾ら優秀なメイジ殺しだとしても、ギーシュが負けたことに変わりは無い。
サイトが強い理由を探すより、モンモランシーの機嫌を直す方が優先だと思うのだか。
「どうだろう?」
ギーシュは、僕の意見に、「だよね」と肩を落とした。
贔屓無しで見て、彼は、浮気性で調子に乗りやすいが、付き合えば、それなりに良いやつだ。
尻に敷いてくれそうなモンモランシーとは、お似合いだと思うが。
まぁ、僕は恋愛に関して詳しくないし、モンモランシーがどう思っているかは知らないので、こうして付き合ってやるのが精一杯。





それから3日後の朝。

僕とリンが布団を取り合っていると、シエスタが訪ねてきた。
サイトが目を覚ましたそうだ。
僕は少し考えたが、和解のきっかけは早い方が良いだろうと、ギーシュにも伝え、行くなら僕のところへ来るように、と言うように頼んだ。
僕は、着替え、目を覆う布を巻き終わると、待った。
しばらくして、来た。
ルイズの部屋だったので、リンを連れて3人で出掛けた。


部屋の前について、ノックをしようとすると、中から
「ギーシュに勝ったくらいで、待遇が変わると思ったの?馬鹿じゃないの?」
ルイズの声がした。
「随分な言われ様だ」
ギーシュも苦笑いするしかなかった。
僕がノックをすると、返事があったので入った。
ルイズは仁王立ちしていて、サイトは床に転がっていた。
「サイトが目を覚ましたとシエスタから聞いて、見舞いに来た」
状況は無視した。
「ルネ」
サイトは、僕を見た後、ギーシュを見た。
「あの時のキザ貴族」
ギーシュを指差して言った後、まだ痛むようで、腕を押さえた。
「彼は、ギーシュ・ド・グラモン、また誰かと決闘を起こして、今回のようなことになりたくなければ、そのぐらい学習しろ」
呆れたような僕の言い方に、サイトはムッとするが、
「この世界に来たのだから、ある程度の決まりは守れ。迷惑するのは、ルイズだ。それに」
僕は肩をすくめた。
「君の治療費をそうそう何度も払えない」
冗談ではなく、本当の話だ。
水の秘薬は高すぎる。
「そういえば、シエスタから聞いた。ありがとうな、ルネ」
サイトに言われて思い出した。
賭けの勝ち分から、ギーシュの慰めのための飲み分だけとって、ルイズに渡すようにリンに言っていた。
幾らあったかは知らないが、足しにはなっただろう。
「良いさ、普通に過ごしていたら、手に入らなかった金だからね」
もし損していたら、全額ルイズの負担だったし。
彼女も今は金欠だったはずだし。
「私からもお礼を言うわ、ルネ」
ルイズは、そう言うと、机の引き出しから小さな袋を取り出した。
「これ、残ったお金」
「え?」
僕とギーシュは、つい声を上げた。
水の秘薬はいつの間に値が下がったのだろうか。
「ルネ様の一人勝ちでしたし、賭けを成立させるために随分と出しましたので」
リンは冷静に言った。
僕が、ルイズに声をかけられる前に友人から聞かされた時の話では、勝ってもそんな金額にならなかったはず。
「ルネ様が、武器を確認していただいている最中、賭けが成立したと知った者がギーシュ様に賭けましたので」
その分、僕が負けたときに払う金額も相当な額になりました、と。
「もし、サイト様が負けました場合、しばらく、タバコ、ワイン、料理もお出しできず、家からも送って頂かねばなりませんでした」

「ギーシュ、負けてくれてありがとう」

心の底から思った。
「そう、しみじみ言われても困る」
ギーシュは困惑しているが、僕からしたら地獄に落とされそうだったのを救われたに等しい。
「良し、この金で今夜飲もう。サイトの目覚めを祝して」
「ルネ、サイトは単なる使い魔よ、祝う必要なんて無いわ」
ルイズは反対するが、
「良いだろう?ルイズ。サイトは僕の恩人なんだ、祝わせてくれ。
サイトは何が食べたい?食べたい物を食べさせてやろう、君は僕の恩人だ」
「ルネ様、授業の時間です」
興奮している僕を、リンは冷静に止めた。
「まぁ、飲むのは良いとして、授業よ」
ルイズは、伸びをしながら、教科書を取りに机に向かう。
「いえ、ルイズ様はお休みになられた方がよろしいかと」
確かに、ルイズの目の下には、濃い隈がある。
言われて自覚したのか、ルイズは大きな欠伸を一つ。
「そうね、そうするわ。
サイト、私が寝ている間に、溜まっている洗濯と掃除をやっておきなさい、静かにね」
言い残すと、ルイズはベッドに潜り込む。
僕らも授業だ、行くとしよう。
リンにも仕事はある。
「え、俺、まだ体中痛いんだけど」
サイトは、眠り始めたルイズと部屋を出て行こうとする僕らを交互に見ている。
「まぁ、頑張れ」
小声でそう言って、ゆっくり扉を閉めた。



「今夜は存分に飲んでくれ」
テーブルの上には乗り切らないほどの皿と、ワイン。
まだまだ料理はテーブル横の移動できる台に乗っている。
「学院の料理人を臨時で雇い、料理長から良いワインを買い取らせていただきました」
サイトは目を丸くし、見慣れているはずのギーシュとルイズも感嘆の声を上げた。
残った分でも、結構あったようだ。
途中、ギーシュとサイトの和解や、サイトのテーブルマナーについてルイズから文句が出たが、中々美味しかった。
実際、ギーシュにサイトは勝っているわけだし、ギーシュにも八つ当たりの面があったから、そんなに拗れはしなかった。
煩かったのは、テーブルマナーのルイズの方だ。
肉すら満足に切れないのに、音を立てるなとか急には無理だろう。
とにもかくにも、食べ終えると、ワインを飲みながらの歓談になった。
リンも座らせた。
話の内容は、僕とギーシュ、ルイズの関係だった。
「ここで僕がルイズとこうして飲むのは、二回目だね。
もう無いと思っていたよ」
ギーシュが苦笑いを浮かべると、ルイズも
「わたしもよ」
思い出すのも嫌そうな顔をした。
「何かあったのか?」
サイトの質問に僕が答えた。
僕とギーシュ、僕とルイズは別々の友人関係だったのだが、僕がギーシュと飲む時、ルイズを誘った。
その場で、ギーシュはルイズを挑発した。
頭に来たルイズは、魔法を放った。
「僕の部屋は酷いことになった」
サイトは、ルイズを見て僕の部屋のあちこちを見た。
「それからが面白いんだ」
僕の部屋の修繕費を請求して、この部屋を直した。
「君はずるい、おかげで僕の小遣いも相当に減らされた」
ギーシュは言い、渋い顔をしているルイズも減らされたと言っていた。
「何がずるいんだ?」
サイトが先を促した。
「僕は、グラモン家、ヴァリエール家両方に丸々一部屋分請求した。
僕としては、両家で折半してくれても構わなかった」
思い出して、笑う。
「しかし、両家とも一部屋分払ってくれた。僕は、二部屋分の金額でこの部屋を直した」
だから、このテーブルセットも買えた。
僕は笑っているが、当事者の顔は変わらず渋い。
もし折半していたら、減らされた金額はもっと少なかったはずだから。
「トリスタニアの貴族は、ゲルマニアと違ってけち臭くないだけよ」
ルイズは減らず口を言うが、僕はそのおかげで得をした。
ありがたいことだ。
「じゃあ、ギーシュとは?」
サイトから、ギーシュとの出会いを聞かれた。
「ギーシュか?」
思い出そうとするが、すんなり出てこない。
「僕も覚えてないな」
本人たちのもう一方の記憶も定かではないらしい。
「リンは分かるか?」
リンに水を向けた。
「私に声をかけてこられました」
それを聞いて、僕は思い出し、ギーシュも思い出したようだ。
一年生の半ば前くらいか、僕が外でタバコを吸っているとき、リンを少し離れた場所で待たせていた。
吸い終わって戻ると、ギーシュをあしらっているリンがいた。
「僕が、リンの説明をすると、ギーシュが言うわけだ。
レディーをほおっておくなんて、男の風上にも置けない、とな」
「二股した男の言うことじゃないわね」
そういえば、ルイズもこの話を聞くのは初めてだったか。
既に、その時モンモランシーに恋をしていたというのだから、ギーシュらしいといえば、らしいが。
「メイド服が学院の者と少し違ったから、誰かの手伝いか何かで来たメイドだと思ったんだ。
お茶の一杯でも出来れば、くらいの気持ちだったんだよ」
ギーシュは本気ではなかったと主張するが、ルイズの目は冷たく、リンは我関せずとワインを飲んでいる。
確かに、無用な問題を避けるために、リンのメイド服は、学院の者と同じようにした。
多少、違いは付けたが、あまり気づかれたことは無いんだけどな。
「それで、話してたら意外と気が合ってな」
「ルネは、僕のセンスを認めてくれる一人でね」
ギーシュの言葉にサイトとルイズは僕を見た。
僕が、ギーシュのような服を着ると思ったか?
「この、今着ている服も、ルネが作ってくれた物なんだよ」
ギーシュに言わせていると、僕までこんな趣味だと思われてしまう。
訂正を入れた。
「知り合いに服を作っている職人がいて、話をしてみたんだ」
ゲルマニアには職人が多い。
貴族中心のトリスタニアに比べて、ゲルマニアの方が職人の地位が高いせいだろう。
僕が言うと、試しにと作ってくれた。
売り出してみると、そこそこ売れているようだ。
勿論、ギーシュのよりも遥かにフリルは少ない。
ちょっとしたお洒落くらいの感覚で買う貴族がいるらしい。
「そんなの買う人がいるのね」
ルイズは言うが、ちょっと目立ちたいくらいなら、問題ないんじゃなかろうか。
「そんなの、とはヒドイな。たまに僕も案を出すんだよ」
確かに出してくるが、全て派手すぎるので、一部を使わせてもらってる。
「なんなら、サイトも着てみれば良い。着てこそ良さが解るものだよ」
「い、いや、俺は良いよ、この服気に入ってるし」
サイトもついていけないようだ。
もし、ついていける人がいるなら、一目見てみたい。
お会いしたくは無い。
「で、ルイズとは?」
サイトは、ギーシュから逃げるように話題を変えた。
気持ちは分かる、僕もやられた。
「ルイズとは、特に、これといって無いな」
「そうね、私も無いわ」
魔法が使えない僕と、爆発しかさせないルイズ。
他の生徒たちも、時間の無駄だと思うのか、2人一組だと、僕らはセットになる。
座学においては、ルイズは優秀だったし、僕も上位だったから、教えあった方が効率的だったし。
食事もあり、大体2人でいた気がする。
「おかげで、ルイズとルネはデキているという噂がたった」
ギーシュは笑っている。
「キュルケには、お幸せに、って言われるし、もう最悪よ」
「僕も言われたな、それ」
サイトは、キュルケという名前に聞き覚えがあるらしく、話に入ってきた。
「キュルケも知り合いなのか?」
サイトは、キュルケを知っているらしい。
そういえば、前にキュルケが会ったとかなんとか言っていたのを思い出す。
「同じゲルマニア出身だからな。話はするが、特別仲が良いわけじゃないな。
一年の時とかは、やっぱり同じ出身国同士で集まるし、その時からだな」
ルイズには先祖代々の恨みがあるらしいが、僕には無いので普通に接する。
「もう、本当に失礼しちゃうわよ、何が略奪愛よ!」
「略奪愛?」
サイトが解らないような声を上げた。
そういえば、言ったこと無かったな。
「サイトは知らなかったのかい?ルネには妻が居るんだよ」
サイトはとても驚いたらしく、立ち上がった。
「お前、結婚してんの?16だろ?」
生まれる前から、結婚が義務付けられてる者が居るのだから、別にそう驚くことも無かろう。
「俺の世界では、男は18から、女は16からなの」
深く息をつきながら、サイトは椅子に座った。
別に言わなきゃいけないことでもないし、自慢することでもなかったから言わなかっただけなんだが。
「だから、リンは僕の手伝い、兼浮気防止だな」
リンは、サイトの視線を受けて、頭を下げた。
「なんだ、俺、てっきり」
サイトは、安堵のため息をついた。
「てっきり、なんだ?」
君は、僕とルイズがデキているとでも思ったか?
「まぁ、そんな感じ」
「安心しろ、サイト。ルイズとは友人としてなら良いが、一生を共にするほど、人生を捨ててない」
「何よ、その言い方。私だって、あんたみたいなのは、お断りよ」
僕の言葉に、ルイズは頭にきたらしく、立ち上がった。
「魔法を放っても良いが、修繕費はきちんと請求するぞ」
これ以上小遣いを減らされるのは嫌なようで、ルイズは、フンと言って座る。
それを見て、ギーシュは笑い、リンも頬を弛めていた。
サイトも笑っていたが、ルイズがそれを見て言った。

「サイトは笑うんじゃないの、あんたは私の使い魔なんだから」



そうして、夜が更けていった。







僕は、一人机に座っていた。
ルイズらは帰り、リンにも後片付けは明日で良いと眠らせた。
この部屋で起きているのは、僕だけだ。
机の上に白い紙を置き、考えていた。
ルイズとサイトのことだ。
僕の担当は、諜報ではない。
報告の義務は無いが、知っていたことを疑われると面倒だ。
閣下に恩はあれど、これ以上の仕事はする義理は無い。
客観的に彼らを見て、虚無とガンダールヴだと気付けるか?
無理だ。
ルイズは何も変わっていないし、サイトはまだ大騒ぎする程ではないだろう。
ここ数日を思い返して、そう決めた。
ルイズとサイトの事は書かず、僕が使い魔によって、また視覚を手に入れた旨だけを書いて、封に入れ、蝋を押した。
これで、明日リンに渡せば良いとすると、僕も寝ることにした。







後書き

とりあえず、ギーシュのところまで終了です。
あと、感想掲示板で、面白いといってくださる方々、ありがとうございます。
励みになっております。

1/15 20:00
陛下 ー> 閣下 に変更しました


以下、感想掲示板より

>ガンダールヴについて

この辺のことを考察されている方の作品を見たことがなかったので、解らないんですが、例えば、サイトが召還された時点で、逃げ出した場合、ガンダールヴって覚醒するのかな?と思いました。
極端な話、その場で武器を持ってルイズに歯向かう場合、覚醒するのかなと。
しないんじゃないかなぁ、と思い、コントラクト・サーヴァントを前提条件とし、主従の立場を認めることを最低条件にしました。
サイトがボコられている時点で、サイトは使い魔になることをちゃんと認めてなかった設定でした。
ルイズも同様に、サイトを使い魔と認めていなかったところがあるようにしました。
2人が(サイトが「さげたくねぇ~」辺りです)主と使い魔という立ち位置を認めてこそ、ガンダールヴが覚醒するんじゃないか、としました。
この辺の話は、書かないかもしれないので、ここで書いてしまいます。
ここら辺の情報を知っている方、教えて頂けていただければ幸いです。


>主人公について

例えば、今、現代に、異世界の人が一人来て、「この世界のルールはおかしい」と立ち上がっても、逮捕、殺すの差はあれど、皆こんな感じで見るんじゃないかなぁと思いました。



[15301] 虚無の日の前日に出かけると
Name: oki◆2fcd534b ID:fcccc450
Date: 2010/03/08 02:14
【注意】明らかなオリジナル設定が入ります。



サイトが来て最初の虚無の日の前日、僕は授業を早引けすると、呼んでおいた馬車に乗った。
ルイズたちには、家の都合で、行かなければならない所があると説明した。
リンは置いて行くことにする。
一日だけど好きに過ごすと良いと思う。
もし出かけるようならと、幾らかお金も渡しておいた。
馬車の乗ると、手綱を持って待っていた御者に、ラグドリアン湖へ、と言った。


サイトは、僕の言ったことを理解したのか、大人しくしているようだ。
たまにルイズになんだかんだと躾けられているが、やられた分、色々仕返しのようなことをしている。
ギーシュの件で、シエスタをはじめとする平民には気に入られたようで、心の余裕みたいなところが出てるんじゃないかと思う。
ルイズのやり過ぎじゃないかというところもあるけど、彼女としては構う相手がいるというのも楽しいんじゃないかな。
ストレスの捌け口という側面もあるだろうけど。
生意気な猫ほど可愛い。
そんなところだろう。
最近は、キュルケも興味を示しているようだが、飽きられないうちが花だと思う。
まぁ、なんにせよ、上手くやっているならいいんじゃないかな。


夜になって、ラグドリアン湖にやっと着いた。
以前来た時と比べ、少し手前に降ろされた気がする。
聞くと、御者は、これ以上は行けないと答えた。
降りてみると、水位が幾分上がっていて、無理をすると馬車が泥に取られてしまいそうだ。
月の光で、影になっているように思えたのは、岩ではなく建物の屋根らしい。
何かあったのか、と思うが、ここは他所の貴族の領地だ。
僕が口を出す問題じゃない。
御者にここまでの運賃とチップを渡し、それと少し多めに金を渡し、
「明日、トリスティンに戻るから、夜明けにここに来るように、それと、この金は宿泊費だ、余っても返さなくて良い」
言うと、喜んで首を縦に振った。
ちょっと良いところに泊まって酒を飲んでも足りる額だ。
文句は無かろう。
去っていく御者の目は、こんな時間にこんなとこに来た僕の理由の探っているようだったが、金払いの良い客を逃す気も無いらしく、何も聞かなかった。
僕は、それを見送り、馬車の明かりが見えなくなる頃タバコを吸った。
あんまり来たい場所ではないんだけどな。
吸い終わると、ポケットから灰皿を取り出して入れた。
一つ深呼吸。
そして見えないが、確実にいるだろう『彼ら』にウルシアが来たことを告げた。
しばらくして、
水面が輝き、持ち上がった。
ぐにゃぐにゃと蠢き、うねり、やがて形を作った。
僕は、その形を見る度、複雑な気分になる。
僕の母親、ミアの姿になると、にっこりとした笑顔を僕に向けた。
そして無表情になる。
「来たか」
僕は、シェリーとの視界共有を止めた。
「はい、そして約束の時です」
そう言うと、僕は目の上に巻いている布を取った。
閉じていた目蓋を開く。
右の眼球のところに微かに風が入り出っ張りにぶつかるのを感じる。
「単なる者よ、我は数えるのも愚かしいほど月が交差する時の間おるが、そなた程、精霊に愛された者を知らぬ」
少し笑ったような気がする声の後、右目に何か飛び込んだような軽い衝撃があった。
そこを起点に、全身に触手が伸ばされたような感覚を覚えた。
真っ暗だった視界は、真っ白に変わり、中央の部分から、茶、赤、青、緑の点が規則性も無く広がっていく。
真っ白な空間を埋めつくし、残っていた白地が無くなると、弾けた。
出てきたのは、先ほど見えていた、母親の形をした水の精霊と茶赤青緑の大小様々な『彼ら』だった。
一番大きいもので、ススワタリ程度の『彼ら』は水の精霊の周りを回り、僕の周囲を舞い、水面を走り、天に向けて上っていく。
「どうだ?」
水の精霊は言う。
僕の中をじわじわと感情が上がってくる。
「懐かしいです」
僕の回答に満足したのか、水の精霊は近くにいた青い『彼ら』を掌に乗せた。
「そなたを祝福している」
全くと、呆れるような言い方に僕は苦笑した。
と、急に眠気に襲われ、膝が折れた。
「眠れ、単なる者よ、そなたは赤子に戻った」
深い闇に落ち行く中で、水面へと姿を崩していく母親の言葉を聴いた。



最初に『彼ら』を僕しか見ることが出来ないと気付いたのはいつだったかは覚えていない。
ただ、気がついた時には、一緒にいた思い出は色褪せずはっきりと残っている。
『彼ら』が何なのかを知り始めたきっかけは、あの村から父親の館に移った時のこと。
館の庭には小さな花壇があった。
母親の趣味だった。
この世界の肥料といえば、落ち葉であり有機的なものであり、曖昧な記憶ながら、窒素があれば良いのにと思いながら見ていた。
確か、窒素って空気中にあったような気がする。
もっとも、それを固体にする方法を知らないんだけど。
残念だ、と思いながら、それを『彼ら』に言った。
『彼ら』は数匹が震えると、土の中に埋ぐり込んだ。
僕は、それの意味が解らず、単にふざけているんだろうと思っていた。
しばらくして、使用人の会話で、その周囲の花がいつもより花付きが良いことを知った。
その時、『彼ら』を介しての魔法の使い方を知った。

父親からメイジとして認められ、姉さまの授業に出ても良いと許可が下りた時だからよく覚えている。



ある日、『彼ら』が僕をどこかに誘っていることに気付いた。
僕は父親に頼み、試みとしてあの村に産業を作ろうとしていた。
提案したことの幾つかが、父親も的を得ていると思ったらしく、成功すれば良いくらいの気持ちで、僕にあの村の担当させてもらった。
渡された費用は微々たるものだったので、最初は大して成果は無かったけど、少しずつ前年を越えるようになっていった。
そんなある日。
『彼ら』は連なるように並び、見える森を越えて続いていたので、僕は馬を借り、出かけた。
途中、あまりに遠くて通りがかった街で昼食を食べているときにも催促されて、やっと着いたのは、ラグドリアン湖だった。
初めて、水の精霊と会った。
ユラユラと揺れる水の塊だった水の精霊に言われて、血を渡すと、母親の形になった。
血を渡した人物の頭の中にある象を選んでいるようだった。
僕のことを話した。
僕がこの世界とは別の世界から来たこと、『彼ら』を見えること。
説明を受けた。


今からずっと昔、人は皆『彼ら』を見れた。
『彼ら』は、この世界を構成する基だった。
世界は、とても小さい粒子で出来ていて、それに『彼ら』が働きかけることによって形を作る。
僕には見えない、もっと小さい『彼ら』が、それを行なっていて、集まると僕が見えるようになるらしい。
集まるのには、理由があるそうだ。
メイジに因る。
メイジの呪文はドット、ラインとあるが、ススワタリ一個分がドットスペル分の魔法力になるそうだ。
ルーンによって呼び寄せた『彼ら』一つからの魔法力に精神力を混ぜ合わせ、魔法として放たれる。
使われた分の『彼ら』は、小さいものが集まり補充される。
メイジは長い時間の中で、このような契約をした。
だから、見えなくなった今でも『彼ら』を使うことが出来る。
契約しているメイジの血が薄くなると、『彼ら』は契約していない者として拒む。

今でも、生まれたての赤子なら、メイジでも平民でも見ることが出来るそうだ。
見えなくなるのにも理由がある。
慣れだ。
『彼ら』は構成するという大事なことをしているが、人の目に映るところで何もしていない。
メイジも、魔法を使うためのもので、『彼ら』は存在さえしていれば良いものと認識していった。
だんだんと、人の脳は『彼ら』を見えなくても良いもの、見えなくても害を及ぼさないないものとした。
赤子に慣れは無いが、大人が見えないものとして接していくと、本当は見えないものなんだと脳が認識していく。
僕が覚え続けていられたのは、異世界から来ている所為だと思う。
この世界以前の、僕が居た世界でも、そういうものはあったかもしれない。
この世界で、赤子の感覚で、赤子以上の認識力があったのが良かった。
そして、かまい続けることで、脳も見えて良いものだと認識した。
一人で放置されてたのも、良かったと思う。

僕をここに連れてきたのは、『彼ら』が会話を出来ないから、と言われた。
水の精霊と『彼ら』は素は同じものであり、気持ちを読み取ることが出来た。

「ありがとう、だと」

『彼ら』はメイジと魔法を通じて、つまり、使い使われる関係によって、認識されてきた。
しかし、僕とは、ただ、認識されるだけの関係だった。

「認めてくれる、それが嬉しい、と」

水の精霊がそう伝えてくれた時、僕は泣いた。
安心と、安堵だった。
ずっと、この世界で、僕はたった一人違う者だと思っていた。
村の中でも館でも、生まれの所為で自分たちとは違う者という目で見られた。
冷静に考えれば、仕方ないことなんだけど、理由も知らず異世界から来たという小さな傷をじくじくと荒らした。
誰かに認めて欲しかった。
居ても良いんだと。
誰かに、僕を、ウルシアでない、僕を必要にされたかった。
いや違う、必要、ではなく、在ることを、肯定して欲しかった。
こんなに、身近に、ずっといた。
僕を、ただ、在ることを、認め合っている存在が。
初めて、この世界に来て、心から泣いた。

その後も、たまに水の精霊には会いにいった。
と言っても、僕に何かの用事があったわけではなく、『彼ら』が話をしたいと連れて行かれた。
もっと遊べだとか、もっと手伝うとか、そんな感じで、僕は苦笑をしながら、なるべく努力するよ、
そう答えた。


それの帰りの道中で、リンを買ったのだから、無駄ではなかったと思う。
もっとも、リンを水の精霊に会わせた事は無いし、『彼ら』を説明する気も湧かなかった。


しばらくして、母親との、ある出来事が起きると、僕は行くのを止めた。
『彼ら』も、僕の気持ちが分かったのか、誘うことは無くなった。
僕が、サルバを殺し、ゲルマニアに逃げ、閣下に拾われて、貴族となり、祖父と祖母を呼んで、生活もそれなりになり、魔法学校をテリスティンに決めた時に、何年かぶりに水の精霊に会いにいった。

聞かなければならないことがあった。

僕が、コモンマジックを使えないことについて。

別に使えなくても、生活に支障は無く、使用人もいるし、あの小さな村の祖父と祖母の家で暮らしていた時を思えば、なんら変わることもないんだけど。
祖父らからすれば、使用人がいるだけで、すごい変化をしたようだった。

水の精霊の答えは根本的なものだった。
僕と、メイジとは、魔法を発するまでのプロセスが違う。

メイジは、『彼ら』を一個丸々使えず、腕の良い人で八割強程を利用し、精神力を混ぜて、一個分の魔法力とする。
僕の場合は、『彼ら』にやってもらうから、丸々『彼ら』一個分を使える。
効率の話なら、これ以上ないくらい最高なんだけど、コモンの場合、ネックになる。
コモンは、魔法力を一個分集めればいいんだけど、火水風土をどのような組み合わせでも良いから混ぜ合わせないといけないそうだ。
僕には、それが出来ない。
『彼ら』が既に一個分だからだ。
『彼ら』を力の塊と見るか、『彼ら』と見るかの違いなんだけど、僕としては、前者を選ぶつもりは毛頭無いから困った。
それでは、使い魔を呼べない。

「眼球を遠き人の目にすれば良い」

水の精霊は、そう言った。
今見ている『彼ら』より、小さい『彼ら』を見れれば良い。
小さい違う種類の『彼ら』二つなりに協力してもらえば良い。
メイジは色のついた水に対し、僕は水と油みたいなものだ。
要は、量的な問題なんだろうか。
代償にもう片方の眼球を求められたけど、迷いは無かった。
すぐさま契約を結んだ。
なんでも、精霊にしかいけないところで、眼球を清めるのだそうだ。
そういうわけで、僕はその日から失明をした。

まぁ、当然のことながら、帰ってから大騒ぎになったけど、仕事に関してはリンがいるし、生活に関してもリンがいたし、結婚前に何事だ、と妻には怒られたけど、なってしまえば、彼女にどうしようもない。
腕っ節で貴族になった訳ではないから、大問題にはならないだろうと、僕的には良しとした。


一番の問題だったのは、眼球の浄化が大幅にずれ込んだことだろうか。
まさか、進級テストの前の春休みになるとは思わなかった。
むしろ間に合ってないのを無理やり間に合わしたのだけど。
まだ完全でないのを、無理言ってつけてもらった。
だから、見ることは出来ない。
ただ、小さい『彼ら』を感じる切欠を与えられただけに近い。
何度か、他のコモンマジックで練習したのだけど、どうしても感じなれている大きい『彼ら』を呼んでしまう。
おかげで、進級テストでは何回かやり直した。





目を覚ますと朝になっていた。
朝靄の中で、白い太陽の光が差している。
その光景が、懐かしく新鮮で、目が見えていることを実感した。
右手を掲げてみて、握ったり開いたりしてみた。
その時、目の上を黒い影が動いた。
僕は笑った。
指の動きに、『彼ら』が揺れるようにまとわりついてきた。

「久しぶり」

僕の言葉に、『彼ら』は頷くように上下に動く。


改めて目が戻ったことを認識した。


とても幸せな気分だ。


僕は寝たまま、馬車の音がするまで『彼ら』との鬼ごっこを楽しんだ。







後書き

随分と空きました。
この話自体、フーケの前に出来ていたのですが、フーケの時に魔法を使わせるか決めていなかったので(使わないだろうと思っていたのですが)、後から入れます。
あと、オリジナル設定ですが、要は、ルネがメイジより強力な魔法を使えること、だけなので、今後活きないだろうと思います。



以下感想掲示板より


>ルネが何をしたいのか

大きな目標は、平和に暮らしたい、じゃないですかね。
いきなり、知らない異世界に一般人が行って、偉くなるとか、そう上手くいかないんじゃないでしょうか?
人間なので、目先の好奇心には向かっていくでしょうが。





[15301] 虚無の日に帰ったら(書き直し)
Name: oki◆2fcd534b ID:cb21bf37
Date: 2010/01/20 13:28
虚無の日、僕が魔法学校に着くと、もう夜になっていた。
僕の部屋では、リンが机に向かい、仕事をしていた。
「おかえりなさいませ」
リンは、立ち上がって僕を迎えた。
「ただいま」
「もう夕食は済まされたでしょうか?」
と聞かれた。
言われて、少し空腹のような気がした。
「では、厨房の方にとっておいていただけるよう頼んでおきましたので」
僕はリンに礼を言うと、食堂に向かうことにした。

虚無の日という日は、学院中がいつもと違う空気を出す。
生徒は勿論、休みとあって、昼間出かけて遅く帰ってくる者や、もう寝ている者もいる。
それでも夜になると、明日は授業、という普段の日と同じ様になってくる。
でも違う。
昼に見せた明らかに別の顔を、楽しむかのように微かに見せてくる。
僕は夜の方が好きだ。
それを、指摘し、笑っているであろう顔を崩すのが好きだ。


コツコツと靴音を響かせながら歩いていると、見知った顔を見かけた。
「あら、ルネ」
最初に僕に声をかけたのは、ルイズだった。
一緒にいたのは、サイト、キュルケ、それと知らない少女だった。
特徴的な青髪で、リンとそう背丈も変わらないように思えた。
「こんばんわ」
僕が挨拶を交わして、通り過ぎようとしたら、サイトに捉まった。
「どうかしたのか?」
サイトは困り果てたという顔をしていた。
「どうしたもこうしたもないんだよ、あいつら決闘するっていうんだよ。ルネ、止めてくれよ」
一息に、サイトは言った。
あいつら、というのは、多分ルイズとキュルケなんだろうな、と簡単に見当がついた。
互いににらみ合い、挑発しあうように口角を上げている。
好きにすれば良い。
あまり興味も湧かない。
「彼女らも生き死にの決闘するつもりじゃないだろうし、そんな心配することも無いさ」
安心させるようにサイトに言った。
「でも」
サイトは渋った。
ふむ、とため息を一つ。
「ルイズ、キュルケ」
僕が名を呼ぶと、2人はこっちを見た。
「何よ」
2人の声はぴったりだった。
「サイトから聞いたんだけど、決闘すんの?」
一応確認した。
「もちろん。ツェルプストーには負けられないわ」
ルイズは胸を張って答え
「それはこっちのセリフよ、ヴァリエール」
キュルケは不敵に笑った。
サイトは、ほらな、と見てきた。
「魔法学院の中で、杖を交わすのは禁止されてるはずだろう」
なので、どっちが勝とうと厳重注意は免れない、怪我をしても責任は自分。
2人は顔を見合わせた。
そのことを考えはしなかったようだ。
「それもそうね、馬鹿らしいわ」
そう思わない?と、キュルケはルイズに尋ねた。
「そうね」
とルイズも応じた。
空気がだらける。
「じゃあ、僕はこれから食事なんだ」
感謝のまなざしを向けてきたサイトに、そう言い残して、僕はその場を去った。
これで終わるとは思えない。
どうせ、何らかの形で、2人は決着つけるんだろうな。
僕は一度止めた。
次に巻き込まれる前に逃げた。

食堂に着くと、リンが話しておいたおかげで、すぐに用意された。
相変わらず量が多いので、こっそり量を減らしてもらった。
周囲に他の生徒がいないので良いだろう。
「嫌でなければ、食べて良いよ」
口をつける前なら良いだろうと、メイド達にとらせた。
僕に残された分でも、十分なほどの量だった。
このくらいで良いんだけどな、と思いながら食べた。
食事が終わり、紅茶とデザートでゆっくりした後、食堂を出た。
ルイズ達は、まだやってるんだろうか?
ちょっとした見世物を見に行くような気分で、足を中庭に向けた。

ズシンズシンと音が聞こえ、キュルケの悲鳴が続いたのは、そこの角を曲がれば、中庭というところだった。
僕が中庭を覗くと、土ゴーレムと、それに踏み潰されそうなロープでぐるぐる巻きのサイトとロープを解こうとしているルイズ、走り去るキュルケ、空から竜に乗り滑降している少女、がいた。
なにかの舞台の場面でもやってるんだろうか?
竜が、ゴーレムの足の下をすり抜け、潰されそうなルイズ達を助けた。
なんだか良く分からないが、助かったなら良かったなと思う。
僕はゴーレムを見上げた。
随分と大きい。
肩のところに人が片膝をつくようにして乗っているが見えるが、大きめの黒いローブを纏ってるせいで年齢性別も分からなかった。
ゴーレムは、本塔の前に来て、立ち止まる。
ローブを纏う人物は立ち上がった。
風が吹き、ローブが煽られた。
一瞬、口元が見えた。
ゆっくりと半円を描く。

深い、笑みになった。


目が、引き寄せられた。


立っている地面の底が抜けた気がした。
僕は、その場で落ちていくんじゃないかと思った。


彼女に向けて飛び上がった気もした。
小さい塊になって女の下へ飛んでいってしまうのではないかと思った。

僕の中で、ローブの人物は女だと確信がつくられた。

羽音がした。
シェリーが僕が何も言っていないのに、勝手に女に向けて飛んで行った。
高く舞い上がり、ゴーレムが拳を振り上げたとき、散る花弁のように女のローブに落ちる。
硬い物が壁にぶつかる音がして、瓦礫の飛び散る音がした。
女は気付かなかったようで、ローブを払う動きをしなかった。

僕はタバコを吸いだした。
もし女に仲間がいたら、ゴーレムがこちらに歩いてきたら、僕は死ぬかもしれない。
それなら、それで良い、と思った。
ほどなくして、ゴーレムが再び歩き出し、僕の方ではなく、違う方向に歩いていった。

僕は、安堵し、安堵したことに可笑しみを覚え、可笑しみを覚えたことに複雑な気持ちになった。

シェリーがいなくなってしまったので、僕は杖を頼りに中庭を通り抜け、部屋に戻った。


「お帰りなさいませ、何かすごい音がいたしましたが?」
リンの顔は見えないが、いつもと同じ冷静な顔をしているんだろうなと思う。
そう思うと、僕も少し落ち着いた。
「盗賊が」
説明しようとしてだした単語が、微かに口に引っかかった。
「盗賊が来て、本塔を中庭の方から壁に穴を開けて、何かして行ったらしい」
僕の説明に、「まぁ」というリンの言葉もやはり冷静だった。
「あそこって、なんだったっけ?」
リンは少し考え、多分学院の全体図を思い出しているのだろう、言った。
「宝物庫です」
女は、やはり盗賊だったかと実感した。
「シェリーが盗賊について行ってしまった、悪いが、椅子と小さいテーブルを持ってきてくれ」
僕は、窓際に行き、用意してもらった椅子に座り、タバコを吸い出した。
「随分と大胆な盗賊がいるものだ」
まさか夜とはいえ、魔法学院に盗賊が現れるとは思わなかった。
「巷では、土くれのフーケという者が最近暗躍していると聞きましたが」

「フーケ」

リンから聞いて、一度口にしてみた。
名前があると、イメージが近寄ってくる。
「彼女はフーケと言うのか」
僕の言葉にリンは少し驚いていた。
「フーケは、性別年齢不詳と聞いていますが、顔を見たのですか?」
確認するように、フーケの口元が見えた時を思い返した。
「うん」
強く肯定する。
「多分、僕らよりは、少し年上だけど、フーケは若い女性だ」
「シェリーから見えるのですか?」
リンは、僕が今、シェリーからの情報を言っていると思っているのだろう。
「いいや」
僕は、今、視界共有をしていない。
しても、見えるのはローブだけだった。
上下に激しく揺れているから、馬でも乗っているのだろう。
「僕の勘さ」

あの笑みは、僕に、母親が見せた笑みを思い出させた。
あまりに酷似していた。

ドアがノックされた。
「はい」
リンが対応した。
「ルイズ様」
来たのはルイズらしい。
何の用だろう、と思う間も無く
「ルネ、あんた中庭にいたでしょ、なんか見たのなら言いなさい」
尋問された。
僕はルイズに顔を向けた。
「例えば?」
「盗賊よ、黒いローブの」
他に何があると言わんばかりだ。
「ゴーレムは見たな」
中庭にいたのを知られているなら、隠すことも無い。
「黒いローブの人物は?肩に乗っていたはずよ」
やっぱりという含みがあった。
「さぁ」
僕は、はっきりと明言しなかった。
見た、とは口にしたくなかった。
しかし、見てない、と言うのは心に止めるものがあった。
ルイズは、見ていない、ととったようだ。
「もう、タバサの風竜からルネが見えたと思ったのに」
地団太を踏んでいた。
「ご期待に添えなかったみたいで、申し訳ないな」
「本当よ」
ルイズは部屋を出て行った。
部屋に静かさが戻る。
「リン、君はもう寝ても良いぞ」
僕が言うと、リンは「はい」と答え
「火の始末だけは、よろしくお願いいたします」
「わかった」
僕の了解を聞いて、リンは寝床へ行った。
リンの寝息が聞こえてきても、僕はぼーっとしたまま椅子に座っていた。

シェリーから見える景色が変わったのは、遠くから梟の鳴き声が聞こえ出した頃だった。
フーケは、馬を降り、しばらく歩いた後、ローブを投げ捨てた。
もぞもぞとシェリーが動くのが分かり、ローブを這い出し、近くの木切れの陰に入った。
そこはどこかの小屋のようであり、汚れたテーブルと椅子が見えた。
テーブルの上に何か置いて、ロングビルが立っていた。
僕はいささか驚いたが、予想外というわけではなかった。
ロングビルは母親に似ていた。
髪の色、見た目は違うが、時折見せる笑みが、似ていた。
シェリーと共に行動するようになって、ロングビルに抱いた感想がそれだった。
フーケが見せた笑みは母親に重なり、ロングビルもあんな感じだろうと思うのに、そんな時間は要らなかった。
もしかしたら、と思ったのは事実だ。
普段見せないような顔で、ロングビルは盗んできたのであろう筒のようなものを、ためつすがめつしていた。
光源が月明かりなのと、テーブル、木切れが隠して一部しか見えないが、随分と長い。
ロングビルは、苛立ったように椅子を蹴った。
そして、また弄りだした。
よく分からないが、相当複雑な物なのだろうか?
しばらく色々と試行錯誤していたようだが、諦めたらしく、簡易の布団を持ち出してきた。
筒状になっていて、そこに入って寝るタイプのやつだ。
僕は、シェリーに好きにして良いよ、と伝えた。
シェリーを感じられるところは、ここからかなり遠い。
飛んできてもらうには大変だろう。
明日迎えに行くから。
そう付け加えると、シェリーは歩いて小屋の隙間から這い出て飛んだ。
彼女に、ロングビルと一緒に戻ってきて、と伝える気は起きなかった。

僕は椅子に座ったまま、寝ることにした。
布団で寝る気がしなかった。




後書き

この辺、詳しくないのでばっさりと。


1/20
これを書く前に2日くらい空いたら、設定を忘れたあやふやなまま書いてしまい、違和感が酷いので書き直しました。
申し訳ありません。


以下、感想掲示板より

>情報提供について

ありがとうございます。
ただ、書き方が悪かったようで勘違いをさせてしまったみたいです。
最初の一回目だけについての話でした。
ルイズの虚無について、一回目の魔法を放つのに条件が厳しすぎるのに、サイトは武器を持つだけなんて簡単すぎる気がするのです。
あとあと、使い魔は主人を好きになる、みたいな話があったので、最初はルイズじゃなきゃ駄目なんじゃなかろうかと。

>転生の必要性

認識力等の遊びの部分が多そうだったので。



[15301] 使い魔を探しに行ったら
Name: oki◆2fcd534b ID:9ac0ca9a
Date: 2010/01/22 13:11
翌日、魔法学校の授業は午後からとなった。
教師たちは昨夜の対応で忙しそうだった。
僕は、朝食をとり、リンの食事と昼食用の弁当を作るの待つと、馬小屋へ行った。

「生憎と、へぇ、貴族の先生方から、今日は生徒に貸し出すなと、へぇ、言われてまして」
馬小屋の番をしているお爺さんは、そう言った。
申し訳なさそうだった。
「どうしても大切な用事があるんだよ」
僕は、おじいさんの傍に立つと、金を握っておいた手をおじいさんの手に重ねた。
「もし、貸したことを問い詰められたなら、僕がおじいさんを振り払って出て行ったことにすれば良い」
こっそりと耳元で言った。
「いえいえ、ルネ様はそんなことしません」
お爺さんは、僕がそうしたのを誰かから聞いたように言う。
「例えば、の話さ」
僕は笑った。
「そういえば、責任は僕にあるってことになるから」
と、押し切った。
お爺さんに出してもらった馬に、リンに手綱をとらせて僕は後ろに乗った。
僕も乗りさえすれば、後は馬任せでも何とかなるんだけど、分かれ道とか困るし、かといって、イチイチ導いてもらうんなら、こうした方が楽だし。
見た目は悪いが、僕の状態を見れば仕方ないと思ってくれるから、まぁ良いや。
城門でも同じようなことがあったけど、ここも同じように突破した。
僕らは学院を出た。
シェリーには、あまり飛び回らず、その小屋の周辺にいるように言ってある。
どうやら小屋の周りは木に囲まれていて、森だろうか、分かりやすい場所にいて欲しいと伝えた。
学院から4時間位だと思う。
シェリーに飛び上がってもらって見えた森の大きさや、近くの村の位置関係を言うと、リンは大体の場所を推測した。
僕らは、そこを目指す。

「さて、教師たちはどう出ると思う?」
僕は、前に乗るリンをすっぽりと抱きくるみ、顎を頭に乗せた。
「や、止めて下さい」
リンはむずがった。
僕も落ちたくないので、それ以上はしない。
「た、多分ですが、王室に報告はしないと思います」
「何故?」
先を促した。
「弱みを握られると、学院と王室の力関係が崩れます」
だろうね。
僕もそう思う。
今の力関係だから、オールド・オスマンも王室の要求を突っぱねられる。
「かといって、教師の方々が、率先して捜査を始めると思えません」
平民であるリンに、ここまで言われる教師たちもどうかと思うが。
「面白そうなのは、ルイズかな」
「ルイズ様が志願して捜索隊として出てこられると?」
リンは意外な名前に驚いていた。
「それは無いな」
オールド・オスマンがサイトのガンダールヴに期待を賭けたとしても、ルイズとサイトが捜索隊として学院の代表になるのは、ちょっと無理がある。
「僕の予想だと、許可が下りる、下りないで、2対8くらいかな」
サイトを評価が、オールド・オスマンの中で相当に高ければ、の話だけど。
「では、何故、ルイズ様が面白いと?」

君もルイズの性格を知っているだろう?リン

耳元で言ってやると、リンは悲鳴を出しながら、ぞわぞわと身震いした。
「止めてください!落ちますよ!」
僕は笑って誤魔化した。
「ルイズの性格なら8割で却下されても、自分で何か行動を起こすだろうね」
だって、彼女は当事者の一人になってしまったと思っているだろう。
相手は盗賊、自分は貴族。
やられっぱなしで、黙っていられるほど、彼女はおしとやかではない。
証拠に、昨日の夜、僕の部屋に情報を求めてきた。
「手がかりも無い状態で辿り着けるとは思えません」
「まぁその辺は、僕にはどうにも出来ないけどね」
手助けをする気は、無いなぁ。
「でも、ルネ様はルイズ様をかってらっしゃる」
リンの声は、少しツンとした声を出した。
僕はそれが面白かった。
「嫉妬かい?」
「ち、ちがいます」
リンは、慌てて否定した。
もし、リンとルイズだったら、間違いなくリンをとるけど、それは言わない。
「ルイズの長所は、こうなんだ、って理想を持ってることかな」
そう思うことは簡単なんだけど、口に出したり、行動を取るのは難しい。
プライドの高さと紙一重で、たまに悪い方に、サイトの躾や僕の部屋の爆破に転ぶけど。
「理想を持って、それを貫こうとする人間は、意外となんとかなるもんだよ」
その中にも、手段を選ぶ人間と選ばない人間がいるけど。
ルイズが前者で、閣下が後者かな。
「ルネ様」
リンが呼んだ。
「何?」
「ルネ様は、理想を持ってらっしゃるんですか?」
ふむ
「あんまり無いね」
あの村には戻れないし、でも、他に夢も無い。
「そうですか」
リンは、そう言うと、黙って分かれ道を右に曲がった。


「あれ、ルネ?」
森に近づくと、シェリーを呼んだ。
途中、シェリーとの視界共有で人影が見えた。
ロングビルの仲間かと見に来てみれば、ルイズたち。
サイトは、何故こんなところにいるんだ?という顔だった。
「シェリーがちょっと遠くまで行ってしまったんで、迎えにね」
シェリーが僕の横に浮かんだ。
「こんなところまで?」
ルイズは訝しげだ。
「シェリーを拾ったついでに、色々見て回ってたんだけど」
ルイズたちは?と聞いてみた。
「フーケの追跡よ」
胸を張って、ルイズは言った。
ふーん。
「フーケはここいらに逃げ込んだんだ?」
「そうよ。だから、私たちは学院の精鋭として、ここに来たの」
果たしてルイズが精鋭かどうかは別にして、まさかルイズが堂々と来るとは思わなかったな。
「ヴァリエール、そういうことは大声で言うことじゃないわ、もしフーケに聞かれたらどうするの?」
キュルケが注意をした。
隣で、青髪の少女もこくりと首肯した。
ルイズもムッとしていたが、確かにそうだ、と思ったらしく、口をつぐんだ。
そうしていると、僕らの来た方向と逆からロングビルが走ってきた。
「お待たせして申し訳ございません」
言ってから、僕らを見て驚いていた。
「ミスタ・フランツ、どうしてここへ?」
僕がシェリーのことと、遠乗りをしていたことを話すと、眉を吊り上げた。
「確か、本日は馬のの貸し出しの中止と、学院からの外出禁止の達しが出ていたはずですが」
「すいません、どうしてもシェリーが心配だったものですから」
とりあえず、謝った。
まさか、金を握らせたなんて言えない。
「他に出た方はいらっしゃらないんですね?」
「ええ、多分僕らだけです」
そう言って、ようやくロングビルの眉が戻った。
「じゃあ、ルネはさっさと帰りなさい」
ルイズは、子供に対する大人のように言う。
「いえ」
ロングビルは、待ったをかけた。
「急に馬が行ったり来たりしたら、怪しんで気付かれるかもしれません」
一緒に来てくださいますか?と、口元に優しい笑みを浮かべて誘う。
「では」
僕はそれを了承し、馬一頭だったので、わざわざルイズたちが乗ってきた馬車のように広い場所を探す必要が無く、近くの奥まったところにリンが繋ぎに行った。
ロングビルがついて行きます、と言うので頼んだ。
リンたちが戻ると、僕らは小道に進んだ。
僕のシェリーが偵察に便利ということで先頭を、青髪の少女と並んで歩く。
「そういえば、君の名前を知りたいんだけど」
いざという時、名前を知らないと不便だ。
「タバサ」
その少女は短く言った。
「僕はルネ・フランツ、ルネで良い」
返事は無かった。
シェリーは前方を飛ばしているので、タバサの顔は窺えない。
「ごめんなさい、この子無口な子なのよ」
すぐ後ろにいたキュルケの声がした。
「でも、こんな見た目でもシュヴァリエだし、実力はあるわよ」
付け足された情報に驚いた。
悪いけど、とてもそうは見えない。
「よろしく」
言った後、返事は無かったけど、無口だと聞いたので気にしなかった。
「そこを左です」
一番後ろを歩くロングビルから指示された方に、僕らは曲がった。
「しっかし、薄気味悪い森ね。虫も多いし、よくこんなところ見つけたわね」
ルイズは、なんでこんなところに隠れるのかと文句を言った。
「きゃー、こわーい」
キュルケの子供の演技のような声と、サイトの呻き声が聞こえた。
「単なる虫だろ」
「虫でも怖いんだもの」
キュルケとサイトは何かやっているが、ルイズは何も言わなかった。
昨日の決闘は、ルイズが負けたらしい。
「そういえば、どのようにしてここが?」
「今朝、ミス・ロングビルが調査をして見つけたのよ」
リンが聞くと、ルイズはサイトについて何も言わないが、十分に不機嫌なようだ。
「黒いローブを纏った男がここの廃屋に行くのを見た人がいたのよ」
それで、臆病な教師たちの代わりに来ているの。と
聞いて、なるほどと思った。
確かに、ルイズとサイトでは心配だがキュルケとシュヴァリエがつけば、五分五分くらいにはなるか。
ルイズは、フンと鼻を鳴らした。


くねくねと曲がる小道を抜けると、開けた場所に出た。
学院の中庭くらいはある。
中央に、確かに廃屋はあった。
「私の聞いた話だと、あの小屋の中にいるという話です」
ロングビルは指差して示した。
僕らは、小屋から見えないように茂みに身を隠す。
シュヴァリエであるタバサを中心として、作戦を立て始めた。
まず、偵察としてシェリーを行かせ中の様子を見る。
フーケが建物内に居れば、囮が挑発し、小屋の外におびき出す。
小屋の中にゴーレムを作るだけの土は無いので、外に出た瞬間に間をおかず、一斉に攻撃。
僕の領地で、盗賊狩りの経験があるリンは幾つか言いたいことがあるようだったが、僕は止めた。
「で、囮はだれがやるんだ?」
サイトが尋ねた。
「すばしっこいの」
タバサの短い言葉で、僕を除く全員がサイトを見た。
「俺かよ」
サイトは溜息を吐きながら、随分と高そうな剣を握り締めた。
「お願い」
タバサの合図で、シェリーを行かせた。
窓から中を覗く。
「どうなの?」
ルイズが急かすように聞いてきた。
「居ないな」
昨夜見たのと同じような光景が見える。
違いは、月光と日光、ロングビルが居ないくらいだろう。
僕の言葉で、おそるおそるサイトを先頭に小屋に近づいていった。
タバサがドアに向けて魔法を唱えた。
「罠は無いみたい」
言って、ドアを開けて入っていく。
サイトとキュルケが続く。
「わたしはここで見張りをしてるわ」
ルイズは、ドアの近くに立つ。
「では、わたくしは周辺を見てきますわ」
ロングビルは茂みに向かって歩き出す。
「ああ、僕も行きます」
彼女は立ち止まり、こっちを向いた。
「一人で十分ですから」
「シェリーは、ここでは役に立たないのですよ」
そう押した。
少し考えた素振りを見せて
「では、わたくしはこちらを調べますので、ミスタ・フランツたちはあちらをお願いします」
「ええ、分かりました」
そう言って、僕らは分かれようとした。

「ああ、そういえば、ミス・ロングビル」
僕は呼び止めた。

「なんでしょうか?」
ロングビルは口元は笑っているが、目元の笑みに焦りが見えた。
「確認なんですが、ミス・ロングビルは今朝起きてから、調査をし、ここを見つけたと」
今更、なんですか?とロングビル。
「いえ」
今更なのは分かっている、と一拍。
「ミス・タバサがね、言うんですよ」
ロングビルが怪しい。
ここまで4時間、聞き込みを入れたら、学院まで往復で10時間弱ぐらいはかかるんじゃないだろうか。
ロングビルは何時に起きたのだろうか?
「いえ、それは私の言い間違いで」
僕は、ロングビルの言葉を無視して続けた。
しかも、タバサはフーケの事件の日に、学院から出て行くロングビルを見たメイドを知っている。
僕は、この場所に着く間にこっそり聞いた。
もしロングビルを捕まえるような展開になった場合、気付いているのがタバサ一人だと行動が遅くなる。
僕の場合、リンは言えば従うし、サイトとも仲が良さそうだし。
「それに、僕の目はこんなんですから視線やらで、あまり気付かれませんしね」
そこまで言うと、ロングビルの口元は引きつっていたが、なんとか笑顔を保っているようだった。
「僕は、学院長室で色々お世話になっているんで、貴女の味方です。ミス・ロングビル、貴女がフーケだなんて思ってませんよ」
「あ、当たり前です」
「じゃあ、記憶違いとかあるのでしたら、帰ってすぐ言った方が良いですよ」
では、と僕は踵を返し、歩き出した。
先ほど、ロングビルに示された方の茂みにリンを連れて向かう。

シェリーが僕の肩口から顔を出しロングビルを見た。


もう笑みは無かった。
顔を顰め、つめを噛みながら悩んでいるようだった。



それを見て、僕は、声に出さないように笑った。



ミス・ロングビル、貴女のそのうそ臭い笑みは母親を思い出させる。



その笑みを消してやりたいと、いつも思っていた。






後書き

あまり原作に関係が無いですね


以下、感想掲示板より


>原作知識の有無


作者の体験談ですが。
電車の中で、友人に読んでた本のタイトルを聞いたところ、「ゼロ魔」と返ってきたので、正式なタイトルより印象に残ってました。
最初、「ゼロの魔法使い」とか言ってました。
月二つは、ジョジョのザ・サンがあったので、記憶に残ってました。
内容も、山手線の一区間で読んだので、それを読んだにして良いものか解らなかったので、無しとしました。
ただ、ご意見はごもっともだと思うので、修正します。
ご意見、ありがとうございます。




[15301] 小屋に辿り着いたら
Name: oki◆2fcd534b ID:76c8adbf
Date: 2010/02/03 15:23
僕たちは、ロングビルの指し示した方の茂みの中に入っていった。
そのまま茂みに沿って進み、小屋から離れる。
太い木を見つけ、シェリーに幾つか頼みごとをして飛んでいくのを感じると、幹に寄りかかりズルズルと座り込むと、タバコを銜えた。
「いかがなさいました?」
がさごそとリンが持ってきた布を広げる音がする。
「失敗したな、と思って後悔中」
「先ほど、ロングビル様に言われたことですか?」
「そう」
何故言ってしまったんだろうか。
うん、まぁ、理由は分かってはいるんだけど。
「何故ですか?」
「あまりにもロングビルに良い目が出すぎて、腹が立った」
なるべく関わらないでいようと思ったのだけど、こうまで彼女に都合が良い展開になられると、なんか嫌だった。
「例えば?」
挙げるなら、宝物庫の壁が壊せたことから始まり、嘘に気づかれなかったこと、探索隊にルイズたちが来たことまで。
「ギーシュに聞いたのを思い出したんだけど、あの壁はそう簡単に壊せる物じゃないらしいんだよ」
煙を細く吐き出した。
「それと、探索隊に教師が来ないこと」
おかげで、ロングビルが主導権を握りやすい。
ここの場所を聞き出したのが彼女である以上仕方ないだけども。
彼女の計画としては、どうにかして破壊の杖の使い方を知り、帰りの道中のどこかで杖を持ったままゴーレムにでも攫わさせて、後日解放されたとか言って戻ってくる。
そして、学院にいるとその時のことを思い出すとか言って学院を去る。
そんな感じだと思う。
まぁ、リンの方がもっと具体的にいえるだろうけど。
「要は、正体がばれないこと、使い方を知った破壊の杖を手に入れることですね」
「そ」
昨夜の感じからして、ロングビルは使い方が分からなかった。
彼女の不運はそこだけ。
それを補う幸運が過ぎる。
多分、オールド・オスマンやコルベールあたりに聞いたとは思うけど、教えてもらえなかった、若しくは知らなかったんだろうね。
だから、生徒だけで来たのは幸運だったことだろう。
教師がいたら、無闇に破壊の杖を弄らせないと思う。
監督責任やらなんやら、保身に関わるし。
に対して、生徒なら、興味で弄るかもしれない。
いや、多分弄るだろうし、なんせ破壊の、とつく位だから、危険な目にあえば使おうとするだろう。
しかも、面子が面子。
ルイズは大貴族のお嬢様、もしかしたらどこかで似た物の使い方を見ているかもしれない。
軍人の家系のキュルケも同様。
タバサもシュヴァリエだったので、これも確率はある。
さらに、サイトはガンダールヴ、本命といっていいかもしれない。
「もし、誰も使い方を知らなかった場合はどうするでしょう?」
「使い方を知るのは諦めるしかないだろうね」
多分、何らかの形でルイズたちは危険な目に合わされるだろうけど、殺されることは無いだろう。
殺した場合、問題は学院の中で収まらない。
次に来るのは、王室の兵士。
いくらなんでも、掌で転がすには無理があるんじゃないかな。
ルイズたちの帰り道に取り返したとして、また見つけるのがロングビルじゃ怪しいし、話を聞いたっていう村人に会わせろって言われたら面倒だし。
「おそらく、ここに入ったのを見た村人なんて存在しないでしょうね」
「次からはわざと村人をつくるかもしれないけど、今回はいないと思うね」
本来ならここに連れてくる予定なんて無いはずだから、姿を見られるなんてことはしていないと思う。
「ルネ様の言葉で、学院に戻り辛くなりました。タバサ様に聞くことも、まず、無いでしょう」
ロングビルが出かけるのを見かけたメイドなんて知らないが、自分もやったことだし、イーブンだろう。
疑心暗鬼にさえなれば良いのだから、僕が有利といえば有利なんだけどね。
指先に熱を感じて、灰皿で火を消した。
木の陰から出て、手探りでリンの引いた布の上に座った。
「あくまで、僕の予想だよ。もしかしたら、ロングビルは予想を超えてくるかもしれない」
手にサンドイッチを渡された。
口に含むとハムだった。
「そうなると、ロングビル様の選択肢は多くありませんね」
リンが話したとき、ルイズの悲鳴がした。
「ゴーレムが現れました」
とりあえず、破壊の杖の使い方は知りたいらしい。
ドバゴンと音がした。
「小屋の屋根が飛ばされました」
使い方を知るには、外に出てもらったほうが良いだろう。
と、シェリーが戻ってきた。
やっと見れると思ったや否や、巨大な竜巻が現れた。
ゴーレムにぶつかるが、ビクともしない。
次に火炎がゴーレムを襲うが、同じくビクともしない。
「無理よ、こんなの」
キュルケの叫び声。
確かに土に炎は効きづらいだろう。
僕はベーコンレタスサンドを食べながら思った。
トマトは嫌いだ。
キュルケとタバサは散った。
残されたのはサイトとルイズ。
サイトは逃げようとしつつ、ルイズを見た。
そして、驚いたようで、「ルイズ」と声を上げた。
ルイズはゴーレムの後ろに陣取り、精神を集中していた。
魔法を放つ。
相変わらずの爆発だが、それでもゴーレムの近くで爆発が起きた。
ゴーレムの表面が弾ける。
破片が転がるが、気に止める様子も無く、ゴーレムはルイズを見た。
「逃げろ」
サイトは叫んだ。
「いや」
ルイズの声は、はっきりと響いた。
「フーケを捕まえれば、誰も私のことを馬鹿にしないわ」
真っ直ぐにゴーレムを見ていた。
気持ちは解らなくは無いが、ゴーレムを倒すのと、フーケを捕まえるのは別問題じゃないかな。
ゴーレムは、ルイズと、逃げるキュルケたちを交互に見た。
「あのな、相手はあんなにでけぇんだぞ」
どちらを優先するか迷っているゴーレムの隙をついてルイズを逃がそうとするサイト。
「やってみなくちゃ、わかんないじゃない」
ルイズは再度杖を構える。
「無理だっつーの」
サイトの言葉を無視して魔法を放つ。
結果は先程と変わらない。
「見ろ」
その結果を示し、ルイズを諦めさせようとする。
「だから」
「だって、あんた言ったじゃない」
逃げろと続くだろうサイトの言葉をルイズは遮った。
「ギーシュにボロボロにされても、下げたくない頭は下げらんないって」
「言ったけど」
何も今更といった風なサイト。
「私だって、そうよ。
私だってね、ささやかながらプライドがあるのよ。今、逃げたら、ルイズだからって言われるわ」
ゴーレムを鋭く見つめ、三度魔法を放とうとする。
「大事なのは命だろ、言わせたいやつには言わせとけよ」
つい、僕は笑ってしまった。
「わたしは、貴族よ。貴族っていうのはね、魔法を使える者を指す言葉じゃないの」
ああ、やっぱりルイズだなと思う。
ゴーレムがルイズを優先することにしたらしい。
足が上がり、ゆっくりとルイズに影がかかる。
それでも、ルイズは逃げない。
「敵に背を向けない者に許された名誉なのよ」
笑いが収まらない。
ルイズは何処までもルイズだ。
魔法を放つ。
同時にサイトが飛び込んで、ルイズを抱えるようにして転がる。
足が下ろされる。
足の裏の爆発は乗った体重に押さえ込まれた。
風竜に乗ったタバサが転がった2人の近くに降りた。
「どうやら、全員殺すことにしたようですね」
リンはそう判断した。
まず狙うなら、サイトだろう。
死んだところで、平民。
王室もわざわざ軍を動かすと思えない。
最初にルイズということは、全員殺してロングビルは逃げる。
「責任をオールド・オスマンに押し付ける形にするつもりかしらん」
そう言ったとき、サイトの剣が砕けた。
もったいないなと思った。
迫る拳をサイトは飛んで逃れる。
どうやら使い物にならなそうな武器でも武器と認識されるらしい。
さて、ロングビルは今どうしてるだろう?
「私たちを探しているでしょうね」
万が一、破壊の杖を持ったまま逃げられては困るし、使っているところを見たいわけだから、そう離れることは出来ないだろう。
さっき、シェリーに見てきてもらったら、ここから大分離れたところにいたけど。
ルイズたちが、あまりにも長引くようなら、めんどくさいな。
「その場合、如何いたしますか?」
当然
「逃げるよ」

「タバサ、私にレビテ-ションをお願い」
ルイズはゆっくり降りてきた。
手には筒を持っている。
昨夜見えたものからすると、あれが破壊の杖なんだろうけど。
「あれは、駄目だろう」
「ご存知なんですか?」
「僕もちゃんと見たことないから使い方は知らない。けど、あれが広まると困る」
ルイズは杖を振っても何も起こらないことに文句を言っていた。
サイトが駆け寄り、ルイズから杖を奪う。
「使い方が分からないわ」
「これはな」
サイトは、杖の所々をいじり
「こう使うんだよ」
肩に乗せて構えた。
僕は感心しながら興味を持って見ていた。
生憎と、僕はバズーカなんて触ったこともないので、銃の進歩の先にあるんだろうなと思っているけど、随分と色々するんだな。
すぷん、という軽い音の後に、風を切り裂く音。
ゴーレムに飛んだ弾が当たった瞬間、ルイズとは比べ物にならないくらい大きな爆発が起きた。
僕のいるところは離れているので、耳がキーンとなるくらいだけど、間近にいるサイトたちは、音と炎のために蹲っていた体を立たせた時ふらついていた。
「すごいじゃない」
木陰に隠れていたキュルケが走り寄っていった。
タバサはゴーレムが崩れ落ち、小山のようになっている上空をくるりと舞う。
確認すると、サイトたちの近くに降りていった。
4人が感想を話していると、僕らがいる方の、かなり小屋寄りながら、茂みから出てきた。
随分と近くまで来ていたものだ。
「ミス・ロングビル。フーケはいったい何処からゴーレムを操っていたのかしら」
ルイズの問いかけにロングビルは、わからない、と首を振った。
ボーっと手にした破壊の杖を眺めているサイトをほおって、他の四人は小山を調べることにしたらしい。
ロングビル以外は、小山をつついたりしているが、ロングビルはさり気無くサイトに向かう。
傍に立つと、スルリと、サイトから杖を奪う。
怪訝そうなサイト。
ロングビルは、少し歩き、僕がいるほうの茂みを向き、視界に全員入るようにした。
「ご苦労様」
破壊の杖を構えた。
「どういうことですか?ミス・ロングビル」
ルイズが叫ぶ。
「鈍い子だね」
ロングビルは眼鏡を外した。
目つきが鋭く、口元には薄っすらと笑み。
「彼女がフーケ」
タバサは冷静だった。
「そのとおりさ」
ロングビルは周囲を見回した。
「とりあえず、杖を捨てな」
ルイズたちは素直に従う。
「すばしっこい使い魔君もだ」
サイトも砕けた剣を捨てる。
「おい、出てきな、居るんだろう」
僕らに言っているらしい。

「リン」
「はい」

リンは僕の手に紅茶を渡してくれた。
普通ならワインなんだけど、飲みの場以外で飲みたくない。
香りは消えてしまうんだけど、仕方ない。
「さっさと出てこないと、こいつらの命はないよ」
出て行くわけないだろう。
行ったところで、死体が増えるだけだし。
僕がここに来ていることを知っているのは、ここのメンバーだけだし。
しばらく、呼びかけていたが、諦めたらしい。
「仕方ないね、私もさっさと逃げるとするか」
僕らが既にここを去り、通報に行っていると判断したようだ。
「どうして」
ルイズが怒鳴るようにして聞く。
「そうね、時間が無いんだけど、このままじゃあんたらも死にきれないだろうから、説明してあげる」
そういって、深く微笑んだ。
「私は、こいつを盗んだは良いけど、使い方が分からなかったのさ」
破壊の杖の使い方を知るために、ルイズらを連れてきたことを話す。
途中、ルイズが飛び掛りそうになるのを、サイトが止めた。
「随分と、物分りの良い使い魔を持っていることね」
「もし、私たちが使い方を知らなかった場合はどうするつもりだったの?」
キュルケが尋ねた。
「その場合は仕方ない、帰る道中でまた盗むだけさね」
私も、好んで厄介な状況になりたいわけじゃないからね、と笑う。
「そこの青髪のお譲ちゃんも良いところまで勘づいていたみたいだったけど、隙を見せたね」
全員がタバサを見た。
ここからだと、タバサの顔は見えないが、多分無表情なんだろうな。
「でも、使い方は解ったし、感謝してるわ。短い間だったけど、楽しかったしね」
破壊の杖を抱えなおす。
「ありがとう、さようなら」
サイトを除く3人の肩がびくっと動いた。
サイトは、ゆっくりと動き出した。
「随分と勇気があるのね」
「いや、違うね」
澱みなく動き、サイトは先ほど投げた剣を拾おうとする。
「ど、どうして」
ロングビルは、サイトの時のように発射されないことに戸惑っていた。
「それは単発なんだよ」
「単発?」
言われたことが、解らないようなロングビルだったが、流石というか、迫るサイトに破壊の杖を投げた。
サイトは、目の前に投げられた物を払い飛ばし、さらに一歩踏み込む。
柄による当身を出す。
紙一重で届かない。
「くそ」
両者は共に悪態をついた。
まぁ、僕らの所為だろうな。
僕らがいつ奇襲をかけても大丈夫なように、予め逃げることも頭にあったんだろう。
「覚えときな、この借りは必ず返してやる」
茂みに飛び込むようにして、ロングビルは逃げた。
追いかけようとするサイトだが、このまま追いかけても不利だと思うのか、追うのを止めた。
タバサはすぐさま杖を拾い、キュルケも続く。
それを見て、ルイズも慌てて杖を拾いに行く。
4人は周囲を警戒する。
頃合かな、と思い、僕は茂みを出て行く。
やっと、タバコが吸える。
茂みを掻き分ける音に、全員がこっちを見た。
「なんだ、ルネか、驚かさないでよ」
キュルケは胸をなでおろしていた。
僕は、4人のところへ歩いていく。
「さっき呼ばれたような気がしたんだけど、呼んだ?」
ルイズは、ずいっと前に出てきて、目をとがらせた。
「あんた、何処に行ってたのよ。こっちは大変だったんだから」
「うん?人影を見かけたから、追ってみたんだけど、単なる近くの村人でさ」
「んもー、役立たず」
ルイズの怒りに、悪かったよと言っておいた。
「とりあえず、何とかなって良かったわ。それにしても」
キュルケは、サイトを見る。
「かっこ良かったわ、流石ダーリン」
「うわ」
キュルケはサイトに飛びついた。
タバサが、僕に近寄ってきた。
「あなたが何か言ったの?」
「なんのこと?」
尋ね返すと、
「なんでもない」
くるりと背を向けて歩き出した。
「タバサ、そんな役立たずなんて構ってないで、さっさと帰りましょう」
ルイズは、破壊の杖を拾いタバサを促した。
全員が従い小道に向かう。
「帰りは誰が御者するのよ?」
「ツェルプストーがやりなさいよ。一番役に立ってないんだから」
「あら、貴女こそ、何もやってないでしょう」
「サイトの活躍は、わたしの活躍なのよ」
キュルケとルイズは、帰りのことで揉めている。
「悪い、リンを置いてきてしまったから、僕は後から行く」
元々、僕らと彼女らは別々に来たから、問題無くすんなり分かれた。
昼食の後片付けを終えたリンの元に向かう。
リンが茂みから出てきた。
「何とかなったね」
僕の言葉に、そうですね、とリンは応えた。
「本当に、ルネ様の仰った通り、理想を通そうとしたルイズ様は危機を乗り越えました」
どこか棘のある言い方をした。
普通に考えたら、あの状況からルイズたちが無事なのは、想像できなかっただろう。
「僕の言ったとおりだろう」

理想を貫こうとしている人間は意外と、どうにかなるもんだよ。

「そうですね」
リンは、信じられないという顔をしていた。



まぁ、死んだら、綺麗ゴトを言ってた人間になるだけなんだけどね。

折角、僕の予想が当たったような流れになったので、それは言わないでおいた。







後書き

フーケの話が終了です。
フーケの行動が、割合筋通っていると良いなぁ。


以下感想掲示板より

>文法について

日本語は助詞さえ間違わなければ、結構意味が通じますので、作者の好みに崩しています。(二つに分ければいいのに一つにしたり)
明らかな助詞間違い、意味の通じないところがあれば、面倒かもしれませんが言っていただければ嬉しいです。


>過去の話について 

正直な話、直接に書くことは無いと思います。
複線と書かれているのを見て、まさにそんな感じだと思いました。
ゼロ魔の主人公はルイズとサイトという認識なので。



[15301] フーケの事件が解決すると
Name: oki◆2fcd534b ID:8c454731
Date: 2010/03/15 03:16
「さて」
僕は、タバコを銜えた。
「リン、先に行っておいて、少し散歩してくる」
言ったことに対して、リンは何か言いたそうな顔をした。
「大丈夫だろ。こんなところ根城にしている盗賊なんていないだろうし」
「まだ、ロングビル様がいるかもしれません」
「メリットが無いだろう。長く居ると危険だと判断するだろうし」
しかし、とリンが食い下がる。
この場合、リンの方が正解だと思う。
フーケは人殺しをしないと人は噂するけど、表沙汰になっていないだけかもしれないし、これからもしないと決まったわけじゃない。
「そうと解っておいでなら」
僕は灰皿を出し、灰を落とした。
「リン」
駄々をこねる子供に対するように、少し困ったような、少し強く、名前を呼んだ。
それだけでリンは察したようで、少し次の言葉を言い澱み
「解りました。先に行っております。」
頭を下げ
「くれぐれもお気をつけ下さい」
「いざとなれば、シェリーもいるし、なんとかするさ」
シェリーは、任せて、とばかりに羽を鳴らした。
「よろしくお願いします」
リンはシェリーに向けて、改めて頭を下げると、踵を返し、小道に向かう。
足取りは止まることなく進んでいるが、顔を少し反らして、こちらを見ているのが分かる。
それを気付かれないように、シェリーに依って見ていた。
そうしていると、リンが小石に躓いた。
つい、クスリと笑いが出てしまった。
僕が見ていた事に気付いたリンは、少し誤魔化すかのように早歩きになった。
その様は、微笑ましくもあるし、呆れもする。
リンとは、主従の他に男女の関係でもあるが、こんな場面で出されると、真面目なリンもやっぱり女なんだなという可笑しさと、主従の関係の時に出される苛立ちで、複雑な気分になる。
かといって、その辺を利用して、色々無茶をお願いしている僕が怒るのも、なんか違う気がして、結局そのままにしている。
一応シェリーにリンを追ってもらい、馬のところに向かっているか確認してもらう。
煙を細くしてみたり、輪のようにしてみたりしながら視界共有をしてみれば、案の定、歩き続けてはいるものの、時々振り返っていた。
僕が命令したとは言え、自ら転んだとしても僕の身になにかあったというなら、頭と胴を離されても仕方ないことも考えると、まぁ、仕方ないと思う。
でも、戻ってくる様子も無いので、タバコを消すと灰皿をしまい、目のところを巻いている布を取った。
さっきまでシェリーを介して見ていた景色の中に 『彼ら』が浮かんでいる。
場所柄、茶と緑が多いかな。
と、思う間もなく、僕が布を外すと構ってくれると知っている『彼ら』は、さぁ遊べ、と近寄ってくる。
その動きに苦笑しながら、人差し指を立て、動かし始めた。
一番大きいススワタリ程度のものは変わらないが、三周りくらい小さいものは、薄らとしか見えなくなっていた。



「仕方の無きこと」
水の精霊は言う。
小さいものは力も弱い。
そして、僕の手に入れた眼球は遠き時を遡ったものでも、体は遠き時を過ぎたもの。
眼球は体に従い、慣れに侵食されていく。
ゆっくりとだが、止まること無く。
「認識し続けることで、更に緩やかにすることが出来るやもしれん」
とも、言われた。
だから、そうすることにした。
「一度認めたなら十分なのだがな」
大小どちらも同じもの、とはっきりと言った。
僕には『彼ら』は少しずつ違うものだと思っていた。
話も出来ないし、意思の疎通は身振り手振りなのだけど。
ただ、そう僕が思おうが、『彼ら』と同じものである水の精霊の言葉の方が正しいのだと思い、否とは
口にはしなかった。
「しかし、そなたが『彼ら』を」
そこで、水の精霊は笑った。
「我が『彼ら』と言うのもおかしな話よな、『彼ら』は、そなたが精霊達につけた名前。
本来、我と精霊たちは同じものだというに」
なのに、そなたは、我と精霊を分ける。
「『彼ら』、遠くにも近くにもとれる呼び名」
水の精霊は、噛み含むように言い、そして少し笑い
「言いえて妙な」
僕はどう答えて良いものか迷った。
「そなたが、そう認識したのなら、そなたにとってそれが正しい」
言葉の真意は掴めなかった。



遊んでいると、シェリーが戻ってきた。
おかえり、そう言って労うと、下、上と動き、応えた。
では早速と、シェリーに案内してもらい、茂みに向かった。
『彼ら』も付いて来た。
茂みを書き分けながら歩く僕の後ろにぴったりついてくるものもいるし、目の前をふよふよと浮かび続けるのもいるし、おっかけっこをしながらついてくるものもいる。
僕はそれを見ながら、しばらくして、指を口元に当て、静かに、という仕草をした。
別に『彼ら』はどう動こうとも音など立てないし、木もすり抜ける。
単なる悪ふざけ。
『彼ら』は僕の使えたいことを感じた近いものから遠いものへと伝えていく。
少し待てば、全てが大人しく僕の後ろを列を作って並ぶ。
見計らい
「なんてね」
嘘だよ、と舌を出して告げると、『彼ら』は弾けたように好き勝手に列から飛び出した。
からかったことを楽しんでいるものもいるし、咎めるようなものもいる。
僕は笑いながら歩き出した。
少し先にいるシェリーを見ると、諌めるような、でも、拗ねているようにも見える雰囲気を出していたので、苦笑をしてしまった。

しばらく歩き続けると、茂みを踏み均して出来たような道に出た。
多分、猟師や樵やらの仕事道なんだろう。
そこに、ロングビルが倒れていた。
茂みを払う音や、落ちている枝を踏む音で人が来たことに気付き、弱弱しく頭を動かした。
何か言っているが、小さすぎて聞こえない。
助けて下さい、とでも言っているじゃないかな。
『彼ら』の内、青いものにお願いして、ロングビルの毒を少し抜いてもらった。
様子を見ていると、ロングビルの頭が持ち上がった。
目が合う。
「あんた、なんでここに」
声に力は無いが、話は出来るようになったらしい。
睨みつけられて、僕の目に気付いた。
「目?」
ロングビルが学院に入った時、既にオールド・オスマンの部屋に足繁く通っていた、布の下を見せたことがあった。
気味悪いような雰囲気を出していたが、悲鳴は上げなかった。
それで最初からロングビルには好感を持っていた。
「最近治ったんですよ、片目だけなんですけど」
フンと吐き捨て、目を逸らした。
まぁ、長く直視はしていたくは無いだろう。
「良かったじゃないか、賞金首がこんなナリでさ」
確かに、今なら平民の子供でもどうにでもなりそうだ。
「ナイフくらいなら持ってますけどね」
ポケットから掌サイズのナイフを出した。
田舎の育ちなので、色々と便利なナイフくらいは持ってる習慣はある。
「でも、このサイズじゃ、一息は無理ですよ。痛いし、苦しいですよ」
ロングビルの目に怯えが見えた。
「好きにしな」
捨て鉢になったらしい。
「別に殺しに来たんじゃないので」
その言葉に、ロングビルは、また僕を見、横を飛んでいるシェリーを見た。
「私をやったのは、あんたかい」
察したようだ。
シェリーがこの森にいた一晩、それは森に住む蜂達と親交を築くには十分な時間だった。
そして、ロングビルが注意人物だと広めるのも簡単だった。
ここに来る途中、ルイズだったか、虫が多いと言っていたが、森の中で一種類が騒げば、他の種類も騒ぐのは当たり前。
それに、あれらはロングビルを見張っていたのだから。
「だから、いきなり蜂どもが襲ってきたのか」
その瞬間を思い出したのか、顔を顰めた。
僕は指示した本人だけど、想像するだけでも嫌だ。
これで、ロングビルが蜂恐怖症にでもなったら面白いと少し思う。
「それで、こんなことまでして何の用なんだい」
「単に顔を見に来ただけです」
ロングビルは言われたことが解らなかったらしい。
「母親に似てるんです」
そう付け足すと、へぇ、と口の端を歪めた。
「もう無くなりましたが」
「そうかい」
声色が変わった。
甘く丸くなった。
「随分と母親に可愛がられたんだね」
ロングビルの声はチロチロと舌を出しながら、僕に纏わりついた。
「いえ、全く」
声の首を押さえつけるように
「母親は、お手つきの上、幸運で妻となりましたので、僕は父親とのつなぎのような物でした」
仕方ないのかな、と思える。
母親には、僕より、父親より大事な者があった。
だったら、僕が二の次三の次になるのは人の行動として自然だと思う。
「だからね」
笑みを不自然なまでに浮かべて

「母親に似ているあなたの邪魔をしたんですよ」

一瞬、ロングビルはほうけたような顔をした。が、次の瞬間、疑問が全て埋まり、筋道を見たようだ。
「全て嘘か」
「ええ、僕も平民とも話をする機会がありますが、あなたが疑われているような話を聞いたことはありませんでした」
奥歯をかみ締めるロングビルに対し
「あなたの手口は見事でした」
正直な感想を言った。
「この」
ロングビルは怒りに任せ、腕を動かそうとしたが、そこまで回復していない。
微かに動いただけだった。
「さて、僕はもう帰ります」
「おい」
荒い声を上げた。
シェリーに合図を送ってもらうと、周囲の茂みの中から一斉に蜂が飛び上がる。
結構な数、百はいるかな、が周囲を囲む。
「おい」
今度は細い声。
やっぱり少なからず傷を作ったかもしれない。
つい、笑み。
ロングビルは、その笑みを不安な気持ちと結びつけらしく
「待っておくれよ、こんなのはあんまりじゃないか」
と懇願してきた。
「別に殺しはしないって、言ったでしょう」
僕はロングビルの足元の方に回り、しゃがみこんだ。
「今から、あなたから毒を抜きますけど、追われたりすると面倒なので用心の為です」
また合図をすると、蜂達はロングビルに停まった。
ちゃんと肌の出ているところを集中的に狙って。
小さく細い悲鳴がしたが無視した。
一応杖とルーンを使っている風を装いながら、とりあえず保険でルーンは覚えてるので、『彼ら』にお願した。
体の感覚で解ったのだろうロングビルの指先だけが、蜂に影響を与えないようにとチョコチョコと動いた。
「あんた、なんで魔法を、だって、あんた」
ゼロのはずだろ、と続く言葉を戸惑いながらロングビルは発した。
「目が治ると少し使えるようになりました。
ゼロ、の二つ名が気に入ってるんで、学院の誰かに見せる気は無いんですけどね」
ロングビルはもう学院に戻って来れないから構わないかなぁ。
「私みたいに隙をつくるためかい?」
殺されることは無いと判断したのか、それとも、蜂を脳裏から出すためにか、砕けた口調で話しかけてきた。
「さっき言った母親が小さな村の出なんで、僕も小さい頃はそこで育ったんですよ」
なんでね、と口にしながら立ち上がった。
「誇りなんですよ」
他人に、誇りなんて話すのが照れくさくて、つい続けてしまった。
「もし、僕がいなかったら、魔法を使えることがバレたら、ゼロはルイズのものでしょうね」
でも、もしが現実になろうと、ルイズがゼロに相応しいと思えない。
少なくとも、僕がこの世界を見てきた中で、貴族と平民は別の生き物だとこの世界は決めていた。
乗り越えらない壁を隔てて二種類の生き物はいる。
貴族はどうやっても+側にいるし、平民はどうしても-側にいる。
そう世界は決めたと全ての民は認めているだろう。
平民が貴族の上に立ちたがるのは、自分が-側にいると認めているからだろう。
貴族が平民に指示したがるのは、自分が+側だと思いたいからだろう。
僕は平民の地位のまま魔法が使える、どちらにも属さない傍観者0。
「それが居心地がいいんですよ」
「どっちつかずなだけだろうに、貴族の血を継いでいるくせに、よく言う」
とん、と衝かれた言葉に痛みを覚えながら、ただ苦笑し
「自分でそう思っているんだから良いじゃないですか」
帰ろうと歩きだした。
「僕が離れたら自由にするようにシェリーには言ってあるので、しばらく動かないで下さい」
言い残して、茂みへ一歩踏み出した。
「ルネ・フランツ」
名を呼ばれて振り返った。
ロングビルは僕をしっかりと睨んでいた。
口元がゆっくりと動き、口角が上がり、笑みの形になった。
「この借りはきっと返すから、覚えとくんだね」
「どうぞ、ご自由に」
さっさと振り返り、また歩き出した。
もう、ロングビルの声はしない。

少し残念だった。

一瞬、ロングビルの口から、ウルシア、と呼んでくれる期待を持った自分がいた。


来た道を戻る。
来る道すがら枝を折っておいたので、迷うことは無い。
口笛を小さく吹きながら歩くと、『彼ら』はそれにあわせて飛び回った。
ロングビルに狙われるように、という目的は果たせたっぽいから満足なはずなんだけど、喜びは湧いてこなかった。
その代わり
「貴族の血をついでいるくせに」
が頭の中を響かせてのたうって回る。
言ってしまおうかとも思った。
「僕の父親はウルドという貴族ではなく、アランという平民なのですよ」
そう言ってしまいたい気もした。
でも、言えなかった。
いつか母親にだけ言いたい言葉を、母親に似ていても母親ではない彼女には言えない。
女は不思議だ。
ウルドとアラン、二人に抱かれながら、どちらの子か解った。
出会った頃、アランの優しさの理由がわからなかった。
後々の為とも邪推した。
僕がそれを知ってしまった後、アランも僕が知ったことを気付いていることに気付いてからの関係は悪い気分ではなかった。
確認をしなかった。
お父さんと呼びもしなかった。
躊躇いながら恥ずかしながら、本来の親子がするだろう形をなぞろうとした。
アランも知らぬふりをしながら、僕の描く形に同じ形をなぞってくれた。
『彼ら』によって、僕が魔法を使えるようになってすぐ、母親は僕を見限った。
平民の子が魔法を使えるわけは無いから。
僕は、どちらでも良かった。
母親と父親、どちらの手の上にいようと、あの村を貰い平凡に暮らしていければ。
だけど、アランにだけは、あからさまに『彼ら』を仄めかし、説明をした。
アランをがっかりさせたくなかった。
何故、そこまでアランを気に入っていたのかは解らない。
そらからしばらくして、好意からとはいえ、僕の所為で、アランは自ら毒を飲んだ。
それだけが、今でも捨てきれない後悔の一つだ。
と、つい意識が思考に偏りすぎた所為で、口笛が掠れた。
様子を窺うように『彼ら』は僕の方を向いていた。
ゴメン、と謝りをいれて、口笛を吹きなおした。
なんとなく、ゆっくりなテンポにすると、『彼ら』は、大きく上下に動いて見せた。
ロングビルが、あの夜のような笑みを浮かべながら、僕を殺しに来てくれればいいと思う。
本当なら母親にすべきなのだろうけど、狂乱した母親はアランの好きだった女では無い。
強い黒い暗い意志を持っていたあの時の母親の面影は無い。
あんな狂った頭の薄っぺらい思いなどで殺されたくはない。
アランは、生きろと言ってくれたが、時間が過ぎれば忘れてしまうことだと言ってくれたが、時間は心の傷を治さない。
ただ、悲しみに慣れていってしまうだけだ。


ウルシア

母親が名づけた名前

何の意図があったのかは、今はもう知らない

だた、ある言葉遊びに気づいた時は笑ってしまった

ウルドが死に、アランが残る

母親よ、あなたの願いは叶えさせない

ロングビル

アランの血を継ぐ僕を

アランの血を継ぐ僕を思い

アランを愛した女の笑みを浮かべながら殺しに来い

それなら殺されてやる


僕が殺されるのと、僕の言葉が聞き入れられるのとどっちが早いだろうか


目の前では、『彼ら』がゆっくりと自らの軌跡をなぞるように上下に動いている。






後書き

とりあえず、内容やルネの考えは当初の予定とは違いましたが、当初から書こうとしていたシーンは書けたので満足です。
多分、一番文章量があると思います。



[15301] 学院に戻ったら
Name: oki◆2fcd534b ID:8c454731
Date: 2010/03/16 15:23
僕らが学院に戻っても、特に咎める教師はいなかった。
フーケから破壊の杖を取り戻すとは教師達も思ってもみなかったようで、注目はルイズらに向いていたし、舞踏会の準備、フーケに破壊された壁の修復作業などと皆大童だった。
生徒たちも踊る相手を確保する為に動き回っていたし、人気がある生徒は変な噂が立たないように自室に閉じこもったりと、こちらも僕らに注意を払ってはいなかった。
僕は参加をしないので、最初から蚊帳の外。
「あんた、意外と人気あるのよ」
ルイズにそう言われたが、そう言われてもなぁ、といった気分だし。
それに舞踏会には恋愛の他に、より高い身分なり容姿なりの者と踊り、自分を認めさせたり周囲に売り込む権力的な意図も見える。
実際、親に強く言い含められる生徒もいるそうな。
面倒くさそうだなと思う。
学校側も生徒たちの連帯感を、とか言ってるけど、その舞踏会で縁が出来れば、将来的にもこの学院を一目置いた目で見るだろう。
やって損は無いってことで。
僕は邪魔になるので、と申請して不参加を認めてもらった。
人影は見えなくともそこここから人の気配のする空間を幾つも通り抜けて、自分の部屋にやっと着いた。
「疲れた」と一つ伸びをした。
「お疲れ様です」
「うん、まぁ、なんにせよ外出がバレなくて良かった」
注意だけだったら良かったんだけど、時期なだけに大事になってたらどうしようと思った。
「門番の方も馬番のお爺さんも、もうこれっきりにしてくれと仰っていましたが」
彼らもバレたら大変なことになってたろうな。
「後で、何かお礼届けておいて」
ベッドに倒れこんだ。
「はい」



夜になる。
遠くから聞こえてくる演奏、人々のざわめきは夜に中々の雰囲気を作った。
「例年通りのようだね」
窓際に座り、ワイングラス片手にそれを聞いていた。
「はい」
答えた声は照れているようで小さい。
僕は微笑ましく思った。
リンは今、ドレスを着ている。
舞踏会は参加しないが、気分だけでもとドレスを誂えた。
他人に見せる為でもなく、僕が見たいだけなので、僕の好みに合わせて黒のマーメイドラインにした。
リンの背が低いせいでラインが作りづらく、職人に頑張ってもらったんだけど、少し裾を引き摺ってしまっている、が、僕は気にしない。
上半身のカットも胸元までとして、腕は露わ、胸元に飾りも無いので小さい胸があからさま、それを隠そうとしてやたら腕を組むような姿勢をとる。
まるで寄せているようなのが逆に面白い。
考えが読まれたのか、睨まれた。
「ルネ様も着替えてください」
翻って僕は、特に何を着飾るわけでもなく、普段のまま。
「ズルイです」
何がズルイか解らない。
「着飾った可愛らしいリンを僕が見たいだけなんだ、僕は良いよ」
褒めて話をかわそうとすると、頬を染めて俯いた。
声を出さないように笑いながら立ち上がり、タバコを吸うために離れた。
窓を開けると、風がさっと吹いてくる。
いい風だと思いながら、外を見ると、月のはるか下を動く影があった。
上がっていく角度を考えると、随分と近くから出発したんじゃないだろうか。
「シェリー」
一応、リンの為の時間として、雌であるシェリーの名を呼ばないようにしていたんだけど、興味があったのでお願いした。
動く影に焦点が合う。
翼を持った生き物とそれに乗る小さな影。
昼間見たタバサとシルフィードとかいった竜の姿に似ていた。
あのちょこんとした座り具合とか。
何かあったのかなとも思ったけど、口を出す関係性でもないので、シェリーに礼を言い、タバコを見せ、離れることを薦めた。
視界共有によって見えたリンは珍しくグラスを大きく傾け、呷っている。
恥ずかしさから逃げる方法を見つけたようだ。


夜が明けて、さらに2日後の夜。
ギーシュ達が部屋に来た。
ギーシュの後ろにいるのは、最近良く来るようになったサイトと、初めての顔がいた。
「マルコに部屋を出るときに見つかってね、飲むんだと言ったら僕もと言うものだから」
何の風の吹き回しか、マルコルヌ?がいた。
「サイトはついそこで会ってね」
「こんばんわ」
別にサイトは良いのだけど、マルコルヌ?に関してはちょっと考える。
「飲んでる間に悪口を肴にしないなら構わないけど?」
厳密に言うと、笑えない悪口は禁止。
マルコヌル?は「ああ」と了承した。
僕が部屋に招き入れると、リンは料理の準備が済んだようで
「では、あまり破目を外しませんように」
入れ違いに部屋を出て行く。
「なんだ、あの平民は」
マルコルヌ?は不満らしい。
「僕らの給仕をしないのか?」
ギーシュは勝手知ったるとさっさとテーブルに向かい、ワインを選び始める。
「言っただろう、今日は男だけで飲むと」
「そうそう、一々ワインを注いでもらうのも悪いし」
サイトもギーシュを手伝い始める。
確かにサイトの意見は同意するが、それが正式なルールなのであって、自ら注ぐのはこんな場だからだぞ。
何故か、僕がルイズに怒られるんだぞ。
「僕は貴族だぞ」
彼にとっては我慢ならないことらしい。
「じゃあ、どうぞ」
僕は扉を示した。
居ても居なくても、どっちでも良い。
少し口元を腹立たしげに動かし
「分かった、やるよ」
足音荒くテーブルに向かって歩き出した。
それに対し肩をすくめてギーシュを見ると、苦笑いしていた。
乾杯の段になっても揉めた。
「平民と、しかも、爆発のルイズの使い魔とグラスを合わせるのか」
それにはサイトもムッとしたようで
「なんだよ、さっきから、リンさんや俺に対して、平民平民って言いやがって」
「平民が貴族に口答えするのか」
いい加減にして欲しいと思う。
「おい」
僕とギーシュの声が重なった。
ギーシュを見ると、僕が言うように促した。
「では、言わせてもらうが、この部屋で飲む以上、皆平民貴族関係なく楽しく飲む為の僕の客だ。
僕の顔に免じて怒りを治めて欲しい」
マルコルヌ?を見て
「この部屋を出たらサイトを殺そうが」
驚いているサイトに向けて
「ギーシュのようにボコボコするのも自由」
「おいおい」とギーシュの苦笑い。
マルコルヌ?もギーシュの決闘は見ていたから、サイトの強さを知ってるはず。
「分かったよ、この部屋の中ではそうする」
渋々ながら認めた。
サイトも納得したわけじゃないだろうけど、何も言わず座りなおした。
やっと乾杯をし、食事もそこそこに本題に入った。
男同士で飲む、というのは僕らの隠語で、意味は下世話な話も有りという意味だ。
だから好き勝手話せるように、平民とはいえ女性であるリンには出て行ってもらう。
前回の男同士の飲み会は、好きなおっぱいの形だった。
最初はギーシュと2人で女性への不満を言い合うだけだったんだけど、いつからかこんな話をするようになっていった。
リンも薄々気付いているような気もするが、別に悪いことしてるわけじゃないから確かめる気も無い。
「今年は、3年のセス嬢だな」
ギーシュが切り出した。
今回の話題は舞踏会についてと決めていた。
「去年とは華やかさが違う、あれは好きな男性が出来たか、付き合い始めたか、どちらにしても」
その時の光景を思い出しているのか、中空を見ながら
「良いおっぱいだった」
「マジか」
サイトが食いついた。
前回から参加したサイトだったが、おっぱい好きだそうで、同様の好みのギーシュと意気投合した。
「どんな服着てた人?」
「ドレスは薄いグリーン、露出は低いが胸元は結構開いていた、顔は大人しめで髪が長い」
「分かった、見た見たその人、良いおっぱいそうだと俺も思った」
「だろう?」
2人だけが盛り上がる。
主にギーシュの出した女性の名前を聞いてサイトが反応するのを繰り返すだけだが。
ギーシュは女性に関しての交友範囲は広い。
軽薄とされながらも、一夜だけなら女神のように扱うギーシュに付き合うのは悪くないらしい。
加えて、ダンスを女性を口説く手段としているギーシュは中々上手いと第三者から聞いた。
ダンスがそんなに上手くなくてもアピールが出来ると女性達に人気なそうな。
踊り終わった後に目当ての男性から誘われたいから踊ってと直接的に言われたこともあるそうだ。
どう考えても体の良い当て馬としか思えないけど、ギーシュは構わないらしい。
女性のモンモランシーとしても、その辺の女性心理は解るらしく、誰と踊っても、怒りはしても止めないらしい。
モンモランシーもギーシュが当て馬止まりだと思ってるんだろうな。
「ちょっと待ってくれ、女性はおっぱいだけか?」
マルコが、ギーシュがマルコと呼んでいたので僕も呼んで良いかと聞くと良いと言ってくれた、よかった、口を挟んだ。
もう顔が赤い、どのくらい飲んだんだろう?
「ほう、じゃあ、マルコは何処を見る?」
ギーシュが促すと、マルコは両手を広げ演説をするように
「顔だな、強気な眼差し、きゅっと上がる口元」
「例えば、誰だね?」
更に深く尋ねると、何故かマルコが言い淀んだ。
僕も興味が湧き
「ここでの話は外ではしない。それは約束するよ」
なぁと、サイトとギーシュに振り、二人とも首肯した。
マルコは意を決したみたいで
「ル、ルイズとか」
僕らは驚きの声をあげた。
「へぇ、あの感じが良いのか」
僕は頭にルイズを浮かべた。
確かに強気っていえば強気な顔だな。
「僕は」
マルコは立ち上がった。
「ルイズに踏まれたいんだ」
いきなり何を言い出すんだろう?
マルコ以外が顔を見合わせた。
多分、全員が引いていた。
「いや、まぁそういうのもアリじゃないか」
ギーシュが場を取り持とうとして
「実際、そういう人も結構いるらしいし」
僕も乗った。
多分、僕ら両方とも内心ナイと思ってるし、思うけど。
言わなくても雰囲気で分かったのか、マルコは続けた。
「ああ、分かってるさ、僕は変態さ、悪いか?
でも仕方ないだろう、あの顔に踏まれたいんだ」
力強く言うけど、マルコの過去に何があったんだろう?
ギーシュも呆れ顔になった。
「別に、そこまでぶちまけなくても」
僕を見てくる。
正直、マルコの気持ちが分からない。
「うーん」
腕を組んで、脳内でルイズに踏まれるのを想像してみる。
・・・ナイなぁ。
「どっちかというと、踏む方が良いかな」
踏む、踏まれるの二択だったら踏む方がまだ気分的にマシだと思う。
腹の底から引き摺り出したような声が、サイトとギーシュから出た。
今度は僕が引かれたらしい。
「ルネ、君も変態だな」
マルコに親友を見つけた目をされた。
止めてくれ。
で、そこから話を聞くと、マルコはルイズに近寄りたいがためにルイズと友人である僕の部屋の飲み会に参加したらしい。
「だとしたら、まず君のルイズに接する態度を改めるべきだ。女性には優しくだよ」
「分かってるよ」
では、マルコがルイズに意地悪く言うのは、子供に良くある好きな子に素直になれないってやつなんだろうか?
「まぁそんなところ」
自分でも分かっているらしいので、僕らとしても、まずはそこから、としか言えない。
「僕の話は良いんだよ」
酒の勢いとはいえ言ってしまった後、照れくさくなったらしい。
「ルネ、君だ、君には好きな人はいないのか?」
いきなり聞かれた。
ギーシュには?と聞こうとしたが、ギーシュはモンモランシーに夢中なのが広まっていることを思い出した。
一応妻いるんだけど、この場で言うと白けそうなので、考えてみた。
「タバサ・・・かなぁ」
「君はロリコンでもあるのか」
マルコに、自分より上がいた、みたいな顔をされた。
ギーシュが苦笑いをしつつ、助けてくれた。
「違うさ、ルネは最近になってシェリー」
と言って、僕はマルコにシェリーを紹介していないことに気付いて、簡単に紹介した。
「で、シェリーによって目を手に入れたから、顔を知ってる女性が少ないんだ。
そして、彼は、長い髪を女性と何かあったのかと勘ぐってしまうぐらい、短い髪の女性にしか興味を示さない」
正解、それだとシエスタもそうなんだけど
「あと、細身が好きだな」
全体的に豊か過ぎて、あんまり好みじゃない。
「流石、友人その2」
「その言い方もナイな、じゃあ、その1は誰だね」
「時間的な早さで言うとルイズだね」
と、先ほどから、サイトが黙っている。
「どうした?サイト」
「ああ」と呼ばれて気付いたように答え、何か言おうとして止めた。
マルコは椅子から体を起こしサイトに寄る。
「どうした、サイト、君も何か人に言えない好みがあるのだろう、言ってみろ、僕らは仲間だ」
だろう?と僕を見てきた。
彼の中で、僕が変態仲間であることは確定事項らしい。
なんか強く否定したところで、逆効果っぽいので諦めた。
外で言われきゃ良いや。
サイトは、何故か照れた様子で
「実は、ルイズが俺のことを好きっぽい」
と言った。
ふむ。
と、言ったことを聞きながら、何か引っかかった。
ルイズが、サイトを?
サイトが、ルイズをじゃなくて?
「この平民が」
サイトに聞き返す間もなく、マルコがサイトに飛び掛った。
僕とギーシュ2人がかりでマルコを止めた。
引き剥がしても、マルコはサイトを睨みつけたまま再度飛び掛る様子を見せるので、とりあえず、サイトの勘違いかもしれないからと説得し、気分を落ち着かせる時間を作る為に料理を片付け、新しいワインを出し、それとタバコを出した。
タバコを見ると、マルコは興味を示した。
まだ出回る数が少ないので、話に聞くものの吸ったことはないそうらしく、タバコを吸うのも今日の目的の一つだったらしい。
「へ~、パイプより全然良いな」
一口吸うと、想像していたよりは上だったようで、製作者としてはちょっと気分が良い。
「それで、これって少し分けてもらえないだろうか?」
少し考えて、値段を言うと、マルコは顔を青くした。
子供では、ちょっと手が出ないと思う。
僕の為の採算度外視品だし、これはあまり出回らしたくないのでわざと値をふっかけてる。
品質を落としたものなら、大分落ちるけど、それでも嗜好品にしては高いと思う。
ギーシュも同じことをした口だから、マルコの姿を見て
「この部屋で飲む時は、ただで吸わせてもらえるから、僕も来ているんだ」
それを聞くと、マルコはギーシュから僕にバッと顔を動かした。
「僕もたまに来て良いかい?」
「最初に言ったルールさえ守ってくれれば、別に構わないけど」
あと、たまに領地の名産やら、ワインの一本でも持ってきてくれれば。
タバコの値段を考えると、相当破格の条件だと思う。
マルコもそう思うのか、勢い良く首を縦に振った。
因みに、ギーシュは勿論だし、サイトはたまにルイズの方から色々届く。
父親がもらった安いワインと言うが、家柄だけに安いと言ってもそこそこな物。
ありがたく飲ませてもらっている。
「さて、話を聞こうか」
マルコの気分も良くなったところでサイトに話を振った。
サイトは、タバコは口に合わないそうだが白の甘口は気に入っていて、それを飲んでいた。
「フロッグの舞踏会で」
「フリッグだよ」
ギーシュが訂正した。
「その舞踏会で、ルイズと踊ったんだけど」
さっきから睨んでいたマルコの視線がよりきつくなった。
「あいつ顔を真っ赤にして、なんかこう、俺のこと好きって感じだったんだぜ」
「サイトの主観じゃなぁ」
と、また飛び掛らんとしているマルコを牽制した。
「いや、それは惚れてるね」
はっきりと断言したのはギーシュだ。
いや、僕も脈アリだと思うけど、空気を読んでほしい。
「そうだよな」
サイトは肯定されて自信を持った。
「ああ」
ギーシュは更に肯定。
サイトとギーシュの顔を行ったり来たり見ていたマルコは、ブルブルと振るえ、口をわなわな。
「マルコ」
飛び掛られても面倒だしと。
「なんだ」
既に腰を浮かした状態でこっちを見てきた。
「ちょっと聞きたいが、君は、ルイズと結婚したいとか考えてるのか?」
一応確認すると、マルコは脾腹を突かれたような顔をした。
少し考える素振りを見せた。
確かマルコの家はそんなに名家でなかったはずだ。
家の格が違う家の結婚は憧れもあるが、可哀想だと見る人もいる。
低い家にとって、高い家の人、若しくはその家と関係がある人との付き合いは金がかかるし、教養やマナーも学び直さなければならない。
マナーだって何通りかあるのだし、学ぶのだって金が必要だ。
そのせいで没落、離婚って話もある。
「そこまでは考えてない」
結局、マルコもその点において及び腰になっているようだ。
キュルケみたいに遊びと割り切る女性ならまだしも、ルイズはそうじゃないだろう。
「だから、ルイズとは友達になって踏んでもらえば良い」
もし、サイトとルイズが付き合う、しかもルイズがサイトに惚れているとなれば、惚れた弱みでサイトの言うことを聞いて、マルコを踏んでもらうようにしむけられるかもしれない。
「サイト、グラスを交えたんだ、もう君とは友達だよな」
一も二もなく、僕の考えに乗ったらしい。
サイトは、多分そんなことを頼む気はないだろうけど、勢いに押されて、「あ、ああ」と答えた。
それを横目にタバコを銜えると、僕に寄りかかるようにしてギーシュが話しかけてきた。
「君にしては珍しいな」
「何がだい?」
「恋の鞘当の解決をするなんて」
「ああ」
そのことか。
「五月蝿くすると隣から苦情来るんだよ、君とルイズの件で既に警告されていてね、この上何か教師達の耳に入るとこの部屋での飲み会を禁止されるんだ」
「なるほど」
原因の一員であるギーシュは苦笑いをしていた。
「火貰う」
僕が言うと、ギーシュは「うん」と答え、彼の横に銜えていたタバコに僕のタバコを当て火をつけた。








後書き
ここで一巻分が終了です。
振り返ると、フーケのところをもっと細かく書けばよかったなぁと。
フーケの行動がおかしいので、そこのフォローを優先しすぎた感が強いです。
修練修練ですね。



[15301] 女性に会ったら
Name: oki◆2fcd534b ID:8c454731
Date: 2010/03/23 00:32
特に何かある、という日でもなかったので、僕はいつもどおり人が少なくなった頃を見計らって昼食をとっていた。
相変わらずの量に辟易していると正面に誰か座った。
前傾していた体を上げた。
姉のグリッドだった。
「なにか、御用ですか?」
会いに来る間隔がいつもより近かったので、つい尋ねた。
「御礼に来たのよ」
「御礼?」
少し考えて思い当たった。
その様を見て取り、姉さまは続けた。
「昨日、ポルチェから届いたわ、自分も買って貰ったっていう手紙を添えてね」
少し前の、虚無の日を思い出した。
朝早くラグドリアン湖を出た後、トリスタニアでポルチェと会っていた。
その際、ポルチェと姉さまにブローチを買った。
「あなたも、口では気の無いふりをして」
呆れた、と言外に言われた。
「だって、姉さま、あなたから渡された手紙ですよ。渡されてから一週間ですよ。
時間と場所だけ書いてあって、待ってるから、って書いてあるんですよ」
おかげで前日、早退までした。
「会わなければ良いじゃない。物を買ってやらなきゃ良いじゃない」
そう、姉さまは言うけど。
「来ないと、2日でも3日でも待ってるって、もし本当にやったらどうするんですか。
それに、買ってあげたんじゃないんです、強請られたんです」
「同じことよ」
訴えも一言で切り落とされた。
「あんまりだ」
肩が落ちた。
どうも、僕は姉さまと、小さい頃に姉のように接していたポルチェには勝てる気がしない。
実際に勝とうと思えば、たかが田舎の貴族の娘とその使用人、簡単なんだけど、負け癖というか負けることを楽しんでしまっている気がしてならない。
「それと送られた物についても不満だわ」
「なんでしょう?」
「なんで私のはトリスティン製で、ポルチェのはゲルマニア製なの?」
つい、「えー」と声が出てしまった。
値段にしたら、はるかに姉さまの方が上なんだけど。
「少し安くなったとしても、ゲルマニア製の方が良いわよ」
「だって、姉さまはトリスティン内でお嫁に行かれるでしょうから、トリスティン製の方が無難かなと思いまして」
多くは無いが、トリスティンに強い愛国心を持つ者もいる。
彼らは、服装に、極端な者になると、口に入れるものまで他国の物が入るのを嫌う。
「良いのよ、私はどこに嫁いでも、後はドナに任せるから」
愛国心の強い者は大体、老人、古き時代を知ってる者、往々にして嫁ぎ先の最終決定権を持っていそうだから、そういう人に嫌われないようにと思って。
「飾りの一つや二つ、隠すくらいできるわよ。
これからは、そんな気遣いは無用、良いわね」
「はい」
なんで、気を使って怒られているんだろう。
そして、遠まわしに催促もされた気がした。
「じゃあね」
言いたいことを言い終わったらしく、席を立った。
「嬉しかったわ、ありがとう」
顔だけこっちを見せて、少し微笑みながら言い残した。
僕は食事を終わりにした。
ワインを一口飲み、また、なんか送ろうかなと思っていた。


食堂を出たところで、キュルケに会った。
どうやら彼女は僕を待っていたようで。
「だって、女性と話しているところで話しかけるなんて無粋でしょう?」
そう気を使ってもらうのは嬉しいけど、それは積極的なキュルケからすると僕は魅力的ではないってことで、ちょっと微妙かな。
「で、何の用?」
立ち話もなんなので、また食堂に戻った。
僕が紅茶を頼むと、キュルケも、同じ物を、と頼む。
ワイン好きのキュルケにしては珍しい行動で、なんだろうと思った。
「あなた、いつも変わった物を飲んでるから、味に興味があるの」
「期待に応えられるかは分からないけど、一番採りだから香りは保障するよ」
値踏みされてるような気がして、軽く逃げを打った。
舞踏会での、どれだけ男性に囲まれたから、どんな男性がいたかを聞いているうちに、紅茶が来た。
小さなパイを付けてくれた心遣いが嬉しい。
「いい香りね」
カップに鼻を近づけて、キュルケは満足といった感じで言った。
がっかりさせなかったようで良かった。
「ルネも来れば良かったのに」
「舞踏会に?嫌だね、人にぶつかって、迷惑をかけるだけだろ」
「嘘、嘘、ギーシュから聞いたわよ」
ギーシュの名前が出たことに、少し驚いた。
彼とは付き合いが長いだけに、色々な部分が知られている。
一応、言うな、とは言っておいたけど。
「あなた、実はダンス上手いんでしょ」
腕を組んで、胸を持ち上げるようにして、腕をテーブルに置いた。
たぶん、ギーシュは、これに負けたんだろうなと思う。
「周りに十分に空間があれば大丈夫だって、言っていたわよ」
「大丈夫だとしても、迷惑かけるかもしれないからさ」
「ええ、でも、行っても構わないわけでしょう?シェリーもいれば、歩き回る分には問題無いし」
随分聞いてくるな、と思った。
「で、結局、何が聞きたいの?」
一々、空中に浮かぶ黒板に書かれた事柄を確認するように、指を立て、話しているところを割って入る。
キュルケは、少し面食らった顔をした後、すぐさま、話が早いとばかりに。
「ルネって、実家が資産家なの?」
これには、僕が面食らった。
「なんでまた、そんな話?」
聞くと、キュルケは話始めた。
きっかけは、良いとこの娘だそうな。
その子も僕同様に紅茶好きで、食堂内で、メイドが僕に運んでいる紅茶を何の気なしに見たそうだ。
見た紅茶の色でその紅茶の質に気付き、運ばれた先にいた僕に興味を持ったらしい。
メイドに頼んで葉を見せてもらいまでした結果、とても田舎の貴族が買える物ではない。
かといって、ゲルマニアの名家の娘、キュルケに聞いても、中央でフランツ家なんて知らないという。
ということは、政治関係ではなく、商業関係だなと思ったそうで。
そこまで聞いたキュルケは直接聞きに来たらしい。
ギーシュにも聞きに行ったようだが、ギーシュにその辺のことを言ったことは無いから知らないだろうな。
「で、どうなの?真実は」
キュルケは楽しげだ。
「そんな噂が出回ってるなんて」
「女の子の中でだけの噂よ」
女の子の中だけ、とすると
「ルイズも知ってるの?」
「ルイズは知らないわ、あの子は隠し事が下手だもの」
やっぱりね。
「そんな噂、どうだって良くない?」
「あら、ルネって結構人気あるのよ、舞踏会だって、踊ってみたいって言ってる子もいたわ」
「物好きだね」
「あなたって、同学年の男子と比べたら、飛び抜けて大人っぽいわよ。いつもギーシュやルイズといるせいで、誠実そうだし、冷静で面倒見も良さそうだし」
僕が誤魔化そうとしているのに気付いて、どうなの?と更に来た。
「降参、言うよ」
どうあっても聞きだしたいらしいので、仕方なく僕は言った。
父親はガンツという長くゲルマニア国に勤めていた人で、ガンツ自体はキュルケは知っていた、親が言っていたのを聞いたらしい、それが引退をして、長く勤めた功労から田舎に領土、年金を与えられている。
だから、小遣いは、普通の田舎貴族の息子以上の、しかも年をとってからの子なので更に、金はもらっていること。
僕はそれを社交場に行かない為に装飾やら服を作ることも無く、こうやって嗜好品にばっかり使っていること。
フランツは、父はもう引退して表舞台に出たくないようなので、母親の方のファミリーネームを使っていること。
社交場に興味が無いのは、もう嫁はいるし、別に偉くなる気も無いため。
「納得いただけましたか?」
「そうね、もう奥さんがいるっていうのは衝撃的だったわ」
僕が苦笑交じりにいったことに、キュルケは言葉の内容だけは驚いた風だったが、顔はやっぱり、といった表情だった。


僕は、逃げるようにして食堂を出た。
妻のことを知っても、将来性無いからと言っても、気にしない子はいるからと、学院にいる間だけでも良いからと思う子もいるからと、名前まで出しそうだったので、逃げた。
とりあえず、言わないでとは言っておいたけど。
実際、嘘半分、真実半分だったんだけど。
妻とガンツに関しては本当。
ガンツ、真実は養父なんだけど、彼は珍しく失脚することも無く長くゲルマニアという国に仕えていた人物で、閣下がもう年だった彼を丁度良いと僕の養父にし、領地と共にくれた。
ガンツは優秀であるが、それ以上に真面目であり、法を厳守した。
主に対し、諫言をするわけではなく、かといって手も抜かず、だからといって、国民を虐げるわけではなく、上手く金を国から出させたり、私財を出すこともあった。
根回しは政治である以上するが、他を蹴落として、直接言うなら暗殺することも無く、有体に言えば、主人ではなく家名に仕える良い執事だった。
皆がガンツを思想も野望も無い人だと思い、王が代わっても使われ続けた。
ゲルマニアには国風からか、こんな人物は珍しい。
それが目に留まったか。
現在、ガンツは同じ真面目なロックと共にする庭弄りが楽しいらしい。
既に結婚はしているが、子供はおらず、夫婦共々僕よりリンの方を可愛いがるのが、なんとも。
腹違いの兄弟とか言っていた僕のせいもあるんだけど。
金に関しては、ガンツも年金を確かにもらっていて、それに頼った時期もあったが、今は自分の稼ぎで遣り繰りしてる。
ゲルマニアの職人の腕に目をつけて、それを集めて集団にして流通ルート作ったら面白いんじゃないですかと言ったところ、お前がやれ、と閣下に言われて、やった。
職人一人説得するのに一ヶ月毎日説得に通ったり、手抜き作業をやらされると勘違いしているのを根気良く仕事内容を説明したりした。
僕は、職人ってそういう人たちだと思っていたので、仕方ないと思っていた。
後で同じようにして回っていた人に聞いたら、馬鹿じゃねえかと言われた。
金で転ぶ人から回ったらしい。
結局、そうやって簡単に転んだ人は、今現在大きくなったそういった流通ルートを真似したところに引き抜かれていくらしい。
もう責任者からは外れ、たまに来る仕事をぼちぼちこなしつつ、彼らからするとちょっと代わったアイディアを出したり、外からの監視をするような仕事をしている。


部屋に向かう途中で、タバサに会った。
本を抱えて、後ろにきゅいきゅいと鳴く竜を引き連れていた。
それを見ていて、先日の舞踏会の夜のことを思い出して、「タバサ」と呼んでみた。
こっちを見たので、近寄り聞いてみた。
「知らない」
そっけなく言われ、僕が二の句に困ると、話は終わったとまた彼女は歩き出した。
僕も部屋に向かうことにした。


さらに洗濯物が入った籠を持ったシエスタを見かけた。
僕を見て、頭を下げてきたので手を振って応えた。


部屋に戻ると、リンの他に、ルイズとサイトがいた。
ルイズは椅子に座り、ワインを飲んでいた。
リンはルイズの傍に立ち、サイトは床に転がされている。
「なにか用?」
と、言い終わる前にルイズは荒々しく立ち上がった。
「何か用?じゃないわよ」
言いながら僕に詰め寄ってきた。
「なんで私の使い魔と、マルコリヌが仲良くなってんのよ」
そう言われればルイズの怒ってる理由は分かるけど、そんなに怒ることかなと思った。
「マルコがサイトと仲良くなっても問題ないんじゃない?
ルイズの使い魔が受け入れられているわけだし」
「サイトに続いて、あんたまでマルコって呼ぶのね、あんなのブタで十分よ」
さらに逆鱗に触れたようだ。
「そんなにマルコが嫌い?」
「嫌い?嫌いってもんじゃないわよ、あんのブタ、サイトに挨拶しといて、わたしには一瞥をくれただけよ」
「あー」
納得した。
マルコのやつ、話すと悪口を言うからって、話さない手段に出たらしい。
「サイトに聞いたら、あんたの部屋で飲んだのがきっかけって言うじゃない」
サイトの様子からすると聞き出したというか、言わされたようだ。
「何の話をしたか、言いなさい」
それでも、マルコの言ったことは言わなかったらしい。
良く頑張った。
そう思いながら、サイトを見ると、傷だらけで息も絶え絶えだった。
多分、言ったらとばっちりで自分に来ると思ったんだろう。
生命の危機からの判断らしい。
「言えないような話をしたの?」
とうとうマントの首元を掴まれた。
助けを求めて、リンを見た。
自分の方を見ていると気付くと、リンはふぃっと顔を反らした。
リンも大方どんな話をしたか気付いているっぽいので、女性としてなのか、助けてくれないらしい。
「ギーシュの話になって、マルコもサイトを認めて、みたいな話からね」
ルイズが眉をしかめた。
良かった、とりあえずは聞いてくれるらしい。
「それで、サイトは付き合いも短いし、すぐ仲良くなれたけどね、ルイズに関しては、一年くらい馬鹿にし続けてきたからさ、変え辛いんじゃない?」
「あいつがわたしに?」
ルイズは少し考え込んでいる様子を見せた。
「だってさ、いきなりマルコが、やぁルイズ、いい天気だね、ははは、なんて変だろう?」
「確かに嫌ね」
「だからさ、少し様子見たらいいんじゃない?」
「そうね」
切り抜けた。
そう思って、胸を撫で下ろした。
「でも、それとこれは別」
「えー」
自分でも分かる情けない声を出した。
結局、僕の部屋での飲み会では人選をきちんとすることを約束させられて、サイトを引き摺りながら帰って行った。


「疲れた」
僕は、ルイズの座っていたところに座った。
「自業自得です」
リンは僕の分のワインを置くと、自らの仕事のために自らの席に向かった。
肩をすくめて、その姿を見送る。
自業自得?とシェリーに顔を向けて尋ねると、彼女も僕の肩を飛び立ち、置かれた花瓶の花に向かう。
シェリーもか。
僕は立ち上がると、タバコを吸うために手探りで窓際に向かった。





後書き

特に内容も無い感じで。


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