Side,斎賀洞爺
週末の昼下がり、山のように積み重なった書類との戦争である戦後処理に駆り出され多忙な日々も終わったつかの間の休日。
長い戦いだった、喚き立てるバニングスをなんとか宥めて表向きの事情で説得し終えて終わりだと思いきや帰り際に忍ちゃんに捕まり、
ペンと文字と紙が机の上で乱舞する事務室という名の戦場に放り込まれ、待っていたのはコーヒーとボールペンを片手に無限に湧き出る書類と戦う孫達と事務員。
まさかここでもやらされるとは思わなかった、昔からこの手の書類は面倒な上に数が多くて手間が掛るから厄介なことこの上ない。
やってもやってもどんどん増える書類の山を見た時の絶望感ときたら、アメリカ軍や中国軍を相手にしている方が幾分かマシと感じる位だ。
なんで俺がせねばならんのか、部外者にやらせるんじゃないと愚痴に愚痴を重ね、不器用な手つきのあの子達を指導してやり、
回ってきた関係ない書類を回した孫に返し、性懲りもなく回してきた宇都宮に罵詈雑言とコーヒーを付けて突っ返す日々。
誰もが机の上で死んだように突っ伏していく中で足掻き切って、全てを捌き切りようやくこの暇を手に入れたのが昨日の夜中だ。
部下もおらず勝手の解らない中で訳のわからない書類に翻弄されながらもやりきった俺は、我ながらよくやったと思う。
ちなみに何故やらされたのかという理由はさっぱりわからない、愚痴っても結局はやらされたのだから解らないとしか言えない。
これならメンドクサイの一言で仕事を押し付けてくれた方が気が楽だった、少なくともアイツは本気で面倒くさがっていたからな。
それもそれで迷惑千万なのだが、変に勘ぐらないで済む。特にあの子の事は俺もまだ完全に理解していないから気を使う。
こんな後味の悪い仕事後の休日はいつもなら家事の手伝いするか趣味を手慰みにのんびりするか、娘と遊ぶか、畑の手入れを手伝うかして気を紛らわすか。
はたまたアホや馬鹿力に引っ張りまわされて結局うやむやにしてしまうのがいつものことだ。
それが日常だったはずだが、今日は熱の籠った自室であるものを作っている。魔術云々には素人の我ながら妙なことをしていると思う。
術式を書いた紙型に手を乗せて魔力を流し、術式の中心にあるあるモノに注ぎ込むのだ。慣れない作業だ、頭がガンガンする。
今までちょくちょくやって解ったことだが、どうやら俺と魔術・・・いや魔法?どっちでもいいか。とにかく殺人的に相性が悪いようだ。
基本の肉体強化や念話程度もまともに出来ず、何かにかけて体が悲鳴を上げる。これではせっかくの特別製も宝の持ち腐れだ。
まるで二日酔い・・・いや、魔力酔い?ともかく痛い、苦しい、吐き気がする、視界が変に歪むし口の中が痺れる、症状は一定しないし防ぎようが無い。
平時ならばこれ位どうという事は無い、その程度の苦痛を帳消しにしてもおつりがくるくらい魔術と言うモノの価値はある。
だが戦闘時にこれは致命的な欠点だ、高いとはいえ命を引き換えに出来るほどかというならばそうではない。本領を発揮できない技は戦闘では足枷でしかないのだ。
「俺がこんなモノに手を出すとは・・・」
紙の上の『物』が完成したらそれを取り出して脇に置いていた機械をつかみ苦笑した。
普段ならこんなものよりも銃弾を作る方に力を入れるのだが、そんな事も言ってられん状況だ。
最初はただの暇つぶし、次は久遠のため、今は高町も加えて二人のためにこれを作る。
まだまだ、試作段階で実戦投入はできない。まだ時間が必要だ。おそらく、事件の最中には間に合いそうもない。
「まだ駄目だな。少なくとも――――」
電話のベルが鳴った。いったい誰だろうか?
「はいはい、今行きますよ・・・」
自室から出て、居間の買い換えるつもりだった電話の受話器を取る。相変わらずの黒電話、バニングスには驚かれたものだ。
一応最新型のも買ってあるんだが、このごたごたが終わらない限り取り付けられるのはまだまだ先になりそうだ。
最新型といえばテレビもか、今は久遠が見ている箱型テレビも斎新型の薄型液晶に切り替えるつもりだったが箱から出してすらいない。
「はい、斎賀です。――――なんだ君か。何か用か?」
月村だった。ここ最近幸運なことに事があまり起きていない、何か成果が無いか聞く気か?あの子らしくも無い。
月村家での戦闘記録を見て相当引きつった表情をしてくれた忍ちゃん達だが、今はジュエルシードの解析にご執心と聞く。
いつの間にか回収した次元輸送船の一部にも手を出しているのに凄い意欲だ。俗に言う、マッドサイエンティストという奴だろう。
新しい技術を目にしてあそこまで目の色が変わるのは驚いた。鈴音は姉妹揃ってかなり機械が苦手だったのだがな。
今となっては俺も同じようなものだが、せめて久遠並みにパソコン使いこなしてぇ・・・
「え?―――しかし悪いだろう―――別にいい?――――――あいつらも来いだって?ふざけるのも大概にしたまえ―――
嘘じゃない?だが―――いや、予定はないのだが――――だがな―――はぁ、強情なのだな――――まいったよ。
日時は?――――了解、ではその時間に久遠を家の前に――――俺か、いや俺は辞退させてもらうよ――――
は?おい待てバニングス!何故月村の電話にお前が?―――――なに?どうでもいい?まだ話は――――くそ、切ったか。」
良いから来いだと?勝手なことを言いおって・・・・俺は電話を切りため息をついた。時計を見る。いまだに午後1時。
『――――続いて、海鳴市で発生した大規模ガス爆発事故について、当局は今朝記者会見にて全く問題が無かったと改めて発表されました。
専門家による検査の結果、ガス爆発の原因は外部からの強い衝撃によるものと――――』
「とうや!くおんたちてれびでてる!!」
いつものごとくお気に入りの狐色の和服を着た久遠はテレビを指さして無邪気にはしゃぐ。確かに、現場を見に行った時の俺たちが野次馬に紛れてテレビに映っている。
ほんの一場面だが、久遠にとってはとても嬉しいことなのだろう。駄目だな、そういう風に思うのは。
「久遠、喜ぶのは不謹慎だぞ。」
「なんで?」
「例えば、久遠がもしこの事故で俺が死んだらどう思う?」
「・・・・かなしくてないちゃう。」
「そんな現場を写した映像に自分達が映っていて、それがテレビに流されて、自分達がテレビに映っているのに喜んでるのを見たらどうおもう?」
「・・・・・・・いや、おかしいよ、とうやいなくなっちゃったのに、よろこんでるのおかしいよ。ひどいよ。」
よしよし、俺が言いたい事はちゃんと解っているようだ。
「だろ?いいかい、この事件で、多くの命が失われた。それを忘れちゃ駄目だ。今、久遠が感じた悲しさの何倍も悲しい思いをしている人がたくさんいる。
その人達は、これからずっとその悲しさを背負って行かなきゃならない。そんな人たちが、自分が悲しんでいる原因を見て喜ぶ人間をみたら、きっととても怒って、悲しむだろう。」
俺が言えた事ではないかもしれんが、そんな言葉を飲み込んで俺は久遠に諭す。俺もつくづく糞野郎だが、娘のためだ。
「今度からはちゃんと気をつけなさい、分別を付ければ何も問題はないからね。」
「うん、わかった。」
「ちなみに今度やったらゲンコツだ。」
「げ、ゲンコツや~~!」
文字通り尻尾を巻いて逃げる久遠に、俺は少しばかり苦笑いした。やっぱり、俺って怖いのかな?
「・・・はぁ。」
煙草『ハイライト・メンソール』を取り出してマッチで火をつける。メンソールの香りが効いた紫煙が縁側に上る。
紫煙に目を向けながら俺は自身の運の無さを呪った。今更ながらこれでいいのかと思ったりもする。
セルゲイみたいにウォッカをたらふく飲みたい気分だ、飲み比べがしたいよ。十中八九、俺が先に潰れるがな。
あのうわばみは見てるだけで胸焼けする。奴の肝臓は鉄じゃない、黄金だ。アル中じゃないのが奇跡だよ・・・思考が逸れるな。
「はぁぁぁ・・・」
「どうしたのですか?」
振り向くと、私服にエプロン姿のナガンが洗濯籠を持って立っていた。さすが現役庭師兼メイド、お手の物だな。
ユーノや高町には俺が呼んだことになっている設定上、現在彼女は療養のため休暇を取って俺の家に居候中という事になっている。
まぁ、つまり彼女は月村家からの支援と監視役だ。俺の行動は彼女を通して逐一報告されているのだろう。
戦闘にも家事にも役に立つし、久遠は懐いているし別に構いはしない、こっちに銃口を向けさえしないならという前提つきだが。
別にこちらにはやましい事などまったくない、痛くない腹を探られるのは少々癪だが堂々としていればじきに解るだろう。
「いや別に。すまんな、家事の手伝いなどしてもらって。」
「いえいえ!大佐の家に居候している身ですので、これ位は当たり前です。それに、その・・・」
居候ね、ただの建前なのだがな。なんだかブツブツ言っているが、何かと独り言をつぶやくのはこいつの癖だ。
こいつと行動するようになってからまだ少しだが・・・なんだろうな。
元スペツナズと聞いたからもっと軍人らしいと思ったのだが、少女のような大人と言った方が正しい気がする。
言動といい性格といい、無理して軍人をしているような感じだ。ややつり目でクールな容姿とのギャップも激しい。
ウォッカも飲まないし娑婆っ気が凄い、やはり娑婆に戻ればすぐに娑婆っ気が付いてしまうか。俺も気をつけねばな。
娑婆っ気は適度に有る分は良いが、有り過ぎれば軍人として行動できなくなる。
「大佐じゃない、中尉だ。2回も殺す気か?」
「あ、失礼しました。所でさっきのお電話は?」
「月村からだ、次の連休に温泉旅行に行こうとさ。」
あんなになってまだそう立っていないのにもう町が活気立っているのと同じで、あの子達も例にもれず逞しい。
まぁ次の連休と言っても、俺達学生は無期限休学の真っ最中だ。ジュエルシード災害の影響で市内の学校全てが無期限休学に踏み切っている。
災害による校舎の損害、教職員の不足、避難所として使用するためなど理由は様々だ。今回は事情が事情のため、本来の非常事態対策が通用しない点も痛い。
おかげで他の子たちは転校するか塾で勉学を補っている状況で、あの子たちもせっせと塾通いに精を出している。
もちろん俺は行ってない、誘われたがさすがに断らせてもらった。それより大切なことが山ほどあるし、貴重な準備期間だ。
今の内に当面の作戦や行動方針を定め、補給経路の確保と武器弾薬の備蓄、火器の設置を行うのだ。
拠点の防衛力強化は今のところ思うように進捗していないが、物資の備蓄は予定通りに完了している。
これから戦闘は激しさを増すのは火を見るより明らかだ。今の内に備蓄しておかなければ、ナガンのような定期補給もない俺は瞬く間に武器も弾薬も消耗し尽くすだろう。
戦闘前の弾薬消費予測などまったく役に立たない、大抵それを超過するのだ。俺一人だとそれが顕著にわかる、これまででも3倍近く使ってるからな。
「温泉、良いじゃないですか。この頃中尉も探索でお疲れですし、行ってきたらどうです?」
「そうもいかんだろうが、ただでさえ今は敵がいるというのに。」
月村家の一件以来、俺たちはあの二人組にたびたび邪魔をされている。今のところ直接対決はないが、それもいつまで続く事か。
出来れば早めに本拠地を特定して、叩くのが理想だ。もしくはこちらから奇襲を仕掛けるか、敵が個人単位というのがやり辛い所だな。
何かしらの命令を受けて動いてるにしても、命令系統や指揮官の性格が解らない以上行動の予想ができん。
それに高町も相当頭を悩ませているのもまずい、あの異世界人が出てきて以来あの子は怯えが目立つようになった。
新兵に良くあることだが、克服しない限り戦力にならない。あの子の場合、寝込まない分厄介だ。
今のところ無理に前線に出ないように言いつけてあるが、あの子の性格ではそろそろ無断で突っ込んできてもおかしくない。
「それに敵はあの二人だけではない。ジュエルシードを狙って、過激派神職馬鹿が来るとも限らん。」
「ははは・・・たしか中尉カチあったんですよね。」
「しかも味方にも小言言われたしな。」
3日前だ、書類戦争の合間に高町と手分けして山の方を捜索していた俺は、突然西洋の甲冑を着た男女4人に襲われた。
後で解った話だが、どうやら月村家と敵対関係のある勢力の偵察部隊らしい。以前攻勢に出て返り討ちにあった、というかした勢力のモノのようだ。
そいつらを隊長格一人残して殲滅し、知っていることを全て吐かせた後連行しようと思ったら、間発入れず今度は巫女服を着た少女4人組の登場だ。
月村と友好関係にある神社の巫女さんだ、警備範囲を強化して過激派やその手の一波が来ないか警戒していたらしい。
手順を踏んで張った結界内である事をいい事に、遠慮なくドカスカ撃ちまくってしまったからかなり警戒された。
「反政府側魔女狩り一派の分隊を単身で殲滅・・・中尉良く生きてますね。」
「苦戦したんだが?」
瞬間移動したり、生身で飛んだり、斬撃が飛んできたり、お札が飛んできたり、発光する投げナイフが飛んできたり、
剣が伸びたり、でかくなったり、槍が長くなったり、何回死んだと感じたことか。
エーアリヒカイトの時もそうだったが、人間辞めているのは俺ではなくあいつらだと思うのは俺がおかしいのか?
「すぐにカタを付けられたと聞きましたが?」
「アホか、反応が一々大げさぁたたた・・・」
頭痛ぇ。魔術行使後にしばらく後を引くこの気持ち悪い頭痛は本当に慣れないな。
「はぁ、大丈夫ですよ中尉。お留守の間は私と祝融さんがジュエルシードを探索します。ユーノ君に封印のコツは教わりましたからね。
戦力もかなり充実しました。だめなら、何とか戦力を割いてもらうとかしますよ。」
「阿呆。戦力はあれで手いっぱいで、どこも余分な戦力など無いに等しいと君が言ったんだろう。磨り潰すつもりか?
封印もそうだ。相性が悪くて本来の効力を発揮できないんだろう?最終的には高町の力が必要になる。」
「定期的に掛け直せば旅行の間なんて軽いです、たぶん!」
なんだ、こいつは俺に行けというのか。俺は久遠だけ行かせるのにどうすればいいか相談しようと思ったのだがな。
まったく、早くしないとバニングスが勝手に話を進めてしまう。あの子の方がよっぽど鈴音に似ているよ。
「なんだか気乗りしてないようですね、まさか断るつもりで?」
「久遠は行かせるつもりなのだがな、俺まで行く必要はなかろう。」
彼女達も、まさか幼子に何かする訳でもないだろう。しようと思っても無理だろうが。
「そんな、中尉は戦いっぱなしじゃないですか。休みも必要です。それにあの子たちが悲しみますよ?行ってあげてください、お友達なのですから。」
むぅ、あいつらを引き合いに出すか。だがなぁ・・・
「友達、ね・・・・」
チクリと胸が痛んだ。あの子たちが元気に遊んでいる所を見ていると笑みを浮かべずには居られない。
あの子達に声を掛けられるたび、あの子達が笑ってくれるたび、嬉しくて、胸の奥が熱くなって今でも泣きそうになる。
だが俺は彼女達を騙している、まったくこういうときこの身体は不便だ。嫌というほどに自分という存在の異様さを認識させられる。
・・・・・子供を戦場に立たせている大人が言う言葉ではないかもしれんが。こんな体でなければ、と考えずには居られない。
「しかし俺が抜ければ人数不足な上に戦力不足だぞ。そんな状態で戦うなど自殺行為だ。戦闘を限定しても、到底無理だな。」
俺の実力を過信している訳ではないが、現状戦闘可能な部隊の総勢は68名、宇都宮率いる戦闘隊54名とメイド隊14名の混成部隊だ。
当初の動員人数の半分に割り込んでおり、戦争ならば戦力として成り立たない位消耗してかなり厳しい状態にまで陥っている。
さらに言えばメイド隊は基本月村家本邸の警護と月村一族の周辺警護が主任務であり、このような対策は本来専門外だ。
本来ならば来るらしい友好関係にある勢力からの増援も期待できない、なぜなら敵対勢力との緊張感が張り詰めてきているからだ。
支援や補給があっても増員が期待できない以上、やりくりは慎重にならざるおえない。そのやりくりも、部隊員全員が各自の役割を確実にこなしているからだ。
「それにこっちの敵対勢力の動向もきな臭いと聞いてる。そっちでは有名な二人組が海鳴に入ったらしいじゃないか。」
確か忍者と魔術師の少女二人組、どっちも諜報に長けた凄腕の偵察員と聞いてる。しかも魔術師の方はシングルアクションだったか?そんな通り名が付いている位だ。
しかも実力が伴っているらしい。若いヤツに負ける気はまだないとはいえ、相手は常識が通じない魔術師と忍者だ。とてもではないが撃ち合いたく無い連中だ。
「大丈夫ですよ。」
「君は現代の一木支隊になるつもりか?相手の火力は馬鹿にならんぞ。」
例え文字通りの一騎当千であっても、相手の方が数を上回ればそれは無意味だ。戦いは質も必要だが、何より必要なのは数だ。
一人でも多ければ作戦の幅も違ってくる。あの子の技量はまだまだだが、あの火力や機動性に太刀打ちするには数と作戦しかない。
「中尉、それではなのはちゃんはどうするのですか?」
ナガンのメガネに光が反射し、エメラルド色の瞳がしっかりと見据えてくる。高町?あの子はおそらく行くのだろうが・・・・あ。
「そうか、そう言う考えもあったか。つまり高町達が狙われる可能性もあるか。」
「その通りです。」
「抜かったな・・・すっかり失念していた。」
今高町の所持するジュエルシードの数は5つ。もしかすると、それを狙ってくる可能性もない訳ではない。
そうなった場合、あの子はあのフェイトとアルフとやらに勝てるのか?勝率は低いな。
彼女は化け物相手にはそれなりに経験を積んだが、対人戦闘経験に関しては皆無だ。
今までも、結局は遺伝的には運動神経抜群の体と類稀な才能に救われていただけの事。
ユーノの指導のもとで修行に励んでいるようだがおそらく間に合うまい。
「ついでに忍ちゃん達の護衛も含めて行ってください。そうすればみんなも満足して一石二鳥です。」
「確かに。しかし問題はないのではないか?エーアリヒカイト姉妹と士郎さんがついているのだ。」
正直、襲って来ても士郎さんが一瞬でカタをつけそうな気がしてならない。あの人は強い、特に守りならば無類の強さを誇るはずだ。
そこにあの姉妹も加わればほぼ完璧だろう。妹は未知数だが、姉は実戦不足な事を除けば中堅以上の実力がある。
一緒に仕掛られたら、あの二人組は瞬く間に御用となるに違いない。その場合、高町に魔法が家族にばれている事が知られる訳だが仕方ないだろう。ついでに月村関係もばれるか。
「ミッドチルダ式魔法を使う未知の魔術師、何をしてくるか解りません。
それに警戒網を抜けた刺客が居ないとも限りませんし、いざという時にご家族に魔法がばれるのはなのはちゃんが困るのでは?」
確かに、あの子は魔法について家族に話す勇気をまだ持てていない。話した所であの家族は大して衝撃も受けそうもないが、そこは個人の問題か。
いや、逆にばれていることを知ったあの子達が取り乱すか?それはそれで面白そうだが、まだ楽しめる状況じゃないな。
「そうか。解った、行くとするか。」
温泉か、そう言えばしばらくぶりか。しかし護衛兼警護任務だ、気が抜けんな。鈴音の孫にその友人達だ、傷ひとつつけるものか。
「装備を用意せねばな、万が一にも備えたい。」
だがどうするか、私服に申し訳程度の装備では苦戦することは目に見えている。今回は確実な援護もない以上、装備の選別は慎重にせねばなるまい。
「なら早速用意しましょう、すぐに商人と連絡をつけます。よほどの物でなければ明後日には届くでしょう。」
「いやいや待て待て。」
膝立ちで歩いて電話から受話器を取って番号を押しだすナガンの手から受話器をとり返して戻す。
「土倉にあるから心配はいらん。」
確かワルサーとサイレンサー、ステンがあったはずだ。あれともう少し装備を見つくろえば事足りるだろう、あれは見かけによらずとても優秀だ。
「ですが、やはり新式のサイレンサーや銃などがあった方が心強いですよ。」
「そんなものを買う金など無い。」
いくら金に余裕があると言っても限度はある、特に現金に関しては桁が違うとはいえ有限だ。無駄遣いしていてはすぐに底を尽きる。
ただでさえ学費や給食費、その上日々の生活費や光熱費に食費などで減っているというのに。
地下金庫の金塊などの貴金属類を売ればそれ位の金は簡単に捻出できるだろうが、何を血迷ったのだ爺さん。
俺にそんなツテがある訳ないだろう、そもそも金塊担いだガキってなんだ?どれだけ俺を不審者に仕立て上げるつもりだ。
それに急に新式を装備しても、使いこなせねば意味が無い。どこかで訓練でもしなければ、訓練しなければ使いこなせない。
「なら、私が買って中尉にプレゼントしましょう。そうすれば中尉の懐は痛みません。」
「随分と季節外れで高くて物騒な贈り物だな。」
「嫌ですか?」
それ以前の問題だ。まったく、こいつはなんでこうも純粋なんだろうか。ため息が出る。
どういう訳か、コイツからは邪な考えは伝わってこない。あるのは純粋が義務感や好意、隠し事してるのは丸解りなんだがな。
それも何か害を成すようなこととは考えにくい、少なくとも俺をどうにかするという気持ちは無い。それが少々扱いにくい。
「とにかく、今はそんなものを買う余裕などない。」
「ならプレゼントで、早速――――」
「却下、物はある。何とかする。」
もういい、何もするな。だんだん頭が痛くなってきた。マッタク、どうして君はオレをコマラセルのかネ?
「あの、目が怖いですよ中尉。」
君の所為で堪忍袋が膨らんできてるんだ。まったく、中尉中尉中尉と・・・妙に親しみを込めて呼んでくる。
これが男だったら少しはマシだったのに、この頃妙に女性と縁があるな。俺は男色家ではないが、軍が恋しくなってくる。
「あの、中尉?大丈夫ですか、中尉?」
「なぁその中尉という呼び方はどうにかならんのか?斎賀で構わん。」
「でも、呼びやすいので。」
「呼びやすいって・・・・まぁ、それなら構わんがね。」
階級程度は問題ないか、なぜか俺の周りは異様に順応性が高い。バニングスちゃんがその例だな。
「あいつらが見たら笑い転げそうだな、傑作だ。」
煙草を咥えたまま呟く、こんな面白い状況などめったにない。あいつには絶対見られたくない状況だ。
「あいつら、お友達ですか?」
「そうだな、ちょっと遠いとこに行ってしまった親友たちだ。」
あいつらなら、きっと笑い転げてくれるだろう。そんでもって、呼んでもいないのに駆けつけてくれるだろうな。
さすがに今は来てくれないようだが、来てくれたらどれだけ頼もしいことか。
「やりきらねばな、関わってしまったのだからやりきらねば男がすたる。あいつらにも怒られてしまうよ。」
「そのとおりですね。」
煙草を灰皿に押して付けて火を消し、背伸びをしてから首をぐるぐる回す。時折、パキポキ音が鳴る。
「どうだ?洗濯が終わったら格闘訓練しないか?」
「格闘訓練ですか?いいですよ。」
元スペツナズ曹長、相手に不足は無し。勝率は6戦3勝1敗2引き分け、こいつの動きはヌメッとしていて読みづらい。
こいつは性格がこれだが腕は確かだ。射撃、格闘などの戦闘能力と状況判断力はさすが特殊部隊上がりといったところか。
「さっさと洗濯を終わらせよう、俺も手伝う。」
「ありがとうございます。それじゃ、先に行ってますから。」
「うむ、すぐ行く。」
部屋を片付けて、手を洗ったらな。
第9話
日本は今連休真っ盛り、どこかへ出かける人も多いこの時期だ。旅行など行ってもおかしくはない。
海鳴市も、最近大きな事故が起きたがそれにもめげず連休に入ってからとても活気づいている。
故に、洞爺はこの状況にため息ばかりだ。この連休、高町一家とその友人たちで旅行に行くのだ。
車2台に分乗しいざ海鳴温泉へと向かったのだが、高町士朗が運転するこの車は女率が非常に高い。
まぁ、月村忍が運転する車も恭也以外は全員女だが大人しい部類なので問題外だ。
問題はこっちの女どもである。高町桃子は助手席に座り、美由希は2列目の席でユーノと戯れる。
これはまだいい、だが問題は3列目、つまり最後尾でハイテンションを維持しまくる4人娘たちだ。
某スタイリッシュ弁当争奪バトルアニメのオープニング曲を熱唱するアリサと久遠の二人組、それにノリノリで相槌を打つすずかとなのは。
なのはとすずかはともかく二人は完全に酒の入ったテンションである、絶対飲んでいる訳が無いのだがどう見ても居酒屋の喧騒に混じってそうな勢いの声だ。
{見ている分には、いいのだが・・・・}
「・・・良い天気だなぁ。」
空が青い、最後尾の左側の隅っこに座って窓から空を眺める。森が美しい、眼下に広がる森を眺めながら思う。この美しい景色を見ていると心が洗われる気分になる。
{ああ、どうかこの状態を守りたまえ。}
「何やってんのよ洞爺。こっちに来なさい!!!」
服の首根っこをつかまれて、洞爺はアリサによって窓から引きはがされた。神は洞爺を見はなしたようだ。
めちゃくちゃハイテンションな4人組は洞爺を手放す気はないらしい。茶色のジャケット姿の洞爺は一人異様である。
そもそも男性が12人中3人というのもおかしな話なのだ。ちなみに動物は勘定に入れていない。
「あんたってばまたジャケットに鉄板仕込んでんのね、重いのよ!!」
「なら引っ張らなければよかろう。」
「うっさい、みんな!」
「「「はーい!」」」
「・・・・なんで脱がされる。」
こいつらを止めてくれ、とうふふと笑っている美由希と桃子にアイコンタクトをとる。しかし彼女らもまた共犯なのである、止める気はさらさらない。
ハイテンションな娘どもに押しつぶされる洞爺を見ながら面白そうに笑うばかりだ。
{まぁ、高町も楽しんでいるから良いか。}
なのはにちらりと目を向けるがその本人は普通に笑っているだけだ。あのフェイトという魔導師と遭遇から、彼女はこのところ戦闘を躊躇するようになって悩みっぱなしだった。
その様子は見ているだけでも痛々しいと言えた、なまじいつもの彼女を知るだけに余計に心苦しかった。軍人ならばだれでも必ず通る道だが、彼女は軍人ではなく一般人なのだ。
きっと、ユーノからの言いつけでもあったのだろう。美由希の肩の上でユーノが笑っている。顔には出さないが笑っている。なのはがハイテンションなことへの安堵と洞爺への嘲笑の混ざり合った笑いだ。
{地獄に堕ちろ、ユーノ。}
久遠に抱きつかれながらユーノを呪う。今すぐ車から放り投げようか?美由紀の胸に抱かれて撫でくり回されるそいつの姿に本気で思い始めた。
自分は何のために来ているのだ?忍やなのは達の護衛任務である、軍務ではないし給料もないが仕事である。
その中にこのフェレットもどきは入っているのか?悔しい事に入っている、本当に悔しいことに。
{こんな調子で大丈夫なのだろうか?}
正直かなり不安だ。主に自分の今後について。
「とうや、あそぼ!」
「何してあそぼっか?」
「げーむたいかい!ぷよぷよ!!」
洞爺を巻き込んで5人子供{少女4人と男一人}の車内の暇つぶしが始まった。少女達は携帯ゲーム機で大はしゃぎだ。
その30分後、全敗ぼろ負けで一人だけ誰にも勝てない有様の洞爺は悔しさにうなだれて呟いた。さすがに全戦全敗は堪える、子供相手だからなおさらだ。
「なぜだ?なぜ勝てない?戦術は完璧だったはずだ・・・・」
「ま、まぁみんな苦手なのもあるし、そんな風に落ち込まなくても。」
1回も勝てない自分が不甲斐無く窓際で沈む洞爺に、すずかが慰めの声を掛ける。
そう言う彼女も洞爺を完封し、さらに全員に勝った強者なのである。そんな彼女に慰められても虚しいだけだ。
「だって、とうやよわいもん。」
「なんというか、やってることはあってるとおもうけど、リアルを求め過ぎ、かな?」
久遠となのはにぼろ糞に言われる洞爺はなおさら沈む、面目丸つぶれも良い所である。
そんな彼にアリサはニシシと笑い、二つ折りにされた小さな紙がたくさん入った袋を差し出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
温泉宿についた一行は、ひとまずそれぞれの行動に移った。
車から飛び降りるように出た4人は二手に分かれアリサとすずかは池へ、なのはと久遠は背伸びで体をほぐす。
女性陣は一足先に宿のフロントに行きチェックインなどの諸々を済まし、男共は荷物を背負って部屋へとピストン輸送。
洞爺もまた、戦闘装備が混じった荷物をせっせと部屋に運んでいた。
「うわ~。」
「おっきいね!」
池に泳ぐ錦鯉の大きさに感嘆とするアリサとすずか、山の空気を堪能するなのはとユーノ、うひょぉぉぉ!と奇声を上げながら芝生を駆けまわる久遠。
荷物をピストン輸送する男共と宿のチェックインをする大人の女性たち。いたって普通な光景であった。
そんな中で洞爺は荷物を運びながら周囲の地形やフロントの見取り図を記憶し、どこを警戒すべきかを調べ上げる。
自分がここに潜入するとしたらどういうルートを通るか、そして相手側が自分達の存在を知っていたらどんな行動をとるか、
その行動に対して自分はどう動くか、はたまた迎撃の際に自分はどう動くのか、
イメージの中で様々な状況を想定し、そして現実に備える。
{部屋は日当たりが良いが外は見晴らしのいい中庭、向かいに建物はなく狙撃に適している地形ではない。だがこの壁は小銃なら抜けるな。
右隣は空き部屋だが左は確か男女の二人組だ、注意するに越したことはない。寝るときはなるべく壁から離れてもらおう。
進入路は、最短では非常口を使うか屋根裏、床下だな。屋根裏と床下には借りてきたクレイモアをワイヤートラップで仕掛けておくべきか。
配置場所は部屋の周囲、感度は通常よりやや重めにした方が良いな。鼠かなにかが引っかかっての誤爆は避けたい。}
輸送を終えて地図を広げる洞爺は、部屋に一人であるのを確認してからさまざまな色のボールペンでパンフレットの見取り図と手帳に注釈を書いて行く。
さらにここ周辺の詳細な地図(2400円、消費税込み)を取り出し、温泉の位置を確認して記憶したジュエルシードの拡散範囲予測区域と照らし合わせる。
{ジュエルシードの拡散予測区域からは外れている。となるとこの地域を確認しに来る可能性はないはず。
だとすれば来た時は襲撃かそれとも話し合いか。いや、そうでない場合もありうる。
ここは温泉宿、さらに拡散区域にも接していない。つまり奴らも休養目的で来るかもしれない。}
やはり予想が付きにくい、手帳にカリカリとボールペンで書き連ねながら小さく吐き捨てる。
{地図通りなら野営ができそうな所は、南西1キロ先に一つだけか。後で確認する必要があるな。
この方角からの進軍とするなら、地雷で足止めできる。いや空を使うか、となると手の出しようが無い。}
中々いつものようにいかず、何度も書き直しては内心イライラが募る。足りない、なにもかもが足りない。
人員、火力、弾薬、情報、万全を期すための条件がそろわない。ここまでひどいのはガタルカナル以来だ。
しかも今回はそれ以上かもしれない、あそこでは何もかもが不足して飢え死にを覚悟したのも一度や二度ではないが打開する手段はあった。
ガタルカナルでは寄せ集めとはいえ戦力はあったし、信頼する仲間や友人もいれば、それなりの権限もあったのだ。
今はそれも全く無い、仲間や友人は皆戦争で散るか生涯を全うして逝ってしまったし、権限も全て失った。
どうするべきか、と悩んでいると突然肩に大きな手が置かれた。
「洞爺君、ちょっと肩の力を抜いたらどうだい?そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。」
「いやはや、温泉旅行は久しぶりなものでしてね。」
穏やかに応対しつつ手帳を胸内ポケットにしまい、お茶を一飲みする。
「でもそんな肩肘張ってちゃ楽しめないよ?もっとリラックスしなきゃね。」
「善処します。ですが今は自分より、娘さんの方を気にかけてあげた方がいいのでは?この頃疲れているように見えますし。」
「そうかな?」
士郎の反応がおかしい、洞爺は僅かに目を細め、柔和な笑みを崩さずに頷く。
「一応人を見る目はあるつもりでしてね。この旅行も、実はあの子を気遣ってのことでしょう?」
「・・・最近、元気が無かったからね。」
士郎の表情が僅かにひきつったのを洞爺は見逃さなかった。高町家と月村家が繋がっているのは既に承知の上だ。
恭也と忍が恋仲である以上当たり前と言えば当たり前な話である。
自分の娘のことを良く理解している癖に、と暗い感情が内心に沸き上がる。しかし言っても仕方のないことだ。
旅行気分で穏やかなこの空気をわざわざ破壊することもないだろう。元々彼と自分は生きてきた世界が違うのだ。
何も知らない自分が偉そうに言葉を並べても説得力など無い、無駄に関係を悪化させるだけだ。
「父親の鏡ですね。」
「あはは、照れるなぁ。」
皮肉なんだけどな、と内心付け加える。
「事実ですよ、彼女も自慢できるくらいにね。ちょっと縁側で風に当たってきます。」
洞爺はそれだけ言うと、一礼して逃げるように去っていく。その背中を見つめ、士郎は小さくため息をついた。
士郎は彼だけ一人だけ完全に戦闘態勢である事を見抜いていた。
みんな旅行気分だが、彼のそれはうわべだけであり心の底はいつでも戦いに備えている。
戦場で仕事をする人間としては喜ばれるべきだろう、だが今は違う。彼がここに居るのは仕事ではなく旅行なのだ。
それではダメなのだ。旅行は楽しむべきだ。でなければ、どこかで折れてしまいかねない。
「あれ?どうしたのお父さん、なんか難しい顔して。」
「美由希か。なんでもないよ。」
「ならいいけど。洞爺君は?」
「俺はここです。」
「おわっ!?なんで床下から!!」
ニュッと縁側の床下から首を出す洞爺。その表情は先ほどの軍人のものではなく、普段の柔和なものだ。
それでも子供の表情とはほど遠い、年老いた初老の男性を思わせる渋さがある。
「500円玉を落としましてね。これを諦めるのは、少々辛いです。」
「あ、そうなんだ。」
話だけ聞いていれば彼もまた旅行を楽しんでいるのだろう。だがそれが上辺なのは士郎には一目でわかる。
「美由希、もうみんな来るのかい?」
「え?うん、そうだけど。」
「なら、やはりあそこに行くべきじゃないか?」
「おっ、なるほど、少し休憩したら行きますか。」
士郎の問いに、美由希はにやりと笑う。ここはどこだ?温泉宿だ。ならば行くところは一つであろう。
卓球場?売店?それともカラオケ?断じて否!無論温泉に決まっているのである。
洞爺と久遠は恭也と同じく男風呂に、その他は女風呂へと直行だ。無論ユーノはなのはに抱えられて女風呂である。
士朗と桃子は夫婦水入らずで散策に行った。
≪助けてくれサイガ!!僕は男なんだーーー!!≫
≪ならば、自分の悪運を心から恨みたまえ。俺は生贄になる気はない。≫
≪頼む!!僕にお恵みをーーーー!!ヘルプミーーーー!!!≫
≪女にだかれて溺死しろ。≫
≪んな!?く、久遠ちゃんだね!久遠ちゃんにせがまれて言ったんでしょ!!≫
≪なんまんだぶなんまんだぶ。≫
洞爺はユーノの成仏を願いながら男風呂の暖簾をくぐる。ユーノからは断続的な断末魔の念話が聞こえ始める。
酷く耳触りだ、まだ魔術に慣れない自分ではこの無駄に強い魔力で発せられるこれを遮断する手が無いのが恨めしい。
温泉の脱衣所で洞爺は服を脱ぐ。久遠も服を脱ぐ。もう一度言うが男風呂である。そして周りは男祭りである。
普段の疲れをいやすサラリーマン。工事現場の親父。逞しい米国海軍海兵隊や陸自の皆さん。普通の大学生。老人会の爺さまたち。
ワイルドなツーリングの人たち。野球部の部員達。ドイツの日本観光客。そして家族づれ。
などなどのさまざまな職業のカオスが織り成す脱衣場である。
「あんちゃん、結構いい体してるじゃないの?どこの出身?」
「青森です。実家が農家なもんでして。」
良い体つきをした工事現場の親父が体育会系と思しき逞しい大学生に声をかける。
「It is not completed.At that time the towel fell, but it is, you don't take?{すまんが、あの間にタオルが落ちてしまったんだが取ってくれないか?}」
「OK―――Here you are.{OK―――どうぞ。}」
「thank you.」
マッチョな海兵隊の人が棚の間に落ちたタオルがとれないので身振り手振りで洞爺に言うと斎賀は悠長な英語で答えてタオルと取って渡す。ユーノの救援要請は無視する。
「洞爺君、英語がうまいね。」
「まぁ、気がつけばですね。」
恭也の感嘆した声を聞きながらシャツを脱いだ。肌があらわになり、その身にある傷跡が姿を現す。
銃痕と斬り傷、真新しい火傷の後、爆弾の破片を受けた傷・・・・戦場での勲章だ。ユーノはいまだ呻きわめく、まだまだ続きそうだ。
「坊主!いったいどうしたんじゃその傷は!!」
突然見知らぬ爺さんが素っ頓狂な声を上げて洞爺の体を見回した。確かに9歳の子供にこれほどの傷があれば大事だろう。
周りには傷だらけの男がうじゃうじゃ居るので目立ちはしないがやはり異常である。
「いやぁ、自分は世界を回ってましたから戦場にも出くわしちゃったわけでして・・・・軽傷でホントに助かりましたよ。」
否、重傷など毎度の事だ。洞爺はうそと真実を織り交ぜて話す。無論、久遠は知っているし理解もしているので肯定するのみ。
恭也はあえて聞こえてないふりをして荷物をロッカーに収めていく。
「なるほど、名誉の負傷か?」
「そう言うことになりますね。」
「わしもじゃよ。フィリピンでアメリカさんから銃弾をもらってな。運よく捕虜になってこのありさまじゃわいな。」
「それは幸運でしたね。」
老人は腹部にある銃痕と海兵隊を軽く指さしてかかと笑う。老人はそのまま脇を通って浴場へと消えた。
洞爺もそれを追うようにタオルを持って浴場へと入る。恭也たちもあとから続いた。
「わぁ~~~!おっきいお風呂だ!!」
久遠はかなりはしゃぎながら風呂の中へダイブしてしまった。
はははと笑いながら洞爺は久遠を浴槽から引っ張り上げる。
「良いか久遠、温泉や銭湯では湯船に入る前に必ず体を洗うのがルールだ。いいな?」
「わかった!」
元気良く頷くと、備え付けの石鹸を手に取ってコシコシと体を洗い始める。良い子だ。
{あいつにもこんな時があったな、懐かしい。}
それを真横から見て満足げな表情をしながら、洞爺も自分の体をごしごしと洗い始める。
久しぶりの温泉である、自然と体を洗う速度も上がるというものだ。鼻歌交じりに体を洗い終えると、そそくさと立ち上がって湯船に足を向ける。
石作りを模した湯船に浸かると、久しぶりの温泉に体が自然と弛緩して、気持ちよさのあまり声が漏れた。
「ぉぉぉぉ・・・」
まずい、とても気持ちいい、体の芯までしみる温泉独特の柔らかい暖かさが体中を芯から温め、疲れの溜まった体を癒してくれる。
まさに五臓六腑に染み渡る、と言ったところだ。久しく入っていなかった温泉がこれほどまでに気持ちいいとは予想外だった。
あまりに気持ちよさに思考がとろけそうになる。その獣のような唸りに恭也はやや苦笑いしながら注意した。
「洞爺君、気持ちいいのは解るけどオヤジ臭いよ。」
「効くぅぅぅ・・・」
「きく~~~♪」
「聞いてないか。」
オヤジ丸出しで隠す気などまったくない洞爺とその横でふにゃ~と表情を崩す久遠に、やれやれと感じながら恭也も一息つく。
久々の温泉はとても心地いい、すばらしい。これで普通の体だったらいう事無しだ。
夜に露天風呂で、舐める程度に冷酒をひっかけながら夜空を眺める事が出来たらなお素晴らしい事だろう。
残念ながら、今は子供の姿である。実に口惜しい、有料ながらサービスをやっているというのに手が出せない。
{夜にもう一度入りに来るか、次何時来れるかも解らんしな。}
そんな気持ちいい時間をゆったりと過ごしていると、いつの間にかすぐ横に入っていたドイツ人の旅行者が声をかけてきた。
「Es ist mit dem Kind der Schaft reizend{かわいいお子さんたちですね}」
「Was das anbetrifft sehr, sehr dort was die lange Reise anbetrifft , nicht Sie denken kam er gut
{それはどうも、そちらこそ遠路はるばるよく来ましたね}」
湯船の淵に寄りかかって垂れパンダと化した洞爺は、恭也よりも早く悠長なドイツ語で即応した。
これでも同盟国の中であったドイツの言葉、喋れないはずがないし説明書を読むために習得するのは当然だ。
「liebendes Japan, auf diese Art gelegentlich, der heiße Frühling kommen zum Vergnügen, es ist.
{私は日本が大好きでして、時たまにこうして温泉を楽しみに来るんです。}」
「So ist oder, als für Gedanken des heißen Frühlinges hier?{そうですか、ここの温泉の感想は?}」
「Es ist sehr herrlich{とてもも素晴らしい}」
「ですよね~~」
「デスヨネーー」
最後は日本語で言葉をそろえる、二人は満足そうにして再び湯を楽しむことに没頭した。
すると、いつのまにかユーノの念話が途切れていることにホワホワした洞爺の思考が気付いた。
今まで断末魔を垂れ流しにしていたユーノの声が途切れたのだ。
≪僕、風呂を上がったら部屋で日本を楽しむんだ・・・・≫
≪それは大層な理想だな。≫
≪ふふふ・・・僕が生きて帰れたら・・・・・・≫
≪ああ、部屋でお茶でも飲もうじゃないか。その時はご一緒する。≫
≪最後に温かい言葉をありがとう・・・・≫
≪当然だ。安心して逝くがいい。≫
ユーノの返答はなかった。哀れユーノ、本当に女にだかれて溺死する運命だった。洞爺はユーノに心で手を合わせる。
そんな彼の横で縁に寄りかかって垂れ幼女と化していた久遠が急に目をぱっちり開いて首をもたげる。
「とうや、とうや。」
「どうした?もう上がるか?」
「ううん、あのひとたちなんかへんだよ。」
久遠が指さす先、そこには3人の男が各々ちょっと多めの入浴セットを抱えて、体を洗いながら何かを話して込んでいた。
それ自体は別に怪しい訳ではない。だが何か企んでいるような雰囲気が僅かに感じられる。風呂場の喧騒の所為で、声が聞こえないのが残念だ。
「君たちも気づいたのかね?」
「あぁ、怪しい奴らがいたな。」
「そうだね。」
隣に入ってきた日本語が悠長なアメリカ人と恭也もその連中のちょっとした違和感を感じ取ったのか、真剣な表情で頷く。
いつのまには一人を除いて筋肉モリモリな非常にむさっ苦しい一団が出来上がっていた。
「ちなみにお二人のご想像は?」
「「盗撮。」」
ちなみにこの温泉には混浴なんてものは存在しない。子供用の往復通路はあるが、それも厳重に監視されており不埒な輩が使えるものではない。
だがおそらく、彼らは決してそんな所を利用しないだろう。脇に置いている、ちょっと多い入浴セットがそれを語っている。
もちろんそれはただ単に多いだけで普通の入浴セットであり、3人はただ猥談か何かの話をしているだけという事もありうる。
そうなら別に大したことではない、ただの気のせいだ。折角知り合った相手もいることだし、楽しく会話でもしながら風呂を満喫する。
「よし、偵察を出そう。ナカガワ、マーティン。」
「了解、ウェルナー少佐。」
「イエッサー。」
果たしてそうなってもらえるだろうか、同様の想いを持ちながら固唾をのむ洞爺達の視界の中で、
ウェルナーの指示に小さく返答した陸自隊員と海兵隊員が仲良く会話しながら彼らから少し離れた所に座って体を洗い始める。
それをさりげなく注視するウェルナーは、やはりというように微笑した。
「BLACK.」
「これはまずい気がする。」
「同じくだ。」
「うん。」
「じゃなぁ。」
「あぁ。」
「イェア。」
「ソーデスネ。」
恭也と久遠に加え、いつの間にか同じ浴槽に入っていた別の海兵隊員と陸自と爺さんそしてさっきのドイツ人も頷く。
いつのまにやら浴槽はとんでもなく目立つ光景となっていた。背中を洗う3人組の後ろ姿を見ながら、各々考えが頭を駆け巡る。
「どうする?係員を呼ぶか?」
「ダメだ、ああいう連中は現行犯を押さえなくちゃ口八丁で誤魔化すぞい。ああいう手合いは逃げに関しちゃ天下一品だ。」
「手荷物は?あれを取り上げれば逃げられないんじゃないか?」
「力づくじゃ、逆にこっちが悪者扱いにされるぞい。」
ウェルナーの提案に爺さんが首を振って否定する。ならば答えは決まったとばかりに、阿修羅の形相のドイツ人が立ち上がる。
彼もまた彼らの悪質な行動が頭に来ているのは一緒に居た全員が知る所だ。というか、この中では一番である。
真面目な表情でコクリと頷く彼に、全員がコクリと頷いた。
「いきますか、露天風呂。恭也さん。」
「そうだね。」
「みんなでいけばこわくない!」
「ご一緒しよう。」
「全ては孫のために。」
「スベテハオンセンノタメニ。」
「OK、レッツパァリィィ。」
連中が体を洗い終わらないうちに、露天風呂に向けてぞろぞろと男たちが入っていく。
そして露天風呂はいつの間にか肉の壁と化していた。のちに、温泉宿で粛々と語り継がれることとなる。
男湯の露天風呂で欲望に身を任せると、温泉の妖精ビルダーたちが成敗しにやってくると。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
筋肉ムキムキの団体さんが露天風呂に抜けておよそ10分、少々閑散とした室内浴場に3人の少女たちが往復通路の扉を開いた。
アリサを先頭にしたなのは、すずかの3人である。全員タオルを体に巻いているが、それだけだ。
やってきました男風呂!と言わんばかりにフンッ!と鼻を鳴らすアリサに、なのはは少々控え目に声をかけた。
「ねぇアリサちゃん、本気でやるの?」
「当然よ、むしろやらないでどうするの。」
アリサの考えは単純明快、男湯でくつろいでいるだろう爺臭白髪を驚かして女湯へ拉致ってみんなで弄ろうというものだ。
これに関しては美由希や忍も実に面白そうに賛成している。どっちもそんなことになった時の彼の反応が楽しみなのだ。
約1名はアリサが言わなければ自分が発案してやろうとすら思っていたほどである。
「でもきっとすっごい怒るよ。」
ある日ふとした拍子に彼を怒らせてしまった日のことを思い出してなのはは震える。
普段怒らない彼だが、怒る時は物凄い剣幕で怒る。父や母、先生などとは違う種類の怖さがあるのだ。
罵声など当たり前、しかししっかり内容を捉えて叱るその口調には教師でさえ手が出せない大迫力と説得力を持つ。
酷い時には先生も怒る、本当に稀だが怒る。次の日から先生は少し休んで、レベルアップして帰ってくる。
軍隊調がありありと感じられるこれをアリサは『鬼軍曹モード』と呼んでいて、それはクラスの全員に広まっている。
モンスターペアレントな母親でさえ一喝で黙らせてしまう迫力はハートマン軍曹もかくやという凄まじさだ。
真っ向から立ち向かって矛盾を容赦なくついて行き、いきり立った所にさらに言葉攻めでコテンパンにしたのだ。
これで鉄拳制裁などが始まった日には完全な軍事教練である、元傭兵と名が通る洞爺にはまさにぴったりであった。
そのため、一部の親や生徒、教師からはかなり評判が悪いのだが。
「ふっ・・・・そんなもの織り込み済みよ。等価交換ってやつなのよ。」
「アリサちゃん、背中がすすけてるよ。」
きっと彼女の中では、共謀者全員が正座させられて怒鳴られている光景が既に出来上がっているのだろう。
全員仲良く正座させられ、目の前にはフレンドリーに微笑む士郎と桃子、ゴゴゴゴゴゴと効果音が聞こえそうなほどしかめっ面の洞爺。
飴と鞭のようだがそんなものではない。飴は中身が激苦ハーブエキスで、鞭は電流が流れるギミック付きだ。
まさに想像できる究極のタッグ、これで泣かない奴はいないだろう。3人は即座に気絶する用意がある。
ならやらなければいいのでは?それでは面白くないでしょう。
「欲を言えば混浴が欲しかったわね。そうすれば恭也さんも巻き込めたのに。」
「もっと後が怖くなるんじゃ?」
「やるからには楽しみたいでしょうが。」
覚悟が決まった表情のアリサ、そのニヤニヤ顔になのはもすずかももはや打つ手なしである。
胸を張ってずんずんと進んで行くアリサを追って付いて行くしかない。
ただでさえ男湯はちょっと恥ずかしいのに、今からやろうとしている事は後でお説教が待っているのだ。
しかしかといって今から戻れば、待っているのは美由希と忍による弄り、それもまた嫌である。
もう覚悟を決めるしかない、二人が思った矢先にアリサが露天風呂へと続く硝子戸を開けた。
そして、3人は見てしまった。湯けむりの向こうに広がるバラの園を。
「ぬぅん!」
「アッハ~~ン。」
「どぅふふふ♪」
露天風呂の中で、筋肉モリモリマッチョマンの男たちが、素っ裸で、そのマッスルボディを強調するかのようにポーズしていた。
日本人、アメリカ人、ドイツ人、爺さん、見慣れたショタ、見慣れたイケメン、幼女、何でもありのまさに失楽園。
容赦なきマッチョマンの中に某イケメンがしぶしぶと、すっごい乗り気な幼女が混ざっている分周りがなぜか際立つ。
どこ見てもマッチョ、どこに目をやっても筋肉、そんなトンデモ空間が3人より先に入ったらしい男3人組を出迎えていた。
「な、なんだ!?あんたら!」
「ワレラハオフロノヨウセイ、コノシンセイナヨクジョウデ、ミニクイヨクボウニミヲマカセルモノヲセイバイスルモノ。」
ドイツ人がカタコトで告げる。その感情の籠らないカタコトが余計に怖い。
「お、お前らのどこが妖精だ!!」
「見たまえ、この男らしい筋肉を。」
男たちの目の前で躍動するアメリカンの鍛え上げられた大胸筋、しっかり六つに割れた腹筋、丸太のような上腕二等筋。
そんな巨体を支える筋肉でしっかりと装甲化されたムチムチムキムキな両足。
素っ裸で、かつお湯でしっとりとぬれたお肌に逞しい筋肉がこれでもかとばかりに浮き上がり、嬉しくない曲線を描く。
己の逞しい大胸筋を愛でるように一撫でし、軽く平手で叩いていい音を鳴らしアメリカンは艶かしく笑った。
「良い筋肉だろ?」
「おい、変だぜこいつら!!」
変である、とても変であるが、目の前のマッスルとて引けないものがある。全ては守りたいもののため、そして彼らのためなのだ。
己の筋肉を強調して、別の意味で幻想的な雰囲気を醸し出すアメリカンの脇を抜け、これまた鍛え上げられた肉体のショタが男たちの前に出る。
無論素っ裸だ、その体に刻まれたとてつもない数の傷跡とその表情に込められた老練とした雰囲気に男は凄味を感じて後ずさる。
「お前達の持っているそれ、盗撮用の道具入りだな?」
「ん、んだとこのガキぃ?証拠はあんのか?」
どもりながらガンつけする男Aは、前に出たショタを威圧するが彼は大して気にしない。
さらに凄味が増し、男の威圧をいとも簡単に飲み込んで挑発するように笑った。
「君こそ潔白ならば、この場で証明して見せろ。」
「だれがお前みたいに失礼なガキの指図なんざ受けるかよ!」
「やましいことなど無ければ拒否する必要はなかろう・・・・はっ、小物だな。」
ショタは主にタオルで隠された男のソレをちらりと見て鼻で笑う。それは男の言い分にも、そして男の象徴にも通じる言葉であった。
「こ、こんの――――えがっ!?」
あまりにも早く腕を振りあげた男Aが突然ショタの目の前で痙攣し始めた。いや、痛さのあまり暴れている。
その光景に彼女達は思わず目を見張った。ショタは何もしていない、ただ殴りかかった姿勢のまま痙攣し出す男の目の前で腕を組んで微笑んでいるだけだ。
彼女達には見えなかったが、洞爺の右足の親指が腕を振りあげた際に踏み込んだ男Aの左足のちょっとしたツボを力の限りぐりぐり押しているのだ。
巨漢の空手家の動きですら動きを止めてしまう一撃、かっこつけ程度に鍛えている男では到底耐えられるものではない。
それが行軍によって鍛えられた足の筋肉による指圧であるならばなおさらだ。
「おがががががががっ!?」
「か、カッちゃん!」
係員が何事かとばかりに駆けつけてきそうなものだが、既に露天ぶろはある種の聖地と化している。
男たちの結束の力によって、欲望に魅入られし者を成敗する処刑場と化していたのだ。
「すまんが、あの子たちを貴様らのような下衆の犠牲にする訳にはいかんのでな。ここで果てろ。」
非常にドスの利いた一言、男Aは力尽きたのか泡を吹いて浴槽に崩れ折れる。
その手から落ちた入浴セットが湯船に散らばる、洞爺はかがんで湯船を探ると中から小さなビデオカメラと細いワイヤーのようなモノを拾い上げた。
「ふむ、ビデオカメラとファイバースコープか。防水加工は万全、プロだな。手加減はいらないようですよ、みなさん。」
「「え、あ、え・・・・」」
男たちは瞬く間に筋肉の壁に囲まれて、身動きが取れなくなってしまった。
見渡す限り、ニコニコと笑う体から湯気をたなびかせるマッスル達。
ゴツゴツとした筋肉で覆われた手が、男たちを絡め取り始める。瞬く間に体と入浴セットを絡め取られた。
「ようこそ、『男』の露天風呂へ。」
「ユックリィ、シテイッテネェ。」
男たちの悲鳴が響くことはなかった。悲鳴が上がる前にその口が開くことはなかったのだから。
響くのは、生々しい肉と肉のぶつかり合いと声の無い絶叫。そして男たちの野太い笑い声。
誤解のないように表記するが、囲いの中で男が暴れているだけである。マッスルはそれを受け止めて笑っているだけだ。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
なのはとありさ、すずかは唖然した。開始されたのはまさに地獄であった。
ファッション感覚で筋肉を付けた男ABCに群がる文字通り筋肉ダルマな漢達。
それを後ろで見ながらどこか大切なモノを失ったような表情をするイケメン、はまったのかボディビルポーズを決める幼女。
そして何事も無かったかのように風呂に浸かるドイツ人と、その横で岩に背を預けて浸かる白髪ショタ。
もはや驚かす拉致るなどという状況ではない。頭が冷えた、浮かれていたのがばからしくなった。
「なのは、すずか、帰るわよ。」
「え?ちょっとまって、脅かすんじゃないの?。」
「ううん、すずかちゃん、帰るの。」
どうやら現実逃避したらしいすずかを両脇からなのはとアリサが抱える。
二人はすでに何もかもから逃げ出したかった。だってアレである、あの筋肉の花園に入っていく勇気は無い。
むさ苦しい筋肉モリモリな男が逞しい上腕二等筋や腹筋をピクピクさせながらHAHAHA!とアメリカンスマイルで笑い合う空間は精神的にキツイ。
そこに場違いなエロゲー主人公やエロゲー幼女と爺がいても駄目だ、逆にそのせいで筋肉が際立ってしまっている。
野太い声でお姐言葉を話す超ハイスペックで筋肉ムキムキ、見ただけでガチの香りがする大男二人組には視線も合わせられない。
もはや理性ではなく本能が現実を拒否し始めている。逃げなければ、飲まれると。
「現行犯逮捕、MPカモン。」
「了解、来い。」
精魂尽き果てたとばかりに憔悴した男たちを連れていくタオル一枚の屈強な男たち。
それを見送りながら、まるで求愛行動のごとく己が筋肉を強調させ大胸筋をピクピクと躍動させる一部の男。
それがマジモノだとしたら、史上最狂の求愛行動だろう。見ているだけで目が腐る。
「こうだぞクオン、ムゥンッ!」
「ぬ~~ん!」
金髪アメリカンムキムキのボディビルポーズに習うように幼女がボディビルポーズ。
教えているようだが、次々と取られる幼女のポーズは全てアメリカンムキムキの驚異の筋肉を強調させているだけに過ぎない。
二人を見て、周りのムキムキとショタと爺が微笑ましそうにHAHAHAHA!と笑い合い、良いぞ良いぞと軽く囃す。
「わしも負けてられんのぅ。」
「よ~し、じゃぁいっしょにやろう!」
「ふふふ、懇願されては仕方なし。」
さらにそこにショタと爺も加わる。さらにカオスが増す。
「ぬぇいッ!」「ヌフッ!」「ヌンッ!」「ぬーんッ!」
左から爺、アメリカンムキムキ、白髪ショタ、幼女、4人が並んで真っ白な歯を見せつけるように笑ってボージング。
「ワシら」「オンセンノヨウセイ」「係に代わって」「おしおきよ!!」
誰得妖精ビルダー?軍団オンステージ、確かにメンバーのカオスっぷりは妖精並みに希少である。
係員が飛んでこないのはもはや係員も手がつけられないという事か。
現実には、係員は盗撮犯に掛りきりになっているだけである。主に精神ケアの意味で。
{あぁ、そうか。これが超えられない壁ってやつなんだ。}
{そっか、これがこっちの魔法なんだ。そうだよね?}
{斎賀君着やせするタイプなんだ。凄く逞しかったな・・・}
その光景に、二人は現実逃避を、一人は少々役得に感じながら引き返していった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
散々楽しんだ後、洞爺達は浴衣に着替えて近くの自動販売機で牛乳を買い、休憩所のベンチに並んで座っていた。
洞爺は久しぶりの温泉にご満悦、やっぱり来て良かったとモブメガネに感謝しながら牛乳を豪快に飲み、
久遠も実にいい笑顔でイチゴ牛乳の瓶を両手で持って、のどを鳴らして飲む。
「「ぷはぁぁぁっ!」」
気持ちのいい飲みっぷりの二人はもはやどう見ても兄妹である。
顔形も全く似ていないし、髪色も違う、一般人は知らぬことだが久遠は妖狐であり人とはまったく違う。
しかし、節々の仕草やその笑顔はそっくりでまさに兄弟のそれであった。
4人がけのベンチで、3人並んで座っている光景はまさに微笑ましいと言えるだろう、普通なら。
「恭也さん、そんな風に落ち込んでも過去は戻ってきません。」
「そ~だよ~。」
一人、洞爺の横で蓋すら開いていない牛乳瓶を持って暗い影を纏わせる恭也がいなければ。
もう一本自販機から牛乳を買う洞爺の言葉に、恭也はほとんど反応を示さない。
ぐったりモアイと名前が付きそうなほど立派なポーズで背持たれに背を預け、モアイの表情で遠い所を見つめるばかり。
それほどまでに、露天風呂での行動は恥ずかしかったのだろうか?
男同士で、しかも周りは皆納得しているのだから恥ずかしいも何もないだろう。悪い事はしていない、むしろ良い行いだったはずだ。
だがどうやら、今回の事は恭也の想像以上の精神的ダメージを与えてしまったようだ。
「恭也さん、大丈夫です。あなたは家族と恋人を守ったんです、誇るべきですよ。」
「そう、だろうか・・・」
「えぇ、きっと士郎さんも褒めてくれますよ。それに忍さんも、体を張って盗撮魔から守ってくれたとあれば喜んでくれます。」
大丈夫、と微笑みかける洞爺。その姿は恭也にはとても優しく見えた。
「そうか、そうだよね。」
暗かったモアイが、やりきったモアイに変わった。どっちにしろモアイである、無表情である。
「さぁ、飲みましょう。今日はおごりますよ。」
「うん、ありがとね。」
無表情のモアイが無表情で牛乳瓶を煽り無表情で牛乳をのどに流し込む。
全て無表情である、すべてモアイ像である。今は牛乳ひげ付きだ。それを見かねたのか、久遠は牛乳を置いて立ち上がると恭也の前に仁王立ちし、
「あぁん?しゃいきんだらしねぇな!」
「・・・」
舌足らずで妙に英語なまりの奇妙なギャグを入れた。当然モアイは不動である、ついでに洞爺も理解できずに首を傾げた。
「さいきょう♂とんがりこ~ん。」
「・・・・・・」
「きゃのんほぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「・・・・・・・・・」
「ふぁっきゅ~~」
「・・・・・・・・・・・・」
久遠がどこから仕入れたのか解らない、どこに笑う要素があるのか解らないギャグを披露するがモアイはモアイのままだ。
そもそも最後は罵声である、なぜか少々上目遣いで両腕を垂らして立つポーズからの罵声はどこに笑う所があるのだろうか。
{これは重症だな、こういうときは・・・}
思い出すのは攻撃機乗りの親友。これで行こう、洞爺は牛乳瓶を久遠に預け、モアイの耳に口を近づけて息を吹きかけた。
「うひゃぅ!?な、何するんだ!!」
{おおぅ、効くな。懐かしい。}
飛び上がるように跳ねる恭也の赤く染まった頬に、洞爺は感心したようにコクコクと頷く。
「いつまでも呆けておるので、そんな姿を恋人には見せたくないだろうと思ったのですよ。」
「別に呆けてなんか。」
「その割には随分と思いはせていると見えましてな。ふふっ、もしや筋肉美に魅せられたか。」
敬語では無くなりおやおやと微笑む洞爺に、恭也は芯から凍るような寒気を感じずには負えなかった。
思い出すのは筋肉、温泉の筋肉、筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉。女っ毛などまったくない、筋肉だらけ空間。
野太い笑い声と、求愛行動のように躍動する大胸筋、盛り上がる腹筋と上腕二等筋、肉と肉のぶつかり合い、
なぜかもみあげだけを伸ばして三つ編みにしてリボンを付けたスキンヘッドマッチョからときどき感じる、
何か肌寒いものを感じるアツい視線とその先の瞳、その口から洩れでる不気味な笑い声、一度目があってウィンクされた後の記憶は全く無い。
「違う!」
「違うのですか。あなたは男だ、少しは筋肉に魅せられても良いでしょうに。しかも彼らは兵士、素晴らしい。」
「どこか?」
残念なことに彼は普通とは呼べないがそんな筋肉祭りには程遠い生活を送ってきたのだ。畑が違うのだ、畑が。
反面、常に屈強な男たちに囲まれ屈強な男たちによる壮絶な戦争を経験した洞爺は、むしろ慣れ親しんだ感覚だった。
あの男同士で考えが通じ合う感覚、むさ苦しい笑い声、ほとばしる汗、久しく感じていなかった。
まったく理解できない恭也に、洞爺は変わらず優しく深い笑みを浮かべて答える。
「まぁあなたが理解することは無いでしょうね。」
「なんか・・・理解したくないね。」
「なら、誰でもいい、想像してみましょう。戦闘で背中を預ける相棒の姿を。」
ここで想像するのが、恭也は忍や美由希であり、洞爺は銃を担いだ逞しい兵士なのはお約束である。
またその戦場も、恭也は非日常の戦いであり、洞爺は銃声が轟く銃撃戦である。
「そして互いに抱擁し合う姿を。」
恭也の表情が真っ赤に染まる。恋人持ちだが正常の男性である恭也の想像は当然のごとく変な方向に行くのだ。
おそらくすでに経験しているのならば、まだまだ若い彼は絶対にそっちの方へ行く。
抱き合って勝利を喜びあうムキムキの戦友を思い浮かべて、恍惚としていた洞爺はその赤面にはっとなった。無論確信犯である。
「なんという事だ・・・・あなたは、男色家だったのか?」
「違う!」
「なんだ、つまらない。」
やっとモアイから生気のある表情に復帰した恭也の表情に、洞爺は一息ついて再び牛乳を煽る。
完全に遊ばれた事を悟る恭也だったが、その大人の余裕にかなり不満ながらも同じように牛乳を煽った。
「風呂上がりの牛乳は素晴らしいです。」
「すばらしーです。」
かなり楽しめてご満悦の洞爺は、飲みほした方の空瓶をゴミ箱の脇にある回収箱に入れた時、眼の端に映る光景を目にした。
「ありゃ?」
そこにはなのは達3人組に相対するあの獣人の姿がある。無論、耳と尻尾は隠しているがその容貌は特徴的なので一目でわかった。
風呂に入るのか、宿の浴衣に包んだ眼のやり場に困る魅惑的な体は普通の男たちにとっては目に毒の何物でもない。
現に目移りしたのかその巨乳を見つめてしまった長い金髪をポニーテールにした優男が恋人らしい金髪美女に殴られている。
確か名前はアルフと言っただろうか?なんにしろ実に眼福な姿である、盛んな若いのが放っておかないだろう。
「なのはの知り合いか?それとも・・・」
「ご想像の通りかと。ちょっと様子を見てきます、久遠をお願いします。」
「あぁ。」
洞爺は舌打ちすると道すがらに新しく牛乳を買ってそれを片手に彼女たちへ向かった。
アルフはなのはに顔を近づけ何やら言っているらしい。あまり良い事ではなさそうだ。
「あんま賢そうでもないし強そうでもないし・・・・ただのガキンチョにみえるんだけど――」
「そのくらいでやめにしないかね?」
洞爺がアルフにいつもの口調で話しかける。アルフは洞爺を見た途端、目を丸くして身を引いた。
「あ・・・んた・・・」
「ここは楽しく、もしくはゆっくりする過ごす場所だ。それでは子供をいじめているようにしか見えんよ。」
洞爺は右手で牛乳瓶を握り締め、念のため左手で折り畳んだ念話用術式札を握りながらアルフを見つめる。
だがそれを使い必要は無かった。使う前に向こうから念話をつなげてきたのだ。
≪やっぱ、あんたもいたんだね?≫
≪悪いかね?アルフ。≫
≪あんた、何であたしの名前を!!≫
≪以前のことを忘れたわけではあるまいに、あの時に君たちは自分で言っていたぞ。≫
≪あんた・・・・なにもんだい?≫
洞爺はくすりと笑うとアルフをじっと睨みつける。
「で?なぜ俺の知り合いにそんなこと言うのだね?」≪ただのしがない兵士さ。≫
「いや、ちょっと見た顔がいると思ってね。」≪兵士?うそつくんじゃないよ。さっさと答えな。こっちにゃ人質がいる。≫
「見た顔?ふむ、高町の知り合いか。」≪そんなものどこに居るのだね?ここでもめ事を起こせば君たちの行動に支障がきたすぞ。≫
「え、全然知らないよ!!」
「たかまち?ちょっと待ちなって、あんたかなみじゃないのかい?」≪へぇ、どうするってんだい?≫
「かなみ?いや、彼女は高町なのはだが?」≪さぁ、どうしようかな?≫
洞爺の言葉にアルフは小さく舌打ちした。そしてにんまりと愛想笑いし、高らかに笑いだす。
「あ、あはははははは!!ごめんごめん。人違いだったかぁ。知ってる子によく似てたからさぁ。」
「あは・・・そうですか・・・」
「ふむ、それならば仕方がないな。だが、これからは気をつけた方がいい。さっきの態度で話すとすぐに勘違いされるぞ。」
「あはは・・・そうかい、ご忠告どうも―――あ!!かわいいペットだね~よしよ~し。」≪今のところは警告だけね。≫
念話がなのは、ユーノに聞こえたのはその時だった。なのはの目の色が驚愕に変わる。洞爺はそれを見てじっとアルフを見据えた。
≪忠告しとくよ。子供はいい子にしてお家で遊んでなさいね。おいたしすぎるとガブッと行くわよ。≫
そう言うとなのはの脇をすりぬけてアルフは歩き出す。
「さ~て、風呂入ってこようっと」≪あんたもだよ、白髪頭。≫
「今はちょうど入り時ですよ、盗撮魔が捕まってすぐだ。」≪君の方にも忠告だ。犬は大人しく飼い主と遊んでいたまえ。次は体に風穴を開けることになる。≫
「ご忠告どうも。」
洞爺が挑発的に返すと、アルフはばっはは~いと明るく手を振って去っていく。
アルフの後ろ姿を見送ると、なぜかアリサがどこか呆れたようにため息をついた。
「洞爺、何であんたはそうなのよ。」
「ふむ、何か悪いことを言ったか?」
「いや、言ってないけどさ。」
洞爺はあっけらかんとして牛乳を一飲みした。
「あんな強そうな人にあんだけ言えるなんてあんたやっぱすごいわよね。すっきりしたわ。」
「うん、ほんとにすごいね。」
「慣れてるからな。」
洞爺は腕を組んでアリサとすずかに微笑む。
{高町を狙ってきた?いや、それならば奇襲すれば済むことだ。何故姿を現した?ただの偶然?}
もしくは相手も休養でここに来たか?なんにしろまずい相手だ。どう出てくるか解らない。
しかも浴衣姿では拳銃の傾向もままならない。銃器が主力の洞爺には痛い状況だ。
かといって今すぐ私服に着替える訳にもいかないだろう。それでは彼女達に不信に思われる。
「今夜は長くなりそうだな。」
「そりゃそうよ!遊びつくすんだからね!!」
「アリサちゃんったら、うふふ。」
「にゃはははは。」
再びテンションが上がりだす3人の横で、洞爺は窓の外の暗くなり始めた空を見つめた。
直に夜がやってくる、このあたりは街灯も少ない、夜空はきっととても綺麗になるだろう。
一杯やるには最適な夜だ。もっとも、その夜空を堪能する余裕はなさそうだ。
いつも通り長い夜になる、南国の密林を敵の目を掻い潜りながら這いずり回ったあの時と同じ夜が来るのだ。
あとがき
筋肉、そう筋肉、温泉と言えばハプニング、という訳で全裸筋肉。・・・・すんません、真面目にやります。
という訳で温泉編前半、モブのはずが初っ端から出てるあいつを何とかしたかったが無理だった。
だって丁度良い役柄いなかったんですもの、普通の誘いじゃ絶対行かないし久遠にすると駄々っ子みたいになってしまったし。
とりあえず今回は前半シリアス風味で後半温泉ギャグパートではっちゃけてみた。
シリアスと言ってもガチではないです、拷問・殺人発言テンコ盛りですがこれは物語の空白期間のダイジェストっぽいやつ。
遊んでけがしてすぐ旅行、というのもおかしいので少し間をおいてその間のお話です。気が向いたら書いてみようと思う。
と言うか軽く書いてみたんですが・・・タフです、主人公的役割が異常にタフ過ぎる。
後半はギャグという訳で、温泉と言う格好の材料もありますし。ムキムキ裸体です、お色気?いえいえ筋肉です、だって男湯ですし。
歯車戦争のような筋肉ダルマさんや某外史の漢女がうようよいる中に、エロゲ主人公が居ます。誰のことかは解るな?
良いですよね筋肉、屈強な男たちによる血肉が爆ぜる銃撃戦なんか最高じゃないですか!
と、熱弁する自分はなんで魔法少女世界の話を書いてるんだろう?と思う今日この頃。楽しく書けてるからいいですが。
未熟な作品ですが、どうかよろしくお願いします。By作者