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[15675] 魔法少女リリカルなのはThe,JINS『旧題・魔法少女と過去の遺物』{魔法少女リリカルなのはとオリキャラ物}
Name: 雷電◆5a73facb ID:5ff6a47a
Date: 2012/12/08 18:27
お詫び

どうも雷電です。まずこの場にて、初めに謝罪させていただきます。
この度は、本当に申し訳ありませんでした。
前のスレが編集できなくなってしまい、更新ができなくなってしまいました。
理由は不明なのですが、パスワードが通らず、
最初は一過性のものかと思っていたのですが翌日も通らず、
これまでいろいろな原因を調べたのですが編集することができませんでした。
このままでは作品を更新することができないと思い、
いろいろ熟考した上で一度全削除し再投稿するという形を
とらせていただくことになってしまいました。
また削除申請において馬鹿なことをやらかしてしまったため、
トリップを変更することになってしまいました。
本当に申し訳ありません、ご迷惑をおかけしました。
前スレにおいて多くの感想をいただき、誠にありがとうございます。
前スレの感想は消えてしまいましたが、
いただいた感想はしっかりと自分のもとに残っております。
この度は本当に、ご迷惑をおかけしました。
これからもどうか、自分の拙い作品をよろしくお願いします。





今回が初めてという方は、まず注意書きをどうぞ。


・作者は駆け出しです。まだまだ詰めが甘くて拙い文章です。

・ご都合主義があります。

・主人公はオリキャラです。そしてチートです。

・作者の自己解釈・独自設定あります。

・やや昔に書き始めたため、設定が古いです。

・他作品と展開が似てると思われたらすみません。

・暴力・残酷表現があります。『死』などに拒否感を覚える方はお控えください。

・微クロスありです。ギャグみたいな形で笑ってやってください。

・更新は不定期です。



以上を踏まえたうえで、『よろしい、ならば読んでやる』という方はどうぞ。
拙い作品ですが、ひと時の暇つぶしになれば幸いです。


追記・誤字修正、および改定のみ。



[15675] プロローグ・改訂版
Name: 雷電◆5a73facb ID:5ff6a47a
Date: 2011/06/20 19:29



戦争はなくならない、どれだけ愚かなことを知っていても、それは時代と共に激化する。
古来から、いや人類は誕生してからいつの時も戦いに明け暮れてきた。
人類の歴史とは、戦いの歴史そのもの、歴史が血であふれない時はない、戦いで血が流れないことなど無い。
そしてその理由に、何一つ綺麗な物は存在しない。
戦争の理由など昔から変わらない、利権のため、命のため、覇権のため、理想のため、正義のため、
昔から変わらずどれもこれも呆れることすら馬鹿らしくなるほどの理由だが、それだけあれば事足りる。
古代、中世、近世、歴史の中に戦いのない時代は存在しない、存在すれば、それは人間の歴史ではない。
戦争は続いている。近代兵器を手にし、海も空も手に入れた人間たちの手によって。
いつから人間は争うようになったのか、そんなもの例え原始人に聞いたって解るまい。
戦争はなくならない、無くなることなどあり得ない。それが解った時には、もう遅かった。何もかもが遅すぎた。
1941年、大日本帝国はアメリカ合衆国に対して宣戦布告、真珠湾を奇襲し火の海に変えた。
その後半年にわたり日本軍は破竹の勢いで進撃、太平洋を制圧していった。
誰もが『戦勝』という言葉に浮かれ、冷静さを保つ人間の注意も聞かずに浮かれ上がっていた。

だが1942年6月5日午前7時23分、その怒涛の進撃も終わりを告げる。

南雲忠一中将率いる第一航空艦隊は、ミッドウェー近辺において発生した戦闘『ミッドウェー海戦』にて、
主力空母であった赤城、加賀、蒼龍、飛龍、および多くの航空機を喪失、
対してアメリカ海軍の喪失は空母ヨークタウンのみ、致命的な大敗北を喫した。
それ以降、戦況は逆転する。
元々日本陸海軍には余力は無い、中国との戦争で疲弊し、物量や国力もアメリカと比べれば蟻と象だ。
1941年から開戦して半年、破竹の勢いで戦勝できたのは僥倖だろう。だがそれまでだ。
無理に無理を重ね、兵士の熟練性で物量を埋めていたに過ぎない。計画されていた戦略も短期決戦を目標としていた。
その前提が崩れた、主力空母を失った以上戦略を根本から見直さなければならないはずだった。
しかし、軍部はそれを怠った。それが全てを左右したのだ。
それに拍車をかけるように陸海軍ともに付きまわる将校の年功序列主義、
おかげで山本五十六海軍大将の戦死した後は古賀峰一が指揮権を持つ。地獄の門が開かれたのだ。
米軍の反撃が始まって、最新兵器の自動小銃やVT信管付き対空射撃の弾幕が前線にこれでもかとばかりに出現した。
まさに技術力と国力のあるアメリカだからこそできる技、最新の兵器とそれを湯水のように兵士に与えられる国力があってこそのモノだ。
比べてこちらは諸外国と同じボルトアクション式小銃に対空砲は時限信管。加えて補給線の脆弱さが仇になった。
アメリカ軍潜水艦の妨害で補給を乗せた輸送艦はことごとく撃沈され、前線ではすべての物資が不足した。
武器弾薬や車両の部品に燃料は当然、医療品や食料も全て。
人員の補給も悪癖をさらけ出した、ガタルカナルでは一木支隊、川口支隊、熊大隊を個別に逐次投入し壊滅させた。
戦力を過小評価し、情報収集を怠って、あげく自軍を過大評価し過ぎた。
大戦力の目の前に戦力を小出しし、すりつぶしてしまったのだ。軍に垣間見える悪癖の一つだ。
そこにも拍車をかけたのが我が海軍の良いのか悪いのか解らない習性だ。
日本の潜水艦は輸送船を狙いたがらない、戦闘艦艇にはすぐ食いつくが輸送船には見向きもしない。
輸送船の護衛も二級線の旧式駆逐艦を配備しただけの脆弱な代物、どこから見ても叩き放題だ。
補給もままならず装備が不足した各地守備隊を、アメリカは潤沢な補給に人員を動員して文字通り押しつぶした。
多くの空母、多くの戦艦、多くの巡洋艦、多くの駆逐艦、多くの潜水艦、そして無尽蔵の航空機に人員、敵はまさに無限のように戦力を持っていた。
それらが最新の兵器で武装してこちらに上陸を掛けてきた。
ガタルカナル、クェゼリン、パラオ、フィリピンは言うに及ばず、善戦したペリュリュー島や硫黄島も最終的には落ちた。
アメリカの物量は凄まじかった、だが同時に『予想通り』と納得できる光景だった。
前提は破綻した、だがそれでも戦うしか道はなかった。
どれだけ負けが濃くなろうとも、どれだけ戦友を失っても、『勝利』を信じる以外道がなかった。
戦争とは残酷だ、戦争は負ければ『悪』勝てば『正義』だ。どれだけ理由が『正論』でも、負ければそれは『間違い』となる。
結局は勝てば何もかもが許される。論理的な人間はそれを暴論だと言うが、それは世界を見ていない。
世界は『弱肉強食』時代のままなのだ。時代によって姿を変えてもそれは変わらない、弱いモノは死ぬしかない。
弱いモノがどれだけ吠えても、強いモノはそれを力で全て押しつぶしてしまうのだから。
正義は勝つ、否、勝った方が正義、元よりこの世に正義は無いのだ。無いモノを求めても手に入る訳がない。
やがて各地の戦線との海路も、機雷と機動艦隊に封鎖され、ついに武器を作る資材さえもなくなった。
同盟国もドイツは降伏し、イタリアは降伏した後こともあろうか連合軍に寝返った。
日本は多くの兵士を失い、艦船を失い、領地を失い、今まさに全てを失う寸前だった。
度重なる空襲、工場を焼かれ、畑を焼かれ、家が焼かれ、人が焼かれて行く。
誰もが『何故戦争なんか始めた?』と叫ぶ、『もう止めてくれ』と叫ぶ、だが戦争は終わらない。
戦争の狂気は軍と政府を一種の狂気に誘う、戦争とは勝った方が正義の旗を掲げられる事など承知の上だからだ。
日本も敵国であるアメリカも同じ、『勝てる』と思い戦争、『負けるものか』と思い戦争、それが逆転しても戦争。
誰もが正義となり、誰もが悪となる、それが戦争。
戦争は終わらない、無くなることはない、ここに人間という存在がある限り。




プロローグ




1945年太平洋戦争末期・沖縄



はっきりしない意識の中、『大日本帝国海軍陸戦隊』沖縄根拠地隊所属、斎賀洞爺中尉はゆっくりと目を覚ました。
見慣れない洞窟の天井と、遠くから聞こえる砲声に僅かに首をかしげる。

{ここは・・・どこだ・・・・?俺は・・・格納庫に追い詰められていたはずだが・・・}

格納庫に追い詰められた所から記憶が消えている、もしかしたらあのあとどうにかして切り抜けたのかもしれない。
肝心のその記憶がまったくないのだが、生きてる以上何とか切り抜けたのだろう。

{この砲声、九六式か。それに、塩の匂いが強い、となると・・・ここは・・・}

「ぐぅっ・・・・・」

右肩に走った激痛に思考が途切れる。目をやると、真新しい銃創から血が滲み出始めている。

{とにかく、傷の手当てせねば・・・}

血まみれの体を見降ろし、手元に落ちていた雑納を緩慢な手つきで漁る。
しかし、出てきたのは空の消毒薬の瓶だけだった。他には何もない。包帯すらない。

「死ぬのかな、俺は・・・」

空の瓶を投げ捨て、洞爺は嗤った。力無く洞窟の壁に背を預け、右手に握る九九式短小銃のボルトを引く。
固定式弾倉に残っている弾薬は二発だった、撃ち合える量ではない。
拳銃もあるが、すでに弾倉は空だ。まるで自分の装備が国を表しているようだ、まどろみから覚めた思考がふと思う。

{・・・・砲声が、止んだ?}

壁に寄りかかり外の音に耳を澄ませる、するとさっきまでの轟音が一つ消えていた。
撃ち尽くしたか?それとも・・・・

「いや・・・・弾切れだな。」

もしやられたのなら今頃自分も敵に囲まれているだろう。
それがない以上砲弾を撃ち尽くして撤退したと考えるのが妥当だ。
ボロボロの榴弾砲は全てを撃ち尽くし、味方は撤退したのだ。

「奴らも良くやる、敵がもう目の前まで――――っ!」

体中の銃創や裂傷が激痛を発し、洞爺は苦悶の表情を浮かべた。
歪む視界の中で、右肩の物だけでなく体中の傷から血が流れて行くのが見える。

「いてぇな。」

実際は口に出すほど痛くは無い。もはや痛覚は麻痺してしまっている。それでも口にするのは、傷を自覚するためだ。
胴体に開いた無数の銃創から血がチロチロと流れ出るようすを見て、自嘲気味に笑う。

{よくもまぁ、ここまでやられて生きてるもんだ。}

中国で戦い、ミッドウェーでガタルカナルで戦い、今までずっと戦いに明け暮れていた。
ここでもそうだ、敵を撃ち、斬り、燃やし、殴り、噛み殺した。
戦車を壊し、戦闘機を落とし、爆撃機を落とし、野戦砲陣地を襲撃し、敵の部隊を撃滅し、
銃器を奪い、弾薬を奪い、砲を奪い、車両を奪い、食糧を奪い、命を奪ってきた。
その過程でどれだけ多くの傷を負った事か。

「ほんと、俺なんでまだ生きてられるんだろうなぁ?」

体中に銃創を穿たれて、左腕は皮膚が焼け爛れ、左目は潰れて血の涙を流す。
これではまるで化け物だ、撃たれて死なないなどそれ以外なんと言えよう。
体中の傷から血液が流れて血だまりを形成していく、体中から自分の命が失われて行く。
まだ死ねない、まだやることが残っている、そう心が叫んでいる。だが、その叫びに体が答える事は無い。

「これからの未来は、平和になるんだろうか・・・・?」

痛覚が鈍り、鈍痛となった痛みが消えることのない意識の中で洞爺は思った。

「見たかったな。」

ただ純粋に見たかった。どんな平和になるのか?それは俺たちが望んだ平和になるのか?ただ知りたかった、見たかった。

「くくっ、ははは・・・」

口元に嗤いを浮かべ、自嘲しながら冷たい洞窟の天井を見上げる。
この溢れそうな想いがなんなのか、どんなに問いかけても誰も答えてはくれないだろう。

「平和、か・・・」

もはや無くなった夢が蘇る。もう潰えてしまった、あの夢がまた脳裏によぎる。
馬鹿馬鹿しいまでに純粋で、哀れに思うほど世間知らずで、眩しい位にまっすぐな夢。
若い世代のみに許された、自分のような汚れきった人間には届かない理想。
そもそもそんなものは最初から存在しなかった。最初からないモノに手を伸ばして、掴めるはずがないのは道理だ。
だがそれでも見たかった。バカなことだとは解っている。だが見たかった。
夢見ていた戦争の無い世界が、平和になった祖国が。人種の壁を乗り越え、共に笑い合える世界を。
だが、そんなものはただの理想論にすぎない。ただの甘い夢なのだ。
人間とは、結局そういう生き物でしかないのだから。虚しい響きだ、この戦いの向こうにあるのは仮初めの平和だ。
ここで戦い、散って逝った者達が守った大切な存在達が造るであろう一時の平穏。自分達の手が届く事のない、とても大切な時間。
けれど、そんな平和がこの世界ではとても貴重で大切な物。誰もが普通だといい、不足だと言う。だが、それが『平和』なのだ。
自分は、それを見たかった。もう見れなくなったヤツらの代わりに見たかったのだ。

「見たいか?」

「誰だ?」

洞穴の中に響く声、けれども聞いたことのある声のする洞窟の奥に洞爺は鋭い視線を向けた。
だが、その目とは裏腹にもはや九九式を構える力さえあるか微妙な所だ。
それを知っているかのように、声の主は悠然と洞窟の闇から姿を現した。

「また会ったの、若いの。」

「ああ、居酒屋のあんたか・・・」

「居酒屋の、で固定かい。」

そこに居たのは沖縄での戦いの前に入った居酒屋で一緒に酒を飲んだドイツ系の爺さんだった。
実際にドイツ風居酒屋の経営者でもある。バーでいいはずだが、煩い奴がいるのでそうなったのだ。忌々しい。

「まだ逃げてなかったのか?」

「生憎、便を逃してしまってな。まだ予定はあるかい?」

「最後の便は行ったよ。もう離着陸の予定はないな。」

「それは残念だな。」

老人はこともなげに言う、全く動揺していない。逃げ遅れたのなら錯乱して殴りかかってきてもおかしくないのだが。
もしかしたら、もはや逃げ切れない事を悟ってしまったのかもしれない。
いやそうではないな、洞爺は彼の背中に感じる不釣り合いなオーラを見て思った。この爺はいつものことだ。

「今ならまだ間に合う、首里城まで行くといい。市民が避難しているはずだ。
もしくは米軍に投降しろ、いくら米軍でも一般市民には何もしない。俺としては、後者をお勧めするね。」

「おや、ずいぶんな物言いじゃな。」

「今の沖縄に、勝ち目はないからな。何かとんでもない作戦や、新兵器があれば別だが。
爆撃される方と爆撃する方なら、後者の方がいいに決まっている。」

「おや、さっきまではする方じゃったじゃろ?」

洞爺の諦めと希望的観測に、爺さんはやや苦笑いで答えた。

「勝てる自信はないのかい?」

「勝ちに行こうとは今でも思っているがね。生憎、俺は――――」

洞爺は途中で言葉を詰まらせ、ゴホゴホと何度も咳を繰り返した。
咳のたびに口の中から血が噴き出し、地面を汚した。

「『大和魂があれば勝てる』なんてふざけた将校様とは違ってね。だから、こうして今でも中尉止まりだ・・・・
さっさと行くといい。首里城か米軍、どっちに行くかは自由だ。」

「行っても良いがの。中尉、あんたも一緒じゃ。」

爺さんは洞爺の傍で片膝をつくと右手を差し出す。それを見て洞爺は小さく微笑むと、手を払いのけた。

「俺はここに残る。」

「こんなところで死ぬ気か?死ぬならこんな固い洞窟じゃなくてもよかろうに。
それとも何かの?まさかわしがあんた程度をおぶれないとでもおもっとるのか?」

「俺には、寝心地のいい布団の上で死ぬ資格など、ありはしない。あんたに運ばれる、権利もな。
意外と気持ちいいもんだぞ、地面に大の字になるのはな。」

「そんなのは平和な時にやってこそじゃろが。なぜ、そこまでして戦う?」

何故だと?爺さんの問いに洞爺は笑って答えた。

「あんたたちのような高尚な理由などないさ。戦わなければいけないから、だから戦うんだ。」

「何故戦う、戦いの向こうに何がある?」

「別の戦いだ、その向こうも、その先も、終わりはないだろうな。」

「そこまで悟っておいてどうして?もうあんたに戦わなければならない義務なんて無い、それでは死ぬだけじゃ。」

洞爺は爺さんに目を向けた。やはりというべきか、爺さんの目はとても澄み切っていてとても輝いていた。
それこそ、本当に忌々しい位に。

「犬死と言いたいか?」

「他になんの言い方がある。」

「俺は自ら望んで軍人になった。」

「だからなんじゃ?」

「俺は、自分の意志で戦う道を選んだ。俺は、いつも自分の意志で戦ってきた。
だから最後まで、自分の意志を貫いて戦い続けなければならない。
戦いを捨てる事も、逃げる事もしてはいけないんだ。逃げたら、俺はあいつらを裏切ることになる。
それだけはしたくない、だから俺の居場所は『ここ』だ、生きている限りな。」

「だが、あんたが欲しかった居場所はここじゃないはずじゃぞ。
戦い、血に染まり続ける事、それが贖罪にでもなると言うのか?もう良いじゃろう、もうそんなものは握らんでよいのじゃ。」

爺さんは九九式短小銃に手を伸ばして掴む。

「・・・・あんたには解らんよ。それにこれは贖罪じゃない、これは俺の意志だ、我儘だ。」

洞爺はその手を払い九九式を抱き寄せた。銃身の冷たさを頬に感じ、ムスリと爺さんを見上げる。
ふざけるな、優しい光に満ちた爺さんの両目はそう語っていた。

「愚かだと思うか?そうだな、あんたから見れば滑稽に見えるだろう。」

「だが――――」

「俺はもう決めたんだ、この国の平和を守るってな。」

爺さんの言葉に被せ洞爺は言い切る。最後は自分に対して言っているようなものだった。
脳裏に懐かしい思い出が次々とよぎり、洞爺の胸の奥に熱い物が沸き上がってきた。
泣く事は出来なかった、ここで泣く意味など無い、泣くことは許されない。
いや、そもそもこの感情は悲しみなのだろうか?洞爺にはもう解らなかった。

「なに、自分から死ぬ気などさらさらないから安心しろ。運が良ければまた会えるさ。」

「・・・・もう戦争は終わるのじゃぞ。」

なぜだ?爺さんの視線が語る。その視線に、洞爺は苦笑した。

「何か勘違いしているな。確かにもうすぐここの戦いは終わるだろう。
海軍の艦は沈むか陸に乗り上げ、陸軍は戦車はブリキで砲は豆鉄砲、武器弾薬は作れず、石油も底をつき、まともな兵隊も雀の涙だ。」

「じゃから―――」

「だがな。」

爺さんの言葉に大きく言葉をかぶせる。

「停戦協定は結ばれたか?終戦は?降伏は?どれでもいい、一つでも行われたのか?いや、まだ行われていない。
まだ終わっちゃいない、終わってない、終わらないんだよ、戦争はまだ終わってないんだ。」

「だから殺し合うというのか?親友と殺し合うのか?」

「奴も軍人だ、覚悟は出来てるさ。」

洞爺は微笑んだが、体中から悲鳴と激痛が走り、笑みは苦痛に変わる。

「俺と一緒に居たら、殺されるかもしれん。早く行け。俺が派手に暴れりゃ、そこから逃げてきたって名目も立つだろうしな。」

「じゃが、それでは未来は見れんぞ。」

爺さんの言葉に洞爺は首を横に振った。俺にはもう無縁だ、と洞爺は嗤った。
すると、爺さんはなにやら策ありげな表情をした。どこかで見たような、懐かしい表情だ。

「とっておきを教えようぞ、わしは魔術使い、つまり魔術師じゃ。
わしの力を使えば、あんたを未来に飛ばしてやることもできる。飛ばすだけじゃがの。」

「魔術師か・・・お目にかかりたいものだ。」

「あんた・・・まだ信じとらんな?」

「ああ、信じとらんな。」

「遊んどるじゃろ。」

「何のことやら?」

爺さんの疑問に洞爺はわざとらしく返す。懐かしいやり取りに、洞爺はふと感慨深げに首を横に振った。

「今だから白状するが、苦手なんだ。その手のものは。」

「ほほぅ、それまたなぜ?真似事でもして笑われたか?」

「合わんのさ、俺はその手の話とは相性が悪いんだ。」

とげのある洞爺の言葉に、なるほど、爺さんは頷く。

「懐かしいな・・・・爺さんと一緒に飲んだ酒・・・もうずっと昔に思える。
覚えてるか?あの時、部下の穴山が飲み過ぎてな。あの騒いでた若造さ。
帰った後ケツバットだったんだ。まったく、あれほど飲み過ぎるなと注意しておいたんだがなぁ。
本当に、元気で明るくて前ばっか見てた若造だったよ。本当に・・・・」

「・・・あんたは死ねんよ。」

「なに?」

過去を懐かしんでいるときに爺さんが何かつぶやいた気がした。
洞爺が振り返ると、そこには爺さんはいつも通りの自信ありげな笑顔をしていた。

「死なせんと言ったんじゃ。残念じゃが魔術師は貪欲でな、あんたが嫌がっても未来に飛ばさせてもらうぞ。」

「はは、それはまた自己中心的な考えだ。」

「結構じゃ、出来ない善よりやる偽善じゃよ。なによりあんたには大きな恩がある。」

この爺さんは何を言っているのか分からなかったが洞爺はあまりいい予感はしなかった。

「爺さん、俺はもう良いんだ。俺はここで戦い、これからも戦い続ける。
早く行くといい、ここらの海兵隊は全部壊滅させたからな。今なら近道できるぞ。」

「やらかしたな、またあんたは。」

「あんたらは、だろ?部下を忘れないでほしいね。」

「あんた一人でも余裕じゃないかい?嘉数じゃ相当暴れとったじゃろう?」

「阿呆が・・・数は偉大だぞ?」

洞爺はどこか吹っ切れたようにケタケタ笑う。生き残りを引きつれて、最後の抵抗に出たのがとても懐かしい。
歩兵、砲兵、戦車兵、工兵、憲兵、飛行兵、整備兵・・・・
負傷者や市民、負傷者を介護するひめゆり隊の生存者を逃がすため、それだけのために集まったたった359人。
自分を含めて360人の混成部隊、たった360人の精鋭部隊。戦いが終わったのはほんの数時間前の事だ。
2週間、長くも短くも感じた2週間、考えてみれば、最初は鹵獲M4と整備不足で不調な三式砲戦車と何とか復元した3機の戦闘機だけだった、それだけで良くここまで戦ったものだ。

「もういいんだよ。さっさと行け、ここは俺達の戦場だ。あんたが死ぬべき場所がなかろう。」

「・・・変わったな、お前さんは。」

「変わるさ、この世に変わらないものはない。」

洞爺はそう爺さんに言い捨てる。すると、肩に鈍い感触を感じた。爺さんが洞爺の肩を掴んでいた。
爺さんは首を横に振る。行くな、と彼の目は告げていた。

「生憎じゃが、あんたにおごってもらった酒の借りは、無理やりにでもここで返そうぞ。
未練がないならいいじゃろう?どうせならば、人生をやり直したらどうじゃ?」

「俺は戻れんと言ったはずだが?」

「ああ、だからあんたは向こうで新しい人生を送るんじゃよ。戦いなんぞ無い、人並みの平和な人生をな。」

平和、か・・・・爺さんの言葉に洞爺は頭の中の何かが落ちたような感覚がした。
そして、なぜかおかしくなってきた。爺さんは洞爺の姿勢をただすと、小さな杖のようなものを取り出し何やら呪文を唱え始める。
すると洞爺の包むように三角形の魔術術式が現れ、淡い緑の光を放ち始めた。
淡い光は粒子のようになり洞爺の体を癒すように覆い、洞爺の体に触れる。
しかし、彼の体に触れた途端光の粒子は弾け、術式は不安定に点滅して消えた。

「むぅ・・・・」

爺さんはやはりとでも言うように唸り、また新しい呪文を唱え始める。
まるで小説のような光景に洞爺はまた笑いがこみ上げてきてむせる。
海兵隊相手に暴れるのもいいがおかしなことにまた足を突っ込むのも悪くないかもしれない、そんな気がしてきた。

「新手の漫才か?これは。」

「魔術じゃ。」

「手品だろうが。相変わらず、シレッと冗談を言いやがる。しかし、良くもまぁ手の込んだ仕掛けをしたもんだ。」

貧血で正常な思考ができなくなってきた洞爺は笑う。

「悪いが、あんたはまだ平穏に生きて『幸せ』になる権利がある。
なに、気負いせず気楽に行ってこい青年よ。向こうにはワシが話を通そう。
今は解らずとも、じきに答えは見えてくるじゃろうて。」

「ははは・・・絶対に嫌だ。そういうのは近所の子供たちにやってやりな。」

洞爺はいつも通りの微笑みを浮かべ、全力の否定を爺さんに言い放った。
馬鹿馬鹿しかった、馬鹿馬鹿しくて懐かしくて涙が出る。

「さっさとどっちに行くか決めろ。
長いことここに居ると、そのうち火炎放射器を突っ込まれるか手榴弾を投げ込まれるぞ。それとも・・・」

洞爺は爺さんに小銃の銃口を突き付けた。腰だめに構えた銃口が爺さんの額をぶれる事無く捉える。

「ここで俺に殺されるか?変な真似はしないでくれ、あんたを殺したくない。」

「撃てるのか?」

撃ってみろとばかりに爺さんは両手を広げる。

「撃つさ。」

躊躇い無く言い切る。実際撃つことに躊躇いはない、誰が誰であろうと殺せる。
殺しは嫌いだが、やらなければならないのならやる。

「悲しい事じゃな、あんたともあろうものが。」

「あんたは過大に評価し過ぎる、俺はあんたの考えているような人間じゃないという事だ。」

爺さんは哀しげに言うと両手を上げた。

「それでいい、あんたは速くここから逃げろ。いくら魔術師でも物量の差は埋められんだろう・・・」

茶化すように言い洞爺は銃を下ろした。途端、意識と視界がぐらりと揺れた。
失血がとうとう危険な域まで達したらしい、意識が遠のくのが手に取るように分かる。

「―――――・・・・?」

声が出ない、ただ空気が漏れる音だけが聞こえる。首を触る、なんともない、胸を触る、穴があいている。
アメリカ兵のM1カービンに開けられた銃創だ。もっと小さかったはずだが、触れている穴は少々大きい。
銃創など大小かまわず体中に開いているが、その中でも一番大きいのではないか?

「・・・・ぁぁ。」

唯一無事な右手で穴を抑えるとようやく声が出た。どうやら本格的に肺に穴が開いたらしい。
どれだけ息を吸っても吸った気がしない。ただでさえ肺の機能が低下しているのに、空気が穴から抜けてまともに溜まらないのだ。
軽い衝撃を感じた時には、仰向けに倒れてしまっていた。
暗くなる視界の中、爺さんは困ったように微笑んだような気がした。

「眠るといい、そのほうが楽じゃしの。」

「はぁ・・・相変わらずだ、あんた。すまんが、火をくれないか?マッチが全部湿ってるんだ。」

絞り出すように言うと、洞爺は胸ポケットから最後の煙草を取り出して口に咥えた。
爺さんがその煙草に杖先に火を灯して煙草に火とつける。
火のついた煙草を大きく吸い、最後の煙草を咥えたまま煙を吐き出した。
紫煙で肺が焼けるように痛む、それがなぜか気持ち良かった。

「すまないな。」

洞爺は微笑み、重たくなった瞼を閉じた。
体の力が抜けていく、体がどこかに堕ちていく、空中を落下するのとは違う、体が動かない、堕ちて、堕ちて堕ちて堕ちて・・・

{確かにこれでは無理だな。もう少し、休もう・・・・}

そして、斎賀洞爺は眠気に身を任せた。





[15675] 無印 第1話・改訂版
Name: 雷電◆5a73facb ID:5ff6a47a
Date: 2011/06/20 19:35




なんだ?・・・・真っ暗だ、何も見えない、なにも聞こえない。ここはどこだ?
あの爺さんに会った後から、変なことばかりだ。これが『死』というものか?それとも、これは夢なのか?
・・・・・・解らん、解らんことは解らん。俺は死んだのか、ただ夢を見ているだけなのか。
もしや米軍の新兵器か?いやいや、それなら目も耳もダメにするんじゃなくて殺した方がいいだろう。
じゃこれはなんだ?これが死?死後の世界?あの世か?それともただの夢か?それとも走馬灯?

―――気味の悪い走馬灯もあったもんじゃないか、俺の方はもっといいもんだったぜ。

・・・・なんだ?幻聴か?走馬灯を自慢するバカの声が聞こえるぞ。

―――なにおう!?てめぇ俺をバカだと!!

バカだろうがこのすっとこどっこい、走馬灯は自慢するもんじゃないだろうが。
もしかしてこの真っ暗闇はお前のせいじゃないか?
お前のせいでどれだけ酷い目にあったか・・・・走馬灯もそのせいで消えたんじゃないか?

―――そんなに怒らなくてもいいじゃねぇかよ。

お前のせいで散々だったんだ、勝手に変な事吹き込みやがって。

―――そして次の出撃では見事3機撃墜して帰ってきましたとさ。

うるさい。だいたい非常識なんだ、俺は陸戦隊なんだぞ、陸兵だ陸兵。
なんでよりにもよって腕の錆ついてた俺を引っ張り込むんだ?ぇえ?

―――いいじゃねぇか、垣根を越えた共闘だぜ。

越え過ぎだ馬鹿野郎。航空と陸戦のどこが垣根だ、垣根どころか文字通り天と地の差だぞ。

―――腕良かったのになぁんで兵科転換したのかねぇ?

・・・・・うるせー。

―――初心だね~~

貴様、後で覚えておけよ。

―――はははは、そんな口きけるんなら心配無用のようだな、いやーー心配してたんだぜーーー

・・・・・・

―――そんな怖い顔するなよ、無言で拳を握るなよ。心配してたのは本当だぜ。
べつにいいじゃねぇか、どうせお前の兵科なんてあってないようなもんなんだし。

そういう扱いにされるのが少し悲しい。俺はモノか何かか?

―――うんにゃ、人間型決戦兵器。お前に使えない兵器もうほとんどないじゃん。そのくせ戦闘能力半端じゃないし。

ぶち殺すぞ飛行隊長。誰のせいだ誰の。

―――DAMARE☆半分は自分のせいだろ、お前の兵器好きは筋金入りだし。
戦利品とか言って迫撃砲持って帰ろうとしたのどこのどいつだよ。
   兵器の取り扱い説明書をどこからか手に入れてきては読み漁ってたのはどこのどいつだよ?
   俺に九七艦攻の説明書ちょろまかして来いって言ったのどこのどいつだよ!!

もう半分はお前達がいろいろ変なこと頼んでくるからだけどな。十分な対価だろう。

―――ま~人手が足りなかったんじゃしょうがなくね?。

まったくどいつもこいつも・・・・おかげで後輩からまで色々言われたんだぞ?どうしてくれる。
しょうがないですまされる問題じゃないぞ。

―――いいじゃねぇか。お前にとっちゃ天国だったんじゃねぇか?

否定はしないがな。

―――おうおう顔がにやけてるぜ。やっぱ根っからの兵器好きの変わりもんだお前。

・・・・良いことばかりじゃないぞ、あんなのはもうごめんだ。

―――海兵隊2個小隊を一人で潰したヤツとは思えねぇセリフだな。

仕方ないだろう、あの時はおれしか戦えなかったんだから。お前も見たいか?あんな悪夢。

―――金輪際ごめんだな。F6Fの大編隊だけでお腹いっぱいだ。

だろうな。お前今どこに居るんだ?どうやら眼もやられたらしくてな、なにも見えない。

―――お前が来れない場所さ。

行けない場所?悪い冗談はやめてくれ、こちとら本当に全盲になったんだ。なにも見えないんだよ。
喋ってるんだから近くに居るだろ、手をかしてくれ。っていうか、死人も全盲になるんだな。はじめて知った。

―――なに寝ぼけてんですか隊長、こっちに来れないってことは死んでねぇってことですよ。

穴山、お前か?どこなんだ?まさかみんないるのか?

―――居ねぇな、俺とこいつだけだ。

―――そうですねー。あっ、山本長官なら居ますね。

―――あ、ホントだ。今まで静かだから気が付かなかったぜ。

―――また漫画読んでますよ。新しいの入荷したんですかね?

―――いや、ありゃJ○J○だ。第2部。

―――ってな感じですかね。

薄情者め。というか長官、あんたなに読んでんだ?○O○Oってなんだ?

―――ま、あんな戦いして生きてんのもお前らしい言っちゃお前らしいがよ。人間辞めかけてるお前らしい。

辞めてねぇよ。

―――うんにゃもう辞めてるね。

―――『弾幕が必要だ。』とか真面目な顔で言ってカービン二刀流とかやりますしね、この人。

辞めてない!ったく、目が見えないんじゃ殴れもしない。
それにあの時は軽機も重機も短機関銃もなかったんだからしょうがないだろ!

―――落ち着け落ち着け、ほら息吸って~~~吐いて~~~もう一度吸って~~

落ち着いてる!!

―――相変わらずいじりやすいね~~~

―――落ち着いて深呼吸してください、ヒッヒッフー。

穴山、それなんちゃら呼吸法じゃないか?いいから説明を頼む。

―――あいよ、ってまぁ簡単に言っちまえばお前は死んでねぇってことだ。
俺はそっち系にはさっぱりなんだがよ。どうやらそういう意味らしいぜ。

・・・・・・すまん、もう一度頼む。変な雑音が入って聞こえなかった。

―――だから、お前は生きてるんだっての。

御冗談を、自分で言うのもなんだがありゃ致命傷だぞ、肺に大穴開いたぞ。

―――所がどっこいそうはいかなかった、あの爺さんはほんまもんの魔術師なんだとよ。ついでにお前もお前だし。

・・・・・おちょくるのもいい加減にしろ、そろそろぶん殴るぞ。それを言っていいのは爺さんだけだ。

―――言いながら拳を振り回すのもどうかと思うぞ。お前の拳痛いから、人殺せるんじゃないか?

―――殺せますよ、みた限り海兵隊6人殴り殺してます。

―――・・・・そんなもんなおさら受けたくない。進化してるじゃねぇか。

ちっ、眼さえ見えていれば・・・・

―――お前はまだ死んでないんだよ、今のこれは・・・まぁちょっとした特典ってやつらしい。
   俺だって魔術やらなんやらには詳しくないんだ。起きたらそっちの専門家にでも聞いてみろっての。

魔術ねぇ、そんな非科学的なモノがこの世にある訳が無いだろう。シェイクスピアの世界じゃないんだぞ。

―――信じるも信じないもお前の自由さね。そろそろお目覚めの時間みたいだぞ?復活に偉く時間が掛ったな、お前らしくない。

酷い言い草だな。まるですぐに生き返るような言い方だ。

―――だってお前、どんな傷でも大抵すぐ復活するじゃねぇか。

運がいいのか悪いのか・・・・・ってうぉぉぉぉ!!?

―――どした?

なんか、襟を引っ張られてる・・・・目が見えないと結構怖いな。いやはや、驚いた。

―――おおぅ、お迎えってこいつかよ。人手不足ったってこれはねぇぞ。

―――相変わらずサボってたんじゃないですか?

なんか物凄い力に襟引っ張られてる。なんかどんどんお前が遠くなってる気がするぞ。

―――現在進行形で遠くなっとるがな。

・・・・ちなみに俺を引っ張ってるの何?

―――頑張ってこいよ~~~あと教えん、知りたければ全力で生きてから来るがよい。いっひっひっ。

殺してやる、絶対に殺してやるぞ!




第1話『未知との遭遇、子狐と遭遇、そして兵器だらけのトンデモ空間。』




「くそ茅野め。いつもいつもあいつってやつは!」

斎賀洞爺は固い洞窟の地面に大の字で寝転がりながら毒ついた。
まったく、えらい夢を見た。気分はまずまず、最悪である。

「良いだろう、あの世にいったらまず最初にあいつの顔面が見るも無残になるまで殴り続けてやる。」

こうなったもう長官だろうと止められないぞ、今宵の拳は血に飢えておるわ。
洞爺は笑いながら拳を握ったり開いたりする。茅野とは旧知の仲であり一番の親友だ、遠慮はいらないのだ。
二人そろって気のすむまで殴り合いになるだろう。やや子供っぽく笑った洞爺は、意識を切り替えて辺りを見回す。

{洞窟か・・・お?}

上半身を起こして見まわして解ったのは、さっきと変わらずここは洞窟であるという事、脇に子狐がいることだ。

「引っ張ってたのはお前か。」

「く~~?」

やや痩せた子狐は小さくない鳴いて首をかしげると、かわいらしい声とともにこちらによって来た。
洞爺は顔をほころばせて何気なく顔を近づけた。

「くーー!」

「こら、そんなに舐めないでくれ。くすぐったい。」

嬉しそうにじゃれついてくる子狐を静止し、洞爺は辺りを見回した。
自分のいたのは洞穴の入り口付近のはずだが、今居るのは洞窟の奥らしい
どうりで、先ほどまで蒸し暑かったのに今はとても涼しいわけだ。どうやら爺さんがここまで運んでくれたらしい。
という事はこの子狐は爺さんの飼い子狐だろうか。

{可愛いの飼っているじゃないか。}

頭を撫でてあげようと洞爺は小さな手を伸ばし、子狐の小さな頭を優しくなでる。
子狐は少しくすぐったそうにしながら両目を細め、自ら擦り寄ってきた。和む、非常に和む。

{・・・・だめだ。}

「はい?」

自分が伸ばしている手は子供の手だった。
まさかこの手が自分の手か?まさかそんなはずは無い、自分で言うのもなんだが自分の手は大きい。
なにしろ小銃だのなんだの使いまわしてきた手だ、傷だらけでゴツゴツしてて大きいのだ。
しかし、動かしてみると自分の意志の通りに指が曲がる。

「やぁ!僕くろちゃんだよ!!一緒に遊ぼうよ!!」

「くぅ~~!!」

「いや飛びかかるな、これ影絵だから。」

「くぅ?」

「影絵、ほらくろちゃん。」

「く~~~♪」

犬の影絵を作って言ってみた、影絵は自分の思った通りにできた。
さらに直立してみればかなり背が低い、いや子供の視線になっている。
自分の服装を見れば、ハイカラで高級そうな子供服であった。もちろん、海兵隊にやられた銃創や裂傷なども見当たらない。
服をめくりあげるとそこにあるのは昔受けた銃創やら切り傷やらの傷跡だけだった。

「ど、どうなってんだ?」

すぐに銃剣のある腰に手をやるが何もなく、少し探して落ちていた銃剣を鞘から引き抜く。
きらりと光る磨かれた白刃の銃剣に自身の顔が映し出された。

「うそだろ・・・・」

そこに映し出されたのは昔の自分・・・・だと思う。なにしろ昔のことでほとんど覚えてない。
程よく日焼けした健康的な肌と白髪が増えた髪の毛は変わらないが、顔全体は子供そのものだ。

「あは・・・ははははは・・・」

がっくりとうなだれ、もう空笑いするしかなかった。



数十分後・・・・・・・



なってしまったものは仕方がない。洞爺はとりあえず気持ちを落ち着かせて、今の状況を確かめて所持品を見ることにした。
自分は軍人である、この程度では慌てない。慌てない慌てない慌てない、自分に言い聞かせながらバックを開く。
服は子ども服と替えが2着、下着も同様。今まで愛用していた陸戦隊の服もリュックサックにあった、なぜか新品同様で。
ボストンバックはまだ開けていないが、重さからしてかなりの量が入っているだろう。
さらにポケットに入っていた、封筒に入った手紙が数通。何枚かは一通以外は白紙だった。

『斎賀中尉、これを読んでいるならうまくいった証拠じゃろう。
いいか?今あんたがいるのは何年後かはわからんが未来の日本じゃ、昔の常識が通用せんかもしれんから心してかかるのじゃぞ。
体のことじゃが、本来ならばそのまま送ってやりたい所じゃがあんたの体の傷が深くて無理じゃった、
だから代わり体に魂を移させてもらった。その身体は人体研究が本業の魔術師に頼んで一緒に作った代物でな。
性能は折り紙つきじゃよ。だが、魂をよりうまく定着させるためには幼年期の姿が一番なのでな、
いたしかたなくこういう形になってもうた。本当に済まぬ、借りを返すと言っておきながら苦労かけるかもしれん。
だが―――――――{中略}あと、その物入れには他にもいろいろなものを入れておいた。
これで借りは返したぞ斎賀中尉、これからの無事を祈っておるよ。Vom magischen Lehrer des nahen Freunds.』

「爺さん・・・・本物だったのか、驚いたな。いったいどんな手品だ?いや、それともこれも夢、いや幻覚か。
はっ!まさか新手の科学兵器か!?・・・いやいやいや、ないないない。」

軍服から取り出した『朝日』を口に咥えながら呟き、紫煙を燻らせて手紙に目を落とす。

『追伸、煙草と酒は平気じゃが控えめにな。絶対に無理はするなよ。』

「こうまでされると、嫌でも生きなけらばならないじゃないか。」

本当におかしい、おかしくて笑いが止まらない。涙が出る。
くくく、と微笑みながら手紙を見返す。いわく、この体は自分の細胞を使ってあの爺さんと知り合いが作った人造の体らしい。
つまり魂の無いもう一つの自分の体、無傷の死体のようなものだ。
生まれ方が違うだけで人間と全く変わらず、普通に生活できるし成長もするし子を成すこともできる。
それと同時にこの体には『りんかーこあ』なるものがあるらしく、自分自身も鍛錬すれば魔術も使えるようになるそうだ。
もっとも、その道には全く関心が無いが。

「ちょっと試してみるか。」

だが、ちょっと好奇心で試してみたくなるのも性というものだ。
手紙をポケットにしまい、脇のボストンバックから魔術書を一冊引き抜く。

「武器もそうだが、ずいぶん気前がいい・・・・うむ、これは、なかなか面白そうだ。」

中身は案外普通に読める独逸語の本だった。だがみた限り普通の法則は通じなさそうにも見える。
魔術書の解説通りに手のひらを広げて上に向けた。その時、洞爺はある事に気が付いた。

「・・・・魔力って、どう扱うんだ?」

生まれてこのかた魔力なんていう不可思議な力なんか使った事がない。
銃なら狙って引き金を引けばいい、刀なら振るえばいい、だが魔力はそんな簡単なものではないだろう。
どうやるんだ?と首をかしげて魔術書に視線を落とす。しかしいくら読んでも理解できない。

「・・・・・だめだ、要領を得んな。精神統一のようにか?それにしてはえらく抽象的な表し方だな。」

魔術書を閉じると、もう一度掌を開いて上に向け、そのまま精神を集中させる。
すると体の中に熱い何かが通る感覚が起きた。同時に沸き上がる不快感、どうやら魔力のせいらしい。
魔力は自分の意志で制御できるらしく、何とか制御して熱いモノを手のひらに集めて行く。
この作業もまた一苦労だ、なにしろ制御しようとするたびに不快感が体のそここから沸いてくる。
この手の不快感には慣れているがこれは今までの物とは違い複雑、というよりもカオスであった。
まるで水が体中の血管を循環しているような寒気もあれば、締め付けられる圧迫感、頭痛や吐き気などが交互にもしくは同時に襲いかかってくるのだ。
この分だとより本格的な使い方をしたらもっと恐ろしいことになるに違いない。
正直ごめんこうむりたいな、と思いつつ洞爺は意識を集中させる。

「!」

すると、手のひらから白色の球が現れ、フヨフヨ浮遊してすぐに霧散した。

「ははは・・・本当にできたよ、世も末だな。」

魔術書をしまい『朝日』の紫煙を口から吐き出す。

「さて、次は持ち物か・・・・」

すぐ確かめるべきだったが今の今まで気が付かなかったのだからしょうがない。
とりあえず、リュックサックとボストンバックから中にを取り出す。

「魔術書。7.7ミリ小銃弾。十四年式拳銃。八ミリ弾。戦闘糧食。チョコレート。ブドウ糖。
懐中電灯。『朝日』二カートン。{中略}水筒。九九式短小銃。銃剣。・・・・意外とあるな。」

こんなでかいもんよく入ってたな、と懐中電灯を一瞥する。
吸いがらを捨てて、水筒の栓を抜いて水を飲んでから身の回りを見渡した。

「・・・・しかし、これは嫌がらせか?」

そこには嫌がらせともとれるようなほどの武器の山また山。全力で適当に集めまくりましたと言外に言っているようなありさまだ。
文字を読む程度には明かりはあったが外が暗くなり始めたらしく、だんだん暗くなっているようであたりは闇に包まれつつあった。
こんな所でまた真っ暗になってはたまらない、洞爺は懐中電灯のスイッチを入れた。
電球が明るく光り、辺りを明るく照らし出す。海軍の使っているでかくてクソ重いものだが、無いよりはマシだ。

「陸軍の一式中戦車、九七式中戦車、八九式中戦車。零式艦上戦闘機二一型、天山艦上攻撃機、
九九式艦上爆撃機、一式陸上攻撃機。榴弾砲に野戦砲、迫撃砲に対空機銃に銃器諸々・・・・
ここはどれだけ広くてどれだけ並んでいるんだ?」

目の前には兵器が文字通りゴロゴロと並んでいた。種類はバラバラだが、ひとまとめにするととんでもないことになりそうだ。
中にはどうやって運びこんだのか知らないが四発飛行艇『二式大艇』などの大型機や
双発攻撃機である『一式陸上攻撃機』おそらく『B-29』らしいボロボロの残骸まで無造作に置かれている。
両翼が吹っ飛んで胴体のみの残骸は、復元は無理そうだが比較的状態は良いようだ。
子狐と一緒に武器の隙間をすり抜けながら、一つの木箱を開けてみる。それは手榴弾だった。
使い慣れた九七式手榴弾に九九式手榴弾、ドイツの柄付き手榴弾を模した九八式手榴弾に
旧式の九一式や十年式手榴弾、それだけでは飽き足らずアメリカのMK2破片手榴弾やイギリスのミルズ型などまである。
しかもその箱も山積みだ、合わせれば三ケタではすむまい。

「軽く手榴弾の博物館が開けるな。」

さらに、ガソリン入りのドラム缶まであった。しかもアメリカ製の純度の高い物、これなら何でも動かせるだろう。
軍需物資の山また山だ、これだけも物資があれば後は人員をそろえて米軍を押し返せるだろう。

「ほぉ、ガーランドにカービンM1短小銃、ん?M4シャーマンにM3か。・・・ドーントレスまであるのか。」

ほとんどが日本のものだが、アメリカの戦闘機や戦車などの海外製の兵器も多く見受けられる。
新型はすぐには無理だが、見たことのあるものならすぐに使えるはずだ。
M4シャーマンやM3スチュアート戦車も鹵獲して使った事がある。無論飛行機など言わずもがな。
どの兵器も見た所ちゃんとしてるし、少し手をかけてやればすぐに飛べるようになるだろう。
洞窟は異常に広いし地面も平坦だから、整理してやればここからでも飛ばせるかもしれない。

「M1919、モシン・ナガンM1891/30、MP40、BAR、M1A1、M1バズーカ・・・・これだけの武器があるなら心強いな。」

小火器にしても、小銃に機関銃、重機関銃に軽機関銃とかなりの数が揃っている。
小銃や拳銃なら何とかこの身体でも扱えるだろうし、無理なものなら何かで補助して使えばいい。
バズーカなら化け物だろうが木っ端みじんに違いないだろう、鋼鉄の戦車を鉄クズにする代物なのだ。
そんなモノをどうやって手に入れたのか気になる所だが、気にした所でしょうがないだろう。
どうせ戦場をほっつき歩けば落ちている。

「ほぅ、九六式15センチ榴弾砲にラインメタル37ミリ、こいつは?・・・・なんと、M115 203ミリ砲。こんなものまで・・・・」

次に見つけたのは古今東西の野戦砲や重砲に速射砲などの類、これまた無数に陳列されている。
一発の威力はただの戦車砲とは比べ物にならないほど強力だがそれ故に扱いにくい兵器たちだ。
その分融通の効かない所もあるが、どんな兵器にも弱点はある。それはそれでいいのだ。
どうやってこんなものを手に入れたか本当に気になるものだが、もう気にするのも無駄だろう。

「整備用具、これは戦車用か、戦闘機用のもある、予備部品も多いな。
・・・というか、見た事もないのが並んでいるな。パンジャンドラム?」

見ただけでも『ゲテ物です』と笑顔で言っているようなタイヤ型兵器に苦笑いする。
外縁に取り付けられたロケットと木製タイヤ型の構造からして、ロケットの噴射を利用してゴロゴロ転がすのだろう。
付属の部品や説明書からしてイギリス製らしい、おそらく試作兵器だ。当たればいいが、十中八九まず当たらないだろう。
イギリスは紳士の国だがどこにでもどこかネジの吹っ飛んだ技術者はいるものだ。

「牽引車にクレーン車、ふむ、しかしショベルとドーザーはどこで使えと?まぁいいか。
砲弾、各種勢揃いか。化け物でも粉砕できそうだ。もはや何でもありだな、ほかには・・・・・はぁ。」

本日何度目かもわからぬ異常な光景にため息、もう驚くのも飽きた。
武器や補給品の山を抜けたその向こうには、水路とともに最上型重巡洋艦が鎮座していたのだ。

「嘘だろう・・・」

洞爺はもう諦めの視線で重巡洋艦を見つめる。錨は下りている。武装も異常は見当たらない。
そこで洞爺は気が付いた、目の前に広がる水路がやけに広く、自然の洞窟にしては整い過ぎていると。
改めて地面を見ると、地面はいつの間にか洞窟のごつごつしたそれではなく見慣れた人口建築材だった。

{これは・・・・}

「地下ドック、基地か。」

何故今まで気付かなかったのだろうか。いや、もはや異常過ぎて脳が勝手に現実から目を背けてしまったのかもしれない。
かなりの量の武器弾薬や航空機などで埋もれているが、水路脇には小屋や中型クレーンなどの設備が設置されている。
水路も整備拡張され、重巡洋艦一隻は収容できる大きさがあった。もっともそれでもギリギリだが。
基地としてはかなり偏っていてお粗末だが、見かけにこだわらなければかなり良い基地だろう。
なぜか指令室などが存在せず全てお粗末な小屋なのは謎だが、クレーンなどは今だ現役のようだ。
そのクレーンもドイツ製だったりアメリカ製だったりとめちゃくちゃなのがまた謎だが。
うまく使えばこのごちゃごちゃな洞窟を整理するのに役立ちそうだ。かなり奇妙だが立派な設備を持った小規模基地、いや元基地の方が正しいか。
ここが元基地だとするなら巡洋艦が洞窟の水路に停泊しているのは決して不思議なことではない。

「う~ん?」

不思議なことではないが、問題はその停泊している巡洋艦の型にあった。

{最上型?最上型は全て沈んでしまったはずだが・・・海軍が新造したのか?記憶違いか?}

重巡洋艦を新造するのはいささか時代遅れだと思いながら洞爺は重巡洋艦に近づく。
水深がかなり深いらしく、重巡洋艦か擦るか擦らないかの近さで停泊していた。ご丁寧にラッタルまで下りている。
どうやら改装後の物らしく主砲は大口径の二連装型、おそらく20.3センチ砲だろう。
現場からは以前の15.5センチ三連主砲の方が良かったと言われ不評だった砲だが、これはこれで使い勝手の良い砲である。
対空砲も多いから、おそらく熊野のように対空防御を重視したのだろう。

「・・・・まあ、嬉しいのだがな。野宿しなくて済みそうだ。」

艦内には居住区があるし、士官用の個室や厨房もある。
海の上で寝ることになるがそんな事は慣れているし、このまま洞窟で寝るよりはだいぶマシだ。

「く~~~?」

「済まんなキツネっこ。変なところを見せた。」

子狐を抱き上げ頭をなでる。子狐は洞爺にすり寄って頬を舐めた。

「一緒に来るか?今日はここで一晩明かす。」

「くーーーー!」

嬉しそうに尻尾を振る子狐を洞爺は抱き抱えながら、ふと外につながる穴を見つめる。

{ここが未来だというのなら、外はどうなっているのだろうか。}

今の世界はいったいどんな世界になっているのか、大戦はどうなったのか、日本はどうなったのか、知りたいことは尽きない。
だが、同時に怖くもある。当然だ、何せ洞窟の一歩先は未知の世界かもしれない、怖がるなという方が無理だろう。
自分は兵士だが、恐れを知らない訳ではない。怖い物は怖いし、嫌な物は嫌だ。
下がっていたラッタルを上って甲板を歩き、ハッチを開いて重巡洋艦に乗り込む。
中は比較的きれいだったが、やはり兵装の弾薬や武器庫はすべて満載だった。
倉庫内にも物資は満載、だがその内容はちぐはぐだった。搭載されている物資の木箱の生産地がバラバラなのだ。
中身は一応同種の物で固まっているのだが、産地は日本だったりイタリアだったりアメリカだったりとバラバラ、
厨房のフライパンはなぜかイタリア製だし冷蔵庫に至ってはドイツ製だった。さらに珍妙だったのは陸戦隊なじみの武器弾薬庫だ。
武器庫に保管されていた小銃が全てイギリスの『リー・エンフィールド』だった。
軽機関銃に至ってはドイツの『MG34』がほとんど無理やり並べられており、
『MP18』通称ベルグマン機関短銃が保管されているはず木箱の中身は一〇〇式機関短銃だった。
辛うじて普段の様相をとどめていたのは手榴弾くらいだろうか、あまりに無節操な内容に思わず絶句した位だ。

「どこのバカだ?武器庫に鹵獲品詰め込んだのは。」

まるで余り物をそのままでたらめに突っ込んだような艦内に呆れてものが言えず洞爺は額に手を当てる。
これは日本の巡洋艦なのだから日本の銃でなければいけないのだ、とお堅い事を言う訳ではない。
元々海軍は艦に予算を取られて陸戦装備は陸軍のお下がりの物が多かった。
三八式が配備されると言う話だったのにいざ届いてみれば木箱の中身はイタリア製のイ式小銃だったという事も多い。
しかしこれはいくらなんでも酷過ぎである。せめて制式採用品にしてほしい、訓練していない銃火器など使える訳ないのだ。

「この船の艦長は何を考えている・・・しかたあるまい。おい、何人か引き抜いて本部に行って来い。残りはこっちで片付け・・・・」

そう言いかけて洞爺は口をつぐんだ。整理しようにも艦には艦長も海兵も自分の部下も、人っ子ひとりいないのだ。
もちろん自分の周りにも誰もいない。それを思い出した途端、洞爺の頭から呆れがすーっと抜けていった。

{何やってんだ俺は。}

あまりに非現実的な事が起き過ぎて冷静さを欠いていたようだ。
本当にここまでする必要があるのかいまいちよくわからなかったが、少しして気にするのも無駄だと悟り、そのままの足で艦長室に向かう。
艦長室もやはり無人だったが、不自然なほどに綺麗で埃もほとんど溜まっていなかった。まるで最近掃除したばかりのようだ。
机は新品同様で、備え付けのベットはすこし湿っぽいがカビの匂いもせず清潔感あふれる状態。
まるでまだ誰も使っていないような状態だ。

{不思議な物だな。}

ベットに横になり、無機質な天井を見上げながらふと思い返す。
魔術だのなんだのと、もはや驚くものは何もないと思っていたが、ここまでくれば頭痛がしそうだ。
いったい俺に何が起こったのか?あの爺さんは本当に俺を未来に送ったというのか?
手紙ではそうだと書いてあったが、ここは洞窟の中で周りに有るのは目新しくもない{見たことのない物はあるが}武器兵器ばかり。
ここは本当に未来なのか甚だ疑問だ。もしかしたらからかわれてるんじゃないのだろうかとすら思える。
しかし今の自分は子供の姿、それもいわば人造人間?の体になっている。
今の科学でそんなことは可能だったのだろうか?いやあり得ない。ウェルズの世界じゃあるまいし。
だとしたら本当に魔術なのか?だがこれは・・・・

{駄目だ、まったく埒があかない。・・・考えるのは明日にしよう。}

洞爺は思考を中断し、大きく背伸びをしてから静かに瞳を閉じた。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




疲れのせいか泥のように眠った洞爺は、翌日の午前5時{自分の懐中時計では}に目を覚ました。
外は相変わらず暗い、洞窟だから当然だ。だが海の方の入り口からは光が差し込んでいるから少なくとも日中だろう。
起きると一通り体をほぐし、まずい戦闘糧食で朝食をとるとベットに座って一通りかき集めた必要な物資を確認した。
今日は洞窟の外に出て周囲の散策をし、出来れば町に行く予定だ。町に行けば今がいつなのか解るだろう。
だが外の様子はどんななのか解らない、いざという時のための準備は必要だ。

「ん~~?新品同様だな。劣化も見られない。」

洞爺は艦長室の机の引出しにしまわれたままだったブローニングM1910を整備しながらつぶやく。
本来なら使い慣れている十四年式の方が良いが、小型で携帯性のあるこっちの方が隠し持つには良い。
弾薬の再装填に手間取るだろうが、それ以外は良い銃である。戦場で持とうとは思わないが。
小型なら九四式拳銃という手もあるが、あれは暴発されると面倒だ。

{そういや、隊長もこれ使ってたっけなぁ・・・}

弾倉に32口径拳銃弾を込めながら昔を思い出す。
自身は国産好きで士官でもないのに自費で拳銃を買いこんで新米の時から使っていた位だ。
だが新米時代の配属場所である上海、その時の隊長はこのM1910を愛用していた。
確かに国産の拳銃は重いし嵩張る、その上不格好でとても高い。
それに比べてM1910は安くてかっこよくて小さい、選ぶならこっちという訳だ。
大らかで面白い人間性であった隊長はその銃をとても好んでいた。
整備の時にいたずらしてはこっぴどく怒られたっけ、昔を思い出して洞爺はにやけた。
そんな洞爺を、足元から不思議そうに見上げる二つの瞳。
なにやってるの?といいたそうな視線で子狐は洞爺を見上げていた。

「どうした?さっき食べたのにもうお腹空いたのか?」

「くぅ~~?」

「これか?こらこら、これは危ない物だから触っちゃ駄目だぞ。」

「くぉん!」

「言ってる傍から転がすな。」

ベットの上に転がっていた九七式手榴弾をまるで毛玉を転がす猫のように、転がす子狐から手榴弾を没収して自分の傍らの置く。
すると、非難するように子狐が唸った。遊び道具を取られたのだから当然なのだろうが、手榴弾で遊ぶのはいただけない。

「だめだめ、これは危ない物なんだ。下手すると爆発するんだぞ。」

「くぅ~~~~」

「あ~~だからダメだって。」

せめて毛糸でもあればと思うが生憎そんな平和的な物は手元にないのである。
しぶとく手榴弾を転がそうとする子狐を抑えながら、リュックサックに必要そうなものを詰めていく。
一通り詰め終えると、リュックサックの口を閉めて背中に背負った。
M1910をズボンに挟みMP18をスリングで肩にかけて、足元に座っていた子狐を抱き上げる。

「今日はちょっと外に出る、一緒に行くか?」

「くぉん!」

「よしよし。」

子狐が元気良く返事するのを聞いて、洞爺は微笑んだ。
巡洋艦から陸地に降りて雑多に安置されている武器の隙間を通り抜け、出口に続いてるらしい上り坂に入るとまっすぐ上り始めた。
だがしばらく歩いて、洞爺は徒歩で来たことを非常に後悔した。

「長い・・・出口が見えん。」

長いのである、この洞窟とんでもなく長いのである。これは計算外だった。
出発してから二時間、ずっと歩いているのだが全然出口が見えない。
迷ったのかと懸念したが、曲がっているとはいえ分かれ道なんてものは無かった。
しかも足場はゴツゴツとしているし、微妙に急だから体力もどんどん削られる。
延々と歩き、懐中時計で時間を確認してはまた歩く。
しばらくすると光も満足に来なくなって足元が見え辛くなってしまった。
懐中電灯をもってくるべきだったかと後悔したがもう遅い。
洞爺は手のひらを上に向けると、魔力を集めて球体を作った。

「便利なものだ、電気いらずだな。」

少しだが明るくなった周囲に、左掌の純白の魔力球をちらりと見て洞爺は苦笑する。
またしばらく歩くと、ついに子狐がもう疲れ果ててリュックサックから首だけ出してる状態になった。
洞爺は子狐が入って余計に重くなった荷物を背負い、魔力の所為で気分も心なしか悪くなってきた。
長い長い上り坂を延々と上って、5時間後、ようやく森の中に身を投じた。
しかし、彼が望んだ日の光は降り注いでこなかった。代わりに降り注いだのは月の光だった。

「月の傾きからして、午後8時か。」

どうやら時計は物凄くずれていたようだ。だが永遠と洞窟の中を歩いていたせいか、夜空はとてもきれいに見える。
夜空を見上げながら洞爺は煙草を取り出すと、一本咥えてマッチで火を付けて味わうように吸い、紫煙を吐き出す。

{うまい。}

単価が高いだけある、洞爺は『敷島』を吸いつつ周りを見渡す。どうやら今度は元飛行場に出たらしい。
長年放置されているらしく草木は生え放題でほとんどの建築物は原形をとどめておらず、残っているのは格納庫と滑走路のみ。
格納庫は作りはしっかりしているが古いことに変わりなく、滑走路はアスファルトの隙間からちらほらと草が長々と伸びていた。

{こりゃ『元』じゃなくて『廃』飛行場だな。}

アスファルトや格納庫の劣化を歩きながら調べて結論付ける。
歩き回って解ったがここは山の中腹のようだ、この山は町の裏山みたいな立ち位置なのだろう。
かつてはここに通じる道があったようだが、今となっては草木の伸び放題で既にけもの道だ。
『Publikation Knall飛行場』と辛うじて読める古い看板が立っている飛行場の端っこに行くと町がよく見えた。

「次は森か、もう少し・・・・なんだがなぁ?」

木々の向こうに見える町の光は近い、だが徒歩だと遠い。しかもこの時間帯だ、こんな時間に子供がうろついてたら嫌でも目立つ。
警察や憲兵に職質、もとい補導を受けたらどうなるか解らない。なにしろ今の自分は家も両親も、戸籍すらないかもしれないのだ。
そうなれば厄介なことこの上ない。最悪実力行使になってもならなくても自分には助けてくれる人間などいないのだ。
出歩くのなら、子供が遊び呆けるであろう夕方が一番良いだろう。ともかく、今日は町に行くことは出来ない。

「・・・・・」

しかし、町への関心は見れば見るほどに高まってくる。なぜなら、町の様子はとても発達しているように見えたからだ。
洞爺はリュックサックから双眼鏡を取り出すと、木の上によじ登って町を覗きこんだ。
そこから見えたのは、まさに未来の、いや未知に光景だった。
見えたのは大きなビル、煌びやかな街頭、そして住宅地を明るい光、控え目に見ても戦前の日本より発達している。
日本の面影が色濃く感じられたが、まるでアメリカのような街並みだ。
もし学校と思われる建物の校庭のポールに国旗が吊るされていなかったら日本とは信じられなかっただろう。
その時、上空を何かが轟音を立ててとびぬけていった。

「あれは、ジェット戦闘機!」

やや低空で飛行する三機の戦闘機は市街の上で旋回すると、町の上を旋回し始めた。
敵機の迎撃に見えたが、飛び方からしておそらく夜間飛行訓練のようだ。
双眼鏡を使っても僅かにしか見えないが、形は『橘花』やドイツの『Me262』のような、
発動機を二つ主翼につるした型ではなく後部に搭載した型のようだった。
おそらく『秋水』の流れをくむ、機体後部に発動機を積んだ型なのだろう。
ジェット発動機『ネ20』の後継だろうか?相当性能がよさそうに見える。
こんな戦闘機がとんでいる時代だ、自分の居た時代から何年たったのかさっぱり分からない。
やはり行ってみようか?と思いやや悩みながら町を見ていると、突然背後からザザァ・・・と雑音が聞こえてきた。
その音に驚いて子狐が悲鳴を上げてリュックサックから飛び出し、器用に洞爺の頭の上に乗っかる。
雑音は止まらず次第に大きくなり、やがて声が混じってきた。

≪こちら――部、イエ―――ーグル1、応答――。≫

{むっ?日本語?これは・・・}

リュックサックを開くと、声の元である米軍の小型無線機を取りだした。
何かの役に立つと思って入れておいたが、どうやら予想は当たったらしい。
何かの拍子にスイッチが入っていたらしく、偶然にもどこかの無線を傍受したようだ。
洞爺は無線機を取り出すと周波数を調節して無線の受話器に耳を傾ける。
調節しても雑音がひどく聞けたものではないが、確かに声が聞こえてきた。

≪―――指令部、――ローイー――1、状況――告せよ。
依然として、こ――の無線――はジャミングが確認――ている。≫

≪こちらイエローイーグル1、――地に異常――。繰り返す、市街地に――無し。
ですが、レーダー―――――機に異常―――られます。≫

「これは・・・無線通信か。」

これは軍の無線だ、若い男の声はおそらくあの戦闘機で初老の男性の声は所属基地の指揮官だろう。
暗号などを用いていないのは今が平時だからだろうか?だがそれにしてはおかしい。
それ以前にこのような無線をこんな携帯無線機で傍受できるのは明らかに異常だ。
無線はまだ続いている、電波が強くなったのかより明瞭に声が聞こえてきた。

≪指令部よりイエローイーグ―1、今無――回復した。そち―の計器―どうだ?≫

≪―――ーイーグル1より――部。良く聞こえません、もう――お願いしま――≫

≪今、こちらの無線機は回復――。そちらの計―はどうだ?エンジンに異常は?≫

どうやら向こうに異常があるらしい。

≪エン――に異常は見――ませんが、依――して、――ダーが一部にジャ――グを確認しています。無――も、―――不調です。≫

≪了解イエローイーグル1、任務を後続機に引き継ぎ帰還せよ。≫

≪良く聞こえません、―う一度お願いします。≫

≪哨戒任務を後続機に引き継ぎ基地に帰還せよ、不調機で飛ばし続ける訳にもいかん。≫

≪了解、帰還しま―――――・・・≫

無線が途中で切れた、周波数を弄るが聞こえるのは騒々しい砂嵐ばかり。
無線機の故障だろうか?洞爺はそう思って無線機を調べるが異常は見当たらない。
戦闘機が去っていく、しばらくして発動機の音も聞こえなくなった。

{ジャミング、電波障害の事か。町に異変?}

大方整備班がサボって適当な整備をしたのが原因なのだろうが、洞爺はなぜかパイロットの言葉が気に掛った。
実は目に見えないだけで何かとてつもなくまずい事が起きているのかもしれない。洞爺はもう一度双眼鏡を覗き込んだ。
その時、視線の先で突然町の一角で爆煙が上がり、電信柱が電線を引き裂きながら倒れた。
次いで、さっきまで明かりをともしていた『槇原動物病院』と書かれている看板が空を舞う。

「・・・・撤退だな。」

一瞬本当にまずい事が起きてしまったのかと思ったが、あの爆発は爆弾などではないだろう。
おそらく何か事故が起きたのだ、あの規模なら警察や消防が大慌てで動きだす。
そんな中にのこのこ歩いて行けば、確実に警察の目に留まるだろう。

{どっちにしろ、今日はいけないと。}

残念無念、だがここで欲張って全てをおじゃんにする訳にもいかない。
洞爺は双眼鏡をしまうと、木を飛び降りた。ぎりぎりまで吸った煙草をもみ消して捨て、洞窟の中に再び戻っていく。
巡洋艦に帰り付いたころには、精神的に疲れてもう何もする気が起きなかった。
辛うじて残っていた気力は無駄に長い洞窟の道に完全に削りきられ、もう一歩も動きたくない。
だが腹は減る。洞爺はベットに寝っ転がったまま手を伸ばしてベットの下から木箱を引きずりだす。
その蓋を開け、英語でレーションと書かれた紙箱を取りだした。

「町に行く前に、洞窟の対策練らなけりゃならんな。無駄に長い。」

うまい飯をよこせと唸る腹にまずい戦闘糧食を飲み込みながらつらつらと考える。
しかし妙案というものは案外すぐには思いつかないものだ。
味が酷くゴムみたいな食感の肉をもぐもぐやりながら考えるだけ考えるが、飯がまずけりゃ思考も鈍るということか。
あの無駄に長い洞窟だけはいかんともしがたいのだが名案が全く浮かばない。

「・・・・だ~めだこりゃ。」

結局なにも思いつかず、真水入りのドラム缶を開けて濡らしたタオルで体を拭いた後、子狐を抱いてベットに身を投げた。
子狐の抱き心地は最高でモフモフだ。子狐の方も悪く思っていないのか心地よさそうに腕の中に収まっている。
中身はゴツイ男だが動物は割と好きなのだ。こうやって抱いているだけでも癒される。
子狐をモフモフしながら眠気に身を任せてうつらうつらとしていると、

「・・・・ぉ?」

唐突に思いついた。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




青い青空の下、足の不自由な少女、八神はやては今日も図書館に来ていた。
一日中家に居るのも退屈なので買い物のついでの読書もいいだろうと思って本を見に来たのだ。
もっとも、何もなくてもふらふらと来る事があるのでどっちかついでだか解らないのだが。
図書館に入ると今日の気分で本を選ぶ。電動車いすの操作レバーを巧みに操り本棚を見ていると、彼女は一冊の本に気を惹かれた。

「う・・・高い。取れるかな~~~?」

その本がある場所は少し高い場所にあった、取ろうと彼女は手を伸ばしてみる。
しかしもう少しというところなのだがかすれる程度で掴むことができなかった。
彼女は足が悪く、車いすでの生活を余儀なくされているため否応にもとれる範囲が狭い。
しかし何かと不自由し、少し前まで手押しの車いすだったせいで腕力だけは人一倍だ。
故に多少重い本でもたいして重荷にはならないが、届かなかったら意味がないのである。

{しょがないなぁ、誰かに頼んだ方がええか。}

「えぇっと・・・あっ!」

図書館の人に少し頼もうを思ったその時、もう一人の手がその本を取った。
先を越されたのだ、運が悪いと思いつつはやてがしょげて退散しようとすると、

「君が読みたいのはこの本かい?」

彼女の前に読みたかったがさっきとられた本が差しだされた。
程よく日に焼けた肌をした白髪だらけの黒髪の少年がその本を差し出していた。
よく見ると目が少し赤くなっている。

「あ、どうも・・・けどいいん?」

「かまわんよ、元々君が取れなさそうだから取ったんだ。」

少年の言葉に、はやてはその本を受け取る。

「ありがとうな~~取れへんから図書館の人に言おうと思ってたとこだったんよ。」

「む?それはすまなかったな、いらぬお節介だったようだ。」

「いいんよ、ありがとう。」

「そう言ってくれると助かる。俺はそろそろ行かなくては、失礼する。」

少年はそのまま図書館を去っていった。その去り方といい、どこか歳の行った大人を思わせる。

「あの子、目が赤くなってたけど・・・泣いてたんかな?」

本を抱きながら首をかしげるはやてはふと手に取った本を見る。『ガタルカナルの日記』、
第二次世界大戦時の旧日本軍兵士が書いたノンフィクションの物だ。
車いすを席まで動かし、その本を開いて中身を読む。

『――――戦闘の最中、砲を指揮していた上官が倒れた。さらに銃撃が続き仲間がまた一人やられた。その時彼がやってきた。
小銃を手にした飛行服を着て首元に傷がある男が狙撃手を倒した。
彼の名は『斎賀洞爺』といい、海軍陸戦隊の中尉だった。彼は指揮官を失った自分たちを鼓舞して砲撃に当たらせた。
驚くべきことに彼は砲戦を理解していて敵に的確な砲撃を指示した。かれ――――』

「あ、リアルチートの人か。」

簡単に言えば嘘にしか思えない事を普通にやってのけて、それが事実として公式に認められて人物の事である。
例を出せばスツーカの悪魔『ハンス・ウルリッヒ・ルーデル』の馬鹿げてる上にまだまだ上があるらしい戦果とか、
ボルトアクション式ライフルで1分間の内に16発連射できるフィンランドの狙撃手『シモ・ヘイヘ』が有名だ。
その経歴はまさに人外であり誰もが『あり得ない』と言うが、それが事実であるという非常識さを持つ。
面白い言葉で表すなら、存在自体がギャグの人、と言えるだろう。
この本の人物もその中の一人、知名度は低いがやってる事はバカと冗談の総動員だ。
彼女には珍しい戦争録を読みながらふと先ほどの少年が思い出された。

「あの子にも、首元に怪我の跡があったような・・・・」

それも一時の事、再び彼女は本に夢中になっていった。





[15675] 無印 第2話・改訂版
Name: 雷電◆5a73facb ID:5ff6a47a
Date: 2011/09/14 08:43



俺はこの一週間、洞窟を拠点にして様々な情報を収集に専念することにした。
このままいきなり町に出てはさすがに怪しまれるだろう。何しろ、ここは俺の育った時代ではない。
何年たったかは知らないが、見る限り完全に別世界だったからな。・・・・正確には何十年だったが。
小さな差異というものはやたらと目立つ、どんなに隠しても都会に来た田舎者は目立つのと同じだ。
その人間が持つ雰囲気一つでその人間がよそ者かどうかなどすぐに解ってしまう。
そんな状態でウロチョロし過ぎると絶対に碌なことにならん。何事も下準備が必要だ。
図書館に行って資料を眺めたり、町を探索したり、修理できそうなものを拾ってきたりと情報収集に力を入れた。
正直とても興奮した。何もかもが新しくて目新しい、とても興味が引かれた。だが、同時にとても哀しかったな。
この国が戦後に歩んできた歴史、さまざまな文明の利器、時代の流れ。
なにを失い、なにを手に入れたのか、全てではないがある程度は理解したつもりだ。
この国は繁栄している、そしてなにより平和だった。俺たちの戦いは無駄ではなかった。彼らの死は無駄ではなかった。
不覚にも涙してしまったことは隠すまい、隠す必要もないだろう。
俺は嬉しかった、失われた彼らが決して無駄死にでなかった事がな。本当に嬉しかったが・・・・同時に哀しくもあるのだ。
時間というものは残酷だ。やがて俺たちの戦った時代はただの歴史となり、やがて埋もれてしまうだろう。
解っていたことだ、それに覚悟もしていた。俺は所詮、この時代の人間ではない。俺はこの時代の目で見る事は出来ない。
俺たちはやがて忘れられていく。戦場も、死んでいった者たちも、アメリカ人も日本人も関係なく。
じきに誰も思い出さなくなる。それが何故だか、堪らなく哀しかった。
だが、それでも俺は決めているのだ、それを違えることは出来ない。
歴史は埋もれていくもの、とても哀しいことだが、それは自然の摂理なのだ。
俺はまず洞窟から町に拠点を移すことに決めた。洞窟はいくらなんでも不便だ、住む気はさらさらない。
今日、俺は手紙の住所を頼りに洞窟の長い道をハーフトラック{運転席即席改造}を使って洞窟を出て、
そこから今度は山道を自転車で降りて、長い時間かけて町にあるらしいとある住所に向かっている。
どうやらそこに爺さんの所有する家があるらしい。立地はあまり良くないが、拠点にするには十分そうだ。

「・・っと、これでいいか。」

俺はにぎわう商店街の街角で手記の追記を書き終えた手帳を閉じた。
もう1週間か、短いもんだ。俺としてはまだ戦争が続いている感じがする。

「いかんね、切り替えなきゃよ。」

手帳をしまい、自転車に乗る。道路に放置されていた錆びだらけの子供用を直した物だ。
まだ使えるのに、もったいない事をする奴がいたものだ。俺としては願ったりだが、本当にもったいない。

「しかし、本当にすごいものだな。」

俺は自転車で走りながら、時折止まってライカI{B}で写真を撮る。
何しろ周りの家いや商店ときたら和洋折衷で豪奢な代物ばかり、しかもこれがごく普通の平凡な庶民の家だというのだから恐れ入る。
もはや木造建築は時代遅れという事か?俺としては木造の方が味があっていいと思うがな。

「出来るなら見せてやりたいものだな・・・おっと。」

ハンドルがぐらついた。どうやらボルト止めが甘かったらしい、後で直さなければ。
しかしやっぱりすごい物だ、町に入った途端でかい建物やらやけに性能のよさそうな車やら、凄いとしかもう言えん。
まぁ、人間はそう大きく変わってはいないようだがな。
戦後60年という月日は、はてさて長かったのか短かったのか・・・・ま、考えても解らんか。

「さて、俺たちが住む家はいったいどんなだろうな?」

「くぅん?」

じゃれついてくる子狐の頭をなでる。あぁ、このモフモフがたまらん。こうやってると祝融が小さかったころを思い出すなぁ。

「そうだな、解らんな。」

というか空襲で吹っ飛んでないだろうな?海鳴も程度は軽いとはいえ昔空襲を受けてるらしいが。
程度は軽いと言ってもアベンジャーやヘルダイバーの航空爆弾だ、当たれば一発で家など吹っ飛ぶだろう。
もし残っているのが空き地やほかの人の家だったら俺は当分洞窟暮らし、というより巡洋艦暮らしだな。

「・・・・勘弁願いたいな。」

考えるだけでごめんだね。
確かに野宿も船の上にずっといるのも慣れている、勤務の大半が船の上で仕事となれば戦場だ。
だが陸は必ず恋しくなる。海兵は海の生き物ではないのだ。
それに一々山まで帰るのめんどくさい、図書館に行っただけで十分わかった。
あの道のりの往復は体力的にだけでなく精神的にもめんどくさい。
これで何も無かったらどう憂さ晴らししよう、俺は考えながらまだ見慣れない未来の町並みの角を曲がって、ここら辺の家の住所を確認した。

「え~っと、確かここら辺・・・だよな?」

立地少々悪いが、町の中心地から離れた静かな所だ。
家の方も見慣れた2階建ての木造建築。ここまではいい、ここまではな。
俺は住所を確認して、もう一度表札を見た。なぜか『斎賀』俺の名字になっている。間違いない、表札も同じでかなり古い。
全体的にも古い、がとてもではないが古ぼけた廃屋ではないな。

「でかい家だなぁ、久遠。」

「くぉん。」

俺はもうすっかり懐いてしまった子狐、久遠と頷きあう。『こん』ではなく『くぉん』と鳴くから久遠だ。
安直だが、あまり凝った名前は得意じゃない。
しかし・・・この家はなんなんだ?金持ちが住んでいそうな豪邸、というよりは民宿のような家だが無駄に大きいし、車庫も広そうだ。
塀で囲まれた敷地の中は広い庭のようだし、あそこの屋根は土倉じゃないか?

「・・・・・間違いじゃないよな?」

眼をこすってからもう一度確認する。うん、変わって無い。っていやいやいや・・・

「・・・まさか、な。」

きっと間違いだ、こんなでかい家をポンとくれるなんてありえない。しかもどこか『俺の』家に似ている。
簡単に言えば俺の家がそのまま大きくなったような感じだ。なんというか、2倍、いや2.5倍か?
外見といい玄関の様相といい、この見慣れていて初めて見る光景は変な感じだぞ。
うん、ありえんな。この家は違う、ただ似ているだけの他人の家だ。今はお留守だがいずれ帰ってくるだろう。
きっとそうだ、玄関のカギを開けようとしたら違うってオチなんだ。
たぶん空襲で吹っ飛んでその上に別の人が家を建てたんだろう。

「きっとそうだ、そうに違いない。」

丁度お留守だし、駄目もとでやってみるか。
俺はポケットから鍵を取り出して駄目もとで鍵穴に突っ込んで回す。
ガチガチ言って回らない、と思ったら軽い感じに鍵が回ってしまった。

『ようこそ、新たなる主。』

・・・・いかん、変な幻聴が聞こえた。疲れてるのかな?家に入って休むか。
しかし非常識だ、あり得ない。落ち着こう、どんな時でも冷静に、冷静でなければいかんよ。

「これも、魔術がなせる技なのか・・・・?」

うろ覚えではここまでできるのは魔術ではないような・・・・・わからん。
やっぱりもうもう何が何だか分からなくなってきた。頭がこんがらがりそうだ。
落ち着け、こんなことでいちいち混乱するな、新兵か俺は。
とりあえず中に入ろう。考えるのはその後だ。俺は玄関の引き戸を開け、思わず目を疑った。

「俺の、家?」

思わずそう呟いてしまう位、この玄関は見慣れた光景だった。
さして広くない玄関、近所の家具屋が作った靴箱、そして入らなくて放置された長靴。
懐かしい、懐かし過ぎて、眼が霞む。

「く~~~?」

「すまん、眼に埃が・・・・掃除ないとな。これは。」

俺はあふれる涙を埃のせいにして誤魔化した。と思ったら久遠の前足がおでこをぺたぺた触り始めた。
どうやら慰めているつもりらしい。情けないな、子狐に慰められるとは。

「歳はとりたくないものだ。」

感慨に耽るのは後にしよう、今は状況の整理と現状の把握だ。落ち着いて考えなければな。

「さて、これはいったいどうしたものか。」

単に偶然鍵が同じだったと言う訳でもなさそうだ。まったく、とんでもない置き土産をしてくれた物だ。
埃からして相当長く放置されてるみたいだが、60年放置されてるわけでもなさそうだ。
靴だなの製造日が1969年になってる。物持ちの良い靴棚だな。

「長く放置されてるのは間違いなさそうだな、酷い埃だ。」

中もひどい物だ、特につもりにつもってるこの埃が。掃除するのが大変そうだな。
掃除機なるモノがあれば早く終わりそうだが・・・・ないだろうな。いつも通り箒と雑巾か・・・
この分だと風呂場とかもかなり広いだろうな、一人でできる大きさじゃないぞ。

「・・・・面倒だな~~~」

俺は面倒が嫌いなんだ、というか好きなヤツはいるのか?もういい、とりあえず手紙に従おう。

「えっと~~?確か手紙にはこのへんだと・・・・あった。」

靴箱の奥を探ると、あの手紙通り中から古びた封筒が出てきた。
手紙の続きらしいが、なんでこんなところに隠すのかね?一緒に渡してくれりゃよかったのに。

「軍資金は屋根裏、その他諸々は土倉・・・土倉に地下室?なんの意味が?まぁ収納が多くできるからよさそうだが。
で、家の地図・・・・なんだこれは?間取り間違ってないか?部屋数が半端ないぞ。」

ひぃふぅみぃ・・・・・・・全部掃除するのか?これ維持だけでもトンデモないことになりそうなんだが?一日が掃除で終わるぞ。

「なになに?魔術関連は隠し部屋?って爺さんの魔術部屋の事か。んん?」

お手伝い用自動人形メイド5体?その説明書、仕様説明書?

「・・・あとで爆破しとくか。」

懐かしい面倒な匂いがプンプンする、TNT使って盛大に吹っ飛ばしてやろう。
仕様も酷い、ベテランから見習いまで、日ごろのお手伝いから夜のご奉仕までどうぞご自由に?阿呆だな、俺をなんだと思ってる。

「というか停止スイッチが無いのは欠陥だろう。」

スイッチ一つで動き出すらしいから慎重に運びだそう。解体するのも手だが、あまり変に触りたくないしな。
とりあえず掃除は使う部屋だけにして後の使わない部屋と廊下は封鎖しなくちゃな。
さてさてお次は・・・・・おい、なんだこの大型発電機ってのは?自家用か?しかもドイツ製の最新型じゃないか。
いや、今はもう骨董品なのか。

「あの爺、どれだけ金持ちなんだ?・・・・おっと。」

紙束から2枚紙が落ちた、いかん落とした。
さてさていったいなんて書いてあるの・・・か?

「はい?」

俺は目を疑った。いや、なんでこんなもんが?ちなみにもう一枚は追伸だった。

『追伸、子供は学校に行かないとだめじゃぞ。ちなみに拒否は死刑じゃ。』

なん・・だと・・・





第2話『転身、小学校へ。』





そんなこんなでこの世界に住まう準備が整い、平和に過ごすことになる。

「・・・・・・・・・」

「はい、今日からこの学校に転校してきた新しい友達を紹介します。斎賀君、入ってきて。」

はずだった、はずだったのだ。
洞爺はドアを開けて室内に入り、軽く目まいを感じた。
広い部屋にずらりと並んだ机と椅子、それに座る子供たち、そしてその両眼から発せられる好奇心に満ちた視線と表情。
言わずもがなの教室である、それも小学校の。

「斎賀洞爺です。趣味は、読書と釣りです。よろしくお願いします。」

子供っぽくしないと変な目で見られるだろうと思い、猫を被った洞爺はぎこちない笑みを浮かべた。
何でこんなことになったのだろうか?無視すれば良かったと常々思うが、あの手紙を無視したらどうなるか解らない。
考えてみればこの身体は爺さんとその友人が造ったもので、それは命を握られているのも同意義なのだ。 生きていればの話だが。

{こうやって来てしまう俺も大概か・・・}

良心から学校に通わせてくれたのだ。そう信じたい、信じさせてほしい。
本音を言えば、家などを管理していただろう爺さんかその子孫が居ることを調べたかったのだが、当分そんな暇はなさそうだ。

{もう48の中年オヤジにもなって小学校からやり直し、か。}

いかん死にたくなってきた、フラフラとバックの中の拳銃に伸びそうになる手を強引に頭に持って行って白髪だらけの頭髪を整える。
洞爺は沖縄で子供によく『白髪爺』と呼ばれていたのを思い出す。ついでに戦友にもよくからかわれた。
これ以上増えたらまだらになってシマウマのようになりそうな比率である。

「―――みんな、仲良くしてね?」

『は~い!』

子供らしい無邪気な返事に内心げっそりする。本当に、本当に何が悲しくて小学校なのだ。
せめて大学に行きたかった。洞爺はもはや叶わぬ願いを願いながら教室で立ちすくむ。

「それじゃ・・・・栗林君の隣があいてるからそこに座ってね。教科書が来るまでは栗林君に見せてもらってね。」

「・・・・・はい。」

「どうしたの?元気がないわね?どこか具合悪いの?」

「いえ、なんでもないですから。」

えぇそうですよなんでもありませんよ、こんな恥ずかしい思いをする位ならガタルカナルで殿務めたほうが良かったとか思ってませんよ、全然思ってないですとも。
洞爺は心で血の涙を流しながら先生の言う通り席に向かう。席に座ると、隣の垂れ目の少年が笑顔で挨拶してきた。

「俺は4組14番の栗林明人。趣味はサッカー、あの足で玉を蹴るやつ。まぁそれはいいか、よろしくな。」

「こちらこそよろしくな。」

子供のふりをしながら洞爺は返事を返す。
栗林はとてもフレンドリーに愛想よく笑ってくれた。洞爺は心なし安堵しながら席に着く。
何度も思うが何が悲しくて小学校なのだ。だが、ため息をついたところで現状は変わらない。

「はい、じゃあみんな教科書の11ページを開いてください。」

教室の生徒が教科書をめくる音が聞こえた後先生が授業を始める。
自分が受けた授業と比べるとかなり分かりやすく、そして進みが早いことがわかる。
やはり60年の月日はすごいものだ。そこまで見たところで洞爺はある視線を感じた。
隣を見れば栗林がかなり凄い目で見ている。いや、睨みつけている。
もしやもう猫かぶりがばれたのだろうか?洞爺は不安に思いつつ睨みつける栗林に問いかけた。

「な・・・なに?」

「ごめん・・・ここを教えてくれないか?」

ただの催促だったようだ。教科書のあるところを指さして問いかける。

「どこらへん?」

子供っぽい口調で問い返す。正直かなりやり辛い。

「ここだが・・・分かるか?」

開いた教科書を指さしながら問いかけてくる。中を見てとりあえず公式を教える。
さっきの視線は転校生に質問する気まずさからだったようだ。

「―――ということだけど、分かったかな?」

「ああ、大丈夫だ。ありがとう。」

満足げに笑顔で礼を言うと栗林はノートに書き込む。洞爺は、栗林とは仲良くできそうだと思った。
そんなこんなの内に授業が終わり、洞爺はあの洗礼を受けることになる。
洞爺の周りにクラスメートが集まりがやがやと質問する。つまり例のアレだ。

{未来でもあるのか・・・・}

昔小学校でやったことがあるが受けた奴の気持ちがよく分かった。奴らの顔が少し怖い。
ここまでなるとは・・・自分も昔こんな顔だったのか?洞爺は少し後悔してあの時の転校生に心で謝罪する。
だがそれもつかの間、四方八方からの質問に洞爺は年甲斐もなくおろおろしてしまった。
なにしろ言葉の十字砲火である、文字どおりの意味で。
銃弾の十字砲火なら敵を倒しさえすればいい、だがそれとこれは勝手が違うのだ。
それに十字砲火の恐ろしい所は逃げ場が限られると言う所だ。それは言葉の十字砲火だとより顕著になる。
どうするべきか?冷静に考えるがなかなかいい案が浮かばない。

「はいはいはい、みんな落ち着きなさいよ。」

すると、金髪の美少女が人込みをかき分けて仲裁に入ってきた。
彼女はアリサ・バニングスといい、後で聞いたがこのクラスではなかなか知名度があるらしい。
確かに、可愛いからそうもなるだろう。その上大金持ちのお嬢様だ、子供たちからすれば高根の花だ。

「質問があるなら順番に言いなさいよ。斎賀君かなり困ってるわよ。」

その通りですよバニングス君。バニングスの仲裁に洞爺は感謝した。
このおかげで何とか洞爺は質問に答えることができた。

「斎賀君は、日本人?」

「ああ、白髪は昔からだよ。体質でさ。」

「メッシュじゃないの?」

「・・・・髪を染めるのは趣味じゃないよ。」

やはり白髪だらけの髪が注目された。これは仕方が無い。
実際は過度のストレスと過労などと年齢によるものらしいのだが、ここではこれが一番だろう。
体質というのも一応事実だ、なんでもストレスが髪に来る体質らしい。
禿げてなくて幸いという所か、中途半端な禿げなど全禿げよりも厄介だ。

「にしても日焼けしてるね。」

「南方の島とか中東などに長く居てさ。そこで日焼けしたんだ。」

洞爺の肌はしっかり日に焼けている。
ガタルカナルなどにいたこともぼかして言う。事実は言ってないが嘘も言っていない。
このくらいがちょうどいいのだ、どうせじきに元に戻るだろうし。

「すごい筋肉だね。ムキムキって感じ。」

「力仕事が多かったから自然とついたんだ。」

「ウホッ、マッチョだ。ムッチムチだぞこいつの腕。」

「斎賀君って着やせするタイプなんだね、脱いだらすごいことになりそう。なら絡みは栗林か吉田・・・・・」

「あんたってほんとにそっち系ね・・・・」

右の袖をめくりあげて、軍で鍛え上げられた上腕二等筋{子供補正あり}を見せつけると大いに盛り上がった。
魂を読み取って体を構成するせいか、洞爺の体は子供なれど軍に居たように筋肉質だ。
テレビに出るようなボディビルの筋肉モリモリマッチョマンではなく、
子供の中に居れば紛れてしまいそうだが十分マッチョである。
しかも幼少と同じように子供の中では背が大きいので筋肉もつけば結構ゴツイのだ。

「斎賀君ってさ。外国に住んでたって本当?」

「本当だよ。」

「マジ~どこに住んでたの?」

「えと・・・中国やサイパンとかあと中東?・・・引っ越しが多くて。」

「じゃあ、英語とか喋れるの?」

「Of course, in front of neatly cheerfully that?」

「は?」

「もちろん、目の前でちゃんと喋っているだろう?って意味。」

雨あられと飛んでくる質問を受け流しながらあることに気がついた。
クラスメートの高町なのはから奇妙な圧迫感を感じるのだ。胸の奥を疼かせる違和感は、おそらく魔力だろう。
自分自身、魔術をかじっているが素人だ。その素人にもわかる程度に彼女は魔力を放っていた。どうやって見ても多い、かなり膨大な量だとわかる。
比べれば自分が魚雷艇の燃料タンクで、高町は戦艦大和の燃料タンクくらいの差がある。もしかしたらそれ以上かもしれない。
自分は少しかじっただけのド素人未満だからどういう単位で比べたらいいのか解らないが、見る人が見たらおそらく化け物並みだろう。

{凄い奴もいるんだな。}

「・・・ん?」

なんだろうか?一瞬月村と目が合ったような気がした。それもとても警戒しているような目で。

{うん?月村、月村?}

思いだされるのは紫の長髪を後ろに流した清楚な外見の癖して、快活で少年のような笑顔で笑う親友の女性。
その女性の名字も月村であり、確か最後に会った時は沖縄に行く直前の広島だ。
実家に引っ越すという理由で住所と電話番号を叩きつけに基地までやってきたのだ。

{・・・・そういえばその実家、海鳴じゃなかったか?}

だいぶ前になった記憶をほじくり返す、確か基地の近所の喫茶店で確かに言っていたはずだ。
私は海鳴の実家に引っ越すから戦争が終わって暇ができたり困った時には絶対に来い、と。

{海鳴は、ここだな。まさか、嘘だろ。}

あの腕っ節の強い男女の家系からあんなお淑やかそうな女性が生まれるとは、突然変異もいい所だ。
孫?いやただの他人の空似か?と考えつつなんとか授業と襲撃をやり過ごしているといつのまにか昼食の時間になった。
時間が立つのが早すぎる、嘆息しつつ洞爺は弁当と鞄を手にとって教室を出る。
一緒に食べる人間はまだいない、居る訳がない。教室に居てもしょうがないので、洞爺は屋上で食べる事にしたのだ。
町の良く見える場所の陣地を陣取り、一人気ままに弁当をパクつく。

{ん~~~、懐かしいな。}

まだ訓練生だった頃もこうやっていた事がある。
ここからは町がよく見える、昔もこうやって海と連合艦隊を眺めながら弁当をパクついたものだ。
だが、その光景は60年前とは比べ物にはならないほど発達していた。
高層ビルが立ち、町には様々な建物が立ち、その中で人々は活気に満ちた表情で町を行きかっている。
まるでアメリカのようだが、今となってはそのアメリカよりも輝いているように見える。
さすが経済大国といったところか、しかも国の治安は世界トップレベルでその点はアメリカを越すとさえいわれているのだ。

{平和だねぇ・・・}

洞爺は腰を下ろし、感慨深くなって町を眺めた。
前に町の図書館に行った時、自分はすぐに歴史書を開いて戦後の歴史を知った。
日本は輝いていた、祖国の歴史は輝いていた。この国は、とても輝いていた。
戦争は日本に大きな打撃を与えたが、それと同時に大きな成長を促したのだろう。
過去から学び、過去を反省し、それを踏まえた新たな道を歩んでここまで上り詰めたのだろう。
そしてこれからも上にいくに違いない。
今でも世界では戦争が絶えていないようだが、この国のこの様子をみるとそれが嘘のように思える。
町の人はみんな笑顔で、商業には活気があふれ、自信に満ちた風格があった。
この国は亡国でも傀儡政権でもない、立派な国家として、世界に恥じない一つの国としてあるのだ。

{あいつらも本望かね、よくやってくれたよ。}

少し微笑んだが、やはり寂しかった。もういつものことになった寂しさ、だけどこの寂しさは一生慣れることは無いだろう。
無くなる事もないだろう、それを無くすものはもうこの世に存在しない。戦争は、こんな人間ばかりを生み出す。

「はぁ、煙草が欲しい。」

いつもの細い物が無くて寂しい口に内心ボヤく洞爺に、人影が近づいてきた。

「なに唇弄ってんの?」

「ん?バニングス?」

近づいてきたのは金髪がまぶしいアリサ・バニングスだった。
彼女は可愛らしい弁当箱を片手に、洞爺の質素な弁当箱の中身をチラ見して言う。

「奇遇じゃない。あんたもここでお昼?」

「そんなとこ、君も?」

「そうよ、二人と一緒にね。」

バニングスは洞爺の横に座ると、買ったばかりらしいペットボトルの蓋を開けて麦茶を一飲みした。
そういえばまだお礼を言えてないな、と洞爺は思い出した。

「さっきはありがとう。おかげで助かったよ。」

「良いのよ別に。煩くて迷惑だから取りなしてあげただけなんだから。」

「そうかい。」

少々赤くなってそっぽ向く彼女に洞爺はくすくす笑い、回りを見回す。

「その二人はどうした?姿を見ないが?」

「後から来るわよ、私は場所取り。」

「え~っと、高町なのはと月村鈴音だっけ?確か。」

「・・・鈴音じゃなくてすずかよ。ってか、どうしてあんたはすずかのひい婆さんの名前知ってるわけ?」

あの爺狙いやがった、絶対に狙いやがった。よく思い出せば彼女のしているカチューシャは鈴音の物と同じではないか。
地団太を踏みたくなる洞爺だが、それを堪えて頬笑みを作る。

「ただの偶然だ。じゃぁ俺は別のとこで食うよ。」

いつもの席をとるもの悪かろう、洞爺は弁当を閉じて移動しようと腰を上げた。

「どかなくていいわよ、一緒に食べましょ。」

「ナンデスト?」

信じられないものを見たような目をする洞爺に、バニングスはケロリとした口調で答える。

「あんた一人じゃさみしいでしょ?今日からクラスメートなんだから仲良くしましょうよ。ね?」

「勝手に決めていいのか。俺、なんか月村に警戒されてるっぽいけど?さっきなんか睨まれたし。」

「大丈夫でしょ。初めて会う人間にはそれなりに警戒するモノよ。あんたへんなことする人間とは思えないし。」

「友人には奇人変人堅物と呼ばれてたんだがね。」

「なにそれ面白。どんなことができるのかしら?」

「なるほどドンと来いという訳か。解った、ご一緒させてもらうよ。」

洞爺はバニングスの純粋な微笑みに断るのも悪い気がして頷いた。
それからしばし遅れて、弁当箱を片手に持った高町と月村が合流した。
しかし楽しい昼食が始まると、どうも場違いである事が否めなかった。
バニングスは反応が面白いのか頻繁に声をかけてくるが、高町は遠慮気味で、月村はまだ警戒している。
今話題の話を振られても何の事だかさっぱりであるし、どう喋っていいのか解らない。
というか、使ってる言葉ですら分からないものが出てくる。どうやらまだまだ調べが足りないらしい。

「あんたって無口?」

「君たちの話題が解んないんだよ。」

「あ、斎賀君って海外に居たんだっけ。」

「そーだよ、高町。だから今の話題はさっぱりわからない。」

海外からの転校生だから仕方がないか、と3人は納得しているようだが、洞爺は時代の違いを改めて感じることになった。
60年で人は結構変わるものらしい、ここまで無防備だとは思わなかった。
3人とも活発でとても可愛らしいのだが、こうも無防備だと逆に危なっかしく見える。

「斎賀君、外国ではどんなお友達が居たの?」

高町の問いに、洞爺は昔を思い出して笑いながら答えた。

「いっぱいいたよ。みんな気の良い奴でさ、毎日が楽しかった。」

その分嫌な事もたくさんあったがね、と内心付け加える。
それもあって人生なのだが、最初に思い出されるのが持ってくる厄介事なのはどういう事か。

「へ~~、ねぇ今度紹介してよ。」

「あ~それはだな~~・・・」

高町の問いに洞爺は答えづらくなって口をつぐんだ。
まさか過去の人間を紹介する訳にもいかない。だが変な名前を捏造すると絶対にぼろが出る。
なにしろ猫かぶっている時点ですでにぼろが出ないか心配なのだ。自分はそれほど嘘が得意ではない。
しかし、かといってそのまんま友人の名前を言って変に調べられるというのもまずい。
聞いた話だと月村はバニングスはかなり有名な大金持ちの娘らしい、その手のパイプもたくさん持っていそうだ。
しかし寸止めとなると、なぜか聞きたくなるのは人の性である。

「なに渋ってんの?教えてくれたっていいじゃない。ねぇねぇ、どんな子が居たの?もしかして恋人だったとか!」

「え、もしかして本当にそうなの?」

月村やバニングスもこぞって高町の意見に同調する。女性はいつまでたってもこういう話になると姦しくなるようだ。
警戒していた月村さえいつの間にか好奇心が勝って目が爛々と輝いている。
いつのことか戦友に連れられて行った喫茶店の事が思い浮かぶ、あれもいろいろ大変だった。
目の前の高町たちもあの時と同じ爛々とした目つきをしている。その要望に、洞爺はとてもすまなそうにして答えた。

「・・・・無理だね。」

「なんでよ?」

バニングスの言葉に洞爺は少し沈黙し、やがて重い口を開くように言った。

「死んだよ、みんな。」

空気が凍った。バニングスと高町は息をのみ、月村は目を丸くしている。
洞爺は凍りつく3人に罪悪感を感じた。

「・・・・どうして死んだの。」

高町が震える声で聞いてくる。バニングスが高町に視線を向けるが、高町はじっと洞爺を見つめている。

「戦争だ、あっというまだよ。みんなハチの巣になっちまった。」

実際にあったことだ。それ故に、言葉にも真実味が籠ってしまう。
3人が息を飲む、聞いてはいけないことを聞いてしまったと思ったのだろう。

「ごめん、変な事聞いちゃって。」

バニングスの謝罪に、洞爺は首を横に振った。こちらも真実をぼかしている、謝られる事では無い。

「いいんだ、俺も悪かった。食事の時にする話題じゃなかったな。
それより今の話題もう少し教えてくれないか?みんなの話題について行けないと少々まずいだろうし。」

洞爺のお願いに3人はコクリと頷いた。

「もちろん!ね、アリサちゃん、すずかちゃん。」

「もちろんいいに決まってるじゃない。あ、ならこの話知ってる?最近山で怖いお化けが出るんだって。
夜道を歩いてるとね、『一緒に遊ぼ~~』って言いながら追いかけてきて、捕まると食べられちゃうんだってさ。」

「アリサちゃん、それちょっとローカルすぎるんじゃないかな?それよりもっと世界的なのが良いんじゃないかな?」

「この話結構話題なのよ!だいたい最近の話題っつったらさ、あとは変な事故とかそんなんじゃない。
動物病院に突っ込んだトラックが忽然と消えたとか、神社の狛犬が人を襲ったとか!」

「物騒だなおい!」

「にゃはははは、まぁまぁみんな落ち着いて。」

最初以上にワイワイ騒がしくなったのを見届け、洞爺は弁当をかっ込む。
というか話題が物騒すぎである、それが最近の話題なのだろうがもっとマシなモノは無いのだろうか。
いや、そうなると俺が話せないからだろうな、そう思いながら弁当をかっ込む。
絡みやすくなったのは良いが話題が解らないのは致命的だ。そうなると少しでも解る話題の方がありがたい。
確かに最近物騒な事が多い、何度か事件現場を見物しに行ったが消えたトラックの現場など確かに話題性が満載だった。
すると、話題について二人と話していたバニングスがおもむろに弁当の中身を覗いてきた。

「あんた寂しいもん食ってるわねぇ~~」

「・・・・・ははは、いいだろべつに。」

人が何とか作ってきた弁当に何たる言い草だろうか、これでも腕によりをかけて作ってきたのに。
悔しいことに内容は確かに寂しい、なにしろアルマイト製弁当箱の中身は白米と梅干しと鮭の切り身と漬物だけだ。
しかも中にぎっしり詰まっている白米に至ってはお焦げが所々できていて日の丸も台無しという始末である。
それに比べると目の前の3人の弁当はとても鮮やかで美味しそうだ。
見た限り相当いい材料を使って丁寧に作られているのだろう。
そんな弁当に比べられたら、確かに洞爺の弁当など貧相なものに違いない。

「おかず分けてあげようか?」

「いいよ、これで十分だからさ。」

「別に遠慮しなくていいわよ、ほら。」

「いやいいって。」

バニングスがタコの形を模したらしいウィンナーを差し出すが、洞爺はそれをやんわりと断る。

「でもそれじゃ寂しいでしょうに、ねぇ?」

「う~ん確かにそうかも。」

「たぶん、ね。」

バニングスの言葉に高町と月村の首が縦に振るわれる。
数の力は偉大であった、次の弁当では見返してやる、そう洞爺は心に誓った。
弁当をかっ込み、さっさと弁当箱をしまうと洞爺は一緒に持ってきたかばんからカメラを取り出した。

「あんたの趣味って写真だったっけ。」

「趣味ってほどでもない。一枚いいか?丁度良いアングルだ。きっと映えるぞ。」

ピントと距離計を確認しつつ答える。熱心に弄る姿に興味を引かれてカメラを覗きこんだアリサが驚きの声を上げた。

「ちょ!?それライカⅠ(B)前期型じゃないの!!」

「ん?そうだが。よく知ってるな。」

「いやそうだがじゃないでしょ、それ!」

なにやら驚きのあまり大声を上げるアリサに洞爺は呆然とする月村と高町に目をやる。
二人も驚いているようで、少々目を白黒させていた。いや、月村の方もカメラを見て目を白黒させている。
洞爺は自身のカメラに視線を落とした、別に何の変哲のないカメラである。

「ね、ねぇアリサちゃん?いったいどうしたの?」

「どうしたの?じゃないわよなのは!こいつ、あんな貴重品学校に持ってきたのよ!!」

「貴重品って・・・あのカメラ?」

「そうよ。カメラのメーカーでライカってドイツの会社は知ってるでしょ?」

あれか、なのはは納得した。確かに知っている。自分の父もカメラを持っているが、確かそのメーカーの物もあったはずだ。
だがそれがどうしたのだろうか?なのはは首を傾げた。
解らないなのはに、すずかはゆっくりと説明を始める。

「今斎賀君の持ってるのはそのライカの昔の型で『ライカⅠ(B)』ってもの。1926年に製造・販売されたモデルなの。」

「1926年!?」

「そうだよ。それにライカの中で一番最初にレンズシャッターを使ってるの。
それもダイヤルセットコッパー式の前期型、まだ使えるのはそんなに多くないよ。博物館でしか見たこと無い。
しかも写真を撮ろうとしてたって事はフィルムも!!」

少女とは思えない素早さで月村は洞爺の鞄をかっさらおうとして空振りする。
鞄を頭の上に掲げる洞爺はその反応に冷や冷やした。

{一瞬でも遅ければかっさらわれていた。これは間違いなく鈴音の孫だ。}

「あるんだね、フィルム。」

「それも高いの?」

「そりゃもうすごく高いんだから。鮫島が見つからないってため息ついてたわ・・・あ。」

眼を丸くするなのはに、洞爺はようやく思い当たって顔を青くした。
何も考えずあったカメラを引っ張り出してきたが、それがいけなかったのだ。
今は2005年、つまりこのカメラは骨董品であり貴重品、博物館にあるべき代物である。
そしてそういうものを集める嗜好の人間がいるのも昔から変わらない。
こういうときは逃げるに限る、何よりバニングスの瞳が怪しく輝いた。
洞爺は即座にそう判断してカメラをしまい、弁当箱を持って立ち上がる。

「さて、俺はそろそろ行くよ。じゃ!」

「あ、ちょっと待ちなさいよ。あんたこれからなんか予定あんの?」

しかし魔王からは逃げられないとは誰が言った言葉だろうか。
いつの間にか前方に回り込んだバニングスの何かを思いついた素晴らしい笑顔の問いに洞爺は首を横に振って否定する。
この状況下で嘘は無意味だ。すぐにばれるし状況を悪化させる。女性は強い、今も昔も。

「いやないな、ちょっとブラブラするつもりだったけど。」

「ならちょっと付き合ってよ。」

「いや、だが・・・・」

「付きあってよ。」

「・・・はい。」

そうこなくっちゃ!とバニングスは弁当をしまって立ちあがると、洞爺の襟をムンズとつかんだ。

{あ、なんか懐かしい感覚・・・ってそんな場合じゃない。}

「・・・・バニングス、なんで襟をつかむ?」

「ほら行くわよ。」

「へ?な、あれぇぇぇぇぇぇ!?」

「ちょっと人数足りなかったからね丁度良いから手伝いなさい話題も教えてあげるから山の怖いお化け。」

棒読みである。どう考えても狙いはカメラだ。

「おごっ!?くる!くるひぃ・・・・」

なんかやけに馴れ馴れしくなってるバニングスに襟を掴まれて洞爺は引きづられていく。
シキュウキュウエンモトム、と月村達にアイコンタクトを取るが、高町はやや気の毒そうな視線を洞爺に送り、そして苦笑いした。
月村に至っては顔を背けて携帯電話を取り出して電話するふりをしている。
今のあいつを止められるわけねーや、という内心がにじみ出ている光景に洞爺は切なくなって内心ほろりと涙した。
とあるビルの窓がキラキラと光るのを、モールスみたいだなと現実逃避しながら。





[15675] 無印 第3話 改訂版
Name: 雷電◆5a73facb ID:5ff6a47a
Date: 2011/05/03 23:14






学校に通うようになってから3週間が過ぎた。まぁ、大した事もなく普通に平和だ。
朝起きて、一通り訓練をして、飯を食って、学校に行って、聞く必要のない授業は聞いたふりして、
いつの間にか集まる奴らとバカみたいに騒いで、家に帰って、訓練して、飯食って、風呂入って寝る。
ここ3週間本当に平和だ、うん平和だ。
テストで手を抜き過ぎて補習になったり、バニングスに絡んできた生意気な中学生にお灸を据えてやったり、
近所の爺さん婆さん達と一緒に囲碁大会や将棋大会に行ったり、ベンと一緒に将棋したり、
月村が誘拐されそうになってたので先回りして車のタイヤを手製サプレッサーをつけた狙撃銃で狙撃してやったり、
追いついてきたバニングスとその執事に狙撃支援してやられている誘拐犯を眺めて笑ったり、
高町が持ってきた手作り菓子の味見させてもらったり、栗林にサッカーについて熱く語られたり、図書館に行ったり、
お灸を据えた中学生が不良の兄貴と取り巻き連れて来たので全員指導してやったり、
お笑い番組見てもう腹が捩じ切れそうだったり、爺さん達と訓練したり、小学生を狙う不審者を討伐しに行ったり、
孫の影響でゲームに夢中になってる爺さんの扱いに困ったり、夕食を何にするかで婆さんと一緒に井戸端会議したり、
高町達とかくれんぼする話しになって軽く穴掘ってその中に伏せて土被っていたら後でブツブツに言われたり、
木の枝を体中に巻き付けて木の上でじっとしていたら月村が最新式の熱感知ゴーグル持ち出してきたり、
あぁ、久遠と遊ぶのも忘れてはいけないな。まったく、どうしようもないほど平和だ。
ん?誘拐があるのが平和か?・・・・まぁ上海の治安の悪い所ではいつものことだったしあいつの家系だし。
空襲を気にする必要もない、狙撃や襲撃を警戒する必要もない、本当に平和な時間だ。
そんな平和が続いている今日、俺は栗林達に誘われて午後は近くの公園に足を運んでいた。
将棋と囲碁をしようとのお誘いでな、別にやる事もないから行くことにした。
家に居てもラジオを聴くか、迫撃砲を磨くくらいしかやること無い。久遠はどっかの猫と遊びに行ってるし。

「はい、詰みだ。」

「また負けた~~~・・・」

向かいに座る栗林明人が悔しそうに唸った。栗林と俺の間にある机の上には大将棋セットがある。ついでに言えば栗林が詰んでいる。
現在5戦5勝、負け無し。しかし珍しいもんだ、俺の時代でも大将棋ができる奴は少なかったのに。

「お前強過ぎ。」

「いやいや、そんなこたねぇって。」

くかかかかっ、年期が違うんだよ年期が。こちとら散々上官に絞られた身だからな。むしろ、手加減してるんだぞ。

「どうして負けるんだ?なんでお前はそんなに強いんだ?」

「ははは、図書室最強も形無しだな。次は俺と囲碁だぜ斎賀!今日こそは勝ってやる。おい栗林そこをどけ!」

今度は水戸が栗林に変わって俺の前に座る。そして将棋セットをどかすと今度は囲碁セットを並べだした。
・・・・前々から思ってるんだが、どうしてこいつらはこんな重そうな道具を一式持ってくるんだ?確か学校にも持ってきてたぞ。

「斎賀って人気者だニャ~~」

「ははは、まったくこいつらは。」

隣の席に居た虎柄頭{恐ろしいことに地毛だ}の宇都宮もまたやれやれという風に、俺が先だいや俺だと口論する二人に視線を送る。
俺が学校に通うようになってからしばらくして、自然と仲良くなったのが三人だ。
なんというか、趣味が合うというか、一緒に居ると落ち着く。向こうもそんな感じらしい。

「にゃ~にゃ~?斎賀~~これこんな感じか?」

将棋をちらちら見ながらスケッチブックに絵を描いていた宇都宮が描いた絵を俺に見せてくる。
ちなみにこいつの場合はチェスが好きだ。かなり強い。

「砲塔が小さいよ、これじゃ三式中戦車だ。三式砲戦車はもっと砲塔部がでかい。」

「なるほどなるほど。」

「後間違えてはいけないが、三式は固定砲塔だ。」

俺は水戸を相手に囲碁を始めながら宇都宮に説明する。

「なるほどにゃ~~しかしよく知ってんな。三式は全部破棄されたんじゃなかったっけ?」

まさか持ってるなんて言えないな。走行・戦闘全部可能な完全稼働状態で。

「世界中の博物館回ってみろ、バカかヤンキーが持ち出したのが残ってるぜ。―――っとここだ。」

実際ソ連、おっと今はロシアか。そこの博物館にあるらしいからな。
実地試験のために送られたのか、満鉄の倉庫に野ざらしだったらしい。本当に何でもあるな満鉄よ。

「んなろ!?ここだ。」

「水戸、俺の分も戦え!」

栗林の声援にこたえるかのように水戸の石が置かれる。ほほぅ、腕を上げたな。

「やらせないよ、ここ。」

「むぅ、防がれたか。」

水戸が黒石を置くのに続いて俺は水戸の石からやや離れた位置に白石を置く。

「ならここだ。」

「ん~~?でもそんな簡単に行くもんかにゃ~~?」

「大方運用試験用に戦地に送られたのを接収したんじゃないの?案外そう言うので帳簿外の車両はあるし。
だいたい四式自動小銃とかしっかり鹵獲されてるじゃないか。
実地試験とかで送られて、そのまま向こうに置いてけぼりになってそのまま忘れられたのさ。」

「そんなもんか?」

「そんなもんだよ。――――ここだ。」

というか沖縄で元気にM4をぶっ壊してたぞ、艦砲射撃の直撃もらって跡形もなく吹っ飛んだが。

「相変わらず痛い所を打ちやがる。しかしお前がまさか宇都宮に並ぶ兵器マニアだったとはな、意外だぜ。」

「ははは、うるせーぞ水戸。そういう君にはプレゼント。」

「ちょっ!?お前そこに打つか、油断大敵だぜ!!ここだ。」

「あ、バカそこは。」

栗林は気付いたか、だがもう遅い。

「はいここ。」

「ぬぁにぃぃぃ!!お、俺の石が・・・」

「やっちまった。」

「うほ、良いトラップ。」

陣地と黒石、ごっそりいただきました。本当にありがとうございます。あと罠なんて張って無い、陽動しただけだ。
これでも手加減してるんだがな、ガキ相手に本気になる気はしない。それでも負け無し状態だが。

「ここ。」

パチンっとな。

「・・・ここだ。」

はいここ。

「・・・・・・こいつでどうだ。」

「さて俺の番っと?」

むむ、なるほど。

「早いな、良いやり方だ。」

「ふっふっふ・・・・」

「だが甘いな。」

「なっ・・・・・」

水戸の持っていた石が滑って下に落ちた、カツンと音を立てて地面に転がる。
勝負ありだ。整理しなくても解る、俺の石の方が断然多い。

「またかよ~~・・・」

「ひやりと来たのは多いが、まだまだ詰めが甘い甘い。」

おじさんは何でもお見通しだよ、驚いた?
がっくりと肩を落とす水戸の代わりに俺が拾おうとすると、その前に誰かの手が石を拾い上げた。

「あんたらま~たそんな爺臭い事やってんの?良く飽きないわね。」

バニングスだ、どうやら彼女たちも公園に来ていたらしい。ふむ、なかなか可愛い服を着ているじゃないか。

「いいじゃねぇかよ、俺たちの趣味だぜ。」

「そんなんだから爺臭三人組って呼ばれんのよ。あ、今は四人組ね。」

「・・・近頃はパワフルな爺さんも多いけどな。」

恨み事のように愚痴る水戸。すまん、それは俺のせいなんだ。健康について話してたらこんなことになったんだ。
所で囲碁と将棋と絵のどこが爺臭いんだかさっぱり分からないんだが・・・・まぁ今の若いもんはで済むんだろうな。

「んでなんの用?一回やるか?」

俺はサイダーを飲みつつバニングスに言う。バニングスは興味なさげに言った。

「別に用なんて無いわ。ただ公園に来てまで爺臭いことやってる連中を見に来ただけよ。あとやんない。」

「ああそうかい、なら静かにしててくれ。こっちは結構ピンチなんだぜ。」

水戸が碁盤を見ながらうんうん唸りながら言う。もう勝負ありなんだが諦めきれないようだ。
それを聞くとバニングスは少し呆れたように息をついた。

「なにがピンチよ。本当にもう、公園にまで来て囲碁やってるってどこの爺だあんたらは。」

君の後ろで隣の坂下さん{89歳}が孫{4歳}を腹に乗せてブリッジして歩いてるなんて俺は言わんぞ。

「こういうのは気分なんだぜ。ここだ!」

「そうはイカのキンタマ。」

「ぐがぁ!?」

「・・・・・その感性は解らないわ。」

のけ反る水戸にアリサは奇異の目を向ける。
確かにのけ反るのは少しやり過ぎだと思うが、こういうのは体に出やすいんだよな。

「うぐぐぐぐぐ!ここならどうだぁ!!」

「ここ、詰みだな。」

「ダディィィィィィィィ!!」

「叫ぶがよいよ、水戸義一。」

「何故に父親?」

バニングスが倒れる水戸に首をかしげる。知らん、俺は首を横に振る。

「おのれ、こうなれば火炎瓶をお前の家に・・・・」

「はいはい、その洒落解んないから。」

「原材料が酒だけに。」

「寒い、10点。」

どこから取り出したのか栗林は水戸の頭をハリセンでぽんぽん叩く。

「畜生・・・・」

「もう何度目だろうな~~こんな風に負けてんの。んでさ、なんでバニングスはここに居るんだニャ?」

宇都宮が問うとバニングスはこともなげに言う。

「だから遊びに来ただけよ。あんたたちと違ってアウトドアの遊びをしに来たの。」

バニングスが指さす方を見ると、そこには例のブリッジお馬さんごっこに唖然としている高町と月村の姿がある。
なるほど、三人で遊びに来たってことか。

「あんたたちも爺臭い事じゃなくてもっと別なことしなさいよ。」

「公園で囲碁をして何が悪い!!」「公園で将棋をして何が悪い!!」

「インドアは室内でやるべきでしょうが!!」

「「なにおう!?差別すんじゃねぇ!!」」

「・・・・ハモってるにゃ~~斎賀。」

「・・・・そうだな。」

二人とも声が同時だ。どんだけ息があってればこうなるんだか・・・・

「あ、そうだ。ねぇあんたたち、そんなことやってるんだから暇なんでしょ?良かったら一緒に来ない?」

「どこにだにゃ?」

「この先に廃工場よ。」

廃工場?と俺は首をかしげる。栗林と宇都宮も同じように解らないらしい。
俺も何の事だから知らないので黙っていると、水戸が何かを思い出したように言った。

「あの人面犬が出るって言うあそこか?お前ら、肝試しにしちゃ早すぎねぇ?」

「人面犬?」

「そうそう。」

俺が胡散臭そうな声を上げると、バニングスがやけに詳しい説明を始めた。
要約すれば、この先に有る噂の廃工場のちょっとした噂を調べに行くらしい。
まったくこいつらときたら、やってる事が女の子のやる事じゃない気がする。

「・・・にゃ~~栗ちゃん、それってなんか別の意味で危なくにゃい?」

「確かそこって、昔機械工場だったんだろ?あの手の会社だから、たぶん色々置きっぱなしだと思うんだけど。」

「なら猶の事面白そうじゃない、宝探しみたいでさ。」

行く気だな、どうあっても行く気だ。まぁ子供のころはこれ位やるものだが、君は女の子だぞ。

「どうするよ?」

囲碁盤をしまっていた水戸が、何かありげに俺に問いかけてきた。

「どうするよってお前。」

俺は残りのサイダーを一気に飲んで、空き缶をゴミ箱に投げる。よし、入った。

「行くに決まってるだろ?」

本当なら止める所なんだろうが・・・・うわべだけで絶対にやめたりしないだろうしな。
いっそのこと付き添って、適度の制止してやる方が有効だろう。まったく・・・・・退屈しないな。





第3話『とある休日、廃工場探検隊。』





今日も今日とて廃工場は無人でとても気味の悪い雰囲気を漂わせていた。
別に薄気味悪いうわさが過去にあったという訳ではない、それが出来たのはほぼ最近の事だ。
ならなんで取り壊されてないのかと言われれば、それは単に運が良すぎたというよりほかないだろう。
この廃工場はアリサ達が生まれる前に閉鎖になったらしい、もちろん最初は取り壊しの計画があったようだ。
だがその計画が中止になり、それ以降区画整理にも引っかからず住民からも苦情がなかったことからほとんど無視状態。
そんな状態が今なお続いていて、その工場は閉鎖されたままの姿をとどめているのだそうだ。

「―――って言う訳よ。」

「その話どこから持ってきたんだ?」

洞爺のややため息交じりの言葉にアリサは意地悪そうににんまりと笑った。

「企業秘密。」

「そうかい。」

やれやれ、とありありと表情に浮かべながら彼は金網越しに廃工場を覗き見る。
その仕草はまるでどこぞの軍人のようだ。あの鋭い視線に見られたら逃れられる物はいないに違いない。

「敵影なし、俺が先行するから合図したら君たちは後ろについて来い。」

「なんでよ?一緒に行けばいいじゃない。」

「誰かいるかもしれないだろ?こういうのは先に斥候を出すべきなのさ。そう言うのは俺たちの役目。水戸、一緒に来い。」

「へぇへぇ。」

「栗林と宇都宮は周りの警戒、誰かに見られたらそれでも終わりだからな。
怪しまれたらすぐ立ち去る事、その時の合流場所はさっきの駄菓子屋。」

「合点だニャ~」

「よし、行くぞ。」

洞爺は慣れた調子の匍匐前進で穴をくぐると、水戸を連れて工場の方に消えた。
いつもながら足運びが尋常じゃない。音も無く走って、まるで忍者のようだ。
海外でいったい何をしてきたのかかなり気になる。数分後、水戸が金網まで戻ってきた。

「誰もいないみたいだぜ。」

「よし、じゃぁ行くわよ。」

「さっさと来い、洞爺が待ってる。」

水戸は再び工場の方に消えた。宇都宮と栗林が先に金網を潜り抜ける。
アリサも廃工場の周りを囲っている錆びた鉄格子に空いた穴を潜った。
下手すると服が汚れてしまうのが難点だがしょうがない。
この先にはそれ以上のモノが眠っているかもしれないのだから釣り合いはとれる。
潜り抜けた先には、既に先に通っていた爺臭4人組が廃工場の入り口を前に立ち往生していた。

「ねぇ、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫よ、早くこっち来なさいって。」

しぶしぶ、という表情で潜り抜けてきた高町なのはと月村すずかは目の前の廃工場を見てやや驚いた。

「結構大きいんだね、近くで見ると。」

「昔は機械工場だったって話だしね。」

アリサはうろ覚えの知識を披露しつつ、自身でも予想外の大きさに驚いていた。
それに不気味だ、昼間なのに背筋が寒くなるような感じがする。
男どもが立ち往生している扉は、錆ついた看板によればこの扉は事務室に繋がっているらしい。
アリサを先頭に、3人は扉と格闘する4人組の方に駆け寄った。
栗林によれば、どうやら南京錠がかかってる所為で中に入れないらしい。

「どっかに鍵隠してたり・・・は無いわよね。」

「映画じゃねぇんだから。」

「ん~~やっぱり無理なのかな?」

どうしよう、割れた窓からでも入ろうか。アリサは洞爺達を見つつふと思いつく。
最近まで海外に居て筋肉ムキムキな洞爺を始め、趣味が異様に爺臭いインドア野郎3人組は筋肉質でかなり体格がいい。
こいつらに頼めば大抵のことは出来るんじゃないだろうか。っていうか、そのために連れて来たようなものである。

{やっぱりどっかの窓から入るしかないわね。割れてる窓ならいくらでもあるから、こいつらに足場を頼めば・・・}

そう考えていると鍵を注意深く観察していた洞爺が気付いたのか苦笑いした。

「そんなこと言っても、君は行くんでしょうに。」

「ありゃ、ばれてた。」

相変わらず少々おかしな言葉遣いの洞爺は肩をすくめながら言う。

「顔出てたよ、解らないでどうするのさ。ったく、ちょっと離れてな。」

「どうするんだ?もしかしてピッキングでもやんのか?」

「あほ、できるわけねーだろ。」

「じゃどうすんのよ?」

洞爺の言う通りに少し離れた水戸が興味ありげに問う。すると洞爺は鍵をつつきながらにやりと笑った。
我に策あり、と言いたげな笑みだ。

「見た限り、これは相当前にかけられて以来誰も触って無いんだ。
南京錠っていっても元は鉄だぜ、雨風にさらされて長い間ほったらかしにされりゃ―――」

洞爺は肩にかけていた少し大きいバックを下ろすと、おもむろに足をほぐし、突然右足で回し蹴りを放った。
まるで空手家のような鋭い蹴りは正確に南京錠を捉える、すると錆びだらけの南京錠はあっけなく壊れて吹っ飛んだ。
策でも何でもないただの蹴りであった。

「経年劣化と錆で脆くなってんだろ。しかもこれは安物だ、中の細かい留め金まで錆び錆びだ。」

「すげぇ、なんつー観察眼。そして蹴り。」

バラバラに砕けた南京錠の残骸を覗き込みつつ水戸は感心したように言った。
確かに中の部品も完全に錆びてしまっている。
驚いた、まさか彼がこんな特技までを持っているとは知らなかった。
中に入ると、そこはドアの横に掛けられた錆ついた看板の通り事務室らしい。
埃を被ったデスクや、時代を感じる黒電話などが色々放置されていた。

「昭和50年度、材料搬入・・・かすれて読めね。」

「それ書類だね。なんで放置して言っちゃったんだろう?」

宇都宮がデスクから取り上げた書類を見てすずかが呟く。

「お仕事の都合だろうにゃ~、それにほっとくんだからそんなに重要な書類ってわけでもねぇんだろ?」

書類を捨てると、宇都宮はいろいろと物色し始める。

「何やってんの?あんたも手伝いなさいよ。」

「はいはい。」

アリサのせかす声に、入口に背を持たれてこちらを見ていた洞爺はやれやれと言った調子で従う。
しかしこいつら、一部を除けば本当にノリノリである。
そのすぐ後ろで、宇都宮はデスクの上にある黒電話の埃を払って受話器を取った。

「にゃ~、この黒電話通じるぜぃ。電話線と電気はまだ生きてるみたいだにゃ~~」

「それって意味あるの?」

棚から去る洞爺と入れ替わりに宇都宮の後ろに来たなのはが問う。
どうやらあまり見たことのない黒電話に興味があるらしい。

「意味ありあり。電気が付く部屋もあるだろうし、あと危険度も大幅アップだぜ。」

「・・・・なんか嫌な感じしかしないの。」

返答を聞いたなのはは表情を曇らせる。
それを見て栗林は励ますように言った。

「まぁまぁ、もう悩んでもしょうがないよ。当たって砕けろだ。」

「いや砕けちゃ駄目だと思うけど。ねぇ、すずかちゃん何か見つけた?・・・って斎賀君何やってるの?」

振り向くとそこには台座にされた洞爺の背の上に乗って棚の上を探っているすずかの姿があった。
立ったまま腰から90度くの字に折ってお辞儀状態の背にすずかが平然と乗っている。
いくら彼が慣れると異様に絡みやすいと言ってもこんな合体技は予想外である。ついでに当人も予想外であったようだ。

「なんか気が付いたらやらされてた。」

「あ、なにこれ?奥に何か・・・・」

「痛い痛い痛い!ほこっ、埃の塊が目にっ!!落ちてきてる落ちてきてる!!」

「さ、斎賀君大丈夫?あ、とれた。」

悲惨な悲鳴を上げても揺れない洞爺の上で、すずかが棚の上にあった引き出しの中から鍵束を一つ引っ張り出した。
埃を被っていたが、劣化はそれほどでもなく錆もほとんど浮いていない鍵だった。
全員の視線が洞爺から降りたすずかの手に集中する。その後ろで壁に手を当てて荒い息を吐く洞爺などガン無視である。

「でかしたわすずか!」

「あれ?俺は?」

「これで奥に進めるわよ!!」

「・・・・・・なけるぜ。」

鍵束についていた名札みたいなものを見て、アリサは目を輝かせてすずかを褒めちぎる。当然洞爺は無視である。
どうやらこの工場の鍵らしい。つまり、この鍵が合う部屋であれば入れるようになった訳だ。
正直あんまり乗り気じゃなかった部類のなのはは、それを聞いて思わず嫌な顔をした。

「うぇぇぇ、まだ行くの~~?」

「大丈夫よ、幽霊とか絶対いないから。」

「え~~でも~~」

なのはの歯切れの悪い声に耳を貸さず、アリサは早速事務所の奥に通じる扉の鍵を使って扉を開けた。
扉の向こうは作業場だった。操業を止めてから長い間放置されていた機材が屍をさらし、
整備用オイルを入れたままのガラス瓶が数本無造作に転がっている。
天井には穴があいているらしく、明かりが木漏れ日のように差していた。
これじゃホームレスの家にもなりそうにないわね、そう思いながら錆ついた機械の方に歩み寄った。

「機材を撤去するお金がなかったのかしら、置き去りじゃない。」

「そんなもんさ、廃工場なんてな。」

機械の質こそ違うが廃工場は廃工場だ、この独特な雰囲気は変わらない。
洞爺はやや寂しそうな表情をしながら言った。
たぶん海外の廃工場にも入った事があるのだろう、死んだ友達と一緒に。
放置されている機械に興味を引かれてアリサは手を触れようと手を伸ばした。
すると、横合いから洞爺の手が伸びてその腕を掴んだ。

「無暗に触んない方がいい、危ないよ。」

「大丈夫よ、これ壊れてるわ。」

アリサは大して気も止めず洞爺の手を振り払う。だが、洞爺はさっきよりも強く彼女の腕を掴んだ。
振り払おうとしてもがっちりと掴んでいて払えない。

「止めとけ。」

「大丈夫だって、壊れてるんだから。」

「だからだよ、壊れてるから危ないんだ。今でも電気通ってるんだし、変に動いて爆発でもされたら最悪だ。
昔それで友人が一人死んだ、止めておけ。」

至極真面目な瞳の洞爺の言葉にアリサは表情を引きつらせた。こういう話になると、洞爺の言葉は現実味がやたらと帯びる。
そうなると目の前の錆ついた機械がとても危険に思えてきた。
確かに、大きな機械なのだからきっと大きな部品か何かを作っていたに違いない。そんな機械が爆発したら確かに危険だ。

「解ったわよ。次行きましょ次。」

「それで良い。出来ればもう帰った方がいい。」

「それは却下。」

機械に触るのを諦め、アリサはそここにある扉の一つを指さして言った。

「よし、なら次はこっちよ。すずか、このドア開けて。」

「へ!?え、なになに?」

アリサは奥に続く鉄製の扉を指さして言うと、すずかがやや素っ頓狂な反応をした。
どうやら別のモノに気を取られて話を聞いていなかったらしい。

「ドアよドア、ドア開けて。」

「あ、ああうん。解った。」

すずかはポケットから鍵束を取り出して、鍵束から今度に合う鍵を選び始める。
少しして、すずかは鍵を開けて扉を内開きに開けた。
やや重苦しい音を立てて開いた扉の中からは、やや鼻にくる匂いが漂ってきた。

「こいつは、機械油の匂いだな。ここは倉庫だぞ。」

「でも向こうにドアがあるわ。たぶん、荷物起きっぱだからそう見えるだけじゃない?」

なるほどね、と洞爺が納得する声を聞きながらアリサはもう一つの扉に手を掛ける。
扉を開くと、そこはほとんど真っ暗闇だった。どうやら窓が無いらしい。
アリサは手探りで壁を探り、扉の脇にあったスイッチを探しだしたが無情にも壊れていた。

「あちゃ~、ここ電気がダメだわ。」

「しょうがないな、そらよ。」

「懐中電灯!あんたどこにそんなの持ってたのよ。」

「ちょっと道具屋で買ったんだよ。」

洞爺はバックから取り出した真新しいLライトを掲げて言う。
懐中電灯が照らす室内は、さまざまな箱が置かれた倉庫だった。
箱を開けてみると、そこには腐食して穴の開きかけた一斗缶が入っていた。
室内に充満している匂いからして、おそらく何かの燃料だろう。

「あんまさわんなよ、たぶんそれ灯油か何かだぜ。」

「解ってるわよ、水戸そっちは何があったの?」

「ろくなもんはねぇよ。一斗缶に穴があいて灯油が漏れてるだけだ。辺りに染み込みまくってるぜ。」

「・・・・みんな、ここ火気厳禁よ。」

アリサの言葉に全員の意思が一致する。誰だって火ダルマにはなりたくない。

「それにしても、不気味だな、ここは。」

「そうね、こんな昼間なのにね。」

「壁の染みがまるで人の顔だ。」

「怖いこと言わないでよ・・・解るけどさ。」

洞爺の言葉に同意しつつアリサは奥に続くらしい扉に手を掛ける。
案の定鍵がかかっていたが、どうやら劣化が進んでいるようだ。ドアの鍵穴が錆びて埋まってしまっている。

「斎賀、任せたわよ。」

「早速こいつをマスターキー扱いかよ。」

「というか、さすがに無理があるぞ。」

扉をコンコン叩いて音を聞いていた洞爺は首を横に振る、さすがに無理らしい。
しかしここで諦めるような彼女ではない。踵を返して戻ると、今度はほかの道を提案した。

「うわっ!?なんだこれ・・・・?」

「くせぇ、ひでぇ匂いがプンプンするぜ。こいつはなんだ?」

「酷い臭いだぁ、吐きそうだんね。」

「タオルだな、マジで臭ぇぞ!なんで洗わないで放置したんだよ。」

途中とんでもない匂いを放つ古いタオルの山が放置された部屋を抜けながら、アリサを先頭に工場の2階に全員は足を運ぶ。
そこも一階に劣らず酷い有様だった。渡り廊下は錆つき、各部屋もゴミだらけ残骸だらけ。
どうやらこっちは小型機械を主に作る部屋らしい、この工場は複数の機械を生産していたようだ。

「ん?」

その時、アリサは隣の部屋に人影を見た気がした。
だが隣の部屋に人影はない、気のせいだろうか?

{ま、いっか。}

軽く考えるとアリサは全員に呼び掛けて再び奥に足を進め始めた。
そんなこんなアリサを先頭に御一行は中に進んで行くが、人面犬なんて言う妖怪?は一向に出てこない。
そうこうしているうちにどんどん時間が過ぎ、やがて皆の興味も別な方向に移っていく。
別方向に話題が向き始めた連中に、アリサはふと眼を向けた。

「初めは、まぁ正直言って甘く見てたぜ。本の影響で始めたって言ってたからな。だけどそれがまたとんでもなく強いんだ。」

「ふ~ん、お前にそこまで言わせるのか。そりゃますますそのベンって奴と一度やってみたくなるな。」

「なら来週の土曜に家に来いよ、紹介してやる。」

「そりゃ楽しみだな。」

「お前となら気も合うだろうぜ・・・・でもあの趣味だけはいただけんがね~~」

へんてこ白髪と囲碁魔人は探索そっちのけで雑談に夢中、何でも今度は洞爺の友人も招くらしい。
こいつらはどこまで爺臭いのだろうか、実は中身は爺なのでは?と疑ってしまう。こいつらなら胸張ってゲートボールをやりそうだ。
今度家に行ってやろう。彼の家はすでにリサーチ済みだ、乗り込んでやればさぞ驚いてくれるだろう。

「んにゃ~~~にゃ~にゃ~~」

面白口調の東北人は携帯電話を取り出してメール中、歩きながらだとこけそうだ。

「・・・・」

親友であるなのははさっきから無言、なにやら考え込んでいる。この頃こんな風に悩むことが多い気がする。
そんな表情をされると、アリサは親友としてどうしてもイライラした。だが決して表に出さない。
彼女は親友なのだ、きっと相談しに来てくれる。その時に気づいてたわよ?と得意げに笑って相談に乗ってあげよう。

「出てこないわねぇ、人面犬。」

「ね~、もう帰ろうよ~~」

「あは~ん摩訶大大将棋~~♪」

「何でもって来てんだこいつ?」

「・・・・・・知らん。」

「ノーコメントだニャ~~~」

先ほど娯楽室跡で拾った摩訶大大将棋フルセットを抱いて、至福の笑みを漏らす栗林にすずかが若干引く。
外を見ると、確かに日が傾いてきたようだ。時計を見ると、相当時間が立っている。
どうりで余計に不気味な工場に見えてくる訳だ、これで夜になったらお漏らしモノになりそうだ。
なんの収穫もなく帰るというのも若干悔しい気がするが、あんまり遅くなると後でいろいろ大変なことになるのも事実だ。
もう少しで夕暮れである、まだ明るいがここで撤収するのが定石だ。

「ま、しょうがないか。暗くならないうちに帰りましょ。総員駆け足!!」

「ちょっとまて。」

「うぐぇ!?」

早速走ろうとしたアリサの襟を容赦なく洞爺の手が掴む。
軽くむせるアリサに、洞爺は自身の後ろを親指で軽く指した。

「非常階段だ、こっちの方が楽だぜ。」





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





廃工場から出た後、全員は現地解散という事になった。
まぁ帰る方向もバラバラであることだし、それは致し方の無いことだろう。
日が傾き辺りが夕焼けから夜闇に染まり始めるを見ながら洞爺は未だに廃工場の前に立っていた。
ここは夜になると人気が少なくなるが、洞爺はまだここから去る気は無かったのだ。

{あのおてんば娘たちの事だ、こっそり戻ってくると思ってたんだが。}

最後の一本となったサイダーを飲みつつ、洞爺は辺りの人気を探る。
なにやら慌てて駆けて行った高町はともかく、やや不満足気味のバニングス辺りは戻ってきそうだと思っていた。
だが、辺りに人気は全くなかった。もう少し粘ってみよう、洞爺はそう思いつつ空を見上げる。
夕闇が空を彩るが、辺りの街灯が明かりをともし始めていて見え辛い。

{平和だな。}

既にぬるくなったサイダーを飲みながら洞爺は思った。
夜の廃工場に一人で入るのは昼間に大勢で入るよりも危険である。
だから、戻ってくる奴がいないか少し見張っていたのだ。戻ってきたら止めて家に帰らせるためだ。
近頃奇妙な事件が起きていると連日ニュースでやっている、それを考えれば危険だ。
だがどうやら考え過ぎだったらしい、さすがの彼女たちももう帰ったのだ。戻ってくる事は無いだろう。
そろそろ帰らないと久遠が寂しがりそうだ、洞爺はそう思いつつ家の方に足を向けた。
街灯が照らす寂れた住宅街を出て、明るい表通りに出る。
昔から表通りは夜でも明るかったが、今となってはまるで真昼のように思えた。
人通りの多い街並み、活気あふれる商店街、往来する人々の明るい声。
こうやって夜になるというのに、まったく危険を感じる事が出来ない。
変な事件があるというのに、その危機感でさえ虚ろになってしまう。

{本当に、平和過ぎるな。}

冷たいサイダーがぬるくなる位、サイダーの甘味と炭酸を心行くまで味わえる位、
いつ敵が来るか解らない中で飯を食わなくて良い位、どこから狙われているのか気にしないで良い位、
平和過ぎておかしくなりそうなくらいに、ここは平和だ。

{まったく、おかしなものだ。}

心の中で感じる矛盾に、洞爺は小さく嗤いを漏らした。解ってしまうこの矛盾が、自分はとても可笑しかった。
それに気づけないほど未熟じゃない自分が恨めしいとさえ感じる。

{みんなが居れば、この平和ももっと違うように感じられたのだろうか?}

だが、その声をもう一度聞く事も見る事も今はまだ叶うまい。
何度願っても、何を代償にしても、その願いはまだ叶う事は無いのだ。
夕闇が迫る、また夜がやってくる、もう時間はなさそうだ。

{夜か・・・・}

夜は好きだ。敵を見つけにくくて、敵に見つかりにくくて、敵に殺されやすくて、敵を殺しやすい。
夜は嫌いだ。一人ぼっちの時を思い出すし、みんなの事を思い出す。

「あ、そういや買い物してない。」

しばらく歩いたころ、洞爺はふと思い出した。ケチャップを切らしていたのだ。
ここからならスーパーは近い、だが向きは反対方向だ。
正確に言えば、元来た道を戻って廃工場の前を通ることになる。
早く帰りたいという思いはあるが、買って帰らないと後々困ることになってしまうだろう。

{ま、もう一度確認ついでにもなるからいいか。}

洞爺は踵を返し、スーパーに向けて歩き出した。
廃工場の前を通りがかると、夜の廃工場は昼間以上に気味の悪い建物と化していた。
まったく不気味だ、昼間もそうだったが本当に気味が悪い。まるで邪気か何かが廃工場を取り巻いているかのようだ。
もしかしたら本当に妖怪が居るのかもしれない。
常々、本当にとんでもない世界を知ってしまったものだ。当時の若かった自分の行動力には感心する。
そう思いながら丁度廃工場には居る金網の裂け目に差しかかった時、廃工場の中に誰かが入っていくのが見えた。
これがもし赤の他人だったら無視して通り過ぎていただろう。
だが、廃工場に入っていく人間の後ろ姿は見覚えのある少女の物だった。

{・・・・魔術師って、本当に厄介事に巻き込まれやすい体質なのか。俺は魔術師じゃないんだがな。}

以前読んだ魔術師用の教本『魔術師入門・初級編』の一文を思い出す。
魔術師というのはほとんどの場合『厄介事に巻き込まれやすい体質』であるらしい。
彼女はどうやら好奇心に負けて戻ってきてしまった、どうやらその節は結構有力のようだ。
追いかけて連れ出さなければいけないな、洞爺はやれやれと思いながら彼女の後を追って夜の廃工場に入って行った。






あとがき
どうも、雷電です。第3話といろいろ書き直してみました。
アリサが扱いやすかった、こういうのって引っ張り役に良いですね。
それに比べこの主人公的な役割ときたら・・・・猫かぶりもあってやや動かしづらい。
元々キャラの設定が魔法少女の設定ではなく戦争物の設定だけにまた・・・
中身が中身だからしょうがないんですけどね、何しろあの中身はオヤジ。
しかもそっち系の人じゃないからなかなか・・・やっぱ小説って難しい。



今後とも、未熟な自分の作品をどうかよろしくお願いします。by作者





[15675] 無印 第4話
Name: 雷電◆5a73facb ID:b3aea340
Date: 2011/05/03 23:17






「たぶんここだと思うんだけどな・・・」

私は錆びたデスクが並ぶ暗い部屋の中で、懐中電灯で明かりをともしながら瓦礫をどかした。
部屋の中はいっぱい探したけど、やっぱりそれらしいものは見つからない。
どこなんだろう?変な魔力は感じるけど、正確な位置が解らないよ。
たぶんこの部屋のどこかだと思うんだけどな。早く帰らないとお姉ちゃんに怒られちゃう・・・

「お姉ちゃん、心配してるかな?」

お姉ちゃんだけじゃない、ファリンさんやノエルさんも心配してるだろうな。
でも、やっと手がかりになるかもしれない物がここにあるかもしれない。
この頃起きている奇妙な現象と事件の手がかり、もしくは元凶。
私は、そのどんな形をしているかもわからないものを探している。

「でも探さなきゃ。見つけないと。」

私はもう一度机の下に手を突っ込む。
私の探しているそれは、少し前に町に降り注いだらしい。
らしいって言うのは、私自身お姉ちゃんに言われるまで気付いていなかったから。
お姉ちゃんが言うには、レーダーが煙を上げる位の魔力の塊だって。
なのに、普通の人はともかく私達のような存在もまったく気づいていなかった。
お姉ちゃんがそう言ってたけど、私も最初はあまり信じられなかった。
だけど、それは本当で、その魔力の塊が落ちた日から何かがおかしくなった。
最初は変な魔力爆発が起きた、その内町で化け物が出るって噂が多くなった。
そしてなのはちゃん達と怪我をしたフェレットさんを助けた日の夜、動物病院が化け物に襲撃された。
幸い、院長先生は買い出しに出てて、フェレットさんはなのはちゃんの所に逃げ込んで被害は建物と道路だけだった。
お姉ちゃんはすぐに捜査に乗り出した、だけど今の所でがかりは無い。
ううん、手がかりどころか事件の端にすら踏み込めてなかった。
いろんな事が起きてるのは解る、その現象と同時に都合よく引っ越してきてあの家に住みついた斎賀君、
その魔力の元を収集してるらしい人たちの存在、その魔力の元がもたらす被害、そして・・・・・被害はもう無視できない位に広がった。
止めないといけない解っている、解っているのに、なんの手掛かりも掴めない。
何か起きているのは解ってるのに、この事件に踏み込めない。
この町で何か起こってる、私達の知らない所で何か大変なことが起きているのに、なんにもつかめてない。
いつももう少しってところで逃げられる、お姉ちゃん達はいつも悔しがってた。
この前なんて、現場のすぐ近くになのはちゃんが居て、もしかしたら巻き込まれてたかもしれなかった。

「棚の中、なんてことは・・・無いか。」

昨日私はお姉ちゃんに何かお手伝いできることがないか聞いた。早くこんな事件終わっちゃえばいいから。
だけどお姉ちゃんは首を横に振った。何度もお願いしたけど、うやむやに断られた。
悔しかった、みんな頑張ってるのに、私は何もできない。本当に悔しかった。
だけど、無理にお手伝いするのはダメ。みんなにこれ以上心配をかける訳にはいかない、諦めるしかないと思った。
せめてと思って、疲れてるお姉ちゃん達の肩をもんであげる位しか今までできなかった。

「う~~ん、どこ?」

だけど、偶然この廃工場に来た時に、ほんの少しだけど感じたことのない魔力を感じた。
うまくは言えないけど、絶対に何かが違う魔力だった。
ここに何かある、私はそう確信してる。私は見つけたかもしれないんだ!

「探さないと。」

これ以上好き勝手にさせるなんて、絶対に嫌。アリサちゃんやなのはちゃんが巻き込まれるなんて絶対に嫌!
きっとこの部屋のどこかにある、見落としがあるかもしれない。
瓦礫をどかす、けど何も無い。引き出しを開ける、なにもない。
どこにあるんだろう?この部屋なのはわかってるのに。

「もしかしてここかな。」

私は床に寝そべって棚の下の隙間を懐中電灯で照らした。
物凄い埃の中に、何かが光を反射した。何か光るものがある。
手を伸ばせば届くかもしれない、私は光るモノに手を伸ばした。

「・・・もう少し・・・・」

もう少し、もう少しで届く・・・・・・・やった!

「とれた!」

とれたのはひし形の青い宝石だった、サファイアみたいだけど、違うみたい。
たぶん、これがお姉ちゃん達が探してる魔力の元凶なのかも。
そこまで大きくないけど感じたことのない魔力を感じる。

「早く知らせないと。」

私はポケットからいつものケータイを取りだした。
興奮しているせいか、いつものようにスムーズに電話帳が開けない。
何度も何度も押し間違えて、やっとお姉ちゃんの電話番号が出てきた。

「マテ・・・・」

「ひゃい!?」

驚いて、ケータイを落としてしまった。
ケータイは軽い音を立てて足元に落ちる、私は慌てて拾いながら後ろを振り返った。

「え・・・」

一瞬何が何だか分からなかった。

「ヨコセ。」

目の前の何かが絞り出すような声で言う。

「ヨコセ。」

犬みたいな体で、大きくて、

「ヨコセ」

毛むくじゃらの女の人の顔をした、化け物が。





第4話『遭遇戦。化け物・兵士・吸血鬼、メイドもあるよ。』





「まったくあの子は・・・いったい何してるのかしら?」

夜の海鳴の町を走る自家用車の助手席に座る月村忍は車窓の外に目をやりながら心配そうに呟いた。
実際かなり心配している、外を見ているような視線が落ち着きなくふらふらと彷徨っている。
それを聞いた運転席で運転しているメイド、ノエル・K・エーアリヒカイトはいつものごとく冷静な声色で答えた。

「たぶん寄り道でもなさっているのでは?今日はたしか、漫画の発売日のはずです。」

「本屋ならまだいいわ。でも、GPSはこの廃工場よ。廃工場に本屋があるのかしら?」

ノエルは信号が青の交差点で車を右折させつつちらりと忍を盗み見た。
忍が手にしている車載小型端末には携帯電話から発せられるGPSの電波で、
妹のすずかの現在地が手に取るように分かる。その反応はしっかりと近頃噂の廃工場の内部から発せられていた。
軽く端末を小突く忍に、ノエルは声色を変えずに答える。

「・・・・何か落として探しているのではないですか?」

「それならいいんだけど・・・・はぁ、よりにもよって廃工場で落とし物?」

「落とし物、携帯電話?」

「・・・・それ笑えないから。」

ノエルの言葉に忍は大きくため息をつく。おそらく心底心配でたまらないのだろう。
こんな状況だ、主の気持ちも解らないではない。彼女自身心配でたまらないのだ。

「まったく、どうなっているのかしら?突然夜空から魔力の塊が町に降り注ぐ。
それを狙う誰かさんが派手にやっちゃってくれてるのに、私達はまだ手がかりさえつかめてない。
やっと手掛かりになりそうな化け物を見つけても封印術式が通用しない上力も強くてとんでもなく凶暴。
散々痛めつけられたあげく逃げられて、その誰かさんに掻っ攫われる。」

忍の言葉にノエルは解りません、と答えるほかなかった。この異常は今までかかわってきた中でも一番奇妙なモノなのだ。
実際に彼女は現場におり、そして見たからこそ断言できる。あれは普通ではない。
今までの唯一の戦果である、通称『黒マリモ』との戦闘では犠牲を払いながらもあと少しで捕獲できる所までいったのだ。
だが化け物の急所らしい菱形の青い宝石に、用意した封印術式が全く通用しなかった。
その強大な魔力と未知の術式に妨害されたのだ。
惨敗だった、勝機を逃したノエル達は死者こそ出なかったまでも半数以上が病院送りになってしまった。

「偵察隊も・・・・」

斎賀洞爺の監視中に全滅したα偵察隊の面々の顔がよぎり、ノエルは怒りで唇をかみしめた。未だに割り切れてないのだ。
今までかかわってきた事件とはあまりにも違い過ぎる、まったく別物と言っていい。
それこそ、別世界の現象をまとめて引っ張ってきたような。

「斎賀洞爺の方はどうなってるの?」

「斎賀洞爺の件ですか?それでしたらここに。」

ノエルは封書を差しだした。それを受け取ると忍は中の資料に目をやる。
資料には、斎賀洞爺に関する情報がびっしりと書き込まれていた。
それを見る忍に、ノエルは資料も持たずにすらすらと解説していく。

「斎賀洞爺、広島生まれで両親は元傭兵の戦場カメラマン。
父は海鳴の生まれ、両親は地主で日本に数ヵ所、海鳴にも数ヵ所私有地を持っています。
以前はもっと多く所有していたようですが、財政の悪化で最終的にほとんど売り払ったようですね。
今現在所有しているのはその残りで、開発に向かない地形で売れなかったようです。
母は広島生まれで、比較的裕福な家庭の末っ子。ですが父親がリストラされてから家族仲が悪化し、無理心中。
彼女だけが奇跡的に一命を取り留め、身寄りもおらず孤独の身となります。
二人ともどういう訳か傭兵となり、戦場で出会って恋に落ちたそうです。」

「なんてベタな・・・・」

「その後結婚し傭兵を引退、戦場カメラマンに転職します。
彼は両親に連れられて生まれて間もないころから世界各地を転々としてますね。
そのため語学堪能、かつかなり頭が切れるようです。
戦闘格闘技、および銃器の扱いにも精通、ただハイテク機器に疎いそうです。
テロで両親を亡くし、その後2年ほど現地で少年兵として過ごしていましたが、終戦後この海鳴に引っ越してきたそうです。
ここまでは簡単に調べがつきました。」

「なるほど・・・」

忍は資料をペラリとめくる。次の資料には戸籍などの情報がしっかりと書き込まれていた。

「放浪中流れの傭兵に拾われ、そこで銃の腕を買われて少年兵、終戦後に帰国。
だがすでに母方の実家は老朽化が激しくて取り壊し、海鳴の父方の実家も火事で焼失。
それで彼は父方の祖父が所有していた私有地の物件に引っ越してきた、か。」

「そうなります。斎賀洞爺は遺産を全て相続し、一人で切り盛りしているようです。
手続きはほとんどオートメーション化されているので、それほど大変ではなさそうですが。」

ノエルの言葉はやや歯切れが悪い、まだ完璧な確証が得られてないのだろう。
やはり謎の人物だ、この斎賀洞爺という少年は。

「・・・・こちらに関する情報がないわね。彼は『こちら側』の人間ではないの?」

「今のところはまだ『こちら』の情報はありません。」

「・・・・おかしいわね。」

忍は資料を片手にしばし考え込む。自分の予想ではそれなりバックストーリーはあってもよさそうなのだ。
だが無い、それが思考をこんがらがらせた。探せど探せど、出てくるのは表の経歴や戦場での戦果や行動ばかりなのだ。
戸籍に登録されている架空の両親もそういうバックストーリーが存在しない。
なのに、彼はあの魔術師の家に住んでいる。おかしいにもほどがある。これでは本物なのか判断し辛い。

「ありえない、まったく無いなんて。」

「解らないことだらけですね。彼はあまりに不可解過ぎます。」

そうね、と忍はノエルの言葉に首を縦に振る。この不可解な人物はノエルの思考を絶えず刺激する。
相手には何の悪意がないように見える、そして行動もこちらには一切かかわってこない。
こちらの監視にも一切気付かず、この事件には何の関係もない生活を送っている。
なのに要所要所ではまるで思い出したかのように彼の頭が突っ込んでくる。
偶然にしては出来過ぎたタイミングでの引っ越し、その引っ越しの不可解な点。
子供にしてはやけに大人びた性格と物腰、どこか違和感のある言動。
私有地のどこからか家に持ち込んでいる旧式だが大量の武器兵器。
頻度の多い散歩、まるで町の細部を観察しているような仕草。
異常以来、牧村動物病院で初めて起きた事件のから、彼は何度か現場に姿を見せている。
しかし敵かと言われればそう断定できない。
以前すずかが誘拐されかけた時、彼は追いかけるアリサと鮫島に車内無線で的確な指示を送り、
さらに狙撃で誘拐犯を足止めして救出の支援をした事実がある。

「・・・やっぱり一度会ってみたほうがいいわね。」

「危険では?経歴がどうであれ、普段の身のこなし方からすれば相当な実力者と見受けられます。
その上600メートル離れたビルの屋上から的確な狙撃のできる腕の持ち主、油断なりません。」

「たぶん大丈夫じゃない?」

心配そうに忠告するノエルに、忍はあっけらかんと軽く返す。

「それは勘ですか?」

「それもあるし、すずかが言うにはそんな人には見えないっていうし、あの人がそんな人間を住まわせるとは思えないからね。
それに、例え彼が敵でもあなたがそうさせないでしょう?」

「当然です。」

「なら大丈夫よ。それじゃ、すずかを拾ったら彼の家に直行しましょう。」

それを聞いてため息をつくノエルに、忍は少々不敵に微笑みながらもう一度窓の外に目をやった。
既に町並みは住宅地に入っている。寂れた人通りの少ない通りに入った。
廃工場までは後少し、忍が窓の外に目をやるとGPSの画面が突然消えた。
忍はスイッチを押してもつかないのに少し怪訝に思ったが、すぐに諦めた。どうせ廃工場はすぐそこなのだ、これに頼る必要はない。
その時、彼女は気付かなかった。画面が消える直前、妹の携帯電話の発する電波を示す光点が消えたことに。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





工場の事務所に戻ってきた斎賀洞爺は、帰りに鍵束を入れたはずの空のデスクの引き出しを眺めながら嘆息していた。
帰り際、アリサがここに鍵束を隠していたのだがそれが消えていたのだ。

{この鍵を知っているのは俺たちの内誰か。さっき見えたのは女の子。だとしたらあの3人の内誰かか。}

「まったく、どうして俺の知り合いの女ってのはこう・・・・ぶぇっくしっ!」

予想通りというべきか、彼女達はやはり相当なおてんば娘だったようだ。見てて微笑ましい反面危なっかしい。
好奇心に負けたのか、それとも度胸試しなのか、彼女達の誰かは戻ってきてしまったのだ。
下手に何かに触ってお怪我してしまう前に連れ戻した方がよさそうだ。

{見つけるまで怪我してくれるなよ・・・}

鼻水をすすりながら雑納の中からLライトを取り出してスイッチを入れながら、事務所から作業場に出る。
事務所と違って明かりの無い作業場は昼間とは違い真っ暗闇に近かった。近い、と言っても完全な暗闇ではない。
天井に所々開いた穴から入る月明かりが入り、光の入らないと所の闇をより際立たせていた。
その上ここは何かの工場でいたるところに機械があり、構造が複雑で死角が多い。しかも足元も危険物がゴロゴロとしている。
自分はライトを持っているからいいが、彼女はそんなものは持っていないはずだ。
これは少々洒落にならんな、と洞爺が足元に散らばる金具や瓶を脇に避けていると、突然背後で何かがしまる音が大きく響いた。

「扉?」

振りかえると開けっ放しにしていた事務所のドアが閉まっていた。
いざという時のために開けっ放しにしておいたのだが、風で自然にしまったのだろうか。
まったく無風のはずだったはずだ。不思議に思いながら洞爺は扉に手を掛ける。

「開かない?」

押しても引いても、さっきまで簡単に開いたドアはびくともしなかった。
ドアノブもまるで飾りのようにがっちりと固まってしまっている。
壊れてしまったのかと洞爺は思ったが、ドアは見た限りそんな破損は見られない。

{困ったな、なんかの拍子に外枠が歪んだか。}

そう考えた時、ガジャン!と何かが壊れる音が小さく聞こえた。

{あいつか?}

辺りを見回すがそれらしい人影はない。もしかしたらさっきのはただ何かが落ちただけかもしれない。
だが、その音が妙に人工的なモノに聞こえた。人工的な音と自然的な音は必ず違いがある。
音の聞きわけは得意中の得意だ。でなければ密林戦などやっていられない。

{・・・妙だな。}

その音が気に掛り、洞爺の警戒心に触れた。例えれば、僅かに聞こえる狙撃手の息を聞いたような感覚だ。
自然と体に力が入り、脳内のスイッチが切り替わる。何か違和感がある。何か聞こえているのに聞こえない、そんな違和感だ。
体が自然と動いて、近くの機械の闇に身を潜ませる。
先ほどの音は妙に遠い気がしたが、ここは音がそこまで拡散するほど広くない。
何かがおかしい、そう感じ取った時、突然2階の窓という窓から爆煙が噴き出した。

「・・・・なにぃ?」

まるで榴弾砲が着弾したかのような爆風で窓枠が吹き飛ぶ様を見ながら洞爺は目が点になった。
それだけで取り乱すものではないが、それでも町中でこれは唐突で異常だった。
ここは工場なのだからガスボンベなどの何か爆発物があってもおかしくは無い、だが今の音はガスか何かの爆発音とは気色が違う。
爆発は一見どれも同じに見えるがガスや火薬の種類などで違ってくる、それこそ用途によってさまざまだ。
今回のそれは、どう聞いてもガスなどのそれではない。だが、榴弾砲か何かとも違う。
そもそも火薬なのだろうか?爆風にそのような香りが無い。その代わりなぜか爆風が体を伝うたびに寒気がした。
燃料でも、火薬でも、ガスでも無い異様なこれはいったいなんだ?

{なんだ、この肌に感じる違和感は?}

「まただ。」

また爆発が聞こえてくる。連鎖爆発しているのか、まるで戦闘をしているかのように聞こえる。
遠くで起きたように聞こえれば、次は近く、連続して近くで聞こえれば唐突に遠く、その距離感が全く安定しない。
音の音源が複数ならばそれは当然だろう。だが音の音源は一つ、間違い無くそれは断言できる。
なぜなら、爆音がまったく重ならない。必ず一つ、連続しても音は重ならない。
そして爆発のたびに走る肌を舐める寒気のような感触。胸の奥にしみる不快感。
それに自然と手が動いて十四年式拳銃を取り出して安全装置を外した。
バラバラと落ちてくるゴミの中で警戒していると、小さく別の音を聞き取った。

{足音?}

反射的に音のした渡り廊下の方に視線を向ける。足音はどんどんと近づき、その主が渡り廊下に飛びだした。

「月村?」

見慣れた姿に洞爺は素早く拳銃を雑能に押し込む。飛び出したのは月村すずかだった。
だが、様子がおかしい。後ろを時々振り返りながら走っている。
その表情には恐怖が張り付き、まるで何かに追われているようだ。
もしかしたら、彼女が変なのに触ってそれが原因で別の何かが爆発してしまったのかもしれない。
とにかく呼びとめよう。そう思った時、彼女を追うように渡り廊下に何かが飛び出した。

「へ?」

思わず間抜けな声が出た。飛び出したそれは毒々しい紫の塊だった。何かの見間違いかと思ったが、違う。
それは魔力の塊、そしてその塊は本で読んだ魔術師の戦闘に於いて攻撃魔術として使われるものに似ていた。
そんなものを喰らえば、生身のすずかがどんなことになるかなど考えるまでもなかった。

「伏せろ!!」

洞爺は咄嗟に駆けだしながら大声で叫んだが遅かった。すずかからかなり後ろで魔力弾は起爆し、その場で爆風をまき散らしたのだ。

{時限信管か!!}

彼女は廊下になぎ倒され、爆風によって骨組みが歪み錆ついて自重に耐えきれなくなった廊下全体が崩れ落ちた。
悲鳴は無かった、上げる事も出来なかったのだろう。咄嗟に彼女は残っていた骨組のパイプを掴んだが、パイプも見る見るうちに曲がっていく。
折れるのとほぼ同時に、洞爺は先に落ち切った瓦礫を蹴り飛ばしながら彼女の下にすべり込んだ。
腹と腰に力を入れ、落ちてくる彼女を抱きとめる。案外ずしりと来る衝撃に、背中に言い表せない痛烈な痛みが走った。

「だ、大丈夫か?」

「斎賀君!?」

すずかは自分を抱きとめた人間の正体を知って驚いたように目を丸くしていた。
それはそうだろう、なにしろもう帰ったと思っていた友人がこの場に居て、しかも自分を抱きかかえているのだから。
洞爺はお姫様だっこしていた彼女を下ろし、軽く腰をさすりながら頷く。

「どうしてここに?帰ったんじゃ・・・」

「それはこっちが言いたいな。」

駄目じゃないか、と軽く叱ろうとする。すると、なぜかすずかは激しく動揺し始めた。

「うそ、なんで?そんな・・・」

{え、俺ってそんなに怖い?}

若干ショックを受けながらもそれを我慢して、厳しく表情を固めながら彼女の前に立つ。

「なんでって、君たちが戻ってくるかもしれないと思ったからだが、まったくこんな夜に駄目じゃないか!
それで、いったい何が起きている?さっきの魔力弾はいったいなんだ?」

「それは―――」

彼女の言葉は、突然の咆哮と衝撃で遮られた。あまりに唐突で強烈な力に、洞爺の体は呆気なく転がり瓦礫の山に転がった。
まるで何かに殴られたかのようにわき腹が痛む。鍛えておいてよかった、鍛えていなければ今ごろ嘔吐していただろう。
耳鳴りのする耳を介抱しつつ、洞爺は擦り傷だらけになった体を起こして、目の前の現実を疑った。

「な、なんだ?」

「――――ヨコセ。」

身の毛がよだつような、心に恐怖を植え付けるこの世のものではないような声が響いたのだ。
その声を放ったものを見て、洞爺は目の前にいったい何が居るのか全く理解できなかった。
いや理解はしていた、それを本能的に認めたく無かっただけだ。先ほどまで自分が経っていた場所に、何かが立っている。

{なんか喋った、なんだこいつ!?}

その生物は、獣のような体をしていた、そして巨大で、とても禍々しかった。
体は犬のようだ、だが皮膚は所々裂けていて、破けたストッキングのようになって赤い肉をさらけ出している。
尻尾はネズミのようだ、だが中ほどから3股に分かれており鞭のようにしなやかにゆらゆらと揺れている。
頭部は人間のようだ、毛深くなっているが20歳前後の女性で、真っ赤に染まった両目の瞳に理性は無い。
それはまさしく、化け物だった。何の比喩も無く、なんの装飾も必要のない、まるで絵にかいたようなキマイラがそこにいる。
化け物は優雅ともいえる仕草で立ち上がると、自身の右足の下を見つめて嬉しそうに微笑んだ。
その足の下敷きになっている人物、それを知り洞爺は思わず叫んでしまった。

「月村!!」

化け物の右足の下には押さえつけられ、意識の無いすずかの姿があった。
彼女は苦しげに呻いたが、大きな傷は無いようだ。胸から下は確認できないがおそらく無事だろう。
大量の出血が無いことと前足の浮き方、彼女の表情に混じる苦痛からそう判断できる。
叫びを聞いてようやく気付いたのか、化け物は緩慢な動作で首を洞爺に向けた。
目が合った途端、化け物は予期せぬ幸運に見舞われたかのように微笑んだ。

「オマエモ、チカラ、アル。」

視界が歪んだような気がした、心の中で何かが叫ぶ。この化け物がなにをしようとしているのか、それは考えなくとも解った。

{さっきのはこいつか。}

おそらく先ほどの魔力弾を放ったであろう化け物が動く。それと同時に、洞爺は十四年式拳銃を引き抜いて構えた。
以前、家にあった妖怪の歴史などを取り扱った文献を読んだことがある。
おそらく目の前の化け物もその妖怪か何かなのだろう。
本来ならば踵を返して逃げ出したい所だが、目の前の彼女を見捨てて逃げられる訳が無い。

{とりあえず、あいつを何とかして月村を救出し全速離脱だな。}

「シツリョーヘーキ・・・」

向けられた8ミリの銃口に視線を寄せて、化け物は牙を向いて唸った。どうやら若干の知性はあるらしい。
洞爺は十四年式の引き金に力を入れつつ、足を肩幅に開いて腰に力を入れた。
人間相手ならばどうとでもやりようはあるが、化け物相手では何があるか解らない。
何しろ魔術などという不思議な力がある世界の化け物だ、運動神経は人間のそれとも肉食獣のそれとも違う可能性が高い。
小銃も無い今、空でも飛ばれたらそれこそ手の出しようが無い。

{む?これでは逃げ切れない可能性もあるじゃないか。}

逃げられないなら倒すしかない、脳内のプランを変更して気合を入れ直す。
化け物は動かない、むしろ挑発的にニヤニヤと笑っている。化け物は洞爺を脅威ではなく獲物としか見ていなかった。

「ヒト、マズイ、デモ、チカラ、アル、クウ。」

ニヤニヤと笑う化け物の表情は失禁モノだ。その表情に頭がシンと冷え込む。

「ダカラ、オマエモ、クウ。」

「これでも食ってろ。」

久しぶりに引いた引き金は、重いがとても軽かった。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





乾いた銃声が聞こえたような気がして、月村すずかはぼんやりと意識を取り戻した。
視界は安定せず、思考もまとまらない、耳も役に立たない、ただぼんやりと僅かに目を開けて、回りを見渡す。
気が付けば、自分を抑えつけていた重圧が消えているのに気が付いた。

{そうだ、私は・・・}

少しの間を置いて、ようやく少しづつ思考がまとまり始める。
確か自分は見た事も無い化け物から逃げようとして、途中で斎賀洞爺に助けられたのだ。

{それで、斎賀君が魔力弾で吹き飛ばされて、私は、捕まった・・・・そうだ、あの化け物は?}

ぼんやりとする意識で思い出し、ゆっくりと辺りを見回す。その時、また銃声のようなものが聞こえた。
もしかしたら、誰かが助けにきてくれたのかもしれない。
だが誰だろうか?すずかは疑問に思い、そして偶然目に映った光景に目を疑った。
白黒髪の少年、斎賀洞爺が化け物と戦っていた。

{私を、助けに?}

彼が何故化け物と戦っているのか、すぐには理解できなかった。
だが、今起きている事は現実だ。今目の前では彼が戦っている。

「な――威――」

化け物の突進をかわした洞爺は忌々しげに口を開く。
横に振われる尻尾の下をくぐるように避け、真上から振り下ろされる尻尾を銃撃し軌道を逸らす。
軌道を逸らされた尻尾はそのまま錆ついた工作機械を真っ二つに切り裂いた。

「笑えない、物理の法則はどこ行った?」

{この銃声は、9ミリじゃないよね?32口径でも無い・・・よね?}

何発か当たっているのに効果が薄い拳銃に、すずかはふと疑問に思った。
普段ノエル達が使っている銃の銃声とはだいぶ違う。荒々しくて、雑な音だ。
それに動きも変だ。かなり戦い慣れているのは解る、なのにどこがぎこちない。そんな感じがする。
銃撃は正確、確実に化け物を抉る。回避は確実、動きを読んでうまく避けている。
だが決定打が得られていない。圧倒しているように見えるのに、化け物に決定打を打てていない。
彼は化け物の頭を狙うが、化け物は素早くステップを繰り返して銃弾を避けてしまう。
避け切れなかった弾が胴体にめり込むが、何も感じていないかのように化け物は彼に突進した。
痺れを切らした化け物が先手を打ったようだ。化け物の体に銃弾がめり込むが止まらない。
すると、洞爺は狙いを足元に定めて発砲した。化け物は足を撃ち抜かれ、勢いそのままに転倒して地面に転がった。
その隙に、彼は拳銃の弾倉を交換して転がった化け物に向かって駆けだす。
勝負をかけたのだ、化け物もそれに応じるかのように身をよじると彼にむけて口を開く。目を焼くような閃光が口から迸った。

「あぶない!!」

絞り出すようにすずかは叫んだ。
本来の魔術砲撃は魔力のチャージに時間がかかるが、あの化け物はそれがあまり無いと姉から聞いていたのだ。
彼は咄嗟に身を傾けるが、収束した魔力はレーザー光線のように伸びて、彼の上半身を焼きつくす―――

「ぬぅっ!!」

はずだった。彼はまるでそれを見切ったかのように体を強引にひねる。レーザーのように伸びたそれは彼の体をギリギリで逸れた。
まるでスライドしているかのように彼の体は化け物の顔の脇へと潜り込むと、至近距離から拳銃を頭に突きつけた。
化け物はレーザーの反動のせいか動かない、あっさりと響く8発の銃声と、8発の銃弾を受け止めた化け物はぐらりとよろめいてそのまま倒れた。

「たお、した?・・・・・あ・・・」

「月村!!」

倒れた化け物の頭から噴き出す赤黒くてブヨブヨした物にすずかの意識は唐突に飛んだ。
再び目を覚ますと、景色が一変していた。
先ほどまで居た大作業場ではなくひび割れたコンクリートの知らない天井。
ぼんやりと天井を眺めて思考していると、突然ぬっと洞爺の顔が目前に現れた。

「ひゃぁ!?」

「目を覚ましたのか。大丈夫か?」

「う、うん。あの、ここは?」

「医務室・・・と言いたいが、今はその影も形も無いな。」

あまりにも近い洞爺の顔に驚きながらも頷き、湿ったベットからゆっくりと体を起こして周りを見渡す。
昼間に来た時とは違い暗いが、確かに医務室のようだ。壊れたベットや、ボロボロの薬棚などが置かれている。
入り口のドアは堅く閉じられ、錆びたロッカーを重ねたバリケードでふさがれていた。
窓も板でふさがれていて、蛍光灯が時折点滅しながら部屋の中を照らしている。
廃墟の一室というにふさわしい景色だが、なぜか映画で見たような『野戦陣地』に見えた。
次の瞬間には警報が鳴ったり伝令が飛びこんできてもおかしくない位に。

「ば、化け物は!?」

「殺した。」

あっさり告げる洞爺にすずかは思わず唖然とする。

「ん?どうした?」

「いや、なんか雰囲気違うな~って。」

「うむ、これが地だからな。すまん、ちょっと気にしていてな。」

その元凶のような洞爺はベットの脇に椅子を持ってきて座り、錆ついた薬箱に消毒液と包帯をしまいながら苦笑した。
服装は趣味なのかオリーブドラヴの上着にグレーのカーゴパンツに黒のシャツ、白髪交じりの短髪は軍人カットに見える。
これにヘルメットや弾薬ポーチなどを付け加えれば完璧に兵士だ。

{なるほど。}

すずかは納得して、今どうなっているのか聞こうとして、古い十四年式拳銃から弾倉を引き出した洞爺の瞳に言葉がつまった。
いつも目にしてるような好々爺とした優しい雰囲気は無く、冷たくカミソリのように研ぎ澄まされた気迫が発せられていたのだ。
視線は鋭く、そして冷たい。感情というものを抑え込んだ視線は、何を考えているのかを読ませない。
まるで百戦錬磨の兵士の目、もし今彼に襲いかかる化け物が居たら、瞬く間に真っ二つにされてしまう光景が思い浮かぶ。
命令されてしまえば言われるがままに何でもしてしまいそうだ。

「あなたは、いったい何者?」

聞かずには居られなかった。当然、洞爺は答えない。
弾倉に弾薬を再装填していた手を休めて、まるで全てを見透かすような目ですずかを見つめ返す。

「そういう君も何者だ?一般人という訳ではなかろう?」

「私は、普通の・・・」

「嘘はよくないな。見ればわかる、君は慣れてるだろう?こんな非常識な状況を見て、そんな風に落ち着いていられるのだからな。」

「そう見えるだけかもしれないよ?」

「そうなのか?それにしては、顔が引きつって面白いことになってるぞ。」

「なっ!?」

驚いてすずかは両手で顔をぺたぺた触る。それがカマ掛けだという事にすずかは後になって気付いて後悔した。

「・・・・・・やっぱり只者ではないんだね。」

「人を見る目には少し自信があるのでね。」

話すべきだろうか?すずかはこの状況下で悩んだ。
姉から聞く監視の報告では家に多くの武器弾薬を運び込んでいるらしいが、それ以外の行動はいたって普通。
最初は何か嗅ぎまわっているような行動をとっていたが今はそれも鳴りをひそめている。
今は事件が起きても幼い妖狐と家で戯れ、縁側で骨董品の銃火器を整備してて動いていない事があった。
動いていないのなら無関係ではないか?そう考えられるが、まだ確信を持てた訳ではない。
事件が起こった時、監視の目から逃れていたり、事件後の現場の付近で目撃されたりしているからだ。
その監視も一度全滅させられている。それも目を覆いたくなるような残忍な殺害方法でだ。
無関係の白っぽい、だけどその確証が無い。それが今の斎賀洞爺の評価だ。
だが、洞爺がそんな人間だとは彼女にはどうしても思えなかった。この3週間、友人と一緒に付き合ってそれが解ったのだ。
彼は変わり者で、確かに何かを隠しているが悪い人間ではない。
何かと助けてくれるし、一緒にいるととても楽しくて暖かくて、いつも笑っていられる優しい良い人だ。
それに彼は、自分が誘拐されそうになった時も先回りして助けてくれたのだ。
もし姉やノエルが考えているような人間なら、そんなことするはずが無い。

{・・・・覚悟、決めなきゃ。}

ゴクリ、とつばを飲み込み、息を大きく吸ってすずかは静かに口を開いた。

「私は、夜の一族。吸血鬼の末裔だよ。」

「ふ~ん。」

「え、何そのやっぱりとか今さら見たいな反応。怖くないの?」

「恐れる理由が解らん。俺はそういう偏見とか差別が嫌いでな、たかがそんなことに恐れてたら戦場など行けん。」

予想外の反応にすずかは呆気にとられてしまった。当然とでも言うようにあっけらかんと返されるとは思っていなかったのだ。
てっきり嫌われてしまうかもしれないと思っていたのだ、戦場ってすげぇ。

「それに知り合いにこんな人間が居てな。自家製トマトジュースが好き過ぎて毎日がぶがぶ飲んでたバカなんだが。」

「へえ、そんな人いたんだ。」

「それが最前線に長く居過ぎて飲めない時期が続いたせいか禁断症状が出てな。
ある日、幽鬼みたいにフラフラと俺の所にやってきて、肩の傷口を見るや突然豹変してがぶりと。」

「怖!?」

「そうだろう、俺も怖かった。あの後みんなにくすぐりの刑に処されたな~~~俺もやったけど。だから気にするな。
むしろもっと良い方に考えるべきじゃないのかい?年をとっても老け辛い自分はらっき~、とかな。
無論そんな風に思える訳ないのは解るが、悩んだ所でそれが変わる訳ではないのだ。なら、せめて悔いのないように生きなきゃな。」

にしても懐かしいこと思い出したとけらけら笑う洞爺だが、瞬きすると嘘のようにその表情はまじめに戻っていた。
恐るべき切り替えの速さである、さっきまで笑っていた雰囲気が微塵もない。

「まぁ笑い話は置いといてだ、つまり魔術側の人間という訳だな。随分正直だな?」

「話しが先に進まない気がしたから・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふむ、正直なのはいいことだ。」

なぜか物凄い微妙な間が空いた返事だ。表情も僅かに固くなっている。

「それで、斎賀君は?」

「俺か・・・・何者、か。・・・・俺は何と答えればいいのかねぇ・・・」

彼はどこか寂しそうに遠い目をして、少し悩むように唇を歪ませる。
椅子に座っている洞爺は先ほどの凛々しい表情ではなく、どこか寂しそうに見えた。
まるで手の届かないどこかを羨望しているかのような目で、解っているのに願わなければいけないような表情で。

「俺はただの兵士だ。ちょっと魔術師やそっち関連に縁が合った、ただそれだけの人間だよ。
大方俺の経歴は調べが付いてるだろうから言わんが・・・・にしてもねぇ。」

「・・・・・・・やっぱり信じてない?」

「いや、ここにはトマトジュースが無いなと。」

真面目な表情でこいつはいったい何を考えているのだろう?

「君がその関係ならば、ああいう手合いが居るのもうなずける。君がどうして俺を疑うのか気にかかるが・・・なぜ?」

「それは、その・・・・・・」

「言えないか。気にするな、まだ会って間もない人間だ。当然のことだ。」

変なことを言ったと思えば真面目な事を言う、本当に思考が読めない。本当に変わり者である。
彼は拳銃に弾倉を入れ直しながら、辺りを警戒しつつ塞がれた窓を見て忌々しげにため息をついた。

「現状を説明せねばならんな。」

洞爺は肩にかけていたバックを探って中から小さな箱とマッチ、それと小さな袋と缶を取り出した。
なんの箱だろうか?すずかは箱の絵がらを覗きこんで目を丸くした。

「って煙草!?」

「ん、そうだが・・・・吸わせんぞ?」

「吸わないよ!っていうか吸っちゃだめでしょ!!」

「気にするな。これが中東くおりてぃだ。」

「気にするよ!」

中東クオリティって何!?と驚くすずかをよそに、洞爺は箱の中から煙草を一本取り出すと手慣れた手つきでマッチを擦って火をつける。
その年季の入った渋い雰囲気に思わず見とれてしまった。
洞爺はどこから引っ張り出したのか工場の地図をデスク引っ張ってきて上に広げ、蓋をつけたままのボールペンで1階の部屋を示した。

「俺たちは今、この1階医務室にいる。ここに至るまで廊下は廃材を使って塞いだ。
緊急時の際は、ここの壁と向こうの壁を爆破して経路を作るから合図したらそこに隠れる事。覚えておいてくれ。」

洞爺が指さす壁には、どこからか運び込んだ錆びだらけのガスボンベが設置されていた。
ガスボンベから引かれる電線は、彼の足元の古い大型バッテリーと間に合わせのスイッチに直結している。
ボンベは厨房の倉庫から、大型バッテリーはここの製品らしく出荷されなかった分が残っていたようだ。
何故こんなものを作る必要があるのか、それを洞爺に尋ねると、彼は少し悩んだ様子で答えた。

「簡単に言えば、ここから出ることができん。」

「出られない?」

「その通り、化け物を倒した後君を背負って工場を出ようとして窓の外に首を出したら変な膜みたいなのに遮られたのだ。
おそらく結界だろう、正直困っている、窓もダメ、扉もダメ、非常階段なんぞ一段降りたらいつの間にか180回転して登ってた。
調べた限り工場を包むように結界が張られていてな、出ようにも出られん。
解除しようにも俺には器具も無ければ知識もほとんど無い。」

「お姉ちゃんに連絡すれば何とかなるかも。私のケータイで・・・・あぁ、壊れてる。」

「お手上げだな。工場の電話回線は化け物にズタズタにされて機材と補修部品が無ければ修理不可能だ。」

「お気に入りだったのに・・・・」

ポケットから出てきたお気に入りの携帯電話は見るも無残な姿だった。
散々弄って基本性能を大幅に上げ、防水・対衝撃フレームに換装して散々アリサに羨ましがられたお気に入りはもう見る影もない。
業者でも無理だろうとパッと見でも解る位破損しているケータイを直すのはいくら機械いじりが趣味でも土台無理だ。
工場全体を追うように円を書いて参ったとばかりに肩をすくませ、洞爺は紫煙をすずかに掛けないように吐き出す。

「これで君の所に救助を要請する案は消えた。となると、どうにかして結界を解くしかない。
しかし生半可なモノはこれには通用しない。間に合わせのガスボンベと廃材で作った爆弾なんかじゃ歯が立たない。
できれば自然と消えてくれればありがたいんだがね、そううまくはいかんだろう。」

「・・・・まだ居るのかも。」

「今のところ妙な気配は感じないが、可能性はあるな。あんなのがもう一匹いるなんて洒落にならん。
だがもっと厄介なのは別にあるぞ、あの化け物がどっかの連中に使役されている場合だ。その場合、ここは鉄火場に早変わりだ。」

洞爺の言葉に、すずかの脳裏に誘拐犯たちの顔がよぎった。
言葉が出なかった。自分がいまどれだけまずい状況にいるのか完全に理解したからだ。
理解が甘すぎた、手伝うつもりがなんて事だ。姉達に迷惑をかけたばかりか、完全に彼を巻き込んでしまったのだ。
自身の無力さと情けなさが恨めしくて仕方なくて、すずかは泣きたくなって俯いた。

「なに、心配するな。」

その言葉に顔を上げると、頭に優しく彼の手が添えられた。
優しくすずかの頭を撫でながら、洞爺は励ますように言った。

「確かに弾ももう残り少ない、化け物相手ならばまだやりようがあるが同じ人間相手では応戦できるか微妙な所だ。
別の武器が必要だが、こんなところじゃ現地調達は火炎瓶が関の山。だが大丈夫だ、必ず生きてここから出してやる。」

「斎賀君?」

「こう見えても絶望的な状況には慣れてるんだ。任せておきなさい、だから頑張ろう。」

洞爺は力強くにっこりと微笑んで胸を張る。すると、なぜか胸の中がポカポカしてくる事にすずかは気付いた。
さっきまで胸の奥から噴き出ていた悔しさや虚しさも、まるで無かったかのように消えている。
その代わりにあるのは希望、ほんの小さなものだけど、確かに光っている確かな光。
優しく頭を撫でる手も、まるで父親に身を預けているような暖かい抱擁感と安心感を与えてくれる。
その光と安心感を与えてくれたのは、目の前で静かに微笑みかけてくれる斎賀洞爺だ。

「ありがとう。」

「うむ、やはり笑顔が一番だ。」

「はぅ・・・」

「なにを赤くなってる?そう恥ずかしがることではないぞ。」

「恥ずかしいよ!」

「声が大きい。ほれ、これ食って落ち着け。」

大声に顔をしかめた洞爺は先ほど取り出した袋と缶をすずかに渡した。

「コンペイトウとサイダー?なんで?」

「金平糖とサイダーは俺の必需品でね。甘い物は気が落ち着くし、栄養になる。もしや甘いの苦手だったか?」

「ううん、そうじゃないけど。」

「そうか。長期戦になるかもしれんし、今の内に食べておきな。」

「え、なるの?」

「可能性は否定できん、こんな世界じゃな。」

ほれほれ食ってみな、と洞爺に勧められ、金平糖を一つ取り出して口に含む。
コリコリと噛みしめると口の中に柔らかい甘みが広がり、自然と口元がほころんだ。

「美味しい。」

もう一つ取り出して口に含むすずかを見て、洞爺は微笑ましそうに微笑んだが、すぐに真顔になって問いかけた。

「所であの化け物はいったい何なんだ?俺の持ってる資料には載っていなかったが、今の日本はあんな化け物が自然発生してるのか?」

「ううん、違う。私もあんな妖怪でも妖獣でも使い魔でも無い化け物、見たこと無い。」

「新種か、それとも変種か?いや、これだけ科学が発達しているんだ、生物兵器という考えも・・・」

いくらなんでもそれは無いだろう。彼のあまりの想像力にすずかは否定を入れる。

「ううん、そうじゃないと思う。あれは―――」

「!?静かに。」

突然言葉を切らせた洞爺の行動は素早かった。十四年式を右手に握り、窓際まで音も無く窓に近寄り枠外に身を寄せる。
先ほどまで優しげだった笑みは既に無く、そこには凛々しく引き締まった表情があった。
その上意識しなければ見失ってなってしまう位に、気配が薄い。まるでそこにいないみたいだ。

「なに?」

すずかの問いに、洞爺は左の人差し指を縦にして唇に当てる。静かにしてろという事だ。
それに従うと、外から足音が聞こえてくるのに気が付いた。それはかすかにしか聞こえないが、確実に近づいている。

{誰かが、来てる?}

洞爺は先ほどまで座っていたデスクを指さし、スイッチを指さす。
その指示にコクリと頷き、ベットから静かに下りてスイッチを拾い地図が開かれたままのデスクの陰に身を隠した。

「合図を出したらスイッチを入れろ。それまで絶対に押すな。」

僅かに聞こえる程度の洞爺の声を共に、明かりが消されて辺りは真っ暗になった。
聞こえるのは、僅かな足音と自分の吐息。それ以外、何も感じない、聞こえない。
無音の闇と自身の息と聞こえる足音、緊迫した空気、死への恐怖、全てが心を蝕む。
闇というものがこうも恐ろしいのか初めて味わった。体の震えが止まらない。
足音がとまる。自分の吐息まで怖く聞こえ、口を押さえながら、洞爺の居る窓の方を僅かに顔を出して覗く。
洞爺は窓の傍にちゃんといたが、存在感がとても薄かった。
まるで闇と一体になっているかのように形がゆらゆらと揺らめいているように見える。
そんな彼の視線が向く窓は未だに板でふさがれたまま、一緒になってじっと見つめていると板が強引に外された。
月明かりが窓から入りかすかに葉の擦れ合う音が入ってくる、それをバックにロングスカートの女性が銃を手に窓脇に足を掛けた。
目が暗闇に慣れていないのと、月明かりの逆光の所為でよく見えない。

「動くな。」

板の外された窓に足を掛けて乗り越えようとする女性のこめかみに、洞爺が死角から銃口を突き付けた。
だがひらりと銃口がはらわれ、代わりに洞爺の額にPDW『FN P90』の銃口が付きつけられる。
女性は答える気は無いらしい。月明かりに照らされる女性の口元に冷徹な笑みが浮かんだ。
洞爺は5.7ミリの銃口が火を吹く直前に左腕でP90を掴み取り、思い切り室内に引っ張り込んだ。
その手をひねりまるで赤子の手からおもちゃを取るようにP90をもぎ取りながら、柔道の技のように女性を床に転がす。
転がる女性にP90をバックに押し込みつつ十四年式を2発発砲。
しかし、女性はまるでいなかったかのように消えて銃弾はコンクリートを抉る。

「くっ!?」

洞爺はすぐさま右足を軸に右90度回転し、今まさに腕を振り下ろさんとする女性にむけて発砲した。
その素早く正確な射撃に改めて洞爺の技量には目を見張った。伊達に中東で傭兵をしていた訳ではなさそうだ。
女性の影は魔力で体を強化しているのか尋常じゃないスピードでその銃弾を拳で弾き、蹴りやパンチを繰り出す。
それをギリギリで避けながらボクシングのように彼はカウンターを入れ、
女性のハイキックを屈伸するように身をかがめてかわし、お返しとばかりに顔面に左ジャブ2連から顎を狙った拳銃付き右フック。
ジャブ2連をもらいつつも女性はフックを受け止めその腕をつかみ取り投げ飛ばそうとして、するりと逃げられた。
なにも掴んでいないままの投げ技に中途半端な所で気付いて女性の体が一瞬固まる。
そこに彼は空手のようなキレのあるミドルキックを女性に叩き込み、流れるように後ろ飛び上段回し蹴りを側頭部に決めた。

「ぐっ!」

側頭部を蹴り抜かれて前かがみになってふらりと揺れる女性の頭に、洞爺は流れるような踵落としで追撃を掛けた。
短い脚を限界まで上げて、さらに軽く飛び跳ね体重を乗せて後頭部に叩き込む。
ズンッ!と鈍い音とともに女性は頭から地面にたたきつけられた。常人なら気絶間違い無しだ。

「まだですよ。」

「なに!?」

しかし魔力を纏う女性はそれを耐えた、地面から跳ねるように飛び起きてさらにスピードのあるストレートを放つ。
それをギリギリで避けた洞爺は、信じられないという表情をしながらも女性の足を払った。
その気持ちは解らないでもない、常人であれば気絶する威力だ。
バランスを崩された女性の拳は、コンクリートの地面に突き刺さった。残念なことに女性は常人ではないのである。

{両方とも、強い。}

その攻防にすずかは見入ってしまっていた、言葉が出ないとはまさにこのことだ。
魔術による肉体強化を纏う女性のスピードやパワーにも驚きだが、洞爺は魔術なしで対抗している。
スピードもパワーも女性の方が上なのに、それを洞爺はぎりぎりでもかわし反撃する。
その動きは人間の範疇だ、それでも女性の攻撃は掠る程度にしか入らない。
当然だろう、肉体強化もボディアーマーの無い洞爺は文字通り生身、そんな状態で魔力の込められた拳をもらえばタダでは済まない。
受けたら最後、防御すればその防御ごと貫いて終わりなのだ。
だから受けない、確実に避け、絡め取り、そして反撃するのだ。

「魔術師ぃ!?洒落かこれは!!」

「洒落かどうか試してみますか!」

肉体強化の魔術を纏ったストレートをギリギリでかわしながら、右手を熊手のようにして鼻っ柱に叩き込む。
それを真正面から受け止めた女性は、まるで効いていないかのように平然と言ってのけた。

「どうしたのですか、手抜きで勝てるとでも?力の差で勝ち目はありません。」

感情の無い挑発的な言葉に洞爺は後ろに飛び退きながらの銃撃を返した。それを女性は拳で弾いた。また撃つ、また弾く、そして仕掛ける。
女性は一瞬で距離を詰め、ボディブローを仕掛けた。彼の目ではおそらく女性は一瞬でかき消え、目の前に現れたように見えただろう。
だが、洞爺はそのボディブローを脇で挟むと合気道のように床に転がし、転がった女性の頭に右足でストンプ。
頭を潰される直前、女性はそれを真横に転がって避ける。

{あれ?あのボディブロー、どこかで?あの声も・・・・・・}

どこかで見たようなボディブローと声に首をかしげ、すずかは闇に慣れてきた目で女性の影を追う。
転がった女性の魔力の籠った鞭のような足払いをバックステップで避け、彼は発砲しながら壁際まで下がる。
壁に背をついた時、十四年式のスライドが後退したまま止まった。彼の視線が一瞬銃に行く。
その隙に女性は立ち上がり洞爺に向かって一瞬で肉薄し、魔力の籠ったストレートを繰り出す。
だが、それは彼を捉える事は無く、代わりにコンクリートの壁に突き刺さった。
壁に肘まで埋まった自分の拳に目を見開く女性のこめかみに、P90の銃口が突きつけられた。

「なっ!?」

「動くな、悪いようにはせん。」

氷点下の冷たい瞳で見降ろし、感情を極限まで殺した言葉で洞爺は警告した。
その声色に、自分に向けて言われた訳でもないのにすずかは恐怖で体が震えた。
いったいどれほど経験を積めば、あそこまで感情を殺した声を出せるのだろう?全く想像できなかった。

「なぜ、直撃したはず。」

「自分で考えろ。それと、何事も油断大敵だ。」

女性は気付かなかったが、洞爺はストレートが決まる直前に脇に一歩避けていた。
ただ一歩、されど一歩だ。おそらくあの弾切れは誘いだったのだろう、女性はそれにまんまと乗ったのだ。

「すまんが、こうでもしないと止まってくれそうになかったのでな。
最初に銃を突きつけたのは俺だから謝るが、随分と殺る気だったじゃないか?魔術師というのはこうも好戦的なのかね?」

先ほどの冷たさはどこへやら、洞爺はやれやれと子供の悪ふざけに苦笑いする親のような雰囲気になって皮肉げに言う。
だが、その雰囲気は女性の言葉によって罅を入れられた。

「あなたがお嬢様を攫ったのでしょう!」

「はぁ!?」

何言ってるんだこいつ?と洞爺は言いたげな表情だ。当然だ、彼だってすずかを助けるために戦ったのだ。

{お嬢様?私?あれ?あれぇぇぇ!?}

「攫った?俺が?アホなことを言うな。なんで俺があの子を誘拐せねばならんのだ。大体理由が無い。」

「理由ならあります。」

「待て、君の考えている理由が解ったぞ。実に下らん、俺を馬鹿にしているのかね?」

「待って!洞爺君。」

すずかは月明かりで照らしだされた女性が見慣れたメイド服であることに気づいて慌てて止めに入った。
右腕をコンクリートの壁に埋没させ銃口を突き付けられているメイドという光景は非常にシュールだ。
しかしそれが自分にとって見慣れたメイドの姿であれば笑う気など一切起きなかった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





{やはりあなたですか。}

彼に銃口を突き付けられた時、ノエル・K・エーアリヒカイトは目の前の斎賀洞爺をすぐさま敵と判断した。
元より疑いはあった、そして今すずかを誘拐し自分に銃口を向けている、つまり彼は敵なのだ。
忍様の愛する妹を、私の守るべき大切な存在を奪った敵だ。敵に容赦は無用、降伏しなければ叩きつぶすのみ。
敵の持つ銃は『十四年式拳銃』、装弾数八発で八ミリ南部拳銃弾を使用する大型軍用拳銃であり骨董品。
対して自分の装備するPDW『FN P90』は最新の個人防衛火器、威力も連射力も桁違いだ。
それに予備の銃や、自分には彼には無いであろうアドバンテージがある。
負ける戦いではない、一瞬でカタが付く、その筈なのだ。

{なのになぜ?}

自分は今、目の前の敵に完全に敗北しているのだろう。
壁に右腕をめり込ませて右膝をつき、自分の銃であったP90の銃口を向けられている。
こんなおかしい状況があるのか?相手は魔力があっても魔術を満足使えないらしい普通の人間。なのに、負けた。
初撃に失敗し、P90を奪われ、格闘戦では完全に手玉に取られた。
それも魔術の満足に使えない人間に対して、自分は魔術を使ったにも関わらずだ。
肉体強化を纏った攻撃は普通の人間の攻撃よりもはるかにスピードがあり威力がある。肉体強化による瞬発力がある。
訳が解らない、負ける要素がいったいどこにあったのか?
彼は確かに戦場にいた経歴がある、中東で少年兵として戦った経験があるのは事実だ。
だがそれだけでこんなことができるのか?普通の人間同士の戦争でこんな技術が身につくのか?
あり得ない、あり得る訳が無い、だが現実に彼はそれをなしている。解らない、納得がいかない。
こんなことができる普通の人間など、知りうる限り一人しかいない、そしてそれは過去の人だ。

「動くな、悪いようにはせん。」

だが彼の冷酷な視線と身が震え立つような平坦な声色、醸し出す濃厚な殺気でようやく理解できた。
いや理解できたのではない、感じ取ることができた。彼は自分達の思っているような存在ではない、と。
彼は、自分達が調べ上げた以上の戦争を、戦いを経験している。それこそ、想像を絶するような数の。
あの経歴はダミー、年齢も、両親も、出生も家族もおそらく全てが偽物。
彼は本当の意味での兵士。無慈悲に、命令のままに敵を殺す殺戮機械。
幾多の死線と、何千何万という屍を越え絶望を味わった、戦争という狂気に染まった人間なのだ。
それが感じ取れてしまった、だからこそ、彼女は冷酷な殺気の消えた彼の言葉がよく理解できなかった。

「すまんが、こうでもしないと止まってくれそうになかったんでな。
最初に銃を突きつけたのは俺だから謝るが、随分と殺る気だったじゃないか?魔術師というのはこうも好戦的なのかね?」

何を言っているんだろうかこの男は?まるで、自分は実は味方だと言わんばかりではないか。

「あなたがお嬢様を攫ったのでしょう!」

思わず語尾が強くなる。なぜ突然そこまで豹変するのか、いったいこれはなんなのだ?
先ほどまでもあの冷酷な殺戮機械であったこいつはどこに消えたのだ?

「はぁ!?攫った?俺が?アホなことを言うな。なんで俺があの子を誘拐せねばならんのだ。大体理由が無い。」

「理由ならあります。」

すずかお嬢様は忍様の大切な家族、自分の大切な存在。
武功、金、理由などいくらでもある、そんな理由で私の大切な宝を奪おうとする輩は大勢いる、貴様もその一人ではないのか?

「待て、君の考えている理由が解ったぞ。実に下らん、俺を馬鹿にしているのかね?」

馬鹿にしている?下らない?ではお前はいったい何のために?訳が解らない。いったい何がどうなっているのだ?
では、いったい何のためにこいつはお嬢様を攫ったのだ?解らない、おかしい、繋がらない。

「待って!洞爺君。」

その時、すぐ近くから聞きたかった彼女の声が聞こえた。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





「遅いぞ月村、なんで早く気付かないんだ?こいつになんか言ってやってくれ。
どう言う訳か、俺の信頼はゼロらしい。俺はこの人になにか嫌がることでもしたかね?」

すみません見惚れてましたとは口が裂けても言えない、今の彼はかなり怒っている。
手違いとはいえ、誘拐犯扱いされたのがよほど気に入らなかったようだ。当然である、誰だって犯罪者扱いが気持ちいい訳が無い

「お嬢様!ご無事でしたか。」

「無事に決まっているだろう。確かエーアリヒカイトさんだったか?まったく、変な真似はしないでくれ。
化け物の次はメイドと戦ったなんて洒落にしかならん。」

頭痛でもしたのか額を抑える洞爺の目配せにすずかはコクリと頷いた。
彼は銃口を下げると、十四年式をズボンに挟みP90を両手で保持しながら無言で後ろを向く。
すずかが気付いた以上、もう大丈夫だと思ったのだろう。
ノエルは状況が理解できないのか、右腕を抜きながら目をパチクリする。

「お嬢様、これは?」

すずかは洞爺に心の中で感謝すると、ノエルに駆け寄って思い切り抱きついた。

「お嬢様!?」

強く、そこにいることを確かめるように、強く抱きしめる。
ノエルも混乱しながらも彼女を抱きしめた。暖かく、優しい匂いが体を包む。相当心配したのだろう、抱きしめる体は震えていた。

「ノエルさん、ごめんなさい。」

「お嬢様・・・・まったく、後でお説教ですよ。」

謝らずには居られなかった。目が熱くなり、視界が歪む。
泣き出すすずかに、ノエルは優しく頭を撫でながら抱きしめた。
泣いた、ただ泣いた。暖かくて、優しくて、嬉しくて、とても申し訳なくて。
家に帰ったら、みんなにちゃんと謝ろう。そう誓った。

「お嬢様、まさか彼が?」

「うん、また斎賀君が助けてくれたの。」

「まさか、そんな。」

「だから言ったじゃない、斎賀君は悪い人じゃ無いって。」

涙声になりながらすずかはノエルに言う。ノエルの目が驚きで見開かれ、背を向けたままの洞爺の方に向いた。

「新しい・・・惹かれるな・・・・・」

P90に夢中になっているふりをしている洞爺は気付かないふりをしてくれた。
ノエルが驚くのも当然だろう、襲いかかった少年がすずかの命の恩人だったのだ。
彼女が襲いかかった理由も予想が付く、故に責めない。彼女も自分を思ってやったことなのだ。
これはお互い認識がずれて起きた事故、どちらも怪我はないのだからすぐに仲直りできるだろう。
それを理解したのか、ノエルはすずかを優しく放すと洞爺に向き直り深々と頭を下げた。

「さきほどは失礼しました、お嬢様を救っていただきありがとうございます。」

「む?・・・あぁ、気にする必要はない。当然のことをしたまでだ。
君が来たという事は、結界はもう破壊出来たのか?まずいな、発砲してしまった・・・」

「はい。ですが空間閉鎖型の結界を改めて張りましたので心配は無用です。
お礼と言ってはなんですが、表に車を止めてあります。ご自宅までお送りいたしましょう。」

「ならお言葉に甘えよう。なんで俺が疑われたのかも聞きたいしな。」

「え~と?」

「まさか話さないなんて言わないよな?それに、エーアリヒカイトにも考えがありそうだ。」

洞爺はとても優しく微笑むが、その目は一切笑っていない。なぜか物凄く嫌な予感がした。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





車上の人となった洞爺は、現在絶賛不幸の嵐真っただ中に居た。
次々襲ってくる衝撃の事実と非現実に、崩れ去っていく常識の要塞がなんとも虚しい。
頭痛がしてくる頭を押さえ、現状を理解して思いのほか危ない立場にいた自分にため息が漏れて仕方が無い。
なんでこんなことになってるんだとここにいない誰かに問いかけたくなる、それ位突拍子が無さ過ぎた。

「つまり、俺はその町で暴れてる連中の一味か、君たちを狙うどっかの殺し屋だと思われてたと?」

「・・・怒った、かな?」

「良い気分な訳無いだろう。なんでそう思われなければならんのか・・・・・どうしてこうなった?」

俺、なんか悪いことしました? 改めてがっくりと肩を落とす。

「タイミングが悪かったとしか・・・・」

これである。自分は勘違いで殺されかけていた上に、それのきっかけが『自分が出てきたタイミングが悪かった』が理由と来た。
理由は解らないでもない、解るから怒れない。だがこっちはそんな気も無いし今までそんな事が起きてるなんて知りもしなかった。
ただ変な事件が起きるなと少々変に感じて興味本位でほっつき歩いてそういうものだと納得していただけなのだ。
しかしこれでは、自分の行動を例えるなら、地雷原でタップダンスを踊っていたようなものである。

{実際さっき死にかけたしな。}

乾いた笑いが漏れる。先の戦闘を思い出すとぞっとする、いくら老朽化していたとはいえコンクリートの壁を貫通する拳など反則だ。
あれを喰らっていたら、おそらく今ごろ我が戦友と酒盛りだろう。間違い無く一撃で壁の醜いオブジェと化している。
生身とは思えないとんでもない早さといい威力といい、人間を辞めていると言えるだろう。
それに反応できたのは戦場で積んできた白兵戦の経験のおかげだ。一瞬で距離を詰める人間など数える程度にしかいなかったが。
不幸度過去最高記録達成、そしてそれは現在も記録更新中である。
お膳立ては済ませてあるという言葉を信じて移り住んで普通に過ごしてたら危険人物扱いされてた、など笑いの種にもなるまい。

「本当に私たちに危害を加える気はないんだね?」

「ない。」

すずかの真剣な問いに洞爺は肯定を返した。襲撃者は武功目当て、金銭目当て、理由はいくらでもあり、そのどれもが下らない。
そんな輩と同一視されていたなど虫唾が走る。そもそも親友の孫をそんな目で見るなんてありえない。

{だから護衛に戦闘メイドねぇ・・・}

どうだどうだと言わんばかりに微笑むすずかの視線の先のコンクリート貫通メイドに目を向ける。
今なら助手席のすずかの姉もおまけに突っ込んでくるだろう。静かに何かを弄っているが、いったい何をするか解ったものでは無い。
しょんぼりとした雰囲気を隠せていないコンクリ貫通メイドに洞爺は内心苦笑いした。

「メイドかぁ・・・」

「え?どうかしたの?」

数日前爆破処分した爺のくそったれプレゼントを思い出し遠い目をする洞爺。あれには怒った、爺さんに対して物凄く怒った。
お手伝いに用意してくれただけならいい、でもその他用途は余計である。というかお手伝い以外全部が余計である。
本当に自分をなんだと思っていたのだろうか、男だからとでも言うのか。
憤怒の炎が口から出そうなくらい怒りが胸いっぱいに広がって、最終的にもう呆れかえった。
もうそんな年でもないのにそんなものを用意するとはいい度胸である、馬鹿にした報いを思い知らせてやる。
だから意表返しに全部爆破処分したのだ。終わった後は虚しくなりもしたが、非情にすっきりした。

「いや、メイドにいい思い出が無くてな。」

「そうなんだ。・・・ノエルさん?」

すずかにいい笑顔を向けられたコンクリ貫通メイドに盛大に殺気が籠った目で睨まれた。
恨めしげに思いっきり殺気を向けてくるコンクリ貫通メイドに洞爺は苦笑いを返す。

「じゃぁ最後に、最初にも言った最近起こっている事件について心当たりは?無いと思うけど。」

「事件?ふむ、先日のその森で起きた戦闘というのは知らんな。その時は公園で久遠とボール投げで遊んでいたしな。
あ、久遠というのはうちの飼い子狐な。まぁ知ってると思うが。証拠なら、坂下さん当たりが証明してくれるな。」

「・・・・やっぱり。」

うむ、と洞爺は頷き返す。何も知らない以上答えようがない。何が起きているのか気に掛って洞爺は問い返した。

「すまんが、それは君に聞いて初めて知ったんだ。いったい何が起きてるんだ?教えてくれ。」

「・・・・・・・・」

すずかは少々考えてから静かに話し始めた。しかしその話はとても信じられるものではなかった。

「発端は1カ月くらい前の夜、突然空から21個の大きな魔力の塊が降ってきたのをレーダーが捉えたの。」

また突拍子の無い話が出てきたな、頭痛を覚えた洞爺は聞き返す。

「魔力の塊が降ってきた?」

「うん、その魔力の塊はこの町に散らばって反応を消したの。初めはただの誤作動とエラーだって言われてた。
見た人が少なかったし、その日は丁度機材のメンテナンスと重なってたから。
でもその9日くらい後から、町で変な事が起き始めたの。」

「それが、街中での、突発的な魔力暴走の発生とそれを封じる未知の術式を持つ魔術師の戦闘か。」

すずかはコクリと頷く。町は平和そのものだったというのに、そんな事が起きていたとは知らなかった。

「しかし、戦闘だと?こんな市街地でか?なら、なぜ民間人を避難させていない?」

「避難?」

キョトンとして首をかしげる彼女に、真剣な表情で頷く。

「そうだ。もしここがそんな危険地帯なら、民間人が巻き込まれる前に避難させるべきだろう?
それに、もう町中で戦闘が起こっているようだな。だとすればなおさらだ。
魔術というものは一般人にとってどれほど脅威なのか君にも解るだろう?サイパンや沖縄をここで作る気か?」

あのコンクリート抜き黄金のストレートを超える何かが一般市民の上に降るなど、許容できるものではない。
話だと既に戦死者も出ているようだ、いつ巻き込まれてもおかしくない。

「大丈夫だよ。戦うときは人払い兼封鎖用の結界を張るの。これなら一般人はその結界の中には入れない。
元から居た人も自然に結界内から出て行くから。それに、そんなことしたら何度も魔術がばれちゃうよ?」

大丈夫、と太鼓判を押す彼女。あまり納得できなかったが、とりあえず今は置いておくことにした。
話が進まないのもまずいのだ。納得のいかない気持ちを胸にしまって話を促す。

「そうか、すまなかったな。対策が万全ならいいんだ。それで?」

「うん、その力はとてつもなく大きくて、そして未知のもの。その魔術師も未知の術式を使っている。お姉ちゃん達も動いてるんだけど・・・・」

「その口ぶりだと、大きな成果は無いようだな。しかし、そんな状況なのによくあんなとこに行ったな。」

「えと・・・・」

すずかは目を泳がせて言い淀む。その反応だけですぐに予想が付く。

「少々思慮が浅かったな。もし俺が普通の人間だったら大変なことになっていたぞ。
かなり切迫しているようだが、確証が無い限り動かん方がいい。下手すれば状況を悪化させる。」

「あはは、そうだね。でも私も、何とかしたかったから。それに―――」

すずかの手が洞爺の左腕を掴む。かなり強い力だ、細い少女の腕のものとは思えない。

「斎賀君は普通じゃない。そうでしょ?」

「おいおい、つまり俺がその魔術師だと?」

少々茶化すと真に受けたのはすずかは慌てて訂正する。

「そ、そういう意味じゃないよ。でも、あなたの体はちょっと普通じゃないもの。」

「それは確証がある訳か?」

「うん。」

「なるほど。しかし、解るとはすごいな。」

どこか得意げにはにかむすずか、洞爺は彼女の鋭さに素直に感心した。
確かにこの身体は魔術に特化した特別製の人造体だ。
それこそ、強大な魔術を使う際の膨大な魔力量に耐えられるように体も丈夫にできている。
これで白兵戦特化じゃないってどれだけだ?と疑問に思う位丈夫だ。
腕力や筋力も前と全く変わらない、小さい身体で無駄に怪力なので近所の人には驚かれたものだ。
ほとほと魔術というものは奇想天外だと身にしみるほど解る体である。豚に真珠であるのだが。

「だが残念ながらお門違いだな。生憎俺はそんな大層な物は使えない。」

かばんの中から煙草『敷島』の箱とマッチを取り出し、一本咥えながら答える。車内だが気にしない。

「でも、魔力はあるよね。」

「確かにあるがね、使えるのならば銃など持っていない。さっき見ただろう?俺は使えないんだ。」

「今の内に素直に答えたほうがよろしいですよ。そうでなくては少々遠回りしなければなりません。」

マッチを擦る洞爺に、運転席のメイドが声をかけた。十字路手前で車が路肩に止まる。
左に行けば我が家だが、それ以外ではどこに行くか解らない。
魔術云々に関してはまだかなり疑われているらしい、確かにこの身体の性能で使えないのは不自然だろう。
しかし使えない物は使えないのである。僅かに使えなくはないが、実戦で使えない。だから使えないのは紛れもない事実なのだ。

「それは困るな。うちで俺の帰りを待っている奴がいるのでね。」

バックミラー越しに見えるメイドの鋭い視線に、煙草に火とつけながら返した。
立ち上る紫煙が天井で広がり、ついで空調に吸い込まれて行く。

「俺としては平和が一番だ、無駄な争いはごめんだね。」

「こちらもごめんこうむります。ですが、必要とあらば容赦は致しません。」

「手荒い手を使っても喋らせるか?そこまで神経質になるものかね。」

「魔術とは危険なモノですから、それはあなたも御承知でしょう。それに、我々には敵も多い。」

「違いない。引っ越してきただけで敵と勘違いされるのだしな。」

覚悟の籠るメイドの視線に感心しながら言い返す。
その光景が険悪な関係に見えたのか、間にすずかが割り込んできた。

「ちょっと二人とも!もう疑いは晴れたんだから止めてよ!!」

「随分と余裕ですね。」

「こんなもの最前線と比べれば断然マシなのでね。」

すずかの言葉を無視して洞爺は余裕の表情で言い返す。
戦場の混沌とした空間と比べたらこのお上品な殺気はつまみも同意義である。たかが一人の殺気なのだ。

「やるか?小娘。」

さりげなく煙草を摘んでドスを利かせる。彼女の殺気は、その若さでこれだけ出せるのなら及第点だがそれだけだ。
殺気は素晴らしく洗練されていて場数はそれなりに踏んでいるようだが、まだ人を殺したことが少ない新米の目。
数分のにらみ合いの後、ノエルはやれやれとばかりに身を引いた。

「失礼しました、煙草から手を放してください。」

「おや、これは失礼。」

摘んでいた煙草を口に戻す。

「もう、今度やったら二人とも許さないんだからね。所でさ、斎賀君はなんでそんなものを持っているの?」

「銃の事か?護身用だ。海外ではいろいろ物騒な目にあってね。あった方が役に立つ。」

「いや、だってそれ凄い骨董品だよ。」

「十四年式拳銃、ずいぶん古い物をお持ちですね。」

メイドが口をはさんでくる。そのは獲物を見つけた鷹のように鋭い。

「自分はこれが扱いやすいので。古い物はお嫌いですかな?」

「いえ、ただ古い銃は整備が大変だと思いまして。特にその銃は部品どころか弾も手に入り辛いものです。
なにしろ8ミリ南部はもうどこも作ってはいませんから。」

洞爺は彼女の言葉に舌打ちした。十四年式拳銃は現代からすればもはやアンティークの域の銃だ。
部品はもう手に入らないし、よしんば手に入っても古かったり複製、使用する銃弾の生産も終了している。
維持費も弾薬日も日々右肩上がりな銃をどうしてそこまで使い込んでいるのか?彼女の問いはそれだろう。
無論予想していたが、変えなかったのは理由がある。
確かに代替としてコルト・ガバメントM1911やブローニングM1910、ルガー、モーゼル、トカレフなど複数案を用意していた。
代替はする予定だったのである。
しかし、代替として最有力であった今でも現役のM1911に初っ端から躓いたのだ。
M1911今の体には大きすぎて、グリップがうまく握れず、また45口径特有の大きな反動で手が滑りやすかったのだ。
次のブローニングM1910はM1911よりも格段に扱いやすかったが普段使っていない不慣れな銃である事に変わりは無く、
再装填の際にマガジンキャッチ方式が弾倉の底を抑えるタイプである事と使用弾が32ACP弾である事が欠点になった。
32ACP弾は非力で、反動が少ないが威力が劣る。
その上十四年式はマガジンキャッチがトリガーガードの付近にある新式を採用しており、それに慣れているとM1910は使いにくい。
同じような理由でワルサーP38、コルトM1903なども消えた。
リボルバー式は装弾数が6発と少なすぎ、対化け物や魔術師との戦いを考えると再装填に時間は掛けられない。
スピードローダーやクリップという便利なものもあるにはあるのだが、弾倉と比べるとどうしても嵩張る。
となると候補として残るはルガー系列やモーゼル、トカレフTT-33、愛用の十四年式などになる。
しかしルガーやモーゼルではアンティークという意味では十四年式と同じであるし、
二式拳銃や浜田式、杉浦式などは使ったことは僅かしかない、安全装置が役立たずな上に暴発しやすい九四式拳銃は論外だ。
ルガーやモーゼルは現用の9ミリ弾を流用できるのに惹かれたが、それをアンティークとしての価値が帳消しにする。
現代では悪名高きトカレフは選んだのが間違いだった。
反動も握り心地も及第点だったのだが、最悪なことにこいつは安全装置が無い。安全装置は重要なのだ。
そのほかにもあれこれ考えて結局、いつもの十四年式に落ち着いたのである。愛用であるというのもある。
ここまで来てはもうどれを取っても同じだと気付いて、馬鹿らしい気持ちになったのは言うまでもない。
ちなみに銃を所持しないという選択肢は最初からなかった。
魔術という不可思議なモノに手をつけてしまっている以上、最低限の武装は必要だと判断したからだ。

「この銃は昔からの相棒でな、よく知っている。弾の方も心配はいらん、無くなれば自作する。」

「しかしその銃よりも高性能な拳銃は世界にあふれていますよ?」

「今の銃は確かに高性能だが、慣れない銃を使って死ぬのはごめんだ。」

至極真面目に答える洞爺にメイドは小さくため息をついて再び前を向いた。
車が動きだし、やがて左折した。何とか勝った、洞爺は少々安堵しながら紫煙を吐く。

「斎賀君、少し聞いてもいいかな。」

「なんだ?」

聞き返すと、すずかは言い辛そうに口をモゴモゴさせた。
その言葉にならない言葉に、洞爺は推測が付いて答える。

「人を殺したことがあるか、か?あるぞ。」

「ご、ごめん。変な事聞いちゃって。」

「かまわん、当然の反応だ。安心したまえ。俺は君達に危害を加える気はないし、どちらかと言えば味方だ。
普通の犯罪ならまだしもその手の犯罪は警察には言えない。何かあれば連絡してくれ、できる限り協力しよう。」

ここは日本、未来にこようとも自分はこの国の軍人である大日本帝国海軍陸戦隊だ。
もはやその肩書は戯言にしかならないだろうが、それでも自分が軍人であることは変わりない。
堂々と言い、大手を振って戦える訳ではないだろうが、それでも戦ってやる。
この平和を壊させる訳には、絶対に行かない。己の信念にかけて。

「どうしてそんなに親切にしてくれるの?」

「当然だ。そいつの所為で俺は殺されかけてたのだぞ?仕返しせねば気がすまんし、どうせ無関係とはいかんだろ?」

「あはははは・・・・」

「それに君みたいな可憐な少女が困っているのを放っておける訳ないのでね。」

「へぅ・・・」

当然というように笑顔を向けると、すずかは真っ赤になって俯く。
変なことを言ったのだろうか?そのまんまの事を言っただけの洞爺は少々考え込んだ。
すずかはどう見ても美少女の部類に入る、それをただ褒めただけなのにそこまで過敏に反応されるとやはり何か問題があるのかもしれない。
その間に車は住宅地に入り、やがて一軒の家の前で止まった。洞爺の家に着いたのだ。
迷わず家に直行するあたりもう周辺の調査は済んでいるのだろう。
やれやれとため息をつきつつ、車を降りるともうひとつ車のドアが開く音がした。
振りかえると、月村忍が車を降りてにっこりと微笑んでいた。

「どうやら君のお姉さんからも少し話があるようだな。送ってもらって悪かったな。」

「ううん、全然気にしないで。」

「そう言ってくれると助かる。じゃあ、また学校でな。何かあったら連絡をくれ。いや、本気だぞ?」

「・・・・ありがとう。」

満面の笑みを浮かべるすずかに洞爺は気恥ずかしさを感じながら、忍を家の庭に招いた。
まだ修繕や掃除が終わっていない所が多い室内よりも、中庭の方が綺麗だからだ。
庭木は綺麗に整え、花壇は小さな畑にして作物の種をまいてある。何気に自慢の中庭である。

「それで、なんのようかね?悪いが、話すことは全部話したよ。」

「大した用事ではありませんよ、斎賀洞爺海軍中尉。」

「・・・・・知っているのか?」

忍はコクリと頷く。その姿は鈴音の孫とは思えないほど清楚で冷たい。あいつだと大抵失敗して変な風になる。
これで本当にあいつの孫なのか?とても疑わしい。

「はい、お婆様から話は聞いています。あなたが旧海軍の軍人であった事も、この町に来た経緯もです。少々予定がずれましたが。」

「・・・・・あの爺、何考えているんだ?なんでもっと早く接触してくれなかった?殺されかけたぞ。」

「タイミングがぴったり過ぎたので、少々確認に手間取りました。あなたのこちら側に関する情報が全く無かったので。
それに、気を悪くしてしまうかもしれませんが、私も半信半疑でしたから。」

またこれだ。出てきた時期がつくづく悪かったようだ。
それに、魔術側の設定が無いというのはこちらも気になっていた。

「半信半疑なのは仕方ない、俺とて偶にこれは夢なのではと思う時がある。
にしても、経歴か。それはそれでなんかありそうだが・・・・・解らん。」

「それでいいの?」

「あの爺の考えることは俺もよく解らんよ。それで、爺さん何か言われたかい?」

「正確には、私ではなくひいお婆さまが、ですが。まぁ、それは後でお伝えします。」

やはり嫌な予感は当たる。ここはあの爺さんの所有していた物件だ、それを月村家が知らないはずが無い。
忍はくすくすと妖艶に笑い、居住まいを正し高貴な人物のするような優雅で芯の通った礼をした。

「初めまして、月村家当主、月村忍です。」

「大日本帝国海軍陸戦隊、沖縄根拠地隊第2歩兵中隊中隊長兼嘉手納制空戦闘機隊第1中隊第2小隊小隊長、斎賀洞爺中尉です。」

それに対し、洞爺も貫禄のある海軍式の敬礼を持って答えた。
非日常の肩書に対する日常の肩書の返答、それもまた非日常の会話であった。

「それで、あの爺と彼女はなんと?あと敬語で無くて構わんよ。」

「そう?ならそうさせてもらうわ。お婆様に聞いてた通り、なんだか不思議な人ね。すずかが打ち解けるのも解るわ。」

不思議ちゃんと申したか・・・・あまりにあんまりな表現にがっくりとうなだれる。
未来には恐ろしい表現があるものだ。これまでも親しい中では奇人変人と呼ばれてきたがこれは胸に刺さる。

「これでも奇人変人堅物で通ってるのだがね。それで、何かあるのかい?」

「まずお婆様からの伝言、『やっぱり生きてたのね馬鹿野郎。』」

「なんか不思議な気分だ、まさか孫からもそれを聞かされるとはね。生きてて悪いか馬鹿力。」

「・・・・・本当にやるんだ。」

「帰ってきたらお決まりみたいなものだったのでね。」

本物だ、このやり取りをしっかり覚えているのは自分と鈴音と親しい友人位だ。
懐かしい、戦場から帰ってきて出会えば必ず鈴音は皮肉げに言うのだ『やっぱり生きてたのね馬鹿野郎。』と。
それに自分は挑戦的に返す『生きてて悪いか馬鹿力。』それがいつしか、二人の恒例になっただけの事。
思い返せば彼女のひい婆さんと最後に会ったのはだいぶ前になる、あの時も確かこんな会話の後、格闘戦になった。
いまはどっちが強いか白黒はっきりつけようという子供っぽい理由からだ。
あの時は基地中の人間が見に来て大賑わいになったのだ。あの時の左ストレートから右アッパーはかなり効いた。
ボコボコにされて寝込んだ次の日には指令にニヤニヤされながら始末書を書かされた。

「鈴音の奴は今どこに?あの騒がしいのが自分で来ないとは珍しいじゃないか。」

突然忍は表情を凍りつかせ、うつむいて黙りこくる。
あいつのことだからどこかで気ままな隠居生活でもしてるのだろう、そう思っていたが違っていたようだ。
考えてみればおかしかったのだ。もし知っているなら、あいつは止められても自分で確認しに来る。
彼女はそういう奴なのだ。いつも突っ走って猪突猛進で迷惑ばかりかけて、なのに憎めない奴で。
だが彼女は現れなかった。思えば、自分は信じたくなかったのかもしれない。ありもしないことだと笑いたかったのだ。
しばらくして彼女は静かに鈴音の最後を語ってくれた。

「鈴音らしい、無茶しやがって。」

3年前に旅行先で家族を守るために戦って、その時に負った傷が元で死んだ。
無鉄砲で猪突猛進なのは結局最後まで直らなかったようだ。

「あいつは、最後に笑ってたか?」

「えぇ・・・・」

「そうか、笑って逝けたか。ならいい、あいつも満足だろ。だからそんな辛そうな顔するな。
あいつのことだ、そんな顔見せたら本気で枕元に立ちに来るぞ?」

彼女にとっても、鈴音はとても大切な家族だったのだろう。一言一言、口を開くたびに泣きそうな表情をしていた。
はたから見れば酷く滑稽な光景だろう。まだ年端もいかない子供に、大学生が慰められているのだから。

「あなたは強いのね。」

「まさか、俺も我慢するので精一杯だ。」

少し期待していたせいか、目頭が熱くなった。あの無鉄砲な彼女も、今となっては過去の人。
最後まで自分のまま、無駄に元気で庶民派で明るくとてもいい所の育ちとは思えない人柄で孫たちと笑い合ったのだ。
無駄に元気で無鉄砲で色気のない男女はもういない、だが彼女は満足して逝ったのだ。なら、自分も笑って見送ろう。

「続けてくれ、まだあるのだろう?」

「えぇ、明日『ドーンッ!!』・・・・」

さほど遠くない所から響いた爆音に、ゆっくりと目を向ける。
庭から見える裏山から、一筋の煙が上がっていた。それは爆音が響くたびに一本づつ増えていく。
あれは確か近所の高校の裏山だ。良く訓練をするために行っているお気に入りの場所である。
それを二人して眺めていると、世界が色を失った。比喩ではない、色がすべてグレーに上書きされたような光景に変わったのだ。

「なんだ、これは?」

「結界?」

どうやらこれも結界らしい。まったくもって、不可思議だ。

「どうやらのんびり話している暇はなさそうだな。ちなみにこれは例の魔術か?」

「そうみたいね。」

「そうか、ここはいつもこんな感じなのかね?」

「いつもはこんなんじゃないわよ。」

「それを聞いて安心したよ。しかし、また厄介なことになっているみたいだな。」

「ノエルじゃないけど、温泉にゆっくり浸かりたいわ。」

「大きな風呂なら用意できる、温泉の素を入れるから帰りに入って行くといい。」

「・・・・なんだろう、涙が出てくる。今日初めて会ったのに。」

きっと今まで相当苦労して疲れがたまっているのだろう。疲れたように笑う忍に手招きしてから洞爺はガレージへと歩き出す。

「どこへ行くの?」

「暴れている連中にお灸を据えに行く。君も放っておけんのだろ、力になるよ。」

「でもあなたは―――」

「気にするな、人々の平和を守るのが軍人の役目でもあるからね。」

まったく、昔を懐かしむ時間もありはしない。お茶でも飲みながら鈴音の話を聞かせてやろうと思っていたのだがお預けだ。

{弾丸羽つきの話をしてやろうと思ったのだがな。}

とことん馬鹿力だったあいつを思い出していると、ガレージのドアに頭をぶつけかけた。
危ない危ないと思いつつガレージの扉の鍵を皮のキーケースから探して、鍵を開ける。
扉を開けながら振りかえり、黙っているノエルと忍と話すすずかに向けて悪戯っぽく笑った。

「さぁ、お好きなモノをどうぞ?」

もしあいつらが居たら必ずこういうだろう『お前はまたこんなにため込みやがって。』と。











あとがき
書けた、やっと書けた。けど大丈夫かよこれ・・・・・と不安が凄い作者です。
長いこと間が空いてしまいすんません、一度間が開くとこうも腕が落ちる上に自身が無くなるのですね。
キャラの性格は掴み辛くなってるし、文章もこれですし。これでは先が思いやられます。
リアルで忙しかったため間が開いて申し訳ございません。
久しぶりに帰ってきた所、やはりこの緊張感はとんでもないっすね。・・・チラ裏で修業した方がいいのかもしれません。
若さって良いですね{年寄りっぽく}、書き始めた当初はあんなに自信あったのに今はかなりびくびくしてます。
自分文章力が無いですし、歴戦の方々の爪の垢を煎じて飲みたいです。
今回は書いてたら戦闘になった、と言えばいいのでしょうか。とりあえず主人公はチートですがチートじゃないです。
『一発貰う=死』つまりdeadなのでこうなった、後は経験、これは負けない。
削除前はとある別のサイト様の小説にそっくりという意見を貰ったので悩んでまして・・・・その結果がこれですが。
解ったでしょうがプロットも全部書き直しです。というか無印のプロットはプロットじゃなくてメモですね。
しかも最初は頭の中で考えてメモにすらして無かったし、ヤバいぜ。よく書いてたな自分。
キャラ設定も少々変えました。爺さん設定が初期ではつながりが弱いと感じましたので。
ちなみにタイトルを付与しましたが、特に意味はない。

これからも未熟な自分の作品をどうかよろしくお願いします。by作者







[15675] 無印 第5話
Name: 雷電◆5a73facb ID:b3aea340
Date: 2011/09/14 08:44



Side,ノエル・K・エーアリヒカイト


私は彼のことを忍様に説明された時、正直耳を疑いました。
先ほど危険人物扱いだった彼が、前当主鈴音様のご友人であり旧軍軍人であるなど、とても信じられません。
鈴音様から聞いていた忍様も最初は半信半疑だったそうで、今の今まで忘れていた位だそうです。
ですがそれは事実だった。
お嬢様には秘密で軽く説明されただけですが、これでようやく彼のハイスペックぶりに説明が付きます。
鈴音様はよく楽しそうに彼のことを話していましたがこれが理由だったのですね。
あいつは生きてる、あの洞爺があんな戦場で死ぬもんですか、いつも最後はそう締めくくって。
鈴音様は、彼との再会を心待ちにしてずっと待っていたのでしょう。本当に、遅すぎです。
恨み事の一つでも言ってやりましょうかと思いましたが、止めておきます。
彼は体感的には一か月前まで第二次世界大戦で戦っていたのです。遅くなりましたが、約束を守ったのですから。

「やっぱり斎賀君は何も関係無かったでしょ。」

「そうね、本当に悪いことしちゃったわ。」

お嬢様には本当に無関係だったという事で話をつけるみたいですね。
それが無難でしょう、鈴音様の親友で第二次世界大戦から来ましたなどと言われては信じられないでしょうし。
しかしそうなると彼は今回の事件に最悪な形で巻き込まれた形になるのですか、私が言うのもなんですが、ご愁傷様です。

「さぁ、お好きなモノをどうぞ?」

彼がドアを開き、広いガレージの明かりをついた途端、私は目を疑いました。

「う~む、行くのならやはり機動力があるジープで行くべきだが、あの化け物相手には戦車砲も捨てがたい。どうする?エーアリヒカイトさん。」

「いえ、私に聞かれましても。」

「あの二人があれでは返答は期待できんのでな。」

横を見ると、忍様やすずかお嬢様も口をあんぐり開けて呆然としています。
なぜなら、彼に案内されたガレージには、映画で見るような古いブローニングM2を搭載したジープと古い戦車があったのですから。

「あの、これは?」

「見ればわかるだろう?ジープと九七式中戦車だ。整備は万全、いつでも行けるぞ。」

すぐに我に返ったすずかお嬢様が彼に問いかけますが、話がかみ合っていません。
というか、ジープはともかくなぜ旧軍の戦車が?

「武器が必要だろう?大丈夫だ、小銃でも機関銃でもバズーカでも何でも揃っているぞ。まぁ全部古いがな。」

忍様の目がまた点になります、それはそうでしょう。
M1ガーランド、ブレン軽機関銃、Stg44、一〇〇式短機関銃、リーエンフィールド、MG42、
PTRD M1941、M1バズーカ、M1カービン、MP40、パンツァーシュレック、マウザーM1918・・・・
ガレージの奥から引っ張り出してきたリアカーにはマニア垂涎の銃火器がゴロゴロと。どこから持ってきたんですか?

「手榴弾ならMK2がお勧めだ。あ、発破用の爆薬もいるか?」

またリアカーかゴロゴロと、中には手榴弾と爆薬がたくさん。もう驚きませんよ、驚きませんとも。
柄付き手榴弾とか赤い悪魔とか初めて見ましたのでちょっと感動ですが。

「火炎放射器もあるぞ、確か対化け物用には必需品なのだろう?」

誰ですかそんな間違った知識を教えた人は!!

「なんでこんなのがここにあるの。」

すずかお嬢様は戦車を指さします。すると、九九式短小銃を弄っていた彼はとても困ったように言いました。

「それは俺も解らん。なにしろ最初からあった。」

「最初からあったの!?」

彼はかなり皮肉げに言いました。これは予想外です。
これから例の魔術師を捕まえに行く、忍様がそうおっしゃられた時はすぐに賛成しましたが・・・まさかの伏兵ですね。
最初から戦車とジープのある家ってなんですかそれ?あの魔術師はそんなものを集める趣味があったのですか?
いえ、ちょっと待つのです私。確か、鈴音様がどこかの私有地で何かしていたと先代メイド長から聞いたような・・・・・

「俺としてはそういう置き土産はちょっと持て余している。」

それはそうでしょう。ジープはまだしも、戦車なんてどこで使うんですか?

「まぁ、あの爺が家に残してくれたモノの中では良い方だ。まだ使い道がある。」

良い方なのですか?日常で戦車を何に使うんですか?戦車で地均しでもする気ですか?捕まりますよ。

「例えば、何があったのでしょうか?」

私がいつもの調子を何とか作って問いかけると、彼は少々うつむいて笑いながら答えました。怒りの笑顔で。

「聞かない方が身のためだ。あぁ、思い出すだけでも戦車に乗りたくなる。」

「乗ってどうするのですか?」

「あの爺探しだして機銃でハチの巣にして榴弾をぶち込んで最後にキャタピラでグチャグチャのひき肉にして戦車の錆にしてやる。」

最後には凄く爽やかな笑顔になりました。なるほど、なんだか親しみが持てますね。
何故でしょう?ほんの少し前まで殺し合っていたのですが、今はとても話しやすいです。
今さらですが、すずかお嬢様が言う通り悪いことしそうな人には見えませんね。
しかもなんだか楽しくなってきます。本当になじみ過ぎです。

「さて、どっちにする?必要なら、迫撃砲や山砲も引っ張り出すが?高射砲もあるぞ。
一応そっち関連の剣や槍、霊装などもある。地下に保管してあるが、案内しようか?」

「軽くとんでもない事言わないでください。」

「いらないのか。」

ガレージに分解した高射砲を置いておく、かなりぶっ飛んだ思考の持ち主のようですが。まぁいいでしょう。
とりあえず、まだ唖然としている忍様を起こさなければ・・・・しかしツンツンして起きませんね。

「あ、恭也様があそこに。」

「恭也!!」

「お姉ちゃん・・・・」

窓にかじりつく忍様にお嬢様は冷ややかな視線を送ります。
やっぱりこれですね。今度は写真でも放り投げてみましょうか。

「はっ!?私は今何を。」

「何でも無いよお姉ちゃん、なんでもないから。」

「え、すずか?どうして距離を取り始めてるの?」

「ソンナコトナイデスヨ?あ、斎賀君手伝おうか?」

「む、ならそこの棚の下から3番目の弾薬箱を全部ジープに運んでくれ。決まらないからジープで行く。」

「解った。」

「重いから気をつけろ。」

彼は彼でマイペースですね。なんでしょう、いつもの私達はこんなだったでしょうか?
せっせとジープに弾薬箱を運ぶお嬢様はすごくいい笑顔で、とても楽しそうです。
彼はジープの給油口を開けてジェリ缶からガソリンを給油しています。
たぶんお嬢様はこの映画のような雰囲気が楽しいのですね。

「とりあえず、燃料はこれだけあれば十分だろう。
月村さんとエーアリヒカイトさん、これでドンパチやってる阿呆の横っ腹に奇襲を掛けるぞ。ただし月村、君は家で留守番だ。」

「いいわよ・・・・」

「解った。」

忍様は戦車の陰で体育座りをしています、妹に引かれたのが堪えたようです。私は・・・

「くぅ~~ん♪」

「よしよし。」

なんだかめまいがしたので、彼の飼い子狐と遊んでいます。モフモフ最高です。妖孤とはいえこれは反則の可愛さです。

「行く気がないらしいから俺だけで行ってくる。何かあったらロフトの窓際の本棚をずらすと無線機があるからそれで頼む。
周波数は調整済みだから、電源を入れておくだけでいい。あとロフトの茶菓子は食ってていいぞ。」

「解った、行ってらっしゃい。」

子狐ちゃんと和んでいるうちに置いて行かれた私たちでした。





第5話『二度あることは三度ある。』





なんで自分は今こんな状況になっているのだろう?ふと高町なのはは自問した。
自分はつい最近ちょっとした出会いがあって、魔法少女となってしまった以外はごく平凡の小学生であった。
父がとある流派の剣術を修めた元ボディガードで、喫茶店のマスターとなってもその腕はベテランであり、
兄と姉はそれを習っていて色々とんでもない動きをし始めているが、母と同様で自分は普通であった。
そんな自分は、今日も今日とてとある裏山にてひぃふぅと汗をかきながら登山にいそしんでいる。
これにはれっきとした理由がある、決してなのはが登山を趣味にしていたりしている訳ではない。
もちろん家族に内緒で剣術の修行なんてもの無い、なのはは運動音痴である。ではなぜか?

「・・・・ねぇ、ユーノ君。ちょっと聞いていいかな?」

「なに?なのは。」

「なんでマラソンの次は山登りしてるのかな?」

「それは、ジュエルシードがここにあるから。」

自分が魔法少女となった原因その一、ジュエルシードがこの付近に存在しているから。
ジュエルシードというのは、簡単に言えば異世界からやってきた超危険な宝石である。
英数字で文字が刻まれている以外外見上は手のひらに収まる位小さい青い菱形の宝石であるが、
その力は絵本にある魔法の道具のようなもので、発動すればどんな願いもかなえてしまうという夢のような力を持っている。
しかしその力は大き過ぎてかつ不安定で、発動すれば大抵は間違った方向に叶えてしまったり災害を起こす。
それが、事故で海鳴市にばら撒かれてしまった。それを収集するのを、なのはは手伝っているのである。
しかし先ほどの言葉、それがかなりナチュラルにウザくなのはには聞こえることにユーノは気づいているのだろうか?

{たぶん解ってないんだろうな~~~}

疲労のせいなのか呆れているのか、表情を曇らせたなのはにユーノは励ましの声を送る。なのはの肩の上から。

「大丈夫だよなのは!」

「本当?」

なのはは頭を小さくかしげながらユーノに問う。その問いに含まれている内心を感じ、ユーノは途端に言葉がつまった。

「・・・・たぶん。」

「帰ろっか。」

「なんで!?なんかいろいろサバサバしてない!!」

だってしょうがないじゃん、という愚痴をなのはは飲み込む。
ユーノは家でのんびりクッキーかじりながら昼寝していたのだろうが、こちとらは色々遊び回って爺臭男4人衆を連れて廃工場に探検に行って疲れていたのだ。
なのに、帰ったらおやつのはずなのに、ジュエルシードが発動してお預け喰らって、その反応を追ってひたすらマラソンして、今は絶賛山登り中{しかも傍目コスプレしながら}である。
正直かなり疲れている、それはもう深刻に。

「レイジングハート、今何時?」

「午後8時38分23秒です。」

女性の機械的な口調で帰ってくる滅茶苦茶正確な返答はなのはの心に深々と突き刺さる。

「門限が・・・お母さんに怒られる・・・・」

「だ、大丈夫だって・・・・」

なのはの言葉にユーノはやや噛みながら答える。
その答えを聞いて首をかしげながらユーノに問いかけた。

「本当に?」

なのはの問いに、以前運悪くなのはの兄と姉が母に怒られている光景をユーノは思い出した。
リビングで正座させられ縮こまる兄妹の前に座る頬笑みを浮かべたなのはの母、高町桃子。
掛ける言葉も優しい、小さな子供に問いかけるような優しさで静かに問いかける。
しかしその微笑みと言葉から発せられる無言のプレッシャーは凄まじかった。
その場に自分が居れば、即座に自分の正体を暴いてペラペラと喋り出してしまいそうなそのプレッシャーに耐えられる人間はまずいないだろう。
それを覗いてしまった時は、ついあそこに居るのが自分じゃなくて良かったと安堵してしまうほどだったのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・たぶん。」

「やっぱり帰る、お腹空いた。」

「待って待って!ふらふら方向転換しないで!大丈夫だって!!」

「本当?」

首をかしげるなのはの目は感情の無いガラス玉のようになっている。まるで何か別の人格が乗り移っているかのようだ。
彼女の背後に薄くロングヘアーの少女の姿がにぱー☆と笑っているのが見える。目が全く笑っていない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・帰る。」

「うぉぉぉぉい!だから帰らないで、お願い!!」

「疲れた、お腹空いた、怒られる、怒られるの嫌、みんな心配する、だから帰る。」

「箇条書き!?お願いだから山下りないでーーーー!!」

「だって、魔法って漫画みたいなご都合主義なこと出来る訳じゃないでしょ?」

「―――――うん。」

感情の無い声で痛い所をつかれたユーノは力無く頷く。

「それにもう一つ、ユーノ君を助けた時に病院とその周りを滅茶苦茶にしちゃったんだけど、あれで騒ぎにならなかったのは運が良かったからだよ。
ユーノ君が言う次元世界は魔法使いがたくさんいるって話だけど、地球には居ないんだからね。」

「はい・・・」

頷くしかないユーノに、なのはは腹を決めて再びジュエルシード探しに戻った。
とはいっても手当たり次第草木の根をかき分けて探すのではなく、ユーノの誘導に従って進みながら辺りを捜索するだけである。
しばらく進むと徐々に木々の間隔が狭まってきた。
歩き辛いな、そう思ったなのははふと視線を感じて山の上、というより少し上の方に見えた休憩所に目をやった。
そして、月の光を浴びながらそこのトイレの金の上にたたずむ『ソイツ』を見つけた。否、眼が合った。

「・・・・・・・・・アレ絶対ヤバいよね。」

そこにはこちらを凝視する化け物の姿があったが、その化け物の容貌は尋常なものではなかった。
今までも尋常ではなかったが今回はそれ以上かもしれない。
『凶暴黒マリモ』とか『神社の狛犬{暴走型}』とか、そんな例えでは足りないくらいグロいのだ。
例えるなら、アメリカ某所で出没したネズミ型クリーチャーのリアルバージョンと言うべき化け物で、
簡単に言えば血液とか変な体液とかで色々ドロドロで生の骨肉筋肉剥き出しなかなりグロいクリーチャーである。
まるで大型犬のような巨体に、くちばしのように長くなり皮の向けた口、
急激な変貌に追いつかなかったのか皮膚が破けたストッキングのようになっていて、体にはそこかしこにこびりついている血の痕、そしてワイヤーのようにしなる尻尾。
この尻尾が三つに裂けて炎を出したら完璧だ。

「なんだあれ・・・」

「どうしたの?」

いつもと様子の違うユーノに、なのはは首を傾げた。ユーノはいつにも増して困惑しているようだ。

「あれは、普通の生物じゃない。もっと別な何か?」

自分の世界に入って自問自答し始めるユーノに、なのはは問いかける。

「えと、どう意味かな?」

「わからない、僕も初めて見る。」

「■■■■!!」

「しかもジュエルシードも取り込んだみたい。」

ジュエルシード改めネオミトコンドリアクリーチャー{仮}の口から発せられる咆哮に、
なのはは魔法のステッキ、ではなく相棒のインテリジェントデバイス『レイジングハート』構える。

「レイジングハート!」

「all,light.」

素早く狙いをつけるなのはの言葉に応じるかのように彼女の周りに3つの魔力弾を作り出し、なのははレイジングハートを振って撃ち出した。
無誘導の魔力弾を化け物は軽く横にステップしてかわす、2発目、3発目となのはは撃ち出すが化け物は軽々と避けてしまう。
今まで以上に早く俊敏な化け物の機動性になのははあっという間に翻弄されていた。

「このっ!」

なのはは追加でさらに魔力弾を撃ち出すが、化け物は木々の間を縫うように駆け抜け潜り抜ける。
夜闇に紛れ、まるで残像の用に駆ける化け物は瞬く間になのはとの距離を詰める。
距離を詰め切った化け物はなのはに向けて跳躍、真っ赤な口を開いて食いついてきた。

「protection!」

眼前に迫る真っ赤に染まった口と牙を、魔力障壁が食いとめる。
なのはは噛みつかれた衝撃を後ろに下がりながら受け流しつつ、至近距離から魔力弾を放った。
さすがによけきれなかったのか化け物の腹に命中し、化け物を押し返した。
だが化け物は衝撃を受け流すようにして体制を整えると、再び食らいつこうと飛びかかってくる。

「効いてない?」

その様子にユーノは嫌な予感を感じた。
なのはの魔力弾はまだ低初速ながらとても強力だ、だがそれを化け物はそのダメージ一切感じさせない。
ただ憎悪の籠った目でなのはを見つめ、彼女を喰らい尽くそうと牙を剥いて襲いかかってくる。
何度牙が空を切ろうとも、何度体に魔力弾がめり込んでも止まらない。まるで効いていないかのようだ。

「ここじゃ分が悪い、広い所まで移動するんだ。」

ユーノの言葉になのはは頷いて踵を返して走りだした。
ユーノが背後に足止め用の障壁を作り、なのはは下り坂を転ばないように全速力で走り抜ける。

「ねぇユーノ君! なんであんな風になってるの?私それだけじゃあんな風にはならないような気がするんだけど?」

早口のなのはの問いに、ユーノは一言解ったことを告げる

「解らない。」

「なんで!?」

相手はまだよく解らない危険なロストロギアだ。何が起こるかなんてユーノにだって予測が付かなかった。

「でも今までとはなんか違うよ!絶対違う!!」

「そんなこと言われても・・・・・」

だれか専門家呼んできて!と言外に語る表情のなのはにユーノは言葉がつまった。
そんなことは自分にだって解ってる、ユーノは内心愚痴った。だがそれが何かすぐ分かるほど万能ではないのだ。
まるで何かに取りつかれたようになのはを追ってくる化け物を、ユーノはちらりと見る。
そのグロテスクな容貌と、真っ赤に染まった眼が発する憎しみの視線はまるでなのはを恨んでいるかのようだ。
元はかわいいネズミさんなんだろうとはなのはもユーノも解っているが、

「とにかく、まずはあれを封印しなくちゃ!」

「うん!!」

あのあきらかに出る作品を間違えてます的グロテスククリーチャーに優しさが掛けられるほど余裕はない。
なのはは山を降りると、そのまま助走をつけて目の前のフェンスを飛び越えて街灯が明るく照らす道路に出た。

「このまま目の前の高校の校庭におびき寄せよう。」

ユーノの提案に頷いたその時、

「――――!?なのは、後ろだ!」

後ろを確認したユーノが血相を変えて唐突に叫んだ。瞬間、何かに薙ぎ払われたなのはは近くの電信柱にたたきつけられた。

「――――!?」

体中に痺れと激痛が迸り、視界が点滅する。背中に走る激痛と吐き気になのはは呻きながら地面に転がった。
すぐに起きあがろうとしたが、体が動かずピクピク痙攣する。
動けないなのはの前にどさりと何かが着地した、あの化け物だ。ユーノが化け物に向かっていくが、軽く前足で弾き飛ばされる。
化け物は動けないなのはに舌なめずりし、牙をむき出しにしながらゆっくりと近寄ってくる。

「く・・・・?」

点滅する視界の中で、なのはは化け物の奥歯に何かが挟まっているのを見つけた。

「へ?」

それは目玉。丁度人間の物と同じくらいの大きさの、血走った目玉だった。
化け物は大きな口を開き、大きく息をなのはに吹きつける。その物凄く血生臭い臭気になのはは鼻の中が焼けるように感じだ。

{たべ、られる・・・・?}

あまりの恐怖で意識が遠くなり、視界を再び闇が覆っていく。
だが、なぜかいつまでたっても食いちぎられる痛みは襲ってこなかった。
何かが横合いから物凄い勢いで突っ込んできて、化け物を横っ腹から吹っ飛ばしたのだ。

{くるま?}

その何かは車だった。まるで古い映画に出てくるような無骨な四角い車。
まるで軽トラの運転席をオープンカーにしたような形で、荷台には削岩機のような機械がポールのようなものに取り付けられている。
車の運転席の扉が弾けるように開き、中から誰かが飛び出す。
ズドン!と場違いな炸裂音を立てて、跳ね飛ばされて動けなかった化け物のこめかみを何かが突き抜けた。
一回だけではない、連続して五回、何かが貫くたびに化け物の体が震える。

「高町!?くそっ、今日はいったいどうなっているんだ!!」

どこかで聞いたことのある少年の声がぼやけて聞こえる。なのはは起きあがろうとしたが腰が抜けたのか起き上がれない。
返事もできない。なぜか声が出なかった。声を出そうとしても聞こえるのは荒い息づかいだけ。
それどころか、ゆっくりと体の力が抜けていく。少年は目の前で何か言っていたが、瞬きすると少年はいなくなっていた。

{あ、れ?}

ドン!ガシャガシャン、ドン!ガシャガシャン――――

音のする方を見ると、そこには少年が細長いモノを振りまわしながら化け物に向かって突進していた。
細長いモノの先端を突き刺し、またドン!ガシャガシャン、とまるで銃を撃つような仕草をする。
それからの事はあまり良く解らなくなった。ドン!という炸裂音とガシャガシャンという金属音。
そして一際大きな爆発音とくぐもって聞こえる少年の怒声と化け物の咆哮。まるでB級のパニックホラーの効果音のようだ。
その効果音が大きくなったり小さくなったり、視界が暗くなったり明るくなったりを繰り返している。
視界は徐々に安定してくるが、同時に喉に違和感をかんじた。それは時間を追ってどんどん強くなる。
喉の奥が熱い、鼻の奥がひりひりする、これはなんだろうか?それにこの涙を誘う粘っこい感覚は?

{くる・・・しい・・・・・}

鈍い体を酷使して両手を前に出す、目の前の車に向かって手を伸ばす。
そこには少年の影がある、なのはは少年に向けて力の限り手を伸ばす。でも届かない、少年は気付かない。
息が詰まる、いやどれだけ吸ってもどんどん苦しくなる。吸うたびに喉と鼻の奥が焼けるように痛む。目から涙があふれ出てくる。
意識がまたぼんやりとしてきた。景色が点滅する、幾度かの点滅を迎えた時、なのはは強烈な光に目が眩んだ。
何度かまた瞬きすると、眩んだ視界が戻り始める。
すると、目の前にはいつの間にか少年がなのはの前に片膝をついてライトと水筒らしき物を片手になのはをじっと見つめていた。
不思議なことに、喉や鼻の痛みが引いている。息もできるし、息するとちゃんと『している』感覚がある。

「気が付いたか?大丈夫か?」

くぐもった少年の声が聞こえる。少年はなのはの顔の前で手を何度か振ると、小さく首を横に振った。
小さく何か呟くと、なぜか少年は水筒を傾けてなのはの顔にぶっかけた。主に目と鼻を重点的に。
バリアジャケットが水で湿っているが、この際どうでもいい。その水が、鼻と目にあった異物感を徐々に取り除いてくれたのだ。
まだ少しぼやけるが良くなった視線を前に向けると、目の前の少年の異様さがはっきりと見て取れた。
重たそうなタンクを背負い、長いライフルのようなものを傍らに置いて、ヘルメットを被った少年だった。
しかも何の冗談かガスマスクまで被っているというまるで軍隊のような格好だった。
あぶない、そう思ってなのはは自分の左足に包帯を巻く少年の手を払おうとした。
まだ化け物を封印していない、こんなことをしている場合ではないのだ。

「こら、無理に動くな。まだ処置が終わっていない。」

「で、でぼ!ばだ!!」

「まずは水で口の濯げ、あとうがいもしろ。ほら。」

「ぎい゛で!」

「黙れ、さっさとやれ。喉が潰れるぞ。」

有無言わさぬ声色で水筒を押し付けられ、なのははしぶしぶその水筒を受け取って水を口に含んだ。

「がらがらがらがらがら、ぺっ・・・・あ、喉が楽になっだ。」

「喉の違和感が無くなるまで続けろ。水は飲むな、最悪死ぬかもしれん。」

「ぶーーーーっ!?」

「あぶないな、安心しろ、俺は味方だ。君を助けに来た。」

なのはの霧吹きを避けた少年はその手を優しく包むと微笑んだ・・・・・ような気がした。怖がっていると思ったのだろう。
なのはが首を横に振ると、少年は優しく微笑んだままある方向を顎で指した。

「もう終わった。」

なのはが彼の背後に目を向けると、真っ黒になった化け物が頭に大穴をあけて横たわっていた。
体中に刺し傷や大小さまざまな穴を開けて、ゆっくりと煙を上げている。
いったい何をすればこうなるのだろうか?少々疑問に思うなのはであったが、ジュエルシードの事を思い出して彼に詰め寄った。

「ジュエルシードは!?」

「じゅえるしーど?なんだそれは?」

「あの、あの化け物みたいなのから、青い宝石でなかった!?」

「いや、見てないが・・・・大丈夫だ、あれはもう死んだ。もう襲ってこない。」

首を横に振る彼の後ろで黒焦げの体が動いた。目であった黒い穴がこちらを向き、無理に動いてせいか額が割れる。
その奥に、ジュエルシードの輝きが煌めいたのをなのはは見逃さなかった。

「そんな、馬鹿な。何故動ける!?」

彼は振り向きざまに背負ったタンクの側面から農薬を散布する機械のようなモノを構える。
だがその前に、なのはは傍らに立てかけられていたレイジングハートを手にとって呪文を唱えた。

「リリカルマジカル、ジュエルシードシリアル8!」

レイジングハートを構え、先端をジュエルシードに向ける。ジュエルシードの輝きが増す、その閃光に彼は身構えた。

「封印!」

閃光が集束し、やがて一本の線になってレイジングハートのコアに消えていく。
力を失って再びどさりと倒れる化け物に、彼は驚きを隠せない表情でまじまじと見つめた。

「なんなんだこいつは?火炎放射器で丸焼にしたのに。」

「火炎放射器!?」

「そうだ、ちょっと待っててくれ。念には念を入れよう。」

頷きながら、農薬を散布する機械のようなモノを化け物に向けて引き金を引く。
シュボァァァァ!!とノズルから炎が噴き出して化け物の死体を燃やしつくす光景は圧巻だった。
ちゃんと回りを配慮して燃やしているのか、燃え広がらずピンポイントに死体だけを燃やしている。
その強烈な火力に真っ黒だった死体は瞬く間に形を失っていき、やがて炎以外見えなくなった。
彼が消火器を持ってきて火を消したころには、すで跡形もなく燃え尽きていた。

「立てるか?一緒に来てもらいたい、色々聞きたい事がある。」

なのはは無言で首を横に振る。なぜか体に力が入らないのだ。

「そうか、だがいつまでもここにはおれんな。」

困ったように呟くと、少年は彼女の右腕を取って自分の首に回し、両手をなのはの背中と膝の後ろに回して抱き上げた。
いわゆるお姫様だっこである。眼前までクローズアップされたガスマスクの横顔と、その奥に見える強い眼差しになのはは目を奪われた。

{なんか、怖いんですけど?}

おもに恐怖的な意味で。そんななのはに気付く事無く、少年はまっすぐ車まで連れて行く。
なのはを車の助手席に優しく座らせて、自分も運転席に乗り込むとそのまま車をバックさせた。
どう見ても足が届いていなさそうだが、ちらりと見るとアクセルやブレーキなどの部分に補助機がつけられていて踏めるように延長されている。
座席も少し高くなっているらしい、助手席からも前が良く見える。
これからどこへ連れて行くつもりなのか解らないが、なのははなぜか安心できるような気がした。
化け物の燃え跡が次第に遠くなり、車が曲がり角を使ってUターンすると見えなくなった。
少しの間なのはは黙っていた。意識がはっきりしてきた事もあって、少し色々と考えが整理したかったのだ。

「あ~あ~聞こえたら返事をくれ・・・・なんだと、もう一回・・・・なるほど、了解。」

少年は車を運転しながら愚痴った。マスクは脱いだのか、車が揺れた拍子になのはの足元に落ちてきた。
それを見ると、なぜかなのはは胸がドキッとした。少年に返そうにもなぜか見るのが恥ずかしく、前を向いているしかない。
しばらくの間、車のエンジン音と荷台からするカラカラという金属音だけが聞こえていた。
そういえば、何が後ろでカラカラしているのだろう?疑問に思ってなのはは荷台を覗いた。

「げ・・・・」

荷台でカラカラいっていたのは映画で見たような銃弾の空薬莢だった。他にもライフルや小さな箱などいろいろと置かれている。
その中でも目立つのはその荷台に立てられたポールに取り付けられている削岩機のような銃だ。
長方形の鉄箱から細い鉄パイプが伸びたような無骨なそれとそれに伸びる無駄に大きい銃弾の帯が凄まじい威圧感を醸し出している。
どう見ても本物なそれになのははごくりと唾を飲んだ。

「ねぇ?君が、一人であれを?それともユーノ君と一緒?」

なのはは勇気を出して問いかけた。少年は運転しながら答える。

「いや俺一人だが。ゆーのとは、このフェレットか。」

少年はぐったりしているユーノをなのはの眼前に摘み出した。
なのははコクコクと頷くと、少年はユーノをなのはの太腿の上に下ろす。

「どうやって?」

「聞かん方が良いぞ。君たち風に言えば、その、なんていうか、ん~~・・・・ぐろい?」

「なんで疑問形?」

「若・・・・近頃の言葉は解らん。」

いったいどんな方法ですかそれは?となのはは内心首をかしげる。丸焦げと穴だらけで解りそうな物である。
その様子をどう見たのか少年は、はははと少し笑った。
とにかく、言わないといけない事がある。なのはは気を取り直して、少年に言う。

「ありがとう、えっと・・・・」

「礼はいらんよ。俺はやることをやったまでだ。」

「いやそうじゃなくてね、名前。私、高町なのはって言うの。君の名前は?」

「はい?いや、あぁ、そうか。こっちを見な。」

少年は何を思ったのか小さく笑うと、なのはの肩をちょいちょいと突いた。
なのはは少しドギマギしながら少年の方に顔を向け、大きく目を見開いて固まった。
そこには、とても見慣れた少年の素顔があったのだ。

「きみは・・・・」

「こういうことだよ、高町なのはちゃん。」

少年、斎賀洞爺は少し照れくさそうにして少しアクセルを踏み込んだ。

「少々急ぐ、警察に御厄介はごめんなのでな。」





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





「ほれ、どうぞ。」

「あ・・・ありがとう・・・」

なのはを家に連れ帰ってきた洞爺は、見当たらない月村一家に大きなため息をつきながらも彼女を居間に案内した。
襖を背にするようにして私服姿に戻った彼女を座らせ、洞爺は冷蔵庫から麦茶を取り出す。
外から僅かにサイレンの音が聞こえる中、洞爺が差し出すコップに入った麦茶を受け取るとなのはは一口飲んでそのまま一気に飲み干した。
冷たく冷えた麦茶は、今の彼女にとってまさに天の救いだったようだ。

「ぷっは~、生き返る~」

「ははははは、そうかそうか。それにしてもあいつどこに・・・?」

「あいつ?」

「いや、なんでもないよ。」

洞爺は肩をすくませる。その様子になのはは笑った。その時突然ぐ~、と鳴るお腹。なのはは赤面し、洞爺は苦笑した。

「落ち着いたか。ほら、せんべい。」

「ありがとう。いいの?」

「かまわんさ。」

なのははせんべいの袋を貰うとポリポリとせんべいを食べ始めた。
向かいに座ってそれを眺めながら微笑む洞爺。そんな中で、なにやらタイミングを計ったかのようにフェレットが口を開いた。

「ねぇ、君は何者なんだ?なのはと君はどんな関係なんだ?」

「うぉ!喋った!?化け物はともかくとうとう小動物まで喋るようになったのか!?」

「あぁ、まだ自己紹介がまだだったね。僕はユーノ・スクライア。それで、君は?」

ちゃぶ台の上で変った形のフェレット、ユーノが洞爺に疑問を投げかける。

「なんて世界だ・・・あ~~、俺は――――」

洞爺が返答しようとすると、それよりも早くなのはが返答した。

「斎賀洞爺君。斎賀君は、学校に転校してきた新しい友達なの。」

「転校生?君がか?」

ユーノは目の前に居る白髪交じりの黒髪を持つ少年に疑問を投げかけた。どうやら洞爺がただの転校生とは思えないらしい。
当然だ、ユーノは洞爺の戦いを少し見ていたのだ。
やはりやり過ぎたかな~と洞爺は少々後悔したが仕方がない、正直手加減などに気を割いてはいられなかったのだ。

「何か不都合でもあるか?」

「ある。君の戦い方は変だ。」

「我流なのでな、他から見れば歪だろう。」

ユーノの疑問げな言葉に洞爺は少し不愛想に言う。こうもあからさまに変に思われると気分が悪い。
洞爺は話を切りあげ、なのはに向きなおった。

「俺の方も、あの化け物の説明をしてほしいのだが?」

「え、とあれは・・・というか斎賀君?なんかいつもと感じが違う気がするんだけど~~?」

「これは俺の地なのでね。それよりあの化け物は何なんだ?あの再生力は普通じゃない。
ただの化け物などではなさそうだ。それに君たちはなぜあいつと戦っていた?」

洞爺がなのはに問いかける。ユーノはすぐに察しがついた。それを説明するのは自分の役目だ、ユーノはなのはを制止した。
そんなユーノを見た洞爺の目を細くしてまじまじと見つめる。

「それは、僕が説明するよ。えと・・・」

「斎賀だ、斎賀洞爺。なんというか、まぁちょっとこっち関連の経験がある兵士と言ったところか。」

「兵士・・・それ本当?」

洞爺は軽く首を縦に振る。マジもんの兵隊ですか、ある意味納得してしまったなのはは笑うしかなかった。

「まぁ、つまりそういう事だ。君たちのような魔術師などじゃない。」

「魔術?あぁ、ここではそう呼ぶのか。わかった、サイガ良く聞いてほしいんだけど・・・」

ちょっと言い方が引っかかったがそういうものだろうと納得したユーノは、なのはの友達ということに信用を置いて話すことにした。
あの怪物はジュエルシードの暴走によるものということ。
ジュエルシードは発掘して輸送中に事故でこの町に散らばったこと。その過程でなのはに手伝ってもらうことになったこと。
それらを聞いた洞爺はしばらく目を白黒させていたが、少し考えた後自分なりに考えをまとめた。

「なるほど、つまり異世界人である君がある世界でジュエルシードを発掘し、それが危険なものだと解って管理局とやらに輸送する途中事故にあった。
その事故でこの町に拡散したジュエルシード集めるために君はこの世界にきた。しかしこの世界の環境が予想以上に自分に合わず瞬く間に体調を崩した。
なのに無理して負傷し、近くにいた高町に救いを求め、あんなことこんなことあった結果今に至ると言う訳か。」

「まったくもってその通りでございます。」

なのはが見せるジュエルシードと説明に、徐々に無表情になって厳しい表情になっていく洞爺にユーノはコクコクと頷く。
洞爺は内心複雑な気持ちになって、半開きになっている襖の方にちらりと目をやった。
襖の向こうの廊下には、隠れていた忍とノエルが聞き耳を立てているのだ。
こんな状況なのだからなにも隠れなくてもいいと思うが、あっちはあっちで何か考えがあるらしい。
なのは達は気付いていないようだが、襖からは視線と言い表せないような驚愕の気配が二人分伝わってくる。
妹の方は別の部屋で待機しているようだ、まぁ無難な所だろう。子供に変なことを聞かせる必要はない。

{にしても、異世界だと?こんな与太話、普通なら信じられん。だが、実際それと符合することがあるのも事実。
不可思議な現象、町に落ちたらしい魔力の塊、確認されたことのない化け物、そしてあのジュエルシード。
あれは月村が持っていた宝石と同じだ。くそ、ここまで来るとほぼ確定的だな。}

「斎賀君。私はちゃんと納得して手伝ってるよ。それに、ユーノ君は・・・・」

その厳しい表情になのははフォローを入れるが、洞爺はそれを手で制してやめさせる。

「それはいいんだ。ただこれはその環境が合わないだとかそういう問題じゃない事だ。
ユーノ、君はなぜすぐにその『時空管理局』に助けを求めなかった?日本にだってそれなりの組織はある。
黙って変に事を起こせば、下手をすれば殺されるぞ。」

「え!?あるの!!」

「なにを驚いている高町。といっても、君が想像しているようなものではないだろうがね。それで、ユーノとやら?」

今日殺されかけた事実を少々皮肉げに混じらせた洞爺の問いにユーノは毅然とした態度で答える。

「これは僕が起こしたことだからだ。だから僕が始末をつけるべきなんだ。」

「その心意気は立派だが、その為に君は無関係の高町を巻き込んでいるんだぞ。自分が起こした不始末のためにな。」

洞爺の切り返しにユーノは押し黙る。だが洞爺とて鬼ではない、それ以上追及せず話を続ける。

「君たちの仲間は?増援は?」

「僕はひとりでこの世界にきた、増援はない。さっきも言った通り、輸送船に乗ってたのは僕だけだったから。」

「他の乗員は?まさかその宇宙船ともいえる船が無人機とは言うまい。」

「・・・・・」

「・・・・なるほど、話を変えよう。そのデバイスとやらは元から高町が持っていたものか?それとも君の?」

「レイジングハートは僕がなのはにあげた物だ。レイジングハートもずいぶんなのはを気に入ってるみたい。」

「高性能、いや自我を持った人工知能を有した魔術杖ねぇ。まさに魔法じゃないか。」

ユーノの答えに洞爺は科学なんだか魔術なんだかわからんなと笑いながら言う。
その時、なのはは足元に転がる細い金属性の何かに気づいた。それを拾い上げるなのはに気付かず洞爺はユーノに問いかける。

「ユーノ、ジュエルシードは何個あるんだ?幾つ散らばった。」

「21個だ。今まで集めたのは5つで、残りは16。」

「この町に散らばったのか?全て?」

「ああ、途中までは捕捉していたんだけど・・・・」

「今は感無し、か。なるほど、町を騒がしているのはそいつか。」

「気づいてたの?」

「今回の騒動は知ってる人間にはそれなりに知られた話になってきている。
気をつけろ、こっち関連はともかく、そろそろ普通の警察も本腰を入れてくるぞ。
これで被害が出たら今度は自衛隊の出番だろうな、その次は米軍、その次は国連だな。」

「それじゃぁ、犠牲が出る一方だ。」

「その前に自分の心配をしてほしいんだが・・・・」

洞爺の言葉にユーノは無念そうにうつむく。姿はとても愛らしいのだが状況が状況だ、洞爺は厳しい表情を浮かべる。

「そうなる前に手を打つよりほかあるまい。とはいっても、発動した所を早急に叩く以外なさそうだな。
ちなみに、そのとんでも宝石が一斉に発動した場合いったいどうなる?被害はどれくらいになるんだ?」

「・・・・良くてこの街が壊滅、悪くて次元断層が発生して世界もろとも次元の塵になる。」

時間が止まった。洞爺の表情がきょとん、とどこか間抜けな表情になる。
さきほどまで引き締まっていた洞爺の表情がそんな顔になったことにユーノもまたキョトンとした。
そんなキョトンとした空間になのはもまたキョトンとなった。

「ちり、塵?え?」

「え、これが?え?」

「あれ、忍さんの声?ノエルさんも?」

襖の向こうから盛大に聞こえた二人の呆け声になのはの腰が浮きかける。
それを洞爺は瞬間移動もかくやという速さで回り込み、彼女の肩を押さえて座り直させた。
無理やり座らせたなのはの前に自分も座り、真顔で顔を合わせてじっと見つめ合う。

「それは気のせいだ。」

「え、でも・・・」

「気のせいだ、何も問題は無い。」

真顔で、なのはの目を見つめながら言い直す。ただ瞳だけを見つめて、頭に擦り込ませるように。

「気のせいだ。」

「・・・・うん、そうだね。そうだよね、忍さんの声がするはず無いもんね。」

「そうだ。高町、きっと君は疲れているんだ。ついでに俺も疲れているようだ。今とんでもないことが聞こえた気がした。」

「いや、本当のことなんだけど?」

「・・・・・・本当に?」

ユーノはコクコク頷く。オーマイゴット、神はソドムとゴモラよりも刺激的なモノを求めているのか。
またかとばかりに肩を落とす洞爺は、神様に鉛玉をぶちまけたくなった。神様万歳である、おかげでヤツあたりには困らない。

「確率は高いよ。」

「なんというものを・・・・」

廊下から聞こえてくるドタバタを久遠の所為だと誤魔化しつつ洞爺は左手で顔を覆う。
常識という砦の土台が風化してボロボロと崩れ去っていく。虚しい最後である。
なんてものをばら撒いてくれたんだ、と洞爺は大きくため息をついた。
簡単に言えば、ジュエルシードは手のひらサイズの地球破壊爆弾という訳だ。
それが町中に散らばって安全装置が壊れた爆弾のようにいつ発動するか解らない不安定な状態で転がっている。
そんなモノに囲まれて、とてもではないが安心して暮らせる状況ではない。
やっぱり厄介なことになってるじゃないか、洞爺は内心そう吐き捨て、気持ちを切り替えてなのはに言う。

「高町、君は手を引け。」

「ふぇ?」

なのはは、何かをポケットに突っ込んで洞爺に向き直った。
彼の視線はいつもの数倍厳しい、そんな視線をなのはに向けながら言った。

「手を引け、君は一般人だ。まだ引き返せる。元の日常に戻ることは難しくない。」

「なんでそんな事聞くの?」

「こんな核爆弾モドキに関わってたら碌なことにならんという事だ。俺はともかく、君はこういう事には慣れておらんだろう?
そんな短期間で魔術をものにした君の才能は素晴らしいが、はっきり言って経験不足だ。」

「でも・・・」

痛い所を突かれてなのはは口ごもる。

「これはとても危険な事だ。悪い事は言わん、魔術を捨てろとも言わん、だがこの件からは手を引け。そのほうが身のためだ。」

洞爺の言葉になのはは少しの間考え込んで、固い決意の表情で首を横に振った。
その表情に、洞爺は息をのむ。それは子供がしてはいけない表情だ。

「ジュエルシードを集めるのはやめない。だって放っておけないもん。」

「本気か?戦いの世界は君の考えているような甘いものではないぞ。話だけでも厄介なことになる予感がする。
もし一度踏み入れたら最後、生きて帰るには最後まで行くしかないぞ。最悪人の死を見ることにもなるやもしれぬ。それでもか?」

洞爺のその言葉は、まさに空気を震わすような威厳と貫禄が伴っていた。
それでもなのはは言い返そうとしたが、彼の鋭い眼光と反芻される言葉に口をつぐむ。
故に深く考えさせられる。本当にいいのか?と、もう一度考え直すべきではないかと?
だが、ここで決めたらもう後戻りはできない。するんじゃない、彼の目はそう語りかけている。
これは彼の優しさから出た脅しであり、自分を試すため試練だ。安易に手を出すモノではない、そう言っているのだ。
だから、もし行くと決めるなら、最後の最後までやりとおすのだと。

「そんなの、集めるって決めた時から決めてるよ。」

だから、屈することなくなのははしっかりと頷く。その表情に、洞爺は懐かしさを覚えた。
その表情は昔の友人と同じ表情をしていた、何を言っても聞かない頑固な表情だ。
こりゃなに言っても無駄か、と洞爺は少し自嘲し、真顔になってユーノに目を向けた。
何が彼女をそんなに突き動かすのかは解らない、だがそれはきっと大切なことなのだろう。
それを止める権利など自分には無いのだ。

「ユーノ、これは危険なもので放っておけるものではない。そうだな?」

「ああそうだ。だからどうするって言うんだ?」

「俺も手伝おう。二人より三人の方がいいはずだ。」

そう言った瞬間、二人の顔が驚愕で固まった。

「君は正気か!こんな事件にかかわるなんて!」

「正気じゃないのはどっちかね?こんな危険なものをたった二人で集めようという方がどうかしている。
それに君たちがどう言おうと俺は勝手に回収する、そんなものを道端になど放っておけない。
・・・・というかなんだ、話の流れで予想はつかなかったのか?」

洞爺はケロリと返した、ユーノは返答に詰まる。

「だけど・・・無関係じゃないか。君は!!」

「高町がやるのに男の俺が手を引けと?冗談はやめてくれ。心配いらない、自分のことは自分でやる。
足手まといにならないことは確約するよ、お喋りイタチ。なったらなったで見捨ててくれても構わんしな。
一応、この世界の組織につてがある。話はつけられるし、それなりの支援もつけられよう。」

ちらりと襖に目をやると、襖が少し開いて親指を立てた手が出てくる。もちろんなのは達には見えない。

「だが、相手はロストロギアだ。ライフルなんか対抗できるものじゃない!!」

「どうだかね、どんな化け物でも対処法は必ずある。それに武器はこれだけじゃないぞ。
必要な物はなんだ?手榴弾か?余ってるから箱ごとやろう。それとも重機関銃か?それならいくらでも用意できるぞ。
対戦車兵器か?必要な機種は対戦車ライフルか?バズーカか?速射砲ならラインメタル製の良いのがあるぞ。
対空機銃はボフォースの40ミリなんかお勧めだ。大口径だがベルトリンク式で連射性を保っている。
野戦砲や榴弾砲をお求めなら15センチ級の野戦榴弾砲なんかどうだ?喰らえば重戦車も粉々だ。
それとも輸送手段をお求めか?結構、悪路に強い半軌道装甲車から小回りが利く自転車まで用意して見せよう。ま、運転手が居ればの話だがね。」

「・・・・・あるのか?」

「あるね。それに、誰かが絶対にやらなくちゃいけない事なんだろう?どうだ、悪い話じゃないと思うぞ。
利害も一致している事だ、敵を増やす事もあるまい。」

洞爺の提案に、ユーノは押し黙る。

「・・・だんまりか、まぁいいさ。別に今すぐに答えをもらわんでも。
だが覚えておいてくれ、もしまたそいつが現れたりしたら、俺は独自に動く。
そんなモノを放置しておくことなどできんからな。もし子供が飲み込んだりしたら大変だ。」

少しばかり皮肉げに言う彼がやる気なのはユーノにもよくわかった。
確かに味方が増えるのは好ましい事だ。たかが銃とはいえ、味方が増えればなのはの負担も減る。
見た所戦闘には慣れているようだし、銃火器の扱いにも長けているようだ。
ならば正面切って戦うのではなく後方支援として動かせば良いパートナーになってくれそうだ。
何より、こいつはそういう事件になのはよりも慣れていそうだ。

「・・・・解った、よろしく頼むよ。」

「返事が聞けて助かるよ。とりあえず今日はどうする?なにしろもうこんな時間だ。泊っていくか?」

時計を指さす。時計の針はとっくに高町家の門限を4時間ほど過ぎた位置にあった。
それを見た瞬間、なのはとユーノの時間は止まった。その間約三秒。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「わあああああああああ!!」

なのはがムンクのごとき叫びをしてユーノがそれに毛を逆立てて驚く。洞爺は、その光景にくすくす笑った。

「あ・・ちょ・・もうこんな時間!!斎賀君。また明日ね!」

「帰るか。明日は休日だぞ。」

「あーーー!!忘れてた!!じゃあね!!」

血相欠いて出て行こうとするなのはとユーノに洞爺はやれやれと肩をすくめる。

「サイガ、この事はくれぐれも内密に頼むよ。」

「うむ、できる限りな。帰るときはなるべく表通りの人通りの多い道を行くといい・・・・そうだ高町、ちょっと待ってくれ。」

「なに?」

なのはがあわてた様子で振り向くと、そこには凛々しく引き締まった表情の洞爺が居た。
洞爺はポンとなのはに向けて紙片を投げる。なのはがキャッチするとそれを指さして言った。

「家の電話番号だ、何かあったら遠慮せず頼れよ。あと、そのポケットにある弾丸は置いて行こうな。」

「ふぁ!?はい!」

「いい返事だ。それと・・・地獄へようこそ。」




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




なのはが家に辿り着くと待っていたのはやはりお説教だった。
家の玄関を開ければ父母兄姉勢揃い、こっちにおいでと手招きされてリビングへ連行である。
逃げれば良い?何か言い訳?口裏合わせて切り抜ける?そんなもの罪を重ねるだけである。
あまり長くは叱られなかったが、おそらく次はない。
今回はやけに心配して騒いでいた兄の恭也の鎮圧が先だと思ったのだろう。
なにやらやけに大騒ぎしていたが、今ごろフルボッコになっているに違いない。
なのはは自分の部屋に戻ると緩慢な動作で着替えを済ませてベットにダイブした。
リビングからモゴモゴ話し声が聞こえてくる中、小さくため息をつく。

「なのは、大丈夫?」

「大丈夫だけど・・・・少し疲れた・・・」

体を弛緩させて力なく答えるなのははふと何かを思い出すと脱ぎ捨てた服のポケットを探る。
そして、お目当ての物を引っ張り出した。

「なのは、何して―――それは!?」

なのはが取り出したのは細長い鉄の物体、7,7ミリ小銃弾がなのはの手に握られていた。
だが、それは先ほど洞爺に返したはずの物だ。ユーノは思わずなのはに問いかける。

「なのは、さっきサイガに返したんじゃ?」

「うん、一つはね。」

あのときなのはは二つこれを拾っていたのだ。一つはすぐさまポケットにしまいもう一つを眺めていたにすぎない。
そして洞爺に返したのは、その一つだ。なのははテレビでしか見たことがなかった実弾を眺めた。

「これ、本物だよね?」

「ああ、まぎれもない弾丸だね。」

実はあの時、すっかり空気になったなのはは洞爺のわきに立てかけられている物に目を付けていたことをユーノは知らない。

{あれ、本物のライフル銃だったよね。}

鈍く光るハンドル、遊底の上につけられた遊底覆い、銃身の上に付いた菊紋、木製のストック、備えつけられた照準器、まぎれもない実銃だろう。
本物そっくりのエアソフトガンとは違う重量感と質感がよく見てとれたし、
銃の鉄の本体?に『110948』と彫られたシリアルナンバーがやけにリアルだった。
本物の拳銃とライフルを見たのは初めてだったが、それでも本物か偽物かは一目瞭然だった。
手の中で光る7,7ミリの実弾を眺め、なのはは何故彼がそんなものを持っているのか疑問に思った。
普通に暮らしていたのなら外国でもそんなものを触る機会は限られる。なら、その暮らしが『普通』ではなかったのなら?
なのはの脳裏に嫌な想像がよぎる、おそらく間違ってはいないだろう、彼もそう言っていたのだ。
だがさっきの彼の表情には優しさがあった。それに何より、今まで見てきた彼の姿が全部演技だとは思えなかった。

{斎賀君は、助けてくれるって言った。}

銃弾と一緒に取り出した電話番号の書かれた紙を広げる。電話すれば、いやまた事件が起きればきっと洞爺は駆けつけてくる。
なぜか魔法を使う姿ではなく映画で見たような銃で武装した洞爺が思い浮かんだがそれでもとても心強い。

「なのは、これ見て。」

無言で考えているとユーノが何かを見つけたようだ。ユーノが示す先には何か彫ってある。いや、正確には刻まれている。
その小さな文字になのはは目を細める。

「7,7・・・九九式普通実包?」

「これの名前みたいだね。しかも日本語で・・」

そこでまたなのはとユーノには疑問ができる。なぜこの銃弾には日本語が刻まれているのか?

「なのは、日本って銃弾とか作ってるっけ?」

「たぶん・・・でも、確かこういうのには英語が書かれてる気が・・・」

なにぶん銃器に対しては映画などで見た記憶しかない。ましてや銃弾の底部などを写すなどあまりない。
しかし、この銃弾に刻まれているのは紛れもない日本語だ。

「なんでだろう?」

「う~ん?」

二人はベットの上で頭をかしげた。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





その銃弾の持ち主である洞爺と言えば、居間で魔術書をめくりながら首を傾げた後一つため息をついていた。

「ない、か・・・」

探していた『ジュエルシード』の項目は手持ちの魔術書には無かった。すでに彼の周りには引っ張り出した魔術書が山になっている。
調べきれていないという可能性も否定できないが、あんなモノが資料の片隅に追いやられている訳がない。
そもそもジュエルシードの危険性は基準で考えれば危険物、そんなモノが古いとはいえこの手の資料に載っていないのはおかしい。

{となると、やはりあいつの言っていることは本当か。}

次元世界、時空管理局、そんな摩訶不思議大冒険な世界からやってきた異世界産フェレット。
いくらなんでも話が飛躍しすぎやしないか?そう最初は疑っていたのだが、どうにも雲行きが怪しいのは確かだ。
なぜならこの事を説明するユーノの言葉には、事実を話している特有の説得力が感じられた。
この手の説得力は生半可な経験では出せない、そしてユーノはその経験を積んでいるようにも見えない。
奴の言葉には経験不足が如実に表れていたのだから嘘でも無いことは疑いようもないのだ。
だがユーノがかなり不審な相手であることは変わりなく、故に裏付けを取ろうと思ったのだが、

「くそ・・・」

結果はこれだ、洞爺は雑に本に放る。今家に有る資料にはジュエルシードやそれに関連するものは一切存在しなかった。
この世界に無いものなのだから当然、そんな仮定の裏付けになってしまった。

{するべきことは一つ。日本、いや海鳴からそのジュエルシードを一つ残らず破壊もしくは回収する、か。
言葉にするのは簡単だし、目的も単純、だがそれは難しい問題か。}

自分は軍人であり戦闘の事は誰にも負ける気はしないが、魔術関連は門外漢なのだ。
昔ひと悶着あっただけに、少し理解できる分自身に出来ないことも明確に解ってしまう。
洞爺はいらつく精神をなだめるべく煙草を口にくわえた。

「ここはいつからウェルズの世界になったんだ。」

「そうだね。」

「そういう君はここに居ることに違和感を感じないのかね月村君。」

「あはははは・・・」

一緒に資料をめくっていた{読めてない、独逸語である。}月村すずかは笑ってごまかそうとするが、声色が暗くてごまかせていない。
彼女は衝撃の情報でごたごたすることを見越した姉の配慮で彼女は斎賀家にお泊りになってしまったのである。
忍やノエルは把握している故に信用してくれているが、知らない人から見れば自殺行為だ。
しかし止めても突っ走る忍に押し切られ、結局あずかることになったのだ。
洞爺はため息をつきながら両手を上げるしかなかった。あらゆる意味で考えた所でどうにもならない。
例え階級章や手持ちの写真などで本人であることを確認した忍さんが信用したけど切り捨て上等な瞳をしていたのだって、
エーアリヒカイトさんがなぜかかなり尊敬してます的な瞳を向けてくれたのだって、
フェレットが『僕異世界フェレットです!』と声高に日本語で宣言してくれたり、地球存亡の危機だったり・・・もう、なんだこれ?

「だがまぁ、良かったじゃないか。今回の事件は君達には全く関係ないことだと解ったのだ。」

「うん、そうだね。」

すずかの声色は先ほどから暗い。ショックはすでに抜けたが、やはり親友のなのはが心配なのだろう。
彼女には詳細は知らされていない、まだ知る必要が無いと判断された。
一晩預かることになったのも、無駄な雑音を彼女の耳に入れないためだ。
この家には洞爺以外は久遠だけ、安全かつ完全に情報を切断するにはもってこいだ。
けれど、今回の事になのはが巻き込まれた事は知ってしまった。大慌てで帰る彼女の声を聞いていたのだ。

「大丈夫だ、俺も手伝うし、君のお姉さんも動く。心配はあるまいよ。」

「でも、私は、なのはちゃんの友達で、それで、一族で、守らなきゃいけない立場で、助けたくて、それで・・・」

{むぅ、これは考え過ぎて思考が空回りしているな。}

出来ることなら彼女の傍に居たいと思っているに違いない。
知ってしまった彼女に、自分はこういう人間だから任せておけば大丈夫、と安心させたいのだろう。
だが彼女に力は無く、夜の一族という正体は、例外はあれどそう簡単に明かすことなどできない。
それが悔しくて仕方が無い、でもどうにかしたい、その純粋な気持ちが空回りしているのだ。
そういう時が自分にもあった分、洞爺はその気持ちがよく解った。解ってて対処が出来ないのは辛いのだ。

「大丈夫だ、俺が何とかする。」

そっとすずかの頭に手を置いて、優しくなでてやる。
元よりなのはを放っておくことなどできないし、ジュエルシードも何とかしたい。
そして親友の孫が苦しんでいる姿を見て見ぬふりはもっとできなかった。

「君が巻き込まれた親友を想う気持ちはわかる、だがそのために無茶をしてその親友を心配させたら本末転倒だ。
君は君が出来ることで、高町を助けてあげればいい。俺は戦えるが、君は高町の心を癒せるだろ?」

「癒す?」

「彼女の心は未熟、それ故に脆い。なのに頑固な所がある、どこかでそれが祟るだろう。
その時、必ず傍に居てやれ。親友として励ましてやれ。それが彼女には一番の安らぎと活力になる。
明日にでも彼女を誘って、一緒に遊び回ってはどうかね?そうすれば今日のことなど取るに足らないものになるさ。」

「安らぎと活力。」

「自分には帰ってくる所がある、受け入れてくれる仲間がいる、それだけで随分と楽になるものだ。少なくとも、俺はそうだった。」

戦場ではそれだけでも救いだった、少なくとも自分たちはそうだった。
隣には仲間が居て、帰れば暖かく迎えてくれる家族や友人たちが居る。
それだけでも心が安らいで、護ってみせる、生きて帰ると力が入ったものだ。

「うん、解った。」

すずかの声色から暗い色が消えた、一安心といった所だ。これで馬鹿な真似に出たりすることは無いだろう。
そこで、月村家は大丈夫なのかとふと疑問に思った。
彼女達は元々魔術などの非日常の住人であるし、陰ながらバックアップはしてくれると言ってくれたが・・・

{しかし・・・}

「喉が渇くだろ、麦茶飲むか?」

「どうも。」

再び魔術書を読みふける{読めてない、仏蘭西語である。}すずかにお茶を出しつつ考える。少し戸惑いがある、なぜなら力と言うものは人を変えるのだ。
それが強大であればある程、どれだけ純粋な志でもすぐに爛れさせ腐らせてしまう。
かつて多くの革命家や、理想に燃えた人間達の中にはその過程で手に入れた強大な『力』によって腐敗し堕落した者が多くいた。

{いや、無用な心配か。}

トップである月村忍は行動力があり思慮も深くとても信頼できる女性であるし、その妹のすずかも素直な娘だ。
すずかはまだまだ危うい所もあるが、今後の成長が期待できるだろう。

{大丈夫だ、彼女の孫なんだからな。それに俺の方から信頼しないでどうする。}

無論それは感情論であり、希望的観測でしかない。それほどまでに、力というものは恐ろしい。

「まぁ、いざとなれば・・・」

「いざとなればどうするの?」

「ん、何でも無いさ。」

最悪の事態も想定し、煙草を灰皿に捨てる。最悪の事態には慣れている、引き金を引く事に躊躇など無い。

「もっと作り置きが必要かもな・・・ついでに訓練も。」

「私も手伝おうか?」

「いや、それには及ばんよ。」

作り置きというのは無論武器弾薬のことだ。これから彼女たちに協力する以上、必然的に戦闘になるだろう。
そんなときに銃弾がなければどうしようもない。今更、銃剣突撃でもしろというのか?自分としてはしたくない。
それに今は体が子供になってしまっているのだ。
力が衰えていないだけマシだが、それでもやはり小さい体というものはデメリットだ。
いつもの感覚で振り回せば、絶対にどこかで失敗するに決まっている。戦闘中にそれは命取りだ。

{今更玉砕なんて御免だな。}

とりあえず一通り整備しとくか、と魔術書を脇に寄せて土蔵に行きある程度武器を引っ張り出す。
居間に並べられたその量に改めて感嘆の息を漏らすすずかの前で、整備用具を取り出すとテキパキと全面整備を始めた。
拳銃や小銃などの基本装備を始め、対戦車ライフルやバズーカ、重機関銃までも手慣れた手つきで分解し油をさす。
その手際の良さに、すずかが感心の声を上げた。

「凄い早いね。」

「これ位は普通だ、戦場では迅速かつ確実にしなければならないからな。君は機械に興味があるのだったな。」

いつかの他愛ない会話を思い出して、部品のかみ合わせを確かめるために使っていたピンセットを差し出しながら問う。

「やってみるか?」

「ぜひ!」

ピンセットを受け取って目を爛々と輝かせるすずかに、分解途中だった九九式軽機関銃を譲る。
珍しげに内部の構造や部品のかみ合わせを調べる彼女はとても興味深々だ。
彼女の手付きからは、銃器には慣れていないがそれなりに機械いじりに慣れている事が見受けられた。

「そんなに九九式軽機が珍しいか?」

「うん、見たことはあるけど触ったこと無いから。」

{まぁ、60年も前の銃器だ。確かに、今も動くなんてものは少ないだろうな。}

「あれ?照準が少し狂ってるよ?」

「それは良いんだ、銃剣をつけて使うからな。照準は変に弄らんでくれ、自分でやる。」

でもそれだといざって時に困るんじゃ?その時は適当にばらまく、そんな会話をしながら二人は次々と銃器を手にとっては整備していく。
そんないくらか時間が経った頃、ふと洞爺は縁側の方から視線を感じた。
ぴかぴかに磨き上げられた銃火器から庭に目を向けると、そこには首をかしげている久遠の姿があった。

「く~~~~?」

「あ、久遠ちゃん!」

「久遠、今までどこに行ってたんだ?泥だらけじゃないか、また溝にでも入ったんじゃあるまいな?」

「く!」

「む、俺も油だらけか・・・・」

「私も。」

外から覗き見る円らな黒い瞳の持ち主である久遠の泥だらけになった身体と自分の手を見て苦笑いした。
勝手に外に出てふらふらしていた久遠はトテトテと庭から今に上がると胡坐をかく洞爺の足の上に乗っかって寝転がる。
なにぶん遊び盛りな子狐だ、何度注意しても駄目だからここの所はある程度黙認している。とはいえ、それは昼の話だ。

「まったく、夜は勝手に外に出ちゃ駄目じゃないか。やっぱりリードが必要かな?」

「くぅーー!」

「解った解った、嫌なんだな。さて風呂場に行こうか。月村、君も入るかい?」

「え、えぇと・・・」

困ったように口ごもるすずかに洞爺ははっとなった。つい彼女を子供扱いしてしまったのだ。
9歳とはいえ、彼女も女性である。異性と入るのはそろそろ遠慮したくなる年頃のはずだ。
また今の自分は彼女と同年代で、48歳のいい年こいたおっさんではないのだ。

「すまん、俺が悪かった。」

「ううん、いいよ。私は後で良いから、先に久遠ちゃんと一緒に入って。」

「あぁ。」

『リードやだーー!』と抗議の声を上げる久遠をなだめながら抱き上げ、風呂場に直行。
あまりの恥ずかしさに穴があったら入りたい気分だ。
汚れた服を脱いで洗濯機の中に放り込み、硝子戸を開けて無駄に広い風呂場へと足を踏み入れる。
風呂場に着いた途端決死の脱出劇を試みる久遠をつまみあげて湯を張った洗面器に放り込み入念に体を洗ってやる。
どうやら排水溝にも入ったらしく見た目以上に泥が出てきた、匂いもする。

{これはひどい、徹底的に洗ってやらねば。}

動物用シャンプーでごしごし洗ってやると、久遠が最後の抵抗に出た。
ひたすら身をよじってグネグネとウナギのように脱出しようとするが、その額に洞爺は軽くデコピン。
一発で大人しくなった久遠の体を洗いつつ、洞爺はやれやれと言葉を掛ける。

「動物用だから安心せい、あと匂いが落ち無かったら布団に入れん。」

「く・・・くぅ・・・」

汚れた首輪をはずし、20分かけてしっかり洗ってやるとすっかり久遠は綺麗になった。
ついで無駄に大きい湯船に入浴し、一度疲れと汚れを落とす。休息の一時だ。
温泉の素を入れた風呂は久しぶりである。

「あ~~、気持ちいい~~~」

「く~~~~」

無駄に大きい湯船の片隅で一人と一匹はまるで兄弟のように顎を縁に乗せる。
バランスを取って水死体のごとくグテ~っとしながら洞爺は今日の事をもう一度思い出していた。
昼間は普通に遊んでいた、なのに夜はすずかを助け、化け物とメイド殺し合いになって月村家と再び接近し、
親友の訃報を受け、さらにはなのはの絶体絶命を助け、異世界フェレットと遭遇し地球の危機に直面。
もうなんと説明するべきか解らない状況である。平和な世界があっという間に吹き飛んだ。
嘘だといいたくなるが現実である。さて、もう一度やってみよう。もう、なんだこれ?

「まぁ、何とかなるか。」

むしろする、しなけれなばならない。

「これで酒があれば言う事無しだな~~~くそっ、徳利に入れて持ってくりゃ良かった。」

「くっ。」

「ふぶぅ!?」

油断していたら久遠の前足一閃によって額をはたかれ、バランスを崩された洞爺は湯船の中に全身を踊らされた。

「くくぅ♪」

得意げに鳴く久遠。だがその背後から幽霊のごとく腕が伸び、久遠の胴体をガシッと掴んだ。

「くべ・・・」

「テメェも来い。」

「くぅぅぅ!?」

制裁開始は無音であった、そして悲鳴は居間で資料を読めず四苦八苦するすずかにまで届くことは無かった。
少ししてぐったりした久遠を連れて出た洞爺は変えの服に着替え、一度自室に戻って、
寝巻の代わりに紺色ジャージ{小学校制式採用品・未開封未着用}をすずかに渡して入れ替わりにちゃぶ台の前に座る。
だが30秒もしないうちに、とても興奮したすずかが走って居間に戻ってきた。

「斎賀君、お風呂広い!凄い!!」

どうやら無駄に広い風呂場に感動したらしい。貰いものとはいえ、こう嬉しそうにされると嬉しい物がある。

「貸し切りだからゆっくりして良いぞ~~泳ぎも可。ただしのぼせないように。」

わーい!!と子供らしく歓声を上げながら駆けていくすずか。
広い風呂場を貸し切りである、子供心がくすぐられたのだろう。
それにくすくす笑いながら、久遠を抱きかかえながら水気を取っていると洞爺はふと久遠に問いかけた。

「お前まで喋れたりしないよな?」

何気ない言葉、ユーノを見てふと思ったことを言ったにすぎない。
久遠ならきっと首をかしげる程度で終わる・・・・はずだった。

「く!?くぅ!くぅーーーーー!!」

洞爺が言った瞬間ビクリ震えたとした後、久遠は冷や汗をだらだらとかきながら首をぶんぶん横に振る。
その予想外の光景に、洞爺は虚をつかれた。顔に水が飛び散るのも気づかず目をパチクリさせる。

「く!!くーーーーーーーー!!!!!」

顔を青くして否定し続ける久遠は図星を示したような態度で、目にはありありと恐怖が浮かぶ。
逃げだしても良い怯え方だが、何かにすがるように洞爺の腕の中から出ようとしない。
その眼に浮かぶ恐怖に、洞爺はなだめるように優しく言った。

「久遠、俺は怒ったりしないから本当のことを言いなさい。」

「く・・・く~~?」

不安げに見上げる久遠に洞爺はやさしく話しかける。

「大丈夫だ。お前を捨てたりはしないよ。」

洞爺は久遠に優しく話しかける。すると久遠は、おびえながら口を開いた。

「ほ・・・ほんとう?」

「ああ、嘘はつかん・・・って、喋れたのか・・・」

洞爺はもはや崩れ去った常識に頭を悩ます。本当に何でもありである、正直生きていけるのか不安になった。

「久遠は、どうして喋れるのを黙ってたんだ?」

「だって・・・・みんなこわがるんだもん・・・『お化けだ』っていってにげちゃう。」

久遠の話によれば、彼女は妖怪だということだ。
生まれた時から森に一人で暮らしていてとても寂しかったという。
来る日も来る日も一人で、ただ森の中でその日を生きるだけ。
だが人に話しかければみんな逃げて行ってしまう。

「だから、俺には喋らなかったのか?」

久遠は、こくりと頷いた。確かに、喋って恐れられるのなら喋らなければいい。
幼い彼女はそれを悟ったのだろう、だから普通の子狐のふりをしていたのだ。

「とうや・・・こわくない?」

「ああ、これが怖かったら戦場には行けんよ。知ってるだろう?俺は戦場から来たんだ。」

「ほんとう?ほんとうにこわくない?いなくなったりしない?」

まるでせがむ様に久遠は、洞爺に問いかける。その問いに洞爺は優しく、少し困ったように笑った。

「どうかな、それは確約できない。でも、お前を捨てたりは絶対にしないよ。」

絶対に、とは言い切れなかった。自分は普通の人間なのだ。死ぬ時は死ぬ、死んでしまえばもう一緒に居てやることはできない。

「ほんとう?」

「ああ、本当だとも。」

洞爺は震える久遠を抱きしめながら、優しく彼女の頭を撫でた。撫でる度、久遠の目には涙が溜まっていく。

「うぇ・・ひっく・・・・」

泣き出すとともに久遠の姿は子狐から狐色の着物を着た狐の耳と尻尾が生えた4歳くらいの子供に変わっていた。
髪は狐の時と同じく狐色で美しく、綺麗な黒い瞳には涙をためている。
彼女の頭を優しく撫でてやりながら、洞爺はゆっくり語りかけた。

「寂しかったな。もう大丈夫だからな。」

「うぃ、うえぇぇぇ・・・・」

泣き続ける久遠の頭をなでる洞爺は彼女をただあの時と同じように慰める。
寂しかっただろう、人には嫌われ、恐れられて、ずっと一人であの森の中に住んでいたのだ。
幼い彼女には、いつも一人の孤独はとても苦痛だったに違いない。
自分自身、一人で戦場に取り残された時は、とてつもない不安感に苛まれ寂しさに震えていた。
彼は久遠をただ優しく慰める、それしかできなかった。

「大丈夫だ、泣け、泣いていい。存分に泣け。」

しばらくすると、泣き疲れた久遠はそのまま洞爺の腕の中で寝てしまった。
洞爺は久遠を自室の布団に寝かすとふと自分はどうしようかと考えた。
家には布団は2つしかない。一つは普段使っている物で、もう一つは予備である。
つまり久遠を寝かした布団とすずかを寝かせる予定のしかないのだ。

「こんなことがあるなら野戦装備でも持ってくればよかったか、まぁ必要ないか。」

洞窟の武器の山には当然野戦の時のテントなどの物もあるが武器と弾薬を優先したためまだ取り出していなかった。
久遠は静かに寝息を立てて寝ている。洞爺はそれを見た時心が癒されるように感じた。

「さて、準備するか。」

押入れから武器弾薬などが詰まった登山用のリュックサックにウェストポーチを持って居間に行き、中身の整理及び補充に掛る。
今回は消耗しなかったためしなくてもいいのだが、念には念を入れてだ。
それらすぐ手の届く範囲に置いて、自身は縁側に座り小銃を肩に抱いた。
いつでも戦える姿勢のまま体を休める、戦場では常にしていたことだ。

{あの馬鹿、一枚噛んでやがったな。まったく、相変わらず強情で頑固で無鉄砲な奴だよ。}

口元を僅かに釣り上げて微笑んだ。魔術は随時秘匿すべき物、と『魔術師の心得・初級編』にもあった。関係無いが。
それ以前に、軍人である洞爺にとっては見過ごせないものだ。場合によるが、生憎見過ごせるほど腐ってはいない。

{変わらんなぁ、俺。}

心のどこかでそんな声がする。だからなんだ?洞爺はそれを笑い飛ばした。
そんなことは慣れているし、これからまずい事が起きそうになっているんだ。
しかも子供がそれを知って何とかしようとしている、それを知ってて何もしないのはおかしいだろう。
元々だれかがやらなければいけない事なんだ、自分がやって何が悪い?
洞爺は抱いている小銃をちらりと見る。クロームメッキが施された黒塗りの銃身と対空照準器の付属したリアサイト。
傷だらけだが光沢のある木製のグリップとストック。防塵カバーのついたストレートボルトハンドル。
7.7ミリの銃口、銃剣を支える着剣装置、やや反り気味のモノポッド。
今の相棒である九九式短小銃は、いつも通り歴戦の姿を夜空に晒していた。

{見られてるな。}

夜風に当たりながら、自然な動きで監視している人間へ視線を向ける。
それほど遠くない家屋の屋根の上に誰かが居る。だが敵意は感じない、狙撃手などではなさそうだ。
しばらくすると、その人物は闇に溶けるかのように消えた。

{誰だかは知らんが、覗かれるのは気に食わんな。今度はいったいなんだ?}

また月村を狙うアホどもか退魔を掲げた宗教に溺れた過激派か。
過去のことと言えば過去であるし代変わりもしているだろうが、本当にいい度胸である。

「さて、彼女にはどう説明したら良いのやら。」

主に久遠の件について。
ジャージ姿なれど風呂上がり特有のほくほく顔で縁側にやってきたすずかに、洞爺は何度目かもわからずため息をついた。
だが、すでに久遠が妖怪であることはすずかも承知の上であることなのだ。それに驚愕するのはほんの数分後の話である。








あとがき

どうも作者です、第5話です。書いて消して書いて消しての繰り返し、誰か自分に文才をくれ。おくれてすんませんでした。
展開が早いと思うでしょうが、基本こんな感じです。あと火炎放射器はロマンです。
だってそうでしょう?異能力なんて無い人間が、男が!こういう非常識な化け物に戦いを挑む時の必殺と言えば、火炎放射器!
異形の化け物に火炎放射器を構えて必死で戦う男たちなんて燃えるじゃないですか!!
もうここはヘリ操縦士ネタで行こうかと思ったほどですよ。・・・・話を戻します。
これでやっと本編に絡める、と言っても彼の役目は裏方との繋がりとパートナーですがね。
ちなみになのはが苦しんでたのは毒ガス、洞爺はガスマスクしてたのはそのため。
え?それじゃぁ回りの被害も大変なことに?無人の高校と裏山の間の小道での戦闘なので無人です。
これからもこの未熟な作者の作品をどうかよろしくお願いします。by作者




[15675] 無印 第6話
Name: 雷電◆5a73facb ID:b3aea340
Date: 2011/06/20 19:53



中国軍の擲弾筒から撃ちだされる擲弾が至近に着弾した。
八九式中戦車の残骸に隠れている俺たちはその爆発音が聞こえる度に首をすくめる。
同時に機関銃の銃撃が辺りの土を跳ね飛ばす。もはや見る影もない林の小高い丘のすぐ手前で、俺達の部隊は足止めをされていた。

「しっかりばれてますな~~」

「ここまで接近で来ただけでも御の字だ。後はどうやって突っ切るかだ、何か案は?」

俺は戦車の陰から作戦目標の対空砲陣地を覗き見る。
あいつらが布陣してからというもの、この上空はこの先の敵要塞になってる山を爆撃する航空隊の悩みの種だ。
たかが陣地一つといっても、配備されている高射砲と対空機銃が多いせいで火力が凄まじい。
ここ上空は敵航空勢力圏の間にあるいわば秘密の抜け道だったのだが、それが塞がれてしまった訳だ。
回り道しようにもこっちには戦闘機不要論をまだ掲げる馬鹿が居たせいで戦闘機が足りず護衛が出来ない。
そいつはどうやら『現場が試行錯誤して抜け道を使っていた』のを『我々の理論が正しかったのだ』と曲解していたようだ。
作戦で疲弊した航空隊では逆に返り討ちにされかねないため、俺たちの部隊が制圧する話になった訳だ。
しかもその作戦を立案したのがその馬鹿、士官学校を出てる分変に頭が回るのが厄介だ。
対空陣地なのだから地上からの攻撃には弱いだろう?その変に回る頭は士官学校の教育を覚えていないのか。
対空陣地といってもここは抜け道をふさぐ戦略的にも重要な陣地だ。迎撃の備えは万全、まさに万全だったな。
陣地の銃座にはチェッコ機銃と狙撃手がしっかり備わっており、その両脇から2門の擲弾筒が交互に次の弾を放っている。
が、その命中率はお世辞にも良いとは言えない。正直言って下手だ、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるの理論で撃ちまくっているだけだ。
おそらくやつらの重々承知、擲弾筒の釣瓶撃ちで牽制しつつ軽機関銃と狙撃銃で削る考えなのだろう。
こっちは裏をかいたような形で接近できたが、別方向から攻める部隊はどうなっている事やら。

「このまま突っ切れるんじゃないですか?この程度の火力じゃこちらとは比べ物にならない。
煙幕で視界を遮り、牽制射撃で気を削がせてその隙に一気に吶喊しましょう。」

「侮るな、当たれば死ぬんだぞ。」

だが煙幕か、なるほど。

「木村、擲弾で狙えるか?」

俺が機関銃手を指さすと木村は渋い表情で頷く。

「やりましょう、不良品の煙幕弾で。」

「文句は補給のバカに言ってくれ、期限切れ回したのはそいつだぞ。」

伝令を走らせながら言うと、木村は少し困った顔をした。

「言えませんよ、あんだけヘコヘコ頭下げられちゃ。アレに怒鳴るなんて、キリストさんが怒ります。」

「汝、隣人を愛せ。だったか?お前も大変だな。」

「ほとんどカミサンからの受け売りですがね。」

木村は肩をすくめると、八九式重擲弾筒を持って這いつくばりながら僅かに身を乗り出した。
途端、おそらく歩兵銃改造と思われる狙撃銃の銃撃が木村の周りに着弾する。だが木村は臆さない。
擲弾筒の底部を地面に立てて角度を調節し、安全栓を抜いて九三式発煙弾を砲口に放り込む。
いつものように祈るように首にかけた十字架に口づけし、引き金に手を掛けた。

「行きますよ、煙幕はそう長くありませんからね。神の御加護を。」

「解ってるさ神父様・・・・・・・2番隊、支援射撃用意!!」

砲弾の着弾跡や木の陰、戦車の残骸などに隠れていた兵が擲弾筒や小銃、機関銃の銃口を覗かせる。

「撃て!」

木村は引き金を引いて擲弾筒を放った。次いで、味方の擲弾が放たれる。
同時に十一年式軽機関銃と三八式歩兵銃が6.5ミリ小銃弾の雨を浴びせかける。
すると陣地の方から複数の悲鳴が煙幕の中から響いた、どうやらまぐれ当たりが出たらしい。

「一番隊突撃!!」

俺達は破壊された戦車の陰から抜け出して駆けた。
部下の四里川武雄一等兵、馗玉和馬一等兵、そして木村義孝二等兵が続く。
敵の銃撃がとんでくるが煙幕に邪魔されて狙いが逸れる。
破れかぶれの銃撃など恐れるに足らず、とは言うがそう言う訳でもない。
飛んでくる銃弾の音だけでも精神力を削る、何より当たる時は流れ弾でも当たる。

「がっ!?」

「木村!」

まぐれあたりか、木村が腹に弾丸をもらった。木村はもんどりうって地面に倒れるとそのまま動かなくなった。
他にも一人、また一人と撃たれて倒れていく。俺達は木村達を置いて走り続ける。
やがて煙幕が晴れる、俺は煙幕が晴れる前に目標の高射砲陣地になだれ込んだ。
中国兵が目を剥いてこちらに拳銃や小銃を向けてくる。
だが遅い、馗玉と俺の三八式、四里川のトンプソンM1921短機関銃が銃声と共に中国兵をなぎ倒した。
銃弾が体を抉り、血飛沫はそこらじゅうから噴き出して陣地を赤黒く染めていく。
土煙が晴れてきた、さらに多くの銃弾の雨が地面を抉り始める。
俺たちは陣地に飛びこみ、血まみれになりながら応戦する生き残りと面向かって対峙した。
俺は小銃を突き出し、銃剣を敵に突き刺した。それに馗玉も四里川が、追いついてきた味方が続く。

「「うぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

銃剣が煌めき、罵声と怒声がとどろき、銃声が木霊する。しくじった、どうやら当たりくじは外れくじだったらしい。
スコップが頭上を突き抜ける、気が付けば目の前に中国兵が飛び出してきていた。
俺は左手で地面に落ちていた臓器をそいつの顔面に投げつける。
その時、中国兵が突然の銃声と共に蜂の巣になった。四里川だ。

「良く狙って撃てよ、行け行け行け!!」

「わっかりましたぁぁ!!」

四里川は引き金を引きながらまた乱戦の中に突っ込んで行く。入れ替わるように、中国兵が突っ込んできた。
中国兵が振りかぶる小銃を、俺はそれを拾ったスコップを構えて答える。

「模子!」

「遅い!!」

振り下ろされる小銃を避け、スコップで手首ごと斬り飛ばす。敵兵は絶叫し、うずくまって動かなくなる。
それに代わるように飛び込んでくる砲兵らしき敵の振り回す木材を軽くいなし、返す刀で首を叩き斬る。
千切れた首から血が噴き出し飛沫が服を血に染めた。生温かい、鉄臭い。

「よぉ、なかなかやるじゃねぇか。」

「そいつはどうも。」

俺は真田に軽く返しながらスコップをやり投げのように投げる、スコップは隙を見て真田に襲いかかってきた中国兵の胸に刺さって背中まで貫いた。
反撃など無いと思ったのか好機だと思ったのか、そいつの目は驚愕に満ちていた。
バカが、ここは戦場だ、周囲の警戒を怠る訳ないだろうに。

「ふっ!」

木材で殴りかかってくる中国兵の目に銃剣を突き入れる。
脇から飛びかかってきた奴を引き抜きざまに銃床で殴りつけ、軽く後ろにたたらを踏みながら首の骨を叩き折る。
その時、突然背筋が寒くなるような悪寒を感じた。どこからかブォンブォンドシャドシャと何かを振りまわす音と肉が砕け散る音が近づいてくる。

「ってあぶねぇ!?」

十一年式が後ろから飛んできて敵の頭をぶち抜いた。こんなことする奴は・・・・

「稗田、またお前か!!」

「わりぃわりぃ!っとぉ!!」

「どぁぁぁぁ!!こ、殺す気か!!?」

中国兵をちぎっては投げちぎっては投げするひげ面巨漢の大男、稗田はがははと笑う。
だから周り見て振り回せってんだろが!!頭がパーンって吹っ飛ぶ威力なんてもらいたくねぇぞ!!

「もうあっちいけ!!」

「ぷげっ!?」

俺は暴れる稗田の背中を思い切り蹴飛ばした。すると、背中にドンと誰かの背が当たる。
振り向くとそこにいたのはまた四里川だった。

「隊長!背中をお願いします!!」

「周りに気をつけろ、暴れ牛が大暴れしてるからな!!」

俺は地面に転がっていたホッパー式弾倉のもげた十一年式軽機関銃を拾って適当な奴の頭に投げつけ、拳銃を拾って乱射。

「稗田曹長ですか!?銃壊すの何度目ですあの人!もう銃回してくれませんよ。」

「知るか!!」

代わる代わる敵を撃ち、突き、殴り、斬り殺す。さっきと同じ乱戦だ。
ただ違うのは、大暴れして中国兵をちぎっては投げしてる大男が居ることくらい。
地に伏す屍を踏みつけ、時に壁にして、振り回して敵を血肉へと変えていく。

「最後です!」

軽い一連射と共に中国兵が痙攣してばたりと倒れる。気が付けば、回りは中国兵の死体だらけだった。
乱戦で浴びた血が体を伝っていくのが改めて感じられる。やれやれ、これは買い替えなくちゃだめな。軍服は高いんだが・・・

「パップのエンジンが・・・」

「隊長・・・」

「・・・なんでもない。陣地確保!第4小隊集結!!もたもたするな!!」

弾切れの拳銃を適当に投げ捨てる、俺の言葉に周りで応戦していた味方が周辺に集まって布陣した。
途端、生きて陣地から逃げだした奴らの一斉斉射がやってきた。遮蔽に身をかがめてその射線から逃れる。
土ぼこりがパラパラ振ってくる、それを振り払いながら四里川は毒ついた。

「くそ、第3小隊の奴ら大丈夫かな。なぁ、馗玉。」

「俺は第5小隊の方が心配だぜ。右翼には確か重機関銃が5丁あったはずだ。」

「本当かよ、長谷川死んで無いだろうな?まだ金を返して貰ってねぇ。」

「もしかしてお前もあいつのつけがあるってか?俺もだぜ。」

「ほう、もしや俺たち全員貸しもちか?」

「へ?もしや曹長も?」

「あぁ、あいつにはまだ負け分もらってない。」

「あんにゃろう、ここで死にやがったら地獄の果てまで追い掛けて金を返してもらうぞ!!」

四里川、それだと長谷川死んでるような感じだぞ。
敵の撃つ銃弾が土嚢を叩く。嫌な音だ、いつ抜かれるか解ったもんじゃない。

「・・・・このままじゃ俺たちも仏になっちまいそうですね。」

「め、滅多なこと言うんじゃねぇよ!」

馗玉の言葉に四里川が若干震えた声で答える。恐怖がぶり返したか、無理もない。俺たちはまた戦友を失った。
一つ間違えて撃ち抜かれるか、運が悪くて撃ち抜かれるか、それともあの一発が自分に当たったか、戦場ではいつ死ぬか解らない。
既に隊長も死に、木村も死んで、今も死人があふれている。死体があふれて、俺たちを睨んでいる。
まったくふざけてるな、俺は小さく笑いながら三八式に殺すための弾を補充する。
すると、敵弾をかいくぐって兵士が俺たちの土嚢に飛び込んできた。

「第5小隊、到着しました。これより、曹長の指揮下に入ります!」

んだとぅ!?小隊長はどうした!

「小隊長はどうした?」

「樫葉大尉は戦死なされました。」

まさか重機に餌食になったのか・・・・

「第3小隊到着しました!これより第4小隊の指揮下に入ります!!」

「っていつの間にいた!?隊長はどうした、隊長は!!」

「はっ、先ほど中国軍の別働隊と思われる部隊との戦闘の際、戦死なされました!」

死に過ぎだろ!何やったんだ隊長殿は!!指揮官全滅ってあり得ないだろうが!!
中尉とか少尉は?・・・回ってくる以上死んでんだろうな。もしくはわざと回したか。

「別働隊ってことは、俺たちは袋のねずみか?兵力は?」

「軽機関銃4丁、および機関短銃を装備したおよそ2個分隊、おそらく敗残部隊かと。お願いです、指示を!」

3個小隊なんて部隊指揮したこと無いんだが・・・えぇい、やるしかないな!

「第3小隊は左翼、第5小隊は右翼の壕に展開、防衛線を構築。
小銃分隊は土嚢を盾にして敵の進行を食い止めろ、擲弾筒隊は遠距離の敵を狙い連続射撃。
徹底的に攻撃しろ、絶対に敵を通すな。」

「了解!」

「第2・第3分隊に伝令、背後に敵の別働隊あり。早急にこれを撃滅せよ。お前、行け!」

「了解!」

銃声の量が多くなる、これなら化け物でも手を焼くだろう。少しは持ちこたえられるか。

「伝令!司令部に通達!!
我、目標陣地を確保せるも被害甚大、敵中にて孤立。第3、第4、第5小隊指揮官戦死、至急支援を願いたし。
なお、前方より敵部隊多数接近中、空爆支援を要請する、以上だ!!」

「了解!!」

若い伝令が後方の通信隊に向かって走り去る。しばらくすれば、支援が来るはずだ。航空機ならあっという間だ。

「畜生、敵は相変わらず元気ですね。奴らに限界は無いんでしょうか?」

四里川がトンプソンM1921短機関銃の弾倉を取り替えながら愚痴る。

「蟻みたいにワラワラと出てきやがって、こっちの身にもなれってんだ。」

「しょうがないだろう、奴らも奴らでやるべきことやってんだ。」

「やるべき事がこれですか、まったく軍人は辛いですねぇ!!」

「俺なんて来週除隊だってのについてねぇよ・・・」

馗玉が三八式歩兵銃を抱えてため息をつく。そう言えばこいつ除隊するんだったな。

「確か、実家の雑貨屋継ぐんだっけか?」

「カミサンが煩いんですよ、まともな仕事についてくれって。もう3年兵ですし、良い機会かなって思いましてね。」

馗玉は少々疲れたように微笑む、こいつも同じような口か。・・・・まぁしょうがないけどな。

「まぁ、諦めろ。」

「・・・・曹長、そこって慰める所じゃないですか?」

「はは、生憎慰められる言葉は今持ち合わせてないんでなぁ。
それとも何か?必ず生きて帰らせてやるとでも言ってほしいか?」

「出来ないですか?」

「してもいいが、死んでも恨むなよ。こいつを見てくれ、何だと思う?」

俺は首にかけている飾り気のない銀色の懐中時計と焦げた認識票、近所の神社のお守りを見せる。

「認識票とお守り、ですか?」

「それとこの時計だ。」

「隊長、まさかこれがお守りだとか言うんじゃないでしょうね?」

「文字通り、これを持っていれば必ず帰ってこれるんだが・・・・駄目か?」

見せると馗玉の表情がどんどん消えていった。な、なんだ?

「もう嫌・・・だいたい、あんたはどこでも必ず帰ってくるでしょう!!」

な!?

「嫌と言ったか貴様!それにこいつはなぁ――――」

「大体乗ってた輸送機がおちたその翌日になんでけろっと酒場で酒煽ってて言いますかそれ!!」

「喋ってないで撃ったらどうですか!?曹長も馗玉も!!」

いかんな、忘れてた。俺と馗玉は一端目を合わせてから三八式歩兵銃を撃つ。
遊底を引いて排莢、戻して引き金を引く。また引いて、戻して引く。

「ありゃ、弾切れだ!」

すぐに土嚢の裏に身を隠して弾薬納に手をやる・・・あれ?

「こっちか?」

左に無い、右にも・・ない。後ろのも、無い。

「・・・・まずい撃ち切った。」

「うっそ!?俺のもまずいっ!!」

俺の横に座って馗玉は弾の無い三八式を手に顔を青くして何度も弾薬納を漁って数を確かめている。・・・どっかに落ちてないかな?

「お、モシン・ナガンじゃないか。」

近くに転がっていた中国軍の死体が握っていたのを死体からもぎ取る。
予備は・・・おぉ死体の背嚢と雑納にたっぷり。とりあえずそこらへんのも持ってくか。
おっ!?こいつぁ死体には高すぎるな、貰っとこう。あとこれと、こいつもか、よし戻ろう。

「まずっ、俺も撃ち切った!」

「そんな君にこれ。」

同じように撃ち切った馗玉に拾ったチェッコ機銃{ブルーノZB26軽機関銃}を予備弾倉付きで渡す。
さっきの陣地の奴と同じものだ、死体が握っていた。

「畜生!俺だけ重い軽機かよ!!」

「ズベコベ言わずに撃てっての!俺のも弾が無くなりかけてんだ!!」

「そう言う君にはこれ。」

さっき拾ったトンプソン用20連弾倉が詰まった小型弾薬箱を足元に置く。

「・・・・だぁから曹長、なんでそんなホイホイ弾と武器が出てくるんすか?」

「そこら辺から拾ってきた。」

「あんたって人は・・・・」

トンプソンの弾倉を手に取った四里川に俺は葉巻をぷか~と吹かす。
・・・中国野郎、良いもん吸ってんじゃないか。

「お前達も吸うか?こりゃ高級品だ。」

「いいです、煙草は静かに味わう派なので。」

「温室育ちめ、俺はもらいます。吸える時に吸わなきゃ吸えなくなりますからね、畑ってのは。」

断る四里川を押しのけて馗玉が撃ちまくる俺の胸ポケットから葉巻を一本持っていく。
手早くマッチで火をつけると、大きく吸った。

「ほへ~~、確かに良いもんですね。」

「だろう?妬ましい。」

「妬ましいですね、本当に・・・・」

・・・・・馗玉の目怖い。

「よし撃て、なら撃て、そのやり場のない妬ましさをぶちまけろ。」

「内臓をぶちまけろぉぉぉぉ!!」

馗玉が目に炎を宿して軽機関銃を撃ちまくる。俺と四里川もとにかく撃ちまくった。
数が少ないことに付け込もうとした中国軍がバタバタと将棋倒しのように倒れて行く。どうやらここを取り戻す気らしい。

「まずいですね、こっちはたった3個小隊ですよ。味方は何やってんだ?」

「泥に足取られてるんじゃないか。」

確か足場が悪い所があったはずだ。そこで俺たちは迫撃砲を目いっぱい喰らったから・・・・酷いことになってそうだな。
そうこうしているうちに敵の一波を俺たちはしのいだ。銃撃戦が止んで、しばらく静かな時間になる。
戦車より歩兵の方が早いってか、と毒ついていると味方の一人が死に物狂いで駆け込んできた。

「斎賀曹長、第3小隊のほとんどが弾を撃ち切りました!後退します!!」

「今から逃げても追いつかれるだけだぜ、そこらへんの武器をかき集めて使え。」

「そんな無茶な!」

「無茶は承知の上だ、敵は待ってなんかくれないぞ、今の内に使えるものをかき集めろ!!
四里川、何人か連れて地下確認して来い。もしかしたら地下に武器があるかも知れんぞ。」

言うと伝令はまた突っ走って別の土嚢裏に駆けこむ。
俺も四里川に声をかけてから土嚢の裏から出て近くにある武器弾薬を片端からかき集めた
少しして数人の兵が土嚢を飛び出して落ちている武器弾薬を片端から集め始めた。
殿の敵が撃つ弾丸が散発的に土をはじけさせる。どうやら遠距離射撃をしているようだ。
だが専門の狙撃兵ではなく、普通の歩兵が小銃の照尺を使って撃ってきているのだろう。
これは威嚇にしかならない。弾が風に流され過ぎている。当たることはまずないだろう。
かき集めるだけ集めると俺たちは血まみれの武器を背負って土嚢の裏に戻った。
四里川も武器をめいっぱい担いで戻ってきた、地下には少しばかり武器が残っていたらしい。

「多少はあったか?」

「えぇ、少なくとも半日分は。」

「なるほど、さっさと配分させよう。いつまた来るかわからん・・・って。」

遠くから雄たけびが上がる、それと共に中国兵の突撃が再開された。しかも今度は数が多い。
畜生早い、まだ武器がいきわたってないぞ。

「来たぞ、撃って撃って撃ちまくれ!!あいつらこの陣地の攻め方を良く知ってるぞ。」

「了解!!」

「ヒャッハァァァ!中国兵は蜂の巣だァァァ!!」

短機関銃1丁、軽機関銃1丁、小銃1丁の弾幕射撃に真正面から突っ込んでくる中国兵がバタバタとなぎ倒される。
だが一人のせいでとんでもなく味方の目線が痛い。
・・・この煙草阿片じゃないよな?

「おっと。」

モシン・ナガンで狙ってきた狙撃兵を逆に撃ち倒す。

「やっふぅぅぅぅ!!」

「あ~馗玉が物凄い興奮してるとこ悪いんですけど曹長、なんかまずい事になってる・・・」

「ああ、解ってるよ。お~い、新しい煙管買ってやるから落ち着け~~」

「うぉぉぉぉぉ!来いよォォ!!曹長がくれた機関銃に撃たれたい奴は前に出ろォォォ!!」

「・・・・駄目だこりゃ、もうほっとけ。」

匙を投げた俺は少し土嚢から頭を出して双眼鏡でのぞき見る。そこには居るわ居るわ、中国兵の大群だ。

「中国軍の野郎、やっぱり人海戦術で押しつぶす気だ。」

「こりゃいくら撃ちまくっても勝ち目ないですね。」

物量は無尽蔵だからな。

「そこの高射砲を使えないか?水平射撃でなぎ倒せるぞ。」

「無茶言わないでくださいよ。俺は使った事ありませんし、さっきの戦闘でどこかいかれちまったみたいです。」

「そんなの関係ねぇ!」

「関係大有りだ馬鹿野郎!」

おお痛い、鉄帽越しに思いっきり銃床でぶん殴られたぞ。
・・・これホントに阿片じゃないよな?吸ってる俺は問題ないんだが。

「弾さえあれば曹長が使ってくれるんだよ!」

・・・使えるけどさ~

「どちらにしろもう作戦甲はダメですね、もう前には進めそうにありません。作戦乙で行きましょう。曹長、作戦乙は?」

「あ?ねぇよんなもん。」

「ないんですか・・・」

元より作戦成功が前提の戦いだ、あの馬鹿の所為でな。出来ればさっさと逃げたい、この戦いは不利だ。
だがこの高射砲陣地は落とさなけりゃ面倒な位置にあるのも確か、まったく辛いね。

「ああ、物凄い量の足音が聞こえてきますよ。」

「こっちはしっかり見えてるよ。」

「見ろ!人がゴミのようだ!!」

馗玉の言う通り、まるで人がゴミのようだ。違うのはこいつらがみんな生きてるってことだけ。

「どうするんです、逃げ場ないっぽいですよ。後ろは開けましたが進撃が早い。」

これ以上は正直厳しい、ここで引いても戦略的撤退だ。しかし、引けん。
なぜなら今、司令部から連絡が来たからだ。もっとも、無視して引いても追いつかれるだろうが。

「そんなお前に良い知らせだ、増援と空爆が来るぞ。」

「本当ですか!?」

「ただし、それまで持ちこたえろとのご命令付きだがな。」

喜びの一杯の四里川の表情が一転して渋くなる。正直それも勘弁願いたいんだろう。
だがここで逃げたら後でどんな処分が来るかわからない。
こっちはともかく、あの陸軍から来たあの参謀様は勝ち負けのうるさいらしいからな。きっと頭の中は出世の事でいっぱいだろう。
ここで撤退したら絶対に抗議してくる。下手すれば陸軍との溝が余計深まっちまうな。

「どうするんです?」

どうするって・・・・

「ここを死守するぞ。敵の攻撃をなんとしてでも凌ぐんだ。」

「やっぱそうなりますよね、あいつらの命を無駄にしたくないですし。」

俺たちは撃ちまくった。突撃してくる敵を撃ちまくった。ただひたすらに撃ちまくった。
引き金を引き続けて、弾が切れたら弾倉を取り替え、ただひたすらに引き金を引き続けた。
叫びながら、俺たちは迫ってくる敵をなぎ倒し続けた。
味方も撃ち、敵も撃つ、敵を殺す、味方がやられる、敵が怒る、味方が怒る。
俺たちは撃ち続けた、引き金を引き続けた、敵を殺し続けた。
バタバタと死体が山積みになっていく、その上を中国兵や戦車が乗り越える。
土嚢の上に味方が突っ伏す、内臓を、脳みそを、血液を雨のように降らせ陣地を作る土嚢が赤く染まっていく。
その上にまた中国兵、日本兵が折り重なって死んでいく。陣地の周りはいつの間にか血の泥沼に変わっていった。

「陸攻だ!空爆が来たぞ!!」

味方も多くやられたころ、上空に九六式陸攻と戦闘機の編隊が現れて爆弾をばら撒いた。
中国軍のド真ん中に陸攻が積んできた60キロ爆弾が雨あられと降り注ぐ。
連続する爆発と中国兵の悲鳴、爆発するたびに敵は木っ端みじんに吹っ飛ばされた。
さらに僅かな護衛の九六式艦上戦闘機が降下してきて、残りの敵に機銃掃射を掛けて行く。
俺たちと対峙していた中国兵は色めきたった、空爆で部隊がやられたことに動揺したのだ。

「良いぞ!もっとやっちまえ!!」

味方がなぎ倒されて行く中国兵を見ながらはしゃぐように雄たけびを上げる。
これで終わる、そう思って爆撃を終えた航空隊に手を振った。これほどの痛撃を受けてはここの奪還は不可能のはず。
だが、現実はそう簡単にはいかなかった。いつものことだが。

「曹長!前方に敵戦車1!!」

中国兵の死体を掻きわけるようにして空爆で破壊されたはずのBT戦車が迫ってきた。
見るだけでも痛々しい、キャタピラは外れかけ、装甲も焦げて凹んでいて前部機銃座の所は穴があいてめくれあがっている。
歩兵も随伴していない、もはや動いているだけで精一杯のように見えた。
だが戦車は戦車としての機能を果たしていた。凹んで変形した砲塔から延びる主砲が唸り、榴弾が味方を跡形もなく吹っ飛ばした。
・・・・あぁ、今度は味方が血肉の雨になる。

「バカな、撃てるのか!あんな状態で!?」

「対戦車砲はどうした!?九七式でぶち抜け!早くッ!!」

「だめだ!さっきの戦闘でどこかイカレたんだ、うごかねぇ!!」

「火炎瓶!火炎瓶で燃やしちまえ!!」

「もうねぇよ!」

周りから狼狽の声が上がる。まずい、さっさと破壊しなければこちらがやられてしまう。

「慌てるな!それでは奴らの思うつぼだぞ。ヤツは手負いだ、近接すればこちらのモノだ!!」

俺は叫んだ。奴に機銃はない、拳銃口もあらかた潰れているだろう。
砲塔もアレだけ歪んでしまえば基盤も歪んで旋回できない、ハッチすらも開かないはずだ。
・・・ははっ、考えれば考えるほど中の人間がどうなってるのか想像したくないな。

「馗玉、手榴弾をくれ!!」

俺は手を差し出す。手持ちの手榴弾は使い切った。戦車が迫る、キャタピラの音が聞こえる。

「手榴弾を!!」

俺は手を突き出した。何も無い天井に向かって。




第6話『平和な日々。』




「・・・あれ?」

斎賀洞爺は何もない空中に手を差し出しながら気の抜けた声を出した。ここはどこだろうか?
さっきまで戦場に居たはずで、部下に手榴弾を要求していたはずだったのだが、
縁側でなぜか何も無い天井に左手を突き出し、右手に九九式を抱いていると言う実に奇妙な格好になっていた。
朝日に目がくらむ、おかげで思考が冴えてくる。目を軽くこすりながら上半身を起こした。

{しまった、居眠りか。}

昨晩の不審者への警戒のために歩哨に立っていたつもりだったが、座っていた時にいつの間にか眠ってしまったらしい。
戦場から帰ってきてたった1月とはいえ、少々の戦闘の後の不寝番で居眠りするとは体が鈍っているようだ。
体はあまり異常無くいつも通り無駄に良い反応をするが、胸の奥がなぜか熱っぽく少々頭痛がする。

「鈍ったな。しかし、居眠りとはいえ懐かしい夢を見たな・・・」

あの戦いは最後に助けにきてくれた稗田が戦車を吹っ飛ばして終わったのだ、歓声とそれを上回る驚愕は今でも忘れられない。
くぁ~~と呑気に欠伸し、洞爺は大きくため息をついた。やはりというべきか体が小さい、九九式が無駄にデカい。
昔の身体ならば・・と考えて、なおさらげっそりした洞爺は緩慢に立ち上がって軽く背伸びをしながら縁側へ歩く。
すると温もりと共に朝日が柔らかい日差しを当ててくる。朝日は変わらない、今も昔も変わらない。
そう、まるで『いつもの日常』がこれから始まるかのように。

「あ~~・・・夢じゃねぇ。」

洞爺は自嘲気味に笑う。何も聞こえないからだ、今まで聞き慣れた物が何もかも、彼の周りから消え去っていた。
訓練場から響く銃声も、野戦砲が叩きだす砲撃音も、上空を行く零戦や隼のエンジン音も、
戦車のキャタピラも、海の駆逐艦も、トラックのエンジンも、戦友の喋り声も・・・聞き慣れたものが何もかも。
耳慣れた喧騒はもう聞こえない、あるのは朝日と朝の静かで平和な世界の朝。
だが、自分の生きる世界の象徴である音は無い。

「本当に、俺はまだ生きてるんだな。」

洞爺はやや自嘲気味に呟いてゆっくりと立ち上がった。朝と言えばやることはただ一つだ。

「飯を作るか。」

腹が減っては戦は出来ぬ、その言葉はそのまんまの意味で取って構わない。実際それで何回死にかけたことか。
しかも今回の相手は非常識の存在を相手に取った戦争だ、万全の備えをしておかなければならない。

{二人もいるから粗末なもんは作れんな。}

朝食を待つ家族がもう一人と客人が一人いる。飯の前に二人の様子を見に行く。
最初に客間を覗くと、枕元に魔術書を置いたままジャージ姿のすずかはまだ眠っていた。
良い夢でも見ているのだろう、寝返りをうつ彼女の表情は子供らしくとても純粋で幸せそうだ。
いくら普段とても子供とは思えない言動をしているとはいえ、やはりまだ子供という事だろう。

{しかし本当に一泊してしまったな。あいつの孫だし、一日二日泊めることなど別に何でもないのだが。}

今さらながら、本当に一泊してしまって大丈夫なのだろうか?学校で変なうわさをたてられたりしたら目にも当てられない。
そんなアホなと笑い飛ばせる程度ならいいが、子供というのは良い意味でも悪い意味でも純粋であり排他的でもあるのだ。
周りの子供は子供らしくありつつも無駄に精神年齢が高いのが多い、しかもかなりノリのいい連中ばかりである。

{もし立てられたら・・・・最悪、責任を取れ?}

脳裏に浮かぶ結婚式、成長したクラスメートにはやし立てられながら教会の前に立つ自分と彼女、思い浮かんだ瞬間寒気がした。
なんという恐ろしい想像だ、29歳年下の女性と結婚などおぞましいことこの上ない。
それこそショットガンウェディングでも絶対にしたくない。それなら自分から背中の銃口を口に含もう、俺はロリコンではない。
大体この身の上で結婚という事自体がタブーのようなものである。しかも相手は友人の孫娘だ。

{朝から恐ろしい想像をしてしまった。}

悪夢の光景を脳内から何とか叩きだしながら、次は自室へと足を向ける。
覗きこむと、布団の中でうつ伏せになって眠る久遠の姿があった。
寝かせるときは仰向けにしたのだが、どうやら寝返りをしてうつ伏せになったようだ。
すぴ~すぴ~という可愛らしい寝息に時たまジュルジュルと唾を啜る音が混じる、枕はきっと唾で湿っているだろう。

{あぁ、モフモフもいいがこっちもいい。後で月村に戸籍の用意を頼もう、あと幼稚園を探さんとな。}

まだぐっすりと眠っている久遠になごみながら台所に行って朝食の準備に取り掛かった。
冷蔵庫にはぎっしりとは言わないまでも食いぶちが一人や二人増えてもまったく平気な量の食材が、

「あれ?」

詰まって無かった。あるにはあるが、記憶にある量の半分しかない。
それでも全く問題は無いのだが何故半分しかないのだろう、記憶違いだろうか?

「あれ、あれぇ~~?もしや食品が神隠し?」

俺じゃなくて良かった、などと笑いとばしつつ一つジュース缶を取り出すと冷凍庫を閉めた。きっと記憶違いだろう、そうに違いない。

「あ~さ~~だ~夜明けだ~~♪潮の息吹~~♪・・・・うめぇなこれ。」

鼻歌を歌いながら、冷蔵庫から取り出したグレープフルーツジュースを飲みつつフライパンを手に取る。
変に開きかけていた戸棚を思いっきり蹴って閉めると、洞爺はフライパンをコンロに乗せた。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




狐の妖怪、妖狐の久遠は雀の鳴き声と朝日の日差しそしてどこからか漂ういいにおいに目が覚ました。
それは嗅いだ事のあるいい匂いで、朝の空腹をいつも刺激してくれる匂い。
朝ごはんだ、そう思うと残っていた眠気が急に冷めて気分が一気に明るくなる。
こうしてはいられない、早く居間に行かないと家族である彼に怒られてしまう。
久遠は自分に掛けられた布団を押しのけて立ち上がった。その時、自分の目線が高いことに気がついた。

{あ・・・きのう、とうやにばれちゃったんだ・・・}

体を見れば、いつもの狐の姿ではなく人型で普通の人と違うのは狐耳としっぽ。
その時、昨日の記憶が脳内にフラッシュバックした。
突然ばれてしまった自分の正体、一人の生活がまた始まるのではないかと思った恐怖。
それを否定してくれた彼と、その時のどこか曖昧だが暖かく優しい微笑み。
その笑みに我慢できなくなって泣きついてしまった自分、おそらく泣きついたときに元に戻ってしまったのだろう。
彼は、自分を恐れたりしないだろうか?久遠は緊張しながらいつもの通りに居間に向かった。

「とうやぁ・・・」

居間を覗くと、そこには誰もいなかった。だが人の気配はした。台所に視線を向けると、そこに洞爺の背中はあった。
いつもの服にエプロンをつけ、傍らに料理の手順が書かれた本を置きやや手なれた感じで料理をしている背中。
味噌汁の匂いや焼き魚の香ばしい匂い、まな板を包丁が叩くトントントンという音。

「―――火のような錬摩~~♪行くぞ~~、日の丸~♪日本~の~船だ~~、海~の男は艦隊勤務♪」

そして小さな鼻歌。変な歌だが、洞爺はよく歌っている。
自分もあの歌は好きだ。聞いていると気分が乗ってくるし、うたっていると洞爺も楽しそうだから。
歌う洞爺は鍋をかきまぜつつフライパンに気を配り小鉢に漬物を載せていく。
そのいつもの光景に、久遠は見入ってしまった。

「月月火水木金金♪・・・ん?」

洞爺はこちらの目線に気づくと台所の手前でおずおずと覗き見る久遠に手招きした。
その手招きに、久遠は内心怯えながら台所に入った。

「おはよう久遠、よく眠れたか?」

洞爺はいつもの笑顔で言った。いつもの、優しい温もりに満ちた表情で。

「待ってろよ。もう少しでできるからな。」

「あ・・・」

いつもと変わらない反応、温かい洞爺の言葉。洞爺の笑顔。昨日と変わらぬ洞爺がここにいた。
久遠はその感動に身を震わせる。なにも変わらない温かい空間。自分がどれだけ待ち望んでいたか、どれだけ渇望していたか。
夢なのではないだろうか?ただの優しい夢で、目が覚めたらまたあの洞窟で寝ているだけなのではないだろうか。
そう考えると途端に怖くなる、これが夢であってほしくない。

「どうしたんだ久遠、腹でも痛いのか?」

心配そうに問いかけられてやっと我に帰った。これは現実だ、まちがいない。なぜなら、こんなにも暖かいのだ。

「とうや~~~~」

「うぉ・・・いきなり抱きつくな。」

久遠は洞爺に走り寄って抱きつき頬ずりした。この温もりが欲しかった、この優しさが欲しかった。
そしていつものように頬をぺろぺろと舐めようとして洞爺に待ったをかけられた。

「もう少し待っていなさい、朝ごはんもう少しでできるから。」

「わかった。くおん待ってる!」

元気に返事をした久遠に洞爺は笑顔で頭を撫でた。

「くぅ~~~~~~」

なでられる気持ち良さのあまりそのまま唸る。
洞爺はほほえましく笑って久遠を居間のちゃぶ台の前の座布団に座らせ、台所に戻っていく。
久遠は洞爺が台所に戻るのを見送った。いつもとは違う朝見たいでなんか新鮮だ。
数分後、久遠の前にはいつもの容器では無く洞爺と同じ純和風の朝食がしっかり並んでいた。

「すずかおねーちゃんは?」

「月村はまだ起きそうにない、待っていても冷めるし先に食べてしまおう。スプーンとフォークは使えるか?」

「うん!」

「よし。」

いつもとは違う朝食に目をキラキラさせながら首を横に振る久遠に洞爺はスプーンとフォークを差し出す。

「いただきま~~す。」

「いただきます。」

はむぅ、とスプーンで白米を頬張る。程よく炊けた白米は歯ごたえも良くとても美味しかった。
もぐもぐと良く噛んで飲み込み、今度はフォークに持ちかえて久遠はたくあんを頬張る。
米糠と塩に良い具合に漬かって甘みのあるたくあん漬けが口の中でコリコリと心地いい音を立てる。

「うまいか?」

「うん、おいしい!」

「そうか、それはよかった。」

もう一枚たくあんを頬張りながら久遠は元気に答えた。
朝食中、二人はいろいろな話をした。久遠について分かったところは人間の形態が本当の姿であるということ。
友達じゃないけどこのへんの妖怪や妖精なら少しは知ってると言う事。洞爺は全て聞くと納得したような表情をした。

「久遠、その妖怪の親玉みたいなやつは知ってるかい?」

「わかんない。ねぇとうやは、ほんとーにくおんのことこわくないの?」

「怖かったら一緒に朝食は食わんよ。一緒に暮らさんよ。それよりも怖い物がある。」

「なぁに?」

「榴弾砲と空爆。」

「りゅーだんほー?くーばく?」

たびたび同じことを洞爺に問いかける久遠に彼は普通に答える。
当然だろう?と返すと久遠は嬉しそうに笑う。

「じゃ~さ、とうやはふつーのにんげんなの?」

「ん、ああ、どうだろうな?おれは人間のつもりだが?」

洞爺は新聞を畳みつつ、久遠の疑問に少し考えながら返した。
体は人造の肉体だが基本的に『人間』なので間違ってはいないだろう。と、洞爺はみそ汁を飲みながら考えた。
なにしろ元は自分自身の細胞で、この身体はそれを元にして作ったらしいのだから。
だが久遠はどこか納得のいかないと言った感じで首をかしげる。

「く~~?でも、なんかへんだよ?なんかちがうようなきがする。」

「さりげなくひどいな・・・」

久遠が身を分けた鯵の開きの身を口に運びながら言った言葉に洞爺は顔をひきつらせた。
幼いとはいえ妖怪にお前人外だよ発言は案外きつかった。

「じゃあ、くおんはとうやとおなじまじゅつとかつかえるかな?」

「どうかな・・・・俺には分からん。」

「え~~?だってとうやってまほーつかいなんでしょ?すいっちひとつでドカーンって。」

「いや違うと言っとるだろうが。だいたいあれはただの爆破だ。」

「じゃぁ、じうは?あのバンバン!って言うの!!」

おそらく銃の事だ、重巡洋艦の倉庫に作った簡易射撃場で射撃訓練したときに覚えたのだろう。
洞爺はまるで新しいおもちゃを見つけたようなキラキラと輝く瞳の久遠の問いにあいまいに笑ってしまう。
その笑みを了承と取ったのか久遠はなおさら心を高鳴らせてしまった。

「あれならだれにでも使えるでしょ!くおんね、ましんがんうってみたい!!ずだだだだーーーーって。」

「無理だ。」

「え~~~~なんで~~~とうやできるでしょ~~~」

これはまずいと洞爺は久遠の言葉を一刀両断、久遠は不満そうな表情をして頬を膨らませる。
無理なものは無理だ、小型拳銃なら大丈夫かもしれないがいきなり機関銃と来た。
大方自分が九九式軽機関銃を弄ってた時に覚えたのだろうが、はっきり言って無理である。
自分でも最初は勝手の違いに苦労したのだ。第一そんなモノを四歳児に撃たせる訳がない。

「ぶーぶー、やらせてよーやらせてくれないとゆうかいとふほうにゅうこくとじんけんしんがいとこうむしっこうぼうがいでたいほしてもらうぞー」

「喚くな、意味解って言ってるのか、途中からいろいろ滅茶苦茶だぞこの子狐娘。
銃ってのは危ないものなんだからお前にはまだ早い、跡形もなく吹っ飛びたいのか?
あれだけ言ったのに結局九七式勝手に弄ってピン抜いて大騒ぎしたよなお前?あの威力知ってるよな、見たことあるよな?
信管を叩かなかったからよかったものの咥えて振り回してた時は心臓止まるかと思ったぞ。」

うっ、と久遠はギクリと身を引く。

「とにかくお前に銃は一〇〇年早い。まぁ魔術は出来るかも知れんがな・・・・そういや、あれって誰にでもあるのか?」

洞爺はふと疑問に思った事がつい口に出た。久遠が頭をかしげる。

「まぁいい、妖怪には妖術ってのもあるし。それなら練習してよし、ただしやる時は必ず俺に言う事。勝手にやるなよ。」

「やった~~!」

「・・・・・本当はこれだって駄目なんだからな~~」

久遠が喜ぶのを洞爺は白米を食いながら見つめた。久遠の口元に納豆が付いているのを発見。
洞爺はティッシュで納豆を取ってやる。久遠は幼い顔で笑ったのを見て洞爺にも笑みが浮かぶ。
洞爺はたくあんに再び手を伸ばした。

「む・・・」

「あ・・・」

最後の一個を前に箸とフォークが交わる。双方の目線が合った。
久遠は再びたくあんをちらりと見る。

「食べていいぞ久遠。」

「やった!」

洞爺は箸を引き久遠にたくあんを譲った。即刻、久遠がたくあんを口に運ぶ。
それをおいしそうに食べる久遠に洞爺は顔がほころんだ。

「今日は買い物に行かないとな。」

「お買い物行くの!!」

「ああ、お前の服とかも用意せねばいかんし、女の子は少しおめかししないとな。」

「うん、行く行く!」

やったーー!と大喜びする久遠に、洞爺は優しく微笑みながら笑った。

「食べ終わったら準備して来い、ちゃんと耳としっぽは隠す事。」

「うん。とうや!とうや!」

「なんだ?」

「ありがと!」

その時の久遠の笑顔に、洞爺は嬉しそうに笑って頷いた。
そんな和やかな時間が再び過ぎ、やがて二人のおかずが半分ほどになった頃、襖ががらりと開いてすずかが居間に入ってきた。
どうやら朝に弱いらしい、しきりに欠伸をしてうつらうつらとしている。

「斎賀君、久遠ちゃん、おはよう。」

「あ、おはよ!すずかおねーちゃん!」

「おはよう月村、朝ごはん出来てるぞ。」

「ん、いただきま~す。」

さらに寝起きの一人を加えて、和やかな朝食にもう一つ花が咲いた。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





そんな斎賀家が清々しい?朝を迎えていたのと同じころ。
朝日の光は、あたり前のように高町なのはの自室も明るく照らし出していた。
その朝日の中で、一匹のフェレット改め異世界産フェレットが目を覚ます。
そのフェレットの名はユーノ・スクライア、人間のような一丁前な名前を持った異世界産フェレットであった。

「なのは・・なのは!」

目が覚めたユーノがいまだに眠るなのはを起こすためにベットに上った。
小さな体をめいいっぱい使ってなのはを起こそうと悪戦苦闘するが、当のなのははそうとう寝起きが悪いのである。

「なのは、朝だよ。そろそろ起きなきゃ。」

「む~・・・今日は日曜日だし、もうちょっとお寝坊させて~~~・・・」

ユーノの催促になのははそう答えて起きようとしない。後五分と言って一時間寝ちゃうタイプなのだ。
しかしここで引いては男、いや雄がすたるというもの、ユーノはなのはをさらに揺する。

「なのは・・・ねぇ、なのは!起きなきゃ・・ねぇ~~・・なのうぉわ!?」

うるさいユーノを押しのけながらなのはは寝返りを打って仰向けになる。
ユーノは哀れにも布団の下敷きになってしまった。もがもがともがくユーノはやがてひっそりと動かなくなる。
そんなことは気にせず、なのはは何かを思い出したように首に掛けてあるインテリジェントデバイス『レイジングハート』を取り出した。

「cofirmation」

レイジングハートの声とともに今まで集めたジュエルシードが映し出された。
ジュエルシードの数は5つ、円をえがいて回転する。
それを見て満足するのだが、ため息が出てしまう。まだこれだけなのだ。
すると、蘇生したユーノが布団からようやく抜け出してなのはに話しかけた。

「なのは、今日はとりあえずゆっくり休んだ方がいいよ。」

「でも・・・」

なのはが口淀むと、ユーノはその口を小さな手でふさいで言った。

「今日はお休み。もう五つも集めてもらったんだから少しは休まないと持たないよ。それに今日は約束があるんでしょ?」

「うん・・・そうだね。」

「だから今日はお休み。僕も少し頭を整理したいし。」

そう言うとなのははベットの上で起き上がる、今日は友人であるすずかやアリサと約束があるのだ。
なのはの父が監督兼オーナーをやっている『翠屋JFC』というサッカーチームの試合の応援に行くという約束だ。
しっかりと準備しなければ笑われてしまう。

「じゃあ、今日はちょっとだけ、ジュエルシード探しは休憩ってことで・・」

「うん。」

なのははそう言うとベットから降りようとした。
すると、なのはのお尻を何かとがったものが突っついた。

「痛っ・・・」

自分のお尻の下をまさぐると細長い鉄の塊を取り出した。
昨日、洞爺から極秘裏に手に入れた銃弾だ。弾の先端がお尻をつっついていたのだ。

{斎賀君って・・・どういう子なんだろう?}

なのはの脳裏にレイジングハートが記録した戦闘を繰り広げる洞爺の姿が思い出される。
本物のライフルを持っているは、手榴弾は持っているは、装備が充実しているようだった。
どこでそんなものを手に入れたのだろうか?それに自分よりも戦い慣れているようだった。
ジュエルシードを相手にしても一歩も引かずに対等に戦い、ライフルをまるで体の一部のように操り、躊躇せず引き金を引いて戦う彼の姿。
攻撃をたやすくかわし、化け物の吐き出す猛毒ガスにも慌てず対処してなのはにすら気を配る彼。
どこでそれらを手にし、どこでそんな戦闘術を会得したのか?解らない、彼の事は全く知らないのだ。
アリサからは元少年兵だったと聞いているが、それ以外はかなり大人っぽくてどこか変な口調の男友達。それだけでしかない。

{そうだ、怪我してたんだ。}

洞爺の首元についていた傷跡を思い出してなのははふと思う。
あれはもしかして刀傷ではないだろうか?彼のことを考えつつ銃弾を机に置き、出かける準備をし始めた。

{あ、斎賀君も誘おうかな。}

すずかとアリサには後で言えばすぐ了承してくれるだろう。その時にさりげなく聞いてみるといいかもしれない。
なのはは携帯電話を手にとって電話を掛けた、初めての電話番号に内心心が躍る。

≪おかけになった電話は、ただいま通話中です。≫

しかし現実は残酷な物である。ピーという音がなる前になのはは落胆しながら電話を切った。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





時は回って既に午後、高町なのはは、友人の月村すずかとアリサ・バニングスと3人で父が監督兼オーナーを務めるサッカーチーム『翠屋JFC』の試合を見終わった後、翠屋のカフェテラスで3人でお茶を楽しんでいた。
試合?接戦だったものの、翠屋JFCの勝利であった。テンションはもう最高潮である。
何事も無く平和にかつ興奮の内に終わったサッカーの話で盛り上がるかしましい少女たちの中心で、なぜかユーノがテーブルの上に置かれている。
何故に僕はこげな所に居るんでしょ?と謎に思うユーノだが、それは世界の心理のようなものだろう。
ただそこに居る、ただそれだけであることを意識し始めたユーノをみてアリサはふと思ったことを呟いた。

「それにしても、改めてみると・・・この子、ちょっとフェレットと違がわない?」

なのはは少しビクリとする。当然だ、このフェレットはフェレットだがこの世界のフェレットではないのである。
まずい何とかしなくては、下手すると新種のフェレットとしてユーノは国際研究所とかに送られてしまう。
なのはが内心焦るがそんな事お構いなしにすずかが賛同した。

「そういえばそうかな?動物病院の院長さんも『変わった子だね。』っていってたし・・・でも、きっとそんな子もいるんだよきっと。」

と思ったらなんかフォローっぽかったですはい。
ユーノをガン見するアリサになのはは少し焦りながらさらにフォローを入れる。

「まぁちょっと変わったフェレットってことで。」

「それでいいのかなぁ~~?」

「いいんだよ、うん。」

すずかも納得して頷くが、アリサの疑問の視線は揺るがない。しかたない、となのはは奥の手を使った。
きっと、ユーノの尊厳に激しいダメージを与えるであろう奥の手を。

「ほらユーノ君、お手!」

「キュ!」

なのはが出した手にユーノは自分の左手を乗せる。その小動物の愛らしい行動に、アリサの疑念が吹き飛んだ。
そのかわり、目はユーノに向かって素晴らしいほど輝きだす。

「お~~~!」

「かわいい~~」

「う~ん、賢い賢い。」

アリサが驚き、すずかは顔をほころばせて見入る。さらに二人はユーノの頭を撫でる。撫でる撫でる撫でる・・・
むちゃくちゃもみくちゃにするように撫でる。その光景になのはは苦笑いした。

≪ごめんねユーノ君・・・≫

≪だ、大丈夫。≫

念話でなのはが謝罪するとユーノが答える。だが、ユーノの尊厳は著しく傷付いたのは事実だった。
ユーノの新たな一面を垣間見てご満悦なアリサはジュースを啜りながらふと道路の向こう側に目をやる。
普通の乗用車やバス、74式小型トラックが通り過ぎる道路の向こう側の歩道に見慣れた白髪野郎を見つけた。

「ねぇ、あれって斎賀じゃないの?」

指さしたところには洞爺が4歳位の小さな和服少女を連れて歩いていた。
しかも、大きめの黒い竹刀入れを担いでばあさんが使うような引きずる為の車輪のついた買い物籠と多くの紙袋を持っている。

「あ、ホントだ。」

どこか白々しくすずかも気がついたように驚く。なのはもその方向を見る。

「お~い!!斎賀~~~~~~!!」

彼とは一番友好関係にあるアリサが大声で呼びかける。この頃は彼と一緒に居る回数が目に見えて多い。
すると洞爺は気づいたらしくこちらを向いて手を振り返した。

「ちょっとこっちに来なさいよ~~~!!」

アリサが大声を出して呼び掛けると洞爺は会釈して少し先指さす。『あそこから渡る。』と示しているのだろう。
次いで、口を示して何か抑えるようなゼスチャーを返す。大声を出すなと言っているらしい。
それを察知したアリサは、お構いなしに叫ぶ。

「早く来なさいよ~~~!」

向こうの道で洞爺がため息をついた。そして女の子に話しかけてから小走りで横断歩道に向かう。

「斎賀君の邪魔しちゃったんじゃないのかな?」

二人に秘密であるが、彼が久遠の買い物帰りであるという事を知っているすずかはさりげなく注意した。

「いいのよ。どうせただ街をぶらついてただけでしょ。あいつは名前に『爺』があるように行動も爺臭いからね。」

「にゃははは・・・」

洞爺を捕まえて爺臭いというようになるとはどこまで進んでいるのだアリサよ・・・・と思うなのはだったが、相手が相手であり無理もないと納得した。
なんせ、今どきのゲームやカードなどには興味を持たずもっぱら将棋や囲碁が得意な奴なのだ。
それを聞いた用務員の中年オヤジと教員を相手にしばしば休み時間に打ってたりするし、めっちゃ強いのだ。
しかも、アナログ派である。パソコンはいまいち使いこなせずせいぜいネット巡回ができる程度、まったくその他の機能が使えない。
その代わり昔に強く懐かしいものばかり作れる。高い命中精度を持つパチンコやよく飛ぶ紙飛行機、竹トンボなど生えている竹を切って一から作る。
その上ものすごく飛びやがるときた。歌の趣味なんてもっぱら軍歌か演歌で最近の歌を知らないという偏りっぷり。
だがそれをも魅力に帰る昔堅気であり、やるときにはやるため今頃の若い先生よりも熟練した中年教師に人気のある生徒なのである。
中年男性教師いわく『これが本当の日本男児です。今の子供は軟弱すぎる。親が甘やかすし裕福だから我慢ができない。
あの子を見てください。昔の子のように力強く元気じゃないですか。男子の鏡です』
女性教師いわく『昔の男友達はみんなこうだったわ。頼りになる子ばかりで『心が優しく、力持ち』を絵にかいたような
子がたくさんいたもんです。いじめをうければ助けに出てくれて、どんなに体格が大きくても絶対にひるまない。
これこそ本来あるべき男の子の姿そのものなんですよ。』
とにかく好評である。時にはそれが災いする事もあったが、どんな逆境にも負けないのがツボに来たようだ。
実際アリサにとってもかなりツボであったらしい、奇人変人堅物の名に恥じぬそれが気に入ったそうだ。

「いったいなんだ?いきなり大声で呼んで、周りの目が痛かったぞ。」

「・・・・へ?」

「へ?ではない、だいたい君は女性であるという自覚が少々足りないのではないか?毎日毎日―――」

ガミガミガミガミガミガミガミガミ、やってきた洞爺のいつもは違う大人びた口調にアリサが奇妙な声を上げた。
まずい、となのはは思った。どうやら洞爺はスイッチが入っているらしく気づいていないらしい。
すずかも止めようと思ったが、ここで出れば二人に何故知ってるのかと突っ込まれる事に気が付いて止められなかった。
ガミガミガミと怒る洞爺とポカンとするアリサは今が周りの雰囲気に気付かない。
それを見かねたのか、久遠が洞爺の裾をちょいちょいと引っ張った。

「なんだ?」

「とうや、くちちゃっく。」

「ん?・・・・あ゛。」

しまった、と洞爺は焦りの表情をありありと浮かべたが、復活したアリサは小さくため息をついただけだった。

「知ってるわよ、あれがあんたの地じゃないくらい。」

「・・・・・・いつから気付いていた?」

じろり、と洞爺はすずかとなのはを一瞬睨むが二人はフルフル首を横に振る。

「最初の時に疑問、少しして仮定、今に聞いて確定。」

「なぜだ!?俺の芝居は完璧だったはずだが。」

「いや、あんたの雰囲気とあの喋り方絶対不自然だから。無理してんの解るから。」

じと~っとした目で洞爺はアリサを睨む、結構気にしていたらしい。
実際はなぜそこまで鋭いんだ?という怪訝の視線だったのだが、アリサは気付かずジュースを飲んで言う。

「喋り方なんて別に気にしない方がいいわよ、そんなちっちゃい事。
今度からそれで喋んなさい、どうせみんな気にしないから。」

「・・・・了解した。」

「そうしなさい。で?その子誰よ。あんたの妹?」

アリサが問いかけると洞爺は唸る。竹刀入れを下ろしてテーブルに立てかけると、やや言いずらそうにしながら頷いた。

「なんというかな・・・・そんなとこだな?」

「でも全然顔、似てないじゃない。」

「血、つながってないし。」

「あ・・・ごめん・・・」

どうやら聞いてはいけない事を聞いてしまったようだ。
洞爺があっけらかんと言うとアリサが少し顔をバツが悪そうにゆがめる。

「気にするな、俺は別に気にしていない。」

少しバツが悪そうにするアリサに洞爺は明るい声をかける。聞くには彼女も孤児だそうだ。
昔海外にいた時に親が引き取ったらしい。

「でもあんた、少し前まで家に一人じゃなかった?」

「しょうがなかったんだ。こっちで住むためにいろいろしなきゃならなくて下地が整うまで昔の友人に預けてたんだから。」

洞爺は苦笑いしながらそう言うとその子を前に出す。
瓶の口に布をかぶせて紐で縛ったのをそのまま被ったような大きめの帽子を被った少女はかなり緊張しているようだった。
髪は狐色で美しく、純粋な黒い瞳は吸い込まれそうな感覚に陥りそうだ。
来ている服は和服、日常的に着る浴衣のような単衣の着物で髪色と同じ狐色。

「く、くおん!さいがくおんっていいます。」

かなりドギマギしながらその子は自己紹介した。

「「「は・・・はぅ~~~」」」

三人の顔はかわいらしいその表情にふぬけた笑顔になり、目をきらきら輝かせる。
その眼の光は、まだ子供である久遠を怯えさせるのには十分だった。

「とうや、こわい・・・」

その眼に怖気づいて洞爺の後ろに久遠は隠れてしまった。
目をうるませて洞爺に縋りつく。途端、洞爺は三人を冷たい視線で見つめた。

「久遠が怖がっているのだが?」

「「「ごめんなさい・・・」」」

洞爺の冷たい目に3人はシュンとうなだれる。その様子に小さく洞爺はやれやれとため息をつく。

「それで、何のようで呼んだんだ?」

「あんたこそ久遠ちゃん連れて何やってんのよ?しかも、そんなぶっとい竹刀入れ抱えてさ?」

「ただの買い物さ。まぁ目当てはあるんだが・・・っておい!!」

洞爺が説明しているとアリサがその竹刀入れを手繰り寄せた。
竹刀入れは黒色で袋ではなく筒のようなタイプ、かなり太めで普通の竹刀であれば4本は楽に入りそうだ。
しかも竹刀入れには別の何かの包みが一緒にくくりつけられている。

「重・・・・何入ってんのよ?」

「・・・・・・・・・竹刀だが。」

「目を逸らすな・・・じゃこれは?」

彼女が包みを解いて中から取り出したのは紛れもない、ただの折り畳みスコップ。

「何故にスコップ!?しかもまだ何か重いわよこれ!!」

「勝手に漁るな、出すな!」

洞爺はアリサの手からスコップと竹刀入れを取り戻す。アリサはもぎ取られた事に声を荒げた。

「見せてもらったっていいじゃない!」

「順序があるだろうがこの金髪娘!!勝手に取り出すアホがどこに居る!!」

「ここに居るわよ!!」

「自らアホを名乗るな!」

洞爺はため息をつくと、スコップを再び包みにくるむ。その時、翠屋のドアががらりと開いた。

『ごちそうさまでした~~!』

『ありがとございました~~!』

中からジャージを着た男子が流れ出てくる。サッカーの選手たちだ。
すると、中から店長風な男性が出てくる。

「みんな、今日はすっげ~いい出来だったぞ。来週からまたしっかり練習がんばって、次の大会もまたこの調子で勝とうな!」

『はい!』

「じゃあ、みんな解散。気を付けて帰るんだぞ。」

『はい!ありがとうございました~~!』

男子の集団はそう言って別れていく。それを見て怪訝そうな洞爺が一歩路肩に下がりながら、すずかに聞いた。

「あれはなんだ?」

「あれは、なのはちゃんのお父さんがコーチ兼オーナーをやってるサッカーチームの子たちだよ。」

「サッカーねぇ。」

洞爺が彼らを見送る中で一人の男の子がきらりと光る石を取り出したが生憎、彼の影になってなのはには見えなかった。
洞爺も去っていく男子をみていて、なのはは洞爺の向こう側なので見えるはずもない。
そのままその男の子は歩き出す。すると、後ろから長髪の女の子が走って追いかけてきた。

「おつかれさま~。」

「おつかれさま。」

二人は向きあって言うとそのまま歩いて行った。それを見た洞爺がにやりと笑う。
その親父臭漂う顔に、思わずなのはは苦笑いした。

「ほほぅ・・・お盛んだねぇ~~~~。」

「何言ってんのよこの白髪爺。」

アリサがまるっきり親父な洞爺にチョップを加える。
すると、店長風の男性がなのは達と一緒に居る洞爺に目をつけた。

「見かけない子だね。なのはのお友達かい?」

「そうだよお父さん。最近転校してきた斎賀君。」

「どうも、はじめまして。斎賀洞爺と言います。こいつは妹の久遠です。」

いつもの爺臭さに大人びた口調と丁寧な口調を重ねて礼儀正しくお辞儀する洞爺と真似をする久遠。
その二人に士郎は微笑んで同じようにお辞儀した。

「はじめまして、なのはの父の高町士朗です。斎賀君、その手にあるのは・・・スコップかい?」

やはり、即刻スコップに興味が言ったようだ。なのはが苦笑いする。
こんな町中で使い込んだ感のあるスコップを持っているなんて普通は無い。

「そうですよ。」

洞爺はにこりと笑うと今さっきくるんだばかりの布をもう一度解いた。
スコップはよく磨かれていて、日光に当たるとまるで刃物のようにキラキラと反射した。

「少し見せてもらっていいかな?」

「いいですよ。」

士朗の問いかけに快く応じる洞爺は士朗にスコップを差し出す。
それを受け取ると何やら吟味するような目で見まわす。真剣な目の士郎になのはは少し驚いた。

「すごく手入れされてるね。まるで刃物みたいだ。手入れはだれがしているんだい?」

「自分ですが?」

「君が!?」

「えぇ、鈍ると掘り辛くなりますので。」

洞爺の答えに士朗は少し驚いたようだった。どうやら相当手入れが行きとどいているらしい。
もしかしてそのスコップは何か思い出でもあるのかもしれない、となのはは思った。
だが、次に士郎が質問したのはなのはの想像とはかけ離れたものだった。

「君、護身術か何かを習っているのかい?」

何故にここで護身術なのだろう、スコップと護身術に何かつながりがあるのだろうか。

「ないですね。スコップ術ならありますが。」

「なるほど・・・」

思い当たったように士朗唸ると、洞爺にスコップを返した。
彼はそれを受け取るとすぐに包んで竹刀入れにくくりつける。
何気真剣な目つきで結び目を確認する洞爺にアリサは問いかけた。

「ねえ、スコップ術ってなんなのよ?」

「ふふふ、聞きたいかね?」

アリサの問いに洞爺は少し誇らしげに鼻を鳴らす。

「聞きたいわ。」

「ならば教えてやろう。スコップ術とは、古今東西あらゆる国のスコップを自在に操り様々な土木作業をこなす奥義の一つだ。
これを会得すれば、スコップを握ると土木作業がたちまち進むぞ。
ちなみに、他にもツルハシの舞や発破神拳などという他流も存在する。」

「つまり穴掘り名人ってわけ?モグラかあんたは。」

「世の中技術はあって困らない。土木建築の基礎は世界的にも通用することが多いしな。」

どこか誇らしげにほほ笑む洞爺にアリサはついてけないわと首を振る。だが、彼女の表情はむしろ面白そうだ。
彼のこういう良い意味で変わり物な所を、アリサはとても気に入っているのだ。

「じゃあ、私たちも解散しよっか?」

「そっか、今日はみんな午後から用があるんだよね。」

そう提案したすずかになのはは思い出したように言う。すずかはにっこり笑った。

「お姉ちゃんとお出かけ。」

「パパとお買いもの!」

すずかの次にアリサがにっこりしながら言った。二人ともとても楽しみなようで、とてもいい笑顔をしていた。

「いいねぇ。月曜日にお話聞かせてね。」

「そうだな。聞かせてもらいたいものだ。」

「なんだ、もう解散か?」

士朗がそこに入る。すずかとアリサはコクリと頷く。

「今日はお誘いいただきましてありがとうございました。」

「試合、かっこよかったです。」

「すずかちゃんもアリサちゃんもありがとな~。応援してくれて。帰るんなら送ってこうか?」

士朗の誘いに二人は丁寧に断った。

「いえ、迎えに来てもらいますので」

「おなじくです!」

「そっか。君はどうするんだい?」

先ほどから喋らない洞爺と久遠に士朗が聞く。久遠はにっこりと笑い、無邪気に腕を振りまわしながら元気に言う。

「これからね、ゆーめいなきっしゃてんにいくの。おいしーけーきがあるんだって!」

久遠がかわいい笑顔で言った。洞爺も笑顔でうなずく。

「この近くにうまい店があると聞きましてね、買い物がてら行ってみようかと。たしか『翠屋』だったでしょうか。」

「あ、それうちだ。」

なに?となのはの呟きを聞いた洞爺が目の前の店の看板を見る、そこにはその有名喫茶店の店名が。
なのはの父である高町士郎はその店のエプロンをしていて、その胸の名札にオーナーという文字が見て取れる。
それが示す事柄に洞爺はほぉ~と目を丸くした。

「驚いたな、高町の実家だったのか。ふむ、確かに良い店だ。」

「家は別だけど・・・」

それで評判通りうまいのか?もちろんよ、と洞爺の問いにアリサが答える。
その内会話に花が咲いたのかすずかも混ざってお喋りし始めた。
それをバックに聞きながら、士郎はなのはに問いかけた。

「それで、なのははどうするだい?」

聞かれたなのはは少し考えた。士朗はそんななのはをじっくりと見る。

「う~ん・・・お家に帰ってのんびりする。」

「そうか、父さんはまだお仕事だな~~」

「あ~~間が悪ければ出直しますが。」

話を切りあげたのか、遠慮気味になって言う洞爺に士郎は別に何でもないと首を振る。

「構わないよ、中へどうぞ。」

士郎の招きに洞爺は少し頭を下げてから店内に入っていく。
それを見送るとアリサとすずかの二人も店から去っていった。

「ばいば~い。」

「また明日~~」

去っていく二人に手を振るなのは、その微笑ましい姿を見て士朗はふと思いなのはに問いかけた。

「なのは、また背が伸びたか?」

「お父さん、こないだも同じこと聞いたよ~。そんなに早く伸びないよ~~」

二人は向かい合って笑い合い、なのはは家に、士郎は再び店内に戻っていった。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




店に入った洞爺は士郎に案内された窓際の席に座り、サービスで出されたホットブラックコーヒーを啜っていた。
ジュースが出てくると思っていた洞爺は思わず面喰ったが、本人曰く好みが勘で解るらしい。
ミルクとガムシロップが付いていたが、洞爺はそれを使わない。この澄んだ味がいいのだ。
団体が抜けた直後の所為か客が少なく静かな店内で静かにコーヒーを啜る、まさに至福の一時だ。

{芳醇な香り、余分な渋みや苦みの無い味。これはとても簡単に出せる味ではない。たかがコーヒーにここまで手間をかけるとは!!}

「ふぅ・・・うまい。」

砂糖もミルクも入れていない生粋のブラックコーヒーの交じりっ気のない苦みと甘みを味わいながら、一息つく。
有名な喫茶店と言うからどんなものかと思って来てみたが、予想以上に有意義な午後になった。
こんな午後を過ごしたのは、呉の行き付けの喫茶店が最後だ。しかもその店よりもコーヒーが段違いにうまい。
どこにでもあるような熱湯で入れたコーヒーだけでなく、水出しコーヒーも出す店などなかなかないだろう。
自分は美食家などではないが、こうやって美味しいモノと出会うとやはり心が震えて感動する物だ。

「むぅ~~~」

向かいでコーラを飲みながら買ったばかりの携帯ゲーム機をカチャカチャ弄る久遠が唸る。
コーラに夢中になっていた久遠も良かったがこのダンマリ久遠もなかなかだ。

「むぅ~~~、ん~~~」

「唸っても機械は答えんぞ。」

洞爺が苦笑交じりに言うと久遠はやはり唸りながら返答する。

「だってむずかし~~」

そりゃ汗臭い男たちの駆け巡るアクションゲームなんぞやっているからだ。
4歳時にはやや大きめのPSPを小さな手を目一杯使って操作する久遠に洞爺は内心突っ込む。
その手のゲームはこんな4歳児に出来る代物ではない、それ位洞爺にだってわかる。
本当ならままごとセットや人形を買ってやりたかったのだ。
それでも買ってやったのは久遠の買ってほしいオーラ+キラキラ眼力レーザーに負けたからだ。

「なら止めればよかろう。まだ他にもあるだろう?」

「だっておもしろくないもん。かわいいけど。」

「やれやれ。」

女の子らしい可愛らしいキャラのゲームではなく、男だらけのゲームで遊ぶ妖怪って一体・・・・
時代の変わりように持っていたイメージを大破壊される洞爺を尻目に久遠は楽しそうに唸り続ける。

「むぅ~~~またやられた。」

「目が悪くなるからあまりやり過ぎるなよ。1時間やったらちゃんと休憩を入れる事、目を近づけ過ぎない。」

は~いと頷く久遠はこっちを見ないが洞爺の頬が思わず緩む。可愛いは正義だ、異論は認めない。
しかしまぁ、よくそんなちっぽけな携帯端末でそんな娯楽ができるようになったものだ。
昔と言ったらやはりカルタやトランプ、大人なら花札をやった物だが、今となってはこんなピコピコまで普及している。
やはり時代の流れとは凄まじい物だ。

{それを言うなら、あっち関連もだが。やれやれ、時代の流れは無情だ。}

洞爺はスパッと意識を切り替える。

{見られているな、昨日の奴か。}

店内のどこからかかすかに視線を感じる。視線から感じる気配の薄さからしてどうやらプロのようだ。

{男女の二人組、派手な中年男、高町父、高町母、それと従業員、か。さてどいつだ?何の目的で?}

コーヒーを飲み、新聞を流し読みしつつ辺りを見回す。怪しい人物はいない。
赤ジャケットの中年男は周りの目そっちのけになってイチゴパフェに食いついているし、男女のカップルは談笑、
高町夫妻はそれぞれ勘定とケーキ配りに勤しんでいるし、従業員は言わずもがなで忙しそうだ。
だがしかし、こちらを監視している人物はこの中にいる。

{かなりの手だれのようだが、視線に粘りがある。}

普段通りの仕草をしながら、密林での狙撃戦のように気配を殺し切った視線であたりを探る。
ふむん、と新聞の株価をみて唸るかのように洞爺は首を傾げた。

「んみゅ?どしたのとうや?」

「レミントンの株価が落ちた。」

「かぶ?かぶがおちたの?」

「・・・いや、食べ物の株じゃないんだが。」

コーヒーを飲みほし、ちらりと他愛のない?会話をしながら視線の方向にあからさまに顔を向ける。
奇妙な動きはない、カップルは男性がケータイを弄っているし中年男はパフェで誰も妙なことをしている人間はいない。
高町夫妻は勘定を従業員に任せて一度厨房に引っ込んでおり、従業員も忙しそうだ。
もう気付いているような仕草なのに、まったくそれを無視しているかのようだ。

{この分だと、きっと月村の方にも監視が張り付いているやもしれぬなぁ。}

なにやら知り合いを連れて来るとか言う話だったが、もしかしたら向こうも向こうで愉快なことになっているかもしれない。
生半可なことではあの孫が囚われたり殺されたりする場面が思い浮かばないが、最悪摩訶不思議な魔術戦とかになっているだろう。
正直やめてほしい、そういうのは小説だけにしてほしいものだ。

{心苦しいものだな、手が出せないというものは。いや、この監視は月村が付けたものかもしれんのだが。}

もしそうだとしたらそれはそれで構わない。むしろその慎重な姿勢は褒めるべきだ。実際、嬉しい限りである。
これから先、正直なだけでは行けない世界を渡り歩いて行くのだ。それ位の強かさや腹黒さが無ければ生きてはいけない。
まだまだ不完全で未熟とはいえ、こうやって行動に移す事が出来るのならもう言う事は無い。
それに監視といっても自分には後ろ暗いことなど何もありはしないのだ、普通に暮らしてやるべきことをやればいい。
風呂だろうがトイレだろうが裸だろうが存分に覗けというものだ。
自慢ではないが、鍛え上げた元の肉体の縮小版と言える肉体には自信がある。
存分に覗き、肉体美を堪能してくれて構わないのである。もちろんそっちの気は一切ない、自分はノーマルだ。

{孤立無縁、か。}

やることは山積みだな、とひとりごちる。

「すいません、水出しコーヒーを追加で。」

「はい、かしこまりました。」

通りがかった従業員を呼びとめてコーヒーのお替わりを頼む。視線は相変わらず動かず、僅かに粘っこい。

{しかし、これはなかなか手強いな。}

怪しい動きをしている人間はいない、カップルは男のケータイを二人で覗きこんで笑っているし、
中年男はパフェを食べ終えてご満悦の表情でアイスコーヒーを飲んでいるし、高町夫妻はまだ厨房、従業員は業務に勤しむ。
何の変哲のない平和な光景、だがその光景の中にしっかりと溶け込んで監視するその技量に称賛を贈る。

{・・・・・放っておくか。}

下手に動いてもおそらく煙に巻かれるだけだろう。ここでは知らないふりをして、別の機会に探りを入れよう。
敵ならば捕まえて吐かせればいい、月村家の者ならばまだまだ未熟だと指導してやるのもいい。
主に銃刀法違反とか諸々な意味で派手なことはできないが、武器弾薬は腐るほどある。

「お待たせしました。」

そう自己完結していると店長の士郎が注文したケーキとパフェ、追加のコーヒーをトレイに乗せて持ってきた。
洞爺にはシンプルなチーズケーキ、久遠にはイチゴが綺麗にクリームに乗せられたイチゴパフェがそれぞれ置かれる。
やってきたイチゴパフェに久遠は目をキラキラと輝かせた。

「いただきはむ!」

「言いながら食うな。」

パクパクパフェに喰いつき始める久遠に洞爺はまったくと苦笑いしながら自分もチーズケーキを一口。

{・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まずい、言葉が見つからん。言葉が出ないとはこのことか。}

頬が緩むなんてものではない、口に広がるチーズのちょっとした酸味とケーキの甘みのハーモニーのあまりの鮮烈さに本当に思考が停止した。
これは問題だ、金は有限なのにもっと食べたくなってしまうではないか。

「どうだい?」

「凄いです、この水出しコーヒーにも驚きましたが、このケーキ、本当に褒める言葉が出てこないほど美味しい。」

「それは良かった。所で斎賀君、ちょっと聞きたい事があるんだけど、良いかい?」

「はい、構いませんよ。なんでしょうか?」

気楽に考えながら洞爺が返答する。大方近頃の学校でも娘の事でも聞きたいのだろうと思っていた。
だが、士郎の瞳の色が良い意味で嫌な感じがする色に変わったのを見て後悔した。

「君はさっき何か武術をやっていると言ったね。」

「スコップ術ですか?あれは話の流れですよ。」

「そうかい?それにしては体はかなり鍛えているようだし、スコップもかなり念入りに研がれていたよ。」

「鈍ると掘り辛くなりますからね。」

「斬り辛く、ではないかい?」

隠しても無駄だとばかりに言う士郎。その瞳は、獲物は逃がさんと洞爺をしっかりととらえている。
どこかで悪手を打った。久遠の前で渋い表情をする訳にも行かず静かに微笑み、内心大きくため息。

「凄いですね、見ただけで見抜けるなんて。ですが、食事中にする話題ではない。」

「そうだね、すまなかった。実は私はちょっと剣術をやっていてね。なんというかな、雰囲気で解るんだよ。それで気になってしまってね。」

その言葉に洞爺は驚いた。今まで彼が剣術をやっているなどという雰囲気は微塵も感じなかったのだ。
何かしら格闘技や何かをやっている人間は、行動に何かしら癖や雰囲気というものが何かしら付くものだ。
軍人だった人間が娑婆に戻ってもキビキビ歩いたりするのもそれと同じ、歩き方から違ってくる。
逆に相手の雰囲気でそれを感じ取れるのはもはやちょっとした程度ではない、立派な剣士である。
そして熟練した雰囲気を微塵も感じさせない彼の技量は未知数と言っていい。現状、殺り合いたくない相手筆頭だ。

「それでね――――」

これはどこかで見た流れである。洞爺はもう何十年と前の記憶を掘り出して呟いた。

「ちょっと手合わせしないか、と?」

「おや、良く解ったね?」

{そこは遊び来ないかって言ってくれ。}

我が意を得たとばかりに微笑む士郎に、洞爺は眩暈を感じた。
剣術に良い思い出はほとんど無いのだ、思い出されるのはとある忍者の末裔にボコボコにされた過去ばかり。
途中からいい勝負にこそなったが、最初は本当に連敗であった。地獄であった。

「子供相手にですか?」

「なのはの友達に戦場帰りの子がいるって聞いてね。気になってたんだ。」

「誰ですか、んな事言った馬鹿は?」

「えっと?アリサちゃんって話だけど。」

どうやって調べた金髪娘。表向きとはいえ、知らべ上げるとはなかなか凄い情報網である。

「とうや~~やって~~~」

「無理。」

「え~~~」

パフェを食べながらゲームをするという4歳児らしからぬ芸当をやって見せていた久遠はさも意外そうな驚きの表情をした。
なぜなら洞爺はゲームが大の苦手である。
何度か友人たちに交じってやったことはあるが、その戦績たるやそれはもう凄惨なものだった。
いちばんやさしい設定で頑張って惨敗して、イージーモード?キモーイと言われるどころが優しく慰められる位。
ゲーム機数種とソフトを買い込んで練習しているが、まったく上達しないのが困ったものだ。

『まぁ、人には得手不得手があるさ。気にすんな!』

・・・・嫌なことを思い出してしまった。あの時はついつい我を忘れて水戸を落としてしまった、意識的に。
それ位ショックだった、息子と父親並みに離れたガキにあんな目と笑顔で慰められるのは。

「買ったばかりなんだからお前がやれ。あとしながら食うな。」

「は~~い。」

一端ゲームを中止して久遠は再びパフェにスプーンを突き入れる。
やはりというべきか、たちまち久遠の口元はクリームまみれになった。
それでも決して服にこぼさないあたりさすがなのだろうか?洞爺はクリームの付いた久遠の口元を見ながら苦笑した。

「ん?なにわらってるの?」

「いや、お子様ランチの後にそれ食って食いきれるかな?って思うてな。」

「むぅ~~、ちゃんとたべられるもん。」

「解った解った。」

ぷく~と頬を膨らませる久遠の頬を、洞爺は微笑みながら紙ナプキンで拭ってやった。
彼女はおそらく何も気づいていないのだろう、洞爺は当然だと思う反面とても安心した。
この子にはまだこのような空気は早すぎる、例えこれがまだまだ序の口だとしてもだ。

「ね~、なんのおはなししてるの?」

「暇なら、おじさんのおうちに遊びに来ないかって誘ってるんだよ?」

「なのはおねーちゃんのおうち?とうや、いこいこ!!」

{外堀を埋めに来やがった!!}

「こら、後でスーパーに行くと言っただろう。すみません、まだ予定があるもので、またの機会に。」

「まぁまぁ、まだ昼下がりだしいいじゃないか。久遠ちゃんも来たいって言ってるしね。」

「うん、いきたい!とうや、いこ!」

久遠は遊び盛りである。そんな彼女が洞爺の友人であるなのはの父に誘われたら乗らないはずが無い。
士郎も様子が少しおかしい、初めて会ったのに失礼だと思うが絶対に何か企んでいる。
そうでなければなのはから聞いた士郎像からここまでかけ離れるか?さらに言えば、彼の瞳は完全に『ヤル気』モード全開である。
にっこり笑う士郎、キラキラと目を輝かせる久遠、その現実に洞爺は絶望した。

{絶対に何か勘違いされてるぞ・・・・}

前例があるだけに、洞爺も降伏の意志を持ってコーヒーを啜るしかなかった。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





高町なのはは家の自分の部屋に辿り着くとすぐにベットによじ登った。
そしてそのまま服を脱ぎ、いつもの寝巻へと着替える。無論、それはユーノの目にも入っちゃうわけで・・・

「はぁ!?」

ユーノはそれを見て赤くなりあわてて後ろを向いて震えだした。
彼の雄だ、雄としてやってはいけないことや自重すべきことくらい知っている。
なのはは着替えながら眠そうに言った。

「ユーノ君も一休みしておいた方がいいよ~。なのはは、晩御飯までお休みなさ~い・・・」

服を着るとそのままうつぶせに倒れこみ、死んだように眠りこむ。
少ししてユーノはなのはの方に振り向いた。死んだように眠るなのはを見て少し顔を悔しそうに表情をゆがめる。

{やっぱり、なれない魔法を使うのって相当の疲労なんだろうな。}

何度もした後悔をした。もし自分が怪我などせずに収集をしていたら、きっとこんなことにはならなかったに違いない。
だが、現実はそうはいかなかったのだ。なのはを巻き込み、昨日に至っては死なせかけ、友人の斎賀洞爺でさえも巻き込んだ。
彼は自分から首を突っ込んでいるのだが、それも自分が秘密裏に回収し終えなかったのが原因だ。

{僕がもっとしっかりしていれば・・・}

それでも思わずには居られなかった。自分は今とても無力だ、疲れ果てたなのはを見ることしかできない。
ゆっくり休ませてあげよう、ユーノはそう思うと浮遊魔法で薄い毛布を浮かべてなのはの体に掛けた。
次いで、少ない魔力をやりくりして僅かばかりに治療魔法を掛ける。
軽いマッサージ程度の疲労回復効果しかないが、これでもやらないよりはマシのはずだ。

「あれ、サイガ?」

処置を終えて窓の外を覗いた時、なのはの父である士郎とウキウキとした久遠に引っ張られる洞爺が高町家の道場に入る所が見えた。
士郎に招かれて、久遠と洞爺が中に入っていく。それが何故だか気に掛って、ユーノは静かに部屋を出て道場へと向かった。






あとがき

どうも作者です。前後編ですよ、分ける必要があるのか解らんがな。
今回はほのぼの日常、そして受難。洞爺は出てきたタイミングが本当に悪い、そして勘違いされまくりです。
タイミング一つでここまで悪くなるのか?実際なる時はなるんですよね、笑える位。しかもどっちにも非が無いのがまたwww
ほのぼの日常は高町家と主人公的役割の会話やアリサとの漫才、何気まったく裏の無いアリサが一番仲がいい。すずかなのはは次点。
ここでの問題は高町家での出来事、物語上ほとんど関係ないし入れるとキレが悪い。
簡単に言えばまたもや勘違いで洞爺が士郎さん{設定では最強の一人}にぼこられる話なので・・・・どうしよう?
ちなみに基本リリカルなのでとらは設定はなるべく過去に使う予定、バランスブレイカーが多すぎるし。でも予定だよ?
設定の大筋は決まってるけど話の具合によっては調整も必要ですし、場合によってはカットするかもだしね。
それと・・・・やっぱり各話タイトルをつけるのは難しい、今度から幕間とかだけにしようと思います。
これからもこの未熟な作品をよろしくお願いします。by作者





[15675] 無印 第7話
Name: 雷電◆5a73facb ID:b3aea340
Date: 2011/07/17 16:19


夕暮れになりつつある空の下、サッカーのとある試合の帰りだったその男の子と女の子の二人はただ信号待ちをしていた。
言葉を交わさず、ただ静かな時間、だがどこかもどかしいような雰囲気だった。
当然だ、その男の子は隣の女の子に恋をしていた。そして女の子もまた同様なのだ。
だが二人は双方の想いに気付く事は無く、仲は良いがいつもどこかですれ違ったままだった。

「今日もすごかったね。」

「いや、そんなことないよ。ほら、うちはディフェンスがいいからね。」

「でも、かっこよかったぁ。」

それを聞いた男の子は顔を朱に染まらせる。その時、考えてみれば絶好の機会じゃないか?と男の子は思いついた。
周りには誰もいない、車も走っていない、二人をはやし立てる悪友や友人の姿もない、この子と二人きり。
自分の想いを伝える絶好のチャンス、いまやらんとしていつやると?

「あ!そうだ。」

何かないか?と男の子は内心焦りながらポケットを探る。そして取り出したのは菱形の青い石だった。
今日試合に向かう途中、偶然道端に落ちていた物だ。どこか心惹かれる美しさに拾ってしまったのだ。

「わぁ・・綺麗・・・」

「ただの石だとは思うんだけど、綺麗だったから・・」

彼女がとても嬉しそうに微笑むのを見て、男の子は気恥ずかしくて頬を掻く。
彼は知らなかった、これがどんな物であるか。だから思わず願ってしまった、彼女とずっと二人きりでいられればいいな、と。
そして彼女もうれしくて願ってしまった、こんな風にずっといられればいいな、と。
幸せでいっぱいになった二人は笑顔でその石を見つめる。女の子がその石を手に取った瞬間、二人を巻き込んで光が発生した。
光は増大して柱になり、そして数秒後『それ』が姿を現した。二人の思いを混ぜ合わせたモノの、具現化した姿を。




第7話




俺はなんでこんなところに居るんだっけ?斎賀洞爺はぼやける視界を当たりに這わしながら自問した。
今自分が居るのはタクシーの後部座席だ。なぜか上下が逆転していて、自分はシートベルトに引っかかってぶら下がっている。
車内も酷いものだ、ドアは全てひしゃげたり変に折れ曲がって壊れており、小奇麗だった車内は砂やガラスの破片やらでドロドロぐちゃぐちゃだ。

{そうだ、俺は高町の家に行って・・・・}

喫茶店で一息ついた後、なのはの父親である士郎と久遠にほとんど強引に高町家へと連れて行かれて、否応なしに試合をさせられたのだ。
とんでもない相手だった、士郎は人間とは思えない動きでとんでもない太刀筋で小太刀の木刀二刀流を操る古武術の達人だったのだ。
砲弾のごとく突っ込んで一瞬で距離を詰めてくるし、二刀流の達筋は木刀といえど叩き切られてしまうそうなほど鋭く、
時折混ぜ込んでくる大技は明らかに木刀が出せる性能を超越した威力とスピードのある一撃だった。
貰えばまずタダでは済まない、自分は経験こそ劣らないと自負しているが所詮はただの軍人だ。
三八式歩兵銃の訓練用木銃だけ、負ける気はさらさらなかったがかなり苦戦した。
そして最後はその木銃も防御した際に砕かれ、額に強烈な殴打を喰らって空中で一回転し、床に叩きつけられてノックアウト。
ある意味反則である、木銃を砕くとは何ぞや?

{あの後しばらく気絶してたっけ。それで、目が覚めて・・・あぁ、俺はこの頃の高町の門限破りの原因だと思われてたのだ。
しかも戦場帰りで妙な性癖を持った極度の変態と認識されていたのは、かなり辛かったな。
あの金髪娘が、なんで表の設定を知ってるんだ?おかげで妙な先入観を持たれてしまった・・・・
って、今は違うだろう、バニングスの事は後だ。えっと、それで俺たちは、家に帰って――――}

あぁそうだ、一度帰宅して荷物を置いた後また二人で夕食の買い物に出かけたのだ。
ただ今日はいつものスーパーは臨時休業で、少し遠くのスーパーまで行かなくてはならなくなり、バスも無かったからタクシーに乗ったのだ。
金はかかるが、これでいかなければ帰ることには夜になってしまうからだ。背に腹は代えられない。
ただそのタクシー運転手の中年男性と妙に馬が合って、先ほどまで彼と喋りながらとある信号待ちをしていたはずだ。
今日は帰りに娘の誕生日プレゼントを買いに行くんだとか、ゲームショップに娘の友達がいたとか、他愛のない話で盛り上がった。
目の前で血を流し、脳みそをさらけ出して運転席のシートベルトにぶら下がって息絶えた運転手と。

「な、あ・・・!?」

直前の出来事が脳裏に蘇る。突然盛り上がるアスファルト、浮き上がるタクシー、そして悲鳴と爆音。
横転し、ゴロゴロと転がるタクシーと、運転手の断末魔、胸の中の久遠の悲鳴、フロントガラスの向こうに僅かに見えた異常な光景。

「くおん、久遠!?どこだ、久遠!」

先ほどまで一緒に居たはずの子狐妖怪姿が見えない。どこかに飛ばされたのか、それとも助けを求めようとして出て行ったのか。
どちらにしても嫌な想像が頭に浮かぶ。タクシーがこうまでなる状況だ、外はもっと悪くなっているかもしれない。
咄嗟にシートベルトの留め金を外し、受け身も取れずに天井へと落下した。体の自由が利かないのだ。
当然だろう、車がこのあり様だ。無傷とは言えない、骨折こそしてはいないが体は軋み、側頭部から結構な量の出血している。
打撲や裂傷を数えればきりがないだろう、服も所々切れて血が滲んでいる。軽傷以上重症未満と言ったところだ。

≪しす――――きょう―――スキャン開始―――本日のゲス―――――――プ―――――――≫

ラジオが耳障りな雑音と共に流れる断片的な音声と音楽が嫌に耳につく。
ピーピーザーザーとけたたましい大音量の砂嵐だけでも今は頭に響くというのに、言葉となると余計に響いた。
反応が鈍い上に痛む体を引きづり、ガラスが割れてひしゃげたフロントガラスの枠から這い出る。
そして外の光景に目を奪われて絶句した。外は自分が想像していた光景よりもはるかに斜め上を行き過ぎていた。

「これは・・・」

あたりは黒煙に包まれていた、車が燃えているのだ。ほんの数分前まで車道を走っていた一般乗用車だ。
何十台という車がエンジンから黒煙を吹き、横転し、炎上し、グシャグシャにひしゃげて面影すらない車両まである。
それだけではない、辺りのビルに飛び火して燃え広がっている。爆撃されたような惨状に、心が凍りついた。
肌を舐める熱風、踊る炎、鼻をつく刺激臭、車両の隙間から垂れる赤い液体。いつかの光景と重なる、忘れられない光景だ。
ガタルカナル、アメリカ海兵隊の奇襲を受け、あらゆるものが燃えた中継基地。トラックが、戦車が、人が、全てが燃えた。
流れ弾で燃料が引火し、その爆発が別の燃料に引火し、瞬く間に燃え広がって敵味方問わず巻き込んだ。
沖縄、アメリカ軍の爆撃によって市街が丸ごと炎上した。家も車も何もかも、すべて燃えてしまった。
それだけならばまだ耐えられただろう、相手が爆撃機などの見知った兵器であれば。
だが、目の前で大破壊を繰り返すソレはあまりにも歪で非常識だった。

「ぁ・・・」

質量の法則を無視したドデカイにもほどがある大木が町を蹂躙している。
ビルよりも高く、太くそびえたつそれがまるで映画の早送りのように見る見る根を伸ばし、枝を伸ばし、家を押しつぶし、ビルを崩して成長し続ける。
家族がだんらんを過ごす家を押しつぶし、多くの人間が買い物と仕事に勤しむデパートを押し崩していく。
なぜだ?なぜこんなことになっている、もう戦争は終わったはずだ。この国の戦争は終わっているはずだろう?
訳が解らない、ありえない・・・ぐちゃぐちゃになっていく思考に、洞爺は乾いた笑いを漏らした。

「これは、夢なのか?夢なら、俺は、俺は、俺は・・・?」

俺はどこで目を覚ますんだ?洞爺は自分はなんでここにいるのかを思い出した。
そして昨日のことを思い出して、すぐにこの現象の原因が思い浮かんだ。
自分は『魔術』という不可思議であり得ない力によって助けられて、未来に送られた。
世界には魔術や、妖怪などという存在は実在していて、世界の裏に潜んでいた。
そしてこの町には『異世界』なんてふざけた場所からやってきたジュエルシードという『危険で極悪な魔法の宝石』が散らばった。
それを収拾するためにあの子達は戦いに足を踏み込んでいる。そして俺は、昨日それに首を突っ込んだんじゃなかったか?
あの子達が危険なことに首を突っ込んでいるのが放っておけなかったのではないか?

{夢なら、本当に笑い話だよな。くそが、笑えないぞ。}

これは『夢』ではなく『現実』なのだ。笑い話には到底ならない。なのにこみ上げてくる笑いはなんだろうか?
簡単だ、信じられない、この一点に尽きる。信じられない、理性では理解しても、感情が納得しない。
その溜まったソレが振り切った、激情はあまりにも行き過ぎるとそれこそ何もかもを通り越して笑いになるようだ。

{ジュエルシード、まさか・・・・こんなことも可能だというのか?ふざけてる、ふざけ過ぎだろう?}

あり得な過ぎる、だが現実だ。こんな現実があっていいのか?ふざけ過ぎだ。
自分の知っている世界はこんな世界ではなかった、こんなバカげた世界ではなかったはずだ。
例え脅威の身体能力を持ち、代わりに先天的な障害を持った人間が居ても。
どれだけ世界は残酷で時折非常識でも、ここまで非常識ではなかったはずだ。
だが現実問題、今まさに化け物巨大樹が町を蹂躙し、破壊の限りを尽くしている。どれだけ悩もうが、今はそれが現実だ。
なら戦わなくてはならない。自分はこの国の軍人であり、護るための盾であり矛なのだ。

「くそ・・・・が・・・」

しかし現実は無情だった。やっと平和になったのに、この笑顔で満ちた景色が壊されてしまうのに、体が全く動かない。
限界に達したのか、奇妙な気だるさが襲いかかってきたのだ。どれだけ力を入れても、もう指一本動かせない。
どれだけ動けと命じても全く反応せず、体の力がどんどんと抜けて、全てが無くなっていくように感じる。
鼓動が消える、血流が消える、体温が消える、体の感覚があやふやになっていく。なのに意識ははっきりしている。
あまりの急激な虚脱感とは逆にはっきりしている意識に洞爺は困惑した。こんな感覚は初めてだ、まるで自分の体ではないようだ。
まるで実感が無い、死人の中に乗り移っているような感覚とでも言うのだろうか。いや、これはまるで―――

{・・・テレビゲーム、か?}

そうだ、実感が無く、自分は無傷という所がそれらしい。確か栗林の家に立ち寄った際に少しだけやらせてもらった事がある。
瞬く間にゲームオーバーになったが、その時の画面が倒されたキャラの視点だった。それに似ている。
最悪だ。瞼すら閉じることができず、このまま動けないでずっと町が破壊されるのを眺めることしかできないのか。

{動け!動けってんだよ!!}

「衛生兵、衛生兵!」

だみ声になりながら叫ぶ。だが治療器具を携えた見慣れた兵の姿は見えてこない。

「えいぜいへい!だれがぁ・・だれか・・・ぁ・・・・」

そうだった、心の中で毒つく。ここに友軍はいないのだ。
ただ悲しく、苦しく、そして虚しい。こうしているだけでよく解る。酷く寂しいのだ。
今の自分には助けてくれる友軍も、上官も、部下も、衛生兵も、戦友も居ない。たった一人ここに取り残されている。
誰も助け起こしてはくれない、誰も手を差し伸べてはくれない。銃声も、砲声も、聞き慣れた声も聞こえない。
無線機に呼びかけても誰も増援に来てくれないし、補給も届かない。誰も答えてくれないのだ。
正真正銘の孤立無縁、自覚すると無性に笑いたくなった。自分はもう一人なのだ。本当の意味で。
雑音に混じって断片的に聞こえるラジオを音が鮮明に聞こえる。それが余計に頭に響く、うるさい。

{くそ、くそ!くそくそくそ!!}

目の前で町がどんどん破壊されて行くのを見せつけられ、洞爺は悲鳴を上げた。
町が、60年で復興し、戦前の町並みをはるかに超えた日本人の努力の結晶がむざむざと破壊されて行くのだ。
それも魔術だのなんだのという非常識極まりない存在によってだ。
この町がここまで発展するのにどれだけの時間と人々の努力があるのかあの化け物は考えない。
視界が揺らぐ、思考が混乱し始める、何かが壊れそうだ。
いつまで眺めさせられていただろうか、願いは聞き入れてもらえたのか、突然視界がごろりと動いて反対側のタクシーに向けられた。
誰かの小さな手が自分の体を転がしてあおむけにしたのだ。

「とうや、とうや!」

久遠だった。彼女は仰向けにした洞爺の胸を小さな両手で揺すりながら、必死に問いかけてくる。
彼女も酷い恰好だった。上質な仕立てだった和服は血と土で汚れていてボロボロ、帽子を無くした頭には狐耳がぴょこんと立っている。

「とうや、とうや!おきて、おきて!!」

彼女に揺すられ、体の感覚が徐々に蘇ってきた。
彼女の揺する両手が少しだけ心地よい、無意識になにか治療魔術か何かを使っているのかもしれない。
そう言う類の魔術は不安定で未熟なものが使うと危険だと資料には書いてあったが、この際はとてもありがたい。
感覚が戻ってきた体を無理やり起こすと、頭を振って何度か自分の頬をはたいた。
パンパンといういい音と適度な痛みで、混沌とした思考が次第に蘇ってくる。

「久遠、いったいどこに行ってたんだ。心配したぞ、勝手にいなくなっては駄目だろう。」

「だって、うんてんしゅさんがまっかになっちゃって、とうやもおきなくて、くおん、きゅーきゅーしゃよぼうとしたの・・・」

「救急車?」

「くおんしってるよ、あのがらすのはこのなかのみどりのおでんわのあかいぼたんをおすと、ただできゅーきゅーしゃよべるの。
くおん、まえにどうろでたおれてるひとからおそわったの。
なのにでないの、まえはおねーさんとか、おにーさんとかがでてくれたのに、だれもでてくれないの!」

久遠は涙声になりながらガラスの砕け散った電話ボックスを指さす。
電話が通じていないのだ、おそらくあの大木の所為で電話線がどこかで切れたのだ。
被害が予想以上に広がっている、時間が無い。くらつく頭を何度か横に振ってから立ち上がった。

「とうや、だいじょーぶ?」

久遠の言葉に改めで自分の体を見下ろす。元に戻った、という訳ではない。だが先ほどよりも症状が軽い。
倦怠感や虚脱感はまだ残るが、それ以上に胸やけのような胸の奥を焼く熱と頭痛、体の節々の悲鳴の方が深刻だ。

「・・・問題は無い。久遠、手伝ってくれ。」

ふらつきながらも立ち上がり、ひっくり返ったタクシーのトランクをこじ開けて中の荷物を次々と取り出す。
子供用の地味なグレーのリュックサックを開き、中からガスマスクを取り出す。
この虚脱感の原因は毒ガスなのではないかと疑ったのだ。

「これを被ってみてくれ。」

久遠にイギリス軍のガスマスクを子供用に繕ったものをかぶせ、自分も使い慣れたガスマスクを被り、吸収缶にしっかり繋がっているかを確認する。
これは案外重要だ、吸収缶は毒ガスを吸い込んだ空気から有毒ガスを除去するフィルターだ。
しっかり取り付けられていなかったり使用期限切れだったりすれば、ガスマスクをしても意味が無い。
これで毒ガスなら何とかしのげるはずだが、症状はあまり変わらなかった。

「とうや~~、ごわごわするからや~~」

「まだ取るな。それよりどこか変わったところはないか?呼吸がしやすくなったとか。」

「ないよぅ、もうや~~」

久遠はガスマスクを引きはがすように無理やり外すと、洞爺に押しつける。それを受け取りながら、首を傾げた。

{ガスではない、か。}

とりあえずガスでない以上、ガスマスクは必要ない。視界の狭まるガスマスクは戦闘で不利になる。
マスクを外してリュックサックに戻し、赤十字の入った小袋を取り出して中から医療品を取り出した。
中身を手早く取り出すと、出血している箇所を消毒し、止血して包帯を巻く。
ジャケットの袖をまくってゴム管で上腕をきつく縛り、消毒用アルコールで消毒した腕に軽い鎮痛剤の入った注射器を刺す。
だが、外傷は何とかなっても問題は山積みだ。正直に言って、焼け石に水である。
体調はすこぶる悪い、先ほどのような激痛や圧迫感はないが、胸の奥は熱く火照って、体は寒気が止まらない。
頭痛も酷く、気合を入れなければ射撃にも影響が出かねないほど深刻だ。地響きが酷く頭痛を刺激する。

{次だ。}

キャスター付きの買い物籠中を開け、隠していた擲弾筒『八九式重擲弾筒』やその榴弾を取り出し、異常はないか一通り確かめる。
凹みの見える竹刀入れを開け、中の九九式短小銃を取り出してボルトを引き、引き金を引いて異常が無いか聞き分ける。
異常は無しだ。かなり派手に転がったが、タクシーの対衝撃性能は思いのほか高かったようだ。
無線機はさすがに使いものにならなくなっていたが、それ以外は特に異常は無い。
どこも異常の見られない武器弾薬を一度見渡して、ふと思う。

{こんな小火器で、いったい何ができるんだ?}

九九式短小銃、一〇〇式機関短銃、八九式重擲弾筒、九七式手榴弾、TNT爆薬、信号拳銃、スコップ、その他弾薬などなど。
どれもこれも全てが小火器や爆薬ばかり、とてもあの巨大な気に立ち向かえる武装とは思えない。
あんな化け物と戦うには、圧倒的に火力が足りないのだ。
いや、元よりたった一人であんな化け物に立ち向かう方がおかしいのではないだろうか?

{だが増援は呼べない。無線は使えないし、月村もすぐには期待出来ない・・・上等じゃないか。}

装備を素早く身につけ始める。ウェストポーチを腰に巻き、弾薬が並んだストリッパークリップと手榴弾を詰め込む。
リュックサックに擲弾筒とスコップを無造作に突っ込んでいつでも抜けるようにする。
いつも通りに銃器を点検し、いつも通りに装備を身につけ、いつも通りに思考し、いつも通りに行動する。

{上等だ、敵が強大?化け物?魔術?そんなものどう関係がある。同じだ、変わらん。
俺には銃がある、弾もある、擲弾筒も、砲弾も、手榴弾も、戦車だってある。
強大な相手?ここのところいつもそうだっただろうが、変わらん、むしろ良くなったか。
上等じゃないか、ガタルカナルよりも良い状況だ。まったくもって、文句など無いだろう。}

拳銃納を左肩からたすき掛けにし、安全装置を外した十四年式拳銃のスライドを引いて拳銃納に戻す。

{図体がでかくても所詮は単体、有象無象の相手ではない。勝機はある、問題はない。
どんなものにだって欠点や隙がある、問題ない、問題ない、問題ない。}

九九式短小銃に銃弾を装填して、先端の着剣装置に三十年式銃剣を取り付ける。
最後に懐中時計で時刻を確認し、すべての準備が整った。

「久遠、危ないからお前は先に家に帰ってなさい。道は覚えてるよな?ほら、鍵だ。」

家の鍵を久遠に投げ渡して帽子を被って背を向ける。今ならまだ家まで帰る事はたやすいはずだ。

「たたかうの?にげようよ、かてないよ!あんなの、かてるわけないよ!」

久遠は洞爺の袖を引っ張り、無理やり連れ帰ろう行こうとした。きっと彼女の妖怪としての本能が感じ取っているのだろう。
当然だ、洞爺からしてみてもあれは普通ではない。もし普通の人生を送っていれば逃げているだろう。
だが自分は一般人ではない、この国を護るために戦う兵士であり軍人だ。
例え未来に目覚めても、相手が非常識の存在でも、それは絶対に変わらない。
震えているその手を空いている手でそっと包み、ゆっくりとほぐした。

「ごめんな。俺は軍人だから、この国の平和を護るために戦わなくちゃいけないんだ。」

「でも、あんなの!!」

「問題はない。どんな化け物みたいな相手でも、それが人の作ったものならば何かしらの欠点があるし、隙もある。案外どうにかなるものだよ。」

戦車は真上や後ろからの攻撃に弱い事や、どんな爆撃機にも死角がある事、欠点があることは知っている。
ジュエルシードとて同じだ、本体さえ見つけてどうにかしてしまえばあの大木など一撃でカタを付けられるのだ。
今回も同じだ、ただいつもは戦車や装甲車なのが巨大な木の化け物に変わっただけの話なのだ。
大丈夫だ、と太鼓判を押すと久遠は俯きながらうーうーと唸る。

「じゃぁ、くおんもいっしょにいく!」

突然の言葉に思わず耳を疑った。久遠は引っ張るのを辞めたが、洞爺の袖をつかんで離さない。
キッと洞爺を見上げる久遠の瞳には、恐怖を押し殺した決意が浮かんでいる。酷く幼く、純粋すぎる決意だ。

「心配するな。帰ってくる、必ずな。」

「やだ!くおんもいっしょにいくの!!」

「だめだ、危険すぎる。これは本物なんだ、遊びじゃない。」

「やだ!やだやだやだ!!ほんものならもっとやだ!!」

まるで駄々っ子のように袖をつかんで離さない久遠に、洞爺は焦りを感じた。
あまり時間は掛けられない、速く行動しなければ本当の意味で手遅れになる。
ここで久遠の説得に手間取れば、きっとそうなってしまうだろう。それは避けなければならない。
だがしかたない、もう遅すぎる。久遠を一人にするのは危険だ。

「久遠!俺の言う事をちゃんと聞け、絶対に勝手な行動はとるな、いいな!!」

コクコクと頷き返す久遠にもやもやとした感覚を胸の内に感じながら周囲の状況を再確認する。

「荷物を持て、突破するぞ。」

ある程度の荷物を久遠に背負わせ、洞爺は九九式短小銃に三十年式銃剣を装着して久遠の前に仁王立ちした。
鋭利な視線で自分達を包囲する異形の怪物を見渡し、小説の光景がそのまま飛び出して来たような光景に内心で愚痴る。

{いつのまに現れたのだ?}

その化け物はまるで子供の絵本で出てくる喋る木をリアルにして人型にしたような姿だった。
藁人形のように蔦が二メートルはある長身の体を形作り、四肢はあるが手や足があるべき場所は蔦が触手のようにうねり、鼻や目はただの穴、髪の毛に相当する部分には葉っぱが青々と茂っている。
デフォルメされていない、魔物の森にうじゃうじゃいそうなそんな化け物だ。
見渡す限りざっと六体、二人を取り囲みゾンビのように身を揺らせて立っていた。
まるでいつか読んだアメリカの作家が書いた創作神話小説のようだ。
違う点と言えば、これが虚構の産物で無く本物であり自分に今まさに襲いかかろうとしている所だろう。
襲われれば自分達がどうなるかは考えるまでもない。故に、洞爺はトリガーガードに掛けていた人差し指を引き金に掛けた。
まるで人間になり損ねた木が自我を持ったような化け物に、洞爺は銃口を向け、引き金を引く。
それに呼応するように『化け物』は金切り声をあげて突進し、その蔦の触手を振りあげた。頭に大穴を穿たれた姿で。

{突破は無理だな。}

「下がれ!」

素早くボルトを引いて発砲しながら下がる洞爺に、素直に従って久遠も洞爺の歩調に合わせて下がる。
怖かった、銃弾を頭に貰ったのに死んでない。その異様さは、幼い久遠にも理解できた。
誰でも頭に銃弾を貰えば死ぬものだというくらい幼くても解る。顔面に大穴を開けながら歩きだすなどあり得ないのだ。
さすがは化け物、と洞爺は悪態をつくと九九式をスリングで肩にかけて一〇〇式機関短銃を取り出す。
三〇連発バナナマガジンを右側面の給弾口に押し込み、コッキングレーバーを素早く引いて腰だめで引き金を引く。
体中に八ミリ拳銃弾を受け止めながらも歩みを止めず、全弾撃ち尽くしたころに同時にようやく倒れた。
だが動かなくなった化け物を踏みつけて、他の化け物がバラバラに襲いかかってきた。

「と、とうや!!」

瞬く間に眼前まで走りより、化け物は触手の右腕を振りかぶる。死ぬ、久遠は本能的に悟った。
だが、触手が二人の体を叩くことは無かった。洞爺が化け物の腕を一〇〇式で受け止めたのだ。
ばきばきと嫌な音を立てた一〇〇式に洞爺は目を見開いた。

「なんて力だ・・・っ!」

左手首の関節に鈍い痛みが走る、洞爺は化け物の腕を押しのけ、化け物の頭に折れ曲がった一〇〇式を投げつけた。
衝撃でひるむ化け物を蹴り飛ばし、リュックサックからスコップを引き抜く。
斬!流れるようにスコップを振り下ろして右腕を切り落とし、バランスを崩した両足を払って転倒させる。
その化け物を掬いあげるように蹴り飛ばして遠くに転がすと、洞爺は左手で信号拳銃を抜いて引き金を引いた。
ボシュッ!と鈍い発射音が響いて、白煙を引いて銃弾が飛ぶのが見える。それは化け物の胸に突き刺さると、鮮やかな炎を上げた。

「ギィィィィィガァァァァァァ!!!」

{・・・駄目元とはいえ試すモノだな、随分と良く燃える。可燃性の樹液でもながれてるのか?よくこんなところに来たものだ。}

耳を塞ぎたくなるような金切り声の悲鳴が、この場の全員の足をピタリと止めた。
洞爺は歯を食いしばり、強引に一歩退いて体をこわばらせて固まる久遠を引っ張る。
噴き出した炎は瞬く間に悶える化け物を飲みこみ悲鳴が消える、それから目を離して拳銃の銃身を折り開けて大きな弾を一発押し込んだ。
一斉に襲いかかってくる化け物を一瞥し、洞爺は風切り音を立てて振われる触手を避け、返す刀でスコップを振って両足を薙ぎ飛ばす。
姿勢を崩す化け物に再装填した拳銃を至近距離で胸に撃ちこみ、ヤクザキックで押し返した。
ごろりと仰向けに転がった化け物がまた炎に包まれ、暴れる触手が脇を走り抜けようとした化け物の右腕を切り飛ばした。

「ついてこい!突破するぞ!!」

「う、うん!」

「もたもたするな、走れ!!全速力で走るんだ!!」

「い、いくぞーーーー!!」

洞爺の叱咤に久遠はやけっぱちな奇声を叫びながら、短い足をこれでもかとばたつかせて走り抜ける。
その前方をまたも化け物が塞いだ。車の残骸で狭い隙間に3体、壁のように並んで道を塞いでいる。
さらに1体、横転したトラックの陰から躍り出て突撃してくる。
必死で走る久遠は急には止まれない、洞爺は彼女の前に走り出るとスコップを振りかぶった。

「らぁッ!!」

スコップで首を薙ぎ払い、九七式手榴弾を取り出すと安全ピンを引き抜いて信管を叩いて壁を作る化け物に投げつける。
爆風と破片が化け物たちの体を切り刻んで転倒させた。手榴弾によって空いた隙間を、二人は一気に走り抜ける。
化け物の封鎖線を越えた先も酷い状況だった、道路は時が止まったように車が射線に停止している。
それだけなら映画のセットに見えなくもない、いたるところに市民の新鮮な惨殺死体が転がっていなければだ。
あまり子供に見せられたものではない。久遠は必死で走っていて周りが見えていないのが幸いだ。
しばらく行くと、道路の車はまばらになり死体が見当たらなくなった。しかし人気のない道路は昼間でも不気味だ。

{ん?昼間?・・・そうだ、もしかしたら。}

突然のひらめきに前方に敵がいないことを確認して、信号拳銃とスコップを無造作にリュックにしまい、九九式短小銃に切り替える。
空の弾倉にクリップでは無くバラの弾薬を素早く込め、五発込めた所で走りながらボルトを押しつつ器用に振り向き、腰だめで九九式を発砲した。
通常弾と違い銃口から昼間でも目立つ火線が伸びる。火線はまっすぐ追いかけてくる化け物の胴体に食い込むと、弾痕から小さな炎を上げた。
その炎は瞬く間に燃え広がり、あっという間に化け物の体を包みこんで、化け物は体が燃える苦痛に化け物はもがき苦しみながら地面に倒れて動かなくなった。
信号弾を撃ちこんだだけであれほど派手に燃え上がるのならば、曳光弾でも燃えるのでは?と踏んだのだ。
有効であるのを確信した洞爺は、素早くボルトを引いて別の化け物も撃ち倒す。だが、多勢に無勢だ。
一体倒しても、いつの間にかその一帯の穴を埋めるように別の化け物がどこからともなくやってくる。
こちらは一人の上に相手の数は不明、その上予備弾薬の量も有限だ。いくら持ってきても調子よく撃ちまくればすぐに無くなってしまうだろう。
特に今使用している弾薬は曳光弾だ、機関銃はともかく小銃での通常戦闘の場合出番は少ない。
そのため持ち合わせは通常弾の三分の一程度しかないのだ。

{兵力差はいつものことだが、弾薬はもう少し持ってくるべきだったか。}

ポーチの中から少なくなってきた曳光弾を込め直し、隙を見ては向かってくる化け物に素早く撃ち込む。
普通の戦場ならば同僚からわけてもらえるが、ここは普通の戦場ではないし隣に同僚もいないのだ。

{あと25発、この調子だと長くて10分が限度。何とか奴らを撒かなければ、だがどうする?}

あんな化け物相手に完璧な自信のある策など思いつかない。思いつくのはどれも人間相手に使うものだ。
ともあれ、思いつくだけでもまだマシだろう。本当に切羽詰まった時など考えても焦りやその他諸々で良い策など浮かばないのだ。

{くそ、密林なら話は速いんだが・・・どうす―――}

「とうや、後ろ!!」

思考に没頭していた意識が久遠の叫びに呼び戻される。そして背筋に冷たいものが走った。
洞爺は咄嗟に後ろを振り向き、背後で両腕を振りあげる化け物に向けて九九式を突き出した。
突きだされた銃剣が眼前まで迫った化け物の胸を抉り、銃剣の刺突の衝撃で勢いを殺されて化け物は一瞬立ちすくむ。
その化け物の体から垂れる赤黒い液体が九九式の銃身に垂れた。ふと周りを見れば、地面の血痕がどこかへと続いている。
おそらく化け物の体から垂れたものだ、この化け物はほんの少し前に『一仕事』終えたばかりなのだ。

「この野郎が!」

血みどろの化け物の胸に発砲して反動を利用して銃剣を引き抜き、左足で蹴り飛ばす。
体が一気に燃え上がってもがき苦しみながら倒れる化け物は、電柱にぶつかってぐったりと動かなくなった。
左手でポーチの中から再び手榴弾を取り出すと、ピンを口で抜いてゆっくりと道路を歩いてくる化け物に放ってその手で久遠の手を掴んだ。
手榴弾はコロコロとアスファルトの上を転がると、物凄い勢いで白煙をまき散らして当たりを白で埋めつくした。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





高町なのはは町の異変を感じ取った瞬間、いても立ってもいられず部屋を飛び出した。
風呂から呼びかける父の声に生返事を返して魔力が流れる方向に走る。
寝起きでまだ本調子でない足が棒になるのを構わず走っていると、遠くから銃声らしい炸裂音と何かが崩れる轟音が響いてくるのが聞こえた。
タン、タン、タン、と僅かに間の開いた銃声に、なのはの肩にしがみ付いていたユーノが首をもたげた。
轟音の正体が何かは高層ビルが邪魔で確認できないが、この銃声には聞き覚えがあったのだ。

「ライフルだ。サイガが先行してる。」

「解るの?」

「こんな町中でライフルを撃ちまくる奴がほかに居るかい?」

確かにとなのはは頷く、自分の知る人物の中でそんなことをする人間は一人しかいない。
銃声を追って二人が大通りに出ると、時が突然止まったかのように車が停車している辺りが薄い白煙に包まれていた。
その大通りの歩道に、真っ黒焦げの人のような何かと空薬莢が転がり、真新しい血が滴っていた。
血痕はまるで道しるべのように伸びて、少し先の曲がり角を曲がって続いている。
まるで映画のセットのような光景に、なのはは一瞬それが何か理解できなかった。

「これ、なに・・・?」

「血だ。まだ新しい、それにこの薬莢は・・・・なのは、あの弾を貸して。」

なのはは言われた通り、ポケットに入れてきた小銃弾を取り出してユーノに渡す。
ユーノはそれを魔法で浮かせて、落ちていた空薬莢と並べてなのはに見せた。

「おんなじ薬莢だ、あいつのライフルのだよ。」

「それじゃ、この血は斎賀君の・・・怪我してるんだ。急がないと!」

頷くユーノを肩に乗せて、なのははその血痕を追って曲がり角を曲がる。
すると、その通りのとある廃ビルの正面玄関に血痕が続いているのが見えた
なのはは廃ビルの正面玄関へと走る。だが半分もいかないうちに、正面玄関のシャッターが下りているのが見えた。
錆が所々浮き出た古いシャッターだが、表からは開かないようになっている。

「入口を封鎖したんだ。裏に回って、非常階段から行こう!」

ユーノの言葉に頷き、なのははビルの裏に回ると非常階段を一段飛ばしで駆けあがった。
踊り場にあるドアのノブを片っ端から回しながら、開いているドアを探して屋上へと登っていく。
運動音痴とは思えない速さで最上階まで駆け上がると、屋内へ続くドアのノブを回すが、開かない。
鍵がかかっていると見るや、なのははレイジングハートを取り出すと頭上に掲げた。手段を選んでいる余裕が無くなったのだ。

「レイジングハート・・お願い!!」

「standbyready,,,,set up!」

レイジングハートの応答とともになのはには白を基調としたバリアジャケットが装着される。
学校の制服をモチーフにして作り出されたバリアジャケット、魔法少女の象徴ともいえる魔法の杖が彼女の手に握られる。
それを纏うと同時に、鍵がかかっていたはずの屋内に続く扉が内側から蹴り開けられ、後頭部に冷たい物を押し付けられた。
とある友人が構えた小銃の銃口だ。

「斎賀君!」

「高町か、心臓に悪い登場の仕方せんでくれ。」

お前が言うな、銃を下げる彼にユーノは内心愚痴った。
膨れたリュックサックやキャスター付き買い物籠などの大荷物を背負った洞爺の方がインパクト満載である。
身につけている装備といい、銃火器といい、魔法の匂いが全くしない物ばかりだ。
化け物相手に鍛え上げられた肉体と黒光りする銃火器で応戦する昨日の姿は、明らかに魔法のそれではない。
魔法なんてのとは無関係だ、と言われれば納得してしまいそうなほど清々しい実弾系フル装備である。
一戦交えたせいか、体の所々には血が滲み、包帯が巻かれており息も少し上がっている。
ふくらはぎに巻かれた真新しい包帯に滲む血を見て、なのはは心配そうに問いかけた。

「どうしてここに来たの?寝てないと駄目なんじゃ?」

「夕食の材料を買いに行く途中に巻き込まれてな。大丈夫だ、心配いらんよ。」

なぜなら彼は、なぜか変態と勘違いした士郎と試合をして敗北し、額を強打されたあげく倒れた際に後頭部を強く打ったのだ。
自分は昼寝をしていたので見ていないが、ユーノによればしばらく気絶するほどだったそうだ。
当然である、実の娘でも引いてしまうくらい人間離れした超機動を生身でかます人間の一撃を喰らったのだ。
気絶だけでも御の字であるし、むしろそれなりに拮抗したという事実が驚きだ。恭也曰く、最後まで勝敗が見抜けなかったらしい。
本人は大丈夫だと言っているが、今も彼の体調は絶好調とは思えない。
頭や体の各所に包帯を巻き、顔色は少々青く、息もかなり浅い、とても戦える体調には見えなかった。

「サイガ、無理しない方がいい。下手すると本当に病院行きだ。」

「問題無い、こんな程度でどうにかなるほど柔な体ではないからな。」

「そういう問題じゃないだろう。傷だらけじゃないか。」

「大丈夫だ、それより今はそんな議論をしている場合じゃなかろう、久遠!急げ!!」

「ま、まってよ~~~」

彼の後に続いて、ひぃひぃと息を上げた久遠が追いつく。彼女も相当大荷物だ。
なのはが目を丸くするのに苦笑しながら、洞爺は屋上の端に立って辺りを見回して目を見開いた。

「・・・・本当にここは、いつからシェイクスピアの世界になったんだ。いや、これはクトゥルフか。」

久遠もつられて洞爺の視線の先に目をやり、小さく悲鳴を上げて泣きそうな表情になって洞爺にすがりつく。

「どうしたの?」

「見たほうが早い。」

なのはの問いに、洞爺は久遠の頭を優しくなでながら顎で示す。

「!?」

顎の先に目をやって、なのはも言葉を失った。そこには、歪な形をした大木が生えていた。
大木の根はアスファルトを引っぺがし、電信柱をなぎ倒し、ビルを侵食し、民家を押しつぶしていく。
四方に伸びる幹のようなモノが住宅を押しつぶし、薙ぎ払う。車が爆発し、家が燃える。
まるで大昔の怪獣映画のような光景は、あまりにも現実離れしていた。

「酷い・・・これ、ジュエルシードなの?」

「たぶん、人間が発動させちゃったんだ・・・」

「人というだけでここまで違うものか、もはや何でもありか?」

「ジュエルシードはロストロギア、こっちで言うオーパーツだ。何もかもが未知数なんだよ。」

ユーノの話によれば、強い思いや願いを込めて発動させた時、ジュエルシードは一番強い力を発動するらしい。
なのはは表情を辛そうに歪め、洞爺は左手で額を抑えて天を仰ぐ。

「ユーノ、いったいどうするんだ?手持ちの武器では良くて精々浸食を少しだけ遅らせる程度しかできそうにないぞ。」

「君はいったいそんなモノをどこから出してるんだ!?」

「背負ってきたんだ。」

ユーノの言葉に、下ろしたリュックや買い物籠からぶっとい鉄の筒を取り出して洞爺は軽く返す。
その鉄の筒はなんだ?疑問が付きそうにないというか今にも迫って来そうなユーノに洞爺は先手を打つ。

「で、いったいどうすればいい?このままじゃ町は滅茶苦茶だ。くそっ、だから言わんこっちゃないんだ。」

洞爺はここに居ない誰かに悪態を付く。その声に籠る濃い怒りに、ユーノは少し怖いものを感じながら答えた。

「えと、封印するにはまず接近しないとだめだ。あと元になっている部分を見つけないとならない。
でも、こんなに広がっちゃったら、どうやって探したらいいか・・・・」

「あの木を中心に半径五〇〇メートル圏内には化け物の随伴兵がうようよしてる。
地上から接近するのは自殺行為だ、配置こそ素人だが数が多すぎる。見てみろ。」

洞爺は双眼鏡をユーノの眼前にかざす。その奥に見える通りを占拠する化け物の群れにユーノは息を飲んだ。

「うじゃうじゃいる。」

「奴らは単純な力は脅威だが個々の技量はお粗末だ。一戦交えたが、苦労はするが倒せる。
だが、あの数を相手にするのは無謀だ。燃えやすいのが弱点だが、あの数では瞬く間に袋叩きだな。」

ユーノもこればかりは対処に困った。単純に木が大きすぎて捜査しきれない、敵の数も多すぎる、単純も極めれば究極だ。
かといってやみくもに探しても見つけられる可能性は低いし致死率が高すぎる。なのはと洞爺を死なせる訳にはいかない。

「偵察機でも飛ばすか?腕のいい偵察員が居ればいけるかもしれん。対空兵器が無ければな。」

「どこにあるのさそんなもの。」

「・・・もとを見つければいいんだね?」

なのはの言葉に洞爺とユーノの視線が彼女に集中した。なのはは決意した目で木を眺め、レイジングハートを握り構えた。
魔法陣を構築し、呪文を唱え、レイジングハートを真上に掲げる。

「area,search」

レイジングハートの声とともに足元に円形の魔方陣が発生し光を放つ。その中心でなのはは呪文を紡いだ。

「リリカル・マジカル・探して、災厄の根源を!!」

魔方陣の光が増していき、光はまるで散弾の様に拡散する。
広域探査系の魔法であることを見抜いたユーノは希望を見出した。

「なのはが探してる!サイガ、サーチャーが破壊されないように奴らの気を引いてくれ!」

「なるほどね、探査系とか言う奴か。・・・よし、久遠!砲弾を出せ!!」

「ほーだん!え~と、これ、これ!」

洞爺は八九式重擲弾筒を軽く小突き、久遠が重そうに取り出した八九式高性能榴弾を受け取って砲身に落とす。
ポン!と少々気の抜ける発射音とともに砲弾が空にはじき出され、曲射弾道を描いて大木から伸びる根っこに直撃した。
ドン!!という大きな爆音を伴う爆発に、大木の根は大きくその幹を抉り取られる。その爆発に取り巻きの化け物たちがあわただしく動き始めた。

「・・・・ねぇ、ホントに背負ってきたの?それ。」

「炸薬と装薬を倍増して威力と射程距離を伸ばしてある。蚊に刺された程度にしか効いていないようだがな。」

構える八九式銃擲弾筒に唖然とするユーノに向けて洞爺は憮然としながら頷く。
魔術とはとことん現実離れした代物だ、と内心愚痴っていた。

「君の方が法則を無視してるんじゃないのか?」

「とうやはさいきょうだからできるの!」

「喋るフェレットに言われてはおしまいだな。あとお前は威張るな。」

えっへんと胸を張る久遠の頭に軽く拳骨を落としつつ、洞爺は砲身の角度を微調整する。
これでも戦地を抜けてきた身だ。こういうのには自信がある。次々に砲弾を撃ち出しながら、爆炎を上げる大木に舌打ちした。

「下っ端は燃えやすかったんだが親玉はそうじゃないようだ。
あんなのが相手じゃ、対戦車ライフルやバズーカ程度の火力も歯が立たん。」

「つまり?」

「榴弾砲が欲しい所だ。それも一門ではなく、十門以上は欲しいな・・・・・・ちっ、風が強くなった。誤差修正、左に3。
さらに航空支援に爆撃部隊と、火炎放射器装備の歩兵も山ほど欲しい。」

「要は火力も兵力も足りないと。」

洞爺は頷くと砲身を横にずらし、再び砲弾を砲身に放り込む、撃ちだされたらすぐに次の砲弾を放り込む。
何度も砲撃するが少々成長を遅らせる程度にしかなっていないらしく、大木が崩れる気配は無い。
着弾で発火したらしくかすかに火が見えるが、生きている木というものはよほどの火力でなければ燃えない。
逆に地面が派手に揺れる。大木の浸食で地面が振動しているのだ。
水道管が破裂し、ビルが倒壊し、ガス管が破裂して大きな爆発をまき散らして炎が上がった。

「頼むぞ・・・」

無意識に首にかけた認識票と懐の懐中時計に願を掛けて、砲弾を大木に向けて撃ち込む。

「誤差修正、左に1。久遠、弾!」

「うん!」

その砲声を聞きながら、なのはは焦りを感じていた。

{見つけなきゃ、見つけなきゃ。}

町がどんどん破壊されて行く光景と洞爺の真実味の籠る話しに焦らずには居られなかったのだ。
榴弾砲と迫撃砲の違いならなのはにだって解る、テレビで陸自の訓練映像で見た事は何度もある。
榴弾砲と言うのはいわば現代の大砲で、歩兵が持ち運べる迫撃砲などとはケタが違う。
そんな兵器が10機以上も必要だと判断される目の前の暴走体、早く止めなければ町が壊滅してしまう。

「――――――」

脳裏にいろいろな光景が浮かび上がる。飛ばしたサーチャーから送られてくる視界の映像だ。

{違う、違う、違う、違う、違う、違う・・・}

「サイガ!デパートの方に撃って!浸食が早い!!」

「無理だ、射程外だ。」

集中するなのはの耳に、ユーノと洞爺の焦りに満ちた声と冷静だが荒々しい声が響く。
ここではない、ここではない、ここではない。焦りがなのはを蝕む。
探す、探す、探す、探す、探す、探す・・・・探し当てた。

「見つけた!!」

「よし!!」

なのはが目を開きその方向を指さす。洞爺は買い物籠から双眼鏡出して大木を舐めるように見て見つけた。
そこは大木のほぼ中心、自分と同じくらいの年齢の少年と少女が互いに抱き合って気を失っていた。
その中心で輝くのはひし形の宝石、ジュエルシードだ。

「ダメだ、遠すぎる。狙えない・・・」

洞爺が悔しそうに顔をゆがめた。いくら八九式の射程は長いと言っても、結局は届く範囲など限られている。
ここからではジュエルシードの所までは届かない。

{無い物ねだりだな、くそ・・・やはりこれが限界か。}

隊で行動できれば、と悔む。だが、今はそんなこと出来ないのだ。自分にはもう指揮する隊も部下もいない。
何もできなくて感じる悔しさはもう慣れているが、やはり悔しい物は悔しい。

「まってて、すぐ封印するから!」

なのはがとんでもないことを言い出した。洞爺とユーノは目を剥く。

「ここからじゃ無理だよ。もっと近づかないと!」

「できるよ!!大丈夫!!!」

なのはは首を横に振ってレイジングハートを構える。
なんの根拠があってそんなことを言うのか?洞爺は根拠のない自信に満ちた言葉に少々驚いた。

「そうだよね?レイジングハート。」

「shootingmode,set up」

なのはの願いを聞き届けたようにレイジングハートは形を変えてさすまた状に変形した。
そしてその先端に魔力が集中する、まるでどこかで見たレーザー砲のチャージのようだ。
いわば封印砲撃、今はこれにかけるしかない。

「頼んだ。」

洞爺の言葉になのはは頷いた。
幼い顔を真剣さで固め、レイジングハートの照準を異変の元凶に定める。
だがそれでも遠い、少しでも力が入ればすぐに手ぶれで網膜に投影される照準がずれてしまう。

{集中、集中!}

息を大きく吸い、止める。手ブレが自然と消え、十字線が僅かに見える青い宝石に、十字線が重なった。

「行って!!捕まえて!!」

レイジングハートの先端に溜まった桜色の魔力は輝きを増し、砲撃となって大木に突き進む。
砲撃は大木の中核をなすジュエルシードを直撃し、ジュエルシードの暴走を抑制する。
これを好機と見て、レイジングハートがいつもの管制音で宣言した。

「standbyready,」

「リリカルマジカル!ジュエルシード、シリアル10!!」

魔力の輝きが増す。ジュエルシードごと少年と少女を包みこむ。

「封印!!!!」

その瞬間、もう一度魔力砲撃が放たれた。威力は先ほどよりもさらに上をいく、長距離砲撃。
そしてそれはジュエルシードを正確に、かつド派手に撃ち抜いた。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




ジュエルシードは暴走を止めレイジングハートに封印された。だがなのはの顔は暗い。その眼は傷ついた町に向いていた。
夕焼けの町、あの封印劇からすでに三〇分が経過していた。
既に騒動があった一角は警察が封鎖し、駆け付けた警官隊や自衛隊が市民を荒れ果てた町から避難させている。
誰もかれもが突然降りかかった災難に驚愕していた。当然だ、先ほどまで平和だった町がいつの間にか荒廃しているのだ。
それも地震などと言った災害ではない、ほんの一瞬の出来事だ。瞬きをした瞬間、町が荒廃していて、死で溢れ返っていたのだから。
誰もが呟く、どうしてこうなった?いったい何が起こったんだ?と。
だがそれを問われる警官も、駆けつけた消防士や救急救命士、自衛官らは答えることは出来ない。誰も知らないのだ。
原因を知る人間は、現場から離れたビルの屋上に居た。

「いろんな人に迷惑かけちゃったね・・・」

悲しそうな声でなのはは呟く。自分の不覚で町がこうなってしまったと攻めているのだろう。
その表情を見て、大荷物を背負った洞爺は彼女の頭に拳骨を見舞った。

「何言ってるんだ?君は最善を尽くした。」

「でも・・・」

なのはは口ごもる。その様子に洞爺は頭を掻いた。新兵にも良くあることだ、こういうときはしっかり言うに限る。

「高町、君は犠牲もなしに人が救えるとでも?」

「でも、私は・・・」

「君がなんであろうと、こんなことに犠牲は付き物だ。」

洞爺は引きずり用車輪付きの買い物籠の蓋を閉めながら言う。

「どれだけ努力しても救えるものは限られる。どれだけ強大な力をもってしてもだ。
昨日言ったはずだ、原因が何であれ、この先かならず人の死を見ることになると。」

洞爺は傷ついた町を照らす夕日を見ながら煙草『ハイライト・メンソール』を取り出して、一本口にくわえる。
マッチを擦って先端に火をつけると、据え置きの錆びた灰皿にマッチを捨てて紫煙を吐いた。

「失われるものは失われる、それが人命でも例外ではない。全てを犠牲無しで守れるのは、おとぎ話の英雄と神様だけだ。」

その言葉になのはは顔をゆがませる。その言葉はきっと幼い心には辛い。
全てが幸せになれる事はない、10を救う事は決してできない。それを出来るのは、おとぎ話の物語と神様位しか居ないのだから。
彼女は本来、そのおとぎ話を信じていても良い年齢だ。まだ現実の非情さを知るには早すぎる。
語る洞爺は沸き上がる嫌悪感を押さえ、まるで見てきたかのように淡々と言い切って煙草の紫煙を吐きだした。

「俺たちは英雄じゃない、神様じゃない、この世に生きる一人の人間だ。
俺たちは犠牲を抑える力があるが、それは所詮一人の力だ。出来ることは限られる。
君の魔法だってそうだ。それがどれだけ強大な力であっても、創作のような便利なものではない。
だが、たとえ全てを救えなくとも、俺たちが持っている力は人を救える大きな力だ。そういう事だと言う事を忘れるな。」

「・・・・」

「・・・少し休め。」

かつては自分が言われた言葉を思い出し、洞爺は何となくうずくまるなのはに目をやった。
うずくまって久遠に頭を撫でられて慰められる彼女の姿が、昔の自分にダブって見えた。

「休んだら帰ろう、晩飯が待ってる。ただし、非常階段を使うんだ。」

「どうして?」

ユーノが疑問気に首を傾げる。当然だろう、こいつは中の状況を知らない。だが、言う事は出来ない。

「中は通らない方がいい。」

有無言わさぬ声色を絞り出し、ユーノを睨みつける。ユーノは身を震わせ、弱弱しく肯定した。
それでいい、今の彼女にはあのロビーの光景は絶対に見せてはならない。
化け物に追い詰められた数人の警官と50人を超える市民たちの惨殺死体が転がっているなど、見せられる訳が無かった。








あとがき
どうも雷電です。うん、あんまり変わって無いんだ。ちなみに副題は『イカレタ世界にようこそ。』
これも書いたり消したりを繰り返して結局これに落ち着いたんですよね、勢いが無くなると難しいですはい。
それに地震の事もあって、市街地が問答無用に破壊されるこれは使っていいモノかとまた悩みまして・・・・時間切れで、はははは。
まぁそんな話は置いといて、今回は主人公の限界と立ち位置。普通の人から見た魔法という存在の異常性。
主人公的役割はなんだかんだ言っても普通の人、経験がありますが役に立たない時は役に立たない。
今回だって戦闘では歩兵クラスには勝って派手に砲撃かましてる割に効果は全く無い。
何もかもが足りな過ぎて本丸攻略ができんのです、出番だ原作主人公。
しかしアニメを改めてみると、よくあの規模の被害がそこまで話題にならなかったですね。
まぁ細かいことは良いんだよ、なのでしょうが。というより、アニメ基準で書いてる自分が変なのか。
本作では月村のバックアップがあるのでそれなりに隠蔽できます。あくまでそれなりに。
そして主人公的役割視点は割とハードモードなので人が死ぬ。
特に序盤なんざ、普通に人が生活してる市街地戦な訳ですし、死なない方が変だと思うのです。
さて、今回はこれ位にしておいて、遅れてしまってすみませんでした!!
これからもこの未熟で拙い自分の作品をどうかよろしくお願いします!by作者


追伸・この頃PEのBGMが頭から離れない、なぜ?




[15675] 無印 幕間1
Name: 雷電◆5a73facb ID:b3aea340
Date: 2011/07/17 16:27




Side,アリサ・バニングス


朝、私は鮫島に送ってもらって一週間ぶりに学校に来た。あんなことがあったのに、学校はいつもと変わらない気がした。
でも違った。いつもと変わらない校舎なのに、何かが違う感じがする。
人気が無いから?ううん、違う。いつもの明るさが無いんだ、暗くて、陰鬱で、行き場のない暗い何かが溜まってる。

「おはよ~~」

「おっは~~、ってなんだ?一人なんて珍しいじゃねぇか。」

もうすぐホームルームなのにまだ人影がまばらな学校の教室に入ると、驚いた様子の水戸が最初に答えてくれた。
こっちこそ朝一番のあいさつがあんただったなんて驚きよ、まだなのは達は来てないみたいね。

「やっぱ少ないわね。」

私もあんまり行きたい気分じゃなかった。

「しょうがねぇさ、昨日あんなことがあったんじゃな・・・」

水戸はとてもつらそうに言う。ガス災害は、やっぱりかなりひどいようだ。
あの日は散々だった。パパと折角のお買いものなのに、町がいつの間にか世紀末みたいになっちゃって完璧におじゃん。
ビルは何棟も崩れてるし、道路はめくりあがって、焦げくさい匂いに、人の悲鳴・・・・もう聞きたくない。
私たちももし少し長くデパートに居たらどうなってたことか・・・・

「うちのクラスはまだいいぜ。5年は、3人死んじまったって話だ。」

「予想はしてたわ。」

これでもまだ少ない方だ。中学の男子校なんて、校舎が崩壊して部活や生徒会の仕事で学校に居た生徒と教師が何百人も死んだんだから。

「今日は集会をやって終わりだってよ。くそっ、こんなに嬉しくない半ドンは初めてだ。」

「半ドンじゃないかもしれないわよ。たぶん明日からしばらく休みじゃないかしら。」

「それでも全然嬉しくねぇよ!」

水戸は乱暴に自分の席に座ると不機嫌そうに天井を見上げる。暗い雰囲気の漂う教室にはそれが異様に大きく聞こえた。

「くそったれっ、折角試合に勝って、楽しい一日で終わるはずだったのによ。
栗林だって、ゲーム買いに行くってはしゃいでよ。それがあいつ、今は病院なんだぜ?なんだってんだよ、あいつがなにしたってんだ?
しかもよ、もう少しでゴールデンウィークだ。ゴールデンウィークだぞ、何もかもが駄目になっちまった。何もかもが!」

水戸は今にも泣きそうになって、それを我慢しているようだった。
そうよね、昨日はあんなに楽しそうだったもんね。本当に、なんでこんなことになったんだろう。
誰の所為?それとも単なる事故?どっちにしろ、水戸はやりきれないに決まってる。
だけど、私は水戸に声をかけることができなかった。
私にとっては、赤の他人の他人事。同情はするし共感もするけれど、こいつと同じ気持ちは解らない。
知ったような口で言うのは、ちょっと憚られた。

「おはよう。」

「おはよう。」

「なのは、すずか!」

やっと来た二人に、私は安堵した。まぁなのはは自分の家で寝てたわけだし、すずかは隣町のアウトレットに行ってたから巻き込まれて無くて当然なんだけど。
しんみりした暗い雰囲気の教室に二人もちょっとショックを受けたみたい。

「昨日は大変だったね。」

「うん、そうね。」

「・・・・」

なのは、なんで黙ってるのよ?なんでそんな悔しそうな顔してんのよ?なんでそんな悩んでんのよ?
すずかもよ、なんでそんなに悩んでんのよ?悲しそうな顔してんのよ?

「なのは、どうしたの?」

「え、あ、なんでもないよ、アリサちゃん。」

嘘よ、そんな取り繕ったってあんたが悩んでんのはお見通し。
まったくこいつらは、なんでいつも変な所で頑固なんだろう?悩んでるなら相談してくれてもいいじゃない。
ん?なんか違和感が・・・そうだ、まだあいつの顔を見てない。まだ教室には居ない、おかしいわね。トイレかしら?

「たんだいまっと?バニングスにみんなもおそろいで、おはにゃ~~。」

宇都宮がクラスに入ってきた、こいつはこいつでいつもどおりね。こういうのには強いのね。

「宇都宮おはよ。」

「昨日は大変だったにゃ~~、やっとお袋が帰って来たってのについてねぇ。」

そういえば、こいつのお母さん仕事で世界中を飛び回ってたんだっけ。最悪な時期に返ってきたわね。

「そりゃ残念だったわね。ところで斎賀は?」

「斎賀?今日はまだ見てねぇにゃ。」

ふむ、虎柄頭のこいつが知らないとなるとまだ来てないのかしら?珍しいわね。
自転車通学なのにいつも私たちよりも速く学校に来てるあいつがいないなんて。

「何かあったのかしら。」

心配だわ、巻き込まれて無ければいいけど。大丈夫よね、翠屋に居たんだし。
でも、あの後またどっかに行って、あの近くに居たら?まさか、あの荷物だったし、きっとまっすぐ家に帰る筈よ。

「たぶん道が封鎖とか工事中だったりしてるんじゃね?ガス爆発とか見えないだけで結構広範囲に及んでるって話だし。
おかげで俺んとこは今まで臨時休業、ガスも水道も使えないんじゃ出来る訳ないぜぃ。」

「お前も大変だな。」

「そうでもない、水戸。うちは母ちゃんが手を尽くしてくれるからにゃ。でも客入りは期待できないんだぜ。
なんせ化け物を見たって話までまことしやかに出てるくらいだからな。しばらく開店休業だ。」

道か、でもおかしいわね。あいつの場合変に頭が回るから、それを見越して行動すると思う。
いつもの道が使えない位で遅れたりするんだろうか?たぶんしない、少しの遅延はあっても大抵は時間通りのはず。

「なのはちゃん、なにか知ってる?」

すずかがなのはに問いかける。なんか棒読みっぽかったけど、やっぱり空気になれないのね。
確かに、あいつを最後に見たのは翠屋に入る所だ。なのはなら何か知ってるかもしれない。

「斎賀君は、その・・・・」

なのはの言葉の歯切れが悪い。なによ、なんだって言うの?まさか・・・

「まさか・・・」

違うって言ってほしい。なのに、なのははコクリと頷いた。

「そんな・・・」

「嘘・・・」

口の中が乾いて、言葉が出ない。うそ、嘘でしょ?あいつが?あの戦場帰りの堅物が?
映画の主人公バリの激戦戦いぬいたって話のあいつが?

「その、晩御飯の材料を買いに行って、ガス爆発に、巻き込まれて、久遠ちゃんを庇って頭を強く打ったって・・・・」

「そんな・・・・」

体の力が抜けて、私はその場にへたり込んでしまった。嘘よ、あいつが?死んだ?
周りが煩い、みんな信じられないような表情でざわついてる。みんな信じられないんだ。
クラスの一人が死んだなんて、信じられる訳が無い。しかも、まだ転校してきたばかりなのに・・・

「今日は、家で休むって。」

「は?」

家で休む?あ、そういうこと、そういうことね。クラスの雰囲気が緩んだ、私の早とちりだった。

「よ、良かった~~斎賀君無事なんだ。アリサちゃん?どうしたの?」

「何でも無いわ、早合点しちゃったのが恥ずかしかっただけ。」

覗きこんできたすずかから顔を逸らす。
うぅ、私とした事が恥ずかしい。それもこれもみんなあいつのせいね、紛らわしいことして!!

「おいたわしや斎賀、話だけですぐ死人扱いされるあたり所詮その程度の存在という事なのか。」

「煩いわね!」

「おうふっ!?」

こんな所でギャグを飛ばす宇都宮の腹に一発くれてやった。いつも通りなのは良いけど不謹慎よ、全く。
でもそんな風にオチャラケた風に言った方が気が楽よね、これ以上思い出してたら本当に気が滅入っちゃう。

「あはは、だから今日は大事を取って家でゆっくり休むって。」

「家で?病院に行かなくてもいいのかしら。あいつ家に誰もいないんでしょ?久遠ちゃんだけじゃない。」

「そうなんだよね。お父さんが私の家に来ればって誘ったんだけど、断られちゃって。」

断った・・・って当然か、昨日が初対面なんだし。そう言えば私達はもう結構顔合わせてるけど、家に呼んだこと無かったな。

「心配だね、大丈夫かな。」

なのはとすずかはとても心配そうだ、私もなんだか落ち着かない。放っておけないのよ。
なんでなんだか、本当に解んないんだけど。気になり過ぎて胸がもやもやするわ。

「本当ね。」

「ほほぅ、バニングスは斎賀が気になると見える。」

「な、何言ってるのよ!別に特別な意味なんて無いんだから!!あんな変わりモノの変人!!」

「本人公認とはいえ言いたい放題だな・・・確かにノートを左書きに直して書いてた変態だけど。」

別に友達なんだから心配するのは当然でしょ!勘違いしないでよね、友達だからなんだから!
それに久遠ちゃんよ!!折角あいつんとこに来たのに初日からあれじゃかわいそうだなって思ったのよ!!
私はいきり立って反論するけど水戸はにやにやと笑ってばかり、集会が終わるまで水戸に面白いように弄られた。
本当に最低、少しは良いけど言い過ぎは不謹慎よ!・・・・でも、なんだか悪い気はしない。なんでだろう?





幕間1『放っておけない。』『現実を受け入れろ。』





時刻はすでに正午を回った昼下がり、俺は自室の布団の中で唸っていた。
頭が痛い、体が痛い、吐き気がする、寒気がする、時には熱くなったり、体中がかゆくなったり、なんだかおかしくなってくる。
時間の感覚も曖昧だ、時計が無ければとっくに何時かも解らなくなっていただろう。
例の災害から一週間、俺はほとんど寝た切りの状態だ。なんとか家まではたどり着いたものの、俺の体は限界に達していた。
多量の出血による貧血、その出血を招いた裂傷や切り傷、そして多くの打撲、そして原因不明の不快感や頭痛。
モルヒネなどの投薬で誤魔化していたが、それも限界だった。

「とうや、だいじょうぶ?」

全然大丈夫じゃない、だが久遠に頭を撫でて頷く。
だがそれすらもかなりきつい。体の節々は軋み、頭はガンガンと痛み、そこらじゅう筋肉痛で鈍痛が絶えない。
吐き気は腹の中身をごっちゃにされたような感覚、まるでかきまぜられているかのようだ。
寒気はまるで血管を血の代わりにぬるま湯が走っているようだ。寒い、本当に寒い。
なのに、胸の奥だけは異様に熱い。心臓がバクバクと音を立てているのが解る、息が上がる、肺が苦しい、息が続かない。
寝たまま頭を撫でるだけでもこれなのだ、起きあがるのだって一苦労。寝ているだけでも、気を抜けば吐きそうだ。
まさか、ここまで症状が酷くなるとは予想外だったな。本くらい読めるだろうと楽観してたのに。

「んっ・・・・・」

「とうや。」

まずい、力んだら気を張ったらめまいが・・・・視界が歪む、久遠の声が波打って聞こえる。
出来る限り処置はしたが、それでもこれが現状。やはり、これは普通の症状じゃない。おそらくは魔術的な何かだ。
体には自信があったんだが、胸の奥が熱い、燃えそうだ・・・・

「とうや。」

「なんだ?昼飯ならさっき食ったろ、我慢だ。」

「ちがうよ、やっぱりしろうおじさんのおうちいこ?びょーいんにもいこ?」

もうこの問いは何回目だろうか。善意からとはいえ士郎さんも面倒な提案をしてくれたものだ。
まったく・・・・まさか帰った途端、家の目の前で美由希ちゃんと鉢合わせするとは想像できんかった。
なんでも騒ぎで心配になったからだとか、なんとか誤魔化せたのが幸いだったな。

「だめだ。高町の家に迷惑になる訳にはいかん。病院も今はてんてこ舞いで、診療などしてる暇などなかろう。」

高町はともかく、士郎さんや家の人とは本当の意味で会ったばかりの間柄だ。こんなことを頼むような間柄じゃない。
何より高町家には何か裏の顔があるだろう。あのような剣術を持つ人間が裏の全くない人間とは思えない。
これ以上下手なことをするのはごめんだ、正直言って笑えない。
病院も、昨日のジュエルシードの所為でおそらく限界を超えかけている。それにこれが普通の病院でどうにかなるとは思えない。

「でもとうや、くるしいんでしょ?」

「そうでもない。」

「うそ、とうやくるしそうなかおしてる。」

久遠の言葉に頷き返す、ここでまた嘘をついても心配させるだけだ。こいつは幼いが純粋な分勘が鋭い所がある。

「しろうおじさんがなんとかしてくれるっていってたし、ももこおかあさんもかんびょーしてくれるって。」

「まだ会って間もないのに迷惑はかけられんよ。これ位、寝てれば治る。」

銃弾とかをもらっていないだけマシだ。
おそらくこの原因は高町とジュエルシードの濃厚で大き過ぎる魔力に当てられ過ぎたせいだろう。なんとなくなんだが、たぶん。
そのせいで体のどこかが変調を起したのではないだろうか?これも魔術の品、可能性はある。
となると俺にはあまり治療法は無い。魔術だなんだに関してはほとんど門外漢なのだ。
薬や知りうる限りの治療法で抑える位しかない。後は明日までぐっすり眠る、眠れなきゃ睡眠薬も飲む。
ウォッカを飲むのもいいかもしれんな。本当かどうかは知らんが放射能を解毒する効能があると聞くし、酒は百薬の長だ。今度買っておこう。
今は代わりにウィスキーでも飲んでおこうか。・・・ありゃ、これでは寝酒だな。睡眠薬いらん。

「久遠、注射器と鎮痛剤、それと栄養剤を。少し寝る。」

「わかった、おみずもってくる。」

久遠は頷くと、部屋を出て行った。これで、ひとりか。小さく、本当に小さく俺は毒ついた。

「・・・・・くそったれ。」

本当に、くそったれだ。昨日で、何人の非戦闘員が、市民が死んだ?
今それを問うのはおかしいだろう。解ってる、今の俺にはなにも無い。だが、それがどうしたのだ?

「何やってんだ、俺は?」

俺は誓ったはずだ、あの時、図書館でこの国の歴史を知った時、この平和な世界を護ろうと誓っただろう。
だがどうだ、俺は何ができた?あの化け物を相手に、どれだけ効果的な策を打てた?攻撃ができた?
市民の避難誘導は?取り残された市民の救助は?支援は?いや、何も出来なかった。
解ってる、俺は所詮一人だ。たった一人の普通の人間、何の異能力もない、一人の兵隊。
資料の中の魔術師とか、妖怪とか、そんな連中のような異能力や、突飛な身体能力なんざ持ち合わせちゃいない。
鈴音のような先天的な体質なんてものもない、そんな連中と比べれば非力だ。
しかし俺とてただの一般市民と言う訳ではない、れっきとした軍人だ。さまざまな兵器を扱い、戦場で戦う兵士だ。
なのにこのあり様はなんだ?町を護れず、最後はあの子に賭けた。あそこではああするのが正しかった、そうでなければ守れなかっただろう。
解ってる、解ってるのだ、だが・・・俺は子供を戦場に立たせるのすら容認した。
力があるなしに関係なく、大人は子供を護るために居るものだ。子供を戦場に立たせるなんてのは、俺は絶対にごめんだ。
撃ち合い殺し合いは俺がやる、あの子にはあのジュエルシードとやらを封印するときだけ出てきてもらう。そう考えていた。
なのにこのざまだ。意気揚々と出しゃばって、結局何の役にも立てなかった。あの化け物に手も足も出なかった。
慢心していたのだろう、銃火器が通用するとみて、所詮はこの程度だと軽く見ていたのか。こんな年にもなって情けない。
せめて市民を退去させることができれば変わったのだろうか?軍であれば、まだそれ位はできたかもしれないのに。
こんなに悔しいのはいつ振りだろう。悔んでもしょうがないが、悔やんでも悔やみきれない。
俺は出来ることを全てできなかった、最善の手を尽くすことができなかった。もっと手を尽くしていれば、状況は変わったはずだ。
しかし・・・どう手を尽くせばよかったのだろう?俺には魔術だのなんだのという知識はほとんどないし、頼れるツテもない。
俺はそんな世界とは無縁に生きてきたのだ、あった方が困る。
その上ここは未来、戦友も信用している知り合いもいない。何もかも失い、裏切られたのだ。

「本当に、なにやってたんだ?」

確かに武器弾薬も食料も腐るほどある、軍資金も困らない。だが武器弾薬だけでどうしろというのだ。
戦いは弾薬だけでは出来ない、それに伴う数の銃と人が必要なのだ。それを知らない二人ではないだろう。
お笑いだ、以前は弾無し、金なし、食料無しで困ったのに。今はそれ以外すべてのモノが無い。
武器弾薬と金だけあってもどうしようもない。その上、周りは敵だらけだ。笑えない、本当に笑えない。
絶望的な状況には慣れているが、ここまで最悪な状況は始めてだ。精神的にもきつい。
一度来てくれた見舞いでさえ、あの子は人を見定めるような目をしていた。痛くない腹を探られる事ほど辛いものは無い。
面白いことではないが、あの子も必要があってしているのだ。そう信じたい。
思えば、俺は開き直るふりをして現実逃避をしていただけに過ぎんかったのだろうな。理解すれば、どうなるか解らないから。
笑っちまうほど最悪で最低な、突破口が見出せない現実を見たくなかったんだ。
もし一歩、1ミリでも足を踏み間違えていたら、俺はおそらくあの夜に殺されていただろう。そうでなくとも、どこかで必ず。
友人の子孫の手によって、それもただの勘違いでだ。本当に、ここがどこだか思い知らされる。
魔術の世界はとても残酷な世界だ。やるかやられるか、そんな世界だと資料からでも理解できた。
そんな世界に俺は放り込まれたのだ、武器弾薬と金を腐るほど抱えた怪しい人間として。

「寂しいなぁ・・・」

寂しい、悲しい、俺にはもう何も無い。家も、軍も、部下も、親友も、妻も、娘も、何もかも無くなってしまった。
こんな事、初めてだ。戦場でも経験したことのない寂しさだ、苦し過ぎる。久遠の言う通りだ、こいつは隠しきれそうにない。
ガタルカナルや、沖縄の比じゃない。狂ってしまいそうだ、もう全てを捨ててしまいたくなる――――戻ってきたか。

「とうや?」

「おかえり。」

「とうや、ないてるの?」

「え・・・」

俺は今さら、泣いているのに気が付いた。とりあえず、拭う。年のせいか、涙もろくなっているのかもしれん。

「汗が目に入ってな。水は?」

「もってきた」

「ありがとう、薬を取ってくれないか?それとウィスキーも。」

「はい。」

久遠に頼んで鎮痛剤と錠剤の栄養剤を取ってもらい、鎮痛剤を注射してから栄養剤を水で一気飲みする。次いでウィスキーも一杯。
飲んでも吐かないのが幸いか。後は布団を被ってとにかく寝やすい恰好で寝る。今回は文字通り大の字だ。
これに関しては子供の体に感謝だな、大の字になってのこの大きめの布団から手足が出ない。

「ありがとう、久遠。」

「うん、くおん、ここにいるからね。」

「ああ、おやすみ。」

まったく、情けないな。目をつむりながら俺は思う。今日は、散歩をしながら幼稚園を探すはずだったのに。
俺がこんなありさまになって、久遠にいらぬ心配をかけている。本当に情けない。

「夕方になったら起こしてくれ、晩御飯を作ろう。」

「うん。」

鎮痛剤とアルコールが効いてきたのか、痛みが少し引いて眠くなってきた。

「とうや。」

「うん?」

「いなくなっちゃ、やだよ?」

居なくなる?俺が?あぁ、そういうことか。

「この程度で死ぬものか、大丈夫だ。」

「うん、おやすみ。」

そうだ、まだまだ、機会なんていくらでもある。今はまず、体を休める事が先決だ。やることはまだ山積みなのだ。
いっそのこと、本当に傭兵にでもなってしまおうか? そんなことを考えながら、俺は眠気に身を任せた。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





学校帰りの昼下がり、私はお土産に翠屋のケーキを持って斎賀の家に向かっていた。
結局放っておけなかった、気になっちゃってしょうがない。なんだか放っておけないのよ、なんでか。
いつもあいつはそんな感じ、頼れるし面白いけど、なんか放っておけないの。

「あ、ここね。」

あいつの家はちょっと町はずれにある静かな住宅地にあった。
見事な和風の屋敷だわ。私やすずかの家とか、なのはの家とはまた違う感じがする。
なのはとすずかが見たらきっと驚くわね。用事とはいえ一緒にこれなかったのは残念ね。
大きい家、なのは以上、私達未満ってところかしら。戦場帰りって聞いてたけど、両親は金持ちだったのかもね。
こんだけ大きいんだし、もしかしたらもうメイド・・・・じゃなくてお手伝いさんの一人や二人いるのかしら?
だったら、まぁ少しは安心なんだけどさ。

「えっと、インターフォンは~~~・・・」

無い。探したけど玄関にそれらしいものは無い。壊れたから外したのかしら?不便じゃないの。

「仕方ないわね。ごめんくださ~~い。」

曇りガラスの引き戸をノックして呼びかける。ちゃんと聞こえるかしら?奥の方に居たら聞こえなさそう。
ここはちょっと失礼だけど、アニメよろしく中庭に回ったほうがいいのかしら?

「は~~い。」

と思ったのもつかの間、出迎えてくれたのは久遠ちゃんだった。ちゃんと聞こえてたらしい。
私がお見舞いに来たことを告げると、久遠ちゃんは大喜びしてくれた。
すぐにでもあいつの部屋に案内してほしかったけど、今は眠っているらしい。
さすがに寝ている所を起こすのも気が引ける、とりあえずあいつが目を覚ますまで居間で待つことにした。
あとはあいつが起きるのを待って、ケーキを渡して、とりあえず元気かどうかを確かめて終わりね。

「れんらくちょーとおてがみありがと。まっててね~、いまおちゃもってくる~~」

「久遠ちゃん、一人で大丈夫?」

「だいじょ~ぶ~~つめたいのだから~~」

久遠ちゃんはそう言うとキッチンの方に向かった。ちょっと心配だけど、あんまりしつこく言うのも失礼だからやめておこう。
私は荷物を脇に置くと久遠ちゃんが敷いてくれた座布団の上に座って、待ちながら部屋を見渡した。
本当に見事な和風様式。洋風の私やすずかの家や、なのはの和洋折衷の家とはまた違う。

「静かだわ。」

それにとても静か、本当に二人以外誰もいないみたい。風の音とか、外の木の音が静かに聞こえてくる。
なんだか心が落ち付く。畳の匂いとか、心が落ち着く匂いに包まれてる、そんな感じがする。
あいつの趣味なのか、あんまりごちゃごちゃした物が無いのもまた目が落ち着く。
古めのブラウン管テレビとちゃぶ台、床の間に飾られた木の枝に止まる鶯の掛け軸、なんかお婆ちゃんの家って感じ。
床の間に飾られてるのがお皿とか壺だったらもっと雰囲気出てたかもね。あとつけっぱなしのテレビも。
久遠ちゃんが見てたのか、某魔法少女アニメのビデオが一時停止されてる。私も見てるやつだ。
キャラのデザインは普通の魔法少女物なんだけど、話が進むうちに魔法少女物とは思えない鬱展開に発展した深夜放送アニメ。
毎回度肝が抜かれる展開ばかりで私も先が気になって仕方ない、速く来週にならないかしら?
・・・・って、なんで久遠ちゃんがこんなの見てんのよ、あいつの趣味か?だったら話が合いそうね。

「おちゃとおせんべぇもってきたよ~~」

「あ、久遠ちゃん。ありがと。」

久遠ちゃんが大きなお盆にせんべいと麦茶の注がれたコップを持って戻ってきた。
4歳とは思えない位力持ちね、結構重たそうなのにまったくふらついてない。

「いいんだよ~~ありさおねーちゃんはおきゃくさんなんだから~~」

もう一度床の間に目をやる、そこにはあまりにも見慣れない鉄の塊が2脚に支えられて立っていた。
床の間に安置された日本刀のごとく飾られたそれはマガジンを上に着けるタイプの大昔の機関銃だ。
脇には金属製の弾薬箱らしい箱と模擬弾の込められた予備のマガジンも添えてあって、完全に臨戦態勢。
その横には古い猟銃にスコープを付けたようなスナイパーライフルも置かれている。
たしか、スプリングフィールドだったかしら?昔グアムで見た気がする。やっぱ銃が手放せないってやつかしら。

「ありさおねーちゃん、どうしたの?」

「久遠ちゃん、あれ、なに?」

「く~~?きゅうきゅうしきけーきっていうけーきかんじゅうときゅうきゅうしきそげきじゅうっていうそげきじゅう、ってとうやがいってた。」

「へぇ~~」

お茶を一口飲むと、興味本位に上座に近づいてキュー旧式ケーキとやらを手に取った。
ほぼ全体が鉄でできたそれは、飾り物とはいえかなり重くて迫力満点。
なんか、こういうのには興味無いけど実物を見るとなかなかかっこいい。
渋い鉄の光に、グリップやストックの木の感触、かすかに香る油の匂い、すずかもこういうのがいいのかしら。

「よくできてるじゃない、本物みたい。」

「本物だと言ったらどうする?」

「あ、斎賀、起き――――」

ガシャン、と手から機関銃が落ちた。居間にやってきたあいつの姿が、とても信じられなかった。

「危ないな。本物な訳なかろう、無可動実銃だ。銃器の収集は俺の趣味でね。ようこそ。」

「よ~こそ~~」

「手紙を届けてくれたんだな、ありがとう?学校の方はどうだった?・・・おい、どうした?」

あいつの言葉が耳に入らない、調子が悪いって言ってもここまで悪いなんて思いもしなかった。
顔色はいつものように健康的な肌の色じゃなくてとても青白い、深緑の寝巻の裾から痛々しく湿布と包帯が巻かれているのが見える。
息も浅くて絶え絶え、瞳は不規則に揺れていて瞳孔がかすかに開いているように見える。
足取りも頼りない、いつも力強くキビキビ歩いているのに今はとても頼りない足取りで少しふらついてる。
なのに、いつも通り優しく微笑むその表情は変わらない。まるで、もう先の長くないお爺さんのように。

「すまんな、せっかく来てくれたのに何もできないで。ゆっくりしていきなさい、今甘い物も出してやろう。」

「あんた、寝てなくて良いの?」

「平気だ、少し調子が悪いだけだからな。水羊羹でいいかな?」

何が平気よ、思い切り無理してるじゃない。それで隠してるつもり?バレバレなのよ。
なんだか腹がたった。こいつもなんだ、こいつもなんか私に隠してる。
この頃なのはもすずかも、宇都宮までなんか隠してる。宇都宮はどうでもいい、斎賀も、まぁ話してくれないのは解る。
すずかもなのはも、折り合いが付けば話してくれるって信じてる。だから我慢できた。でも、今は・・・

「あんた、寝てなさい。」

「しかし、家主が客人もてなさないというのは―――」

「良いから寝てろ!!」

こいつをこれ以上動かしちゃ駄目だって思った。きっと取り返しがつかなくなる、ただそんな気がした。
だって、こいつは今にも死にそうな顔をしてる。そんなの放っておける訳が無いじゃない。
寝巻の襟を掴むと、やっぱり汗でぐしょ濡れだ。体温もかなり高い、触っただけで解る。

「うがっ!?引っ張るな!!」

なによ、引っ張った位でそんな痛そうにして。そんなに痛いなら猶の事寝てなさいよ。

「久遠ちゃん、こいつの部屋どこ。」

「こっち!」

「バカ!久遠!!」

久遠ちゃんの案内で、私はこいつの部屋に向かって歩き出す。こいつの部屋は、一番奥の板で塞がれた廊下の手前に有った。
日当たりはそれなりの6畳一間の和室、余り物が無くて窓際に小さな机と本棚と箪笥だけ。
机の上には写真立てとばらばらのモデルガンや模擬薬莢が散らばってて、灰皿に煙草の吸殻が入ったまま。
っていうか煙草?こいつ吸ってんの!?・・・いや、待つのよ私、今はそんな場合じゃない。
本棚は古くて難しい本ばっかり、少しだけラノベと図鑑が入ってるけど本当にそれだけ。
箪笥も古い階段箪笥、飾りも何も無い本当に質素な部屋。
でも酷い有様だった、布団の横には古い医療器具と薬瓶が載ったトレー、ゴミ箱には錠剤や湿布の箱が詰め込まれている。
窓は開きっぱなしなのに、汗の匂いと薬の匂いが酷く籠ってる。それにどこか鉄臭い。自分で治療してたって言うの?

「み、見られたか・・・・言うなよ。」

「煙草の事は置いておくわ。替えの寝巻はあるわよね?どこ?」

そっちか~い、って顔してるけど気にしない。どうせあれモデルガンでしょうに。

「箪笥の下から2番目に入っているが、何する気だ?」

「手伝うからさっさと着替えなさい、そんなのぐしょぐしょの着てたら風邪までひくわ。汗も拭かなくちゃね。」

「そこまでひどかったか、感覚が鈍ってるな。そうだな、一人でできるから手伝いはいいよ。」

問答無用!そんなふらふらでカチコチな動きしてる癖に何を言うか。満足も動けない癖に、そんなんじゃ治るものも直らないわよ。

「こ、コラ何をする!?脱がすな!」

「久遠ちゃん、小さめのタオルと桶か洗面器かなんかに水を入れてきて。」

「りょーかい!」

「止めなさい!バニングス!!」

抵抗するけど止めない。そんなに嫌なら、力づくで止めればいいじゃない。
でも出来ないんでしょ?解るわよ、今のあんたにそんな力は無い。
抵抗だって、私が力づくで抑えられる位弱くなってる。いつものあんたなら一蹴できることでしょうが。

「うっ・・・」

脱がすと、斎賀の上半身の状態が良く解った。切り傷と火傷、映画で見るような銃創、他にも怪我の痕がたくさんある。
私は思わず口をふさいだ。酷過ぎる、まるで映画でよく見る拷問の痕みたいだ。
傷だらけで、応急処置を跡が生々しい。消毒液の匂いと血の匂いが少し鼻につく。
それにこの古い跡も全部、戦場で受けた傷ってことよね。居たのは2年間だけって聞いたけど、それでもこんな風になるんだ。

「あまり子供に見せられるものではないのだがな・・・・すまん、気持ち悪いモノを見せたな。」

「気にするもんですか、ほら座る。背中は拭いてあげるから、前は自分でやりなさい。」

久遠ちゃんが持ってきてくれた洗面器の水にタオルを浸して絞ると、一枚は斎賀に渡す。
もう一枚は私、昔お母さんがやってくれたように優しく丁寧に背中を拭いてあげる。傷を下手に刺激しないように、優しく、丁寧に。
案外、こいつの大きな背中は大きい。肩幅は広くて、とても筋肉質、なのに傷だらけな背中だった。
背中にも撃たれた傷、斬られた傷、火傷みたいな酷い傷跡がたくさん残ってる。でも、気持ち悪いって感じはしない。
鍛えられて筋肉質な背中には、むしろこの傷は誇らしげに見える。

「これ、もう痛くないの?」

「跡が残ってるだけだ。偶に痛むこともあるが、大したことは無い。」

そうなんだ、良かった。

「はい終わり。前は自分で拭いたわね、ならさっさと着替える。」

「投げなくてもいいだろう。恥ずかしいなら脱がせなければよかろうに。」

う、うるさいうるさいうるさい!!

「ほら、着たら寝る!久遠ちゃん。」

「うん。」

「久遠、裏切ったか!!」

抵抗むなしく久遠ちゃんに布団に寝かされる斎賀。よし、これで一段落ね。とりあえず座りましょう。

「やれやれ、君にはかなわんな。これが若さか。」

「なに老け込んでるんだか、そんなに具合が悪いなら本当に病院に行った方がいいわよ。」

「向こうもてんてこ舞いだろうからな。それで変な処置されてもかなわん。」

こっちの病院と戦場の野戦病院をごっちゃにしてるのかこいつは。

「じゃぁなんで士郎さんの誘いを断ったの?なのはから聞いたわよ。随分と頑なだったみたいじゃない。」

「昨日見知った間柄なのに、いきなり世話になるのは気が引ける。」

変な所で頑固な所があるのね。だから奇人変人堅物な訳か。これを考えた奴はこいつを良く知ってるわ。
こんな体なのに、手を差し伸べられても頼ろうとしないで遠慮して、それで体壊してちゃ意味無いじゃないの。

「でもこの家にはメイドとかいないわよね。まともに家事も出来ないんじゃない?」

「庶民の家に居る訳あるか。家事は適度にやっている、久遠も手伝ってくれるしな。」

私が問いかけると、当然というようにこいつは答えた。

「このでかい家に二人っきりなんだ。」

「まぁな、正直困っているよ。掃除が大変でなぁ。」

この大きな家に二人きりか。私はなんとなく、お父さんと私の二人だけの屋敷を思い浮かべた。
鮫島も、使用人も、犬達も、誰もいない。広い屋敷の中で、お父さんと二人きり。寂し過ぎる、そんなの頭がおかしくなりそう。

「寂しくないの?」

「久遠が居るのでな。それに、もう慣れたよ。」

口ではそういうけど、斎賀は少し寂しげだった。一瞬だったけど、とても辛そうに見えた。

「なによそれ。」

解った気がする。こいつが放っておけない理由。こいつ、昔の私みたいなんだ。
いつも一人で何でもできると思ってて、我儘で、自分で壁を作って、それでいつも孤立してた、なのはやすずかに会うまでの私。
自分の壁を全部取っ払って、今の私になる前の本当に嫌な奴だった私。
私とは境遇も何もかも違うんでしょうけど、きっとこいつも同じ。
こいつが転校してきた時も、最初のお昼の時も、こいつはどこか寂しげだった。だから放っておけなかったんだ。

「あんた、馬鹿じゃないの?そんな顔して言う事?」

「いきなり酷いな、バニングス。まぁ、酷い顔なのは確かだがな。・・・煙草を取ってくれないか?机の上にある。」

「アリサでいいわよ。次からは名前で呼びなさい、私も名前で呼ぶから。あと吸うな、禁煙しなさい。」

「きんえん!」

そんな壁、何の役にも立たないわ。そんなのにこだわってたら、楽しい時間も楽しくなくなっちゃうのよ。
昔何かあったのかは知らないけど、今はあの爺臭どもや私達が居るじゃない。そんな寂しい顔する必要なんて無いのよ。

「久遠、お前意味解ってないだろ?君もいきなりだな。」

なによその困ったような目は!

「文句あるの?」

「・・・いや、別に。なんだかこうやって話していると懐かしくてな。」

やれやれと洞爺は被りを振ると布団を被った。なんだかはぐらかされた気がする。
やっぱりこいつは変に昔堅気な変人だ。だからこそ面白い奴なんだけど、やっぱり何か隠してる。

「時間は良いのか?」

「鮫島を呼んであるから大丈夫よ。時間になれば迎えに来てくれるわ。」

「そうか、なら安心だな。近頃夜は危険だ。久遠、そこの錠剤を取ってくれ。」

本当よね、おかげでお父さんもお母さんもうるさいし。まったく、遊びにも行き辛くてたまんなかったわ。
考えてみれば、昨日のことといい動物病院といい、この頃変な事件が多すぎる。
すずかも誘拐されかけたし、もしかしてなんか関係があるのかしら?それに、あの変なスナイパーも気にかかる。
調べる価値がありそうね、あいつが誰か突き止めればもしかしたら何か分かるかも。
パパと鮫島に頼んで、ちょっと調べてもらおうかな。

「って、なに飲んでんのよ?」

「睡眠薬だ、寝着きにも支障が出ていてな。寝酒だと効率が悪かった、酔うことすらできん。」

あぁ、だからウィスキーの空瓶が部屋の隅に一本だけあるのね。

「だがこれもその場しのぎにしかならんのだ・・・眠くなってきた、すまんが一眠りさせてもらうよ。」

「寝なさい寝なさい、病人は寝なさい。寝てる間は私に任せときなさいな。」

「すまんな。久遠の事、頼んだ・・・・・・すぅ・・・・・ず~~~・・・・」

「寝ちゃったわね。」

小さくいびきが聞こえたと思ったら・・・・しかも仏頂面で。
相当具合が悪いみたいだし当然か、安らかに寝るってわけにもいかないだろうし。
ちょっとだけ口元が笑ってるから、良い夢見てるのかな?

「久遠ちゃん、居間にでも行って遊びましょうか。ここにずっといたらなんかの拍子に起こしちゃいそう。」

「うん、なにしてあそぶの?」

「そうね、久遠ちゃんは何して遊びたい?」

「う~んと・・・・げーむ!」

洞爺、とにかく今は寝てなさい。鮫島が迎えにくるまで、出来ることはやってあげるから。
そうね、まずはゲームか。この子のするゲームって何かしら?

「んー!これこれーーー!!」

「おいまて。」

居間に戻ってテレビ台の引き出しから久遠ちゃんが引っ張り出したのはPS2、新型の薄い方だ。
あいつがゲームをやるようにはあんまり見えないけどそれはいい、この時代ゲーム機なんて家庭に一台あるもんよ。
だから、いいんだけど・・・この子の持ってきたゲームの方が問題よ。

「なんで、FPS?」

ファースト・パーソン・シューティング、通称『FPS』よく戦争系のゲームにあるタイプ。
視点がキャラクターの一人称で、戦ってる時の独特な緊張感やリアリティがあるのが特徴だ。
私も何本か持ってるけど、むしゃくしゃした時に偶に引っ張り出す程度だ。
久遠ちゃんが4本ほどのゲームの中から出してゲーム機にセットしたのは、その中でもマイナーなやつだった。
久遠ちゃんみたいな子供がやっていいゲームじゃない、私もまだ9歳だけど絶対やっちゃだめでしょ。
17歳未満云々の注意事項が普通にカバーにあるわよ。あいつの趣味か?

「よーろっぱのきょーしゅー。たいせんしよ!」

「久遠ちゃん、これじゃなくて、こっちにしない?」

「や~、これする~~」

4本のうち2本のお子様系のファンシーなタイプなゲームを見せたらいい笑顔で拒否された。
というかこれ、全然やった形跡ないんですけど?もう一本なんて包装すら切ってないし。
ちなみにもう一本は某ロボゲーの地下編、二人してこっち系ばっかやってんの?あの野郎、女の子がやるゲームじゃないでしょうが。

「むふ~~ぜんくりしたくおんをなめるなよ~~~?」

「はいはい。」

しょうがない、まぁいいじゃないの。お手並み拝見ってとこね。えぇっと、私はドイツ兵、久遠ちゃんはソ連兵か。
本気を出したら可哀そうだし、手加減しなきゃね。

「すたーと!」

・・・・・・・・・なんて、思っていた15分前の私に文句が言いたい。
軽く捻ってやろうかと思っていた私が、ぼこぼこにされるまでそう時間はかからなかったのだ。
スナイパーライフルは扱い辛いから幼女が使える訳が無い、そう思っていた時期が私にもありました。

「ば~ん!ば~ん!」

なに?この鬼スナイプの嵐は?ジャンプ中にヘッドショットを決めてくるとかまぐれしかあり得ないわよ。
なんで何度も決めてくるの?一番広いマップの超隅から反対側の隅にいた私を撃ち抜くの?
大体、あのちっちゃい手でどうやってこんな縦横無尽に動かせるのよ!?

「ちょ!どこから!?・・・ってなんつーとこから!!」

今度は道路の真ん中に陣取ってた久遠ちゃんに建物から出た瞬間撃ち殺された。隠れる気無しなのも凄い怖い。

「そげきしゅとはまずすがたをみせないことがかんじんだ、ってとうやがいってた。
でもうえとしたのわけられたがめんじゃ、どうやってもばれちゃう、だからきづかれるまえにうつ。」

「ぎゃ!?手榴弾か!」

「やった。」

舌ったらずな掛け声と一緒に小刻みに体を揺すってゲームに夢中な久遠ちゃん。でも画面は地獄そのもの。
市街地のステージであっという間に私のドイツ兵が真っ白な雪迷彩のソ連兵にヘッドショットされ、今度はマシンガンでハチの巣。
手榴弾を避けるためにかくれたら真後ろからヘッドショット余裕でした・・・・
スナイパーライフルにマシンガンとか、ヘイヘかこの子は。しかも時たまMP40の弾幕掻い潜って白兵戦まで仕掛けてくるし。
何度か返り討ちにしたりこっちもスナイパーライフルで狙撃したりしたけど・・・

「や、やるじゃない。」

「むふぅ、ありさおねーちゃんもつよいよ~~~」

負けた、得点が3倍の差で終わった。相手は子供よ、幼女なのよ?まだまだちっちゃな子に、私が負ける?

「久遠ちゃん、もう一戦よ!」

「おー!」

否、断じて否よ!すずかに負けるのは良い、でも久遠ちゃんには分けられないわ!お姉さんだもの!!
子供だからって軽く見たのが間違いだった、本気で相手をしてやる。
ロード画面が終わってステージが始まる。今度は田舎町だ、かなり広いし狙撃にはうってつけね。
教会の2階とかは超危険、この子なら絶対狙撃しかねない。

「仕方ないわ。私の本気、見せてあげる!」

気合を入れ直して、私は早速あの子がいそうな場所に突進!そして武器ボックスで武装を変更、MP40。
教会の中に入って、最小限の行動で2階の狙撃ポイントに走る・・・・タァン!

「ぅっ!」

「ぬふぅ♪」

銃声が響いて眼前の壁に弾痕が開く、吹き抜けの一階から狙撃されたのだ。
紙一重のところで逸れたけど、行動が読まれていた!?だが甘いわ!

「見つけた!」

荒れ果てた礼拝堂の片隅に隠れるようにしてスナイパーライフルを叶えるソ連兵。
私はポリゴンの隙間から一階にジャンプして、そいつに向かってMP40をぶっ放しながら一直線に突っ込む。

「な、なんと~~!」

久遠ちゃんも驚いてる。ふふふっ、どんなもんよ。さすがにポリゴンの隙間は知らなかったみたいね。
私の本気は、相打ち覚悟のごり押しよ!弾の雨の中で悶え苦しむがいいわ!!って、思ってた時がありました。

パン!

凄い拍子抜けの銃声と共に私のドイツ兵がばたりと倒れる。そのあっけなさに私は一瞬呆けてしまった。
なんで?スナイパーライフルでも胴体なら一発だけ耐えられるはずなのになんでやられたの?
体力は満タンだった、瀕死にはなるけど次を撃つ前に私のMP40がハチの巣にしてる筈なのに。

「あ・・・」

こいつの銃。普通のスナイパーライフルじゃない。銃身に布巻きつけたモシン・ナガンじゃない。

「・・・いつのまにエンフィールドに持ち替えてたのよ。」

ある意味、バズーカなんかよりも極悪なスペシャル銃を持ちだしてきてやがった。
この銃、装弾数は多いし当たるとほぼ即死なのよ。当て辛いけど、慣れちゃうと凄い強いの。
さすがにこれはまずいと思ったみたいで、久遠ちゃんはこの後普通のヤツに戻してくれたけど。
結局、私が対戦で久遠ちゃんに勝つことは一度も無かった。

「うしろががらあきなの~~」

「いつのまに!?」

ある時はいきなり後ろからヘッドショットされて、

「どっか~ん!」

「・・・なんで手榴弾が。」

ある時は真上から迫撃砲みたいに手榴弾が落ちてきて吹っ飛ばされて、

「このこのこのこの!!」

「ずるい!ひきこもるなんて!!」

ある時は狭い袋小路でアサルトライフルをずっと乱射して久遠ちゃんをハチの巣にして、

「お嬢様、そろそろお時間ですが?」

「ちょっと待って、もうちょっと・・・・見つけたぁぁ!」

「にゅぉ!?みつかちゃった!!」

「・・・・・・しかたありませんな。」

「おちゃのんでいいよ、しゃめじまおじしゃん!!」

鮫島が迎えに来てくれたけど夢中になり過ぎてしまった、今日は父さんも残業だからいいんだけど。

「どすどすどすどす!」

「おらおらおらおら!」

「楽しそうで何よりですなぁ。」

互いに弾切れになった時はひたすらに殴り合って、

「どっかーん!どっかーん!!」

「ばしゅ~!ばしゅ~!!」

「・・・お二人とも、少し声が大きいのでは?」

ある時はバズーカ同士でひたすらに撃ち合って、

「うるさいぞ、小娘ども。」

「「すみませんでした。」」

だいぶ顔色が良くなった洞爺がものすっごい形相でやってくるまでずっと対戦をし続けてしまった。
気が付けば夕方を通り越して夜、しかもかなり遅い時間。
負けて悔しい、滅茶苦茶悔しい!・・・けどすごく楽しかった。
久しぶりに時間を忘れて遊べたし、気分も絶好調よ。すんごい晴れやかな気分。
幼稚園児相手に白熱しちゃったのは、ちょっと大人げないけどね。・・・今は久遠ちゃんと一緒に正座させられて震えてるけど。

「まったく、二人ともはしゃぎ過ぎだ。ご近所迷惑だろう?」

「「ごめんなさい。」」

「よろしい。足崩していいぞ。」

ゲンコツ痛い、パパより何十倍も痛い。顔も物凄い怖い、煙草まで口に咥えてるし強面だ。
具合はだいぶ良くなったみたいだけど、まさか怒られて確認するとは思わなかったわ。

「申し訳ございません、お嬢様がどうも御無礼をいたしました。」

「いえいえ、うちの子がご迷惑をおかけしました。」

・・・あとで士郎さんにも煙草の事知らせてやろう。二人揃って子供扱いして~~

「二人とも反省したのならよし。もう遅い、晩御飯はここで食べていくといい。鮫島さんもどうぞ。」

「え、いいの?」

「君たちが白熱している間に話は聞いたよ。拙い手料理だが御馳走するよ。久遠の面倒を見てくれたお礼だ。」

「ゲームしてただけなんだけどね、私もかなり楽しんでたし。」

「いや、君には感謝してるよ。君のおかげで少し元気が出た。すぐ作るから、適当に寛いでてくれたまえ。」

さっきまでとはうって変わって優しい笑みになった洞爺はそう言うとキッチンに向かって行った。
その暖かくて、なんか安心できるような感じがする頬笑みに、私は思わず目を奪われてしまった。

「・・・」

「む~~?おねーちゃんかおまっか~~~」

やばい、なんだろ。今なんか胸がドキッてした。なんだろ、この気持ち・・・変だ、私。

「久遠ちゃん、なんか私、ちょっと変かも。」

「む?かぜ?」

風邪なのかな?確かに胸が凄いドキドキしてるし、ちょっと熱っぽい感じがする。
でも、なんか違う。確かに変なんだけど・・・嫌な気分じゃない。なんなんだろう?
この日、家に帰るまでこの感覚がなんなのかずっと考えたけれど、全く解らなかった。







あとがき
という訳で幕間です、時系列は町の大破壊の後日。タイトルはこれが正式です、間違いとかじゃないですよ。
今回は主に、なぜアリサがこいつに目をつけたのかの話とアリサの内心、それと町の被害と早々とぶっ倒れた洞爺。
リリカルの重要な所{少なくとも作者はそう思ってる}である『名前で呼んで』が書けたのがちょっと満足。
アリサのリーダー的な気質はこういう時に役立つ、すっごい書きやすい。
だが貫禄あり過ぎるおっちゃんの笑顔は子供にゃ威力が強すぎた、でも軽く流すとアリサ何者!?って感じがして変だったのよね。
その上この話だと、洞爺が精神的に追い詰められてしまってるのを無自覚で立ち直らせてしまうし。
ぶっちゃけよう、このフラグは予想外だ。キャラが勝手に動いちまった、反省してる。変えないけどな。
何気オール一人称である今回の幕間、一時の暇つぶしになれば幸いです。
故にキャラの知識が間違っている場面もある。修正されてない場合はそういうことです。
これからも、この未熟な作品をよろしくお願いします。By作者



追伸・実際のゲームでは、アリサの使用した裏技は存在しません。見つけられなかった自分が情けない。




[15675] 無印 第8話
Name: 雷電◆5a73facb ID:b3aea340
Date: 2012/03/10 00:36






とある休日、晴天でちょっと暑い日になりそうな昼下がり。
いつも通り穏やかな時間の流れる高町家のリビングは、今日は見慣れない客の姿があった。
斎賀洞爺と久遠である、二人は高町美由希の隣に久遠を座らせ、挟むように洞爺が座る形で3人でソファーに座り寛いでいた。
いや違う、寛いでいるのではない、満喫しているのだ。
久遠をソファーに座って足をぶらぶらしながら絵本を読み、洞爺と美由希はそれを両側から見てはにへら~と表情を崩しまくっているのだ。

「かわいぃなぁ。」

「可愛いなぁ。」

洞爺達はこれからなのはと共に出かけるためなのはと恭也を待っているはずだったが、今となってはそれも忘れて二人で久遠に和みまくっている。
最初はそれこそテレビを見ながらあれこれ喋っていたのだが、いつの間にか久遠を愛でる会へと変貌してしまっていた。
可愛いは正義なのだ、目の前に眼のくりくりした幼女が純真な笑顔をしていたら可愛くない訳が無いだろう。
それが今では滅多に見かけない前髪パッツンショートヘアであり、常日頃から和服を好む幼女なればなおグッドである。
綺麗な花の詩集が派手すぎず地味過ぎずに袖や裾に施された紺色の和服や、着物や髪形の清楚さとはギャップのある純真で天真爛漫お転婆娘な雰囲気などもうたまらない。
そんなリビングになのはの部屋からいち早く出てきた、ユーノが通りかかる。それを美由希の眼が一瞬で捉えた。
同時に始まる高速思考の末、一つの構想が出来上がり行動に出る。

「ほらユーノ。おいでおいで~。」

美由希が手を出してユーノを誘うとユーノは小走りで走り寄る。
一応保護されている身分、そして魔法を知らぬ美由希の前ではペットとして振舞わなければならないのだろう。
それが例え魔力無しで人外バトルを繰り広げる人間の娘であっても、当人もその領域に到達しつつあっても変わらない。
この世界の常識が崩落しつつあるユーノは、諦観の意を持ってそのまま美由希の体を器用によじ登って首筋を舐めた。

「よしよし、ユーノは賢いねぇ。それじゃ、ここに乗って。」

「ん~~みゆきおねーちゃん、かたおもい~~」

「可愛い!」

美由希の言う通り久遠の肩に乗るユーノ。その愛らしい姿にメロメロな美由希はまさに幸せの絶頂と言った所だ。
もし家では出しっぱなしにしている狐耳と尻尾がぴょこぴょこしていたりすれば、可愛さのあまり暴走するかもしれない。
そのあまりのペットぶりに洞爺は内心にやけながらユーノに目配せを送り、くすくす笑うとポケットに手を伸ばしかけてふと止める。
無意識だった故に洞爺の表情は凍りついた。

「どうしたの?」

「いえ、つい癖でガムを取り出そうとしてしまって、今日は持ってないことすっかり忘れてました。」

「煙草じゃないの?」

「ま、まっさか~~」

洞爺は内心自分の不覚を呪った。この場で煙草の『た』の字でも出したら大惨事確定である
小学生が吸いかけの煙草などを持っていれば退学処分どころではすまない。その上、後々面倒なことになる事確実だ。

「あれ~~変だな~~?うちは誰も煙草吸わないのに、煙草の匂いがするぞ~~?」

「どこかで付いたんでしょうね、困ったものです。」

「嘘つけ、ネタは上がってるんだ。さっさとはいて楽になっちまいな。」

「どこの刑事ですか。」

彼女のネタはともかく、どうやら本当にばれているらしい。いったいどんな形でばれたのか凄く問いただしたいところだ。
少なくとも、自分はそんなへまはしていない。断言できる、出来なければしない。

「煙草なんて吸っちゃ駄目、体に毒だよ。」

「戦場では付き物なんですよ。」

「残念、ここは日本です。戦場ではありません、というわけではい。」

「なんですかその手は?」

「出しなさい、持ってる煙草全部。」

「お断りします。」

「なら力づくで奪い取る!」

電光石火の勢いで襲い来る美由希の魔の手を洞爺はソファーから立ちあがるとひょいひょい軽い身のこなしで避ける。
美由希の手さばきや判断力は素晴らしいが、まだまだ経験が足りない原石のような状態だ。
動きは非常に読みやすく、また単調。手を出す頃にはそこに洞爺の体は無いか、その手を弾かれてしまう。
それでも時折鋭い一撃が飛んでくる事がある、その手を絡め取り反撃の熊手を美由希の眼前で寸止めした。

「くっ、その手さばき。もう不調ではないという事か。」

「残念だったですね、もう支障はありません。」

「よし道場行こう、まだ時間かかるだろうしやろう。」

「誰が行きますかふざけるんじゃないよ小娘が。所でその煙草の情報は誰から?」

「アリサちゃん。っていうか、なんか酷い事言ったよね?絶対言ったよね?年上を小娘扱い!?」

「・・・・・・・・あの金髪、油断も隙もありゃしない。」

「無視か、そこだーーー!」

片方が人外バトルに移行しつつある争奪戦をしながらのそんな会話を、久遠の頭の上で聞くユーノの目が怪しく光った。

≪気をつけたまえよ。君は小学3年生だからね。≫

≪くっ・・・・≫

鈍痛の走る脳裏にユーノが笑う姿が目に浮かぶ。洞爺は反論できないのでただ黙るしかない。
夜に狙撃してやろうかと本気で思った、ちょうど九九式狙撃銃が土倉にある。
その体で7.7ミリ普通実包をもらえば超絶スプラッタだろうよ、クックック。
と、美由希の手をさばきながら黒い考えを浮かべているといい子にしていた久遠が絵本からリビングの扉の方に顔を向けた。
扉がガチャリを開き中から高町恭也が姿を現す。リビングで軽い争奪戦を繰り広げる二人に、彼は首をかしげて問いかけた。

「なにやってるんだ?二人とも。」

「洞爺君禁煙作戦!」「いい所に来ました、こいつを止めてください。」

片方は異様にいい笑顔で、もう片方はため息をつきそうな表情で答えた。

「そうか、がんばれ。なのは、まだか?」

「ごめ~ん。もうちょっとぉ~~~」

何とかしろよ妹だろ!と目で訴える洞爺と美由希がまさに千日手となりつつある所に、なのはの少々気の抜けるような声が響く。どうやら身支度で手間取っているらしい。

「そういえば、これからどこに行くんだっけ?」

くそったれぇぇぇ!!と無言で叫びながらマシンガンのように伸びる手を必死で捌く洞爺への攻めの手を一端止めて、美由希は恭也に問いかける。

「これから月村の家まで、なのはがすずかちゃんにお誘いを受けたらしくて。」

「あ~、そうだった。で、恭ちゃんは忍さんに会いに行くっと。」

美由希の目がやけににやけた光を灯す。
今日、洞爺達がバスに乗って遠出するのはほかでもない。友人の月村すずかの自宅に招待されたためだ。
なのはは友人との休日を、恭也は月村すずかの姉の忍に会いに行くためだ。
それでは、なぜ洞爺がいると言えば彼も招待されたのだ。人数は多い方が楽しいからというのが理由だそうだ。
もっとも、それに合わせたバックアップ要員との顔合わせが主目的であるのは秘密である。
援護兼監視と言ったところだろう、洞爺と忍の間には表向きは何の面識もないし、彼女はまだ完全に信用してくれていない。
恨むぞ鈴音ぇ、と軽く肩で息をしながら内心やれやれと思う。
一応もっていた写真や証明できるもの、あとは身内しか知らない事で証明してあるが、疑いは避けられないことだろう。
まぁ、こんな怪しい人間を疑わない方がおかしい事なのだからしょうがないのだ。むしろ簡単に信用してくれた側近が心配である。
ただ、問題はもっと別にある。こんなことは些細だ。今のところは。

{問題は、今回月村家は相当手酷くやられてしまっているというところか。
本隊はまだ機能しているという話だが、それでも手酷く遣られている。その上情報も少なく、兵力を効率よく動かせていない。
まったく、状況は芳しくない上に亀のように首をひっこめるしかないしそうするつもりと来た。}

月村家は今回の事件に関しては基本裏方に回り、表にはあまり顔を出さない方針で決めたのだ。
ジュエルシードという危険物の処理をなのはに任せるのは心苦しいが、現在月村には有効な対抗策が無い。
元々少ない戦力もこれまでの戦闘で消耗して少なくなっており、また別の勢力の影もウロチョロとしているらしい。
さらに前回の戦闘の影響で、町が被ってしまった甚大な被害への隠蔽工作や復旧作業でさらに面倒なことになってしまった。
そのため当主は友軍ともどもそれに忙殺されながら、しばらくは情報の収集と裏方に徹する気なのだ。
妥当な判断だろう、下手に手を出して悪化させるよりもなのはとユーノの行動を陰ながらに支援した方が今は効率が良い。
なのは達には多少の戦力と後始末などのバックアップを与え、月村は洞爺を経由し情報と事件の過程で回収した異世界技術の一部が手に入る。どちらも損はしない。
隠蔽工作してくれるだけでもなのは達にとっては心強いだろう、何気に結構気にしていたようだったのだ。
もっとも、なのは達にはこちらの知り合いで信用できる人物であるとしか話していない、月村は存在も知らせていないのだ。
これから先辛い戦いになることが目に見えている以上知らせた方が、互いの関係的にも良いはずだ。
だが、そっち側にはそっち側の常識がある。魔術だなんたらには日が浅い洞爺が口出しするべきではないのだ。

「ああ、まぁ。なのは達の付添いだから・・な。」

恭也は少し顔をそむける、頬がやや赤い。それを見た洞爺は美由希の方に顔を寄せて耳打ちした。

「これは色沙汰がありそうですな?」

「おやや?なかなかやるね。恭ちゃんの僅かなデレを感じ取るとは。」

{でれ?・・・・あぁ、そういうことか。若いなぁ。}

美由希は面白そうににやにやと笑う。確実に色沙汰がありそうだ、と洞爺も同じようにニヤニヤと笑う。
これで普通の身体ならそれをネタに遊べるのだが、今は子供の姿なので少ししかできないのが残念でならない。

{しかし、月村と高町家にこんなつながりがあったとはな・・・・可能性は7~8割と言ったところか。
となると、俺の周りはほとんど手が回っているとみていい。とことんついて無い。あいつはいったい何がしたかったんだ?
何か恨まれるようなことしたか?いやまさか、ツケは払ったし秘蔵の酒も店に置いてきた。
大体恨みを買っているならあの武器弾薬や金は理由が付かないし、笑ってすませられるようなことではないぞ。
実家も更地になっちまって一切合財靖国送りにされてるし、本当に訳の解らん状況だな。}

「おまたせ~~」

そんなことを考えていると、なのはがツインテールを揺らしながらやってきた。
背中にはリュックサックをしょっている。だが、そのほかはあまり変わりない。

「じゃあ、行くか。バスの時間、ぎりぎりだぞ。」

「はーい。ユーノ君のおいで。」

「そりゃぁぁぁ!!」

「ちょ!?」

なのはがユーノに手招きした途端、久遠が突然右肩に乗っていたユーノを鷲掴みにして全力投球。
綺麗な手榴弾投げによって投げ飛ばされたユーノは良い曲線を描いて宙を舞い、驚くなのはの胸に器用に飛びつくとそのまま右肩に駆けのぼる。
その駆けのぼる姿はまさに台所の黒い悪魔『G』のごとく、そのカサカサっぷりになのはのユーノを見る目は酷く冷たかった。

「くぉら久遠!動物を投げちゃいけません!!」

「さ~せ~ん。」

「ったくおてんば娘め。すみません、ご迷惑をおかけしました。自分たちも行きます。おじゃましました。」

「おじゃましました。」

洞爺も足元の荷物、カーキのリュックサックと筒状の竹刀入れを持って立ち上がり美由希に頭を下げる、美由希は普通に手を振り返して答えてくれた。
それだけ!?と投げつけられてなのはにすごく冷たい目で睨まれるユーノの表情に誰も気づくことは無い。無視している、ほぼ意図的に。

「じゃ、行ってらっしゃ~い。」

「ああ。」

「行ってきま~す。」

「みゆきおねーちゃん。バイバ~イ!」

美由希の見送りとともに4人は家を後にする。何かが倒れる音がしたのは聞こえたのは気のせいだろう。
4人はバス停に行き、緑色のバスに乗り込む。バスが走り出し、街の風景が動きはじめた。
その光景に、はじめてバスに乗った久遠がはしゃぎ出した。

「わぁ~~~~~。」

久遠が目を輝かせながら窓の外をかじりつくように見つめる。
その姿は年相応の少女であり、洞爺はその後ろ姿をほほえましく見つめる。

「あ。」

「お。」

「わぁ~~~!!海だ海だ~~~!!」

しばらく流れていた街の景色が途切れ海が窓の外に現れる。バスが事故の影響が残る中心街を避けて海沿いの道に出たためだ。
久遠はなおのことはしゃいで窓の外に夢中だ。その様子に3人とも微笑ましく笑いながら、自分達も海へと目を向けた。





第8話





月村家の大豪邸であった。右を見ればまだ家が続き、左を見れば家が続く、とてつもなくデカイ洋風の館。
洞爺の自宅もそれなりに大きいのだが、それをも大幅に上回る。庭が広い、とにかく広い、林と言っても普通に通用するくらい広い。
開いた口がふさがらない洞爺の横で、なのはが慣れた様子でインターフォンを押した。

{あいつの親、金持ちだとは聞いていたが・・・どっかで見たような?}

昔の記憶を探る洞爺の横で、久遠は好奇心旺盛にそこらじゅうきょろきょろする。
当然の反応といえよう、自分も幼ければ同じことをしていたに違いない。それほどまでに大きいのだ。
今や昔々の大昔、というより60年前は古臭い3階建てビルの一室を借りて生活をしていたヤツの家とは思えない。
その上あいつは基本的にずぼらな性格で、我が娘がいなければすぐさま書類の中に埋もれて生活するだらしなさだ。
あの子がそうだとは思えないが、もしそうだとしたらとんでもなく嫌な感じがしてならない。
ゴクリと生唾を飲んで待っていると、扉が向こう側から開いた。ノエルだ。

「恭也さま、なのはお嬢様、久遠様、洞爺様、いらっしゃいませ。」

ノエルはドアを開けると、その場で深くをお辞儀する。その様になる姿に、洞爺は柄にもなく緊張してしまった。

「お、お邪魔する。」

「お邪魔しま~す。」

「お邪魔します。」

洞爺が緊張しながら挨拶すると、高町兄妹が普通にあいさつする。かなり場慣れしている。
ノエルの案内に従って四人と一匹は家に入った。案内された部屋もまた、なんともすごかった。
とんでもなく豪華な内装もそうだが、そこらじゅう猫だらけなのである。
内装もしっかりしているしとても綺麗なので安心したが、予想斜め上に度肝が抜かれた。
右見れば猫、左見れば猫、下見れば猫、上見れば照明、とにかく猫がいる。
その中ですずかとアリサ、忍とメイドが一人。しかも、優雅にお茶をしている。
その姿は、庶民とはかけ離れた品格を持つお嬢様そのもの。
あまりにも記憶の中の月村の馬鹿力とは違う光景に、洞爺はお空の上に居る親友に問いかけた。

{鈴音、本当にこいつらはお前の孫か?}

この完璧なお嬢様ぶりはあの記憶に有る男勝りな馬鹿力とは本当に似ても似つかない。
彼女は縁側で胡坐をかいてお茶を啜りながら煎餅をバリバリモシャモシャ食べるタイプである。
自炊ができずよく飯を集りに来るやつで、時には一日中家でごろごろする時もあった。
朝飯に彼女が居る事も一週間に必ず1度、晩飯に至っては週4日は普通に食いに来る始末である。
まともな仕事しろ料理を覚えろと何度言った事か、数える気も失せたぐらいだ。結局覚えなかったし転職もしなかったが。
黙っていれば由緒正しき大和撫子だが、一皮むけば男勝りの猪突猛進女で超が付くズボラ、そんな印象だったのだ。
子は親に似ると言うが、どうやら孫はその対象外のようだ。

「なのはちゃん、恭也さん、久遠ちゃんに斎賀君。」

すずかが立ち上がりやってきた御一行を迎え、少し驚いたように身じろぎした。
無理もないと、洞爺は正直に思う。原因は自分である事は確定だからだ。
なのはもリュックを背負っているが、洞爺はいつもの竹刀入れに大きめの軍用リュックなのだ。
服もなのはと久遠は多少着飾っているが、洞爺は地味な運動靴にグレーのカーゴパンツ、黒のシャツと焦げ茶の皮ジャンだ。
アクセサリーの代わりにジャケットの襟に黒地に黄色の一本線が入ってその上に桜が二つの階級章をしつらえ、右の袖裏には黄・緑・薄桃・青・赤茶の桜が5つ縫い付けている。
同じ男の恭也もそれなりに着飾っているため、一人だけ一応ファッションだが随分と気色の違う格好である。

「洞爺、あんたまた随分と物騒な格好じゃないの。」

「どこか変か?」

「あ~~だめだこりゃ、どこまで軍隊色に染まってんだあんた。」

「変なのか・・・・」

「アクセで階級章つける時点で変だっての。それなら時計でも首からかけてた方がいいわよ。」

「あれは大切なんでな、懐の方がいいんだ。」

困ったように肩をすくめるアリサと自分のセンスに疑問を持ち始めて恰好を見直す洞爺。

「二人とも仲好しさんなんですね。とりあえずみんな、いらっしゃい!」

すずかのすぐそばにいるもう一人のメイドが気を取り直すように元気な声を上げる。
彼女はファリンといってすずか専属のメイドで、明るくやさしいお姉さんだそうだ。
洞爺と久遠が小さく礼をすると、忍がすくっと立ち上がった。

「恭也、いらっしゃい。」

「ああ。」

忍は恭也に歩み寄り二人は見つめあう。なのはの話では二人は高校の時から仲がいいそうだ。
人はこれをカップルという。そのカップルに、ノエルが問いかける。

「お茶をご用意致しましょう。なにがよろしいですか?」

「任せるよ。」

恭也が普通に答える、やはり慣れているのだろう。
それを受けたノエルは二人に一礼して、すずか達に向き直る。

「なのはお嬢様は?」

「私もお任せします。」

「久遠さまと洞爺様はどういたしますか?」

「同じでお願いします。」

ノエルの問いに、洞爺は周りにならって答える。

「かしこまりました。ファリン。」

「はい、了解です。お姉さま。」

ファリンはおざなりの敬礼で答えた。すると、恭也の手を忍がとる。
その雰囲気、おそらく小学生には解らない物で精神の成長に悪影響をもたらすものに違いない。
ぶっちゃけ二人だけの甘い桃色空間が出来上がりつつあるのだ。桃色である、超ピンクで甘甘なモノが漏れ出している。
3人は純粋に理解していてあまり解っていないようだが、洞爺は内心ニヤニヤが止まらなかった。

「じゃあ、私と恭也は部屋に居るから。」

忍の言葉に、ノエルは微笑んで答える。

「はい、そちらにお持ちします。」

そして、ファリンと並んで一礼すると出て行った。無論、恭也達二人もである。
つまり、この部屋に居るのは洞爺以外全員女性。洞爺にとっては滅茶苦茶居心地悪かった。
肩身が狭く、落ち付けそうにないのだ。よって、口も滅多に開けない。相手は子供だが、それでもかなり苦しい。

「こんにちは。」

「うん、こんにちは。」

すずかの挨拶になのはも答える。しかも久遠もさりげなく座っているので、洞爺も久遠の隣に座る。
無論、口を全く開かない。そして、存在感を希薄にした。存在感を消すのはお手の物である。こうでもしないとちょっときつかった。
久遠も気まぐれだが、足元の子猫に夢中になって3人のことなど眼中にない。今の二人は3人の世界には居ないのだ。

「すずかの姉ちゃんとなのはの兄ちゃんはラブラブだよねぇ~」

アリサの言葉にすずかは笑顔で頷く。その笑顔はまさに純粋な乙女といった所だ。

「お姉ちゃん、恭也さんと出会ってからずっと幸せそうだよ。」

「うちのお兄ちゃんは・・・・どうかな?」

なのはは分からないようだ。そういう方面にはまだまだ経験が足りないらしい。

{いや、あれは表に出さないだけで心は幸せいっぱいだろう。}

洞爺は二人の姿を見て断言した。年の功ではこのメンバーには負けない、昔の自分もそんな時があったものだ。
心の中ではオヤジ心全開にして嗤ってたりするのだが今は置いておこう。

「確かに、昔に比べて、結構優しくなったかな?」

「うん、そうだね。」

なのはの言葉にすずかが相打ちを打つ。そんな彼女達の足元で、リュックサックからユーノがするりと無音で抜け出した。
だが、そのユーノは出た瞬間背筋に走る悪寒を感じ辺りを見回す。子猫がユーノを見つけて狙いを定めていた。

「そう言えば、今日は誘ってくれてありがとね。」

なのはは礼を言う。洞爺も少し気配を出してぎこちなさそうに一礼する。久遠もまねをする。
久遠の一礼の方が可愛い訳で、なおさら洞爺の一礼はぎこちなさを増した。

「こちらも、心遣い感謝する。」

「ありがとうございました。」

「ううん、こっちこそ来てくれてありがとう。」

すずかが少し声を落として言うとアリサがなのはに言う。再び2人は3人の世界から離脱する。
今度は二人揃って席を離れた、3人は話に夢中なのか二人の離席に気付かない。
洞爺は変わりない3人にホッと一息つくと、部屋の隅で久遠と共に子猫と戯れ始めた。

「うにゃ~~かぁいいよ~~」

「可愛いな。」

人懐っこいらしい子猫たちが足元にすり寄ってくる。その中の一匹の頭を優しくなでると、気持ち良さそうに子猫は喉を鳴らした。
猫の扱いはお手の物である。じゃれついてくるモフモフ感がたまらない。大好きだ。

「にゃ~~にゃ~~~とうや~~ねこちゃんかお~~」

「ううむ、それは吝かじゃないんだが・・・」

モッフモフな親猫と子猫を抱き上げて頬ずりする久遠のおねだりに少し考え込む。
ぶっちゃけ前は1匹飼っていた、鈴音に娘と一緒に預けてそのままだが。よって飼う事は問題ない、むしろ飼いたい。
休日は日向で一緒に昼寝をしたり、猫じゃらしで遊んだりしたいのだ。

「今は駄目な、忙しくなるから世話が出来ない。」

しかし今は現状が許さないだろう。これから血で血を洗う戦いになる、家も多く空ける事になる。
その時猫を一匹だけおいて行くことはできない。可哀そうではないか。

「くおんがおせわする~~」

「猫のご飯が作れるか?便所の掃除は?毛並みの手入れは?躾は?俺の言う事全部できるか?大体お前一人家に残すことはできん。駄目だ。」

「むぅ~~~」

「そんな顔をしても駄目なモノは駄目だ。今は諦めろ。」

「はぁ~~い。」

しょんぼりと肩を落とす久遠に、洞爺も少し残念な気持ちだったがしょうがない。

「だから今の内に満喫させてもらおう。」

「ふにゃぁ~~もふもふ~~~」

「みゃ~~~♪」

擦り寄ってくる猫たちに文字通り囲まれて、二人は極楽の表情でモフった。
当人、当妖怪、当猫たちは問題ないようだが、この二人は火薬臭くねぇのだろうか?

「今日は元気そうね。」

「なのはちゃん。最近少し元気なかったから・・・・」

そんな二人と猫たちに気づくこと無くすずかが言う。アリサもティーカップを手に取ると少し飲む。

「もし、何か心配事があるなら話してくれないかな?って二人で話してたんだけど・・・」

優しいすずかになのはは目を潤ませた。二人の心遣いが、とても心に染みたのだ。

「すずかちゃん、アリサちゃん。ありがとう。」

なのはが声を潤ませてお礼を言うと、アリサの方を向くと彼女はウィンクしてにっこり笑った。

{大・成・功!}

その光景にすずかは内心ガッツポーズ。実は、これはすずかの作戦であった。
近頃元気の無いなのはと忍を元気づけるための彼女なりの作戦。自分にできる事を考えて実行した、二人へのちょっとしたサプライズであった。
疲れた心と体を少しでも癒してあげるためのお茶会である。そしてそれは成功しつつある、すずかは嬉しくてたまらなかった。
後はこのまま心行くままにリラックスしてもらい、心身ともに癒してあげればよい。少しでもなのはを助けてあげられるのなら、これ位は軽いものだ。

{少しここでお話しして、後でお庭に場所を移して。ううん、部屋でゲーム大会もいいかな。いっそのことお泊りに――――}

「キューーーーーー!!!!」

今後のプランを反芻していたすずかの思考は絞り出すような獣の悲鳴で遮られた。

「これ、なにをやっとるか?」

ユーノの悲鳴とともに洞爺の疑問げな声と足音が重なる。見れば子猫がユーノを追いかけまわして目をぎらつかせながらヒャッハー!していた。
一生懸命見次回前足と後ろ脚で地面を蹴って走っているがユーノは劣勢である、無駄に早く走る子猫にいつ捕まってもおかしく無い。

「うわ・・・ユーノ君。」

なのはが立ち上がりかけた時その二匹を二つの若干日焼けした手が捕らえた。
その人は二匹を首筋をつまみあげ、ぷらーんとされながら3人に歩み寄る。無論その人は洞爺だった。

「やれやれ、お転婆な子猫だ。もう少しで食われる所だったぞ。」

「あれ?洞爺。なにいつのまに消えてんのよ。」

「君たちを邪魔するのもどうかと思ってね。」

子猫をすずかに、ユーノをなのはに手渡すと肩をすくめながら返す。
なのはの腕の中で、疲れ果てたユーノは念話で洞爺に話しかけた。

≪ありがとう、サイガ。≫

≪・・・・急に話しかけてくるな。慣れてきたとはいえ頭がまだ痛む。≫

≪奇妙な体質だね。自分からは出来ないのに相手から話しかけられれば返せるなんて。≫

≪慣れとらんのでな。これ位近いうちに習得して見せる。≫

≪がんばれ~~≫

≪まったく、無様なユーノに励まされては先が思いやられる・・・≫

≪うるさい!!・・・だが、助かったのは事実だ。ありがとう。≫

≪当然だ、君に死なれては俺たちが困る。≫

≪死んだら何で困るんだ?≫

≪自分で考えたまえおしゃべり卑猥型フェレットもどき。君は一応人間並みの知能は持ち合わせているだろう?≫

洞爺の言葉にユーノが少し考えるようなしぐさをした。だがそれが原因でユーノは4人の少女にもみくちゃにされる羽目になる。
哀れユーノ、洞爺以外のここにいる全員になでられ握られ遊ばれて心も体も無茶苦茶にされた。

≪お婿に行けない・・・≫

≪せいぜい、その歪みない体を大切にするんだな。≫

≪なにさ、何でそうなるのさ?≫

かなりうなだれた様子で念話を送るユーノに洞爺は目を逸らす。
ユーノは精神的にヤバい、ここでお前の体はちょっと男のあれに似てるのだ、などと言えばどうなる事やら。
だがそれもそれで面白いことになりそうだ、そんな風に思いながらさりげなく席を離れて影の小さな猫の溜まり場へ足を向ける。
久遠が猫に混じって転げまわっているうちに出来てしまった猫集団だ。あれに飛び込んだらさぞ素晴らしいだろう。

「斎賀君、座って。」

逃げる気満々な洞爺に、すずかは席に座るように促した。逃がしはしないと目が語っている。

「ネコと戯れたいんだ、結構好きでね。」

「そうなの?なら後で一緒に遊ぼ、だから座って。」

「はははっ、この部屋の装飾が綺麗だな。ちょっと見て回ってもいいかい?」

「なら後で屋敷の中を案内してあげるよ、今は一緒にお茶しようよ。ね?」

「そうよ洞爺、戻ってきなさい。」

アリサも同調する。しかしこれはこの場から離脱するチャンス、逃さない手はない。
女の子同士の楽しい時間に水を差したくないと言うのもあるし、その中で一緒に自分がいると言うのもなんか変な気分になる。
こんな状態で顔合わせの時間まで持つのかちょっと怪しく思っていると、ファリンがトレーを持って戻ってきた。
トレーの上にはソーサーとティーカップが人数分とティーポット、皿に盛りつけられたクッキーが乗せられていた。

「はい、お待たせしました。いちごミルクティーとクリームチーズクッキーで~す。」

なんだその紅茶とクッキーは!!洞爺はファリンが持ってきたその奇妙な名前に心で憤慨した。
あまりに奇妙なネーミングで飲食する物とあったら背筋におぞけが走る。
しかも、紅茶に至っては本当にいちごミルクの色をしている。こんなもの今まで飲んだことが無い。
紅茶の中にいちごミルクを混ぜたのだろうか?そもそも紅茶といちごミルクは合うのか?
それ化学兵器じゃないか?という洞爺の目線に、ファリンは微笑みながらそれらの載ったトレーを持って一歩踏み出して、

「あらぁ~!?」

ずっこけた、それはもう見事なまでに足をからめてずっこけた。
何も足元に転がって無いのにあまりに器用にずっこける姿に全員の反応が一瞬遅れた。
なのはとすずかがほぼ同時にとんでもない瞬発力で駆け出すが、それよりも早く立っていた洞爺が動いていた。
バランスを崩しかけたトレーを左手で支えて安定させ、右腕をファリンの背中にまわして体を支える。
力はあれど体重が伴わないせいで姿勢が崩れかけるが、何とか踏ん張って抱きとめた。

「大丈夫か?」

洞爺が問いかけた瞬間ファリンの顔が一気に赤くなる。その赤面がなんだかとちょっと不愉快にすずかは感じた。
その視線を感じる洞爺もまた心中複雑である、確かにファリンはすずかの身内であるが、それを助けて睨まれるのは理不尽であった。
かっこつけながら色目を使っているように見えただろうが、そんな気は全く無いのである。それは犯罪だ。
ふくよかに育ちつつある胸が当たっているのに少し役得と感じていない訳でもないが、これは男の性である。
いくら歳をとろうとも健全な男性であるし、転んでしまわないようにするにはしっかりと抱きしめるほかなかったのだ。

「はうわぁーーー!!すみませんお爺様!!・・・・誰ですか?って言うかお爺様は?」

首を傾げるファリンの間抜けな声を聞いたその瞬間、洞爺は一段と肩の力が抜けた。
支えているのが子供なのになぜいきなりお爺様なのか、中の人はお爺様だが。この子はちょっと天然ボケらしい。

「おじ、お爺様、お爺様!!あっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」

「ぷくくくくっ!ごめ、ごめん斎賀君!あはははははっ!!」

アリサとなのはは大爆笑だ。本当に、見事な道化っぷりである。
自分はまさかこのために呼ばれたのではないかと錯覚してしまいそうなほどだ。
まぁそれでも、この子たちが楽しそうに笑ってくれるのならそれもまた役得というものだろう。
子供たちが楽しく笑ってくれるのなら、道化になるなど安いものなのだ。

≪くくくく、哀れだねサイガ。≫

ただしユーノ、テメェはダメだ。

≪君が言うことかね淫獣。高射砲で高度1万2000まで飛ばしてやろうか?≫

≪もってるのかい?いくら君でもそこまで―――≫

≪もってるとも、ネジ一本欠けず、予備までたっぷりな。砲弾も腐るほどある。
さて、死に方はどうする?そのまま落下か?空中で爆殺か?それとも窒息死か?
今なら特別に自ら手を下してやろう。なに痛いのは一瞬だ、すぐに何も感じなくなる。≫

その声はマジだった、これでもかと言うほどマジだった。

≪すみません。許してください。もう舐めた事は言いません。≫

言葉だけもわかるくらい青筋立てまくりな言葉にユーノが謝る。
一方、洞爺はマジでユーノを高射砲で飛ばそうと思っていたのは誰も知らない。

「あの子にも困ったものです・・・」

忍の部屋でこの声を聞いたノエルが手を額に当てた。
階下から聞こえる妹たちの騒がしい声に、忍は楽しげにオホホと笑う。その表情はいつに無く明るい。

「うふふ、みんな楽しそうね。」

「そ、そうだな。忍、ちょっと腕に、当たってるんだが?」

「当ててるのよ。」

いつもよりかなり積極的な忍に、恭也もたじたじである。
月村すずかの作戦は、今のところ順調に進みつつあった。中年と青年と雄を除けばの話だが。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





その後一通り騒いだ後、すずかの提案で5人は庭に場所を移して紅茶を楽しんでいた。
周りにはやはり猫がたむろしており、テーブルにはお茶菓子と紅茶が並ぶ。
アリサが話を主導し、それになのはが笑いすずかが相槌を打ち、久遠がそれを無邪気に聞いては聞き返す。
そんな空間で、洞爺は時折口をはさみながらも基本的に無言でお茶を楽しんでいた。
話に交われるほど流行を知っている訳ではないし、彼女達の中ではしゃぐなど論外だ。見ているだけで十分である。
それを知っていたかのように、出された茶菓子や紅茶の味は悪くなかった。
見かけと名前は『え・・・これ?』だが、やはり金持ちの菓子なだけいい茶葉や素材を使っており、とても美味しいのだ。
それに夢中になっていると判断したのか、3人娘も偶に話を振るが基本は放置である。

{平和だな。}

紅茶を口に含みながら、談笑するなのは達を流し見ていると、どうしても何とも言えない幸福感が沸いてくる。
こうして子供たちか無邪気にしていられるのが平和であり、幸せがある証拠だ。

「しっかし相変わらず、すずかん家って猫天国よね。」

アリサが周りに集まる猫を眺めながらすずかに言った。猫天国とはまさに言葉通りだ。
じゃれあう子猫たちに囲まれてすずかは少し嬉しそうに微笑む。

「でも、子猫たちかわいいよね?」

なのはが言うとすずかは笑顔でうなずく。だが、少し残念そうな顔をして言った。

「里親が決まってる子もいるから、お別れもしなきゃならないけどね・・・」

「そっか、ちょっと寂しいね・・・」

なのはも少しその寂しさが解った。一緒に暮らしていた家族がいなくなるのと同意義だからだ。
一度家族が居なくなる悲しみを知るなのはに取って、それはよくわかるモノだった。

「でも、子猫たちが大きくなっていってくれるのは嬉しいよ。」

「うれしいか・・・・月村は立派だな。」

洞爺はすずかを素直に褒めた。いわば母親のようなその心構えはとても立派なものだからだ。
子はやがて巣立っていくもの、それを理解してその時を考えながら大切に育てる親の心。
その心遣いを今から出来るのだから、将来は器量の良い女性になるに違いない。少なくとも怪力バカの祖母や親バカよりも。
そんなことを考えながらクッキーを口に含む洞爺に全員の視線が集まる。
すずかは顔を真っ赤にして口をパクパクと開けたり開いたりを繰り返し、アリサとなのははどこか唖然とした様子だ。
その異変に、洞爺はバツが悪くなった。どうやらまた変なことを言ったらしい、これ以上ぼろが出るのはごめんだ。

「やはり・・・俺はいない方がいいかな?少し子猫たちと戯れているとしよう。」

「うわわ、待ちなさいよ!別にそう言うことじゃないってば!」

席を立とうとした洞爺をアリサは引きとめた。鉄壁かこいつ、超えられない子供の壁に内心げんなりしながら再び座る。

「あんたがそんな事を言うとは思ってなかったのよ。」

「君の中の俺の人物像はなんなんだ?」

「もちろん、爺。白髪だし。」

「一回死ぬかね?」

洞爺が竹刀入れを持ちあげながら冷たい目で言った。躊躇なくふたを開ける洞爺を見て、アリサは慌てだした。

「待った待った!ジョークだってば!!!」

「ほほぉ・・・ジョークかね?ならば、自分の不用心を心から悔いることだな。」

「ちょっと待った、それジョークにならないってば!」

「やはり驚かないな。さすが俺が戦場帰りだと調べ上げただけある。」

「げげっ!?」

「君のおかげで高町の父にはいらぬ警戒を抱かせてしまってね、おかげでちょっと酷い目にあったよ。」

それマジ?アリサはアイコンタクトをなのはに送る、なのははとても正直に頷いた。
洞爺は中から銃剣、つまり三十年式銃剣を取り出す。顔は笑っているが目が笑っていない。瞳は冷たく輝いて・・・いない。
死んでいる、意識の光の無い虚ろな瞳になっている。俗にレイプ目と呼ばれているあれである。
本気も本気、『本気』と書いて『マジ』と読む。まずい、アリサは直感でそれを感じ取った。まずい、非常にまずい。

「なんか持ってると思ってたらバヨネット!?銃刀法違反よ!」

「良い事を教えてやろう、ばれなきゃいいのだ。」

「良くない!」

「心配するな、痛みはあんまりない。」

「即死じゃない!!」

「いや、即死じゃないぞ。こんな感じに――」

洞爺は右手の親指で首をスパッと切る仕草をする。元傭兵であることを差し引いても、洒落にならない恐ろしさが醸し出されている。

「スパッと。」

「チョンパなの?使い古された首チョンパなのぉぉぉ!?」

「いやいや、首を切り落とすなんてこれではできんよ。」

「あ、そうなの。良かった・・・」

「手首を軽く切るんだ。静脈を切ると血はドバドバ出るが切れ味の悪いモノでするとすぐには死なないんだぞ。
血が足りなくなって、意識が遠くなって、体が冷えるのを感じながらゆっくり10分程度かけて死ぬんだ。
痛みはあんまり無い、失血と斬られた部分の神経がショックによって一時的に麻痺し、鈍痛位にしか感じん。
それを目の前でじっくりねっとり見つめてやる。15分生きてたら助けてやろう・・・まぁ、無理だが。」

全然良くねぇぇぇぇ!聞きたくないこと聞いちゃったぁ!!アリサは自分の失策に愕然とした。
自分は忘れていたのだ、目の前のこいつが戦争経験者で殺人の覚悟はしっかりできていると言う事を。
こいつにとって殺人は本当に身近なものであり、常識を持ちつつも行うことには躊躇は無い。
うすら寒くなる笑いを浮かべながら洞爺は柄を握る。アリサの容赦ない突っ込みにも反応せず、じりじりと距離を詰める。
その動きはまさに軍隊式、あまりの威圧感にアリサは動けない。そのままじりじりと近づかれ、横凪ぎの一閃。

「ちょ・・・・」

アリサの視界は真っ黒に染まった。おもに目をつぶった意味で。

「ただの冗談だ。」

先ほどまでの殺気の消えた洞爺の言葉に、アリサは恐る恐る目を開ける。
銃剣は抜かれないまましっかり鞘に入っていた。ついでに彼の瞳にも光が戻っている。
もちろん首には傷も何も無いし、手首から血がドバドバ流れている訳もない。

「あんたね~~~~~!!!!!」

「くっくっく・・・・言っただろう?自分の不注意を悔いろとな。これでも気にして無いわけじゃないのだ。」

斎賀は白髪が多くなりつつある頭髪を撫でる。何が原因なのか解らないが、白髪が増えてきているのだ。
これが原因で学校では元の性格もあって爺さん扱いである。栗林などの友人からはかなり心配されている。いつか禿げるぞ、と。
元から白髪だらけだったが、健全な男である洞爺は気になっていたのだ。縞馬なんて恥ずかしい。

「うう・・・それは悪かったわ・・・・・」

「以後気をつけろ、もっと深刻に感じている人間に言えばきっと冗談じゃすまん。」

アリサもかなり反省したように消沈する。だが、すぐに立ち直った。恐るべき速さである。

「所で、その竹刀入れの中は他に何が入ってるのかしら?あんた剣道なんてやってたないでしょ?」

「銃剣術はやってる。なんだと思う?」

「アサルトライフル。」

「残念、ボルトアクション式と機関短銃だ。」

「なんじゃそりゃ?マジでもってるんかい。」

口ではそう言いつつも、カップを片手に面白そうに笑っている。どうやらただのジョークとして受け取ったらしい。
実際は事実である、竹刀入れの中には九九式短小銃と一〇〇式機関短銃が隠蔽されている。
さらに言えば、リュックサックも武器弾薬だらけで、ジャケットの裏には拳銃納が縫い付けてある。
少しでも詳しく調べられれば一発で終わる、銃刀法違反その他諸々で速攻逮捕状態だ。
見るか?と笑ってみせると、アリサは肩をすくめて首を横に振り生粋のお嬢様らしく優雅に紅茶を一口。
やはり金持ちは違う、洞爺もそれなりの作法は学んだが優雅とは言えない軍隊調であるしもはやうろ覚えで違和感バリバリだ。
裕福とはいえ中流家庭のなのはでさえ仕草が板についているのだから立つ瀬が無い。
俺って場違いだよな、としみじみ感じていた時、笑顔だったなのはの顔がこわばった。
彼女達の表情をこわばらせる原因はあまり多くないだろう、そしてこんな場所だ、候補は一つしかない。

≪なのは、ジュエルシードだ!≫

≪うん!斎賀君、気付いた?≫

≪まったく、間の悪い。≫

なのははユーノの念話に答える。その声は、やはり焦燥が滲んでいる。
ここはすずかの家の敷地内なのだ。発動すれば、すずかの家のみならず今いる全員の命が危険にさらされる。
今すぐ別れて封印しに行くのがセオリーだが、うまく言いくるめなければアリサ達は付いて行くと言ってきかないはずだ。

{うむ、ここは俺が一肌脱ぐか。}

これでもいけすかない上官やら憲兵やらを騙・・・もとい誘導するのは得意だ。
あれやこれやで追い払ったり、本土決戦などと夢を語るヤツが隠した補給を分捕ったりしたのはいい思い出である。
自分だけ状態の良い武器やら試作品やらを使いもしない癖に独占するとはいい度胸だ、と普段言えない悪態も心底ついたし。

{だが・・・この子たちにどんなのが有効だ?上官命令?部下が乱闘?実はもう憲兵が向かってる?・・・思いつかん。}

彼女達相手では勝手が違う。相手は子供だが、彼女達は精神年齢がおかしい位に高い。
下手な嘘は見破られるだろう、普通の子供だと侮ってはいけない。何とかならないモノか?

≪そうだ!≫

あれこれ悩んでいると、ユーノが何か思いついたようでテーブルから飛びおりるとすぐに木立の中に走って行った。

「ユーノ君!?」

「あららぁ?ユーノどうかしたの?」

「うん、何か見つけたみたい。」

{うまいぞユーノ!}

洞爺はユーノの機転に感心しながらさりげなくに竹刀入れとリュックを担ぐ。
ユーノが木立の中に走っていくことで、なのははここを離れる口実ができた。ユーノを見つけるためだ。
もちろんそれはすずかやアリサがこの場を離れるという口実にもなる、そこは自分の出番だ。

「何か見つけたのかも・・・ちょっと探してくるね!」

「一緒に行こうか?」

案の定、すずかが付いていこうとするがそれを洞爺がとどめる。

「いや、俺が付いていこう。女性を守るのは男の仕事だ。すぐに見つかるだろう。」

洞爺は後ろのなのはに『行け』と合図して送り出す。すずかの視線に非難が混じるが、洞爺は毅然とした態度で無言の否定を返した。
おそらく彼女は異変に勘づいたのだろう、ついて行きたいようだが、洞爺の無言の否定にしぶしぶ肯定した。

「解った、気をつけてね。」

「うむ、すまんが久遠の面倒頼む。」

「はいはい、解ったわよ。気をつけなさいよ、庭にはそこらじゅうに忍さんが造った警備用トラップが仕掛けられてるんだから。」

うむ、と頷き返すと洞爺はくるりと身を返して林の中へ走っていく。瞬く間に、彼の姿は林の中に消えて見えなくなった。
さすがは戦場帰り、とアリサは感心したがいまいち不安がぬぐえない。膝の上に座ってきた久遠の頭を撫でながら、心配げに視線を林に投げた。

「しんぱいないよ~~とうやはぐんじんなんだよ。つよいからだいじょ~ぶなの!!」

「そうだろうけど、大丈夫かしら?」

「ありさおねーちゃん?おにわなにかあるの?」

久遠の純粋な疑問の声に、アリサはふと数年前の記憶を鮮明に思い出す。そう、あれはすずかと仲良くなってほどなくの事だ。

「・・・・・・・・・色々あったのよ、色々。」

アリサは少々遠い目をしながら昔を語り始めた。これはある日の事、私はすずかのお家に遊びに来た日のことです。
そんな昔話のように語るアリサの意識は昔に飛んでしまい光を有していない。
その昔語りに、すずかはただ子猫を抱いて現実逃避するしかなかった。
この話は思い出したくなかったのだ、主に当時の姉のはっちゃけぶりが恥ずかしすぎる意味で。

「――――そして、私は気が付けはお空に居ました。たか~くたか~~く、お空を飛んでいたのです。」

「しゅげぇぇぇぇ!すずかおねえちゃんちのじらいしゅげぇぇぇぇぇ!!」

恨むよお姉ちゃん、感情の無いアリサの語りと興奮気味の久遠の叫びが妙に遠く聞こえるすずかであった。





あとがき
どうも作者です、またこんなに遅れてしまった。この頃おかしい、筆の進みが遅すぎる。忙しい所為もあるけど・・・
月村家編前篇です、ここも日常と戦闘に分かれます。主人公が役に立たねぇ、ただいるだけ、お茶飲んでそれだけ。
その上話もほとんど進まない、軽く流したいところだけど流せないから辛い。理由はお察し下さい。
次回は何とか活躍させたいところです・・・でもロケーションが最悪だぁ!お空が見えるよ、お空なんだよ!!
閉所じゃないから魔法少女のアドバンテージが計測不能、魔法による身体能力の底上げ、異常な機動性、防弾防刃対爆完備のバリアジャケット、飛行能力まであるし。
それに比べてこっちは貧相な装備品に武装は旧式、その上ほぼ生身、勝ってるのは知識経験などわずかなモノ、それと林。
ここがこいつの死に場所か、意外に早く来るな。
という訳で次回最終回、短い間でしたがお世話になりました!by作者



追伸・んな訳ねぇですよ、無い知恵絞って生き残らせますんでよろしく。劣勢な戦場とか凄い燃えるよね。





[15675] 無印 第8話・2
Name: 雷電◆5a73facb ID:b3aea340
Date: 2012/03/30 19:37


第8話・2





≪洞爺様、聞こえますか?≫

お茶会から抜けてなのはを追った斎賀洞爺は、彼女の足跡を追って手入れの行き届いた林の中を周囲に気を配りながら疾走していた。
ここはすでに敵地を言っても良い、相応の注意が必要なのだ。いつどこから魔力弾や銃弾が飛んでくるかわからない。
頭痛と共に頭に直接鳴り響く声に、洞爺は林の中を走りながら答える。酷い頭痛だが丁寧に手入れされた庭は転びようが無いほど走りやすいのが幸いだ。
頭の中に直接響く感覚がとても気持ち悪いが、これからはいつもの事になるのだから慣れるしかないだろう。

≪エーアリヒカイトか、状況を説明してもらいたい。なぜジュエルシードが庭にある?あれは厳重に保管されているはずだ。演習目的などという見え透いた言い訳はしないでくれよ。≫

≪これはナンバー14とは別の個体です。まさか、お庭に落ちているとは・・・こちらの不手際です。≫

≪こんな近くに落ちているとは思わなかった、か?≫

≪・・・はい。一度捜索はしていたのですが、見落としてしまったようです。≫

≪悔んでも仕方あるまいよ。もう起きてしまったのだ、今はどう収拾を付けるかが重要だ。≫

≪宇都宮祝融とサーシャ・モシン・ナガンの両名と警備隊、偽装武装ヘリ1機を応援も向かわせます。彼女達と共同し、ジュエルシードの封印と美空・・・・子猫の救出をお願いします。≫

≪こちらも全力は尽くす。が、封印するのは高町の仕事だ。出来るだけ早く合流するように伝えてくれ。≫

ノエルはそれを見越していたのか、たいしてショックを受けずに答える。

≪承知しています。今後の連絡の際は無線機を介した方がよろしいでしょうか?≫

≪いや、別に構わん。だがこちらからはしばらく無線で連絡することになる、回線は開けておいてくれ。≫

≪解りました、ご武運を。≫

「了解、そっちも頼むぞ。特に、バニングスちゃん達がこっちに来ないようにな。」

念話が切れ頭痛が消えるのを感じながら、皮ジャンの裏から十四年式拳銃を取り出して安全装置を解除する。
弾倉に弾が入っていることを確認すると、コッキングピースを摘んでスライドを引いた。
次いでもう一度弾倉を引き抜いて8ミリ南部拳銃弾を1発だけ足してから元に戻す。やがて洞爺はなのはの後ろに追いついたが様子がおかしい、ユーノが慌てて周りを見渡している。

「ここじゃあ人目が・・・結界を作らなきゃ!!」

「結界?」

ユーノの話によれば、魔法効果の生じてる空間と時間進行をずらすということらしい。そうすれば、ここで戦闘をしても外にはばれないというのだ。
目立つなのはの魔法にしても、洞爺の銃にしても、これは非常に都合がいい。
だがデメリットが無いわけでもない、今結界を張られたらこれから来る増援にトラブルが発生するかもしれないのだ。
せめて味方が到着してからでなければ、洞爺は二人に追いつくと会話を遮って制止した。

「僕が少しは得意な魔法だ。」

「待て、これから増援部隊が来る。結界を張るのがそれからだ。」

「うん、じゃぁお願いね。」

「う、うん!任せてよ、なのは。」

「おい待て話を聞け、味方を閉めだす気か!」

ユーノはなのはの言葉少し照れくさそうにしたがすぐに真顔に戻って前を向く。
駄目だ完全に二人だけの世界に入っている、何とか正気に戻そうと、洞爺は二人の頭にゲンコツを振り下ろそうとしたが遅かった。
瞑想するように目をつむり、神経を集中させる。ユーノの前に魔法陣が出現し、周囲の景色が一変した。

「やってしまった・・・後でどやされるな。」

「あまり広い空間は無理だけど・・・この付近なら、何とか・・・あ、サイガ追いついたんだね?」

魔法陣の光が増大し周りの風景が一変する。いや、景色は変わらないが色が抜け落ちてグレーが目立つというべきか。
その変貌になのはは呑気に目を丸くする。珍しそうにあたりを見回して、木をぺたぺた触ったりと興味深々だ。
そんな時、目の前にジュエルシードの発する光が瞬き、瞬く間に光の柱になって、その中から何かがのそりと歩き出た。
何が出てきても対応できるよう、3人は各々構えをとり、そのまま固まった。

「!?」

「ぁ・・・・」

「ぉ・・・・」

それは大きな猫だった。そう『木よりも大きくなった子猫』だった。しかも、先ほどユーノを追いかけまわしたあいつである。
くりくりとした愛らしい巨大な目、サラサラでふわふわな太い毛におおわれた4つ足の体躯。
かわいげに鳴いて前足を舐めるそいつは全く邪気を放っていない。それに全員頭真っ白、目が点である。
なのはは目が点、洞爺は頭髪真っ白。ユーノは干からびて毛並みが荒れて唖然とする。

「にゃ~~ん。」

あの子猫はそれを気にせずに歩き出す。可愛い声に似合わず、足音はドッシンドッシンと強烈だ。
だが、かわいい。その足音がアクセントとなり、可愛らしい巨体が余計に引き立っている。
見ていると無性に抱きつきたくなるその姿に、洞爺はややひきつった口元をほぐしながらユーノに問いかけた。

「ユーノ・・・答えろ・・・どうしてこうなった?」

「た、たぶんあの猫の大きくなりたいって言う思いが・・・・正しくかなえられたんじゃないかな?」

「正しいのか?これが?」

体だけでっかくなった子猫。しかも形は子猫のままで体がそのまま大きくなっただけ、しかも愛らしい。
猫好きならば誰もが望むであろうものだが、まさか猫自体が望むとは思えない。だが、ふと子供に有りがちな願いを思い出して洞爺はようやく納得がいった。

「なるほど、こいつはつまり『大きくなりたい』と願ったのであって。成長したいとは願っていなかった訳か。」

「そ・・・そっか・・・」

「ユーノ、封印したらあれは一休さんに改名しよう。」

「モノリスにしようよ、イディーカムニエー。」

「なのは、なにそれ。」

「アリサちゃんのやってたゲームに出てきたやつ。」

場を和ませようとしたつもりなのか妙なギャグを飛ばす洞爺に、なのはは現実逃避しているようで平坦な声でどうでも言い反論をする。

「とにかく、このままじゃ危険だから元に戻さないと。」

「そうだね。」

「さすがにあれはな、いや不幸中の幸いか。月村なら小躍りしそうだが・・・」

「ありえる。すずかちゃんならありえる。」

「正直言うと今凄く抱きつきたいと思う俺がいる。」

なんとなく濃い顔立ちになって頷くなのはに、洞爺は少し苦笑気味に言って竹刀入れから九九式短小銃を取り出す。
ボルトを引き、取り出した五連発ストリッパークリップを使って固定式弾倉に九九式普通実包を装填して、使ったクリップはズボンのポケットに押し込んだ。

「俺が周囲を警戒する、さっさとやってしまえ。あれなら激しい抵抗はするまい、優しくすれば楽なもんだろう。苦しませるなよ?絶対に苦しませるなよ?いいな?絶対だぞ、約束だぞ。」

「じゃ、ササッと封印を―――」

無駄話はそこまでだった。まず最初に反応できたのは経験のある洞爺だけだった。
レイジングハートを握るなのはを地面に押し倒した直後、その上空を金色の何かが風切り音を立てて通り過ぎ巨大子猫の胴体に着弾した。
胴体から爆炎が上がり、悲鳴を上げて巨大子猫は横転する。その悲鳴と突然の攻撃に、なのはとユーノは動けなかった。

「な、何!?」

「奇襲だ!」

洞爺は目を剥いて後ろに振り返り、九九式短小銃を向ける。後ろにはだれもいない。
だが、洞爺の瞳はその人影を捉えていた。木々の向こうに見える住宅地、何本も立つ電柱の中の一本のてっぺん。
その上に立って彼女はいた。漆黒のマントと金色の頭髪のツインテールを翻し、レオタードを模したようなバリアジャケットを着ている少女。
だが、その顔立ちからして日本人ではないだろう。掘りが深い顔立ちに金髪で肌も白い、欧米系の白人のようだがどこか違う。

「欧州系の白人?いや、ハーフか?」

「外国の人?」

彼女の魔法の杖らしいモノからから金色の魔力弾が生成され発射される。数は八発。弾速は、実弾よりも遅い。目視できるレベルだ。迎撃できない速さではない。
洞爺は九九式短小銃を左手に抱えながら右手で拳銃ホルスターを開き、十四年式拳銃を抜いて連射する。
発射された八ミリ拳銃弾が金色の魔力弾を相殺する。魔力弾の爆発が空を彩った。
弾速は遅いが、擲弾程度の威力はある。喰らえば人体などバラバラだろう。
弾倉の弾を打ち切り、十四年式のスライドが後退したままストップして弾切れを示した。
空の弾倉を引き抜き、予備の弾倉を入れてスライドを引きなおす。
初回は九発{弾倉内8発+銃身内1発}撃てたが、次からは八発。それ以上撃たれれば迎撃は難しい。

「魔法の光・・・そんな・・・」

だがこの手で一番の適役であるユーノは完全に思考が停止してしまっている。おそらくいつもの冷静な思考は期待できない。
なのはも同様だ、突然の襲撃に思考が追いついていない。当然だ、彼女達は魔力を持っていても所詮はただの民間人なのだ。
ユーノは遺跡発掘の経験でこの手の経験はそれなりだとしても、なのはは鉄火場の経験など無いはずだ。
しかしここは二人に嫌でも動いてもらわなければならない。茫然と立ちすくむなのはに、洞爺は尻の青い新兵にするように叱咤した。

「高町、ぼさっとするな!」

「え、あ!レイジングハート、お願い!」

「standby,lady.setup.」

ようやく我に返ったなのはがバリアジャケットを装備する。その間に新たな金色の魔力弾はさらに迫る。数は、14。
次の攻撃が早すぎる、そしてこちらの初動が遅すぎる。迎撃の手段はほとんど整っていない。

「ちぃ!!」

九九式をスリングで肩にかけ、素早くマガジンを取り付けた一〇〇式機関短銃で魔力弾を狙って引き金を引いた。
タタタタタタタタッ!!と軽い銃声を奏でて八ミリの弾頭が魔力弾を迎え撃つ、しかし精度は良くない。
まともに狙っていないし、元々近距離戦用の一〇〇式機関短銃はこんな用途で使う銃ではないのだ。
10発の魔力弾を迎撃し終えた所で、30連発のマガジンが空になる。撃ち損じた魔力弾が洞爺の頭上を突き抜けた。

「高町、防げ!!」

「wide,areaprotection.」

巨大子猫の背に乗ったなのはが魔力障壁で何とかその攻撃を受け切る。すると、相手に変化があった。
見慣れているが、ここでは予想外の相手を見たような怪訝な表情。そんな表情をしたのを、洞爺の目は見逃さなかった、

{異世界人か、なんてこった。}

洞爺は再び一〇〇式を背中に掛け、九九式短小銃を構えた。リアサイトに取り付けられた目盛りがついた長方形の照準照尺を立て、照尺の脇に畳まれた棒状の対空照尺を広げる。
九九式短小銃は対人戦闘だけに及ばず『対空狙撃銃』としても運用可能な小銃だ。だが時代遅れとなっている装備でもある。
九九式短小銃で使用する7.7ミリ小銃弾はアンチマテリアルシューティングつまり『対物射撃効果』がある。
それを利用して対車両攻撃のみならず対空射撃にも転用しようとしたのである。その結果がこれだ。
だが木製布張りの航空機に効果はあっても全金属単葉となった航空機にはあまり効果がなかった。
対空射撃を敢行した小隊はほとんどが反撃で全滅したという話が多く、成功した話は少ないためあまり使用されない装備なのだ。
洞爺は対空照準器となったリアサイトを覗き込んで彼女に狙いを定める。なのはと同じくらいの九歳位の少女だ。
だが、その戦闘力はおそらく化け物、普通の人間以上だ。そして、彼女はこちらと一戦交える気だ。

{遠い、800メートル当たりか。当たりそうにないが・・・}

引きかけた指先が金縛りにあったように止まる。当たらないといえど撃ちたくない、まぎれもない本心だ。子供を撃つなんて真似はしたくない。
だが今は戦闘中、しかも敵は紛れもなく今狙いを付けているあの少女だ。撃たなければ、殺られるのは自分だ。
引き金に掛ける指に力が入る。重く乾いた銃撃音とともに7.7ミリ小銃弾が彼女に飛来する。が、その銃弾は彼女に突き刺さる事は無かった。
彼女は身をよじる動きをした、銃弾を避けようとしたのだ。当然当たらない、とはいえ隙はできた。
その間に洞爺は場所を移動し、なのはは巨大子猫の上から降りる。それと同時に近くの木に少女は枝を少し揺らして降り立ち、なのはを見つめた。

{まずいな。}

どこか放心しているような目のなのはとユーノに視線を送り小さく舌打ちする。あの二人をフォローしてうまく立ちまわる事はまず不可能だ。
相手の実力は言葉通りに未知数、人数は今のところ一人だが後から増援が来るかもしれない。対して自分達は3人だが、内二人は戦闘に慣れていない子供だ。
勝利は不可能、ならば引くしかない。撤退戦だ、洞爺は即座に決断するとなのはに向けて命令した。

「高町、封印は後だ。撤退するぞ。そいつを連れて離れろ、殿は俺が引き受ける。」

「でも!」

「行け!これは命令だ!!」

洞爺が九九式を構え、首を横に振って否定するなのはに向かって叫ぶ。その様子をユーノはどこか遠いところから見ているような感覚で見つめていた。
現状を理解している、だがなぜか実感が沸かない。これは現実なのか、いや夢なんじゃないか?解らない、今まで色々な事があり過ぎて考えが全く纏まらない。
周りの音が遠く聞こえる、ぼやけて、まるで感度の悪い無線機を通して聴いているような感覚。夢から覚めようとしているのだろうか?

「フォトンランサー。」

ユーノの耳にかすかに少女の声が聞こえた。咄嗟に少女の方を向く、そこには再び魔力弾をチャージする彼女が居た。狙いはなのはではなく、洞爺だ。
なのはに激を飛ばし、ウェストポーチから無線機を取り出して怒鳴る洞爺は、その存在に気づいていない。
夢から覚めたような気がした、遠くに周りの音が急激に戻ってくる。これは夢じゃない、現実だ。

「こちら斎賀、緊急事態だ!異世界人からの攻撃を受けた、聞こえるか?応答せよ!!こちら斎賀!指令部でも孫でも誰でも良いから返事をしろ!」

「まずい、サイガ!逃げろ!!」

「ファイア。」

ユーノが叫ぶ、しかしそれに洞爺が反応する前に少女は洞爺めがけ魔力弾が発射した。

「なに?―――――ッ!?」

洞爺は発射直後に気付いたが間に合わない。魔力弾が彼の腹にぶち当たる。電撃が体をほとばしり、着弾箇所が発煙筒のように火花が散らし服を焦がす。

「熱い!?燃える――――ぐぁッ!!」

断末魔とともに洞爺は体を地面にたたきつけられ、さらに数発の魔力弾で追い討ちを掛けられた。
爆風に体が浮き、何度も体を地面に叩きつけられながらゴロゴロと転がって、うつ伏せに倒れ動かなくなった。
その光景になのはの思考は完全に停止した。洞爺が倒れた、仲間が倒されたのだ。
先ほどまでそこに立っていた、喋っていた、怒鳴っていた、笑っていた。苦笑いして、背中は任せろと胸を張っていた。

「さい・・が・・・くん?」

蚊の泣くような声で問いかける、普段なら彼はこれでも反応してくれる。だがうつ伏せに倒れる彼は、ピクリとも反応しない。まるで何も聞こえていないように。
当然だ、普通の人間の体は映画やアニメのように吹っ飛んでバウンドするようにできていない。
そんな衝撃を受ければ、皮膚が破け、肉がこそげ、骨が折れ、手足がちぎれ、人の形をとどめなくなる位な惨状になるとテレビでやっていた。
実際、今自分がこうやって生きていられるのはバリアジャケットがあるからだ。だから、普通は死ぬような攻撃にも耐えられた。
しかし彼はバリアジャケットを着ていない普通の人間、奇跡的に外傷は見当たらないが生きていても瀕死、おそらく助からない。
言葉が出ない、体が動かない、体が震えて止まらない、怖いのだ。初めて経験する人と人の戦い、そしてあっけなく終わる戦い。戦いが、怖いのだ。

{これが、実戦。お父さんのお仕事と、同じ・・・・}

ゲームや、テレビの中の戦いじゃない、現実だ。表現も展開も何もないただ起きた現実だけがある戦い。
ボディガードとして世界を駆け巡っていた父が身を置いていた世界、少し違うが、今自分はそこに居る。
考えるだけで頭がいっぱいだ、どうすればいいのか解らない。指示を仰げる人もいない。ユーノは同じように思考が回っていないことは明白で、洞爺は死んでしまった。
そしてそんな自分を理解できる冷静さが異様に思える。友人が死んだのに、パニックになっているのに、なぜか冷静な自分がいる。
そんななのはのことを知る由も無く、あの少女が倒れる洞爺をちらりと見て、呆然としているなのはに視線を向けてきた。

「後は、あなただけ・・・・?」

その言葉になのはは目を丸くした。その言葉には、感情がなかった。綺麗だけどまるで機械のような抑揚の薄い、感情のない声。
その声に、なのはは心に何か熱いモノが沸き上がるのを感じた。これは何なのか、解らない。
だが、その熱いモノのおかげで思考がだんだんとクリアになってくる。何をすべきか、どうするべきかが考えられる。

「同系統の魔導師?この世界は、ミッドチルダ式は存在しないはず。同じ世界の人?」

先ほどとは違うどこか疑問気な口調と意味深な言葉。説明を求めユーノに目を向けると、ユーノは警戒しながら答える。

「ロストロギアの探索者。まちがいない。僕と同じ世界の魔導師だ。」

さらに彼女を吟味するような言葉を紡ぐ。

「バルディッシュと同じインテリジェントデバイス・・・・なるほど。」

その時、なのはの目も相手のデバイスとユーノに向く。

「バル・・・ディッシュ?」

なのはは彼女の言葉を反芻する。すると、相手はデバイスを振りかぶった。
デバイスはまるで鎌のような形に変貌する。そしてそれを構えて戦闘態勢を取る。

「申し訳ないけど、いただいていきます。」

どうやら、話し合いで解決しそうな相手ではないらしい。
彼女はなのはに切りかかるが、なのはは空を飛んでかわす。

「arc,saver」

バルディッシュの声と一緒に彼女が鎌を横凪ぎに振る。鎌の刃が外れて飛んだ。
高速回転する刃はほとんど円形のように見える。漫画の一場面を思い出しながらシールドを張って受け止める。
だが、それを受け止めると同時にあの彼女がなのはに肉薄して刃を再構築したバルディッシュで斬りかかった。
それをなのははレイジングハートで受け止め、つばぜり合いに持ち込む。が、力で押され地面に押し落とされた。

「なんで・・・なんで急にこんな・・」

なのはは問いかける。ようやく思考がもと戻った、それでもわけが解らない。
何故自分達がこうやって戦っているのか理解できないのだ。

「答えても、たぶん意味はない。」

だが少女は無表情のまま答えない。話してくれないと解らない、そう思ったが、それを言わせてくれる彼女ではない。
言おうとすれば、自分は負けてしまう。唐突に、つばぜり合いをしていた手が支えを失った。なのはは前のめりに姿勢を崩れる。
少女が力をわざと抜き、隙を作って逃げたのだ。なのはと距離を取った少女は木の上に戻ると、なのはに向けバルディッシュを構える。
なのはもまたレイジングハートの矛先を向けた。

「ディバインバスターset up.」

「フォトンランサー、getset.」

二人の前に魔力弾が充てんされる、彼女が何かをつぶやいた。
それを聞いたなのはは射撃を躊躇してしまった。彼女は小さく呟いたのだ、ごめんね、と。それが隙となった。

「きゃぁ!!」

魔力弾の衝撃で彼女は吹き飛ばされ、バウンドして地面に叩きつけられた。

「なのは!!」

隠れていたユーノが魔法で彼女の衝撃を和らげて受け止める。しかし彼女は力無く四肢を投げ出して起きる気配を見せない。
彼女は気を失っていた、『撃たれた』という精神的ショックはなのはの心には大きすぎたのだ。

{駄目か!!}

金色の魔導師は猫に向かい、ジュエルシードを封印しようする。それをユーノは何も出来ずに見つめるしかなかった。
封印されたジュエルシードが子猫の体から摘出され、バルディッシュのコアに近づいていく。
今の自分には何も出来ない、魔力が回復しきっておらず、仲間も皆倒されてしまった。
おそらく次は自分だろう、ユーノはこれまで感じたことの無い重圧に目をつぶってしまった。
だが、魔力弾がユーノを襲う事は無かった。子猫の体からジュエルシードを抜き出す彼女の体に、無数の銃弾が叩きこまれたのだ。
浴びせかけられた銃弾が、少女に当たり火花を散らす。撃ち込まれる銃弾に彼女が身を引く。

{誰だ!?}

銃撃の射線を追って林の影に目をやると思わず声を失った、そこに居たのは倒されたはずの洞爺だった。
衣服はボロボロで仕込んでいたのか鉄板が見え隠れし土まみれだが、古い機関短銃を構える彼の戦意は衰えた様子は全く無い。伏せ撃ちの体勢で、機関短銃を構えている。
彼は素早くウェストポーチに左手を突っ込むと、手榴弾を2つ取り出して安全ピンを口で引き抜いて投げ込んだ。
手榴弾は綺麗な放物線を描いて彼女の前に落ち、爆発。それを見て驚きながら飛び退く彼女とその周辺を白煙で包み込む
発煙手榴弾だ、そうユーノが勘づくのが遅いか早いか、洞爺は跳ねるように駆けだした。
アスリートも真っ青な速度で駆け抜け、彼の影が飛びつくようにジュエルシードへと左手を伸ばす。
彼の登場は彼女にも予想外だったのか、彼女のシルエットが呆然としていた目の前でジュエルシードが洞爺の手に収まった。
ジュエルシードを掻っ攫わせた事に少女がようやく我に返って奪い返そうとするが、再び彼女の身に火花が散り彼女を押しとどめる。
彼は足をゆるめることなく、流れるようになのはの元に駆けつけると機関銃を肩にかけて彼女を肩に担ぎあげる。
その時、彼の背後に金色の光と人影が浮かび上がった。金髪の少女だ、少女がデバイスを振りかぶっている。

「後ろだ!!」

ユーノが咄嗟に叫んだ途端、洞爺の影が唐突に立ち上がってまるでホーミング機能付きミサイルのような左後ろ蹴りを彼女の胸に叩き込んだ。
その蹴りに少女はまるで何かに突き飛ばされたように唐突に足を止めた。胸を押さえてふらつき、苦しげな声が漏れのが聞こえる。
さらに右足を軸に右ターンしながら空いた左手の手のひらを当てて押し込む、その攻撃に少女はいとも簡単に尻もちをついた。
彼はすぐさま180度左ターンするともう一度発煙手榴弾で煙幕を張りながら、近場の木の陰に身を隠してしまった。
僅か十数秒足らずの出来事に、ユーノも完全にあっけに取られた。彼の行動はあまりにも速く、的確過ぎたのだ。
煙の中に取り残された彼女は辺りを見回しながら、大きく声を響かせるようにして問いかけた。

「それを渡してください。」

「断る。これは危険なものだ。それに、拾ったものは元の持ち主に返すべきではないかね?」

彼女からは見えない洞爺の声が林に響く。彼女には森全体から聞こえるように感じただろう。ユーノ自身、目の前に彼がいるにもかかわらずそう聞こえた。

「私が返します。」

「嘘だな。ならばなぜ攻撃した?話し合いで済んだのではないのかな?奇襲をする意味が無い。」

口をつぐむ彼女を威嚇しつつ、彼女に見えないようにユーノに小さく目くばせした。ユーノは首を傾げ、首を横に振る。
すると洞爺は左の親指で自分の頭を2度ほど小突いて、左手の親指と小指を立てて受話器に見立てると親指を耳に小指を口に近付ける。
頭、電話、二つのフレーズにユーノはようやく思い至ったようにコクリと頷いた。

≪なのはは?≫

≪感度良好。高町は大丈夫だ、軽く見た限りでは命に別条はない。そっちは大丈夫か?≫

≪大丈夫。君は?≫

≪防弾装甲板を仕込んでいなければ即死だった。さっきは助かった、ただの煙幕では駄目だったみたいだな。≫

どこか渋い表情の洞爺は焼け焦げた皮ジャンの胸裏から、焦げ付いた装甲板をユーノに見せる。
本当にこいつは何でそこまで重装備で規格外なのだろうか、ユーノはこの世界の常識がいささか解らなくなってきた。
なぜかと言えば、彼の左腕から左上半身に掛けて火傷が広がっていたからだ。きっと激痛が走っているはずだ、なのに彼はまったく痛みを感じていないようにふるまっている。

≪とんでもないヤツ・・・ジュエルシードは?≫

≪確保した。≫

洞爺はユーノにジュエルシードをちらりと見せ、ポケットにしまった。

≪こいつは俺が相手をする。君は高町を連れて撤退しろ。≫

≪何だって!?戦っても勝ち目がなさすぎる!!≫

ユーノは血相を変えた。当然だ、彼女は魔導師なのだ。それも、自分自身の予想を超える強力な。

≪そいつは魔力も技術も桁外れだ。サイガがかなう相手じゃない!≫

≪だが、相手は逃がしてくれそうもない。今逃げれば追ってくるぞ。≫

洞爺は相手の目を思い出しながらユーノに言う。あの目は何かを妄信している目だ、この手の手合いは一度区切りが付けば恐ろしく容赦が無い。
そういう連中は何度も見てきたし、何度となく手を焼かされたものだ。

≪結界を解除すれば・・・≫

≪無理だな。解除すればなおさらだ。それに相手は手だれなのだろう?ならば、目撃者など残すまい。
後始末だって放っといてもどうにでもなる、この頃ガス爆発は結構起こってるからな。≫

≪・・・・・・≫

≪俺が殿を受け持つ。君は高町を連れて撤退しろ。≫

≪馬鹿を言うな!!君を残していけるもんか!!≫

ユーノは声を荒げて洞爺に言う。甘いな、洞爺はユーノの甘さを羨ましく思った。

≪だが抑えなければ全員ここで戦死、最悪この家全てを巻き込んでな。それでは意味がない。
これなら最悪の場合俺が負け、ジュエルシードが奪われるだけだ。貰う物を貰えば、奴らも無駄な追撃はしないだろう。≫

≪だからと言って・・・君だけが。≫

ユーノがかなり辛そうな口ぶりになる。何考えているんだか、と洞爺は首を横に振った。

≪誰が死ぬなんて言った?あいにく俺は自殺志願者になった覚えはない。≫

≪なに?≫

≪ユーノ、君たちが撤退を完了したら合図を頼む。それと同時に俺は離脱する。もし赤の信号弾を上げたら、偽装のために転移魔法を頼む。
転移魔法ならば奴は俺達が遠くに逃げたと思うはずだ。近場ならばワザワザ転移魔法を使う事もないからな。俺を転移させて回収してくれ。≫

≪じゃあ、それまで君が時間を稼ぐと?≫

≪君の体では、彼女を連れて撤退には時間がかかる。早くしたまえ、俺の足止めがいつまでもつか分からん。まぁ、あくまでも予定だ。そこは留意してくれ。≫

洞爺は相手をけん制しながら話を続ける。自分は魔法を使えない、元よりこんな体など豚に真珠だ。
反面、相手は魔法を自在に操れる魔導師。従来の戦闘とは全く違う別次元の戦闘となるだろう。
それは以前のノエルとの戦闘にて確信している。普通の人間と魔法使い、いや軍人と魔法使いの戦いだ。
油断は絶対に出来ない、例え相手が子供でもだ。それほどまでに魔術、魔法と言った存在は危険なものなのだと確信したのだ。

≪さっさと行くんだ、できるだけ早めにな。≫

≪分かった。サイガ、死ぬなよ。≫

≪死にはせんさ。高町を頼む。≫

素早く足元に寄ってきたユーノになのはを預けて見送ると洞爺は改めて意識を切り替える。
『倒す』のではなく『殺す』幾度となく行ってきた行為。一度戦争に言った人間はこうなる、それに例外は無い。
訓練で身に刻まれた『戦闘術』は『殺人術』に昇華され、初弾は威嚇射撃ではなく効力射に代わる。
つまり、足などの低殺傷部分ではなく頭や胸を重点的に狙う。洞爺が行うのは『戦い』であり『殺し合い』だ。
だが今は戦時ではない。相手を『殺す』ことは基本的には避けるべきだ。普通はそう考えて当然だが、現実はそのような手加減をする余裕はない。
殺しに掛らなければ殺される、魔術師を相手にするのはそれほどに難しい事だ。一戦交えただけで簡単に理解できた事だ。

{何の因果だ、これであいつらが横に居てくれれば完璧なんだがな。}

やるか、内心軽く気合を入れ、一〇〇式を握り直して構える。もし彼女達が見たらやれやれと笑ってくれただろう。
一番愚痴を言っていたくせにこうやってやる気出すのはおかしいぞ、と。

「なんだ?話が終わるまで待ってくれたのか?」

「お願いです。それを渡してください。それが必要なんです。」

「断る。どこの馬の骨とも知らん輩に危険物を渡すほどボケてはいない。」

煙幕が晴れても先ほどと変わらない位置にいる魔導師の言葉に洞爺はきっぱりとした口調で断る。出来ればさっさと処分してしまいたいというのが本音だった。

「お願いです、あなたをこれ以上傷つけたくない。」

「いまさらそのようなことを言えるかね?先ほどあの子と俺を問答無用で吹き飛ばしてくれた貴様に言われたくはないな。」

皮肉げに答えてから三十年式銃剣を着剣した一〇〇式機関短銃を木の陰から構え、相手を照準に入れる。狙うのは胸だ、この距離ならば逸れてもどこかに当たる。

「あなたでは私には勝てません。ジュエルシードを置いて引いてください。」

「断る。」

「あなたはおそらく魔法が使えない、私はそんな銃なんかでは倒せません。お願いです、ジュエルシードを置いて立ち去ってください。今なら見逃します。」

彼女の言葉に洞爺は苦笑した、完全に舐められているのだ。そんな銃、たかが銃と言われたのだ。
どうやらユーノの言う通り、異世界では魔法至上主義という魔法絶対優位の常識がまかり通っているのは本当らしい。
なるほど、だから攻撃してこずに話が終わるまで待っていたのか。どうせ勝てるのだから、戦闘は時間の無駄だと判断したのだろう。

「試してみるか?」

彼女の頭を照準越しに見据え、左へ僅かにずらして指きり射撃で一発撃つ。

「!?・・・・止めてください。」

「何故恐れる、銃など怖くないのだろう?」

彼女の目に動揺が走る。銃弾は彼女の頬を掠めていた。ここまでされても相手に忠告する、それもこちらの言語に合わせてだ。きっと根はいい子なのだろう。本当に敵なのが惜しい。

「警告だ。武器を捨て、投降せよ。相応の待遇は保障させる。」

「・・・・・どうなっても、知りませんよ!」

洞爺は今度こそ、本気で引き金を引き絞った。一〇〇式機関短銃からばら撒かれる銃弾が、僅かに彼女を捉え弾かれて火花を散らす。
それを気にも留めず、バルディッシュを構えて彼女はこちらに迷わず飛びかかってくる。速い、辛うじて目で追えるのが幸いだ。
ギリギリで上体を逸らして避け、木を切り裂いた斬撃を受け流しながら銃剣で止める。

{ヒグマかこいつは・・・}

少女のか細い腕の筋肉とは思えぬその力の強さに洞爺はうめいた。
相手を引き払いのけ銃剣で横凪ぎに斬撃、彼女はそれをバルディッシュの柄で受ける。
ガヂンッ!という鈍い金属音がなるがそれだけだ、いともたやすく受け止められてしまった。
それを押しのけ、彼女はバルディッシュを右斜め上から袈裟切りに洞爺の胸に振り下ろす。
金色の刃が胸に突き刺さるぎりぎりの所で一歩引いてかわしさらに胸部に刺突、さらに突き上げで喉元を狙う。
急所を狙った躊躇の無い攻撃に彼女は一瞬顔をしかめたが、あまりにも軽く防がれ、銃剣を折られた。

{身体強化か、やはり厄介だ。力押しでは不利か。}

「ハァッ!!」

鎌状の魔力ブレードで洞爺の胴体を捉え欠ける、彼は咄嗟にバックステップで辛うじて避け切った。
彼女よりも遅く跳躍距離もはるかに短い、所詮は人間の跳躍力だが間合いを取るには十分だ。

「ハーケンセイバー。」

なのはを襲ったものと同じ魔力ブレードを飛ばす攻撃が間発入れずに襲いかかってきた。
回避は間に合わない、そう判断すると洞爺は一〇〇式を腰だめにして魔力ブレードに向けて引き金を引く。
あの攻撃の性能は未知数だ。もし誘導性能を持っていれば、回避しても追尾される。油断はできない、常識で考えるな。
八ミリ弾と魔力ブレードに火花を散らし、ブレードが爆発した。ついで彼女に向けて弾倉が空になるまで銃撃する。

「roundshield。」

バルディッシュの機械音声とともに魔導師の目の前に魔力障壁が出現し、八ミリ拳銃弾の雨をなんなく受け止める。
火花を散らして弾かれる八ミリ弾の弾頭を見て洞爺は舌打ちしたが、狙い通り牽制には役に立った。
素早くリロードしてスライドを引く。対魔導師戦ならばもっと威力のある機関短銃が欲しい、だが子供の手では使える銃は限られる。
一〇〇式を使っているのも、この型の銃は使い慣れているしグリップが少し細めで握りやすく、反動も抑え込めるからだ。
しかしそれが裏目に出た、ここは少し無理をしてでも威力を求めるべきだったのだ。

{ゲームのようだな、現実味が無さ過ぎる。}

非力とはいえ、八ミリ弾が薄っぺらい術式に容易く弾かれて行く光景はまさにそれだった
友人づきあいで無理やりやらされたり、久遠に付き合ってやったゲームの光景。相手もそのまんまと言っていい、非常識的な意味で。
それでもやられ役のように撃つしかない、武器を切り変えようにもその隙をつかれれば終わりだ。
少しでも狙いを絞らせないため、洞爺は小刻みに移動しながら撃ちまくる。火花を散らせて弾が弾かれる光景はまるで戦車だ。
攻撃もまた戦車、遮蔽はほとんど通用しない。対戦車戦闘の技術も応用しているが、こうも反応が機敏ではあまり役に立たない。
今相手にしている戦車は攻撃するために砲塔を旋回させる必要も、乗組員が上部車載機銃を使う手間もいらないのだ。
走る、撃つ、左後方にバックステップ、急停止、撃つ、小走りから急停止からスライディング、撃つ。ギリギリで攻撃は避けているが回避と反撃のタイミングが取りにくい。

{情報が足りん。所詮資料ではこれが限界か。}

真横から振われるバルディッシュをバックステップで辛うじて避け切りながら内心で愚痴る。
今までありとあらゆる兵器、部隊と戦闘を重ねてきたが『魔術師』という兵科の敵との戦闘経験はほとんどない。
僅かにあるのは、互いの誤認から発生したノエルとの室内接近戦のみ。経験も知識も不足、身体能力にも大きな差がある。
奇妙な感覚だ、まるで新米に戻ったような気分なのに体はいつも通り機敏に反応する。
魔力弾を避け、急接近しての斬撃を受け流して足を払い、態勢を崩した彼女の脇腹に左ボディブローを叩き込む。
さらにブローの際一歩引いて溜めを作った右ひざ蹴りを鳩尾に叩き込んで姿勢を崩し、がら空きになった首筋に銃床を振り下ろす。
良くて卒倒、普通は即死だと自負する得意技だがやはり手ごたえはあってもまったく効いている気がしない。
馬鹿力相手に鍛えたボディブローから首の骨を叩き折る銃床まで、手ごたえはあるが全て阻まれているのだ。
その慣れない感触に戸惑っているとまた視界の中から魔導師の姿が突然かき消えた、布ずれと風を切る音だけが聞こえる。

{後ろ!}

後ろに布ずれの音を聞き攻撃を受け流しつつ、銃床で衝撃を流しつつ受け止める。
バルディッシュの魔力ブレードは洞爺の眼前で止まった。力任せに振っている所為で、軸が僅かにぶれている。
もし軸がぶれて力が抜けやすくなければ、受けた途端銃が壊されていた所だ。彼女が付け入る隙だらけなのが救いだろう。

「何者なの?」

問いに答えず、力を抜いて一歩下がる。力を入れて押し込もうとしていた魔導師の姿勢が前かがみに崩れた。
その隙に腰のポーチの中に手を突っ込み、取り出した九九式手榴弾の握りしめて相手の額に起爆筒を叩きつけた。
魔導師の体が一瞬こわばる、手榴弾を魔導師の背後に投げ込むと彼女の陰に身を寄せる。
自分の頬を掠るように背後に落ちる手榴弾に、魔導師のルビーのように赤い瞳が驚愕に染まった。

「自爆する気!?」

何を馬鹿な、洞爺は彼女の言葉にある意味感心した。まだまだ緒戦で自爆を考える兵士がどこにいるというのか、これは注意を逸らすための囮だ。
起爆筒を叩きはしたが安全ピンは抜いていない、おそらく現用の手榴弾を見慣れているのだろう。
レバー方式を採用されていない九七式手榴弾はレバー式に慣れていると形だけ見れば起爆状態にあるように見えてしまう。
狙い通り彼女の意識が背後の手榴弾に逸れる。その隙だらけの鳩尾に全身の力を込め、突き上げるようなタックルをお見舞いした。
不意のタックルに僅かに体が浮く、その彼女の顎に銃床でアッパーを叩き込んだ。
思い切り顎を叩き上げられ体を逆エビのようにのけ反らせる彼女に組みつき、彼女の手からバルディッシュを弾きながら地面に押し倒す。
驚愕をあらわにする少女に馬乗りになり、彼女の額に一〇〇式の銃口を突き付けて引き金を引いた。
吐き出された八ミリの弾頭が彼女の額を叩き、銃弾が弾けて少女の表情に苦悶の表情が走る。
30連弾倉が一気に空になった一〇〇式を振りかぶり、銃床で魔導師の頭を殴打する。
何度も、何度も、何度も、何度も、マウントポジションからただひたすらに殴り続ける。
少女の頭を地面に叩きつけ、脳髄を揺らし、平衡感覚を失わせ、呪文を詠唱する隙を与えない。それでも彼女は痛がるばかりだ。
普通なら死んでもおかしくないが、気絶する気配すら無い。

{やはりバリアジャケットか、やはり厄介にもほどがある。}

先ほどからの違和感はやっぱりと言うべきか。子供を殴る感覚で気分が悪いが、手は止められないし抜けない。
さらに力を込め、銃床の鉄製パッドプレートを下にして彼女の鼻柱に叩きつける。彼女の鼻から鼻血が噴き出し、悲痛な悲鳴を発するが手を止めない。
殴りつけ、殴りつけ、殴りつけ、鼻血でぬらぬらと光る銃床で餅つきのようにただひたすらに殴り続ける。
殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る。銃床が耐えきれなくなったのか亀裂が走り、音を立てて木目に沿って割れた。
一〇〇式を適当に放り捨てて、素手で殴りつける。拳を握りしめ、額を狙って振り下ろし、時に両こめかみをブローで交互に殴る。
次第に少女の体から力が抜け、目が虚ろになり悲鳴も上げなくなってきた。そろそろか、洞爺は激痛の走る拳を開くと、ジャケット裏から十四年式拳銃を抜いて少女の額に突きつけた。

「降伏しろ、さもなくば射殺する。こいつには特殊弾が装填されている、タカは括らないことだ。」

彼女はすでに意識を手放しかけている。何かブツブツと言っている視線が安定せず、ふらふらと漂っている。もう体もまともに動かせないだろう、魔術を使う事などもってのほかのはずだ。
思考もまともに働かないはず、特殊弾などと言うハッタリも聞き分けることはできないだろう。銃口を少女の額に突きつけ、引き金に指を掛け、もう一度警告しようとした。

「降伏せよ、さもなく―――」

「負けられない!ファイア!!」

「なっ!?」

唐突に背後から体が吹き飛ばされ、洞爺は地面に転がされた。背中の熱を感じ、自分がなにを貰ったのか見当がつく。この状況下からしても、おそらく原因は一つしかないだろう。

{魔力弾の遠隔生成と遠隔操作!?}

遠隔操作できる類の魔力弾、誘導弾と言うべき代物を喰らったのだ。どうやらまだ魔術に関する考察が甘かったようだ。
魔術は精神状態に非常に左右されやすい、それ故に不安定な代物で自分のペースを崩されると脆いのが欠点だと言う話だ。
魔術書にも心構えと基本の項目に載っていたが、どうやら異世界人には通用しなかったらしい。まずい、背中に感じる熱に洞爺はリュックサックを乱暴に投げ捨て近場の木の陰に身を隠す。
瞬間、僅かに煙っていたリュックサックは強烈な爆風を伴って爆発した。リュックサックに収納していた爆薬が着弾した魔力弾によって引火したのだ。

{やられた!}

あの中には爆薬の他に各種手榴弾、擲弾、予備弾薬など様々な爆発物や弾薬が詰め込まれているのだ。粉々に砕け散る装備と弾薬に内心歯噛みした。
状況が一気に悪くなった、予備の弾薬をはじめとして、TNT爆薬などの各種爆発物と対戦車擲弾を失ったのだ。
手元に残った装備では彼女をどうにかすることは事実上不可能に近い、身に着けている装備は基本的な歩兵装備一戦分と補助物資、僅かな爆発物だけだ。

「フォトンランサー!!」

「getset。」

かすれた声と同時に、魔力弾が上空から降りかかってきた。いつの間にか少女は空に逃げていたのだ。避ける間もなく体中に魔力弾を撃ち込まれ、文字通り地面に叩きつけられた。
手足がもげ、体が文字通り抉られていてもおかしくない激痛が体を走り抜ける。目の奥の痛みと酷い耳鳴りを堪え、次の攻撃が来る前に飛び起きてすぐさま横っ跳びに回避する。
再び空中からの魔力弾掃射。洞爺はそれを連想したが弾速が遅く、数も少なく、なおかつ目立つそれは記憶の物とは違う。その威力は確かに強力だ。機銃弾の炸裂弾とはケタが違う。

{グラマンの方が怖い、だがそれ以上に脅威だ。}

洞爺はF6Fヘルキャットの12,7ミリ航空機銃6門一斉掃射の恐ろしさを思い出す。
個人の魔力特有の魔力光を放つ魔力弾は昼間の空でも嫌というほど目立つ、曳光弾の光とは比べ物にならないほどに。
弾速はそこそこだが、弾の数も一連射で雨あられと弾をばら撒く機銃と比べるべくもない。しかし気を抜けば当たる。
当たれば先ほどのように気絶するか、ショック死だ。
次にどんな手を使ってくるかなかなか解らない、まさに非常識を非常識で塗りつぶしたフィクションの世界だ。

{翼もないのにひらひらと・・・飛行できるのは厄介だな。だが叩き落とそうにも武器が無い。
火力もあるし、装甲も厚そうだな。下手な対空火器では歯が立たんどころか、返り討ちにあうのが落ちか。
主力は誘導弾、対人低殺傷榴弾?いや、これは非殺傷設定とか言う暴徒鎮圧用のスタン弾か。凄かったが、死んでない以上その手の種類だろう。
通常弾や徹甲弾もあるとみていい、火力特化?いや近接戦重視とも考えられる、得物もそれ用だろうな。
白兵戦も我流じゃない、使いにくい鎌を使いこなしている。相当訓練してきているだろう。}

実は鎌という獲物は白兵戦ではとても使い辛い、ナイフなどとは刃が内向きでさらに内側に反っている、殺傷範囲が見た目以上に狭いのだ。
その上構造上金槌のように振り回す事になるのだが、その形状が振り回すのに向いておらず刃の部分が風の影響をも受けてしまい扱いにくい。
昔苦労したからわかる。その時は片手で使える草刈り鎌だったが、それでも野良犬相手に思いっきり苦労させられたのだ。

{何よりあの鎌、おそらくはレイジングハートと同じ異世界の逸品だ。普通の魔術具かなんかとはわけが違うだろう。
家にも腐るほどあったがなんというか、俺でも違いが解る。はいてくというやつか?魔術なのに変な話だ。高火力かつ重装甲で高機動、まさに狂気の逸品だな。}

「・・・航空支援でもなきゃやってられんぞ。」

それでも三四三の壊し屋に声かけさせて総員で来てくれなければ太刀打ちできなさそうだ。後は変態水観乗りくらいか、と不意に本来の職務を忘れた変態野郎どもの顔も思い出す。
いくら仕事が無いからといろいろ暴れ過ぎな連中だった、良い意味でも悪い意味でも。

{まさかあの変態どもが真っ先に浮かぶとは俺もヤキが回ったか・・・いや、まだ俺も余裕があるのか。}

いかんいかん、と意識を切り替えて残った装備を調べる。リュックサックをやられて装備の三分の二を失った状態だ、なけなしの試作品も品切れでかなりまずい状況にある。
九九式短小銃を持ちなおし、折れた木の陰にすべり込んで魔導師を狙う。
視界は良好、微風、追い風、撃ち上げポジションだが対空射撃では良くあること、ゆっくり狙いを定める時間が無いのもよくあること、バッチリだ。
微風の追い風という、ここまで良好な条件がそうそうない。以前相手にした航空機のようにはいかないが、当たる、そう確信できる洞爺の唇に薄い笑みが浮かぶ。
その薄いのに凄味のある笑みはあまりに不可解であまりに現実離れした光景なのだろう。それこそ魔導師に恐怖を植え付けるほどに、その僅かな怯えを洞爺は見逃さない。
折れた木に銃身を預けて対空照準器内の魔導師を収め、引き金を引き絞る。重く乾いた銃声が鳴り響き魔導師のマントに風穴を開けた。

「!?」

魔導師は顔を凍りつかせ洞爺を見つめ返す、その表情には焦りと驚愕が見える。
素早くボルトを操作して第二射、魔導師はかわそうとしたが右脇腹をかすめてマントに風穴を開ける。魔導師の顔が歪んだ。

「そんな、避けた――――」

僅かに聞こえる言葉は最後まで語られる前に、銃弾で彼女の口をつぐませる。口を開く暇は与えない、その一瞬の隙をついて洞爺は銃弾を叩き込む。
避けたはずと思うのは当たり前だ、避ける場所に撃ちこんでいるのだから。
空戦や対空射撃において、敵の行動を先読みしてその未来予測位置に銃弾を撃ち込む偏差射撃は基本中の基本なのだ。
相手は魔導師だが所詮は子供、どこまでも未熟で未成熟、どれだけ強力な力を持っていようとも先読みはたやすい。

{距離80、風速、調整よし。仰角よし・・・}

素早く銃弾を再装填し、冷静に小銃を空に向けて構えて、躊躇せず引き金を引く。

「ぐっ!?」

銃弾は魔導師の肩に命中した。少女の表情が歪み、着弾の衝撃で姿勢が崩れる。
素早くボルトを引き排莢、押し戻してチェンバーに次弾を送り込み、姿勢を崩しかけた彼女の顎に照準を付け、発砲。
着弾の衝撃がアッパーカットの要領でダイレクトに脳髄を揺らし、意識の揺らいだ彼女の姿勢が崩れフラフラと落下し始める。
人間は、どれだけ鍛え上げても鍛えられない部分がある。例えば臓器などは鍛えられるものではない。かつて通っていた道場で師範から教わり、実際に体験した。
水月と言うへその下辺りの急所を直撃し臓器を直接圧迫する平手、師範である以上相当なモノを予想していたが予想はそれ以上だった。
腹の中を何かで滅茶苦茶にかき回されるような衝撃と全てを押し出すような圧迫感に耐えられず、その日はその一撃で鍛錬は終わりになった位だ。
一日中吐き気が止まらず、食べる度に吐きそうになって部下にも妻にも手を焼かせてしまった。だがあの鍛錬をしていたから、どれだけ爆風に吹っ飛ばされようとも我慢することができたのだ。

{三度下げ、右に1。}

例え弾が防がれようとも、その衝撃は内臓に少なくない衝撃を与える。全く通用しないと言う訳ではないのだ。事実、効果はある。弾丸が直撃する度、徐々に彼女の動きが悪くなっている。
排莢、装填、照準を落下予測地点に照準、直接照準で狙う。少女の動きはすでに精彩を欠いている、さらに攻撃を加えれば彼女も耐えられない。

「フェイト!?こんのやろう!!!!」

引き金を引く直前、後ろから風切り音と怒声が響いた。自身の真上に魔力を確認、風切り音、布ずれから人間と判断。
すぐさま転げ出ると同時に木が轟音と土煙をまき散らし大きなクレーターが出来上がった。とんでもない威力だ、地面に伏せて爆風を受け流しその爆風の発生源に目を向ける。
その中心には赤髪、犬耳と尻尾そして、豊満な目のやり場に困る体格を持った美女が地面に拳を突き立てていた。
海外でも珍しいオレンジ色の長髪にすらりとしながらも鍛えられた四肢、出る所は出て引っ込む所は引っ込んだ体。
勝気な性格を想わせるその風貌は町を歩けばだれもが振り返るような美貌を持っている。
肌を曝け出した破廉恥ともいえる衣服は見事に彼女の野性味を引き立てて、とても似合いだ。

{増援か、獣耳に尻尾、狼系混血?いや使い魔という奴か?おそらくあの子と同じ系統の魔術を使うとみていい。
目立つ武器は無し、近接格闘を重視した肉体強化型、この状況ではまず最悪の部類だな。彼女の遠距離射撃を支援に近接格闘戦を仕掛けられたら勝ち目が無い。}

簡単に言えば、P-47サンダーボルト重戦闘機の機銃掃射に歩兵が一人で陣地に籠って踏ん張っている所に、M4シャーマン中戦車が突っ込んできたようなものである。
戦闘機一機だけでもたった一人の歩兵には過剰だが、そこに戦車だ。まず勝つことはできない。出た途端機銃でハチの巣か、戦車砲で木っ端みじんだ。
そもそも陣地自体、榴弾が直撃すれば墓穴になる。どちらかを早急に倒さない限り30秒と経たずに自分は殺されるのだ。

「避けられた!?」

{術式および陣形構築前に叩く。TNT爆薬使用。}

洞爺は起きあがりながら彼女の足元に滑らかな四角柱の形に突起を付けた缶を3個投げつける。彼女はそれが何か解らないようだ。
わざわざ障壁で弾いて足元に落とし、それがどうしたとばかりに微笑み魔力光を放つ拳を見せつける。腰から下は見えないが、缶を踏んでいるかもしれない。
その中の一つの突起から細い銅線が伸びて、その導火線は洞爺が左手に持つグリップ型の汎用起爆装置に繋がれている事も気に掛らないのだろう。
少女も動かない、勝利を確信したのか、起きあがったこちらを見据えて威嚇してきた。

「これで終わりです。」

「さっさとそのジュエルシードを返して貰おうか?」

確かにこの状況では歩兵に勝ち目が無い。だがそれは、戦闘機と戦車が互いに状況を理解し、少しでもいいから連携が取れている場合である。
ニヤリと笑う狼女を一目見て、起爆装置上部の安全蓋を親指で弾き開けてのスイッチレバーを手前に押し込んだ。
クレーター底部に転がった最初で最後の『TNT爆薬』は轟音を立てて炸裂し、爆風が美女を真上に吹き飛ばした。
それなりに深いクレーターの中で纏めて爆発したことによって、上に向けて集束した膨大な爆圧が直に彼女を襲ったのだ。
彼女は呆気なく空中に5メートルほど舞い上がり、数秒後頭から地面に叩きつけられた。
美女は爆風で吹き飛ばされてせいか、頭から地面にたたきつけられて気を失ったのか、痙攣して動かなくなった。

「アルフ!?なんで!!」

魔導師、いやフェイトは驚愕をあらわにしてアルフの体に飛びつき彼女を仰向けにして揺する。
その隙に弾薬クリップを使って九九式短小銃に弾薬を装填し、フェイトに銃口を突き付けゆっくりとした口調で警告した。

「freeze don’t move. release you weapon.」

洞爺の警告に、フェイトは立ちあがってバルディッシュを構える。降伏する気はないらしい、それどころか怒り心頭だ。
それとも先ほどの反省を踏まえて英語で警告したのが間違いだったのだろうか?まさか日本語が公用語なのだろうか。
まさかそれは無いだろう、レイジングハートの管制音性は基本的に英語だし、バルディッシュもそうだ。

「freeze. throw down arms. hands behind the head.」

「うるさい!」

その直後相手の空気が変わった。放出される魔力が彼女の周囲の空間を歪ませる。その濃密過ぎる魔力に、洞爺は咄嗟にバックステップで飛び退った。
フェイトは再び宙へと浮かび、バルディッシュをかざして速口で演技かかったセリフを並べ立て始めた。

「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神よ。今導きとともに撃ちかかれ。」

{おい、おいおいおいおいおい!?}

魔法陣が彼女の足元に浮かび、周りで電撃が走り丸く固まってビシバシ言い始める。そのファンタジックな光景に、洞爺は頬が引き攣るのを感じた。
この手の物は家の蔵書を呼んで片っ端から頭に入れてきたが、やはり実際に目にするとなるとどうしても正気を疑いたくなる。
これならばまだオカルト組織のアヤシイ薬や、人体改造の方がまだ科学的で理解できる。
魔術書によれば、魔術の威力や効率は個人の精神状態に大きく左右されるらしい。いわゆる火事場の馬鹿力だ。
故に勇気を振り絞ったり、強い志などがあればその威力や効率は二倍にも三倍にもなる。
例えば高町なのはのように、強い使命感や正義感が初めてで強力な砲撃を成功させたように。
つまり、怒り狂い我を忘れているに等しい彼女は、その怒りの対象である洞爺に今だけは凄まじい攻撃を可能とするはずだ。
無論それは扱うのが兵器であってもありうる、そしてそういう時に限って非常に厄介なことになりやすいのだ。
呪文を言いきらせる訳にはいかない、迷わず九九式の引き金を引く。だが撃ち込んだ銃弾は彼女の前に展開された金色のシールドによって弾かれた。

{通常弾では効果が薄いか。}

ボルトを引き、固定弾倉底部の両開きの蓋を開けて弾を取り出して閉じてから自作徹甲弾を弾薬クリップで装填する。
九七式重機関銃に使用する徹甲弾から弾頭を乗せ換えた銃弾だ、通常弾よりも貫通能力に長けている。だが、その銃弾も思うような効果は挙げなかった。障壁にめり込んだが、それだけだ。

{くそっ、徹甲弾でもか。対戦車ライフルでもなければ抜けないか。}

リュックサックに入れていた二式擲弾発射機と対戦車擲弾などの装備を思い浮かべて歯噛みする。失ってしまったモノは考えても戻らないが、あれがあればまだマシだったはずなのだ。

「バウエル・ザウエル・ブラウゼル。」

魔力弾が数多くフェイトの周りに出現しこちらに狙いが定まるのを感じる。
洞爺は顔をしかめ、九九式短小銃を構えて引き金を引く。全力で、出る限りの全速でボルトを操作し自作徹甲弾を撃ちまくる。
銃口から発砲煙が噴出し、銃弾が彼女に向けて撃ちだされる。が、次弾を放とうとした時弾倉が空なのに気付いた。
近場の木の陰に身を隠し、急いで弾丸を固定式弾倉に押し込む。すぐさまボルトを押し戻し、飛び出すようにして九九式を構える。

「フォトンランサー・ファランクスシフト。」

再び彼が九九式を構えた時に見たものは、彼女の周りに浮かぶ、おびただしい量の金色の魔力弾。

「くそったれ!」

「撃ち砕け―――――ファイアァァァァァァァッ!!」

フェイトの怒声とともに魔力弾の嵐が降り注いだ。洞爺は先ほどの大穴に飛び込み、耳をふさいで身を縮こまらせる。その直後、まるで砲弾が雨のように降ってきたような振動が洞爺を襲った。
あまりの爆音に鼓膜が痛む耳を押さえ、襲ってくる衝撃の雨あられを歯を食いしばって耐える。恐ろしい、久しぶりに感じた。
もちろん恐怖は忘れた事は無い、撃たれる度に身がすくむ思いだ。だがここまで純粋に、子供のように本当に怖くなったのは久しぶりだ。
これ以上の爆撃や砲撃、銃撃はこれまで数えるのも止めたほど受けた。沖縄でのあれが嵐ならばこれはまだ小雨だ。
だが恐ろしい、なぜならこの小雨を降らすのはたったひとりの少女なのだ。
訓練を受けた軍人たちが、隊を作って行う砲撃をたった一人で行う。これが恐ろしくない訳が無い。ふざけやがって、悪態が思わず口に出た。
胸の中が煮えくりかえる位に胸糞が悪い。これは最高の悪夢だ。頭が煮えくりかえりそうだが、何とかして押さえこむ。ここで冷静さを失ってはお陀仏だ。

{味方を巻き込んで・・・いや、しっかり障壁を張って保護してるのか。器用なものだ。}

近距離で乱射するタイプの魔法なのか、精度があまり高くないのが救いだ。少しの間はしのげるだろう。
あくまで少しの間だ、出れば3歩も進まずにハチの巣にされてしまうのは確実であるし、このままでは打開できねば確実に殺られる。
装備の大半を失い、爆薬も品切れ、残るは小銃と通常弾薬、手榴弾などのいつもの携行品のみ。
加えて傷も思いのほか響いてきた、ジンジンと痛み震えの出てきた左手を閉じたり開いたりしながら体の傷を確かめる。

{肋骨に違和感、罅か。火傷も浅いが広い。感電の影響か痙攣も出てきたな。関節もガタガタ言ってる。}

まるで毒だ、蛇の毒などとは違うがそんな印象がある。それも徐々に体の自由を奪い、命は奪わない猛毒だ。
悪いことにその毒に有効な解毒薬が手元に無い、さらに言えば医療セットもその他物資武器弾薬と共にさっき失ってしまった。
有るのは申し訳程度にウェストポーチに突っ込んだ鎮痛用アンプルや包帯などの応急キット一回分だ。

{戦況は不利か、月村の増援はまだか?そろそろ強行突入してきても良い頃のはずだ}

もしや俺は捨て駒にされたかな?と、キットの正方形の箱から鎮痛剤のアンプルを取り出して腕に注射ながら暗い考えが頭をよぎる。
だが、それも良いだろう。やることは変わらない。我ながら、妙な慣れ方をしてしまったものだ。彼女には彼女のやることがあり、自分には自分のやることがあるのだ。
今生き残るには自分でやれることをやるしかない、空になったアンプルの容器を捨て僅かに震える腕を力づくで押さえつけて洞爺は上空を覗きこんだ。

{距離約60って所か、となると信管の調節は必要ないか。}

ウェストポーチの中から十年式信号拳銃を取り出し、吊星と薬莢底面に書かれた弾を中折れ式の銃身に装填した。
手元に残った少ない道具の一つだ、武器にはならないがあらゆる場所で役に立つので常に肌身離さず持っておいたが幸いしたのだ。
弾はあまり無いが、この局面を乗り切るのには十分すぎる。軽く銃を縦に振って銃身を元に戻す。
それを空中のフェイトに向けて発砲し、すぐさま大穴に伏せた。振動は止まない、あれは脅威にはならないと判断されたらしい。
白煙を靡かせて飛んだ弾は、フェイトの間近まで迫ると真っ白な閃光を放った。
吊星とは、落下傘付きの発光弾の事だ。空中で二十秒から三十秒ほど発光し、その光は昼間でも八キロ先から視認できる。
そんな強烈な光を至近距離で直視すればどうなるか、普通ならば良くて一時的な目の眩み、悪ければ失明だ。
もちろんそれは生身の相手ならばの話だ、バリアジャケットを装備した彼女では一時的に視力を奪うのがせいぜいだろう。
至近距離に着弾する魔力弾が急激に薄くなった。手で影を作って上空を見上げると、フェイトが目を押さえて悶えている。
だがそれでいい、それで生まれる隙は絶好の反撃の機会となる。振動が途切れ出すのを見計らい、大穴から九九式短小銃を構えてフェイトに狙いをつけた。
その銃口に彼女は気付けない、閃光に眩んだ目はまともに見えていないし、自分が放った魔力弾による土煙と洞爺の姿が確認できていないのだ。
その上激昂して頭に血が上った彼女は今、攻撃して洞爺を殺すことしか考えていないだろう。彼女は心に宿るゆらゆらと燃える怒りで視野狭窄に陥っている、まさに絶好の的だった。

{貰った。}

レオタードのような黒のインナーの胸もとに狙いを定め、発砲。だが銃弾は彼女を貫けなかった。
いつのまにか気を取り戻したアルフが、フェイトに組みついて射線から辛うじて外させたのだ。

{おいおい、なんて回復力だ・・・・まずいな。}

魔力弾の攻撃がやむ。その隙に洞爺は大穴から飛び出して別の木の陰に隠れて銃撃する。
閃光弾が途切れるのを見計らい、もう一度狙おうとしたその時、二人が避けた先に銃弾の火線が伸びた。
次いで白煙を噴き出して何かが空を駆け抜け、フェイトの障壁に阻まれて爆炎を上げる。

{地対空ミサイル、初めて見るな。}

伸びた方向に視線を向けると、メイド服に無理やり野戦装備を身につけランチャーを担いでいる黒髪メガネのロシア人女性が見えた。
目から鱗である、だからなぜメイド服なのだ?身につけられたマガジンパウチなどが異様に浮いている。

「命中!祝融さん!」

「各員散開、対空制圧射撃用意!!」

彼女に付き添うように迷彩服を着込んだ10名ほどの兵士がいる、彼らも援軍のようだ。
使いこまれた野戦服に身を包んだ隊長格らしい女性がドイツ製自動小銃『H&K G36C』を上空に向けて構えて命令を下す。
すると周囲の部下達は一斉に周囲に散らばり同じ小銃を上空に向けて構えた、その一糸乱れぬ行動は厳しい訓練と豊富な実戦の経験を感じさせる。

「交互撃ち方始めぇ!」

女性の号令の元、彼女を含めた5丁のG36Cの銃口が火を噴いた。結界と照明弾によってライトグレーに染まった青空に曳航弾が赤い火線を描く。
5人ずつ弾倉内の弾丸が切れる頃合いを見計らい交互に撃つその銃撃が悶える彼女を捉える、彼女の張った障壁が火花を散らして銃撃を弾く。
その障壁に向けて景気の良い掛け声とともにもう一発ミサイルが発射され阻まれる。その爆炎が晴れると、障壁全体に亀裂が走っているのが見えた。

「そこぉ!!」

その障壁めがけて月村家のメイド服を着込んだ少女が、彼女に真下から殴りかかった。
比喩ではない、文字通り生身で飛び上がって込められた魔力で輝く右こぶしを障壁の亀裂に叩きつけたのだ。
さらに林の中から二人メイドが飛び上がり、抜き身の野太刀を叩きつけ、それを援護するようにもう一人が両脇に抱えた軽機関銃をで攻撃する。
どうやらメイド達は飛べないらしく一撃加えたら落ちて行くが、それを補うように別のメイドが飛び上がる。メイド達の連続攻撃に障壁の亀裂がさらに広がる、破片が舞い魔力に帰って消える。

「エコー!ぶっぱなせ!!」

九九式を構えて狙った直後、重力に引かれて地上に落ちる少女の一人が叫ぶ。途端、一機のヘリがフェイトに向けてロケット弾と銃弾をばら撒きながらフライパスした。
オリーヴドラヴ塗装の『UH-1・イロコイ』は上空を旋回すると、少女に向けてフレア発射機に偽装されたミニガンを撃ちまくる。
その弾幕にフェイトも障壁を張って銃弾を防ぐが、その防御を潜り抜けてメイド達が攻撃を仕掛ける。その連携に彼女は完全に絡め取られてしまった・

{救援か。本当にヘリまで出せるとは、結界というのは何でもありだな。ん?そういえばあの狼女は何故別行動を・・・・まさか、向こうも襲われたのか。}

あり得ない話ではない、月村邸の保管庫にもジュエルシードが保管されている。それをあの少女たちが嗅ぎつけたという可能性は高い。
もちろん付近を二手に分かれて捜索していただけで、偶然ここにあるジュエルシードを発見した可能性もある。だが前者の方が、現状からして有力だ。

{そうだとすると、こいつは陽動作戦か?}

してやられたな、洞爺は内心自分の不覚に毒ついた。推測が正しいのなら、自分は敵の罠にまんまと引っ掛かったことになる。
まず月村邸の庭に偶然ジュエルシードが落ちているという事自体が不自然だった。
このジュエルシードの騒ぎが起き始めてから、月村家は今までずっと警戒態勢のはずだ。
無関係の人間を疑ったあげく殺しかける位に過剰な警戒をしていた月村家が、本拠地の庭に転がるジュエルシードに気付かないはずが無い。
もし捜索がまともにできないアホどもなら話は別だが、それなら月村家はとっくの昔に皆殺しにされているし、現当主の忍は優秀だ。
現状を理解して切り盛り出来ているのだから、人を見る目が無いとは思えない。
何よりほんの3年前までは鈴音達が仕切っていたのだ、彼女達の人の見る目は本物だ。
故にこの非常時に自分の家の庭も綺麗にできないようなマヌケは居ないはずだ。
それならノエルの言い分も納得できる、今日ワザと餌として設置されたのだから無くて当然だ。

{なんだかきな臭くなってきたぞ。}

考えれば、この事件の発端自体が変だ。輸送船の事故とはなんだ?事故と言えば事故だ、ではなぜ事故は起きた?
それも船が粉々に吹き飛び船員は全滅、さらにジュエルシードが保管されていたはずの最重要保管物用の金庫すら破壊するほどだ。
さらにユーノから聞きだした限りでは、ジュエルシードが流出したのは事故のほんの少し前。
彼は周囲の制止も聞かず手近のハッチから、緊急用酸素ボンベだけを持って着の身着のままで次元空間とやらに飛び込み、その後すぐ船が火を吹いて、爆発した。
本人は事故による機関部の暴走という見解だが、はたしてそう簡単に暴走するのだろうか?実物を知らない以上確証は無い、しかし普通はあり得ないだろう。
船にとって機関部は心臓も同意義、それが簡単に故障するのではお話にならない。
さらに流出と船の爆発のタイミングがあまりにも良すぎる、まるで誰かが持ちだして、その時にしくじった様なタイミングに感じられる。
ほかにも怪しい点は考えれば続々と出てくるだろう。
この事件はやはり何かがおかしいのだ、それこそ少し前までいたって普通の軍人だった人間が気付いてしまうほどにあからさま過ぎるくらい。

「援護してくれ!そっちに行く!!」

迷彩服の女性がわざわざ大声で声を掛けてきたが、洞爺は内心首を傾げた。いらねぇだろ、それが本音だ。ヘリとメイド服の魔術師達が交互に攻撃を仕掛け、地上からも照明弾が消えた空にミサイルが上がっている。
少女たちは回避と防御に専念せざるを得ずこっちには目もくれていない。完璧に洞爺から意識が逸れていた。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





何か妙だ、愛機『UH-1・イロコイ』の操縦桿を握りしめて機銃のトリガーを引くパイロットの彼女は言い表せない悪寒を感じ取っていた。
目の前の戦況は一見有利だ。下からの突きあげとミニガンの弾幕に晒される彼女は反撃に出る隙を与えない。
魔力シールドを張って回避行動を少女は繰り返すが、未来位置に向けてミニガンを撃ちこんで牽制する。
機動が淀んだ瞬間、警備隊第三分隊のメイド達が各々の愛用の武器を持って飛びかかる。
ターゲットの迎撃が彼女達を襲うが、近接武器型のメイド達は強化ケブラー素材の織り込まれたメイド服と簡易シールドで強引に突破。
銃火器を装備したメイドは正確な射撃で魔力弾を叩き落とし、ターゲットに一連射叩き込んで動きを鈍らせる。
そこに真下から野太刀の切り上げが襲いかかり、スレッジハンマーがフルスイングされ、年代物のハルバードが振り下ろされる。

{相変わらずすごい跳躍力だ。}

魔術による肉体強化は見慣れているがやはり普通の人間では考えられないコミカルな光景である。しかしやっていることは非常にえげつない、食らった側からすれば悪夢だろう。

「掃射開始!!」

そこにヘリの両側に吊るされた追加燃料タンク型偽装ポッドから撃ちだされた対戦車ロケット弾とミニガンによる7.62ミリの鉄嵐で追い討ちである。
チームワークが光る三連撃を辛うじて交わしたターゲットは、ロケット弾とミニガンを避ける余裕はない。
障壁が張られるが、そこにロケット弾と銃弾が命中した。一撃加えた後はすぐさま距離をとる。
ターゲットが追いかけるそぶりを見せるが、正確な狙撃から始まる対空砲火に絡め取られる。
地対空ミサイルを避ける彼女に向けて再び機首を向けると、無線機から喚き声が聞こえた。

≪だぁぁぁ!くそっ、また防がれたぁぁぁ!!≫

≪落ち着きなよシスカ、さすがに一筋縄じゃいかないって。≫

≪そうは言うけどよ美砂~~どんだけ堅いんだよあいつ~~≫

≪同感、堅過ぎでしょ。エコー、そっちはどうですか?≫

男勝りな少女の喚きを困ったように少し控え目な少女の声が諌める。
それに同意するように勝気なハスキーボイスが問いかけてきた。いつもの三人組だろう、パイロットはいつものように答えた。

「こっちも駄目だ。」

≪堅過ぎだろ。何発ぶち込んだよ。PAか?コジマかおい!≫

≪魔力でしょ、対戦車ロケット弾と7.62ミリ徹甲弾の雨を耐えるシールドなんて数える程度しか見た事無いけど。≫

≪たぶん異世界技術だね、相当進んでるみたい。杖に高性能AI搭載してるって話だし。使い魔も規格外なら武器もまたしかりってことね。エコーはどう思う?≫

「まったくもって同感だ、ミルキー2。使い魔も警備隊と祝融達にゴリ押し仕掛けてから逃げられる位だ。まるでゲームの世界に飛び込んじまったみたいだよ。」

このコールサイン自体、好きなゲームのキャラから捩ったものだからなおさらそう感じる。
体を覆う『バリアジャケット』という強固なシールド、高度な科学力を思わせるAI搭載型魔術霊装『インテリジェンスデバイス』。
見たことのない術式と戦闘スタイルは、こちらもかなり苦しめられている。かの国でもこんなことはできないだろう。
あの国は魔術面における技術力などは各国と比べて上位には程遠い、勝っている科学力で補ってもあの礼装は作れない。
だが逆に魔術面に勝っている国でも不可能だ、その手の国や組織は総じて科学を軽視するか嫌悪する傾向がある。
高度な魔術技術と科学技術の集合体があのデバイスだ。そうなってしまうと、それが両立できる国と組織は限られる。

≪上空のヘリ、聞こえるか?こちら大日本帝国海軍陸戦隊所属、斎賀洞爺海軍中尉。応答願う、どうぞ!≫

ふと思考に耽っていると、聞き慣れない少年が無線をつなげてきた。噂の時代に取り残された残留日本兵だ。
忍によれば味方らしいが、外見と行動が全く釣り合っていない所を見ると奇妙な感覚を覚える。外見は精悍な子供だが、判断力や戦闘力はベテランの軍人を思わせる。
なんでも彼の知り合いが高名な魔術師で、そのツテで今の状況になってしまったらしい。
異常と言うよりほかないだろう、出自も何もかも彼はこの世界の法則もなにもほとんど知らない素人のはずだ。
それなのに月村が苦戦した魔術師相手に生身で張り合ったのだ。そう思うと、少し身構えてしまう。
今まで歴史上の人物としか考えていなかった旧軍の軍人がそこに居る、それだけでも緊張してしまうと言うのに。
彼は不気味だ、幽霊やオカルトの類が実在する世界に住む自分から見ても『オカルト』『SF』という単語が頭をよぎる。彼女はゴクリと生唾を飲んで冷静に応答した。

「こちら月村ヘリコプター隊エコーチーム4番機、コールサイン・エコー4{フォー}であります。どうぞ。」

≪上空支援感謝する、エコー4。こちらも微力だが全力を尽くす、よろしく頼むぞ。≫

「か、感謝する、派手にやってくれ。」

≪任せろ、あぁそうだ、こん―――――≫

思わず唖然とした、この話やすさは自分が考えていた堅苦しいそれではない。馴れ馴れしい、と言う訳ではないがなぜか非常に絡みやすいように感じた。
向こうの無線機の調子が悪いのか、途中で切れてしまったがそれだけでも解った。

{なんか、想像と違う。}

奇人変人と聞いていたが、さっきの雰囲気では感じの良いおっさんに聞こえた。おそらくはそうなのだろう。
考えてみればそれが普通なのだ。彼は確かに軍人であり戦場に居た、だがそれ以外は普通の人間と変わらないのだ。
魔術などという存在とは無関係で、普通の家族を持つ一人の男性だった。彼は真実を知らなかった、何も知らなかった。
おそらく時代にそぐわない思考傾向だったからそう呼ばれたのだろう、この時代では当たり前の事でも当時は考えもしなかったことと言うのは良くあることだ。

≪エコー4、援護願います。もう一度仕掛けます。≫

いつものメイド3人組の参謀格からの支援要請。マジか!?と無線の向こうで驚きの声が上がるが仕方のない事だろう。

「了解、良いとこ見せましょ。」

≪しゃぁねぇ、削るぜ。削りきってやる!!行くぞおらぁぁぁ!!≫

声が枯れんばかりに掛け声を上げ、褐色肌のメイドが野太刀を振りかざして突撃をかます。それに続いて八名のメイド達が一斉に少女に突撃を掛けた、一気に防御を削りきるつもりだろう。
その突撃に少女は反応が遅れた、その遅れは致命的だ。援護射撃に絡め取られ、動きを止められた所に彼女達の連続攻撃が叩きつけられる。
その連続攻撃に障壁の罅がさらに広がり、大きな亀裂が走った。

{トドメだ。}

ロケットのロックオンカーソルで亀裂を狙う。勝った、その確信に獰猛に微笑みながら発射スイッチを押しこむ。瞬間、彼女の視界を緊急回避アラートが遮った。
それと同時に眼前の敵にも変化があった、今まで避けようともがいていた彼女が体を丸め周囲に強固な結界を張り直したのだ。
魔術師が普段好んで使用する半透明のタイプではなく、向こう側の見えないタイプ。それで周囲を固めた姿は金色の球だ。
だがそれだけではない、操縦桿から感じる気流の変化と彼女から計測される集束魔力推定量メーターの急激な上昇に彼女は焦燥を隠せなかった。

{魔力が集束していく?そんな・・・ありえないわ!旧式魔力炉並みじゃない!}

こうしてはいられない、彼女は無理に機体を翻しながら無線の設定を緊急回線に切り替える。
彼女は恐怖していた、解りやすい、子供のような恐怖心が彼女を駆り立てる。逃げろ、速く逃げろと。
そして、同様の声が聞こえる無線機のマイクを口元に寄せて叫ぼうとして、背後から眩しい光と熱を感じた。
熱く、背筋が寒くなるような轟音が響いてくる。次の瞬間、強烈な衝撃に襲われて彼女は強烈なGに席に縛り付けられた。
気を失う直前彼女が見たのは、煙を吹く計器とひび割れて真っ白になったガラスだけだった。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




今まで攻めていたヘリが急旋回し、まるで金色のパチンコ玉のようになった少女の結界が一際強く輝いた瞬間音が消えた。
瞬間、自分は宙に浮いていた。何がどうなっているのか?と考える間もなく襲ってきたのは激痛。
プロボクサーも顔負けの拳が散弾のように体を打ち、まるでポップコーンのように爆発した地面と吹き上がる爆風に体が巻きあげられた。
彼、斎賀洞爺がはっきりと解るのはそれだけ、後は何も覚えていない。
気が付けば倒れた木の幹に両足を投げ出して気を失ったロシア人メイドの胸に後頭部を預ける状態で、ほとんど更地になった林に倒れていた。
本当に良く生きているものだ、ここまでやっておいて死んでいない。運が良い悪いの問題ではない、あれは異常な技術だ。

「またか。」

短く吐き捨てて、軋む体を無理に動かして足を投げていた倒木に背を預けるようにして座り、残った装備を確認する。
残っていたのは十四年式拳銃一丁と予備の弾倉一本、九七式手榴弾一つ、赤色の信号弾を装填した信号拳銃一丁だけ、ほとんど残っていない。
九九式はどこかに消えた。弾薬も弾倉やクリップ、またはその物が折れるか凹んだりして使い物にならない。
ジャケットは千切れて飛んだらしく、黒の長袖シャツもボロボロで血が滲んでいる。
薬類も使いものにならない、赤十字の描かれた長方形の鉄容器が歪んで蓋が開かなくなってしまっている。
工具か何かで強引に開けるしかないが、どれも今手元にない。
救援部隊から供給してもらうのもありだが、咄嗟に庇った黒髪メガネのロシア人、サーシャ・M・ナガンを除いて彼女達の姿はない。
意識が途絶える直前、彼女達がポーチから何か取り出したのを見た。おそらく転移霊装か何かだったのだろう。

{ナガンは、目を回しているようだが外傷はなさそうだな。良かった。}

置いてけぼりを喰らうのは少々寂しいが、この状態では仕方のない事だ。そうは思わんか?洞爺は口だけ動かして、目の前に降り立って自分を見つめるフェイトに向けて問いかけた。

「どうして笑っているの?」

これが笑わずにいられるか。フェイトの驚きの混ざった瞳を見つめ、さらに自嘲気味に笑って見せる。
大の大人が、それも軍人がこんな少女にバカげたでメタメタにされてもう起きあがる事も出来ない。こんな漫才のような状況が笑わずにいられるか。
笑うしかないだろう、腹がよじれる位可笑しいだろう。おかしいだろう?オカシイだろう?

「笑うな!」

まるでハンマーで殴られたような激痛が鳩尾から走る。彼女に蹴られたのだ。
強烈な吐き気に吐瀉物を当たりにまき散らす。ほとんど原形をとどめておらず、胃液まみれのクッキーが口の中に引っかかる。
無様だ、結局自分はこうなってしまうのか。吐瀉物をまき散らし、無様に倒れる自分はいったい何なのだ?
魔法、魔術、そんなオカルトの世界で自分は無力過ぎる。力も、経験も、全てが圧倒的に足りない。
誰かの手が体を探り始める、彼女がジュエルシードを探しているのだろう。小さな手だ、可愛らしい女の子の柔らかい手。
どうするべきか、ズボンのポケットに隠したジュエルシードを見つけられるのは時間の問題だ。逃げるチャンスを作らなければ、だがどうする?
こうするしかない、頭に浮かんだ手段を実行するため洞爺は勝ち誇った笑みを浮かべた。

「まだ笑うの?」

演技の笑みに彼女の意識が体から表情に逸れる、その隙をついて洞爺は十四年式拳銃を抜いて彼女の鳩尾に至近距離から残弾全てを叩きこんだ。
バリアジャケットに阻まれた銃弾がぽろぽろと地面に落ちるが、殴られた程度の衝撃は通ったのかフェイトがふらつく。
間発入れず彼女の短過ぎるスカートを掴んで引き倒して肩をつかみ、九七式手榴弾の安全ピンを抜いた。
それを彼女の後頭部で信管を叩きつけてマントと首筋の間に押し込んで頭突きをかまし蹴り飛ばす。
蹴り飛ばした時に感じた体重はこれ位だった娘よりも少々軽いが年相応だ、その分よく飛んであっという間に安全圏に転がっていく。
フェイトは何をされたのか解ったようだが、パニックになっているのか首に手を回しても手榴弾をうまくつかめない。
今が最後のチャンスだ、洞爺は十四年式をホルスターに押し込み信号拳銃を抜いて上空に向けて撃った。赤い信号弾が上空に上がり、辺りを僅かに赤く照らす。
すると足元にミッドチルダ式と思われる魔法陣がすぐさま浮かび上がった、ユーノはしっかりとこれを見ていたのだ。
術式発動まで僅かだ、洞爺はまだ目を回しているサーシャの足を掴むと無理やり引き寄せる。
スカートがめくれあがって白い下着と同色のガーターベルト、右太もものレッグホルスターに収められた自動拳銃『マカロフPM』が丸見えになるが構っていられない。
起爆まで後わずか、一般的に手榴弾の安全ピンを抜いてから起爆までの約四秒から五秒。それを知っているらしいフェイトの表情は完全に視野狭窄に陥って周りが見えていない。
九七式の起爆時間もおよそ四秒から五秒、ここまでで約4秒ほど経過した。後1秒弱、彼女は首に食い込んだマントの留め金を外そうともがいている。
出来ることといえば、サーシャを置いて行かないように彼女の襟をつかんで自身の胸の中にきつく抱きしめることぐらいだ。長い、だが乗り切った。
術式が一際明るく輝いたその時、フェイトが首に食い込んだマントの留め金を外して手榴弾を明後日の方に投げ捨てた光景が消えた。

「・・・随分とお楽しみ的な格好だね、大丈夫かい?」

戻ってきた洞爺を、ユーノの疲れた声色の皮肉が迎えた。結界の外なのだろう、辺りは木があまり無く緑の草がカーペットのようになっている。
その上に、気を失ったなのはを寝かせてユーノは回復魔法を行使していた。

「まったく死ぬかと思ったよ。こいつも頼む。」

「君が言うことかい?あんだけ派手にやって。その人は?その、凄い剣幕だったから通しちゃったんだけど。」

彼が脇に寝かせた仰向けにサーシャにも回復魔法をかけながらユーノは問いかける。

「俺が呼んだ知り合いで、君が外に締めだした増援だ。騒ぎを聞きつけて助けにきてくれたのさ。」

「あ~、その、前もって言ってくれない?信用できるの?」

「止めろと制止したんだがね、してなきゃ呼ばんよ。」

洞爺は微笑むと、気を失って地面に横になっているなのはに目を向ける。

「怪我は平気かね?」

「あぁ、幸い足首を挫いただけだったよ。」

「バリアジャケットのおかげだな、どこだ。」

ユーノは気絶しているなのはの足首を指さす。少し赤くなっているものの軽傷だ、それ以外に外傷はない。洞爺はほっとして息をついた。
本当に運が良かった、足首を軽く捻挫しただけだ。湿布を張って一晩寝れば治る程度の傷だ。

「サイガ、君に少し聞きたいことがある。」

立ち上がって十四年式拳銃の弾倉を取り替える洞爺に、ユーノはいつもより強い口調で問いかける。

「なんだね?」

弾倉を装填して、スライドを引いて初弾を装填した洞爺はいつものようにユーノに向き合う。ユーノは彼を真剣に見つめていた。その瞳に、洞爺は小さく苦笑した表情で返す。

「君は何者なんだ?あのクラスの魔導師と互角にやりあえる人間なんてそういない。それに知り合いまで呼んで、バックアップもつけてくれたね。なんでそこまでしてくれるんだい?」

「以前に言ったはずだが?放っておくわけにもいかんからだ。」

「君はなのはみたいに純粋な気持ちでとは思えない。」

洞爺の表情が酷く冷徹なモノに代わる。その冷たい視線にユーノは対抗するようにキッと睨んだ

「何故そう言い切れる?」

「その目、その目の色だよ。普通じゃない、それは人殺しの目だ。さっきも言ったけど僕は遺跡発掘が仕事の部族で、実際仕事もしてる。
遺跡発掘も安全じゃないんでね、そういう目をした人間は見たことあるんだ。感情が無いみたいな、冷たくて、底が見えない目をしてるんだよ。
なのは達と同年代とは思えない。君は異常だ、君はいったいなんなんだ?なんでぼくたちを助ける?君は傭兵にしては妙にお人好しじゃないか?」

ユーノの問いかけに洞爺は顔を苦くする。だが、すぐに緩ませると溜息をついた。

「まぁ、それはそうだな。信じられる訳が無い、君たちからすれば俺は何かと都合の良すぎる存在だ。それは事実、弁解も必要ない。
だがこの命を掛けても良い、俺がこの件に関わるのは俺自身の意志と、本当に偶然だ。何も知らなきゃ、今ごろは家で酒でもかっ喰らってるよ。」

ユーノが疑問げに首をかしげる。ユーノの目には、洞爺が何か隠しているように見えた。
無論、洞爺はその事を話す気はさらさらない。自分は第二次世界大戦の生き残りであり、とある事情でこういう事にちょっとだけ縁があったらしいなど言えるはずが無い。
大体この縁でさえほんの少し前に知った物なのだ、寝耳に水もいい所である。

「あとは経験と勘だな。」

「その経験とは?」

ユーノの問いに、九九式をユーノが回収していた竹刀入れにしまいながら苦笑する。経験とは何か、なかなか難しい質問だ。
この身体で無ければ相応の説得力がある返答が返せただろうが、今の体は子供の体だ。
どうやって誤魔化したものか、気絶したままのサーシャのメイド服から戦闘装備を優しく取り外しながら悩む。こういう時に限っていい案が浮かばない。

「君にはまだ早い。小銃を撃てるようになったら話してやろう。」

仕方なくかつて幼い娘をからかった時のように、軽い口調で誤魔化すとユーノは疑うような視線で見上げてくる。相変わらず妙に人間っぽいフェレットだ。

「言えない事情でも?」

「いやぁ?ちょっと衝撃的でね。とてもじゃないが、信じられないと思う。」

「・・・解った、ちゃんと後で話してもらうからな。」

ユーノは確約しろとでも言うように、強く洞爺に向けて言った。その言葉に、洞爺は苦笑を洩らしつつ答える。

「ああ、生きていれば、いつかな。」

だからお前も死ぬな、と意味を込めて洞爺にユーノに言い、木立の向こうに見える月村の屋敷へ視線を向ける。
きっとみんなが待っているだろう。だが、こんな姿が見られればきっと大騒ぎになるに違いない。
サーシャとなのはは怪我をして気を失っており、洞爺も硝煙を身に纏わせて体中泥だらけ傷だらけでボロボロだ。

「早く戻りたいが、言い訳を考えなければな。」

「どうするんだ?」

ん~~?と洞爺は考えながら、辺りの地面を掘り返して二コリと微笑んだ。土の下から手のひらより一回り大きい鉄製の円盤を手にとって、ユーノに見せる

「あった、やはり埋まっていた。」

「なにそれ?」

「地雷だ。おかしいと思ったよ、戦闘中に地面が爆発したんだからな。」

ユーノの思考が約5秒ほど止まった。

「地雷!?」

「たぶん非致死性の低殺傷対人地雷だろうな、詳しくは解らないが音と爆風はあるが威力は大したことは無い。
電波か何かで制御されているんだろう、だから俺達には反応しない。いやはや便利な地雷があったものだ。」

「ちょっと待って!色々無茶苦茶なのは置いといて、なんでなのはの友達の家の庭に地雷が埋まってるのさ!!」

「たぶん警備のためだろう。大金持ちのお嬢様なんていうのはいろいろと面倒なヤツらに狙われやすい。特に月村ってのは何かと訳ありなようでね、詳しいことは知らんがよく狙われるんだ。
事実、俺の知り合いを護衛兼メイドに雇ってるくらいにな。高町から聞いていないか?この子の兄は月村家当主と恋仲だ、知らない訳ないはずだ。」

ユーノは返答に詰まった。確かになのはからそんな話を少し前に聞いたのだ。それを考えると確かにこれ位はあっても不思議ではない気がする。

「・・・わかった、とりあえず解った。で、それをどうするの?」

「こうする。」

そう言うや否や、洞爺は大きく振りかぶって地雷を少し離れた所の木の幹に思い切り投げて叩きつけた。
投げつけられた地雷は必要以上の衝撃に信管が誤作動、当然のごとく爆発する。突然の凶行に唖然とするユーノの目の前で、洞爺は至極まともに頷いた。

「よし。」

「え、どこがいいの!結界張り損ねたんだけど!!」

「これで俺達の恰好に説明が付く。警備用地雷の誤爆、悪いが責任はあっちに持ってもらおう。」

くっくっくっ、と不気味に笑う洞爺に、ユーノはなぜかとんでもない同情を感じた。なぜか、ここに居ない誰かが物凄い苦労をこうむりそうな気がしたのだ。

「それと君をダシに使う、気を悪くしないでくれよ。いざとなれば責任は全て俺が取る。帰るぞ、みんな待ってる。」

先ほどまでの疲労はどこへやら、鎮痛剤の効果とやせ我慢でなのはを左脇にサーシャを右肩に抱きかかえた洞爺の言葉にユーノは震えるのを感じた。嫌な予感を感じ取ったのだ、それは正解だ。
なぜなら、なのはの怪我の知らせを聞いて駆けつけた高町家の人々と問い詰めてくるアリサとすずかを言いくるめるのに散々ネタとして扱われたのだから。









あとがき
どうも作者です。また長い間間が空いてしまいました、その上拙い文章で済みません。
さて今回、負けるのは決まってるんですが、善戦はさせないといけません。これが難しい、何せまだ生身です。何故こんなに遅れたかと言えばそれが原因でもあります。
キャラを思うままに動かすと主人公的役割をはじめとしたオリジナル地球勢キャラが死にまくるという悪夢ができました・・・まぁ現時点で死者3桁越えなんですけどね。
特に役割、こいつが死に易い。とにかく死ぬ、どこでも死ぬ、本当に呆気なくポックリ逝く。非殺傷設定でも、間接的に逝っちゃうんです。
それをどうにかしようとしてアイデアが完全に煮詰まってしまいまして、それを払しょくするのに時間がかかりすぎました。
いくらシュミレートしても誰かしら逝っちゃう、高確率で序盤に役割が逝く。
出来たはいいが書いてる時は地球防衛軍やってるような気分がしましたよほんと、火力・防御力・機動力が人間基準からして見て強さが半端なく狂ってます。

それとフェイトの防御力が低いという指摘から高くしてみた、いいね、死にそうにないから少し過激でも問題ないし。
なによりバリアを剥がして柔い生身に実弾を叩き込むというロマンがいっそう輝く。
真面目にコンボがやりたい今日この頃、でもプラズマガンが無いので我慢します。
可能なのは、至近距離ショットガンで強引に行くか、対戦車ライフルの大きくてぶっとい銃弾でぶち抜く位ですかね。
でも絵的には完全な悪役です、可憐な魔法少女に鉄板が見え隠れする皮ジャンを着た少年がマウントポジション取って、
サブマシンガンのストックで少女の顔を殴りまくるとか、魔法少女モノでは完全悪ポジです。・・・この作品に正義も悪も無いですが。
これがエンジニアにポクテ、COG軍曹に地底人、改造人間と調停者にエイリアンor寄生体だったら映えるんですがね。
殺し合い上等な人物の敵が魔法少女とかだとこうも変わるか、勉強になった。というか本来視点が逆だよね。
そして最後は大逆転で、ただし視点は負ける側。うん、マジ魔法って半端なくチートです。
次回の温泉編にいくか、それとも少し間に挟むか、どっちにしろさてどう料理したものか?なかなか難しいんですよね、まぁ何とか頑張ります。

拙くて申し訳ありません。これからもよろしくお願いします。By作者


追伸・防弾装甲云々はネタでもあるんですが、解るかな?・・・今思うと防弾チョッキの防弾板で防げるプラズマランチャーって威力低いのかな?





[15675] 無印 第9話
Name: 雷電◆5a73facb ID:b3aea340
Date: 2012/03/30 19:39



Side,斎賀洞爺


週末の昼下がり、山のように積み重なった書類との戦争である戦後処理に駆り出され多忙な日々も終わったつかの間の休日。
長い戦いだった、喚き立てるバニングスをなんとか宥めて表向きの事情で説得し終えて終わりだと思いきや帰り際に忍ちゃんに捕まり、
ペンと文字と紙が机の上で乱舞する事務室という名の戦場に放り込まれ、待っていたのはコーヒーとボールペンを片手に無限に湧き出る書類と戦う孫達と事務員。
まさかここでもやらされるとは思わなかった、昔からこの手の書類は面倒な上に数が多くて手間が掛るから厄介なことこの上ない。
やってもやってもどんどん増える書類の山を見た時の絶望感ときたら、アメリカ軍や中国軍を相手にしている方が幾分かマシと感じる位だ。
なんで俺がせねばならんのか、部外者にやらせるんじゃないと愚痴に愚痴を重ね、不器用な手つきのあの子達を指導してやり、
回ってきた関係ない書類を回した孫に返し、性懲りもなく回してきた宇都宮に罵詈雑言とコーヒーを付けて突っ返す日々。
誰もが机の上で死んだように突っ伏していく中で足掻き切って、全てを捌き切りようやくこの暇を手に入れたのが昨日の夜中だ。
部下もおらず勝手の解らない中で訳のわからない書類に翻弄されながらもやりきった俺は、我ながらよくやったと思う。
ちなみに何故やらされたのかという理由はさっぱりわからない、愚痴っても結局はやらされたのだから解らないとしか言えない。
これならメンドクサイの一言で仕事を押し付けてくれた方が気が楽だった、少なくともアイツは本気で面倒くさがっていたからな。
それもそれで迷惑千万なのだが、変に勘ぐらないで済む。特にあの子の事は俺もまだ完全に理解していないから気を使う。
こんな後味の悪い仕事後の休日はいつもなら家事の手伝いするか趣味を手慰みにのんびりするか、娘と遊ぶか、畑の手入れを手伝うかして気を紛らわすか。
はたまたアホや馬鹿力に引っ張りまわされて結局うやむやにしてしまうのがいつものことだ。
それが日常だったはずだが、今日は熱の籠った自室であるものを作っている。魔術云々には素人の我ながら妙なことをしていると思う。
術式を書いた紙型に手を乗せて魔力を流し、術式の中心にあるあるモノに注ぎ込むのだ。慣れない作業だ、頭がガンガンする。
今までちょくちょくやって解ったことだが、どうやら俺と魔術・・・いや魔法?どっちでもいいか。とにかく殺人的に相性が悪いようだ。
基本の肉体強化や念話程度もまともに出来ず、何かにかけて体が悲鳴を上げる。これではせっかくの特別製も宝の持ち腐れだ。
まるで二日酔い・・・いや、魔力酔い?ともかく痛い、苦しい、吐き気がする、視界が変に歪むし口の中が痺れる、症状は一定しないし防ぎようが無い。
平時ならばこれ位どうという事は無い、その程度の苦痛を帳消しにしてもおつりがくるくらい魔術と言うモノの価値はある。
だが戦闘時にこれは致命的な欠点だ、高いとはいえ命を引き換えに出来るほどかというならばそうではない。本領を発揮できない技は戦闘では足枷でしかないのだ。

「俺がこんなモノに手を出すとは・・・」

紙の上の『物』が完成したらそれを取り出して脇に置いていた機械をつかみ苦笑した。
普段ならこんなものよりも銃弾を作る方に力を入れるのだが、そんな事も言ってられん状況だ。
最初はただの暇つぶし、次は久遠のため、今は高町も加えて二人のためにこれを作る。
まだまだ、試作段階で実戦投入はできない。まだ時間が必要だ。おそらく、事件の最中には間に合いそうもない。

「まだ駄目だな。少なくとも――――」

電話のベルが鳴った。いったい誰だろうか?

「はいはい、今行きますよ・・・」

自室から出て、居間の買い換えるつもりだった電話の受話器を取る。相変わらずの黒電話、バニングスには驚かれたものだ。
一応最新型のも買ってあるんだが、このごたごたが終わらない限り取り付けられるのはまだまだ先になりそうだ。
最新型といえばテレビもか、今は久遠が見ている箱型テレビも斎新型の薄型液晶に切り替えるつもりだったが箱から出してすらいない。

「はい、斎賀です。――――なんだ君か。何か用か?」

月村だった。ここ最近幸運なことに事があまり起きていない、何か成果が無いか聞く気か?あの子らしくも無い。
月村家での戦闘記録を見て相当引きつった表情をしてくれた忍ちゃん達だが、今はジュエルシードの解析にご執心と聞く。
いつの間にか回収した次元輸送船の一部にも手を出しているのに凄い意欲だ。俗に言う、マッドサイエンティストという奴だろう。
新しい技術を目にしてあそこまで目の色が変わるのは驚いた。鈴音は姉妹揃ってかなり機械が苦手だったのだがな。
今となっては俺も同じようなものだが、せめて久遠並みにパソコン使いこなしてぇ・・・

「え?―――しかし悪いだろう―――別にいい?――――――あいつらも来いだって?ふざけるのも大概にしたまえ―――
嘘じゃない?だが―――いや、予定はないのだが――――だがな―――はぁ、強情なのだな――――まいったよ。
日時は?――――了解、ではその時間に久遠を家の前に――――俺か、いや俺は辞退させてもらうよ――――
は?おい待てバニングス!何故月村の電話にお前が?―――――なに?どうでもいい?まだ話は――――くそ、切ったか。」

良いから来いだと?勝手なことを言いおって・・・・俺は電話を切りため息をついた。時計を見る。いまだに午後1時。

『――――続いて、海鳴市で発生した大規模ガス爆発事故について、当局は今朝記者会見にて全く問題が無かったと改めて発表されました。
専門家による検査の結果、ガス爆発の原因は外部からの強い衝撃によるものと――――』

「とうや!くおんたちてれびでてる!!」

いつものごとくお気に入りの狐色の和服を着た久遠はテレビを指さして無邪気にはしゃぐ。確かに、現場を見に行った時の俺たちが野次馬に紛れてテレビに映っている。
ほんの一場面だが、久遠にとってはとても嬉しいことなのだろう。駄目だな、そういう風に思うのは。

「久遠、喜ぶのは不謹慎だぞ。」

「なんで?」

「例えば、久遠がもしこの事故で俺が死んだらどう思う?」

「・・・・かなしくてないちゃう。」

「そんな現場を写した映像に自分達が映っていて、それがテレビに流されて、自分達がテレビに映っているのに喜んでるのを見たらどうおもう?」

「・・・・・・・いや、おかしいよ、とうやいなくなっちゃったのに、よろこんでるのおかしいよ。ひどいよ。」

よしよし、俺が言いたい事はちゃんと解っているようだ。

「だろ?いいかい、この事件で、多くの命が失われた。それを忘れちゃ駄目だ。今、久遠が感じた悲しさの何倍も悲しい思いをしている人がたくさんいる。
その人達は、これからずっとその悲しさを背負って行かなきゃならない。そんな人たちが、自分が悲しんでいる原因を見て喜ぶ人間をみたら、きっととても怒って、悲しむだろう。」

俺が言えた事ではないかもしれんが、そんな言葉を飲み込んで俺は久遠に諭す。俺もつくづく糞野郎だが、娘のためだ。

「今度からはちゃんと気をつけなさい、分別を付ければ何も問題はないからね。」

「うん、わかった。」

「ちなみに今度やったらゲンコツだ。」

「げ、ゲンコツや~~!」

文字通り尻尾を巻いて逃げる久遠に、俺は少しばかり苦笑いした。やっぱり、俺って怖いのかな?

「・・・はぁ。」

煙草『ハイライト・メンソール』を取り出してマッチで火をつける。メンソールの香りが効いた紫煙が縁側に上る。
紫煙に目を向けながら俺は自身の運の無さを呪った。今更ながらこれでいいのかと思ったりもする。
セルゲイみたいにウォッカをたらふく飲みたい気分だ、飲み比べがしたいよ。十中八九、俺が先に潰れるがな。
あのうわばみは見てるだけで胸焼けする。奴の肝臓は鉄じゃない、黄金だ。アル中じゃないのが奇跡だよ・・・思考が逸れるな。

「はぁぁぁ・・・」

「どうしたのですか?」

振り向くと、私服にエプロン姿のナガンが洗濯籠を持って立っていた。さすが現役庭師兼メイド、お手の物だな。
ユーノや高町には俺が呼んだことになっている設定上、現在彼女は療養のため休暇を取って俺の家に居候中という事になっている。
まぁ、つまり彼女は月村家からの支援と監視役だ。俺の行動は彼女を通して逐一報告されているのだろう。
戦闘にも家事にも役に立つし、久遠は懐いているし別に構いはしない、こっちに銃口を向けさえしないならという前提つきだが。
別にこちらにはやましい事などまったくない、痛くない腹を探られるのは少々癪だが堂々としていればじきに解るだろう。

「いや別に。すまんな、家事の手伝いなどしてもらって。」

「いえいえ!大佐の家に居候している身ですので、これ位は当たり前です。それに、その・・・」

居候ね、ただの建前なのだがな。なんだかブツブツ言っているが、何かと独り言をつぶやくのはこいつの癖だ。
こいつと行動するようになってからまだ少しだが・・・なんだろうな。
元スペツナズと聞いたからもっと軍人らしいと思ったのだが、少女のような大人と言った方が正しい気がする。
言動といい性格といい、無理して軍人をしているような感じだ。ややつり目でクールな容姿とのギャップも激しい。
ウォッカも飲まないし娑婆っ気が凄い、やはり娑婆に戻ればすぐに娑婆っ気が付いてしまうか。俺も気をつけねばな。
娑婆っ気は適度に有る分は良いが、有り過ぎれば軍人として行動できなくなる。

「大佐じゃない、中尉だ。2回も殺す気か?」

「あ、失礼しました。所でさっきのお電話は?」

「月村からだ、次の連休に温泉旅行に行こうとさ。」

あんなになってまだそう立っていないのにもう町が活気立っているのと同じで、あの子達も例にもれず逞しい。
まぁ次の連休と言っても、俺達学生は無期限休学の真っ最中だ。ジュエルシード災害の影響で市内の学校全てが無期限休学に踏み切っている。
災害による校舎の損害、教職員の不足、避難所として使用するためなど理由は様々だ。今回は事情が事情のため、本来の非常事態対策が通用しない点も痛い。
おかげで他の子たちは転校するか塾で勉学を補っている状況で、あの子たちもせっせと塾通いに精を出している。
もちろん俺は行ってない、誘われたがさすがに断らせてもらった。それより大切なことが山ほどあるし、貴重な準備期間だ。
今の内に当面の作戦や行動方針を定め、補給経路の確保と武器弾薬の備蓄、火器の設置を行うのだ。
拠点の防衛力強化は今のところ思うように進捗していないが、物資の備蓄は予定通りに完了している。
これから戦闘は激しさを増すのは火を見るより明らかだ。今の内に備蓄しておかなければ、ナガンのような定期補給もない俺は瞬く間に武器も弾薬も消耗し尽くすだろう。
戦闘前の弾薬消費予測などまったく役に立たない、大抵それを超過するのだ。俺一人だとそれが顕著にわかる、これまででも3倍近く使ってるからな。

「温泉、良いじゃないですか。この頃中尉も探索でお疲れですし、行ってきたらどうです?」

「そうもいかんだろうが、ただでさえ今は敵がいるというのに。」

月村家の一件以来、俺たちはあの二人組にたびたび邪魔をされている。今のところ直接対決はないが、それもいつまで続く事か。
出来れば早めに本拠地を特定して、叩くのが理想だ。もしくはこちらから奇襲を仕掛けるか、敵が個人単位というのがやり辛い所だな。
何かしらの命令を受けて動いてるにしても、命令系統や指揮官の性格が解らない以上行動の予想ができん。
それに高町も相当頭を悩ませているのもまずい、あの異世界人が出てきて以来あの子は怯えが目立つようになった。
新兵に良くあることだが、克服しない限り戦力にならない。あの子の場合、寝込まない分厄介だ。
今のところ無理に前線に出ないように言いつけてあるが、あの子の性格ではそろそろ無断で突っ込んできてもおかしくない。

「それに敵はあの二人だけではない。ジュエルシードを狙って、過激派神職馬鹿が来るとも限らん。」

「ははは・・・たしか中尉カチあったんですよね。」

「しかも味方にも小言言われたしな。」

3日前だ、書類戦争の合間に高町と手分けして山の方を捜索していた俺は、突然西洋の甲冑を着た男女4人に襲われた。
後で解った話だが、どうやら月村家と敵対関係のある勢力の偵察部隊らしい。以前攻勢に出て返り討ちにあった、というかした勢力のモノのようだ。
そいつらを隊長格一人残して殲滅し、知っていることを全て吐かせた後連行しようと思ったら、間発入れず今度は巫女服を着た少女4人組の登場だ。
月村と友好関係にある神社の巫女さんだ、警備範囲を強化して過激派やその手の一波が来ないか警戒していたらしい。
手順を踏んで張った結界内である事をいい事に、遠慮なくドカスカ撃ちまくってしまったからかなり警戒された。

「反政府側魔女狩り一派の分隊を単身で殲滅・・・中尉良く生きてますね。」

「苦戦したんだが?」

瞬間移動したり、生身で飛んだり、斬撃が飛んできたり、お札が飛んできたり、発光する投げナイフが飛んできたり、
剣が伸びたり、でかくなったり、槍が長くなったり、何回死んだと感じたことか。
エーアリヒカイトの時もそうだったが、人間辞めているのは俺ではなくあいつらだと思うのは俺がおかしいのか?

「すぐにカタを付けられたと聞きましたが?」

「アホか、反応が一々大げさぁたたた・・・」

頭痛ぇ。魔術行使後にしばらく後を引くこの気持ち悪い頭痛は本当に慣れないな。

「はぁ、大丈夫ですよ中尉。お留守の間は私と祝融さんがジュエルシードを探索します。ユーノ君に封印のコツは教わりましたからね。
戦力もかなり充実しました。だめなら、何とか戦力を割いてもらうとかしますよ。」

「阿呆。戦力はあれで手いっぱいで、どこも余分な戦力など無いに等しいと君が言ったんだろう。磨り潰すつもりか?
封印もそうだ。相性が悪くて本来の効力を発揮できないんだろう?最終的には高町の力が必要になる。」

「定期的に掛け直せば旅行の間なんて軽いです、たぶん!」

なんだ、こいつは俺に行けというのか。俺は久遠だけ行かせるのにどうすればいいか相談しようと思ったのだがな。
まったく、早くしないとバニングスが勝手に話を進めてしまう。あの子の方がよっぽど鈴音に似ているよ。

「なんだか気乗りしてないようですね、まさか断るつもりで?」

「久遠は行かせるつもりなのだがな、俺まで行く必要はなかろう。」

彼女達も、まさか幼子に何かする訳でもないだろう。しようと思っても無理だろうが。

「そんな、中尉は戦いっぱなしじゃないですか。休みも必要です。それにあの子たちが悲しみますよ?行ってあげてください、お友達なのですから。」

むぅ、あいつらを引き合いに出すか。だがなぁ・・・

「友達、ね・・・・」

チクリと胸が痛んだ。あの子たちが元気に遊んでいる所を見ていると笑みを浮かべずには居られない。
あの子達に声を掛けられるたび、あの子達が笑ってくれるたび、嬉しくて、胸の奥が熱くなって今でも泣きそうになる。
だが俺は彼女達を騙している、まったくこういうときこの身体は不便だ。嫌というほどに自分という存在の異様さを認識させられる。
・・・・・子供を戦場に立たせている大人が言う言葉ではないかもしれんが。こんな体でなければ、と考えずには居られない。

「しかし俺が抜ければ人数不足な上に戦力不足だぞ。そんな状態で戦うなど自殺行為だ。戦闘を限定しても、到底無理だな。」

俺の実力を過信している訳ではないが、現状戦闘可能な部隊の総勢は68名、宇都宮率いる戦闘隊54名とメイド隊14名の混成部隊だ。
当初の動員人数の半分に割り込んでおり、戦争ならば戦力として成り立たない位消耗してかなり厳しい状態にまで陥っている。
さらに言えばメイド隊は基本月村家本邸の警護と月村一族の周辺警護が主任務であり、このような対策は本来専門外だ。
本来ならば来るらしい友好関係にある勢力からの増援も期待できない、なぜなら敵対勢力との緊張感が張り詰めてきているからだ。
支援や補給があっても増員が期待できない以上、やりくりは慎重にならざるおえない。そのやりくりも、部隊員全員が各自の役割を確実にこなしているからだ。

「それにこっちの敵対勢力の動向もきな臭いと聞いてる。そっちでは有名な二人組が海鳴に入ったらしいじゃないか。」

確か忍者と魔術師の少女二人組、どっちも諜報に長けた凄腕の偵察員と聞いてる。しかも魔術師の方はシングルアクションだったか?そんな通り名が付いている位だ。
しかも実力が伴っているらしい。若いヤツに負ける気はまだないとはいえ、相手は常識が通じない魔術師と忍者だ。とてもではないが撃ち合いたく無い連中だ。

「大丈夫ですよ。」

「君は現代の一木支隊になるつもりか?相手の火力は馬鹿にならんぞ。」

例え文字通りの一騎当千であっても、相手の方が数を上回ればそれは無意味だ。戦いは質も必要だが、何より必要なのは数だ。
一人でも多ければ作戦の幅も違ってくる。あの子の技量はまだまだだが、あの火力や機動性に太刀打ちするには数と作戦しかない。

「中尉、それではなのはちゃんはどうするのですか?」

ナガンのメガネに光が反射し、エメラルド色の瞳がしっかりと見据えてくる。高町?あの子はおそらく行くのだろうが・・・・あ。

「そうか、そう言う考えもあったか。つまり高町達が狙われる可能性もあるか。」

「その通りです。」

「抜かったな・・・すっかり失念していた。」

今高町の所持するジュエルシードの数は5つ。もしかすると、それを狙ってくる可能性もない訳ではない。
そうなった場合、あの子はあのフェイトとアルフとやらに勝てるのか?勝率は低いな。
彼女は化け物相手にはそれなりに経験を積んだが、対人戦闘経験に関しては皆無だ。
今までも、結局は遺伝的には運動神経抜群の体と類稀な才能に救われていただけの事。
ユーノの指導のもとで修行に励んでいるようだがおそらく間に合うまい。

「ついでに忍ちゃん達の護衛も含めて行ってください。そうすればみんなも満足して一石二鳥です。」

「確かに。しかし問題はないのではないか?エーアリヒカイト姉妹と士郎さんがついているのだ。」

正直、襲って来ても士郎さんが一瞬でカタをつけそうな気がしてならない。あの人は強い、特に守りならば無類の強さを誇るはずだ。
そこにあの姉妹も加わればほぼ完璧だろう。妹は未知数だが、姉は実戦不足な事を除けば中堅以上の実力がある。
一緒に仕掛られたら、あの二人組は瞬く間に御用となるに違いない。その場合、高町に魔法が家族にばれている事が知られる訳だが仕方ないだろう。ついでに月村関係もばれるか。

「ミッドチルダ式魔法を使う未知の魔術師、何をしてくるか解りません。
それに警戒網を抜けた刺客が居ないとも限りませんし、いざという時にご家族に魔法がばれるのはなのはちゃんが困るのでは?」

確かに、あの子は魔法について家族に話す勇気をまだ持てていない。話した所であの家族は大して衝撃も受けそうもないが、そこは個人の問題か。
いや、逆にばれていることを知ったあの子達が取り乱すか?それはそれで面白そうだが、まだ楽しめる状況じゃないな。

「そうか。解った、行くとするか。」

温泉か、そう言えばしばらくぶりか。しかし護衛兼警護任務だ、気が抜けんな。鈴音の孫にその友人達だ、傷ひとつつけるものか。

「装備を用意せねばな、万が一にも備えたい。」

だがどうするか、私服に申し訳程度の装備では苦戦することは目に見えている。今回は確実な援護もない以上、装備の選別は慎重にせねばなるまい。

「なら早速用意しましょう、すぐに商人と連絡をつけます。よほどの物でなければ明後日には届くでしょう。」

「いやいや待て待て。」

膝立ちで歩いて電話から受話器を取って番号を押しだすナガンの手から受話器をとり返して戻す。

「土倉にあるから心配はいらん。」

確かワルサーとサイレンサー、ステンがあったはずだ。あれともう少し装備を見つくろえば事足りるだろう、あれは見かけによらずとても優秀だ。

「ですが、やはり新式のサイレンサーや銃などがあった方が心強いですよ。」

「そんなものを買う金など無い。」

いくら金に余裕があると言っても限度はある、特に現金に関しては桁が違うとはいえ有限だ。無駄遣いしていてはすぐに底を尽きる。
ただでさえ学費や給食費、その上日々の生活費や光熱費に食費などで減っているというのに。
地下金庫の金塊などの貴金属類を売ればそれ位の金は簡単に捻出できるだろうが、何を血迷ったのだ爺さん。
俺にそんなツテがある訳ないだろう、そもそも金塊担いだガキってなんだ?どれだけ俺を不審者に仕立て上げるつもりだ。
それに急に新式を装備しても、使いこなせねば意味が無い。どこかで訓練でもしなければ、訓練しなければ使いこなせない。

「なら、私が買って中尉にプレゼントしましょう。そうすれば中尉の懐は痛みません。」

「随分と季節外れで高くて物騒な贈り物だな。」

「嫌ですか?」

それ以前の問題だ。まったく、こいつはなんでこうも純粋なんだろうか。ため息が出る。
どういう訳か、コイツからは邪な考えは伝わってこない。あるのは純粋が義務感や好意、隠し事してるのは丸解りなんだがな。
それも何か害を成すようなこととは考えにくい、少なくとも俺をどうにかするという気持ちは無い。それが少々扱いにくい。

「とにかく、今はそんなものを買う余裕などない。」

「ならプレゼントで、早速――――」

「却下、物はある。何とかする。」

もういい、何もするな。だんだん頭が痛くなってきた。マッタク、どうして君はオレをコマラセルのかネ?

「あの、目が怖いですよ中尉。」

君の所為で堪忍袋が膨らんできてるんだ。まったく、中尉中尉中尉と・・・妙に親しみを込めて呼んでくる。
これが男だったら少しはマシだったのに、この頃妙に女性と縁があるな。俺は男色家ではないが、軍が恋しくなってくる。

「あの、中尉?大丈夫ですか、中尉?」

「なぁその中尉という呼び方はどうにかならんのか?斎賀で構わん。」

「でも、呼びやすいので。」

「呼びやすいって・・・・まぁ、それなら構わんがね。」

階級程度は問題ないか、なぜか俺の周りは異様に順応性が高い。バニングスちゃんがその例だな。

「あいつらが見たら笑い転げそうだな、傑作だ。」

煙草を咥えたまま呟く、こんな面白い状況などめったにない。あいつには絶対見られたくない状況だ。

「あいつら、お友達ですか?」

「そうだな、ちょっと遠いとこに行ってしまった親友たちだ。」

あいつらなら、きっと笑い転げてくれるだろう。そんでもって、呼んでもいないのに駆けつけてくれるだろうな。
さすがに今は来てくれないようだが、来てくれたらどれだけ頼もしいことか。

「やりきらねばな、関わってしまったのだからやりきらねば男がすたる。あいつらにも怒られてしまうよ。」

「そのとおりですね。」

煙草を灰皿に押して付けて火を消し、背伸びをしてから首をぐるぐる回す。時折、パキポキ音が鳴る。

「どうだ?洗濯が終わったら格闘訓練しないか?」

「格闘訓練ですか?いいですよ。」

元スペツナズ曹長、相手に不足は無し。勝率は6戦3勝1敗2引き分け、こいつの動きはヌメッとしていて読みづらい。
こいつは性格がこれだが腕は確かだ。射撃、格闘などの戦闘能力と状況判断力はさすが特殊部隊上がりといったところか。

「さっさと洗濯を終わらせよう、俺も手伝う。」

「ありがとうございます。それじゃ、先に行ってますから。」

「うむ、すぐ行く。」

部屋を片付けて、手を洗ったらな。




第9話




日本は今連休真っ盛り、どこかへ出かける人も多いこの時期だ。旅行など行ってもおかしくはない。
海鳴市も、最近大きな事故が起きたがそれにもめげず連休に入ってからとても活気づいている。
故に、洞爺はこの状況にため息ばかりだ。この連休、高町一家とその友人たちで旅行に行くのだ。
車2台に分乗しいざ海鳴温泉へと向かったのだが、高町士朗が運転するこの車は女率が非常に高い。
まぁ、月村忍が運転する車も恭也以外は全員女だが大人しい部類なので問題外だ。
問題はこっちの女どもである。高町桃子は助手席に座り、美由希は2列目の席でユーノと戯れる。
これはまだいい、だが問題は3列目、つまり最後尾でハイテンションを維持しまくる4人娘たちだ。
某スタイリッシュ弁当争奪バトルアニメのオープニング曲を熱唱するアリサと久遠の二人組、それにノリノリで相槌を打つすずかとなのは。
なのはとすずかはともかく二人は完全に酒の入ったテンションである、絶対飲んでいる訳が無いのだがどう見ても居酒屋の喧騒に混じってそうな勢いの声だ。

{見ている分には、いいのだが・・・・}

「・・・良い天気だなぁ。」

空が青い、最後尾の左側の隅っこに座って窓から空を眺める。森が美しい、眼下に広がる森を眺めながら思う。この美しい景色を見ていると心が洗われる気分になる。

{ああ、どうかこの状態を守りたまえ。}

「何やってんのよ洞爺。こっちに来なさい!!!」

服の首根っこをつかまれて、洞爺はアリサによって窓から引きはがされた。神は洞爺を見はなしたようだ。
めちゃくちゃハイテンションな4人組は洞爺を手放す気はないらしい。茶色のジャケット姿の洞爺は一人異様である。
そもそも男性が12人中3人というのもおかしな話なのだ。ちなみに動物は勘定に入れていない。

「あんたってばまたジャケットに鉄板仕込んでんのね、重いのよ!!」

「なら引っ張らなければよかろう。」

「うっさい、みんな!」

「「「はーい!」」」

「・・・・なんで脱がされる。」

こいつらを止めてくれ、とうふふと笑っている美由希と桃子にアイコンタクトをとる。しかし彼女らもまた共犯なのである、止める気はさらさらない。
ハイテンションな娘どもに押しつぶされる洞爺を見ながら面白そうに笑うばかりだ。

{まぁ、高町も楽しんでいるから良いか。}

なのはにちらりと目を向けるがその本人は普通に笑っているだけだ。あのフェイトという魔導師と遭遇から、彼女はこのところ戦闘を躊躇するようになって悩みっぱなしだった。
その様子は見ているだけでも痛々しいと言えた、なまじいつもの彼女を知るだけに余計に心苦しかった。軍人ならばだれでも必ず通る道だが、彼女は軍人ではなく一般人なのだ。
きっと、ユーノからの言いつけでもあったのだろう。美由希の肩の上でユーノが笑っている。顔には出さないが笑っている。なのはがハイテンションなことへの安堵と洞爺への嘲笑の混ざり合った笑いだ。

{地獄に堕ちろ、ユーノ。}

久遠に抱きつかれながらユーノを呪う。今すぐ車から放り投げようか?美由紀の胸に抱かれて撫でくり回されるそいつの姿に本気で思い始めた。
自分は何のために来ているのだ?忍やなのは達の護衛任務である、軍務ではないし給料もないが仕事である。
その中にこのフェレットもどきは入っているのか?悔しい事に入っている、本当に悔しいことに。

{こんな調子で大丈夫なのだろうか?}

正直かなり不安だ。主に自分の今後について。

「とうや、あそぼ!」

「何してあそぼっか?」

「げーむたいかい!ぷよぷよ!!」

洞爺を巻き込んで5人子供{少女4人と男一人}の車内の暇つぶしが始まった。少女達は携帯ゲーム機で大はしゃぎだ。
その30分後、全敗ぼろ負けで一人だけ誰にも勝てない有様の洞爺は悔しさにうなだれて呟いた。さすがに全戦全敗は堪える、子供相手だからなおさらだ。

「なぜだ?なぜ勝てない?戦術は完璧だったはずだ・・・・」

「ま、まぁみんな苦手なのもあるし、そんな風に落ち込まなくても。」

1回も勝てない自分が不甲斐無く窓際で沈む洞爺に、すずかが慰めの声を掛ける。
そう言う彼女も洞爺を完封し、さらに全員に勝った強者なのである。そんな彼女に慰められても虚しいだけだ。

「だって、とうやよわいもん。」

「なんというか、やってることはあってるとおもうけど、リアルを求め過ぎ、かな?」

久遠となのはにぼろ糞に言われる洞爺はなおさら沈む、面目丸つぶれも良い所である。
そんな彼にアリサはニシシと笑い、二つ折りにされた小さな紙がたくさん入った袋を差し出した。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




温泉宿についた一行は、ひとまずそれぞれの行動に移った。
車から飛び降りるように出た4人は二手に分かれアリサとすずかは池へ、なのはと久遠は背伸びで体をほぐす。
女性陣は一足先に宿のフロントに行きチェックインなどの諸々を済まし、男共は荷物を背負って部屋へとピストン輸送。
洞爺もまた、戦闘装備が混じった荷物をせっせと部屋に運んでいた。

「うわ~。」

「おっきいね!」

池に泳ぐ錦鯉の大きさに感嘆とするアリサとすずか、山の空気を堪能するなのはとユーノ、うひょぉぉぉ!と奇声を上げながら芝生を駆けまわる久遠。
荷物をピストン輸送する男共と宿のチェックインをする大人の女性たち。いたって普通な光景であった。
そんな中で洞爺は荷物を運びながら周囲の地形やフロントの見取り図を記憶し、どこを警戒すべきかを調べ上げる。
自分がここに潜入するとしたらどういうルートを通るか、そして相手側が自分達の存在を知っていたらどんな行動をとるか、
その行動に対して自分はどう動くか、はたまた迎撃の際に自分はどう動くのか、
イメージの中で様々な状況を想定し、そして現実に備える。

{部屋は日当たりが良いが外は見晴らしのいい中庭、向かいに建物はなく狙撃に適している地形ではない。だがこの壁は小銃なら抜けるな。
右隣は空き部屋だが左は確か男女の二人組だ、注意するに越したことはない。寝るときはなるべく壁から離れてもらおう。
進入路は、最短では非常口を使うか屋根裏、床下だな。屋根裏と床下には借りてきたクレイモアをワイヤートラップで仕掛けておくべきか。
配置場所は部屋の周囲、感度は通常よりやや重めにした方が良いな。鼠かなにかが引っかかっての誤爆は避けたい。}

輸送を終えて地図を広げる洞爺は、部屋に一人であるのを確認してからさまざまな色のボールペンでパンフレットの見取り図と手帳に注釈を書いて行く。
さらにここ周辺の詳細な地図(2400円、消費税込み)を取り出し、温泉の位置を確認して記憶したジュエルシードの拡散範囲予測区域と照らし合わせる。

{ジュエルシードの拡散予測区域からは外れている。となるとこの地域を確認しに来る可能性はないはず。
だとすれば来た時は襲撃かそれとも話し合いか。いや、そうでない場合もありうる。
ここは温泉宿、さらに拡散区域にも接していない。つまり奴らも休養目的で来るかもしれない。}

やはり予想が付きにくい、手帳にカリカリとボールペンで書き連ねながら小さく吐き捨てる。

{地図通りなら野営ができそうな所は、南西1キロ先に一つだけか。後で確認する必要があるな。
この方角からの進軍とするなら、地雷で足止めできる。いや空を使うか、となると手の出しようが無い。}

中々いつものようにいかず、何度も書き直しては内心イライラが募る。足りない、なにもかもが足りない。
人員、火力、弾薬、情報、万全を期すための条件がそろわない。ここまでひどいのはガタルカナル以来だ。
しかも今回はそれ以上かもしれない、あそこでは何もかもが不足して飢え死にを覚悟したのも一度や二度ではないが打開する手段はあった。
ガタルカナルでは寄せ集めとはいえ戦力はあったし、信頼する仲間や友人もいれば、それなりの権限もあったのだ。
今はそれも全く無い、仲間や友人は皆戦争で散るか生涯を全うして逝ってしまったし、権限も全て失った。
どうするべきか、と悩んでいると突然肩に大きな手が置かれた。

「洞爺君、ちょっと肩の力を抜いたらどうだい?そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。」

「いやはや、温泉旅行は久しぶりなものでしてね。」

穏やかに応対しつつ手帳を胸内ポケットにしまい、お茶を一飲みする。

「でもそんな肩肘張ってちゃ楽しめないよ?もっとリラックスしなきゃね。」

「善処します。ですが今は自分より、娘さんの方を気にかけてあげた方がいいのでは?この頃疲れているように見えますし。」

「そうかな?」

士郎の反応がおかしい、洞爺は僅かに目を細め、柔和な笑みを崩さずに頷く。

「一応人を見る目はあるつもりでしてね。この旅行も、実はあの子を気遣ってのことでしょう?」

「・・・最近、元気が無かったからね。」

士郎の表情が僅かにひきつったのを洞爺は見逃さなかった。高町家と月村家が繋がっているのは既に承知の上だ。
恭也と忍が恋仲である以上当たり前と言えば当たり前な話である。
自分の娘のことを良く理解している癖に、と暗い感情が内心に沸き上がる。しかし言っても仕方のないことだ。
旅行気分で穏やかなこの空気をわざわざ破壊することもないだろう。元々彼と自分は生きてきた世界が違うのだ。
何も知らない自分が偉そうに言葉を並べても説得力など無い、無駄に関係を悪化させるだけだ。

「父親の鏡ですね。」

「あはは、照れるなぁ。」

皮肉なんだけどな、と内心付け加える。

「事実ですよ、彼女も自慢できるくらいにね。ちょっと縁側で風に当たってきます。」

洞爺はそれだけ言うと、一礼して逃げるように去っていく。その背中を見つめ、士郎は小さくため息をついた。
士郎は彼だけ一人だけ完全に戦闘態勢である事を見抜いていた。
みんな旅行気分だが、彼のそれはうわべだけであり心の底はいつでも戦いに備えている。
戦場で仕事をする人間としては喜ばれるべきだろう、だが今は違う。彼がここに居るのは仕事ではなく旅行なのだ。
それではダメなのだ。旅行は楽しむべきだ。でなければ、どこかで折れてしまいかねない。

「あれ?どうしたのお父さん、なんか難しい顔して。」

「美由希か。なんでもないよ。」

「ならいいけど。洞爺君は?」

「俺はここです。」

「おわっ!?なんで床下から!!」

ニュッと縁側の床下から首を出す洞爺。その表情は先ほどの軍人のものではなく、普段の柔和なものだ。
それでも子供の表情とはほど遠い、年老いた初老の男性を思わせる渋さがある。

「500円玉を落としましてね。これを諦めるのは、少々辛いです。」

「あ、そうなんだ。」

話だけ聞いていれば彼もまた旅行を楽しんでいるのだろう。だがそれが上辺なのは士郎には一目でわかる。

「美由希、もうみんな来るのかい?」

「え?うん、そうだけど。」

「なら、やはりあそこに行くべきじゃないか?」

「おっ、なるほど、少し休憩したら行きますか。」

士郎の問いに、美由希はにやりと笑う。ここはどこだ?温泉宿だ。ならば行くところは一つであろう。
卓球場?売店?それともカラオケ?断じて否!無論温泉に決まっているのである。
洞爺と久遠は恭也と同じく男風呂に、その他は女風呂へと直行だ。無論ユーノはなのはに抱えられて女風呂である。
士朗と桃子は夫婦水入らずで散策に行った。

≪助けてくれサイガ!!僕は男なんだーーー!!≫

≪ならば、自分の悪運を心から恨みたまえ。俺は生贄になる気はない。≫

≪頼む!!僕にお恵みをーーーー!!ヘルプミーーーー!!!≫

≪女にだかれて溺死しろ。≫

≪んな!?く、久遠ちゃんだね!久遠ちゃんにせがまれて言ったんでしょ!!≫

≪なんまんだぶなんまんだぶ。≫

洞爺はユーノの成仏を願いながら男風呂の暖簾をくぐる。ユーノからは断続的な断末魔の念話が聞こえ始める。
酷く耳触りだ、まだ魔術に慣れない自分ではこの無駄に強い魔力で発せられるこれを遮断する手が無いのが恨めしい。
温泉の脱衣所で洞爺は服を脱ぐ。久遠も服を脱ぐ。もう一度言うが男風呂である。そして周りは男祭りである。
普段の疲れをいやすサラリーマン。工事現場の親父。逞しい米国海軍海兵隊や陸自の皆さん。普通の大学生。老人会の爺さまたち。
ワイルドなツーリングの人たち。野球部の部員達。ドイツの日本観光客。そして家族づれ。
などなどのさまざまな職業のカオスが織り成す脱衣場である。

「あんちゃん、結構いい体してるじゃないの?どこの出身?」

「青森です。実家が農家なもんでして。」

良い体つきをした工事現場の親父が体育会系と思しき逞しい大学生に声をかける。

「It is not completed.At that time the towel fell, but it is, you don't take?{すまんが、あの間にタオルが落ちてしまったんだが取ってくれないか?}」

「OK―――Here you are.{OK―――どうぞ。}」

「thank you.」

マッチョな海兵隊の人が棚の間に落ちたタオルがとれないので身振り手振りで洞爺に言うと斎賀は悠長な英語で答えてタオルと取って渡す。ユーノの救援要請は無視する。

「洞爺君、英語がうまいね。」

「まぁ、気がつけばですね。」

恭也の感嘆した声を聞きながらシャツを脱いだ。肌があらわになり、その身にある傷跡が姿を現す。
銃痕と斬り傷、真新しい火傷の後、爆弾の破片を受けた傷・・・・戦場での勲章だ。ユーノはいまだ呻きわめく、まだまだ続きそうだ。

「坊主!いったいどうしたんじゃその傷は!!」

突然見知らぬ爺さんが素っ頓狂な声を上げて洞爺の体を見回した。確かに9歳の子供にこれほどの傷があれば大事だろう。
周りには傷だらけの男がうじゃうじゃ居るので目立ちはしないがやはり異常である。

「いやぁ、自分は世界を回ってましたから戦場にも出くわしちゃったわけでして・・・・軽傷でホントに助かりましたよ。」

否、重傷など毎度の事だ。洞爺はうそと真実を織り交ぜて話す。無論、久遠は知っているし理解もしているので肯定するのみ。
恭也はあえて聞こえてないふりをして荷物をロッカーに収めていく。

「なるほど、名誉の負傷か?」

「そう言うことになりますね。」

「わしもじゃよ。フィリピンでアメリカさんから銃弾をもらってな。運よく捕虜になってこのありさまじゃわいな。」

「それは幸運でしたね。」

老人は腹部にある銃痕と海兵隊を軽く指さしてかかと笑う。老人はそのまま脇を通って浴場へと消えた。
洞爺もそれを追うようにタオルを持って浴場へと入る。恭也たちもあとから続いた。

「わぁ~~~!おっきいお風呂だ!!」

久遠はかなりはしゃぎながら風呂の中へダイブしてしまった。
はははと笑いながら洞爺は久遠を浴槽から引っ張り上げる。

「良いか久遠、温泉や銭湯では湯船に入る前に必ず体を洗うのがルールだ。いいな?」

「わかった!」

元気良く頷くと、備え付けの石鹸を手に取ってコシコシと体を洗い始める。良い子だ。

{あいつにもこんな時があったな、懐かしい。}

それを真横から見て満足げな表情をしながら、洞爺も自分の体をごしごしと洗い始める。
久しぶりの温泉である、自然と体を洗う速度も上がるというものだ。鼻歌交じりに体を洗い終えると、そそくさと立ち上がって湯船に足を向ける。
石作りを模した湯船に浸かると、久しぶりの温泉に体が自然と弛緩して、気持ちよさのあまり声が漏れた。

「ぉぉぉぉ・・・」

まずい、とても気持ちいい、体の芯までしみる温泉独特の柔らかい暖かさが体中を芯から温め、疲れの溜まった体を癒してくれる。
まさに五臓六腑に染み渡る、と言ったところだ。久しく入っていなかった温泉がこれほどまでに気持ちいいとは予想外だった。
あまりに気持ちよさに思考がとろけそうになる。その獣のような唸りに恭也はやや苦笑いしながら注意した。

「洞爺君、気持ちいいのは解るけどオヤジ臭いよ。」

「効くぅぅぅ・・・」

「きく~~~♪」

「聞いてないか。」

オヤジ丸出しで隠す気などまったくない洞爺とその横でふにゃ~と表情を崩す久遠に、やれやれと感じながら恭也も一息つく。
久々の温泉はとても心地いい、すばらしい。これで普通の体だったらいう事無しだ。
夜に露天風呂で、舐める程度に冷酒をひっかけながら夜空を眺める事が出来たらなお素晴らしい事だろう。
残念ながら、今は子供の姿である。実に口惜しい、有料ながらサービスをやっているというのに手が出せない。

{夜にもう一度入りに来るか、次何時来れるかも解らんしな。}

そんな気持ちいい時間をゆったりと過ごしていると、いつの間にかすぐ横に入っていたドイツ人の旅行者が声をかけてきた。

「Es ist mit dem Kind der Schaft reizend{かわいいお子さんたちですね}」

「Was das anbetrifft sehr, sehr dort was die lange Reise anbetrifft , nicht Sie denken kam er gut
{それはどうも、そちらこそ遠路はるばるよく来ましたね}」

湯船の淵に寄りかかって垂れパンダと化した洞爺は、恭也よりも早く悠長なドイツ語で即応した。
これでも同盟国の中であったドイツの言葉、喋れないはずがないし説明書を読むために習得するのは当然だ。

「liebendes Japan, auf diese Art gelegentlich, der heiße Frühling kommen zum Vergnügen, es ist.
{私は日本が大好きでして、時たまにこうして温泉を楽しみに来るんです。}」

「So ist oder, als für Gedanken des heißen Frühlinges hier?{そうですか、ここの温泉の感想は?}」

「Es ist sehr herrlich{とてもも素晴らしい}」

「ですよね~~」

「デスヨネーー」

最後は日本語で言葉をそろえる、二人は満足そうにして再び湯を楽しむことに没頭した。
すると、いつのまにかユーノの念話が途切れていることにホワホワした洞爺の思考が気付いた。
今まで断末魔を垂れ流しにしていたユーノの声が途切れたのだ。

≪僕、風呂を上がったら部屋で日本を楽しむんだ・・・・≫

≪それは大層な理想だな。≫

≪ふふふ・・・僕が生きて帰れたら・・・・・・≫

≪ああ、部屋でお茶でも飲もうじゃないか。その時はご一緒する。≫

≪最後に温かい言葉をありがとう・・・・≫

≪当然だ。安心して逝くがいい。≫

ユーノの返答はなかった。哀れユーノ、本当に女にだかれて溺死する運命だった。洞爺はユーノに心で手を合わせる。
そんな彼の横で縁に寄りかかって垂れ幼女と化していた久遠が急に目をぱっちり開いて首をもたげる。

「とうや、とうや。」

「どうした?もう上がるか?」

「ううん、あのひとたちなんかへんだよ。」

久遠が指さす先、そこには3人の男が各々ちょっと多めの入浴セットを抱えて、体を洗いながら何かを話して込んでいた。
それ自体は別に怪しい訳ではない。だが何か企んでいるような雰囲気が僅かに感じられる。風呂場の喧騒の所為で、声が聞こえないのが残念だ。

「君たちも気づいたのかね?」

「あぁ、怪しい奴らがいたな。」

「そうだね。」

隣に入ってきた日本語が悠長なアメリカ人と恭也もその連中のちょっとした違和感を感じ取ったのか、真剣な表情で頷く。
いつのまには一人を除いて筋肉モリモリな非常にむさっ苦しい一団が出来上がっていた。

「ちなみにお二人のご想像は?」

「「盗撮。」」

ちなみにこの温泉には混浴なんてものは存在しない。子供用の往復通路はあるが、それも厳重に監視されており不埒な輩が使えるものではない。
だがおそらく、彼らは決してそんな所を利用しないだろう。脇に置いている、ちょっと多い入浴セットがそれを語っている。
もちろんそれはただ単に多いだけで普通の入浴セットであり、3人はただ猥談か何かの話をしているだけという事もありうる。
そうなら別に大したことではない、ただの気のせいだ。折角知り合った相手もいることだし、楽しく会話でもしながら風呂を満喫する。

「よし、偵察を出そう。ナカガワ、マーティン。」

「了解、ウェルナー少佐。」

「イエッサー。」

果たしてそうなってもらえるだろうか、同様の想いを持ちながら固唾をのむ洞爺達の視界の中で、
ウェルナーの指示に小さく返答した陸自隊員と海兵隊員が仲良く会話しながら彼らから少し離れた所に座って体を洗い始める。
それをさりげなく注視するウェルナーは、やはりというように微笑した。

「BLACK.」

「これはまずい気がする。」

「同じくだ。」

「うん。」

「じゃなぁ。」

「あぁ。」

「イェア。」

「ソーデスネ。」

恭也と久遠に加え、いつの間にか同じ浴槽に入っていた別の海兵隊員と陸自と爺さんそしてさっきのドイツ人も頷く。
いつのまにやら浴槽はとんでもなく目立つ光景となっていた。背中を洗う3人組の後ろ姿を見ながら、各々考えが頭を駆け巡る。

「どうする?係員を呼ぶか?」

「ダメだ、ああいう連中は現行犯を押さえなくちゃ口八丁で誤魔化すぞい。ああいう手合いは逃げに関しちゃ天下一品だ。」

「手荷物は?あれを取り上げれば逃げられないんじゃないか?」

「力づくじゃ、逆にこっちが悪者扱いにされるぞい。」

ウェルナーの提案に爺さんが首を振って否定する。ならば答えは決まったとばかりに、阿修羅の形相のドイツ人が立ち上がる。
彼もまた彼らの悪質な行動が頭に来ているのは一緒に居た全員が知る所だ。というか、この中では一番である。
真面目な表情でコクリと頷く彼に、全員がコクリと頷いた。

「いきますか、露天風呂。恭也さん。」

「そうだね。」

「みんなでいけばこわくない!」

「ご一緒しよう。」

「全ては孫のために。」

「スベテハオンセンノタメニ。」

「OK、レッツパァリィィ。」

連中が体を洗い終わらないうちに、露天風呂に向けてぞろぞろと男たちが入っていく。
そして露天風呂はいつの間にか肉の壁と化していた。のちに、温泉宿で粛々と語り継がれることとなる。
男湯の露天風呂で欲望に身を任せると、温泉の妖精ビルダーたちが成敗しにやってくると。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




筋肉ムキムキの団体さんが露天風呂に抜けておよそ10分、少々閑散とした室内浴場に3人の少女たちが往復通路の扉を開いた。
アリサを先頭にしたなのは、すずかの3人である。全員タオルを体に巻いているが、それだけだ。
やってきました男風呂!と言わんばかりにフンッ!と鼻を鳴らすアリサに、なのはは少々控え目に声をかけた。

「ねぇアリサちゃん、本気でやるの?」

「当然よ、むしろやらないでどうするの。」

アリサの考えは単純明快、男湯でくつろいでいるだろう爺臭白髪を驚かして女湯へ拉致ってみんなで弄ろうというものだ。
これに関しては美由希や忍も実に面白そうに賛成している。どっちもそんなことになった時の彼の反応が楽しみなのだ。
約1名はアリサが言わなければ自分が発案してやろうとすら思っていたほどである。

「でもきっとすっごい怒るよ。」

ある日ふとした拍子に彼を怒らせてしまった日のことを思い出してなのはは震える。
普段怒らない彼だが、怒る時は物凄い剣幕で怒る。父や母、先生などとは違う種類の怖さがあるのだ。
罵声など当たり前、しかししっかり内容を捉えて叱るその口調には教師でさえ手が出せない大迫力と説得力を持つ。
酷い時には先生も怒る、本当に稀だが怒る。次の日から先生は少し休んで、レベルアップして帰ってくる。
軍隊調がありありと感じられるこれをアリサは『鬼軍曹モード』と呼んでいて、それはクラスの全員に広まっている。
モンスターペアレントな母親でさえ一喝で黙らせてしまう迫力はハートマン軍曹もかくやという凄まじさだ。
真っ向から立ち向かって矛盾を容赦なくついて行き、いきり立った所にさらに言葉攻めでコテンパンにしたのだ。
これで鉄拳制裁などが始まった日には完全な軍事教練である、元傭兵と名が通る洞爺にはまさにぴったりであった。
そのため、一部の親や生徒、教師からはかなり評判が悪いのだが。

「ふっ・・・・そんなもの織り込み済みよ。等価交換ってやつなのよ。」

「アリサちゃん、背中がすすけてるよ。」

きっと彼女の中では、共謀者全員が正座させられて怒鳴られている光景が既に出来上がっているのだろう。
全員仲良く正座させられ、目の前にはフレンドリーに微笑む士郎と桃子、ゴゴゴゴゴゴと効果音が聞こえそうなほどしかめっ面の洞爺。
飴と鞭のようだがそんなものではない。飴は中身が激苦ハーブエキスで、鞭は電流が流れるギミック付きだ。
まさに想像できる究極のタッグ、これで泣かない奴はいないだろう。3人は即座に気絶する用意がある。
ならやらなければいいのでは?それでは面白くないでしょう。

「欲を言えば混浴が欲しかったわね。そうすれば恭也さんも巻き込めたのに。」

「もっと後が怖くなるんじゃ?」

「やるからには楽しみたいでしょうが。」

覚悟が決まった表情のアリサ、そのニヤニヤ顔になのはもすずかももはや打つ手なしである。
胸を張ってずんずんと進んで行くアリサを追って付いて行くしかない。
ただでさえ男湯はちょっと恥ずかしいのに、今からやろうとしている事は後でお説教が待っているのだ。
しかしかといって今から戻れば、待っているのは美由希と忍による弄り、それもまた嫌である。
もう覚悟を決めるしかない、二人が思った矢先にアリサが露天風呂へと続く硝子戸を開けた。
そして、3人は見てしまった。湯けむりの向こうに広がるバラの園を。

「ぬぅん!」

「アッハ~~ン。」

「どぅふふふ♪」

露天風呂の中で、筋肉モリモリマッチョマンの男たちが、素っ裸で、そのマッスルボディを強調するかのようにポーズしていた。
日本人、アメリカ人、ドイツ人、爺さん、見慣れたショタ、見慣れたイケメン、幼女、何でもありのまさに失楽園。
容赦なきマッチョマンの中に某イケメンがしぶしぶと、すっごい乗り気な幼女が混ざっている分周りがなぜか際立つ。
どこ見てもマッチョ、どこに目をやっても筋肉、そんなトンデモ空間が3人より先に入ったらしい男3人組を出迎えていた。

「な、なんだ!?あんたら!」

「ワレラハオフロノヨウセイ、コノシンセイナヨクジョウデ、ミニクイヨクボウニミヲマカセルモノヲセイバイスルモノ。」

ドイツ人がカタコトで告げる。その感情の籠らないカタコトが余計に怖い。

「お、お前らのどこが妖精だ!!」

「見たまえ、この男らしい筋肉を。」

男たちの目の前で躍動するアメリカンの鍛え上げられた大胸筋、しっかり六つに割れた腹筋、丸太のような上腕二等筋。
そんな巨体を支える筋肉でしっかりと装甲化されたムチムチムキムキな両足。
素っ裸で、かつお湯でしっとりとぬれたお肌に逞しい筋肉がこれでもかとばかりに浮き上がり、嬉しくない曲線を描く。
己の逞しい大胸筋を愛でるように一撫でし、軽く平手で叩いていい音を鳴らしアメリカンは艶かしく笑った。

「良い筋肉だろ?」

「おい、変だぜこいつら!!」

変である、とても変であるが、目の前のマッスルとて引けないものがある。全ては守りたいもののため、そして彼らのためなのだ。
己の筋肉を強調して、別の意味で幻想的な雰囲気を醸し出すアメリカンの脇を抜け、これまた鍛え上げられた肉体のショタが男たちの前に出る。
無論素っ裸だ、その体に刻まれたとてつもない数の傷跡とその表情に込められた老練とした雰囲気に男は凄味を感じて後ずさる。

「お前達の持っているそれ、盗撮用の道具入りだな?」

「ん、んだとこのガキぃ?証拠はあんのか?」

どもりながらガンつけする男Aは、前に出たショタを威圧するが彼は大して気にしない。
さらに凄味が増し、男の威圧をいとも簡単に飲み込んで挑発するように笑った。

「君こそ潔白ならば、この場で証明して見せろ。」

「だれがお前みたいに失礼なガキの指図なんざ受けるかよ!」

「やましいことなど無ければ拒否する必要はなかろう・・・・はっ、小物だな。」

ショタは主にタオルで隠された男のソレをちらりと見て鼻で笑う。それは男の言い分にも、そして男の象徴にも通じる言葉であった。

「こ、こんの――――えがっ!?」

あまりにも早く腕を振りあげた男Aが突然ショタの目の前で痙攣し始めた。いや、痛さのあまり暴れている。
その光景に彼女達は思わず目を見張った。ショタは何もしていない、ただ殴りかかった姿勢のまま痙攣し出す男の目の前で腕を組んで微笑んでいるだけだ。
彼女達には見えなかったが、洞爺の右足の親指が腕を振りあげた際に踏み込んだ男Aの左足のちょっとしたツボを力の限りぐりぐり押しているのだ。
巨漢の空手家の動きですら動きを止めてしまう一撃、かっこつけ程度に鍛えている男では到底耐えられるものではない。
それが行軍によって鍛えられた足の筋肉による指圧であるならばなおさらだ。

「おがががががががっ!?」

「か、カッちゃん!」

係員が何事かとばかりに駆けつけてきそうなものだが、既に露天ぶろはある種の聖地と化している。
男たちの結束の力によって、欲望に魅入られし者を成敗する処刑場と化していたのだ。

「すまんが、あの子たちを貴様らのような下衆の犠牲にする訳にはいかんのでな。ここで果てろ。」

非常にドスの利いた一言、男Aは力尽きたのか泡を吹いて浴槽に崩れ折れる。
その手から落ちた入浴セットが湯船に散らばる、洞爺はかがんで湯船を探ると中から小さなビデオカメラと細いワイヤーのようなモノを拾い上げた。

「ふむ、ビデオカメラとファイバースコープか。防水加工は万全、プロだな。手加減はいらないようですよ、みなさん。」

「「え、あ、え・・・・」」

男たちは瞬く間に筋肉の壁に囲まれて、身動きが取れなくなってしまった。
見渡す限り、ニコニコと笑う体から湯気をたなびかせるマッスル達。
ゴツゴツとした筋肉で覆われた手が、男たちを絡め取り始める。瞬く間に体と入浴セットを絡め取られた。

「ようこそ、『男』の露天風呂へ。」

「ユックリィ、シテイッテネェ。」

男たちの悲鳴が響くことはなかった。悲鳴が上がる前にその口が開くことはなかったのだから。
響くのは、生々しい肉と肉のぶつかり合いと声の無い絶叫。そして男たちの野太い笑い声。
誤解のないように表記するが、囲いの中で男が暴れているだけである。マッスルはそれを受け止めて笑っているだけだ。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

なのはとありさ、すずかは唖然した。開始されたのはまさに地獄であった。
ファッション感覚で筋肉を付けた男ABCに群がる文字通り筋肉ダルマな漢達。
それを後ろで見ながらどこか大切なモノを失ったような表情をするイケメン、はまったのかボディビルポーズを決める幼女。
そして何事も無かったかのように風呂に浸かるドイツ人と、その横で岩に背を預けて浸かる白髪ショタ。
もはや驚かす拉致るなどという状況ではない。頭が冷えた、浮かれていたのがばからしくなった。

「なのは、すずか、帰るわよ。」

「え?ちょっとまって、脅かすんじゃないの?。」

「ううん、すずかちゃん、帰るの。」

どうやら現実逃避したらしいすずかを両脇からなのはとアリサが抱える。
二人はすでに何もかもから逃げ出したかった。だってアレである、あの筋肉の花園に入っていく勇気は無い。
むさ苦しい筋肉モリモリな男が逞しい上腕二等筋や腹筋をピクピクさせながらHAHAHA!とアメリカンスマイルで笑い合う空間は精神的にキツイ。
そこに場違いなエロゲー主人公やエロゲー幼女と爺がいても駄目だ、逆にそのせいで筋肉が際立ってしまっている。
野太い声でお姐言葉を話す超ハイスペックで筋肉ムキムキ、見ただけでガチの香りがする大男二人組には視線も合わせられない。
もはや理性ではなく本能が現実を拒否し始めている。逃げなければ、飲まれると。

「現行犯逮捕、MPカモン。」

「了解、来い。」

精魂尽き果てたとばかりに憔悴した男たちを連れていくタオル一枚の屈強な男たち。
それを見送りながら、まるで求愛行動のごとく己が筋肉を強調させ大胸筋をピクピクと躍動させる一部の男。
それがマジモノだとしたら、史上最狂の求愛行動だろう。見ているだけで目が腐る。

「こうだぞクオン、ムゥンッ!」

「ぬ~~ん!」

金髪アメリカンムキムキのボディビルポーズに習うように幼女がボディビルポーズ。
教えているようだが、次々と取られる幼女のポーズは全てアメリカンムキムキの驚異の筋肉を強調させているだけに過ぎない。
二人を見て、周りのムキムキとショタと爺が微笑ましそうにHAHAHAHA!と笑い合い、良いぞ良いぞと軽く囃す。

「わしも負けてられんのぅ。」

「よ~し、じゃぁいっしょにやろう!」

「ふふふ、懇願されては仕方なし。」

さらにそこにショタと爺も加わる。さらにカオスが増す。

「ぬぇいッ!」「ヌフッ!」「ヌンッ!」「ぬーんッ!」

左から爺、アメリカンムキムキ、白髪ショタ、幼女、4人が並んで真っ白な歯を見せつけるように笑ってボージング。

「ワシら」「オンセンノヨウセイ」「係に代わって」「おしおきよ!!」

誰得妖精ビルダー?軍団オンステージ、確かにメンバーのカオスっぷりは妖精並みに希少である。
係員が飛んでこないのはもはや係員も手がつけられないという事か。
現実には、係員は盗撮犯に掛りきりになっているだけである。主に精神ケアの意味で。

{あぁ、そうか。これが超えられない壁ってやつなんだ。}

{そっか、これがこっちの魔法なんだ。そうだよね?}

{斎賀君着やせするタイプなんだ。凄く逞しかったな・・・}

その光景に、二人は現実逃避を、一人は少々役得に感じながら引き返していった。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




散々楽しんだ後、洞爺達は浴衣に着替えて近くの自動販売機で牛乳を買い、休憩所のベンチに並んで座っていた。
洞爺は久しぶりの温泉にご満悦、やっぱり来て良かったとモブメガネに感謝しながら牛乳を豪快に飲み、
久遠も実にいい笑顔でイチゴ牛乳の瓶を両手で持って、のどを鳴らして飲む。

「「ぷはぁぁぁっ!」」

気持ちのいい飲みっぷりの二人はもはやどう見ても兄妹である。
顔形も全く似ていないし、髪色も違う、一般人は知らぬことだが久遠は妖狐であり人とはまったく違う。
しかし、節々の仕草やその笑顔はそっくりでまさに兄弟のそれであった。
4人がけのベンチで、3人並んで座っている光景はまさに微笑ましいと言えるだろう、普通なら。

「恭也さん、そんな風に落ち込んでも過去は戻ってきません。」

「そ~だよ~。」

一人、洞爺の横で蓋すら開いていない牛乳瓶を持って暗い影を纏わせる恭也がいなければ。
もう一本自販機から牛乳を買う洞爺の言葉に、恭也はほとんど反応を示さない。
ぐったりモアイと名前が付きそうなほど立派なポーズで背持たれに背を預け、モアイの表情で遠い所を見つめるばかり。
それほどまでに、露天風呂での行動は恥ずかしかったのだろうか?
男同士で、しかも周りは皆納得しているのだから恥ずかしいも何もないだろう。悪い事はしていない、むしろ良い行いだったはずだ。
だがどうやら、今回の事は恭也の想像以上の精神的ダメージを与えてしまったようだ。

「恭也さん、大丈夫です。あなたは家族と恋人を守ったんです、誇るべきですよ。」

「そう、だろうか・・・」

「えぇ、きっと士郎さんも褒めてくれますよ。それに忍さんも、体を張って盗撮魔から守ってくれたとあれば喜んでくれます。」

大丈夫、と微笑みかける洞爺。その姿は恭也にはとても優しく見えた。

「そうか、そうだよね。」

暗かったモアイが、やりきったモアイに変わった。どっちにしろモアイである、無表情である。

「さぁ、飲みましょう。今日はおごりますよ。」

「うん、ありがとね。」

無表情のモアイが無表情で牛乳瓶を煽り無表情で牛乳をのどに流し込む。
全て無表情である、すべてモアイ像である。今は牛乳ひげ付きだ。それを見かねたのか、久遠は牛乳を置いて立ち上がると恭也の前に仁王立ちし、

「あぁん?しゃいきんだらしねぇな!」

「・・・」

舌足らずで妙に英語なまりの奇妙なギャグを入れた。当然モアイは不動である、ついでに洞爺も理解できずに首を傾げた。

「さいきょう♂とんがりこ~ん。」

「・・・・・・」

「きゃのんほぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「・・・・・・・・・」

「ふぁっきゅ~~」

「・・・・・・・・・・・・」

久遠がどこから仕入れたのか解らない、どこに笑う要素があるのか解らないギャグを披露するがモアイはモアイのままだ。
そもそも最後は罵声である、なぜか少々上目遣いで両腕を垂らして立つポーズからの罵声はどこに笑う所があるのだろうか。

{これは重症だな、こういうときは・・・}

思い出すのは攻撃機乗りの親友。これで行こう、洞爺は牛乳瓶を久遠に預け、モアイの耳に口を近づけて息を吹きかけた。

「うひゃぅ!?な、何するんだ!!」

{おおぅ、効くな。懐かしい。}

飛び上がるように跳ねる恭也の赤く染まった頬に、洞爺は感心したようにコクコクと頷く。

「いつまでも呆けておるので、そんな姿を恋人には見せたくないだろうと思ったのですよ。」

「別に呆けてなんか。」

「その割には随分と思いはせていると見えましてな。ふふっ、もしや筋肉美に魅せられたか。」

敬語では無くなりおやおやと微笑む洞爺に、恭也は芯から凍るような寒気を感じずには負えなかった。
思い出すのは筋肉、温泉の筋肉、筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉。女っ毛などまったくない、筋肉だらけ空間。
野太い笑い声と、求愛行動のように躍動する大胸筋、盛り上がる腹筋と上腕二等筋、肉と肉のぶつかり合い、
なぜかもみあげだけを伸ばして三つ編みにしてリボンを付けたスキンヘッドマッチョからときどき感じる、
何か肌寒いものを感じるアツい視線とその先の瞳、その口から洩れでる不気味な笑い声、一度目があってウィンクされた後の記憶は全く無い。

「違う!」

「違うのですか。あなたは男だ、少しは筋肉に魅せられても良いでしょうに。しかも彼らは兵士、素晴らしい。」

「どこか?」

残念なことに彼は普通とは呼べないがそんな筋肉祭りには程遠い生活を送ってきたのだ。畑が違うのだ、畑が。
反面、常に屈強な男たちに囲まれ屈強な男たちによる壮絶な戦争を経験した洞爺は、むしろ慣れ親しんだ感覚だった。
あの男同士で考えが通じ合う感覚、むさ苦しい笑い声、ほとばしる汗、久しく感じていなかった。
まったく理解できない恭也に、洞爺は変わらず優しく深い笑みを浮かべて答える。

「まぁあなたが理解することは無いでしょうね。」

「なんか・・・理解したくないね。」

「なら、誰でもいい、想像してみましょう。戦闘で背中を預ける相棒の姿を。」

ここで想像するのが、恭也は忍や美由希であり、洞爺は銃を担いだ逞しい兵士なのはお約束である。
またその戦場も、恭也は非日常の戦いであり、洞爺は銃声が轟く銃撃戦である。

「そして互いに抱擁し合う姿を。」

恭也の表情が真っ赤に染まる。恋人持ちだが正常の男性である恭也の想像は当然のごとく変な方向に行くのだ。
おそらくすでに経験しているのならば、まだまだ若い彼は絶対にそっちの方へ行く。
抱き合って勝利を喜びあうムキムキの戦友を思い浮かべて、恍惚としていた洞爺はその赤面にはっとなった。無論確信犯である。

「なんという事だ・・・・あなたは、男色家だったのか?」

「違う!」

「なんだ、つまらない。」

やっとモアイから生気のある表情に復帰した恭也の表情に、洞爺は一息ついて再び牛乳を煽る。
完全に遊ばれた事を悟る恭也だったが、その大人の余裕にかなり不満ながらも同じように牛乳を煽った。

「風呂上がりの牛乳は素晴らしいです。」

「すばらしーです。」

かなり楽しめてご満悦の洞爺は、飲みほした方の空瓶をゴミ箱の脇にある回収箱に入れた時、眼の端に映る光景を目にした。

「ありゃ?」

そこにはなのは達3人組に相対するあの獣人の姿がある。無論、耳と尻尾は隠しているがその容貌は特徴的なので一目でわかった。
風呂に入るのか、宿の浴衣に包んだ眼のやり場に困る魅惑的な体は普通の男たちにとっては目に毒の何物でもない。
現に目移りしたのかその巨乳を見つめてしまった長い金髪をポニーテールにした優男が恋人らしい金髪美女に殴られている。
確か名前はアルフと言っただろうか?なんにしろ実に眼福な姿である、盛んな若いのが放っておかないだろう。

「なのはの知り合いか?それとも・・・」

「ご想像の通りかと。ちょっと様子を見てきます、久遠をお願いします。」

「あぁ。」

洞爺は舌打ちすると道すがらに新しく牛乳を買ってそれを片手に彼女たちへ向かった。
アルフはなのはに顔を近づけ何やら言っているらしい。あまり良い事ではなさそうだ。

「あんま賢そうでもないし強そうでもないし・・・・ただのガキンチョにみえるんだけど――」

「そのくらいでやめにしないかね?」

洞爺がアルフにいつもの口調で話しかける。アルフは洞爺を見た途端、目を丸くして身を引いた。

「あ・・・んた・・・」

「ここは楽しく、もしくはゆっくりする過ごす場所だ。それでは子供をいじめているようにしか見えんよ。」

洞爺は右手で牛乳瓶を握り締め、念のため左手で折り畳んだ念話用術式札を握りながらアルフを見つめる。
だがそれを使い必要は無かった。使う前に向こうから念話をつなげてきたのだ。

≪やっぱ、あんたもいたんだね?≫

≪悪いかね?アルフ。≫

≪あんた、何であたしの名前を!!≫

≪以前のことを忘れたわけではあるまいに、あの時に君たちは自分で言っていたぞ。≫

≪あんた・・・・なにもんだい?≫

洞爺はくすりと笑うとアルフをじっと睨みつける。

「で?なぜ俺の知り合いにそんなこと言うのだね?」≪ただのしがない兵士さ。≫

「いや、ちょっと見た顔がいると思ってね。」≪兵士?うそつくんじゃないよ。さっさと答えな。こっちにゃ人質がいる。≫

「見た顔?ふむ、高町の知り合いか。」≪そんなものどこに居るのだね?ここでもめ事を起こせば君たちの行動に支障がきたすぞ。≫

「え、全然知らないよ!!」

「たかまち?ちょっと待ちなって、あんたかなみじゃないのかい?」≪へぇ、どうするってんだい?≫

「かなみ?いや、彼女は高町なのはだが?」≪さぁ、どうしようかな?≫

洞爺の言葉にアルフは小さく舌打ちした。そしてにんまりと愛想笑いし、高らかに笑いだす。

「あ、あはははははは!!ごめんごめん。人違いだったかぁ。知ってる子によく似てたからさぁ。」

「あは・・・そうですか・・・」

「ふむ、それならば仕方がないな。だが、これからは気をつけた方がいい。さっきの態度で話すとすぐに勘違いされるぞ。」

「あはは・・・そうかい、ご忠告どうも―――あ!!かわいいペットだね~よしよ~し。」≪今のところは警告だけね。≫

念話がなのは、ユーノに聞こえたのはその時だった。なのはの目の色が驚愕に変わる。洞爺はそれを見てじっとアルフを見据えた。

≪忠告しとくよ。子供はいい子にしてお家で遊んでなさいね。おいたしすぎるとガブッと行くわよ。≫

そう言うとなのはの脇をすりぬけてアルフは歩き出す。

「さ~て、風呂入ってこようっと」≪あんたもだよ、白髪頭。≫

「今はちょうど入り時ですよ、盗撮魔が捕まってすぐだ。」≪君の方にも忠告だ。犬は大人しく飼い主と遊んでいたまえ。次は体に風穴を開けることになる。≫

「ご忠告どうも。」

洞爺が挑発的に返すと、アルフはばっはは~いと明るく手を振って去っていく。
アルフの後ろ姿を見送ると、なぜかアリサがどこか呆れたようにため息をついた。

「洞爺、何であんたはそうなのよ。」

「ふむ、何か悪いことを言ったか?」

「いや、言ってないけどさ。」

洞爺はあっけらかんとして牛乳を一飲みした。

「あんな強そうな人にあんだけ言えるなんてあんたやっぱすごいわよね。すっきりしたわ。」

「うん、ほんとにすごいね。」

「慣れてるからな。」

洞爺は腕を組んでアリサとすずかに微笑む。

{高町を狙ってきた?いや、それならば奇襲すれば済むことだ。何故姿を現した?ただの偶然?}

もしくは相手も休養でここに来たか?なんにしろまずい相手だ。どう出てくるか解らない。
しかも浴衣姿では拳銃の傾向もままならない。銃器が主力の洞爺には痛い状況だ。
かといって今すぐ私服に着替える訳にもいかないだろう。それでは彼女達に不信に思われる。

「今夜は長くなりそうだな。」

「そりゃそうよ!遊びつくすんだからね!!」

「アリサちゃんったら、うふふ。」

「にゃはははは。」

再びテンションが上がりだす3人の横で、洞爺は窓の外の暗くなり始めた空を見つめた。
直に夜がやってくる、このあたりは街灯も少ない、夜空はきっととても綺麗になるだろう。
一杯やるには最適な夜だ。もっとも、その夜空を堪能する余裕はなさそうだ。
いつも通り長い夜になる、南国の密林を敵の目を掻い潜りながら這いずり回ったあの時と同じ夜が来るのだ。






あとがき
筋肉、そう筋肉、温泉と言えばハプニング、という訳で全裸筋肉。・・・・すんません、真面目にやります。
という訳で温泉編前半、モブのはずが初っ端から出てるあいつを何とかしたかったが無理だった。
だって丁度良い役柄いなかったんですもの、普通の誘いじゃ絶対行かないし久遠にすると駄々っ子みたいになってしまったし。
とりあえず今回は前半シリアス風味で後半温泉ギャグパートではっちゃけてみた。
シリアスと言ってもガチではないです、拷問・殺人発言テンコ盛りですがこれは物語の空白期間のダイジェストっぽいやつ。
遊んでけがしてすぐ旅行、というのもおかしいので少し間をおいてその間のお話です。気が向いたら書いてみようと思う。
と言うか軽く書いてみたんですが・・・タフです、主人公的役割が異常にタフ過ぎる。
後半はギャグという訳で、温泉と言う格好の材料もありますし。ムキムキ裸体です、お色気?いえいえ筋肉です、だって男湯ですし。
歯車戦争のような筋肉ダルマさんや某外史の漢女がうようよいる中に、エロゲ主人公が居ます。誰のことかは解るな?
良いですよね筋肉、屈強な男たちによる血肉が爆ぜる銃撃戦なんか最高じゃないですか!
と、熱弁する自分はなんで魔法少女世界の話を書いてるんだろう?と思う今日この頃。楽しく書けてるからいいですが。

未熟な作品ですが、どうかよろしくお願いします。By作者




[15675] 無印 第10話
Name: 雷電◆5a73facb ID:b3aea340
Date: 2012/11/07 21:53



Side,月村すずか

お腹が痛い、笑い過ぎて痛い、腹筋が捩れるっていう言葉がよくわかる位痛い、私はそれはもう大笑いしてお腹を押さえて転げ回っていた。
たぶん女の子としての何かもどっかにほっぽっちゃってるような姿になってるだろうけど、そんなことは些細な事。
なんでこんなことになっているのか、それは宴会も終わって部屋で一緒に遊んでた時まで遡る。
部屋で持ってきたボードゲームや斎賀君主導の大人な雰囲気抜群のポーカー、ブラックジャックなんかをしながら遊んでた時にアリサちゃんが昼間の罰ゲームの事を思い出したの。
その罰ゲームで斎賀君がノエルさんに連れられて外に出て少しして襖が開いた瞬間、私はもう笑いが止まらなくなった。
だって、金髪がなびいて・・・だめ、目に入っただけでお腹が、だって、だって・・・

「さ、斎賀君、それ、あは、あはははははっ!!」

「うぐぅ~~~~」

だって、斎賀君が女装して最近話題の魔法少女のコスプレしてるんだもん!しかも黄色、全然似合って無い!!

「お、お似合いですよ、洞爺君。」

「ファリンさん、眼を背けて言っても全く説得力ありませんよ。」

「あひゃ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!こりゃ、こりゃ予想以上に傑作だわ!似合わねーーー!!」

畳みをバンバン叩きながら爆笑するアリサちゃん、自分が書いた罰ゲームなのに笑い過ぎだよ。確かに、予想外の威力だけどさ。

「アリサちゃん、自分で書いたのに笑い過ぎ――――」

「かいたのくおん~~ありさおねーちゃんにまねしてほしかったのにざんねんだよぉ。」

はい!?てっきりアリサちゃんが書いたのかと思ってた。まぁ、確かに金髪だけど・・・・服を用意したのノエルさんだよね?

「ぷっくくくくっ、ごめん洞爺君。くっはははは!!!」

「うふふふっ、似合ってるわよ。」

士郎さんも我慢できなくなったのか笑いだした。桃子さんも一緒になって笑ってる。

「あはははははははははははははははっ!!」

足をばたつかせてバカ笑いするなのはちゃんはちょっと壊れてる。この頃様子が変だったから少し心配だったけど、大丈夫なんだね。ちょっと安心。
でもちょっと騒ぎ過ぎかな?これだけ騒いでも大丈夫なのは、他の大部屋で軍隊さんが色々やってる所為かもしれないけど。
他の部屋もなんやかんやで大騒ぎしてるっぽいし。ちょっとうるさいけど、みんな楽しんでるからいっか。

「ひ、ひっく――――あひゃ、あひゃひゃはは・・・・いじるのおもろい、ほんとだった・・・あひゃはは・・・・」

「くひっ―――あ、こぇ―――」

あ、美由希さんとお姉ちゃん死んでる、声が出なくなる位笑い死んでる。恭也さんは・・・・あれ?見当たらない。

「恭也さんは?」

「あそこです。」

笑いをこらえるのに必死なノエルさんが指さすのは・・・・部屋の隅?

「あ。」

いた、確かに恭也さん・・・のはず。体育座りで顔がモアイっぽいけど罰ゲームの猫耳付けてるし。

「恭也さん?」

「あぁ、すずかちゃん。どうしたんだい?」

モアイと喋ってるみたいで怖い。視界いっぱいの猫耳モアイ像って、すごい迫力あるよね。

「う、ううん、なんでもないです!」

「そうかい、しばらくほっといてくれ。」

うわぁ、浴衣を着た猫耳モアイになっちゃった。床から生えてるように見えるよ。

「いいだろう・・・」

なんだかいつもより低い斎賀君の声が聞こえてきた。
あ、あれ?なんだかすごい寒気がしてきた。振り返ると、斎賀君の目つきが凄い据わってた。

「と、洞爺?なんか目が据わってるわよ。」

「うふふふふ・・・・ご主人様♡なんなりとご命令を。」

膝を折って決めポーズ、女性みたいにしなを作った声、そしてウィンク。空気が凍った。うん、みんなの思考が凍った。
だって、斎賀君って筋肉質だし、男声だし、そんなポーズ取られると服が引き締まってむちむちだし、なんか、オカマっぽい。
というか斎賀君、それメイド服だと思ってるんだ。確かにそう見えない事もないんだけど・・・なんか違うな~~

「き、筋肉、筋肉・・・・」

な、なのはちゃん!?なんで頭を抱えてがたがた震えてるの?トラウマ発動っぽくなっちゃってるよ!?

「いや、これないわ。うん。」

アリサちゃん!?なんでいきなり冷静に評価してるの!?至って真面目な評価しちゃうの!?

「うふ、うふふふ・・・」

斎賀君、泣いてる。涙は流して無いけど、きっと泣いてる。可哀そうだな。

「斎賀君、大丈夫、面白かったよ。」

「月村・・・・」

斎賀君、大丈夫、大丈夫だよ?

「すっごい似合って無いし、気持ち悪いけど、我慢して頑張ってるって解ったよ。」

私知ってるからね!斎賀君は本当はかっこよくて男らしいのは知ってるから、だから大丈夫だよ!

「うふ、うふふふふ・・・あははは、そうだよ、もう怖くない、もう何も怖くない・・・」

あ、あれ?私、ちゃんと慰めたよね!?でもしっかり真似してる?いや、これはマジ!?

「すずか様、素晴らしいとどめです。」

「ノエルさん、なんでそこで親指を立てるの?私何か変なこと言った? 」

慰めたはずだよ?あれ?私へんなこと言った!?

「無自覚、いえ、すずか様も混乱しておられる――――おや、洞爺様の様子が?」

何?ふりかえると洞爺君が荷物を探ってなんだか大きい、二つ折りの鉄の筒を取り出しているところだった。
黄色?ベレー帽?って、その肩に担ぐそれは!?

「ちょ!?あんたそんなもん持ってくんな!!」

「洞爺君!冷静になれ!!」

「何を言ってる?これが望みだろう?やってやる、やってやる。」

正気に戻った士郎さんとアリサちゃんが止めに入る。だって、斎賀君がバズーカ砲を構えてるんだもの♪

「バズーカ砲まで持ってたんだぁ。」

「すずかちゃん!?っていうかお爺様もそれはだめですよぉぉ!!」

うん、とりあえずこんなの家に置いて行った前の持ち主さん死んだ方がいいよ。ファリンさんもそう思うよね?
久遠ちゃんは凄い目を輝かせてるけど・・・・今私たちすごいピンチだよ。だってバズーカだよ?対戦車ロケット弾が詰まってるんだよ?
死んじゃうよ、いくらなんでも死んじゃうよ。

「おっはようございまぁぁぁぁす!!」

斎賀君は半狂乱で笑いながら引き金を引く。その瞬間、軽い破裂音と同時に私の視界はカラフルな色に染まった。
あれ?これってクラッカーによく入ってるあれ・・・じゃなくて細く裂いた色つきすずらんテープ?うわ、部屋一面カラフルになっちゃった。

「これとうやがよるのえんかいとあさのどっきりようにつくってたくらっかーばずーかだよ。」

「く、クラッカーバズーカ?」

アリサちゃんが変に絡まったのかもがきながら久遠ちゃんに問いかける。久遠ちゃんはテープまみれのままコクコク頷いた。
だから久遠ちゃん怖くなかったんだね。

「うん、よきょーにつかえるだろうって。」

「余興って・・・むしろこれまさにフィナーレ用じゃないの。」

「再装填、再装填ッ―――――――」

アリサちゃんがげんなりする。だよね、部屋が大変なことになっちゃったよ。

「かみふぶきなしだからかたづけかんたんだって。」

「どこが!?」

「こーなってるの。」

久遠ちゃんがバズーカを指さす。あ、これバズーカの砲口から伸びてる。全部中で繋がってひとまとめになってるんだ。
途中で切れたのを除けば、ほとんどは根元から手繰れば簡単に回収できるってわけだね。

「これ、どうやって作ったのよ。」

「む~~~そんなのとうやにきいてよ~~~くおんはてーぷぴりぴりしただけだもん。」

そうだ、斎賀君!そろそろ暴走を止めないと!!

「あわわ、やっちゃったぁ・・・・」

あれ?さっきまで斎賀君がいた所に美由希さんがいる。斎賀君はどこに?

「せかいがまわる?いやおれがまわる?ぐるぐるぐるぐるぐるるるる・・・・・」

足元から声が聞こえた、美由紀さんが反射的に殴り倒しちゃったみたい。大の字で横たわる姿と痙攣が凄い生々しい。あ、下着まで女物になってる。
とりあえず男のパンチラって凄くうれしくなかった。凄い食いこんでる、盛り上がってる。
あとアリサちゃんにちょっと教育が必要だって解った。アリサちゃんが教えたんだよね?こういうの。
うふふふふふふふふ・・・あとでこれ、借りようっと。




第10話




夜、宴会とそれに続くドンチャン騒ぎもひとまず終わりを見せ、夜はこれからというところだが子供は寝る時間である。
ファリンの昔懐かしい小話を聞きながら布団に入る洞爺は懐かしさとともに何ともいえない気持ちになっていた。
酷い目にあった、変なコスプレをやらされたり、その姿のままでゲームをやらされてまた負けたり、そしてまた罰ゲームやらされたりと散々だ。
もちろん子どもたちと遊んだのは非常に楽しかったと言えるが、やはりあの罰ゲームはいかがなものだろうか?と首を捻らざるを得ない。

{ワレ、イマダニネムケナシ。トクベツショチモトム・・・・・}

ちょっとした小話を子供たちに話すファリンへ薄く聞こえるよう畳みを叩いてトン・ツーモールス信号を送るが、相手が理解できないのは先刻承知だ。
ちなみに寝る前、悪あがきで瞬きの通常モールスを忍に送った所すぐさま両手を合わせられた。
ああいう仕草は遺伝なのか親友そっくりで、懐かしいと感じながらとても悲しい気持ちになったのは言うまでもない。
きっと大人たちは酒盛り、恋仲は二人で適当な理由と場所を見つけて秘め事の真っ最中だろう。
実に悔しい、酒盛りをしながら会話で盛り上がる事も出来ず、若い連中の初々しい姿を肴にも出来ない。

{あぁ、酒が飲みたい、煙草が吸いたい、若い奴らを弄りたい。
頃合いを見て便所と偽って布団を出よう、あの二人がいなければ冷やかしに行こう。どうせ目星は付いてる。}

他の者が眠りに入り洞爺も一応寝たふりをしながら腐る気持ちを抑え込む。
寝付いたのを確認し、ファリンはさりげなく洞爺の布団にナイフを押しこむと部屋を静かに出て行った。
眠っていないのは洞爺だけではない。なのはも起きている。ユーノは眠れるはずがない。
なぜならアリサにがっちり鷲掴みされていているのだ。これで寝れたら相当な猛者である、もしくは変態だ。

≪ユーノ君、斎賀君、起きてる?≫

≪なん・・・とかね。≫

≪起きている。≫

ユーノは息も絶え絶えに、洞爺は余裕の声色でなのはに返す。どうやらユーノはノーマルらしい。

≪昼間の人、この間のこの関係者かな?≫

≪そうだね。その点についてはサイガの方が詳しい。≫

≪斎賀君が?≫

洞爺はなのはの問いに肯定する。

≪俺は彼女と交戦している。≫

≪いつ!?≫

≪君が交戦した後すぐだ。君の撤退の時間稼ぎに俺が残った。≫

洞爺はなのはに簡潔に月村家での戦闘の時のことを話す。なのははその話を聞いて、とても悲しそうに表情をゆがめた。

≪あの女はアルフというらしい。金髪はフェイトと呼ばれていた。本物の名前かどうかは知らんが、どちらも強敵だ。
かなり手の込んだ戦闘訓練を受けているのだろう、見たことの無い型だっただがほぼ間違いない。
その上火力、機動力、装甲、航空戦力においては全て破格の能力を備えている。戦艦が空を飛んでるようなもんだ。≫

≪君はどこまでハイスペックなんだ?≫

ユーノがあきれた様子でため息をつく。こいつの無駄に高いスペックはある意味慣れてしまったのだ。
そもそも生身で魔術師や魔導師をボッコボコにするだけでも十分異常なのである。例え結果的には痛み分けでもだ。
それでも何度も見せつけられれば慣れる、絶対に慣れたくないが慣れてしまうのだからしょうがない。
そんな自分にもちょっと呆れながら、アリサの手の中から抜け出してなのはの枕元に立つ。

≪また、こないだみたいなことになっちゃうのかな?≫

ユーノは無念そうに肯定する。なのはの心に何か重いものが落ちる。

≪なのは、考えたんだけど・・・これからは僕が一人で―――≫

≪ストップ!≫

ユーノの話を遮って、なのはが怒ってますという様子でユーノをじっと見つめる。

≪そこから先言ったら・・・・怒るよ。≫

ユーノの頭をなのははなでながら言い続ける。

≪『ここからは僕が一人でやるよ。これ以上なのはを巻き込めないから』とか、言うつもりだったでしょ?≫

≪ああ・・・≫

≪ジュエルシード集めは、確かに最初はユーノ君のお手伝いだったけど今は違う。
私、斎賀君にやめろって言われた時、言ったよね。これは私が自分でやりたいと思ってやってることなんだよ。≫

なのはの笑顔にユーノは呆然とする。

≪だから私を置いて、一人でやりたいなんて言ったら、怒るよ。≫

≪ユーノ、負けだよ負け、高町はかかわるのをやめんようだ。しかし、俺としてもここら辺で引いてくれたらありがたいんだがね。≫

≪斎賀君までそんなこと言う。ほんとに怒るよ!≫

≪別に止めるなんて言っておらん、俺に君を止める権利は無いよ。≫

洞爺も面白そうにくすくす笑いながらなのはを援護するように言った。
なのはは優しい、ユーノは改めて彼女に感謝しながらうなずいた。

≪高町、今は眠ったほうがいい。戦闘は体が資本なのだからな。明日もまた色々ある。≫

≪そうだね、少し寝よっか。≫

≪そうだね、じゃあサイガ、おやすみ。≫

≪ああ、おやすみ。≫

なのはは布団にもぐり、ユーノは改めてアリサの腕の中にもぐりこむ。
二人が眠りにつき、さらに大人たちも寝静まった頃、洞爺はひとり目を開けた。

{警戒するにこしたことはない。悪いな、二人とも。}

静かに起きあがり、荷物を手に最低限の明かり以外消された廊下に出る。何かあるかもしれない、その懸念が洞爺を眠らせない。
そして自分から眠らない、神経を巡らして外の気配に集中する。今の所怪しい気配は無い。
あるのは大部屋から僅かに聞こえる男共の大鼾の大合唱と、かすかに匂う栗の花の匂い。

{これが若さか、俺には真似できんな。}

聞こえてるぜ二人さん、親父丸出しな笑みを浮かべながら障害者用トイレの前を通り過ぎ男子便所へと入った。
芳香剤の匂いが僅かに香る清潔なトイレの一番奥、清掃用具が収められている小部屋を開けてあらかじめ運び込んだ装備を入れたバックを取り出した。
中身を取り出して素早く森林迷彩の手製長袖野戦服を着こみ、釣り用ベストを戦闘用に改造したタクティカルベストを着る。
厚手の靴下を履いて改造登山用ブーツを履き素早く編み上げ、2度強く足を振ってしっかりと履いたことを確かめる
着替え終えると若い二人の夜を聞きながら、ばらして荷物に紛れ込ませた銃の部品を取り出して組み上げに掛った。
スライド、銃床、引き金、ファイアリングピン、マガジンキャッチ、バネなどの部品を次々と手に取っては組み合わせる。
その手付きに迷いはない、似たような部品の中からまるで決められた場所にあるかのように手にとっては丁寧に組み上げる。
小銃、サブマシンガン、ショットガンの三丁の小火器を手早く組み上げ、一丁づつ不備がないか調整しつつ弾薬を手に取った。

{鈴音、お前の孫は良い相手を見つけたようだぞ。}

銃身を極限まで切り詰めて銃床も斬り落としたショットガン『イサカM37ソードオフ』の組み上げを確かめ、フォアエンドを静かに引く。
紙製の12ゲージショットシェルを下部の給弾兼排莢口から、チューブマガジンに込めながら便器に座って盛った二人のお楽しみを聞きながらうんうんと頷いた。
いざという時には、友人代表としてこのショットガンウェディングを華々しくあげてやるから安心してほしい。
彼の性格なら絶対に無いだろうが、その時は誠心誠意新郎の後ろでショットガンを構えてニコニコ笑ってやるのだ。

{やらなかったら恨まれそうだしな。}

こんな世の中だ、天国から現世に強行突破してくる可能性もないではない。つくづく現実離れした現実だ。
彼女ならばやりかねない、そしてきっとおまけが付いてくるだろう。閻魔にも嬉々として喧嘩を売りそうな戦友たちだ。

{・・・・・・・って、そういう俺もこんな考えが出る時点で染まってきたか。}

ショットガンとマシンガンをリュックサックに差しこみ、そのリュックサックを背負う。
マガジンパウチ代わりのウェストポーチを巻き、左腰のポーチのベルトに信号拳銃を収めたホルスターを取り付ける。
ベスト裏のポケットに拳銃用弾倉を差し込み、裏地の裏に仕込んだ防弾装甲に欠落が無いか確かめて前のボタンを閉める。
最後に二式テラ銃の銃身がしっかりと固定されているのを再確認して、ボルトを引いて機関部の組み合わせを確認した。
この銃は空挺作戦用に製造された九九式短小銃のバリエーションの一つであり、なかなかユニークな機能がある。
銃自体は九九式短小銃と大差のない長さだが、銃身と機関部の境目に接合部が設けてあり、その部分から文字通り二分割することができるのだ。
おかげで収納が楽なのだがその影響で命中精度と堅牢性に難があり、普通の九九式短小銃と同じ感覚で使えばエラい目にあう。
沖縄で使った際、それを考慮せず遠距離戦で使ってしまい当たらない、接近戦では簡単に折れて壊れやすいで死にかけたほどだ。
そんなこんなで、よほどではない限りあまり使いたくない小銃にカテゴリーされる銃だ。
しかし携帯性の高い騎兵用の四四式騎兵銃や三八式騎兵銃の6.5ミリ小銃弾では威力に欠けて有効弾を撃ちこめない。
アメリカ製の銃には惹かれるものがあったが、M1ガーランドもM1カービンも最適とは言えない。
前者は自動小銃ながら九九式と同じ位大きく、全体的に太めで重量があり取り回しが辛い。
後者は折り畳みストックの空挺モデルがあり威力も申し分ないが、今回ありうる状況には合わないため持ち込んでいない。
一通り扱いを心得ていて、かつ現状有力であり、使い慣れている銃に近い形の中ではこれしかなかった。

「幸せになれよ、お二人さん。」

森林迷彩色の垂れ布付き略帽を被って自動販売機で購入した栄養ドリンクを一気飲みし、空瓶をゴミ箱に放り込みながらまだ終わることの無さそうなラジオにさよならを告げる。
ここから先はいつもの日常ではない、いつもの戦場だ。完全武装した洞爺は物音を極力立てないようにトイレの窓から外に出る。
静かに夜闇の陰に身をひそめながら林に駆け込み、闇に身を顰める感じ慣れた感覚に思わず手を握り直した。
部隊を連れていないため身軽だが、その分周りに注意を払わなければならずまったく気が抜けない。

{変なのに出くわさないのを祈るだけだな。}

密林ほどではない日本の森林をたった1キロ進むことなど造作もないことだ。
だが気は抜けない、この辺りはまだ月村家勢力下といえど油断は禁物だ。
頭の中の地図と作戦を思い返す。目的は敵部隊への奇襲だ。彼女が姿を現したのだ、捕捉されたのなら捕捉し返す。
就寝前に宿の部屋を調べて回ったが彼女の姿は無かったのだ。フロントに問い合わせたところ、どうやら日帰りらしい。
意外な事に、ここ最近偶に姿を見せているそうだ。さらに大抵は小学生くらいの金髪少女も連れていたのだという。
さりげなくに聞き出した髪型から人相まで完ぺきに合致した。
奇襲や威嚇ではなく、今回の遭遇は本当にただの偶然だったのだ。
このあたりはキャンプ場やコテージなど、他の宿泊施設は無い。という事は、どこかで野宿しているという事だろう。
そしてそれに適した場所は地図の限りでは宿からそう遠くない地点に一つだけあるだけだ。
経営不振でかなり昔に潰れたキャンプ場跡、ここ一帯で数少ない野営適した場所だ。おそらくそこが拠点だ。
あまりに単純だが、彼女達は十中八九そこに拠点を構えている。既に月村の情報部から裏付けを取っているのだ。
裏付けは簡単だった、出入りの目撃証言はともかく不法占拠の疑いで警察にすらマークされていたのだから怪しすぎる。
彼女達は戦う事は出来ても所詮は子供でどこかぬけているのだ、それは今までの行動傾向に如実に表れている。
それ故に今の今まで月村家勢力、サーシャや祝融と言った元軍人と元傭兵もいいように翻弄されてしまったのだろう。
相手は子供なのだ、大人や経験者には全く出来ない思考や突飛な案が簡単に出てしまう。
予測しやすいという反面、下手に追い詰めたりすると予測が全くつかないのだ。
そしてその突飛で無茶苦茶な案を現実に実現してしまう、これまたすさまじい才能と力を彼女は持ち合わせている。
まったくもって最悪の相手と言っていいだろう。

{だが、まだまだ経験が足りない。}

いくら相手が魔法を使えるとはいえ、眠っているのではただの人間とは変わりない。
永遠に行動することはできないし、いずれ食事や睡眠をとる必要がある。
食事の時、特に寝ている時の奇襲は、例えベテランでも即座に対応することは難しい。
故にどこか安心して休める場所を確保するのは当たり前だ、それは最前線もこの世界も変わりない。

{見つけたぞ。というか、隠す気無しか。}

木の陰から双眼鏡で河原に組み上げられたオレンジ色の市販大型テントを覗き見て思わず苦笑する。
観察した限りテント内や周囲に動きは無い、眠ったのか、それとも今はいないのか。
あたりに罠が仕掛けられていないか注意しながら進みつつ、二式テラ銃をスリングに肩を通して掛け、
リュックサック側面に括りつけたサブマシンガンを取り外して静かにコッキングし初弾を装填する。
サイレンサー付きのイギリス製サブマシンガン『ステンMkⅥ』愛用していたベルグマン1920と同口径の9ミリルガー弾を使用するタイプだ。
防弾性抜群のバリアジャケットを装備する魔導師に拳銃弾を使用する短機関銃はほとんど無力だが、今回はその性能が必要なのだ。
サイレンサーがしっかりと取り付けられているのを確認したステンを胸に抱えて、月の光で影を作らないようにほふく前進でテントの入り口まで進む。

{札の反応は無し、結界や罠の類は張られていない。ワイヤートラップや地雷が仕掛けられた形跡も無し、随分無防備だな。}

うまくいきすぎて逆に怖い、あまりの順調さに逆に神経が逆なでされる。順調なのはいいことだが、それだけに泳がされているとも考えてしまう。
それが明確になった時の感覚はとんでもなく最悪だ、中国大陸での戦いで初めて感じた恐怖を今でも克明に思い出せる。
与えられた部隊を率いて敵陣に向かい、いざ作戦が始まれば待ち構えていた中国軍の一斉掃射の中を突撃させられる。
あの時の絶望感はまさに悪夢だ、その恐怖に一心不乱で突撃すれば気付けば自分ひとりだったなんて事もあった。
両軍の夥しい死体で埋まり、地面は血と雨で沼のようになった塹壕の中で見た地獄は今でも鮮明に思い出す。

{落ち着け、罠にかけられている様子は今のところない。大丈夫だ。行くぞ!}

こんがらがり始めるを思考を追いだし、数度息を整え、素早く片膝立ちになると入口を跳ね上げて銃口を突っ込む。
小細工を確認している暇は無い、相手は魔導師だ。少しでも隙を与えて魔術やら魔法やらを使われる訳にはいかない。
鍛え上げた筋力と瞬発力で地面に転がる寝袋に一連射し、跳ねあがる銃身を押さえこみさらにその奥にも一連射。
装薬を減らした亜音速弾の銃声はサイレンサーによって完全にかき消されて、僅かに空気の漏れるような音を響かせる。
9ミリの鉛玉で瞬く間に穴だらけになる寝袋から僅かに舞い上がる真っ白な綿に洞爺は首を傾げた。
警戒しながら素早く寝袋に近づき、穴だらけになった寝袋を触る。誰も寝ていない有名ブランドの寝袋はとても冷たかった。
感づかれてたわけではない、今までこの寝袋に包まっていたなら僅かでも体温が残るしテント内に体臭の残り香が籠るはずだ。
なんの匂いもしないテントと、その場に脱ぎ捨てられて冷たくなった青の横ストライプ模様の下着はそれを証明している。

{罠ってわけじゃないな、留守だったか。しかし無防備だな、罠も留守番も無しとは。殺してくださいと言っているようなものだぞ。}

異世界人の考える事は解らない、罠無し守備兵無しとここまで無防備だと逆に感心してしまう。
ここが戦場ならば真っ先に制圧されてしまう事間違い無しだ。拠点が制圧される事が怖くないのだろうか?自分はとても怖かった。
今はサーシャがいるから少しは気楽だが、それ以前、特に月村と遭遇したあの夜から気が休まる時間は無かった。
痛くない腹を探られるのは気に障るが、何も無いんだから別に堂々としていれば問題ない。しかし理由がどうあれ殺されるのはごめんなのだ。

{ふぅむ・・・まるで家族の食卓を見ているかのようだ。}

ガスコンロとその脇に寄せられたバーベキュー用の炭型発火剤と墨の段ボール箱、片づけられた紙皿などの食器を検分しつつ意味も無く比較する。
少なくとも数時間前に彼女達は夕飯をガッツリ食べてここを出ている、おそらく炭火焼肉だ。
ゴミの中にあった牛肉のスチロールパックと野菜のカスから逆算して、おそらく大人4人分、一人当たり大人2人分は食べている。
普段の生活をするためにしてはカロリーの取り過ぎだが、しかしこれから何か大仕事をするというのならば話は別だ。

{何かやらかす気だな、いったい何をするつもりだ?もう少し調べてみるか、何か解るかもしれん。}

テントの中を漁り、荷物をひっくり返して見慣れないものや役に立ちそうなものを探す。
危険だが、異世界の装備は何かの役に立つかもしれないのだ。できるなら鹵獲しない手は無い、月村家にも分ければ喜ぶだろう。
その中に、見たことのない文字が彫られた長方形の筆箱型で部品入れのような機材を見つけた。
ポーチから手帳を取り出し、ミッドチルダ語のページを開く。手帳の文字と意味を照らし合わせると、この端末の正体が解った。

{モデル990、最新型携帯式デバイス簡易整備及び改修端末か。}

ユーノによるとミッドチルダで話題の新機種で、スクライアの中でも人気らしい。いい物を見つけた、これは良い物だ。
思わず笑みをこぼしながら触れると、端末が僅かに振動し空中にディスプレイとキーボードが映し出された。
突然の光景に目を疑った、こんなSFチックな道具は現代でも小説の中でしかあり得ない。どうやらスイッチを間違えて押してしまったようだ。
目の前に展開された空中投影ディスプレイに目を白黒しながら、読めない文字の羅列した画面を拙い手つきで触れてスクロールさせる。
まだ全ての文字は読めないが、画面に投影されたバルディッシュの画像と注釈文からあらかた予想が付いた。これはバルディッシュの整備目録だ。
残りの予備部品の数や現在の消耗などが書かれている文面をスクロールさせる。完全に読めないのが悔しい、これは情報の宝庫だ。

{何というか、暗号もないとは驚きだ。これだけ情報があれば戦況は変わるぞ。}

試しに部品の取り出しを選択して予備フレーム一式の項目に指で触れると、端末の引き出しが自動で開く。
中には角が丸い正三角形の形をした金色のアクセサリーが入っていた。
おそらくバルディッシュの待機形態なのだろう。手に取ってみるととても軽い、メガネ一つ分ほどの重さだ。
予備フレームを引き出しの中に戻して、ディスプレイに表示された収納の項目に触れると引き出しが閉じる。
収納完了と表示させると今度は引き出しを開けるだけの項目を選択する、引き出しを開けると中には何も無かった。
おそらく『収納』されたのだろう、デバイスにも搭載されているらしい不思議な空間にだ。

{素晴らしい。}

引き出しを閉じ、部品の項目から戻ってもう一度過去ログの項目に画面を戻す。
現在バルディッシュにインプットされている術式の特徴から弱点、バリアジャケットの構成比率、何から何まで残っている。
それも更新日時は昨日、まさに最新の情報だ。さすがに完全分解整備、オーバーホールと俗に呼ばれる記録は無いが、重要性計り知れない。
また残っている行動記録や通信ログも非常に有力な情報だ、彼女の行動傾向や思考傾向の推察に使える。

{ん?この魔術術式、連動するのか?んで次は集束系に繋がって・・・・本人はご丁寧に自爆覚悟か。しかも相当えげつないな。}

魔術とはこんなことまで可能にするものなのか、思わず頭を抱えそうになった。
現れたのは複数の魔術を連動してありったけの魔術をばら撒きながら自身のリンカーコアを暴走させ、周囲300メートルを焼きつくす人間爆弾になる自爆魔術だったのだ。
表示されるスペックが事実なら爆心地付近にいる人間は骨一つ残さず吹き飛ぶだろう、そして本人も塵一つのこらない。
さらに彼女を中心に半径150メートルは高濃度魔力に晒された汚染地帯と化す、えげつないことこの上ないはた迷惑な術式だ。
スパイ映画に有りそうなずいぶんと気合を入れた仕様である、それなのにこの整備器具には何も無いのが抜けているのか天才なのか解らない。
妙な脱力感を感じながらディスプレイに羅列された項目の中の一つをタッチすると、突然音声が流れ始めた。

≪あ~あ~、こちらアルフ、例の白いのを見てきたよ。≫

≪どっち?髪の方?服の方?≫

≪どっちも、服の方は大したことないね。フェイトの敵じゃないよ。≫

{これは、通信?傍受か?いや、保存された通信、通信ログか。}

確か今の時代は音声の録音を他の機材に『複製』して予備を取って別に保存する『バックアップ』と言う保存方が一般的だと聞いた。
これもその類だ、おそらくバルディッシュに保存されていた通信のバックアップだろう。保存日時は今日の夕方、最新だ。

≪髪の方は?≫

≪ヤバいね。相当ヤバい。あいつは服と比べて格が違う。≫

≪どうして?≫

≪戦い方がうますぎる。記憶力もいい、こっちの名前を覚えてやがった。それに、あいつは・・・・・≫

≪あいつは?≫

≪匂いがするんだよ。血と火薬の両方の匂いが体にこびりついてぷんぷんさせてる。≫

≪血と火薬?・・・・まさか・・・≫

≪そうだよフェイト。あいつはすでに人殺しさ。それもかなりの・・・≫

{なかなか良い勘しているじゃないか。}

≪殺人鬼?≫

≪そうでもないね。度合いは違うけど風呂場にいた『かいへいたい』だっけか?それと同じ匂いがするよ。≫

≪つまり・・・軍人?この世界の?でも・・・・私と同じくらいの年だよ?≫

≪そこまでは分からないけど・・・・ただあいつは魔導師じゃないのは確かだ。気を付けたほうがいいよ、あいつは普通じゃない。≫

≪・・・・解った。アルフ、そっちはもう良いから少し休んだら戻ってきて。ジュエルシードの場所はつかめたよ。今晩には封印できる。≫

≪さっすが!あたしのご主人さまだ。でもあいつら、どうするんだい?≫

≪・・・まだ、様子を見よう。こっちから仕掛けるのはあまり良くなさそうだし。それまでは体を休めて。≫

≪あいよ~。≫

通信が終わり、再び沈黙が流れる。音声再生のディスプレイを消し、別のデータを探しながらぼそりと呟く。

「なるほど、ジュエルシードか。これを狙っていた訳か。」

拙いタッチで新たなディスプレイに表示された地図の川に、記されたマーカーとジュエルシードの画像が映し出されていた。
あいつらはこれが狙いだったのだ。ここからだと旅館付近の古い公園、距離的に先回りは車両でも無い限り無理だろう。

{くそっ、やはり罠だったのか?だが、それにしてはこの情報の塊はあまりにも不可解だ。やはりよくわからんことが多い。}

あの子はジュエルシードが封印直前に発する魔力にきっと気付く、気付かれる前に始末しなければならないが時間的に猶予がない。
ディスプレイを閉じ、端末をリュックサックに入れてそれを背負う。
未知の機械を鹵獲するのは危険が伴うが、これはその危険を冒すにふさわしい情報の塊だ。持って行って損は無い。
取るべきものは取った以上爆破してしまいたいところだが、宿には本職がうじゃうじゃといる。
自分も本職だがここで目立つ行動は絶対にまずい、自分は本来ここには存在するはずの無い人間だ。
とりあえず取るべきものは取ったのだ、これで良しとしよう。
テントに転がる残り物をもう一度一瞥し、テントを出て茂みに身を隠しながら無線機を取り出して摘みを回す。
月村から借り受けた携帯無線機だ、近距離から長距離通信まで可能な最新型である。

「こちらシルバー、コード1897、クローバー、アクセル、フォックストロット、323。シルバーより756、応答されたし。」

規定された周波数を指定し暗号を名乗り、近隣の山中の秘密基地に駐屯しているらしい月村守備部隊に問い掛ける。
聞こえるのは砂嵐、電波が悪いのだろうか?試しに予備チャンネルに切り替え、もう一度問いかける。だが、応答は無い。

{無線機の故障か?仕方ないな。}

摘みを再度回し、月村邸の通信室につなげる。

「こちらシルバー、コード1897、クローバー、アクセル、フォックストロット、323。シルバーより通信室、応答されたし。」

反応はない、ただむなしく砂嵐が流れるのみ。おかしい、砂嵐から無音に変わった無線機に違和感を感じて切った時、微かに足音が聞こえた。

{足音、戻ってきたのか?いや少女にしては重たい音だ、それにこの擦れる金属音は・・・}

かすかに聞こえる息使いと足音に耳をすませる。違う、女の息使いではないし数が多い。
男だ、足運びからして訓練を受けた兵士だろう。人数は4人、足音の重さからしてそれなりの装備をしている。
距離は近い、下手な物音一つ立てれば一瞬で気付かれてしまう。
仕方が無い、洞爺は小さく息を吸うと近くの林まで戻り夜闇に沈む草木の合間に姿を紛れ込ませ静かに息をひそめた。
月明かりが薄く周囲を照らす、その月明かりに自動小銃を構えて周囲を捜索するような動きを見せる人影が映った。
小銃は陰からしておそらく機関部がグリップの後ろに来るプルバップという型のサプレッサー付きアサルトライフルだ。
4人とも同じアサルトライフルを携え、一人だけスコープを付けたでかい対戦車ライフルのような狙撃銃を背中に担いでいる
その人影の頭部は隙なくライフルを構え、見慣れない機械のゴーグルを頭部に装備している。

{噂に聞くサバイバルゲームか?違うな、身のこなしが素人とは思えないくらい戦闘慣れしているし、銃はどう見ても本物だ。
人種は欧州系白人揃い、少し雑多な所を見るにロシア人のようだ。妙に肌白い奴が多いのが気にかかるが、日系人はいない。
元軍人たちの連中が無可動実銃の中身をエアソフトガンに入れ替えて使っている可能性、それもなし。
そもそもそこまで金を掛けるほど現用のエアソフトガンの出来は悪くない、改造も金と手間が掛りすぎて成果に見合わない。
月村の哨戒部隊?そんな話は聞いていないし装備が変だ、FAMASもどきにロシア軍の森林迷彩か。
見た目はロシア政府軍のようだが、FAMASもどきは形状からしてグローザーではないな。
AKの機関部をフレームごと持ってきたような銃床の形状、確か中国のやつのあんなのがあったはずだ。
装備もありゃ完全に戦闘用、奴らの目もこれからドンパチする気満々だぞ。それにあの対戦車ライフルみたいなのはダネルNTW?
マウザーの20ミリ対空機関砲弾を基にした弾を使うアエロテクCSIR社の対戦車ライフルじゃないか。
当たれば体半分軽く吹き飛ぶ代物だ、こんなのが必要な相手というと・・・嫌な予感しかしないな。}

気配を殺しつつ相手の装備を検分しながら脅威と所属の解明を図る、まずわかるのは月村の部隊ではない可能性が極めて高いということだ。
基本的に装備は私物などの一部を除けばほとんどが月村重工製であり、また自衛隊や米軍型装備で固められているからだ。
これは場合によっては自衛隊や在日米軍に偽装して行動をしやすくし、また政府軍との弾薬供給も視野に入れているためだ。
そのため日本の海鳴で活動する部隊が使用するのは89式か、M16系列であり基本的にプルバップ式アサルトライフルは使用していない。
それにあんな装備をした部隊がここにいるという事前情報は聞いていない。
高町家もいるという手前、もしかしたら不意を突いた訓練かもしれないが、この時期にそれはまずあり得ない。
そんな余力があるとは思えないし、そうだったら自分に位は教えているはずだろう。
この状況下で奇襲されれば訓練ではない実戦と誤認してしまう可能性は大いにある、味方に味方を殺してほしくないはずだ。

{ロシア軍じゃないな、いくら今の日本が平和ボケしているとはいえそう簡単に警戒網を抜けられるとは考えにくいし、そもそも戦争をする理由が無い。
領土問題があるとはいえあのKGB上りがわざわざ同盟国という蜂の巣を叩くか?あり得ないな、絶対にあり得ない。}

地面を這うようにして進行方向から避けつつ、連中の装備を検分しながら断言する。

{暗視ゴーグルか、サーマルで無いだけマシだが厄介なことには変わりない。やはり罠か?いや、それだとおかしいな。
あの子達が仕掛けた罠なら何故俺がなぜテントの中に居るうちに何故包囲しなかった?それに、こいつらの進軍方向は旅館だ。}

周囲を警戒しながら旅館に向けて進軍していく敵の背後にゆっくりと回り込み、腰の鞘に納めたサバイバルナイフの柄を握る。
だがすぐに襲いかかるような真似はしない、敵は4人間隔を開けて進んでいるが互いをカバーし合っており中々隙が無いのだ。
これでは一人に手を掛けた瞬間、襲撃に感づいた別の敵にハチの巣にされてしまう。

{隙が無い、結構場数を踏んでるな。あのダネル持ちを中心に互いを意識しつつ周囲を警戒している、一人では無理か。}

ナイフの柄から手を離し静かに過ぎ去るのを待つ、地面に伏せ身動きせず周囲に同化するような感覚でただじっとする。
他にできることはない、今はかすかに聞こえる足音と自身の鼓動が聞きながら気づかれないのを祈るだけだ。
敵の足音で距離を見極め、呼吸すら届く距離に近づいたところを息を止めてわずかに敵の姿が見える程度に視線を反らす。
幸い、連中は気付かないで歩いて行った。
足音が遠くなるのを確認し、静かに匍匐前進でゆっくりと彼らが歩いてきた足跡を逆にたどりながら進む。少し進むと草が生え放題になった古い駐車場に出た。
おそらくこのキャンプ場の駐車場だろうが、洞爺はその駐車場を見て眉をひそめた。
荒れ果てた駐車場には場違いな車が3台と中型トラックの荷台にレーダー設備をとってつけたような車が3台、先ほどの連中と同じような武装をした部隊が展開していたのだ。

{中型トラック一台に、米軍のハンヴィーが二台、荷台にアンテナをつけた大型トラックが3台、おそらく無線か妨害装置を積んでる型だな。
歩哨6名と、作業中なのが8名、手持無沙汰が3名、車内は気配なし。所属を示す特徴なし。何なんだこの部隊は?こんな情報聞いて無いぞ。}

明らかに何かある、洞爺はそう確信しつつ視線を2台あるハンヴィーに向けた。武装は無いが、手入れは行き届いているらしい。
エンジンが掛っている所を見ると燃料も入っているだろう、騒音もほど良く響いている。
敵は17名、光源は月明かりと車のライトのみ、乱雑に置かれたゴミと廃車、適度に生えた草は視界を否応なしに狭めている。
十分制圧可能な状況といえるだろう、少なくとも米軍の物資中継施設よりは手薄だ。

{この通信障害はこいつらが仕掛けたジャミングか?そうだとすると見た感じ小説の挿絵から出てきたような車のどれかが本元だな。
まったく、未来だな。あのサーマルゴーグルといい、暗視ゴーグルといい、電波妨害装置まで・・・・とことん便利になってやがる。}

拳銃一丁だけをとっても時代の差を感じるというのに、こうやって見てしまうともうたまらないのはなぜだろうか。
自分の知っている戦場とは何かが違う、無機質で無駄を省いた機械のような感じがしてならない。
一つスイッチを入れてしまえば、後は機械達が何でもしてくれるオートメーション化された戦場、空想が現実となった時代。
照準、仰角修正、偵察任務、砲弾装填、信管調節、着弾観測、今まで生身の人間が行っていた行動が機械に置き換わる。
それがひどく恐ろしく、むごいものに感じる。なぜなら人間はたった一つスイッチを押すだけで、機械が自動的に人間を殺すのだ。

{反政府組織の前哨基地だったら、ここに作られたらあとが面倒だ。調べる必要があるな。}

顔を隠すためガスマスクをかぶり、静かにナイフを抜いて逆手に持ち替え、中腰で物音を立てずに周囲を警戒している歩哨に近づいて行く。
こいつに手を掛けたら、後は時間との勝負だ。一人始末すれば、異変に気づかれるまであまり時間は無い。
もし敵なら異変に気づかれる前にほぼ全員を始末する必要がある、ガタルカナルでやったのと同じように物音を立てず、消えるように殺す。

{まずは、一人。}

誰も見ていない、誰も気にしていないタイミングを見極める。相手は警戒しているとはいえ、先ほどの4人組ほどではない。
隙はすぐさま訪れた、近くで作業していた兵が持ち場から離れて談笑している兵の輪に入った。
誰も見ていない隙を突いて接近しで歩哨の膝裏を蹴り、膝をついた歩哨の口を押さえる。
驚いて抵抗も出来ない歩哨に手慣れた動作でナイフを喉仏に突きつける、一瞬の動揺の後両手を上げる彼を暗い林の陰に引き摺りこんだ。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




嫌な感じだ、薄暗い森を眺めながら彼は中国製アサルトライフルのグリップを握る手のひらに出る嫌な汗に、予感めいたものを感じていた。
母国イタリアの仲介屋の紹介で仕事を受け、日本にやって来てからずっと感じているこのなにか引っかかるような違和感。
それが今になってより形を持って感じられるようになった。この薄気味悪い森の奥から誰かに見られているような気配が、ほんのかすかに感じるのだ。
だがそのかすかな気配は常にゆらゆらと揺らめく蜃気楼のように捉えどころが無い、まったくもって気味が悪い感覚だ。

「なぁ、月村の哨戒部隊は本当に来ないのか?こんな目立つ所で待機してたら狙撃の的だ。」

「連中は町のごたごたに付き合っててそれどころじゃない、町中でドンパチして忙しいんだ。見ただろう?警戒網に穴があいてるのを。」

「それくらい俺だって知ってるぜ。確か流れのガキ二人組に手柄を掻っ攫われて面目丸つぶれって話だ。だがありゃマジか?あの月村が?」

「さぁな、あの件の情報は今も錯綜しててどれが本物か解らねぇ。政府や政府側組織も本気で隠ぺいしに掛ってるからな。
ただ確実なのは、デカイ化け物の木が町を破壊して町中が木のゾンビみたいなのであふれかえって、巻き込まれた市民を大量に虐殺した。
その時月村はまともな対応を出来ておらず、無駄に時間が経過し被害は確実に拡大しつつあった。
だが狩猟用ライフルで応戦する子供が幼い妖怪を連れて脱出した直後、謎の魔術によって異変は一発で収まった。これは事実だ。」

まるでバイオハザードだったな、彼は裏ルートで手に入れた当時の町の状況を克明に写したビデオ映像を思い出しつつ相槌を打つ。
休日でにぎわう中心街が一瞬で惨劇の町に変わる瞬間と、撮影者が死に耐えるまでを取ったまさに衝撃映像だった。
突然町中に巨大な木が出現し町を破壊しながら膨張を続け、その木の根元から人型の木の化け物がワラワラと現れて市民たちを次々と殺害していく。
逃げる撮影者は応戦する警官の指示に従ってとあるビルに逃げ込んだが、応戦も虚しく警官は殺され化け物はビルに逃げ込んだ市民を残らず殺し尽くした。
撮影者もその時正面ロビーで殺され、カメラは録画状態のまま開かれたドアから外に転がり出て道路に転がったままビルの入り口を写すアングルでしばらく撮影を続行。
あらかた殺し尽くしたのかロビーから化け物が出ていってから少しして、町から逃げてきたと思しき少年が幼い妖狐の手を引いてビルにやってきた。
持てるだけの物資を突っ込んだらしいリュックを背負い、狩猟用ライフルで化け物に応戦しつつビルの中に入ってシャッターを下ろす。
その数分後映像は唐突に終わるが、その内容故に今年に流れた映像の中ではトップクラスの衝撃度だ。

「それに例の事件前にも結構派手にやっては被害ばかり増やしてたってのが俺の情報屋の話だ。いつもとは状況が違う。」

自分の後ろに立つ隊長格の熊のようなでかく太い体系のロシア人傭兵がロシア語で外見通り熊のような太い声色で言葉少なに断言する。
彼は傭兵の間ではそこそこ名の知れた中堅の腕利きだ、情報網も自分よりは当てになるだろう。
くそ、やっぱりこんな依頼を受けるんじゃなかった。いくら前金が良くても、もう少し警戒すべきだった。
今日何度目かの悪態を懲りずに履きながら、自前の中国製アサルトライフルを握り直す。
長年の相棒である86式自動歩槍の整備は万全、特注のサプレッサーも付けており抜かりは無い。
自分達傭兵にとってこの手の仕事はいつものことだ、金をもらい、厄介な仕事を遂行するのが自分達。
今日のお仕事はちょっと強引なエスコート、依頼人は珍しい事に十字軍を名乗る革新派の反政府人種差別組織。
前金だけでも日本円でゼロが6つ、前金としては十分以上でまさに破格だがそれでもこの仕事は受けるんじゃなかった。
しかしここで文句を言っても始まらない、彼は86式を握り直すとハンヴィーのボンネットに腰を下ろした。
恐ろしい、いつどこから敵が来るのか、どこに敵がいるのかこの夜闇で支配された森林では予測が効かない。
夜の戦闘は嫌いだ、いつ不意打ちが来てもおかしくないし、見通しが効かないから反撃もうまく出来ないのだ。
ナイトビジョンを掛けようか、ふとヘルメットに取り付けた暗視装置に意識が向くが、今使えば旅館での行動で使用する際に電池残量に不安が出来る。

{くそが、しかも相手はよりにも寄って月村重工とは・・・}

月村重工といえば魔術側において、昔から色々と話題が尽きない有名な月村一族の政府側についた一族だ。
前当主を失い少々組織内でのごたごたが見えるとはいえ兵士たちの各々の能力は最高、装備も自前の工場で作った最高級品をそろえている。
魔術戦だけでなく現代戦にも長けた月村重工警備部の力は侮れず、その組織力や戦闘能力はかの国の精鋭部隊にも匹敵する。
月村重工所有のビルや施設を警備する警備員たちは、派遣部門に所属する表の民間人でさえ屈強な軍人もどきばかり。
しかも武装は自家生産した最新式の暴徒鎮圧用低殺傷兵器をはじめとしたあらゆる武装をそろえている。
そして自分たちの相手にする裏を知る警備隊はその上を行くベテラン揃いの兵、ありとあらゆる最新兵器を巧みに操る兵士たちだ。
構成員は魔術を使えない人間や力のない妖怪がほとんどだが、戦闘になれば巧みな戦術と数を生かした作戦、現代火器の瞬間火力を生かして戦い、並みの魔術師ではまず歯が立たない。

{やっぱ、ばっくれちゃおうかな。}

正直無理、いくら旅行中で護衛が少ないといっても誘拐なんてできそうにない。
月村重工で一番恐ろしいのは何か、と問われれば大抵は全てと答えるが、一番ヤバいのは前当主だという声が大きいのは有名な話だ。
資金は潤沢、人脈多し、家は要塞、武器は自家製、部下達は精鋭、側近は血の繋がりがないとはいえ思いっきり技術を継いでいるリアルチートの子孫。
それを統括する当主たる彼女はまさに女傑、前当主は一たび戦場に出れば何もかも壊して更地にするといわれる人型戦車。
組織のでかさでは上はたくさんいるが、とにかく中身が異常に濃ゆい連中なのだ。
その後釜である現当主はその戦闘力はないがトップとしては合格、さらに近々結婚してあの御神流の後継者を婿養子にするらしい。
しかも政略結婚かと思えば普通の恋愛結婚でだ、まともに相手したら命がダース単位であっても足りやしない連中がさらに手に負えなくなったのである、無理だ。

{かといってここで依頼反故にしたら傭兵としての信頼がた落ちなんだよね、傭兵は信頼が命だし。でもなぁ・・・}

「おい、逃げようとか考えるなよ。」

「・・・・・・」

「あからさまにそっぽ向くんじゃねぇ・・・」

どんだけ勘が鋭いんだ、隊長格の顔をまじまじと見つめてると彼は小さくため息をついてハンヴィーのトランクの方へ足を向けた。

「どこ行くんだ?」

「何か飲むものとってくる、お前が思う通り月村は強敵だ。何か飲まなねぇとやってられんっての。」

「作戦はあるけど、アレだからねぇ・・・そういや時間は?」

「後40分、あと20分したらスタンバイだ。柄にもなくドキドキしてきたぜ。まさか米軍の輸送車列に潜り込むなんて思いもしなかった。」

「思いつくがやろうなんて普通は考えないさ、前時代的だし中東でこれやった組織は反撃されて壊滅したんだ。偽装は完璧なんだろうな?」

「あぁ、元が米軍横流しだ。ナンバープレートかなにまでしっかり偽装済み、連中に中をのぞかれない限りバレやしない。
向こうの方も工作完了、予定通りもぐりこむ部隊の車両を誘導し秘密裏に始末したって報告があった。
もちろん隊の連中は幻術でごまかしてる、今のところ車両が予定より2台少ないのに気づいていない。
あとはその減った車列にさりげなく俺たちが合流するだけだ、道を間違えたとか理由をつけてな。」

今回の作戦は至極単純だ、まず各4名10組の囮部隊が旅館に接近し、我々が潜り込んだ米軍輸送隊が旅館前を通過する時を見計らって5組が攻撃を開始、護衛を出来る限り引きつける。
本当は内部にひそんでいる情報収集班が加勢するはずだが、奴らは昼間にドジってしまい無力化され、今は監視付きで拘束されている。
この戦闘ではとにかく派手にやる、民間人を巻き込むのもお構い無しだ。むしろ気を引くためにわざとやれとすらいわれている。
ターゲットと護衛を引き離した所で残り4組が米軍と自衛隊を攻撃、最初は手加減し対応させるよう仕向ける。
これは月村の護衛を動きにくくし、かつターゲットと分断させる作戦だ。
裏を知らない連中からすればターゲットとその護衛はただの民間人、武器を手に戦闘中の護衛は自分達と同じ正体不明の武装集団の一人に見えるはずだ。
つまり三つ巴になる訳だが、人数で勝るこちら側とさらに勝る日米連合との間に挟まれれば月村の護衛や御神流とてどうしようもない。
日米連合の連中が対応し反撃の態勢を整えた所から本気で掛り、最後の1組の狙撃と迫撃砲で戦線を混乱させる。
その真っ只中に自分達がこの偽装ハンヴィーで乗り付け、本隊を投入し数の少ない護衛や障害を排除してターゲットを確保。
こっちの本隊は9名の少数精鋭、とにかく静かに、素早く目標を達成し、後は敵の追手を撒いて尻尾を巻いて逃げる。
もちろんこの格好もそのためだ、上手くいけば中国とロシアに濡れ衣を着せられる。政府側の関係にも打撃を与えられるまさに至れり尽くせりの作戦だ。

「んで、後はセーフハウスで尋問だよな。」

「それはクライアントの方でやるそうだ、俺達は引き渡したらそこで現地解散、しばらくは遊んで暮らす。」

「金払ってくれるかね?」

「それに関しては信用できる、しっかり払うモノは払う変な所で律義な連中だ。」

「・・・俺達が言う事じゃないけどな。やっぱどっちが悪魔かって言われると、断然連中なんだよなぁ。」

ガサゴソとトランクを漁る隊長格の言葉にふと彼はターゲット達の尋問風景が思い浮かんだ。
映画にありそうな拷問部屋、その中央で両手を鎖で繋がれ椅子に座らされたターゲットとそれを取り囲む黒ローブの集団。
今日のクライアントは反政府側の人種差別主義者の集まりだ、神に仕えて魔術を使える自分たちが特別な存在だと信じて疑わない連中である。
きっと尋問も容赦ない事だろう、死なない程度に何でもやらされるはずだ。
それこそ口に出すのもはばかれるような事や、あんな事はこんな事まで、ソレを考えた瞬間彼は背筋が寒くなるのを感じずには居られなかった。

「・・・どこだ、飲み物。」

「ミニガンの隣、少し奥。」

確か切り札のM134ミニガンの横にある段ボールに紙パックのリンゴジュースがあるはずだ。
それにしても、何にミニガンなんて何に使う気だろうか?やけに連中が勧めるから仕方なしに積んできたが、これが必要になる敵ってのはどんな奴だ?
ふと浮かんだ疑問に、今まで戦ってきた人外や化け物どもの姿が頭に浮かぶ。必要じゃない、とは絶対言えない。
むしろあると助かる、非常に有用な武器だ。7.62ミリNATO弾を分速約6000発で文字通りばら撒けるこいつはあって損ではない。
しかしそれでも釈然としない。確かに火力はとんでもないし、さすがの御神流でも弾幕に捕まればひとたまりもないだろう。
近距離から撃たれた拳銃弾を刀でたたき落とし、一気に肉薄してぶった切るような連中だがミニガンの弾幕までは捌けない。
ただの銃弾でも毎分6000発から7000発の速度で撃ち出されるのだ、これを防ぐのはたとえ一流の魔術障壁を持つ人間だとしても難しい。
撃たせてくれればの話だが、それでもいい。何しろ重火器はこれだけじゃない。
対戦車兵器のハリウッドスターといえそうなくらい軍民問わず知名度の高いソ連製対戦車擲弾発射機『RPG-7』をはじめとし、
陸自でも使われている『パンツァー・ファウスト3』に、一発だけだが支給された『ジャベリン対戦車ミサイル』まで用意されている。
大火力を越えた超火力だ、旅館ごと吹き飛ばせと言わんばかりである。
さらには囮部隊にも5連発型リボルビング・グレネードランチャー『アーウェン37』を弾薬もろともゴロゴロ持たせている。
携行するアサルトライフルやライトマシンガンと一緒に撃ちこまれるグレネードの嵐は派手過ぎだ。

「なぁ、俺達は誘拐に行くんだよな。戦争やる訳じゃないよな?」

必然的に疑問は募る、これでもし誘拐では無く戦争に駆り出された時には目も当てられない。
自分が受けた仕事はあくまで誘拐であり、戦争をする契約を結んだ訳ではないのだ。
月村家と事を構えるだけでも綱渡りなのに、ましてや戦争をするなどまっぴらごめんなのである。

「なぁ、もしこれで戦争やるって話になるんなら俺は降りるぜ。」

返事が無い、口では裏切るなといいつつ彼も可能性を考えていたのだろうか?それなら話は早い。
なぜなら彼も傭兵だ、傭兵としての流儀は身についているだろう。クライアントが仕事内容を偽ったのならそれ相応の対応をするのが普通だ。
傭兵は金を貰って人を殺す、金に折り合いがつけばどんな作戦でもやる、一般的にそう思われているし間違いではない。
ただ傭兵も仕事の選り好みはするし、どれだけ金を積まれてもやらない仕事は絶対にやらない。傭兵も自分の命は惜しいからだ。

「悪いが月村と事を構えるのは、俺個人としてもプラスになる事が少な過ぎだ。これ以上はいくら金を積まれてもやりたくない。
あんただってそうだろ?わざわざ自分の首絞めるような真似するなんて、俺は絶対に嫌だね。」

傭兵としてそこは譲れないね、と断言した彼はそこでふと疑問に思った。やけに静かだ、さっきまでごそごそと探す音がしたはずなのに全くしない。
いくら車のエンジンが掛っているからとはいえ、やけに静かすぎる。

「おい、聞いてんのかよ?」

問いかけても返事は無い、どうやら何かトラブったようだ。仕方ない、彼はロシア人を手伝うため車の後部に回った。

「何やって――――」

車体後部を覗き込んだ瞬間、目の前の惨状に言葉を失った。喉から大量の血を流し、さっきまで話していたはずのロシア人が倒れていたのだ。
見間違える訳が無い、大の字に倒れ白眼を剥いた彼に血の気は無く完全に死んでいる。
彼に抵抗の痕跡はまったくない、首筋に背後から一撃で延髄を切られ全く出来なかったのだろう。
血の気が引くとはまさにこのことだ、こんな光景は前にも見たことがある。この世界ではこんなことは日常茶飯事だ。
妖怪や魔術師、日本ではさらに巫女や忍者、侍など歴史に消えた連中がうじゃうじゃと生き残っているのだ。
そんな連中と年がら年中殺しあっていれば見慣れてしまう、だから断言できる。
ここに敵が忍び込んでいる。それもかなり経験のあるベテランだ、しかも珍しいことにおそらく軍人上がりだろう。
首に残る切り口は軍用のサバイバルナイフ、魔術などを使用した形跡はなく背後から一撃と手際の恐ろしいほどよい。

{くそが!!}

気だるげに感じていた退屈が吹き飛び、緊張に神経が研ぎ澄まされた瞬間背後に僅かな人の気配を感じた。
近い、なのに遠く感じるあまりにも希薄な気配、だが一度捕まえれば感じ間違える訳が無い。

「Oh, Muove.{おおっと、動くなよ。}」

86式の安全装置を外し振り、スライドを引きながら向きざまに構えようとした直後、何かを向けられる気配と共に後ろから声を掛けられた。
異様な深みを持ったやや低い男の子のくぐもった声、しかもご丁寧に母国語であるイタリア語だ。

「こっちを見るな、まず武器を捨てろ。銃は弾倉を外し、チェンバーの弾を抜いてからトランクの中に放り込め。
他の武器も同じようにして放り込むんだ。下手な真似するな、したら撃つ。解るな?傭兵。」

くそったれ、傭兵は彼の言葉から感じる本気の気配に内心毒ついた。彼は本気で撃つ、経験すれば本気かどうかなんて声を聞けばわかるのだ。
警告する彼の声には迷いもためらいも無い、下手なことをすれば確実に彼が構える銃が火を噴く。
ここは従うしかない、初弾と弾倉を抜いた86式をトランクに放り込み、次いでレッグホルスターに納めておいたスターム・ルガー『P89』も同じように弾倉と初弾を抜いて放り込む。
ベストに結わえつけておいたM1手榴弾やナイフも外して放り込んだ。

「よ~し、聞き分けの良い子は好きだ。両手を上に挙げてこっちを向け、ゆっくりな。」

彼の言う通り両手を頭の上に挙げて、ゆっくりと後ろに向き直る。やはり子供がいた。
ただし背丈に合わせた迷彩服を着て改造釣りベストを着こみ、リュックサックを背負ってガスマスクで顔を隠した、サイレンサー付きワルサーPPKを構えた子供だ。
だが油断はできない、この手際の良さと言葉の節々から感じられる威圧感はそう簡単に出せるものではない。

「こいつを動かせるな?できるなら頷け・・・よし、運転席に座れ。妙な気は起こすな、座るだけだ。」

子供の言葉に頷き、彼が運転席をまたいで助手席に座ってから運転席に座る。

「おい、どうするつもりだ?」

「車を出せ、旅館近くの森林公園まで行ってもらおう。」

「正気か?そんな事すれば、周りに気付かれるぞ。上手く忍び込んだのに、ここで目立つ真似するのかよ?」

「どうかな?早く出せ、それとも拾える命をここで落とすか?」

PPKの引き金に掛った人差し指に僅かな力が入る。彼の言葉には微塵の動揺も無い、まるで目立つことは無いとでも言うように。
良いだろう、傭兵はハンドルを握りブレーキとアクセルを一度確認してから、サイドブレーキを下ろす。
アクセルを踏むふりをしてブレーキを強く踏み、そのままに大きくエンジンをふかした。
これで周りの連中も異常に気付くはず、だが奇妙なことに周りからは物音ひとつ聞こえない。まるで誰もいないかのように静かだ。

「どうした?早く出せ?」

「お前、まさか・・・」

「気づいて無かったのか?鋭いのか鈍いのかわからん奴だな、ここには俺とお前以外の人間はいない。あとはみんな死体だよ。
他の奴よりも気を張っていたから最初に始末しようかと思ったが、後回しにして正解だったな。」

物音一つしない周囲に、ようやく思い至った傭兵は愕然としながら少年を見つめ直す。
彼は自分以外のここに居た傭兵をいつの間にか皆殺しにしてしまったのだ。
気づいてしまった途端、傭兵は目の前の少年に対して言葉にできない強烈な違和感を覚えずには居られなかった。
明らかに異常、いくらなんでもこんな技量を持った少年兵が生まれるか?答えは否だ、彼のその技術は天性によるものではない。
彼から感じる雰囲気はまさに百戦錬磨の軍人のモノ、どこで戦っていても少年兵が纏える空気では無いのだ。
突きつけられたPPKを一瞥し、傭兵はアクセルを僅かに踏んでハンヴィーを発進させた。
ウィンカーを出して駐車場の出口で一時停止し、車が来ないのを確認してから左折し旅館へと走らせる。

「なにもんだ、あんた。月村の新顔か?」

「答える必要が?作戦は失敗だ、傭兵。お前がまだ生きてるのは価値があるからだ、傭兵ならそれ位解るだろう?」

「くっ・・・」

「公園まで少しかかる、その間に俺の質問に正直に答えてもらおうか?」

「嫌だね、傭兵にもルールがあんだ。雇われた以上、雇い主が契約に違反しない限りは従うし、守秘義務があるんでね。」

「・・・なるほど、ならこういうのはどうだ?」

彼は一拍遅れて返答すると、なぜか突きつけていたPPKの銃口を上に向けてあからさまに安全装置を掛けた。

「お前は傭兵だ、俺に雇われろ。報酬は引き渡す際弁明の機会を設けさせること、前金として俺はお前を殺さない。変なことをしなけりゃな。」

「なに言ってやがる、二重契約しろって言うのか?ふざけんな。だいたい話が見えないぞガキ、気でも狂ったか?」

「二重?バカなこと言っちゃいけないな、この作戦は失敗したんだ。すでに月村へは君たちの無線機を通して連絡済、既に対処がなされている。
今から俺を殺して、先に行った連中に合流するか?わざわざ死にに行くのかね?しないだろう?君は傭兵なのだから。
君は金で雇われただけで、君を雇った組織に思い入れがあるわけじゃない。組織の存亡に命をかけるなんてことはしないな。
つまりお前はもう用済みのフリーという訳だ、そして今お前はこうして生死の狭間をウロチョロしてる。
しかもかなり高い確率でおまえは死ぬな、7割ってところか。だが、俺に雇われればそれをもう少し現実的な数字にできるぞ。」

「そんな与太話を信じるとでも?寝言は寝て言うんだな、おまえはスーパーマンじゃねぇんだぜ?
それに月村現当主はまだ若手だ、性格も人並み、ごまかしちゃいるが精神的にもまだまだ青い。そう簡単に殺せと命じられる人間じゃない。」

「信じたくなければ信じなきゃいい、証拠という証拠は残念ながらないし確かめさせるわけにもいかん。
だが言ったはずだ、お前が生きているのはまだ価値があるからだ。価値が無くなれば、生かしておく理由は無くなるだろう?」

「後で俺を殺すってか?月村の名に傷か付くぞ、俺の知っている情報も手に入らない。」

「俺が月村に所属してるなんて誰が言ったんだ?誰がお前の価値が情報だと言ったんだ?」

何気ない彼の言葉に心臓が締め付けられるような感覚がした。明らかな恫喝、ハッタリだという可能性は高い、だが思考に新しい可能性を弾きだすには十分な言葉だ。
彼は月村ではなく別の組織の人間かもしれないという可能性、非常にあり得る話だ。月村重工と同盟関係にある政府側組織、あるいは政府の人間かも知れない。
そうなると話は変わってくる、月村と同盟関係にある組織はともかく、政府となると命令に容赦は存在しない。
PPKを膝の上に置き、自信と余裕を見せる少年は良く研がれたサバイバルナイフを抜いてちらつかせる。
それであそこに居た傭兵達を皆殺しにしたのだろう、柄の部分に僅かな血が残っている。
マズイ、なんだかよくわからないが早く返事をしないと非情にまずい気がしてきた。

「誰だって死にたくは無い、今ならまだ生き残れる確率を上乗せできるぞ。どうだ?俺に雇われないか?」

「ふざけんな。」

「断るか。まぁまだ時間はある、その間に考え直してくれればいいんだ。」

「時間?」

「公園まであと3分くらいか、少し速度を上げろ。時間が押している。」

口の中がカラカラになる感触を傭兵は戦場以外で初めて感じた。気が付けば車を走らせてから十分近くたっている。
ちらつくナイフと少年の不気味な威圧感のある言葉が、思考の中を駆け巡り冷汗がにじみ出るのを感じる。
殺される、自分はここで殺される。価値とはこのことだったのだ、彼は傍から自分の持つ情報は当てにしていない。
必要としていたのは労働力、ハンヴィーを動かしてこの公園まで乗せてくる人間を必要としていたのだ。

「速度を落とすなよ、止まっていいのは曲がるときか赤信号、公園に着いたときだけだ。俺は急いでる、時間がない。」

後どれくらいだろうか、きっともう2分残っていない。もう公園の目の前だ、着いてしまえば自分は用済みだ。彼はきっと見逃さない。

「駐車場に止めろ、頭から突っ込んどけ。」

駐車場の端に車を止めさせられる。止めた瞬間、彼はナイフを逆手に持ち替えた。
肝が縮んだ、無言振り上げられるナイフが脳裏に浮かび、振り下ろされる瞬間まで鮮明に想像できる。
彼が振り下ろすナイフを胸に受けて一撃のもとに死ぬ自分、血しぶきを受けて自分を静かに見下ろす彼、その光景から感じる恐怖に傭兵はなりふり構わず叫んだ。

「わ、解った!あんたに雇われる!!今回のクライアントとの契約は破棄―――」

全て言い切る前に、顎下から固い何かに突き上げられる。揺らぐ意識の中、最後に見たのはナイフを振りかぶる少年だった。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




{少し脅し過ぎたか?脅しの腕が鈍ってないのが解ったからよしとするが、少々悪い事をしたな。}

運転席で白眼を剥いてあんぐり開けた口から泡を吹くイタリア人傭兵を見下ろして洞爺は内心唖然としていた、どうやら脅しが効き過ぎたらしい。
元々こういう交渉ごとはあまり得意というわけではない。力加減が難しく、どうしてもやりすぎてしまうところがある。
自主的に気絶してしまった傭兵に振り下ろすつもりだった拳を下ろし、ナイフを鞘に戻すと洞爺は傭兵の体をビニールテープで縛った。
両足もきっちりそろえて足首と膝をテープでがっちりと縛り、背もたれに体を預ける傭兵を座席にテープでぐるぐる巻きにして固定する。
最後に口をふさいで完成、どこからどう見ても反政府ゲリラか何かに捕まった正規兵の出来上がりだ。

{さて、急がないとな。}

がっちりきっちりと縛り、生半可な力や技では抜けないようにしてから後部座席に置いておいた二式を手にハンヴィーから降りる。
降りた途端、入口の柵から強烈な突風が吹いた。まるで来るなと言っているかのような風に、昔見た光景が重なって見えた。
暗い、先の見えない公園の入り口、鈴音にひっぱりまわされて首を突っ込んでしまったある事件のときとそっくりだ。

{あの時と同じだな、こんな風が吹いてきた。とても不気味で、言葉にできない違和感を感じる。}

二式の安全装置を外し、右腰に掛けた鞘から三十年式銃剣を抜いて二式に装着する。
閉められた柵を乗り越え、遊歩道に降りた。暗く、どこか忌避感を感じる暗闇はあの山道とそっくりだ。
引き返せ、引き返して何事もなかったことにしろ、思考の隅からそんな言葉が出てくる。
まるで誰かに囁かれているようだ。馬鹿馬鹿しい、以前は一蹴していたが今回は違うだろう。
この囁きはおそらく人除けの結界によるものだ、つまりこの奥には結界を張った誰かがいるということ。
間に合ったな、解れてくる思考と重い足に活を入れて歩みを進めながら洞爺はほくそ笑む。
しばらく行くと、遊歩道は広場の端に出た。端に出た途端、気分が晴れて足が軽くなる。
この公園の目玉である滝を間近で見ることができる桟橋の上、その橋の中心部に二人はジュエルシードを手に立っていた。
一人は黒いマントにレオタードのような衣服を身に纏い、金髪をツインテールにした赤い瞳の少女、フェイト。
もう一人は豊満な体を見せつけるような以前と同じスポーティな服装の犬耳女性、アルフ。
普遍的な世界にはおおよそそぐわない異様な二人に、洞爺は軽く眩暈を感じながらため息をついた。
ジュエルシードの光はすでに収束しつつある、ぎりぎりで間に合ったようだ。

「遅かったじゃないか、お仲間はどうしたんだい?」

予想していたのか驚いたそぶりもなくアルフは芯のある強気な口調で問いかけてきた。

「俺一人では不満かね、残念ながら一緒じゃない。あの子は旅行でここに来たのでな、ジュエルシード探しはお休みだ。今は布団の中でぐっすりだろう。」

「いいや、そのほうが楽さ。」

アルフはフェイトを庇うかのようにして前に立つ。洞爺は手製のサプレッサーを装着した二式テラ銃を肩に預け、挑発的に笑みを浮かべた。

「いつぞやとは逆だな、ジュエルシードから離れろ。」

「お断りします。」

フェイトはジュエルシードから目を離して洞爺を一瞥する。子供の表情とは思えない、されど子供の純粋な決意の表情だ。

「当然か。しかし解らんな、なぜそれほど危険なものに固執する? そいつは確かに願望を現実にする力はあるが、とても使いこなせるものではない。ただ暴走する魔力の塊だ。
もし君が何かを叶えたくて集めているなら、もう止めておけ。良いことは何も無いと断言できる。それとも祭壇にでも飾ってイアイアと崇めでもするのか。馬鹿馬鹿しい。」

「いあいあ?」

「正気とはおもえん、とても扱える代物じゃない。俺が言う事じゃないだろうが、その力はあまりにも不安定過ぎる。何故そんなモノに拘る?」

「私からも問わせて下さい。なぜあなたはジュエルシードを集めるの?」

なるほどそう来たか、ここで答えなければ自分が答えないのも正当化できると彼女は踏んだのだろう。
しかし逆に答えてしまえば彼女達の沈黙は受けが悪くなる、洞爺は少し考えるそぶりをしてから答えた。

「質問に質問で答えるのは褒められた事ではないが、まぁいい。それが危険なものだからだ。
ジュエルシードは単体でも凄まじい破壊力を発揮することはこれまでの事からして明白だ。
もし下手に利用されるなんてことになれば、最悪世界が滅ぶ。まるで小説みたいにな。
そんなことは認めない、だから集め、元の持ち主にさっさと返すのだ。今のところはそれが一番の良策だからな。」

「騙されているという可能性は?元の持ち主を騙って接触してきたその人物が偽物という可能性は?
その持ち主が本物だとしても、その人が悪用するという可能性は考えないのですか?」

ありうる話だ。ユーノがそんなことをするとは思えないが、今までの行動や言動は全て演技という可能性は否定できない。
ユーノ・スクライア、遺跡発掘を生業とする部族の出身というが、地球人から見れば『エイリアン』に他ならない。
自分達は彼の言う次元世界などというものは知らない。彼の言っている事でっちあげだとしてもそれを見分けられないのだ。
なのはもまた同様、彼女が嘘をつく人間とは思えないが、それでも反証することができるのは事実だ。
彼女は子供だが彼女の出身は普通の家庭とは言い難い、無論彼女はそんなこと知りもしないようだがそれも怪しいものだ。
また洗脳や暗示などで操られている可能性、もしくは何も知らないで都合のいいことだけを聞かされて動いている可能性もある。
何より自分は『高町なのは』という少女の事を深く知っている訳ではない。ほんの一か月前に知り合ったばかりなのだ。
ただ解る事は彼女は歳に似合わず頑固者であり、自分が正しいと思うと止まらなくなる節があることだ。
これは長所だが、同時に短所である。どんなことがあってもぶれない、曲がらないがそのぶん順応性が無い。
また彼女の精神は歪であるという点も挙げられる。傍目は温和でどこにでもいる少女だろうが、やや献身が過ぎる所がありほんの僅かに違和感がある。
それを加味すればなのはもまた十分に怪しいのだ、なにより彼女の登場も自分と同じく都合が良い。
偶然助けられて、襲われてまた偶然出会って、またまた偶然彼女には魔法の素質が天才的にあったなど自分よりも偶然のオンパレードではないか。
だが、それがどうした?それを考えた所で今は何も解らない、判断材料が少なすぎる。故に今は考えない、解らない以上考えても時間の無駄だ。

「無いではない。だが、集めることはかわらん。」

「何故ですか?あなたは騙されているかもしれません。」

「君たちを信用することもできないぞ、君たちとて俺からしてみれば正体不明の異世界人なのだからな。
次元世界、魔法、時空管理局、どれもこれもまともに信じていたなら病院行き確実なことばかりだ。
だが現実である以上仕方のないことだ、なら俺はやるべきことをやるまでの事。今まで通りだ。
俺がする事のは、ジュエルシードを収集して無力化し、この町の安全を確保する事。もしあいつが騙していたとしても、簡単な話だ。」

そう、簡単な話だ。いつも通り、やるだけの話。洞爺は煙草を咥えて火をつけながら、平淡な口調で続ける。

「俺とあいつの関係は利害の一致、今はその程度の間柄に過ぎんよ。俺には護らなきゃならんものがある、そのために戦っている。」

全ては己の信念と約束のため、護りたいものを護るため。
そのためならなんだってやってやる。恨まれても、憎まれても構わない。それで護れるのなら構わない。
今は平和なのだ、例え敗戦を迎えても、これが仮初めの平和だとしても、平和は変わらない。
そしてそれを壊すモノはなんであれ許さない。
あの子達の笑顔が悲しみに変わらないためなら、どんな相手だって戦おう。何でも背負おう。
それがこの国を護る、軍人として、大人として、男としての責務だ。

「所で、俺の質問には答えてくれないのか?君は何のために集める、いったい何が目的だ?」

「教える意味はありません。したところで、あなたとは解り合えない。」

「無駄な争いは避けたいところなのだがな。その口ぶりだと、相容れぬようだ。」

なら話は終わりだ、洞爺は肩に預けていた二式を構えてフェイトの胸に狙いをつける。
トリガーガードにかけていた指を引き金に掛けて、紫煙を吐きだす。

「動くな、武器を捨て投降しろ。素直に従ってくれれば命までは取らん。」

「お断りします。バルディッシュ!!」

「yessir.」

世界の色が一変し、グレーに染まる。フェイトはジュエルシードからいったん離れるとバルディッシュを構えた。
それに従うようにアルフも彼女の右隣で突撃の構えをとった。形勢は圧倒的不利、しかし少なくとも戦闘には持ちこめた。
後は隙を見てジュエルシードを奪取し撤退するか、あるいは二人を返り討ちにして何とは拘束するか、この二つだ。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




同時刻、草木も眠る丑三つ時。
身を震わせるような邪悪な魔力になのはとユーノの二人は目を覚ました。アリサとすずかそして久遠が眠る中で飛び起きる。
洞爺の方に目をやるもすでに彼はいない、荷物の方に目をやれば無くなっていた。

≪斎賀君!?≫

≪たぶん、先に行ったんだ!≫

≪急がなぷべッ!?≫

なのはは部屋を飛び出そうとして、寝ぼけたアリサに右足をムンズとつかまれ転倒した。
足を掴んだままアリサは、左手で目をこすりながら顔を上げて眠そうになのはを見つめる。

「どぉこに、いくのよ?」

「ト、トイレだよ。」

酔っ払いのような口調のアリサに内心ドキドキしながら、なのはは咄嗟に嘘をついた。
どこからどう聞いても嘘にしか聞こえない古典的な言い訳だったが、眠気に思考が支配されているアリサは数秒間をおいて右足を離した。

「いってら~~ぁ・・・」

そして軽く手を振るといつの間にか布団に紛れ込んでいた久遠を抱きしめて寝息を立て始めた。
寝像が悪い久遠はしきりにもぞもぞと動くが、アリサにがっちりホールドされて動けなくなっている。
寝像が相当悪いことは前もって聞いていたがここまでとは思わなかったなのはだが、今回はこの寝像の悪さに感謝した。

「はむぅぅ~~~・・・・」

「うぇへへへ・・・」

久遠にハムハムかじられて右袖をよだれだらけにされながら、これまたよだれを垂らしながらオヤジ笑いするアリサはいつも通りだなを感じながら、部屋を出て抜き足差し脚で廊下を渡る。
鼾の煩い大部屋を通り過ぎ、男の呻きと腹の音が漏れ聞こえる障害者用トイレの前から全力疾走でロビーへ駆け抜ける。
玄関ロビーは明るかったが幸い人影は無い、なのははすぐさま靴箱から自分の靴を出して履くと浴衣姿のまま外へ駆けだした。
感じる膨大な魔力をたどり、駐車場を抜けて道路を渡り、向かいの森林公園へ続く遊歩道を走り続ける。
途中結界を抜けた時、森の奥から聞き慣れた爆発音が響いてきた。始まってしまった、間に合わなかった。なのはは悔しさのあまり歯噛みする。
肌に感じるジュエルシードの魔力が強くなるたびに閃光と爆発が煌めいて響く。間違いなくあの時の少女と洞爺だろう。
この頃大雑把にだが違いが解るようになった魔力は以前感じたあの子と同じであり、銃声や爆音の元は考える必要が全く無い。
夜空に明るい照明弾が上がるのを見て、なのははレイジングハートを起動させてバリアジャケットを装備して飛び上がると低空を駆けた。
さらにもう一発、照明弾が上がり、一際大きな爆音が夜空に響いて真っ赤な光が地上で光る。
爆発音と魔力光が大きくなり、照明弾直下の森林公園跡へと辿り着いた時唐突に感じた鼻先を押しつぶすような異物感になのはの足が止まった。

「痛ッ!!」

「くそっ、2重結界か!地上に降りて、解析して穴をあける。」

肩から飛び降りたユーノが結界に手を触れる、その向こうにあの時の少女、フェイトとオレンジの体毛を持つ狼と戦う洞爺がいた。
迷彩服に武器弾薬を詰め込んだリュックサックとウェストポーチを身につけ、その重量をものともせずに軽やかな身のこなしで魔力弾をかわし、
噛みつこうとする狼を回し蹴りで蹴り飛ばし、小銃で銃撃し、軽く後ろに引きながら銃剣で魔力ブレードを防ぎ流す。
爆音で声がかき消されたのか、彼らがなのはに気付いた気配は無い。
その戦いはなぜかとても異様なモノに見えた。それが二人の戦い方の違いの所為であるという事になのははすぐ気付く。
フェイトとアルフの戦いは言うならとても可憐、魅入ってしまうような美しさを持ちそして非常識なまでに強力。
洞爺のそれは無骨、恐れを知らないように強大な力に立ち向かう雄々しくとても勇ましいがとても非力。
前者は非常識で理解できない故に感じる異常、後者は常識で理解できる範囲故に解る異常。

「ハーケンッ!セイバー!!」

宙を駆ける金色の魔力刃に、洞爺は手榴弾を投げつけ爆風で相殺しながらバックステップ。
その背後に回り込んで噛みつこうとするアルフの顎を脇の下から銃床で突きあげ、前足を掴み盾のように扱いつつアンダースローでフェイトへ投げつける。

{これが、斎賀君の実力。}

日常的に父や兄達の鍛錬を見てきたからこそわかる彼の持つ戦闘技術の凄さが目に見えて解る。
もつれあって倒れる二人に、容赦なく小銃を速射する洞爺の動きには一切の迷いが無く生き生きとしている。
いつも凄いと思っていた恭也や美由紀の動きが霞んで見えるほどにキレが良く、行動に無駄が無い。
その姿はまるで父親のようだ、普段は柔和な彼だが鍛錬の時に見せる一人の武人としての姿に彼は似ている。
しかし似ているのであって同じではない。父親から感じる雰囲気と彼から発せられる雰囲気は全くの別物だ。
彼はおそらく父親以上に殺しに慣れている、殺し合いという観点ではきっと士郎以上だ。
ボディガードとして世界を駆けまわっていた士郎も当然『人殺し』の経験はある、それはもう知っていることだ。
だが所詮は守ることが仕事の『ボディガード』だ、紛争地帯が仕事場で殺し合う事が仕事の『傭兵』とは違う。
士郎はこれまで何人も人を殺しただろうが、それ以上に多くの敵を殺さずに鎮圧してきた。それができる人間であったからだ。
御神流という剣術を会得し、壁走りをはじめとした人間業とは思えない技を得た彼にはそれができたのだ。
しかし彼にそんな力は当然ない、厳しい訓練と紛争地帯で鍛え上げられた戦闘技術は達人だろうがそこまで隔絶した技ではないのだ。
ほんの少しの気の緩みやミスが死につながることもあれば、ただ運がないだけで簡単に死んでしまう。
士郎のように瞬間移動まがいの技や、銃弾を刀で弾いたり刀で衝撃波のようなものを出せるわけではないのだ。
それでも生き抜いた、あらゆる殺意と死線を潜り抜けた。それだけの技術を会得したのだ。

「させるか!」

狼は飛び起きると同時に見覚えのある人間の姿に変身してシールドを張り、銃弾を弾く。
その背後から、彼女をシールド事飛び越えて突っ込むフェイトが洞爺に向けて襲いかかった。

「あの人、昼間の!」

「昼間のって、まさか人違いでからんできた変な人って・・・そうか、使い魔か。」

「使い魔?」

「うん。簡単に言うと、魔導師によって作られた作り主の魔力によって生きる魔法生命体だ。」

「強いの?」

「はっきりとは言えない、造り主の素質やその素体などの要素で使い魔は個体差が出る。
たぶん彼女は狼を素体にしてるんだろう、戦闘能力はかなり高いはずだよ。2対1は無理だ。」

ガキン!という音と共に亀裂が走る銃剣とその亀裂を入れたバルディッシュが交差し火花を散らし、銃剣が砕け散る。
ついで銃声。銃剣が砕け取れた銃口から発射された銃弾がフェイトの耳元を通りすぎ、彼女の動きが僅かに鈍る。
銃弾に体を固くした彼女に銃口で突きを繰り出し追撃する洞爺に、フェイトはそれから距離を取る。そこに狼がシールドを張って突撃する。
劣勢、なのはの目にはそう見えた。彼は確かに強いが、魔法は使えないし、この世界にあるらしい他の技も使えない。
力が強くても普通の人間とそう変わらない彼に、魔法をバリバリ使う二人との戦闘は荷が重いのだ。
だが同時に疑問に思う、本当に彼は劣勢なのだろうか?元から力の差は彼も知っていたはず、劣勢になると解っているはずなのだ。
そんな疑問を抱いていると、洞爺がウェストポーチから模様のある手榴弾を取り出した。ピンを引き抜き、銃床に先端を叩きつけて狼に投げつける。

「アルフ!」

「あいよ!!」

狼、アルフは目の前にシールドを張った腕に力を入れ、手榴弾の爆発に備え一度足を踏ん張る。
シールドが爆風と破片を弾き、爆風を突き破ったアルフは右手で洞爺の首を掴み取って覆いかぶさるように地面へ押し倒した。
洞爺は小銃でアルフを押し返すそぶりを見せたが、アルフの拳がその小銃を中間点から真っ二つにへし折って拳を振りあげる。

「ユーノ君!急いで!!」

「もう少しだ、準備して!解れた部分に魔力弾を撃ちこんで!」

「う、うん!」

なのははレイジングハートを構え、結界の解れ掛った部分に向けて魔力のチャージを始めた。が、突然魔力が霧散した。
彼の雰囲気が突然一変したのだ。唐突に、鳥肌すら感じないほど強烈な悪寒を感じるほどに。
それは言うなれば無言のプレッシャー、ただそれだけ。それだけで胸が締め付けられるように痛み、足ががくがくと震える。

「もらっ―――」

彼女の言葉は小銃とは違う銃声に遮られた。二人が銃声の方を見ると、アルフが自分の腹に至近距離から突き付けられたそれを見て言葉を詰まらせているのが見えた。
それはショットガンの銃口だ。ゲームで出てくるようなポンプアクション式ショットガンの銃身を極限まで切り詰めたそれを、
彼はまるでそれを狙っていたかのように、とどめを刺される寸前よどみなくリュックサックから抜いたのだ。
ガシャコッという特徴的な音にアルフの表情がこわばり、押し倒していた彼から飛び退こうとする。その一瞬の隙を彼は見逃さなかった。
銃声銃声銃声、至近距離からの散弾3連射は身を引きかけたアルフの体を正確に捉えた。

「がぁぁッ!!!」

耳をつんざくような悲鳴になのはの飛び出そうとした足がすくんだ。
散弾によって過負荷の掛ったバリアジャケットが光と共に剥ぎ取られ、銃弾がバリアジャケットという守りを失った彼女の体を抉ったのを見てしまった。
跳ねるように立ちあがった洞爺は体中切り裂かれたような裂傷を負ってぐらりと揺れるアルフを蹴り倒し、倒れた彼女の胸を踏みつける。
ジャコッ!と銃身下部の木製フォアエンドを引いてショットガンを額に突きつけると、その銃口を跳ね上げて空中に向けた。

「アル―――」

銃声、彼女を助けようとした上空から飛びかかったフェイトの体に素早く狙いを変えた洞爺の銃撃が突き刺さる。
まるで映画の中の光景だった。斬りかかる直前だったフェイトは散弾の威力に姿勢を崩されて池の浅瀬に水しぶきをあげて墜落した。
池の浅瀬で悶えながらも立ちあがるフェイトの胸に何かが回転しながら突っ込んだ。それは軍隊が使うような、柄の短い携帯用スコップだ。
フェイトを撃った直後、洞爺はリュックサックからスコップを抜きながらブーメランのように投げつけたのだ。
声は無かった。ただ唖然とした表情でフェイトはスコップと一緒に池の中へと倒れ込んだ。
洞爺は懐からショットガンの弾薬を素早く取り出すと二発だけ込めて、その銃口を身をよじってもがくアルフに突きつける。

「ヒッ!?・・・ぁ・・・・・・・」

終始無言だった彼が、僅かに唇の端を釣り上げて冷たい笑いを浮かべる。なのははそれを見てようやく我に返った。
彼は殺す気だ。本気で、アルフを殺すつもりだ。すくんでいた足に力が戻り、自然と足が動く。行くのは怖い、だがここで動かないでいることはできなかった。

「斎賀君、やめて!!!」

結界の解れた部分を体当たりで突き抜け彼に向って走り、驚いた彼のショットガンに縋りつくと銃口をそらす。
乱暴に振り回されて引き金が下りたショットガンから撃ち出された銃弾は、アルフの顔の真横に着弾しアルフの顔をひきつらせた。
地面を抉ったのは散弾ではなく、ライフリングが施された1発の巨大な銃弾だったのだ。
冷たかった彼の雰囲気に動揺が混じる。なのはは力に任せて彼をアルフの上からどかすと、二人の間に入った。

「高町!?」

「どうしてこんなことをするの?みんなやめてよ!!」

洞爺が表情をゆがめる。見られたくない所を見られたような、気まずさが滲む表情だ。

「話し合いで何とかできるよ!!だからやめて!!」

「それはできない。私たちはジュエルシードを集めなければいけない。あなた達も同じ目的なら、私たちは敵同士ということになる。」

池から這い上がったフェイトがなのはの言葉を否定し、濡れたままでバルディッシュの切っ先を彼女に向ける。
その切っ先をまっすぐ見つめ返し、なのははそれに強く反論した。

「だから、そう言うことを簡単に決めつけないために、話し合いが必要なんだと思うの!」

なのはの言葉に洞爺は首を横に振る。フェイトは二人を見つめ、アルフを見て表情を歪ませた。

「話しあうだけじゃ、言葉だけじゃきっと伝わらない。」

「だから―――」

「あなたには分からない!!」

フェイトはバルディッシュを構えた。瞬間、舌打ちと共に洞爺がショットガンを空に向けて発砲した。再び轟く銃声と排莢音に二人は思わず身をすくませる。
洞爺は弾切れのショットガンを左手に持ち替えると、素早くジャケットの裏からサイレンサー付きワルサーPPKを抜いてフェイトに向けた。

「待ちたまえ。取引だ。」

「取引?」

「君はこいつを放置して戦うことができるかね?」

洞爺は血まみれで横たわるアルフを顎で示す、その声に動揺はすでに無い。
ショットガンを棍棒のように左手で握り、右手でPPKを構える洞爺は冷静で無感情だ。

「彼女は今危険な状態だ。鉛の散弾は胴体を中心に広く浅くめり込んで出血を強いている。
俺が使ったこいつは本来土塀に隠れた敵を、壁ごと吹っ飛ばすために作った炸薬増量型をさらに強力にしたものでね。
至近距離ならば人間の胴体程度はズタズタにして真っ二つにしても有り余る位威力がある特製のホットロード弾だ。」

威力は知っているだろう?という彼の問いかけに彼女は苦渋の表情でうなずく。

「正直に言えばこの散弾を喰らってこの程度の負傷で収まっているのが驚きだよ。
だがそれでも危険な事には変わりない、今からでも治療しなければさらに危険になるんだぞ。血を流し過ぎればいずれは死ぬ。」

「あなたがやったんでしょう!!」

フェイトの言葉に怒りが混じる。当然だ、この傷を負わせたのは洞爺なのだから。頷く洞爺は装備から赤十字の書かれた袋を取り出してアルフの脇に置く。

「治療具だ、大抵の傷は癒せる量と種類の薬品と器材を入っている。今日の所はこれで引きさがってくれないか?
ジュエルシードはすでに君の手にあるも同然だ。ならばここは引くべきではないかね?」

「あなたが逃がすんですか?」

「こちらにも都合が出来てな。今日のところは見逃そう。」

「本当ですか?」

「嘘はつかんよ、治療具も渡そう。それで引いてくれるかね?」

フェイトは迷う。ジュエルシードは手に入れたがアルフが危険な状態、相手は追撃しないと言っている。
ここまで好条件だと疑いたくもなるだろう。この展開になのはは感情的に洞爺に食って掛かった。

「斎賀君!!」

「君は黙っていろ。」

なのはの言葉に洞爺は平坦な言葉を返す。その声に込められた厳しさに、なのはは口をつぐんだ。洞爺はフェイトをにらみ、もう一度言う。

「どうするかね?乗るか、反るか。あちらが立てばこちら立たず。今回はそちらを立てようと思うのだが?」

「くっ・・・分かりました・・・」

「それでいい。高町、下がりたまえ。」

洞爺はなのはを連れて後ろに下がる。フェイトがアルフに近づいてかがみ込んだ。

「アルフ、しっかりして!」

「フェイト・・・・ごめん、またやられちゃったよ・・・・・」

アルフの消え入りそうですまなそうな声を聞いてフェイトは洞爺を睨みつける。その視線が自分にも向けられている気がして、なのはは俯いた。
もう一度顔を上げると、フェイトが転送魔法陣を展開した。おそらく転移術式、数秒もすれば彼女達はここから居なくなる。なのはは勇気を出して、術式の中に居るフェイト達に問いかけた。

「まって!あなたの名前は!!」

フェイトは一時戸惑い、なのはをじっと一度見つめてから答える。

「フェイト、フェイト・テスタロッサ。」

そう言ってフェイトとアルフは消えた。二人と一匹はそれを見送るしかできなかった。
名前が聞けたという喜びの反面、なのはは彼女達と戦った事が辛かった。
自分は実際に矛を交えなかったとはいえ、洞爺は彼女達と戦ったのだ。
何食わぬ顔で折れた小銃を苦い顔で回収する洞爺にユーノが怒りをむき出しにして怒鳴った。

「サイガ、何で一人で行ったんだ!」

「君たちを煩わせたくなかったのでね。先に始末しようと考えた。・・・くそ、こりゃ破棄だな。」

「始末って・・・バカじゃないのか!?君一人でなんてイカレてるにもほどがある!狂ってるぞ!!」

ユーノが愕然とした様子で洞爺を見る。彼は自嘲の笑いを浮かべる、その笑顔になのはは声を失った。
その笑顔は壮絶で見覚えのあるモノだった。笑顔なのに、あまりにも空虚で、狂気さえ感じるような哀しい笑み。
だがそれは一瞬で消え、いつもの優しげで大人の雰囲気あふれる笑みに変わる。その過程もまた記憶に深く刻まれたものだった。
今よりも昔、ずっと昔、だけれど今でも思い出せるありのままの自分を見せられた頃の記憶。
あの時間だけは我慢しないで我儘も言えた時間、自分を全部さらけ出せる友人もいた、もう戻れない過去だ。

「高町は考え込みすぎていたからな、折角それを忘れられて楽しめていたのに水を差したくなくてね。それに休暇中なのに呼び出されるほど忌々しい事は無い。」

「だからって、あんな無茶しないでくれ。そっちの方が心臓に悪いよ。」

「そうか?すまなかった。」

「まったく、手は大丈夫かい?」

ユーノはその笑顔が見えなかったのかやれやれと言った口調で首を横に振り、心配そうに問いかける。
拳銃とは比較にならない反動があるショットガンを連射したのだ、怪我をしているかもしれない。
洞爺は自身の両手を見つめ、ポーチから紙箱を取り出して短い注射針とアンプル容器が合体したようなモノを取り出す。
プラスチックの蓋を取り外して右腕に注射し、何度か閉じたり開いたりしてから首を横に振った。

「問題無い。」

「そう、よかった。」

「心配させてすまんな。あぁそうそう、出るときにちょこっと見かけたが、君の兄と忍さんがよろしくやっていたぞ。」

「よろしく?」

頭の上に?マークが浮かびそうな表情でなのはは首を傾げる。その様子のどこがおもしろいのか、くすくす笑い洞爺は続けた。

「まだ子供には早い話題か、解らなくて良いんだよ。そうだな、明日の朝二人にこっそり言ってみろ。」

「なにを?」

「昨晩はお楽しみでしたね、ってな。きっと面白いものが見れるぞ。」

あの二人にも教えてやりな、いつものように大人びていてどこか遊び心ある表情で洞爺は振り返った。
その表情の暖かさは、さっきまでの表情とは全く違って見えた。いつものような穏やかで慈愛に満ちながら少々浮世離れした笑みだ。
あの鋭くかつ凶暴、冷酷で無慈悲な笑みをたたえていた彼と同一人物とは思えないくらい違う。

「盛り上がってるところ悪いんだけど、旅館に戻らない?」

「いや、もう少し待て。あと少しだ。」

「え?どうして?」

ユーノの指摘に洞爺はかぶりを振って否定する。その言葉になのはは率直に疑問の声を上げた。
偽装のための言い訳などもなく、あわただしく飛び出してきたしまったため早く戻らないとまずいと思ったのだ。
だがそれを告げても彼はゆっくりと首を横に振る。なぜ?ともう一度問い掛けると、洞爺は小さくため息をついてから告げた。

「現在魔術勢力に雇われたかあるいはどこかの連中に雇われた傭兵の陽動部隊が旅館へ奇襲攻撃を掛ける可能性がある。
予定通りなら擲弾筒による牽制砲撃を始まってもおかしくない時間だ。」

一瞬彼が何を言っているのか分からなくなった、まるでこれから戦争が起きるような口ぶりはこの日本にはそぐわない。
何より自分たちの家族が狙われるとはどんな冗談だろうか?いくらなんでも笑えない。

「えっと、冗談だよね?」

「冗談ならどれだけ良かったか、残念ながら事実だよ。すでに対策部隊が行動を開始しているが、何分急なうえに人数が多い。
もし何も聞こえなければ制圧作戦は秘密裏に成功したとみていうわけだが、少しばかり時間をくれ。制圧が完了次第、無線連絡が来る。っと、噂をすればだ。」

着信音を鳴らす無線機を取り出し、旅館の方に祈るような眼を向ける彼の至極真面目な言葉になのははようやく真実だと理解した。
脳裏に爆睡していた久遠や、寝ぼけ眼でニヘラと笑うアリサ、酒盛りで盛り上がっていた両親や兄と姉の姿がよぎる。
助けに行かなければ、なのはは秘密も何もかも忘れ旅館に飛び帰ろうと足を踏ん張り、今度こそ足が竦んで動けなくなった。






あとがき
まず初めに、遅くなりました申し訳ありません。では今回のあとがきを始めます。
短いですが温泉編終了、なんとか終わらせました。地球勢力が好き勝手動くんだもの、これが困りました。
でもこの絶好の機会に動かないというのも変なので、地球側敵勢力には傭兵部隊による奇襲作戦をやってもらいました。
今回の戦闘は地球側敵魔術勢力所属歩兵の殲滅とフェイト戦。
地球勢力との戦いは隠密無双状態。ガ島で米軍相手に戦い抜いた技術は異常の域、ばっちりリアルチートです。
フェイト戦ではアルフ再度撃沈、フェイトとも見た目互角にやり合ってますが、これはフェイト達の戦略ミスなのでそう見えるだけです。
二人がかりとはいえまた近接戦を仕掛けてしまったため、乱戦の経験豊富な洞爺に反撃のチャンスを与えてしまっています。
今回は旅先という事もあり持ち込める装備も限られているため、今回は遠距離戦に持ち込まれればほぼワンサイドゲームなんですよね。
距離を取ってしまえばあとは煮るなり焼くなり好きにすればいいし、相手にしない手もあります。
というか相手にしない方が一番安全かつ確実です、思いっきり空高く飛んで転移してしまえば何も出来ませんから。
洞爺をどっかに転移させてしまうのもありですね、考えれば考えるほど安全で確実な対応策は出てきます。
ですから洞爺にまず勝ち目無し、なのにこういう痛み分けな結界に終わったのは相手が未熟だから、ですかねぇ?

そして今回はショットガンを使わせてみました。ショットガンいいよね、名前つながりで今まであんましつかって無かったですが。という訳で解説、作中の連射について。
今回作中で使用したショットガン『イサカM37』はバイオハザードなどでもお馴染みのスタンダードなポンプアクション式です。
手動装填方式でフォアエンド{あのガショガショするヤツ}を用いて手動で排莢、装填を行います。
現用のガス式オートなどのオートマティックと違い連射出来ません、ゲームではそれにイライラしたり酔いしれたりする人もいるはず。
しかしながら実は、古いタイプのポンプアクション式ショットガンは引き金を引いたままポンプアクションをすると、素早く次弾が発砲できます。
エアコッキングガンでも『ラピッドファイア』という名前の仕様で昔ありましたね、ご存知でしょうか?
引き金を引いたままスライドをジャコジャコすると弾が連射できるあれです、あれの実銃バージョンというのが簡単な説明でしょう。
実銃での原理としては暴発と大差ないのですが、意図的にできる上に実戦で非常に便利なため意図的に搭載されていました。
この連射機能は本来鳥撃ちの時に、当時ポピュラーであった水平二連式散弾銃に対抗するための機能だったそうです。
ちなみにこれは現用のポンプアクション式{レミントンM870など}では出来ません。
前述の通り構造上の暴発と同意義で、扱いの慣れない人には危険なため九〇年代までに廃止されたのです。
しかし今回使用されたM37はあの武器洞窟から持ち出した物ですから、その機能をバリバリ生きてます。
37年初登場の本銃は、大戦時はまだ最新型な訳ですから粗削りな所はあれどばっちりです。

無印は初期制作品を基にしているため速足ですが、どうかご容赦ください。これからもこの未熟な作品をよろしくお願いします。by作者




[15675] 無印 第11話
Name: 雷電◆5a73facb ID:b3aea340
Date: 2012/11/07 21:55




雲の少ない空に昇る朝日は今日も変わらない、自分の心は曇り空なのに。
アルフは朝日を眺めながら影のある表情で、そんな事を考えながら豪華なマンションの一室のリビングでボケっとソファーに座っていた。
朝6時、つけっぱなしのテレビはいつもの退屈なニュース番組が小さめの音量で垂れ流しだが彼女は聞いていない。
この部屋のもう一人の住人であるご主人様はまだ夢の中、そういう自分は眠るような気分ではなかった。
温泉での一件からしばらく経った、ご主人様の看病もあって既に傷は完治したが彼女の気分は晴れやかとは言い難い。
傷が治るまで、ご主人様一人にジュエルシード探しを任せきりにして、自分はお荷物になってしまったのだ。
ソファーに座ったまま手の中の鉛の粒を弄び、それを見てただ思いを巡らせては鉛の粒をジャラリとならす。
渡された器具を使って、ご主人様が一生懸命になって摘出してくれたショットガンの散弾だ。

{また勝てなかった。}

特別な加工の無い散弾を見て思い出すのはあの白髪交じりの少年、魔法をまったく使えない男の子。持っていた武器も、映画で見るような大昔の骨董品。
普通なら全く脅威にならないはずだ、例え銃火器や爆弾があっても所詮はその程度だとタカをくくっていた。
魔法技術を使わない武器、質量兵器は魔法よりもずっと弱い。それが彼女達の世界の通例だった。
だが勝てなかった。一度目は奇襲にも関わらずに避けられ、爆弾で瞬く間にノックアウトさせられた。
2度目はフェイトと二人がかりで優勢だったはずのに、一瞬でそれがひっくり返され、自分は文字通り無数の散弾によってバリアジャケットを剥がされ酷い傷を負った。
最初から乗せられていたのだ、蹴り倒され、ショットガンの銃口を向けられた瞬間それを悟り、本当に死を覚悟した。
自分の非力と継戦限界時間まで視野に入れ利用した一発逆転の作戦、思い出すたびに体が震える。
あの時、あの白いツインテールの女の子、高町なのはが助けてくれなければ自分達はあそこで死んでいただろう。

{なんで、あいつは助けてくれたんだい?}

あの子、高町なのははあの少年の仲間のはずだ。だが、彼とはまったく違う何かを感じた。
彼女から感じたそれは、フェイトと同じ優しさだ。話し合いが必要だという彼女は、必死になって戦いを止めようとした。
もしいつもの自分なら、そんな言葉を信じられなかっただろう。その隣で、彼が一人顔を背けなければ。
彼は高町なのはとは違う人間だ。彼女とは何かが違う。そして高町なのはも彼とは違う、少なくとも彼よりは信用が置ける。

{普通じゃない、あれは・・・}

だが彼は別格だ、信用できないのではなくその選択肢が思い浮かばない。理性では絶対に負けたくないと思っても、自分の中の獣の本能は悟ってしまっている。
あいつには勝てない、あの男に勝てる訳が無い。あの濃厚な殺気に晒された時から、思い出しただけで足がすくむ。
身に染みついた硝煙の匂いと血の匂い、考えの読めない瞳の奥から感じる強靭な精神力と理解の及ばない狂気。
それが籠る殺害をも厭わない銃撃に晒される度に、本能のままに野良犬のようにキャンキャン喚きながら無様に逃げそうになるのだ。
それではダメだと押し込んでも、絶対に勝てないという本能の叫びは収まらない。

『怖いか?』

あのうすら寒さを覚える感情の読めない低い声が耳から離れない。あの時、自分は何もできなかった。
最初は気にもしなかったただのショットガンが怖かった、それを構えるあいつの真っ黒な瞳が恐ろしかった。
あの瞳から発せられる重圧が、自分を押しつぶそうとしているのを感じてそれに耐えられず泣き出しそうだった。

{今の私じゃ、あいつに勝てないのかい?}

「あぁ、勝てない。今のままじゃ勝てっこない。」

何度目か解らない自問自答。何かが足りない、自分にはなくて、あいつにはあるもの。それはなんだ?わからない、何が自分には足りない?
揺るぎない信念の籠った眼差しと向けられた殺気、煙草の紫煙と向けられる銃口、思い出せば出すほどに恐怖が身を包む。
気を鎮めるためにアルフは足元からドッグフードの袋を手にとって、中のスナック状のドッグフードをガリガリと咀嚼して飲み込んだ。

{殺し殺されるなんて覚悟してた。なんで怖いんだ?いや、怖いのは当たり前。死ぬのは、誰だって怖い。
解らない、あたしだって使い魔のはしくれだ。あんな、魔法も使えない奴が怖いなんて――――}

コップの水で喉をうるおし、一息ついてため息をつく。考えに耽っていると、寝室のドアが音もなく開いた。

「アルフ、おはよう。」

「フェイト、おはよう。」

この部屋のもう一人の住人であり、ご主人様のフェイト・テスタロッサはまだ眠そうな表情でコクリと頷く。

「うん、ごめんね。ちょっと寝過ぎちゃった。」

フェイトはちょっと気まずそうに言うが、仕方のないことだとアルフは思った。
この頃ご主人様は無理し過ぎている。食事もほとんど取らず、ずっとジュエルシードを探しっぱなしなのだ。
それでは絶対にどこかで無理が祟る。大体この寝過ぎという言葉もおかしいのだ。

「そんな事無いよ。寝たのは2時だったろう?まだ6時なんだからむしろ寝てなきゃだめだよ。」

ストッパーとなる自分がいなかったせいで、彼女は自分の事を省みずに行動してしまっている。

「でも、母さんが待ってるから。」

これだ、アルフは内心言い表せぬ怒りを彼女の『母』に向けた。この子は『母』の期待に添いたくて必死なのだ。

「そうかい、ならまずは朝ごはんにしようか。と言っても、いつものベーコンエッグとサラダのメニューなんだけどね。」

表情は平静を保ちながらアルフは立ち上がると、キッチンに入ってその豊満な体にエプロンを身に纏う。
非常に露出が多い服を好む彼女がそれを着ると、見ようによっては男の夢の出来上がりだ。
そんな彼女は冷蔵庫からいつもの通り卵とベーコン、サラダボウルを取り出して、フライパンをコンロに乗せて火をつける。

「アルフ、私は大丈夫だから―――」

「ダメダメ、フェイトは育ち盛りなんだからしっかり食べなきゃ。それより、今日はどうするんだい?」

食パンをオーブンに入れ、焼き時間を設定しながら今日の予定を問う。

「ジュエルシードの大まかな位置は解ったから、後はその周辺に魔力流を撃ち込んで強制発動させるよ。」

「そうかい。なら、しっかり食わなきゃだめだね。」

熱したフライパンにベーコンを入れ、軽くあぶってから取り出し、卵を割る。
ジュ~と卵が焼ける音が、二人しかいない部屋にはやけに大きく聞こえる。
目玉焼きが出来上がると皿に盛りつけ、こんがり焼けたベーコンとサラダボウルに作っておいたサラダを盛りつけて完成だ。
最後に焼き上がったトーストを別の皿に乗せて、調味料の置かれたテーブルに着いたフェイトも前に置いた。

「後休む。日中はお休みにしないかい、その手の魔法は魔力が必要だし体力だって使うんだ。失敗も出来ないしね。
夜になってからでも遅くないだろ?どうせあいつら、昼間は学校なんだしさ。さ、あったかいうちに召し上がれ。」

「・・・・うん、そうだね。失敗できないもんね。ありがとう、アルフ。」

「いいって。おおっと、バターバター。」

フェイトはコクリと頷くと、トーストを手にとってアルフが持ってきたバターを塗ってぱくりとかじる。
自然と漏れた彼女の笑みに、アルフはその表情に安堵しながらも自身に足りないものがなんなのか思い悩んだ。

{あたしは、何が足りないんだい?}

それが無ければ、きっと自分は彼女を守れない。高町なのは達からも、あのクソババァからも。
自分はこのままじゃいけない、このままではいけないのだ。




第11話




高町なのはの元気がない。それはクラスの友人がこぞって思ったことだ。
最近病院を退院して、今日やっと無期限休校中の定期集会にも登校できるようになった栗林明人もそれを敏感に感じ取った一人だ。
ようやく町も元通りになりつつある、久しぶりにクラスメートも勢ぞろいした教室は活気だっていて彼女だけが目立っていた。
まるで彼女だけが別の世界に居るような、奇妙な存在感。それゆえに話しかけづらい、その上なのはは話しかけても上の空が多い。
親友であるアリサとすずかにでさえ受け答えはどこか上の空だ。その為今日は若干孤立気味だった。
いつもならアリサとすずかの次によく絡むようになり良くも悪くも自由気ままな名物爺臭達も、窓際にかたまって心配そうに見つめているのだ。

「今日の高町は暗いな。」

「今日?ここ4日間ずっとだ。」

水戸の言葉に、栗林は衝撃を受けたのか目をまん丸にしてなのはに視線を向ける。

「マジか?斎賀。」

「ああ。」

松葉杖をつく栗林に問われた洞爺もなのはに目を向けた。彼女は机に座り、物憂げに窓の外を眺めている。
その様子はいつもの彼女とは似ても似つかず、もの哀しささえ感じるほどだ。
いつもの彼女ならば悩んでもそんな様子はほとんど見せない、ここまでなのはよほどのことだ。
そんな見たこともない様子に普段からあまり話さない連中はともかく、唯一気兼ねなく話せる彼らもどうしたものかと悩んでいた。
その非常に微妙な空気の中、その空気をまき散らす張本人の机の正面にすずかを連れたアリサが立った。かなり息を高ぶらせてなのはの正面に立つがなのはは反応しない。

ダン!!

銃声ではない。アリサがなのはの机をたたいた音だ。それでなのははようやく気付いたかのようにアリサを見上げる。
こりゃまずい、誰もがそう思い沈黙を保っていたなのはの隣席の女子がアリサに声をかけようとするが遅かった。

「いい加減にしなさいよ!!こないだっから何しゃべっても上の空でぼうっとしてぇ!」

「あ・・ぁ・・ごめんね、アリサちゃん。」

なのはは口ごもりながらアリサに謝る。

「ごめんじゃない!!私たちと話してるのがそんなに退屈なら一人でいくらでもぼうっとしてなさいよ!!」

アリサは一気にまくしたててなのはに言い放つ。それに対してなのははなおさら顔に影を落とした。

「いくよすずか。」

「あ、ちょっとアリサちゃん・・・・・なのはちゃん・・・」

すずかはアリサを止めようとした後なのはに向き直る。その様子はどこか悲しそうだ。

「いいよ、今のはなのはが悪かったから・・・」

「そんなことないと思うけど・・・とりあえず、アリサちゃんは言いすぎだよ。少し、話してくるね。」

なのはは走っていくすずかの後ろ姿を見ながら言った。

「ごめんね・・・・」

その声はいつものなのはとは考えられないほど悲しみに満ちた声だった。
一連の光景に水戸は両目をつむり、腕を組みながら催促するように洞爺に言い放つ。

「見てられねぇな。斎賀、お前何とかしてやれよ。」

「なぜ?」

「あいつお前のことちらちら見てる。」

ため息が出る。しかしここで手を貸しても彼女のためにはならないし、彼女もそれを望まないだろう。

「これは彼女達の問題だ、俺が出る幕ではなかろう。」

「内心心配でたまらねぇ癖に。」

とぼけんな、と肩をたたく水戸に、洞爺は小さく舌打ちするしかなかった。心配なのは事実だからだ。
彼女はこの頃考え込みがちになって、ジュエルシード探しの時もどこか上の空になっているような時がある。
理由は想像するに難くない、温泉での一件であの子は命を掛けた戦闘の一端に触れてしまった。早い話が恐れを覚えてしまったのだ。
そのせいか最近あの子はジュエルシード探索においてあまり成果を上げられず、全く確保できていない。
そんな時に限ってジュエルシードが、地球側の反政府組織とテロリストの手に渡ってしまったという最悪の情報が四日前やってきた。
すぐさま月村は奪還部隊を編成し、目標を拿捕した反政府魔術結社および中南米系テロリストの拠点である隣町の港を攻撃した。
月村の厳戒態勢とこれまでの被害故に高まっていた政府の警戒で敵は動きをとりにくくなっていたのが幸いし、ジュエルシードが敵の本拠地に輸送される前に叩けたのだ。
激しい戦闘の末に敵を殲滅、負傷者を出しながらも海鳴郊外で確保されたと思しきジュエルシードを二個を奪還したがその戦闘になのはは参加していない。
作戦には参加していたがあくまで最後にジュエルシードを安全な状態で保管する役割で最初から最後まで後方支援だったのだ。
攻撃作戦には洞爺も参加し最前線で敵と交戦、命を掛けてジュエルシードを確保したのだがそれがかなり堪えた様だ。
これまで自ら最前線に立っていた故に、今回の件で自分は役に立っていない、苦労を掛けて足手まといにしかなっていない役立たずだと思っているのだろう。
そんなはずは全くないのだが今の彼女の精神状態は不安定で、思考が一度変な方向に行ってしまうとあれよあれよと拡大解釈してしまう。
そうならないために何か目に見えた戦果を出させてやるのが良作だが、あの子に血生臭い作戦をさせるわけにもいかない。故に心配なのだ。
追い詰められた彼女が実戦で途方もない過ちを犯すのではないかと。

「・・・・・・・」

「おい、どこいくんだよ?」

「便所。」

いってら~と栗林に見送られて、洞爺は廊下に出た。水戸の言う通り見ていられなかった。
あの中の良かった3人組が、こうも最悪な雰囲気を発するのは笑っていられる状況ではない。

{あの時もし撃っていたら、もっとひどいことになっていただろうな。俺とした事が、戦場に居過ぎたか。}

自然と制服のポケットに手が伸びて、中から懐中時計を取り出した。認識票と同じく、いつも持ち歩いている物だ。
官給品ではない私物、精工舎製の妻からの贈り物。戦場でもいつも持ち歩いていた、お守りのようなものだ。
定期的にネジを巻き、今も時を刻むその音色を聞きながら不意に言葉が漏れた。

「仲裁、か。」

本当の自分を隠した自分が、彼女達を仲裁する。
皮肉なものだ、軍人としての、大人としての自分を隠して接する自分が彼女達の仲裁をするなど。
しかし、やらなければならないだろう。やらなければ、彼女達は孤独になってしまう。
だが嘘を纏った自分の言葉が、彼女達にどれだけ届くだろうか。

{皮肉だな、彼女を騙して利用している俺が仲裁をしようなど本当に笑える。お前がいてくれたら、こんなことにはならなかったかもしれん。}

懐中時計をポケットにしまい、肩をいからせるアリサをなだめるすずかの前を通り過ぎて内心微笑ましく思える。
子供の面倒は嫌いじゃない、子供とはこうであるべきなのだ。少し助言する程度なら出来るだろう。
仲良く笑い、共に遊び、時に喧嘩し、仲直りする。それを繰り返して本当の絆というものは結ばれるものなのだ。
羨ましい、自分もかつてはそんな場所に居た。

{やらねばなるまい、俺も原因の一つだ。}

煙草が欲しくなり無意識にポケットを探るが学校には持ち込んでいない。廊下は教室と違って閑散としている分、不快な表情の洞爺は目立った。
人影もまばらで、未だに事故当時の様相が残っている。これでもまだ良くなった方だ、直後はもっとひどかった。
学級閉鎖で無人の教室は珍しくなく、他の生徒たちも陰鬱な雰囲気や慣れない環境、
昨日まで一緒に居た友人や顔みしりを失ったショックで、次々にノイローゼになり定期集会にすら来なくなって教室から消えていく。
さらには新人教師陣にもそれが伝染していくありさまだ。峠は乗り切ったとはいえ、彼らには辛い時期だっただろう。
人の『死』に慣れていない彼らにとって、これはあまりにも理解しがたい苦痛なのだ。

{教室は騒がしいのが居る分マシだが、これは相当マズイな。みな追い詰められている、これ以上負担を掛けるのは危険だ。}

「時間は掛けられん・・・ん?」

突然目の前に現れた扉に額をぶつけかけた。気が付けば、いつの間にか普段あまり来ないつきあたりの美術室の前まで来ていた。
まだ工作室を使う授業をする3年が多い3階になぜかある美術室だ。普段は5年生と6年生の美術学選択者と美術部が使用している。

{誰かいるな。}

ドアの窓から中に誰かいるのが見えた。学校である以上誰かいるのは当然だが、居るのはなぜか一人だけだった。
一人キャンパスを見ながら一人の少女。上靴の色からして、6年生だろう。別に珍しい事ではない、部活メンバーが絵を仕上げるために入り浸るのは普通だ。
だが、彼女は妙だった。見る限り、彼女は絵を描いているようには見えない。ただ書きかけのキャンパスを見つめたまま、右手にカッターナイフを握ってぼうっとしているだけだ。
失敗した絵をキャンパスを切り取るのに迷っていると考えれば怪しい訳でもないが、その姿が怪しさを醸し出していた。
丁寧に整えられた跡が見える黒色のロングヘアーは乱れ、衰弱しているように見える。
何をしているのだろうか?気になって見ていると、少女は唐突に立ち上がりカッターナイフの刃を出して自身の左手首に押しつけた。

{自殺か!}

「止めろ!!」

飛び込んで止めようとしたが木製のドアは施錠されていてノブを回しても開かない。鍵を開けている暇も、取りに行く間もない。
しかたない、洞爺は即断すると素早く3歩ほど離れ、ドアを思い切りけり飛ばして蹴り破ると中に駆け込んだ。
突然の破壊音にびっくりして振り向く彼女に飛びつくと、血の滴るカッターナイフを払い落しその腕を背中にまわして関節を決める。
関節の痛みに自然と伸びる両足を刈り、地面のうつ伏せに押し倒した。
彼女は酷く抵抗したが、衰弱して弱っている上に軍隊仕込みの技を決める洞爺から逃げられる訳もない。
少女の左手首に出来た切り傷から垂れる血液が床にたまるのを見て、洞爺はこみ上げる怒りをこらえて静かに諭した。

「何をバカなことをしている!!」

「離してよ、あんたには関係ないでしょ。放っといてよ、お父さんも、あいつも、死んじゃったのよ。二人の居ない世界なんて・・・・」

少女は虚ろな声で答える。死人の声だ、生きる希望を失った死人の声。子供がする声ではない。
どこも見ていないようなふらつく瞳から涙を流す彼女は、何も見ていない虚ろで虚しさすら覚える瞳で睨みつけてきた。
見ているだけでも痛々しく、哀しい。大体の事は予想できる、彼女もまた先の災害の被害者だろう。見慣れた瞳の色だ、戦場ではこんな瞳をした人間がたくさんいた。
抵抗する気も失せたのか、彼女は床にうつぶせのままブツブツと言葉をつむぎ始める。

「わたしと、やくそくしたのに、もウこなイノよ。あいつは、絵、描けナイノヨ。
オトウサンも、もう帰ってコナいの。シナセテヨ、ラクニサクッと死なせてヨ。」

「お断りだ。それで君が会いたい人が喜んでくれるとは思えんね。」

それをぴしゃりと断り、出血の止まらない左手首を持ち上げて自分の白のハンカチで傷口をきつく縛りあげる。見る見るうちにハンカチは赤く染まり、血が滲みでて滴り落ちる。

「どういう意味よ?」

「そのままの意味だな。今まで大切に育ててきた愛娘と大切な彼女が自分達に会いたくて自殺?二人にとっちゃ悪夢だろうよ。
君はそれで満足だろうが、二人は絶対満足などしてはくれん。きっと悲しむはずだ。それとも何か?君の枕元に二人が出てきて、こっち来いと誘ったか?」

「・・・・・・・」

「娘の死など望む親がいるものか、道連れなど望む恋人がいるものか。命を粗末にするもんじゃない。胸張って会いたければな、精一杯生きてからにするんだな。」

「ふざけんじゃないわよ、私の気も知らないで勝手なこと言わないで。あんたに私の何がわかるのよ。」

{まずいな。}

なんだなんだと廊下が騒々しくなってきた、窓の割れた音と怒声が響いたらしい。
若い女性教師が室内に飛び込んできて、室内の状況を見て唖然とし、やがて小さな悲鳴を上げた。
腰を抜かして、血で染まったハンカチに目を奪われてしまっている。その情けない教師の姿に洞爺は嘆息しながら命令口調で命じた。

「おいっ!早く救急箱を持ってこい!!それと病院に連絡!!」

「は、はい!」

教師は飛び上がるように立ちあがると、美術室の奥にすっ飛んで行き救急箱を持って戻ってくる。
プラスチックの箱を開け、中から消毒液とガーゼ、包帯を取り出して応急処置を手早く施した。
上腕を包帯できつく縛って血管を圧迫し、傷口を消毒してガーゼを当てその上から包帯を巻く。

「だ、大丈夫なの。」

「カッターで左手首の静脈を切ってる可能性がある、早急に適切な治療をしなければ保障できない。」

震える声で問う女教師に、出血で赤く染まり始める包帯を縛る洞爺は毅然と答える。その言葉に、少女は嘲るような声色で言った。

「私の苦しみなんて、解らない癖に。偽善よ、あんたのやってる事はただの自己満足の偽善だわ。」

「なんとでも言え、善でも偽善でも何でも結構。誰か、保健係は居るか!」

「俺、俺保健!」

「そいつらをどかせ、邪魔だ。保健室の方でひとまず応急処置を施す。先生、救急ヘリを呼んでください!」

「へ、ヘリ!?」

「陸送では間に合わん、早急に止血して輸血しなければ命に関わる。」

「で、でもそんな簡単には、校長に相談を、それにヘリが病院にあるかなんて・・・」

「そんなことしている暇があると思うか!海鳴総合病院ならドクターヘリに加えて陸自のヘリがある、まだ緊急時に備えて駐機しているはずだ。
さっさと連絡してそいつを呼んで来い、これ以上死人を増やしたいのか!」

「わ、解りました!」

「宇都宮!水戸!いるんだろう!こっちに来て手伝え!!」

先生とぽっちゃり系の男子は踵を返すと、人込みをかき分けて職員室へと駆けだしていく。
とにかく今はこの子を助けることが先決だ。洞爺は衰弱しきった彼女を背負うと、昇降口に向けて歩き出した。
戦場で幾度となく傷ついた戦友を担いだ時と同じように、なるべく揺らさず、だが足早に廊下を歩いて、保健室へ向かって廊下を歩いて行く。
すると、人垣をかき分けて走ってきた宇都宮と水戸が洞爺の横に並んだ。

「斎賀、来たぜ!」「呼ばれてなんじゃこりゃ!」

「よく来てくれた、校長達に所に行って事の説明を手伝ってきてくれ、校長はともかく教頭や他の先生がなに言いだすか予想が付く。
渋るようならそいつら全員まとめて保健室に四の五の言わさず連れてこい、俺が解らせてやる。全責任は俺が負う、行ってくれ。」

「「おうさ!」」

二人は頷くと、全速力で廊下を掛けてゆき角を曲がって消える。それをどこからか聞いていたのか、背負っていた少女が感心したような声色で行った。

「まるで映画の軍人みたいね。」

「実はその通りなのでね、おじさんこう見えても軍人なんだよ。」

茶化すようにして返すと、少女は初めて生気のある表情でどこかおかしそうに笑った。

「思い出した、噂の元傭兵でしょ、人殺しの癖に他人を助けるのね?ねぇ、私のお金全部上げるから殺してくれないかしら?」

「お断りだな、必要のない殺しはしない主義だし人殺し故に命の重さもその軽さも知っている。言っただろう?君が死ぬのを願う奴などいない。
死んだところで君がまた周囲に悲しみを振りまくだけだ、君は友人や母親に自分が感じた悲しみを与えたいのかね?
俺は兵士だ、君の言うとおり人殺しだ、だが親友や知り合いに置いてかれる寂しさってのはよく知ってるんだ。
悲しいだろう?寂しいだろう?最後はもう訳解らなくなって叫びたくなるだろう?俺もそうだ、状況は違ったがね。」

少女は押し黙って答えない。きっと心の中で葛藤しているのだろう、この子もまだまだ幼い子供なのだ。

「大丈夫だ、君はまだまだ頑張れるさ。バカやってる俺がやっていけるんだ、君なら楽勝さ。」

「そこまで言われちゃうと、ホントに私、バカみたいじゃない・・・」

「あぁそうだ、君はバカだよ。この大馬鹿もん。」

「年下の癖に、生意気・・・」

彼女の言葉はやがて小さな嗚咽の中に消えた。彼女は泣いていた、年相応の子供のように。
声を噛み殺して、嗚咽を繰り返しながら悲しみと寂しさを曝け出す少女に洞爺は優しく包むように背負い直した。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




アリサ・バニングスは今日、途方もなくイライラして、怒り狂っていた。理由は1つ、親友の隠し事だ。
今まで我慢してきた、相談してくれるだろうと信じてずっと我慢してきた。だがもう限界だ。
あの悩んだ表情はなんだ?あの苦しそうな表情はなんだ?あんな風になっているのに、なんで相談してくれないのだ?それが見ていて嫌になった、凄く腹立たしかった。
別に何でもかんでも包み隠さず話せという訳ではない。ただ悩んでいるのに相談しようとしないあいつに怒っていた。
どうしようもないのに一人で悩んで傷ついて苦しんで、なのに誰の手も借りようとしない彼女が見ていられなかった。
もう我慢できない、何が何でも聞きだしてやる、アリサはすずかの制止も聞かずに行動した。
屋上のドアを開け、二人は屋上のフェンス前のベンチに座る紺色ジャージを着た彼の前に歩み寄り立ち止まる。
周りには誰もいない。この頃、町を見ながら食事をする子供はほとんどいなくなった。みんな先の災害の事を思い出したくないのだ。
自分達もその中の人間で食事は教室で取っていた。そんな中でも彼は屋上でフェンスの向こうの町を眺めながら、ひとりベンチに座って弁当を食べていた。
弁当箱は同じだが、以前のような質素な中身ではないさまざまなおかずの入った手作り弁当。
それを一人パクつきながら、傷跡の残る町を見てどこか物憂げにしている。何を考えているのか解らない、いつものどこか遠い所を見ている視線でただ弁当を味わって食べている。
その手がピタリと止まり、麦茶のペットボトルを手に取って一飲みしたと思うと唐突に声をかけてきた。

「珍しいな。近頃はここに来るやつはいなかったんだが。」

「洞爺、話があるの。」

彼、斎賀洞爺は唐揚げを口にふくみながらコクコク頷くと白米をかっ込む。
それを麦茶で流し込むと、空になった弁当箱を鞄にしまって立ち上がった。

「いったい何の用だ?」

洞爺は腕を組みながら、いつも通り大人びた口調でアリサとすずかに話しかけた。
元兵士という経歴の所為か、元々肝が太いのか、ほんの少し前に自殺を阻止した人間とは思えないほどいつも通りだ。
妙に深みのある低い声に、人生経験豊富な大人のような風格が感じられる穏やかな口ぶり、まったくもっていつも通りだ。

「あんた、なのはが悩んでいること知ってるでしょ。」

「見ていればな。」

違う、そうじゃない。いつもの口調で言葉を連ねる彼に、アリサは怒りがこみ上げる。
もう既に解っているのだ、こいつがなのはの悩み事を知っていることくらい。

「誤魔化さないで。あんた、なのはが悩んでるその内容を知ってるでしょ!」

「知っていたら?」

「話しなさいよ!全部すべて洗いざらい!!」

アリサは命令口調でまくし立てるが、洞爺は首を横に振る。

「生憎、君に話せる情報を持っていない。」

「嘘よ!!あいつはときどきあんたのこともみてるわ、何か知ってるんでしょ!!言いなさい!!!」

アリサは彼の制服の胸倉を掴むと一気にフェンスに押し付けた。
洞爺は抵抗もせずにそれを受け止めながら、まっすぐとこちらの目を見つめてくる。
その見透かすような底の見えない瞳に、アリサはたじろぎそうになった。

「なぜ喋らねばならん。」

「決まってるじゃない。知ってれば一緒に悩んであげられるし助けられるからよ!」

「あ・・アリサちゃん、落ち着いて。」

「煩い!すずか、あんたは平気なの?なのはがあんな風に悩んでて平気なの!?」

まくしたてるアリサをすずかが落ち着かせようとするが、アリサは耳を貸さない。
むしろ今の彼女にも怒りをまき散らしそうだ。彼女もまた隠しごとをしているのだ。

「なのはは・・・何度聞いても私たちに何も教えてくれない・・・悩んでも迷ってもいないって嘘じゃない!!」

「どんなに親しい友人でも、両親でも、言えないことはあるであろう?俺は確かに理由を知っている、だが知ったのは単なる偶然だ。
高町が話したくない話ならば俺とて待つしかできん。待つことしかできん以上俺も話せんのだ。」

「それがむかつくのよ!!少しは役に立ってあげたいのよ!!!」

大切な親友なのだから助けたいのだ。悩んでいるのを助けてあげたい。それが悪いこと?ちがう。
それが親友の役目ではないか、悩んでいるのなら一緒になって悩んで解決法を探してあげる。
そうでなければ親友などとは呼べないではないか。

「どんなことでもいいから、何もできないかもしれないけど・・・・少なくとも!一緒に悩んであげられるじゃない・・・・」

「バニングス・・・・・君は、高町が好きなのだな。」

「当たり前じゃない、私はあいつの親友なのよ!」

当然の言葉に洞爺は苦笑する。どこまで大人ぶる奴なのだろうかこいつは?アリサは内心歯がゆく思う。こいつの悪い所はこういう所だ、こうやってどこか一歩引いた位置を好む。
手の届かない所に居るみたいで、いくら近くに居て、見れて触れられても違う場所に居る人間のようで歯がゆい。

「君が彼女のことを良く考えているのは解った。だが、教えてあげることは出来ない。」

「なんでよ。」

「それは彼女が望まないし、何もできない友情は相手にいらぬ傷を付ける事もある。だが、助言をしよう。」

「助言なんていらない、言え。」

「そう焦るな、深呼吸して落ち着け。」

アリサは洞爺に注目する。彼の目はまるで困った少女に風船を取ってあげたオジサンのような優しい目だった。
不思議とイライラが募っていた心が落ち着く。洞爺は押し付けるアリサを優しくどかすと、身なりを整えながら言った。

「まずなんで高町が君たちに相談しないのか、その理由は考えたかい?」

「それは・・・」

「ふむ、その表情からして解っててやったようだな。悪くは無いよ、それ位彼女を心配していたってことだ。
だが、この問題は彼女が自分の手で解決せねばならん問題だ。君はそう言うのを経験したことは無いか?」

言葉に詰まったアリサは思わず目を逸らした。
ある。確かに、それはある。なのは達を巻き込めない問題、相談してはいけない問題だ。
そんなとき自分はどうした?相談をしたか?いや、しなかった。全部自分で片付けて、後で話しただけだ。
その時なのははどんな気持だったのだろう。気付かなかったのだろうか?それとも見て見ぬふりをしたのだろうか?

{違う、あいつも、同じだったんじゃない?}

同じだった。考え込んで、悩んでいる自分をずっと心配してくれていた。それは、今の自分と何が違う?同じではないか。

「じゃぁ、どうすればいいのよ?どうしたらあいつを助けられるの?」

「今の自分にできることをやってみろ。あんな風に怒ったりしないで、いつもみたいに接してやるとかな。」

「いつものように?」

洞爺は慈愛に満ちた瞳で優しげに頷く。

「ああ、高町はいつものように過ごす君たちと居ることで精神的な面では大きく助けられている。
高町を信じてやれ。悩みが解決すればきっと話してくれるだろうしな。」

「なのはを・・・信じる・・・」

「バニングス、親友とは、なんだ?」

「え?」

「君は高町の親友なのだろう?ならば解るはずだ。だろう?」

洞爺はそう言うと鞄を手に脇を通り過ぎる。階段の前まで行ってから、思い出したかのように振り返った。

「君たちのような親友がいて、高町は幸せ者だな。羨ましいよ。」

「何言ってるのよ!!」

アリサは上履きを脱ぐと、洞爺の後頭部に向けて投げつける。洞爺の額に上履きが直撃した。

「あんたも親友でしょうが!!勝手に自分を除外すんな!!!」

「そうかね・・・俺は失礼するとしよう。俺の助言をどうするかは君たちの自由だよ。
若さゆえの悩みを存分に悩みたまえ、それが青春というものだ。もし相談があるなら、いつでも受ける。」

「あんた・・・やっぱ爺ね。年いくつ?」

「さぁて?いくつかな?」

洞爺は意味深に笑うと、上履きをアリサに投げ返して屋上を去った。残されたのは二人だけだ。

「なによあの野郎・・・・」

「まぁ斎賀君、だしね。」

すずかはどこか楽しそうに微笑む、それにつられてアリサもまた微笑んだ。
なんだか不思議な気分だ、あれだけイライラが募っていた気持ちが今は凄く落ち着いている。
晴れやかとは言えないが、前よりも格段に良い気分だ。

「私って、ホントばかねぇ。なのはに謝らなくちゃ、やり過ぎちゃった。」

信じる、そのことを忘れていたのかもしれない。
情けない、親友親友言っていて、自分がその親友を信じ切れていなかったのだから。
本当に信じているのなら、彼女が話してくれるまで待つはずだ。

「すずかも、ごめん。ちょっと感情的になり過ぎてた、変なのに付き合わせちゃったわね。」

「ううん、いいよ。」

「ありがとう・・・っていいたいけど。あんた、これ予想してたんじゃないの?」

「な、なんのことかな~~?」

白々しく視線をあらぬ方向に向けるすずかに、アリサはジトッとした視線を向ける。

「ま、いいけどさ。でも、親友ってさ。別の仕事もあるわよね。」

すずかはキョトンとしてアリサを見つめる。そんな彼女に、アリサはいつも通り明るい笑顔で言い切った。

「親友にはさ。信じて待つほかにも、馬鹿なことしそうな親友を止めるって役割もあるでしょうが。」

だから今度は、本物の親友として行動に出よう。彼女を信じて、彼女を支えるために。

「あいつがなにしてるのか解んないけどさ。だけど、ただ待ってるだけはもう飽きちゃったのよ。」

にやり、とアリサは擬音が聞こえそうなくらいちょっと不気味に笑う。何か思いついた表情だ。

「だから、やるだけのことはやっちゃうわよ。」




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




夜、高町なのはとユーノ・スクライアは今日も町へジュエルシード探しに出ていた。
街灯と店の明かりで夜も明るく、人々の雑踏でにぎやかな町の通りを練り歩きながらジュエルシードの気配を探る。
だが、そんなユーノを肩に乗せるなのはは気もそぞろだった。集中しようとしても、色々な事が頭に浮かんで出来ないのだ。

{アリサちゃんに心配させちゃったな。}

自分の勝手な理由で親友を怒らせて、悲しい思いをさせてしまった。やってはいけないことをしてしまったのだ。
親友の怒った表情を思い出して自身の不甲斐なさになのはは唇をかみしめ、ふと後ろに目をやった。なのはの背中について、洞爺と久遠とサーシャと共に歩いている。

{なんで、斎賀君は平気なんだろう?}

自分はこんなに悩んでしまって、友人を怒らせてしまった。なのに、彼はそんなことはおくびにも出さずいつも通りだ。
彼も今日は自殺未遂の現場に居合わせて大変だったはずなのに、そんな事無かったかのようにふるまっている。
自殺に居合わせた時も、ショックでビビる教員にテキパキと指令を出し、まさに軍人のように行動したらしい。
その現場に居合わせた宇都宮は『まるでうちの母ちゃんみたいだった』と興奮気味に話してくれた。
やはり本物の戦場を生き抜いた人間は、普通の人間とは精神力が違うらしい。その強靭な精神力を、なのはは羨ましく思った。
自分もあんな風に毅然としていれば、親友をあんな風に心配させる事など無かったはずだ。

{でも、どうしてそんな風にしていられるの?}

自分はそんな風にしていられなかった。戦いになるととても怖かった、やらないといけないはずなのに動けなかった。
旅行の時もそうだ、洞爺から旅館が襲われるかもしれないと聞いた瞬間、足が震えて動かなくなってしまった。
自分が戦わなければいけないのに、そうしないと殺されてしまうのに、そう解っているのに動けなかった。
そんな自分がショックで、とても情けなくて堪らなかった。

「ねぇ、斎賀君。」

「ん?」

「斎賀君は、その、敵になったりしないよね?」

「え?」

ユーノがキョトンとしてなのはを見上げる、なのはは洞爺に問いかけて我に返った。
今、自分は何を聞いたのだ?なぜ、彼にこんなことを問いかけたのだ?

「いや、その、斎賀君が引っ越してきたのは、その、ジュエルシードが降ってきてすぐだし、
なんか、まだ友達になったばかりだったのに、こんなに手伝って貰っちゃってるし、なんか、おかしいなって、思ってたり・・私は、その・・・」

「なのはちゃん、それは、私達を疑ってるんですか?」

サーシャは悲しげに表情を歪ませる。

「あの、うたがってるわけじゃないんだけど、その、やっぱりちょっと出来過ぎてる感じがして、それに、斎賀君は、なんか、私とは違う気がするし、えと・・・」

慌てて弁明しようとしたがうまく言葉が見つからない。だが、なぜか彼を怪しむ言葉がぼろぼろとこぼれ出す。
駄目だ、これ以上言ってはダメだ、これ以上言ったら嫌われてしまう、迷惑をかけてしまう。

「あ、あの・・・その、わた・・・わた、し・・・・・」

言葉が出ない、声が震えて、言葉にしようとしても言葉が浮かばない。
だが洞爺はただ黙ってそれを聞いて、なぜか困ったように微笑んだ。

「なるほどね、そう思われるのは道理だ。俺は傍から見ても怪しいからな。君が不安に思うのも仕方あるまい。
だが、俺がこの町に引っ越してきた時期が今に重なったのは本当に偶然だ。命を掛けても良い、何の作為も無し、本当に偶然。
俺は彼女達の側ではないし、ましてや君たちのような魔法やらなんやらの世界の人間でも無い。」

「え、その・・・」

「嫌われると思ったか?それ位の警戒心は持っているのが普通だよ。君は良い子だが、少し献身が過ぎるのが欠点だな。」

「え?」

大人びた微笑を湛える洞爺になのはは、久しく感じたことの無かった抱擁感にうろたえた。見覚えのある笑顔だった、なぜか彼の微笑みは幼いころに面倒を見てくれた彼と同じ笑顔だった。
子供の頃に、両親に迷惑をかけないためにずっと我慢することを覚えたあの頃唯一我儘を言えて、本当の自分と言うモノを出せていたと感じられる近所のお爺さんの笑顔と同じだ。

「俺は怒っちゃいないよ、むしろ怒りたいのは・・・・と、これは踏み込み過ぎか。それよりもまずはジュエルシードだ、早く見つけなければ。ナガン、そっちは?」

彼は違う、でもどうしても重ねてしまう。優しい声も、笑顔も、自分を包んで守ってくれるような雰囲気も、違うのに同じように感じる。
どんなに辛くても優しく声を掛けてくれて、悪い事をしたら怒ってくれて、どんな時でも頼れたお爺さん。
遊んでくれて、遊び方も教えてくれて、友達の作り方も教えてくれた。そのお爺さんとおんなじ匂いがする。

「今のところは駄目です、いつもなら結構敏感なんですけど・・・以前の発動の際に巻かれた魔力の残滓が町中に残っているようですね。
まるでジャミングが掛ってるみたいですよ。祝融さんの方も、駄目みたいです。」

なのはからサーシャに向き直った洞爺は肩にかける竹刀入れと各種装備入りの地味なリュックサックとウエストポーチを揺らしながら唸り、
サーシャもその右隣の携帯電話を閉じながら首を横に振った。別働隊を率いる祝融も、まったく手がかりなしの状態のようだ。

「電波妨害?それとも魔力障害か?いやどっちもだろうな・・・ったく、道理で家のも調子が悪いと思った。さりげなくかつ目立たないように設置するのは苦労したのに・・・」

「うみゅ~~、だからおみみもへんなのか~~」

{斎賀君も大変だなぁ。}

何日か前に、知り合いから増員を受けて困った表情で謝る洞爺を思い出し内心苦笑する。彼もまた苦労しているのだ。
バックアップしてくれている『知り合い』には情報を渡すことで話は付いているらしいが、とんでもなく乗り気なのだという。
ユーノも限界だと感じていたのか、その増援を了承した。本格的にまずいと感じているらしい。
良い奴なのだがかなり不安だと、いつかの彼はぼやいていた。その姿が酷くおっさんぽかったのは触れないでおこう。
そんなおっさん臭い彼の横で、久遠も買い物かごを引きずりながらあちこち動き回ってはきょろきょろ見回している。

「な~い。ここにもな~い・・・・どこだろう?」

「こら、やめなさい。」

挙句には植え込みを覗き込んで久遠は探している。それを見た洞爺は苦笑して久遠を植え込みから連れ戻す。
まさに草の根かき分けて、を地で実践する久遠に周りの大人たちも微笑ましげに笑い、ふとサラリーマンらしい男性が腕時計に目をやって慌てて走って去っていく。
それを見たなのははビルに映し出されるテレビの時計を見て、門限が近いことを知り悔しそうにうなった。

「う~ん、タイムアップ。そろそろ帰らないと・・・」

「大丈夫だよ、僕が残って探してみるから。なのはとサイガ達は先に帰っててよ。」

なのはは頷きながらも心配そうにユーノに問いかける。

「うん、でもユーノ君平気?」

「平気、だから晩御飯取っといてね?」

「もし晩飯がとれなかった時は家に来ると良い。夜食程度は用意してやろう。」

意外な申し出に、ユーノは洞爺を見て首を傾げる。

「料理できるの?」

「これでも俺は自炊派なのだ。食材だって買い込んでいる。」

そう言って久遠から買い物籠を受け取って蓋をあけると、中には食材が入っていた。
ジャガイモやニンジンを始めとして野菜と、牛肉のパックが詰め込まれている。

「もっとも、今日はどこかで外食だがね。」

「君は真面目の探していたのか?」

「言われるまでもない。もしかしたら外ではなく屋内に紛れたかもしれないであろう?その探索中に丁度タイムセールがあったのでな。ついでに買っただけさ。
衣類も食料も安い時に買い込むのは常套手段、大安売りの叩き売りなら値切りもできたが商店街じゃないとうまくは行かんな。」

「頑張りましたよね~~久遠ちゃん。」

「がんばったよね~~さーしゃおねーちゃん。」

何をがんばったのかは言うまでもない。タイムセールの厳しさはなのはもよく知っている、昔からセールの時間は飢えた狼と家族を養う者達がしのぎを削る戦場なのだ。
二人仲良く頷き合うサーシャと久遠をバックに、洞爺は蓋を閉めて表情を引き締める。

「ユーノ・スクライア、俺がしとめそこなったあいつらも動いているであろう。十分気をつけたまえ。
ついでに保健所にもな。ここ一帯には『野良お喋り卑猥型フェレットもどき』なぞ繁殖していないのだからな。」

「いい加減それ言うな!!」

「現実であろう?」

洞爺の含み笑いにユーノは怒りを覚えながらもこの頃毎日のことなのでため息をつく。
なぜか彼と言い合いをすると、いつも簡単に踊らされて遊ばれてしまうのだ。
そんなこいつらは相当仲が良いと思っているなのはである。
ユーノはなのはの肩から降りると手を振ってから、路地裏へと走り去る。

「高町、友人からの『メール』とやらを見てみた方がいい。きっと吉報が待っているだろう。」

洞爺はなのはとの別れ際にそう言うと久遠を連れて近くの横断歩道を渡り、道路の向こうのファミレスの扉をくぐった。
なのははその言葉に疑問を抱き、携帯電話を開いてメール欄を開いた。2通のメールが届いていた。

「アリサちゃん、すずかちゃん!?」

メールは紛れもない友人のものだった。あわててそのメールを開く。
そこに書かれている内容を見て、なのはは読むたびに心が晴れていくのが解った。
今日の二人の謝罪から始まる励ましのメール。それを読み終え、なのはは目にたまった涙を拭いて心の中で感謝した。

{ありがとう、アリサちゃん。ありがとう、すずかちゃん。}

そして、ふたつのメールにあった同一の名前が入った追伸文、彼女たちを説得した張本人。

{ありがとう、斎賀君。}

ファミレスの窓から見える洞爺に向けて感謝をこめて頭を下げた。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「仲直りできたみたいですね。」

「そのようだ。」

「なにがそのようだ、ですか。」

ニヤニヤとと生温かい視線を向けてくるサーシャに背を向けて、ウェイトレスに案内された窓際のボックスにドカリと座る。
走って家に向かっていくなのはの後ろ姿を、見送りながらメニューを手に取った。久遠とサーシャも各々座りながら同じようにメニューを手に取り、速攻で久遠が注文ブザーを押した。
この間約3秒、あまりの速さに厨房に戻ろうとしていたさっきのウェイトレスが踵を返して戻ってきた。

「ご注文は?」

「ひがわりおこさませっととおこさまドリンクバー。」

「新鮮山菜サラダとヒレステーキのライスセット、ご飯の大盛りで。」

「とんかつ定食。」

長方形の電卓のようなモノを取り出して入力していくウェイトレス。内心あまりの速さに驚いていたが、鍛え上げた営業スタイルは一ミリたりとも崩れない。

「はい、ご注文をご確認させていただきます。日替わりお子様セットをお一つ、お子様ドリンクバーがお一つ。
新鮮山菜サラダがお一つ、ヒレステーキAセットライス大盛りがお一つ、とんかつ定食がお一つ。以上でよろしいでしょうか?」

「はい。」

「かしこまりました、少々お待ち下さい。」

一礼して去っていくウェイトレスに手を振り、久遠は立ち上がってトテトテとドリンクバーに向かう。
台座を使って子供用のプラスティックコップにコーラを注ぐ姿を見ながら、サーシャはにへら~と表情を崩した。

「かわいいですね~~~」

「うちの自慢の子だよ、久遠は。」

「まだ妹にして1月ちょっとくらいしか経ってませんけどね。」

「戸籍でも時間的にもな。俺がしてやりたくてやったことだ、後悔はせんよ。」

「クールに決めてますけど、にやけてて台無しですね。」

ほっとけ、と頬を赤くする洞爺にサーシャは楽しそうに笑う。

「人間の兄に妖怪の妹、仲が良ければいいじゃないですか。」

「くくくっ、そうだな。いつかヨボヨボの俺が車いすで若々しいこいつに押される日が来るかもしれんな。」

「そうなってほしいものですね。」

妖怪と人間の寿命は違う、人間は長生きしても妖怪のそれには及ばない。洞爺が言った未来図もあながち嘘ではないのだ。それまで生きていればの話だが。
妖怪は寿命という面では確かに人を凌駕しているが、平均寿命と言えば人より多少長い位でしかない。近年の場合何らかの要因で200歳になる前に死ぬ。
大抵は事故だが、反政府側組織に分類される退魔組織や魔女狩り一派などの差別組織による殺害されるケースもある。
妖怪などの種族は年を重ねるごとに力が増すタイプが多く、それ故に何もしていないのに退魔組織などに勝手に眼の敵にされたりすることも多いのだ。
政府が介入を始めて早60年ほど、政府側では法秩序の整備でそういった事例は少なくなったがそれでも反政府側組織は今でも執拗に行う。
そういった事例の際は政府も警察が張り切るが、その奮闘虚しく保護対象を殺されてしまうこともあるのだ。
そして政府側でも防げないのが事故死である、実験の失敗や魔力暴走を始め、交通事故や列車事故など科学の発達により威力を増し始めた事故は年を重ねた妖怪でも軽く殺す。
特に夜行性で、まだうつらうつらしている中どこかに行こうとして道路を横断しようとした途端車に跳ねられるケースが多い。
最近ではちょっとした旅行に行こうとした土地神様が最寄りの駅で偶然駅を通過する最新型新幹線に気を取られ身を線路に乗り出して足を踏み外し転落、
そして速度を落とさず通過する新幹線に真正面から跳ねられ文字通り四散し挽肉と化して死亡した例もあったりするのだ。
それだけ不意の事故というのは妖怪にも人間にも恐ろしい存在なのである。
通説では160歳前後が寿命と言うのが通例で、それを乗り超えても、そこからさらに歳を重ねていける妖怪はほんの一握りだ。
小説やライトノベルでざらに登場する400や500と言った年齢の妖怪は数多く生活しているが成れるのはそこまで多くない、それだけ生きる世界は厳しいのだ。

「とうや、なんのはなししてたの?」

「お前は将来別嬪さんになるだろうな、とな。」

コップにコーラをなみなみと注いで戻ってきた久遠に、洞爺は何気なしに頭を撫でる。

「うん!くおん、おっきくなったらとうやみたいにむきむきになるの!!」

ワシャワシャと頭を撫でていた彼の手がビデオの一時停止のごとくピタリと止まる。空気が凍るとはこのことか、二人は改めて子供の純粋さを思い知った。何せムキムキである。
子供は身近なモノに憧れると言うが、だからと言ってこのムキムキ野郎に憧れるとはいかがなものか?

「久遠ちゃん、久遠ちゃんはきっと綺麗な女の人になると思うわよ?」

「そうだな、きっと桃子さんやこいつみたいな綺麗な人になると思うぞ。」

「へ!?いや、そんな、綺麗なんてそんな・・・えへへ。」

「ぶ~~、ふたりまでせんせーみたいなこという~~」

「先生、まさか、近所の幼稚園の先生にまで?お前また一人で行ってたのか。」

「うん!くおんはおおきくなったらとうやみたいなむきむきでつよいおとなになるの!そしてね、こまってるひとをたくさんたすけるの!!」

保護者の洞爺が額を押さえて問うと、久遠は元気良く頷く。夢としては悪くない、むしろとてもいい夢だろう。

「でもそのためにはまずはからだをきたえなきゃだめなの。だからむきむきになるの。おなかもむきむきになって、おっぱいもむっきむきのそーこーばんみたいにするの!
うでもおっきなきみたいになって、あしもだいこんもにんじんにみえちゃうくらいきんにくもりもりになるの。」

幼女心純度100%の女を捨てる発言を除けばだが。未来予想図が完全にプロレスラー顔負けのマッチョマンである。

「・・・・どこで教育を間違った。」

現実を直視しつつそれに愕然とする洞爺は完全な父親の風貌であるが、子供がそれをやっても甚だミスマッチである。
ただし彼の教育は間違ってはいない、ただ久遠の純粋なあこがれが『強くて優しい洞爺』になっただけなのだ。
どんなに怖い相手でも決してあきらめないで戦う彼の姿が、とても印象深く久遠の目に残っただけである。
そして彼はマッチョなのである、レスラーやボディビルダーのような体つきではないが、血反吐を吐くような訓練と実戦で鍛え抜かれた兵士の肉体なのだ。
生前と言うのもおかしいが、その肉体の縮小版といえる今の身体は十分筋肉モリモリである。
加えて久遠はゲームやアニメが大好きなのだ。それが『現実ではない』というのも良く解っている、伊達に深夜アニメまで網羅していない。

「む~~、しょーたのかめんらいだーとか、けーちゃんのおひめさまとかよりもずっとげんじつてきだもん。なれるもん。」

「いや現実的すぎるよ久遠ちゃん、もっと夢を見ようね。」

「うぅ、俺はどこで間違ったのだ・・・」

「ぶ~~いいも~んだ。たっちゃんもいっしょだからいいも~~ん。」

「誰だそいつは。」

「どうし!」

嘆く洞爺はただのおっさんと化していた。切実な声色だが、今の彼は子供である。ぶっちゃけ不気味すぎる、外見と表情の年季の差が甚だミスマッチだ。
そんな空気を破るかのように、ウェイトレスが頼んだ料理を乗せたカートを押してやってきた。

「お待たせしました、ごゆっくりどうぞ。」

各々の頼んだ食事がテーブルに置かれ、しばらく無言の食事の時間が過ぎる。

「しかし見つかりませんね、ジュエルシード。」

サーシャはヒレステーキのライスセットのライスをパクパクと食べながら残念そうに言った。
この頃ジュエルシードは数が少なくなった上にほとんどが休眠状態なのかなりを潜めてしまっている。

「もしかして、もうまちにないのかな?」

久遠がお子様セットのチキンライスをハムハム食べながらぽつりと答えた。

「あり得るかもしれんな。となると、あとは海か。」

洞爺はとんかつ定食のキャベツにソースをかけながら肯定する。ジュエルシードの中には海に落ちた個体も存在する。
今まで後回しにしていたが、そろそろそれにも手をつける必要がありそうだ。

「海ですか、スキューバして探すのは手間ですよ。」

「海に落とした指輪を見つけて来いと言っている物だからな。これだと、逆に発動してくれた方が楽かもしれん。
船を出すにしても、この状況下では偽装漁船は中途半端だし夜間ならば大発くらいなら動かせるがその程度だ。」

「なんですか偽装漁船って・・・まぁ発動したら十中八九、巨大化した海洋生物を戦う事になりますね。」

「ん?確か猫鮫が居たな、ここの海。」

「ジーザス、猫鮫でもジョーズになりかねない。」

案外洒落にならないことである、ジュエルシードはそれだって可能にしてしまう可能性があるのだ。

「忍ちゃんが探知機か何か作ってくれないでしょうか?」

「回収できた次元航行艦の残骸から抜いた情報の解析で手間取っている位だ。ジュエルシードの解析は、いくら彼女でもまだまだ時間がかかるだろう。できたとしても間に合わん。」

彼女のマッドサイエンティストぶりはサーシャやなのは達から良く聞いているが、その技術をもってしても苦戦しているというのが現状だ。
その上彼女には大学生という身分もある、時間も無限に取れる訳ではないし彼女自身の体力だって無限という訳ではない。
どれだけ興味が引かれようともやることはやらねばならないし、適度に息抜きしなければ大抵は潰れたり思考が完全に停止したりして悪影響が出る。そんな状態で解析などできる訳がない。

「ですが真面目にそういうのが無いと海は無理ですよ。下手すると流されてるかもしれません、そうなると太平洋まで捜査範囲を広げないとなりませんよ。」

「ならいっそのこと、海に魔力でも叩き込んで無理やり発動させるか?」

「それいいですね。」

「たわけ、そんなことして複数のジュエルシードが発動したら目も当てられん。君は一人で2個の発動したジュエルシードを相手できるのか?俺は無理だな。」

「そ、装備があれば・・・・」

とても大丈夫とは思えない表情でサーシャは唇の端を引く付かせる。
彼女は一度ジュエルシードによって強化された妖怪と戦って部隊を壊滅させられているのだ。
絶対に無理だと心に刻み込まれているに違いない。

「あまり長期戦になるのはまずいし、あまり戦闘を派手にやるわけにもいかない。俺達はともかく、現状一般人にも大きな被害を出してしまっているのは知っているだろう。
しかも現状、この町にはどれだけ反政府側組織やらゲリラやらがたむろしているか想像もつかん状況になっている。今や海鳴は現代のバルカン半島さながらだ。
ジュエルシードが発動しようものなら絶対に大乱戦になる、そうなると収集を付けるのは非常に難しいし被害は避けられない。
大人はともかく、子供たちはかなり追いつめられている。これ以上何かあれば、あの子達が耐えられない。こっちの学校も自殺未遂者が出始めた。
幸い一命は取り留めたが、学内の雰囲気は悪化する一方だ。午後から早速ふさぎ込む生徒は増えてきているし、精神不安定になりつつある子どもも見られた。
教師にも動揺が広がりつつある、対応が遅れがちだしどこにでも居る阿呆はいつものように保身に走り始めてる。
皮肉なものだが俺の中東帰りの元傭兵なんて血生臭い設定がここで役に立っている、心置きなく指揮を執れるからな。
だがそれも長くは続くまい。教頭殴っちまったし、俺は一人しかいない。
今はまだいいが、次に起きれば対処のしようが無くなるほど多くなるだろう。そうなれば次には教師陣が崩れる、芋づるだ。」

「となると、その時の要は祝融さんの部隊ってことになりますね。」

「突発的な戦闘が始まっても、組織的に行動できる部隊は彼女達位なものだろう。
今町に布陣しているのは彼女達だけだし、歴戦の元傭兵部隊だ。高町や巫女さん達には悪いが、経験と格が違うな。
巫女さん達の能力はそれなりの物だが、彼女達と比べればまだまだだ。
高町は個人では人を越えるすばらしい戦闘能力を持っているが教練など受け取らんど素人だ。
身のこなしにはアラがあり過ぎるし誰かと連携を組むと言う事も出来ない。下手に連携を組ませれば、周りが見えずに味方を巻き込むことは目に見えている。
今のあの子はそれが幸いして、大火力ながら普通は行わない様なトリッキーな動きを身につけているがそれもいずれは通用しなくなる。
それを踏まえれば、現状最も高い戦闘力を持ち合わせているのは宇都宮達だ。あの部隊ならば、どんな状況でも安定した戦闘力を期待できる。」

なのはの名前が出た時、サーシャの表情に不満と疑問が走る。それを見た洞爺は、味噌汁を一端置いてサーシャを直視した。

「彼女の行動に反対しない俺に不満が?」

「はい、無いわけがありません。出来れば私達に任せてほしいものです。あの子はまだ9歳ですよ、中尉。」

「解っている。だが、状況はそれを許さん。」

思い出されるのは今まで巡った地獄の戦場。誰もが正義となり、誰もが悪となる、表の世界の非日常。
耳に残る銃声と砲声、兵士たちの怒声と悲鳴、地面を染める赤い血と動かなくなった人だったモノ。
充満した血と硝煙の匂いと、体に纏わりつく死の感覚を思い出しながら洞爺は再び箸を手に取った。

「ジュエルシードの封印には、最終的には彼女の力が必要だ。どの道、彼女はもう深入りし過ぎている。今から戻るのは遅すぎる。」

「・・・それは、間違っているんじゃないですか?まだ9歳ですよ。それに封印の術式ならばユーノ君にだって使えます。」

「確かに、彼女はまだ子供だ。普通の世界ならそれだけで免罪符になる。それを考えれば、ユーノが復帰した後は高町ちゃんを外すのも妥当だろう。」

とんかつを頬張り、モシャモシャと咀嚼しながら頬杖をついて箸で久遠を示す。

「だが、彼女が踏み込んだのは普通の世界じゃない。ここは戦場だ、それは表も裏も変わるまい。」

「それは・・・」

「俺は君たちの目線では語れない。だから軍人として言わせてもらう。戦場では、性別も、人種も、年齢も、何もかもが免罪符になりえない。
戦わなければ死ぬ時は死ぬ、殺されるときは殺される、兵士全員が良識を持っていて国際法を守ってくれるわけじゃないんだ。
例え奇跡的に模範的な軍人ばかり名戦場だったとしても、銃弾には無関係の人間を避けるなんてすばらしい機能は付いていない。
最初は子供らしい単純な気持ちで入ったのかもしれん、だがそれが通じる時間は過ぎた。彼女達が現れてしまったからな。
彼女もまた、それを無意識に感じ取ったのだろうな。彼女には別の目的も出来ている、引く気などさらさらないだろう。」

「建前ですね、しかもダブルスタンダードです。あなた自身、彼女が戦う事を望んでなどいない。」

お見通しです、と微笑みかけてステーキを頬張るサーシャ。そんな彼女に洞爺は、唇を固く結んでじっと彼女を見据えた。

「あぁ、その通りだ。子供を戦わせるなんて、虫唾が走る。腹が立つな。あんな力なんて無ければ、俺はここに居なかった。
こんなバカげた事件が起こる筈が無かった。あの子が戦う必要もなかった。そう思うと複雑な気持ちだよ。
俺にも娘がいるんだ、もう24と18だがあいつらにも高町くらいの年のころはあったんだ。その頃の二人が前線に立つ?ふざけるな。」

初めて、洞爺はサーシャの前で感情のままに言い放つ。怒りと嫌悪も入り混じったこの言葉がなにに向けられているかなどは考えるまでもない。

「だが、これは現実だ。世界は俺の知識以上にどこまでも皮肉で馬鹿げているようだがね。
こうしなければ俺たちはあの化け物とは戦えない。あの子はこの事件における鍵であり、切り札だ。この地球に限ればユーノをしのぐな。
あの子がいなければ我々はジュエルシードと対等に渡り合うことは不可能、俺たちは何も出来ず解らぬままに全滅だっただろう。
ユーノを代わりに起用したとしてもあいつはあの子のような持久力はない、そもそもあいつは地球の環境が体に合わないデメリットがある。
無理をさせればたちまち体を壊して行動不能になるのは目に見えている、それが原因であの子が巻き込まれたようなものだ。
最低の行いなのは自負している。恨むなら恨むといい、憎むなら憎めばいい、どう非難しようが蔑もうが構わんさ。背負うべき責任は負うつもりだ。
あの子は筋金入りの頑固者の目をしていた。例えあそこで突っぱねても自分勝手に動くだろう。
危ういものだ、あの眼は子供がしていい色じゃない。放っておいたら、きっと無自覚にとんでもないことをしでかす。」

「だからあの子の傍にくっついて、危なくなったらすぐ助けに入るんですか。お人よしですね。」

サーシャはくすくす笑う、久遠もつられたのかニコニコ笑った。

「言うな、性分だ。」

苦笑して洞爺は水を飲み干すと、無意識にポケットの手を突っ込む。ポケットに手を突っ込んで静かに考え始めた彼に、サーシャは内心心が痛んだ。
現実は彼女が考えているほど甘いものではない。そうやってなのはの言葉を否定するのは簡単だ。
だが、彼女の言葉を否定することはできなかった。なぜなら、サーシャ自身も、いつの間にかそんなモノになっていたのだから。
これまで最低の行いだとおもっていた行為を、平気でこなせるように。今、彼を騙しているように。
自分が彼と共に行動しているのは、彼のサポートという意味もあると同時に監視という意味も持っている。
どんな経緯があろうとも、彼も異邦人の一人に過ぎない。そんな人間を無条件で信用することなどできないのだ。
さらに付け加えれば、月村が巻き込んだも同然の本当に無関係なイレギュラーである。
そんな彼はこの事件の中で、件の問題元とのあいだになかなかおいしい立場と関係を手に入れる。利用しない手は無かった。
今回の事件で月村家は、彼を利用している立場にある。彼のバックアップと引き換えに、彼が手に入れる情報を入手しているのだ。
何かあった場合は切り捨てろ、そう冷酷な命令すらも受けている。失っても懐が痛まないどころか逆に潤う彼はとても使い勝手の良い捨て駒なのだ。

「俺には俺のすべきことがある。あの子にも、あの子のやりたいことができている。それを邪魔する権利は、俺には無い。」

「ダメだったら?」

「その時は俺たちが拭ってやればいい。子供の尻拭いは大人がするものだ。」

「都合のいいことで。」

「人間というのはそういうものだよ、程度はあるがな。」

自信満面に洞爺はにやりと笑う。彼もそんなことは百も承知なのだろう、そのための準備も万全だ。

「月村に伝えておいてくれ。戦いの事は任せておけ、だからそっちも頼んだぞ。戦いは前線だけではないからな。」

その笑顔に、サーシャは胸に辛いものを覚えた。彼は自分を信用してくれているのに、自分はそれに背いているのだ。
彼は月村家を信用しているのに、月村家は彼を騙しているのと同意義なのだ。
無論これは必要悪だという事は解っている、元々パッと出の彼を信用するなど月村の体面的にも出来ることではない。
知らない連中から見れば怪しさ満点の元少年兵を簡単に信用してしまう異様な光景でしかないのだ。
互いに利用し合う立場で、信用など無い間だったらどれだけ楽だっただろう。もっと割り切ることができればどれだけ楽だったか。

{なぜなの?どうして、こんな扱いが出来るの?}

だが彼女は未熟だった、軍人としても、その道を生きる者としても、例えアフガニスタンという地獄を経験してもなお変わらなかった。
割り切ることは不可能だった、今、自分は彼を裏切ることなんてできない。同じ軍人として、人として、彼を尊敬してしまっている。
たった一人、特殊な力も持たないのに、この世界に生きる人間でも無いのに、ただ一つの意志を持って銃を握る。
その家の人間の定め、宿命、そんなしがらみでは無く、自分自身の強い意志を持ち、護るべきもののために命を掛けて戦う。
きっとどんな相手だろうとも自分の折り合いがつけば損得勘定などせずに銃を握り、それを構えてたち向かうだろう。
たった一人でも最善を尽くして戦いに挑む彼は、今まで逃げてきた自分にその姿がどこまでも眩しくて力強く見えた。
最善を尽くすために準備を怠らないその後ろ姿に、どこまでもついて行きたくなる。隣に立ち、共に歩みたいとすら感じる。
なのに現状がそれを許さない。ひどい世の中だ、サーシャは久しく付いていなかったロシア語の悪態を内心でつぶやいた。

「そうですねぇ。すみませ~ん、ご飯のおかわりいいですか~~?」

「畏まりました~~」

「良く食うなぁ、食いすぎると運動してても太るぞ。」

「妖怪はあまり太りません。」

「羨ましい体だな、だが食い過ぎて動けんようになるんじゃないぞ?」

食わなければやっていられないですよ、と内心で愚痴る。
そんな内心を知らない彼は穏やかにそう言うと、再び活気のある外へと目を向けた。
平和な町の交差点を見る彼の目は、とても幸せそうだ。
実際幸せなのだろう、この平和に満ちた光景が、渇望していたそれがここにはあるのだから。
そんな彼を横目に、高校生くらいのバイトらしいウェイトレスからご飯の皿を受け取る。
だが次の瞬間、焦燥と驚愕に満ちた表情で振り返った洞爺の叫びにその平穏な空気が吹き飛んだ。

「伏せろ!!」

唐突な、そして子供が出すにはあまりにも大きな声に店内に響き渡る。
ステーキを一切れ差したフォークを片手にびっくりしたサーシャは、その時初めて店内の違和感に気付いた。
店内に自分たち以外誰もいない、先ほどまで居た残り香と人気がするのにいない。
次の瞬間、一斉に割れるファミレスのウィンドウと目をくらませる黄色い閃光にサーシャの意識はぷっつりと途絶えた。





あとがき
どうも、作者です。今回はつなぎみたいなもんです、各キャラの内心や行動と周囲の状況ですね。
そこ、うちの忍ちゃんはこんなんじゃねぇとか言うな。所詮主人公的役割はぽっと出でしかないんだから。
事実上の孤立無縁は仕方ないのですよ。それを許容してしまった彼もまた問題ありな訳ですし。
町はそれなりに復興しましたが、学校がマズい。少なくない犠牲者が出た分傷跡が深いです。
今回も飛び飛び描写で済みません。何とかしなければなりませんね、今後の課題です。

これからもこの未熟で拙い作品をどうかよろしくお願いします。by作者




[15675] 無印 第12話・前編
Name: 雷電◆5a73facb ID:b3aea340
Date: 2012/12/08 18:49




平和な町、洞爺はレストランの窓から活気のある外の景色を眺めながら今一つ腑に落ちない不思議な気持ちになっていた。
町の一部が壊滅するほどの災害に合いながらそれでも活気を取り戻しつつあるのは喜ばしい事だ。
被害が酷く復旧不可能と判断された区画の損失を補うかのように、いち早く復旧した商店が営業を活気良く行っている。
このファミレスのある通りもその一つだ、少し前までは荒れていたのに今はもうその影はない。
店には人が戻り、その店に来る人々はやってくる、車道には車が走り、歩道には人々が行きかう。
しかしまだその原因を取り除いていない、なのにもう何でもないかのように普段の町並みが蘇りつつある。
24時間営業のコンビニ、店じまいしつつある服や、信号待ちをする車列、歩道を行き交う一般市民達。
まだジュエルシードが散らばっていて危険だと言うのに、この町のほとんどの人は何も知らない。
それがとても不思議で、とてつもなく気に入らなかった。

{・・・さっきはああ言ったが、正直気が乗らんな。ここでまた戦う事になる、この町で、避難勧告すら出ていないのに。}

沸き上がる嫌悪感を押し殺し、ジャケットの裏に手を入れて胸ポケットに押し込んだ懐中時計に触れる。
今まで知らなかった不思議な世界を見た妙な感覚と、魔術側の姿勢に対する苛立ちを嫌悪感が増していく。
なぜ市民を避難させない、なぜ市民を巻き込んで戦闘を行う、何も知らない無関係の一般市民は守るべきだ。
眼の前の人々は何も知らない、日常の裏でどんな戦いが起きているか、その情報は意図的に隠蔽されてしまっている。
それがとても気に入らない、自分たちの勝手で隠しておいて、それでこのありさまだ。
すぐにでも銃を抜き、目の前のサーシャに突きつけて言える限りの罵詈雑言を吐きだしてやりたい衝動すら感じる。
それはやつあたりだ、この理不尽でくそったれな現実への怒りをまき散らしているだけで解決法にはならない。
目の前で白米を頬張るサーシャに罪は無いのだ、彼女は果たすべき役割を果たしていて咎められる理由は無い。
なにより自分も同じ穴の狢だ、自分こそ勝算を高めるために武器弾薬を運び込んで戦闘の準備をしている。
彼らの行動に異を覚えても、行動できないでいる自分もまた同じだ。

{また町が破壊され、無関係な一般人が巻き添えを喰らう。それだけは、絶対に避けねばならん。これは俺の我儘か?だが・・・}

この世界ではこれが普通で、それに違和感を持つ自分が異常なだけだろう。だがそれでも認められない、認める訳にはいかない。
自分は軍人だ、この国の平穏を守るために戦う矛であり、守るための盾。民間人を巻き込んでの戦闘など許せるはずがない。
昔からそうしてきたし、今までもそうだった。例え敵国人でも戦争に関わらない民間人は優先して守ってきたのだ。
そのために敵を何人と殺したし、味方を何人と死なせてきた。後悔もした、怨みもした、それでもこれまで貫いてきた。
それなのになんだこの有り様は?どれだけ自分を曲げれば良い?どんな言葉で謝ればいい?今の自分は何をしている?

{これじゃぁ、みんなに顔向けできないじゃないか。}

もし何も知らなければ、きっと自分も目の前を横切る親子のように能天気に過ごせていただろう。
だが知ってしまった以上の胸に走る釈然としない不快感と嫌悪感を拭う事は出来ない。
どう折り合いを付けたものか、釈然としないまま考えながらただ眺めていると歩道を歩いていた親子が立ち止まって空を見上げた。
親子の不思議そうな表情に、洞爺も空を見上げると空の様子が急激におかしくなり始めていた。

{空の雲行きが怪しい、こりゃ一雨きそうだ・・・まてよ、一雨だと?}

先ほどまで晴れていて星空が見えていた空が急に曇り始めていた。ただその曇り方が少々おかしい、まるで何かに集められているかのように渦巻いている。
今まで晴天から急に曇りになる様子は多く見てきたが、こんなふうにまるで何かに集められているかのように雲が増えるのは奇妙だ。
そもそも天気予報では今日も明日も晴天で降水率もかなり低いはず、外れたという事もあるがそれでもおかしい。
突然の天候急変に気圧も変わったのか、少々耳に違和感がした。これは大雨になるだろうか、と思った時思考に何かが引っかかった。

{耳?}

自分の耳に感じる奇妙な耳の違和感、耳の中に何かが引っかかっているようなそれをどこで知ったのか思い出す。
感じたのはここ最近、あの大災害の直後だ。それを思い出した途端いままでの陰鬱な気分が消し飛んだ。

{魔力を体に流した時と似ている、まさか!?}

脳裏に走る突拍子もない光景に洞爺は空を見上げた。空の雲行きは完全におかしくなり、黒雲が渦を巻き帯電を始めている。
何か来る、直感がそう告げ咄嗟に久遠の襟首をつかんで床に身を投げ出した瞬間、強烈な閃光と地響きが店内に響き渡った。
次いで爆音と爆風が吹き荒れ、強烈な爆風で窓ガラスが吹き飛び店内をしっちゃかめっちゃかにかき回す。
爆風で窓ガラスが全て割れ、酷く荒れ果てた店内で斎賀洞爺は耳鳴りのする耳を押さえながら、机を斜めに傾けたテーブルに背を預けた。
呆然と突っ伏す久遠の襟首を掴んで引きずって影へと移して、ジャケットの裏から十四年式を抜くと弾倉を少し引き抜いて確認する
すぐに弾倉を押し戻し、コッキングピースをつまんでスライドを引きながら僅かに顔を出して店内の様子に目をやる。
誰もいない、街灯と店の明かりが不自然に点滅する店内には生きている人間は見えない。
先ほどまでそれなりに繁盛していたはずの店内からも人が一瞬で消え去っていた。

「くそったれ・・・」

あるのは死体だけだ、イスに座ったままの客や店員が数人確認できる。結界に巻き込まれ排除される前に爆風と破片によって致命傷を負わされたのだ。
他の客の注文であろう料理が乗った台車に背を預けるようにして、営業スマイルを表情に張り付けたままの彼女はひどく無残だった。
眼の前でガラス片を全身に浴びて、左腕を根元から吹き飛ばされた上に体中に大小さまざまなガラス片が突き刺さっている彼女の息はすでにない。
まだ十代後半に見える少女から流れてくる温かい料理のソースやスープが混じりながら広がる血の匂いは、洞爺自身初めて嗅ぐにおいで咽そうになった。

「と、ととと、とうやぁ・・・」

何が起こったのか解らないという表情で床に伏せる久遠に、手でまだ伏せているように伝え、内心愚痴る。

{落雷攻撃だと?気象まで操るってのか、なんてことだ。}

十四年式を構え、窓から見える範囲をくまなく見回す。店の前の道路は酷い有様で、ほんの数分前の平和な景色から一変していた。
信号待ちをしていたであろう乗用車がさっき見た記憶とかわらない状態で並んだ状態で轟々と炎上し、次々と引火して火の川を作っている。
交差点の真新しいアスファルトが粉々に砕かれ、中心に250キロ対地爆弾が着弾したような大穴が道路に口を開けてもうもうと煙が上げていた。
炎上する車に乗っていた人間がどうなっているか、歩道の炎は何が燃えているかなど、考えるまでもない。
それを理解した途端、洞爺の頭の中で何かが沸騰した。恐怖ではない、理解できないからではない、純粋な怒りの所為だ。

「・・・やってくれたな、民間人もお構いなしか!!」

思考を焼く怒りと嫌悪に表情をゆがめ、頭をガリガリとかきむしる。何が結界だ、魔術だ、町中で勝手に戦争をおっぱじめやがって、ここは戦場じゃないんだぞ!
ふざけるな、なんでここで戦うんだ!これはただの無差別破壊と大量殺戮ではないか!ふざけるなふざけるなふざけるな!

{これだけはしちゃいかんだろうが!これだけは!!}

「サーシャおねーちゃん!とうや、とうや!」

「!?」

久遠の声に洞爺ははっとなってその声の方向へと目を向けた。滅茶苦茶になった通路に、サーシャが文字通り血まみれになって倒れていた。
サーシャの傍らに駆け寄ると、彼女をあおむけに寝かせて意識を確かめる。息はある、脈も正常だが外傷が酷い。
ガラス片が左半身に突き刺さり、肉を抉られた左側頭部からの出血が酷い。衣服もガラス片によってズタぼろになり、下着が見え隠れしている。
傷だらけになった自分の体を見下ろして、サーシャは力無く笑い声を上げた。

「あっはっは・・・情けないです、避けられませんでした。」

「生きてるだけマシだ。歩けるか?」

「はいぃ、これでも妖怪ですからね~~」

大怪我をしておいて演技でもこれだけ飄々としていられるのだから妖怪は凄い、と内心感心する。
自分でもこうなるとすぐには動けない、動けるようになるには時間とできれば治療が必要だ。

「頑丈な体に感謝だな、ここから退避しよう。いつ火に飲まれるか解らん、別の所で態勢を立て直す。」

「火に、飲まれる?」

洞爺の言葉をナガンは最初理解しかねていたようだが、ふらつきながらも立ち上がって表の惨状を見て無事な右手で口を覆った。

「酷い、なんてこと・・・」

「・・・・行こう、先導する。この先の銀行なら籠城に向いてる、シャッターを下ろせばしばらくは安全なはずだ。」

小銃が楽に2丁入るほどの竹刀入れから九九式短小銃を取り出し、手早く弾薬を装填するとそれを構えて店外へ出た。
道路に出た途端、燃え盛る乗用車が小爆発を起こした。火の手が燃え広がり、より大きな火柱が上がる。
その火柱が新しく乗用車を飲み込むのを見て、サーシャは泣きそうな表情で目を瞑った。

「俺たちではどうにもならん。」

「解ってます、解ってますが・・・」

奴らか、ユーノか、結界が張られているおかげで人の姿は無い。だが、車に乗っていた人間はきっと助からないだろう。
結界が解除された時、炎が燃え尽きていなければその人間は皆炎の中に放りだされる。
何が起こったのかも解らないまま炎に巻かれ、生きたまま焼かれるのだ。何も知らない、関係のない一般市民が。

「中尉、あの炎を消す手段は無いのでしょうか?今ならまだ間に合う。」

「曹長、君はどう思う?現状、俺たちにあの炎を消火する手段があると思うか?」

敢えて階級で問いかけられて答えに詰まり、ナガンが唇を噛んで俯く。市街地とはいえ、都合良く消火栓がある訳でも無い。消防署が近くにある訳でも無い。
そして自分の妖怪としての力も消火に適しているとはいえないし、久遠は幼すぎ洞爺は言わずもがな、不可能だ。
この火災の前に、自分達は無力。何も手を打つことはできない。それがどこまでも歯がゆく、悔しかった。
それは洞爺とて同様だった。どれだけ経験しても、歯がゆい物は歯がゆく、悔しい物は悔しい。だから、それ故にやらなければならないことは解りきっている。

「出来ないことに歯噛みする暇があれば、出来ることをするんだ。行くぞ。久遠、ナガンの手を引いてやれ。」

「うん。」

二人の雰囲気を察した久遠は、黙ってナガンの右手を取って歩き出す。銀行へはすぐに着いた、道中に敵の襲撃も何もなかったのだ。
銀行の自動ドアをくぐると、柔らかい電灯の明かりと共に無人のロビーが出迎えてくれる。
人工的な明るい蛍光灯の光と、ロビーのスピーカーから流れる静かなクラシック音楽がまるで何事もなかったかのように。

{この人間だけが突然消えうせたような不気味な光景は、この先何度も見ることになるだろうな。}

ロビーの自動販売機の受け取り口に置かれたままの紙コップから立ち上る湯気とインスタントコーヒーの匂いに顔を顰める。
先ほどまで人がいたその匂いがこの部屋には色濃く残っている、これほど不気味な事はない。
傷だらけのナガンを長椅子に寝かせて止血と応急処置を施し、鎮痛剤を投与しながら不気味さに手元が狂いそうになるのを抑える。
不安や恐怖は慣れ親しんだものだと思っていたが、自分のあずかり知らぬこの現象には戦場での経験は気休めにしかならない。
ガラス片は不本意だがまだ抜かない。抜くとより出血が酷くなる上、手元に有るだけでは応急処置するのが精一杯なのだ。

「モルヒネだ、これで少し楽になるだろう。」

「今までモルヒネなんて一回も打たれた事無いの、自慢だったんですけど。」

「そりゃ残念だったな。久遠、ナガンの傍についていてくれ。ちょっと見回ってくる。」

目を瞑るサーシャの横に座って頷く久遠の頭を撫でると、フロントまで行き従業員用電話の受話器を取る。

{ダメか、この分だと回線もやられてる。}

無音の受話器を放り捨て、フロントを乗り越えて手当たり次第に電話の受話器を手に取るがすべてダメになっていた。
直そうにも最新式の電話である以上回線も新式を使っているだろう、手の施しようが無い。
落雷攻撃の影響は思いのほかひどかったのか、煙を上げるノートパソコンを見て洞爺はため息をついて再びロビーに戻る。
その時聞き慣れない振動音のような音が、床に放置された血まみれのサーシャの上着から聞こえてきた。
久遠が脱がしたらしいそれの胸ポケットのふくらみが小刻みに震えている。

{携帯電話のバイブレーション?}

確か、家でその音が嫌に耳ざわりだったのを思い出す。
サーシャの上着のポケットから携帯電話を取り出し、二つ折りのそれを開いてぴかぴかと光るボタンに目を瞬かせた。
慣れない未来の機械に戸惑いながら、液晶に映し出された『宇都宮祝融』という文字を確かめる。

{え~と、確か、受話器のボタン、だったっけ?それとも・・・駄目だ、ごちゃごちゃ知ってよく解らん。}

「えぇい、ままよ!」

うろ覚えで小さな受話器のボタンを押して耳に当てる。

「もしもし?」

≪やっとつながった、サーシャ!まずいことになったぞ!!≫

「斎賀だ。サーシャは負傷した、いったい何があったんだ?」

≪洞爺かにゃ!?サーシャがやられたってどういうことだ!!≫

「取り乱すな!!」

耳が痛くなるような大音量に、洞爺は携帯電話を耳から遠ざけながら一喝する。
取り乱したいのはこっちの方だ、今にも堪忍袋の緒が切れそうなこの怒りはどうすればいい。

「敵の落雷攻撃が店の前に落ちたおかげで、割れた窓と爆風をもろに浴びたんだ。レストラン前の交差点は火の海だ。
至急こっちに衛生兵をよこしてくれ、たしかGPSとかいう機能で解るのだろう?それとそっちに被害は無いか?」

≪あぁすまない。こっちは大丈夫、攻撃地域からは離れていたからみんな傷一つない。すぐそっちにメイド隊のヤツらをよこす。
あんたも気づいただろうけど、さっきの落雷はどうやら広域攻撃魔術の一種らしいにゃ。
木原が言うには魔力の性質と波長から、例のフェイト・テスタロッサの仕業だと断定できるそうだ。≫

「あの子が・・・」

腹が立つ、無性に腹が立つ。久しく感じていなかった我を忘れそうな激情に、洞爺は怒りに任せて叫びそうになるのを堪えた。

「気象攻撃か、相変わらず何でもありだな。」

今は亡き家族と愛する妻、まだまともに話していない孫の顔を思い出しながら気を静めつつ皮肉気に答える。
これでも精いっぱい抑えた方だ、今でも愛している妻やどう接していいか悩む孫たちがこのような事が出来る才能を持っていると思うと複雑で仕方が無い。

≪相手は異世界人だにゃ、あたしらとは考え方が違うんだろうな。もしくは、映画よろしく私達の事を『人間』と見ていないのかもな。≫

「どこにでもいる人種差別者じゃないか、驚くことではない。他に何か解った事は無いか?出来る限り情報が欲しい。」

≪あともう一つ、この攻撃なんだが妙なことに私達を狙ったようには見えない。
この封鎖区域を中心に街全体を覆い尽くした結界内にまんべんなく魔力が広がるように撃ち込んでる。
大部分は閉鎖区域に落ちて一部は市街地を直撃した。だが損害が魔力の量にしてはあまりにお粗末だにゃ。
あんな馬鹿魔力を注ぎ込まれたら、こんな程度じゃ済まないはずだにゃ。まるで破壊力じゃなくて、浸透力を重視したみたいだ。≫

閉鎖区域とは、被害が激しくまだ一般の立ち入りが許可されていない地域の事だ。簡単に言えば危険地帯である。
特に以前大木が出現した中心地域は損害があまりにひどく、まだ瓦礫の撤去作業などの真っ最中だ。
そこ以外はそれなりに外見は整っているが、ビルの中には今さらになって倒壊する建物もあり時折前触れもなく道路が陥没するのだ。
当然現場で作業や警備についている陸自や警察官の負傷者や殉職者が絶えず、行政も頭を悩ます超危険地帯である。
さらにその閉鎖区画中心部とその周辺は高濃度の魔力によって汚染される汚染地帯というおまけつきだ。

「俺たちが標的ではない?ならなんで・・・・攻撃範囲内にジュエルシードに関する情報はあるか?」

「いや、今のところは何も無いって話だ。」

「妙だな、まさか・・・」

何も無い所に攻撃を打つ込むのはおかしな話だが、相手は自分たちよりも高い科学力を有している。魔術もしかりだ。
自分達の基準で考えればそれは不可解なことだが、彼女達の基準で考えればそれは違う事になるのではないか?
無論これは新しい魔術の試射実験で有ると言う事も考えられるのだが、これまでの相対で推測するあの子の性格からしてあり得そうにない。

「俺たちの考えてたことを市街地でしやがったのか。あいつら、町中に魔力を叩き込んでジュエルシードを強制発動させる気だ。」

どういう事だ?と問いかけてくる祝融に、先ほどまでの下らない雑談で出た事を説明する。
相手の意図が理解できたのか、祝融はあきれたような声色で答えてきた。だがその震える声は信じていないというわけではない証拠だ。

≪そんなまさか、秘匿性を考えてないのかにゃ?あの子達には私たちの流儀に合わせる理由が無いけれど、派手にやっていい理由にらならないはずだ。
派手にやればやるほど表でも裏でも警備が厳しくなる、成果が出なきゃ動きづらくなる一方だにゃ。≫

「こちらが捉えられなかったジュエルシードの反応を見つけたのかもしれん。連中の技術なら可能だし、奴らにはそのリスクを冒す価値があるのかもしれない。」

≪冗談じゃない、そんなことしたらまた町が大変なことになる!≫

バツン、と銀行内の明かりが完全に消えた。街灯の明かりはまだ消えていないが、辺りのビルの明かりがすべて消えている。
明りを確保するため雑納から月村から供給されたケミカルライトを取り出し、パキパキと折り曲げてチューブ内の薬剤を発光させながら言った。

「もうなってるな。さっきの影響で電気系統がいかれ始めてる。確か災害の影響で送電が絶たれた区域のための送電設備が設置されていたな。
おそらく何らかの影響があったのかもしれん、急がないとここ一帯の電力供給が完全に絶たれるぞ。」

≪最悪だな、そうなったら町は大混乱になる。≫

黄緑色に発光するそれを周囲を満遍なく照らすように配置しながら唸る。
そうなれば、目の前の交差点の惨状が拡大生産されることになるだろう。なぜなら、結界が解かれればその瞬間に日常が戻ってくるのだ。
町のあちこちで火が上がっているこの状況でそんなことになれば、満足な対策をする暇もなくも被害は広がる。
人々は混乱し、我先に逃げようとして、後に起こるのは大混乱。最悪の地獄絵図の完成だ、まったくもって笑えない。

「ヤツらとジュエルシードは高町に任せよう。あの子のことだ、もう行動を起こしているはずだ。
こっちは結界内における設備の復旧、出来ればあの子達の支援だ。俺は最寄りの中継設備を調べよう、そっちは頼む。
戦闘区域を隔離して、近隣の民間人たちを全員避難させるんだ。まだ同じことをやる可能性もある、もし何も見つからなきゃ範囲を広げてくるぞ。
それから結界内に取り残された民間人の捜索もしなけりゃならん。ヘリコプターを出せるだけ出してくれ、陸と空の両方から捜索及び救出するんだ。
あと半数は武装を最低限にして代わりに消火剤を積めるだけ積ませて消火作業にあたらせろ、いたるところで大火事になってる。」

≪そうだな、町の被害を押さえる方が先決だ。B、C分隊を援護に回す、あんたはB分隊と国道8号線沿いの中継地点に向かってくれ。そこで合流だ。
民間人の保護はC分隊にやらせる、ヘリも大至急要請しよう。だがヘリは到着まで時間がかかる、それは理解してくれ。≫

「解ってる、だが消火部隊は急がせろ。そっちは頼んだぞ、行動を開始する。通信終了。」

祝融ははっきりと答えて通話を切る。洞爺も携帯電話を閉じると、サーシャの手元に転がした。彼女はそれを拾い上げるとズボンのポケットに押し込み、小さく頷く。

「ちょっと出てくる、久遠を頼む。」

サーシャは頷くとバックの中に入れているはずのFN-P90ではなく、スカートに隠した右太もものレッグホルスターから旧ソ連製自動拳銃のマカロフPMを抜くとスライドを引いた。
いささか古いモデルの拳銃で使用弾である東側の9ミリマカロフ弾は、障壁を持つ魔導師相手には少々威力不足だが無いよりはましだ。
少なくとも抵抗は出来るし、障壁を張れていないかあるいは薄い所を狙えば勝機はあるだろう。

「お任せください。」

「お任せはいいが撃ちすぎるなよ?」

「了解です。バックの中のものも好きに持って行って下さい、役に立つはずです。」

「ありがとう、フラッシュバンをいくつか貰って行くよ。」

サーシャのバックからフラッシュバンとも呼ばれるM84スタングレネードを3つ取り出して、前に融通してもらったフラッシュバンを入れた袋に入れる。
非殺傷ながら眼潰しにも撹乱にも使える汎用性があり、自分達が戦争をしている間にこれがあればどれだけ楽になったか解らない位便利な代物だ。
袋をリュックに押し込むと、その手で紙製弾薬箱を一つ取り出してサーシャに向けて投げ渡す。

「これは?ずいぶん軽いですが?」

「試作貫通弾だ、PMでも使える程度だが装薬を増やしたホットロードだ。弾倉二つ分しかないからな。」

「作ってくれたんですか?」

「当り前だろう、君に死なれたらあの子が悲しむし俺も気分が悪い。」

中身は射撃訓練の際拝借した薬莢を再利用し、弾頭にちょっとした細工をしてある特殊弾だ。
元々は小銃弾用に設計したものを流用したため、拳銃弾では威力不足かもしれないが無いよりはずっとましだろう。

「ありがとうございます!それと、あの・・・」

「なんだ?」

「話したい事があります。あとで、良いでしょうか?」

どこか神妙な顔つきになった彼女に、バックから取り出した無線機の動作確認をしながら洞爺は表情を緩めて頷いた。

「かまわんよ、聞かせてもらおう。」

「ありがとうございます、その、洞爺さん。」

「おいおい、このなりでさん付けか?」

新型の軍用無線機を弄りながら、カーキ色の布たれ付き略帽を被り階級章をつけて軍装に見立てた私服に持てるだけの武器で身を固めた子供。
正直に言って今のこの格好では敬称で呼ばれるのはとても似合わない。
きれいに畳んでジャケットの内ポケットに入れておいた布たれ付き略帽をかぶりつつ己の幼い体つきを誇示するように見せつけながら言うと、サーシャは悲しそうな表情をした。

「駄目でしょうか?」

その切なげで物哀しさも感じる表情に自分の表情がわずかに歪むのがわかる。

「・・・場所を選んでくれれば構わんよ。久遠を頼む、救援が付き次第すぐに家に戻るんだ。」

「任せてください。」

未来の元ソ連軍の特殊部隊員にさん付けで呼ばれる、本当に世の中何があるか解らない物である。
そういえばここに来てからというもの妙に女性と縁があるな、ふとそう思った途端妻の黒い微笑みが脳裏をよぎって身震いした。
当時の出来事は今となってはいい思い出だが、理不尽だったことも変わりない。その純粋で一途な所に惚れたのだ、暴走して度を過ぎる所も可愛い所だが怖い物は怖い。
これは死んだら絞られるな、今は亡き妻の光の消えた瞳と絞られる恐怖にガタぶる震えながら洞爺は装備一式を手に銀行を後にした。




第12話・前篇




電源が落ちて非常灯が淡く照らす送電施設の室内、2人の女性が煙を吹く基盤を前に座っていた。
この施設は24時間誰かしら居るようにシフトが組んであるため、深夜でも人気は多い。だが彼らは明らかに会社員ではなかった。
各々の趣向を凝らした私服の上に武装を施し、手にはドイツのヘッケラー&コッホ社製アサルトライフル『G36C』を持ち、ナイトビジョン{暗視装置}を被っている。
そしてその体つきも技術者や会社員の一般的なモノではなく、アスリートのようにスラリとしながら筋肉質で逞しい。
煙をもうもうと吐く基盤に悪戦苦闘する片方に、もう片方が問い開けた。

「どんな具合だにゃ?」

「ちょっと待って・・・・魔力にやられてる、滅茶苦茶よ。こりゃ電力に変換された魔力が逆流したのね。」

白い煙が細々と上がる配電盤をみて、木村鶴は肩をすくませた。彼女は配電盤から基盤を取り外して、その焦げ付いた姿にため息をつく。
電流が逆流した影響で緑と金色で構成されているはずの基盤は真っ黒焦げになっていた。

「直せる?」

「時間がかかる。魔力波とさっきの落雷のエネルギーをもろに受けたみたいね、基盤は6割死んでるし、生き残った基盤も配線がいたるところで絶縁してる。
しかも逆流した電力がそこら中を駆け巡って変圧器をはじめとした機器を狂わせてる可能性も大きい、予備も例外じゃないわ。
完璧に復旧させるには、総取っ替えしなきゃだめね。今ある予備部品じゃ完全な修理は無理、完全にするなら少なく見積もっても二日ってとこよ。」

「今は5分でも時間が惜しいにゃ。」

「解ってる。生きてる基盤と予備部品を軸になんとかしてみる、最優先で街灯と信号機の電力は確保するよ。
だけど難しい作業になるのは覚えといて、主要送電ルートは当然使えないから送電は主要中継設備の非常用システムで通すしかない。
そっちまで御釈迦になってたらおしまいよ。周りを見張ってて、バッテリーと生きてる変圧器に通る電力目当てに変なのがよってくるかも。」

「解った、頼んだにゃ。ボロンスキー、電源が復旧し次第データベースをハックして市街の配電状況を調べてくれ。
そこから必要最低限の電力供給割り出して、それ以外は全てカットしその分を回せ。」

「お任せください。」

ボロンスキーと呼ばれたやや草臥れた黒のスーツに戦闘ベストを着たロシア系男性は、木原の脇にかがむと鞄からノートパソコンを取り出した。
二つ折りのノートパソコンを開き、立ちあげている間に鞄からケーブルを取り出してパソコンと配電盤付近の端末をつなぐ。
複数本の配線を繋ぎ終えると、パソコンのキーとパッドを数回操作した。

「OK、いつでも行けますよ。」

「うわ、速っ。こっちも負けてらんないね。」

「そっちは任せましたよ。こっちはシステムを組み上げます、供給ラインはお任せを。」

「3分で用意する、元電器屋舐めんな。」

「そちらこそ。」

ボロンスキーの言葉に、れんじゃ~とおざなりな会釈を返すと木村は再び配電盤に手を突っ込む。
彼女を残して祝融は非常灯以外消えた廊下に出ると、廊下には傭兵仲間たちが手持無沙汰で待っていた。
全員が全員、慣れない現実に余り馴染めないらしくいつもの精悍さが欠けている。
当然か、祝融は内心ため息をついてカスタムを施したG36Cを手に壁に背を預けていた欧州系の女性に話しかけた。

「ファル、様子は?」

「今のところは問題無しです。」

「セールは?」

「倉庫からまだ戻ってません。」

もう一人の部下はまだ倉庫で予備の部品をかき集めているようだ。彼は少々要領が悪い、まだ時間がかかるだろう。

「しょうがないにゃ、いつも通りに行こう。ボーレンとグレッグはここで警戒、セールが戻ってきたら中庭に来るよう伝えろ。
ヤン、カーティス、イノリッチは入口で見張りだ、セントリーとクレイモアも仕掛けろ。山田、秋山、長浜は駐車場方面。
ファリド、フランツ、ポー、ジェリコ、牧村、真坂、ウォレス、2階に上がってスリーマンセルで周辺警戒。
ハインツ、ヴォルスキー、リッチランド、マークス、狙撃ポイントを確保して襲撃に備えろ。
無理に生け捕りにする必要はない、我々の目的はこの送電設備の死守だ。発砲許可は既に下りている、降伏する者以外は殺せ。
私達の持ちうる火力を持って徹底的に叩きつぶせ、特別な奴らの胃袋を工場大量生産品の鉛玉でいっぱいにしてやれ。」

了解、と声だけは変わらない精悍さを持って仲間たちはそれぞれの分隊を率いて廊下の先に消えていく。
それを見届けると祝融もファルを連れて中庭に出るために休憩室へと向かった。休憩室には中庭に出る硝子戸があるのだ。

「来ますかね?異世界人。」

「来ないでほしいけどな。相手は異世界から来たオーパーツだにゃ、何があるか解らない。
なにしろ回路持ちでもないのにあの出力と威力を出せるんだぞ?どんな代物なのか見当もつかないよ。」

G36Cのスライドを引いてチャンバーの初弾を確かめながら、祝融は休憩室のドアを開いて中に入り、無人の休憩室を突っ切って硝子戸を開いて外に出る。
僅かに虫の音が響くフェンスに覆われた無人の中庭から、結界で覆われた世界を眺めながら祝融はため息をつく。
町の方角からはまだ派手な魔力光は見当たらないが、いずれ始まる。銃声もまたしかり、そのどちらかが聞こえる前に電力の供給を終わらせ、設備の防備を固めなければならない。
戦闘を有利にするためにも、この町の住人たちをこれ以上巻き込まないためにもだ。

「こんなことになったのは、5年前以来ですね。」

かかか、とファルは思い出し笑いする。だがその笑いは誰が見ても解る位引きつっていた。
当然だ、一番新しい特殊な事件である2年前の事件でもこんなバカげた状況の仕事では無かった。あれも十分馬鹿げていたが。

「最初に聞いた時は正直耳を疑いましたが、現実ですからね。不思議な感じです。」

「あたしは妖怪だって言った時よりもか?」

「正直それ以上です。昔はほら、HGS実在論とかノストラダムスとかで凄かったですしね。
実際居るある訳でもないのにどうしてそこまで騒ぐのか、って昔から少しばかり疑問でしたから。」

「まぁ、そんな壮大なもんじゃないがニャ。似たり寄ったりだ。あたしは、元々あっち側で生きてきた訳じゃないし。」

祝融はどこか歯切れが悪そうに頭をかく。この話題を話すのは正直気まずい、まだ心の中で割り切りが出来ていないのだ。

「・・・反吐が出る、こんなのテロリストよりも性質が悪い。」

この国で夫と結ばれる前から2代目相棒であるG36C・グレネードのグリップを強く握りしめる。
傭兵時代でも、ここまで理不尽な戦場は無かった。仲間を信じ、仲間を助け、互いに信じあって背中を預けて戦ってきた。
それがたまらなく充実していたし、これからもずっとこうしているのだろうと思っていた。
彼女は純粋な妖怪であったが、裏のコミュニティなどには縁の無い傭兵を生業とする一族生まれの稀有な変わり種であった。
そんな環境で育った彼女は自分は多少寿命の長い人間であり、戦いの中で一生を生きる事に疑問を持ってはいなかった。
成人すれば銃を手に戦場を駆け抜け、勝利を分かち合い、時に敗北の苦汁をなめる、そこが生きる場所だと思い込んでいた。
それは紛争の中で魔術側と対峙し、次第にその世界に踏み入れるようになった後も全く変わらなかった。
だが初めて日本に来た時当時修行中の身だった夫と恋をして、長い遠距離恋愛の末結婚して、子供を産んだ時、このままではいけないのだと思い至ったのだ。
一人身なら良いだろう、だが自分は妻であり母親となっていたのだ。故郷の隠れ里で我が子を抱きながら、今の現実に危惧を抱いた。
子供に自分と同じ道を歩ませていいものか、良い訳が無い。この道は堅気の道ではない、息子には普通に幸せになってほしかった。
だから傭兵稼業から足を洗い、何もかもを捨てて、夫の故郷であるこの町で平穏に暮らそうと決めたのだ。
元より彼女は傭兵、戦いから抜け出せるなどとは思っていなかった。だがせめて戦う理由と大義だけは真っ当なモノにしたかったのだ。
そのために傭兵時代の戦友たちとは連絡は欠かさなかったし、月村に所属した後でも一緒に足を洗ってついてきた部下たちと訓練も怠らなかった。
武器も少しだけ密輸して保管していた。だが、これはあまりにも最悪だ。あり得ないことが起こり過ぎている。
だからこそわかる。これは異質で、自分達とは別の世界の戦いだ。
異世界の戦い、現代戦、裏の戦い、第二次世界大戦の残滓、色々なものが渦巻いて、混ざり合って作りだされた戦い。
さっさと終わってくれ、非情だと思いながらもそう願いながら祝融は顔をうつむかせ小さく地団太を踏んだ。町から煌めく魔力光を見たくなかった。

「・・・ん?隊長、何か聞こえませんでしたか。」

「なに?」

ファルの怪訝そうな言葉に、祝融も思考を止めて耳をすませる。何も聞こえない、風の音も、先ほどまでわずかに聞こえていた虫の音も。
何も聞こえない無音、その中に混じる僅かな匂い。その嗅ぎ慣れた薬と香の匂いに、G36Cのセレクターを連射に切り替えてヘッドセットのマイクに叫んだ。

「敵襲!」

言うが早いか、祝融は闇を切り裂いて撃ち込まれた光を帯びた矢に気が付いた。

{西洋型退魔高法儀付与の矢、これを使う連中ってことは!}

自分の胸もとに向かってくる矢を屈んで避け、突っ込んでくる修道服の西洋人女性が振りかぶる細身の西洋剣、ブロードソードをG36Cのストックで半歩引きながら受け流す。
姿勢を崩す女性の顔面に溜めを作った銃床で横撃を叩き込みながら、その胸に掛けられた十字架とそれに刻まれた英文に小さく舌打ちした。

≪こちらアルファ1-4、攻撃を受けました。敵は西洋型退魔法儀付与の矢、および西洋騎士と思われる剣士が複数です。≫

「敵勢力から本施設を防衛せよ!撃って撃って撃ちまくれ!!」

和名にして『欧州退魔連合』魔に属する者を狩ることに特化した、化け物殺しのスペシャリストであり優秀な退魔師の集団。
現時点で月村と敵対関係にある、時代錯誤な反政府側過激派組織の一つだ。

「ったく!相っ変わらず戦争大好きな連中ですね、こっちの住人は!」

「仕方ないにゃ、そういう連中なんだから。時代に真っ向から逆らって戦国時代みたいに四方八方で戦争やって平気な顔してるやつらだぞ?」

銃身下部に取り付けたHK・AG36グレネードランチャーで40ミリグレネード弾を牽制に叩き込み、腰だめで銃弾をばら撒きながらドアの中に掛け込みつつ祝融は答えた。
そう、仕方ない。こっちがどうであれ、あっちはやる気なのだ。ならばこっちもやらなければならない、でなければ殺されるのは自分達だ。
奴らにとって教義に沿わないモノや味方以外はすべてが敵という概念を持つ連中は多く、また政府側に属するモノは問答無用で敵だ。

「どこが平和の国よ!蓋を開ければ毎日が戦争状態なんてサイッコウに狂ってる国だわ!!」

「なにを今さら!そんなのどこも一緒だろうが、テロリスト連中はどこにでも現れるし!」

「サムライニンジャフジさ~んなんてへらへら言ってた頃が懐かしいですよ畜生!あたしの日本返せ!安息と休養の世界を返せ!!」

グレネード弾の爆風を突っ切りいろいろなものが吹っ切れた嫌悪感を煽る歪んだ笑みを浮かべてブロードソードを振りあげて突っ込んでくる少女を見た。
焦点の合わない暗い瞳と、今にも涎を流しそうなほど湿った口が作る笑みとその口から呪詛のように聞こえる調子はずれな声の教義は耳に障る。
我らは神の使徒なり、我らは神の命により不浄の者を滅ぼし楽園を作る神より承りし神力の担い手なり。
反吐が出るような教義だが、ファルは怒りよりも哀れに思った。自分から望んだのか否かは関係なく、彼女は人間としての何かを失ってしまったのだ。
反政府側と巷でよくいわれる組織は非人道的な事を使うことも多い、一般人を攫い文字通り『改造』して兵に仕立て上げてしまうこともある。
一度こうなってしまった彼女を救う手立てはない、一度弄られ破壊された心は元には戻らない。もちろん説得なども無意味だ、彼女は言葉も理解できないだろう。
向かってくる少女の胸にファルはG36Cを構えて狙いをつけると、素早く2連射して正確に胸の中心を撃ちぬいた。
バリアジャケットとは相性が悪いのか軽く弾かれる銃弾だが、地球の魔術相手ならば従来の威力は健在だ。
対魔術仕様徹甲弾で男の夢の詰まったメロンから真っ赤な果汁をまき散らしながら前のめりに倒れる少女の頭に一発叩きこみ、
森から響いた青年の慟哭にファルは心底胸糞悪く感じながら残弾が少ないG36Cの弾倉を交換し、グレネード弾を再装填する。
両手剣を構えて突進してくる青年にも同じように銃弾をぶち込み、青年が剣で銃弾を受けた所を祝融がAG36でグレネードを叩き込み両足をふっ飛ばす。
うめき声をあげてうずくまる青年にファルからとどめの銃弾が叩き込まれる、AG36にグレネード弾を再装填しつつ祝融はふとつぶやいた。

「メロンがスイカになっちまったな、心臓直撃コースでご愁傷様だ。」

「それ女としてどうなんですか?」

「別に。私のはとっくの昔に売却済みだし、ココナッツになっちゃってるからにゃ。そう言うお前だってどうよ?女として。」

「・・・メロンなんて居なくなればいいんだ。」

長年の副官であるり相棒のファルの悔しさの滲んだ言葉にやれやれと祝融はため息、彼女は女の武器に恵まれない体格だった。
女性にしてはデカい180前後の身長、引っ込む所は引っ込んでいるが上半身の出るべき所の出っ張りが少々足りない。
言葉を選べば慎ましやかな胸、選ばなければいわば貧乳である。
洗濯板とまではいかないが、かといって普通とは言えないその中途半端さが彼女の悩みの種なのだ。

「いや、冗談で言ったみたいだけど本音駄々漏れだからね?しかも今は洒落になんないにゃ。」

「いいんです、ちゃんと解る人には解るんですから。」

中庭でひときわ大きな爆発が起こり、次いで飛んでくる弓矢の数が激増する。
土煙を突っ切って飛んでくる矢に銃だけを突き出して応戦していた祝融は小さく舌打ちした。

「二人じゃ持たないな、廊下まで後退、そこで食い止めるぞ!ファル、ここから休憩室までの通路にクレイモアを仕掛けろ。場所は任せる。」

「了解。只さん、出番です!」

鉄製ボールベアリング700個とC4爆薬を内包したやや湾曲した『只』の形をした鉄製の弁当箱のようなモノ、アメリカ製指向性対人地雷『M18クレイモア地雷』だ。
地中などではなく地上に敷設し、起爆すると内包したC4爆薬の爆発により内部の鉄製ボールベアリング700個が扇状に発射される。いわば散弾地雷というべき代物。
威力は凄まじく、まともに喰らえば人間の手足をもぎ取るどころか下半身をボロ雑巾に変えてしまう破壊力を誇る。
さらにそのボールベアリング一発が強力な狩猟用空気銃一発分の威力を持つため、防御にもかなり気を使い魔術師にもとことん嫌われる逸品である。
クレイモア地雷を背負っていたザックから取り出すと、赤外線型信管を本体頂部の信管差し込み口にセットしてドアの脇に置きスイッチを入れる。

≪出番か、ヤツらに歩き方を教えてやろう。≫

「よろしくお願いします!」

「・・・こんなことをするために腹話術覚えたのはきっとお前だけだよ。」




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




{道中は順調だったが・・・やはり楽には終わらんか。}

これまた随分と酷くやられたもんだ、目の前で黒煙を噴き上げている送電中継設備の惨状に斎賀洞爺に肩を落とし落胆していた。
闇に沈みかけた町の中で設備から黒煙が見て取れた時にはそれなりに予想はしていたが、やはり町の命綱が破壊されてしまったショックは大きい。
なまじ道中の敵対勢力と思しき武装勢力との衝突を難なく突破し、敵対勢力を殲滅して物資と情報源を確保しつつ順調に向かって来られた分割り増しに感じる。
遭遇した敵対勢力はこちらは銃口を向けずに様子を窺っている中、こっちを確認した途端警告や誰何も無しに剣を抜き、引き金を引き、魔力を飛ばしてきた。
その解り易い敵意と簡単な対処法と比べれば、この煙を上げる施設は何十倍も厄介極りない。
回収した武器弾薬類で重くなったリュックサックを背負い直しながら、ひとまず一回りする必要があると思いもう一度ため息をつく。
送電設備を中心に車両や見慣れない設備を配置した陣地のような中継設備は、素人でもはっきり分かる位に破壊されていた。

{最新の設備がこうも簡単にやられるとはな、これでは手の施しようが無い。しかもその後派手に撃ち合って被害を広げてやがる。}

死角の多い施設内を慎重にクリアリングしながら、注意深く策敵しつつ施設を調べる。
今のところ見かけたのは死体だけだ、中国人で構成されたカンフー部隊と思しき徒手空拳の死体と銃火器で武装した白人で構成された死体がそこかしこに散らばっている。
周囲に人気は無く死体もほぼ致命傷を受けているのがほとんどで生存者がいる可能性は限りなく低いが、洞爺は油断なく死体を調べて死亡を確認し武器弾薬を剥ぎ取った。
荷物は増えるが大荷物を背負うのはいつもの事だし、武器弾薬に余裕ができるのは心強い。
何より彼らが握っているのは例外なく現代の兵器だ、確保しておいて損は無い。
死体からもぎ取ったAKS-74Uの弾倉を抜き、スライドを引いてチェンバー内の弾薬を抜いて軽く銃を点検する。
両腕に感じる重量感と初めて握るAKS-74Uの感触に洞爺は微笑し、優しくハンドガードを撫でてからストックを折り畳む。
同じ死体から回収した弾倉とC4プラスチック爆弾3組と一緒にリュックサックに仕舞い、持ち切れない武器弾薬類は必要無さそうな大きい段ボール箱に放り込んで施設の隅に隠した。
また新しい武器を入手できたことに多少気分が良くなった洞爺は、意気揚々とはいかないがいつもどおりに行動できた。
四角い貯水タンクのような外見の送電設備は見た所あまりダメージは受けていないようだが、周りの設備がほぼ例外なくいかれている。
おそらく送電設備の被害を最小限に抑えるための装置か何かが作動したのだろう。それほどまでの威力だったという事だ。
ケーブルはほとんど外皮は溶け、銅線は丸焦げ。制御設備もスクリーンは砂嵐、パネルも黒煙を吹くか内側から吹っ飛んでいる。
ブレーカー類もスイッチもろとも溶けだしており、そのブレーカーに繋がれたノートパソコンの画面は紅く染まっている。
復旧は本職の人間が来ない限り無理だろう、まだ生きている設備や車両をかき集めても自分だけでは不可能に近い。
完全に復旧するにはこれを設置した陸自の施設科をよばなけれなならないだろう。

{俺は整備兵じゃないんだがな・・・だが手を打たないよりはマシか。}

一種の諦観の意を持って背負ってきたリュックサックから工具一式を下ろした。さすがに手持ちの工具と部品だけでは手が回らないが、予備の部品や工具はここにもあるだろう。
設備の周りを探し、マニュアルや書類がまとめられたクリップボード、配電図と生きているパソコンなどを一緒に片っ端から拾い集めて近くの机の上に広げる。
無理難題を押し付けられることはいつものことなのだ、そしてそれをやらなければならないのもいつものことだ。
使い慣れないパソコンを操作し、一番新しい書類やレポートから現在の状況を調べ上げる。

{まず繋がれている設備はほぼ全滅。送電は非常用送電システムが稼働中か、主要システムはほとんど完全にダウンしているようだな。
安全装置振り切って変電器をオーバーロード寸前にまで傷めつけてる、非常用が生き残っただけ幸運だが、このままでは長くは持たんな。
生き残った機器に負荷が掛り過ぎている、このままではこの非常用システムとやらも長くは持たない。
回線は予備部品があるからそれをつなげるとして、安全装置には車が使えるか?古い車があればいいが。
生きているパソコンを使って奇跡的に復旧出来ても細やかな調節は不可能、自力か、機械式で何とかするしかない。
送電電力を制御するには・・・くそ、電圧が高すぎる。つなぐには電圧を下げるか分散させないと、電圧系統は・・・これだ。
後は放電量の調節に・・・いけるか?くそっ、データが破壊されてる。文字化けで見れたもんじゃない。}

分厚いマニュアルをめくり、クリップボードとパソコンに残された最新の報告書を読んで配電図に指を這わし、手帳を取り出して図面を簡単に書く。
書き上がった図面は、以前ガタルカナルなどの戦場で作った応急の発電設備を応用した放電および減圧設備だ。
元が破損した発電機に航空機用エンジンの部品を再利用して作り上げたつぎはぎだらけの応急品であるが、無いよりはましだろう。
変電器に溜まった電力をどうにかして正常な電流を流すためには、今のところこれしか手が無いのだ。

{まずは車か、まさかぶっつけ本番で最新式のバッテリーをばらす羽目になるとはな。
仕方ないこのままじゃ万一変電器がオーバーヒートしたら焼きつくだけじゃ済まない、冷却する暇もなく大爆発することは間違いない。
これなら少なくともバッテリーとエンジンが焼けつく程度で済むし、多少の時間稼ぎにはなるはずだ。}

脳内の理想配置にするべく、駐車スペースのワゴン車に近づいて運転席のドアガラスに九九式の銃床を叩きつけて割り鍵を開ける。
運転席に乗り込むと、一通り車内を探して鍵が無い事に小さくため息をついてからハンドブレーキを下ろしてチェンジレバーをDの部分に引いた。
それをそのままにして洞爺は再び車外に出ると、車の後ろに回って損傷の少ない配電盤の傍まで押し運ぶ。
運び終えると、ゴム手袋をはめてボンネットを開けて予備のコードを使ってエンジンとバッテリーを基盤へ接続し、そこから別の配電盤へコードをつなげる。
その配電盤からコードと変電設備につなげ、またそのコードを押して運んだ別の車につなげ、そこから煙を吹いていない配電盤の電線に直結する。
コードをつなげ終えて肩で息をしながら鍵開けを覚えとけばよかったと少し後悔していると、通りの方からかすかに足音が響いてきた。
つなげる過程で動き出したワゴンのエンジンの音に混じり、複数の足音が聞こえる。

{B分隊か?}

「富士山!!」

足音が聞こえてくる路地に声をかける。しかし答えはない、その代わり苦しそうな男性のうめき声が響いてきた。
妙だ、もしB分隊ならば『日本アルプス』と答えるはず、それが互いを確かめる暗号だ。
だがそれが無い代わりにうめき声、洞爺はおかしな気配に感じて腰に差したL型ライトのスイッチを入れ真っ暗な路地を照らす。
すると、唐突にその明かりの中に繋ぎの20代ほどの青い作業用ツナギ姿の男性がばたりと倒れ込んできた。
息苦しそうに呻き、起きあがろうともがいている。首に掛けられた顔写真付きの認識票からして、おそらく変電設備の職員だ。
巻き込まれたのだろう、あり得ないことではない。くそったれ、と内心毒つきながら洞爺は彼に走りよった

「おい、しっかりしろ!」

横倒しに倒れた苦しそうにもがく男に声をかける。男は聞こえていないのか、苦しげに呻くばかり。
唐突のことにパニックを起こしてしまったのか、それとも何か持病でも患っているのか、その苦しみ用は尋常ではない。
手足を小刻みに痙攣させ、地面に打ち上げられた魚のように口をパクパクと開けては閉じるを繰り返し、堅く閉じられた両目は苦悶の皺を寄せている。
一刻も早く明るい場所に運んで応急処置をしなければならないだろう、ライトの必要なここでは暗すぎる。
偶然にも先ほど電力を辛うじて蘇らせたばかりだ、変電設備近くならば明るさは十分だ。
体格の関係上引きずることになるが死ぬよりは良い、洞爺は即座に決断すると九九式をリュックに突っ込んで彼の体に手を触れた瞬間、驚愕のあまり思考が停止した。
理由は三つ、一つ目は男性が唐突に自信の尋常ではない腕力で左腕を掴んで噛みついてきたこと。
二つ目は、男の両目は白く濁って体もまるで死体のように冷たくなっていた事。
三つ目は、路地裏からさらに多くの足音がザリザリと聞こえてきた事だ。

「っ!?っ!!」

ブチブチと嫌な音を立てる腕に激痛が走る、声のない悲鳴を上げた洞爺は咄嗟に腰の鞘からサバイバルナイフを抜いた。
それを逆手に持ち替え、男の頭に振り下ろす。頭にナイフを突き立てられた男は白濁した目で白眼を剥いて、顎から力が抜けた。

{くそったれ・・・今度はこれか。}

力無く倒れた男からナイフを抜いて肩で息をしながらよろよろと離れ、操作パネルの背に背中を預けた。
長い戦場経験者といえども万能ではない、驚きもするに腰が抜けかけたりもする。もちろん思い出したくない思い出も信じたくない現実も存在するものだ。
あんまりだ、こんなことがあっていいのか?洞爺も信じられなかった、信じたくはなかった。訳が解らない。目の前の状況はただの夢か、疲れてみた幻覚だと思い込みたかった。
だが腕の痛みはこれが現実だと教えている、皮膚と肉を噛みちぎられて流れ出る血だまりが物語る。
それを無視してまで現実逃避してしまうほど自分の精神は柔では無かった。路地からはぞろぞろと人影があふれ出てくるのを見て、思わず笑ってしまった。
その姿は様々だ、さっきの男性と同じツナギを着た男女、焦げ付いたワンピースに身を包んだ少女、割烹着を着こんだ老婆。
青い制服を着込んだ警察官に、迷彩服姿にエプロンをした自衛官、園児服のままの幼子達。
彼ら全員が白眼を剥き、肌は青白く、ある者は体を腐らせ、ある者は丸焦げで、誰もが苦しげに呻きながらよろよろと立っていた。
めまいがした、酷い立ちくらみがして表現できない懐かしさを感じる怒りが込み上げてきた。

{民間人を平気で巻き込むんだな、平気な顔して戦場にして、挙句の果てにこんなことまでしやがって・・・}

彼らの歩みは非常に遅い、できる限り距離を取ってからなら軽い手当てをする余裕はできる。
洞爺は群れから距離を取り車のそばまで後退すると無事な右手でウェストポーチを漁って止血剤、包帯、消毒液を取り出して処置をしながら毒ついた。
映画や小説などのフィクションだからこそこういうものは楽しめるのだ。現実になればそれは例えの存在する途方もない悲劇でしかない。
物語ならば大抵は最後に希望がある、災厄を封じ込められていたパンドラの箱でさえ最後には希望が残っているものだ。
そしてその希望は誰もが望んでいた物だ、治療薬や本当の意味の奇跡など、救いの正体はどちらにしろ大抵は万人受けするだろう。
だが今彼らに残された希望はなんだ?今自分に残された希望はなんだ?考えるまでも無い。
ここに彼らを治療できる人間はいない、彼らを元に戻せる魔術師もいない。ただ解っているのは、彼らはあと数分立たずに自分を殺すだろうと言う事だけだ。
彼らは電流で脳みそが逝かれたのか死んだあと悪霊にでも乗っ取られたのか、はたまた操られているのかは解らないが彼らは自分を狙っている。
でも解ったところでそれだけだ、自分では手の施しようが無い。自分は医者じゃないし、お寺の坊さんでも魔術師でも無い。

{くそっ、頭が痛む・・・}

自分はただの人間で、普通の兵士、軍人だ。小さく謝って、銃納から十四年式拳銃を抜いた。
救いはある、だがこれが彼らの望む救いかは解らない。いや、もし彼らがこれを見ていたら絶対に望まないだろう。
助かりたいだろう、死にたくないだろう、そうに決まっている。だが今、彼らを野放しにはできない。
遠くから乾いた銃声が聞こえてくる、おそらくこちらに向かっていたB分隊が接敵したのだろう。
相手がだれかは解らないが到着が遅れる事は確実だ、スペシャリストとはいえ時間はかかる。
彼らが自分を殺すか逃がした後、設備を偶然にでも意図的にでも破壊しないとは限らない。破壊されれば市街地は暗闇だ、そうなれば対処する手段は決まっている。
一番近い少女の額に照準を付け、洞爺は軽い引き金を引いた。銃弾を受けた少女が反動で目論見通り周りを巻き込んで仰向けに倒れる。
足並みに乱れが生じた隙に十四年式をホルスターに放り込み、スリングで背中に回していたM1A1カービンを折り畳みストックをそのままに構えて安全装置を外し発砲した。
魔術障壁を常備して拳銃弾では効果の薄い魔術師類との近距離戦闘を踏まえ、使用弾薬の打撃力を見込んで持ち込んだセミオート式ライフルだ。
八ミリ拳銃弾とは段違いの威力を持つ30口径カービン弾の弾丸を頭に受けた彼らは、次々ともんどり打つように仰向けに転がり脳症の混じった血液で道路を汚していく。
銃声に反応したのかまだ立っていた彼らが歩く速度を上げて向かってくるが、それでも常人が散歩する程度の速さでしかない。
その彼らの頭を正確に一発で撃ち抜いて一人一人確実に撃ちぬいていくのは非常にたやすかった。

≪こちらブラヴォーリーダー、シルバー、応答願う。どうぞ。≫

「こちらシルバー、どうぞ。」

頭を狙いながら無線機の送受信ボタンを押して応答。僅か三人になった彼らの頭を流れるように撃ち抜きながら答える。
無線は雑音がひどく、向こうでも激しく撃ちまくっているらしい喧騒と銃声で酷く聞き取りづらかった。

≪そっちにヤバいのが行ったぞ、例の二人組だ。≫

なるほど、と特に何か感じるようなそぶりもなく答える。事実、特に焦りや恐怖を感じなかった、浮かんだのは疑問だ。
その敵とはなんだろうか?これはそいつらの仕業なのか? わからない、これが攻撃なのか、それとも自然に発生した災害なのか。
誰の意志もないただの遭遇戦なのか、誰から仕組んで勃発させたものなのか。わからない、情報が少な過ぎて判断できない。
ならばこの答えを出すのは後にしよう、今はやるべき事がある。洞爺はM1カービンの残弾の少ない弾倉を取り換えながら思考を切り替える。
そして素早く足元に狙いを定め、這い寄って来ていた足の焼け焦げた男の頭を撃ち抜きながらいつものように返答した。

「了解、迎撃に移る。敵の詳細を教えてくれ。」

男の頭から噴き出した血しぶきが頬を伝う、その生温かさに僅かばかりの安堵を感じた。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




緊急警報が鳴り響く月村家所有の海鳴郊外のとある私有地地下、航空隊が主に駐屯する地下基地ハンガーは喧騒に包まれていた。
整備兵や突入部隊、消火部隊の隊員たちが装備や機材を手に駆け回り発進予定の機体の最終チェックに入っているのだ。
出動予定の機体を受け持つパイロットたちは既にコックピットに座りこみ、操縦桿や火器管制システムなどの機器チェックを入念に行う。
その様子が一望できる位置に作られた指令本部の窓からその光景を眺めていた基地司令の男性は、仕事着のスーツ姿のままその様子を浮かない表情を見つめていた。
事実この状況に彼は良く思っていない、今の月村はかなり追いつめられていると言って良いくらい消耗している。
異世界からやってきたエイリアンと危険物に仲間を手酷くやられた上に町を蹂躙され、今度は本来の敵からも攻撃を受けているのだ。
防衛線は対策部隊への戦力抽出と機能が低下し、その対策部隊も度重なるエイリアンと反政府組織の斥候との戦闘で消耗している。
この北部第3防衛基地も例外ではない、この基地に駐留する陸戦部隊約1000名は現状ほぼ半分しかいない。
対策部隊に編有された隊員はほぼ全員が病院送りで、またその影響で穴の開いた部署への臨時編成で出向しているのだ。結果、基地防衛能力は半減していて危うい状況だ。
もしこんな状況で敵の大部隊に攻勢をかけられでもしたらおそらくひとたまりもない、500人の陸戦部隊ではこの基地を守りようが無いのだ。

{くそっ、どうすればいい。}

この基地を受け持つ者としてこの状況は我慢しがたいものだった。自分にはこの基地と基地要員の命を預かっている責任があるのだ。
だが今回ばかりは頭が回りきらない、有事の際に手際よく実力を発揮するために厳しい訓練をしてきたがあまりに多方面で事件が起こりすぎている。
判断が下しきれず唸る基地司令がうなだれていると、唐突に指令室のドアが勢い良く開かれて大きな音を立てた。
指令室に用がある人間で急ぎすぎてこんな開け方をするのは彼女しかいないだろう、基地司令は小さく息を吸い込んで表情を正すと振り返った。

「遅れました。」

「社長代理、遅かったじゃないですか。」

ドアを開けて入ってきたのはジーパンに黄色のブラウスとラフな格好にエプロンを付けた主婦そのものの月村重工社長代理だ。
エアーリヒカイト家当主でもありきっと今の今まで夕食の準備中だっただろう彼女だが、一応この事件での最高責任者である。

「晩御飯の支度の真っ最中で出てくるのに手間取ったのよ、現状の報告を。」

「解りました、こちらの資料をどうぞ。順の追って説明します。」

基地司令の差し出した紙資料のファイルを受け取り、司令官用の椅子にエプロン姿のままに座った社長代理はさっと目を通す。

「海鳴中心街閉鎖区画を中心に中心街繁華街、住宅街、団地および臨海区、ほぼ全域にわたって強力な閉鎖結界の発生を確認しました。
結界発生直後の報告では結界発生と同時に市街地への魔術による大規模爆撃が行われ被害甚大、民間人に多数の死傷者が出ています。
大規模爆撃は強力な魔力流と魔力余波と雷によるものという報告から、電撃系の上級魔術と推定されます。
捜索部隊への被害は負傷者が出たものの僅かですが、混乱と敵潜入工作員の攻撃により行動が阻害されており手が回りきっていないようです。」

「味方部隊からの最新報告は?」

「現在通信途絶状態です。状況報告および増援、ヘリ部隊の出動要請の後から応答がありません。」

「やられた、とは考えにくいわね。あの結界で無線が使えなくなっているのね。解決策は?」

「間に合わせですが、管制システムに改造を加えたヘリを一機仕立て上げました。それを使って電波を中継し、通信を解決させます。
突入の際はミッドチルダ式魔術対応型指向性ジャミング発生装置を用います、まだ試作段階ですが効果は見込まれています。
従来のように完ぺきな穴を作ることはできませんが、結界に損傷を与え物理ダメージでも穴を開けやすくすることは可能です。
よってジャミング装置を使用後に弱った結界部位へ対戦車ロケットによる物理ダメージを与え結界を破壊、強行突入を行います。
この作戦は予備機のイロコイを組み立て、突入支援部隊として装置搭載用イロコイと火力特化装備イロコイ3機を用いて行います。」

「突入経路は?」

社長代理の問いに基地司令は指令室に数あるディスプレイの一つを操作して、作戦概要をまとめた映像を映し出す。

「海上からNOE飛行にて接近、消音結界を展開しつつ強行突入します。海上まではスタンダードフォーメーション、夜間飛行訓練ルートを使用します。」

「突入部隊の内訳は?」

「基地に配備されている全ヘリコプターを用います。修理機材運搬および部隊輸送用のチヌーク部隊の消火部隊は消火活動。
増援部隊および物資を運ぶ部隊は、人員及ぶ物資搬出後負傷者や巻き込まれた市民達を輸送する部隊として活動させます
上空偵察および管制担当部隊は、シーホークとOH-1で空中管制および偵察、通信中継の役を担います。
歩兵支援及び制空戦闘は武装したイロコイとAH-64Jアパッチ・ロングボウを用います。
さらに地上部隊には、海鳴本社車両倉庫より90式戦車1個小隊および装甲車両2個小隊を使用して一気に制圧します。」

「輸送部隊のCH-47チヌーク12機、上空管制部隊のSH-60Jシーホーク2機とOH-1ニンジャ4機。
歩兵支援兼制空部隊のUH-1Jイロコイ8機にAH-64Jアパッチ・ロングボウ4機。
今代の作戦では前代未聞の大部隊ね、この海鳴に実戦で展開させるなんて大仕事よ。こんな大規模抗戦は50年代の大攻防戦以来、しかもあの時よりも不利だわ。
敵の数は不明、その上かなりの数が市街地に侵入している上に正体不明の異世界人部隊もいる。武器も最新式をそろえているつもりだけど、異世界人相手じゃやや火力が不足気味。
その上こちらには決定打が欠けている、50年前の戦いに比べれば数は居るけど個々の戦闘力は見劣りするわね。
あの時は叔母様やお母様、お婆様が揃い踏みしていたから個人単位でも一気に戦況を覆せる要素はあまりあるほどだった。だけど今回はそううまくは行かないわ。」

「確かにそうですね、しかしこれ以上の防衛線からの戦力抽出は不可能です。この騒ぎが敵に知られていないはずが無い。」

「後は現場でどうにかしてもらうよりほかないか・・・大規模戦闘は確実ね。政府への告知は?」

「既に許可は下りました、非常に歯切れのいい二つ返事で。」

「歯切れのいい?ガンガン行けと?」

「はい、好きなだけ暴れて結構というお墨付きです。」

これは厄介な、社長代理は資料を机に置くと腕組みしてイスにもたれかかる。許可を貰えたのは結構だが、問題は非常に歯切れのいい二つ返事だという事だ。
政府は国のトップだが月村と同じ組織の範疇に収まる部類の存在だ。組織とは大きくなればなるほど感情では動かない。
組織自体に何らかのメリット、あるいは尻に火が付くほどのデメリットが無ければ歯切れの良い返事というものはあり得ない。
組織間の協力というのは完全なビジネスライクであり、金の円が縁の切れ目を地で行く存在なのだ。
故に歯切れのよい二つ返事というのは、こちらの行動が相手側に何らかのメリットが確実に存在しているということに他ならない。
相手方にもメリットがあれば、こちらも邪魔されないメリットが生まれるため良い取引だろうがそのメリットが不透明なのが気に食わない。
国家の行政という組織はどこの国も例にもれずとにかく派手な事や突飛な案など後始末が面倒になる案件をひどく嫌う傾向がある。
行政というのは表も裏も変わらず通常業務以上の仕事は大嫌いだという事だ、今回の騒動などまさにそれであり目の上のタンコブに他ならない。
常日頃から過激になってしまった作戦のたびにお小言を貰っていた経験からすれば、今回の素早い返事には何か裏がありそうだ。

{とはいえ、その裏が全く読めないわね。解らない者に警戒して、この機会を逃すわけにもいかないか。今は掌で踊るしかないわね。}

「全部隊に準備を急がせて、それから今一番近くを航行している海上部隊は居るかしら?」

「沖合30キロ地点にバックアップとして棚田船団が既に待機しています。」

月村重工海上輸送部門に所属する棚田船団は大型タンカー2隻と小型護衛船舶5隻からなる部隊だ。
タンカーは偽装小型空母であり、小型船舶は対空対艦ミサイルを満載した偽装ミサイル艇だ。
空母にはヘリとマルチロール艦載機各5機を常に搭載しており、武装面も常時搭載していて打撃力は十分ある。
ミサイル艇は今回影が薄いが、対艦ミサイルによる火力支援はバカにならないだろう。

「棚田船団も戦力も用いましょう、予備機を除き作戦準備を急がせて。3号艦部隊は空対空装備、8号艦部隊は地対空装備で。
近場の航空基地にも召集を掛けて、出せるなら前部出せる用意をさせるのよ。」

「F-4を使うのですか、装備は?」

副司令はやや怪訝そうに眉をひそめて問い返す。月村重工製マルチロール戦闘機F-4Tは、航空自衛隊向けに生産権を取得したF-4を元に改良した海上運用向けの艦載機だ。
姿形は普通のF-4だが費用度外視で徹底改造した中身は最新鋭戦闘機に劣らない性能を持ち、装備次第で様々な作戦に対応できる汎用性を大幅に向上させている。
実戦経験もあり頼れる魔改造戦闘機だが、何分空でジェットエンジンを高らかにうならせて飛ぶ航空機は目立つ。動かすのはいささか面倒な兵器だ。

「F-4Tだけ?F-15は?ハリアーも確か搭載されていたはずでしょ?」

「イーグルはパイロットがまだ病院のベッドの上、ハリアーに至っては機体すら全損して補給待ちです。
陸上基地からなら、最大9機のF-4を出せますが・・・しかし、さすがに過剰では?
F-4だけならまだしも、これからヘリも出すのです。結界で制限された空では衝突する危険があります。」

「結界の中に飛ばすわけじゃない、この混乱に乗じて行われる可能性が高い陸海からの侵攻を防ぐための防衛戦力として使うわ。まずは陸よ、地図を替えて。」

基地司令は市街地の作戦マップから郊外の山間部へと画面を変える。入り組んだ山間部に侵攻しやすい低地とそこを見下ろせる尾根に部隊が配置されている事を示す光点が写っている。
この入り組んだ山間部はこれまで数多くの血が流れた戦場だ。
海鳴を囲うように点在する山で高低差の激しい山間部が天然の要害となり、守るに易く攻めるに難い守勢に向いた地形でこれまで多くの攻勢を退けてきた。
そしてその奥の戦闘にもかかわらず山の木々は逞しく成長しており、流れた血を養分に替えてよりうっそうとした森林を形成している。
その血生臭さに住んでいるのは野生の妖獣くらいで妖怪どころか妖精すら住んでいない激戦区だ。

「今回の防衛戦での主役は航空部隊と野戦砲部隊よ、アウトレンジ砲撃と空爆で対処するわ。派手になるから後始末が大変になるけど仕方が無い。
F-4Tとには爆弾とミサイルを目いっぱい積ませておいて、ただし3分の1は対空装備で対空警戒を怠らないように。
野戦砲部隊に警戒命令を出していつでも撃てるようにして、試製強化榴弾を使っても構わない。
防衛部隊すべてに警報を鳴らして防衛ラインを警戒させて、この戦闘の尻馬に乗って敵組織が攻勢をかけてくる可能性がある。
奴らがもし顔を出したらキルゾーンに入り次第に飽和砲撃を開始、野戦砲で動きを止めて空爆で一気に削る。これは第1防衛ラインとするわ。
第2は迫撃砲、120ミリ重迫と81ミリ迫撃砲で厚い弾幕を張って。とにかくぼかすか撃ちこんで、数で勝負するのよ。
最終防衛ラインは歩兵部隊と地雷原で食い止める、だけどできる限りここまで近付けるような事はしない事。
今回の作戦の要はとにかく敵を寄せ付けない事、防衛ラインに食いつかれて一か所でも崩れたらこちら側が圧倒的に不利になる。
補給部隊にも待機命令を、砲撃が開始された場合に備え常に補給できるよう準備させて。」

自軍の戦力が劣っている時に取るセオリー通りの作戦だが現状取れる手段としては最優の一つだろう。
今のところ海鳴の制空権はこちらが握っているし防衛ラインのFH-70野戦榴弾砲がいつでも長距離砲撃に備えている。
空爆はともかく野戦榴弾砲による連続砲撃はたとえ相手が魔術師であろうと化け物であろうと非常に効果的だ。
どれだけ堅牢な外殻や魔術障壁を持ってしても当たるなら技術と数の暴力でなんとでもある。155ミリの榴弾を受け続けて無事でいられる化け物はまずいないのだ。
これを有効に使わない手はないだろうが、それは相手も承知の上のはずだ
相手がヘタをすれば空爆と砲撃だけで事が済むがこちらが準備万端で備えているのは相手も解っている。
絶対に何か対策をしてくるに決まっている、問題はそれにどう対処するかだ。もし砲撃や空爆で対処できない場合は別の手段を考える必要がある。

{これだけじゃ足りない、奴らは必ず裏をかいてくる。今の私たちがやられたくない事、それは少数精鋭による防衛線攪乱あるいは奇襲。
問題はそれを相手は取ってくるか?ポピュラーすぎて誰もとらない、なぜなら対策されるのは目に見えているから。
だとすれば、あえて大部隊を編成し一点集中突破を選んでくる?いいえ、それだと私たちの砲撃で一網打尽にされる。
こっちの得意分野は敵も良く解ってるはず、政府との連携を取ると考えると――――}

「警報!海上警戒第15警備艇より緊急電、沖合40キロに正体不明部隊を確認。揚陸艇を含む中規模強襲部隊!あっ、先制攻撃を認む!」

「内陸防衛ラインより緊急電!第1防衛ライン前方5キロ地点にて大規模交戦を確認、敵数不明、前進中!」

「第15警備艇より救援要請!第14警備艇被弾、通信途絶!第16警備艇大破炎上、旋回漂流!!」

やはりやる事はやってくるか、指令は作戦マップを自ら切り替えてヘッドセットを掛け直して無線に怒鳴った。

「全部隊に通達、交戦許可、繰り返す、交戦許可!」








あとがき
と言う訳で第12話、副題『市街地防衛戦。海鳴市の受難、第2弾』であります。にしても主人公的役割、やっぱり役に立たない。
一番についたとはいえ何かしようとして結局無茶をやらかしてます、彼も追い詰められてるので平常運転が厳しくなってきてるんですよ。
血飛沫に安堵を感じてるあたりがその表れですね、感じ慣れた生温かい鮮血は戦場で何度も浴びたモノと同じですから。
この回はどうやって地球側敵対勢力を絡めるかで悩みました、次回では軽く敵側描写も入れてそこら辺をやろうと考えてます。
原作であれだけ派手にやってるのでそろそろ出てくる頃合いだと思いまして、出てきてもらってます。ってなわけで裏方戦です。
敵は彼女達だけではないのです、まぁ舞台が地球なわけですし。ですがこの先どう状況展開するかが問題です。
下手に面白くしようものなら話がこんがらがって分け解らん状況になるのは確実、なによりそんな展開にする技量は自分にはありません。
それにそんな状況に主人公的役割を今の状態で放り込んだら先ず死ぬので無理です、ここで死なれるのはシナリオ的に見逃せません。
やはり淡々と終わらせるのが一番なんですかね、変にひねらず淡々と、主要人物がただの戦闘要員で深く関わらない以上しょうがない。
それにここまで派手になってしまったからには、表向けのもっと別な言い訳を考えなきゃいけない。作中の情勢が一気に変わりそうでこれまた頭が痛いです。
ではやらなければいいのか?それもまた変な話になる、これだけ不可解な事件や戦闘を繰り返してればよからぬ事を考える連中は絶対居ますし。
むしろ居ないのがおかしいと自分は考えます、よって海鳴は中でも外でも絶賛戦争中・・・本当にここは2005年の日本なのか疑わしくなる惨状ですね。
これからもこの拙い自分の作品をよろしくお願いします。by作者


追伸・物語後半に月村部隊視点追加、地球側過激派反政府組織増し増し、旧型兵器の魔改造大好き。




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