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[15918] フレイムウィンド&ケイオス  (TRPG風 異世界ファンタジー転生物)
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2010/04/18 12:17

 前書き


 初めまして。
 この度、チラ裏から移動して参りましたランダム作成者と申します。

 当作品はTRPG風な独自のルールに基づいて作成された主人公が冒険する物語となっています。
 要するに、サイコロ振って適当に決められた主人公が、やはりダイスの導きによって様々な困難に遭うというわけですね。

 もちろん、スタート地点もランダムです。


 とんだクソッタレとお思いになるかもしれませんが、よろしくお願い致します。

 
 



[15918] 1  チュートリアルなど無い
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2010/04/11 14:23



 ……………………カラカラ……コロコロ…………。




 軽くて硬い、小さな玩具が音を立てる。

 転がり転がり、全てを決める。

 俺自身の、生まれついての光と闇を。

 授けられる可能性を。

 遊び感覚で、冗談みたいに。

 馬鹿げている。そう思う。



〝…………ほう……よくよくもって見事な悪運の持ち主だな、貴様は。恵まれているぞ〟



 だが、公平だ。

 公平で、絶対だ。

 運の強さは存在そのモノの強さだ。誰にも見えず、計れない。

 弄ぼうとする神々にさえも、この混沌と理不尽の摂理を折る事はできない。

 …………いいね。



〝しかし、場所が悪いな。そこでは死ぬぞ。死んでしまうぞ。
 ただ死ぬだけではない。魂を冒涜され永劫の飢えと渇きに喘ぐ羽目になる〟



 特に平等とは程遠いってところが最高だ。

 例え最悪の場所に落とされたとしても、変わりなく最高。

 だって自分の運だぜ? 天国だろうが地獄だろうが俺が俺自身の運に導かれて行く先だ。ガタガタ震えて情けねえ面なんぞできるわけがねえ。


 ……………………運命よ、信じちゃいねえが愛してるぜ。


 人の賽の目に一々口を挟んでくるクソッタレに中指を立て、俺は異なる世界に繋がる光の渦へと飛び込んだ。
















 ………………………………さて、どうしたもんか?


 微かな呻きと共に身をよじる。
 意識を取り戻してすぐに感じたのは息苦しさ満点の圧迫感。そして鼻を衝く猛烈な臭い。
 目を開ければ、性別も分からぬ程に肉の削げた腐乱死体とご対面。
 それも一つや二つじゃあない。
 首を動かすだけで分かった。どういうワケだか知らんが俺の身体は死体の山の中に埋もれているんだ。
 当然ながら、ここに至るまでの記憶は一切なし。
 ある奴も居るんだろうけどな。しっかりした身元や社会的地位の持ち主なんかは、こっちでの半生の記憶がないとどうにもならんだろうし。
 ひょっとすると、そういう奴らは生まれた時から意識がはっきりしているのかもしれん。
 人生半ばの状態でこんなホラー映画みたいなスタート地点に放り出された俺からしてみれば、破格のアドバンテージである。何せ、恐らくは安全な環境で赤ん坊の頃からじっくりと経験を積めるわけなのだから。
 まあ、考えても仕方ないか。

 とにかく、俺という存在が生まれたのは今この場所。ここからが俺の新しい人生の始まりってわけだ。
 差し当たっては……えーと……何だ? ステータスの確認だったか?
 普通なら安全な場所で落ち着いてからの方がいいんだろうが、俺の場合は今しかないみたいだ。どうにも動くとやばそうなんだよ。命の危険ってやつをひしひしと感じるんだわ。
 色々とうろ覚えだが、前世で培ったこの勘だけは確かなものだと思う。ここは息を潜めてステータス確認が正解だろう。

 で、どうやるんだ?



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 名前: ????

 種族: ????  性別: 男性  年齢: 8

 LV 1  クラス: なし  称号: なし

 HP 22/22  MP 27/27  CP 23/23

 STR 15  END 9  DEX 11  AGI 5  WIL 8  INT 4

 アイテム枠: 3/17

 装備: なし

 戦闘技能: 長柄武器 21.0  蹴打 16.0

 一般技能: アイテム鑑定 19.0  生存術/雪原 13.0  書道 26.0  事務 10.0  跳躍 28.0

 特技: 激怒

 魔法: なし

 特性; 怒りの化身  美形  理想的骨格  多元素の血筋  活力の泉


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 ……不思議な感覚だな。意識した途端に頭の中に鮮明なイメージが浮かんでくる。

 けど、何だこりゃ?
 俺はナードじゃないんだ。こんなもんパッと出されてもよく分からんぞ。ヘルプ機能とかないのか? 不親切だな。
 この世界で上手くやっていくには、最低限こいつを理解して活用していく能力が求められるんだろうが……面倒臭すぎる。
 いやいやいや、投げるつもりはねえぞ。特に今の俺とか多分、蔑ろにしたら死ぬ。
 死にたくなきゃあ精一杯、頭を使うしかねえわな。

 とりあえず名前と種族は置いておこう。どうしたって分からんモンは分からん。
 そういや前世の名前も忘れちまってるな。……どうでもいいか。別世界で別人として生きていくには邪魔にしかならんだろうし。

 年齢が8ってのは何の冗談かと疑いたくなるが、まあマジなんだろう。ステータスに嘘があったらお終いだ。あらゆる意味で。
 ああ、鏡が見てえ。

 HPとかMPとかは大体分かる。俺だってゲームくらいやった事あるからな。STRやらENDってのはストレングスやエンデュランスの略で、要するに基本的な能力の値と見て間違いないだろう。

 でも、WILとINTって意志と知性だよな? そんなの数値にできるのか? できたとしても知性4ってのは少なすぎるだろ。暫定8歳でも中身は大人なんだから。お前はバカだって書かれてるみたいでやるせなくなってくるじゃねえか。
 賽の目で決めた……ってか、決められたような記憶はあるけどよく覚えちゃいねえし。一体何を目安にすりゃいいんだか。

 アイテム枠は……これ17個までしか物が持てないって事なのか? おかしな話だな。そもそも3/17の3はどこにあるんだ? 装備〝なし〟で裸なのに……。
 そう、俺裸なんだよ。
 周りの死体とお揃いで素っ裸。
 このまま腐った顔して死んだふりとかできそうだな。いや、血色が良いから無理か。
 息苦しい上に臭いは最悪、景色は醜悪。更に死体の冷たい感触が素肌に直接ジワジワと来る。拷問としては中々上等の部類に入るのではないだろうか。
 気の弱い人間なら発狂しかねんぞ。一日と持たずに。


「うわああああああああっ!!!?!!!」

「アアァァ────ッ!! アァァァ────!!!」

「ふわぁ~~あ……おいおい何か臭うぞ~…………って!!?」


 ああ、そうか。そうなる前に動くよな。普通は。

 どうやら結構な数のご同輩が眠っていたらしい。一人が叫んだのを皮切りにそこかしこから悲鳴と驚きの声が上がり、死体の山を掻き分けているのであろう震動が伝わってくる。
 俺も思わず声を上げそうになったから気持ちは分からんでもないが……少しばかり心構えが足りなかったのかねえ。
 全員、ある程度の予備知識は与えられているはずだろうに。
 最初に込み上げるものをグッと堪えられたら、ステータス確認って絶好の現実逃避の手段があったのになあ。
 
 止め処なく垂れ流される男の声、女の声。
 それらに紛れて聞き覚えのある甲高い鳴き声。
 俺は死体の山から顔だけ出して騒ぎの様子を窺う事にした。


「ヒッ!?」

「来るな! 来るなぁぁぁ!!!」


 ……でけーな、おい。
 恐慌状態で逃げ出す裸ん坊達に鋭い前歯を剥き出しにしたネズミの群れが襲い掛かっている。
 サイズは中型犬くらいか? そんなのが狩猟本能全開で向かってくるんだ。一対一でも素人が裸で勝てる相手じゃねえやな。


「やめ──痛っ!!」

「た、助け……」

「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」


 俺のステータスってのがどんなもんなのかは知らないが、飛び出すのはやめといた方が良さそうだ。
 といっても、このままじゃ生き残れそうにはないか。
 見たところ、ここはネズミ共の食料貯蔵庫のようだしな。やり過ごすのは無理。待ってても埒が開かん。

 …………あー…いや、栽培場って言った方がいいのか? もしかして。
 死体の山のあちこちから……一番でかいので3メートルはあるキノコが生えている。どれにもネズミが囓ったような跡があるからアレを主食にしてるんだろう。
 つまり、連中にとって俺達は餌ですらない。化け物キノコの肥料扱いってわけだ。
 なんともまあ生産的な畜生だぜ。確か蟻だか何だかに似たような習性の生き物が居たような気がするが、まさかネズミが農業に精を出すたぁなあ……。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 ファーミング ラット  LV 2

 HP ??/??  MP ??/?? 

 詳細: ???


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 おおおっ?



 ◆ 前提条件達成 対象を入念にチェックした事により 《観察》技能を習得しました。

 ◆ 前提条件達成 他者に対し気配を殺して隠れ続けた事により 《忍び》技能を習得しました。



 何か次々と浮かんできたな。
 これはアレか? 技能とやらに即した行動を取ると新しく覚えたり右の数値が上がったりするわけか? ネズミの名前が分かるのは観察技能のおかげなのか?
 んでもって、?の部分は数値を上げなきゃ見せられないよ、と?
 ……まあ、慣れりゃあ便利なのかもしれねえがな。
 忍び技能が0.1ってのが納得いかん、自慢じゃないがそういうの結構得意だったぞ、俺は。
 前の人生での経験なんかは考慮されないのかね? フェンシングの金メダリストとかでも、こっちで始めたら数値の上では0.1になるのか? そりゃ身体は別物だけど記憶はそこそこ残ってるんだから。まったくのゼロからってこたぁねえと思うんだが……。
 ん~~む。

 ま、疑問は後回しにしとこうか。
 文字通りの裸足で逃げ出したご同輩達を追っ掛けてってくれたおかげでネズミの数が随分と減っている。気付かれずにここを離れるには今しかないだろう。0.1ってのが大いに不安を掻き立てるところだが……ないよりはマシだと思うしかねえやな。
 俺は音を立てないよう細心の注意を払いながら死の苗床から這い出した。

 …………お、0.2になった。何という雀の涙。
 しかし、なるほど。数値が上がりきるまで堪え忍ぶって手もあるのか。
 このチャンスがなけりゃ試してたかもしんねえな。分の悪い賭けだけど。
 いくつまで上げれば安心に足るのか判断できない以上、技能の数値に命を託すのは躊躇われるし、何よりも場所が待つのに適してない。そりゃもう論外と言っていいほどに悪い悪い。先の事を考えると気力と体力を削り続けるなんて真似はできないのだ。
 一難逃れて余力なしでは話にならないのである。

 嫌でも脈打つ胸の鼓動を抑えつつ、腹這いになって移動開始。
 視界の端でネズミが動きを見せる度に死体のふり。
 連中、視野が広くて動くものに敏感だからな。ケツ向けててくれねえと動くに動けん。――が、視力の方はさほどでもないようだ。或いは色覚が鈍いのか。微妙な距離で転がってる俺を見ても分かんねえくらいだからな。
 そうやって所々で肝を冷やしていく内に、段々とネズミが認識できる範囲が掴めてきた。少しずつ大胆に移動距離を伸ばしていく。
 あくまでも俺の勘でしかないんだが、慎重になりすぎて時間を食うわけにゃいかねえからな。
 あと、集中力の問題もある。神経を尖らせながら腐った肉や崩れた骨、石畳の上なんかを素肌でを這いずるのは正気を犯すほどのストレスなのだ。いつまでも続けられるものじゃない。

 この時点で俺の忍び技能は0.4。上昇の基準は労力じゃなくて時間なのかね? 是非とも落ち着いて検証したいもんだ。
 そういや、ここって何処なんだろうな? 敷き詰められた死骸はクソネズミ共がせっせと集めてきたもんだとして……何で服や装飾品の類が見当たらないんだ? 元々死体置き場か何かだったとか? だだっ広い、如何にも地下って感じの空間だから、もしかすると墳墓なのかもしれねえな。
 陽の光を拝むのは当分先になりそうだ。
 ──っと、危ねえ危ねえ。通路の前で六匹も踏ん張ってやがる。
 さすがにこれ以上は無理か。どうにかして気を逸らさねえといけねえやな。

 何か使える物でもあればいいんだが……。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 現在の所持品  3/17

 パーソナル マップ
 フォーチュン ダイス (13)
 豊穣神の永遠のボトル


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 俺を殺す気か……。洩れかけたぞ、声が。

 これがアイテム枠3/17の正体ってわけか。どういう原理かは知らんが、三種類の品が見えない所に収まっているらしい。念じただけで手の平の上に現れてくれる。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 ◆ パーソナル マップ

   詳細: 持ち主の訪れた場所をリアルタイムで書き記していく魔法の地図。
        他者のパーソナルマップから情報を読み取って更新する事もできる。


 ◆ フォーチュン ダイス

   詳細: ???


 ◆ 豊穣神の永遠のボトル 〈レジェンダリ〉〈永久不変〉〈使用回数 無限〉

   詳細: 豊穣神メイファの祝福により尽きぬ潤いを与えられた神聖なボトル。
        通常の手段では絶対に破壊できず、微かな傷すら付く事もない。
        その中身は38234年産のバハルワインを蒸留して造られた、幻のブランデー。


        史上最高の当たりにして凶作の年と謳われたかの年、大陸一の酒造家ジョドーは
        厳選された希少な恵みから僅か半樽にも満たない量のブランデーを造り出す。

        それはまさしく、彼の生涯最高にして古今並び得ぬ傑作であった。
        執拗に求める時の権力者達。
        敬虔な豊穣神の信徒であったジョドーは彼らの声に頑として耳を貸さず、村外れの小さなメイファの祠に
        これを奉じた事で多大なる不興を買い、宮廷裁判へ。雷の刑に処されてしまう。
        広場で磔にされ、宮廷魔導師の手による雷の的にされるジョドー。
        しかし、彼が撃たれる事はなかった。
        彼の信仰心と捧げられたブランデーの出来映えに感動したメイファの救いの手が差し伸べられたのである。
        降臨したメイファは広場に居た全ての者達に自らが祝福したボトルの中身を振る舞い、
        七日七晩にも及ぶ盛大な酒宴を催した。
        この宴の最中にジョドーは天に召され、聖ジョドーとして守護聖人の席に名を連ねる栄誉を授かったのである。

        以後、腕に覚えのある酒造家達はこぞって豊穣神の神殿に自信作を奉納する事となる。
        己が誇りの結晶を、神の加護によって永遠の物とするために……。


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■





 ……………………ワーオ。

 後でいただこう。こりゃ味わうまでは絶対に死ねねえやな。
 ダイスの詳細が分からねえのはアイテム鑑定技能のせいかね? 19.0じゃまだまだ未熟なのか。      
 ともあれ、今の俺は17種類のアイテムを収納しておけるってわけだ。……戻す時は手で触れた状態で念じればいいのかな?

 おお、戻った戻った。こいつはエクセレントだ。
 そして現状を打開できそうな物がない事もよく分かった。クソッタレ。
 どうする? ダイスでも投げてみるか? ……いやいや、効果の分からん物に頼るのは気が進まない。大体サイコロってのは振るモンで投げるモンじゃねえし。もし出た目の数だけ前に進むとかいうような効果だったら洒落にならん。死んでしまう。
 こっちじゃなくてご同輩達が逃げた方の通路に……ああ、そしたら出て行ったネズミと鉢合わせになる可能性があるのか。けど、他に出口はなさそうだし……。

 ん? ご同輩?
 俺は近くに転がっている真新しい死体に目を向けた。
 喉笛を食い千切られた後に発せられた声なき断末魔の残滓が滲む、割とソフトな部類のやつ。それに触れて確認といった感じの事を念じてみる。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 ビッグスの死体  4/7

 パーソナル マップ
 フォーチュン ダイス (5)
 ヒール ストーン
 陽光のカンテラ


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 よし、思った通りだ。
 俺と同じ形でアイテムを所持している。そして恐らく、同じシステムの恩恵を受けている人間にしか入手できない仕組みになっているんだろう。
 至れり尽くせり、か。
 別に気が咎めるわけじゃねえが、一種の不快感みたいなものがあるな。……あ、もちろん有り難く頂戴させていただきますよ。他の誰にも拾われる当てがねえのに残すなんてのは無意味を通り越して害悪だろ。
 頼むから、役立つ物があってくれよ。


 俺は一秒で祈りを済ませ、これからその仲間入りをするかもしれない骸達に手を付けた。










 あとがき


 和洋折衷TRPGテイストな世界観と雰囲気の作品を書いてみたいと思い、投稿させていただきました。
 プロットなし。サイコロを振って作った、ほぼランダムな主人公視点の行き当たりばったりストーリー。
 ですので、色々と斜め下な気持ちで見ていただけると私も気が楽です。


 主人公の作成手順ですが、実に簡単です。どうでもいいので見なくても良いくらいです。

 最初に2D6(六面体ダイス2個)を振って奇数なら男、偶数なら女。

 もう一回振って奇数なら転生して赤ん坊から。偶数なら新しい肉体に転生してポイ捨てスタート。

 年齢は丁半で子供か大人かを決め、子供となりましたので(5+2D6)の式で作成。そして8歳児に。このくらいの歳なら、良い子にしてれば誰かが拾ってくれるだろう。ちょっと厳しいけど大丈夫大丈夫と考えて次へ。
 ちなみに、大人なら(15+2D6)の予定でした。

 初期能力値は2D6を振ってゾロ目が出たらば、その数値を計上加算していくという方式を取りました。
 例えばSTRなんかは4ゾロ→ワンモアチャンスで5&2、(4+4+5+2)というわけで15になりました。
 ゾロ目が出る限り何回でも振り直しての計上が可能な、まさしく運が物を言うキャラ作成方法ですが……結果はそれ程振るいませんでした。
 一般的な成人男性の平均値は10です。
 主人公は8歳なのに大人と変わらない方式でいいの? という疑問が生じるかと思われますが、これは後の本編の方で解説していきますね。

 初期技能はまず2D6ゾロ目加算方式で習得技能数を決めました。――が、ゾロ目が出なきゃどうでもいい話です。
 2&5と出ましたので技能数は7。低い方の2を戦闘技能へ、高い方の5を一般技能へと割り振る形にしました。
 習得技能は適当にそれっぽいのを書き込んだランダム作成表で選びました。
 熟練度の算出方法は、対応能力の平均値にゾロ目計上です。
 例えば長柄武器技能だと(STR+DEX)÷2+2D6 といった感じですね。

 アイテム枠も2D6ゾロ目計上で決定。
 共通の初期アイテムのマップとダイス以外はランダム作成表頼みです。死体の所持品も大体同じ方法です。
 主人公の所持品が神ボトル一本なのは天の意志です。およそ七割の確率で衣服等の装備品が、最低一つは当たるはずだったのにかすりもしませんでしたから。
 面白いので裸でスタートという事にしました。
 ですので、運悪く同じスタート地点に居た方々も裸です。

 所持金は1D6で桁数を、2D6ゾロ目計上で金額を決めました。
 最初に6が出たら(100万×2D6)なんて事になるので心配していたんですが、見事に杞憂に終わりました。

 ※ 所持金の項目はステータスから削除しました。
    お金はアイテム扱いです。
 
 特性は生まれながらの素養みたいなものですね。イメージ先行、詳細適当。
 これまたランダム作成表の出番です。
 1D6で初期特性数を決定。5は我ながら運が良いと思いました。
 主人公が女性であった場合《美形》は必須にするつもりでしたから。もし女性で1を振っていたら、ハートフル美幼女サクセスストーリーになっていた事でしょう。

 最後にスタート地点ですが、ランダム作成表に記入してある大まかなイメージを四つ掛け合わせて適当に作成するといった方法を取りました。
 例えば(大都市×オカマ×地下×ベリーイージー)とか(森林×ドラゴン×庭園×エサ)とか(家族×実験×借金×石の中にいる!)とかいった混沌としたものを頭の中でゴネゴネして最初の舞台、シチュエーションを決めるわけです。
 最初に出たのが(使命×牢獄×帝国×冒険)。私のやわな脳味噌ではオブ○○オンしか思い浮かばなかったので振り直しに。
 そして(実験×ベリーハード×エサ×闇の国)という中々ダークファンタジーっぽいイメージからのスタートという結果に。
 同じ境遇の転生者の数を(10×2D6ゾロ目加算)で算出。
 何となくだけどみんな裸って事にしてたから、こりゃ大変だわ~って一人勝手盛り上がって書き始めてみました。



 以上、長々とくだらない事を書き連ねてしまいましたが、今後ともよろしくお願いします。







[15918] 2  『スカベンジャーズ・マンション』 編
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2010/04/04 11:49

 それから更に8体の亡骸を漁り、俺は少なくない数のアイテムを手に入れた。

 サバイバルにおいてまったく全然役に立たないような物はないと思う。
 できれば、向こう側の通路の方に転がっているご同輩達からも寄付を募りたいところなんだが……まあ、身の安全が第一だしな。欲を掻いて見つかるような危険を冒す必要はないだろう。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 現在の所持品  12/17

 パーソナル マップ  (10)
 フォーチュン ダイス  (95)
 豊穣神の永遠のボトル
 ヒール ストーン
 ヒール ストーン
 リフレッシュ ストーン
 陽光のカンテラ
 拳大の石  (29)
 冒険者の松明  (31)
 麻製のロープ  (17)
 水筒 〈湧き水〉
 蜘蛛の歩みの秘薬  (5)


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 本音を言えば何かしらの武器か、衣服が欲しかったんだがなあ。
 そういうのは最初から勘定に入ってないのかね?
 ここも大概だが、人里に放り出された奴らなんかにゃまた別の苦労がありそうだな。こちらの法律や常識が前世での社会と似通ったものだとは限らない以上、下手したらストリーキングの罪で火炙りってお裁きも有り得るわけだし。
 ……笑えねえ話だが、俺がその立場だったら爆笑するだろうな。人間、笑うしかない最期ってのはあるもんだ。ツキに見放されたなら、笑うしかねえ。
 頭の中でとりあえずの算段を付けて、再び移動開始。今度は通路ではなくネズミの居ない壁の方に向かう。
 肝心要の脱出に使えそうな物が手に入ったのは、我ながら大した悪運の強さ。試してみるまで確実だとは言えないが、駄目なら駄目でちゃんと別の手も考えてある。――からまあ、ここが死に場所にはならんだろ、多分。
 楽観視してるわけじゃねえぞ。気を楽に持ってるだけだ。



 ◆ 蜘蛛の歩みの秘薬 〈使用回数 1〉〈効果時間 1時間〉

   詳細: 昆虫の体液を思わせる、ドロリとした質感の飲み薬。
        服用すれば立ち所に足音と落下の衝撃が数十分の一にまで軽減され、
        壁や天井を自在に動き回れるようになる。



 取り出した小瓶の中身を胃に流し込んで、息をつく。
 何だか摺り下ろしたアロエみたいな喉越しだな。味もよく似ている。
 本当にアイテム鑑定技能があって助かったぜ。なきゃあ絶対に毒だと勘違いしてただろうしな。正体不明の紫色の粘液なんて飲めるわけがねえ。
 ……さて、効果の程はどんなもんかな?
 俺は荒く積まれた石造りの壁に手を付け、そのまま貼り付くような形で体重を預けていった。

 ん~~? 特に変化は……。

「っどわ!? うええぇぇえ!??」

 驚き叫び、そんな自分の声に衝撃を受けて更に叫ぶ。
 何てこったー。俺の口から小娘みたいな声が出るなんてよー……。堪んねえな、こりゃ。歳の事を前もって知っててもショックだわ。恥ずかしすぎる。
 後で発声練習だな。人前で喋る時はなるべく低くしねえと。
 ……で、忘れちゃいけない薬の効き目なんだがな。蜘蛛の歩みって名前だったから、俺はてっきりスパイダーマンみたいになれるのかと思ってたんだよ。四つん這いでサクサクと壁を登っていく自分を想像してたわけだ。
 俺に限らず、健全な男子の八割方はそう思い込んでしまうのではないだろうか?

 なのにまさか、壁が下になっちまうなんてなあ……。
 うん、そう。壁が床になった。つまり、さっきまでの床が壁になったわけだ。
 何を言っているのかよく分からねえと思うが、俺も理解に苦しんでいる。やばいやばい。壁から垂直に積み上げられた死体の山が不気味でシュールで目が離せねえ。重力を無視した眺めに混乱しちまってる。明らかに脳が処理し切れていない。
 自分じゃ強い方だと思ってたんだがなあ……予想外の事態には。
 さすがに世界が様変わりしちまうような予想外は駄目だったか。原始的な恐怖を感じるぞ。
 身体の震えが止まらん。

 …………………………………………あ、ネズミ。

「おおおおおおっ!!」

 群がってきたァ────ッ!!!

 前歯が届く寸手のところで横向きに転がり、その勢いに任せて目一杯の距離を取る。
 ……危ねー。狼狽えてる場合じゃねえぞ、まったく。
 一斉に壁を駆け下りてきて、しかし床には下りられずにマゴマゴしているネズミ共の姿に苦笑い。恐る恐る身を起こし、両の足で立ち上がる。
 落ちない…よな? 死体とか今にも降ってきそうで怖いんだが。
 まあ、客観視したら俺の方が異常に見えるんだろうけどな。何せ壁を転がり上がって垂直に立っている状態なわけだし。
 ……何て言うか魔法だな。不思議や奇妙なんて言葉じゃあ腹の底に響かない。なんつーか、魔法だ。一言で言うと魔法だ。
 こちらを見上げてはキィキィと鳴くネズミ共を尻目に、俺は今の状態に慣れるため、そして何よりもまず乱れた心を鎮めるために壁の上を歩き回った。

 おお、天井も歩ける。分かってたけど心臓に悪いな。部屋が広いと尚更だわ。
 アイテム欄から取り出した拳大の石を手に持って、色々と具合を確かめてみる。



 ◆ 拳大の石

   詳細: 正真正銘ただの石。
        さりとて侮る事なかれ。
        持って殴るも良し。投げてぶつけるも良し。
        使い捨ての凶器としては理想的な代物と言えるだろう。



 ……うん、普通だ。
 いや、石の事じゃなくて。持った時の重さとかがな。
 どうやら俺だけじゃなく、俺が触れている物に掛かる重力までもが変化しているようだ。今の俺と石にとっちゃあ天井が地面なんだよ。
 試しに軽く放ってみたら、下じゃなくて上に落ちていった。ややこしいが正確にはちゃんと下に落ちていったって事だ。思った通り、身体から離れると重力が正常に働くようになるらしい。
 じゃあこれ、俺が接地面から完全に離れたりしても落ちるのか? ……落ちるんだろうな。気を付けよう。
 という事でジャンプは厳禁。けど、石が落ちるまでに半秒程度のタイムラグがあったから……まあ、走るくらいなら大丈夫か。OK。把握したぞ。
 このまま通路に行けば問題なく逃げられそうではあるが……それじゃ面白くねえやな。
 せっかくの安全圏だ。一方的に嬲らせてもらおうか。

 俺は先程の、未だにネズミが殺到している壁へ戻り、豊穣神の永遠のボトル――略して神ボトルを取り出した。
 曰く付きの品だけあって中々洒落たデザインだな。
 1リットルサイズのボトルの隅々にまで精緻な彫刻が行き届いている。それなのに、まったく華美や豪奢といった印象を感じさせない。あくまでも自然体で、一つの嫌みもなく神聖にして荘厳なのだ。
 簡単に言うと一種の芸術品ってやつなんだが……何て言うのかね? 飾ってあるのを目にした途端に思わず背筋を伸ばしてしまう。姿勢を正してしまう。そんな雰囲気を発しているんだよ。
 たかが酒瓶だってのに。こりゃあルーブル級の美術館でも目玉になれるぞ。モナリザの傍に置いたら動くんじゃねえか? あの眉無し女の目玉が。
 蓋はコルクでもスクリューキャップでもなく本体との一体型か。なくす心配が無くていいやね。

 ……………………すげー。こんなゲロ以下の臭いが充満した部屋で、何て清廉さを醸し出しやがるんだ。酒好きじゃなくても香りだけで虜になっちまうぞ。
 では早速――って、横に零れてくし。壁に立ってたのをすっかり忘れちまってたよ。液体は容器から出すと俺の身体から離れたって事になるんだな。
 名残惜しいがしょうがねえ。一口だけで我慢しとくか。

「ん~~~~~~~~~~~……っ!!!!」

 美味い! その一言に尽きる。
 柄にもなく仰け反っちまったよ。良い物もらっちまったなあ。

「さあ、てめぇらも味わいやがれ! 畜生にゃもったいねえ酒だ!!」

 飲ませた俺はきっと罰当たり。もう罰は当たってるはずだから怖くねえがな。
 ボトルを傾け、丁度良く一カ所に固まっていたネズミ共へと満遍なく注いでやる。
 しかし、こんな極上の酒が本当にいくらでも出てくるってのはとんでもないな。爽快すぎるぞ。せっかくだから溺れるくらいに飲ませてやろう。

「そぉ~ら、そらそらそら!! お~ぅ! 目に入ったか!? ハハハハハ、痛かろう!!」

 我ながらハイでならんね。酔っちまったかな~? たった一口だってのに。

「よーし、よぉーし! たらふく飲んだか~!? もう腹ぁ一杯か~!?
 だが、まだ序の口! そいつぁほんの食前酒だ! メインディッシュが待ってるぜぇ!!」



 ◆ 冒険者の松明  〈使用回数 1〉〈効果時間 6時間〉

   詳細: 不安な夜道に、孤独な旅路に、暗くて狭いダンジョンのお供に。
        あらゆる所の闇を照らす、冒険者生活の必需品。
        先を擦るだけで点火が可能な優れ物である。



「はい、今取り出しましたるこの松明! 種も仕掛けもございます! 種火いらずの優れ物!
 こうして岩肌に擦りつけただけでぇぇぇぇ……おおっ! 付いた付いた!! 馬鹿でかいマッチ棒か、これは!」

 左手に神ボトル、右手にオレンジ色の灯のともった松明を持ち、ご機嫌なステップを踏む俺。
 何と言おうか、ほろ酔い気分の時に火とか見ると盛り上がるだろ? キャンプファイヤーを囲んで騒いだりする、あの心理だよ。
 調子に乗ってブランデーを口に含み、プーッと一吹き。お得意の宴会芸だった火炎放射を披露する。
 んー、横に流れる炎が綺麗だねえ。
 どれ、もう一発──。



 ◆ 習得条件達成 複数の対象の前で該当するパフォーマンスを成功させた事により 《大道芸》技能を習得しました。



「ぶほッ──?!」

 うおっ!? 噎せちまったじゃねえか。
 こんな技能までカウントされるのかよ。不意打ちにも程があるだろ。あー苦しい。
 おっと、いけねえ。遊んでる場合じゃなかった。きっちり仕上げねえと、ただのバカで終わってしまう。

「さあ、お待ちかねのメインディッシュは、みんな大好きバーベキューだ!!」

 位置よーし。角度よーし。

「ただし、お前らのだがなっ!!!」

 俺がぶん投げた松明は狙い通りの放物線を描き、ネズミ共の塊のド真ん中へと落着した。
 轟と音を立てて炎が猛り、死の狂騒が幕を開ける。
 壁に立つ俺からしてみれば、その光景はさながら生きたタペストリ。悪趣味極まりない地獄絵図のようだった。
 焼死したネズミは数匹といったところだが、残りの奴らも大なり小なりの火傷を負っている。野生動物ってのは動きに支障を来すような怪我をしたら、まずお終いだからな。ここの連中は近い内に全滅すると見ていいだろう。
 そうじゃなくてもまあ、すぐに獲物を探しに行くような気概は残っちゃいねえだろ。
 後顧の憂いも断てた事だし、そろそろお暇致しますか。

 ……あ、そうだ。
 残りのご同輩のアイテム、今なら全部いただけるんじゃ……。

「え…………?」

 何だ、今の?

 広間を見回していた俺は、ちょっとびっくりな瞬間を目にして固まってしまった。
 見間違いじゃなけりゃあ……食ったんだよな? その、キノコがネズミを。パクッてあっさり。
 あの一番でかい3メートルのやつ。混乱したネズミがアレに近付いたと思ったら、毒々しい斑模様の傘が四つくらいに裂けて、あっと言う間に呑み込んじまったわけだ。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 ミミック マッシュルーム  LV ??

 HP ??/??  MP ??/??

 詳細: ???


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 確認のために石を落とすと、どうやらキノコに擬態した多足亜門の節足動物らしき生き物である事が分かった。
 要するに、ムカデやヤスデなんかの親戚ってわけだな。

 気持ち悪りぃ────────ッ!!

 近付かなくてよかったー! アレの陰に隠れようかどうか、迷ったんだよ俺! ネズミ以外にあんな化け物が居たなんて怖すぎる。悪魔の玩具箱か、ここは? 今更ながら寒気がしてきたぞ。
 しかも、あのキノコ虫、その気になれば天井まで俺を追い掛けてこれるんだよな? 多分。
 …………先が思いやられるな。
 一層気を引き締めねえと。少しの油断で死にそうだ。

 とにかく、アイテムを回収し次第脱出だ。幸いにも近くに寄りさえしなけりゃ安全なようだしな。



 ◆ 習得条件達成 該当するアイテムを投擲で対象に命中させた事により 《投擲》技能を習得しました。

 ◆ 習得条件達成 偽装状態にある対象を識別した事により 《探知》技能を習得しました。

 ◆ 習得条件達成 該当する武器で対象を倒した事により 《打撃武器》技能を習得しました。














 スタート地点の餌箱を出て、およそ十数分後。
 俺は極上のブランデーを惜しげもなく使って身体を洗っていた。

 臭いも落ちるし、度数の高いアルコールだから上手いこと殺菌洗浄にもなってるし、残りを気にしないで思いっきり洗えるし。まったく良い事ずくめで便利すぎるだろ。この神ボトルは。
 おまけに武器にもなるしな。
 出くわしたネズミの一匹を血祭りに上げてみて、確信した。
 手応え抜群。
 今の俺の体格だと片手でも両手でも振り回すのに丁度良い具合なんだよ。鈍器に必要な条件は全てクリアしていると言っていい。しかも高水準で。
 どんなに酷使しても壊れる心配がない武器ってのは、素晴らしく心強い物なのだ。
 松明との組み合わせで即席の火炎放射器にもなるしな。それに壁歩きという絶好のポジショニングを駆使すれば、ネズミの二、三匹は楽に始末できるだろう。
 機会があったら豊穣神の神殿に参拝に行きたいもんだねえ。メイファ様と聖ジョドーとやらには感謝してもしきれんくらいだ。

 ああ、あと分かった事だが、この身体、意外と力が強い。
 STR 15って数値のおかげなんだろうが、昔とそう大差ない感覚でネズミの頭を砕く事ができた。その代わりと言っちゃあ何だが、フットワークの方はかなり鈍く感じたかな? こっちはAGI 5が影響してるのかね?
 まあ、どちらの能力も8歳にしちゃあ破格……というか、常識で考えて有り得ない強さだ。
 この世界の住人はガキの頃からこうなのだろうか? だとしたら、末恐ろしい話である。
 ……別に筋肉質ってわけでもねえのになあ。スタイルは良い方だと思うけど。

 それから数分は酒瓶を持った8歳の子供が天井の上を音もなく歩いていくという、我ながら不気味極まりない道のりが続いた。
 お、初の分かれ道だ。見事に四つに分岐してやがるな。
 しかし、案内板があるわけでもなし。迷うところだねえ。もうすでに迷ってるわけだけど。
 ……ん、今のは悲鳴か? 左の通路からかな?



 ◆ 習得条件達成 聴覚判定に成功した事により 《聞き耳》技能を習得しました。

 ◆ 習得条件達成 見えない対象の位置を判別した事により 《気配感知》技能を習得しました。

 ◆ 習得技能枠が限界に達しました。
    新たな技能を習得したい場合は既存の技能に対して上書きを選択してください。
    またはDP振り分けによる技能枠の増加を行ってください。



 はあ、左様でございますか……。
 勝手にポンポン覚えさせられた挙げ句に、もう限界だって言われてもなあ。今のところ、アイテム鑑定と観察以外は習得の実感も何もないんだが。
 上書き云々ってのはひとまず保留にしておくか。
 悲鳴が近付いてきたので、天井に伏せて気配を殺す。
 何か光ってるな? あ、松明の明かりか。

「嫌だあああああああああああああああああ!!!!!」

 そして現れたのは、松明片手に全裸で全力疾走する男の姿だった。
 その顔は涙と涎でグチャグチャになった必死の形相。開きっ放しの口からは泣き言、悪態、懺悔の言葉といったものが渾然一体となって吐き出され続けている。
 正直、見るに堪えないが……男の後を追う連中の存在を考えれば仕方のない事だろう。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 グール  LV 3

 HP ??/??  MP ??/??

 詳細: ???


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 一言で言うとアレだ。生ける屍、走るゾンビ。
 よくある、フィクションの悪夢が現実にってやつだな。
 ゾンビが出演するパニックホラー物を観た人間の大半は、こんな感じのスリリングな夢見に寝汗を掻かされた経験があるんじゃないだろうか? そういう俺も例外ではない。少なくとも100回は見たな。バット大活躍だった。

「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!!!!!」

 そんなくだらない事を思い返している内に聖火ランナーが通過。通路の向こうに消えていく。
 もちろんゾンビの応援団も、足並み揃えてさようなら。
 20体は居たか……どうにもならんな。
 見なかった事にしよう。




 結局、俺は正面の通路を進む事にした。
 男が走ってきた左側はゾンビ天国の可能性があるし、走っていった右側は言わずもがなだったからだ。
 それからの分かれ道は、すべて真っ直ぐ。
 何度か遭遇したネズミやゾンビを撲殺したり火達磨にしたり、手に負えない数だった時はやり過ごしたりと、
特に目新しい事もなく神経を磨り減らすだけの時間が過ぎていった。
 出口に近付いているのか、遠ざかっているのか、それすらも分からない。身体の方はまだ元気だが精神的な疲労が溜まってきている。そろそろ休憩が欲しいところだ。
 でも、落ち着けそうな場所がねえんだよなあ。
 スパイダーマン・タイムはとっくの昔に終了しちまったし。先の不安を思うと無駄遣いは絶対にできねえし。それでも、いざとなったら天井で寝るしかねえんだろうけど。

「…………これは、牢屋か?」

 ただ警戒だけに努めた無心になって歩いていると、左右の壁に鉄格子の並ぶ幅広い通路に辿り着いた。
 退屈な道行きに訪れた、ようやくの変化である。
 もっとも、俺にとっちゃあ馴染み深い眺めだったりするんだが。
 気を引き締めての忍び足でこっそり近付き、手前のいくつかを確認する。ゾンビが入ってる牢もあったが、しっかりと鍵が掛かっていたので心配ないだろう。
 俺は空いているの牢の中で一眠りする事に決めた。
 多分、ここで休んでおかないと後に響く。そう思ったからだ。
 休める時にしっかりと休む。サバイバルの鉄則である。決して『念のためだ。もう少し奥まで調べてみよう』なんて思ってはいけない。
 ……お、ここが良さそうだな。ベッドが綺麗だ。……心持ち。

 出入り口は鍵がないのでロープで何重にも縛って固定。一応の安全を確保する。出る時は燃やせばいいだけだから楽なもんだ。
 気を緩めた俺は壁に備え付けられた簡易ベッドの上にゴロンと寝そべり、長い長い息を吐いた。
 取り出したマップを眺め、ぼんやりと今後についてのプランを練る。
 このパーソナルマップ、薄茶色の如何にもそれらしい趣に溢れた見た目に反して、とんでもない高性能。拡大、縮小、スクロールといった事をタッチパネルみたいな感覚で操作できるのだ。
 更にマーカーで現在地まで教えてくれる、超親切機能付き。ここまで来ると紙で出来たカーナビだな。
 …………自分の足で更新していくしかないってのが、唯一にして最大の欠点ではあるが。
 せめて食料があればな……。水も酒も地図もある事だし、地道に探索していけるんだが。
 あと鏡。あと服。あとアサルトライフル。三つ目以外はない物ねだりってわけじゃねえだろ。贅沢は言わん。逆行した股間だけでも隠させてくれ。
 まあ、牢屋があるって事はそれを管理していた人間が居たはずだし。もう少し探れば何かしらの発見は望めるだろう。――と、希望的観測を抱いたまま眠るとしようか。

 目を閉じると直前まで眺めていたせいか、マップの隅に記載されていた文字の事が頭に浮かんだ。
 恐らくは……いや、確実にこの迷宮の名前なんだろうが、まったくロクでもない。名付けた奴は皮肉を利かせたつもりなのか?
 笑えねーぞ。ちくしょー。





 ……………………〝スカベンジャーズ・マンション〟なんてよ。












 あとがき


 二話目です。中々進みません。
 ペースは遅いですが、皆様の感想を励みにコツコツと書いていきたいと思います。
 ありがとうございましたああああ!!!

 技能習得の上限は初期の7つに2D6ゾロ目加算で決めました。計15になります。
 他にも色々隠しパラメーターが存在しますが、一々記載するのも面倒ですので、いつの日かのまとめにでも載せようかと思います。

 主人公のキャラクターは作成した時に大体出来上がっていましたが、話が進む内においおいと固まったり変化していったりするでしょう。
 どんな奴だったかは想像にお任せします。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 現在の所持品  15/17

 パーソナル マップ  (17) スタックできるんです
 フォーチュン ダイス  (151)
 豊穣神の永遠のボトル  まさか、メイン武器になるとは……
 ヒール ストーン
 ヒール ストーン
 リフレッシュ ストーン
 陽光のカンテラ
 拳大の石  (56) 天井から落として1消費、天井からキノコ虫にぶつけて3消費
 冒険者の松明  (74) ネズミのバーベキューで1消費、その後の火遁轟火球の術で1消費
 火の付いた冒険者の松明  目立つから普段は収納しています アイテム欄にあると劣化しません
 麻製のロープ  (44) 牢の入り口を縛るのに1消費
 油の入った小瓶  (8) 出る確率を低めに設定したものの、神ボトルのおかげでほぼいらない子に
 水筒 〈湧き水〉
 蜘蛛の歩みの秘薬  (9) 色々するのに1消費  他に定番の透明化薬なんてのもありましたが、敢えてこっちに
 空き瓶 〈極小〉  秘薬の入っていた瓶です。大きさは眠々打破くらい


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 入手アイテムですが、同胞達の亡骸からは武器、防具、衣類、装飾品の類は出ないようにしてあります。
 ランダム表で当たると、石や松明やロープになっちゃうわけですね。





[15918]
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2010/03/05 19:59


 ……………………それほど最悪な目覚めってわけでもねえな。


 一体どれくらい横になっていたのか? 時計がないってのは本当に不便でならん。そして非常に不安だ。
 某国の山中をほとんど身一つで彷徨う羽目になった時でも、時計とナイフとライターは肌身離さず持っていたからなあ。たかだか時間が分からねえってだけで、こんなにも心細くなるとは思わなかった。
 癪に障る話だが、この俺にも文明人らしい脆弱さが残ってたって事か……。
 ああ、あと8歳児でも素っ裸でもなかったか。
 そう思うと意外に楽な経験だったような気がしてくるな。あっちにゃ凶暴なネズミもゾンビも擬態して待ち構える捕食者も居なかったわけだし。危険といえば、せいぜいAKで武装した――。

 …………む?

 近付いてくる気配がある。
 この感じはゾンビやネズミじゃねえな。十中八九、人間だ。ってことは、ご同輩か……?
 だとしても、この息遣いの荒さはどういうわけだ?
 興奮している? まあ、無理もねえ状況だが。最悪、正気を失っている場合もあるな。こりゃ不味いかもしれん。
 生半可な化け物よりも中途半端に頭が働く分、そういう手合いの方が遙かに厄介だ。なるべくなら接触は避けたいんだが……牢屋の中じゃ逃げる暇も隠れる所もありゃしねえやな。
 あー、嫌だ嫌だ。
 俺はたっぷり数秒考えて、とりあえず寝たふりを決め込む事にした。

 別に投げたわけじゃねえぞ。今のナリじゃあ、まともな交渉なんかできやしねえと思っただけだ。
 裸のガキが凄んで見せたところで誰も怖がらんだろ。脅しもはったりも効かん。仮に何かネタがあって取り引きに及んだとしても、舐められるのがオチ。拳銃でも突き付けんと成果は望めねえだろうよ。
 物心付いた時から暴力親父にジャンキーのお袋、借金取りや売人や売春目当ての観光客やらを相手にしてきた俺が言うんだ。間違いない。
 例えどんなに頭の回転が速くても、ガキはガキという理由だけで大人と対等のテーブルには着けないように出来ているのである。
 唯一の手段は無力な天使のふりをして相手の保護欲とか良心とかに訴えかける事だが、残念ながら却下と言わざるを得ない。聖職の方々にすら通用しなかったからな。おかげで俺は天国に行けなくなっちまった。
 だからまあ、成るようになれ。

「……おい、起きろ!」

 結局は相手の出方次第ってわけだ。

「起きろクソガキ! 聞こえてんだろ! ぶっ殺すぞ!!」

 うわぁ~~。
 声だけ聞いて駄目だこりゃ。面を拝めば何てこったい。
 鉄格子の向こうに居たのは例によって全裸の、これといった特徴のない男だった。
 しかし、顔つきが酷すぎる。
 万人を不愉快にさせる乱れた呼吸、定まる様子もなく歪み続ける口元、爛々と滾る濁りきった眼。まるで飢えた獣に醜い欲望を塗したかのような興奮状態。
 断言してもいい。こいつはクズだ。
 ここに来るまでに随分と殺したんだろう。そんな自分に酔ってやがる。

 後悔、恐怖、達成感、吐き気に怖気に気持ち良さ。
 殺人を犯して真っ先に込み上げるものってのは人それぞれ。中には何も感じないって奴も居るだろうが、そいつはプロか精神異常者か、相手がよっぽど歪だった場合だけだな。
 犬や猫を殺せば後ろめたい気持ちになるかもしれんが、ゴキブリを潰しても余り気は咎めねえだろ? 殺して平静で居られたなら、そいつは自分にとってゴキブリみたいなもんだったって事だ。
 ――で、目の前の男のケースはというと。まあ、最初の殺しで一番性質の悪い思いに囚われちまったんだろうな。
 それはつまり、万能感だ。
 殺した殺されたってのは人間関係における上下と正否を決める、最も単純で原始的な方法だからな。自分が殺したから正しい、生きている自分の方が偉いって寸法よ。
 まったくもって無法者や野生動物の価値観なわけなんだが、確かに一面の真理ではある。人間も動物だからな。本能が刺激されちまうんだよ。甘い誘惑に理性なんて簡単に吹っ飛んじまう。
 平和な文明社会で育ったからって正気を保てるとは限らない。心が弱かったり、遵法意識や道徳観念が薄かったりすると尚更だ。
 けどまあ、それは別に構わねえと俺は思う。
 そもそも人を殺しておかしくなるなんてのは当たり前の事である。肝心なのは、そこから戻ってこれるかどうか。我に返った後でちゃんと自制できるのかどうかだ。でなきゃあ、戦争で敵を殺した兵隊さんは全員処分せにゃならん。

 ……断っておくが、これは殺人を肯定するとかいった話じゃねえからな。
 道徳や法律を抜きにした、あくまでも人間性についての俺の意見だ。

 要するに、俺が出会ったこのクズ男は人を殺したからクズというわけではなく、人や化け物を殺した事で自分を何だか凄い奴だと思い込み、逸物なんかを漲らせちゃっているからクズなのだ。クズで変態なのだ。殺しでハッスルしたからクズなのではなく、それを引きずり思い上がり、他者に対して傲慢な態度に出るようなクズだからこそクズと言うしかないのだ。ましてや幼児に性的興奮を覚え、その獣性を隠そうともしないなど以ての外。クズ、くず、屑、クズ、人のクズ。生きる価値なし今すぐ消えろ。腰を振るな。鉄格子を揺らすな。盛った猿か、このクズは。

 ………………………………いかんいかんいかん。俺が熱くなってどうするんだ。

 起き抜けにけったいなモノを見せられたせいで頭に血が上っちまったか。冷静になれ、冷静になれ。
 そういうワケで話し合いは不可能。とっとと始末することにした。
 とはいえ、今の俺は力が強いだけの8歳児、このクズも多分、見た目通りの強さではないだろう。慎重にいかねえとな。

「……どちら様でしょうか?」
「どちらさま、じゃねーよ! 早く開けろ! 開けねえと殺すぞ!!」
「お断りします」
「ふざけんな! お前、バカか!? ぶっ殺すぞ!!」

 適当に受け答えしながら、手早く見極めに掛かる。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 ????

 ステータス不明


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 ふむ……怪我はなし、と。じゃあ、クズの身体に付いてるのは全部返り血なのか?
 無傷で敵を倒せるほど経験豊富にゃ見えねえし、何か凄い武器でも隠してるのかね? ……いや、こういうバカチンは得物がありゃ振りかざすもんだ。
 なのに丸腰、丸裸。しかも、明らかに逃げてきたとか虚勢を張っているとかいった雰囲気じゃない。
 ……まさか、素手で切り抜けてきたとか?
 あ、魔法使いって可能性もあるのか。って、こんな知性の欠片もない魔法使いが居て堪るか。俺は認めんぞ。
 じゃあ、やっぱ素手なのか……。クズ野郎め。どんだけ馬鹿げたステータスしてやがんだ?

「ところで貴方、人から『口が臭い』とか言われた事ありませんか? 臭いますよ。……凄く」

 大体掴めたところで挑発開始。
 誘導するために、できるだけ煮込んでおこう。

「っだと、こら!?」

 おお、鉄格子が曲がった。どうやら俺の見立ては正しかったようだな。大した腕力だわ。

「お前、おれが誰だか分かってんのか!? おれが誰だか分かってんのか!!?」

 いやー、さっぱり分からん。
 分かりたくもないが。
 もはや言葉を重ねる必要もない。俺は包み隠さぬ気持ちを込めた冷笑だけで、クズの脳味噌を沸騰させた。

「ブッッッッ殺してやるうううううううううううううううううううううう!!!!!!」

 阿呆、そりゃこっちのセリフだ。安っぽくなるから決して口にはしねえけどよ。
 ベッドから下りた俺は、軽く準備運動を済ませて蜘蛛の歩みの秘薬を飲み…………飲み……………………?

「GOOOLUOUAHOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」

 うおおおおお!?!? 何じゃこりゃあああああああ!!?
 見る見る内にクズの肌が黒く変色。それと共に身体中から黒い毛が生え、筋肉が盛り上がり、骨格までもが変形していく。
 更に犬歯は伸びるわ、背は伸びるわ、モノはもっと角度を増すわで、まるっきり野獣じゃねえか。
 元々人間じゃなかったのか? 人間以外のご同輩も居るって事でいいのかね? かく言う俺も種族が謎だし。さしずめ、こいつは狼男といったところか。
 格好良く言うと……何だっけ? ワーウルフだったか?
 あ、違った違った。こいつ狼じゃねえ。

「VAAAAAAAAAAAAAAAA────ッ!!!」

 ゴリラだ。
 ってことはワーゴリラ? ワーモンキー? しっくりこねえからワーエイプにしとくか。
 確かにこれなら素手でも平気だわ。高い身体能力、変身で姿を使い分けられる利便性、本人の頭が致命的に悪い点に目を瞑れば非常に恵まれた肉体と言えるだろう。
 まあ、羨ましくはないけどな。類人猿に変身とか如何にも退化したみたいで嫌だし。俺の性に合わん。
 変化しきった太く毛深い腕を叩き付けられ、鉄格子が目に見えて揺らぐ。
 こりゃあ、すぐにぶち破られるな。
 体格とパワーの差は歴然としている。真っ向から挑むのはやめた方がいいだろう。酒瓶でぶん殴ったところで応えるとは思えんし。
 ……とすると、打てる手は一つしかねえやな。

 俺は怯えきった風を装い、壁際に下がった。
 一方、クズゴリラは鉄格子をお釈迦にした事に興奮したのか歯茎を剥き出し、ドラミングなんぞを見せつけてきたりしている。
 いや、そういうのはいいから。早く来いよ。俺もいつまでもお前に構っているほど暇じゃねえんだ。
 圧力を掛けるように、両手を広げてゆっくりと牢屋に入ってくるクズゴリラ。脇をすり抜けられる事だけを警戒してるんだろう。俺としてもその方が有り難い。
 距離は……あと1メートルちょいかな? ワンチャンスだから集中しねえと。
 しかし、こいつの息遣いだけはどうにかならんもんかね? 激しくウホウホ言いやがって耳障りにも程がある。
 これはアレか? 敵を笑わせて動きを封じる戦法なのか? ああ、前世で遭遇してたらなあ。多少の犠牲を払ってでもビッグフットとして世に送り出してやったのに。

 …………よし、間合いは完璧だ。
 素早く背後の壁を駆け上り、クズゴリラの目線へと。
 やっぱり秘薬の事は知らなかったか。常識外の動きをされて見事に固まってやがる。

「ほれ、熱いから気を付けろよ」

「ッッ!? ギャアアアアアアアアアアアアァァアアアアア!!!!」

 俺はその無防備な右目に、取り出した松明の炎を押し付けてやった。力一杯な。
 予め火の付いた松明をアイテム欄に収めていたからこそできた、一瞬の挙動。完全な不意打ち。
 確かに、こういう事態を想定しての仕込みだったわけだが……ここまで綺麗に決まるとはなあ。頭使った甲斐があったってもんだ。
 右目を押さえて悶絶するクズゴリラ。俺は会心の一撃の余韻に浸る間も置かず、天井に移動しながら神ボトルを準備。ボケナスの毛皮によぉ~く染み込むよう、たっぷりとブランデーを注いでやる。
 でもって必殺、火炎ファイヤー!!

「アヂイイイイイイイ!!! アヂイイイイッグゾオオオオォォオオオ!!!!」

 火達磨になったクズゴリラは頭を抱えてゴロゴロと、狭い牢屋の中を縦横無尽に転がり始めた。
 判断を誤ったな。ケツまくって逃げ出しときゃあ、俺もこれ以上の手出しはできなかったってのに。火を消す事を優先させちまった。
 こっちにゃ無限の燃料があるとも知らずによ。
 あとはまあ、煙を吸い込まないよう細心の注意を払いつつ、火力を調節する作業が続いたわけだ。
 焼死は最も辛く、逃れ難い死に方の一つだ。全身に燃料が掛かった状態で引火すれば、どんなに早く消し止めたとしても集中治療を要する重態になる。こんな場所じゃ助かる見込みなんぞありゃしねえ。

「ァァァァァァッァ……………………」

 クズゴリラは異常なしぶとさを見せたが、その足掻きは地獄の苦しみを骨が焼けるまで長引かせただけに過ぎなかった。
 …………あー、焦げ臭せぇ。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 ゴリバルの死体  5/5

 パーソナル マップ (5)
 フォーチュン ダイス (34)
 ケタの干し肉 (14)
 豚肉の塊 (13)
 ナングの卵  (8)


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 見事に食料ばかりだな。
 選んで収納してたのかね。アイテム枠が少ないし、食い意地も張ってそうだったし。俺にとっちゃあ有り難い話だが。
 ん、俺の枠も満杯か。やり繰りしてかんといけねえやな。

 ……さて、秘薬の効果がある内に先へ進むと致しますか。

















 ◆ ケタの干し肉 〈重量 100グラム〉

   詳細: 塩と香辛料を塗布し、天日干しにする事で保存性を高めた食肉。
        一般的に干し肉といえばケタか豚の肉の事である。


 ◆ ナングの卵

   詳細: ???



 天井を歩きながら栄養補給。手に入れたばかりの干し肉を咀嚼する。
 うん、悪くない。ビーフジャーキーよりもあっさりしていて噛み応えがある。酒の肴にするには、ちょいとばかし塩気が足りんが。
 ああ、ケタってのがどんな生き物なのかは気にしない方向で。
 卵の方は……うおっ? でけぇ。
 ダチョウの卵より大きいぞ。ナングってのはジャイアントモアのご親戚ですかい? ……ダチョウもそうか。
 何にせよ、こりゃ生じゃ食えんな。火を通すのも大変そうだ。

 そこから先はかなり長いこと真っ直ぐだったが、ズラリと並ぶ牢屋のおかげで退屈はしなかった。
 正確には中に入っている連中のおかげだな。
 半分近くは空っぽか、あのグールっていう走るゾンビだったんだが、他にも色々と居たんだよ。
 人間以外の種族のゾンビに、馬ぐらいの大きさの蠍の抜け殻、でっかい火を吹くトカゲ、動く雪達磨、お化けカボチャ、蛇みたいな尾っぽの鶏、立派な銀色の角を持つ水牛。閉じ込められて何年経つのかは知らんが、どいつもこいつもまだまだ元気そうだった。
 もちろん近寄ったりなんかしてねえぞ。ガキじゃねえんだから。

 ましてや、手を突っ込んでみようだなんてなあ……。

「いたいぃぃ~~~……ううっ……! いたいよぉぉ~~~!」

 右手を押さえて蹲る、可愛い裸の女の子。
 床には真っ赤な鮮血が滴っている。傷口は見えないが随分と痛そうだ。
 目敏い者でなくても、ほんの少しの想像力があれば見当が付くだろう。彼女は正面の牢の中に居る、凶暴な面構えの犬に手を噛まれたのではないか? 理由はアレだ。無邪気にも撫でようとしたんじゃあないか? ってな。
 馬鹿だなあと呆れつつも、心配せずにはいられない。
 俺が出くわしたのは、そんな人の情ってやつをこの上なく刺激する場面だった。
 出血量から見ても、指の一、二本は食い千切られたのではないだろうか?

「いたいいたいたい、いやいぃぃぃ……!!」

 大変だ! 早く何とかしなければ!
 俺は女の子に向かって駆け出し、そのままダッシュ。全速力で先を急いだ。
 天井に居てよかったよ。アレとすれ違わずに済んだんだからな。
 別に見捨てたわけじゃねえぞ。本来ならしっかり面倒を見てやるのが一人前の男の務めだと思う。いや、本当だって。フロリダじゃあ、ちょっとした足長おじさんだったんですよ、私は。
 そう、見捨てたわけじゃない。
 そもそも、見捨てなきゃならんような存在は最初から居なかったのだ。
 だってアレ、見た目通りの生き物じゃねえだろ! そりゃ姿は完璧だったけどさ! 何で犬の方が怯えてんだってぇ話だよぉぉ、こん畜生!!

「まああぁぁぁあぁぁてえええぇぇぇぇぇ────!!!」

 ほら、来たァ────ッ!!!
 
「くわせろくわせろくわせろくわせろくわせろくわせろくわせろくわせろくわせろくわせろくわせろォ!!!!」

 思った通り、どこも怪我なんかしちゃいねえ。
 本性を顕わにし、堂に入った四足走行で追ってくる見た目幼女。
 顕わにしたといっても、ちょっと口が大きくなって鋭そうな爪と牙が生えたくらいか。ああ、あと眼が怖い。基本的な外見が変わっていないもんだから、恐ろしくて適わん。この世の者とは思えない迫力があった。
 そして速い。
 俺が遅いだけかもしれんが、とにかく速い。50メートルも行かない内に追い付かれ、天井と床で並走しなきゃならんようになっちまった。

「ぐわぜろぉぉぉ────────ッ!!!」

「やなこったああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!」

 何ともワンダフルな追い駆けっこの始まりである。
 しかしやべぇな。そろそろ薬が切れる頃か?
 まだ8本あるとはいえ振り切れなきゃあジリ貧だし、その前に絶対俺のスタミナが尽きるだろうし、こいつは諦めが悪そうだし。……こりゃ逃げるのは無理そうだわ。
 じゃあ、戦うか?
 それも無理だな。今こいつ、三角跳びで俺の背中をかすめやがった。
 走りながらだぞ? 通路の高さは5メートルはあるってのに。
 こんな異次元級の身体能力を持つ相手とガチでなんかやれるか。ライオンと素手で戦う方がまだ勝算があるわ。
 多分、火炎ファイヤーも避けられると思う。さっきからブランデーを浴びせようとしてるんだが、一向に命中してくれんのよ。
 ……不味い、不味いぞ。先のクズゴリラなんぞ問題にならん脅威だ。
 何とかせんと死んでしまう。死んで幼女の糧になっちまう。ゾンビの餌やキノコの養分よりは格段にマシだが、太陽も拝めねえままで死にたくねえんだよ、俺は!

 ……………………待てよ。なるほど、糧か。

「おぉーい! お前、豚肉好きかァ────!!?」

「すき────────ッ!!!」

 いけそうだな。



 ◆ 豚肉の塊 〈重量 1000グラム〉

   詳細: ケタ肉に次いで多くの人々に食されている、一般的な食肉素材。
        これはその、肩ロース肉の塊である。
        牛や山羊は乳を、鶏は卵を、羊はその毛を収穫するために
        養殖しやすい豚とケタよりも食肉にされる割合が少ないのだ。



 試しに放ってみると、フリズビー犬のチャンピオンもかくやといった勢いでキャッチしやがった。
 相当飢えていたんだろう。こんなロクでもない場所を独り、空きっ腹を抱えて彷徨うだなんてなあ。……狙われたのが俺じゃなきゃあ同情できる境遇だったんだが。
 できれば、今度からはネズミやゾンビを獲物にしてくれると有り難い。
 というわけで、じゃあなベイビー! E型肝炎には気を付けろよ!

「もっとよこせええええええぇぇぇぇえぇええ!!!!」

 食うのが早ぇぇ!!
 生の豚肉が1キロだぞ。頼むから少しは味わうとかしてくれや。




 結局、逃げられそうもないので、俺は彼女が満足するまで貴重な食料を提供する羽目になった。
 ツイてねえなあ。……いや、あそこでクズゴリラを殺してなければ一巻の終わりだったろうから、運が良いのか?
 まあ、怪我しなかったから良いって事にしとこうかねえ。













 あとがき


 以上、今回はゴリラと幼女の二本立てでお送りしました。
 展開が遅せぇー!!
 ランダム遭遇はこのくらいにしておきましょう。次にはきっと進展があるはずです。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 現在の所持品  17/17

 パーソナル マップ  (22) もはや脱落者カウンター
 フォーチュン ダイス  (185) まだまだ増えるよ!
 豊穣神の永遠のボトル  大活躍です
 ヒール ストーン
 ヒール ストーン  それぞれ使用回数が違うからスタックできないんです
 リフレッシュ ストーン
 陽光のカンテラ
 拳大の石  (56)
 冒険者の松明  (73) 火炎ファイヤーで耐久力を削られ1消費
 火の付いた冒険者の松明  立派な武器です。
 麻製のロープ  (44)
 油の入った小瓶  (8) 揚げ物に使うには、まず鍋を探さないといけませんね
 水筒 〈湧き水〉
 蜘蛛の歩みの秘薬  (8) ゴリラ撃退に1消費 飲んだからって安全とは限りません
 ケタの干し肉  (13) 早速の味見で1消費
 豚肉の塊  (6) 幼女が満足するまで与え続けて7消費 (1+1D6)で判定しました
 ナングの卵 (8) 大きい卵にはロマンが詰まっています


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 秘薬の入っていた小瓶は捨てました。早くも枠一杯です。

 思っていたより好意的な感想をいただけて嬉しい限り。これからも精進していきたいと思います。
 感想100になったら暫定データのまとめを載せるよ! きっとだよ! 何も考えてないわけじゃないよ!




[15918]
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2010/04/04 10:57
 
 秘薬の効果が切れてから、およそ30分後。
 牢屋の並ぶ通路の終わりに辿り着いた俺はマップを見据え、次なる分岐をどう行ったものかと頭を悩ませていた。

 壁に背を預けて座り、気休め程度に足の裏を揉みほぐす。
 情けない話だが、先程の全力疾走のせいで足の痛みが無視できなくなってきたのだ。
 ああ、血が出てる。
 ……当然か。あれだけ走って落ちなかった代償としちゃあ安いもんだろ。
 けど、さすがに石畳の上を裸足で歩き詰めってのはなあ……。大人とか子供とか関係なくつらいぞ。靴を履き慣れた文明人には地味に応える仕打ちだろうな。
 そして、こういう地味なつらさの積み重ねが精神を摩耗させていく。
 水も食料もないご同輩なんかは大いに焦っている事だろう。適度に休憩を取りつつ、じっくり腰を据えて探索するという最善手が打てないのだから。

「おー、おまえ、そのチズ。どっからだした?」

 軋みを上げる体と心に鞭打ってでも、先へ進むしかない。
 探索などと悠長な事を言っている余裕はない。とにかく先へ、出口を目指して進むのだ。

「おまえ、デグチわかるか? かあさま、うえにいる。うえいくミチわかるか?」

 ……でねえと、俺がこいつに喰われちまう。

 そう、7キロもの豚肉の塊を平らげやがった、あの幼女モドキな。
 付いてきたんだよ。俺の後ろをトコトコと。最初は面食らったが、少し考えれば合点のいく成り行きだった。
 結局、満腹で俺を襲う必要がなくなっても、俺を逃がす理由にはならなかったって事だ。
 腹が減ったら近くに居る俺か、俺が出す食料を食えばいいだけの話なんだからな。わざわざ次の獲物を探す手間が省けるってもんだろ。
 けど、普通そんなの思いついたところで実行する奴なんか居ねえだろうなあ……。
 これが人間なら、かなりの悪党でも残りの食料を出させてお終い。殺すなり追い払うなりはしても、足手まといになりそうな子供を非常食として連れて行こうとは思わんだろう。ましてや、後を付いていくとか有り得ん。俺が道を知っているとかならともかく。有り得ん。
 野生動物なら? 満腹になった時点でさようならだ。
 つまりこれは、人であっても獣であっても取るはずのない行動。
 人の奸知と獣の本能が入り混じったメンタリティを持つ、彼女だからこそ実行に移せる手段なのである。

 とんでもねー。とんでもねえ奴に目を付けられちまったよー。……俺、やっぱツイてないわ。
 解体を間近に控えた家畜ってのは、こんな気持ちなのかねえ?
 逃げるのも倒すのも無理。となると、後は寝首を掻くくらいか。大丈夫かね? まあ、やってみるけどさ。

「上? お前、上から来たのか? ここが何処だか知ってんのか?」

 しかしこのモドキ、アイテムの出し入れを知らないって事はご同輩じゃないのか? それなりに会話は成立するようだし、まったくの化け物ってわけじゃないんだろうが……。観察技能の低さが悔やまれるな。
 一応、ヒト科に分類しといてやるか。
 こっちの世界の住人が、こんなのばっかりじゃない事を願うしかねえやな。

「おう! カーリャ、うえからきた! うえにかあさまいる。……ここ? ここ、たぶん、しーくじょー」
「飼育場?」

 飼育場ねえ……。
 まさか、見せ物小屋の地下ってわけでもねえだろうし。この広大な空間に、あんなに沢山の化け物を閉じ込めておくのだから、きっと大規模な実験施設か何かだったのだろう。
 今の有り様を見る限りじゃあ、その廃墟ってのが妥当だと思うがな。
 何が目的だったのかは知らんが、モドキが言ってる〝上〟が研究所になってるのかね?
 ってことは……何でこいつ、こんな場所に下りてきたんだ?

「おうおう! しーくじょー! かあさま、いってた! とらわれのみ。カーリャといっしょにつかまった!」
「捕まった? 誰に?」

 適当に相手をするつもりだったが、中々有力な情報源になりそうだ。俺は上の空をやめ、モドキの目を見て話す事にした。

「……………………」
「……おーい?」

 何で急に黙る?
 …………あ、怖いのか。
 参ったな。上はこのフロアよりも危険なのか? ……危険なんだろうな。多分、モドキは上からここに逃げてきたんだろうし。
 こりゃあ、ただ闇雲に出口を探して脱出ってわけにもいかなさそうだな。

「………………………………シャイターン」

「はぇ? 何だって?」
「シャイターン。カーリャとかあさま、シャイターンにつかまった。まだまだいっぱいつかまってる」

 シャイターン? アラビア語でサタンか。確かイスラム圏じゃあ、悪魔を意味する普通名詞だったかな?
 モドキが言っているのは、要するに悪魔の事だろう。
 ……え、悪魔?
 悪魔が居るのか? 上に?
 そりゃあ、あんな化け物が居るんなら悪魔も…………いやいや、飛躍しすぎだろ。『ネッシーが実在するならUFOも本物だよね!』って、言ってるようなもんじゃねえか。
 第一、この世界のシャイターンが悪魔そのものを指す言葉とは限らない。もしかしたら、悪魔的な異民族や異教徒って意味なのかもしれねえし。……そっちの方が可能性が高そうだな。

「そのシャイターンってのは人か? 種族とか、組織とかの名前なのか?」

 とにかく実体の分からんモノに怯えても仕方がない。そう思って訊いた俺に、モドキは子供らしい首の振り方で答えた。

「シャイターンはシャイターン。ヒトじゃない。ケモノじゃない。いきるものすべてのテキ」

 おお、そりゃ如何にも悪魔っぽいな。
 ……もう悪魔って事にしとくか。危険度を最大級に見積もって問題なさそうだ。

「つかまったあと、カーリャだけ、ここにおとされた。どうしてかわからない」
「落とされた場所、分かるか?」
「わからない。カーリャのあと、シニガミきた。カーリャ、ひっしににげた。それから、おぼえてない。もうなんにちたったのか、わからない」

 まあ、空腹で我を忘れるくらいの間、迷子になってたって事だろうなあ。
 訊いてみるとゾンビは食えたもんじゃなくて、ネズミや他の生き物には毒があるのだそうな。それ以外は牢屋の中だったり、とても敵わなかったりといった理由で何も口にしていなかったらしい。
 そんな時に、抜群の視力で天井を歩いてくる奇妙な奴──即ち俺を発見。油断させるために一芝居打ちやがった、と。
 ……大したタマじゃねえか、おい。
 もうすぐ6歳だってのにも恐れ入った。俺の子供時代よりも遙かに逞しいぞ。

「そうか……。大変だったんだな。そういう俺も、お前と同じで大変極まりない状況なんだが」
「おう、おまえもまいごか? つかまっておとされたか?」
「まあ、似たようなもんだな。俺も迷子で、上に行く道を探してるってわけだ」
「おう! おなじか! カーリャ、おまえについてくぞ!」

 ついでに床に滴っていた血の正体を問い質してみたら、自分のを使ったと答えやがった。
 ちょっとした傷ならすぐに治っちまうんだと。……大したタマじゃねえか、おい。

「ああ、別に構わねえけどよ。……飯はどうするつもりだ?」

「……………………もう、ないのか?」

 うお。

「いいえ、まだまだありますよー」
「おー、よかったー。じゃあ、だいじょーぶだな」

 今の顔で分かった。
 こいつ、やっぱり俺を喰う気だ。
 食料がなくなり次第──とまではいかないだろうが、いざとなれば容赦なく人間を非常食にする。そんな覚悟を決めてやがる。
 別に非難するつもりはねえけどな。俺も食糧問題に煮詰まったらやるだろうし。
 だがそれは、あくまでも今の食料を節約して使い切った末の、苦渋の選択でなければならない。
 計画性もなしに無駄飯ガッついた挙げ句、俺まで喰おうってんなら……夢の途中で旅立ってもらうしかねえやな。





 それからは特に何事もなく、マップの空白を埋める単調な時間が過ぎ去り、クソッタレな二日目が終了した。

 寝床の方は同じような牢屋が見つかったので問題なし。
 心配していたモドキの飯の方も、俺と同じ量で我慢するという約束を取り付ける事に成功した。
 俺が死んだらもう後がないわけだからな。その辺をよく言い聞かせた上で……うん、アレだ。二人で協力して〝かあさま〟とやらを助け出そうとか言っちまったんだよ。
 案の定、モドキは素直に頷いてくれた。
 ……まあ、行く先は同じで、最終目的も同じく脱出なんだ。上がどうなっているのかは知らんが、敵が居るなら捕虜を助けて回る事になるだろう。
 囮は一人でも多い方がいい。約束を違える事にはならんさ。

 そして現在、就寝のお時間なんだが……正直、予想外だったわ。
 モドキの奴、よりにもよって俺の背中にしがみ付いて寝てやがんだよ。コアラみたいに。
 こんな状態で寝首なんぞ掻けるはずがない。下手なことすりゃ爪牙の餌食だ。……そういや、コアラって爪が凄いんだよな。目付きも悪いし。
 ぬわー、くそー。
 背中を濡らす涎の不快感に、黙って堪え続ける。
 動きを封じられた俺には、そんな屈辱的な選択肢しか残されていなかった。
 
「……………………かあ…ま…………」

 …………狡賢いガキだぜ。まったくよ。





 三日目もこれといった進展はなし。
 敢えて語るとすれば、多少戦闘が激しかった事ぐらいか。
 ゾンビやネズミの群れによく出くわしたんだよ。この二種は言うまでもなくお仲間でも何でもないので、誘導して潰し合わせたり、巣に誘き寄せたりといった方法で対処させてもらった。
 危険を伴う大胆な手だが、傍に心強い凶悪な幼女モドキが控えていたからな。拍子抜けしちまうくらいに手際良く事を運べた。
 もうゾンビやネズミの五、六匹じゃ相手にもならん。
 ……戦闘はモドキ任せで、俺は主に囮役なんだがな。

 四日目は新顔の化け物と遭遇した。
 腐食性の粘液で満たされた体内に取り込んで捕食しようとしてくる、半透明の生きたゼリーみたいな奴だ。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 ラージ ウーズ  LV 5

 HP ??/??  MP ??/??

 詳細: ???


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 天井に貼り付いていたのを早々に発見できたのは、目の前で犠牲になってくれたネズミのおかげだな。でなけりゃあ、反応できなかったかもしれん。ついでに物理攻撃の効き目が薄いらしいと分かったのも幸運だった。
 後は、すっかり十八番になっちまった火炎ファイヤーでお終いよ。
 きっと不意打ちや屍肉漁りが専門なんだろうな。動きは鈍いし、火には弱いしで、間合いにさえ気を付けていれば楽に片付く相手だった。

 五日目は階段を見つけたな。……下りの。
 そりゃあスカベンジャーズ・マンションって名前なんだから、多層式でも驚きゃしねえけどよ。何だか身体が重くなったような気がしたね。
 当然ながら下りるわきゃーない。
 嫌な予感も一入だったしな。あの感じはやべえ。銃口を突き付けられるなんて生易しいもんじゃなかったぜ。
 それと、ネズミを食って死んだと思しきご同輩の亡骸があったりなんかして、ちょっとばかり陰鬱な気持ちになっちまったな。
 間抜けな死に様だが、食料が入手できるかどうかは運以外の何物でもなかったからなあ。可能性として有り得た自分の末路を見るようで、俺は全然笑えねえんだわ。
 そういうわけで、五日目は酒を飲んで寝た。……相変わらず美味かった。

 六日目は……今日の事だな。
 起きて早々、肉の焼ける匂いがしたので行ってみると予想通り。

「…………う…く、苦し……だれ、か……!」

 まさに今、ネズミの肉に当たったばかりといったご同輩が転がっている現場に辿り着いてしまったのである。
 ……何というか、良いタイミングだったな。

「……う……かか、カーリャもくるし……にくよこせぇぇぇ!!」

 何か一緒に転がってるし。
 モドキよ、駄々こねる元気がある内は余計な飯は食わさんからな。俺だって我慢してんだ。
 しかし、ご同輩の方は本当に苦しそうだな。他の死体も苦悶の形相だったし、シアン化合物みたいな症状なのかね?



 ◆ リフレッシュ ストーン 〈使用回数 1〉

   詳細: 強力な癒やしの力が込められた魔法の石。
        対象が死亡していない限り、あらゆる負傷と状態異常を治す事ができる。



 ここは……こいつが使えるか?
 詳細を見る限りではとんでもない効果の貴重品で、役に立つかどうかも分からん赤の他人に使っていいような代物じゃねえんだが、如何せん使用法やら実際の効果の程が不明だからな。
 まさか、自分の身体で試すわけにもいかねえし。誰か手頃な半死人で確かめたいと思ってたんだよ。
 後はどうやって使うかが問題なんだが……念じるだけでいいのかね?
 おお、出た出た。何かやたらとキラキラした光が出た。……これも秘薬と同じで魔法だなあ。俺がもう少し感動しやすい性格だったら『ファンタスティック!』とでも叫んでいるところだったぞ。

「……うぁ……あー、あれ? 治った? 治ったの? 治ったんですよね!?」

 ふむ、一秒で完治か。
 後遺症もなさそうだ。致死性の毒物を摂取しておいて、この効き目は凄い。どれくらい凄いのかと言うと、明日からイエス・キリストの再来を名乗れるくらいに凄い。
 どう見ても神の御業です。
 前の世界じゃあ値が付けられん一品だな、こりゃあ。

「よかったぁぁぁ~~! 死ぬかと思った~。……あ、でも腹が……もうダメだ」

 喜べ。お前さんの運は最悪ってほどでもなさそうだぞ。





 それから少し歩いた場所で食事の支度。松明の火を調理に使うために拳大の石を積み上げ、即席の竈を拵える。
 丁度良い事に、助けたばかりのご同輩が大きめのフライパンと包丁を持っていたからな。豚肉の塊を切ってソテーにしようってわけだ。
 ……そういや、この豚肉、手に入れてから日が経つのに一向に傷む気配がないな?
 火を付けっ放しの松明も劣化したようには見えねえし、アイテム欄の中にあると時間の影響を受けないようになるのかね?
 まあ、考えても仕方ない事なんだろうが。……つくづく不思議だな。これも魔法で良いのか?

 ああ、そうだ。助けたご同輩だが、年齢は二十歳前後、ちょっと線が細くて気弱そうな、可愛がられやすいタイプの男だった。……刑務所とかでな。
 名前はウェッジ。
 何でもステータスを見たら????としか書いてなかったから、自分で適当に付けてみたのだそうな。
 ってことは俺も名付けねえと、いつまで経っても謎の8歳児のままなのか……? 参ったな。人の子供の名前を決めるのだって恥ずかしくて堪らなかったってのによ。

「何ていうか、助けていただいた上に食事まで……本当に申し訳ないです」
「気にしなさんな。乗り掛かった船ってやつだ。こっちも助けた相手が目の前で飢え死になんてのぁ、寝覚めが悪いしな」
「おう! そうだぞ! きにすんな!」

 そうだな。お前は転がってただけだしな。

「あ、ありがとうございます!!」

 お前も泣くな。男なんだから。子供相手にみっともねえだろ。
 ……そろそろ焼けたか。
 ん~、良い匂いだ。そそるねえ。今まで松明の直火焼きだったからなあ。鉄板焼きの良さを再確認しちまったよ。

「ほれ、食いな。生憎とフォークも皿もソースもねえが、味付けのブランデーは最高だぞ」
「はい! いただきます! …………ッッ!! うめえ! 美味すぎるぅぅ!!」

 焼き上がりの熱さを物ともせず、猛然と食べ始めるウェッジ。無理もないが大した勢いだ。この分だと1キロくらい使っちまうかな?

「おうおうおう! うまいか!? うまいか!? あああ、いいにおいだぁぁ!!」

 悶えるくらいなら素直にお願いしろ、お前は。
 ……しょうがねえ。今日は奮発すると致しますか。

 ……………………ん?

「うおおおおおぉぉぉぁぁあおおおおあおあおおあおおおお!!!!」

 お客さんか。
 角の向こうから雄叫びと明かりが迫ってくる。
 大方、ソテーの匂いを嗅ぎ付けたご同輩ってところか。明らかに我を忘れた感じなのが何とも言えねえな。
 俺はフライパンの管理をモドキに任せると、肩の力を抜いて包丁を構えた。
 さて…………ああ、やっぱり駄目だ。

「メシ! メシ寄越せ! てめぇらだけで食っていいと──っおぼ!??」

 現れた悪相を見て即決即投。俺の投げた包丁は、吸い込まれるような正確さで男の喉笛に突き刺さった。
 うん、上出来だ。新しい身体になっても鈍っちゃいねえな。



 ◆ 前提条件達成 基本クラス 《ファイター》の資格を得ました。

 ◆ 前提条件達成 基本クラス 《バーサーカー》の資格を得ました。



 おいおいおい、今度は何だ?
 馬鹿の頭に神ボトルを振り下ろして、トドメを刺した途端に出やがったぞ。何でだ? 今ので打撃武器技能が10.0になったからか?



 ◆ 資格を得た事によりクラスの設定が可能になりました。
    設定を行うと、クラスに応じたボーナス効果が与えられます。
    また、一度設定すると次のLVアップ時まで変更する事ができません。

    現在、クラスは設定されていません。
    クラスを設定しますか?



 よく分からんから、とりあえず保留で。
 結構重要そうだしな。適当に決めるのは不味い。後で調べてみるのがいいだろう。

「うめー! ヤケニクうめー!」
「あっ、カーリャちゃん、それ生焼けだよ! 豚の生は危な──何ですか、その死体はァァ────ッ!!?」

 …………お前ら、食うのに夢中になりすぎだ。
 溜息をつきながら、俺は一人増える事になるであろう道連れを、どう利用したものかと考えを巡らせていた。
 まあ、荷物持ち程度にはなるか。
 もちろん、最悪の場合は俺の代わりに非常食になってもらうしかないわけだが、多分そうはならないだろう。
 何せウェッジはギリギリのところで一命を取り留めた、強運の持ち主なのだから。
 そして、まだまだ運は尽きていない。



 あくまでも、俺の勘でしかないんだがな。












 あとがき


 道連れが二人増えました。
 次で……次できっと進展が……。
 あと、幼女モドキですが別にヒロインとか考えずに出しましたね。
 ただ単にホラー的シチュエーションの産物のつもりでしたから。ちゃっかりキャラに昇格してますけど。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 現在の所持品  17/17

 パーソナル マップ  (29)
 フォーチュン ダイス  (257) いつになったら使用できるんでしょうね
 豊穣神の永遠のボトル  焼き肉に一種類の調味料だけしか使えないと言われたら、私は迷わず醤油を選びます
 ヒール ストーン
 ヒール ストーン
 リフレッシュ ストーン (4) 三日間の探索で4入手 ウェッジに使用して1消費
 陽光のカンテラ
 拳大の石  (80)  竈作成で15消費 しかし回収
 冒険者の松明  (85) 三日間の探索で19入手 7消費 
 火の付いた冒険者の松明
 麻製のロープ  (53)
 水筒 〈空〉  使い切りました
 蜘蛛の歩みの秘薬  (7) 三日間の探索で1消費
 蟻の力の秘薬  (7)
 ケタの干し肉  (7) 三日間の探索で6消費
 豚肉の塊  (2) 三日間の探索とウェッジと一緒に食べた分を合わせて4消費
 ナングの卵 (8)


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 油の入った小瓶(8)は、本文中で触れられる事すらなく捨てられました。


 感想100の暫定データまとめですが、そんな大したもんじゃありませんよ。
 主人公以外のステータスとか、クラスとかアイテムとかモンスターとかの情報を、暇を見つけて小出ししていくだけの記事のつもりですから。
 卓で遊べるようになんて無理ッッ。
 TRPGっぽいけど卓では遊べないシステムである事が、多分これから明らかになっていくと思われます。




[15918]
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2011/02/18 06:32


「そうか。……じゃあ、あそこに居たわけじゃないのか」

「はい。そんなトラウマになりそうな場所じゃなくてですね。オレが最初に目を覚ましたのは、かなり大きめの…………あー、えーと…」
「何だよ?」
「すいません。よく覚えてないんです。何しろ、ずっとずっと逃げっ放しだったもんですから……」

 そう言ってうなじを掻きながら、ウェッジは力のない笑みを浮かべた。
 聞いたところによると、こいつのスタート地点は俺とは違い、下の階層の何の変哲もない広間だったという。ご同輩も100人近く居たらしい。
 幸いな事に、いきなり襲い掛かってくるような脅威もなかったので、ステータスやら何やらを確認し、気の合う者同士で意見交換をする程度の余裕はあったそうだ。
 ──が、どいつもこいつも裸な上に右も左も分からないという状況で、いつまでもお行儀良くしていられる輩なんぞそうは居ない。
 『こんな所で悠長に話なんかしていられるか!』ってな調子で、最初の馬鹿が部屋を出た。
 まあ、普通なら堪え性のない奴の一人や二人が抜けたところでどうって事はねえんだろうが……。そいつが大馬鹿で、場所が化け物の巣窟だってんなら話は別だ。
 勝手に先行した最初の馬鹿は、恐ろしい化け物共を引き連れて戻って来ましたとさ。
 めでたくなし。めでたくなし。
 ウェッジ曰く、5メートルはある巨人のゾンビが30体ほど。更に出入り口は一つしかなかったというのだから、話半分に聞いたとしても、とんでもない顛末である。

「あるじゃないですか。ゴヤの黒い絵で……ほら、あの…………何でしたっけ?」
「〝我が子を食らうサトゥルヌス〟か?」
「そう! それです! あんな感じの光景が視界一面に繰り広げられちゃって、もう…………泣きながら吐きながら叫びながら逃げまくりましたね」

 それからはずっと走り詰めで、何か気配を感じる度に全力で逃亡といった事を繰り返していたらしい。
 で、気が付いたら階段を上っていたとか。
 ……よく生きてたな、こいつ。

「いや~、運が良かったんですよ。特性とスキルとクラスと、覚えた魔法が使えるのに気付けたこと。
 その内のどれか一つでも欠けていたら、きっと死んじゃってたでしょうね……」
「魔法? お前さん、魔法が使えるのか?」
「はい。風霊術っていう風の魔法を使うスキルを習得してます。イメージ的には魔術師というより風使いって感じですね。
 突風を起こして敵を足止めしたり、追い風で足を速くしたりできるんですよ」
「なるほどねえ。そのおかげで、どうにか逃げてこられたってわけか」

 魔法かー。俺はさっぱりだからなあ。
 最初からそういう技能を持ってると、感覚的に理解できたりするのかね? いくつになっても超能力的なものに憧れてしまう一男子としては、中々に羨ましい話である。

「そうです。あ、でも、魔法よりも特性に助けられた部分が大きいですね。【韋駄天の足】っていうんですけど凄いですよ。
 移動スピードにボーナスが付く上に、何キロといった距離を全力で走ってもほとんど疲れないんですから」
「ほー、そいつぁ確かに大したモンだ」
「ええ……おかげさまで、逃げ癖が付いちゃいましたけどね」

 話して多少は楽になったのか、朗らかに笑うウェッジ。俺も釣られて笑っておいた。
 誰に聞かせても良いってわけじゃねえが、恥と恐怖の記憶はとっとと吐き出すに限る。溜め込んでおくと無意識の内に根暗になっちまうからな。
 内輪で笑って、笑われるのが一番の薬なのだ。
 それにしても、特性か……。
 俺も特技と特性はチェックしたんだが、どれも詳細不明だったんだよな。名前から推測しようにも美形以外はよく分からんし。
 大体、美形って何だよ? そりゃあ見てくれが良いに越した事はねえだろうけど、わざわざステータスに表記せにゃならんような特徴なのか? アレのおかげで、俺は特性の辺りを見るのが嫌になっちまったんだぞ。……恥ずかしくて。
 ……ああ、そうか。これも一人で溜め込むような事じゃねえやな。
 俺はウェッジに自らの特性について明かし、推測で構わないからとアドバイスを求めた。
 本音を言うと、手札を晒すみたいで抵抗感があるんだがな。
 かといって、全ての疑問を一人で解消していけるはずもなし。ここはゲームに詳しそうなご同輩に相談するのが正解だろう。

「美形ですか!? そう言われてみると…………あはははは! いいじゃないですか。羨ましいですね~」

 ……うん。やっぱり〝美形〟は笑えるよな。
 他人事だったらば絶対に俺も笑ってただろうしなあ。ウェッジの悪意のなさに何も言えん。
 けど、俺の顔をまじまじと見て笑うのはアレだぞ。さすがに失礼だと思うぞ。
 覚えてろよ。

「もう一度チェックしてみたらどうです? 観察技能が高いとステータスの詳細が分かるみたいですから。オレもそれで何とかなりましたし」
「観察か……。今だと10.6だな」
「じゃあ多分、大丈夫ですかね。10.0以上が目安だと思いますんで。あ、ちなみにオレのは32.3です」
「随分多いな」
「初期技能ですからねえ。風霊術技能もそうでしたし。運が良かっただけですよ。本当に」

 その運こそが最も重要だと思うんだがな。
 俺の初期技能なんてアイテム鑑定以外全滅だぞ。まあ、これのおかげで命拾いしたわけだから余り文句は言えんが。



 ◆ 特性 【美形】

     貴方は並外れた美しさの持ち主です。
     その美を理解できる者達には、良くも悪くも平均以上の印象を与える事になるでしょう。
     美的感覚の異なる、まったくの異種族に対しては通用しません。

      他者への印象や好感度に対する反応判定にプラス、またはマイナス修正。

      《交渉》 《誘惑》 《踊り》 《指揮》 《演技》 《演説》 《社交》技能の熟練度に+10

      《外交》 《礼法》 《大道芸》技能の熟練度に+5

      以上の技能の熟練度にプラス修正。判定にプラス、またはマイナス修正。
      場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。



 へー、大道芸技能にプラスねえ。……あ、確かに。右に(+5)ってあるな。
 この状況じゃ無用の長物以外の何物でもねえけど……。

 他のはどうだろ?



 ◆ 特性 【怒りの化身】

    幼少時の体験か、身体に流れる祖先の血か、神か悪魔の祝福か、はたまた前世の記憶が故か。
    貴方の心の奥底にはマグマの如き怒りの感情が眠っています。
    魂の芯は常に熱く、滾ると共に澄み切っています。
    そして幸か不幸か、貴方の肉体は、その激情の発露に耐えられるだけの資質を備えているのです。

     全ての抵抗判定と生死判定にプラス修正。
     意志判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。
     クラス《バーサーカー》に設定しなくても、LV 1から特技【激怒】が使用できる。


 ◆ 特性 【理想的骨格】

    貴方の骨格は理想的な構造をしています。
    人によっては、そのスタイルの良さに機能美を感じる事もあるでしょう。
    骨自体の強度も尋常ではなく、生半可な衝撃ではヒビ一つ入りません。
    例え傷付いたとしても、常人の数倍の速度で完治します。
    貴方が鍛え、成長した分だけ、理想的骨格は強くしなやかになっていく事でしょう。

     初期防護点に+1のボーナス。以降、2の倍数LV毎に+1のボーナスが加算。
     パンチ、キックなどの肉体による打撃ダメージにプラス修正。
     ファンブルや負傷判定で骨折などの骨を痛める結果が出た場合、生命抵抗判定で覆す事ができる。

     《踊り》 《演技》 《体術》 《気功術》技能の熟練度に+5

     以上の技能の熟練度にプラス修正。判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 ◆ 特性 【活力の泉】

    貴方の肉体はエネルギーに充ち満ちています。
    生まれつき疲労や不調に強いおかげで、病気の心配もありません。
    例え傷付き、疲弊し、体調を崩したとしても、常人を遙かに上回るスピードで立ち直る事でしょう。

     初期HPとCPに+2D6のボーナス。以降、1LV毎に(LV+2D6)のボーナスが加算。
     睡眠時、休憩時における回復効果が倍増。
     通常の半分(三時間)の睡眠で体調を維持できる。
     場合によっては何らかの判定にプラス、またはマイナス修正。



 …………えーと、つまり、何だ。

 俺はとにかくタフで、打たれ強く出来ていると思っていいわけだな?
 何とか判定とか色々と不明な点もあるが、そういう認識で構わないだろう。ウェッジも頷いてるし。
 これで分からないのは【多元素の血筋】だけか。観察技能が上がるまで待つしかねえやな。



 ◆ 特技 【激怒】 〈精神系〉 

    昂ぶる感情を爆発させて、肉体を強化する技です。
    またの名を狂戦士化、バーサークなどとも呼ばれています。
    効力の凄まじさに比例して体に掛かる負担も相当なもので、
    重傷を負った状態で時間切れを迎えたが最期、命を落とすという事すら有り得ます。

     HP、CP、STR、END、AGIの数値が倍増。
     痛覚が麻痺し、精神に作用する一切の手段が通用しなくなる。

     使用回数  1日に1回
     有効対象  本人のみ
     効果時間  (END+LV)×10秒間



 今回一番の収穫は、こいつの詳細が分かった事だろう。
 十中八九、切り札になると見て間違いない。
 余り試したくない能力だが、上にゃあ幼女モドキが恐れるシャイターンとやらが待ってるんだ。多少……いや、最大限のリスクを考慮して望むべきだろう。
 いざという時に、しっかり使えるようにしとかねえとな。

「…………ところで、お兄さん」
「誰がお兄さんだって?」
「だって、名前がないと、どう呼んでいいのか分かりませんし……。ほら、カーリャちゃんのお兄さんじゃないですか?」

 ……こいつの目はゴルフボールか?
 何処をどう見たら、そう思えるんだ? 同じガキだからって一緒くたにされてもらっちゃあ困る。
 人食い虎に襲われている人間に『可愛い子ですね~。妹さんですか~?』などと、ご機嫌取りに入るくらいのミスショットだぞ。見当違いも甚だしいわ。
 馬鹿めが!

「で、話は変わるんですが…………どうするつもりなんですか、これ?」

 練り上げた否定の言葉を浴びせる間もなく、ウェッジが手にした左足を示して訊いてくる。
 何だー? 今更そんな質問か、お前は。黙って手伝ってくれるもんだから、てっきり覚悟を決めてんのかと思ったじゃねえか。
 ああ、ちなみに俺が持ってるのは右足の方な。
 さっきの食事中に乱入してきたバカタレの死体を、俺とウェッジの二人で引きずって歩いているわけだ。
 幼女モドキは腹一杯になって眠気が差したのか、俺の背中で寝てやがる。……がっちりと手足を絡めてな。
 本当にコアラみてえだよ。これからはコアラモドキと呼んでやろうか。
 ……で、何だっけ? ウェッジの奴、この死体をどうするつもりかって?
 そんなの、言うまでもないだろ。

「食うんだよ」

「そ……ッッ!! そ、それはっ……あー、つまり、どのような意味で……?」

 吹き出すウェッジのセリフに、俺も思わず吹きそうになる。
 どのような意味で――って、アホか! 額面通りだよ。字面まんまだよ。違う意味の〝食う〟であって堪るか。俺はそんなド変態じゃねえぞ。
 まったく何を期待しているんだ、こいつは。……あ、ビビッてんのか。確かに、そっちの〝食う〟なら俺も怖いけどさ。

「食料として食うって事だよ。まあ、下処理をしてからだから、すぐにってわけじゃねえけどな」
「……下処理……ですか。参考までに教えていただけますか……?」

「そうだな。まず首と陰茎を切り落とし、それから腹を切り開いてワタを抜く。次に手足を縛って……鉄格子にでも括り付けとこうか。もちろん逆さで。後はブランデーで洗浄しながら、血が抜けきるのを待つだけだな」

「おぅぷ……ッッ!!!」

 吐くなよ。もったいない。──って、持ち直したか。やっぱりもったいないしな。

「本気ですか!!?」
「本気も何も、それしかないだろ。お前さん、どういうつもりで運んでたんだ?」
「モンスターへの囮にするのかと思ってたんですよ! グールとかウーズとかネズミとかの!! あいつら、手頃な餌があったらそっちに行きますからね!」
「なるほど。着眼点は悪くない。けど、それだと労力に見合わんだろ」
「いえ…………まあ、薄々は気付いてたんですけど。考えたくなかったっていうか……」

 つまり、現実逃避か。
 分からんでもないが、この場においての問題の先送りは死を招くからな。やめといた方がいいぞ。
 しかし、そうか。ウェッジにはまだきついか。

「じゃあ、まだ干し肉と豚肉がいくつかあるから。お前さんはそれを食えばいい。俺とモ……カーリャはこいつを食うからさ」
「……え? ほ、本気ですか!? っていうか、本気ですか!?」
「この顔が冗談を言っているように見えるか?」

 どんな顔かは知らんがな。
 元々それほどの苦でもねえし。モドキも気にしないだろう。俺としては、ここでウェッジに飢え死にされる方がよっぽど困る。
 せっかくの貴重な魔法使いなわけだからな。……多分。

「なぁ~に、スライスしてソテーにしちまえば豚も人もオンナジよ。実際、一番近しい哺乳類なんだっけか?」

「……………………」

 おや? いきなり真剣な顔だな?

「それなら、オレも食べますよ。いや……オレが食べます。だから、お兄さんとカーリャちゃんは、まともな食料の方を召し上がってください」

 …………ほほう。
 幼い子供に人肉なんて食べさせられないってか? 良識ある大人としては当然の考えだが、この期に及んでその良識を発揮できる奴なんてのは白熊よりも希少だろう。
 更にこいつの場合は、毒やら空腹やら化け物やらで色々と死の淵を見てからの発言だ。それなりの重みがある。
 例え、青臭い精神論から出た、その場その場の本気であろうとも、だ。我が身可愛さが先に立って中々言えんぞ、こんな事。
 小心者に見えて、意外と大物なのかもしれん。

 強い運は、己を見失わぬ者にこそ宿る。
 俺の持論だがな。生き抜く運、勝ち抜くための運ってのは、生まれの善し悪しとか日頃の行いとかじゃなく、もっと根源的なモノ……ただ、己。何があろうとも己として在り続けられる精神にこそ味方すると思っている。
 要するに、地獄の釜の中でも捨て鉢になったり畜生以下になったりしない、芯の強さが大事だってわけだ。

 そういう意味じゃあ……まあ、運が良いだけの事はあるんだろうな。ウェッジの奴は。

「よし、分かった。そこまで言うならご馳走してやろう」
「ううっ。……お手柔らかにお願いします」

 何をどう手加減しろって? ……ああ、そうか。
 解体の現場さえ見せなきゃあ抵抗感なく食えるかもしれんな。作業中は余所見でもしていてもらおうかね。

 一段落した会話に息をつき、俺はマップで現在地を確認した。
 走り回ってたウェッジのマップと合わせたおかげで、こいつも大分出来上がってきた。上への道が何処にあるのかはまだ分からんが、少なくとも発見する前に飢え死にするといった事はないだろう。
 確か、こっちの空白部分の手前に牢屋があったはず。解体にも時間が掛かるだろうし、今日はそこで休むとしようか。
 ん? 何だよ?
 背中の幼女モドキから震えが伝わってくる。やっとお目覚めか? まさか、漏らしたとかじゃねえだろうな?


「…………シニガミ……シニガミ、くる」

 ……寝言か?
 寝言だったら聞き流せたんだがなあ。 

「…………お兄さん、何か来ます。逃げましょう」

 どうやらウェッジも気付いたようだ。さすがに六日間も逃げ続けてきただけの事はある。
 しかし、相手も見ねえ内から逃げようだなんてのはアレだぞ。普通ならチキン呼ばわりされるところだぞ。
 ……今回ばかりは、俺も全面的に賛成だがな。
 後ろの方から、巨大な気配が迫ってきてやがる。
 ここまで密度が濃いと、もうプレッシャーだな。どうしようもなくやばくて、何て言うか……救われねえ感じが背中を圧して突き抜けようとしてるみたいだ。
 断言できる。貞操を賭けてもいいぞ。
 これは、この世のモノじゃあない。

 そんな確信を抱いた途端、俺とウェッジは走り出していた。
 眼を合わせる事も、言葉を交わす事もなく、ひたすらに駆ける。
 馬鹿の死体は一瞬で捨てた。躊躇なんぞしていられるか。明日の飯の心配より、今この瞬間を生き延びる事の方が遙かに重大だ。

「おい、降りろ! 降りて走れ!」

 相変わらず俺の背中にしがみ付いているモドキの奴に訴える。重さは大した事ないが、とにかく動きにくいのだ。
 よく分からんが俺はAGI 5なんだぞ。しかも子供で足が短い。並みの大人よりもずっと足が遅いはずだ。なのに、こんなお荷物抱えて逃げ切れるか。
 そもそも俺より速えだろうが、お前はよ! メチャクチャよぉぉ!!

「……カーリャ、こわい。きっとうまくはしれない。だから、このままがいちばん」
「んなワケあるかァ────ッ!! 自己分析はできているが状況が読めてねえぞ、お前はよォォォ!!」

 不味いな。言葉じゃ無理か。下手に小賢しいから、恐怖を克服するより先に言い訳が来ちまうんだな。
 これがただのガキや女や小僧相手なら、力ずくで引き剥がしてお終いなんだが……。悲しいことに俺の方が貧弱なんだよなあ。力じゃ負けてないのかもしれんが、爪でも立てられたら厄介だ。死ねる。

「何やってんですかぁぁ!? もっと速く走って!!」

 そうやってマゴついていたら、凄い勢いで消えていったウェッジが逆再生気味な挙動で戻ってきた。
 NFLの精鋭もかくやと言わんばかりの、大したバック走である。
 身の振り方に困ったらサンライフ・スタジアムに来い。マイアミ・ドルフィンズがお前を待っているぞ。

「俺はAGI 5で元々そんなに速くねえんだよぉぉ! そういや、お前はいくつなんだ!?」
「16ですぅぅ!!」

 俺の三倍以上か、そりゃ速いわ。

「あと、色々補正が重なって、上手く走るための行進技能が55.4ありますぅぅ!!」
「大したモンだぁあぁぁ!!!」
「それほどでもぉぉぉ!!! って、このままじゃ危ないですよ! カーリャちゃんの面倒ならオレが代わりに──」
「いや、こいつ放してくれねえんだよ! それよりお前、魔法はどうした!? 何かあるんだろ!?」
「へ? あ、そうだった! ありますあります!! 打って付けのが!」

 そう言って、何やらゴニョゴニョと呟き始めるウェッジ。
 どうでもいいから早くしてくれ。失念してた事は忘れてやるから。

「【増速の気流(ファスト・ウィンド)】!」

 おおおおっ!?
 ウェッジが何を言ったかは分からなかったが、奴が使った魔法の効果はすぐに現れた。
 これがさっきの話に出ていた〝追い風で足を速くする〟って魔法なんだろう。身体が軽い軽い。思っていたより楽に走れるようになったぞ。
 尻に帆を掛けるとは、まさしくこの事か。
 ……言葉が悪かったな。状況はその通りなんだが。
 足並み揃えてひた走る俺とウェッジ。後ろを振り返れば無尽の闇。シニガミとやらの姿はまだ見えないが、気配は段々と濃くなってきている。
 こりゃあ、追い付かれるのも時間の問題か。
 ウェッジとモドキの足なら逃げられるんだろうが、俺は無理だ。AGI 5が7か8になったくらいのスピードアップじゃあ振り切れん。
 モドキを下ろしても結果は変わらんだろう。

 …………仕方ねえな。

「ウェッジ、今から【激怒】ってのを試してみる」
「大丈夫ですか? 身体に負担が掛かるんじゃありませんでしたっけ?」
「お前が気にする事じゃねえよ。……それでだ。身体能力が倍増されるらしいから速さは申し分ねえと思うが、如何せん効果時間が100秒とクソ短い。だから──」
「ちょっと待ってください! それって時間内に逃げ切れなかったら置いていけってことですよね!?」

 察しが良いじゃねえか。いや、まあ人並みに血の巡りが良ければ気付くか。

「そうだよ! 兎が亀に付き合うこたぁねえ! 置いてけ、置いてけ! 今すぐにでもとっとと逃げろ!」
「嫌ですよ!! 嫌ですよ!! 嫌ですよ!!! 一人でなんて逃げられません!」
「阿呆! 俺がお前なら迷わずに置いてくぞ! それとも何か? 全員が助かる方法でもあるってのか!?」

「……ッ!! あります! ありますよ!!」

 スピードを上げて疾走、いち早く前方に見えるT磁路の壁に手を付いて足を止めるウェッジ。

「オレが惹き付けて逃げます! 囮になります! だから二人は先に行ってください!」

 言い放つその眼には、一端の男の光が宿っていた。
 …………いいぞ。それで正解だ。
 【激怒】を使ったところで、効果時間内に逃げられる可能性は限りなく低い。俺も含めた全員が無事に逃げ切るには、ズバ抜けた速力と持久力を備えたウェッジに囮役を引き受けてもらうしかないのである。
 そして、その為にはウェッジ自身の決意が絶対に欠かせなかったってわけだ。
 命懸けの囮なんてのは、人に言われてやるモンじゃねえんだよ。閃きも決心も本人でやってくれねえと、まず上手くいかねえんだわ。
 俺にできるのは、せいぜい促してやる事くらい。
 まあ、相手がウェッジみたいなお人好しじゃなけりゃあ、もっと別の方法もあったかもな。

「でも、それじゃお前が……」
「心配しないでください! なんてったってオレは【韋駄天の足】の持ち主ですからね! 韋駄天ですよ、韋駄天! 韋駄天って知ってます?」
「いや、知らん」
「そうですね! オレも知りません! あっはっはっはっはっはっはっはっは!!」

 こらこら、泣くか笑うかどっちかにしろ。

「っじゃあ、っそういうことで! ここら辺で落ち合いましょう!」
「……分かった。死ぬんじゃねえぞ」

 マップで合流地点を示し合わせ、俺はT字路を左に。全速力で駆け抜ける。
 振り返るような野暮な真似はしなかった。


「うわあああああああああああ!!?!? 何アレ、メチャクチャ怖ええええええええええええええええ!!!!!!」


 ウェッジの絶叫が聞こえてきても、速度を緩める事はない。

「…………あいつ、しぬのか?」
「そう思うか?」
「ん……わからない」
「分からんのなら、あいつの無事を祈ってやれ。俺は走るのに忙しいからな」
「…………うん」

 さて、どうする? 非常食がなくなっちまったぞ。
 俺はウェッジの笑顔を頭の隅に追いやり、これからの事について考えを巡らせた。
 別に信用してないわけでも心配してないわけでもないんだが……何か死にそうにないんだよな、あいつ。




「……それはそうと、お前いい加減に降りろ」
「おう、もうすこししたら」

 手足をカチカチに強張らせた幼女モドキから解放されたのは、それから少し後の事だった。














 あとがき

 会話を入れると更に展開が遅なりました。
 これから少しずつですが、主人公の力が明らかになっていくと思われます。
 いい加減、次回には全裸から脱出したい!

 今回はウェッジのステータスとアイテムをご覧ください。
 登場時のデータです。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 名前: ウェッジ 

 種族: 人間  性別: 男性  年齢: 18

 LV 1  クラス: ウィンド メイジ  称号: なし

 DP 1

 HP 14/14  MP 21/21(+10%)  CP 22/22

 STR 5  END 5  DEX 9  AGI 16(+5)  WIL 10(+3)  INT 8(+2)

 アイテム枠: 9/9

 装備: なし

 戦闘技能: 風霊術 46.3(+30) 回避 41.6(+15) 放出 22.6(+10) 短剣 0.1

 一般技能: 語学 11.0  観察 32.3  楽器演奏/フルート 16.0  気配感知 29.1(+15) 魔力感知 22.1(+15)
         探知 13.5  忍び 18.7(+10) 行進 55.4(+35) 解体 0,4  調理 0.3

 特技: ★精密射撃Lv1

 魔法: ★風象制御Lv1  ★突風Lv1  ★風の魔弾Lv1  ★増速の気流Lv1

 特性; 愛嬌  風の一族  天性の射手  韋駄天の足


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 ウェッジの所持品 9/9

 パーソナル マップ (14)
 フォーチュン ダイス (146)
 鉄製のフライパン
 鍛鉄製の鋭い包丁
 小説 レディ・ダークの騎士団 第二巻
 紀行 世界の魔境から 上巻
 紀行 イータ・ビーの夢奇聞 第四巻
 図鑑 魔界遺産 上巻
 冒険者の松明 (46)


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 最初に本が出たんで、それならと固めてみました。
 きっと読書家なんですね。

 感想でご指摘を受けました〝どうして確証もなし神ボトルを武器にしたのか〟という件についてですが、1話のアイテム説明の部分に一行の補足を入れる事で勘弁してください。
 楽してすみません。

 卓ゲーに改造してみたいという方はどうぞどうぞ。私の許可などいりません。
 まだまだ脳内設定でしかありませんからね。適当に出して、後々辻褄を合わせていかないとあかんのですわ。
 穴だらけですみません。




[15918]
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2010/04/04 10:59

 シニガミとやらの追撃を逃れてから数時間後。俺と幼女モドキはウェッジとの合流地点を目指して短い足を動かしていた。

 お互いに何も言わず、ペタペタと歩みを進める。
 どうでもいいが、この数日で足の裏が随分と鍛えられたような気がするな。あれだけ走ったってのに余り痛みを感じない。
 恐らくは【活力の泉】で向上していると思われる回復力が、環境への順応を早めているのだろうが……。いくら何でも早すぎるだろ。その内、角質化して象の皮みたいになっちまうんじゃねえか? 
 順応性が高すぎるというのも不安なものである。
 モドキの奴からシニガミの情報を得ようにも、取り留めのない答えしか返ってきやがらねえし。こりゃあ、ウェッジを拾ったら何が何でも上への道を探すしかねえやな。休息と食事の量を限界まで削ってよ。
 事は拙速を尊ぶ。対策がないのなら、一刻も早くアレの手の届かない所に移動しなければ。俺の勘はやかましいくらいにそう告げていた。
 例え同じ手を使っても、次は無理。絶対に逃げられない。
 不思議とそんな予感がするのだ。
 今、出くわしちまったら…………運がなかったって事にしとこうかねえ。

「……だれかくるのか?」
「みたいだな」

 どうにかなりそうな相手が寄ってくる内は、まだまだ大丈夫だろうけどさ。
 右の通路から揺らめく明かりと複数の気配。どうやら団体さんのお越しのようだ。俺はアイテム欄を確認しながら、何なりとでも即応できる構えを取った。
 俺の足がもっと速かったら逃げてもいいんだけどな。ウェッジの魔法の効き目も切れた今となっちゃあ無理な話よ。……魔法があっても、まだ遅いしな。

「おい、お前ら。どっから来た?」
「目ぇ覚ましたのは、いつ頃だ? 他に仲間はいねえのか?」

 現れたのは五人組のご同輩。どいつもこいつも溜息が出る程の悪人面だ。
 しかも、眼を合わせる事すらしねえで俺達二人を囲んできやがった。
 ……最初っから脅す気満々かよ。ガキ相手だからって油断しすぎだろ。
 もうちょっと用心深く振る舞え。バレねえとでも思ってんのか? 事を有利に運ぶ手段も、逆手に取られりゃ王手の駒だぞ。

「質問なんざする必要ねえだろ。早く浚っちまおうぜ」
「バカ野郎。おめえ、コイツらがアヤトラんとこのガキだったらどうすんだよ?」
「お前こそバカか。服も着てねえのに、んなワケあるかよ」
「そうだったとしても、どうせハグレたガキだろ。関係ねえよ」

 あと、アレだ。囲んだからって目を離すな。

「おう、そうだ。小僧、地図よこしな。ボスに喰われちまっちゃ死体も──!?」

 隙だらけだぞ。話にならん。
 俺は正面のバカの膝に蹴りをぶち込み、返す勢いで松明を持った男にミドルキックを食らわせた。
 ……思いの外スムーズに決まったな。蹴打技能のおかげなのかね? 蹴りにキレと威力がある。これならリーチ以外は昔とそう変わらんぞ。

「なっ!? てめぇ、この!」
「クソガキが!!」

 怒声と共に繰り出された拳骨を躱し、伸びきったそれを素早く引っ張ることで、先に殴ってきた奴の体勢を崩す。
 更に足を引っ掛けてやれば完璧だ。
 後から組み付こうとした連中は、転んだお仲間の身体が邪魔になって行動を封じられる形になった。

「ぐげ……!!」

 そうして俺は悠々と、床とキスした馬鹿の後頭部を踏み付けて踏み付けて踏み付けて始末を付ける。
 最初に蹴った奴も破壊された膝を抱えて悶えていたので、すかさずサッカーボールキック。ドリブルで人生のゴールにまで案内してやった。
 何という弱さか。
 手強いようなら秘薬を使おうかと思ってたんだが、その必要もなさそうだな。
 こいつら連携が拙すぎる。今のに対応できんようじゃ雑魚もいいところだぞ。見た目まんまの強さってどういう事だ。もっと精進しろ。
 もう、練習台にしちまうからな。
 お仲間二人の死を見て固まっていたノロマの股間に跳び蹴りをかまし、下がった頭を抱え込んでの膝地獄。意識を手放した瞬間を見計らって首をへし折る。
 残る二人は……逃げ出したか。
 でも気を付けろよ。モドキが居るぞ。

 爪牙が煌めき、血飛沫の後に悲鳴が上がる。
 一人は四肢切断で出血多量。もう一人は生きたまま腑を引っ掻き出されて、散々泣き叫んだ末に事切れた。
 …………人間相手だと途端に残虐になるな、こいつは。
 獲物を弄んで殺す習性でもあるのだろうか? それとも、幼さから来る暴力性の表れだろうか? ガキは虫とかバラバラにするのが好きだからな。その延長的な感覚でやっているのかもしれん。

「んぅ~~……こいつら、まずい。おいしくない」
「そりゃそうだ。肉は熟成させてから食うもんだからな。血抜きもしてない新鮮な生肉が美味かったら大変だ」

 もちろん、だからといって洒落にはならんが。
 まあ、人肉が不味いと学んでくれたようなので良しとしておこうか。
 俺はモドキに生返事をしながらアイテムの回収と整理に勤しんだ。
 空になった水筒を捨てて……いや、捨てるならカンテラの方か? 小さな袋の一つもあればなあ。もう少し余裕を持って運べるんだが。
 どうにかしてアイテム枠を増やす方法ってのはないもんかね? レベルアップを待てばいいのかもしれんが、一向に上がる気配はなし。敵を倒すだけじゃあ駄目なのか? 色々と疑いたくなるな。

「ふむ…………」
「どした? さき、いかないのか?」
「ああ、もう少しここに居る」

 これだけ無防備晒しても仕掛けてこねえって事は、報告に戻ったんだろうな。ボスがどうとか言ってたし。
 連れてくるか? 大急ぎで? そのつもりで準備しとくか。
 できれば、一網打尽と行きたいところだねえ。








 十数分後、五人組を片付けた現場に新たなご同輩達がやって来た。

 七人か。一人、冗談みたいな体格の奴が居るけど……アレがボスなのか?
 3メートル近い身長に備わった隆々たる筋肉、発達した下顎から突き出す牙、角っぽい突起が生えた禿頭、極め付けは灰色の岩みたいな質感の皮膚と、どう見たって人間じゃねえぞ。
 ビッグフットなクズゴリラにも驚かされたが、こいつに至ってはどう形容していいかすらも分からん。
 敢えて言い表すならファンタジー作品の悪役か? 指輪物語にでも出てきそうな強面だ。……詳しくないので何とも言えんが。
 確かなのは、ブッ殺すにはロケットランチャーか要りそうだって事くらいか。
 ……参ったな。
 こんな岩石巨人、想定外にも程があるぞ。
 単純な大きさ強さの問題じゃない。とにかく火攻めに滅法強そうだってのが大問題なんだよ。

「うわ……ヒデェな」
「本当にこれをガキがやったってのか?」

 無惨に引き裂かれた五人組の死体に松明の明かりをかざし、数人のご同輩が顔をしかめる。
 ジワジワと広がる赤色は、まるで血と臓腑で出来た沼のよう。無機質な眺めが続くだけだった通路の一角は今や正視に耐えかねる、足の踏み場もない有り様になっていた。
 一体、どんな怪物が……?
 この惨状を見た者の多くは、恐怖と共にそんな想いを抱く事だろう。

 まあ、俺がモドキに言ってやらせた事なんだがな。
 ブランデー混じりの血溜まりが不自然にならないように、手っ取り早い方法で偽装を施したってわけだ。
 あと、俺の隠れ場所を作るためにも必要な措置だった。
 昔から言うだろ? 木を隠すには森の中とか何とか。今回のはそれに習って、人を隠すには人の中ってな寸法よ。
 俺くらいのガキだと大人二人分もあれば充分に事足りるし、相手も必要以上には見ないだろうしな。知った顔をした屍肉の塊なんて嫌なモンは。
 問題は精神的な負担がでかいって事くらいかね。少なくとも、まともな神経をした奴の所業じゃない。他に方法があれば、そいつをお勧めするぜ。
 俺の場合は連中をまとめて焼死体にするために、できるだけ近い位置から様子を窺わなくちゃならなかったってだけだからな。M2重機関銃が二丁あったら、そっちの方をお勧めする。暗がりからの十字砲火でクズ肉に変えてやれ。
 ちなみにモドキの奴は通路の奥で、伏せをして待っているはずだ。
 大きな火が熾ったら逃げる連中を八つ裂きにしろ。――と、言い含めておいたんだが…………ん~~む。

「デ、そのガキはドコだ? ドッチに行ったかワカんのか?」

 この岩野郎がなあ……。火で死んでくれるかなあ……?
 外見通りの断熱性だったら最悪だ。正攻法で片を付けにゃあならん。
 神ボトルで敵うかね? 頼みのモドキも、さすがにこいつの相手は荷が重いだろう。
 勝率を上げるための手段はあるが確実とは言えねえし、もしかしたら到底及びも付かないような力の差があるのかもしれねえし。悩むところだな。
 ……ま、実行あるのみか。

「へい、少々お待ちを。今、探ってみますんで」

 この…………何だろうな、こいつは?
 ブラックとオレンジのコントラストが映える、滑らかな肌の……トカゲ人間としか言いようがないな。けど、鱗がないから厳密に言うとトカゲ人間じゃあない。
 不気味さよりも不思議さが先に来る、ユーモラスな姿の持ち主だ。
 あ、もしかしてイモリか?
 そう思って見てみると、何処となくファイアサラマンダーに似ているような気がするな。あっちはブラックとイエローで微妙に色は違うけどよ。
 とにかく、このイモリ野郎を始末するには今しかないわけだからな。もう後には引けん。

 あの時、五人組は明らかな確信あっての急ぎ足で俺達の前に現れた。
 明かりを持たずに気配を殺して進んでいた、角の向こう側に居る俺達の前に、だ。
 一瞬、何故かと頭の中が疑問符で一杯になったが、その後の確認もなしに囲むといったお粗末な動きで大体の想像が付いた。
 俺達の目に見えない偵察役が居たのだ。
 そう考えれば、五人組の不自然な手際の良さにも納得がいくからな。
 だから、敢えて気付かないふりをして不意打ちを誘ってみたり、こうやって息を潜めて待ち構えたりなんて事をしているわけだ。
 透明で気配のケの感じない斥候だぞ? しかもこいつ、吸盤の付いた手足から鑑みるに壁や天井も自在に動けると見た。
 そんな敵、生かしておけるはずがない。
 不安の種そのものだからな。不意打ち闇討ち挟み撃ち、罠に誘導、同士討ち。無限に広がる計略の可能性を見過ごすくらいなら、岩石巨人の相手をする方がまだマシってもんだ。見えるだけマシ。
 

「ボス、何もそんな危ねえガキの後なんざ追わなくても……。アヤトラのとこから浚ってきちまえばいいんじゃねえですかい?」
「そうですよ。連中、大所帯じゃねえですか。リザードの奴に言えば一人や二人、ワケないでしょ?」
「…………お前ラ、オレに死んデほしいのカ?」

 まあ、偵察役なんか居なくて、五人組の中に千里眼的な能力の持ち主が居たってだけの可能性も充分にあったんだが……。その場合は、俺の取り越し苦労の独り相撲で済む話だからな。別にどうでもいいだろ。

「え? いえ、そんなつもりじゃ──」
「ツモリじゃなくてモ、ソウいうコトになるんダヨ! リザードが消えテてもアヤトラは見破れルんダ!! 距離ヲ取って見張る程度ならともかク、チョッカイなんザかけられやしねえんダヨ! ボケが!!」

 実際、見えない偵察役は存在したわけだしな。
 岩野郎から取れた言質で駄目押しの確定だ。イモリ野郎はここで、このチャンスで絶対に抹消する。

「リザードがヤラレたらどうナル!? オレが死ヌ! オレが死ヌだろうガ!? アヤトラに殺さレルダろうガ!!」

 俺は秘薬を一息で飲み干し、ブランデーを撒き散らしながら天井へと駆け上がった。
 七人とも全く反応できていない。イモリ野郎は血溜まりの真ん中。単色の目を見開いて棒立ちになってやがる。
 そして今、取り出した火種が俺の手を離れた。
 死ねや!

「うごぉおおおぉぉお!!?」
「熱ちィイイィイイ────ッ!?」

 炎のカーペットが七人の男を照らし、その内の四人の頭上にまで広がった。
 特にイモリ野郎は一番の火達磨だ。後十秒もすれば立派な黒焼きに──って、逃げるのが早えぇ!?
 全身を包む炎にも関わらず、回避運動に一筋の乱れもない。大した精神力と生存本能だ。
 こりゃあ、ますます見逃せんな。タフで機転の利く透明ストーカーなんぞに付け狙われて堪るかってんだ。

「おうおうおうおうおう!! でかいのいるな! カーリャ、よわいのからねらっていいか!?」
「ああ、いいぞ! そこのイモリを真っ先にやってくれ! でかいのは俺がやる!」

 威勢良く駆け込んできたモドキにイモリ野郎とその他を任せ、俺は岩野郎の拳が届くギリギリの所を駆け回った。

「ガキが! 誰が誰をヤルって!? 生キタまま丸囓りにシテヤルぜ!!」
「俺がお前をだよ! この岩から生まれた孫悟空の出来損ないが!!」
「ボスぅ! 助け──ぎゃうわ!」
「おうおうおう! しねしねしね────ッ!!」

 逃げようとするイモリ野郎を封じられる素早さが、俺にはないからな。この組み合わせがベストなんだよ。
 一人、二人と爪牙に掛けられる三下を横目にしながら、降ってくる岩そのものな拳骨を躱し続ける。
 冷や汗の出る威力だが、それ以上でも以下でもないな。
 恐らく空手かボクシングの経験があるんだろう。正確な狙い、規則正しいリズム、しかしフェイントを織り交ぜる程の器用さはなし。頭は悪くないのかもしれんが、沸点が低い。ついでに言うと歯並びが悪い。
 与しやすい相手だ。
 身の軽さが伴わなくても、避けるだけなら経験則で何とかなる。どんなに巨大で歪だろうと人間の形をしている以上、武術全般における間合いの法則からは逃れられない定めなのだ。
 下手に心得があるとなれば、尚更である。
 もっと出鱈目な殴り方をされたら、やばかったかもしれねえがな。

「テメェ! クソ、こノ! 大人シク喰わレろ!!」

 ふむ、さすがに天井までは届かんか。
 そして思った通り、火炎ファイヤー効果なし。
 もっと高い火力なら通じるのかもしれんが、現状では無理。表面に火を付けるだけじゃどうにもならん。煤で汚す程度の嫌がらせにしかなってねえ。
 はっきりとした決定力不足だ。このままだとジリ貧で、俺が岩野郎の胃袋に収まる羽目になる。
 ……あとは、こいつの効き目次第だな。



 ◆ 蟻の力の秘薬 〈使用回数 1〉〈効果時間 10分間〉

   詳細: 仄かな酸味と爽やかな甘みが特徴的な飲み薬。
        服用すれば立ち所に筋力と耐久力が倍増する。
        尚、副作用の心配は一切ない。



 この間手に入れた、新しい秘薬。ぶっつけ本番だが試させてもらうぜ。
 零さないよう気を付けて飲みながら、ステータスを確認。……おお、上がった上がった。
 STR 30にEND 18か。心なしか身体の芯が熱くなってきたような気がするし、こりゃ期待できるかね?
 天井から下りて速攻、突き出された手をかいくぐって足下へ。
 速度を緩めず神ボトルを振りかぶり、

「どおりゃ!!」

 向こう脛にヒットエンドラン。
 即座に股の間を抜けて、踝辺りに3ベースヒット。
 小指の付け根に大根切り打法!
 どうだ!?

「チョロチョロすんジャネエ! むず痒イダろうガヨ!!」

 …………駄目か。
 手応えは物凄いんだが……武器が悪いんだな。
 絶対に壊れないというお墨付きがあっても、神ボトル自体はただのガラス製の酒瓶。硬度が上がっていたり質量が増していたりするわけじゃねえんだ。本当に壊れないだけなんだよ。
 割れないガラスの塊で岩を殴りつけたらどうなるか? 感覚としてはコンクリートの壁にバスケットボールをぶつけた感じに近いかな? 弾むだけで結局どっちも壊れない。細かな違いはあるが、まあそんなところだ。
 つまり、いくら力が強かろうと神ボトルで与えるダメージには限界があるという事である。
 …………中々、有意義な検証結果だったな。
 クソッタレ! 上がった腕力に見合う武器がねえぞ。

「ミンチだ! ミンチ! ミンチにシテヤル!!」

 まさか、素手で相手するわけにもいかねえしなあ。
 ──って、その体勢から足かよ!?

「うおおおおォォォ────ったわっとあたわた!!!」

 拳の後に来た無茶苦茶な爪先を神ボトルで受け、堪えきれずに石畳の上を弾む俺。
 受け身は取れたが如何せん裸だからな。打ち身と擦り傷が地味に応えるぞ。
 岩野郎の奴はと言うと、無理な動きをしたせいで尻餅を着いてやがる。
 是非とも飛び掛かってマウントを取りたいところだが、まだまだ力に差がある上に体格の差は言わずもがなで、組み付いても一方的にボール扱いにされちまうだろうからな。自重しておくとしよう。
 モドキの方は…………残ったイモリ野郎の粘りが驚異的だな。逃げに徹して避けまくってる。

「ボス! ボスぅぅ! 早く! 早くこっちを頼んますって!」
「ぐおー! しねー! ハラへったああぁぁ!!」

 まあ、あっちが片付いて二対一になったとしても、勝利の望みは薄いだろうけどな。俺に俊足があればイモリを倒して即離脱って手もあったんだが……。無い物ねだりをしても始まらん。
 かなり不安だが、最後の手札を切るとしようかね。
 俺は深く息を吸い込み――特技、使用、【激怒】といった具合に順序立てて強く念じた。

 ………………………………何ともねえな? やり方を間違えたか?

「…………オ゛……ッッ!!?」

 いや、成功だ。
 込み上げる熱量に、思わず声を洩らす。
 しかし凄ぇな……。焼けた鉄でも呑み込んだみたいな熱さと重さだ。それが全身に染み渡って、俺という存在を一匹の獣に変えていく。
 火を吐く魔獣だ。
 荒ぶる神だ。
 炎を纏ったガ=オーだ!!

「オオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ────ッッ!!!!!」

 一体、誰が叫んでいる?
 コヨーテの遠吠えなんざ比較にならねえ。魂奮わす雄叫びだ。意思を持ったハリケーン。風の音、風の音。草木を倒せ! 山野を削れ! 大渓谷を築き上げろ!!
 ガ=オーだ!
 ガ=オーの雄叫びだ!!
 立ち塞がる者、全てを払え! 薙ぎ払え!!

「な、ナンだ、お前!? 気デモ狂ったカ!?」

 逆らう奴は、粉々だ!!!

「グブゥえッッッッ!!!?」

「ハハハハハッハハッハハハハハッッハハハ!!! 粉々ダアァァァァ!!!」

 岩野郎の鳩尾に全力ダッシュのダイビングヘッド。
 そのまま仰向けに倒れた野郎の鼻っ柱に、猛烈なヘッドバットの嵐を浴びせる。

「砕け砕け砕け砕け砕け砕け砕け砕け砕け砕け砕けろ砕けろォ!!!!」

 ────って、俺の頭が砕けるわ!!
 痛みはないが、精神的に物凄く痛い。
 何やってんだ、俺は? いくら激怒つっても怒りすぎだろ。ドアがあったら開けずに突撃しそうなくらいの狂乱ぶりじゃねえか。
 全身に力が漲るのはいいが、理性まで吹っ飛んじまったらお終いだ。制御しろ。抑えるんじゃない。この溶岩流の手綱をしっかりと握るんだ。
 ほら、覚えのある感覚だろ? そうだ。お前の人生の岐路にはいつも怒りがあった。山も谷も何もかも、全部全部、自前のダイナマイトで吹き飛ばしてきた。そうやってお前は乗り越えてきたんだ。
 あの時も、あの時も、あの時も、あの時も、あの時だってそうだった。
 俺はいつでも、この怒りと共に突っ走ってきた。
 呑まれるなんて無様な真似は、とっくの昔に卒業したはずだよな!!?

「よっしゃあああああああァァァ!!!!」

 最後の頭突きをガツンと決めて、自分の身体にブレーキを掛ける。
 脳味噌沸騰、気分爽快! 今の俺は限りなく冷静だ!
 何秒経った? まだ【激怒】の効果は続いているのか? 分からん。目の前が真っ赤だぞ。
 ……ああ、痛みがないからまだ大丈夫か。
 岩野郎は……今にも息を吹き返しそうだな。早いとこ永眠してもらおうかね。
 俺は焦点の定まらない濁った瞳を見下ろし猛り、眼窩に向けて貫けとばかりに両の手刀を突き込んだ。
 巨体が興す悲鳴と痙攣は随分な抵抗力だったが、構わずに奥へ。奥へと力を込める。
 …………これが脳か。中身の方は俺らと大して変わらんな。
 握り締めて引き千切ると、嘘みたいに静かになった。
 勝てたか……。我ながら危ない橋を渡ったもんだ。
 よろめきながら壁に背を預け、盛大に息をつく。痛みが戻ったら厄介だな。早く治さねえと。

 ……そういや、何でこんな事してたんだっけ?

「待ったァァ────────ッ!!!! 降参だ! グラコフが死んだら、もう戦う意味はねえ!
 俺っち、あいつに脅かされてただけなの! 戦意喪失です! だからもうやめて! 殺さないで! お願いします!
 そこの坊ちゃん! お坊ちゃん!! 後生だから、妹さんをけしかけるのをやめてくださぁぁぁい!!!」

 誰が坊ちゃんだ。
 そうだった、そうだった。うん、こいつのせいだ。苦労したよ、まったく。



 ◆ ヒール ストーン 〈使用回数 2D6〉

   詳細: 治癒の力が込められた魔法の石。
        対象が死亡していない限り、あらゆる傷を治す事ができる。



 俺はヒールストーンを取り出し、ダクダクと血が流れ続ける額へと押し当てた。
 別に傷口に充てがう必要はないんだが、気分の問題だな。冷たいから火照った頭に丁度いいわ。
 ……ん、一回じゃ完治しねえのか? 複数回使えるからか、リフレッシュの方より効き目が薄いのかね?
 とにかく治った。治りましたよっと。
 あー、身体が怠い。

「お坊ちゃん!? お坊ちゃん、ちょっと! わたしの話ぃ聞いてますかぁっ!?」
「ああ、聞いてるよ。今からこいつらの荷物を漁る。ゆっくりとな。その後で、もし生き残っていたら……まあ、少しくらいは考えてやらんでもない」
「ひえぇ~~~~~~~~~~~~~!!!」

 この不調が【激怒】の反動なのかね? それほどきついってわけでもねえから、慣れりゃあ何とかなると思うが……本気で切り札にしといた方がいいな、こりゃ。軽々しくは使えんぞ。
 あのハイテンションを毎日体験するってのも御免だしな。
 さて、気を取り直してアイテムアイテム。恒例の死体漁りに入ると致しましょうかね。
 ────っと、何だこりゃ?



 ◆ 丈夫な革製の背負い袋

   詳細: ケタの皮を加工して作られた背負い袋。
        念の入った防水加工が施されているため、雨の日の旅路でも心配は要らない。



 袋か? どう見ても袋だよな。
 まあ、喉から手が出るほど欲しいと思っていた物だから、嬉しいっちゃ嬉しいんだがよ……。
 何で置いてあったんだ?
 いつからあった? いつの間にあった? 何処の誰が置いていきやがった?
 ご同輩の死体からならともかく、何でどうして、さり気なく俺の傍に置かれていたんだよォォ!?
 ……ただ落ちている物を拾うだけの行為が、こんな怖いのは初めてだぞ。


 畜生め! 誰だか知らんが有り難く使ってやるから有り難く思え。
 …………呪われてたりとか、しないよな?
















 あとがき

 お待たせしました。やっと六話目です。
 もう進み具合がどうとかは、考えない事にしました……。
 今回は初の戦闘回みたいなもの、主人公の切り札的特技【激怒】のお披露目です。
 岩石巨人に勝てたのは秘薬との相乗効果で(STR 15×2×2)になっていたからですね。
 秘薬より先に【激怒】を使っていたら、ミンチ肉にされていたことでしょう。

 ちなみにこの世界でのオーガ的な種族の平均STRは(20+2D6)です。
 25あれば、人間の腕くらいは引っこ抜けるかな? って感じの温い目安になっております。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 現在の所持品  17/17

 パーソナル マップ  (72)
 フォーチュン ダイス  (507) 一々サイコロを振るのも億劫な入手量です
 豊穣神の永遠のボトル

 丈夫な革製の背負い袋  どうってことない品ですが、謎です
 入)ヒール ストーン
 入)ヒール ストーン  やっと使えました。
 入)リフレッシュ ストーン (5)
 入)陽光のカンテラ
 入)水筒 〈空〉
 入)丸い水筒 〈湧き水〉
 入)大きめの水筒 〈井戸水〉

 拳大の石  (347)
 冒険者の松明  (243) 今回の血の池火炎地獄で1消費
 火の付いた冒険者の松明
 麻製のロープ  (191)
 蜘蛛の歩みの秘薬  (6) 今回の戦闘で1消費
 蟻の力の秘薬  (6) 初使用で1消費
 ケタの干し肉  (40)
 ケタ肉の塊  (27)
 豚肉の塊  (24)
 月光鱒の切り身  (58) 英語で言うとムーンライト・トラウト
 ナングの卵 (26)
 スマイリー キャベツ  (65)
 オミカン  (39)


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 食べきれません。




[15918]
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2010/03/05 20:47

 総勢11名の死体を漁らせてもらった結果、岩野郎一味が貯め込んでいた、かなりの量の食料を入手する事ができた。



 ◆ ケタ肉の塊 〈重量 1000グラム〉

   詳細: 肉と言えばケタか豚と言われる程に流通している、一般的な食肉素材。
        これはその、モモ肉の塊である。
        大人しく従順な気性、かつ何でも食べて成長が早く、しかも多産なケタは、
        家畜の中で最も養殖向きな生き物なのだ。


 ◆ 月光鱒の切り身 〈重量 500グラム〉

   詳細: 獲物を捕らず、月の光に含まれる微量な魔力を摂取して生きる川魚、
        月光鱒の皮付きの切り身。
        その特異な生態からか、寄生虫や病原菌の類は一切保有しておらず、生で食べても問題はない。
        肉質は弾力に富み、淡白で美味。
        生息範囲が広大で養殖向きなため、河川の近くで暮らす人々にはお馴染みと言っていい食品である。


 ◆ スマイリー キャベツ

   詳細: どのような調理法でも美味しく食べる事のできる、食卓野菜の定番品。
        腐ってでもいない限り、およそ外れとされる食べ方は存在しない。
        柔らかく、癖のないの味なので様々な料理の材料としても用いられる。
        尚、その名称は熟した葉玉を見下ろした際の形状に由来する──というのが、一般的な説である。


 ◆ オミカン

   詳細: 世界最大の柑橘類。
        柑橘類全般に言える事だが、果肉だけでなく果皮、種子までもが幅広い用途を含むため、
        基本的に捨てる部分が存在しない。
        そのような理由と、最大の種であるという事などから、太陽や大地の恵みとして
        真っ先に挙げられる作物の一つである。
      



 えーと……干し肉が33、ケタ肉とやらの塊が27に豚肉の塊が22。あとは川魚の切り身とか、変わった形のキャベツとか、やたらとでかくて大味そうなオレンジとか……まあ、色々と沢山だ。
 アイテム収納なんて反則技がなけりゃあ、途方に暮れる量だったな。
 連中がどんな方法でかき集めたのかは想像に難くないが、俺としては『有り難くいただきます』としか言えん。とにかく、これで当面の食糧問題は解決だ。
 飢えたモドキに襲われる心配もないだろう。
 いやー、よかったよかった。

「ニクー! ニク、うめー! なまでもうめー!」

「……何というか、活発な妹さんですね。──あっ、そこキツくしないで! 逃げたりなんてしませんから!
 せめてもう少し余裕を! 痛い! 肩が外れちゃう!」

「大丈夫だ。俺は痛くない」

 哀願するイモリ野郎を寛大な優しさでもって縛り上げながら、モドキに適当な餌を与える。
 しかしまさか、一番に消そうと思っていたこいつだけが生き残るとはなあ……。捕虜を取るような余裕はないと思っていただけに嬉しい誤算だった。
 岩野郎みたいな化け物が居なけりゃあ、俺はイモリ以外の一人を残すよう気を配ってただろうし。イモリにしても生き残れたのは地力を超えた偶然の結果だったようだし。お互いに運が良かったってところかね。

 ああ、捕虜を取る意味は分かるよな?
 人質だったり食料だったり憂さ晴らし要員だったりと利用法は前提次第でいくらでもあるが、今回は手っ取り早い情報源としてのケースだ。
 他に仲間は居るのか? 居たとすれば、その構成は? 自分達以外にもグループはあるのか? あったとして、どの程度まで知っているのか? 知られているのか?
 ……等々と。聞きたい事は山ほどある。
 肝心なのは主導権を明確にし、相手に舐められないようにする事。その上で嘘を見破れる洞察力と一から十まで聞き出す根気、得た情報を整理するだけの頭があれば及第点と言っていい。
 大概の奴なら、それで絞り尽くせるだろう。
 センスがあれば、多少強情な奴でも何とかなる。
 揺るがぬ意思や確固たる信念を持っていたり、専門の訓練を受けていたりする奴が相手だった場合は、悪い事は言わない。時間の無駄だからやめておけ。
 素人の生兵法が通じるのはそこまで。後はプロに任せるのが賢い選択だ。
 任せられるアテもヒマもないってんなら……分かるよな? 色々だ。
 不確定要素の強いサバイバルではよくある事だから、覚えておいた方がいいぞ。

「そういや、名前を聞いてなかったな。……リザードでいいのか?」

「違います違います。そいつぁ渾名。連中が呼びにくいってんで勝手に決めた、不本意な渾名ですわ。
 本名はテンダリウス・ローバーノ・フルシュシシニグラウクル・ボンガボンガ――」

「リザードでいいな」
「ああ、やっぱり!?」

 今回に限っては、そこまで意気込む必要もなかったんだけどな。
 イモリ野郎ことリザードは実に調子の良い奴で、こちらの質問に快く答えてくれた。
 といっても、頭が悪くて口が軽いってわけじゃない。協力的に振る舞うことで俺の心証を良くしようという腹なんだろう。
 この迷宮に独りで挑む事の愚かさ、仲間の居ない身で意地を張る事の無意味さをよく分かっているからこその態度だ。自分が生きるために何をすればいいのか、してはいけないのかをよく分かっている。
 薄情者と謗るなかれ。何事にも潮時というものがあるのだ。
 こんな状況で死人に義理立てしても始まらん。

 それで、得られた情報についてだが……細かいとこまで逐一聞いたせいか、リザードの身の上話みたいになっちまった。
 何でもスタート地点は五つも下の階層で、岩野郎と同じ部屋だったらしい。あの頑丈さと腕っぷしに幾度となく助けられたそうだ。
 お互い、気が付いたら珍妙な姿になってたって共通点もあってか、関係は比較的良好だった。
 粗野で乱暴で我が儘で、自分の事を〝ボス〟と呼ばせるような威張りん坊だが、決して付き合いきれない程ではない。この程度の悪党は何処にでも居る。――というのが、岩野郎に対するリザードの評価だ。
 前世でもっと酷い奴の下で働いていた経験があったから、特に反感を抱く事はなかったんだそうな。
 中々に辛抱強い性分の持ち主である。

 そして、そんな何処にでも居るはずの悪党が童話に出てくる怪物みたいになっちまったのは、アヤトラのグループと合流を果たしてからなのだとか。
 アヤトラってのはここから九層下の、恐らくは最下層から上がってきた唯一のご同輩で、元が同じ人間だったとは思えないほどの戦闘力と統率力を兼ね備えた男らしい。
 種族はほとんど人間と変わらない見た目のハーフエルフとかいうやつで、歳は俺より四、五歳上といったところ。
 なのに化け物、変わり者。
 戦える者だけでなく、本来なら死ぬはずだった無力な女子供までもを引き連れて、上へ上へと駒を進めてきたというのだから、相当な奴である事は間違いないだろう。
 どんな人物なのかは、実際に会ってみるまで判断が付かんがな。
 まあ、問答無用で襲ってくる輩でもなさそうだし、遭遇を殊更に怯える必要はないだろう。
 岩野郎が追い出されたのも自業自得みたいだしな。

 そう、岩野郎はそのアヤトラのグループから追い出された。というか、アヤトラ直々に処刑されたらしい。
 理由は子供を喰ったから。
 それもそれも、食料に困っていたわけでもないのにだ。
 単純明快だな。俺だって処刑するよ、そんなの。危なすぎて一緒には居られん。
 だが、リザードはそうは思わなかったようだ。
 いや、思ってはいたのか……。
 でも、助けちまった。アヤトラの目を盗んでな。
 手持ちにあったリフレッシュストーンで九割方死んでいた岩野郎を蘇生させ、こっそりと逃げ出したんだと。
 何故かって? そりゃまあ、色々とあるわな。
 それまで一緒にやってきて命を助けられた恩がある。負い目もある。共に加わり、一番親しくしていただけに、もうアヤトラのグループには居づらいってのもあったんだろう。

 リザードは岩野郎から相談を受けていた。
 女子供が視界をかすめる度に湧き起こる、狂おしい衝動について。いくら食べても満たされない、理性を蝕む欲求について。
 岩野郎の種族はロック・オーガ。俗に人食い巨人とか呼ばれている連中の亜種だったんだそうな。
 人食いなんて厄介な本能を抱えちまった、生まれの不幸。そいつをはね除けるだけの意思も倫理も持ち合わせていなかった、心の未熟。
 不運に弱さが重なった末の暴走だったってわけだ。
 気の毒な話ではある。――が、裏を返せばそれだけの話。
 『我慢できませんでしたァァ!!』じゃ済まされんだろ。いくら何でも。
 無理でも耐えろ。死んでも堪えろ。耐えられんのなら、絶対にバレないようにやれ。あと、俺を喰おうとするな。そんな簡単な事も守れねえから、長生きできなかったんだよ。
 リザードの奴も間抜けな事をしたもんだ。
 自分も小動物や昆虫を見て美味そうだと感じてしまう身体になってしまったから、他人事だとは思えなかったんだと。
 その共感から来る同情が、第一の動機ってやつかねえ?
 リフレッシュストーンなんて緊急救命装置がアイテム欄になきゃあ、最期まで付き合ってやる事もなかったんだろうけどな。魔法ってのも罪作りなモンだぜ。

 ちなみに、テンダリウス何ちゃらってリザードの本名は、最初からそういう風に書かれていたのだとか。
 ……どんな嫌がらせだよ。それも賽の目の結果なのか? 部族の習わしとかなのかね?
 イモリじゃなくてよかったなあ、俺。

「やはり【美形】をお持ちでしたか! いやいやいや、眉目秀麗! 一目瞭然! 分からねえって方がどうかしてまさぁ。
 顔が良い。頭も良い。度胸もあって腕っぷしも強いとなりゃあ、もう未来は薔薇色間違いなしですな!」

 そうかそうか、お前も笑うか。
 今更、見え透いた世辞に機嫌を左右されるような感性は持ち合わせちゃいないが、そこを突くのだけはやめてくれ。まだ慣れてないし、未確認だからどう振る舞っていいのかも分からんのだ。
 顔ってやつには嫌でも持ち主の内面が出てくるからな。星の数ほどの悪相を拝み、判断を下し、ああは成るまいと心懸けてきた身としては気になってしょうがない。
 一体俺は、どんな顔をしているのか?
 触っただけじゃあ何とも言えん。神ボトルでは不明瞭にしか映らん。早く鏡が欲しかった。

「そうそう、美形といえばアヤトラさんもそうなんですけどね。あっちもまあ、才気煥発と言いますか。
 天は二物を与えず云々って格言は、凡人の気休めのためにあるんだな~と、つくづく思い知りましたよ」

「……かもしれねえな。だが、天が与えてくれた物とやらを使いこなせるかどうかは、また別の話だろうよ」
「ほっほ~? こりゃまた何とも格好良い事を仰る。俺っちも持ち上げ甲斐があるってもんですわ」

 けど、こいつはアレだな。きっと口を動かしてねえと調子が出ないんだろうな。
 不安の裏返しか、ただ単に生理的なものなのか。少なくとも、一から十まで俺の歓心を買いたいがために喋っているわけじゃなさそうだ。
 危険に聡く、己の分を弁えており、そこそこに情が厚くて義理堅い。
 一線を測る能力に長けているからか、喋り癖も致命的といった程じゃあない。
 現に俺の顔色の伺い方が絶妙だ。何某かのお零れにあやかろうと擦り寄ってくる、気持ち悪い連中の相手を散々にしてきたから分かるんだが、ちょっと凄いぞ。鬱陶しいはずなのに全然気にならん。
 ……だからといって気に入るか、信用できるかというと、まったくの別問題なんだがな。
 でもまあ、今のところ有用ではあるか。
 傍に居なかったタイプだが、扱いに苦労する事はなさそうだし。透明化の能力も失うには余りにも惜しい。
 しばらくは手元に置いて、様子を見るのがいいだろう。
 俺のご機嫌じゃなく、不意を窺う気配を一片でも臭わせたら即処断。その方針で連れて行くとしようか。

「朗報だぞ、リザード。どうやら俺の心の天秤は、お前さんを生かす方に傾いたらしい」
「あ、やっぱりまだ考えてました?」
「ああ。普段なら、もう少し甘めに見積もっているところなんだがな。さすがに状況が状況だ。そうも言ってられんだろ」

「いえいえ、大した懐の広さだと思いますよ? 俺っちが坊ちゃんの立場なら、こんな怪しいイモリ人間、
 不安で不安で生かしちゃおけやせんぜ。気持ち悪い。口が軽い。敵だった。これだけで充分万死に値しやす。
 そいつを許してくれるってんだからぁもうっ、感謝の言葉もございやせん! 本日から朝夕のお祈りが欠かせなくなったってなもんですわ!」

 そう言いながら、まだまだ一安心には程遠いって面だな。……いや、面は読めんから雰囲気か。
 この助命があくまでも仮の物、お試し期間の到来に過ぎない事をよく理解していやがる。

「その様子だと、釘を刺す必要はなさそうだな」
「……へい、恐れ入りやす」

 こうしてまた一人、俺の道行きに奇妙な連れが加わる事となった。

 …………ロープは腰に括り付けとくか。
 尻尾だと切り離して逃げかねんしな。








 道すがらに行ったリザードとのやり取りも含めて、数時間。
 ウェッジとの合流地点まで後少しといった所で、俺達は思わぬ足止めを食らう羽目になった。

「……何だ、ありゃあ?」

 白い膜みたいなのが通路の一面を覆って、行く手を塞いでたんだよ。
 これは……その、何だ……。もしかしなくてもアレのアレか?
 俺はとあるホラー映画の1シーンを思い出し、深々と眉を顰めた。
 徘徊するゾンビ共と言い、いくら何でも典型的すぎるぞ。人間の恐怖心を煽るための場所か何かですか、ここは。
 ……悪魔が運営しているそうだから違うとも言い切れんか。苦々しいところだな。

「うぉー、でけー」
「蜘蛛の巣……ですねえ。どうも見ても」
「そうだな。どう見ても蜘蛛の巣だな。家主を想像しただけで身震いしちまうような、ご立派な蜘蛛の巣だ」

 でけーよ、馬鹿。
 5×5メートルの通路一面だぞ? 糸も太いし、張った奴はひょっとして人間くらいのサイズなんじゃねえのか?
 やばいぞ。
 ネズミ程度ならともかく、虫がでかいのはやばい。
 脳味噌がない分、身体の造りがとんでもないからな。特に肉食昆虫は最悪だ。硬くて速くて力持ち、生命力は段違い。蜘蛛はクモ目に属する動物で正確に言うと昆虫じゃないよ。――なんて知識は気休めにもならん。足の数と触角の有無と頭部胸部の境目があやふやって違いだけで、ほとんど虫と変わらねえじゃねえか。広義では虫だ、虫。厄介な特徴を全部備えている上に糸まで使うから余計に性質が悪いぞ。
 唯一の救いは、巣に近付きさえしなければ危険はないという事だが……こっちの生き物に過度の期待は禁物ってもんだろう。
 ……腹立たしいが、ここは回り道しかないか。
 って、リザード君。どうして君はそんな不用心に近付いていくのかね? 危ないじゃないか。

「あ~……やっぱりそうだ。坊ちゃん、多分ですが危険はないと思いやす」
「何だ? 対策でもあるのか?」
「いえね、実はこれ、知り合いが張ってたやつにそっくりなんですわ。奥で蜘蛛が待ち構えてるって様子もないようなんで、十中八九シャンディー姉さんの仕業……なんじゃないかなあ、と」

 ほう、イモリのくせに蜘蛛の姉が居るのか。
 恐らく親はオーストラリアの怪物、ヨーウィーだな。
 あっちはトカゲの身体にカブト虫の足といったデザインで、イモリと蜘蛛じゃ微妙に違うような気もするが……。他に適当なのも思い浮かばんし、親戚って事で妥協しよう。

「シャンディー姉さんってのは、アヤトラさんとこの調整役みたいなお人でして。
 ティルケニスとかいう蜘蛛女の種族なんですがね。といっても、見た目はそんなじゃないんですよ。
 腕が四本で所々蜘蛛っぽいってだけで…………俺っちのがよっぽど不気味なんじゃないですかねえ?」

 うん。まあ、口には出さない冗談ってやつだ。
 必要な事なんだよ。ユーモアを欠いた思惟思索は、冷却器のない機械みたいなモンだからな。鈍る前に横道へと逸らしてやらにゃあならん。
 それを踏まえて、どんな時でも遊び心を忘れないのが俺という人間の信条なのだ。
 例え、死刑判決を受けても絶対に忘れない。
 薬物注射? 電気椅子? 温い温い。第一につまらん。第二にそれじゃ誰の気も晴れんだろ。そうだな、まずは飢えた猛獣が居る檻の中にでも閉じ込めてもらおうか。何度でも何度でもだ。それで駄目なら人食い鮫とだ。もし生き残ったら、ミサイルの的がいいな。核で死ぬ栄誉を俺に寄越せ。もちろん、全部全米生中継だ。

 …………………………………………まさか、採用されるとは思わなかったんだがな。

「そうそう、姉さんは器用なお人でしてね。この糸で服を作ってくれるんですよ。
 手間が掛かるのと疲れるからって理由で女子供優先で、俺っち達には結局回ってこなかったんですけどね。
 ……せめて、前くらい隠させてほしかったなあ。誰も気にしてくれないのが、また何とも言えず悲しかった」

「いじけるのは構わんが、その姉さんってのは男を捕まえるのに網を張る習性でもあるのか? 通路を塞ぐ意図がさっぱり分からんぞ」

 物が糸だけにな。……我ながらイマイチすぎる。。

「そういやぁそうですね……。姉さん、教えてくれなかったなあ」
「…………なるほど。大体分かった。気にせずに進むぞ」
「え? あーはいはい、了解しやした」

 松明の火でちゃっちゃと焼き払って、先を急ぐ。
 俺の予想が正しければ、あの網は一種の警報装置だ。
 原理は分からんが、恐らくは触れるなりしただけで蜘蛛女に情報が伝わる仕組みになっているはず。
 リザードが教えてもらえなかったのも当然だ。せいぜい相手の位置が把握できる程度の物であったとしても、先手を打つための重要な布石となり得るわけだからな。効果を知る人間は少なければ少ないほどいい。
 アヤトラ一行は大所帯という話だし。さぞや重宝してきたんだろうよ。
 ……厳しいねえ。
 どう誤魔化せばいいのか分からねえってところが特に。嫌でも後手に回るしかないのだから。
 とりあえずは気に留めておくとしようかね。それくらいしかできん。








 ようやく辿り着いた合流地点は、今やすっかりお馴染みとなった牢屋の並ぶ通路の一角だった。
 大体この辺って話だったからな。一番に目に付く、端の牢屋に居れば分かるだろ。

「それじゃあ、俺はしばらくこっちで横になってるから。お前さんはモ……カーリャと一緒にそっちで休んでてくれ」
「えぇっ!? ちょっとお待ちを! 寝床を分けるのは理解できやすが、それだと俺っちの身が危険じゃないですかね?」
「なぁに、親交を深める良い機会だろ。さあさあさあ、入った入った。とっととオネムのお時間ですよ~」
「おうおう、ゆっくりやすめ!」

 そういうわけでリザードとモドキを一緒の牢屋に放り込み、俺は久方ぶりの独り寝を満喫する事にした。
 いやー、子守りを引き受けてくれる奴が居て助かった。コアラなんぞに構っていたら取れる疲れも取れんだろうしな。
 【激怒】のおかげで身体が怠いから、しっかり休まんと不味いんだわ。

「うあぁ!? 何で近寄ってくるんですかぁぁ!?」
「おうおうおう! なんだなんだ? トカゲ、なんでにげるんだ?」

 向かい側で繰り広げられる喧噪も、まったく全然気にならん。
 とにかく今は、ただ泥のように眠りてえやな。








 合流地点に到着してから約一日、ウェッジと別れてからおよそ一日半以上が経過した。
 近くまで来ているかもと見回ったりもしてみたんだが……今のところ、あのお人好しが現れる気配は一向にない。
 俺は少々、悲観的になり始めていた。
 個人差はあれど、人間が飲まず食わずで活動できる時間はそう長くない。ましてやウェッジは一度空腹で死にかけてるからな。二日も持てば良い方だろう。
 シニガミから逃げ切れたとしても、何処か与り知らぬ場所でぶっ倒れている可能性もあるわけだ。
 拾いに行こうにも、この広さだ。人手も圧倒的に足りない。俺より先にゾンビかネズミかゼリーお化けが見つけちまう事だろうよ。
 …………もう一日……いや、二日待つか。
 それで駄目なら、諦めよう。

「……あの、坊ちゃん? 坊ちゃんはお召し上がりにならないんで?」
「おう、ハラこわしたか? グールか、グールくったのか?」
「ん? …………ああ、んなわけねえだろ。お前らの見てねえところで栄養を補給してるんだよ」
「なに? カーリャにナイショか? ナイショなのか? くちくさいぞ!」
「そりゃ何日も磨いてねえんだから、臭いもするだろうよ」
「いえ……多分、妹さんは〝水臭いぞ〟と言いたいだけかと思いやすが……」

 いいから黙って食え。お前らが心配するような事じゃねえよ。
 ただの願掛け。そうでもせんと俺の気が済まねえってだけの、手前勝手な拘りだからな。
 二日経ったら食うさ。……二日経ったらな。

「ところで、リザード。お前さんはアヤトラのグループに恨まれていると思うか?」
「ん~~……どうでしょうかねえ? 挨拶もせずにグラコフと一緒に消えたわけですから、良くは思われてないんでしょうけど……」
「恨みを買うような真似はしてないんだな?」
「へい。長ったらしい名前に懸けて誓ってもいいですぜ」

 ……なら、隠れさせるのはやめておいた方がいいか。却って印象を悪くしかねん。
 俺にとって用心深さは美徳の一つだが、世の大半の連中はそうでもないようだからな。
 取り引きが終わった後に額を狙わせていたスナイパーの存在を明かすなんて行為は、やっちゃいけない事なのだ。
 アレは高い授業料だったなあ……。
 常識ってやつの授業料は、いつだって法外だ。学んでからじゃ遅すぎる。世間ってのは怖いねえ。

 近付いてくる団体客に気付いた俺とリザードは軽く頷き合い、諸手を挙げて歓迎してやる事にした。
 コンセプトはラブ&ピース。
 そして俺は幼気な男の子。存分に保護欲をくすぐってくれるわ!


 …………うん。人間、できもしない事を考えるもんじゃねえやな。
















 あとがき

 次回からは大所帯になるかもしれません。
 人気者ウェッジは生きているのか? 果たして、何人生き残れるのか? そもそも、お外に出られるのか?
 私めにもさっぱりですわ。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 現在の所持品  17/17

 パーソナル マップ  (72)
 フォーチュン ダイス  (507)
 豊穣神の永遠のボトル

 丈夫な革製の背負い袋
 入)ヒール ストーン
 入)ヒール ストーン
 入)リフレッシュ ストーン (5)
 入)陽光のカンテラ
 入)水筒 〈空〉
 入)丸い水筒 〈湧き水〉
 入)大きめの水筒 〈井戸水〉

 拳大の石  (347)
 冒険者の松明  (243)
 火の付いた冒険者の松明
 麻製のロープ  (186) リザードの拘束と牢屋の入り口固定で5消費
 蜘蛛の歩みの秘薬  (6)
 蟻の力の秘薬  (6)
 ケタの干し肉  (38) ウェッジを待つ間に2消費
 ケタ肉の塊  (25) モドキにやって1消費 ウェッジを待つ間に1消費
 豚肉の塊  (24)
 月光鱒の切り身  (58) ウェッジを待つ間に2消費
 ナングの卵 (26)
 スマイリー キャベツ  (65)
 オミカン  (39)


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 リザードを含めた他のキャラのステータスは、データまとめで出そうかと思っています。
 いや、もったいぶるようなモンじゃないんですけどね。




[15918]
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2010/03/27 12:51

 なるほど、確かに蜘蛛女だ。
 現れたご同輩の異形異相を見上げ、俺は小さく感嘆の息を洩らした。

「あら、可愛い子ね。とってもエキゾチックで将来が楽しみだわ」

 インド系黒褐色の滑らかな肌に包まれた豊満な体つき、艶めかしい肩のラインから伸びる四本の腕、蜘蛛の足先を想わせる厚く鋭い爪、白目のないエメラルドグリーン一色の瞳。
 暗い夜道に独りで対面なんて事になったら逃げ出す奴も居るかもしれんが、冷静に見るとそこまで怖いもんじゃない。
 むしろ、ある種の美を感じる人間の方が多いと思う。
 特に白い牙が覗く笑みなどは、年齢性別を問わぬ母性的な魅力に溢れていると言っても過言ではないだろう。……ああ、こりゃ外見じゃなくて内面的な要因の賜物か。
 とにかく、色っぽくて話しやすそう。
 人間じゃねーだとか目が怖えーだとかいった細かい点を無視した俺の第一印象は、概ねそんなところだった。

 あと、服。
 何しろ蜘蛛姉さんを筆頭にお客さんの全員が服を……配色こそ白黒の濃淡と大人しめだが、実用的で洗練されたデザインの衣服を着ていたのだから。そりゃまあ、綺麗にも見えるってもんですわ。
 鉄格子を隔てて見合ってると余計にね。檻の中の猿みたいな気分になってくる。
 今の構図を絵画にしたら、きっと未開地の子供と文明人達の邂逅といった風に仕上がる事だろう。
 あちらは着ている、こちらは丸出し。たったそれだけの違いで、俺の胸は羞恥心とも劣等感とも付かぬ不定形の弱火に焼き焦がされていた。

「お嬢さんこそ、とてもお美しくていらっしゃる。……そう、まるでヒンドゥーの女神ドゥルガーのようだ」

 もちろん表にゃ出さなかったんけどな。
 リザードから事前に話を聞かされていなけりゃあ多少は動揺していたかもしれんが、それでもお世辞を返すくらいの余裕はあっただろう。
 そうだよ、世辞だよ。俺だって言うよ、それくらい。
 インド神話最強の合成殺戮機械神に例えられて、喜んでくれるかどうかは知らんが。
 俺は好きなんだけどな。大ファンだと言ってもいい。タペストリだって何枚も持ってるぞ。多分、神話や伝説なんかに出てくる女の中じゃあ一番好きだ。清麗婉美かつ冷徹に敵をぶち殺していくところが堪らん。お近付きにはなりたくない。

「女神様ねえ……言い過ぎだと思うけれど、トラちゃんの准胝観音みたいって褒め言葉よりかは分かりやすくて良いかしら。ふふっ、ありがと」

 観音? 確か観世音菩薩っていう仏教の神様の一種とかだったっけ?
 厳密に言うと神じゃなかったような気もするが、立派な信仰の対象なわけだし。神様扱いされて罰当てるような心の狭い真似はしねえだろ。
 とすると、アヤトラは仏教徒なのかね? 名前からしたところじゃあ元日本人って線が濃厚か。
 俺は地球上で最も奇妙な信心深さを抱く民族の事を思い返し、人知れず腹の虫を騒がせた。
 ソバ、うどん、牛丼カツ丼親子丼、スシにカレーにテンプラにと、脳裏に浮かぶはかの島国が誇る料理の事ばかり。どれも俺の好物だ。空腹の身で想うには少々難儀な内容だったな。
 ここを出たらスシバーでも探してみるか。……徒労に終わりそうだけど。

「…………あのぉ……シャンディー姉さん」
「どうしたの、テンちゃん? ちょっと見ない間に随分とお肌の張りがなくなったみたいだけれど?」
「いえ、別にそんな……あ~多分、睡眠不足かもしれやせんかしらん?」

 やっぱり、この蜘蛛女が件のシャンディー姉さんか。
 リザードの奴は彼女に頭が上がらないようだな。僅かな会話で二人の力関係が手に取るように分かっちまったぞ。

「リザード! グラコフはどうした!?」
「へ? ああ、どうもどうも。……グラコフが? どうかしたんですかい?」
「とぼけるな! お前が逃がしたんだろうが!」
「アヤトラさんの恩を仇で返しやがって! やっぱお前もアイツと同じバケモンだな! この毒トカゲが!」
「処刑だ、処刑!」
「わー……まあまあ、皆さん落ち着いて」

 でもって、シャンディーの後ろで騒ぐ連中には余裕綽々と。
 ……こりゃあわざとだな。相手に警戒心を抱かせない形で、それとなく俺が情報を嗅ぎ取れるよう、敢えて分かりやすく振る舞っているんだろう。
 示し合わせたわけでもないのに、中々気の利いた真似をしてくれるじゃねえか。

「ね? こんな所で俺っち相手に怒りをぶつけてもしょうがないでしょ? お喋りは姉さんにお任せすると致しましょうや」

 おかげで蜘蛛姉さん御一行の為人を楽に掴める事ができた。
 適当なところで会話を切り上げ、俺の背中に逃げ込むようにして隠れたリザードを視線だけで労い、改めてシャンディーと向き合う。
 彼女の方もリザードの意図は読めていたようで、その口元には一層濃くなった慈愛の影、目元には一段と増した好奇の色が表れていた。
 余計な気を遣う必要はなさそうだな。血の巡りの良い女で助かった。

「どうやら貴方はトラちゃんと似たようなタイプの子供みたいね。外の愛らしさと中の凄味が愉快なくらいに噛み合っていないわ」
「そこまで酷いのか? もう少し、らしく見えるように努めた方がいいのかね?」
「ん~そうねえ……。割り切った方がいいかしら。貴方、お芝居はできても無垢な子供のふりは生理的に無理でしょう?」

 よく分かったな。その通りです。
 子供じゃないんだからと呆れられる事は多々あれど、本物になりきるのはさすがに不可能。童心に返れない大人は寂しいもんだが、返りっぱなしは鬱陶しいだけ。可愛い子ちゃんのふりとか気持ち悪くて適わん。

「とりあえず、何か着た方がいいわね。お近付きの印に一式進呈させていただいてもよろしいかしら?
 もちろん、そちらで暇そうにしているお嬢ちゃんにもね」

 にこやかに言い放ち、二十枚の爪の間から伸びる糸を繰り始める蜘蛛女。
 編み物については素人だが、物凄い手際の良さだという事は何となく分かる。まるで全自動の織機を見ているかのようなスピードと正確さだった。

「おう、なんだ? なんかくれるのか?」
「そいつは願ってもない申し出だが……本当にタダでいいのか?」
「ええ、安心して。代価を求めるような真似はしないと誓うわ。……けど、そうね。まったくのタダというわけではないかも?」

 四本の腕を巧みに動かしながらの流し目を受け、俺は得心の息をついた。

「ここに来る途中で、あんたが張った網を見た。……同じ保険を掛けようってのか?」
「察しの良い子ね。その通りよ。それ以上の事はできないし、するつもりもないわ。信じてくれるかしら?」

 つまり、俺達の居場所が分かるような仕掛けの入った衣服をプレゼントしてくれるというわけだ。
 自分の糸を探知できる能力なのか、それとも探知できる特別な糸を作る能力なのか。どちらにせよアヤトラ一行は全員が彼女の服の世話になっているようだし、こんな場所での団体行動にゃあ打って付けの次善策だな。はぐれる心配がなくていいやね。
 連中の一員でない俺達にしてみれば、緩い首輪を付けられるようなもんだが……大したデメリットでもねえやな。
 俺を騙そうとしているようには見えないし。この仕込みは純粋な厚意からのものと受け取っていいだろう。

「……信じるよ。あと、本当にタダじゃあ収まりが付かねえから、貸しって事にしてくれるか? 必ず返すぞ」
「ふふっ、律儀な子ね。いいわよ。貴方の気が済むようにしなさいな」

 そう、シャンディー姉さんは気配り上手で世話好きで、おまけに生来のお節介焼き。要するに俺達みたいな子供を放っておけない、心のお優しい人だったのだ。
 相当なタマだとは思うがな。でも、本質的にはただのメチャクチャ良い女だ。

「何かご注文はあるかしら? 下着に肌着、上下に靴に靴下と作るつもりなのだけれど」
「靴まで出来るのか? 凄げぇな」

 姉さん始め、どいつもこいつも長靴に似た履物をしているのは確認していたが、まさかこれもお手製だとは思わんかった。
 いや、お手製じゃなきゃ何だって話なんだがな。21世紀の地球で文明人やってた身としちゃあ、繊維を編んで靴を作るって発想はちょっとした盲点だったわけだ。
 世界史的、民俗学的に見ても、名が知れてるのはせいぜい日本の草鞋ってやつくらいじゃねえのかな? あとはどの文明でも木や皮との合成品を使っていたはず。100%繊維で出来た靴なんて、そうそう有る物じゃないのだ。

「トラちゃんがね。ワラジとかフカグツとかいう日本の履物の作り方を教えてくれたから、それをヒントにしたの。
 あの子が知恵を貸してくれなかったら、もっと粗末な物になっていたでしょうね」

「へえ、アヤトラってのは元日本人なのかい?」
「そうみたいよ。私達とは世代が違うみたいだから随分と変わっているけれど」
「世代が違う? ああ、すまんが手袋も頼む。基本色は黒で、デザインはできるだけシックにな」

「はいはい。ん~……どう言えばいいのかしらねえ? 一言で言うと、昔の人?
 他にも日本人の子が居るのだけれど、最初の内は世間話を通すのも一苦労だったわね。
 トラちゃん、携帯電話も簡単な英単語も知らなかったし。自分の事を断片的にしか覚えてないみたいだし」

 断片的にねえ……。名前や死因、こっちの世界に至るまでの経緯以外にも色々と忘れちまってるって事か。
 そんなボケ老人みたいな状態で、よく最下層から上がって来られたな。よっぽどの強運の持ち主か、多少抜けてても問題ないくらいに凄い奴なのか。……恐らくはその両方なんだろうな。

「でも、家族の記憶は結構しっかりしててね。アヤトラって名前も、お姉さんとお母さんの名前から拝借して付けたのだそうよ。良いお話だと思わない?」
「まあ、思わんでもない」

 ウェッジが来たら会いに行ってみるかね。姉さんもそのつもりで語ってくれてるんだろうし。
 ……ん? どうしたリザード? なに、自分も服が欲しいって? けどお前、透明になれるのは自分の身体だけなんだろ? 服着たら意味ねえじゃねえか。
 大丈夫大丈夫、お前が全裸のままでもTPO的に何の問題もないから。
 バカ、情けねえ面してんじゃねえよ。本気だってば。

 そうして小一時間ほどお話をした結果、意外な事にシャンディーは俺達に付き合ってウェッジを待つと申し出てきた。
 報告のためとかで他の五月蠅い有象無象には帰ってもらってな。一人で付き合ってくれるんだそうな。
 理由はまあ、居場所が分かる自分が居ればアヤトラ達と合流するのに手間取る事はないだろうから。──と、そういうわけだ。
 ……うん。間違いなく本音だとは思う。
 姉さんは俺をアヤトラに会わせたいらしい。会わせてどうするとか、どうなるんだって考えは置いといて、とにかく会ってほしいんだとか。
 一体、どういう魂胆なんだろうな? 敵意はなし、悪意もなし。でも漠然とした底意はある。怪しくないけど非常におかしい。さっぱり読めんぞ。

「うおーすげー! いーとーマキマキだー!」
「カーリャちゃんには結び目の少ない服がいいかしらね。活発な子のようだから、うんと丈夫に作りましょう」
「ついでにウェッジのも頼んでいいか? さすがに丸出しのままじゃ不味いだろうから、下着だけでも」
「…………へへへっ……。御三方、何だか無性に寒いとは思いやせんか?」

 世話焼き女の考える事はよく分からん。よく分からんが追い返す理由もないので、俺は姉さんの芸術的な手捌きに見惚れて待つ事にした。



 ◆ スパイダーシルクの子供用下着 〈Eグレード〉〈超軽量級〉

   詳細: ティルケニスの糸で織られた、絹のような質感の下着。
        紐で留めるトランクス型なので、サイズ的に融通の利く造りになっている。
        丈夫で長持ち、吸収性抜群のお肌に優しい品である。

        耐久度 30/30
        特殊効果 〈耐熱10%〉〈耐冷10%〉
        制作者 シャンディー


 ◆ スパイダーシルクの子供用肌着 〈Eグレード〉〈超軽量級〉

   詳細: ティルケニスの糸で織られた、絹のような質感の肌着。
        丈夫で長持ち、吸収性抜群のお肌に優しい品である。

        耐久度 30/30
        特殊効果 〈耐熱10%〉〈耐冷10%〉
        制作者 シャンディー


 ◆ スパイダーシルクの子供用胴衣 〈Eグレード〉〈超軽量級〉

   詳細: ティルケニスの糸で織られた、絹のような質感の胴衣。
        通常の品と比べて非常に丈夫な造りになっているので、防具の下に着込むのにも適している。

        防護点 1
        耐久度 50/50
        特殊効果 〈耐熱10%〉〈耐冷10%〉
        制作者 シャンディー


 ◆ スパイダーシルクの子供用下穿き 〈Eグレード〉〈超軽量級〉

   詳細: ティルケニスの糸で織られた、絹のような質感の下穿き。
        通常の品と比べて非常に丈夫な造りになっているので、防具の下に着込むのにも適している。
         
        防護点 1
        耐久度 50/50
        特殊効果 〈耐熱10%〉〈耐冷10%〉
        制作者 シャンディー


 ◆ スパイダーシルクの子供用手袋 〈Eグレード〉〈超軽量級〉

   詳細: ティルケニスの糸で織られた、絹のような質感の手袋。
        指先の動きを一切阻害しない薄さでありながら、保温性にも優れている。

        耐久度 40/40
        特殊効果 〈耐熱10%〉〈耐冷10%〉
        制作者 シャンディー


 ◆ スパイダーシルクの子供用靴下 〈Eグレード〉〈超軽量級〉

   詳細: ティルケニスの糸で織られた、絹のような質感の靴下。
        丈夫で長持ち、靴擦れ防止機能付き、吸収性抜群のお肌に優しい品である。

        耐久度 40/40
        特殊効果 〈耐熱10%〉〈耐冷10%〉
        制作者 シャンディー


 ◆ スパイダーシルクの子供用ブーツ 〈Eグレード〉〈超軽量級〉

   詳細: ティルケニスの糸のみを用いて織られた、柔らかなブーツ。
        その軽さに見合わず、並みの革製品よりも遙かに強靱。
        衝撃を吸収するための底部は幾重にも渡って織り込まれており、
        図らずも忍び足に適した造りになっている。

        耐久度 80/80
        特殊効果 〈移動力上昇10%〉〈落下ダメージ減少20%〉〈忍び足効果上昇20%〉
               〈耐熱20%〉〈耐冷20%〉
        制作者 シャンディー








 ……………………不思議なもんだな。ようやく生まれ変わったって実感が湧いてきたぞ。

 衣食足りて礼節を知るとはよく言ったもんだ。人前で着てない奴は人間たり得ないんだよ。俺は改めて衣服の偉大さと大切さを実感したね。
 締めにブーツの紐を結んで運動性を確認。……よしよし、動きやすいぞ。見た目の方も注文以上の落ち着き具合だ。

「どうかしら? 手直しが必要な所はある?」
「いや、全く問題ない。サイズもピッタリだ。どんなプロでもこの仕上がりの早さ見事さは真似できねえだろうよ」

 面倒見良くモドキに着せてやりながら訊いてくるシャンディーに、最大限の賛辞を送る。
 本当にいくら褒めても足りねえくらいだよ。靴まで含めた2セットを一から作成するなんて神業、人間にはどうやったって不可能だからな。しかも、半日足らずでだぞ? これが感動せずにいらいでか。

「おうおう、カーリャもきたぞ! いいなこれ! サラサラだ! サラサラサラサラサラサラだ!」
「なあリザード、馬子にも衣装って諺知ってるか?」
「いいんじゃないですかー。馬子でも衣装が着られるってことでしょー?」
「嬉しい反応ね。気に入ってくれたようで何よりだわ」

 満足そうな笑みを浮かべて肩を解すシャンディー姉さん。……うん、確かにこの人は姉さんだ。俺が心から尊敬する人物リストに加えておこう。
 自分でも戸惑うほどの滅多にない好印象。最高のプレゼントってのは、こんなにも人を浮かれさせちまうもんなんだなあ……。恥ずかしながら、しみじみと思ったぞ。

「そうそう、これも差し上げるわ。数の少ない小物なんかを入れておくとアイテム欄に余裕ができるわよ」

 お、荷物袋か。有り難い。



 ◆ 丈夫で軽くて滑らかで愛が込められた高品質の スパイダーシルク製の背負い袋

   詳細: ティルケニスの糸で織られた、絹のような質感の背負い袋。
        冷熱に強く燃えにくい上に防水加工まで施された逸品である。

        制作者 シャンディー



 それを受け取った途端、俺は軽い目眩を覚えた。
 何だ何だ、この悪ふざけが過ぎる名前は? 誰が付けた? どう考えても姉さんじゃねえよな。

「おかしいでしょう? 服以外の日用品を作るとそうなっちゃうのよ。グレードも明記されないし。
 もしかしたら、装備品以外の名称はランダムで決まるのかもしれないわね」

 いやいやいや、笑って済ませられる事じゃねえだろ。
 いくら俺達の生まれが非常識だからって、不思議と思える現象を流すのはよくないと思うぞ。まあ、一々疑問を抱いて解消している暇なんぞないって気持ちも痛いほど分かるが…………やっぱり、これは腑に落ちんな。不思議すぎる。
 もう一枚の方の背負い袋と言い、こいつらはつくづく俺の脳味噌を責め立ててくれやがるぜ。そんな柔らかくしたいのか。これ以上刺激を受けたら溶けて耳から流れちまうぞ。

「荷物袋に入れたアイテムは取り出すのに時間が掛かるから、気を付けてね」
「……ん、ああ、分かってる。有り難うよ」

 やや上の空で返して頷く。この忠告に関しては検証済みだった。
 荷物袋──というか容器類全般は、その中身に関係なく枠一つ分としてアイテム欄に収納する事ができる便利な品だ。
 だが、中のアイテムを使う際は一々入れ物から取り出さなくてはならないという欠点がある。
 いざという時、即行で使う必要があるような物は入れておけないってわけだ。
 あと、莫大な数に膨れ上がっちまったアイテムなんかも入りきらないから当然駄目。だから、枠を節約するために小物や日用品なんかを入れておくのが無難な使い道だろうな。

「ステータスについて分からない事はあるかしら? 私もトラちゃんもまだまだ手探りの状態だけれど、答えを惜しむつもりはないわよ」
「ステータスか……そっちは観察技能が上がるまで放っておこうかと思ってたんだが……」
「クラスは決めた? 特技は覚えた? 技能はちゃんと選んで上げてる? 命に関わる大事なことなんだから、無精しちゃ駄目よ」

 つくづくごもっともなお言葉、どうも有り難うございます。
 耳に痛いが正論なので何も言い返せん。姉さんからしてみたら、俺はかなり怠けてた事になるのかね?
 ウェッジに相談するまでは放置に等しい状態だったからなあ。ゆっくり確かめたい事は山ほどあるんだが、フィードバックの実感が薄いから、ついつい後回しにしちまうんだわ。
 特に迷宮探索で気を張ってるとステータスの確認もままならない。……昨日の内にでもチェックしときゃあよかったな。

「ああ……そういや、クラスってのも決めてなかったな」
「ええぇっ!? そんな冗談でしょ!? クラス《なし》でグラコフをやったってんですかい!?」

 ぼやいたら何か驚かれたし。
 クラスってそんな凄いのか? いや、重要事項なんだろうとは思うけどさ。
 そんな風に無知を晒す調子で尋ねたら、姉さんに諭された。誰か笑ってくれ。クソッタレ。

「クラスを設定すると対応する能力や技能にボーナスが加算されるの。
 他にも色々と恩恵があるのだけれど、私の場合はクラスの固有特技に助けられているわね」

 姉さんのクラスは《アルチザン》。何でも生産系の技能にボーナスが付いたり、生産作業での疲労が軽減されたりといった恩恵が得られるんだとか。フランス語で職人って意味だから、そのイメージに即した感じの役得なんだろうな。
 あの超高速な作成作業もクラス固有特技と種族固有特技とやらの合わせ技なのらしい。特技の凄さは【激怒】で体感していたから納得できたんだが、そういう方面のワザまであるって事には少々驚かされた。
 ステータスに載っているのは戦うための情報ばかりではなさそうだ。
 ああ、ちなみにリザードのクラスは《シーフ》で……まあ、そのまんまだ。透明化は種族固有特技らしいから俺には使えんし。あんまり羨ましくはない。

 一通りの説明を受けたところで、俺は設定可能なクラスの中から使えそうなのを選んでみる事にした。
 物は試し。こればっかりは踏み出して経験してみねえと分からねえからな。



 ◆ 基本クラス 《ファイター》

    ファイターは己の強靭な肉体を駆使し、最前線で戦う戦士である。
    攻撃面においても平均以上の適正を持つが、その真価は高い守りの力にこそある。
    強固な鎧に身を包み、敵の狙いを惹き付けてダメージを一身に負う。
    そのようにして仲間達を守り、愛用の武器を振るって勝利へと導くのがファイターの務めなのだ。

     基本ボーナス STR +5 END +5 HP +10% CP +10%
    
     《盾》 《甲冑》 《体術》技能と、任意の近接系武器技能3つの熟練度に+10

     固有特技 [鎧甲の心得] [戦士の意地] [鉄壁の構え]

     強化特技  『庇う』 『覚悟』 『力任せ』

    《甲冑》技能の熟練度に関係なく、重量級までの防具を使いこなす事ができる。
     ノックバックに対する抵抗判定に+50%のボーナス。
     消費CP に-10%のボーナス。


 ◆ 基本クラス 《バーサーカー》

    バーサーカーはあらゆる武器を使いこなして敵を倒す、野獣の如き戦士である。
    特に爆発させた激情を乗せて繰り出させる凄まじい攻撃の力は、最強の部類に入ると言えるだろう。
    命を惜しまず、鍛えられた力と技と速度をもって戦いに挑む。
    その雄々しき姿こそがバーサーカー、狂戦士と呼ばれる所以なのだ。

     基本ボーナス STR +5 DEX +2 AGI +3 HP +20%

     全ての近接武器技能の熟練度に+10

     固有特技 [激怒] [咆哮]

     強化特技 『覚悟』 『突進』 『早駆け』 『力任せ』

     攻撃によって起こるノックバックの効果に+50%のボーナス。
     基本移動力に+25%のボーナス。
     消費CP に-10%のボーナス。


 ◆ 基本クラス 《ストライカー》

    ストライカーは打撃格闘の腕前を駆使して敵と相対する、技巧型の戦士である。
    重装備の戦士と比べれば頼りなく映るだろうが、それで彼らが劣っているというわけではない。
    どのような状況であろうとも損なわれる事のない戦闘スタイル。
    武装を解かれて尚残る戦いの牙、磨き上げた徒手の技こそがストライカーの強みなのだから。

     基本ボーナス STR +2 DEX +4 AGI +4 CP +20%

     《拳闘》 《蹴打》技能の熟練度に+20

     《格闘》 《体術》 《回避》 《跳躍》 《行進》技能の熟練度に+10

     固有特技 [足捌き] [要撃の心得] [虚実の心得]

     強化特技 『覚悟』 『連撃』 『精妙撃』 『見切り』

     パンチ、キックなどの肉体による打撃ダメージに+25%のボーナス。
     消費CP に-20%のボーナス。



 三択か……。
 どのクラスもデメリットこそなさそうだが、特色がはっきりと分かれているな。
 まあ、俺の場合は迷うまでもないんだが。



 ◆ クラス設定 《バーサーカー》 

      貴方は《バーサーカー》にクラスチェンジしました。
      これによりクラス特有の恩恵が発生。
      能力値と技能熟練度にボーナスが加算。
      また、いくつかの特技と魔法が使用可能となります。



 移動力にボーナスが付くらしいからな。【激怒】が被っちまうのは痛いが、背に腹は代えられん。
 うん、足の速さってのは本当に大事なんだよ。こっちに来てから痛感の連続だったし。これからのステータスは速度の強化を重視していく事に決めたったら決めたのだ。
 目標は……そうだな。目指せ音速の貴公子、目指せライトニング・ボルトだ。
 最低でも、モドキの奴から逃げ切れる程度には速くなりてえよなあ。

「何にしたんです、坊ちゃん?」
「《バーサーカー》にした。何だか知らんが野獣の如き戦士らしいぞ」
「はあ、野獣ですか…………そりゃまたよくお似合いで」

 こらこら、モドキを見ながら言うんじゃない。俺とそいつは一切無関係なんだから。

「前衛で戦うクラスを選んだのね。うちではトラちゃんしか強い子が居ないから助かるわ」
「助かるわって……」

 会うとは決めたが加わるとは言ってねえぞ。
 いや、それより姉さんとこにはアヤトラ以外に戦える奴は居ねえのか? 技能や特技を駆使すりゃあ素人でもそこそこはいけると思うんだが。

「もちろんステータスに恵まれている子は他にも居るわよ。
 けれど、それが本当の意味での強さなのかというと……そうじゃないわよね?
 力がある事と強い事は別問題。世の中はね、殺し合いに適応にできない人の方がずっと多いの。
 例え追い詰められて牙を剥いたとしても、心の中の一線を越えられなければ長続きはしないものなのよ」

 ああ、なるほどねえ。
 いくら格闘技や武道武術に長けているからといっても、明確な殺意を持って刃物を振るう素人を制圧できるとは限らない。
 姉さんが言ってるのは、それと同じような事なんだろうな。
 ここの化け物共は殺す気、喰う気に漲って襲い掛かってくる。我が身も顧みず肉を食い千切ってくるような敵と勇気を奮って戦えるか? まず無理だ。訓練された兵士だろうが、格闘技のプロだろうが、そんな非常識で物騒な連中の前じゃ萎縮しちまうだろうよ。本来なら倒せるはずが、半分の力も出せやしねえ。
 素っ裸で放り出された状態となりゃあ尚更だ。冷静に対処できる奴なんてのは、ほんの一握りだろうな。
 何ヶ月もの本格的な訓練を積めば、まあステータスの恩恵もある事だし、ズブの素人でも戦えるようにはなるんだろうが……こんな場所じゃあ不可能に近い。
 そう考えると、アヤトラの統率力ってのは異常だな。俺なら戦えない奴は捨てて逃げるぞ。非戦闘員を率いての大脱出なんて、とてもじゃないがやってられん。やろうとする精神も異常だ。

「だから、かしらね? 貴方ならきっとトラちゃんとお友達になれると思うの」

 なんでじゃ。

「…………ただ…い……ま、戻り、ました……ぁ……」

 うおおぉ!?

 ワケの分からん事をほざく姉さんにツッコミを入れようとした矢先に、音もなく出現した呻く死人が鉄格子にもたれ掛かってくる。
 思わず仰け反る俺達四人。まったく、いつの間に来やがったんだ? 心臓に悪いだろうが。
 なあ、ウェッジ。……いや、ゾンビか?

「……み、みず、みずを…………」

 おお、やっぱりウェッジだ。
 見違えたぞ。気の毒な意味で。

「水だな。ほれ、零さずに飲めよ。オレンジ食うか? でかいぞ」
「はぃ……ぃただきます。あぁー…………甘酸っぱくて美味しいですね。生き返りますよ」

 力尽きたウェッジを牢屋に引きずり込んで仰向けに転がし、慣れない介抱を施す。
 極度の空腹に脱水症状、んでもって疲労困憊ってところか。こんな状態でよく辿り着けたな。本当に大した強運と逃げ足だよ。感心するぞ。

「よくやった。飯の支度をするから包丁とフライパンを出せ。そして少し休め」
「はい……あ………………じゃ……また、あとで…………」

 ……眠ったか。こりゃしばらくは動けねえかな。
 しかし、何でまたこんな…………?

「姉さん、こいつにしっかりした靴を作ってやってくれ。走り詰めで足がボロボロだ」
「ええ、喜んで。帽子もオマケしておくわね」
「すまん。恩に着る」

 何でまたこんな……ツルッパゲになっちまったんだ? ウェッジの奴は。
 まさか、逃げながら剃ったわけじゃあるめぇし。恐怖で髪が抜けたのかね? そんなに怖かったのか。フィクションなんかじゃ偶にある事だが、実際に見たのは初めてだぞ。

「うぉー! ツルツルか? ツルツルだ! カーリャのサラサラのほうがいいな!」

 触るな触るな、ボーリングの球じゃねえんだぞ。うなされてるだろうが。


 だけども…………何ていうか、綺麗に抜け落ちたもんだ。
 果たしてウェッジ本人に自覚はあるのか。なかったらリザードにでも指摘させようかね。
 俺? 俺はそんな残酷な真似できねえよ。


















 あとがき

 ようやくウェッジ生還の巻。
 しかし、犠牲は大きかった……。
 裸を脱してクラスを決めて、主人公も心機一転です。
 次回にはアヤトラが出せるといいなあ……。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 現在の所持品  17/17

 パーソナル マップ  (72)
 フォーチュン ダイス  (507)
 豊穣神の永遠のボトル

 丈夫で軽くて滑らかで愛が込められた高品質の スパイダーシルク製の背負い袋  ちょっとくどい名前です

 入)ケタの干し肉  (38) 今のところ、これくらいしか入れておける物がありません

 丈夫な革製の背負い袋
 入)ヒール ストーン
 入)ヒール ストーン
 入)リフレッシュ ストーン (5)
 入)陽光のカンテラ
 入)水筒 〈空〉
 入)丸い水筒 〈湧き水〉
 入)大きめの水筒 〈井戸水〉  もう誤字とか有り得ませんね! ご指摘、有り難うございます

 拳大の石  (347)
 冒険者の松明  (243)
 火の付いた冒険者の松明
 麻製のロープ  (186)
 蜘蛛の歩みの秘薬  (6)
 蟻の力の秘薬  (6)
 ケタ肉の塊  (25) 
 豚肉の塊  (24)
 月光鱒の切り身  (58)
 ナングの卵 (26)
 スマイリー キャベツ  (65)
 オミカン  (38) ウェッジに与えて1消費


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 今回手に入れた装備品は着用している状態ですから、アイテム欄の外ですね。
 変動も少ないでしょうから一々載せたりはしません。

 思っていたより多くの感想がいただけて嬉しい限りです。
 レス返しもできない筆者ですが、作品を続ける事で応えていきたいと思います。


 



[15918]
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2011/02/18 06:30



 ◆ 習得条件達成 攻撃を回避した事により 《回避》技能を習得しました。

 ◆ 習得条件達成 全力で走り続けた事により 《行進》技能を習得しました。



 んーむ、こりゃあ凄い。
 履き心地抜群のブーツのおかげもあって速い速い。何だか無性に漲るぞ。
 倍以上の数値になったのだから当然とはいえ、努力ってモンが虚しくなる結果だなあ。一体全体、俺の身体はどうなっちまってやがるんだ?

 うなされるウェッジを尻目に二日ぶりの温かい食事を取った俺は、その後もシャンディー姉さんの厚意に甘えてステータスに関する情報を教えてもらった。
 HPはダメージを受けると、MPは魔法を使うと、CPは特技を使うと減少するといった基本的な事や、特技と魔法はクラス固有のもの以外は一括して同じ枠内で扱われているという事。前提条件さえ満たせば枠数の限界までコストなしで覚えられるといった事等々。
 中でも一番重要な、それを知る者と知らない者では全てにおいて雲泥の差が生じてしまうであろうと思えるのが、DPの活用と取得についての事だった。
 もうね、こいつがないと話にならん。

 HP。MP、CPはレベルアップ時に能力値から算出された一定数の上昇が見込めるらしいが、その基準たる能力値を含めたアイテムやら技能やら特技・魔法やらの枠数はDPを消費しなければ変動しないというのだから。どれだけ大事なのかは自明の理というものだろう。
 俺達の命運をどうしようもなく左右するステータス。DPはその成長の鍵を握っているのだ。

 例えば、能力値なら素の合計が80になるまではDP 1の消費で1、85までならDP 2の消費で1、90までならDP 4で1といった具合での上昇が可能なのだとか。恐らくは100までならDP 16と、能力値の合計が5上がる度に消費DPが倍々になっていくのだろう。
 同じようにアイテム、特技・魔法の枠も20までは消費DP 1で、それからは5上げるごとに倍増していく仕組みらしい。
 技能の方は30まで消費DP 1な。
 あと、特技・魔法にはレベルの付いたやつがあって、そいつを上げるのにもまた倍々の倍でDPが要る。しかも低、中、高と難易度によって消費量が変わるのだそうだ。

 言うなればアレだな。地獄の沙汰も何とやらってのが決まり文句のやつに近いかな?
 そうそう、あの文明人には欠かせないアレだよ。
 ステータス強化には、それくらいにDPの量が物を言うのである。
 ……アレもまた似たようなもんで、最も重大かつ単純明快な目安だしな。別の意味でのステータスの。
 観察技能が50.0に達して、初めてその詳細が確認できるようになるってのも……何て言うか、嫌らしい話だねえ。
 やっとこさ11.0になった今の俺じゃあ、いつの間にかHPの上に新しい数値が表示されてるな~? ってくらいにしか分かんねえし。姉さんに教えてもらわなきゃ疑問を抱えたままで放置していた事だろうよ。

 …………そういや、技能枠が埋まった時にDP振り分けがどうのってメッセージがあったな。
 今思えば、あれこそが試行錯誤のためのヒントだったのかもしれん。サラッと流しちまうなんてどうかしてたな、七日前の俺は。
 前世でもっとRPGを堪能していればよかったと、半ば本気でしみじみと思う。
 技能だとか魔法だとかクラスだとかいったゲームシステム的な事象に対して、前向きな発想がとことん欠けてやがんだよ、俺って奴は。血塗ろの抗争は程々にしてコンベンションにでも参加しときゃあよかった。
 遊んどきゃよかったってのも変な話だけどな。人生、何が何時役に立つかなんてのは分からねえもんだよ。

 ──で、大事な大事なDP様を得るにはどうすればいいかだが、これも独力では気付くのに時間が掛かっただろうな。
 姉さんから聞いた取得方法は二通りあった。
 一つはレベルアップ。上がった瞬間にレベルと同じ数のDPが支給されるんだとか。
 初期のDPが1なのは、そのおかげってわけだな。少なすぎるからオードブルみたいなもんだけど。
 メインディッシュはもう一つの方──あのマップと一緒にすべてのご同輩が所持していた謎アイテム〈フォーチュン ダイス〉を使って取得するやり方だ。
 そう、ダイスロールだよ。賽を振って決めるんだよ。
 レベルと同数のダイスを振り、出た目の数を合計した数値がそのままDPとして加算されるってわけだ。
 使用したダイスは淡い光と共に跡形もなく消滅する。振り直しはダイスが続く限りいくらでも可能だが、一度でもDPを消費すると、もうそのレベルでのダイスロールはできなくなってしまう。
 試しに三つほど一辺に振ってみたりなんて事もしたんだが、特に何も起こらなかったな。レベルと同じ数じゃないと反応しないように出来てるんだろう。
 …………何かしらの抜け道か、裏技があるたぁ思うんだがな。

 そうして湧き起こる疑念に折り合いを付けた俺は、誰が決めたのかも分からないクソルールに従って大人しくダイスを振ったってわけだ。
 もちろん、6の目が出るまでな。
 初期のと足して7になったDPは、能力値と技能枠に使わせてもらった。
 1使ってENDを10に、4使ってAGIを9に。技能枠には2ポイント使用して移動力を上昇させるという《行進》と、姉さんお薦めの《回避》を習得。
 そのために彼女のローキックを避けさせてもらったんだが…………まあ、寒気のする風圧だったとだけ言っておこうか。好奇心で人の過去なんて詮索するもんじゃない。
 とにかく俺は強くなった。……いや、速くなったのか。+3のクラスボーナスと合わせて、AGIが一気に12もの数値に跳ね上がったわけだからな。パワーアップじゃなくてスピードアップだ。
 さっきから俺が速い速いと感心してたのは、これに対しての事だったのである。



 ◆ 特技 【早駆けLv1】 〈低 難易度〉 〈運動系〉 〈準騎乗系〉

    CPを消費して移動力を上昇させる技です。
    消費量はクラスの恩恵や行進技能の熟練度などによって変化します。
    また、特技【騎乗戦闘】 【人騎一体】などの騎乗系特技と組み合わせる事で、
    騎乗時においての使用が可能となります。
    特技Lvを上げていけば、更なる効力が発揮される事でしょう。

     移動力に+10%のボーナス。

     基本消費量  CP 10
     有効対象  本人のみ(場合によっては騎乗生物を含む)
     効果時間  (END+WIL)×LV×1分間



 現在は特技【早駆け】の試験運転を実行中であります。
 あくまでも体感だが、これでやっと昔の俺の背中が見え始めたってところかね。

「おうおうおう! おそいぞおそいぞ! カーリャぶっちぎりだ!」

 ……モドキの奴を追い越すには、もうあと3レベルは必要かな? これも体感だが。
 しかし、いくら自分のとはいえ短い足がここまで忙しなく動きまくるってのは不気味なもんだなあ。

「おい、試しに二本の足だけで走ってみろ。絶対俺のが速いはずだから」
「なんだ、ハンデか? いいぞいいぞ。めかくしもするか?」
「…………」

 本当、若すぎるってのも困ったもんだぜ。








 数時間して目を覚ましたウェッジに仕上がった衣服を渡し、食事を取らせる。

「そういえばお兄さん…………何だか、その……少し見ない間にユニークな方が増えましたね」
「お、そいつはもしかして俺っちの事ですかい、新顔の兄さんよ? 今更嘆くつもりはねえが、見て笑おうってんなら御代は高く付きやすぜ?」
「はあ……えーと、つまり、そういった方面のお仕事を?」
「んなわけあるかーい!」
「ふふふっ、悪意がないって素晴らしいわね」

 人心地付いた後は、自己紹介やら綺麗になった頭の事やらアイテムの整理やら。
 ウェッジの奴、どういう経緯かは知らんがアイテム欄が本ばっかりだったからな。そういう余計な物を荷物袋に入れて、空きを作らせる事にしたんだ。
 俺のアイテム欄を圧迫する食料の一部を持ってもらうためにな。

「はい、大変だったでしょう。よく頑張ったわね」
「あ、どうも。いや~、無我夢中だったもんですから。おかげで細かいことは全然覚えてないんですよ。
 …………いつ、髪が抜けちゃったのか……とか、もう本当に、身に覚えがなくて……ね? アハハハハハハ!」

 まあ、大泣きしないだけマシってやつかね。
 よく似合ってるぞ、その黒いニット帽。

「はい、もっと欲しかったら言ってちょうだいね。遠慮しなくてもいいのよ」
「あいよ、ありがとさん」

 ついでに俺も一緒に、もう5枚ほど姉さんから袋をいただいておく。
 『こういう事もあろうかと』ってな心構えで作り置きしてあったみたいだしな。そうと分かれば遠慮なんぞしていられん。

「大の男がいつまでも失っちまったモンにメソメソしてんじゃねえよ。ほれ、俺の荷物だ。預かっといてくれ」
「……え? うわ!? どうしたんですか、こんなに? 何十日分もあるじゃないですか」
「もらったんだよ」
「ふわぁ~、何処にでも親切な人っているんですねえ」
「ああ、まったくだな」
「まったく……まったくもってその通りですねえ、坊ちゃん」

 弱かったり間抜けだったりってのは、敵対する側からしてみりゃあ親切以外の何物でもねえやな。
 …………よし、これで空きが三つ出来たぞ。
 とりあえずは準備完了だ。あとはウェッジの回復を待つだけ。そしたらアヤトラの顔を拝みにいくとしようかねえ。
 おっと、その間に情報収集か。

「ウェッジ、シニガミの事を聞かせてくれるか? いや、抜け毛のショックから立ち直れないのは分かるが、俺達にとっても──」
「いえいえいえ! そんなショックとか全然ないですから! 魂の無事に比べたら髪の毛なんて安いもんですよ!」
「そいつぁ結構。何の気兼ねもなく話せそうだな」

 トラウマも特になさそうだったので、冗談を挟みつつ伺ってみる。
 ウェッジは固く目を瞑った後に少しだけ肩を震わせ、程なくして噛み締めるように話し始めた。

「……レギオン・ゴーストって名前でした。レベルとか詳細は分からなかったんですけど、
 見た目はですね……その、幽霊軍団? いや、悪霊の集合体かな? とにかくそんな感じでしたね。
 何処まで逃げても追い掛けてきて、やっと逃げ切ったかと思ったら壁を抜けて襲ってきて…………。
 はっきり言って悪夢でしたね。さっきまで見てた夢との区切りが曖昧すぎて笑えてきますよ」

 ほう、レギオンでゴーストで幽霊の集合体ねえ……。
 マルコによる福音書に出てくる悪霊レギオンと、軍団を表すレギオンを掛けた名前なのかね? 
 第五章九節──『主が「何という名前か?」とお尋ねになると、それは「レギオン。我らは大勢であるが故に」と答えた』──この後イエスが叫んで、天が裂けたり湖が揺らいだりする超展開が勃発。神父様の説教なんかじゃ特に盛り上がる山場の一つだな。
 ウェッジの話だとゾンビやネズミの魂まで取り込んで肥大化していく、壁をすり抜けるような実体のない霊魂の集まりだそうだし。大勢の悪霊ってのは想像しにくいが、多分そんな感じの奴なんだろう。
 対抗策は……火しかないか。



 ◆ 特技 【咆哮】 〈音声系〉 〈準射撃系/放出〉

    自らの声に原始的な生命エネルギーを込めて、敵の精神を撃ち払う技です。
    本来は円錐状に広がる無差別攻撃ですが、集束させて単体の対象を狙う事もできます。
    湧き上がる情念を叩き付けるかのような魂を震わず雄叫びは確かに強力ですが、
    ただダメージを与えるばかりが能ではありません。
    その真価は【一喝】などの特技との併用によって初めて発揮される事でしょう。

     A 範囲内の対象に 1D6×LV+STRボーナス のMPダメージを与える。
     B 単体の対象に 1D6×LV×STRボーナス のMPダメージを与える。

     A、B共に対象は精神抵抗に成功するとダメージ半減。通常の防護点は無効。
     抵抗の正否に関係なくWILボーナス値がそのまま防護点として適用される。

     基本消費量  CP 8
     有効対象  本人以外
     有効射程  (LV×STRボーナス)×5メートル
     効果範囲  使用者を頂点として拡大する円錐形
             1メートルごとに底部の直径が30センチずつ広がっていく
     効果時間  一瞬



 もしかしたら、こいつも使えるのかもしれんが……過度の期待は禁物だな。
 今の俺のCPだと三回までしか使用できねえみたいだし。いざという時の目眩まし程度に考えておいた方がいいだろう。それで逃げられりゃあ万々歳だ。
 出くわさねえのが一番なんだがな。

「姉さん、陸に上がったオランダ人が彷徨ってるそうだけど網に反応はあるのかい?」
「んー、今のところ大した獲物は掛かってないようだけれど……。
 壁を抜けられるような相手には意味がないかも? 私の特技レベルだと、まだ糸に伝わる振動までしか感知できないはずだから」

 そのための唯一の予防線はアテにならず、か。
 そう、アテにしてたんだよ。ウェッジを休ませてからだなんて悠長なプランを練られるくらいに。
 どうやら今の姉さんの糸では位置情報と震動だけしか掴めないらしい。本来なら充分すぎる能力なんだがな。この場合は相手が悪い。非常識にも程があるぞ。
 ある意味、悪魔より有り得ん。ゾンビもそうだが何でうろついてんだよ? あの世で誰かが怠けてんのか? クソッタレめ。相談窓口は何処にありやがる。

「撃退する手段がないのなら、今すぐにトラちゃん達と合流した方がいいかもしれないわね。
 その場合は私がウェッジくんを背負っていこうと思うのだけれど、どうかしら?」
「え? あ~……オレ、歩くくらいなら多分、平気かと思うん──おわとたっ!?」
「阿呆、お前は無理すんな」

 ふらついてんじゃねえか。この調子じゃあ軽く小突いただけで脳挫傷確定だぞ。
 姉さんの言う通り、合流を急ぐんなら任せるしかねえやな。リザードはSTR 4で腕力の方はからっきしだし、俺は身長差のせいでどうしても引き摺る羽目になっちまうし。

「念のために訊くが、アヤトラは悪霊共が相手でも頼りになるのかい?」
「それは私が言う事じゃないわね。貴方の目で直接確かめた方がいいわ」

 ふむ、そうくるか。
 確かに言葉だけで保証されても俺は信じねえしな。姉さん、よく分かってらっしゃる。
 シニガミがどんな奴だか判明した今となっちゃあ座して待つのは論外だし。対処の可能性がある方にとっとと移動するとしようかね。

「よし、いいだろう。案内を頼む」

 大所帯だそうだから、期待外れでも最悪囮くらいにゃなってくれるだろ。








 結果として、俺が下した出発の決断は正しかったと言えるだろう。
 加えて言うなら、タイミングも悪くはなかったと思う。
 ウェッジを背負ったシャンディー姉さんを先頭に、リザード、モドキ、俺の順で歩を進める事およそ二時間弱。そろそろアヤトラ達の居る部屋に着こうかってな辺りで、アレが来ちまったわけだからな。
 少しでも出発が遅れていたら、さぞ見通しの暗い逃避行になっていたに違いない。
 あそこに残っていたら? 余り想像はしたくねえやな。そもそも、とっくの昔に通過した分岐点の事なんて考えちゃいかんよ。

「う…………シニガミ……シニガミ、またきた」
「今度は俺にしがみつくんじゃねえぞ。逃げるなら自分の足で逃げろ」

 何メートル離れているのかは知らねえが、背筋にゾクゾク伝わってくる。たったの二日で忘れ去るには、この怖気は強烈すぎた。
 間違いない。シニガミだ。前みたいに背後から迫ってきてやがる。

「うわぁ……。確かにこりゃ無茶苦茶やばい感じですね。鳥肌が立ってきやしたよ」

 放射される寒い気配に腕をこすりながら、リザードが軽口を叩く。こいつは小心者に見えて意外と肝が太いな。普通なら恐慌状態になってもおかしくないと思うんだが。
 姉さんも冷静だ。ウェッジの奴は……片手で頭を抑えてるな。もう抜けようがないから安心しろ。

「俺が残って時間を稼ぐ。姉さん達は先に行ってアヤトラを連れてきてくれ」

 強張ったモドキの背中を押しやりながら、一人一人の目を見て言う。
 決して自己犠牲の精神とかに目覚めたわけではない。ただ単に全員が生き残れるであろう最善の道を選んだだけの事である。
 みんなで仲良く全力疾走となると、お荷物抱えた姉さんが真っ先に脱落するだろうからな。
 借りを作っている身としちゃあ、それだけはできねえんだわ。
 まあ、シニガミ除けにアヤトラを頼ろうってんだから姉さん捨てちゃ不味いだろって打算もあるんだが……。間違いなく理由の八割は俺の矜持から来るものだった。

「……そうね。分かったわ。無理しちゃ駄目よ」
「お兄さん、本当に四方八方から襲ってきますから気を付けてくださいね」
「おう、しんだらコロスぞ。わかったか?」
「はいはい、分かった分かった。また後でな」

 追い払うように手を振って、駆け出す背中に背を向ける。

「お前は行かねえのか?」
「いや~、お言葉に甘えたいところなんですけど、坊ちゃんが居ないと肩身の狭い思いをしそうな気がしやしてね」
「なるほど。じゃあ独りで残れ。俺は逃げる」
「えぇ!? そんな殺生な!」

 酔狂にも残ったリザードの奴に後事を託して逃げようとしたら、物凄い勢いで回り込まれた。
 別れる前にウェッジが掛けてくれた、あの速度アップの魔法が効いてるからなんだろうが……ちょっと驚いたぞ。速すぎるだろ。カートゥーン・アニメか、お前は。

「何だよ、そんだけの足があるなら俺は居なくてもいいだろ。大丈夫だ。お前ならやれるって」
「坊ちゃんが逃げるんなら俺っちだって逃げやすよ! 死なないように程々に付き合うつもりで言ったのに!
 曲解するなんて酷い! ──って、うわおおお!? 来ました! 来ましたよォォ! 後ろ後ろ後ろ後ろ!!」

 あークソ。本気で逃げ損ねた。
 うわ、やべえ。
 ほんの少しの脱力と共に振り返った俺は、通路の彼方から迫る怖気の原因を見て口元の歪みを最大限に強めた。
 薄ぼんやりと気味悪く輝く、半透明な悪霊の塊。造形の方は一カ所に向けて何十何百もの人間が飛び降り自殺をしたかのような惨たらしさと、予想を大きく裏切るようなモンじゃなかったんだが……。

「……ほとんど壁じゃねえか」

 そのサイズだけが想定外だった。
 聞いた話より随分とでけえじゃねえか。一体、どれだけの魂を取り込んだんだ? 通路の向こうまで埋まってやがるぞ。
 火炎ファイヤーを繰り返しながらの後退戦術でいこうかと思ってたんだが、こりゃあ別の手を講じる必要があるな。

「どどどど、どうしやす、坊ちゃん!? アレはかなり危険だと思うんですけど」
「そうだな。ひとまず場所を変えるとしようか」
「はぇ? という事は──」

「逃げるんだよォォォォ!! 風のようになァァァ!!」
「お供しやすぅぅぅぅ!!」

 思い付くまでは、ひたすら逃げる。
 喧嘩の基本だな、新しい対策なんてのぁ逃げてる内に何となくまとまってるもんだ。
 行き当たりばったり? 違う違う。臨機応変ってやつだよ。そりゃ思い通りかっちり進められるに越した事はねえんだけどな。理不尽と不確定要素の連続で出来ている人生には、そうじゃない場合の方が多いだろ?
 だからこれは、あくまでもプロセス。その辺の諸々を自分の有利なように調整するための作業過程ってわけだ。

「ぬああああックソ、速えェ────ッ!? 図体の割に大したスピードじゃねえか!」
「坊ちゃん、もっと急いで!」

 途中でやられちまったら元も子もねえんだがな。
 加速度的に下がっていく体感温度を振り払うようにして足を動かす、俺とリザード。なのに出るのは冷や汗ばかり。ゲロンチョのシニガミから流れてくるのは吹雪さながらの猛威だった。
 この分だと、捕まったら寒くて死ぬな。悪霊に取り殺されるってのは凍死に近い感覚なのかもしれん。

「リザード、左だ! 左の方に広間がある! そこで迎え撃つぞ!」
「えっ!? まだヤル気だったんですかい!?」
「当然だ、ボケ! このまま連れてったら顰蹙どころじゃ済まねえだろが!」

 とりあえず俺は時間を稼ぐために、できるだけ広い場所へと移る事にした。
 あのサイズ相手だと逃げ場のない通路じゃどうにもならんからな。何とかして全容を明らかにしねえと攻撃を避ける事すらできねえんだわ。
 しかし、参ったな。

「ひいぃぃ!? 言わんこっちゃねえ!」

 回り込まれたぞ。
 いや、挟み撃ちか。壁をすり抜ける事で曲がり角をショートカットしたんだな。にも関わらず、後ろから追い立ててくるシニガミは消えていない。
 二体居たのか? それとも分離でもしたのだろうか? 歪な形に伸びてるだけって線も有り得るな。
 何にせよ、ここは前進あるのみだ。

「リザード! 俺の後ろに付けてろ!」

 特技【咆哮】、吠え猛るぜぇ!!

「ウラァァァァァァァァ────────ッッ!!!!」

 放たれた大音量の雄叫びは通路を塞ぎ始めたシニガミを見事に散らし、俺達の活路を開いた。
 ……いやー、我ながら五月蠅い五月蠅い。口から心臓が飛び出るかと思ったぞ。
 だが、予想以上に効き目有りだな。あと二発、慎重に使わせてもらうとしようか。

「どけ、コラァ!」

 雪崩れ込んだ広間は既視感たっぷり。死体とキノコに彩られたネズミ共の栽培場だったが、怯んでいる暇はない。ダッシュの勢いに任せて邪魔なネズミを蹴り飛ばす。
 蹴って蹴って蹴飛ばして、真っ直ぐ広間の中央へ。死体の山の天辺へ。
 追い縋る畜生共には踏み付け、爪先、踵落とし。
 そして素早く左手に松明、右手に神ボトルを構えて、いつなりと全方位に火炎ファイヤーを浴びせられる準備を整えた。
 
「坊ちゃん! ちょっとここ、危険すぎやしやせんか!?」
「百も承知だ! 危ねえ事をやってるんだよ!」

 適当に火を付けながら、意気込み盛んに待つ事しばし。……実際は十数秒ってところなんだろうが、やたらと長く感じたな。
 ようやく全容を顕わにした悪霊レギオンを睨み据える。

「うはははははは!! 笑えるじゃねえか! ええ、おい!?」
「んなわきゃねーでしょ! 頭の何処をどう繋いだら、そんなセリフが出てくるんですか!?」

 直径いくつだ? アメーバ状の不定形だからよく分からんぞ。
 とにかくでかい。圧倒的だ。
 はっきりとした悪夢の産物が、フットボールの試合ができるくらいに広大な空間の三分の一近くを占有していた。
 まったく大したド迫力だよ。改めて地獄に堕ちたような気分だぜ。

『さむい…………さむい……さむさむさむさむさむいさむいさむいさむいさむさむいさむい…………』

「ん、何か言ったか?」
「いえ……多分、アレから聞こえてきたんじゃないですかねえ……?」
「ってことはつまり、亡者の声か。死んでまで泣き言たぁ、情けねえ連中だな」

 俺は挑発混じりに肩をすくめ、一瞬で引き締めて、こちらに伸びる悪霊の塊に火を吹き掛けた。
 ……いけそうだな。
 ダメージの有無は分からんが、散らす事はできる。今のところはそれだけで充分だ。
 
 「この幻が! ニューヨークへ帰りやがれ!!」

 減らず口は欠かさずに死骸と死骸を踏み締めて、縦横無尽に逃げ回る。
 アヤトラが来るまでの時間を稼ぐついでに、じっくりと弱点を探らせてもらうとしようかね。
 来るかどうか、来たところで倒せるかどうかってのは完全な賭けになるだろうけどな。
 それも、かなり分の悪い。


 …………ああ、もちろん。負けるだなんて、これっぽっちも思っちゃいないさ。


















 あとがき

 お待たせしました。
 感想数が100を突破したので、次はキャラデータも一緒に投稿しますね。
 ご声援、どうもありがとうございます。

 ご指摘のあった、蜘蛛の歩みの秘薬を飲んでも天井を走ると落ちるといった問題点については、2話での主人公の検証部分を少し修正する事で対応させていただきました。

 タイトル決定しました。
 特に深い意味はありません。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 現在の所持品  14/17

 パーソナル マップ  (72)
 フォーチュン ダイス  (504) 6が出るまで振り直して3消費  今回ようやくの出番です
 豊穣神の永遠のボトル

 丈夫で軽くて滑らかで愛が込められた高品質の スパイダーシルク製の背負い袋

 入)ケタの干し肉  (38)
 入)他の袋4枚

 丁寧な作りの軽くて丈夫な スパイダーシルク製の背負い袋

 入)スマイリーキャベツ  (5)
 入)オミカン  (10)

 丈夫な革製の背負い袋
 入)ヒール ストーン
 入)ヒール ストーン
 入)リフレッシュ ストーン (5)
 入)陽光のカンテラ
 入)水筒 〈空〉
 入)丸い水筒 〈湧き水〉
 入)大きめの水筒 〈井戸水〉

 拳大の石  (347)
 冒険者の松明  (243)
 火の付いた冒険者の松明
 麻製のロープ  (186)
 蜘蛛の歩みの秘薬  (6)
 蟻の力の秘薬  (6)
 ケタ肉の塊  (25) 
 月光鱒の切り身  (58)


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 ナングの卵と豚肉とキャベツとオミカンはウェッジに預けました。
 主人公の睨んだ通り、フォーチュンダイスにはまだ未知の効果があります。

 明らかになるのは……多分、この調子だと100話くらい先かなあ…………?




[15918] 10
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2010/04/11 14:29

 ……………………あ、滑った。

「ううおおおおおおぉぉぉぉぉッ!!?」

 上手く避けたと思ったらこれか。踏んだ死体が腐ってやがった。
 馬鹿げたサイズの毒キノコが乱立する死体の山から転げ落ち、受け身を取って大の字に。
 分かりきってた事で今更だが、この広間は持久戦にゃあ向いてねえな。足場は悪すぎるわ、鼻は曲がりそうだわで逃げ回るのにも一苦労。ネズミも邪魔してきやがるし、本当にロクでもねえ所だよ。
 中でも一番頭が痛いのは、せっかくの一張羅がクソ汚れちまったって事だ。
 黒い服でよかったぜ。ブランデーで洗っても目立った染みにゃならねえだろうからな。

「はい、残念!」

 同じく山から転げ落ちるようにして俺に飛び掛かってきたネズミの胴を両足で挟み止めては、クルリと一転。マウントの姿勢から垂直に振るった神ボトルの底で叩き潰す。
 うむ、我ながら8歳児とは思えん力だ。
 余韻を残さず即座に離れ、転がり転がり四つん這いに。一瞬たりとも停滞する事なく、走りながら二本足へと進化する。
 そしてすかさず横っ飛び。
 背中に感じる寒気が増大したからなんだが、、間一髪ってところだったな。
 変幻自在、生きた濃霧のようなシニガミの一端が命を求めて揺らいで伸びる。

『…………さむい、さむい……いたい、くるしいさみしいさむいさむいさむい……』

「そうかいそうかい。そりゃ大変だ。聖書の一節でも聞かせてやろうか? それとも念仏の方がお好みかい!?」

 跳び退った俺は新しい松明に点火し、寄ってくる気持ちの悪いモヤモヤを火炎ファイヤーで焼き払った。
 ……そういやアレだな。こういうのをエクトプラズムって言うのかね?
 視覚化した霊を構成する半物質、もしくは何らかのエネルギー状態のもの。それが確かエクトプラズムだったはずだ。
 心霊主義の本は流し読みにする程度だったんだが、この辺に関する知識は意外と残ってるな。発見者が有名人だったせいか?
 まあ、目の前でウダウダ言ってるドロドログチャグチャが何で出来ているのかなんて判明したところで、対策に繋がるわけじゃないんだがな。ついつい考えちまうんだよ。
 敵を知り、己を知れば何とやらって言うだろ?
 俺はそういう合理的な意味での考察大好き人間なのだ。
 身内からも敵からも『三度の飯より暴れるのが好き。超好き』って感じの狂犬みたいに思われていた節があったけど、それはアレだ。

『……さむいさむいさむいさむい……シは、エイエンのコドクだ…………さみしくてくるしい、いたい、たすけて、だれかだれかだれかだれか……』

「だからって寄ってくるんじゃねェェェ!! テメェらの都合で俺まで原生生物未満にされてたまるかってんだ!!」

 きっと俺が、全力で暴れ回りながら猛回転で思考できるタイプの人間だからだな。
 そうすると自然と口も滑らかに動く。段々と調子が出てくるんだよ。

「悪霊退散! 南無阿弥陀仏! オラオラ消えろ、燃えちまえ! 生者に手間暇掛けさせんな!!」

『……あ、あ、あああ、あ、あ……おおお、おお、お、お、お、おおおおお…………』

「おーい、誰かゴーストバスターズに電話してくれ! 自由の女神が必要だってな!!」

 特に今回は五割り増しでも足りないくらいだ。怒声を絶やさず発憤してねえと確実にやばい事になる。
 ん? 何がやばいのかって?
 ああ、別に難しい理由があるわけじゃない。至極真っ当で単純な話だ。

「リザード! リザァァ────ッド!! なにボーッと突っ立ってやがる!」

 精神がな、破壊されちまうんだよ。
 あのシニガミに練り込まれた何十何百もの口から垂れ流される言葉を聞いていると、ペヨーテでも服用したみたいに頭の働きがおかしくなっちまうんだ。
 霊能力者なんかが素人による霊との接触を危ぶむ理由がよく分かる。ありゃあ呪詛の声だ。耳を打つ言葉はてんでバラバラ、内容もそれぞれで違うはずなのに、俺の精神にもたらす影響は一つだけ。不快極まる幻覚症状だけと来てる。
 どんなに声を張り上げても、対話なんざ成立しねえ。
 これが一個人の独立した霊だったら、また話は違ったのかもしれんがな。
 すでに一つの塊、死者の本能に突き動かされるだけの哀れな集合体と化した今となっては、一緒に苦しんでくれるお仲間を増やす事しかできねえんだろう。
 各々の霊が何を考え、何を訴えようと関係ない。言葉はすべて生者を惑わすものにしかならない。
 取り込まれたが最後、巨大な悪霊の一部としておぞましく機能し続けるしかないのだ。
 ……俺みたいな悪党の末路としちゃあ妥当なところかねえ?
 もちろん、抗わせてもらうけどな。

「ボケェェェ――――ッ!! 死にてえのか、お前は!」

 というわけで目を覚ませ、阿呆。
 シニガミの毒気に当てられて朦朧状態だったリザードの傍へと駆け寄った俺は、躊躇う事なく、その尻尾に松明の火を押し付けた。
 下手に殴って怪我でもされたら困るしな。この方法が一番手っ取り早いと思ったんだよ。

「………………………………へ……? うわ、熱ッ!? あぢあちあぢ、熱ィィィッ!!?」

 ほら、効果覿面だ。

「何すんですか!? 俺っちとっても敏感肌なんですよ!!」
「うるせえ! 今度寝ぼけやがったら、そこの菌類を植え付けてやるからそう思え!」
「そんなぁ! せめて食べられるやつにしてくださいよ!」

『……さむい、ひもじい、なにもみえない……だれか、だれかだれかだれか…………』

「ああああああ!! また来たァァ! ちくしょー! お願いだから少し黙って!」
「しっかりしろ! 素っ裸のイモリ原人のままで死にたかねぇだろ!
 俺も一緒に頼んでやるから、生き延びて姉さんに服を作ってもらおうぜ!!」
「ほ、本当ですかい!? 約束ですよ!」
「おうよ、任せとけ!」

 少しでも精神に掛かる負担を軽減しようと、お互いを盛り上げながら逃げ回る俺とリザード。
 耳を塞いでも鮮明に聞こえてきやがるからな。シニガミのネガティブ怨声爆弾を堪え忍ぶには。これくらいしか手がねえんだよ。
 更に言うと、この広間に到着にしてから見つけ出せた唯一の対抗手段でもある。クソッタレ!
 散々苦労して得られた成果が、これっぽっちたぁ情けねえ話だぜ。

「リザード! 何か手はねえのか!? そろそろ腹に据えかねてきたぞ!」
「あるわきゃねーでしょ! 坊ちゃんこそ、あの雄叫びはもう打ち止めなんですかい!?」
「あと二発しかねえんだよ! 百発残ってたって、あの大きさは無理だろ!」

 ダメージ計算に一役買ってるSTRボーナスとやらの算出方法は分からんが、蟻の力の秘薬と【激怒】で底上げしても、せいぜい倍の威力になるくらいが関の山だろうしな。急所でも狙わんと話にならん。
 …………急所か。あっても不思議じゃねえやな。
 悪霊共がグチャグチャグチャと忙しすぎて、ちっとも判別付かねえけど。
 時には細くねちっこく、時には包み込むように、手を易え品を易え襲ってくるシニガミの野郎から走って跳んで偶に転け、必死の思いで時間を稼ぐ。

「あ! そっちのキノコ、モンスターですから気を付けて!」
「おおぅ! こんな小さいのまでそうなのか」

 毎度お馴染みのネズミや、懐かしきキノコモドキ虫なんかを巻き込んだりしながらな。
 俺が目を覚ました部屋よりも広くて沢山居たから、危ない目にも遭わされたけど、結果的には随分と助けられたよ。どいつもこいつも見境なしの悪食で本当に助かった。
 だが、そういった小細工の数々にも限りがある。
 すでに広間は死屍累々の惨状で、俺達以外に生きている奴は見当たらない。最悪の瞬間が訪れるのも時間の問題だった。

 具体的にはどれくらいかって? ……そうだな。持ってあと一時間ってところか。
 それ以上粘ると一酸化炭素中毒になる恐れがあるからな。さすがにこの歳で諸々の後遺症は勘弁願いたい。

「…………ふと思ったんですが、これって傍から見ると間抜けすぎやしやせんかね?」
「嫌ならやめてもいいんだぞ」
「いえいえいえいえいえ! もちろん喜び勇んでお供させていただきやすよ!」

 中央に出来上がった巨大な焚き火の周りを緩い駆け足で旋回しながら、俺はリザードがぼやく虚しい現状の客観視を聞き流した。
 ……確かに、ブランデーを染み込ませた死体の山に火を付けて、そいつを盾にグルグルと距離を取るだけってのは無様だとは思うがな。
 でもほら、フィギュアスケートは美しいけどジャンプしてる選手の顔だけ撮ったら滑稽に映るだろ? それと似たようなモンだよ。
 現場の人間が頭捻って炸裂させた効果的な戦術も、その全体像を把握できる安全地帯に居る素人には格好悪く見えたりするものなのだ。
 何でこんな手しか思い付かないんだよーとか、相手も何で引っ掛かるんだよーとか、ちょっと考えりゃ分かるだろーとかいう感じでな。
 実際に命を懸けて戦ってみるとよく分かるんだが、戦闘中に高度な戦術を練って披露するなんてのは不可能に近い。人より多少経験豊富だと自負している俺にしてみたところで、誰でも考え付けて実行に移せるような手段しか講じられないわけだからな。大変なんだよ。
 しかし、そういう幼稚な作戦こそが得てして功を奏する事になる。
 戦いに絶対はないからな。状況と相手によって二転三転は当たり前。どんな子供騙しでも100%あらゆる局面において通用しないって事はないんだよ。
 そこら辺の見極めに物を言うのが経験とセンスである事は……言うまでもないよな?
 俺みたいな凡人がいくら凄い努力をしても、発想の貧困さは覆せない。
 だがそれでも、積み重ねた経験は伊達じゃないってわけだ。

 まあ要するに、人が見てどう思うかなんて気にしていられる内はアレだ。その勝負に負けてもいいやと心の何処かで思っているに違いない。
 客観性は大事だが、羞恥心は要らないのだ。
 ここが観客の居る舞台の上で、俺達がプロの競技者だってんなら話はまた別だがな。

『…………さむい、さむい、さむいさむいさむい、さむいさむいさむい……』

 あーうるせー。そんなに寒けりゃ勝手に焼かれろ。誰も止めやしねえから。
 焚き火を大きく迂回して何度も何度も俺達を狙ってくるシニガミの執拗さに溜息をつく。
 時間稼ぎにゃ持ってこいの状態なんだがな。頭の悪いワンパターンの相手をし続けるのは、緊張感の維持という意味で中々に厳しいものがあった。

「なあ、ここに来てから何分くらい経ったと思う?」
「ん~~……15、6分? 随分長く居るような気がしやすけど、20分はまだ過ぎてねえと思いやすね」
「だなあ。俺の感覚でもそのくらいだ」

 いやまったく。単調な作業ってのは疲れるねえ。
 大体、火が苦手にしても程があるだろ。大回りしすぎなんだよ。もしかして熱気か? 火じゃなくて熱そのものに弱いのか? 真夏日に熱中症でダウンする動物園の白熊じゃねえんだから、少しは根性見せやがれ。

 ……………………ん? 待てよ?
 真夏日?
 益体もなく渦巻いていた思考の中で、突如芽生える新たな閃き。
 その答えに行き着いた瞬間、俺は我が身不甲斐なさから壁に突進したい衝動に駆られた。
 思い込みって恐ろしいな……。何で今まで気付かなかったんだろ?
 俺って奴ぁとんだ間抜け野郎だぜ。

「リザード君、幽霊ってさ、どうして昼間に出て来ないのかな?」
「何ですか、いきなり?」
「いいから答えろ。ガキでも分かる簡単な問題だ」
「はあ…………えーと、お天道様が出てるからですかね? きっと陽の光が苦手なんじゃねえですかい?」
「そうだよな。やっぱり陽の〝光〟だよな……」

 何のこたぁない。最初からあったのだ。
 火炎ファイヤーや【咆哮】よりも、ずっとお手軽で安全で有効な手が……。



 ◆ 陽光のカンテラ 〈Cグレード〉 〈エネルギー残量 172685〉

   詳細: 集めた太陽の光を灯りとして利用する事ができる、魔法のカンテラ。
        日中に光を補充する手間さえ惜しまなければ、半永久的な使用が可能である。
        その便利さに比例して製法は非常に困難、かつ多大な費用を要するため、
        現在では作る者の限られた、貴重な高級品となっている。








「うあはははははははははははは!!! 待て待て待て待てぇ~~~ッ!!」

『……あああ、ああ、ああ、あ、あ、あ……うぅぅぅううう、う、う、う、うう…………』

「灰は灰に、塵は塵に。霊魂は天に昇るか地に堕ちよ! 彷徨う奴らは消毒だァ――――ッッ!!!」

 数分後には、カンテラの明かりを全開にしてシニガミを追い散らす、俺の元気一杯な姿があった。
 あんなどうしようもないと思っていた化け物が、軽く照らしただけで朝露みたいに消えてなくなっていくのだから気分爽快。面白くて面白くて仕方がないのだ。
 まさか、ここまで楽勝に事が運ぶとは予想だにしなかったぞ。
 日光に弱いとは思ったんだがな。いくら何でも弱すぎだ。
 光量最大、サハラの日差しよりもきつい光を浴びせているからという些細な事実を差し引いても目に余る。訪れた反撃の機会を前に、俺は初日以来の盛り上がりを発揮していた。

「エクセレンテッ! 坊ちゃんスゲー! カッコイー! 相手が抵抗できないと見るや容赦なく追い立てていく、攻めの姿勢が怖すぎるぅー!!」

 唯一の不満は応援に華がない事だな。アレならカーネル・サンダースの方がマシだ。誰でもいいから交換してくれ。
 掃討作業自体は、この上なく順調だった。
 そりゃあもう、駆け付けた救援が安心して見ていられるくらいにな。

「やあ、姉さん! すまねえな! 無駄な心配掛けちまったみたいだ!」

 一体いつから観戦していたのやら。通路口には呆れ顔のシャンディー姉さんと、俺の知らない黒髪の子供が佇んでいた。
 男か女かも分からない、整いきった細面。光を放つ切れ長の瞳は鋭く、まるでククリのような重厚さ。だけども金属的な冷たさは一切なし。むしろ内なる炎に滾っているといったところか。
 華奢な体つきにも関わらず、生命力と存在感は溢れんばかり。一目で分かる超大物だった。
 有り体に言うと人の形をした赤色巨星だな。高純度のエネルギーの塊だ。
 統率者としても、戦士としても、恐らくほぼパーフェクトに近いはず。
 何でそう思うかって? 俺が知っている最強の個人に印象が似てるからだよ。絶対に敵に回したくないタイプの人間だ。
 …………まさか、本人じゃねえよな? ……ねえよな? 元日本人だって話だし。
 って事は、あんなのが二人以上も居る可能性があるのか……。
 まったくもって世の中ってのはよく出来ていやがるぜ。途方もなく広い上に恐ろしいと来たもんだ。
 とにかく、あいつがアヤトラで間違いないだろう。
 違ったらシニガミにキスしてやる。

「よかったら参加してくかい!? そこの兄さんも歓迎するぜ!」
「いや、遠慮しておこう。某は此処で見守っている故、心置きなく悪霊退治に励まれよ」

 うわあ、涼やかな声。良く通るソプラノだ。
 ……けど、随分と古風な言い回しをする奴だな。ソレガシってどういう意味だ?

「言ったでしょう? 昔の人だって。これでも随分とソフトになった方なのよ」

 面食らう俺を見て、姉さんが苦笑混じりのフォローを入れる。
 ……何だか苦労が偲ばれる笑顔だな。事情は知らんが、さぞかし大変だったんだろう。
 まあ、敢えて気にする程の事でもねえやな。意思疎通に問題さえなければどうでもいいし。慣れりゃ個性ってやつかもしれねえし。
 挨拶も済ませた事だし。

『……きえるきえるきえる、きえるきえる…………さむいさむいさむいさむい、さむい…………』

 お言葉通り、始末に励むと致しましょうか。

「ウォォォォォォォォララララララァァァァァ――――ッッ!!!」

 今や直径5メートル前後と残り少なくなったシニガミに向け、俺は渾身の【咆哮】をぶちかました。
 集束させた単体用とやらの方の具合も確かめておきたかったからな。試し撃ちには絶好の機会だったってわけだ。
 …………ふむ、あのサイズの全体に衝撃が行き渡ったか。結構曖昧な認識で単体扱いになってるみたいだな。
 だが、相手が相手だけに威力の程は分かりづらい。これなら回数に制限のない火炎ファイヤーを連発した方が良さそうだ。
 人間や他の生き物相手にも試してみない事には何とも言えんが、レベルが上がったら強化されるそうだし、現時点では将来に期待ってところかね。

 そして俺は更にコツを掴むためにと最後の一発を放ち、シニガミにトドメを刺した。
 残り滓のエクトプラズムが未練がましく漂っていたが、カンテラの光でそれも完全消滅だ。
 消えちまったら断末魔もクソもない。静かなもんだよ。呆気ない最期だったな。
 訪れた後味の悪い静寂を大欠伸で掻き乱し、リザードに手招き。大仰に肩をすくめながらアヤトラと姉さんの傍に行く。

「見事であった。鞍馬山に住まう天狗の子とは、きっと其方のような童を指して云うに違いない」

 へえ……言ってる事はよく分からんが、良い顔で笑うじゃねえか。
 もっと鉄面皮な奴かと思ったんだがな。どうやら随分と成熟した人格の持ち主のようだ。

「あーそりゃどうも。お褒めに与り光栄ですわ。──で、あんたが噂のアヤトラさんでいいのかい?」
「うむ。どのような噂かは知らぬが、某がその綾虎で間違いなかろう。
 生憎と昔の名を忘れてしまったものでな。それならばと敬愛する母と姉より名を賜る事にしたのだ」
「そうかい。俺の方はまだ名無しだが、よろしく頼むぜ」
「左様であるか。……では、牛若という名は如何かな? 秀でた武勇を誇る美童の其方に相応しいと思うのだが」
「え? いや、遠慮しとくよ。自分でじっくり考えて決めるからさ」

 ウシワカって名前は如何にも日本的で、俺の好みじゃねえしな。日本食は大好物なんだが。

「ならば、九朗という名ではどうか?」
「…………」

 ……日本人形みたいな見た目に反して、押しの強い奴だな。
 ああ、もちろん断ったさ。
 その後の戻る道すがらにも色々と話をしたんだけどな。事あるごとに俺の名前を付けようとしてきやがる。本当に女じゃないのかと疑っちまったよ。
 まったく何処のオバちゃんだ、お前は。
 そんなに子供好きなのか?
 聞けば享年49歳だったそうで、本当の意味で俺よりも少しばかり年上だった。
 だからってわけじゃないんだが……お節介じみた押しの強さも自然な感じで……やっぱり鬱陶しかったな。
 けど、俺が声を荒げる前に見かねた姉さんがアヤトラを引っ張ってってくれたから。不愉快になる事はなかった。
 何だかんだで有意義な道のりだったと思うよ。








 案内されて辿り着いた部屋でには、100人以上もの老若男女がひしめいていた。
 いや、老は居ないな。みんな若い。多分、前世がどうであれ一定以上の年齢にはならないように出来てるんだろう。
 人員のほとんどが女子供で、男の数は20人足らず。こんな場所じゃあ男女比に関係なく乱れまくってそうなもんだが、思っていたより規律の方は行き届いている様子だった。
 女子供の表情に漠然とした不安や恐怖の色はあっても、後ろ暗い影はなかったからな。集団として上手く機能している証だ。みんなそれなりにお行儀良くやってるんだろう。
 これで裸だったり食料不足だったりしたら、目も当てられない惨状だったんだろうけどな。
 そして衣食共に足りていたところで、一致団結するのは絶対に不可能だ。
 人間誰しも、結局は自分が一番。これが真理だからな。強力なリーダーシップの持ち主でも居なけりゃあ、窮地で弱者を助けるなんて真似はできねえんだよ。
 こいつらの最大の幸運は、アヤトラとシャンディーという優しい怪物に出会えた事。兎にも角にも、それに尽きる。
 ザッと面を見た限りじゃあ、あの二人に並ぶ奴は居そうになかったからな。

「あ、お兄さん! こっちこっち! 心配しましたよ。……大丈夫でしたか?」
「ああ、見ての通りだ。ピンピンしてるよ」
「そうそう。物の見事に返り討ちでさぁ。坊ちゃんがあんたの毛髪の仇を討ってくれたんですぜ」
「えぇ!? アレをやっつけた!? 本当ですか!?」

 俺とリザードは隅の方で独りそわそわとしていたウェッジの所に腰を落ち着け、別れてからの短い顛末を語った。
 そしたらこのハゲ頭、何でか知らんが泣き出しやがってな。
 別に髪の毛の仇を討ったつもりはないんだが……筋違いの感謝というわけでもないので、しばらくは情動の赴くがままにさせてやった。
 …………そんな感激するような事かねえ?

「そういや、モド……カーリャは何処行ったんだ? 一緒じゃないのか?」
「カーリャちゃんなら、あっちで他の子達と遊んでますよ」

 はい?
 おお、マジだ。
 何だが知らんが、えらく楽しそうじゃねえか。
 やっぱりガキの相手はガキに任せるのが一番なんだな。遂に俺の肩の荷が完全に下りる時が来たようで、感無量だぞ。
 リザードの奴も同じような事を思ったのか、ひっそりと安堵の息をついていた。

「ここに居る子達はみんな年相応みたいですね。前の年齢も同じくらいだったのかな?」
「どうだかな。大人と子供じゃホルモンの作用が違う。案外、精神が肉体に翻弄されているだけってオチかもしれんぞ」
「……お兄さんは違うんですか?」
「当たり前だ。……と言いたいところだが、昔と比べて感情的になったような気もするな」

 他愛もない世間話を交えながら、今後の事を詰めていく。
 結論は三人一致で、このままアヤトラ一行と共に迷宮を攻略していくという事になった。
 アヤトラのマップと合わせてみて分かったんだが、残りはほぼ一本道みたいなもんだし。上のフロアにはシャイターンとかいうシニガミ以上に得体の知れない連中が居て、モドキの母親を始めとした大勢の人間が捕まっているそうだし。人手は多いに越した事はないだろう。
 非戦闘員でも囚人の解放やケアには役に立つだろうからな。
 全体のフットワークが重くなるのは厄介だが、今のところは一緒に行動するメリットの方が大きいのである。
 第一にリーダーはアヤトラだからな。俺じゃない。
 連中の面倒を見る必要が一切ないってのが良いんだよ。


 一寸先は闇、どう転ぶかは誰にも分からない道行きだ。
 利用できそうな人間とは、せいぜい仲良くしとかねえとな。

















 あとがき

 シニガミあっさりと退場。
 遂にアヤトラ登場です。
 これでようやく、上へ行く展開が見えてきました。

 ああ、主人公の「ニューヨークへ帰りやがれ」の元ネタは、お察しの通り映画『ゴースト』で間違いありません。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 名前: ????

 種族: ????  性別: 男性  年齢: 8

 LV 1  クラス: バーサーカー  称号: なし

 DP 0

 HP 26/26(+20%)  MP 27/27  CP 23/23

 STR 20(+5)  END 10  DEX 13(+2)  AGI 12(+3)  WIL 8  INT 4

 アイテム枠: 17/17

 装備: スパイダーシルクの子供用胴衣  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用下穿き  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用手袋  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用ブーツ  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用肌着  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用下着  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用靴下  〈Eグレード〉〈超軽量級〉

 防護点: 4(基本+1 特性+1 装備+2)

 習得技能枠: 17/17

 戦闘技能: 長柄武器 31.0(+10) 打撃武器 20.8(+10) 蹴打 17.4  回避 3.7  投擲 1.6

 一般技能: アイテム鑑定 21.5  生存術/雪原 13.0  書道 26.0  事務 10.0  跳躍 28 1
         観察 11.4  忍び 7.5  大道芸 14.6(+5) 探知 1.7  聞き耳 5.8
         気配感知 8.9  行進 2.3

 習得特技・魔法枠: 6/7(+5)

 特技: 激怒  [咆哮]  『覚悟Lv 1』  『突進Lv 1』  『早駆けLv 1』
      『力任せLv 1』

 魔法: なし

 特性; 怒りの化身  美形  理想的骨格  多元素の血筋  活力の泉


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 10話終了時の主人公のステータスです。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 現在の所持品  14/17

 パーソナル マップ  (72)
 フォーチュン ダイス  (504)
 豊穣神の永遠のボトル

 丈夫で軽くて滑らかで愛が込められた高品質の スパイダーシルク製の背負い袋

 入)ケタの干し肉  (38)
 入)他の袋4枚

 丁寧な作りの軽くて丈夫な スパイダーシルク製の背負い袋

 入)スマイリーキャベツ  (5)
 入)オミカン  (10)

 丈夫な革製の背負い袋
 入)ヒール ストーン
 入)ヒール ストーン
 入)リフレッシュ ストーン (5)
 入)陽光のカンテラ
 入)水筒 〈空〉
 入)丸い水筒 〈湧き水〉
 入)大きめの水筒 〈井戸水〉

 拳大の石  (347)
 冒険者の松明  (239) シニガミ戦で4消費
 火の付いた冒険者の松明
 麻製のロープ  (186)
 蜘蛛の歩みの秘薬  (6)
 蟻の力の秘薬  (6)
 ケタ肉の塊  (25) 
 月光鱒の切り身  (58)


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 そういえば、やっと10話目になりましたね。
 この10倍の100話目指して頑張りますので、応援よろしくお願い致します。





[15918] 11  レベルアップ
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2011/02/13 01:43


 卓の上で、四角い玩具が跳ね回る。

 気が付けば、固く握り締められていた。

 いつの間にか、卓を挟んで向かい合っていた。

 口を衝いたのは、長い長い溜息。

 言葉は無意味だ。此処での会話は時間の無駄だ。だから迷わず、賽を振るった。


 〝つれないじゃないか。訊きたい事は山ほど有ると思うのだが?〟


 うるさい黙れ。記憶に残らん会話に意味なんかねえだろ。


 〝……いかんな。貴様は諦めが早過ぎる。分際を弁えぬ苦情に我が儘、涙ながらの願い事。
  筋違いの要求に、己が平静を保つための醜い繰り言。そして比較的真っ当な質問。
  現段階ではそれらこそが相応しい態度であるのに、不機嫌面で黙り込むなど開き直りも良いところだぞ〟


 何言ってやがる。俺達ゃお前を楽しませるために生きてるわけじゃねえんだ。──さ、早いとこ賽の目の結果だけ見て帰してくれや。


 〝私は楽しむためにこの役目を引き受けたのだがな……。
  まあ良い。忌々しき因果律が、しぶとく生き延びた貴様への祝福を認めたぞ。
  せいぜい足掻き苦しむ事だ。怒りを燃やし、絶えぬ嵐の如く在れ。……ファンもそれを望んでいる〟


 あん? 何か言ったか?


 〝さてな。それより、もう幾つか振ってもらうぞ〟


 へいへい、仰せのままに。

 軽口も程々に済ませ、俺は投げるように賽を振るった。
 
 経験、英知、腕っぷし、築き上げ磨き抜いた尊く大事な何かもが、此処では一切の意味を成さない。

 求められるのは、この世で最も不確かで曖昧な……しかし誰もが信じてやまぬモノ。

 賽の目の結果を左右する運だけだ。

 此処はただ、愛し愛されし己のそれを試す場所なのである。


 まあ、望むところなんだけどな。……そうしないと帰れねえんだよ。










 ◆ LV UP!!

    因果律が微笑み、貴方は2レベルになりました。


 ◆ 特性 【烈なる気炎】を獲得

    初めてのレベルアップを体験した事により、貴方は新たな特性を得ました。



 …………唐突だな、おい。

 反射的に身を起こした俺は、その勢いのままに胡座を組んでゆらゆらと上半身を揺らした。
 目覚めた途端にいきなりのお知らせとは、何とも底意地の悪い仕打ちだぜ。寝起きの悪い奴だったら聞き逃しちまうんじゃねえか? まったくよ。
 で、えーと……ああ、遂にレベルアップか。
 条件を満たした状態で一眠りすると上がる仕組みになってんのかね?
 因果律云々ってのはアレだ。きっと確率がどうのこうのって意味なんだろう。
 いわゆる経験値みたいなものが各人に設定されていて、それが一定の値を超えるとレベルアップの判定が発生するわけだ。ある程度保証されているとはいえ、確率の問題だから当然上がらない場合もある。そしたら、またの機会をお待ちくださいってな寸法よ。

 ……うん、我ながら適当な推論だ。
 けど、実際にレベルは上がったわけだから、経験値じゃなくても何らかの目安はあるんだろうな。
 厳密に計算されているかどうかすらも怪しい、恐らくは観察技能を上げても表示されないであろうレベルアップの基準ってやつが。
 ほら、経験なんて数値に出来るモンじゃねえだろ? 誰がどれだけの経験を積んで、どのくらい成長したかなんてよ。分かるはずがない。
 俺達の存在がプログラムで、ここが完璧に管理されたデータ上の世界だってんなら話はまた別なんだがな。
 違うんだよ。
 誰もが一度は想うだろうし、思い込んでる奴も大勢居るだろうが、そうじゃない。
 この世界は現実だ。
 俺達は、そこに生きる現実の存在なのだ。
 ゲーム的に数値化された法則の恩恵にこそ与っているが、断じてゲームのキャラクターなどではない。

 どうして自信満々に言い切れるのかって? そんなの俺の勘に決まってんだろ。
 いや、根拠はあるんだけどな。勘が働く最低限の根拠は。ただ、他人を納得させられるほどの代物じゃないってだけで。
 何にせよ、今考えるような事じゃねえのは確かだな。
 さ、ダイスダイス。ダイスを振ってDP様を稼ぐと致しましょうかね。
 ……おや? 数が減ってるな。
 ………………………………ああ、新しい特性を決めるのに使ったのか。
 よく覚えちゃいねえが、多分それで間違いないはずだ。



  ◆ 特性 【烈なる気炎】

    貴方は生命の根源とでも言うべき〝気〟の力に満ち溢れています。
    元々燃焼効率が良いのか、それとも内なる魂より湧き上がるのか、原因は定かではありませんが
    高密度の気を練る才を備えている事に変わりはありません。
    精進を重ね、研鑽を積み、その身に宿る激しき流れを物にすれば、
    いつの日にか神仙の域に達する事も夢ではないでしょう。

     〈気功術系〉 〈音声系〉特技の判定にプラス修正。
     初期CPに(+2D6 ゾロ目計上)のボーナス。以降、1LV毎に(+2D6 ゾロ目計上)のボーナスが加算。

     《放出》 《気功術》 《超常抵抗》 《威圧》技能の熟練度に+10

     《呼吸法》 《交渉》 《踊り》 《歌唱》 《指揮》 《演技》 《演説》 《外交》
     《社交》 《礼法》 《大道芸》 《単純作業》技能の熟練度に+5

     以上の技能の熟練度にプラス修正。判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。



 ふむ、CPにボーナスが付くのは美味しいな。
 これと【活力の泉】のおかげで俺のCPは54に成長。7回までの【咆哮】が使えるようになったってわけだ。
 特性二つ分の恩恵があるから多い方だとは思うんだが……どうにも少ない気がしてならんね。

「あら、レベルが上がったのね? おめでとう」

 独り黙々と6ゾロが出るまでダイスを振っていたら、シャンディー姉さんが寄ってきた。
 その顔は酒気を帯びているせいかほんのりと赤く、異形の全身から漂う色気はより濃密に薫り高く。足取りこそしっかりしちゃいるが、相当な量を飲んでいるであろう事は明らかだった。
 ま、無理もないか。
 久しぶりの酒だろうしな。しかも、極上の逸品と来てる。

「ああ、ありがとよ。そっちも盛り上がってるみたいだな」
「ふふっ、おかげさまでね。良い気晴らしになったわ」

 そいつは何より。
 ほとんど燃料としてしか使ってこなかったからな。人様の喉を潤す本来の役目を果たせて、神ボトルも喜んでる事だろうよ。
 輪になって騒ぐ連中の晴れがましい様子を部屋の隅から眺め、俺は形ばかりの笑みを浮かべた。
 リザードの奴も上手く融け込んだみたいだし。神ボトルを預けた甲斐があったってもんだな。

「でも、あのボトルは貴方のでしょう? テンちゃんが持ってきた事にしちゃって本当によかったの?」
「構わねえさ。あいつへの蟠りを解くために、わざわざ口を利いてやる手間が省けたわけだからな」

 第一、俺が直接振る舞ってご機嫌取りに励むよりも、舌の回るリザードに任せた方がよっぽど効率的だろ。
 適材適所こそが物事を円滑に進めるための最善手。一番上手くやれる奴が居たら、そいつに任せるのがやっぱり一番なのだ。
 ……だからまあ、面倒臭かったからってのは理由の三分の一くらいに過ぎないわけだな。
 
「あらあら、意外と気配り屋さんなのかしらね?」
「まさか。早く休みたかっただけだよ」

 姉さんのからかいの言葉にもう三分の一の理由で返し、いざ9回目のダイスロール。……っしゃ、出た出た。6ゾロだ。
 とりあえずアイテム枠を20にして……特技・魔法枠も10にしとくか。それでもって【早駆け】を正式に習得と。これで2Lvか。
 この【早駆け】みたいなクラスを設定して覚えた強化特技ってのは、枠を消費しないとクラス変更時に消えちまうらしいからな。使えると思ったら、とっとと採用するのがいいんだと。
 他の三つは、まだ試してもいねえから保留だな。
 あとはAGIを15に。……で、残り5か。
 どうしようかな?
 できれば魔法を覚えたいんだが、如何せん方法が分からん。あーいや、多分、対応する技能を習得すればいいんだろうけどな。その糸口がさっぱりなんだよ。
 ウェッジから習えばいいのかね? でもあいつ、何で使えるのか自分でもよく分かってねえみたいだし。教えるなんてのぁ無理だろうなあ。
 他に何か…………なくても技能枠は増やしとくか。
 んーむ。……ん?

「姉さん、気功術技能ってどんなのか分かるかい? プラス15でお得な感じがするんだが……」
「気功? それならトラちゃんが使えるわよ。前の世界で迷信とされていたような事ができるみたいだけれど」
「ほほう、例えばどんな?」

 そうして軽く頭を悩ませ、思い当たった技能が一つ。姉さんの話によると、瞬間的な剛力が得られたり、何だか色々と丈夫になったりするんだとか。
 要するに、アジアン・フィクション的な気功を駆使できる技能なわけだな。
 ……いいね。そういう神秘的でパワフルなのは大好きだ。
 小難しく思える魔法より性に合いそうなので、俺は早速これを習得する事にした。
 方法はアレだ。空手の息吹とかヨガのプラーナーヤーマとか、あっちで身に付けたそれっぽいのを片っ端から試してたら、いつの間にかできるようになってたよ。



 ◆ 習得条件達成 技術的な呼吸を繰り返した事により 《呼吸法》技能を習得しました。

 ◆ 習得条件達成 自らの肉体に宿る生命エネルギーを自覚した事により 《気功術》技能を習得しました。

 ◆ 前提条件達成 基本クラス 《モンク》の資格を得ました。








 DPの振り分けが一段落付いたので、俺は賑わうご同輩達の輪の中へとお邪魔させてもらう事にした。
 ……姉さんに手を引かれてな。
 いや、元々広く浅く挨拶だけはしとくつもりだったからいいんだけどよ。第一印象がお手々繋ぎながらじゃ締まらねえだろ。メチャクチャ恥ずかしかったぞ。
 
「おお、坊ちゃん! お目覚めですかい!? さあ、どうぞどうぞ! こっちもようやく本調子になってきたところでさぁ!」
「そうかそうか。そりゃあよかった。酒臭いから近寄んなよ」
「ハッハッハ! こりゃ参った! お子様相手にどうもすいやせんねえ!
 …………大体話は通しときやしたんで、猫被る必要はねえですよ。
 安心してくだせぇ。グラコフを倒した坊ちゃんをどうこうしようなんて奴は居ませんから」
「ん、ご苦労」

 陽気に近付いてはひっそりと耳打ちしてくるリザードに頷き、適当な場所に腰を下ろす。
 一本しかない神ボトルを巡って少々荒れているかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。ご同輩達は二、三人が共同で使っていると思しき水筒に移す事で、ほぼ均等に極上の美酒を味わっていた。
 分け合う事に慣れている。この辺が共同体としての意識の高さを窺わせるな。十中八九、アヤトラの指導の賜物に違いない。
 差し出された食事を頬張りながら視線を走らせ、俺はそんな事を考えていた。
 うん、美味い。肉に火が通っててキャベツが千切りになってるってだけなのに、やたらと味覚が刺激されるな。
 皿代わりに使われてる布きれは、例によって姉さんのお手製かね? 石器時代の原始生活よりか趣があって結構な事だ。
 しかし、何と言おうか……。

『……………………』

 ……随分と注目されてるな、俺。
 新顔だからか? それとも横にリザードと姉さんが居るせいか? この二人は目立つからな。他のご同輩はせいぜい耳が尖ってるとか、耳が長くて尖ってるとか、妙なペイントをしてるとか額に宝石が付いてるとか、奇抜な色の髪をしてるとかってくらいだし。
 ……段々と自分の容姿が心配になってきたな。
 もしかすると、美形とは名ばかりの妖怪小僧なのかもしれん。触っただけじゃ分からん事も多いだろうし。
 例えば、顔だけデスメタル系の壮絶な色合いをしているとかって事も充分に有り得るわけだ。
 嫌すぎるぞ。

「あれあれあれ~? どうしたんすか、坊ちゃん? 黙りこくちゃってまあ……。
 あ! さては照れてやすね!? っもう、スレてるくせに初心なんだからぁ~ん!」

 酒の勢いも手伝ってか、リザードの気持ち悪い戯けにすら興る笑い声。
 念願の衣服を得て浮かれ宣うイモリ野郎に掛けようとした俺のヘッドロックは、姉さんが素早く伸ばした四本の腕によって阻まれた。

「はいはいはいはい! それじゃあ、とりあえず自己紹介と参りやしょうか!! 
 まずは言い出しっぺの俺っちから! ……えー、テンダリウス・ローバーノ・フルシュシシニグラ──」

「長い!」
「なげぇよ!」
「誰も覚えられないから!」

「……改めやして、通称リザード。水陸両用のハイブリッドな両生類でさぁ!
 今はこんなナリですが、前世はブラジル、生まれも育ちもリオ・デ・ジャネイロの筋金入りのカリオカたっだんですぜ」

 へえ、ブラジルか。懐かしいねえ。
 二回ほど命懸けの焼き畑をしに行った事がある。今となっちゃあ良い思い出だ。

「私も私も! 私もブラジル!」
「そいつぁ奇遇だ! 何処のご出身ですかい?」
「サンパウロよ!」
「OH! パウリスターナ!!」
「南米出身か。どうりで情熱的なわけだ。あ、ちなみに僕はスイスのチューリッヒね」
「俺はハンガリーの南部出身」
「トルコ。イスタンブール」
「エジプト」
「キリバス」
「……チベット」

 リザードの陽気な自己紹介を皮切りに、次々と元の出身を明かしていくアヤトラ一行。
 予想はしてたが、ここまで見事にバラバラだと却って連帯感みたいなものが湧いてくるな。
 世代も国籍も人種も宗教も違う。みんな違う。だからこそ、割り切って受け入れる事ができる。
 ここは異世界。自分達は生まれ変わった。しがらみのない別人になったってな。
 つまり、個人の思想を縛るイデオロギーが破壊されて、純粋なアイデンティティーだけが残ったわけだ。
 一丸となって行動するには理想的な状態だな。恐らくアヤトラに率いられている内に自然と構築されていったんだろう。
 もし狙ってやったんだとしたら、そいつは人間じゃない。
 人の域を超えたカリスマだ。

「……なあ、姉さん」
「ん、何かしら?」

 俺は胸中に渦巻く想いを吐き出すために、姉さんの顔を見上げた。

「今思ったんだが……俺達ゃ一体、何語で会話をしてるんだろうな?」
「…………そういえば、みんな外国人なのにタイ語が上手ね。驚いたわ」

 そうか。姉さんは元タイ人か。──って、そんなあっさり流せるような疑問じゃねえだろ。
 俺は英語で話してるんだぞ? こっちに来てから最大の理不尽発生だ。いや、すでに発生していた。これも魔法か? 魔法なのか?
 ええい、ファンタジーめ!

「出身は日ノ本だな。郷里は…………果たして何処であったか?
 生業は確か、国人衆の頭領のような事を務めていた筈だ。下克上の機運高まる、戦乱の世であったと思うぞ」

「え? じゃあもしかして戦国時代の人なんですか!? 宮本武蔵とか知ってます?」
「知らぬな。一度として耳にした覚えは無い」
「あれー? それなら徳川家康は?」
「ふむ、そちらの名には覚えが有るぞ。確か三河国の大名ではなかったか?」
「違いますよ。江戸幕府の初代将軍ですよ。ちなみに八代将軍は暴れん坊で有名な方です」
「むう……」

 いつの間にやら出身暴露大会の輪に加わっていたウェッジとアヤトラのやり取りには構わず、帰ってきた愛しの神ボトルを呷る。
 もう何度目だか数えるのも馬鹿らしいわ。
 こういう疑問は飲んで飲んで飲み明かして、忘れちまうに限らぁな。

「国籍USA! 出身地不明! フロリダ州マイアミ在住!
 人種は色々混ざってるが、一番濃いのはアメリカ・インディアンの血だ!
 職業は……え~……メイド喫茶の経営などをしておりました」

「何でそこだけ弱気なんです? って、マジですかい!?」
「ああ、本場の日本じゃ微妙な商売だがな。ステイツでは見掛けないサービスだから結構儲かるんだよ。
 軌道に乗るまでは大変だが、日本食のレストランやグッズ店やスシバーなんかと絡めて扱うと良い感じだぞ」
「へえ、お兄さんって実業家だったんですね。凄いなあ」
「そうそう、ジツギョーカジツギョーカ。……ん?」

 …………実業家?
 おお、そうか! 実業家か! 正直、あちこち好き放題に手を出しすぎて本業が何なのか見失ってたんだが、俺は実業家でよかったのか。
 実業家、便利な言葉だなあ。

「然らば、実業家とは商家の元締めのようなものなのだな。九朗よ?」
「誰がクロウだ。あと、あんたが思ってるのとは多分違うぞ」
「ああ、そうだ! 名前ですよ、名前! 坊ちゃんも名無しのままじゃ不便でしょ。そろそろ決めてみちゃあどうですかね?」

 それもそうだな。この際だし、クールな名前にしてやろう。
 って、待て待て。今決めたら酒の勢いが入る事になるじゃねえか。あーでも、こういうのは勢いが大事か。
 リザードの提案に少し考え、俺は噛み締めるように唸りを上げた。
 ……やはり未だに顔が分からんのが痛いな。イメージもインスピレーションも全然湧いてこねえぞ。

「あら、おかしいわね? 名前ならもう決まっているはずだけれど……」
「え?」
「ステータスはちゃんと見た? 名前を付けていない状態でレベルが上がると、自動的に決定されてしまうのよ。
 私がそうだったから、貴方も同じだと思ったのだけれど……違うのかしらね?」

 シャンディー姉さん、突然何を仰るんですか?
 一気に酔いが醒めちまったぞ。
 待て待て待て! それって俺にとっちゃ超重大な情報じゃねえか!?

「……何で教えてくれなかったんだ?」
「だって、名前は授かるものでしょう?
 自分の一存だけで決めてしまったら、自分で自分の生き方を縛る事になりかねないもの」

 何だか、やけに含蓄の深いお言葉ですな……。哲学者か、あんたは。
 一理有ると思ってしまった俺は、多分姉さんと似たような人生観の持ち主なんだろう。反論できん。

「それに、教えたところで結果は同じだったはずよ。レベルアップのタイミングなんて、誰にも分からないものね」
「……確かに。話を聞いた昨日今日で上がるとは思わなかっただろうな」

 きっと数日はあれこれと相応しい名の候補を挙げては弄んでいたに違いない。
 そうするとレベルが上がる。名前が決まる。どの道、結果は変わらなかったのだ。
 詰まるところ、俺の名前が運頼みだってのは確定事項だったわけだな。

 ガッデム!!!



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 名前: ゼイロドアレク

 種族: ????  性別: 男性  年齢: 8

 LV 2  クラス: バーサーカー  称号: なし

 DP 2

 HP 59/59(+20%)  MP 33/33  CP 54/54

 STR 21(+6)  END 10  DEX 13(+2)  AGI 15(+3)  WIL 8  INT 4

 アイテム枠: 14/20

 装備: スパイダーシルクの子供用胴衣  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用下穿き  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用手袋  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用ブーツ  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用肌着  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用下着  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用靴下  〈Eグレード〉〈超軽量級〉

 防護点: 5(基本+1 特性+2 装備+2)

 習得技能枠: 19/20

 戦闘技能: 長柄武器 31.0(+10) 打撃武器 20.8(+10) 蹴打 17.4  気功術 15.4(+15) 回避 3.7
         投擲 1.6

 一般技能: アイテム鑑定 21.5  生存術/雪原 13.0  書道 26.0  事務 10.0  跳躍 28 1
         観察 11.6  忍び 7.5  大道芸 20.1(+10) 探知 1.7  聞き耳 5.9
         気配感知 9.0  行進 2.3  呼吸法 5.6(+5)

 習得特技・魔法枠: 8/10(+4)

 特技: 激怒  [咆哮]  『覚悟Lv 1』  『突進Lv 1』  『早駆けLv 2』
      『力任せLv 1』  心頭滅却Lv 1  剛力招来Lv 1

 魔法: なし

 特性; 怒りの化身  美形  理想的骨格  多元素の血筋  活力の泉  烈なる気炎


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 一縷の望みに懸けて恐る恐るステータスを確認してみたんだが、結果は予期されていた通り。姉さんの言葉が覆る事はなかった。
 ああ、これが俺の新しい名前か……。

 ゼイロドアレク。

「おお、格好いいじゃないですか! スーパーロボットみたいですよ!」

「そうね。とても個性的だと思うわ」

「略してゼイロ坊ちゃんでいいですかね?」

「ぜいろ……是色……是意路、是威路、是異路か……。
 ふむ、色即是空、空即是色…………奇妙な名だが、いとをかし。不思議と感ずるものがあるな」

「うめーうめー! ヤケニクうめー!! やっぱうめー!!」


 ……………………舌噛みそうなだな、おい。


















 あとがき

 以上、レベルアップと名前決定の巻でした。
 次回からはもっとスピーディーに進むと思います。早くお外へ冒険に行きたいので……。

 主人公の名前は当然ダイス任せです。
 まず3D6で文字数を、次に1D6でキーボードの文字列を選び、更に1D6でどの文字を押すかを決めたわけですね。
 順番がバラバラで名前っぽくなかったので適当に組み替えた結果、今の形に落ち着く事になりました。
 特性の方は単純に3D6で判定しました。


  ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 現在の所持品  17/20

 パーソナル マップ  (72)
 フォーチュン ダイス  (483) もらえる特性を選定するのに3消費 その後のDP取得のために18消費
 豊穣神の永遠のボトル  ここまで活用しているとGMに取り上げられるんじゃないかと心配になりますね。

 丈夫で軽くて滑らかで愛が込められた高品質の スパイダーシルク製の背負い袋

 入)ケタの干し肉  (38)
 入)他の袋4枚

 丁寧な作りの軽くて丈夫な スパイダーシルク製の背負い袋

 入)スマイリーキャベツ  (5)
 入)オミカン  (10)

 丈夫な革製の背負い袋

 入)陽光のカンテラ
 入)水筒 〈空〉
 入)丸い水筒 〈湧き水〉
 入)大きめの水筒 〈井戸水〉

 ヒール ストーン
 ヒール ストーン
 リフレッシュ ストーン (5) 枠が増えたので、石は袋から出しました。
 拳大の石  (347)
 冒険者の松明  (239)
 火の付いた冒険者の松明
 麻製のロープ  (186)
 蜘蛛の歩みの秘薬  (6)
 蟻の力の秘薬  (6)
 ケタ肉の塊  (25) 
 月光鱒の切り身  (58)


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 ではまた来週、ゼイロドアレクの勇気が世界を救うと信じて!

 次回からオリジナル板に移動しようと思うんですが、前書きはあった方がいいんですよね?
 何て書こうかしら……。





[15918] 12
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2010/04/11 14:35

 衝撃走るマイネーム決定事件から、約二日後。
 俺を含めた百余名のご同輩達は、上層へと至る途の中に身を置いていた。

 アヤトラが四列になって進む集団の先頭に立ち、シャンディー姉さんが要所要所に網を張りながら最後尾の守りを務める。
 身が軽い上に目端が利いて、おまけに姿まで消せるリザードの奴は斥候だ。能力を活かすために再び全裸になってもらった事は言うまでもない。
 回復したウェッジは、その足のクソ速さを買われて集団の伝令役に収まった。アヤトラの傍に控えて、何かあったら即一っ走りしてもらうわけだ。
 正直、そこまでしなきゃ指示が行き渡らないってほどの人数でもねえんだがな。あくまでも不測の事態に備えてってやつだよ。
 どんなに原始的であろうとも、連絡手段はできる限り多く確保しておいた方がいい。
 無線機も携帯電話もない状態なら尚更である。
 その辺についちゃあ、アヤトラの奴はまったく心配なかったな。
 狼煙や笛や太鼓くらいしか手段のない時代に居たらしいせいか、意思疎通やら集団運用やらに関する用心深さがズバ抜けている。口を出す必要がないから楽なもんだよ。
 おかげで途端に暇になった。

「じゃあ、やっぱり凄いお金持ちなんじゃないですか? それって立派なセレブだと思いますけど」
「セレブ? ああ、セレブリティか。『有名で金持ちで得体の知れない奴』って意味で言ってるのなら、確かにそうだな」
「えぇ!? アメリカじゃセレブってそういう意味なんですか!? 日本とは随分ニュアンスが違いますね」
「まあ、言い方と相手の評判次第かね。俺みたいなのに言うと、やっかみや侮蔑になっちまうんだよ」

 今やウェッジと世間話をするくらいしか、やるべき事が思い付かん。
 こいつも一向に出番がなくて暇そうにしてたからな。アヤトラの手並みを拝見するついでのつもりが、いつの間にやら互いの親交を深める退屈な道行きになってたのである。
 もちろん、だからといって警戒を疎かにしてたわけじゃねえぞ。行列の横っ腹を衝かれそうな場所に差し掛かった時は、ちゃんと毎回フォローできる位置に回っていたんだからな。
 ……結局、何も起きなかったけど。
 いいんだよいいんだよ。トラブルなんて起きないのが一番だ。
 
 しかしまさか、本当に何にも起こらんとは……。

「やっぱり、あの悪霊がほとんど片付けちゃったんじゃないですかねえ?」

 俺の表情から察したのか、誰にともなく呟くように自らの見解を述べるウェッジ。
 確かに見境なしの悪食だったし、証拠らしき無傷の死骸も至る所に転がってるし、あの育ちようを考えるとおかしくはないか。
 ウェッジの言う通り、この二日の間に一度も化け物との遭遇がなかった理由はアレだ。シニガミの仕業なんだろう。あの泣き言の塊がフロア粗方平らげちまったに違いない。
 となると、上に着くまで現状の楽々暇々マーチが続くかもしれねえのか。
 俺は別に構わんが、他の連中がだらけちまわないかが心配だな。
 特に大多数を占める非戦闘員達。こいつらが緊張を欠くとロクな事にならん。……ような気がする。
 さすがの俺も、こんなに大勢の足手まといを抱えて動くなんてのは初めてだからな。懸念はあっても具体的にどんな問題が噴き出すかまではちょっと分からんのだ。
 ガス抜きが必要だってのは分かるんだけどな。でも、一体どうすりゃいいんだか。
 神ボトルを使うのは度が過ぎるし、かといって他に退屈凌ぎになるような事も……?

「……是色よ、其方〝おでゅっせいあ〟を吟じる事は出来るか?」
「…………は?」

 軽く振り向き、明日の天気でも訊くかのような調子で尋ねてくるアヤトラに、俺は思わず呆けた声で返してしまった。
 いきなり口を利いたかと思えばオデュッセイアって……お前、昔々の日本人じゃなかったっけ?

「此処で最初に出会った者が、そのような異国の詩歌に殊の外明るくてな。気晴らしに教えてもらったのだ。
 ──が、十二歌目の辺りで永の別れとなってしまった。出来れば続きが知りたいのだが、しゃんでぃも他の皆も詳しくは知らぬと云う。
 故に、其方に尋ねてみたと云う訳よ。……某も少しばかり暇を持て余していたのでな」

「ふーん、なるほどねえ。まあ、粗筋を語る程度なら……」
「真か!」
「いやー、でも暗唱はできねえぞ」
「拙くとも構わぬ。是非、教え給へ」
「あ、オレも聞いてみたいですね! その……何でしたっけ?」
「オデュッセイア。古代ギリシャの叙事詩の事だ。欧米の知識層にとっては基本的な教養の一つだな」

 聞けば、その前作に当たる〝イリアス〟についても知らないようなので、俺は初めから順を追って語ってやる事にした。
 語るっつっても大仰に吟じるわけじゃなく、背景世界なんかの予備知識を交えながら訥々と──って感じだったんだけどな。慣れない内は何事も、格好付けずに自然体を第一に心懸けるくらいで丁度良いんだよ。
 そんな俺の心遣いが功を奏したのか、教養とは縁遠そうなウェッジの奴も比較的熱心に聞いているようだった。
 一時間が過ぎ、二時間が過ぎる頃には、俺も調子に乗って小芝居なんぞを加えるようになっていった。
 終いにゃあ柄にもなく、揚々と歌なんぞ歌って行進する羽目になってたな。……全員で。
 まあ要するに、どいつもこいつも単調な歩みの中の退屈凌ぎを欲しがっていたってわけだ。
 …………本当に柄じゃねえな。
 こういう発信役はウェッジかリザードかシャンディー姉さんが適任のはずなんだが、物の見事に乗せられちまった。いや、恐れ入ったよ。アヤトラめ、天然なくせしてとんでもねえ聞き上手でやがる。

「其方のお陰ぞ。未来の事に疎き某独りの力では、こうまで上手く皆の憂いを取り除けはしなかった」
「何だ、もしかして狙って話を振ってきたのか?」
「いいや、其方の話を聞く内に段々と楽しくなってきたのでな。此はその、悪乗り悪巫山戯から生じた偶然の結果ぞ」

 謙遜がよく似合うねえ。ちっとも嫌みにならん。
 偶然だろうが事故だろうが、活かしちまえば立派な手柄なんだよ。このサムライボーイが。

「然し、おでゅっせうすの物語と我等の数奇な境遇は、不思議と相通ずる物が有るな……。
 あの者も、そう感じたからこそ某に語って聞かせたのであろうか……?」
「だとしたら、あんたもそいつも大したロマンティストだよ。物語の登場人物と自分を重ねて見られるんだからな」
「ほう、是色は違うのか?」
「さあねえ。けど、少なくともオデュッセウスと被るなんて思う事はねえだろうな。
 何故なら奴には帰るべき故郷があった。待っていてくれる家族が居た。そして……」
「……そして?」

 澄み切ったアヤトラの瞳を真っ向から受け、俺は皮肉たっぷりに口の端を上げた。

「手を貸してくれるオリュンポスの神々が居た。俺達は違う。……だろ?」
「ふむ」
「もっとも、俺の場合はトーテムと精霊の加護以外はお断りなんだがな」
「ふはははっ、確かに! 某も馴染み深い神仏の加護以外は御免被りたい所だな!」

 少年が笑う。
 呵々としながら華やかに、作り物めいた美貌を溢んばかりの人情味と凛々しさに歪めて笑う。
 その横顔はまるで、至極の彩りを得て盛る風と炎のようだった。

 ……狡猾なオデュッセウスとは似ても似つかねえけど、お前だってよっぽどだぜ。
 今なら多分、神話の英雄を名乗ったとしても信じる奴にゃ事欠かねえだろうよ。








 そうして二日目が賑やかに過ぎ、三日、四日と歩みを進め、時はいよいよ五日目へ。

「ひぅえやわゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 ようやく辿り着いたマップの空白地帯に足を踏み入れた俺達は、先行するリザードが上げた悲鳴に顔を見合わせた。
 何か見つけたか? それとも見つかったのか?
 透明になれるといってもアヤトラを含めた一部の連中──エルフとかハーフエルフとかいう種族には、あいつの姿が見えるらしいからな。見破れる化け物が居たとしてもおかしくはないだろう。

「皆の者、静まれ! 緩やかに後退し、手前の部屋にて指示を待て! 行くぞ是色! うぇっじは距離を置いて付いて参れ!」
「あいあいさー!」
「わ、分かりました!」

 素早く指示を飛ばしてリザードの救援に向かうアヤトラに付いて駆け出す、俺とウェッジ。
 ……二人とも馬鹿みたいに足が速いから、5秒もしない内に俺が一番後ろを走る事になったんだけどな。

「坊ちゃん助けてェーッ!! 特殊部隊の襲撃だああァァ────ぐぇっ!?」

 これまた段違いの健脚で逃げ込んできた馬鹿を掴んで、引き戻す。
 角を曲がり、足を止めて構えるアヤトラに並んだ時にはもう、未知の敵は目前にまで迫っていた。
 うおおおっ!? 何だこいつら!?


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 サイバー グール  LV 5

 HP ??/??  MP ??/??

 詳細: ???


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 厚みの少ない、ボディアーマーらしきデザインの装甲を身に纏ったゾンビが6体。面付きヘルメットのせいで顔は分からんが、名前からして動く死体の改造版と見て間違いないだろう。
 そんな連中が四つん這いに近い体勢でザカザカザカと寄ってくる眺めは、かなりシュールで脅威的だった。
 ……何というか、えらく近代的な装いの連中だな。
 ゴーグルの赤く光ってる部分は赤外線センサーか? アレでリザードを発見したのかね?

「うわぁ……。何ですかアレは? 忍者ゾンビ?」
「俺に聞くな。危ねえから下がってろよ」
「どうやら、件の〝しゃいたーん〟とやらに邪悪な術を施された屍人のようだな。守りに優れている故、気を付けよとの事だ」

 面食らう俺達の前に立ち、アヤトラが注釈でも読み上げるような調子で告げる。
 観察技能が50.0とか言ってたから、確実に詳細を見ての発言なんだろうな。初見の敵を相手にするには余りにも雀の涙な情報量に、有り難くて涙が出るぜ。

「坊ちゃん、気ぃ付けて!」

 おうよ、言われるまでもねえ。
 リザードの声に被さるようなタイミングで飛び掛かってきたサイバネティックゾンビ野郎の爪を躱し、続けて繰り出されたもう1体の爪を神ボトルで打ち払う。
 ……攻撃手段は、ナイフさながらの鋭い爪だけか。
 素早くてトリッキーだが反撃できないほどじゃねえな。パワーは俺のが上みたいだし、囲まれさえしなきゃあ何とかなるだろ。

「【流水の剣(エレメンタルソード・アクア)】! 哀れな亡者共よ、刀八毘沙門の刃にて黄泉路へと帰るが良い!」

 俺と同じくアヤトラの方も見極めが済んだのか、日本刀の形をした水の刃を一閃させ、1体目の首を跳ね飛ばす。
 凄ぇな……。
 刀は魔法で作ったモンなんだろうが、それを振るう本人の業が尋常じゃない。動く敵の装甲の隙間を狙って斬るだなんてのぁ達人の域だぞ。それに加えて山ほどの実戦経験がなけりゃあできない事だ。
 五輪の書のムサシと言い、剣聖と謳われたノブツナと言い、あんな腕前のサムライがゴロゴロしてたのが日本の中世ってやつなのかね? やー恐ろしい。味方で良かった、本当に。
 是非その調子で、こっちの奴らも斬り捨ててくれ。

「ぬわああッチクショー硬ぇー! 何処ぞのアニメ映画から出てきたみたいなナリしやがって! こんクソッタレめぃ!!」
「ああっ! 言われてみると確かに! ……カリマンタンの城でしたっけ?」
「あんな城がボルネオ島にあって堪るかァァーッ!!」

 さっきから何度となく神ボトルで殴りつけているんだが、一向に参る気配がないんだよ。
 速くて丈夫でハイテク装備、まったくゾンビの風上にも置けん連中だ。
 チタン合金っぽい装甲ごと敵を粉砕する力も武器も持たない俺は、大人しくアヤトラの援護が来るまでの時間稼ぎに徹する事にした。
 少々悔しいが仕方ない。楽に仕留られる味方が居る状況で無茶する必要はねえだろ。
 ほら、もう2体目だ。
 残り4体の始末も鮮やか豪快、あっと言う間。
 ショッキングな相手だったが、いざ終わってみると拍子抜けする内容だったな。

「いやぁ~どうもどうも、助かりやしたよ! こっちを見たと思った途端に凄い勢いで寄ってくるもんですから、っもうビックリしちゃって……何なんですかね、こいつら?」

 アヤトラの手に掛かって床に散らばった改造ゾンビ共の死体を見下ろし、天井に避難していたリザードが首を捻る。
 何なんですかと言われてもなあ……。見たまんまだろ。
 最近のファンタジーはSFに片足突っ込んでるのが多いからな。サイバーでメカなゾンビが出てきても不思議じゃない。むしろ自然な流れと言えるだろう。
 って、んなワケあるか!

「えーと……サイボーグとかいうやつですよね、これ? どう見ても」
「まあ、どう見てもコスプレや虚仮威しの類じゃあねえやな」

 この分だと、シャイターンの正体も怪しいもんだ。嫌な予感がしてきたぞ。

「……うぇっじよ、しゃんでぃ達に伝えてもらえるか? 我等は此より敵の殲滅に掛かる。
 上への道が見つかった場合は、その先の安全も確保せんと挑む故、しばしゆるりと待つように──とな」
「あ、はい! ……はい、分かりました。あの……」
「ほら、早く行け。ああ、その前にあの魔法掛けてってくれ」
「はい! みなさん、気を付けてくださいね!」

 もたつくウェッジの背中を押しやり、姉さん達が居る部屋へと急がせる。
 ここからはアヤトラの言う通りの殲滅戦、見敵必殺の心構えで進まにゃあならんだろうからな。戦えない奴は連れて行けねえんだよ。
 100人以上の非戦闘員を伴っての脱出行。ルートの安全を確保するためにも、シャイターンを始めとした敵戦力の掃討は絶対に成し遂げなくてはならない事なのだ。
 俺としても先の情報が皆無に等しい以上、その戦いに付き合うしかないってわけだ。
 抜け駆けするには余りにも時期尚早だし、アヤトラ一人に任せて死なれても困るし、そもそも待ってるだけなんてのは性に合わねえしで、後々の事を考えるとな。最前線で片っ端からぶっちめつつ、全体の状況を把握していくのが一番得る物が大きいんだよ。
 それ以上に危険も大きいだろうが! ──なんて意見は知らん。無視する。

「っしゃ、行くか!」
「うむ」

「……あの、お二人さん? 何やら燃えてるとこで申し訳ないんですが、俺っちはどうしたらいいんですかねえ?」
「敵さんが赤外線センサー搭載モデルばかりとは限らねえからな。役に立ってもらうぞ」
「へい、じゃあできるだけ慎重に……」

 とりあえず、やるだけやってみて敵わないようだったらプランBに移行だな。何が何でも辻褄を合わせてやろうじゃねえか。








 腕間接を極めながらの背負い投げで脳天直撃。
 そこからすかさず、足首を取ってのジャイアントスイング。

「おうりゃさああああああああッッ!!!」

 回して回して、ぶん回して、群がってきた改造ゾンビA、B、Cを吹っ飛ばす。
 神ボトルよりこっちの方が具合が良いな。火炎ファイヤーも効き目が薄いし、しばらくは格闘スタイルで行こうかね。
 回転しながら何度も何度も叩き付け、遠心力でさようなら。起き上がろうとした改造ゾンビBに向かって全身全霊のフェイスクラッシャーをくらわせ、1秒足らずで追撃のDDT。
 突っ込んでくるAを蟹挟みで転がし、物騒な爪を立てられる前にパッと離れて即密着。首から上を時計回しで360度に決める。
 痛みも恐怖も感じない連中だから、狙うのは徹底的に頭部のみ。ゾンビ映画のセオリーとも言える、合理的な戦法だな。

「ホアチャ────ッ!!」

 残ったCの奴はドロップキックからのストンピング攻撃で撃沈。
 これでひとまず、俺のノルマは終了だ。



 ◆ 習得条件達成 組み付き状態からの格闘攻撃で対象を倒した事により 《組み打ち》技能を習得しました。



 ……また技能枠が埋まったか……こりゃいくつあっても足りそうにねえな。

「ゼイロ坊ちゃん、お疲れ様です! ……しかしまた、随分大胆な戦いぶりでしたね。見てるこっちが死んじまうかと思いやしたよ」
「もう20体は潰してるからな。それだけやりゃあ、さすがに慣れる。慣れちまったら実験開始だ。
 まだまだ分からねえ事が多いからな。実地で色々模索してんだよ」
「はあ、何て言うか……ドライに見えて実は遊び盛りなんですねえ」
「……………………」

「もちろん、褒めたんですよ」
「そうか。ならいいんだ」

 探求に求められるのは、何よりも好奇心と遊び心。
 他人からは心の底から遊んでいるように見えても、客観視による考察と事態の把握を忘れないのが、俺という人間の戦いにおけるセオリーなのである。
 いや、本当に。
 …………徹頭徹尾、真面目にやってるつもりなんだがな……。

「うむ、武門の子はそれくらい元気な方が良い。こちらも片付いたぞ。先を急ぐとしよう」

 離れた場所で戦っていたアヤトラが、相変わらずの涼しい顔でやって来る。
 俺の三倍は軽くこなしてるくせに息一つ乱しちゃいねえ。頼もしい限りだぜ、まったく。
 息をついてマップを広げ、三人仲良く横並びで次の通路へ。
 ああ、リザードを先行させるのは労力というかCPの無駄だからやめにしたんだよ。こっちに来てから敵は改造ゾンビばっかりだったからな。戦闘になったらすぐに天井に逃げるし、ぶっちゃけこいつ役に立たん。
 なら、何で連れていくのかって? そんなもん、先の事ぁ分かんねえからに決まってるだろ。
 今のところ、役には立ってないが邪魔にもなってないからな。いざという時のために人手は多い方がいいんだよ。
 不慮の事態が予測される道行きで、人員に余裕を持たせておくのは当然の事だ。
 明らかな足手まといでない限り、何かしらの出番はあるもんなのさ。

 ……………………もしかしたら、今がその時なのかもしれねえやな。

「……おい、気付いたか?」
「ええ、何だかゴツいのが居やすね」

 先の部屋から重機特有のそれに近い震動が伝わってくる。
 垣間見えたのは……脚か? キャタピラの代わりに6本の脚が生えた戦車みたいなのが踏ん張ってやがる。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 V2─GT004 マッシュ ホッパー  LV ??

 HP ??/??  MP ??/??  CP ??/??

 詳細: ???


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 その全体像を一言で表すとすれば、〝機械バッタ〟の呼び名こそが相応しいだろう。
 腹は巨大な冷却ファン、顎は凶悪粉砕器、複眼に当たる部分は高感度カメラ。釣り竿を連想させるほどに長くしなやかに伸びた一対の触角の間では、心臓どころか全身至る所に悪そうな紫電が迸っていた。
 ……おいおいおいおい、冗談が過ぎるぞ。
 お前がシャイターンか? 一体全体、何処ら辺がイスラム圏の普通名詞で悪魔なんだ?
 あー、そういや、モドキの奴は『人でも獣でもない生きる物すべての敵』としか言ってなかったっけな。……うん、確かにそんな感じだわ。
 クソッタレ! とんだ未来兵器じゃねえか!?
 しかも、武装が半端じゃないと来てやがる。
 特にあの、胸に付いてるガトリング・ガン。

「逃げろォォォォ────ッ!!!!」

 レーザーポインターの赤い光線は、俺の顔のド真ん中に向けて照射されていた。

「ぉぐぅおおぉぉ……!!!」

 火花、衝撃、そして轟音。
 反応できたのは奇跡だな。辛うじて即死だけは免れた。

「ク……ソ…………ッ……が……!!」

 腹から下が見事なまでの肉片に様変わりしたが、痛みはない。
 無痛ガンとはよく言ったもんだぜ。……ああ、ありゃ痛みを感じる前に死んじまうからだったか。まあ、とにかく痛みはなかった。



 ◆ 特技 【覚悟Lv 1】 〈低 難易度〉 〈精神系〉

    戦士に求められる一番の要素とは何でしょうか?
    力の強さ? 体力の有無? それとも優れた洞察力?
    どれもが正解であると言えますが、ここでは敢えて心構えとしておきましょう。
    戦士の条件、それは痛みに耐える覚悟です。
    傷付き、血を流し、肉が削げて骨が折れようとも戦闘行為を続けられる精神力なのです。
    負う者の覚悟こそが、貴方を戦士たらしめる事でしょう。
     
     1回の攻撃で負うダメージの量が最大HPの10%以内であった場合に限り、
     苦痛と衝撃に対する抵抗判定が免除されるようになる。
     累積ダメージの量が最大HPの30%以内であった場合に限り、
     負傷によるマイナス修正の発生が免除されるようになる。
     苦痛と衝撃に対する抵抗判定にプラス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。

     基本消費量  なし(常に発動)
     有効対象  本人のみ
     効果時間  永続



 ひょっとしたら、こいつが効果を発揮したのかもしれねえな。
 あ……でも、意識が遠退く。やばいやばいやばいやばい。
 って、リザードよ、お前はまた棒立ちか。逃げろって言ったのが聞こえなかったのかね?

「せめ…て、伏せる、くらい……しろ……!」
「へっ? おうわぅちゃ!?」

 軽く腑を零しながら転がり、リザードを引き倒す。
 俺達の頭上を銃弾の嵐が通過したのは、丁度その直後の事だった。

「坊ちゃん!? い、生きてるんですかい!? 何てまぁしぶとい……」
「肺から、上が、無事なら……死にゃあしねえよ」

 まあ、普通はショック死するだろうけどな。命拾いしたとしても出血多量でお陀仏だ。
 だが、俺は死なんぞ。
 例えHPがマイナスに突入にしようが生き延びてやる。
 …………あれ? HP? ……HP 49/59──って?
 何で10しか減ってねえんだ? 医師免許がなくても致命傷だって事くらい分かるだろ。放っておいたら死んじまうんだぞ。

「ぐあぁああっ治れ治れ治れなおれぇ!!!」
「ひゃあぁぁああ!! おっかねえヨォォ──ッッ!!!」

 リザードと一緒に三度目の銃撃から逃れるために転がりながら、取り出したリフレッシュストーンに必死の思いで念を込める。無くなった下半身よりも飛び散る石畳の破片の方が痛いってのが、どうしようもなく奇妙だった。
 奇妙といえば、この欠損部分が再生していく感覚もそうだな。
 治るかどうかは賭けだったんだが、問題ないようで安心したぜ。偉大な魔法様々だ。
 けど、さすがに1秒で完治とはいかねえか。
 不味いぞ。次の銃撃が来る前に持ち直さんと後がない。いや、治ったところで詰みに近い状態なんだがな。それでも生存確率ゼロよりかはマシだろう。
 …………うはは、何だか段々楽しくなってきたな。
 込み上げる笑いに身を任せ、無理矢理な体勢で機械バッタを睨み付ける。

 そしてトドメの銃火が起こった。

「【時間凍結(タイム・フリーズ)】!!」

 秒間100発に届こうかという猛威が吹き荒れ、俺とリザードを嬉しくない合い挽き肉へと…………。
 おや?
 変だな。銃弾が止まって見える。

「坊ちゃん……俺っち、生きてやすよね? 夢の中にとか居やせんよね? 何だか弾が止まってるように見えるですけど……」
「奇遇だな。実は俺もそうなんだ」

 臨死体験の一種か? 凍ったみたいに景色が水色になってるのはどういうワケだ?

「遅れて済まぬ。想像もしなかった異形に少々気圧されてしまったようだ。……よくぞ持ち堪えてくれた」
「何だ? あんたの仕業か? こりゃ一体どうなってんだ?」
「うむ。毘沙門天の御名の下に風と水の精の助力を得たのだ」

 頷き、柔らかな合掌と共に告げるアヤトラ。
 その仕草はやたらと厳粛な雰囲気を醸し出していたが、肝心の説明の方はさっぱりである。

「つまり、時を止めて其方等を助けたと云う訳ぞ」

 だったら最初からそう言えよ。分かりづらいだろうが。
 しかし、時間停止とはねえ……。アイテム欄に収めて永久保存するのとは規模が違いすぎる。魔法が起こす非常識もここに極まれりって感じだな。

「なるほど、そいつは恐れ入った。ありがとよ。──で、どれくらい持つんだ?」
「およそ五分と云った所ぞ。断っておくが、凍り付いた時の中に置かれた存在は何物の影響も受けぬ。
 故に、今の内にあの〝う゛ぃれっじ級〟のしゃいたーんとやらを破壊するのは不可能ぞ」

 ふむ、時間が止まった物体は変化しないってか。
 試しに空中で静止したままの弾丸に触れてみれば、想像の上を行く安定感。物の見事に固定されていやがった。
 まったく、妙なとこで律儀と言おうか、理に適っていると言おうか…………そういや、弾の口径はいくつだ? 7.62ミリと大して変わらんようにも見えるが、細かい規格は違うみたいだな。
 これが自分の身体を消し飛ばしたのかと思うと、また何とも言えねえ気分だわ。

 …………上に乗っても大丈夫そうだな。
 おお、面白れー! こいつぁクールでエクセレントだ!

「……何遊んでんですか。んなことやってる場合じゃねえでしょ」
「ん? おお、すまんすまん! ──っと。んじゃまあ気を取り直して! あのスカイネットの回し者に目に物見せてやるとしようか!」
「え? うそ!? 無理ですって! 逃げましょうや! 今なら脇を抜けてスルーできやすよ!」
「馬鹿野郎! 今やらねえで、いつやるってんだ! 何が何でもぶっ壊しとかんと、後の連中が揃って肉骨粉にされちまうだろうが!」

 それに何より、俺の一張羅を台無しにしやがったのが許せん。
 ヘソから下が素っ裸なんだぞ! こんな屈辱があるか!!

「是色の言う通りぞ。我等に退却の二文字は無い。……だが、敗北はそれ以上に許されぬ。勝算は有るのか?」
「おうよ、任せとけ! 何なら指ぃ咥えて見物してても構わねえぞォォォォ!! っこらああ!!!」

 アヤトラへの返事もそこそこに全速力で機械バッタに接近、勢い緩めず渾身の浴びせ蹴りを叩き込む。
 よし! とりあえず落ち着いたぞ。
 手は出せなくても、完全に手がないわけじゃない。むしろ、沢山有りすぎて笑えるくらいだ。


 待ってろよ、クソバッタめ。残り3分でテメェを逆王手に追い込んでやる。
 俺は全長6メートル、体高3メートル以上はある巨大な異形のマシンを見上げ、歯を剥き出しにして微笑んだ。

















 あとがき

 オリジナル板に参りました。
 改めてよろしくお願い致します。

 ようやくシャイターン登場、主人公改めゼイロも初のダメージというか生死判定。
 そしてよりタチの悪い裸ん坊に。
 次回はあっさり片が付いて、先に進むと思います。



  ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 現在の所持品  17/20

 パーソナル マップ  (72)
 フォーチュン ダイス  (483)
 豊穣神の永遠のボトル

 丈夫で軽くて滑らかで愛が込められた高品質の スパイダーシルク製の背負い袋

 入)ケタの干し肉  (38)
 入)他の袋4枚

 丁寧な作りの軽くて丈夫な スパイダーシルク製の背負い袋

 入)スマイリーキャベツ  (5)
 入)オミカン  (10)

 丈夫な革製の背負い袋

 入)陽光のカンテラ
 入)水筒 〈空〉
 入)丸い水筒 〈湧き水〉
 入)大きめの水筒 〈井戸水〉

 ヒール ストーン
 ヒール ストーン
 リフレッシュ ストーン (4) 自分に対して1消費 あんな怪我でも治ります。
 拳大の石  (347)
 冒険者の松明  (239)
 火の付いた冒険者の松明
 麻製のロープ  (186)
 蜘蛛の歩みの秘薬  (6)
 蟻の力の秘薬  (6)
 ケタ肉の塊  (25) 
 月光鱒の切り身  (58)


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 データまとめの方も更新しましたので、よろしければどうぞ。

 ああ、そうそう。
 感想欄で質問されました、前回の冒頭のセリフ『ファンもそれを望んでいる』のファンについてですが、別にメタな意味じゃありません。
 リアル読者ではなく、あくまでも作中での存在を指して言っています。




[15918] 13
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2010/04/12 10:50

 俺は機械バッタの周囲を駆け足で巡りながらロープを取り出し、あれこれと目分量で憶測する作業に入った。

 意気込み勇んで大見得を切ってみせたはいいものの、残り時間は3分足らず。
 その短い間と手持ちの道具で、どうやってこの化け物を片付ける?
 まず誰もが真っ先に思い付くであろう、両側面から生えた六本の脚を縛って動きを封じるという手は通用しそうにない。
 いくら何でも時間が掛かりすぎるし、麻製のロープじゃ強度的にも不安たっぷりだからな。極太のワイヤーロープでも用いない限り完全な拘束は不可能だろう。
 いや、俺としても希望的観測を持ちたいところなんだがな。あの脚部各所に走る、ギザギザとした鋸状の突起を見ていると嫌でもそう思っちまうんだよ。
 次に目が行くのはセンサー類だが、破壊という一番手っ取り早い方法が適わない以上、現時点での無力化は不可能だ。
 速乾性のセメントみたいな物が大量にあるならともかく、どうにもならん。
 同じ理由でガトリング・ガンの暴発を誘うってのも無理な話だな。映画じゃあるまいし、銃口にちょっと詰め物をしたくらいでお釈迦になるような柔な造りはしてないだろう。
 銃身がシリンダーに収まっているタイプじゃなけりゃあ、ロープで縛って回転を止めるなんて真似もできたんだが……そもそも、アレをぶっ壊したところで俺達が生き延びる確率を上げる程度の効果しかねえんだよな。
 機械バッタ本体には何の痛手にもならない。
 牙がなくても爪が有る。爪がなくても足は残る。
 戦車にも言える事だが、ボディさえ無事なら生身の人間なんぞ恐るるに足らん。撥ねて轢いて押し潰してで殺し放題。対戦車兵器の一つでもなけりゃお手上げってなもんなのだ。

 ……………………ん? お手上げ?
 つまり……お手上げか?
 名人、長考に入りましたが、結局打つ手は有りませんでしたってか?
 情けねェェーッ!!
 クソッタレ! 贅沢は言わん! 誰か俺にRPG-7を寄越せ! 一発で仕留めてやる!

「坊ちゃーん! 無理なら無理で構いやせんから、とっとと先を急ぎやしょうやー!!」
「うるせー! まだ考え中だ! 行きたいならお前一人で行きやがれ!」

 先へと向かう通路口から声を張り上げるリザードに啖呵を切りつつ、助走を付けての大ジャンプ。

「ううむ、正に此の世の物成らざるが如し……。
 もしや、遙か古に天竺への道を阻んだとされる悪鬼羅刹の類成るか?
 それとも、伴天連共が広めし南蛮の教えに伝わる悪魔と云う名の神敵か?
 何れにせよ、畏れと興味の尽きぬ禍々しき異形である事よな」
 
 いつの間にやら腕を組んで唸っていた先客の存在に対する驚きを意地で呑み込み、機械バッタの背によじ登る。
 …………搭乗口らしき部分はなし、と。
 やっぱり見た目通りのSF風味な無人兵器か。
 せめて、人が乗っててくれりゃあなあ……。こっちが素っ裸でも付け入る隙はあるんだが。

「……スイッチは……付いてるわけないか」
「是色よ、策が浮かばぬのであれば無理をする必要は無い。某が切り札を用いれば済む話ぞ」
「スイッチ、すいっち……電源電源……水で濡らせばショートする…………ふむ、もしかしたら……」

 アヤトラの申し出を手だけで断り、俺は機械バッタの腹の大部分を占める冷却ファンを覗き込んだ。
 動きを止めた三重のファンの奥を垣間見るに、どうやら吸い込んだ空気をパイプ内に循環させて冷やす仕組みになっているようである。
 防水対策は完璧。水を流し込んでも、すぐに吸排気で吹き飛ばされてしまうだろう。
 しかもこれ、水中だったらスクリューに転換できるんじゃねえか?
 つまり、冷却器であると同時に推進器でもあるというわけだ。
 そうすると、この巨大さにも納得がいくな。
 おかげで助かった。
 ……残り1分半ってところか? まったく焦らせてくれたもんだぜ。

 俺は取り出した神ボトルにロープを巻き付け、蓋を開けっ放しの状態に固定すると、冷却ファンの間を通して丁度良い所にまで滑り込ませた。
 次はロープと松明を適当に。突っ込んだ腕の先から放出するような感じで投げ入れる。
 そして拳大の石を目一杯。アイテム欄にある347個全部を出し切ってお終いだ。
 ……さてさて、一体全体どうなる事やら。
 幸い機械バッタの腹は斜め上を向いていたからな。物を詰め込むには格好の状態だった。

「よし、離れるぞ! 撃たれねえように向こうの角に隠れて様子見だ!」
「相分かった。其方の手腕の結果、楽しみに待つ事にしようぞ」

 素早く飛び降り、アヤトラと一緒にリザードの横を過ぎて通路の奥へ。

「ちょっとー!? あんなんで本当に上手く行くんですかい!?」
「多分な! 少なくとも直接ぶん殴るよりかは遙かに効果的だろうよ!」
 
 最終的には三人揃って安全圏へと退避する。
 アイスブルーに凍り付いていた景色が本来の色を取り戻し、時間が正常に流れるようになったのは、その数秒後の事だった。
 後は野となれ山となれだ。とくと結果をご覧じろ。

 銃弾が石畳を穿つ音が響き、機械バッタが再起動する。
 あの様子からすると完全に俺達を見失ってるみたいだな。これで時間が止まっている間は意識も停止するという事が分かった。目の前で落とし穴を掘っても気付かれないってわけだ。
 ……ああ、時間が止まっていると穴は掘れないのか。
 だが、その程度の欠点なんぞ有って無いようなもの。とにかく理不尽とも言える不意打ちが可能な、超理不尽魔法なわけだよ。
 気軽に使えるようなもんじゃねえんだろうけどな。
 対抗手段は、やっぱり他の魔法なのかね?

「おっ? 何だか調子が悪そうですよ。こりゃあ期待できやすかね?」
「ふむ、此の音は腹に詰められた石が原因なのか? しゃいたーんとは、よくよく奇妙な身体の造りをしておるのだな」

 力強い高速回転を始めた機械バッタの腹の中で、俺の仕込んだ異物の山が跳ねて弾かれ不協和音を轟かせる。
 敢えて例えるなら、冷却ファンのベアリングが外れたパソコンといったところだろうか? それの何百何千倍もの喧しさだ。
 進行している事態の方も、似たようなもんだな。
 といっても別に、機械バッタの冷却ファンを壊すのが目的ってわけじゃない。第一あんなクソ硬そうなの、鉄骨でも噛ましてやらんと傷みすらしねえだろ。
 俺の狙いは同じくらいに単純で、少しだけ大胆なものだった。
 想像してみてくれ。大量の石と火種を詰め込んだミキサーのスイッチを入れたらどうなるか? 回転を続けるその中に燃料を注ぎ続けたらどうなるか?

「……煙が出てきやしたね」

 まあ、とりあえず火が熾るかもしれねえやな。
 それもただの火じゃない。風の勢いと尽きぬ燃料の助けを借りて荒れ狂う、熱量の塊だ。
 電子制御された高度な機械にとって、熱ってのは大敵だよな?
 そう。俺の狙いはつまり、機械バッタの熱暴走──オーバーヒートなのである。
 問題は例え話のような密閉されたミキサーではなく、常に吸排気を繰り返す冷却器が相手だという事だな、火種が燃え尽きたら、すぐに排出されて元通りになっちまうだろう。
 俺自身、半分以上を直感に任せて打った手だから絶対に成功するとは言い切れない。
 これであのボケナスが参るかどうかは時間との勝負で、分の悪い賭けみたいなもんだった。
 
 余談だが、俺は自分から仕掛けた分の悪い賭けで負けた事がない。
 逆に大丈夫だと思えるような局面で足下を掬われたりする事が間々あるんだが……そいつは何というか、どうにもならん事だからどうでもいい。
 とにかく、結果は俺の勝ち。
 俺の運が、俺の閃きを勝利へと導いたのだ。

 循環する熱気によって暴発した弾丸が機械バッタの内部で跳ね回り、六本脚に破滅のダンスを踊らせる。
 装甲の分厚さが命取りだったな。対人用の7.62ミリ弾じゃあ外に抜けようがない。発射された片っ端から跳弾に次ぐ跳弾の嵐だ。
 その数、優に1万発超。
 その猛威、推して知るべし。
 自らの弾薬で内部機構をズタズタにされたシャイターンが右に左に揺れ動き、悪魔の呼称に相応しい断末魔を上げて崩れ落ちる。
 強敵の呆気ない最期に、俺達三人は感嘆と安堵の入り混じった息をついた。
 うん……まあ、意図していた結果とは少々違ったが、充分に想定の範囲内であった事は言うまでもないだろう。

「よぉーし! 思い知ったか、ざまーみろ!! 俺を怒らせるからこうなるんだ! 馬鹿野郎めがァァァ!!」

 早速駆け寄り、沈黙した機械バッタの頭部を足蹴にしながら触角を引き千切る。
 特に意味はないんだが、何となく戦利品が欲しかったんだろうな。振り回すと中々楽しい気分になれた。

「ぃやった! 坊ちゃん、男前!! そのモロ出しが霞んじまう程の勇姿に俺っち感動しやしたぜ! ──って、ぎゃん!?」

 うーむ、さすがに武器にはならんか。釣り竿で殴ってるみたいで収まりが悪い。

「いやはや、真に以て天晴れと云う他ない。いと面白き顛末であった」
「俺もここまで見事に嵌るとは思わなかったよ。あ、そっち引っ張ってくれ」

 口の減らないリザードの奴を適度に打ちのめした俺は、アヤトラを促して中に詰まったままの神ボトルを回収する作業に移った。
 今なら結構ガタが来てるから時間を掛ければ何とかなるだろ。
 使い捨てていくのは論外だしな。勿体なさすぎる。

「ほほう、中身はまた一段と面妖な……。眼はぎやまん、流れているのは血ではなく油か。
 それ以外は殆ど金物のようだが、鉄や銅等と云った某の既知の物では無さそうだ。
 是色は此奴の正体を知っておるのか? でなければ、あのような手際には及べぬであろう」

「ん、まあ、生憎と曰くまでは分からねえけどな。これがどういう物かってのは知ってるよ」
「ふむ?」
「一度しか言わねえから、よく覚えとけ。これは機械だ。生き物じゃあない。
 目的を持って作られた物だ。目的を果たすために造られた装置だ。もちろん悪魔でも悪鬼羅刹でもないぞ」

「成る程……押し並べて云えば、絡繰り仕掛けで動く人形のような物……と云う訳か」
「そうそう、からくりからくり。あと、ドールじゃなくてロボットな。
 人の手を借りずに、ある程度勝手に動く機械の事をロボットって言うんだよ」

 本当に、何でこんなのが居るんだかねえ……?
 これまでゾンビにネズミにゼリーお化け、悪霊レギオンと相手をしてきて、今日いきなりの改造ゾンビ軍団。でもって一気に近代兵器で武装したロボットを倒さなくちゃならんと来やがった。
 どう考えても荷が重すぎるだろ。
 やっつけておいてから言うのも何だが、知恵と勇気で攻略し切れる相手とは思えん。
 SWATやレンジャー部隊を敵に回して暴れている方がまだマシだ。連中は人間だからな。素手で殺せて装備も奪えてと、お得感たっぷりにステップアップしていける。
 だが、シャイターンは違う。
 外部動力で動くガトリング・ガンなんぞ引っ剥がしても、粗大ゴミにしかなりゃしねえのだ。
 前の世界だったら利用価値はいくらでもあったんだけどな。解析する人員も解体する設備もないこっちじゃあ、ハイテク器機の何もかもが宝の持ち腐れってやつだ。
 使えそうなのは弾薬くらいかね? それにしたって全部弾けちまったし、失うばかりで何の実入りもない戦いだったな。


「あ、居た居た! お兄さーん!」

 そんな虚しい思いを抱えつつ機械バッタの解体に勤しんでいると、ウェッジの奴がモドキを連れてやって来た。

「おぅわ!? これもモンスターですか!? また随分と建築様式にそぐわないデザインをしてますねえ……」
「確かに、今までのホラーテイストはぶち壊しだぁな。──で、どうした? 向こうで何かあったのか?」
「いえ、こっちは全然問題ありません。ただカーリャちゃんが…………そういえば、何で裸に戻ってるんです?」
「放っとけ。モドキの奴が何だって?」
「もどき?」
「それも放っとけ」

 上だけ着てたり手袋だけ着けてたりってのは、ゲイ向けのアダルト作品並みに不自然極まりないからな。
 何よりも俺の感性が許さん。
 というわけで、まぁ~た裸に逆戻りだよ。クソッタレめ!

「はあ……。えー、カーリャちゃんがですね。
 みなさんが先に上の様子を見てくるという話を聞いてから、自分も一緒に行くと言い出しましてね。
 その時はシャンディーさんに宥められて収まったかと思ったんですけど……気が付くと居なくなっちゃってたんですよ」

「そこに居るように見えるが?」
「はい。それで、きっとみなさんの後を追い掛けていったに違いないと思いまして。
 シャンディーさんに言ってオレが連れ戻しにきたってわけなんですよ。発見したのは、ついさっきです」

 連れ戻しにって……独りで来たのか。その方が身軽だってのは分かるが、意外な無茶をする奴だな。
 シニガミから逃げ延びたおかげで自信が付いたのかね? まあ、油断さえしなけりゃ良い傾向と言えなくもないか。

「カーリャもうえいく! うえいって、かあさまたすける! だからつれてけ! ……おう、おまえフクどうした?」
「……気にするな。それより本気か? シャイターンが怖いんじゃなかったのか?」
「おう、こわいぞ! でもおまえ、シニガミたおした! シャイターンたおした!
 カーリャもまけていられない! かあさまたすけて、いっしょにたたかう! キシダンサイコー!」

 そしてどうやらウェッジと同じく、モドキの奴にも心境の変化があったようだ。
 最初に出会った時は飢えた野獣そのものだったからな。比べるとえらい違いだよ。今じゃすっかり人間の眼をしてやがる。
 言ってる事は相変わらずで分かりづらいが、前向きな熱意だけは存分に伝わってきていた。

「そうか……。なら、俺は構わねえけどよ。お前らはどうだ? 二人とも生き残る事に掛けてはちょっとしたもんだぞ」
「俺っちは賛成ですぜ。妹さんの恐ろしさは骨身に染みて知っていやすからね。心配なんざいらねえでしょ」
「うむ、某も同意見だ。是色が云うのならば間違いはあるまい」

 考える素振りすら見せずに賛同する、アヤトラとリザード。
 こっちも短い間で随分と信用されたもんだ。背中がむず痒いったらありゃしねえ。

「あの……二人ともってことは、オレも一緒に行っていいんですかね?」
「何だ、そのつもりで来たんじゃないのか?」
「あ……えと、はい! あははははは! じゃあ、シャンディーさんに報告だけしてきますね! すぐ戻ってきます!」
「あいよ、調子に乗って転けんじゃねえぞー」

 はしゃぐ子犬の尻尾みたいに手を振りながら遠ざかっていくウェッジの背中を見送り、神ボトルの回収を済ませておく。

「某が生きていた乱世においては希少と云って良い程に裏表のない、健やかな男子である事よな。見ているこちらが晴れがましく成ってくる」
「俺達の時代にも滅多に居ねえよ。多分、早死にするタイプだから珍しいんだろうな」
「ハハッ! そいつぁ言えてやさぁね! 確かにファヴェーラじゃあ長生きできねえタイプですわ」

 ……にしてもあいつ、靴を履いてから益々速くなったな。あっと言う間に視界から消えちまったぞ。
 機会があったら計ってみるか。もしかしたら、100メートル9秒を切っているかもしれん。

「おい、カーリャ。シャイターンってのは、このスクラップだけじゃねえんだろ? 他にどんなのが居るか分かるか?」

 俺は現実逃避気味な物思いを振り払い、何やら生肉らしき物を咀嚼しているモドキから情報を得ておく事にした。
 今更ながら念のためってやつだ。
 シャイターンの具体像が分かった今なら、俺の想像力も少しはマシに働くだろうからな。頭を切り換え固定観念を捨てて、方策を練り直す必要があるんだよ。

「んぅ~? ほかのやつか? いろいろいるぞ。でかいのもいる」
「でかいってどれくらいだ? こいつよりもか?」
「もっと! もっとでかいぞ! やまくらいある!」
「なにぃーッ!?」
「おうおう! でもそいつ、うごかないからこわくない」

 …………うん、前言撤回だ。
 こいつから話を聞き出すのは疲れる。俺には向かん。
 やっぱり直接拝んでいくしかないのかね? 正直、見取り図もなしに挑むのはハイリスクすぎて嫌なんだが……さすがにリザードも安請け合いはしねえだろうし、前途多難にも程があるな。
 いざとなったら、時間を止めての強行突入しかないか。

「アヤトラ、時間停止の魔法はあと何回使えるんだ?」
「今宵はもう打ち止めぞ。あれは最大値の半分のえむぴーを消費するのでな」
「すると、どんなに節約しても2回……は実質無理だろうから一日1回か。
 進むのは回復を待ってからにしとくのが無難だな。さっきみたいな場面でガス欠でしたじゃ洒落にならん」
「うむ、尤もな話だ。では休息と参ろうか」

 とりあえず、殲滅は後回しで行こう。
 あんなのを一々相手にしていたら身が持たん。対抗手段が見つかるまで極力戦闘は避けた方がいい。
 つまり、ここから先は潜入捜査。
 何としてでも五体満足で上に行き、連中の弱点や他の脱出ルートを探る事が当面の目標となるのだ。
 俺はウェッジが戻り次第、全員にこの方針変更の旨を伝える事にした。

「おうおう、なんだ? もうやすむのか? カーリャ、まだねむくないぞ!」
「人間、疲れてなくても休まにゃならん時があるんだよ。寝なくてもいいから、うろちょろすんな。一緒に居ろ」
「おう、わかった! カーリャ、いっしょにいてやる!」

 口周りを血で汚しながら小気味の良い返事をするモドキの姿に、思わず苦笑してしまう。
 子供は素直が一番だってのは、何処の誰が言い出しやがったセリフなんだろうな?

「……ところで、お前、さっきから何食ってんだ?」
「おう、そこでひろった! ブタよりうめー!」
「ほう…………そこで……ね」

 モドキの指差した血溜まりに視線をやり、俺は人知れず冷や汗を流した。

 どう見ても吹っ飛ばされた俺の足じゃねーか! 今食い付いてんのは脹ら脛の部分だ!
 もう新しいのが生えたから抗議しても意味なんざねえがよ……。原型が残ってるってのが、また堪らんな。

「なんだ、ほしいのか? おまえもくうか?」
「……ああ、ありがとよ」

 だがまあ、そんなのぁ細かい事だと気を取り直して、後学のためにも是非いただくとしようかね。
 こんな経験、普通に生きてちゃあまず有り得ねえだろうし。

「どうだ? うまいか?」

 ……………………感想は、我ながら上等だったとだけ言っておこうか。








 翌日の道行きは、比較的順調だった。
 シャイターンとの遭遇がなかったからな。改造グール大行進なんてガトリング・ガンの掃射に比べりゃあ安すぎて欠伸が出るってなもんよ。

「アレがそうか……?」

 そうして遂に俺達は、念願の上への道を発見する事に成功したのである。
 ちょっとばかり予想外だったがな。

「おう、そうだ! カーリャ、あそこからおちてきたぞ!」

 階段でも坂でもエレベーターでもなく、広間の天井にぽっかりと空いた穴こそが、その探し求めていた道であったのだ。
 天井まで50メートル、上層の床までは20メートルで、計70メートルの高さといったところか。落ちたモドキが無事なのは積み重なった死体の山がクッションになったからだろう。落下の衝撃で痛んだと思しき改造ゾンビが何体か居たから、連中もあそこから下りてきたに違いない。
 明らかに正規のルートじゃねえやな。
 けれども、すでにマップは埋め尽くしたと言っていい状態だ。他に上へ通じるような道が見当たらなかった事を考えると、何らかの仕掛けがあると睨むべきだろう。

「あの大穴が出来た原因は分かるか?」
「おうおう! カーリャ、みてない。けどわかるぞ! シャイターンのせいだ! でかいオトしたからな!」

 ……だとすると、シャイターンはそれに気付いていない?
 ウェッジの指摘した通り、この古式ゆかしい造りの迷宮とサイバネティックな奴らの雰囲気はそぐわないなんてもんじゃねえからな。元々は別の連中が所有していた建物だったとしてもおかしくはない。むしろ、大いに有り得る話だ。
 こりゃあ別ルートで脱出の線が濃厚になってきたかね?
 探すのは上からの方がいいか。

「そんじゃまあ、他に道もない事だし、早速上ると致しますか」
「えいえいおー!」
「でも、高さがちょっと半端じゃないですね……」
「どうしやす? 俺っちが先に行ってロープを垂らしゃあいいんですかい?」
「いや、それだと腕力のないウェッジにはつらいだろ。俺達が引き上げるにしても時間が掛かる。だから、ここは大事を取って──」
「蜘蛛の歩みの秘薬、だな」

 お、話が早いねえ。
 目を細めて、俺のセリフを引き継いだアヤトラに頷く。

「何ですか、それ?」
「一言で言うと魔法の薬だ。飲むと蜘蛛みたいに壁や天井を移動できるようになる。
 ……説明するより実際に試してみた方が早いな。飲んでみろ」
「え……でもちょっとこれ、凄い紫でドロっとしてるんですけど……?」
「飲んでみろ」
「はあ……。いただきます」
「んぉ~~! まずずずず!」

 前説もそこそこに、俺を含めたリザード以外の四人が蜘蛛の歩みの秘薬を服用する。
 ちなみに今回はアヤトラが所有していたのを使わせてもらう事にした。他にも沢山持ってるみたいだったからな。事前に色々と分けてもらったよ。

 その後は5分ほどで戸惑うウェッジとモドキの奴を慣れさせて、潜入開始の本番だ。
 壁を走り、天井を歩き、上層の床へと繋がる大穴の中を四つん這いで慎重に進んでいく。
 もちろん声を出すなんて真似は厳禁だ。誰にでも分かる簡単なハンドサインで合図を送り、五人共に息を揃えて穴の縁の真下に付ける。

 よしリザード、お前行って様子を見てこい。
 え、なに? 嫌だって? 阿呆、一番捷いお前が斥候にならねえで誰が行くってんだ。
 ほれほれ、そら行け。行って故郷に錦を飾れ。
 …………あん? 多数決で決めようってか?
 分かった分かった、分かったよ。まったく往生際の悪い両生類だぜ。
 んじゃ、一斉に指差しで決めようか。

 そして結果は言うまでもなく…………とはいかず、意外な事に俺が行く羽目になっちまった。
 全員一致とは夢にも思わなかったぞ。あいつら、そんなに俺を捨て駒にしたいのか。
 畜生共め、覚えてやがれよ。

 長い長い溜息一つで思い切り、いざ上へ。
 といっても、自身に掛かる重力からしてみれば下に行くような感覚だな。
 顔半分だけ出して周囲の安全を確認し、変化する重力を確かめながらゆっくりと、上層の床に足を着ける。
 造りからして倉庫か何かかね? 中は空っぽ、内装は剥き出しのコンクリートか。薄汚れた石畳の迷宮から打って変わって無機質な印象だな。
 ……まあ、ただの倉庫に赴きを置く方がどうかしてるか。とっとと先へ進もう。
 俺は四人に上がって待つように伝えると、シャイターンに破壊されたであろう巨大な扉の残骸を踏み越え、下と変わらない広さを誇る通路へと躍り出た。
 素早く床に耳を着け、辺りに動く者の気配がない事を確かめる。
 こっちの床はリノリウム張りみたいな質感だな。壁にも陰気な塗装が行き届いてやがる。
 無機質な事には変わりないが、如何にも研究施設の内部って感じになってきたぞ。
 まったく、やり甲斐があって困るぜ。
 幸い、今は秘薬の効果で足音を立てる心配がない。ちゃっちゃと調べさせてもらうとしようか。


 俺は天井へと移動し、我ながら大胆不敵とも言える駆け足で駒を進める事にした。
 …………とりあえずは、セーフティーゾーンの確保が最優先だな。

















 あとがき

 やっと上層に辿り着きました。
 あと三話くらいで脱出まで持っていきたいところですね。

 ご感想、どうも有り難うございます。
 何だか戸惑うほどにPVも増えてきて嬉しい限り。
 周一ペースで申し訳ありませんが、これからもコツコツと続けて行きたいと思います。



  ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 現在の所持品  18/20

 パーソナル マップ  (72)
 フォーチュン ダイス  (483)
 豊穣神の永遠のボトル

 丈夫で軽くて滑らかで愛が込められた高品質の スパイダーシルク製の背負い袋

 入)スパイダーシルクの子供用胴衣 〈Eグレード〉 〈超軽量級〉
 入)スパイダーシルクの子供用手袋 〈Eグレード〉 〈超軽量級〉
 入)スパイダーシルクの子供用肌着 〈Eグレード〉 〈超軽量級〉 みっともないんで脱ぎました。再び全裸です。
 入)ケタの干し肉  (38)
 入)他の袋4枚

 丁寧な作りの軽くて丈夫な スパイダーシルク製の背負い袋

 入)スマイリーキャベツ  (5)
 入)オミカン  (10)

 丈夫な革製の背負い袋

 入)陽光のカンテラ
 入)水筒 〈空〉
 入)丸い水筒 〈湧き水〉
 入)大きめの水筒 〈井戸水〉

 ヒール ストーン
 ヒール ストーン
 リフレッシュ ストーン (4)
 冒険者の松明  (33) バッタに詰め込むのに206消費
 火の付いた冒険者の松明
 麻製のロープ  (71) 神ボトルを縛るのに1消費 バッタに詰め込むのに114消費
 蜘蛛の歩みの秘薬  (9)
 蟻の力の秘薬  (9)
 蜂の一刺しの秘薬  (3)
 蝗の躍動の秘薬  (3) 秘薬はアヤトラにもらって3ずつ入手
 ケタ肉の塊  (24) 休憩の際に焼いて食べて1消費
 月光鱒の切り身  (58)


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■

 拳大の石は全部使用しました。
 今回は無駄に余っていたアイテムを盛大に消費しましたね。

 ステータスから所持金の項目を削除する事にしました。
 金銭はアイテム扱いの方がいいかな、と思いましたので。
 よって全員一文無しです。
 まあ、現時点では無意味としか言い様のない変更なんですけどね。





[15918] 14  『エトラーゼの旅立ち』 編
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2010/04/26 15:42

 施設内は不気味なまでの静寂に包まれていた。
 探索を開始してから30分にもなるというのに一向に敵が出てくる気配がない。何処の部屋を覗いてみても人っ子一人居ないのである。
 夥しい量の血痕、散乱した器具、派手に壊された壁や床などの様々な形跡からある程度までは推察できるものの、現在の奇妙な状況と結び付くような判断材料は未だになし。更なる発見が望まれるところだった。

 ここで戻って全員で動くってのも有りなんだけどな。手ぶらで帰るのはさすがに憚られるんだわ。
 だが、単独で深入りするのはそれ以上に間抜けな話だ。死にでもしたら目も当てられん。程々にマップを埋めて、キリの良いところで引き返すのが一番だろう。
 突き当たりの角を曲がり、駆け足で真っ直ぐ。
 少しして見えてきた左右の扉の大きさに、俺は弛み掛けていた緊張の糸を張り直した。
 どちらの部屋もかなり広い。特に右の方はマップの最南端に掛かっていると見て間違いないだろう。
 何しろ、このフロアは下と比べて非常に親切な造りをしてやがるからな。
 埋めている途中で気付いたんだが、あの端から端まで何日も掛かるようなクソだだっ広い迷宮と同じ建物だとは信じられないくらいに狭く、目的を持った建築物として規則正しくまとまっているのだ。
 それでも広いっちゃ広いんだが……俺の感覚がどうかしちまったのかね?
 丸一日も費やせばコンプリートできそうだっていう見通しが、とてつもなく甘く感じられるんだよ。

 実際、マップに表記されている文字の方も〝スカベンジャーズ・マンション 第1層〟から〝レドゥン帝国 第七キメラ研究所 地下1階〟に変わっちまってるしな。
 名前からして、まったく別の建物だ。
 あと、シャイターンが建設に関わっているという事はないと思う。
 リノリウム似の樹脂が張られた床にコンクリートの壁、通風口だけの前時代的な換気設備、辛うじて水洗式なトイレ、何処にも見当たらない警備システムに電化製品と、十九世紀後半の技術でも充分に建設可能な条件が揃っているからな。あんなロボットを作れる連中の研究施設にしちゃあ、お粗末すぎるってなもんだろ。
 シャイターンのではなく、ある日突然シャイターンに占拠された知らない国の怪しい怪しい研究所。
 十中八九、そんなところだろ。
 ガキでも辿り着ける、簡単な結論だ。

「よいさっと」

 クルクルと無意味な宙返りなどを入れつつ、天井から床に着地する。
 この重力が反転する感覚にもすっかり慣れちまったな。最初は随分と戸惑ったが、今じゃ遊び放題だぜ。
 俺はまず左の扉に耳を押し付け、気配はないかと探りを入れた。
 …………この微かなモーター音は、シャイターンか?
 お部屋に閉じこもって、一体何をなさってるんでしょうかねえ?
 床に付いてる死体を引き摺ったような跡が、嫌でも想像力と好奇心を掻き立てるぞ。
 ……ふむ。
 ひとまず戻るとするか。バックアップもなしに突入なんて阿呆な真似は…………ん?

 後ろに誰か、居る──!?

「ガビビビビびビびびビビビッッ!!?」

 って、いきなり電気ショックかよ!?
 背中に当たったのはスタンガンか? いつの間に接近してきやがった?
 やべえぞ。確実に100万ボルト以上ある。

「ぐぉのあああらあああああ……!!」

 痺れる身体と明滅する視界に活を入れ、天井へと緊急退避。
 それはまるで塩を掛けられて這いずり回るナメクジになったかのような、脂汗の滲む数秒間だった。
 クソッタレ! 素肌に高電圧くらうなんて何年ぶりだ? 心停止するかと思ったぞ。
 息をするのもしんどいじゃねえか。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 R1─SG001 ステルス ノッカー  LV 5

 HP ??/??  MP ??/??  CP ??/??

 詳細: ???


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 天井で大の字になって喘ぐ俺の目の前で、襲撃者は待ち構えるような旋回運動に入っていた。
 四輪駆動で動く、盾と電磁警棒を持った体高1メートル半のドラム缶か……。如何にもガードロボットって感じの無骨なデザインだな。
 けど、こんなのが近付いてきたら──あっ、消えた。
 姿が消えた。音まで消えたぞ。
 何だ何だ、未来技術か? ステルスってそういう意味でのステルスなのか? 凄ぇな、おい。
 特許取ったらどれだけ儲かるか想像も付かん。たったの一機で計り知れない資産価値だ。
 なのに、ぶっ壊さにゃあならんとは……あ~まったく、もったいねえ話だぜ。

 10分ほど休んでどうにか動けるまでに回復した俺は、滾る復讐心のままに燃料の投下を開始。透明になっていたステルスノッカー共の位置を顕わにした。
 そうです。共です。複数形です。
 なんと8体も潜んでやがったんだよ。
 俺が天井を走ってたから手が出せずに付いてきてたんだな。別に安全な道行きでも何でもなかったってわけだ。
 ……いかん。我ながらシュールすぎる。
 俺はこめかみを解しながら火の付いた松明を取り出し、通路一面に広がったブランデー溜まりの中に放り込んだ。
 いくら見事に隠れたところで、相手に位置を悟られちまったらお終いだ。延々と敵のケツを追い回す事しかできなかった、テメェらのアルゴリズムの貧弱さを思い知りやがれ。
 炎が逆巻き、馬鹿共の姿を炙り出す。
 そこから先は実に簡単。
 足回りが台無しになって動きの鈍りまくった連中を、片っ端から懇切丁寧なバックドロップで仕留めていくだけの単純な作業だった。



 ◆ 特殊樹脂製のタワーシールド 〈Dグレード〉 〈軽量級〉

   詳細: 異世界の技術によって製造された、ガラスのように透明なタワーシールド。
        鋼鉄に匹敵する強度を備えながら、女子供でも扱える程の軽さを誇る逸品である。
         
         防護点 30
         衝撃吸収点 5
         耐久度 500/500
         特殊効果 〈耐熱50%〉 〈耐冷50%〉 〈耐雷100%〉
                〈耐酸50%〉
         制作元 VRV─068─06─05 A75プラント



 でもって、こいつが戦利品だ。
 警察組織が暴徒鎮圧の時なんかに使うアクリル製の盾を一段と立派にしたような代物だが、あの火勢で傷んだ様子がまったくないところから察するに、ただの合成樹脂というわけではないらしい。
 詳細によると小銃の弾くらいは防げそうだし、何よりも俺の全身をカバーできる、そのサイズが魅力的だ。役に立ってくれるだろう。
 これで戦術の幅が大いに広がったぞ。
 え? 電磁警棒の方はどうしたって?
 ああ、あっちは外部動力だったからな。本体と切り離すと頼りないただの棒きれになっちまうんだよ。
 電気ショックがなけりゃ神ボトル以下、松明で殴るのと変わらん。よって泣く泣く諦めました。
 盾のおかげで肩を落とすような事はなかったけどな。
 今までの実入りゼロな戦いを想うと、この収穫は革新的だ。

「いやっふぅ~~ぃ!!」

 俺は嬉しさの余り、知らず知らずの内に盾を構えて踊るようなステップを踏んでいた。


『…………あの、少々よろしいでしょうか?』

 佇む新顔の存在に気付いたのは、声を掛けられてからの事である。

「んあ? ……え? うおおおおッ!!?」

 今度の不意打ちは背後からでなく傍らから、柔らかく被せるようにしてやって来た。
 いや、別に危害を加えられたわけじゃないんだがな。警戒してた分だけ盛大に驚かされたってだけで。
 まさか、時を置かずに二の轍を踏むとは思ってもみなかったぞ。
 しかもこいつは…………えーと……何だ?

『驚かせてしまい真に申し訳ありません。わたくし、ヨシノと申します』

 長靴を履いてない猫……?
 そりゃお前、ただの猫だろうが! って、違う違う。
 目の前に居るのは上等な白い毛並みを持つ、俺と同じくらいの背丈の猫。猫人間だったのだ。
 おまけに何だか半透明だし……。もしかして幽霊なのか?
 だとしたら、えらくファンシーな死人だな。怖気の走るゾンビやシニガミとは大違いだ。ディズニーからスカウトが来ても不思議じゃねえぞ。

『今は訳あってこのようなアストラル体の身の上ですが、死霊の類ではありませんのでご安心ください』

 アストラル体? 確か神秘学で言うところの魂体、幽星体、または星気体だったっけか?
 一般的に言うと幽体だな。
 つまりこいつは死者の霊ではなく、幽体離脱した生きている猫人間の霊ってわけだ。
 ……んーむ、オカルトチック。

『お疑いになられる気持ちはよく分かります。しかし、わたくしに──』
「分かった分かった。要するに敵じゃないって言いたいんだろ?
 こんなすっぽんぽんのガキ相手に遜るこたぁねえ。用件があるなら単刀直入に頼むわ」
『はい。貴方のお心遣いに感謝致します』
「へいへい。あ、その前に一つ質問だ。あんたも元地球人なのかい? 名前からすると日本人みたいだが」

 これだけは最初にハッキリさせとかないとな。違ったら違ったで色々と教わりたい事もあるし。
 俺の質問に猫人間ヨシノは金色の目を細め、すべて分かっているとでもいう風に頷いた。

「仰る通りです。今は日ノ本と呼ばれる島のとある国で、女王の侍女を務めておりました」
「女王? 日本の……? それって何年前の話だ?」
「残念ながら定かではありません。けれど、わたくしがこちらに来てから千と四百年ほどになりますから……。 少なくとも、それよりは昔の事なのでしょうね」

 ……………………今、サラッと爆弾発言を聞いたような気がするぞ。

『わたくし達の存在は先住の人々から〝エトラーゼ〟と呼ばれ、広く知れ渡っているのです。
 貴方は転生を果たして間もない同胞のようですね。オーラの揺らぎとステータスで分かります。
 …………狂戦士、ゼイロドアレク。アルジュラの子。風巻きて猛る炎の子……。
 このような恐ろしき場所で目覚めながら、よくここまで辿り着いてくれました』

 超が付くほどの大先輩ってわけか。……やりにくいねえ。
 観察技能もクソ高いんだろうな。ぜ~んぶ見透かされてやがる。

『しかし、これから先に待ち受けるのは本当の無理難題。
 生まれたての雛に等しき身と心では、邪悪なるシャイターンの魔手より逃れる事はできません。
 わたくし達が手を携えて挑む必要があるのです。……貴方の助けが要るのです』

 なるほど、大体分かったぞ。
 昔人間の性で白猫ヨシノは大仰に言っちゃいるが、要は施設内にある牢屋から助けを求めて幽体離脱してきたって事だ。
 で、互いに協力し合って脱出しましょうと。
 まあ、捕虜はできる限り救出する方針だったし、大先輩の助言が聞けるなら渡りに船。非常に有り難い話と言えるだろう。
 メチャクチャ疑ると、こいつの存在自体が真っ赤な嘘、シャイターンが投射した立体映像だって可能性もあるわけだが……連中に、そんな回りくどい手で俺を騙すメリットは欠片もねえだろうしな。まったくの被害妄想だ。
 …………今のところ、敢えて拒む理由はないか。
 俺は頷き、ヨシノに話の続きを促した。

『ヨシノォォォォッ!!! なに、まどろっこしい事言ってやがる!』

 ──直後、南側の壁を抜けて新たなアストラル体が現れる。
 推定身長250センチ、赤銅色の肌に施された豪快なタトゥーが素敵すぎる、筋骨隆々の女妖怪だ。

『不躾ですよ、ジェギルさん! お話はわたくしに任せると仰ったじゃないですか!?』
『うるせえ! お前は若いくせに話が長すぎんだよ!
 コナ掛けるなら引っ浚うくれぇの気持ちでやりやがれ! 聞いててムズムズするわ!』
『ジェギルさんこそ、お歳の割に落ち着きがなさすぎです。この子を怯えさせてしまっては元も子もないでしょう』

『ハッ! だったら尚更、話が早くて助かるじゃねえか!
 おい、小僧! オレに身体を貸せ! なぁに悪いようにゃあしねえよ。魂の安全は保証してやる』

 牙を剥き、血の色の瞳を歪めて笑うその顔は、大の男でも失神してしまうほどのド迫力に満ち溢れていた。
 ……いやまったく、シニガミ以上のプレッシャーとは恐れ入った。
 存在感からして格が違うぞ。
 だが、怖いってのとはまた別物だな。
 何ていうか……ドでかい火の玉の傍に居るみたいな感覚だ。眺めていると奇妙な安心感が湧いてくる。

「ヨシノさん、こちらの方は山姥の怨念か何かですか? 是非、紹介してください」
『何だとぉコラ!?』

 ふむ、挑発には根っから乗りやすい性格ですってか。思った通りの単細胞だねえ。
 表情も豊かだし、意外と可愛い奴なのかもしれん。

『……ほっほー、どうやら肝は据わってるみてぇだな。ガキのくせして一丁前に──っべげはぉ!?』
『ジェギル、貴様ぁ! 曲がりなりにも諸人の範となるべき騎士の身で、幼き子供を脅すとは何事か! 恥を知れ!』

 そして更に、もう一人か。
 大女の横っ面に壁を抜けての跳び蹴りをかました三人目の登場に、俺は無言で天を仰いだ。
 ……まだ潜んでるなんてこたぁねえよな?








 俺の心配も虚しく、現れたアストラル体は三人目の乱入で打ち止めだった。
 三人とも女性で、ご同輩──エトラーゼはヨシノだけとの事らしい。
 分かりやすく簡単に紹介するとしよう。

 まず一人目はヨシノ。
 こちらに来てから1400年以上も経つ、アヤトラよりも昔々の元日本人だ。
 種族はニャンクスという名の猫人間。その低い身長とフサフサの毛皮が相まって、かなりユーモラスな外観に仕上がっている。
 やはりと言うべきか、猫らしくマタタビとイヌハッカの匂いには弱いらしい。
 ……手に入ったら試してみよう。
 クラスは、《カーディナル/アガスティア》とか何とか。
 そう、二つ持ってるんだよ。
 何でも、5レベルになるとマルチクラスとかいう特典が付いて、二つのクラスを同時に設定できるようになるのだそうな。
 つまり、ヨシノは最低5レベル以上。
 これについて尋ねると『自分のは参考にならない。貴方にはまだ早い』ってな感じの物言いではぐらかされて、結局レベルが幾つなのかは教えてもらえなかった。
 ──が、大層なクラス名からして強力な魔法使いである事は間違いないだろう。
 とりあえず、今はそれで充分だ。

 二人目はジェギル。
 話の途中で怒鳴り込んできた、アマゾネス風の大女だ。
 種族はラクシャサ。ヒンドゥー教で悪鬼にして半神の扱いを受けている連中と同じ呼び名である。
 ……うん。まあ、立派な角も生えてる事だしな。概ねそんな感じだったよ。
 ちなみに女性形だとラクシャシーになるんだが、そこら辺は臨機応変に使い分けるのが常識というやつらしい。
 クラスは《ドレッドノート/ジェノサイダー》。

 ヨシノ曰く『エトラーゼとこちらの世界の住人の違いは、自己と他者の能力をシステム的ステータスとして認識できるかどうか』といった程度の事なのだとか。
 だから、本人に自覚がないというだけで、クラスや特性などの恩恵自体は誰にでも公平に存在するのだそうだ。
 ジェギルのようなエトラーゼでない者は、自然な成り行きの中で無自覚にステータスが形成されていくのである。
 俺達は認識できるからこそ、ある程度自分の裁量で伸ばす事ができるってわけだな。
 あと、便利な便利なアイテム収納もエトラーゼ特有の能力らしいが、くれぐれも過信は禁物との事だ。
 エトラーゼだとバレれば当然警戒される上に、観察技能が高い相手には中身が筒抜け。そうでなくても、対抗手段はいくらでもあるとかどうとか。
 特に厳重な警備が敷かれた施設に入る時、公の場で要人に会う時、監獄行きになる時なんかは、まず例外なくアイテム欄を空っぽにされると覚悟しておいた方がいいそうだ。
 ……この利便性に慣れちまった後だと、余計に苦しく思えてくらぁな。

 ──で、最後に出てきた三人目の名前がソルレオーネ。
 ジェギルを蹴っ飛ばした勇ましいお嬢さんだ。
 凛々しく引き締まった表情と、高い位置で結んだ後ろ髪が醸し出す印象通りの人柄の持ち主だな。
 ビジュアル、スタイル、スピリッツ、すべて破格の超美人。
 …………肌が病的を軽く超えて非人間的に青白かったり、背中に蝙蝠の物らしき小さな羽が生えてたり、尻尾がまんま悪魔のソレだったりしなけりゃあ、世の野郎共の大半は参っちまうのではなかろうか?
 そんな彼女の種族はサキュバス。
 キリスト教において夢魔と呼ばれる悪魔の一種で、その女性型だな。
 夜な夜な健康的な男性の夢枕を訪れては、アレをアレしてゴニョゴニョして精気を奪っていくという、クソ坊主共の旺盛な妄想力が生み出しやがった負の存在だ。

 ラクシャサもそうだが、本来は神話や伝説にだけ出てくる想像の産物なんだよなあ……。
 ……もしかして、こっちの住人がその原型にされているとか?
 それとも、こちらの世界の固有名詞が元地球人の俺にも分かりやすいようにと訳されているだけなのだろうか?
 或いは、その両方が…………?
 ま、いずれにせよ深く考えるような事じゃねえやな。

 とにかくソルレオーネはサキュバスで、サキュバスとは女悪魔的な外見をしたエロっちぃ種族の事なのだ。
 少なくとも、こちらの世界においてはそれが常識。厳然たる事実なのである。
 まあ、実際は意外と身持ちの堅い奴も居るらしいんだがな。
 でなきゃあ、《ヴァルキュリア/パラディン》なんていうイメージ的に似つかわしくないクラスには成らんだろ。どう足掻いても。

「……はあ、そりゃまたさぞ苦労した事でしょうねえ」

『うむ。どいつもこいつも我等サキュバスの事を色眼鏡で見てくるから困る。
 ただ、生物から精気を吸収する能力を有しているというだけで、決して好色なわけではないのにな。
 現に聖騎士にして戦乙女である私などは、6500年以上もの間、純潔を守り通しているのだぞ』

 ……本人は何だか誇らしげに言ってるが、それって自慢できるような事なのかね?
 異世界の異種族で異文化人の価値観はさっぱり分からん。

『なぁにが純潔だ、このムッツリスケベ! そういうのはな、万年男日照りっつーんだよ!
 オレより年上のババアのくせしやがって自称乙女とか、吐き気がして鳥肌も立つわッ!!』
『誰がムッツリだ!? それに自称ではないぞ! 小説でも演劇でも吟遊詩人達が奏でるサーガでも乙女と呼ばれているだろうが!』
『ああ、そりゃアレだ。きっと竜帝よりも希少な生き物だって意味で謳われてるんだろうよ』

『……何だ、そうだったのか。ハハハッ! 中々婉曲な褒め言葉だな』
『皮肉も通じんのか、ボケ!!』

 このように幽体離脱中とは思えないほどにかしましい連中だが、元々は何処ぞの国で騎士としての宮仕えをしていたらしい。
 人々から〝レディ・ダークの騎士団〟と呼ばれ、大層畏れ敬われていたのだそうな。
 もちろん、俺は知らんがな。
 そんなピンと来ない勇名を馳せた彼女達が囚われの身となったのは、今からおよそ500年ほど前の事。
 数カ国の軍事力が入り乱れ、際限なく化け物が湧き、天が割れて地が裂けてといった理不尽系エフェクト満載で盛り上がる大戦の末期に、同じ騎士団の仲間であった一人の女の裏切りに遭ったせいなのだとか。
 内輪揉めかよ! ──とは敢えて言うまい。
 かの有名なアーサー王と円卓の騎士達だって、思い入れ抜きで見りゃあ似たような結末だったからな。
 古来より英雄と呼ばれる人物には、残念無念かメデタシメデタシかといった両極端な最期しか待っていないものなのである。

 ……というわけで、裏切りに遭い、祖国を追われ、傷付いた身で絶望的な戦いを強いられる羽目になった彼女達は、紆余曲折の末にレドゥン帝国という国家に捕らえられた。
 そして極秘裏に、この第七キメラ研究所へ。
 キメラというくらいだから生物学的な遺伝子の研究でもしているのかと思ったが、単純に生物兵器を作るための施設だったみたいだな。
 魔法技術で異なる種の遺伝子を掛け合わせ、時には成長した生物同士の肉体を直接合成するなんていう、某蠅人間が出来そうな無茶な実験を行っていたらしい。
 そんなマッドな所で彼女達が500年近くもの間無事だったのは、生物として強すぎるから並みの技術では分解も合成も不可能だからなのだとか。
 更に言うと、研究員達が必要以上にレディ・ダークの騎士団の力を恐れていたから。
 脱出の機会を虎視眈々と窺っているのは明らかだったので、団長以外は一度も牢から出してもらえなかったそうなのだ。
 まあ確かに、アストラル投射なんて非常識な事をしてくる連中にゃあ近寄りたかぁねえやな。いつ身体を乗っ取られるか分かったもんじゃない。
 恐らく研究所なんてのは半ば名目で、この施設自体が彼女達を幽閉しておくための物だったんじゃねえかな?

 悪い冗談みたいな外の景色を眺めていると、何とはなしにそう思えてくるんだよ。








「うっへぇ~~~っ!! こいつぁたまげた! 凄ぇや、宇宙ステーションだよ!!」
「うぅむ…………まさか星の海を間近で眺める事に為ろうとはな……」
「いやぁ感動的ですねえ……」
「おう、かんどうか! かんどうなのか! カーリャはくらくてちょっとやだぞ!」

 まあ、無理もない反応か……。
 一斉に窓に張り付いては口々に感嘆の声を上げる四人の背中を見やり、俺は苦笑いを浮かべた。

「ふははははは!! 然り然り、感無量! 驚天動地とは正に此の事か!
 ……所で是色よ、月はどの辺りに在るのだ? 某は月の都を見てみたいぞ」

 けど、人の話くらいはしっかり聞いとけよな。

「だぁから、宇宙空間とは別モンだって言ってるだろうが。
 狭間の空って名前の魔法的なアレだ。異次元とか異空間とかそういう感じのやつ。
 ほら、暗黒物質のはずなのにオーロラみたいに色合いが変化してるだろ? だから、違うんだよ」

 付け加えると、重力と大気までもが存在しているらしい。
 この研究所を始め、他にも小惑星や廃墟らしき物体がいくつも浮かんでいるというのに変な話だが、とにかく無重力でも真空でもないんだよ。
 ……自分の身体で確かめてみる気はねえけどな。

 騎士団の三人から詳しい事情を聞いた俺は急いで穴空き倉庫に戻り、待っていた四人に報告を済ませた。
 その後、自分達が置かれた現状を呑み込んでもらうために地下1階南端の部屋までの案内を務めたというわけである。
 あっちの、聞き耳をしなかった方の部屋な。
 牢屋になってたんだけど誰も居なかったし、壁にでかい窓ガラスが嵌ってたから、外を眺めるの丁度良かったんだよ。

 現在、この研究所は〝狭間の空〟と呼ばれる異空間を漂っている状態だ。
 ヨシノの話によると、大きな組織が危険を伴う実験施設や廃棄場、監獄なんかを狭間の空に建設するのは珍しい事じゃないらしい。
 特に一流の魔法使いならば、個人で様々な好き勝手空間を所有していたりする場合もあるのだそうな。
 例えば、真っ当に秘密の研究室を作ってみたり、立派な屋敷を拵えて愛人を複数囲ってみたり、倉庫を建てて箪笥の裏よりも確実なエロ本の隠し場所にしてみたり……。
 遊び心からスカベンジャーズ・マンションなんてクソ迷宮を造ってみたり……なんて事までしちまうわけだ。
 大昔に流行ったらしいんだよ。ああいう実益無視の悪趣味に走った物を建てるのが。
 そしてそれは、熱が冷め、流行が廃れ、持ち主が儚くなっても消えやしない。
 下手に心血注いで造ったモンだと尚更にな。
 要するにアレだ。身も蓋もなく言ってしまうと、今の狭間の空はバブル期の建設ラッシュの後みたいな様相を呈しているのである。
 この研究所がスカベンジャーズ・マンションの上に建てられたのも、それが理由だ。
 よく分からんが、基礎がしっかりしてるとかでゼロから新しく建てるより楽なんだと。
 つまりは経費削減、バブル期の遺物の再利用。道理で上に行く道が見つからなかったわけである。
 迷宮自体はあくまでも土台でしかなかったのだ。

 ……何とも世知辛い話だが、少し考えるとゾっとするぜ。
 もし上に研究所がなかったら? もしシャイターンの襲撃が起きなかったとしたら?
 在るかどうかも分からん迷宮の出口を探して、延々と彷徨う羽目になるところだった。

「しっかし、シャイターンってのはマジでイカレた連中ですねえ。
 ここの職員も囚人も、み~んなリビングデッドに改造されちまったんでしょ? 一体何がしたいんだか……」
「リザードさん! ダメですよ、カーリャちゃんの前でそんなこと言っちゃあ」
「おっと、すまねえ。失言だった」
「おう、なんだなんだ? ナイショばなしか?」
「ち、違うよ、カーリャちゃん! ただ、あそこの星が綺麗だな~って話してただけだよ! ──ね? そうですよね!?」
「えぇっ?! まあ、そうなるのかねえ……」
「おうおう、そうなのか? おまえらキモチわるいな!」

 じゃれ合うウェッジ達の様子を横目に、格子のひん曲がった牢屋の並びに視線を走らせる。
 シャイターンの一群が研究所を襲ったのが約一ヶ月前、ここから無理矢理に引きずり出された囚人達は全て向かいの部屋で改造ゾンビにされちまってた。
 モドキの母親がこのフロアの何処かに囚われていたとしたら、生存は絶望的。
 施設全体で見ても、生き残ってるのは厳重極まる特別待遇を受けていた騎士団三人娘くらいなもんだろう。
 あと可能性があるのは100年以上も前に連れ出されて以来、消息不明だっていう騎士団長さんとやらか。

「こっちの世界の住人もシャイターンについては異世界からの襲来者ってだけで、よく分かっていないそうだ。
 意思疎通は無理、分解してもテクノロジーの違いでチンプンカンプン。
 確かなのは見掛け次第ぶっ壊すか逃げるかしねえと、こっちがぶっ殺されちまうって事だな」

「それだけ分かっておれば充分ぞ。寧ろ、明快で心地良い」
「平和主義者の俺っちとしては勘弁してほしいんですけどね……。それで、早速これから上に向かうってわけですかい?」
「ああ、所長室に行って騎士団の三人が閉じ込められている牢の鍵を探す」
「その三人なんですけど……坊ちゃんの妄想の産物なんてこたぁねえですよね?
 いや、別に疑ってるわけじゃねえんですよ? けど、500年も牢の中で生きてるって、いくら何でも嘘臭いっていうか……」

「だったら、どうする?」
「うそー!?」

 跳び上がるリザード。
 予想通りの反応だが……お前、段々リアクションがカートゥーンじみてきてるぞ。

「冗談だよ。んなわきゃねーだろ。連中なら自分の身体に戻って休んでるところだ。
 施設全体が結界とかいう力場に包まれているらしくてな。そのせいで短い間の幽体離脱しかできねえんだと」

「じゃあ、助けは期待できねえっつー事ですかい? それはそれで不安ですね」
「阿呆、脱出はヨシノの知恵と魔法だけが頼りなんだぞ。いっそ貸しを作るくらいの気概で行け」

「おう! いくぞいくぞ! かあさまたすけて、だっしつだ!!」

 本来なら正規の出入り口から脱出と行きたいところなんだがな。その辺は当然シャイターンの警備も厚いだろうから、利用するのはやめといた方がいいって事になったんだよ。
 ……そもそも、使い方が分からねえし。
 研究所と外界を繋ぐポータルと呼ばれる門は、プロテクトの掛かった魔法装置によって管理されているらしいのだ。
 門外漢にも程がある俺達の力だけでは、最初から脱出は不可能だったというわけである。


 まあ、ようやくもって筋道が見えてきたってところかね。
 やるべき事は決まった。
 悪魔共の目を盗んで囚われの姫君達を救い出し、地獄の淵から手に手を取って生還を果たすだけ。
 後は行動在るのみだ。
 意気揚々と逸るモドキを先頭に、俺達五人は勇者となって突き進んだ。

 ……………………クソ、服がないと締まらん。

















 あとがき

 今回は状況説明です。ほとんど動きがありません。
 指針も固まったので次回からはガンガン行きたいと思います。

 はやくそといきてー。



  ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 現在の所持品  19/20

 パーソナル マップ  (72)
 フォーチュン ダイス  (483)
 豊穣神の永遠のボトル
 特殊樹脂製のタワーシールド  (5) 〈Dグレード〉 〈軽量級〉 敵の残骸から8入手 アヤトラ、ウェッジ、リザードに渡して3消費 

 丈夫で軽くて滑らかで愛が込められた高品質の スパイダーシルク製の背負い袋

 入)スパイダーシルクの子供用胴衣 〈Eグレード〉 〈超軽量級〉
 入)スパイダーシルクの子供用手袋 〈Eグレード〉 〈超軽量級〉
 入)スパイダーシルクの子供用肌着 〈Eグレード〉 〈超軽量級〉
 入)ケタの干し肉  (38)
 入)他の袋4枚

 丁寧な作りの軽くて丈夫な スパイダーシルク製の背負い袋

 入)スマイリーキャベツ  (5)
 入)オミカン  (10)

 丈夫な革製の背負い袋

 入)陽光のカンテラ
 入)水筒 〈空〉
 入)丸い水筒 〈湧き水〉
 入)大きめの水筒 〈井戸水〉

 ヒール ストーン
 ヒール ストーン
 リフレッシュ ストーン (4)
 冒険者の松明  (32) 対ステルスノッカーに1消費
 火の付いた冒険者の松明
 麻製のロープ  (71)
 蜘蛛の歩みの秘薬  (9)
 蟻の力の秘薬  (9)
 蜂の一刺しの秘薬  (3)
 蝗の躍動の秘薬  (3)
 ケタ肉の塊  (24)
 月光鱒の切り身  (58)


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 ようやく初の装備品ゲットです。フリチン小僧の全身を守れる透け透けの盾です。
 もうすっかり全裸主人公が板に付いてきましたね。
 狙ってやったわけじゃないんですけど……。







[15918] 15
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2011/02/18 06:34

 レドゥン帝国、第七キメラ研究所1階──南東の部屋。


 ここも外れか……。
 意気揚々と全員での探索を開始してから、約3時間後。
 14部屋目の確認を終えた俺は磨り減った神経を整えるため、大きく身体を伸ばしての柔軟運動に入った。

 幽閉されている騎士団三人娘を救出して、脱出の手助けをしてもらおう。
 ──と、決まったまではいいものの、肝心の牢の鍵が保管されているという所長室の場所は分からず。
 三人娘のアストラル体も結界とやらの影響で活動時間と行動範囲が大幅に制限されているらしく、調査の役には立たず。
 故に俺達は、とりあえず上階にあるだろうとのヨシノの言葉だけを頼りに、一階の部屋を片っ端から当たっている最中なのであった。

 いやまったく、団体での隠密行動なもんだから疲れる疲れる。
 進展無し、成果無し、実入り無しと来て余計にな。心身共に応えるぞ。
 …………あー、背伸びが気持ちいい。

「ふわぁ~~あ……」

 ついでに欠伸で脳細胞を活性化だ。

「おやおや坊ちゃん、そろそろオネムのお時間ですかい?」
「うるせー、文句あるか」

 軽口を叩くリザードへの返事は、我ながら覇気のないものだった。
 成長期だからか知らんが、こういう緊張感を伴う作業が長続きしねえんだよな、この身体。
 眠気にも弱いし、どうしても集中力が散漫になっちまう。
 『肉体は魂の牢獄だ』──プラトンはイデア論の観点からそう言ったんだろうが、字面だけなら今の俺を表すのに最も相応しい言葉だな。

「せめて字が読めればよかったんですけどねえ。そしたら一々中を調べる手間も省けるでしょうし」
「恥じる事は無い。某の時代では読み書きが出来る者の方こそ稀であったぞ」
「そうですか? いや、でも……もうちょっと英語を勉強しておけば……」

 ドアプレートを睨んで唸るウェッジの奴の甚だしい見当違いに溜息をつく。
 確かに書かれている内容が分かれば、効率も格段にアップするだろうけどな。アルファベットですらない表記に対して英語の勉強は意味がないと思うぞ。

「一応言っとくが、それ英語でもラテン語でもアラビア語でもないからな」
「もちろんポルトガル語とも違いやすぜ」
「ありゃ……じゃあ、異世界語ってやつですかね?」
「多分な。外に出たら本格的に言葉の壁に悩まされる事になるだろうから、覚悟しとけよ」

 本来なら外国人同士であるはずの俺達の言葉が通じるのは、エトラーゼの間だけで機能する翻訳魔法のおかげだって話だからな。
 しかも、言語限定。
 文字翻訳までには至らない。
 当然、こちらの世界の文字なんて分かるはずがない。
 生粋の異世界人と意思疎通を図りたいのなら、相応の技能を習得する必要があるってわけだ。
 具体的には《語学》と《解読》の二つを上げればいいらしい。
 あれもこれも全部ヨシノの受け売りで恐縮だが、一から言葉を覚えるよりかはずっと楽なのだそうだ。

「外か…………やっぱり、最初は学校にでも通って常識を学んだ方がいいんですかね……?」
「んぅむ、某は梅干しが在るかどうかだけが心配で為らぬな」
「いやいや、何よりもまず先立つ物が必要っしょ。誰か持ってやすかい? 俺っち文無しですぜ」
「おう、カネか! ないとこまるな!」

 まあ、その辺の心配ができるようになったってのは嬉しい事なのかね?
 ちなみに分かっているかもしれんが、俺は服が欲しいぞ。
 替えの服も大量に欲しいぞ。

 …………決して大それた望みじゃないと思うんだがな。








 レドゥン帝国、第七キメラ研究所1階──東側通路。


 角を曲がろうとしたところで、新たなるシャイターンの影を発見。
 眼球の裏がスパークするような感覚に従い、反対側の角の陰へと側転気味の横っ飛び。

「お兄さん?」

 直後に発射された銃弾が突き当たりの壁に痕を残すのを眺めながら、俺は後続の四人を手で制した。
 ……危ねー。
 いきなり何て事してくれやがんだ。もう少しでヘソが増えちまうとこだったぞ。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 R1─FG001 パトローター  LV 3

 HP ??/??  MP ??/??  CP ??/??

 詳細: ???


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 深呼吸の後に改めて窺った先では、機銃を付けたヘリコプターそっくりのシャイターンが3機編隊を組んで待ち構えていた。
 ……どうでもいいが、名前の方はパトロールとローターを掛けた洒落なのかね?
 見たまんまの、小さなラジコン哨戒ヘリって感じだな。
 音は静かで動きも滑らか、米軍が極秘裏に開発した兵器という触れ込みでも充分に通用しそうである。

「うううう撃ってきましたよ! どど、どう、どうするんですか!? マシンガンですよ、アレ!?」

「慌てんじゃねえ! 威力からして拳銃弾、それも9パラ未満の豆鉄砲みたいなもんだ。
 当たっても肉と骨で止まる。急所さえ守ってりゃあ、まず死ぬこたぁねえだろうよ」

 目分量で測った口径の程を告げ、ガタガタ震えるウェッジの奴を落ち着かせる。
 元日本人にしては珍しく銃への危機感全開で好ましい限りだが、竦んでちゃあ何も始まらんぞ。

「で、でも、痛いんですよね?」
「そいつぁお前の感受性次第だな。慣れると意外と気にならんもんだぞ」
「うっそだぁ~……」

 思わず口を衝いて出たのであろうリザードのぼやきには、撃たれた者の実感がこもっていた。
 中々の重みだが、腹から飛び立とうとするピンクの蝶々に四苦八苦しつつダース単位で殺してきた俺を前にして経験者ぶるのは迂闊だったな。
 悪戯心が湧いてくるじゃねえか。

「嘘だと思うんなら試してみるか?」
「えぇ!? 冗談じゃねえですぜ! 何でまたそんな心無いセリフが出てくるんですかい!?」
「誰も蜂の巣になれとまでは言ってねえよ。俺がやった盾があるだろうが」
「おお、成る程! 防御に徹して敵の弾切れを誘おうと云う訳だな?」

 俺の言わんとするところを察したアヤトラが、嬉しそうに相づちを打つ。
 頷いて肯定してやると、美しく朗らかな喜色満面となった。

「面白い! 早速やってみようではないか!」
「あの……立候補があるんなら、俺っちがやる必要はねえですよね?」
「アホ抜かせ。お前もやる。俺もやる。ウェッジもやる。全員でやるんだよ」
「オレもですか!?」
「おうおう! ぜんいんならカーリャもやるぞ!」

 モドキの奴にも盾を貸し、まずは言い出しっぺの俺がお手本となって矢面に。
 次にアヤトラ、モドキと続き、残りの二人が奇声を揃えて躍り出る。
 透明な樹脂製タワーシールドの表面で展開されるダイレクト着弾の様子は、否応なしに血流を加速させるほどの激しさだった。

「うひぁァァッ当たる当たる当たるあたたたたた死ぬゥゥ──ッ!!?」
「ふはははははは!! 存外綺麗で眩しい程ぞ! 星の如く瞬いておるわ!」
「おうおうおう! パラパラだ! パララララララのラララララ!!」

「お兄さぁぁーん!! これってみんなでやる意味あるんですかァァ──!?」
「あるぞ。全員一緒って事にしねえと、お前とリザードは物陰で震えてるだけだったろうが」
「かもしれませんけど! オレらに無茶やらせてどうしようっていうんです!?」
「そんなこと俺が知るか! 自分で考えろ!」
「ちょっ!?」

 突き放す俺の言葉を受け、ウェッジの顔が大きく歪む。
 本当に深い考えがあるわけじゃないんだがな。ラジコンヘリを仕留めるついでのお遊びみたいなもんだし。
 敢えて言うなら、度胸試しかね?
 ウェッジもリザードもすっかり逃げ腰が板に付いちまってるからな。臆病な気持ちは生き残るために欠かせない要素だが、余りに過ぎると打開できるはずの事態までもを逃す羽目になる。
 死地に挑んで脱しようとする男が、それじゃあいかんだろ。
 最低限、銃口を向けられても冷静に対処できるくらいの度胸が必要だ。
 今回の行動は、その度胸を手っ取り早く養うための通過儀礼だったのである。

 おお、即興のくせに上手い理由を思い付いたじゃねえか。
 偉いぞ、俺。

「よぉーし! 嵐が止んだぞ!
 総員帆を張れ! 錨を上げろ! お高く留まったガキの玩具に大人の意地を見せてやれ!!」

「ふはははは! 掛かれぇ────い!!」
「おうおうおう、うぉ──っ!!」
「チクショー! っもうヤケクソだああああ!!」
「……あ、やった! 初白星ですよ!」

 弾薬を撃ち尽くして旋回するだけになった三羽のアホウドリ目掛けて、熱くなった連中が殺到する。
 縄を投げつけ、石をぶつけ、盾に体重を乗せて叩き込む俺達の姿は、まるで狩りに勤しむ原始人のようだったに違いない。
 ……ま、偶にくらいはな。
 童心に返って暴れてみるってのも悪くないもんだ。
 こんな場所で見つけた束の間の息抜きとしちゃあ、割と良く楽しめた方だろう。








 レドゥン帝国、第七キメラ研究所1階──東側広間。


 両開きの扉を開けると、そこは狂気の園だった。
 壁際にはいくつもの手術用らしき寝台が並び、物言わぬ成れの果てが乗せられている。
 足の踏み場もないほどに散らばった赤、黒、黄色は、余計な物だと切り捨てられた彼らの中身なのだろうか?
 腐り、乾き、塗り込められた死の臭いが凄まじい。
 しかも、これは惨劇の跡ではない。
 真っ最中の光景なのだ。
 合金製の悪魔達が人の尊厳を踏みにじり、死者の平安を侵し続けているのである。

「ぶほ……っ!!?」

 顔だけ出して室内を覗いたウェッジの奴は、さっき食ったオミカンを戻しそうになって噎せていた。
 ……さすがに現在進行形なだけあって、地下一階で見た改造現場跡よりも遙かに酷い有り様だな。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 R1─SE003 デス メディカル  LV 2

 HP ??/??  MP ??/??  CP ??/??

 詳細: ???


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 R1─SE004 MM クリエーター  LV 2

 HP ??/??  MP ??/??  CP ??/??

 詳細: ???


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 で、こいつらが改造手術担当のシャイターンってわけか。
 デスメディカルは救急車を思い出させる赤と白のツートンカラーが印象的な、解体要員。
 先端にメスやピンセットやドリルや電ノコが付いた複数のマニピュレーターを操作して、犠牲者達を切り刻んでいる。
 MMクリエーターは青と白で構成された、その色違いだな。
 下拵えの済んだ死体に次々と怪しい機械を接続していく、さしずめインプラント要員といったところかね。
 デザインはアレだ。某国民的SF映画に出てくる、R2何ちゃらに似ていると言えば分かりやすいかもしれん。
 ……相方のお喋りな金ピカが居れば、少しはマシな眺めになってたかもな。
 現状だとBGMが胸糞悪い作業音しかない上に、動いてるのは無言の機械と改造済みの死体共だけと来てやがる。余りの陰気さに溜息が出てくるぜ。

「どうする? 踏み込むか?」
「いや、種子島を備えた敵が居らぬのならば迎え撃つ方が良かろう」
「タネガシマ?」

 アヤトラの返事に首を傾げる。
 迎え撃つのはいいが、世界一美しいロケット基地のある島がどうしたって?
 通訳を求めて振り向くと、蹲ってはモドキに背中をさすられているウェッジとリザードの情けない姿が目に映った。
 おいこら待て、お前ら下で何見てきたんだ? 
 確かに臭いは凄まじいが、今更これくらいで参ってくれるなよ。

「来るぞ、是色! 我が心、云わずとも分かっておろうな!」
「あいあい! お前が後ろで俺が前な!」

 先刻活躍したばかりのタワーシールドを構え、改造ゾンビの突進を食い止める。
 ……楽勝だな。
 体格と体重の差は歴然だが、この手応えなら問題ない。重心にさえ気を付けていれば当たり負けする事はないだろう。
 すぐに流して足払い。

「【流水の鞭(エレメンタル・ウィップ・アクア)】! いざ、祓い清めん!」

 んで、転倒したところにアヤトラが一打ちだ。
 サムライボーイの右手から伸びた水の鞭は、ジョーンズ博士も真っ青の正確さで改造ゾンビの延髄を粉砕したのであった。
 いやー、魔法って本当に便利ですねー。
 刀以外にもバリエーションがある事が分かって、ますます羨ましくなったぞ。

「なあ、それって人に教えてやったりとかはできねえのか?」

「うむ……実の所、某にも何故扱えるのかは定かでは無いのだ。
 然し、案ずる事無かれ。、徳を積み、精進を重ねれば、自ずと道は開かれようぞ」

「うはは! 徳に精進と来たか! そりゃまた何とも口当たりの良いお言葉でございますねえ!」

 まとめて突っ込んできた改造ゾンビ共の足を水平にした盾で引っ掛けてやりながら、俺は上機嫌に横隔膜を震わせた。
 精進はともかく、徳を積むのは手遅れだ。
 生まれ変わりを体験したおかげで輪廻転生を信じられるようにはなったけどな。記憶と人格が丸々残ってちゃあ、魂が浄化された事にはならんだろ。
 俺は相変わらず悪党のまんまだぞ。
 ステータスに徳の数値があったとしたら、目を覆わんばかりのマイナスに違いない。

「なに、一口に徳と云っても千差万別。そう難しく考える必要は無いのだ。
 所詮は、移ろいゆく人の心と時代の流れより生じた泡沫の如き物に過ぎぬのだからな」

 風が千切れ、水流が唸り、所狭しと機械仕掛けの悪魔と亡者を蹴散らしていく。
 どうやらアヤトラの奴も段々と興が乗ってきたようだ。
 切れ長の瞳の奥に、覚えのある強い輝きが見て取れた。

「人を見よ! 人間を見よ! 気取り屋の獣共が蠢く様を! そして想え!!
 同じ神仏を崇め、等しき道義を説きながら、些細な利害の不一致で骨肉の争いを演じねば為らぬ、人の世の無常を!」

 それはまさしく、情熱の炎。
 狂気と意志と渇望が混ざり合った、道を求める者の眼だ。
 更に辛酸の遍歴を想わせる凄味が、戦いに慣れ親しんだ者特有の色濃い影が、決して褪せぬ不屈の勇気が、彼をただの思い悩む若武者ではない、神将さながらの高みにまで押し上げていた。

「徳とは何ぞや!? 義とは何ぞや!?
 衆生の期待に応える事か? 世の間違いを正す事か? ならば何が善で! 何が悪だ!!」

 しかしまた、やけにテンションが高いな。
 文字通りの腑塗れの戦場だ。そんな所で命のやり取りにしようってわけだから、少なからず高揚しちまうのは仕方ない。

「我が身、如何にして救いの手と為らん!? 毘沙門天の化身と成らん!!?」

 仕方ないんだが……盛り上がるにも程があるだろ。
 おかげで俺の方はすっかり冷めちまったじゃねえか。他の三人も棒立ちでドン引きだ。
 山盛りのドラッグを使っても、ここまでハイになるのはちょっと難しいぞ。
 もしかしてアレか? 一種のトランス状態ってやつか?
 失われた前世の記憶が刺激されたとかで、アドレナリンとドーパミンが全開になってやがんのか?
 何が切っ掛けかはともかくとして、狙い過たず攻撃が鋭くなっていく一方なのが恐ろしい。
 我を忘れまくっておきながらの安定感溢れる的確な鞭捌き。達人なんて生易しいモンじゃねえ。戦いの申し子か何かか、お前は。
 背中を預ける俺の身にもなってみやがれってんだ。

 鞭が風を切るたびに、うなじが寒くなるだろうが!
 並みの肝っ玉ならとっくの昔に漏らしちまってるところだぞ! 畜生め!

「何故生まれた!? 何故、生まれ変わった!? 俺は誰だ!!? 何を望んだ!!?!」
「知るかってんだ、ボケぇぇ――――――――ッッ!!!」

 最後のデスメディカルがしばき倒され火を噴いたところでアヤトラの背後に回り、潰れない程度に股間を蹴り上げる。
 野郎相手のクールダウンには、これが最も効果的な手段なのだ。

「自問自答の哲学に浸るんなら、俺の居ない所でやれ! 
 徳について学びたけりゃあ、あの世でソクラテスにでも弟子入りしてこい!!
 テメェなら諸手を挙げて大歓迎だ! さぞかし可愛がってくれる事だろうよ!」

 更に逆エビ固めで鬱憤を晴らす。

「ぬおぉぉぉ…………!!?」

 ふむ、やっぱり昔の日本人でも床を叩くか。
 思った通り、このリアクションは時代を超えて万国共通みたいだな。
 外に出たら異世界人相手でも通じるかどうか試してみよう。


「…………で、何の話をしてたんだっけか?」

「うむ……確か、其方の徳に関してではなかったか?
 善悪は常に表裏一体。世の様、人の様にて如何様にでも転ずる故、某は意識して徳行を積む必要は無いと思うぞ。
 味方を作り、敵を討ち、困難を乗り越える。今の所は、ただ其れだけを行っておれば充分であろう」

「そうかいそうかい。要するに考えるだけ無駄ってわけだな」
「まあ、有り体に申せばそう云う事ぞ」

 頷くアヤトラの妙に晴れ晴れとした顔が気に入らなかったので、スコーピオン・デスロックに移行する。
 まったく、分かりきった答えを出すのに大層なご託を並べやがって。
 徳に対して忌避感を抱くのが、馬鹿馬鹿しくなっちまったじゃねえか。
 だが…………そうか、なるほど。
 善悪は表裏一体。結局は気の持ちよう、発想の転換次第か。
 こっちの世界の情勢や価値観によっては、俺みたいなのが高徳の師扱いで持て囃される事も有り得るわけだ。

 ……やだな。
 想像するだに気持ち悪いぞ。
 人間、気楽に生きるのが一番だ。身の丈に合わない事を考えるもんじゃねえやな。








 レドゥン帝国、第七キメラ研究所2階──西側の部屋。


 迫るラジコンヘリの群れ。
 行く手を遮る有象無象の改造生物。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 サイバー キメラ クリーチャー  LV ??

 HP ??/??  MP ??/??  CP ??/??

 詳細: ???


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 あるモノは熊の身体にワニの顎、またあるモノは大蛇の胴に獣の四肢。
 中にはヒューマノイド型生物が混じっているのであろう、吐き気を催す未知のモノまでもが居る始末。

「UMA動物園かよォォ!? ここはよォォォ!!?」

 一目見ての感想は、自身の語彙の不足を痛感してしまうほどに有り触れたものだった。
 ……こいつらが研究所で合成されたキメラ生物ってわけか。
 見た目はバラバラ、レベルもバラバラ。なのに名前はみんな一緒で、個性的なんだか没個性なんだかよく分からん化け物共だな。
 名前以外の共通点といえは、頭部に接続された謎機械くらいなもんかね?
 お揃いの衣装を着せられた改造ゾンビと比べると、素材の持ち味を生かしたソフトな処置に思えてくるな。

「うおォるあァァあああアアアッッ!!! どけやァァ、カス共ォォォ!!」

 だがまあ、呑気に眺めている暇はない。
 這うような前傾姿勢から、盾を構えて全速前進。
 【早駆け】を使用し、小さな身体とフットワークを活かしてキメラ生物共の足下をくぐり抜ける。
 真後ろまで来たラジコンヘリの群れが銃弾をバラ撒く音が聞こえてきたが、遮蔽物が多いおかげで命中する事はなかった。
 味方ごと撃つか……。最初っからそんな自覚はねえんだろうな。
 利用させてもらうぞ。
 ステップを刻んで象足の踏み付けを躱し、横から来る牙の主には仲間の誤爆をプレゼント。
 位置取りに細心の注意を払いつつ、できるだけ多くの敵をラジコンヘリの銃火に晒してやろうと立ち回る。

「はい、ごめんなさいよ! はいはい、ごめんなさいよ!」

 乱戦状態がこちらの有利に働いているな。この調子なら秘薬を使う必要もないだろう。
 一気に突破して、目指すはアヤトラ達との合流地点だ。
 ……あ、いや、それは不味いか。

「うわはぁぁ────ッ!!」

 格段に激しくなった銃声を耳にして、第六感からのヘッドスライディング。
 そのまま転がり、物凄い勢いで穴空きチーズにされていくキメラ生物共から距離を取る。
 動きを止めずに後方を見やると、あの機械バッタがご機嫌麗しくガトリング・ガンに物を言わせていやがった。
 しかも、2……3体!? って、また増えた!
 4体も追ってきたのかよ。自分の大人気ぶりに涙が出てくるぜ。
 ……他の奴らは上手いこと逃げ切れたのかねえ?

 一階の中央付近でシャイターンの大群と遭遇した俺達は、一目散に脱兎となる事を余儀なくされた。
 機械バッタがの他にも物騒なのが沢山居やがったからな。とてもじゃないが手に負えん。
 ──が、予め想定していた事態でもあったので、撤退は一人の犠牲も出す事なくスムーズに行われた。
 少なくとも、別れる前に見た限りじゃあな。
 俺がこうして孤独な逃避行に陥っているのは、想定を遙かに超えて群がってくる敵の数が多かったから。恥ずかしい話だが、回れ右して西側の階段で上に行くルートしか残されていなかったのだ。
 銃弾の雨から逃げ、機械バッタから逃げ、逃げて逃げての全速力で着々と合流地点から遠ざかっているというわけである。
 言うまでもなく、非常に不味い状況だ。



  ◆ 蝗の躍動の秘薬 〈使用回数 1〉〈効果時間 10分間〉

   詳細: 若草を擂り潰したかのような臭気が漂う、苦味の強い飲み薬。
        服用すれば立ち所に敏捷力と跳躍力が倍増する。
        しかし、身体に掛かる負担が軽減されるわけではないので、
        激しい運動の際には気を付ける必要があるだろう。



 俺はアヤトラからもらった新しい秘薬と蜘蛛の歩みの秘薬を飲み、即座に跳躍。足を止めずに床、壁、天井と接地面を目まぐるしく変えて、弾幕地獄を避け続けた。
 本邦初公開。
 これぞ助走と跳躍を繰り返しながら前へと進む、変幻自在の移動術。
 名付けて、ジグザグ立体運動である。

「っクソッタレがああぁぁ!! もったいねえ事させやがってぇぇぇ!!」

 傍から見たら、物理法則無視の異次元曲芸以外の何物でもないだろう。
 ぶっつけ本番で、こんな離れ業を披露できてしまうとは……。いやはや、自分の空間把握能力が恐ろしすぎてならん。
 けど、ロスが多い分、速度が上がっても振り切れるかどうかは微妙なところか。

「ぐぉ……っ!?」

 そしてトドメを刺すように、前からも機械バッタがお出ましと来たもんだ。
 ……楽しくなってきたぞ。

「ファイヤ────────ッッ!!!!」

 躊躇せずに【激怒】を発動。
 熱い! 熱い!! クソ熱い!!!
 更に倍増したAGIの数値が赴くがままの爆発的な加速でもって前後からの掃射を置き去りにし、電気を帯びた触角の迎撃を回避する。
 立ちはだかる機械バッタ本体は、盾をボード代わりに用いる事で爽快に滑り抜けさせてもらった。

「俺はペンギンの皇帝だァァァ──────ォ!!!」

 気分は丁度、南極の氷の上を滑るアレである。
 いいんだよいいんだよ。ごっこ遊びってのは幾つになっても楽しいもんなんだよ。
 成りきりこそ娯楽の本質。俺は心からそう思うね。
 RPGなんてその最たるモンだろうな。何せ、ロール(成りきって)・プレイング(遊ぶ)・ゲームっていうくらいだし。
 ……初めての【激怒】の時がガ=オーで、次がコウテイペンギン成りきりってのは、さすがに酷い落差だとは思うがな。
 
 で、えーと……【激怒】の効果は120秒だったっけか。
 時間切れまで、どれだけの距離が稼げるかが勝負だな。

 角を曲がり、敵を飛び越え、吹き飛ばし、通路の壁をひた走る。


「おうおうおう! おまえブジだったか! よかったな!」

 気が付くと、いつの間にかモドキの奴が並走していやがった。

「ああ、お前も上に来てたのか? 他の三人はどうした?」
「おう、ショチョーシツみつけた! カギとった! もうすぐキシダンサイコーだ!」
「なにぃ!? 随分順調だな?」

 もしかして、俺が囮役みたいになってたからなのか?
 にしても、全員集合を待たずに探索再開とはアヤトラの奴も薄情と言おうか、臨機応変と言おうか……。
 まあ、別れてからの短い時間で成果を上げたってんなら、文句を言う筋合いじゃねえやな。

「それで、何でお前はここに? まさか、俺を探しに来たわけじゃねえだろう?」
「おう、ちがうぞ! かあさまたすけにきた!」
「助けにって……親孝行は感心するが、先走ってどうすんだよ。第一、居場所も分からねえんじゃ──」
「イバショわかるぞ! カーリャ、かあさまのケハイわかる!」

 なんと、そりゃまたご都合主義な。
 親子の絆か、発達した野生の本能か、はたまたシャンディー姉さんのような異世界種族特有の不思議能力なのか。理由はともかく、モドキなりに確信があっての行動なわけだ。
 不思議能力といえば……こいつ、エトラーゼじゃないのに言葉が通じるんだよな。
 三人娘はアストラル体だったから、肉声ではなく魂の共振とやらで俺と会話をしていた。
 俺からすると普通に英語で話しているようにしか思えないんだが、モドキの奴もそんな感じなのかもしれん。
 つまりは一種のテレパシーだ。
 不思議というより超能力だな。母親ともそれで交信してんのか? さっきから独り言がうるせえぞ。

「──かあさま? かあさま!? かあさまかあさまかあさま!!? カーリャのこえきこえない?!」
「おーい、どうした? 音信不通か? 脳内電波の調子が悪いのか? それとも脳自体が悪いのか?」
「やべー! クソやべー!!」

 あと、いきなり反転するのもやめてくれ。
 またあのスリルの中に逆戻りしちまうだろうが。自殺したいんなら、何処か人目に付かない所でひっそりとやれ。俺を巻き込むな。
 俺の身体も勝手に動くんじゃねえ。
 反応が良すぎて、ちょっとした怪現象だぞ。本能が理性を置いてきぼりにしちまってるじゃねえか。

「やばいって何がだぁぁ!? お前のお袋に何かあったのかぁぁ!?」
「にゅわぐぁああああぁぁぁぁ!!!」
「待てこらァ──ッ!! 逃げてもいいが、逃げんなこらぁぁ────ッッ!!!」

 モドキの背中を必死に追いながら、止め処なく流れる冷や汗を拭う。
 何だか知らんが、確かにこれはやばそうだ。
 明らかな地響きに伴い、無尽の圧力が心臓を絞り上げる。
 俺は噴火を直前に控えた火山の傍に居るかのような、天変地異の前触れに似たものを感じ始めていた。

「ばか! シャイターン、ばか! かあさまのフウインといた!
 かあさまげんかいリセイほーかい!! ぎがえふぇくとでめたもるふぉ────っぜ!!!」

 通路全体に亀裂が走り、猛烈なアップダウンが俺達を襲う。
 縦揺れ型の大地震だ。
 耐えられるのは、地震大国日本が誇る最新鋭の建築物くらいなものだろう。
 数十秒と持たずに急角度で傾いた床に足を取られた俺は、転がりながら、崩れゆく天井の向こうに眼を奪われていた。
 垣間見えるのは……一体何だ?
 分からない。目が離せない。
 強大で、理不尽で、途方もなく圧倒的な存在がそこに居る。
 そこに居るのだ。


 【激怒】後の虚脱感も何のその。
 全身を蝕み、凍てつかせんとする恐怖と狂乱に抗うため、俺はガ=オーに成りきった。

















 あとがき

 今回はテンポを考え、ダイジェスト風でお送りしました。
 主人公が研究所の内部を全部見て回るのは不可能ですからね。それを言い訳に端折りまくりです。

 おかげさまで、あと二回くらいで序章が終わりそうです。
 結局、顔も分からず裸のままで終わりそうです。
 色々と機会を逸したような気がしますね。



■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 現在の所持品  19/20

 パーソナル マップ  (72)
 フォーチュン ダイス  (483)
 豊穣神の永遠のボトル
 特殊樹脂製のタワーシールド  (5) 〈Dグレード〉 〈軽量級〉 雪上ではソリにもなります。武器防具の類は色々と使い道があって本当に便利ですね。

 丈夫で軽くて滑らかで愛が込められた高品質の スパイダーシルク製の背負い袋

 入)スパイダーシルクの子供用胴衣 〈Eグレード〉 〈超軽量級〉
 入)スパイダーシルクの子供用手袋 〈Eグレード〉 〈超軽量級〉
 入)スパイダーシルクの子供用肌着 〈Eグレード〉 〈超軽量級〉
 入)ケタの干し肉  (37) 探索の片手間に食べて1消費
 入)他の袋4枚

 丁寧な作りの軽くて丈夫な スパイダーシルク製の背負い袋

 入)スマイリーキャベツ  (5)
 入)オミカン  (9) おやつに食べて1消費 貴重なビタミン源です。

 丈夫な革製の背負い袋

 入)陽光のカンテラ
 入)水筒 〈空〉
 入)丸い水筒 〈湧き水〉
 入)大きめの水筒 〈井戸水〉

 ヒール ストーン
 ヒール ストーン
 リフレッシュ ストーン (4)
 冒険者の松明  (32)
 火の付いた冒険者の松明
 麻製のロープ  (71)
 蜘蛛の歩みの秘薬  (8) シャイターンから逃げるために1消費
 蟻の力の秘薬  (9)
 蜂の一刺しの秘薬  (3)
 蝗の躍動の秘薬  (2) シャイターンから逃げるために1消費
 ケタ肉の塊  (24)
 月光鱒の切り身  (58)


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 次回、ママン・ハザード。

 これが終わったら、俺、主人公のレベルに合った初心者向けのシナリオを書くつもりなんだ……。




[15918] 16
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2010/05/09 13:10

 目を覚まして真っ先に感じたのは、詰まるような息苦しさだった。

 次に全身を押さえ付ける、途方もない圧迫感。
 余りの重さに首から下の自由が利かない。周囲の状況はおろか、身体中に走る鈍い痛みの原因すらも判断できない有り様だ。
 徐々に覚醒へと向かう意識の中で俺は独り、己の身に降り掛かった災厄へのクソッタレ加減を反芻した。

「…………参ったね、どうも」

 よりにもよって生き埋めか……。
 倒壊する建物の中に居たのだから当然と言えば当然の帰結なわけだが、どうにもうんざりさせられるな。
 敵対組織の根っこを叩きにハイチに行ったら地震に遭う。スリランカの世界遺産を観に行ったら津波に遭う。紛争地域で行方不明になった恩人の捜索に行けばミサイル攻撃を受ける。本場のタコ焼きを食いに行っただけで震災に巻き込まれる。
 そしてこれで何度目だ? 数えている内に沸々と怒りが湧いてきたぞ。
 もう、不幸中の幸いとか考えるのも馬鹿らしいわ。

「んぎがががががががが…………!!!」

 俺を礎に出来上がった瓦礫の山をはね除けるべく、歯を食い縛って渾身の力を込める。

「っぷはー!」

 …………畜生め! 毛細血管が無駄に切れただけか。
 やっぱり自力での脱出は難しそうだな。ちょっとやそっとの馬力じゃどうにもならん。
 底上げしようにも、頼みの【激怒】はさっき使っちまったばかりだ。
 蟻の力の秘薬も駄目。アイテム収納の能力は両手の自由と一蓮托生だからな。首だけしか動かせない今みたいな状況じゃあ機能しねえんだよ。



 ◆ 特技 【剛力招来Lv 1】 〈低 難易度〉 〈気功術系〉

    体内の気脈を調律して永続的な追加腕力を得る技です。
    更にCPを消費すれば、一時的な腕力の増大効果が発揮されます。
    気功術においては初歩の初歩とされる単純な強化技ですが、
    それ故に応用が利きやすいとも言えます。
    優れた使い手ならば、性能以上の結果を導き出す事ができるかもしれません。

     A STRに+1の永続ボーナス。
     B STRに10%のボーナス。

     基本消費量 CP 16
     有効対象 本人のみ
     効果時間 (END+WIL)×LV×1秒



 残された手はこの特技くらいなもんだが、今の段階じゃあ如何せん上げ幅が小さすぎる。
 ここは下手に慌てず、ゆっくりと睡眠を取った後に【激怒】との併用を試みるのが最善の道だろう。
 短い効果時間の内に片手だけでも解放できればしめたもの。次の日からは秘薬と合わせての三段活用でSTRは90にもなる。
 傍で転がっている死体のお世話になりながら、最長で二週間もの生き埋め地獄に耐えた経験は伊達じゃない。今回は食料もあるし、酸素も充分に通っている。自分の手で瓦礫を撤去できる手段もある。後は根気次第でどうとでもなるはずだ。
 何日掛かろうが構わん。
 絶対に抜け出してやるぞ。
 ……本音を言うと、外部からの救出に期待したいところなんだがな。
 こんな状況だ。アヤトラ達が無事だなんて保証は何処にもない。仮に無事で俺を捜してくれていたとしても、あいつらに重い瓦礫を除けるようなパワーはねえだろうし。
 よって救助は望み極薄。

「ふわぁ~あ…………」
 
 独力での解決に励むより他ないというわけである。
 あー、背中と足の裏が痒い。


「ゼイロ! 返事をしろ! ゼイロ!」
「……んあ?」

 思わぬ助けの手が差し伸べられたのは、軽く夢心地に入ってからの事だった。
 俺の視界を阻んでいた瓦礫の山が次々と取り除かれ、最後に残った象よりでかいコンクリート塊までもがあっさりと持ち上げられる。
 それもなんと片手で、だ。
 どんな腕力してやがんだよ。物理的におかしすぎるだろ。
 こっちの世界の騎士ってのは人間サイズでクレーン並みとかじゃないと勤まらんのか? 宮仕えってのも大変だねえ。

「……おはようございます」
「何だ、睡眠中だったのか? 君も中々に不貞不貞しい子だな」
「おうおう、ぶてぶてしーぞ!」

 モドキの奴を肩に乗せて見下ろすは、青白き肌の聖騎士にして戦乙女。
 月の光が如き笑みは清廉なる心の表れ。背中の羽も悪魔の尾も、彼女の内より迸る気高さを曇らせるには至らない。
 白銀に輝く鎧姿が、まるで女神を象ったかのようによく映える。
 騎士団三人娘の一人、サキュバスのソルレオーネであった。

「お褒めに与り恐悦至極。今度はアストラル体じゃないんですね?」
「ああ、礼を言うぞ。君達のおかげで五百年ぶりの自由を手にする事ができた」

 どうやらアヤトラ達が解放に成功したらしい。
 俺も間接的に助けられたって事になるのかね? とにかく間に合って良かったよ。
 早速身を起こそうとして、走る違和感の正体に眉根を寄せる。
 うへー……酷い状態だな。両足揃って破れた雑巾みたいになってるじゃねえか。

「心配するな。すぐに治す」

 ソルレオーネの手の平から溢れ出た燐光が、俺の身体を苛んでいた苦痛と疲労を拭い去る。
 すげーや。完全回復だよ。
 リフレッシュストーンと似たような感触だな。これも魔法か? レベルが高いと呪文無しで使えるのか? 余りの見事さにチップを弾みたい気分だぞ。
 実際に払ったりしたら憤慨しそうだけどな。
 この人、間違いなく潔癖性だし。

「ありがとうご──おわっ!?」
「悪いが急ぐぞ。のんびりと事情を説明していられる状況でもないのでな」

 感謝の言葉を述べる間もなく彼女の肩に担がれた俺は、興る羞恥心を鎮めるためにわざと大きな溜息をついた。
 まさか、この歳で女に抱えられる羽目になるとはなあ……。
 知らない奴には年相応に映るだけだろうってのが唯一の救いかね。

 乱れた足場を物ともせず、芸術的なストライドで研究所の残骸を踏み越えるソルレオーネ。
 おお、速い速い。
 ──って、ここスカベンジャーズ・マンションじゃねえかよ。
 干されたカーペットみたいな体勢で感心半ばに流れる地面だけを見ていた俺は、床が陰気臭い石畳である事に気付いて愕然とした。
 気絶している間にここまで落ちてきたってわけか? なら、研究所は完全にお釈迦じゃねえか。
 大地震どころの話じゃない。地盤を貫通するバンカーバスター級の被害規模だ。
 しかも、まだ揺れが収まっていない。
 あの広大な迷宮が、打ち上げ間近のロケットかってくらいに鳴動してやがる。
 一体何が起こったんだ? 原因は何だ?
 頭を打ったせいか、どうもはっきりとせんな。
 確か……モドキと一緒に走ってて、それから…………?

「む、真上に来たか」

 ソルレオーネが独りごちた途端、爆発でも起こったかのような衝撃が鼓膜を衝いて脳を揺さぶる。
 身をよじって前方に顔を向けると、天井に亀裂が入って崩れ落ちるまでの一部始終を目撃する事ができた。
 トンネルや地下壕が崩落する時というのは丁度こんな感じなのだろう。爆撃を受けるゲリラ共の気分が存分に味わえる、圧巻の眺めである。
 何とも貴重な体験だが、楽しく語って聞かせられるような事じゃねえやな。
 災害やら天変地異やらに立ち会う機会に恵まれた人生で、本当に涙が出てくるよ。

「うげらぶがげががぐがげがごごぶぶげ!!?」

 …………おいおいおい、誰か降ってきやがったぞ。

「おうおう! ソルさま! ジェギさま、いしといっしょにながれてきた!」
「そうだな、カーリャ。まったく無様な格好だ」

 雪崩れ込んでくる粉末石材の滝に混じって床に転がる、やたらと大きな人影一つ。
 うつ伏せの顔を確認するまでもない。ソルレオーネと同じ騎士団三人娘の一人、ラクシャサのジェギルだった。

「ド畜生……ッ!! 好き放題してくれんじゃねえかよォォ……!!」

 赤銅色の肌を彩る真鍮の髪を乱して荒い息をつく様は、鬼気迫る精悍な美しさ。
 刺々しい装飾が施された鎧と巨躯とが相まって、焼けた鉄のような物騒な魅力を醸し出していた。

「おい間抜け! 貴様、あれだけの大口を叩いておきながら時間稼ぎも満足にできんのか!」
「うるせー色ボケ! 五百年も飲まず食わずで繋がれてたんだぞ! 仕方ねえだろうがよ!!」
「ふん、運動不足とは見苦しい言い訳だな。日頃の練気を怠るから、その程度で力を落としてしまうような醜態を晒す事になるのだ」
「なんだとォー!? テメェはなまっちゃいねえってのか!?」
「当然だ。恥を知れ、未熟者め!」

 状況も顧みず言い争いを始める二人の女騎士。どちらも声に張りがあるものだから五月蠅くて仕方がない。
 この調子で何百年も一緒にやってきたというのなら、まったく大した馬の合いようである。
 付き合わされる側にとっちゃあ、堪ったもんじゃねえやな。
 俺は軽く歯噛みしながら、丸見えになった狭間の空の景色に恐々としていた。
 宇宙によく似た暗く儚い広がりが、嫌でも死や孤独といった負の想念を喚起させるのだ。
 ……ふむ、吸い出される気配がないのは中と外の気圧が釣り合ってるからか? 気温も肌寒いぐらいで安定してやがるな。
 身を晒す事への抵抗感を抑えるには多少の度胸と順応性が求められるだろう。初体験の俺が取り乱さず冷静に観察できたのは、重力と大気があるという事前情報によるところが大きかった。

 ……でもって、アレがこの騒ぎの元凶か。

「あ、かあさま」

 そうそう、モドキの母親な。
 やっと思い出したよ。
 俺が意識を失う前に見たのは、彼女の荒れ狂う姿だったのだ。

「よぉーし! そこまで言うなら見せてもらおうじゃねえか! 騎士の鑑とやらの──」

 鼻面を突っ込んだかあさまが、その顎でもってジェギルを捕らえ、ペットボトルでも持ち上げるかのような気軽さで口内へと誘う。
 噛み砕く音、痙攣する足、牙の間から滴り落ちる鮮血。
 一連の流れに掛かった時間は、ほんの僅か。
 目の前で展開される悪い冗談を現実として認識するには、余りにも短い猶予だった。

「油断しすぎだ、馬鹿め。身体だけではなく勘まで鈍っているのか」

 呆れ調子なソルレオーネの呟きが、より一層の非現実性を助長する。
 おかげで俺は叫ぶ機会を完全に逸して、固まる羽目になっちまった。
 グチャグチャバリバリ、ボリンボリンと胸糞が悪くなるような擬音を背景に何とも言えない一拍が過ぎる。

『…………』

 俺とモドキは顔を見合わせ、ソルレオーネの横顔を窺うために首を伸ばした。

「ああ、君達は見ない方が良いぞ。子供には些か厳しい光景だからな」
「言うのが遅ぇぇ──ッ!! ウォッカでも飲んでやがんのか、お前はよォォ!!?」

 仮にも仲間が惨殺されて、その反応はおかしいだろ。
 脳の受容体に異常があるとしか思えんぞ。
 それとも何か? ここは何千年も生きてる人は違うな~とか言って感心する場面なのか?
 だとしたら、異世界の価値観恐るべし。俺みたいな常識人にはつらすぎる世の中だ。

「口が悪い。慎みたまえ」

 そんな感じで湧き上がる想いを吐露しようとしたら、即行で尻を叩かれた。
 うぬぬ……中々どうしてガキの扱いが上手いじゃねえか。
 さすがにクソ長い間、女をやっているだけの事はある。

「ジェギルの事なら気にするな。あの程度で落命するような軟弱者はレディ・ダークの騎士団には居ない」
「え? ってことはつまり、まだご存命中?」

 そう言われれば、やけにじっくりと噛み締めてやがるな。
 咀嚼に手間取ってんのか? それにしたって、とてもじゃないが生きてるようには──。

「うおおおおおメチャクチャ痛てぇぇえええぇええぇぇ────ッッ!!!」

 ……気味悪いくらいに元気だな、おい。

「準備運動はお終いだァァ!! 覚悟しやがれァ犬っころ!!」

 骨の見える傷口から盛大に血を噴きながら、ジェギルが吠える。
 口蓋に角を突き立てて踏ん張る事でかあさまの顎を押さえ、両腕でその巨大な舌を抱え込み、波打つ潮のように筋肉を隆起させる。
 間を置かずして腹に響く、肉が引き千切られる音。
 哄笑を上げる鬼女の姿はまさしくラクシャサ。羅刹の名を冠する種族に相応しいものだった。

「うわははははははっはっはっは────あらん?」

 反撃を受けるまでは、ちょっと格好良かったな。
 かあさまの喉奥から放たれた氷雪の嵐が勝ち誇るジェギルを吹き飛ばし、舞い散る花びらの要領で弄ぶ。

「んにゃろう!! 汚ねえ真似しやがって!!」

 その後の攻防は、俺の目で追うには少しばかり凄まじすぎた。
 ブリザードを吐き散らしつつ、猛然と地を蹴り挑むモドキの母親。
 霜の降りた五体を意に介さず、怒気満面でぶん殴りに行く羅刹の女。
 互いに互いを打ち砕かんと狭間の空を突き進み、震動を伴う星のような瞬きを繰り広げる。
 もはや人外魔境と言うしかない。
 神と神、魔獣と魔獣が喰らい合う、神話の世界の戦いだ。

  …………やー、とんでもねーとんでもねー。
 いきなりのドッグファイトとは恐れ入った。こっちに来てから驚きの連続だったが、今回のは特に酷い。
 酷すぎて目玉が裏返りそうだ。
 魔法か? 魔法で飛んでやがんのか?
 飛ぶならせめて、箒か絨毯くらいには乗っててくれ。
 生身で音速を超えるな。ソニックブームを起こすんじゃない。日本のアニメや漫画じゃねえんだぞ。ファンタジーだからって何をやっても許されると思うなよ。

「うぉー! すげー! かあさますげー!」

 まあ、ガキは喜ぶだろうけどな。
 スタントなし! ワイヤーなし! CGなし! なのに、とことんSFX。
 編集なしで立派な映像作品だ。興行収入1億ドルは堅いぞ。
 唯一の難点は、記録映像だって言っても誰も信じちゃくれねえだろうって事かね。

「痛い目に遭わんと力を発揮できない悪癖は相変わらずか……。
 五百年の軛も、あいつの性根を叩き直すには至らなかったようだな」

「はあ、そりゃまた大した頑迷ぶりですねえ。──ところで、見てるだけでいいんですか?」
「君達をヨシノの元に送り届けるのが先だ。あの馬鹿者もそれくらいまでは持つだろう」

 踵を返して再び走り出すソルレオーネ。

「うひゃああっ!!?」
「うぉうおー!?

 風を切るその肩の上で、俺はモドキと共にジェットコースターごっこに興じていた。

「はーい、両手を上に~高々と~……うひょおおおおおっほっほっほー!!!」
「おうおうおうお~~~っう!!!」 
「お次は左に曲がりま~す!」
「ソルさまはえー!! カーリャよりはえぇー!」

 カーブの度に仰け反らせた上半身を傾ける、お子様垂涎のイカした遊びだ。
 単純なようでいて、これが実に奥深いんだよ。
 臨場感溢れるスリルがアトラクションを盛り上げる最大の要素だって事を再認識させられたね。
 それにスピードが加われば鬼に金棒。
 シチュエーションも崩れ行く地下迷宮と非常に普遍性の高い仕上がりになっているし、忘れちゃいけない安全性も言う事なしで、お膳立ては完璧だった。
 楽しんでやらないと罰が当たるというものだろう。

「右に熱源反応有り! 総員、直ちに耐ショック体勢を取れ!! ビビる奴は敗北主義者だ!!」
「おうおうおう!! ぎゅいんぎゅいんでしゅわしゅわだ────っ!!」
「うははははははは!! 地獄に堕ちろ独裁者! 蛇と鮫の混血児が貴様の腹を食い破るぜェ──ッ!!!」

 …………現実逃避に夢中になっているわけでは断じてない。
 家ほどもある氷柱が雨霰の密度で降り注いできたり、レーザーっぽい真っ赤な何かが縦横斜めにそこら中を穿ちまくったり、挙げ句の果てには正体不明の鋭い波が迷宮を真っ二つに切り裂いたりといった事があったが、俺は正気だ。
 聖騎士様が全部防いでくれたからな。……回し蹴りとか気合いとかバリアーとかで。
 だから、肉体的にも精神的にも問題はない。

「凄いや今の! 宇宙ロケットだー!!」

 ないったらないのである。
 ついでに言うと、何がどうしてどうなっているのか尋ねる暇もなかったな。
 ……聞いたところで俺の手に負えるような事態でもねえだろうし。
 無力感ってやつも限界を突き抜けちまえば爽快の一言だ。自然と笑いが込み上げる。

「……喜んでもらえるとは予想外だったな。
 てっきり恐怖の余り我を忘れて泣き叫ぶか、気を失うものかとばかり思っていたのだが」

「うはははは、お生憎様! こちとら前世じゃ歩く火薬庫で通ってたんだ。そんな素直に出来ちゃいねーよ!」
「おう、カーリャはちがうぞ! すなおなイーコだぞ!」
「成る程……それはそれは…………ふふふははははっ! 今から将来が楽しみでならんな!」

 俺はソルレオーネの頑張りに身を任せ、ただ無心に襲い来る理不尽スペクタクルを堪能する行為に没頭したのであった。
 いやまったく、久しぶりに清々しい気持ちで脳味噌を洗わせてもらったよ。

 ジーザス・クライスト!!








 そんなこんなでようやく辿り着いた広間では、この短い間ですっかり見慣れちまった顔が勢揃いしていやがった。

「やあやあ皆の衆! どいつもこいつも服着たくらいで文明人気取りたぁ羨ましいね!
 俺が独りガラクタ共に追い回されてる間に、上手い事やってくれたみてえじゃねえか!」

「うむ、避難した先が偶々目的の部屋だったのでな。其方も相変わらずで何よりだ」
「カーリャちゃんも一緒なんですね!? よかったー! 急に居なくなっちゃったから心配してたんですよ!」
「ね? 俺っちの言った通りっしょ? どっちのお子様も殺したって死にゃしねえんだって」
「はいはい。本当にね。また元気な顔を見られて安心したわ」

 アヤトラ、ウェッジ、リザードにシャンディー姉さん。

「ゼイロドアレク……。火と風の精霊の名において、貴方に感謝を。
 こうしてお互いの無事を確認できた事は、わたくしにとって望外の喜びです」

 それと三人娘最後の一人、猫人間ニャンクスのヨシノ。
 白い毛並みを膨らませ、恭しく頭を下げるその姿は神秘的かつワンダフル。絵本の中から飛び出してきたお伽の国の住人のようだった。
 生身だから余計にな。見た目は可愛くて上品なのに、妙な迫力を感じるぞ。
 目とか大きいし、ずんぐりむっくりだし、目線が大体同じだし。
 存在感がありすぎて逆に困る。
 でかい動物だと思っちまってるからかね? 慣れるにはちょっとばかり時間が掛かりそうだな、こりゃ。

「そうかい。俺も直接対面できて嬉しいよ。
 現況を分かりやすく説明してもらえたら、もっと嬉しくなれそうな予感がするんだがね」

「はい、では……まず、レイシャさん──カーリャさんのお母様の事についてお話を。彼女の姿を見ましたか?」
「ああ……見た見た、間近で見たぞ。まさか、自分が怪獣映画のエキストラになるたぁ思ってもみなかったな」

 シャンディー姉さんから髪の手入れを受けるモドキを横目に、やや投げ槍な調子で頷く。
 あいつも切っ掛け次第では、あんな風にズドバラっちまう事になるのかね?

 凍りついた鋼の如き灰色の毛皮、分厚い石材を物ともせずに粉砕する爪牙、破壊衝動に凝り固まった緋色の瞳。
 そして巨大な、余りにも巨大な常識外れの体躯。
 尻尾まで含めると、全長は優に100メートルを超えるだろう。
 更にでかいだけでは飽き足らず、空を飛ぶ、口からブリザードを吐く、氷柱の雨を降らせるといったやりたい放題の超能力まで備えてやがる。
 ゴジラとだって戦えそうな、理不尽極まる大怪獣。
 それがモドキの母親だった。
 外見は、一言で言うと狼だな。
 モドキの奴もハイエナみたいなところがあるし、イヌ科繋がりで似合いの親子なんじゃねえのかね?
 ……あ、いや、ハイエナはハイエナ科か。一番の近縁はジャコウネコ科だったかな? 狼とは随分掛け離れているような気もするが、まあイメージの問題ってやつだ。適当で充分だろ。

「けど、母親の名前を知ってるって事は……お前ら知り合いだったのか?」
「おう! カーリャ、キシサマたちとおはなしたくさんしたぞ!」

「あの研究所にカーリャさんのような小さな子供が来るのは初めてでしたからね。
 短い間ながら、彼女達の元にアストラル体を向かわせては話し相手を務めていたというわけです」

「ふーん、三人ともよっぽど会話に飢えてたんだなあ」

 俺が思ったままの事を口にすると、ヨシノとソルレオーネは一瞬だけ照れ臭そうにして目を泳がせた。
 いやいや、そんな恥ずかしがるようなことじゃねえから。
 禁固五百年だろ? 詳しい心情までは分からんが、何となく想像はできるって。

「話は戻りますが……正確に言うと、あれはレイシャさん本人ではありません。
 レイシャさんの体内に封印されていた魔獣が顕現した姿なのです。
 恐らくはシャイターンの施術によって不完全な形で解き放たれてしまったのでしょう。
 本来なら彼女の意思で抑制できるはずなのですが、現在は重度の狂乱状態に陥っていますね」

「自分の身体に魔獣を封印? また随分と危なっかしい事をするんだな?」
「ええ、仰る通り大変な危険を伴う秘術です。しかし、それが彼女達〝封印の氏族〟の使命ですから……」

 首を傾げた俺にヨシノは頷き、ヒゲを揺らして厳かに語り始めた。


「始まりは遙か古、今からおよそ千億年以上も前の事。
 無限を超えて無限にたゆたう混沌の海に生じた創世という名の流れは、一つの渦を巻くに至りました。
 渦は幾億もの年月を重ねて広がり、勢いを増し、煌めく無数の星々を生み出しました。
 それは世界であり、宇宙であり、漂流する命の源が集う坩堝でもありました。
 混沌の海にまた一つ、新たな物語の舞台が誕生したのです。
 そして激しき創世の流れは時を置かず、舞台を彩る役者達を育みました。
 原初の神々の登場です。
 生まれながらにして混沌の海より際限なき力を引き出せる彼らは、絶対の万能者でした。
 因果律を操り、数多の時空間を弄び、己自身すらをも自由自在に作り替える。
 意思を備えた全知全能の存在です。
 そのような存在が、星の数ほども居たのです。
 運命の皮肉か、混沌の呪いか、過程を経ずに力を得た者の定めに従い、彼らは等しく傲慢でした。
 多くは要らぬ。全知全能は独りで良い。
 世界にはただ、己だけが在れば良い。
 戦いが始まりました。
 混沌の海を割り、我等が世界の礎となる、永い永い物語が幕を開けたのです」


「はい、替えの下着よ。これだけあれば充分でしょう」
「おおおおおおお!! エクセレン……ッッ!! 姉さん! あんた本当に良い女だよ!!」

 再び巡り会えた人と猿との線引き品に大感激。姉さんの腰にしがみ付いて心からの感謝を示す。
 やったぞ!
 穿いたぞ!
 隠したぞ!
 今はまだ復権間もないパンツ一丁の姿だが、持たざる者にとっては乾季の慈雨。青天の霹靂だ。
 もはや失う事はない。
 ここが俺のスタート地点。
 ここからが俺の新しい人生の第一歩。
 今こそ声を大にして言える。

 俺は……俺は、甦ったのだ!!!

「私の服も頼めるだろうか? 素肌に鎧のままというのは、さすがにどうも落ち着かんのでな」
「ふふっ、張り合いのある仕事になりそうね。喜んでお引き受け致しますわ」
「そういや、何で鎧なんか着てんだ? あんたら確か下着だけの格好じゃなかったっけ?」
「ん? ああ、これは【練気外装】という技で具現化した気を纏っている状態なのだ」
「ほへー」

 豊かな胸を張るソルレオーネの鎧姿を改めて観察し、感嘆の息をつく。
 気の具現化か……。 そこまで行くと、もはや魔法と変わらんな。

「もしかして、気功術技能を上げたら気でビームとか撃てるようになるのか?」
「ビーム? 君の言っている事はよく分からないが、気功術に励んで撃てるものというと……」

 疑問符を浮かべながら、左手を適当な壁に向けるソルレオーネ。
 そこから軽く数発に渡って放出された情熱的な輝きに、俺の目は否応なく釘付けにされた。

「……………………バトル漫画ですねえ」
「だなあ」
「いやいや、むしろCGアニメの世界じゃねえですかい?」
「だなあ」
「某が云うと滑稽に聞こえるかもしれぬが、人間業とは思えぬな」
「だなあ」

 黙って経緯を眺めていたアヤトラ達と横並びで放心する。
 断言しよう。
 これはやばい。
 繰り出されるハンドビームマシンガン、壁を貫くフィンガービーム、放物線を描いて飛ぶのはホーミングレーザーか? 
 想像はしていたものの、実際に拝むのとでは大違い。本能が刺激されて無性に熱く滾ってくるのだ。
 是が非にでも習得しなければ、男が廃るというものだろう。

「……とりあえず、暇が出来たら全員で練習だな」
「うむ、楽しみだな」
「俺っちにもできますかねえ?」

「えぇ!? みなさん本気ですか!?」
「当たり前だ。男なら誰しもああいうのに憧れるモンだろうが」
「でも……恥ずかしいですよ?」
「大丈夫だってー。別に○め×め波コンテストに出ろって言ってるわけじゃねえんだ。
 人目に付かない場所でやってみりゃいいんだよ。……もちろん、気合いは精一杯込めてもらうがな」
「気合い……?」
「大声を出せって事だ」
「どうして!?」

 どうしてって……声を出して練習するのに理由が要るのか?
 俺とアヤトラとリザードは当惑の視線を交わし合い、嫌がるウェッジの様子に肩をすくめた。
 何だか知らんが、理解に苦しむメンタルをしている奴だな。

「…………今更ですが、初めて文化の違いってやつを感じましたよ。みんな外国の方なんですよね……」
「阿呆、お前一人が変なだけだ。同じ日本人のアヤトラだって賛成してるだろうが」
「左様。丹田より気勢を上げぬ修練など言語道断ぞ」
「うう…………分かりました。お付き合いさせていただきます」
「よぉし、よく言った! それでこそ男だ!」

 項垂れるウェッジの肩──は届かないので、腰を叩いて激励する。
 これで当面の目標は〝諦めません。手からビームを撃つまでは!〟に決定である。
 とりあえずは気功術技能を上げつつ、〈気功術系〉の特技を習得していく事になるだろう。
 ステータスという要素をを視野に入れた、エトラーゼらしい現実的な取り組み方だ。
 ……何だか、3レベルになるのが待ち遠しくなってきたな。
 ゲームに打ち込むナードの心境ってのは、こんな感じなのかね? 早く成長させたくて適わんぞ。


「…………原初の神々の争いは大きな大きな波紋となり、混沌の海に様々な命を生み出しました。
 全知全能には及ばぬながらも偉大と呼ぶに値する力を秘めた彼らは、世界を導く新しき神々でした。
 わたくし達にも馴染みの深い、イェセル、バルセル、ガゥ・ハーの三大祖神もこの時に誕生したと言われています。
 新しき神々は、まず争いを続ける原初の神々を止めるべく、手を携えて事に挑みました。
 挑むと言っても直に矛を交える訳ではありません。戦い以外の手段で対抗しようというのです。
 彼ら新たなる神々には、己の力を活かすための知恵がありました。
 それはまた、全知全能である創造主達が最後まで持ち得なかった、唯一無二のものでもありました。
 すべては混沌の海の静謐を保つため、荒れ狂う渦の崩壊を防ぐため。
 即ち、世界を守るため。
 幼き子供等が愚かな親達を懲らしめる、第二幕の始まりです」


「ところで、他の連中はどうしたんだ?」
「危ないからヨシノさんの魔法で先に脱出してもらったんですよ」
「なにぃー? またえらくあっさり解決したもんだな……。行き先は分かるのか?」
「はい。リンデン王国っていう所なんですけど。
 何でも、代々の王様がエトラーゼで……地球の人には親切にしてくれるみたいですね」

 ほほう、エトラーゼってのは余所者のくせして国家元首になれるくらいに定着してるもんなのか。

 ウェッジの受け売り話によると、リンデン王国とやらは異世界──地球の技術や知識を活かす事によって発展してきた国家で、エトラーゼに対する福利厚生の徹底が国策として執り行われているのだとか。
 つまり、右も左も分からぬ哀れな子羊に、無償の愛を恵んでくださるというわけだ。
 具体的には、教育と衣食住の保障といったところかね?
 どの程度の水準なのかは不明だが、少なくとも『素っ裸でクソ迷宮に放り出される』よりかはマシな待遇が望めるだろう。
 俺達みたいな宿無し文無しロクデナシには願ってもない好条件だ。
 唯一の気掛かりは、教えてくれたのが五百年も現世と隔絶されていたニャン公だって事なんだが……まあ、敢えて文句は言うまい。
 ぶっちゃけ、選り好みする余裕どころか、選択肢すらない境遇なわけだしな。
 ここから出られるなら、行き先は何処だっていい。
 第四世界の紛争地域にだって喜び勇んで赴いてやるぜ。
 太陽と大地があるというのは、それくらいに重要な事なのだ。

「じゃあ、一緒に向こうで待ってりゃよかったんじゃねえのか? 何でお前ら残ってんだ?」
「そりゃあもちろん、カーリャちゃんのお母さんを助けるために決まってるじゃないですか」
「おう、かあさまたすけるぞ!」
「はぇ? アレって助けられるようなモンなのか?」
「らしいですよ」
「どうやって?」
「さあ? ヨシノさんはお兄さんとカーリャちゃんが戻ってきたら説明するって言ってましたけど……」


「……放逐された原初の神々が残した、悪意の生き写し。
 星を喰らい神を喰らい、混沌の海を飲み干さんとする魔物達の出現です。
 試練と呼ぶには過酷な、余りにも過酷な仕打ちと言えるでしょう。
 それは、まさしく災厄でした。
 しかし、負ける訳にはいきません。
 逃げ場など何処にも無いのです。
 新しき神々は疲弊した身を推して迎え撃ち、我々も未熟な力を振り絞って抗いました」


『……………………』

 そこでようやくと言うべきか、全員の視線が心地良さそうに謳っている白猫に集中する。
 次いでソルレオーネを凝視すると、ヒゲを引っ張れとのジェスチャーが返ってきたので、遠慮なく力を尽くす事にした。

「おお、見よ! あの光を! 偉大なるアリュークスに夜明けが──にゃげっ!?」

 ……チッ、抜けなかったか。運の良い奴め。

「何をするんですか!? 不躾ですよ!」

「うるせえ!! 教会で聖書の朗読会を開いてるんじゃねえんだぞ!
 何でそんな長ったらしい話を聞かされにゃあならんのだ!? 要点を言え! 要点を!
 怪獣ママをどうにかするのに俺達の協力が要るのか!? 要らねえのか!?
 要らねえんなら脱出だ! お前の魔法で外に飛ばせ! お願いします!
 また長話なんかしやがったら、その尻尾を固結びにしてやるから覚悟しろよ!!」

 距離を詰めて真ん丸い猫の瞳を圧迫し、一息で捲し立てる。

「ジェギルさんみたいな事を仰いますね……」

 あるのかどうかも分からん眉毛近辺の筋肉を動かして、ぼやくヨシノ。
 自分が話し出すと長い生き物である事は心得ているのだろう。それから後の話は、少しだけ聞き手への配慮が窺えた。

「あの魔獣の名はマーナガルム。一部の方達からはフェンリル狼とも呼ばれていますね。
 創世記最後の戦いで猛威を振るった、邪悪なる神々の落とし子です。
 基本的に不死の存在ですので、通常の手段で滅ぼす事はできません。
 力を弱め、封印するしかないのです。
 封印と一口に言っても、方法は様々です。
 身体をバラバラに引き裂いた上で、それぞれの部位を別々の地に封印する。
 遙か彼方の星々を媒介にして封印する。
 異次元世界に隔離幽閉という形で封印する。
 中でも一風変わった方法を用いたのが、レイシャさんとカーリャさんの一族でした。
 彼女達の祖先は、魔物の存在を幾つかに分割して、自らの身体に封じる術を編み出したのです。
 封じられた魔物の一部は、更に細分化されてその子へ。そのまた子へと、子々孫々に渡って受け継がれていきます……」

 …………結局、長い事には変わりなかったんだけどな。
 しかし、なるほどねえ。
 そうして世代を経れば経るほどに魔物の力は弱まり、いつかは消えちまうだろうってわけか。
 気の遠くなるようなスケールだが、それなりに合理的な方法ではあるな。
 封印する側にとってもデメリットばかりじゃないってところがいいね。
 そう、魔物の力の恩恵に与れるという憎いメリットもあるのだ。
 モドキの爪とか牙とか怪物じみた身体能力とかの原因は、これだったんだよ。
 身体に宿した超常的存在の力を操るクラス《マトリクサー》。
 《マトリクサー》カーリャは、母より受け継いだ魔獣マーナガルムの力を引き出して使っていたのである。
 種族ではなく、クラスの問題だったのだ。

 え? それならモドキの種族は何なんだって?
 信じられんが人間らしいぞ。
 それだけ魔獣の影響が大きいって事なんだろうが……こういうのを狼少女って言うのかねえ……?

 封印の氏族ってのは、ご先祖様が封印した強大な魔物の力のせいで、モドキみたいな天然マトリクサーばかりになっちまった連中の事を言うのだそうな。
 要するに、生まれながらの責任とギブ&テイクを科せられた一族ってわけだな。
 先祖代々の使命で宿命と言えば聞こえは良いが、随分と難儀な話である。
 ……モドキにとっても、巻き込まれた俺達にとってもな。

「どうする? 別に命懸けでカーリャの母親を助けるような理由はないと思うんだが?」

 ヨシノから怪獣ママを鎮める手立てを聞いた俺は、努めて軽く振り返り、残った一人一人の顔を見回しながら言葉を紡いだ。

「何言ってるんですか!? やりますよ! カーリャちゃんは仲間じゃないですか! 協力するのは当然です!」
「某も同意見ぞ。非才の我が身にまだ役割が残されていると云うのだ。力を惜しんでいては亡き母と姉に合わせる顔が無いわ」
「カーリャちゃんって良い子よね~。理由なんてそれで充分だと思わない?」

 三人は即答か。……だろうと思ったよ。

「確かに、とっととずらかりたいってのが本音ですけどねえ……。坊ちゃんはどうするんです?」
「決まってんだろ。姉さんに服の借りを返さにゃあならんからな」
「あら? ゼイロくんは偉いわねえ。でも、無理する必要はないのよ? 嫌々じゃあ嬉しくないもの」

「ハハハハハ! ご安心ください、レディ。
 何を隠そう、魔物退治と人助けは私めのライフワーク。物の見事に勤め上げてみせましょうとも!」

「お子様がパンツ一丁で格好付けても虚しいだけですぜー」
「お前は来なくていいぞ」
「ハハハハ! 何を仰いますやら! 魔物退治と人助けは俺っちのライフワークでもあるんですぜ?」
「嘘吐きめ」
「ひどっ!?」

 リザードは、もう少しごねるかと思ったんだがな。
 妙なところで付き合いの良い奴だ。

「というわけで全員一致だ。指示を頼む」
「はい。では皆さん、こちらの魔法陣の中心に入っていただけますか?」

 ヨシノに促され、広間の中央に身を寄せる。
 ソルレオーネが俺とモドキを連れてくるまでの間に用意していたんだろう。呪文を唱えたら本物の悪魔が出てきそうな、雰囲気たっぷりの円形不思議模様だった。
 心なしか発光しているようにも見えるな。蛍光塗料で描いたのかね?

「肩の力を抜いてください。楽な姿勢で大丈夫です。すぐに術式を施しますので」

 おお、光った光った。
 如何にも魔法の儀式って感じで、盛り上がってきたじゃねえか。

「っしゃー! ここから出たら俺は日光浴がしたいぞ! ウェッジ、お前は何かあるか!?」
「え? あ……魔法の毛生え薬が欲しいですっ!!」
「うははは! 何だそりゃ!? リザードは!?」
「このナリで可愛いセニョリータを口説けるかどうか、試してみたいッス!!」
「諦めろ! シャンディー姉さん!」
「ブティック経営! 行く行くはオリジナル・ブランドの設立よ!!」
「夢があって大いに結構!! アヤトラはどうだ!?」
「そうだな……旅がしたいぞ! 日ノ本以外の世界を見てみたい!!!」
「旅か! いいねえ! 最高だ!! さあカーリャ!! お前が主役だ! ビシッと決めろ!!」

「ヤケニクくいてぇ────────ッッッ!!!!」

 輝きを増す魔法陣の中央でスクラムを組んだ俺達六人は、高揚する想いに任せて誓いの言葉をぶつけ合った。
 些細な儀式ってやつだ。
 内容なんざどうでもいい。
 何が何でも生還してやるっていう気迫を込めてるだけなんだよ。


 ヤケクソ気味に揃った俺達の笑い声は、少しずつ溶け合うように集束し、狭間の空へと響き渡った。

















 あとがき

 大変お待たせしましたあああああ!!

 16話です。
 説明を詰めるのに苦労しました。
 連休中は仕事でした。
 敵の強さがドラゴンボール並みのインフレになっていますが、恐らく17話でピークを迎えて一気に下降していくものと思われます。
 主人公が強くなったわけじゃありませんからね。
 19話くらいでは初心に返って山賊やチンピラを虐めているはず!



■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 現在の所持品  19/20

 パーソナル マップ  (72)
 フォーチュン ダイス  (483)
 豊穣神の永遠のボトル
 特殊樹脂製のタワーシールド  (5) 〈Dグレード〉 〈軽量級〉

 丈夫で軽くて滑らかで愛が込められた高品質の スパイダーシルク製の背負い袋

 入)スパイダーシルクの子供用胴衣 〈Eグレード〉 〈超軽量級〉
 入)スパイダーシルクの子供用手袋 〈Eグレード〉 〈超軽量級〉
 入)スパイダーシルクの子供用肌着 〈Eグレード〉 〈超軽量級〉
 入)スパイダーシルクの子供用下着  (8) 〈Eグレード〉〈超軽量級〉 シャンディーからもらって9入手 1枚は装備中です。

 入)ケタの干し肉  (37)
 入)他の袋4枚

 丁寧な作りの軽くて丈夫な スパイダーシルク製の背負い袋

 入)スマイリーキャベツ  (5)
 入)オミカン  (9)

 丈夫な革製の背負い袋

 入)陽光のカンテラ
 入)水筒 〈空〉
 入)丸い水筒 〈湧き水〉
 入)大きめの水筒 〈井戸水〉

 ヒール ストーン
 ヒール ストーン
 リフレッシュ ストーン (4)
 冒険者の松明  (32)
 火の付いた冒険者の松明
 麻製のロープ  (71)
 蜘蛛の歩みの秘薬  (8)
 蟻の力の秘薬  (9)
 蜂の一刺しの秘薬  (3)
 蝗の躍動の秘薬  (2)
 ケタ肉の塊  (24)
 月光鱒の切り身  (58)


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 次回、遂に脱出!?

 開放的なフィールドでの冒険が、きっと俺を待っている……。




[15918] 17  意思ぶつけ作戦
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2010/05/25 02:19

 魔法陣から溢れる光が収まっただけで、映る景色は依然変わりない。
 身体にも特に異常はないようだ。
 拍子抜け。思っていたほどでもない。
 それが正直な感想だった。

「どうだ? 何か変わったところはあるか? 俺はないぞ」
「某もだ。もっと劇的な変化を期待していたのだが……んん?」
「お?」

 アヤトラと見合って、すぐに硬直。
 丸くなった目だけのやり取りで互いの状態を把握する。

「お、お兄さん!? お兄さん透けてますよ!?」
「ウェッジ! お前も透けてるって! って、俺っちもかい!? うわぁー気色悪りぃ!」

 確かに、見慣れた面子が薄ぼんやりと透けて見えるってのは奇妙なもんだな……。
 如何にも化けて出てこられたみたいで心臓に悪いぞ。
 俺は苦笑いと共に深い息をつきながら、半透明になった自身の身体を見下ろした。

「ゼイロさん、技能枠を増加してみてはいかがですか? 有用な珍しい技能を習得できますよ」
「ん? ああ分かった」



 ◆ 前提条件達成 アストラル体での活動を経験した事により 《アストラル制御》技能を習得しました。



 ヨシノのアドバイスに従ってDPを振り分けてみると、早速のポップアップ。普通に生きていたら、まずお目に掛かれないであろうレア技能が習得できた。
 有用かどうかはともかくとして、大先輩の薦めである。保持しておくに越した事はないだろう。
 ……本気で上げようと思ったら物凄い労力が要りそうだけどな。
 そもそも、どうやって練習すればいいのか見当も付かん。
 幽体離脱なんて頻繁に経験できるようなもんでもねえだろうし。この機会にコツでも掴んでおけって事なのかね?
 ああ、幽体離脱じゃなくて幽体化だったか。
 字面だけだと細かい違いに思えちまうが、抜け殻の心配をしなくて済むってのは非常に有り難い。
 こんないつ崩れるとも知れない場所……は、関係ねえか。何処であろうと無防備な肉体を置き去りにするなんてのぁ論外だからな。
 俺には耐えられそうもない。
 肉体を残さない幽体化で本当に良かったよ。

 俺達六人は、ヨシノが施した儀式魔法とやらによってアストラル体へと変換された。
 詳しい方法は分からんが、事前の説明では生物を構成する魂、霊体、肉体の三つの要素に干渉して配列を入れ替えるとか言ってたな。
 本来なら霊体と魂を収めるべき器であるはずの肉体を、逆に魂の中に収める形にするという事らしい。
 要するに、生きながら幽霊同然の身の上になったってわけだ。
 ……うん、考えれば考えるほどに頭の痛くなってくる話だな。
 だがまあ、実際になっちまったんだから仕方ない。
 在るがままを受け入れるしかないのである。

「さて、これで皆さんはアストラル体になったわけですが……何か質問はありますか?
 些細な知識の有無が命運を左右する事もあります。遠慮なく仰ってくださいね。──って、何をなさっているんですか?」

「決まってんだろ。検証だよ、検証。……んーむ、やっぱり実体には触れねえのか」

 喋るヨシノの喉に手を伸ばして確認。自分が非実体の存在となった事を改めて実感する。
 己にとって確かな物であるはずの身体の一部が他人の身体をすり抜けるというのは、何とも不思議な感覚だった。

「むう、此はまた面妖な……」
「ほらほらトラちゃん、ゼイロくんも握手握手」
「おうおう、シノさまスカスカになった! カーリャ、まえのフカフカのほうがよかったぞ!」

 更にヨシノの腹の中で、他の連中と手なんか繋いだりしてみたり。
 傍から見ると遊んでいるだけに思えるかもしれないが、これも立派な検証作業なのである。
 おかげでアストラル体同士での接触は可能だという事が証明された。
 ソルレオーネとジェギルの喧嘩を見てたから分かってはいたんだがな……。あいつら色んな意味で人間じゃねえから、自分の手で試してみねえと確信できなかったんだよ。

「……皆さん、お気持ちは分かりますが……余り人の身体で遊ばないように」
「へいへい。それで、効果時間はどれくらいなんだ? すり抜けてる最中に切れたらどうなる?」

「はい、お時間の方は丸一日が過ぎたら元に戻るように設定しておきました。
 透過中に時間切れを迎えた場合は、対象の物体から強制的に弾き出される事になりますね。
 特に高所を浮遊中に実体を取り戻してしまうと大変危険ですので、残り時間にはくれぐれも注意してください」

 ってことは、24時間このままなのか……。
 浮遊云々という話からして幽霊らしく空を飛べたりもするんだろうが、あんまりそういう感じはしねえな。

「アイテムの出し入れができなくなっているのはどうしてかしら?」

「エトラーゼの肉体、つまり物質界に依存した能力であるが故に使用できなくなってしまったのです。
 物質界からの干渉を一切受け付けない代わりに、物質界に干渉する事もできない。
 それが霊的存在たるアストラル体の特性ですから」

「特技も駄目なのか?」

「そうですね。HPやCPを消費する特技は、すべて使用不可能と思っていただいて結構です。
 魔法はある程度なら使えますが、精神力を削る行為ですので慣れない内は控えた方がよろしいでしょう。
 最悪の場合、アストラル体を保てなくなり、時間切れまで迷える魂同然の状態で漂う事になる恐れがあります」
 
 なるほど、肉体準拠の能力は全部無効化されちまうってわけだな。
 当然と言えば当然だが、魔法にも制限が掛かるとなると、戦闘はできるだけ避けるのが無難というものだろう。
 魔法が使えない俺にできるのは、せいぜい偵察と攪乱。お化け屋敷のアルバイトってところかね。
 肉体ごとアストラル体になっている今の状態だと、移動や逃走の手段としても大いに役立つだろうし。そう捨てたもんじゃねえやな。
 ……いや、待てよ?
 
「火や日光には弱かったりするのか?」
「あーそうか。それがありやしたねえ。ゴーストみたいに消えちまったらどうするんですかい?」

 俺の質問にリザードが相づちを打つ。
 非実体の悪霊であるシニガミを退治した身としては、何が何でも知っておかなければならない事なのだ。
 下手打って『同じ末路を迎えましたァァ!!』じゃ洒落にならんからな。格好悪すぎる。

「大丈夫ですよ。アストラル体はアンデッドとは違いますから、影響を受ける事はありません。
 多くのアンデッドが火や日光を苦手としているのは、彼らが穢れによって変質した存在だからなのです。
 穢れとは大気中に含まれる陰の力の事で、負の感情と結び付きやすい性質を備えています。
 アンデッドが自然発生するのは、未練や憎悪といった負の感情を呼び水にした死者が、大気中の穢れを取り込んでしまうからなのですよ」

 ほほう。じゃあ何か?
 非実体でもシニガミみたいな悪霊は穢れきった混じり物だから、火や日光で消毒されちまうって事なのか?
 事実だとしたら随分と宗教的な方便だな。

 イメージとしては、ヒポクラテスが唱えた瘴気説に近いだろう。
 病気の原因を呪いや祟りといった非科学的なモノに定めず、空気や水に混ざった物理的な外因──即ち瘴気として想定する。それが瘴気説の概要だ。
 公衆衛生や感染症に対する意識が発達した先進諸国では、とっくの昔に卒業したはずの概念なんだが……こっちの世界だとまだまだ現役なのかね?
 ……ん? とすると穢れはウィルス性の何とやら?
 でもって、ゾンビは伝染病患者か?
 いかん。いかんぞ。頭が勝手にゾンビ映画お定まりの予想論を構築していく。
 これはもはやパニックホラー好きの宿業だな。ジョージの奴も罪作りな事をしてくれたもんだぜ。

「えーと……つまり……どういうことですか、お兄さん?」
「何で俺に訊くんだ?」

 ウェッジを皮切りにして一斉にこちらを見てくる半透明仲間達に思わず嘆息。軽い渋面で返す。
 ヨシノの言ってる事が、よく呑み込めなかったのか?
 だからって俺に解説を求めるのはお門違いだぞ。

「だって、こん中で一番のインテリつったら坊ちゃんでしょ? 学歴皆無の俺っちにも分かるように説明してくださいよ」
「学歴なら俺だって全滅だぞ。自分の食い扶持を稼ぐので精一杯だったからな。小学校にも行けなかった」
「あら、奇遇ねえ。私も似たような境遇だったわ」
「うむ……学校とやらの事は理解し難いが、恐らく某も同様なのであろうな」
「おう、ガッコウか! カーリャ、らいねんからかようぞ!」

 ……なんとまあ、揃いも揃ってスクールライフ未経験だったのかよ。
 どいつもこいつも学の無さに悩み苦しむ、暗い青春の日々を送ってきたってのかね?

「あの、高校生だったオレは仲間に入れますかね……?」
「しょうがねえなあ。お前らにも分かるように教えてやるから、集中して聞けよ」
「うわー」

 空気を読まずに学歴自慢をする不心得者を無視し、俺はバカ共のレベルに合わせて口を動かした。
 
「穢れってのはアレだ。呪いの一種だ。多分、死因やら死の間際の精神状態やらに左右されるんだろうな。
 飢え死にすると飢餓感が困じて、肉食命のグールになる。
 独りじゃ寂しいと嘆いて死ねば、手当たり次第にお仲間を増やすゲロンチョなシニガミになる。
 そんな感じで不幸な死に方をしたら、化けて出ちまうような仕組みになってるんだろうよ」

 推論混じりの適当解説だったが、訂正せずに頷いているヨシノ見るに、これで大体正解らしい。
 ……けど、ちっとも嬉しくねえな。
 むしろ、とんでもなく難儀な世界だって事が再確認できて最悪に近い気分だった。
 
「──で、次に俺達とシニガミの違いについてだが、霊体とかいったオカルトな代物じゃなく、
 別の何か……そうだな、気体にでも例えて考えた方が分かりやすいだろうな」

 息継ぎ一つで持ち直し、曖昧な反応を見せる五人へと言葉を続ける。

「俺達は無味無臭、無色な上に無毒で燃えないヘリウムガス。
 悪霊共は硫化水素並みに臭くて水素のように燃えやすい、サリンみたいなクソッタレの猛毒ガス。
 ほら、そう考えると何となく合点がいくだろ?」

 気体を例に挙げたのは単なるアドリブだったのだが、数秒後には我ながら的を射た表現ではないかと思えるようになっていた。
 同じエアロゾル状の物質でも水に溶けたり溶けなかったり、空気より重かったり軽かったりと種類の程は千差万別。実際のアストラル体と非実体型アンデッドの違いも似たようなもんなんだろう。

「どうですかー? ご理解いただけましたかー?」

「はあ……まあ、何となく」
「ええ、本当に何となくですけど…………つまり、どういうことなんです?」
「うむ、全く分からぬぞ」

 しかし、これでも尚首を捻るとは……何というボンクラ具合か。
 男三匹の言い草に震え、空中浮遊に興じている女二匹に転けそうになった俺は、平常心を保つために無意味な前回り受け身を披露した。
 魔法か? 魔法のせいか? 重さゼロになったら脳味噌まで軽くなっちゃいましたってか?
 それともアレか? 元からか? 大して詰まってなかったのか?

「あー……ほら、同じ液体でも水は燃えないだろ? 酒は燃えるだろ? つまりそんな感じだ」

「ああ、なるほど! ようやく分かりましたよ! そんな感じなんですね!」
「いやー、さすが坊ちゃん! ビールを飲んだら小便が出るってくらい分かりやすかったッスよ!」
「左様左様、此ぞまさしく自明の理と云う物であろう」

 どうやら後者で決まりみたいだな。
 初等教育すら受けていないという自己申告は伊達ではないらしい。学問の大切さを痛感させてくれる、絵に描いたような反面教師ぶりだった。
 本当に、ちょっと物を教えるだけで何でこんなに疲れなきゃいけねえんだよ……。

「ゼイロさん、お疲れ様でした。
 色々と造詣が深いようで感心しましたよ。学がないと仰ったのは謙遜だったのですね?」

 肉球をポフポフと合わせながら、ヨシノが悪意のない褒め言葉を贈ってくる。
 うん、そう。謙遜だったんだ。
 って、んな事訊かれて答えられるわきゃーねーだろ! 一体どんな自惚れ屋だよ?
 残念だったな。そんな仕草で癒されるほど俺は甘く出来てちゃいねえぞ。

「一応、人並みに勉強はしてたつもりなんでな。
 それより、そろそろ外で働いてる二人の応援に行った方がいいんじゃねえのか?」

 ソルレオーネがジェギルの加勢に向かってから、すでに10分近くが経過している。
 怪獣相手に奮戦してもらっているのだ。人の主観にも依るかもしれんが、いくら何でも待たせすぎというものだろう。
 日本産の某巨大ヒーローだって、1ラウンド3分のファイトが限度なんだしな。
 俺なら逃げるね。間違いなく。

「あ! 最後に一つだけ、質問してもいいですか!?」
「ええ、どうぞ」
「何でオレ達……その、地面に立ってるんです?」

 ……おお、確かに。
 割って入ってきたハゲ頭ウェッジの質問は少々言葉足らずだったが、内容としては至極もっともな疑問だった。
 物質界の──要するに物理的、肉体的な影響を一切受け付けない存在であるはずの俺達が、重力に囚われ地面に立っているのは何故か? というわけである。
 普通に考えると床をすり抜けてしまうから、足が着くはずはない。
 本来なら宙を漂うのが正しい状態のはずだろう。
 こいつはとんだ盲点だったな。まさか、ウェッジが先に気付くとは思わなかった。

「それは貴方達が肉体を持っていた頃の感覚に縛られているからですよ。
 アストラル体は精神に依存する存在ですから、個人個人の想念によって限界が定められてしまうのです」

「思い込みに左右されるって事か?」

「身も蓋もなく言ってしまえばそうなりますね。
 自分の身体は当然地面に立つものだと思い込んだがためにに生じた、擬似的な肉体感というわけです」

 じゃあ、今モドキと姉さんが飛んでるのは、空を飛べると思い込んでるからなのかね?
 何て言うか……存在自体が不自然なくせに、妙なところで理に適っているんだな。
 しかも、その理がまた合理性とは程遠いと来てる。理解はしたし納得もできたが、順応するには少しばかり苦心を重ねる必要がありそうだった。
 俺は夢想家じゃねえからな。
 もちろん童心を忘れたつもりはないが、空飛ぶなんていきなりそんな無茶な真似は──。

「あれ? 坊ちゃん、飛んでみねえんですかい?」
「結構楽しいですよ~」
「はっはー! 軽い! 軽いぞ! 雲にでも成ったかの様な心地だな!」

 …………わーお。
 皆さん、簡単に飛んでますね。

「おう、ふわふわだー! ふわふわってふぉー!」
「カーリャちゃーん、あんまり遠くに行っちゃダメよー」

 脳味噌の軽さとオカルトに対する適応力ってのは反比例するもんなのか?
 こっちは全然思い通りにならんぞ。
 せめて浮くくらいの事はできると思ったんだがなあ……畜生め。これじゃあまるで俺の方に問題があるみてえじゃねえかよ。

「それでは皆さん、改めて心の準備はよろしいですか? 上に参りますよ~」

 捧げ持つように上げられたヨシノの右手から、バレーボール大の光の球が浮かび上がる。
 魔法で作られた魂の容れ物。力を秘めた異世界のアート。
 その優しげな色合いと揺らめくフロリダの海原を思い出させる輝きに、俺達六人は無言の内に眼を奪われた。
 ……今更かもしれんが、魔力の光ってのは綺麗なモンだったんだな。柄にもない感動を覚えちまったぞ。

「こちらの魔力球に手を触れていただけますか」
「触るだけでいいのか?」
「はい、触るだけです。痛みも苦しみもありません」

 しかし、いざとなると不安なもんだねえ。
 全員で、あの中に入るだなんてよ。
 本人の思い込み次第でどうとでもなるというアストラル体の特性から推察するに、潰れる事だけはないと思うんだが……小さくなったりするのかね?

 「某から参ろう」

 窮屈じゃなきゃいいんだけどな。
 余裕綽々の顔で光の球に吸い込まれていくアヤトラに苦笑いを零し、俺は前へと進み出た。

「後に続くぞ、野郎共!」

 さあ、いざ一致団結と参ろうじゃねえか。








 所変わって、スカベンジャーズ・マンション上空。

 【瞬間移動(テレポート)】の魔法で瞬く間に狭間の空へと移動したヨシノの手の中、煌めく魔力球の中に収められた俺達六人は、眼下に広がる光景に感嘆の息を呑んだ。

「っひゃあああああ、でっけえええええ~~!?!」
「マップがないと、どうしようもない広さですよね……。圧巻ってこういうのを言うんだろうなあ……」
「然り。此程の威容を造り上げるのに、果たしてどれだけの人手が費やされたのか……見当も付かぬわ」

 スカベンジャーズ・マンションの全体像を見下ろしているわけなんだけど、これがまた非常識って言葉が霞むくらいの広大さだったんだよ。
 とてつもなく巨大な石造りの立方体が、中空を漂っている。
 溢れんばかりの重量感と共に、宇宙に似た空間を占有しているのである。
 もちろん俺は宇宙に上がった事なんてねえけどよ。それでも断言できるぜ。
 小惑星を間近に拝むってのは、きっとこんな感じだ。

「まあ、単純な規模だけならそうでしょうけれどね。
 不気味一辺倒で何の感銘もないから私は嫌いよ。アユタヤの遺跡の方が情緒があってずっと素敵だわ」

 姉さんの感想には概ね同意なんだがな。人によっちゃあ、この虚無的なスケール感が堪らないって事もあるんだよ。
 かく言う俺もその口だ。他の野郎共も程度の差はあれ血圧を上下させていたから、馬鹿でかい物好きってのは男の性なのかもしれねえやな。

「おう、かあさまあっちだ!」

 そしてそれは、おおよその事に対して当て嵌まる嗜好でもある。

「うわぉあ?!! あああああ、アレがですかっ!? ほほほ本当に怪獣じゃないですか!?」
「だぁから言っただろうが。こいつのママは御犬様だって」
「そんなレベルじゃありませんよ!!?」

 生き物でもそう。

「……なんつーか、ガキの頃流行ってたヒーロー番組を思い出しやすねえ」
「私もよ、テンちゃん。毎週毎週、近所のみんなでテレビのある家に集まって観ていたのを思い出しちゃったわ」
「当ててやろうか。どっちのやつも日本製だろ?」

 戦いでもそう。

「ふはははっ、黄泉の箱が割れていきおるわ!」

 破壊行為なんてのは特にそうだ。
 でかければでかいほど良い。
 心が躍る。胸が騒ぐ。
 威圧感だけで何の趣もなかった石材の塊が、破壊者達の争いの余波で表情たっぷりに削ぎ落とされていく様は爽快の一言だった。
 巻き込まれる側に居た時は、聖書を破り捨ててやりたい気分で一杯だったんだがな。観る側に回っちまったら過ぎた話よ。
 今この場において俺達は、無責任な観客以外の何者でもありはしないのである。


「ヴァルキリィィィィッウィ────ッング!!」

 肥大化し、刃のように鋭くなった両翼で狭間の空を切り裂きながら、ソルレオーネが飛翔する。
 迎え撃つはモドキのママの成れの果て。怪獣ママこと魔獣マーナガルム。
 振り下ろされる前足を抜け、吹雪渦巻く極寒の顎を躱し、交差したサキュバスの翼が巨狼の毛皮に赤い一筋を走らせる。

「ヴァルキュリアッッッブラスタァァァ────ッッ!!!」

 慣性を無視した急反転からの追撃は、目映く輝くレーザービーム。

「焼けっ爛れろォォォォ!!!」

 逆方向からは、ジェギルの必殺火炎ファイヤー。
 火種も燃料もなしに激流の勢いで炎を吐き出す、驚天動地の天然業だ。
 ……何年か前に公開されたゴジラシリーズの最終作を彷彿とさせる迫力だな。
 理不尽なまでの量のエネルギーを手から口から大放出。あいつら身体に原子炉でも搭載してやがるのか? その内にメルトダウンとか起こしそうで心配になってきたぞ。
 人間離れした光景も段々と置いてきぼり感が強くなってきた。いい加減、過剰供給だ。

「……なあヨシノ、本当に俺達の出番ってあるのか?」

 振り仰いで尋ねると、真ん丸な猫の瞳が満月のように輝いていた。

「もちろんですよ。レイシャさんを救えるかどうかは貴方達の精神力に懸かっていると言っても過言ではありません」

 ちなみに今の俺達は、ハムスター程度のサイズにまで縮小化している。
 予想通り、バレーボール大の魔力球の中に収まるよう最適化されたってわけだな。
 やや手狭だが息が詰まるというほどではない。
 強いて問題点を挙げるとするなら、自分達が小さくなった分だけ外の物が大きく見えてしまうといった事くらいなものだろう。
 何が言いたいのかって?
 別に大した事じゃないさ。
 ただちょっと……猫が苦手になりそうなだけだ。
 小動物が本能的に臆病な理由がよく分かる。まったく貴重なミニマム体験ですね。


「っかぁ──ッ! 脇腹が痛てぇ!」
「下品な弱音を吐くんじゃない。中年親父か、お前は」

 息ピッタリのダブル急降下キックでマーナガルムを瓦礫の中に沈めたジェギルとソルレオーネが、空いた時間でこちらと合流。減らず口を交わし合う。

「テメェの方こそアホか。何がヴァルキリーウィングでブラスターだっつーの」
「今更何を言う。技の名前を叫ぶ事によって自らの意気を高める。様式美の枠を超えた立派な戦法ではないか」

 そうだな。一理あるな。
 馬鹿っぽく見えるっていう欠点を補えるほどじゃねえけど。

「お二人とも、五百年ぶりの戦闘に盛り上がるお気持ちはよく分かりますが、そろそろ落ち着いてください。
 ジェギルさん、ソルレオーネさんから作戦の内容はお聞きしましたか?」

「あー聞いた聞いた。何をすんのかと思ったら、目覚ましを喰らわせてやるってんだもんな。器用なことするよ、まったく」

 身体のあちこちに刺さった巨大な針のような凶器を抜きながら、ジェギルが広い肩を揺らす。
 針の正体は射出されたマーナガルムの獣毛だ。刺さった時はどう見ても致命傷だと思ったんだけどな。平気そうな顔してやがるから、当人にとっては大した痛手じゃないんだろう。
 むしろ、見てるこっちが痛くなってくる。
 ハムスター視点だから傷口とかのグロさが半端じゃねえんだよ。ウェッジは口元を抑えてるし、リザードは身を捩らせてるし。いい加減しっかりしてほしいぜ。

「おーう、エトラーゼの小僧! アストラル体になった気分はどうだ~? ふわふわして気持ち悪りぃだろ?」
「アホかー! 手ぇ放しやがれぇぇー!! ボケェーッ!!」

 揺らすな揺らすな。気持ち悪いのはお前が俺達の容れ物を揺らすからだろうが。この穴だらけの蓮根女め。

「ハハハハッ! 元気があって結構結構! その調子で決死隊の方も頑張れよ!」

 激励のつもりだったのか知らんが、この恨みは忘れんぞ。
 だが何だ、決死隊とはまた古い記憶を刺激する響きだな……。映画『Fantastic Voyage』を思い出しちまったぞ。
 あれの邦題がな、丁度『ミクロの決死圏』だったんだよ。
 やろうとしてる事も、何だかんだでよく似てらぁね。


 シャイターン共のせいで解放されちまった、魔獣マーナガルムの再封印。
 そのプロセスは至って単純、かつ明快なものだった。
 荒れ狂うマーナガルムの中で深い眠りについているモドキママの意識を、愛娘であるモドキの呼び掛けによって覚醒させようというのである。
 文字通りの、魂からの訴えでな。
 肉声じゃあ届く見込みは限りなくゼロに近い。だから、精神世界に乗り込んで直接頬を叩いてやろうってわけなんだとよ。
 霊魂に等しいアストラル体の状態だからこそ罷り通る無茶なんだろうが、まあ荒唐無稽な話だわな。
 こっちの世界の住人の感覚でもセオリーにない、相当危険な一か八かの荒療治的方法らしいし。実際に実行に移す奴は相当な阿呆だと思う。
 だってアレだぞ。他人の心の中に土足でお邪魔しようってんだぞ? 比喩じゃなくてストレートかつダイレクトに。
 当然、魔獣は抵抗する。拒絶反応が起こるだろう。
 肉体への侵入者なら白血球がお出迎えだが、精神の場合は何が出てくるのかね?
 俺達がモドキに付き合ってアストラル体になったのは、その露払いのためなんだよ。
 精神世界で興る迎撃の手からお嬢様を守り通し、眠る母君の元までお送りする。
 それが俺達、ミクロ決死隊ならぬアストラル侵入隊の役割なのである。

 え? その間、騎士団三人娘は何をするのかって?
 んなもん、現実世界で魔獣の相手を務めるに決まってんだろ。
 精神世界で俺達に掛かる負担を軽減するための措置なんだそうだ。常識的に考えても激しい戦闘を繰り広げながら頭を働かせるなんてのぁ至難の業だからな。効果はあるんだろう。
 当然ながら、役割を逆にするのは論外だ。
 あんな怪獣ママゴン相手じゃあ戦いにもならん。寝返りだけで圧殺されちまう。
 というわけで、オカルト一年生なド素人集団は精神の側、スーパーヒロインである騎士団三人娘は肉体の側。それぞれを受け持つのが正しいったら正しい構成なのである。
 言うなれば、二正面作戦。精神と肉体の両側から攻め立てる事で、成功の確率を少しでも上げてやろうってわけだな。


「名付けて〝意思ぶつけ作戦〟! さあさあ皆さん、参りますよ!」

 …………どうでもいいが、作戦名にはもう少し拘ってほしかった。

「うおっしゃあああああああああああ!!!」

 復活した魔獣の咆哮が大気を裂くと同時にジェギルが吼え、ソルレオーネが笑み、ヨシノが静かに呼気を紡ぐ。
 そこから先は人型と獣型、異なる形をした高速戦闘機の独壇場だ。
 マーナガルムが獣毛の針を発射。鋼の槍と見紛うばかりの長大な鋭さが幾千にも唸りを上げて、三方に散った騎士達に襲い掛かる。

「セイクリッド・シィィールド!!」

 ソルレオーネは意に介さず、前面に展開させたエネルギーの盾に任せて直進。

「──アンド、ヴァルキュリア・インパクト!!!」

 でもって突撃、体当たり。

「ぎぎゃぁぁぁぁ痛てぇぇぇえええ!!!」

 ジェギルの方は明らかに直撃を受けている様子だったが、特に問題はないのだろう。お返しとばかりに口から物騒な物を吐き出していた。
 着弾後に猛烈な勢いで燃焼する、ナパームのような火炎弾だ。
 鬱陶しそうに首を振るマーナガルムの側面に回り込み、その凍てついた毛皮のキャンバスを明るく無惨に染めていく。

「あれじゃあ、どっちが怪獣だか分かりゃしねえやな」
「わたくしもそうですが、お二人とも丸腰ですからね。少々粗野な戦いになってしまうのも致し方ない事と言えるでしょう」

 同僚の豪快さにフォローを入れつつ、左手から放出した拡散性の光線で毛針の嵐を撃ち落とすヨシノ。
 続くブリザードの吐息には何処からともなく興った風が絡み付き、小さな竜巻と成って流れて見事に相殺。
 丁寧な言葉遣いに相応しく、三人の中では最もスマートな対処だった。
 見てるこっちも大盛り上がりだったな。参考にはならんが華々しい視覚効果が目白押しで楽しめた。

「【迎撃誘導弾(ディフレクト・ミサイル)】と【守護の風(エレメンタル・ガード・ウィンド)】の応用に過ぎません。
 精進を怠りさえしなければ、いつか貴方達にも似たような術が使えるようになりますよ」

 歓声を上げる俺達を気恥ずかしく思ったのか、ヨシノが魔獣に視線を定めたままの呟きだけで返してくる。
 この辺の奥ゆかしさは如何にも元日本人らしいところだな。猫人間じゃなけりゃあ、もっと別の意味でも可愛く見えた事だろうに。

「重ねて言いますが、精神世界では意思と想念の強さこそがすべてです。
 貴方達の感覚情報は共有され、想い描いた物は現実の存在として等しい機能を果たすでしょう。
 通常の魔法は意味を成しません。ステータスの数値は無視してください。
 肝心なのは己を見失わない事、敵の本質を捉える事です。
 大小強弱の差はあろうとも、結局は同じアストラル体。ならば、貴方達に魔獣を──」

「分かってるよ! 同じ土俵に立ってるからこそ、付け入る余地があるってんだろ!」
「応! 成ればこそ、某達の様な力弱き者にも出番が有ると云う訳だ!!」
「カーリャ、かあさまおこしてくるぞ!!」

 長くなりそうなおさらいの言葉を遮り、滾る威勢の程を訴える。
 精神世界なんていう未知の領域に乗り込もうってんだ。気休めにもならない訓示はいらねえ。
 こっちの空元気が続く内に、とっとと始めちまってくれ。
 そんな俺達の意を察してくれたのか、ヒゲを張って口元を引き締めるヨシノ。
 スピードを上げて天高く昇り、大仰な構えを取る。
 射出の体勢だ。

「武運をお祈りしていますよ!!」

 狙いは眼下のマーナガルム。
 撃ち出す弾は……球は、俺達が入った魔力球だ。
 何しろ〝意思ぶつけ作戦〟ってくらいだからな。

 精神は霊体に覆われる形で肉体の中に収まっている。
 従って精神世界に乗り込むには、相手の身体に直接触れる必要がある。
 俺達の存在をまとめてぶつける必要があるというわけだ。

「魔弾よ! 我が同胞の魂を導き給え!!」

 ……………………概要を聞かされた時は、もっとソフトな方法だと思ってたんだがな。

 いや、弾丸扱いされるのは別にいいんだよ。分かってた事だし。
 アホみたいなスピードも我慢できる。
 生身だったらGでえらい事になってたんだろうけどな。アストラル体だから問題ない。
 睨む魔獣の凶眼も、真っ正面で開かれる視界一杯の大顎も、俺達の意気を挫くほどじゃあない。

「うわうわうわうわうわうわうわおぅわ──っ!! 間近で見るとやっぱ怖えええええええ!!?」
「ジャスピオーン! 何とかしてよ、ジャスピオォ────ッン!!!」

 ウェッジとリザードは抱き合って泣き喚いていたが、全体的には至って平常である。
 すべて予想の範囲内だ。何も慌てる事はない。
 たった一つの盲点も、俺にとってだけの問題にしか過ぎないわけだしな。
 そう、俺だけなんだよ。
 火を噴くような超縦回転で、魔獣に迫る魔力球。

「ホォォォリィィィィシィィィィィィッット!!! 熱っ! あっちぃ!? クソ摩擦熱がああああ!!」

 その中に居る俺だけが、空を飛べない俺だけが、回る容れ物の災厄に見舞われているのだ。
 状況は誰が見ても一目瞭然。ネズミ車を回すネズミ的な物凄いやつである。
 ……ん? ああ、この場合は回されるネズミと言った方が正しいのか。
 って、言葉の定義なんかどうでもいいわ!
 どうにか走れてるのはアストラル体だからか? 熱さを感じるのは思い込みのせいか? 死ぬ気で念じりゃ飛べるのか? 
 だとしても、デッドランの真っ最中だ。
 集中なんぞできるものか。

「お前らァァッァ!! 見てねぇで手ぇ貸しやがれえええェェェェ!!!」

「それは無理よ。ゼイロくんも分かってるでしょう?」
「全員で掛かればァァァ!!」
「巻き添えを増やそうとしてもダメ。自力でどうにかしなさい」

 うがぁー! まったく聡いと言おうか鋭いと言おうか! 
 今の俺に触ったら回転運動の影響をモロに受けちまう事をよく分かってやがる。無学のくせして大した慧眼だぜ、姉さん!
 だが見てろよ。

「どうにかできそうもねえから言ってんだろうがよォォォ!!? 誰でもいいから俺に付き合え!!」

 俺は諦めんぞ。
 地獄の亡者のスピリッツで手を伸ばし、低い位置に居たウェッジの足首を掴む事に成功する。

「ちょっ!? 待ってくださいよ! 引っ張らないでぇぇ!!」
「ウェッジぃぃ! お前。走るの得意だろ! カーリャも駆けっこ楽しいよなァァァ!?」
「おうおう!! カーリャ、えんりょする! おまえ、ひとりではしれ!!」
「あぁっやめて! 尻尾引っ張るのはやめて!!」
「はははははははっ! 皆の者、遊んでいる場合ではないぞ!!」

 一人でも掴んじまえばこっちのモンだ。溺れる者は何とやらで次々と巻き添えが増えていく。
 やー、お仲間が出来て嬉しいなー。

「寒い! 寒いってこれ!?」

 そして吹き付ける、逆風のブリザード。
 楽しい楽しい混沌の坩堝と化した魔力球に、更なる追い打ちが掛けられた。

『ッワアアアァァァァァ──────ッッ!!!?』

 乱気流の中を飛ぶオンボロ旅客機よりも酷い揺れである。
 もはや嵐に晒された風船さながらと言っていいだろう。前後左右に乱れまくって何が何だかよく分からん状態だ。
 ……乾燥機の中の洗濯物ってのは、こんな感じなのかねえ?

「オラァァ行ってこいヤァァァァ────ッッ!!!!」

 ほんやりとくだらない事を思う俺の耳に、ジェギルの雄叫びが轟く。
 身体ごと空間が歪むかのような衝撃が走ったのは、それとほぼ同時の事だった。
 蹴るなバカ! サッカーボールじゃねえんだぞ! もうちょっと丁寧に扱いやがれ!
 ──と、叫びを上げようにも意識はすでに闇の中。
 余りのショックに、俺達六人は仲良く気を失っちまっていた。


 ……………………とりあえず、この沸き立つ怒りは敵である犬ッコロにぶつけるとしようか。
 毛皮を剥いで玄関に飾ってやる。現実じゃ無理難題だが精神世界なら可能なはずだ。
 果たして、どんな無茶が通るのか?
 楽しみになってきたぞ。

















 あとがき


 今回で脱出まで持っていくつもりでしたが、少しじっくりと書くことにしました。
 前回を読み返して、さすがに飛ばしすぎかなと思いましたので。
 できれば、ペースも上げたいところなんですけどね……。全然思い通りにいきません。

 余談ですが、主人公ゼイロのバイタリティはGTAシリーズとセインツ・ロウの主人公達を合わせたくらいに見積もっています。
 前世の強さもそんな感じです。
 あくまでも、何となくの漠然としたイメージなんですけどね。

 遂にPVが10万の大台に乗りました!
 地味にひっそりと続くお話のつもりでしたから驚きです。嬉しさも一入です。
 目を通してくださる方々には感謝の気持ちで一杯です。
 感想もそろそろ200に届きそうですね。
 100話までに1000の感想をいただける事を目標に、続けていきたいと思います。

 暫定アイテムデータの記事を作りました。
 今はまだ本編で解説された物だけですが、何かリクエストがあれば他にも色々と載せていきますので、よろしくお願い致します。




[15918] 18
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2011/02/13 02:36

 視界一面に広がるは、白一色の雪景色。
 息をついて見上げれば、月が照り映え煌々と。
 しかし、所詮は偽りか……。
 ここは精神世界。内在するすべては夢幻の非現実に過ぎないのである。

「さむっ…………っ!?」

 今の俺にとっちゃあ紛れもない現実なのかもしれねえがな。
 アストラル体なのに寒さを感じるのは、例によってそう思い込んじまってるからか? 身体が半透明じゃなくなったのはどういうワケだ?
 ……世界そのものがアストラルに干渉できる要素で構成されているからか?
 つまり、物質界で非実体だった存在が実体扱いになるという事だから、当然見え方もそれに即したものになると……?
 ってことは、やっぱり現実と同じだと思って間違いないのかね?

「ぶえーっくしょい!!」

 確証は持てんが、暖を取る必要があるのは確かだな。
 とりあえず物は試しと右手を振ってアイテムを…………うん、出ねえわ。
 生身っぽくなったってだけで、アストラル体だっていう本質は変わっちゃいねえみたいだな。



 ◆ 特技【心頭滅却Lv 1】 〈低 難易度〉 〈気功術系〉

   体内を流れる気を律する事により、温度変化に対しての永続的な抵抗力を得る特技です。
   更にCPを消費すれば、飛躍的に効果を高める事ができます。
   熟練の使い手に掛かれば、灼熱の砂漠も極寒の凍土も等しいものとなる事でしょう。

    A 被冷熱ダメージに-1の永続修正。
    B 被冷熱ダメージに (ENDボーナス+WILボーナス)×特技Lv のマイナス修正。

    基本消費量 CP 10
    有効対象 本人のみ
    効果時間 (END+WIL)×LV×1秒



 で、せっかく覚えたこの特技も使えないと。
 ヨシノから聞いた通りだな。
 CPはコンディションポイントの略で、体調を表す数値らしい。
 特技を使いまくるとCPが減って疲労が蓄積し、身体の調子が悪くなるというわけだ。
 スタミナポイントと言い換えた方が分かりやすいかもしれんが、この世界はゲームじゃないからな。ステータスの数値だけで何もかもを計れるようには出来ていない。だから、広く意味を取ってコンディションとなっているんだろう。
 アストラル体の状態だと、その器である肉体を持っていないって事になるからな。特技が機能しなくなるのも仕方ない話なんだよ。

 ……やー、分かっちゃいたが、いざ確認してみると難儀なもんだねえ。

「うはははっはははっははは!!! わっはっほーい! 雪達磨だァァァ!!」

 どうしろってんだ、おい?
 アイテムも特技も使えないんじゃあ、ただの迷子と変わらんぞ。
 見渡す限りの大雪原に打ち捨てられた、天涯孤独のサバイバーだ。
 しかも、乙な事にパンツ一丁と来てやがる。
 一年の半分近くをマイアミのリゾートで過ごしてきた南国気質の身の上に、この仕打ちは応えるぜ。

「クソッタレェェ! 俺は白熊でもフィンランド人でもねえんだよォォォ──ッ!!
 フィンランドといやぁ今年こそはエア・ギター世界王者になるはずだったのによ、チクショーめぇぇぇ!!!」

 我が身に降り掛かった理不尽への怒りを燃やしゴロゴロと、転がし転がし雪玉を拵える。
 汗を流して、三段重ねに積み上げる。

「うおおおおっ!! 携帯電話投げ世界大会二部門制覇の血が滾るわァァァ──ッッ!!!」

 っしゃ! 暖まったぞ!
 え? トチ狂って遊んでたんじゃないのかって?
 んなわきゃーねーだろ。他に手段がないから自家発電で体温を上げてたんだっつーの。

「待ってろよォォォ!! 新開発のカリビアン・スタイルで優勝はいただきダァァァッ!!!」

 声を張り上げるのもそう。何でもいいから叫んでねえと眠気が差してきちまうんだよ。
 とにかくアレだ。身体が動く内に出発だ。
 一緒に突入した連中を探すにしても、寒さ対策を見つけるにしても、この場から動かん事にゃあ始まらん。
 俺は白い息を吐き零しつつ、腿高く上げて地平線の彼方を目指す事にした。

「アヤトラー! カーリャー! ウェッジー! 何処行きやがった返事しろォーぃ!!」

 と言っても、標すらない道行きだ。
 果たして一体、何処まで進めばいいのやら。殺風景にも程があるぞ。
 元々はモドキママの精神世界なんだよな? 雪に埋もれちまってるのは魔獣の精神に支配された影響なのか?
 それとも、俺達という異物に対しての拒絶反応?
 だとしたら良く出来ている。相手の疲弊と自滅を待っていればいいだけの消極策。単純に抗体が出てくるよりも遙かに有効で効率的な対処法だ。

「リザードぉぉ~! シャンディー姉さぁ──っん!!」

 本当に、他人の精神の中に入って遭難体験をするとは思ってもみなかった。
 進むも地獄、退くも地獄。ロシアの焦土戦術に遭ったナポレオンさながらの状況だな。
 これで冬将軍がやってきたら完璧だ。確実に死ねる。
 ついでに言うと、このままでも死ねる。
 思い込みで寒さを払い除けようにも、改善の見込みは一向になし。もはや、俺の命運は風前の灯火と言えた。
 あー、ちくしょー。足の感覚がなくなってきやがった。
 せめて防寒ブーツの一足でもあればなあ。随分と楽になるんだが……。
 いやいや、ない物ねだりなんぞしてる場合じゃねえだろ。
 それよりも空を飛ぶ事を真剣に考えるべきだ。ここは非現実の精神世界で、俺は非実体のアストラル体なわけなんだからな。

 飛べない道理はない。……はず。
 飛べる飛べる! 飛べるって! ……多分。

「ぬわあああああああッ!!! 我ながら頭が固い……ッッ!!」

 自分じゃあ、もう少し柔軟な方だと思ってたんだがなあ。
 何も疑うつもりはねえのに、どうしても最後の一線で躊躇いというか何というか……。失敗を容認するような気持ちが芽生えちまう。
 恐らくは現実感や常識といったものが働いているんだろう。精神が狂気に侵されないための安全弁だ。
 取り払うにはどうすりゃいい? 催眠術? ドラッグ? 熱烈な信仰心?
 そもそも、取り払う必要があるのか?
 他の三人はともかくとして、ウェッジとリザードにそんな悟りっぽい境地を開くような可能性があるとは思えん。原因はもっと別の所にあるはずだ。
 ……とすると、方法論の違いか?

「……………………古人曰く『Don't Think. Feel!(考えるな、感じろ!)』ってところかね」

 程なくして地面から離れた爪先を揺らし、俺は若干の感慨を込めて呟いた。
 浮いてます浮いてます。地磁気と反発してるのかってくらいに浮いてますよー。俺の身体が浮いてます。
 重要なのは思考じゃなくて感覚だったんだよ。
 飛ぼうと思うから飛ぶんじゃない。
 飛ぼうとするから飛べるんだ。
 何を言ってるのか分からないって? 大丈夫だ。俺も全然分かってないから。
 漠然とした手応えらしきものが掴めたってだけで、理論立てて説明できるようなモンじゃねえんだよ。

 だが……そうだな。イメージと感覚を直結させると言えば、多少なりとも理解を得られるかな?
 ほら、空のポットの中身が入ってると勘違いして持ち上げた時とか、自分の想像と実際の感覚のズレに驚いたりするだろ? アレの延長に近い方法だと思ってくれればいい。
 イメージで感覚を誤魔化すんだ。
 あ、いや、誤魔化すってのとはちょっと違うな……? ちゃんと適うわけだし。イメージで新しい感覚を創り上げると言った方が的確かもしれねえやな。
 創り上げると言っても大層な事じゃない。
 あくまでも実体験の延長なのだ。自分の実感が及ぶ範囲で創意工夫を懲らしているだけなのである。

 俺の場合は、ジャンプの頂点に達したときの浮遊感を保つような感覚で浮いている。
 そのせいなのかは知らんが、1メートル以上の高さに浮かぶのは難しいな。
 スピードも出ない。口笛吹きながら自転車を漕いだ方が速いくらいだ。
 アヤトラ達に比べるとまったくの児戯なわけだが、これはこれで非常に助かる。雪原を裸足で歩くよりかは断然マシだからな。
 ……世話になるこたぁねえだろうけど。

「フ……ックックックック……!」

 予想以上に形となった検証の結果に、思わず含み笑いを洩らしてしまう。
 アストラル体の動かし方に気付いた事で、この極寒の精神世界に対抗する術を得られた。
 もう身を切る寒さは苦にならない。雪に足を取られながら移動する必要は何処にもないのだ。

「よぉーし! 久しぶりにウィンタースポーツと洒落込もうか!
 興れ火花! 唸れエンジン! 廻れ廻れ無限軌道! 新深雪を掻き分けろォー!!」

 寸足らずの身体が抱えたハンデは、熟練の操縦テクニックで充分に補える。
 掛かる風圧とマシンの躍動に歓喜の雄叫びを上げ、俺は雪煙を引いて走る猛々しき獣となった。








 ……しかし何だな。
 本当に広いな、ここは。

 改めて移動を開始してから約二時間後。俺は暗視装置付きの双眼鏡で辺りを見回しながら、知らぬ間に行方不明となっていた五人の道連れの姿を探していた。
 凍死なんかされた日にゃあ寝覚めが悪くなっちまうからな。
 笑い話にもならんし、早いとこ見つけてやらんと。
 小高い丘の上に乗り上げては頭を一巡。更に双眼鏡の倍率を上げて遠くを見やる。

「……………………おっ」

 一人目発見。
 ようやくか……。しかも全力で逃走中と来てやがる。
 俺が間に合いそうなのは日頃の行いのおかげってやつなのかね? つくづく運の良い野郎だぜ。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 スノー サーヴァント  LV 4

 HP ??/??  MP ??/?? CP ??/??

 詳細: ???


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



「うわぁぁぁ────って、また何か来たァ──ッ!?」

 自慢の健脚もこの足場では速力半減、疲労倍増。
 雪で出来た狼の群れに追い掛けられていたウェッジの奴は、横合いから迫る排気音の主の出現に情けない悲鳴を上げた。

「ようウェッジー! 俺だよ、俺!」
「お、お兄さん!? えぇ!? なに? 何なんです、それ!?」
「何ってYAMAHAのスノーモービルだよ。メイド・イン・ジャパンなのに知らねえのか?」

 自社開発のエンジンを積んでる唯一の製造メーカーだってのに。まったく不勉強な奴め。

「いや、確かに初めて知りましたけど、そういうことじゃ──」

 アクセルを緩めずに接近。言い募ろうとするウェッジのケツに噛み付こうとしていた雪狼を跳ね飛ばし、豪快なブレーキターンで間に入る。
 続く二匹目以降には12ゲージの散弾をプレゼント。
 海兵隊御用達のセミオート・ショットガンでもって一匹一匹、牙を剥いた端から確実に粉砕していく。
 ここに来るまで何回か似たような化け物の相手をしてきたからな。対処の仕方は学習済み。手際に関しちゃ言う事なしよ。
 多分、このスノーサーヴァントとやらは精神世界における白血球みたいなモンなんだろう。
 異物や侵入者を自動的に撃退するようプログラムされた、免疫機能の使いっ走り。賭博場で睨みを利かせているチンピラ程度の存在だ。
 知恵はないが恐れもない。雪で構成されているから痛覚もない。
 沈黙させるには高い火力に任せて跡形もなくしてしまうのが一番なのである。

「……うはー。何というか、サマになってますねえ。子供なのにアクション映画の主人公みたいに堂に入ってて……シュールすぎますよ」
「放っとけ」

 呆然とするハゲ頭に独りごちるような調子で返し、最後の雪狼を雪原に撒き散らす。
 まあ、気持ちは分かるがな。山岳仕様のスノーモービルを駆ってショットガンをぶっ放しまくる8歳児なんてのを間近に見たら、俺だって悪い冗談だと思うわ。
 くだらん倫理に縛られた昨今のハリウッド映画じゃあ、まずお目に掛かれない1シーンだ。

「あははは、何はともあれ助かりましたよ! ありがとうございます!
 それで……その、銃とか乗り物とかですけど。何処で拾ってきたんですか?」

「拾ったんじゃねえ。創ったんだよ」
「はあ……え? お兄さんがですか? いつの間にそんな人間離れした真似を……?」
「やろうと思えばお前にもできるぞ」
「はい?」
「ヨシノが言ってただろ。精神世界では想い描いた物が現実になるとかどうとか」

 精神世界では想い描いた物が現実の存在として機能を果たす。ヨシノは確かにそう言っていた。
 要するに、イメージの具現化だな。
 俺が乗っているスノーモービルも、雪狼共を退治したベネリのスーパー90も、ウェッジを見つけるのに役立った双眼鏡も、等しく俺のイマジネーションの産物ってわけだ。
 そして、そのすべてがリアルな働きを見せる本物の品なのである。
 物理的な制限のない精神世界ならではの超常現象。誰もが望み、考え付くであろう夢の力というやつだ。
 なのにも関わらず、誰にでも扱えるわけじゃないってところが、また皮肉な話なんだがな。

「あー、そういえば言ってましたね。…………でも、オレがやっても何も出ないんですけど……?」

 手を振って首を傾げるウェッジ。
 俺が最初に試してみた時と同じように、アイテムを出す感覚でやってるんだろう。
 残念ながら、それじゃ駄目なんだよ。

「だろうな。どうやって出そうとしてた?」
「えと……毛布が欲しいな~って思ってみたんですけど。やり方間違ってました?」
「ああ、違うぞ。方法を教えるから、とりあえず俺の言う通りにやってみろ」

 口で説明するのは面倒だからな。実践で分かりやすく理解させてやろう。
 ウェッジの前に出した手の平の上に1セント硬貨を具現化。そのまま2枚3枚と増やしていき、ザラザラと地面に零してみせる。

「別にコインじゃなくてもいい。手に馴染んだ物をイメージして、それが手の平の上に在ると感じるんだ」
「感じる? 思い込むんじゃなく?」
「そうだ。すべては感覚だ。イメージで感覚を喚起し、感覚を起点として創り上げるんだ」

 空を飛ぶという行為が疑似感覚を内向きに作用させたものなら、イメージの具現化はその逆で、外側に向けて展開させた結果なんだよ。
 己の存在をフィルターにして、精神世界の中に想い描いた物を創り上げるのだ。
 あくまでも方法論でしかないんだけどな。原理の方は全然分からん。
 だがまあ、大体できてるわけだから細かい事は言いっこなし。難しい理屈は抜きにして存分に活用するのが賢い対応ってなもんだろう。
 精神起源のあやふやな事象に一々考察のメスなんぞ入れてたら脳味噌が持たん。

「おおーっ!? できましたできました! っわー! なんだか凄げー懐かしい!」

 お、成功しやがったか。
 さすがは頭空っぽの感覚人間。いきなり飛べただけの事はある。
 はしゃぐウェッジの指に挟まれて光る日本の硬貨を見て、俺は素直に感心の表情を浮かべた。

「まだまだ出ますよ! うおおぉぉん!! 今のオレは人間小銭製造機だーっ!!」

 そりゃまた両替には持ってこいの生き物だな。

「コツを掴んだら後は練習在るのみだ。慣れると応用も利くようになるから、色々と試しておくといいぞ」
「応用ですか? 例えばどんな?」

「例えば、このショットガンは弾が無限に出る。本来なら装弾数は7発なんだが、結局は想像の産物だからな。
 ある程度の構造さえ把握していれば、そういう現実には有り得ない性能を持たせる事ができるわけだ。
 あと、俺の格好を見たら察しは付くと思うが、服のサイズなんかも変えられるようになるぞ」

 今着ているスノーモービル用のライディングウェアを見せびらかしながら、丁寧に教えてやる。
 デザイン的にはオートバイ用のやつを少しゴツくした感じだな。プロテクター付きのインナーの上に防水防寒防弾を徹底したアウターを着込んだ格好だ。
 色はもちろん、雪原用の迷彩色。
 ヘルメットとゴーグルも含めて運動性抜群の特注品──を、再現した逸品である。
 よく北国を旅行する時なんかに着用していた服なんだが、こういう形でまた世話になるとは思わなかったな。

「なるほどー。けど、この方法だと実際に触れたりして色々と覚えている物しか創れませんよね? ……不便というか微妙だなあ」
「仕方ねえだろ。創造の可能性は無限かもしれんが、生憎と人間の想像力は有限なんだよ」

 預言者レベルの超夢想家なら見聞きしただけの物を創り出すなんて事もできるかもしれねえけどな。想像力に多少の自信があるくらいの凡才には無理な話だ。
 天地創造を司る神の御業にゃ程遠い。所詮、俺達は血肉に縛られた人間に過ぎないのである。

「しかし、何だ。抜け道がないこともない。ほれ」

 俺はちょっとした検証のために前世で愛用していた拳銃を創り出し、ウェッジに放り投げた。

「おわぉわ!? ピストル!? ピストルですか!? ピストルですよね、これ!?」
「ブレン・テンって名前のハンドガンだ。良い銃だぞ。撃ってみろ」
「え? え!? えぇ!? どどどどど、どうやって!?」
「引き金を引きゃあいいんだよ。的は……これでいいだろ」

 次いでバスケットボールを創り、適当に明後日の方向へ。

「GO! Shoot!!」
「シュートって言われても……」
「撃たんとお前の足を撃つぞ」
「ムチャクチャだー!!」

 結果は、見事に命中か。
 距離20メートルはあったんだがな。ビギナーズ・ラックかね?

「うぅ……っ手が、痺れる」
「よし、いいぞ。もう何発か行ってみよう」

 それから調子に乗って10発ほど撃たせてみれば、なんと七割という驚異の命中率。
 初射撃でこれは凄い。便意を我慢してるようなクソフォームでとなれば尚更だ。
 こいつは意外な才能の発見だな。
 足は速いし、魔法は使えるし。ウェッジの奴、実はかなり恵まれた人間なのかもしれん。
 ……おっと、いかんいかん。思考が脇道に逸れちまうところだった。

「どうして撃てたか、分かるか?」
「はぇ? 引き金を引いたからじゃないんですか?」
「違う。よく考えろ。俺のイメージで創り出された道具が、予備知識のないお前に使えたんだ。その意味が分かるか?」
「………………えー?」

 うむ、やっぱり分からんか。

「じゃあ、これを飲め」
「ペットボトル? 中身は何です?」
「いいから飲め。毒じゃないから安心しろ」

 検証行為、第二弾。
 阿呆のウェッジが、俺の創ったバルサミコ酢を一気に呷る。

「ぶふぉ────ッッ!!?」

 うむ、やっぱり噴いたか。
 ざまーみろ。

「ゴホッ! ゴホッ! 酢じゃないですか!?」
「御明察。酢だと知らずに飲んだのに、お前は恐らく俺が想像した通りの酸味を感じた。何故だか分かるか?」
「いえっ、ゲホッ! 分かりませぇん!」

「感覚を共有してるんだよ。俺もお前も、他の連中も、この精神世界の中で混ざり合ってるんだ。
 己という確立した自我を持ちながら、無意識下で繋がり、互いの情報を補完し合っているんだ。
 だから、俺が創った料理を食えば、みんな同じ味を感じる。
 お前が何かを創れば、みんなにも同じように見えるってわけだ。
 個人個人の感覚のズレを補うための、共通の認識が出来上がっちまってるんだよ」

 もっとも、その感覚情報をどう判断するかは人それぞれ。
 現実の事象と変わりないと思っちまえば、それまでの話なんだがな。

「ん~~? つまり……どういうことです?」
「無理に理解する必要はねえよ。とりあえず、他人が創った物は自分にも使えるんだって事だけ覚えておけばいい」
「はあ……」

 精神世界では想い描いた物が現実の存在として機能を果たす。
 精神世界における共通の認識の下、現実の存在として等しい機能を果たす。
 万人にとって、万物にとって、物理的に感覚的に精神的に、精神の繋がりによる情報の補完などという曖昧な基準で、その効果が発揮されるのだ。
 ……多分、ヨシノが言ってた『結局は同じアストラル体』ってのは、こういう事なんだと思う。
 この世界の支配者すらも例外じゃないんだよ。
 だから、出て来ない。
 俺達がどんな武器を持っているのか分からないから、様子を窺ってやがるのさ。

「そんじゃあ、残りの四人を探しに行くぞ。もう一台出すから、お前も乗れ」
「大丈夫ですかね? オレ、免許持ってませんけど」
「大丈夫大丈夫。馬力はあるが重心はバイクより安定してるからな。すぐに慣れるさ」

 尻込みするウェッジに簡単なレクチャーを施し、次の道連れを求めて出発する。
 駆け抜ける俺達を見守るのは、孤独に輝く天上の満月だけであった。








 それから間もなくして、二人目の馬鹿を発見。
 20匹を超える雪狼の群れと、10メートルはあろうかという巨大な雪熊を引き連れて喚くリザード君と感動のご対面だ。

「坊ちゃん!? おお、坊ちゃん! 助けてぇー! 寒いし、怖いし、もう嫌だぁぁぁ!!」
「アホー! こっち来んな!」

 見捨てて逃げようかとも思ったんだが、俺達は魔獣の相手をしに来たわけだからな。
 精神世界での戦闘経験を積む良い機会。そのついでという名目で拾ってやる事にした。
 ……祟られでもしたら厄介だしな。

「ウェッジ! 正面は俺が引き受けるから、側面に回ってこいつをお見舞いしてやれ!」
「そんな!? 無理ですよ!」
「ほほう、まさか進んで囮役を──」
「側面ですね! 行ってきます!」

 戦い自体は珍しくウェッジの奴が活躍してくれたおかげもあって、思いの外あっさりと片が付いた。
 活躍と言っても大した事はさせちゃいない。俺が華麗な操縦テクニックでスノーサーヴァント共を引っ掻き回している合間にショットガンとアサルトライフルを連射するだけの、簡単なお仕事だ。
 ほんの少しの度胸と射撃の腕があれば誰にでもできる。
 小一時間前まで素人だった男が即戦力に早変わり。銃器っての怖いモンだねえ。
 強そうだった雪熊も手榴弾を何発か喰らわせてやっただけで粉々になっちまったし。近代兵器の威力、真にもって恐るべしである。

「よし、出発だ! リザードはこれに乗れ」
「へい! ってこれ、ただの板じゃねえですかい?」
「そうだよ。ジェットスキーの要領でウェッジのマシンに引っ張ってもらうんだ」
「え? え? 何でまたそんなスリリングな真似を? スノーモービルはもう出せねえんで?」
「いや、単なる嫌がらせだ」

 やや拍子抜けだったが、終わってみれば一石二鳥だ。
 ウェッジが役に立つって事も分かって、中々いい演習になったよ。




 次の馬鹿は143分後に発見。
 時計を創ったから正確な時間が計れるようになったんだよ。文明の利器万歳だ。
 リザードに指摘されるまで失念していたのは内緒である。
 身近な物ほど目が届きにくい。必要に迫られなければ思い出せない事もあるのだ。

「皆の者、無事で何より!」
「おうおう! おまえらブイーンってくるから、カーリャ、シャイターンかとおもったぞ!」

 アヤトラだけかと思ったらモドキの奴も一緒に居たので、再会のやり取りは自然と賑やかなものとなった。

「お前らこそ、野暮ったい毛皮なんか着やがって。何処の田舎の猟師かと思ったぞ!」
「うむ、どうやら某は北国の生まれだったらしくてな。寒さを凌ごうとしていたら、何時の間にやら手の中に在ったのだ」
「おう、これカーリャのおきにーり! ホワイトウルフのけがわ!」
「是色のそれは鎧甲か? 顔が隠れているのが残念で成らぬな」

 この二人、本当に何となくの勘だけで道具を創り出したというのだからとんでもない。
 驚嘆すべき順応性の高さである。
 きっと核戦争後の世界とかでも逞しく生き延びやがるんだろうなあ……。

「後はシャンディー姉さんだけだな。行くぞ、野郎共!」
「おうおう、しっぱつだ!」
「おおぉぉ……! はっはっは! 未来の車は面白いな!、まるで生きているかの様に震えておるわ!」

 しかも、アレだ。
 アヤトラには乗り方を教えて新しいスノーモービルを、モドキは俺の背中にってな具合で出発したんだけどな。
 あいつら、途中で遅いとか飽きたとか言って飛び立ちやがったんだよ。
 もう明らかに時速100キロ以上は出てたね。速い速い。
 地を這う俺達はフルスロットルで付いていくのがやっとだった。
 板の上で泣きっぱなしだったリザードも同じように飛べるようになったんだが、二人ほどのスピードは出なかったな。
 これがいわゆる才能の違いってやつなんだろう。
 どういう才能なのかって? さあ……何とも言えんが、ファンタジーな世界を思う存分楽しむのには必要なんじゃないのかね?




 そして、最後に残ったシャンディー姉さんとも無事再会。
 彼女は最初から俺達が探しに来るのを待っていたようで、日本で言う〝かまくら〟風の雪洞の中に籠もっては活き活きとトムヤムクンなんぞを拵えていた。
 目立つように外で大きな火を焚いたりなんかしてな。
 ……ええ、この上なく賢い選択だと思います。

「美味い! いやーマジ美味いッスよこれ! ちょっと辛いけど! 俺っちアジアの神秘を感じちゃう!」
「俺はどちらかと言うとボルシチの方が好みなんだが……このサラダだかソテーだか炒り米だかよく分からんサラダはイケるな」
「ラープっていうのよ。お肉と一緒に野菜ともち米を食べる、サラダの一種なの。これは牛肉だけれど、他にも鶏、豚、アヒル、七面鳥や魚を使った物があるわね」

 ほほう、これがラープなのか。
 イーサーン料理のメニューはいつか制覇してやるつもりだったんだが……まさか、生まれ変わってから味わう事になるたぁねえ……。
 機会ってのは奇妙なもんだ。いつ何処で訪れるか本当に分からん。

「うめーうめー! かれーけどうめー! からうめー! ……おう、やさいはどけていいか?」
「ダメ。好き嫌いしてると大人になった時に後悔することになるわよ」
「しゃんでぃの云う通りぞ。童の内から偏食はいかん。以前の某の様に酒と梅干しばかりを口にする偏った舌の持ち主に成ってしまうぞ」
「そりゃ偏りすぎだろ。コーラとハンバーガー漬けの生活よりタチが悪りぃじゃねえか」
「あ、やっぱりアメリカの人の食生活ってそうなんですか?」
「低所得層や栄養学のえの字も知らねえ連中は大体そうだな。俺も昔は似たようなモンだった」

 かまくらの中に誂えられたテーブルを囲み、載せられた料理の数々に盛り上がりながら、六人で他愛ない世間話を展開する。
 飯も美味かったし、決戦前の息抜きとしちゃあ上出来だったかな。


「……ところで、みんなはもう確認はしたのかしら?」

 姉さんが言い出したのは、そんな楽しい楽しい食事の時間が終わりに近付いた頃の事だった。

「確認って、何をです?」
「自分の姿をよ。鏡が出せるなら見られるでしょう?」


『………………………………あ』


 今の今まで散々気にしながらも仕方がないと先送りにしてきた俺達にとって、このセリフは衝撃である。
 お互いに無意識下で情報を補完し合っているのだから、鏡を創ればそこに他人の視覚情報が反映されるという形で機能が果たされるってわけだ。
 つまり、問題なく姿は映る。
 自分が知らない、自分の容姿を確認できるのだ。
 ……参ったな。
 魔獣対策の方で頭が一杯だったから、チラッとも考えてなかったぞ。

「その……ってことは……姉さんは、とっくの昔に確認済みってわけですかい?」
「もちろんよ。普通、真っ先に思い付く事じゃなくて?」
「あははは……。いやー、寒くてそれどころじゃなかったっていうか、そもそも道具の出し方が分からなかったもんですから……」

 いきなり見られると分かったところで戸惑うばかりだ。

「で、どうでした? あの、生まれ変わった自分を見ての感想とかは?」
「そうねえ……いいんじゃないかしら? 気に入ってるわよ。
 目が何処を見ているのかが少し分かりづらいけれど、翡翠みたいで綺麗だし」
「綺麗……か。そうッスよねえ。姉さん綺麗で羨ましいッス。それに比べて俺っちは……」
「ひ、悲観することないと思いますよ! リザードさんも独特でいいじゃないですか!」

 哀れなほどに狼狽えるウェッジとリザードを尻目に、俺は密かに深呼吸。
 どうせならと思い切って、全身を確認できる姿見を創り出した。

 ………………………………ワーオ。

 映ってる。映ってるよー。
 他の連中も映ってる。
 熱心に覗き込んでは、抜けた面して呆けてやがるぜ。

「あれー? あんまり変わって……ない、かな?」
「某もだな。耳の形が変わったくらいか。多少、線が細く成った様な気もするが……うむ。相も変わらず髭の生えそうにない顔をしておるわ」

 その後の反応は大体予想通りだったな。
 人間のウェッジは昔の顔と似ているらしくて一安心といったところ。
 ハーフエルフのアヤトラも同じく、美しく整った女顔そのまんまで余り変化はないらしい。

「おう、どうしたおまえら? トカゲどうした?」
「……うっ……くくクくっ…………ッッ!!! 酷い……! トカゲすぎる……ッッ!!!」

 どん底なのはリザードで、今にも崩れ落ちそうな悲壮感を漂わせてやがる。
 俺はと言えば……トカゲじゃなくて良かったと思うべきなのだろうが、どうにも納得がいきかねるご面相していやがった。

 肌が赤褐色なのは別にいい。前のも似たような感じだったし。
 紫っぽい瞳の色も気に入った。……姉さんと違って白目もあるしな。
 やや灰色気味な黒髪も中々手触りが良くて好ましいところだ。首に掛かる程度の長さだから、もう少し伸びたら揃えるか束ねるかしようと思う。
 ……けどな。とにかく肝心要の造作の違和感が凄いんだよ。

 意思が全面に表れていて、気持ち悪い。
 切れ上がった目付きは眼光込みで鋭いわ、引き締まった口元は生意気そうだわで、ガキなのに明らかにガキの顔付きじゃねえんだわ。
 一体この歳で、どんな事情があって、ここまで濃密な破壊と憤激の匂いを醸し出す事になったのかは知らんが、こいつは間違いなくFBIやCIAの厳重なマークが必要とされる類の危険人物の面構えだ。
 断言してもいい。絶対に何かやらかすぞ。
 見張っとけ、見張っとけ。
 衛生カメラで追跡だ。
 って、俺の顔だよ! クソッタレ!
 何なんだこりゃあ!? 六月六日の午前六時生まれ? どう見たって生まれついての悪じゃねえか!
 特性【美形】の効果はどうした? 整ってるっちゃあ整ってるかもしれんが、不気味さが先に立って近寄り難いにも程があるぞ。
 これに好感を抱く奴はよっぽどの馬鹿か、変態か、盲目の子羊に違いない。
 俺? 俺は御免だね。こんなガキは嫌いだ。

「なあ、あくまでも仮の話なんだが……訊いていいか? 俺が駄々をこねたらどう思う?
 年相応に玩具買って買って~とか、アイスクリームが食べたいよ~とか言って泣き出したらどうする?」

「オロオロします」
「まず脳の病気を疑うと思うわ」
「俺っちは多分、反射的に距離を取ると思いやすね」
「あいすくりーむとは何だ? 某も賞味してみたいぞ」
「おう、なんだ? あじみか? カーリャもあじみたいぞ!」

 他の連中に意見を求めたら、冗談扱いであしらわれるし……。
 んーむ、我ながら愚かしい質問だったか。
 とりあえず違和感の正体はアレだ。8歳児の身体に40過ぎの悪党の人格が収まっているから歪に映るんだと思う。
 実年齢と精神年齢の釣り合いが破綻している異常者と同じなんだよ。
 まあ、そういう年齢云々以前に根本からどうかしちまってる手合いと比べたら、さすがに俺の方がマシなんだろうけどな。……うん。
 まだまだ若いし、改善の余地はあるはずだ。
 きっと自分の顔を知らないまま昔の調子で振る舞ってたのが悪いんだよ。これからは時間と共に少しずつ快方に向かうに違いない。そうじゃなくても意識して取り組んでいけば直るって絶対に!
 否! むしろ直す!
 腐った俺を矯正してやるぜ!!

「お兄さーん、アイス食べないんですか? おいしいですよ」
「うぅむ、甘露甘露……まさしく甘露。童が泣いて欲すると云うのも頷ける話ぞ」
「おう、もっとくれ! カーリャ、これダイスキになったぞ!」

「うるせー。今の俺は人類の命題とも言うべき哲学的悲劇に立ち向かう決心を固めてる最中なんだよ。
 ガキや女じゃあるまいし、デザートごときで和んでなんかいられるかってんだ」

「あら? ゼイロくん、自分の顔が気に入らなかったの?」
「なんですとぉ!? 坊ちゃん、そいつぁ贅沢な悩みってもんですぜ!?」
「確かに、お前が言うと説得力がある。けどな、底辺ばかり見て上を目指さないのは人としてどうかと思うんだ」
「…………」

 おいおい、情けない顔すんな。俺はただ正直な気持ちを言っただけだぞ。

「オレは格好いいと思いますけどね。そのペイントとか、似合ってると思いますよ」
「そうね。ワイルドで素敵だわ」
「ああ、これか」

 ウェッジからの指摘を受け、自身の頬に施された不可思議なラインを指でなぞる。
 最初はペイントかと思ったんだが、違うんだよな。
 触ってみると滑らかで硬い金属質だったんだよ。
 人によっては気味悪く感じるかもしれんが、俺はアメリカ・インディアンの儀式化粧みたいで気に入っている。
 艶やかな赤と黄緑が平行に走っていて、実にお洒落だ。
 まあ、こういう特徴があるって事は、俺もアヤトラと同じで人間っぽいが人間じゃない別の種族なんだろうけどな。
 なぁに、大した問題じゃないさ。

「背中にもありましたけど、何かいいですよね。彩りがあって」

 …………へ?
 ……………………うわ、本当だ。

 な、なぁに、大した問題じゃないさ。
 俺にとっては顔や身体の模様などよりも、表情から滲み出るモノの方が遙かに重要なのである。
 どうにかせん事にゃあ、恥ずかしくて収まりが付かん。
 さっきも言ったが、自分の顔を愛せないというのは哲学的悲劇だからな。このクソガキの面を叩き直すのに努力を惜しむつもりはない。
 全力で挑む所存だ。

 俺は鏡に映る紫の瞳を真っ向から見返し、猛然たる勢いでアイスクリームを平らげた。








 ヤケクソに近い思いで英気を養ってから、数時間後。
 とある作業を終えた俺達は、目的であった狼狩りを実行に移す事した。
 かまくらの外に出て準備運動。間接をほぐしながらパパパパッと武器を創り、心身共に万全な状態へと持っていく。
 ……うん、良い緊張感だ。

 アヤトラの方はどうかと見れば、厳めしい日本式の甲冑姿で身の丈に合わない長大な槍を振り回していた。
 如何にも侍でございといった見事な出で立ちだが、兜の装飾だけはよく分からんセンスだな。
 〝毘〟の形をしたアンバランスな飾り物。
 意味を持った漢字みたいだから、魔除けか何かのアニミズム的な物なのだろう。精神力とイメージが物を言うこの世界では非常に有効な試みだ。
 下手な近代兵器なんぞより、よっぽど凄い力を発揮するに違いない。

 シャンディー姉さんは、何故か豪奢なデザインのウエディングドレスを着ていた。
 あれこれ衣装を取っ替え引っ替えした末の結果のようだが、いくら勝負服つったってそりゃあねえだろ。

 俺を含めた他四名は変化なし。
 モドキは毛皮で、野郎三匹は俺が創ったライディングウェアを着込んでいた。

『いいッスよ、坊ちゃん。こっちは準備完了です』
『おうおうおう! カーリャいつでもいいぞ!! げんきいっぱいだ!』
「そう急くなって。タイミングは俺に任せとけ」

 トランシーバーから発せられたモドキとリザードの報告に自信たっぷりの声で返し、この場に居る三人に目配せをする。
 あの二人には別行動で所定の位置に着いてもらった。魔獣と戦うための、ささやかな仕込みってやつだ。
 真っ正直に全員で相手をするなんてのぁ愚の骨頂だからな。知恵は絞れる時に絞らんと。

「よーし、お前ら! 獣を藪から追い立てるぞ! 歯は磨いたか!? 用足しには行ったか!? お祈りは済ませたか!?」
「うむ、某は万端だ! 褌も洗い清めて真っ新ぞ!」
「私のドレスも純白よ!!」

 うはは、勇ましいねえ。乗りが良くて助かるぜ。

「オレは胃が痛くなってきたんですけど……」
「馬鹿め! アイスの食いすぎだ! 腕立て伏せ100回!」

 気の弱い馬鹿は放っておいて、作戦開始と行きますか。

「是色、先駆けは某に任せてはもらえぬか?」
「ああ、別にいいけど……それ、届くのか?」
「無論だ」

 創り出した長弓の舷を弄びながら、不敵な笑みを浮かべるアヤトラ。
 鮮やかに矢をつがえ、遙か上空目掛けて引き絞るその様は、数多の怪物を仕留めた神話の射手を想わせる勇壮さだった。
 敢えて例えるとしたら、アルテミスってところかね?
 ギリシャ神話に登場する狩猟と純潔の女神で、男とは縁遠い存在のはずなんだが、不思議と印象が重なるんだよな。

「オン・ベイシラマンダヤ・ソワカ……ッ!!」

 そういや、アルテミスは月の女神でもあったっけな。
 呪文らしき言葉を添えて放たれた矢が唸りを上げ、一直線に夜空を駆ける。
 地上を照らす唯一の星へと、吸い込まれるような軌跡を描いて昇っていく。

「……………………何も起こりませんね?」

 律儀にも腕立てを終えたウェッジが、見上げながら誰にともなく独りごちる。

「いや、手応えは有った。……命中ぞ」

 俺達を取り巻く空気に変化が起こったのは、その直後の事だった。
 足下がぬかるむかのような虚脱感が身体を捉え、毛髪の一本一本を刺激する寒波さながらのプレッシャーが吹き抜ける。

『…………………………ッッッ!!!』

 芯まで響く遠吠えには、大きな怒りと僅かばかりの焦燥にも似た感情が含まれていた。

「うはははは! エクセレント! ドンピシャリだ! 犬ッコロめ、人がましく焦ってやがるぜ!
 間抜けなテメェの居場所が知れたのが、そんなにも驚きかよ!?」

 バレバレじゃ、ボケが!

 ここは奴の支配下にある精神世界だ。俺達の侵入に気付かないなんて事はまず有り得ない。
 ならば何故、一向に手を出してこないのか?
 異邦人である俺達の潜在力を測りかねているからだ。現実世界で騎士団三人娘の相手に手を焼いているからだ。
 ──となれば、何処かに潜んで様子を窺っているに違いない。
 俺達の力を見極めるために、自然の寒さと雪獣に任せて疲弊を待つなどという消極策を取っているのだ。

 そう考えたら、答えを出すのは簡単だった。
 地上の方は見渡せど見渡せど起伏に乏しい雪景色。途方に暮れて空を仰げば満月一つ。
 終いにゃあ、見下ろされているような感覚が付いて回って離れないと来たもんだ。
 どんなに荒唐無稽と思えようが、怪しむしかねえだろうよ。

 後は試しに攻撃してみるだけだ。
 アヤトラが居てくれてよかったよ。俺のイマジネーションじゃあ月まで届くような武器が創れるとは限らなかったしな。
 歓迎の準備も無駄にならずに済んだってわけだ。

「ふははははははは!! 喰らえ喰らえ喰らえ!!」

 最初の一発で完全に物にしたのか、アヤトラが毎秒三射ほどのとんでもない速度で立て続けに矢を繰り出す。
 甲高い風切り音を轟かせ、無数の星が月へと注ぐ。

「うわー、まるでロケット花火ですねえ」
「ああ、立派な月ロケット花火だな」

 見えはしないが、恐らく命中しているのだろう。魔獣の鳴き声には明確な痛苦の色が滲んでいた。
 いくら賢しいとは言っても、所詮は獣。
 ましてや、その本質は凶暴な破壊者なのである。
 一度でも強い怒りを覚えたが最後、抑える事などできはしまい。

「うおおおおっしゃ、来たァァァ──ッ!! 構えろウェッジ! ぶっ放せ!!」
「はいぃぃ!! って、当たりますかね!?」
「阿呆! 当たるまで撃つんだよ!!」

 そしてようやく、マーナガルムが満月の光から零れるように飛び出してくる。
 100メートル超えの巨大な体躯に鋭い爪牙。怒りを宿した深紅の凶眼は相変わらずのド迫力。
 だが、物質界で見た時ほどの威圧感はない。
 どこまで通用するかは分からんが、少なくとも、あっと言う間にぶっ殺されるという事はないだろう。
 ……半ば願望に近い予想なんだけどな。

「GO! GO! GO!! ファイヤァァ────ッッ!!!」

 とにかく歓迎するぜ。
 小生意気な侵入者を葬らんと天を駆け下りる魔獣に対し、俺達は肩に担いだロケットランチャーを撃ち込んだ。


 さあ、祝砲を喰らいやがれ!!

















 あとがき

 お待たせしました。18話です。
 もう何話掛かるかとかは考えないことにしました。

 今回は、遂に主人公ゼイロのご面相が明らかになりました。
 18話までビジュアルが判明しない主人公ってのも我ながらどうかと思いますけどね……。
 本人はまるでダミアン少年かの如く嫌がってますが、特性【美形】がありますから一応美少年です。
 第三者から見れば目付きの鋭い、迫力のあるガキといったところでしょうか。

 顔と背中の模様は、どことなくキン肉マン・スーパーフェニックスに似ているかもしれません。
 だからといって別に1億パワーだったり、マッスル・リベンジャーが打てるようになったりするわけではありませんので、あしからず。




[15918] 19  精神世界の戦い
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:e58359f3
Date: 2011/02/13 05:10


 撃って撃って撃ちまくり、夜空を煩く飾り立てる。

 凍てつく魔獣の体表に、炎の花を咲かしむる。

「バカタレェェ! 手を休める奴があるか! 泣く暇があったら撃て! 腰を抜かす暇があったら撃て! 逃げる暇があったら撃て!」
「んな無茶な!? 串刺しになっちゃいますよ!?」
「大丈夫だ。リフレッシュストーンがあるからな。即死以外ならいくらでも治せる」

 反撃は、降り注ぐ槍の如き毛針の雨。

「……でも、痛いんですよね?」
「根性を養う良い機会じゃねえか。腹に穴が空いた時の戦い方なんて、そうそう学べるモンじゃねえぞ」
「誰か助けてー!!」
「諦めろボケ!」

 へたれるウェッジのケツを蹴飛ばし、駆けて転がり逃げ惑う。

「ゼイロくん! そこちょっと危ないわよ!」

 何処からともなく現れたスノーサーヴァント共を迎え撃つのは、シャンディー姉さんのお仕事だ。
 俺が創った火炎放射器を四本の腕で豪快に取り回し、押し寄せる雪獣の群れを薙ぎ払う。

「あっちぃぃぃぃ!? 味方を巻き込むんじゃねえェェェ──ッ!!」
「よかったですね、お兄さん。火達磨になった時の戦い方を学べる良い機会じゃないですか」
「お裾分けだァァ!!」
「うわァァ!! こっち来ないでぇー!」
 
 威勢と共に最初の祝砲を上げてから、およそ五分ほど。俺達4人は声の限りに危うい危うい大立ち回りを繰り広げていた。
 もう20発以上は当てているはずなんだがな。マーナガルムの野郎め、まったく応えやがらねえ。
 たった一発で重武装ヘリを鉄屑のクズに変えちまうスティンガーミサイルなのにだぞ? ちょっと焦げ目が付くだけでネズミ除けの超音波発生装置より効き目が薄いってのぁどういう了見だ?
 いくらバカでかいつっても、生物としてその耐久力はおかしすぎるだろ。

「右京権太夫、源三位頼政!! 毘沙門天の加護を受け、今此処に推参推参推参推参推参ッッッ!!!」
「平家物語か! ヌエ退治やってんじゃねえだぞ!」

 アヤトラの矢に対しては痛がる素振りを見せているから、物理じゃなく精神的な威力とかの問題なんだろうけどな。

「同じ事よ! 古来より邪悪な物の怪は武士によって退治される物と相場が決まっておるのだ!!」

 本当にこいつは……。羨ましい精神構造をしてやがるぜ。
 『鰯の頭も信心から』だったっけか? 思い込みの度合いが存在の強さに繋がるこの世界じゃあ馬鹿にできない言葉だな。
 心の底から強く想えば、原始的な弓と矢が残弾無限のロケットランチャー以上の効力を発揮する。
 そんなバカの壁を越えられそうもない俺には、少々厳しい法則だった。
 奴が地上に降りてきたらM72かRPGのどっちかに切り替えようかと思ってたんだが……こりゃまともな携行火器での応戦は自殺行為だな。

「お兄さぁぁん!! オレ達、全然役に立ってませんよねぇぇ!? 他に何かないんですか!?」
「安心しな。あってもお前にゃ扱えねえよ」

 距離も詰まってきたし、姉さんもいい加減しんどそうだし、ウェッジの泣きっ面も鬱陶しいし、頃合いと見て良いだろう。
 俺は正攻法に見切りを付け、予定通りの搦め手で魔獣の相手をする事にした。

「プランBだ、アヤトラ! よぉ~く見せ付けてやってくれ!」
「心得た!」

 威勢良く弦を鳴らし続けていたアヤトラが一呼吸置き、新しい矢をつがえて放つ。
 蟇目鏑矢とかいう笛のような音を立てて飛ぶタイプの矢だ。
 五月蠅い上に明るい火が灯っているので、この夜空では嫌でも目立つ代物である。
 さて、狼さん狼さん、テメェのオツムはどの程度だ?

『……ッ!?』

 反応有りか。分かりやすいねえ。
 視界をかすめ、月を目指して飛んでいく鏑火矢にあからさまな警戒の色を滲ませる狼の双眸を見て、俺は自身の見込みが間違っていなかった事を確信した。
 何の確信が得られたかって?
 そりゃあもちろん居場所だよ。この世界の何処かで眠りについてるっていうモドキの母ちゃんの居場所だ。
 正確には魂の在処だとか、精神だか自我だかの中心とでも言うべきところなのかね?
 とにかく彼女が意識を取り戻しさえすれば、マーナガルムは身体の制御を失って再封印される。……らしいから、その手助けをするのが俺達の役目なのだ。
 倒す事が目的じゃねえんだよ。
 まあ、単純な火力勝負でぶっ殺せるようなら押し切るつもりだったんだけどな。無理っぽいから初志貫徹の路線で行きましょうってなわけだ。
 あとはもう二、三の事項を確認するだけ。
 それで具体的な方針が固まる。

「いいぞ! 今度は目一杯だ! どんどん撃て!」

 俺の手拍子に応えたアヤトラが更に呼気を鋭くし、満月を射落とさんばかりの勢いで鏑火矢を連射する。
 これに対し魔獣は吠え声を上げて急上昇、すべての矢をその身に受けて食い止めた。
 ……随分な慌てようだな。
 念のためにもう一度、魔獣を迂回するコースで月を狙わせたら、また大急ぎで盾になりに行きやがった。
 ふむ……矢の威力は関係なし、と。
 とすると、何だ? ほんのちょっとの刺激でモドキママが目を覚ますかもと心配してんのか? それとも、切羽詰まった俺達がモドキママを殺そうとしてるんじゃないかと疑っているとか?
 ってことは、意外に脆い?
 いずれにせよ、魔獣の奴がモドキママへのアプローチを恐れている事がよく分かった。
 ずっと月に引き籠もっていたのも、俺達の力を測るためというよりは単純に万が一の事態が怖くて動けなかっただけなんだろう。
 どうやらこの世界、想像以上に不安定な状態の上に成り立っているみてえだな。

「リザード! 聞こえるか?」
『へーい坊ちゃん、バッチリ聞こえてやすよ。そっちの具合はどうですかい?』
「まあ、まだまだ様子見ってところだな。3番のやつを上げてくれ」
『了解しやした! えーと、3番3番……っと』

 トランシーバーで別の場所に居るリザードの奴に指示を送りながら、アヤトラにも軽く目配せ。次なる検証へと移る。
 といっても、別に大した事をやるわけじゃない。

「たぁ~~っまやぁ~~~っとくらぁ!!」

 雪原のそこかしこから地響きが興り、飛び出した火の玉が空気を震わせ、満開に咲き誇っては夜空を照らす。
 ただの打上花火を間断なく披露し続けるってだけの、単純な嫌がらせだ。
 見た目がド派手でクソやかましいから、目眩ましにゃ打って付けなんだよ。
 煙が立つから鼻の方も誤魔化せるだろうしな。空中に居るイヌ科怪獣には、かなり鬱陶しい代物なんじゃないのかね?

「おおっ、此が花火とやらか……。種子島や大筒ばかりが火薬のもたらす物と云う訳では無いのだな」
「風情がねえのは勘弁してくれ。とあるカス共のケツにぶち込んだやつをコピーしただけなんだからよ」
「いやー、見応えありますよ。全部同じ形でもこれだけ多いと……って、今何か凄いこと言いませんでした?」

 苦労に見合う眺めとは言い難いが、素人が創った急拵えの仕込みとしちゃあ充分すぎる結果だろう。

 天上から様子を窺う犬っころの眼を欺くために、かまくらの中に穴を掘って作業開始。
 スコップやら火炎放射器やらを手に六人一丸となって巨大な地下空洞を形成。
 幾通りもの対策案を練りながら、経験則で大量の罠を設置。
 姉さんの料理を平らげてから魔獣に顔を出させるまでの数時間はそうやって、この打上花火のような諸々の小細工を仕掛けるために費やしていたというわけである。

 まあ、俺のポリシー……というより、強迫観念から来る行動だな。
 どんな相手であろうとも決して嘗めて掛かってはいけない。事前の準備を怠ってはならない。
 一種の職業病ってやつかね? 石橋を叩いて叩いて叩き壊して、自分の裁量で造り直すくらいの用心深さがないと生き残れないような人生を歩んでいると嫌でも染み付いちまうんだよ。

「おーい、見入ってねえで仕事してくれ」
「む、面目無い」

 初めて見る花火に目を輝かせていたアヤトラが咳払いと共にサムライの顔へと戻る様は、肉体年齢相応の気恥ずかしさが多分に含まれていて中々に可愛げがあった。
 そして、四度目の試し撃ち。
 今度のは鏑火矢じゃなく、普通の矢だ。

「あっ、上手くいきそうですね」

 花火に気を取られて月まで素通りさせてしまった魔獣を見上げ、呑気な声でウェッジが呟く。
 確かに、この程度の仕掛けで見失ってくれるってんなら楽なもんだ。
 ……で、どうする?
 モドキの奴にとっとと母親を起こしに行ってもらうとして、もう少し引き付けてから打ち上げるか?
 地下に拵えた巨大パチンコ発射台に固定され、月に昇る時を今か今かと待ち構えているであろうモドキの姿を思い浮かべながら、高速で脳内の段取りを整える。
 そう、もしかしなくてもアレだ。ゴム動力のやつな。
 射出角度も適当だが何とかなるだろう。少なくともモドキの自力だけで飛ぶよりかはマシなはずだと思いたい。
 本当は宇宙ロケットにでも縛り付けて飛ばすのが一番なんだろうけどな。俺個人のイマジネーションじゃあゴムパチンコ程度の手段が限界なんだよ。どうしてもってんならNASAのエンジニアチームを連れてきてくれ。

「よくやった、リザード。次は5番の落とし穴だ。誘導が成功したら合図を送るからな。焦って動かすんじゃねえぞ」
『へいへい、了解しやした。お任せ、お任せ、お任せあれ~っと』

 無意味に明るい返事を垂れ流すトランシーバーをライディングウェアのベルトに引っ掛け、ひらりと跳躍。自然極まりない小気味良さでスノーモービルのシートに跨る。
 ここぞとばかりに群がってきた雪獣共には、用済みのロケットランチャーをぶん投げてやった。

「一旦退くぞ! 誘き寄せて罠に嵌める! アヤトラはしばらく奴をからかってやってくれ」

 アクセルを噴かしながらの指示に頷いたウェッジが走り、姉さんが飛び立ち、アヤトラが歯を剥いて大量の矢を撃ち放つ。
 息の揃った、申し分のないスタートダッシュだ。
 満足のいく食事を取り、きちんと英気を養った上でミーティングをこなしたからこその良反応だな。これがぶっつけ本番だったらウェッジとか絶対にスッ転んでるところだぞ。
 ……それ以前に泡食って使い物にならねえか。
 とにかく一時退散だ。
 こっちに来て以来、逃げるのは生活の一部みたいになっちまってるからな。気持ちの切り替えが楽でいいやね。

 8歳児の小さな身体を前後左右に傾けて、急加速、急転進。

「ぃやっほ──い!!」

 暴れる牛馬を乗りこなす要領で、襲い来る雪獣共を煙に巻く。

「お兄さーん! ちょっとこれ何とかしてぇぇ!!」

 近くを走るウェッジのスノーモービルに爪を立てていた連中には、愛銃ブレス・テンから鉛玉をプレゼント。雪達磨並みの強度しかない頭を粉々に吹っ飛ばしてやる。
 そしてそのまま、怯えるハゲ頭へと銃口を──。

「なななな、何考えてんですヵ!?!?」

 悪戯心に任せて少しだけ真面目に狙ってみたら、水槽を叩かれた熱帯魚みたいな反射速度で射線を外されてしまった。
 うーむ、中々の生存本能だ。

「冗談だ。それよりもっとスピード上げろ。今度は助けてやらねえぞ」
「無理ですって! 自転車しか乗ったことないのに、今日いきなりでそんな上手く動かせるわけないじゃないですか!」
「にしちゃあ、よく扱えてる方だと思うが」
「必死なんですよ!」

 だろうな。その辺は見れば分かるさ。
 だが、世の大多数の人間は命懸けって程度の理由じゃあ物に成らんように出来ている。
 特にこういう常識なんぞクソ喰らえな化け物や事態が相手となるとな。元が平和な国の一般人とくりゃ尚更だ。
 今この場に居て自己の最善を尽くしているってだけで、結構凄い奴なんだよ。お前は。
 ……口に出して言うつもりはねえけど。
 言ったら絶対に危なっかしくなる。俺の経験上、ウェッジみたいな奴は手放しで褒めたりすると死ぬ確率がグンと上がってしまうのだ。
 よって鞭9、飴1くらいの割合で接するのが一番良い。

「アクセルアクセル! Hurry、Hurry、Hurry!! 何なら思い切って飛んでみるか? お前ならそっちのが速いだろ」

 その方が本人の資質も伸びるだろうしな。

「やぁぁめてくださァ──ッい!!」

 創り出した無限サブマシンガンの弾を何度も何度もバラ撒きながら、俺は流れる景色と一体になるような感覚で白い息を紡いだ。
 傍目には雪獣共と一緒になってウェッジの奴を追い回しているように見えるんだろうが、気にしてる場合じゃねえやな。
 こうでもせんと本当に置いてきぼりにしちまいそうだったし、モタモタしてるとそれだけアヤトラに余計な負担を掛ける事になっちまうしで、どうしても死ぬ気以上で急がせる必要があったんだよ。
 おかげさまで俺の苦労は天井知らずだ。
 細心の注意を払ってウェッジを追い込み、落とし穴を用意した地点へとひた走る。
 目印は地下から突き出た一本のポールだ。
 棒高跳びに使うアレくらいのサイズだが、目立つように虎縞模様にしておいたので視界に入ればすぐに分かるだろう。
 念のため先の部分にだけ白いペンキを塗るといったカモフラージュを施しておいたから、ずっと月に居た魔獣に怪しむ余地はなかったと思う。

 よし、見えてきたぞ。

「待たせたな、姉さん!」

 先に到着して手を振っていた姉さんの横に滑り込むようにしてスノーモービルから降り、素早く伏せて三脚付きのM2重機関銃を創り出す。
 敵は大群だ。狙いを付けるまでもない。
 駄々っ子みたいに両耳を押さえて転がり込んできたウェッジを姉さんの方に蹴飛ばし、息切れを知らない50口径のドラゴンに火を噴かせる。

「うははははははは!!」

 芯まで響く反動に耐えて銃身を二巡三巡、十数秒。
 たったそれだけで、しつこく追い掛けてきた雪獣共は完全に沈黙した。
 ん~やっぱり銃は楽でいいなあ。
 特に好きなタイミングでぶっ放せるってところが最高だ。持ち運びに費やす労力が解消されるという利点は余りにも大きい。

「持ち帰らせてくれねえもんかね?」

 現実世界でもアイテム収納の能力を活かせば同じような事ができるんだがな。そしたら後は弾の心配だけしてりゃあいい。
 拳銃さえ手に入れれば今日から君も早撃ちの名手、粗製ワイアット・アープだ。
 ……撃たれる側にとっちゃ堪らん話だな。
 ヨシノが言ってた原住民のエトラーゼに対する忌避感とか警戒心ってのはどの程度のもんなのかね? NBCR兵器の使用以上にそういった不意打ち行為が自粛されていると助かるんだが……。
 他人の良識に期待しても仕方ないか。
 せいぜい気を付けると致しましょうかね。あと、外の世界が銃社会でない事を祈っておこう。

「ゼイロくん、トラちゃんへの合図はどうするの? 早く報せてあげた方がいいわよ」
「ん、そうだな。ウェッジの二の舞にはさせられんか」

 思考を切り替え、残ったアヤトラの様子を双眼鏡で確認する。

「オレの? どういう意味です?」
「さすがに髪が抜けるまで頑張ってもらうのはどうかな~って意味だ」
「…………ああ……え? 気にしてくれてたんですか?」
「別に悪いとは思っちゃいねえぞ。借りが一つ出来たってだけの話だ。いつか返すから覚えとけよ」

 まあ、最初に助けたのは俺の方だから貸し借り無しでもいいんだが、あれはリフレッシュストーンの効果を確かめるついでみたいなもんだったからな。俺の中じゃあ貸しの内には入らねえんだよ。

「消したい奴や欲しい物があったら、遠慮なく言ってくれ」

 そう言われたウェッジは冗談だとでも思ったのか、カビの生えたチーズを鼻に詰められたみたいな顔をしていた。
 失礼な奴だな。せっかく人が素直に協力を申し出てやってるってのに。

「姉さんも服の貸しを覚えといてくれよ」
「はいはい、ゼイロくんは律儀で偉いわね」

 姉さんも姉さんで軽く流しちまうし……。そんなに俺の言葉は信用ならんかね?
 もしかして見た目が原因なのか? だったら仕方ねえやな。自分でも不気味だと思ってるんだから咎めようがない。
 ……アヤトラと同じで、特性【美形】のはずなのにな。
 目鼻立ちで劣ってるってわけでもねえから、内面の違いってのが滲み出てるんだろうけどよ。いくら何でも明暗が分かれすぎだろ、クソッタレめ。
 レンズ越しに輝くサムライボーイの横顔に束の間の羨望を感じ、思わず自嘲めいた笑みを浮かべてしまう。
 十文字の槍を執り魔狼相手に白銀の月下を舞うその姿は、まるで流れる星のよう。
 人間ではない、人の域を超えて更なる高みを目指す、美と戦いの化身を眺めているかのようだった。

 …………CGで作るとなると数十万? いや、数百万ドルか? 巨額の費用が必要だな。
 って、弓矢捨てて接近戦かよ。危ねーな、おい。

「あのバカ、本当に49だったのか?」

 チラッとでもかすめたらお終いじゃねえか。一人で楽しく遊びすぎだ。命知らずにも程があるぞ。

「トラちゃんは元々ロマンティストで英雄願望が強い子だから。ああいう如何にもな怪物と戦えるのが嬉しくて堪らないのよ」
「なるほど、確かにオデュッセウスと自分を重ねたりしてたな。やっぱ頭の中まで退行しちまったのかねえ」
「あら、ゼイロくんは純真さを子供だけの特権とでも言うつもりなのかしら?」
「いや……むしろ……うん、あー、話が逸れたな。とにかくアイツの危なっかしいとこを見てると、嫌な汗が出てくるんだよ」

 短い付き合いだが、よく分かった。ありゃ大喜びで火事場に飛び込んでいく類の人間だ。
 理屈や損得なんかには最初っから目もくれちゃいない。道連れになっちまった連中はさぞかし苦労するだろうねえ。
 一緒に戦うってだけなら頼もしい気性なんだがな。

 さあ、夢見がちなアヤトラ君を五体満足で魔獣と引き離してやらんと。
 俺は双眼鏡の倍率を最大にして争う両者の呼吸を窺いつつ、空いた右手で懐中電灯型のサーチライトを創り出した。
 こいつを上手く魔獣の目元に当てれば注意は逸れるし、アヤトラへの合図にはなるしで一挙両得ってな寸法よ。
 花火とかの他の方法だと、アヤトラ自身にも隙が出来ちまう恐れがあるしな。
 些細なミスにも気を遣った、我ながらベストな選択だ。

「あの、それ下手したらアヤトラさんも眩しかったりするんじゃあ……?」
「心配すんな。何を隠そう、俺はこのやり方でヘリを落とした事があるんだ」

 自画自賛では決してない。実績に基づいた自信を含む判断なのである。

「…………ランボー?」
「誰がラジー賞の常連だ」
「懐かしいわねえ。三作目のロケ地には何度かお参りに行ったことがあるわ」

 アホの呟きにも乱される事なく、正確に血走る魔獣の眼を照らす。
 お、こっち睨んできやがった。
 生意気だからモールス信号で『お座り』とでも送ってやろうか。


 ……………………んん?


 違和感は、犬ッコロの奴が遠吠えを上げた瞬間に起こった。

 汗を散らして振り返ったアヤトラが何事かを叫ぶ前に全力で、なりふり構わず横に飛ぶ。
 直撃を回避できたのは、純粋な勘のおかげ。
 その後の衝撃が数本の骨折だけで済んだのは……俺の場合、悪運の成せる業とでも言うべきかなのかね。
 いや本当に、よく死人が出なかったもんだよ。
 俺もウェッジも姉さんも、あとコンマ何秒かでも反応が遅れていたら雪と一緒にシャワーになってるところだった。

「いいぃ、いきなりすぎるぅぅぅぅ!!!?」

 ああ、まったくだ。
 少し首を伸ばせば牙が届く。そんな危険極まりない距離から睥睨してくる獣の眼に、俺は虚勢満面の苦笑いで応じた。

 信じたくないが本物のマーナガルムだ。
 いきなり俺達の背後に回って、いきなり前足を振り下ろしてきやがった。
 絶対に10キロ以上は離れてたはずなのによ。一瞬で詰めてくるとかどういう超スピードだ? ロケットブースターでも付いてんのか?
  風圧もソニックブームもなかったから、まさか瞬間移動とか?

 …………舐めやがって。

「こん畜生がァァァ――――ッ!!」

 役が揃ったところでテーブル引っ繰り返すような真似しやがってよォォォ!!
 怒りの叫びで本能的な恐怖を払っての即イメージで、両手にスタングレネードを創造。
 最速の動きで跳躍、投擲、リフレッシュストーンによる治療を平行して行う。

「二人とも離れろ!」

 無力化兵器の花形選手は予想以上の効果を発揮してくれた。
 魔獣にとって網膜を焼く閃光と鼓膜を貫く爆音は、ミサイルよりも遙かに厄介なモンだったんだろう。舌出して泣いてやがるぜ。ざまーみろ。
 ……二度目が通用するかどうかは分からんがな。
 クソォ! 手札一枚切っちまったー!
 本来ならこれで怯ませて穴に落とすはずだったのによ。その場凌ぎにしかなってねえ。位置取りも最悪だ。

「お兄さぁぁん! なんだか予定と違うみたいなんですけどぉぉ!?」
「よくあることだァァ! 当然と思って受け止めろ!」

 もう走って逃げるしかない。
 測られてたのは俺のオツムの方でしたってか? 犬に化かされるたぁ情けねえ話だぜ。

「しゅしゅしゅ修正は!? 修正は効きますかね!?」
「お前、テレポートしてくる怪獣の足止めとかできるか?」
「え? えーと……無理?」
 
 そうだよ! あんなイカサマに対応できるプランなんかあるわきゃねえだろがよォォ!! ボケ!
 
 銃やナイフが得意だとか、格闘技に秀でているとかいった類の敵の相手はピンからキリまでこなしてきた。
 機銃付きの軍用車両や戦闘ヘリに追い掛けられた事もあれば、粉微塵になって降ってくる遮蔽物に咳き込みながら戦車の砲塔から逃げ回った事もある。
 暴力沙汰に関する経験だけなら、俺は恐らく二十一世紀の地球でもトップ10に入る経歴の持ち主だろう。
 けれども、だ。
 さすがに超能力者の相手までした事はないのである。

 クソでかいとか空を飛ぶとかいった事には我慢できても、最低限の物理法則まで無視されちまったらお手上げなのだ。
 どんなに思考を巡らせても、良いアイディアが浮かんでこない。
 やばいぞ、これは。

「っでもでも、何かあるはずですよ! 例えば……あーほら、変じゃないですか!!
 どうして今まで使ってこなかったのか、とか! 絶対理由があるはずですよ!」

 む、ウェッジめ、意外と冷静じゃねえか。
 散々追い詰められて吹っ切れたか? こいつはそういうタイプだよな。

 確かに、魔獣は瞬間移動を出し惜しみしていたフシがある。
 理由があるとすれば回数制限なんてのが妥当かね? 使ったら相応に疲れるとかいう仕組みだと有り難いんだが……。
 
『げっ!?』

 違うみたいだな。
 前触れもなく目の前に出現した魔獣の鼻面に、声を絞り出す俺とウェッジ。
 あと一歩で口内にご招待といったギリギリのところで直角に曲がって避けて──。

『ひえええええ!!?』

 もう一回。
 それを避けても、まだまだ続く。
 ちょっとしたループ状態だな。今の俺達は、きっと歪んだ渦巻きを描いて逃げ惑っているに違いない。
 つまり、どう足掻いても最後にはゴールインする運命にあるってわけだ。

「ふざけんな!」

 野郎、犬のくせにネズミ弄ぶような真似しやがって! 人にトラウマ残そうってか!?
 上等だ、こらァァ!!

「マスタードで召し上がれ!!」

 二枚目の手札である超有名な毒ガスを抱えて、いざ魔獣の腹の中へ。

「この食わず嫌いがァァァ!!」
「わ――――ッッ死ぬぅ!!」

 しかし、よっぽど不味かったのか、喉に達する前にブリザードで吹っ飛ばされた。

「ちょっとー!?」

 姉さんが自前の糸で引き寄せてくれなかったら、二人とも氷漬けになってたかもしれねえやな。

「ゼイロくんがヤケクソになってどうするのよ! 最期まで知恵を絞って戦いなさい!」

 そうやって叱咤激励してくる彼女の方も、かなり慌てているようだ。いつもの艶っぽい余裕はすっかり失せてしまっている。

「そりゃ俺だってクールに振る舞いたいけどよ。ありゃ悪知恵で攻略できる範疇を超えてるだろ」

 瞬間移動に制限がないんじゃあ、何したって無駄だ。モドキを行かせても先回りで殺されちまうのが関の山だろう。
 気付かれなければ大丈夫? 無理だな。目眩ましにも限度がある。
 囮作戦は有効だが、稼げる時間が少なすぎる。

「弱気なんてらしくないわよ! そんなゼイロくん見たくないわ!」
「そうですよ! 弱音を吐くのはオレの仕事じゃないですか! しっかりしてください!」

 現に、こうして脳味噌を脈打たせている合間にも窮地の連続に遭っているわけだしな。

「うるせー! お前らも俺にばっか頼ってねえで、ちったぁ頭働かせろい!」

 10秒先の自分達の命すら保証できない状態だ。1分後とかになると想像も付かん。
 というか、したくない。


 あ~あ~、月が綺麗だな~あ。


 って、アホアホアホアホ!! ランナーズハイなんぞに浸っとる場合か!
 考えろ考えろ。物心付いた時から知恵を絞ってきたからこそ、今の自分があるんじゃねえか。
 そうだ、俺に絶望はない。
 ……夢や希望があった覚えもねえんだけどな。
 だああああっ! んなこたぁどうでもいいわ! 閃け閃け! 何か手があるはずだ!
 何か……こっちも何か超能力が使えりゃあなあ。多少はマシになりそうなんだが。
 ったく、空は飛べるのってによ。精神世界つっても現実と大して変わりねえみたいだし、アストラル体も思ったより制約が多くて──。

 ……………………多くて?

 制約が? 何でだ?
 感覚と思い込みの匙加減一つで重力の縛りすら抜けられるなんていう、馬鹿げた身体をしているんだぞ。
 創造の限界を定めるのは自分自身。そんな独我論的イデアリズムに満ちた世界だぞ。
 制約なんて存在するのか?
 存在したとして何処から何処までがそうなんだ?
 根本から勘違いしてたんじゃねえのか?

 ええい、これ以上は考えたって埒が開かん。
 一縷の望み。一輪咲いても花は花。俺は俺の閃きを信じるぜ。

「スーパーファイヤァァァ――――ッ!!!」

 感覚だ。感覚を喚起して爆発させろ。
 そうだ、爆発だ。膨らませるなんて大人しすぎる。吹き荒れろ、吹き荒れろ! 俺の中で嵐になれ!

 ガ=オーになれ!!

 風と炎でガ=オーになれ!!!

「お、お兄さん?」

 足を踏ん張り雄叫び一つ。現れた魔獣が吐く氷雪の風に真っ向から挑む。
 熱く盛る炎の吐息で、押し切らんと腹の底から振り絞る。

 ぶつかり合う、渾身の熱と冷気。
 赤と白のマーブル模様が歪な球体を形作り、揺らめいて影を落とす。
 勢いは〝口径〟の大差に反して五分と五分。
 なら、勝敗を決めるのは?

 色々あるが、この場合は互いの身体の造りかねえ?
 奴は獣で俺は人、どっちが有利なのかは言うまでもねえよな。
 そう、お手々が空いてる賢い方だ。

『!!』

 再びのスタングレネードに耳目をやられ、反射的に身を捩るマーナガルム。
 その期を逃さず、俺のスーパー火炎ファイヤーがブリザードを塗り潰してホットドッグを拵える。

「マスタードは譲るぜ。テメェの方がお似合いだ」

 どう見たって食えた代物じゃねえけどな。
 炎に巻かれて悶え苦しむ魔獣に背を向け、俺はお気に入りの店のホットドッグにかぶりついた。
 うん、美味い。
 ここから出たら二度と食えないのかと思うと、染み入るようで涙が出てくるぜ。

「お前らも食うか? 俺のお薦めだぞ」
「あ、どうも。いただきます」
「私のはチリソース多めでお願いね」

 事態が呑み込めなくて立ちんぼになっていた二人にも分けたところで、息を乱したアヤトラがやって来た。

「おお、是色よ! 其方もしや三宝荒神の生まれ変わりではあるまいな!?」

 何のこっちゃ。

「生憎と仏教徒でもサムライでもなかったよ。それより時間がねえから簡単に説明するぞ」

 意味不明の興奮で瞳を輝かせているアヤトラの口にホットドッグにねじ込み、魔獣が息を吹き返さない内にと注意を払いながら言葉を紡ぐ。

「ウェッジ、マーナガルムがブチ切れるまでテレポートを使わなかった理由は分かったか?」
「へ? あーははは、忘れていたのを思い出しただけ……なんてことはないですよね~」

 うむ、言うだけ言って肝心の試行錯誤は俺に丸投げだったのが透けて見える態度だな。
 こいつの言葉が糸口になった事は内緒にしておこう。

「ヨシノが言ってただろ。俺達も魔獣も『結局は同じアストラル体』なんだって。
 現実世界ならいざ知らず、精神世界という箱庭の中で、どちらかにしかできない事なんてのはないんだよ。
 イメージを明確にして感覚を発露させる事さえできれば、本当にどんな現象でも起こせるようになるんだ」

 裏を返せば、感覚として体現できない現象はどんなに想像を膨らませても起こせない、という事でもある。
 想像力だけでは駄目。
 精神世界で超能力を使うには、そのイメージを身体感覚レベルにまで高めなければならない。
 俺が魔獣を圧倒するような炎を吐けたのも、現実で使いまくってた火炎ファイヤーの経験のおかげだしな。
 ただそれに【激怒】と【咆哮】を使った時の強烈なイメージを織り交ぜて吐き出したってだけで、本質は同じ。
 アイテム創造みたいな覚えのある感覚を活かした、延長線上の行為に過ぎないのだ。

「アイテムにしたって結局は過程、プロセス、心の準備。感覚を助長するための物でしかないんだ。
 この服を着てるから大丈夫なはず。この武器だから通用するはず。このホットドッグだから旨いはず。
 そうやって思い込むから見た目通りの、現実と同じような結果になる。
 大事なのは、その結果だ。
 ただ俺達が無意識に意味を求めちまってるだけで、道具を使うとかいった過程に意味はねえんだよ。
 ほら、俺達みんな空を飛べるだろ?、ヘリにも飛行機にも乗ってないってのに。
 それが答えだ。ちゃんと自分の中で折り合いを付けることさえできれば、何もいらねえ。
 火を吐ける。空を飛べる。傷を治せる。
 身体一つで戦える。
 万事全てが自分次第。それが精神世界のルールなんだ」

 敢えて言うなら、自らの常識こそが制約だったってわけだな。
 しつこいくせに抽象的だったヨシノの説明の意図がようやく分かったよ。体験しない内から詰め込んでも視野を狭めるだけだと思ったんだろう。
 百聞は一見に如かず。この世界で真の力を振るうためには、自分の感性で本質を捉える必要がある。
 そのために、予備知識は最低限じゃなけりゃいけなかったんだ。

「此も旨いな。狗肉とは思えぬ味ぞ。形も何やら珍妙で面白い」
「ソーセージっていうのよ。犬じゃなくて牛と豚の合い挽き肉だから、勘違いしないでね」
「創世寺とな? 寺の坊主がこの様な生臭物を? 実に怪しからん! 一向宗に連なる輩に違いあるまい」

 ……単純に時間の無駄だと見限られただけなのかもしれねえけどな。
 呆けるこいつらの相手をしてたら、嫌でもそう思えてくらぁね。
 話、聞けよ。


 「はあ……えー……つまり、その……真似されたくなかったからってことですか? テレポートを?」

 お前はお前で聞いててそれか。理解が足りんぞ。

「違う。俺達に現実の枠組みを超越するような力を持たせたくなかったからだ。
 自分の優位が失われる恐れがあるわけだからな。些細な判断材料も渡したくなかったんだろう」

 賢明な判断だが、ケダモノらしい沸点の低さがすべてを台無しにしてしまった。──と、まあそんなところか。
 手札一枚晒したくらいじゃ気付かれねえとでも思ってたのかね? 堪え性のないバカ犬め、俺を舐めたのが運の尽きだ。

「じゃあ、オレたちテレポートできないんですか?」
「いやー、できるはずだぞ。精神世界に距離の概念はないはずだからな。ただ肝心のテレポートの感覚が──」

「あ、ほんとだ! できました、できました!」
「──掴めねえことには……おい、何処行った?」

 あ、戻ってきた戻ってきた。
 そしてまた消えた、と。
 もはや言葉もない。電灯のスイッチを切り替えるような気楽さで消えては現れを繰り返す、ウェッジの奇天烈ぶりであった。
 まさか、できると言っただけでマスターしやがるとは……。

「ふむ、てれぽーととは縮地の事であったか。成る程成る程、神仙に成ったつもりで挑めば良かったのだな」

 勝手に納得したアヤトラの奴もあっさり習得しちまうしよ。これじゃあ、できない俺の方がおかしいみたいじゃねえか。

「私には向いてないのかしらね? どうも上手くいかないわ」

 いやいや姉さん、多少時間が掛かるとかそういうのは失敗の内に入らねえから。
 瞬間移動なんてワケの分からん感覚を物にできる時点で、充分あんたも不思議ちゃん。俺の常識の外で踊るファンタジーの住人だ。

「しかし、絡繰りに気付いただけでこうも容易く成り果てるとはな」

 適応力というか、理解してからの飛躍ぶりが異常すぎる。

「せっかくの興が冷めてしまったわ」

 瞬間移動での往復を済ませ、槍に付いた鮮血を払い落とすアヤトラ。
 飛び散ったドス黒い赤色に点々と染まる雪原。
 舌を出したまま落ちて転がる、巨大な生首。
 一瞬で起きたそれらの意味するところに、俺は軽い目眩を覚えた。

 ……野郎、ほんの少し目を離しただけでこれか。
 魔獣の首、刎ねやがった。

 思い込みの強い奴だってのは分かってたが、こうもいきなり無茶苦茶されるとリアクションに困っちまうな。
 ぶっ飛んだセンスしてやがるぜ。
 ビシャモンテンだったっけ? 本気で自分を神様の生まれ変わりだと信じてるのかね?
 世の歴史に残る大半の英雄は自分こそ神に選ばれた者だと豪語はしても、生まれ変わりであるとまでは言わなかったもんなんだがな。多くの宗教が入り混じった土地に住む、日本人だからこその価値観ってやつか?
 ……考えるだけ時間の無駄だな。
 アヤトラの精神力の根源が分かったところで真似なんざできねえだろうし。俺は俺で自分の身の丈に合った役割を果たせばそれでいいんだよ。

 差し当たっては、台無しにされたプランの修正を図るとするかね。

「あぇ? は? おぅわっ!!?」

 一拍遅れで驚くウェッジにそこはかとない安心感を覚えながら、精神的疲労に喘ぐ脳髄を働かせる。

「って、まだ元気そうなんですけどぉぉ!? どうなってるんですか!?」

 ……んーむ……うん…………んん~~~~~??

「ふぅむ、どうやら不死の存在と云う話に偽りは無いようだな」
「トラちゃん、頑張って~!」

 うはは、想像の余地が多すぎてシミュレートが追いつかんぞ。

「ひぃぃぃっ気持ち悪い!!」
「はっはっはっは!! よぉーしよぉーし! 此は骨が折れそうだ!」

 手札というか判断材料が一気に増えたからな。制約のない、できる事だらけの世界ってのも困りもんだ。
 …………けど、まあ、結局やる事に変わりはねえのか。
 シンプルかつダイレクトに行ってみよう。


「おいこら、しっかりしろ。他人の心の中に来てまで吐く奴があるか」

 俺は食ったばかりのホットドッグを台無しにしようとしているウェッジの背中をどやしつけた。

「研究所で人間のを散々見てきただろうが。今更犬の中身くらいで胸ヤケ起こすんじゃねえよ」
「でも、大きさとか臭いとか……。それにアレ動いてるじゃないですか」

 その辺は、むしろ笑えるところだと思うんだがな。
 アヤトラの槍に刻まれて、なおも蠢く魔獣の姿は奇っ怪そのもの。大昔に人気を博したグロテスク系のホラー映画を思い出させるシュールさだった。
 いやー、不死身ってのも場合に依りけりだねえ。

「まあ、見たくねえってんなら丁度良いや。こいつをカーリャに届けてくれ」

 くだらない話を切り上げ、リザードとの連絡に使っていたのと同じトランシーバーをウェッジに預ける。

「ちょっとしたアドバイスをしてやりたいんだ。お前さんのテレポートなら、あっと言う間だろ」

 戦況を見る限りじゃあそう急ぐ必要もねえんだろうが、また何か突飛な事をされても困るしな。
 ここは一気に畳み掛けるのがセオリーってもんだろう。

「そ、そうですかね? 見えない場所に飛ぶのってかなり不安なんですけど」
「んなもん、小刻みに順路を飛んでいけばいいだけの話だろうが」
「あ、そっか。じゃあ行ってきます」
「おう、頼ん――」

 む。

「……だぞ~」

 今気付いたが、これって見送る側がかなり間抜けに映っちまうんだな。
 情緒の欠片もなくパッと消えたバカタレの居た虚空に対して一頻りお手々を振り振りした俺は、投げ出すような勢いで雪原に腰を落ち着けた。
 ……後ろで見てる姉さんの視線が温すぎて堪らんぜ。


『もしもし~、お兄さん聞こえますか~?』

 緊張感のない通信が入ったのは、それからすぐの事だった。
 恐るべきは瞬間移動……というより、俺以外の連中の呑み込みの早さか?

「ああ、問題ない。そっちはどうだ?」
『はい、聞こえます聞こえます。カーリャちゃんに代わりますね』

 少しばかり悔しいが、おかげで心置きなく任せてみようって気になれるやね。

『おう、なん……れ? ……る…?』
『あー、そうじゃなくて。ボタンは押しっぱなしにしておくんだよ』
『おうおう、これでいいのか? めんどくさいな!』
「面倒なら使わなくていいぞ。テレパシーで直接伝えりゃいい」
『ええ!? そんなことできるんですか?』
「精神世界の仕組みからすると、まあ可能だろうよ」

 今の俺達は要するにアレだ。同じ器の中で溶けた、ミルクか砂糖みたいなモンだからな。
 混ざり合ってる精神の間には、本当の意味での距離など存在しない。
 あるのは、ただ距離という概念だけ。
 互いにそうだと思い込んでるから離れている、違う場所に居ると感じてしまう。それだけの話なのである。

「テレポートの存在がそれを明白に示している。後はその感覚をどうやって掴むかだな」
『どうやってつかむんです?』
「知らん。分かってたらお前をパシリになんぞやらんわ」
『あー……なるほど。難しそうですねえ』

 ま、俺とお前にはな。縁遠い業だと思うよ。

「カーリャ、テレパシーだ。使えるだろ?」

 だが、モドキにとっては違うはずだ。

『てれぱしー?』
「ほら、研究所が崩れる前に母様がどうのこうの言ってたじゃねえか。俺達と言葉が通じるのも、そいつのおかげなんだろ?」
 
 俺達は普通の人間だから、未だにこういった道具を介してでしか遠くに声を伝えられない。
 けど、カーリャには離れた相手に思念波を送る能力がある。すでに必要な感覚を掴んでるんだよ。
 となれば、あとは簡単だ。ほんの少しのアドバイスで事足りるだろう。

『おう、もしかしておまえ、ネンワのこといってるのか? アレ、はなれすぎるとダメ。ツキまでとどかない』
「月とか距離とか、そういう面倒な事は考えなくていい。とにかく呼び掛ける努力をしてみてくれ」
『どりょくかー』
「そうそう、努力努力。それと自分を信じるのも大切な事だな。頭の中空っぽにして絶対に上手くいくと思い込むんだ」
『また、いかにもな精神論ですねえ』

 いいんだよ。コツさえ分かっていれば精神論で充分。個人の殻を破るためってんなら尚更だ。


〝おうおう、どうだ? へんじできるか?〟

 現にこうして来てるわけだしな。……視床下部の辺りに響く、モドキの声が。
 どんな感じかって? まあ少なくとも、不愉快ではないとだけ言っておこうか。

〝モドキってなんだ?〟

 って、筒抜けかよ!?
 やべえな、おい。柄にもなく焦っちまうじゃねえか。テレパシるなんて初めての体験だから、どうしていいのか全然分からんぞ。

〝モドキってなんだ?〟

 とりあえずは思考の調節が第一か? ポーカーフェイスは得意な方なんだが……そういうのとは別次元の話だよなあ。
 だったらどうする? 心を閉ざして物を考える? そんな東洋の仙人や偉い坊さんじゃあるまいし、俺みたいな煩悩を抱えた普通人にはどう足掻いても不可能だ。
 二進法で考えるという手もあるが、これも無理だな。ジョン・フォン・ノイマンにすらできそうにないし。というか、何故思い付いた俺?

〝おまえのこえ、はやすぎてカーリャわかりにくい。もっとゆっくりしろ〟

 いっそのこと頭にアルミホイルでも巻いてみるか? テレパシーで送受信される情報が脳波とイコールの代物とは限らんが、試してみるだけなら……何だって?
 速すぎて? 分かりにくい?
 なるほど。答えはもっと単純だったか。

 恐らく、思考中の思念というのは元来から読み取りにくく出来ているんだろう。
 言葉と違って実体がない。だから音に対しての耳のような、受容するための器官が物理的に存在しない。もしかしたら脳の何処かがそれに該当するのかもしれんが、そもそも〝伝えよう〟とする意思がまったく働いていないわけだからな。早口小声の独り言みたいなモンだ。
 全部拾えたら人間じゃねえ。兎さんだよ。

〝うさぎはネンワできないぞ〟

 物の例えだ。気にするな。
 つまり思考に緩急を付ければいいってわけだ。伝えたい部分だけをゆっくりと明確に晒すことで、隠しておきたい心の内──究極のプライバシーが守れるのである。

〝ぷらいばしー?〟

 だから気にするなって。……で、何だ、かなり距離があるはずの俺に念話が届いただろ? お前の母親にも同じようにしてみるといい。
 絶対に届く。ここはそういう世界なんだよ。

〝おう、そうか! とどくのか! それがツルツルのいってたアドバイスなのか?〟

 ああ、そうだ。

〝……なんで、むだなジュンビさせた? ツキまでとばなくていいなら、カーリャここにいるイミないぞ〟

 悪かったな。俺もついさっき気付いたばかりなんだよ。
 けど、無駄なんかじゃねえぞ。結果だけ見れば大半が無駄に思えるだろうが、その時点でのベストを尽くした選択だったわけだからな。

 いいか、用心に用心を重ねて徒労に終わったとしても、それは用心しすぎたってだけの笑い話くらいにしかならねえだろう。
 だが、用心を怠って死んじまったら? 取り返しが付かねえよな?
 本当の間抜けってのは、必要な労力を惜しむ奴のことを言うんだよ。

〝…………おまえ、いいわけうまいな〟

 違うわ!
 ……あーでも、今の俺が言ってもガキが屁理屈こねてるようにしか見えねえか。

〝やっぱりいいわけか〟

「うるせー! いいからとっととテメェのママを起こしやがれ! そんでもってクソ世界ともクソダンジョンとも永遠にオサラバだ!!」

〝おーう!〟

『いきなりキレられても……。一体どういう風に話がついたんです?』
「良い方向に、だよ。カーリャはそこで、お月様と交信だ。お前はリザードに状況を説明してやってくれ」
『はい。えっと、その後は?』
「待機だ」

 会話から取り残されたウェッジに適当な指示を与えて黙らせた俺は、トランシーバーのストラップを弄くり回しながら温かいミルクココアを創造し、一息に呷った。
 脳が疲れた時は甘い物に限るやね。

「ひとまず様子見といったところかしら?」
「まあな。これで変化がなかったら当初の予定通りだ。カーリャにアームストロングになってもらう」

 姉さんには改めて説明するまでもなさそうだな。察しが良くて助かるぜ。

「距離は関係ないんじゃなかったの?」
「そうだが、距離だけが問題とは限らねえからな。カーリャの母親がテレパシーを受け付けない状態にあったとしたら、どうする?」
「んー、行って確かめるしかないでしょうけれど……」

 良い女ってのは、総じて理解力に優れているもんだ。
 学があるとかそういう意味じゃなく、物事の本質を捉える力ってのかな? 見る眼があるとか勘が鋭いとかでもいい。とにかく馬鹿な勘違いをしない何かがある。

「私達が同じ器の中で溶けているお砂糖みたいな物というゼイロくんの例えに沿うなら、
 カーリャちゃんのテレパシーは、そこに起こる波紋。するとレイシャさんの自我は……器その物?」

「正解だ。波紋が器をどうにかできればそれで良し。できなきゃ相応のお膳立てをしてやるまでって事よ」

 俺に好きな女のタイプとかはないが、もし付き合うとしたらその〝何か〟が絶対条件だろうな。

「この短い間で、よくそこまで考えをまとめられるわね。私、ゼイロくんのことトラちゃん並みの超人だと思うわ」
「嬉しくねえ褒め言葉だな。姉さんも理解できる頭があるなら一緒に考えてくれよ」
「それは無理な相談ね。こう見えても限界が近いの」

 やけにさっぱりとした調子で言う姉さんの顔を見上げると、確かにそんな感じ。穏やかな表情の内で張り詰められた正気の糸が軋んでいるのが、よく分かった。
 ちょっと離れておこう。
 首でも絞められたら適わん。

「正気を保っていられるのは貴方達に判断を委ねているからよ。テンちゃんとウェッジくんもそうね。
 この悪い夢みたいな中で、ゼイロくんとトラちゃんの存在に依存してるわ」

「ふーん」
「蹴り飛ばしてもいいかしら?」

 蹴ってから言うんじゃねえ! ──と、言いたいところだが、俺が避けるのを分かっててやったな。

「勘弁してくれ。そういうしんみりしそうな話は苦手なんだ」
「そう? 誰かに悩みを打ち明けられるのは嫌い?」
「相手にもよるが基本的には大嫌いだな。そもそも好きなんて奴ぁ居ねえだろ。居たとしたら、そいつは絶対ロクデナシだ」

 追撃の気配がないのを確かめて、再び腰を落ち着ける。
 特に仕込んでおくこともねえから、アヤトラの応援でもしとこうかね。あいつが頑張っててくれないと、こっちは一気にゴールを持っていかれるだろうし。
 最初の内は肉片にされる一方だった魔獣の奴もやられる内に学習したのか、閃く槍の切っ先を躱しながら牽制の攻撃を繰り出している。再生も順調に進んでいるようで迫力は増すばかり。
 油断はならないが、アヤトラにも余裕がありそうだから両者の攻防はまだまだ一進一退だろう。
 時間稼ぎとしては、理想的な流れだな。
 そして手を出す隙もない。
 下手な真似してまた逃げ回るような目には遭いたくねえし、こりゃ本当に応援だけになりそうだわ。

「どれくらい待つつもりなの?」
「カーリャが根を上げるまでだ。じゃねえと、納得して次のプランに取り組んでくれねえだろ」

 ……何でそこで笑うのかね、姉さんは?
 俺、おかしなこと言ったか? いや、おかしいのは向こうだな。自称限界ギリギリの女だし、いつ奇声を上げて踊り出すか分かったもんじゃないぞ。
 念のため、もうちょっと距離を置くか。
 距離は関係ないとか散々言っといて何だが、これは気持ちの問題でもあるからな。そうしないと落ち着かねえんだよ。

「ねえ、ゼイロくん」

 こら、肩を寄せるな。

「あれ、上手くいってるんじゃないかしら?」

 んあ?

 艶めかしい褐色の指に従って見上げれば、満天の月。
 姉さん、アヤトラじゃなくてそっち見てたのか。まあ化け物同士の戦いなんか……おおおおおおおおおおお!!?

 その明らかな異変に、俺は身体全体で声なき大絶叫を轟かせた。
 なんと月が震えているのだ。
 天体という大地よりも確かで揺るぎない物が、今にも崩れそうな勢いで揺れ動いているのである。

 こぉぉれは怖いぞォォォォォォ!!!

 地震や津波の被害に遭ってきた俺が言うんだから間違いない。直径数百キロメートルの隕石が降ってくるのを眺めてるような、最低最悪の気分だ。
 どうしよう、これ?! 地球滅亡の使者だよ! アルマゲドンでディープインパクトだよ!!
 ジェット機使ったって逃げられる規模じゃねえ。シェルター創っても直撃コースじゃ無意味だろうし、ああああああっもう!! あーあー、でも落ちてくる気配はなさそ…………げぇっ!?


 割れた……。


 崩れそうだと思ってたら本当に崩れやがった。
 月自体がモドキママの意識を封じ込める檻の役割を担うものだったとすれば、まあ娘の呼び掛けで目覚めつつある以上、充分に妥当な現象ではあるんだが……そんな理屈じゃ冷静になれんな。
 しかも、しかもだ。
 お月様がぶっ壊れて、出てきたのがアレじゃあな。

 欠け落ちた月面の奥でギョロギョロと動く目玉に引きつり、段々と顕わになっていく造作に恐怖し、舌なめずりをする豊かな唇に腰を抜かす。
 出てきたのは女だった。
 モドキの面影があるから、アレが件の〝かあさま〟なんだろう。
 北欧系の結構な美人だ。色の薄い金髪がオーロラのように煌めいて広がる様は、夜空を抱く月の女神を想わせた。
 断っておくが、比喩表現ではない。
 実際に月から出てきた月並みのサイズの女の髪がオーロラのスケールで波打ってるんだからな。もう見たまんまの印象なわけだよ。
 あ、いや、でも月の女神ってのは美化しすぎだったか。

 神は神でも、ありゃ破壊神の類だよ。
 どっぷりと微睡んだ瞳にあるのは原始的な欲望だけだ。己を満たすことしか頭にない。
 ちっぽけな俺達なんぞ、眠気覚ましのライム程度にしか見えてねえだろう。

「お兄さん! こっち凄い揺れてましたけど一体何が…………あ゛」

 テレポートで様子を見に来たらしいウェッジが、一瞬で彫像と化す。
 まったくタイミングが悪いと言おうか何と言おうか。
 おかげで俺も姉さんも足が勝手に動いちまったじゃねえか。
 あのまま金縛り状態でいても未来はなかったろうから別にいいんだけどよ。回れ右して全力逃避ってのも悪手なんだよな……。

 逃げたせいで、ママの狩猟本能が刺激されちまったみたいだし。

「待ってくださぁぁぁぁぁい!! 逃げるなら! 逃げるなら一緒に!!」

 だから、お前の方が速いだろうに。そんなに一緒がいいのか。

「なんなんなんなんなんですか、あの人!!? 入道雲より大きいじゃないですか!?」
「カーリャちゃんのお母さんのレイシャさんでしょ! 信じたくないけど!」
「ええええ!? 起こしたら解決するんじゃなかったんですか!? 何で事態が悪化してるんです!?」
「さあな! 目覚ましの仕方が悪かったのかもなァァ!!」

 考えてみりゃ肉体は怪獣になっちまってるわ、精神には異物が沢山だわで、気持ち良く起きられるような状態じゃないんだよな。少しばかり正気が削られてても不思議じゃない。
 憶測だが、今の彼女の主観は夢よりも虚ろなのではなかろうか。
 つまり、超盛大に寝惚けている。
 普通なら可愛げがある行為なのかもしれんが、この場合は世界の支配者……じゃなくて、世界その物が相手だからな。寝惚け眼の地球が牙を剥いたようなもんだ。

 正直言って、何もかもを呪いたくなるくらいに厳しい状況である。

「どうするんですかどうするんですかもうお終いですかそうですか今まで本当にありがとうございましたッッッ!!!」
「大の男が泣くんじゃないわよ! ああ、幸せな家庭を築きたかったッッ!!!」
「お前らなあ……」

 泣くか走るかどっちかにしろ。
 一秒の空白が生死を分けるって時に頭の働きを鈍らせんでくれ。俺まで泣きたくなってくるじぇねえか。

「是色ぉーっ!! 何事だあれは!? かぐや姫の乱心か!?」

 戦いを切り上げてすっ飛んできたアヤトラも似たようなもの。いつもの涼しげな顔を恐怖に歪めた、実に見応えのある狼狽ぶりだった。
 そのくせに目が輝いてるってのが怖いところなんだけどな。
 こいつ絶対、心のどこかで楽しんでるだろ……。
 喉元まで来た皮肉の言葉を呑み込み、俺は目線だけでアヤトラに尋ねた。

「うむ」

 いやいや、そんな一言じゃ分からんって。
 俺達を追い抜いて走る狼さんについて訊いてるんだよ。何で一緒に逃げてきたのか説明しろ。

 ……まあ、大体の察しは付くけどな。
 マーナガルムも宿主の前では俺達と同じ。無力な存在に過ぎないって事なんだろう。
 尻尾を丸めて一心不乱に逃げる姿には、怒りも狂気も重圧もない。もはや魔狼は地に落ちた負け犬と成り果てていた。

「うはははははははは!! これで多少の溜飲は下がったな!」

「ふははははははは!! 某としては飛んだ横槍であったがな!」

 一頻りヤケクソ気味に笑ってから、改めてアヤトラに向き直る。
 姉さんもウェッジも人の話を聞く余裕はなさそうだしな。アフターケアは二人でするしかねえだろう。

「アヤトラ! あれがカーリャの母親だ! 完全に目を覚ましてもらうには多分、あと一押し刺激がいる!」
「成る程、刺激とな。手っ取り早く一刺しと参ろうか?」

 確かに痛みを与えるってのも有りだが、蚊とティラノサウルス以上のサイズ差じゃお話にならねえっての。
 第一、攻撃自体が通用するとは思えん。あのビッグママは精神世界の絶対者なのだ。
 俺は揚々と槍を掲げるサムライボーイには応えず、一方的に自説を唱えた。

「手っ取り早いのは望むモノを与えてやる事だ! 生き物が本能的に求めるモノは何だ!?
 いくつかあるが、推理するのは簡単だ。あの女は、元に戻るために補うモノを欲している!」

 ここまで言えば、分かるよな?

「っしゃ、行くぞォォォ!!」

 得心がいったと言わんばかりの笑みを浮かべるアヤトラを振り切って、全身全霊のスピードアップ。
 残念ながら打ち合わせをするような時間は残されていないのだ。
 ビッグママが地上に降り立ってしまったら、すべてが終わる。
 何故かと疑問を抱く奴は、巨大隕石が地球に衝突したらどうなるかとかいった類の仮説や映像に目を通してみるといい。
 そのまんまの事が起きるとは限らんが、とにかく膨大な質量が近場に降ってくるんだ。
 一瞬で死ねる事は間違いねえやな。


「早駆け早駆け早駆け早駆け早駆け早駆け早駆け早駆けはやがきゃれられられ……ッッ!!!」


 それが嫌だから急ぐんだよォォォォ――――ッ!!!
 特技【早駆け】を使用した時の加速の感覚を繰り返し繰り返しイメージする。
 ウェッジに掛けてもらった【増速の気流】とかいう魔法も再現だ。
 どんな些細な恩恵でも構わない。速度を上げるために使えるリソースは余さず残さず注ぎ込むぜ。

 俺は風だ! 風より速いロケットだ!!

「待てやコラァァァァァァァ──ッッ!!!」

 前を行く魔獣に追いつけ追い越せぶっちぎれと、風を切って突き進む。
 スピードは、こちらの方が僅かに速い。
 追いつく! 追いつく! 追いつくぞッッ!!
 あちこちからするガラスの軋むような音を無視して跳躍。巨大な後ろ足にしがみつく。
 両腕で、両足で、口まで使って全身で。


 激怒激怒激怒激怒激怒激怒激怒激怒激怒ォォォ……おおおおおお!!!


 こっからは速度じゃなくて、腕力だ。
 人生全部費やす覚悟で強烈な〝力〟のイメージを喚起する。
 10秒でいい。一度だけでいい。
 こいつをねじ伏せられるまで高まってくれ……!!
 あとはアヤトラが何とかしてくれるはずだ。

「おおぉぉわっとっとっとっと!」

 ──と思ってたら、先に何とかされちまった。

「是色! 足は止めたぞ!」
「へいへい、ありがとさん!」

 回り込んで前足を切り飛ばしたのだろう。雪玉になろうかという勢いで転ける魔獣から素早く離れ、雪原に身を投げ出す。
 ついでに事態の方も投げ出して眠りたいところだが……俺が締めなきゃならんのか。
 まだ何も結果を出してねえからな。アヤトラの期待に応えてやらんと。
 俺は身体が発する休息願いを揉み潰して、目の前にある魔獣の尻尾をむんずと掴んだ。
 抵抗はない。随分転がってたから、まだ意識が朦朧としてるんだろう。
 深く大きく、息を継ぐ。


「要はなぁ……!!」

 萎えてしまった精神を奮い立たせんと噛み締める。
 必要なのは怒りだ。怒りで輝く精神のパワーだ。パワーがもたらす圧倒的な力だ。
 色褪せちまった憤怒の記憶を掘り起こせ。

「テメェが!!」

 怒りの化身の真価を見せろ。

「喰われりゃあ!!!」

 本日二度目のガ=オー降臨だ。

「済む話なんだよォォォォォ゛ォ゛ォ゛――――ッッ!!!」

 掴んだ尻尾を起点にハンマー投げの要領で、魔獣の巨体をぶん回す。
 でかいとか重いとか、もうそんな常識は頭にない。できると自分を鼓舞する事もしない。
 やるのだ。
 自分はすでに人間ではない。一個の現象なのだ。現象に迷いはない。
 やるべき事をやり遂げるだけなのだ。

「ォ゛ォ゛ォ゛――ッォ゛ォ゛ォ゛――――ッッ!!!!」

 耳を打つのは己の叫びか風の唸りか、それとも魔獣の断末魔か。
 果たして、8歳児が興した竜巻から弾き出されるように飛んだマーナガルムの身体は、一直線に夜空を切り裂き──。

 宿主の元へと還った。






 ……………………と、思う。

「ぉぉぉおおおお……おえっぷ」

 ビッグママの顔の辺りに投げられたのは確かなんだがな。遠すぎて正否が分からん。
 分かったところでどうしようもねえけど。
 今の回転投げで燃え尽きちまった。回りすぎたせいで気分が悪いし、身体に力が入らねえし、頭は割れるように痛いし。本当に駄目だ。自分の身体が立ってるのか寝てるのかすらもあやふやだ。

〝おう、かあさまからへんじきたぞ! うまくいったな!〟

 そうかそうか。よかったね、そりゃあ。
 じゃあ積もる話もあるだろうし、俺はしばらく黙ってることにするよ。
 いや、むしろ寝る。
 寝かせてくれ。


 限界だ。限界だ。限界だったら限界だ。こりゃ明日に響くな。外に出たら日光浴だ。あー雪国以外ならどこでもいいや。しばらく雪は見たくねえ。風呂入りてー。
 くそー、どうだー、また生き残ってやったぞー。

 温泉、温泉のあると……こ、ろ…………が…あー……も……寝む…………。











あとがき


大変長らくお待たせ致しました。

今回は分けるのも微妙かと思ったので一気に決着まで持って行きました。
ステータス関係なしの精神世界の話ですからね。正直、書いていて余り面白くありません。

おかげで随分な分量になってしまいましたが……その辺は勘弁してください。




[15918] 20  いざ、人生の再スタート      (LV 3にアップ)
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:e58359f3
Date: 2011/02/18 22:55


 半ば投げやりな気持ちで賽を振る。

 気負ったところで始まらんからな。賽の目ってのは込めた気の分だけ滑るように出来てるんだよ。


〝しかしまた、随分な力業もあったものだな〟


 含み笑いはやめろ。って、あれを観てたのか? 一部始終?


〝いや、貴様の記憶を読んだだけだ。さすがに個人の精神世界を覗くような真似はせんよ〟


 俺から読み取ったんなら結局は同じだろうが。殺し屋にやらせて自分の手は汚れてませんって言うようなもんだぞ。


〝道徳的な理由で否定しているわけではない。不都合が起きる可能性を考慮して、しないと言ったのだ〟


 なるほどー。合理的で結構。それなら納得だ。

 …………ぶん殴らせてくれたら、更に気が晴れるんだがな。


〝合理的か……。確かに、方法はともかくとして合理的な判断ではあったな。
 知恵を尽くして野蛮に通す。中々見応えがあったぞ。バーサーカー〟


 へっ、別にお前を楽しませるために……ああ、このセリフは前にも言ったっけか。

 なら、もう何も言うことはない。適当に転がしてオサラバだ。

 ………………んー、やっぱり特性ゲットは無理か。

 HPの上がり具合も期待値以下だし、今回は運がなかったと諦めよう。

 運ってのは水物だからな。悪い時は素直に受け止めるのが一番なんだよ。

 悪態くらいはついてもいいが、絶対に腐ってはいけない。自棄になってはいけない。

 いっそのこと『ありがとうございました!』なんて礼を言ってみるのもいいかもな。

 神への祈りじゃない。もっと純粋な、己の領分を越えたところにある不可思議への感謝だ。


〝つまり、因果律に感謝を捧げると? 見返りのある存在に祈る方が余程有意義に思えるがな〟


 うるせー。そんな下心から来る俗っぽいモンじゃねえんだよ。










 ◆ LV UP!!

   因果律が微笑み、貴方は3レベルになりました。


 ◆ 最大熟練度 UP!!

   LV 3になった事により、制限付き技能の最大熟練度が50.0に上昇しました。



 ……………………え?

 あ、はいはい、レベルアップね。
 脳裏に浮かぶメッセージに呆れ笑い。背筋を反らし、寝返りを打つ。
 ……レベルアップ?

「おう、おきたか! おまえ、ねぼすけだな!」

 覚醒する意識に任せて身を起こすと、モドキの小さな手で顔中をこねくり回された。

「お兄さーん! よかったー!」
「坊ちゃん! 坊ちゃん! 心配したんですよ!」

 振り払う暇もくれずに飛びついてきたのはウェッジとリザードだ。二人とも涙目で非常に暑苦しい。
 おまけにやたらと酒臭い。
 心配してくれてたのは嬉しいが、そこはもっとこう、労りを持って接するべきだと思うぞ。寝起きに酔っぱらいの、しかもハゲとトカゲの抱擁とか勘弁してくれ。

 ……寝起きといえば、ビッグママはどうなった? どうにかなったのか?

 不快感から逃避するように視線を走らせ、状況を確認する。
 まず俺が寝かされているのは肌触りの良い織布の上だ。例によってシャンディー姉さんのお手製だろう。
 その姉さんはといえば少し離れた瓦礫に腰掛け、上一対の手で布を織りながら下一対の手でフライパン調理を行うという器用な真似をしていた。顔はこちらに向けての微笑み全開だ。
 アヤトラの奴もブランデーを入れた水筒片手に、優しい笑みを浮かべている。
 全員無事に生還か。あの状況を思えば出来すぎた結果だな。
 察するに、ここはスカベンジャーズ・マンションの跡地なのだろう。俺達のスタート地点とでも言うべき忌々しい迷宮は、突如起こった怪獣大戦争の煽りを受けて廃墟同然。ユ○スコも見限るような古い石材の寄せ集めと化していた。

「実体に戻ってるって事は、丸一日過ぎたのか。どのくらい寝てたんだ?」
「ととと、時計がねえから分かりやせんけど、ふつふつっ二日くれぇじぇねえですかねねね!?」

 そんなにか。道理で腹が減るわけだ。
 リザードにアームロックを極めながら確認したところによると、みんな結構早くに目を覚まして俺が起きるのを待っていてくれたらしい。

 ヨシノ達はと尋ねれば、まだ形を保っている下の階層や研究所の残骸を探索中との事だ。
 目的はお宝……ではなく、消息不明になったとかいう騎士団長に関する手掛かり。
 期待はできねえと思うけどな。
 三人娘も発見があるとは思っていないはずだが、それでも念のためにといった気持ちで動いてるんだろう。

「他に何か変わったことは?」
「ありましたよ! 聞いてください! オレ、やっと2レベルになったんです!」
「俺っちも俺っちも! よく分かんねーッスけど、成長したぁって感じで嬉しいですね!」

 ほほう、遂にこいつらもレベルアップか。
 まあ、あんだけの危険を掻い潜って1レベルのままってのはねえわな。並みの人間なら軽く二桁は死ねる行程だったし。

「そうかそうか! 実を言うと俺も今3レベルになったとこなんだよ!」
「わあ、おめとうございます!」
「そんじゃあ、快気祝いも兼ねて祝杯といきやすか!」
「おう、ヤケニクくうぞー!」

 俺は三人に手を引かれる形で立ち上がり、姉さんが調理に使っている焚き火の傍に移動した。

「おはよう。よく寝たわね。具合はどう?」
「空腹以外は異常なしだ」
「其れは何より。こちらも丁度、酒が尽きたところでな」

 ……別にいいけどよ。その歳で飲み過ぎるんじゃねえぞ。
 わざとらしく空の水筒を逆さにしてアピールするアヤトラに神ボトルを渡し、焼き上がったばかりの豚肉にありつく。
 味付けはブランデーだけだが、相変わらず旨い。空腹も手伝ってか自分でも驚くほどのハイペースで食が進んだ。
 肉、肉、肉、肉、時々キャベツ。
 湧き起こる穀類や緑黄色野菜への渇望を頭の隅に追いやり、とにかく胃袋に詰め込む。
 外に出たら真っ先にカルシウムを摂りたいところだな。いくら8歳児とはいえ、この身長はいい加減ストレスが溜まってならん。

「うめーうめー!」
「こら、少しは遠慮しろ! テメェは飯抜いてたわけじゃねえだろうが!」
「すぐに次が出来るから我慢しなさい。ゼイロくんはお兄さんでしょう」
「ぐぬぬぬ……!」

 ガキ扱いされるしよー。ロクなもんじゃねーや。

「へっへっへ、いいじゃねえですかい坊ちゃん。妹さんはですね、ず~~っと坊ちゃんの──ぐえええ!?」

 いや、リザードみたいに糸で首を絞められないだけマシなのかね?
 何を言おうとしたかは知りませんが、ご愁傷様です。お前の分も俺がいただいてやるからな。








 探索に出ていた三人娘ともう一人が戻ってきたのは、充分に食欲が満たされた後の事だった。
 もう一人ってのはモドキの母親な。忘れてたわけじゃねえんだが、あんまり考えたくなかったんだよ。
 ほら、何せ出会いがアレだったし……。

「ゼイロさん、そろそろお目覚めになる頃だと思っていましたよ」
「よう、聞いたぜ。あの魔獣に一発かましてやったんだってな」
「ん、まあ、そうなるのかね。おかげで寝込む羽目になっちまったみてえだけどよ」

 ウェッジなんかもう、震えを抑えて哀れなくらいに無理してる。
 姉さんも微妙に目が泳いでるし、平気そうなのはアヤトラだけか。リザードは裏方でラッキーだったな。

「正しい見解ですね。アストラル体も酷使が過ぎれば肉体と同じように長い休息が必要となります。
 今回はその程度で済んで運が良かったと言うべきでしょう」

「へえ、運がね。ちなみに最悪の場合は?」
「死にます」

 ……だと思ったよ。
 何の躊躇もないヨシノの返答に肩を落とす俺。そこにジェギルの豪快な笑い声が被さって、否応なしに静まりかけた場が和む。
 自分でも、あの虚脱感には寒気がしたからな。本当に一か八かだったって事か。
 最後だけじゃなく最初っから。精神世界に踏み込んでどうにかしようって試み自体が分の悪い賭けだった。 事前に説明もされてたし覚悟もしてたんだが、いざ体験してみて思い知ったよ。
 ありゃ成功率10%未満の世界だ。生還率はもっとずっと低い。もう二度とやりたかねえやね。

「ゼイロドアレクさん……ですね? 貴方の事はここに居る皆さんからお伺いしています」

 そんな事を考えて溜息をついていたら、モドキママに話し掛けられた。

「私はレイシャ・ガルン・ヨルム。ルゼリア北方フリスガルズの小部族、ガルンの民の長を務めております。
 この度は我が身の不覚から大変なご迷惑をお掛けしてしまい、真に申し訳ありませんでした。
 貴方の勇気あるご尽力には娘のカーリャ共々、心より感謝致しております」

 落ち着いて対面してみると意外や意外、恐ろしくまともな人である。
 むしろ知性的と言っていいだろう。姉さんお手製らしいワンピースドレスに身を包んだ姿は、気品漂う上流階級の婦人を想わせるものだった。
 とてもじゃないが、幼女モドキの母親には見えん。
 そもそもモドキ自体が人の子には見えねえんだけどな。
 ……ああ、でも顔のパーツは類似点たっぷりで、やっぱり親子か。

 そういや、第一印象も似てらぁね。
 どっちも理性を欠いた状態で俺を取って食おうとしてた。ひでぇ仕打ちだよ。普通ならトラウマどころの話じゃねえぞ。

「ゼイロでいいよ。礼もそれ以上は言わなくていい。俺もお宅の娘さんには色々と助けられたからな。貸し借りなしだ」

 ちょっとばかり嫌みなセリフが出そうになったが、抑え込んで謙虚に返す。

『お宅の娘さんはまるで野獣ですな!
 品性はアメーバ並みなくせして老いた猿のように狡賢い。その上、人間を餌としか思ってやがりません!』

 ──なんて、受け狙いでも言えるかっつーの。
 血の雨が降るわ。

「いえ、そういうわけには参りません。是非、私共の里にお越しください。
 生憎とシャイターンの襲撃により、お渡しできる物は限られているでしょうが、それでも──」

 なおも言い募るモドキママの言葉を遮る形で、大仰に首を振る。
 見ると、モドキ親子以外の全員が思い思いの態度やら表情やらで断りの意を示していた。
 ……けど、口には出してねえんだよな。
 説得は俺に任せたってか? クソッタレめ、面倒なこと押し付けやがって。

「その里ってのは……あー、え~~と……」

 縄張りを主張するのに、人間の干し首とかを飾ってたり?
 って、訊いてどうするんだよ!? そりゃ行きたくない理由にはなるけどさ。

「……雪国にあるんだろ?」
「はい。フリスガルズは大半が一年を通して雪に覆われた地ですが?」
「だったら遠慮しとくよ。雪はしばらく見たくねえんだ。寒いのも勘弁してほしい」

 咄嗟に浮かんだ断り文句だったが、偽らざる本音というやつである。
 極寒の精神世界で凍死寸前な目に遭っておいて、またすぐ雪国に行きた~いなんてアホは居ねえだろ。
 同じ体験をした連中も、みんな切実な顔で頷いてるしな。つまり全員の総意だ。絶対に行きたくない。百万ドル積まれたって嫌だ。

「私達もまだ迷宮の調査を終えてはいませんので。またの機会という事に」

「そうだな。レイシャ殿は一刻も早く同胞に無事を知らせなければならぬ身。
 感謝を貴ぶのは里を立て直した後でも良かろう。その方が我等としても気安く振る舞えるというものだ」

 更にタイミングを窺っていたらしいヨシノとソルレオーネに諭されて、モドキママは申し訳なさそうに頭を下げた。
 二人ともクソ長生きしてるだけあって会話の要所を押さえるのが上手い。的確なフォローだったと言えるだろう。
 ……俺を出汁に使った事を除けばな。
 今の流れだと、意固地なガキの我が儘に大人が配慮しましたよって構図になっちまうじゃねえか。
 みんな何とも思ってねえみたいだけど、当のガキはかなり恥ずかしいんだぞ。
 中身がいい歳した大人だからな!

「なんだ、うちにこないのか? おまえら、どこにかえるんだ?」

 しかし、そんな憤りも一瞬の事。
 モドキが発した疑問の声に、俺達エトラーゼは互いの間抜け面を見合わせた。

 何処に帰ればいいのやら……か。
 こっちが聞きたいくらいだよ。
 とりあえずはヨシノに頼んで外に出してもらうとして……マイアミ? 無理か。無理だな。
 地球は除外した方が良さそうだ。



 ◆ 前提条件達成 対象の説得に成功した事により 《交渉》技能を習得しました。





「元の世界にですか? ええ、帰れますよ」

 そして俺の時間は止まった。
 駄目元で聞いてみただけなんだが、まさか肯定されるとは……。

「ほほほ、本当に!? 地球に!? 地球に帰れるんですか!?」
「はい。諸々の準備に一月ほど掛かりますが、確かに帰還できます」

 ウェッジに詰め寄られるヨシノの調子は、さも当然と言わんばかり。
 この手の質問には慣れてるんだろう。白い毛並みには成功を収めてきた者特有の安心感が漂っていた。

「これまでに何人もの帰還を望まれるエトラーゼの方をお送りしてきましたし、
 私自身も幾度となく里帰りをしていますからね。……化け猫などと呼ばれて失礼な扱いを受けましたが」

 実績の安全保障。頼もしいねえ。
 世話なる事はねえだろうけど。

「化け猫ですかい。俺っちだったら、どういう扱いになりやすかね?」
「異星人かUMAだろうな。研究機関に高く売れそうだ」
「坊ちゃんだって分かりやせんぜ。その模様、どうやって誤魔化すつもりですかい?」
「模様って俺はシマウマか。誤魔化すも何も地球に帰らなきゃいいだけの話だろうが」

 自力で往復できるってんなら、考えてみてもいいんだがな。
 リザードにしても冗談で言っただけに過ぎない。
 帰るべき理由など、俺達に有りはしないのだ。

「えっ? お兄さんは帰りたくないんですか?」

「ああ、別に未練があるわけじゃねえしな。
 大体帰ってどうすんだよ? 俺達ゃ中身が同じだけの別人なんだぞ。
 戸籍は? 金は? 住む家は? 文字通りの身一つで、人間らしい生活なんざ夢のまた夢だ」

 俺の返事に渋い顔をするウェッジ。
 言いたい事があるのに上手く言葉にできねえって感じだな。うん、お前はもうちょっと勉強した方がいいぞ。

「もちろん、こっちでも俺達の立場は似たようなもんだろうさ。けど、地球とは事情が違う。分かるだろ?」

 少なくとも、こちらの世界ではエトラーゼの存在が認知されている。
 更にエトラーゼへの支援を進めている国家があるという。
 その二点だけで居心地は雲泥の差だ。
 まあ、化け物が居て魔法があって色々と危ないっていう欠点もあるけどよ。んなこと言ったら地球にだって危険は山ほどあるわけだし。大して変わんねえだろ。

「うむ、話に聞いた後世の日ノ本を見てみたくもあるが、一度死んだ某が還ると云うのもな」
「私もこんな身体じゃあね。帰ってもロクな目に遭わないでしょうし」
「俺っちもでさぁ。きっと解剖とかされると思いやすんで……」

 俺の意見に追従する三人も、さばさばとしたものである。

「いや、希少なサンプルだと解剖はもったいなくて有り得んだろう。
 多分、寿命で死ぬまで実験動物扱いじゃねえか。で、その後に解剖だ。死体は標本にされる」

「うわー! うわー! 聞きたくねぇー!!」

 自分以外の誰も帰るつもりがないと知ったウェッジはがっくりと項垂れ、寂寥を滲ませる溜息をついた。

「じゃあ、俺もいいです」
「そうか? お前なら日本に帰っても入管の世話になるくらいで済むと思うぞ」

 最終的にどうなるかは知らんがな。
 国籍不明で母国語ペラペラだから、下手したらテロリストとして始末されるのかね?
 でも、日本だからなあ。他の国だと臓器を抜かれて捨てられる可能性が高いんだが……結局は運次第か。

「あ、いえ、ただ家族に挨拶くらいはしておきたいかなあって思っただけですから。いいんです、本当に」

 どう見ても良くはなさそうだったが、俺達は敢えて何も言わなかった。
 そりゃ多少の意見は言うけどさ。決断を下すのは、あくまでもウェッジ自身なんだよ。
 帰るか帰らないか、そんな運命の選択に口を挟む筋合いなど誰にもありはしないのである。




 不景気面のハゲ頭を余所に、俺達は三人娘とモドキママにこっちの世界の事をあれこれと質問しながら、今後について話し合った。
 ──といっても、ヨシノの魔法で何処に送ってもらうかってだけの、要するに目先の話なんだがな。随分と時間が掛かったよ。

 近くに人里があるのは絶対条件として、そこに住まう住人の性質や風俗、大まかな気候や風土や食文化、娯楽施設の有無等々……。検討すべき点が非常に多いのだ。
 何しろ当面の拠点になるかもしれない集落を選定しようというのである。
 その上に〝未知の世界の〟と付けば、できる限りの情報を仕入れておきたいと思うのは当然の心理だろう。

 田舎は後々を考えると交通の面で苦労しそうだし、例え都会でも治安が悪いと生活に支障が出る。
 治安の良い所でも変なモンが主食だったら困るし、生け贄の儀式が頻繁に行われるような文化とかだったりしたら堪らない。
 どんなに発展した都市でも、エトラーゼや人間種族に対する理解がなければ始まらない。
 雪が積もるような土地は、全員一致で論外だ。

 もちろん現地を見学してから選ぶのが最善なんだが、そうすると候補地巡りでヨシノを引っ張り回さなきゃならん。
 騎士団長の捜索という最優先で果たすべき都合が三人娘にある以上、そこまで頼り切るのは厚顔無恥ってもんだろう。
 遠慮してるわけじゃなく、俺の矜持の問題でな。
 返せるかどうかも分からん借りを作るのは嫌なんだ。
 特に自分からお願いするなんてのは、物凄く。
 だから服の借りも早いとこ返さんと気が済まん。シャンディー姉さんは旨い酒をたらふく飲ませてもらったからもう充分だって言ってるけど、神ボトルの中身は無限だし、俺が苦労して手に入れた物でもないから、今一すっきりしないんだよなあ……。

 おっと、いけねえ。脱線しちまったか。
 とにかく経過を省いて結果だけ言うと、だ。

 行き先はリンデン王国の首都《リンデニウム》郊外の空き地と決まった。
 いきなり街中に現れると騒ぎになっちまうからな。先に脱出した百余名のご同輩も同じ場所に送られたらしい。
 ……そう、同じ場所。
 ヨシノお薦めの第一候補地だ。

 治安良好かつ交易が盛んな大都市で、エトラーゼを受け入れる下地があり、生活保障もバッチリ完備。
 気候風土、食文化、すべてにおいて問題なし。
 更に生きていくために必要な教育までもが無償で受けられるというのだから、とんでもない好待遇だ。
 こちらに来たばかりのエトラーゼにとっては、理想的な拠点となる事だろう。

 現に他の四人は最初からリンデニウム一択みたいな雰囲気だったしな。白熱していたのは俺だけだったと言っても過言ではない。
 積極的に情報を聞き出してたのは俺一人で、後はほとんど世間話に終始していやがったのだ。
 …………うん。
 まあ確かに、五百年も幽閉されてた三人娘と田舎部族の族長でしかないモドキママから得られる情報なんてのはたかが知れている。拠点選びの判断材料としては穴だらけも良いところだ。
 聞いても役に立つかどうかは分からない。
 ……というか、訊くのは俺一人で充分だったってか?
 こっちの世界の知識なんぞ、リンデニウムに着いてから学校でゆっくり習えばいいやってか?
 楽しやがって、チクショーめ!
 まったくの異境に旅立つってのに緊張感が足りん。足下すくわれても知らんぞ。

 結局、リンデニウム以外の候補を推せなかった俺が言うのも何だけどさ……。

 まとわり付いて離れない、嫌な予感がするんだよ。

 …………念のために、使える技能を増やしとくか。
 幸いな事にエトラーゼを千年もやってる化け猫様がいらっしゃるからな。習得条件を知るのは簡単だろう。



 ◆ 前提条件達成 該当する行為で他者の目を欺いた事により 《偽装》技能を習得しました。

 ◆ 前提条件達成 対象からアイテムを隠し通せた事により 《隠匿》技能を習得しました。

 ◆ 前提条件達成 該当する講義を受けた事により 《語学》技能を習得しました。

 ◆ 前提条件達成 該当する講義を受けた事により 《解読》技能を習得しました。

 ◆ 前提条件達成 該当する行為を受けた事により 《超常抵抗》技能を習得しました。








 そして、翌日。

「それでは皆さん、フリスガルズをご来訪の際にはガルンの里をお忘れなく」

 モドキ親子は俺達より一足早く、ヨシノの【転移門(トランスゲート)】という魔法で帰還する事になった。

 淡い輝きを放つ鏡のようなゲートの向こうには、逞しい針葉樹が点在する雪原が広がっている。恐らく、あれがフリスガルズ地方とやらの景色なのだろう。見るからに寒そうだ。
 お招きの誘いを断ったのは大正解だったな。

「凄いですねえ。魔法ですよ……」
「はぁ~、魔法だねえ」

 ゲートを眺めて呆けたように宣うウェッジとリザードの横で、思わず冷めた顔になってしまう。
 確かに、如何にもな魔法ではあるけどよ。

「お前ら、一度見てるんじゃなかったっけ?」
「ええ。でも、あの時は観察してる余裕なんてなかったもんですから」
「怪獣のせいで天井は落ちるわ、壁はボロボロ崩れるわ。この世の終わりかと思いやしたよ」
「なるほど、野郎二人で抱き合って泣いてたわけだな」

 お、図星だったか。
 俺は明後日の方を向く仲の良い二人を無視し、この後で世話になる予定の魔法に意識を戻した。

「反対側はまんま鏡だな。片側からしか入れねえのか?」
「はい。目的地の側からこちらの景色を窺う事もできません。一方通行のゲートですからね」

 ふむ、向こう側からしたら怪しい鏡っぽい物にしか見えないってわけだ。

「ウェッジ、日本のアニメにこれと似たようなのあったよな?」
「へ? ああ~……ああ、そうか! 〝どこ○もドア〟だ!」
「そうそう、ピンク色のドアだったから多分それだ。あのドア、反対側から見たらどうなるんだ?」
「どうなるんだって……えー? どうなるんでしょうね?」

 通過する際に人体の断面図が見えたりするんじゃないかと俺は想像してたんだが、日本人のウェッジも知らないのか。
 まあ、いいや。
 あっちはフィクションだからな。多少の疑問は大目に見られる。
 だが、現実に体験するとなると話は別だ。身の安全に関わる疑問を放り出すなんて真似は絶対にできん。
 このゲートは、そういった心配をする必要がないみたいで安心したよ。
 ……モドキ親子に先に試してもらう事で、使い心地なんかの確認もしっかり取れるだろうしな。
 よかったよかった。

「おい」
「ん? おおっ!? 何だ? どうした?」

 いつの間に忍び寄ってきたのか、グイグイと裾を引っ張るモドキを見下ろし、眼を合わせる。

「カーリャ、モドキじゃないぞ」

 そう告げるモドキの顔は、えらく真面目で、どこか拗ねているようにも見えた。

「カーリャだ。なまえでよべ」

 精神世界でのやり取りが尾を引いてるのかね?
 いくら心の中でとはいえ、モドキなんぞという失礼な呼び方をされていると知ってしまったわけだからな。この年頃の女の子には応えたのかもしれん。
 …………女の子か。

 俺は睨み返すかのような真剣さで、今までずっと気にも留めていなかったモドキの容姿を検めた。
 色の薄いサラサラボサボサ金髪、もちもちと滑らかな白磁の肌、感情豊かに輝くアイスブルーの大きな瞳と、どのパーツを取っても人並み以上。特に桜色を讃えた頬などは子供特有の愛らしさで一杯だ。
 ──が、総じて見ると躍動感が強く、活発な印象を受ける。
 敢えて一言で表すなら、小動物的な魅力を備えた女の子といったところか。
 何も知らないお気楽野郎共のお目々には、さぞ微笑ましく映る事だろう。
 ある意味、完璧な擬態だな。

 しかしそれでも、こいつが人間の子供だというのは依然として揺るぎない事実である。
 ただ秘められたモノが物騒すぎるってだけで、その本質は幼く無邪気に残酷で貪欲に……あくまでも年相応に出来ているのだ。

 ……だから一応、見た目通りの生き物ではあるんだよなあ。

「分かったよ、カーリャ」

 まあ、別に拘りやデメリットがあるわけでもなし。ここは素直に本人の意向に従うと致しますか。
 何気ない風を装って了承する俺にモド……カーリャは、発達した歯並びを見せつけるかのような笑顔を披露した。
 このくらいの年齢だと数本欠けているのが普通のはずなのだが、見事な全揃いである。
 可愛いか可愛くないかは各人の判断にお任せするとしよう。
 ちなみに俺は、肉を食い千切られるんじゃないかと思ったぞ。

「ツルツル! アヤヤ! ねーさん! トカゲ!」

 それから少しの間、カーリャはチョロチョロと別れの挨拶らしき行動をして回った。
 ウェッジは自然体で、アヤトラは鷹揚に、姉さんは頭を撫で撫で、リザードは悲鳴を押し殺して強張るといった感じで、見ていて中々面白い。彼女の事をどういう風に思っていたのかがよく分かる反応だ。
 けど、せめて名前で呼んでやれよ。
 自分の事は名前で呼べって言っときながら……あ、もしかして覚えられないのか? だったら指摘するのも気の毒だな。

「ゼイロ!!」

 ……………………はい?

「ゼイロ! またな!!」
「あ、ああ。達者でな」

 そうして出てきたのは、とても無難な別れの言葉。
 生憎と気の利いたセリフを返せる状態じゃなかったもんでな。いわゆる茫然自失ってやつだ。犬が初めて喋ったみたいな新鮮な驚きが、俺の身体を駆け巡っていたのである。
 一瞬で持ち直せたのは反骨心の成せる業とでも言おうか。我ながら呆れるほどの天の邪鬼ぶりだった。

「カーリャ、挨拶はもう良いのですか?」
「うん! かえろ、かあさま!」

 最後に深々としたお辞儀で場を締める、モドキママことレイシャさん。
 カーリャの奴もそんな母親を見習ってか、俺より小さな身体を折り曲げるようにして一礼。
 ある者は手を振り、ある者は軽く頭を下げ、またある者は涙を堪えて何度も頷く。
 別に示し合わせたわけでもないのに、皆が沈黙を守っていた。
 何も言わず、手を繋いでゲートの向こうへと渡る、親子の背中を見守っていた。

 三次元から二次元へ。水面に沈むような感覚で、実在の人間がスクリーンの中に入っていく。
 これが映画やアニメならもう少し幻想的な演出が入るのだろうが、生憎と現実の魔法は機能性重視で出来ているらしい。
 親子の移動は、余りにも呆気なく終了してしまった。

「……行っちゃいましたねえ」

 呟くウェッジも実感が湧かない様子。無理もない話である。
 だって、まだゲートに映ってるわけだからなあ。実際の距離は途方もないのかもしれんが、感覚的にはすぐそこだし。
 カーリャも訝しげというか、物足りなさそうにしてる。
 自分達がくぐり抜けたゲートを触り、引っ掻き、顔を押し付け……って、お前はカメラに気付いた動物か。音声無しの映像のみだから何言ってるのか分からんぞ。
 ドアップで見せられる、こっちの身にもなってくれ。

「おーい、これ、いつまで残ってるんだ? すぐにでも消してほしいんだが」

 一転して笑いに包まれる場の中で必死に堪えているヨシノに言うと、何故思い付かなかったのかとでもいう風に目を丸くして応えてくれた。
 段々と薄くなって消えていくゲート。映っているのはグニャ~っと歪んだカーリャの顔面。
 完全に消えた後には……魔力とやらの残滓なのだろうか? ほのかに煌めく粒子のような物が漂っていた。
 うむ、実に幻想的なエフェクトだ。
 このタイミングでさえなければ、素直な気持ちで見入っていたに違いない。

 まったくよー。勘弁してくれよー。台無しじゃねえかよー。


「ヨシノ、頼む。俺達もとっとと送ってくれ」
「また随分と投げ槍に仰いますね。まあ、いいですけれど」

 俺は胸中に渦巻く倦怠感を晴らすために、出発への期待を盛り上げる事にした。

「よぉーし! 行くぞ、お前ら!! 改めて人生の再スタートだ!!」

 ヨシノの詠唱で現れた新しいゲートを指差し、自分でも白々しいと思えるセリフを吐く。

「ほう、あれが南蛮の城か! 見事な物ぞ!」
「本当ね。空も綺麗で素敵だわ」
「ヒュ~ッ! まるで映画の世界ッスねえ!」
「あ、何かオレ、ドキドキしてきました!」

 続く四人のセリフまでもが白々しく聞こえるのは、多分気のせいだろう。
 そう、気のせい気のせい。重ねて言うと、気にするような余裕もなかった。
 ゲートの向こうの眺めに、眼を奪われていたんだからな。

 どんな印象を受けたかって?
 そりゃあもうアレだ。鮮烈の一言だ。
 棚引く雲に彩られた青空を見るだけで、熱いものが込み上げてくる。地面の茂る雑草の緑すらもが神々しい。さっき見た曇り空の雪景色とはわけが違う。彩り豊かに息づく風景がそこにあった。
 中世ヨーロッパの城塞都市を彷彿とさせるリンデニウムの外観も含めれば、もう丸っきり完全なファンタジー世界の出来上がりである。
 …………って、元からファンタジーだったな。
 だが本当に凄い。街を囲う石造りの城壁が左右に何処までも続いていて、地平線を覆い隠している。ゲートというスクリーンを通しての限られた景色だって事を差し引いても余りある、圧倒的な規模の建築物だ。
 もちろんそれだけじゃなく、城壁内にそびえる幾つかの高層建築物も素晴らしい。この距離からですら感じ取れる、歴史の重みと趣がある。
 ヨシノ達の話だと、こっちの世界の文明レベルは先進国でもせいぜい近世ってところらしいが、建築技術に関しては早くも修正が必要なようだな。
 早く間近でじっくりと拝みたいもんだ。

 正直言って、今の俺は景観に飢えている。
 良い景色をもっと見たい。美味い飯も食いたいし、柔らかいベッドで眠りたいし、風呂入りたいし、陽の光も存分に浴びたいし……うん、景観だけじゃねえや。
 クソダンジョンでは散々な不便を被ってきたからな。ひとまずのゴールを前にして欲求がピークを迎えそうなんだよ。
 俺ですらそうなんだから、他の連中はもっとだろう。
 もっともっと、うんざりしてる。
 ……いい加減にしてくれってな。


「全員、下がれェェェェェ――――ッッ!!!!」

 それに対し、俺は反射的に声を張り上げていた。
 正体を確かめる事もなく、緩んでいた気持ちを引き締め、大急ぎでゲートから距離を取る。

 初めは鳥か何かの影だと思った。
 ゲートからの眺めに差した、小さな影。
 しかし、それは徐々に大きくなっていった。徐々に形を取っていった。
 そしてついに、眼と眼が合った。
 覗いている。覗かれている。
 見えないはずの向こう側から、そいつはこちらを窺っていた。

 …………嫌な予感はこいつのせいか。
 自分の勘が恐ろしくなってくるな。こんなのばっかり的中しやがるしよー。まったく嬉しくねえ。
 無意識に身体が震え、酩酊したかのように視界が揺らぐ。
 うっはは、こりゃあやばい。
 ウェッジとリザードなんか呼吸不全一歩手前の状態だぞ。信じられんねえ重圧だ。

 ゲートの向こうの、そいつが笑う。
 俺も釣られて笑ってしまう。
 死神に魅入られるってのは、きっとこんな感じなんだろう。
 あれだけ恐ろしかったはずのシニガミが滓みたいに思えてくる。


 ビジュアルも、こっちの方が断然〝らしい〟しな。
 ……本当、綺麗な髑髏さんだよ。











あとがき


 今回はモドキとのお別れエピソードでした。
 適当に出したモンスターのはずだったんですが、気が付けばキャラクターになってましたね。
 かあさまは平時はまともな人です。娘と違ってハイソな感じ。

 そして、次回で長かった序章が終了します。
 本当です。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 名前: ゼイロドアレク

 種族: ????  性別: 男性  年齢: 8

 LV 3  クラス: バーサーカー  称号: なし

 DP 12 (現在までに28P使用)

 HP 70/70(58+20%)  MP 38/38  CP 64/64

 STR 21(+5+1)  END 10  DEX 13(+2)  AGI 15(+3)  WIL 8  INT 4

 アイテム枠: 17/20

 装備: スパイダーシルクの子供用胴衣  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用下穿き  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用手袋  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用ブーツ  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用肌着  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用下着  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用靴下  〈Eグレード〉〈超軽量級〉

 防護点: 5(基本+1 特性+2 装備+2)

 習得技能枠: 27/27

 戦闘技能: 長柄武器 31.0(+10) 打撃武器 20.8(+10) 蹴打 17.4  気功術 15.4(+15) 回避 3.7
         投擲 1.6  組み打ち 0.1  超常抵抗 0.5

 一般技能: アイテム鑑定 21.5  生存術/雪原 13.0  書道 26.0  事務 10.0  跳躍 28 1
         観察 11.9  忍び 7.5  大道芸 20.1(+10) 探知 1.7  聞き耳 5.9
         気配感知 9.0  行進 2.3  呼吸法 5.8(+5) アストラル制御 2.1  交渉 15.4(+15)
         偽装 0.8  隠匿 0,7  語学 1.3  解読 1.1

 習得特技・魔法枠: 8/10(+4)

 特技: 激怒  [咆哮]  『覚悟Lv 1』  『突進Lv 1』  『早駆けLv 3』
      『力任せLv 1』  心頭滅却Lv 1  剛力招来Lv 1

 魔法: なし

 特性; 怒りの化身  美形  理想的骨格  多元素の血筋  活力の泉  烈なる気炎


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 20話終了時点での主人公ゼイロのステータスです。
 得られたDPは16です。HP+9 MP+5 CP+10
 【早駆け】をLv2に伸ばしました。クラスボーナスで強化されているので現在はLv3相当です。
 技能が一気に増えました。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 現在の所持品  19/20

 パーソナル マップ  (72)
 フォーチュン ダイス  (471) DP取得のため4回振って12消費
 豊穣神の永遠のボトル
 特殊樹脂製のタワーシールド  (5) 〈Dグレード〉 〈軽量級〉

 丈夫で軽くて滑らかで愛が込められた高品質の スパイダーシルク製の背負い袋

 入)スパイダーシルクの子供用肌着  (5) 〈Eグレード〉 〈超軽量級〉 シャンディーからもらって5入手
 入)スパイダーシルクの子供用下着  (8) 〈Eグレード〉〈超軽量級〉
 入)スパイダーシルクの子供用靴下  (4) 〈Eグレード〉〈超軽量級〉 シャンディーからもらって5入手 1は装備

 入)ケタの干し肉  (37)
 入)他の袋4枚

 丁寧な作りの軽くて丈夫な スパイダーシルク製の背負い袋

 入)スマイリーキャベツ  (5)
 入)オミカン  (8) デザートに食べて1消費

 丈夫な革製の背負い袋

 入)陽光のカンテラ
 入)水筒 〈空〉
 入)丸い水筒 〈空〉 しこたま飲んで空っぽになりました。
 入)大きめの水筒 〈井戸水〉

 ヒール ストーン
 ヒール ストーン
 リフレッシュ ストーン (4)
 冒険者の松明  (32)
 火の付いた冒険者の松明
 麻製のロープ  (71)
 蜘蛛の歩みの秘薬  (8)
 蟻の力の秘薬  (9)
 蜂の一刺しの秘薬  (3)
 蝗の躍動の秘薬  (2)
 ケタ肉の塊  (24)
 月光鱒の切り身  (58)


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 アイテムは特に目立った変動はありませんね。姉さんに予備の肌着と靴下をもらったくらいです。
 あと、ガトリングで吹っ飛ばされた下半身の装備も補充されました。

 更新を喜んでいただける感想が多くて嬉しい限りです。
 定期的に投下するのは難しいですが、とにかく継続していこうと思います。

 よく感想で突っ込まれているアヤトラの前世ですが、ウェッジが自力で気付くことはないと思いますね。
 戦国マニアや歴史オタクでもなければ、KOEIの歴史ゲームもやっていない高校生でしたから。
 大河もほとんど見てません。
 そんな普通の体育会系の高校生に『毘沙門天の生まれ変わりを名乗っていた戦国武将の名前は?』と訊いても、まず正解は得られないでしょう。




[15918] 20.5  かくして混沌の申し子は放たれた     (主人公以外のステ表記)
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:e58359f3
Date: 2011/02/27 14:19


 その人物は、ヨシノが作りだしたゲートから現れた。

 本来なら一方通行のはずの空間の流れに逆らい、ゆっくりと。ゼイロ達の心を冷たいモノで浸食していく。
 それはまるで、スクリーンから飛び出す悪霊を眺めているかのようだった。
 二次元から三次元へ。非現実から現実へ。戦慄から金縛りへ。
 圧倒的な存在が、溢れ出して形を取る。

 ああ、魔王の出現だ。


『ドールドーラ!!!』


 ヨシノが、ジェギルが、ソルレオーネが、声を一つに大気を揺るがす。
 もはや三人娘などと言われていた姦しい女達の影はない。双眸に怒りを宿す三体の魔戦鬼がそこに居た。

「知り合いか?」

 喘ぐようにゼイロが尋ねる。

「五百年に及ぶ幽閉生活の元凶ですよ」

 答えるヨシノは猛虎さながらの唸りを上げて、自らがドールドーラと呼んだ相手を見据えていた。
 彼女から聞いた幽閉までの経緯を鑑みるに、この魔人こそがそうなのだろう。
 大戦時においてレディ・ダークの騎士団を崩壊に導いたという、裏切り者の女。

『お久しぶりです。先輩方』

 発せられた響きは、生前に咲き誇っていたであろう美貌を想わせるに充分な耳心地だった。
 いや、生前というのは適切ではなかったかもしれない。
 彼女は明確な意思を持って現世に存在しているのだから。

『探しましたよ。五百年間、探しましたよ』

 ドールドーラの顔には一片の肉も付いていなかった。
 高位の聖職者が身に纏うようなローブの中身も、恐らくは同じ。
 あるのは艶やかに流れる黒髪だけだ。
 乳白色の美しき女髑髏。それがドールドーラという人物の姿だった。

「そうかい!! 俺達も探す手間が省けたぜッ!!」

 血の気の多いジェギルが真っ先に踏み出し、言葉と吐息と火球を放つ。
 ゼイロ達の目には必殺の一撃に映ったが、人外の域に達して久しい騎士団の女達からすれば、ただの牽制。戦闘開始を告げる花火に過ぎない。
 ドールドーラも避けようとすらしなかった。
 鉄をも溶かす熱量を正面から浴び、時間差で飛び込んできたジェギルの拳を受け止める。

 果たして、ゼイロは何に驚くべきであろうか?
 焦げ跡一つないローブ姿か、分厚い敷石を砕くラクシャサの踏み込みか、薄っぺらい骨の手でその威力を止めてみせた女髑髏の不気味さか。
 違う。
 どれも常識外れだが、驚愕にはたり得ない。
 ゼイロが驚いたのは、その速さ。一連の攻防を目で追いきれなかった事だった。
 人間が反応できる速度を超えているのだ。
 アヤトラもシャンディーも表情を失っている。ウェッジとリザードはそもそもの状況が理解できていない。
 しかし、無力という点では全員同じ立場である。
 巻き込まれれば、一瞬で死ぬ。
 余計な恐怖を感じない分、へたれ二人の方が幸せかもしれなかった。

『リンデニウムに新参のエトラーゼが訪れるのは珍しい事ではありません』
「あぁん!?」
『けれど、一度に百人以上もの数が【転移門】で送られてくるなどというのは、さすがに前代未聞です』
「何が言いてぇ!?」

 続けて繰り出されるジェギルの連打を飄々といなしながら、ドールドーラが独白めいた調子で囁く。

『私は運が良かった』

 走る衝撃、震える大気。
 弾け飛ぶような勢いで開かれた距離を置いて、女達が対峙する。

『まさか、このような場所にいらっしゃったとは……。何でも当たってみるものですね』

 髑髏の表情など読めるはずもない。──が、上機嫌なのは間違いないだろう。
 彼女は自らの根気が報われた事に達成感を覚えている。薄らぐ鬼気がそれを雄弁に物語っていた。

「なるほど、私が迂闊だったというわけですか」
『いえ、本当に偶然なのですよ。偶然にリンデンを訪れなければ、確かめようとは思わなかったでしょう』

 まったく、呪わしい偶然もあったものである。
 ゼイロは心の中であらん限りの悪態をついた。矛先は因果律だ。
 一難去ってまた一難。賽の目のように変転しまくる運勢は、今日もまた如何ともし難く彼を弄んでいた。

『ところで、団長殿はどちらに? ご存じありませんか?』

 前半を元同僚達に、後半を新参のエトラーゼ達に向けて、女髑髏が優しく尋ねる。
 もっともそれは上辺だけの事で、答えを促すプレッシャーは途轍もない脅威に満ちていた。

 重く苦しく、突き刺さる。

「ゲホェッオゴ!! んがーックソッタレ!!」
「ええい、酒が勿体無い!!!」

 前世において百戦錬磨も裸足で逃げ出す猛者であったゼイロとアヤトラが嘔吐してしまうほどなのだから、その圧力たるや推して知るべしと言えよう。
 ちなみにシャンディーは数秒で失神。残り二人においては一秒足らずで恥ずかしい物を垂れ流しながらという顛末である。

『…………骨がありますね』

 見た目子供の二人が堪えた事が心底意外だったのだろう。ドールドーラの呟きには感嘆の色があった。

「骨だけの輩に云われてもな……」
「胃に穴が空くかと思ったじゃねえかよォォ!! テメェ鼻の穴三つにしてやろうか、コラァァ!!?」

 苦笑するアヤトラに吠えるゼイロ。
 清々しいまでの虚勢だが、別に打算があっての事ではない。
 単なる開き直りだ。
 この二人、どうしようもないと感じた時にこそ努めて勇ましく振る舞うように、心と体が出来てしまっているのである。

『……いいでしょう』

 ともすれば兄弟にも見えかねないエトラーゼの姿に何を思ったのか。女髑髏の眼窩には鬼火のような光が灯っていた。

『嗜虐心を満たす趣味はありません。先輩方も彼らを巻き添えにしたくはないのですよね?』

 無言の肯定で返す三者に対して頷き、しかし気当たりは緩めず、眼窩の光を強めるドールドーラ。
 次の瞬間、ゼイロ達は無数の手に捉えられたかのような感触を覚えた。

「うぉわ何だこれ気持ち悪りぃ?!! 放しやがれ、この!」
「妖術か!? 妖術なのか!? 毘沙門天の化身に使うとは良い度胸ではないか!」

 決して錯覚ではない。
 現に不可視の力によって空中に釣り上げられている真っ最中なのだから。
 妖術というよりは超能力か念動力。細かく言えばサイコキネシスというやつだろう。自分の身に起きている理不尽をゼイロはそう判断した。
 ジタバタと足掻いているだけに見えて、相も変わらず不敵に物事を考察しているのである。

「待て待て待て待て!! おぉい、ヨシノ!?」

 だが、それもここまで。
 ドールドーラの詠唱と共に現れた渦巻く深淵を前にして、ゼイロとアヤトラは全力で身を捩った。
 訳も分からぬ内に正体不明の真っ黒な穴に向かわされているのである。自分達を放り込もうという意図は明らか。ゴミじゃあるまいし、狼狽えない方がどうかしてる。

「それは【次元落(ディメンションフォール)】! 対象を地上の何処かに転移させる魔法です!」
「何処かって、どこだよ!?」
「無作為です!!」

 ヨシノの答えに聞いて、ゼイロは無駄な抵抗をやめた。
 要するにランダム送還。何処に飛ばされるかは不明だが、とりあえず死ぬような魔法ではないらしいので運を天に任せる事にしたのだ。

「そうか! 世話んなったな!」
「此の恩は忘れんぞ! 貴殿等に毘沙門天の御加護や有らん!!」

 気持ちを切り替え、騎士団の三人に別れを告げる。
 助けを求めるような情けない真似はしない。
 彼女達が妨害を働けば、ドールドーラは容赦なくサイコキネシスで自分達を捻り潰すだろう。ゼイロもアヤトラもそれくらいは分かっていた。

 人外同士の戦いが本格的に始まろうとしているのである。
 言うなればドラゴン対ドラゴン。足下で騒ぐネズミの命など、本来ならば失われるべきもののはず。
 なのに、わざわざ安全を確保してくれようというのだ。下手に騒いでその心意気に水を差すほど、二人のエトラーゼは愚かではない。

『──では、良い旅を』

 もちろん、殴れるものなら今すぐにでも……というのが、偽らざる本音ではあるが。


 いけしゃあしゃあと言う女髑髏に中指を立てたまま、狭間の空から消えるゼイロ。

 深淵に呑み込まれる前に何とかしてゼイロの唇を奪おうと、無理に身体を捻るアヤトラ。

 一向に目覚める気配のないウェッジ、リザード、シャンディー姉さん。












 かくして世界は、新たな混沌の申し子を迎えた。












 ◆ QUEST CLEAR!!

   おめでとうございます。貴方は、無謀という言葉すら生温いクエストを達成しました。
   以下の項目からクエストの報酬を選択してください。

    《LV成長ボーナス》  《能力値成長ボーナス》  《枠数拡大ボーナス》
    《技能成長ボーナス》  《特技成長ボーナス》  《魔法成長ボーナス》
    《特性成長ボーナス》  《DP取得ボーナス》
    《武器》  《防具》  《衣服》  《装飾品》  《マジックアイテム》  《医薬品》
    《食料品》  《書籍》  《財宝》  《日用雑貨》  《その他のアイテム》














 リカーシエ・ラーマーヌは、乾季の強い日差しと地上の街の雑踏との板挟みに立ち眩みを起こしかけていた。

 はしたないと思いつつも、少しだけ舌を垂らし浅速呼吸を繰り返す。
 普段は自慢のはずの明るい栗色の毛並みも、今ばかりは鬱陶しくて堪らなかった。

 ……もっと短くしておけばよかったかしら?

 自分が暑さに弱いのは俗にイヌ人と呼ばれる種族、レイガルであるから。――ではなく、地下での暮らしが長いせいで体が陽光に慣れていないのが原因だろう。断じて運動不足なわけではない。
 とにかく、お嬢様育ちのリカーシエに熱帯はサバナ気候のお天道様はきつすぎた。
 人混みの臭気に当てられないよう極力鼻を働かせずに小休止できる日陰はないか――あと、ついでに先行した傍仕えのメイドの姿は見えないかと首を巡らせる。

 リカーシエが居るのはガレ地方最大の都市国家《グワッサング》の地上街。その北側にある旧市街へと続く通りの上である。
 道幅は大人四、五人が横並びで手を広げられるくらい。実用品や軽食を扱う露天商が両脇にひしめき並ぶ間を、毛皮に覆われた者が、鱗の肌を持つ者が、大きい者が小さい者が、怪物じみた者達が、押しつ押されつ騒がしく行き交っていた。
 この情景だけならば、活気溢れる宿場町と言っても通じるだろう。
 富裕層の大半が快適な地下で暮らすグワッサングにおいて、地上とは雑多な種族が住まう貧民街であると同時に多くの旅人を迎えるための玄関口でもあるのだ。毎日の大賑わいは当たり前。東西南北どの通りにも新しい客が絶えたことはない。
 リカーシエが探しているメイドは、そんな中でも特に目立つ姿をしているのだが、生憎と見当たらなかった。

 溜息をつき、サンダル履きの足を踏まれないよう爪先歩きで通りの端に避難する。

「よっ! お姉ちゃんお姉ちゃん!」
「えっ? え? 私?」

 ――と、路地裏の方から弾み調子のダミ声が掛けられた。
 慌てて見回し、そして見下ろし、艶々とした毛並みの生き物と眼を合わせるリカーシエ。

「…………バルバッキー?」

 その真っ黒い単色の目に、小首を傾げて思わず呟く。

「違うよっ! あいつらネズミだ! オイラ、カワウソだ!」
「そ、そう? ごめんなさいね。貴方達のこと、余り見慣れていないものだから……」

 ……カワウソって、何かしら?

 バルバッキーはすばしっこさが信条のネズミ型人間の種族で、身長は人の腰丈ほど。他にも似たような種族が複数存在しているのだが、世間一般では小さくて毛深くて尻尾のある種族のことを総じてバルバッキーと呼んでいた。
 当人達には申し訳ないが、異種族に細かい見分けなど付けられるわけがないのである。
 だが、注意して見れば素人目にも違いの分かる者もいる。自分の腰の下で小気味良くヒゲを揺らして主張している自称カワウソは、犬のような黒い鼻と同一線上に並んだ目、耳からして明らかに鼠ではないようだった。

「んじゃ、アメ買ってくれよ! 謝るならアメ買ってくれよ!」
「飴を? 原料は何なの?」
「スッとするやつ! 美味しいよ!」
「ミントかしら?」

 どうやら自称カワウソは物売りらしい。差し出された袋の口からは覚えのない爽やかな香りが漂っていた。

「お姉ちゃん大当たり~っ! トロルミントの特製キャンディだよ~!」



 ◆ トロルミント キャンディ 〈使用回数 1〉〈中毒危険度 2〉〈副作用基準値 8〉

   詳細: 抽出したトロルミントのエキスを砂糖や水飴と一緒に煮詰めた後に、冷やし固めた物。
        味は品質や製法にも依るが、基本的には二の次で、
        口に入れた時の清涼感を楽しむためのお菓子である。
        トロルミントの薬効により一時的な疲労回復効果を得られるが、
        あくまでも嗜好品であるため、医薬品の代わりになるほどの効き目はない。
        なお、幻覚や意識混濁などの症状が起こる恐れがあるので、過度の摂取は禁物である。

         基本取引価格 5 グローツ 30 セント



「トロルミント……って、麻薬じゃないの!」

「大丈夫だって~。オイラ達にとっちゃオヤツみたいなもんだし、レイガルやオーガだって
 泡吹いてぶっ倒れるにゃ十個は頬張らないといけないんだから。一日二、三個だけなら大したことないないない!」

 大した保証だ。冗談じゃない。
 軽い物でも麻薬は麻薬である。有害で習慣性がある以上、例えタダでも手を出す気にはなれなかった。

「悪いけれど、これはちょっと……他の物があればいただくわ」
「何だよ~! 買ってくれよ! 買ってくれなきゃでっかい尻に噛みつくぞ~っ!」
「でっか――!? お、大きいとは失礼ね!」

 途端に威嚇の表情となった自称カワウソの迫力に、息を洩らしてたじろいでしまう。
 可愛い顔して、生魚とか頭からバリバリいけそうな歯並びなのだ。
 小さくとも立派な肉食獣の面構え。頭二つ分以上の体格差に安心していたリカーシエの心理的優位は一瞬にして吹き飛んだ。

「五個買ってくれよ! 六個でもいいぞ!」

 勝手に話を進めないでよ……っ!

 一旦怖いと感じてしまうと、急に言葉が出なくなる。
 はっきりと断りたいのに、体は萎縮するばかりで一向に思うようになってくれない。喉の奥で渦巻く悲鳴が、いよいよ抑えきれなくなってきた。

「おりょっ?」

 だが、先に素っ頓狂な声を上げたのは自称カワウソの方だった。
 背後から伸びた手に頭を鷲掴みにされて、ゆっくりと上へ上へ。
 短い手足と細長い胴体をくねらせての抵抗を意にも介さず己の目線の高さにまで持っていくのは、リカーシエが毎日見ている知った顔。

「お嬢様に飴を売りたいなら、私を殺してからにすることね」

 その良く通る硬質な声に甚だそぐわぬ、穏やかな口調。
 怜悧に整った面立ちの中で異彩を放つ、碧玉のような緑一色の瞳。
 エプロンドレス姿の救い主は、そのまま豪快に振りかぶって小さな売人をぶん投げた。

「あ――――――――――――――――ッッ」

 水平方向一直線。自称カワウソが呆気なく視界から消えていく。

「ちょ、ちょっとシャンディー!? いくら何でもやりすぎじゃないの!?」
「大丈夫ですよ。連中はこれくらいじゃ死にはしませんから」

 気にするだけ無駄と言わんばかりに二対の手をヒラヒラと手を振るシャンディー。
 彼女は三ヶ月ほど前にリカーシエの家に雇われた使用人で、ティルケニスという女性のみで構成された珍しい種族の出身だ。
 そして更に珍しい事に、エトラーゼでもあるのだとか。

 エトラーゼとは異世界での前世の記憶を持つ人々の総称である。
 中には前世どころか生きたままで転移してくる数奇な運命の持ち主も居るのだが、一般的には異世界人の生まれ変わりとされている。
 彼らは歓迎されざる者達であった。
 ただの生まれ変わり程度なら問題はないのだが、エトラーゼのほとんどは親を持たない一個人として生まれ落ちる。コミュニティとの繋がりのない孤独な存在として、広い世界に放り出されるのだ。
 ……転生先の常識も、必要最低限の知識も、まったく何も知らされずに。
 そんな絵に描いたようなハグレ者が、社会に上手く融け込めるはずもない。
 故に彼らの多くは犯罪を働き、治安を乱し、人々の生活を脅かす。
 何処からともなく湧き出るように現れる、常識知らずの厄介者。
 それが世間一般におけるエトラーゼに対しての印象であった。

「そんな事より、お嬢様。私の迎えも待たずに一体何処へ行くおつもりですか?
 あれほど口を酸っぱくしてお一人では危ないと言いましたのに、もうお忘れになったのですか?」

 リカーシエの印象も概ねそんなところだったのだが、最近では大幅に上方修正されている。
 もちろん、シャンディーと親しくなってからの事だ。

 二人の出会いは、かなり特異なものだった。
 寝室で一人、お気に入りの小説を読んでいたリカーシエの頭上に黒い渦のような穴が発生し、気絶したシャンディーが落ちてきたのである。
 そのいきなりの登場から、リカーシエは彼女の事を転生したばかりのエトラーゼなのではと推察した。
 書物や噂話の中の存在でしかなかった異分子が、災禍の如く己が前に現れたのではないかと。
 まったくもって迷惑な話だ。
 これが普通のグワッサング貴族なら、外で控えている使用人にでも始末を申しつけて、それっきりになっていただろう。
 リカーシエもご多分に洩れず。普通の貴族で、普通の御令嬢のつもりでいた。
 ──にも関わらず、家族にも使用人にも内緒で正体不明の異種族の女を介抱し、匿うなどという真似をしでかしてしまった。
 優しさか好奇心か。それとも変わったお友達が欲しいというだけの、箱入り娘の気紛れだったのか。理由は自分でもよく分からない。
 ただ、後悔するような選択をせずに済んで本当に良かったと思っている。

 まず最初に言葉が通じなかったので共通語を教えた。次に寝室に現れるまでの経緯を聞き出しては驚き、お返しにグワッサングの事を教え、異世界地球の話を聞き、またその代わりに自分の身の上を語り、語り明かし……。
 
「いえ、あの…その、こういう所は初めてだったから。つい足が勝手に進んじゃったのよ」

 そうして遂に思い切り、両親にシャンディーを推薦して傍仕えメイドの立場に据えたリカーシエ。
 知り合ってからの月日はまだまだ短いものの、すでに二人は主従を越えて姉妹に近い関係となっていた。
 レイガルのお嬢様は、普通で居ては決して得られぬ親友を得たのである。
 後悔などあろうはずもなかった。

「はいはい、お尻に歯形を付けられる前に見つけられて何よりでございますわ」
「…………悪かったわよ」

 使用人のくせに時折酷く失礼になるのも、ご愛敬というやつだ。
 むしろ、信頼と心配を感じられて微妙に嬉しかったり。

「反省してるならいいのだけれど。今度絡まれたら、リード付きでの散歩も視野に入れるから気を付けてね」
「うう、ありがと」

 訂正、信頼はやや薄いかもしれない。
 遠慮ない事を言いながら丁寧に日傘を差し出してくれるシャンディーに感謝の言葉を述べつつ、改めて右に左に通りを見やる。
 目に映るもの何もかもがいかがわしく、到底相容れぬと諦めていた地上の街の光景は、心強いメイドが一人傍にいるだけで随分と印象が違って見えた。
 主人の顔とは正反対の優しい風合いが眼を引く陶器の店や、可愛らしいとは言い難いダブ猫が軒の上で尻尾を振っている青果店。漂ってくる未体験の香ばしさは斜め向こうの屋台からだろうか? 食べ物といえば通行人が口にしている串焼きの味も気になるところ。
 だが、一番興味深いのは向かいに見える書店の品揃えである。自邸の書庫と大きく異なる趣に、胸の内の好奇心が居ても立ってもいてくれない。

「ちょ~~っと、お嬢様お嬢様」

 吸い込まれるように歩み始めたリカーシエに日傘を引っ掛け、シャンディーが止める。

「……そこの書店を覗くだけよ。五分くらいなら構わないでしょ?」
「貴方の場合、その五分が命取りになるのよ。
 あと五分、もう五分で、結局何時間掛かるのかしらね? 待たされるこっちの身にもなってほしいわ」
「あははは、いくら何でも……」

 本の虫じゃああるまいし。──と言いかけて口籠もってしまう。
 自制が働いたわけではない。お小言が始まりそうな雰囲気だったので、話題を変える事にしたのだ。

「ええ、分かったわ! また今度! また今度ね! それよりシャンディーの方はどうだったの? お仲間さん達の行方は掴めた?」

 この強引な切り返しに、シャンディーは溜息一つで応じてくれた。

「全然ダメね。まあ、でも初日だし。広い街だし。あの子達は殺しても死にそうにないし。
 急ぐ必要はないでしょう。腰を据えてゆっくり地道に探す事にしてみるわ」

 彼女の当面の目標は、寝ている間に離れ離れになってしまった四人の仲間の捜索だ。
 ラーマーヌ家のメイドとなったのもそのため。収入と寝床を確保する一番の近道だと思ったから。生活基盤を持たない文無しのエトラーゼにとって、リカーシエの厚意は天の配剤に等しいものだったのである。

「安心しなさい。見つかったってすぐに出て行きゃしないわよ。とりあえず無事を知らせたいってだけなんだから」

 窺うような視線から寂しげな気配を感じたのか、シャンディーはにこやかに栗色の毛並みの御主人を撫で回した。

「うん。でも、グワッサングに居るとは限らないわよね? もしかしたらガレ地方の何処にも居ないかも。そうしたら──」
「そうしたら、当初の目的地を目指すしかないでしょうね」

 それはつまり、遙かな異境への旅立ちの宣言。
 何気なく言ったように聞こえるが、撤回される事はないだろう。
 碧玉の眼差しには、親しい者にしか読み取れない決意の火が灯っていた。

 ……リンデニウム、か。確かルゼリア大陸にあるのよね。

 自分も行ってみたいと言うのは、さすがに我が儘が過ぎるだろうか?
 いや、その前に根回しだ。両親を説得しなければならないし、家庭教師や執事達にも話を通しておく必要がある。
 すべてを確実に、根気強く進めなければ。


「旦那ぁ! あいつです、あいつ! あの四本腕メイド! オイラ乱暴されて今にも死にそう!」

「おーおー、可哀相になぁ! おい、姉ちゃん! こいつの売り物台無しにしてくれたそうじゃねえか!
 しかも、大怪我までさせちまってよぉ! こりゃあ、メチャ高く付くぜぇ~~!?」

 先のカワウソが連れてきた柄の悪い連中をキックの嵐で沈めていくメイドを尻目に、リカーシエはいずれ訪れるであろう旅立ちの日に備える意思を固めていた。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 名前: シャンディー

 種族: ティルケニス  性別: 女性  年齢: 47

 LV 3  クラス: アルチザン  称号: メイド オブ ラウェイ

 DP 3 (現在までに36p使用)

 HP 46/46  MP 36/36  CP 54/54(45+20%)

 STR 13  END 14  DEX 27(+5)  AGI 13  WIL 15(+3)  INT 13(+2)

 アイテム枠: 22/23 (拡大ボーナス+3/35%)

 装備: スパイダーシルクのエプロンドレス  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダージルクの肌着  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクのメイド風下着セット  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      鋼鉄で補強されたケタ革のブーツ  〈Dグレード〉〈軽量級〉 (蹴り3D6 + 7)

 防護点: 5 (基本+1 特性+1 装備+3)

 習得技能枠: 31/31

 戦闘技能: 糸操 52.7(+10) 回避 48.4(+10) 蹴打 45.9(+10) 体術 40.6(+5) 投擲 37.8
       長剣 29.0(+5)  盾 29.0(+10) 放出 23.2  超常抵抗 5.2

 一般技能: 製織 80.2(+40) 編み物 79.6(+40) 裁縫 62.9(+20) 歌唱 41.3(+20) 踊り 63.1(+25)
         服飾 60.5(+20) 誘惑 42.1(+30) 交渉 46.3(+10) 登攀 40.0(+20) 忍び 38.7(+20)
         生存術/森林 40.0(+20) 生存術/山地 35.0(+20) 気配感知 34.0(+20) 魔力感知 23.8(+20) 観察 26.1
         行進 35.2  罠設置 24.4  偽装 6.3  隠匿 8.9  語学 20.3
         解読 21.5  礼法 48.3(+5) 単純作業 47.7(+20)


 習得特技・魔法枠: 18/15(+3)

 特技: [神業作成/衣類]  [神業強化/製織]  [神業強化/編み物]  『修理Lv 2』  『修繕Lv 2』
      〈★蜘蛛の糸Lv 3〉  〈★蜘蛛の織布Lv 3〉  〈★蜘蛛の網Lv 2〉  〈★強靱なる糸Lv 3〉  〈★糸染めLv 1〉  
      〈★耐熱の糸Lv 1〉  〈★耐冷の糸Lv 1〉  〈防水の糸〉  〈★報せの糸Lv 2〉  〈★粘着の糸Lv 2〉  
      〈★鋭利なる糸Lv 2〉  言語の習得×2  文字の習得×1

 魔法: なし

 特性; 反射神経  理想的骨格  種の才覚  万毒無効  魅惑のオーラ  生産力


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■

 DP3+15取得 HP+13 MP+10 CP+13 AGI+2
 アイテム枠+2+3 技能枠+6 技能を6つ習得 特技魔法枠+2 特技を2つ習得
 クエスト報酬は《枠数拡大ボーナス》を選択(アイテム枠+3に)

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 シャンディーの所持品  22/23

 パーソナル マップ  (94)
 フォーチュン ダイス  (807)
 鋼鉄製のダガー  〈Dグレード〉〈超軽量級〉
 グワッサング貴婦人の高級日傘 (5) 〈Dグレード〉〈超軽量級〉
 グワッサング貴婦人の高級雨傘 (5) 〈Dグレード〉〈超軽量級〉
 スパイダーシルク製の手袋  (10) 〈Eグレード〉〈超軽量級〉
 樫の木製の小型盾  (6) 〈Eグレード〉〈超軽量級〉

 手触りの良い スパイダーシルク製の衣装鞄

 入)スパイダーシルク製のエプロンドレス  (5) 〈Eグレード〉〈超軽量級〉
 入)スパイダーシルクの女性用肌着  (20) 〈Eグレード〉〈超軽量級〉
 入)スパイダーシルクのブラジャー  (15) 〈Eグレード〉〈超軽量級〉
 入)スパイダーシルクの女性用下着  (20) 〈Eグレード〉〈超軽量級〉
 入)スパイダーシルク製のガーターベルト  (10) 〈Eグレード〉〈超軽量級〉
 入)スパイダーシルク製のストッキング  (20) 〈Eグレード〉〈超軽量級〉
 入)他の袋10枚

 丈夫で滑らかな スパイダーシルク製の背負い袋

 入)チタン製の寸胴鍋 大理石製のフライパン 鉄製のお玉杓子 鉄製のフライ返し
   分厚いオーク材のまな板  チタン製の万能包丁(2)

 洗練されたデザインの スパイダーシルク製の小物入れ

 入)銀製のスプーン フォーク ナイフ等々のデーブルセット

 柔らかく丁寧に仕上げられた スパイダーシルク製の食器入れ

 入) 高級絵皿 深皿 ボウル ティーカップ等々

 通気性の良い スパイダーシルク製の背負い袋

 入) 食材多数

 スパイダーシルク製の投網  (30) スパイダーシルクの糸玉  (624)
 スパイダーシルク製のハンカチ (30) スパイダーシルクの敷布  (20)
 リフレッシュ ストーン (5) 冒険者の松明  (339)
 火の付いた冒険者の松明  蟻の力の秘薬  (17) 裁縫セット  (2)
 上流階級の水筒 〈オミカン水〉〈2000mL〉


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■








 草を踏み締め、茂みを掻き分け、前へ前へとひたすらに歩む。
 空腹と疲労、孤独に絶望といった様々なものに打ちのめされた、力無い足取りで。

「あっ、うまそ──じゃねえや!」

 目の前の葉っぱに止まった甲虫を一瞬の葛藤の後に払い除ける。

「俺っちトカゲじゃない。トカゲじゃないから。カリオカだから。カナブン食うとか絶対ないから」

 イモリ人間の種族ドゥックマットのエトラーゼであるリザードは、自己暗示にも似た独り言を呟いた。
 肉体の方は問題なく消化吸収できるのだが、元人間の精神がそれを許さない。気を抜くとパクッと行きそうだから余計に許せないのだ。
 我慢して嫌々食べるのならともかく、本能に負けて食べるなんて真似をしてしまったら、自分はきっと後戻りできなくなってしまう。身も心も人間ではない怪物になってしまう。
 ほとんど妄想に近い忌避感なのだが、リザードの心には衝動を抑えきれず最悪のケースに陥った元相棒の姿が焼き付いている。
 それはそのまま、彼の深層心理における明確な一線となっていた。
 だから、越えるわけにはいかない。

「のぉぉ……ぶり返してきたぁぁぁ…………ッ!!」

 どんなに滑稽に見えても、いかないったらいかないのだ。

「食料を選んどきゃな~」

 空腹を紛らわすために、真新しい失敗の記憶を混ぜ返す。

「欲なんて張るもんじゃねえよな~」

 恐ろしい女髑髏に睨まれて気が遠くなったかと思えば、何処とも知れぬ森の中。
 そのすぐ後に提示されたクエスト報酬なる物の中から、リザードは迷わず《財宝》を選んだ。
 貧困に喘ぐファヴェーラの悪環境で生まれ育った者としては、当然の選択と言えるだろう。
 彼は生来の守銭奴なのだから。金銭への執着は人一倍強いのだ。
 生まれ変わってからは更に更に、深く激しく。

 抑え込んでいる衝動とはまた別の、人間らしい欲望。それを捌け口とする事で、リザードは自らのアイデンティティを保っているのである。
 無意識の内に、自分はトカゲでもイモリでもないという矜持を守っているのだ。
 浅はか愚かとおかしきゃ笑え。例え紙切れのように薄っぺらくとも、破り捨てては生きていけぬ。
 安い欲望に流される小人である事。それこそがリザードにとって最も適した自己保存の方法なのであった。
 要するに、金儲けこそが癒やし。
 己の衝動を忘れさせてくれる一服の清涼剤というわけである。



 ◆ 茶壺 『松島』 〈レジェンダリ〉〈永久不変〉

   詳細: ???



 でも、これはないわー。

 選択してすぐアイテム欄に収められたクエスト報酬を改めて手に取り、深く深く脱力する。
 精一杯の色眼鏡を掛けてみても無理。歪な形をした小汚い壷にしか見えない。一体こいつのどこら辺が財宝だというのだろうか?
 かろうじて分かるのは、恐らく多分勘が告げるに日本の古美術品であろうといった事くらい。
 詫び寂びの精神も芸術を解する心も持たない元ブラジル人には、余りにも荷が重い代物であった。

「もっとこう宝石とか、金ピカのやつが欲しかったな~」

 この場にアヤトラが居たら『松島』の価値を見抜いて大喜びしていた事だろうが、生憎と今のリザードは孤独な迷い人。頼ったり分かち合ったりする相手など居ようはずもなく、気分は滅入る一方だった。
 残り少ない干し肉を咀嚼しながら人里との出会いを求めて、独り茂みの中を行く。


「おおおっ!?」

 転機は突然に訪れた。
 とにかくマップの端へ端へと歩を進めること九日目の夜。命に関わる散々な紆余曲折を経て、ついにリザードは森からの脱出に成功したのである。
 しかも人里が目前。これほど嬉しい事はない。
 視界一杯に広がる畑の案山子達が、まるで歓迎してくれているかのように風を受けて揺れ動く。
 ザッと見渡すに田舎の農村といったところだろうか? 作物の実り具合からして収穫は間近。彼方に点在する人家の灯りがとてもとても眩しく映る。豊かで素朴で実に良い。
 心穏やかな眺めだ。

「オ~~ゥ! エクセレンテッッ!!」

 リザードは感動に打ち震えた。

「やっほ~い! 食べ放題だぜ~!!」

 そして早速、盗みを働く。
 小悪党の本領発揮である。元々そういったケチな仕事を生業にしていただけあって、実に素早い行動だった。

「んんっま~い!」

 人参っぽい野菜を怒濤の勢いで引っこ抜いては姉さんからもらった袋の中へ次々と。大根、ニンニク、テンサイ、タマネギ。味見を欠かさず手を休めず、新しい彩りへと食指を伸ばす。
 土の付いた生の根菜類をバリバリと囓る、怪人イモリ男の誕生であった。
 彼にしてみれば昆虫食のみがタブーなのであって、それ以外なら全然何も問題はないのだ。
 野菜なら人間の食い物だし、生で食べても平気だし。現に食ってる自分が平気だし。

「俺っち、ベジタリアンになっちゃうかも~!」

 そういう現実逃避気味な心理が食欲増進へと繋がって、もう堪らない止まらない。
 遂に人間性をかなぐり捨てたかとも言える奇っ怪な姿だったが、当の怪人は至って上機嫌かつ普通のつもりだからタチが悪い。余りにも迷惑な畑荒らしである。
 まともな神経の持ち主が遭遇したならば、確実に腰を抜かすであろう。
 もし、これがアメリカなどの農村であれば散弾銃を担いだ逞しい農夫がすっ飛んできてUMA発見、即ファイヤーとなるところなのだが、こちらの世界は色々と事情が違っていた。

「…………あれ? うそ?」

 少なくとも、この村には泥棒を警戒して夜回りをするような農夫は居ない。
 その代わりに畑の守りを請け負う番人が存在するのだ。



 ◆ スケアクロウ  LV 2 〈魔法生物〉〈サイズ S〉

   HP 30/30 MP なし CP なし  
   STR 12 END 12 DEX 6 AGI 10 WIL 5 INT 7
   最大移動力 70 戦闘速度 80
   通常攻撃 叩き 2D6+2  突進 叩き 3D6+4
   防護点: 3 (斬り 刺しボーナス無効) 毒無効 精神無効 衝撃無効 炎に弱い
   特殊能力: 田畑は友達 (田んぼや畑などの開墾された地面と接している限り、毎ターン 2D6 点のHP回復効果)

  詳細: 田畑の番人として作成された案山子型ゴーレム。
       材料が藁や竹や泥といった非常に安価で容易に入手できる物ばかりなので、
       魔法学院などの教育機関におけるゴーレム作成の初歩の課題としてよく扱われる。



 ◆ スケアクロウ バーサーカー  LV 4 〈魔法生物〉〈サイズ S〉

   HP 50/50 MP なし CP なし  
   STR 14 END 14 DEX 8 AGI 13 WIL 5 INT 7
   最大移動力 80 戦闘速度 110
   通常攻撃 叩き 3D6+2  突進 叩き 4D6+3  牙 刺し 2D6+3  鎌 斬り 3D6+3
   防護点: 5 (斬り 刺しボーナス無効) 毒無効 精神無効 衝撃無効 炎に弱い
   特殊能力: 田畑は友達 (田んぼや畑などの開墾された地面と接している限り、毎ターン 2D6 点のHP回復効果)
           吸血 (噛み付きで与えたダメージの半分をHP回復に用いることができる)

  詳細: 生き物の血が染み込んだ土壌から養分を吸収したせいで凶暴化したスケアクロウ。
       血の味が忘れられないためか、田畑に侵入した者を切り刻んで養分にしてしまう。



「あははははは……。いやぁどうも、ご苦労さんです~」

 自分が十体近くもの動く案山子に囲まれている事に気付いて、乾いた笑い声を上げるリザード。
 その内の数体に備わった鋭い牙と小さな鎌らしき刃物には、思わず十字を切ってしまった。
 どう見ても、畑から追い出す程度で済ませてくれる相手ではない。

「坊ちゃん、助けてぇぇ~!!」

 逃げ出すイモリ、追う案山子。
 どうやら足は人並みのようだが、如何せん数が多くて振り切るのは難しい。

 結果として怪人イモリ男は、お化け案山子の集団に一晩中追い回される羽目になった。
 完全な自業自得と言えよう。
 泥棒の命などファンタジー世界の田舎では考慮する必要すらない、抹殺されて然るべきものなのである。



■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 名前: テンダリウス・ローバーノ・フルシュシシニグラウクル・ボンガボンガ・バンガーバンガー四世

 種族: ドゥックマット  性別: 男性  年齢: 23

 LV 2  クラス: シーフ  称号: 畑の怪人

 DP 2 (現在までに19p使用)

 HP 25/25  MP 39/39  CP 28/28(23+20%)

 STR 4  END 7  DEX 22(+4)  AGI 24(+4)  WIL 10  INT 9(+2)

 アイテム枠: 10/11

 装備: スパイダーシルク製のチュニック  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルク製の尻尾穴付きズボン  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルク製の肌着  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルク製の尻尾穴付き下着  〈Eグレード〉〈超軽量級〉

 防護点: 2 (装備+2)

 習得技能枠: 25/25

 戦闘技能: 回避 61.2(+25) 投擲 36.8(+10) 細剣 36.0(+10) 超常抵抗 22.2

 一般技能: 忍び 50.5(+10) 隠れ身 51.7(+10) 探知 39.9(+20) 気配感知 55.5(+20) 魔力感知 40.7(+20) 
         聞き耳 44.0(+20) 視認 48.1(+20) 交渉 49.7(+10) 観察 32.4(+20) 演技 8.5 
         行進 21.9(+10) 登攀 35.1(+20) 軽業 20.3(+10) 追跡 14.8(+15) 尾行 32.5(+15)
         罠設置10.5(+10) 語学 2.4  解読 1.3  偽装 15.2(+10) 隠匿 14.0(+10)
         生存術/森林 5.8

 習得特技・魔法枠: 8/5(+3)

 特技: [盗賊の眼]  [盗賊の指]  [虚実の心得]  『軽業回避Lv 4』  『ピックポケットLv 2』
      『錬磨集中Lv 2』  〈見えざる狩人Lv 2〉  〈毒液精製Lv 1〉

 魔法: なし

 特性; 反射神経  鋭敏感覚  鉄の胃袋


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■

 DP2+12取得 HP+9 MP+10 CP+5  技能枠+5 技能を5つ習得
 特技【見えざる狩人】をLv 2に(高難易度なのでDP8消費)
 特性【鉄の胃袋を】を取得  クエスト報酬は《財宝》を選択(茶壺 『松島』を入手)

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 リザードの所持品  10/11

 パーソナル マップ  (11)
 フォーチュン ダイス  (103)
 茶壺 『松島』
 特殊樹脂製のタワーシールド 〈Dグレード〉〈軽量級〉

 軽くて丈夫な スパイダーシルク製の背負い袋

 入)替えの衣服と下着  他の袋3枚

 やや作りが粗い スパイダーシルク製の背負い袋

 入)お子様用の水筒 〈空〉 ワインボトル 〈空〉 大型の水筒 〈ブランデー〉〈2470mL〉
 入)竹製の水筒 〈精製水〉〈420mL〉 

 ちょっと綺麗な スパイダーシルク製の背負い袋

 入) 蟻の力の秘薬  (3) 蜂の一刺しの秘薬  (3) 蝗の躍動の秘薬  (3)
 入) ケタの干し肉  (7)

 拳大の石  (264) 冒険者の松明  (182) 麻製のロープ  (170)



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■








 目を覚ましたウェッジは、差し込む光と染み渡る冷たさに天地が引っ繰り返る想いだった。

 つまり、訳が分からない。
 大混乱だ。何がどうしてどうなった? 自分は誰だ? ただのウェッジだ。名字はない。日本人の父と母の間に生まれた三人兄弟の真ん中だ。確か、もうすぐで17歳。こっちの身体は18歳。
 生まれ変わって、ウェッジになった。
 よかった。記憶喪失じゃない。ちょっと抜け落ちているだけだ。
 右手で溜まった涙を拭い、

「……え? ええええっ!?」

 身を起こそうとして、沈み込む。
 沈む沈む。冷たい苦しい踏ん張れない。辺り一面真っ青だ。コップ数杯分の水を胃に流し込んだところで、ようやくウェッジは自分が今まで水面に浮いていたのだと思い至った。

「……ッ!」

 頭上で揺らめく陽光に手を伸ばし、必死になって水を掻く。だが、沈む。無為に出来上がる気泡の奔流が青年の恐慌に更なる拍車を掛けた。
 無意識に開けた口から、貴重な酸素が昇っていく。
 泳いだ事はある。しかし、溺れた経験は持ち合わせていなかった。
 どうしていいのか分からない。足掻く事しかできない。
 足掻いて足掻いて……。

「お――――ぼほっ!?」

 吹っ飛んだ。

「ちょっと待ってぇぇ!!?」

 全身に走る衝撃、鈍痛、浮遊感。
 何故だか一転、水面を見上げる羽目になっている。空中へと跳ね飛ばされたのだ。
 巨大な何か……恐らくは、生き物の手によって。

「――のぅおおおおおおおおお!!」

 突き抜ける猛烈な危機感から逃れようと、空中を泳ぐウェッジ。
 水面を割ってその何かが現れたのは、ほぼ同時の事だった。
 目一杯に開かれた、どでかい顎だ。口腔まではっきりと見える。10センチ近くある牙が内に外にと傾いて歪に生えているのは、獲物に食いついて引き裂くためだろうか? 想像するだに痛そうな歯並びの持ち主だ。
 その先を掠めて、背中から落ちる。
 みっともなく足掻いていなければ確実に牙の餌食なっていただろう。もう、ここ最近は何もかもがギリギリの連続である。
 当然ながら再び没した水中では、巨大顎の主の全体像が見て取れた。

 ……えー?

 犬猫くらいにゃ馴染み深い。
 なのに、誰もその実態を知らない。身近なようで果てしなく遠い奴。
 ほとんどの現代人にとって、そいつは絶滅動物の代名詞とも言える存在だった。

 恐竜である。

 正確には首長竜。ジュラ紀、白亜紀に栄えた水棲爬虫類の総称だ。
 目の前のこいつは大きく口が裂けた鰐のような頭部、左右にくねる細長い尾、胴体には四本の足の代わりに櫂を思わせる四枚のヒレ足と、首こそ長くはないもののそれに相応しい外観を備えていた。
 しかも、大いに見覚えあり。



 ◆ リオプレウロドン  LV 10 〈水棲爬虫類〉〈サイズ LL〉

   HP 260/260 MP 40/40 CP 150/150
   STR 80 END 45 DEX 7 AGI 15 WIL 8 INT 4
   最大移動力 90 戦闘速度 120
   通常攻撃 叩き 10D6-2  突進 叩き 13D6+6  牙 刺し 10D6+2
   防護点: 15
   特殊能力: 水中適応 (水中での行動に制限を受けなくなる)
           地上不適応 (地上での行動に制限を受ける)

  詳細: ナイフのような鋭い牙を持つ魚竜の一種。
       本来は海棲爬虫類なのだが、アリュークスに住む種は淡水と海水の両方に適応している。



「ビおぶげぶごぼンバっ(リオプレウロドンだっ)!!」

 ウェッジは意外なところで博識な奴だった。
 恐竜マニアなら状況も顧みず感動に打ち震えていた事だろう。細かい違いこそあれど、海外のドキュメンタリー番組で動いていたCGまんまの姿なのだから。
 自分もエサという立場でさえなければ、もう少し見入っていたかった。

「どぼおおおおお!」

 背けた顔の間近を半開きの口が通過する。
 感動には程遠い眺めだ。作り物やモニター越しからでは決して味わえない生の迫力やら躍動感といったものは、この場合、恐怖心を煽る悪意に満ちた演出でしかなかった。
 今の状況が夢や幻ではないのだと、嫌でも思い知らせてくれる。
 そうだ。現実だ。じゃあ何ですか? ここは一億五千万年くらい前のヨーロッパの海ってわけですか? それにしちゃあしょっぱくないぞ? 海の水が塩水だってのは嘘だったのかー。くそー。この分じゃ人体が水に浮くって話も嘘っぽいなー。
 とにかく冷静になろうとしても、浮かんでくるのは益体もない事ばかり。
 逃れる術はない。正面から迫るリオプレドンの顎は今度こそ自分を捉えるだろう。

 ……あ、虫歯がある。

 この期に及んでの無意味な発見には、我ながらアホかと思った。
 まあ、アホならアホでしょうがない。尊敬する8歳児のように最後まで諦めずにいよう。
 覚悟を決めるウェッジ。

「――っごばば!?」

 そんな彼を弄ぶかのように、衝撃は思いも寄らぬ方向から来た。
 左斜め下から何かがぶつかってきたのだ。
 そのまま気泡を撒き散らしながら水面へ。空気の美味しさと太陽の眩しさに朦朧としている間に見事な手際で持って行かれる。
 どうやら泳ぎの達者な誰かに助けられたらしい。
 程なくして、横たえられた固い地面の感触に安堵する。

「……っ……た、助かりました。どうもありがとうございます」

 お礼を言えたのは、一頻り咳き込んだ後。仰向けになって喘ぐ自分を覗き込む気配に気付いてからだった。

 ……どこの人だ?

「あ、あの、オレはウェッジって言います。ウェッジ。分かりますか?」

 段々と焦点が合ってきた救い主の顔に困惑し、とりあえず名前だけを告げてみる。
 どう見ても外国人だったから。日本語が通じるか不安になったのだ。

「うぇっじ……?」

 歳は自分よりもいくつか下。多分、中学生くらいだろう。艶やかな褐色の肌と綺麗なアーモンド型の目は、インドやパキスタンといった南アジアに住む人々を連想させる。野性味に富んだ凛々しい顔立ちの少女だった。
 ちなみに、濡れそぼっているせいか随分と色っぽく見える。
 彼女の顎から自分の頬へと滴り落ちる水滴の温さが、無性に我慢ならなかった。
 決して興奮しているわけではない。

「ウェッジ……は、スゥイッド?」
「え? いえ、違います。日本人です。……こう見えても。アイアム・ジャパニーズ」

 むしろ、その逆だ。

「ニホン? それ、ウェッジのクニの名前?」
「はい。ええと、ご存じありませんか? ……ありませんよね」

 どえらい寒気がする。

「スゥイッド、種族の名前。牙、爪、角ない。尻尾ない。あと毛皮に鱗に殻とか甲羅とか……とにかく、何にもないヒトのこと」

 片言の日本語を喋り、無邪気に笑う少女の様子に、本能的な恐怖を覚えたのだ。

「…………なくて普通だと思うんですけど。人間には」
「ううん。フツーは必ず、どれかある。ないの、スゥイッドだけ」
「そ、そぉぉなんですかぁぁぁ……ああっ、爪ならありますよ! ほら!」
「あはははっ! ウェッジおかしい! それ、爪言わない!」

 言葉は通じても人間と会話している気がしない。
 慌てて誇示した指先は、少女の印象を凛とした美人の年下から天真爛漫な危ない娘さんへと変えただけだった。

「――爪。こういうの言う」

 更にそれを、眼前に差し出された手が覆す。

 グローブ!?

 人の頭くらい軽く握り潰せそうな、鱗に覆われた大きな手。指の間にあるのは水掻きだろうか? 肉厚で鋭い爪はまるで刃物のようだった。
 ついさっき見たリオプレウロドンの牙と同じ。狩り殺すための武器に他ならない。
 これじゃあ、爪というより鉤爪だ。
 持ってる奴は人間じゃないだろう。……どう考えたって。

「ないならウェッジは、スゥイッド」
「たっ、た、たたたた、確かにっ! その基準だとそうなるかもしれませんね!
 けど、仮にオレがスゥイッドだとして何か不味いことでもあるんですか!?」

 広がる少女の笑み。

「マズくない。スゥイッドは美味しい」

 そこから覗く乳白色の健康美。特に犬歯の発達具合は物凄かった。
 対するウェッジは引きつりきった哀れな笑み。
 恐る恐る下げた目線の先には、最低限の布地が隠す豊満な胸と浅く割れた腹筋と、揺れる水色ピンク色。
 ぬめりと生々しい光沢を放つ、大蛇の下半身があった。



 ◆ アクア ラミア  LV 8 〈幻獣界 亜人目〉〈サイズ M〉

   HP 180/180 MP 125/125 CP 140/140
   STR 38 END 32 DEX 10 AGI 16 WIL 12 INT 12
   最大移動力 98 戦闘速度 150
   通常攻撃 叩き 5D6  鉤爪 斬り 6D6+2  牙 刺し 5D6+2  尻尾 叩き 7D6+4
   防護点: 10 冷気+20 水霊術+20
   特殊能力: 水中適応 (水中での行動に制限を受けなくなる)
           水霊術 (水霊術系の魔法を行使する)
           吸血 (噛み付きで与えたダメージの半分をHP回復に用いることができる)

  詳細: 水辺の環境に適応したラミアの亜種。
       主に幻惑系の魔法を得意する原種とは異なり、水霊術への高い適性を持つ。



「スゥイッド、とても美味しくて、とても身体に良い。
 村のみんなも街のみんなも、仲間じゃないみんなもそう言ってた」

「そんなの迷信です!」
「食べればわかる」

 とんでもねー。この答えは、ある意味予想通りと言うべきか。

「おお、お断りします!!」

 素早く上体を起こして後退るウェッジ。余裕たっぷりに迫る少女。
 鼻に掛かる吐息は生臭いかと思いきや、バニラのように甘い香り。獲物をリラックスさせる効果でもあるのだろうか? フェロモンだとしたら香水いらずの優れものだ。

「ワタシ、ナングからウェッジ助けた。だから、足一本くらい構わない」
「構います! かまいますって!」
「……腕一本?」
「嫌です!」

 そんなわけで下がっては迫り、下がっては迫り……。

「じゃあ、一口だけ」
「嫌です!」
「ひとくち」
「嫌です!」
「ひーとーくーちー」
「いーやーだー!!」

 一向に埒の明かない押し問答を繰り返す両者。
 少女の方には遊んでいる節さえあるが、ウェッジの方は怖気の立つ身体を動かすのに必死だった。
 小さな自分のどこを囓らせても骨ごと持って行かれると思ったのだ。その一口が致命傷。腹なら洩れなく大事な臓器がさようなら。出血多量でお陀仏だ。
 いや、その前にショック死か。

 一体何でいきなりこんな……っ!?

 こんな悪い夢みたいな目に遭っているのか?
 考える暇もない。
 逃げる余地すら与えてくれない。
 そしてやがて蛇の尾が絡み、牙が迫り肉を裂く。


 人生最大の痛みと喪失に、年若いエトラーゼは声を上げて泣き叫んだ。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 名前: ウェッジ 

 種族: 人間  性別: 男性  年齢: 18

 LV 2  クラス: ウィンド メイジ  称号: なし

 DP 4 (現在までに17p使用)

 HP 21/21  MP 30/30(25+10%)  CP 32/32

 STR 10  END 7  DEX 10  AGI 16(+5)  WIL 13(+3)  INT 12(+2)
  (能力成長ボーナス+5/48%)
 アイテム枠: 10/10

 装備: スパイダーシルクの胴衣  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの下穿き  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダージルクの肌着  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの男性用下着  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの靴下  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクのブーツ  〈Eグレード〉〈超軽量級〉

 防護点: 2 (装備+2)

 習得技能枠: 19/20

 戦闘技能: 回避 52.9(+15) 風霊術 47.1(+30) 放出 22.8(+10) 超常抵抗 0.7  短剣 0.1

 一般技能: 語学 11.8  観察 34.6  楽器演奏/フルート 16.0  気配感知 31.5(+15) 魔力感知 24.8(+15)
         探知 13.7  忍び 28.6(+10) 行進 63.0(+35) 解体 0,4  調理 0.8
         アストラル制御 1.1  偽装 0.3  隠匿 0.4  解読 0.5

 習得特技・魔法枠: 5/8

 特技: ★精密射撃Lv 1

 魔法: ★風象制御Lv 1  ★突風Lv 1  ★風の魔弾Lv 1  ★増速の気流Lv 1

 特性; 愛嬌  風の一族  天性の射手  韋駄天の足  動体視力


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■

 DP2+12取得 HP+7 MP+6 CP+10  STR+5 END+2 DEX+1 WIL+3 INT+4
 アイテム枠+1  技能枠+6  技能を4つ習得
 特性【動体視力】を取得  クエスト報酬は《能力成長ボーナス》を選択(能力値の合計に+5)

■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 ウェッジの所持品 10/10

 パーソナル マップ (14) フォーチュン ダイス (131)
 特殊樹脂製のタワーシールド 〈Dグレード〉〈軽量級〉

 暖かみのある スパイダーシルク製の背負い袋

 入)替えの衣服と下着 他の袋3枚

 何処となく大味な スパイダーシルク製の背負い袋

 入)鉄製のフライパン  鍛鉄製の鋭い包丁  小説 レディ・ダークの騎士団 第二巻
 入)紀行 世界の魔境から 上巻  紀行 イータ・ビーの夢奇聞 第四巻  図鑑 魔界遺産 上巻
 入)蜘蛛の歩みの秘薬  (2) 蟻の力の秘薬  (3)  蜂の一刺しの秘薬  (3) 蝗の躍動の秘薬  (3)

 冒険者の松明 (35) 豚肉の塊  (21) ナングの卵  (26)
 スマイリーキャベツ  (47) オミカン  (19)

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■








 ヨーゼフは繰り広げられる美しき惨劇に眼を奪われていた。

 右手に携えられた水の剣が閃く度に血が渋き、虚空に儚いアートを描く。
 左手に握られた流水の鞭が風を切って煌めく毎に、悪党共が死を賜る。


 一切の虚飾なく語れば、それは単なる殺し合いに過ぎないだろう。
 キャラバンを襲う山賊団と護衛に付いていた傭兵達との戦い。危険と噂される街道を旅していれば、月に数回の頻度でお目に掛かれる光景である。
 今回も少しばかり敵の数が多すぎるというだけで、ほぼいつも通りの流れだった。
 さして面白い展開ではない。
 キャラバンの連れ達は真っ青になって右往左往していたが、ヨーゼフだけは冷静に推移を眺めていた。
 このままいけば山賊側の勝利に終わるだろう、と。
 半ば他人事のように思うだけ。

 元々、誇りも何も抱いていなかった交易商人の仕事である。
 愛も理想も情熱もない第二の人生である。
 エトラーゼとして受けた生を、ヨーゼフは色褪せた夢のようなものと見限っていた。
 無為に過ごしていた。
 だから何処で死のうと構わない。
 例え、どんなくだらない死に方であろうとも。
 前世のように家族を巻き添えにしないだけ、こちらの方が楽に済むというものだろう。

 ……楽に済む。そうか。自分は楽になりたかったのか。
 ニヒルに笑うヨーゼフ。しかし、事態は彼の思うようにはならなかった。
 颯爽と駆け付けた一人のエトラーゼの活躍によって、キャラバンの命運は守られたのである。


 エトラーゼの名はアヤトラ。
 黒髪黒目のハーフエルフの少年で、まだほんの3レベルだというのに恐るべき強さだった。
 現に、倍以上のレベルを誇っていたはずの山賊の頭目を1分足らずで屠ってみせたのだ。疑いようのない規格外ぶりと言えるだろう。
 一傷も負う事なく敵対者を仕留めていくその様は、狂おしいまでに華やかで、決して侵してはならぬと思える輝かしさを放っていた。
 これはもはや芸術だ。生きた神秘の塊だ。
 舞い踊るように死を撒き散らしていく彼の姿は、まるで天へ還らんとする御子のよう。
 賛美の言葉が尽きぬほどに浮かんでは声にならずに消えていく。
 これが、これが、【伝説の化身】というものなのか。
 話には聞いていたが、目にするのは初めて。一体どのような前世の持ち主であったのか? 非常に興味をそそられる。

 ヨーゼフは魅入られていた。
 その美貌、その怖ろしさ、その一挙手一投足。



 ◆ 夢見る乙女のステージ衣装 『アイドルハート』 〈Cグレード〉〈超軽量級〉

   詳細: 乙女の花形職業であるアイドルのために作られたステージ衣装。
        意地の悪いライバルにハサミを入れられても何のその。
        破られても燃やされても元に戻る自動修復を始めとした様々な魔法が掛けられている。

         防護点: 4
         耐久度: 120/120
         特殊効果: 〈自動修復〉〈サイズ調整〉〈良い香り〉〈反応判定+3〉〈炎熱防護+5〉
                 〈氷冷防護+5〉〈精神防護+5〉〈魔法防護+5〉〈歌唱+10〉〈踊り+10〉〈演技+10〉
         制作者: 〝衣の伝道師〟 アブドゥル・ドゥバ・ドバド



 そしてその身を飾る、桜色のステージ衣装に。

 彼のステータスには〝男性〟と明記されていたが、超似合ってて超カワで超華麗だから超どうでもいい。
 オカマ小僧などと失礼な感想を抱く奴は国家不穏分子だ。敗北主義者だ。銃殺刑による粛正こそが相応しい。
 ヨーゼフは熱狂していた。
 目頭が熱くなり、張り裂けんばかりに鼓動が高まる。転生してからは久しく覚えのなかった感覚である。
 いや、もしかすると初めてかもしれない。前世の記憶を掘り返してみても、これほどの感動はなかったように思える。

 彼が剣と鞭を振るい、流麗なステップを刻む。
 ヒラヒラと揺れるフリル付きのスカートから覗く大腿部の、何と扇情的で神々しき事か。
 その直後に走った一瞬の眩しさなどは、もはや感受の極みである。
 舞い上がったスカートの中身を見て、ヨーゼフは心臓が二つに割れたかのような衝撃を受けた。


 ふんどし……!!!


 ふんどしでござるかッッ!!!


 前世において同盟国の間柄であった日本の文化と風俗に、まさかまさかこんな所でお目に掛かれようとは……。
 即ち、アヤトラ殿はジャパニーズで武士。もののふ。オサシミ。サモラーイサモラーイ!!

 大興奮、大喝采。
 誰も与り知らぬ間に、更なる深みへと嵌っていくヨーゼフ。
 これこそが、後にアイドルプロデュースの先駆者として不動の名声を得る男の、覚醒の一幕であった。




 アヤトラの名誉のために付け加えておくと、彼は別に女装趣味からアイドル的な格好をしていたわけではない。

 クエスト報酬として手に入れた、動きやすくて丈夫な衣服を着ているだけのつもりだったのだ。
 そもそもアヤトラは戦国時代の武士階級。スカートの知識もなければ、それが女性用のデザインだという認識もない。ピンク──もとい桜色を基調とした布地が涼やかに見え、フリルも何やら傾いた飾り程度にしか思えなかったのである。
 つまり、とてもお洒落な着物だと勘違いした。
 まあ、仮にアイドルのステージ衣装がどういう物か知っていたとしても、自信過剰の彼なら袖を通すくらいはしただろうが、知らなかったのだから仕方ない。
 粋に着こなしていると得意満面でいた本人がすっかり気に入ってしまったのも、また仕方のない事である。
 今更、それは女物な上に普段着にするような代物ではないと指摘を受けたところで、改まる事はないだろう。

 戦国時代の武士には、ことファッションに関して我が道を征く輩が非常に多かったのである。
 アヤトラもそんな時代の最先端を自負するお洒落さんの一人。奇特なまでに傾いたセンスの持ち主だった。
 だから、選択したカテゴリーの中からランダムで渡されるはずのクエスト報酬がフリフリピンクだったのも、ある意味では必然。運命の悪戯と言えるだろう。


 幸か不幸か、どんなに乱暴に扱っても勝手に修復される魔法の衣装は、サムライボーイの愛用の一着として末永く輝き続けるのであった。

 そしてやがて、世界の何処かで〝毘沙門系男の娘〟という珍妙不可思議な異名が轟く事になる。




 ……………………わけねーだろ。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 名前: アヤトラ

 種族: ハーフ エルフ  性別: 男性  年齢: 12

 LV 3  クラス: スカウト  称号: 拙者はアイドル

 DP 8 (現在までに52p使用)

 HP 46/46  MP 61/61  CP 61/61(51+20%)

 STR 16(+2)  END 12(+2) DEX 18(+3) AGI 22(+3) WIL 27  INT 16(+2)

 アイテム枠: 10/10

 装備: 夢見る乙女のステージ衣装 『アイドルハート』 〈Cグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダージルクの子供用肌着  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの下帯  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用靴下  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      飾り付けられたスパイダーシルクの子供用ブーツ  〈Eグレード〉〈超軽量級〉

 防護点: 5 (基本+1 装備+4) 炎熱+5 冷気+5 精神+5 魔法+5

 習得技能枠: 34/35

 戦闘技能: 回避 71.2(+30) 鞭・鎖 50.8(+10) 水霊術 56.4(+15) 体術 42.0  気功術 40.3
         超常抵抗 31.3  刀 22.5  放出 19.4(+5) 投擲 8.3(+5)

 一般技能: 探知 34.8(+10) 観察 50.6(+10) 忍び 38.4(+10) 隠れ身 34.2(+10) 罠設置 23.3(+5) 
         罠作成 29.0(+5) 罠解除 19,0(+5) 気配感知 50.1(+15) 魔力感知 44.4(+5) 登攀 16.0(+5)
         追跡 30.0(+10) 尾行 36.0  視認 43.7(+25) 聞き耳 40.6(+5) 戦術 34.6(+10)
         指揮 69.8(+40) 魔物知識 40.2  行進 34.3(+5) 歌唱 46.9(+30) 踊り 37.0(+20)
         演説 33.6(+30) 語学 10.5  解読 12.7  偽装 15.7(+10) 隠匿 16.0(+10)

 習得特技・魔法枠: 30/27(+3)

 特技: [虚実の心得]  [斥候の心得]  『早撃ちLv 1』  『早駆けLv 2』  『★看破Lv 4』
      ★鼓舞Lv 2  ★激励Lv 2  ★鎮静Lv 2  ★一喝Lv 2  心頭滅却Lv 1
      不壊不屈Lv 1  剛力招来Lv 2  連撃Lv 1  薙ぎ払いLv 1  精妙撃Lv 1
      絡め取りLv 1  重ね当てLv 2  練気外装Lv 5  言語の習得×1  文字の習得×1

 魔法: 水象制御Lv 1  水の魔弾Lv 1  恵みの水Lv 2  流水の鞭Lv 2  流水の剣Lv 2
      癒やしの滴Lv 2  清めの滴Lv 2  聖なる水Lv 2  水霊の守護Lv 1  時間凍結Lv 5

 特性; 美形  美声  戦将  成長力  主導力  伝説の化身  魔操力


■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■

 DP4+21取得 HP+11 MP+12 CP+8
 アイテム枠+4 技能枠+5 技能を4つ習得  特技魔法枠+1 特技を2つ習得
 クエスト報酬は《衣服》を選択(夢見る乙女のステージ衣装 『アイドルハート』を入手)

■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 アヤトラの所持品 10/10

 パーソナル マップ (2001) フォーチュン ダイス (6038)
 特殊樹脂製のタワーシールド 〈Dグレード〉〈軽量級〉

 丁寧に織られた スパイダーシルク製の背負い袋

 入)替えの衣服と下着 他の袋6枚

 真心が込められた スパイダーシルク製の背負い袋

 入)蜘蛛の歩みの秘薬  (37) 蟻の力の秘薬  (19)  蜂の一刺しの秘薬  (41) 蝗の躍動の秘薬  (35)

 丈夫で長持ちな スパイダーシルク製の背負い袋

 入)大きめの水筒 〈ブランデー〉〈390mL〉 徳利型の水筒 〈ブランデー〉〈1500mL〉
 入)持ちやすい水筒 〈ブランデー〉〈2000mL〉 水筒 〈ブランデー〉〈1200mL〉
 入)円筒形の水筒 〈ブランデー〉〈2500mL〉 透き通った水筒 〈ブランデー〉〈2000mL〉
 入)絵柄付きの水筒 〈空〉  ストロー付きの水筒 〈空〉

 小さなワイン樽 〈ブランデー〉〈150000mL〉
 リフレッシュ ストーン  (21)


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■










 申し子達を迎え入れしは〝アリュークス〟。

 残酷なる世界の名前。

 剣と魔法とテクノロジーが猛威を振るう、尽きせぬ冒険の舞台である。













あとがき


 今回は間話的な感じということで、文体を変えてお送りしてみました。
 若干悪乗りが過ぎたような気もしますが……ダークな脅威が襲ってきても摩耗しないキャラクターが多かったりしますから、こんなモンでしょう。

 今回出てきたクエスト報酬は、DPとは別の扱いでステータスを成長させる手段として設定したものです。
 アイテムなんかも選べて、かなり遊びの幅があります。

 アヤトラのクエスト報酬は、武器か防具か衣服かな~と思って1D6を振ったら衣服。
 そして、適当に作ったリストから3D6で選んだら……アレになっちゃいました。
 別に狙ったわけではありません。女物は3点だけで当たる確率は低めでしたから。

 ちなみに他2点は、巫女装束とスクール水着でした。


 次回からは普通に主人公視点のお話になると思います。
 もしかしたら、所々一人称ではなくなるかもしれませんが、展開はあくまでもゼイロ中心の冒険物ですので、予めご了承ください。

 さあ、どんな酷いシチュエーションに落としてやろうか。
 ランダム転移表の出番です。




[15918] 21  『帝国からの逃避行』 編     
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:0dc719c0
Date: 2011/12/07 21:52


 冒険者とは過酷な職業だ。


 アドベンチャラーやトラブルシューターなどと言えば聞こえは良いが、その実像は遺跡荒らしの何でも屋。命懸けで街や秘境やダンジョンを駆けずり回り、人様のお悩み事を解決しては僅かばかりの日銭と自己満足を得るという、求められる能力に比して割に合わない仕事が多数を占めている。
 危険で不潔で重労働。
 感謝はされるが恨みも買う。
 富と名声を手に入れられる成功者は全体のほんの一分。更に英雄とまで讃えられるような人物は極々少数。強烈な運と実力を兼ね備えた者だけだ。
 それ以外は皆、使い捨てのアウトローに等しい存在である。
 底辺と頂点がここまで極端なピラミッド構造になっている職業も珍しいだろう。

 しかし、故にと言うべきか、冒険者になる者は後を絶たない。
 頂が放つ栄光の光が強ければ強いほど、若者達は夢を抱いて望む。夢破れる者が多ければ多いほどに、挑まんとする強かな者が現れる。
 小さな勇者が、英雄の卵が、後の世の王や指導者達が。
 数え切れないほどの屍と脱落者で満たされた道の果てに、物語として謳われる。
 そうして紡がれた物語の数々が、次の世代を冒険へと導く原動力となる。
 冒険者の社会は、そのような形で新たな息吹を興し、巡り続けているのである。

 もし、彼らの存在が消えるとすれば、それはアリュークスから未知と危険が完全に失われた時の事だろう。

 つまり、世界が滅ぶか知的生命体が根絶やしにされるまで、熱意ある若者が消費され続けるというわけだ。

 どうしようもない世の無常と言ってしまえばそれまでだが、冒険者というやつは特にその消費の幅が広くて酷くて非常識すぎるのである。
 この辺の事情を克明に書き記した本でもあれば、未来の英雄候補も少しは数が絞られるのだろうが、残念ながら出版された試しはない。あったとしても需要がないので流行とは無縁の代物だろう。
 冒険譚や叙事詩などといったものは、往々にして甘い夢を見させるように出来ているのだから。
 詐欺や誇張と謗るなかれ。選んだ道は何であれ、踏み出したのなら自己責任。行くか降りるかは自分次第。
 自由の代名詞とも言える冒険者を名乗るのなら、そのくらいの覚悟は当然だ。
 行け行け進め。恐れを捨てよ。

 そういうわけで今日もまた、アリュークスの片隅で未来ある若き冒険者達が消費され続けるのであった。


 無論、この場合の消費とは〝死〟を意味する言葉に他ならない。
 そして消費の幅とは、バリエーションに富んだ彼らの死に方、殺され方の事である。

 冒険者とは本当に過酷で理不尽な職業なのだ。










 鉄鍋が振られる度に水と油が跳ね、食欲をそそる色合いがアーチを描く。
 表面張力が働く寸前にまで湛えられた大鍋の中身が踊り、石造りの天井に香り高き湯気を昇らせる。
 溝一杯に敷き詰められた木炭の上では数十本の鉄串が整然と並べられ、旨味たっぷりの豊潤な肉汁を垂らさんと燻っている。
 漂い渦巻き鼻腔をくすぐる、肉と野菜と香辛料の芳しさ。
 
 忙しない空気に包まれた厨房の中でティーナは独り、臓腑を裏返すような気分の悪さと戦っていた。
 エルフらしい細く整った顔を歪め、尖った耳を塞ぎ、固く目を瞑り、吐き気と嗚咽と涙を堪える。
 何も見たくない。何も聞きたくない。
 今の彼女に感じ取れるのは厨房を満たす熱気と香りだけだったが、それでも恐怖と絶望は和らぐ事なく振幅を増して心に亀裂を入れていく。
 狂うのが先か、死ぬのが先か。
 限界は間近に迫っていた。


 ティーナはエトラーゼの冒険者である。
 といっても、多くの同胞のようにいきなりアリュークスに放り出されたわけではない。真っ当な命の営みに則って生まれ変わりを果たした彼女は、家族を持つ〝輪廻転生型〟のエトラーゼだった。
 冒険者となった理由は退屈を紛らわすため。
 大人達の制止を振り切って、成人を迎えるずっと前に旅立った。
 平和で穏やかな森に住まうエルフの村の娘として生まれたまでは良かったのだが、その余りにも緩やかな時の流れに耐えられなかったのである。
 エルフの寿命はおよそ一千年。
 そんな長い一生を森の中の集落で終えるなど、地球人の感性を持った少女には到底不可能な事だったのだ。

 そうして訪れた街々で同じように刺激を求めて故郷を飛び出したエトラーゼの若者達と出会い、冒険者ギルドに加入し、正式にパーティーを組み、身の丈に合ったクエストをこなしてきた。
 スリルと興奮に満ちた自由を謳歌し、思う存分に楽しんだ。
 アイテム収納能力とステータスに関わる様々な恩恵を授かっているエトラーゼにとって、荒事探索何でもござれの冒険者稼業はまさに天職。ティーナと仲間達は常人の数倍のペースで成長を重ね、一年と経たぬ内に有望な若手として多少の評判を得るまでになっていた。
 好調な滑り出しである。
 いつかは壁にぶつかるのだとしても、当分は先の事だろう。自分達ならきっと乗り越えられる。
 若さ故の傲慢か。根拠もなく、そんな風に信じていた。

 今思い返すと、ゲームをプレイするような感覚で過ごしていたような気がする。
 まだまだレベルが低いから簡単なクエストにしよう。この依頼はそろそろ大丈夫だろう。どの技能を上げようか。新しい特技と魔法も覚えたし、ゴブリン程度の邪妖族なら問題ないはずだ。
 限られた物事をデータ的に観測できるというだけなのに、自分達で勝手に現実を矮小化してしまっていた。
 特別な力を持った選ばれた存在だと、心の何処かで優越感に浸っていたのだ。

 ……なんて愚かで、浅はかな思い込み。
 慎重に行動していたつもりが、この様だ。後悔してもしきれるものではない。

 もっと盗賊系の技能を上げておけば、もっと情報収集に励んでおけば、もっと使える魔法を覚えておけば……。
 いいや、そもそもこの依頼を受けたこと自体が間違いだったのだ。
 遠出なんてするもんじゃない。自分は最初から反対していたのに。田舎は嫌いだと言ったのに。それをそれを、馬鹿でがさつな男共が一丁前にヒーロー願望なんて発揮するから悪いのだ。女にモテたいのならもっと普段から──。

「ひぅ!?」

 現実逃避を断ち切る衝撃に悲鳴を上げて縮こまるティーナ。
 どうやら目を開けろとのお達しらしい。檻を叩く手は恐怖を押し退けてゴブリンという種族に対する嫌悪感を想起させるほどにせっかちで乱暴でしつこかった。
 何なのよ、っもう!
 苛立ちに任せて敵意の眼差しを向ける。

「っ!? うぇぇっぷ!!」

 吐いた。
 堪えきれずに吐いてしまった。
 これで今日何度目の嘔吐だろうか? 絞り出される胃液よりも唾液の方が多くなってきたような気がする。そろそろストレス性の何とやらで鮮血が加わりそうだ。



 ◆ オーキナスの肉詰め ヒト族の断末魔風

  詳細: 人の頭大の大きさを誇るオーキナスの肉詰めに、丁寧に剥いだヒューマノイドの
       顔の皮を被せて飾り付けた、ゴブリン料理の代表格。
       ナスの中の挽肉には大量の唐辛子とニンニクが混ぜ合わされており、非常にスパイシー。
       強い味を好む邪妖族にはお薦めの一皿である。

        基本取引価格: 52 グローツ



 ゴブリン達が掲げる大皿の中身から、首を痛めんばかりの勢いで顔を背ける。
 おぞましい料理に用いられた材料は四人分。どれも共に冒険をしていた仲間達のモノである。残りの部分はは串焼きや炒め物やシチューの具材にされてしまったのだろう。
 つい二日前まで無駄に元気だと思っていた面々の、世にも無惨な成れの果てであった。
 苦しみ喘ぐ声なき声がエルフの少女の心を蝕む。

「もういい加減にしてぇぇぇ!!」

 こちらの反応に満足したのか、下卑た笑い声を上げながら次の盛り付けへと取り掛かるゴブリン達。
 ティーナは半狂乱一歩手前の心境で自慢の金髪を掻きむしった。

 嫌がらせの範疇を遙かに超えた冒涜的な虐待行為。こういう事を楽しんでやれる神経を持っているから、連中は一緒くたに邪妖族(ジャランダラ)などと呼ばれているのだ。
 ゴブリン、オーク、バグベア、オーガ、ブルベガー。その他諸々盛り沢山の悪逆の種族共。
 どいつもこいつも邪神の手先だ。不倶戴天の敵だ。人食いの化け物だ。
 許せるものではない。
 しかし、もはや自分には抗う力も怒る気力も残されていない。

 捕らえられた時点で裸にされたので装備品は行方不明。アイテム欄にもロクな物がない。
 クラスが《シャーマン/フレイムメイジ》という魔法に偏ったタイプだったため、肉体に依存する特技の方はさっぱりだ。



 ◆ 魔封じの檻 〈Dグレード〉〈一人用〉

  詳細: 閉じ込めた対象の魔法を封じる鉄製の檻。
       鳥籠のようなデザインの頂点部分にある台座にはマナを打ち消すための霊石と、
       それを補助するための術式が刻み込まれている。

        防護点:20  耐久度:300/300
        鍵開け目標達成値: 20
        基本取引価格: 6000 グローツ



 得意の魔法も、この忌々しい檻のおかげで絶賛封印中。
 どう考えてもお手上げである。今の自分は訪れる最期に怯えるだけの無力な少女に過ぎなかった。
 邪妖族にしてみれば、格好の玩具兼食材である。



 ◆ オーク チーフ(コック)  LV 8 〈動物界 獣人目 邪妖族〉〈サイズ M〉

   HP 140/140 MP 50/50 CP 95/95
   STR 32 END 28 DEX 13 AGI 14 WIL 10 INT 10
   最大移動力 82 戦闘速度 108
   通常攻撃 叩き 5D6+1  包丁 斬り 7D6+2  牙 叩き 5D6
   防護点: 7(基本+3 特技+2 装備+2) 叩き+2
   特殊能力: 戦う料理人 (調理場と見なされる場所で行うあらゆる判定にボーナス)

  詳細: 小部隊を率いる下士官的な役割を担うオークの戦士。
       並みのオークよりも優れた知恵と力を有しており、一芸に秀でた者も多い。



 腹の肉を揺らしながら、この陰惨な厨房の責任者が近付いてくる。
 2メートル近い筋肉質の肥満体に豚の頭と卑しさが付いた邪妖族──オークの料理長だ。
 赤黒い返り血がこびり付いた調理服姿は、その圧力たっぷりの体格や右手に引っ提げた凶悪な肉切り包丁などの要素が相まって、馬鹿げたホラー映画に出てくる殺人鬼のようだった。
 そして最悪な事に、本物の殺人鬼であり食人鬼でもある。
 特等席で仲間の解体と調理の手順の見せつけられたティーナにとっては、最も激しい恐怖と憎悪の対象だ。

「ゴフッゴフッフッ!」
「よよよ、涎くらい拭きなさいよ!」

 荒い息遣いと共に見下ろされると、勝手に涙が滲んでくる。

「めーいんでっしゅ! めーいんでっしゅ!」

 恐らくメインディッシュと言いたいのだろう。豚のコックさんは大層興奮した様子でティーナの入った鳥籠状の檻を持ち上げた。
 ゆらゆらと揺られて向かう先は厨房の奥。煮えたぎった大鍋の中よりも遙かに熱い、油で満たされた地獄の釜。人間の五人くらいは楽に沈められそうな、特大のバスタブを思わせるフライヤーの真ん前だ。
 ここまで来ると調理器具ではなく、メチャクチャ悪趣味な処刑装置と言った方がいいかもしれない。

「エルフ! エルフの姿揚げ!」

 自らの運命を告げる頭悪そうなセリフに、ティーナの意思は決壊した。
 あらん限りの声を上げ、手の痛みなどお構いなしに何度も何度も格子を叩く。泣く。喚く。発動しないと分かりきっていた魔法を使い続け、無為にMPを消費する。
 抵抗とすら呼べない必死の有り様は、折檻を嫌がる聞き分けのない幼児のような不格好さ。逃避のための逃避。完全な自暴自棄の行動であった。
 ゴブリンの料理人共がけたたましく笑う。
 檻の中の食材が暴れるのが、そんなにも面白いのだろうか? いっそのことMPを使い切って気絶してしまおうか? そうすれば笑われもしない。苦しみもしない。
 そうだ。それが一番良い。
 最後に残った理性の欠片が甘く囁く。
 他に縋れるものはない。ティーナは諦観の息をついた。
 震える唇に無理を利かせ、命を手放すための詠唱に入る。



「……なに?」

 その異変に気付いたのは、意識を失う寸前までMPを消費してからの事だった。
 ゴブリン達の笑い声とオークの鼻息が収まったのを不思議に思って檻の外に目を向けると、天井付近の空間に黒い渦のような暗がりが発生していたのである。
 魔導学に明るい者ならば、それが転移系の魔法によるものだと理解できたのであろうが……生憎と言うべきか、すでに料理されてしまっている。何も知らないエルフと邪妖族は未知の怪現象を前に呆然と立ち竦む事しかできなかった。

『…………!』

 更に渦から吐き出されるようにして現れた小さな人影に驚愕し、息を呑む。

「…………え?」

 そしてそのまま、フライヤーに真っ逆さま。


「はんぎゃああああァァァ────ッッ!?!!」


 小気味良く弾ける音と共に猛烈な勢いで水分が蒸発し、生臭くも香ばしい煙が上がる。

「あばばばばあばあぶぶぶぶあちあぢあぢあち熱っいいいぃぃぃ!!!!」

 200度以上の油にどっぷりと浸かって悶える人影の正体は、まだ年端もいかないヒューマノイドの子供だった。

 年齢は8、レベルは3、クラスはバーサーカー。
 でもって名前はゼイロドアレク。
 自分と同じエトラーゼだ。

 人間以外の種族だから〝転移型〟ではない。投棄に近い形でアリュークスに生み落とされる〝突発転生型〟の方だろう。登場の仕方から察するに、今生まれたばかりなのかもしれない。
 スタート直後に揚げ物の仲間入り。何が何だか分からないままにひたすら苦しんで死ぬ。哀れなほどに運のない少年である。
 死後の称号は〝フライド・ボーイ〟とか〝丸揚げ小僧〟とかいった酷いものになるのだろうか。
 冒険者としての習慣から素早く彼のステータスを観察したティーナは、そんな感じの束の間の同情に囚われた。

「うがああああああッチクショォォめぇぇ──ッッ!!」

 ──から、大騒ぎしながら這い出してきた時には心底驚いた。
 ただフライヤーに放り込まれたのとはわけが違う。彼は上下左右の判別も付かない状態で、いきなり全身を揚げられる羽目になったのだ。
 その時点で失明は確実。皮膚と共に粘膜も食道も気管も焼け爛れて、地獄の苦しみを味わっていたはず。
 なのに、この少年は邪妖族共が事態を把握して動くよりも早く脱出を果たしたのである。
 並みの人間では例え百回やり直しが利いたとしても不可能だろう。戦慄に値する忍耐力と判断力の持ち主であった。

「また台無しかよ、クソッタレ!」

 熱い油が染み込んでドロドロになった服を破り、靴を脱ぎ捨て、ゼイロドアレクが悪態をつく。
 皮が剥がれ、飴色に焦げた肉が露出した幼い裸体は思わず目を背けたくなるほど凄惨で、しかし不思議と頼もしい。
 厨房を睥睨する力強い眼差しのせいだろうか? 咄嗟に庇ったらしい両目の部分だけが怒りを湛えて煌めいていた。
 あんな一瞬の内に、よくもまあそんな事ができたものである。

「言葉が通じる奴は居るか? 地球の言語なら何でもいいぞ。……無理か。無理だな。お前らとは気が合いそうにない」

 慌てた様子で自らを囲み始めたゴブリン達にゼイロドアレク──ゼイロは、大仰に頭を振って敵対の意を顕わにした。
 彼に邪妖族の知識があるかどうかは怪しいが、少なくとも会話が成立するような状況ではないと悟ってはくれたようだ。

 最初は戸惑っていたゴブリン達も相手が半死半生の小僧に過ぎないと見たのか、包丁を構えて嘲り調子に間合いを詰めていく。
 絵の具をぶちまけたみたいな濁りきった緑色の顔にあるのは残忍な欲望だけ。人間の美的感覚とそぐわない造形を抜きにしても見るに堪えない、魂の醜悪さが浮き彫りになっていた。

「あったらしいの! あったらしいの! 子供は生! 生で絞って活け作り!」

 オークの料理長も新しい獲物に大喜び。抱えていた檻を放り捨て、

「きゃぅわわわわ!?」

 自慢の凶悪ギロチン包丁を握り締める。
 横倒しの形で石畳の床に転がされたティーナは、邪妖族と対峙するエトラーゼの少年に無言のエールを送った。

 普通なら逃げる場面だけど、勇気を奮って戦って。皆殺しにして。
 わたしを助けて! 頑張って!

 何とも手前勝手なお願いだが、声に出さないだけ自制できた方だろう。何しろ彼がやられてしまったら今度こそ正真正銘の最期。フライヤーでカラッと溺れ死ぬしかないのだから。藁にもすがる必死の心境なのである。
 嬲り殺しにされると分かっていても、祈らずにはいられない。

 ああ、でも、やっぱり絶望的……。

 ゴブリンは邪妖族の中で最も数が多い種族の一つで、背丈も力も人間の子供並みだが集団で獲物に襲い掛かる戦法を得意とする。暴力に飢えているくせに相手がか弱い女子供か老人か、頭数で優っているかでないと積極的に戦おうとしない、性根の腐った連中だ。

 オークは豚や猪に似た顔を持つ邪妖族で、背丈こそ人間の成人男性とさして変わりないが、その厚みや四肢の太さは倍以上。獰猛かつ貪欲な気性の持ち主で、およそほとんどの個体が最低の乱暴者だ。

 どちらも転生したばかりの元地球人には恐るべき脅威と言えるだろう。
 特にオークが不味い。ただでさえ低いステータスに5レベルもの差は致命的だ。

 そう、ゼイロのステータスは低いのである。
 バーサーカーらしくHPとSTRは水準以上だが、それ以外が酷すぎる。
 一番高い戦闘技能が《長柄武器》の31.0(+10)で駆け出し冒険者並み。残りは実戦レベル未満ばかりな上に、武器防具無しの素っ裸。
 そんな状態で《格闘》なし《体術》なし。
 一番大事な《回避》だけは習得していたが、なんとたったの3.7。
 田舎の村のやんちゃ坊主でも10.0くらいは普通にあるという事を考えれば、この熟練度はもはや悪夢に等しい。
 恵まれた特性も所詮は将来の可能性というやつでしかない。現時点での有用性は雀の涙ほど。こんな所とあんな全身大火傷で【美形】が何の役に立つ? ぶっ殺されてお終いだ。
 頼みの綱は【激怒】と【咆哮】の二つの特技だが、あの技能の低さで使いこなせるとは思えない。

 アリュークスの戦いは修めた特技と魔法を如何に活用するかで決まる。求められるのは位置取りや立ち回りの巧さ、度胸や平常心といった闘争のセンス。それらを補うための戦闘技能の数と熟練度なのである。
 ゼイロの精神力は恐らく大したものなのだろうとは思うが、ステータスに依らない、即ち数値化されていない〝強さ〟という幻想が通用するほど世界は甘く出来ていない。
 結局はレベルだ。技能だ。特技だ魔法だ特性だ。
 弱肉強食が世の習い。強い者が勝つ。より強いステータスを持つ者が勝つ。
 それがティーナの、ステータスを認識できるエトラーゼの常識であった。

 しかし、時として例外は存在する。
 平気な顔して常識を覆す、とんでもない例外が。
 だからといって別にズバ抜けた力を誇る種族というわけではない。ほぼ同じ人型種族、元は同じ惑星の住人、同じ理の中に居る者だ。
 自分達とさして変わりない、形を備えた生き物なのだ。
 ……にも関わらず、通常の物差しでは測れない。

「何だ、くれるのか?」

 故に例外。故に尚更、彼という存在は凄まじく映った。
 一見無造作とも取れる仕草で突き出された包丁の切っ先を摘み、引き込み、スナップの利いた拳を繰り出すゼイロ。
 不意の一撃に顎を打ち抜かれたゴブリンは膝を震わせ、

「ありがとよ」

 抵抗する間もなくフライヤーの中へ。

「ホキャ!? ホギャアアアアアッ!!!」

 放り込んだゼイロの動きは欠伸でもするかのような緩慢さに満ちていた。
 清々しいまでの自然体だ。
 敵意も緊張もない。認識の内にあるはずなのに今一つ危機感が湧いてこない。
 おかげで彼の凶行を目の当たりにしたはずの邪妖族達も、観察者の視点で見ていたはずの自分も、絶叫するゴブリンの方を注目してしまう。
 生理現象に近い、ほんの僅かな意識の空白。
 気を取り直した時にはもう、六匹居たゴブリンが一匹になっていた。
 フライヤーで泡立っている最初の犠牲者から奪い取られた包丁が、余所見している間抜け共の喉を通っていった結果である。
 手際が良いなんてもんじゃあない。良すぎる。異常だ。どうかしている。

「ギャギャッ?!!」

 逃げようとしたゴブリンの口に刃をねじ込む少年の姿は、泣くな喚くなとくと味わえと言わんばかりの冷酷無慈悲ぶり。望んだ通りに進展する事態とは裏腹にティーナの心胆は冷える一方であった。

「こら! オマエ、ゴブリン不味いのに殺すな! 臭い血掛かると風味が落ちる!!」

 最後に残ったオークが仲間意識の欠片もないセリフを吐いて突進する。
 頭が鈍いのか、それとも恐れを知らないのか、厨房を支配していた料理長の迫力も今となっては滑稽なだけだった。
 あの子の方が、よっぽど怖い。

「いでぇあっ!?」

 危なげなく投擲された包丁が豚頭の右目を奪い、絶好のタイミングで落とされた布きれが足下を掬う。
 油に塗れた布きれの正体はゼイロが着ていた服の残骸だ。必死に破り捨てたように見せかけて、ちゃっかりとアイテム欄に収納していたらしい。
 最初からこの展開を予期して仕込んでいたのだとしたら、化け物じみた抜け目のなさである。
 とどめに至ってもそう。抜け目なく鮮やか。
 ゼイロドアレクは後頭部を打って大の字になったオークに悠々と歩み寄り、

「フゴッ……ッ!!」

 右目に刺さった包丁の柄に足を乗せ、一息に踏み締めた。
 痙攣する巨体にはまだまだHPが残っていたが、脳を潰されるというような即死攻撃に対しては何の目安にもならない。生命活動が完全に停止すると同時に消えてしまう。
 ただの死体にステータス情報なんて高尚なものは存在しないのだ。

 とにかく、これで助かった。
 ……そう思いたい。
 利用者全滅で静まり返った厨房に、煮炊きの音と二人のエトラーゼの息遣いが響く。
 どういう風に声を掛けるべきかと悩んだティーナだったが、メイン食材が丸分かりな悪趣味料理の数々に呆れたような呻きを洩らすゼイロを見て、普通にお礼を言う事にした。
 人間らしい彼のリアクションに安堵と共感を覚えたのである。

「あ、あの、ありがとうございます。あなたが来て……って、何してんのぉぉ!?」
「んー?」

 だが、そんなものは一瞬で吹き飛んでしまった。
 なんとこのガキ、よりにもよってシチューの味見なんぞしてやがるのだ。人間のデリケートな部分が沢山浮かんでいる、あのクソッタレなシチューの!

「単なる異文化への好奇心だよ。ふむ、間に挟んだハラペーニョっぽいのがいけるな」

 しかも串焼きにまで手を付けてるし、棚や壷を引っ掻き回して調味料や食材を漁ってるし、いつの間にかテーブルに置かれていた〝オーキナスの肉詰め〟がなくなってるしで、夢か幻か疑わしくなってきた。
 もう手癖が悪いなんてもんじゃあない。悪すぎる。異常異常、やっぱり異常。どうかしすぎて困っちゃう。
 この子、絶対頭がおかしい!

「やめなさい! やめなさいったら、バカバカバカバカッ!! 妖怪フライド小僧!!」

 気が付くと全力で非難の声をぶつけていた。
 邪妖族相手には何も言えなかったのに、我ながらよく分からない心境の変化である。

「あんたは英語が分かるみたいだけど、ご同輩……じゃなくて、エトラーゼか?」

 初めて合わせたゼイロの眼は思っていたよりもずっと知性的で、落ち着いた色をしていた。
 ……なによ、INT 4のくせに。

「そうよ! そして、あなたが口にしてるのもね! 全員同じ元地球人! ほんっと信じられないわ!!」
「知り合いだったのか?」
「仲間よ! パーティーの仲間! わたし達、冒険者だったの!」

 そこから先は簡単な自己紹介と状況説明。
 沸々と興る胸の内を早口で、ヒステリックに捲し立てた。

 自分達が冒険者と呼ばれる傭兵的な何でも屋であること。
 故郷の森を遠く離れて、大陸一の版図を誇るレドゥン帝国にまでやって来たこと。
 帝都に拠点を移したのはつい最近で、それまでは比較的治安の良い地方都市で活動していたこと。
 今回の依頼はギルドからの指名を受けてのものであったこと。
 とある森の砦に巣くう邪妖族共を退治してほしいというオーソドックスな内容から、いわゆる試金石なのだろうと思い、二つ返事で引き受けたこと。

「て、敵はゴブリンがほとんどで、オークも数が少ないってブラッドが言うから……り、リーダーが、正面から攻めようなんて……うう~~っ!」

 そして、敢えなく捕らえられたこと。
 前半こそ八つ当たり気味の言葉を吐き出していたが、後半は涙混じりの告白となっていた。
 ここまで来ると嫌でも分かる。
 自分はゼイロに文句を付けたかったのではない。ストレスの捌け口を求めていただけなのだと。

「そのブラッドってのは《ローグ/アーチャー》だったっけ? そいつも料理されちまったのか?」

「ううん、一人で逃げちゃったの。罠も全部解除したって言ってたのに、全然ダメだったしぃぃ!
 だから、ローグじゃなくてシーフにするかアーチャーやめてシーフ取るかしとけば……っもぉぉぉ! ほんと最悪っ! 見つけたら絶対殴る!!」

 8歳児の誘導に従って少しずつ平静を取り戻していく、エルフの少女38歳。
 前世と合わせりゃ50過ぎ。
 情けない事この上ないが、今更取り繕うような余裕もない。吹っ切れたティーナは込み上げるがままに愚痴話を垂れ流した。

「……なるほど。しかし、動機が分からんな。お前ら、ブラッドと仲悪かったのか? 人から恨みを買うような仕事をした憶えは?」

「失礼ね。うちのパーティーは評判第一主義だったのよ。恨まれるようなことなんてしてないわ。
 ブラッドとの仲も……うん、普通だったし。でも、あいつ、ゲイだったかもしれない。それかエルフ嫌い」

「はあ?」
「だって、一度もわたしにアプローチ掛けてきたことないんだもの」
「あー、他のお仲間からはきちんと口説かれてたってわけだ。男所帯の紅一点にゃありがちな事だぁね」
「何だか腹の立つ言い方だけど……はい? えーと、なに? ブラッドがどうかしたの?」

 そうやって言葉を交わす内に、混乱していた思考が疑念の渦を巻いていく。今ならどんな穴だらけの推論でも信じてしまうかもしれない。
 何かしらの答えが、弱った心を慰めるための理由が欲しかった。

「さあな。それより、あんた魔法が使えるんだろ? この火傷を治せるようなのはねえのか? いい加減、痒くて堪らん」

 だが、ゼイロは答えてくれなかった。
 無意識に向けられたティーナの縋るような視線をあっさりと流して、自らの不調をアピールする。
 確かに、彼にとってはそちらの方が遙かに切実な問題であろう。そこらの動く死体よりも見るに堪えない状態なのだ。きっと気が狂わんばかりの苦痛に苛まれているに違いない。
 想像するだけで酸っぱい表情になってしまう。

「あるにはある、けど……」

 脳裏に描かれた我が身の姿揚げを塗り潰しながら呟くティーナ。事故とはいえ結果的に身代わりになってもらったのだ。治療のための協力を惜しむつもりはなかった。
 自分が使える唯一の回復魔法について考えを巡らせる。



 ◆ 魔法 【大地の癒やしLv3】 〈低 難易度〉 〈地霊術系〉 〈回復系〉

    MPを消費して地の精霊に働き掛ける事で、対象の自然治癒力を増幅させる魔法です。
    体力が回復し、傷もある程度までなら治りますが、
    部位欠損や内臓器官への損傷などの自然治癒が困難な負傷に対しては微々たる効果しかありません。

     対象の傷を癒す(小)。 対象に鎮痛効果(小)。 対象に鎮静効果(小)。
     対象のHPを 3D6+(《地霊術》技能熟練度÷8) 点回復させる。

     基本消費量  MP 12
     有効対象  1体のみ(使用者を含む)
     有効射程  (《地霊術》技能熟練度÷10)×魔法Lv メートル
     効果範囲  対象の肉体にのみ影響
     効果時間  一瞬



 ……気休めにしかならないわね。
 彼女が操れる魔法は《火霊術》と《地霊術》の二系統。攻防に優れてはいるものの、どちらも癒しには不向きな属性だ。回復魔法を主体とした《水霊術》や《神霊術》の使い手には遠く及ばない。命に関わる重傷に対しては痛み止めか応急処置程度の効果がせいぜいといったところだろう。

 でも、使わずにいるよりかは断然マシだし、他に手もないみたいだし。って、MP足りないし。わたしまだ檻の中じゃないの!?
 と、とりあえず出してもらわないと。

「分かった。無理しなくていい。自分で治す」
「あ、うん。……あれー?」

 そう思い立った瞬間の、出鼻を挫く時間切れ宣言。ゼイロの右手にリフレッシュストーンが現れる。
 はっきりとした返事もせずに唸ってばかりいたのだから当然とはいえ、8歳児から溜息混じりに告げられるのは中々きついものがあった。

「節約したかったんだがな」

 更に微かな独り言が追い打ちとなって二重の衝撃。人間より聴覚の鋭いエルフ耳も時と場合によりけりである。

 ……基本取引価格が、100万グローツだったかしら?
 日本円にしておよそ一億円。それが希少な回復アイテムであるリフレッシュストーンのお値段だ。一回きりの消耗品にしてはバカ高いが、あらゆる負傷と状態異常を完全に治療するための代金だと思えば妥当な価格設定ではなかろうか。
 いや、むしろ安すぎるくらいかもしれない。
 本来なら最高位の治療術士にしか成し得ない奇跡の業なのだから。金で買えるだけ有り難いというものであろう。
 もちろん、ティーナ達のような脱新米したばかりの冒険者が購入できるアイテムではない。
 ゼイロが所持していたのは、生まれる前に振った賽の目が走ったからだろう。
 エトラーゼの初期アイテムはダイスロールの結果で決まる。要するに運次第というわけだ。
 ……いいなー。
 期待に胸を膨らませて開いたアイテム欄に石ころやロープしか入っていなかった身としては、真にもって羨ましい限り。
 ステータスは低いが、アイテム運は間違いなく良い。

「それ、もしかしてアーティファクト?」
「知らん。便利だから使ってる。飲むか?」

 ゼイロの右手で香り高い中身を垂らし続ける〝豊穣神の永遠のボトル〟を見て、ティーナは確信に近い思いを抱いた。
 それにしても神の祝福を受けたアイテムをボディソープ代わりに用いるとは、大胆不敵な小僧である。

「お酒よりも自由が欲しいんだけど」
「鍵ならないぞ」
「うそっ!?」

 こちらの声に肩を竦めて邪妖族の死体を示すゼイロ。
 連中は持っていなかったという事だろう。整いかけていた鼓動がまた恐々とし始める。

「捜してきてくれたりなんかは……?」
「する理由がないな。危険を冒す余裕もない」

 当然の答えだ。けれど、見捨てられる方は堪ったもんじゃない。何としても引き留めなければ。

「わ、わ──」
「わ?」
「わ、わたしを好きにしてもいいのよ?」
「そっか。じゃあ早速、竈の火にでも掛けさせてもらおうかね」
「えー!? 待って待って待ってったら! 何でそうなるの──ッ!?」

 咄嗟に思い付いた渾身の申し出は、いとも容易くはね除けられた。

「つまらん冗談を言って時間を無駄にするからだ。どうすれば俺がお前を助けようなんて馬鹿な気紛れを起こすのか。もっと無い知恵絞って考えろ」
「考えろって言ったって……。エルフ嫌いなの? 【美形】と【美声】で凄い好印象だと思うんだけど」

 やや自意識過剰な発言だが、実際にティーナは見目麗しい少女である。
 こんな最悪な状態でも万全の張りと艶が保たれた白い肌、控えめな輝きを失わない金の髪。類い希なパーツが高次元で整った目鼻立ちに、老若男女の垣根を越えて胸を打つ妖精族特有の奥ゆかしさと、特性のおかげもあって美人揃いの故郷の森でも一、二を争うほどだったのだ。
 冒険者になってからは何処に行っても賛辞の的でアイドル扱い。自分より美しいと思える相手は片手の指で数えられるくらいしか居なかった。

「手入れしなきゃ劣化するし、しても年々衰えていく。そんなデリケートな財産に興味はねえよ」

 なのに、この模様付きのお子様は何も感じないと言う。

「エルフの寿命は千年で、死ぬまでずっと若いまんまよ」
「ほほう? だとすると、資産価値が随分と変わってくるな。まあ、どっちにしろ世話するのが面倒だからいらねえけど」

 火傷の癒えた顔は強い意思によって覆われており、およそ色欲とは無縁な存在であるかのように見えた。
 綺麗なくせして子供っぽい愛らしさなどは欠片もない。怪物的な迫力を秘めた黒紫の瞳と相まって、その印象はとても不気味で鮮烈なものだった。

「世話してなんて言ってないでしょ。好きにしていいって言──っ!?」

 軽く睨まれただけで、言葉が喉に詰まってしまう。

 それ以上無駄口を叩いたら殺す。納得できる代価を提示しなければ殺す。置いていくだけだと自分という侵入者の存在を洩らす恐れがあるから、念のために殺す。ちゃんと殺す。

 この子、本気でそう思ってるし!?
 時として眼は口よりも雄弁に物を語る。ゼイロの視線から発せられる意に当てられたティーナは、余り豊かではない知恵と勇気を振り絞るために大きく酸素を取り込んだ。

「てて、て、転生したばかりで色々と不便ですよね? ですから、アリュークスの共通語を教えます。当面の通訳とガイドも務めます」
「他には?」
「ほかっ!? 他には……お金……はそんなに、でも……あっ! ありますあります! クエスト報酬です!」

 鬼め悪魔めと罵りたい気持ちを抑え、乾ききった舌を動かす。

「クエスト報酬?」

「多分、エトラーゼだけの特典だと思うんですけど、依頼をこなしたりするとメッセージが出てくるんですよ。
 クエストを達成したから報酬を選んでくださいって。で、選ぶともらえるんです。
 ステータスを上昇させるボーナスポイントとか、各種アイテムとかが……その、ゲームみたいに」

 何とも拙い説明だったが、本当にゲームみたいにと言うしかないから困る。
 ギルドの依頼、ダンジョンの探索、モンスター討伐といった危険を伴う何らかの事件を解決した際に発生する、クエスト報酬なる贈り物。その正体や出所に関しては様々な憶測が飛び交っているが、ティーナは単純に神様からのご褒美だと思う事にしていた。
 そもそもステータスなんてふざけたデータを弄くれる自分達の成り立ちからして不明奇っ怪、摩訶不思議。いくら頭を捻ったところで答えが得られるような現象ではないのである。
 一々疑問を挟んでいたらエトラーゼはやってられない。

 ここはアリュークス。魔法があって魔物が居て、神に祈りが届く場所。
 科学的論拠に基づく地球とは根本からして異なる、理不尽だらけの世界なのだ。

「一般的にクエストが困難あればあるほど、より良いアイテムと多くのポイントがもらえる仕組みになっています。
 クエストの難易度はですね……あー、クリア時のメッセージに難易度を表してるっぽい部分があるんですよ。
 ムカツクくらい適当で曖昧ですけど、他の目安がないもんですから、みんな自分なりの経験則で測ってますね」

 健やかに生きていくためには、そういうものだと割り切って利用する図太い神経が求められるのである。

「なるほど、『無謀という言葉すら生温い』ってのは、そういう意味か。確かに曖昧だな」
「え?」
「ん?」
「もしかして、もうクリア経験が?」
「まあな。初めて報酬を受け取る後輩に何かアドバイスはあるかい?」

「最初の内は上げたいステータスを重点的に選ぶのがオススメですね。アイテムはランダム要素が強いせいでハズレが来ることもありますから」

 そんなわけで、助言を求められてもこの程度の事しか教えられない。

「……要するに経験あるのみってわけか」
「はい。……えーと、はい。ごめんなさい」

 続きを促す仏頂面に若干の媚びと憂いを込めた態度で返して縮こまる。
 端っから考察や推考を投げている自分のような感覚頼りの適当人間には、いささか荷が重すぎるやり取りだった。

「謝罪はいらん。統計が取れるようなもんでもねえだろうしな」
「は、はい」
「あと、敬語も必要ねえぞ」

 だから──というわけでもないのだが、表情を緩ませて言うゼイロには驚かされた。

「物は試しだ。お前さんが言うクエストってのを受けてみようじゃねえか。手を貸してやる」

 少しだけ和らいだ印象と明らかに軽くなった空気も手伝って、先程までの背筋を凍らせていた怖ろしさ以上の頼もしさを感じてしまう。
 歳もレベルも自分の方が上なのに。今更ながら威厳も何もあったもんじゃない。
 情けない恥ずかしい腹立たしい。

「俺の事はゼイロって呼んでくれ。そっちもティーナで構わないか?」
「ええ、いいわよ。……ゼ、ゼイロ。ありがとう」

 けれども何故か、それ以上に楽しかったり。
 ……ひょっとして吊り橋効果?
 そうだとしても、邪妖族並みに凶悪だと思っていたカニバル小僧の事が、たったの十数分で頼りがいのある美少年に見えてしまうというのはどうなんだろうか?
 いや、美少年なのは間違いないのだ。何といっても【美形】である。雰囲気も年下とは思えないくらいに重厚で、研ぎ澄まされたナイフよりも遙かに鋭く煌めかしい。
 特に今の、檻の鍵を観察する真剣な眼差しを向けられたら、心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥ってしまう事だろう。

「随分と久しぶりだが、まあ何とかなるか」

 先を曲げた二本の鉄串でもってピッキングを試みるゼイロ。その様子を潤んだ瞳で眺めるティーナ。
 基本お気楽なエルフの少女の頭の中では、今後に関しての猛烈な不安と刺激的な出会いをもたらしてくれた運命に対する微妙な後ろめたさが渦巻いていた。
 助かったのは自分だけ。いち早く最期を迎えた仲間達は本当に運が悪かったと言うしかない。
 宿に残した荷物はどうしようか? 死亡届はギルドに報告するだけでいいのだろうか? 遺骨は丁寧に砕かれて出汁にされてしまったが、墓は作るべきなのだろうか?
 悲しみと共に湧いてくる煩わしさを払いやり、心からの冥福を祈る。
 雑念たっぷりの内面とは裏腹に、手を組んで目を閉じるティーナの姿は神殿を飾る彫刻のように清らかなものだった。綺麗な女の子は何をやっても様になる。特性【美形】の面目躍如たる瞬間だ。

「ほれ開いたぞ。遊んでねえでとっとと出ろ」

 もっとも、それで動じない感性の持ち主にとっては鬱陶しいだけなのだろうが。

「別に仲間の死を悼むくらいはいいでしょ」
「ああ、そうかもな。ついでに炒め物にされたお仲間でも召し上がってみるかい? 良い供養になるだろうぜ」
「いぃぃやぁぁっ!? 何でそんなのアイテム欄に入れてんのよ!?」

 改めて思う。

「尋問に使えるかと思ってな。『正直に言わないと、これを食わすぞ』って脅されたら、お前耐えられるか?」

 やっぱり、この子は頭がおかしい。

「無理っ! 絶対無理!!」

 そんな狂児に頼らなくてはならない自分の運は、仲間と比べて一体どれだけマシなのか。


 ……里帰り、しとけばよかったかも。
 断末魔風の肉詰めが載った皿を掲げて朗らかに笑う少年にドン引きしながら、ティーナは平和な故郷で暮らす家族の顔を思い浮かべた。












あとがき

お久しぶりです。
感想欄でかなり心配されていましたが、とりあえず無事です。ご心配をおかけして申し訳ありません。

不定期でしか投稿できない作者ですので、しばらくはこっそり更新していきたいと思っております。







[15918] 22
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:e72afe49
Date: 2012/03/18 15:13


 んーむ、色々と拾ったおかげで持ちきれそうにないな。
 DPを消費するのももったいないし、ここは早速クエスト報酬とやらの世話になるとしようかね。
 《枠数拡大ボーナス》で、アイテム枠を選択だ。



 ◆ クエストの報酬が支払われました。

    アイテムの枠数が 8 増加しました。



 おお、増えた増えた。
 DPにすると22の儲けになるのか。
 ……結構な数だが、あの一連のクソ体験の対価と言われると微妙だな。
 でもまあ、サービスみたいなもんだから文句を付けられる筋合いじゃねえやね。依頼を受けたわけでもないのに報酬が発生してんだし。

「ああ~、なんだかすっごい開放感」

 鳥籠型の檻から這うようにして出てきたティーナは窮屈に折り畳まれていた手足を伸ばし、身体の調子を整えるための準備運動を始めた。
 アイテム欄に予備の衣服を入れてあったらしく、すでに着替えは済ませている。動きやすそうなストレートタイプのトレーニングウェアっぽい格好だ。

 生地はポリエステルとかじゃなくて天然素材なのかね? 靴もゴム底のスニーカーみたいなデザインだけど革と布で出来てるし。妙なところで古臭い……というより、文明レベルに反してファッションが現代的すぎるんだな。
 恐らくはエトラーゼの影響か、こっちの世界じゃ風俗や娯楽なんかの広まりやすい分野が発展してるんだろう。
 持ち込まれた知識と技術に人の手が、生産力が追いついていない。そんな感じのアンバランスさが窺える。
 所詮は服装一つ取ってみての漠然とした感想にすぎないんだけどな。
 確認のためにも早いとこ落ち着いて世の中を見て回りたいねえ。公害が垂れ流しの途上国みたいな有り様になってなきゃあいいんだが。

「ゼイロは着替えないの?」

 無遠慮に尋ねてくるティーナを無視し、通路側の扉に近寄る。
 こっちは姉さんが誂えてくれたトランクスとアンダーシャツだけの、要するに下着姿だ。
 靴下の替えもあるんだがフライにされたせいで肝心のブーツが駄目になっちまったからな。裸足で歩く事にしたんだよ。
 もちろんフォーマルとは言い難いが、パンツ一丁でうろつくガキなんてスラムに行けばいくらでも居るはずだし、そう見苦しいもんでもねえだろう。
 少なくとも全裸よりかは遙かにマシだと断言できる。



 ◆ 鋼鉄製の四角い包丁 『ヒューマンチョッパー』 〈Dグレード〉〈中量級〉

   詳細: 膂力に富んだ者のために鍛えられた重厚な万能包丁。
        たった一本で獲物の解体から調理までもをこなせる、玄人好みの優れ物。
        凶暴な邪妖族の料理人がよく用いているというイメージから、
        このような大型の四角い物は俗に人切り包丁、ギロチン包丁などと呼ばれている。

         ダメージ修正: 突き=叩き +1D6 振り=切り +1D6+2
         ダメージ限界値: 42
         必要能力値: STR 18
         防護点: 14
         耐久度: 479/479
         特殊効果: 〈反応判定-3〉〈対ヒト族+5〉〈調理+10〉〈解体+10〉〈威圧+10〉
         制作者: 名も無きオークの刀鍛冶



 こいつのおかげで印象は最悪だろうけど。

 俺はノックもなしに入ってきた醜い二匹の小人──ゴブリンの背後を取り、豚頭のコックから手に入れたばかりの得物を振りかぶった。
 料理の催促か、騒ぎを聞きつけての様子見か、やって来た理由は知らんが邪魔者でしかないので排除は確定。有り難く試し斬りに使わせてもらうとしようか。
 ティーナと眼を合わせて固まっている延髄へと、力強く刃を振るう。

「よいしょっ」

 手応えは文句なし。あっさりと首が飛んだ。
 もう一匹は不意打ちで呆けていたので素早く返して脳天に。食い込んだ刃はさっくりと頭蓋を通って鼻の下にまで達した。
 うん、よく手入れされている。
 前世で愛用していたマチェットや手斧に近い感覚だな。斬り合いには不向きな形状だが、そこら辺はテクニックでカバーすればいいだけのこと。化け物相手の武器としちゃあ充分な出来映えだ。
 当面はこのギロチン包丁を振り回す事になるだろう。

 この二匹が持ってた短剣は予備にでも……って、錆びまくりじゃねえか。斬った敵を破傷風にするのが目的かっての。
 三流のチンピラだって愛用のナイフは大事にしてるもんだぞ。

「使うか?」
「いらない。そこの包丁を持っていくわ」

 小物は総じて嘗められるのが嫌いだから、見てくれに気を遣うという意味でピカピカにする。俺も実用的な観点からだが、やはりピカピカにする。どっちにしろ最低限のメンテナンスは欠かさないわけだ。
 ……そう考えると、命を預けるはずの得物を錆びさせておくこいつらの感性はよく分からんな。
 種族的な価値観の相違ってやつかね? ゴブリン達の間だと錆の浮いた武器を持つのがトレンドだったりするのかもしれん。
 アレだ。ダメージジーンズとかと同じ理屈だ。ボロボロの使い古した感じが堪らないんだろう、多分。



 ◆ ケタ革のソフトレザーアーマー 〈Fグレード〉〈軽量級〉

   詳細: ゴブリンなどの体格の小さい邪妖族用に作られた薄手の革鎧。
        元々が粗悪な上にろくな手入れもされていない事が多いため、
        中古品であった場合の価値は推して知るべし。
        一般的なヒト族の商店では買取りお断りの品である。

         防護点: 2
         耐久度: 16/35
         特殊効果: 〈反応判定-2〉〈ゴブリンの臭い〉
         制作者: ゴブリンの雌



 この革鎧もあちこち擦り切れてる上に臭そうで、如何にもダメージを受けそうな見た目だしな。
 うん、いらん。
 俺も予備の武器は包丁にしておこう。


「段取りを決めるぞ。マップを見せてくれ」

 ティーナから借りたマップを自分のに写して確認し、頭の中で脱出への道筋を構築する。
 厨房からのルートは大まかに分けて二つ。通路側の扉から砦内部を抜けていくか、勝手口から裏庭に出ていくか。
 前者はマッピングがしっかりしてるから迷う心配はないが、邪妖族とやらの頭数がはっきりしないのが問題だな。最後まで見つからずに行けるなんて保証はねえわけだし、下手すると袋叩きにされかねん。
 後者も砦をぐるっと回って城門に向かう必要があるから、結局は似たような展開になるだろう。連中が集まりきる前に突破できるかどうかだな。時間との勝負になりそうだ。あんまりしつこく追い掛けてこなきゃいいんだが。

「リスクを考えると、どっちもどっちだな」
「でしょうねえ。個人的には装備を取り戻したいから中を通るルートで行きたいんだけど」
「それだと砦中を虱潰しに捜さにゃならん。脱出じゃなくて殲滅になっちまう」
「無理かしら?」

 期待を含んだ口調で小首を傾げてくるティーナを冷めた目で見ながら溜息をつく。
 恵まれた容姿で得してきた奴ってのは無意識におねだりする癖でも付いちまってんのかね? タチの悪い女だぜ。

「お前、俺をターミネーターか何かと勘違いしてないか? できるわきゃねーだろ」

 仮に液体金属製の最新型だったとしてもお断りだ。立ち向かうなんて選択肢は有り得ない。
 砦に居るのが、ついさっき始末した程度の連中ばかりなら別に怖くも何ともねえんだよ。見つけ次第に片っ端からぶっ殺していきゃいいだけの話なんだからな。何匹居ようが確実に制圧できる自信がある。

 できないと思うのは、感じ取ってしまったからだ。
 こっちの世界特有の、危険で理不尽な存在の気配を。
 正体は分からない。けど、臓腑を締め付ける重圧はシニガミよりもずっと強力で、あのクソ骨女に近い怖ろしさを含んでいる。並みの神経の持ち主なら体調を崩して反吐ぶちまけてもおかしくないレベルだ。

「そ、そう? そうよね。あーあ、やっぱり捨ててくしかないかー」

 ……なのに、何で微妙に安心したような顔で抜かしやがるのかね、この長耳女は。
 血の巡りはそこそこ良いようだが、命を張った傭兵紛いの仕事をしている割にはアレだ。危険に対する嗅覚が鈍すぎるぞ。
 ウェッジやカーリャなら……あ、いや、むしろこれくらいで普通なのかもしれん。
 やばい気配だとか嫌な予感なんてのは論拠に乏しい漠然とした感覚情報にすぎないからな。個人差もあるし、大概の奴は気のせいだと鼻で笑って済ませちまう。磨かれた勘を発揮できる人間は本当に希少なんだ。
 具体的に言うと、レジェンドサムライのアヤトラに野生の獣以上のカーリャ、生存本能の塊なウェッジみたいなのがそう。
 あいつらは一種の天才というか異常者だから、数百メートル離れた地点から狙撃されても多分死なない。悪運と閃きで生き延びる。
 偶然拾っただけの相手にそんな馬鹿げた水準を求めるのは酷というものだろう。俺がどうかしてたわ。

「命あっての物種だと諦めるんだな。勝手口から行くぞ。先行するから距離を置いて付いてこい」
「はーい」

 幸いにも身のこなしは中々だし、足手まといにさえならなきゃいいか。
 勝手口の戸を開けた俺は地面に残った足跡の状態から巡回がない事を確認し、そっと裏庭の土を踏み締めた。


 …………悪くない感触だ。

 石英混じりの粗く固い確かな地面。草の匂いを運ぶ風。肌に注ぐ暖かさ。

 見上げれば、空と雲と太陽が。

 ここはステイツどころか地球ですらなくて、あるのは全部異世界の自然で、景色で、しかもこっちは生まれ変わった新しい身体だってのにな。不思議なもんだよ。
 まったく違和感がない。懐かしいと感じてしまう。
 いつまでも心に留めておきたいと願う、センチメンタルな自分が居る。
 ……らしくねえが、悪くない。
 暇があったら写真……は、カメラが手に入るかどうか怪しいから、風景画でも描いてみようかね。
 せっかくの新しい人生なんだ。新しい趣味を持ってみるのも一興というやつだろう。
 先の楽しみが増えたな。

「どうかした?」
「ん、何でもない」

 俺は感傷に浸る浮ついた気持ちを切り替えて、周囲の状況を探った。

 正面にある小屋は食料貯蔵庫。少し覗いてみたが見覚えのある数種類の生き物の肉が吊されているだけだった。わざわざ中に入ってまで調べるほどのモンじゃない。
 裏庭のほとんどを占めている左手側のスペースは畑になっており、厨房で使われていた野菜が無秩序に実っている。手入れの行き届いていない様子から察するに、種を撒いておけば勝手に育つ類の作物なのだろう。味見してみたいが生で食べるとやばいかもしれん。見張りも複数居る事だし、好奇心に身を任せるのはやめといた方がいいな。
 ──で、残るは右手側。城門に一番近い方向なわけだが、

「何だありゃ?」



 ◆ フレゲレス  LV 6

   HP ??/??  MP ??/?? MP ??/??

  詳細: ???



 非常識な生き物が数匹、城壁の上で睨みを利かせてやがる。
 鋭い爪と角と蝙蝠に似た翼が生えている、典型的な悪魔の姿をした怪物だ。石で出来てたらガーゴイル像と勘違いしてたかもしれねえな。

「れっ、レッサーデーモン!?」

 高い観察技能と魔物知識技能を持っているティーナに覗かせると、かなり焦った調子で驚いていた。

「デーモンって事は見たまんまの悪魔なのか?」
「こっちじゃ魔族って呼び方が一般的だけどね。悪魔的思考で活動する魔界出身の悪魔っぽい生き物よ」

 そうかー。悪魔かー。
 まさかと思っていたシャイターンとの対面が衝撃的すぎたせいか、余り心が動かんな。何の抵抗もなく実在するモノとして受け入れてしまっている。
 明らかにふざけた存在だってのによ。短い間で随分と図太くなっちまったもんだぜ。

「やっぱり地獄の最下層で凍り漬けになってるっていうアレの手先だったりするのかね」
「何それ? そんなのが居るの?」
「……いや、知らないなら別にいい。悪魔っぽい生き物だって話だが、地球の伝承や宗教との関連性は?」
「さあ? わたし学者じゃないし」

 まあ、現場の人間はそうだよな。俺としても対処法さえ把握しているのなら文句はない。

「弱点はないのか?」
「生憎とフレゲレスは安くて飛べて弱点がないってのが売りのデーモンなの」
「安い?」
「召喚と維持に掛かるMPが安いのよ。アリュークスに居るデーモンのほとんどは使役のために誰かが召喚したものだから、あいつらも多分そうなんでしょうね」

 なるほど、悪魔を使うために召喚云々ってのは地球でも耳にする話だな。イカレた連中がよくやってる。
 もちろん成功なんざ夢のまた夢なんだが、こっちじゃ事情が違うらしい。
 喚び出したのは魔術師か悪魔崇拝者か、はたまた未知の化け物か、恐らくはそいつが砦の主なんだろう。絶対にお目に掛かりたくない相手だな。

 ……さて?

 その後、空の見張りに見つからないよう食料貯蔵庫の陰に隠れた俺は、ティーナからデーモンと邪妖族について根掘り葉掘り尋ねるのと同時進行で脱出計画を練り直した。
 背の高い城壁に囲まれた砦の出入り口は正面の城門のみ。──で、その守りはもちろん厚くて、少なく見積もっても6匹以上のオークとゴブリンが番に就いている。
 監視所で待機してる交代要員と合わせると何匹になるのかね? とにかく、ダッシュで駆け抜けるってのは無理そうだ。
 こっそり出て行こうにも死角になりそうな物陰に乏しい上に、空を飛べるフレゲレスが定期的に巡回を務めている。成功させようと思ったらリザードの透明化みたいな能力が要るだろう。

「お前ら、よく正面から挑もうなんて蛮勇が奮えたもんだな」
「ううぅっ、おかげでパーティー壊滅よぉぉ……」

 ──となると、城壁を越えるしか道は残されていないわけだが……。
 ん~、石造りの建物だから陽動に火を付けるといった真似はできないし、夜を待てるほど時間に余裕はないだろうし。そもそも連中相手に暗がりが有利に働くとは限らんし。見つかるつもりで動くしかないな、これは。
 少し大胆に行ってみよう。

「とりあえず、城壁を越えて森にでも逃げ込むか。外は森で間違いないんだよな?」
「う、うん。でも、越えるってどうやって?」
「登ってに決まってるだろ」
「えぇ?! なんだか凄く適当な気がするんだけどっていうか無理よ! 途中で見つかっちゃうわ!」

 もっともな懸念だな。何処から登ってもフレゲレスの目に留まるのは避けられない。そうなったら妨害されて真っ逆さまだ。

「対策はある」

 だがそれは、あくまでもバカ正直に登攀を試みたらの話である。
 俺はティーナにアイテム欄から取り出した〝蜘蛛の歩みの秘薬〟を渡した。
 接地面がそのまま足場になるこいつは飲めば、全速力で城壁を駆け上る事ができる。五秒と掛からずにクソッタレ共の根城からオサラバってわけよ。
 発見されるリスクを最小限に抑えられるし、されたとしても追ってくるのは空を飛べる連中だけだろう。厄介だが遮蔽の取れる森の中に逃げ込めばいくらでもやりようはある。
 八方塞がりの現状から抜け出すための最善の方法だ。
 正直、これ以外の手だと余り自信がなかったりする。魔法の秘薬様々だな。

「……これも初期アイテム? あなた、よくよくアイテム運に恵まれてるのね」
「そうか? 余り自覚がないんだが」
「なら、少しは物の値段を覚えた方がいいわね。それ、いくらするか知ってる?」

 羨ましそうに言うティーナによると基本取引価格1万グローツらしいし。大事に使わんと。

 ちなみにグローツってのはこっちの世界──アリュークスの基軸通貨で、感覚的には最盛期のUSAドルと考えて差し障りない代物なのだそうな。
 非現実が跳梁跋扈するクソファンタジーな世の中で一体何処のどなた様がどんな信用でもって発行しているのかは知らんが、とにかくつまり、蜘蛛の歩みの秘薬には1万ドル相当の価値があるという事だ。一服限りの消耗品にしては中々のお値段と言えるだろう。
 大量生産が利くならもっとお手頃な価格になっているはずだから、その希少価値は言わずもがな。容易に想像が付く。
 そんじょそこらの浮浪児が持っていていい物じゃない。

「じゃあ、リフレッシュストーンなんかはもっと高いのか?」
「ええ、最低でも100万グローツ。古代遺跡とかでしか手に入らないアイテムだから、冒険者の間では一攫千金のお宝の一つとされてるわね」
「100万ドルかー。奇跡としか思えん効き目を考えると、安すぎるくらいだな。買い手次第で何倍にも跳ね上がりそうだ」
「……もしかして、まだ持ってる?」
「ああ、もしかしてな。誰かに喋ったら例の肉詰めをご馳走する事になるだろうな」
「…………」

 欲に目が眩んだ連中から狙われないためにも、アイテムの管理にはせいぜい気を付けるとしよう。

「一万ドルのアロエジュースだ。有り難く味わって飲めよ」

 しかめっ面で秘薬を流し込むティーナに吐き出さないよう釘を刺し、俺は厳めしく積み上げられた石材の連なりへと足を着けた。

 さ、日光浴の次は森林浴と参りましょうかね。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 レドゥンは古い国だ。

 吹けば飛ぶような一都市国家に過ぎなかった頃の事まで合わせれば、その歴史は四千年にもなる。
 周辺の都市国家群を平定し、内海の向こうへと食指を伸ばし、大陸中の種族と文明を征服し、取り込み続けて築いた歴史だ。
 最も偉大な皇帝の野心より端を発した覇業の系譜は今なお続き、エゼルシャと呼ばれる大陸を染め上げている。
 戦争と属領によってもたらされる莫大な消費と利潤を前提に巡り巡った経済が、燃え盛った欲望が、勝利者であり続けた国家の威信が更なる拡大を推し進めるのだ。
 それはさながら嵐の大河。手を付ける事すら適わぬ巨大で濁った世の流れ。
 逆らえば速やかに、帝国の名を冠した古い船は千々に乱れて消え失せるだろう。

 故にレドゥンは歩みを止めない。
 横行する汚職と賄賂、蔓延する禁制品、腐敗する貴族階級、虐げられる三等臣民、絶える事なき反旗の萌芽。星の数ほどの問題を内包しながら、帝国という名の風船は膨張を続けていく。
 もはや伝統行事とも言える極端な拡大政策は国境線が変わる度に新しい要地を生み出し、年月と共に戦略的価値のなくなった廃墟が点在する歪な国土を形成していく。

 この砦も、そうして造られ、打ち捨てられた中の一つだ。
 エゼルシャ随一の実績を誇るレドゥンの建築技術は、どんな小さな城であろうとも徹底した水準を追求する。襲撃を恐れる後ろ暗い輩にとって、高い耐久性と居住性を備えたそれらが格好の拠点となる事は言うまでもないだろう。
 邪妖族や賊徒などの不穏分子が居着いたところで、別に珍しくはない。
 むしろ、よくある話と言ってもいいくらいで、冒険者ギルドでは各町村からの討伐依頼が後を絶たないのが現状だ。目に余る悪事を働く連中は軍事演習の対象にもなる。
 ティーナ達が邪妖族退治を請け負ったのも、ある程度の実力を持った冒険者なら当たり前にする仕事だと思っていたからである。
 更にギルド御指名の依頼ともなれば気も逸るというもの。結果として彼らは面白いように上がるステータスと評判に浮かれ、油断し、事前の調査を怠って破滅した。

 これもまた、珍しい話ではない。
 冒険者という職業が戦う何でも屋であり続ける限り、死は常に警戒すべき隣人として付きまとってくるのだから。
 依頼を達成できずに死んでしまう。ある日、突然行方知れずになってしまう。罪を犯して処罰されてしまう。
 どれも有り触れた出来事だ。
 特に此処、レドゥン帝国では尚更に。
 ひときわ激しく理不尽に、命と魂を弄ぶ闇に気を付けなければならない。


 その点において、ゼイロドアレクの取った行動は大正解と言ってもいいだろう。

「おや、秘薬を使うのか。随分と物持ちが良いのだな、彼は」
「お召し物には不自由していらっしゃるようですけれどね」

 とにかく逃げる。できるだけ速やかに遠くへ。何が何でも。
 少しでも逡巡や遅滞があれば、退屈を嫌う魔の手が伸ばされていたかもしれなかった。

「どうする? まだ観るのか? いい加減、腹が減ったぞ」
「…………」
「あー、もしもし?」
「う、家の料理人が……」

「残念でしたわね。味覚や痛覚を持たないアンデッドでは、どうしても調理などのデリケートな技術は劣化してしまいますし」
「いやー、腐った舌を洗い落とすいい機会じゃないのか?」
「まったくだ。オーク料理は下品で大味、ゴブリン共のは悪趣味に過ぎる。これを機にもう少しマシなのを雇うべきだな」

 彼が危険と断じた通り、砦の上階には抗いようのない力を持った闇の怪物達が屯していたのである。
 朽ちた広間には似付かわしくない清潔なロングテーブルを囲んで頬杖を突き、椅子を傾け、髪の毛を弄りと思い思いの格好でくつろぐ、数体の怪物が。
 男も女もヒト族の若者の姿をしている。しかし、優れた勘と洞察力を備えた者ならば気付くだろう。
 否が応でも震えが走る、その気配。喉に詰まる違和感に。

「……何だ、誰も行かんのか。小僧はともかく、メンヘラのエルフ娘はここで喰っても構わんだろうに」
「確かに期待できる素材とは言い難いが、敢えて摘み取る理由もあるまい」
「あの状況で命を拾ってみせた事に対しての、ささやかな祝辞とでも申しましょうか」
「天文学的確率で起こった偶然に助けられる。幸運もまた立派な才覚の一つでございますわ」
「そうだな。運の良い奴は化けるからな。エルフだし、気長に考えるとしようや」

 ──魔族(デーモン)。

 それがアリュークスにおける彼らの総称である。
 だが、フレゲレスのような有象無象の下位魔族(レッサーデーモン)ではない。世間一般で広く恐れられる上位魔族(グレーターデーモン)とも違う。討てば英雄と讃えられる魔界騎士(デモンナイト)よりも格上の存在だ。
 もし、この場に悪魔学の研究者が居れば狂喜と恐怖でショック死していたかもしれない。
 スタート地点近くのダンジョンにラスボス級の敵が固まっているようなもので、本来ならこんな場所に居ていいはずなどない大物達。

 魔領主(デーモンロード)。

 それが彼らの正式名称。
 地獄と同義語の地に己の領土を有する、魔の貴族達。
 巨大な帝国の闇に蔓延る、悪徳の権化だ。


 どのような国家であろうと人の思惑が絡む以上、大なり小なりの裏事情や暗部といったものを抱えて成り立っているわけなのだが、レドゥンのそれは一等ドス黒く深刻に屋台骨を蝕んでいるのである。
 果たして見逃された事を幸運と喜ぶべきか、視界に入ってしまった事を不運と嘆くべきか。
 それとも、勝手に覗くなと抗議するべきか。
 何にせよ、与り知らぬゼイロにはどうでもいい事であろう。

「では、後のことは使い魔に任せて適当に……」
「ええ、解散致しましょう」

 知っていたら、天に向かって思い切り肉詰めを投げていたかもしれない。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 作戦は大方の予想通りに上手くいった。

 秘薬の力で城壁を駆け上って飛び降りる。まあ、これだけで外に出られるわけだからな。この段階で失敗する奴は居ないだろう。
 見つかりさえしなければ安全確実迅速に済む話なんだよ。
 ……うん。
 そう思って注意してたはずなんだがなあ。

「おい、何か反撃できるような魔法はないのか?」
「あるけど、MPがないの!」

 どういうわけだか現在、あのフレゲレスって悪魔っぽいのから逃げ回ってる。
 城壁に足を掛けた途端にぶわぁーっと飛んで来やがったんだ。連中、視覚や聴覚以外の超感覚でも持ってんのかね? それか、あの砦に魔法的な警戒システムが仕掛けられていたとか。リザードみたいな通常では感知できない見張りが居たか……。
 気にしても始まらんな。
 分からんもんは分からんし。対処のしようがない。
 とっとと切り替えて、切り抜けるための知恵を絞ろう。

 敵の数は七体、走る俺達の頭上を旋回するような形で追跡中。
 度々魔法で威嚇射撃を行ってくる。
 握り拳大の真っ黒い球電みたいなやつだ。ティーナによると【闇の魔弾(ダークショット)】とかいう名前で、くらうと精神力が削られるんだとか。
 精神力ってのは有り体に言うとMPの事だな。MPの数値にダメージを受けるんだよ。ゼロになったら気絶しちまうらしい。
 身体には一切傷が付かないから、相手を捕獲する時とかによく用いられるんだそうな。

「試しに一発くらってみてくれるか?」
「なんでよ! MPないって言ったでしょ! 当たったらスッ転んで起きないわよ、わたし!」
「そのMP切れで気絶ってのを見てみたいんだがな。後学のために」
「バカ! 悪趣味っ! その後はどうすんのよ!? わたしのこと置き去り!?」

 あと、魔法は基本的にMPを消費して使うものだから、魔法使いに対する牽制にもなる。
 調子に乗って派手な魔法を撃ちまくってると【闇の魔弾】でオネンネする羽目に……なんてのは、まあ少なからずある話なんだとか。
 冒険者とかの荒事に慣れた連中の間じゃあ、随分昔から定石の一つとされてる戦術みたいだな。

「俺の言葉を悲観的に捉えすぎだ。考えてみろって。あいつら何で殺さずに寝かせるような魔法ばっかり使ってくるんだ?」
「えー? それは……やっぱり、料理するなら食材は新鮮な方がいいから……?」

 口と頭を働かせながら腐葉土を踏み締め、スピードを保ちつつ、できるだけジグザグに森の中を走り抜ける。
 今のところはどうにか回避できているが、そろそろ狙いが正確になってきてもおかしくない頃合いだ。なのに、木々の深さはまだまだ不充分。空から見下ろす七対の眼から完全に逃れられるほどじゃない。

「かもしれんが、答えはもっと単純で、要するに俺達を捕まえたいからだ」
「そんなの、わかりきってることじゃないの」
「そうだな。なら、仕留めた獲物を持ち帰るには近寄る必要があるってのも分かるよな」

 しかも、フレゲレス共は生のまま人を食いそうな見た目に反して意外と知能が高いらしく、俺達を見失わないよう互いの死角をカバーし合って飛んでいる。
 狼やライオンみたいな群れで狩りをする動物特有の本能なのかもしれねえがな。上手いこと連携がとれてるんだよ。

「なるほど! タヌキ寝入りで誘き寄せようってわけね」

 だから、一匹でも多く数を減らしたい。
 このままじゃ厳しそうだし。逃げるにしろ迎え撃つにしろ、できる事は何でもやってみねえと。

「でも、それだったら本気で当たらなくてもいいのよね。フリでいいんだし」
「いや、少しでも疑われると困るから本気で気絶してくれ。俺がその様子を参考にして連中を騙す」
「んんん?」
「──で、のこのこと地上に降りてきたところを素早く片付けるわけだが、質問はあるか?」
「片付けられなかったら?」
「逃げるよ」

 俺がさも当然のように言うと、ティーナは疲れてきたのか泣きそうな顔になった。

「その時わたしは?」
「寝てるだろうな」
「……運んでくれるの?」
「無理だろうな」

 って、本当に泣き出しやがったし。

「結局置き去りじゃないの! 嘘つき嘘つき! 手を貸してくれるって言ったのにぃぃ!!」
「所詮は口約束だからなあ。状況次第でどうとでも……」
「変えないでよ、そこは!」

 終いにはボキャブラリーが続く限りの罵声を浴びせてきたんだが、そういうのは前の人生で聞き飽きてるからな。今更どうってこたぁない。馬耳東風ってやつだ。
 しかしとなると、どうしたもんかね? 
 無理矢理こかして盾にしてもいいんだが、当面のガイドを失う危険を冒してまで強行するほどの窮地じゃないような気もするし。微妙なところだな。
 ……迷うくらいなら別の手で行くか。
 あのシャイターンから奪ったタワーシールドで【闇の魔弾】が防げるかどうか試してみよう。

「わかったわかった。じゃあ、この盾を使ってみてくれ」
「何これ? ノーマル品じゃない。物理防護点だけじゃMPダメージは防げないわよ」
「ノーマル?」
「魔法が掛かってないとダメってこと!」

 いきなり駄目でした!

「そんなら、残るは【咆哮】だけだな」

 これもMPダメージらしいから、景気良く魔法を撃ってきてる連中には絶好のカウンターストライクになるはずだ。
 肝心なのは射程と使用回数だが……大体30メートルで8回か。1レベルの時が10メートルで2回だけだったのに比べれば雲泥の差だな。いけるいける。
 充分に届くし、範囲型にすれば回避される可能性も大幅に減少する。一石二鳥以上を狙っていこう。

「そうねそうね! 賛成だわ! って、最初っからそれでよかったんじゃないのよぉぉ!!」
「リソースの問題だ。特技を使ったらCPが減るだろうが」
「わっ、わたしのMPは減っても構わないのね……」
「まあな。ほれ、ボサっとしてたら本当に減るぞ」

 目に見えて落ち込むティーナを蹴って転がし引きずって、身を隠せそうな岩陰に移動する。
 隠せそうっつっても頭上を抑えられてるわけだから気休めにしかならねえんだけど、そこはそれ。こっちの武器は声で音速だ。時速で言うと120キロくらいの魔弾よりもずっと速い。このアドバンテージは大きいぞ。
 銃撃戦のノウハウがあれば尚更だ。弾数さえ充分なら圧倒できる勝負だな。
 まあ、【咆哮】そのものが効かないとかだったら即退散ってことで……。
 反撃開始だ。

 旋回するフレゲレスが交差するタイミングを見計い、

「っしゃ、くら──」

 横っ飛びに遮蔽を移りながら特技を使おうとしたギリギリのところで、踏み止まる。
 追っ手側の些細な気配の変化を感じ取っての事だ。
 ほとんど勘だが、間違いなく何かあった。

「なに、どうしたの?」
「……ん、誰かが狙撃してる」

 目を凝らした先に映るのはステレオタイプな悪魔の翼を貫く、見事な放物線。
 薄い皮膜の部分を狙って放たれた十数本の矢が瞬く間に次々と、空の狩人を地に叩き付けられた肉塊へと変えていく。

「っしゃああ、改めてくらえっ!!」

 実際に肉塊にしたのは俺なんだけどな。
 墜落したフレゲレスが悶えてる隙に片っ端から捌いていったんだ。
 思い切り踏み付けてのブツ切り千切り微塵切り。噴き出した血で泥濘が出来るくらい激しくギロチン包丁を振り下ろしてやった。
 少々やりすぎかもしれんが仮にも悪魔と戦ってるわけだからな。スーパーヘビー級の格闘家を余裕で上回る頑丈な骨格に硬い筋肉、外皮の強度は牛革のベルト以上。そんな化け物を殺そうってんだ。念を入れるに越した事はないだろうよ。
 神ボトルじゃあ途中で反撃されてただろうし。こっちに来てすぐに重さと鋭さを備えた刃物を手に入れられたのは僥倖だったな。
 ……フライヤーで揚げられた時は地獄にでも堕ちたのかと思ったけど。

「来たわよ! 頑張ってー!」

 しかしもちろん、戦闘における神ボトルの出番が無くなったわけではない。
 このままでは撃ち落とされるのを待つだけだと思ったのか、残り三体となったフレゲレスが甲高い威嚇の声と共に降りてくる。

「手が届くならこっちのもんよ」

 すかさずダッシュで距離を詰める俺。
 迎撃の魔弾が飛んできたが避けるまでもない。
 神ボトルでしっかりと防いだからな。
 これこそまさに魔法の掛かったスーパーアイテム。〈永久不変〉なんて効果が付いてるだけあって、思った通りにエネルギーの塊を打ち消してくれたよ。
 サイズ的に盾として扱うにはアレなんだが、俺自身が小さいから特に不足はない。万全の使い心地だ。
 問題があるとすれば見た目の悪さくらいなものだろう。

 想像してみろって。左手に芸術的な意匠が施された酒瓶、右手に刃渡り50センチ弱のゴツイ包丁を握り締めて暴れる8歳児だぞ?
 しかも半裸でプリミティブなペイント付きだ。贔屓目に見ても、あんまり行儀の良い姿だとは思えねえやね。
 人里で文化的な待遇を得る前に、狼娘のカーリャみたく野生に目覚めちまいそうだぜ。
 ……いや、さすがにあそこまでには成りようがないけどさ。

「おらぁぁ! 死ねっ!!」

 でも、この懸念は本物だ。
 心の底から闘争を楽しんでいる自分が居る。
 昔から本能に任せて荒れ狂うのは嫌いじゃなかったんだが、ガキの身体のせいか余計に好ましく感じる。血が滾るんだよ。

「ヴォオオオオォォォ!!」

 もういっそのこと開き直って、一人のモホーク戦士として生きていった方が楽かもしれんな。
 …………あー、そういや、今の俺はアメリカ・インディアンの血とは無関係だった。
 とりあえず保留にしておくか。

 【咆哮】の直撃で膝をついたフレゲレスに突進。飛び膝蹴りで顎を砕きつつ馬乗りになり、予備の包丁でもって凶悪な面を滅多刺しにする。
 鉈に近い形状のギロチン包丁だと刺せないからな。この体勢なら先の尖った刃物の方がいい。 アイテム収納の能力のおかげで切り替え自体は一瞬なわけだし。これからも複数の武器を使い分けていくとしよう。

「ヴォオオォォオッガァァ!!!」

 最後の一体も【咆哮】からの畳み掛けで楽に片付ける事ができた。
 一、二発で腰砕けになってくれるもんだから、つい調子に乗っちまったぜ。MPを削ろうとしたのに、やり返されてあっさり撃沈。終わってみると存外だらしない連中だったな。


「今度のは魔法じゃないから役に立つだろ」

 姿の見えない狙撃手の方が遙かに厄介だ。
 俺は油断無くタワーシールドを構えながら、もう一枚を青い顔で震えているティーナに放り渡した。
 フレゲレスを攻撃してくれたのは有り難いが、如何せん正体不明なわけだからな。
 姿を見せずに、一方的に攻撃できる手段を持っている相手を手放しで迎えられるほど俺は寛容に出来ちゃいないんだ。

「…………」

 果たして敵か味方か、通り掛かりのお人好しか
 俺の勘は、そのどれでもないと囁いている。

「ブラッド! ブラッドなんでしょ!? ねえ、返事してよ!」

 三分以上続く無言の緊張に耐えかねたのか、ティーナが悲鳴じみた声で呼び掛ける。
 まあ、この長耳女のお仲間のブラッドは《ローグ/アーチャー》で弓が得意だったそうだから、普通はそう考えるわな。
 けれども木立をぬって漂ってくる威圧感。こいつは冷徹なプロフェッショナル特有のものだ。
 殺気こそ感じられないが、俺達の事を窺い、見定めるかのような視線が肌を刺激し続けている。
 だから、どうしてもアレだ。

「助けに来たってもう遅いわよ! わたし以外みんな死んじゃったんだから!」

 こいつ違うだろ。
 厨房でグロく仕上げられたヒヨッコ共と肩を並べて戦うような奴か? どうしても人物像が浮かんでこねえぞ。

「あんたのせいなんだからね! あんなので罠がないなんてよく言えた──っもう、なに?」
「ブラッドだと思う根拠はあるのか?」
「それ、あいつの矢。わざわざ自分で作ってたから覚えてるわ」

 なるほど、じゃあ十中八九本人か。
 自作以外の矢も当然用意してるはずなのに使ったって事は、ティーナに自分の存在を報せたかったからと見ていいのかね? なのに顔を合わせようとはしない、と。
 こいつ一体、俺達をどうしたいんだ?

「重ねて訊くが、ブラッドの弓の腕前は? あんなイングランドの長弓兵も形無しな達人だったのか?」
「えぇ? わかんないけど……そういえば、あいつが的を外したの見たことないかも」

 んーむ、やっぱり偽物って線は無さそうだな。
 膠着状態にも焦れてきたことだし、そろそろ何かアクションを起こそうかね。

「ひゃっ!?」

 ──と思ってたら、先に向こうから来やがった。
 ティーナの盾に弾かれた矢を拾って結び付けられた紙を確認。そうしてようやく遠ざかっていった気配に心から安堵の息をつく。

 ……にしても、矢文たぁ古風な真似をしやがるな。
 こっちじゃ普通なのかもしれんが、俺にしてみりゃあ原始的すぎて逆に斬新すぎる連絡の仕方だ。アヤトラじゃあるまいし、こんなのが来るなんて予想外だっつーの。

「なに? 何て書いてあるの? っていうか読めるの?」
「英語だから問題ない。けど……」
「けど?」

 俺は広げた紙に書かれていた文章に軽く目を通し、その内容が示唆するこれからの道行きについて想像を巡らせた。

「読めば分かる」
「……うん…………ん!? んぇぇぇっ!?」

 少なくとも、こいつに付き合って帝都に向かうという選択肢だけはないか。すっかり打ちのめされた面してやがる。
 この国──レドゥン帝国とやらに留まるのもやめた方がいいだろう。
 事の重要性に関する知識がないせいで余り穿ったことは言えんが、もうしばらくは足に負担を強いる日々が続きそうだな。

 …………そう悲観した状況でもねえやね。


 膝にまで響く冷たい石畳で敷き詰められたクソマンションに比べりゃあ、お外はずっと明るくて華やかで清涼だ。ああ、飢え死にする心配も多分ないな。最高じゃねえか。
 差し当たってはアレだ。今夜は星を眺めて過ごす事にしよう。
 ファンタジーな異世界の星空は地球のよりもエキセントリックに違いない。
 気持ち良く晴れてるから、すげー楽しみだぜ。

 神ボトルで返り血を洗い流した俺は、優しく注ぐ木漏れ日に手をかざしながら口元を綻ばせた。













あとがき

 砦から脱出。お外に出られて上機嫌なゼイロです。
 思いの外コメントが多かったので驚きました。皆さん結構昔の作品をチェックしてるんですね。
 次はまたいつになるか分かりませんが、ageて投稿しようと思います。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 現在の所持品  27/28  New +8枠と20品目

 パーソナル マップ (76) ティーナのお仲間の残骸から4入手
 フォーチュン ダイス (478) 同上で7入手
 豊穣神の永遠のボトル
 New 鋼鉄製の四角い包丁 『ヒューマンチョッパー』 〈Dグレード〉〈中量級〉 オークチーフから入手
 New 鋼鉄製の万能包丁 (7) 厨房で入手 色々あったけど使いやすくて数がまとまっていたのでこれに
 New 鉄製の鋭い串 (64) 厨房で入手 沢山あるとかなり使い勝手が良かったり
 特殊樹脂製のタワーシールド (5) 〈Dグレード〉〈軽量級〉

 丈夫で軽くて滑らかで愛が込められた高品質の スパイダーシルク製の背負い袋

 入)スパイダーシルクの子供用肌着 (4) 〈Eグレード〉 〈超軽量級〉 着替えたので1消費
 入)スパイダーシルクの子供用下着 (7) 〈Eグレード〉〈超軽量級〉 着替えたので1消費
 入)スパイダーシルクの子供用靴下 (4) 〈Eグレード〉〈超軽量級〉
 入)ケタの干し肉 (37)
 入)他の袋3枚  厨房のアイテムを入れるのに使っているので1消費扱い

 丁寧な作りの軽くて丈夫な スパイダーシルク製の背負い袋

 入)スマイリーキャベツ (5)  入)オミカン (8)

 丈夫な革製の背負い袋

 入)陽光のカンテラ
 入)水筒(1200ml)〈空〉  入)丸い水筒(1500ml)〈空〉
 入)大きめの水筒(2500ml)〈井戸水800ml〉
 New 入)10グローツ銀貨 (94) 初めてのお金、こっそり入手
 New 入)100グローツ金貨 (19) 銅貨もありましたが枠を考えて取りませんでした

 New スパイダーシルク製の肩掛け袋  中身は全部厨房で入手

 入)ニンニク(12)の入った袋  入)ショウガ(13)の入った袋  入)塩の袋  入)胡椒の袋
 入)唐辛子の袋  入)香草の袋  入)陶器製のクッキングピッチャー〈オーキッシュソース 3259ml〉
 入)ガラス瓶〈オークピクルス〉  入)鋼鉄製の最高級お玉  入)鋼鉄製の最高級広東鍋
 入)竜積岩製の煌く砥石 『ドラゴニック・シャープ』 〈Bグレード〉  つまり、すげー砥石

 New 冒険者のテント  組み立て用の部品が専用の鞄に一式入っているタイプ
 New 冒険者の寝袋  入)冒険者の毛布 (2) 枠1扱い。折り畳まれた寝袋の中に薄手の毛布が二枚入っている

 ヒール ストーン   ヒール ストーン
 リフレッシュ ストーン (3) 前回で大火傷を治すために1消費
 冒険者の松明 (32)  火の付いた冒険者の松明  麻製のロープ (71)
 蜘蛛の歩みの秘薬 (6) 城壁を登るのに2消費
 蟻の力の秘薬 (9)  蜂の一刺しの秘薬 (3)  蝗の躍動の秘薬 (2)
 ケタ肉の塊 (24)  月光鱒の切り身 (58)

 New 1グローツ銀貨 (364) 1グローツ=百円くらいです
 New オーキナスの肉詰め ヒト族の断末魔風 (4) ゴブリン垂涎、食べるデスマスク。食べなくても収納してる時点で正気じゃありませんね

所持金 3204 グローツ  約32万円ですね。四人分ですから結構な額になりました


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 クエスト報酬でアイテム枠が一気に8も拡大されました。
 けど、相変わらずカツカツです。
 新しいメインウェポンも手に入りましたから、これからは包丁と神ボトルの二刀流が基本スタイルになるでしょう。


 それでは、楽しみにしていたスカイリムに行ってきますね。





[15918] 23  リンデン王国を目指して
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:7e39eeef
Date: 2012/03/19 02:30


 その日の夕飯は、これまでになく豪勢なものに仕上がった。



 ◆ 鋼鉄製の最高級広東鍋

  詳細: 両側に把手の付いた丸底鍋。
       アールが大きく浅めに作られているため、鍋の場所により火の通り方が違い、
       意図的にそれを利用した調理が可能となっている。
       具体的には中央部で炒めた後、周辺部に置き、じっくりと火を通してから
       再び中央部に移し、強火で仕上げるというような調理法である。
       炒める、焼くはもちろん、煮る、揚げる、蒸すなども可能であり、
       幅広い料理法に対応できるため万能鍋とも言われている。

        基本取引価格: 120000 グローツ



 ──といっても、メニューは一品だけ。

 砦の厨房からくすねて来た塩胡椒で味を調えたケタ肉とキャベツを、同じく厨房由来の中華鍋でもってザクザク炒めただけの代物なんだけどな。それがもう、やばいくらいに刺激的だったんだよ。
 具体的に言うと、自分の出した唾液の量に驚かされた。
 いくら調味料を口にするのが久しぶりだからってなあ……。胃の方も収縮しっぱなしだったしよー。最悪、体が受け付けずにアレルギーでも起こすんじゃねえかと思っちまったぜ。
 ……あ、でもそうか。体か。
 この身体には塩を摂取した経験がないんだろう。そりゃ俺の臓器も驚くわ。内陸育ちの原始人が初めて海水飲んだみたいなもんだ。
 未曾有の衝撃。肉体で直接味わう大カルチャーショックってやつだな。
 厨房のゲテモノは好奇心もあるが探索のついでで、更に言うと火傷の痛みを誤魔化すために食ってたようなもんだからな。この感動には及ばない。



 ◆ アンクル・ジャムのバゲット

  詳細: レドンヘイムに本店を置く老舗のパン工房〈アンクル・ジャム〉のバゲット。
       エゼルシャで最も香りと食感に優れていると評されている、
       また値段も手頃で庶民の口にも入りやすいため、非常に人気が高く、
       レドゥンを代表する味の一つとされている。

        基本取引価格: 1 グローツ 20 セント



 あと、ティーナが持っていたバゲットも旨かった。
 香り高い皮のパリパリ感が堪らない。焼きたてとなれば尚更だ。アイテム収納能力の素晴らしさを改めて実感させられたよ。
 本場フランスでも一流の扱いを受けるであろう名店の味を、時と場所を選ばずに楽しめるんだからなあ……。我ながら反則的な利便性だ。人類が長い年月を掛けて築いてきた英知に真っ向から喧嘩売ってやがる。
 まとまった数のエトラーゼがちょっと組織的に動くだけで、地球の何処よりも優れた宅配サービスが成立しちまうぞ。
 荷物の保存だとか載せるスペースだとかを考慮しなくていいわけだしな。掛かるのは人件費と足代くらいなもんか。
 こりゃあ、絶対に誰かが起業して儲けているに違いない。

「えー? どうかしら? わたしもエトラーゼだってことで届け物の依頼を受けたりはしたけど……。あ、もちろん簡単で安全なやつね」
「つまりはただのお使いか」
「新人だったんだから仕方ないでしょ。遠出する時のついでにこなすといい小遣い稼ぎになるのよ」
 
 そう思って訊いてみると、曖昧ながらも予想外な答えが返ってきた。
 こいつが簡単安全って言うくらいなんだから、本当に子供のお使い程度の依頼なんだろう。危険のない荷物なら普通は民間の業者に頼むはずなのに、わざわざアウトロー斡旋所みたいな冒険者のギルドに預けるという非効率ぶり。これは多分、俺が思ってたほど物流が発達していないって事なのかね。
 …………理由はさっぱり分からんが。

「でも、個人規模で行商や交易をやってるエトラーゼは多いみたいね。わたしも結構お世話になったし」

 ある程度の規模の町村を繋ぐ街道がしっかり整備されてて、しかも国策が拡大路線の帝国主義ときたら、人間コンテナになれるエトラーゼを起用しない手はないと思うんだがな。
 ティーナの分の情報を更新したマップを取り出した俺は、帝都レドンヘイムより続く帝国の偉大な道路網を眺めながら、地面に敷いた毛布の上に寝転がった。



 ◆ 冒険者の毛布

  詳細: 冒険者のために作られた綿毛製の毛布。
       携帯性を重視した薄い仕上がりながらも保温性に優れており、
       同素材の衣服よりも耐久性に富む。
       また洗濯が容易に行えるため、衛生面に関しても特に目立った欠点はない。
       長く使える費用対効果の高い品である。

        基本取引価格: 30 グローツ



 ……いつの間に毛布なんか手に入れたのかって?

 そりゃあもちろん厨房を探っていた時にだよ。肉詰めの元になった連中からいただいたんだ。
 料理されたエトラーゼはアイテムであると同時にアイテムを抱えた死体でもあった。そのまま収納できれば枠の節約になるかと思ったんだが、残念なことにアイテム欄を空っぽにしてからでないと無理みたいなんだよな。そうそう上手くは行かねえってわけさ。
 いや、むしろ上手く行ってる方か?
 機能重視のごわごわとした安物でも最初の頃の死体の山の中とか石畳の上とかに比べりゃ天使の抱擁、格別の寝心地だしな。
 夜空も綺麗だし虫の鳴き声も控えめで風流だし、俺を抱き枕にしていたカーリャも居ないし。うんうん、開放感たっぷりで結構な事じゃねえか。
 今夜は久しぶりによく眠れそうだ。

「…………」

 長耳娘の非難がましい眼なんぞ、まったく全然気にならん。
 今日死んだばかりの仲間の持ち物を漁って使ってゴロゴロしてる奴が傍に居るんだから、気分が悪いのは分かるがな。

「……ねえ、その、とりあえず帝国から離れるとは言ってたけど、行くアテはあるの?」
「ない。そっちはどうなんだ?」
「実家のあるタキスの森くらいしか思いつかないわね。でも、いつまでも居たい場所じゃないし……」
「その森ってこれか? また随分と遠くから来たんだな」

 帝都を挟んで丁度反対側じゃねえか。
 現在地は帝国の東の外れ。そこから更に東の開拓地へと続く街道脇の草っぱら。タキスの森とやらは北西の隅の方で……え~と、あの木までの距離が大体10メートルだから、その10倍の10倍の……大体1500キロメートル?
 フロリダからテキサスまでと同じくらいか。歩きだと余裕で一月以上掛かるな。この帝国、メキシコ湾より広いぞ。

「里帰りがしたいんなら一人で行ってくれよ」
「行けるわけないでしょ。最初の約束もあるし、キリのいいとこまで付き合うわ。けど、帝国の外のことは私も初めてで詳しくないから、ガイドとしては期待しないでね」
「あいよ。じゃあ、俺が共通語ってのをマスターするまででいいや」

 ヨシノとティーナから聞いた情報によると、アリュークス共通語は異文化間での交易を円滑に進めるために作られた言語で、ヒト族──いわゆるヒューマノイド型種族の生活圏でなら、どんな田舎でも必ず何人かは通じる相手が居るという旅人の必須スキルなのだとか。
 地球で言うところの英語やスペイン語みたいなもんだな。こっちは共通語さえ覚えとけば何とかなるらしいから楽で便利で有り難い話だよ。
 幸い言葉を覚えるのは得意な方だ。いくら何でも日本語より難しいなんて事はねえだろうから、

「え? それだと三日くらいで済んじゃうんだけど……」

 長く見積もって三ヶ月もあれば日常会話には充分だろ。
 …………んぁ、何だって?

「お前さん、そんな教え上手なのか?」
「というより、エトラーゼが……覚え上手? 《語学》技能を上げて特技枠を一つとDPを10使うだけで1言語習得したことになるんだから。凄いわよねえ」

 まったく、凄いと言おうかズルいと言おうか。

「ああ。だが、枠はともかくDPが10か……」

 破格のお手軽感だとは思うが、残り12DPしかない身の上としては微妙なラインだな。

「そう、一つ目で10、二つ目で20っていうふうに言語一つ習得するたびに消費DPも10ずつ増えていくのよ。安くないから、何を覚えるかはよく考えた方がいいわね。わたしもエルフ語と共通語と日本語にしか振ってないし」

「日本語? こっちじゃ日本語が役に立つのか?」
「……オリジナルのジャパニーズ・コミックが読みたかったのよ」
「こっちにもあるのか?」
「だから、よく考えた方がいいって言ってんのよ」

 なるほど、つまり楽をしちゃいかんって事だな。
 日本語だけじゃない。この女、エルフの両親のところに生まれついたくせに母語たるはずのエルフ語と必須スキルの共通語をDPで覚えてやがるしよー。勉強を面倒臭がって安易な選択をしたのが見え見えだ。
 大した反面教師だぜ。

「分かった。DPは使わない。ちゃんと自分の頭で覚える」
「その言い方、なんかムカつくんだけど……まあいいわ。しばらくは一緒ってことね」

 この一連のやり取りで案内役としても教師役としても期待できそうにないのが明らかになったわけだが、果たして俺はこいつと一緒に旅をする必要があるんだろうか?

「……まあ、居ないよりはマシか」
「…………」

 しかし、旅の途上でこのバカから物を教わるってのは中々骨が折れそうだ。
 できれば何処か安全な場所に腰を落ち着けて勉学に励みたい。あとは飯が旨くて8歳児のエトラーゼでも……あのクソ骨女が出てくる前はそういう予定だったんだよな。
 リンデン王国のリンデニウム。マップに載ってないって事はかなり遠いのかね?
 徒歩で行ける範囲にあれば嬉しいんだがな。はぐれちまった他の連中もとりあえずはそこを目指すだろうし。俺も借りを返すために合流の努力をすべきだろう。

「さっきアテはないと言ったが、行きたい場所はあるんだ」

 俺はこっちの世界で目を覚ましてからの事を話した。

「レディ・ダークの騎士に会って? 創世の魔獣が出てきて? 精神世界でぶっとばした?
 あんたそれが本当なら神話級のクエストよ? どっちも伝説でしか知られてない存在なんだから」

 理由を説明するための前振りでしかないから大きく端折ったつもりなんだが、それでもティーナには荒唐無稽な内容に思えたらしい。形だけはいい顔を胡乱げに歪めて口を挟んでくる。

「伝説と言われてもな……。新参者にも理解できるように例えてくれ。どんな感じに嘘っぽく聞こえるんだ?」

「ムー大陸でナチス残党のゾンビに襲われているところをクレオパトラと円卓の騎士に助けられて意気投合、みんなで仲良く巨大UFOをおやつにしたってくらいの毒電波に聞こえるわね」

 ……アルバトロス配給のZ級映画に匹敵するあらすじだな。

「OK分かった。理解には程遠いが、お前が俺の正気を疑ってるのはよく分かった」

 こりゃ正直には話せんな。
 同じ元地球人のエトラーゼにすら信じてもらえないのだ。こっちの住人に昔の事を訊かれたら、子供らしく適当な身の上話でもでっち上げておくのが無難というものだろう。
 鬼とか悪魔とか罵られてキチガイ扱いされるのは一向に構わんが、危ないクスリに手を出しているとだけは思われたくない。

「――で、リンデン王国が何処にあるか知ってるのか?」
「もちろん。エトラーゼが沢山いる国だしね。何もしなくても情報は自然と入ってくるわ」
「自然と?」

 得意げに笑うティーナに向けて、今度は俺が疑惑の視線を投げ掛ける。
 エトラーゼ同士でのコミュニティがあったりするのか? まあ、社会にとっては華僑やユダヤ人以上の異物だろうから相互補助だの情報の共有化だのは自然と行われていくのかもしれんが。

「そう。これ見てくれる? 21世紀の先進国に居たならすぐ分かると思うんだけど」



 ◆ エトラーゼ・タブレット

  詳細: エトラーゼにのみ使用可能な情報媒体。
       理論上の効果範囲はアリュークス全土に及ぶ。
       星海に漂う名も無きパワーを媒介としているため
       魔法障壁や物理的な障害物などによる干渉を受けることはない。
       取得した時点で専用化がなされており、持ち主の死と共に消滅する仕組みになっている。

         特殊効果: 〈専用化〉



 …………ん~~?
 石で出来ているようだが俺の目がおかしいのかな?

「エトラーゼの石版、略して〝エト版〟っていうのがメジャーな呼び方ね」

 タブレット型のPCに見えるぞ。

「地球じゃインターネットっていうのかしら? これも似たようなのに繋いで色々と見れるのよ」

 ああ、やっぱりそうなのか。
 またえらく近代的なアイテムが出てきたもんだな。

「わたしが生きてた頃にはなかったけど、現実ってSFの世界よりも進んじゃってるのねえ」
「まあ、特定の分野に関してはな。……ん? ってことは、お前さんいつごろまで向こうに居たんだ?」
「1958年生まれよ。何歳で死んだかは覚えてないわね」

 58年っつーと、スプートニク1号が飛んでヨハネ23世が教皇になって……チキンラーメンとスーパーカブが発売された年だな。
 当然ながら俺はまだ生まれてすらいない。目の前の長耳娘は完全な年長者というわけである。
 ……マジか。

「人間、見かけや物腰じゃ分からんもんだな」
「エルフだけどね。使い方はマップと同じような感じで……」

 操作方法は液晶らしき部分に直接触れてのタッチパネル式。どうやら本当に見た目通りの代物のようだ。
 だが、その機能はメモ帳とウェブプラウザのみに限定されている。
 表計算も画像編集もできなければ、メールすら打てないお粗末ぶり。PCなどの多機能ツールではなく、あくまでもネットを閲覧するためだけの情報端末という扱いなのだろう。
 その肝心のネットにしても、現代の地球と比べればまだまだ発展途上といった風に見受けられる。
 検索に引っ掛かる記事は少ないわ、フリー編集の百科事典系サイトの記事も少ないわ、匿名での投稿ができない仕組みになっているからか掲示板サイトには当たり障りのない事しか書かれてないわで、全体的に活気に乏しい感じがして物足りないのである。

「ウェブ広告や通販サイトがまったくないってのも寂しいもんだな」

 あと、ネット販売やウェブ取引といったサービスの類も基本的に存在しないようだ。
 もちろん商取引に関するサイトがないわけではないのだが、品探しと軽い打ち合わせに用いられるだけで、実際の商談は直接顔を合わせて行うというのが大半のところらしい。
 ……まあ、住所不定放浪中の浮浪児には縁のない話なんだがな。

「このエト版もクエスト報酬で手に入るのか? エトラーゼ専用らしいけど」
「察しがいいわね。報酬で《その他のアイテム》を選んだ時に最初にもらえるのがそれなのよ」

 ほう、じゃあ次の報酬はこれで決まりだな。
 情報を得るための手段は早い内に取っておくに限る。暇潰しにもなるとなれば尚更だ。
 少しやる気が出てきたぞ。
 ティーナを助けて達成されるかもしれないクエストだけじゃいつになるか分からんから、何か手っ取り早く済みそうな依頼を請けて報酬のアテを増やしておく方がいいな。
 そのためにもガキにお使いをさせてくれる人間が居る場所を目指さんと。

 俺はティーナと顔を並べて彼女お薦めの旅先紹介サイトを眺めながら、複数のエトラーゼによって提示された各地の概要を照合し、漠然としたアリュークスの全体像を頭の中に描いていった。


 ふむふむ、リンデン王国は東のルゼリア大陸にあるのか……。
 んで、レドゥンからの直線距離は約2万キロメートル、と。


 …………地球の直径って確か、赤道面でも12756キロだったよな。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 冒険者ギルドとは、アリュークスの何でも屋たる冒険者達のための互助組合の事である。

 全ての起源は二千年前、不動の名声を得ていた数組の偉大なる者の集まりが、ある日を境に自らを冒険者であると定めたのが始まりであった。
 その中にはゼイロの知る〝レディ・ダークの騎士団〟も居たのだが。彼には関係のない話なので仔細は省く。
 とにかく、彼らは声を揃えて冒険者という呼び名に対する認識を広めた。

 流れ者、犯罪者予備軍、遺跡荒らし、自由を尊ぶ社会のゴミ。
 例え英雄や勇者と持て囃されようとも、自分達の本質は所詮そんなもの。一介の自由人に過ぎないのだと。

 それは即ち、彼らの帰属先と思われていた国家や種族、地域に対する事実上の独立宣言。
 神をも斃せるまでに極まってしまった力を移ろいやすい欲望の矛先にしないための、時の権力者達に愚かな選択をさせないための方便。
 超越した者にのみ許された処世術であった。

 軍事力の枠を超えた、世界の抑止力とでも言うべき概念の誕生である
 今でこそ冒険者は無数の意味を内包した何でも屋として、程よく世間から浮いた職業という位置に収まっているが、最初にその名乗りを上げた者達はアリュークス全土を震撼せしむる最大級の脅威であったのだ。

 感覚としては意思を持った複数の巨大隕石が何処にでも自由に落下できるように衛星軌道上を回っているようなものである。
 筆舌に尽くし難い恐怖だが人間というのはいい加減なもので、どんな事象にも慣れるように出来てしまっている。
 年月と共に過去の恐怖は薄れ、冒険者は英雄を指す言葉の一つとなっていった。
 元々が一世を風靡したサーガの主人公達だったのである。この変遷は必然の流れと言えるだろう。
 更に彼らが謳った自由人としての側面が、多くの冒険者を生み出す要因になった。

 『あの人みたいな英雄を目指す』とか『未来の勇者の旅立ちを祝ってくれ』とか『追い剥ぎにでもなんべ』とかいったセリフは恐れ多いやら照れ臭いやら情けないやらで中々口に出せるものではないが、不思議と『冒険者になる』程度の事なら言えるという若者が大勢居たのである。
 恐らくは通り一遍の英雄譚から脱却した、より身近で日常的な冒険者達の物語が当時から現代へと続く人気娯楽の地位を築くに至ったように、大衆の内に自由と野心とが芽生え始めていたからなのだろう。

 英雄達が生み出したのは単なる冒険者という職業だけではない。
 我らは我が力と意思により自由と独立を維持する。
 我らは従来の権威から自由であり自己決定権を持つ。
 そういう自由主義、個人主義にも似た思想的価値観をも世に解き放ったのだ。
 
 王は神ではない。王権は絶対ではない。
 神ですら絶対ではない。
 運命に選ばれた王子や神の祝福を受けた騎士だけが英雄になれるわけではない、と。

 偉大なる者達は自らの手によって垣根を払い、可能性を示したのだ。
 アリュークスの人々の心に強く強く、自由なる甘美な風を吹き込んだのである。

 そして、冒険者の時代が始まった。


 冒険者ギルドが設立されたのは、かの先達の宣言より百数十年後。ソロスという名の都市国家での事だ。

 理由はそれまで個人経営の酒場や地域の顔役などに寄せられていた依頼の窓口を一元化し、効率良く遂行していくため。
 人口の増加と生活圏の拡大に伴って多様化していった冒険者の飯のタネが、ついにお役所レベルでの管理統制を必要とするまでに膨れ上がってしまったが故の、自然な成り行きの結果である。
 設立当初はまだまだ職員も少なく、勘違い野郎共の斡旋所でしかなかったギルドだが、本格的な登録制度を採用する事で冒険者の地位向上に大きく貢献し、依頼を介して有力者との関係を強化する事により、徐々にその社会的な影響力は高まっていった。
 現在ではアリュークス最大の規模を誇る非政府組織として知らぬ者は居ないとされているほどだ。
 世界中に支部を持ち、人の住むあらゆる地域に根付いている。

 しかし、組織という樹木は往々にして腐敗の危険を孕んでいるもの。
 巨大であればあるほど枝葉に出来る虫食いの跡は小さく些細なものに映り、やがては目に付かなくなる。

 ギルド本部から遠く離れた地域にある支部では、所在地が属する国家や文明圏ごとに異なる理念での運営がなされているというのが偽りのない現状だ。
 ただ単に特定種族が多いといった牧歌的なものから、現地の有力者達に乗っ取られてしまったもの、汚職が蔓延った末に無法者の巣窟と化したもの、王や領主の私兵集団となって久しいものまで千差万別。もはやローカル色が強いなどという言い訳では済まされない問題が山積みとなっているのである。


 中でも下から数えて十指に入るくらいの酷い事情を抱えているのが、ここ。

「おい、次の生贄はどうするんだ?」

 冒険者ギルド、レドゥン帝国支部である。

「また若手から適当に活きの良いのを見繕うしかないかと」
「またか」
「またです」

 この支部の問題点は大きく分けて二つ。
 一つは、職員の半数以上が人間に化けた魔族とその僕で構成されているということ。
 もう一つは、支部所属の冒険者が彼らの主の餌として差し出されているということだ。

「最近、質が落ちてるって苦情が来たんだよな。こないだの……えー、何てったっけ?」
「チーム☆ケツ顎」
「そう、あの異様に顔が濃いパーティー。ダンジョン入ってすぐのピットフォールとモンスターの波状攻撃であっさり全滅したんだそうだ。最短記録更新なんだと」

 アリュークスの常識では魔族は異世界から来る悪の生命体とされており、ほとんどのヒト族の社会では問答無用で討伐の対象となっている。
 有害な魔物や邪妖族と変わらない、モンスター扱いの種族なのだ。
 レドゥン帝国でもその常識は正常に働いているので、表立って魔族の味方をするような不心得者は存在しない。

「当たり前ですよ。定期的に目立った連中を送ってるんですから、後に残るのは小粒だけです」

 そのような国家のド真ん中にあって何故、冒険者ギルドだけがリアル伏魔殿と化してしまったのか?

 原因は遡ること111年前、当時の帝国で最強の名を欲しいままにしていた冒険者パーティーに端を発する。
 〝魔族殺し〟と呼ばれた彼らは、その異名が表す通りに大陸中に巣くう魔族を片っ端から討って回るという狂気の沙汰に臨んでいた。
 動機は定かではない。──が、当時のギルドや自治体は魔族の首に多額の賞金を懸けていた。〝魔族殺し〟の他にも多くの実力ある冒険者達が討伐に参加していたのである。そういう風潮だったと言うしかないだろう。
 兎にも角にも冒険者にとっては熱く激しい時代であった。

 魔族側にとっても、それは同じである。
 千にも届こうかという数の上位魔族が討たれ、魔界騎士が敗れ、ついには魔領主の1体までもが滅ぼされるという大番狂わせに直面した彼らは熱狂し、喜びに打ち震えた。
 そう、大いに喜んだのだ。

 アリュークスにおける魔族とは異質の価値観を備えた種族であり、彼らの思想は〝デモニズム〟と呼ばれ、一般的に忌むべきものとされている。
 性格は基本的に残忍でグルメ。これに戦闘狂、お祭り好き、破壊魔、トリックスターなどの困った色を付ければ出来上がり。大体の者が当て嵌まるだろう。
 その上で弱肉強食と下克上の気風を好み、悪徳と誇りを愛し、戦いの過程と結果を重んじる。
 特に食事に対する拘りは凄まじく、並々ならぬものがある。

 血肉を啜り、魂を貪り、力の一片も無駄にしてはならぬと咀嚼する。強者を打ち倒し、その全てを取り込む事こそが魔族にとっての理想の食事なのである。
 人間であろうが同じ魔族であろうが親兄弟であろうが、対象に例外はない。

 力を尽くした決闘によって僕が主を倒し、糧とするは誉れ高きこと也。
 正々堂々たる決闘によって子が親を倒し、家督を受け継ぐは目出たきこと也。
 持てる全てを振り絞って弱者が強者を倒し、新たな敵へと育つ姿は微笑ましきもの也。

 その逆もまた然り。

 それこそが魔界の住人の文化なのだ。

 だから彼らは自分達を倒せる強い冒険者の台頭を心より歓迎し、遠慮なく迎え撃った。
 結果として〝魔族殺し〟は全滅し、主だった冒険者達も後を追い、魔族側が勝利を収めたわけだが、それで大陸の平和が目に見えて脅かされるという事態にはならなかった。
 魔族にとって一連の戦いは楽しい祭りのようなものだったのである。終わってしまえば後片付けをして帰るだけ。遺恨など残るはずがないのだ。

 しかし、まったく何も後腐れなく済んだわけではない。
 生き残った魔領主達の心に、冒険者への妙な愛着が芽生えてしまったのである。

 彼らは新たな祭りの準備のためという名目で、冒険者の育成に手を貸す事に決めたのだ。
 実際は片手間で行われる迷惑な暇潰しでしかなかったのだが、その適当さがモチベーションの持続に繋がったのだろう。
 百年掛けてじわじわと繰り返された水面下の攻防の末、レドゥン支部は陥落。
 魔領主達の玩具箱になった。
 ──といっても、ギルドを支配下に置いて何かを企むわけではない。
 成長を促すためと称して、見所のある冒険者にギリギリ全滅するくらいの試練を与えているだけである。

「もう若手で今日の連中以上のは居ませんよ」

 ティーナのパーティーが壊滅の憂き目に遭ったのも、その試練の対象に選ばれてしまったから。

 魔領主達も別に皆殺しなど望んではいないのだが、彼らが用意するのはどれもこれも匙加減を間違えまくったデスダンジョン。ほとんどの者が早々に食卓に上り、僅かに生き残った者は挫折して冒険者を辞めてしまう。著しく常識と良識を欠いた連中がゲームマスターの座に就いているせいで、誰にとっても嬉しくない結果が続いているというわけである。

「とんだ悪循環だな……。領主様方に手心というものはないのか」
「あと100パーティーくらい犠牲にすれば覚えてくださるかもしれませんね」

 ゼイロとティーナが帝国から離れようとしているのも、ブラッドの矢文にその辺の事情が大雑把に記されていたからだ。

「おーい、試練が終わったぞ。今回は生き残りが三人も出たそうだ」
「なに!? 初の快挙じゃないか!」
「確か、本部からのエージェントが紛れているかもしれないとの事でしたが、それはどうなったんですか?」

 知ってしまえば逃げるしかない。誰もこんな蟲毒の器みたいなギルドの世話にはなりたくないのである。

「弓使いがそうらしいな。領主様方の千里眼に映るやいなや、スッ飛んで逃げていったとか」
「随分と勘のいい奴みたいだな。足取りは掴めているのか?」
「いや、追っ手は全員返り討ちに遭ったそうだ。領主様方からは好きにしろとの仰せだな」

 だが、敵は黙って見逃しくれるほど甘くはない。

「残りの二人については?」
「適当にやれってさ」


 かくして、リンデン王国を目指すゼイロの冒険が幕を開けたのであった。

 口うるさくてボケた道連れと、

「……『好きにしろ』と『適当にやれ』の違いは何だ?」
「さあ?」


 うんざりするほどのオマケを付けて……。















あとがき

 お待たせしました。
 とりあえず状況説明のための回みたいな感じですね。
 設定とか裏事情とかを考えるのは楽しいんですが、いざ書き起こすとなると大変で中々展開が進みません。

 次のお話は、サクッと進んでいくと思います。


 感想でアヤトラの接吻未遂がよくつっこまれていますが、あれは半ば無意識の行動です。
 顔が近かったから勝手に体が動いたんでしょう。
 初恋なんだけど本人は気付いてないって感じですね。






[15918] 24  グレーターデーモン     (ティーナのステータス表記)
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:7e39eeef
Date: 2012/04/05 05:41


 最初はもっと沈鬱な道行きになるかと思っていた。

 連れは皮肉屋で凶悪で得体の知れないクソガキだが、ある程度の距離感を持って接してくれているので生じるストレスは割と少ない。むしろ、その不貞不貞しさに安心感すら覚えるほどだ。
 不安で堪らない今の自分には欠かせない存在である。
 いきなり独りにされたら多分、泣く。
 パーティー壊滅の無惨な光景がもたらしたショックは、自分の心に深い傷となって残っているのだろう。せいぜいが友人以上親友未満という関係であったはずなのに、仲間達の死は時間の経過と共に酷く重苦しいものになっていった。

 本当は今すぐにでも暖かい寝床のある部屋に引き籠もりたい。
 しかし、拠点の宿屋がある帝都には戻れない。戻りたくない。
 帝国の冒険者ギルドはデーモン達の巣窟なのだ。
 ブラッドから送られた矢文だけが根拠ではない。落ち着いて記憶を辿れば思い当たる節はいくらでもあったのである。

 有力パーティーの殉職率の高さ。ギルドが無料で開放してくれている宿泊施設。一流の設備が置かれたトレーニング場。食堂の美味しいメニュー。新米冒険者への手厚い援助。新しい登録申込者を紹介するたびに支払われる礼金の額。自分よりも美人で知的で愛想が良い受付嬢の存在、等々など……。

 どれもこれもあれもそれも、自分達のような冒険者を呼び込み、引き留め、育て、消費するための手練手管だったのだろう。
 魔領主(デーモンロード)の餌として。

 無知な自分だって魔族の支配者達の恐ろしさは知っている。百科事典系サイト〈エトペディア〉にちゃんと書いてあったのだ。
 レベル30以上の神話級冒険者パーティーが最高の装備と万全の準備で挑戦して、ようやく勝率が三割に届くという化け物だと。
 自分などには想像も付かない、雲の上の存在だ。

 だから逃げるしかない。
 もはや事の真偽はどうでもいい。例え勘違いや妄想という可能性が高かったとしても、白黒つける物騒な賭けに臨むつもりはない。
 負けた場合に失われるのは、自分の命と魂なのである。
 胸にあるのは恐怖と不安と焦燥だけ。確かめる気なんて起きるはずもない。

 一秒でも早く、一歩で遠く、帝国とは無縁の土地に行きたかった。


 ……なのに、

「おお、っとっとっと」

 このクソガキは何で、こんなにも呑気に構えていられるんだろうか?

 ティーナの命の恩人にして旅の道連れであるところの8歳児──ゼイロドアレクは、火を付けた五本の松明でジャグリングをしながら東への街道を進んでいた。
 その頭の上にはアーティファクトの神ボトルが乗せられていたが、急ぐティーナと並んでの軽い小走りを維持している。
 瞠目に値する器用さ。本職の大道芸人並みの技芸と言えよう。

「……よく続くわねえ。そんな低い技能レベルで」

 傍で披露される身としては、何とも鬱陶しい限りだ。

「そうだな。25.0を過ぎた辺りから上がりにくくなった」

 どうやら《大道芸》技能を上げたくてやっているようだが、意図がまったく分からない。暇潰しにしてもエト版を覗くとか他にマシなのがいくらでもあるだろうに。
 ……もしかして嫌がらせ?
 そんなにわたしのことが嫌いなのかしら?

「だが、今まで失敗続きだった技が急にできるようになるってのは不思議なもんだな」

 上半身を振って神ボトルを引っ繰り返し、中身のブランデーを口に含むゼイロ。すぐに戻してジャグリングをしながらの火吹き芸に移行する。
 失敗続きだったと言うだけあって中々難度の高そうな離れ業だ。
 初の成功を収めた事に対する小さな連れの反応も、新鮮で面白い。
 ……ふぅん?
 その横顔から微かに光る子供らしい嬉しさや好奇心といったものを見て取ったティーナは、我知らず口元を綻ばせていた。
 ……いやいや、やっぱ可愛くないわ。
 ここまで人の足下を散々濡らしまくっておきながら、未だに謝罪の一つもないガキである。憎らしい事この上ない。

「反復練習による慣れとは違う。補助具を付けてるみたいな感覚だ」
「技能レベルのおかげってことよね?」

 半ば上の空といった様子で『ああ』とだけ答え、ゼイロが呟く。

「……振り回されねえようにしねえとな」
「え?」

 小首をかしげて尋ねてみるが、返ってきたのは溜め息一つ。ほとんど無言の拒絶に近い態度だった。
 ……はあ? なによそれ。一人で勝手に完結してんじゃないわよ。

「そんな事より付けられてるぞ。追っ手かもしれん」

 そして容赦のない追い打ち。
 反射的に出かけた文句は喉の中で弾けて消えた。

「お、追ってきたの? ででででデーモンが?」
「さあな。透明なんでよく分からん」
「透明って……」

 確かに大道芸の最中に何度も後ろを向いてはいたが、それでどうして透明な追跡者の存在に気付けるのだろうか?

「目を凝らすとな、陽炎みたいに歪んだシルエットが見えるんだよ。
 あとは地面に零したブランデー。濡れた足跡が向かってきたら、お前はどう思う?」
「あははは……そりゃ決定的ね」

 どうやら、ただ練習に勤しんでいたわけではないらしい。
 ゼイロはゼイロなりのやり方でギルドの追っ手を警戒していたのだ。

「どんな奴か確認してくれ。エルフってのは熱が見えるんだろ?」



 ◆ 種族特性 【熱感知視覚】

    貴方の目には熱を捉える機能が備わっています。
    目にする温度は色味と明度によって異なり、
    暖かい物ほど赤く明るく、冷たい物ほど青く暗く映ります。
    闇夜に紛れて忍び寄る生物などは、貴方の前で篝火のごとき姿を晒すことになるでしょう。
    熟練者ともなれば相手の熱から通常の視覚情報以上のものを察知できるかもしれません。

     あらゆる物体から発する熱が見られるようになる。
     通常の視覚との切り替えが可能。



 エトペディアでエルフの項目を見ていたのだろう。勉強が嫌いな自分と違って予習には余念がない性質のようだ。
 ゼイロの提案に従い、早速見てみる事にする。

 ……うぅっ!?



 ◆ バングルグ  LV 5 〈下位魔族 投影体〉〈サイズ S〉

   HP 92/92 MP 55/55 CP 70/70
   STR 28 END 21 DEX 11 AGI 10 WIL 11 INT 7
   最大移動力 80 戦闘速度 100
   通常攻撃=叩き 3D6+2  鉤爪=斬り 3D6  牙=叩き 3D6-1
   防護点: 7(基本+2 皮膚+2 特技+3) 魔法+5 炎熱-10
   特殊能力: ステルス スキン (体表面の光を屈折させて姿を隠す)

  詳細: 光沢のある白い外皮が特徴的な人型の下位魔族(レッサーデーモン)。
       透明化能力を持つが知能が低く、また機敏でも器用でもないため
       本格的な隠密行動には不向きとされており、
       主に筋力の高さを活かした荷物運びなどの単純労働に使役される事が多い。
       バングルグの透明化はその特殊な皮膚に由来する能力であるために
       傷を付けられると格段に精度が落ちるという欠点がある。



 サーモグラフィーに似た視界には予想通りと言うべきか、10体の怪物の姿が映っていた。
 砦で見たフレゲレスよりもレベルの低い下位魔族だったが、凶悪なゴリラが横並びで迫ってきているようなものなので危険度は充分すぎるほどだろう。ステータスを鑑みても楽に勝てる相手ではなさそうだ。
 近接戦闘に自信のない自分にとっては尚更である。
 1対1でも自殺行為。2対10とかマジやめて。
 組み付かれたら終わりなのに実質1対5とか、本気で殺すつもりとしか思えない。
 そもそも何で追い掛けてくるのか? こんな取るに足らない小娘と小僧の二人くらい放っておいても構わないだろうに。まさか、殺す気で弄び続ければ将来は英雄になるとでも思っているのだろうか?
 だとしたら、魔領主というのはバカだ。
 大馬鹿者のサディストの、どうしようもない暇っこきだ。

「おい、しみったれた面してる場合か。見えたんなら教えろ。立ち止まるな」
「うううぅぅぅ……デーモンですぅデーモン。デーモンでした。れっさぁでぇもん~~」

 へたり込みそうになったところで手を引かれ、無理矢理に歩かされる。
 迫る恐怖がデーモンならば、誘う狂気はデビルかデスか?

「ふむ、火に弱いのか。勝てない相手じゃなさそうだ」

 涙声を絞って敵の詳細を告げたティーナは、世間話程度の気軽さで相づちを打つゼイロの姿に、何か言い表せない虞のようなものを感じずにはいられなかった。
 何処までも不敵で、何処かしら楽しげ。
 あらゆる苦難に負けず進まんとする、屈折した健やかさが窺える。

「か、勝てるの? 自信ある?」
「あるある。あるから手伝え」

 しかし、だからこそ、彼の言葉には力が宿っている。
 気休めではない。吹き込まれた者の心に導の火を灯す、熱い風が渦巻いているのだ。

「火の魔法が得意なんだろ? じゃあ、最初に一発でかいのをお見舞いしてくれ。
 できるだけ広範囲に炎を浴びせられるようなやつだ。倒す必要はないぞ。軽い火傷で充分だ。
 連中の姿がはっきり見えるようになればいいんでな。後の始末は任せとけ」

 特に、自らが矢面に立つ事を厭わないところが素敵。
 見つめられるとクラクラする。
 やっぱり吊り橋効果なのだろうか? もしかしたらステータス異常かもしれない。悪魔の囁きとか視線とか、とにかくそういう感じのやつだ。
 ……別の意味で怖くなってきたかも。
 人里に着いたら神様にお祈りしておこう。神官にお祓いを頼んでみるのもいいだろう。
 多分それで、この風邪みたいな症状は治まるはず。

「……どうした?」
「う、うん。何でもない。大丈夫」

 気を取り直し、該当する魔法のデータを脳裏に浮かべる。



 ◆ 魔法 【爆裂火球Lv 2】 〈高 難易度〉 〈火霊術系〉 〈魔霊術系〉 〈攻撃系〉 〈射撃系〉

    MPを消費して火の精霊に働き掛ける事で、球状の炎の塊を発生させる魔法です。
    火球は着弾点を中心にその炎を広げ、範囲内の物を燃焼させます。
    直撃を受けた対象は基本の倍のダメージを受けますが、
    距離と共に火勢が弱まっていくため、効果範囲全体に一定のダメージを与えることはできません。
    着弾点から離れた位置に居る対象へのダメージは減少してしまいます。
    咲いては散る巨大な炎の花のごとき見栄えから、攻撃魔法の花形とされて久しい魔法ですが、
    未だに持て余してはパーティー崩壊の危機を招く術者が絶えません。
    用いる際は味方を巻き込まないように細心の注意を払いましょう。

     対象に火を付ける(小)。 着弾点を中心に爆発する(小)。
     対象に 3D6+(《火霊術》技能熟練度÷9) 点の炎熱ダメージを与える。

     基本消費量  MP 30

     有効対象  複数(使用者を含む)
     有効射程  (火霊術》技能熟練度÷9+WIL)×魔法Lv メートル
     効果範囲  (火霊術》技能熟練度÷9+WIL)×魔法Lv-70% メートル
     効果時間  一瞬



 複数の敵を巻き込めるといえば、これしかない。
 【爆裂火球(ファイアーボール)】。ティーナが唯一習得している範囲型の攻撃魔法だ。
 だが生憎と、撃った試しは数える程度。
 習得したばかりで練習する機会がなかったのだ。──いや、正確に言うと機会はあったのだが、ティーナのパーティーでは前衛が敵を片付けてくれるという戦いがほとんどだったので、そうそう使う事はないかと後回しにしていたのである。
 緊張で体の芯が熱くなる。後悔先に立たずとはこの事だ。
 ……けど、当てるだけなら大丈夫。

「狙いは適当でいい。頼んだぞ」

 背中を押す小さな手に支えられるような気持ちで魔法を選択すると、いつものように自らの意志とは関係なく息が紡がれ、舌が躍り、唇が動きだした。
 【爆裂火球(ファイアーボール)】の呪文の詠唱だ。魔法や特技の発動に関わる手順は基本的にオートで行われるのである。
 最初は勝手に動く身体を気味悪く感じていたのだが、今となっては慣れたもの。収束する魔力と共に昂ぶり始めた心のままに素早く反転。10体の下位魔族が反応する前に右手を突き出し、

「【爆裂火球(ファイアーボール)】!」

 高らかに唱える。
 掌に生じた熱さが一瞬で遠ざかり、大気を焦がす独特の音を響かせて大きく爆ぜる。
 その現象は鮮烈な光となってティーナの両目を貫いた。

「まぶっし!?」

 狙いを付けるために熱感知視覚のままでいたのが原因なのは言うまでもない。

「アホか、よくやった!」

 褒めるか叱るかどっちかにしてほしいが、それなりに効果はあったのだろう。ゼイロの駆け出す気配が興ったすぐ後に雄叫びと獣じみた悲鳴が聞こえてくる。
 とても野蛮で勇ましい、暴力の音色だ。
 ギロチン包丁で骨肉を断つ小さな勇姿が在り在りと浮かんでくる。
 涙で滲む視界には少々強すぎる刺激だったが、何も聞こえないよりは遙かにマシというものだろう。

「もう一発、ファイアーボールだ!」

 そしてどうやら戦況も悪くはないらしい。

「まだ見えないんだけど!」
「構わん! まっすぐ正面に撃て!」

 10体もの下位魔族を相手にしながら指示を出せるのは素直に凄いと思う。しっかりと余裕を持って戦えているという証拠だ。

「次は右に! そこでストップ! ファイア、ファイア、ファイア!!」

 本当に、やな奴だけど頼もしい。


「やべえ! 逃げろぉぉ────っ!!」

 ……って、ちょっと!?

 視力が回復して真っ先に見えたのは、こちらに向けて猛然と駆けてくるゼイロの姿だった。
 置いて行かれては堪らないので、ティーナも反射的に後を追う。

「あんた、後は任せろとか言ってたわよねぇぇぇ!?」
「言ったよ! 片付けたよ! 最初の連中はな! アレ見ろアレ!」

 促されて見れば、側面の森から続々と現れるレッサーデーモンらしき群れの影。
 逃げ惑う野生動物も混じっているので正確な数は分からないが、【爆裂火球】を百発撃っても殲滅には程遠いであろうというくらいには推し量れた。
 常識外の規模の新手である。

「なんでよっ!? ねえ、なんで!? なんであんなに追っかけてくるのぉぉ!!?!?」
「さあな。話の通じる奴が来たら訊いてみるといいさ」

 10レベルにも満たない個人の力量ではどうする事もできない、圧倒的な物量だ。
 統制がとれているようには見えない。
 走って逃げ切れるとも思えない。
 まるでレミングスの行進。生きて押し寄せる波のごとき猛威であった。

「余裕ぶってるけど、何か考えがあるんでしょうね!?」
「いや、特に何も。足が抜けるまで走れとしか言えんな」
「足の前に魂が抜けるわよっ!!」

 併走するゼイロの髪を引っ掴んでやりたい衝動を抑え、速度の維持に全力を挙げる。
 余計な事に労力を避けるような余裕はない。
 昨日もフレゲレス相手に走り回らされたのだ。身体が資本の冒険者家業とはいえ、こう立て続けでは身が持たない。
 先行きの暗い逃避行を想い、ティーナは己の巡り合わせの悪さを呪った。

「そうなったら、お前のアイテムは俺の物だな」

 ついでにゼイロの事も呪ってやった。
 ……絶対に、こいつより先には死んでやらないんだから!
 生き延びるための意欲が無自覚の内に燃え盛る。

 旅を共にして一日目。連れの図太さに早くも感化され始めたティーナであった。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






 子供のお遊びだと思って甘く見たのが間違いだった。
 
「あの畜生共め!」

 馬の蹄と軋む車軸の音だけが繰り返し耳を打つ馬車の中で、男達は口々に昨日の失態の原因を罵っていた。
 本心からの苛立ちを剥き出しにしてがなる様は、手足を拘束する枷の存在を抜きにしても一目で悪党と分かるほど。そんな輩が10人近くも詰め込まれているせいで酷く不愉快な空間となってしまっている。
 彼らは帝国の農村部で活動していた人攫いの一味であった。

 アリュークスにおける奴隷制度は比較的ポピュラーな労働システムであり、多くの国家では刑務所にぶち込んでおくよりもタダ働きをさせた方が公共の利益になるであろうとの経済的な理由から、犯罪者や支払い能力のない債務者のみが刑罰奉仕や強制労働という名目で奴隷階級に落とされるため、批判的な者は一部のエトラーゼなどの少数派に限られている。
 取引は公認の奴隷商が請け負う仕組みになっており、買い手のほとんどは恒常的な労働力を求める農園や鉱山の経営者達だ。
 これが奴隷取引の正規ルート。
 その経緯から、若い女性や子供が売りに出されるケースは非常に少ない。
 司法が未熟であったり富裕層と貧困層の差が激しい地域であれば話は別だが、大きく取り沙汰されるような事態にはなっていないというのが現状だ。

 非正規ルートの奴隷取引は、そういった穴に付け込む形で行われる。
 例え違法な手段で集めた奴隷であろうとも、役人や司法のお目こぼしが利く国で認可を受けてしまえば問題にならないというわけだ。
 登録された奴隷には国際規格のマジックアイテムによるマーキングが施されるため、国外逃亡を果たしたとしても真の自由は得られない。解放されるには自分で自分を購入できるだけの資金を稼ぐか、保証人その他を伴って法廷に訴えるかの二通りの方法しかないのである。
 当然ながら、そんな都合の良いアテやコネを持っている奴隷はまず居ない。
 居たとしても、売却される前に身代金の支払いなどで決着が付いてしまうだろう。

 故に、違法奴隷の被害者の大半は、罪なくか弱い女子供だ。
 平凡な男よりも高値で売れるし、拐かすのにも苦労が少ない。官憲の目が届きにくい地方の者なら成功率も跳ね上がる。

 ……しかし、さすがに欲を掻きすぎた。
 そろそろ網が張られそうだから、東部開拓地経由で南に逃げよう。
 ついでに商品の仕入れもできる。一石二鳥の美味しいルートだ。
 人攫いの男達が帝国東部の開拓村に繰り出したのは、そのようなクソッタレた事情からであった。

 国境付近の警備は把握していたし、内海を渡る船の手配も整えている。入念な準備を済ませた上での道行きだ。
 本来なら無事に逃げおおせられるはずだった。
 ちょっと人気のないところで遊んでいた子供達を拉致して国外に脱出するだけの、簡単な仕事のはずだったのだ。
 子供の一人が飼っていた羊と牧羊犬にさえ出会わなければ……。

「納得いかねええ!! 信じらんねえーっ!!」

 それはまさしく、悪夢のような誤算だった。
 荒事に慣れた大の男達が、どう見てもただの家畜にしか見えない生き物に叩きのめされてしまったのである。
 剣を使った。魔法も使った。形振り構わず戦った。
 なのに、負けた。ボコられた。
 羊一匹殺せなかった。

 そうして目を覚ました時には囚人護送の馬車の中。
 御者を務める帝国の警兵に尋ねれば、行き先は最寄りの町の裁判所だという。
 判決は縛り首か、死ぬまで続く過酷な強制労働といったところだろう。奴隷狩りが奴隷になるわけだ。
 悪い冗談としか思えない顛末である。

 何としてでも逃げなければ。

「おい、どうした? 何で止まる?」
「警兵さんよ、魔物でも出たのかい?」

 悲鳴のような嘶きと共に、二頭立ての護送馬車が足を止める。
 恐らく魔物の気配を感じ取ったのだろう。忙しなく首を振る馬達の萎縮しきった様子に、人攫いの頭目は内心で喝采を上げた。
 早くも脱走のチャンスが訪れた、と。
 熟練の目配せで手下達に文句を垂れろと指示を出す。

「魔物だって!? マジかよ!?」
「おーい、大丈夫なんだろうなあ!?」

 御者を含めた6人の警兵達はどれも実戦経験の少なそうな者ばかり。できるだけ不安を煽ってから協力を申し出れば、臆病風に吹かれて妥協する可能性は充分にある。
 一人でも自由になれれば御の字だ。騒ぎに乗じて馬車を奪えるかもしれない。

「死にたくねえええ!!」

 大人しくしていたところで待っている運命は死か生き地獄のどちらかなのだ。今更、己の見苦しさを顧みるような潔い連中ではなかった。
 
「手を貸そうか? 人手は多い方がいいだろ?」
「なあ、せめて足枷は外してくれよ!」
「頼むから早くしてくれ!」
「間に合わなくなっても知らんぞぉぉぉ!!」

 もう一押しでいけるか?
 確認のため先行していた警兵が慌てて戻ってくるのを見て、密かにほくそ笑む。
 しかしそれは淡い期待、浅はかな目論見というもの。
 打ち砕かれるのがアリュークスの摂理だ。

「…………や、山火事でも起こったのか?」

 必死の形相で先頭を駆けるのは人間の子供とエルフの少女。
 その後ろに続くのは、森に住まう凶暴な魔物と無害な動物達が渾然一体となったスタンピード。
 街道の向こうから押し寄せるそれらは余りにも膨大で、もはや群れというよりは一個の波のようだった。
 20人足らずのまとまりに欠けた集団ごときで対処できるような脅威ではない。武器を手に立ち向かったところでプチッと潰されるのがオチだろう。

「抜ける前に代わりの足が見つかったな!」

 呆然と眺めているだけの空白を断ち切ったのは、群れから逃げてきた二人連れの片方。ブロウンらしき特徴を備えた下着姿の子供だった。
 走り込んできた勢いのままに御者台に飛び乗り、

「ようし、いい子だ! 俺と一緒にダービーを目指そう!」

 堂に入った手綱捌きで馬車を転身させる。とんでもない即応力の持ち主だ。

「っもう嫌! っもう走れない! っもう何なのよ! ほんとにもう!」

 モーモーうるさいもう片方のエルフの少女は、馬車に乗り込むやいなや盛大にベソを掻き始めた。連れと違って見た目相応と言えば相応かもしれない。
 頭目は何の冗談でこんな事態になったのかを尋ねようとしたが、全速で駆ける馬車の中では手下達の下敷きにならないように踏ん張るのが精一杯だった。
 騎馬で同道していた警兵達も後に続き、元来た道をひた走る。

「もっとスピード出せよ!」
「追いつかれるぞ!」
「痛てぇっ! 踏むな踏むな!」

 脱走云々の話はすでに遠く記憶の彼方。護送馬車の一行は圧倒的な命の危険に追い立てられて混乱の極みに達していた。
 助かりたい。助かりたい。
 死にたくない。
 もっと速く、何でもするから何とかしてくれ。
 ある意味、心は一つの状態だ。

「ティーナ、荷物を捨てろ」

 そう長続きはしなかったが。

「……え? にもつぅ? そんなのどこにあるってのよ?」
「目の前にむさ苦しいのがあるだろうが。邪魔だから全部捨てろ。馬がバテちまう」

 手綱を握る子供の口から吐かれたセリフに、馬車内の空気が一気に冷え込む。
 囚人護送のための馬車なのだ。私物や押収品の類は載せられていない。
 積み荷に相当するのは囚人で、罪人で、人間で……つまり自分達だ。
 それを捨てろと、まるでお茶を入れてくれとでも言わんばかりの気軽さで、この小僧は宣ったのである。
 実に合理的な判断だが、子供の口から聞かされて気持ちの良いものではない。捨てられる側となれば余計にだ。
 まったく堪ったもんじゃない。

「じょじょ、じょ、冗談じゃねえぞ!!」
「死んじまうだろうが!」

 エルフ少女も明らかに尻込みした様子で視線を泳がせている。

「え、えっと、その、言いたいことはわかるんだけど……」

 連れの背中と抗議の声を上げる生きた荷物との間で行ったり来たり、

「無理よ、無理無理!! ぜったい無理! やったことないもん!」

 泣き腫れた顔には恐怖と困惑の相が浮かんでいた。

「当たり前だ。あったら逆に驚くわ」

 毒気を抜かれたような調子で子供がぼやく。
 叱咤しないのは諦めたからではなく、任せられないと見切りを付けたからなのだろう。元々の御者に手綱を返し、気負いのない足取りで荷台に乗り込んでくる。
 眼が合ったのは、ほんの一呼吸にも満たない間の事だ。

「や、やめろ。やめてくれ……」

 だが、それだけで充分。
 分かってしまった。射竦められてしまった。
 この少年は、紫の瞳の持ち主は、自分達など及びも付かない悪の権化なのだと。
 でなければ完璧な異常者だ。たかだか10歳程度にしか見えない小僧に、どうしてここまでの凄みがある? 今までに出会ったどの生き物よりも怖い。怖い。怖い。同じ空気を吸ってるだけで心臓が止まりそうだった。
 許しを……許しを請わなければ……。

「しし、従います。あなたの下に付きます。何でも言うことを──」

 どうにか絞り出せたのは、本心からの服従を訴える言葉だけ。
 結局、返事はもらえなかった。
 ──というより、最初から耳を貸すつもりがなかったのだろう。

「ぐぇっ!」

 すでに手下の半数が、少年の振り下ろす刃に脳天を割られて絶命していた。
 拘束された手足を振り回して必死に抵抗していた残りの連中も、鶏を絞めるかのような手際の良さで次々と喉笛を切り裂かれていく。
 それはまさに、ある意味での芸術。冷徹な意志による遂行を主題にした殺戮劇であった。
 とても無慈悲で残酷で、どうしても目が離せない。
 鎖骨から心臓にまで達した鋼の冷たさすらも、他人事のように感じられる。
 逃れようのない死の恐怖を前にして諦めの境地に至った頭目は、ただ夢心地のままに逝く事ばかりを望んでいた。

「や、やっぱり痛てぇぇ~~……!!」

 まあ、所詮は付け焼き刃のトランス状態でしかなかったのだが。
 三流の悪党の最期にしては、下手に足掻かない分だけ上等な部類だったと言えるかもしれない。

 こうして名も無きクズ野郎の集団がまた一つ、アリュークスの大地に散っていったのである。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







 最後の囚人を始末したところでギロチン包丁を収め、顔に掛かった鮮血を拭う。
 これで本当の意味での荷物になったな。
 御者の話だと人攫いだそうだし、更正の余地のない腐った面構えの連中だったから別に悪いとは思わんが、目撃者の存在が気に掛かるな。

「急いで捨てるぞ。そっちを持ってくれ」
「えぇ!? 持てって……嫌よ、ダメ、無理! だってこれ、死んでるじゃない!」

 例え死刑囚であろうとも手続きを素っ飛ばして殺してしまえば罪に問われる。それが法治国家というものだ。
 つまり、俺は殺人の現行犯で、こいつらを護送していた帝国の兵士達には俺を逮捕しなきゃならん義務があるわけだ。

「ユニークな嫌がり方をするな。死体くらい見慣れたもんだろ」
「触るのは初めてなのよ!」

 今すぐ何かをしてくるとは思えないから、恐らく安全な場所に辿り着き次第、身柄を拘束という流れになるだろう。

 ……んーむ。
 現場の裁量で有耶無耶にしてくれねえかな? 上手いこと言いくるめれば何とかなるか?
 ぶん殴ってふん縛って、馬をもらってトンズラするのもいいな。どうせ2万キロの彼方に高飛びする予定なわけだし。
 ちなみに手を汚すつもりはないぞ。
 社会のマイナス要素にしかならない連中ならともかく、巻き込まれただけの無関係な人間を無闇に殺すのは性に合わん。ティーナじゃないが俺も嫌な事はできるだけやりたくないのだ。
 どうしても必要とあらば容赦はせんが……まあ、成り行き次第だな。
 お天道様の下に出ても綱渡りなのは相変わらず。次の朝日を拝むために全力を尽くそう。

「1、2の3でポイだからな。間違って落ちるなよ」

 とりあえずは、荷台に転がっている汚い荷物の後始末だ。

「ううっ! まさかこんな人殺しの片棒を担ぐ羽目になるなんて……」

 泣き言だだ洩れ状態のティーナと二人でいそいそと、目まぐるしく流れる地面に投棄していく。
 石畳で舗装された街道を跳ねて転がるその様は目にも耳にも悪いものだったが、騒々しく追い掛けてくる魔族と動物の混成軍があっという間に掻き消してくれたので、具体的な不快感を覚えるほどではなかった。
 むしろ、捨てるというよりは怪獣に餌をやっているような感じで微妙な気分になってくる。
 
 ……あと、この作業はアレだ。
 メキシコ湾に死体を捨てていた駆け出しの頃を思い出しちまうんだよな。
 当時の相棒は臭い息を吐くヤク中のゲイで、死んだ野郎にまで突っ込もうとする困った奴だった。
 あいつに比べると、うるさくてバカなだけのティーナは別次元の好人物と言えるだろう。
 それなりに役に立つし、文句言ってても結局は手伝ってくれるし。

「仕方ねえだろうが。現状維持だと追い付かれて死ぬ。放り出しても頭を打って死ぬ。助かってもすぐに踏み潰されて死ぬ。
 ってな具合で、どの道こいつらは死ぬしかなかったんだから。グタグタ言うだけカロリーの無駄だ」

 ちょっと口を動かすだけで大人しく引っ込んでくれるんだから、扱いも楽なもんだよ。

「でも、実際に殺したのはあんたじゃないの!」
「そりゃそうした方が手間が省けるからな。誰だって駄々っ子みたいに暴れる大の男を引き摺って放り出すなんていう重労働はやりたくないだろ。──ほれ、いち、にぃのさ~んっはい!」

 よし、これで風通しが良くなったな。クソ狭く感じられた馬車内の空気もスッキリだ。
 最後の荷をひときわ高く放り投げた俺は、清々しい労働を終えたばかりの健やかな笑顔で御者台に座る兵士の背中に声を掛けた。

「あんたもそう思うよな?」
「……ん、何の話かね?」

 ふむ、即答か。
 返事が遅れるようなら軽く脅すつもりだったんだがな。あっさり同意を得られちまった。
 まあ、多少なりとも働く頭があれば必要な措置だったと理解できるだろうし。実際に馬車を動かしてるんだから当然と言えば当然か。

「ほ、本当に? 本当にいいんですか、警兵さん? こいつを野放しにして」

 逆にティーナの方にこそ口止めが要るのかもしれん。

「落ち着きなさい、お嬢さん。罪のない子供を逮捕するわけにはいくまいよ」
「罪がないってそんな……。ちゃんと人の顔を見て言えます? まっすぐ目を見て言えます? 言えますか!? 言えませんよね!?」
「もちろん言えるとも」
「うわぁぁぁん!!」

 こらこら、お前は俺の味方じゃないのかよ。
 思ったより遵法意識が高いのは結構だが、精神の柔軟性を欠いたまま生きるくらいなら改めた方がいいぞ。

「彼は無罪だ。囚人達は事故で死んだんだ。稀によくある平凡な話だよ」
「な、なんて白々しい……」

 ……いや、こりゃ単に混乱してるだけだな。
 自分が初めて人間の死体を作った時の事を思い出す。怒りで我を忘れていたせいで頭の中が真っ白だった。初めて死体を触った今のティーナも似たような状態なんだろう。充分な睡眠を取れば立ち直るはずだ。
 カウンセリングは必要ない。
 何しろ仲間の調理現場を見たその日の晩に飯が食える女なんだからな。心配するだけ損ってもんだよ。

「アホは放っといて建設的な話をしよう。このまま行くと開拓村に着くそうだが、進路を変えなくて大丈夫なのか?」

 後方の群れを眺めながら『警兵さん』と呼ばれた兵士に尋ねてみる。
 スピードはこっちの方が上だし、馬の負担も減ったからスタミナ切れで追い付かれる事はないと思うが、先に人里があるのが問題だ。
 あの勢いは石造りの城壁か大きな堀でもなけりゃあ止められんだろう。
 開拓村の防備がどんなものなのかは知らないが、下手したら全滅もあり得る。そんな後味の悪い展開だけは何としてでも避けたいところだった。
 命惜しさで村一つ犠牲にできるほど無能でも恥知らずでもないつもりなんでな。
 最悪の場合、街道を外れて森に突っ込む事も考えておくか。

「ああ、大丈夫だ。フェイブ村は【獣除け】と【聖域】の魔法で守られている」

 ん? 何の魔法がどうしたって?

「結界が張られてるみたいね。低級のモンスターや動物なんかじゃ近づけないはずよ」

 膝を抱えて微かな安堵感を漂わせているティーナに補足を求めたところによると、魔物やら肉食獣やらの生息圏に近い地方では、目に見えない魔法的な壁で集落を守るのが常識とされているらしい。
 この先のフェイブ村も御多分に洩れずとの事だ。 
 規模や強度なんかは集落によってピンキリで、酷いのになると庭の垣根程度の効き目しかないって話なんだが、そこら辺に関しても心配は要らないらしく、何でも帝国の開拓事業部から資金提供を受けているおかげで、かなり信頼性の高い結界が張られているんだと。
 警兵さん曰く、あれくらいの魔物ならば難なく防ぎ切れるとか。

 ……なるほどね。
 こいつら妙に落ち着いてるなと思ったら、そういうわけか。
 助かる根拠があったからなんだろう。よっぽどのドジを踏まない限り死にようがないもんな。

「君たちのおかげで馬車も軽くなったことだしね。もう安心してもいいと思うよ」
「……それって皮肉ですか?」
「いや、素直に受け取ってくれると嬉しいんだがね」
「どっちにしても最低よ」

 素晴らしきは予算に余裕のある自治体というやつか。
 このまま無事に辿り着けたら、お詫びの印に警兵さん達の肩でも揉ませていただきましょうかね。
 それとも、気の利いた物を墓前に供えてやるべきか。

「……なあ、その結界ってのはああいうのも防いでくれるのか?」

 俺達の巻き添えで死ぬような目に遭わせてしまって、誠に申し訳なく思う限りだ。
 晴れるどころか急激に濃さを増していく物騒な空気を感じ取った俺は、やや投げやりな調子で二人の視線を促した。
 異様な物体が後方の群れを押し潰しながら、えらい勢いで距離を詰めてくる。

 最初は岩か何かが転がってきてんのかと思っていたんだが、見間違いだったようだな。
 岩石質だが無機物じゃない。丸まって滑らかな球状に形を変えた、アルマジロみたいな生き物なんだ。



 ◆ イワ アルマジロ  LV 8

   HP ??/??  MP ??/?? MP ??/??

  詳細: ???



 直径3メートルくらいのな。
 名は体を表すって言葉そのまんま。恐らくはアリュークスに生息するアルマジロの一種なんだろう。
 甲羅には轢き殺してきた生き物達の血がべっとりと付いている。もっと小さければユーモラスで可愛いと評されたかもしれないのに、今のこいつはまるで街道を赤く塗りたくらんとする巨大なローラーのようだった。
 正直言って、手持ちの武器が通用する相手とは思えない。
 けれども、所詮は動物だ。知能の程度は知れたもの。
 倒す必要がないと割り切って考えれば、いくらでも対処のしようはある。

 本当に厄介なのは、こっちの方だな。

「キャーッキャッキャッキャ!!!」

 イワマジロの上に乗っかってる、人間っぽい何か。
 真っ白い地にゴテゴテとした模様を描いた顔面と、如何にも道化でございといった衣装で陽気に笑う、不気味の国の大道芸人。
 俺達に追い付いてきたのは、そんなふざけたピエロみたいな奴だった。
 ……いや、みたいなじゃなくてピエロか。
 ジャグリングで十数本のナイフを弄びながら、馬並みに速い玉乗りならぬアルマジロ乗り芸を披露してくれているのである。本職と見て間違いないだろう。

「ぐっ!? ぐれれ、グレーたぁ!?」

 そう、本職のデーモンのピエロ様だ。
 ティーナの悲鳴から察するに、どうやらこれが上位魔族というやつらしい。
 昨夜の内にエト版で調べた内容だと、確認されている中で最弱の個体でも14レベル。しかも、戦うなら一人じゃなくてパーティーを組んで挑むようにと書かれていたはずだ。
 シニガミ──レギオンゴーストが12レベルだったという事を考えると、確かにちょっとお目に掛かりたくない相手ではある。
 まあ、レベルなんてのはあくまでも目安に過ぎないと思ってたんだけどな。
 実物を前にしてみて、よく分ったよ。

 こりゃ普通の人間には堪らんわ。
 何処がどうというわけでもないのに、ただ見ているだけで脳髄が疼くような感じがする。
 本能が過剰な警鐘を鳴らしているせいなんだろうが、気の弱い奴なら泡吹いて倒れちまってもおかしくない。
 俺もこれまでに体験した未知との遭遇で慣れていなかったら、立ち眩みくらいは起こしていたかもしれねえな。
 まったく、大した化け物だよ。
 そんなのが2匹も居るってんだからな。本気で涙が出てくらぁね。

「HAHAHAHAHAHA!!」

 もう1匹の上位魔族はイワマジロの陰から、けたたましい排気音と共に飛び出してきた。
 わー、かっこいー
 石畳を切り裂いて走るマシンが一呼吸で馬車を追い抜き、左前方の位置をキープする。
 獣骨で装飾されたそれは紛れもなく大型の自動二輪。ガソリンエンジンで駆動する鋼鉄の駿馬であった。

 おいこら、待てや。
 何で悪魔がバイクに乗ってんだ?
 こっちじゃお馬さんが主役のはずだろうがよ。道を譲れクソ戯け──って!?
 初見の驚きと呆れは、そいつの右手に握られた物によって一瞬で霧散した。
 うおおっ! 野郎、銃まで持ってやがる!!

「早く伏せ──」

 俺の注意を遮り、銃声が轟く。
 最初に頭を吹っ飛ばされたのは、すぐ手前で馬を走らせていた警兵だった。
 ……危ねー。象撃ち用の散弾だよ。
 身体の何処にくらっても肉片にされちまう。俺の持ってる盾じゃ防ぎ切れんぞ。
 現に今、目の前で、鋼鉄の鎧を着た警兵が一番分厚いはずの胸甲部分に風穴作って死んじまったからな。
 鋼鉄に匹敵する強度と銘打たれている代物に、命を預ける気なんぞ起こるわけがない。

「え? なに? えぇぇ!?」
「伏せろっつったろうが!」

 事態を呑み込めずに固まっていたティーナを荷台に蹴り飛ばし、同じように硬直していた御者の警兵さんを引っ張ろうと手を伸ばす。

「ひぃっ!? きゃああああああ!!」

 ──が、さすがに間に合わなかった。
 血と肉の混合物が俺とティーナに降り注ぐ。
 あー……。
 すまんが、俺の身体は一つしかないんでな。この状況で二人分の面倒を見るのは不可能なんだわ。
 どうかデーモンだけを恨んで、安らかに眠ってくれ。

「HAAAAHAHAHA!!」

 ……あと、仇討ちは期待しないでくれ。
 警兵達を皆殺しにしたバイク乗りの上位魔族は、ピエロ以上に衝撃的な格好をした奴だった。
 いや、もう、何て言ったらいいのかね。
 マッドなマックスが活躍する、あの映画を彷彿とさせる出で立ちなんだよ。厳ついフルフェイス・ヘルメットと風を引いて流れるロングマフラーがお洒落な世紀末野郎だ。
 散々ぶっ放してくれた得物は、ダブルバレルのソードオフ・ショットガン。
 賭けてもいいぞ。こいつは絶対メル・ギブソンの熱狂的なファンに違いない。
 種族とか敵味方とかの違いがなければ、彼の作品について語り合えたかもしれないな。

「HAHAHAHAHAHAHAHA!!」
「キャッホ! キャッホ! キャッホ!」

 意思の疎通が可能かどうか、甚だ疑問ではあるが。
 ピエロの投げるナイフをタワーシールドで弾きつつ、千切れた手に握られたままの手綱を取る。

 …………さて、クソ。

「ティーナ」
「……なに?」
「楽しくなってきたな?」
「え?」
「楽しくなってきたよな?」

 ティーナがどんな顔をしているかは分からなかったが、息を呑む気配だけは伝わってきた。
 とりあえず、これだけ威勢を示しておけば大丈夫だろう。まだまだ正気を保っててくれるはずだ。
 手札は一枚でも多い方がいいからな。あっさり退場なんてされたら俺が困る。
 最後の最後まで付き合ってもらうぞ。


 2匹の魔族の視線が交差し、凶暴な気が膨れ上がる。
 呼吸するだけで寿命が削られそうな圧迫感が支配する中で、

「…………へっ」

 俺はこれ見よがしに中指をおっ立てた。

















あとがき

 中々先に進めません。
 予定していた弱い者イジメはあっさり終わって、また理不尽な敵が相手です。
 次回で村に着けるとは思いますが、どうなりますやら。
 多分、ヒロインが登場すると思います。

 すっかり凡人バカ女扱いされているティーナですが、決して無能ではありません。
 ステータスはこんな感じです。



■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 名前: ティーナ

 種族: ライト エルフ  性別: 女性  年齢: 37

 LV 7  クラス: シャーマン/フレイムメイジ   称号: 家出娘

 DP 5(現在までに146p使用)  クエスト達成数:71  評判:+89/-3

 名声: 956
 (冒険 609 戦力 326 政治 21 宗教 0 軍事 0 商業 0 職能 0 芸能 0 学術 0 芸術 0) 

 HP 48/48  MP 200/200(154+30%)  CP 52/52

 STR 11(+5)  END 12  DEX 16  AGI 19(+2)  WIL 27(+5+3) INT 24(+3+2)

 アイテム枠: 11/20

 装備: イチイの木の短弓 〈Dグレード〉〈超軽量級〉 (刺し 1D6+2)
      ライトレザーアーマー 〈Dグレード〉〈超軽量級〉 (物理防護 3) 
      防護のアミュレット 〈Cグレード〉〈超軽量級〉 (物理防護 5)
      耐熱のルビーリング 〈Cグレード〉〈超軽量級〉 (炎熱防護 20)
      スパイダーシルクの高級肌着 〈Dグレード〉〈超軽量級〉       
      スパイダーシルクの高級下着セット 〈Dグレード〉〈超軽量級〉
      ダック・フェザーブーツ 〈Dグレード〉〈超軽量級〉

 防護点: 9 (基本+1 装備+8) 炎熱+20

 習得技能枠: 35/35

 戦闘技能: 火霊術 81.4(+30) 放出 58.2(+10) 地霊術 55.3(+10) 弓 44.1  回避 41.0
        短剣 38.8  超常抵抗 35.8  体術 32.9

 一般技能: 地理 62.3  水泳 54.7  教養 68.0  瞑想 47.1  騎乗/馬 52.8 
        交渉 71.4(+20) 演奏/リュート 68.2  解体 43.0  語学 52.8  観察 60.0
        視認 48.2(+5) 聞き耳 46.3(+5) 生存術/森林 64.6(+10) 歌唱 66.8(+20) 踊り 53.5(+10)
        忍び 44.2  隠れ身 40.8  魔物知識 49.0  アイテム鑑定 46.7  気配感知 48.1(+5)
        魔力感知 53.6(+5) 捜索 40.6  作曲 34.9  行進 47.3  探知 39.6
        調理 49.0  単純作業 38.1

 習得特技/魔法枠: 40(+4)/39

 特技: [精霊感知]  〔精霊との交信〕  [霊媒の儀]  [精霊使い]  精密射撃Lv 2(中)
      連射Lv 2(低)  魔法熟練Lv 2(超)  魔法拡大/数  魔法拡大/距離  言語の習得×3

 魔法: 『火象制御Lv 3』(超)  炎の魔弾Lv 3(低)  灯Lv 3(低)  発火Lv 3(低)  浄化の火Lv 3(中)
      烈火の刃Lv 2(低) 火蜥蜴の吐息Lv 3(中) 閃炎Lv 3(低) 陽炎の衣Lv 3(低) 蜃気楼Lv 3(中)
      炎熱の加護Lv 3(低) 火霊の守護Lv 3(低) 加熱Lv 2(低) 幻炎Lv 3(中) 迎え火Lv 2(中)
      熱源感知Lv 3(低)  爆裂火球Lv 2(高)
 
      『地象制御Lv 3』(超) 土の魔弾Lv 3(低) 地霊の囁きLv 3(低) 大地の盾Lv 3(低) 大地の鎧Lv 2(中)
      土への恵みLv 2(低) 土を泥へLv 2(低) 隆起Lv 2(低) 大地の癒やしLv 3(低) 地霊の束縛Lv 1(中)
      掘削Lv 1(低)  地下道Lv 1(中) 地尖変Lv 2(中)
       
 特性; 美形  美声  三分咲きの華  魔力の泉


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 新しく表記された項目がありますね。

 『評判』はプラスが善評、マイナスが悪評という扱いです。
 人助けをした後に盗みを働いて捕まっても、感謝の念や実績が消えるわけではありませんからね。それとこれとは別の話というやつなのです。

 目安としては0~50で普通の人。
 51~100で近所付き合いの良好な人。マイナスなら引き籠もり。
 101~200で善意の人扱い。マイナスなら軽犯罪の前科持ち。
 700くらいでマザー・テレサ。マイナスの人物像はご想像にお任せします。
 最大は1000ですが、どんな奴かは私にも想像できません。


 『名声』は、その分野における知名度プラス貢献度みたいなものです。
 高ければ高いほど有名で凄い奴だと思われます。
 特に上限はありませんが、ティーナはまだまだ新人レベルといったところですね。






[15918] 暫定 キャラクターデータ まとめ
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2011/02/13 02:00
 この記事では登場キャラのステータスと簡易プロフィール、それに関係する特性、特技、魔法、種族等のデータを記載していく予定です。
 アイテムやモンスター等のデータは、載せるとしたら別記事になるでしょうね。


 ※ 特技・魔法のレベルアップに必要なDPは、低難易度で2から、中難易度で4から、高難易度で8から。1Lv上げるごとに倍々になっていきます。
    尚、特技・魔法のレベルは最大で5Lvまでとなっています。

 ※ 特技・魔法の名前に付いた ★ マークは、特性などの恩恵によってレベルアップのためのDPが半分になっているという印です。

 ※ ◇ マーク付きのものは、付与されているといった一時預かりの状態を表しています。
     特定の神を信仰している間だけ使用できる魔法などがそうです。

 ※ 一部の特技・魔法の名前を覆う括弧についてですが、
    [○○]ならばクラス固有。
    〈○○〉であれば種族固有。
    『○○』ならクラスなどの恩恵によって(+1Lv)強化されているという意味になります。



■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 名前: ????

 種族: ????  性別: 男性  年齢: 8

 LV 1  クラス: なし  称号: なし

 DP 1

 HP 22/22  MP 27/27  CP 23/23

 STR 15  END 9  DEX 11  AGI 5  WIL 8  INT 4

 アイテム枠: 3/17

 装備: なし

 防護点: 1(特性+1)

 習得技能枠: 7/15

 戦闘技能: 長柄武器 21.0  蹴打 16.0

 一般技能: アイテム鑑定 19.0  生存術/雪原 13.0  書道 26.0  事務 10.0  跳躍 28 0

 習得特技・魔法枠: 1/7

 特技: 激怒

 魔法: なし

 特性; 怒りの化身  美形  理想的骨格  多元素の血筋  活力の泉


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 未だ名無しの主人公の初期ステータスです。
 特性【怒りの化身】で大体のキャラが固まりましたね。
 前世はもちろんオリキャラです。実在の人物とかじゃないよ。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 名前: ゼイロドアレク

 種族: ????  性別: 男性  年齢: 8

 LV 2  クラス: バーサーカー  称号: なし

 DP 2 (現在までに19P使用)

 HP 59/59(49+20%)  MP 33/33  CP 54/54

 STR 21(+5+1)  END 10  DEX 13(+2)  AGI 15(+3)  WIL 8  INT 4

 アイテム枠: 17/20

 装備: スパイダーシルクの子供用胴衣  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用手袋  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用肌着  〈Eグレード〉〈超軽量級〉

 防護点: 5(基本+1 特性+2 装備+2)

 習得技能枠: 20/20

 戦闘技能: 長柄武器 31.0(+10) 打撃武器 20.8(+10) 蹴打 17.4  気功術 15.4(+15) 回避 3.7
         投擲 1.6  組み打ち 0.1

 一般技能: アイテム鑑定 21.5  生存術/雪原 13.0  書道 26.0  事務 10.0  跳躍 28 1
         観察 11.6  忍び 7.5  大道芸 20.1(+10) 探知 1.7  聞き耳 5.9
         気配感知 9.0  行進 2.3  呼吸法 5.6(+5)

 習得特技・魔法枠: 8/10(+4)

 特技: 激怒  [咆哮]  『覚悟Lv 1』  『突進Lv 1』  『早駆けLv 2』
      『力任せLv 1』  心頭滅却Lv 1  剛力招来Lv 1

 魔法: なし

 特性; 怒りの化身  美形  理想的骨格  多元素の血筋  活力の泉  烈なる気炎


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 12話の時点でのステータスです。
 名前も決まり、立派な狂戦士へと成長中です。
 伸ばしたいところが一杯あって困りますね。

 特技・魔法枠の(+4)はクラス設定によって習得したやつです。これは枠の勘定に含まれません。
 『○○』の強化特技は(+1Lv)という意味合いのものですから、枠を消費するとLv2になって正式に習得したという事になります。クラスを変えると素のLvに戻るわけですね。
 [○○]のクラス固有特技は、そのクラスに設定していないと使用する事はできません。クラスチェンジすると消えてしまいます。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 名前: ウェッジ 

 種族: 人間  性別: 男性  年齢: 18

 LV 1  クラス: ウィンド メイジ  称号: なし

 DP 1 (現在までに0p使用)

 HP 14/14  MP 21/21(19+10%)  CP 22/22

 STR 5  END 5  DEX 9  AGI 16(+5)  WIL 10(+3)  INT 8(+2)

 アイテム枠: 9/9

 装備: なし

 防護点: 0

 習得技能枠: 14/14

 戦闘技能: 風霊術 46.3(+30) 回避 41.6(+15) 放出 22.6(+10) 短剣 0.1

 一般技能: 言語 11.0  観察 32.3  楽器演奏/フルート 16.0  気配感知 29.1(+15) 魔力感知 22.1(+15)
         探知 13.5  忍び 18.7(+10) 行進 55.4(+35) 解体 0,4  調理 0.3

 習得特技・魔法枠: 5/8

 特技: ★精密射撃Lv 1

 魔法: ★風象制御Lv 1  ★突風Lv 1  ★風の魔弾Lv 1  ★増速の気流Lv 1

 特性; 愛嬌  風の一族  天性の射手  韋駄天の足


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 真人間ウェッジの初登場時ステータスです。
 前世は日本人で、陸上部に所属する健全な高校生でした。
 今の容姿は白人とのハーフみたいになっていますが、面影が色濃く残っています。
 本人はウェッジという名前を適当に付けたつもりですが、彼の前世の名字は上地。呼ばれ慣れていた名字の方に似た響きを無意識に付けちゃったんですね。

 身長 176cm 体重 68kg
 やや茶色が混じった黒髪黒目



■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 名前: テンダリウス・ローバーノ・フルシュシシニグラウクル・ボンガボンガ・バンガーバンガー四世

 種族: ドゥックマット  性別: 男性  年齢: 23

 LV 1  クラス: シーフ  称号: なし

 DP 1 (現在までに6p使用)

 HP 16/16  MP 29/29  CP 20/20(18+20%)

 STR 4  END 7  DEX 22(+4)  AGI 24(+4)  WIL 10  INT 9(+2)

 アイテム枠: 10/11

 装備: なし

 防護点: 0

 習得技能枠: 20/20

 戦闘技能: 回避 58.9(+25) 投擲 36.4(+10) 細剣 36.0(+10) 超常抵抗 22.0

 一般技能: 忍び 50.0(+10) 隠れ身 49.3(+10) 探知 39.7(+20) 気配感知 55.3(+20) 魔力感知 40.6(+20) 
        聞き耳 39.9(+20) 視認 44.5(+20) 交渉 48.4(+10) 観察 25.2(+20) 演技 5.7 
        行進 19.4(+10) 登攀 32.6(+20) 軽業 17.8(+10) 追跡 14.6(+15) 尾行 32.5(+15)
        罠設置10.5(+10)

 習得特技・魔法枠: 8/5(+3)

 特技: [盗賊の眼]  [盗賊の指]  [虚実の心得]  『軽業回避Lv 4』  『ピックポケットLv 2』
      『錬磨集中Lv 2』  〈見えざる狩人Lv 1〉  〈毒液精製Lv 1〉

 魔法: なし

 特性; 反射神経  鋭敏感覚


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 小悪党リザードの初登場時ステータスです。
 前世はブラジル人で、リオデジャネイロのファヴェーラ出身。
 あらゆる軽犯罪に手を染めながらギャングの使いっ走りをやっていました。
 もちろんサッカーが得意です。

 身長 180cm(猫背なので低く見える) 体重 71kg(痩せ型だが尻尾も含むため)
 顎の下から下腹部に掛けてはクリーム色、それ以外はブラックとオレンジの斑模様



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 名前: シャンディー

 種族: ティルケニス  性別: 女性  年齢: 47

 LV 2  クラス: アルチザン  称号: なし

 DP 0 (現在までに21p使用)

 HP 33/33  MP 26/26  CP 38/38(32+20%)

 STR 13  END 14  DEX 27(+5)  AGI 11  WIL 15(+3)  INT 13(+2)

 アイテム枠: 14/18

 装備: スパイダーシルクのローブ  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダージルクの肌着  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクのブラジャー  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの下着  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの靴下  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクのブーツ  〈Eグレード〉〈超軽量級〉

 防護点: 4 (基本+1 特性+1 装備+2)

 習得技能枠: 25/25

 戦闘技能: 糸操 48.1(+10) 回避 44.3(+10) 蹴打 41.8(+10) 体術 37.2(+5) 長剣 29.0(+5)
         盾 29.0(+10) 放出 21.5  投擲 16.4

 一般技能: 製織 77.4(+40) 編み物 78.5(+40) 裁縫 56.2(+20) 歌唱 37.6(+20) 踊り 58.7(+25)
         服飾 55.4(+20) 誘惑 42.0(+30) 交渉 34.4(+10) 登攀 40.0(+20) 忍び 36.6(+20)
         生存術/森林 40.0(+20) 生存術/山地 35.0(+20) 気配感知 25.7(+20) 魔力感知 23.5(+20) 観察 10.4
         行進 21.6  罠設置 15.7

 習得特技・魔法枠: 16/13(+3)

 特技: [神業作成/衣類]  [神業強化/製織]  [神業強化/編み物]  『修理Lv 2』  『修繕Lv 2』
      〈★蜘蛛の糸Lv 3〉  〈★蜘蛛の織布Lv 3〉  〈★蜘蛛の網Lv 2〉  〈★強靱なる糸Lv 3〉  〈★糸染めLv 1〉  
      〈★耐熱の糸Lv 1〉  〈★耐冷の糸Lv 1〉  〈防水の糸〉  〈★報せの糸Lv 2〉  〈★粘着の糸Lv 2〉  
      〈★鋭利なる糸Lv 2〉

 魔法: なし

 特性; 反射神経  理想的骨格  種の才覚  万毒無効  魅惑のオーラ  生産力


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 蜘蛛女シャンディー姉さんの初登場時ステータスです。
 ティルケニスは平均寿命300年、成人年齢は40歳といった種族ですので普通に若いです。
 前世ではムエタイ王者などをやっておりました。
 ブロム・シー・ナー(四面梵天)の異名を持つ古式ムエタイの達人で、生涯戦績はムエタイ以外の公式、非公式の試合も含めると一千試合以上もの闘いを経験しています。やり過ぎです。
 リングの上でも外でも両手の指に余るほどの死者を出した人間凶器ですが、紆余曲折を経て面倒見の良い人格者へと成長していきました。
 現在の本人の性格は至って温厚、かつ献身的。今の身体を非常に気に入っています。

 身長 191cm 体重 89kg
 艶のある黒髪、瞳は単色でエメラルドグリーン、肌はインド系の黒褐色



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 名前: アヤトラ

 種族: ハーフ エルフ  性別: 男性  年齢: 12

 LV 2  クラス: スカウト  称号: なし

 DP 1 (現在までに34p使用)

 HP 35/35  MP 49/49  CP 52/52(43+20%)

 STR 16(+2)  END 12(+2) DEX 18(+3) AGI 22(+3) WIL 27  INT 16(+2)

 アイテム枠: 5/6

 装備: スパイダーシルクの子供用胴衣  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用下穿き  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダージルクの子供用肌着  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの下帯  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用靴下  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
      スパイダーシルクの子供用ブーツ  〈Eグレード〉〈超軽量級〉

 防護点: 3 (基本+1 装備+2)

 習得技能枠: 30/30

 戦闘技能: 回避 70.0(+30) 鞭・鎖 50.0(+10) 水霊術 55.0(+15) 気功術 40.0  体術 37.9
         超常抵抗 31.0  刀 17.7  放出 16.8(+5) 投擲 5.9(+5)

 一般技能: 探知 34.6(+10) 観察 50.0(+10) 忍び 34.2(+10) 隠れ身 33.7(+10) 罠設置 23.3(+5) 
         罠作成 29.0(+5) 罠解除 19,0(+5) 気配感知 48.4(+15) 魔力感知 44.2(+5) 登攀 16.0(+5)
         追跡 30.0(+10) 尾行 36.0  視認 41.0(+25) 聞き耳 38.4(+5) 戦術 34.2(+10)
         指揮 69.4(+40) 魔物知識 39.7  行進 29.6(+5) 歌唱 23.6(+20) 踊り 10.4(+10)
         演説 33.6(+30)

 習得特技・魔法枠: 28/26(+3)

 特技: [虚実の心得]  [斥候の心得]  『早撃ちLv 1』  『早駆けLv 2』  『★看破Lv 4』
      ★鼓舞Lv 2  ★激励Lv 2  ★鎮静Lv 2  ★一喝Lv 2  心頭滅却Lv 1
      不壊不屈Lv 1  剛力招来Lv 2  連撃Lv 1  薙ぎ払いLv 1  精妙撃Lv 1
      絡め取りLv 1  重ね当てLv 2  練気外装Lv 5

 魔法: 水象制御Lv 1  水の魔弾Lv 1  恵みの水Lv 2  流水の鞭Lv 2  流水の剣Lv 2
      癒やしの滴Lv 2  清めの滴Lv 2  聖なる水Lv 2  水霊の守護Lv 1  時間凍結Lv 5

 特性; 美形  美声  戦将  成長力  主導力  伝説の化身  魔操力


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 強力PCアヤトラさんの初登場時ステータスです。
 主人公よりも一ヶ月以上早いスタートを迎えた彼は、巨大な肉食昆虫やアンデッドが蔓延るスカベンジャーズ・マンション最下層から這い上がってきた唯一の生存者です。
 ステに恵まれていたのもありますが、八割方は本人の資質の賜物です。記憶障害に苦しみながらも、己の根底にある道義心に突き動かされる形で同輩達の先頭に立って戦ってきました。
 同レベルで彼に比肩する総合力を誇るプレイヤーは、恐らく世界に100人と居ないでしょう。

 前世はバレバレかもしれませんが秘密です。

 身長 150cm 体重 42kg
 青みがかった黒髪黒目、耳は短めで目立たない


■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■

 名前: ゴリバル

 種族: ライカンスロープ(ワーエイプ)  性別: 男性  年齢: 22

 LV 1  クラス: なし   称号: 野生のレイパー

 HP 37/37  MP 10/10  CP 26/26

 STR 27  END 31  DEX 9  AGI 11  WIL 3  INT 4

 装備: なし
 防護点: 5(基本+5)  獣化時 12(基本+9 特技+3)

 戦闘技能: 格闘 35.9  回避 18.2  拳闘 7.8  蹴打 2.2  組み打ち 2.0

 特技: 〈獣化制御Lv 1〉  〈威嚇Lv 1〉  〈野獣の毛皮Lv 1〉
 魔法: なし

 特性; 頑健  鋭敏感覚


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 NPCというか一発キャラやモンスター的な扱いのキャラは、簡易ステータスで表記しています。
 全てのプレイヤーは死亡してしまうと、名前が????の場合はランダムに決定され、生前の人柄やら行いやら評判やらに即した称号が贈られる事になります。
 彼の場合は最低最悪の部類ですね。


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■

 名前: グラコフ

 種族: ロック・オーガ  性別: 男性  年齢: 54

 LV 1  クラス: ブルーザー   称号: 石でも喰ってろ

 HP 71/71(+20%)  MP 18/18  CP 36/36

 STR 37(+5)  END 35(+5)  DEX 9  AGI 10  WIL 8  INT 7

 装備: なし
 防護点: 21(基本+9 技能+3 特性+1 特技+8) 炎熱+6

 戦闘技能: 格闘 49.8(+20) 拳闘 23.7(+10) 蹴打 22.6(+10) 体術 13.7(+5) 回避 11.5(+10)
         投擲 3.7

 特技: [要撃の心得]  [鉄壁の構え]  『覚悟Lv 2』  『突進Lv 2』  『力任せLv 2』
      『薙ぎ払いLv 2』  『不壊不屈Lv 2』  〈岩石質の肌Lv 2〉
 魔法: なし

 特性; 理想的骨格


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 彼のように本能や環境に負けて身も心もモンスターになってしまうプレイヤーは珍しくありません。
 外に出れば沢山居ます。群れのボスがプレイヤーなんて事もあったりなかったり。
 九割方は生まれ表の不幸ですね。








 特性

 特性とは、各人が持つ特殊な能力の事です。
 そのほとんどが生まれついての才能とでも言うべきものですが、どんなに優れた特性を持っていようと、研鑽を怠る者にとっては宝の持ち腐れに過ぎません。
 また、一生そのままというわけではありません。
 何かの弾みに成長を遂げるかもしれませんし、似て非なるモノに変質してしまうかもしれません。新しく増える事もあれば、失われてしまう事もあります。
 生かすも殺すも、結局はプレイヤー次第。
 あくまでも一定の事態で有利に働く素養の一つでしかないのだという事を、肝に銘じておくべきでしょう。



◆ 特性 【美形】

     貴方は並外れた美しさの持ち主です。
     その美を理解できる者達には、良くも悪くも平均以上の印象を与える事になるでしょう。
     美的感覚の異なる、まったくの異種族に対しては通用しません。

      他者への印象や好感度に対する反応判定にプラス、またはマイナス修正。

      《交渉》 《誘惑》 《踊り》 《指揮》 《演技》 《演説》 《社交》技能の熟練度に+10

      《外交》 《礼法》 《大道芸》技能の熟練度に+5

      以上の技能の判定にプラス、またはマイナス修正。
      場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 印象的ですが、実戦ではまったく使えませんから、それほど有利な特性ではありません。
 まあ、普通に生きていく分にはそこそこ、目立つ人生を送りたいならかなり役立つ事でしょう。
 ある意味、活用の余地が最も多い特性かもしれませんね。
 多分、あの主人公だと貞操を狙われる要因にしかならないと思いますが……。



 ◆ 特性 【怒りの化身】

    幼少時の体験か、身体に流れる祖先の血か、神か悪魔の祝福か、はたまた前世の記憶が故か。
    貴方の心の奥底にはマグマの如き怒りの感情が眠っています。
    魂の芯は常に熱く、滾ると共に澄み切っています。
    そして幸か不幸か、貴方の肉体は、その激情の発露に耐えられるだけの資質を備えているのです。

     クラス《バーサーカー》に設定しなくても、LV 1から特技【激怒】が使用できる。
     全ての抵抗判定と生死判定にプラス修正。
     意志判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。
     


 バーサーカーになったら意味ないんじゃね? という疑いのある特性ですが、抵抗判定と生死判定に付く修正を考えるとそうでもありません。
 当作品がSSではなくリプレイだったらば、地味に便利に見えたかもしれませんね。
 作品内でその具体的な効果を表現する事はできませんが、主人公のキャラ付けの一因とでも思っていただければ幸いです。



 ◆ 特性 【理想的骨格】

    貴方の骨格は理想的な構造をしています。
    人によっては、そのスタイルの良さに機能美を感じる事もあるでしょう。
    骨自体の強度も尋常ではなく、生半可な衝撃ではヒビ一つ入りません。
    例え傷付いたとしても、常人の数倍の速度で完治します。
    貴方が鍛え、成長した分だけ、理想的骨格は強くしなやかになっていく事でしょう。

     初期防護点に+1のボーナス。以降、2の倍数LV毎に+1のボーナスが加算。
     パンチ、キックなどの肉体による打撃ダメージにプラス修正。
     ファンブルや負傷判定で骨折などの骨を痛める結果が出た場合、生命抵抗判定で覆す事ができる。

     《踊り》 《演技》 《体術》 《気功術》技能の熟練度に+5

     以上の技能の判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 人体の礎である骨が理想的とは羨ましい話です。
 きっとこれを持ってる人は、歯並びが悪かったり猫背だったり絶壁だったり短足だったりする事はないんでしょうね。
 けれども、物語においては恐ろしく地味な特性と言えるでしょう。
 凄く醜いとか凄い肥満とかいう設定でもない限り、娯楽作品に出てくるキャラクターというものは平均以上のプロポーションを備えているはずですから。



 ◆ 特性 【活力の泉】

    貴方の肉体はエネルギーに充ち満ちています。
    生まれつき疲労や不調に強いおかげで、病気の心配もありません。
    例え傷付き、疲弊し、体調を崩したとしても、常人を遙かに上回るスピードで立ち直る事でしょう。

     初期HPとCPに+2D6のボーナス。以降、1LV毎に(LV+2D6)のボーナスが加算。
     睡眠時、休憩時における回復効果が倍増。
     通常の半分(三時間)の睡眠で体調を維持できる。
     場合によっては何らかの判定にプラス、またはマイナス修正。


 作者はこれが一番欲しかったりします。
 多分、バトル物の主人公とかはみんな持ってるんじゃないでしょうか。
 当作品の主人公もその例に洩れず、何処までもタフで図太く頑丈に出来ています。



 ◆ 特性【烈なる気炎】

    貴方は生命の根源とでも言うべき〝気〟の力に満ち溢れています。
    元々燃焼効率が良いのか、それとも内なる魂より湧き上がるのか、原因は定かではありませんが
    高密度の気を練る才を備えている事に変わりはありません。
    精進を重ね、研鑽を積み、その身に宿る激しき流れを物にすれば、
    いつの日にか神仙の域に達する事も夢ではないでしょう。

     〈気功術系〉 〈音声系〉特技の判定にプラス修正。
     初期CPに(+2D6 ゾロ目計上)のボーナス。以降、1LV毎に(+2D6 ゾロ目計上)のボーナスが加算。

     《放出》 《気功術》 《超常抵抗》 《威圧》技能に+10

     《呼吸法》 《交渉》 《踊り》 《歌唱》 《指揮》 《演技》 《演説》 《外交》
     《社交》 《礼法》 《大道芸》 《単純作業》技能の熟練度に+5

     以上の技能の判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 主人公が新しく取得したやつです。
 気力や生命エネルギー的なものに漲っているという感じの特性ですね。
 おかげで幅広い用途に効果があります。



 ◆ 特性 【愛嬌】

    貴方は他者の敵意を緩和する不思議な素養の持ち主です。
    しかしそれは、貴方自身にも判別の付かない微々たる煌めきのようなもので、
    一切のコントロールを受け付けません。
    劇的に人を惹き付けるというわけではありませんが、あらゆる生き物に対して効果があります。
    例えどれほどの嫌悪と反感を抱いたとしても、貴方を心の底から憎む事だけはできないのです。
    
     他者への印象や好感度に対する反応判定にプラス、またはマイナス修正。
     
     《交渉》 《誘惑》 《指導》 《踊り》 《演技》 《演説》 《社交》 《外交》
     《礼法》 《大道芸》 《看護》 《騎乗》 《動物使役》 《調教》技能の熟練度に+5

     以上の技能の判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 人を安心させる何かを発している人って居ますよね?
 言い様のない空気感とか人徳とか、気弱そうな雰囲気だったりとか、笑顔が素敵とか癒し系オーラだとかいう風に、人物によって千差万別に存在する、憎みきれない何か。
 それが愛嬌という特性です。
 つまり、ウェッジの愛嬌と他の人の愛嬌とでは全然何もかもが異なるかもしれないわけなんですね。
 ゲームデータという都合から同様の効果となっていますが、演出としてはそんな感じです。



 ◆ 特性 【風の一族】

    どうやら貴方の先祖の中に風の精霊が居たようです。
    先祖返りか、祖先よりの祝福か、それとも両親か祖父母の誰かこそがそうであったのか。
    理由はともあれ、貴方の身体には風霊術との優れた親和性があります。
    生まれながらの才能を生かさない手はないでしょう。

     風霊術に属する魔法のレベルアップに掛かるDPの値が半分になる。
     最初から《風霊術》技能を習得する事ができる。

     《風霊術》技能の熟練度に+10

     《回避》 《行進》 《気配感知》 《魔力感知》技能の熟練度に+5

     以上の技能の判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 そうです。他の一族のバージョンもあります。
 載せないのは面倒だからです。



 ◆ 特性 【天性の射手】

    貴方は狙いを付けるという事に関して並々ならぬ才能を秘めています。
    それも動体視力や経験から来る技術の冴えといった適正ではない、純然たる勘の為せる業。
    まさしく天性の才とでも言うべき無垢なものです。
    不思議な事に射撃、射出に関する動作限定で、
    投擲や相手を直接攻撃するような行動には何の恩恵もありません。

     〈射撃系〉特技のレベルアップに掛かるDPの値が半分になる。

     全ての射撃系戦闘技能の熟練度に+10

     以上の技能の判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 要するに、の○太的な射撃の才能ですね。もっとも、彼のは桁は違いますが。
 ちなみに〈準射撃系〉と表記されている特技は効果に含みません。



 ◆ 特性 【韋駄天の足】

    人より速く、遙かに長く走れると気付いたのは一体何時の頃でしょうか?
    俊足、快足、並外れた健脚。
    言葉にしてしまえば、ただそれだけ。
    しかし、その単純明快な強みはあらゆる種族、国家、文明において尊重されています。
    もしかしたら貴方は、走るために生まれてきたのかもしれません。

     基本移動力に+50%のボーナス。
     自らの足による移動に関しての継続時間が10倍になる。

     《行進》 《跳躍》技能の熟練度に+20

     以上の技能の判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 力が強い、足が速いというのは現代社会においても尊敬の対象となり得る長所です。
 とことんまで極めてみれば、行き着く先は金メダル。ほとんどの国で英雄扱いですからね。
 弱肉強食の気運の強いファンタジーなら尚更でしょう。


 ちなみに、これと行進技能まで勘定に入れたウェッジの全力疾走時の速度は、秒速12.7944メートル。
 100メートルを約7.82秒で駆け抜けられる計算になります。
 今でも充分メチャクチャですが、魔法とか特技を使うと更に人外魔境な事になりますね。

 参考までに移動力の算出方法ですが、
 10秒間の全力移動を行った場合、AGI 10まではAGI 1ごとに6メートルずつ。
 AGI 20まではAGI 1ごとに2メートルずつ。それ以上はAGI1ごとに1メートルずつ、全力移動の距離が伸びるといった具合になっています。
 例えば、ウェッジのAGI 16だと10秒間に72メートル走れるわけですね。

 AGI 1~10=6/1メートル  AGI 11~20=2/1メートル  AGI 21~=1/1メートル
 これが素の基本移動力です。

 行進技能は熟練度の半分の数値が基本移動力にボーナスとして加算されます。
 ウェッジだと55.4ですから、+27.7%のボーナスですね。
 これに韋駄天の足を合わせて+77.7%。
 つまり、(72×1.777)=127.944──これがウェッジの基本移動力で、1ターンの全力疾走で稼げる、おおよその距離でもあるというわけです。
 この五分の一が戦闘移動力、つまり戦闘中の1ターンの間に移動できる距離になります。
 1ターンは大体10秒くらいです。

 荷重とか地面の状態とか靴の性能とか体調とかを勘定に入れるともっとややこしくなりますが、基本はこんな感じです。

 最初の主人公が如何に鈍足かがよく分かりますね。



 ◆ 特性 【反射神経】

    貴方は優れた反射神経の持ち主です。
    外部からの刺激に対しての反応の早さが並みではありません。
    貴方が望むならば、その反応速度は戦闘を切り抜けるための有効な手段となるでしょう。

     不意打ちに対する反応判定に失敗しても、もう一度だけ振り直す事ができる。
     死角からの攻撃に対するペナルティが軽減される。

     《短槍》 《短剣》 《細剣》 《盾》 《拳闘》 《格闘》 《回避》技能の熟練度に+10

     その他の近接系武器技能の熟練度に+5

     以上の技能の判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 正確には即応力とでも言うべき素養ですが、敢えて反射神経と表記しました。
 そっちの方がイメージしやすいですからね。
    


 ◆ 特性 【鋭敏感覚】

    貴方は優れた感覚器官を備えています。
    どのような分野に進もうとも、鋭い感覚というのは実に役立つものです。
    その冴え渡る五感は、必ずや貴方の助けとなる事でしょう。

     視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感に対応する判定にプラス修正。

     《観察》 《探知》 《気配感知》 《魔力感知》 《視認》 《聞き耳》 《味見》技能の熟練度に+10

     《回避》 《調査》 《捜索》 《尾行》 《追跡》 《診断》 《罠解除》技能の熟練度に+5

     以上の技能の判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。

 視力が良かったり耳が良かったりといった、シーフじゃなくても欲しくなる特性ですね。
 幅広い用途に使える優れものです。



 ◆ 特性 【種の才覚】

    どのような生物であろうと個体差の軛から逃れる事はできません。
    それは例えば些細な好みの違いであったり、何かしらの癖の有無であったり、
    他種族には見分けも付かないような外見上の差異であったり、明確な優劣の差であったりと
    程度も内容も千差万別ですが、確実に誰にでも存在するのです。
    貴方が種族の業を振るう才覚に長けているのも、また個体差故の事。
    恵まれた個の力を如何に用いるのか?
    その答えすらも個体差によって導き出されたものだと言えるでしょう。

     種族固有特技のレベルアップに掛かるDPの値が半分になる。
     種族による技能熟練度ボーナスの値が倍増する。
     場合によっては何らかの判定にプラス、またはマイナス修正。


 人間以外の種族専用の特性です。
 人間にも固有特技とか得意技能があればいいんですけどねえ。特徴がないのが特徴と言いますか、欠点がないのが欠点と申しましょうか……。
 異種族豊富な世界の人間的種族は、何処もそんな感じですね。



 ◆ 特性 【万毒無効】

    貴方はあらゆる毒物に対して完全に近い免疫を備えています。
    自然に存在する物は言うまでもなく、魔法等の超自然的な力によって
    精製された代物ですら貴方に害を及ぼす事はできません。
    唯一の例外は強烈な酸くらいなものでしょう。
    しかし、過信は禁物です。
    特に体調管理にはくれぐれも注意してください。
    毒が効かないという事は、裏を返せば医薬品の類すらも通用しないという事なのですから。

     毒物、薬物、感染症の影響を一切受けなくなる。
     酸によるダメージが十分の一にまで軽減される。
     場合によっては何らかの判定にプラス、またはマイナス修正。


 毒ガスも細菌兵器も効きません。
 インフルエンザもエボラもエイズも天然痘も何処吹く風。パンデミックとは無縁の超体質な特性です。
 けれど、麻酔も効きませんから手術を要する負傷をした場合なんかは大変ですね。
 まあ、ファンタジーなら回復魔法で解決なわけですが。
 癌や日射病や不摂生から来る脳梗塞やらの症状は普通に発生します。



 ◆ 特性 【魅惑のオーラ】

    異性を惹き付ける濃密な色気、悩ましい仕草、儚い雰囲気、或いは香しきフェロモン。
    そういった類の性的魅力を豊富に備えた存在、それが貴方です。
    特殊な性癖を持ってでもいない限り、同性相手には効果がないので気を付けましょう。
    行き過ぎた奔放な振る舞いは、己の首を絞める結果にも繋がりかねません。

     異性への印象や好感度に対する反応判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によっては同性に対しても効果有り。

     《誘惑》 技能の熟練度に+20

     《交渉》 《踊り》 《歌唱》技能の熟練度に+10

     《演技》 《演説》 《社交》 《外交》 《礼法》 《大道芸》技能の熟練度に+5

     以上の技能の熟練度にプラス修正。判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 美人じゃないけど色っぽい。何とはなしにグッと来る。
 男女問わずそういう人って居ますよね?
 理由は何でも構いません。無しでもいいです。
 異性を惹き付ける雰囲気のようなものすべてが、この特性に該当します。



 ◆ 特性 【生産力】

    カッティングされたダイヤのように、才能には様々な貌があります。
    一口に物作りの才と言っても、手先が器用、根気強い、客観性に優れている、
    美的感覚が絶妙……等々と、本当に十人十色。枚挙に遑がありません。
    貴方の生産活動を支える要領の良さも、その内の一つ。
    ともすれば地味に思えてしまうかもしれませんが、
    燦然と輝く才能のダイヤモンドを構成する重要な一面なのです。

     あらゆる生産作業によって生じる疲労が半減する。
     経験の蓄積による作業効率の上昇度が倍増する。

     《単純作業》技能の熟練度に+20

     以上の技能の判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 同じ質と量の作業をこなしても疲労の程度や要する時間は人によって違います。
 体力的な要因もあるでしょうが、大概は物覚えの良し悪しや向き不向き、如何に力の匙加減を心得ているかといった事が原因でしょう。
 この特性は生産、単純作業限定のそういった要領の良さを指しています。



 ◆ 特性 【美声】

    貴方の声は無性に人を惹き付けます。
    印象は各人の好みにもよるでしょうが、少なくとも通りの良い声である事は間違いありません。
    もし、貴方に人並み以上の栄達を望む心が有るならば、更なる磨きを掛ける事をお薦めします。

     〈音声系〉特技の判定にプラス修正。
     他者への印象や好感度に対する反応判定にプラス、またはマイナス修正。

     《歌唱》 《詩吟》技能の熟練度に+20

     《交渉》 《誘惑》 《指揮》 《演技》 《演説》 《社交》技能の熟練度に+10

     《外交》 《礼法》 《弁舌》 《大道芸》技能の熟練度に+5

     以上の技能の判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 アニメ化したら大体のキャラはこれを持つ事になると思われます。キャスティング・ミスでもない限り。
 美形と合わされば鬼に金棒状態ですね。オーディションの二次選考くらいまでならコネなしでも確実にいけるでしょう。
 ゲーム的には美形よりも遙かに有用な特性になっています。



 ◆ 特性 【戦将】

    将器とは、何を基準にして計るべきものでしょうか?
    何を以てして、人は人を将と呼ぶに相応しい存在だと認めるのでしょうか?
    答えは有りません。
    ある者は武勇を、ある者は知略を、またある者は信義を貴ぶという風に、
    将の基準とは時代と共に移り変わっていく人の価値観を表した鑑のようなものなのです。
    諸人が心に抱く、捉えどころのない理想の軍人、理想の指揮官、理想の指導者。
    貴方に備わっているのは、その姿を体現できるかもしれないという僅かばかりの可能性。
    己が将器を満たす果てなき道を望むのであれば、必ずや助けとなる事でしょう。

     〈戦術系〉特技のレベルアップに掛かるDPの値が半分になる。

     任意の戦闘技能1つの熟練度に+20

     《視認》 《威圧》 《指揮》 《戦術》技能の熟練度に+10

     以上の技能の判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 勇将、智将、愚将に凡将……簡単に言葉にするだけでも随分な種類の指揮官が居ます。
 そんな数ある将の中から、前線で戦うタイプのものをとイメージして作ったのがこの特性です。
 中世ファンタジー的な世界観の作品に出てくるような武将っぽい内容になっています。



 ◆ 特性 【成長力】

    人生において、経験とは何物にも代え難い貴重な財産です。
    1より2、2よりも3、もちろん内容も大事ですが数が多いに越した事はありません。
    更に、1つの経験からより深く学べる資質があれば、成長への期待も素晴らしいものになるでしょう。
    果たして貴方は、自らの経験をどのように生かしていくのでしょうか?

     レベルアップ時に得られるDPに+1のボーナス。
     DP取得のために行うダイスロールに+1D6のボーナス。
     場合によっては何らかの判定にプラス、またはマイナス修正。


 DPが多くもらえる特性ですね。
 レベル1の頃から持っている人といない人では、目に見えて大きな差が生じていきます。
 才能って理不尽ですよね。
 まあ、肝心の振るダイスがなければ宝の持ち腐れにしかならないんですけど。

 ちなみにアヤトラが所持していたフォーチュンダイスの数は約12000個。
 今はその半分をグループに分け与えて6000個です。
 最初は全部を平等に分けようとしてたんですが、シャンディー達から猛反対を受けたので半分取っとく事にしたんですね。



 ◆ 特性 【主導力】

    貴方には不思議な力が有ります。
    断定はできませんが、周囲の活動に微々たる影響を及ぼしているようです。
    恐らくは、味方を力付ける雰囲気のようなものが発散されているのでしょう。
    もしかしたら、天性の指導者が持つというカリスマの仕業なのかもしれません。
    
     〈戦術系〉特技の判定にプラス修正。
     本人を中心とした直径 (WIL+指揮技能熟練度)×LV メートルの範囲内に居る
     全ての味方側キャラクターの全判定に対して+1のボーナス。

     《指揮》 《指導》 《演説》技能の熟練度に+10

     以上の技能の判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 これも愛嬌とかと同じで、人によって異なる雰囲気みたいなものですね。
 それの何となくリーダー的なやつ。
 ゲーム上だと全判定に+1は有り難い効果ですが、リアルだと多分気のせい程度にしか感じられないと思います。
 居た方が場が引き締まるとかならいいですが、、人によっては居ないよりかマシといった扱いを受けているかもしれませんね。



 ◆ 特性 【伝説の化身】

    貴方の魂には幾つかの逸話が存在します。
    遙かな過去か、遠い異境か、それともまったく異なる世界においての事なのか、
    詳細は貴方の記憶次第と曖昧ですが、絶対に間違いありません。
    貴方の前世は、多くの人々に認められているのです。
    記録として、記憶として、歴史として。或いは物語として、形を変えて絶えず長く……。
    その心魂に宿る非凡な力に相応しい、伝説の存在として語り継がれているのです。

     高難易度までの特技と魔法を1つずつ、前提条件に一切関係なくLv 5の状態で習得できる。
     場合によっては何らかの判定にプラス、またはマイナス修正。


 前世が有名人だった系の特性です。
 居ますよね。自分は天草四郎の生まれ変わりだとか、日本人のくせに前世がマリー・アントワネットだとか言う人が。
 とある作者の友人などは、大それた事に土方歳夫の生まれ変わりとか言ってました。恐らく歳三と言いたかったのでしょう。
 興味がある方はオカルト系の掲示板を毒されない程度にご覧ください。
 ちなみに私の前世は108式まであるぞ。
 
 ──と、そんな感じに現実では好き勝手に自称できるいい加減なものですが、作品中では純然たる事実として扱われています。
 つまり、アヤトラは正真正銘の本物って事ですね。
 これからの展開とダイス目次第では、元光源氏とか元ナポレオンとか元スティーヴン・セガールとかが出てくるかもしれません。



 ◆ 特性 【魔操力】

    魔力──それは世界に満ちて万物に宿りし、超常なる現れの源。
    貴方には、その魔力を操るに足る優れた感覚が備わっています。
    初級の魔法ならば、精神への負担を最小限に抑えて行使する事ができるでしょう。

     低難易度に属する全ての特技と魔法のMP消費量が半分になる。
     場合によっては何らかの判定にプラス、またはマイナス修正。

     全ての魔法系戦闘技能の熟練度に+5

     以上の技能の判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 MP消費の節約に関わる特性です。
 高レベルでこれがあると、バンバン撃てて気持ちいいでしょうね。
 


 ◆ 特性 【頑健】

    貴方の肉体は並外れた可能性を秘めています。
    基本的に丈夫である事は言うまでもなく、より一層の高みを目指すための資質が備わっているのです。
    鍛えれば鍛えるほどに驚くべき速度で、貴方の肉体は強靱さを増していきます。
    例え今は貧弱だとしても、見違えるように逞しくなっていく事でしょう。

     ENDの上昇に掛かる2以上のDPの値が半分になる。
     ENDボーナス基準値に-1の修正。
     ENDに関係する全判定にプラス、またはマイナス修正
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 頑丈な人が鍛えると、もっと頑丈になるのは当たり前の話です。
 ENDの初期値が低い場合は、何となくしぶといとか、伸び率が高いとかいった感じのイメージでお願いします。



 ◆ 特性 【俊敏】

    貴方の肉体は並外れた可能性を秘めています。
    人より早く、より速く、そんな思いを現実の物とする才能に恵まれているのです。
    鍛えれば鍛えるほどに驚くべき速度で、貴方の肉体は敏捷さを増していきます。
    例え今は遅くとも、見違えるように素早くなっていく事でしょう。

     AGIの上昇に掛かる2以上のDPの値が半分になる。
     AGIボーナス基準値に-1の修正。
     AGIに関係する全判定にプラス、またはマイナス修正
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 頑健のAGI版ですね。
 肉体的な素早さというのは多くの局面で求められるものですから、かなり有用な特性です。



 ◆ 特性 【第六感】

    貴方は鋭い直感の持ち主です。
    一口に直感と言っても様々ですが、貴方のそれは身を脅かす危険に対して発揮されます。
    出掛ける前に何か違和感を覚えませんでしたか?
    入り口を前にした時に寒気がしたりしませんでしたか?
    もし心当たりがあるのならば、充分に注意を払う必要があるという事でしょう。
    
     待ち受ける危険に対しての感覚判定にプラス修正。
     天災のような知る由のない危険に対しても感覚判定を行えるようになる。

     《回避》 《調査》 《捜索》 《探知》 《隠れ身》 《賭博》技能の熟練度に+10

     以上の技能の判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。

 名前の通りのいわゆる第六感です。
 自分に降り掛かる危険限定の虫の知らせ的な特性で、形勢を逆転させるようなアイディアを閃くとかいった効果はありません。
 もちろん、危険の正体を予見するような特性でもありません。
 逃げ場のある災害なら華麗に回避できるでしょうが、地球滅亡級の隕石が来るとかいう危険を察知してしまったら最悪です。どこまでも付きまとう警鐘に散々右往左往した挙げ句、誰よりも深い恐怖と不安に震えて死ぬことになるでしょう。
 大災害の直前に騒ぐペットみたいな感じですかね。
 人間、多少鈍いくらいが幸せな場合もあります。


 ◆ 特性 【忍耐力】

    貴方は忍耐力に優れています。
    意志が固いのか、それともただ単に痛みに鈍いだけなのかは分かりませんが
    心身両面において我慢強く出来ているのは確かです。
    日々の鍛錬を心懸ければ、もっとはっきりするかもしれません。
    人一倍の努力を支えるのに最も必要なのは堪える力、精神的な持続力です。
    貴方が自身を磨き上げたいというのであれば、必ずや助けとなる事でしょう。

     あらゆる技能熟練度の成長にプラス修正。
     研究、生産などの忍耐力を要するすべての活動にプラス修正。
     負傷や疲労、拷問や尋問などのあらゆる苦痛を伴う事態に対しての意思判定にプラス修正。    
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 分野を問わず、真っ当な形で成功を収めた人物のほとんどはこの特性を持っているのかもしれません。
 日本人には特に愛されやすい美点の一つですね。
 何で耐えられるんだァァ──ッ!? 尊敬に値するッッ!! って感じで。
 本当にどうでもいいことですが、この特性があると焼き土下座に自動成功します。



 ◆ 特性 【多芸多才】

   人が身に付けられる業には限りがあります。
    質の限り、数の限り、時の限り。そして個による限り。
    まったく同じカリキュラムで学ぼうとも、人と人の理解度が完全に一致する事はありません。
    記憶力、学習への意欲、物事の捉え方、問題への取り組み方。
    順位を付けると、どうしても互いの優劣が浮き彫りになってしまいます。
    あるいは向き不向きの違いなのかもしれません。
    貴方が持つ、多くの事柄を学び留めておけるという適正もそう。
    多芸多才の要因たる資質は個々人によって様々な違いがあるのです。

     技能枠の増加に掛かる2以上のDPの値が半分になる。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 具体的な効果は一つだけですが中々どうして侮れません。
 あれもこれもと習得していたら技能枠なんてあっと言う間に埋まってしまいますからね。



 ◆ 特性 【異世界への招待】

    ようこそ、異世界の人。
    ようこそ、アリュークスへ。
    敢えて助言は致しません。すべて貴方にお任せします。
    事態をどう受け止めるか、未来をどう切り開くか、祈るか呪うか、生きるか死ぬか。
    残りの人生をこちらで過ごすのか、それとも故郷へ帰る方法を探すのか。
    何かしらの運命を感じたのなら気が済むまで追求してみるのもいいでしょう。
    どのような道を歩む事になろうとも、世界は何も咎めはしません。
    ただ、そこに住まう者達が相応の見返りを与えるだけです。

     元居た世界への帰還に成功した場合、帰還後の日時と場所と自身の状態を自由に設定できる。
     場合によっては何かしらの判定にプラス、またはマイナス修正。


 転移型のエトラーゼ特有の特性です。
 転移の理由や方法に関係なく最初から保持した状態でスタートします。
 ステータス的な利点はありませんが、帰りたい人にとって帰還後が保証されているというのはモチベーション的に結構なプラスになるんじゃないでしょうか。
 こっちで孫ができるまで過ごして、帰る時は転移した直後の日時と場所と年齢で。──なんて真似ができるわけですからね。どえらい親切設計です。
 もし主人公のゼイロが転移型だったらば、メチャクチャ胡散臭く思った事でしょうね。
 ええ、もちろん穴がありますとも。



 ◆ 特性 【欠け落ちた器】

    貴方は何かしらの障害を抱えています。
    先天性か後天性か、外見で判別できるのかできないのか。
    だとしてそれは、どの程度に深刻であるのか。
    余りに限定的すぎて日常生活に影響がない場合もあるでしょう。
    もしかしたら、ステータスを見て初めて気付いたという人も居るかもしれせん。

     障害の内容によって健常ならば可能なはずの行動が制限される。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 いわゆるロールプレイ用の不利な特徴というやつです。
 主に発作があるとかアレルギー持ちだとか失調症だとかいった感じのキャラに付いてますね。
 隻眼隻腕などの器官や部位の欠損、間接などの古傷による機能不全もこの特性に含まれます。
 肉体的な機能障害、機能不全といった症状に対しての特性ですので、癌、伝染病、心的外傷、薬物中毒などは含まれません。



 ◆ 特性 【再生力】

    貴方の肉体は驚異的な治癒力を備えています。
    多少の傷は睡眠を取るまでもなく完治しますし、出血も動脈さえ無事なら放っておいても塞がってしまいます。
    例え手足が切断されようとも傷口を合わせておけば元通り。骨折以上に簡単に治ってしまう事でしょう。
    もし、なくしてしまったというのなら、再生するのを待つしかありませんね。
    そうです。失われた手足が新しく生えてくるのを待つのです。
    手足だけではありません。目、耳、鼻、口、果ては内臓や神経に至るまでもが貴方の治癒の対象なのです。
    生命維持のサポートがあれば、心臓すら再生させてしまう可能性があります。
    もはや、脳以外は替えの利く部品と言っても過言ではないでしょう。

     ダメージによる負傷が 60-(LV+END) 分ごとに LV×2D6 点ずつ回復する。
     (回復の間隔が1分未満になる事はない)(一部の特殊な手段によるダメージには適用されない)
     (組織が完全に壊死したり、代謝を麻痺させるような状態異常になった場合も同様である)
     失われた器官が 100-(LV+END+2D6) 日で再生する。
     (再生までの日数が1日未満になる事はない)(それ以外は上記と同様の条件である)
         
     場合によっては何かしらの判定にプラス、またはマイナス修正。


 ナメ○ク星人とまではいきませんが、イモリ以上ヒトデ未満の再生能力です。
 これがあると負傷に対してかなり強気になれるでしょうね。
 上記のデータはあくまでも自然治癒に任せた場合ですので、外科手術や特技や魔法などの補助があれば更なる日数の短縮が可能です。もしかしたら1日を切るかもしれません。
 まあ、リフレッシュストーンみたいな凄い回復手段があれば、どんな負傷も一瞬で完治してしまいますけど、そういうのは普通は希少なものですからね。
 回復手段を節約するという意味でも中々お得な特性だと思います。



 ◆ 特性 【心の声】

    貴方の言葉は万人に通じます。
    言語の壁は問題たり得ません。貴方は言葉というシステムを介して思念のやり取りをしているのです。
    この異能に磨きを掛ければ、言葉すら要らない純粋な思念のみの意思疎通も可能となるでしょう。
    しかし、乱用は禁物です。
    一歩間違えれば、相手の心の中に土足で入り込む行為に繋がってしまうのですから。
    異端者の謗りを免れたいと思うのであれば、節度を守って使用は控えるべきでしょう。
    
     あらゆる知的生物との会話が可能になる。(肉声での直接会話のみ)
     最初から特技【テレパシー】を習得する事ができる。

     《動物使役》 《調教》技能の熟練度に+10

     以上の技能の判定にプラス、またはマイナス修正。
     場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。


 この特性があると言語を習得する意味がなくなってしまう──ということはありません。
 肉声限定ですからね。電話や無線機越しだと全然通じませんし、文字も読めませんから意外と不便に感じると思います。
 余談ですが、ゼイロやアヤトラ達の言葉が通じ合っているのは、これと似たような能力が原因です。
 特性の【心の声】とは違い、エトラーゼの間だけで無意識に適用される限定的な能力で、テレパシーの使用に繋がるといった事もありませんが、会話効果そのものは大体同じ感じですね。



 ◆ 特性 【喰らいし者の愉悦】

    喰らうこと、それは今日を生きる事。
    喰らうこと、それは明日へと繋ぐ事。
    喰らうこと、それは欲望を満たす事。
    食事とは何か? 栄養補給の手段と言ってしまえばそれまでですが、
    多くの人は何かしらの付加価値を求めているはずです。
    どれだけ旨いのか、どれだけ身体に良いのか、そしてどれだけ力が付くのか。
    食事とは自分以外の存在を糧に力を得る行為でもあるのです。
    本来なら、その効果はとても地味で継続していかなければ実を結ばないものなのですが、
    貴方に限っては違います。
    
     捕食した対象の特性を2つまで保持しておく事ができる。
     (新しく取り込む場合はどちらかを捨てなければならない)

     場合によっては何らかの判定にプラス、またはマイナス修正。


 食事によるラーニング的な特性です。
 2つまでとはいえ特性がステータスの重要な要素であるこの作品では、かなり反則的な性能ですね。
 食事に関わるほとんどの特技の習得条件になってもいますので、これを持っているキャラは自然とグルメな感じになっていくと思います。



[15918] 暫定 アイテムデータ まとめ
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:470fdece
Date: 2010/05/20 16:57

 こちらの記事では、本編で解説の入ったアイテムをまとめていくつもりです。
 最終的にどうなるかは想像も付きません。


 装備品などの横にある〈?グレード〉の表記は、そのアイテムの大まかな格を示しています。


 Fグレード 粗悪品、または少々質の悪い品、大きな街ではまず出回らない

 Eグレード 一般的な質の品、またはやや高品質の物品、要するに普通以上高級未満

 Dグレード 一般的に高品質とされる品、稀に魔法の掛かった物もある

 Cグレード ほとんどが魔法の品、そうでなければ最高品質

 Bグレード ほとんどが強力な魔法の品、でなければ名品、中には曰く付きの物も……

 Aグレード まず間違いなく国宝級、逸話有り、見せびらかす奴はアホ

 Sグレード 世界遺産級の存在、伝説の品、持ってる奴は極僅か


 こんな感じの、本当に大まかな七段階評価に分かれています。

 ちなみに〈レジェンダリ〉は、そのアイテムに逸話や伝説がある事を示す表記ですね。
 つまり、Fグレードのアイテムでも持ち主が何か凄い事をしたら、レジェンダリとなるわけです。
 規格品の本が作者のサイン付きというだけで、何倍もの価値を持つようになる。
 そんな感じの付加価値的な要素なのです。








【武器】


 まだ未登場です。






【防具】


 ◆ 特殊樹脂製のタワーシールド 〈Dグレード〉 〈軽量級〉

   詳細: 異世界の技術によって製造された、ガラスのように透明なタワーシールド。
        鋼鉄に匹敵する強度を備えながら、女子供でも扱える程の軽さを誇る逸品である。
         
         防護点 30
         衝撃吸収点 5
         耐久度 500/500
         特殊効果 〈耐熱50%〉 〈耐冷50%〉 〈耐雷100%〉
                〈耐酸50%〉
         制作元 VRV─068─06─05 A75プラント


 見た目は日本の機動隊が使っている物をアクリル製にしたような感じですね。
 当然、覗き穴はありません。



 ◆ スパイダーシルクの子供用下着 〈Eグレード〉〈超軽量級〉

   詳細: ティルケニスの糸で織られた、絹のような質感の下着。
        紐で留めるトランクス型なので、サイズ的に融通の利く造りになっている。
        丈夫で長持ち、吸収性抜群のお肌に優しい品である。

         耐久度 30/30
         特殊効果 〈耐熱10%〉〈耐冷10%〉
         制作者 シャンディー


 万人に馴染むトランクス型下着です。
 色は黒、絹の質感でサラサラです。
 今の主人公はこれだけ穿いてる格好ですね。



 ◆ スパイダーシルクの子供用肌着 〈Eグレード〉〈超軽量級〉

   詳細: ティルケニスの糸で織られた、絹のような質感の肌着。
        丈夫で長持ち、吸収性抜群のお肌に優しい品である。

         耐久度 30/30
         特殊効果 〈耐熱10%〉〈耐冷10%〉
         制作者 シャンディー


 半袖の肌着です。特筆すべき事はありません。



 ◆ スパイダーシルクの子供用胴衣 〈Eグレード〉〈超軽量級〉

   詳細: ティルケニスの糸で織られた、絹のような質感の胴衣。
        通常の品と比べて非常に丈夫な造りになっているので、防具の下に着込むのにも適している。

         防護点 1
         耐久度 50/50
         特殊効果 〈耐熱10%〉〈耐冷10%〉
         制作者 シャンディー


 前を紐で合わせる、薄手のジャケット型の服です。
 要するにただの服ですが、通常の品より丈夫でオシャレに出来ています。



 ◆ スパイダーシルクの子供用下穿き 〈Eグレード〉〈超軽量級〉

   詳細: ティルケニスの糸で織られた、絹のような質感の下穿き。
        通常の品と比べて非常に丈夫な造りになっているので、防具の下に着込むのにも適している。
         
         防護点 1
         耐久度 50/50
         特殊効果 〈耐熱10%〉〈耐冷10%〉
         制作者 シャンディー


 ズボンです。股引ではありません。



 ◆ スパイダーシルクの子供用手袋 〈Eグレード〉〈超軽量級〉

   詳細: ティルケニスの糸で織られた、絹のような質感の手袋。
        指先の動きを一切阻害しない薄さでありながら、保温性にも優れている。

         耐久度 40/40
         特殊効果 〈耐熱10%〉〈耐冷10%〉
         制作者 シャンディー


 丈夫さは通常の革製品と同レベルといった程度ですが、こちらの方がより薄く、素手と同じ感覚で使えるので便利です。



 ◆ スパイダーシルクの子供用靴下 〈Eグレード〉〈超軽量級〉

   詳細: ティルケニスの糸で織られた、絹のような質感の靴下。
        丈夫で長持ち、靴擦れ防止機能付き、吸収性抜群のお肌に優しい品である。

         耐久度 40/40
         特殊効果 〈耐熱10%〉〈耐冷10%〉
         制作者 シャンディー


 靴下です。刺繍の入った絹の靴下です。
 中世ファンタジーでこんな物を履いていたら、間違いなくお金持ち扱いです。 



 ◆ スパイダーシルクの子供用ブーツ 〈Eグレード〉〈超軽量級〉

   詳細: ティルケニスの糸のみを用いて織られた、柔らかなブーツ。
        その軽さに見合わず、並みの革製品よりも遙かに強靱。
        衝撃を吸収するための底部は幾重にも渡って織り込まれており、
        図らずも忍び足に適した造りになっている。

         耐久度 80/80
         特殊効果 〈移動力上昇10%〉〈落下ダメージ減少20%〉〈忍び足効果上昇20%〉
                〈耐熱20%〉〈耐冷20%〉
         制作者 シャンディー


 かなりの良品です。子供用のオーダーメイドなので、姉さん以外に頼んだら結構な値を吹っ掛けられる事でしょう。
 ガトリングの餌食とはもったいない話ですね。






【マジックアイテム】


 ◆ フォーチュン ダイス

   詳細: ???


 こればっかりはずっと謎です。



 ◆ ヒール ストーン 〈使用回数 2D6〉

   詳細: 治癒の力が込められた魔法の石。
        対象が死亡していない限り、あらゆる傷を治す事ができる。


 回復量は(2D6×LV)で、使用者のレベルに依存します。
 高レベルになっても使い続けられる、親切設計の品ですね。
 もちろん、それなりに値は張ります。



 ◆ リフレッシュ ストーン 〈使用回数 1〉

   詳細: 強力な癒やしの力が込められた魔法の石。
        対象が死亡していない限り、あらゆる負傷と状態異常を治す事ができる。


 ダイス目やステータスに関係なく対象を全快させる、超回復アイテムです。
 もちろん、値段はクソ張ります。
 貧乏人は唾でも付けてろってなモンです。






【医薬品】



◆ 蜘蛛の歩みの秘薬 〈使用回数 1〉〈効果時間 1時間〉

   詳細: 昆虫の体液を思わせる、ドロリとした質感の飲み薬。
        服用すれば立ち所に足音と落下の衝撃が数十分の一にまで軽減され、
        壁や天井を自在に動き回れるようになる。


 屋内で絶大な効果を発揮する魔法の薬です。
 もはや主人公の定番カードですね。



 ◆ 蟻の力の秘薬 〈使用回数 1〉〈効果時間 10分間〉

   詳細: 仄かな酸味と爽やかな甘みが特徴的な飲み薬。
        服用すれば立ち所に筋力と耐久力が倍増する。
        尚、副作用の心配は一切ない。


 ドーピング検査にも引っ掛かりません。
 私が重量上げの選手だったなら、間違いなく使っています。
 投擲競技でも新記録続出だ!



 ◆ 蝗の躍動の秘薬 〈使用回数 1〉〈効果時間 10分間〉

   詳細: 若草を擂り潰したかのような臭気が漂う、苦味の強い飲み薬。
        服用すれば立ち所に敏捷力と跳躍力が倍増する。
        しかし、身体に掛かる負担が軽減されるわけではないので、
        激しい運動の際には気を付ける必要があるだろう。


 イナゴのスピードとジャンプ力が手に入る魔法の薬です。
 プロのスタントマンならトランポリンなしでライダーキックができるようになるでしょう。



【冒険用品】



◆ パーソナル マップ

   詳細: 持ち主の訪れた場所をリアルタイムで書き記していく魔法の地図。
        他者のパーソナルマップから情報を読み取って更新する事もできる。


 マジックアイテムなのですが、敢えて冒険用品としました。
 エトラーゼの足跡を記す、必需品です。



 ◆ 冒険者の松明  〈使用回数 1〉〈効果時間 6時間〉

   詳細: 不安な夜道に、孤独な旅路に、暗くて狭いダンジョンのお供に。
        あらゆる所の闇を照らす、冒険者生活の必需品。
        先を擦るだけで点火が可能な優れ物である。


 木製です。見た目はでかいマッチ棒です。
 安物はきっと湿気やすかったり、臭かったり、すぐに燃え尽きたりするんでしょうね。



 ◆ 陽光のカンテラ 〈Cグレード〉 〈エネルギー残量 個別〉

   詳細: 集めた太陽の光を灯りとして利用する事ができる、魔法のカンテラ。
        日中に光を補充する手間さえ惜しまなければ、半永久的な使用が可能である。
        その便利さに比例して製法は非常に困難、かつ多大な費用を要するため、
        現在では作る者の限られた、貴重な高級品となっている。


 別名ヴァンパイアキラー。
 白木の杭も聖水も要りません。これ一つで事足ります。
 日向に置くことで自動的にチャージされる、超便利品です。



【食料品】



 ◆ ケタ肉の塊 〈重量 1000グラム〉

   詳細: 肉と言えばケタか豚と言われる程に流通している、一般的な食肉素材。
        これはその、モモ肉の塊である。
        大人しく従順な気性、かつ何でも食べて成長が早く、しかも多産なケタは、
        家畜の中で最も養殖向きな生き物なのだ。


 ケタ……その内、主人公は生で拝む事になるでしょうから、敢えて詳しくは言いません。



 ◆ ケタの干し肉 〈重量 100グラム〉

   詳細: 塩と香辛料を塗布し、天日干しにする事で保存性を高めた食肉。
        一般的に干し肉といえばケタか豚の肉の事である。


 干し肉って偶に食べると美味しいですよね?
 クセになる味です。



 ◆ 豚肉の塊 〈重量 1000グラム〉

   詳細: ケタ肉に次いで多くの人々に食されている、一般的な食肉素材。
        これはその、肩ロース肉の塊である。
        牛や山羊は乳を、鶏は卵を、羊はその毛を収穫するために
        養殖しやすい豚とケタよりも食肉にされる割合が少ないのだ。


 ポークです。それ以外の何物でもありません。
 強いて言うなら、日本の物とは肉質が違うと思われます。
 エサや飼育環境に工夫を凝らしている畜産家は少ないでしょうからね。
 どこの世界でも良質の品は、ブランド品でお高いんですよ。



 ◆ ナングの卵

   詳細: ???


 賽の目で出たはいいものの、結局は謎のままでウェッジに譲渡されてしまったアイテムです。
 大きさはバスケットボール以上、重さは3キロ以上といったところでしょうか。
 非常に食いでがありますね。



 ◆ 月光鱒の切り身 〈重量 500グラム〉

   詳細: 獲物を捕らず、月の光に含まれる微量な魔力を摂取して生きる川魚、
        月光鱒の皮付きの切り身。
        その特異な生態からか、寄生虫や病原菌の類は一切保有しておらず、生で食べても問題はない。
        肉質は弾力に富み、淡白で美味。
        生息範囲が広大で養殖向きなため、河川の近くで暮らす人々にはお馴染みと言っていい食品である。


 川魚を生で食べるのは自殺行為ですが、こいつだけは例外です。
 焼いて良し、煮て良し、お刺身でも良し。
 味付けはお好み次第。
 寿司ネタとしても充分に通用する素材なのです。



 ◆ スマイリー キャベツ

   詳細: どのような調理法でも美味しく食べる事のできる、食卓野菜の定番品。
        腐ってでもいない限り、およそ外れとされる食べ方は存在しない。
        柔らかく、癖のないの味なので様々な料理の材料としても用いられる。
        尚、その名称は熟した葉玉を見下ろした際の形状に由来する──というのが、一般的な説である。


 ただのキャベツです。
 見下ろすとスマイルマークに見える事から、この名前が付きました。
 地方によっては縁起物扱いされている、ご当地品といった感じの野菜ですね。



 ◆ オミカン

   詳細: 世界最大の柑橘類。
        柑橘類全般に言える事だが、果肉だけでなく果皮、種子までもが幅広い用途を含むため、
        基本的に捨てる部分が存在しない。
        そのような理由と、最大の種であるという事などから、太陽や大地の恵みとして
        真っ先に挙げられる作物の一つである。


 この物語の主人公です。
 もちろん嘘ですが、そのくらいポピュラーな果物だということです。
 オミカンジュースを置いていない酒場は……少なくとも、人間メインの街には存在しないと思っていいでしょう。






【書籍】



 項目だけは作る。その意気込みを買ってほしい。






【財宝】



 ◆ 豊穣神の永遠のボトル 〈レジェンダリ〉〈永久不変〉〈使用回数 無限〉

   詳細: 豊穣神メイファの祝福により尽きぬ潤いを与えられた神聖なボトル。
        通常の手段では絶対に破壊できず、微かな傷すら付く事もない。
        その中身は38234年産のバハルワインを蒸留して造られた、幻のブランデー。


        史上最高の当たりにして凶作の年と謳われたかの年、大陸一の酒造家ジョドーは
        厳選された希少な恵みから僅か半樽にも満たない量のブランデーを造り出す。

        それはまさしく、彼の生涯最高にして古今並び得ぬ傑作であった。
        執拗に求める時の権力者達。
        敬虔な豊穣神の信徒であったジョドーは彼らの声に頑として耳を貸さず、村外れの小さなメイファの祠に
        これを奉じた事で多大なる不興を買い、宮廷裁判へ。雷の刑に処されてしまう。
        広場で磔にされ、宮廷魔導師の手による雷の的にされるジョドー。
        しかし、彼が撃たれる事はなかった。
        彼の信仰心と捧げられたブランデーの出来映えに感動したメイファの救いの手が差し伸べられたのである。
        降臨したメイファは広場に居た全ての者達に自らが祝福したボトルの中身を振る舞い、
        七日七晩にも及ぶ盛大な酒宴を催した。
        この宴の最中にジョドーは天に召され、聖ジョドーとして守護聖人の席に名を連ねる栄誉を授かったのである。

        以後、腕に覚えのある酒造家達はこぞって豊穣神の神殿に自信作を奉納する事となる。
        己が誇りの結晶を、神の加護によって永遠の物とするために……。


 詳細がなげー。
 主人公の定番カードその1に該当するアイテムですね。
 便利すぎるので、いつか没収してやろうと思います。






【日用雑貨・その他】



 ◆ 丈夫な革製の背負い袋

   詳細: ケタの皮を加工して作られた背負い袋。
        念の入った防水加工が施されているため、雨の日の旅路でも心配は要らない。


 6話で手に入ったドロップ?品です。
 袋や容器はアイテム欄の節約に欠かせません。
 エトラーゼに関係なく、旅人する者達の必需品と言えるでしょう。



 ◆ 丈夫で軽くて滑らかで愛が込められた高品質の スパイダーシルク製の背負い袋

   詳細: ティルケニスの糸で織られた、絹のような質感の背負い袋。
        冷熱に強く燃えにくい上に防水加工まで施された逸品である。

        制作者 シャンディー


 名前なげー。
 完全なお遊びです。



 ◆ 拳大の石

   詳細: 正真正銘ただの石。
        さりとて侮る事なかれ。
        持って殴るも良し。投げてぶつけるも良し。
        使い捨ての凶器としては理想的な代物と言えるだろう。


 どうでもいい話ですが、夜道で拳大の石を持った人に出会ったら怖いですよね?
 ある意味、刃物以上のプレッシャーです。





[15918] LVや能力値などについての暫定的で適当な概要説明 & サンプルキャラクターズ
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:e58359f3
Date: 2011/02/27 14:10


 主人公ゼイロは一体全体どの程度の強さなのか?

 能力値は一般人と比べてどうなのか?

 技能熟練度はどういった目安で分類されるのか?

 そういう疑問にお答えするために、こちらではサンプルキャラなどを比較に出して、ステータスに関する補足説明をしていこうと思います。
 TRPGをご存じない方にもお分かりいただけるよう、基本的な判定の基準などから解説を始めていきますね。
 現時点で開示できる限りのデータで、という事になりますが、よろしくお願い致します。

 あと、当作品はあくまでもTRPG風の異世界ファンタジー物です。
 ステータスは重要ですが絶対ではありません。
 数値などは参考までのイメージ程度に思っていただけると幸いです。



※ 行為判定について


 一応、TRPG風と銘打っている作品ですから、失敗の可能性がある行動の結果はサイコロ──つまり、ダイスを振って導き出された数値による判定に委ねられています。

 TRPG界隈では普通の六面体のサイコロを1D6と表記します。
 サイコロ2個なら2D6です。
 この世界での判定は、大体この2D6で行われます。

 例えば、『前方から近付いてくる人物の顔を判別できたか?』といった判定の目標達成値が8だったとします。
 2D6で8以上の数値を出せば成功、『顔が見えて誰だか分かった』という結果になります。
 8未満の数値が出た場合は失敗となり『ちょっと遠くてよく分からなかった』というような結果になるわけです。

 そして、その度合いは成功値と失敗値の大きさによって変化したりもします。

 目標達成値8の判定で11が出たら、成功値は3。
 多めに出した数値の分だけ、上手く行ったという事になるわけです。
 成功値3なら、『顔が見えて誰だか分かった。けど、何だか様子がおかしい』といった感じに、更なる情報が得られたりするわけですね。

 反対に目標よりずっと低い数値で失敗してしまうと、それだけ酷く下手を打ったという事になります。
 『誰だかよく分からない。……○○かな?』なんていう勘違いをしてしまうかもしれないわけです。
 あるいは、『近付いてくる人物の存在自体に気付かなかった』などという間抜けな結果になってしまうかもしれません。


 そういった判定の基準となったり、ダイス目の数を補ってくれたりするのが、ステータスです。


 例えば、STR 10の一般人が『1トンの岩を持ち上げようと試みる』としましょう。
 その場合の必要達成値は50です。
 最大値が12の2D6の判定では絶対に不可能な行為ですね。

 しかし、STR 11ならどうでしょう? 必要達成値は49になります。
 まあ、結局無理なわけですが……STR 20なら? 30ならばどうでしょう?
 STRを一時的に高める特技を持っていたら? 筋力増強の魔法が掛かっていたら?
 《運搬》や《重量挙げ》といった技能に精通していたら?
 ハードルは少しずつ下がっていきます。

 もちろん、それだけがステータスの恩恵ではありません。
 (2D6+5)といった風に、2D6の判定にプラスの修正を加える効果もあるのです。
 目標のハードルを下げつつ、自身の達成値を上昇させる。
 それがステータスの大まかな役割なのです。

 ちなみに算出方法は判定によって色々です。
 きちんと考えているのもあれば、イメージ準拠で適当なのもあります。

 あと、ほとんどの行為は2D6で判定を行いますが、事情によって増減する場合が多々あります。
 ダメージ判定で10D6とか、命中判定で(+1D6)の修正が得られる補助魔法のおかげで(3D6±?)とかになったりするわけですね。




※ 基本能力値について


 STR、END、DEX、AGI、WIL、INTは様々な判定の基準となったり、達成値に影響を及ぼしたりする要の数値です。

 上昇させるにはDPが必要になります。
 素の合計値が80までならDP 1の消費で1ずつ上昇。85までならDP 2の消費で1ずつ上昇。
 90までならDP 4の消費で上昇といった具合に、5上昇させるごとに消費DPが倍増していく仕組みになっています。

 一般人の平均的な能力値は10です。
 これは地球の一般成人にも当て嵌まる数値です。

 イメージ的に表現すると


     肉体・身体的能力等において / 知能・精神面等において

 0     死人  植物人間 / 無機物 タヌキの置物以下
 1     半死人 未熟児 / ゾウリムシ 動く腐乱死体
 2     乳幼児 寝たきり老人 / 昆虫 赤ん坊以下
 3     3~5歳児 重症患者 / 小鳥さん 爬虫類
 4     6~8歳児 リハビリ中 / 犬、猫、キリン 家畜動物
 5     10歳以下 持病持ち / 天才チンパンジー 健忘症 痴呆症
 6     貧弱な坊や 老人 / 愚鈍 情緒不安定 可哀相な奴
 7     貧弱 運動音痴 不器用 / 鈍感 未熟 流されやすい
 8     やや非力 やや鈍い / やや忘れっぽい やや気弱
 9~11  大人 普通人 健康体 / 可もなく不可も無し 平均的
 12~13 やや力持ち やや丈夫 やや機敏 やや器用 / やや賢明 やや気丈
 14~15 腕力旺盛 身体が資本 俊敏 繊細な指使い / 利発 優秀 努力家
 16~18 鍛えられたヘビー級 病気知らず プロスポーツ選手 / 秀才 聡明 エリート
 19~21 努力の結晶 鋼の肉体 トップアスリート / 天才 鉄の意志 鉄の心臓 スーパーエリート
 22~24 ギネス級 抵抗力の塊 世界記録保持者 / 大天才 鋼の精神 偉人 聖人
 25~29 月の輪熊 ヒーローマッチョ 生ける伝説 / 生きた百科事典 不屈の魂 預言者
 30以上  もはや漫画 超人的肉体 前人未踏 / 人間コンピューター 超人的精神 徳の化身


 こんな感じですかね。適当ですみません。

 AGI 10で《行進》技能が50.0の人間よりも、AGI 20の動物の方が足が速い。
 といった風に、技能熟練度が未熟でも、この数値が人外魔境だと洒落になりません。
 まあ、技能も能力も高いのが一番なのは言うまでもない事ですが。





【STR(ストレングス)】

 STRは筋力、総合的な力の強さを表しています。
 どれくらいの重さの物を持てるか、どの程度のダメージを与えられるかといった行為の目安になる数値ですね。

 例えば、STR 10ならその5倍の50kgまでの物を判定無しで持ち上げる事ができます。
 STR 15なら75kgまで判定無し。それ以上の物を持ち上げる場合は(2D6±?)での判定が必要になるというわけです。

 30以上の超人級になると5倍を超えて10倍までの重量物を判定無しで持ち上げる事ができます。
 以降、40なら15倍まで、50なら20倍までといった具合に数値は変化していきます。
 
 もちろん両手で、しっかりと腰を入れて持ち上げるならという条件下での話ですよ。
 力の入らない体勢であったり、対象が持ちにくい形をしている場合などでは、それ相応の判定が必要になる事でしょう。
 持ち上げるだけですから、上手く運ぼうとした場合にも判定が必要になりますね。

 ちなみに押したり引いたりしてただ動かすだけなら、判定無しで持ち上げられる重量の2倍まで判定無しで大丈夫です。
 これも同じように、物や地面の状態なんかによっては判定が発生するかもしれませんね。
 ある程度の距離を動かそうとする場合にも、やはり判定が必要になります。


 直接攻撃で与えられるダメージの基準は、ガープス風に〝突き〟〝振り〟の二種類の動作に分けられます。

 〝突き〟は格闘攻撃全般、及び剣や槍などで対象を突き刺した場合に発生するダメージです。

 〝振り〟は遠心力を活かした攻撃全般、及び剣や斧などで対象を切り裂いた場合に発生するダメージです。


          突き      振り              突き      振り
STR 1~2  1D6-5  2D6-11   STR 11~12  1D6    2D6
STR 3~4  1D6-4  2D6-8    STR 13~14  1D6+1  2D6+1
STR 5~6  1D6-3  2D6-6    STR 15~16  1D6+2  2D6+2
STR 7~8  1D6-2  2D6-4    STR 17~18  2D6    3D6
STR 9~10 1D6-1  2D6-2    STR 19~20  2D6+1  3D6+1

STR 21~22  2D6+2  3D6+2   STR 31~34  5D6    6D6
STR 23~24  3D6    4D6     STR 35~38  5D6+2  7D6
STR 25~26  3D6+1  4D6+1   STR 39~42  6D6    8D6
STR 27~28  3D6+2  4D6+2   STR 43~46  6D6+2  9D6
STR 29~30  4D6    5D6     STR 47~50  7D6    10D6

 以降、STRが5増えるごとに〝突き〟〝振り〟の両方ともへ1D6ずつが計上される。


 上記の表を参考にすると

 初期のSTR 15だったゼイロが、神ボトルを〝振り〟かぶってブッ叩いた時のダメージは(2D6+2)という事になります。
 最小で4、最大で14のダメージですね。
 アベレージは9ダメージで、サイコロの期待値通りの数値です。
 一般人のHPの平均が15前後だったりしますから、頭に喰らうとマジやばいですね。

 当然ながら、この数値はSTRの〝振り〟ダメージのみを基準にしたものですから、実際の通りではありません。
 実際は武器の性能やゼイロ自身の技能、対象の防護点などが絡んできますので多少の変化が起こります。

 素手の拳を〝突き〟出してブン殴った場合(要はただのパンチ、ストレートもフックもアッパーも軌道が違うだけで同じ威力のパンチと見なします)のダメージは(1D6+2)。

 しかし、パンチの基本ダメージは(突き-2)なので(1D6)──ではなく、ゼイロには特性【理想的骨格】のプラス修正がありますから、やはり(1D6+2)といった計算になります。
 更に石を握り込んで殴ったりしたら(1D6+3)になるでしょう。
 最小ダメージは5、最大ダメージは9。
 期待値は7ダメージ。相手が普通の人間なら一発で前歯が折れる威力です。
 駄目押しに倒れて頭を打ったなんて事態が重なったら、追加ダメージで死んでしまうかもしれません。

 まあ一例に過ぎませんが、こんな風に状況によって判定の数値はコロコロと変わるわけですね。
 こういうデータにはない、即興のリアルっぽい要素を入れられる事がTRPGの醍醐味でもあります。

 ──ですが本作はTRPG風ですので、あくまでもイメージ程度に受け止めていただけると幸いです。




【END(エンデュランス】

 ENDは耐久力、総合的な体力を表しています。
 どれだけの距離を移動できるのか、毒や病気や負傷に対してどこまで耐えられるかといった行為の目安になる数値です。

 END 10の身軽な状態のキャラなら、判定無しで3倍の30秒までの時間を全力疾走できます。
 持久走なら……やはりENDの3倍の、30分までの時間を走れます。

 それ以上を走ろうとするなら、判定によってCPの消費量を決めなければなりません。
 CPが0になったら有無を言わさず気絶です。

 あとは睡眠時の回復量にも関わってきますね。
 通常の6時間睡眠を取るとHPとCPが END+LV×2D6 点の計算式で回復します。
 当然、睡眠時間が足りなかったり寝心地が悪かったりすると相応のペナルティが発生します。




【DEX(デクスタリティ)】

 DEXは器用度、総合的な正確性を表しています。
 どれだけ精密な作業ができるかといった行動の目安になります。

 TRPG的には攻撃の際の命中判定や、盗賊の鍵開けや罠解除に関わる能力ですね。
 地味に見えますが重要です。

 手に職付けて平和で安定した生活を送りたいという人には特に大事でしょう。




【AGI(アジリティ)】

 AGIは敏捷度、総合的な素早さを表しています。
 どれだけ速く走れるか、反応できるかといった行動の目安になります。
 回避判定に関わる事は言うまでもなく、戦闘での行動順にも影響を及ぼす能力ですね。

 参考までに基本的な移動力の説明をします。

 《行進》技能などの付加価値を持たないAGI 10のキャラが身軽な状態で全力移動を行うと、
 10秒間で60メートルの距離を走れます。
 AGI 9なら54メートル。8なら48メートルです。
 AGI 10まではAGI 1ごとに6メートルずつ距離が伸びていくわけですね。

 AGI 11から20まではAGI 1ごとに2メートルずつ、10秒間で走破できる距離が伸びます。
 それ以上はAGI1ごとに1メートルずつ伸びるといった具合になっています。


   AGI 1  6メートル/10秒    AGI 11  62メートル/10秒
    ↓ (AGI 1ごとに6メートル)    ↓ (AGI 1ごとに2メートル)
   AGI 10 60メートル/10秒   AGI 20  80メートル/10秒

   AGI 21 81メートル/10秒 
 → 以後、AGI 1ごとに1メートルずつ延長


 荷重とか地面の状態とか靴の性能とか体調とかを勘定に入れるともっとややこしくなりますが、基本はこんな感じです。




【WIL(ウィル)】

 WILは意志力、総合的な心の強さを表しています。
 簡単に言うと我慢する力ですね。
 どれだけの苦痛に耐えられるか、どこまで欲求や衝動を抑えられるかといった行動の目安になります。
 ぶっちゃけ数値化できるようなものではありませんが、TRPG風の世界ですので仕方ないと思う事にしましょう。

 分かりやすいところでは睡眠時のMP回復量に関わっています。
 計算式はENDと同じで WIL+LV×2D6 ですね。

 《水霊術》や《風霊術》、《神霊術》などの直感的な魔法の達成値や威力にも関わっています。




【INT(インテリジェンス)】

 INTは知覚的な頭脳の働きを表しています。
 主に記憶力と演算力、認識力に関わる判定の目安になる数値ですね。
 これが高いと物覚えが良くなって勉強が捗ったり、視覚、聴覚を始めとした五感が鋭くなったりするわけです。

 初期の技能枠はINTに2D6(ゾロ目計上)の数値を足して算出されますので、それなりに重要と言えますね。

 しかしながら、本当の意味で頭が良いという事にはなりません。
 冒険者にとって最も大事な判断力や想像力に対して、INTは何の助けにもなっていないのですから。
 そういった〝人格〟の根幹を成すような能力は、どうしても数値化できないものなのです。

 《総計魔術》や《従魔術》、《契約魔術》などの理論的な魔法の達成値や威力にも関わっています。





 ※ 技能について

 ほとんどイメージ的な数値ですね。
 《行進》技能のように具体的な効果が決められているものもありますが、他は結構適当です。

 《観察》技能が高いと、自分と対象のステータスがよく分かるようになるとか。

 《拳闘》技能が高いと、手首から先の部分を用いた格闘攻撃の命中とダメージの判定にボーナスが付くとか。

 《軽業》技能が高いと、アクロバティックな動きが上手くできるようになったり、高所落下のダメージが軽減されたりするとか。

 《大道芸》技能が高いと、火炎ファイヤー以外にも人の注目を集めるパフォーマンス全般がスムーズにこなせるようになったりするとか。

 まあ、そんな感じです。
 熟練度が高ければ高いほどダイスロールの際に数値が計上されるのだと思ってください。


 熟練度の数値に関するイメージはこんな感じです。


0.1~4.9    まったくの素人  見た事あるだけ  聞きかじっただけ

5.0~9.9.    見習い未満  三日坊主  かじっただけ  教本に目を通したくらい

10.0~14.9   児戯のレベル  趣味と言うのもおこがましい  ようやく実技に取り掛かったくらい

15.0~19.9   研修を順調に終えたところ  殻付きのひよっ子  数ヶ月の講義を真面目に受けたくらい

20.0~29.9   習い事で言うと六級以下  長い長い下積みの始まり  一年目の課題を順調に終えたくらい

30.0~39.9   五級以上一級未満  辛うじて実戦レベル  新米と認められる  二年目なら優等生

40.0~49.9   一級~初段  素人にはまず負けない  職場では若手扱い  研究室への出入りを認められる

50.0~59.9   二段~三段  基本から応用へ  ようやく一人前  院生レベル  研究助手

60.0~69.9   四段~五段  プロ級の腕前  熟練工  すっかりベテラン  専門家  博士号取得

70.0~79.9   一流  高段者  実績あるプロ  一線級の専門家  いつの間にか研究室の責任者に

80.0~89.9   超一流  名人  生き字引  メダリスト級  世界的権威  研究所の顔

90.0~99.9   達人  巨匠  人間国宝  全盛期の世界記録保持者  歴史的権威  学会のカリスマ

100.0~119.9  伝説の達人  神話キャラ  信仰の対象  現代の地球には存在しないと思われる

120.0以上    人外魔境  ようこそファンタジーの世界へ


 まあ、キャラクターの個性付けみたいなものですね。




※ LV(キャラクターレベル)について

 技能の数値がキャラクターの腕前や個性を表す目安なら、レベルの数値はキャラクターの格を表す目安です。

 レベルアップの具体的な効果としては、HP、MP、CPの増加。
 DPの取得、それによる各種ステータスの成長。
 戦闘などの一部技能熟練度の上限の上昇。
 上位クラスへの道が開ける。

 ──等々が挙げられますが、低レベル者との一番の違いは〝振れるダイスの数〟になるでしょうか。

 最初の方で
〝この世界での判定は、大体この2D6で行われます〟
 みたいな事を言いましたが、LV 10になるとこれが一個増えて3D6で行えるようになるのです。
 LV 20になると更にもう一個増えて4D6。
 以降5レベルごとに全判定で用いるダイスが一個ずつ増えていく事になるわけです。

 つまり、LV5の戦士が目標達成値20に対して(2D6±?)で挑まなければならない状況ならば、LV20の戦士は(4D6±?)という計算式で望めるわけです。

 高レベルと低レベルでは振れるダイスの数が違う。
 イメージ的には純粋な生物としての強さとか、存在の重みとか、住む世界とかの〝格〟が違うといったところでしょうか。

 一流の料理人や野球選手になるために技能熟練度は絶対必要ですが、レベルは低くても構いません。
 1レベルでも世界に誇れる職人は居るでしょうし、重要な仕事を立派に務める人間も居る事でしょう。

 しかし、1レベルでドラゴンを倒せるような人間は居ません。
 限界を超えて戦う力を高めるためには、レベルを上げるしか手はないのです。
 ドラゴンを倒すためには、自らをそれと等しき存在に昇華させるしかないのです。



LV 1      一般人  素人  非戦闘員  塾通いの魔術師  ゴロツキ

LV 2~3    冒険者志望  見習い兵士~新兵  新卒の魔術師  村の喧嘩自慢  山賊

LV 4~5    駆け出し冒険者  正規兵  従騎士  村一番の使い手  山賊の頭  5~10人力

LV 6~9    一人前の冒険者  熟練兵  小隊長  正騎士  村勇者  10~50人力

LV 10~14  中堅冒険者  精鋭  中隊長  騎士隊長  宮廷魔術師  街の救世主  50~500人力

LV15~19  一流の冒険者  最精鋭  大隊長  騎士団長  ギルド支部長  宮廷魔術師長  小国の英雄  500~1000人力

LV 20~24  超一流の冒険者  達人  将軍  ギルド本部長  大国の英雄  千人力以上

LV 25~29  伝説級の冒険者  人類代表  大陸の英雄  五千人力以上

LV 30~39  神話級の冒険者  人外認定  世界の英雄  一万人力以上

LV 40~49  冒険するガンダム  人型台風

LV 50以上   神  いわゆるゴッド


 レベルの目安はこんな感じです。
 イメージ的にはD&Dが近いかもしれませんね。
 いや、能力値の上がりやすさからしてSW2.0かな?
 分かりにくくてすみません。

 〝○○の冒険者〟とか〝○○の英雄〟とかいった例えは、あくまでも実力的に見合うレベル帯という意味で、名声やらの世間の評価が伴わなければ相応の扱いを受ける事はありません。




※ サンプルキャラクター


 以下に記載しているステータスは主人公ゼイロとの比較用に考えられたものです。

 種族は人間と、イメージしやすいであろう異種族にしました。
 いつか種族ごとのデータとかを載せられたらいいですね。
 あくまでもサンプルで、参考にはならないかもしれない情報ですので、ご覧になる方は適当に流す程度に留めておいてください。

 エトラーゼとそれ以外のキャラの違いはDPとアイテム枠の有無、それとステータスという情報を認知して弄くり回せるかどうかといった事だけですので、表示に大きな違いはありません。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 名前: 勘頼みのジェイク

 種族: 人間  性別: 男性  年齢: 23

 LV 1  クラス: ローグ   称号: 直感の徒

 DP なし

 HP 19/19(17+10%)  MP 14/14  CP 20/20(18+10%)

 STR 13(+2) END 10  DEX 12(+3) AGI 14(+3) WIL 9  INT 12(10+2)

 アイテム枠: なし

 装備:  薄汚れたナイフ  〈Fグレード〉〈超軽量級〉 (斬り2D6)(刺し1D6)
       粗末なスタテッドレザー  〈Fグレード〉〈軽量級〉
       指貫レザーグローブ  〈Fグレード〉〈超軽量級
       麻製の擦り切れたシャツ  〈Fグレード〉〈超軽量級〉
       綿製のセクシーパンツ  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
       綿製の臭う靴下  〈Fグレード〉〈超軽量級〉
       粗末なスタテッドレザーブーツ  〈Fグレード〉〈超軽量級〉

 防護点: 4 (基本+1 装備+3)

 習得技能枠: 16/16

 戦闘技能: 回避 39.8(+20) 短剣 26.3(+10) 格闘 21.7(+10) 投擲 7.1

 一般技能: 交渉 16.6(+10) 威圧 25.3(+10) 誘惑 12.9  捜索 38.5(+20) 忍び 22.8(+10)
         隠れ身 36.3(+20) 尾行 30.4(+10) すり 24.8(+10) 社会知識/無法者 38.6  地域知識/スラム街 39.0
         行進 27.3(+10) 賭博 35.4(+10)

 習得特技・魔法枠: 8/9(+3)

 特技: [徒党の強み]  [宝への執着]  『脅迫Lv 2』  『威嚇Lv 2』  『強奪Lv1』
      振りかぶりLv 1  速攻Lv 1  連撃Lv 1  ★緊急回避Lv 2

 魔法: なし

特性; 第六感


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「俺の生き方がつまらない? ハハハッ。そう言ってくれた奴らは、みんな先にくたばっちまったなあ」

 ラシュワン地方の玄関口として名高い、港湾都市ティサント。
 ジェイクはそこのスラム街で生まれた、極々普通の青年です。
 朝は木賃宿のベッドでダラダラと過ごし、昼は人気のない場所を歩く馬鹿な観光客に狙いを絞った恐喝や窃盗で日銭を稼ぎ、夜は懐具合に従って酒場かカジノか娼館へ。 ──というような、自堕落な日々を送っています。
 盗賊ギルドに属していない一介のチンピラの生活スタイルとしては、非常に穏やかと言えるでしょう。
 血生臭い殺しにも、ティサントで最も盛況な闇商売である奴隷ビジネスにも、一切関わっていないのですから
 もちろん善人とは程遠い性格ですので、酒場で女の尻を撫で回して引っぱたかれたり、悪酔いの挙げ句に喧嘩騒ぎを起こして半殺しにしたりされたりといった程度の悪ふざけは日常茶飯事です。

 そんな彼の唯一の自慢は、スラムの子供達の上前を刎ねた事がないといったもの。
 親や街の大人達に少ない稼ぎを持って行かれる幼少時代を半ば下積みとばかりに強制されるのがスラムの習わしで、そういった子供達も成長すると同じ事をしでかすようになっていくのが普通なのですが、ジェイクはこの悪循環に乗りませんでした。
 理由は簡単、彼の第六感がやめろと告げたからです。

 ジェイクの人生は、自らの冴え渡った勘に助けられる事の連続でした。
 奴隷商人に狙われた時も逃げ切る事ができましたし、手配中の殺人鬼が潜んでいる通りを避けて家に帰る事もできました。
 すべては咄嗟の閃き、勘のおかげです。
 そういった報いによって回避できた危険を知る度に、彼は自身の第六感に対する信頼を強めていったのです。
 もはや従う事に躊躇いはありません。
 盗賊ギルドに所属しなかったのも大きな悪事に関わらなかったのも、詰まるところは第六感がそう告げたからなのです。
 それらの選択への報いはまだ明らかになっていませんが、ジェイクは訪れの時が迫るのを感じています。

「想像してみろよ。一番頼みにしているモノが素晴らしく冴えてる人生ってのをさ。俺は結構楽しいと思うんだがね」


 このキャラは典型的なゴロツキ、チンピラ、三下の、まあ要するに小悪党です。
 その中ではやや優秀なステータスと言えますが、決して平均レベルを越えるものではありません。

 セッション中に敵として出てきたら〝山賊B〟とか〝ゴロツキその3〟とかいった捨て名を与えられる事でしょう。
 もちろん、その場合は上記のステータスは一律簡略化されて意味を成しません。
 ザコ敵、モブキャラの扱いとはそんなもの。
 残酷な話ですが、所詮彼はその程度。物語の主役にも主要人物にもなれない存在なのです。

 まあ、彼ならそんな扱いを受ける前にスタコラサッサと逃げ出すでしょうけれども。



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 名前: 農夫のスティーブ

 種族: 人間  性別: 男性  年齢: 20

 LV 1  クラス: ファーマー   称号: 未来の農夫無双

 DP なし

 HP 22/22  MP 15/15  CP 24/24(20+20%)

 STR 16  END 15  DEX 12  AGI 11  WIL 13  INT 10

 アイテム枠: なし

 装備:  使い込まれたピッチフォーク  〈Eグレード〉〈中量級〉 (叩き2D+3)(刺し1D+4)
       穴の空いた麦わら帽子  〈Fグレード〉〈超軽量級〉
       丈夫な作業用オーバーオール  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
       麻製の粗末なシャツ  〈Fグレード〉〈超軽量級〉
       麻製の粗末な下着  〈Fグレード〉〈超軽量級〉
       羊毛製の粗末な靴下  〈Fグレード〉〈超軽量級〉
       ケタ革の作業用ブーツ  〈Eグレード〉〈軽量級〉 

 防護点: 3 (基本+1 装備+2)

 習得技能枠: 39/39

 戦闘技能: 格闘 38.8  弓 35.3  長柄武器 35.0  短剣 32.6  投擲 14.5

 一般技能: 農業 75.1(+10) 牧畜 73.9(+10) 単純作業 70.6(+10) 運搬 72.7(+10) 動植物知識 52.3(+10)
         動物使役 62.2  調教 58.4  解体 63.5(+10) 調理 26.6  木工 44.8
         石工 39.7  革細工 48.2  鍛冶 41.7  伐採 53.1  採取 50.2
         狩猟 61.4  野営 40.6  罠設置 43.8  罠解除 34.9  罠作成 47.5
         生存術/森林 57.0  視認 53.2  聞き耳 48.6  気配感知 32.1  追跡 31.0
         忍び 27.3  隠れ身 58.1  医療知識 47.4  筆記 24.6  行進 36.2
         水泳 30.1  騎乗 34.9  釣り 22.5  踊り 13.9

 習得特技・魔法枠: 8/9

 特技: 振りかぶりLv 1  薙ぎ払いLv 1  突撃Lv 2  速攻Lv 1  精密射撃Lv 2
      連射Lv 2  応急処置Lv 2  ★食い縛りLv 2

 魔法: なし

 特性; 忍耐力  多芸多才


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「……物心着いた時から村中の手伝いに駆り出されてたら、そりゃ器用にもなるだろう」

 スティーブは広大な穀倉地帯を有する農業国ピナールの農夫です。
 彼が暮らすカロリ村はピナールの典型的な農村で、陽を受けて流れる小川と輝く小麦畑が穏やかな時を刻むド田舎です。土産物や特産品の類はなく、当然ながら観光客が目当てにするようなロケーションもありません。
 敢えて他の農村との違いを挙げるとしたら、郊外にある深い森くらいなものでしょうか。
 かつて竜が住んでいたと言われるその森は豊かな植生に彩られ、ちょっとした秘境の様相を呈しています。
 奥は凶暴な肉食獣のテリトリーになっていますが、村と街道に面した外縁部は比較的安全です。
 カロリ村は森の脅威と上手く距離を取りながら、その恵みを慎ましく享受してきました。
 特に腕に覚えがある少数の村人などは畑と家畜の面倒を見ながら狩猟で副収入を得る、半猟師生活を送っています。

 スティーブもそんな生活を営んでいる逞しき農夫の一人です。
 彼は恐ろしく多彩な人間で、狩りや本業である酪農の腕もさることながら農具の修理生産に木材の切り出し、果ては収穫祭の飾り付けから医者の真似事までと、村で一、二を争う技術を複数持っています。
 寡黙な性分からやや人付き合いを苦手としている面もありますが、その勤勉実直な人柄のおかげもあってか村での評判は良好です。
 鍬が壊れた直してくれ。牛が病気だ何とかしてくれ。赤ん坊が生まれそうだ助けてくれ。──等々の求めに応じて村中を駆けずり回り、結果として村一番の働き者になってしまった彼を悪く言う者は居ません。

 更に、森からはぐれた家畜荒らしのオウルベアを自慢の罠と弓矢の腕、『YAAAAAA!!!』と勇ましく吠えてのピッチフォーク突撃で退治してしまったからもう大変。村人総出で胴上げ状態です。
 おかげで青年団のリーダー兼医師兼鍛冶師兼村長代理にまで祭り上げられてしまいました。
 嫁さんをもらってのんびりと暮らしたい本人の意に反して、村中の厄介事が二十歳になったばかりの若き農夫の元に舞い込んできます。

「今週も見合いの話は一件もなしか……」


 このキャラは典型的な農夫……とは言い難い強めの一般人です。
 技能だけを見るとかなり凄い人なんですが、それでもほんの1レベル。
 HPの数値はまだまだ常人の域で、ちょっとレベルの高い敵や特殊能力を持った相手と正面から渡り合えるほどの強さはありません。
 彼がオウルベアを倒せたのは、頭を使って工夫を凝らしたからこそなのです。
 逆に言えば、ある程度の相手までなら工夫次第でどうにかなるということですね。
 そういった賢い低レベルの一例とでも思っていただければ幸いです。



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 名前: 大内 健太 (おおうち けんた)

 種族: 人間  性別: 男性  年齢: 16

 LV 1  クラス: スチューデント  称号: 地球からのへたれ

 DP 2 (現在までに0p使用)

 HP 19/19  MP 13/13  CP 17/17

 STR 11  END 10  DEX 9  AGI 12  WIL 8  INT 10

 アイテム枠: 10/10

 装備:  所沢北高校の学生服  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
       所沢北高校のワイシャツ  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
       所沢北高校の学生ズボン  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
       無地のTシャツ  〈Eグレード〉〈超軽量級〉       
       ボクサーブリーフ  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
       ポリエステルの靴下  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
       スニーカー 『エア・マックス95』 〈Dグレード〉〈超軽量級〉

 防護点: 3 (基本+1 装備+2)

 習得技能枠: 34/18(+16)

 戦闘技能: 投擲 39.8  回避 3.6  組み打ち 3.3  格闘 2.1

 一般技能: 行進 31.7  跳躍 43.6  学習 38.2(+20) 教養 21.3   数学 13.6
         科学 11.3  雑学 20.2  社会知識/日本 29.5  地域知識/所沢市 40.6  スポーツ/陸上競技 35.4
         スポーツ/バスケ 24.7  ゲーム/花札 22.2  ゲーム/音ゲー 47.1  歌唱 16.8  楽器演奏/ギター 26.5
         コンピューター 6.2  忍び 3.5  隠れ身 5.8  水泳 14.8  交渉 4,3
         視認 7.3  聞き耳 5.1  観察 8.8  冒険知識 9.4  魔物知識 12.8
         採取 3.6  野営 2.5  釣り 11.0  解体 4.7  調理 7.8
         踊り 10.3  単純作業 9.2

 習得特技・魔法枠: 5/3(+2)

 特技: [学徒の心得]  [広く浅く]  運動神経Lv 2  振りかぶりLv 2  言語の習得×1

 魔法: なし

 特性; 異世界への招待  俊敏  成長力


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「誰かァァ~!! お願いですからここは埼玉だって言ってくださァァァァァッッい!!!」

 健太は生まれも育ちも所沢市の埼玉県民。紛う事なき日本男児です。
 陸上部に所属していて運動神経に多少の自信があるのと、父親からもらった良い靴を大切に使っている以外はこれといって特徴のない、どこにでも居そうな感じのだらけた高校生です。
 しかし、ある日を境に少しだけ特別な存在になりました。
 生きながらにして異世界アリュークスの土を踏む事になってしまったのです。

 それも、前触れもなく突然に。
 部活の合宿に出掛けた途端に目眩を感じ、気が付くと蒸し暑いジャングルのド真ん中に立たされていたというのだから堪りません。
 玄関開けたら二秒で異世界。余りの事態に哀れな地球の少年は小一時間立ち尽くしました。
 走る切っ掛けをくれたのは、茂みを揺らして現れたオーガの一団です。
 彼は自分が陸上部であった事を神に感謝しました。
 同時に熱心に練習してこなかった自らの怠慢を死ぬほど悔いたりもしましたが……。まあ、命拾いできたので良しとしましょう。

 がむしゃらに走り尽くした彼は、原始的な生活を営むニャンクスの部族に拾われました。
 健太には知る由もありませんでしたが、ジャングルで暮らす部族の八割が肉食主体で、そのほとんどが人間を滋養に富んだ食材としか思っていない事を考えれば、川魚が主食の彼らに出会えた事は望外の幸運と言えるでしょう。
 追いすがってきた人食い巨人共を投げ槍と魔弾の囲みで出迎える猫人間達の勇姿は迫力満点。恐ろしくもユーモラスなものでした。

 現在、健太は川辺にあるニャンクスの集落で厄介になっています。
 他に頼れる者もない異邦人の身としては当たり前の帰結ですが、衣食住べったりとお世話になりっぱなしではさすがに不味いと思ったのでしょう。
 朝は早起きして魚釣り、昼は岩場で寝転ぶお年寄り達の蚤取り、夜は夜で自分の知っている歌や持ち込んだ花札の遊び方なんかを教えたりして集落のみんなに喜んでもらおうと励んでいます。
 ピラニアっぽい魚に手を噛まれた時は声を上げて泣き、食中りで寝込んだ時は鬱々とネガティブな事ばかり言って看病役のニャンクス達を呆れさせたりといった醜態を晒す事もありましたが、その試み自体はそれなりに上手く行っているようです。
 もしかしたら、彼は十六年の短い人生の中で最も充実した時を過ごしているのかもしれません。

 時折、猛烈なホームシックに襲われますが、地球に帰る方法を探すために旅立つのはまだまだ先の話でしょう。
 当面の目標は人里に降りられるだけのサバイバル技術を身に付ける事です。

「人間の顔が見たい……。ファンタジーな世界なんだから、可愛い女の子との出会いくらいあったっていいじゃないかよー」


 このキャラのコンセプトはズバリ〝普通の人〟です。
 健太くんはやや体育会系で勉強不足といった色は付いていますが、大した技能も能力もありません。一般的な日本の高校生の枠に収まるステータスの持ち主です。

 エトラーゼにはゼイロ達のような〝転生型〟と彼のような〝転移型〟の二種類のキャラがいます。
 転生型が朧気な前世の記憶を持ったまま別人になってしまうのに対し、転移型は……神隠しの被害者ですね。身も蓋もなく言うと。
 どちらが有利不利という事もありません。転移型のほとんどは非力な一般人ですが、転生型だって人間やめて酷い能力になっちゃうキャラが沢山居ますからね。
 ちなみにスタート地点がランダムなのは、どちらも同じです。

 現在の健太のクラスである《スチューデント》は能力値ボーナスこそありませんが枠数の制限なく技能を習得できる、20.0までの技能熟練度の上昇にボーナス補正が掛かるという特色のあるクラスです。
 クラスチェンジの際には枠数に応じたDPを支払う必要があり、取りすぎるとDPがマイナスになってしまう恐れがありますが、覚えた技能が失われる事はありません。
 彼のような多くを学ぶ必要のある人間にはうってつけのクラスと言えるでしょう。



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 名前: ヴィアドラ・ザギ・バジスース・ルオドーン

 種族: ダーク エルフ  性別: 女性  年齢: 30

 LV 1  クラス: プリースト  称号: 猫大好き小娘

 DP 1 (現在までに0p使用)

 HP 13/13  MP 30/30(25+20%)  CP 17/17

 STR 7  END 11(+3) DEX 14  AGI 12  WIL 23(+5) INT 15(+2)

 アイテム枠: 13/13

 装備:  闇に染まりし霊布のドレス 『夜光蝶』 〈Bグレード〉〈超軽量級〉
       穢れを弾く婦人用ドレスグローブ 『レディーズ・シルク』 〈Cグレード〉〈超軽量級〉
       竜革の最高級下着セット 『暗き岩屋の姫』 〈Cグレード〉〈超軽量級〉
       神々しきアダマンタイトの貞操帯 『アイルラーナの睨み』 〈Aグレード〉〈軽量級〉
       竜革の最高級ストッキング  〈Cグレード〉〈超軽量級〉
       デーモンレザーの婦人靴 『ハッピー・スタンパー』 〈Bグレード〉〈超軽量級〉

 防護点: 29 (基本+1 装備+28) 炎熱+30 冷気+30 雷+30 酸+30 魔法+30 精神+50

 習得技能枠: 27/27

 戦闘技能: 神霊術 57.4(+20) 超常抵抗 51.9(+15) 回避 25.6

 一般技能: 祈祷 61.6(+10) アイテム鑑定 26.0  教養 52.7  忍び 18.9(+5)  観察 40.0
         視認 20.8(+5) 聞き耳 27.1(+5) 神学 38.4(+10) 神秘学 40.5(+10) 語学 29.8
         交渉 77.2(+30) 演説 55.6(+30) 社交 63.0(+30) 礼法 68.1(+20) 茶道 48.2
         華道 50.6  歌唱 72.8(+20) 詩吟 65.1(+20) 踊り 56.3(+15) 調理 36.4
         動物使役 52.9(+5) 騎乗 34.0(+5) 行進 10.3  魔力感知 27.5(+5)

 習得特技・魔法枠: 15/12(+3)

 特技: [信仰の眼差し]  [死者送還]  [癒やしの手]  ◇猫との会話  ◇猫の受け身Lv 1
      ◇抜き足差し足Lv 1  ◇猫被りLv 1  言語の習得×3

 魔法: ◇招き寄せLv 2 ◇お日様ころりんLv 2 ◇チャコイの瞳Lv 2 ◇チャコイのヒゲLv 1 ◇神僕の召喚Lv 1
       清浄なる光Lv 1  剣に加護をLv 1
      

 特性; 愛嬌  美形  美声  欠け落ちた器  ◇チャコイの神託

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「ここは涼しいところですね」

 スカイダークは大陸中の人々から恐れられている土地です。
 曰く、邪教の総本山である。
 曰く、そこでは人は家畜である。
 曰く、神に見捨てられた土地である。
 ゴブリン、オーガ、バグベアなどの俗に〝邪妖族(ジャランダラ)〟と一括りに呼ばれる排他的で凶暴な種族が数多く生息し、部族間抗争と周辺地域への略奪を繰り返しているという、広く流布されている噂一つ取ってみても〝常闇の地〟の異名に相応しいものでしょう。
 しかし、彼の地において最大の恐怖と畏怖を刺激する点は誰の目にも明らかです。

 夜が明けないのです。
 朝が来ないのです。
 日が昇らないのです。

 スカイダークは永遠に続く夜の闇に覆われた地なのです。
 危険な夜行性の獣や、更にもっと危険な闇の怪物達の楽園。それが〝常闇の地〟スカイダーク。
 地上にヴァンパイアやデーモンの国家が存在するのは世界広しと言えども此処くらいなものでしょう。

 エトラーゼのヴィアドラは、そのような土地で生を受けました。
 隆盛を誇るダークエルフの貴族、ルオド-ン公爵家の末姫として。
 並みのエトラーゼならば気が狂うか、誰かの意のままに動く操り人形となっていた事でしょう。
 上流階級に生まれたからといって安心などできません。ダークエルフ貴族の権力闘争はさながら獅子の共食いです。性別も血の繋がりも意味を成さない弱肉強食の世界なのです。
 ヴィアドラの父も母も兄姉達も、抜け目のない使用人達も、産声を上げる彼女をどのようにして自分に都合の良い道具にするかとしか考えていませんでした。
 ──初めの頃は。

 最初に母が事故死しました。幼いヴィアドラをとっとと他家に嫁がせようとしたからです。
 次に父が病死しました。幼いヴィアドラを自分の新しい妻にしようとしたからです。
 その次に長男が狩りの最中に落雷に撃たれて炭化しました。理由は父と同じです。
 そしてまた次々と家の者に不幸が起こり、残ったのはヴィアドラと三人の姉だけになりました。
 当主の座に着いた次女、騎士団長を務める三女、魔術師として有名な六女のいずれもがヴィアドラを溺愛しており、可愛い妹がダークエルフの悪徳に染まらぬようにと心を砕いています。
 不逞な使用人達を粛正したのも団結して御家を守っているのも屋敷で猫を飼っているのも、みんなみんなヴィアドラのためです。
 何故なら、ヴィアドラが可愛くて仕方ないからです。

 ヴィアドラの前世はさる名家の令嬢でした。
 生まれつき身体が弱く複数の疾患を抱えていた彼女は、思い通りに出歩く事も友達を作る事もできずに十代前半の若い命を散らしましたが、その人生は決して無為でも不幸でもありませんでした。
 可憐な容姿に愛くるしい声、無垢なる心に儚い定め。
 彼女は愛される才能に溢れていました。そしてそれを無意識の内に芸術の域にまで昇華していたのです。
 生まれ変わって二度目の箱入り人生となっても磨き上げた芸術は損なわれず、輝きを増すばかりでした。
 何せ本人、アレルギーのせいで見てるだけだった猫が撫でられるというだけで大満足。早起きしても息切れしないわ、流動食ばかりだった御飯も美味しく食べられるわで、この上ない幸せに包まれていたのですから。より一層健やかに育つというものです。
 悪意のない、故に悪意を感じる事もない天真爛漫な気性もその成長に大いに拍車を掛けました。
 重度のディスレクシアで読み書きができないという欠点も、彼女にとっては保護欲を刺激する美点にしかなりません。

 物凄い早さで奇妙奇天烈な魅力を備えていく末姫の存在はルオドーン家の者達に初めて空を見たかのような衝撃を与え、様々な形で虜にしました。
 父や兄が彼女を娶とろうとしたのもそのせいです。邪妖族故の歪な愛の暴走劇でした。
 もちろんヴィアドラに嫉妬する者、恐れを抱く者も少なからず居ましたが、そういった者達はより強大な愛の犠牲者達によって排除されてしまいました。
 彼女を守るのは三人の姉だけではありません。アリュークスの神々すらも加護を与えているのです。

 多くの人々を惹き付けるカリスマとなれる器の持ち主は、自身への信仰を求める神々にとって無視できるものではありません。
 ましてやヴィアドラは数千万人に一人の逸材。多少の贔屓をしてしまうのも仕方のない事でしょう。
 特に彼女を気に入った清純神アイルラーナは神器級の貞操帯を授けました。
 それを見ていた魅惑神メルローゼは面白半分に、踏まれると気持ち良くなる靴を。
 破壊神ジェバは『お前の生まれた社会をこれで壊そう! な? な?』と、でかいハンマーを。
 他の神はそこまで即物的な事はしませんでしたが、とりあえず見守ってくれてはいました。

 結局、ヴィアドラが信仰の対象としたのは猫神チャコイでしたが……。
 けれども、神は妙なところで太っ腹です。与えたアーティファクトを取り上げる事もなく、相変わらず自分のところの凡俗な信徒に対してよりも注意を払って見守っています。

 今の家族と境遇を心から愛しているヴィアドラですが、一つだけどうしても馴染めないものがあります。
 それはダークエルフのファッションです。
 男も女もほとんどがレザー系の素材を身にまとい、ボディラインを顕わにしているのですから。清楚な大和撫子であった彼女には堪りません。しかも女性はレオタードや水着みたいなのがデフォ。堪りません。
 さすがに貴族の令嬢ともなるとハイレグは中々ありませんが、ヘソ出し肩出しなんかは普通だったりします。
 一度、背中剥き出しのドレスを着ていた姉に『エッチなんですねえ……』と呟いた時などは色々と大変でした。
 ダークエルフで30歳はローティーン。そろそろ本格的な社交界デビューを飾らなければならない年頃の乙女は、初めてのカルチャーショックに戸惑っています。

「みなさん、寒くないんでしょうか?」


 このキャラは転生型のエトラーゼですが家族が存在するタイプです。
 適当に放り出される他の転生型と違って身元が明確、赤ん坊の頃から成長するにつれて徐々に記憶が甦ってくるという仕様ですので、異世界への転生に対する戸惑いが少ないといった利点があります。
 要するに一般的な生まれ変わりですね。
 デメリットは生い立ちに縛られる恐れがある事くらいなものでしょうか。ヴィアドラの生まれはそういう意味ではかなり劣悪です。
 優れた器量も優しい心も、周りが計算高い極悪人ばかりでは甘い蜜を垂れ流す無力な花に過ぎないのですから。
 ダークエルフがサディズムを伴わない自己愛以外の愛情に目覚める例はいくつかありますが、どれも個人レベルの話です。一族レベルで風向きを変えてしまった彼女の功績は計り知れないものと言えるでしょう。

 特技・魔法欄にある ◇ 付きのものは、付与されているといった一時預かりの状態を表しています。
 特性【◇チャコイの神託】のおかげで猫神チャコイ様ゆかりの特別な特技と魔法を授かっている状態なわけですね。
 信仰をやめたりチャコイ様にすげー嫌われたりすると、これら ◇ 付きはすべて失われてしまいます。
 Lvアップに費やしたDPは喪失の仕方によって戻ったり戻らなかったりします。



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 名前: カーリャ・ガルン・ヨルム

 種族: 人間  性別: 女性  年齢: 6

 LV 3  クラス: マトリクサー  称号: リトルガルム

 DP なし

 HP 72/72(60+20%)  MP 26/26  CP 95/95(72+30%)

 STR 12(+4) END 12  DEX 9  AGI 19(+6) WIL 10  INT 11

 アイテム枠: なし

 装備:  スパイダーシルクの子供用ジャンプスーツ  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
       ホワイトウルフの毛皮コート 『氷雪の子』 〈Cグレード〉〈軽量級〉
       スパイダーシルクの子供用ブーツ  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
       スパイダージルクの子供用肌着  〈Eグレード〉〈超軽量級〉       
       スパイダーシルクの子供用下着  〈Eグレード〉〈超軽量級〉
       スパイダーシルクの子供用靴下  〈Eグレード〉〈超軽量級〉

 防護点: 9 (基本+1 特性+1 装備+8) 斬り+5 刺し+5 魔法+10 冷気+50

 習得技能枠: 26/26

 戦闘技能: 回避 51.4(+20) 格闘 48.1(+20) 放出 35.8(+20) 投擲 12.5  古代魔術 8.8

 一般技能: 探知 36.3(+10) 味見 48.7(+20) 聞き耳 37.2(+10) 視認 25.6(+10) 気配感知 33.6(+10)
         魔力感知 15.1(+10) 行進 54.5(+10) 跳躍 39.0(+10) 軽業 24,7(+10) 忍び 36.7(+10)
         隠れ身 13.4  狩猟 6.4  追跡 4,3  踊り 12.9(+5) 儀式/魔獣封印 12.7 
         動物使役 26.9(+10) 調教 19.4(+10) 運転/犬ぞり 11.8  生存術/雪原 18.3  演技 7.6(+5)
         アストラル制御 4.1

 習得特技・魔法枠: 15/14(+2)

 特技: [我が身に宿れ]  存在の吸収Lv 1  封印の秘儀Lv 1  ◇牙Lv 2  ◇鉤爪Lv 2
      ◇四足獣の極意  ◇冷気耐性Lv 2  肉体操作Lv 1  テレパシーLv 2  食い溜め Lv 2
      栄養英気Lv 1  肉から肉へLv 1  ◇アイスブレスLv 1

 魔法: 『不動縛呪Lv 1』  ◇身外身の術Lv 1

 特性; 反射神経  再生力  心の声  喰らいし者の愉悦  ◇活力の泉  ◇烈なる気炎
      ◇マーナガルムの封印

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「おうおうおう! ただいま!」

 カーリャはルゼリア大陸の北、フリスガルズ地方で暮らす狩猟民〝ガルンの民〟の娘です。
 ガルンの民はフリスガルズの諸部族の中でそれほど目立った存在ではありませんが、一つだけ特異な点があります。
 その血を引く者は皆、生まれながらのマトリクサーであるという点です。
 マトリクサーは自らの肉体に封印した怪物の力を振るって戦う希少なクラスで、通常は秘儀とされる封印の業を修める事によって認められます。
 ですから、全員が生まれながらにというのは非常に珍しいケースなのです。

 もちろん、これには理由があります。
 ガルンの民はまたの名を封印の氏族と言い、〝創世の魔物〟という最も強力な怪物の一体の封印を受け継いでいる民なのです。
 その名は魔獣マーナガルム。
 巨大で獰猛な白狼の姿をした魔物で、魔犬魔狼の祖とされる生きた災厄です。
 創世記に起こった最後の戦いにおいて荒れ狂うマーナガルムの分割封印に成功したガルンの民の祖先達は、自らの身体に宿した魔獣を子々孫々へと伝えていく事を一族の使命としました。
 自分達の生活サイクルに取り込むことによって魔獣の更なる細分化と弱体化、そして遠い未来での完全なる消滅を狙ったのです。

 長い時が経ち魔獣の力も大分弱まりましたが、その力と意思は未だに世界の脅威と成り得る危険性を秘めています。
 半身の復活だけでも大陸中の英雄が乗り出す大事件となるでしょう。

 そんな物騒な代物を抱えていると世間に知られるわけにはいきませんから、マーナガルムの封印はガルンの民だけの秘密となっています。
 ただのマトリクサーでさえ怪物を身に宿すという事で忌避される事があるのです。モノが核弾頭並みの魔獣では果たしてどんな扱いを受けるのか……。試してみたいと思う者は居ないでしょう。
 なので、表向きはスノーウルフやホワイトウルフなどのマトリクサーで通っています。

 近年に起こったシャイターンの襲撃は不幸な出来事でしたが、捕らえられていた族長レイシャの帰還によりガルンの民は再び以前の平穏を取り戻しつつあります。
 カーリャもそろそろ街の学校に通い始める年頃です。マトリクサーとしての才能だけならガルン屈指の彼女ですが、果たして学業においてはどうでしょうか?
 魔獣の性の色濃い娘が同年代の子に噛み付くのではないかと、母親であるレイシャは気が気ではありません。

「なんだ? あいつらガッコーにいないのか?」


 最後に本編に登場したキャラを。と思ったのででカーリャを載せる事にしました。
 ステータスはスカベンジャーズ・マンションから脱出した後のものです。
 彼女の特性【喰らいし者の愉悦】は食った相手の特性を二つまで自分の物としてキープしておけるという怪物的なやつです。
 吹っ飛んだゼイロの足を食べた時にちゃっかりいただいていたわけですね。

 ◇ 付きの特技は体内に封印してあるマーナガルムが習得している業を借りているという状態を表しています。
 神託における特殊な魔法などと同じ扱いですね。
 マトリクサーのステータスボーナスは封印している魔物に依存しますから、マーナガルムが居なくなるとそれに準ずる能力値や技能のプラス修正も失われてしまいます。

 今回新しく登場した特性のデータはキャラデータまとめの方に追加されています。





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