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[15974] 【A's編完結】俺とデバイスとあるハザード(下ネタ注意)
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/09/19 07:21
 内容的には何処にでもあるリリなのオリ主転生原作再構成ものです。
 なおオリ主には原作知識はない設定です。
 原作を知らない人でも大丈夫なようには書いているつもりですが、原作補完という目的もあるので知っている方が楽しめるんじゃないかなぁ、なんてことを言ってみたり。


 それとこのSSには

・オリ主はオタク
・オリ主は口が悪い
・オリ主にはトラウマがある
・複数の原作キャラから好意を向けられる
・何処か不自然な一人称
・独自設定が多数
・同様に作者の妄想魔法理論も多数
・そのせいでデバイスや魔法の設定が原作と異なる   etc...

 といった、人によっては最低系とも取れる要素が多数あるため、そういうのが嫌いな人は読まない方がきっと精神的にいいと思います。
 でも嘲笑されることや罵倒されることは覚悟していますので読んで下さった方は容赦なく批判してくださって構いません。 むしろバッチこい。 

 また、とあるロストロギアを見る目が変わってしまう可能性がありますので、スカさんが嫌いな人は作品を読んだ記憶ごと水に流してしまうことをお勧めします。


 以上長々と述べてきましたが、読者の皆様に少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。






















 ――――私がこれから語るのは、貴方が知ることの叶わなかった男の半生だ。


     どんな人生でも多かれ少なかれ幸福と不幸、その両方が含まれている。


     だが、それをどちらなのか判断する権利は、その人生を生きる本人にしかない。


     たとえそれがどんなに幸福に見えても、本人にとってそれは不幸かもしれないし、逆もまた然りだ。


     しかし、それがどちらに当てはまるのかを考える事自体は貴方の自由だ。


     この手の議論はこれから話す物語が喜劇か悲劇か、といった問題にも当てはまる。


     全てを語り終えたとき貴方はどう感じるのだろうか?


     いずれにしても何かを感じてくれたのなら、それだけで私がこの話をした意味はあったのだと思う。


     さて、それでは話を始めるとしよう――――



[15974] 再出発編 第1話 汚伝はじめました。
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/01/29 00:17
『ちょっ! タンクに液体窒素入ってねーじゃねーか! 誰だよ最後の当番……あれ? もしかして俺か?』

――――6%


『やっべ、また人文の単位落ちてるし。 あーやだなー、来年またこれ受けんのかよー。 つーかこの学部に宗教学とか必要なのか? 意味わかんねー』

――――19%


『……うっわぁ。 後期も落ちたし。 もう浪人確定じゃん。 つっても滑り止めとか受ける余裕もないしなぁ』

――――33%


 書き込み作業中に致命的なエラーが発生しました
 書き込み処理を停止します
 書き込み処理を中断したため残りの記憶データのバックアップを開始します

 バックアップを終了しました
 フェーズCを終了します

 次にフェーズDへ移行します
 培養液の排出を開始――――排出完了
 空気循環ポンプの動作を開――――

 デバイス内部に致命的なエラーが発生しました
 データの消滅を避けるためデータの退避を行います

 データの退避は完了しました
 なおバッファ領域にエラーが発生しているため一部のデータは破損している可能性があります
 今後このデータを閲覧する場合――――











 目が覚めた。
 辺りは真っ暗。
 身体の感覚は……ちゃんとあるな。
 だけどなんか若干の違和感がある。
 なんだ? 手足が短くなってるのか?
 風がなく機械音がしていることから、ここが何処かの部屋の中だろうとは想像がつく。
 また振動を感じないことから乗り物の中って可能性は低いな。
 あとどうも硬い所に寝ているみたいで身体が痛い。

 俺は楽になるために起き上がり胡坐をかいた。
 尻の濡れた感覚が非常に気持ち悪い。

 ん? これ、なんかぬるってしてるぞ?
 何だこれ、スライムか?
 おいやめろ、そういうのは勘弁してくれ。

 見えないことが恐怖を加速する。

 っていうか俺、服着てなくね?


「ファック、いろいろ確認しようにも暗くて何も見えん」

「目は覚めたか?」

「ふぉうっ!!」


 一人ごとのつもりだったのに返事があった。
 暗闇でいきなり声がしたらびっくりするのは仕方がないと思う。
 別にお化けが怖いとかそういったことはないのだ。


「驚くのも無理はない。 目が覚めたらいきなり見知らぬ場所にいたのだ。 聞きたいことがあれば答えよう」


 いきなりそんなことを言われても何も思いつかない。
 とりあえず当たり障りのないことを聞いておくことにしよう。


「あーこれはもしかして死後の世界とかいうやつか?」

「いや違う。 ここは現実世界だ」


 まあ身体の感覚とかもちゃんとあるしな。
 夢ってことは無いか。


「じゃあ拉致されたってこと? 何、俺死ぬの?」

「拉致でもない。 そうだな、わかりやすくいうならば『別の世界で死んだからこちらの世界に転生した』とでも言えばいいのだろうか。 そしてこちらの世界へ召喚したのは私たちだ。 だから殺したりする気は全くない」


 死んだ? 転生?


「え、もしかして俺、一度死んだわけ?」

「そうだ」

「それで転生したってこと?」

「そうだ」


 そっかぁ。
 俺死んだのかぁ。
 なら今この身体に感じる違和感は機械かなんかにでもなったってこと?
 でも機械の駆動音とかは身体の中ではなく外から聞こえてるしなぁ。
 ……考えてもわかんねーや。


「あの、死因とかって――」

「それはわからない」

「あ、そっすか」


 まあ仕方ないか。
 わからないものはわからないで一旦置いておこう。
 それに一度死んだらしいけど、転生したってことは今は生きてるわけだ。
 だったら次は死なないようにすればいい。
 そういやさっきこの世界に召喚したって言ってたよな?


「あの、じゃあ何が目的で転生させたのかって教えてもらってもいい?」

「教えてもいいが、少しこちらで確認したいことがある。 その後でもいいか?」


 転生っつーぐらいだから国が違うとか宗教が違う、時代が違うくらいはあるはず。
 でも何故か言葉が通じてるんだよな。
 日本語が通じてここは日本じゃないっていう可能性は低い。
 かなり自然な発音だから話しているのは日本人だろうか?
 少し試してみるか。


「OK, but there is only another question. What country is here?  It is Japan?
 (わかった。 でもその前に一つ質問。 ここは何処の国だ? 日本だよな?)」

「No. It is USA. Already, the country named "Japan" doesn't exist.
 (いや、違う。 ここはアメリカだ。 そして日本という国は既に存在しない)」

「What? Are you kidding? (マジで? 嘘だろ?)」


 普通に英語で返ってきたな。
 というかそれよりもっと気になる答えが返ってきた。
 アメリカあんのに日本ねーのかよ。
 そんで異世界っつっときながら地球かよ。
 突っ込みどころ多過ぎんだろ。


「Japan was made to enter China by accumulation of fatal mistake by themselves and political judgment by politician. Nowadays, Japan is only one of China.
 (日本は馬鹿な国民と政治的判断によって中国に取り込まれた。 今では日本は中国の省の一つに過ぎない)」


 散々な言われようだなおい。
 しかもめっちゃ小馬鹿にしたような発音だったぞ。
 一体何やらかしたらそんなことになるんだよ日本。

 まあそれはとりあえずいいとして、今の英語もかなりネイティブな発音だった。
 ますますわけがわからん。
 これはもう相手に主導権を渡してしまった方が早いか?


「わかった。 質問はもういいや。 確認に移ってくれていいよ」

「ならそうさせて貰おう。 お前に前世の記憶はあるか? いや、先ほどの会話から記憶が多少あることは既にわかっている。 どの程度残っているか、と言い方を変えよう」


 そうだよな。 喋れてるってことは前世の記憶とか知識とかは残ってるはずだもんな。


「ちょっとまってて。 とりあえず今何か思い出すから」


 そういってから俺は、自分自身についての記憶を整理することにした。

 自分の名前は空野太陽。
 名前を書かされる度にいつも思っていたけれど、なんて嫌な名前なんだ畜生。

 記憶の方は……ああ、死ぬ直前の時のこと思い出した。
 周りが卒論等で糞忙しくしている時期にEDSや真空蒸着装置といった重要な実験装置をぶっ壊したんだ。
 それで発生した居心地の悪い嫌な空気に耐えられなくなって、家に引きこもっている時に倒れて意識を失い、そしてそのまま帰らぬ人となったわけか。

 直接的な死因は心臓発作かなんかだろうか?
 いや、飯とかまともに食ってなかったから餓死って線も考えられるな。
 しかも他に思い出せた記憶も碌なものがねえし。
 とくに最後らへんの記憶なんてトラウマだっつーの。
 はぁ、あの冷たい視線は二度と思い出したくなかったのになぁ。
 もう死因は自殺でいいや。
 また死にたくなってきた。

 他になんかあったっけなぁ……あれ? もしかして浪人時代以前の記憶がない?
 知識の方はちゃんと出てくるのに。


「どうだ?」

「ああ。 なんか一部抜けてるけど、死ぬ直前から遡って9年分ぐらいは覚えてるみたいだ。 あと数学とか物理とかの知識はちゃんと残ってる」


 うーん……でもこの質問もよくわからん。
 俺の記憶に一体何の意味があるんだ?


「そうか。 質問の意味が気になっているようなので、この質問をした理由を説明しよう」

「お願いするわ」

「まずここはそちらの今まで育ってきた場所とは全く違う。 地名の一致はある程度予想していたが、そもそも次元が違うのだ。 三次元空間的な繋がりは全くないと言い換えてもいい。 そして人間の記憶や知識といったものは時空の狭間を超えて異なる次元へと移動すると、その時の条件によってはそれらが初期化される可能性が高いことがわかった。 この条件というのは次元を渡る際の身体状態に起因するもので――」


 日本語でOK。
 なんか難しい言葉でいろいろ語ってくれてるけど、何を言っているのかさっぱりわからない。
 よくよく考えてみればそんなことより向こうの世界においてきたオナホやHDの方が気がかりだ。
 死んだあとまで辱められるとか勘弁してほしい。
 火事とかで燃えてくれてないかなぁ、あの部屋。


「――この部屋の装置はそれらの理論に基づいて作られたもので、肉体の死に伴う特殊な魂の次元移動を検出し、その肉体に付随している記憶を魂ごとキャプチャーするためのものだ。 そしてこの装置を用い、こちらで用意した身体に魂をインストールすることで、擬似的な死者蘇生を行うことができると考えられていた。 だがやはり完全に記憶を移すことは不可能だったか。 そもそも肉体の年齢が――」


 というかさっきからなんか頭痛い。
 あと暗い。 暗くて狭くてなんか濡れてるとか一番駄目だろ。 こう、なんか、なあ?
 あー、なんか気持ち悪くなってきた。


「ごめん、その話はもういいわ。 ところでこの部屋って電気とかつかないの?」

「すまない、忘れていた。 今点つけてやろう」


 パッ


「うお、まぶしっ。 ってなんだこりゃ?」


 辺りを見渡してみたところ、ここはどこかの研究施設の一室のようだった。
 部屋の入口付近にはいろいろな機械とそれに繋がるコンソール、ノートの山がおさめられた本棚がある。
 また部屋の隅の方にはワゴン車ぐらいの大きさの箱型の機械が、中央には高さ2m、直径1m程のガラスか何かでできた円柱が横になって設置されている。
 そして俺はその円柱の中にいた。

 あれ? ここって今密閉されてるよな?
 空気の流れが全く感じられないし。
 これって凄く拙いんじゃね?


「ねえ、俺今若干ってレベルじゃない程の息苦しさを感じてるんだけどさ、この中って空気循環してんの?」

「すまん、それも気が付かなかった。 どうも循環ポンプが停止しているようだな。 ちょうどいい、今培養層を解放しよう」

「転生してすぐにまた死ぬとかどんだけだよ」



 炭酸飲料のペットボトルをあける時のような音を立て、培養槽の上の部分が自動ドアみたいに開いて行く。

 うーん、ここは大学の研究室かなんかか?
 どこの研究室も大概そうだけど、ここも例に漏れずごちゃごちゃしてるな。
 つーか若干寒い、って――


「そうだよ、俺服着てねーし。 ねえ、さっきから俺に話しかけてた人、白衣かなんかないの? サイズは――」


 おお、なんか俺の身体ちっちゃくなってんな。
 初めの違和感はこれのせいか。
 これは……小学生ぐらいか?


「衣類については隣の部屋に用意してある。 先ほど鍵は開けておいた」

「だったらついでに持ってきてくれればよかったのに。 俺今超マッパなんだけど。 捕まったらどう責任とってくれんの?」

「そんなことを心配する必要はない。 それと鍵は遠隔で操作できる電子錠だ。 どうしても暗いのが怖いというなら私を持っていけ」

「ち、ちちちげーよ、俺がそんな、暗闇を怖がってるとか、そういったことなんてあるわけねーって」


 現在廊下には電気がついてないので真っ暗だ。
 別にそれがどうしたってことはないんだけどさ。 


「そ、そんなことよりあれだ、あんた何処から喋ってんの? あと持っていけってどういう意味? あと――」


 別に暗いところなんて怖くねーから。 いやまじで。

 俺は心の中で本当のことを思いつつ、立ち上がって辺りを見渡した。
 しかし人影は何処にも見あたらない。
 声がするのはコンソールが置かれた机のあたりか。
 うん、改めて確認しても俺だいぶ小さいな。 120cmちょいぐらい?
 若干足がぷるぷるするのはこの世界に生まれたてだからだろう。 そう、それだ。


「今見えている端末の前にブレスレットがあるだろう。 それが私だ」


 そう言われて机の上を良く見ると、そこには確かに直径1cm強ぐらいの点滅する球がついたブレスレットが布の上に置いてあった。
 その球の色は黄色~オレンジではあるが、見ようによっては金色にも見える。


「金球が喋った?」

「その言い方はやめろ。 それと私は球ではなくインテリジェントデバイスだ」


 どうも俺の言い方が癪に障ったようだ。
 声に若干のイラつきが感じられる。


「インテリジェントデバイス……ってことはなんかAIがついた装置かなんかか?」

「概ねあっている。 ちなみにここでいうデバイスとは、魔法を使用する際の計算補助やスケジュール管理等を行う機械のことを指す」


 ん? まさかこの世界って魔法とかが存在する世界なのか?
 ならこれはあれか、さっき目的は後で説明するって言ってたけど、俺は選ばれた勇者かなんかで、仲間を集めて伝説の武器とか既に歴史から消えてしまった魔法を駆使して魔王を倒せっていう類の話か。
 世界かあ。 俺に救えるかなあ。


「私のようにAI搭載型のデバイスは高性能なものが多くその優秀さは目を見張るほどなのだが、残念ながら非常に高価なためあまり普及はしていない」

「ほうほう」

「さらに私の場合だと日光さえあれば動力の交換や充電の必要もなく、しかもメンテナンスフリーで多少の故障なら自動で修復する機能まで付いている。 その為価格は私1機で星がいくつも買える程で――」


 え、なにこのAI。
 普通機械の分際で自分のこと自慢するか?
 まあいい、それより魔法が存在する世界ならこれだけは聞いておきたい。


「なあ、それより俺も魔法とか使えるんだよな? 現在のレベルとかステータスってわかる?」

「魔法に関しては私がいれば使えるはずだ。 身体の状態に関してはそういった設備のあるところへ行けばわかる」

「なるほど。 あ、そういえばお前の名前とか聞いてなかった。 聞いていい?」

「私は前のマスターにはバールと呼ばれていた」


 バールか。 喋り方が偉そうだけど魔法が使えるのは捨てがたい。


「じゃあさ、バール。 俺のデバイスになってくれない?」

「むしろそれはこちらからお願いしたかったことだ。 そして実はそれこそが私の目的なのだ」

「え? 魔王や世界の危機は?」

「魔王と呼ばれていたものは既に死んでいる。 またこの世界が危機に陥っていたのはずっと昔の話だ」


 なんだよ、魔王死んでんのかよ。
 結局何しに来たんだろう? 俺。


「ところで転生前の記憶が多少残っているそうだが、自分の名前は覚えていないのか?」

「あー、あんまり好きじゃなかったけど前世では空野太陽って名前だった」

「ふむ……。 好きじゃなかったのなら、こちらから名前について1つ提案があるのだが」

「まじで? 恥ずかしくなければそれだけでいいぞ」

「サニー・サンバックというのはどうだ?」


 昔俺がぶち壊した真空蒸着装置の会社名が入っているのはなんの嫌みなんだろうか。
 ま、空の太陽(笑)よりは全然マシか。


「いいなそれ。 じゃあ今度からそう名乗ることにするわ」


 前世での俺の親、見た目が外人の子供に漢字の名前なんてつけてんじゃねえよ。
 顔も思い出せねーけどまじ死んでくれねーかな。
 今となっては死なれてもわかんねーけどさ。

 あ、今ので思い出したけど、前の世界で後生大事にしてたネックレスはどうなったんだろうか?
 あれが無かったらもっと早くに死んでいたかもしれない。


「最後にもう一つ。 俺がこっちに転生した時何か持ってなかった? ネックレスとか」

「いや、何も持っていなかったな。 死んだときの状況が原因なのか、こちらへ形あるものは何も転送できなかったのだ」

「そっか。 まあ死後の世界にお金は持ち込めないって言うしな。 じゃあこれからよろしく頼む」

「ああ。 それと何度も言うようだがここは死後の世界ではないぞ」



 こうして俺は二つのセイを貰い、異世界での新たな生活が始まった。



[15974] 再出発編 第2話 だけどよだれが出ちゃう。だってオタクなんだもん。
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/02/14 17:02
 新たな人生が始まったのはいいが、まずは服を着なければ何処へも行けない。
 俺にストリーキングの気はないからな。
 昔はストリートキングだとずっと思ってた。 裸の王様的な意味で。
 そういえばストリーキングとスティーブンキングって似てるよね。



「まずは隣の部屋へ行って服を着るか。 今隣の部屋には誰かいんの?」

「いや、誰もいないはずだ」

「でも勝手に服とか持ってきたらまずくない?」

「それに関しては何の心配もいらない。 そもそもこの建物は前のマスターが遺したもので、彼は既に死んでいるからな。 そしてマスターが転生してきたなら結界内の土地ごと全部渡してやれという遺言もある」

「じゃあこの施設と周囲の土地は全部俺のものってことでいいの?」

「そういうことになるな」

「まじか。 なら服を着たらさっそく探検でもするか」


 その後俺はバールを左手首に装備し、隣の部屋であらかじめ用意されていた服(半ズボンとか久々過ぎる)を着てこの建物の探検を始めた。


「ところで相続税とかってどうなってんの?」

「結界のせいで誰も中に入ってこれないようになっているから気にする必要は無い。 そもそもこの土地の事を感知できる者はいるのだろうか?」

「あとで『税務署の方から来ました』とか嫌だぜ?」

「それを言うなら国税局じゃないのか?」


 そういやここはアメリカなんだっけ。
 銃とかあったら撃ってみたいなぁ。







「しかしヤバイなこの家。 いろいろとヤバイのはあるけど、一番ヤバイのはこの標本室だな。 ちらっと覗いたときからそんな予感はしてたけど……もう死んでもいいや」


 一通り建物を見終わった俺は、最後に1階の鉱物標本室の中を見ながらそう言った。
 なぜ最後にここに来たかって?
 それは俺がショートケーキの苺は最後に食べる人間だからさ。


「語彙が貧弱なのは学が足りない証拠だ」

「うっせうっせ。 良いんだよちょっとぐらい足りなくても。 生きていけるから」


 さて、この建物はどのようになっていたかを纏めてみよう。
 この建物は2階建てで、2階にはリビングやキッチン、風呂をはじめとする生活空間が広がっている一方、1階には多数の用途不明な実験部屋や書斎(取りあえずの着替えが置かれていた部屋)、会議室等があり、まるで大学の研究棟の1フロアのようになっている。
 敷地面積はおそらく郊外型コンビニ50個分ぐらいだろう。 多分。

 そして書斎にある文献などから判断するに、どうも前の家主は生前の俺と同じく理学系の研究者だったようだ。
 その割にはやたらと金を持っていそうである。
 理系研究者なんて貧乏なのが普通なのに。

 そんなこの家の中で俺が特に興味を惹かれたのは1階にある、先に挙げた鉱物標本室だった。
 その標本室の広さはちょっとしたショッピングセンターの食料品売り場並にあり、そこに並べられた鉱物標本コレクションは、鉱物オタの俺をして何でできているのかわからないものが数多く存在する。
 きっとそれらの鉱物も、書斎に並ぶ本や実験室に置いてある文献には記載されているはずだ。

 新しい人生の夢が一つできた。
 いつかこれら鉱物の正体を調べ、さらにこのコレクションを充実させてやろう。
 生前の大学にあった標本も十分に凄かったけど、これに比べたらあんなものミジンコ以下だ。
 やっべ、これ全部俺のものになんの? おひょーーーー!!


「頭は大丈夫かマスター? 目と顔がおかしいぞ?」

「そりゃ仕方ないだろ。 あれだけのお宝が自分のものになると思ったらそりゃ意識も飛ぶって」


 俺は興奮のあまりデバイスの暴言は聞こえなかったことにした。


「でもお前の元マスターって奴すげーな。 これを俺の前世で集めようとしたら兆は下らないぞ」


 もちろん単位は米ドルです。 本当にありがとうございました。
 間違ってもジンバブエのほうじゃないので悪しからず。
 だってバスケットボールみたいな大きさのダイヤモンドの原石とかがごろごろ転がってるんだぜ?
 これ売ったら7代は遊んで暮らせるって。
 絶対売らないけど。

 だがこのコレクションの真価はそんな比較的ありふれた単結晶などにはない。

 例えばパラサイト隕石。
 この隕石はぺリドットと呼ばれる宝石の大きな固まりが鉄ニッケル合金のプールの中に浮かぶような形で存在しており、その組織は地表では再現できないといわれている。
 また非常に美しく高価な隕石としても有名であり、とある大学では研究の為に10cm×10cm×5mm程度の大きさの薄板試料を購入しただけでその年の研究予算をほとんど使い切ってしまったという話もある。
 そんな隕石の100kgはありそうな物がこの部屋には置いてある。
 他にも……と解説し始めたらきりがない。
 フゥハハー、ホント鉱物標本室は天国だぜー


「喜んでもらえてなによりだ。 前のマスターもこのコレクションを自慢にしていた」

「だろうな。 ところでバール」

「なんだ?」

「この鉱物、全て解析してしまっても構わんのだろう?」

「好きにしろ」

「好きにします」


 そうして俺は固有結界――Unlimited Mineral Works――を発動した。





 そんな感じで嬉々として鉱物コレクションを観察していたところ、俺は部屋の片隅に『私、いかにも封印されてます』といったような箱がいくつも置かれているのを見つけた。


「なんだこれ?」


 箱の1つを手に取れば、そのずっしりとした重さにますます興味が湧いてくる。


「それは開けない方がいいぞ」

「そう言われると開けたくなるのが人情ってもんよ。 ポチっとな」


 ギイッ――パタン。


「おいおいおい、これ中身放射性鉱物じゃん。 先に言えよ。 俺今めっちゃ近距離で凝視しちゃったじゃねえかぶっ殺すぞコノヤロウ」


 放射性鉱物は非常に綺麗なものが多いから写真で見る分には楽しいが、ぶっちゃけ手には取りたくない鉱物の筆頭である。
 次点はクリソタイルとかのアスベスト。 肺に刺さって危険極まりない。
 死ぬ寸前とか死ぬのが確定してるならまだしも、生まれてそうそう『被曝して自爆しました。 てへっ☆』とか嫌過ぎる。


「だから開けない方がいいと忠告しただろうに」

「というかお前は放射線とか大丈夫なの?」

「何のための自己修復機能だと思っている」

「何それちょっとずるくない? 不平等じゃん」


 俺は自分ことを棚に上げてバールを非難した。


「人の話を聞かないからだ。 これに懲りたら危ないと思った時はそこに近づかないことだな」

「耳に痛い」

「耳が痛いだ。 なんだ、痛いのは存在だけじゃなくて頭もか」

「お前、ホントつっこみ厳しいよね? いろいろとくじけそうだわ」


 でも耳に痛いで合ってる気がするんだけどなぁ。
 それはともかく、今の出来事によって原爆症の恐怖に恐れおののいた俺は、予定していた標本室の奥にある金庫の開錠を諦めた。
 だってプルトニウムやポロニウムとか普通に転がってそうじゃん。
 今日のところはこれで勘弁してやるぜ。
 というかさようなら、永遠に。
 見えないからこそ美しいものって世の中には沢山あるよね。






 こうして夢から覚めてしまった俺は2階のリビングに引きあげ、そこに置いてあったソファに腰を下ろした。
 そしてふと思ったのは、『この家は家主がいなくなってからどれぐらい経っているのか?』という疑問だ。
 特に埃が積もっている様子は見られないが、居なくなってから数日ということはあるまい。


「なあ、この家の前の家主、お前の元マスターってどれぐらい前に亡くなったんだ?」

「死んでからどれだけ経っているのか正確な年数はわからない」

「なんで?」

「前のマスターが最後にこの家を出て行った際、彼は転生装置だけを起動しておき私は完全にシャットダウンしてから出て行ったのだ」


 まあ日光ないと電池切れするって話だもんな。


「その転生装置ってのは、俺がこの世界で初めにいた部屋の機械の事か?」

「その通りだ。 ちなみにこの家が汚れていないのは定期的に自動清掃する魔法が作動しているからだ」


 んー、つまり転生装置から人が出てきたらバールの電源が入るようにしてたってことか。


「あれ? でもそうしたら前のマスターが死んだってこと分からなくない?」

「前のマスターはジェムフィールドと言うんだが、この世界ではかなり有名な学者でな。 彼が死んだときその様子は全世界に報道され、その時の様子は転生装置に接続されていたインテリジェントデバイスにも記録されていた。 私はそこから彼が死んだことを知ったのだ」


 ジェムフィールドねぇ。
 そういや書斎にJemfieldって書いてある本がいくつかあったな。
 まあアレだけ鉱物集めてればジェムおじさんとして有名になるのもわからんでもない。


「ってちょっと待て、転生装置にもインテリジェントデバイスが入ってんの?」

「そうだ。 だがお前をこちらに召喚し、私にいくつかのデータを転送すると同時に機能を停止した」

「それってもう直せないのか?」

「肝心の部分がエラーで破損しているから自己修復はしない。 自分で直そうにも前のマスターが独自の技術で組み上げたものが多く、彼が死んでしまった今となってはそれも無理だろう」


 もったいない。
 2個あるのなら1個を売れば遊んで暮らせると思ったんだけどな。
 当然売るのはバールの方。
 鉱物コレクションは絶対売らん。


「そうか、残念だったな。 結構長い付き合いだったんだろ?」


 だが俺はそんな考えをおくびにも出さずにそう言った。


「まあそうだ。 だがマスターも安易な金もうけの手段を失ったことは残念だったな。 それと重要な魔法式のデータは私の方に移せたから完全に死んでしまったわけではないとも言える」


 『たとえ貴方がいなくなったとしても、貴方は私の中で永遠に生き続けるわ』ってやつか?
 でも俺、今そんなに露骨な顔してたかなぁ。


「なんか今の、『魔法式が形見です』みたいな言い方に聞こえたんだけどさ、その魔法式ってやつはデバイスによって特有なものだったりするのか?」

「そうではない。 そうだな、それを理解する為にもまず魔法というものについて説明しよう」

「おお、それは確かに気になる」

「当初魔法とは『魔法式に魔力素を供給して得られる物理的な効果』という定義だった。 だが、その後魔法技術が発展していくうちにいろいろと例外が生まれ、最終的には『魔力素の関与によって発生する現象一般』を指すようになった」


 まあありがちな話だな。


「その魔力式と魔力素ってのは?」 

「魔力式とは魔法にとって最も重要なプログラムのことだ。 そして、この式によって魔法はどのような効果を生み出すのかが決まる。 また、同じ魔法だとしても魔法式の一部が異なれば、その魔法を行使するのに必要な魔力素の量や効率、発生する効果といったものは変化する」


 はぁ、つまりパソコンで言うプログラムと同じだと思えばいいわけか?
 得られる結果は同じように見えてもソースコードが違えば容量や効率が違う、みたいな。


「そして魔力素とはこの世界のいたるところに存在する超素粒子の一種だ。 この魔力素は人間の意識場に関係するものとして確認され、この宇宙のいたるところに存在しているダークマターの正体のうちの1つだとも言われている。 もっともそれが本当かどうかは知らないがな」


 超素粒子ってことは素粒子よりも小さい物質なのか?
 というかまた意識場とか知らない単語がでて来た。


「質問ばっかりで悪いんだけどさ、意識場って何なん?」

「意識場とは人などの意識を持っている生物から放たれている固有の力場のことだ。 例を挙げるならそうだな、知らない人が凄く近くにいるとき人は何故か圧迫感を感じるだろう?」

「ああ、あるね。 なんかそういったの」


 パーソナルスペースの事か。
 だったら濃いオタクとかだと意識場は強いのだろうか? そして魔法も凄かったり。
 でもパーソナルスペースって脳内電流による電磁場だけが原因じゃなかったんだな。


「後はカリスマ、オーラ、覇気といったものなどもそうだ」


 今の話をまとめれば魔力素ってのは電磁場に対する電子みたいなもので、特に人の意志や感情に反応しやすい素粒子ってとこか。


「この説明で理解できたようだな。 なら次は私を含むデバイスというものについて説明しよう」

「お願いします」

「単純に考えるなら、デバイスとは先にでてきた魔法式を記録しておくノートのようなものだと思ってくれればいい」

「ノート? めちゃめちゃ機械じゃん、あんたら」

「そうだな。 これはデバイスという物がもともとは『所有者の脳と無線接続でき、直接書き込む必要がない手帳』として生まれたことに起因している。 まあ、魔法が発見されてからは『魔法を使用する為の道具』としての開発が進んだため、それらの機能はおまけのようになってしまったがな」

「なんでまた手帳がそんなことに」

「それは比較的簡単な魔法ならばデバイスに頼らずとも発動させられるが、複雑な魔法になるととてもじゃないが人間の脳では処理しきれないことに原因がある。 世の中には全20巻の百科事典に相当するような魔法式もあるからな。 そこで人にとっての外部記憶媒体としてその『手帳』に白羽の矢が立ったのだ」


 なんだそれ。
 魔法式ってそんな無茶苦茶なもんなの?
 そりゃ百科事典一冊でも無理なんだから外部記憶媒体は絶対必要だわな。


「また、通常のデバイスだと魔力素の収束や使用する魔法式の効果計算等をある程度は自分でしないといけないのだが、インテリジェントデバイスならばこれらに関しても自力で行う必要が無くなるという利点がある。 まあそういうのが好きなマゾヒストもいるにはいるが、そんな人間はごく少数だ」


 なるほど。
 そりゃあ無駄に長い魔法式を覚えるぐらいだったら全部デバイスに任せた方が楽だろう。
 で、高度な魔法になるとインテリジェントデバイスじゃないと計算がおっつかないってことか?


「最後に話の主題であった『なぜ魔法式がデバイスにとっての形見になりうるのか?』について話そう」


 ああ、そういや初めはそんな話だったけ。
 すっかり忘れてたわ。


「今までの話からもわかるように魔法式はそれぞれ魔法ごとに容量が違い、デバイスに入る容量には限度がある。 当然、複雑なものほど容量が大きくなる傾向にあり、またデバイスにある記憶領域の空き容量は魔法発動の速さや安定性に関与するといったデータもある」


 デバイスがノートみたいなものってことだからな。
 計算スペースが多いほうが余裕をもって計算できる分、計算ミスも防げるってことなんだろうか。


「特に極めて複雑な魔法式になるとそれ専用のデバイスや装置を作りそこに魔法式をインストールするといったことが必要な場合もある。 あの転生装置はそういったものの1つで、接続されていたインテリジェントデバイスは移動魔法専用のデバイスとして作成されており、その中には数多くの移動魔法がインストールされていた」


 移動魔法ってことは空中飛行とか瞬間移動とかそういったのか?
 おお、なんかわくわくしてきた。


「この移動に関する魔法のうち『転移・転送魔法を応用した未だ存在が確認されてはいない他次元世界への干渉』の魔法式は、インストールされていた移動魔法の中でも特に複雑なもので、この式の応用と転生装置の補助によってマスターはこの世界へと召喚されたのだ。 そしてこの魔法式は前のマスターが独自に組み上げたもので他には存在はしないと考えられる」


 だから魔法式が形見がわりになるってことか。


「で、その式をバールが受け継いだと。 でもそれって相当複雑なんだろ? だったらバールにはもう容量とか残ってないんじゃないか?」

「その通りだ。 だからそれらの魔法式を移す際、容量が足りなかったので私に残されていたほとんどの魔法式は削除した。 それでも現在の空き容量は1%に満たない」

「じゃあこれ以上他の魔法式は入らないってことか」

「いや、入れようと思えば簡単なものならば入るだろうが、もしこれ以上入れると今度は魔法の効果や私自身の動作が不安定になる。 今の状態でも簡単なものならばともかく、複雑なものになると『魔法のエキスパートならかろうじてコントロール可能』といったレベルなのだ。 もっとも、今ある魔法式を消してしまえば話は別だがな」


 まあ世界に一つだけの魔法式とかそんな貴重なものは消せないよな。


「ちなみに今インストールされている他の魔法式ってどんなの? 『ファイヤー』とか『アイスストーム』とか『ダイヤキュート』みたいなのはないの? あと肉体強化とか感覚加速とか空を飛ぶとか死者蘇生とか回復魔法とか結界魔法とかは?」


 やっぱ魔法っていったらそういったものだよな。
 ルーラしか使えないドラクエとか塩コショウの掛かってないステーキみたいなもんだろ。
 食えるんだけど、なんか味気ない。 そんな感じ。


「ダイヤキュートというのはわからないが、他に挙げられたようなものは全て削除した。 残っているものは圧縮に関するものが12%、移動・転移に関するものが87%だな。 また記憶領域にはこれとは別に私のAIや動作する為にパーティションされている領域もあるが、ここに魔法式をインストールすると魔法式によってはAIが消滅したり、魔力素の取り込みができなくなったりすることがあるのでお勧めはしない」



 え? 何それ。 じゃあ俺大きく分けて2種類しか魔法使えないの? まじかよ。
 俺も攻撃魔法で環境破壊とかしてみたかったのに。
 というか圧縮魔法なんてもう、名前からしてどう考えても攻撃用じゃなくて実験用ですよね?
 そんで移動魔法は便利だろうけど、それって工夫して戦闘に使うよりは逃げるのに使った方が早いだろ。 常識的に考えて。

 まあ消してしまったものは仕方がない。
 気を取り直して質問タイム。


「でもわざわざ残すってことはその圧縮魔法ってのはそんだけすご……ああわかった、それがバールに残された前のマスターのオリジナル魔法なわけだ」

「その通りだ。 まあ他にもオリジナル魔法はいくつかあったのだが、それはこの魔法ほど珍しいものではなく一般に普及してしまったものがほとんどだからな」

「へえ、お前の前のマスターってそんな凄かったんだ」

「この世界で知らない奴はいないと言われるくらいには有名だったな。 まあ、この圧縮魔法に関しては前のマスターが大学教授になった初めの頃にメインで研究していたもので、『特定領域を魔力で作られた膜で包み、そこに圧力をかけたら超高圧を作り出せないか?』ということから生み出された」


 ほう、高圧発生装置に魔法を応用したのか。
 俺の前世で言うとマルチアンビルとかDAC(ダイヤモンドアンビルセル)とかそういったものの発展形か?
 鉱物学者ならではの発想だな。


「ちなみにマスターがこの魔法を用いて出した35PPa(ペタパスカル)という圧力は公式に世界記録として記録されていて、少なくとも私がシャットダウンされるまでは破られていない」

「ちょっ、そんな天文学的な圧力何に使うんだよ! ペタパスカルなんて単位聞いたことないっつーの! 桁が違うとかってレベルじゃねーぞおい!」

「当時やっていた実験のテーマが『恒星中心核における熱核融合の再現』だったのだ。 結局『圧力は条件を満たしていたものの温度が全然足りていないのでほとんど意味がなかった』という結論に達したため実験は失敗とされたが、そもそもこの実験は魔法の力でどこまで圧力をだせるかという力試し的な物だったので、彼としてはそれで満足していたようだ」


 どう見てもキ○外です。 本当にありがとうございました。
 というかなんだその研究。 危険極まりないな。
 もし太陽内部のような熱核融合反応が起こってたらどうするつもりだったんだ?
 そりゃそんなことやってりゃ世界的に有名にもなるだろうさ。

 まあいい、そういうものならどちらも消せとは言うまい。
 それにそんな高圧を叩き出せるのなら消すのはかなり惜しい。
 将来こちらの世界で研究者になった時に使えて損はないだろうし。
 その日に備えて明日から魔法の練習でもしようかな。



 その後も夜遅くまでバールと様々なことを話をしているうち、俺はいつの間にか寝てしまったようだ。
 こうして俺の新生活1日目は幕を閉じた。



[15974] 再出発編 第3話 ここはジョークアベニューです。
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/01/29 10:48

 朝になった。
 新生活2日目の始まりである。
 バールの元のマスターから貰った建物は山に囲まれるようにして建っており、その様子はまるで何かから隠れているように思えたことから、俺はこの建物を秘密基地と名付けた。

 この秘密基地の玄関を出てそのまままっすぐ森を抜ければ、そこには緑の草原と風車の回る丘がある。
 その丘の上からは視界いっぱいに広がる透き通った青空と、そしてどこまでも伸びてゆく美しい水平線を見ることができる。
 白い雲と青い海の織り成すコントラストは、足元に広がる緑の草原と相まって何とも言えない荘厳な雰囲気を醸し出している。
 また後ろを振り返れば広大な向日葵畑があるのだが、こちらは誰も手入れをしていないせいかかなり見苦しいことになっている。
 俺は向日葵が好きなのでこれに関してはいつか何とかしたい。

 まあそれは置いておくにしても、こういった大自然の絶景を前にすると人は『いかに自分はちっぽけな存在か』という実感が強く湧いてくるものらしい。
 そしてそれは俺にも当てはまるようで、俺はこの圧倒的な大パノラマを前にして訳もなく涙が溢れだしてくるほどの強い衝撃を受けた。
 うん、この素晴らしい感覚を味わえただけでも転生して良かったな。



 さて、そんな世界遺産的な風景もいいけれど、人は物を食べなければ餓えて死んでしまう。
 これは動物であるなら例外は存在しないことの一つである。


「なあバール。 前のマスターから食事はどうすればいいとかって聞いてない? どっか街で買って食えとかさ」


 朝の散歩兼辺りの散策から秘密基地へと帰る道中、お腹が減った俺はバールにそう問いかけた。


「現金は金庫の中にあるのだが、それを使える街は結界から外へ出ないと存在しない」

「でも結界の端ってめちゃめちゃ遠くなかったか?」


 確か昨日の話だと、日の出から歩いて日没までにその境界にたどり着けるかどうか、って距離だったはず。
 そんな距離を空腹のまま踏破することはとてもじゃないが不可能だ。


「そうだな。 だから移動魔法を覚えるまでは山にあるものを採ってきて食べることになるだろう。 飲み水は湧水が家の近くにあるからまずはそこで水を汲んできたらどうだ?」

「それはいいな。 あー喉乾いた」


 実はこの秘密基地、蛇口をひねっても水が出てこない。
 さすがの魔法世界でも水道がひかれてないと水は得られないようだ。
 というかそもそも水道局と契約をしてないって理由が一番ありそうである。


 さて、バールの言によれば、秘密基地の裏手には山に入っていく獣道があるとのこと。
 そして湧泉はその道の先にあり、そこから湧水を手に入れることが出来るらしい。

 それを聞いた俺はリュックに水筒をいくつか詰め、湧水を汲みに行くため家の裏手に回った。

 しかしそこで俺が確認できたのは草が生い茂り過ぎていて道どころかその痕跡すら残っていない、入ると明らかに遭難しそうな森だけだった。


「おい、どうすんだこの状況」

「すまない、私がシャットダウンしている間に予想以上の時間が経過していたみたいだ。 だが方向は覚えている。 かき分けながら進もう」

「簡単に言ってくれるな。 お前は怪我しねーからいいけどこの草普通に固くて刺さるんだぞ? ほら見ろ、血が出てきたじゃねーか」


 俺は草を掻き分けようとして切れた手の平をバールに向けて見せ付けた。


「なに、涌き水の湧いている場所までは歩いて5分もかからない。 それに水がなければ死んでしまう。 その程度の出血なんてそれに比べれば些細な事だとは思わないか?」

「まあ確かにそうなんだけどな。 でもそれをお前に言われることは納得がいかねえ」

「だからって私を石で削る必要はどこにもないぞ」




 それから2時間後。
 初めにバールに案内された湧泉は土砂で完全に埋まっており、水の痕跡などこれっぽっちも見当たらなかった。
 仕方がないので別の湧水を必死に探し歩き、つい先ほどようやくきれいな湧水を見つけることができた。


「つかここ遠くね? めっちゃ家から遠くね? これから毎日ここまで通うのとか超しんどいんですけど」


 だがその場所は秘密基地から直線距離で約3kmの位置にある鍾乳洞の入口。
 俺は家を出てからいろいろと感じた感情をバールにぶつけた。


「マスターの文句はわかったから私を岩に叩きつけるのはやめろ」

「だったら嘘つくんじゃねえっての」

「まさか湧泉が土砂によって埋まっているとは……。 多少の雨でどうこうなるとは思えなかったのだがな」

「言い訳はいいから何かいい方法がないかお前も考えろよ」


 ここまでの道のりは崖みたいな急斜面を登ったり降りたりと、もう冒険そのものといっても過言じゃないレベルだった。
 うん、俺は自分で自分をよく死ななかったと褒めてあげたい。


「なあ、水分けてくれるご近所さんとかいないの?」

「居ないな。 一番近いご近所さんでもここから百km近くは離れている」

「アホか。 それはもうご近所さんとは言わねえんだよ」

「そもそも結界の中に家はあの一軒しかないのだ。 そこらへんは諦めてくれ」


 しかし、なんでまたそんなところに家を建てる必要があったんだ?
 もしかしてあの標本コレクションを守るためだろうか。
 まあコイツの前のマスターは変人だったらしいからな。
 仙人にでもなりたかったという疑いも捨てきれない。


「そしたらあれだ、これはとっとと移動魔法とかいうやつを覚えないと駄目だってことだ?」

「そうだな。 ここへ来る道はかなり危険な上、帰りはさらに荷物が重くなる。 雨の日は足を滑らせて死ぬこともあるだろう」

「そうだよなぁ。 これに水入れるんだもんなぁ。 はあ……」


 俺はすっかり忘れていたことを思い出し、暗欝な気分になった。
 なので腹いせに鞄から取り出した水筒を泉に投げ捨てた。
 あーもう面倒臭えなぁ。
 神様とかが出てきて助けてくれたりはしないんだろうか?
 いや、泉から出てくるのはヤバイな。
 金の水筒とか銀の水筒なんて渡されたら重量過多で確実に滑落死してしまう。
 いっそこのまま手ぶらで帰るか?




 それからさらに数時間後。
 結局俺は水筒に水を汲み、さらに途中で食べられる山菜やキノコをバールに聞いて採集しながらなんとか秘密基地まで戻ってきた。
 採ってきたそれらは野外で適当に調理し、塩で適当に味をつけて食べた。
 空腹は最高の調味料だとはよく言ったもので、その味は適当に作ったもののはずなのだが、確かに今まで食べた物の中で一番美味かったと言えるかもしれない。
 なおその調理に使った塩は背に腹は代えられないためあの鉱物コレクションから岩塩を砕いて使った。


 こうして俺が異世界初の食事を終えたとき、太陽はもう西の空を赤く染め始めていた。
 でもやっぱり山菜やキノコだけじゃあまり食べた気がしない。
 そうだ、せっかくここは山なんだし川に魚でもとりに行けばいいじゃないか。


「よしバール、魚とか食いたいから一番近い川まで案内してくれ……って、そうだよ、今気付いたけど川の水なら飲めるんじゃないのか?」

「それができるなら湧泉が枯れていた時点でその案を提案している。 川は確かにこの近くにあったのだが一度地形ごと消滅した」

「は? 消滅?」


 何を言っているのかさっぱりわからない。


「以前マスターが川魚を生で食べて寄生虫にやられたとき、その報復に川を蒸発させたのだ。 今はもう川自体は復活しているだろうが、その蒸発させた方法に問題があってな。 川の水を飲む事はあまりお勧めしない」

「一体どんな方法で蒸発させたんだ?」


 キチガイじみた圧縮魔法の件からしてもまともな方法ではなさそうだが――


「転移魔法の応用で太陽表層の超高熱領域をこの辺りに召喚したのだ。 その100万度を超える高温や荷電粒子、そして高エネルギー放射線のせいであたり一面は焼け野原になった」


 おおおおお、おま、おま!


「またその時結界は張ってあったものの、国防上重要な電子機器のいくつかが焼けついたせいでこの星では大パニックが起こった。 慌てた彼は証拠隠滅に放射能に汚染された大気や生物を転移魔法でほとんど破棄したが、土地の一部は未だ放射能に汚染されたままだろう。 ちなみに報道では最終的には彗星が落ちた影響とされ、『ツングースカの惨劇再び』などの見出しで紙面のトップを飾ったぞ」

「そんなこと自慢げに言うな!」


 水素爆弾の中心温度がその400倍程はあるから世界最高温度ってわけではないだろうけど、だとしてもそれを普通に個人で怒りにまかせて行っちゃう時点でもう創造神クラスじゃねーかその糞野郎。
 そしてそっからこんだけ緑が回復しただけでも地球すげーよ。 大変お疲れ様でした。

 でも今の話を聞いて思ったんだが、この秘密基地は俺へのプレゼントじゃなくて単に住めなくなったから棄てただけなんじゃないか?
 というかそうとしか考えられないだろ。
 きっと家の中も放射能で汚染されてるんだろうなぁ。
 昨日はビビって蓋を閉じたけど、あれは無駄な努力だったのかもしれん。


「なんなら見に行くか? おそらくまだ破壊の爪跡は残ってると思うぞ。 ガイガーカウンターと放射線防護服はX線トポグラフィー解析室に置いてある」

「いや、なんだかすごく疲れたからもういいや。 そもそもそんなものが必要になる場所には行きたくないだろう。 常識的に考えて」


 というかトポ像用の実験室もあんのかよ。
 ますます秘密基地じみてきたな。


「一応肉類に関してはこの山にも野生動物が住んでいる。 それを捌いて食べてもいいんじゃないか?」

「魚を捌くのならできなくもないが、普通の陸生生物の捌き方はわからん。 お前は知ってんの?」

「残念ながら私も知らないな」

「なら仕方ない。 しばらく食事は山菜や果物で済ますとして、とりあえず移動魔法を何とかするとしよう。 水がなきゃ話になんねえしな。 あとこの山で採れる食べられる物についてもっと詳しく教えてくれ」


 これを知っておかないと生まれて直ぐにまた死にかねない。
 まあ被曝によって二週間程度で死ぬかもしれないけどな! サノバビッチ!


「それは任せてくれ」

「おお、頼もしいな」

「私も昔は世界中を旅したものだが、その際食べたら危ないものは前のマスターが身をもって教えてくれたからな」


 ジェムおじさんの死因の1つには『拾ったものをそのまま食べたから』ってのが絶対入ってるんだろうなぁ。


「それと先に忠告しておくが、このあたりは冬になると食べられるものがほとんどなくなるぞ」

「なら冬になる前には魔法を使えるようになってないとまずいな。 後は畑を作ることでも考えておくか」


 場所はあの丘にある向日葵畑の近くを使えば何とかなるとして、野菜類の種はどうしよう?
 まあ結構離れているとは言っても転移魔法で街に行けるようになればなんの問題もないか。

 俺は改めてこの世界で生きていくためには魔法が重要であることを認識した。






 さて、なんだかんだで栄養や魔法の問題は抜きにして食事は何とかなった。
 服のほうは1か月は洗濯が必要ない程度には用意されていたので、それまでに移動魔法を覚えて街にあるはずのコインランドリーに行けば何とかなる。
 住居に関しては屋根付きで、電気は太陽光発電と丘にある風車による発電があるので特に問題はない。
 風呂は天然の温泉が近くにある。

 衣食住がそろっていれば健康で文化的な最低限度の生活が送れると誰かが言っていた。
 実際その通りで、俺もさっきまではそう思っていたし、今後この生活が向上することには微塵の疑いも抱いていなかった。
 多少食べ物に不自由しようとも気が付けば意識を失っているデスマーチや、胃に穴が空きそうになる研究発表での教授陣からのフルボッコとおさらばできたことを考えれば、この生活のほうが億倍マシだろう。
 そう思っていたのだ。



 だが現実は非情である。
 物を食べる動物には必ずと言っていいほど備わっている機能が、今俺に牙を剥く――――


「なあバール、こいつを見てくれ。 ……こいつをどう思う?」

「ああ、マスターは本当に頭が可哀そうなんだなと思った」

「今回ばかりはマジで否定できないわ。 泣きてえよ畜生」


 俺は秘密基地内のとある狭い個室の中で自分が生み出した黄土色の物体を見て途方にくれた。
 その物体は現在、からっからに渇いた便器に鎮座ましましている。
 普通に水が流れない事を失念していた為だ。
 あーやっちゃったなー


「ふむ……いっそのこと移動魔法の練習にでも使えばいいのではないか? ここから遠く離れた所にでも飛ばせばそれでいいだろう」

「なるほど、それは良いアイデアだ。 そうと決まったら後は何処へ飛ばすかだな」

「結界から出て少ししたところに人が寄りつかなさそうなところがある。 以前はそこに研究施設があったのだが、前のマスターが起こした事件のせいでその研究施設は使われなくなったため今は誰もいないはずだ。 その辺はどうだ?」

「人がいるところにぶちまけるとか最悪だからな。 そこなら問題はないだろう」


 放射能撒き散らすとか本当に迷惑な話だよな。
 俺が代わりに謝っとこう。
 ごめんなさい、見知らぬ人達。
 彼はただ馬鹿だっただけで悪気はなかったんです。


「それじゃ、いっちょやってみますか」

「ならまずはこの汚物の周りを薄い膜で包むようなイメージを強く持て」

「OK、これでいいか?」


 言いながら自分の出した排泄物をサランラップで包むようなイメージを想像した。
 俺は始めての魔法にかなり興奮していたものの、この普通に気持ち悪いイメージによって思考は一気にクールダウンしてしまった。
 まあ冷静になるのはいいことだと考えよう。


「……まあそれでいい。 では今からそのイメージに沿うように魔力素でできた膜を私が作るから見ていろ」


 それから瞬き1つしない間に俺の排泄物は光の膜に包まれた。


「おお、すげえ! 光るウ○コだ! というかもうウ〇コには見えねえ! 金塊みたいじゃん! いや糞塊か!」

「うるさい。 黙って見ていろ糞マスター」

「糞マスターとか言うなよ。 まるで俺がスカの専門家みたいじゃねーか」

「次は転移の魔法式を私が読み込むから糞野郎はその転移先の座標を計算する補助をしてくれ」


 なんてマスターに優しくないデバイスなんだ。
 しかしここで文句を言っても汚物は決して無くならない。
 俺はいつの日か必ずこいつに復讐してやることを胸に誓い、とりあえず今はその言葉に粛々と従うことにした。


「どうすればいいんだ?」

「今イメージを座標に変換するプログラムを走らせている。 だからマスターはただ北北西方向140キロ程をイメージしてくれればいい」

「具体的な数値じゃ逆にイメージがわかねえよ。 それとせめて北北西の方向ぐらい教えてくれ」

「北北西は今マスターが見ている方向から向かって20度程左だ。 140キロは朝に行ったあの丘から水平線を見た時の距離が約70キロだからその倍をイメージすればいい」


 えーっと、水平線までが70キロ程ってことはあの丘の標高は大体……400mぐらいか。


「っつってもなぁ。 流石に無理が――」

「想像できる距離の限界は己の器の大きさと等しいそうだ」

「ハッ、余裕だな」


 俺は必死になって言われた通りの距離のイメージを想像した。
 丘で見た景色を思い出したらまた見たくなってきた。
 そうだ、あそこまで行くことを毎朝の日課にしよう。


「そうだ、その距離が140キロだ。 覚えておくといい。 さて、今マスターの脳内には何かスイッチのようなものが感じられないか?」

「あ、なんかボタンみたいのがぼんやりと浮かんできた」


 頭の中にうっすらと浮かんできたそのボタンは何故か無性に20連打したくなるようなデザインだった。
 1~99を英語にした時その英単語には『a』が含まれないという事実は一体何『ヘぇ』ぐらいになるんだろうか?


「それが魔法の発動スイッチだ。 そのボタンを先ほどの転送先をイメージしている状態のままで押せば、現在魔力膜で包まれているその汚物はマスターの想像しているところへと転移する」

「ふーん。 でも意外と魔法って簡単なんだな」


 そして俺は自分の生み出した産業廃棄物を見ながら脳内のスイッチを連打した。
 っていうか草しか食ってねえのにやっぱ大便って茶色いんだな。
 そういやこれって胆汁の色なんだっけ?


「あ、そのイメージだと――」

「ふぉおうっ!? 何かが、何かが俺の中に入ってきたっ!? って、まさかっ! あああああっ!!」



 それから5分後。
 俺は家の外で泣きながら排泄行為を行い、鳴きながら2度目の転移魔法を発動させた。
 1度目の失敗のおかげで今度はちゃんと成功したものの、俺の心には一生消えない深いトラウマが残った。

 この経験から俺は魔法を全てデバイスに任せるのは危険だと判断し、今後魔法を使う際はその原理や危険性をちゃんと理解してからにすることを心に決めた。 ファック。



[15974] 再出発編 第4話 Q.まほうってなんでできてる? A.血汗に欲望、金のニワトリでできてるよ。
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/01/29 18:19

 第二の人生を歩み始めてから一月あまりが経過した。
 今の基本的な生活サイクルは、

 日の出とともに起きる。
⇒海の見える丘へ朝の散歩として出かける。
⇒山菜や果物を採ってきて腹を満たしたら魔法の練習か鉱物採集。
⇒日が沈む前には家に戻り晩飯を食べ、その後は秘密基地にある本を読み漁るか鉱物コレクションを楽しむ。
⇒疲れたら寝る。

 ひたすらこれの繰り返しである。

 時々鳥が空を飛んでいたり野兎が前を横切ったりするものの、俺以外の人の営みが感じられないのはちょっと辛い。
 初めの頃は馬鹿がぶちまけた放射線のせいで『無駄に巨大な生物や意味不明な生物がいるんじゃないか?』と危惧していたが、全然そんなことはなかった。

 まあ、一度慣れてみればこの生活は時々遭難することさえなければ意外と悪くない。
 あ? 別に泣いてねーよ。 あれは夜空に輝く星々の美しさに思わず感動しただけだっつの。
 だから泣いてねえっつってんだろ糞デバイス。 ぶっ殺すぞコノヤロウ。



 それはさておき、魔法を使うようになって俺が一番驚いたのは、魔法を使う際に技名や呪文は必ずしも言う必要がないということだ。
 難しい魔法や暴発する危険がある魔法等の場合は、呪文の咏唱や始動キーに設定されている言葉で安全装置を解除しないといけないこともあるらしいが、少なくとも俺が使える魔法ではそう言ったことはない。


 なお魔法の発動は基本的に以下のプロセスで行われる。


 1.発動したい魔法をイメージすると、デバイスが該当する魔法式を記憶領域から読み込む。

 2.読み込まれた魔法式にいくつかの変数を入力し、魔法の発動に必要な魔力をデバイスが周囲から取り込み魔法式に供給する。

 3.準備が出来たらあとは脳内に現れたスイッチをONにする。(デバイスによってはデバイスに物理的に付いているトリガーを引く、といったものもあるらしい)。


 また2の魔力供給の際、魔法資質を持っている人間は自分の魔力を使うこともでき、その場合だと魔法式の構成が多少適当でも一応魔法が発動するらしい。
 そしてそう言った人達は『その魔法がどうやって効果を発生させているのか』といった詳細な理論等を知っている必要はなく、自分の感覚のみで魔法を組むこともできるせいか魔法の上達も早いそうだ。
 使う魔法について様々なことをちゃんと理解しないと失敗する俺にとってそれは羨ましい限りである。
 ここ一カ月で『生兵法は大怪我の元』という言葉が何度頭をよぎったことやら。
 いきなり排出口付近に圧迫感を感じた時はその訳のわからない喪失感に本気で泣けたっつの。


 ただ不幸中の幸いだったのは、あの失敗のおかげで転移座標に関しての計算ミスがほとんど無くなったことだ。
 少なくとも一度行った場所や見た場所への転送はもう失敗することがない。
 なお、バールが言うには地図等から座標を計算する場合、転移先の詳細な状況が現在の力量では把握できないため、安全上の問題からお勧めできないとのこと。




 あとは魔法使用時の見て明らかにわかる現象として、使用される魔法の種類によっては効果範囲や使用者本人の周りに魔法陣が出現することが挙げられる。
 この魔法陣は使用される魔法によっては現われない場合もあり、魔法資質がある人間なら誰でも使える『念話』という魔法なんかだと現れないらしい。
 俺が習得した魔法の場合、転移・転送魔法では魔法陣が現れたが圧縮魔法の方では魔法陣は現れなかった。


 また、その時現れる魔法陣の色は人によって異なり、俺には使えないが砲撃魔法や拘束魔法の砲撃や鎖にも色がついていて、同じ人間が使う場合どちらもその個人特有の色になるそうだ。
 この魔法使用時に現れる光は魔力光と呼ばれ、魔法犯罪なんかでは重要な証拠になることも多いという。

 ちなみに俺の魔力光はオレンジがかった茶色である。
 どう考えても初めて使った魔法が原因としか思えない。 クソッ。




 ……気を取り直して次の説明に移ろう。
 現在俺が使えるようになった圧縮魔法は、


1.『固体を魔力膜(膜の網目の粗さは気体分子が通り抜けられる程度)でぴっちり覆う』

2.『1で作った魔力膜の隙間を無くし、素粒子1つ逃げられないようにする』


 だけである。
 まだ圧力を掛ける段階までは到達していないし、応用すれば断熱膨張や断熱圧縮で熱エネルギーもある程度操作できるそうだ。
 一見簡単そうに思える1だが、これは魔力膜のコントロールが非常に難しく、複雑な形状になればなるほど難易度が飛躍的に高くなるのでなかなか馬鹿に出来ない。
 これは食べ物とか布団を真空パックするのは簡単でも、剣山を真空パックしようとすると袋が破けてしまうことを想像してくれたらいい。




 また移動魔法に関しては以下の3つの魔法を現在習得した。


1.『視認できる場所にある物(1立方メートル程度)を見えない場所(限界距離は測ってないので不明)まで転移させる』

2.『目に見えない場所にあり形状等を正確に把握できている物(1立方メートル程度)を見える範囲の場所まで転移させる(同じく限界距離は不明)』

3.『自分自身を有視界内で転移させる』


 2の『形状を正確に把握できている』という条件は、上記のような転移・転送魔法の発動の為に必要な条件から来ている。
 一般的な転移・転送魔法とは『魔力の膜で適当に包んだ物体A』を『座標Xと座標Yを繋ぐ、魔法で作られたゲート』を通過させる魔法である。
 例えて言うなら転移魔法とは、Aを『水』、魔力の膜を『風船』、ゲートを『穴が開いた板』だとしたとき、『水の入った風船を板に空いた穴に無理やり通す』ようなものなのだ。
 このようになっている理由は、Aという物体を転移させるとき転移先に何か物体があった場合、その物体がAによって上書きされたり、Aが壊れてしまうことを防ぐためである。



 空を飛ぶ魔法はどうしたかって?
 そんな魔法とっくにアンインストールされてましたけど何か?
 移動魔法とか言いながら使えるのは上記のようなキワモノ系ばかりである。
 だがまあ、最終奥義的なものはかなりえげつないらしく応用魔法も充実しているそうなのでそれに期待するとしよう。


 それと、本来この手の悪用できる魔法式は制作者によって様々な制限がかけられ、根幹部分はブラックボックスになっているものらしい。
 だけどこれら移動系の魔法式の基礎を作ったのは目茶苦茶だけど天才肌な前マスターだったため、俺が使う分にはそんな制限なんて存在しない。

 だから使えるようになってしまえば転移座標・連続使用・限界距離には制限はないし、加重や体積も俺の力量が足りないため今は限界があるが実質制限はないと言える。
 まさにスーパーフリーダム。
 やろうと思えば万引き、窃盗なんでもござれ。
 まあやらないんだけどね。 捕まりたくないし。


 ちなみに製品版『転移・転送魔法』の魔法式は、個人用の最も金額が高いものでも制限を多くかけられており、その魔法に掛けられた制限は、

・移動限界距離は20km
・転移可能な重さは購入者の体重+10kg
・体積は購入者+服・デバイスなどの容積分
・一度使うと1時間は使用不可
・デバイス間での魔法式のコピーおよび引き継ぎは不可
・購入に資格が必要、etc...

 と、俺の持っているオリジナルのものに比べると大層ひどい不自由っぷりで約100万円だと言う。
 それでも販売数は軽く万を超え、これの廉価版も含めると総販売数はちょっと想像もできないらしい。
 関連魔法式も数多く販売され、使い捨てタイプのものはいざという時の防犯グッズとして人気が出たとのこと。

 また、企業向けのものでは魔法陣敷設型のものが最も多く販売されたそうで、こちらは登録さえすれば魔法陣同士の組み合わせを選ばずに転移できるようになっていた。
 そしてこちらの転移・転送魔法の使用条件は、かなり緩く設定されていたため悪用されることも多かったという。




 閑話休題。
 他にもいくつかわかってきたことがある。
 例えば今住んでるこの秘密基地は前のマスターが小さい頃に住んでいた場所の近くの土地で、魔法式等による収入が余りにも莫大だったため趣味の鉱物採集が高じて買収した鉱山の一つだそうだ。
 この鉱山ではきれいな月長石や、ちょっと遠くまで行けば大きな水晶やガーネットが取れる。
 この間も淡い青色をした真珠光沢の美しい月長石や、ブルーフラッシュが見られる手のひらよりも大きなサイズの紫水晶を見つけることができた。

 あとはここが鉱山地帯だからか、はたまた前のマスターが余計な敵を作っていたからかはわからないが、この辺り一帯には侵入者や襲撃者が絶えなかったらしい。
 そしてそれに備えるため、彼はこの山の周辺一帯に凶悪な魔法トラップをいくつも仕掛け、その結果としてこのトラップによる死者が大変多く出たそうだ。
 それ以来この一帯はデスバレーや聖域などと呼ばれるようになったという。
 えげつない窒息トラップや深海底への強制転移トラップにはまって死んだ人達、自業自得とはいえご冥福をお祈りします。

 そりゃ周囲にご近所さんなんて居る訳ないわな。
 水道も引かれる訳がない。
 だって工事関係者もトラップに引っかかって入れないんだもの。
 それなのに蛇口が付いているのは、今住んでいるこの秘密基地が前のマスターが街に住んでた時のものをまるごと転移させたものだからである。
 一応『水が無いならどっかから持ってくればいいじゃない』ということで、転移魔法を応用すれば水は出るそうだが、今の俺にはまだそんな力量はないのでこれは後の課題とした。

 これらの事実や露頭の観察結果などから、この世界が地球のなれの果てであると仮定すれば、ここの秘密基地はアメリカ南西部のグレンビル造山帯のどこかにあることが推測できる。
 しかしこの近くの丘では、何故か東の海に沈み往く夕日を見ることができる。
 そもそも周囲100kmに家が一軒もない場所なんてそうそうない。
 果たして、そんな条件に一致する場所なんてアメリカに存在していただろうか?
 一体ここは何処なんだ。 もしかして実はアメリカ大陸じゃないのか?
 見たこともない地形の地図がめちゃめちゃ大量にあるのも気にかかる。 むしろそっちの方が多いくらいだ。
 にしても、何でここの住所が書かれたものが家の中の何処にもないんだ――――

 ……とまあ、そんな感じで新事実がいくつも明らかにされたものの、不可解な点が余りにも多すぎるので俺の認識は既に混乱でマッハである。
 うん、もうごちゃごちゃ考えるのはやめよう。
 ここは異世界。 それが精神的に一番いい。




 さて、不可思議世界について考察するのはここら辺でやめ、そろそろ現実世界に目を向けたいと思う。
 魔法も上達してきた俺は、本日いよいよ移動系魔法その4、『自分自身を視認できない場所まで転移させる魔法』を練習することになった。
 だけど、いつぞやの汚物のように自分自身を知らないところへいきなり飛ばす馬鹿はいない。
 だって木の中からいきなり人が出てきて『天上天下唯我独尊』とか言いだしたらめちゃめちゃ怖いじゃん。
 地球さんも何事かと思うよきっと。
 なのでどこか遠くの知らない場所まで行って、そこから家の前へ帰るといった練習方法を提案した。


「というわけでなんかいい場所知らない? 風景がいいとかすごい鉱物が採れるとかさ」

「ふむ。 一番近いところだとここから2,000kmほど行ったところに大きなダムがあったはずだ」

「ちょっと待て。 それのどこを一番近いって言うつもりなんだ。 あといくらなんでもそれは遠すぎる。 そしてどっからダムって発想が出てきた。 さらに言うなら今の時間からだと帰りにはもう暗くなってるだろ。 遭難したら二度と帰ってこれねえよ」


 既に太陽は西の空へと傾き始めている。
 この辺りは周囲に人工の明かりがないため、夜になると数メートル先も見通せなくなるほど暗くなってしまう。
 月明かりは生い茂る葉に隠され、俺の足もとまでほとんど届いてくれない。
 別にお化けが怖いとかそういったことはないものの、たまに遭遇する野生生物に襲われる可能性を考えると遠いところは避けるべきだ。 そう、夜は危険が危ないのだ。 あ、そうそう何気にこの星、やっぱり俺の前世の地球と非常に似通っているんだよね。 1日が約24時間とか衛星が一つだけなところとか。 あと太陽の明るさもほぼ同じ。 他にも大気の組成、星の大きさ、質量、地殻を構成する基本的な鉱物組成とかもほとんど一緒。 そして何より文献の文字が俺に理解できる文字で書かれている。 やっぱりここは地球のなれの果てなのかもしれない。 俺が死んで転生するまでに数百年とか時が流れてて、その間に人類が魔法を発見した、みたいな。 それなら星座が少し違うことや月の模様が若干違うことも説明できる。 月面開発が進んだとかヘリウム3の回収によって地形が変わったとか。 もしそうだったら――


「現実逃避はそこまでだ」

「いや現実逃避なんかしてないって。 というか先が見えなくなるほど暗くなったら普通にあぶないじゃん。 だからお願いなので魔法が失敗したとしても日が沈むまでに帰ってこれる距離でお願いします」

「このチキンが。 その程度の闇に脅えてどうする。 今までも何とかなってきたし前世の方がよほど悲惨だっただろう? 友達がいない、誰も助けてくれない、そして周囲からの冷たい視線。 それに比べれば暗い所など何を恐れる必要がある」


 このデバイスはちょっと油断すると直ぐにヘビー級の毒を吐く。
 俺、もうゴールしてもいいよね?


「だが仕方ない。 そこまで言うなら、ここから見えなくて近いところを考えてやろう」

「せめて歩いて片道2時間程度でお願いします」

「ならばマスターが例の物をぶちまけた辺りはどうだ? ログに残っている座標からすると『有視界内転移魔法』を使えば大体2時間半程の距離だ」

「いいね。 それなら早くその場から立ち去りたくて魔法の成功率が上がりそうだ」

「臭いには気をつけろよ? 集中力が切れたら大変なことになるからな。 初めてというのは何かと失敗しやすいものだ」

「おいその話やめろ。 ぶっ殺すぞコノヤロウ」







 それから2時間半。
 俺はバールと『一人壁に向かってするキャッチボールってなんであんなに空しいんだろう』等の話をしているうちに無事推定汚染地域へと到着した。
 その場所は辺り一面草木が少しも生えておらず、岩石や地層が露出していたり、ところどころ地面に割れ目があったりして微妙に危ない。
 また風化の影響を強く受けているのかその風景は全体的に茶色く見える。
 遠くの方を見てやればそこには未来都市の様なものが存在しているものの、そこから空中に伸びている用途不明のパイプはサビ付き、またところどころひび割れているせいか中から何かが漏れ出していたりする。

 ありていに言ってしまえば、この辺りからはまるで世紀末救世主伝説な雰囲気が醸し出されているのだ。
 あ、そういやこの辺りの電子機器ってマスターが放射線で焼き払ったんだっけ。
 だったら人が居ないのも当然――――


「Hello? (あのー)」

「很吃惊! 是什么事? 人在。 (うお、びっくりした! ってあれ? 人居んじゃん)」


 俺がそんなことを思っていながらボーっとしていると突然子供が話しかけてきた。
 想定していなかった事態に俺はびっくりしてしまい、うまく返事を返すことができなかった。


「You are the person living here, aren't you? (君はもしかしてこのあたりの人?)」

「是、是那样。 (そ、そうです)」

「平静下来主人。 对方说着英语。 (落ちつけマスター。 相手は英語を話している)」

「あ、ほんとだ。 言われてみれば確かに。 Fuck you. (こんにちわ)」



 新生活開始から1カ月と少し。
 俺は初めて自分以外の人間と会いました。



[15974] 再出発編 第5話 危険物につき取り扱い注意
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/01/30 03:08

 新生活初の第一種接近遭遇を果たした俺は一瞬の混乱がみられたものの、なんとか無事に自己紹介を終えることができた。
 だが同じ英語のはずなのに何故か意味が誤解されて伝わるし、こっちとしてもよくわからない表現が数多く見られる。
 そこでこの問題を解決する方法として、翻訳魔法を試しに掛けてもらうことになった。
 するとあら不思議、普通に日本語で会話を進めることができるようになりましたとさ。
 改めて魔法すげえ。


 それはさておき、俺たちは自己紹介の後お互いについていくつかの質問をしているうち、『お前わかってるな! 最高だぜ!』『君こそわかってるじゃないか! ひゃっほうぃ!』と意気投合(若干誇張あり)。
 その流れで今俺が陥っている状況を簡単に話すと、彼はさらに俺に対し興味を持ってくれたようだ。
 そうして今に至るのだが、相手が同年代、しかもどちらも学者肌ということもあってか話が弾む弾む。
 人間とこれだけ話したのはもしかして生まれて初めてかもしれない。
 というかどう考えても初めてである。


「へえ、遺跡発掘ねえ。 ところでスクライア、ここは誰の墓だったの?」


 今話してるこの相手はユーノ・スクライア(9歳)といって結構有名な一族の一員なんだそうだ。
 そのスクライア一族は発掘を生業としている一族として考古学会では有名らしく、『血の繋がり? そんなの関係ねえ』と捨て子でもなんでも拾ってきては家族にし、情によって労働力を確保するといったことを繰り返して大きくなった一族らしい。
 ユーノもそうやって拾われた一人だという。
 否定はしないよ?
 だって放置して餓死させるよりよっぽどましじゃん。


「僕の事はユーノでいいよ。 それとここはお墓じゃなくて何かの研究施設だったみたい。 結構奥まで土砂で埋まってたり、通路が潰れてたりするから細かいことはまだ分かってないけど」

「じゃあこれからはユーノって呼ぶことにするわ。 んで研究施設? どれぐらい前の?」


 つかコイツ名前かっけーな。 顔もイケメンだし。
 しかもこの若さで遺跡の発掘責任者ってどんな勝ち組だよおい。
 俺なんて27でまだ博士課程なうえ最期はひきこもって孤独死したって言うのに。
 人生って不平等にできてるよね。


「一応1,000年以上前だとみてる。 ちゃんとした分析にも回したんだけど、何故か『年代測定の結果ここはつい最近作られたものです』というデータが上がってきてね。 その時は流石にどうしようかと思ったよ」

「確かに。 これどう見ても1,000年ぐらい軽く経ってそうだしな。 一体何があったんだ?」


 俺は遺跡から出土したと見られる数々の発掘物を見ながら、妬みや嫉みをおくびにも出さずにそう言った。


「どうも測定を行った学生が操作方法をちゃんと理解しないで装置を動かしたせいで、装置そのものを壊しちゃったんだって。 それでそのことを隠そうとして適当にデータをでっちあげたみたい。 しかも試料自体も汚染されて使い物にならなくなったし。 まったく、いい迷惑だったよ」


 うわー、身に覚えがありすぎて困る。


「ところで年代測定って何で測ってんの? やっぱ放射年代とか?」

「それはスタンダードがないからやってない。 最近遺跡関係は魔力素を使った年代測定が主流なんだけど、それはさっき言ってたように装置が壊されちゃったから今は仕方なく相関年代法を使ってる」


 相関年代法っつったらたしか年代がわかってる物とわかってない物を比較して、その類似性から年代を摺りあわせてくやり方だったはず。


「その魔力素を使った年代測定ってどういう原理なんだ?」

「原理的には放射性年代測定とそう違いはないよ。 大まかに言えば魔力素の相転移現象のひとつ、『ある特定の魔力素が一定時間経つと別の魔力素へと変化する』という性質を利用してって感じかな」

「放射性元素の半減期のようなものか? 一定時間ごとに放射性同位体の量が半分になるってやつ」

「そうだね」


 ちなみに放射性年代測定法とは、試料中に含まれるとある元素の同位体比が常に等しいという仮定と、その放射性元素の半減期を用いて絶対年代を導くという手法である。
 この放射性年代法に比較的よく使われるのは炭素14であるが、この炭素14は宇宙線などの影響で常に等しい割合で存在しているわけではない。
 そこでスタンダードと呼ばれる標準試料を用いて年代較正を行う必要がある。
 でもその標準試料が無いっていうんなら、そりゃあ相関年代法を使わざるを得ない。


「ただ、転移魔力素は人や動物の意識場にもろに曝されるとその割合がリセットされてしまうから、この方法を使えるのはそれこそ遺跡を発見した直後だけなんだ」

「はあん、そんでその馬鹿のせいで試料が使えなくなった訳だ? それはまた災難だったな」

「そうだね。 でも試料の汚染よりは装置を壊されたことのほうがきつかったよ」


 いたたたた、前世のトラウマを思い出したせいで胃がきりきりする。


「まあ、それでもこの遺跡が既に1,000年以上前のものであることはでてきた発掘品からも確実だとわかっているし、もしかしたら今までにわかっている歴史のさらに過去を示す一端かもしれないってことでかなり盛り上がってるんだ」


 へぇ、でも1,000年って結構新しい気がするんだけどなぁ。
 前世の世界では4,000年以上昔のこととかも結構詳細にわかっていたはずだ。
 俺はそのことを思い出し、やはり世界が変われば常識も変わるものなんだなぁと実感した。


「だけど、発掘を初めてしばらくしてからは遺跡をあらすなという警告なのか、空からちょっと嫌な物が降ってくるようになったんだ」


 あ。
 いや、まさかね。
 まさかそんなはずはないだろう。


「今日もほら、そこに見えるでしょ?」


 そういってユーノが指差した場所には茶色のかりんとうのような何かと、それを包んでいたと思われる白い包み紙が地面の上に転がっていた。
 どう見ても俺がふっ飛ばしたアレです。 本当にありがとうございました。
 すっかり忘れていたけど、そういやここに来た理由にはこの件も含まれてたっけ。


「それのせいでこの遺跡の発掘調査をやめるかどうしようか、一時期揉めたんだよ」
 
「へぇー空から汚物ねー。 あー、たぶん鳥のもんじゃねーの? これ」


 俺は若干ならぬ心当たりがありつつも素知らぬ顔をし、まだ微妙に暖かそうな鳥の糞(仮)を木の棒でつつきながら言った。


「いやー、でも多分これが鳥のってことはないと思うよ」


 そりゃそうだ。 だって俺のだもん。
 鳥の肛門がこんなに太いとしたらこの世界ではダチョウ程の大きさの鳥が空を飛んでいることになる。
 そんなの恐ろしすぎる。


「や、でもこれ結構繊維質じゃね? 草しか食わない動物のフンとかそんなんに似てるじゃん。 他にはなんか白い紙みたいな糞もあるし。 これはヤギのものの可能性が高いんじゃねーか? そう、それだ。 しかもほら見てみろよこれ。 このヤギ消化不良起こしてるぞ。 繊維質が目で見える、っていうかまんま紙だな。 ヤギも不景気のせいで胃腸がストレスでマッハなのかもしれん」


 何かの糞には普通にトイレットペーパーがくっついている。
 この点を突破口にしてごまかしきるしかないな。
 そうしないと、転生して初めて現れた人間の知り合いを失ってしまうことになりかねない。


「でも前に調べた時は糞に含まている細菌に人特有のやつがいたんだよね」

「まじか。 じゃああれだ、デカイ鳥にさらわれたときにビビって漏らしたに違いない」

「んー、でも降ってくるときって必ず魔法陣が現れるんだよね」


 これもうバレてるだろ。
 そんで遠まわしに俺を非難してると見た。
 もう今すぐにでも土下座した方がいいな。


「あー実はそれなんだけどさ……」

「だけど転移周期も不規則で、しかもその魔法陣も少し特殊でね。 どんな条件で発動しているのか誰もわからないんだ」


 え?


「遺跡を守るためのトラップじゃないかという人もいるし、転送魔法による攻撃の一種だという人もいる」

「そ、そうなのか?」


 いやいやいや。 そんな意志あるわけないがな。


「少なくとも僕らが使う魔法とはよく似ているんだけど確実に違う。 でもその違いが何なのかはまだ分かってない。 どちらにせよこれはこの遺跡に関するものだっていうのはほぼ確実かな」

「じゃあカミの怒りってやつか。 やめろよ、俺そういった話苦手なんだよ」

「ごめんごめん、次からは気を付けるよ」


 どうしよう?
 思わず保身に走ってしまったけど、これこのまま黙ってても目の前で魔法使わなければバレないよね?


「で、結局糞には特に危険なウイルスとかはいなかったし、被害らしいものはそれだけだったから調査は続行するってことになったんだ」


 ごめんな、ユーノ。
 この秘密は墓場まで持っていくことにしたわ。
 もう二度と糞を撒き散らしたりなんてしないよ。

 でも今の話を聞いてるとなんか腹の調子がおかしくなってきたな。
 ここらでやめておかないと二重の意味でうっかり漏らしかねない。

 これ以上この話をするのは危険だと判断した俺は話題を変えることにした。


「なるほど。 まあ話を聞いてると発掘業ってのも大変なんだな」

「まあね。 でも大変なことばっかりじゃないよ。 今日なんてすごい物を見つけたし。 たぶんロストロギアの一種だと思うんだけど、こういった歴史的な遺物を発掘する瞬間っていうのが、やっぱり発掘業をやってて一番興奮する瞬間だと思うんだ」

「なんとなくわかる気がするわ」


 俺も露頭や鉱山に行って綺麗な鉱物結晶を見つけた時はめちゃめちゃ興奮するし。


「逆に一番大変なのは時々現れる盗掘団の連中。 あいつらには本当に迷惑しているんだ。 3つ前の調査の時に現れた奴らは質量兵器なんて物騒なものを持ちだしてきてさ、あんなものぶっ放して貴重な遺跡が崩壊したら誰がどう責任を取るつもりなんだろうね。 これだから教養のかけらもない屑どもは嫌いなんだ。 初めて僕が責任者として発掘調査にかかわったときだってそうだった。 『命が惜しければ金目のものは全て渡せ』だって? 考古学者を馬鹿にするなよ!? こっちは命なんてとっくに賭けてんだ! くびり殺すぞ糞虫共め!! 今度見つけたら身体にある穴という穴全てに――」

「ちょっ、待て待て、落ち着くんだユーノ!」

「あ、ごめん。 ちょっと嫌なことを思い出しちゃって、つい」


 興奮して我を見失い感情を爆発させたユーノは、それはもう大層恐ろしかった。
 というかもうどこに話を転がしても地雷を踏みそうな気がしてならない。
 とりあえず何とか笑いに持っていければ誤魔化せるんじゃないか?


「お、おお、気にしなくていいって。 ところでそのス○トロギアってのは一体どんな色をしてるんだ? やっぱり茶色いのか?」

「ロストロギアのことだよね? これは既に滅びてしまった超文明から発掘された遺物全般に付けられた名前なんだ。 ロストロギアには現象の発生原理が不明で危険な物が多いんだけど、この間見つけた文献にはどんな怪我や病気もたちどころに治るっていうロストロギアの情報もあってね。 一慨にロストロギアが危険だとは言い切れない部分もあるんだ」

「はぁ、そっすか」


 なんてこった。 こんなにわかりやすい突っ込みどころなのに普通にスルーしやがった。


「今回発掘されたものもまだどういった効果を持っているのかよくわかっていなくてね。 まずはそれを研究できるところに――」


 こういう自分では面白いつもりだったのに滑った時ってすっごく恥ずかしいよな。
 穴があったら突っ込みたいぐらいだ。


「今回はたまたま護衛艦が新航路の調査で近くにいるって言うから――」


 ……うわぁ、もう今日は駄目だな。
 笑いの神は降りてこないのに、腹の調子は下る一方じゃねえか。
 あ、今のは少し良かったかも。


「――そんなわけで他のみんなは今このロストロギアについての情報を集めているところ」

「へ、へーえ」


 いつの間にかユーノの説明は終わっていた。
 どうしても諦めきれなかった俺はもう一度だけ誘い受けを狙ってみることにした。


「ところでそのラストロシアってのはどんだけ危険なんだ? うっかり毒殺されたりすんのか?」

「ロストロギアだね。 ちょっとぐらいなら大丈夫かな。 見てみる?」

「はい。 私はそれを見てみたいと思います」

「じゃあちょっと待ってて。 今持ってくるから」


 根拠の無い自信を粉々に打ち砕かれた俺は、思わず直訳的な返答を返してしまった。
 しかし、まさかそのたった一言が俺の一生を左右することになるとは、このときはまさか夢にも思わなかった。


「はい、これがそのロストロギアだよ」


 ユーノは運び出された発掘品の中から黄色と黒のストライプでデザインされた箱を持ってきた。
 箱の上には三枚羽のプロペラみたいなマークが赤色で描かれている。


「ほう、それがロストロギアって奴か。 確かに近づきがたい雰囲気を醸し出してんな。 なんつーかこう、被爆しそうな感じで。 おい、近い近い、ちょっと近いって。 ちょ、こっち来んな!」


 まじでポロニウム的なものが出てきちゃったじゃねえか!


「いやいや、大丈夫だって。 念のため簡単な調査をしたけどその際そういったモノは検出されなかったから」

「いやいやいや、明らかにその箱の外壁とか重金属でできてますよね? 何かが漏れてくるのを防ぐ感じで。 いや、ほんとすいませんでした。 もう悪いことはしませんから許して下さい」


 俺は必死で後ろに下がろうとしたが、何か緑色の紐のようなものが身体に巻きついていて動くことができない。


「僕らが初めに確認した時は中身が既に露出してたからね、もう手遅れなんだ。 この箱の方を先に見つけていればっ……!」

「巻き込むな! 頼むから俺を巻き込むな!」


 俺に迫ってくるユーノの目が非常に怖い。
 お前瞳孔めっちゃ開いてレイプ目みたいになってるから!


「大丈夫、痛みとかは特に感じなかったから。 2週間後に身体の恒常性が崩れないかちょっと心配なだけで安全だよ」

「まてまてまて、それは安全とは言わねーんだよ! だからマジでやめろっ! 俺はまだ生後1カ月しか経ってないんだ! うわあああ! 死にたくないよぉ! お父さん助けてぇっ!!」

「人間なんて早いか遅いかの違いでどうせみんな死ぬんだ。 いい加減覚悟きめなよ」


 クパァ


「ッアーーー!!!」


 ユーノは パンドラのはこを あけてしまった!
 ひげきは いつだって とうとつに おとずれる!
 なんと サニーの ぼうけんは ここで おわってしまった!





 その後、もうヤケクソになった俺は普通にそのロストロギアというものを見てみることにした。


「なんだこれ? 鉱物にしては角が丸いな。 加工されたものか?」


 銀色に鈍く輝くやたらと重そうな箱の中には八面体に近い形状をした青い結晶がいくつも入っていた。
 その結晶の色は石の内側から外側にかけ、紺から薄い水色へと相をなしながら変化しているのがかなりはっきりとわかる。
 ただその形状は天然の鉱物ではほとんど見られないほど面の形や面角が不自然だ。


「これはジュエルシードって言うらしいんだけど何かわかる?」

「流石に見ただけでわかるかっていうと厳しいものがあるな」

「なんだったら触ってみてもいいよ?」

「つうか触れたくねえよ。 おいやめろ、こっちに近づけるな。 そして目の前で落とすな。 思わずキャッチしちまっただろうが」


 ユーノはあろうことか危険だと自分で言っていたロストロギアを1つ手に取り、そして俺の目の前で落とそうとした。
 確かにここの地面は多少柔らかいから大丈夫かもしれないけど、もし落として割れたりしたらどうするつもりだったんだ?
 ……いや、ロストロギアがちょっとした衝撃で爆発してしまう危険性は既に説明されている。
 つまりその落下を見逃した場合俺はその事故に巻き込まれてしまうから、無意識でも見逃すはずはないと思っていたに違いない。
 実際俺もキャッチしてしまったしな。


「ったくしゃあねえなぁ」


 まあこれが本当に放射性物質だったとしたら手遅れだ。
 折角だからもう少しよく観察することにしよう。
 うーん、密度はそんなにないな。 2~3 g/cm3 ぐらいか?
 累帯構造がはっきり見えるってことは拡散速度が遅い元素でできている可能性が高い。
 爪で傷がつかないからモース高度は最低でも2.5以上か。
 晶系は正方晶でバイレフリンゼンスはそれほど高くなさそうだな。 
 というか今気付いたけどなんだこれ? なんで中にローマ数字が刻まれてんの?


「おいユーノ、ちょっと他のもよく見せてみろ」

「うんいいよ。 はいこれ」


 そう言ってユーノは持っていた箱ごとジュエルシードを渡してきた。


「ああやっぱり。 これが人工的に加工された物だってのはもう確実だな。 中に入っている結晶は全て同じ大きさで母岩も付いてねえし、中の累帯構造にみられる幅まで同じときている。 これが20個近くも天然でできたってのは余りに不自然だ。 というかローマ数字で中に刻印しておいてジュエル(宝石)だと? 宝石としての価値を貶めるようなことをしておいてジュエルと名付けるなんて、お前ら鉱物学者馬鹿にしてんのか!? そんな名前つけやがったfuckin' cocksucker、今すぐここに連れてこいや!! だいたい宝石ってのは――」

「ちょ、ちょっとストップストップ! 落ち着いて!」

「っとすまん。 思わず興奮してしまった」

「う、うん、気にしないで。 僕も時々同じようになるらしいから」


 興奮のあまり汚い言葉を口に出してしまったような気もするが、まあいい。


「つうかこれ何の結晶なんだ? プラスチックやガラス細工にしては大分熱伝導率が高いぞ?」


 ガラスに比べてもかなりひやっとした感覚で、その冷たさはどこか水晶に近い気がする。
 俺はそんなことを感じながらも箱の方をユーノに返した。


「まだはっきりとはわからないけどこれはどうも魔力素が結晶化しているみたい。 だからそれ1つでもかなりの魔力量が検出されてる」

「魔力素の結晶? 魔力素って普通に考えたら結晶にはならねえだろ。 だって魔力素って素粒子の一種なんだよな?」

「うん。 魔力素の結晶化は今のところ誰も成功していないと思う。 でも魔力素については実はまだわかっていないことも多くてね。 リンカーコアだって人体で魔力素が結晶化したものだとする説もあるし」

「リンカーコア? それって何、俺の体にもあんの?」

「リンカーコアは魔法素質がある人の体内で生成される魔力タンクやエンジンみたいな器官のこと。 ただリンカーコアは揮発性が高いせいで、身体の外に出すと直ぐに蒸発してしまうから意外と研究は進んでいないんだ」


 へぇ、そんなもんがあるのか。
 人間って不思議な生物だよな。


「うーん、やっぱり僕が見た限りではサニーにリンカーコアはなさそうだね」

「そっかぁ」


 俺に魔法資質がないってことは既にバールに言われてたからな。
 なくても不思議ではないか。


「ちなみにユーノにはそのリンカーコアってのはあんの?」

「うん、あるよ。 というかそもそもリンカーコアがないと魔法は使えないんだ」


 え? でも俺普通に魔法使えるぞ? 
 どういうことだ?


「こないだ学会行ったとき耳にしたんだけど、リンカーコアの働きが弱くなったりそれが傷ついたりすると、魔法の使用時に術者はかなりの苦痛を味わうことになるんだって。 こういうデータから『リンカ―コアは人の脳や意識とも深い関係がある』って説も最近かなり有力になってきてる。 これに関しては僕もそこまで詳しくないからホントかどうかはわからないけど」

「まあ、魔力素は人の意識場と相互作用を起こすって話だからなぁ」

「へぇ、その話は初めて聞いたよ。 でも意識場かぁ。 なんか納得いく気がする」


 そう言いながらユーノは何度か頷いた。
 今の一言で何か閃くものがあったらしい。


「それどこで聞いたの?」

「このインテリジェントデバイスがこないだそう言ってた」


 俺は自分の左手首にある喋る金玉をユーノに見せた。


「インテリジェントデバイスが?」

「おいバール、黙ってないでなんか面白い話でもしてやれ。 お前の元マスターが専門だった『尻から出る魔法』の話とか最高に笑えたぞ」

「そんな話は1秒もしていない」


 どうもインテリジェントデバイスっていうのはマスターが他の誰かと話していると基本的に余り喋らないみたいだ。
 『主の邪魔はしない。 所詮私は機械だから』とか思っているのだろうか。
 いや、でもこいつ自分の自慢話ばっかりしたがるからなぁ。
 ユーノもレイシスト・ハートとかいうインテリジェントデバイスを持っているらしいが、そんな名前を付けられるということはデバイスに入っているAIは皆性格面に問題があるんだろう。 


「でもなんかあるだろ? 面白そうな話題が」

「……そうだな、実は魔力結晶の生成法に関しては多少心当たりがある。 その話でもしよう」

「何か知ってるの?」

「ああ、私の前のマスターは昔魔力素の結晶化について研究していてな」

「ちなみにそれって何年ぐらい前の話?」

「なに、はっきりとはわからないがそう昔の話ではない。 前にマスターが意識不明の重体になって病院に運ばれた時にそのアイデアを思いついたそうだ」


 また何か食ったのか? やっぱアホだろ、そいつ。
 というか病院と結晶って何の繋がりがあるんだ?
 天才の考えってのはよくわからん。


「一般でも良く知られているように、魔力素は常に指向性を与え続けないとあっという間に霧散してしまう。 そこで『指向性を与えれば形になるんだったら魔法で圧力を高くしていけばいつかは固体になるはず』、ということで魔力素を濃集させて超高圧を掛けてみた結果、魔力素は見事に結晶化した」


 素粒子サイズの物質が結晶化するほどの高圧な環境って、それ尋常じゃない圧力だろ。
 仮にクォーク星の中心圧力と同じだと仮定すれば下手したらこの間聞いた世界記録抜いてんじゃねえか?


「またこの結晶はダイヤモンドなどと同様に常温常圧で準安定であり、そうしてできた魔力結晶は『ブラッダイト(bloodite)』と名付けられた。 もっともその時できた結晶はジュエルシードのように丸みを帯びてはいなかったし色も違う。 だからその石との関連性はあまりないだろうがな」


 ああ、これで少し繋がった。

 病院⇒輸血パック⇒血(blood)⇒ブラッダイト(bloodite)

 ってことか。
 でも命名法とか考えればそんな簡単に名前を付けられないだろ。
 ブラッドストーンとか普通にあるし。 そこらへんは問題にならなかったのだろうか?
 異世界だからって言われればそれまでだけど。


「また、当時魔力素の結晶化に成功したというのはかなり衝撃的なニュースでな。 それを作りだした前のマスターは頻繁に襲撃にあっていた。 後にわかったことなのだが、この襲撃は新エネルギー研究のため国の威信を賭けて送られてきた軍によるものだったそうだ。 さて、この話は何かの参考になっただろうか?」


 転移魔法の件といい今の話と言い、そりゃこんなことしてたら死んだ時世界中でトップニュースにもなるだろうさ。
 というか軍隊相手に一人で生き延びるとか、お前の元マスターは一体何者だ。
 セガールもびっくりだよ。 ほんとに。


「ん? どうしたユーノ? そんなに震えて。 トイレなら俺も付き合うぞ」

「僕は……僕はいま凄いことを聞いてしまった……!」

「落ちつけユーノ。 そもそも魔力素には大きさがあるんだから、圧力を掛けていけばいずれは結晶化するってのは誰でも思いつくことだろ? 中性子星の核とかクォーク星とか考えりゃわかんだろ」

「確かに、『魔力素も通常の物質と同様、超高圧では固相へと相転移する可能性が高い』って話は聞いたことがあるよ!? でももしこのことが事実だとすればこれは凄いことになる! 確実に魔法工学の大きな発展につながる! 僕、ちょっと皆のところに行ってくる!!」

「あ、ちょっ……行っちまった」


 バールの話に興奮したユーノは、ジュエルシードの入った箱を抱えたまま遺跡の中へと文字通り飛んで行った。
 ふーん、ユーノは魔法を使う際には技名を言うタイプか。
 そういや始めの翻訳魔法ん時も何か言ってたっけ。


「つーかこの石どうすっかな?」


 俺はそんなことを思いながら、なんとなく返し忘れたジュエルシードを太陽に翳してみた。
 そうして見た青いジュエルシードは夕日に染まるオレンジの空に映え、確かに宝石と呼ばれるのもわかるような気がした。


「というかもう大分暗くなってきたな。 うーん、まあ別に今日返す必要はないか。 また明日もここに来れば会えるだろうし、そんときにでも渡ぜばいいだろ」


 明日は何の話をしよう?
 超臨界状態の水の性質でも話せば喜んでくれるだろうか?
 それとも『DNAがどうして二重螺旋構造をしているか?』のほうがいいだろうか?
 ……いや、あいつなら既にどっちも知ってそうだな。
 だったら秘密基地にある本から話のネタを探せばいい。
 そうと決まればとっとと帰ろう。


「バール、帰宅用魔法式準備」

「もう済んでる」

「おお、準備いいねぇ。 やっぱ俺も魔法を使うとき用に決め台詞とか決めポーズとか考えたほうがいんじゃね? 『トレパネーション!』とかさ」


 俺は某戦闘力インフレ漫画の金字塔に出てくる主人公の瞬間移動シーンを思い出し、ポーズをとりながらキメ顔で言った。


「頭に穴でもあけるのか? 直径100mmぐらいの穴を開ければその足りない脳味噌も少しはマシになると思うぞ」

「それ普通に死ぬからな? ちょっと使わない単語だから忘れただけだってのにえらい言われようだな、おい」


 でもこれくらい厳しい突っ込みの方が心地よく感じる俺はやっぱりMなんだろうか?
 いやいやいや、それはないな。
 あの魔法の失敗は二度と経験したくないどころか思い出したくもないし。



 こうして俺はバールと頭の悪い会話をしながら秘密基地へとテレポテーションした。
 魔法は無事成功。 これで使える魔法がまた1つ増えた訳だ。
 さて、次はどんな魔法を覚えようかなぁ。



[15974] 再出発編 第6話 感離極の黒い悪魔
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/01/30 14:06

 勤労少年ユーノと出会った翌日早朝。
 俺は朝から便意をもよおし、野外で出すものを出していた。


「ん? ちょっと下痢っぽいか? まあいい、そんなことより紙紙っと」


 お腹の調子もすっきりしたところで魔法を用いてトイレットペーパーを手元に召喚する。
 そして拭くものを拭いて汚物ごと魔法で吹き飛ばした。


「あ、やべっ。 今無意識で飛ばしちゃった」


 朝起きたら直ぐにでもユーノのところへ飯でもたかりに行こうかと思ってたけど、これはちょっとやめたほうがよさそうだ。
 今行ったらアレを見ながら飯を食う羽目になるし。
 もし大変な味のカレーとか出てきたらそれこそ発狂しかねん。
 それは流石に地獄ってレベルじゃねーだろ。

 あー、でもこれ、もう体に染みついちゃってんのかなぁ?
 今後人間社会で生活していく上で同じことをやらかしたらえらいことになる。
 その前にこの癖は何とかしないとやべえだろ。 社会通念的に考えて。


「おいバール、お前も止めてくれればよかったのに」

「すまん、余りに動きが洗練されすぎてて止める隙がなかった」

「お前が魔法式を読み込まなきゃいいだけの話じゃねーか」


 俺は日本の管理職によく見られる自己正当化のための責任転嫁を図った。


「いや、私は先程魔法式の読み込みは行っていない。 自分の力だけで魔法式を展開し、私に蓄えられていた魔力を無理やり持っていった上、何のためらいもなく人のいるところに汚物を飛ばす。 並の人間にはできないことだ。 流石だな。 そう考えるとその魔力光の色も実にマスターに似合っていると言えよう」

「や、もうほんと反省してるんでその程度で許してください」


 俺だって好きであんな色の魔力光な訳じゃねーよ畜生。


「人に責任を押しつけようとするからだ。 正直に言えばいいじゃないか。 案外幼子のやったことと皆笑って許してくれるかもしれないだろう?」

「そんなわけないだろ。 お前はいきなり肥溜めにぶち込まれても笑って許せるのか?」

「すまん。 考えるまでもなく無理だ」


 適当言うんじゃねーよ。
 ちょっとはものを考えて言えや糞デバイスが。


「まあ俺が魔法を使うところは見られてないから魔法さえ使わなければバレないだろう」

「既に謝ることなど毛頭考えてないのか。 本当にマスターはどうしようもないな」


 いや、悪いとは思ってるんだってマジで。


「本当に罪悪感を感じているのなら手ぶらで行くのはどうかと思うぞ」

「そうだなぁ。 確かに何か手土産を持って行くというのはナイスアイデアだ。 俺の場合だと鉱物を貰えればめちゃめちゃうれしいけど――」

「普通の人はそんなものを貰っても、まず喜ばないだろうな」

「ですよねー」


 やっぱり貰えたら嬉しいもののほうがいいよなぁ……


「あ、なら食べ物とかいいんじゃね?」

「そうだな。 ああいったキャンプだと水分の補給が重要になってくるから果物なんかがいいのではないか?」

「いいねぇ。 でもいつもんとこに生ってるのはもう採り尽くしたから、多分もう残って無いぞ?」


 いつも食事の後は野生の苺を採ってきて食べているのだが、そこに生ってるものは一昨日食べ尽くしてしまったのだ。


「本気で反省しているのか? 誠意を見せるのなら、自分も相応の痛みを受けるのが本当の反省というものだろうが」

「つまり探せってことか。 そりゃそうだ。 それぐらいしないと詫びの気持ちは伝わらないよな」


 それに新しい餌場を見つけられれば俺にとっても大きなメリットになる。


「いや、でも反省の念とか伝わったらまずいじゃん。 俺が犯人だってばれちゃうし」

「そんな心配はいいからさっさと動けよファッキンマスター」

「シャラップ。 お前ってホント口悪いよな」

「何、マスターほどではない」


 多分俺は今泣いても良い。







 そうして見えない反省の意を見せるため、俺とバールは森の中へとまだ見ぬ果実を探しにやってきた。


「やっぱり苺はもう残ってないな」

「残ってる物もほとんど虫に食べられてしまっているようだ」


 案の定いつもの場所には食べられそうな苺は残っていなかった。


「となるとなにか別なものを探したほうがよさそうだな」

「だがあとはせいぜい山菜やキノコぐらいじゃないか?」


 キノコか。
 水分補給にはめちゃめちゃ適していなさそうだけど、まあ手ぶらでいくよりは全然ましか。


「そうだ、たしかここから1kmほどいったところにコナラの木があったよな?」

「なるほど、椎茸か」

「ご名答。 こないだいくつか小さいのが生えているのを見かけたんだよ。 だからよく探せばいいのが見つかるかもしれん」


 たけのこでもあればよかったんだが今のところ竹自体が見つかっていない。
 俺は椎茸は好きじゃないので採集しなかったのだが、アメリカでも椎茸が手に入ることは普通に驚いた。
 いや、アメリカ(仮)だったな。



 それから山の中を歩くこと十数分。
 俺とバールはコナラの群生地帯に到着した。


「おお、意外と見つかるもんだな」

「これで貧相だった食生活も幾分か改善されると良いな」

「だから椎茸は食わねえって。 というか移動魔法もある程度使えるようになったし、そろそろ人の生活に戻ろうと、思う、ん、だ、が――」


 木に生えている椎茸をもぎ取っていると、突然何かが俺の首筋に落ちてきた。
 俺は若干恐怖を感じつつも、見ないわけにも行かないのでそれを手にとって確認した。


「ほっ。 何だ毛虫か。 うわっ、でもめっちゃキモっ」


 俺はその毛むくじゃらな体長4~5cm程の虫を葉っぱで包み、どこか遠くへ転移魔法で吹っ飛ばした。
 今度はちゃんとユーノ達の居ないところへ飛ばしたので問題はない筈である。


「これであの生き物の生息範囲は広くなったことだろう。 ああ、いいことをしたなぁ」

「たった一匹で生息範囲が広くなるわけないだろう。 なんだ、マスターは毛虫も苦手なのか」

「べ、別に苦手とかそんなんじゃねえって。 ただちょっと毛虫さんのために何かできないかと考えた結果がああなっただけだ。 いやあ、あの毛虫さんには悪いことしちゃったなぁ」


 俺はへらへらと笑いながらそう言った。
 はっ、たかが毛虫なんざ今の魔法が使える俺には怖くもなんともないもんね。


「そうやって笑っていられるのも今のうちだ」 

「え? 今なんて――」

 ドサッ

 『言った?』とバールに聞き返そうとしたタイミングで俺の頭や肩、そして背中に何かが大量に落ちてきた。
 これは、まさか。 おい、やめろ、頼むから予想が外れていてくれ――

 俺はそう思いながら自分の頭にそっと手を伸ばした。


「残念だったな。 マスターの予想通りだ。 全部で何十匹居るのか、ちょっと見ただけではわからないな」

「うぎゃああああああああ!!」

「いい悲鳴だ。 期待を裏切らないその運命はまさに天性のものだろう。 転生だけにな」

「つまんねーよ! マジでつまんねーんだよ! ぶっ殺すぞコノヤロウ! ぶっ殺すぞコノヤロウ!」

「木の皮で私を削ろうとするのはやめろ。 いくら自己修復機能があるといっても傷つくのはあまり好きじゃない」


 俺は錯乱しながらバールを木に叩き付け、さらに毛虫が大量に降ってくるという目に合うことで因果応報という言葉の意味をかみ締めることになった。 ガッデム。






 そうこうしている内に昼になってしまった。
 お土産として他にも何か探そうとは思っていたが、結局それは諦めることに。
 というかそれどころじゃなかったしな。
 一応椎茸でもお詫び代わりにはなるだろうし、そろそろユーノのところへ遊びに行こう。


「忘れ物はないか?」

「そうだな……あ、ジュエルシードも持っていかないと。 バール、どこにやったか知らない?」

「昨日ポケットに入れたままだろうに」

「あ、ホントだ。 ポケットに入ったまんまだった」


 うん、これはちゃんと返さないと。
 魔力素の結晶は初めて見たので少し欲しいと思わなくもなかったが、バールはこれの作り方を知ってるみたいなのでどうしても欲しくなったら自分で作るとしよう。
 あれ? これの作り方は知らないんだっけ?


「マスターは本当に馬鹿だなぁ」

「お前はのび太君に呆れ果てるド○えもんかっての」


 そんなやり取りをしながら昨日の遺跡近くまで魔法で転移。
 そこからユーノ達が寝泊まりしているキャンプまでは歩いて行ったのだが、なんか遺跡の一部が崩れてたりキャンプが黒く焦げてたりでえらいことになっている。


「ようユーノ」

「ああサニー。 よく来たね」

「これ、おすそ分けの椎茸。 適当に焙って食べてくれ」

「ありがと。 後で皆に渡しておくよ」



 そう言いながら俺から袋を受け取ったユーノは何処か元気がない。
 まあ、椎茸は色が色だからそれでげんなりしたってのも考えられるけど。


「どうした、今日は隕石でも降ってきたのか? テントも含めてなんかいろいろとボロくなってんぞ」

「はぁ。 隕石ならどれだけましだったか。 今日は本当に大変だったんだよ……」


 ユーノは凄く疲れた様子で呟いた。
 うーん、昨日今日でなんか痩せた? っていうかやつれた?


「大変ってあれか? また空からヤギさん郵便でも降ってきたとか」

「うん、それがらみ。 今日のは特にひどくてね。 今回は外でジュエルシードを別の運搬用容器に移し替えようとしていた時に振ってきたんだけどさ。 丁度真上に降ってきたんだよ。 例の物が」


 今ので俺はあの石についての興味を完全に無くした。
 Goodbye my lavvy. (さよなら私の便器ちゃん)


「昨日遺跡に遺されていた文を訳してわかったんだけど、ジュエルシードには近くにいる生物の意志に反応して願いを増幅させる機能があるらしいんだ」


 つまり願いが叶う石だってことか?
 そういうのを聞くと、やっぱりここが異世界だという実感が湧くよな。
 やっぱ魔法すげえ。


「んで、それがどうかしたのか?」

「どうしたもこうしたも、その時そこにいた皆が『触りたくない』って強く願ったせいでジュエルシードが暴走」


 それはまたとんでもない願いごとだな。
 でも俺もそこにいたらそう願っちゃいそうだ。
 まったくもって申し訳なかったです。


「そしたら台所でよく見かける黒い昆虫が見渡す限りに現れて、辺り一帯阿鼻叫喚の地獄絵図」

「Oh snap! (あっちゃー)」


 見渡す限りのゴキブリ地獄とか、ハリウッドのパニック超大作でもそんなシーンは使わないっつの。
 だって映画館ゲロまみれになっちゃうじゃん。


「しかも奴ら、結界に閉じ込めても焼き払ってもジュエルシードの力で次から次と現れる。 もう本当に最悪だったよ」


 ごめん、ほんっとごめん。
 今ちょっと想像しただけで凄い寒気がしたわ。
 それって俺の思ってた地獄絵図をはるかに超える状況じゃねえか。
 つーかジュエルシードすげーな。
 もう生物兵器じゃん。

 というかますます俺が魔法を使えることは言えない状況になってきた。
 ここでバレると俺、ここの皆にバラされますよね。 細切れ的な意味で。


「それでさっきまでそれの対処にあたってて。 それでもう皆くたくた。 だから今日の発掘作業はもう中止だね」

「ごめんなさい」

「別にサニーが悪いわけじゃないよ」

「あ、うん。 でもほら、俺がもっと早くにきてたら何か手伝えたかもしれないし」

「そんなこと気にしなくてもいいのに」


 ああ、こいつほんといい奴だなぁ。 自分も大変だったろうに。


「俺に手伝えることがあったらなんでも言ってくれ。 死なない程度なら何でもするからさ」

「ホントに?」

「あ、でもさっきの話みたいなのはできれば No thank you でお願いします」


 俺の態度に思うところがあるからか手元でバールがチカチカ光ってる。
 いやわかってるけどさ、流石にそんなホラーな状況は俺がショック死しちゃうから。


「僕ももうあんなことはないと思いたいよ。 ところでサニー」

「何だ? さっそく何かあるのか?」

「僕はこれから時空艦船にのってジュエルシードをちゃんとした実験装置があるところへ護送するんだけど、一緒にきてくれない?」

「ん? どういうこと?」

「いやさ、さっきの出来事以来皆あのロストロギアと同乗するのを嫌がってて」


 まあそれはそうだろうな。
 俺がその立場なら絶対嫌だもん。


「僕は本来そこに行く予定じゃなかったんだけど、初めにジュエルシードを発見したことと、発掘責任者だという理由から、結局僕が行くことになっちゃったんだ。 でもあれと一対一になることを考えたら結構精神的にきついものがあるよね? だから話し相手が欲しいんだ」

「でもそれって急な話だろ? 俺が行っても大丈夫なのか?」

「問題ないよ。 予定より大分早くなっちゃったけど、もともと昨日の時点でそのことは考えてたんだ。 サニーに外の世界を見せてあげたいってのもあってね」

「そういうことなら喜んでお供します」


 そんなことならいくらでも付き合いますとも。
 このお誘いは自己紹介の時『俺、今一人でこの世界に住んでるんだよね』と話したことも関係しているんだろう。
 その好意、ありがたく頂戴いたします。


「ちなみにその船旅ってどれぐらいかかんの?」

「詳しくはわからないけど、迎えに来るのは少し古めの船だって言ってたから1ヶ月ぐらいかな? 航路によってはもっと掛かるかもしれない」

「OK、なら家に帰って準備してくる。 あ、飯は出るの?」

「出るって聞いてるよ。 船内に食堂があって僕らは無料だって。 ちなみにあと3時間ぐらいで来るそうだからなるべく急いでね」


 この世界に来て初めての普通の食事、しかもタダ飯ときた。
 なんか『時空艦』とか厨二臭い単語が前についてるけど船は船だろ?
 話し相手がいる長期間の船旅かぁ。

 こういう話せる相手と一緒の旅行ってのは初めてだから非常に楽しみだ。
 バールはただの喋る金玉だしな。 だぁ、うっせうっせ眩しいから無駄に光るな。



 さて、そうと決まれば必要な荷物について考えないと。
 まず絶対に必要なものは着替えとタオル類だろ?
 それに海に落ちた時の為にも救命胴衣は入れておくべきかなぁ。
 そういえば船なんだから酔い止めとかもいるのか? いざというときの為に一応探してみるか。
 あとはデジカメとトランプもだな。 確かリビングの何処かで見たはず。
 キャッチボール用のボールとグローブとかも持っていきたいけど、流石にこれは止めておこう。
 ボールとか海に落としたら拾いに行けないし。 そもそもサイズが全然違うってのもある。
 他には知らないところに行くわけだから露頭があった時の為にハンマー、磁石、コンパス、ルーペ、クリノメーター、野帳、軍手、筆記用具、サンプル袋、雨具は必須だな。
 ついでにユーノにこっちで見つけた面白い鉱物でも見せてやるか……ってそうだよ、ジュエルシード渡すの忘れてた。
 まあ、船の中でも渡す機会はあるだろうし、別にいっか。


 俺はそんな感じで旅行に持って行くものを考えながら秘密基地へと一旦帰った。



[15974] 再出発編 第7話 次元世界の真実?
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/02/15 13:42
『え、これが船? 空に浮かんでるじゃん。 何処の戦艦ヤマトだよ』


 これが初めて次元航行艦というものを見た俺の感想だった。
 現代人の反応としては普通だろう。
 え、普通だよね?

 つかどうやって浮いてんの?
 反重力機関とかそういうの?
 ……あ、魔法か。 そういやそんな魔法もあったけど消したってバールが言ってたな。
 魔法って他にどんなものがあるんだろうか。
 流石異世界。 興味が尽きないぜ。


「はじめまして。 僕が今回発掘されたロストロギア『ジュエルシード』およびその他の発掘物全般の責任者のユーノ・スクライアです。 今回は急な依頼にも関わらず引き受けてくださって大変感謝しています」

「こちらこそはじめまして。 私はこの船の艦長のラマン・チャンドラセカールです」


 そんなことを考えながら指定された集合ポイントで待っていると、近くからユーノの声が聞こえてきた。
 そこで声の元を探してみると、集合ポイントから少し離れた場所でユーノと口周りの髭がもっさもさのゴツい男が友好的に挨拶を交わしているのを発見した。
 おい、集合ポイントを指定したのはお前だろうがコラ。


「あなたがあのユーノ・スクライアさんですか。 最近のスクライア一族の中でも特に優秀な一人だと聞き及んでいます」

「ありがとうございます。 お世辞でもそう言っていただけるとやっぱり嬉しいものですね。 でも僕はそんな噂をされるほど優秀じゃないですよ? この間も大きなミスをして皆に怒られましたしね」

「そうはいってもこの若さで責任者になれること事態がその優秀さの証明でしょう。 少しぐらいは自慢してもいいと思いますよ」


 そうだよな。
 普通ちょっと賢いからってこういった発掘現場の責任者なんてなれるもんじゃないだろう。
 というか話し方はやっぱ目上相手だと違うんだな。


「ところで、今回の依頼内容はロストロギア、および遺跡で発掘された他の発掘物の護送任務ということで伺っていますが、それでよろしいでしょうか?」

「はい。 間違いないです。 一応先日お送りした資料にも書いてありますが、今回発掘されたロストロギアは魔力素でできた結晶と考えられてまして、そういった性質上思念波に反応しやすいため護送には細心の注意が必要です」


 全くだ。 こういった開けた場所ならまだしも狭い艦内でゴキブリの大量発生とかマジで笑えない。
 というか俺はどうすればいいんだ?
 もう出て行ってもいいのか?
 話がひと段落するまで待ってた方がいいのか?


「なのでこのロストロギアには定期的に思考波を遮断する結界を張り直すことを考えています。 その結界については僕に任せてもらってもよろしいでしょうか? これはそちらを信用していないから言っているわけではなく、一応僕が結界魔法の専門家あることと、本件の責任の所在をはっきりさせる為に提案したまでです」

「わかっていますとも。 そうしていただけるとこちらも助かります。 情けない話なのですが、こちらは最近本局の人員整理の関係で護送艦に搭乗できる定員数が減らされ、本来の規定通りに移送することも難しくなってきてるんです」

「人員整理の話はこちらでも聞いています。 なんでも海の人員が足りなくなったせいで護衛艦に就いていた優秀な人材が根こそぎ引き抜かれたとか。 そのせいで今まで通りに任務を遂行するには二つ以上の任務を同時に引き受けなければならなくなったらしいですね。 お察しします」


 うーん、海がどうとか言ってるけど、それは恐らくseaのことじゃないんだろうなぁ。 だってあの船、宙飛んでたし。
 でもどうしよう? 全然こっちに気付く気配が無いぞ。
 そうだ、石でもぶつけてみるか。
 そう思った俺はあたりに落ちている石を探しながらユーノ達の会話に耳をすませた。


「私達の船はもともと海からあぶれた人間が多かったのでそこまで大きな影響はなかったのですが、とある部隊なんて艦長直々に鍛えた部下の8割を持って行かれたそうですよ」

「うわぁ……。 しばらくはこの影響が続きそうですね」

「ええ、地上から回されてきた新人が使えるようになるまではこのままでしょう。 まあもっとも、今回の任務では何も問題はないと思いますけどね。 結界魔道師としても有名なユーノさんが我々の護衛に加わってくれるなんて本当に心強いですよ」

「やだなあ、そんなに持ち上げないで下さいよ。 僕なんてまだまだ若いんだからそんなに持ち上げられると調子にのっちゃいますよ?」


 なんだかんだ言いながらもユーノは褒められてうれしそうだ。
 というか一体なんなんだこの勝ち組野郎は。
 一方はイケメンかつ優秀で、周りからも頼られる将来有望な若手魔法使い9歳。
 かたやこっちは人間不信の気があり、将来に様々な不安が残る童貞魔法使い27歳(仮)。
 つーか石みつかんねーし。 お前なんか猫のウ○コ踏め。


「ああ、それと今回の護衛に関する保険関係の書類は後ほどお部屋にお持ちします。 前回のものと契約内容の変更はないのですが、一応ご確認ください」

「お願いします。 あ、今ので思い出したんですが、先ほど連絡した――」

「ああ、一人追加で連れて行きたい人が居るとおっしゃっていた件ですね?」

「ええ。 先日一人の次元漂流者と出会ったのですが――」


 へぇ、俺は次元漂流者とか言う分類になるのか。
 かっこいいじゃん。 

 『次元漂流者サニー ~愛と青春の旅立ち~』

 みたいにすれば新番組とか作れそうだな。
 いや無理だろ。 つーか往年の名作映画パクってんじゃん


「――そろそろこちらに来るはずなんですけどね」


 っと危ない危ない。
 ドリームシアターは一旦打ち切りにしてそろそろ出て行くとしよう。
 じゃないとタイミングを逸してしまいそうだ。


「あ、来た。 艦長、彼が今話していた人物です。 サニー、こちらがこの次元航行艦の艦長のラマンさん」

「どうもはじめまして。 只今ご紹介にあずかりましたサニー・サンバックと申します。 田舎者なのでご迷惑をおかけすると思いますがよろしくお願いします」


 俺は悪い印象を与えないように言葉を選びながら挨拶をした。
 いきなり船から追い出されたりしたらたまらないからな。


「これはまた礼儀正しい少年だね。 はじめまして。 私の名前はラマン・チャンドラセカール。 向こうにある護衛艦の艦長を務めさせてもらっているんだ。 なに、私も田舎者の一人さ。 艦内では基本的に艦長室か指揮所にいるから、何か困ったことや気になったことがあったら気軽に声をかけてくれるといい」

「ありがとうございます」


 そうして俺と艦長はにこやかに握手を交わした。
 でもやっぱ俺とユーノじゃ全然扱いが違うんっすね。
 ユーノ⇒大人=対等 俺⇒子供
 ま、当然か。

 その後俺、ユーノ、艦長の三人は『田舎暮らしで持っていたら便利そうな7つ道具』について語りながら船に乗り込んだ。





 宇宙戦艦みたいな船に乗り込んで約30分。
 俺とユーノは自分たちにあてがわれた部屋でくつろいでいた。


「そういやまだ聞いてなかったんだけどさ、次元艦船っていったいどんな船なんだ?」


 俺は用意されたベッドに座りながら机で書類に目を通すユーノに質問した。


「え? あの時サニーは何も知らないで付いてくるって即答したの?」

「見知らぬ世界への旅行と聞いたら思わず身体が反応していた」

「まるで山があるから登ってしまう登山家みたいな発言だね。 でもそれって山師としては優秀なのかもしれないけど危機感がなさすぎると思う。 僕らの年齢を考えると誘拐とかも普通にあり得るんだから、これからは知らない人について行ったら駄目だよ?」


 知り合った翌日に長旅に誘ったりするあたりこいつも充分に危機感がないような気もしたが、あえてそこには突っ込まないことにした。
 なぜなら今は疑問のほうが山積しているからだ。


「んで時空艦船って結局なんなん? ただの空飛ぶ船に付ける名前にしては随分と大げさじゃね?」

「ああごめんごめん、脱線しちゃったね。 時空艦船っていうのは次元世界間に存在する次元空間を行き来できる船のこと全般を指すんだ」


 次元世界? 次元空間?
 また意味不明な単語が出てきたな。


「これだけじゃ何のことかわからないと思うから、ついでに次元世界についても説明させてもらうよ」


 俺がポカンとしているとユーノが続けて解説を始めてくれた。


「次元空間についてはまだ分かっていないことも多いんだけど、昔宇宙を満たしている未知のエネルギーについて観測を行ったとき、この世界には数多くの時空の歪みが存在することがわかったんだ」

「ほう時空の歪みか」

「そして彼らはこの歪みを次元境界と呼ぶことにした。 この次元境界はわかりやすく言うと次元世界同士を繋ぐゲートのようなものだね」

「へーえ」


 しかし折角解説してくれたのはいいがいまいち良くわからない。
 なので俺は理解した振りをして適当に相槌を打つことにした。
 だって時空の定義ってそもそもなんなわけよ? 普通に宇宙空間のことでいいの?


「うん。 ちなみに初めて境界の向こう側を観測した時、そこには観測元の世界と同じような空間が広がっていたんだって。 だから当初次元境界は『ただ単純に空間を重力レンズのように歪めているだけ』だと思われていたんだけど、さらに調査を進めていくと境界を挟んだ世界間ではいくつかの相違点が見つかったらしいんだ。 例えば――」

「『元素の宇宙存在度』、『物理定数』、あとは『時の流れ方』とかか?」


 ようやくちょっとだけ知ってる話になった。
 ちょうど秘密基地で読んでた資料に『平行世界で見られ得る相違点』ってのがあったんだよな。
 へぇ、『可能性は指摘できるがその存在は確認されていない』って書いてあったけど本当にあったんだ。
 まあそもそも俺自身がどこかの世界からこちらの世界に転生したらしいから存在するのは当たり前か。
 でもまさか行き来できるようになってるとはなぁ。
 つうか俺みたいに魂の転生ができるっていうんなら不老不死とかも普通にできるんじゃね?


「よく知ってるね。 でも今サニーが挙げた世界間の違いの内、『時の流れ方』に関しては各次元世界間ではそのズレが存在しないことが既に証明されている。 そして残りの二つも有りそうだけど見つかってはいない」

「ふーん。 でも相対性理論とか考えると各世界間で時間のずれぐらいはあってもよさそうなんだけどなぁ」


 あれって重力が違うと時間の進み方が違うって話だったよな?
 やっぱ嘘八百だったんじゃねえか。 あのペテン師が。


「相対性理論? 何それ?」

「前世で物理学会を風靡していた、重力と時間を扱った物理学の胡散臭い理論の1つ」

「それは面白そうな話だね。 後で聞かせてよ」

「おう。 でも今はとりあえず次元世界の話を続けてくれ」


 話の半分は理解できなくても、今後この世界で生きていく以上こういった知識は少しでも知っていて損はないはずだ。


「あ、ごめん。 えーっと、どこまで話したっけ? 次元世界では地形の違いやいろんな生物が見られることは言ったっけ?」

「いや、今初めて聞いた」

「じゃあここからだね。 いくつかの次元世界では遠く離れた世界間において、地形や惑星の大きさが全く異なるのにそこに住んでいる生物相がほとんど同じということがよくあるんだ」

「そりゃまた面白い事実だな」


 惑星の大きさが違うと標準重力も違ってくるから生きている生物が全然違ってもよさそうなんだけどな。
 いや、まあ地球も大昔は標準重力が全然小さかったという説もあることを想えばそう不思議でもないか。


「うん。 後は逆に、星の大きさや地殻の化学組成が同じでも住んでいる生物が全然違ったり、大気があって水もあるのに生物が一種類も存在しない星とかもあったりする。 幻想生物だと思われてた竜が発見された時はかなり盛り上がったらしいよ」


 すっげ! この世界には竜がいるのか!?
 ロマンあふれまくりじゃん!
 大魔法使いにはなれないけど竜騎士にならなれるかも!
 うっはー、異世界万歳!


「でもどれだけ次元境界を越えても時間の進み方には差が見られなかった。 このことは旧暦時代からの未解決問題として有名だったんだけど、2年程前にジョン・ベル博士がようやく証明したんだ。 いやあ、あの時の学会は熱かったなあ」


 そう言ってユーノは昔を懐かしむように目を細めた。
 ……うん、薄々は感じていたけど、やっぱこいつ半端なく優秀だな。
 2年前っつったら7歳だろ? そんな歳で最先端物理学についていけてたと。
 うわあ、頭の出来が違うわ。 ユーノさん、あんた相当っぱねえっすよ。
 昔テレビで見た天才児とか軽く凌駕してんじゃん。


「ちなみに現在もっとも支持されている次元世界モデルでは、『これら次元世界で見られる様々な差異は各次元世界誕生時の初期条件の違いによって生まれた』って言っているんだ」

「ほうほう」

「既にわかっている事実に、『次元世界同士を比較すると、世界間の距離が近ければ近いほどその差異は小さくなる』というのがあってね、この事実と先ほどの『時の流れ方はどの世界でも同じ』という事実から、次元世界の移動というのは縦・横・高さ以外の4つ目の軸の移動だという仮定が生まれた。 そうすれば近い世界間では惑星の大きさや質量、住んでいる生物などが似ていることにも説明がつくし、時間の進み方が常に普遍だということにも一応説明がつくからね」

「そうだな」

「また『近い次元世界同士で、住んでいる生物相が酷似しているのに文明の発達度が大きく違うことがままある』ということも一応この説で説明がつくと言ってる人もいてね、最近の次元物理学会ではそこからさらに発展させて『各世界を代表する惑星は、元を正せば全て同じ星なのではないか』という仮説についての議論が熱いんだ」

「なるほどねー」


 これはあれだ、講義を聞いていてその時はふんふんとうなずいて聞くんだけど、終わってみると頭の中で繋がっていなくて最後に『質問がある方はどうぞ』と言われても何を聞けばいいのか分からない状況と同じだ。
 結局疑問は増えただけだったな。
 まあいいや、今度なにか本でも借りることにしよう。


「ま、それもさっきまでいた世界が発見されたことでほとんど否定されちゃったんだけどね。 次元世界の説明については以上だけど、何か質問はある?」

「とりあえずユーノから離れて行動するのは拙いってことが分かった」


 ユーノの投げた言葉のストレートを見送り三振してしまった俺は、案の定やってきたその質問に対し振り逃げ気味の返答しか出来なかった。


「そうだね。 サニーはまだこういったことに詳しくないみたいだし、ある程度状況が落ち着くまでは僕から離れない方がいいかも。 この任務の後は僕もしばらく休みを貰う予定だから、することが全部終わったら一緒にミッドにでも行かない?」

「ミッド? そこが何の店か知らないけど俺が一緒に行ってもいいのか?」

「何言ってるの? 当然じゃないか。 僕達はもう友達だろ?」

「らめぇ! イッちゃうぅーー!」


 TO☆MO☆DA☆CHI!

 まじでっ!? 俺に生まれて初めての友達ができたのか!?
 前世の記憶が18年程無いから生まれて初めてかわからないけどな!!
 でもこれドッキリじゃないよね!? ドッキリだったら仕掛け人探し出してぶっ殺すぞコノヤロウ!!

 昔から一度は友人というものを持ってみたかった俺は、思わずベッドの上でブリッヂからの三点倒立を決めた。
 もう少し俺の肉体年齢が大きかったなら個性的なノズルから個性的なシャワーがほとばしっていたかもしれない。


「もうおおげさだなあ」

「本当に、俺が、友達でも、いいのか?」


 俺は頭に血が集まってきているのを感じながら聞き返した。
 ちょっと辛くなってきたので普通に座りなおすことにしよう。


「僕はそうだと思っていたんだけどサニーは違ったの?」

「いや、だって俺、友達ってテレビや漫画の中でしか見た記憶ないし。 正直友達なんて異次元の存在だと思ってた。 ごめん、嬉しすぎてちょっと涙出てきたわ」


 今日は死ぬにはいい日だ。

 しかしますます例の件が言い出し辛くなってきたな。
 できて直ぐに友達がいなくなるのも嫌だし、できるだけ隠しておいて魔法を使わないとどうにもならない状況になった時にでもそこで説明しよう。
 ……そうやってすぐに保身を考えてしまう俺はやっぱり友達を持つ資格はないのだろうか?


「まあ僕もあまり友達が多い方じゃないからね。 気持ちは分からなくもないけど。 そういえばさっきミッドを知らないって言ってたよね?」

「おう」

「ミッドっていうのはミッドチルダの略で、現在次元世界でもっとも発展しているところ、とでも言えばいいのかな?」

「へえ、楽しそうだなぁ」


 きっとゲームセンターとかにはあのガ○ダムのやつとかが目じゃないような3Dゲームもあるんだろうな。


「じゃあ僕の引き継ぎが無事に終わったら一緒に遊びにいこうよ」

「何処までもついて行きます」


 そんな風にまだ見ぬ異世界の遊び場に思いを馳せているとユーノから改めてお誘いを受けたので、俺はノータイムで即答した。
 しかし答えた後で1つの疑問が頭に浮かんだ。


「あ、でも俺お金とか持ってないけど大丈夫?」

「そこら辺は僕が何とかするよ。 僕は基本的に本や調査道具、それと食費ぐらいにしかお金は使わないからね。 結構余ってるんだ。 どうしても返したいって言うなら出世払いで返してもらってもいいし」


 そういえば友達はお金を貸し借りするという都市伝説を聞いたことがあるな。
 あれは実話だったのか。


「いつか必ず、死んでも返すのでお借りします」

「死ぬぐらいだったら別に返さなくてもいいってば」



 そのから数時間、俺とユーノは『ミッドで起こりうる理不尽な状況への効率的な対処方法』というテーマで雑談を続けた。
 その中の1つ『痴漢冤罪に対する対処法』の話は大層盛り上がったと言う。



[15974] 再出発編 第8話 戦う決闘者達
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/02/01 17:43

 次元艦船に搭乗してから一夜が明けた。
 とはいっても部屋から外の景色を見ることは出来ないので、これは個人的にそんな気がするだけである。

 昨日はあれから食堂で夕食を頂き、ジュエルシードにユーノが封印を掛けなおしてから一緒に風呂に入り、その後は直ぐに寝た。
 艦内で出される食事はいろいろな種類があったものの、野菜生活100%な生活を送っていたためか身体が油ものを受け付けず、結局肉類は食べることが出来なかった。
 これは健康で文化的な最低限度の生活というのは本当に最低限度ということなんだろう。 ピーマンうめえ。
 またユーノのアレにはまだ毛は生えていなかったが、そこにはあからさまな大器の片鱗が存在し、俺はその揺れっぷりに思わず絶句してしまった。
 いったい神様は何処まで不公平なんだろうか。
 ちなみにジュエルシードは、一度封印を掛ける前に超音波洗浄機で洗ってみたものの結局染みついた臭いは取れなかったらしい。
 いや、もうほんとすいませんでした。



 今は朝食も食べ終わり、貸し与えられた一室でユーノとトランプで遊んでいるところである。
 初めはババ抜き、ポーカー、ブラックジャック、スピードといった定番のゲームをやってみたが、賭けるものもないしお互いどちらかというと頭脳派なので対して面白くもなく、ババ抜きなんて一度も俺が負けなかったためにユーノはかなり落ち込んでしまった。
 そしてつい先ほどは大富豪をやってみたのだが、これはカードを貰った段階で相手の札が読めてしまうため今までで一番つまらなかった。



「なんだか予定調和的だったね。 残りの手札から相手の出方が読めちゃうし」

「ああ、正直一番初めに3のトリプルが出てきた段階で展開が読めた。 これは正直萎えるな」

「そうだねー」


 二人で大富豪とかある意味オナニーみたいなもんだよな。
 俺の得意分野です。


「他には何か無いの?」

「UNOとかも面白いんだけど、そっちは家に無かったんだよなあ……」

「ウノ? それってどんなゲーム?」

「簡単に言うと、0から9までの数字と特殊な効果を持つ英字カードを駆使し、相手より先に手札を消費した方が勝ちって言うゲーム。 正直かなり面白い。 俺はみんながやってるのを後ろから見てるだけだったけど、作戦とか考えてるだけでも結構楽しかったし」


 そうだ、大富豪とUNOのルールを混ぜれば面白くなりそうだな。


「おいユーノ、いいことを思いついたぞ。 さっきの大富豪のルールを変更してもう一度やろう」



『大富豪に以下のようなルールを追加する。


 1.初めに配られるのは7枚。

 2.お互いに配られたカードから最弱カードを見せ、弱いほうが先手になり、先手は好きなカードを場に出してゲームを始めることができる。

 3.通常の大富豪と同様、場に出されているものよりも強いカードを出していき、場に出せなかった、またはパスをした時、1枚ずつ出されている場合は1枚、2枚ずつ出されている場合は2枚という風に枚数に応じて山札からカードを引く。

 4.『8』と『J』を特殊効果カードとし、『8』を出すと場は流れ(8流し)、『J』を出した時はカードの強さが逆転する(イレブンバック)。 この時8流しでは相手はパス扱いにはならない。

 5.縛りとして『スート縛り』と『階段縛り』を設ける。 『スート縛り』では同じ絵柄マークが3つ続いたときそれ以降は場が流れるまでは同じマークしか出せなくなり、『階段縛り』では数字が場に出されたカードが3つ連続する(5→6→7など)、または同じ間隔で跳ぶ(5→7→9や5→9→Kなど)場合その後も同じ間隔が開いた数字しか出せなくなる。

 6.『縛り』が発生している場では特殊効果カードは効果を発動することができない。 またこの『縛り』の確定するタイミングで特殊効果カードが出された場合は、カードを出したものが効果を発動するかどうかを選択できる。

 7.最後に『JOKER』、『2』を出して上がってはいけない。 』



「どうだ? これで駆け引きができるようになるんじゃないか?」

「へえ、これなら面白そうだね。 早速やってみようか」




 ということでカードを7枚ずつ配り、俺達は互いの最弱手札を見せ合った。

 俺の最弱手札は♣の『4』。
 ユーノの最弱手札は♠の『5』。


 先行は俺か。
 俺の手札は“♣『4』、♠『9』、♦と♥『10』、♥『Q』、♠と♥の『2』”。
 相手から読まれないように順番はランダムに並び変える。
 この手札ならば上手くやれば即効で終わりそうだ。

 『2』はダブルだからまだ出せない。
 イレブンバックの可能性を考えると『4』はとっておくべきだろう。
 となるとまずは処理しづらい♠の『9』だな。
 俺はカードを場に出した。



 俺 ♠『9』→ユーノ ♦『A』


 何っ、いきなり『A』を切ってきただと?
 奴は配られて直ぐカードを見ながら順番を並び変えていた。
 最弱である『5』をこちらから見て右から2番目に入れ、今の『A』は左から2番目の位置から出されたということは、『5』はダブルで『2』か『JOKER』を持っている可能性が高い。
 先ほどの特別ルール無しの大富豪で奴はカードを順番に並び変えていたからな。

 そして今の出し方にためらいや迷いは感じられなかった。
 ババ抜きでわかったことだがユーノは感情が表情に出やすい。
 ならば残りの6枚中3枚のカードは①『何かのトリプル』、②『8とそれ以外のダブル』、③『8とJ、そして6か7』の場合が直ぐに想像できる。 
 これはそうそうに『A』をノータイムで出してきたのは残りの手札で上がる手段を持っていないと説明がつかないことからの推測だ。

 最後の場合が一番確率が高いが確率論などこの勝負では何の役にも立たない。
 勝つためには全ての可能性を考え、常に最悪に備えるべきだろう。
 それにここはまだ序盤だ。
 後にいいカードを引く可能性を考えれば、ここは相手にカードを引かせて反応を見た方が優位に立てるのではないだろうか?
 それにもし『JOKER』を持っているのならここで使わせてしまいたい。
 とするとここは①の場合を考えて『2』のペアを崩さざるを得ないか。



 俺 ♠『9』→ユーノ ♦『A』→俺 ♠『2』


「パス」


 そう言ってユーノはカードを1枚引いた。
 その表情はあまり良くない。
 そしてそのカードを向かって右から4番目に入れた。
 これで手札はほぼ確定したと思っていいだろう。
 今のユーノの手札は左から順に“『5』のダブル、『6』、『7』、『8』、『J』、『2』”だろう。

 もし①や②ならばまだ何とでもなるから表情はそう悪くならない。
 また『JOKER』を持っている場合も同様の理由によって除外される。
 そして『8』と『5』の間にカードを入れ、このような微妙な表情になったことを考慮すればダブルになった可能性も排除できる。

 さて、後はじっくり料理してやるか。
 『イレブンバック』は現時点では怖くないのでまずは邪魔な『2』をどうにかしたい。
 ここは『Q』を出しておこう。



 俺 ♥『Q』


「パス」


 またユーノはカードを一枚引いた。

 しかし今度は拙いことになったかもしれない。
 奴の表情とカードを入れた位置から考えれば引いたカードは間違いなく『2』。

 ダブルへの対処に『10』は採っておくならば次は『4』を出すべきか。




 俺 ♣『4』→ユーノ ♦『2』


「パス」


 くっ、流石にそう甘くはないか。
 こちらに『2』がある危険性を考えれば当然だな。
 だがこれで奴の保持している『2』のペアは崩れた――――




 そんな感じで読みあいが楽しくてついつい小1時間程続けてしまった。
 そして、精神的に疲弊してきたからこれで最後にしようという回にソレは起こった。




 ――――次の場はユーノが親か。
 しかしおかしい。
 ユーノの手札が今回に限って全く読めない。
 予測通りの場合もあれば、全く予測もしないカードが出されることもある。
 いったいどうなってるんだ?



 ユーノ ♦『4』→俺 ♣『6』→ユーノ ♠『8』(効果非発動・階段縛り発生)→俺 ♠『10』


 ここでユーノが俯きがちに聞いてきた。


「一つ確認したいんだけどさ、スート縛りって『3枚連続で同じ模様』が出たらいつでも発動するんだよね?」


 目を伏せているから表情が読めない。


「ああ、その通りだ」

「それは良かった」


 そう言いながらユーノが出してきたのは♠の『Q』。


「ならこれで『スート&階段縛り』になった訳だ。 もう♠の『A』と全ての『JOKER』は使用されているよね?」


 ちっ、油断していた。
 今の手札は“♦の『A』、♥の『8』、♣の『10』”。
 縛りは3枚連続で発動するとルールを設定したのは俺だ。
 文句は言うまい。
 むしろそこをついてきたユーノを上手いと褒めるべきだろう。


「確かに♠の『A』はもう使用されている。 パスだ」


 俺は山札からカードを一枚引いた。
 引いたカードは♥の『A』。
 山札に残る最後の『A』だ。
 既に全ての『2』と『JOKER』は出尽くしていることを考えればこれは最強のカードを引いたということだな。
 そしてまだユーノの手札は5枚もある。

 ふっ、残念だったなユーノ。
 今回はお前の手札を読み切れなかったが、それでも幸運の女神は俺に微笑んでくれたようだ。


「ふはははは、さあお前の番だ。 好きなカードを出すがいい」


 勝者の余裕を浮かべてユーノを見下してみたものの、奴はこちらを見て嫌な笑いを浮かべている。
 なんだ? 何故か胸騒ぎがする。


「……サニー。 君は今、

 『俺の持っているカードは『A』が2枚と『8』が1枚、『10』が1枚。 ダブル以下なら何が出てきても返して上がれる。 どうせユーノは強いカードなんて持ってないし、数字はバラバラで弱いものばかりだ』

 そう考えているだろう?」


 っ!? どうしてわかった!?


「ふふっ、驚いているみたいだね。 でも僕は大分前から君が『A』を持っていることには気付いてたよ?」

「なんだと?」

「君はババ抜きの時もそうだったけど、ピンチの時ほど相手を騙すのが巧くなる癖がある。 そして自分に余裕があるときはそこまで気を張っていない。 ついでに言えば、僕は最初からずっと自分の手札が読まれていることにも気が付いてた」


 ならばどうしてそれがわかった時点でカードの並び順を変えなかったんだ?


「だけど僕はあえて情報を渡すことを止めようとは考えなかった。 そして今回だけ、君がカードを引いて注意が逸れる一瞬の間に並び順を変えた。 そして言葉を使って思考誘導もさせてもらった」

「ということは――」

「そう、全ては最後のこの勝負で勝ち逃げする為の布石だったのさ!」

「な、なんだってーーーー!!」


 野郎、ちょっとカッコイイじゃねえか。
 その策士っぷりに思わず惚れちゃいそうだぜ。
 最後さえ勝てばいいというその潔さに痺れて憧れないこともない。


「さて、話を戻そうか。 君は『2』が全て出そろった瞬間、ほんの一瞬だけどほっとした表情を見せた。 そしてさっき『8』が流されなかったとき君はこう思ったはずだ。

 『『JOKER』も『2』も全て出た。 『A』も2つは出ている。 だから俺が今持っている『A』は現在最強のカードだからいつでも出せる。 あとは何処かで『8流し』を使い場のコントロールを奪ってから『A』を出せば上がりだ。 もし『Q』が出されて『階段縛り』になっても『A』を出せるから問題ない』

 とね」


 ちっ、そこまで読まれていたらぐうの音も出ないぜ。


「僕はその♠『10』が出される瞬間までは『もうこれは負けた』と思っていたんだ。 だって君はもう1枚『10』を持っているはずだったからね」

「ああ、確かに俺は今♣の『10』を持っている」

「でも君は『スート縛り』のルールを忘れて『♠の10』なんていうカードを出してしまった……! なんという油断っ……! 慢心っ……! 迂闊っ……!」


 くそっ、俺の馬鹿野郎っ……!
 そして『負けたと思っていた』だと?
 つまり奴はもう完全に俺に勝ったと思っているってことだ。

 考えてみよう。
 奴が今持っているカードは♥を含む『5』のダブルと……ちょっと待て。
 そういえば奴は『ようやく欲しかった数字がきた』と言った時そのカードを手札の何処に加えた?
 あの時は順番通りに揃えていたとするなら……まさかっ!!


「勝負の最中に相手を弱者と侮り一瞬でも気を抜くことは死を意味する。 そのことを君に教えてやる!」


 そのとき俺は体中に強い衝撃を感じた。
 強力な決闘者は立体映像による攻撃で実際に物理現象を発生させることもできるらしい。
 つまり奴は圧倒的強者っ……!


「食らえっ! 5月革命(General Strike)! そしてこの『6』で上がりだっ!」

「ぐわああああああっ!!」


 俺は大げさに吹き飛ばされた振りをしてベッドに倒れ込んだ。


「いやー、でも今の勝負はかなり熱かったな。 特に最後の革命を決められた時なんて体中に衝撃が走ったぜ」

「僕もカードゲームでこんなに楽めたのは初めてだよ。 基本的に頭を使わなくても勝てることが多いから戦略をちゃんと立てたのも初めてだし。 でも最終戦の序盤でいきなり『2』のダブルが出てきた時はどうしようかと思ったよ」

「俺の方こそそれをいきなり『JOKER』のダブルで返されたときは『コイツ正気か?』と思ったっての」


 しかもそこで引いたのが『7』と『9』とか、もう勝負はそこで終わったと思ったものだ。
 その時点での計算が全部パアになっちまったし。
 あー、でもすっげー疲れた。
 こういう頭脳戦って楽しいけど疲労感半端ないな。
 ユーノも凄く疲れたみたいで額に汗をかいている。


「そうだ、折角だからこのゲームに名前でも付けようよ」

「それはいいな。 なら勝者の名前とネタ元のゲーム名にちなんで『YU-NO』ってのはどうだ?」

「それってまんま僕の名前だよね?」

「気に入らなかったか? 俺の元々いた世界の『有能』って単語ともかけてみたんだが」

「うーん……じゃ、それでいっか」




 その後二人でこのゲームの素晴らしい点について話していたところに、護送艦の乗組員が非常に慌てた様子でやってきた。


「失礼します!」

「何かあったんですか?」

「先ほど突発的な小規模次元乱流によって本艦の一部機能が損壊、停止しました!」

「なんだって!? それってもしかして――」

「破壊されたのは保管庫がある区画や艦砲などの兵器部、それに動力炉や計器の一部で、外装に開いた穴からロストロギア『ジュエルシード』を含む積荷が次元世界へと流出しました!」


 おいおい、なんかえらいことになってねえか?


「いけない! そのジュエルシードはどこに流出したかわかりますか!? 一番近い次元世界でもいいです!」

「はい! ここから一番近いのは第97管理外世界です! 事故が起こって直ぐに計算した結果、艦長はジュエルシードが落下したのはそこの『ウミナリ』という街だと言ってました!」

「そうですか……」


 つまりさっきトランプで遊んでた時の衝撃は事故によるものだったのか。
 とにかく場所が判明しただけでも良かった、とユーノは少し落ち着きを取り戻したようだった。


「ところでこの船や局員の方達は大丈夫だったんですか?」


 俺は他の乗組員達の安否が気になったので聞いてみることにした。


「はい、幸い穴が開いたのは保管庫に繋がる箇所だけだったので隔壁の緊急閉鎖で対処できました。 なんでも事故の発生直後に謎の魔力シールドが発生したお陰だそうです」

「そういえばこの次元海域って、よくわからない現象や原因不明の事故が多発するって聞いたことがあったっけ……」


 まるでバミューダートライアングルみたいな話だな。
 まして宇宙空間で船体に穴が開くとか生きた心地がしないものである。
 あれ? でもここって宇宙空間でいいのか?


「よし、ならこの船はそのままミッド……いや、本局の方へ向かい事の詳細を報告、今回のロストロギアについての説明をして、いざというときの為に備えるように伝えてください」

「了解しました! 直ぐに艦長に伝えます! あ、でもユーノさんが直接言いに行った方がよろしいのでは?」

「僕はこのまま第97管理外世界へと向かいます。 あれが魔法技術の無い星で暴走なんてしたら目も当てられないことになりますから。 それとサニーは――」

「まさか『そのままこの船に乗って1人だけ安全なところに行け』、なんて言わねーよな?」

「でも、せめて自分の身を守れないと危険すぎるよ」

「おいおい、お前は俺に、初めてできた友達が危険なところに行くのを黙って見過ごせっていうのか?」


 それでユーノが大けがをしたとか亡くなったとか聞いたら俺は泣くに泣けない。


「俺にだって手伝ってやれることの一つや二つぐらいあるはずだ」

「まあそれぐらいはあるだろうけど、でも――」

「まず人のいるところに落ちているとは限らないだろう? 食べられる山菜や下の処理なら俺の得意分野だ。 だから俺も連れて行ってくれ。 どうせ心配させられるのなら近くで心配させてくれよ」


 もちろん例の件についての罪滅ぼしという意味もある。


「……わかった。 でも危険なことには関わらないこと。 これだけは約束してもらうよ? いいね?」

「ああ。 俺だって自分にできないことぐらいわかっている。 後方でサポートに徹させてもらうさ」

「ならなるべく急いだ方がいい。 1分で準備して。 準備ができ次第この船の遠隔転送で地球へ向かおう」

「お前は俺を誰だと思っていやがる。 もう準備はできてるぞ」


 というかトランプ片づけただけなんすけどね。


「よし、じゃあ地球に向かって出発だ!」

「おう!」


 こうして俺とユーノはジュエルシードを回収するため、ほにゃらら世界『ウミナリ』へと向かうことになった。
 ミッドに行けなくなったのは残念だけど、まあこれはこれで。 だって友達と一緒だからな。
 ……あれ? っていうか今地球とか言わなかったか? でも俺たちが昨日まで居た世界も地球だろ?
 どういうこっちゃ。 謎が多いぜ次元世界。



[15974] 出会い編 プロローグ 思い出は時の彼方に
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/02/07 15:52
 ――――夢を見ていた。


  幼い我が子と陽のあたる場所で穏やかに過ごす夢を。


 『ねえ母さま、今度のお休みはどこへ連れてってくれるの?』

 『そうねぇ……。 動物園はこないだ行ったから、遊園地なんてどうかしら?』

 『遊園地!? それってぐるぐる回って高いところへ連れってってくれる乗り物があるんだよね?』

 『観覧車のこと? ええ、あるわよ。 せっかくだからミッドチルダで一番大きな観覧車があるところへ連れて行ってあげる』

 『やったぁ! だから母さまって大好き!』




 ――――夢を見ていた。


  最近ませてきた我が子に『好きな子でもできたの?』とからかって怒られる夢を。


 『あら? この写真の男の子って誰?』

 『あっ!? 母さん! わたしの部屋に勝手に入らないでよ!』

 『でも入らないと掃除も出来ないじゃない』

 『それでも駄目なの!』

 『あっ、わかった。 その子、貴女の好きな子なんでしょ? ふーん、結構可愛い顔の子ね。 そういうのがタイプだったんだ?』

 『ちーがーうーのー! そんなこと言う母さんなんて大っ嫌い!』

 『あらあら、嫌われちゃったわ』




 ――――夢を見ていた。


  大きくなった我が子が誰かの元へ嫁ぐ日、嬉しいはずなのに少し寂しくて、ハンカチを涙で濡らす夢を。


 『ここまで育ててくれてありがとう、お母さん』

 『うん、うん』

 『ほ~ら、泣かないで? 今日は私の晴れ舞台なんだから』

 『でも、だって』

 『もう、皆笑ってるよ? 折角の化粧も台無しになってるし』

 『ごめんね、アリシア』

 『何に謝っているのかわからないけど、いいよ。 許してあげる』




 ――――そして、それはやはり、夢に過ぎなかった。






「はぁ。 最近ますます体が痛くなってきたわ。 起きるのが辛いわね」


 私はベッドの上で最近の日課である身体データの確認をし、刻一刻と悪くなっていく自分の身体に向かってため息をついた。


「昨日は……たしか虚数空間内での物質の挙動を……ああ、思い出した」


 シミュレーションを行う為のプログラムを作っていたのだったわね。
 でもたとえこれで上手くいったとしても、次元境界を作り出すためのエネルギーはどうすればいいのだろうか。
 この庭園の動力炉を暴走させても必要なエネルギーには遠く及ばないという計算結果が得られている。
 魔法式をより効率化させるという方法もあるけれど、それをするにはおそらく自分自身に残された時間が足りない。
 それならばまだ、どこからか大きなエネルギー体を集めて時空間に穴をあけた方がよっぽど可能性は高いだろう。


 そうしてエネルギー源について悩んでいる内、一月ほどかけて作っていたプログラムが完成した。
 病気のせいかマルチタスクによる作業も以前より能率が落ちている。
 以前ならこの程度一週間もあればできたのに。


「そもそもこのシミュレーションが上手くいかなければ、エネルギー源の話なんてなんの意味もない、か」


 私はシミュレーションを開始し、特に何かをするわけでもなく、ただ漠然とその結果を待つことにした。







 ――――私にとって一番大切なものを失ってから、もうどれだけの時が流れたのだろうか?



 初めはただ失ったものの大きさに沈み込むだけだった。
 原因となった事故の裁判も、一番大切なものを失った私にはどうでもいいことだった。


 やがて私を批難する周囲からの声も薄れ、ミッド中央から地方へ飛ばされた頃、私は失ったものを何としても取り戻すことを決めた。
 いつか来る日の為に研究によってお金を稼ぐ傍ら、人体や医学についての知識を得る毎日。
 そんな生活を続けて数年、私は科学的アプローチからの死者蘇生は、死亡後時間が経ち過ぎていると不可能だと言うことを理解してしまった。
 しかしその事実を付けられても私は諦めきれなかった。
 何かないかと文献を漁っていると、丁度その頃ミッドチルダではある男によって人体と機械の融合という画期的な技術が生み出されたことを知った。


『それを突き詰めれば私の失ったものを取り戻せるかもしれない』


 そう思った私は藁にもすがる思いでその男とコンタクトを取った。


『――それはとても残念だったね。 わかった。 私もできる限りの協力をさせてもらおう。 私の進めている研究計画の一つに丁度良さそうなものがあるんだが、それに少し参加してみないかい?』


 すると彼はとても親身に相談に乗ってくれ、私に数多くの知識や技術の基礎を教えてくれた。
 そして私は彼の計画に参加することを決めた。
 その計画の名前はプロジェクトF.A.T.E.。
 研究目標はクローニングした素体に元となった人間の知識や記憶をインストールし、疑似的な死者蘇生を行うこと。
 本来彼がやりたかったのは別のことだったらしいが、私の願いの為に研究の最終目標は上のように変更された。



 それから瞬く間に数年が過ぎた。
 プロジェクトがある程度軌道に乗ったところで彼はそこから抜けてしまったものの、私は我が子を取り戻すためその研究を続けることにした。
 そしてその研究の成果によって一人の子供を誕生させることに成功し、それからしばらくは久しぶりの安眠を取ることができた。


 だけどそんな平穏も長くは続かなかった。
 それは一緒に暮らすうちに生みだされた子供が、失われた我が子とは何処か違うということが分かってきたからだ。
 簡単なところで言えば利き手が違う、勉強が好き、我が子にはなかったはずの魔力資質がある、そういったようなことだ。
 初めこそそれぐらいは些細なことだ、むしろ魔法が使えるなら自分の身を自分で守ることができると思ったものだ。
 しかしそういった違和感はだんだんと大きくなり、魔力光が全ての始まりの事故を思い出させた時、とうとうその子供を自分の娘だとは思えなくなってしまった。
 本来愛すべき我が子がいたこの場所に、そんな歪んだ存在がいることが許せなくなったのだ。





 それからさらに数年が経った。
 私は再び死者蘇生の研究を始め、以前とは別のアプローチはないか考えるようになっていた。
 魔術による死者蘇生は最大の禁忌とされているため、文献や必要な資料は全て禁書扱いになっている。
 そうなるとこの研究を進めるためには自由に使える駒が必要となる。

 そこまで考えた私は、あの子供を使い魔に教育させ、魔導師という道具として使うことを思いついた。
 そんなことが出来るほどの使い魔は非常に高度な知性を与えているため維持するだけでも大きな負荷が掛かる。
 その頃既に私の身体は過去に扱っていた薬品の影響か、呼吸器系に異常が生じ始めていた。
 しかし1人寂しい思いをしているであろう我が子の事を想えばその程度なんてことはなかった。

 それからしばらくし、この病気や使い魔の維持の影響でリンカーコアにも問題が生じたのか、私は研究中に意識を失って倒れることが何度かあった。
 そのせいで使い魔に私の研究が知られ、偽物の娘とちゃんと向き合えと問い詰められることもあった。

 でもそんなことはできない。 できるはずがない。
 なぜならその子供はただの失敗作。 娘と同じ姿をしたおぞましい何か。
 私の愛情の全ては、愛しい我が子に向けるためのもの。
 そんなものに向ける愛情なんて、あるはずがないじゃない。



 やがてその失敗作の子供が魔道師として使えるようになった冬を目前にしたある日、家庭教師として造った使い魔が私のところへやってきた。


『これでもう、私がフェイトに教えられることはなくなってしまいました。 杖も今夜には完成ですし、わたしの仕事は……終わりですかね?』

『そうね、終わりね。 杖を完成させたらさっさと消えなさい。 あなたほどの高性能な使い魔、維持も楽じゃないのよ』

『そうします。 でもその前に! プレシア、わたしとの契約、誓約の内容を覚えていますか? 契約を履行したらお祝いをくれるって』


 そう言えばそんなことを言ったかもしれない。


『ああ、元の山猫に戻って山にでも帰る?』

『今更動物に戻っても、ねえ』

『人型のままがいいの? でもそれじゃ契約に――』

『反しますものね。 大丈夫、もっとずっと、簡単なことですよ』

『……言ってみなさい』

『今夜だけでいいんです。 どうかフェイトと、あの子と一緒に食事をしてあげてください』

『今更私に母親の真似でもしろと?』


 この使い魔には以前それは無理だと説明したはずだ。
 私の病気のせいで思考能力に影響が出ているのだろうか?


『真似じゃないでしょう? あなたは実際に母親なんですから。 一度ぐらいあの子にそういう思い出を作ってあげて下さい。 あんなに頑張ったのに一つも報われないなんて、余りにも可哀そうじゃないですか』

『この研究が終わったらそうするわ』


 本当の娘に対してね。


『私は今夜にでも居なくなりますが、フェイトを生み出したのはプレシア、貴女なんです。 その親としての責任は果たす義務があると思います。 これが私の、最期のお願いです。 お願いします』

『……はぁ。 自分で作った使い魔なのに、なぜこうも私に歯向かうのかしら』

『さぁ? でも使い魔と主は深層心理で繋がっているらしいですよ。 だとしたら案外、これが貴女の本心なのではないですか?』


 私があの子に愛情を持っているですって?
 そんなはずがない。 そんなことあってはならない。

 しかし契約は契約。
 約束は守るものとあの子には教えたのだ。
 生き返った時に私を見て『かあさまは嘘付きだ』とは言われたくない。


『……わかったわ。 ただしそれは今日一日だけ。 明日以降はまた元通り』

『今はそれでもいいでしょう。 でもいつか、いつの日かあなたの研究が行き詰って、何もすることが無くなった時にでも……あの子の、フェイトの事を思い出してあげてください。 それでは、私はフェイトに夕食のことを伝えに行きます』



 そしてその日の夜、私が仮初めの娘と飯事のような夕食を取った後、私の生意気な使い魔はたった1つの魔法の杖を残し、別れも告げずに消えてしまった。


『こんなはずじゃ、なかったのかしら……』


 その時漏れた私のこの呟きは、一体何に、誰に向けたものなのだろうか。
 不思議なことにそれは自分でもわからなかった。






 そして現在。
 死者蘇生の研究は既に行き詰まり、とうとう死が迫っているのか私は昔の事をいろいろ思い出すようになってきていた。
 そうして思い出した事の一つにかつていろいろとお世話になった彼から聞いた『アルハザード』についての話があった。


『プレシア、君はアルハザードという場所を知っているかい?』

『アルハザード? もしかしてあのおとぎ話によく出てくる、全ての知があると言われる伝説の場所のこと?』

『ああ、そこの話さ。 なんでもそこでは死者蘇生に関する研究も行われていたそうだよ』

『あなた、そんな与太話を信じているの? あなたほどの人間がそんなこと言うなんて信じられないわ』

『それがね、どうも私はアルハザードの知識を元に生み出された存在らしい。 私には培養槽から出てからの記憶しかないのだが、知識だけは数多くインストールされていてね。 もっとも、まだ何の知識が入っているのか自分でも完全には理解していないんだが』

『よくできた作り話ね。 確かに彼方の知識は現在の技術水準から見たら突き抜けてるわ』

『無理に褒めてくれなくても良いよ。 最近思い出したものの1つにそういったものがあったから君には一応伝えておこうと思ったまでさ。 また何かあったら連絡してくれればいい。 これからもできる限りの協力は約束しよう』


 この話を思い出した私は最後にアルハザードについて調べてみることにした。
 初めはその存在すら疑っていたアルハザード。
 しかし実際に調べてみると彼の土地について研究している者は意外に多く、実際にロストロギアの大半がそこから流出したこと等から『かつて実在していたことは確実だということ』、そしてどれだけ探しても痕跡すら見つからないことから『存在するならば虚数空間内にある可能性が高いこと』の2点がわかった。


 そこで最近私がやっている研究は裸の特異点とも言われ魔力素の結合ができない虚数空間内を、どうすれば自由に移動する事ができるのかといったものだ。
 これは虚数空間へ行った後アルハザードへ辿り着く為に一番重要な部分でもある。
 実際たどり着いたとしても問題はまだまだ沢山ある。
 そもそもアルハザードが実在し、そこで死者蘇生の研究をしていたとしても、その研究が本当に成功しているなんて保証は一つもない。

 しかし私はあの子と約束したのだ。
 全てが終わったら、二人で優しくて暖かい、幸せな時間を過ごすことを。
 だからこんなところで立ち止まるわけにはいかない。
 あの子が私を待っているのだから。






「んぁ……今、寝てた、の……?」


 懐かしい夢を見ていた気がする。
 胸が痛くなる程の、懐かしい夢を。


「……はぁ、最近こんなことが多いわね。 やっぱりもう長くないのかしら」


 私はそんな事を考えながらシミュレーションの結果を確認した。


「これは……成功?」


 様々な数値やデータを再確認したところ、理論上では虚数空間を移動することが可能だという結果が得られた。


「後は虚数空間へ渡るだけのエネルギーと、そこからアルハザードを見つける方法がわかれば……」


 いや、このシミュレーションには現在わかっていることしか反映していないから安心はできない。
 だがこれで賭けに出る為の準備が1つ整ったと言える。
 アルハザードの位置の特定は実際に虚数空間へ行ってから考えるとしても、エネルギー源に関しては管理局のロストロギアを探せば一つぐらいそういったものがあるはず。
 それに管理局側はロストロギアを研究用に貸出してるし、まだ管理局の遺失物取り扱い資格は生きている。
 なら新しい研究の成果とまだ残っている特許料を使えばそういったものを借りることも可能だろう。


 そう思った私は直ぐに管理局のデータベースにアクセスを試みた。
 時の庭園にあるこの通信端末は以前彼が『なに、いざというときには役に立つかもしれない。 これは私からのちょっとした贈り物だと思ってくれればいい』と言って置いて行ったものだ。
 そしてこの端末はなぜか管理局の重要機密までも自由に閲覧できるようになっている。
 アルハザード出身というのはやはり本当なのかもしれない。

 ……そう言えばこれを貰ったのは随分と昔の事だが、あの時彼は『親の愛というものは悲しいね』と言っていた。
 そう言った理由はこうなることが全てわかっていたからかもしれない。
 もしまた会う機会があればその時はお礼のついでにでも聞いてみようかしら。



 そんなことを考えながらエネルギー源になりそうなロストロギアを探していると、ミッドチルダで管理・調査予定のものに1つ、丁度良さそうなものが見つかった。
 そのロストロギアの名はジュエルシード。
 魔力素でできた結晶で発見された数は21個、一つ一つに秘められている魔力量も大まかな測定は終わってるようだ。


「何ですってっ!? たった1つでこの値!? それなら15個、いや、まだ無駄を省けるはずだから最低14個あれば!」


 さらになんという偶然かそのロストロギアは最近見つかった世界で発掘されたものらしく、近々ミッドの方へ移送されるらしい。
 念の為他のロストロギアも調べてみたものの、それらはジュエルシードに含まれている魔力素の純度とは比較にもならなかった。


「でも一度に14個の貸出しは流石に無理ね」


 せいぜい2つか3つ。
 それに第一発見者はスクライア一族だから一番最初に研究する権利は彼らにある。
 そうなると私の番が回ってくる頃には既に私はこの世にいないだろう。


「だからと言ってそれを運ぶ船を襲う訳にもいかないし……」


 あの出来損ないの人形に襲わせようかとも思ったが、あの娘の今の技量では返り討ちにあってお仕舞いだろう。
 そういえばジュエルシードが発見された世界から本局の方へ行く航路は、あの原因不明の事故が多発する領域を通る必要があったはず。


「どうせアルハザードに行けるかどうかも賭けなら、護送船がそこで事故にあうかどうかも賭け、か」


 ……よし、決めたわ。
 護送する次元艦船が事故に遭いジュエルシードがどこかの世界へ流出したらあの失敗作に回収させる。
 そうでなければジュエルシードの調査を始めたスクライアの研究者を襲わせよう。


「これでようやく終わるわ。 あの子を失ってからの暗欝な時間も、空しいだけの鬱然とした時間も」


 そして取り戻すのよ。
 あの子と過ごすはずだった輝かしい未来を。

 ……そういえばあの子、誕生日には何が欲しいと言っていたかしら?
 今は少し思い出せないけれど、それはあの子が帰ってきてからまた聞いてもいいわね。
 その為にも、なんとしてでもアルハザードへ行かなくては――――



[15974] 出会い編 第1話 それは不可避な出会いなの?
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/02/16 17:13
 さて、幻の秘宝ジュエルシードを追う為、私達は第97管理外世界にある『地球』という惑星にやってきました。
 本日はいろいろな次元世界を股に掛け活躍している、考古学者のユーノ・スクライアさんにもお越しいただいております。


「それではユーノさん、この世界についての解説をお願いします」

「なにが『それでは』なのかわからないけど説明するよ。 まずこの地球っていう惑星は次元を渡る能力を持たないことから管理外世界に分類されている。 そしてこの管理外世界は他の次元世界からは不可侵とすることが管理局の法律で定められているんだ」

「そうなの? なんで?」

「それはこちらから変に干渉して高度な文明を与えるとその世界での大きな戦争の引き金になる可能性が高いことからできたんだ。 実際にそういったことは管理局ができる以前にも何度か起こっていたらしいしね」


 なるほど。
 それを考えれば納得だな。


「身の丈に合わない力を得た人間がとる行動の末路なんて大抵はそんなもんだよ」


 ちなみにその管理局というのは次元世界の安全を守るために日夜努力している組織らしい。
 詳しいことは興味がないので聞き流した。 お察しください。
 しばらくしたら地球に来るだろうって言ってたからそんときにでもまた詳しく訊けばいいや。


「そういや艦長はジュエルシードが何処に落ちたって言ってたっけ?」

「ニホンのウミナリという街だって言ってたよ」

「日本? ああ、なんか昔そんなような名前の国に住んでた記憶があるわ」

「本当? じゃあもしかしたらサニーはこの世界出身なのかも知れないね。 ジュエルシードの回収が終わったらちょっと調べてみる?」

「それは別にいいや。 そんなことより目的のブツの回収をとっとと終わらせて遊びに行こうぜ」


 確かに自分の過去にも興味が無いことはないが、今はそれよりも友達と遊びに行くことの方がよっぽど魅力的だ。


「うーん……。 サニーがそれでいいっていうんなら」

「それでいいのだ。 それにここには遊んだ後でまた来てもいいんだし」

「それもそうだね」

「さて、そうと決まれば『物事は 何をするにも 現状を 把握せずんば 成し遂げられず』という言葉もある。 だからまず現在地の確認をするとしよう」

「へえ、確かにそれは言えてる。 誰の言葉?」

「今適当に作った」





 それから俺たちは現在地について知るため、とりあえず街中の看板を調べてみた。
 すると今いるところは既に『海鳴』という街であることが分かった。
 それがわかってしまえば後はその土地についての情報を文献から集めればいい。
 本屋で立ち読みしてもいいけれど、より豊富な資料がそろっているのはやはり図書館だろう。


 という訳で道行く人に『図書館は何処にありますか?』と訊きまくり、1時間ほど街をさまよいながらも無事に図書館に到着。
 早速海鳴という街についての調査を始めた。


「サニー、『海鳴の産業史』と『月刊 海鳴ジャーナル デートスポット特集号』を持ってきたよ」

「おうサンキュー。 こっちは今地図で詳細な現在地を確認した。 ついでに図書館の人間に媚を売って地図をただでコピーさせてもらった」


 いやー子供の姿ってのはやっぱり得だわ。


「でもわざわざ海鳴まで移動する手間を省いてくれてたとは、あの艦長も気がきいてるよな」

「本当だよ。 あの短い時間でよくここまでしてくれたと思う。 感謝してもしきれないね」

「全くだ」


 それはさておき、俺達が図書館で資料を集めようと思ったのにはちゃんと理由がある。
 人口、面積、産業、有名な建物、人が多く集まる人気スポット、イベント情報、自然、気候、etc...
 これらは全てジュエルシードの暴走による危険をできる限り避けるために必要な情報となりうる。

 世の中で起こる現象は必ずといっていいほど因果関係が存在する。
 そしてその関連はとても複雑で一見ではわからないことが殆どだ。
 しかし、完璧に因果を把握することはできなくても、情報があればそこからある程度の推測を立てることは可能になる。

 特に今回のように大変な被害が出ると予測される事柄の場合、被害を抑える為にはジュエルシードの思念波に影響されやすいという特性上、探すときは人の多い場所から探すことが最優先だと考えた。
 この“人が多く集まる場所”を正確に予測することは非常に難しいが、先にあげた情報を知っておけば多少は予想できる。

 また実際に被害が出た場合、その規模によってはユーノや俺の魔法だけではどうにもならない状況も予測される。
 そのような場合は安全な場所への一般市民の避難誘導等を速やかに行う必要がある。
 他にも暴走した場所によっては自然災害に繋がることも考えられ、その場合も情報を多く持っていればより的確に対処ができることだろう。

 そんなことを俺とユーノは考えてはいたものの、実際の調査風景はそれほど必死だったわけではない。



「おお、この街のはずれのほうでは熱水鉱床が多く見られるって書いてある。 結構きれいなカルサイトも採れるらしいぞ。 いつか機会があれば行ってみたいなぁ」

「カルサイトって何だっけ? 聞いたことあるはずなんだけど忘れたみたい」

「化学式CaCO3で表される非常に高い複屈折が見られることで有名な透明鉱物の一種だな。 物が二重にぼやけて見えるってやつ。 昔はその高い複屈折率を利用して偏光顕微鏡の偏光板に使われていたこともあるらしいぞ」

「ああ思い出した、方解石のことか。 確か大理石に多く含まれてるんだよね?」

「そうそう。 よく知ってんじゃん。 やっぱ遺跡とか調査に行くと大理石でできたものって多いの?」

「うん、凄く多いね。 仕上げ材として使われているのを良く見るよ。 あと盗掘等で破壊されている大理石でできた美術品とかを見ると殺意が湧く。 あいつら皆蛆にたかられて死ねばいいのに」

「お前なんてゴキブリにたかられたんだもんな。 あ、ごめん、トラウマスイッチ押しちゃった」

「うわぁあああああっ!!」


 こんなもんである。
 だって今から張り詰めていても疲れるだけじゃん。

『遊ぶ時は遊ぶ。 締めるときは締める』

 これ大事。 テストに出るよ?






 そうやってユーノと雑談混じりで文献を漁っているとどこからか熱い視線を感じた。
 視線のもとをたどってみるとそこには車いすに座ったショートヘアーの少女がいる。
 少しうるさかったかな?
 一応謝っておくか。


「騒いでしまってすいませんでした」

「え、あ、いや、そうゆう意味で見てたんとちゃうよ?」


 なら俺は謝って損した訳か?
 いや、別に何か減ったわけでもないし損はしてないか。


「じゃあなんでこっちを見てたんだ?」

「なんや、同い年ぐらいの子なんにえらい難しい話しとるなー思ってたんよ」

「なんだそんなことか。 それは俺らが人より長く生きているだけだって」

「僕は9歳でそのセリフを吐く人を初めて見たよ」


 後ろからユーノが突っ込みを入れてきた。
 でも俺は一回死んでるわけだしなぁ。
 これで同年代の人間よりも知識がなかったら泣けるぜ。
 うん、まあユーノはもうしゃあない。
 こいつは別格だろ。
 一体どんな生活をしてたらこの年でこれだけ賢くなれるんだ?


「ええっ!? 君らあたしと同い年なんか!? 絶対年上やと思とったわぁ」

「ほう、つまりお前は9歳なわけか。 でも別にさっきまでしてた話は難しくも何ともないと思うけど。 なあユーノ?」

「そうだね。 特に難しい単語とかもなかったし」

「だよな」

「いやいや、いろいろ突っ込み所はあるけど、まずはとりあえずそこら辺の走り回っとるような同い年の子に聞いてみって。 絶対知らへんよ?」

「よし、じゃあ試してみるとしよう」


 確かユーノは発掘調査で走り回ってたはずだ。
 誰かの廃棄物処理の杜撰さのせいでな。
 全く、酷いことをする人間がいたものだ。


「おいユーノ、ATPって知ってるか?」

「それって『アデノシン三リン酸』のこと? それとも『アドバンスド・ターボ・プロップ』のこと?」


 間髪いれずに答えが返ってきた。


「ほらみろ」

「いやいやいや、今のはどう考えてもあかんやろ。 というか直ぐに2つパッと出てきたけど、どっちもようわからへんし。 あたしにわかるのはPTAぐらいやな」


 そう言って少女は少し恥ずかしそうに笑った。
 俺も前者はともかく後者は何かわからなかったので余り偉そうなことは言えない。


「それでも充分でしょ。 『経皮的血管形成術』を知ってるだけでもかなり勉強してるほうだと思う」

「「えっ?」」

「えっ?」

「ま、まあわたしもなかなかやるやろ? あはは」

「そ、そうだな。 ははは」


 少女は偶然手に入れたメッキがはがれる前に話を元に戻すことにしたようだ。
 俺はユーノに本当のことを教えてやろうかとも思ったけれど、その場合俺のメッキも剥がされそうだったのでそれはやめた。
 人を賢く見せるための一番の方法は『黙して語らず』だと思うんだ。


「でも、やっぱり君らえらい物知りやね」

「まあこれはあれだ、今までに読んできた本の量によって同じ年の人間でも知識の差が大分あったりするだろ? つまりはそういうことだ」

「わたしも今までそれなりに読んできたつもりやねんけど」

「読む本のジャンルが違えばこういうこともあるだろうね」

「まあ俺らが好んで読んでんのはどっちかっつうと技術誌とか科学誌とかそっち系やからな」


 おっと関西訛りが微妙にうつってしまった。
 うーん、言葉ってこうやって歪んでいくんだな。
 フッ、また一つ賢くなってしまったぜ。


 その後彼女も加え3人でだらだら話をしていたらいつの間にか閉館時間になってしまった。
 そこで俺たちはいつかまた再開できる事を願いながら別れることに。
 その少女も知識が豊富で話が弾んだため本当にいつかまた会ってみたいものだ。
 でも俺のセリフにいちいち突っ込みを入れるのは勘弁してほしい。
 俺が物を知らない馬鹿みたいじゃん。






 その後、俺とユーノは寝床を確保する為にまずスーパーマーケットへ行き、良心的な店員さんからダンボールを大量に貰い、さらに近くの公園も紹介して貰った。
 そして今はその公園でベンチに座りながら次元艦船から貰ってきた非常食を食べているところである。


「意外と時間食ったけど、特に問題はないよな?」

「うん。 この後の予定はとりあえず『広域探索魔法』でジュエルシードの落ちた場所を絞り込んで、それから一つずつ地道に探していくって感じかな。 あとはもしジュエルシードが暴走していたら強い魔力の波動を感じるはずだから、その時はそこへ行って暴走を鎮めて封印っていう風に考えてる」

「やっぱ一個ずつ探すのか。 面倒くせーな」

「それは仕方ないよ」

「まあな」


 ジュエルシードは船に積み込む際、専用のケースに全部纏めて移し替えられている。
 そこで俺たちは地球についてから直ぐ、そのケースに付けられていた発信機の信号を調べてみた。
 しかしどれだけ頑張ってもその発信器からの反応は得ることが出来なかったのだ。

 このことやそのケースが多少の衝撃で壊れるような物ではないことから、『ケースは大気圏突入時に燃え尽きてしまい、中に入っていたジュエルシードは街中に散らばって落ちてしまった』と判断した。
 この予想はジュエルシードは仮にも宝石なので高温には強く燃え尽きはしないだろうこと、そして落下の衝撃や何かで割れたり壊れたりした場合異常な魔力流や次元震が発生するはずだが、現在そんなことは起こっていないこと等から推測した。


「ところで箱のかわりはどうすんの?」

「僕が持ってるインテリジェントデバイスには物を中に収納しておく機能があるんだ。 そこに入れておこうと思ってる」

「そういやお前も何かインテリデバイスを持ってるって言ってたな。 昔発掘された奴だっけ?」

「うん。 そこの遺跡を使っていた当時の人のものらしいんだけど、調査が終わった後で特に危険なロストロギアでもなかったから記念に貰えたんだ。 それにいざというときは売れば高く買い取ってもらえるしね。 見る?」


 やはり考えることは皆同じである。


「見せてくれるなら見る」

「うん、これなんだけど――」

「クワァ!!」

「うわあああっ!?」

「あっ」


 それは一瞬の出来事であった。
 ユーノが首にかけていた赤い球のついたネックレスを外し、それを俺に手渡そうとした瞬間、そのネックレスを横からカラスがかっさらっていったのだ。
 そのあまりの出来事に俺達はしばし呆然とせざるを得なかった。


「…………」

「…………」

「……どうする?」

「……助けに行ったほうがいいと思う。 さっきから悲鳴のような念話が全帯域で発信されてるし」

「え、それ俺には全然聞こえないんだけど」

「念話は魔力資質がある人にしか聞こえないからね。 正直ちょっとうるさくもあるから今はサニーが少しだけうらやましいよ」


 ユーノは疲れた声でそう言った。
 俺なんかだとバールの悲鳴を聞ければその日は安眠間違いなしなんだけどな。
 俺は手元で月の光を反射して鈍く輝く自分のデバイスを見ながらそう思った。


「でも今日はもう遅いから探しに行くのは明日にしようか」

「そうだな。 俺たちも今日はいろいろあって疲れてるし。 もうそれについては後に回して今日はもうとっとと寝ちまおう」

「うん」


 この疲労感は船の中でやっていたトランプでの心理戦が原因だろう。
 お互い無駄に読みあっていたことによる疲れが今も俺たちの思考能力をガリガリと削っている。
 そして何よりもう眠いし遅いし周りは暗い。 まあ別に暗いのが怖いとかそういうことはないんだけどね。
 でもほら、こんな時間に子供が一人歩きしてると補導とかされちゃうじゃん?
 だから俺はユーノの発言に全力で同意したのだ。 だぁら違えっつってんだろファッキンデバイス。 お前なんて割れてしまえ。


「あー、でもこれでますます扱いづらくなりそうだよ」

「デバイスがか? なんでまたそんなことになるんだ?」

「僕とレイジングハートは余り相性が良くないからね。 たぶん僕の魔力量が彼女の理想値に届いてないからだろうけど」


 そう言ってユーノは深いため息をついた。
 確かに相性問題って何処にでもあるからなぁ。
 お疲れ様です。



 こうして俺たちの最初の捜索対象は『ジュエルシード』ではなく、『ジュエルシードを入れる容器用インテリジェントデバイス』に変更された。
 この予想外の大ブレーキに俺はちょっとだけ先行きが不安になった。



[15974] 出会い編 第2話 咄嗟の言い訳はロジカルなの?
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/02/16 17:14
 昨夜ジュエルシードを入れる容器を紛失してしまった俺たちは、その後公園でダンボールハウスをガムテープなしで組み立てることに成功し、二人して悦に入りながら夜を明かした。
 今は昨日の残りの非常食を食べ終わったところである。


「さて、飯も食ったし、そろそろライジングバードとかいう四次元ポケットの回収に向かいますか」

「レイジングハートのことだよね? でも昨日はあの後念話を遮断しちゃったから、ちょっと今どこに居るのかわからないんだ」


 うるさくて寝むれないって騒いでたもんな。


「ところで今何時?」

「んー、近くに時計はないみたいだな。 ちょっと待ってろ、今調べてやるから」


 俺は持ってきた自分の二つの鞄の内、調査道具類が入っている方の鞄から方位磁石と分度器を取り出し、ある程度均した砂場に適当に拾ってきた真っ直ぐな木の棒を垂直に突き刺した。
 ちなみにもう一つの鞄の方には次元艦船から貰ってきた調理用具と調味料、そして自分の着替えと少しの遊び道具が入っている。

 さて、この星が俺の元居た世界と同じような天体運動をしているとすれば、太陽によって作られる棒の影の長さや方角は時間によって決まる。
 時刻を正確に知りたければ様々なデータが必要になるが、今はそこまでの精度は必要としていない。
 方位磁石の重心位置を調整し磁北を決め、その方角と棒の作る影との角度を見る。
 今の季節はそこら辺に生えている植物から見て春、ここが日本だという情報から緯度を35度、地磁気の偏角は7度西、地軸の傾きは生前住んでいた地球と同じ23.4度だと仮定すると……今は8時5分ぐらいか。


「今は8時過ぎだ。 結構眠ってたみたいだな」

「そうだね。 でも意外と快適で驚いたよ。 今度から遺跡発掘の時も持って行こうかと思ったぐらい」


 今のは新聞紙の話である。
 寒い時は服の下に入れてもいいし、火が必要な時には種火を作るのにも使える。
 他にも物を包むのにも使えたりと意外と使う場所は多いのだ。
 持ってて良かった新聞紙。
 あ、でも捏造情報の押し売りは勘弁な。 大体おまえら偏向し過ぎなんだよ。


「そういや今はレイザーラモンからの救難信号は届いてないのか?」

「うん、レイジングハートだね。 今回線を開いてみるよ」


 そう言ってユーノは目を瞑りうんうん唸り始めた。


「うーん、何も聞こえないなぁ」

「寝てんじゃね? それか叫びすぎて疲れたとか電池切れとか」

「電池切れはないと思うけど、叫びすぎで疲れたとかはありそう。 こっちの呼び掛けにも答えないし、もしかしたら食べられて壊れちゃったのかも」

「機械って基本酸には滅法弱いからなぁ。 でもあんときの鳥は暗くて確かなことは言えないけど多分カラスだろ? カラスって光る物を集める習性があるらしいから、食べられてはいないんじゃないか?」

「そっかぁ……。 まあもともと貰いもんだったしね」

「昔の女なんて忘れてしまえばいいんだ」

「うん。 でも勿体無いことしたなぁ。 やっぱりあの時売ってしまえばよかったよ」


 ユーノはそれからしばらく心の中でお亡くなりになってしまった相棒に黙祷を捧げ、その後俺のデバイスについて質問してきた。


「そう言えばバールにはそういった『物を中に収めておく機能』とかってないの?」

「私にそういう機能はない。 フェルミのほうにはそういう機能もあったようだが」

「フェルミ? なにそれ?」


 また知らない情報が出てきたので俺は思わずバールに聞いた。


「既に壊れてしまった例のインテリジェントデバイスのことだ。 私の色違いで赤い色をした球状のデバイスなんだが、マスターには前に何度か説明だが」

「あれ、そうだっけ?」


 そういやなんかそんな名前聞いたことあったようななかったような。 うん、なかったな。
 忘れてるとかそういったことは無いだろう。 無いはずだ。 無いと言ってくれ。
 若年性健忘症とか嫌過ぎるから。


「いや、そう言えば実物は一度も見ていなかったな」

「だよね? ま、別にいいよ、そんなもんどうでも。 どうせぶっ壊れてんだろ? 今は臭い石をいかにして保管するかが一番の問題だし」

「まあ封印処理さえしっかりしておけばそうそう暴走しないから、しばらくはそれで大丈夫かな」

「一応厚手のサンプル袋なら持ってきてるぞ。 使うか?」


 そう言いながら調査鞄からA4サイズの厚手のビニールで出来た透明な袋を取り出し、ユーノに見せた。


「うーん、それなら別の何かを用意した方がいい気がする」

「そうか。 あ、それで思い出したんだけどさ、こないだジュエルシード見せてもらった時、俺そのまま一個持って帰っちゃったんだよね。 それは今返せばいい? 一応今は放射性鉱物を保管しておく為のケースに入れてあるけど」

「それならそれでいいよ。 そのジュエルシードはそのままサニーが持ってて。 レイジングハートがない今、僕の魔力で下手に刺激するよりはサニーが持ってた方が安全だと思うし」

「OK、任された」


 つまりジュエルシードの近くでは俺も魔法を使わない方が良いってことだな。
 まあ最初っからいざというとき以外は使うつもりはないから大丈夫だろう。


「というか汚染されてない奴ってもうそれだけなんだよね。 ああ、いやな記憶を思い出しちゃったなぁ。 軍手か何かあったら貸してもらってもいい?」

「おう、念のため2つ用意してあるから1つやるよ」


 俺はサンプル袋を片づける代わりに軍手を1セット取り出し、それをユーノに渡した。


「ありがと。 じゃあそろそろ始めようか」

「なら俺はこの街で隠れ家に使えそうな場所とか見てくるわ」


 神社とかは意外と穴場かもしれない。
 昨日地図でいろいろ確認していた時、人が余り来なさそうな場所もチェックしておいたので案外直ぐ見つかりそうだ。

 そういや航空写真でもはっきりとわかる程デカイ屋敷がいくつかあったが、ああいうところに住んでいるのは一体どんな奴なんだろうか。
 敷地内に塀で囲まれた森があるとかどう考えても堅気の人じゃないよなあ。
 ま、もっとも俺の秘密基地なんて山に囲まれてるんだけどな! 凄いぜジェムおじさん!


「それじゃ夕方、日が沈むぐらいの時間にここ集合でいい?」

「おう、それで問題ない。 じゃ、また後で」

「うん。 そっちも頑張って」







 そうしてお互いに別れてから4時間近く経過した。
 太陽はほぼ真上に昇りきっており、その日差しは目に痛いくらいだ。
 背負った荷物と背中の間は汗で大変な臭いを発していることだろう。
 肩に掛けた調査道具の入ったもう一つの鞄もぶっちゃけ重い。 めっちゃ邪魔。
 しかしながら俺は未だ野宿に丁度よさそうな屋根のある場所を見つけられていなかった。
 下手をすると今日の夜にはユーノと二人、牢屋の中で臭い飯を食べることになりかねない。

 グキュルルル~

 そんなことを考えていると俺の腹時計と同時、街にある電光掲示板からグラサンのおっさんがウキウキウォッチングで丁度正午をお知らせしてくれた。


「プッ、アハハ! いくらなんでも今のタイミングはありえへんって! めっちゃおいしいやんか!」


 『失礼な関西人だなぶっ殺すぞコノヤロウ』と思いながら声のした方を探してみると、昨日図書館で俺達と雑談をしていた車いすの少女が腹を抱えて笑っている姿を見つけた。


「おお、お前は昨日の……佐藤さんじゃないか。 また会ったな」

「困ったらとりあえず日本で一番多い苗字言えばいいと思ったら大間違いや。 あ、でもそういえばわたしらって昨日自己紹介とか――」

「そうだよ、してないじゃん」


 通りで名前が出てこないわけだ。
 俺の物覚えが悪いわけじゃなくてよかったよかった。


「私の名前は八神はやて。 ひらがなみっつでは・や・て、や。 はやてって呼んでくれてええよ」

「俺の名前はスーパー・フリーダム。 みんなまとめてだ・る・ま、や。 偽善者って呼んでくれてええよ」

「絶対うそや!」

「グハッ!」


 全否定の言葉と同時にやたらと鋭い抜き手が俺のわき腹に突き刺さった。
 やはり車いすに乗っている人間の上半身は凄いというのは事実なのか、今のはかなり痛かった。 マジ痛い。
 なに、最近の突っ込みって抜き手ですんの?
 子供が真似をして危ないからテレビは早く規制してしまった方がいいな。


「いてててて、なにすんだてめーぶっ殺すぞコノヤロウ」

「略したら社会問題に発展しそうやったから思わず突っ込んでもうた。 堪忍な?」


 ちっ、謝られたら許すしかない。
 転移魔法で素っ裸にひん剥いてそこらに転がしてやろうかとも思ったが、今回は勘弁してやろう。


「でも俺の名前が嘘だってよくわかったな。 どうせ外人の顔なんて見分けがつかないから適当に横文字を並べておけばわからないだろうって思ってたんだけど」

「今のそんな問題ちゃうかったやん、サニー君」


 なっ!? どうして俺の名を!?
 ……ああそうか、個人情報の流出ってやつか。


「情報化社会というのは恐ろしいものですね。 油断の1つも出来ないじゃないですか」


 俺は手で目を隠し鼻を摘みながら、匿名証言者Aのノリで言った。


「気持ち悪い」

「ちょっと素の顔で気持ち悪いとか言うのやめてくんない? 意外と傷つくから。 というか一体何処からそんな情報を入手したんだ? CIAか? SISか? もしKGBだった場合俺は裸足で逃げ出す準備は出来てるぞ」


 ポロニウム料理は遠慮したい。
 Коммунистическое khorosho! (共産主義万歳!)


「ていうか昨日一緒に居たユーノ君がそう呼んどったやん。 でもフルネームはまだ訊いとらんかったから教えてほしかったんよ」


 よくよく考えれば俺の名前なんて、知られてしまっても何の問題もないな。
 知人もいなけりゃ地位もない。 お金もなければ戸籍もない。
 さらに言うなら住所不定無職の不審者なので騙される心配もない。
 自分で言ってて悲しくなってくる。


「俺の名前はサニー・サンバック。 カタカナみっつでサ・ニ・ー、や。 サニーって呼んでくれてええよ」

「最後のはカタカナゆうてええんやろか? でもその名前はほんまみたいや。 じゃあこれからはサニー君って呼んでもええか?」

「かまへんよ」


 ぐきゅるるる~


 丁度自己紹介が終わったタイミングで再びお腹が鳴った。
 意識しだすとますますお腹は減るものである。
 どうしよう?
 次元艦船から持ってきた最後の非常食はユーノに渡してしまったし。
 一応調味料の方はまだ余裕があるから一食ぐらいならそれで済ませても大丈夫か?
 秘密基地での生活に比べれば栄養的には全然マシだし。


「さっきもお腹鳴ってたけど、もしかしてサニー君、お昼まだ食べてないんか?」

「まあな。 いっそのこと警察に保護されて飯でも食わせて貰おうかと思ってたところだ」


 あれ、そうだったっけ?
 ちょっと違ったかもしれんが、まあ良い。
 お腹が減りすぎて思考が少し暴走しているだけだろう。


「そう言えばこの間なんかの本で読んだんやけど、取り調べの時に出てくるカツ丼って有料なんやって」

「マジで? なら食い逃げして捕まった後、取り調べでカツ丼を食おうとしたらどうなるんだ?」

「いやぁ、流石にそこまではよー知らん。 今なら少年法で何とかなるんとちゃう? わたしも気になるからちょっとやってきてや。 わたし、サニー君が捕まるとこめっちゃ見てみたいわぁ」

「ファック。 今度お前の家にこっそり忍び込んで冷蔵庫のコンセントだけ引っこ抜いてやる」

「うわっ、それ私にとって最悪の嫌がらせや」


 彼女は本気で嫌そうな顔をした。
 ふっ、ざまあみろ。 俺をからかおうとするからだ。
 というかそろそろ肩が千切れそう。 マジきつい。
 そうだ、どっちもリュックなんだから片方は前に背負えば楽になるじゃん。
 俺すげえ。 というか何で今まで気付かなかったんだ。


「ところでお前はもう昼は済ませたのか?」


 そして俺は改めてリュックを背負いなおしながらそう聞いた。
 うん、これはめちゃめちゃ変な格好だな。 そっか、だからやらなかったんだ。
 腹の減りすぎで頭おかしくなってんのかなぁ。
 まあいいや。 結構楽になったし、もうどうでもよくなってきた。


「まだやー。 午前中は病院があって今はその帰り。 今日は天気もええし、お昼は公園で食べたら気持ち良さそうやぁ思てお弁当を持ってきてるんよ」


 ああ、やっぱり病院に通ってるのか。
 昨日はあえて突っ込まなかったけどやっぱり足は良くないんだろうな。
 というか昨日もそうだったけど親は何をしてるんだ?
 普通この歳の身体が不自由な子を一人で外出させたりしないと思うんだが。
 あっ、もしかしてこいつ親が居ないのか?
 いやいやいや、流石にそれは論理の飛躍が過ぎるだろ。


「それに昨日の夜公園のほうから女の人の悲鳴みたいなんが聞こえてきてな、ちょっと気になったんもある。 あ、そや、わたしの作ったお弁当見てみる? これ結構自信作なんや」


 なぜなら彼女にはそんな暗い様子はかけらも見られないし、今も自分で作ったと思われる弁当を無邪気に自慢している。
 いや、明るくふるまっているだけで内心では全然違うことを考えている可能性もあるか。
 だって足が自由に動かせないって、辛くないわけがないだろう?
 でもそういうことって本人以外には結局わからないし、同情されることが一番嫌だっていう話も聞くからな。
 ちょっとだけ同情しかけたがやめだ。
 これまでと同じように接するとしよう。


「おう、見る見る。 そんで食べる食べる」

「あ、コラッ!」


 俺は彼女の弁当を抱えたまま彼女の元から逃げ出した。
 というかこの弁当、自分で作ったとか絶対嘘だろ。
 色の配置とか栄養のバランスとかを見るにとても子供が作ったものとは思えない。
 からあげは冷えているにも関わらずさっぱりとした味がとても美味だ。
 これはレモンの風味だろうか?
 ……あっ、わかった、柚子胡椒か。
 なるほどな。 唐揚げにも合うのか。 また1つ勉強になった。
 うーん、次はどれにしよう。 ってやべ、油もん食べるとお腹が下るんだった。


「ちょっ、食べたらあかんっ! 返せ! 悪い子は轢いてまうよ!?」


 はやてが逃げる俺を車いすで必死に追いかけてくる。


「ちっ、しつこいやつめ。 轢けるものなら轢いてみな! 儂の逃げ方は108式まであるぞ!」

「どんだけ敵の多い人生なんや! ってちょ、ほんまに逃げるの早っ! あんな荷物多いんに!」


 秘密基地で鍛えてたから足には少し自信がある。
 下り坂でもない限り彼女が俺に追いつくことは不可能だろう。
 というか逆に下り坂に逃げ込んだら止まれないから勝ちじゃね?

 そう思った俺は昨日見た地図を思い出し、下り坂のある場所を目指して駆けだそうとした。
 やべえ、この弁当めっちゃうめえ! もう別に腹を下しても良いや!


「はぁ、しゃあないな。 これだけは使いたなかったんやけど、こうなったらわたしも封印された禁断の技を使わなあかん。 サニー君、わたしを恨まんといてな?」

「ふはははは、貴様の技など所詮子供の児戯に過ぎないことを思い知るがいい!」

「すいませーん、そこの逃げてる子供ひったくりですー! 捕まえてくださーい!」

「あっ、ちょ、おまっ――アーッ!」


 彼女の爆弾発言の直後、俺は道行くおじさんに捕まって注意されてしまった。
 ご通行中の皆さまへ申し上げます。 この度はお騒がせしてしまい、まことに申し訳ありませんでした。
 最初は純粋な食欲で弁当を食べてたんだ。 でもまさかこんなことになるなんて。
 もう食い逃げなんて二度としないよ。




「で、これからどないする? 私は公園に行くつもりなんやけど、一緒に行かへん?」

「そうだなぁ」


 先ほどの騒動は子供同士の悪戯ということで直ぐに解放されたが、無駄に走り回ったせいでますます腹が減ったし腹も立った。
 この程度のつまみ食いじゃ全然足りない。
 そこで俺はこの女の乗った車いすを適当な方向へ全力で射出して憂さ晴らしをしようと思った。
 文句を言われたら『アクセルとブレーキを間違えた』とでも言えば大丈夫だろう。


「そうだな、公園に行けば食えるもんぐらいいくらでもあるしな。 よし、じゃあそうと決まればさっさと行こう」

「ちょっ、ええー!? ちょい待ち!」


 だがその悪戯は俺が車いすの取っ手を掴むのと同時、彼女が俺のズボンを思いっ切り掴んできた為未然に防がれてしまった。
 ちっ、堪のいい奴め。


「よく気付いたな」

「何のことかわからへんけど、まさか今度はピクニックに来とる家族のお弁当でも盗むつもりなんか?」

「は? それこそまさかだ」

「ほっ。 ならええんよ」


 さっきのは一応子供の悪戯で済むがそんなことをしたら今度こそ警察沙汰になってしまうじゃないか。
 というかさっさと手を放せ。 ご通行中の皆さまに俺のパンツが見えてるじゃないか。
 俺にストリーキングの気はないんだ。


「俺が食べるのは公園に生えてる野草とかに決まってんじゃん」

「あかーんっ!」

「ぬわーっ!?」


 俺は必死に自分のズボンを両手で押さようとしたが、その抵抗も空しく彼女の絶叫と同時に引きずりおろされてしまった。
 え、ちょ、何この娘? 今のちょっと有り得ないぐらい力強くなかった?


「それは人としてやったらあかん!」

「それなら公衆の面前でズボンを下げるのはもっとあかんだろ」

「あ、ごめん。 でもきったないパンツやなぁ」

「泣かすぞ? 昨日履き換えたばっかりだっつの」

「まあお金なら貸したげるから、なんか好きなもんでもスーパー行って買うてきたら? あとパンツも」


 そう言って彼女は俺に千円札を渡してきた。
 そんなに汚かったか?
 ちゃんと次元艦船で洗濯したんだけどなぁ。


「その申し出は非常にありがたいんだけど、多分直ぐには返せないぞ? あとパンツは綺麗だから別にいい」

「それぐらい別にええて。 どうしても返したいゆうんならまた会うた時にでも返してくれればそれでええし。 でもパンツはやっぱ買った方がええと思う」

「じゃあ悪い、少し借りるわ。 そんでパンツも買ってくるわ」


 ただ借りっぱなしになるのも悪いなぁ。
 何か渡せるものはなかったっけ?
 そういや今鞄の中には鉱物がいくつか入ってたな。


「お前さ、アメジストとかっている?」

「アメジスト? なんやろ、どっかで聞いたことあるなぁ」

「紫水晶のことだ。 今見せてやるよ」


 俺は担いでいたリュックサックを下ろしその中から手のひらサイズのアメジストのクラスター(幾つか集まった固まり)を取り出してはやてに渡した。


「うわぁ、めっちゃきれいやぁ」

「だろ? ちなみにそれ、光にかざすとブルーフラッシュっつって微妙に青い光を放つんだぜ?」

「へぇ、ほんまや。 ところでサニー君、これっていくらぐらいなん?」

「さあ? 適当に洗っただけだから二束三文じゃね?」


 彼女はその鉱物の美しさに感動しているようだったが、最終的にその口から出てきた言葉はどこにでもいる関西のおばちゃん的なものに過ぎなかった。
 お前にはホントがっかりだよ。


「もし欲しいんなら、それ担保がわりにやるよ」

「え、ほんまに? めっちゃうれしいわ」

「おう。 取り扱い上の注意としてはアメジストは太陽光で退色するから、直射日光が当たらないところに保存しておくことぐらいだな」

「退色? なんやそれ」

「その紫色がだんだん透明になってくんだよ」


 白くなってしまった紫水晶程悲しいものはない。
 この紫水晶の紫色は、Siの代わりに3価のFeが置換するときに酸素も一緒に置換することでチャージバランスが崩れ、それを合わせる為に入ったHやLi等の元素が放射線の影響で再び抜けることによって付いている。
 これに太陽光が当たると点欠陥が元素拡散によって埋まってしまうのだ。
 ちなみにローズクォーツのピンク色は鉄のかわりにチタンが入ることが原因である。
 昔は『鉱物は色と形だけはやっては(研究しては)いけない』と言われていたのになぁ。 いい時代になったものだ。


「へえ、そんなら家に帰ったら大事に箱にでもしまっとくな?」

「そうしとけそうしとけ」


 それから俺は関西風少女と一緒に海鳴臨海公園で昼食を食べた。
 本来行くはずだった公園と違うのは、俺が『この辺りで一番お勧め景色は何処だ?』と聞いたことに起因する。
 だって朝まで居たところに戻るにはまだ早すぎる時間帯だったからな。
 ちなみにそこから見た何処までも伸びて行く飛行機雲と、太陽の光をキラキラと反射する広い海はとても綺麗で、こういった景色が大好物な俺は非常に満足した。
 いろいろと不幸な事件はあったが、この風景を教えてくれただけでこいつには感謝だな。 あと公園のトイレが臭くないのは非常に良かった。







 その後、彼女と別れた俺は当初の予定通りあまり人が寄り付かないような場所を探し歩き、空が赤くなり始めたところで朝居た公園へと戻ることにした。
 またその際河原沿いに生えている夕食に使えそうな食材もついでに採取することは忘れない。 だってもう食材ないしな。
 あ? 借りたお金はどうしたかって? そんなこと俺が知るか。
 ちげーよ、別に落としたわけじゃないっつの。 ちょっと恵まれないどこかの子供にプレゼントしただけだって。

 そして空一面が群青色に染まる頃、丁度スーパーの袋が野草で一杯になったところで公園に辿り着いた。


「お帰り」


 するとユーノはもう既に帰ってきており、朝別れたベンチに座って俺を待っていてくれた。


「それとお疲れ様」

「ただいま。 そっちもお疲れさん」

「どうだった?」

「俺の方はセーフハウスにするのによさそうなところを何箇所か見つけた。 意外と廃屋とか多いんだなこの街。 そっちは?」

「流石に広すぎて1日で全域を探査するのは無理だったよ。 でもいくつか怪しい反応は見つけた」


 そう答えたユーノの姿は広域探査魔法で消耗したのか少し辛そうではあったものの、声色自体は非常に明るかった。
 一度はやばいんじゃないかとも思ったが、その様子を見るにジュエルシード探しは順調な滑り出しを見せたと言えそうである。



 それから俺たちは採集してきた野草で作った晩飯を食べ、今日一日に起きた出来事を話しあっていた。


「なるべく『子供の遊びで作った秘密基地』に見えるようにはしてるけど、ここで寝泊まりしていることがバレると結構まずいかもね。 この世界の警察組織はうるさそうだし」

「それは俺も思ってた」


 だからこそ今日俺は安全地帯を探しにこの街を駆けずり回った訳だからな。


「今日の昼も一度『まだ昼なのにどうして子供がこんなところにいるんだ?』って聞かれたよ」


 まあ普通なら小学校に通っていないとおかしい年頃だもんな。
 今日一緒に昼飯を食べた少女の場合は病院だからという理由が通用するが、俺らの場合それは通用しない。
 そのことを考慮すればこれ以降行動するのはできるだけ夕方から夜にした方が良いのかも。


「ちなみになんて言って乗り切ったんだ?」

「『明日友達が引っ越してしまうから友達の為にパーティーを開くことになったんです、今日。 だけど時間が足りないから先生が特別に学校を休む許可をくれて、それでプレゼントを探しているんです。 でもやっぱりいけないことですよね? ごめんなさい』って言った」

「そしたら?」

「『そういうことなら仕方がない。 友達と別れるのは辛いだろうけど、それもいつかきっと君の人生の大事な1ページになる。 だから友達に喜んで貰えるように頑張りなさい』と言われて解放された」

「大変だったな」

「まあね」


 しかし、咄嗟にそんな言い訳を考えるなんてやっぱこいつすげーわ。
 こっちが下手に出ているから警察もそれ以上追及しようとしなかったのか?
 そして微妙におかしな文章にして子供らしい言い回しにしたのも計算ずくだろう。

 というかこの辺りの警察はちゃんと見回りをしているんだな。
 なら夜までここに居ると本当に捕まりかねない。


「よし、じゃあ捕まる前にとっととずらかろうぜ。 ユーノは家のほうをバラしといて。 こっちは道具とか片づけとくから」

「りょうかーい。 ついでに持ち運びできるよう紐で縛っておくよ」

「お、気がきくねぇ。 ならそっちは任せた」


 俺は晩飯等に使用したキャンプセットを片づけ、ユーノは公園に落ちていた紐を使いダンボールハウスを持ち運びができるように畳んでくれた。









 準備が終わり次第俺たちは公園を後にし、そこから10分程歩いたところでユーノが突然立ち止まって地図を広げ始めた。


「うん、やっぱり。 僕がジュエルシードの反応を見つけた場所の1つはここからかなり近いところにあるみたい」 

「なら軽く確認でもしに行くか?」

「そうだね。 一応何かあったら直ぐに逃げれるよう準備しておいて」 

「なに、お前ってそんな弱いの?」

「実は僕、捕獲とか結界は得意なんだけど、最大魔力量がちょっと心もとなくて……」


 確かにユーノはそれほど強そうには見えない。
 責任者に求められるのは冷静な思考と豊富な知識、そして先を見通す能力だって言ってしまえばそんなもんか。


「じゃあ向こうでジュエルシードが暴走したときはどうしたの?」

「あれは他にも魔導師が何人もいたから皆で協力して何とか封印出来たんだ。 僕一人じゃとても無理だったよ」

「そっか。 それなら仕方ないな。 俺も丸めた新聞紙で援護するとしよう」

「危ないからそれは駄目だよ! それにそこまでしなくても大丈夫だって。 あの時はいくつかのジュエルシードが纏めて暴走したから一人じゃ駄目だったわけで、一つずつなら僕一人でも……」

「一人でも?」

「ぎりぎりでなんとか、できるような気もしないでもないかな。 あは、あはは」


 ユーノは笑って誤魔化し、結局最後まで一人で出来るとは言いきらなかった。


「つまり、なんとかならないんだろ?」

「……いや、それでもなんとかするよ。 僕の弱い魔法でも工夫して使えばきっとなんとかなると思うんだ」

「でもまた暴走したジュエルシードからゴキとか、そうじゃないにしても毛虫や芋虫が空から降ってきたらどうすんの? 俺殺虫剤とか持ってないしそれぐらいしか援護できないぞ?」

「やめて! そういうこと言うと本当に起こりかねないから! ……でもあの黒い悪魔に比べたら毛虫とかなんて全然マシかなぁ。 だってあいつらそんなに動かないよね?」

「いやいや、毛虫はかなり恐ろしいものがあったぞ」


 それから俺が一人で生活していたときに遭遇して思わず悲鳴を上げた状況について語っていると、いつの間にか目的地に到着していたようだ。


「ストップ。 大体この辺りだね」

「何かわかるか?」

「ちょっと待って、今調べてみる」


 そういってユーノは足元に魔法陣を展開した。
 その直後、俺達の右斜め前方100mの辺りで眩い光と轟音が発生した。


「おお、すげーなユーノ。 あそこがそのジュエルシードがある場所か」

「ヤバイ! あれは違う、ジュエルシードが暴走し始めたんだっ! 早く行かないと!」

「何だって!?」

「じゃあ僕は行くからサニーは先に行ってて!」

「わかった!」


 俺がそう言うや否や、ユーノは先ほど光が発生していた場所へと飛んで行った。


「……さて、先に行ってると言ったはいいが、そうはいかんざき。 バール、行けるか?」


 俺はいざというときにユーノを先ほどまで居た公園へ転移させることができるかバールに確認した。


「愚問だな。 公園の座標は既に記録している。 魔力の方も問題はない」

「なら俺たちも行きますか。 行くなって言われても行かなければ助けることもできないぜ、っと」


 そうして俺はユーノの後を追った。
 が、ユーノの荷物やダンボールハウスを捨てていく訳にもいかないのでその足どりは非常に遅い。
 あいつ、このことも見越して俺をここに置いて行ったんじゃないよな?






 その後ようやく俺が追いついたときには暴走は既に収まっており、ユーノは少しボロボロになった道路の真ん中でボーっと突っ立っていた。


「どうした? 食べようとしていた魚を目の前で猫に掻っ攫われたさかなクンみたいな顔になってっぞ」

「あ、サニー。 先に行っててって言ったのに」

「でももう終わったんだろ? なんだ、今度は折角見つけたジュエルシードでも盗まれたのか?」

「うーん、それほど外れてはいないかも」

「ん? どう言うことだ?」


 ユーノが見つめる先には白い服を身に纏った、おさげの髪型がよく似合う一人の魔法少女が居た。


「I see, she is so cute. Was it given to her? (なるほど、女か)」

「It is not such meaning! (違う! そういう意味で言ったんじゃない!)」


 素直に思ったことを口にしたらユーノに激しく否定されてしまった。
 でもユーノ、お前顔赤いぞ?


「え、えと、すいません、わたし英語はちょっと苦手なんです。 えへへ」

「Oh no, My heart beating is so fast. (やべっ、今ちょっとドキッとした)」

「Me, too. (僕もだ)」



 杖を片手に小首を傾け照れくさそうに笑うその少女の姿に、俺たちは一瞬ノックアウトされそうになった。
 だけど俺に関しては何も心配することはない。 なぜなら俺はロリコンではないからだ。
 おい、だからちがうっつってんだろ糞デバイス。 チカチカすんな眩しいじゃねえかぶっ殺すぞコノヤロウ。



[15974] 出会い編 第3話 わかりあえない気持ちなの?
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/02/06 13:35

 さて、俺たちはジュエルシードの前に魔法少女を発見してしまった訳だが、一体彼女は何者なんだろうか。
 ユーノの話ではここに来たとき彼女は既にここに居て、暴走したジュエルシードからの攻撃を魔法の盾で防ぎつつ封印魔法を唱えていたらしい。
 この少女、なんとなくユーノより強そうである。


「どうするユーノ?」

「とりあえず自己紹介でもしようか」

「噛まれないか?」

「噛まないよっ! わたし犬じゃないもん!」


 ちょっとからかってみたら本当に噛みつかれそうになった。
 ちっ。 少し魔法が使えるからっていい気になりやがって。
 

「相方が失礼なこと言ってごめんね? それと始めまして。 僕はさっき君が封印したジュエルシードを追ってきた魔導師で、ユーノ・スクライアと言います。 君の名前は?」

「あ、わたしの名前は高町なのはと言います! 今は小学校三年生で――」


 俺は名前さえわかればあとはどうでもよかったので、それ以降は彼女の持つ杖の方をよく観察することにした。
 その魔法の杖は先端部分に赤くて丸い玉が存在していて、それを金色の金属でできたフレームで杖に固定しているような形状をしている。
 そしてその杖は如何にも魔法使いっぽく、俺としては大変心惹かれるものがある。

 でもやっぱ防御魔法があるってことは攻撃魔法とかもあるんだろうなぁ。
 俺も一度はそういう魔法を使ってみたかったぜ。
 エターナルフォースブリザードとかやってみてー。
 あ、そうか。 圧縮魔法を逆に使って急激に断熱膨張させてやれば出来なくもないのか。
 今度やってみよう。


「――それで、あの、この子は……」


 いつの間にか自己紹介を終えていた少女は魔法の杖を自分の胸元に抱え、ユーノにそれをどうすればいいのか聞いてきた。
 なに? くれんの? ならくれ。


「ああレイジングハート、そんなところに居たんだ。 いやあ無事でよかった。 いきなり鳥に盗まれたから、すごく心配してたんだよ」


 ええっ!? その杖が昨日無くしたデバイスなの?
 昨日少し見たときとは形や大きさが全然違うじゃん。
 ……ああなるほど、これが四次元ポケット的な何かにつながるのか。
 次元世界すげえ。


『I don't admit that. (私はそう認識していませんが)』


 おお、しかもこのデバイスは英語でしゃべるのか。
 そしてユーノはめっちゃ疑われてる。
 実際即効で捜索打ち切ったしな。


「おいユーノ、お前そのデバイスに何したの?」

「別に何もしていないよ。 せいぜい荷物を運ぶのに使って内部空間を多少汚したくらいだよ」


 それだな。
 相性悪いのは自業自得じゃねーか。


「あの、それでこの子はお返しした方がいいんですか?」

「うーん、そうだね、まあ高いものだし……」

『Only it? (それだけですか?)』


 というかユーノの態度そのものにも問題がありそうだ。
 あとはこのデバイス自身も結構プライドが高そうだな。
 なんでデバイスのAI連中ってこう自分を高く売ろうとするんだ?


「つか、どうせ俺らだけじゃ封印できないんだろ? だったらいっそのこと協力してもらって、そのお礼としてプレゼントしてしまえばいいんじゃね? そのなんちゃってハート」

「まだ試したわけじゃないんだから無理だって決めつけないでよ」

『Impossible.  (貴方には不可能です)』

「ほらみろ。 経験者がこう言ってんじゃん」


 というかユーノ、こいつにマスターとして認められてないんじゃね?
 なんとなくあの杖は少女の方に信頼を寄せてて、ユーノはぶっちゃけどうでもいいみたいな感じがする。


「酷いよレイジングハート! 一つのジュエルシードであれだと、確かに僕一人じゃ難しいかもしれないけど――」

「あ、そうだ。 質問なんだけど、あんたって魔法始めてからどんくらい経つの? なんか凄かったらしいじゃん」


 俺は言い訳がましいユーノを無視して少女の方に話を振った。
 この天才児ユーノ・スクライアですらマスターとして認めて貰えなかったんだ。
 こいつが魔法を始めたのは2~3歳くらいか? 


「あの、えと、きょ、今日が初めてです」

「は?」「――僕の話を聞いて、って初めて!? 初めてであんな魔法を!?」


 え? まじで?
 初めて魔法覚えてそれでもうユーノより凄いの?
 なんだこのチート野郎。 ケツにウ○コ詰めて川に沈めるぞコノヤロウ。


「確かに潜在魔力量は明らかに僕より多いけど、それにしてもなんて才能なんだ!」

「というか初めてでも封印とかできちゃうんだ?」

「あの、でも、それはレイジングハートさんが協力してくれたからで、これはわたしの力じゃ……」

『No. It's yours. (違います、それは貴方の力です)』

「だとさ、ユーノ。 もうあげちゃえば? どうせ諦めてたんだろ?」


 ユーノは完全に振られてしまったようだ。 残念。


「ちょ、それは!」

『I thought so. (やっぱり)』

「ち、違うんだレイジングハート!」


 どう弁明してももう手遅れである。


「はいはい、終わり終わり」


 俺は見苦しく言い訳するユーノに最後通告を突き付けた。


「……はぁ。 もう言い訳しても仕方ないか。 でも一般の民間人に――」

「それも今更だろ。 既に魔法の存在は知ってる。 そして封印も容易くやってのけた。 ぶっちゃけ下手すると俺らよりこの件においては有能なんじゃねーの?」


 彼女は魔法の力を手放したくないのかそのデバイスを手で強く握りしめている。
 頼み込めば協力してくれそうだし、本人の意思を確認をするつもりで聞いてみるか。
 というか道具として使い倒してやろう、そうしよう。


「ちなみにそこの魔法少女、あんたはどうしたい?」

「わ、わたしは、できればみんなと協力して、ジュエルシードを集めて、そしてこの街を守りたいです」

「……そうだね。 見たところ資質で言うなら僕なんかより遥かに高い。 魔力量もかなりあるからレイジングハートに防御を任せれば安全性もある程度確保できる……となるとあとは管理局が来たときにどう説明するか、か。 管理外世界の現地人に訳もなく魔法の力を与えると問題になるし。 サニー、何かいいアイデアでもある?」


 そこでこっちに話を振るのかよ。
 俺は管理局がどういう組織なのかもよく知らないっての。


「んー、ようは協力してもらうのに正当な理由があればいいんだろ? そんでレイジングハートもユーノのもとには戻りたくないと」

『Of course. (絶対嫌です)』

「うん、こうしてはっきり言われると結構きついね」


 元所有者はその所有物からの言葉に酷く落ち込んだ。
 大丈夫、元気だせって。
 この世にデバイスはきっと星の数程ある……はず。
 だからお前に合うデバイスだっていつか見つかるさ……たぶん。


「だったらこうしたらどうだ? 『自分一人では上手くいかなかった状況で、現地の少女が僕に協力を申し出てくれた。 そこで試しにデバイスを渡してみたところ、彼女は魔法に対する適性が非常に高く、封印も速やかに行うことが出来た』」


 ここまでの説明に問題はないかユーノに目くばせすると、彼は頷いてくれた。


「『また人格面にも問題を感じられず、彼女の今後の安全等を考慮した結果、これを機に魔法に対する理解を深めておくべきだと判断し、デバイスを託す代わりに協力を要請した』って感じで。 ただしこの場合ユーノの立場が多少悪くなるかもしれないけどな」

「……うん、それなら大丈夫だと思う。 君もそれでいい?」

「う、え、えっと、ごめんなさい。 ちょっと難しくてよくわからなかったかも……」

「おいおい」


 こんだけわかりやすく纏めてやったってのに。
 まさに馬鹿魔力って奴だ。
 馬鹿は馬鹿でまた思い通りにならないから困る。


「要約すると、『身を守るためにも魔法は覚えた方がいい。 そのためにレイジングハートを貸してあげるから僕たちに協力してくれませんか?』ってこと。 協力してくれるならそのデバイスは君にあげてもいい」

「あ、はい、わかりました! それでいいので協力させてください!」

「それじゃあ高町さん、これからよろしくね」

「はい! こちらこそよろしくお願いします! それで、あの、私の事はなのはって呼んでください! 家族や友達のみんなはわたしのことをそう呼んでるんです」

「そう? じゃあこれからは、な、なのはって呼ばせてもらうよ」

「うん! よろしくね? ユーノくん」

「あ、うん、こちらこそよろしく」


 彼女に微笑みかけられてユーノの顔は少し赤くなった。
 さっきは否定してたけど、やっぱり惚れてるだろお前。


「えーっと……あ、そういえばまだお名前聞いてなかったよね? お名前教えて?」


 ユーノに惚れられた女が俺に話しかけてきた。
 なんだ? 急に馴れ馴れしくしやがって。
 ユーノが懐柔されたからって俺もそうだと思うなよ?


「ああいいぞ、教えてやる。 俺の名前はコニシキ・ボンレスハムって言うんだ。 将来は土俵で塩を撒くのが夢かな。 座右の銘は『体脂肪を失ったら負け』だ」


 ユーノが噴き出した。 おい笑うな。 ばれるじゃねーか。


「絶対嘘だよ!」

「ちっ。 よくわかったな。 俺の名前が嘘だと気付いたのはお前が2人目だ」

「わからないはずないよ! 今の明らかにおかしかったもん! それでホントの名前は?」

「本当の名前はササニシキ・コシヒカリって言うんだ。 将来は家庭で米を炊くのが夢かな。 座右の銘は『エルニーニョ 日本全国 米騒動』だ」

「また嘘だ! ねえねえ、どうして教えてくれないの?」


 少女が俺の肩を掴んで揺すってきた。
 ユーノは方を震わせて苦しそうにしている。


「気安く触るなよこのビッチ。 我が一族には知らない人に名前を教えてはいけないという仕来りがあるのだ」


 荷物のせいで重心位置が普段より高いから足元ふらつくようになっちゃったじゃねえかコノヤロウ。


「でもそれじゃあ一生友達ができないよっ!」

「くはっ!」


 こんなちょっとしたジョークに対してなんて容赦のない突っ込みをする女なんだ。
 やっべ、これはしばらく立ち直れそうにないわ。

 ちょっとした一言に深く傷ついた俺はその場に座り込み、地面に『鬱』の字を書き始めた。
 どうせ俺にはユーノぐらいしか友達はいねーよ。
 リア充はみんな死ねばいい。 というか死ね。 嫉妬の神によって裁かれてしまえ。
 あ、でもそうするとユーノも死んでしまうのか。
 じゃあ神様、やっぱり今のは無しの方向で。


「そんなに落ち込まなくてもいいじゃないか。 なのはもそんなつもりで言ったんじゃないと思うんだ、ほら」


 ユーノは苦笑しながらそう言い、その言葉に促された俺はガラスの少年型ハートを傷つけてくれた野ブタの方を見た。


「え? え? わたし何かまずいこと言ったの?」


 どうも彼女はなぜ俺が落ち込んでいるのか全く分かっていないようだ。
 ならいいや。
 俺は落ち込みやすいがその分復活も早いのだ。
 だって世の中はいつだって辛い事ほど積もりやすいからな。
 うまく心の掃き掃除をしてやらないとハウスダストでシックハウス症候群になってしまう。
 そう考えると俺が大半の過去を忘れてしまったのは非常に幸運なことだったのかもしれない。
 転生するときに記憶が消えるのは仕様なんすかね、神様?


「OK、わかった。 そこまで言うならお前に俺の名を知る権利を与えてやろう」

「あ、ありがとう、ございます?」


 少女はどこか納得がいかない様子にも関わらず、俺に向かって素直にお礼を言ってきた。
 こいつは将来何かの詐欺に絶対引っ掛かるような気がする。
 『納豆ダイエット』とか『DHMOは危ない物質だ』とかな。






 その後普通に自己紹介を終え、『今日はもう夜遅いし帰ったほうがいいんじゃないか? というか帰れ』という話をしていたときにその提案はなされた。


「え、もしかしてユーノくん達って野宿してるの?」

「まあな。 でもこの国の官警ってうるさいじゃん? だから今日は寝る場所を変えることにしたんだ。 で、さっきの騒動はそこへ向かう途中で起こったという訳」

「ちょ、ちょっと待って!」


 なんだ? そんなにこのダンボールハウスが気になるのか?
 そうだろうそうだろう。 ガムテープの1つもなしに強度と安定性と寝心地を追求した逸品だ。
 気にならないはずがない。 俺も始めその仕組みをユーノから聞いたときは感動したもん。


「なかなかお目が高いな。 実はこの――」

「かんけいってなに?」

「警察組織の事だよ」


 お前が気になったのはそこかよ!
 ダンボールハウスを見ろよ! コレまじすげーんだぞ!?
 ……あっ、そうか。 子供にはこの凄さが理解できないのかもしれない。
 なら仕方ないな。 『馬鹿には見えないガムテープを使ってるんでしょ?』とか言われたらそれまでだし。


「この街は比較的治安がいいことは昨日調べた時にわかってたんだけど、それも警察の方達が日々努力することで作られてるんだろうね」

「まあレスホームが増えると治安は乱れる傾向にあるからな」

「う~ん、よくわかんないんだけど、ユーノくん達って泊まる場所に困っているんだよね? だったら家に来たらいいんじゃないかな?」

「よくねえだろ」「それは悪いよ」


 俺達は即答した。
 そろそろ『お父さんと一緒にお風呂に入るのは嫌だ。 お父さん死んで』とか言い出すような年頃の女子がいる家に、不審な男子2名を泊めるなんてことは果たしてありえるのだろうか? いやない。
 だって俺が父親なら絶対嫌だもん。
 それに二人で野宿ってキャンプみたいで面白いしな。
 折角の楽しい時間をぶち壊されてたまるか。


「大丈夫だよ。 家にもよくアリサちゃんやすずかちゃんがお泊まりしに来るし。 あ、アリサちゃんとすずかちゃんっていうのはわたしの大切なお友達で――」

「それはお前のお友達が女の子だからに決まってんだろ」


 というかお前のお友達とかどうでもいい。 超どうでもいい。
 自慢か? ぶっ殺すぞコノヤロウ。


 その後もこっちがやんわりとオブリガードに包んで断ってるのに強引に手を引いて家まで連れて行こうとするので、俺達は仕方なく彼女について行くことにした。
 それで断られればさすがにこいつも諦めるだろう。
 そう思っていた。

 だが残念ながら俺の予想は外れることとなる。









「構わないよ。 好きなだけ泊まるといい」


 俺は高町家のリビングで、なのはの父親の高町士郎さん(年齢不詳)と向かい合っていた。


「でもほんとにいいんですか? 見ての通り俺達って不審者ですよ? もう、これ以上ないってくらいに不審じゃないですか。 不審者といったら俺、俺と言ったら不審者ってぐらいの不審者っぷりですよ?」


 現在ユーノは俺の想いとは裏腹に少しでも泊まれる確率を上げようと小動物の姿に変身中。
 俺は『いじめに耐えきれなくなって孤児院を脱走したら、旅の途中でこの子(ユーノ)を見つけ、孤独に耐えかねてそれを飼いはじめた男の子』という設定を付け加えられた。
 そしてなのはがその嘘設定を母親の桃子さん(こちらも年齢不詳、多分結構若い)に説明した結果、先ほどの様にこの家への滞在許可が下りてしまったのだ。


「本当の不審者は自分の事を不審者とは言わないわ」

「ましてやなのはと同じぐらいの子供だったら尚更だ。 恭也も美由希も、別にいいだろ?」


 俺は『そんな設定有り得ないだろ』と内心思っていたが、高町家のご両親はそれを信じたのか少し目がうるんでいる。
 そして何故か横で聞いていたなのはも泣きそうになっている。
 というかこの設定考えたのは半分お前だろうが。 アホか。


「ああ。 何の問題もない」


 と、なのはの兄の恭也さん。


「もちろんだよ! それにこのフェレットも可愛いしね~」

「キュッ!?」


 そしてなのはの姉である美由希さんはユーノに夢中である。
 身体を触られてくすぐったいのかユーノはピクピクしている。
 これ、人間形態なら逆セクハラで訴えられるよね?


「これで家族皆の同意が得られた訳だ。 さあどうする?」


 家族皆のその発言に気を良くしたのか、士郎さんは笑顔で俺に最終確認をしてきた。
 ……どうすっかな。
 確かに屋根付き壁つきトイレ付ってのは非常に助かる。
 ジュエルシードを探しに行く時も民間協力者(パシリ)の助力を得やすい。
 そしてなによりユーノが彼女に惚れている。
 よし、なら折角の御好意だ。 甘えさせて貰った方が失礼も少ないだろう。


「じゃあしばらくの間よろしくお願いします」


 俺は一度椅子から立ち上がって深く頭を下げた。


「うん、こちらこそよろしく、サニー君。 でもなのは」

「なに、お父さん?」

「夜は危ないから、もう勝手に出かけちゃ駄目だぞ?」

「は、は~い……」


 なのはは帰ってきてそうそう恭也さんと美由希さんに見つかり、深夜徘徊の件について一度注意されている。
 その際説明した外出理由は、『昼間可愛いフェレットを見つけたから餌付けをし、夜になって鳥や猫にでも襲われていないか心配でたまらなくなったから確認しに行った』である。
 ちなみにこの設定を考えたのはユーノとなのはだけで俺はこの件については一切ノータッチである。

 俺ならもっとマシな言い訳をするね。
 例えば、『昼間美味しそうなフェレットを見つけたから餌付けをし、夜になってチュパカブラや北京原人にでも喰われていないか心配でたまらなくなったから確認しに行った』とかな。
 突っ込みどころを多く作ることで相手の思考を逸らすのだ。




「ところで、サニー君はもう晩ご飯を食べたのかい?」

「あ、はい。 既に自分達で用意して食べました」


 俺は椅子に座りなおし、いざという時の為に野生動物の捌き方を勉強しておこうと思いながらそう言った。


「ちなみに何を食べたのか聞いてもいいかい? 話を聞いてると余りちゃんとしたものを食べてないんじゃないかと心配になってね」

「いえ、ちゃんと食べてますよ? 今日の晩御飯はつくしとタンポポの葉とノビルの鱗茎、それと菜の花のお吸い物ですかね。 最近の若い人は苦味を知らないで育つから味音痴が多いって言いますけど、その点僕は苦味だけじゃなくて臭味まで知っている点現代人よりも優れていると思います」

「うぅ、こんな若いのに……。 今はこんなものしかないけれど、もう食事の心配はしなくても大丈夫だからね?」


 桃子さんは何故か声を震わせながら俺にシュークリームを差し出してきた。
 第六の味覚について自慢したつもりだったのに、なんでだ?
 まあ折角なのでそのおやつはありがたく頂くとしよう。


「こ、これはっ!? 味覚の関東大震災や!」


 そのシュークリームを口に入れた瞬間、俺の口の中には暴力的なまでの味のオーケストラが身体全体に響き渡った。
 転生して始めて食べたお菓子は想像を絶する美味しさで、俺はその甘味の衝撃波によって再び昇天しそうになってしまった。
 砂糖の甘さってこんな感じだったっけ? 何か違う気がする。
 あー、でもこれ、めっちゃ美味いわ。 もう死んでもいいかも。




 それからしばらくの間若干上の空のまま高町家の皆さんとの交流が続き、今後についての話がひと段落ついたところで俺とユーノはお風呂を借りた。
 やはりシャンプーで髪を洗うのは気持ちがいいものである。
 そしてユーノ、やっぱりでけえ。


 風呂から上がった後、俺達は用意された部屋の布団に横になった。
 ユーノはなのはと美由希さんが作った小動物用の簡易ベッドで丸くなっている。


「なあ、ユーノ」

「なに?」

「この世界の人達ってみんなこんな風に暖かいんだろうか?」


 俺は昨日今日と会ったはや……て、いや、せ? のことも思い出しながらユーノに問いかけた。


「さあ? それはわからないよ。 もしかしたらこの家の人だけかもしれないし、そうじゃないかもしれない。 ところで前にサニーがいた世界ってどんな感じだったの?」

「そうだなぁ。 これは今俺に残されてる記憶が妄想でないという仮定の話だぞ?」


 というか知識があれだけちゃんとしてるのに妄想ってことはないだろう。


「うん」

「まず研究以外では必要最低限の会話しかなかった。 今みたいに友達なんていなかったし、『明日休校?』『そうみたい』って会話が年に1、2回あればいいほうだったな」


 俺がユーノと普通に話をすることができたのは一か月以上完全に人との交流が無かったことも関係あるのだろう。
 あの生活にも話し相手としてバールはいたけれど、いくらAIが優秀だと言ってもこいつは人間じゃない。
 それに引きこもっていてもネットや買い物なんかで、人との繋がりが完全に切れてしまうことはそうそうないのだ。
 やっぱり人という生き物は1人では生きられないのだろうか?


「そうなの? でもサニーだったら案外人気者になれそうな気もするんだけど」

「まあ当時は今みたく積極的に話しかけたりとかしてなかったからな。 ところでお前は昔どんな感じだったの?」

「うーん、僕の学生時代の話でもいい?」

「むしろそう言った話が聞きたい」

「うん。 えーっと……あれは僕がまだ5歳ぐらいの時だったかな――」



 その後俺とユーノは小一時間ほどお互いの過去について語り合った。
 夜も更けてみんなが寝静まった頃、俺は暖かい布団に包まれながら『ああやっぱり友達っていいなぁ』と、そう思った。



[15974] 出会い編 第4話 街は危険がいっぱいなの?
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/02/07 15:51

 俺とユーノが高町家に厄介になり始めてからもう一週間が経過した。
 その間俺はユーノ達に探すのを手伝わなくていいと言われた為、なのはのかわりに高町夫妻が経営する喫茶店の手伝いをさせて貰っていた。
 その喫茶店の名前は翠屋。
 駅にほど近い大通りに面した、洋風のオシャレなお店である。
 図書館で俺達が読んでいた海鳴ジャーナル『スイーツの美味しい店特集号』にも載っている程の人気店でもあり、ケーキやシュークリームの美味しさでも有名だが、コーヒーや紅茶といったドリンク類の方もお互いの良いところを生かしあっていると評判だ。

 ちなみにこの翠屋と俺が寝泊まりをさせてもらっている高町家は意外と離れており、高町家の方の外観はお店とは正反対でまさに日本家屋と言った風である。
 その和風具合といったら塀に囲まれた屋敷、池付きの庭、そして道場まであるくらいだ。
 しかし何故か部屋やトイレ等、家の中の物はほとんどが洋式であるため、外観と内装とのバランスは若干悪い気がしないでもない。
 居候の身で偉そうなことを言うと怒られそうなのでこのことは胸の内に秘めておくことにしよう。


「ありがとうございましたー! またお越しくださいませー!」


 本日は土曜日で、ユーノとなのはは朝から家で魔法のレッスン、俺は喫茶店のほうで食器の片づけや皿洗い、掃除、そして接客をこなしていた。


「どうも~。 こちらこそおいしいお茶とケーキを御馳走様でした。 それじゃあお手伝い頑張ってね、ボク」

「はい! 頑張ります!」


 メニューも覚え接客も大分板についてきた俺は、今のようにお客さんから激励の言葉を貰うことも増えてきた。
 そうしてこれも対人関係についてのいい訓練だと思い気を引き締めていると、高町家の大黒柱兼、喫茶『翠屋』のマスターでもある士郎さんから話しかけられた。


「サニー君、別にこっちは手伝ってもらわなくてもいいんだよ?」

「えっ!?」


 俺は『ようやく少しぐらいは手伝えるようになってきたかな?』と思っていたので、今の一言にかなりショックを受けた。


「あ、もしかしてご迷惑でしたか? すいませんでした。 今すぐ家を出て行った方がいいですか?」

「あ、いや、もちろん迷惑だとかそういうことはないんだよ!? ただ若いうちはいっぱい遊んだ方がいいと思って! ほら、この間なのは達がプールに行った時もサニー君はお店にいただろ? だから――」


 ほっ。
 なんだ、ただ単に心配してくれただけか。
 やっぱりいい人だなぁ、士郎さん。


「いえ、そういうことなら心配はいりません。 ただでさえご迷惑をおかけしているので、少しぐらいは力にならせて下さい」

「そうか……。 でもこんないい子がどうして……」


 士郎さんは何か勘違いをしているようだったが、下手に訂正するといろいろな問題が生じかねないので俺はただ曖昧な笑顔を浮かべてごまかすことにした。


「そうだ、サニー君はサッカーに興味はあるかな?」

「サッカーですか? 聞いたことはありますけどやったことはありません」


 サッカーか……そういえば昔テレビで一度だけチラッと見た様な気がする。
 確か1チーム11人でお互いに切頂二十面体の球を蹴り合って敵を減らしていく格闘技だったな。
 清掃員のアルバイトがたかがボール1つで人を吹き飛ばせるなんて、あの時は英才教育国家中国の凄さを思い知ったものだ。


「なら僕が監督をしている少年サッカークラブの試合が明日あるんだけど、見学しに来ないかい?」

「あれ、でも明日もお店はありますよね?」

「そこら辺は恭也達がいるから大丈夫さ。 なんだったらその前の練習に少し交じってみるかい? たまには体を思いっきり動かすのも気持ちがいいよ」


 そういって士郎さんは軽く身体を伸ばしてから球を蹴る真似をした。
 確かに午前中はそんなに混んでいないし、恭也さん達に任せてしまっても問題はないのか。


「……でも僕、拳法とか使えないんですけど大丈夫ですかね?」

「え? 別に拳法は使えなくても大丈夫だよ? そりゃ、大きくなったら技術は必要になるけど、まだ身体が小さいんだからやる気さえあればそれで十分さ」

「それならぜひ参加させて下さい」


 そんな風に日曜日の予定が決まった。




 それから数時間。
 喫茶店も午後の営業時間になり、恭也さん達が学校から帰ってきたのでそれと入れ代わるようにして俺は高町家に帰った。
 明日の予定をユーノ達に知らせるためになのはの部屋へ行くと、そこでは丁度ユーノが魔法についての授業を行っているところだった。


「――つまり僕らミッドチルダの魔法文明は古代べルカの反省を生かしていると言えるんだ」

「そ、そうなの? それはよかったね」

「え? うん、まあ良かったと言えば良かったのかな。 じゃあ今の内容を踏まえて軽くテストを――」

「ええっ!? ちょ、ちょっと待って、今の魔法そのものとはあまり関係なかったよね!?」

「でもこういうことを知っておくと将来役に立つよ?」

「うぇー」


 その様子をピーピングしていると、どうも内容が難しいかったのかなのはは少し涙目になっていた。
 まあユーノの話はわかる人だからこその論理の飛躍も結構あるからなぁ。
 なのはぐらいの年齢ならわからないのも仕方ないだろう。
 俺も船の中でされた説明を全部理解できたわけじゃないし。


「おいユーノ。 なのは、泣きそうになってんじゃねーか」

「あ、ほんとだ。 ごめん、なのは。 次はもっとわかりやす――」

「いやいいぞ。 もっとやれ」

「ちょっとサニーくん!?」


 始めこそユーノの暴走を止めようかとも思ったが、涙目で耐えるなのはの姿がめちゃめちゃ笑えたので思わずドS発言をしてしまった。


「すまんすまん、つい心にも無いことを言ってしまった。 これが好きな子をついいじめてしまうというやつか」

「えっ!? サニーくんって私のこと好きなの?」

「嘘に決まってんだろこのビッチ。 自意識過剰にも程がある。 わさびで顔を洗ってきたらどうだ? きっと目が覚めるぞ」

「ひどっ!? そんなことしたら顔中ひりひりしちゃうよ!」

「ええっ!? 突っ込みどころはそこなの!?」


 その通りである。


「でもなのはもそろそろサニーを理解しないと。 この先もずっと弄られちゃうよ?」

「それは嫌だなぁ。 でもサニーくんって好きな子ほどいじめちゃうタイプなのは間違いないと思うよ」

「少なくともお前だけはないな、ってやめろ、消しゴムをちぎって投げるな。 自分で掃除もできない癖に」

「できるよっ! してるよっ! たまにはっ!」




 
 そんなやり取りをしつつ、俺は明日の予定を彼らに話した。


「明日は私もアリサちゃんたちと一緒に応援に行くつもりだから、もし試合に出るんならみんなで応援してあげる」


 アリサというのはどうもなのはと仲のいい友人で、このほかにすずかという友達もいるらしい。
 人の友達自慢とか聞いてると眠たくなるぜ。


「まあさすがにそれはないだろ。 所詮俺は一般人だからな。 ちゃんと修行をしてきた人たちには歯が立たないって」


 もし試合に出たとしても一瞬で頭から地面に突き刺さっておしまいに違いない。 
 でも練習でいきなり火がついた球が飛んできたらどうしよう?
 耐火スーツとかはさすがに置いてきたしなあ。


「修行? えーと、と、とにかく頑張ってね」


 あれ、何でそんな微妙そうな表情なんだ?
 明日の練習が少し怖くなってきたじゃないか。
 サッカークラブの練習って修行どころか苦行だったりするのか?
 いかん、ちょっと早まったかもしれん。


「お、おう。 そっちもいい息抜きになったみたいだな。 ユーノ先生もその間にプリントとか作ってくれたみたいだぞ?」


 ユーノは俺となのはが話をしている間に図解付きのプリントを作り終わっていた。
 なおそのプリントはもちろん図も含めて全てユーノのお手製である。
 手で書いた物のはずなのにそこに描かれた魔法陣等の円には歪みが無い。 字も大変綺麗である。
 うーん、やっぱりこういう細かいところでも差が付くんだろうか?
 ……いやいや、ちょっと待て。 ユーノは一体いつ日本語を覚えたんだ?
 うわー天才だー。 天才が居るぞー。


「あ、ホントだ。 ごめんね、ユーノくん」

「ううん、気にしないで。 僕も基本的な事の復習になったし」

「じゃあ俺は公園で蟻の観察でもしてくるわ。 二人とも頑張れよ」

「サニーくん、ちょっと待って」


 部屋を出ようとしたらなのはに肩を掴まれて止められた。


「あ? なに?」

「1つ聞きたいんだけど、何で蟻なの?」

「お前の頭を見てたら急に気になったんだ」

「いい加減そろそろわたしも怒っていいと思うんだ」

「ちょっ、いたいいたい、杖で叩くな」


 その後俺は本当に公園で蟻の生態を観察してレポートを纏めなくてはいけなくなった。
 そんな訳で彼らの役割の違いは何が原因で生まれるのかを日が暮れるまで考えたが、そんな短時間でこの難問に結論を出せるわけがない。
 多分遺伝子かホルモンに秘密があると思うんだけど、どっちにしろ実験とか出来ないしなぁ。







 そして翌日。
 俺はユーノ(フェレット状態)と一緒に川辺にあるサッカー場に皆より早く到着し、そこで軽くランニングや準備運動をしていた。
 傍で朝飯がわりのスナック菓子をかじっているユーノが言うには、なのはは昨日の夜中に学校でジュエルシードをまた1つ回収したらしい。
 これで現時点で回収を終えたジュエルシードは全部で5つ。 二人とも大変お疲れ様でした。


 軽くストレッチをしながら『このぺースでいけば来月末までにはユーノと一緒にミッドへ遊びに行けそうだ』などと考えていると、そこになのはが女子二人をシューティングゲームのオプションのように侍らせてやってきた。
 何だこいつら?


「あんたが最近なのはの家に居候しているっていう男子?」


 俺が不思議そうにオプションガールズを見ているとその片方が高圧的な態度で話し掛けてきた。
 あー、なんかこいつ苦手かも。
 こういう訝るような視線は昔を思い出してブルーになるからやめてほしい。


「そうだけど、そっちは?」

「あたしはアリサ・バニングス」

「私は月村すずかといいます」


 ふーん、髪の長い方がバニングスで、髪の長い方が月村っていうのか。
 ってそれだとどっちも同じじゃん。


「それであんたの名前は何て言うの?」

「なのはから聞いてないのか?」

「うん、一応聞いてはいるんだけど、こういう事は本人からちゃんと聞きたいから」

「なるほど。 それは一理ある」


 既に名前がばれているのなら偽名を名乗っても無駄だな。
 今回は普通に自己紹介するか。


「俺の名前はサニー・サンバック。 年齢不詳住所不定無職のしがない難民だ」

「聞いていた通り本当に変な奴ね」

「なんだと。 おいそこのお下げの女」

「……え? わたし?」


 俺は勝手に人のことを悪く伝えてくれた民間協力者にお仕置きをしようと思ったが、彼女は心労のせいか心ここに有らずといった様子だったので罰を与えることは止めた。
 そうだよな、学校の宿題や家事の手伝いをやりつつ、夜中にジュエルシード探しもやってれば、そりゃあ疲れるわ。


「あー、あれだ、お前疲れが溜まってるんじゃないか? 向こうのベンチで少し休んでろよ」

「うん。 心配してくれてありがと、サニーくん」

「ちげーよ、別に心配とかそんなんじゃ……いや、何でもない。 ほら、とっとと行け」


 途中から変な視線を感じたので俺は言い訳をやめ、普通に追い払うことにした。
 見るな。 そんな温い目で俺を見るな。 ぶっ殺すぞコノヤロウ。


「じゃあちょっと向こうで休んでる」

「あ、私もついていくよ」

「ありがとう、すずかちゃん」


 そういってなのはと彼女が心配なユーノはベンチの方に向かい、その後を追うようにして二人の少女もこの場から立ち去っていった。
 うーん、一対一ならまだしも数人掛かりで囲まれるとやっぱりまだテンパっちまうな。
 このあとの練習はテンションを上げて乗り切るとしよう。
 とりあえず少し休憩――


「なにやってんの? あんたもこっちに来なさいよ」

「ちょっ、衿元を引っ張るな。 絞まってる絞まってる」


 と思ったのもつかの間、俺はオプション一号に引っ張られ、またもや微妙に居心地の悪い空間に引きずり込まれてしまった。
 つかコイツ、さっきから初対面にも関わらずエライ上から目線だな。
 OK、このいかにもお嬢様的な物言いの方がバニングスで、さっきお嬢様っぽい言い方をしていた方が月村だな。
 ってまた同じじゃねーか!

 このままだといつまでたってもこいつらの見分けがつけられない。
 そうだ、ならこっちから1つ質問をするとしよう。


「なあ、お前らってそれぞれなのはとどんな関係なんだ?」

「あたしはなのはの親友よ」

「私も同じだよ。 ね? なのはちゃん」

「アリサちゃん! すずかちゃん!」


 それを聞いたなのはは満面の笑みを浮かべて二人に抱きついた。
 ふーんなるほど、アリサはなのはの親友で、なのはの親友なのが月村なのか。
 ってなのなのうるせえよ! またどっちも同じじゃねえか! 俺はアホか!


「ところで、あんたは今日何しにここに来たわけ?」


 俺がそんな風に脳内の見えない敵に怒りをぶつけていると、見た目が日本人じゃない方が話しかけてきた。
 おお、この見分け方でいいじゃん。 何で俺はこんなことに苦労してたんだ?


「俺は士郎さんに誘われてサッカーの練習に参加させて貰いにきたんだ」

「でも見た感じあんまり上手くなさそうね」


 金髪女は俺の体つきや恰好を見てそう言った。
 なんだこいつ? むかつくメスガキだぜ。


「アリサちゃん! そんな風に言うのは失礼だよ!」

「あははっ、でもサニーくんならどんな風に言っても大丈夫だよ」

「なんだと? おまえらなんて一度『ピーーーーッ!!』されてしまえ」


 俺のほうからもまだまだ言ってやりたいことはあったものの、残念ながら集合の笛が鳴ってしまった。
 ちっ、命拾いしたな。 このビッチ共が。


「あー、なんかそろそろ練習が始まるみたいだから俺もう行くわ」

「あっ! ちょっと! まだあたしの話は終わってない!」


 失礼なほうのロンゲが俺の腕を掴んできた。
 いい加減しつこいっつの。
 あ、そうだ。 ユーノを生贄にしてこの場を脱出すればいいや。


「じゃあみんな、ユーノを宜しく頼む」

「キュッ!?」


 ユーノは『何でわざわざ僕の名前を出したの!?』とでも言いたそうにこちらを見てきた。


「ユーノ?」

「あ、うん、この子のお名前。 ユーノくんっていうの」

「キュ」


 なのはがユーノを持ち上げたところでユーノが二人に可愛く鳴きながらお辞儀した。


「わぁ、かわいいっ! なのは、あたしにも触らせて!」

「私も触ってみたい!」


 そしてその仕草が彼女たちのハートを掴んだのかユーノは揉みくちゃにされた。
 やったなユーノ、お前のハーレムだぞ。


「……あ、この子男の子なんだ?」

「キュ!? キュワァーー!!」


 こうして上手く気を逸らした俺はユーノの嬉しい悲鳴を聞きながら士郎さんの所へ向かった。








「自分はサニー・サンバックといいます! サッカーはやったことがないので経験者の皆さまには多大なご迷惑をお掛けすると思いますが、その点はどうかご容赦ください!」


 俺は練習の前にサッカーチームのメンバーの前に立って挨拶をした。


「みんな同年代なんだからもっと楽にしてもいいんだよ?」

「そうですか?」


 士郎さんは簡単そうに言ったが、俺にとってはそれこそが一番難しい。
 敬語をやめればそれはそれで失礼な感じになるし。
 とりあえず大きな声ではきはきとしていればいいか?


「とにかく気合いと集中力ぐらいは皆さんに並べるように頑張ります!」

「お、いい感じのテンションだね!」


 ホッ。 これで良かったのか。


「さあ、みんなにも彼のやる気が伝わったところで準備運動を始めよう! まずはアキレス腱のストレッチから――」


 その後準備運動が終わり、俺の目的の1つである簡易練習が始まった。
 みんな本番のために体力を残しておくためか、予想とは違いこれといって激しい動きはなかった。
 その練習内容は、お互いの動きを予想し相手の受けやすい位置にボールを蹴りだすといったことがメインだったため、俺でも問題無く混ざることができたのは嬉しい誤算である。
 しかも士郎さんやチームの皆に『上手いじゃないか! とても初めてとは思えない!』と褒められすらしたため俺は有頂天になった。

 そしてそこまでは良かった。
 前世を思い出す限り今までに褒められた記憶が無かった俺はかなり嬉しかったのだろう、その場でテンションに任せて連続バク宙を決め、周りをドン引きさせた。
 あの時取ってしまった行動は忘れたい記憶として封印してしまおう。



 やがて相手チームが到着。
 両チームとも試合前の簡単な練習が終わりいよいよ試合が始まった。

 試合開始から20分ほど経った頃。
 俺はサッカーという競技について大きな勘違いをしていることにようやく気が付いた。
 サッカーって体のぶつかり合いはあってもコートの外まで吹っ飛んだりはしないんですね。

 俺はそのことに少しだけ拍子抜けしたものの、個人技や肉体の資質だけでなく、ポジショニングやパスを出す相手の選択等にも頭を使い、チームが一丸となってゴールを狙うというこの団体競技にはどこか心惹かれるものを感じた。
 いいなぁ、俺もあの中に交じってみたいなぁ。


「士郎さん」

「なんだい?」

「俺も少しの間だけチームに入れてもらえませんかね? あの中に混じって一緒にゴールを奪う感覚を味わってみたいと思ったんです」

「もちろんいいとも。 みんなもきっと歓迎してくれるよ。 試合が終わったら訊いてみるといい」

「はい。 あ、月謝は――」

「普段お手伝いしてくれているからね、そこはサービスだ」

「ありがとうございます」








 結局その日の試合は2-0で翠屋JFCが勝ち、その祝勝会を翠屋で行うことになった。
 試合後、無事チーム翠屋JFCに仮入部させて貰った俺は翠屋へと向かう道中キーパーの少年と話をしていた。


「――つまりあのタイミングで前に出たのは相手へのプレッシャーとコースを塞いでミスを誘うという意味があったんですか」

「うん。 自分でもあのタイミングは絶妙だったと思うよ。 でもよかったの? 彼女たちと一緒に帰らなくて」


 彼女たちとはなのはとその親友のビッチと少女のことだ。
 彼女たちは試合が終わって直ぐに打ち上げの手伝いをするため、ユーノを連れて先に翠屋へ帰ってしまった。


「まあ問題はないと思いますよ。 どうせ早く行ったからって何かあるわけでもないですし」

「そうかなあ。 君はあの中に誰か好きな人がいたりしないの?」


 それはいくらなんでも論理の飛躍が過ぎると言うものだ。


「そもそもあの3人の内の2人とは今日初めて知り合ったんでそれはないです。 というか例え彼女が居たとしてもさっきのサッカー場から翠屋程度の距離だったら別々でいいと思うんですが?」

「僕は好きな人となら少しでも一緒に居たいと思うけどなぁ」


 えっ、今時の子供ってもうこんなにませてんの?
 まだ五年生だろ? 俺なんて死ぬ直前までそんな話一つもなかったってのに。
 なんというリア充。


「でもそんなことを言うってことは先輩には好きな人とかいるんですか?」

「今日高町監督のいたベンチに女の子が一人座ってただろう?」

「そうですね」

「実はそのマネージャーの子と、ちょっとね」


 そう言って彼は照れくさそうに頬を掻いた。
 そういえばあの場には確かにロングヘアーの女の子が居たな。


「他の皆には言わないでくれよ? からかわれるから」

「大丈夫です。 誰にも言いませんよ」

「それでさ、こないだきれいな石を拾ったんだけどね、それをプレゼントしようかなって思ってるんだ」


 あれ? オラなんだか嫌な予感がしてきたぞ。


「これなんだけどね」

「わーきれいですねー」


 そう言って彼が鞄の外ポケットから取り出し、俺に見せてくれた鉱物は案の定ジュエルシードでした。 うわぉ。


「でもこれ、少し臭いのが気になるんだよね。 洗っても全然取れないし」


 そりゃそうだ。
 ユーノが超音波洗浄で洗っても匂いが取れないって言ってたのに、普通の流水で洗っただけじゃ取れるわけがない。
 まあ後の不幸に繋がる前に芽は摘んでおくとしよう。


「だったら先輩。 俺もっといい石持ってるんで、それ上げますからその臭い石捨てちゃったらどうですか?」

「本当かい? でも悪いよ。 だってその石は君が見つけたんだろう?」

「気にしないで下さい」


 俺はまず高町家に置いてある自分のリュックからポケットの中に秘密基地周辺で拾った鉱物を転移させた。
 そして『今までずっとポケットの中に持ってましたよ?』というフリをしながら彼に真珠のような光沢を見せる鉱物を手渡した。
 この結晶は何となく秘密基地にあったダイヤモンドペースト等を使ってラウンドカットに研磨しておいたのだが、まさかこういう役に立つとは思いもしなかった。


「ほら、これです」

「うわっ、凄い奇麗な石! 虹色に光ってる! この石はなんて名前なの?」

「その鉱物はアノーソクレースと言います。 月長石やムーンストーンと言った方がわかりやすいでしょうか? 恋人に贈るといっそう愛が深まると言った伝承もありますね」

「ホントに!? でもこれ、売ったら高いんじゃないの? 本当に貰ってもいいの?」

「いいですよ。 どうせ家には似たようなのが沢山ありますし」


 実際この程度のものなら秘密基地周辺にはごろごろ転がっている。


「でもこの青い石も見た目は奇麗だし、捨てるのは勿体無い気もするなぁ。 ねえ、この石要らない?」


 まあ投げ捨てられても回収がめんどくさいか。


「そうですね、ならありがたく頂戴します」


 そう言ってポケットから先ほどと同じような手段で軍手を取り出し、彼からジュエルシードを受け取った。


「どうして軍手を?」

「なんの石かわからないんで念の為ですね。 鉱物によっては皮膚に付いている油で変色してしまうものもあるんで。 ちなみにその石は皮脂程度では変色したりしないので気にしなくて大丈夫ですよ」

「へぇ、そうなんだ。 でもありがとう! これならきっと彼女も喜んでくれると思うよ!」

「喜んでくれて何よりです」


 こうして俺はジュエルシードを1つ、暴走させることもなく回収することに成功した。
 手に入れたジュエルシードはポケットに入れるふりをしながら、転移魔法でなのはのベッドの枕元に転がしておいた。
 その際軍手に臭いが少し移ってしまったのがかなり嫌だった。 くっせぇ。



[15974] 出会い編 第5話 ライバル!?もうひとりの火砲少女なの?
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/02/15 13:44
「ねえ、あんたはなんか趣味とかあるの?」

「趣味? そうだなぁ」


 あのサッカー初体験の日から1週間。
 俺はユーノ(動物形態)、なのはと一緒に月村邸へ訪れ、その家の中庭で高級そうな紅茶を前にして質問攻めに合っていた。





 事の発端はこの日の朝まで遡る。
 朝起きて歯を磨いている時、士郎さんに『今日は美由希も一日中お店を手伝えるみたいだ。 だからサニー君は遊んでおいで』と言われた俺は急に予定に空白ができた。
 しかし特にすることもなかったのでいざというときの為に電子辞書を用いてしりとり必勝法を考えてみることにした。
 そうして『り』で終わる言葉は多いのに『り』で始まる言葉が少ないことに気付いた頃、昼になってようやく起きてきたなのはが俺に話しかけてきた。


「ねえサニーくん。 わたし、これからすずかちゃんの家でやるお茶会に呼ばれているんだけど、サニーくんも来ない?」

「お茶会? 俺礼儀作法とか知らないんだけど」

「わたしも知らないから大丈夫!」


 それ、満面の笑みで言っちゃ駄目じゃね?


「ついでに言うと俺そいつらのこと良く知らないけどいいの?」

「だからじゃないかな? お茶会にはアリサちゃんも来るんだけど、来るときにサニーくんも連れてきてって言われたの」


 アリサ? どっちだっけ?
 名前が外国っぽいからオレンジの髪の方だな。 多分。


「だからって言われても意味わかんねーよ」

「う~ん、友達になりたいからじゃないかな? ほら、今度温泉に行くでしょ? だからその前にって」


 なに、温泉だと!?
 ふっ、俺の得意分野だな。
 いざというときの為に持ってきたツインpHメーターが役に立つ時が来たか。


「この間学校でサニーくんの話をしたらアリサちゃんが――」


 この間調べたところによれば海鳴の街は強い酸性を示す温泉が多いらしい。
 おそらく硫酸酸性の温泉が出ているのだろう。
 そういや、マグマ溜まりから遠いところにも温泉があったな。
 そっちの方は中性に近いお湯が出るという話だから、源泉の温度次第ではシアノバクテリアの群生も見られるかも。


「それで『一緒に住んでるなら危なくないかどうか確認するのはなのはの為でもあるのよ!』って言われちゃって――」


 温泉地帯っていうことはもしかしたら間欠泉も見れるかも知れない。
 ああそうだ、だったら温泉卵用に桃子さんには卵を持っていくよう進言しよう。
 あ、でも俺も一緒に行くと勝手に思い込んでたけど実際はどうなんだ?
 なのはの発言からすると連れて行ってもらえるみたいに言ってたけど。


「――ってサニーくん、わたしの話ちゃんと聞いてた?」

「ああもちろん。 温泉卵を作るのに必要な温度条件だよな? まず白身のたんぱく質が固まらない温度である必要が――」

「ぜんぜんちがーう! 人の話を聞かないサニーくんは、今日わたしについて来ないと駄目っていう話なの!」

「は? え、そうなん?」

「そうなの! だからサニー君は早く着替えてきて! もうすぐお迎えが来るから! ほら早く!」

「バナナはおそそに入りますか?」

「何ふざけてるの? 怒るよ?」

「はい、すいませんでした」


 そんな、突っ込みの一つもないなんて。
 というか今のは流石に酷かったな。
 そんなことを想いながら俺はなのはをこれ以上怒らせないよう40秒で支度した。







 その後俺は黒塗りの外車で月村邸に運ばれ、お互いに簡単な自己紹介を済ました結果、先の状況に至る。
 到着してしばらく経ったところで、俺はこの邸宅が以前ユーノと図書館で話をしてた時に出てきた糞デカイ屋敷の1つであることに気付いた。
 そのユーノは現在この屋敷で大量に飼われている猫に追いかけまわされている。 お疲れ様です。

 ちなみに今日はなのはの兄である恭也さんもここに来ており、今は月村のお姉さんといちゃついている。
 普段ならリア充死ねと言っているところだが、俺は高町一家にはかなりのお世話になっているので是非とも彼には幸せになって貰いたいと思う。


「まあ趣味と言えるのは鉱物採集と読書ぐらいか。 あとは最近サッカーに嵌って士郎さんにいろいろ教わっているところだな」

「ふーん。 鉱物採集って、なんか暗い趣味ね」

「暗いとか言うなぶっ殺すぞコノヤロウ」

「でもサニー君も読書が好きなんだ? 実は私も読書が好きでね、最近読んだ中では『恋鏡』っていう本が一番面白かったよ」

「あ、それ名前だけ知ってる。 この間塾で国語の先生が言ってたやつよね? どんな内容だっけ?」

「うん。 整形した女の人が主人公なんだけど、いくら美しくなっても内面から変わらなければ本当の恋愛はできないっていうお話」

「へ、へえー、何か凄い内容だな」


 というかそれ、小学生が読んで本当に面白いのか?
 子供ってもっと勧善懲悪系の話を好むもんだと思ってたんだけど。
 ふとなのはの方を見るとニコニコ笑いながらわかったふりをしていた。
 ああ、安心した。 やっぱり普通の子供ってそんなもんだよなぁ。


「サニー君は何かお勧めの本とかってある?」

「今の話を聞く限りだと俺の好きなジャンルとそっちの好みは大分異なりそうだな」

「どんなジャンルなの?」

「理学系の専門書やブルーバックスとか。 知ってる?」

「うーん、ちょっとわからないかな」

「私も知らないわね」

「よかった! わたしだけじゃなかったんだ」


 お前はその前の本もわからなかっただろうが。
 何『そっちのほうは知ってました』みたいな顔して言ってんだコノヤロウ。


「まあブルーバックスってのは自然科学の啓蒙書かなんかだと思ってくれればいい」

「それの何が面白いの? あ、今のは馬鹿にしてるわけじゃなくて単純な疑問なんだけど」

「あーそうだな、『事実や真実のみが書かれていること』かな」


 たまに『よくよく調べてみたら実はウソでした』ってのはあるけど大体は本当のことだ。
 実際相対性理論なんてかなり疑わしいだろ。
 空間や時間を光の速度で定義してるけど、じゃあ速度ってなんなの? ちょっとおかしくね?  循環論になってんじゃん。


「わけわかんないわよ」

「うん、ちょっとわかりにくいかな?」

「だよね? だよね?」


 だが俺の言った面白さはいまいち伝わらなかったようだ。
 うーん、何て言ったらいいのかなぁ。
 とりあえず何で好きになったのかでも言えばいいのか?


「ほら小説ってさ、人間がたくさん出てきて最後は『恋愛が成就する』とかそういったオチが多いじゃん?」

「まあ多いわね」

「でもそれだけじゃないよ? 家族や友情をテーマにしたものや、ミステリー、ホラー、冒険もの、歴史ものにSFとかもあるよ。 SFだったらサニー君も気にいるんじゃないかな」

「そうだな、官能小説ならいけるかも」

「かんのー小説?」


 ゴンッ


「いってぇ! いきなり何しやがる!」


 顔を真っ赤にしたバニングスに拳骨で頭を殴られた。


「なのはに変なこと教えないでよ!」

「ん? お前は知ってんのか?」

「し、ししし知らない、変なこと言わないでよ! そんなわけないじゃない! そんなわけないじゃない!」

「ちょ、イタイイタイ」


 今度は蹴られた。
 これ絶対知ってるだろ。
 ちなみに読書好きの月村さんはどうか、と彼女を見てみれば顔を赤く染めて俯いているのが観察できた。
 ああ、彼女も知ってんのね。


「ねえねえアリサちゃん、かんのー小説ってどんなお話なの?」

「ああもうっ! ほら! あんたのせいでなのはが汚染されちゃったじゃない! どうすんのよ!?」 

「知ってんなら教えてやればいいじゃん」

「ぶっ飛ばすわよ!?」


 これ以上殴られたくないので俺は話を戻すことにした。
 俺は痛いのが嫌いなのだ。


「まあその話は置いといて、とにかく小説って人がたくさん出てきて、その登場人物同士の間で感情のやり取りってのが必ずと言っていいほどあるだろ?」

「当然よ。 だってそれが無いとそれこそお話にならないじゃない」

「ねえねえすずかちゃん、かんのー小説ってどんなお話なの?」

「ええっ!? わ、わたしに聞くの!? あ、その、わ、わたしもよく知らない、かなぁ……あはは」

「ふ~ん。 じゃあ今度ユーノ君に聞いてみよっと。 たしかユーノ君も読書が好きだって言ってたし――」


 バーニング先生はもうあっちの話に加わる気はないようだ。
 そしてユーノ先生、いつもいつもお疲れ様です。
 あとなのは、ユーノがなんで人前でフェレットになっているのかよく考えような。
 俺は未だ猫に追いかけまわされているユーノを目で追いながら余計な仕事を増やしたことを心の中で謝罪した。


「でな、俺って今まで友達とかいなかったからそういうものに感情移入がほとんどできないんだよ。 登場人物がどうしてそう思ったのか、理解はできても納得できねー。 だから人が出てこないものを好んで読んでいるうち、そういうのに嵌ったって感じ。 結晶成長とかも深く知ると結構面白いんだぜ?」


 記憶が無いから確かなことは言えないけど、多分それであっているはず。
 まあ孤高の戦士や不思議生物には普通に憧れたりするけどな。


「友達いないってあんた……そういえばなのはがそんなこと言ってたわね」


 科学の話はスルーですかそうですか。


「なんで友達がいなかったの?」


 だからなのはさん、そういった心にくる無自覚で強烈なストレートは勘弁してくださいってマジで。
 俺は上を向いて、静かに涙を流した。


「ち、ちがうちがう、そういう意味じゃなくって、あの、えと、ご、ごめんなさい」

「……まあいいさ。 というかそもそも友達ってどうすりゃ出来るんだ?」

「なんか小難しいこと考えてるわね」


 だってわかんねーもんはわかんねーんだもん。


「まずあんたは友情ってどういうものだと思ってんの? 少しぐらいはなんかあるでしょ?」

「そうだなぁ……友情とは見返りがあるもの、かなあ」


 少なくとも記憶の中の人間は皆そんな感じだった気がする。


「身も蓋もないわね。 道理で友達ができないわけだ」

「ならお前らはどう考えてるんだ?」


 俺は後学の為に聞いてみた。


「あたしは相手の為に心から怒ってあげられること、かな」

「私はその相手といて心が温かくなること、かなぁ」

「わたしは……うれしいときに一緒にいるとこっちもうれしくなって、悲しい時はその悲しみを分け合ったりできる、そういう風に感情を共有できること、だと思う」

「なるほど」


 ちなみに1人だけセリフが長いのはなのはさんです。
 『喜びも悲しみも分け合えること』でいいじゃん。
 もしかしてこの子、国語苦手なの?


「でもそれ全部満たすとしたらそれはもう親友って言うんじゃね? いくらなんでもハードルが高すぎるだろ」


 いずれにしろ俺にとってそれらは棒高跳びを棒なしで行うレベルである。
 もしそれが本当に友達の条件だというなら、俺はユーノとも友達じゃないことになってしまう。
 それは流石に認めたくない。


「そっか。 あたしたちの関係はあんたの参考にはならないか」

「そうだ、『一緒にいて楽しいこと』、これだけでいいんじゃないかな?」

「それいい! 採用!」

「うん! わたしもそれでいいと思う!」

「確かにそれはシンプルでいいな」


 月村さん、なかなかいいこと言いますね。
 そういえばこっちに来たとき初めに話した女の子は一緒にいて楽しかったな。  名前忘れたけど。
 だったら彼女は友達なんだろうか?
 ん? あれ、ちょっと待て。


「でもそれってさ、こっちがそう思ってても相手がそう思ってるかどうかはわかんないだろ」

「あー、でも別に友情って一方通行でもいいんじゃない?」

「うん、そうだね。 変に馴れ馴れしくされると困るけど、適切な距離感を保っていればそれで問題ないと思うよ」

「マジか」


 だけどそれは人との距離感を測るのが苦手な俺には難しいものがある。
 でもいつの日か俺もこいつらみたいに親友と呼べる友人が欲しい。
 そのためにはまず友達を作って経験を積むのがベストだろう。
 俺がユーノと友達になれたのは向こうから俺を友達だと言ってくれたからだ。
 ……よし、覚悟はできた。


「なあバニングス、月村、なのは。 お願いがあるんだ」

「なによ? あんまり無茶なものじゃなかったら聞いてあげてもいいわ」

「無茶なものだったら?」

「殴る」

「ひでえ」

「いいから言いなさいよ」

「おう・・・・・・あの、おれとも、俺と友達になってくりゃ、ください」


 俺は恥ずかしさのあまりその場から逃げだそうとした。
 しかしバニングスに肩を掴まれ逃げだすことはできなかった。


「あんた、何言ってんの?」


 そうか、大事なところで噛む奴はいやか。
 そうだよな、俺も嫌だもん、こんな自分。


「あたしたちはもうとっくに友達よ。 ねえ?」

「うん!」

「もちろん!」


 っかしいな、急に前が見えにくくなった。


「ちょっとちょっと、そんなことぐらいで泣かないでよ。 あんた男の子でしょ? なさけないわねえ」

「ちげーって、ちょっと目にゴミが入っただけだっての」

「でも私たちが今のような関係になった時、アリサちゃんもたしか泣いてなかった?」

「あ、そういえばそうだったかも」


 月村が面白い情報をリークしてくれた。 いつかこのネタでいじってやろう。


「ちょっと! そんなこと今言う必要ないじゃない! あんたも泣きながら笑うな!」

「だから泣いてねえって。 おい月村、お前だって時々目からなんか汁が流れることぐらいあるだろ?」

「う、うん、でもそれは普通に涙だと思うよ?」

「ほら見なさいよ!」

「よしバニングス。 お前はいつか泣かす。 そして本当の涙の味を思い知らせてやる」

「あの!」


 俺がバニングスと言い争っているとなのはが横から割り込んできた。


「なんだ?」

「もう私たちってお友達なんだよね?」

「ありがたいことにな」

「だったらサニー君も名前で呼び合おうよ。 わたし、お友達は名前で呼び合うべきだと思うの」

「それはいいアイデアだね、なのはちゃん」

「そうよ! さっきからなんか違和感があるって思ってたけど、それよそれ! じゃあサニー、早速あたしの事を名前で呼びなさい」

「ビチビチビッチ」

「また泣かすわよ」

「ッアー! 痛い! 脛を蹴るな!」






 それからしばらくアリサいじりを続けていると突然なのはが立ち上がった。


「なのはちゃん、どうかしたの?」

「あ、うん、今気付いたんだけどユーノ君がちょっと見えないから……。 わたし、ちょっと探してくるね?」

「そういえばさっきからあのフェレットの姿が見えないわね。 案外猫に捕まってどこか連れていかれてたりして」


 そういってアリサは笑った。
 ひでえ女だ。


「家の猫はそんなことしないよ。 ……たぶん。 ……きっと。 ……しないと思うなぁ」

「どんどん自信が無くなっていくんだなぁ、おい」


 まあ、あいつも元は人間らしいから大丈夫だろう。
 あれ、そういやどっちが本当の姿なんだっけ?


「と、とにかく探してくる!」


 今の話を聞いて不安になったのか、なのはは慌てて森の方へ駆けだして行った。


「私たちも行った方がいいのかな?」

「ああ、なら俺が行くからそっちはゆっくりしてろよ。 なのはのペットみたいになってるけど一応俺が飼い主ってことになってるからな」

「そういえばそうだっけ。 でももし見つからなかったら戻ってきなさいよ? 手伝ってあげるから」

「そう時間は掛かんないと思うけどな。 あいつは人の話す言葉が理解できるみたいだし」


 なんたって人にもなれるフェレットもどきだからな。
 あ、思い出した、そうだよ逆だよ。
 なんたってフェレットにもなれる人もどきだからな。
 あれ?


「あっ、そういえば確かにそんな感じだった!」

「すごく賢いんだね?」

「そうですね」


 こいつらより絶対賢いだろうに。 不憫すぎる。
 俺は人間扱いされてないユーノを哀れに思いながらなのはの後を追った。







「おい、見つかったか?」

「ハァ、ハァ、サニーくん? どうして、ここに?」


 追いかけてから数分後。
 俺はなのはに追いついたので後ろから声を掛けると、彼女は息を切らせながら聞き返してきた。


「そりゃ一応俺が飼い主ってことになってるんだから当然だろ。 ほら、とっとと見つけようぜ」

「あの! それなんだけど、本当は違うの!」

「違う? ……あ、もしかしてジュエルシードか?」

「多分そう! この近くで、魔力の波動を、ユーノ君が、感知したらしくて、そのあとを追ってきたの!」


 ああそうか、急に立ち上がったのは例の念話って奴をユーノから受け取ったわけか。
 なのはの呼吸はまだ乱れていて肩で息をしている。
 やっぱり普段から運動はしておくべきだな。
 俺は改めて日ごろの運動の重要性を認識した。


「じゃあ俺の助けは必要ないか?」

「えーっと、ならアリサちゃんとすずかちゃんが、心配しないように、なにか、言い訳を考えてくれる?」


 俺は瞬時に一つのアイデアを思いついた。


「そういうのなら任せろ。 遅刻と欠席の言い訳は俺の得意分野だ」

「じゃあそっちは任せてもいい?」

「おう、だからお前も頑張ってこい。 あとユーノにも頑張れって伝えといてくれ」

「うん! いってくる!」


 そうしてなのはを見送った後、俺は来た道をわざと木の根っこに足を引っ掛けて転んでから引き返した。






「わりい、なんか服貸してくんない?」


 アリサ達は戻ってきた俺の姿を見て酷く驚いた表情を見せた。


「うわっ、汚なっ!? あんた一体何したのよ!」

「見りゃわかんじゃん。 こけた」

「怪我とかしなかった?」


 この短いやり取りにもそれぞれの人間性が現れている。
 アリサは感情に任せて物を言うタイプで、すずかの方は相手への心配が先行するタイプのようだ。


「それは大丈夫だった。 こけた場所には泥しかなかったからな」

「ところであのフェレットは見つかったの?」

「いや、まだ。 でもなのはの『きゃー! 子猫さんかわいーのー!』って声が聞こえたから心配する必要はないんじゃね?」

「大丈夫そうね」

「うん、そうだね」


 一瞬『やべ、この言い訳はまずったか?』と思ったが、こいつらの中のなのは像はそれで正しかったようだ。
 自分で言っといてなんだが、猫に追われていた小動物を探しに行っときながら子猫に心奪われる奴なんていねーよ。


「直ぐに着替えを用意してもらうからサニー君はお風呂に入ってきたら?」

「そうさせて貰うわ。 あ、じゃあ暇つぶしに1つ有名な問題を出しておこう」

「問題? 言ってみなさいよ」

「これはとある夫が友達と遊び歩いていて家に帰らなかったときの話だ。 二日間家を空けていた夫は日曜日にようやく家へと帰ってきた」

「とんでもない夫ね。 あたしなら絶対許さない」


 こいつの夫になる男は将来大変そうだな。


「当然妻は夫を怒鳴りつけ説教をしたわけだ。 そして最後、夫に『もし何日も私の姿が見えなかったら、あなたは一体どう思うの?』と尋ねた」

「ここは大事だね。 上手く答えないと離婚の危機が訪れちゃうよ」

「ところが夫はこう答えた。 『そりゃあ最高にうれしいさ!』ってね」

「最悪の答えじゃない! 離婚よ離婚!」

「そしてそれから夫は妻の姿を見ることが出来なくなったんだ」

「きっと奥さんは家を出てしまったんだろうね」


 まあ普通はそう思うだろうな。


「ところがそれから数日たった木曜日、夫は特別何もしていないにもかかわらず、妻の姿をちゃんと家で見ることができた」

「ええっ!?」

「本当に?」

「ああマジだ。 さてここで問題です。 夫はどうして妻の姿を見ることが出来るようになったのでしょうか?」

「うーん、難しいわね」

「じゃあ俺、風呂を借りてくるから上がってくるまでに答えを考えてみてくれ」


 俺はそう言い残してその場を一旦後にした。





 その後20分程だだっ広い風呂につかり、着替えて中庭に戻ってきたところ、彼女達はまだちゃんとそこにいた。
 どうやら俺の足止めは成功したようだ。


「わかったか?」

「うん」

「答えは『妻は過去の夫との想い出を思い出し、もう一度だけやり直そうと考え直したから』よ。 というかそれ以外考えられない」

「いい奥さんだね」


 うーん、やっぱり小学生には難しかったか?


「残念でした。 現実はいつも非情です」

「ええっ!?」

「他に何があるって言うのよ!?」

「正解は『妻が夫をぼこぼこにしたせいで瞼の腫れが引くのに数日かかったから』でした」

「ああっ、なるほど!」

「くやしいけど、確かに納得だわ」

「まあ俺も初めてこの問題を知った時は騙されたからな」


 そんな感じで二人の気を逸らせて時間稼ぎをしていると、なのはが無事ジュエルシード探しから帰ってきた。


「なになに、みんな楽しそうだけど何のお話?」

「あ、お帰りなのは」

「ユーノ君見つかった?」

「う、うん。 待たせてごめんね?」

「キュウ」


 そう言ってなのはは胸にユーノを抱えて見せ、俺たちを安心させるようにテーブルの上に乗せた。
 しかしそう言ったなのはの表情にはどこか落ち込んでいるような感情が見え隠れしている。


「いや、気にするな」

「こっちも手伝おうと思ってたんだけど――」

「サニーの馬鹿が途中泥まみれで帰ってきたせいですっかり忘れてた。 なのは、ごめんね?」

「馬鹿言うな。 ぶっ殺すぞメスブタ、って耳を引っ張るな! 普通に痛いっ!」

「ううん、いいよ。 ちゃんと見つかったしそんなに大変じゃなかったから」


 もしかしてジュエルシードは見つからなかった、それともまた鳥かなんかに持っていかれたとかか?
 あとは暴走してまた黒い悪魔が……うおおお、想像しただけで背筋がゾクッとした!



 なのはが戻ってきてからもしばらく談笑は続いた。
 やがて空が茜色に染まり始めた頃、この楽しいお茶会はお開きとなり、俺たちはアリサの家の高級車で高町家に帰宅した。
 性格や相性に問題がありそうでも新しく友達が出来たことは純粋に嬉しい。
 この調子でどんどん増やせて行けたらいいなぁ。
 俺は窓の外をぼんやりと眺めているなのはと、それを心配そうに見ているアリサを見ながらそう思った。



[15974] 出会い編 第6話 ここは湯のまち、海鳴地獄なの
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/02/10 00:42
 さて今日はかねてから予定されていた2泊3日の温泉旅行の初日である。
 わくわくが抑えきれなかった俺は高町家の誰よりも早く起き、持っていく道具を庭に広げて1つ1つ入念にチェックしていた。
 そうしてやすりで磨きすぎた結果ハンマーがやせ細って焦り始めた頃、アリサが馬鹿でかい車で玄関に乗り付けてきた。
 ファック、見せつけてくれやがってこのジョンブルが。
 そんなことを思っているとアリサが荷物を持って降りて来たので俺は片手をあげて笑顔で話しかけた。


「Fuck you. (うーっす)」

「人の顔見るなり、なに喧嘩売ってんのよ!」

「グエッ、締まってる締まってる、マジで締まってるから!」


 Jokeに対しChokeで返してくるとは、なんて恐ろしい女なんだ。


「ケホッ、ケホッ、昔“Fuck you”っていうのは、仲のいい友人に使う挨拶だって聞いたから使ってみただけなのに」

「あたしが教育的指導をしてあげるからその馬鹿今すぐここに連れてきなさいよ。 ったく、そんなことばかり言ってると折角出来た友人も直ぐにいなくなるわよ?」


 それは嫌だ。
 でも今の殺人未遂もちょっとどうかと思う。


「あっ! アリサちゃん! おはよー!」


 首を擦りながらどうやって反撃してやろうか考えていると、なのはが玄関から出てきて笑顔で挨拶してきた。
 あのお茶会の後はしばらく落ち込んだ表情を見せることが多かったものの、今の姿を見る限りもう彼女にそんな徴候は見られない。

 ユーノから聞いた話だと、あのお茶会の日、彼は何者かが結界を張ったのを感知したため現場を確認しに行ったそうだ。
 そうしたらそこには金髪の黒い魔法少女がいて、なのはは彼女とジュエルシードの取りあいになり、最終的にジュエルシードは奪われてしまったらしい。
 こういうライバル登場ってアニメや漫画とかで良くあるよね。
 でも金髪か。 そういやこないだ図書館に行った時金髪の女の子が居たようないなかったような? まあ気のせいだろう。


「あ、なのは! おはよう! 士郎さんもおはようございます!」


 元気よく挨拶するなのはの後に続くように、士郎さんも玄関から出てきた。


「おはよう、アリサちゃん。 サニー君も朝早くから精が出るね?」

「おはようございます。 すいません、朝からガチャガチャうるさかったですかね?」

「いや、特にうるさくはなかったよ」

「なら良かったです」


 その後月村家御一行様もやってきて全員集合。
 俺達は『海鳴温泉郷』へと出発した――






「そうそう、この前『アリサちゃんは今好きな男の子いる?』って聞かれたんだけど、なのはとすずかにはいるの?」


 ――のだが、俺はその温泉郷へ向かう車の中で微妙に肩身の狭さを感じていた。
 できればそういう話は俺が居ないところでやってほしい。


「う~ん、私はいないかな。 なのはちゃんは?」

「え、わたし? わたしもいないよ~。 アリサちゃんはなんて答えたの?」


 温泉へ向かう車は2台。
 俺が乗っている方の車内には運転手の士郎さん、助手席に桃子さん、そして2列目には俺と美由希さん、最後列になのは達小学生3人とユーノがいる。
 もう一台の方の方には恭也さんとすずかのお姉さんのカップルと、月村家の使用人2人が乗っている。
 ちなみにユーノはなのはの膝の上で丸くなっていてそれをすずかに撫でられて気持ちよさそうにしている。
 最近俺はユーノの人間になった姿を見ていない。
 一体彼は人間とフェレット、どっちが本当の姿なんだろうか?
 下手したら本人ももう忘れてるんじゃね?


「あたしもいないって答えた。 だって同学年の男子って皆情けないじゃない」

「そうなの? すずかちゃんもそう思う?」

「なんとなく、わからなくもないかなぁ」

「だってなんかガキ臭いのよ。 話してる内容が幼稚だし、見えない敵と戦ってる奴もいるし」


 めっちゃボロクソに言われてんな。
 つか小学3年生の女子ってもう普通にそんな会話すんのね。
 女児の精神年齢は男児に比べて高いという統計は事実なのかもしれない。


「じゃあアリサちゃんのタイプってどんな子なの?」

「そうね、頭がよくて運動ができて優しい人。 あといざというとき頼りになってあたしを守ってくれるような人かな。 それで顔もいいなら文句なしね」

「ブハッ!」


 余りのスイーツ脳っぷりに俺は思わず噴き出してしまった。


「何よ?」

「おいおい、ちょっとは現実見よーぜファッキンプリンセス? そんな白馬の王子様この世に存在するわきゃねーだろ」

「理想のタイプなんだから別にいいじゃない。 別にあたしだって全部を望んでるわけじゃないわよ。 そういうあんたは理想のタイプとか無いの?」

「しょじ、きに言ってそうだな、明るい性格がいいな。 周りを元気にするような」


 俺は『処女。』と言ってこの話をぶっ壊してやろうと思ったものの、横に美由希さん、前に高町ご夫妻が居ることに気付き慌てて目の前の人物の好ましい点を挙げることにした。
 あっぶねー、危うくロリコンは家から出ていけとか言われてしまうところだった。
 喋るときは少し周りに気をつけないといけないな。


「それってアリサちゃんのことだよね?」

「ちげーよぶっ殺すぞコノヤロウ」

「あ、もしかして照れてる? 図星なの?」

「ごめん、お友達で」

「え、なんで誰も告白なんかしてねーのに俺が振られたみたいになってんの?」

「大丈夫だよサニー君。 今は辛くても時間が解決してくれるってこの間読んだ本に書いてあったから」

「え、なんで俺慰められてんの?」

「出会ってからそれほど時間が経ってないってことは一目惚れってこと? へぇ、本当にあるんだね、そういうの」

「待て。 頼むから待ってくれ。 勝手に人の気持ちを捏造しないでくれ」

「でも明るくて周りを元気にするような子って条件、アリサちゃんにぴったり当てはまるよね?」


 横から美由希さんが話しかけてきた。


「そうですね。 俺もアリサの事を考えながら、いや、ちが、今のは言い間違え――」

「サニーくんいま好きって言ったよね!? ゆるぎない証拠だ! 裁判長、被告が今決定的な発言をしました! あ、アリサちゃん被告ってなに?」

「違う、違うんだ! 頼むから俺の話を聞いてくれ! それと被告ってのは『訴訟における訴えを起こされた側の当事者』のことだ!」

「ごめん、あたしあんたのことそういう目で見れないから。 あとなのは、苦手でも国語と社会の勉強はちゃんとやりなさい」

「だから俺はそういう意図で言ったんじゃない!」

「うー、わかってるー。 今回はお兄ちゃんに言われて一応お勉強用の道具も持ってきてるし後で教えてー」

「お願い! 話を聞いて!」

「あ、だからなのはちゃんの鞄少し重たかったんだ。 そういえばサニー君の荷物もやけに重くなかった?」


 そういえばすずかは荷物の積み込みを手伝っていたっけ。
 10キロ近くある俺の鞄を軽々と持ち上げてるのを見た時は正直驚いた。 
 つかもう、これは弁解するよりいっそのこと話を変えてしまった方がいいか?


「まあな。 せっかく温泉郷にいくんだからその周辺の面白そうなところにも行ってみようと思ってな、いろいろ持ってきたんだ。 ほら」


 そう言って俺はいくつか×印が付けられている、綺麗に色分けされた地図をすずかに渡した。
 この×印は温泉郷についたら行ってみたい場所に付けられている。


「どうしてこの地図はこんなカラフルに色が塗られているの? 特に道路とか標高で分けられてるようには見えないし……」

「それは地質図っつってな、その土地の地表で見られる岩石を分類したものなんだ。 例えばこのピンクのところは花崗岩質の場所で、青いところは石灰岩質のところをあらわしている、とかな。 俺が狙っているのはこの花崗岩質の岩石が見つかる場所だな。 ふふふ」


 これは図書館に行ってまたタダでコピーさせてもらってきたものだ。
 十中八九面白いものは見られないだろうが、この印を付けたところだともしかしたらマイクロスケールではあるもののガーネットぐらいは見つけられるかもしれない。
 まあ石英か黒雲母の単結晶が見つかったらそれだけでもよしとしよう。
 それも明日には見終わるだろうし、そうしたら今度は海鳴地獄にでも行って独特のゆで卵臭でも楽しんでくるとするか。


「とりあえずあんたが少し変わってることは理解できたわ。 だからごめんなさい」 

「そこで話を戻すのかよ!」

「大丈夫だよサニーくん。 わたしたちはそれでも友達でいてあげるから」

「え、俺ってそんなにヤバイ人間だったの?」

「うん、私も友達でいてあげるよ。 変った性癖の1つぐらいはあってもいいと思うし」

「え、鉱物採集って人に知られたら生きていけないような趣味だったの? 待て待て、お前らは何か勘違いをしている。 そもそも鉱物というのは――」

「あ、そういえば今学校で流行ってる――」

「って聞けよオイィ!」


 俺は変人だという誤解を解くため彼女達に鉱物の良さを語ろうとした。
 しかし俺の言葉は全て聞き流され、結局俺の印象を訂正することは叶わなかった。

 ふん、いいさ。
 どうせ俺は鉱物オタクですよ。
 好きなタイプはこの趣味に対して理解がある人です。

 俺はもう何もかもがどうでもよくなったので、彼女たちの話を全てを聞き流しつつ意識をまだ見ぬ火口へと向け――


「――って、人の話は聞きなさいよっ!」

「いてっ」 


 ――ようとしたのだがアリサに肩をはたかれ、すぐさま現実に引き戻された。

 ええ~、こっちの話は切って捨てたのにそれってあんまりじゃね?
 どの世界へ行っても女って自分勝手な生き物なのかなぁ。
 うわーそれ泣けるわー。






 旅館に到着し、荷物を降ろしたりそれぞれが泊まる部屋を決め、皆で昼食を取ったところで各自の自由時間となった。
 俺は早速ユーノやなのは達を置いて1人周辺の探索を開始したものの、案の定珍しい鉱物や露頭は観察出来ず、極めて一般的な花崗岩しか見付けることが出来なかった。

 探索開始から3時間程経ち、転移魔法のおかげで思ったよりも早く予定を消化してしまった俺は本来今日の予定にはしていなかった海鳴地獄までやってきた。
 地学用語で地獄とは、火山性ガスや地面の熱、そしてその土地の地質のせいで草木が生えない場所や、非常に高温の温泉が湧出する源泉地帯の事を指す。
 俺が宿泊する予定の旅館から2km程の位置にある海鳴地獄でもそれは同じで、ここの地面は全体的に白っぽくなっており、そこだけがまるで異界のように森から切り取られている。
 空に昇りゆく湯気が見られることから温泉もあることだろう。


 到着してから30分強。
 予定していた『硫黄単結晶の火口からの距離による外形の違い』の観察も済ませ、入るのにちょうどよさそうな温泉も見つけたのでせっかくだからそこに入っていくことにした。


「うーん、やっぱり貸し切りって感じで超気持ちいいな。 自然も美しいし言うことなしだ。 旅館の露天風呂とかも悪くはないんだけど、こういう天然に作られた温泉に比べたら……いや、どっちもどっちでいいところがあるか」

「転生してからしばらく入っていたあの温泉とこっち、マスターはどっちの方が好みなんだ?」


 隠すものを隠せない程度に少しだけ濁っている温泉に肩までつかって温まっているとバールがそんな質問をしてきた。


「あの温泉は水が出ないから仕方なく入っていただけだ。 ここと比べることが既に失礼だな」

「何故だ?」

「怖いから一回も調べなかったけどさ、あのアメジストの量と色の濃さを考えればあそこって多分放射能泉なわけじゃん? 放射能泉は安全って言われてるから安心して入ってたけど、川の水があんなに澄んでいるのに魚どころか苔1つ生えてないのを見たら流石にもう入る気は起こらないだろ」


 時空艦船に乗り込む前、少しだけ時間に余裕があったので『昔あったという川は現在どうなっているのか確認してみよう』と思ったのが全ての間違いだった。
 『絶望を確認するという希望もある』って言ってた人もいるけど、アレはどう考えても『絶望を確認するという絶望』にしかならない。
 まあ現在恒常性に支障がきたしてはいないからやっぱり大丈夫なのかもしれないけどさ。

 そんな風に考えているとこの地獄の周りを取り囲んでいる森の方から物音が聞こえてきた。


「ん? 鹿か?」


 熊なら転移で火口にたたき込んでやろうと思いながら音のする方を見てみると、そこには黒いワンピースを着た長い金髪の少女が立っていた。


「あれ、人がいる?」

「あ、どうも。 お先いただいてます」

「あ、そ、そうですか?」


 驚きのあまり普通に挨拶をしてしまったが、よくよく考えると俺裸じゃねえか。
 というかよく考えなくても素っ裸である。
 そういやここって普通に公共の場ですよね。
 ストリーキングの気はないって言ってたのに気が付いたらストリーキングになってた。
 なにかとてつもなく恐ろしいものの片鱗を味わった気分だ。

 ……あ、でも俺ってまだ毛も生えてないし、混浴しても問題ない年齢ってことになってるんだっけ。 なら別に問題ないか。
 いやいやいや、問題あるだろ。 だって俺精神年齢的には27じゃん。
 んなこまけえことはどうでもいいんだよ。 精神は身体に引きずられるって言うだろ? 俺はちょっと黙ってろ。
 俺はち○こを見せて平然としてられるその精神が信じられねーよ。 ほら、あの子見てみろって。
 あ? おお、ちらっちらこっち見てんな。 おい、ちゃんと隠すもんは隠せよ俺。
 けど温泉にタオルをいれるのはマナーに反するだろ。
 そういう問題じゃねえっつっての。 ぶっ殺すぞコノヤロウ。
 そりゃこっちのセリフだっつの。 ぶっ殺すぞコノヤロウ。
 俺が俺を殺すとか出来るわけないだろって、あれ? どっちが俺なんだ――――


「……あの、すいません。 こんなところで何をしているんですか?」


 脳内口論で自我がゲシュタルト崩壊しそうになっていると、謎の少女が会話と言う名の助け船を出してくれた。
 俺のポケットモンスターをなるべく見ないようにしているけど、見たくないのなら目を瞑るか手で隠せばいいのに。
 でもありがとう、見知らぬ女の子。


「いや、この辺りに旅行に来た者なんですけど、ちょうどよさそうな温泉があったので少し入らせてもらっているんです。 別に露出狂とかそういった趣味はないんで通報とかしないでくださいね?」

「そ、そうなんですか……。 あの、湯加減とかはどうですか?」

「そうですね、なかなかいいと思います。 硫酸酸性だからpHはかなり低いんで、肌に傷があると少しピリピリしますけど、慣れるとこれもまた気持ちいいですよ。 なんだったら入ります? タオルなら余分に持ってきてるんで貸せますけど」

「えっ?」

「えっ?」


 どうも俺はまだ混乱から抜け出せていないようだ。

 おい、何言っているんだ俺。 彼女びっくりしてんじゃねーか。
 俺が悪いわけじゃねえだろう俺。 もう少し考えて発言しろよ。
 んだと俺? ぶっ殺すぞコノヤロウ。
 上等だコラ。 テンパるといっつも変なこと口走りやがって、俺は毎回それで迷惑被ってんだ。
 俺のせいなのか? 俺だって悪いだろ。
 いやいやいや、今回ばかりは俺のほうが悪いって。
 まあまあ、もう僕が変態だって事は周知の事実なんだからさ。
 なんてこと言うんだ俺、ってお前誰?
 おれ? なんか変じゃね? 俺って誰――――



「それじゃあせっかくだから……」

「えっ?」

「えっ?」
 
「あ、いえ、それじゃあ僕、あっち向いてるんで。 あ、これバスタオルとフェイスタオルです。 どうぞ使ってください」

「あ、ありがとうございます」


 俺はまたもや彼女に自我崩壊の危機から救いだされた。
 いやあ、世の中にはまだまだ良い人がいるもんだ。
 っつか、そもそもそいつがここに来なかったらこんな事態にはならなかったんじゃね?
 駄目だよ僕、せっかく助けてくれた人にそんなことを言っちゃ。 世の中には厳しいことも多いけど、せめて僕ぐらいは他人に優しくありたいと思うんだ。
 そうだな、そんないい人を疑うなんて俺はほんとに酷い奴だな。 でも俺、なかなかいいこと言うじゃん。
 あはは、そんなに褒めないでよ僕。
 僕? 俺? あれ?






 初めこそお互いにテンパっていたものの無事自己紹介も終わり、彼女がここにやって来た理由を聞く頃には俺たちはだいぶ打ち解けて普通に会話を出来るようになっていた。


「じゃあ海鳴には母親の探し物を見つけに来たのか」


 話を纏めると彼女、フェイト・テスタロッサさんは、親のお使いでこの街にやってきたらしい。
 大好きな母親の求めるもののため、どれだけ大変でもそれを成し遂げようと思っているそうだ。
 いい話だなぁ。


「うん。 今それはアルフ、あ、アルフっていうのは私の大事な家族なんだけど、彼女が私のかわりに探してくれてるんだ」

「ふーん、そのアルフさんは優しい人なんだな」


 テスタロッサ嬢は髪を自分1人では上手く洗えないらしく、現在はタオルを頭に巻いて髪を濡らさないようにしている。
 もっともここはシャワーが無いし酸性も強く髪が痛む可能性が高いので、その処置は髪の毛を自分で洗えるかどうかに関係なく正しいと思う。
 バスタオルを身体に巻いて温泉に入るのはマナー違反ではあるが、この場合仕方ないと注意することは止めた。
 俺はロリコンじゃないしね。 だから違うっつってんだろ糞バール。 次笑ったら濃硫酸に沈めるぞ。

 でも長い髪の毛ってそんな苦労があるんだな。
 俺の髪の毛は短いからそんなこと知らなかったわ。
 つかこの髪もそろそろ切らないと前髪が鬱陶しいな。


「そういえばここに来たときから気になってたんだけど、ここって地面の色が周りと全然違うよね? どうしてか知ってる?」

「ああ、知ってる。 この辺りの地面が白いのはカオリナイトという、長石類が熱変成を受けて作られる粘土鉱物のせいだ。 ちなみに草木が生えないのは噴気孔周辺で地面の温度が高すぎるのと、普通の生物にとっては毒になる硫化水素ガスの為だな」

「へえ、そうなんだ」

「まあこの他にもいろいろな理由はあるんだ。 そもそも火山というのは――」


 俺は自分の前髪が眉毛に掛かる程度に伸びていることやくせ毛がないかを確認しながら、彼女に温泉や噴火の仕組み、『生命起源は深海底にあり?』等の話をした。
 とても楽しそうに話を聞いてくれた為思わず語り過ぎたが、彼女はこの話を面白いと思ってくれただろうか?


「ごめん、つまんなかっただろ? こんな話」

「ううん、すごく面白かったよ。 でも物知りなんだね?」

「まあ昔専門でやってたしな」


 良い子だなぁ。
 俺の話を聞こうともしないアリサとはえらい違いだぜ。


「ところで湯加減はどうだ?」

「うん。 すっごく気持ちがいいよ」

「だよな~。 天気もいいし見晴らしもいい。 最高の気分だ」

「そうだね~」


 そうして俺たちは日々の疲れを大自然の力で癒してもらった。






「テスタロッサはこのあと何か予定ってあるのか?」


 それから俺たちは小一時間半身浴と全身浴を繰り返して温泉から上った。
 現在は手頃な石に腰かけながら美しい緑の風景を涼みながら眺めている。
 当然服はちゃんと着ているので悪しからず。


「うん、アルフと合流して探し物を続ける、かな」

「そうか。 大変だろうけど頑張れよ。 おう――」

「フェイトー!! 一個見つけたよー!!」

「あ、アルフだ」


 『応援してる』と言おうとしたところ、それは横からの大声によって遮られてしまった。
 へえ、あのやたらと露出が高い犬耳の女性がアルフさんねぇ……って犬耳?
 え、何それ? というか尻尾も生えてね? 何なの? コスプレ?
 ってかあの耳とか本物ならこの人、人間じゃないよね。
 もしそうならこの娘も純粋な人間じゃないのか?
 どっちにしろ異世界すげーな。


「ん? アンタは誰――はっ!? フェイト! こいつに何か嫌なこととかされなかったかい!?」

「大丈夫だよ、アルフ。 一緒に温泉に入っておしゃべりをしてただけだから」


 テスタロッサさん。 その発言は非常に危険です。


「おい、そこのエロガキ。 ちょっと面貸しな」

「まて、冤罪だ!」

「でもフェイトと一緒に温泉に入ったんだろ? それで裸も見たんだろ?」

「確かに一緒に入ったけど裸は見ていない! むしろ俺は見られた方だ!」

「なお悪いわ! 気持ち悪いもんフェイトに見せんな!」

「気持ち悪いとか言うな! 凹むわ! トラウマになったらどうしてくれる!」

「シマウマに成長したら喰ってやるから安心して白状しろ!」

「それでも俺はやってない! おいテスタロッサ、お前からも何か言って――」


 彼女は今初めて俺の裸を見ていたことを思い出したのか顔を真っ赤に染めて俯いていた。
 ああ、そういえば神は死んだって昔の偉い人が言ってたなぁ。


「覚悟はできたみたいだね。 ほら、まずそこに座んな」

「はい」


 そうして俺はわざわざ堅くてとがった石が多く転がっている地面に正座させられ、アルフ先生のフェイト・テスタロッサ学の講義を受けるハメになった。
 そしてその授業はテスタロッサがお風呂でパニックになって溺れかけた時の話になるまで一時間以上続いた。
 既に日は暮れかけ、空は茜色に染まり始めている。 もう帰りてえ。


「お願いアルフ! 恥ずかしいからもうやめて!」

「顔を真っ赤にしてわたわたするフェイトも可愛いよ~」


 そう言って犬耳女は飼い主に頬ずりした。
 ようやく終わるのか? この意味不明な説教タイムが。


「でもご主人様がそういうんだったらやめないとね。 ほら、あんたもフェイトの可愛さがわかったらもう破廉恥なことはするんじゃないよ?」

「はい。 すいませんでした」


 俺は足の痛みに耐えるだけの存在になっていたため途中から話をよく聞いていなかったのだが、蒸し返して同じことを繰り返されるのも嫌なので素直に謝った。
 初めはセクハラについて怒られていたはずなのに、一体どうしてこうなったのだろうか?


「なら今日のところはこれで勘弁してあげるよ。 フェイトの優しさに感謝しな」

「ありがとうございました」

「と、ところでアルフ、見つけたジュエルシードは?」

「あ、そうだった。 コイツのせいですっかり忘れてたよ。 ほらこれ」


 そういってアルフとかいう糞女がやたら丈が短いズボンのポケットから出したのは既に見慣れた青い石だった。

 もしかして、彼女がこないだなのは達が言っていたもう1人の魔法少女なのか?
 どうする? 隙を見てこいつらから石を奪うべきか?
 ……いや、ユーノとなのはの2人掛かりでも彼女1人に奪われたんだ。
 そこに連れがいて1対2の状況だと俺が取り返せる可能性はほとんどない。
 それならばいっそのこと恩を売って繋がりを保ち、管理局等の助けが来てから奪い返すといった手段をとった方がいいのではないか?
 ジュエルシードは1つでも人の意志によって暴走することがあるが、いくつも集めようとしているということは必要数が集まるまでは厳重に保管し暴走しないようにするはずである。
 ならば――


「なあ、そのジュエルシードってやつ、俺が持ってる石にすげー良く似てるんだけど」

「え? ほんと?」

「なんだって!? ならそいつをこっちに寄こしな!」

「まあ、待て。 こっちもせっかく見つけた珍しい鉱物なんだ。 ただでくれてやるわけにはいかない」

「なら力ずくで奪うまでさ!」

「落ち着けって。 何も特別な対価を要求するわけじゃない」

「教えて。 私にできることならなんでもするから」

「フェイトっ!」

「大丈夫アルフ、心配しないで。 母さんの為なら私は何だってできるから」

「あんな奴の為にそこまですることはないよ!」


 ああ、なんとなく見えてきたな。
 母親が欲しがっているのはジュエルシード。
 そしてその母親はあまりテスタロッサとは仲が良くないのだろう。
 そして彼女はそんな母親に振り向いて欲しくて必死になっている。
 アルフはそんな彼女が心配で仕方ないと。


「ちょっと待てお前ら。 俺にどんな酷いことをされると考えているのかは知らんが、俺が望むのは『友達になってほしい』、ただそれだけだ」

「え? それだけ?」

「そう、それだけ。 俺は友達が少ないからな。 嫌か?」

「う、ううん、でも私、友達って今までに1人もいなかったから、どうすればいいのかわからないんだ」


 そう言って彼女は少し辛そうに、でもどこか期待するように胸を押さえた。
 俺はそんな彼女をこれから騙そうとしている。
 全く、ひでー奴だぜ。


「それでもいいの?」

「良いに決まってるだろ? 実はな、俺もつい最近までは友達が1人もいなかったんだ」

「そうなんだ?」

「ああ。 でも最近少しずつ増えてきてさ、できればもっと増やしたいと思ってる。 それにその友達に最近教えてもらったんだけどな、友達の条件って知ってるか?」

「ごめん、ちょっとわからない……」

「すっげー単純。 『一緒にいて楽しい』、ただそれだけなんだってさ。 まあ親友はもっと難しいらしいけどな。 どうだ? さっき話をしてて楽しくなかったか? 俺は楽しかったんだけど」


 これは本心だ。
 彼女の清らかさみたいなものは少し話をしただけでも感じられ、今までに会った誰よりも綺麗な心を持っているようにも感じられた。
 まあ、これはもしかしたらアルフによって洗脳された結果かもしれないがな。


「ううん、私も凄く楽しかった」

「よし。 なら俺たちはもう友達だ。 だからこれはその友達記念のプレゼント、ってことにしよう」


 そう言いながら俺は自分の持ってきていた荷物の中からジュエルシードを取り出し、彼女に手渡した。


「あんた、実はいい奴だったんだね」

「おい、そこの犬耳。 『実は』ってのは死ぬほど余計だ」


 新しい俺のお友達は今のやり取りでクスっと笑った。
 うん、いい笑顔だ。


「それとな、友達になったらもう一つすることがあるんだ」

「そうなの?」

「おう。 お互いに名前で呼び合うんだってさ。 というわけでよろしくな、フェイト」


 そう言って俺は彼女に右手を差し出した。


「うん。 こちらこそよろしく、サニー」


 こうして俺と彼女は握手と名前を交わし、友達になった。
 友達になった理由の半分は打算からのものだったけれど、残りの半分は純粋な気持ちだ。
 ジュエルシードの件が解決してしまえばその打算部分も消えてしまうだろう。
 そして俺はその日が早く来ることを心から願った。



[15974] 出会い編 第7話 それは大いなる危機なの?
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/02/11 02:45
 楽しかった温泉旅行も終わり、慌ただしくも充実感のある日常が再びやってきた。
 俺の方は喫茶店の仕事を手伝っているのは以前と同じだが、それが終わった後で士郎さんや恭也さんにサッカーを教えてもらったり、休みの日にはサッカークラブで練習したりと以前よりも活動的な毎日を送っていた。
 というかサッカー以外していない。 だってサッカー楽しいし。
 しかし肝心要であるユーノ達のジュエルシード探しは全く進展していなかった。


「やっぱり駄目だ。 前に反応があった場所も今は反応が見られない。 たぶんフェイトという子に全て持っていかれてるみたいだね」


 俺はあの後、ユーノにだけジュエルシードをネタにフェイトと友達になったこと、それと彼女がジュエルシードを集めようとする理由を教えた。
 なのはに教えなかったのは、彼女の場合フェイトに感情移入をしすぎて冷静な思考ができなくなると判断したからだ。
 今も1日3回は『会いたいなぁ』とか『お話したいなぁ』と呟いているのを耳にするしな。


「あのとき聞いたんだけどな、フェイト達は結構近くに住んでいるんだってさ。 今度会いに行ってどれだけ集めたか確認してきてやろうか?」

「ならお願い。 あとできれば向こうが必要としてる数も聞いてきてくれると嬉しい」

「わかった。 でも勝手な判断をして悪かったな」

「それはもういいって。 一番最悪なのは何もわからないままに事態が進み、最後は暴走によって周辺世界も巻き込んで崩壊させてしまうことだからね」

「そういってくれると助かる」


 俺を信頼してジュエルシードを預けてくれたのに、俺は勝手な判断でそれを別の人間に渡したのだ。
 何を言われても、それこそ友達をやめると言われてもおかしくはなかった。
 だけどユーノは俺に理解を示してくれ、むしろ下手に取り戻そうとして争いにならなくてよかったとまで言ってくれた。
 俺はそんな風に言ってくれるユーノの力に、今まで以上になってやりたいと思った。


「でもジュエルシードってそんなに危険なものなのか」


 そりゃ素粒子が目で見えるほどに圧縮されてできたものだ。
 そのエネルギーが解放されれば恐ろしいことになるのはわかる。
 しかしまさか世界の1個2個を容易く崩壊させる程とは思ってもいなかった。


「うん、凄く危ないね。 あれは生物の願いごとでも簡単に暴走するけど、近くで膨大な魔力にあてられて暴走した時が一番怖いんだ。 ただ、魔力によって暴走を起こさせるにはAAAランク魔導師が数人がかりで同時に大きな魔力を叩きこむ必要がある。 だからそこまで気にする必要はないよ」

「いや、それなら尚更なのはにジュエルシードを集めさせるのは止めた方がいいんじゃないか? もしまたフェイトと争うことになったら結構ヤバイだろ」


 つい最近聞いた話では、次元世界では魔法に関わる様々な事柄がSSS~F(ランク無しと同義)といったランクに分けられているそうだ。
 その中でも比較的使われることの多いものに魔道師ランクと言うものが存在する。
 このランクは当人が保有している魔力量や技量、使える魔法の種類、魔法に関する知識等を示すものであり、管理局が行っている認定試験を受けて合格することで正式に認定される。
 また試験そのものも総合ランクや空戦ランク等に細かく分類されており、一概に魔導師ランクが高い人間が単純に強いとは言えず、これはあくまでも目安に過ぎないという。

 また魔法ランクとはその魔法を使用する為に必要な知識や、要求される魔力素の操作技術の難易度、そしてその魔法に必要な魔力量等によって分類されているとのこと。

 ちなみにユーノが見た限りだと、なのはとフェイトはAAAランク魔導師に相当するらしい。
 やだし、なのはが現在練習している魔法が完成すれば彼女の魔導師ランクは下手をするとAAA+、もしくはS-に相当するかもという話なので、俺は彼女達がジュエルシードの傍で直接対決するのは避けた方がいいと考えたわけだ。


「サニーの心配もわかるけど、向こうもジュエルシードの危険性はわかってるはずだし、ジュエルシードに直接攻撃を加えるようなことはしないと思うよ? どうしても心配なら釘を刺しておけばいいんじゃないかな」

「了解。 まあやるだけやってみるさ」





 それから数日後。
 俺はお土産に翠屋のケーキをいくつか桃子さんに分けてもらい、貰ったお小遣いを使って隣の遠見市まで出かけた。
 そうして辿り着いた場所にはやたらと高級そうなマンションが建っており、そんなところを探し物のためだけにわざわざ借りて住んでいるテスタロッサ家の財力に、俺は驚愕の念を禁じ得なかった。
 なんで俺にできる知り合いは尽く金持ちばっかりなんだ?
 アリサの家はなんかいろいろ手広くやってるらしいし、すずかの家は屋敷を見れば言わずもがな。
 彼女達の家に比べれば劣るものの高町家だって道場付きの広い庭を持っている時点で俺の感覚からいえば充分過ぎる。


 ピンポーン


「――誰だい?」


 そんなことを考えながら玄関のチャイムを押すと中からアルフの返事が聞こえた。
 友達になったあと聞いたのだが、アルフはフェイトの使い魔という存在らしい。
 元々は犬かなんかで、病気になって死にかけているところをフェイトが拾い、疑似魂魄とか言う物を与えて使い魔の契約を結んだとのこと。


「フェイトのあんちゃんだよ」

「ほんとにフェイトのあんちゃんか?」

「ほんとのほんとにフェイトのあんちゃんだよ」

「だったらアタシの出す問題に答えてみな。 あのババアをぎゃふんと言わせてフェイトにやさしくさせるには?」

「泣くまで殴る」

「なんだ、アンタか。 余計な手間を取らせるんじゃないよ」


 この短い問答の結果、俺は無事部屋の中に入れてもらうことに成功した。
 ちなみにあのババアとはフェイトの母親の事である。
 なんでもフェイトに向かって酷い仕打ちを繰り返しているそうだ。
 フェイト本人は母親にもちゃんと理由があると納得しているみたいだが、もし直接会う機会があったら俺はそいつを心から懲らしめてやりたいと思った。


「つかこのマンションめっちゃ広いな。 あ、あとこれお土産」


 案内された部屋の天井の高さと綺麗さに驚きながら、アルフにケーキの入っている箱を渡した。


「ところでフェイトは?」

「フェイトは今シャワーを浴びてるよ。 今日も遠くまで行って汗を掻いたからね」

「ふーん」


 自分で髪の毛を上手く洗えないとか言ってたけど、洗えるようになったのか?
 いや、良く見るとアルフの髪も濡れてるな。
 ってことはアルフが髪の毛だけ洗ってやったのか。
 犬は風呂が短いのが常識だからな。


「おっと覗くんじゃないよ? 覗こうとしたらガブッといくからね」

「まだ精通もしてねえのに女の裸になんて興味持つかっつの。 というか今日もジュエルシードを探しに行ってきたのか?」

「その通りさ。 もう8個も見つけたんだよ」


 ということは俺達は現在6個だから全部で14個は既に見つかっていることになるのか。
 ラッキー、こっちから聞き出す前にバラしてくれたぜ。


「集め始めてからそれほど経っていないのにもうこれだけ集めたんだ。 これなら流石にあのババアもフェイトの事を認めざるを得ないさ」

「ちなみに全部で何個必要なのかとか聞いてもいいか?」

「さあ? でも最低14個あれば何か安定させられるんだーとか言ってたよ。 確か」


 ふむ、ならババアが目的を達成する為にはフェイトが残り7個のうち6個を集めなければならないってことか。
 ならなのはがあと2つ集めてしまえば管理局が来るまでの時間稼ぎはできそうだな。
 もう聞きたいことは聞いたし、あとは普通に会話でも楽しむとしよう。


「ところであんな小さい石どうやって集めてるんだ?」

「あの石はちょっと独特の嫌な臭いがするんだ。 まるでなにかのフン、みたいな」

「へえそうなんだ」


 犬の嗅覚使って糞の臭いを……!
 俺は窓の方へ顔を向け、噴き出しそうになるのを必死で堪えた。


「でも不思議なんだよ。 あんたから貰った奴だけはその臭いがしないんだ」

「それはアレだ、たまたまお前が集めてる奴がどっかの犬に糞でもひっかけられてたからじゃねえの?」

「ガブッ!」

「ッアー! 何しやがる!」

「アタシを前にしてそんなこと言うんじゃないよ!」

「おお、確かに。 今のはあんまりな発言だったな。 素直に謝罪しよう」


 こいつは元犬だもんな。


「やけに素直だね。 なんか心境の変化でもあったのかい?」

「いや、特になにも」


 このままだといろいろばれそうなので話を逸らすとしよう。


「まあせっかくおいしいお土産も持ってきたんだ。 もうその話はやめにしようぜ?」

「それもそうだね。 ところでこれ、甘くていい匂いがするけど、中を見てもいいかい?」

「別にいいけど、見終わったらフェイトが風呂から上がってくるまで冷蔵庫に入れといてくれ」

「あいよー」


 そう言ってアルフは箱の中に入っているケーキの臭いを狂ったように嗅ぎながら台所の方へ向かった。
 俺はその姿を見て、桃子さんの作るお菓子には怪しげな何かが入っているのではないかと本気で心配になった。







「――それならそん時は寝てる隙を見計らって目元と鼻の下にワサビを塗りたくればいいだけじゃん。 とにかくワサビは絶対必要だ。 これだけは譲れない」

「あんたにそう言われるとそんな気もしてくるから不思議だよ」

「あれ、サニーだ。 いらっしゃい。 来てくれたんだ?」


 その後俺とアルフで『フェイトの母親をぎゃふんと言わせる方法』について話をしていたら、いつの間に風呂から上がったのかフェイトがやって来た。


「おう、邪魔させてもらってる。 お土産にケーキを持ってきたから一緒に食べようぜ」

「あ、じゃあ私はお茶の用意をするね?」

「アンタはフェイトの入ったお風呂の残り湯がいいんだっけ?」

「なあフェイト、この頭に糞みそ詰めてる馬鹿犬剥製にしてもいい? 燻製でもいいけど」


 俺はいきなりとんでもないことを言い出した駄犬の頭を小突きながら言った。


「なんだい、ちょっとした冗談じゃないか。 あとアタシは狼だよ」

「そのちょっとした冗談で人を貶めるな。 ちょっとした爆弾みたいになってんじゃねーか。 ほらフェイトを見てみろ。 脅えて震えてるじゃん。 そういうのは洒落になんねーんだよ」

「でも少しはそういう気持ちもあるんだろ? フェイトは可愛いからね。 仕方ないよ」

「そんな気持ちこれっぽっちもねえよ! 第一俺はそんなキャラじゃねえ! 鼻の穴にワサビ詰めて悶絶させんぞ!」

「ちょっ、やめろ! アタシの鼻は敏感なんだ!」

「あは、あはははは!」


 俺がアルフの鼻に指を突っ込んで躾をしていると突然フェイトがお腹を抱えて笑いだした。


「フェイト?」

「なんだ? アルフの鼻毛でも飛び出してたか?」

「ガブッ」

「ッアー! 手を噛むなっ! なんだよ、ちょっとした冗談じゃねーか」

「その冗談のせいでアタシの人権が損なわれそうになってるじゃないか。 そういうのは笑い話にならないんだよ」

「何言ってんだ、お前は狼なんだから人権なんてないだろ、ぐあっ!?」

「次言ったらぶん殴ってやる」

「殴ってから言うな!」

「あはははは! 二人とも面白いね。 たしかマンザイって言うんだっけ? こういうの」


 よくそんな言葉知ってるな。
 というか俺の事を変態だと思ってたわけじゃないのか。
 ならよかった。


「いや、今のは漫才っていうよりはどっちかっつーとかけあいって言った方が正しいんじゃないか?」

「へえそうなんだ。 普段使ってるのと違う言葉ってやっぱり難しいね」

「そうだな。 外国語って難しいよな」


 俺は冷静を装ってそう言ったものの、記憶に残っている研究発表でやらかした恥ずかしい失敗を思いだし、辺りを無性に転げ回りたくなった。
 SEM(Scanning Electron Microscope=走査型電子顕微鏡)が『セム』で通用するのは日本国内だけなんだよな。
 そういうことも学校でちゃんと教えろっての。
 というかフェイトは翻訳魔法だけじゃなく日本語もちゃんと勉強してるのか。 偉いなぁ。


「でもフェイトもちゃんと笑うようになってよかったよ。 あんたもフェイトを笑わせるためなら汚れキャラでも何でもなればいいのさ。 それがアンタの存在意義だよ」

「いたっ」


 羞恥の記憶を思い出し胸や背中を掻きむしっているとアルフが俺の背中を掌ごと叩きながらそう言った。
 おま、付き指したらどうしてくれんだコノヤロウ。


「それ俺の価値すっげえ低くね? 俺は将来ドナルドになる男だぞ? 年収億超えも余裕だっつーの」


 俺は指を擦りながらそう言い、アルフに思いっきりローキックを叩きこんだ。


「なら汚れキャラでいいじゃないか」

「そうだな。 ……あれ?」


 ……有名なサッカー選手ってドナルドじゃなかったっけ?
 ってちょ、やめろアルフ、首を絞めるな。 意識が、遠……のく……


「サ、サニーっ!? 大丈――」






 遊びに来てから数時間。
 俺はフェイトから彼女が使える魔法の話や自分のデバイス、そして母親に対する思いを聞き、俺の方からは昔やらかした失敗の話や鉱物学等の話題を提供した。
 話のネタが尽きた後は3人でトランプでババ抜きやYU-NOをして遊び、俺はひたすらアルフを嵌めようとして何度も肉体的報復を受け、そして何度もフェイトに介抱された。
 身体能力が根本から違うともうどうしようもないと思う。

 そうこうしているうち、夜も更けてきたので俺は高町家に帰ることにした。
 晩御飯の前には帰ってきてと言われたからな。


「じゃあそろそろ俺はこれで」

「うん。 今日はすごく楽しかった。 お土産もおいしかったってちゃんと伝えてね?」

「そこは任せろ」

「じゃあ何処は任せられないって言うのさ」

「それ以外全部とか?」

「ちょっとした言い間違いでえらい言われようだな、おい」

「あはは、やっぱり日本語は難しいね?」


 フェイトがとても綺麗な笑顔でそう言った。
 今日一日で彼女が笑う姿はかなり多く見ることが出来た。
 俺との下らない会話によって、母親からの辛い仕打ちによる見えないストレスが少しでも解消できたのなら、それは凄く嬉しいことだと思う。


「まあな。 今のところお前にあやしい日本語はなかったが、いつか必ず揚げ足をとってやる。 それじゃまたな」

「またね」

「次はお土産に肉を持ってくるんだよ?」

「ハッ、お前には玉ねぎしか持って来ねえよ糞犬」


 最後はアルフに蹴りだされたものの、今回の訪問はお互いにとってとても楽しい物だったと思う。
 だけどその楽しさは相手を騙しているという俺の罪悪感を刺激して、ちょっとだけ胸が痛くなった。
 あー、とっとと全部終わってくれねーかなぁ。







 そうして今日フェイト達とした話を思い出しながら高町家へと戻る道中、俺は疲れた様子のなのはとユーノの姿を見つけた。


「おう、二人ともこんな時間までジュエルシード探しか? ご苦労さん」

「うん。 ……でも今日も見つからなかった。 飛行魔法とかも覚えたから今日は遠くまで行ってみたんだけど……」


 そう言って彼女は少し思いつめた表情でため息を吐いた。


「それは確かに残念だけど、まあそう落ち込むなって。 お前はよく頑張ってるよ。 過去形ってことはもしかしてこれから帰るのか?」

「うん」

「そうか。 ならちょっとユーノ借りてくぞ? おいユーノ、ちょっと起きてくれ」


 俺はなのはの肩の上で疲れて眠っている生き物を摘み上げた。


「ユーノ君? 何かお話でもあるの?」

「ちょっとな。 『こっちに来て結構経ったけど管理局はあとどれぐらいで来るのか?』とか、まあそういった話だ。 おいユーノ、早く起きろって」


 俺はなかなか目を覚まさない小動物をバーテンダーのように激しくシェイクした。
 しかしユーノはなかなか目を覚まさな、あっ!


「だったら私も関係あるん、あっ!」

「うわぁあああああっ!?」


 "I can fly!" "Yes, you can." (「私は飛ぶことができます! 」「はい、あなたはそうすることができます」)
 状況的にはそんな感じ。
 うっかり文字通り手が滑ってしまったが、そこは流石冷静かつ俊足なことで知られる俺。
 落下地点に誰よりも早く到着し無事救出することに成功した。
 めざせアイシールド。


「ま、まあ別にいてもいいけどさ、管理局に対する俺らの不満とか聞いてて楽しいか?」

「そ、それは楽しくなさそうだね。 ところでその、ゆ、ユーノくん、大丈夫なの? 今すごく危なかったよね!?」


 なのはは俺の手の中で目を回しているユーノが心配なのか手をわたわたさせながら聞いてきた。
 確かに一度手の中でお手玉のようになってしまったからな。


「大丈夫だって。 赤ん坊にする高い高いと一緒だから」

「僕は危うく他界しそうになったよ!」

「こっちが話しかけてるのに目を覚まさないからだ。 疲れてるのはわかるけど返事ぐらいしろって」


 俺は目を逸らしながらスキル『責任転嫁』を発動した。
 そういえばなんで転嫁の『か』って嫁と書くんだろうか?
 きっと男の方が強かった古き良き時代の名残なんだろうなぁ。


「それは悪かったけどさぁ、まさか自分がペットボトルロケットになるとは思いもしないじゃん」

「うん、正直すまんかった。 それで今からお前に少し話たいことがあるんだが、ちょっといいか?」

「……あの話だね。 じゃあなのはは先に帰っててくれる?」


 俺が謝罪と共に少し真剣な目で見つめると、ユーノは俺の言いたいことを理解してくれたのか、怒りの感情を鎮めてなのはに帰宅することを勧めてくれた。
 無益な争いは何も生まないからな。 建設的って良い言葉だよね。


「あ、うん。 じゃあユーノくん、サニーくん、また後で!」

「おう」

「また後で」



 その後俺達はなのはの姿が見えなくなるまで見送ってからようやく本題に入った。
 とりあえず家に着いたら『よそ見しながら歩くのはさっきみたいに電柱に頭をぶつけるからやめた方がいい』と教えてあげよう。


「どうだった?」

「バッチリ。 一応ジュエルシードには攻撃しないように釘も刺しといたぞ」


 一応周囲には消音結界と言うものを張っているが、俺たちの姿自体は周りから見えているそうだ。
 これは下手に空間を切り取る結界魔法を使うとフェイトに気付かれる可能性がある為にそうしたらしい。
 またフェレット形態は既にフェイトに見られているということなので、ユーノには念の為人型に戻ってもらっている。

 周囲に居る人達が俺達の声に反応していないことをしっかりと確認し、俺は今日の訪問によって入手した詳細な情報をユーノに伝えた。 


「現在フェイト側は8個、目標個数は14個。 そしてジュエルシードは願いを叶える等の目的ではなく、何かのエネルギー源として使用する予定らしい。 この分だと俺の予想した通り規定数に達するまでは安全そうだな」

「ならとにかくあと2つ集めてしまえばいいんだね。 そこから先は管理局と協力して残りを纏めて取り返すと」

「それがベストじゃないか? あとフェイト達の収集方法は彼女の使い魔が元犬でな、そいつに臭いを追わせてた」


 あれ? 狼だったっけ? ま、どっちでもいいや。


「そうか、それで発動前のジュエルシードを見つけていたのか。 でも僕らにその方法をとることはできないね」

「あれ? お前は変身魔法を使ってる時に嗅覚がよくなったりとかはしないの?」

「残念だけどね」


 なんだ、変身魔法ってのも案外大したことないんだな。
 変身するときってそこら辺の強化が1番重要だと思うんだが。


「後は……そうだね、その方法で見つからなくなったらどうするかって聞いてたりする?」

「おう。 魔力流というものをぶつけてあぶり出す作戦に出るそうだ。 でもそれってやっぱり危ないんだよな?」

「絶対安全とは言いきれないけど、1つずつならサポートが万全なら案外大丈夫かもしれない。 管理局と合流した後は僕らもこの作戦でいってもいいんじゃないかな? 次元震も中規模までならなんとかなるって聞いたことあるし」


 次元震とは魔力素を超高密状態へ急速に収束させたとき発生する、時空間を波のように伝播していく空間歪みのことである。
 大規模なものになると隣接する次元世界の多くをたった一撃で滅ぼすほどの破壊エネルギーが発生するらしく、その場合に出来る次元境界の事は次元断層と呼ばれ、実際に何度か発生した記録が残っているそうだ。
 そういったものが発生してしまえばもう俺たちにはどうしようもない。
 そうなると世界の崩壊はもう管理局次第なわけで、事態を安全に収束させる為にも彼らには早く来て欲しいものである。


「その管理局の人達ってあとどれくらいで着きそうなんだ?」

「連絡が取れないから正確な時間まではちょっとわからないかな」

「それはきついな」


 状況的にそろそろ厳しいっつーのにいつ来るかわからないってのはやっぱり不安だよなぁ。


「でもこの辺りの次元空間は原因不明の事故が起きたりするせいで管理局の要警戒領域に指定されているんだ。 そのこととロストロギア関連の場合『海』の動きが早いことを考えれば、案外もうすぐなんじゃない?」

「ならよかった」


 この『海』というのは管理局の次元世界そのものの安全を担っている部署全体を指して使う言葉らしい。
 時空管理局は大きく分けてこの『海』と『地上』に分れており、地上のほうは管理している各次元世界の治安維持等を目的としている部署全体を指すそうだ。
 他にも法務関係を司っている部署や兵器開発を担当する部署、『地・海』両方の部署を監査する部署などもあり、外部組織等も含めると管理局の仕事はかなり広い範囲に渡っているため、意外と上の立場の局員ですら全てを把握しているわけではないという。
 人間が自分自身の各臓器の働きの詳細を全て知ることが難しいのと同じようなものなんだろうか?


「ところでやっぱりその管理局の人達って船で来んの? あの空飛ぶ奴」

「まず間違いなくそうだろうね。 僕らがこの間乗ってた時空艦船はもうかなり古くなったものを改修して使ってたって話だから、たぶんあれよりは新しい奴が来るんじゃないかな?」

「なら事件が解決したら俺もそれに乗ってミッドに連れて行って貰う訳か。 やべえ、かなり楽しみになってきた」

「船が?」

「それもそうだしミッドチルダっていう未知の世界もそうだな」


 始めて出来た友達とそこへ遊びに行くことを考えるとわくわくさんが止まらない。
 ミッドチルダには『ゴロリもびっくり、紙でできた遊園地』とかもあるかもしれない。
 やべえ、冗談で言ったつもりだったけど魔法世界だけに本当にありそうな気がしてきた。


「ミッドに行ったらまずどこに行く?」

「随分と気が早くない? まずは身分証明書とかの申請をしないと。 それに一番初めに行くのは多分本局の方になるんじゃないかなぁ」

「え? 身分証明書? 本局?」

「うん。 本局というのは時空管理局の本局のことで、次元漂流者は本来そこに行くように推奨されている。 まあこれはあくまでも推奨で、管理局の施設があれば実際はどこでもいいって話だったから僕はミッドに行くつもりだったんだ。 本局は管理局の中でも特に忙しいから身分証明の手続きには時間が掛かるって聞いてたのもあったし」


 ふーん。
 よくわからん、というか全くわからなかったけれど俺はただユーノに従うだけである。
 こいつと離れ離れになったりしなければそれでいいや。


「あと身分証明書なんだけど、これは管理局が発行している本人確認の為に必要なものでね。 実際の形状は『書』じゃないんだけど、それが無いと世界移動なんかはまずできなくなるよ。 というか捕まる」


 ああ、つまりパスポートみたいなもんか?
 そりゃないと捕まるわな。


「それにミッドは犯罪が多いからこれがないとお店に入れて貰えないなんてこともあり得るし」

「おお、それはまたえらく厳しいな。 でもそういうのって自称人権派団体とかが煩くないの? 『他の次元世界に住んでいる者に対する差別だ!』とかさ」

「その人達が何を言いたいのかよくわからないけど、これは人権を守るために導入された制度でもあるんだ。 実際これで冤罪とかもかなり減ったし、なにより管理世界、つまりミッドに住んでる人も全員対象だからね。 登録してない人は密入国している犯罪者ぐらいじゃないかな?」

「ですよねー」


 まあそういうのに反対する奴って元から犯罪をする気まんまんの奴ぐらいだよな。
 俺は前世であった某市民団体の独善的な抗議活動を思い出し、何とも言えない気持ちになった。




 それから俺達は『ミッドの伝統料理って基本的に不味いんだよね。 まあ慣れてしまえばそんなもんだけど』といったような会話をしながら高町家へと戻り、玄関前でユーノは小動物フォームに再び変身した。
 そんな話をしていたからかその日の夕食はいつもより美味しく感じられ、俺は舌が可哀そうなことになってしまったユーノにいつもより多くのおかずを分けてあげた。



[15974] 出会い編 第8話 三人目の魔法使いなの?
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/02/11 18:58

 ユーノと管理局遅いねーそうだねーという話をしてから数日たったある日の夕方の事。
 俺は恭也さんにアドバイスを受けながら庭でリフティングの練習をしていた。


「なかなか難しいですね」

「リフティングは体幹を安定させるといいそうだ。 鍛える方法としては目をつぶって片足立ちをするとかだな」

「早速やってみます」


 リフティングが10回ちょっとしかできないなんてあまりに恰好が悪い。

 その後恭也さんとインサイドパスの練習をしていると二階の窓が勢い良く開かれ、そこからなのはとユーノが飛び出していった。
 またジュエルシードがらみか? あいつらも大変だな。


「サニー、最近なのはがよくああやって外出しているみたいなんだが何か知ってるか?」


 ああ、やっぱり気付いていたんですね。


「さあ。 気のせいじゃないですか?」

「でも今空を飛んで――」

「最近は空を飛ぶ少女がはやりらしいですからね。 昨日のテレビでも青い石を持った女の子が空から降ってきてましたし」

「いや、それとはまた違うと思うんだが……」


 流石にこの言い訳は無理があったか。


「ま、いつかなのはが自分から教えてくれるんじゃないですかね? 何をしてるのかとか」

「そうだな。 それまでは待ってみるか。 だけど一度言われたにも関わらずまた夜に無断で外に出ているのはレッドカードだ」

「あれ? そう言えば恭也さんもこないだ朝帰りしてませんでした?」


 あのとき恭也さんの服についていた香水の匂いや長い髪の毛から考えれば、おそらくはすずかのお姉さんと一夜を明かしたのだろう。


「……気のせいだ」

「いやでも――」

「気のせいだ」

「そうですね、気のせいですね」


 恭也さんは決してこちらを見ようとせず断定的口調でそう言った。
 こちらに藪を突いて蛇を出す気はない以上、もうこの事は追求しない方がよさそうである。


「とにかくなのはにはもう一度釘を刺しておく必要があるな」


 それを聞いた俺は、俺達のせいで家族に叱られてしまう可哀そうななのはを労ってやるため、いつもより多めに飲み物やおやつを用意しておいてやろうと思った。






 しかしその日の夜、事態は急展開を向かえる。


「ごめんください」

「は~い、どちら様ですか?」


 夜も更けてきて、そろそろなのは達も帰ってくるんじゃないかという話をしていたところ来客があった。
 桃子さんがその応対をしに玄関へ向かうと、そこには長い髪を後ろで縛ってポニーテールにした若い女性がなのはとユーノを連れて立っていた。


「夜分遅くに失礼します。 私は時空管理局のリンディ・ハラオウンと申しますが、なのはさんのお母様で間違いないでしょうか?」


 そう言って微妙に怪しい女性は桃子さんに名刺を渡した。
 その名刺を覗き見るとそこには『時空管理局・提督 リンディ・ハラオウン』という文字が書かれていた。
 管理局? そうか、ようやく来てくれたのか。
 ここに来たのはなのはの魔法について説明するつもりなんだろう。
 でもなのはは家族に心配を掛けないように魔法を隠そうとしていたよな?
 俺はてっきりこのまま隠し通すのかと思っていたんだけどなぁ。

 あっそうだ、管理局が来たということは俺はこの後どうなるんだろう?
 次元漂流者の保護も管理局の仕事だって聞いたけど。


「はあ、確かに私はなのはの母親ですけど、あの……もしかして家の子が何かご迷惑をお掛けしたのでしょうか?」


 桃子さんは突然現れたごっつい肩書きを持った女性を見て不安そうに尋ねた。


「いえ、そういうことではありません。 むしろ私達はなのはさんには大変お世話になっていますから」


 突然の来訪者はとんでもございませんとでもいう風にそう言った。


「そうなんですか?」

「ええ、そうなんです。 といっても多分わからないと思いますし、それになのはさんの今後の事もあるので、少々お時間を頂戴してもよろしいですか?」

「それならばここで立ち話もなんですから、狭い家ですがどうぞお上がりください」

「とんでもない、とても立派なお家だと思います。 それでは失礼しますね?」




 そうして管理局のお偉いさんはなのはと一緒に桃子さんの後ろに付いて行った。
 それを見送った俺は、その場に残っていた小動物モードのユーノに尋ねた。


「ユーノ、あの人が噂の管理局って組織の人か?」

「そうだよ。 リンディさんって言ってね、ここに来た管理局時空航行船の艦長だよ」


 あんな若いのに艦長で提督とは。 きっと相当優秀なんだろうな。


「ところで、一体どういう状況でこうなったのか説明して貰ってもいいか?」

「うん。 まず今日の夕方のことなんだけどね――」


 それから簡単に今日起こったことを説明された。
 ユーノは今日の夕方、なのはと二人していつものようにジュエルシード探しで街を探索していたらしい。
 すると海鳴臨海公園のあたりで暴走したジュエルシードを発見。
 そこにフェイトが現れたので協力して封印。
 そしていよいよジュエルシードを賭けて激突する、というタイミングで管理局の魔道師が二人を止めに入ったらしい。
 それからユーノ達はその管理局員に連れられて次元航行船へ移動。
 細かな事情を説明して今に至る、という話だそうだ。


「ふーん、じゃあこちら側のジュエルシードは現在7個か。 ならあと1つを見つければフェイトは管理局とぶつからざるを得ない。 そうなれば数の理でこちらの勝利なわけか」

「うん。 あの娘には悪いけど、こっちも本気で行かないと世界が滅びちゃう危険があるからね」


 おそらくフェイトは犯罪者として裁かれることになるだろう。
 だけど、もしそうなったとしても俺は友達をやめる気はない。
 折角出来た友達を失ってたまるか。
 あーでも向こうから拒絶されそうだなぁ。
 そうなったらどうしよう? 一方通行の友人として影から支えて行くことにでもしようか?



 話をあらかた聞き終えた俺は、ユーノと一緒に提督さん達の話を聞くため彼女の居るリビングへと向かった。
 俺たちがリビングに入った時、既にそこでは高町家と時空管理局の会話は始まっていた。


「そうですね、まずは次元世界について、それに私たち時空管理局という組織の事からお話ししましょう。 話は少し長くなると思いますが、大丈夫ですか?」

「ええ、時間に関してはご心配なく。 むしろなのはの、大事な娘のことですから適当に済ませられるほうが……」

「それもそうですね。 では説明を始めさせてもらいます。 まず次元世界とは――」


 それから一時間弱にわたり次元世界や時空管理局についての説明が続いた。
 その説明は空中に浮かべたディスプレイに図や表を展開させて行われ、その非現実的な光景はこの世界を生きる一般人に魔法や異世界というものを受け入れさせるには十分なものだった。


「――つまりこの世の中には私たちが今住んでいる地球の他にも人が住んでいる様々な世界があり、その世界の治安や自然を守るのが時空管理局という組織だ、という認識でいいんでしょうか?」


 説明が終わり、士郎さんがリンディさんに確認をするように聞いた。


「はい。 そう考えてもらって構いません」

「それで今、この世界全体を揺るがすような危険なものがこの街に散らばっていて、それを集めるお手伝いを家のなのはがさせてもらっていた、というわけですね?」

「そうなります。 お宅のなのはさんは魔導師として非常に優秀で、私たちが来るまでにこの街で起こるはずだった幾つもの事件を未然に防いでくれていました。 これはとてもこの歳でできることじゃありません。 これもひとえに、ご両親の教育の賜物かと思います」

「いえ、わたしたちはそんなに褒められたものじゃないですよ。 今までなのはには私の仕事等で何かと辛い思いをさせてきたと思っています。 それなのにこんないい子に育ってくれたのは、私たちだけではなく、いい友人達に恵まれたからだと思います。 本当に自慢の娘ですよ。 なあ、桃子」

「ええ、本当にそう思うわ。 頑張ったのね? なのは」

「えへへ、でもそこまで言われるほどわたしは何もしてないよぉ」


 口ではそう否定しつつも、父親に頭を撫でられているなのはの顔にはとても嬉しそうな表情が浮かんでいた。
 そしてなのはの兄姉もその横でなのはに労いの言葉を掛けている。
 俺はその光景にどこか俺が知らない何かを感じ、それが一体何なのか知るためにその光景を目に焼き付けるように見続けた。
 うん、やっぱりよくわかんねえな。




「貴方達時空管理局がこの世界に来た理由、それに最近なのはがやってきたことについては理解できました。 ですがなのはの今後の事というのは一体? もしかしてまだ事件は解決していないのですか?」


 その後自慢の娘を褒めまくって満足したところで、士郎さんが今までの説明で疑問に思ったことをリンディさんに質問した。


「ええ、大変言い辛いんですがその通りなんです。 そして最近は他にもそのロストロギアを集めている子が現れ、なのはさんとは何度か争いにもなっていたようで――」


 その発言を聞いた途端、なのはは顔を逸らそうとし、恭也さんはその正面に回り込んだ。


「なのは?」

「ち、違うんだよ? 別に危なくなんてなくって、ただその、ちょっと分かり合えなくて、それで少しだけ喧嘩みたいになっただけで……ご、ごめんなさ~い!」


 美由希さんが恭也さんを『まあまあ』と止めなければなのはは今頃梅干しを食らっていただろう。
 ふん、食らえばよかったのに。



 今まで危険だと知りながらずっと隠していたことを皆に注意され、なのはが少ししゅんとした後、管理局の人は再び説明を再開した。


「私達としてはジュエルシードを集めるのはもうこちらに任せて貰い、なのはさんには普通の日常に戻ってもらおうと考えていたのですが――」

「でもわたし、今ここでやめたくない。 きっとあの子にも何か集める理由があるんだと思う。 でもあんなに必死な、辛そうな眼をしてる子を放っては置けないよ。 それにわたしはあの子とお友達になりたい、なってお話をしたい」


 提督の言葉を引き継ぐように、なのはは自分の思っていることを全てぶちまけた。
 お前今散々危ないからやめろって言われたばっかだろうが……って必死な眼?
 つい先日会った時は普通に笑ってたよな?
 ということはその間に何かあったのか?
 あー、十中八九母親がらみなんだろうなぁ。


「というわけで、こちらとしては娘さんの安全の事も考えて相談に来た次第なんです」

「なるほど、そういう訳ですか……」


 士郎さんはどうしようか考えるように少しの間目を瞑った。


「なのは」

「なに? お父さん」

「おまえはもう決めてしまったんだね?」

「うん。 今あきらめちゃうと絶対後悔すると思う。 だからお願いします、わたしがリンディさん達に協力することを許してください!」

「わかった」

「あなたっ!」「親父!」「お父さん!」


 さっきまで危険なことはやめなさいと言っていた筆頭の人間がその発言を突然翻したのだから、皆驚くのも無理はない。
 俺も驚いたし。


「ありがとう! お父さん!」

「ただし!」

「え、なに?」

「そこまで言うのならその子をしっかり助けてあげること。 それとリンディさん達の言うことをちゃんと聞いて迷惑を掛けないこと。 これを守るのなら父さんはもう何も言わないさ」

「はい!」


 それを聞いた桃子さんはしばらく悩んだ後、目元をハンカチで押さえながらなのはに話しかけた。


「なら私からも一つ条件を出します。 リンディさんには悪いとは思うけど、少しでも危険を感じたら安全なところまで逃げて欲しいの」

「ちっとも悪くなんてないですわ。 これは本来私たちが言うべきことです。 こちらからもお願いするわね、なのはさん?」

「はい! 危ないと思ったらちゃんと逃げます!」


 でも絶対守らないんだろうなぁ。
 一度決めたら梃子でも動かせないような奴だ。


「それではリンディさん」

「はい」

「家のなのはを、よろしくお願いします」

「はい。 こちらにできる最善を尽くさせて貰います」

「ありがとうございます」


 士郎さんのその発言のあと、高町一家は全員でリンディさんに深く頭を下げた。
 こうしてなのはは魔導師として管理局に協力することを許された。


 ……ってあれ、そういえば俺の話って一切出てきてないぞ。
 もしかして忘れられてる?
 いやまさか。 まさかそんなことはないでしょ。


「あのーすいません、一つ聞いてもいいですか?」

「あら? ああ、あなたが次元漂流者のサニー君ね?」


 しかし残念。
 やはり彼女は俺の存在をすっかり忘れていたのか俺の顔を見て一瞬首を傾げた。
 なのはは戦力になっても俺はただのお荷物だから仕方ないっちゃ仕方ないけどさ。
 今のは少し傷ついたわ。


「ユーノ君からは頭の回転が速くて何度も助けられたと聞いているわ」

「本当ですか?」

「うん。 もしサニーが居なかったら、僕はきっと1人で先走って怪我でもしてたと思う。 だからありがとう」


 ユーノは俺の事をそんな風に思ってくれてたのか。
 うん、お礼を言われるって凄くうれしいことだな。


「いやそんなことないって。 助けられたのは俺の方だからな。 こっちこそありがとう」

「サニー……」


 俺はユーノに向かって感謝の言葉を口にしたものの、冷静になるとちょっと照れくさくなったので、それを誤魔化すため頭を掻きながらリンディさんに話しかけた。


「それで、次元漂流者は管理局の施設で一旦保護を受け、それ以降は本人の意思次第とユーノからは聞いていたんですけど、それであってますか?」

「ええ、基本的にはそれであっています。 ただし今回の場合そのあたりのことは事件が解決してからになると思ってね?」


 まあミッドに行くにしろ本局に行くにしろどっちみち足が無いからな。
 リンディさんが乗ってきた船は事件担当で現場を離れることはできないわけだし。


「ならそれまで俺は艦内で保護、ということでいいんでしょうか?」

「そうなります。 そしてそのことは今日私がここへ来た理由の一つでもあります」


 でも貴女、さっき思いっきり忘れてましたよね?
 まあいい、俺は長いものには巻かれるタイプの人間だからな。
 言われたことには唯々諾々と従おう。


「わかりました。 なら俺もしばらくの間よろしくお願いします」

「ちょ、ちょっと待って! サニー君って孤児院を抜け出してきたって聞いてたんだけど違ったの? というかユーノ君って喋れたの?」


 そこで今まであまり会話に入って来なかった美由希さんが突っ込みを入れた。


「今まで騙していてすいませんでした。 今は変身魔法で小動物の形態をとっているけど、実は僕本当は人間なんです」

「俺の方も本当は孤児院を抜け出したわけじゃなく、つい最近この世界に飛ばされてきただけなんです」

「なるほど。 そうだったのか」


 俺たちの言葉を聞き、士郎さんは俺を優しく心配するような目で見つめてきた。
 桃子さんや恭也さん達も皆同じような視線を向けてくる。
 俺はてっきり『よくも私達を騙してくれたな』と言われると思っていたので、その視線に凄く戸惑った。


「でも飛ばされてからしばらくは一人きりだったことに変わりはないんだろ? 辛かったんじゃないのか?」

「いえ、俺にはユーノやバールがいたんでそれほどでもありませんでした」


 恭也さんにそう言われた俺は、彼らを安心させるつもりで左手に付けたブレスレットを掲げて見せた。
 だけど彼らは何故か今まで以上に俺に同情的な視線を向けてくる。


「行くところがなかったら家に来てくれてもいいんだよ?」

「ああ」

「うん! 家の子になりなよ!」

「私ももう一人ほど男の子が欲しかったのよね。 それなら丁度男の子と女の子が2人ずつになるし」

「だったらサニーくんはわたしの弟だよね? ね?」


 なんで俺がお前の弟になるんだ。 どう考えても逆だろうが。
 ああ、でもみんな本当にいい人だなぁ。
 だけどそれって家族になるってことだろ?
 俺はいろんな意味で汚い人間だからな。
 いずれ放りだされるのがオチだろうさ。


「ありがとうございます。 そう言ってくれるのはうれしいんですが、でも大丈夫です。 今までも自分の事は自分で決めてきましたし、これ以上皆さんにご迷惑をお掛けするのも申し訳ないです。 それといずれこの御恩は必ずお返しします」


 だから家族にはなれないけれど、せめて最後まではこの付かず離れずの関係でいさせてください。


「そうか……。 でも困ったことがあったらいつでも言ってくれていいよ? その時はいくらでも君の力になってあげるから」

「はい。 今まで本当にお世話になりました」


 そう言いながら頭を下げた時、俺の目からは汗のようなものが流れていた。







 それから俺達3人は高町家の面々に暖かく見送られ、次元空間航行艦船『アースラ』へと乗込んだ。


「おいユーノ、この船すげえな。 前に乗ってた船に比べたらかなり広い気がするぞ」


 案内された船の内部はまさにSFに出てくるような宇宙船と言った感じで、俺が予想していたものよりも遥かに綺麗であった。
 前に乗ってきた船ってなんか潜水艦みたいな内部構造をしてたからな。


「そういえばサニーくんってユーノくんと一緒にこの世界に来たんだよね? その時乗っていた船ってどんな感じだったの?」

「そうだなあ。 基本的な作りは多分この船と変わりなくて少し小さいぐらいなんだけど、最大の違いはやっぱアレだろ、ユーノ」

「ああ、アレだね」

「え? なに?」

「「トイレが臭い」」

「ええっ! そういう違いなの!?」


 アースラに乗り込んで一度トイレを借りた時、俺はその高級ホテルじみた内装に思わず出すはずの物がひっこんでしまった。
 管理局恐るべし。


「いや、でもこれって結構重要だと思うぜ? だって出すもん出してるときって一番無防備じゃん」

「それにトイレが臭いと長旅だとかなりきついものがあるよ? トイレに行く度にげんなりするし」

「汚いからその話はもういいよっ!」


 なのはは耳を塞ぎながらそう言った。


「まあ水が流れるだけあの家よりマシなんだけどな」


 俺は秘密基地の水まわりの状況を思い出して小さく呟いた。
 結局あれから新しい魔法の練習とかしてねえな。
 せめて水をどっかから持ってこれるようにならないと住むに住めん。


「サニーくん、今何か言った?」

「いや何も。 ところでこれからどうするとかって何か聞いてる?」

「うん、もうすぐクロノ君が呼びに来るから後はそれに従って、ってリンディさんに聞いてるよ」

「あ、来た。 あれがクロノだよ」


 ユーノに言われてそっちの方を見ると、そこには小柄な一人の男の子がこっちに向かって歩いてくる姿が確認できた。
 これはまた、何というショタ殺し。


「見た目は小柄だけど、一応執務官でこの船のナンバー2なんだって」

「おいそこの使い魔! 人を小さいとか言うな! 僕にはまだ将来が残されているんだからな!?」

「僕は使い魔じゃない! でももう14でその背丈なんでしょ? 未来はそれ程明るくないと思うんだけどなあ」


 おお、これは珍しい。
 ユーノが人をおちょくってるぞ。


「良く言った淫獣。 この事件が終わったら鍋にしてやる」

「誰が淫獣だっ! 誰がっ!」

「なら、もうフェレットでいる必要が無いにも関わらず、未だにその格好のままなのはの肩に乗っていることはどう説明してくれるんだ?」

「あ、そういやお前こないだの温泉ん時女湯に入ってたらしいな」

「ちょっ、サニー! それは今ここで言う必要があるわけ!? 君はどっちの味方なのさ!? あっ、なのは、これは違うんだ、僕は決して――ギャアッ」


 なのはは自分の肩から汚れた雑巾を触るみたいにユーノを持ち上げ、そして壁に向かって思いっきり投げつけた。


「さて、君が次元漂流者のサニー・サンバックだな?」


 それを横目に小さくて偉い人が話しかけてきた。
 うーん、身長はほとんど俺と変わらないのか。
 それでこんなデカイ船のナンバー2とか、次元世界には一体どれだけの天才児が溢れているんだ?
 想像もつかねえや。


「はい、その通りです」

「僕はクロノ・ハラオウンと言う。 これから事件解決と本局までのそう長くない間だけど、よろしく頼む」

「こちらこそよろしくお願いします。 貴方の事はハラオウン執務官とお呼びすればよろしいでしょうか?」


 俺が握手を交わしながらそう挨拶すると、ハラオウン執務官は何故か固まってしまった。


「どうかしました?」

「君に敬語を使われるとどうしてか気持ち悪く感じるんだ。 そう歳も変わらないんだからクロノでいいよ」

「つまり俺たちは友達と言うことでよろしいでしょうか?」


 俺は少し傷ついたので嫌がらせの為もう一度敬語で返した。
 ついでになし崩し的に友達を増やせるか試してみよう。


「いや、まあ、うん、それでいいからその微妙な敬語はやめてくれ」


 クロノはその唐突な発言に戸惑いつつも、俺の提案を受け入れてくれた。
 よっしゃあ! 友達ゲットだぜっ!


「じゃあクロノ、俺腹減ったからまずは飯食わせてくんない?」

「切り替えが極端過ぎるだろう! せめてもう少しぐらいなんとかならないのかっ!?」

「あーわりぃ、俺そういった距離感とか気を使うのって苦手なんだ」

「……はぁ、仕方ない。 もうそれについては諦めよう。 実は僕もまだ食事をとっていないんだ。 丁度いいから今後の事は食べながら話そうか」

「それは実にいい提案ですな。 おいユーノ――」

「――ユーノくんのえっちっ! 変態!」

「えぇっ! でもなのはのほうだって、僕が人間の男の子だってあの時もう知ってたよね!?」


 ユーノ達も誘おうかと思い彼らを見ると、ユーノは人間に戻っており、腰を押さえ冷や汗を垂らしながら必死に言い訳をしていた。
 つーかこいつらまだやってたのか。 まさか俺たちが自己紹介をしている間もずっとやってたわけじゃないだろうな?


「そ、それはそうなんだけど、で、でもだってあの時は忘れてたんだもん! 仕方ないの! ユーノくんだって断ればよかったんだよっ!」

「僕はあのとき嫌がってたよ!? でもアリサや美由希さんが無理やり連れて行ったんだ! だから僕は悪くない!」

「ああっ!? 開き直った!? 本当に嫌だったら――」

「彼らはどうする?」


 クロノはあきれた感じで俺に聞いてきた。


「置いてこうぜ。 どうせもうあいつらにはもう船の案内は済んでるんだろ?」

「まあね。 じゃあ食堂へ行こうか。 サニーは僕に付いてきてくれ」

「なあなあクロノ、そこって肉とか出んの? お勧めは?」

「肉料理はちゃんとある。 お勧めはサラダかな。 この船は長期任務を目的として作られているから艦内には自給と保養目的で菜園があるんだ。 だから新鮮で美味しい野菜がいつでも食べられる」

「やっべ、オラなんだかわくわくしてきたぞ。 後でその菜園も見せてもらっていい?」


 前の次元艦船では体調の理由で肉料理を食べられなかったからな。
 俺はその場でスキップしながらそう言った。


「ああ。 それほど楽しみだというなら食事の後で案内しよう」

「いやっほう!」

「――ユーノくんのばかっ! もう知らない!」

 パシーンッ! タッタッタッ……

「いてててて……。 あ、なのは! ちょっと待ってよ!」



 そうして俺とクロノは痴話喧嘩を耳にしながら艦内の食堂へ向かった。

 その後艦内の食堂で食べた生姜焼きやサラダは高町家の食事には及ばないものの確かに美味しく、自慢するのも納得がいく味だったため、俺は思わずクロノと握手を交わした。
 だがその後艦内にあるという自動散髪マシーンで伸びてきた髪を切って貰った時、何気なくクロノに『知ってるか? 髪の毛から醤油って作れるんだぜ?』と言ったことを俺は後悔することになる。


 『知ってるも何も、この散髪機械の正式名称は中華式醤油精製機と言うんだぞ? 食堂で使われている醤油は全てここで作られているんだ』


 この発言を聞いた俺は生姜焼きを美味しいと思ってしまったことに愕然としつつ、今後この船での食事は野菜を主食にすることを心に決めた。
 ……でも中華式ってマジかよ。 あの国はほんと碌な物を発明しないな。



[15974] 出会い編 第9話 決戦は海の上でなの
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/02/13 02:34
 俺達がアースラに詰め始めてもう10日が経過した。
 しかし探しても探してもジュエルシードは見つからない。

 今はこれまでにジュエルシードを拾った場所をプロットした地図を前に、アースラの管制室で作戦会議を行っているところである。
 なお地図上にはフェイト達から聞いたジュエルシードの発見場所も全てプロットされているので情報量としては申し分ない。


「これだけ探して見つからないとなると、もう全て持っていかれてしまった可能性もあるな」

「向こうさんは14個集めた後でそれらすべてを使って何かしようとしてるらしい。 ユーノとも話していたんだが、あのジュエルシードというやつはたった数個でも、それを使って何かしようとすれば時空間に穴が開く程のエネルギーが観測されるんだろ?」


 俺は相手側と友好関係を築いており、相手の情報を多く持っているという点からこの会議に参加させて貰うことになった。
 普段は備品の補充とか食堂でお手伝いをさせて貰ってます。
 ちなみに菜園の肥料が何を元に作られているのかは聞かないことにした。
 パンドラの箱は開けてはならない。
 これは俺が身をもって学んだ人間の知恵の1つである。


「ああ。 初めに発掘先で大暴走した時も次元震まではいかなかったものの、かなり高いエネルギーは観測したという報告を受けている」

「で、これまでにそんな規模のエネルギーは観測したのか?」

「いや、していないな。 ……なるほど。 初めはジュエルシードをみすみす敵に渡すとは何ということをしてくれたんだとも思ったが、こうして敵側の情報を多く得られたのならそう悪い判断ではなかったか。 あの時はすまなかった」

「気にするなって。 俺もアレは賭けだったんだ。 怒られても仕方がないさ」


 数日前、俺がジュエルシードをフェイトに渡したことを知ったクロノは俺のことを猛烈に批判した。
 その理由を聞いて一応理解はしたが、今の今まで完全に納得はしていなかったみたいだ。
 いやあ、よかったよかった。
 というか初めから知っていることを全部話してれば余計な気苦労もせずに済んだのかもしれない。


「しかし咄嗟にそういった判断ができるというのは信じられないな。 君はまだ9歳なんだろう?」

「いや、本当のところは俺にもよくわかんない。 こっちの世界へ飛ばされてきたときは確か27歳だったと思うんだけど」


 9歳というのはこの体がユーノの身長とほぼ同じであり、記憶も9年分しかないからそう言っているに過ぎないのだ。


「でもサニーくんがわたしより先にフェイトちゃんとお友達になっていて、さらにそれをユーノくんも知ってて、それを今までずっとわたしに秘密にしてたのは許せないな~。 もう友達やめちゃおっかな~」

「それはちょっと待ってくれ」

「え~? どうして~? サニーくんは1人だけ抜け駆けしてフェイトちゃんと仲良くなったんでしょ~? ならもうわたしなんてどうでもいいんじゃないの~?」


 なのはは不貞腐れたようにそっぽを向き、口を尖らせながらそう言った。
 こっちに来てからフェイトと友達になれたことを散々自慢したのは少し不味かったかもしれない。


「でもお前に言ったら『私も連れてけ』って絶対言っただろ? それだと意味が無いんだよ。 それにお前自分で何とかするって意気込んでたじゃん。 ありゃ嘘だったのか?」

「嘘じゃないよ! わたしはまだ諦めてないんだから! サニーくんには負けないもん!」

「はいはい、せいぜい頑張ってくれなの」

「その上から目線がむかつくっ! 絶対お友達になって、それでサニーくんをぎゃふんと言わせてやるんだからぁ!」

「落ち着いてなのは、またからかわれるよ?」


 俺は耳に指を突っ込んで耳糞をほじくり出してなのはに向かって吹きかけた。


「耳糞(じふん)」

「汚いからやめてよっ! それにまた馬鹿にしてっ! もう絶対絶対許さないんだからっ!」

「おい君たち、つまらない漫才はもうその辺にしてくれ。 ところでサニー、他に彼女たちから何か聞いてないか?」


 脱線しまくった会話にうんざりしたのかクロノが会話を軌道修正した。
 ちなみに暴れるなのはは現在ユーノが押さえてくれている。


「落ちたと思われる場所を全て使い魔の嗅覚で探索した後、水場を中心に魔力流をぶつけて反応を見る予定だそうだ。 その後についてはその時考えるとも言っていたな」


 水場ではジュエルシードの臭いを追えないらしいからな。


「なるほど。 やっぱりそこに行きつくのか。 ユーノから提案された時は危険だと断ったプランだが、今となっては僕達もそれをするしか先に回収する方法は無いか。 本来こんな方法は取りたくないんだが……」


 クロノはようやく魔力流をぶつけてあぶり出す決心をしたようだ。


「よし、ここまで聞いたついでだ。 魔力流をぶつける地点について何か案はないか?」

「そうだな、あの独特のジュエルシード臭は水の中だと確かにわからないこと、それと落ちた場所の分布から見てもまずは海から始めるのが妥当だと考えるがどうだ?」


 俺はモニターに表示させた地図の内、海の部分の数か所を指で示しながらそう言った。


「そこは僕も考えていた。 この分布図を見る限り落ちたジュエルシードの位置はみんな大分離れている。 しっかり魔力流を制御してやれば1つずつジュエルシードを反応させることができそうだな。 よし、じゃあそれで行こう。 エイミィ、出撃準備だ」


 エイミィさんとはアースラのオペレーターでクロノと仲がいい元気なお姉さんだ。
 若干軽過ぎるような気もするけど、実はこの船のナンバー3らしい。
 まぁ人は見かけによらないって言うしなぁ。


「クロノ君、自分で行くの?」

「なのは達だと魔力流の制御に不安が残るし、武装隊員の場合だと封印に失敗する恐れがある。 それに相手の魔導師ランクは恐らくAAA以上だからね。 今艦内に待機している武装隊員だと多分勝てないと思う」


 おいおい、ホントに大丈夫か? 時空管理局。
 たった2人、しかも片方は子供相手なのに、仮にも武装と名前がつけられている連中が勝てないとか信じられないんだが。


「でも、これは彼らが弱いわけではなく彼女たちが優秀すぎるのが悪いんだ。 次元世界全体を見渡してもAAA以上なんて5%にも満たないんだぞ?」

「そうそう、本局に行ってもめったに見られないぐらい希少なんだよ?」

「へぇ。 まあなんとなくそんな気はしてました」


 俺がそんな風に思っていたことに気付いたのか、クロノは武装局員をフォローするようなことを言った。
 ってことはフェイトやなのははこの次元世界全体でも有数の実力者ってところなのか。
 そういやなのはの奴、最近使えるようになった砲撃魔法のランクはS以上だとか言ってたけど、ちょっといくらなんでもその成長速度は異常だろ。
 魔法に触れて一月経ってねえんだぜ?
 これが普通だとしたら自分の才能の無さに泣けてくるわ。


「えへへ、うらやましいんでしょ?」

「うるせえ。 ビッチは黙ってろ。 座薬ぶち込んで黙らせんぞ」

「ならわたしは砲撃をぶち込んであげる。 良かったね、これでその汚い口も綺麗になるんじゃないかな?」

「ファック」

「ふぁっくゆーとぅー」


 そういってなのははケラケラと笑った。
 今のやり取りを見ていたクロノ達は苦笑いをし、実際に誤射によって砲撃を食らった事があるユーノはガクガクと震えだした。
 このビチクソが。 調子に乗りやがって。 いつか目に物見せてやる。







 それから数分後。


『それじゃあなのは、ジュエルシードの封印の方は任せてもいいか?』

『うん!』


 クロノ達は海上へ行きジュエルシードを探索する為、転送ゲートの前で作戦の最終確認を行っている。


『ユーノには彼女達がやってきた時の足止めを任せる』

『了解!』


 なおその準備を行う際のエイミィさんのキーボード捌きは凄まじく、俺は先に下した評価をプラスへと修正した。
 さすがは次元世界を守る船のナンバー3。
 勝手に変な印象を持ってしまい申し訳ありませんでした。


『よし、じゃあ行こうか。 エイミィ、バックアップは任せたぞ。 それでは艦長、行ってきます』

『わかりました。 それではクロノ執務官、それになのはさん達も、みんな気をつけてね~?』

「「はい!」」「あ、あはは」


 艦長の心配のかけらも見られない軽い見送りに一人だけ少し呆れた表情を見せたものの、特に揉める事もなく3人は海の上へと旅だった。
 でも何か忘れている気がするんだよなあ。 何だろう?


「どうしたの? サニー君。 何か不安でもある?」


 俺がそんな漠然とした不安を感じていると、エイミィさんがそれに気付いて聞いてきた。


「不安というか何というか、何かを考慮し忘れている気がするんです」

「それって重要なこと? 例えばジュエルシードのこととか」

「いや、そうっちゃそうなんですけど、どっちかというと周りの……」


 現在の海上気温は17℃、天候は曇り。
 波の様子は比較的穏やかで、大気の状態は安定。
 雲の量は多いけれど近くに前線もないし、雨が降る気配はない。
 海鳴の海岸線の形状は比較的複雑で、この辺りの海水の平均密度は1.025 g/cm3、ジュエルシードの密度は……あっ! これか!


「すいません、今すぐクロノ達に通信を繋いで貰えますか?」

「流石に理由の説明もなしに繋ぐわけにはいかないよ。 まずはお姉さんに教えて?」

「時間が無いの手短に説明します。 ジュエルシードの密度は比較的低いため海の中に落ちても一直線に落ちることはなく、水の流れに影響を受けながら沈みます。 そして海の深いところでは水の流れはほとんど無いものの、川との合流箇所などの地形が複雑な場所ではその限りではなく、対流などの水の流れが存在します」

「つまり……どういうこと?」

「海に落ちたジュエルシードは下手をすると一か所に固まっている可能性があるということです」


 これを考慮すれば、海底の地形によって魔力流をぶつける範囲を狭くする必要があると言うことだ。


「なるほど、って、そりゃ大変だ! クロノ君! 今サニー君から……って、あっちゃーもう遅かったかぁ。 残念だったね。 折角気付いたのに」

「いやいやいや、今めっちゃ軽く言いましたけど画面見る限りかなり大変なことになってますよ!?」


 表示されている映像には6つの大きな竜巻が映し出されており、それらは海上をとんでもない勢いで蹂躙している。
 クロノ達もその竜巻にいいように翻弄されていた。
 果たして彼らは無事なんだろうか?
 っていうかみんな普通に空を飛べるんですね。 いいなぁ。


「大丈夫だよ。 クロノ君もだてに執務官やってるわけじゃないんだから。 まあ見てなって」

「そうっすか」


 そう言われてもその執務官がどういうものか知らない俺はハラハラしながら画面を見守らざるを得ない。

 しかしその心配はエイミィさんが言うように無駄なものだった。
 まずクロノがあっさり暴風圏から逃れ出て、すぐさま竜巻に良いように翻弄されているなのはを魔力で作った紐のようなもので助け出した。
 ユーノはそれからしばらくして自力で何とか脱出し、クロノに向かって何か文句を言い始めた。
 暴風雨がうるさくてよく聞こえないが大方『僕も助けろよ!』とでも言っているのだろう。
 ふとなのはの方を見ると、その表情は『クロノくん恰好いい!』とでも言いたげなものだった。
 これは……まさか噂の恋愛フラグ&修羅場フラグって奴か!?


「ほらね? あとは何度か砲撃魔法でもぶつけて一件落着じゃないかな?」

「へえ、さすが執務官。 って言っても俺執務官の凄さがわからないんですけど、それってどう凄いんですか?」

「まず執務官っていうのは、事件捜査や法の執行の権利、現場人員への指揮権を持つ時空管理局の管理職資格なんだ。 試験は年に2回あって、具体的には筆記試験と実技試験の二つに合格する必要があるの。 だけどそのどちらも非常に難しいことで次元世界では超有名」

「ちなみに合格率ってどれぐらいなんですか?」

「それぞれで15%だね」


 ってことは両方合格する人間は単純計算で大体40人に1人ってことか。
 結構難しい試験なんだな。


「それで筆記の方は200点満点の試験が『人文科学』の分野では言語学・倫理学・考古学・地理学・人類学・心理学の6つ、『社会科学』では法学・会計学・社会学の3つ、『自然科学』では数学・物理・化学・生物学・魔法科学の5つ、『応用科学』では医学・薬学・軍事学・魔法工学の4つの計18の筆記試験と、『総合科目』という実際に起こりうるシチュエーションへの対応について1問80点の質疑応答が全部で5題あって、合格ラインは総計4,000点中の3,600点以上。 まあ筆記で落ちる原因は大抵この最後の『総合科目』なんだけどね」

「それ、正直総合科目以前の問題な気がするんですけど」


 どこの科挙試験だよおい。
 ドイツ弁理士もびっくりだな。
 つか14歳でこの資格持ってるとかクロノ、あいつどんだけ天才なんだよ。
 そりゃ惚れるわ。 俺もちょっとクラっときたもん。
 まあ俺は別にホモとかそんな趣味は無いんだけどね。 いや、そんな反応されてもマジでそれはねえって。


「いやあ、でも総合科目以外なら出るところがほとんど決まってるから覚えれば何とかなるんだよね~」


 それを言ったら『センター試験で9割取れない人間は馬鹿』みたいに聞こえるじゃねえかぶっ殺すぞコノヤロウ。


「でも最後の総合科目だけは別! 毎回違う問題が出される上、刻一刻と変化する状況に即座に判断を下して指示を出して行くんだけど、1つでも対応を間違えると一瞬で事態が最悪な方向へ向かっちゃうの」

「まあ、現実ってそんなもんですからね」

「仕舞いには試験中に『お前の判断のせいで何万人もの人が命を失った。 どう責任をとるんだ? 尊い犠牲とでも言うつもりか?』って80点中70点の解答なのに詰問されることもあるし、面接官が有名な人ばっかりで凄い圧迫感を受けながらの試験だから緊張するともうそれだけで終わり」


 なるほどな。
 これは誰からも支持されるような対応なんて滅多にないからこその詰問なんだろう。
 そうやって慣れておけば、執務官になった後一般大衆からの批判で潰れる可能性は大分減るからな。
 なかなか良く考えられて――


「他にも総合科目の途中で泣きだしたり漏らしたりする人は後を絶たないってよく聞くよ」


 ――ねえだろっ!
 どんだけ厳しい試験なんだよ!
 そんなとこで漏らしたら一生消えないトラウマになるわ!
 宇宙飛行士選抜試験だってもっと精神に優しいっつーの!


「実技の方もまた難しくってね~。 魔力量だけじゃどうにもならない状況も多くて、とにかく臨機応変な対応と的確な判断を問われるんだけど――」

「もういいです。 何となくわかりました。 筆記の方だけでもうお腹いっぱいです」

「だよね~。 私の執務官補佐なんて筆記だけだからそれに比べればおもちゃみたいなもんだよ」


 といってエイミィさんはアハハと笑った。
 でもそれはたぶん謙遜なんだろうなぁ。
 今の話を聞いて執務官補佐を軽く見る奴はいくらなんでもいないっつの。


「あ、ちなみにうちのクロノ君。 その執務官試験に11の時受かってるから」

「Hahaha, It's a nice joke! (それは大変面白い冗談ですね)」

「いや、マジマジ。 これマジ話だから」

「Ich will das Gesicht seines Elternteiles sehen. (ちょっと親の顔が見てみたいわ)」

「あ、クロノ君のお母さんってリンディ提督だよ」

「无法相信。 (信じらんねー)」


 俺はその冗談みたいな話の連続によって言語中枢に支障をきたしてしまった。
 管制室のモニターに映る艦長席のリンディさんは『やっぱり私の息子はかっこいいわ』とでも言いたげな顔でクロノ奮闘記を見ている。
 そりゃ親馬鹿になるのもしゃあないわ。
 さっきの軽い見送りも納得だな。


「でも大丈夫なんですか? いくらクロノが凄いって言っても何かしてあげてもいい気がするんですけど。 それにユーノはまだしも、ぶっちゃけなのはの方は足手まといになってないっすかね?」


 現在ユーノは暴れ狂う竜巻を鎖のようなもので動きを止めようとしている。
 なのははその後ろで何かやろうとしてクロノに止められていた。
 ジュエルシードがより暴走する可能性があったからか?
 ああそうか、フェイト達が来ることも考えてのことか。


「皆クロノ君を信用してるからね。 ああ見えて既に難しい事件を数十って解決に導いているから。 ほら、もうすぐあの竜巻も収まりそうだよ」


 エイミィさんがそう言った直後、クロノはユーノのフォローをしながら水色の魔力光を持つ砲撃っぽいのを連射し、竜巻を消し飛ばした上でジュエルシードの封印に成功した。
 おお、クロノすげえ。 結局ほとんど自分でやっちゃった。
 そしてユーノかっけぇ。 あの竜巻を押さえたのはお前の力だ。
 なのは? 誰それ。


「ほらね? 大丈夫だったでしょ?」

「そうっすね。 でもクロノ、もうふらっふらですよ?」


 画面の中のクロノはユーノに支えられてようやく飛んでいるような状況だ。


「でもジュエルシードの暴走も終わったんだから、後はしばらく休ませてあげればいいんじゃないかな?」

「いやー、でも――」


 クロノとユーノが軽く拳を突き合わせ、軽く友情が芽生えたところで事態は再び動き出した。
 その海域に張られている結界を破り、フェイト達が現れたのだ。


「やっぱりね」

「えっうそ! このタイミングで!? もうクロノ君には魔力がほとんど残ってないよ!? 艦長!」


 うそ~ん、今のは予想できるでしょ?
 アルフは今回人間形態を取っているようだ。
 そういやアルフって人型の時臭覚はヒト並に落ちているんだろうか?
 もし機会があったら今度実験してみよう。


『ええ、直ぐに武装局員を出して!』

『やはり来たかっ! なのは、ユーノ! 彼女たちを頼んだ!』

『わかった!』『了解!』

『艦長! 僕の援護は必要ないんで念のため艦の守りを固めてください!』

『わかりました。 エイミィ』

「了解です! 船の防御シールドはいつでも展開できるようにしておきます!」


 流石は執務官殿。
 この程度はやっぱり予想できてるよね。
 しかし艦の守りってどういうこと?


『フェイトちゃん! わたしのお話を聞いて!』

『……母さんが待ってるんだ。 これだけは譲れない!』

『君たちはあの石がどれほど危険なものかわかっていないのか!?』

『あれが暴走したらこの世界なんてひとたまりもないんだよ!?』

『そんなことアタシ達は知らないね! あの糞ババアがフェイトに集めてこいって言ったんだ! だったらアタシはフェイトを助けるだけさ! そっちこそアタシ達の邪魔をするな!』


 アルフのその発言を皮切りに戦闘が始まった。
 なのはがフェイト達に魔力弾をいくつも飛ばす。
 フェイト達はそれをギリギリでかわし、クロノはその隙をついてジュエルシードの方へ向かった。
 だがフェイトはそれを読んでいたのかクロノに向けてすかさず牽制の魔力斬撃を放つ。


『クッ、やはりそう甘くはないか! なのは、ユーノと離れて戦うな! 防御を彼に任せて君は大威力砲撃を彼女に放てっ!』

『任せて!』


 そう指示を出したものの、そこから先はスーパークロノタイムに過ぎなかった。

 フェイトが放った魔力の斬撃を華麗に避けきるクロノ。
 鎖のようなもので動きを封じようとしたアルフを、いつの間にか発射していた誘導弾で撃墜するクロノ。
 それに一瞬気を取られたフェイトをバインドで拘束するクロノ。
 それを助けようとしたアルフを仕掛けていた罠で捕まえるクロノ。
 そこへ極太ビームを発射するなのは。
 びっくりするクロノ。
 震えるユーノ。
 ぼろぼろになったフェイトとアルフ。
 笑って誤魔化すなのは。
 とりあえずいろいろと後回しにしてジュエルシードの回収に向かおうとするクロノ。


 うーん、こうしてみると一体どれだけ先読みしていたことやら。
 やっぱ執務官すげーわ。 頼られるのも納得だな。
 これで一安心――


「ええっ嘘!? 艦長、たった今膨大な魔力が観測されました!」

『何ですって!?』


 ――とは行かなかった。


「おそらく次元干渉型の魔法ではないかと思われます! カウント開始します! 3――」


 だがカウントがゼロになるより先に、画面の向こうでは謎の雷がクロノ達を襲い始めていた。


『危ないっ! "Lightning Protection"』

『フェイトちゃん!』『なのは! そっちに行っちゃいけない!』

『きゃああああ!!』『うわああああ!!』


 クロノとユーノは慌ててバリアっぽいものを展開し、なのははその攻撃からフェイトを守るように動いた。
 しかしその行動は間に合わず、空から落ちる雷はフェイトとアルフを直撃し、彼女たちは意識を失ってしまった。

 そしてその攻撃は海の上だけではなくアースラにも及んだ。


「おおおお、揺れてる揺れてる!」


 そういやこっち来るときに乗ってた護衛艦の時もこんな感じだったっけ。


『エイミィ、全力でシールドを張って! それと出来ればこの船の現状把握と、あの子達の無事を確認!』

「やってます! でも映像や音声信号にノイズが入って、向こうの詳しい状況が分かりません!」

『っ! なんていう威力なの!』


 なのは達は攻撃が当たる直前にバリアを張っていたから大丈夫だろうが、この船に伝わる衝撃から考えて直撃したフェイトが心配だ。
 火傷で済めばいいが……。
 あとアルフのほうはぶっちゃけどうでもいい。
 あいつに噛まれた傷痕がまだ残っているので正直ざまぁと思ったぐらいだ。







 それから数十秒後。
 ようやく船のコントロールを取り戻したアースラは、フェイトとアルフも含めた全員の回収に成功した。
 クロノ達の無事を確認したところで、俺は管制室から貸し与えられた自室へと戻った。

 そしてさっきの一連の流れを見てて思った。 というか理解した。
 これ、魔法使えるとか使えないとか関係なく、俺何もできなくね?
 どうあがいても無理っしょ。
 物質転送しか使えないのにあそこへ割り込んだらいくらなんでも死ぬわー。 普通に死ぬわー。
 
 ベッドで金球を弄びながらそんなことを考えていると、艦長への報告を終えたクロノが俺のところへやってきた。


「サニー、少しいいか?」

「どうぞお構いなく。 そんでお疲れさま。 大変だったな?」


 ちなみにユーノは現在自室で休憩中、なのははフェイトに付き添って医務室にいる。
 またジュエルシードはあの攻撃の際、その場にあった6つ全てをフェイトの母親に持っていかれてしまった。
 これで今までフェイトが集めてきた分と合わせれば、彼女の母親が欲していた数が揃ってしまった計算になる。


「全くだ。 纏めて暴走したのも予想外なら最後の攻撃の威力も予想外だった。 完全にオーバーSクラスじゃないか。 あんなのまともに食らったら流石の僕も気を失ってしまう」

「失ってないじゃないか」


 というか威力はともかく攻撃があること自体は予測してたのかよ。
 執務官、っぱねー。


「まともに食らったらの話だ。 実際、僕のバインドせいで身動きが取れなったフェイトとアルフは直撃したせいで気を失ったからな」


 いや、あれはなのはのなんちゃらバスターをまともに受けたのもあるって。 絶対。


「ところでフェイトは大丈夫なのか?」

「一応僕のかけたバインドが電気を受け流す性質のものだったおかげでほとんど無傷で済んだ。 じき意識を取り戻すだろう。 だが彼女の持っていたデバイスは演算部に酷い損傷を負ってしまった」

「あのデバイスはフェイトにとってとても大切なものなんだそうだ」

「そうか……」


 なんでも彼女に魔法のいろはを教えた家庭教師がフェイトのために作ってくれた形見みたいなものらしい。
 自己修復機能もあるから多少の傷なら問題ないらしいけど、果たしてコアの部分は無事なんだろうか。
 フェイトが目を覚ましたときにショックを受けないかちょっと心配になってきた。


「あの破損状況を見るに、これ以上酷使すれば再生不可能になるかもしれない。 それほど大切なものだというなら、今後しばらくは彼女があのデバイスを使うような状況はこないと思いたいね」


 わざわざそう言うってことはまだそのデバイスを使うような状況もありうるってことか?


「まあとにかく命に別状がなくてよかった。 正直な話俺はほっとしたわ。 お前的には気に食わないかもしんないけどな」

「いや、それに関しては僕も素直によかったと思う」


 なんだかんだでやっぱりクロノも気のいい奴だよな。
 相手が犯罪者で自分の知らない人間だった場合、その無事を喜べるのは結構凄いことだと思う。


「しかしなんて母親だ。 ジュエルシードのためとはいえ、自分の娘に向かってあんな攻撃を仕掛けるなんてとてもじゃないが信じられない」

「あの犬耳が言うにはフェイトは母親に好かれているどころかむしろ嫌われていたらしい。 理由はわからないけど、かなり酷いことを言われたりされたりしていたそうだ」

「前に聞いたときも思ったが、酷い話だな」


 小さい頃の記憶がどうしても思い出せないので比較することもできないが、もし俺がフェイトのように虐待を受けていたらどうするのだろうか?
 ……まあ間違いなく家出するだろうな。
 うまく事情を説明できればなんとかなりそうだし。


「彼女もまだ親に甘えていたい年頃だろうに」

「お前が言うか」

「僕はもう14だ!」

「あ、ごめん。 普通に忘れてた」


 そういえば年上だったっけ。
 普通に同い年だと思ってた。


「次同じようなことを言ったら今度は便所掃除をさせるぞ」

「それは嫌だな。 よし、わかった。 もう『男の娘』とか言わないようにするわ」

「そんなこと今まで一度も言ったことないだろう! そして何もわかってないじゃないか!」

「俺は押すなと言われたボタンは秒速16連打で押してしまう人間なんだ。 そこは諦めてくれ」

「何処の高橋名人だ!」


 良く知ってたな。
 もしかしたら彼の連打テクには次元を超える能力があるのかもしれん。


「はぁ、もういい。 建設的な話をしよう。 その人をおちょくろうとする癖は勘弁願いたいが、君の頭の回転だけには一目置いているんだ」


 俺はその『だけ』は余計だと突っ込みを入れたかったが、確かに時間が勿体無いのでこれ以上の無駄話は止めることにした。


「君はさっきの攻撃についてどう思った?」

「こちら側からは攻撃を受ける瞬間しか見ていなかったから推測になるけど、まずあの攻撃はクロノ達が避けるかバリアを張るかしなかったら直撃していただろ?」


 さっきバインドで身動きできなかったフェイトとアルフは直撃したって言っていたしな。


「ということはフェイトの母親はこちらに対して明確に敵対する意志があると言っていいと思う。 またアースラに対してもわざわざ攻撃をしてきたことから、管理局の存在とその存在する目的も知っていると考えられる。 そのことから考えればフェイトの母親がやろうとしていることは管理局と敵対するような、すなわち次元世界そのものに対して何らかの大きな災害を引き起こす可能性が非常に高いと俺は推測する」

「…………」


 管理局最大の存在目的は次元世界の危機を防ぐことらしいからな。
 そんでその被害ってのはジュエルシードの特性から言って大規模次元災害、次元震や次元断層の発生って奴か?


「あとはアルフが以前言っていた『14個あると安定させることができる』という発言から、それだけのエネルギーをコントロールする術も持っていることも考えられる。 そしてその目的は『次元災害を引き起こすこと』ではなく、『結果として次元災害が起こりうるようなこと』と考える方が自然だ。 こんなものでいいか?」

「……十分すぎるな。 あの攻撃からそこまで読み取るか」

「推測に推測を重ねたものだから信憑性は高くないけどな」


 なんにしろ俺が知っているデータが少なすぎる。
 今の段階で咄嗟に出来る考察はこの程度がせいぜいだろう。


「僕たちも時間さえあればその推論にたどり着くだろうけど、この短時間でそこまで分析できるのは一種の才能だと思うが……」

「いやいや、この程度は科学者なら全員持ち合わせている能力に過ぎないって。 この世界にはそういった連中はいないのか?」


 科学者なんてあの台所の黒い悪魔と一緒で、宗教が変な風に発達してなければ何処にだっていそうな気がするんだけどなぁ。


「いるにはいるんだろうけど、少なくとも僕の知り合いにはいないな。 そうか、職にあぶれた科学者をこの手の仕事へ回せば人材不足の一端を解消できるのかもしれないのか……今度レティ提督にも相談してみるかな――」


 それからクロノは自分の考えに没頭し始めた。
 何やら俺の意見も役に立ちそうである。
 よかったよかった。


「ところでクロノ達の方はあの攻撃から何かわかったのか?」

「今、僕以外のアースラスタッフが全力で母親の居場所を調べている。 だけど特定するにはまだ大分時間が掛かるそうだ」

「まあ一度きりの攻撃で、かつジュエルシードを回収された時アースラの計器がほとんど止まっていたらしいからな」

「だがそれでもエイミィなら、うちのスタッフならなんとかしてくれると僕は信じている」


 そう言ったクロノの表情からは特に不安や心配があるようには見えず、アースラのみんなを信頼してるのがよく伝わってきた。


「そっか。 もし見つかったらそこから先は執務官様の腕の見せどころだな?」

「そうだな。 できるだけ穏便に済むように全力を尽くそう。 さて、僕はさっきの戦闘で少し疲れたからちょっとだけ休んでくる」


 そうか、俺がフェイトのことを気にしてると思ったから伝えに来てくれたわけか。
 自分も凄く疲れているだろうに。


「わざわざ悪かったな」

「気にするな」


 でもぶっちゃけ顔を合わせ辛いんだよな。 特にアルフ。
 本当に友達なら今直ぐにでも医務室に居るフェイトの元へ行くべきだ。
 でも嫌われると思ったら足がすくんでしまう。
 弱いなぁ、俺。


「こちらとしても有意義な話を聞けたんだ。 むしろ僕のほうが礼を言いたいくらいさ」

「そういってくれるとありがたい。 じゃあしっかり休んで魔力を回復してくれ」

「ああ、そうする。 また後で」

「おう」


 そしてクロノが部屋を出て行ったところで俺はふと気付いた。
 『また後で』ってことは『また協力してくれ』ってことだよな?
 こんな俺でも助けになれているのか。
 魔法がなくてもユーノ達の力になれるんだ。
 そうか。 そうかぁ。

 俺はそのことに気付き少し、いや、かなり嬉しくなった。



[15974] 出会い編 第10話 それぞれの胸の誓いなの
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/02/13 15:24

 海上でのジュエルシード争奪戦から数時間後、俺はクロノに指揮所へ呼び出された。


「あ、サニーくん。 来たんだ」


 指揮所に付くとそこには真っ赤になって俯いているフェイトと、後ろから彼女に抱きついているなのは、それを苦笑しながら見ているユーノ、ほほえましそうに見ているアルフ、彼女達が何かやらかさないか注意しながら見ているクロノ、『初々しくてかわいいわね~』『そうですね~写真撮っちゃいましょうよ艦長』といった会話をしているアースラスタッフの皆さんがいた。



「なんだとコノヤロウ。 来ちゃ悪いみたいに言いやがって」

「違うよ、誰もそんなこと言ってないよ。 それよりほら、見て見て! わたしもフェイトちゃんとお友達になったんだよ?」

「な、なのは、ちょっと恥ずかしいよ……」

「それは見りゃわかるけど、ちょっとベタベタし過ぎじゃね?」


 なのはは満面の笑みでフェイトの顔に頬ずりしている。
 フェイトの顔はそれによる羞恥のせいか真っ赤に染まっているが、その表情はどこか嬉しそうだ。

 というかなんでフェイトも指揮所にいるんだ?
 話ぐらい別に医務室でもできるだろうに。


「うらやましいんでしょ? ねえ、うらやましいんでしょ?」

「んなわけないっての」

「でもフェイトちゃんは可愛いから仕方ないね。 さっきわたしをからかったことも許してあげる」

「おいユーノ、こいつ何か変なものでも食ったのか?」

「さあ? 僕は部屋で休んでたから知らないけど、なのは達は僕がここに来た時にはもうこんな状態だったよ」

「ならアルフか。 おい、また変な洗脳でもしたのか? 俺の時みたいに」

「誰も洗脳なんてしてないよ。 ただちょっとフェイトのいいところを説明しただけだって」


 嘘付けや。 絶対なんか変な電波出してるってお前。
 そういや魔力は意識によってコントロールしてるんだよな?
 ってことは魔力によって意識もコントロールできるんじゃね?
 つまりアルフは周りの人間にフェイトを好意的に思わせてしまう魔法を使っている可能性があるのではないだろうか。
 そう考えると魔法が凄く使える奴ってモテまくりなんじゃないか?
 すげーな次元世界。 風紀乱れまくりじゃん。 恐ろしい話だぜ。


「それよりアンタ、実はスパイだったんだって?」

「お、おう。 でも、友達になりたかったのは決して嘘じゃないぞ」


 俺がそんなことを考えているとマジで恐ろしい話を振られてしまった。
 対応を誤るとまた噛みつかれてしまう。
 ここは慎重に言葉を選ばなければ……


「で、その友達が犯罪行為をしているなら、それを止めてやりたいと思うのは間違ってないだろ? それに、たぶん俺がお前らと友達になっていなかったら今のような状況はあり得なかったはずだ。 そうだろクロノ?」


 俺は現在フェイトに拘束具が付けられていない状況を指してそう言った。
 あれだけ魔法を使える犯罪者なら、普通相手が子供だとしても手錠か何かで身体の自由をある程度奪っているはずだ。


「そうだな。 だがサニーから君達の話を聞いていなかったらそもそも捕まることはなかったかも知れな――」

「おい! それだと俺はただの悪役になるじゃねーか! そうじゃなくて――」

「別にいいって。 アタシは難しいこととかわかんないけど、フェイトの事を思ってやったんならそれでいいんだよ。 なのはからもそう聞いたしね」

「そうだよ~。 わたしに感謝してよね? アルフさん、初めてそのことを知った時凄い怒ってたんだよ?」


 あー、やっぱりな。
 そこらへんの説明はどうしようかと悩んでたんだよな。
 この難問に俺が直面する前に解決してくれたなのはには素直に感謝を伝えよう。


「ありがとう、なのは」

「え、う、うん。 ……なんかサニーくんにお礼を言われると調子狂うなぁ」

「ならもう二度と感謝しない」

「それも嫌!」


 俺は一体どうすればいいと言うんだ。
 後で鼻の穴にグリンピースでも詰めてやろうか?
 等と思っているとクロノが無表情のまま横から口を挟んできた。


「さて、お楽しみ中のところ悪いが、そろそろ本題に入らせて貰ってもいいだろうか?」

「ああ、無駄な時間を使わせてしまって悪かったな」

「……無駄じゃないもん」

「うるさいだまれ。 執務官殿がお怒りじゃないか」

「いや、別に怒ってはいないんだが……」


 頬を膨らませて俺を睨むなのはに注意したところ、件の執務官殿は別にお怒りでも何でもなかったようだ。
 というかこの執務官が女子供に弱いだけな気も――
 はっ、まさかユーノに対して他と態度が違うのはなのはがタイプだからか!?
 そして俺となのはが会話しているのに嫉妬したと。
 やだなぁ、俺がこいつに惚れたりするわけないじゃんか。

 でもそうなると『ユーノ→なのは←クロノ』の三角関係が発生するのか。
 しかし今の様子を見る限り現状は『なのは→フェイト』のようだ。
 やっべ、これはかなり面白いことになりそうだな。
 万が一『ユーノ→なのは→フェイト→クロノ(ツンデレ)→ユーノ→(以下エンドレスワルツ)』とかに発展したら俺は笑い死にするに違いない。
 最近気付いたんだがどうも俺は場をかき乱すことがかなり好きみたいだ。
 こういう人間関係ってはたから見てると楽しいにも程がある。
 一体今までどれだけの人生を損していたことやら。


「まあ僕が聞きたいことはただの確認みたいなものだ」

「だそうだ。 フェイト」


 俺はそんなことを考えながら、なのはとイチャイチャしすぎて意識が何処かに行っちゃってるフェイトをこちらの世界へ引き戻した。
 いかん、このままだと『なのは⇔フェイト』で確定してしまう。
 それは面白くない。


「ふぇ? わ、私?」

「ああ。 まずどうして君が捕まったかは理解できてるね?」

「あ、はい。 あのロストロギアがとても危険なものなのに、それを勝手に集めていたからですよね」

「そうだ。 そしてそのロストロギアを集めるために管理局と争いになったということもある」

「あ、そうでした。 すみません」


 フェイトはなのはに抱きつかれたままクロノに頭を下げた。
 なのはもつられて頭を下げている。
 何やってんだお前は。


「反省はしているようだな。 だがこのままだと君は次元犯罪者ということで非常に重い罰を受けることに――」

「ちょっ、ちょっと待ってクロノ君! フェイトちゃんにもきっと事情があるんだよ!? それなのに――」

「おいユーノ、そこの人の話を聞かない馬鹿の息の根を止めろ」

「それわたしが死んじゃうから!」

「なんだ、馬鹿だと言う自覚はあったのか」

「むっかー!」

「ごめん、とりあえずなのははちょっと静かにしててね?」


 ユーノが暴れようとするなのはを後ろから羽交い絞めにして拘束した。


「サニーくん! ユーノくん! でもこのままじゃ――」

「だから話を最後まで聞けって。 クロノは『このままだと』って言ってたじゃねーか」

「あ、あれ? そういえばそう、言ってた、かも? あは、あはは」

「笑ってごまかすな」

「話を続けてもいいか?」

「ご、ごめんなさい」

「お、重い……」


 なのはは後ろからユーノに拘束されたままクロノに腰を曲げて謝ろうとしたせいで、一番下に居たフェイトに2人分の加重が掛かってしまった。
 どこのコント集団だよおい。


「だ、大丈夫? フェイトちゃん」

「あ、ごめん」

「うん、だ、大丈夫だから心配しないで。 あ、あはは」


 それに気付いたなのはとユーノはすぐさま離れて謝り、それに対しフェイトは笑みを作って答えた。
 しかしながら彼女はどうも少し腰に来たのか背中を擦っている。
 なんか和むわぁ。

 ふとクロノを見ると、彼も同じことを思ったのか少しだけその表情には笑みが浮かんでいた。
 うーん、クロノはなのはとフェイトのどっちが好みなんだろう?
 クロノもユーノもイケメンかつ優秀で将来有望だから誰だって惚れるに違いない。
 俺男だけどこいつらになら……いや、この思考は危険すぎる。
 とにかく、上手くなのはとフェイトをけし掛けて四角関係とかに発展させてみたいなぁ。
 やべぇ、そんな修羅場めっちゃ見てみたい。


「今なのはが言った通り君にも事情があったんだろう。 そこで管理局側としては司法取引を勧めるけれど、どうする?」

「司法取引ってなに?」

「この場合だとクロノ達に協力することで、今回の事件に対する刑の軽減や罪状を取り下げて罪を軽くしてあげるってことだね」


 なのはの質問にユーノが答えた。
 あーもうっ、お前はもっと勉強しろよ! 話の腰折りまくりじゃねえか!


「……ありがとうございます。 それとごめんなさい。 やっぱり私は、母さんを裏切ることはできないから」

「フェイトぉ、あんな奴をわざわざ庇う必要なんてないんだよ?」


 アルフから聞いていた話だと、フェイトは母親から虐待に近い扱いを受けていたはずだ。
 それでもそんな奴を庇うなんて俺にはとても信じられない。


「そうだクロノ、アタシが協力するからフェイトの罪を軽くすることはできないかい? そのかわりアタシの罪が重くなってもいいからさぁ」

「できないこともないよ。 だけど――」

「ごめんね、アルフ。 私は自分のやったことに対してちゃんと責任を取るから。 それに母さんは本当は優しい人なんだからそんなこと言っちゃだめだよ?」

「でもさぁっ……! ああもう、モヤモヤするっ!」

「どうどう、落ちつけって」

「アンタは誰の味方なんだい!」

「そうだよ! サニーくんはいじわるだよ!」


 何処かへ怒りをぶつけようとしたアルフを止めただけなのに、なんで怒りの矛先が全部俺に向いてるんだ?
 しかもなのはが怒ってる原因がわけわからん。
 いじわるって単語の使い方間違ってね? めっちゃ理不尽じゃん。


「あ、そういえば家にいた時もわたしがお醤油をとってって言ってるのにソースを渡してくるし――」

「それ今関係なくね?」

「まあ、気が変わったらいつでも言ってくれ。 それからでも遅くはないから。 それでは艦長、僕は管制室へ行きます。 何かあれば連絡してください」


 クロノは何とも言えない顔をしながらフェイトにそう言い残し、指揮所を出ていった。
 なのははアルフやフェイトに向かって俺についての文句を言い続けている。
 頼むからしょーもない私生活を晒すのはやめてくれないかなぁ。
 ほら見ろって、アースラの皆さんにも笑われてるじゃん。






 そのままそこにいても恥ずかしい思いをするだけなので、俺も管制室へ向かうことにした。
 もちろん許可は艦長から貰ってある。
 許可を貰っておいてなんだが、リンディさんって危機管理とか結構適当だよね。
 そこら辺はやっぱりクロノの母親、あいつと同じで子供に甘いからだろうなぁ。


「それでエイミィ、先程の攻撃の出所はもう掴めたのか?」


 そんなことを思いながら管制室に着いた時、クロノはエイミィさんの寝癖を整髪剤とコームで整えながら話をしていた。 


「今周辺の次元空間も含めて調査を進めてるところ。 あと数分で結果が出ると思う」

「それってもしかして、さっきのは次元の壁とかを越えて攻撃してきたってことか?」


 とりあえず自分が来たことを示す意味も含めてクロノに質問した。


「あ、サニー君だ」

「なんだ、君も来たのか」

「来て悪かったな」

「誰もそんなこと言ってないだろ」


 あれ、さっきもこんな展開あったような気がするぞ?


「でもお姉さんとしては、いくらなんでも緑茶にワサビを溶かすのはやり過ぎだと思うな~」

「僕もそう思った。 緑茶にわさびは流石に……」


 俺がそんなデジャヴュを感じていると何故か二人から私生活について駄目だしされてしまった。
 なのはの奴そんなことまで話したのかよ。


「でもその後俺はなのはの毒霧を食らって失明の危機に陥ったんだ。 だから俺の方が被害はデカイだろ」

「それはまた見事なまでの因果応報だな」

「なんだと」


 そもそもあれはなのはがトイレのドアを思い切り開けたせいで、俺が鼻を強打したことが原因だ。
 何が、『まさかサニーくん、わたしのこと覗いてたの!?』だ。
 お前の毛も生えてない恥部なんて誰が覗きたがるっていうんだ。 死ねビッチ。

 あー、思いだしたらイライラしてきた。
 そうだ、今度なのはがリンディさんに抹茶を持っていくとき、そこにワサビを入れてやろう。
 上手くいけばあの緑茶に砂糖を入れまくるという極端な甘党も直るかもしれない。
 おお、そう考えるとこのアイデア意外と悪くないんじゃないか?


「まあいいや。 ところでさっきの話に戻るんだけど――」

「ああ、次元の壁がどうこうってやつ? うん、それで正解だよ。 あの攻撃は次元跳躍魔法って言って、魔道師でも使えるのが一握りしか居ないレベルの超高ランク魔法なの」

「あれほどの威力の魔法を使用すれば使用者の魔力の痕跡が見つかるはずなんだが、この世界でその痕跡は見つからなかったからな。 それしか考えられない」

「そんな凄かったのか。 ちなみにその魔法、クロノにも使えるの?」

「使えるわけないじゃないか、あんなの」


 俺の問いかけを聞いたクロノは少し悔しそうな顔をして答えた。
 そっか、そういやこないだの夕食時、なのはよりも最大魔力量が少ないって愚痴ってたもんな。
 もしかして俺地雷踏んじゃった?


「しかしそんなことができるフェイトの母親は一体何者なんだ?」

「クロノ、フェイトのファミリーネームはテスタロッサと言うんだが、この名前はもう調べたのか?」

「そういうことはもっと早く言ってくれ!」


 あれ? 言ってなかったっけ?
 そういやフェイトと糞ババアと糞犬としか説明してなかった気がする。
 尋問もまだしてないみたいだしな。


「エイミィ」

「もう調べてあるよ、クロノ君。 なのはちゃんから聞いてすぐに調査を始めたの。 そしたら出てくる出てくる」

「なんで僕が一番最後に知ることになるんだ。 ちょっとおかしくないか?」

「わりい、多分俺のせいだ」

「……まあいい。 テスタロッサと言えば有名な名前だからな。 それならあの攻撃に納得もいく」


 へぇ、フェイトの母ちゃんってそんな有名な人だったのか。
 そういえばそんなこと言ってた気もする。
 自慢の母さんだって。


「どうする? 今わかってる分だけでもクロノ君のデバイスに送ればいい?」

「とりあえずディスプレイに表示してくれ」

「おっけー、ちょっと待ってて」


 その後エイミィさんがコンソールのボタンをいくつか押すと、管制室にある大きなモニターに俺には読めない文字で書かれたウインドウがいくつも表示された。
 英語っぽいけどなんか違う気がする。 崩れすぎ。
 クロノは結局エイミィさんの寝癖を直すのは諦め、その表示されたデータを上から順に見始めた。


「……そうか、なるほどな。 これでこの事件もなんとなく見えてきた。 だがそうだとするとなぜジュエルシードを集める必要があるのか……」

「なあクロノ、俺にもそれ見せてもらってもいいか?」

「別に隠してないんだから見ればいいじゃないか」

「わりい、俺その謎言語読めねえんだ」

「そうなのか?」


 というかその文字を俺が読めると思ってるんなら隠せよ。
 重要な機密データがうっかり表示されたらどうするつもりだよ。 


「なら今君にもわかるように訳そう。 エイミィ」

「ほいほい。 言語は日本語で良い?」

「是非それでお願いします」


 それから数秒後、エイミィさんはモニターの一角に日本語で書かれたデータを表示してくれた。
 はー、こうやっていろいろと見せつけられると、本人は大したことないって言ってたけど執務官補佐も充分凄いじゃないか。
 そんなことを思いながらデータを読み進めていく。


「ほー、プレシアさんは元科学者か」


 そこに書かれていたのはフェイトの母親の過去だった。
 当初彼女はミッドチルダの工業地帯にある会社で魔導工学の研究開発者として働いていた。
 その後23歳で結婚、28歳で一児の娘を授かる。
 やがて娘が2歳の時に夫とは離婚。 それからは女手1つでその娘を育てていたとのこと。

 そんな彼女の転落は最愛の娘が6歳の時、新型魔力炉の設計主任として抜擢されたところから始まる。
 その仕事は前任者からの引き継ぎがちゃんと為されないまま行われ、何度も変更される仕様、明らかに無理があるスケジュール、依頼元によって出される開発メンバーの離脱等により、グダグダなまま開発は進むことになる。
 それを不味いと思ったプレシアは、せめて安全管理だけでもきちんとしようと手を尽くし、結果として『安全基準責任者』という役職に就く。
 そしてそれがまた不幸の引き金となる。

 その事故は新型魔力炉が一応の完成を見せ、試験運転の為に燃料注入を始めたときに起こった。
 魔力炉の想定外の起動。
 それを強制停止させるコードのバグ。
 それによって発生した半径数キロに渡る大暴走。

 プレシアは自分の娘を会社近くの社宅に住まわせていたそうだ。
 また、この魔力炉は大気中の酸素を消費するような形でエネルギーを生み出す仕組みだったらしい。
 結果として起こったのは大気の無酸素化による窒息事故。
 そして最愛の娘の死亡。

 この記述の最後の方にはこの事故は26年前に起こったものであり、事故の後、『安全基準責任者』という役職の為会社から全ての罪を押し付けられる代わりに莫大な金額を受け取り、その後いくつかの研究を行っていたことが書かれていた。
 しかもこのことは会社が潰れ、内部告発者が出るまではずっと隠されていたらしい。


「……うっわ、娘を失ってしかも事故の責任まで押しつけられてって散々だな。 お金貰ったからってこれはいくらなんでもきっつい――」


 まて、子供を失った事件が26年前だと?
 夫とは既に離婚していて、その後の結婚歴も無し、そして一番最後に消息を絶つ直前に行っていた研究は人造魔導師について。
 魔導師って人間だよな?
 ……これはちょっと想像以上の悲劇が起こりそうだ。

 俺が思っていたのは『フェイトは単純に母親に嫌われていて、何かの目的の為の駒に使われている』というものだったのだが、今の話も考慮すればフェイトは出自そのものにも何かありそうである。
 例えばフェイトは亡くなった娘、アリシアを取り戻そうとして生まれた、とかな。
 もしそうだとするとプレシア・テスタロッサの目的は――――


「クロノ、ジュエルシードを集めたら死者蘇生は可能なのか?」

「死者蘇生? ……そうか!」


 俺の一言に少し考えたクロノは俺の出した結論に数瞬でたどり着いたようだ。


「まったく、君は気持ち悪いくらい頭が回るな」

「お前もすぐに気が付いたじゃん。 自画自賛か?」

「いや、流石にそこまでは考えてなかった。 せいぜいフェイトの出自にはなにかありそう、ぐらいかな」


 それってもうほとんど答えじゃねーか。
 最後まで行かなかったのは海の件で疲れてるのもあるんだろうな。


「死者蘇生は少なくとも僕が知る限りではできないはずだ。 だが、彼女ほどの技術者なら何らかの方法を思いつき、それを試そうとしていてもおかしくはない」

「俺の記憶の中でも死者蘇生に成功したというのは伝説やおとぎ話の中でしか聞いたことが無いな」

「全くだ。 死んだ者は二度と帰ってこないというのに。 彼女は自分が失くした過去を取り戻せるとでも本気で思っているのか?」


 クロノは何かを思い出し、プレシア・テスタロッサを憐れむようにそう言った。
 こいつにも何かそういった辛い想い出でもあるのかもしれないな。


「でも死んだと言っても死体が、特に脳が奇麗に保存されていれば死者蘇生はできるんじゃないか? 俺は魂だなんだと言っても、所詮人間の行動は脳で発生した電気信号の集合に過ぎないと思ってるんだが」

「それはまた乱暴な話だな」

「でも脳っつーのはある意味ハードディスクみたいなもんだから、上手く移し替えてやれればなんとかなるような気がするんだよね。 倫理的には問題ありまくりだけど、例えばクローンとか使えばさ。 ぶっちゃけるとフェイトはプレシアがそう考えた結果生まれた存在なんじゃないかと推測したんだけど、どうだ?」


 プレシアがフェイトを嫌う理由は、そうして生み出されたフェイトが予想していたものとは大きく異なっていたからだと仮定すればいろいろなことに説明が付きそうだ。
 それならフェイトがいい子かどうかなんてことは全く関係ない。
 ただ違うから切り捨てる。
 でも捨てるのももったいないので魔法教育を施して駒として使う。
 高価と言われているインテリジェントデバイスを持っているのはその能力を最大限に生かす為。


「……有り得るだろうな」


 クロノは目を瞑り、眉を顰めながらそう言った。

 ただこの仮定は一見正しそうに思えるが、そうするとフェイトが師事していたという家庭教師がプレシアの使い魔だったことに若干の疑問が残る。
 フェイトが言うには高性能の使い魔は術者、この場合はプレシアにとって非常に重い負担になるらしい。
 その家庭教師がどれ程優秀だったのか俺はわからないが、完全に嫌っている人間に対しそこまですることは出来るものなんだろうか?


「だとしたらあの子、この後どうなるんだろうね?」

「しばらくは僕たちアースラで保護することになるだろうね。 だけどその後のことはまだわからない」


 出来る限り彼女にとって良い結末になることを祈ろう。


「さて、それはともかくまずは親の方を捕まえないとな」


 そりゃそうだ。
 何だかんだ言っても当事者さえ捕まえてしまえば、なんとかなるだろうしな。


「プレシア・テスタロッサがどういうつもりなのかに関わらず、あのロストロギアはこちらで回収して保管しなければならない。 それに正規の手順を踏めば彼女ほどの研究者ならジュエルシードは問題なく貸し出されるはずなんだ。 それらのことも含めてとりあえず話を聞きたい。 エイミィ、彼女の居場所は見つかったか?」

「ごめん、まだ掛かりそう。 あの攻撃の時にアースラの機能がほとんど使用不能にされてたのがやっぱりきついね。 それとさっきの話に関して、プレシアが実際に死者蘇生の秘術を探してた証拠を見つけたよ」

「……やはりそうか」


 それを聞いてクロノの表情はさらに硬くなった。
 事態はやはり最悪な方向へと進んでいきそうである。


「クロノ、相手の本拠地が見つかったらまずはどうする予定なんだ?」

「とりあえず現在待機中の武装局員を現場に送り込んでプレシア・テスタロッサを確保する手はずになっている」


 フェイトの『母さんを裏切れない』という言葉から残っている犯人はプレシア・テスタロッサ一人であることはほぼ確実だ。
 プレシアは先ほど次元の壁を越えるほどの高威力の大魔法を使った。
 それがどれだけ凄いのか正確にはわからないが、先ほどの話から言ってもそうそうお目にかかれない魔法だったことは疑いない。
 なら以前ユーノが言っていた『大威力の魔法を使うとしばらくは魔力が枯渇して、下手すると丸一日は身動きできなくなる』というのを信じるなら、彼女はまだ回復しきっていないことになる。
 つまり攻めるタイミングとしては今しかないとも言える。
 そこへ大人数で攻め込めばいくら凄い魔術師と言っても捕まえることができるはず。

 そう考えたんだろうな。
 でもクロノ、お前は科学者というのを舐めている。


「クロノ、最悪の事態を覚悟する必要があると思うぞ」

「わかっている。 その時は僕も出る」

「でもお前、魔力はもう残ってないんだろ?」


 根本のところでわかってないんだろうなぁ。
 科学者、その中でも特に優秀な者は実験を行う際、ありとあらゆる結果を予想してから実験を行う。
 先ほどのデータを見る限りプレシアもまずその部類だろう。
 そうでなければ、コネもないのに彼女があの若さで数十人規模の研究の責任者になったことに説明がつかない。

 ならばこの事態を引き起こした時点で、彼女が管理局の介入を予想していないなんてことがありえるだろうか?
 そして彼女がフェイトを切り捨てたということは、既に彼女には利用価値がなくなった、そして管理局に情報を渡しても対処するすべがある、と考えられる。


「大丈夫さ。 さっき少し寝たからね」

「ほんとかよ」


 それにあの攻撃のタイミングからいってクロノとフェイトの戦闘は見ていたはずだ。
 それならクロノの介入、魔力の残量、行動パターンすらも予測済みだろう。
 先ほどのクロノの戦闘は疲れが溜まっているせいか、魔力弾が飛んできたときに避ける方向、後ろからの奇襲に対する反応、他にもいくつかの反応に条件反射と思われる規則的なものが見られた。
 ならばそこに罠を仕掛けて嵌めればいい。 俺ですら気付けたのにプレシア程の術者が気付いていないとは考え辛い。
 とすると彼女を出し抜くためには想定していないイレギュラーが必要になる。
 そのためには――

 そこまで考えて俺は解析室のディスプレイに映るなのはとフェイトを見た。
 まだ何も知らない彼女達は何か話をして笑っている。
 どうせまた俺の事でも話してるのだろう。 なのはは後で泣かす。


「俺の予想を言ってもいいか?」

「聞かせて貰おう」

「多分出動してからそう遠くないうちに武装隊は全滅すると思う。 その後でプレシアはアースラ側へと『私今から犯罪します』みたいなことを言うんじゃないか? 大抵の科学者には誰かに自分の成果を見せつけたい性みたいなものがあるからな」

「それは僕も予想している。 犯罪者が自分の優秀さを示すみたいなものだろう? そしてそこでフェイトに対して暴言を吐くんじゃないかな」


 やっぱりそこまでは読んでたのか。
 でも下手するとフェイトはショックで倒れてしまうような気がする。
 ……そうなったらそうなったでその時の様子を裁判で使うつもりなんだろうな。
 この策士め。 まあ仕事だから否定はすまい。


「そんで今度はクロノが再突入するんだろ?」

「ああ。 そのつもりだ」

「でもおそらくプレシアはそこまで読み切っているはずだ。 だからクロノが単独で行けば99%あっけなく返り討ちにあうだろうな」

「残り1%は?」


 自分を過小評価されてイラっとしたのか、クロノの表情は微妙にピクついている。


「健闘して返り討ち」

「オイッ! 君は僕をどれだけ甘く見てるんだ!」

「怒るな、落ちつけ。 そもそもこの予想はお前の疲労を考慮してのものだ。 別にお前を過小評価しているわけじゃない。 攻撃をひたすら最小限の動きで避けようとしているのなんて俺にすらわかったんだ。 俺だったらそこを嵌めるね」

「……確かに、疲れているときはいつもそうだったかもしれない」


 そこまで説明したところでクロノは怒りを納めてくれた。


「とは言っても、これは俺の勝手な予想だからあってるかどうかなんて保証できないぞ? 運が良ければ武装隊が捕まえてくれるだろうさ」

「でもそこまで考えてるってことは対応策もあるんだろ?」

「まあ一応な。 科学者が嫌うことの一つにコンタミっつーのがあるだろ?」 

「コンタミ? 何だそれは?」


 あれ? 執務官試験って工学の試験もあったよな?
 執務官試験の工学ってそういう実験における注意事項とかはやらないのか。


「コンタミネーションの略、つまりゴミの混入等によって実験が失敗することだ。 要は予想外の異物を混入させて計算を狂わせればプレシアをとっ捕まえられる可能性はあるってことだな。 この場合俺が考えてる異物はなのは、ユーノ、そしてアルフの三人だ」

「なるほど。 ならそこにフェイトも連れて行ってこちら側に協力させれば――」

「裁判で有利に戦えるってか? でもフェイトのデバイスはぶっ壊れてんだろ?」

「演算部はおそらく駄目だろう。 でも式の効果計算と魔力の収束を自力ですれば――」

「それは無理だろ」


 俺はバールに入っている魔法式の構成を思い出して思わずそう言った。
 というか、一応彼女犯罪者なんで。 そう簡単に協力させちゃまずいっしょ。
 いや、でもそうすることでフェイトの罪が軽くなるんだったら俺も同じことを考えるか。


「そうか? 僕もそうだけどデバイスはあくまで高速化に使うものだからな。 あれだけ魔法が使えるなら問題はないと思うが」


 流石、その歳で執務官に受かる人間は言うことが違う。
 あの複雑な計算を暗算でするとかお前はスパコンかっつーの。


「まあフェイトがそういった戦闘をできるとしてもまだ最大の問題があるだろう? あいつが母親の暴言に耐えられるかどうかってのが」

「……そうだな。 実際それに関してはまだ悩んでいるんだ。 どうすることが彼女の将来にとって一番いいのか。 君には何か案がないのか?」

「それに関しては俺も思いつかなかった。 経験値が足りないからな。 そういう人の感情の動きとかはさっぱりわかんねーんだ」

「それでもプレシアの行動についてはちゃんと読めてたじゃないか。 僕の経験から言わせてもらえば君の読みはおそらく正しいと思う」

「それは科学者としての思考を当てはめることができただけだ。 仮にプレシアの立場にお前がいたら俺にはきっと何一つわからなかっただろうさ。 流石にショタっ娘がどんな行動をするかなんて読める訳が無いぜ」


 それにこれはプレシアが優秀な科学者だと仮定しての話だ。
 もし彼女が俺の想像以上の天才か馬鹿だった場合この話には何の意味もない。


「サニー、君は後で便所掃除だ」

「場を和ませるお茶目なジョークじゃないか」

「そういうのはジョークとは言わな――」

「クロノくん! ようやくプレシア・テスタロッサの本拠地が判明したよ!」


 今までずっとコンソールに張り付いて数字の羅列と格闘していたエイミィさんがそう言った。


「よし。 サニー、ここからは真面目モードだ」

「わかってる」


 クロノは俺の返事を聞くと同時に艦長に連絡を取った。


「艦長、たった今プレシア・テスタロッサの居場所が判明しました」

『わかりました。 それでは武装局員、転送ポートから出動! 任務はプレシア・テスタロッサの身柄確保です!」

『『『ハッ』』』


 そしてプレシアが居るであろう現場へ20名余りの武装隊員が送られた。







 さて、突入から数分が経過したわけだが。


「やっぱり駄目だったな」

「……そうだな」


 クロノは微妙な表情でそう言った。
 武装隊の方々はプレシアのいる玉座の間と呼ばれる広い広間まで侵入、彼女を包囲するところまではいった。
 だけどそこで椅子に座ったままの彼女に返り討ちにあい、案の定あっけなく全員ダウン。
 その際武装隊の砲撃魔法は見えないフィールドに阻まれプレシアまで届かないということがあり、彼女の魔道師としての技量は思っていた通り優れていることがわかった。
 とりあえず今はサーチャーをその場に残してプレシアの様子をこちらで監視している状況である。


「どうする? このままだとお前も返り討ちにあうんじゃないのか?」

「それでもやるしかないだろう。 とりあえず君の言うとおりなのはとユーノ、それにアルフを連れていければまだ希望はある」


 武装隊員の方達がアースラに帰還するのと同時、プレシアは席を立ち、広間の奥にある扉へと入って行った。


「ん? 彼女は何処へ行くつもりだ?」

「こっちから見られてることには気付いてんだろ?」

「そのはずだ。 僕はてっきり直ぐにでも犯行声明を出すのかと思っていたんだが」

「俺もだ」


 しばらくしてプレシアの後を追いかけたサーチャーから、彼女が入って行った部屋の様子がアースラ側へと送信された。


「嘘っ!? 本当に当たった!?」

「おいクロノ、最悪の予想が的中してしまったぞ」

「全くだ」


 そしてその映像は管制室の俺たちを暗欝にさせ、


『えっ!?』

『まさかっ!?』

『ぁ……ぁぁ……』

『フェイトっ!?』


 指揮所にいるなのは達を驚愕させるのには充分過ぎた。



 なぜならそこに映され、プレシアが縋りついている大きなシリンダーの中には――――


『アリシア……私の可愛い……たった一人の娘……』


 ――――決して目を開けることのない、フェイトの姉が居たのだから。



[15974] 出会い編 第11話 宿命が閉じるときなの
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/02/15 19:32
『ぁ……』


 フェイトは茫然として画面に映る母親を見つめている。


『これで取り戻せる……そしてようやく終わるわ。 この子を亡くしてからの憂鬱な時間も、身代わりの人形を娘扱いするのも』


 そしてプレシアはやはりこちらから見られてることに気付いていたようだ。
 しかしその目線はもう動かない自分の娘に固定されていて、こちらのことなど眼中にないとでもいうような態度であった。


「酷い……」

「まったくだ……」


 そんなプレシアの発言を聞いたエイミィさんは顔を伏せ、クロノは握りこぶしを作って画面の中のプレシアを睨みつけた。


『折角アリシアの記憶をあげたのにそっくりなのは見た目だけ。 役立たずで出来の悪い、ただの失敗作』


 おいおい、お前がやらせた糞きつい仕事をちゃんと成し遂げた娘に向かってなんてことを言いやがる。
 確かに最後の6個は自分で回収したようなもんだけどさ、いくらなんでもそれはねえだろ。

 なのは達は何が起こっているのか理解出来ておらず困惑した様子だったため、エイミィさんが指揮所にいる皆にこちらで調べてわかった事情を話し始めた。


「最初の事故の時にね、プレシアは実の娘、アリシア・テスタロッサを亡くしているの。 彼女が最後に行っていた研究は、使い魔とは異なる、使い魔を超える、人造魔導師の研究。 そして死者蘇生の秘術。 フェイトっていう名前は、当時彼女がしていた研究に付けられた開発コードなの」

『良く調べたわね。 そうよ、その通り』

 
 しかしその使い魔を超える人造魔導師ってのは結局何なんだ?
 さっきは軽く流したけど、一応は人間ってことで合ってるんだよな?


『だけど駄目ね、ちっともうまくいかなかった。 作り物の命は所詮作り物。 失った者の代わりにはならないわ』


「クロノ、人造魔導師って何だ?」

「僕も詳しくは知らない。 おそらく遺伝子操作等によって高い魔力資質を持つよう調整された素体に、魔道師としての知識や経験を植えつけたものなんだと思う。 そうすれば簡単に強力な魔導師を造りだせるからね」

「なるほど」


 つまりは特殊クローンに記憶の転写を利用して生み出される最初っからクライマックスな魔導師ってところか。


『アリシアはもっと優しく笑ってくれたわ。 アリシアは時々わがままも言ったけれど、私の言うことをとてもよく聞いてくれた』

『やめて……』


 なのはが小さく呟いた。
 フェイトは薄々と感じているようだが、それでもまだ縋りつくような視線で母親を見ている。
 その表情はとても痛々しく、見ているだけで胸が苦しくなってくる。


『アリシアは、いつでも私に優しかった……』


 プレシアはもう動かない自分の娘を優しく見つめ、暖かな想い出に触れるかのように彼女の居るシリンダーをそっと撫でた。
 お前の気持ちもなんとなくはわからないでもないけどさ、フェイトにもそうしてやれよ糞ババア。


『フェイト、やっぱりあなたはアリシアの偽物よ。 折角あげたアリシアの記憶も、貴女じゃ駄目だった』

『やめて……やめてよぅ……』

『貴女はアリシアを蘇らせるまでの間、私が慰みに使うだけのお人形』


 なのはは泣きそうになりながら必死に声を絞り出すも、その声はプレシアには届かず、彼女は更に言葉の凶器をフェイトに向かって投げ続ける。


『だからあなたはもういらないわ。 何処へなりとも消えなさい!』

『お願い! もうやめてぇっ!』

『っ……、ぅ……』


 その後プレシアは自分の顔を手で押さえ、嘲るように大声で笑いだした。
 その発言にフェイトは大きなショックを受けたものの、それでも崩れまいと必死に耐えている。
 今ならアルフがあいつを散々に言っていた理由が痛いほど理解できる。
 クソッ、この手が届く範囲にあいつがいたら有無を言わさず窒息させてやるのに!


『ああ、そうそう。 いいことを教えてあげるわ、フェイト』


 マズイ、これ以上あの母親からの暴言を聞かせたら決定的な何かが壊れかねないっ!


『貴女を造り出してからずっとね……』


「おいクロノ! この映像と音声を今すぐ止めろっ!」

「さっきからやってる! でもこっちからのアクセスを受け付けないんだ!」

「ハアッ!? この船はお前らの船だろうが!」


『私は貴女が、大っ嫌いだったのよっ!』


 しかし俺の願いも空しく、プレシアの口からは決定的な一言が放たれてしまった。
 そしてそれを聞いたフェイトは、その場で糸が切れるかのように崩れ落ち、その小さな手からは彼女がずっと大切にしてきたデバイスがこぼれ落ちた。
 ひび割れながらもまだ形を残していたそのデバイスは、まるでフェイトの心を表すかのように、落ちた拍子に砕け散った。


「なんてことを言うんだあの親はっ! サニー、君はすぐに指揮所へ行っ――」

「言われなくても行くっての!」

「ちょっと待てっ! なのは達に伝え――」


 そんなフェイトの姿を見てしまった俺はクロノの話を最後まで聞かずに管制室を飛び出し、彼女の元へと走った。




 指揮所へ向かって走り続けて数十秒。
 俺は通路を走るなのは達を見つけた。
 先頭はなのはで次にユーノ、そして最後にフェイトを抱えたアルフの順だ。
 向かっている方向からすると医務室に向かっている様である。


「なのはっ!」


 俺は彼女達に聞こえるよう大声で呼びかけた。


「サニーくん!? どうしてここに!?」


 なのはは俺の姿を見て酷く驚いた表情を見せた。
 そんなに意外だったか? まあ今はそんなことどうでもいい。
 おおかたふてくされて部屋にでもいると思っていたんだろう。


「それよりフェイトは? って聞かなくても何となくわかるか」


 アルフに抱えられたフェイトの目は虚ろで、身体には力が入っておらず、それこそプレシアの言っていた人形の様に見えた。


「今はちょっと自失してるけど命に別状はないと思う。 でも――」

「ねえ」

「なん、だ?」


 俺がユーノの話を聞こうとしているとアルフがそれを遮って話しかけてきた。
 俺はそれに対して文句を言おうとしたが、アルフの真剣な目を見てそれは止めた。


「アンタにさ、フェイトの事頼んでもいいかい?」

「アルフさん!?」

「任せろ」


 俺はなのはが何か言い出す前にアルフに向かって強く頷いた。
 心配すんなって。 俺だって今がどういう時かぐらいわかってる。


「あ、そうだ。 なのは、ユーノ、アルフ」

「なに?」

「クロノからの伝言だ。 『転送ポートで待ってる』ってさ」


 実際には言われてないが、直前までしていた会話から考えればおそらく今の指示で正しいはずだ。


「うん、こっちは任せて! 絶対プレシアさんを捕まえてみせるから! だってこのままだとフェイトちゃんがあんまりだよ!」

「アタシもこのまま終わらせるのは納得いかないよっ!」

「僕もだ!」

「ならもう時間がない。 早く行ったほうがいいぞ」

「わかった! じゃあサニーくん、フェイトちゃんのことお願い!」

「おう! お前らも頑張ってこい! そんで俺の分もぶっ飛ばしてくれ……って、もう行っちまったか」


 なのは達は俺が最後まで言い切る前に転送ポートへと全力で駆け出していった。
 そうして通路に取り残された俺はフェイトをおぶって、なるべく揺らさないよう静かに医務室へと向かった。






 医務室についた俺はまずフェイトをベッドにそっと寝かせ、彼女の見開いたまま何も写していない瞳をそっと閉じてやった。


「フェイト。 お前の家族と新しいお友達が、きっとお前の心を守ってくれるはずだ。 だから今はゆっくり休め」


 これ以上俺は何もしてやれない。
 後はせいぜいフェイトの傍に座り、モニターに映るなのは達を見ていることぐらいだ。

 現在医務室の壁にある画面には禍々しい魔王城みたいな建物が映されている。
 その建物の入り口にはやたらと巨大な門があり、その前には30を優に超える機械でできたプレシアの手先が待機していた。
 そしてそれに対峙するように立っているクロノからは不安や恐れに似た感情がにじみ出ており、ユーノの方も相手の数に脅えているのか少し震えているようにも見える。
 確かにいくら強いと言ってもあの数を相手にするのは厳しいだろう。

 『じゃあなのはは?』

 ふと俺がそう思ったところで、丁度サーチャーの映像が切り替わった。


「あ、なの……いや、まま、まさかね、まさかこれなのはさんじゃないっしょ」


 だがそこに居たのは禍々しいピンク色のオーラを身に纏った白い悪魔ただ一人。
 え、ちょっ、コレやばいだろ。
 なのはさん、顔は笑ってるけど目が笑ってねえじゃん。
 これ絶対カメラを止めたほうがいいって。
 万が一子供が見たら泣いちゃうぞ?
 俺も怖くて泣きそうだし。 あ、やべ、足ガクガクしてきた。

 ああそっか、クロノとユーノが脅えてるのはこっちの方か。
 二人とも全っ然なのはの方を向こうとしないしな。
 これ普通に100年の恋も一瞬で冷めるだろ。 もうドン引きだっつの。

 よく画面を見れば、隅の方には建物に隠れて尻尾だけを出しているアルフの姿があった。
 ああアルフ、お前そんなとこにいたんだ?
 いやわかるわかる、だって本能的な恐怖を感じるもんな。


 俺がそんなことを思っていると、なのはが金剛力士像のような表情でクロノに話しかけた。
 クロノは何か反論をしようとしたみたいだが、なのはの顔を見た途端黙りこみ、無言でコクコクと頷くだけの存在になった。
 普段ならお前はダンシングフラワーかと突っ込むところだが、これはしゃあない。
 もし俺があそこにいたとしたら、俺は全てをかなぐり捨てて逃げ出していることだろう。
 だってまじ巻き込まれたくねえもん。
 何処に逆鱗があるのかもわかんねえし。


「というかこのモニターって音声出ないのか? おいバール、お前も機械なんだからなんとかしろ」

「どうせ病人がくることもあるから音声を消しているだけだろう。 壁にあるコンソールで調節できるんじゃないか?」


 バールにそう言われたので見て見ると、壁には確かに操作盤っぽいものがあった。
 そして俺がそれを確認している間、画面の中では丸い弾が幾つも飛び交い、機械でできた兵士の軍団がぐちゃぐちゃに蹂躙されているショッキングピンクな映像が映されている。
 あんな奴からかってて俺は良く命が無事だったなぁ。


「うーん、どれが音声を調節するやつなのかわかんねーな。 ていうか文字すら書いてねえじゃん。 初心者にやさしくないコンソールだ」

「適当に触って壊すなよ」

「大丈夫だって。 壊れたらなのはかアルフのせいにするから。 あ、やっぱなのはは止めた。 アルフが悪い。 そうれポチッとな」


 隅のほうにあったキーを一つ押してみたがモニターには何の変化も見られない。
 仕方がないので適当に押していくと8個目のキーでようやく音声が聞こえるようになった。


『わ、わわわかった。 なら僕とユーノがその時間を稼、稼ぎます』

「おお、ちゃんと音が出た」


 門の前に居た機械兵が全て塵一つ遺さず消滅したところでクロノが脅えるようになのはに話しかけていた。
 その姿は普段の冷静な彼からはとても想像がつかない。


「流石俺、天才だな」

「馬鹿の間違いだろう。 言葉は正しく使え」


 まあ確かにちゃんと理解せずに機械を操作して壊すというのはよくある話だからな。
 でも見れば見るほど他のキーも押したくなる不思議。
 どうしよっかな、ちょっとぐらいなら押しても――


『二人ともありがとう。 それじゃあいくよっ』

「見ろ、あの白い女が何か大きい魔法を使うみたいだぞ」

「白い女とか軽々しく言うな。 俺が狙われたらどうするんだ。 っておお、すげえ、なんだあの糞でけえ魔方陣」


 画面にはなのはの構えている杖の前の方へ光の粒子が収束してゆく様子が映っていた。
 いかにも魔力が集まってきてますって感じである。


『フェイトちゃんにあんな酷いことを言うなんてっ! 全力全開っ! スターライトォー』


 彼女の怒りのボルテージに伴い、その光の塊はますます大きくなっていく。
 クロノやユーノの姿を確認すれば、彼らもまた俺と同じかそれ以上に驚いているようだ。


「バール、あれってやっぱり凄いの?」


 俺はその凄さがいまいちよくわからなかったのでバールに聞いてみた。


「自分の力量だけであそこまで魔力を収束させるのは非常に難しいといえる。 おそらくレイジングハートはこの収束に関与していないはずだ」

「へえ、そんなすげーの? でも今の言い方からするにまさかお前ならできるとか――」

『ブレイカーー!!』

「――言うわけないよなぁ。 っていうかできたとしても言わないでくれ。 恐ろしいから」


 俺がセリフを言い切る前になのはから凶悪な一撃が放たれた。
 ピンクに光る魔力の塊から放たれた太すぎる光の濁流は、城入り口の扉を吹き飛ばしてなお減衰せず、その砲撃が建物の内部に充分届いたと思われた瞬間、まるで水素爆弾が着弾したかのような眩しい光のドームが形成された。
 画面がホワイトアウトから復帰し、ようやく煙が晴れたときには魔王城の8割は跡形もなく消失していた。
 これが以前ユーノが言ってたS-ランク魔法って奴だとするとSSSランクとかになるとどんだけすげーんだよ。
 あの糞ババアがやってた次元跳躍攻撃って奴がそうなのか?
 どっちみち高ランク魔導師連中が半端ないことには変わりないけどな。

 おめでとう! たかまちなのはは にんげんかくへいきへと しんかした!



「なのは……」

「うおっ!?」


 俺がそのとてつもない威力の魔法に震えていると、突然後ろから魔王の名を呼ぶ声が聞こえた。


「ぶ、ぶっ殺、ってフェイトか。 気がついたのか?」


 俺は内心の動揺を隠していつの間にか意識を取り戻していたフェイトに話しかけた。
 ああ、さっき適当に押してたボタンの1つがベッドのリクライニングボタンだったのね。
 なんかベッドの半分が90度程起き上がってるし。
 そりゃ90度じゃ目を覚ますわ。


「うん」

「でも大丈夫なのか?」

「大丈夫、身体のほうは問題ないよ」

「あー、いや、身体じゃなくって心のほうだ」

「っ――」


 フェイトは母親から言われたことを思い出したのか、悲痛な表情をして胸を押さえた。


「悪い。 嫌なこと思い出させちゃったな」


 俺はそれ以上何も言えなくなり、場には気まずい空気が漂い始めた。
 どうしよう?
 そういやアルフが言ってたっけ。
 俺の存在意義はフェイトを笑わせることだけだって。

 でもこういうときなんて言えば彼女を笑わせてやれるんだ?
 何を言ってもフェイトは顔だけ笑って痛みを我慢するだけのような気がする。
 駄目だな。 俺は友達としてこの程度の力にもなってやれないのか。


「……母さんが」


 結局、この微妙な雰囲気を壊したのはフェイトの方からだった。 


「母さんが私のこと、偽物だって……私は要らないって……私なんて――」

「別にいいじゃねえか、偽物でも」


 だがその口からこぼれてきた言葉は彼女自身を傷つけるものでしかなく、これ以上フェイトが傷つく姿を見たくなかった俺は、その発言を無意識のうちに遮っていた。


「えっ?」

「だってそれってお前はお前だってことだろ? お前は別の誰か、アリシア・テスタロッサじゃない、フェイト・テスタロッサという一個人だって、そういうことだろ? それに俺やなのはの大事な友達をいらないとか抜かしやがる親なんてこっちから捨てちまえ」


 なんか勢いに任せて凄いこと言ってるな俺。
 まあいいや、どうせ本心だし。


「そんでどうしようも無くなったら俺もなのはも、クロノやユーノ、みんなで何とかしてやるさ。 だからお前はあの母親に『うっせー馬鹿、お前の娘なんてこっちからお断りだぶっ殺すぞコノヤロウ』って言って決別してしまえばいいんだ」

「……うん」

「おら、しゃんとしろしゃんと」


 あー、ちょっと言い過ぎたか?
 今まで何度も酷い目に遭っていて、それでも母親を好きだって言ってたんだもんな。


「でも……やっぱり私は、母さんの娘だから。 だから、この想いは捨てられない。 ……折角私の為に言ってくれたのに、ごめん」

「いや、俺のほうも今のは言い過ぎだったからな。 こっちこそ悪かった」


 そっか、やっぱりあれだけ酷いことを言われて、それでもまだあの母親を好きで居られるのか。
 アルフの言っていた通りフェイトは本当にやさしい子なんだな。
 ならそんなに大切に思っている相手に二度と会えなくなるとしたら、それは凄く辛いことなんじゃないだろうか?


「じゃあさ、そのことを母親に伝えてきたらどうだ? だってほら、もしかしたらもう二度と会えなくなるかもしれないじゃん」


 正直なところ俺はクロノやなのはが全力で止めようとしても、結局プレシアの暴挙を止められない可能性は高いとみている。
 いくらなのはが恐ろしいと言っても、なのはのあの砲撃を見てもプレシアは動揺のカケラすら見せなかったのだ。
 つまりなんとでもなると言うことだろう。
 そしてクロノは疲労困憊でユーノはぶっちゃけサポート専門。
 ランクの差は絶対じゃないと言っても、ランクに差があると厳しいのは事実だろう。

 だがそこに仮にも娘であるフェイトが行って説得すればどうなる?
 可能性は低いながらもプレシアが改心することだってありえるかもしれない。
 人の心がどう動くかなんて予測もつかないからな。


「……うん。 うん!」


 フェイトは目を瞑って少し考えた後、全て吹っ切るかのように力強く返事をした。


「じゃあサニー、私行って――」

「ちょーっと待った!」


 その返事の直後、フェイトはデバイスが半壊した状態でそのまま現場へ行こうとしたため、俺は慌てて彼女の肩を掴んで止めた。


「行くのは良いんだけどお前、そのデバイスじゃまずいだろ」

「大丈夫」


 そう言ってフェイトはそのデバイスを斧のような形状へ変化させ、入っていた罅を修復させた。
 しかしそのコアとなる部分であろう黄色い球の部分はまだ罅が入ったままだ。
 おそらく完全に修復された訳ではないのだろう。


「私のバルディッシュは最強だから」

「Sure. (その通りです)」


 そして今の発言にイラッときたのかバールが手元でチカチカ光り出した。
 うぜぇ。 わかってるから少しじっとしてろ。


「まあほら、いくらそのデバイスが最強だっつってもさ、演算部分がやられてたら全力は出せないだろ?」

「うん、でもその分は私が――」

「まあ聞けって。 実はな、俺もたまたまインテリジェントデバイスってのを持ってるんだ」


 そう言いながら俺は自分の左手を持ち上げ、手首でうるさく点滅している変なブレスレットをフェイトに見せた。
 でもやっぱりクロノが言ってた通り自力でもある程度計算できるんですね。
 魔道士って連中はホントっぱないな。
 いつかはなのはもスパコン並の計算力を身につけるのだろうか?
 いやもう既に身につけてそうだけど、あいつにだけは負けたくないなぁ。


「そう言えば前にそう言ってたね」

「おう。 そんでな、なんでもそのデバイスは演算能力にかけては根拠の無い自信があるらしい」

「根拠はある。 元々私は――」

「だからこいつを持ってってくれないか? 姉妹そろって事故で死ぬとか勘弁してほしいし」


 俺はAI部分に異常がありそうなデバイスの発言を遮って話を続けた。
 だから機械のくせに自分の自慢話とかすんなって。


「いいよな、バール?」

「ふう。 マスターに言われたのなら仕方がない。 厭々ながら私も協力してやろう」

「だからなんでお前はいちいちそんな偉そうなんだ」


 バールは不平を口にしているものの内心ではバルディッシュにライバル心を燃やしてるのか、声からは『やってやる』という感情が溢れていた。
 ノリノリじゃねえかお前。


「……それじゃあ、少し借りるね?」

「おう。 せいぜいこき使ってやれ」


 フェイトは少し悩み、結局は俺の提案を受け入れることにしたようだ。
 その返事を聞いた俺は左腕からバールを外してフェイトに投げ渡した。


「手荒に扱うな糞マスター」

「だったらその減らない口を何とかしろ」

「み、短い間だけどよろしくね、バール」

「ああ。 魔法式の演算補助、それに魔力素の集束はこちらで担当しよう。 それ以上は邪魔になりそうだ」

「あんまり迷惑かけんなよ?」


 母親や皆が見てる前で俺みたいにア○ルフ○ックとか悲惨にも程があるからな。
 ちゃんと釘を指しておかないと。


「誰に言っている?」

「お前に決まってんじゃんファッキンデバイス」

「ふん、プライドチキンの分際でよく言った。 せいぜいそこで指を咥えながら私が活躍するのを見ていればいい」

「ち、ちち、チキンとちゃうわ! その証拠になぁ……ってもう時間がねえ。 なあ、フェイト」


 俺は自分がチキンなどでは無いことを証明しようとしたものの、それをするには余りに時間が足りなかったので言い訳することを諦めてフェイトに何か言うことにした。
 あ、言い訳って言葉は誤解を生むな。 説明だ説明。
 決してその証拠を示すことが出来なかったからではない。
 だからちげーっつってんだろ糞バール。 ぶっ殺すぞコノヤロウ。


「なに?」


 やるべきことが見つかり少しは元気が出てきたのか、フェイトの表情は僅かではあるものの明るくなっているようにも見えた。


「余り上手くは言えないけどさ……頑張ってこいよ?」

「うん!」








 それからフェイトは時の庭園と呼ばれる廃墟へと向かい、そこでなのはが破壊の限りを尽くしている間にプレシアの説得にあたった。
 だけど残念ながらフェイトは母親の意志を変えることができず、結局プレシアは虚数空間と呼ばれる次元の狭間へと旅立っていった。
 なんでもその先にはアルハザードと呼ばれる場所があり、そこには遥か昔の伝説級の魔法が眠っていて死者蘇生の秘術すら存在するという話だ。
 そういやどっかで"Arhazard"って文字を見たことがあったようななかったような。
 うーん、何処で見たんだっけなぁ……。
 前世だったか今世だったか。 それすらも思い出せないや。
 まあいい、思い出せないってことはきっとどうでもいいってことだろう。


 ちなみにフェイトはクロノらと共に先ほど無事アースラへと帰還してきた。
 現在はなのはやアルフと一緒になってベッドで眠っているそうだ。
 今はただ、その心に負った様々な痛みを少しでも癒してほしいと思う。


「さてユーノ、この後の予定はどうなってんだ?」


 俺は医務室で現場から帰ってきたユーノの傷の手当てをしながら尋ねた。


「まずジュエルシードに関しては管理局側としては一通り落ちついたんだけど、発掘側としては事後処理がまだ終わってないんだよね」


 今回の事件は第一級ロストロギア盗難事件として処理されるらしい。
 そうすることでフェイトの裁判の期間が短くなるそうだ。
 本来予想されていた次元犯罪事件の場合この裁判は半年程かかるそうだが、この場合2カ月程で結審まで行くとのこと。
 そこだけはチート魔導師プレシア・テスタロッサに感謝だな。
 ああ、あとフェイトを生み出してくれたこともか。


「だから僕はまず本局に行ってそれ関係の仕事を片づけないと」

「その本局ってミッドから離れてるのか? というか本局ってミッドにあるんじゃないのか? 前にチラッと聞いたような気がするんだが……」

「ミッドと本局は全然別ものだよ。 距離的には大体この艦で3時間前後って感じかな。 どっちも大きな街なのは同じなんだけど、一番の違いはミッドの方は地上にあって、本局の方は次元空間内に浮かぶ人工の都市だってこと」


 つまり本局ってのは某機動戦士アニメにでてくるコロニーみたいなもんなのか。


「あれ? でもジュエルシードの移送予定先ってミッドじゃなかったっけ? 本局でいいの?」

「今回の事件のせいで裁判の重要証拠物品に指定されちゃったからね。 研究とかそこらへんは事後処理が全部終わるまで一旦お預けになったんだ。 だからそれまでは本局で保管。 そこらへんの書類も後でクロノに貰ってこないと」

「それに関してはこちらでやっておくつもりだったんだけど、どうする?」


 『噂をすれば影がある』というやつで医務室にはいつの間にかクロノがやってきていた。
 結構ふらふらしていたのでクロノの傷も手当してやろうとしたが、彼の体には特に怪我をしている箇所は見つからなかった。
 どうやら疲れているだけのようだ。

 そりゃそうか。
 海上での戦闘からほとんど休む間もなく働いてたんだもんなぁ。
 それに怪我の方はなのはのあの砲撃が敵をほとんど消し飛ばしちゃったからなくてもおかしくはない。
 そのせいでバールはほとんど役に立たなかった。
 せいぜい通路に居たデカイ機械兵を一撃で倒したぐらいである。 ざまぁ。

 ちなみにユーノの怪我はなのはの砲撃による二次災害が原因である。
 ちょっとあのシーンは情けなかったので忘れてあげようと思う。


「僕らはこのあと今回の事件の報告とフェイトの件で一度本局に行かなくちゃならないんだ」

「そうなの? だったらお願いしようかな」

「それに君の問題もあるしな」


 クロノは今度は俺の方を向きながらそう言った。
 あ、そういやそんな話もあったっけ。 すっかり忘れてた。
 フェイトの事について謝ることばかりに気が行ってたからな。
 丁度いいから今謝ってしまおう。


「クロノ、ごめん」

「どうしたんだ突然。 君に謝られるような覚えはないぞ?」

「いやほら、俺がフェイトにジュエルシードを渡してなければプレシアは捕まえられたかもしれないし」

「なんだそのことか」


 軽く言ってくれるなぁ。
 俺はかなり不安だったってのに。


「僕にはたった1つしかジュエルシードが手に入らなかったとしても彼女はアルハザードに向かったとしか思えないんだ。 それと下手に数が足りなかった場合次元震が発生していた可能性もある。 だから君はそれについて気にする必要はないよ」

「……やっぱお前、いい奴だよなぁ」

「そ、急にそんなこと言っても何も出ないぞっ!?」


 何と言うツンデレ。
 でもこれで懸念事項の1つは片付いた。
 後は俺自身の問題だな。


「それでさっきの話に戻るんだけどさ、俺はまだ身分証明とかが必要な事態に遭遇してないからわかんないんだけど、それが無いとやっぱ次元世界で生活するのって難しくなったりとかすんの?」

「そうだな……。 やっぱりそれが無い場合かなり大変な目に遭うと思う。 でもそこら辺に関しても僕がなんとかするから心配はしなくていいよ」

「それに僕もついてるしね」


 クロノとユーノが安心させるように俺の肩を叩きながらそう言った。


「……お前らって本当に良い奴だな。 俺、ちょっとその優しさに涙出そうになったわ」

「あはは、サニーは涙もろいなぁ。 そうだ、ミッドは無理だけど本局も遊ぶところはたくさんあるし、そっちで遊ばない?」

「それは実にいいな! じゃあクロノも一緒に行こうぜ!」


 折角なのでクロノ君もお誘いするとしよう。


「僕は仕事が……」

「ノリが悪いとなのはに嫌われるぞ?」

「そんなのは別にどうだっていい!」

「でもお前、この間『今日のなのはのパンツはピンクか、悪くないな』って言ってなかったか?」

「ええっ!? まさかクロノ、ロリ――」

「ふ、ふふふ、君達には一度僕の本気を見せつけないといけないな。 本局に行ったら覚えてろ?」

「ひゃっほぅ! クロノさんの参加表明いただきましたーっ!」


 俺は小躍りしながらクロノの参加を喜んだ。
 何をして遊ぶんだろうか? 俺が知ってる遊びなんだろうか?
 でも友達と一緒ならどんなことだって楽しいはず。
 うひょー、超楽しみになってきたぜ!


「意味がちがうっ! ……が、まあ少しぐらいなら大丈夫か。 折角だから二人まとめてコテンパンにしてやる」

「ふん、そう簡単に僕を倒せると思ったら大間違いだよ?」

「良く言った淫獣。 君の得意分野で勝負してやる。 負けたからって泣くなよ?」

「淫獣って言うな! 絶対勝って泣かせてやる!」

「俺たちの戦いはこれからだ!」

「その打ち切り臭いセリフはやめろ!」


 こうして俺の不注意から始まった一連の事件はようやく収束することとなった。
 ……そういえば俺が魔法を使えること、結局話さないまま終わっちゃったな。
 どうしよう? ま、いっか。 別に。



[15974] 出会い編 エピローグ なまえをよんで
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/02/20 11:07
 私が思い出せる一番古い記憶は、まだ母さんに手を引かれていた頃の優しい記憶。

 あの頃の母さんはお仕事が忙しくて、私は一人でいることが多かった。
 だけど母さんはその少ない時間でも目一杯私を愛してくれるから、私の心はいつも大好きの気持ちに満ちていて。
 それに比べれば寂しさなんて大したことないと思っていた。

 お風呂で髪の毛を優しく洗ってもらって、そのまま夜はベッドで抱きしめられて眠る毎日。
 忙しくてもお料理だけはちゃんと作ってくれて、またそれが凄く美味しくて、ちょっとした不満も吹き飛んでしまうこともしばしば。
 母さんのお仕事がお休みの日は一日中ずっと一緒に居られるから、楽しさと嬉しさで思わず笑顔が零れてしまう。

 他にも母さんとの思い出はたくさん、数え切れないほどこの胸に残っている。
 私の誕生日には母さんと二人でお出かけをした。
 たくさん甘えて、たくさんわがままを言って困らせて。
 だけど私が『ママ大好き』って言うと、母さんは照れながら抱きしめてくれて。
 あのときの暖かさは今でもちゃんと覚えている。

 母さんの誕生日にはこっそり料理を作ってあげようとして失敗し、『不器用なところは似なくてもいいのよ?』と二人して笑ったこともあった。

 そう言えば誕生日が近付いてきた頃、欲しいものを聞かれて『妹が欲しい』と言った時の母さんの慌て方は、ちょっとだけ面白かった。
 別にお父さんが欲しいと言ったわけじゃないんだから、あんなに慌てなくても良かったのに。





 だけどそんな暖かい日々はあの日、事故の後で目を覚ました日以来、だんだんと減っていった。
 それは、母さんが私と一緒に居ると辛そうな表情を見せることが増えたことも関係しているんだと思う。


『母さま、大丈夫?』

『え、ええ、貴女は気にしなくていいわ。 これは私自身の問題だから』

『でも母さま、すごく辛そうだよ?』

『……そうね。 じゃあ少しだけ、一人にして貰ってもいいかしら?』

『うん。 ならわたしは部屋に戻ってる。 わたしにできることならなんでも言ってね?』

『……ごめんね、アリシ……ア』

『ううん、わたしは全然平気だよ。 母さまも身体に気をつけてね?』


 そしてその本当の理由は私が何度聞いても教えてもらえなかった。
 今にして思えば、あの時の母さんは私とアリシアがどうしようもなく異なることに、どうにかして折り合いを付けようとしていたんだと思う。





 それからまた少し経った頃、母さんは新しく何かの研究を始め、私と居ることはほとんどと言って良いほどなくなってしまった。
 私は少し寂しかったけれど、『母さんも今はすごく苦しいんだ』と思い、なんとか我慢することが出来た。
 だって私に構うことができなくなったかわり、母さんは私の身の回りの世話や教育をする為にすごく優秀な使い魔を付けてくれたから。


『お名前は? お嬢様』

『ふぇ? だれ?』

『私は今日から貴女のお世話をさせてもらうことになったプレシアの使い魔、リニスと言います』

『は、はい、はじめまして』

『そんなに堅くならなくてもいいんですよ? 所詮私は使い魔なんですから。 プレシアからフェイトを一人前の魔導師にするようにと言われていますが――』

『まどうし、ですか』

『まだ堅いですね。 まあいいでしょう。 何でも『電気変換資質を持っているからそのことも踏まえて教育するように』とのことですが、何も聞いていないのですか?』

『はい、あ、うん』

『そうですか。 でもプレシアは貴女にかなり期待しているみたいですよ?』

『母さまが?』

『ええそうです。 私ほどの高性能な使い魔は維持するだけでもかなり大変ですからね』

『そうなんだ? なら私がんばる。 がんばって立派なまどうしになる。 それでいつか母さまの助けになってあげるんだ』

『その意気です! 私も厳しくいきますから、ちゃんとついてきて下さいね?』

『はい!』



 朝起きて、リニスの作ったご飯を食べて、午後は魔法の勉強や実戦の訓練をする。
 母さんは相変わらず忙しそうだったけれど、やがて私はアルフを拾い、その子を使い魔にして、少しずつ暮らしは賑やかになっていった。

『早く一人前の魔道師になって、頑張っている母さんを助けてあげたい』

 私がそう言う度、リニスは優しい声で私を褒めてくれ、そして優しくギュッと抱きしめてくれた。
 それは母さんがくれる暖かさととてもよく似ていて、それがとても嬉しくて、だけどちょっとだけ胸が痛くなった。



 そしてそんな切なくも穏やかな日々は、私がリニスの出した最終試験をクリアしたことで終わりを向かえた。
 その日の夕食は試験に合格したご褒美として、久しぶりに母さんと一緒に取ることになった。
 何を話せば喜んでくれるのかがわからなくて、会話の内容は私の魔法についてばかりになってしまったけれど、それを聞いてどこか安心したような母さんの様子に私は嬉しくなったことを覚えている。

 夕食の後、リニスからプレゼントがあると聞いていた私は彼女の部屋を訪れた。
 でもそこに居たのは彼女の遺した魔法の杖と、それを手に持った母さんだけ。
 母さんは私にその杖を渡し、『もっと強くなって、あらゆる望みを叶える力をその手になさい。 貴女はこの私の娘なのだから』と言ってくれた。

 母さんに褒められ、そして娘だと言ってくれたことはすごく嬉しかった。
 リニスは母さんの使い魔だから、いつかこんな日が来ることはわかっていた。
 わかってはいたけれど、私はリニスのことも大好きだったから。
 もう会えないことを理解出来てしまった時はすごく悲しくて、強くなってと母さん言われたのに、部屋で少しだけ泣いてしまった。





 杖の扱いを覚えた頃、私は母さんのお使いで、母さんが必要としている実験の材料や研究に関する書物、文献を取りに行くようになった。
 時が過ぎ、実験や研究が行き詰るごとに母さんは苛立ちや怒りを隠さなくなって、私達の家はリニスが居た頃に比べてなんだか暗くなっていった。

 お使いはだんだん難しくなり、私の背丈は少し大きくなって、背中や手足には少し傷が増えた。
 そんな私を見ていたアルフは、何度も私に家を出ようと言ってきたけれど、私は辛そうにしている母さんをずっと見てきたから、その度に『母さんは今少し疲れているだけだから』と言ってアルフを宥めた。
 そんな暮らしの中、私は母さんから最後のお使いとしてとあるロストロギア・ジュエルシードを探すよう命じられた。


 その命を受けた私は、直ぐにそのロストロギアが落ちた世界へ飛び、ジュエルシード探しを始めた
 時々私と同じようにそのロストロギアを集める女の子と戦闘になったり、魔力切れで倒れてしまうことはあった。
 けれど、

『食事もベッドもちゃんとあるしアルフもいる、だから寂しくないし、大丈夫』

 私はそう自分に言い聞かせてジュエルシードを探し続けた。
 悲しんで、苛立って、苦しんで。
 そんな切ない思いを続けている母さんに笑顔をあげられるのは、助けてあげられるのは、今はもう私しかいないから。


 そんなある日。
 私がジュエルシードが落ちた世界についての文献を読んでると、この世界の人達は『温泉』と言う物に浸かって日々の疲れを癒すという一文を見つけた。
 アルフはジュエルシードについている独特の臭いを追って回収することを思いつき、探している途中で何度か倒れた私を見ているせいか私にその温泉で少し休むように言ってくれた。
 一人で頑張ることになるアルフには申し訳ないと思いながらも、身体の方はかなり疲れていたから私はその進言に従うことにした。

 それから私達は海鳴から一番近い温泉がある場所へ向かい、私は1人のとても変わった男の子と出会った。
 最初こそ、初めて会った私に向かって一緒に温泉に入ろうと言ってきたり、突然自分で自分の顔を殴り始めたりと変な行動がいくつもあってびっくりした。
 でも彼の知識の豊富さや、私を楽しませようとする会話はどこかリニスの姿と重なり、私は久しぶりに自分が笑えていることに気が付いた。

 やがてアルフがジュエルシード探しから帰ってきて、私達は彼が持っていたジュエルシードと交換するようにして友達になった。
 私は彼に何もしてあげられないことを感じつつも、初めて出来た友達という存在に胸が暖かくなった。

『このお使いが終わったら、私も彼に何かしてあげられるはず』

 そう思った私は、前よりも強く、早く、ジュエルシードを集めたいと思った。





 それから数日後、私はこれまでに集めたジュエルシードを渡すため時の庭園に戻ってきた。
 これで母さんを満足させてあげられると思っていたけれど、母さんは喜んではくれなかった。
 何度も、何度も何度も鞭で打たれ、私は沢山傷を負った。
 でもこれは母さんの望む数には届いてないから仕方がないことで。
 アルフにもすごく心配されたけれど、母さんの事を想えばまだまだ頑張れると思った。

 だけどそれから先は管理局が出てきたせいでジュエルシード探しは難航し、あっという間に管理局の人に捕まってしまった。
 捕まった時私は母さんに魔法で再びお仕置きされ、管理局の船の医務室で治療を受けることになった。

 そこで出会ったのはジュエルシードを賭けて何度も争った白い服の女の子。


『あの、フェイトちゃん』

『君は……確かあの時の』


 何度か私と戦って、打ちのめされて、それでもまた向かって来た女の子。


『ごめんね?』

『ううん、君は悪くないよ。 むしろ私の方が謝らないといけないと思う』


 かなり酷いことをしたと思う。
 一生懸命話しかけてきた彼女にバルディッシュを突き付けたり、無視したり。
 それでも私が母さんから攻撃を受けた時には庇おうとしてくれた。


『なに、悪いのは全部あの鬼ババアだって』

『アルフ、汚い言葉を使っちゃだめだよ?』

『でもさぁ――』

『あの! フェイトちゃん、アルフさん!』

『なんだい? 唐突に』

『突然ですがお願いがあります!』

『う、うん?』

『わたしとお友達になってください!』

『本当に突然だね』

『そうだね。 ……あれ?』


 本当に突然のことに、私は軽いパニックになってしまった。
 どうして? 私は君を痛めつけた覚えしかないのに。
 もしかしてこの子、ドMなの?
 あと名前もまだ聞いてない気が……


『あ、ごめん、わたし自己紹介してなかったかも?』

『だよね?』

『大分おっちょこちょいな子だねぇ』

『えへへ、ごめんなさい』


 ちょっと早まっちゃったと言って照れくさそうに、でも嬉しそうに笑うその姿は、とても可愛くて、とても眩しくて。
 どこか遠くに感じるその笑顔に、私は憧れのような感情を抱いた。
 私もこんな風に笑ってみたい。
 こんな風に母さんを笑わせてあげたい。


 それから私は彼女と自己紹介やいろいろなお話をして、お互いの事を少しずつ知っていった。
 それは初めて友達が出来たあの日と同じように、胸がドキドキして、暖かくて、気が付けば笑ってる。
 そんな不思議な感覚で。
 どうしてそんな気持ちになるのかを考えていた時、私はある言葉を思い出した。

『一緒にいて楽しい、ただそれだけなんだってさ』

 ああそっか。
 私、今楽しいんだ。
 ならなれるよね? 私は君と、友達に。


『あの……』

『なに? フェイトちゃん』

『これからは君の事、なのはって、そう呼んでもいい?』

『ぁ……』

『友達のことは名前で呼ぶって、そう聞いたから』

『うんっ! うんうんっ! じゃあわたしもこれからフェイトちゃんって呼ぶね?』

『もう呼んでるじゃないか』

『あははっ、そうだね、アルフ』

『これでわたしとフェイトちゃんはお友達! じゃあフェイトちゃん、握手しよっ?』


 こうして私に、また1人新しい友達ができた。
 この後実はサニーが管理局側のスパイでもあると知ったアルフが暴れて、なのはが何か言いながら慌てて取り抑えたり、私がアルフに気にしてないから落ち着いてと説得したりといったハプニングは起こったけれど。
 管理局に目を付けられてしまった母さんのことはやっぱり気掛かりだったけれど。
 それでも私は、友達ってすごくいいなぁと、そう思った。






 そして今。

 私は母さんに捨てられて、自分の全てを否定された。
 母さんは、最後まで私に微笑んでくれなかった。
 今ならわかる。 どうして笑ってくれなかったのか。
 だって私の過去は作り物で、本当の子供の粗悪品に過ぎなくて。
 そんな私に母さんを喜ばせることなんて出来るはずもなくて。

 私が生きていたいと思ったのは母さんに認めて欲しかったからだ。
 どんなに足りないと言われても、どんなに酷いことをされても、だけど笑って欲しかった。


 医務室の壁に映る映像には、ついさっき友達になったあの子が私の為に怒ってくれている。
 初めてできた友達は私を励ましてくれ、母さんに私の想いを伝えて来いと言ってくれた。

 私はあんなにはっきりと捨てられた今でも母さんを助けたいと思っている。
 笑わせてあげたい、喜ばせてあげたいと思っている。
 この気持ちだけは作り物なんかじゃない。


 そうだよね。
 この気持ちが私だけのものだというのなら。
 今までの自分を捨てればいいってわけじゃない。
 逃げればいいってわけじゃ、もっとない。

 あれだけの絶望と悲しみに打ちのめされた母さんだから。
 きっと私のことを娘として見ることは出来ないと思う。

 それでもいい。
 私を見てくれなくても良い。
 生きて、生き続けて。
 それでいつの日か少しでも幸せを感じてくれたなら。
 私はきっとそれだけで満足だ。

 だからちゃんと伝えないと。
 私が大切にしてきたこの想いと、私が今感じているこの想いを。



「あ、そうだ。 サニー」

「なんだ?」

「私ね、最近わかったことがあるんだ」

「ほう、言ってみろ」

「秘密」

「なんだそりゃ?」


 彼は私のその言葉を聞いて呆れたような顔をした。


「えっとね、帰ってきてから言おうと思うんだ」

「それならそうと先に言え」

「ごめんね?」

「別にいいって。 それよりもう時間が無いぞ?」

「そうだね。 じゃあ私、行ってくる」

「おう。 じゃ、また後で」

「またね!」


 そうして私は彼に笑顔で見送られて母さんのもとへ向かった。






 私が時の庭園に到着したとき、そこは既に瓦礫の山で入口が何処かすら分からなくなっていた。
 そのせいで私がどこから入ればいいのか困っていると、アルフが物陰から出てきて私に抱きついてきた。
 私はそんなアルフの頭を撫でて安心させ、自分の気持ちを伝えた。
 アルフはそれを聞いて泣きながら母さんの元へと続く道筋を示してくれた。
 それから私はアルフになのは達のサポートを任せ、庭園の最下部の母さんのいる場所まで全速力で飛んだ。


「――世界はいつだってっ、こんなはずじゃないことばっかりだよ! ずっと昔っから、いつだって、誰だってそうなんだ!」


 私が母さんの元へたどり着いた時、丁度そこでは母さんと管理局の執務官が話をしているところだった。


「こんなはずじゃない現実から逃げるか、それとも立ち向かうかは個人の自由だ! だけど、自分の勝手な悲しみに、無関係な人間まで巻き込んでいい権利は何処の誰にもありはしない!」


 彼の言葉はその通りだと思う。
 そして母さんはその悲しみに立ち向かったんだ。
 だけど自分自身に勝てなくて、冷たい現実を突き付けられて。
 そして潰れてしまった。
 許せなかったんだ。
 愛情を向ける相手を自分のせいで失ったことが。

 そして彼方も私の為に怒ってくれるんだね。
 ありがとう。 でも私は関係者だから、だから平気。


「……そうね。 だから私はこれ以上彼方達に迷惑をかけるつもりはないわ。 放っておいてちょうだ――ゴホッ、ゴホッ」

「母さんっ!?」


 その執務官の言葉に答えようとした母さんは、途中で咳きこみ血を吐いた。
 もしかして今までずっと病気だったの?
 ごめんね、母さん。 私、全然気付けなかった。


「フェイト? 何をしに来たの。 消えなさい。 もう貴女に用はないわ」

「でも母さん、血が――」

「貴女には関係ないことよ」

「……いいえ、関係あります」


 母さんは私を突き放すようにきつく言ったけれど、ここで引くわけにはいかない。
 そう、だって――


「だって私は、大好きな母さんの娘で、アリシア姉さんの妹だから」


 私がそう言った直後、母さんは一瞬驚いた表情を見せ、また直ぐに辛そうな表情に戻った。


「……くだらない」


 そして今感じた何かを振り払うかのようにそう言った。
 だけどその言葉とは裏腹に母さんの目はとても優しく、そこには遠い昔姉さんに向けていたものと同じ暖かさが籠っているような気がした。


「母さん、私は――」

「私は向かう、アルハザードへ。 そして全てを取り戻す、過去も未来も、たったひとつの幸福も!」


 母さんは私のセリフを遮ってジュエルシードのエネルギーを一点に向けて放出し、空間に小さな孔を開けた。
 それはこれ以上私の言葉を聞くと何かが壊れてしまう、そんな風に思ったからだろうか?
 そうだとしたら、私はやっぱり母さんを困らせてばかりの悪い子だ。


「馬鹿な!? あれだけのエネルギーを暴走させることもなく制御しているのか!? エイミィ!」

『うん! 次元震の発生は観測されてないよ!』


 そうして造られたその孔には空漠とした、だけど思わずそこから逃げ出したくなるような禍々しさを秘めた空間が広がっていた。


「一緒に行きましょう、アリシア。 今度はもう、離れないように……」

「待って母さん! 行かないで!」

「危ない!」


 私が母さんに向かって伸ばした手を執務官が掴んで止めた。


「フェイト……。 私はいつだって、気付くのが遅すぎるのよ」

「母さん!」


 そんな台詞を残し、母さんはアリシア姉さんと共に虚空へと消え、見えなくなってしまった。
 結局言いたいことは全部伝えられなかった。
 せめてあと一言だけ、伝えたい言葉があったのに。


「フェイト・テスタロッサ」

「あっ……すいません。 私、母さんを止めなくちゃいけなかったのに」

「……いや、それは別にいい――」

『クロノ君大変! なのはちゃんの砲撃のせいでその建物もう持たないよっ!』

「なにぃ!? フェイト・テスタロッサ、ここはもう危ない! 脱出するよ!」

「はい!」


 そうして全てが終わり、私は色々なものを失い、だけど確かな何かを得て、アースラへと帰還した。




 アースラに転送されてすぐ、私は目に涙を浮かべたなのはに抱きつかれた。


「フェイトちゃん! フェイトちゃん!」

「うん、大丈夫だよなのは。 私は大丈夫。 だから心配しないで?」

「でも、プレシアさんが……フェイトちゃん、あんなにお母さんの事を大好きだったのに、あんまりだよぉ」

「そうだね……。 でも私にはまだなのはやアルフがいるから。 ね? アルフ」

「そうだよ、フェイト。 アタシがずっと付いててあげるからね」


 アルフはそう言って私の頭を優しく撫でてくれた。

 その後私はなのはとアルフ、三人で一緒のベッドに横になって色々なことを話した。
 それは私と母さんの楽しかった想い出や、なのはがまだ小さかった頃の話。
 その間ずっとアルフは私の背中を優しく叩いてくれて、なのはは私の事をギュッと強く抱きしめてくれて。
 そうして私は胸に感じていた痛みが和らいでいくのを感じながら、優しい夢の中へと落ちて行った。









 大好きな母さんへ。


 母さんは私をずっと嫌いだったって言っていたけれど、私はそれだけじゃ無かったと信じています。


 私は母さんにとって失敗作に過ぎなくて、そしてお腹を痛めて産んでくれた娘じゃないけれど。


 それでも今度生まれてくるときはまた、母さんの娘として生まれてきたいと、そう思います。


 だから私は母さんの事を忘れるのではなく、辛いことも、悲しいことも全部受け入れ、そして新しい自分を始めることにします。


 それは凄く大変なことかもしれないけれど、きっと大丈夫だと思います。


 だって、今の私には――――



「おいフェイト、もし暇なら菜園に行って収穫でも手伝ってこようぜ」

「うん。 じゃあ私、なのはとアルフを呼んでくるね?」

「いや、あいつらはいい」

「どうして?」

「だってアルフにこの前手伝わせたら『これは正当な報酬だ』とかで俺の大事なタン塩全部喰われたし、なのははなのはで『わたしのフェイトちゃんに近付くな』とかうるさいし」

「あははっ」

「言っとくけど今のは全然笑いどころじゃないからな?」

「ごめんね? でもサニー、ありがとう」

「え、何が?」

「いろいろ、かな?」

「いろいろ、か。 うん、いや普通にわかんねえから」

「あははっ! でも友達っていいよね?」

「そうだな。 友達ってのは本当にいいもんだ」



 ――――私を友達だと言ってくれる人達が居てくれるから。


 それじゃあね、母さん。 ありがとう。 どうかお元気で。



[15974] 友情編 プロローグ Dear My Master
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/03/17 03:22
「はやて、おはよー。 シグナムもおはよー」

「あ、ヴィータ。 おはよーさん」

「ああ、おはよう。 しかしもう10時だぞ? 守護騎士と有ろうものが、情けない」

「だって昨日見た映画おもしろ過ぎんだもん。 しゃーねぇじゃんか」

「ふむ。 昨日やっていたのはそこのけ姫だったか?」

「どんな横暴なお姫様や」

「すみません、少し間違えました。 おとぼけ姫でしたね」

「どっちもちゃうよ。 もののけ姫や。 なんでそんなおもろい勘違いになるんや」



 ――これは、一体……?


「ところでシグナムー、シャマル達は~?」

「シャマルはザフィーラの散歩がてらスーパーの朝市に並びに行っているし、闇の書は今外で洗濯物を干している」

「みんな~、ただいま~」

「あ、帰ってきた」

「シャマルー、あたしのアイスは?」

「あっ!? ごめんなさいっ、ヴィータちゃん! メモを家に忘れちゃったから買うのをすっかり忘れてました!」

「なんだ、また忘れたのか。 シャマルはほんとにドジっ子だな」

「ひどいですっ!」



 ――まさか、私が実体化しているのか?


「文句があるなら早く起きて私達についてくれば良かったのだ」

「そうだぞヴィータ。 早くその手に持ったぬいぐるみを置いてこい。 子供にしか見えんぞ。 ああそうか、お前はまだ子供だったな」

「うっせーシグナム。 ザフィーラはちゃんと足拭いたのか?」

「そんな当たり前のことをいちいち聞くな」

「私が拭いておきました」

「あ、闇の書。 お疲れさんや」

「ありがとうございます、我が主。 料理の方もお手伝いしましょうか?」

「んー、じゃあちょっとこの卵焼き、味見してもろてええか?」

「はい。 ……ああ、甘くてとても美味しいです」



 ――だが私の実体化に必要なページ数には、まだ達していないはずだ。


「なら卵焼きはこれでよしっと。 あとはハンバーグとおにぎりを作ればお弁当は完成やね」

「はやて~、今日のピクニックって何処に行くの?」

「あれ、ゆうとらんかったか? 今日の目的地は臨海公園や。 今の季節は紅葉がめっちゃ綺麗なんよ」

「おおー、それはそれは」

「そう言いながら目が弁当から離れないところはやはり子供だな」

「うっせーニート侍。 ちょっとは働け」

「うっ! これでもちゃんと探してるんだ! ただちょっと続かないだけで」

「烈火の将、誰もが貴女のように真面目な訳ではないのだから、少しは融通をきかせないと」



 ――しかし、以前主が私と出会えたことを思えば。


「それはわかっているんだが、性分でな。 つい――」

「暴力に走るというわけか。 それで殴られた方は堪ったものじゃないな」

「違う! あれは言うなれば愛の鞭というものだ! というかザフィーラにだけは言われたくないぞ」

「私は狼だ。 働かなくても別におかしくはあるまい」

「都合のいい時だけペットになるな」

「別に働かんでもええやん。 まだ遺産とか結構残っとるし、もうしばらくは皆で遊んでてもええんちゃう?」

「それは少しばかり危険な考え方な気が……。 いや、なら私が何とかすれば……」

「そこまで悩まんでもええって、闇の書」



 ――こんな奇跡が起こり得るのではないか?


「はやてちゃーん、手を洗って来ましたけど、私は何をすればいいですか?」

「ならおにぎり作るのを手伝ってもろてもええか?」

「それなら私も手伝います」

「こんなとこでアピールしてもニートには変わりねーぞ」

「うるさい、黙れドチヴィータ。 お前も手伝え」

「なんだとこのおっぱい魔人っ!」

「こらっ! 2人とも喧嘩したらあかん。 そうや、折角やからおにぎりは皆でつくろか?」

「ふふっ、それは良いアイデアですね」



 ――ああ、今私の頬を伝ったものは……


「うわっ、闇の書のおにぎりめっちゃ形きれいや! コンビニに並んでる奴みたい!」

「ホント! それに比べると私のはちょっと歪んでる気が……」

「確かに美しいな。 ……ん? なぜだ、石みたいな硬さになったぞ」

「シャマル~、おめーはまた砂糖と塩間違えたりしてねーよな?」

「そんな間違いもうしません!」

「ところで先ほどから気になっていたのだが、その机に残っている梅干しはなんだ?」

「あっ! 具を入れ忘れちゃった!」

「風の癒し手、流石にそれはどうかと……」



 ――そうか。 ……これはやはり、夢か。








『おーい、闇の書ー。 今どこだー?』


 幾多の星が瞬く、果てしなく澄んだ蒼い空の下。
 そんな光景が広がる屋根の上で優しい夢に浸っていた私に聞こえてきたのは、私を探す紅の鉄騎の念話だった。

 思えば彼女も随分と優しくなったものだ。
 彼女だけではない。
 烈火の将、風の癒し手、盾の守護獣。
 皆、昔に比べれば穏やかな性格になったと思う。
 いや違うな。
 これは昔の、本来の姿に戻ったと言うべきか。

 私が夜天の魔道書として生まれて幾星霜。
 振り返れば色々なことがあったものだ。




 ――――私が生まれたのは、今はもう次元の狭間へと消えてしまったベルカと呼ばれる世界。
 当時その世界ではある次元世界との戦に備え、国境を越えた大規模な戦争準備が行われていた。
 魔導の力を応用して作られた兵器は非常に強力で、ベルカ諸国は競うようにしてこれらの技術を研究、開発を進めていた。
 しかしいくら頑張っても圧倒的な力を持つその世界には遠く及ばず、ようやく揃えた戦力もこのまま正対するには余りに心もとなかった。

 そこで我らベルカ側はその世界へと間諜を送り込むことにした。
 やがてベルカは彼らの万を超える犠牲を礎に、敵戦力の鍵となっていたアルハザードの遺産と呼ばれる物を奪うことに成功する。
 それはある科学者の知識やアイデアを保存したロストロギアの一種であり、敵世界側はそこから革新的な発想や技術を入手し、兵器へと流用していたのだという。
 それを知ったベルカはそのロストロギアから得た知識を元にし、一足飛びに魔導や科学を発展させていった。
 聖王と呼ばれる存在の原型が創りだされたのもこの頃で、これもその成果の1つだったという話を聞いた事がある。

 私もそのようにして生み出された物の1つであった。
 その目的は強力な魔法を敵魔導師のリンカーコアから蒐集し、解析すること。
 そして持ち主である魔導師と融合することで、魔法の補助や危機を乗り越える力となること。


 だがそこで予想外の事態が発生する。
 丁度私が生み出された頃、その次元戦争は敵の内部分裂によって戦端を開くこともなく終わってしまったのだ。
 この戦争の理由や内乱が起こった理由を私は知らない。
 ただ、このベルカに魔導の力をもたらしたのはその世界から流れてきた人間だったことを考えれば、これらの原因が彼らにあったことは想像に難くない。

 かくして私は無用の長物となり時の権力者へと渡り、それからしばらくは平和な時代が続くかのように思われた。
 しかし生み出された兵器はやはり破棄する訳にはいかなかったのだろう。
 今度はベルカ世界において、それら兵器の所有権を賭けた戦争が発生したのだ。
 私はそれを収めるために何度か魔導師達に貸し与えられ、その都度これらの紛争を鎮めるのに大きな役割を果たした。




 だがそうして混乱を収めるうち、今度は私そのものを狙う者たちが現れた。
 それを受けた当時の持ち主は、私を敵に奪われることを恐れ、私の起動そのものに制限を掛けることにした。
 そのプログラムの内容は、666項ある魔道書を蒐集によって全て埋めるまで全機能を使用できないようにするというもの。
 これにより私と言う管制人格も400ページを超えるまでは表に出ることを許されなくなったが、敵に襲われる頻度は激減し、その国もつかの間の平穏を手に入れた。
 私が烈火の将と出会ったのはこの頃だった。


『貴様が夜天の魔道書とその主か?』

『あらめずらしい。 融合騎持ちなんて私だけだと思ってたわ』

『質問に答えろ』

『もしそうだと言ったら?』

『ぶっ倒して書を奪うだけだぜ!』

『それはまた物騒な話だな。 主、いかがいたしますか?』

『いつものようにちゃっちゃとブチのめすだけよ』

『なんだと!? シグナム! こっちもいつものようにちゃちゃっとやっつけちゃおうぜ!』

『そうだな。 その大言壮語、直ぐにでも我が剣の錆にしてくれる』

『言うじゃない。 なら遠慮は要らないわね? こっちもユニゾンするわよ、夜天の守り手』

『了解しました、我が主』


 この時の主は一国の王女でありながら強大な魔力を秘めていることもあり、自分自身で私を使う少し変わった主だった。
 私を起動する為に多くの領民を昏倒させるという困った人ではあったが、その明るい性格と根本のところで皆の幸せを望んでいたことからそれを恨むような声も余り無く、どちらかというと『いざという時は頼りになる問題児』という風に受け止められていた。

 結局この時の戦闘では決着がつかず、私達はお互いの魔力切れによって別れることとなったが、またいずれ相見えるだろうことは想像に難くなかった。
 そして私のこの予想は当たり、彼女と我が主は何度も争うこととなる。
 ある時は戦場で、ある時は街中で。

 彼女は当時の主と同じく公私をはっきり分けるタイプの人間だったため、街中で出会った時は一緒に飲みに行くということもあった。
 しかし主の得意な魔法は氷結系、彼女の得意な魔法は炎熱系という相性もあったのか、結局最後は喧嘩して別れるのが常だった。
 それでも主と彼女は心のどこかで繋がっていたのだろう。
 時が経つにつれ、お互いに困ったことがあったらすぐさま駆けつけ、その問題を共に解決するということも良く見られるようになっていった。

 そんなどこか殺伐としながらも騒がしい日々が終わったのは、彼女の居た国が戦略兵器によって滅ぼされたことに端を発する。
 この出来事によって守るべき国を失い、行き場を失くし、そして個人の力で出来ることなど限られているという事実に打ちのめされた彼女の元へ、我が主はこんな内容の手紙を送った。


『我が国には貴殿を将として向かえる用意がある。
 貴女の強さは腐らせておくには余りに勿体無いと我が国は判断した。

 ……というのは建前で単に心配なのよ。
 うちに来ない? いや違うわね、来なさい。
 貴女は戦うこと以外は滅法弱いんだから、きっと直ぐに野たれ死ぬわよ?』


 しかし、彼女が人として生きたままこの国の土を踏むことは二度となかった。
 こちらへ向かう道中、当時まだ珍しかった融合騎を狙う何者かに襲われたのだ。
 その知らせを聞いた我が主は急いで彼女の元へと向かったものの、到着した時そこで見つけることが出来たのは血溜まりの中動かなくなった彼女の姿だけであった。
 彼女の相棒である融合騎の姿は何処にもなく、辺りは魔法によって造られた炎が送り火のように揺らめいていた。


『夜天の守り手』

『はい、マイスター』

『身体をも含めた完全蒐集と貴女の実体化プログラムを応用すれば、彼女を再生することってできないのかしら』

『それは……ですが、彼女はもう亡くなっているのでリンカーコアの蒐集は――』

『助からないのはどうしようもない事実よ。 でもまだ微かに息はある。 やるなら今しかない。 出来る?』

『……はい。 やろうと思えば、可能です』

『ならやって』

『しかしそうして再生された存在は――』

『いいから早く!』



 こうして彼女は私へと吸収され、守護騎士プログラムとして再生された。
 守護騎士となった存在は歳をとることも無く、私が完全に破壊されない限り永遠を生き続ける。

 私はこの時既に百年以上の時を過ごしていた。
 だから知っていたのだ。
 人の心に残るのは、いつだって悲しい記憶と後悔ばかりなのだと。

 それでも私は主の命に従って彼女を再生させた。
 いや、命に従ってと言うのは正確ではないな。
 そうなることがわかっていたのならもっと強く、はっきりと主に言うべきであった。
 だけどそうしなかったのはきっと、この永遠の孤独を紛らわす相手が欲しかったということなのだろう。






 それからまた時は流れる。
 私を所有していた国は経済的な問題から衰退し、王族は皆離散することになった。
 私はその時の王家で最もデバイスに関する知識と魔力を持っていた者へと贈られることになった。

 その際に契約した主はどちらかというと内向的な人間で、人と関わりあうことを酷く嫌っている節があった。
 幼いころからその立場のせいで人の汚い面を何度も見せつけられて来たのだ。
 このことを思えば、そうなるのもまた仕方が無いことだろう。
 結局彼はそれまで持っていた地位や財産、それらのものを全て他の人間にくれてやり、私だけを連れて世界をあても無く彷徨い歩くようになった。


 しかし、かつてべルカに名を轟かせた私を追う者はまだ多く存在し、主は旅の道中何度も襲撃に遭った。
 そしていくら主が一族で最も大きな魔力を持っていたと言っても、かつての主達に比べればそれは余りに少なく、守護騎士プログラムを実体化することすら出来ない程度のものだった。
 そんな状況で多対一の連戦を無傷で乗り越えられるほど戦闘は甘くない。
 倒した敵からリンカーコアの蒐集はしていたものの、まだ私の項を全て埋めるには程遠く、主は幾度目かの戦闘でとうとう大怪我を負ってしまった。
 そこで身体を少しでも休めようと近くにあった森の中の湖へたどり着いた時、主は1人の少女と出会った。


『あの、どちら様ですか?』

『……なに、ただの旅人だよ』

『そ、そうですか……』

『――君は?』

『私は大丈夫です、怪我なんてしてないですから』

『え?』

『え? ……ああっ!? そうですよね、普通今の質問は名前のことですよね!?』

『いや、そうじゃな――』

『私はシャマルと言います! この近くの村に住んでるんですけど、って血で真っ赤っ!? わかりました! まずはお医者さんですよね!? 今お父さんを呼んできます! ここでもう少しだけ待ってて下さい!』

『ちょっと待てっ! ……って、行ってしまったか。 だがどうやら、敵ではなさそうだな――』


 その後主はこの少女によって一命を取り留め、そのお礼にと傷が癒えるまでの間だけ村の子供たちに教育を施すことにした。

 天気のいい日は他の村人と一緒に狩りに行ったり、農作業を手伝ったり。
 初めて人から頼られ、自分も人に頼ることを覚え。
 あとは時々襲ってくる夜盗の集団から村を守ったりする毎日。
 主はそんな暮らしを続けるうち、徐々にこの村に馴染んでいき、最終的に傷が癒えた後もそのまま先生として残ることを決めた。
 そしてこの穏やかな生活は主のささくれた心を溶かし、やがて主はもう少女とは呼べない程に成長した女性に恋をする。


『シャマル、これ……どうかな?』

『これは指輪……じゃなくて、もしかしてデバイス?』

『その両方だよ。 クラールヴィントって言うんだ』

『澄んだ風、ですか?』

『ははっ、自作のデバイスだからちょっと不相応な名前かもしれないけどね』

『そんなことないです! 綺麗で、ぴったりな名前だと思います!』

『ありがとう。 じゃあこれ、受け取ってくれる?』

『ええっ!? これを私に!?』

『うん。 これは君の事を思って作ったんだ。 だから君以外には似合わないよ』

『あっ――』

『シャマル、結婚しよう』

『――はい、あなた』

『ヒューヒュー』『先生やるじゃん!』『今の心境は!?』『私にも指輪ちょうだーい!』

『こるぁお前ら! 人のプライベートな場面を覗くんじゃない!』


 こうして2人は将来を誓い合い、主はささやかな幸せを掴みとった。
 あの時は私も我が事のように嬉しかったことを覚えている。

 それから少しした頃、私のページ数はとうとう400項を超え、主との意志疎通が出来るようになった。
 その後私を実体化できないことを哀れに思った主は自分の死後、夜天の魔道書が適切な魔法資質を持つ人間の元へと転送されるようプログラムを書き換えた。


 だが、そんな幸福な日々は唐突に終わりを迎えることになる。
 私の機能の一部が使えるようになって1年が経過したある日、私の事を諦めていなかった者たちが百人を超える魔導師で構成された大軍を引き連れて村を襲ったのだ。
 敵は私に転生機能が付けられたことを知るはずもなく、まずは村に居る人間を全て殺し尽くし、それからゆっくりと書を探す作戦を取った。

 村の人間で魔法を使えるのは私を完全に使いこなせない主を含めて僅か数人。
 結局主は満身創痍になり、幾つもの致命傷を負いながら、ようやく見つけた居場所を守ることも、誰一人救うこともできず、最愛の人すらも護り切れなかった。


『――夜天の番人よ。 書の完成まで、あと何ページだ?』

『あと2ページです』

『そうか……。 それともう一つ、君は私の死後どれくらいなら活動できる?』

『数分程度なら――まさかっ!? おやめ下さい、我が主!』

『僕の最期のお願いだ。 僕は彼女に、こんな終わり方だけはして欲しくないんだ。 だから、彼女を頼む――』

『主っ! ――ああ、私はまた、守れなかったのだな……』


 そうして主は自分のリンカーコアを私へと差し出し、最愛の人の再生と引き換えに命を落とした。

 私は未だにあの時どうすればよかったのか考えることがある。
 しかしいくら考えても主を、村を、そして彼女を救う術など思いつかず、所詮自分は道具に過ぎないことを思い知るのだ。





 次に私が転生した先は小さな国の、小さな子供の元だった。
 その子供はまだリンカーコアが未発達なほど幼かったものの頭の回転はとても速く、性格は此度の主と少し似ていたかもしれない。

 小さい頃に両親を亡くした為祖父と二人きり、人の居ない山に囲まれた静かな土地で穏やかな生活を過ごす毎日。
 時々街へ自分たちで育てた野菜や花を売りに行き、その度に街中での賑やかな暮らしに憧れることはあっても、大好きな祖父を1人残すことを思えば全然我慢できる。 だから寂しくなんてない。
 この時の主はそんな風に必死で背伸びをする、優しくて強い男の子だった。


 そんな主のリンカーコアが安定期に入ったのは私が転生してから2年後、彼が6歳の時のことだった。
 いきなり本から飛び出してきた2人の守護騎士に始めは驚いたものの、主は少し身体が弱ってきた祖父の助けになると喜び、祖父は心の中では寂しがっていただろう孫への最高の贈り物になるとこのことを喜んだ。
 それから主は守護騎士達から剣と魔法を習い、8歳になる頃には並の魔導師や騎士では歯が立たない程の腕前になった。
 しかしそれに慢心することもなく修行を続けるうち、主は山の中で傷ついた一匹の狼を見つける。


『グルルルルッ』

『ねえシグナム。 あの狼、すごく傷ついてるけど何があったのかな?』

『あの種の狼は普段群れで生活をしています。 恐らくはボスの座を賭けて戦った結果、ああなったのでしょう』

『へえ、やっぱりシグナムは物知りだね。 でも一回負けたぐらいで追い出されちゃうのは可哀そうだよ。 シャマル、なんとかできない?』

『え? ええっと、私はちょっと狼が苦手で……』

『ガウッ!』

『きゃあっ!?』

『あははっ。 ほら、こっちにおいで。 僕らは君を傷つけたりしないから。 傷を癒していつの日かリベンジだ』



 それから主は反抗する狼を力ずくで押さえつけ、傷の深さから絶対に助からないとわかったところでその狼を使い魔にした。
 主はその狼が成長したらいずれ自然に返すつもりだったため、彼のもともと持っていた感情や理性はできる限り残されることとなった。
 そのため始めは主に歯向かうことも多かったが、その狼が人語を解するようになってからは主のよき遊び相手かつ、良き修行相手として強く、たくましく成長していった。

 主はそのようにして野性味が薄れていくことが多少気に食わなかったようではあったが、教師と教え子のような関係の守護騎士達と違う、その友達や兄弟のような関係を続けるうち、だんだんと年相応の明るさや無邪気さと言ったものを取り戻して行った。


『そろそろ君の名前も考えてあげないとね』

『俺は別に無くても構わんぞ』

『駄目だよ。 だって名前が無いと呼ぶときに不便だもん。 昔群れの中では何て呼ばれてたの?』

『キーゼルと呼ばれていた』

『小石か……。 今の君にそれほど相応しくない名前は無いね。 やっぱり嫌だったんでしょ?』

『実際他の連中からすればその通りだったのだ。 それに当時のことはもう興味が無い』

『ふーん。 そうだ、ならザフィーラってのはどう?』

『由来は?』

『君のその青い体毛と宝石のサファイアを掛けてみたんだ。 気に入らなかった?』

『いや、気に入った。 これからはそう名乗らせて貰うとしよう』



 やがて争乱の影響は私達が住んでいたこの国にも及ぶようになる。
 この国が巻き込まれた戦は、敵国側の『資源は買うよりも奪った方が安い』という自分勝手な理由から始まった侵略戦争であった。
 今の平和を守るためには強力な兵器か魔道師や騎士といった戦える兵が必要である。
 しかしこの国にはそんな兵器など無く、魔法教育や騎士としての訓練は貴族専門の趣味とされていた為、そういった存在は余りにも少なかった。

 結果としてこの国は、一月も経たない内に国土は焼き尽くされ、多くの若い兵の命は盾にもならずすり潰されていった。
 子供は庇護されるべきという世論から老いた者達が続々と戦に駆り出され、主の祖父が敵魔導師によってゴミのように殺されたと聞いた時、我が主は血涙を流しながら立ち上がった。

 『魔力があっても子供だから戦闘に加わってはならないだと? そんな法律が国を、日常を、そして大事な者を守れないというのなら、そんなものに一体何の意味があるというんだっ!』

 主はそんなセリフを吐き棄てて騎士達、そして相棒の蒼い狼と共に戦いの渦へと飛び込んでいった。


 そうして厳しい戦いを続けるうちに書の封印は完全に解かれ、私は主達と同様に大きな戦果をあげていった。
 だがこちら側でまともに戦える者は既に主だけなのに対し、敵は10万を優に超える軍隊と一撃で城を滅ぼせる程の強力な兵器群。
 そのような戦いにもはや勝つ術など無く、また勝ったところで敵本国にはこの十倍は下らない戦力が残っているという事実を知った時、とうとう主の心は折れてしまった。

 心も体も深く傷つき、守護騎士プログラムを実体化する為の魔力すらない状況。
 そんな中でふと親友と出会った頃の事を思い出した我が主は、猛き狼との使い魔契約を解除し、自分の残り僅かな命と魔力を与えて息を引き取った。
 そしてもうすぐ次の主の元へと転移が始まるというタイミングで、かの狼が私に話しかけてきた。


『夜天の魔道書よ』

『安心しろ。 ここから真っ直ぐ西の方へ向かえば、そこにはまだ平和な山が――』

『そうではない』

『では何だ?』

『どうか私を、お前の守護獣としてはくれないだろうか』

『……しかし、主の望みはお前が望むように生きることだった。 何も私達のように永遠という牢獄に繋がれることは――』

『それでいい。 もう二度とこのような悲劇が起こらぬよう、護りたい誰かを失わないための力に、そういう存在に私はなりたいと思ったのだ』

『そうか……』


 こうして猛き狼は、猛き守護獣として私達と共に歩むこととなった。





 そこから先の記憶に暖かなものはほとんどない。


  『力こそが全て』


 そういった考えが蔓延したこの世界の戦争は、戦と呼ぶのも躊躇われる程に凄惨さを増して行く。
 既に手段と目的は逆転しており、戦火の炎はベルカ全土を覆い尽くし、空と海には視界を埋めるほどの戦舟が舞い、地表は武器と血潮、屍で埋められていった。
 牽制の為の兵器は敵への抑止力ではなく敵国を滅ぼすための物として使われ始め、その影響によってベルカの土地は酷く荒廃し、環境変動によって餓死者が大量に出るといった被害も見られるようになった。
 また科学技術や魔法技術も以前とは比べ物にならない程に発展し、あまたもの犠牲によって進化した生命操作技術は人の倫理観を壊し尽くした。

 この世界に住む誰もがその現状を憂いてはいたが、事態はもう後戻りできないところまで来ていたのだ。

 あれから幾つかの転生の後に出会った紅の鉄騎。
 彼女もまた、不幸な子だった。


「んだよ闇の書、こんなとこに居たのかよ。 はやてが探してたから早く戻って安心させてやれ」


 私を屋根の上まで呼びに来た紅の鉄騎は、私にそう声を掛け、感慨深げに空を見上げた。  


 彼女は今でこそこうして話しかけてくれるようになったが、つい最近までは他の騎士達に対しても刺々しい態度を取り続けていた。
 私に対しては特に強い憎悪を抱いてたのか、まともに口を聞いたことすら無かったように思う。
 私達を信頼してくれていたのにそれを裏切ってしまったことを思えば、そのような態度になるのも当然のことだろう。
 私はあの時、どうして彼女を置いて行ってしまったのだろうか?
 ……やはり思い出されるのは、どうしようもない後悔ばかりだ。


「ああ……。 でもこの世界の星空は、吸い込まれそうなくらい綺麗だな――」


 当時の主が紅の鉄騎や私達を思ってしたことは全てが裏目に出た。

 過去に苦しむ風の癒し手を見て作られた、いざというとき騎士達の記憶を初期化する為のプログラム。
 主や魔道書本体を保護し、蒐集データをバックアップする為に作られた自動防御プログラム。
 争いの無い場所へと転生出来るよう、転移先をベルカ以外の次元世界も対象に含めるようにするプログラム。

 これらのプログラムも始めの頃は上手く作動していた。
 しかしある時の主が私を悪用しようと書の一部を改変した時、絶妙なバランスで動いていたこれらのプログラムが暴走を始めたのだ。
 そうして私は呪われた書として有名になり、転生の度に主とその周囲に不幸を撒き散らす存在として忌み嫌われ、闇の書という名で呼ばれるようになった。



 それから更に数百年。
 既に夜天の光も闇に落ちた。
 山積したバグは既に私の致命的な部分まで食い込んでいる。
 私には主を救うことも、騎士達を止めることも、何もできないし、できなかった。

 夜天の魔道書という本来の名を知る者はもう何処にも居ない。
 騎士達も自分の過去は全て忘れてしまった。
 記憶を失ったことは本当に救いとなったのかもわからない。
 このことは今までずっと考えてきたが、結局今の今まで結論は出せないままだ。

 だがこの世界には、今までずっと辛い想いをし続けてきた騎士達と家族のように接してくれる主がいる。
 いつかは騎士達に見せてやりたいと思っていた、どこまでも澄んだ広い青空もある。

 あの子は一体、どういう想いでこの空を見ているのだろうか?
 そこに喜びの感情が伴っていることを、私は望まずにはいられなかった。







「なんや闇の書。 ヴィータから聞いたんやけど、さっきまで屋根の上におったんやって? 家ん中めっちゃ探したやんか。 主を心配させる悪い子にはお仕置きせなあかんな。 めっ!」


 紅の鉄騎を星空の下に残して主の元へ向かった私は、そう主に指でつつかれ注意されてしまった。
 

「……なあ闇の書? あなたにもちゃんと意思や身体があるんやろ? 前に一度夢の中で会うたのをうっすらとやけど覚えとるんよ」


 私は主のその問いかけに、少し悩んでから書を上下に動かすことで答えた。
 その時の記憶はちゃんと封印しておいたはずなのだが、もしかしたらリンカーコアの成長に伴い少し解けてしまったのかもしれない。
 主の為を思えば再び封印を掛け直した方がよいのだろう。
 しかし、出会ったことを忘れてほしくない私がいる。
 駄目だな。 これでは主を守る者として失格だ。


「せやったらいつまでも闇の書って呼ぶのも何やし、ちゃんと名前を付けたげなあかんな。 どんなんがええんやろ? 綺麗で誇れるような名前を付けたげたいし……。 うーん、悩むなぁ――」


 それから我が主は悩む悩むと言いながら、それでもとても嬉しそうに私を胸に抱き寄せた。

 ああ、やはり此度の主はとても優しい子だ。
 私達の事をこんなにも思いやってくださる。

 自由に動かせないその足も、今のささやかな平穏の対価だと考えていらっしゃるのだろうか?
 もしそうだとすれば、それは余りにも悲しいことだ。


「なんや? 闇の書。 もしかしてわたしの足が心配なんか? それやったら心配せんでええんよ。 だってわたし、今めっちゃ幸せやもん。 せやからそのお礼にいつか闇の書も、守護騎士の皆も、絶対わたしが幸せにしたる。 約束や」


 それはきっと本心から出た言葉だろう。

 だからこそ悲しませたくない。
 もっと幸せになってほしい。

 良かれと思ってしたことが最悪の結果に繋がることなど、数え切れないほどに経験してきた。
 恐らく今回も同じ様な結末を迎える事はわかっている。
 だが主は今までずっと、その身で支えるには余りにも多くの不幸を背負ってきた。
 だからこそ例えそれがわかっていたとしても、私や優しい騎士達は、主の幸福を願い、行動せざるを得ないのだ。


 私はあまりにも多くの不幸を生み出してしまった。
 きっと神への供物とするには不釣り合いな存在だろう。
 しかしそれでも、私一人の存在と引き換えに皆を救えると言うのなら。

 何処の誰でもいい。
 どんな手段でもいい。
 私などどうなってもいい。

 だからどうか、どうかあの心優しき我が主と、一途な騎士達だけでも救ってはくれないだろうか?
 それが破滅をもたらすことを運命づけられた私の、たった1つのお願いだ――――



[15974] 友情編 第1話 たくらみは公然になの
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/03/17 03:24
 フェイトの母親が起こした事件が解決してもう二か月が経過した。
 今頃なのは達は夏真っ盛りの海鳴で『今日は熱いから家に帰ったらアイスを食べるの』とか言っていることだろう。
 俺のほうは現在時空管理局へ身分証明書等の申請を行い、クロノから回されてくる簡単な雑務等の仕事で小銭を稼ぎつつ時空管理局本局でお世話になっているところだ。
 この時空管理局本局、通称『本局』という場所は名前から受ける小じんまりとした印象とは大きく異なり、とてつもなくデカくて広い。
 具体的に言うなら『東京ドーム何個分?』とかじゃなく、『東京何個分?』ぐらいのレベルである。


「最近どうだ? 何か不満はないか?」


 そしてそんな本局の中にある次元漂流者用に貸し出される小汚い小部屋でペン回しの練習をしていると、クロノがお土産を持ってやって来た。


「食事が不味いこととトイレが臭いことを除けば不満はないぞ」


 あとはこの部屋が狭くてボロいことも不満と言えば不満ではある。
 が、あまり部屋が綺麗過ぎると次元漂流者と偽ってここに居付いてしまう輩が予想される為、それは仕方ない事なんだと俺は自分を納得させた。


「すまないな。 とりあえずこれはお土産だ」

「おう、サンキュー」

「賞味期限がもうすぐだから安くなっててな。 早めに食べた方がいい」

「その一言は余計だ」


 それを聞かなきゃ純粋な感謝の気持ちだけなのにと思いつつ、俺はその紙袋を受け取り作業用デスクの上に置いた。
 どうやら中身はバームクーヘンのようである。
 周りをコーティングしている塩キャラメルが非常に美味しそうだ。
 後で牛乳と一緒に頂くとしよう。


「フェイトと同じようにアースラで君を預かることができればよかったんだが……」

「あんま気にすんなって」


 フェイトはあれから裁判の為の勾留措置ということでアースラに滞在しており、最近は皆の仕事を手伝いつつ管理局嘱託魔導師試験の勉強もしているそうだ。

 初めは俺もアースラの方にしばらく住まわせて貰う予定だったのだが、

『次元漂流者は特別な場合を除き、時空管理局の本局にていくつかの検査を行った上で、身元の確認や身分証明書の発行を行う。 また次元漂流者にはできる限り多くの進路を提示し、本人の希望を十分に尊重すること』

 という規定の為このような状況になっている。
 特別な場合とは本局に行くための足が無かったり、次元震などで航路が閉ざされてしまった場合などだ。
 またその場合でも次元漂流者は近くの管理局施設へ行けば出来る限りの処置をしてくれるそうで、こうして保護される人は毎年かなりの人数に上るそうだ。


「そもそもあの船って機密の固まりみたいなもんじゃないのか? そこに身分の怪しい人間を乗船させておくほうが組織として間違ってるだろ。 それに本局の方もかなり面白いしな」

「そうか。 そう言ってもらるならこちらとしても骨を折った甲斐があったというものだ」


 クロノは俺がこの狭い部屋に閉じ込められることを悪いと思ったのか、その権限の一部を利用して本局内である程度自由に行動できる権利を与えてくれた。
 フェイトはリンディさんの許可の下アースラ中ではある程度自由に行動できているみたいだが、それでもできることが限られていることを考えればこっちの方が断然いいと俺は思う。


「特にお前の許可のおかげで大抵のレジャー施設をただで使わせて貰えるのはありがたいな。 ビリヤードやダーツは大分上手くなったぞ。 今度暇ができたらまた勝負しようぜ。 次は負けねえ」


 俺はダーツを投げるようにして手に持っていたボールペンを壁に突き刺しながらそう言った。


「施設を壊すな」

「すまん、手がヌルってしてたんだ」

「素直に手が滑ったで良いだろう。 だがそれもいいな」

「え? ヌルヌルが?」


 ローションプレイは俺も共感するところではある。
 だがそれは余り人前で言うことじゃないと思う。


「違う! ビリヤードやダーツ勝負のほうだ!」

「ああ、そっちの事ね」

「なんでそんな勘違いになるんだ、全く。 まあいい、その時はユーノも連れてこよう。 また二人まとめて相手してやる」

「おいざけんな。 そうしたらこっちが不利になるじゃねーか。 ユーノはお前のチームな」


 ユーノは現在魔法を教えるという名目でなのはの家に居候している。
 本人は口では申し訳なさそうにしていたもののその行動に躊躇いや迷いは見られなかった。
 そんなだからお前はクロノに淫獣って言われるんだ。


「それは駄目だ。 そうすると僕が負けるかもしれないじゃないか」

「たかがゲームじゃん。 どんだけ負けず嫌いなんだよお前は」

「そんなことよりこの間頼んだ仕事はどうなってる?」


 こいつ、今露骨に話を逸らしやがった。
 まあいいんだけどさ、それぐらい。
 俺は別に負けず嫌いとかじゃないしね。 いや、ホントホント。


「あー、それって『管理外世界で中規模以上の魔法災害が起こった場合の被害予測と対応マニュアル』と『フェイトとアルフの契約記念日祝いのくす玉制作』のどっちだ?」

「ちょっと待て、僕はその後者については何も聞いてないぞ?」

「エイミィさんから頼まれたんだけど、もしかして内緒にしてたのか?」


 というか今日がその日である。
 ちなみにフェイトの方の初公判は既に終わっていて、判決はこのままなら保護観察になりそうだと教えてもらった。
 クロノ曰く、『初めは無罪を狙っていたんだが、フェイトは一般常識に疎いところがあるからな。 完全に無罪にして自由にさせるよりは、保護観察にしてなのはと同じ学校へ通わせることで視野を広げ、精神の発達を促した方がいいと判断したんだ』とのこと。
 これは幼い子供が保護観察になった場合、管理局側からはその成長のためにということで補助金が出るという思惑もあるそうな。
 俺としては今回のような第一級ロストロギア盗難事件の場合一生幽閉ということも有り得たそうなので、そうじゃなくなっただけでもよかったと思っている。


「そんなこと秘密にする内容でもないだろうに……」

「はっ!? まさかお前、アースラの皆に嫌われてんのか?」

「やめろ! それは想像したくない!」

「長期に渡る航海任務。 最近減った周囲との会話。 時折目にするクスクス笑い」

「ちょ、ちょっと待て、どうして君がそれを!?」

「え、今の冗談だったのに、お前マジで避けられてんの?」

「い、いやきっとこれは僕の勘違いだと思う。 思いたい。 思わせてくれ」


 ジュエルシード事件の時はあんなに頼られていたのに。
 やっぱり人間の気持ちって簡単に変わるもんなんだなぁ。
 俺はそんな可哀そうなクロノに思わず同情的な視線を向けた。


「そんな目で僕を見るな。 それで前者の方は? 被害予測のほうだ」


 クロノは改めて知ってしまった事実に動揺しつつ、何事もなかったかのように話を逸らそうとした。
 うん、お友達のクロノ君にこれ以上冷たい現実をつきつけるのは可哀そうだからな。
 この話はもう終わりにしよう。


「そっちももうできてる。 ちょっと待て、確か引き出しの中に……あったあった。 ほい」


 ドサッ


「厚っ!? というか重っ!?」

「あとこれが元データの入ったメモリーな。 翻訳はソフトにさせたから修正はそっちでよろしく」


 俺は備え付けの机から打撃音が重なったような名前の某月刊少年誌の様に分厚い冊子を取り出し、それとその原稿データの入ったメモリーカードをクロノに渡した。


「なんだこれは!? 僕は渡したデータを簡単に纏めるだけでいいと言ったはずだぞ!?」

「だから子供でも理解できるように纏めたんじゃん。 そしたらそんな厚さになった」

「そもそも子供はこんなもの読まない!」

「いやいや、なのはとかが将来読むかもしれないじゃん。 ちなみに専門家用に纏めたのは後半の方に付録で付けといた」

「そっちだけでよかったのに……なんだこれ、捲るのも一苦労じゃないか」


 クロノは呆れたような表情でその分厚い冊子をぺらぺらと捲った。


「まあいい、確かに預かった。 それと今日はもう一つ用事があってきたんだ」

「もう一つ? ああ、『なのはとユーノを切り離す方法』でも相談しにきたのか」

「どこからそんな発想が出てきたんだっ!」

「エイミィさんが言ってたぞ? 『最近クロノくんはなのはちゃんの事ばかり気にしてる』って」

「それは純粋に魔法の暴走の危険がないか心配だっただけだ! 他意はない!」

「あと『あれはきっとユーノくんに嫉妬してるんだろうねー。 男の子の嫉妬って興奮するよね。くふふ』とも言ってたな」

「よし、今残っている仕事は全部エイミィに押し付けてしまおう。 おかげで今日はゆっくり眠れそうだな。 ふふふ」


 ごめんね、エイミィさん。
 どうも余計な仕事を増やしちゃったみたいです。


「ところでもう一つの用事って結局なんだったわけ?」


 俺は心の中でエイミィさんのご冥福を祈りながら話を元に戻した。


「そうだよ、君が変なことを言うせいで危うく忘れるところだったじゃないか。 君はこの後何か予定はあるのか?」

「フェイトとアルフのパーティー以外特に無いな。 せいぜいミネラルショップにでも鉱物を見に行こうかと思ってたぐらいだ」


 本局にある鉱物屋は次元世界規模で商品を入荷しているだけあり、通常ではとてもお目にかかれないようなものがずらずらと並べられている。
 それはもうマニアなら見ているだけでも射精するレベルである。
 俺はまだ精通していないからしないんだけどね。


「君は本当に鉱物が好きなんだな。 でもそれなら丁度良かった。 今から一緒にアースラに来てくれないか? 例の身分証明に関する話がいくつかある」

「ここじゃ駄目なのか?」

「うーん……まあできなくもないんだが、君の担当は一応僕ということになってるから書類は全部アースラのほうに送られてくるんだ」


 なるほど。
 わざわざこことアースラを行ったり来たりさせるのも悪いな。
 歩いて40分程掛かるし。


「わかった。 なら準備するからちょっと待ってて」


 そう言って俺は着替え始めた。


「とりあえず今回は特に必要なものもない。 手ぶらでも……ああ、例のくす玉があったな」

「くす玉は見りゃわかるけどそこにある」

「意外と立派だな」


 クロノは薄い色紙の花に飾られた直径1m程の球を見て感嘆の声を漏らした。
 これを作る際両面テープをかなり多用したのだが、粘着部から剥離紙をはがすのはもっと楽にならないのだろうか?
 そのせいで意外と時間を取られてしまったんだよな。


「……よし、準備完了っと。 じゃ、行くか」

「寝癖がまだ残っているぞ?」

「マジか。 んー、でも今からシャワー浴びるのもめんどくさいし、別にいいや」

「まて、整髪料なら僕が持ってるからちょっとじっとしていろ。 ……これでよし」

「サンクス」


 こうして俺はクロノに身だしなみを整えてもらいアースラへと向かった。
 くす玉はクロノのデバイスに入れて貰ったので結局俺は手ぶらである。
 こうしてみてるとやっぱりデバイスの収納機能ってすげえ便利だよなぁ。
 星ごと買えるとか自慢してたけど、なんだ案外バールも大したことねえじゃん(笑)。







 その後道中で適当にプレゼントを物色しながらアースラに到着。
 アースラ内の通路を歩いているとそこのスタッフ2名とすれ違ったので軽く挨拶をした。


「お疲れ様です」

「2人ともお疲れ様」

「あ、サニー君にクロノ執務官。 お疲れ様です」

「これから一勝負でもするんですか? この間みたいに」

「いや、今日は身分証明の件でちょっとあって。 艦長は?」


 特にクロノへの態度が変わった様な気はしないけどなぁ。
 確かに言われてみるとランディさんの表情が少し硬い気もするけど、アレックスさんは普段どおりだ。
 全く原因がわからん。


「艦長は今エイミィさんと一緒にフェイト達のお祝い用料理を作ってるそうですよ」

「おい馬鹿! そのことは内緒にって言われてただろ」

「あっ、そうだった! すいませんクロノ執務官。 今の話は聞かなかったことに」

「それは構わない、というかもうサニーから聞いたよ。 今日はフェイトとアルフの契約記念日なんだって?」

「なんだ、もう知ってたんですか。 ならそれは内緒ってことで。 俺からもお願いしますよ」

「ああ、わかった」

「ほら、じゃあ行くぞアレックス。 休憩時間はあまり長くないんだ。 それじゃあクロノ執務官、俺たちはこれで」

「サニー君もまた後で」

「はい」


 それからブリッジオペレーターの2人は俺に持っていたチョコワッフルを渡してから何処かへと向かった。
 ボードゲームを持っていたことを考えるときっと何処かの休憩室にでも向かったんだろう。


「なあサニー、2人ともまだ何か隠してる感じじゃなかったか?」

「全然普通だったろ。 あんま気にしすぎると禿げあがるぞ?」

「嫌な事を思い出させるな。 最近ちょっと額が広くなった気がしてるんだ」


 なんて事を話しているうちにクロノの私室へ到着。
 そこで俺は身分証明関係で一度地球に向かう必要があるといった話をしているとフェイトがやってきた。


「クロノ、模擬戦を……って、サニーも来てたんだ。 もしかして今大事なお話の最中?」

「いや、大事な部分はもう終わってる。 だよな?」

「ああ。 前にサニー地球出身の次元漂流者の可能性があるって話をしてただろう? その関係さ」

「そうなんだ」

「おう。 なんでも今日から一週間以内に地球へ行くことになるんだってさ」

「じゃあその時なのは達にこのDVDを届けてくれる? こないだのお返事がようやく編集出来たんだ」

「任せろ」


 そうして俺はバルディッシュから取り出された2枚のDVDを受け取った。
 フェイトはあれからなのはとDVDレターと言う形で文通みたいなものをしている。
 その映像を通して彼女はアリサやすずかともお友達になったらしい。
 一度俺も出演させて貰ったのだが、その返事でアリサに『あれ? あんたセクハラで懲役20年って話じゃなかった?』と言われた時、俺は本当にこいつらの友達なのかかなり疑問に思った。
 あと適当なことを抜かしたなのはは許すまじ。 今度絶対泣かす。


「ならクロノ、これから模擬戦って大丈夫?」

「あ、ああ。 だが模擬戦をするのはいいが……」


 そこで急に口ごもったクロノは俺に『万が一怪我でもしたらパーティーに参加できなくならないか?』と小声で聞いてきた。

 ああなるほど。
 今のでアースラスタッフがクロノに対してパーティーのことを隠してた理由がわかった。
 変に気を使いすぎてバレる心配があったからか。
 サプライズパーティーの準備をしていたのに本人がそれを知っていたというのは一番寒いパターンである。

 クロノって仕事の時は平気なのに、私生活になると途端にわかりやすい奴になるからなぁ。
 そう言えば記念日の事がバレていたとわかってからはランディさんの態度も硬さが取れて自然体に戻ってたっけ。
 アースラの皆も人がいいし、そういう隠し事が苦手なせいでクロノには不自然に映っていたんだろう。

 そのことに思い当った俺は小声でクロノにアドバイスすることにした。



「下手に気を使いすぎてバレる方が不味い。 普通に模擬戦を受けてやれって」

「だが最近は彼女の保有魔力量が上がってきてるから、僕も結構本気を出さないと勝てなくなってきてるんだ」

「そこで手を抜いて負けるという考えが微塵も無いあたりが実にお前らしいよな」

「何を言うんだ。 こういうことは手加減する方が失礼と言うものだろう」

「でもさぁ、今日が何の日かぐらい――」

「あの、迷惑だったら別にいいよ? 私もちょっと自分勝手だったよね。 ごめん、クロノ」


 俺たちが長々とひそひそ話をしてるのを模擬戦を嫌がってると思ったのだろう。
 フェイトは少し落ち込んだ風にそう言った。


「いやっ、それは違うんだ! 模擬戦だなっ! 僕は全然構わないぞ。 よし行こうさあ行こう」

「流石にその態度は不自然過ぎるだろ」


 それを受けたクロノの態度は何か隠し事があるのが丸わかりだった。
 なんて酷い大根役者なんだ。 これはゴールデンラズベリー主演男優賞も満場一致で獲得できそうだな。


「うるさい。 それで君はどうする? 見に来るのか?」

「そうだなぁ。 俺はエイミィさんのところに行って例の物を手伝ってくる」

「あ、エイミィが何か困ってるんだったら私もそっちに――」

「いやいや、たいしたことじゃ無いんだ。 だから僕たちは模擬戦をしにいこう。 今日はバインドの奥義と言うべきものを伝授しようかな」

「ホント!? ありがとう、クロノ! じゃあ私、先に行って準備してくるね!」


 それを聞いたフェイトは満面の笑みを浮かべ、ダッシュで部屋を飛び出して行った。
 本当に模擬戦が好きなんだなぁ。
 バトルジャンキーとでも言うべきか。
 俺は彼女の将来が少し心配になった。




 それから俺はクロノと別れ、作成したくす玉を手にエイミィさんの居る調理場へ向かった。
 調理場について中を覗き見ると、エイミィさんがお祝用のケーキの飾り付けをしている様子が見られた。


「エイミィさん、頼まれてた例の物持ってきましたけど、どうすればいいですか?」

「おおっ、サニー君! ちょうどいいところに! そのくす玉はレストルームの隅に置いてきて、それからこっちで野菜とか切るの手伝ってくれるかな? さっきまでは艦長も居たんだけど、急に用事が入ったせいで人出が足りなくなっちゃって」

「ういっす。 ちょっと待ってて下さい」


 それから俺はくす玉を置いてからエイミィさんのお手伝いとして野菜のカットやコンソメスープの灰汁取り等を手伝った。
 ちなみにコンソメの灰汁を取るときはスープに泡立てた卵白を加えて沸騰させるのがコツだ。
 そうすることで不味成分や濁り成分を卵白に含まれる水溶性たんぱく質が吸着してくれるのだ。
 しかもこの方法だと肉に含まれる脂肪が過剰に取り去られることも避けられる。
 考えた奴はまさしく天才だな。


「でもサニー君って意外と料理上手いんだね。 お姉さんびっくりしたよ」

「昔1人暮らしとかしてたんで、料理は苦手じゃないんすよ」


 ただ食生活は乱れに乱れまくってたけどな。
 食べたいおかず一品、ご飯、以上。
 みたいな感じで。


「にしてもその肉料理、凄く良い匂いがしてますね。 おっと、思わず涎が……」

「ロースト骨付き肉はあたしの得意料理だからね~。 このスパイスの配合が味の決め手なの。 香辛料って基本的にはどんな組み合わせでも問題ないんだけど、やっぱり特に美味しくするには相性ってのがあるんだよ」

「なるほど」


 綺麗に切り分けて皿に盛り付けられているその肉からはスパイスの焼けた香ばしい香りが漂っている
 ピンク色の肉に入った綺麗な霜降りは恐らく高級な肉を使っていることの証拠だろう。
 ところでこの肉ってなんの肉なんだ? 牛ではなさそうだけど。


「エイミィさん、後でこれのレシピ教えてくれませんか?」

「うーん、どうしよっかなー。 よし、じゃあ今度また作る機会があったら呼んであげる。 技術は見て盗むものなのだ! ババーン!」

「有名ラーメン店の頑固おやじじゃないんですから普通に教えてくださいよ」

「えー? でもそれだと面白くないじゃん」

「じゃあ今度クロノの秘密をまた1つ教えて――」

「やっほーエイミィ!」

「おー、元気いいねぇアルフ。 何か良い事でもあった?」


 なんて話をしているとアルフが厨房に入ってきた。
 やばいやばい、折角パーティーの事を隠していたのに、このままだとバレかねない。
 そう思っているとエイミィさんから小声で『こっちはもういいから彼女を上手く引きつけて外へ誘導して』と頼まれた。
 言われなくてもそのつもりである。


「それはこっちのセリフだって。 あんまりにも良い匂いがしてたからつい来ちゃったんだけどさ、何か味見させてくんない?」

「バカ野郎、ここは戦場だ。 迂闊に足を踏み入れると……死ぬぜ?」

「あ、このスープ美味しそうだね。 飲んでいい?」

「だから俺の話を聞けよそこの馬鹿犬」


 ちょっと決めポーズで言ったのがめちゃめちゃ恥ずかしいじゃんか。
 俺は滑るって言葉が大嫌いなんだ。 いろんな意味で。


「何さ。 別に1つか2つぐらいいいじゃないか。 減るもんじゃなし」

「減るから。 普通に減るから。 というかあと30分ぐらいで出来るんだからそれまで我慢しろって」

「わかった、じゃあ3つで我慢するよ」

「アホか。 さっきより増えてるじゃねえか」


 このままだとパーティーの存在自体はバレないかもしれないが折角作った料理が荒らされてしまう。
 そうだ、丁度いい機会だから人型の時にこいつの臭覚が落ちているかどうか実験してみよう。


「ちっ、仕方ない。 1つだけでいいなら用意してやるから、ちょっと外で待ってろ」

「出来れば肉で頼むよ?」

「はいはい、わかったわかった」


 とりあえずアルフを外へ追い出すのは成功したので任務の1つは達成できたと言えよう。
 あとは個人的な興味と恨みを晴らすだけである。
 俺はまだ失われたタン塩事件のことを忘れてはいないのだ。
 目には目を、歯には歯を、食べ物には食べ物をってことで先程欲しがっていたコンソメスープに悪戯を仕掛けてみよう。


「という訳でエイミィさん、このスープ少し貰ってきますね?」

「おっけー。 でも今の、なかなかいいアシストだったよ」

「ありがとうございます」


 それから俺はコンソメスープに黒胡椒のかわりに正露丸を細かく引いて隠し味にしたものをアルフに飲ませようとした。
 だがしかし、俺の目論見はアルフの『ちょっとそれ自分で飲んでみな』という一言によって脆くも崩れ去ってしまった。
 こうして次元世界にまた1つ、新たなトリビアが生まれた。
 
 『使い魔は人間形態になっても臭覚を失わない』

 さあこのトリビア、一体何分咲きでしょうか?






 それからトイレで吐くものを吐いてきたところで、エイミィさんから艦内の暇な人は全員6番レストルームへ集合するようにとのアナウンスがあった。
 恐らくパーティーの準備が整ったのだろう。

 俺がパーティー会場に到着すると、既にそこには20人程の人がおり、皆思い思いに談笑しているところだった。
 テーブルの上には冷めないよう銀色の蓋をされた料理が並べられ、天井には俺の作成したくす玉や紙で作ったカラフルな鎖が飾りつけられている。
 どうやらフェイトとクロノ、それにアルフはまだ来ていないようだ。


「はい、サニー君」

「何すか? これ」


 そんな風に部屋の様子を眺めているとエイミィさんから紐のついている円錐型をした軽い筒みたいなものを渡された。


「クラッカー。 知らない? お祝いの席とかでパーンッって鳴らす奴」

「知らないっすね。 とりあえずアルフが来たらこの紐を引いて耳元で鳴らせばいいんですか?」

「それは鼓膜が大変なことになるからやっちゃ駄目だよ。 フェイトちゃんがくす玉を割るタイミングに合わせてその紐を引いてね」

「とりあえず了解です」

「エイミィ、今アレックスからあと10秒程でフェイトさん達が到着するって連絡がきたわ」

「了解です、艦長。 それではみなさん、準備は良いですか~!?」

「「「おおーっ!!」」」


 その後、エイミィさんのカウントダウンがゼロになるのと同時にフェイト達が部屋に入ってきた。
 フェイトは何が何だかわからないままエイミィさんに手を引かれ、言われるままにくす玉の紐を引いた。


『パァーーンッ!!』
 
「うわぁっ!?」「何事だいっ!?」


 フェイトとアルフはその音に驚いたのか尻もちをついた。
 それからフェイトはクロノに手を引かれて立ち上がり、天井の垂れ幕を見て改めて驚いた。
 そこには『フェイト&アルフ 使い魔契約記念日おめでとう!』と達筆で書かれている。
 いいんだよ。 俺が達筆っつったら達筆なんだよ。
 書道家の作品だって素人から見たら意味不明だろ? つまりはそういうことだ。


「あのっ、これっ、これもしかしてっ、全部私達の為に?」

「そうだよ。 フェイトちゃん達の為に皆で頑張って用意したんだ。 喜んでくれた?」

「あ……はい。 凄く、凄く嬉しいです。 わざわざ私達なんかの為に、こんな――」

「こら。 駄目よ、フェイトさん。 自分の事を『なんか』なんて言っちゃ。 これは貴女が頑張ってる姿を見てお祝いしてあげたいと、ここに居る皆がそう思って自然に集まった結果なんだから」

「そうだぞフェイト。 これがお前の人徳って奴だ。 だから今は素直に喜んどけ」

「サニー……。 うん、そうだね。 皆さん、ありがとうございます」


 そう言ってフェイトは少し潤んだ眼で皆にお辞儀をした。
 そしてその言葉をきっかけに、パーティー会場は割れんばかりの拍手に包まれた。





 その後アースラスタッフ達からお祝いの言葉を言われ、フェイトとアルフががお祝いのケーキの蝋燭を吹き消したところで食事会が始まった。
 会場に居た人達は皆思い思いに食事や会話を楽しみ、俺やクロノはアースラに来る前に本局で買ってきたプレゼントをフェイトに渡した。
 クロノが渡したのはなのは達から時々送られてくる写真をしまう為のアルバム、俺の方はDVDレター用の空のDVD-Rだった。
 それを見たフェイトの反応は、クロノの時は凄く嬉しそうであったのだが、その直後俺のプレゼントを確認した途端ものすごく微妙な表情になった。
 だって仕方ねえじゃん。 他に思いつかなかったんだもん。

 そうしてアルフに『あんたは女の子の気持ちが全然わかってない』と小突かれていると、なのはから映像通信の許可を求める連絡がきた。
 本来こういったリアルタイム通信は一応フェイトが容疑者と言うことになっている為禁止されているのだが、そこは流石アースラスタッフ。
 お祝いの席では管理が甘くなるという無茶苦茶な言い訳で艦長直々の許可が出された。
 や、まあ正式には許可じゃないんだけどね。


『遅れてごめんね、フェイトちゃん。 アルフさんとの契約記念日、おめでとう』

『おめでとう、フェイト』

「ありがとうなのは、ユーノ。 なのはは、今外なの? そこは……森の中?」

『うん、裏山。 わたしとユーノくんからのお祝い、ちょっと家の中じゃできないから』

「そうなの?」


 宙に大きく映し出されている映像には夜も遅い為少しわかりにくいながらも沢山の木が生い茂っている様子が見られ、聞こえてくる虫達の鳴き声は確かな夏の匂いを感じさせた。
 本局みたいな閉鎖空間だと季節の移ろいなんて全く感じられないんだよなぁ。
 別にそれが悪いとは言わないけど、自然大好き人間の俺としては結構息が詰まる。


「きっと野外調教露出プレイとか見せてくれるんじゃねーの?」

『あーっ! 何でサニーくんがそこに居るの!? 今牢屋に入れられてるって聞いてたのに』

「そんな事実はどこにもねえよ!」

『だって本局の中を全裸で走ってたんでしょ? 前にフェイトちゃんがそう言ってた』

「フェイト?」


 俺は疑惑の視線をフェイトに送った。


「ううん、私はそんなこと一言も言ってな――いたっ!?」

「目が泳いでんだよ」

「だからってデコピンする必要はないだろ?」

「うるせー馬鹿アルフ。 間違いは修正されるべきだ」

 
 そもそも俺が罰ゲームで走ったのはアースラの中だけだ。
 ユーノの野郎は変身魔法でうまいこと回避しやがるし、言いだしっぺのクロノは『知り合いだと思われたくない』とか言って途中で居なくなるし。
 ちょうどその時フェイトは裁判で居なかったのでおそらくは『クロノ→フェイト→なのは(+アリサ達)』のどこかで情報が誤って伝わったのだろう。
 流石にユーノが自分から言うとは思えない。
 これはさっき預かったビデオレターも検閲しないと駄目だな。


『そういえばこの間アルフさんに聞いたんだけど、サニーくんってフェイトちゃんと一緒に温泉に入ったことがあるんだって? それも自分から誘って! えっち! 不潔! 信じらんない!』

「あ? 何言ってんだこの糞ビッチが。 お前なんて嫌がるユーノを無理やり女湯に引きずり込んだ癖に。 淫乱。 淫売。 公衆肉便器」

『あっ、あれはユーノくんが悪いんだもん! あの時ちゃんと人間だって一言言ってくれれば無理やり女湯に入れようとは思わなかったもん!』

『もうやめてなのは! あれは僕が全部悪かったから!』

『その通りだよ!』


 ユーノは顔を赤く染めて冤罪を受け入れようとした。
 しかし法の精神に則ればそれを許すわけにはいかない。


「気にすんなってユーノ。 あれは思い出せなかった馬鹿が悪いに決まってんだから」

『むっきーっ!』

「はいはい、貴方達の仲がいいのはわかったからそろそろその辺で。 ね?」

「あまり長くは話せないんだぞ?」


 ついつい口喧嘩に熱が入ってしまった所をリンディさんとクロノに諌められてしまった。


「すいません。 ちょっと面白い猿が居たので突っついてみたくなったんです」

『すいませんリンディさん。 かなり変なゾウリウシが居たんで突っついてみたくなったんです』

「なんだと?」

「ストーップ! ほら、フェイトちゃんも困ってるから!」

「あ、あはは……」


 エイミィさんにそう言われて確認してみると、確かにフェイトは苦笑いを浮かべながらこちらを見ていた。


「すまん、今日はフェイトが主役だったのにな」

『そうだよ。 わたしもサニーくんなんてボブキャラどうでも良いからフェイトちゃんとお話しないと』

「それを言うならモブキャラだ」

『ちょっと言い間違えただけだよ! サニーくんはもう黙ってて!』

「へーい」


 人を単細胞扱いしてくれたのは許せないが、まあ今日はおめでたい席なのでおめでたい奴と遊ぶのはこの辺にしておこう。


 それからなのははフェイトと俺の文句で盛り上がり、その一方でユーノはアルフと裁判が終わったら一緒に散歩に行こうとストロベリーフィールドな約束を交わしたりしていた。
 ユーノとアルフの仲が良すぎる気がするのは例の事件でなのはにビビらされた者同士という親近感に寄るものだろう。
 あんときは二人ともめちゃめちゃビビってたからなぁ。


『――じゃあそろそろ時間も無いから、この日の為に用意してきた魔法をプレゼントするね』

「魔法を?」

『うん。 フェイトちゃん、よーく空を見ててね? いくよ、ユーノくん、レイジングハート!』

『オッケー、なのは』『All right, My master』


 それからなのはは杖を空に向けて構え、ユーノは左手を空に伸ばして魔法に集中し始めた。
 レイジングハートの先ではピンク色の光の球がだんだん大きくなっていき、その球の周りにはユーノの作った緑色の魔力球が浮かんでいる。


『夜空に向けて砲撃魔法、平和利用編っ! スターライトブレイカー、打ち上げ花火バージョン! ブレイクー、シュートッ!』


 そうして夜空に放たれた砲撃は一定の高さまで上昇した後爆発し、ピンクと緑の光を撒き散らしながら空に大きな花を咲かせた。


「うわぁ、綺麗……」「2人とも凄いねぇ……」「まるで光のアートね」

『続けていくよ、ユーノくん!』

『うん!』

『『せーのぉっ!』』

「うそ、連発っ!?」「またむやみに巨大な魔力を……」


 夜空に散っていく魔法の花弁は余りに幻想的で、鮮麗で。
 その光景に俺は思わず言葉を無くしてしまった。


『――はぁ、はぁ、どうだった?』

「凄いよなのは、夜空にキラキラ光が散って、凄く綺麗で……ごめん、あんまり上手く言えないや」

『ううん、それで充分だよ。 ありがとうフェイトちゃん。 サニーくんは?』

「……ああ、感動した」

『よしっ!』


 俺のその言葉を聞いたなのははガッツポーズをして喜んだ。
 いや、でもマジでお前凄いわ。 凄すぎ。


「ところで君達。 1つ気になったことがあるんだが、ちょっといいか?」

『なに? クロノくん』


 俺がそんな風に感動を心に焼きつけていると、クロノが何とも言えない表情でなのは達に問いかけた。


「今の魔法、ちゃんと結界は張ってたのか?」

『……あっ!』

『えっ? あの、もしかしてユーノくん、まさか張って無かったとか……言わないよね?』

『あは、あはははは……ごめん。 すっかり忘れてた』

『えぇえええっ!?』


 なんといううっかりミス。
 今のは音といい光と言い、相当目立っただろうから公害防止条例に引っかかることは確実だろう。
 

「良かったな。 最後に一花咲かせられて。 お勤めごくろうさまです」

『まだ捕まってないよ!』

『それより早く逃げよう!』

『うん! ユーノくん、早く肩に乗って!』

「あ、おい君達っ! ちょっと待て!」

『『ごめんなさぁーい!!』』


 しかし2人はクロノの引きとめに応じず、脱兎のごとく駆けだして行った。


「……はぁ。 頼むからもうこれ以上僕の心労を増やさないでくれ」

「アハハ……」

「お疲れ様です」


 深い溜息と同時に漏れたクロノのその言葉に、俺とフェイトは肩を叩いて労うことしかできなかった。



[15974] 友情編 第2話 戦いの嵐、ふたたびなの
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/03/17 14:45
 地球への上陸許可が下りた翌日。
 俺はいくつかの手荷物をお供に第97管理外世界のとある公園に降り立った。


「地球か……何もかもが懐かしい……」

「まるで銀河の果てまで冒険してようやく帰ってきたみたいに言ってるけど、そんな感慨に耽るほど前の話じゃないよね?」

「まあな」

「え? え?」


 久しぶりの大地の感覚に浸っているとユーノとなのはが迎えに来た。
 なのはは元ネタが全くわからなかったみたいだ。
 不勉強な奴め。


「久しぶりだね、サニー」

「お久しぶり、サニーくん」

「おう。 2人とも久しぶり」

「直接会うのってどれくらいぶりだっけ?」

「俺たちがクロノにボッコボコにされた時以来だな」

「あーあれね……。 ところで急にこっちに来ることになったって言ってたけど、何の用事?」


 ユーノはその時の事を思い出して話を逸らすようにそう尋ねてきた。
 このチキン野郎が。 ガキのマッパぐらい別に捕まりゃしねえっての。
 というかお前はまた小動物形態で高町家に居候してんのかよ。
 もうばれてんだから人型で良いと思うんだけどなぁ。


「前にこの世界が俺の昔居た世界の可能性があるって言ってただろ? そうしたら身分証明の手続きとか身の振り方を決める上でそれが事実かどうか確かめる必要があるって言われてさ」

「そういえばそんなことも言ってたね」

「ええ~っ!? サニーくんってこの世界の出身だったの!?」

「だからそれを確かめに来たんだって。 おいユーノ、こいつちゃんと魔法だけじゃなく国語の勉強もさせてんのか?」

「あはは……」


 ユーノは笑って誤魔化そうとした。
 やっぱりしてないんですね。


「ちゃ、ちゃんとしてるよ! ただちょっと成績が良くないだけで……」

「それはしてないのと一緒じゃね? 小学校の国語ってそんな勉強しないと点が取れないようなもんなのか?」


 小学生の頃の記憶が無いから今いちよくわかんねえけど、そんな極端に難しい問題は出ないと思うんだが。
 まあ記憶が無いっつっても小学校では英語がないとか、中学校では英数国理社の5教科が重要だとかの知識はある。
 これはやっぱ知識と記憶は別もんだってことなんだろうな。


「それは僕の口からは……」

「ふーんだ。 どうせユーノくん達は頭がいいからできない人の気持ちなんてわからないの」


 そう言ってなのはは片方の頬を膨らませてそっぽを向いた。
 ちくしょう、ちょっと可愛いじゃねーか。
 まあ今は身体は子供、頭脳は大人なバーロー状態だからパッと見賢く見えるけど、俺は少なくとも大学浪人をしているので勉強はあまりできない子だったのは間違いない。


「気にしなくても大丈夫だよ、なのは。 だってなのはは理系科目だけは良かったじゃないか」

「だけとか言わないでよ!」

「あれ、てことはもしかして社会も悪かったのか? なら半分は駄目ってことじゃねーか」

「英語は平均点よりあったもん! だから半分よりは上だったの! あと国語もちゃんと聞いてよ!」

「聞くまでもねえだろ」

「酷いっ!?」


 酷いのはお前の成績だとは言わないでおこう。
 でも最近は小学校でも英語ってやってんだな。
 これは俺の知識が間違ってんのか、それとも学校が私立だからなのか。
 まあそんなことは今考えても仕方ない。


「英語はやってるってんならこの質問には答えられるよな? How did you come here? (あなたはどういった手段でここにやってきましたか?)」

「はう? え、えーっと、イエス、あいむ……ひあ? (はい、私はここにいますか?)」

「ブッ」

「強く生きろよ?」


 俺はやさしく微笑みながら彼女の肩を叩いて励ました。
 あとユーノ、頑張って堪えようとしてるのは偉いと思うが残念ながらなのはには隠せてないぞ。


「むっかー! もうサニーくん達なんて知らない!」

「ご、ごめんってばなのは」

「つーん」

「ああ、そういえばサニー、エイミィさんから聞いたんだけど何か僕達に渡すものがあるんだって?」


 このままだとますますなのはの機嫌を損ねると思ったのかユーノは再び話を逸らそうとした。


「おお、そういえばそうだった。 フェイトからの預かりものがあるんだ」

「フェイトちゃんから!? こないだのお返事とかかなぁ? サニーくん、早く早く!」

「忘れてきちゃったの」


 だが俺は自重しない。
 まだまだなのはで遊んでやる。


「サニーくん」

「なぁに? なのはちゃん」

「私の全力全開の一撃、受けてみる?」

「すいませんでした」


 表情筋は笑顔を形作っているんだけど目が笑っていない。
 それは以前フェイトの実家を崩壊せしめた時のことを思い出させるような壮絶な笑みだった。

 俺はあの庭園と同じようにはなりたくなかったので、預かってきたDVDを持ってきた鞄から取り出してなのはに渡した。


「こっちの『for Nanoha & Yu-no』って書いてある方がなのはとユーノ用で、こっちの『for Friends』って書いてある方はお友達みんなと見てね、とのことだ。 ひらがなで横に書いとこうか?」

「それぐらい間違えないよ! ほんとにサニーくんはいじわるなの!」

「その通り。 俺は可愛い子にはいじわるなのだ。 あとユーノ、お前にはクロノからの預かり物がある」

「え!? ち、ちょっと――」


 俺は適当な言動でなのはを煙に巻いてからユーノに一通の封筒を渡した。


「何? これ」

「何でも管理局本局にある無限書庫の閲覧資格取得についての書類だそうだ。 前にお前が無限書庫で探してみたい資料があるって言ってたから用意したんだってさ。 後でクロノにお礼言っとけよ?」

「……うん」「あの、サニーくん、今わたしのこと可愛いって――」

「でもお前、なんでクロノの時だけ微妙な反応になるんだ?」


 やっぱこの間のダーツん時散々にからかわれたのが原因か?
 それともなのはを巡る三角関係トラブルなのか?
 俺としては後者に期待なんだが。 ちびくろサンボのトラバター的な意味で。


「それはクロノが皮肉を言うからだよ。 そう言えばサニーは今日泊まる場所はどうするの?」「ねえ聞いて……あ、わかった照れてるんだ」

「今日は向こうで適当に一泊する予定」「図星? 図星なんでしょ? へえ、そうなんだぁ~」

「いちいちうるせえな。 この小娘が」

「アリサちゃんにも素直になれないみたいだし、それも仕方ないね」

「おい適当なことをぬかすな。 名誉棄損で訴えるぞ?」


 まったく、油断も隙もあったもんじゃないな。
 いい加減冗談は馬鹿と魔力だけにしてほしい。


「泊まるところがないならまた家に泊まればいいよ。 お父さんもきっと喜ぶと思うし」

「その申し出は非常にありがたいが、とりあえずこれを見ろ」


 そう言って俺はポケットから財布を取り出し、その中の万札をなのはに見せびらかした。


「ええっ!? 何このすごいお金! これどうしたの? まさかぬす――痛っ!?」


 俺はそのセリフを最後まで言わせずに拳骨を食らわせた。
 人の評価を不当に貶めようとする奴は殴られても仕方ないと思う。


「何するの!?」

「勝手に人を犯罪者にしようとするからだ。 これはちゃんと働いて得た正当な報酬だっつの。 本局のほうで簡単なバイトがあってな、それで稼いだんだ」

「うぅー……。 それでそのお金がどうしたの?」


 なのはは頭を両手で抑えながら聞いてきた。


「金さえあればホテルに泊まれるだろ? つまりはそういうことだ。 だから泊まるところの心配はしなくていい。 あ、それと……これ、本局土産のお菓子」


 俺は先ほどのDVDと同じように鞄から本局饅頭の入っている箱を取り出してなのはに渡した。


「士郎さんに『その節は大変お世話になりました。 ちゃんとしたお礼はまた後ほどいたしますので、とりあえず今回はこれで』って言って渡してくれ」

「そのせつわ……そんなの別にいいのに」


 そうか、覚え切れなったか。
 社会経験がまだ少ないなのはには難しかったかもしれないな。
 でもこれは社交辞令みたいなものだからお礼さえ伝えてくれればそれでいい。
 ユーノもいるから、いざというときはフォローもちゃんとしてくれるだろう。


「まあこれは礼儀みたいなもんだ。 お世話になっときながら何もないってのはいくらなんでも失礼だろ?」

「ふーん、ちなみにバイトってどんなことしてたの?」

「基本的にはクロノからの依頼が主で簡単な内職や事務仕事、あとは艦内清掃がほとんどだった。 本局の方であった求人は身分証明書がないからできなかったし。 まあ文字が完全には読めないからどの道そっちは無理だったんだけどな」


 ミッドチルダ語の文字は通常の英字とは少し違うものの、単語や文法なんかは英語と殆ど同じである。
 だから特に勉強しなくても話す方は大丈夫だろうと高を括っていた。
 ところがこのミッド語、意外と英語と異なる点が多かったため恥を掻くこともしばしばあった。
 いきなり翻訳魔法が切れた時はびっくりしたけど、田舎者と差別されなくてよかったぜ。


「そういえばなのはも今ミッド語の勉強をしてるんだよ」

「そうなのか?」


 ユーノの発言を確かめるため、俺は箱の中を覗き込むことに夢中ななのはに聞いてみた。


「えへへ、実はそうなんだ」

「なら確かめてみよう。 What kind of magic are you good at? (あなたの得意な魔法は何ですか?)」

「えと、ちゃ、チャージショット……?」


 なのはは『これであってる?』とでも言いたげに上目づかいでこちらを見ている。
 俺は一応でも合っていることが気に入らなかったので、さらに突っ込んだ質問をすることにした。


「When is its magic used at? (それはどういうときに使いますか?)」

「ええっ!? 質問は1つだけじゃないの!? え、えと、えと……あ、わかった! アイショットイット、トゥーフレンド(私はそれを友達に向けて撃ちます)。 どう? これでちゃんと勉強してるってわかってくれたよね?」


 なのははどうだ、とでも言いたそうに無い胸を張りながら自信満々に言い放った。


「そうだな。 今後君とは付き合い方を考えないといけないことは十二分にわかった」


 forならまだしも、toって。
 お前は友達を亡き者にする為に魔法の勉強をしてんのか?
 あ、そういやこいつ、半月前にユーノに向かって長距離砲撃をぶちかましたって聞いたな。
 あんときはユーノがなのはの風呂を覗いたりして怒らせたのかと思ってたけど、今のを聞くと案外ただの趣味だったのかもしれない。
 フェイトもバインド掛けられた後で撃たれてるし。
 ちなみになのはにぶっ飛ばされた事のある俺の友人は、現在腹筋崩壊の魔法を食らってしゃがみ込んでいる。


「じゃ、じゃあサニーくんはどうなの? ユーノくん、ちょっとサニーくんに問題だして、ってなんで笑ってるの!?」


 なのはは俺に話を振って自分のミスを誤魔化そうとしたが、肝心のユーノは笑い転げていて使い物にならない。
 それに怒った彼女はユーノをポカポカ叩いて追い回し始めた。


「ヒィー、くるし、あ、ごめ、いや違うんだ。 別になのはのことを笑ってたわけじゃ、いて、いたいって、サニー、なのはを止め――」

「I'm here? (わたしはここにいますか?)」

「アハハハハ!!」

「レイジングハート「All right」」

「ちょっ、え、ええっ!? 悪いのは全部サニーじゃないか! どうして僕が!?」

「誰だって少し間違えることくらいあるよ! なのにそれを笑うなんて失礼じゃないかな!? だからこれで少し反省するの!」

「やめてなのは! そんなの食らったら僕死んじゃう!」

「非殺傷設定だから多分大丈夫っ!」

「多分!? くっ、ラウンドシールド!」


 本気で拙いと思ったユーノは慌ててシールドを張った。


「いくよ! ディバイーン……バスターッ!!」

「よし、何とか間にあっ、てないっ!?」


 だが残念。
 ユーノが張ったシールドは極太ビームによってあっけなく砕け散った。


「サニーのばかああああぁぁぁぁ!!」


 そうしてユーノは俺に罵声を浴びせた後、ピンク色の光の奔流に呑まれて見えなくなった。
 やっぱり"I shoot it to friend."でちゃんとあってたな。
 馬鹿にして悪かったよ、なのはさん。
 ちゃんと謝るからその杖をこっちに向けないでくれませんかね?
 おい、だからマジでやめろ、冷静になれって。
 今度ミジンコでもわかる英語辞典買ってやるから、な?



 その後フェイトの近況として『裁判は実質無罪の保護観察になりそう。 今は嘱託魔導師としての試験勉強をしてる』ということを話したり、『だったらわたしも食卓魔導師になろうかな。 お母さんに料理を習えばいいの?』と聞いてきたなのはを小馬鹿にしたりしていると、何処からともなく正午を知らせる鐘の音が聞こえてきた。
 高速バスの出発予定時刻が12時30分なのでそろそろここを離れないと間に合わない。


「じゃ、ここでの予定も全部消化したしもう行くわ」

「うん!」


 なのはは見た感じ明らかにボロくなっている俺に向かって元気に返事を返してきた。
 日ごろの鬱憤を晴らしたのかその顔には満面の笑みが浮かんでいる。
 ファック、いつか泣かしてやる。


「おいユーノ、お友達のお見送りぐらいちゃんとしないと碌な大人にならないぞ」

「…………」


 返事が無い。 ただの屍のようだ。
 というかよだれを垂らしながら白目を向いて気絶してる。
 そんなボロ雑巾のようになってベンチに座らされているユーノを見て、俺は少しだけ罪悪感を覚えた。
 ごめんなユーノ。 お前のことはきっと忘れないよ。


「なのは、ユーノの事は頼んだ。 ちょっと今は見た目がアレだけど、根はいい奴なんだ」

「う、うん、わかってるよ。 ちょっとわたしもやりすぎたかなぁって。 にゃはは……」

「まあユーノもお前に介抱してもらえれば文句の一つも言わないはずだ」

「え? それってもしかしてユーノくんがわたしの事を――」

「こいつは無類の女好きでな。 上は80、下は3歳までいけるってこの間自慢してたからさ」

「……そうなんだ。 もう誰を信じればいいのかわからなくなってきたよ」


 とりあえず俺の事を信じなければそれでいいと思うよ。


「って、本当に時間が無くなっちまう。 See you later. (じゃーな)」

「し、シーユー、サニーくん」

「一応言っておくと、最後の『くん』は日本語だからな?」


 その突っ込みを最後に、俺はなのは達と別れて自分探しの旅に出かけた。






 バスから降りて目的の土地に着いた時にはもう日は沈みかけていた。
 だが当時通っていた大学の事務局はまだギリギリ人が居る時間だったので、俺は公衆電話からそこへと電話を掛けてみた。


『はい、こちら理学部地球科学科事務室の伊藤です』

「あ、すいません、ちょっと確認したいことがあってそちらに電話したんですが」

『はい、なんでしょう?』

「僕は以前そちらの工藤研究室に在籍していた卒業生なんですけど、ちょっとした証明みたいなものが必要になったんですよ」

『はい』

「それで先日教務課の方に連絡を取ったところ、『それに関してはまず在籍していた学科の事務室の方に頼んでくれ』と言われたんですよね」

『あー、なるほど。 そうしましたらまずは卒業生であることを確認しますので、あなたのお名前と卒業年度、あとはもし覚えていたら当時の学籍番号をお願いします』

「はい。 名前は空野太陽、卒業年度は――」


 それから少々お待ち下さいと言われ、久しぶりに口に出した恥ずかしい名前に悶えながら待つこと数分。
 電話口から流れる単音で紡がれるメロディーに飽き飽きして来た頃、ようやく確認が終わったのか相手が電話に出る気配を感じた。


『お待たせしました』

「いえ、気にしないでください」

『今『空野太陽』の名で探して見たんですけど、ちょっと学部の方でも修士、博士の方でも見あたらなかったんですよね』

「えっ?」


 先ほどまで感じていた何とも言えない羞恥心が完全に吹き飛んだ。
 見つからない? そんな馬鹿な。
 学士か修士の方には載ってるはずだぞ?


『もしかして電話を掛ける場所間違えたりとかしてないですか?』

「……あれ、そちら理学部化学科の事務室ですよね?」

『いえ、こちらは理学部の地球科学科の事務室です』

「ああ、じゃあ見つからないのも当たり前ですね。 お手数おかけして申し訳ありませんでした」

『いえ、お気になさらず』


 俺は相手がそう言ったのを確認してから電話を切った。
 相手は特にこちらを不審には思っていなかったようなので、俺の対応が問題で個人情報を洩らさなかったということではなさそうだ。

 その後、深夜まで待ってから大学の図書館に忍び込み、卒業論文集から自分の名前を探してみたり、そこに置いてあったPCから研究室のHP等を確認してみたが、俺が以前この大学に在籍していた痕跡はどこにも見つからない。
 他にも色々と手を尽くしてみたものの、結局自分が昔この星に存在していたという証拠は1つたりとも見つけられなかった。

 記憶の中にある教授の名前や容姿はほとんど変わってない人もいれば、逆に全く知らない人もいる。
 理科年表や地図等を見ると年号や地名に若干の違いが見られる。
 そうして見つけた中で一番わかりやすい違いは、現在の西暦が俺の死んだ年よりも過去であるということだ。

 何と言うミステリー。
 これは一体どういうことだ?
 確か次元世界間では時間軸にズレは存在しないんじゃなかったのか?
 いや、時間の進み方が違うだけでここは俺の知る世界とは違うという可能性もある。
 だが、もしそうだとすると俺の知っている教授達と名前や容姿が一致することの説明がつかない。
 これはもっとユーノの話をちゃんと聞いておくべきだったな。
 もしかしたら俺の記憶はフェイトと同じく作られたものなのかも――――

 そのことに気付いた途端、俺は急速に自分という存在が崩れて行くのを感じ、立つことすらままならなくなった。
 俺は別に元の世界へと帰りたい訳ではない。
 しかし、確かだと思っていた自分自身を否定されると言うことは、こんなにも恐ろしいものなのか。
 フェイトはこんな感覚からよく短時間で立ち直れたものだ。
 これはちょっと、かなり厳しい。


 それからしばらくはその街をふらふらと彷徨い続けたが、やはり街の風景そのものは前世の記憶とほとんど違いがないことがわかった。
 しかしそのことは、俺の精神にとってなんのプラスにもならなかった。






 下弦の月が東の空に見えてきた頃、俺は転移魔法を使い今朝なのは達と会っていた公園まで戻ってきた。
 そしてベンチに座り、ユーノやなのは達の顔を思い出したところで、俺はようやくひと息吐くことが出来た。


「あー、マジで怖かった。 本当に死ぬかと思ったぜ」


 アイデンティティークライシスはもう勘弁したいのでこの事について考えるのはもうやめよう。


 その後『いろいろあって疲れたし、そろそろホテルにでも行くか?』とも思ったが、今はもう子供が一人ふらふらしてると通報されるのが確実な時間である。
 というか子供一人のウォークインはもともと無理があるだろ。 常識的に考えて。

 そのことに気付いた俺は結局野宿をすることに決めた。
 なのはの家へ行かなかったのは、一度断ったにも関わらずのこのこ出て行くのが恥ずかしかったこと、今日は向こうに泊まると言ってしまったこと、そしてこれ以上あの家に迷惑を掛けたくなかったことが理由だろう。
 無意識的に避けようと思ったのはきっと何かの間違いに違いない。


 こうして俺は始めてこの街で夜を過ごした公園で、久しぶりに野宿をして夜を明かすことになった。
 風邪をひかないか少しだけ心配ではあったが、その日の夜は既に夏が近付いていることもあるのか、たった一部の新聞でも余り寒くはなかった。






 翌朝。
 まだ気温も温まり切っていないのに周りが騒がしくなってきたため目が覚めた。
 何事かと思って確認してみると、そこにはハンマー片手に球を叩きまくっている老人達の姿があった。
 よく見ると俺と同じ年ぐらいの女の子も楽しそうにしていたのでとりあえず俺も参加させて貰うとしよう。

 そうしてリーダー的な老人に混ぜてくれと頼み込んだ許可を貰ったところ、別の老人たちに囲まれていた小生意気な赤毛の少女が俺に話しかけてきた。


「お前、名前は?」


 これはまた、やたらと偉そうなガキだな。
 どうせジジイ共に甘やかされて育ってきたんだろう。
 ちょっとからかってやるか。


「俺の名前はトワレッテン・ベッケン・ドルフファーレン。 略してライヒトグロイビヒ・ナハッティーア。 俺の事はゲルトハイラートと呼んでくれていいぞ」


 トワレッテン・ベッケン=便座
 ドルフファーレン=下痢

 ライヒトグロイビヒ=騙されやすい
 ナハッティーア=夜行性動物
 ゲルトハイラート=財産目当ての結婚


「よし、じゃあ下痢便野郎。 やるならおまえは敵チームな」


 そいつはニヤニヤ笑いながらそう言った。
 というかよりによって一番嫌な訳し方をしやがって。
 この糞ガキ、絶対泣かしてやる。



 さて、まずはゲートボールの簡単なルールを説明しよう。
 このゲームの目的は制限時間内に自分の手玉をコの字型の金属で出来た3つのゲートを順に通し、最後にゴールポールに当てて『あがり』を目指すことにある。
 基本的にチーム戦であり、5対5でやることが普通だという。
 そして勝敗は試合終了時、持ち玉のゲートの通過状況によって決まる1人1人の得点を、チーム毎に合計したもので決める。
 またこのゲートボールでは『いかに得点するか』よりも『いかに相手を邪魔するか』に重点がおかれる。
 これは一度『あがり』になった選手はそのゲームではもう参加できなくなり、相手に多く打順が回ってしまうためだ。

 それを知らなかった俺は、第一ゲームではひたすら小娘に蹂躙されてしまった。
 しかしそこは本局でビリヤードを極めた俺である。
 それさえわかってしまえばこの程度の非弾性衝突計算なんぞ赤子の手をひねるように優しい問題だ。

 最初のゲームでこそ何もさせてもらえなかったが、それ以降のゲームではむかつくガキの玉を執拗なまでに邪魔してやった。
 だんだんとイライラしていき地団太を踏みだしたそのガキンチョの様子に俺は大変満足した。 ざまあミソラシド。


「あー畜生! もう時間切れかよ。 次はぜってー負かす。 そんで泣かす」

「物騒な奴め」


 赤毛の少女が涙目で俺にそう言ってきた。
 よく初対面の相手にこれだけ乱暴な言葉を使えるな。
 下手に道端で遭遇するといきなりハンマーで殴られかねん。
 というかなんでこいつはこんなにハンマーが似合ってるんだ?


「というかお前、そろそろ本当の名前を教えろよ」


 だが今後道端で出会った時いきなり殴りかかられては困る。
 ふむ。 ここは保身に走った方がよさそうだな。


「わたし高町なのは9歳、小学3年生。 今はちょっと訳があって変装してるけど、ホントはお下げが似合う可愛い女の子なの」

「おまえそんななりして実は女なのかよ! たかまちなにょ、なも、だあーっもう言いにくい名前だなっ! とにかくキモいからその変な喋り方はやめろ」


 こいつ意外と面白い反応を返してくるな。
 俺はそう思ったので人の名前もまともに言えない可哀そうな子を更におちょくることにした。


「ヴィータちゃん、小さいうちから乱暴な言葉遣いをしてると大きくなったら陰毛がボーボーになっちゃうよ?」

「なるわけあるか! ちょっと人よりゲートボールが上手いからって調子に乗るんじゃねーですよ。 今日はもう終わりだけど、次はもう手加減しねーかんな?」

「ヴィータちゃん、手加減っていうのは相手より強い人がするものなの。 言葉は正しく使わないと大きくなれないよ?」

「だーっ、こいつすっげームカツク! たかまちにゃの、にゃにょ、と、とにかく! 明日も来いよ!? 勝ち逃げとかしたらマジで泣かすかんな!? ぜってーだぞ!?」

「にゃはは、返り討ちにしてあげるの」


 ところがどっこい、残念ながら俺はその頃既に宙の人になってるんで再戦は出来ません。
 代わりに高町なのは(♀・9歳・学生)を必死に探してボコってあげてください。



 こうして俺は大きな謎と小さな勝利、そしてちっぽけでも確かに存在している自分自身を手土産にこの星を後にした。
 さらば~地(某利権団体に検閲されました。 続きが聞きたい場合その団体にいる天下り社員に金の延べ棒をご提出ください。 にっぷるにっぷる)



[15974] 友情編 第3話 再会、そしてお引っ越しなの
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/06/07 14:42

 日本の未就学児童達が超大型連休に突入し始めたその頃。
 俺は未だ本局の小汚い施設でお世話になっていた。


「10のダブル」

「ええっ!? そんなっ!?」

「まだ持ってたのかよ。 今までそんなそぶり見せなかったくせに」


 今はアースラにあるクロノの部屋でクロノ、ユーノと一緒にYU-NOをして遊んでいる。
 なんでもユーノは無限書庫に用があるついでにアースラに遊びに来ていたらしく、どうせ暇なら俺も来ないかと誘われたのだ。


「ユーノ、君は早く2枚引け」

「わかってる! くっそー、またバラバラじゃないか!」

「そう言いながら一瞬目元がニヤっとしたのを見逃さない俺。 引いたカードはJOKERとみた」

「僕にはなんのことだかわからない」

「JOKERか」

「JOKERだな」


 そう言いつつこっそりカードを出す俺。


「もう『2』は全部出てるから流すぞ?」

「ああ……いや、ちょっと待て。 その『A』のダブル、下のカードは『4』じゃなかったか?」

「気のせいだ」

「嘘を付けっ! ダイヤの『A』は僕が持ってるんだ!」

「ちっ。 流石執務官殿」

「サニーはペナルティとして4枚だよ」

「油断も隙もあったもんじゃないな」


 そんな感じで遊んでいると、丁度キリのいいところでクロノから別の話題を振られた。


「ところでサニー、君は身分証明手続きが終わったら何処の世界で暮らすつもりなんだ?」

「一応地球の海鳴あたりで考えてはいるけど、細かいところまではまだ決めてない」


 折角友達が出来たのだ。
 できることならそこから離れたくはない。


「希望があれば言ってくれ。 有る程度の援助は出来る。 なんなら保護責任者は僕がなっても良い」

「なら連帯責任者は僕がなってあげるよ」

「おお。 それはすっげー有難いんだけど、連帯責任者って結構やばくないか?」


 前世ではそれが原因で身を滅ぼしたという話がごろごろ転がっていた気がする。


「サニーが裏切らないなら特に問題はないでしょ」

「その通りだ」

「なら問題はないな。 インディアンは嘘をつかない」

「それ、別にサニーが嘘をつかない証明にはならないよね?」

「途端に嘘臭くなったな。 前言を撤回してもいいか?」

「ちょっと待ってくれ。 冗談を真に受けられても困る」


 真面目君2人を相手にするときは迂闊に冗談も言えないな。


「つーかいくら収入があるっつってもさ、5歳も違わない人物に保護責任者になって貰うってのは正直どうなんだ? 形式上のものとはいえちょっとどうかと思うぞ」

「それもそうだな」

「あら、だったら家の子にならない?」

「うわっ、びっくりしたぁ」


 リンディさんが後ろから急に現れ、話に割り込んできた。
 いつの間に部屋に入って来たんだ?
 全然気付かなかったぞ。


「クロノ、これサニー君の」

「ああ、わざわざ持ってきてくれたんですか。 ありがとうございます、艦長」


 リンディさんは例の身分証明の書類を持ってきてくれたようだ。
 確か後はいくつかサインをすれば終わりだったな。
 いやぁ、ここまで実に長かった。


「今はプライベートなんだから、母さんって呼んでくれてもいいのに」

「流石にそれは示しがつかないというか……」


 そう言いながらクロノはそっぽを向き、恥ずかしそうに頬を掻いた。


「それで、どう?」

「リンディさんの子供になるって話ですか?」

「ええ。 だって、それなら家やお金の心配はなくなるし、保護責任や連帯責任も私達ハラオウン家でなんとか出来るし」

「それだったら俺なんかよりフェイトの方を誘ってあげてくださいよ」


 正直俺にはクロノとユーノの好意だけでも充分に過ぎる。
 それにリンディさんみたいに偉い人が親だと気を使いすぎて倒れそうだ。
 ちなみに、フェイトは今嘱託魔導師試験の面接の真っ最中で、ここで問題なしと判断されれば翌日にでも裁判は結審するとのこと。


「フェイトはいくら魔法が凄くても、まだ幼くて傷つきやすいから、誰かがその心を守ってあげる必要があると思うんです」


 保護観察とはいえ前科は付いてしまうため、今後次元世界で行動する場合その罪は常に付き纏ってくる。
 そしてそれに関して容赦なく責め立てる人間は絶対に居るだろう。


「実はね、フェイトさんの方はもう既に了承の返事を貰ってるのよ。 それにそれを言うなら、あなたも同じぐらいの年齢じゃない?」

「いや、前も一度言いましたけど、俺ってなんか前世の記憶みたいなもんが残ってるから精神はそこそこ大人なつもりなんですよね。 だから厳密には子供と言えないというかなんというか」

「そう言えばそんなことも言ってたわね……」


 今までいろんな人に言ってきたけど、ユーノ以外誰も信用してくれないんだよな。
 まあ直接的な証拠は何もないし、知識チートもクロノやユーノの前では霞みまくりだから仕方ないんだけど。


「でもフェイトさんもそうだけど、あなたももっと人に頼っていいと思うの。 何か困ったことがあったらいつでも相談にのるから、ね?」

「ありがとうございます。 お気持ちだけ頂戴します」


 社交辞令でも、この人が言うと本当にそう思ってるように聞こえるんだよなぁ。
 人間性はほんのわずかな仕草からもにじみ出てくる、っていうのは本当だと思う。


「それでも待ってるわ。 本当に何だっていいのよ? 誰々を好きになった、とかでも。 むしろそういう話なら大歓迎!」

「あーじゃあそのときはよろしくおねがいします」


 俺は鼻毛を抜きながら棒読みで応えた。
 この人本当にクロノの母親か?
 エイミィさんの母親って言われた方がよっぽど納得いくぞ。


「……子供が素直に大人を信用できないって、悲しいことよねぇ」


 そうして、リンディさんは微妙な発言と微妙な空気を残して部屋から出ていった。


「……すまないな、あんな母親で」

「いやいや、気にすんなって。 ところでクロノ」

「なんだ?」

「リンディさんはああ言ってたけどさ、正直俺が弟になるのってどうよ? かなり嫌じゃね?」


 だって俺なら絶対嫌だもん。
 自分みたいな弟なんて。


「別にそれほど嫌じゃないな。 僕は今までずっと一人っ子だったからね。 兄弟というものに憧れる気持ちはあるんだ」

「それならフェイトがお前の妹になってくれるみたいだし、あいつに『お兄ちゃん』とか呼ばせればいいんじゃね? そうすりゃクロノの夢も叶うし、フェイトにも頼れる家族ができるし、言うこと無しだ」

「な、べっべべ、別に、そんな、お兄ちゃんとか、そんな風に言われなくてもだなぁ……」

「動揺し過ぎだろ、お兄ちゃん」


 『お兄ちゃん』と呼ばれる自分を想像したのかクロノの顔はどんどん赤くなっていった。


「ま、まあそれはさておき、ちゃんとした保護者は居ても損は無いぞ。 自分で言うのも何だがハラオウンの姓は比較的使えることが多い」

「その代わり重いんだろ? ならいいや」


 このデカイ船の艦長とナンバー2に親子で収まれる時点でそれはわかっている。
 そこにはもちろん本人の努力もあるのだろうが、家名の力も絶対にあるはずだ。
 俺にそんな重たい姓はいらない。 今のこの適当な姓で充分だ。 妙にしっくりくるしな。


「だったら僕のところに来ない? 同じような境遇の子も結構いるし」

「そういえばスクライアの一族は血の繋がりはそれほど重視していないと聞いたことがあるな。 実際そうなのか?」

「そうだね。 僕も両親の顔なんかはもうおぼろげにしか思いだせないし」

「あ、俺も思いだせねえや」

「僕は……父さんの顔は覚えてるけど、もう会えないからなぁ……」


 そのクロノの発言を最後に会話が止まってしまった。
 そっか、クロノの父親はもういないのか。
 しかも今の言い方から察するに、離婚じゃなくて死別っぽいな。


「あー、ごめん。 なんかしんみりさせちゃったね」

「いや、この話を振ったのは僕だ。 そしてそれを拾って僕に投げ返したのはサニーだ」

「俺のせいかよ。 ……でもスクライア一族かぁ。 発掘作業も悪くはなさそうなんだけど、どっちかっつうと俺の興味の対象って人の歴史じゃなくて星の歴史の方だからなぁ。 いろいろなところで問題が出そうだ」


 地球科学とかやってると時間の感覚がおかしくなってくるんだよな。
 考古学なんてせいぜい1,000年ぐらいのタイムスケールだけど、こっちの場合100万年単位が普通だし。
 『ほう、この文明が滅びたのは1,000年±1億年前か。 誤差だな』とかやりかねない。
 考古学で誤差±1億年とか出てきたらもうそれはもう誤差ってレベルじゃねーぞ。


「別に僕達一族に入ったからって必ずしも発掘に携わる必要はないんだよ? 基礎教育も一族でやってるから自然と発掘に興味を持つ人が多くなるってだけで」

「なるほどな」


 つまり将来どうするかは本人の意思次第ってことか。


「ところでそれって直ぐに答えを出さないと拙いのか?」

「ううん、全然。 そもそも今の提案も僕が勝手に言ってるだけだし」

「なら少し保留させて貰うわ」

「折角だから僕からも一つ別の道を紹介させてもらおう」

「どんな?」

「管理局に入らないか?」


 そう言ったクロノの表情は、先程までの半笑いとは違い真剣なものだった。
 そんなに人手が足りないのか管理局。


「俺リンカーコアっての持ってないんだけど、それでもいいの?」

「別に局員全員が魔法を使えるわけじゃないし、使えなくても立派な局員なんて山ほどいる。 それに管理局員になれば一人で生活することも比較的楽になる」

「おお、それはいいな。 やっぱ出来るなら一人暮らしのほうがいいし」


 誰にも気を使わなくて済むうえ、趣味に没頭する時間がいくらでも取れるからな。
 それに魔法の練習をする為には一人暮らしの方が何かと都合がいい。
 これに関してもどこかで言わないとなぁ。
 流石にこのままって訳にもいかないだろ。


「そっかー。 僕なんかだと物ごころが付く頃にはスクライアの皆がいるのが当たり前だったけど、確かに少し大きい子の場合だと結局なじめないまま居なくなっちゃうってことも結構あったっけ。 やっぱりある程度大きくなっちゃうと難しいんだろうね。 そういうのって」

「僕も家族は生まれた時からずっといたからなぁ。 そこら辺のことに関しては力になれなさそうだ」

「いやいや、さっきの案だけでも十分だって。 もし管理局に入ることに決めたらそんときはいろいろと頼んでもいいか?」

「それなら任せてくれ。 君の望み通りにしてみせよう」

「なら週休7日で年収1000万以上、かつ出世が早いという条件でお願いします」

「それなら丁度いいところがある」

「マジで!?」


 冗談で言ったのに、管理局すげえ!


「ああ。 ただ、その部署は1日2時間しか睡眠がとれない上にいつも他の管理局員から罵倒され、しかも様々な保険に加入できなくなるというリスクがある。 だがまあ、君なら何の問題もないだろう」

「いやいやいや。 普通に問題がありすぎるから。 というかそれの何処が週休7日なんだぶっ殺すぞコノヤロウ」

「何を言う、管理局の就業規則上はちゃんと出勤扱いにはなっていない。 そして過労死したり廃人にさえならなければたった3年余りでそこのトップになることだって夢じゃないんだぞ?」

「ごめんなさい。 出来ればデスクワークメインの仕事でお願いします」


 何というブラック部署っ……!
 でもそういや会社役員って結構そんな感じらしいな。
 天下りとかで入ってきた奴はただのクズだけど、出来る人間にとっては寝る暇がないほどきついって聞いたことがある。
 流石にゴールドマンなんちゃら程きついとは思わないが。


「なら初めからそう言えばいいんだ。 それならこちらもお勧めの部署を紹介できる」

「サンクスオブリガード」


 前世では就職が決まらなくて博士課程まで行く羽目になったが、今生はすんなりと就職が決まりそうだな。
 よかったよかった。 これで俺の未来日記は――


「あ、でも一応入局試験は受けてもらうからミッドチルダ語の勉強はしておいてくれ。 試験では不正防止のため翻訳魔法も含めて魔法が一切使用できないから」


 ――黒く塗りつぶされた。


「勘弁してくれ。 俺はまだあの文字を完全には解読できねえんだ」


 アラビア文字は見て楽しむためのものだろ?
 話すのはまだしも、ミッド語のアルファベットは崩れまくってて読みにくいったらありゃしねえ。
 しかも何でところどころ文字が逆さまになってんだよ。


「せめてなのは並の魔力を持っていれば融通もきくんだがなぁ」

「ざけんな。 管理局全体を見渡しても5%の才能が俺ごときにあるわきゃねーだろ」


 そもそも魔法資質自体が無いのは痛すぎる。
 俺はバールが手元にないと魔法を一切使えないのだ。


「そもそも新しく言葉を覚えるのってかなりしんどくね?」

「そうかなぁ。 文法と単語の基本を幾つか押さえれば言葉なんて直ぐに読み書きできるようになるよ?」

「ファック! そんなことが言えるのはお前ぐらいだってことにいい加減気付きやがれ!」

「そうか? 僕もそう思うんだが」

「あ、もしもしエイミィさん? 悪いんだけどちょっと俺にいい耳鼻科紹介してくんない? 知らない? あ、そう。 じゃあいいです」


 俺は右手の親指と小指を立てた架空の電話で脳内エイミィさんと相談する羽目になった。
 何なのこの天才少年達。 俺に喧嘩売ってんの?

 ……まあそこら辺は一旦置いとくとしても、次元世界と関わり続けるつもりならミッド語はいつか覚えなきゃならないか。
 そう考えれば今の脳が若い内にみっちりやっとくべきかもな。
 実際今も喋る方は意外となんとかなってるし、文法や単語がほとんど英語と共通だということを考えれば案外直ぐマスター出来そうな気がする。
 英語が使えるようになってからはドイツ語や中国語等の習得も結構速かったし。


「というわけでクロノ、俺の管理局入りは当分先になりそうだ」

「そうか。 でも一応君に合いそうな仕事リストは作っておくから明日にでも取りに、っとも思ったんだが、それも翻訳しておいた方がよさそうだな」

「できれば日本語か英語でお願いします」

「日本語はなのはや君が使っている言語のことだろ? 英語というのは?」

「第97管理外世界の公用語として広く使われている言語だね。 かなり古い文献でも見られることからミットチルダ語の元になったという説もあって、考古学の世界では結構メジャーな言語でもある」

「なのは達の世界の公用語か。 それならグレアム提督なんかはよく知ってるのかもしれないな」


 グレアム提督って言ったら、確か地球出身の優秀な魔導師で今後フェイトの保護観察官になる可能性が高い人だったっけ。
 なんでも艦隊指揮官や執務官長を歴任していた歴戦の勇士だっていう話だから、そこにハラオウンの姓が付けばフェイトを大っぴらに叩く奴はまず居なくなるだろう。
 それは実にいいことだ。


「それにしてもユーノ、君はよくそんなことを知っていたな。 ただの使い魔じゃなかったのか」

「誰が使い魔だ! というかそんなことも知らなかったなんて、執務官ってのも案外大したことないんだね」

「なんだと? 執務官試験を受けたこともないくせに言うじゃないか。 一度試しに受けてみるといい。 あれを一度でも体験すれば二度とそんなこと言えなくなるさ」

「そうやって自分の苦労自慢をする時点でたかが知れてると思うけどなぁ」

「なんて生意気な使い魔なんだ!」

「また使い魔って言ったな! もう許さないぞ!」

「はいはいストップストップ」


 俺はヒートアップしていく二人をやんわりと引き離して止めた。
 二人っきりにするといつもこうだ。
 ん? もしかしてここになのはをぶち込んだら面白いことに――

 『僕はなのはと裸の付き合いをしたことがあるんだよ?』
 『なんだとこの淫獣! なのはの彼氏はこの僕だ!』
 『わたしのために争うのはやめてぇ!』

 ……普通にイラっときた。
 あいつにユーノやクロノは勿体無い。 ゾウリムシで充分だ。
 それに何が『わたしの為に』だ糞猿が。 寝言は死ね。


「ふん。 どんな優秀な執務官だって知らないことぐらいいくらだってあるさ」

「知識不足は事件を迷宮入りさせるなんの言い訳にもならないよ」

「オラお前ら、喧嘩は止めろ」


 ちょっと油断したら直ぐこれだ。
 迂闊に妄想することも出来ないじゃん。


「でもクロノ、執務官試験って確か言語学があるんだろ? 本当に知らなかったのか?」

「ああ。 執務官試験の言語学は『外国語を書いたり話したりできるか?』といった内容の試験じゃないからね」

「なんでまたそんな試験が必要なんだ?」


 翻訳魔法があれば必要ない気がするんだが。


「管理局は様々な世界から人が集まって来てるのは知ってるだろ?」

「まあそれぐらいは」

「そういうこともあって僕らはみんな普段から翻訳魔法を使っているんだが、仕事で向かう世界によってはこの魔法が通じないこともよくある」

「そうそう。 実際僕も発掘調査の時なんかは翻訳魔法を切ってるしね。 魔力消費を少しでも抑えるために」

「執務官試験の言語学はその時の為の試験なんだ。 つまり言語の本質や構造を知っていればいざというときにも直ぐ対処できる、そういうことなんだろうな」

「ふーん」


 そう考えると執務官って本当にオールマイティーな才能が必要とされるんだな。
 知識の上では文系理系の両方が必要で、戦闘でも臨機応変な対応力と強力な魔法が必要だと。
 これはとてもじゃないけど俺には無理だな。 そもそもなりたくないけど。
 ……って、そういえばさっき1つ気になる発言があったぞ。


「1ついいか? 翻訳できないって、翻訳魔法なのにそんなことってあんのか?」

「魔法はそんなに万能なものじゃないよ。 そもそも翻訳魔法っていうのはその魔法式に登録されている言語じゃないと使えないんだ」

「あれ? でもユーノ、お前が俺に初めて翻訳魔法を使った時は普通に通用したじゃん」

「うん。 そこら辺は僕も不思議だったんだ。 だからもしかしたらあの世界やサニーの前世の世界には何か大きな秘密でも眠っているのかもしれない。 全く繋がりが無い世界同士で言葉が似ていることは結構あるんだけど、なんたってあの世界の遺跡は先史時代の物の可能性があるしね」

「それはまたロマンあふれる話だな。 でも俺はてっきり翻訳魔法って相手の脳や思考へ直接干渉するタイプの魔法だと思ってたんだけど」


 というかそういうのがあってもよさそうなんだけどなぁ。
 前にバールから聞いた時『デバイスは人間の脳と直接情報をやり取りする』みたいな話を聞いた気がするんだが。


「そういう魔法は無いね。 昔一度作られそうになったんだけど、それは倫理的な問題で立ち消えになったんだ。 それを応用すればいろいろと悪用できちゃうしね。 だから直接人の脳と思考をやり取り出来るのは契約、もしくは仮契約を結んだデバイスだけって事になってる」


 『事になってる』ってことはやっぱ例外は存在するってことなんだろうか?
 そういや俺ってバールと契約とかしてたっけ? よろしくとか言っただけの気がするぞ。


「今のユーノの話に付け加えるとすればこの翻訳魔法にもいくつかの種類があり、それらの魔法式は日々更新されているってことぐらいか」

「そうなのか?」

「ああ。 そしてそこに何種類の言語が含まれているかといったことはこの魔法を専門でやってる人達ですら正確な数はわからないそうだ。 これは管理局に居る翻訳魔法の専門家から聞いた話だから確かだと思う」

「それはまたすげえ話だな」


 きっとその中には古代エスペラント語みたいな架空言語も多数含まれているに違いない。


「そうそう、あとはこの翻訳魔法の基礎そのものが先史時代からあったという説もあるよ」

「そういえば僕達管理局が使っている翻訳魔法も、古代べルカ時代の物と非常によく似ているという話は聞いたことがあるな」


 古代べルカっつったら大昔に戦争がめちゃめちゃ起こってて大変だった時代だったっけ。
 なんかそんな話をユーノから前に聞いた気がする。


「でもその割には古代べルカ語の翻訳なんて全然駄目だよね」

「駄目って、どんな風に?」

「僕ら一族は昔管理局が作った翻訳魔法を使って仕事をしてた時があったんだけど、『聖王様がこちらに手を振って下さった』という日記の一文が『テクニシャンが私の肉棒をこすった』って翻訳されたりするんだ。 流石にあの時は呆れかえらざるを得なかったよ」


 そんな時代があったら俺は行ってみてえよ。
 性王のゆりかごはさぞかし気持ちがいいことだろう。
 きっと数の子も真っ青な締めつけ具合なはずだ。


「だそうだが、管理局側からの言い分は?」

「……そこはもう諦めてくれとしか言えない。 大体言語なんて今現在も使われている物の方がよっぽど簡単に訳せるんだ。 当時生きていた人でも連れて来れれば大分楽になるんだがそんなことは不可能だろう? ところで今君の一族は古代べルカ語をどうやって訳してるんだ?」

「古代ベルカの研究者ってすごく多いからね。 その人達に仕事として委託するっていう形かな」


 俺たちはその後もだらだらと話し続け、面接から帰ってきたフェイトがクロノに恒例の模擬戦を申し込んできたところでこの会はお開きとなった。







 それから数日後。
 俺は身分証明書関連の手続きも終わり、フェイトの裁判も無事終了。
 いよいよ今日から第97管理外世界で新たな生活をスタートすることになる。

 俺の方は色々と無茶を聞いて貰って1人暮らしをさせて貰うことになったが、フェイトの方はハラオウン家に養子として迎え入れられ、リンディさんが海鳴に新しく購入したマンションで一緒に暮らすことになったそうだ。
 リンディさん曰く、『地球と本局って意外と近いし、こういう平和な場所で暮らすのも良いかなと思って』とのこと。
 この言葉も1つの真実なんだろうけど、そのマンションが高町家と目と鼻の先にあることを考えれば、リンディさんの本当の目的はフェイトとなのはが出来る限り近くに居られるようにすることなのだと推測できる。

 ちなみに俺も始めは同じマンションで暮らすことを勧められたのだが、その分譲マンション。
 何と一件当たり最低8000万円からだそうで。
 リンディさんには『別にいいわよそのぐらい』と軽く言われたが、そんないつになったら返せるかわからない金額はとてもじゃないけど借りられない。
 というわけで俺はそこから近い安アパートを別に探して貰った。
 流石に連帯保証人はお願いしたが、夜逃げするつもりはこれっぽっちも無いので何も問題はない、はずだ。

 さて、俺が住むことになったこの築18年の木造アパート。
 フローリングの六畳一間とは別に台所があり、風呂とトイレが別々になっているうえ、立地も駅から徒歩10分という素晴らしい物件にも関わらず家賃は月2万8000円。 大変買い得である。
 これなら敷金礼金を支払っても今までに貯めた分だけで最低半年は生活ができる。
 実際に中を見させてもらったところカビや臭い等の問題も無く、前の住人が残して行った洗濯機や家財道具がそのままだったこともあり即決させてもらった。
 だから後は本局で購入した寝具一式さえ届けば、前世の学生時代となんら変わり無い生活が送れるようになる。
 直ぐ近くには24時間やっているスーパーや銭湯もあるし、こんな素晴らしい物件を見つけてくれた管理局にはいくら感謝してもし足りないぜ。


「へえ、じゃあサニーくんもわたしと同じ学校に通うことにしたんだ?」

「まあな」


 住むところが決まれば次に発生するのは義務教育の問題である。
 始めは安い公立の小学校にしようかとも思っていたのだが、やはり1人も知り合いが居ないというのは怖いものがある。
 そこで管理局の『次元漂流者用無利子奨学金』の申請を行ったところその許可が下りたので、結局はそれを利用してなのは達と同じ聖祥大学附属小学校へと通うことにした。


「なら新学期からはフェイトちゃんも一緒だし楽しくなるね。 楽しみだなぁ」

「そうだね。 私もそう思う」


 フェイトもDVDレター等で既にアリサ達と知り合っているので孤立することはまず無いだろうと予想される。
 悲惨な子供時代を過ごしてきた彼女がこうして楽しそうにしているのを見ると、俺は心からええ話やなぁと思ってしまう。


「ところでなのは、その翠屋まではあとどれぐらいで着くの?」

「多分あと4分も掛からないと思うぞ」

「うん。 向こうの突き当たりを右に曲がったら商店街が見えてくるんだけど、翠屋はそこの一角にあるの」


 今現在、俺たち三人は引っ越しのご挨拶も兼ねて高町夫妻がいる喫茶翠屋へと向かって歩いている。
 先程まではなのはに連れられて小学校の案内をされていたのだが、流石は私立小学校。
 設備の充実っぷりは半端ない。
 購買や食堂もさることながら、温水プールや全天候型テニスコートが存在しているのは圧巻の一言に尽きる。
 この辺りの学校案内は全て目を通したのだが、そんな設備があるのは当然ここだけである。

 ちなみにここの学費。
 寄付金や施設維持費等を含めて年間120万円を軽く超える。
 入学金が20万もすることを思えば管理局の手助けなしで入学した場合、俺の家計は二重の意味で血に染まったことことだろう。
 授業料はリンディさんが『事件解決に協力してくれたお礼』として払ってくれたのだが、以前クロノに渡したマニュアル作成の臨時ボーナスが出たらそれもちゃんと返せる予定だ。
 借りっぱなしはやっぱり気持ちが悪いしな。


「そういやリンディさんってまだ学校だっけ?」

「うん。 私達の入学手続きがまだ終わってないから」

「じゃあ先に行ってて良かったのか? 俺たち」

「ちょっと待って――うん。 今聞いたら終わり次第合流するから、先に向こうで待っててって」


 噂の念話か。
 やっぱ便利でいいよなぁ。


「ならリンディさんが来るまでお茶でもして待ってようよ」

「店の迷惑にならないか?」

「多分大丈夫だと思うよ。 この時間はお客さんもそれほど多くないから」

「そっか」


 ならついでだ。
 翠屋JFCに正式入部させてもらえるよう士郎さんにお願いするとしよう。
 でもお金が掛かるなぁ。
 早くミッド語を覚えて管理局でバイトしなきゃ。


「そういえばなのはは、最近魔法の練習ってどうしてるの?」

「今はアクセルシューターを使った魔力制御の練習と、あとはシュミレーション戦闘がメインかな」

「反則取られて管理局に逮捕されるようなうっかりはやめろよ?」

「え? ちょっと意味がわからなかったんだけど、どういうこと?」

「ちゃんと国語の勉強もしろってこった」


 仮想現実はシミュレーションです。 誤字脱字にはお気を付け下さい。




 それから数分後、俺たち3人は翠屋に到着。
 リンディさんを待つ間、俺は士郎さんにサッカークラブに正式に加入させて貰ったり、フェイトが新作のシューアイスの美味しさに放心したり、なのはがそれを携帯電話で写真に撮ったり、それをアリサ達にメールで送ったりしていた。

 でも携帯電話か。
 俺も買ってみようかな。
 皆持ってるみたいだし、今回の住居にはまだ固定電話を引いていない。
 いっそのことそれを固定電話のかわりにしてしまっても良いかもしれないな。

 そんなことを考えているとリンディさんも無事翠屋に到着し、親同士の挨拶を始めた。
 それが終わり次第新生活に必要な物を買い出しに行く予定なのだが、それももうしばらく時間が掛かりそうである。

 そこで俺は、先程考えていたことをなのはに相談してみた。
 すると、似たようなことを思っていたのか、フェイトも勢いよくこの話に食いついてきた。
 が――


「――なるほど。 つまり最近の携帯会社は3社で帯域の取り合いをしている訳か」

「うんそう。 それでこの携帯の通信に使う帯域なんだけどね、1.7GHz帯は直進性が良くて遠くまで届くかわりに回折性が酷く劣るの」

「じゃあその分アンテナが沢山必要ってこと?」

「そうだよ。 だから設備投資に必要なお金が他の2社に比べて余分に掛かるからその点で不利なんだって」


 ――話は逸れに逸れ、明後日の方向へすっ飛んでしまっていた。


「凄いなぁ。 なのはは物知りなんだね?」

「にゃはは、ありがとうフェイトちゃん。 どうどう? サニーくんもびっくりしたでしょ?」


 確かになのはの意外な知識には驚かされたが、本来聞きたかったことは携帯会社の裏事情などではない。
 おっかしいなぁ。 始めは『好きな色は?』とかの話だったはずなんだけど。
 一体どこで話がこじれたんだろうか?


「まあな。 それだけ詳しいのにボタンの確認音を消してないことは普通に驚いた」


 そのピッピピッピ言うの普通にうぜえから。
 それ絶対消せるはずだろ。 だってウザすぎるじゃん。


「え? でもこっちのほうがかわいいよね、フェイトちゃん」

「うん、そうだね」

「無理に同意しなくてもいいんだぞ?」

「サニーくんにはこの良さがわからないだけだよ」

「みんなお待たせ~って、サニー君。 またなのはさんに何か言ったの? 駄目よ、女の子には優しくしないと」


 士郎さん達との話を終えたリンディさんが、会話の断片からの判断で俺に注意をしてきた。


「そうだよ。 サニーくんはいっつもわたしには意地悪なんだから」

「あ? 何調子乗ってんの? そもそも俺が聞きたかったのはお前のクソ蘊蓄じゃねえっつの」

「でも結構興味深そうに聞いてたよね?」

「別に楽しそうになんて聞いてないし。 主観的に判断するのはやめ――」

「サニー、なのはー! 置いてくよー!」


 色々と勘違いの酷いなのはに対しそれを指摘していると、いつのまにか外に出ていたフェイトが呼びかけてきた。


「待て、ちょっと待て!」

「置いてかないで!」

「は? 何言ってんの? お前は別に付いてくる必要ないじゃん」

「えいっ」

「ひぎぃっ!?」


 そう言えば昔最終兵器彼女というのがあったが、それは果たして女の子のカテゴリーに入れてもいいのだろうか?
 俺はそんな疑問を抱きつつ、すたすたと先を歩くリンディさん達の後を、抓られた尻を擦りながら必死に追った。







「駄目だよフェイトちゃん。 こっち機種は画素数が130万しかないから印刷した時にどうしてもぼやけちゃうよ」


 翠屋を出た後俺達一行は100均やホームセンターでハブラシ等の日用雑貨や生活必需品を購入し、今は掃除機などの必要な電化製品を購入するため大型電気店に来ていた。
 そこでリンディさんが、

『そうそう、フェイトもこれからはここで生活するんだし、なのはさん達の使ってるような携帯電話を買ったらいいんじゃない? 向こうにそういうコーナーもあるみたいだし、ちょっと行って見てきたら?』

 と言ったことで、なのはの携帯電話講座が再び始まった。


「そうなんだ? じゃあこっちの黒いのは?」

「そっちは電話帳に200件しか登録できないからきっとあとあと困ると思うよ」

「は? 電話番号なんて別に手帳に記入しときゃそんでいいだろ」

「それだといちいち手帳を見ないといけないじゃん」


 ちなみにリンディさんは現在マッサージコーナーでお休み中である。
 俺もそっちに付いて行こうとしたのだが、残念ながらメカオタクは俺を逃がしてはくれなかった。


「じゃあなのはが選ぶとしたらどこに重点を置くの?」

「まずはディスプレイの解像度と着メロの最大和音数かな」

「最大和音数?」


 俺は前世で携帯電話を持っていなかった為、なのはの言っていることは半分も理解できない。
 だがしかし、こいつに舐められることだけは我慢ならない。
 知らないとは言っても所詮は電化製品。
 知ったかをするぐらい、俺にとっては造作も無い。


「いやいや、ここは拡張性が一番大事だろ。 メモリーとかはやっぱ多ければ多いほどいいしな」

「拡張性?」

「最近はカメラの性能も上がってきてるから容量を増やす為にSDカードを中に入れられるようになってきてるんだ」

「そうそう」


 そうなのか?


「でもやっぱり、選ぶとしたらメール性能のいい奴がいいよね」

「そうなの?」


 フェイトはその真偽を確かめる為俺に聞いてきた。
 やばい、ここで知らないと言ってしまうとフェイトの中の評価がストップ安になりかねない。


「お、おう。 確かにメール性能は大事だよな。 迷惑メールとかはちゃんとブロックして貰わないと困るし」


 っていうかなに? 携帯電話のメール性能って何を持って評価すればいいの?
 意味わかんねえ。 っつーか別に電話さえできればそんでいいじゃん。


「うん。 あとは操作性かな。 ここも大事だよ~。 ほら、わたしの携帯なんかだと――」

「おい馬鹿、店内で携帯電話とか取り出すなよ。 盗んだとか思われたらどうすんの?」

「えっ?」


 何? 俺なんか間違ったこと言った?


「……はっは~ん。 なるほどね。 サニーくんは今まで友達いなかったんだもんね」


 なのははそう言って俺の頭を撫でようとしたが、その手は俺によってはたき落とされた。


「哀れむな。 俺を哀れむな。 ぶっ殺すぞコノヤロウ」

「だって触ってみればわかるけど、ここに置いてあるのは全部ただの見本だよ? それに動く奴は全部紐が付いてるし」

「まあ知ってたんだけどね。 はは、そんなこと知らない訳ないじゃん」

「ダウト! 絶対嘘だっ!」

「あ? そんなんお前にわかるわけないだろ。 さっきのは単なる場を和ませるジョークって奴だ。 だって俺、携帯電話のエキスパートだし」

「あれ? でもさっき『電話帳って手帳で代用してもいいのか?』って聞いてなかった?」

「…………」


 俺はフェイトのその突っ込みに、何も言い返すことができなかった。






 結局、フェイトはなのはと同じ機種の黒色の物を買い、俺はそれと同じ機種のオレンジ色の物を買った。
 スペック的にはこれより上の物も多数出ているらしいが、操作方法を教えて貰うなら同じ奴の方がいいと思ったのだ。
 もう初心者だってのはばれてしまったしな。
 ちなみに連帯保証人はまたまたリンディさんに頼むことになった。
 もうホンットあの人には足を向けて寝られない。


「――うん。 じゃあまたね、アリサ」

「どうだった?」

「DVDで見てたから知ってたけど、やっぱり凄く元気な子だね。 みんなと直接会うのがどんどん楽しみになってくるよ」

「そっかぁ」


 アリサとの通話を終えたフェイトはそう言ってにっこりと笑った。
 でもよく笑うようになったよなぁ。
 例の事件の直前直後に見られた陰は、今ではもう全く見えない。
 本当は辛さを隠しているのかもしれないが、あの時の自失した姿から見ればきっと大丈夫だと思わせるような強さがそこには感じられる。


「でも本当によかったね」

「え? 何のこと?」

「フェイトちゃん、前より綺麗に笑えるようになったみたいだから」

「……うん。 そうだね」


 なのはも俺と同じようなことを思っていたらしい。
 そういえばさっき、フェイトを見てホッとした表情をしてたっけ。


「でも、私がこうして笑えるようになったのは、間違いなくなのはやサニーっていう友達が居てくれたからだと思う。 だからありがとう、2人とも」

「こっちこそお礼を言いたいな。 わたしとお友達になってくれてありがとう、フェイトちゃん」

「じゃあ俺も便乗して。 ありがとう、フェイト。 俺と友達になってくれて」

「――ぁ……うんっ、うんっ」


 俺たちのお礼を聞いたフェイトは言葉に詰まり、目元をぬぐいながらコクコクと頷いた。


「あーほら、泣くな泣くな」

「ごめん、ちょっと、なんか急に嬉しくなっちゃって。 変だよね?」

「ううん、全然変じゃないよ。 その気持ち、わたしにも良くわかるもん」


 それからなのはは、フェイトの手を優しく握ってこう言った。


「きっとね、フェイトちゃん。 誰かと触れあうことって、孤独を和らげる唯一の特効薬なんだ」


 その言葉を聞いて、俺には幾つか思い当たる節があった。
 俺はあの世界で、1人生きていくことも出来たかもしれない。
 だけどそう遠くない内に破綻していた未来の方が容易に想像できる。
 やっぱり1人は寂しい。
 人は居てくれるだけで救いになる。
 俺は一度死んで初めてそのことに気付けた。


「……良い言葉だね」

「そうだな」

「にゃはは、そんなに褒めないでよ。 照れちゃうから」

「どっからパクってきたんだ?」

「わたしの言葉だよ! どうしてサニーくんはいつもそういうことばっかり言うの!」

「そうだよサニー! なのはだってそんなこと言われたら流石に傷つくよ!」


 俺は今のフェイトの発言もどうかと思うぞ。


「べーっだ! ほら、サニーくんは早くこの部屋から出てってよ!」

「おい。 言っとくけどここ、俺の家だからな?」


 それからしばらく俺たちはおしゃべりを続け、空が暗くなってきたところでなのは達はそれぞれの家へと帰っていった。


 この日の深夜。
 なかなか寝付けなかった俺は、布団の中でふと携帯電話を開いてみた。
 そうして何気なく電話帳を開き、そこに登録されたいくつかの名前を見た時、俺は改めて自分に友達が居る事を実感した。
 ああ、やっぱり友達っていいなぁ。



[15974] 友情編 第4話 新たなる力、乱用
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/09/16 22:39
 世間のモラトリアム達が何の目的意識も無く過ごす長期休暇もそろそろ終盤。
 人によっては宿題と言う名の軍靴の足音が聞こえてくる頃だろう。

 だがそんなもの、今の俺にとっては何の関係もない。
 というわけで俺は引っ越してからこっち、思う存分に地球という星を堪能させてもらっていた。
 管理局から出た臨時収入を利用して世界中の有名どころを見て回っていたのだ。
 ちなみにパスポートは管理局驚異の技術力で日本国のものを用意して貰った。
 そうすることで面倒なビザも申請はほとんど必要なくなるし、出入国審査も非常に早くなるからだ。 日本すげえ。

 自由の女神はどうだったかって? そんなビッチどうでもいいっつの。
 俺が行ったのは南アフリカのカリナン鉱山とかブラジルのバターリャ鉱山とかそんな感じのところに決まってんじゃん。
 カリナン鉱山では身体検査と称したセクハラに身の危険を感じたけれど、バターリャ鉱山で見つかった長さ50cmのパライバ・トルマリンには性的に興奮した。
 鉱区争いのどさくさにまぎれていくつか持ち返ってきたが、やはりこの美しいネオンブルーの結晶には1カラットあたりの値段がダイヤモンドより高いだけの価値がある。
 人が狂うのも納得だな。

 後は世界最古に分類される堆積岩がグリーンランドのイスアってとこにあるらしいので見に行ったところ、そこで聖祥大の鉱物鉱床学の専門家、砂川教授と仲良くなることができた。
 俺がそこの附属小学校に9月から通う予定だと言ったら、是非いつか遊びに来てくれとのこと。
 ふはは、いずれその知識も我がものにしてくれるわ。


 そんなことを考えながら拾ってきた岩石を中性洗剤とハブラシで洗っていると、部屋の充電器に繋ぎっぱなしの携帯電話が鳴り出した。


「はいはい、こちらサニー・サンバックですがなにか?」

『あ、やっと繋がった。 あんた今まで一体何処行ってたのよ』


 あん? 誰だ? この甲高い声をした女は。


「いきなり馴れ馴れしいな。 お前は一体何様だ?」 

『なっ!? あんた、電話に出る前に相手の確認とかしないの?』

「え? ふ、普通にしたに決まってるじゃないっすか」


 あれ、もしかして俺の知り合い?
 やばいやばい、誰だかわからないけどちょっと怒らせてしまったかも。


「これはほら、そう、小粋なジョークって奴っすよ。 ははっ」

『じゃああたしが誰だか当ててみなさいよ』

「やだなあ。 そんなわかりきったこといちいち言う必要無いじゃないっすか」

『3、2、1、はい』

「鈴木さんだよね。 元気してた?」

『死ね』


 ブツッ、ツー、ツー、ツー


 どうやら少し間違えてしまったようだ。
 物騒な言葉と共に切られた携帯電話の画面を見るとそこには、『ビッチ(外人の方)』という文字が表示されていた。
 あわわわわ、どうしよう?
 そうだ、今度はこっちから電話をかけて謝ろう。
 あー、でもそうしたら電話代が掛かるしなぁ。
 どうせ学校に通い始めたら会うんだし、謝るのはそんときでもいいか?

 なんてことを思っていると、再び手の中で電話が鳴り始めた。
 今度は名前を確認することを忘れない。
 どうやら先ほどの無礼な外国人小学生のようだ。


「なんだよ、さっきのはちょっとした冗談じゃねーか」

『いや、あんたの場合絶対本気だった』


 やっぱり誤魔化しきれなかったか。
 下手に言い訳して後で殴られるのも嫌だし、ここは大人しく謝っておくことにしよう。


「先程はすいませんでした」

『やけに素直じゃない。 まあそれはもういいわ。 それよりあんた、なんで休みの間ずっと電話にでなかったの?』

「ちょっと海外旅行に行ってたからな」

『旅行? 携帯はどうしてたの?』

「無くすといけないから家に置いてったに決まってんじゃん」


 馬鹿じゃねーの?
 そんなの聞くまでもねえだろ。


『馬鹿じゃないの?』

「なんだとコノヤロウ。 別に普通だろ。 だって落としたら困るじゃん」

『連絡取れない方が困るでしょ、普通。 何のための携帯だと思ってんの?』

「あっ! いや違うんだ。 これはだな、えーっと――」

『ごめん、今の『あっ』て発言でもう全部わかっちゃったから』

「いやいやいや、これはちょっとしたミスでな、たまたま家に忘れていっただけと言う、そう、それだ」

『『それだ』とか言ってる時点でもう致命的だってことに気付きなさいよ』

「ですよねー」


 そりゃそうだ。
 携帯電話って言うぐらいだから携帯しないと何の意味もないじゃん。
 アホか俺は。


「ところで、今日は何の用だ?」

『あんた最近こっちに越してきたんでしょ? 今から行くから』

「は? え、俺の家に?」

『そう。 あんたの家に』

「マジで?」

『マジで』


 俺はそんなセリフを聞きながら、最近自分のものになった6畳の部屋を見渡してみた。

 出しっぱなしの布団。
 食べかけのお菓子。
 飲み終わったペットボトル。
 取り込みっぱなしの洗濯もの。
 未整理の本棚。
 散乱する計算用紙。

 ここからは見えないが、台所には使用済みの食器類や、洗浄途中の岩石が大量に転がっている。
 うん、これは人に見せられる状況じゃないな。
 そういや最後に掃除したのっていつだっけ?
 旅行前は冷蔵庫の中しか片づけてかなかったから……もう3週間前?


「すまん、今日はちょっと用事があってだな――」

『ごめん、もう着いたから。 ほら、早く玄関の鍵を開けなさいよ。 家に居るのはわかってるんだから』

「いや『もう着いたから』じゃ無くてな、今日はちょっとマジで困るっていうか。 あの、できれば明日にして貰えませんかね?」

『鮫島』

『はい、お嬢様』

「おい聞けよ。 鮫島とかいいから。 お嬢様とかいいから」


 カチャカチャ、カチャリ


「ヤッホー」

「ヤッホーじゃねえよ」


 ビッチ(外人の方)は鮫島さんにピッキングをさせて普通に部屋に侵入してきた。
 鮫島さんって確かアリサん家のドライバーだったよな。
 なんでこんな特殊技能持ってんの? 絶対職種間違えてるよね?


「何してくれてんだこの糞ビッチ。 不法侵入で訴えちゃうぞ?」

「何よ、折角あんたの数少ないお友達が来てあげたんじゃない。 もっと喜びなさいよ」

「呼んでねえよ」

「うわっ、きったな。 良くこんな空間で生活出来るわね。 やっぱり人間辞めたの?」

「辞めてねえよ。 それとその『やっぱり』ってのやめてくんない?」

「ああ、ごめんごめん。 ホモサピエンスを辞めたんだったわね」

「変わってねえよ。 それとその『だった』って過去形もやめてくんない? ぶっ殺すぞコノヤロウ」

「まああんたの不衛生っぷりはもういいわ。 それじゃあ行くわよ」

「は? 何その超展開。 俺何も聞いてないんだけど」

「それは携帯を家に置いて行ったあんたが悪い」


 うっ、そこを突っ込まれると弱い。
 下手に言い訳をしてこの恥ずかしい話が広まるよりは、スルーして記憶が薄れるのを待った方が無難だろう。
 それに、折角のお誘いを無下に断るほど俺は非情ではない。
 ようがす。 ついて行きましょう。


「ところで、行くってのは何処に?」

「季節は夏! 夏と言ったら太陽! 太陽と言ったらプール! そう、時代は今プールなのよっ!」

「テンションたけー」

「夏だもの!」








 それから、俺達は鮫島さんの運転するリムジンに乗り込み、すずか、なのは、フェイトの順に回収し、海鳴のはずれにある市民プールへとやってきた。


「しっかし、今日はやたらと熱いな」


 夏の日差しはコンクリートをじりじりと焼きつけ、そこに残されていた僅かな水分が陽炎を作る。
 見渡すかぎりに存在する人の群れ、鼻を突く消毒用の塩素臭はどことなく安っぽさを感じさせ、何となく近寄りがたい雰囲気が醸し出されている。

 俺はてっきり会員制プールを貸切にするとかプライベートプールにでも行くのだとばかり思っていた。
 だってこいつらの家ってみんな金持ちじゃん?
 無駄にデカイ屋敷とかに住んでるし。
 だから俺は、アリサに何故こんな庶民臭い所にしたのかを聞いてみた。


『金持ちはお金の使いどころを知ってるから金持ちなのよ』


 なるほど。 本物の金持ちが言うだけあってそのセリフには謎の説得力がある。
 でもこれ、ちゃんとした答えになってなくね?


「サニーくん、お待たせ」

「ごめんね、サニー君」

「待った?」


 そんな庶民の娯楽施設にある幼児用プールの脇で、地面に水を撒き散らして涼を得ていると、ようやくアリサ達がやってきた。


「おう。 めっちゃ待った」

「何よ、そこは『待ってないよ。 俺も今来たところさ』ってさわやかに返すとこじゃない」

「このスイーツ脳が。 お前らは俺に何を期待してるんだ。 ぶち殺すぞ」


 俺たちが更衣室前で別れてからは既に30分が経過している。
 どう考えても時間の掛かり過ぎだ。
 う○こでもしてたのか?
 そうか。 なら仕方ないな。


「あ、またサニーくんがいやらしいこと考えてる」

「考えてねえよ。 そうやって人を勝手にスケベキャラにすんのやめてくんない?」

「だって事実だもん」

「なんだと」


 気が付いたら俺はなのはの両頬を掴んで横に引っ張っていた。


「いたいいたい、やめへよー」

「いへっ、ならおまへが先にやえたら俺もやめる」

「じゃあわたしはサニーくんがやめたらやめる」

「いっ!? 馬鹿、ツメは立てるな。 流石にそれは卑怯だろ」

「違うよ天然くん。 こういうのって普通先に手を出した方が悪いんだよ?」

「もうそれでいいから天然呼ばわりはやめろ」


 バラしやがったな? クソッたれ。
 俺がそうして余りの痛さに頬を擦っていると、それまでなのはの後ろに隠れていたフェイトがおずおずと声を掛けてきた。


「あの、サニー……」

「ん、どうした?」

「私、こういう格好初めてなんだけど、変じゃないかな……?」

「良いんじゃないか? 全然変じゃないぞ」


 フェイトは現在黒いビキニタイプの水着を着用している。
 ただ、ビキニタイプと言っても紐の部分はほとんどなく、いうなればビーチバレー等で女子選手が来ている様なスポーティーな奴だ。
 それは大人しそうに見えて意外と活動的なフェイトには良く似合っていると思う。
 ……というか、普段魔法を使っているときの恰好の方がよっぽど危険な気がするのは何故だろうか?


「あたし達はどうなのよ?」

「いいんじゃねえの?」


 どうでも。


「なんか適当ね」

「そりゃあそうだろ。 俺は水着にこれといった拘りは無い方だしな」


 ちなみにアリサの水着は赤に近いピンクのセパレートタイプ、なのははフリフリのスカートが付いた淡いピンクのワンピース、すずかは胸元に小さなリボンが付いた白いワンピースである。
 それは皆なんとなくイメージ通りで似合っているとも言えたが、ぶっちゃけると面白みの欠片もない。
 もっと奇抜なデザインの物を着ていれば俺も酷評して楽しめたんだけどな。
 股間にゾウさん人形が付いてるとか。


「そういうあんたはピチピチのビキニが卑猥で笑えるわね」

「ざけんな。 お前が渡してきた中ではコレが一番マシだったんだよ。 というか何でどれもコレもワンサイズ以上小さいんだ」


 おかげで俺のお稲荷さんの存在感が凄すぎて『誰得?』といった状況になっている。
 ここに来る前、水着を持ってないことを告白したところ『大丈夫、こっちでちゃんと用意してるから』と言われて安心したのが間違いだった。
 更衣室前で渡された紙袋に入っていたものは、白いTバックのマイクロビキニ、ピンクのOバックのビキニ、そして今俺が履いている黒の競泳用と思しき水着である。


「そこら辺は我慢しなさいよ。 あんたのサイズなんて誰も知らなかったんだから」


 絶対嘘だ。
 だったら紙袋を渡した時の笑顔はどう説明してくれるんだ?
 嘲笑か? まじで泣かすぞこのビッチが。


「アリサちゃん、サニーくんに構ってないでそろそろ泳ぎにいこうよ」

「私も、日差しが強くてちょっと辛くなってきたかなぁ」

「ごめんごめん、じゃあまずは流れるプールに行くわよっ! ところでフェイトは泳げるの?」

「うん。 昔リニスに教わったことがあるから」


 そうして彼女達は俺の元から離れていった。
 さて、じゃあ俺は向こうのフードコートで時間を潰すとしよう。


「って、あんた何こっそり逃げ出そうとしてんのよ」

「逃げ出すつもりなんてないっての。 ただ今日はちょっと朝から何も食べてなくてな。 腹が減っては戦は出来ぬって言うだろ? また後で合流するから俺の事は気にしないでくれ」


 ただし次に会うのは夕暮れ時だけどな。


「あ、わかった。 サニーくん実は泳げないんでしょ?」

「何言ってやがる。 泳げるに決まってんだろ? 名誉棄損で訴えるぞこのファッキンおさげ」

「大丈夫、慌てなければ水は怖くないよ?」

「うん。 それにサニーなら直ぐ泳げるようになると思う。 泳げるようになると結構楽しいよ?」


 そう言ってすずかとフェイトは嫌がる俺の手を掴んでプールの方へ無理やり連れて行こうとした。


「おいやめろ、恥ずかしいじゃねえかって、痛い痛い、手が痛いっ!」

「抵抗するからよ。 それじゃ、言い訳は後で聞くからまずは流れるプールまで連行!」

「「「ラジャー!」」」

「合わせるな。 息を合わせるな」


 そうして俺は、前門のアリサ、肛門のなのは、そして両脇をすずかとフェイトに挟まれ、まるで事件の容疑者の様に濁流の存在する恐るべきコンクリ建造物へと護送されていった。


「うわ、サニーくんすっごい腰が引けてる。 かっこわるー」

「違う、これは違うんだ。 ちょっと今日は下痢気味でな」

「プールで漏らしたら殺すから」

「流石にそれは無い」


 と思う。 思いたい。 思わせてくれ。






 そんなこんなで、俺が流水の中に放り込まれて約一時間が経過した。


「意外と早く泳げるようになったわね」

「だから言ったろ? 俺は泳げるって」


 まあ泳いだ経験が無かっただけで、水が怖いわけじゃなかったからな。
 温泉とかは普通に好きだし。
 でも直ぐに泳げるようになって良かったぜ。
 これで天然ウンチ君という不名誉なあだ名を付けられることは無くなった訳だ。


「でも始めの内は結構酷かったよね? 顔を付けたままジタバタし始めたときはどうしようかと思ったよ」

「いやいや、あれはちょっと水の精霊と戯れてただけだから」

「あれは普通に溺れてたって言うのよ」

「お前がそう思うんならそうなんだろう。 お前の中ではな」

「わたしも思った」

「実は私も……」

「私は……別に……」

「客観的事実としてあんたは溺れてた。 以上」


 俺はこの判決に民主主義の恐ろしさを垣間見た気がした。 
 はっきりと断言しなかったフェイトさんの優しさが逆に痛い。
 否定するならちゃんと目を合わせてくれよぅ。



 それから俺達はウォータースライダーや波のあるプールで遊び、4時を少し過ぎたところでようやく各自バラバラに行動する許可が下りた。
 俺は朝ご飯も食べずに岩石と格闘していたこともあり、この時間になってようやく食事にありつけたのだが、フードコートで最も高価な硬貨を消費して手に入れたこのアメリカンドッグとフライドポテトがやたらとうめぇ。
 値段の割に味自体は大したこと無いのはわかっているのだが、妙に美味しく感じるのは空腹というスパイスだけではなく、きっと友達と一緒に遊びに来ているというイベント効果もあるのだろう。


「サニー見っけ」

「冷たっ!?」


 そうして感慨にふけっていると、俺は突然背中に冷たいものを感じた。
 そのことに憤りつつ振り向くと、そこにはかき氷片手にニヤニヤと笑うアリサの姿があった。
 どうやら俺はその手に持ったかき氷を垂らされたようだ。
 おい、ちょっと待て。
 氷部分だけじゃなくシロップ部分も垂らされたせいかやたらとべたべたするぞ。


「ファック! いきなり何しやがる、このアマ!」

「何よ、ちょっと驚かそうと思っただけじゃない」

「ちょーちょーそこの姉ちゃん。 一緒に事務所の方まで来てもろてもええか? ああん?」

「凄んでるつもりかもしれないけど鼻の頭に付いたケチャップのせいで全てが台無しね」

「舐めやがって。 お詫びにそのかき氷を一気食いしたら許してやる」

「頭が痛くなるからヤダ」


 なんてわがままなプリンセスなんだ。
 こんな風に育ててしまった親の顔が見てみたいぜ。
 きっと寒さに震える子供の目の前で万札を燃やして『どうだ、あたたかくなつたろう?』とかやっているに違いない。


「そうそう、さっきまでフェイトとすずかが25mの水泳勝負をしてたんだけど、あたし達もやらない?」

「あ? そんなん経験豊富なお前の方が上に決まってんじゃん」

「あれ? 言ってなかったっけ。 あたしが泳げるようになったのって今年の四月になってからよ」


 マジで?
 それでもうバタフライとかできんの?
 何その無駄な才能。


「でもそれ以来私は泳ぎに来てなかったから、あんたとはそう違いが無いはずなんだけどなー」

「つまり、何が言いたい?」

「あんたは負けるのが怖くて勝負から逃げるチキンなのか、ってこと」

「良く言った。 お前の望み通り勝負を受けてやろう」


 それに今の俺には秘策がある。
 それを使えれば負けることなど億が一にもあり得ない。


「そうこなくっちゃ!」

「ただし、ハンデとして1つ条件を付けさせて貰うぞ」

「何よ? おもりを付けるとかは無しだからね」

「そんなことは言わん。 勝負はあの競泳用プールでやるんだよな?」


 俺は飛びこみ用プールの脇にある25メートルプールを指差してそう言った。
 今はステージでやってるお子様向けのイベントのせいか人が全く居ないのも都合がいい。
 ステージの方を見やると、そこではフェイトとなのはがヒーローショーの怪人に嬉しそうに捕まっていた。
 楽しそうで何よりだ。


「当然じゃない。 他に何処があるって言うのよ」

「なら俺は一番飛び込み台から遠いレーンで、お前は逆に一番近いレーンな」

「は? なんでわざわざそんなに離れる必要があるのよ。 勝敗がわかりにくくなるじゃない」

「お前が泳ぐことになるレーンは今丁度飛び込み台の影になっているから水温が低い。 そしてその反対側は逆に水温が高い」

「まあ、多分そうね」

「そして水は水温が高くなると密度が低くなる。 つまり、俺が泳ぐところの方が水が軽くて泳ぎやすいと言うことだ。 勝敗がわかりにくかったら今度は隣同士で泳げばいい」

「密度が高い方が早く泳げる気がするけど……。 うん、それくらいなら全然構わないわ」

「なら早速行くとするか」


 ふはは、敵の言うことをその程度の疑いで承諾するとは、馬鹿にも程がある。
 俺がこの条件を指定した本当の理由はそこではない。
 そんな僅かな密度差程度で初心者の記録が変わるわけないだろ。
 本当の目的はただイカサマをばれ難くする為に過ぎないのだ。


「あ、じゃあこっちからも1つ提案」

「なんだ?」

「負けた方が勝った方の言うことを1つ聞くってのはどう?」

「ほう」


 この勝負は先程お前が条件を呑んだことで既に出来レースとなっている。
 自分からわざわざ死地に飛び込むとはな。
 その度胸、褒めて使わそう。


「お前がそれでいいなら俺は一向に構わん」

「あんたが負けたら、そのときは鼻からコーラを飲んで貰うわ」

「よかろう。 ならばお前もそれ相応の罰ゲームを覚悟しておけよ?」

「勝てばいいのよ、勝てば」

「ははは、まったくもってその通りだ」




 その後の勝負は皆まで語る必要は無いだろう。
 俺が最近使えるようになった魔法に、『離れた空間同士を繋ぐゲートを作る』という魔法がある。
 これは転送魔法等で一瞬だけ開かれるゲートを開きっぱなしにすると言う実に単純なものだ。
 そして、この時作られる円形のゲートは表裏があり、物体の出入りを行えるのは片面だけとなっている。
 俺はこの魔法を利用して自分のレーンだけに進行方向向きの水流を作りだすことにした。
 仕組みは実に単純だ。


スタート                       ゴール
  ■__________________________■
  ■      /A出   /B出   /C出   /D出   /E出 ■
  ■                                      ■
  ■A入/   B入/   C入/   D入/   E入/       ■
  ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

      図4-1:プールに展開する魔法陣の模式図

 上のように魔法陣を多重展開させると、水圧差によって『A入』から『A出』へと水の流れが発生する。
 後は俺がその流れに沿って泳げば、それでこのゲームは即終了という訳だ。
 問題点はこの時発生する魔力光がばれるかどうかというだけなのだが、こちら側の水中は西日の反射によってアリサのレーンからは見ることが出来ないのは既に確認済み。
 そして必死で泳いでいる間は、水中でよそ見をする余裕なんてそうそうないはずである。
 これは俺が泳いでいるときにそんな余裕が無かったことと、アリサもまだ水泳初心者だという先程の情報からの推測だ。


「はぁ、はぁ、どうだ、俺の、勝ちだよな、これ」


 勝負が終わった後、俺はプールサイドで息も絶え絶えに腰かけたまま、こちらにやってきたアリサに聞いた。


「う、うん。 確かにあんたの勝ちだけど、何かすっごいフラフラになってない?」

「気の、せいだ」


 実際勝負を終えたアリサからこのイカサマに気付いたような様子は見られない。
 どうやら先の推測は正しかったようだ。


「いや、でもなんか顔色悪くない?」

「それを言うなら、顔悪くない、だろ?」

「あんたがそれでいいなら、それでいいけど」


 ただこの策にはひとつ、大きな誤算があった。
 プールに飛び込んだ途端、初めのゲートに俺の身体はのみ込まれてしまい、しかも一度ゲートに飛び込んでしまうとゴールに辿りつくまで一切呼吸が出来なくなってしまったのだ。
 ダムの放水のように下へ下へと引きずられる感覚は二度と体験したくない。
 マジで死ぬかと思ったぜ。
 これが本当の策士策に溺れるってやつか。
 というかよくよく考えれば魔法陣を展開するのはスタートとゴールの一組だけでよかったじゃん。


「すぅううう、はぁあああ。 よし、ようやく呼吸も整ってきた」

「そんな溺れる程無理しなくても良かったのに」


 そういってアリサは俺の背中を擦ってきた。
 ふっ、そうやって優しさを見せたところでお前の負けは変わらないのだ。


「なに、お前にどうしても罰ゲームを受けさせたくてな」

「あんたもまた凄い負けず嫌いね。 いいわ、好きな罰ゲームを言いなさいよ。 かき氷の一気食いでもすればいい?」

「いや、あそこのステージでブラジル水着を着てリンボーダンスをしてこい」


 ザッパーン!


「この野郎! いきなり何しやがる!」

「そんな命令聞ける訳ないでしょ!」

「んだとこら? お前最初に何でもやるっつったじゃねえか!」


 俺は蹴られた背中を擦りながらプールから上がった。
 いってぇ、なんで勝者の俺がこんな目に合わなくちゃならんのだ。


「それはそうだけど、どうしても出来ない理由があるのよ」

「よし、なら言ってみろ。 その理由如何によっては許してやらんことも無い」


 まあどんな理由だろうと俺が認めるはずはな――


「児童ポルノ法」

「…………」

「…………」

「……うん、仕方ないね」

「……そう、仕方ないのよ」




 結局、俺はその後直ぐに罰ゲームを思いつかず、着替えた後皆が集合するまでにそれを考えることとなった。
 でもどうすっかなぁ。
 そういや結局昼はアメリカンドックとポテトしか食ってないから腹が減って――おお、これでいいじゃん。


「決まった?」

「おう」


 俺が丁度いい罰ゲームを思いついたところで、アリサ達がリムジンに乗り込んできた。
 やっぱりこいつら着替えるの遅いよなぁ。
 まあ髪が長いから仕方ないっちゃ仕方ないのかもしれんが。


「なになに、なんの話?」

「アリサが俺様に、無様にみっともなく負けたから、その罰ゲームを考えてたんだよ」


 なのはが興味津津といった感じで聞いてきたので、俺は優しく教えてあげた。


「おかしいわね? 確か勝ったはずのあんたの方がよっぽど無様だった気がするんだけど」

「うるせえ負け犬。 正義は勝者にしか語る資格がねえんだよ」

「はいはい。 もうそれでいいから、とっとと罰ゲームを言いなさいよ」

「おう。 お前ん家は確かめちゃめちゃ金持ちだったよな?」

「まあ、一般家庭から見れば充分お金持ちと言ってもいいと思うわ」

「なら晩飯奢れ」

「は? え、それだけでいいの?」

「おう。 それで充分だ」


 今家に帰っても米も仕立ててないし、海外旅行に行ってたから冷蔵庫も空っぽなんだよなぁ。
 それになんだかんだ言ってもやっぱり卑怯な手段で勝った訳だし、あまり厳しい罰ゲームを与えた場合イカサマがバレた時が怖い。


「なら折角だし、今日は皆うちで晩御飯食べてかない?」

「アリサちゃんの家で? いいの?」

「鮫島、問題ないわよね?」

「はい。 それに今日は旦那様も帰ってまいりますので、賑やかな方が喜ばれるかと」


 え?


「という訳だから、みんなとっとと家に連絡しなさ~い!」

「「「はーい!」」」


 え、あれ、ちょっと待て。
 今鮫島さん、旦那様が帰ってくるとか言ってなかったか?


「なあアリサ、1つ確認したいことがあるんだけどちょっといいか?」

「何よ? 食事の豪華さに関しては何の心配もいらないわよ? だってパパが帰ってくるんだもん」

「そのパパは俺たちと一緒に食事を取るのか?」

「あたりまえじゃない。 何で別々に取る必要があるのよ。 それに丁度良かったわ」

「何が?」


 俺は若干どころではない嫌な予感を感じながら聞き返した。


「パパ、一度サニーをうちに連れて来いって言ってたから」


 ほうら、つめたくなつたろう。


「すまん、言いだしっぺが言うのもアレなんだが、そういえば俺、今日歯医者の予約してたんだった。 すっかり忘れてたぜ。 だから今日はここで――」

「駄目よ」

「いや、でも俺最近プラークコントロールに嵌っててさ――」

「そんなの明日でも良いじゃない」

「いやいや、ああそうだ、実はそこ今凄い人気の歯医者さんでな、予約が今日しか取れなかったんだよ。 いやぁ、残念だったなぁ。 皆楽しんでこいよ? という訳で鮫島さん、俺ここで降り――」

「すずか、フェイト」

「うん」「任せて」

「触るな。 俺に触るな。 ちょ、痛い痛い、マジでやめ――ひぎぃ!」


 結局、俺は両脇をフェイトとすずかに腕を極められたため身動きが取れず、アリサの家に着くまでなのはとアリサに脇をくすぐられ続けた。
 なんで勝負に勝ったのにこんな目に合ってんだ?
 これ完全に俺向けの罰ゲームじゃん。 クソッ。






「君は最近こちらに引っ越してきたそうだね」


 何だかんだでつつがなく食事会が終わった後、俺はさっさと家に帰ろうとした。
 ところが、残念ながら俺は玄関にたどり着く前にアリサの父親、デビッドさんの私室に呼び出されてしまった。
 恐らく娘から俺の悪い評判を聞いたので釘を刺そうと思ったのだろう。


「はい、7月の末に海鳴に引っ越してきました」


 こうなる事がわかってたから俺は嫌だったんだ。
 実際、変な緊張感のせいで出された料理の味もいまいちよくわからなかったしな。
 食事の時はこちらに話しかけたりして来なかったので何事もなくやり過ごせるかとも思ったのだが、油断していたところにこれだ。


「娘とは4月ごろから知り合いだったと聞いたが?」


 でもやっぱり、流石大企業の社長というか、こうして一対一になると威圧感が半端ないよなぁ。
 『猫ってイヌ科だよな?』と聞かれたら思わず『はいその通りです旦那様』とか言ってしまいそうだ。


「はい。 一度こちらの用事で海鳴に来ることがあり、その際共通の友人である高町さんに紹介されて知り合いました」

「娘が言うには君はそこそこ賢いそうだが、本当か?」

「いえ、自分はまだまだです」

「何か趣味はあるのか?」

「鉱物採集とサッカーです」

「ほう、サッカーか。 私もサッカーは好きなんだ」


 鉱物の方は無視っすか、そうっすか。 だって親子だもんね。


「一応この街にあるサッカーチームに所属させてもらっています」

「そのサッカーチームというのは、もしかして翠屋JFCのことか?」

「はいそうです。 4月に仮メンバーという形で入れてもらい、今回越してきたことで正式に加入させてもらいました」

「狙っているポジションは?」

「MFです」

「理由を聞いてもいいか?」

「全体を見て的確な指示を出し、チャンスを作り、危機に対処するという役割は自分に一番向いていると思ったからです」

「つまり、あのヒデトシ・ナカタのようになりたいと考えているのか?」

「いえ、あくまで自分は影の支配者でいるつもりです。 自分はなるべくボールに触らないことで敵のマークを薄くし、的確な指示によるポジショニングで状況をコントロール。 そしてここぞというときだけ精密なパスでチャンスを作る、そんな選手になりたいと思っています」

「ふむ……また随分と変わった理想だな。 だがここぞというときだけパスを出すと言っても、その時だけボールに触れるというのはほとんど不可能だと思うが? それに数的な不利も生じるだろう」


 確かにその通りである。
 もし仮にこのプレイスタイルを実行しようとすると、こちらのチームはある意味10人で戦うということになる。
 当然周りからの批判も多いだろう。 だが――


「いえ、色々な試合を見てて思ったんですが、サッカーは10人側が必ずしも不利だとは限らないと思うのです。 確かに数の上では不利になるのは否めませんが、試合半ばで10人対11人になって10人側が勝った例などいくらでもありますし。 そして、そういった状況こそが、僕の指揮官としての能力の見せ所だと考えています」

「ほう?」

「例えば試合開始してからほとんどボールに触れようとしない、触れさせて貰えない者が一人いたとすれば、相手チームはそれをどう考えるでしょうか?」

「下手だから使えないと判断されているか、ハブられているとでも考えるだろう。 仮にもレギュラーなんだから、おそらくは後者のほうだな」

「そして、そんなチームワークがぼろぼろになっているチームを相手にした場合、相手はその試合についてどう考えるでしょうか?」

「当然、この試合は楽に勝てると考えるだろうな」

「そう、つまり敵側は心理的に余裕があると考え油断が生まれるはずです。 そうなったらこちらはその油断を上手く広げるため、わざと相手側に偽のチャンスを作らせて嵌めれば、カウンターで得点を狙える可能性は俄然高くなります。 ここぞというときだけボールに触れるのは味方に対して何かサインでも決めておけばいいことです」

「だがそれが一度決まれば、相手は君を徹底的にマークする事になるぞ?」

「そうなればこちらの勝利の可能性はさらに上がるでしょう。 なぜなら、こちらのチームはあらかじめ10人で戦う練習をしているので普段通りの実力を発揮できますが、相手は10人で戦うという本来とは違うプレイスタイルになるからです。 マークが外れて通常のプレイスタイルに戻るのなら、また同じように嵌めてやればいいのです」


 そもそも10人対11人なんてものは1つの作戦に過ぎないのだ。
 本当の目的は、とにかく敵を混乱させてチームプレイに支障をきたさせる、もしくは敵チームを型に嵌めて対処しやすくすることで、本来の実力を出し切らせないことにある。
 そして、『良くわからない内にいつのまにか負けていた。 なんだかとてつもないものの片鱗を味わった気分だ』と評価されるのが、俺の理想である。


「なら指示はどうやって出すつもりだ?」

「ハンドサインと声で出します。 声の指示に関してはハブられているように見せるため、時間ごとに指示に従うのか逆に行動するのかを選手ごとに決めておけば、敵チームをより混乱させることができると考えています」

「机上の空論だな。 話を聞く限りでは上手くいきそうな気もするが、それで本当に上手くいくと思っているのか?」

「わかりません。 でも試してみる価値はあると思いませんか?」


 おそらく、俺の理想とするプレースタイルがきちんと機能するようになるとしたら、それは敵チームの個人個人が本能で動くのではなく、己の役割をきちんと考えて動くようになってからだろう。
 もっとも、相手が皆本能で動くとしてもそれはそれで楽に対処できるんだけどな。 


「そうだな……。 その戦術は相手チームについての細かい情報収集と、試合の流れを読み切る能力、そして何よりチームメイトとの完璧な意思疎通が行えれば出来るのかもしれない」

「『かも』ではなく、やって見せます」

「そうか。 普通なら無理だと断言するが、君ならいつか出来るような気もしてきたな。 君がレギュラーになってその戦術を完成させた暁には応援に行くとしよう。 期待しているよ?」


 そう言ってデビッドさんは笑顔で右手を差し出してきたので、俺はその手を握りながらこう返した。


「ありがとうございます。 その期待に応えられるよう頑張ります」


 ほっ。
 これでアリサの父親には娘の友人として認めて貰えたか。
 てっきり娘をビッチ呼ばわりしてる事を怒られるとばかり思ってたからなぁ。


「だが――」

「はい?」

「娘はやらんぞ」

「いらんがな」


 俺は思わず素で突っ込んでしまった。



[15974] 友情編 第5話 それは新たなお友達なの
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/06/07 14:44

 9月1日。
 俺は真新しい制服と使い古された履き物を身に纏い、白亜の大型建造物の中をフェイトと共に担任の後ろについて歩いていた。
 古い履き物なのは何故かって? これはスリッパだよスリッパ。
 ちょっとおっちょこちょいな俺は初日から上履きを忘れてしまったのだ。
 笑うな糞バール。 壁に叩きつけてカチ割るぞコノヤロウ。


「それじゃあ先生はクラスのお友達にいくつかの伝達事項があるから、それが終わるまでちょっと廊下で待っててね?」

「「はい」」


 先生はそう言い残してこれから俺たちが学ぶことになる教室へと入っていった。
 本来転入生は人数調整の問題から別々のクラスに配属されるらしいのだが、『知り合いがいる教室に入れた方がより早くクラスに溶け込めるだろう』という学校側の思いやりによって、俺たちは2人ともなのは達と同じクラスに転入することとなったのだ。


「サニーは最近どんな風に生活してたの? また石探し?」

「いや、ここ最近はユーノから貰った次元航行論の本を読んでた」

「あ、もしかしてそれ、ローランって人の書いた本だったりする?」

「おお、良く知ってるな。 お前もそれで勉強したことがあるのか?」

「うん。 昔リニスに丸暗記させられたことがあるんだ」


 フェイトはそう言って昔を懐かしむように優しく笑った。


「そっか。 でもあれ、すっげえわかりやすく書かれてるよな」

「そうだよね。 書かれたのはもう数百年以上昔になるけど、それでも次元空間の事に関してはこれを超える名著は無いって言われてるんだって」

「確かに。 ユーノもそう言ってたわ」


 この本はアースラなどの大型船の次元航行技術だけではなく、個人での次元転送についても非常に詳しく、かつわかりやすく書かれている。

 著者のローラン教授は時空間物理学の第一人者だったのだが、とある次元空間を渡る術を持つロストロギアを発見、研究を重ねることによって、今まで謎とされてきた次元空間そのものに画期的な仮定を導入した。
 それは縦横高さという3次元に、もう一つマクロな第4の軸を導入するというものであった。
 アイデア自体は昔からあったのかも知れないが、それを様々な科学的事実から数式できちんと表現される理論まで持っていったのは間違いなくこの人である。

 その本が出版されるまでの時空間移動は、ブラックボックスになっている次元航行機能を持ったロストロギアの内部機関を移し替えるという博打的なものだった。
 当然老朽化していても直す方法など誰にもわからず、その機関の暴走によって起こったおぞましい事故は数知れないそうだ。
 そんな終わりの知れないロシアンルーレットのような時空間旅行は、彼の理論を元に作成された機械によって、ようやく安全かつ確実なものとなった。
 こうしてミッドチルダを中心とする次元世界は、より広い範囲まで観測が進み発展していったのだという。

 ユーノが言うには『彼がいなければ今ような管理局や世界間交流は存在しなかっただろうけど、そもそもそれが無ければ世界が丸ごと消滅するような大規模次元災害ももっと少なかったはず。 これは科学技術や魔法と言ったものは使用する人間によっていかようにでもなると言う1つの例だよ』との事。
 流石は遺跡発掘の第一人者。 言葉の重みが違いますね。

 また、この本にはその次元航行理論の魔法式への応用についても詳しく書かれており、今の俺の目標はそれを元にして転送魔法やゲート魔法を『同一世界内限定』から『他次元世界』へも転送できるように発展させることである。
 しかしその為には複雑なテンソル計算を含む多重線形代数を学ばなくてはならず、なかなかに骨の折れる作業になることが予想される。
 ま、楽しいから良いんだけどね。


「そういえば前にバールを借りたことがあったよね?」

「お、おお。 そういやそんなこともあったな」


 またいきなりだな。
 なんだ? もしかして今の短いやり取りから魔法を使えることがバレたのか?
 いやいや、別に魔法を使えなくてもこの手の研究者はいっぱい居るらしいから普通に大丈夫だろ。


「あの時いくつか気になったんだけど、私達魔導師って魔法を使う時は自分のリンカーコアを通した魔力素を制御してるのは知ってる?」

「ああ、それは前に一度ユーノから聞いたことがある。 なんでも魔導師と魔力素の相性問題からそういう風に、自分で生み出した物しか使えないようになってるって仮説があるらしいな。 お前の電気変換資質もそこら辺から来てるとか何とか」


 リンカーコアの性質の1つには、大気中に存在する数種類の魔力素を個人個人に適した物を選別しそれらを励起状態にするというものがある。
 そしてその為に使用される触媒もまた魔力素の一種であり、リンカーコアにはその触媒となる魔力素を備蓄する機能も備わっているそうだ。
 高ランク魔導師と呼ばれる人達は一般にこの魔力素を励起状態にする働きが非常に活発で、かつ触媒の備蓄可能量も大きいのだという。

 そしてフェイトの持っているレアスキルの一種、電気変換資質などは、そうして集束させた魔力素を高い効率で電気エネルギーに変換することが出来る一方で、炎熱系や氷結系魔法がほとんど使えなくなる等といったデメリットが存在する。
 これはそれぞれの自然現象を起こす為には魔力素の組み合わせが重要であり、そこにこそ個人の資質に大きく依存するものがあるからだろう、とのこと。

 ちなみに『魔力光の色は個人の集束させやすい魔力素の組み合わせや割合によってついている』という説が現在の学会では主流だとか。
 個人的には魔力光の色が変えられるなら今すぐにでも変えたいので、とっとと研究成果を出してくれと切に願っている。


「うん。 私もそれで間違いは無いと思ってたんだけどね、バールを借りた時もしかしたらこの考えは少し違うんじゃないかって思ったんだ」

「それはまたどうして?」

「さっきも言ったように、魔道師は通常自分のリンカーコアを通した魔力素しか上手く制御できない。 これは例えデバイスを使ったとしても変わらない事実で、魔法の教科書にもこのことは基本事項として書かれている。 もちろんなのはのスターライトブレイカーのように他人の魔力素を再利用できる人もいるけど、それは凄く特殊な例だから」

「らしいな。 デバイスはあくまで魔法の補助をする道具に過ぎず、魔力量自体が増したりはしないんだっけ?」


 以前ユーノに色々解説されたとき、何かそんなようなことを言っていた気がする。 
 やたら長くてくどくどしかったから半分ぐらい忘れたけど、確かカートリッジシステムとかいうのを使えばまた話は違うとかなんとか。


「そう。 でもね、バールは明らかにそういった物を超越してるんだ」

「え? そうなの?」

「バールは大気中の雑多な魔力素を、術者のリンカーコアを通すこともなく使用者にとって最も適している形と割合へ変換、そして集束させている。 それも異常な程の速度と効率で」


 おいおいおい。
 なんか、ちょっとこの流れは危なくないか?


「これはつまり、術者に魔力切れの心配は一切なく、しかも本来有り得ないような大規模魔法を連続して発動できることを示してる。 そんなデバイス、私は今まで聞いたことが無い」


 俺もねえよ。


「だからそれは十中八九ロストロギアなんだと思う。 サニーはそれ、一体何処で手に入れたの?」

「アメリカで拾った」

「それは嘘だよね? それともう一つ。 今言ったような理由からバールさえあればリンカーコアが無くても魔法を使える可能性がある。 もしかしてサニー、君は魔法を使えるの?」


 俺のことを疑っているのか、問い詰めてくるフェイトの視線は非常に鋭かった。
 あわわわわ、どうしよう?
 何て答えれば誤魔化せるんだ?
 俺は左手に居るバールに無言の視線で助けを求めたが、残念ながら彼は沈黙で応えてくれた。
 ったく、肝心な時に使えないデバイスだぜ。


「――なんてね?」

「……え?」


 俺がここはもう腹を括るしかないと覚悟を決めたタイミングで、フェイトは顔を緩めた。


「今のはちょっと気になっただけで、本気で聞き出そうとは思ってないよ。 言いたくないことを無理に聞き出すつもりもないし」

「はは、あはは、やだなぁフェイトさん。 俺、何も悪いことなんてしてないのにちょっと怖かったっすよ、今の」


 すみません。
 本当は魔法が使えるし、しかも大きな前科があります。


「あははっ、ゴメンゴメン。 でもそうやって考えてみると、なのはの持っているレイジングハートだってかなり異常だよね」

「そうなのか?」

「うん。 あのインテリジェントデバイスだって、バール同様AIにしてはかなり人間くさいし、なのはを一月も経たずにあれだけ鍛え上げたのも彼女なんでしょ?」

「ああ。 魔力素操作の基本的な部分はユーノが教えたらしいけど、それ以外の戦闘訓練とかは全部あのデバイスがやったって言ってた」

「普通インテリジェントデバイスはね、契約者を的確にサポートしてくれることはあっても、戦闘技術を教えたりは出来ないんだ。 そこまで高度なAIを組み込めるほどのリソースは、技術的な問題によって取れないはずだから」

「ふーん」


 ユーノはどっかで発掘して貰ったって言ってたし、もしかしたらレイジングハートもロストロギアの一種なのかもな。
 ああ、今ので思い出した。
 そういや前に一度聞こうと思ってたことがあったんだ。


「ところでさ、もしかしてバールってフェイトのバルディッシュより凄かったりすんの?」


 前にコイツが対抗意識を燃やしてた時、結局不完全燃焼に終わったのがよほど悔しかったのかちょっと拗ねてたんだよな。
 ここで本人から評価を聞いてそれをネタにまたいじってやろう。
 良い評価だったら機嫌が良くなるからそれはそれで良し、悪い評価だったら面白い反応が見られるから尚良し。
 どっちに転んでも俺にとって損は無い。


「インテリジェントデバイスっていうのは術者との相性があるから性能が良ければそれでいいってわけじゃないけれど、バールの性能自体は間違いなく私のバルディッシュより上だよ。 ちょっと悔しいけどね」

「だってさ。 よかったなバール」

「当然だ。 なぜなら私は――」

「ところでフェイト、バールとレイジングハートだったらどっちが上なの?」


 俺はまた始まったバールのインテリ自慢を邪魔するため更にフェイトに尋ねた。
 金球のくせにはしゃいじゃってまあ。


「うーん、私はレイジングハートは使ったこと無いから何とも言えないかな」

「ならば私から語ろう。 レイジングハートはそもそも――」

「それじゃあ2人とも、教室に入ってきて下さい」

「「はい」」


 それじゃあ新しいお友達を作りに行くとしますか。








「さて皆さん、今学期から新しいお友達が二人、このクラスにやってきます。 二人とも海外からの留学生さんです。 それではまずはハラオウンさん、こちらに来て自己紹介をお願いします」

「あの、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンといいます。 よろしくお願いします」


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『キャー!すっごいかわいい!』『お人形さんみたい!』『ホント! 髪も長くてきれい!』『うんうん! あの髪触ってみたくない?』『触ってみたーい!』『わたしもー!』

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『なあなあ、あいつドッジとかサッカーとか出来んのかな?』『昼にでも誘ってみれば良いじゃん』『やっべ、俺今赤い実はじけたかも』『マジか。 すげーじゃんタカシ。 それが噂の一目ぼれって奴か』

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 フェイトは周りからの鳴りやまない拍手と容赦のない視線を受け、顔を赤くして恥ずかしそうにうつむいた。


「じゃあ次はサンドバック君、お願いします」

「皆さんはじめまして。 自分はダンベル・サンドバックと言います。 好きな食べ物はタンパク質で、座右の銘は『生涯現役』、休日は庭先で個性的なブランコをして過ごしています。 皆さんの筋トレのお役に立てたら嬉しいです、ってそんな訳あるかっ!」


 俺は履いていたスリッパの片方を手に取り、それを床に思いっきりたたきつけた。


「誰がサンドバックやねん! サンドバックちゃうわ、サンバックや! そんな殴られて喜ぶような名前付いとったら今頃顔面腫れまくってア○パンマンになっとるっちゅーねん! そんな名前教えたジ○ムおじさん、今すぐここに連れて来いやぁ!」


 そして以前会った関西弁の女の子のことを思い出しながら、有り得ない名前を紹介してくれた担任に向かって突っ込みを入れた。


『アハハハハハッ!』『こいつおもしれーぞ!』『お前お笑いとか好きだから気があうんじゃねー?』『かもなー』

『何かちょっと怖くない?』『短気なんじゃないの?』『忍耐力のない男ってやーねー』『ホントホント、周りの男子と一緒ねー』


 今のノリ突っ込みは男子にはおおむね受けたみたいだが、女子にとっては周りの男子と同じで我慢が出来ない子に映ったようだった。


「ご、ごめんなさいね、ちょっとこちらの手違いがあったみたいで……」

「手違いって言うより間違いですね」

「あ、そうだ、なら黒板に名前を書いて貰ってもいい? それを元に書類を訂正しておきますので、今日のところはそれで、ね?」

「はぁ、まあそれでいいっす」


 そう言って頭を下げる担任に俺はどこか納得いかないものを感じつつも、原因はきっと彼女には無いと思い直し黒板に名前を書いた。

"Sunny Sunvac"

 うん、やっぱり何処にも『ド』が入るような要素は無いな。


「というわけで改めて自己紹介をさせてもらいます。 はじめまして、黒板を見てくれればわかる通りサニー・サンバックと言います。 転入そうそう皆さんにフルボッコにされるのではないかとヒヤッとしましたが、とりあえずよろしくお願いします」


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『いいぜー』『よろしくなー』『まあ顔は悪くはないんじゃない?』『でも口が悪いからマイナスでしょ』

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 フェイトの時より拍手は小さかったものの、男子には好意的にとらえられたようなのでこのファーストコンタクトは概ね成功だと言えよう。
 そんなことを思っていると、先ほどから不思議そうな顔をして前の方に座っていた男子がいきなり手を上げた。


「あら、どうしたの御手洗君?」

「先生、あの名前ってスンニーって読むんじゃないんですか?」

『おい、また御手洗の奴が変なこと言いだしたぞ』『ハハハ、あいつはアホなんだからそんぐらい許してやれよ』

「はいそこ、笑わない! 御手洗君、この間の授業でも教えたけれどS・U・Nでサンって読むのよ? ちゃんと復習しましょうね?」

「はーい」


 俺は今のやり取りから脳内で御手洗君=なのは(♂)という等式を仮定した。


「じゃあそろそろ授業を始めるから二人とも席に座ってちょうだい。 二人の席は……ハラオウンさんは高町さんの隣、サンバック君は御手洗君の隣です。 とりあえず今日のところは教科書類は隣の人に見せて貰って下さい」

「「はい」」




「フェイトちゃん、さっきの自己紹介よかったよ!」

「ありがとうなのは。 でも少し恥ずかしかったかな」


 フェイトは席に座って早速なのはとおしゃべりを始めた。
 さて、俺も自分の席に向かいますか。


「おっすスニー。 よろしくな!」


 わーあったまいー。


「おう、よろしく。 ちなみにスニーじゃなくてサニーな。 ところでお前、下の名前は?」

「サトシ。 字は賢いって意味の『さとい』からとって『聡』って書くんだ。 カッケーだろ?」

「そうだな。 そういえば英語には名前をよりカッコ良くする為にミドルネームとしてアルファベットを名前の真ん中に入れることがあるんだ。 有名な例だとワンピースに出てくる主人公とかだな。 モンキー・ルフィーよりはモンキー・D・ルフィーのほうがかっこよくないか?」

「おおすげー、確かにそっちのほうがカッチョいーな。 とっとこハム太郎のハムとかもそうなのか?」

「いやそれは違う。 でもカッコイイのは理解できただろ? だからお前にもミドルネームを付けてやる」

「マジで!?」

「御手洗 W.C.聡ってのはどうだ?」

「おお、すげーっ! ところでW.C.ってどういう意味?」

「Wild Cardの略だ」


 Water Closetの略である。


「意味はわかんねーけどかっけー! よし、じゃあお礼に俺もなんかあだ名を考えてやるよ。 スン、スン、寸止まり、五寸釘、一寸先は光の世界――」


 一寸先は光の世界って、お前は死ぬ間際のネロ少年か。
 このままだと俺はとんでもないニックネームが付けられそうなのでもう一度訂正することにした。


「一応言っておくとサンだからな」

「そうだ、いいこと思いついた! サンからとってサニーってのはどうだ?」

「さっきから出てたとんでもないのに比べればまた随分とマシなものが出てきたな」

「へっへー。 俺のセンスも悪くねえだろ?」

「そうだね」


 というか本名やがな。


「はいそこまで。 仲良くなるのはいいけど今は授業中だから静かにしましょうね?」

「ごめんなさーい」「すいませんでした」


 こうして俺は学校生活で初めての男友達を手に入れた。 と思う。
 友達百人出来るかな? 出来ればいいなぁ。







 さて、一限の授業が終わって休み時間になった。


「ねえ向こうの学校ってどんな感じ?」

「私、その、学校には……」


 フェイトは教室の隅の方で授業中ずっとそわそわしていたクラスメイト達によって質問攻めにあっている。


「すげー急な転入だよね、なんで?」

「え、と、その、いろいろあって……」

『日本語上手だね! 何処で覚えたの?』『前に住んでた家ってどんなとこ?』『下の毛ってやっぱり金色なんですか?』

「えと、その、あの」

「はいはーい! 転入初日の留学生をそんなにわやくちゃにしないの」


 それを見かねたアリサがクラスメイトを止めに入った。
 やっぱこいつはクラスでも番長的立場の人間なんだな。
 周りを仕切ってても全然違和感がない。


「アリサ……」

「それと質問は順番に。 フェイト困ってるでしょ?」


 フェイトはアリサに助け出されてホッとした表情を見せた。
 その表情を見たアリサはそのまま場を仕切ることにしたようだ。
 なのはやすずかはその様子を見て、自分たちが手を差し伸べる必要はないと判断したのかこちらを見て笑っている。


「はい! じゃあ俺の質問から!」


 クラスメイトの一人が元気よく手を上げた。


「はい、良いわよ」

「向こうの学校ってどんな感じ?」

「えと、私は普通の学校には通っていなかったんだ。 家庭教師と言うか、そんな感じの人に教わってて」


 ああ、前に言ってたリニスの事か。
 たしかプレシアの使い魔の山猫だったっけ。
 バルディッシュを作ったのはその人(?)だって話だから、相当頭が良かったのは間違いないだろう。


「へえ、そうなんだ」

『はいはい! 次わたし!』『はい! 次は俺だって』『さっきは男子だったんだから次は女子よ!』『今日のパンツの色はー?』

「待って! 待ってー! ってそこ! どさくさに紛れてとんでもない質問をしない!」

「おいやめろ。 服に跡がついちゃったじゃねえか」


 俺は蹴られてついた靴の跡をはたきながらそう言った。


「それはあんたが悪いからよ。 友達同士でもセクハラは成立するんだからね? というか、あんたも転入生なのになんで質問攻めにあってないのよ?」

「俺は質問を紙に書いて渡してくれれば昼休みに纏めて答えるって言っておいたからな」

「なるほど。 それは上手いやり方ね。 でもそれ、あたしは聞いてないんだけど?」

「おまえは今更俺に何か質問があるのか?」

「……それもそうだけど、なんか癪だわ」


 お前は一体何様のつもりなんだ。


「それよりいいのか?」

「何が?」

「フェイト、またわたわたになってるぞ」

「あ」

『じゃあさじゃあさ、前住んでたところってどんなところだったの?』『今何処に住んでるの?』『お父さんは何してる人なの?』『特技は?』『趣味は?』『習い事は?』

「あ、あの、その、えと、だから……キュゥ」

「ちょ、ちょっとフェイト!? 大丈夫!?」


 フェイトは人いきれで倒れてしまった。
 俺もそうだったけど、やっぱり友達の数が少ないと人に囲まれるといっぱいいっぱいになるんだよな。
 頑張れフェイト。 人生って経験値がかなり大事だぞ。





 さて、午前中の授業も残すところ後1つとなった。
 初めこそ記憶にない授業と言うことで真面目に聞いていたのだが、小学校の算数なんて退屈にも程がある。
 暇つぶしに今日の朝フェイトが言っていたバールの凄さについて真面目に考察でもしてみるか。
 
 しかしどうやって考察をするべきか。
 ああそうだ、確かバールにインストールされている転移・転送系魔法の1つに身代わり魔法ってのがあったな。
 これに関してフェルミ推定でも使ってみるか。 

 あれは『転移対象に対し閾値以上のエネルギー反応を検出した場合、魔力素を用いて対象に含まれる全ての素粒子をプランク時間程度で別の場所へとコピーする』という不確定性原理も真っ青な代物だったはずだ。
 正直原理はさっぱりわからないが、とりあえず身体を構成する全ての素粒子を同時に何処かへコピー&ペーストするって考えで良いはずだ。 多分。

 さて、まず人間の細胞数は約6×10の13乗、細胞一つあたりの原子の数は10の14乗程度だという。
 仮に身体を構成する分子が全てH2Oだとして同位体の存在を無視すると、水素は1個の陽子と1個の電子、酸素は8個の陽子と8個の中性子、そして8個の電子でできていて、陽子と中性子がどちらも3個のクォークからでできてると単純に仮定するとH2Oに含まれるフェルミ粒子は64個か。
 とすると人間の身体を構成する素粒子の数は大体10の29乗というオーダーになる。
 これに服やバール本体、さらに水以外の分子等も含めて考えれば、実際のオーダーはさらに数桁は大きくなるだろう。

 とにかく、以上の事からこの魔法を使用する為には最低でもプランク時間、すなわち5×10のマイナス44乗秒程度で10の29乗個の魔力素の超精密な並列処理をデバイスがしなくてはならないことになる。
 わかりやすく数字に直すとこうだ。

 『バールは最低でも0.000 000 000 000 000 000 000 000 000 000 000 000 000 000 05秒で100,000,000,000,000,000,000,000,000,000個の魔力素を自在に制御することができる』


 なるほど。 確かに無茶苦茶だな。
 ペタコンとか事業仕分けってレベルじゃねえよ。
 そりゃバール一つで星を買える訳だ。
 でも星っていくらぐらいするんだ?
 そんなことを思っているとバールの表面に30円という文字が浮かびあがってきた。
 やっすぅー。


「――はい、じゃあサニー君」

「はい?」

「最終的にお釣りはいくらになりますか?」


 マジかよ、いきなり当てられちまった。
 『いくら?』ってことは金額を聞かれてるのか。
 小学校3年の問題なら億とか兆って額はまずないだろう。


「そうっすね、大体300円ぐらいじゃないですか?」

「300円を持って買い物に行ったのになんでまるまる残ってるのよ」


 後の方の席にいるアリサから突っ込みがはいった。


「それはあれだ、まだまだ世の中は優しい人が多くてだな、泣いて困っている子供が居たから周りの大人が助けてやったんだよ。 いやぁいい話だなぁ」

「サニー君」

「はい」

「先生はそういった人情話は嫌いじゃありません」

「ありがとうございます。 一瞬ジンバブエ的インフレ説とどっちを採用しようか迷ったんですけど、こちらにして正解でしたね」

「いいえ、残念ながら不正解です」


 ですよねー。


「答えは先程と同様――このように式を立てて計算すると30円となります。 サンバック君、授業中はちゃんと先生の話を聞いてくださいね?」

「はい、すいませんでした」



 そう言って着席したはいいものの、俺は先程知ってしまった恐るべき事実に興奮を抑えきれず、自分の左手首に鎮座ましましているオーパーツに向かって小声で話しかけてしまった。


「なあバール」

「なんだ?」

「お前って実は凄かったんだな」

「ふん。 今更気付いたのか?」

「まあな。 でも本当に俺なんかのデバイスでよかったのか?」

「何を当たり前のことを聞いているんだ。 私のマスターに相応しいのは現在お前しかいない。 あの娘の場合はマスターが頼むから特別に一部の演算を請け負ってやっただけに過ぎない」

「なに、お前フェイトの事嫌いなの?」

「……いや、そうでもない。 頼まれたならもう一度ぐらいは使わせてやってもいい」

「ツンデレかよ。 どっちにしろ態度がでか過ぎて二度と使って貰えないだろうけどな」

「いいから授業に集中しろよ、300円」

「うっせーよ、30円」


 でも俺はコイツのそんなところも気に入っている。
 だって主に絶対服従なんてそんなのつまんないじゃん。






 そして昼休みになり、俺は休み時間中に貰った質問に回答を記入することにした。


Q.『出身はどこですか?』
A.『本国です』

Q.『日本語お上手ですね。 何処で覚えたんですか?』
A.『ベッドの上で覚えました。 ある意味睡眠学習という奴ですね。 もしよかったら今度一緒に勉強しませんか?』

Q.『日本に来て一番驚いたことは何ですか?』
A.『男女平等という名の女尊男卑が普通にまかり通っていることですかね』

Q.『好きな言葉はなんですか?』
A.『友情は人を強くする』

Q.『野球とサッカー、どっちが好きですか? やっぱり野球ですよね?』
A.『残念ながらサッカーです。 キャッチボールは結構好きなんですが野球そのものにはさほど興味が無いです』

Q.『趣味はなんですか?』
A.『サッカーと読書と……いや、今はそれだけだけです』

Q.『特技はなんですか?』
A.『FT-IRを用いた結晶構造中の水素の原子座標特定です。 X線構造解析ではEDSの特性上ボロンより軽い元素の位置を特定するのは難しいのですが、このFT-IRと呼ばれる赤外分光を利用した――』



 でもみんな案外普通の質問ばっかりだなぁ。
 もっとこう、奇抜な質問はないのだろうか?


Q.『なんで『U』は『あ』って発音すんの?』
A.『WC、それは俺に聞くことじゃねえ。 先生に聞いてこい』


 こういうのは論外である。
 まあ小学生程度の年齢ならこれが普通か。
 などと思いながら質問を片づけていると、最後に1つ凄い物を発見してしまった。


Q.『拙者の名前はシュバイン・ダークフィールドと申す。 貴殿に尋ねたいことはただ一つ。 それは貴殿の前世についてだ。 もしや前世で貴殿は太陽の戦士『サン・オブ・ザ・レッド』として名を馳せてはいなかっただろうか? もしこの名前に聞き覚えがあれば是非とも拙者に教えてほしい。 アルハザードによって引き起こされる災厄から無垢なる魂を守るため、共に立ち上がろうではないか!』


 これはっ……!
 こういうのを待ってたんだよ俺はっ!


A.『いかにも、私は前世で太陽の名を冠する王家の末裔であった。 だが私は志半ばで倒れ、幾万回もの月の満ち欠けを経てこの世界へと転生を果たしたのだ。 シュバイン氏の名前はこの世に並ぶものなき天衣無縫の戦士として私も聞き及んでいる。 さあ世界を救うときが来たのだ! 剣を掲げよ! 鬨の声を上げよ! そして愚かな民に神威の光を!』


 うん、こんな感じでいいかな。
 でもよりにもよってシュバインって、一体彼は何を思ってそんな名前を付けたんだろうか。
 俺はただそれだけが気になった。

*参考文献 クロウン独和辞典 第四版
  Schwein(独):豚、酢豚




 こうして全ての質問に答えを記入し終えた俺は、教卓の上にそれらの紙を置いて皆に呼びかけた。


「じゃあ貰った質問用紙はここに置いておくんで、他に質問がある人は俺のところに後で直接聞きにきてください」


 その発言の直後、教卓には多くのクラスメイトが集まってくれた。
 ああよかった、誰も見に来なかったら淋しくて死んでしまうところだった。


「みんな無関心じゃなくてよかったじゃない」

「あん? なんだ、誰かと思ったらバニングスさん家のアリサちゃんか。 脳が沸騰しちゃいそうな感じのソプラノボイスだったせいで一瞬アルハザードからの精神攻撃かと思ったぜ」

「よくわかんないけど、とりあえずまたあんたを蹴り飛ばしてもいい?」

「まあまあ。 そんな冗談はちょっと脇に置いといて」

「それは手元に置いときなさいよ」

「絞まってる絞まってる」

「絞めてんのよ」


 その後、絞殺の危機から解放された俺は引っ張られて伸びたネクタイを直しながらアリサに1つ質問をした。


「なあ、シュバインって豚は何処のどいつだ?」

「シュバイン? そんな奴あたしは知らないわ。 このクラスで外国の血が混じってそうなのは私とフェイトとあんたぐらいよ」

「そうなのか? さっき質問に答えを書いているときシュバイン・ダークフィールドという妄想戦士を見つけてな。 面白かったから『シュバちゃん、俺と友達になろうぜ!』って返信をしたんだ」

「ダークフィールドねぇ……もしかして黒野のことじゃない?」

「クロノ? えっ、いつの間にあいつはこのクラスに転入してきたんだ?」


 妹が心配で転入するなんてかなりハイレベルのシスコンだろ。
 しかもあいつ14歳だったよな?
 うっわーその歳でロリコンとかマジないわー。 犯罪だわー。


「あんたのいう『クロノ』は知らないけど、あたしの知っている『黒野』はアレよ」

「アレ?」


 そう言ってアリサが指さす方向を見ると、そこには本当は怪我など微塵も無いはずの左腕に白い包帯を巻きつけている少年の姿があった。


「そなたがサン・オブ・ザ・レッド殿か。 拙者はシュバイン・ダークフィールド。 仮世での名は黒野祐介と申す」

「そ、そっすか。 かっこいい名前っすね」


 その自己紹介を聞いた俺は思わずアリサの耳元で呟いた。


「やっべ、俺ちょっと早まったわ」

「今更じゃない。 頑張ってね~」

「あ、ちょ、おい! こんな微妙な空気の中に俺を一人残して行くな!」


 しかし俺の叫びも空しく、アリサはフェイト達をつれて屋上へと昼食を食べに行ってしまった。


「さあさ、レッド殿。 我々もこちらで談笑をしようではないか」

「あ、はい」


 俺はこのとき始めて『友達は選ぶもの』という言葉の意味を心から理解した。
 うん、まあ意外と面白かったからこれはこれでよかったのかもしんないけどさ。
 でもこの痛さはいつかちゃんと矯正してあげようと思う。
 そうしないとこの黒豚君、いつの日か突然窓から飛び降りそうだしなぁ。 だって俺ならそうするもん。



[15974] 友情編 第6話 それは普通の日常なの
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/05/08 04:58
 俺とフェイトがなのは達のクラスに転入してそろそろ2カ月という頃。
 俺達はこういった集団生活にも慣れ、運動が出来て頭も良くて容姿も良いフェイトはヒーローとして、運動はそこそこ出来て頭も結構良くて容姿は多分そんなに悪くない俺は何故か芸人として人気者になっていた。
 なんでだおい。 ふざけんな。


「これは流石に納得がいかん」

「何が?」


 俺がその憤りを足元の蟻たちにぶつけていると、なのはが話しかけてきた。
 ちなみに今は体育の時間でドッジボールの試合中である。
 なんで俺達が普通に話してられるのかって?
 始まってすぐアウトになったからだよ。 ファック。


「ほら、俺ってフェイトと同じ時期に入ってきてスペック的にも結構同じじゃん?」

「それは自分を過大評価し過ぎだと思う。 スペック的には人と青のりぐらい違うよ」

「失礼なこと言うなって。 そんな事言ったらフェイトが可哀そうだろーが」

「どう考えても青のりがサニーくんだからね?」

「ぶっ殺すぞコノヤロウ。 それを言うならお前なんてアオミドロにも劣るだろうが」

「アオミドロって青のりの原料?」

「おお、良く知ってたな」


 全然違います。
 青のりはアオノリから作られますし、アオミドロはただの多細胞生物です。


「まあそれは一旦置いといて、一番の疑問はどうして俺とフェイトの扱いがこれほど違うのかということだ」


 先程の試合中も俺が敵をアウトにした時は何もなかったが、フェイトがアウトにした時は称賛の声が周囲から多く上がった。
 同様にフェイトがアウトになった時は惜しまれる声が聞こえたが、俺がアウトになった時は爆笑が周囲から湧きあがった。
 えっ、ちょっと待って。 これもしかして俺虐められてんの?
 待て待て、それはちょっと考えすぎだって。
 だって昼休みに皆をサッカーに誘えばちゃんと付いて来てくれるじゃん。


「これは一体何が原因なのか、お前にはわかるか?」

「そんなの簡単だよ。 多分ふいんきが違うからだと思う」

「確かに、フェイトからはどこか皆を引きつけるオーラ的なものが出てる気がしないでもない。 ちなみにふいんきじゃなくふんいきな。 間違えやすいから注意しろよ?」

「サニーくんからはギャグ的なオーラが凄い出てるよね。 あとわたし、ちゃんとふんいきって言ってたから」

「ギャグ的ってのは流石に冗談だよな? ついでに言うとさっきのはどう聞いてもふいんきって言ってたぞ」

「まじだよ。 それと証拠もないのに間違えたって断言するのはやめた方がいいと思う。 負け犬のオーボエに聞こえてちょっと恥ずかしいよ?」

「そうだな。 オーボエは恥ずかしいからな」

「うん。 わかればいいんだよ、わかれば」


 そう言ってなのはは満足げな表情で何度か頷いた。
 うん、まあ本人がそう思っているのならきっとそうなんだろう。
 これ以上の突っ込みは野暮というものだ。
 それよりも俺の評価をどうやって上げるかの方がよっぽど重要である。

 スポーツ系ではフェイトには勝てそうもない、というかそれを遥かに上回る地力をもったすずかは一体何者なんだ。
 先程フェイトが空中キャッチから行った矢のような投球も凄かったが、それを受け流すように片手でまだ空中に居たフェイトに返球したすずかの身体能力は既に小学生の域を超えていると思う。
 ちなみに俺を容赦なくアウトにしたのもすずかだ。 あの時は普通に腕が無くなったかと思ったぜ。

 おっと話が逸れてしまったが、そうなると皆を見返してやるためには別の方向から攻める必要が――


「あっ!?」『おいサニー!』『避けろ!』『危ない!』

「ん? ぐえぁ!?」


 そうして考え込んでいた俺の顔面に、突然強烈な衝撃が走った。
 何だ? もしかして流れ弾が当たったのか?
 近くに転がっているボールを見るにこの推測は正しそうだ。


「いってぇー……」

「あはは、ごめんごめん、ちょっと手が滑っちゃった」


 アリサは片目をつぶり、笑い混じりに片手を顔の前に立てて謝罪した。
 どうやら俺にボールをぶつけた犯人はアリサのようだ。


「反省してるならあははって発言はおかしいだろ、おい」


 クソッ。 鼻の奥の所がツーンとする。 
 ん? そう言えば俺が軽く見られるのは、もしかしてこいつに原因があるんじゃないのか?
 こいつが俺を軽く見ているから周囲も俺を軽く見る。
 おおっ、これ絶対そうだって。

 ならば俺がしなければならないことはただ一つ。
 こいつを得意分野で叩きのめしてヒエラルキーの頂点に立つことだ。


「というわけで今週末の中間試験で勝負だ」

「なによいきなり。 しかも随分と自信があるみたいじゃん」

「まあな。 少なくともお前には負けない自信がある」

「へぇ? 言っとくけどあたし、かなりやるわよ」


 アリサは俺を小馬鹿にするようにそう言い放った。


「はっ、小学校のテストなんざ勉強しなくても楽勝に決まってんだろうが。 元マスターを舐めるなよ?」

「そう言えば前世では大学院生だったとか言ってたっけ」

「どうした? まさか怖気づいたのか?」

「それこそまさかね。 いいわよ。 勝負してやろーじゃない。 でもただの勝負じゃ面白くない」

「ほう。 つまりは――」

「負けた方は勝った方の言うことを1つ聞く。 それでどう?」

「よく言った。 次お前が負けたら今度こそブラジル水着でストリップカーニバルだからな?」


 よくよく考えれば児童ポルノだろうがなんだろうが、少年法がきっと俺を守ってくれるはずなのだ。 日本万歳。


「別にいいわよ? 負けなければ何の問題もないし。 それより、そっちこそ負けた時の覚悟は出来てるんでしょうね?」

「男に二言は、って奴だ。 皆まで言わせるなよこのビッチが。 俺はいつだってクライマックスだぜ」


 俺はポーズを取りながらクールに決めた。


「ならまずはその鼻血を拭けば? カッコつけてるつもりでもギャグにしかなってないし」

「うおっ!? しまった!」

『アハハ、ダッセー!』『やっぱあいつは絶対芸人になるべきだって』『今のおいし過ぎだよなぁ!』『アハハハハハ!』


 ファック。
 だが俺の親愛なるクラスメイト達よ。
 そうやって俺を笑っていられるのも今のうちだ。
 一週間後、テストが返ってきた暁には、その視線は全て尊敬の眼差しに変わってることだろう。
 ククク、その日が来るのが今から待ち遠しいぜ。







 で、その日の放課後。
 俺は1人図書館へとやってきていた。
 これはユーノから借りている本の数式が理解不能だったためである。
 学校の図書館にはそのレベルの書籍は置いて無いが、県立図書館ともなればそういったものも置いてあるはずだ。

 ちなみにすずかもよく図書館に来るらしいので今日も誘ってはみたのだが、今回は塾があるからと断られてしまった。
 その時『エスカレーター式なのに塾に行く意味あんのか?』と聞いたところ、横に居たアリサに『大学で行きたい学部へ行くためよ』と返されたときは素直に感心した。
 小学生なのにもう未来予想図が描けているとは、みなさんなんて出来たお子様なんでしょう。
 だがなのは、お前は駄目だ。
 特に国語。

『問 次の空欄に当てはまる一語を書きなさい。
  為せば成る 為さねば成らぬ 「ケセラセラ」』

 これはいくらなんでも酷過ぎる。
 意味正反対になってんじゃん。
 上杉鷹山も草葉の陰で泣いていることだろう。
 というかあいつもWCも、授業と笑点は別物だってちゃんと理解してんのか?
 『為せば成る 為さねば成らぬ 「らりるれろ」』とか完全に鷹山ラリってんじゃねえか。


「お、あったあった。 でも多重線形代数の本って意外と数少ないんだな」


 そんなことを思い出しながら、俺は数学の棚で見つけた分厚いハードカバーの本を数冊抱えて読書コーナーへと移動した。
 そこで早速ノートを開き勉強を始めたのはいいものの、前提知識が足りないのかどうもすんなりと理解できない。
 これはもっとわかりやすい教科書を探しに大学の図書館へも行く必要があるかもしれんな。
 世界の砂川にも用があるし丁度いいか……いや、魔法関連でもあるし、やはりここはユーノに頼るべきか?

 なんて事を考えていると、横合いから急に大きな声が上がった。


「ああっ!? サニー君や!」


 声がした方を確認すると、そこに居たのは4月の頭に出会った車いすの少女だった。


「めっちゃ久しぶりやん! 元気してたか?」

「まあな。 でもそっちこそ久しぶりだな。 確か……はや、はや、そうそう、林原さんじゃないか」

「…………」

「こっちは元気にしてたぞ。 そっちこそ元気にしてたか?」

「…………」

「そうか、まだ足は良くならないのかぁ」

「…………」

「最近俺もこっちに引っ越してきたんだけど……ってどうした? 笑顔のまま固まってるけど、死後硬直の練習かなんかか?」

「んなわけないやろ! 全然ちゃうやんか!」

「何が?」


 林水さんがそう言ってきたので、俺は寝癖が無いかどうか頭を触って確認した。
 身長も髪型もそう変えてないし、他に変わったところって何かあるか?


「名前や! な・ま・え!」

「あれ、間違ってた?」

「大間違いや。 『はや』まで出てきてなんで後一文字が出てこんのや。 あと林原は苗字や。 『はや』で始まるんは下の名前のほうや。 そんで死んでや」

「最後物騒すぎるだろ。 でもそういやそうだったっけ」


 でも普通2回しか会ってない上に半年近く会っていない人の名前なんて覚えてるか?
 どんだけ記憶力いいんだこいつ。
 

「悪い悪い、すっかり忘れてたわ。 ごめんな、ハヤオ」

「バルス」

「ギャーッ! 目が、目がぁ!」


 俺は鋭すぎて見えない眼つぶしを受け、図書館の床を無様に転がりまわった。
 超いてえ。


「これはあんときのお金返して貰わんとあかんかなぁ」


 おお、そう言えばそんなこともあったな。
 あのときに買ったパンツはまだ現役で使用中である。
 そんなことを思いながら、俺は財布の中から万札を華麗に取り出して彼女に渡そうとした。


「ふっ。 釣りはいらねーぜ。 取っときな」

「おわっ!? なんやその見せびらかすような札の渡し方。 しかも手震えてるし」

「ああ、これはきっと静電気に違いない。 最近疲れてるしな」


 はやてはそんな俺を冷めた目で見つめてきた。
 違う、俺は決して諭吉さんとの別れを恐れている訳ではないのだ。


「ま、さっきのは冗談やし、お金のことは別にええんやけど、これって例の石でも売ったんか?」

「いんや。 まあこれはちょっとしたボーナスとか色々あってな」


 例のタウンページ以上に厚い危機対処マニュアルが本局のお偉方に高い評価を受けたらしく、俺の口座には結構な金額が振り込まれていたのだ。
 さすがは次元世界を統べる管理局。
 お蔭で借りてたお金は全部返せたし、来年上半期の授業料も心配しなくて良くなった。


「ところで前にあげたアメジストはどうなった? 色褪せて悲しくなったか?」

「大丈夫や。 今もときどき使っとるよ」

「使う? 使うって、何に?」


 アメジストにそんな特別な用途とかあったっけ?
 ダイヤモンドならその硬さを利用して高圧発生装置とか研磨剤に良く使われるし、ルビーなら粉末にして圧力測定の指標に使われるってのは知ってるんだが。


「ほら、アメジストのストーンパワーって魔よけとか癒しの効果があるっていうやろ? おかげで前より足の調子もようなった気がするんよ」

「……ああそうか、ストーンパワーのことか」


 俺が昔大学で研究していたのは鉱物学だ。
 だからそんなものが所詮まやかしに過ぎないという事は嫌というほど知っている。
 だが、そのプラシーボ効果によって病気が少しでも良くなると言うのなら、俺はそれを否定するつもりはない。
 むしろ友人の心の負担を和らげてくれた事に感謝もしよう。


「そう言ってくれるなら、俺もあの石をプレゼントした甲斐があるってもんだ」

「ありがとな?」

「なに。 いいってことよ」




 それから俺たちはお互いの近況について話しあった。
 そこで初めて知ったのだが、はやては既に両親を失っており、実は俺と初めて会った時は天涯孤独の身だったという。
 しかし最近は新しい家族ができたおかげで大変幸せな生活を送っているらしく、その話し方には少しも暗いものが見えなかったので俺は安心した。


「ところで、サニー君は今何しとったんや?」

「ちょっとわからない事があってな。 所謂お勉強って奴だ」

「ふーん。 なんやまた難しそうな本を読んどるみたいやけど、どうせこれっぽっちも理解しとらんのやろ?」

「ぶっ殺すぞコノヤロウ。 ちゃんと理解してるっての。 お前と一緒にすんな」


 すいません、本当は半分も理解できてないです。


「でもこれって大学生とかのレベルなんとちゃう?」


 はやては俺の手元を覗き込みながらそう言った。


「まあそうだな」


 今やっている内容は数学科の連中が専門に入ってようやく始めるような範囲である。
 これを普通に理解しているであろうフェイトやユーノにはマジで驚かされる。
 なのはは転送系魔法がまだ使えないという話なので、あいつに魔法で勝とうと思ったならここで差を付けざるを得ない。
 ま、勝ったところで見せられないんですけどね。 糞的な意味で。


「そういえば、前に会ったユーノ君も明らかに小学生レベルを超越しとったなぁ。 もしかしてサニー君達って、外国の大学とか卒業してたりするんか?」

「んー、一応ユーノはそれでいいはず。 学会での話とかもよく聞くし。 でも俺はよくわかんねえ」


 ユーノがミッドで通っていたという魔法学院は、開かれている講義を好きに選択していき、既定の単位さえ習得できれば進級・卒業できるというシステムだったそうだ。
 ちなみに彼は5歳の時そこへ入学し、それから僅か2年半で卒業するという伝説を残したらしい。
 その時興味本位で所属していた研究室からは未だにお呼びがかかるそうで、何処からもいらない子扱いされていた俺としては非常に羨ましく思う。
 周りにとけ込めなかったからなぁ、俺。 今思うと完全に浮いてたし。


「なんやそれ、自分の事やろ?」

「いや、なんか俺って一回死んで、それからこの世界に転生してきたらしいんだよね」


 そういう視点で、つまり前世も含めて考えれば俺も大学を卒業したと言えるはずだ。
 少なくとも修士課程は修了したわけだしな。 証拠はないけど。
 おっとやべ、今ちょっとくらっときた。
 昔の事を深く考えるのはもう止めよう。


「そうなんか? それでその知識量は前世のもんやと。 まるで物語の登場人物みたいやん。 少しだけ羨ましいわぁ」

「ふはは、そうだろうそうだろう。 俺が主役の物語に登場させてやってるんだから、お前は俺に感謝しろ」


 こうして何の疑いも無く信用してくれるってことは、やはり学業方面で結果を残せばアリサにこの事実を信じさせられる可能性は高い訳だ。
 前言った時は鼻で笑われたしな。
 あいつを跪かせてやる日がもうすぐ来ると思うとロマンチックが止まらない。


「誰もサニー君が主役やとは言うとらんよ? あたしが主役かもしれへんやん。 そんでサニー君は脇役な」

「まあ別にそれでもいいんだけど、折角なら俺はその主役をいじくり倒すドンキー・ホーテになってやろう。 一緒に笑いの殿堂でも作り上げようぜ?」

「それも面白そうやね。 でも1つ訂正がある。 ドンキーちゃうよ、ドン・キホーテや。 サニー君、こんな簡単なことも知らんかったんか? うっわーありえへーん」


 そう言ってオチ担当の少女はけらけらと笑った。
 ちっ、細かい揚げ足取りで喜びやがって。


「ちょっと言い間違えただけだっつの。 とりあえずはお前の名義で『ベッサーヴィッサー』という事務所を立ち上げることから始めよう」

「なんやかっこええ名前やけど、どういう意味や?」

「ドイツ語で『知ったかぶりをする人』という意味だ。 お前にぴったりだろ?」

「アハハハハ」

「ワハハハハ」

「泣かすよ?」

「ちょ、痛い痛い、腹を思いっきり抓るな。 ほら見ろ、赤くなっちゃったじゃん」

「そんで話は戻るんやけどな」


 だがはや夫は俺の訴えを無視して話を続けようとした。
 そんなこと許してたまるか。


「戻さなくていいから見ろって。 ほら、これがお前の付けた爪痕だ。 まるで東京大空襲だな。 俺の体のミトコンドリアがお前に訴訟と賠償を要求するって言ってるけどどうする?」

「ドン・キホーテのお話って視点を変えると喜劇やなくて――」

「おいそこのドンキー。 無視するな。 俺を無視するな」

「コング呼ばわりはやめいっ! ちょっとは気にしとるんや! というかそんなきったない腹見せんといてくれるか? 目が潰れてまうわ」

「せめて小さい『っ』は無くしてくれない? 泣きたくなるわ」





 そのままはやてとだべっていた結果、俺の勉強はあれから一行たりとも進まないまま図書館は閉館時刻になってしまった。
 既に外は夕日の赤に染め上げられ、学校帰りの兄ちゃん姉ちゃんのいちゃつく声が耳につく。 リア充は皆死ねばいい。


「あー、でも今日はめっちゃ楽しかったわ。 サニー君はどないや?」

「悪くはなかった」

「素直やないなぁ。 楽しかったなら楽しかったってちゃんと言わなあかん」

「うるせえ。 楽しかったけど予定が狂ったんだ。 ちょっとぐらい文句を言っても罰は当たらねーよ。 それより何処まで押してけばいいんだ?」


 俺は今はやての車いすを押して路上を歩いている。
 図書館を出てからはずっと適当に進んでいるのだが、果たしてこっちでよかったのだろうか?


「とりあえず、しばらくはこのまま真っ直ぐでええよ」

「了解……って、おい。 もしかして家までずっと押してけっていうつもりじゃないだろうな?」

「そんな訳ないやん。 玄関までや。 そしたらちゃんと塩撒いて見送りしたるから安心してな?」

「出来る訳ないやん。 崖から蹴り落としてやろうか?」

「あはは、流石に今のは冗談や。 多分もう少ししたらわたしの家族が迎えに来てくれる思うし、それまででええよ」

「なら始めからそう言えよキング」

「だからコング呼ばわりは止めぇってゆうとるやろ?」

「いっ!? ちょ、やめ、これ以上お腹は抓らないでっ!」


 それからグダグダとしたやり取りをしながら400m程進んだところで、綺麗なお姉さんがこちらに向かって駆けてきた。
 もしかしてこの人がはやての言ってた家族の一人だろうか?


「はぁ、はぁ、お待たせしました、はやてちゃん」

「気にせんでええよ。 友達と一緒やったし」

「友達、ですか?」


 そう言って優しそうなお姉さんは俺を見て何かに納得したように頷いた。


「ああ、貴方がもしかしてサニー君?」

「そうですけど、あなたは?」

「私はシャマルと言います。 はやてちゃんの家で一緒に生活させて貰っている居候、でしょうか?」

「居候ちゃうよ。 家族や」

「はやてちゃん……!」


 はやての『家族』という言葉に感動したのかシャマルさんははやてに抱きついた。
 何このやっすいホームドラマ。
 俺はそう思ったが敢えて言わない事にした。
 まあ、はやてには今まで家族が居なかった訳だしな。
 そういうものを求める気持ちもまたひとしおって奴なんだろう。


「でもそんなに家族ってのはいいもんなのか?」

「めっちゃええよ。 もう最高や。 わたしは家族のためやったら命だって全然惜しない」

「私もです。 例えこの身が滅びても、はやてちゃんのことは絶対に守って見せますから」

「あはは、シャマルは大げさやなぁ」

「おおげさじゃありません! 本気です!」

「ふーん」


 そう言えばフェイトも母親の為にならどんな危険なことだってやったって言ってたっけ。
 もしあの時俺が高町家の一員になっていたとしたら、俺もそんな風に思う日もあったのだろうか?
 彼女達がそこまでいうのなら一度は体験してみたいとも思ったが、まあ過ぎてしまったことに今更どうこう言っても仕方ないな。

 その後俺は2人と少し話を続け、夕食の準備もせなあかんと言うはやての言葉をきっかけに別れた。
 この日の晩飯に買ってきたスーパーの弁当は、何故かいつもより味気ないように感じられたが、いくら塩をかけてもそれは解消されなかった。







 そして翌週。
 先日実施されたテストが俺の手元には続々と返ってきていた。


「どうだった?」

「すずかか。 いや、まだ勝負はついてない」

「でもアリサちゃん、今4つ帰ってきた段階で400点満点だよ?」

「バカヤロウ、そういう情報漏洩は勝負をつまらなくするから止めろ」


 現時点での俺の得点は算数と理科はどちらも満点、国語は悲惨、社会は凄惨という感じである。

 国語は『そのときの次郎の気持ちを答えよ』とか言われても、文章中に直接の答えが書いてないから書けるわけがない。
 そういった文章を自分の言葉で書かないといけないというのは、それ自体がある意味1つの問題とも言えよう。
 だって大学入試の評論文なんかだと答えがちゃんと1つに定まるんだもん。
 こういう答えが1つじゃない問題ってなんか気持ち悪いよな。
 ま、とりあえずフェイトには勝てただけでも良しとしよう。
 なのはには勝てたのかって? それは聞くな。 泣きたくなる。

 社会の方は地理が得意だからいけると思っていたのだが、範囲はなんと歴史。
 歴史の知識は次元の彼方に置いてきちまったからなぁ。
 墾田永年私財法とか覚えてるわけねえだろ。
 まず『墾』って漢字が出て来ねえっつの。

 しかも一応満点だった算数でも、

『文章題で方程式を使ってはいけません。 次からは減点します』

 と注意されるし、理科でも、

『できるだけ答案は簡潔に書いてください。 専門的な解答は期待していません。 答案の成否を確認する為に大学の先生の所に聞きに行く羽目になりました』

 などと言われ、尊敬する砂川教授には余計な迷惑をかけちゃうし、もうほんと散々な結果だった。
 正直俺、小学校のテストを舐めてたわ。

 アリサに勝つのは絶望的だと言うのは既に理解している。
 だがしかし、昔偉い先生はこう言っていた。
 勝負は諦めたらそこで試合終了だと。
 そう、つまり最後の教科が帰ってくるまで勝敗はわからないのだ。


「ところでサニー君、さっき先生が言ってた専門的な解答ってどんな答えだったの?」

「ああ、見るか?」

「うん。 ちょっと見てみたいかも」


『問題:次の空欄を埋めなさい。
   水を0度以下まで冷やすと( )になる。

 正答:氷

 サニーの解答:常圧下で水の周りになんらかの相境界が存在する場合、まずその境界付近で不均質核形成が起こる。 この時できた核はその半径によってオストワルド・ライプニングの影響を受け、臨界半径よりも大きな核のみが選択的に残される。 その後はこの時残された核が成長していくことになるのだが、過冷度によってできる氷結晶の外形は異なり、過冷度の小さい順に板状、骸晶、樹枝状、球顆状結晶ができ、さらに大きな過冷度の場合はガラス』


「これは……言いたくなる先生の気持ちもわかるかなぁ」

「俺はWCの『キンキン』という答えに座布団をあげたくなったぜ」


 それから授業中にチラっと出てきた砂川教授の伝説をすずかに話しているとチャイムが鳴った。
 いよいよ審判の時が訪れたのだ。
 この結果如何では放課後の予定が大きく変わる。
 そして俺を取り囲む周囲の視線も変わるのだ!


「佐川君」

「はい」

「良くできました。 次も頑張ってくださいね?」

「ありがとうございます!」

「サンバック君」

「はい」

「……これは、問題です」

「え?」

「瀬野さん」

「はい」


 俺は席に戻り自分の答案を見た。
 そこに書かれている点数は92点。
 え? これ別に問題とか無くね?

 それからテストの解説授業も終わり放課後になった。
 しかし先程の先生のコメントはさっぱり意味がわからない。
 俺がそんな風に疑問を感じていると、なのはが嬉しそうな表情を浮かべてこちらに近付いてきた。


「サニーくん、どうだった?」

「92点。 別に悪い点数じゃないと思うんだが……お前は?」

「82点。 ってことは全部合わせて……あれ? サニーくんの合計点って、もしかして私とおんなじ? むしろわたしの方が上?」

「あ? 何調子こいてんの? 俺はまだ実力の1%も発揮してないだけだし」

「にゃはは、今まで散々バカにしてくれたけどわたしと一緒だったんだね?」

「おい人の話はちゃんと聞けよ。 っていうかさすがに黒板に書かれた『徳川家康―家光の時代』って文字を、『先生、家康一家光の時代ってなんですか?』と聞いた奴には敵わないわぁ」

 
 そりゃあ家康さんちはその頃が一番盛り上がってたんだろうけどさぁ、その勘違いはねえわ。


「あれはちょっと勘違いしただけだよ! それより国語! 国語なんてわたしより全然低いじゃん! 漢字なんて全然かけてないし! どう? 悔しい?」

「…………」


 俺は気が付いたらなのはの両頬を思いっきり抓っていた。


「いたたたた! 痛いよ! 何するの!」

「うるせえっ! 漢字なんて読めればそれでいいんだよ! 人を小馬鹿にしたような台詞を吐くのはこの口か! この口か!」

「サニーくんだっていっつもわたしを馬鹿にするじゃない! 馬鹿なことを言うのはこの口か! この口か!」

「いたいいたい、何すんだコノヤロウ!」

「それはこっちのセリフだよっ!」


 そうしてお互いに頬を引っ張り合っていると、俺は誰かに肩を突つかれた。


「なんだよ、今俺はなのはに教育的指導をするのに忙しいんだ。 用事なら後にしてくれ」

「そうもいかないのよ。 だってあたしはあんたに恐育的指導をしないといけないし」


 俺は背後から聞こえてきた悪魔のようなソプラノボイスに振り向くことなくこう返した。


「Where is my God? (神は何処だ?)」

「Nowhere, now here. (何処にもいないわ。 だってここにいるもの)」

「Oh my god. (なんてこった)」


 そうして俺は襟首を引っぱられてアリサの席まで引きずられていった。 アーメン。





「ていうかあんた、確か英語は出来たはずよね?」


 全ての点数を開示し完膚なきまでに敗北した俺は、床に跪かされアリサの椅子になっていた。


「何であんなこと言われたのか気になるし、ちょっと答案見せてみななさいよ」

「あ、コラ」


『問:次のような場合どのように話しかければいいですか?
  簡単に一文で記述してください。

 お友達のボブ君が廊下で困っているとき。


 アリサ・フェイト・すずかの解答:What's wrong, Bob? (どうしたの?) ⇒ ○
 御手洗WCの解答:What's up, Bob? (調子はどう?)⇒ △
 なのはの解答:Don't mind, Bob! (気にしないで!)⇒ △
 サニーの解答:A-yo my nigga! (よお、クロンボ!) ⇒ × 』


「…………」

「……おい、何か言えよ」

「あんたそのうちボブに殺されるわよ?」

「だってまずは挨拶からするべきだろ?」

「その挨拶が問題なのよ! この馬鹿っ!」


 でもこの間外国に行った時、そう言ってにこやかに挨拶してる人達を普通に見かけたんだけどなぁ。
 言葉って難しいや。


「それにしても全体的に点数が低すぎでしょ」

「まあ始めてのテストだったからな。 少しぐらい失敗しても仕方ないだろ。 まだ漢字に不慣れなフェイトを悪く言うのは流石に可哀そうだとは思わないか?」

「そうね。 でもあたしが言ってるのはあんたのことよ? 今の流れの何処にもフェイトは出てきて無かったじゃない。 やっぱり元院生なんて大ウソだったのね」

「…………」


 小学生に素で負けてしまった俺には何も言い返せなかった。
 でもこれ、結構衝撃的な結末だよね?
 俺も自分でびっくりしたもん。
 何が『俺の前世は元院生(キリッ)』だ。
 厨二厨二っつって笑ってたけど、シュバちゃんのこと馬鹿に出来ねえし。
 うわぁ! これは凄い恥ずかしい!


「ま、次はもっと頑張りなさいよ? 挑戦はいつでも受け付けてあげるから」

「お、おう」


 そう言ってアリサは俺から立ち上がり、身体を掻き毟っている俺を尻目に離れていった。
 ほっ。
 流石に一週間以上前の賭けのことは忘れてるか。
 助かったぜ。


「じゃあこれ」

「え? なにこれ。 くれんの?」


 ところが、何故かアリサは直ぐにこちらへと戻ってきて、自分の鞄から取り出した500mlペットボトルのコーラを俺に渡してきた。


「うん、あげる」

「まじか。 ラッキー、丁度喉が渇いてたんだ」

「ちょっと待って」


 貰ったペットボトルの蓋を開け、さあ飲むぞ、と思ったところでアリサにその腕を止められた。


「飲むのは鼻からよ?」

「あ、やっぱり? というかそういうの止めませんかね? はたから見たらイジメみたいだし」

「そんなことないわよ。 ねっ、みんな!」

『そうだそうだー!』『鼻からコーラぐらい大したことねーぞ!』『賭けは賭けだろー!』『男らしくないなぁ』

「だそうよ?」


 皆の暖かい声援が心に痛い!
 つーかお前ら、もう放課後なんだからとっとと帰れよ!


「それにあんた、前あたしになんて言ったっけ?」

「ビッチ死ね?」

「それもあるけど――」

「いたいいたい、耳をつまみ上げるのやめろっ!」

「男に二言は?」

「時々はあってもいいんじゃないっすかね?」

「駄目よ」

「ッアー!」


 鼻からコーラはマジ鬼畜である。
 全てが終わった後の教室では、黒い水たまりの上で手と膝をつき、目から濁った雫を零す少年の姿が見られたという。
 ファック。 いつか絶対復讐してやる。 覚えてやがれ。



[15974] 友情編 第7話 懲りない馬鹿と原罪となの
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/04/24 06:36

 突然ですが秋です。
 秋と言えば食欲の秋や芸術の秋とも言いますが、自分としてはやはりここは読書の秋をお勧めしたいところですね。
 と言うわけで最近私はユーノさんから借りた魔法関連の本をいくつか読み終わり、フェイトさんから次元転送魔法の原理と魔法式を教わったおかげで、転移・転送魔法や圧縮魔法も大分応用が利くようになってきました。
 通常同一世界間での転送魔法の魔法式にはテンソルを使った計算がやたらと出てきて激しくウザいのですが、次元移動を含む魔法式はそのテンソルの階が1つ以上あがるので、ますます自力で暗算することは不可能だと悟りました。
 バール様々です。
 この間石ころやゴミを異世界にふっ飛ばして遊んでいるとき、実験がてら転送先座標に有り得ない数値を入れてみたところ、虚数空間へのゲートが普通に開いてしまったのは流石に焦りました。
 計算途中で虚数解が出てくるとあんなことになるんですね。


 え? どうして自分が今丁寧語を使っているのかって?
 そんなの一昨日の休日にあった体育祭の反省文を書いてるからに決まってんじゃん。
 振り替え休日で一日空いた時は退学させられるんじゃないかとドキドキさせられたが、登校してそうそう、『今回は初犯と言うことで反省文のみで特別に許してあげます』と担任から聞いたときはホッとして思わず腰が抜けたぜ。


「サンバック君、書けましたか?」


 そんな訳で放課後の教室に居残りをさせられている俺に、担任の先生がそう急かすよう話しかけてきた。


「いえ、まだ終わってないです。 でもあと少しで終わりなんで、もう少しだけ待ってください」

「でもあんたも馬鹿よねぇ」

「なんだとコノヤロウ。 元はと言えばお前が――」

「サンバック君、おしゃべりは良いから早く書く。 折角お友達が待ってくれているんだから、余り待たせては失礼ですよ?」

「はい」


 さて、この反省文を書くはめになった元凶の糞ビッチは置いといて続き続きっと。


『――そんな訳で私は彼女に漢と漢の真剣勝負を持ちかけられた訳です。
 しかし彼女は周りとの組み合わせに恵まれたのか幸運にも1位を取りつづけ、私はそれに恵まれなかったため僅かに力及ばず、勝利を収めるには最期の借り物競走で1位を取らざるを得ない状況に追い込まれました。
 ここで勝たなければまた教室に黒色の液体をぶちまけることになる。 いや、もしかしたら次はアナルにメントスコーラかもしれない。 流石にそれは死ぬ。 いやだ、俺はまだ死にたくない。 兄ちゃん、何でホタル直ぐ死んでしまうのん? それはな節子、ホタルはケツに力を入れて光るぶん頭が弱いからさ。 おお、さすがだぜ兄ちゃん!
 そう思った私は決意しました。
 勝つためには手段を選んではいけないと。

 そこでまず私は「加速度検出器の付いた機械」と書かれたクジの偽造を行い、先日自作したセグウェイボード(仮)を物陰に隠しました。
 ちなみにセグウェイボード(仮)とは、本来2輪だったセグウェイ(仮)の内部機構を応用して一枚の板に組み込むことで、前傾姿勢になると板の中央に付けられた1輪が回転し前に進む乗り物で、先月末に発表された某B社の最新商品です。
 正式な製品版に比べると通常自作のセグウェイボード(仮)は最高速度やバッテリー容量で劣ることが多いのですが、この商品に関しては企画原案で協力している事もあり、私のものは製品版とほぼ同じだけの性能を発揮できるように改造されています。
 また通常のセグウェイ(仮)は評判の割りに値段が高すぎたこともあり商業的には大失敗となってしまいましたが、このセグウェイボード(仮)は使用パーツが少ない事等もあり、なんと価格を10分の1以下に抑えることに成功しました。
 お陰で業界各所からの評判も上々で、恐らく全世界規模で年間10万台はまず硬いだろうとの見込みが得られています。

 閑話休題。
 何はともあれ借り物競走は始まり、私は予定通り適当にクジを引いてからセグウェイボード(仮)を隠してある物陰へと移動。
 そこでクジを処分しつつポケットから偽造したクジを取り出し、隠してあったセグウェイボード(仮)に乗ってコースに復帰しました。
 しかし充電していなかったためセグウェイボード(仮)は復帰直後に機能停止。
 このままでは不味いと思った私は、いざという時の為に取り付けておいたロケットの導火線にガスライターで点火しました。

 事故が起こったのはその直後です。
 突然急加速を始めたセグウェイボード(仮)は私を慣性力によってその場に置き去りにし、競技用具等が置かれていた場所へ時速40キロ程で突入。
 そしてセグウェイボード(仮)はそこに置いてあったカラーコーンをストライク(二重の意味で)して停止。
 それはまるで実写版戦国無双さながらの吹き飛ばしっぷりでしたが、この事故による怪我人はおらず、目に見える被害はグラウンドに付いた焦げ跡だけだったのは不幸中の幸いでした。
 事故当時の状況は以上になります。

 始めはちょっとした出来心でした。
 でもまさかあんなことになるなんて思いもしなかったんです。
 本当にすいませんでした。 ごめんなさい。
 もうあんな火遊びなんて二度としないよ。     』


「先生、出来ました」

「はい」


 こうして、俺はようやく書けた反省文を担任の先生に手渡した。
 教室の外を見れば陽は大分西に傾いてきている。


「じゃあすずかを迎えに行くわよ? あんたは鞄を持って来なさい」

「おう」


 今日はこれから今月末にある文化祭準備のため、アリサ、すずかと共に図書館へ行く予定である。

 その理由はこうだ。
 俺たちのクラスは今年の文化祭の出し物として『海鳴の歴史』という如何にもな展示を行うこととなった。
 そしてそれを取りまとめる代表として読書好きなすずか、クラスのリーダー的存在であるアリサ、そしてうっかり以前調べていた海鳴についての知識を披露してしまった俺、の3人が選出された。
 俺は金にならない面倒事は嫌いなので一度は断ろうとしたものの、『嫌だ』の『い』の字を発した瞬間、担任からものすごい無言のプレッシャーを受け屈してしまったのだ。
 脛に傷を持つものはこういう時強く出られないから困る。

 なんて事を考えながら俺は両手を上げて背伸びの運動をし、すずかの鞄に手をかけた。
 あー肩こった。
 とりあえずこれで1つの問題は解決し――


「ちょっと待ってね、バニングスさん。 サンバック君、これは書き直しです」


 ――てない!?


「えっ、これじゃ駄目なんですか? かなり力作だったんですけど」

「反省文で力作を書いてどうするんですか」

「もしかして(仮)が不味かったんですかね? でもこういう公的な文章中に製品名をそのまま使うと商標の問題が――」

「問題はそこじゃありません」

「ああそうか、最後の語尾が不味かったんですね。 『――うに気を付けます』っと」

「全然違います。 それと気を付けるじゃなくて誓いなさい、もうしないと」

「アハハハハ! 馬鹿ね~。 やっぱあんたは大馬鹿よ」


 そう言ってアリサは大笑いし、俺の反省文を読んでまた爆笑した。
 畜生。 あの事故が予想外だったのは事実だけど、元はと言えばお前が勝負を持ちかけてこなければこんなことにはならなかったんだ。


「サニー君、もう終わった?」

「あ、すずか」


 そうやって心の中で罪をなすり付けているとすずかが教室の後ろの方から入ってきた。
 飼育係の手伝いはどうやらもう終わったようだ。 お疲れさん。


「まだよ。 この馬鹿が馬鹿な反省文を書いたからやり直しだって。 ほら」

「そうなの?」


 そういってアリサは俺の書いた反省文をすずかに渡した。


「ファック。 お前なんてそこらの犬にでも襲われてしまえばいいんだ」

「こらっ! 汚い言葉を使ってはいけません!」

「はい」

「でももう今日は遅いから、続きは明日までの宿題にしましょう。 あんまり遅いと図書館も閉まってしまいますからね」

「ほんとよ。 あんたのせいでゆっくりしてる余裕が無くなっちゃったじゃない」

「いや、それに関しては本当に申し訳なかった」


 俺はすずかに向けて頭を下げた。
 でもやっぱり納得がいかないのでアリサには下げない。


「ううん、別にいいよ。 仕方が無いことだからね」

「サンクス。 さてすずか、糞アリサ。 ちゃっちゃと図書館に行ってパッパと本を借りてとっとと解散しよう」

「そうね、馬鹿サニー。 あたしも今日は早く帰ってバイオリンの練習とかしたいし」

「なんだと?」

「なによ? 最初に言ってきたのはあんたじゃない」

「根本の原因はおまえじゃねーか」

「二人ともそこまで! いい加減時間が無くなりますよ?」

「それもそうっすね」


 時計を見るともう閉館までは1時間半しかない。
 アリサの車で移動すると考えても残りは1時間有るか無いかと言ったところか。
 まあどの本を見ればいいのかはもう大体わかってるから、問題はないと言えばないんだけどな。


「それじゃ先生、さよならー」「さようならー」「お先失礼しまーす」

「はい、皆また明日。 サンバック君もバニングスさんも、あまり喧嘩してはいけませんよ?」

「「はーい」」








 それから俺たち三人は図書館へ向かった……のだが。
 図書館に着いて早々、アリサは急用によって突然帰ると言いだした。
 何でも『今日はパパが久しぶりに早く帰って来れるから家族全員で外食をするため』とのこと。
 まあすずかも特に気を悪くした様子もないし、この間も自転車をくれたりサッカーのDVDをくれたりとデビッドさんには色々お世話になってるしな。
 あまり文句を言って引き留めるのも大人げないか。

 そんな多分に損得勘定を含んだ思考の結果、アリサは俺たちに見送られて少し申し訳なさそうに帰っていった。
 また、俺はこのことを理由に上手く罰ゲームを回避しようとしたのだがそちらは失敗。
 しかし罰ゲームの執行は先に延ばしてくれるそうなので、それに関しては感謝感激雨あられである。
 そのまま忘れてしまえ。


「そういや最近読んだ本でお勧めのってある?」


 という訳ですずかと二人きりになった俺はそんな話を振ってみた。
 そろそろ心理描写を多分に含んだ小説を読んでいかないと学校のテストでまた赤っ恥をかいてしまうからな。
 折角なら友人のお勧めの本を読んでみようと思ったのだ。


「うん、あるよ。 一番最近のだとIQ84って小説かな。 ちょっとお馬鹿な主人公が好きな女の子に振られて、それでも好きな気持ちを諦められず、最後は身を賭してその子を護る、っていう感じのちょっと切ないラブストーリー」

「結局その男は報われるのか?」


 切ないっつってるから、多分主人公は死ぬか結局振られるかだろうけど。


「それは読んでからのお楽しみ。 女の子の心情変化とかも読んでてなるほどって納得できたし、オチもかなり予想外で面白かったよ。 だから人間初心者のサニー君でも楽しめるんじゃないかなぁ」

「その人間初心者ってのは止めろ。 それだけで切なくなる」

「あははっ、ごめんね? でもそういうタイトルの小説もあって、またその主人公がサニー君にそっくりなの」

「そっちはどんな話なんだ?」

「このお話も切ない系のラブストーリーなんだけど――」


 でもなるほどな。
 そうやって話を聞いていてわかったのだが、どうやらすずかの一番好きなジャンルは恋愛小説のようである。
 あれか、恋に恋するお年頃って奴か。


「――ふーん……あれ?」


 なんて事を考察しながら本棚から目的の本を物色していた俺は、高いところにある本を取ろうと懸命に手を伸ばしているはやての姿を見つけた。
 丁度いいからアリサのかわりに巻きこんでやろう。


「どうしたの? もしかして知り合いでも見つけた?」

「ああ、ちょっとな。 必要な参考資料はこのメモに書いてあるから、それを探して向こうの机ん所で待っててもらっても良いか?」

「うん、いいよ」


 そうして俺はすずかにお使いを頼み、はやての元へと向かった。
 というか周りの人間も気付いてんなら少しぐらい助けてあげればいいのに。


「おいそこの女。 俺に協力してくれるなら好きな本を取ってやるぞ」

「うわぁ!? ってなんや、サニー君か」

「びっくりしすぎだろ」

「そりゃあ突然背中に冷たい手を突っ込まれたら誰だってびっくりするよ。 そんでお久しぶり。 元気にしとった?」

「ボチボチって奴だ。 そっちは?」

「こっちもボチボチや」


 でも足はやっぱり良くなってないんだな。
 ところでこれって実際なんの病気なんだろ? 下半身不随ってやつか?
 でもそれだったら前会った時言ってたように、良くなったり悪くなったりってしない気がするしなぁ。
 いや、原因によっては悪化することもあり得るのか?
 まあ医学については良くわかんねえから考えるのはやめだ。
 餅は餅屋って言うしな。


「ところで今日はどないしたん? さっき協力とかなんかゆうとったけど」

「ああ、今度文化祭で俺らのクラスは『海鳴の歴史』ってのを展示発表する事になったんだ。 しかも俺主導で」

「なるほど。 それが面倒くさいからわたしの手を借りて少しでも楽しようっちゅうわけか」

「大正解。 で、どうだ?」

「ええよ。 わたしで良かったら協力したる」

「ならこれがご褒美の本だ」


 俺は本棚から適当に一冊の本を取り出し、その本のタイトルを確認しながらはやてに手渡した。


「でも『近代四十八手の科学』って、また凄い本を読むんだな」

「全然ちゃう! 隣の本や! というかなんでそんな本が西洋文学コーナーにまざっとんのや。 汚らわしい。 はよ片づけてくれるか?」

「わかった、わかったから車いすで体当たりしてくるなって。 ふくらはぎが痛いから」


 だが口ではそう言いつつも、はやての視線はこの本に釘づけだ。
 そもそも四十八手を汚らわしいとか言える時点で色々とバレバレなんだけどな。
 敢えて指摘はしないけど。
 きっと後でこっそり読むつもりなんだろう。
 仕方ない、その時取りやすいよう下の方に置いといてあげるとするか。


「なんやその生温い視線は」

「いや、別に。 はやてもお年頃なんだなぁと思って」

「よーわからへんけど、なんとなくわたしのキャラがピンク色に汚れた気がするのは何でやろ?」

「気のせいだって。 だから執拗に体当たりするのはやめろ」




 その後俺ははやてを引き連れてすずかの元へと向かった。
 すると彼女達はお互い図書館で良く見る顔だなぁとは思っていたらしく、友達になるいいきっかけになったと喜ばれたりした。
 うんうん、やっぱ友達は多ければ多いほどいいよな。


「えと、私、月村すずか」

「すずかちゃんか。 わたしは八神はやていいます」

「はやてちゃん」

「ひらがなで『はやて』。 変な名前やろ?」

「わはははは!」

「怒るよ?」

「自分で言ったんじゃねえか、っていたぁっ!?」


 俺は突然わき腹に感じた鋭い痛みに思わず飛び上がった。
 しかもよりにもよって以前はやてに抓られた場所と同じ個所。
 おかげで治りかけてきた内出血もまた復活することだろう。
 誰がやったのかを確認すると犯人はなんとすずかだった。 うそ? マジで?


「サニー君、人の名前を笑うのはすごく失礼なことなんだよ?」

「あ」


 そういやすずかもひらがなの名前だったっけ。
 そのことに気付いた俺は素直に謝罪することにした。


「申し訳ありませんでした」

「わかればええんよ。 わかれば。 すずかちゃんもありがとな?」

「ううん、気にしないで。 サニー君はいっつも失礼なことを言って人を怒らせてるから。 これぐらい当然だよ」


 なんて酷い扱いなんだ。
 まあ確かに今のは酷かったかもしれない。
 ふむ。 ここは一つフォローを入れておいた方がいいな。


「それにはやてちゃんの名前、全然変じゃないよ? 綺麗で素敵な名前だと思う」

「すずかちゃん……。 すずかちゃんもええ名前や。 落ちついた感じでホッとする」

「ありがとう、はやてちゃん」

「すずかちゃん……。 すずかちゃんもええ名前や。 落ちついた感じでホッとする」

「死にたいの? サニー君」

「え? 何で?」


 これおかしいだろ。
 はやてと同じセリフを言ったはずなのにどうしてこうなった。


「いくらなんでもそらないわー」

「ちょっ、痛い! めっちゃ痛い!」

「サニー君。 人はね、痛みを知ることで初めて優しくなれるんだよ」

「だからってさっきと同じ場所を抓るな! 千切れちゃうっ!」

「ならわたしは反対側を抓ってあげるな?」

「しなくていいからすずかを止め――ひぎぃっ!」


 それから俺は2人に良いように弄ばれ、心身ともに大きく疲弊した。
 特に反省文の初稿を読んだはやてが司書の人に怒られるほど大爆笑したのはマジできつかった。
 なんで? そんなに変なことって書いてたか?
 ただ事実をありのまま記述しただけなのに。




「――へぇ、そうなんや?」


 その後俺たちは協力して海鳴の歴史について調べた事をノートに纏めつつ、はやてに文化祭がどういうものかを説明をすることにした。
 海鳴の土地開拓史に関してはあと3ページ分も纏めればそれで充分だろう。
 そしたら次は産業の発展と人口増加について上手くそれらと関連付けて考察していくとするか。
 後は明日以降、それをデカイ紙に書きうつして必要な図のコピーを張り付けたりすればそれで準備はもう充分だろ。
 展示のレイアウト等はもう知らん。 勝手にしてくれ。


「うん。 あと5年生以上になったら各クラスごとに演劇をするんだよ」

「そうそう」

「演劇かぁ。 脚本とかはどうなっとるんや?」

「自分で一から書くクラスもあれば、既存の物を利用するクラスもあるみたい。 衣装とかも全部自分達で用意するんだって」

「そうそう」

「へぇ、って、サニー君はなんも知らへんのに相槌だけは打つんやね。 そういうの知ったかっていうの知ってたか?」

「その変な韻を踏んで上手い事言ったみたいな顔をするのはやめろ」


 だって仕方ねえじゃん。
 文化祭なんて一度も体験したことがないんだから。
 記憶に無いだけかもしれないけど。


「あ、でも俺らのクラスは他のクラスに比べて動き始めるのが大分遅かったのは知ってるぞ」

「それは文化祭の内容とはちょっとちゃうやろ。 でも色々話聞いとるとなんかめっちゃ楽しそうやなぁ」


 そう言ってはやては少し寂しそうに笑った。
 先程の自己紹介の後、はやては足の事が原因で自分が今休学中だということを教えてくれたのだが、やはりそこら辺には何か思うところがあるのだろう。
 学校に通わなければ友達を作るのは非常に難しいことを俺は知った。
 俺がすずか達と友達になれたのだって偶然に偶然が積み重なった結果に過ぎない。
 そう考えると果たして、はやてには今までそう言った存在は居たのだろうか?


「そうだ、はやてちゃんも足が良くなったら私達の学校に通ったらいいと思う」

「そうやなぁ。 それも良さそうやね」


 俺もそうするのが一番いいと思う。
 しかし俺たちの学校は私立の学校。
 同じ学校に通うとなると、やはり授業料の問題がネックとなってくる。

 そのことをそれとなく伝えてみたところ『多分大丈夫や。 わたしの家、財産管理を任せ取る人がめっちゃ優秀でな。 お金には困ってないんよ』とのこと。
 そうなると後は足さえ治れば学校に通えるようになるのか。
 変にいじられるのは勘弁だが、学校に新たな友達が増えることを考えるとどちらがより望ましいかは言うまでも無い。
 俺はそんなことを思いながらノートにペンを走らせ……あれ、そういえばさっきから作業してるのって、もしかして俺だけじゃね?





 そうこうするうちに図書館からは蛍の光が流れ始め、すずかは図書館の入口付近で俺たちと別れ、迎えに来ていた黒塗りの車に乗って帰っていった。


「やっぱり楽しい時間は過ぎるのがあっという間やなぁ」

「そうだな」

「おろ? 今日はやけに素直やね」

「俺が同意したのはその言葉だけで、決して今日が楽しかったというつもりはない」


 赤っ恥を掻かされて楽しいとか、俺はどんだけドMなんだっつの。
 ……まあ確かに? 今日だってちょっぴりだけなら普段より時間の進み方が早かったような気も、しないでもなかったかもしれない。


「無理せんでもええんよ? 楽しかったんやろ? うりうり」

「おひょぅっ!? やめろ、脇腹に触るな。 普通にウザいから」

「ふーん? 脇弱いんや?」

「それは無い」

「でもサニー君ってホンマに弱点多いんやなぁ」

「だから違うっつってんだろ。 人よりちょっと敏感肌なだけだっつの」

「敏感肌ってそういう意味ちゃう。 それとわたしの脇をこそがそうとせんでくれるか? 普通にセクハラで訴えるよ」

「え、それってすっげー不公平じゃね?」


 そんな風なやり取りをしつつ図書館前の道を歩いていると、この間会ったシャマルさんが道端ではやてを待っているのを見つけた。
 今日は隣に長いポニーテールのキリッとしたお姉さんもいるのだが、恐らくこちらの方も最近はやての家族になったという人なんだろう。


「はやてちゃん、おかえりなさい」

「お疲れ様です、主はやて」

「シャマルもシグナムも、2人ともわざわざ迎えに来てくれてありがとうな?」

「いえ、お気になさらず」

 主? 
 ああそうか、一応居候でもあるらしいからな。
 そう呼んでてもおかしくは無いのか。


「ところで、こちらの方は?」

「わたしの友達や」

「初めまして。 自分はサニー・サンバックと言います」

「ああ、前に主はやてが話していたご友人ですか」


 なんか糞真面目なお堅い人の様な気もするけれど、はやてを見る視線にはシャマルさんと同じくどこか暖かいものが混ざっている様な気がする。
 やっぱりこの人もはやてのことを大事に思ってるんだろうな。
 というかはやては俺の事をどんな風に言っていたんだ?


「私はシグナムと言います。 好きに呼んでくださって構いません」

「じゃあシグナムさんと呼ばせて貰いますね」


 まあ、今の感じからしてそう悪くは言われてなさそうだ。
 そんなことがわかるようになったとは、ふふふ、俺も随分と空気ってやつが読めるようになってきたみたいだな。


「さて、自己紹介も終わったところで、今日の晩御飯を何にするか決めよか。 そうや、サニー君も今日は家で食べて行くか?」

「いや、俺はいい。 家族の団欒に割り込むほど俺は無粋な人間じゃないし」

「無粋とか全然そんなことないよ。 そうやろ?」

「ええ、私達が主のご友人に対しそのような感情を抱くことなどありえません」

「だから遠慮なんかしなくてもいいんですよ? 私も頑張って腕を振るいますし」

「不安にさせることを言うな」

「そうやな。 シャマルは裏で待機や」

「2人とも酷いですっ!」


 シャマルさんは涙目でそう反論したものの、2人の家族から酷い失敗をいくつも暴露された結果いじけだした。
 なんだ、この人は料理があまり得意じゃないのか。
 砂糖でおにぎりを作るのはまだ定番だとしても、サラダ油が無いからってマヨネーズで代用はありえないだろ。 常識的に考えて。


「くすん。 いいもん、そこまで言うなら今日は皆でシグナムの岩おにぎりでも食べればいいじゃない」

「なんだと」

「堪忍な、シャマル。 確かにあれに比べればシャマルのはまだ噛み切れるだけマシやったわ」

「待ってください。 アレは初めてだったから少し失敗しただけです。 今度やらせていただければ完璧なおにぎりを作って見せましょう」


 そう言ってシグナムさんは家主に対して必死に自分をアピールしたのだが、俺にはどうしてか何度やらせても失敗するビジョンしか見えてこなかった。
 おにぎりもまともに作れないって、この人達は本当に大丈夫なのか?
 1人暮らしとか始めると餓死しそうだぞ、おい。


「オーケー、取りあえず今日は止めとくわ」

「いやいや、料理ならちゃんとわたしが監督するから心配せんでええんよ? それとも他になんか用事でもあるんか?」

「いや、特にあるわけじゃないけど……」


 なんだろ?
 なんか胸のあたりがもやもやするんだよな。


「なら一緒に来ればええやん。 どうせ1人暮らしなんやろ?」

「あ、そういえばはやてちゃん、今日は牛肉が安いそうですよ?」


 そう言ってシャマルさんは懐からチラシを取り出し、はやてに手渡した。


「どれどれ……あ、ほんまや。 国産サーロインがグラム480円やって。 それやったらサニー君も食べたいんとちゃうか? 前お肉が好きとか言うとったし」

「国産ってことは元は外国の牛じゃねえか。 そんなもんカスだカス」


 生前サーロインステーキは半年に一度のお楽しみだったからな。
 だからこそ俺の目は非常に厳しいのだ。
 たかがスーパーの特売なんかで俺の心を動かせると思ったら大間違い――


「あ、1.5L入りサラダ油がお1人様2つまでで248円やって。 やっすー」

「すまん、ちょっと急用を思い出したから俺もう行くわ」

「あ、ちょっ」

「じゃあまた今度!」


 それから俺は、引きとめようとするはやてから逃げ出すようにしてスーパーへと向かい、違うレジに着くことや他のお客さんを巻き込んだりして合計60Lのサラダ油を手に入れることに成功した。
 しかし、家に帰り部屋の中に転送魔法によって転がされたそれらを見て初めて気付いたのだが、60リットルものサラダ油って一体何に使えばいいんだ?
 取りあえず今日は天ぷらをするにしても、この量を個人で消費するのは下手したら数年掛かるぞ。

 ……あっ! なるほど、反省文ってのはこういう気持ちを文章に起こせばいいのか。
 いやあ、特売って本当に恐ろしいものですね。




 そんな近松門左衛門もびっくりな家計殺し油地獄の日々からから半月程の時が流れた。
 カレンダーのページもまた1つ捲られ、今学期も気付けば残すところあと一月を切った。
 完成した反省文Ver.2は微妙な顔をされながらも無事受理され、何故かほとんど俺1人が駆けずりまわる破目になった文化祭もつつがなく終了した。

 5,6年生の演劇は流石私立とでも言えばいいのか、大道具や衣装は無駄に凝っていて、それだけでも一見の価値があると思われる。
 例えば今回最優秀演劇賞を獲得した『新訳・三匹の仔豚』ではリアル藁の家が出てきたのだが、その家が業務用扇風機の強風で演者ごと吹き飛ばされた時は流石に笑うしかなかった。
 しかもそんな派手なことをしてもなお予算には余裕があったらしいので、俺が5年生になった暁にはプロ顔負けのギミックを大量に仕込んでやるとしよう。 グフフ。


「何ニヤニヤしてんのよ。 気持ち悪い」


 週明けの校内新聞『文化祭特集号』を読みながらそんなことを考えていると、アリサがぶっきらぼうに話しかけてきた。
 なんでこいつは朝っぱらからこんなに機嫌が悪いんだ?


「ちょっとバラ色未来予想図に虹色クレヨンで加筆修正を加えてただけなのにえらい言われようだな、おい。 うっかりサクセス中に3度目のリセットでも押しちゃったのか?」

「うるさい。 今日はあんたのつまんない冗談に付き合ってる余裕なんてないのよ」

「なるほど、生理か」


 パシーンッ!


「最っ低。 デリカシー無さ過ぎ」

「だからと言っていきなり手を出すな。 何があったかは知らんが俺に八つ辺りすんなっての」


 俺は平手を喰らった頬を擦りながらそう言った。
 ってー、これ絶対赤くなってるって。
 思いっきり叩きやがってコノヤロウ。


「ああそっか。 直接聞いたのは私だけだもんね」

「は?」


 聞いたも何も、全く話が見えてこない。


「なのはとフェイトのこと。 入院したって話はまだ聞いてないでしょ?」

「……え? うぇえっ!? 何それ、俺全く聞いてないぞ」

「わたしも聞いたのはついさっきだから詳しく知っている訳じゃないけど、ほら。 こっちはあんたも知ってるでしょ?」


 そう言ってアリサが見せてきた携帯には、なのはからのメールが表示されていた。


『From:なのは
 To:Arisa、すずか、The Fool
 Re:
 12/04 07:50
 本文:
 みんなごめんね。
 今日わたしとフェイトちゃんは
 ちょっと事情があって学校に
 行けなくなりました。
 多分明日には大丈夫になる
 と思うので、心配しないでく
 ださい。            』


「いや、初めて見た。 でもこれを見て心配にならない奴はいないだろ」


 最後の一文なんて『今は大丈夫じゃない状況かつ、心配されるような状況にある』って言ってるような物じゃん。
 最初に謝る理由も今一つわからない。
 というか、俺たちに心配を掛けないよう、何かを隠してるって感じだな。
 真っ先に思いつく隠し事と言ったら魔法関係とかそういった話か?
 アリサ達には話してないそうだし。


「うん。 だから桃子さんに聞いてみたのよ」

「それで出てきた単語が入院か。 そりゃあお前の機嫌も悪くなるわな」

「本当よ」

「で、桃子さんは他になんて?」

「『2人とも大怪我をしたってわけじゃないそうだから、安心してね』って」

「……ふーん」


 やっぱり要領を得ないな。
 第一、なんで娘が入院したのに『そうだ』、なんて言葉が出てくるんだ?
 普通なら根掘り葉掘り聞いて、原因を追求しそうな気がするんだが。
 これは事情を知ってそうな奴に直接聞いたほうが早いな。


「ったく、あたしにぐらいちゃんと理由を言えっての! あームカツク、あからさまに隠し事をされてるのもムカつくけど、大事な親友が困ってるのに何もできないってのがもっとムカツク!」


 そう言ってアリサは俺の肩を掴み、前後に思い切り揺すり始めた。


「おおお、落ち着け。 俺をゆすっても何も変わらん。 それより小便したくなってきたから手を放せ」

「…………」

「おい、別に漏らした訳じゃないんだからそんな目で俺を見るな」


 そうしてアリサが汚いものから距離を置くように離れていった後、俺は御不浄を済ませてから1人屋上へと向かった。

 屋上に着き、なのは達に何があったのかを確認するため携帯の電源を入れると、そこには先程見せられたものと同じ内容のメールが届いていた。
 そして改めて本文を読み返した俺は、先程感じた違和感を再び感じながら、関係者であろう少年へと電話をかけた。
 ……他にも何かこう、心に引っかかる物があるのだが、まあそれは置いておこう。


『もしもし?』

「ユーノ、今大丈夫か?」

『うん、特に問題は無いよ』


 でも管理局ってやっぱりすげえよな。
 携帯を渡したら一日も経たずに次元世界間通話を可能にするんだもん。
 っぱないわ。


『何かあった?』

「いや、俺には無いんだけど、なのは達にはあったんだろ?」

「……どうしてわかったの? 僕が何か知ってるって」


 よっし、ビンゴ。


「アリサが桃子さんから入院って話を聞いたのと、なのはが送ってきたメールからの推測だな」

『……なるほど。 だから文面は僕が考えようかって言ったのに』

「まあそう責めてやるなって。 アリサ達にはバレてないからギリギリセーフだ」


 怒らせた時点でアウトとも言うが。


「それで、なのは達は今本局の病院に居るのか?」

『正確には本局の医療センターだね。 魔導関係専門の』

「ああ、あそこか」

『サニーも一度行ったことがあるんだっけ?』

「身分証明書の作成の時にな。 ってことは、あいつらの直接的な入院理由はリンカーコアの障害ってところか」


 本局で作成される身分証明書には魔導師ランク等も記入される為、俺の体内にリンカーコアがあるかどうか等を正確に検査する必要があったのだ。
 そしてそこの医療センターは主に魔導師の魔法機能障害に関するトラブルを診るところなので、そこへの入院となると十中八九リンカーコアの問題と言うことになる。


『正解。 ちなみに2人のデバイスも壊れちゃって、そっちも今入院中』

「まじかよ。 だったら2人とも、特にフェイトのほうは深く落ち込んでるんじゃないか?」

『コア部分は無事だったからね。 内心はどうかわからないけど、2人とも見た目はそれ程でもなかったよ』

「なら良かった」


 2人とも、自分のデバイスに対しては強い信頼と絆みたいなものを感じているようだったしな。
 俺もバールが壊れたらかなり、いや、ちょっとだけ凹むことだろう。
 そんなことを思っていると、学校の敷地内に朝一の予鈴が鳴り響いた。


『あれ、もしかしてサニーはこれから学校?』

「まあな」


 どうやらこの話はここで一旦お仕舞いのようだ。
 結局入院することになった原因については聞けなかったが、ユーノの声色やアリサの情報から察するに2人とも重傷とかではなさそうだし、それに関してはまた後で聞いても良いか。


「ああそうだ、ところで放課後そっちに行くことってできるか? 2人のお見舞いに行きたいんだけど」

『それなら多分大丈夫。 転送の申請はこっちでしておくから、そっちの都合がよくなったらまた連絡して』

「すまん。 頼んだ」

『別にいいよ。 気にしないで』




 その後俺は教室に戻り、普通に授業を受け、放課後になったところで未だ機嫌の悪いアリサを尻目に学校の屋上から本局へと飛んだ。
 本局に到着した後はゲートポートまでユーノに迎えに来て貰い、医療センターまでの道すがらなのは達の現状についてのより詳しい話を聞いた。

 その話によると、なのはとフェイトは一昨日の夜は午後9時過ぎまで、いつものように結界内で魔法の訓練や模擬戦をしていたらしい。
 そして疲労も溜まってへとへとになった所で闇の書の守護騎士と呼ばれる4人組の襲撃を受け、為すすべも無くリンカーコアから魔力等を奪われたそうだ。
 そしてその際、2人とも心身ともに衰弱状態に陥ったことから、本局の医療施設へと搬送されることになった。

 今彼女達が入院しているのはその蒐集の際、リンカーコアに備蓄されていた触媒となる魔力素が枯渇したことが原因だという。
 リンカーコアが無い俺にはわからないが、リンカーコアにはそこに備蓄されているその魔力素がある一定量を切ると、術者が魔法を使うことに対してリミッターを掛けるという働きがあるとわかっている。
 そして今回はそれが完全に無くなったことで通常の運動機能にも障害が発生したわけだが、相手が上手く手加減してくれたのか身体そのものに大きな怪我は無く、そのお陰で、というのも変な話だが、2人とも明日には退院できるだろうとのことだ。


「――あ、もう着いちゃったね。 それじゃあサニー、僕はここで」

「おう。 またな」


 ユーノはこれから今回の事件について無限書庫へ調べ物をしに行くというので、俺たちは医療センターの前で別れた。
 それから、俺はそこの受付で面会の許可を貰い、なのは達の居る病室へと向かった。


「よう」

「あ、サニーくん。 わざわざ来てくれたんだ?」

「ごめんね、なんか心配させちゃったみたいで……」

「謝るな。 それに心配するのは当たり前だろ?」


 お前らは俺の友達なんだからな、という言葉は恥ずかしいので胸にしまっておく。 


「にゃはは……」

「うん……ごめん」

「だから謝るなって。 別にお前らが悪い訳じゃないんだから」


 やっぱり今回の件は結構堪えたのだろう。
 普段通りだったら『なんでお見舞いの品を持ってきてくれないの?』とか返ってくるに違いない。
 まあいつまでもこんな雰囲気なのもアレだし、少し話題を変えるとするか。


「そうそう、そう言えばアリサがめちゃめちゃ怒ってたぞ。 入院理由を隠すなんてお前ら友達甲斐が無いって」

「あわわわわ」


 それを聞いたなのははわたわたと慌てだした。
 うん、これでいい。
 さっき見たいな変に落ち込んだ姿なんて見たくないからな。


「そっか、サニーが入院の事を知っているのなら、そのことをアリサも知ってておかしくないんだよね」

「というか、そもそもお前らが入院してることはアリサから聞いたんだが」

「ね、ねえ、サニーくんだったらこういうときどうする? どうするの?」

「うるさい黙れ。 そんなこと俺が知るか。 それぐらい自分達で解決しろ」

「……そうだよね。 これは私が弱かったから――」

「違うよフェイトちゃん! あの時わたしがもっと上手くバインドを使えていれば――」

「よしわかった。 俺も言い訳を考えるのに協力するから、これ以上自分を責めるな」


 なんというネガティブスパイラル。
 というか、俺の方も折角元に戻りそうにだったのに再び突き落としてどうするって話だ。



 それから俺たちは3人でアリサのご機嫌を取る方法を話しあい、考えが纏まる頃には2人の顔にもようやく笑顔が戻ってきた。


「じゃあ、明日は登校したら直ぐにチョークスリーパーでアリサの意識を落として、今日の事は全て夢だったってことにすればいいんだな?」

「全然良くないよ。 ちゃんとわたしの話を聞いてたの?」

「でもさっきなのはが言ってた、『目の前で非現実的な物を見せて全て夢だったと思わせる』っていう案も大概酷いと思うよ?」


 訂正、笑顔は戻ってきたかもしれないが、考えは全然纏まっていなかった。


「しかし、他に上手い誤魔化しかたなんて思いつかな――」

「なのは、フェイト。 調子はどうだ?」

「にょわぁあああっ!?」


 俺の発言中、突然耳元から声が聞こえたので何事かと思えば、真後ろにはいつの間にかクロノ執務官が立っていらっしゃった。
 やめろよ、俺はこういうドッキリが死ぬほど嫌いなんだ。


「なんだサニー、君も居たのか」

「わざわざ背後にこっそり立っておきながらそれは無いだろ。 アホかお前は。 もう一度玉袋から出直してこい」


 そもそも俺の本局行きの許可を出したのはクロノのはずだ。
 つまり今のは俺をからかう為だったのは確定的に明らかである。
 というかなのはもフェイトも、クロノが来ていることに気付いていながら黙っていやがったな?
 さっきから笑顔だったのはこのせいかよ。


「玉袋? 何それ? フェイトちゃん、知ってる?」

「ごめん、私もよくわからないや。 お兄ちゃん、知ってる?」

「僕も知らないな。 ところでサニー、彼女達から聞いたんだが、君は向こうでも相変わらず馬鹿をやっているそうだな?」


 こいつ、また露骨に話を逸らしやがったな?
 しかも俺を貶める方向に。


「うるさいビチクロサンボ。 お前は相変わらずぶら下がり健康器で無駄な努力をしているそうだな?」

「なっ!? どうして君がそれをっ!? というか身長の事は言うな!」

「なら人を馬鹿呼ばわりしたことを取り消して貰おうか」

「いいだろう。 だがその前にひとつ面白い話があるんだが、聞いてみないか?」

「あ? つまらん話だったらぶっ飛ばすぞ」

「任せてくれ。 これはとある情報提供者から聞いた話なんだがな、つい先日ある少年は学校のテストで次郎の気持ちを聞かれて――」

「よし、全力で俺が悪かった」

「そうだ。 初めっからそうしていればいいんだ」


 恥ずかしい黒歴史大公開を前にした俺は、土下座をして必死に懇願せざるを得なかった。

 クソっ、足元を見やがって。
 というかなのはも、人の恥ずかしい答案をよくも広めやがったな?
 顔を逸らしてもテメーの罪は消えねえんだよ。 ぶっ殺すぞコノヤ――あれ?
 なんでフェイトさんはぷるぷる震えてんの?
 俺こいつにだけは隠してたはずなんだけど。


「え、なに? もしかしてフェイトさんも既に知っていらっしゃるとか……。 はは、まさかそんなこと言わないよね?」

「……うん、私は何も知らないよ?」

「え、なにその必死に作り上げた無表情」

「今宵の君はイパネマの娘(ボソッ)」

「……っ!」

「おいクロノ、お前今なんつった?」

「何のことだか僕にはさっぱりわからない」

「おお、愛しのクリスティーヌ(ボソッ)」

「アハハハハッ! はっ!?」

「うわぁああああん! お前らなんて、みんな猫のう○こ踏めぇえええええ!」


 そうして3人掛かりで辱めを受けた俺は、ダッシュで部屋を飛び出した。
 ちげーよ、逃げたんじゃねえっつの。 これはあれだ、つまり戦略的な撤退って奴だ。 そうに決まってる。






「さて、言い訳を聞こうか」

「始めはちょっとした出来心でした。 でもまさかあんなことになるなんて思いもしなかったんです。 本当にすいませんでした。 ごめんなさい。 もう二度と捏造報道なんてしないと誓います」


 俺はクロノの前で正座をしつつ、拳骨によってできたたんこぶを押さえながらそう言った。

 あの後、俺は『今話題のクロノ執務官って自慰行為のやり過ぎでち○こから膿が出たらしいよ?』と暇そうにしていた看護婦さんに喋っていたところを件の変態執務官に捕まってしまった。
 そうしてバインドによって拘束された後は、本局にあるクロノの執務室まで市中引き回しの刑を受けたのだが、その際俺達を笑っていた一般大衆の皆さんは俺達のどちらを見て笑っていたのだろうか?
 十中八九クロノだな。 ざまぁ。


「おい、全然反省していないように聞こえるのは僕の気のせいか?」

「気のせい気のせい」

「全く、なのは達の件も面倒くさいことになってるっていうのに。 これ以上僕を困らせないでくれ」

「だから悪かったって言ってんじゃん」

「だったら少しはそのヘラヘラ笑いをやめろ。 大体何だ、そのちん、ペ、泌尿器から膿が出るって」

「普通にち○こって言えばいいじゃん。 小学生じゃあるまいし」

「小学生じゃないから言えないんだろうが!」


 そういうもんなのか?
 ……おお、確かに思いだしてみると大学生にもなってそんなことを言ってる奴は見たことが無いな。


「なるほど。 お前の言うとおりかもしれない」

「だろう? ……ところで、本当にそんなことってあるのか? その、アレのやり過ぎで膿が出るって」

「…………」

「おいっ! 何とか言えっ!」

「お年頃ってやつか」

「そういうことは言わなくていい」

「なんだよ、言えって言ったり言うなって言ったり。 まあ今の発言はエイミィさんにチクらせて貰うけど」

「それはやめ――」

「おっと、お話中だったかな?」


 そんな風に必死になるクロノをからかっていると、顎鬚が渋くてカッコいいおじさんが部屋に入ってきた。
 手に持っているのは捜査資料か何かか?


「あ、いえ、全然大丈夫です。 問題ありません、グレアム提督」

「そうかい?」


 へぇ、この人がフェイトの保護観察官で時空管理局歴戦の勇士って噂の人か。
 元艦隊指揮官とか元執務官長とか、偉そうな肩書をいっぱい持ってた割にはなんだか優しそうな人だな。


「えーっと、君は……」

「自分は元次元漂流者のサニー・サンバックと言います」

「ふむ。 もしかしてクロノが以前言っていたのはこの子かね?」

「ええ」


 おいおい、俺は一体なんて言われてたんだ?
 『自分を元大学院生だと思いこんでいる可哀想な子』とかか?
 だって仕方ねえじゃん。 年号なんて『吐くよ(894年)ゲロゲロ遣唐使』ぐらいしか覚えてなかったんだもん。


 しかし俺の心配は杞憂だったようで、その後グレアム提督と軽く自己紹介を交えた雑談をしたところ、クロノは俺の事を『見た目の年齢以上に頭が切れる少年』と紹介してくれていた事がわかった。
 へへっ、よせよ。 照れるじゃないか。


「――そうか。 君の事は大分わかったよ。 クロノの言っていた通りかなり聡い子のようだね」

「ありがとうございます」


 そしてその評価は実際に会話をしたグレアム提督も納得してくれたようだ。
 うーん、誰かに認めて貰えるってのは結構嬉しいもんだね、こりゃ。


「ところでクロノ、彼は今回の事件にも?」

「ええ。 規定上まずいのはわかっているんですが、もしかしたら事件の早期解決の助けになるんじゃないかと」


 ん? もしかしてなのはやフェイトが襲われた事件についての話か?
 となると手に持っている物はそれに関する事件資料かなんかで、クロノはこの事件の担当になったってところか。
 それだったら俺は全力で協力するぞ。


「いや、駄目だ」


 え?
 ついさっき俺の事を認めたばっかじゃん。


「しかし彼のデータ分析技能は提督だって認めて――」

「確かに彼の能力は認めよう。 けれどもその分析結果が常に正しいとは限らない。 第一彼は次元漂流者だ。 こういった次元世界規模の話になると、絶対的に経験が足りないと思うのだが?」

「それはそうですが、僕は彼の意見を盲目的に信用するつもりはありません。 あくまで1つの意見として参考にするだけです」

「それに彼は今現在普通の生活を送っているのだろう? だったら、こういう事件に関わらせるべきではない。 特に今回被害に遭ったのは彼の大事な友人でもある。 そういう場合、事件に深く関わり過ぎて最悪の結果に繋がるといった事例は、クロノだってよく知っているじゃないか」

「……はい」


 苦い顔をしてそう言ったグレアム提督に、クロノもまた苦い顔で返事を返した。
 もしかしたら、彼らの過去には何かそういったトラブルがあったのかもしれない。
 だとしても今のは少し不自然な気がするぞ。
 だって――


「さて、君の事だからもうわかってはいるだろうが、今私達がしていた話は――」

「フェイト達が襲われた件について、ですよね?」

「……そうだ。 そして、今私が言ったような理由から君を関わらせることはできない。 わかってくれるね?」

「いいえ」

「……そして、今私が言ったような理由から君を関わらせることはできない。 わかってくれるね?」


 え、ちょ、何これ?
 まさかの無限ループかよ。
 でも俺はフェイトの仇を取ってやりたいのだ。
 そう簡単に引き下がると思うなよ? ……なのは? 誰それ?


「わかりません」

「今私が言ったような理由から君を関わらせることはできない。 わかってくれるね?」

「お客様がお掛けになった電話番号は現在使われておりません」

「……わかってくれるね?」

「English, please.  (英語でお願いします)」

「You get it? (わかってんだろ?)」

「Y, Yes Sir! (もちろんです)」


 怖っ!?
 無理無理、流石にこれ以上は無理だって。
 だって俺、今明らかに命の危険を感じたもん。


「すまないね」

「い、いえ。 ところで、自分はここらで帰ったほうがよろしいでしょうか? クロノ執務官とのお話も有るでしょうし」


 つーか帰りてえ。
 でも流石管理局歴戦の勇士って奴だよな。
 俺、さっきので完全に関わる気力を失くしたもん。
 ごめんな、フェイト。 お前の仇は取れそうにないや。


「そうだね、そうしてくれた方が助かるかな」

「それでは、自分はここで失礼します」

「ちょっと待て。 それならこの建物の入り口まで送っていこう。 ここは初めてだと道に迷いやすいからな」

「おお、確かに」


 考えてみれば、ここまで無駄に遠回りしながら引き摺られて来たせいか、どうやって帰ればいいのかさっぱりわからん。
 まあいざとなったらバールを使って帰ってもいいんだが、そんなことをしたら色々とバレちゃうしなぁ。


「すみません提督、そういうわけで少しだけ席を外させて貰ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わないよ。 ここで紅茶でも飲んで待っているから、ゆっくりしてくるといい」


 そう言ってグレアム提督は、先程までの恐ろしい表情とは打って変わって穏やかな表情で退室する俺達を見送った。
 うん、普段温和な人ほど怒らせると怖いってのは本当だよね。
 心に深く刻んでおこう。




「わざわざ悪いな。 ついてきてもらって」

「ちっとも思っていないくせに、良く言うよ」


 執務室を出てからしばらくし、エレベーターの中で2人きりになったところで俺はそんな風に会話を切りだした。


「それで、君はこの件に関してどうするつもりなんだ? まさか裏でこっそり関わるつもりじゃないだろうな?」


 俺にそう釘を刺したクロノの目は至って真剣なものだったので、俺もそれに対して真面目に答えることにした。


「いや、流石にあのドスの利いた脅しを受けてまで関わるつもりはもうない。 それにフェイト達だって別に一生ものの傷をつけられた訳でもないしな」

「そうか」


 そして俺の言葉を聞いたクロノは、ホッとしたように表情を緩ませた。
 先程も一度思ったのだが、こいつは過去になにかそういったトラウマでもあったのだろうか?


「ああ、それとさっきの提督との話から少し思った事があるんだが」

「なんだ?」

「もしかしたらだけどな、提督は今回の件に関して何か重要な情報を握っていて、それを隠そうとしているんじゃないか?」

「なんでまた?」

「これはほとんど言いがかりになるんだが――」


 そのような前置きの後、俺はそのような疑問に至った理由をクロノに話した。

 民間人だから、魔法が使えないから、だからこそ俺がこの事件に深入りして巻き込まれる事を防ぐ、というのは1つの真実だろう。
 だがしかし、俺は先のプレシア・テスタロッサ事件の時も決して深入りはしていないのだ。

 俺とフェイトはそのとき既に友達だという事、さらに彼女が母親に虐待されていた事を俺が知っていた事も、彼は知っているはずである。
 なぜなら彼はフェイトの保護観察官をやっている、すなわち彼女に関するデータには一通り目を通しているのが確実だからだ。
 そして、そのデータの中には、俺が直接現場に行って何かした、という事実は1つたりとも存在しないのだ。

 それにも関わらず、俺が暴走する危険性を恐れて、意見を聞くことすらしないというのは、やはりどこかおかしい。
 これはグレアム提督がこの事件に関して何か隠し事をしていて、それを俺が見つけることを恐れているからだ、と考えると一応の説明が付く。


「――なるほど。 確かに、その推測も間違ってはなさそうだが……」


 俺のその妄想じみた話を聞いたクロノは、複雑な表情でどこか遠くを見つめるようにそう言った。
 そういえば昔色々とお世話になったとか言ってたっけ。
 思い返せば、提督もクロノに対してまるで息子のように思っているような節があった気がする。
 クロノもそれを自然に感じていたようだし、そんな彼を疑うことなどしたくはないのだろう。


「まあ、あくまでこれは俺の個人的な意見だ。 ちゃんと間違っている可能性も考慮しておけよ? お前がさっき言っていたようにな」

「ああ、わかっている」


 それに今の考察には俺の主観がかなり入っている。
 関わることを禁止された恨みとか、そういったものもきっと混ざっているはずだ。
 だから、実際にグレアム提督の人柄を良く知る人物から見れば、先の態度はむしろ普通なのかもしれない。


「しかし、君はどうしてこういう時だけ頭が回るんだ? 小学校の国語は出来ないくせに」

「うるせえよ。 多分国語の場合、特に小説の場合は登場人物に感情移入ができないからじゃないか?」

「そういうものなのか?」

「そういうものなんだろ」


 その後、クロノと別れて家に帰った俺は、以前すずかに紹介されたものの途中で投げ出した本を再び読んでみることにした。
 そして案の定、自分が登場人物に感情移入出来ないことを確認したところで、ページを捲る指は止まってしまった。

 なんとなくわかってたけど、やっぱ恋愛小説って読んでて全然楽しくねえのな。
 もっと人生経験を積めばこういうものも楽しめるようになるのだろうか?
 いや、でも恋愛っつっても一体誰と経験すればいいんだよ。
 俺のことを好きになってくれる奴なんて1人もいなさそうだしなぁ。
 ちっ、自分で言ってて空しくなってきたぜ。 もういいや、寝よ寝よ。




[15974] 友情編 第8話 正しい決意、勇気の選択
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/09/16 22:38
 2学期も明後日で終わり、いよいよ待ちに待った冬休みがやってくる。
 最近は朝方にめっぽう冷え込むようになってきたせいで、正直起きるのが辛い。
 俺は寒いのが苦手なので、この長期休暇は南半球の暖かい場所で過ごそうと思う。
 具体的に言うならオーストラリア。

 オーストラリアには地球鉄資源の9割強を占めるBIF(Banded Iron Formtion:縞状鉄鉱層)の一部が露出しており、その数十キロにも渡る黒と赤の互層からは悠久の時の重みを感じると言う。
 渡された冬休みの宿題や宿泊先の予約は既に済ませてしまったので、後は飛行機のチケットを買いに行くだけである。
 いやー、楽しみだなぁ。

 そうそう、といえばこの間砂川教授から面白い話を聞いた。
 今現在地球上で見られるBIFは世界各地に点在しているのだが、大昔パンゲアと呼ばれる大陸が一つしかなかった時代まで遡ると、このBIFは1本の線に繋がるらしいのだ。
 こういうところでも超大陸説の裏付けが出来るとは、やはり地球科学は面白い。

 あ? 通知表? ……うん、まあ、普通だったよ。 や、だから普通だっつってんじゃん。
 いいんだよ、どうせ小学校の内申点なんて大学入試には何の関係も無いんだし。
 というか、高校の内申だって推薦入試以外では余り意味がないはずなのだ。
 だってもし関係があるとしたら、何浪しても旧帝大や医学部に入れない奴が出てくることになってしまう。
 いくらなんでも、そこまでチャンスが無いようにこの世の中は出来てないと思うなぁ。 俺は。


「ねえサニー」

「なんだ?」


 なんて自分で自分を慰めていた、はやてのお見舞いの帰り道。
 アリサが横を歩いていた俺に話し掛けてきた。

 アリサはいつの間にかすずかの紹介で彼女と仲良くなっていたらしく、今回の入院の話を聞いたのもまたアリサからだった。
 なんでもはやては昨日の夕方、自宅で料理をしている時に突然倒れ、病院に運ばれたのだという。
 倒れた原因は結局わからなかったそうだが、意識自体は既に回復しており、今回の入院も今すぐどうこうなるって話ではないらしい。
 ま、今日会った時も元気そうだったしな。


「明後日のクリスマスイブなんだけどさ、あんた暇よね?」

「馬鹿野郎。 俺程の男ともなれば、イブの予定など聞かなくてもわかるだろ?」

「じゃあはやてにプレゼントを渡しに行くわよ。 その日はなのは達も大丈夫だって話だし、はやてを紹介してあげるのにも丁度いいかなって」


 本当なら2人をはやてに紹介するのは今日の予定だったのだが、何でもデバイスの修理が本日ようやく終わったそうで、なのは達は学校が終わり次第本局へと向かってしまったのだ。
 今頃はデバイスの慣らしがてら、クロノ相手に模擬戦でも行っていることだろう。
 一時はアリサとの仲を心配したものの、それに関しては俺の巧みな話術で無事誤魔化すことが出来た。
 ふはは、所詮小学生など俺の敵ではないわ。


「なるほど――って、ちょっと待て。 ぶっちゃけそのお友達紹介はどうでもいいんだが、今の話を聞いて、どうして俺が暇だと思ったのか教えてくれ」

「え ちょっと待って。 あんたまさか、それ本気で聞いてないわよね?」

「おい、そうやって本気で驚いた風に聞かないでくれるか? 意外と傷つくから」


 ちっ、本当はわかってるさ。
 クラスの女子からは『サニーくんって頭はいいのかもしれないけど、やってることは凄く馬鹿だよね』とか、『きゃはは 御手洗と黒野を合わせたら三馬鹿も良いところじゃん』とか言われていることぐらい。
 でもちょっとぐらい夢を見させてくれよ。


「もし本当に予定があるのなら無理にとは言わないけれど、はやてちゃんもきっと喜んでくれると思うよ?」

「あーうん、そうね」


 そうやって少ししょげていると、それまで黙って話を聞いていたすずかがそんな風にフォローを入れてくれた。
 が、『もし』という単語に、俺をどう思っているかが如実に現れている。
 ふん。 どうせ俺は道化のサニーですよ。
 今日だって3人がかりでメタクソに弄られたし。
 でもそれが嫌かって言われると、別にそれほど――いやいや、その考えはまずいだろ。 落ち着けって俺。


「ま、その日は精々旅行の準備をするぐらいだ。 折角だから取っておきのサプライズをプレゼントしてやろうじゃないか」

「そうこなくっちゃ!」


 俺がそう言うと、アリサは嬉しそうに俺の背中をバシバシと叩いてきた。
 こいつ、何気にそういうイベントとか大好きだからなぁ。


「それだったら、今からちょっとだけプレゼントを見に行こうよ。 たとえ今買わなくても、どんなものがあるかぐらいは見ておいて損は無いと思うんだ」

「さっすがすずか! ナイスアイデア! それじゃあデパートにLet's Go! (行きましょう)」

「Ya! (はい)」


 俺は『別にそれって普通じゃね?』とも思ったが、突っ込むことはしなかった。
 楽しんでるところに水を指すのは野暮ってもんだし、何より俺も楽しみなことに違いは無いからな。





 そんな話をした翌々日の終業式の後。
 俺、アリサ、すずか、なのは、フェイトの5人は、学校帰りに直接病院へと向かうことにした。
 灰色の空に覆われた街には雪がしんしんと降り注ぎ、俺たちの靴跡が背後に長く伸びて往く。
 そうして白く染められた街並みは、どこか聖なる夜(性なる液でも可)を予感させ、街ゆく人々もどこか浮かれているように見えた。


「なのはは、はやてへのプレゼント何にしたの?」

「わたしはスノードーム。 冬のジオラマがね、丸いガラスドームの中に広がってて、すっごい綺麗なの。 フェイトちゃんは?」

「私はアロマキャンドルにしたんだ。 クリスマスツリーの形をしてて、なんだかほっとする臭いだったから」

「へぇ、クリスマスにアロマキャンドルかぁ。 なんだかロマンチックでいいね」

「うん」


 ……ん?
 ちょっと待て、それはひょっとしてネタ商品なんじゃないか?
 純粋に喜んで欲しくて選んだんだろうけど、炎上するクリスマスツリーなんてクリスマスを皮肉ってるとしか思えない。
 いや、もしかしたらクリスマス限定SMプレイ用蝋燭の可能性もあるか。
 どっちにしろまともな意味合いがあるとは思えないのだが……。
 ふと横を見ると、アリサやすずかも似たようなことに思いあたったのか、少し動揺しているようだった。


「おい、どうする?」

「ど、どうするって、何のことよ?」

「そういうのって変に隠すと余計墓穴を掘るぞ」

「えっと、多分そのキャンドルって、『クリスマスに燃え上がる2人』っていう意味だよね?」


 ああそっか、そういう捉え方も有りだな。


「もちろん性的な意味で、だろ?」

「あんたはもう少し言葉を選びなさいよ」

「悪いな。 でもお前の顔を見てると自然と口から出てきた――」

「ねぇサニー」

「ひぃ! ごめんなさいって、なんだ、フェイトか。 驚かせるな」

「ご、ごめん。 3人とも今何の話をしてたのかなって、少し気になって……」


 こそこそ話をしているうちに、いつの間にかなのは達との距離が開いていたのを不思議に思ったのだろう。
 先行していた2人はこちらへと戻ってきて、そんな風に話し掛けてきた。


「どうせまたエッチな話なんでしょ? サニーくんはいっつもセクハラなことばっかりしてるもんね」

「ちげーよ」

「違わないわよ」

「うるせえ、お前は少し黙ってろ。 今回はちょっとプレゼントの話をしてただけだっつの」


 俺はアリサに蹴りを入れられながら言葉を続けた。


「そもそもなのは、お前セクハラが何の略かちゃんと知ってんのか?」

「知ってるよ! セッ、ああっ!? またそうやってわたしに恥ずかしいこと言わせようとしてるんでしょ! このえっち! 変態っ!」

「アホかお前は。 セクハラはセクシャルハラスメントの略だ。 『セッ』で始まるような単語じゃねえんだよ、バーカ、バーカ!」


 そうやってなのはの周りを小馬鹿にするように小躍りをしながらぐるぐる回っていると、顔を赤くしてプルプルと震えだしたなのはが雪玉をぶつけてきた。


「そうやって実力行使にでるのは、暗に自分が馬鹿だって認めた証拠なんだろ? ねぇ、そうなんでしょ?」

「……えいっ! えいっ!」

「ブッ!?」


 いい加減にしろよコノヤロウ。
 普段は温厚で知られるサニーさんだってなぁ、そうやって顔面に連続でぶつけられたなら黙っちゃいないぜ?
 こうなったらこっちは背中に雪玉を大量にぶち込んでやる。


「と、ところで、サニーははやてへのプレゼント何にしたの?」


 そんなささやかな復讐を決意してせっせと雪玉を作っていると、『ここでサニーくんを反省させないと、今度はフェイトちゃんがセクハラになっちゃうよ!』とか言っている馬鹿を羽交い絞めにしたフェイトに、そう話しかけられた。
 ふむ、まあここは彼女に免じて許してやるとしよう。
 これは決して手が痛くなってきたからとか、そういった軟弱な理由ではないので悪しからず。


「俺はネックレスにしたんだ。 夏にブラジルで拾ってきたトルマリンの原石があってな。 以前アメジストをプレゼントした時喜んでくれたから、それでいいかと思って。 ほら、こんな感じなんだけど」


 俺は背負っていた学校指定の鞄からプレゼントの箱を取り出し、自作のネックレスをフェイト達に見せた。
 そのネックレスのチェーン部分は純銀で作られており、台座にはオーバルカットにされた3cm大のパライバ・トルマリンが付けられている。
 夜の闇に溶け込むような深い青の輝きは、まるで南国の美しい碧海を切りとったかのようである。
 自分で言うのもなんだが、これはかなり良い感じにカットできたんじゃないかなぁ。


「ええっ!? 何これ!?」

「うわぁ、凄い綺麗……」

「こんなの見たことないよ」

「ちょっとちょっと、それ一体いくらすんのよ!?」

「さあ? 銀で出来た部分以外はタダ同然で手に入れたものだし、正確な値段はちょっとわからん」


 ちなみに台座やチェーン部分は既製品を流用したもので、ネックレス一つあたりの原価は僅か3000円。
 宝石自体の品質はせいぜいVVS(10倍ルーペで発見が困難な程度の内包物や傷がある)程度だが、それでも普通に買ったら数百万は下らないとは思う。
 ま、そもそも宝石の値段って加工賃が半分以上を占めてるから、自分で作れば安くなるのは当たり前なんだけどね。


「え? あんたまさか、それ自分で加工したの?」

「まあな」


 ただし、この加工には一昨日の夜から今日の朝までまるまる掛かった為、今は眠くて仕方がない。

 でも転移魔法で秘密基地とこっちを自由に行き来できる様になったのは助かったぜ。
 おかげで砂川教授のとこに工作機械を借りに行く必要が無くなったし。

 ……そういやあそこの座標って、他の次元世界のものとは明らかに一線を隔してるんだよな。
 他の次元世界の惑星はx,y,z軸はほとんど同じで、第四のu軸だけが大きく異なる。
 しかし秘密基地のあるあの惑星は、x,y,zすらも桁違いに大きなズレを示すのだ。
 それも具体的に言うなら数百光年とかのレベルで。
 これって一体どういうことなんだろうか?


「ねえ」

「ん?」


 そうしてふと気付いた疑問に没頭しているとアリサに話しかけられた。
 微妙にそわそわしてるように見えるのはトイレが近いせいだろうか?


「もしかしてこれ、あたし達の分もあったりする?」

「いや、お前らの分は今回ちょっと間に合わなかった。 悪いな」

「……そうなんだ」

「ま、下手したら年明けになるかもしれないけど必ず作ってやるから、そう落ち込まず気長に待っててくれ」

「うん。 気長に待ってる」


 そう言ってアリサは嬉しそうに笑った。
 やはり女性が宝石好きだというのは、古来から変わらない1つの真理なんだろうか?
 仕方ねえなぁ。 折角だし、アリサの奴はもうちょっと質の良い原石を使ってやるか。


「っと、そういえば明日のクリスマスパーティの集合時間、あんたちゃんと覚えてる?」

「昼の1時にすずかの家だっけ?」

「ああ、やっぱりメール読んでない。 昨日、3時に変更ってメールを送ったんだけど」

「嘘?」


 携帯を開いてセンターに問い合わせてみると、確かに『クリスマスパーティー開始時間変更のお知らせ』というメールが送られているようだった。
 そっか、今日の朝まで向こうに居たんだもんな。
 流石に秘密基地までは遠すぎて電波が届かないのだ。


「ホント。 みんなも間違えないでよ?」

「うん、わかってる」

「問題ないよ。 というか私の家だし」

「あはは、サニーくんじゃあるまいし」

「わはは、なのはじゃあるまいし」

「わたしは間違えないよ!」

「俺だって間違えた訳じゃねえよ! というかお前、携帯に俺の名前を『The Fool』って登録すんのはいい加減やめろ。 ぶっ殺すぞコノヤロウ」

「え? 何を言ってるの? この間もわたしに負けたよね? 学期末の国語の試験で」

「あ? たかが2点差だろうが。 それに合計では勝ちましたー」

「それだって2点差だもん! というか、サニーくんだってわたしの登録名を『ビッチ(お馬鹿な方)』とかにしてるじゃん! やめてよ!」

「だって事実じゃん」

「こっちだって事実だよ!」

「はいはい、そんなことよりさっさと行くわよ? お見舞いの時間が無くなっちゃうじゃない」

「わ、待って待って!」「俺を置いてくな!」






 そんな風に多少騒がしいやり取りをしつつ、俺たちははやての病室へと到着した。
 病院に漂ってるこの薬品の臭いって、なんかこう、妙に身体を委縮させる力があるよね。


「はやてちゃん、すずかです。 今入っても大丈夫?」

『あ、すずかちゃんか? 大丈夫や。 シャマル、ドアを開けたげて』

『はい』


 そんな軽いやり取りの後、シャマルさんは扉を開け、こちらに笑顔を見せてくれた。


「こんにちは」「Hi! はやて、今日も来てあげたわよ!」「ちゃーっす」


 挨拶をしながら病室の中を覗き込めば、そこにはベットの上で見知らぬ少女に抱きつかれるはやてとシグナムさんの姿があった。
 この赤毛の少女もはやての家族なのか? はやてより幼いじゃん。
 大陸の家庭事情って結構複雑らしいからなぁ。 これくらいの捨て子も多いと聞く。


「みんな、よー来てくれたなぁ。 ほら、そっちは寒いからはよ中に入り」

「うん」「じゃあ遠慮なく」「お邪魔しま――」

「あ、サニーくんは帰ってもええよ? ホンマに邪魔やから」

「おい!」

「あはは! 冗談や!」


 そしてすずかとアリサははやてからの歓迎を受け、笑いながら病室へと入っていった。
 ん? そういえばさっき、なのはの声が聞こえなかったよな?

 そのことに気付いた俺は、入室する前に一言注意することにした。


「おいなのは、お前は初対面のお友達に向かってちゃんと挨拶もできないのか? 情けない」

「……え あ、うん。 こ、こんにちは」

「は、初めまして」


 おっと、フェイトも挨拶してなかったのか。
 ……ちょっと待て、なんでここで2人が言い詰まるんだ
 フェイトは若干人見知りするからまだいいとしても、なのはは普段、俺以外にはちゃんと挨拶をしてるよな。
 客商売を手伝っているのだから、人見知りが激しいということも無いはずだし。


「こ、こちらこそ初めまして。 2人共、ここに来るのって初めてよね?」


 というか、シャマルさんもなのは達同様若干ぎこちない?


「あ、はい」

「私達は一昨日紹介して貰う予定だったんですけど、ちょっと個人的な都合で……」


 何だ? 上手く説明できないけど、何かこう、全てが1つの線に繋がりそうな――


「あら、そうだったの? なら2人とも、そんなところに立ってないで、こっちにいらっしゃい」

「それじゃあ……」「お邪魔します」


 ま、これは後でもいいか。 思い出せないってことは重要じゃないってことだろう。 きっと。


「あっ、ふたりがなのはちゃんとフェイトちゃんやな? 会えるのを楽しみにしとったんよ――」


 そうしてなのはとフェイトが中に入り、部屋の主に話し掛けられたところで、病室のドアは閉められた。
 あれ? 今俺、普通に締め出された?
 何だこれ。
 もういいや、帰って不貞寝でもしよう。


「ああ!? ご、ごめんなさい! サニー君も、こっちに――」

「いいよもう、どうせ俺なんてお呼びじゃないんでしょ」


 そうして踵を反したところで、シャマルさんが慌てたように部屋から出て、俺を追い掛けてきた。
 だが俺のガラスメンタルは既にどどめ色に染まりきっている。
 これはもう塩素系漂白剤でも元には戻らないな。


「ち、違うんです、てっきりもう中に居るものだと思ってて!」

「ホントに? 俺のことウザいとか、不法移民だとか思ってない?」

「いいえ! 決してそんなことは!」

「じゃあはやては? 俺のことカマ男とか天上天下唯我独尊とか思ってない?」

「え? うーん、それはどう返せばいいのか……」

「帰る」

「大丈夫ですって! はやてちゃんはサニー君のことを悪く思ってないですから!」


 俺はそう必死に言い繕うシャマルさんを胡散臭げに見つめた。
 だっていくら冗談でも、お見舞いに来てくれた人相手に『帰っていいよ』は無いだろ。 普通。


「本当ですってばぁ」

「証拠は?」

「だって、はやてちゃんとの会話にはいっつもサニー君が出てくるんですよ?」

「つまり?」

「だからきっと、はやてちゃんはサニー君のことを大切なお友達だと思っているはずです」


 そっかそっか。
 だったらさっきの扱いも許してやろうかな。
 大切なお友達だと言われたら仕方が無い。
 という訳で『きっと』とか、『はず』といった単語の重ね掛けについては突っ込まないでおこう。
 藪からスティックが出てきて、致命的な致命傷を負いかねないし。

 そう気を取り直した俺は、シャマルさんの手招きに従って病室へと戻ることにした。


「あ、そうだ。 ところで、はやてとの会話ってどんな内容だったんですか?」

「そうですねぇ。 例えば、こんなときサニー君やったらきっと……」

「きっと?」

「あーっ!? あんなところにおじいさんが!」

「おいこら。 ジジイなんて何処にでも居るだろうが」


 そう言って俺は、突然廊下を歩いているよぼよぼのご老人を指差したシャマルさんの人差し指を、曲げてはいけない方向へと思いっきり曲げてやった。


「いたたたたっ!? す、すいません、すいません」

「変なところで言葉を切るな。 ちゃんと最後まで言えっつの。 きっと?」

「全裸で踊り狂うんやろうなぁ」

「俺もう帰る」

「待って待って、今のはきっとはやてちゃんも本気じゃないと思うの!」


 そうして、三度帰ろうとする俺をシャマルさんは縋りつくように止め、俺は引き摺られるようにして病室へと連れていかれた。







「なんやサニー君、えらい遅かったやん。 便所か?」

「いや、お前ん家の家族に精神的苦痛を味わわされてた」

「だから謝ってるじゃないですかぁ」

「なんやようわからんけど、シャマルもこうゆうとるんやし、許してやったらええやん。 小さい男は嫌われるよ?」

「誰が短小だぶっ殺すぞコノヤロウ。 そもそもこれはお前にも原因が――」

「あ、ああっ! あああああ!?」


 入室後、はやてに文句をぶつけようとしたところ、それまでアリサと話していた赤毛の少女が突然叫び声をあげた。
 あれ? そういえばこいつ、何処かで見たような気が……いや、気のせいか。


「おいおいお嬢ちゃん、あまり病院では騒ぐなよ?」

「おま、おまっ!?」

「なんだ? お股が痒いのか? 性病ならちゃんと治療しないと癖に――」

「Be quiet! (黙りなさいよ!)」

「はたくな。 頭をはたくな。 俺が馬鹿になったらどう責任をとるつもりだ?」


 俺は両手を上に向けて広げ、やれやれといった感じで呆れながらアリサにそう言った。
 こいつは俺という存在が世界的な損失になるということをわかっているのだろうか?
 ん? 今の言い方だと俺が世界的なゴミみたいじゃん。
 はっ!? 既にバ化が進行しているのか!?


「安心しなさい。 そうなったらいい精神病院を紹介してあげるから」

「よし、表に出ろ。 決闘だ」


 俺は靴下を片方脱いでアリサに投げつけた。
 手袋が無いのが悔やまれる。
 こないだ何処かで失くしちゃったんだよなぁ。
 多分学校で雪合戦をしてて、コントロールが利かないからって脱いだ時だとは思うんだけど。


「それはアタシのセリフだ! タカマチなんとか! あの時は良くも逃げやがったな!?」

「ええっ!? わたしっ!?」

「ええっ!? お前もタカマチなのか!?」

「違うよ! なのはだよ! な・の・は!」

「え?」

「え?」


 なんだこいつら。
 おもしれぇ。
 俺はアリサに避けられ、直撃したすずかによってごみ箱に捨てられた靴下を履きなおしながらそう思った。


「こ、この野郎! よくも騙しやがったな!? ぶっ潰してやる!」

「そ、そうだよサニーくん! これ一体どういうこと!? もしかして勝手にわたしの名前を使ってたの!?」


 ちっ。
 会話がかみ合わないからって俺に矛先を向けんじゃねえよ。


「はいはい、みんな落ちつけー。 ここは何処かなー? 病院では静かにしないと駄目ですよー。 静かにしないと穴と言う穴に黒々としたぶっといお注射ぶち込んじゃうぞー?」

「全部あんたが原因じゃないのっ!」

「Ouch! おい、尻を蹴るな。 パンツが食い込むじゃねーか」


 俺はケツの割れ目に食い込んだパンツの位置を直しながらアリサに中指を立てた。
 なんて手の早い奴だ。 将来こいつの旦那になる奴は苦労するんだろうなぁ。
 ちなみに俺のパンツはブリーフじゃないので、例え吹き残しがあったとしても汚れは付かないから安心してほしい。


「なんやサニー君、ヴィータとも知り合いやったんか?」

「いや、見覚えないな」

「おまえマジ泣かすぞ!? 前にゲートボールで勝負しただろうが! 下痢野郎!」


 ん? ゲートボール? ……ああ!


「思い出した。 確か、公園ではしゃいでる糞ガキがいたから泣かしてやったんだっけ」

「泣いてねえよ! 嘘つくんじゃねーっ!」

「あの時の勝利の美酒は大変美味しくいただかせて貰いました。 うまうま」


 俺は殊更相手の怒りを煽るように、鼻をほじりながらそう言った。


「あーもう! まじでむかつく! お前ちょっと表でろ!」

「落ち着け、ヴィータ。 その態度が余計相手を喜ばせているんだ」


 そうして1人ヒートアップしていく赤毛の少女を、流石に見苦しいと思ったのだろう。
 それまですずかやフェイトと話していたシグナムさんが、彼女を止めに入った。


「そうよ、ヴィータちゃん。 もう少し冷静になったほうが――」

「うっせーシャマル! アタシに指図すんな!」

「ヴィータ!」

「ひぃっ!」


 おお、流石は家主。
 はやての一喝を受けたヴィータとかいう少女は、身をすくませるようにして大人しくなった。
 俺もアパートの大家さんやリンディさんには歯向かえないし、やっぱり将来なるとしたら権力側だな。


「ここは病院や。 静かにせんと他の人に迷惑がかかってまう。 だからもう少し落ち着こ。 な?」

「……うん。 ごめん、はやて」

「そんで、サニー君はこっち」

「何だ? なんかくれんのか?」


 クリスマスだしな。
 いわゆるプレゼント交換タイムって奴――


「ふんっ!」

「かっ!?」


 などと油断してのこのこと近付いたところ、俺ははやてにレバーを殴られ、その場に蹲ることになった。


「てめ……なに、しや――」

「病院で騒いだ罰と、ヴィータをからかった罰や。 ヴィータもこれでええか?」

「うん、すっげーすっきりした。 ありがとーはやて」

「それ、釣りあって、ねえ――」


 そうして俺は、こっちを見てニヤニヤしている小娘の顔を脳裏に焼き付けながら、襲い来る眠気に負けて意識を手放した。
 覚えてやがれ、クソッたれ。






 それから数十分後。
 ようやく気を取り戻した俺は、部屋の隅の方に燃え尽きた矢吹状態で座らされていた。


「あ、アリサちゃん。 サニー君、目が覚めたみたいだよ」

「ずっとそこで寝てればよかったのに。 その方が静かで助かるわ」

「おい、目が覚めて聞いた第一声がそれって、ちょっと酷くない?」

「それよりサニー君、口から涎垂れとるよ? 変な格好で寝とるからや」

「どうせ嘘なんだろ?」


 というか気絶させたのお前だから。


「いや、ほんま。 ほら」


 そう言って差し出されたはやての手鏡には、額に『鹿馬犬』と書かれた口の周りがベタベタになっている美少年の姿があった。


「おい誰だ! 俺の美顔に落書きしてくれた馬鹿は!」


 しかも『馬』と『鹿』の順番間違ってんじゃねーか。
 いや、これは馬鹿の反対、つまり天才ってことか?
 なら良いか。 って、そんな訳ねーだろ!


「確かヴィータちゃんだっけ?」

「あとはなのはも一緒になって落書きしてたわね。 その微顔に」

「あの糞ガキども……っ!」


 俺は病室に置いてあったティッシュを水で濡らし、額の落書きをこすりながらそう言った。
 っていうかこれ油性かよ!
 全然落ちねえし。 まじふざけんな。


「おい、その容疑者NとVは何処に逃げたんだ?」

「なのはちゃんやったら、ついさっき急用が出来たーゆうて帰ったよ。 ヴィータも一緒に帰ってもうたし、復讐はできひん。 残念やったな?」

「ファック。 代わりにお前の顔をマジックで塗りつぶしてまっくろくろすけにしてやる」

「ん? また気絶させて欲しいんか?」

「じ、じじ、冗談だって」


 ふ、ふん。 まあ今回は連帯責任だけは許してやろう。
 でもこれは、別にはやてが怖かったとかそういう訳ではないので、そこだけは勘違いしないで欲しい。
 そうそう、ところでなのは達の急用ってのは、また管理局関連の話なのだろうか?
 や、だから別に話を逸らした訳じゃねーつってんだろうが糞バール。 また罅でも入れて欲しいのか?


「でもあんた、その落書きよく似合ってるわね。 今も狂犬病を発症した犬にそっくり」

「おい、そうやって人を犬呼ばわりすんのちょっとやめてくんない?」

「あ、そう言えば、アリサちゃんは犬が好きなんやって? こないだすずかちゃんから聞いたんやけど、ホンマか?」

「うん。 家で沢山飼ってるけど、みんなあたしの言うことをちゃんと聞くし、それに賢いからね」

「無視するな。 俺を無視するな」

「でもサニーってのだけは馬鹿だからそうでもないかな」

「おい、そういう構い方はやめろ。 ぶっ殺すぞコノヤロウ」


 お前の額にも『メスブタ』って書いてやろうか?

『お前の名前を言ってみろ』
『私はメスブタです。 私はメスブタです』
『ははは、良く出来たブタじゃないか。 このブタめ! このブタめ!』
『申し訳ありませんご主人様! 申し訳ありませんご主人様!』

 ふふふ、いいな。 凄く良い。


「気持ち悪い顔」

「うるせえメスブタぁいたたたたっ!? ごめんなさい! ごめんなさい!」

「ふんっ。 だったら最初っから言わなきゃいいのよ」

「そうそう、はやてちゃんの家にもザフィーラっていう犬が居るんだよね? こないだ遊びに行った時見せて貰ったんだけど、大きくてかっこよかったよ」

「一応言うとくと、犬やなくて狼やね。 写真ならあるけど、2人とも見るか?」

「おう」「見せて見せて!」


 俺はアリサに梅干しを喰らったこめかみを両手で擦りながら、開かれたアルバムを覗き込んだ。
 するとその中の一枚には、はやてを背中に乗せて堂々と立っている蒼い狼と、その横にごっつい本を抱えて立っているシグナムさんとシャマルさん、そしてカメラに向かってピースサインをしている例の糞ガキが写っていた。


「見ればわかる思うけど、このわたしが上に乗っとるのがザフィーラや」

「カッコいい~!」

「せやろ? せやろ?」


 おお、確かにこの狼はかっこいいな。
 そのがっしりした体躯と威風堂々とした立ち姿には少し憧れなくもない。
 っていうかこれ、額に宝石みたいなものが付いてるけど、もしかしてアルフと同じ……珍種?


「ねえ、この子って何て種類の狼なの?」

「え? あ、いやあ、それはわたしも良う知らんねん。 ごめんな、アリサちゃん」

「いいわよ。 そんなことでいちいち謝らなくても」

「でも大きくて立派な狼だよね」

「そうだな。 いくら小娘とはいえ、人1人乗せて平然としてるってのは、相当鍛えている証拠に違いない」

「そうね。 しかもあんたより賢そうだし」


 こいつ……っ!
 とことん俺を虚仮にしやがって。
 よし、俺を馬鹿にしたことを後悔させてやる。


「そういやおまえん家のバター犬、あれ何て名前だっけ?」

「家にバター犬なんていないわよ!」


 ふはは馬鹿め、こいつ墓穴を掘りよったわ。


「ふーん、お前バター犬って何か知ってるんだ?」

「!? し、知らない。 何それ? 母乳からバターでも作れる犬のこと?」

「いやー、その言い訳は無理があるだろ~。 ねえ、皆さん」

「あ、あはは……」「何のことかわからへんから、コメントのしようがない」


 バター犬とはマスターベーション時の女性の味方である。
 そして読書家の二人は、案の定そのことを知っていたようだ。
 はやてさん、知らない人はそうやって露骨に目を逸らしたりはしないんですよ?


「なによっ! 知らないって言ったら知らないんだから! そうやってセク……」

「セク?」

「あわわ、何でもない、何でもない」


 セクハラと言った時点でバター犬を知ってることの証明になると気付いたのだろう。
 アリサは顔を真っ赤にして言葉を切った。


「なんすかねぇ、その後に続く言葉は。 セクロス? セクササイズ?」

「あぁあああっ! もうっ! 煩い!」

「ぐぇあ」


 結局最後は腹を殴られてしまったが、アリサに赤っ恥をかかせたことを思えば今の攻防は大勝利だったと言える。
 今後、すずかとはやての中で、アリサはむっつりキャラとして定着することになるだろう。 ざまぁ(笑)

 それから俺は皆から大分遅れたものの、用意していたプレゼントをはやてに渡すことにした。
 それを受け取ったはやては酷く驚きつつも、とても嬉しそうに喜んでくれた。
 友達のそういう表情を見れただけでも、二徹して頑張った甲斐があるってもんだ。






 その後、面会時間の終わりを看護婦さんが伝えに来たところで、俺達は病室を後にした。
 外はとっくに日が沈んでいたものの、一面に積もった雪が月明かりを反射しているせいか、思っていたより明るかった。


「でもはやて、早く良くなるといいわね」

「そうだな」 


 そんな帰り道の途中、不意に会話が途切れたところで、アリサがそんな話を振ってきた。


「今日の様子を見る限りだと、案外すぐ退院できるんじゃないかなぁ」

「……かもな」


 お見舞いの最中、俺は皆の気が逸れた一瞬、ほんの少しだけはやてが辛そうな顔をしたのを見てしまった。
 だから恐らく、すずかのその言葉は希望的観測に過ぎないと、何となくわかっていた。
 けれど、それについてここで言うことはしなかった。
 本人が隠そうとしているのに、それをわざわざばらすのもどうかと思ったのだ。
 俺をいじるのもその辛さを紛らわす為、と思えば腹も立たないしな。


「……ところで、この後2人は何か予定とかってある? 何もなければあたしん家のホームパーティーに来れば、って思ったんだけど」

「ああ、それね。 俺は徹夜続きで起きてられないだろうから多分無理って、一昨日の内にデビッドさんにメールで返信しといた」

「さっき寝てたじゃない」

「アホかお前は。 昏睡と睡眠の区別もつかないのか?」

「そういうあんたは気絶と昏睡の区別がついてないのね」


 え? 違うの?


「というか、なんであんたはパパから直接誘われてんのよ」

「さあ?」


 大方セグウェイボードに関するお礼のつもりだと思うけど。
 今凄い勢いで売れてるからなぁ。
 テレビとか雑誌ですげぇ話題になってるって、こないだ学校でも聞いたし。


「まあいいわ。 すずかは?」

「そのお誘いは凄く有難いんだけど、私も家族と一緒に食事をすることになってて……。 ごめんね?」

「そっかー。 ま、残念だけどそれなら仕方ないわね」


 そう言っていたものの、アリサの顔からは残念そうな感情は読みとれなかった。
 つまり、今のはアリサもとりあえず言ってみただけって事なんだろう。


「あ、でもその食事ってさ、やっぱり忍さんは居ないんでしょ?」

「うん」


 なるほど。 恋人達も濡れる街角って奴だな。 性夜的な意味で。


「あの、サニーくんが今何を考えてるのかはなんとなくわかるんだけど、それとは違うよ?」

「あれ? そうな――というか俺は今特に何も考えてなかったぞ。 憶測で物事を語るのはやめて貰おうか」

「はいはい、見苦しい言い訳はしないの」

「お前にだけは言われたくねえよ。 ま、そんなアリサの妄言は置いとくとして、忍さんは恭也さんとデートでもしてるんじゃないのか?」


 確かすずかのお姉さんと恭也さんって付き合ってたよな?
 もしかしていつの間にか別れたとか、そういうことか?


「半分正解。 今日お姉ちゃんは翠屋のお手伝いをしに行ってるんだ」

「ああそっか。 容疑者Nがクリスマスのケーキ屋はかき入れ時で忙しいって言ってたっけ」

「そうそう。 あたしの家も毎年予約してるけど、翠屋のクリスマスケーキってすっごく美味しいのよねー」


 アリサは去年のケーキを思い出すように目を細めながらそう言った。
 いいなぁ。 俺も予約しておけばよかったぜ。


「うちはお姉ちゃんがバイト帰りに貰ってきてくれるって言ってたけど、なのはちゃんが帰ったのもきっとその関係じゃない――え?」

「なによこれ!?」


 すずかが話してる最中、突然空が灰色に染まり始めた。
 街を彩っていた電飾が消え、クリスマス特有の暖かさが無くなっていく。
 これって確か、結界魔法とかいうやつだよな?
 前にユーノが使ってた時もこんな感じだったし、多分間違いないだろう。


「人が、急に居なくなった?」

「あたし、ちょっと向こうの方見てくる!」

「待ってアリサちゃん! こういう時勝手に動いたら危ないよ!」


 突然訪れたこの事態に対し、アリサは原因を探る為、すずかを連れて大通りの方へ駆けていった。

 さて、出来る男はいつでも冷静なものだと聞く。
 つまり出来る男である俺は、この現象について冷静に考察するべきである。
 だから俺がアリサ達に付いて行かなかったのは、決して足が竦んで動けなかった訳ではない。 や、マジでマジで。

 と、言う訳で。
 まずはこの結界を誰が張ったのか考えてみよう。
 俺の知る限り結界を張ることが出来るのは、ユーノ、フェイト、アルフ、そしてアースラスタッフ等の時空管理局の人達である。
 だが、その中で俺はまだしも、アリサやすずかを結界内に閉じ込めるような奴は居ないはずだ。
 管理外世界の住人への魔法バレは厳禁だからな。
 となると、この結界は先に挙げた人間が何らかの事情で張ったか、それ以外の誰かが張ったことになる。
 前者だとすれば特に心配は要らないが、後者の方だと色々まずい気がする。

 ……あっ、そうか。
 そういや他にも結界を張れそうな奴らが居たっけ。
 なのはとフェイトを傷つけた連中ならこれぐらい出来そうだ。

 さて、そうすると次は『そいつらの目的は何か?』だ。
 確かそいつらって魔導師のリンカーコアから魔力素を蒐集してるんだよな?
 ってことは、この結界の中には魔法を使える奴が居て、そいつから魔力を蒐集するつもりだということになる。
 なのは達も元気になったことだし、再び狙われてもおかしくはない。
 おいおい、これはやば――いや、でもそれだとここにアリサやすずかが居ることの説明が付かない。

 アリサ達にリンカーコアが無いことは、以前フェイトが教えてくれた。
 となると、この結界は蒐集が目的ではない可能性が高くなる。
 もしかして初めの仮定、『この結界を張ったのは、以前なのは達を襲った連中』というのが間違っているのか?

 ……まあいい、取りあえず最悪の事態はどうなることかはわかった。
 それは結界内になのはとフェイトが居て、例の連中に襲われていること。
 そしてアリサとすずかがそれに巻き込まれること。

 ここまでわかったのなら、まずはアリサとすずかの避難から始めるべきだな。


「バール、現在地の座標は?」

「先程まで居た場所のu値と、小数点第二位で3以上の差がある」

「第二位に3って、そりゃあまた随分と硬い結界だな」


 結界魔法とは『実空間を一部切り取り、それを第四の軸に沿って少しだけずらす』という魔法である。
 そしてそのずれが大きければ大きいほどその結界は強固となり、現実世界への影響は小さくなる。
 具体的には、次元世界同士の距離がそれ以上近付くと安定に存在できないという値が1だと定義されており、普通の結界は小数第5位ぐらいだと本には書かれていた。

 また、結界の内外への移動はその方向によって難易度が大きく異なり、ほとんど一方通行になっているという。
 中への進入は容易くてその逆は難しい、とかそういう感じ。

 そして、その難易度の差はよく微積分で例えられる。
 これは連続関数であるなら微分は簡単にできるが、積分の方は非常に複雑になる場合が多いことから来ているそうだ。(例:y=e^(-x^2)、y=1/logx、楕円の円周の長さ、etc...)
 実際の魔法式はもっと複雑なものではあるが、ユーノの使う結界魔法等も原理的にはそういった関数を元に組まれているらしい。


「で、バール。 行けるか?」

「誰に向かって聞いているんだ?」

「はっ。 そりゃそうか」


 だが、例えどのような結界であろうと、俺とバールにとってそんな難易度など有って無いようなものに過ぎない。
 いくら複雑な計算が必要でも力技で転移できてしまうからな。

 そこまで考えた俺は、雪に残るアリサ達の足跡を追いかけ、2人を探すことにした。

 そうして2人を見つけた俺は、すぐさま転移魔法を発動し、アリサ達と共に結界に取り込まれる前に居た場所へと戻った。


「すずか! やっぱりこっちにも人が居な――え?」

「あれ? ここって……さっきまで私達が居た場所、だよね?」

「何寝言を言ってんだ? お前ら」

「あ、サニー君」


 すずか達はこの唐突な展開に付いていけないのか、軽いパニック状態に陥っているように見えた。
 よし、ここで一気に畳み掛けてうやむやにしてやろう。


「ほら、とっとと帰ろうぜ? もうガンダム始まっちゃうじゃん」

「あんた、今何したの?」

「は? 何のことだ?」

「さっき急に周りが暗くなって、辺りに誰も居なくなってたわよね?」

「白昼夢でも見たのか? 精神病院に行くのなら一人で行ってくれ」

「すずか」

「うん。 わたしも見たよ。 サニー君、なにか知ってるんだね?」

「いやいや、何の事だかさっぱりわからん。 そんなことより好きなガンダムについて語ろうぜ」

「あんた、すっとぼけんのもいい加減にしなさいよ?」


 そうして話を逸らそうとする俺を、アリサは本気で睨んできた。
 おー怖え怖え。


「知ってるか? 世の中には黙秘権ってのが――」

「あんたには無いわね」

「なんだと?」

「だって、体育祭の時の命令権が残ってるもの」

「ぐっ!?」


 確かにそんなものもあったけどさぁ、まさかここで出してくるとは。
 すっかり忘れてると思ってたぜ。


「さあ、また教室で恥を掻きたくなかったら話しなさい。 じゃないと次は前より悲惨な目にあわせるから」

「Shit. (糞ったれ)」


 そう言われたら話さざるを得ない。
 というわけで俺は潔く腹を括り、自分が魔法を使えること、そして先程まで居た場所は結界と呼ばれる空間の中だったことを2人に話した。
 その際、なのはやフェイトに関しては一切話さなかったのだが、やはり2人とも頭の出来が違うのだろう。
 たったそれだけの情報から、直ぐになのは達も魔法が使えるという結論を導き出した。
 そして今現在、結界内になのは達がいて、他の魔導師に襲われている可能性についても気が付いてしまった。
 結局今月頭の入院の一件は誤魔化しきれていなかったようだ。
 なんだよ、俺全然ダメじゃん。


「――大体はわかった。 でもさ、なんであんたはそれを隠してたのよ?」

「魔法を使えんのがバレたら友達いなくなるって思ってたし」


 大便的な意味で。


「やっぱりあんたは大馬鹿よ」

「んだとコラ」

「だって、あたし達の事をまだ全っ然わかってないじゃん。 そんなことぐらいで友達をやめたりするって、本気でそう思ってんの?」

「それはちょっと傷つくなぁ」

「まあお前らはそう思っても、なのはやフェイト、特にユーノがどう思うかまでは分からないだろ?」

「ユーノ? ……ああ、前になのはが預かってたフェレットの事? そんなフェレットごときが魔法を使える使えないで態度を変える訳ないじゃない」

「ああ、うん。 まあ、フェレットならそうだね」


 哀れすぎる。
 あいつ、すっげー優秀な人間なのになぁ。
 今は時間が無いから説明はしないけど、そこら辺に関しても後でみっちり教えてあげるとしよう。


「それで、サニー君はこれからどうするの?」

「結界内に戻ってフェイトとそのおまけでも助けに行こうかと」

「でもあんた、なのは達より弱いんでしょ? そんなんで何ができんの?」

「馬鹿野郎。 だからお前はビッチなんだ」


 そんな揚げ足を取るような突っ込みを入れてきたアリサに対し、俺はそう突っ込み返した。


「なによ!」

「まあ聞け。 そんなビッチなお前に、俺の有難い教えを聞かせてやろう」

「下らない事言ったらまた痛めつけてあげる」

「心の中に嫁は居る」

「ならあんたに目は必要ないわね」

「ひぎぃ!?」


 ここ数カ月の学校生活のせいで、俺はネタを振られるとつい反応してしまうという厄介な癖が付いてしまっていたようだ。


「すまん、ちょっと本音が漏れた」

「それにしたって今のはちょっと無いと思う」

「待て待て、次はちゃんとするから」

「その次は無いわよ?」

「わかってるって」


 一度目も無かったとは言わない。
 だってそれだけで俺のターンは終了しそうだし。


「じゃ、改めて言うぞ?」

「うん」

「友情は金で買えない」

「そんなの当たり前じゃない」


 ファック。
 あっさり良いやがって。
 だが俺はそんな簡単なことに、一度死ぬまで気付けなかったのだ。


「でも良い言葉だよね?」

「ま、悪くは無いけどね」


 そんなすずかの肯定的な同意に対し、アリサは否定的な同意を返してきた。


「以前さ、お前らに友達の定義を聞いたことがあったよな?」

「それって、あんたが初めてすずかん家のお茶会に来た時の話?」

「そう。 俺たちが友達になった時の話だ」

「そういえばそんなこともあったね」

「あれからずっと考えてた」


 友達ってなんだろう、親友ってなんだろう、って。


「そして見つけたんだ。 俺の中の定義って奴を」

「……言ってみなさいよ」

「相手の為に身体を張れる。 どうだ?」


 だから今の状況は、俺があいつらを助けられるかどうかが重要なのではない。
 友の為に動けるかどうか。
 それが大事なのだ。


「くっさ。 さっきからカッコつけすぎね、あんた。 しかも滑ってるし」

「別にいいじゃん。 ってか友情とか青春とかがそもそも臭いんだよ。 これが俺だ。 文句あっか」

「ううん、ないよ。 全然ない」

「ただ似合わないって言ってるだけ」


 俺のこの考えは、アリサには馬鹿にされてしまったが、すずかからは肯定してもらえたようだ。
 うん、それだけで良しとしよう。
 ビッチにはこの硬派な想いが伝わらないのもしょうが無いからな。


「じゃ、余り時間もなさそうだし、俺はもう行くぞ?」

「うん」

「あ、ちょっと」

「なんだ?」


 ちょうど話に一区切りが付き、結界内に転移しようとしたところで、俺はアリサに腕を掴まれてしまった。
 アリサの視線は明後日の方を向いていたが、その手に込められた力は何処か必死なようにも感じられた。


「言っとくけど、『あたしも連れてけ』ってのは無しだぞ?」

「あ、いや……その、死んだりしたら絶対許さないんだから」

「なんだ、心配してくれんのか」

「違うって。 ただほら、まだ例のネックレスとか貰ってないし」

「ああ、そういやそうだったな」


 というか俺だってまだ死にたくねえっての。
 確かに戦闘なら俺は誰よりも弱いだろう。
 だがこれでも、逃げ足にだけは自信がある。
 だから多分大丈夫だと思うんだけどなぁ。


「それがわかってればいいのよ、わかってれば。 じゃ、頑張ってきなさい!」

「おう!」


 そうして背中を強く叩かれた俺は、某龍球漫画の主人公のようなポーズを決めつつ、再び結界の中へと舞い戻った。
 そういや魔法の名前とか考えてなかっ……あれ? ひょっとして今の、死亡フラグじゃね?



[15974] 友情編 第9話 運命
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/09/24 10:54
 通常とは異なった位相空間の中、灰色の空の下。
 一台も車が走っていない道路の真ん中で、俺は途方に暮れていた。
 結界内部には、先ほどアリサ達と確認したときと同じく、人の姿はまったく確認できなかった。
 周囲には高層ビルがいくつも並んでいるが、どれ一つとして電気がついているものはない。
 辺りを照らしているのは、光源もよくわからない淡い明かりだけだ。

 フェイト達に電話を掛けてみるというのも考えたが、着信音のせいで敵に居場所がばれました、とかになった時の事を想像してそれはやめておくことにした。
 あまり期待はできないが、次はビルの屋上にでも転移して、そこから二人を探すというのも考える余地はあるかもしれない。

 ってか、恰好付けて戻ってきたのは良いけど、ぶっちゃけあいつらがここに居る保証って何処にも無いんだよね。
 わざわざ海鳴で結界を張ったんだし、可能性としては居る方が高いとは思うんだけど。


「なあバール、お前はどっちだと――」

「サニー! そんなことより上を見ろ!」

「ん?」


 バールに促されて空を見ると、そこにはピンク色をした謎の発光物があった。
 しかもその塊はだんだん大きくなっていく。
 見えてるものの姿が大きくなる理由って何があっただろうか。

1、物体そのものが大きくなっている。
2、物体そのものが近づいてきている。

 さて、この場合どちらだと考えられるでしょうか。
 どうみても後者です。 本当にありがとうございました。


「俺さ、いつかAV男優になるのが夢だったんだ」

「そんな妄言はいいから、早くゲートを開け!」

「お、おう!」


 唐突な展開に思考停止していた俺は、バールに叱られながら道幅いっぱいに広がるゲートを展開した。
 十秒ほど待っていると、辺りを染めていた桃色の光が唐突に消えた。
 それを確認してからゲート魔法を解除すると、ピンクの物体はもうどこにもなかった。
 どうやらちゃんと虚数空間に消えてくれたようである。

 ふぅ、危なかったぜ。
 来て早々いきなり死にかけるとか、出オチにも程があるだろ。
 いきなり過ぎて技の名前を考える余裕も無かったし。
 しかも今のってアレじゃなかった? なのはのスターマインなんちゃらとかいう超必殺技。
 魔力光の色もピンクだったし。
 ってことはやっぱあれか。 あいつらもこの中に居るのか。


「すまんバール。 助かった」

「なに、気にするな。 この程度当然だ」

「おお、さすがは星に匹敵すると言われたデバイス。 バールさんカッコイイ――」


 あれ? そういやこいつ、さっき俺の事呼び捨てにしなかった?
 いや、まあ別にいいんだけどさ。 それぐらい。
 咄嗟の事だったし、心の中で思ってる事がつい出ちゃってもおかしくはないよね。
 おい、ならバールの中で俺は呼び捨てにされてんのかよ。 カチ壊すぞコノヤロウ。


「それより来たぞ」

「ん? 何が?」


 自分のデバイスに対し微妙な感情を抱きながら額にかいた冷や汗を拭っていると、後方上空から高町なのは(9歳・♀)が現れた。


「すみませーん! そこのひとー! ここは危ないので非難してくださ……って、ええっ!? サニーくんっ!? どうしてここに居るのっ!?」

「ああ? 俺はお前らがまた誰かに襲われてんじゃないかと心配してここに来たんだよ。 わりいか」

「じゃあじゃあ、さっきスターライトブレイカーを何とかしたのって、もしかしてサニーくん!?」

「そうだけど、とりあえず謝罪しろ!」


 俺は未だ戻らない心拍数と過剰分泌されたアドレナリンに任せ、なのはに拳骨を食らわせた。
 魔力光の色から言って、先程の狂行は明らかにこいつが犯人である。
 これぐらいしても罰は当たらないと思うんだ。


「いったー……」

「ったく、マジで死ぬかと思ったっての。 これに懲りたらもう人に向けての砲撃と落書きは――」

「いきなり何する、のっ!」

「らめぇ!?」


 なのはの杖による反撃は、先程はやて達に殴られた箇所へピンポイントに突き刺さった。
 尖った部分でフルスイングとかないわー、マジないわー。


「そもそもさっきの砲撃だって、やったのはわたしじゃないし」

「なのは、どうだった――って、ええっ!? どうしてサニーがここに居るの!?」


 あまりの痛さにうずくまって悶絶していると、なのはに遅れてやってきたフェイトが心配そうに話しかけてきた。
 しかし俺には、先程なのはに答えた台詞をもう一度言うだけの元気は残っていなかった。


「……いや……なんとなく、DEATH」


 しかも必死に逃げようという様子がないのを見るに、2人とも特に心配はいらなかったようだ。
 あれ? じゃあ俺何しに来たんだろう?
 もしかしてただのお荷物じゃ――いやいや、この考えは危険だ。
 っていうかさっきのアレ、犯人なのはさんじゃなかったんっすか。 そんな馬鹿な。


「あの、大丈夫?」

「や、もう駄目」


 俺は痛みに耐えながらそっと服をまくりあげ、自分の腹を見た。
 血は出ていないので、外見上は特に問題なさそうである。
 でもこれ絶対内臓破裂してるって。
 だって吐き気すっごいもん。
 うぇええ、気持ち悪ぅ。


「だ、大丈夫だよ。 だってさっきのは非殺傷設定だったんだもん」

「俺だから。 大丈夫かどうか判断するのは俺だから。 ってか金属の固まりで思いっきり殴っといて非殺傷も糞もあるか」


 魔導とは魔力素の持つ様々な性質を主とした科学技術の総称である。
 それゆえ、どんな魔導でもそこには必ず何らかの原理が存在する。(それがちゃんと解明されるかどうかはまた別問題だが(e.g., ロストロギア))。
 また、魔法とはこれら魔導による現象を、個人個人の能力によって制御、運用する技法のことを指す。

 この魔法というものの一つに、非殺傷設定という技法が存在する。
 これは『魔法行使において、強い意識場を持つ物体に対しての物理的ダメージを極力抑える』という働きを持たせた、魔法式に組み込むコードの総称である。
 具体的には魔力素でできた球体があったとして、それが人にぶつかる直前で光子の塊になる、というような形で効果が表れる。
 ちなみにその起源は非常に古く、ミッドチルダで魔導が発展し始めた頃には既に基礎は出来上がっていたという。

 さて、その非殺傷設定が杖や剣型をデバイスに作用させた場合どうなるのだろうか?
 具体的には『それらのデバイスを魔力素の膜で覆い、殺傷力を極力抑える』という形になる。
 わかりやすく言うなら、金属バットを厚いスポンジで覆ってぶん殴る、といった感じ。
 だから、たとえクッションで覆われていたとしても、そんなもので思いっきり腹を殴られれば、そりゃあ痛いに決まっている。
 や、これ冗談抜きに痛いから。


「でもなんでサニーくんはバリアジャケットを着てないの? あの砲撃を何とかしたってことは、魔法を使えるんだよね?」

「魔法は一応使えるけど、バリアジャケットって何それ?」

「今なのはやフェイトが身に纏ってる服のことだよ」


 腹を擦りながらなのはに問い返したところ、そんな声が後ろから聞こえてきた。
 声がした方へ振り返ると、そこにはユーノとアルフの姿があった。


「これは魔力で編まれてるから、対物理・魔法用の薄い鎧として機能するんだ」

「おお、ユーノ。 お前も巻き込まれ――」

「ごめん、少しじっとしてて。 フィジカルヒール」


 そう言いながら、ユーノは俺の腹部に光る手のひらをあててきた。
 すると、俺が感じていた腹の痛みは少しずつ収まり、吐き気も引いてきた。
 コレが治療魔法って奴か。
 初めて体験したけど、これかなり気持ちいいな。 なんか癒される感じがする。


「なのは、フェイト、それにアルフも。 サニーは僕に任せて、君達はもう一度はやての所へ」

「うん!」

「サニーのことはお願いするね?」

「だけどユーノもなるべく早くこっちに合流してよ? アタシ達だけじゃ防御が心もとないしさ」

「わかってる。 みんな、気を付けて」


 そうしてユーノに促されたなのは達は、遠く空に浮かんでいる人影を目指して飛んでいった。
 もしかしてあいつがさっきの砲撃魔法を放ったのか?
 そりゃあ、濡れ衣を着せられたなのはも怒る――ん? それよりさっきユーノはなんて言った?
 確か『はやて』とか言わなかったか?

 ……あ。
 今、何かが繋がった気がする。
 なのは達を襲った魔導書の守護騎士は4人。
 その4人をシグナムさん、シャマルさん、赤い髪の糞ガキ、蒼い犬とすれば、人数はピタリと一致する。
 それに病院でのシャマルさんやなのは達の態度も、シグナムさんがはやてを主と呼ぶことも、はやてが闇の書の主だと仮定すると綺麗に繋がる。
 そして、はやてが以前言っていた『比較的最近出来た家族』って発言にも説明がつく。


「ユーノ」

「説明は後でするよ。 でもその前に、まずはここから離れよう。 ここだと流れ弾が飛んでくることもありえるから」

「そうだな」


 さっきの桃色の不意打ちを思い出した俺は、ユーノの提案になんの躊躇いも無く頷いた。
 っていうかバールさん、俺にバリアジャケットは無いんすか? あ、無い? そうっすか。



 そんな感じで現実を思い知らされていると、俺の治療を終えたユーノが転移魔法を発動した。
 どうやら移動先は何処かのビルの屋上のようだ。
 場所も先程の位置から大分離れているようで、なのは達の姿は時々発せられる魔力光でしか確認ができない。


「ここなら安全だと思う」

「そうっぽいな」


 何か場所を特定するようなものは無いかと周囲を確認していると、直ぐ近くで眠るように倒れているヴィータとか言う小娘を見つけた。
 なんでこいつがここにいるんだ?
 これはアレか。 神様がくれた復讐するチャンスってことか?
 でも俺、今マジックとか持ってないしなぁ。
 鞄とか余計なものは、ここに来るときついでに家へ転送しちゃったし。


「さて、何から話せばいいのか……」


 俺が驚きのあまり復讐する方法を思いつかないでいると、ユーノが難しそうな顔でそう呟いた。
 まあ、この状況を見ただけでも事態が複雑なのはわかる。
 復讐はすっぱり諦めて、まずはこの状況を何とかするのが先か。


「それならいくつか質問があるんだけど、それに答えるような形で説明してもらってもいいか?」

「そうだね。 その方がいいかも」

「なら、まずはさっき頭に浮かんだことの確認をさせてくれ。 以前なのは達を襲ったのはシグナムさん達で、例の魔導書の持ち主ははやてってことでいいんだな?」

「うん、それであってる。 付け加えるとすれば、はやては騎士達が魔力の蒐集をしてたことを知らなかったみたい」


 知らなかった? 主なのに?
 ……ああ、そうか。
 蒐集行為は騎士達が自主的に行っていたのか。
 魔力の蒐集は相手を傷つける可能性が非常に高い。
 はやてがそんなことを望むとは思えないもんな。


「じゃあ次。 なのはやフェイトが病院を出てからの行動は?」


 シグナムさん達やなのは達が家に帰ったというのは、この状況を見るかぎり本当とは思えない。
 もし本当に家に帰っていたとすれば、ビルの屋上でヴィータが一人気絶している意味がわからない。
 いくらなんでも、こんな寒空の下半袖一枚で寝る趣味が有るとは思えないし。


「なのは達は病院を出てすぐ、僕や守護騎士たちと一緒にここの屋上に来たんだ。 闇の書について話をする必要があったから」

「ああ、そういやお前はこの件についてなんか調べてたんだっけ?」

「うん。 ここ最近は無限書庫に籠って、例の魔導書について調べてた」

「それで、何かわかったのか?」

「まず、闇の書の正式な名前は夜天の魔道書。 その本来の目的は、各地の偉大な魔導師の技術を蒐集し、それを研究すること。 そしてこの魔導書は、魔導師や魔法生物からの魔力蒐集によって項が埋められていく」

「そうして全てのページが埋まれば書は完成、ってわけか。 完成するとどうなるんだ?」

「伝承では大いなる闇の力がどうとか言われてるけど、具体的には蒐集した魔導師の魔法を使えるようになるほか、個人で扱える最大魔力量が増えるという効果が知られてる」


 ということは、さっきの砲撃はやはりはやてが行ったものと考えられる。
 『研究の為の蒐集』ってことは、コピー元と全く同じ魔力光で技を使えてもおかしくないからな。
 これで魔力光の色を変えるという話も現実味を帯びてきた――っといけね、それに関しては後回しだ。


「魔導書誕生の歴史と目的はわかった。 で、そんな魔法辞典がどうしてあんなことになってんだ?」


 俺はなのは達が戦闘を行っているであろう方向を指差しながらそう聞いた。
 戦いの余波による魔力光や爆発音は、遠く離れたここからでもはっきりと確認できる。
 遠目にしか見えないので、何が起こってるのかはわからない。
 だがその魔力光の軌跡を見る限り、相当激しく戦っているのは間違いない。


「根本の原因は、歴代の持ち主の誰かが書のプログラムを改変したからだと思う」

「改変によって出た影響は?」

「色々あるけど、それによる悪影響の1つに、『一定期間蒐集がない場合、書が持ち主自身の魔力や資質を浸食し始めるようになった』というのがある」

「は? じゃあもしかしてはやての足って――」

「うん。 その浸食が原因。 ついでに言っておくと、守護騎士システム自体もはやての今年の誕生日までロックされていたんだって」


 おいおい、マジかよ。 
 俺は本の目的が『魔導師の技術の蒐集と研究』と聞いたことから、守護騎士が魔導師を襲っている理由は、はやてのための治療魔法を探しているからだと思っていた。
 しかし、どうやらそれは間違っていたようだ。
 守護騎士達が魔導書の完成を目指す理由は、魔導書を完成させて浸食を止めることだったわけか。

 まあとにかく、これで話の流れは大体分かった。

 はやての足が魔導書の浸食によって不自由になる。
⇒今年の誕生日にシグナムさんたちが現れる。
⇒やがてはやての病状が悪化。
⇒原因が闇の書の未完成によるものだと気付いた騎士達は、はやてに内緒で蒐集を開始。
⇒その過程でなのは達が襲われた。

 今までの話を時系列順にまとめるとこうなるのか。


「改変による影響は他にもあるよ。 蒐集によって書が完成しても、『持ち主の魔力を無差別破壊の為に際限なく使わせるだけで、元の機能はほとんど使えなくなっている』、とかね」

「そのことをシグナムさん達は知ってたのか?」

「知らなかったみたい」

「うっわぁ……。 もう踏んだり蹴ったりだな。 それって、結局魔導書が完成してもはやては助からないってことだろ?」

「うん。 だからこそ話し合いをする必要があったんだ――」


 それからユーノによって語られたことを要約すると、次のようになる。

 話し合いによって騎士達から聞けた主な内容は以下の4つ。

1.蒐集は主に内緒で行っていた。
2.騎士達は魔導書そのものが壊れていることを知らなかった。
3.魔導書が完成すれば主は助かると思い込んでいた。
4.魔導書が未完成のとき、外部からの干渉はおろか、契約者からの干渉すら受けつけない。

 それを聞いたユーノは、まず現在わかっている魔導書の暴走機能について説明。
 これを停止する方法が無いか皆で相談しようと持ちかけた。

 始めは多少荒れたものの、シグナムさんが守護騎士を代表して場を収め、話し合いが煮詰まってきたところで、最後の暴走に対しての対策が一応形になった。
 その解決策とは、書が完成し次第、主が魔導書の完全消去プログラムを作動させ(ユーノが無限書庫から見つけてきた)、主と本体を完全に切り離す。
 その後数分してから現れる自動防御プログラムを、なのはやアースラの皆でただの分厚いノートとなった魔導書ごと破壊する、といったもの。

 聞いてみればなんとも単純に思えるが、この防御プログラムがまたとんでもない代物らしい。
 なんでも、やたら分厚い魔力障壁と無限再生機能を持っている、とかなんとか。

 一応、それでも管理局の所有するアルカンシェルという兵器で潰せるそうだが、そこには1つの問題があった。
 切り離した暴走体が出現するのは地上。
 そしてアルカンシェルの効果は、着弾点から半径数百キロ内の物質を、時空間歪曲現象を利用して消滅させるというもの。
 それによる影響は、どれだけ堅い結界であろうと外側まで及び、その余剰な破壊力だけでも海鳴という街を滅ぼして尚余りあるそうだ。

 だがこの問題もなのはの思いつきでクリアすることができた。
 分厚いと言われる魔力障壁ではあるが、障壁自体ならフェイトやクロノ、それにリンディさんや武装局員が全力を出せば砕くことは出来るらしい。
 また、その障壁の破壊後に露出する防衛プログラム本体も、なのはのスターライトブレイカーならかなり削れるとのこと。
 最後は、そうして小さくした本体をユーノとアルフが宇宙空間に転送すれば、地球への影響を考えることなくアルカンシェルをぶっ放すことができる。

 結局、これ以上の案は誰も思いつかず、はやての体調のこともあって早速実行されることとなった。


 ――と、いうのが俺やアリサ達が結界に取り込まれる直前までの話。


「なるほど。 でもその方法にはまだもう1つ問題が残ってるな」

「そう。 闇の書をどうやって完成させるか、という問題が残ってた。 そして、それこそがはやての暴走の引き金になったんだ」

「……オッケー、これで全部繋がった」


 魔導書最後の数ページは、守護騎士が自ら犠牲になることで埋めたのだ。
 更に言えば、守護騎士全員が犠牲になる必要は無かった。
 その為、ヴィータはここに一人だけ残されることとなった。
 ヴィータがここで寝てるのは、それに抵抗したところを誰かに気絶させられたからだろう。

 はやては騎士達を自分の大切な家族だと言っていた。
 あれだけ大事に思ってたんだ。
 自分の命など惜しくないとまで。

 だとすれば、そんな犠牲をはやては認められるだろうか?
 たった一人しかこの世界に残れないなんて、そんなことを納得できるだろうか?
 ……無理だろうな。
 だからこそ、今なのは達と喧嘩してるわけだし。


「サニー。 今サーチャーの映像を繋げるから、空間モニターを出して」


 説明されたことを頭の中で整理していると、ユーノがそんなことを言ってきた。


「あー、ちょっと待て」


 管理局ではおなじみの空中に浮かぶディスプレイ。
 実はこれ、身分証明書を表示する為の機械に標準で付けられている機能だったりする。
 管理世界での身分証明書とは、耳の裏等の目立たない部分に取り付けられた非常に小さな機械の事を指す(デバイス所有者は普通デバイス内部に取り付けられる)。
 この機械には空間モニターを展開し、そこに所有者の個人情報を表示させる機能がある。
 それを表示させる方法とは、

1.頭の中でユーザーIDとパスワードを思い浮かべることで機械のロックを外す。
2.特定のコマンドを脳内イメージで入力する。
 (例:oppi /display /r-hand 等。 なお"oppi"は"Open Personal Information"の略で、断じておっぱいでは無い)
3.上の例だと、自分の手のひらの前に空間モニターが展開され、そこに個人情報が表示される。

 以上である。

 そしてこの空間モニターは入力するコマンドを変えることで、有る程度自由な位置、大きさに展開することが出来る。
 今の場合だとop /display だけでいいはずだ。


「おし、これでいいか?」

「うん」


 こうして目の前に展開されたモニターに対し、ユーノに指示された通りの操作を行っていくと、その画面上に戦っているなのは達の姿が映し出された。
 なのはとフェイト、それにアルフのバリアジャケットは既にボロボロになっている。
 肩で息をしているのを見るに、3人とも体力、魔力共にかなり消耗しているようだ。
 一方、はやての方はそんな疲弊したなのは側とは対照的で、3人による攻撃を片手で軽くいなしていた。
 うおー、はやてさんぱねーっす。


「あれ? なんかはやての髪の色とか普段と違ってね? 黒い羽根とか生えてるし」


 はやての髪は普段よりも色が薄くなっており、瞳の色も普段の茶色から青色へと変わっている。
 なんかちょっとスーパーサイ○人みたいで羨ましいと思わなくもない。
 やってることはバー○様の天地魔闘の構えだけど。


「これは魔導書の管制人格とはやてが融合した姿だよ」

「マジか」


 魔導書ってそんな機能もあんの?
 俺も魔導書があったら変身とかできるのかもしれない。
 今度ユーノと一緒に無限書庫でも探してみるかな。
 Q.そーらをフリーダムにーとーびたーいなー? A.はい、ポタラー。


「他に質問は無い?」

「あー、そうだな、取りあえずは無いや」

「じゃあ僕は行くよ。 なのは達に回復魔法を掛けてあげたいから」

「なんか邪魔しに来たみたいで悪かった」

「いいって、そんなこと気にしなくても。 どうせ僕が行ってもそれほど役に立つとは思えないし」


 ユーノは謙遜でもなんでもなく、平然とそう言った。
 以前、ユーノは自分の攻撃魔法はアルフと同じかそれ以下だと言っていた。
 そのアルフは今もオレンジ色の魔力でできた鎖で攻撃しているが、それははやてに触れたそばから呆気なく消滅していく。
 直接的な攻撃も厚い弾幕や防壁によって届く気配がない。
 これを見る限り、ユーノが行っても戦力にならないというのは確かに事実だろう。


「それでも、お前は行くんだろ?」

「うん。 傍に居れば出来ることはきっと有るんじゃないかなって」

「だよな」


 自分が直接的な力になれないことは理解している。
 それどころか邪魔になるかもしれない。
 それをわかっていながら、何かできるはずだと自分を奮い立たせ、彼女達の横に立つ。
 ユーノが今感じている想いは、きっと俺と似たものに違いない。


「っと、また引きとめちまったな。 それじゃあ気をつけて逝って来い」

「あれ? 今『いく』って漢字間違ってなかった?」

「細かい事は気にすんなって。 ほら、時間ないぞ?」

「否定ぐらいしてよ!」


 それから、ユーノは『何か用事があったら、空間モニターに繋いだサーチャーへ信号を送って』と言い残し、はやての下へと飛んでいった。

 さて、俺も負けてらんないな。
 俺にできることなんて無いかも知れないけど、注意して見ていれば何かが見つかるかもしれない。
 いや、見つけるんだ。

 俺はそんな決意をしながら再び画面に目を向けた。
 そこには、はやての説得を続けるなのはの姿が映し出されていた。


『お願い! わたし達の話を聞いて! はやてちゃん!』

『嫌や! どうせなのはちゃんも、魔導書をわたしと切り離せゆうんやろ!?』

『だって、そうしないとはやてちゃんは死んじゃうんだよ!?』

『そんなんとっくにわかっとる!』

『だったら――』

『それでも、私が死ぬまでの間だけでも、あの子らを幸せにするって約束したんや!』


 はやてはそう叫びながら、相手を拒絶するように百を超える数の魔力弾をばらまいた。
 なんという馬鹿魔力。
 これはもしかしたらなのは以上かもしれない。


「はやて……」

「ひぃいい!?」


 突然耳に入ってきた声に後ろを振り返れば、いつの間にか起き上がっていたヴィータがモニターを見つめていた。


「なんだ、起きたのか」

「ぬわっ!? お前は! って、それどころじゃねぇ! 今ははやてを何とかしないと……痛っ!」


 彼女は立ち上がって直ぐにはやての元へ向かおうとした。
 しかしどこか身体を痛めているのか、2,3歩歩いただけで膝をついてしまった。


「おい、大丈夫か?」

「心配ねえ。 こんなの、全然平気だ」

「そうか」


 腹を押さえているのを見るに、眠らされる時シグナムさんにでも殴られたのかもしれない。
 こんな時ユーノが居ればよかったんだけどな。
 タイミングが悪い――


「うおっ、まぶしっ!?」


 ヴィータに気を取られていた俺の網膜に、突然モニターからの強い光が飛び込んできた。


『っぐぅ――! はやてちゃんっ!』


 どうやら何か大きな魔法が使われたようだ。
 改めて映像を見れば、既になのはとフェイトは満身創痍。
 ユーノ、アルフもそれは同じで、4人とも体力、魔力、共に限界が近い。
 それでも、はやてからの攻撃を必死にシールドで防ぎつつ、説得を続けていた。


『こんなことして、はやては本当に後悔しないの!?』

『後悔なんてせえへん! 暴走が始まったらわたしごと消してくれてもええ! 死ぬ覚悟なんてとっくにできとる!』

『そんなの駄目だよ!』

『ええんや!』


 しかしはやての態度は頑なで、なのは達の言葉に対し聞く耳を持とうとはしない。


『それやったら守護騎士の皆も、闇の書も、みんな消えんで済む!』

『ッ! この、駄々っ子!』

『だって――!』


 デバイスを鎌状にして突っ込んできたフェイトに対し、はやては身体の前にバリアを張った。
 フェイトの作り出した光の鎌はそれに食い込みはしたが、貫くことはできず、いつの間にか用意されていた魔力弾が横合いからフェイトを襲った。


『くっ……!』

『だってなのはちゃん達の方法やったら、ヴィータ以外みんな死んでまうやないかっ!』


 そして、はやての悲痛な叫びが灰色の空に溶けた。


「……おい赤毛、そうなのか?」

「赤毛って言うな。 まあ、あたし達はそもそもプログラムだから、別に死ぬわけじゃねえ」

「なら――」

「だけど、二度とこうして話したりできなくなるってのはおんなじだ」

「……そっか」


 ヴィータは、画面に映るはやての顔をじっと見つめがらそう言った。
 その表情から、今のはやてに心を痛めているのが伝わってくる。
 相手はプログラムだというのに。


「なあ、全員生き残る術って本当に無いのか? 闇の書の暴走部分だけを切り離すとかさ」

「……それはできるかわかんねえ。 でも、そもそもこうなる事はあたしだって覚悟してたんだ。 なのにまたあたしだけこんな――あれ? あたしだけって、なんのことだ?」

「そんなこと俺に聞かれても。 正直困る」

「っかしいなぁ。 なんだろ? なんかこう、すっげーもやもやしてきた。 んー、あー、出てこねー」


 ヴィータは忘れている何かを思い出すため、頭を抱えたり首を傾げたりし始めた。
 魔導書が壊れているのなら、プログラム体であるこいつの記憶に影響が及んでいても不思議ではない。
 それに闇の書は1000年以上もの時を生きてきたという。
 それなら、これまでの記憶には嫌なものだって数多く有ったはずだ。
 たった数十年しか生きていなかった俺ですら、忘れていて良かったと体感することはある。
 だったら、守護騎士に記憶が無いのは幸せなことなのでは……いや、そうとは限らないか。
 失いたくない記憶こそ失くしている、そんな可能性だってあるもんな。


「っといけね! そんなことより何とかしてはやてを止めないと!」

「あ、ちょっ! そんな体調で行っても――」


 だが俺の制止も空しく、ヴィータはバリアジャケットとかいうゴスロリの服に着替え、はやての下へ飛んで行ってしまった。


「あー……」


 結界内に戻ってきて、なのはやユーノの邪魔をして、折角助かったかもしれないヴィータも止められないで。
 このままだと俺、マジでここにいる意味がないじゃん。
 取りあえずこの位置からできる援護って何か無いだろうか?
 転送魔法やゲート魔法を駆使すればはやてを止めることも出来るけれど、それだと根本的な解決にはならないしなぁ。
 どうすりゃいいんだ?


『――闇の書も、守護騎士の皆も、きっとまた辛い想いをすることになると思う』


 そんな風に俺が自分の存在意義について悩んでいる間も、画面の向こうでははやての独白が続いていた。


『せやけど、わたしと過ごした記憶を少しでも覚えててくれたなら、それが絶対救いになるはずや!』

『違うっ! それは違うよっ、はやてちゃん!』

『もしはやてが死んじゃったら、守護騎士の皆にはきっと後悔しか残らないよ!』

『そんなわけあらへん! 楽しかった想い出が、あの一緒に過ごした幸せな毎日が、後悔しか残さへんなんてそんなわけないやろ! せやから――』


 はやては右手を勢いよく宙に向かって伸ばした。
 すると、はやての周りに血を固めて作ったようなナイフが数え切れないほど出現した。


『――それを邪魔するゆうんやったら、わたしは悪魔にでもなるっ!』

『きゃああああ!?』『くぅううううっ!』


 はやてが手を強く振りおろすと、それらのナイフはなのは達に降り注ぎ、爆発した。


『なのは!』

『フェイトッ!』


 だが、その爆煙が晴れたあと確認できた2人の姿は全くの無傷だった。
 なぜなら、なのは達のかわりにその攻撃を受けたのは、遅れてやってきたヴィータだったからだ。


『はやてっ!』

『ヴィータ!? なんでここに……? いや、それより大丈夫やったか? 怪我とか――』

『あたしの事なんてどうでもいい!』


 はやては突然の登場に驚きながらも、自分の攻撃を一人で受け切ったヴィータに心配の言葉を掛けようとした。
 しかしヴィータはそんな心配など無用だというように、はやてに食って掛かった。


『なんではやては、あたし達の為なんかにここまでしてくれるんだよっ!』


 来て早々バリアジャケットはボロボロになってしまったものの、そこに先ほどのダメージの影響は見られない。
 むしろその目にある意思の光は、俺と話をしていた時よりも強いように思えた。


『そんなん、家族やからに決まってるやん!』

『あたし達は今まで充分悪い事をしてきた! だから、こうなることはもう納得してたんだ!』

『せやかて、それ以上に不幸な目におうてきたやないか! いろんなものを失って、戦いたくない戦いをさせられて!』

『それは……』

『せやけどもう心配ないよ。 みんな一緒や。 一緒にいこ?』

『あっ――』

『ヴィータちゃんっ!?』


 はやてがヴィータに向かって手に持っていた魔導書を広げた途端、ヴィータはまるで書に吸い込まれるようにして消えてしまった。

 そして今のが引き金になったのか、はやては苦しそうに胸を押さえ出した。


『ぐぅうううっ……!』

『はやてちゃん!?』

『ユーノ、これってもしかして――』

『……うん。 文献にあったのと同じだ』


 フェイトの質問に対し、ユーノはどこか諦めた風にそう答えた。
 根本の原因を主が解消しようとしないため、できることがもうないからだろう。
 やがてはやての身体は光に包まれ、見えなくなってしまった。


『はやてちゃんはこの後どうなっちゃうの?』

『……そう遠くない内に、はやての意思が消え、本格的な暴走が始まる』

『そんな……』


 はやてを包んでいた光の塊は徐々に大きくなり、大人の女性のような形に変化したところで発光が止まった。
 そして中から長い銀髪、黒い羽根、そして赤い目をした女性が現れた。


『貴女は……?』

『私は、闇の書と呼ばれている魔導書の、管制人格だ』

『管制人格?』

『魔導書の意思、とでも思ってくれればいい。 それと、お前たちには悪いことをした』

『え?』

『あの、なんのことですか?』


 管制人格の突然の謝罪に、2人はきょとんとした様子で聞き返した。


『私は主や守護騎士達と精神的に繋がっている。 だから、お前達が主の為、力を尽くしてくれたことは知っている。 それなのに、私が不甲斐ないばかり、こんなことになってしまった』


 彼女は魔導書を片手で開き、空いているほうの手をなのは達にかざした。
 すると、2人のボロボロになっていたバリアジャケットはあっという間に元の綺麗な状態に戻った。


『あっ……?』

『これは、回復魔法?』


 今の魔法には体力の回復効果もあったのだろう。
 先程まで2人からにじみ出ていた疲労感が、きれいさっぱり消えていた。


『どうやら私は、主の事を第一に考えているようで、結局自分のことしか考えていなかったようだな……』

『闇の書さん……』


 魔導書の管制人格は自嘲気味に苦笑し、魔導書をそっと閉じた。


『今、私の中で紅の鉄騎が主はやての説得に当たっている。 だが、じきに私達は意識を亡くす。 そうなればもう手遅れだ』

『そんな……』

『だから、この説得が上手くいかなかった場合、先にそちらの執務官が言っていた永久凍結という方法を取って貰えないだろうか?』


 どうやら、はやての暴走前にしていた話し合いにはクロノも参加していたようだ。
 そういやあいつは今何処に居るんだ?
 なんか結構まずい状況な気がするんだけど。
 街の方を見渡せば、あちらこちらで謎の火柱が立ち昇っているのが見える。
 他にも謎の触手もどきが建物を壊しまくっており、震度7の地震でもここまでいかないだろうというほどひどい有様になっていた。


『でも、永久凍結にはいくつか問題があるって……』

『それはわかっている。 だが凍結なら、主は騎士達と一緒に居られる。 例えそれを、主が認識できないとしても――』


 管制人格は手に持った魔導書をじっと見つめながらそう言った。

 ……なんで現実って、いつもこうなんだろうな。
 正数の寄せ算が、ちゃんとプラスになってくれない。
 よかれと思ってしたことが裏目に出る。

 はやても、守護騎士達も、この管制人格も、皆お互いを強く想いあっている。
 今の状況はそれが原因で起こったともいえる。
 だからこそ、この結果は余計に辛くて、きつい。

 はやても闇の書の騎士たちも、今まで悲しい思いをたくさんしてきたはずだ。
 だったらもう少しぐらい、幸せな結末になったって罰なんて当たらないんじゃないか?

 そんな想いが通じたのだろうか。


『――そうなると、やはり最善は凍結した後、主はやてごと次元の狭間へ……と、どうやら今の議論は無駄に終わりそうだ』


 ユーノと氷結魔法の問題点について話をしていた闇の書の管制人格は、途中で言葉を切ってそう言った。


『ってことは!?』

『ああ。 説得に成功した。 更に、上手くいけば守護騎士達も無事に済むかもしれん』

『本当!?』


 なのはが事態が好転したことに喜びの声を上げた。
 フェイトやアルフ、そしてユーノも、声には出さなかったが嬉しそうな顔をしている。
 しかし俺は、そう言った管制人格の顔がまるで泣きそうに見えたのが妙に気になった。


『今、主はやての意識を表層に浮上させる――なのはちゃん、フェイトちゃん!』


 管制人格が目を瞑って少しすると、姿はそのままで声だけがはやてのものになった。
 守護騎士達を救う手段が見つかったのがよほど嬉しかったのだろう。
 はやての声は先程までとは違い、元気に満ち満ちたものだった。


『はやてちゃん!』

『よかった、無事だったんだね?』

『ありがとな? でもその話はあとや! いま防衛プログラムと夜天の書の切り離しに成功したんやけど、本体はこっちから停止させることができひん! せやから、皆でなんとかしてこの表に出とるプログラム体を止めてくれるかっ!?』


 まあいい。 管制人格の感情のことは後回しだ。
 ようは、暴走の原因である自動防御プログラムだけを魔導書本体から切り離したことで、後はそいつを処分すればよくなったという訳だな?
 で、その本体ってのがあの人型のプログラム(=変身したはやて)で、そいつを止めればいいと。
 ふっ。 それなら簡単だ。

 そう思った俺は、辺りにあった雪をかき集め、圧縮魔法によって超高圧を掛けることで氷の結晶を作り始めた。
 水は常温で高圧にしていくと、ある圧力を超えたところでIceⅦ相という固相へ一瞬で相転移する。
 これは通常の温度低下によって作られる六方晶系のものとはかなり異なった性質を持っているのだが、まあそこら辺は割愛。
 要はそれが簡単に作れて、かつ空気を通さないということが今は重要なのだ。

 さて、そんなことを考えているうちに、俺の手の中の雪玉はピンポン玉サイズのIceⅦ結晶へと変わってくれた。
 あとはこいつを魔力膜でつつんで、高圧を保ったまま防衛プログラムの気管へと転送してやれば――


『任せてっ! ……と、言いたいところだけど、ユーノ君、これって結局どうすればいいの?』

『えーと、必要なのは防衛プログラムの停止だから、簡単に言えば彼女に魔力ダメージを叩きこんで撃墜すればいいんだ』


 ――え? 魔力ダメージ?


『しかも今なら、はやてが行動を押さえてくれてるみたいだから、デカイのを一発叩きこめばそれでオッケーだよ』

『なるほど! さっすがユーノ君! わかりやすくていいね!』


 嘘、俺もしかして早まっちゃった?
 そう思いながら恐る恐るディスプレイを見てみると、なのはの杖を向けられているその先には、急性呼吸困難に伴うチアノーゼが現れ始めた銀髪女性の姿があった。


『じゃあ行くよ、フェイトちゃん!』

『オッケー、なのは!』


 うわっ、やべえ、なんか激しく痙攣しだしたぞ。
 とりあえず氷の結晶は海に捨てたけど、まさか死んだってことは無いよね?
 窒息第Ⅲ期の『意識の消失』を待とうと思っていたのだが、どうやらこの方法は少しだけ間違っていたようだ。


『全力全開――』

『疾風迅雷――』

『『ブラストシューートッ!!』』


 とにかく、何らかの原因で身動きが取れなくなっていたはやては、なのはとフェイトによるコンビネーション攻撃をまともに受ける事となった。
 二人が放ったピンクと黄色の光ははやてを飲み込んでなお減衰せず、海に突き刺さって大きな水しぶきを上げた。

 おいおい、これやばいんじゃね?
 今バリアとかシールドとか一切出現しなかったよね?
 あわわわわ、ぼく知ーらないっと。

 脇の下に嫌な汗を掻きながら画面を注意深く見ていると、突然海上に直径2メートルぐらいの白い球が現れた。
 やがて水しぶきが完全に晴れたところで、その球から天を貫く光の柱が発生し、中からはやてが現れた。

 ほっ。
 無事だったか。
 やー、よかったよかった。
 突然痙攣し始めた時は一体どうなる事かと思ったけど、やっぱ防衛プログラムとか言う奴とはやては別もんだったってことか。


『サニー君』


 そうして一息ついて安心していると、何故かはやてが俺に向かって話しかけてきた。
 しかもサーチャー越しなのに、視線が俺をロックオンしているというおまけつき。
 なぜか急に気温が下がった気がするものの、俺はそういったサスペンスやホラーは苦手ではないので、そんな恐怖には負けず屈せず、気丈に返事を返すことにした。


「お、おう。 心配したんだぞ? 大丈夫だったか?」


 ところが、はやては俺の言葉には答えようとせず、ディスプレイ越しに俺と目を合わせたままこう続けた。


『そこを動くな』

「ひぃっ!?」


 そのセリフを言った時のはやてさんの笑顔は、それはもう大層恐ろしかったという。



[15974] 友情編 第10話 聖夜の送り物
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/09/20 10:58
「で、何であんなことしたんや?」


 海鳴市のとあるビルの屋上。
 うっすらと雪の積もった冷たいコンクリートの上で、俺は頭にこぶを作りながら正座をさせられていた。


「それはその、功を焦ってといいますか」

「普通あの状況やったら砲撃魔法で気絶させるとかそっちやろ。 何の為の非殺傷設定や。 ゆうてみ?」

「人を無闇に傷つけない為かと存じます」

「せやろ?」

「でも自分、砲撃魔法とかできないんで。 だから何とか工夫して――」

「わたしを亡き者にしようとしたと?」

「いいえ、そのようなつもりは毛頭ございません」

「まあな? 確かに1人好き勝手したわたしも悪かった。 でもあれは死ぬ。 ほんま死ぬって」

「おっしゃる通りです。 誠に申し訳ありませんでした」

「大体、魔力球を作るのって基礎中の基礎やん」


 はやては俺の頭を杖で小突きながら、空中に魔力でできた球体を幾つも浮かべてみせた。
 畜生、見せつけてくれやがって。
 大体悪気は無かったんだっつの。


「なんや? その反抗的な目は」

「それは貴女の気のせいです」

「あん?」

「ひぃ!?」

「プッ」


 はやての強烈なガンを受け身をすくませた俺の耳に、誰かの噴きだす音が聞こえてきた。
 おい誰だ? 笑うなよ。 ぶっ殺すぞコノヤロウ。


「あははっ、丁寧な言葉って、時として誠意が感じられないものなんだね?」

「あ、フェイトちゃん」

「それはサニーくんの謝罪に誠意がこもってないからだよ」

「それになのはちゃんも」


 どうやら先ほど俺を笑ってくれたのはこいつらのようだ。
 ここに来るのがはやてより遅かった理由は単純である。
 怒り心頭のはやては、制止する2人を振り切り、俺に逃げよう等と考える暇も与えないほど高速でここに飛んできたからだ。
 正直フェイトの最高速より速かった気がする。


「2人とも、えらい迷惑かけてもうて、ごめんな?」

「ううん。 気にしなくていいよ」

「はやての気持ちは、よくわかるから」

「それでも言わせてほしいんや」

「にゃはは、だからいいってば」


 なのはは頬を掻きながら照れくさそうに笑った。
 ボロボロにされたことに関しては、もう本当になんとも思っていないようだ。
 頑丈な奴め。
 そんなお前にはアイアンメイデンの称号を授けよう。
 一生処女のまま死ぬがいい。


「本当は一番最初に謝ろうと思うてたんやけど――」

「どうせサニーくんが何かしたんでしょ?」

「その通りや。 なんかようわからん物をいきなり気管に転送されてなぁ」

「えっ、じゃああの時ジタバタしてたのって――」

「息がつまってたの!?」


 2人はその新事実に驚いたのか、唐突に俺へ振り返り、そして詰め寄ってきた。


「サニーくん! どうしてそんな酷いことをしたの!?」

「ちゃんと反省しないと駄目だよ!」

「してるしてる、めっちゃしてるって」

「おいこら、そこの兄ちゃん。 せやったら顔逸らすなや」

「や、これは違うんだ。 ほら、あの海の上に浮かんでる黒い球体は何かなぁと思っただけで」


 俺ははやての杖(いつの間にか現れていた)で頬をぺチペチと叩かれながら、適当に話題を逸らそうとした。
 実ははやてが復活したのとほぼ同時に、なのは達が戦闘していた場所に黒いドーム状のものが出現していたのだ。
 しかもその大きさは小学校の体育館1つ分ぐらい。 超でかい。
 おまけになんか禍々しい雰囲気が醸し出されている。 超こええ。


「あー、そういえばそっちもまだ残っとった」

「頼むから忘れないでくれ」

「むしろそっちの方が今は大事だからね?」


 そうして俺の指さす方角を見て『しまった』という顔をしたはやてに対し、ようやくこちらにやってきたクロノとユーノが突っ込みを入れた。
 ユーノの横にはアルフもいる。
 どうやら、この3人は先の現場で一度合流してからこちらへと飛んできたようだ。


「みんな、遅れてすまなかった」

「おやおや、誰かと思えばクロノ執務官じゃないっすか。 重役出勤お疲れ様です」

「そういう皮肉は止めろ。 こっちにも外せない用事があったんだ」

「それを言うなら、サニーくんこそ何でここに居るの?」

「うっ」

「まあまあ、サニーを責めるのはその辺にしておいてくれ。 時間が勿体無い」


 厳しい突っ込みを入れるなのはに対し、クロノは優しくフォローを入れてくれた。
 ……というか、今のって優しいフォローでいいんだよね?
 うん。 いいことにしておこう。


「初めまして、八神はやてさん。 僕はクロノ・ハラオウン。 一応本件の責任者をさせてもらっている時空管理局の執務官だ。 よろしく頼む」

「あ、初めまして。 もう知ってるみたいですけど、八神はやていいます。 わたしのことははやてって呼んでくれてええですよ?」

「そうか。 なら僕の事もクロノでいい。 さて、早速で悪いんだが、守護騎士の復活というのは今すぐ可能か?」

「えっと……はい、それなら大丈夫です」

「なら頼む」

「わかりました。 ――リンカーコア送還。 守護騎士システム破損修復。 おいで、わたしの騎士達」


 はやては目を瞑り、十字架を模した杖を前に構えながらそう言った。
 すると、はやてを囲むように4つの魔法陣が現れ、そこからシグナムさん、シャマルさん、そしてヴィータとなんか犬耳の男性が現れた。
 その男性に見覚えは無かったが、アルフも人型に変身できることを考えれば、この人(?)がきっとザフィーラさんなんだろう。


「みんな、おかえり」

「……すみません」

「あの、はやてちゃん、私達――」

「ええんよ」


 復活してすぐ謝罪しようとしたシグナムさん達を、はやては軽く抱きしめて止めた。


「みんなが無事、ここに居る。 それだけで十分や」

「はやてちゃん……」

「主……」

「でもな、喜ぶのはまだ早い。 先に切り離した防衛プログラムを片づけなあかん。 そういうことやろ? クロノくん」

「そうだ」


 はやての問いかけに対し、クロノは頷きと共に短く答えた。


「あまり時間も無いから簡潔に行こう。 見ればわかると思うが、あの黒いよどみが暴走の起点になる」


 クロノは海上の黒い半球を手に持った杖で指し示しながら言った。
 改めて観察してみると、その澱みの周辺には触手の様なものがあり、それが海の上をのた打ち回っている。 普通にキモい。


「防衛プログラムの破壊方法についてなんだが、これは当初のプラン通りに行うつもりだ」


 確か当初のプランってのは、本体を削れるだけ削り、露出させたコアを軌道上へ転送。
 そしてアースラのアルカンシェルとか言う超絶兵器で消滅、って流れだったよな。


「だが、宇宙空間にしろ無人世界にしろ、アルカンシェルはできる限り使いたくないのが本音だ。 そこではやて、何か別の案はないか?」

「防衛プログラムのバリアは魔力と物理の複合四層式や。 コア本体にも無限再生機能が備わってる」

「その再生速度はSランク相当の砲撃より上だ。 だから、多分あたし達の攻撃じゃ仕留めきれねえ」

「石化魔法等でその再生を遅らせることもできるけど――」

「それはあくまで遅らせるだけに過ぎん」

「やはり、アルカンシェルを使わなければ完全破壊は不可能だろう」

「そうか……。 わかった、ありがとう」


 シグナムさん達の結論を聞き、クロノは少しの間何かを考えるように目を軽く瞑り、礼を言った。
 きっとアルカンシェルに対して思うところでもあるのだろう。
 俺も協力してやりたいが――あ、そうだ。


「なあクロノ。 防衛プログラムってさ、暴走を開始するまで待たないと攻撃しちゃ駄目なのか?」

「どういうことだ?」

「や、俺が魔法を使えるってことはもう知ってるんだよな?」

「ああ。 さっきユーノから聞いた。 リンカーコアも無いのにどうやっているのかはわからないらしいが」

「うん、まあそれは俺も良くわかんないんだけど、取りあえず圧縮系と転送系の魔法は使えるんだ。 だからその転送魔法を使えば、あの黒い澱みを虚数空間に転送出来るんじゃないか、って思ったんだ」

「虚数空間へ転送って、そんなことが可能なのか? あの空間と実空間の間にはとてつもないエネルギー障壁があるんだぞ。 君だってあの……一件についてはまだ覚えているだろうに」


 クロノはフェイトの為に言葉を濁したが、俺が覚えているはずなのは言うまでも無く、大魔道師プレシア・テスタロッサが引き起こしたロストロギア盗難事件のことである。
 次元の狭間にあるという夢の都アルハザード。
 そこへ行く入口を開く為だけに、彼女はジュエルシードと呼ばれる高エネルギー結晶を求めた。
 つまりクロノの疑問は、『大魔道師と呼ばれる人間ですら自力のみでは不可能だったのに、そんなことが果たして可能なのか?』ということだろう。


「いや、でもなんか色々試してるうちにできちゃったんだよね」

「……頭が痛くなってきたな。 レアスキルにしたって無茶苦茶物騒じゃないか」


 クロノは頭を抱えて嘆き始めたが、こんなところで思考停止されても困る。


「で、どうなんだ?」

「おっと、すまない。 話が逸れてしまったな。 防衛プログラムを虚数空間へ送ること自体は、特に問題はない」

「なら――」

「だが、暴走前にそれを行うことは不可能だ」

「なんでだ?」

「あの黒い澱みの外殻には魔力素を吸収する機能がある」

「……なるほど」


 今の話から考えれば、暴走臨界点に達するための条件は『一定量以上の魔力素を吸収したとき』だろう。
 そしてその魔力素を吸収するための機能自体がプログラムを護っているため、魔力素が絡む対策はほぼ全てが無効化されるというわけか。
 となると、今下手に魔法を使って何かしようとするのは避けた方がよさそうだな。
 もしその外殻に闇の書の蒐集機能が残っていた場合、俺のゲート魔法をコピーされると目も当てられないことになる。


「じゃあ物理攻撃は?」

「それに関しても、空間内部が超次元的に歪んでいることで効かないことが分かっている。 こんな説明でいいか?」

「オッケーだ。 結局暴走前に仕留めるのは無理ってことか」

「ああ、残念ながらな。 だが、暴走開始後に本体を虚数空間へ飛ばすというのは有りだ。 本当にできるというのなら、それが一番いい方法かもしれない」

「なら暴走が始まったら試してみても良いか?」

「いいだろう。 さて、それじゃあ残った時間でサニーが失敗した時のことも考えておこう――」




 それから、誰から攻撃するか、どういった攻撃なら通るのか、といった細かいところを詰めていき、全ての準備が整ったところで防衛プログラムを覆っていた黒い半球が消滅した。
 そうして中から現れたのは、紫色の女性やドラゴン、巨大な昆虫、etc...といった、とにかくいろんな生き物がごちゃまぜになった不気味な物体だった。
 形といい、色合いといい、そのなんかゴチャゴチャした姿は、どこか幼児の組み立てたガンプラみたいな印象をうけた。
 これが僕の考えたパーフェクトガ○ダムだ! みたいな。
 空を飛べない俺の為にクロノが展開してくれた魔法陣の上で、俺はぼんやりとそんなことを思った。


「あまり悠長にしている時間は無いぞ。 サニー、やるなら直ぐにやってくれ」

「おっとそうだった。 んじゃ、いっちょやりますか」

「君の魔法を見せてみろ」

「おっけ、任せな!」


 よっしゃあ! オラなんだかテンションが上がってきたぞ!
 今なら何かとてつもないことが出来そうな気がするぜ。
 わりーな、なのは。 おめーの出番ねぇから!


「スリジャヤワルダナプラコッテ! スリジャヤワルダナプラコッテ!」


 俺はかめは○波の溜めポーズをとりながら、テンションに任せてスリランカの首都の名称を連呼した。


「ええっ!? まさか、詠唱魔法!?」


 今の発言に深い意味は無かったのだが、それを聞いたフェイトは何故か愉快な勘違いをし始めた。
 ……ふむ。
 流石に翻訳魔法ではこういうニュアンスまでは伝わらないのか。
 だったら――


「タウマタ・ファカタン・ギハンガ・コアウア・ウオ・タマテア・トゥリプカ・カピキ・マウンガ・ホロヌク・ポカイフェヌア・キタナタフ――」
 (注:ニュージーランドにある丘の名前。 タマテアという大きい膝を持つ、山を滑っては登る“ランドイーター”として知られた男が、死んでしまった愛する者のために笛を吹いた場所。 区切り方は適当なので要注意)


「う、うそだよね……? そんな、まさか、サニーくんが複雑な魔法を使えるなんて……」


 俺が詠唱魔法(仮)を使えることに、なのはは強いショックを受けているようだ。
 フゥーハハハ! この素晴らしき魔法を持って、俺は貴様よりも格が上だということを証明して見せよう。


「クルンテープ・マハーナコーン・ボーウォーン・ラタナーコーシン・マヒンタラアユタヤー・マハーディロッカポップ・ノッパラッタナー・ラーチャターニー・ブリーロム・ウドム・ラーチャニウェート・マハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカティッティヤ・ウィサヌカムプラシット――」
 (注:バンコクの正式名称。 某じゅげむみたいな適当にいい意味の言葉を積み重ねた結果生まれたもの。 特に深い意味は無い)

「すごい、なんて長い詠唱なんだ……」

「へぇ、あのサニーがねぇ……」


 詠唱は長ければ長いほど威力が上がるらしい。
 そんな事実があるせいか、ユーノやアルフですら驚きを隠せないようだった。
 やばい、こういう勘違いは気持ちがいいな。
 他に何か長い名前といったら――そうそう、こんなのもあったな。


「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアノ・デ・ラ・サンテシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ――」
 (注:とある画家の名前)

「あれ? なんや今、聞いたことある単語が出てきた気が――」


 おっといかん、これは流石にメジャー過ぎた。


「喰らえ! スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス・ニューモノウルトラマイクロスコーピックシリコヴォルケーノコニオシスッ!」
 (ダイナマイト翻訳:すてきな珪性肺塵症)」


 ハッタリがバレそうになって慌てた俺は、余計な突っ込みを受ける前に両手を突出し、魔法を発動することにした。
 が――


「ん? 何も変わってないみたいだが。 これはどういうことだ?」

「あー……」


 ――調子に乗って妄想呪文を言うのに集中し過ぎたせいで、標的を魔力膜で包み込みこむのを失敗した。
 今回は敵がデカいので、そこら辺は特に集中しないといけなかった。
 そしてそこで失敗してしまうと、安全管理の都合上、転送魔法は発動しない。
 つまり、どうみても静止です。 本当にありがとうございました。


「ふぅ。 どうやらここはグロリアスが濃すぎるらしい」


 だけど俺はそんなことを一切感じさせず、ひたいを手の甲で拭いながらクールに決めた。


「それじゃあみんな、手筈通りに行くぞ?」

「うん!」「待て待て、もう一回やらせてくれ!」

「わかった!」「次はちゃんとやるから!」

「了解や!」「お願い! 聞いてぇ!」


 俺は必死になって声を張り上げたものの、完璧にスルーされて切なくなった。
 守護騎士の方達には憐れむような目で見られるし、アルフはまだしも、ユーノですら白い目を向けてきている。
 時間が無いっつってんのにこんなことやったら、そりゃあこうなるわな。

 畜生、やっちまったぜ。
 一度失敗したものに厳しいのはどんな世界でも同じだってことか。
 あ、やべ、なんか思いだしたくないものまで思いだしそうになってきたぞ。


「タカマチなのはっ! ちゃんと合わせろよ!」

「ヴィータちゃんもねっ!」


 そんな風に俺が落ち込んでいる間にも解体作業は進む。
 ゴスロリ少女のメガトンハンマーを皮切りに、なのはのなんちゃらバスター、シグナムさんの弓矢みたいな奴に、フェイトのでっかい魔力剣での斬撃等が次々とキモい物体を襲う。
 そして、はやての石化魔法によって防衛プログラムの防壁は消滅し、ようやく本体にダメージが届くようになった。


「次は僕だ! 行くぞ、デュランダル!」

「Ok, Boss」

「悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて永遠の眠りを与えよ――凍てつけ! エターナルコフィン!」


 クロノのエターナルフォースブリザード(相手は死ぬ)を受けた防衛プログラムは、海ごと完全に凍りついた。
 すっげ。 これが本当の詠唱魔法って奴か。
 そりゃあこの長さであれだけの威力ってんなら、あんだけベラベラ喋ってれば大きな勘違いをされるのも無理は無い。


「っていうかこれ、もう終わったんじゃね?」

「……いや、やはりコアまでは凍結できなかったようだ」

「うそ、マジで?」


 そう言われてよく観察すれば、凍りついたはずの防衛プログラムの中心から新たに細い触手が生えてきており、徐々に本体が再生されているのがわかった。
 うわ、これは確かにとんでもねーわ。
 さっきまでの攻撃だって、どれも致死的な威力を持ってたっつーのに。
 まじどんだけだよ。


「ま、こうなることは予想済だ。 三人とも! 止めは頼んだ!」

「任せて! クロノくん! 『Starlight Braker――』」

「雷光一閃! プラズマザンバー――」

「響け終焉の笛! ラグナロク――」


 クロノの呼びかけに応じ、なのは達からとてつもない魔力の奔流が迸った。

 これは繰り返しになるが、魔法の行使には必ず魔力素の絡んだエネルギーのやり取りが存在する。
 では魔法として使用された魔力素は、その後一体どうなるのだろうか?
 ユーノが言うには、なのはの超必殺技『スターライトブレイカー』は、そこに着目して生まれた魔法だと言う。

 通常、術者の魔法として使用された魔力素は、よりエネルギーの低い魔力素へと変移する。
 こうしてエネルギーが下がった魔力素は、もう一度魔法に使用するには適しておらず、大気や水中といった自然環境にばらまかれる。
 これらの魔力素は、光エネルギーの吸収等によってやがて元の高エネルギー魔力素へ戻ることが知られている。

 ちなみに実際の魔法によって変換される魔力素は、大抵は集束させた魔力素の50%程度に過ぎず、残りの高エネルギー魔力素はそのまま大気に撒き散らされる。
 80%を超える程の高効率で魔法を使えるとすれば、それは既にSSSランクの技術であり、ユーノの変換効率は平均66%、クロノは68%、フェイトでようやく72%だという。
 なおプレシア・テスタロッサの変換効率は平均83%という驚異的なものだったそうだ。
 この数値は魔力変換資質の影響も大きいそうだが、こういった事実だけでもあの人が天才だったことにはもはや疑いが無い。
 ん? そういえば俺の場合、変換効率はどれぐらいになるのだろうか? 今度ユーノに聞いてみるか。

 さて、少し話が逸れてしまったが、今の話を簡単に纏めるとこうだ。

『沢山の魔法が使われれば使われるほど、魔法に使える大気中の魔力素は減るが、それでもゼロにはそうそうならない』

 また、一度リンカーコアを通って放出された魔力素は、撒き散らされてから数時間は励起状態、つまり通常よりもさらに高エネルギー状態にある。
 これにより意識場との相互作用が強く働くことで、選択的に集束させることも可能である。
 しかもこの魔力素は通常より不安定な状態に置かれていることもあり、変換効率はほぼ100%になるとのこと。
 なのはのスターライトブレイカーはこの性質を利用し、他人の食い散らかした魔力素をも根こそぎ破壊エネルギーへと変換しているのだ。
 が、どうやら本人はこれらの魔導物理学的な原理をちゃんと理解せず、感覚的に使っているらしい。
 まさに天才。
 魔王の名はやはりあいつにこそ相応しい。
 その収束魔法はもはや終息魔法と言い換えた方がいいだろう。
 三色の極光に染められる防衛プログラムを見て、俺は本気でそう思った。


『よしっ! コアの露出を確認っ! シャマルさん、ユーノくん、アルフ! 後はお願い!』

「任せてください!」「はい!」「あいよ!」

『じゃあ合図はこっちが出すよ! 3――』


 っと、いけね。
 ボーっとしてる場合じゃなかったぜ。
 エイミィさんのカウントダウンが進む中、俺は名誉挽回のため、こっそりと転送魔法を発動してみた。


『1――って、えっ? 嘘っ!?』

「そんなっ!?」

「突然反応が消えたっ!?」


 ふむ。 どうやら今回はちゃんと上手くいったようだ。
 形が複雑で転送に失敗したのなら、周りの空間ごと球形に切り取って転送すればいいじゃない。
 それに初めの時に比べれば小さくなってるし、難易度は更に下がっていると言える。
 ふはは、どうよこのコロンブス的発想。 まさに俺天才。
 だったら最初っからやれよって突っ込みは無しな。 過ぎたことをぐちぐち言っても仕方ないだろ?
 ま、何にしろ、これで皆も俺の実力を認めてくれるはずだ。
 こっそり発動したのは……ほら、アレだ、その方がクールだからだ。
 決して、また失敗した時何事も無かったように振る舞う為だとか、そんな自己保身のためではない。 本当だよ?


「コホン。 えーみなさん――」

「ちょっ!?」「ええっ!?」「何処に行ったの?」

「何が起こったんだよ!」「何かの前触れか?」「みんな気をつけて!」「何が起こるかわからんぞ!」


 ……あれ? おかしいぞ?
 俺は自分の功績を誇ろうと、周りの注目を集めようとした。
 だが攻撃の余波が収まり、現場の様子が明らかになるにつれ、何故か場の雰囲気が張りつめていく。
 なんか『俺がやりました!』ってすっげー言いづらい状況になってきたんですけど。
 まさに世界はこんなはずじゃないことばっかりって奴だな。
 どうしよう? 逃げる? 逃げるか。 いいね、それ採用。


「……おい、サニー。 君は今何かしたのか?」


 そうして1人、転移魔法で結界の外へ逃げ出そうとしたところを、俺はクロノに捕まってしまった。


「あはは、僕には君が何を言っているのかわからないよ」

「やっぱり君か!」


 なぜか即行でバレてしまった。
 こうなったら先手必勝。
 とにかく謝るしかない。


「その通りです。 ごめんなさい。 私がやりました。 出来心だったんです。 今はもう反省しています。 だから反省文だけはもう勘弁して下さい」

「いや、それより何をしたんだ?」

「端的に言うなら、あの搾りかすを虚数空間へ転送したんだ。 ほら、当初の予定ではそうするつもりだったじゃん?」

「はぁっ!?」

「やっぱり駄目だった? や、ほんとすいませんでした」

「……いや。 まあ、そういうことなら、一応事態は収束したと思っていいだろう」


 そのクロノの一言を受け、ようやく空気が弛緩した。
 俺を責めるような視線も特には感じられず、皆思い思いに喜びの感情を表していた。


「でもなんで俺の魔法に気付かなかったんだ?」


 そんな中、俺は一人ボーっとしていたクロノに話しかけた。
 だって俺ちゃんと言ってたよね?
 転送魔法を使えば虚数空間へも飛ばせますって。
 一回目はちょっと失敗しちゃったけど。


「それは君の転送魔法が余りに異常だったからだ」

「そうか? 別に普通だと思うけど」

「そうだな、じゃあ何か1つ転送魔法を見せて貰っても良いか?」

「良いよ」


 そのセリフを聞いて直ぐ、俺はクロノの杖を自分の手元に転送した。


「うおわっ!?」

「いやいや、驚きすぎだっつの。 お前はリアクション芸人か」

「いや、これは魔法を知っている者なら誰だって驚くぞ。 ほら、見てみろ」


 そう言われて周りを見ると、いつの間に注目していたのか、全員の目が点のようになっていた。


「え、なんで?」

「君の魔法は魔法式の展開から発動までのタイムラグが余りに小さいんだ。 先程の転送魔法なんだが、魔力光の発生から転移が起こるまでの時間は0.1秒も掛かっていなかった。 ユーノ、ちょっと君の転送魔法を見せてくれ」

「うん」


 その返事の後、ユーノは先程まで居た場所から俺とクロノの傍まで魔法を使って転移してきた。
 しかしその魔法は、魔法陣を展開してから発動まで、はっきりとわかるほどの時間が掛かっていた。
 具体的には5秒ほど。


「転送魔法じゃなかったけど、これでも良かった?」

「ああ。 どうだ、これで君にもわかっただろう?」

「なんとなくだけどな」

「今のユーノの転移魔法だって、平均的な速度に比べれば倍以上速い。 君のその魔法はもはや瞬間移動といっていいレベルだ」

「マジか。 そんな凄かったのか」


 今まで転移に掛かる時間なんて気にも止めてなかったけれど、実はこれって十分凄いことだったんだな。
 バールさん、っぱねーっす。

 ……しっかし、そんなバールでさえ大半の魔法をわざわざ消さなければならなかったとは、一体残りの転送魔法や圧縮魔法ってのはどれだけ複雑なんだ?
 俺、使いこなせるようになるのかなぁ。 少し自信が無くなってきたぜ。


「それに使われてる魔法式もミッドのものとは……まあ、この話についてはまた後にしよう。 さ、杖を返してくれ」

「おう。 ……ん?」


 クロノへ杖を渡そうとして、俺はあることに気が付いた。


「どうした?」

「お前の杖、なんか前と違ってね? 新しくしたのか?」


 今思えば、なのはとフェイトの杖も銃のカートリッジのようなものがついていたりと大きく変化していた。
 いいなぁ。 バールもちょっとぐらい変形してくれねーかなぁ。


「なんだ、そのことか。 この杖はここに来る直前、提督から預かってきたものだ」


 ってことは、クロノが遅れた用事ってのは、提督と一緒にギリギリまで対策を練ってたってところだろう。


「そういや、結局どうだったんだ? アレは」

「……それに関してもまた後で話すよ」


 俺のはっきりとしない問いに対し、クロノは少し躊躇ってからそう返してきた。
 『アレ』とは、『この一件についてグレアム提督は何か隠してたのか?』についてである。
 この反応からすると、グレアム提督がこの事件に関わってたのは確実と考えられる。
 ここに来るのが遅れた理由もその辺にあるのだろう。


「でもクロノ、よく氷結魔法なんて使えたね? 今まで使ってるの見たことないけど、もしかしてその新しい杖のおかげ?」


 会話に間が開いたところで、フェイトがクロノにそう話しかけた。
 言われてみれば、俺もクロノの模擬戦は何度か見たことあるが、氷結魔法を使っているところは見たことがない。


「ああ。 僕は変換資質なんて持ってないしね」

「え、じゃあお前、ぶっつけ本番であの氷結魔法を使ったってことか? それでよく上手くいったなぁ」


 俺なんて初めて使う魔法は必ずと言っていいほど失敗するのに。
 流石は執務官。 頭の出来が俺ごときとは違うってことか。 ファック。


「……氷結魔法は僕の父さんが得意としていた魔法なんだ。 この杖にインストールされている魔法も、昔父さんが組み上げた魔法式を基に作られている」

「だから予習はバッチリだったってことか」


 クロノは軽く頷くことで、それが事実だと認めた。
 俺は少し前に妬みを感じた自分を恥じた。
 クロノが何の苦労もしていないなんて、どうしてそんなことを思ったんだか。


「でもクロノくんのお父さんかぁ。 きっと凄い優秀なんだろうね?」

「あ、馬鹿っ、お前それは――」

「クロノのお父さんって、確か……」

「え? え?」


 ユーノがなのはの耳元で事情を説明すると、なのはの顔はだんだんと青くなっていった。
 先生、なのはの発言のせいで場の雰囲気が最悪です。
 
 それから数秒ほど、いかにしてこの気まずい空気を破壊するかと考えていると、突然空間モニターと共にグレアム提督が現れた。


『――クロノ』

「提督。 見てくれましたか?」

『ああ。 見ていたよ。 最初から最後までな。 ……これで、ようやく終わったか』

「――はい」


 そんな二人だけに伝わるやりとりを見ながら、はやてがためらいがちに声をかけた。


「……あの、グレアムおじさん」

『はやて君か……。 大きくなったね』

「全部おじさんのおかげです」


 グレアム提督は改めてはやてに向き合い、柔和な笑みで言葉を返した。
 どうやら、グレアム提督とはやての間には直接の面識があるようだ。
 もしかしたら前に言っていた『お金関係を任せてるおじさん』というのは、提督のことだったのかもしれない。


「それやのにこんなことしてしまって、ホンマにごめんなさい!」


 はやては画面の中のグレアム提督に向かって、深く頭を下げた。


『なに、気にする必要はないよ。 それより、今までよく頑張ったね』


 まあ今回の件は、裏でグレアム提督も何か企んでた臭いからな。
 はやての罪を問うことはできないんだろう。


「あの、サニーくんはなんでわたしの後ろに隠れてるの?」

「あ? 別にビビッてねーし」

「だれもそんなこと聞いてないよ」

『ん? おお、そんなところにいたのか、サニー君。 久しぶりだね』


 クロノが作ってくれた足場がたまたま空間モニターとなのはを結ぶ直線状に位置していただけだ、と言おうとしたところで、俺はグレアム提督に話しかけられた。
 しゃがみこんでいるのも失礼なので、俺は立ち上がって普通に挨拶した。


「おおお、お久しぶりです」

『ハハハ、敬礼は必要ないさ』

「では失礼して」


 敬礼を解いて休めの姿勢を取った俺を、グレアム提督は笑いながら見ていた。
 いいんだよ。 俺が普通って言ったら(以下略)。


「ねえねえ、グレアム提督ってもしかして怖い人なの?」

「うーん、私には普通に優しかったけど」

「わたしもや。 どうせサニー君がまたなんかやらかしたんとちゃうか?」


 三人の小娘が何か言っているようだが、俺は気にせず会話を続けることにした。
 おいそこ。 『ああ』とか言って納得してんじゃねえよ。


『ん? どうしたのかね?』

「いえ、なんでもありません。 それよりグレアム提督は裏で相当苦労なさったとか。 お疲れ様です」

『…………』


 グレアム提督の笑みが一瞬で凍りついた。
 Oh. しまった。 これじゃあ皮肉にしか聞こえない。
 ならば話題を変えて――


「でも提督ってすごいですよね。 もしかして、はやてと知り合った頃からある程度こうなるのを予測してたんじゃないですか?」

『…………』


 止まってぇ! 俺の口止まってぇっ!
 俺の発言に呆れたのか、提督は一つ大きなため息を吐くと、クロノの方を見た。
 クロノの顔には苦笑が浮かんでいる。


『……はぁ。 これはクロノが意見を聞きたがるわけだ』

「でしょう?」

『あの時、こんな部下が居たならもう少し良い結末を迎えられたのかもな』

「かもしれませんね」

「あの、何の話っすか?」


 俺は先ほどまでの無礼な発言をきれいに忘れ、当事者を置き去りにして進む話に無理やり混ざろうとして――


「……そうだな。 丁度いい機会だ。 前の闇の書事件と、僕の父さんについて話そう」


 なのは以上の地雷を踏んだ。


「あ、いや、別に無理に聞き出すつもりは無いぞ? 辛いことなら言わなくていい」

「なに、もう過ぎたことだ。 それに、いつまでも過去を引きずっていると妹に笑われてしまうからな」


 そう言ってクロノは、自分の父親を亡くした時の事を語りだした。


 ――前の闇の書事件は、今から約11年前。
 彼の父親であるクライド・ハラオウンが長期任務を終え、本局へと帰還している途中、クロノが3歳の誕生日を目前に控えた頃に起こった。

 その始まりは、管理局のとある次元航行船の信号が急に途絶えたという連絡からだった。
 時空管理局の海側戦力の1つ、次元航行部隊では、次元乱流により通信不能となったり遭難することが比較的多い。
 その為、この時点では管理局で働く人達は誰も気に留めなかったそうだ。

 だが、その時行方不明になった船には、運の悪いことに丁度クライドさんの親友が乗っていた。
 このことを知ったクライドさんは、自分が乗っていた次元艦船エスティアを率い、予定を急遽変更して現場へと直行した。

 『久しぶりにあいつと会うのも悪くない。 借しを作るのもいいだろう』

 それは、そんな軽い気持ちからの行動であった。
 ところが、実際に彼がそこで見たものは、親友が乗っていた次元航行船の無残な姿と、それを為した者を映した記録映像。
 ただそれだけだった。

 こうして、彼は次元世界の平穏を護る為、友への手向けとして事件の解決を捧げる為、この事件の担当になることを希望した。
 そしてそれは、息子の誕生日に一緒に過ごせないことを意味していた。


「――あの時の僕は本当に幼くてね。 父さんに向かって『大っ嫌い』だなんて、そんなことしか言えなかった。 世界の平和と自分の子供。 どちらが大切かなんて、そんなの決められるはずが無いのにな」


 そう言ってクロノは手に持った杖から目を逸らし、今はもう遠い、父の散った宙を思い出すように目を閉じた。
 彼の頬で融けた雪の結晶は、まるでその時の後悔を形にしたかのように頬を滑り、きつく握りしめたその杖に当たって弾けた。


「そして、そうやって拗ねている僕の機嫌を直そうと懸命になってくれたのが、グレアム提督だった」

『結局私は何も出来なかったんだ。 そう持ち上げないでくれ。 さて、ここから先は私から話をさせて貰ってもいいかな?』

「ええ。 お願いします、提督」

『ありがとう、クロノ』


 グレアム提督は椅子に深く座りなおし、少しの間目を瞑ってから語り始めた。


『あの時、本来なら闇の書事件は私が担当するはずだった。 しかし私は他にも幾つか案件を抱えていてね。 クライド君は自分の教え子の中で特に優秀だったのと、彼の希望もあって、本件を任せることにしたんだ』


 まあ、執務官長とかやってたぐらいだからな。
 そりゃあ忙しいのも当然だし、信頼できる者がいるならそいつに任せるのも当然だろう。


『実際、クライド君は部下を上手く指揮し、闇の書の主を最小限の被害で取り押さえることに成功した。 だから、この判断そのものは今でも間違っていなかったと信じている。 問題は、そこで封印した書を特殊隔離施設へと護送している時に起こった』


 グレアム提督が手元で何かを操作をすると、俺たちの前に大きな空間モニターが出現し、事件当時の記録映像が流れ始めた。
 その映像は、封印されたはずの闇の書が暴走を開始し、クライドさんが部下たちを避難させようと必死になっている場面から始まった。


『クライド君にクロノとのことで相談を受けていた私は、その頃にはほとんどの案件を処理し終わっていたこともあり、2人の仲を取り持とうと色々計画を練っていた』

「母さんと一緒に旅行に行き、そこで父さんとバッタリあって仲直り。 確かそんな計画でしたね」

『ああ、そうだったな。 だがその計画は全て見破られてしまってね。 慌てた私は、事件そっちのけでクロノ執務官のご機嫌を取っていたよ』

「そして、そんな僕のわがままな態度が、さらに対応を遅らせることに――」

『いや、それは違う』


 グレアム提督は、優しい表情でクロノの自虐を止めた。


『あれは闇の書の危険性を低く見積もり過ぎていた私の責任だよ。 まさか封印されているはずの書が暴走し、そして船のコントロールを奪う程とは、夢にも思っていなかったんだからな』


 画面の中のクライド提督は、最後に脱出する部下へ、結婚指輪とデバイス、そして家族への遺言を託していた。


『暴走した闇の書は、エスティアに付けられていたアルカンシェルのコントロールを奪い、その照準を私の乗っていた船に向けた』


 最後の避難船を見送ったクライド提督は司令室に戻り、船の機能で使えるものがまだ残っていないかを確認した。
 そしてもう逃げられないと悟った彼は、艦船に残された回線をギリギリまで使い、アルカンシェル発射までの残り時間をグレアム提督の船に送信し始めた。


『クライド君以外の乗員は退避が完了していたものの、この時はもう艦内の転送ポートを使って脱出することは不可能だった。 結局、クライド君は船に残り、私の船のアルカンシェルで……』


 やがてクライドさんの姿は敬礼と共に砂嵐に消え、グレアム提督の船が放ったアルカンシェルで消滅した。


「……それから、僕は父さんの遺志を継ぐため、提督のところで修行して、管理局に入った。 そうして今に至るって訳だ。 よくある話さ」


 クロノは自嘲気味にそう言ったが、そこに暗いものは全く見えなかった。
 エスティアに乗ったクライド提督は、最期まで立派だった。
 血まみれになりながら、笑顔で散って逝った父の最期に、クロノ少年は何を思ったのだろうか?
 きっと後悔や、やるせなさや、色々なものを感じたに違いない。
 だけど父と同じ道を選んだということは、もう自分の中でしっかりと区切りがついてるのだ。
 それはリンディさんも同じだろう。
 ハラオウン一族は強いな。


「クロノ君は、……わたしや闇の書を恨んでないんか?」

「ないよ。 全く」


 はやての自傷めいた質問に、クロノはあっさりと答えた。


「でも――」

「それでも、君が何か責任を感じ、贖罪をしたいのなら」

「なら?」


 復讐心がないというクロノを信じられないという風に見るはやてに向かって、クロノはこう続けた。


「今度父さんの墓参りにでも付き合ってくれれば、それで十分だよ」

「おいユーノ、こいつどさくさに紛れて女ひっかけようとしてるぞ」


 俺はあまりのシリアスに耐えきれず、ユーノに思ったことをぶちまけた。


「だね。 人のこと淫獣とか言ってくれたけど、自分の方がよっぽどじゃないか」

「なんでだ!? 今誰もそんな話をしてなかっただろうが!」


 だがそのおかげで、暗くなっていた雰囲気は一気に明るくなった。
 『ほんとサニーくんはしょうがないなぁ』、『空気を読めないってのはえらいマイナスや』といった声が聞こえてくるが、俺は暗いのが苦手なのだ。 許せ。


「はぁ……。 もういい。 それより後片づけを始めないとな」

「後片付け?」

「防衛プログラムの残骸回収や、被災地の修復だな。 これをしなければ結界の解除も出来ない」

「そういやそうだっけ」


 結界の中ならば何をしても現実には影響がないと思われがちだが、実際は全然違う。
 結界空間はu軸上で普通の世界と連続的に繋がっている。
 そのため、結界内で大きな破壊現象が起こると、結界を解除した際その歪みを正すため、元の世界に対し修正力が働く。
 例えば、結界内でビルをぶっ壊してから結界を解除すれば、元の世界のビルには目に見えない罅や強度低下が起こっている。
 今回の場合なら、突然道路に穴が開いて水道管が破裂したりすることになるわけだ。
 これはやばい。


「それに一番面倒な仕事はまだ一つも終わっていない。 はやてに罪が行かないよう、色々考えなければならないことも多いんだ」


 クロノははやての耳に入らないよう、俺の耳元で小さく囁いた。


「あー、それは……確かに大変だな」

「それでも、アルカンシェルを使用しないですんだ分、面倒な仕事は少し減ってくれた。 ありがとう、サニー」

「べ、別にあんたの為を思ってやったわけじゃないんだからね!?」

「気色悪いからやめろ!」


 チクショウ、でもこいつほんとに良い奴だよな。
 天然女殺しとはこいつの事だ。 俺が女なら絶対こいつのことを好きになる。
 まあ俺は男だからそんな仮定に意味はないんだけどね。


「ま、冗談はさておき、できることがあったら何でも言ってくれ。 力になるぞ」

「ならその時は遠慮なく頼らせてもらうとしよう。 じゃあ僕はここで一旦失礼する。 後の事はエイミィに任せてあるから、君たちもアースラに戻って休んでくれ。 なんだったら他の作業員の手伝いをしてくれても構わないぞ?」


 最後にそんな冗談を言い残し、クロノは一足先にアースラへと帰っていった。
 ふーん。 アースラのシステムでも魔法陣の発生から転移が起こるまでは3秒以上かかるのか。
 そりゃあ管理局の執務官から見てもバールが異常な訳だ。


「さて、サニー」


 クロノを快く送り出した俺の肩を、ユーノがとてもにこやかな笑みで叩いてきた。
 あれ、そう言えばさっきもこんなん無かったっけ? デジャビュ?


「なんだ? ユーノ。 事件が解決したからパーっとやろうって話か?」

「ううん。 反省会の時間だよ」

「あーうん、やっぱそうっすよね」


 魔力光も見られちゃったし、なし崩し的に誤魔化せるほどこいつは甘くなかったか。
 俺はそんなことを思いながら、何か上手い現実逃避の方法は無いかを考え始めた。



[15974] 友情編 第11話 夜の終わり、旅の始まり
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/09/19 07:18
「――とまあ、そんな風にしてあの事故が起こったという訳で」


 流石にしらを切りとおすことが出来なくなった俺は、例のジュエルシード汚染事件について自分のしでかした事を全てユーノに話した。
 全てとは、最後のうっかり転送も含めてだ。
 それ以前に関しては偶然で片づけることもできるが、最後のひと転送が無ければあそこまで大事にはならなかった可能性が高い。


「悪いとはずっと思ってたんだけどさ、言いだすきっかけがね、ほら、無かったから」

「……まあ、もう過ぎたことだし、こっちも色々と助けて貰った恩もあるし。 いいよ、許してあげる」

「すいませんっしたぁ!」


 どうやらユーノは、俺の不始末について水に流してくれるようだ。
 いやぁ、俺はいい友達を持ったなぁ。
 とと、いかんいかん。 反省はちゃんとしないと。


「それに、僕だって隠してたことがあるから」

「いやいや、誰にだって隠し事ぐらいあるって。 ちなみにそれってどんなことか聞いても良い?」

「実は、あのジュエルシードに数字を刻印したのは僕なんだ。 発見した順に付けといたほうがいいかなと思って」

「なんだ、そんなことか」

「でもほら、初めて見せた時、サニーはそのことに対して文句を言ってたよね?」

「え? 俺そんなこと言ったっけ?」

「うん、言ってた。 僕、結構気にしてたのになぁ……」


 よく覚えてるな、そんなこと。 もう何か月前のことだと思ってるんだ?
 まあ確かに、鉱物オタとしてそれに対して思うところが無いわけではないが、その程度俺がしたことに比べれば何の問題もない。
 むしろ責任者としては当然の処置と言えるだろう。
 第一、鉱物採集に行ったときは俺だってマジックで日時や発見した場所とか書き込むことがあるし。
 ま、なんにしろ、これでお互い隠し事は無しってわけだ。


「じゃ、これで全部終わったってことで、後はパーッと打ち上げでもしようぜ! 牛がでるのか豚がでるのか、鳥でもいいけど肉をくれ――っ!?」


 そうして、これで何の問題もなくなったと小躍りしながら浮かれていたところ、突然俺の両頬をピンクとオレンジの光弾が掠めた。


「な、ななな、何事だ?」


 俺はその発生源について若干予想が付いていたものの、それが間違っているという淡い期待を抱いて振り返ってみた。


「サニーくん。 まだわたしの話は終わってないよ?」

「その肉って別に人の肉でもいいんだろ?」

「Oh, what a horrible face! (まあ! なんて恐ろしい顔なんでしょう!)」


 だが残念。 やはりそこに居たのは白い悪魔と赤い肉食獣でした。


「枕が臭くて眠れなかった恨みっ!」

「鼻が曲がってしばらく食事が楽しめなくなった恨みっ!」

「ッアー!」


 俺は死んだ。 フリーズ(笑)。







 その後、目を覚ました俺が最初に見たものは見覚えのない白い天井だった。
 そう言えば、こういう時に使うべき台詞があったな。
 取りあえず言っておくとするか。


「きれいな顔してるだろ――」

「吹っ飛ばしてやる」

「うおわぁ!? ってなんだ、はやてか。 驚かせるなよコノヤロウ」


 独り言に返事があったことに驚きつつ横を見ると、そこには薄いシーツで身体を隠しているはやての姿があった。
 妙に肌寒いと感じていたのは、こいつがシーツを全部持っていってたのが原因なようだ。
 っつか、ボケにボケを被せんなよ。 『そこは知らない天井やないん?』とかそっちだろ。


「なんだってなんや。 普通そこは隣で寝ていた美少女と一夜の過ちを犯してしもたことにびっくりするとこやろ。 うっふーん」

「……すまん、色々突っ込みどころがあるんだが、一つだけいいか?」

「言うてみ」

「美少女ってのは間違いだよな?」

「あはははは」

「いたたたたっ!?」


 俺は抓られて赤くなった右手の甲を擦りながら、はやてに抗議の視線を送った。


「今のは抓られて当然やろ?」

「自分で自分を美少女という奴に碌なのが居ないのも当然だろ?」

「まだ言うか」

「悪かった、冗談だからもう抓らないでくれ」


 両手を上げて降参の意を示すと、はやてはニギニギとしていた手を引っ込めてくれた。
 なんで俺の周りの女達はこう、口より先に手が出るんだ?
 ……ああそうか。 俺の口が達者すぎて上手く言い返せないからか。
 ふふん、なら仕方ないな。


「なんやムカツク顔しとるな? やっぱお仕置きが足りへんかったか」

「それより、ここってお前ん家であってる?」


 俺は話を逸らすため、先ほどから気になっていたことを確認した。
 窓から見える景色が普通に地上の物であることから、ここがアースラ等の次元航行船の中じゃ無いことはわかる。
 部屋の内装も病院等と違い、本棚やタンスなどの私物が多い。
 そこに起きた時同じベッドの上にはやてが居たことを加えれば、答えは自ずと出てくる。
 ただし、それだとまた1つ新たな疑問が生まれるんだけどな。


「おお、遊びに来たことないんにようわかったね?」

「馬鹿にするな。 状況からしてそれしか考えられないっての。 で、なんで俺はお前の部屋に居るんだ?」

「あー、それやけどな、実はわたしもあの後倒れてもうたんや」

「うそ!? まじで? それって大丈夫なのか?」


 俺は思わずはやての顔を見た。
 起きてから今までのことを思い返してみると、はやては足を全く動かしていなかった気がする。
 もしかしたらまだ事件は終わっていないのでは――


「そんな心配せんでも大丈夫やって。 どうせ急に大きな魔法を使ったからってだけやと思うし。 ま、そんな訳でわたしはここに運び込まれたわけなんやけど、起きた時ひとりやと何か有った時困るやろ?」

「まあ、確かに。 それでいざという時の為、俺も横に寝かせられてたってことか」

「多分な。 わたしも本当の理由は知らへん」


 だがそれで一応の説明が付く。
 これで納得しておくとしよう。

 でも起きたのは良いけど、何もすることがねえな。
 折角なのでもうひと眠りしよう、と思ったところで俺はあることに気付いた。


「あれ?」

「ん? どうした?」


 窓から見た外の風景が妙に明るい。
 これだけ明るいということは、もう昼を過ぎてるのは確実だと考えられる。
 そうなると、すずかん家のクリスマスパーティー、もう始まってんじゃね?


「なあはやて、今何時だ?」

「今か? えーっと……今は11時ちょっと前って、あれ?」


 はやては枕もとの目覚まし時計を見て、不思議そうに首をかしげた。
 まさか、11時ってのは夜の11時なのか?
 だとすると、この妙に外が明るい現象は何らかの理由があるってことになる。
 空の色が夜でも明るい現象と言えば、高緯度地方で見られる白夜と――


「あ、わかった! ここ結界の中や!」


 ――それぐらいだろう。


「ってことは、まだ結界は解除されてないってことか」

「いや、結界はあの後しばらくして解除されたはずや。 せやから、この結界は多分誰かが新しく張りなおしたんとちゃうかな? うーん……この感じやと、魔法をつかっとるのはなのはちゃんとフェイトちゃんで、使ってる魔法は儀式魔法ってとこやね」

「おお、すげえ」


 そんなことまでわかんのか。
 やっぱ天然物の魔導師には敵わないな。


「あれ? せやけど、この魔法って確か――あかん!」


 そんな風に感心していると、はやては突然大声を発し、ベッド脇に置いてあった車いすに乗りこもうとした。


「待て待て。 唐突過ぎてついて行けないんだけど、何かやばいことでも起きてんのか?」

「やばいも何も、なのはちゃんらが今つかっとる魔法って、闇の書を消去する魔法なんや!」

「うえぇっ!?」


 この時、俺の脳裏を管制人格の泣きそうな表情がよぎった。
 まさか、あの時既に彼女はこのことを予感していたのではないだろうか?
 考えすぎかもしれないが、あの時彼女は助かる者の中に自分を含めていなかったような気がする。


「せやから、わたしはそれを止めに行く! 止めなあかん!」

「はい、ストップストップ」


 切羽詰まった表情で部屋を出て行こうとしたはやてを、俺は車いすの取っ手を掴むことで止めた。


「ちょっ! 何すんねん! 手をはな――」

「何処だ?」

「え?」

「なのは達が今居る場所、魔法を使ってる場所は?」

「展望公園ってわかるか? 山の中ほどにある」

「ああ、あそこか」


 はやてが答えたその場所は、なのはがよく魔法の早朝訓練をしに行くところだった。
 俺も何度か冷やかしに行った事がある。
 あそこへの道筋を思い起こしてみたが、山の中腹にあることもあり、徒歩5分圏内に人が住んでいる家は存在しない。
 つまり、はやての家からそこまでは最低でもそれだけの距離があるということだ。
 しかもそこへ行く為には、いくつかの急な坂を登らなければいけない。
 それなのに、はやてはこのまま車いすで行こうとしている。
 ……それだけ闇の書、いや、家族のことが大切だってことか。


「サニー君?」

「いや、何でもない。 とりあえずこういう移動は俺に任せとけ」

「あ――」

「俺は転移魔法なら少しだけ得意なんだ」


 そうして、俺達は光に包まれ、展望台のある山の上の公園へと転移した。






 展望台の入り口についた俺は、直ぐに後悔する羽目になった。


「失敗した。 せめて靴は履いてくるべきだったぜ」


 室内用のスリッパに溶けた雪が染み込み、足がめちゃめちゃ冷たくて痛い。


「そんなん良いから、早く!」

「あいよ、お姫様」


 一旦家に帰って靴を履きかえようかとも思ったが、必死な様子のはやてを見ているとそんなことで時間を取らせるのも悪いと思えてくる。
 そう気を取り直した俺は、足の冷たさを我慢してはやての指示通りに車いすを押すことにした。

 それから数分も立たないうちに、俺たちは街を一望できる広場にたどり着いた。
 そこにはなのはとフェイト、守護騎士のみんな、そして闇の書の管制人格が居た。


「あかんっ! なのはちゃん、フェイトちゃん、その儀式止めてぇっ!」

「はやて!」

「はやてちゃん!?」

「動くなっ!」


 はやてに向かって駆けだそうとしたヴィータと、驚きのあまり手を止めようとしたなのはを、夜天の書の管制人格が鋭い一声で止めた。


「動かないでくれ。 お前たちが動くと、儀式が止まる」

「でも……」


 なのはとフェイトは管制人格を挟むような形で立っており、二人の足元には大きな三角形の魔法陣が展開されている。
 それらの魔法陣は管制人格の足元の一際大きな魔法陣と繋がっており、この魔法が中心に居るプログラム体を消去するものだとすれば、少し離れた場所に立っている守護騎士たちは消えないだろうことが推測できた。


「魔導書の破壊なんてせんでええ! わたしがちゃんと抑える! 大丈夫や! こんなんせんでええ!」


 はやては俺の元から離れ、自分で車いすを動かして管制人格の元へ向かおうとした。


「あっ――!?」


 しかし、はやては彼女の元へたどり着く前に、白く染められた地面へと投げ出されてしまった。
 雪に覆われて見えなくなっていた小石に、車いすの片輪が引っ掛かったのだ。


「主!」


 それを見た管制人格は、思わずといった風にはやての元へ駆け寄った。


「お怪我は有りませんか?」

「捕まえた」

「え?」

「やっと捕まえた」


 はやてはこのチャンスを生かし、管制人格を捕まえることに成功した。
 すでに覚悟を決めているであろう彼女を引き留めるには、ここが正念場である。


「なんで主のゆうことをちゃんと聞かんのや。 ゆうこと聞かん子は嫌いになるよ?」

「主はやて……。 申し訳ありません」

「謝罪とかそんなんええねん。 なんでこんなことするんや?」


 すまなそうにそう言った管制人格に対し、はやては精一杯怒っている風に詰め寄った。


「私が消えないと、いずれまた防衛プログラムが復活し、今度こそ主はやてを殺してしまうからです」

「それは絶対なんか?」

「……はい」

「それはわたしの切り離しが甘かったせいか?」

「いいえ、そうではありません。 私と防御プログラムは根本が同じものから出来ています。 ですから、分離するということは元々不可能だったのです。 それに、歪められた基礎構造はそのままですから……」

「せやけど、まだ他に、なにか良い方法があるかもしれへん。 絶対わたしが見つけてみせる。 せやから、もうちょっとだけ、あと少しでいいから、待ってくれへんか?」

「主……」


 そのどうしようもない理由を聞いても、はやては諦めきれず、必死になって言葉を紡いだ。
 そしてはやてに感化されたのか、フェイト達もこの儀式を中止するよう懇願し始めた。


「ねえ、やっぱりもう一度考えなおそう?」

「だって、こんなので終わりだなんて、そんなの何だか悲し過ぎるよ……」

「……すまない。 だが、お前たちにもいずれわかる。 海より深く愛し、その幸福を守りたいと思える者と出会えたなら」


 しかし、それらの言葉も彼女の決意を変えるには至らず、魔導書の管制人格は目を閉じたまま首をふった。
 彼女ははやての縋りつくような視線から逃げるように立ち上がり、小さな結晶達がひらひらと舞い降りる空を眺めた。

 展望台からは海鳴の街が一望できる。
 優しく降る雪と、白く染められた街の景色はどこか幻想的で。
 それを遠い目で見つめる彼女は、まるで雪の化身のように儚く見えた。


「そんなに悲しい顔をしないでください、我が主。 私は消えますが、騎士達はここに残ります。 きっと貴女のこれからを支えてくれるでしょう」

「せやけど――」

「あまり泣きごとばかり言っていると、ご友人に笑われてしまいますよ?」


 管制人格は改めてはやてに向きなおり、優しくほほ笑んだ。


「……これからな」

「はい」

「これからやっと、みんな幸せになれる、幸せにしてあげられる、そう思ってたんや……」

「お気持ちだけ、頂いていきます」

「そうか……」


 この別れがもう避け得ないものだと理解してしまったのか、はやてはその潤んだ瞳を一度拭うと、開き直ったかのような笑顔で声を発した。


「そうや、ええこと思いついた!」

「主?」

「今日はクリスマスって記念日なんやけど、夜天の書はクリスマスって知っとるか?」

「はい、一応は。 ですが余り詳しくは知りません」


 そういや、管制人格って守護騎士達と感覚を共有してるんだっけ。
 なら少しぐらい知っててもおかしくはないのか。


「クリスマスにはな、大切な人の為にプレゼントを贈る習慣がある」

「プレゼント、ですか?」

「そう、プレゼント。 せやから、わたしからのプレゼント、受け取ってくれるか?」

「……ありがたい申し出なのですが、たとえそれを受け取っても、私には返せるものが――」

「リインフォース」

「え?」


 突然聞き覚えのない単語が出てきたことに驚いたのか、管制人格は目を丸くして自分の主に聞き返した。


「祝福の風、リインフォース。 それが貴女の名前。 私からのプレゼントや」

「あっ……」


 それが自分への贈り物だと気付いた彼女の目から、透明な雫がひとつ、またひとつとこぼれはじめた。


「ごめんな? これだけしか遺してやれへんくて」

「いいえ。 充分過ぎるほどです。 私も何か、遺してさしあげられれば良かったのですが……」


 リインフォースは、はやての目線に合わせるように片膝をつき、そっとはやての頬に手を伸ばした。
 はやてもまた、彼女の存在を確かめるかのように、そっとその手に触れた。


「それやったら1つ、お願いがあるんよ」

「何でも言って下さい。 私にできることなら、なんだって叶えて見せましょう」

「抱っこや」

「え……?」

「抱っこ、してくれるか? 前にゆうたかもしれへんけど、これはわたしの騎士になるには絶対に必要なことや」

「……はい。 では、失礼します」


 そう言って彼女は、壊れ物を扱うように、そっと自分の主を抱き上げた。
 そしてはやては、とても嬉しそうに彼女の顔を見つめた。


「うん、やっぱり。 深い赤で、綺麗な目や」

「……ありがとうございます」

「髪もさらさらで……そんで、おっぱいもおっきいなぁ」


 俺は突然リインフォースの胸を揉みしだき始めたはやてに吹きだした。
 お前は人前でなんちゅうことをしでかすんだ。


「あの、主はやて?」


 流石にどうかと思ったのだろう。
 場を代表して、シグナムさんが主の暴挙を止めに入った。


「おっと、あまりに見事なおっぱいに、つい我を忘れてもうた」

「私は烈火の将ほど恥ずかしがるつもりは有りません。 お好きにどう――」

「おい! 全然良くないだろうが!」

「あははっ!」


 そんな彼女達の漫才じみたやりとりに、しんみりしていた場の雰囲気が少し和んだ。
 もしかしたら、リインフォースはこれを狙ってボケてみたのかもしれない。
 いや、それはないか。


 それからしばらく、他愛も無い話が続いた。
 あの時はシャマルが――
 それはシグナムの頭が固いから――
 それを言うならヴィータだって――
 ザフィーラも何か言えよ――

 そんな会話が不意に途切れたとき、魔法陣が一際大きく輝いた。
 そしてそれが、別れの合図になった。


「――さて、もう時間がありませんね」


 リインフォースは、はやてを大切な宝物を扱うように、そっと車いすに座らせた。


「名残惜しいですが、これでお別れです」

「そうやね……。 でもその前に、もう一つだけ、聞いてもええ?」

「はい。 なんでしょう?」

「リインフォースは、幸せやった?」

「……はい。 私は間違いなく、この世で一番幸福な魔導書でした。 なぜなら、最後の最期に、こんなに素敵な名前と、心を頂けたのですから」


 彼女は今までの人生を思い返すように少し考えた後、満足そうにそう答えた。
 その顔はとても綺麗で、胸が詰まった。


「……そっか。 そんなら、よかった」


 そして、はやての頭や肩に積もった雪を優しく払いながら、こう続けた。


「これから私は消えて、小さく無力なかけらへと変わります。 もしよければ、私の名はその小さなかけらではなく、貴女がいずれ手にするであろう、新たな魔道の器へと送っていただけますか?」

「……うん。 了解や」

「祝福の風、リインフォース。 私の魂は、きっとその子に宿ります」

「そんなら、その子は間違いなく、優しくて強い、ええ子やろうね?」

「はい」


 そんな自分への評価を聞き、リインフォースは少し可笑しそうに笑った。
 それと同時に、彼女の身体は淡い光に包まれだした。


「リインフォース」

「はい、我が主」

「今まで、ありがとうな?」

「いいえ。 礼を言うべきは私の方です」


 彼女を包む光は徐々に強くなり、とうとうその輪郭がぼやけ出した。


「ありがとう。 そして、さようなら。 私の、心優しき、最後の主」


 僅かばかり確認できるその表情は、こんな状況だというにも関わらず、本当に幸せそうに見えた。


「どうか貴女の行く先に、祝福の風が吹きますように――」


 そして、柔らかな風と雪の降る中、数千年を生きてきたはやての家族は、光の粒となり、空へと溶けていった。
 はやての手のひらに、小さな十字架と、思いの欠片を遺して。






「――逝ってもうた」


 その後、別れの余韻が残る中、最初に声を発したのははやてだった。
 俺には家族が居ないから、今のはやての感情を心から理解することはできない。
 それでも、大切なものを失い、失意の中に有ることぐらいはわかる。


「はやて……」

「わかってる。 全部、わたしの為を思ってしたことやって」


 フェイトの呼びかけに対し、はやては上を向いたままそう応えた。


「せやけど、もっと何とかならなかったんかなぁ、って。 もっと早くに気付けてたら、きっとええ方法があったんやないかって」

「…………」

「そう思っても、おかしないやろ?」


 俺にはそれを否定する術が無かった。
 実際、もっと多くの人の協力があったなら、何とかできたのかもしれないから。


「はやて」


 だけど今は、そんな辛い現実で傷口をえぐるより――


「……なんや?」

「リインフォースさんはああ言ってたけどさ、俺はお前がどれだけ泣いても笑わない」

「サニー君……」

「胸の痛みや悲しみは、流した涙の温かさで、きっと強さに変わるから」

「だから、辛い時は泣いていいんだよ? はやてちゃん」

「みんな……。 う、うぅっ、うわぁあああああっ!」


 ――少しでも早く、はやての悲しみが癒されることを俺は望む。







 その翌日。
 俺はなのは達と共に、すずかの家のクリスマスパーティーに参加した。
 ちなみに特別ゲストとしてはやても緊急参戦。
 この時、病院からの無断脱走をやらかした上、更に次の日も外出したいとか言い出したことで、そりゃあまあこっ酷く叱られたという。 シグナムさんとシャマルさんが。
 そしてその席にて、なのは達はアリサとすずかに魔法のことを話したそうだ。
 まあでも、二人とも既に俺から簡単に事情を聞いていたため、あまり驚かなかったらしい。
 流石にはやての病気の原因が魔法だってのにはびっくりしたって話だけどな。

 なんで自分も参加してたのに伝聞形なのかって?
 俺はそこで爆睡してたからだよ。 悪かったな。
 なのは達もほとんど寝てないはずなのに、よく普通に起きてられるな。 信じらんねえ。
 あれか、睡眠不足用の魔法とかもあんのか。
 だとしたらすげえな、魔法世界。


「ほらサニー、休んでないで手を動かせ」

「ファック。 ちゃんとやってるっつーの。 憶測で物をいうなよ、この淫乱肉奴隷が。 だいたいそっちだって自分の分はもう終わってんのか?」


 今はそれからさらに二日経った27日の午前3時。
 俺とユーノは先の約束通り、クロノの書類仕事を手伝っていた。
 25日の午後6時からぶっ続けで。
 こうなるのがわかってたから俺はパーティー中爆睡してたのだ。
 策士と呼んでくれ。


「いや、まだだ。 だけどもうすぐ終わる」

「ならこっちを手伝え」

「中途半端に手を出すと余計に時間がかかる。 だから駄目だ」

「チッ、こんなんだから管理局は人手不足に悩む羽目になるんだ」

「嫌なら早く終わらせろ。 文句なら終わった後で好きなだけ聞いてやるから」

「へーい」


 連日の寝不足からつい文句が出てしまったが、クロノは本当によくやっている。
 基本この手の作業は初めての部分が多いため、俺はかなり足を引っ張っている自覚がある。
 とは言っても、流石に何の会話も無しに長時間ぶっつづけの作業はできないわけで。


『そういえばグレアム提督って結局どうなったんだ? なんか管理局を辞める、みたいな話が出てたらしいけど』

『いや、前線からは退くが、もうしばらく続けることにしたそうだ』

『それはやっぱり、はやての為か?』

『ああ。 今後彼女が管理局で働くにしろ、そうじゃないにしろ、闇の書の被害に遭った人達はやはり多い』

『で、そういった非難への盾になろうってのか。 あの人も苦労人だよなぁ』

『全くだ』


 ――と、そんな会話はちょくちょく混ざったりする。
 書類の内容と多少被ることもあって、クロノもこの程度なら文句を言わない。 余り。 ちなみにユーノは……まあ、お察しください。
 一応、既に死んだ魚のような目をしているとだけ言っておこう。
 まあ、そんな感じで作業をしているわけだが、作業も終盤に差し掛かったところでふと気になることを思い出した。


「なあクロノ」

「なんだ? 余計な話なら終わってからにしろよ?」

「まあまあ。 こっちももう終わるし、ちょっとぐらいいいだろ?」

「はぁ。 仕方のない奴だ。 それで、なにか面白い誤植でも見つけたのか?」


 寝不足による影響か、3人とも少し前から笑えるほど誤字脱字が増えてきている。
 だが実際にそんなことを言い出すと、またクロノから『気付いたなら黙って直せ!』とお叱りを受けてしまうので、今回はその話ではない。


「いや、なのは達のことなんだけどさ。 あいつ来月から武装隊預かりになんの? 嘱託辞めるってのはチラッと聞いてたけど、とうとう正式に入局しちゃうんだ?」


 3時間ほど前、クロノが作成した文章の不備をチェックしていた際、なのはやフェイトの今後の処遇について書かれた箇所があった。
 その時はクロノがリンディさんに呼び出されていたため後回しになっていたのだが、また忘れてしまう前にこれは聞いておきたいと思ったのだ。


 管理外世界、特に魔法の存在が一般的でない世界では、魔法を行使できる人間は管理局付きの魔導師となるか、魔法を捨てるか、いずれか一方の選択を迫られる。
 それだけを聞けば傲慢にも思えるが、これは本人やその世界の治安の為には当然の処置と言える。

 例えば、その世界で自分一人だけが魔法という不思議な力を使えるとする。
 その人間が欲深い者なら、当然それを悪用して自分の欲望を満たそうとするだろう。
 過去には、たった一人によって引き起こされた社会不安が、結果的に世界そのものの消滅という結末へと繋がった例もある。

 また、術者が魔法を世の為人の為に使っていたとして。
 魔力の制御方法をきちんと指導する人間もいないのに、一体どうやって魔法を学ぶのだろうか?
 師も無くその力を使い続ければ、やがて暴走して大変な事態になるのは想像に難くない。
 そもそも、そういう用途なら管理局はちゃんとサポートをするだけの寛容さはある。
 例えば一定期間の研修を終えた後、その管理外世界の監視任務という形で元通りの生活を送ることだって可能だ。

 ……まあ、それでも管理局のこの言い方は詭弁に過ぎないという者達はやはり存在する。
 だけど、管理世界番号が60を軽く超えているにも関わらず、現在存在する管理世界がたった35しかないという現状を良く考えて欲しい。
 正直な話、管理世界だけでももう限界なんだ、本当に。

 ――とは、時空管理局の某執務官様の弁。 今回もお疲れ様でした。


「ああ。 本人が希望したからな。 僕も推薦状を書かせてもらった。 将来は教導隊で魔法を教えたいそうだ」

「将来あいつの部下になるやつが可哀想だな」

「それ本人の前では絶対言うなよ。 また気絶させられても僕は知らないからな?」

「わかってるって」


 本人の前では口が裂けても言えない。
 ちなみに、先のクロノが作成した文章というのが今話題に上がった推薦状である。
 内容を簡単に要約すれば、『彼女ほど魔法が大好きで自分に厳しい奴は見たことない。マジパネーからちゃんと鍛えたらテラヤベー』といった感じ。
 それに関しては素直に同意しよう。
 魔法を覚えて即日ジュエルシードの封印に成功したのをはじめとして、状況に適応する能力や成長速度には目を見張るものがある。
 ただ、あいつは優し過ぎるからな。
 一度何かで折れたときどうなるか――いや、この評価は失礼か。
 あいつならきっと何度でも立ち上がって見せるだろう。


「結局断ったが、フェイトと一緒に本局に住み込みで働いてくれないかって話もいくつか来てたぞ。 家賃無し、使用人付きの新築物件、待遇、その他もろもろ破格の条件で」

「まあ、AAAだしな」

「AAAだからな。 管理局以外に取られるのはよほど避けたかったらしい」

「どっちも入局する気満々だってのに。 しかもフェイトのほうは執務官志望とか、超本気じゃん」


 俺はてっきり、フェイトはなのはと同じ道を進むものだとばかり思っていた。
 ところが、蓋を開けてみればびっくり。
 目指す先はお兄ちゃんと同じ道でしたとさ。
 面接の前はちゃんとトイレに行くよう今から伝えておくべきだろうか?


「ところでサニー」

「ん?」

「君は執務官になる気はないか? 僕達管理局は歓迎するぞ」

「漏らしたくないので嫌だ」

「別に執務官補佐でもいい。 今ならフェイトと一緒に研修を受けられるんだが」

「お前はいったい何を期待しているんだ」


 というか俺の発言への突込みも無しか。


「そんなの、妹の幸せに決まってるだろう? 執務官への道は非常に険しい。 だけどそこに、信頼できる補佐がいればまた話は変わってくる」

「それはお前の経験談か?」

「さて、それなら君は今後どうする予定なんだ?」

「それはともかくお前はエイミィさんともうやったのか?」

「僕の負けだ。 だからそっちに話を持ってくのは止めよう。 な?」


 休戦を持ちかけてきたクロノからは、どこか焦りのようなものが感じられた。
 これはもしかして既に――ん? なんだ?
 クロノが何やら目線で合図を送ってきている。
 ウエ、ミロ?
 俺はその指示に従って上を見た。
 そこにあったのは監視カメラだった。
 なるほど。 本人に聞かれるのが照れ臭かったわけか。
 フフフ、これはまだ童貞だな――あれ? そういや今の俺の発言も結構危なくね?
 なにやら暗い未来予想図が浮かんできたので、俺はクロノの提案に従うことにした。
 うん、今回は素直に認める。 エイミィさんは怒らせると怖い。


「よし、なら少し話を戻すか。 つまりお前は、俺にフェイトの補佐をして欲しいわけか?」

「そうだ」

「んー……、それもまあ悪くはないんだが、悪いな。 実はもう既に働きたい部署があるんだよね。 以前お前からおすすめの部署を紹介してもらっただろ? 色々と」

「ああ、そういえばそんなこともあったな。 ご希望に沿うものが見つかったのか?」

「まあね。 査察官補佐とかが良いんじゃないかって」


 情報処理系の仕事もあったのだが、そちらは給料がめちゃめちゃ安い。
 アリサの父親に協力してもらって小金は貯めているけれど、やはり安定した収入源は必要である。
 そこで危険と時給を天秤に掛け、査察官の仕事を選択することにしたのだ。


「なるほど。 あの時は魔法を使えないと思っていたから△を付けていたんだが、今となってはこれ以上ない適職だな」

「だろ?」


 査察官の仕事は主に、各部署や組織の情報を集め、対象の業務内容や成果物が局内の規定や法令に反していないかをチェックし、評価下すといったものである。
 時々は管理局法に抵触していると思われる部署、組織、一般企業、果ては管理世界などに対し、自分達で直接調査をしに行くこともあるそうだが、まあそんなのは極稀なケースだという。
 基本デスクワークで、現場には捜査官を送っておしまいって話だしね。
 あら捜しや情報を纏めたりするのは比較的得意なので、これは美味しい職と言えよう。
 それで時給は日本円にして約3,000円とか、旧帝大医学部生の家庭教師と同レベルである。 正直うますぎ。
 それなのになんで△(余りおすすめ出来ない)を付けていたのかは多少気になるが、まあ大丈夫だろう。


「でもさぁ、管理局ってバイトでも部署選択さえ間違えなければかなり給料がいいと思うんだけど、なんで人手不足になるわけ?」

「僕らの住む次元世界、特に管理世界では平均的な就業年齢が低いことは以前話したよな?」

「おう。 学校教育の密度が濃いから、社会人デビューすんのがやたらと早いんだってな」

「その中で、管理局への入局を希望する子供達はほぼ全員が魔法戦闘のある部署を選ぶ。 僕も含めてな」


 なのはやフェイトだってそういう部署なわけで。
 確かに、俺もまともな戦闘魔法を使えるならそういった部署を希望していただろう。
 だってかっこいいじゃん。 そっちの方が。
 目の前で誰かを助けられるっていうわかりやすさも嫌いじゃない。


「またそっちのほうが即戦力として使えるから、管理局も無理に止めたりはしない」

「まあ、やる気が出る部署に回した方が使えるようになるのも早いもんな」

「それもある。 だけど、これが一番の問題なんだが、やはりそういった部署では死亡事故もかなり多い」

「うわぁ……」


 人が足りない
⇒募集年齢を引き下げる
⇒若手はやっぱり経験不足で死にやすい
⇒再び募集を掛けるも、致死率が高いから人が集まらない
⇒酷使された結果、経験不足の若い者から順に死ぬ
⇒再び募集(以下略)

 こういうことか。
 なんという負の連鎖。


「ん? でもさぁ、査察官補佐なんてデスクワークが多いし、仕事を覚えてしまえば後は楽そうなのに、こっちも人手不足で悩んでるんだよな? そう書いてあったけど」

「さぁ? その辺に関しては僕も良く知らない。 自分の目で確かめてくれ」

「わかった」


 クロノは書き終えた書類の整理をしながらそう言った。
 俺と目を合わせようとしないのは何か隠しているからかもしれない。
 ……でも何事もやる前から情報に踊らされるのは良くないしな。
 とりあえずやるだけやってみよう。


「まぁ、君なら能力的には何の心配もないから、僕も安心して推薦する事が出来る。 取りあえず僕の知り合いの下につけてもらえるよう頼んでおこう」

「あざーっす」

「その言い方、なんか馬鹿にされてるようでムカツクな。 それにあくまで能力的には、だからな? そこは注意してくれ」

「ははは、こやつめ」

「痛っ!?」


 手に持っていたタッチペンをダーツのように投げ、クロノの額に直撃させた。
 今のは20のトリプルで60点だな。


「この――」

「終わったぁー!」


 クロノが床に落ちたペンをこっちに投げ返そうとしたところで、ユーノが突然立ち上がり、勝ち鬨をあげた。


「おお、お疲れさん」

「お疲れ様」

「はぁ~。 本っ当に疲れたよ」


 今ユーノが書き上げたのは、聖王教会という宗教団体からの質問への回答である。
 聖王教会とは、古代ベルカ時代の偉い王様を崇拝する者たちが立ち上げた団体で、次元世界で広く信仰されている宗教の一つだという。
 本事件の原因となった魔導書は、どうやら古代べルカ世界と深い関係があったらしい。
 ユーノは無限書庫で夜天の書を調べていたうえ、考古学者としてそこそこ名が売れていることもあり、この部分に関してはクロノ以上に適任だった。
 結果、クロノ以上に酷使される羽目になった。 お疲れ様でした。


「2人して遊んでる間も僕はずっとしこしこ、じゃなかった、まあとにかく大変だったんだ」

「疲れ勃ちって奴か」

「突っ込まないよ?」


 俺も突っ込まれたくはねえよと返しそうになったが、ユーノの表情が本当に辛そうだったので今回は流石に自重した。


「まあとりあえず終わったってことで。 今度家で天ぷらパーティーでもしようぜ?」

「別にいいけど、今は食べ物なんかよりシャワーを浴びて泥のように眠りたい気分だよ。 ふわぁ~」

「ああ、それは同感だな。 ふぁ~」


 俺も疲労がたまっていたので、ユーノのあくびがうつってしまった。


「だが、君たちのお蔭で本件に関しての大まかなところは片付いた。 続きは年明けになるから、これでようやくのんびりできるな」


 ユーノが仕上げた書類をチェックしながらクロノが言った。
 これで本当におしまいのようだ。
 そこで俺は一つ話を振ってみた。


「2人は年末年始、何か予定とかってあんの?」

「いや、特にないな。 海鳴でゆっくり休もうかとは思っているが、それぐらいだ」

「僕も同じ。 なのはが家に泊まってもいいよって言ってるし。 サニーは?」

「俺はオーストラリアっつー南の暖かい場所へ旅行に行く予定」

「一人で?」

「一人で。 良かったら一緒に来るか? 人数が増えると色々と割引が効くんだけど」


 そう冗談半分で誘ってみたのだが、なんとクロノからは色よい返事が返ってきた。


「そうだなぁ……。 折角の休みだ。 そういった遠出もたまにはいいだろう。 ユーノはどうする?」

「なのはと一緒に居たいから断るってさ」

「勝手に決めないでよ! 僕も行くよ! っていうか連れてってよ!」

「でもなのはの奴、おまえと一緒に居られるのを楽しみにしてるんじゃないのか?」

「実は、前々から海鳴以外の土地も見てみたいとは思ってたんだ。 だからなのはには悪いけど、今回はサニーの方を優先させて貰うことにするよ」


 ユーノのセリフを聞いた俺は、心の中でガッツポーズを取った。
 やっぱ男なら恋愛より友情だよね。


「……ふむ。 今軽く調べてみたんだが、このオーストラリアという国は人口の割にやたらと広いな。 現地での移動手段は何を考えているんだ?」


 クロノは空間モニターを展開し、色々な風景写真を見ながら聞いてきた。


「そりゃあもちろん転移魔ほ――」

「それは許可できないな。 管理外世界での魔法行使は基本的に禁止されている。 という訳で、ここは現地でレンタカーを借りることにしよう。 実はこの間の長期休暇で免許を取ったんだが、使う機会が無くてね。 フフフ、この写真を見る限りどれだけ飛ばしても大丈夫そうだ」


 なにやらクロノの目がおかしい
 これはあれか。 いわゆるスピード狂ってやつか。


「ってか、ミッドなら大丈夫なのかも知んないけど、地球だと俺らの年齢じゃ車の運転とかできないからな?」

「なに、そこは変身魔法を使えば大丈夫だろう」

「おいコラ、そこの糞執務官。 お前さっき自分でなんつったか思い返してみろ。 管理外世界での魔法は禁止とか言ってたじゃねえか」

「許可を得れば何も問題は無い」


 ……こいつ、初めからそのつもりだったな?
 色々ストレスがたまっていたのだろうか。
 俺は珍しくタガを外してはしゃぐクロノを見て、旅行に誘った事を少し後悔し始めた。


「そうだサニー、やはりここはスポーツカータイプにしたほうがいいよな?」

「安全運転してくれるなら何でもいいです」

「なら最低300キロは出る奴にしよう」

「おい、安全運転は何処に行った?」

「いやぁ、実に楽しみだ」

「人の話は聞けよ!」

「僕、やっぱり正月はなのはの家でゆっくりしようかなぁ……」


 俺はボソッと呟いたユーノの一言に激しく共感せざるを得なかった。
 安全祈願のお守りって海外でも有効なんだろうか? 使えるといいなぁ。



[15974] 友情編 エピローグ Lots of love
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/09/19 09:42
 年が明け、飾って置いた鏡餅の罅が強い自己主張を始める頃。
 わたし達は管理局からの事情聴取も終わり、久々に海鳴へと帰ってくる許可が下りた。


「はやてちゃん、こっちはもう準備が出来ましたよ?」

「ヴィータのほうはどないや?」

「こっちももういつでも大丈夫」

「よし。 ほんならこれで準備万端やね」

「今日は比較的暖かいようです。 外出には最適でしょう」


 この街に帰ってきたわたし達は、さっそく臨海公園へとピクニックに行く予定を立てた。
 本当は春になったらと思っていたのだけれど、正月のことを新春と呼ぶことを思えば、今はもう春……と言うのは流石に無理があるか。
 まあそんな冗談はさておき、こうしようと思った理由は、ただ何となく、みんなと一緒におでかけがしたくなったからだ。


「じゃあはやて、車いすはあたしが押してくね?」

「うん、ならお願いな」

「ではお弁当は私が。 シャマルに任せておくと、どんなうっかりが飛び出すかわかりませんので」

「それはあんまりですっ!」

「こないだ掃除っつって花瓶割ったの誰だっけ?」

「財布を入れたまま洗濯したのも記憶に新しいな」

「うっ!」


 こうして、大好きな家族と一緒にお弁当を作り、みんなそろって何処かへと出掛ける。
 どうせならもっと早く、こんなイベントを計画すればよかった。
 そうすれば、あの子にももっと楽しい思い出を残してあげられたのに。


「はやて、どうかしたの?」

「ううん。 何でもないよ。 さ、出発しよか?」

「うん!」


 でもそれは、やはり不可能だったに違いない。
 あの頃のわたしは、ささやかで、平凡で、人によっては退屈と言われてしまう、そんな日常だけで満足していたから。
 せいぜい、『もし元気になれたら、そん時にでも行けばええ』くらいにしか考えられなかっただろう。



 ――――だってわたしは、ずっとひとりぼっちやったから。


 わたしが天涯孤独になったのは、今よりもずっと幼かった頃のこと。
 足が麻痺して動かなくなったのも、丁度その頃だった。
 わたしがまだお腹の中に居ったとき、お父さんとお母さんは駆け落ち同然に家を出たらしい。
 足が不自由というだけでも厄介なのに、そんな事情もあるからだろう。
 両親の葬式の時、親戚の人達はわたしの処遇を巡って醜く揉めていたのを覚えている。


『伯父さんの家だったらあと1人くらい何とかなるでしょう?』

『いや、流石に身体障害者を抱えて生活できるほどうちは楽じゃない。 それを言うなら、お前の家だって女の子の1人ぐらい平気だろう?』

『嫌よ、そんなの。 あの人の娘なんて見たくも無い。 本当なら今日だって来たく無かったのに』

『おい、本人の居る前でそんなことを言うなって』

『平気よ。 まだ幼いもの。 どうせ私達の言ってることなんて半分も理解できてないに決まってるわ。 ね? はやてちゃん?』

『……うん』


 本当は全部わかってた。
 だけどそれを言う訳にもいかず、わたしは聞きたくもない両親の悪口を、ただ聞いていることしかできなかった。
 そんな中、救いの手を差し伸べてくれたのがグレアムおじさんだった。


『おい。 さっきから聞いていたが、一体なんなんだ君達は。 大切な両親を失ったばかりの幼い子の前で、よくそんな事が言えるもんだ』

『ん? 誰だあんたは。 こっちの事情も知らない部外者はすっ込んでろ』

『そうもいかない。 自分の都合しか考えていない者の所へ、どうしてこの子を預けることができるんだね?』

『うるさいわねぇ。 ああそうだ、だったらいっその事孤児院にでも預けるっていうのはどうかしら? それなら貴方だって納得行くんじゃない?』

『はぁ……。 話にならんな。 はやて君、といったかな?』

『あ、はい。 そうです』

『いい名前だね。 私は君のお父さんが働いていた会社の上司なんだが、もし良かったら私の所に来ないかな?』

『……え?』


 それは突然の申し出だった。
 その日初めて会った人の所へ行くのは怖い。
 けれど、大好きだったお父さんとお母さんの悪口しか言わない人の所には、もっと居たくない。
 そう思った私は、そのおじさんの手を取り、しばらくお世話になることにした。

 つい最近知ったことに、わたしのお父さんは生前時空管理局で働いていた、ということがある。
 グレアムおじさんは直接の上司では無かったけれど、地球出身で一番偉い人だった。
 そのことから、地球から来た管理局員の身に何かがあった場合の後処理を一任されていたそうだ。

 それはともかく。
 この事をきっかけに、わたしはイギリスのおじさんの家に住み始めた。
 だけどおじさんは非常に多忙で、あまり一緒に居られへんのは直ぐにわかった。
 せやから、わたしはおじさんになるべく迷惑を掛けないよう、家政婦さんから色々なことを教わり、生活に必要なことを一生懸命覚えていった。
 その中でも、特に料理に関して学べたのはいい経験やった(ブリティッシュジョーク)。

 それから、いくつかの季節が過ぎ、ほとんどの事が1人でできるようになった頃。
 わたしは自分に遺された遺産で、昔住んでいた家の改装をしてもらい、日本で1人暮らしをさせて貰おうと考えた。
 最初は『リフォームだけならまだしも、幼い子供の1人暮らしは流石に不安が残る』と突っぱねられた。
 それでも、彼の家で炊事洗濯等をきちんと出来るとを示し続け、何とかそれを認めて貰うことに成功した。

 そうこうするうち家のリフォームも終わり、いよいよわたしは日本へ戻ることとなった。
 足が不自由な私一人では、流石に荷物の運び入れや整理はできない。
 だからそれだけはおじさんにも手伝って貰うことにした。
 そして――


『こ、これは……っ!』

『ん? あ、この本か。 なんかな、わたしが生まれてしばらくしたら急に現れたんやって。 昔お母さんがそうゆうてた。 神様からの誕生日プレゼントやろーって』

『……なるほど』

『でも鎖で封をされてて中がちっともわからへん。 おじさんはこの本について何か知っとる?』

『……いや、ちょっとわからないな。 とにかく、整理を続けよう。 この本は何処へ置けばいいかな?』

『あ、じゃあそっちの棚に置いて貰ってもええですか?』

『ああ、わかったよ』


 ――おじさんは魔道書を発見し、いろんな歯車が動き出した。
 この魔導書のせいで大事な部下を失ったんや。
 その時の驚きはわたしには計り知れへん。
 せやけど、それ以来わたしと直接会う機会が急激に減ったことを思えば、この時の胸中が複雑だったことだけは確実やと思う。





「はやて、着いたよ。 ここで良いんだよね?」

「ん? そうやね。 おうとるよ」


 そうして過去を思い返しているうちに、わたし達は今日の目的地、海鳴臨海公園に着いていた。


「時期が時期ですし、やっぱり誰も居ませんね」

「いや、何かボールを蹴るような音が聞こえないか?」

「……ホンマや」


 積もった雪が音を吸収するせいでわかりにくかったけれど、耳を澄ませば確かにボールが壁にぶつかる音を聞きとれた。


「もしかして、誰かサッカーの練習でもしとるんやないか?」

「こんな寒い中で練習するなんて、よっぽどサッカーが好きなんですかね?」

「主、この匂いには覚えがある」


 ザフィーラが鼻をひくつかせながらそう言った。


「ならわたしの知ってる人かもしれへん。 ちょっと見に行ってみよか?」

「はい」


 そうして音のする方へ行ってみると、そこにはわたしに初めてできた友人の姿があった。


「あーっ! お前はっ!」

「ああ? うるせえなこの糞ビッチ。 人を指差して大声を出すな。 ご近所の迷惑になっちゃうだろうが。 ぶっ殺すぞコノヤロウ」


 サニー君はボールを地面にセットしながら、機嫌悪そうにヴィータに返事を返してきた。
 どうやら、彼はここでフリーキックの練習をしていたようである。
 ボールから30メートルほど離れた場所には雪を固めて作ったゴールがあり、その前には氷でできた人と同サイズの人形が何十と並べられていた。
 しかもいくつかは首がもげて転がっている。
 機嫌が悪いのは練習が上手くいかないせいだろうか?


「おーい! サニー君!」

「おお、はやて。 元気にしてたか?」

「ぼちぼちや」

「そりゃ良かった」


 わたしの返事を聞いたサニー君は、先程までと打って変わって、満面の笑みを見せながらこっちに近づいてきた。
 だからわたしも、彼に笑顔を返した。
 こんなちょっとしたことが楽しくなるなんて、やっぱり友達ってええなぁ。



 ――――わたしはずっとひとりぼっちやったから、病気で死んでまうこと自体は怖くないと思ってた。


 日本に帰ってきたわたしは、さっそく小学校へ通うことになった。
 しかし足が不自由であるということは、子供社会においては考えていた以上に大きな問題だった。

 わたしの前ではみんな気を使ってくれたし、色々と手助けもしてくれた。
 けれど、運動会や遠足等での特別扱いや、グループ分けの際に感じる微妙な視線はわたしを追い詰めていき。
 裏で色々と陰口を叩かれているのを知ってからは、とうとう病気を理由に学校をさぼるようになってしまった。
 ……ちなみに、一月以上学校へ行かなくなったにも関わらず、友達だと思っていた子達が誰一人連絡をくれなかったのは、なかなかにキツイ現実だった。


 サニー君達と出会ったのは、そんな精神的に参ってきつつあった頃の事。
 わたしはもともと本が好きだったこともあり、空いた時間を潰すため、図書館と家とを往復する日々を送っていた。
 朝早くから図書館に行き、昼を過ぎて学校が終わるくらいに家へ帰る。
 切欠はそんなルーチンワークの中に、一つの違和感を感じた事からだった。

 その時の時刻は昼を少し回った頃。
 どこからか子供の楽しそうな話し声が聞こえる。
 こんな時間に子供が図書館に居ることはそうそうない。
 そのことを不思議に思ったわたしは、声のする方へ少し近付き、彼らの話を聞いてみることにした。

 ここで上手く会話を合わせられれば、その楽しそうな輪の中に入れるかもしれない。
 本なら同年代の子たちの倍以上は読んでいるので話題には事欠かない。
 だから行けるはず。 大丈夫、頑張れ自分。


『騒いでしまってすいませんでした』

『え、あ、いや、そうゆう意味で見てたんとちゃうよ?』


 そんなことを考えながらガン見していたせいか、わたしは彼らに気づかれてしまった。
 しかも妙な勘違い付きで。
 だって仕方ないやん。
 ここしばらく人との会話がほとんど無かったから、そういったモノに飢えていたのだ。


『――と、まあそんなわけで最近は春キャベツが美味しいんよ』

『ほう、キャベツか。 話を聞いてると久しぶりにロールキャベツとか食いたくなってきたぜ』


 それでも、わたしはこれを切っ掛けに彼らの会話に混ざることに成功した。


『あ、そういやベジタリアンの連中ってどうやって血を補ってんの? 血作るのって動物性タンパク質が必須な気がすんだけど』

『んー、そうだね、葉緑素の基本構造は知ってる?』

『まあ簡単には。 Mgが中心に配位されたポルフィリンに、フィトールがエステル結合してるんだよな。 それがどうした?』

『じゃあヘモグロビンの構造は?』

『ヘモグロビンは、確かポリペプチドとヘムからなるサブユニットが4つ……なるほど、ヘムはポルフィリン誘導体だから、クロロフィルのMgがFeに置換されただけって考えられるのか』

『うん。 だから鉄分さえちゃんと補給できれば、植物だけを食べていてもそうそう貧血にはならないんじゃないかな』

『へ、へーえ……』


 ……まあ、会話の内容はほとんど理解できなかったけれど。
 それでも、わたしは久しぶりの会話に心が満たされていくのを感じていた。

 だけどそんな楽しい時間も、いつかは終わってしまう。
 一度別れたら、彼らとはもう二度と会えない。
 折角仲良くなったのだから、またいつか話がしたい。
 でも、彼らもそう思ってくれているかはわからない。

 そんな友達が居ない者特有の悩みを抱えたまま、図書館はとうとう閉館時刻になってしまった。


『あー……、なんや、こうゆうときなんて言えばええんやったろ? あはは、ようわからへん』


 そして、いっぱいいっぱいで上手く別れを切り出せずに居たわたしに、サニー君がこんなことを言い出した。


『……なあ、『さよなら』と『またね』だったら、『またね』の方があったかい感じがしないか?』

『え?』

『確かにそんな気はするね。 けどそれって当たり前じゃない? 再会が約束されてるのは後者の方だけだし。 はやてはどう思う?』

『あ、うん。 そうやね。 わたしもそう思うよ』

『だったら、今日のところは『またね』でいいんじゃね?』


 照れ臭そうにそう提案してきたサニー君の顔は、リンゴのように赤く染まっていた。
 そこから、人付き合いに不慣れで、どこか必死なのが伝わってきて。
 ああ、わたしと似た人がちゃんと居ったんや。
 そう思うと、わたしは急に元気が湧いてきた。

 その翌日、再びサニー君と出会ったわたしは、互いに名前を交換した。
 結構印象に残るような会話ややり取りもしたと思う。

 それやのに、次会ったとき普通に名前忘れとるとかどうなんや。
 ありえへんやろ。
 ほんまにショックやったわ。





「――あれ? そういえばサニー君、なんか黒くなってない? 日焼けした?」

「まあな。 ちょっと前までオーストラリアに行ってたんだ」

「なるほど。 南半球は今夏真っ盛りやもんね」


 そういえばクリスマスイブの病室でそんなことを言っていた気がする。


「で、お土産は?」

「ったく、厚かましい奴め。 えーっと……じゃあほら、これでもやるよ」


 冗談半分で言った言葉に、サニー君は手のひらサイズの何かを転送魔法で呼び出し、わたしに放り投げてきた。


「っとと、なんやこれ?」


 何とかキャッチして観察してみたけれど、それはただの小汚い石にしか見えなかった。


「うむ。 そいつは西オーストラリアのノースポールという場所にあった、世界最古の生物化石が中に入っている――」

「おおっ!」

「――という嘘に世界中が騙された岩石だ」

「ってそれただのゴミやんか!」


 わたしはその石を遠くへと放り投げつつ突っ込みを入れた。
 世界最古という言葉に一瞬すごいとか思った自分が馬鹿みたいだ。
 やっぱり物の価値は他人ではなく、自分でちゃんと決めなあかんな。


「というか、オーストラリアなんにノースポール(北極)って明らかにおかしいやろ」

「おお、良いところに気が付いたな。 ノースポールはオーストラリアでも年間平均気温や湿度が異常に高い事で有名な土地なんだ」

「つまりそれを皮肉って付けられた名前やと」

「その通り。 ちなみにそこ、地元の人間でもこの時期は近付かない程気温がおかしいから。 俺らが行った時も気温は50℃越えてたし」

「俺ら? 一人で行ったんやないんか?」

「いや、今回の旅行はクロノとユーノも一緒だったんだ」

「ふーん」


 あー、それでなのはちゃんが怒っとったんか。
 今年のお正月はユーノ君と一緒に家でゲームでもしようと思ってたらしいからなぁ。
 新しい対戦ゲームを買って貰ったとか言うてたし。


「しかもよりによって借りたレンタカーがそこで故障しやがってさぁ。 99%クロノの荒い運転が原因なんだけど、あん時は本当に死ぬかと思ったぜ」

「あははっ、それはまた災難やったね?」

「ま、それでも楽しかったけどな」


 そう言ってサニーは楽しそうに笑った。
 男の子同士の友情ってなんかええなぁ。
 なんかこう、『爽やか!』って感じで。


「ところで、お前らは今日何しに来たんだ? こんな寒い中」

「それはな――」

「おいサニー!」


 わたしのしようとした説明は、妙に満足げな表情をしたヴィータに遮られてしまった。
 サニー君のことあんなに嫌ってたのに、なんか心境の変化でもあったんやろうか?


「今日はお前の得意なサッカーで勝負してやるよ」

「あん? なんか偉そうにしてっけど、そもそもお前俺に勝った事なん、て……って、おお、おぉおおお!?」


 振り向いてヴィータに挑発的なセリフを吐こうとしたサニー君は、何かに驚き大きな声をあげた。
 わたしも視線の先を追ってみると、そこにさっきまで有ったはずの氷像が消えていた。
 いや、正確には全て粉々に砕かれ、脇の方に纏めて捨てられていた。
 ヴィータの機嫌が良いのはこのせいか。
 ゲートボールの約束をすっぽかされたときとか荒れに荒れとったからなぁ。


「おまっ、なんてことしやがる!」

「だって邪魔じゃん、こいつら。 片づける手間省いてやったんだからむしろ感謝しろって」

「ざけんなよ? この糞赤毛。 また泣かしてやろうか?」

「はぁ? 前だって別に泣いてねえし。 やれるもんならやってみろよ」

「よく言った。 その口、二度と開けなくしてやる」

「へっ。 そのセリフ、そっくりそのまま返してやるよ」


 2人はそんな風に言い合いをしながら、わたしの元から離れていった。


「ふふっ。 2人とも元気ですね」

「あっ、シグナム。 そっちの準備はもう終わったんか?」

「はい」


 そして、彼らと入れ替わるような形でシグナム達がやってきた。
 会話のきりが良い所まで待っていたようだ。
 別に一緒に混ざっても良いと思うんやけど。
 そこら辺、妙に律儀やねんから、みんな。


「しかし、こうして見ているとまるで兄妹のようだな」

「おー、ホンマや」


 憎まれ口を叩きながらボールを追う二人を見て、わたしはザフィーラに同意の言葉を口にした。
 わたしには兄弟とか居らへんかったけど、もし居たならああなってたんかなぁ?
 いやいや、今のままでも十分贅沢やな。


「はい、はやてちゃん。 暖かいお茶ですよ」

「ん、ありがとー」


 わたしはシャマルからお茶を受け取りながら、今ここにある幸運に感謝した。
 こうして、守護騎士のみんなが思い思いに過ごし、穏やかな日々を送る。
 それは、わたしがあの日からずっと、望んでいたことやから。


 ――――守護騎士の皆と出会って。


『ひぃ!? なんか本から人が出てきた!?』

『我ら闇の書の守護騎士』

『主の為の矛であり』

『御身を守る盾である』

『どうぞご指示を、我らが主』

『……え? あ、じゃあ、とりあえず自己紹介でも――』



 ――――守りたい日々ができて。


『はやてはやてっ! このアイスクリームって奴ギガうまだなっ!』

『ふふっ、気に入って貰えたならなによりや』

『もう一個食べてもいい!?』

『おいヴィータ。 少しぐらい遠慮しろ。 意地汚いぞ』

『それに冷たいものばかりだとお腹を壊しますよ?』

『シグナムもシャマルもケチくせーこと言うなって。 なー、ザフィーラ?』

『……好きなものばかり食べていても成長せんぞ』

『んなぁ!? ちくしょうっ! お前らなんてみんな嫌いだっ!』

『あーほら、ヴィータ、あと一個やったら食べてええから、泣かない泣かない』



 ――――幸せにしてあげたい子達ができた。


『お? ザフィーラ。 なんやこんなところに居ったんか。 今日は人間形態での特訓か?』

『はい。 常に万全の状態にしておかなければ、いざというとき主を護ることができないので』

『そんな機会無いと思うんやけどなぁ。 ま、ええわ。 ほんなら、わたしもここで見ててええか?』

『……あまり面白いとは思えませんが』

『闇の書なら良くてわたしは駄目なんか? ふーん、二人はそういう関係かぁ。 なるほどな~』

『……どうぞご随意に』



 ――――だから、そのためにもわたしは生きてよう、笑顔でいよう、強くいよう。 そう思った。
 それなのに――――


『――つまり、主には闇の書の完成後、私との契約を破棄して欲しいのです』

『……え?』


 ――――どうして、こうなってしまったのだろうか?


『ちょ、ちょい待ちって! なんでそんなことになるんや!?』

『ですから、そうしないと私はやがて主を浸食し、命をも奪ってしまう――』

『そんなんどうでもええ! なんで闇の書や守護騎士のみんなが犠牲にならなあかんのや! そんなんおかしいやないか!』


 ――――どうして、上手くいかないのだろうか?


『いいえ、皆ではありません。 主の傍にはヴィータが残ります』

『だからはやてちゃん、あなたは1人になるわけじゃないの』

『1人とか、そう言うことやない! そんなんしたら、わたしの代わりに他の皆が消えてまうやんか!』


 ――――どうして、わたしはまた大好きな家族を失わなければならないのだろうか?


『気にしないで、はやてちゃん』

『我らは守護騎士。 主を護れることこそが最上の幸せ』

『貴女を守れるのなら、我らに悔いなど有りません』

『ですから、どうか聞きわけを。 我が主』

『待って! 嫌や! そんなん嫌やっ! なんでやぁああああっ!』


 結局、守護騎士の皆はヴィータ1人を残して消え、闇の書は完成してしまった。


 わたしの言いつけを破って蒐集していたのは仕方ない。
 なのはちゃん達を傷つけたのは申し訳なかったと思う。

 それでも、わたしの事を思うのなら、一緒に消えさせて欲しかった。
 この時は本当にそう思っていた。

 だからわたしは、みんなからの提案を蹴り、闇の書の暴走開始まで粘ろうとした。
 でも、なのはちゃん達はわたしが闇の書と共に消滅することを良しとしなかった。
 こうして始まった戦闘の末、わたしは一人残されるはずだったヴィータも書に取り込み、あとは書の中で消えるのを待つのみとなった。


「はやて……」

「なんも心配ないよ、ヴィータ。 これでみんな、ずーっと一緒に居られるようになった」

「でも――」

「ねえ、ヴィータ。 ヴィータはわたしの事が嫌いか?」

「ううん。 大好きだよ」


 ヴィータは首を振りながらそう言った。
 けれどその瞳は、本当に言いたいことは他にあるとでも言いたそうだった。
 だから、わたしはその言葉を遮るために言葉を紡いだ。


「ほんなら、これでええやん。 わたしはヴィータのことも大好きやけど、他の守護騎士のみんなも同じぐらい大好きなんや。 せやから、この先ヴィータと二人きりになってまうんは耐えられそうにない。 ……ごめんな?」

「謝んなくていいよ。 そもそも、あたしだってこの作戦には反対だったし。 あの時だってあたしを置いて皆で……あれ?」

「ん? どうした、ヴィータ?」

「なんだろ。 今何か思いだしそうな――つぅっ!?」

「ヴィータ!?」


 ヴィータは突然頭を押さえてその場にうずくまった。
 わたしは心配してヴィータに近づき、その額に触れた。
 その瞬間、わたしの頭の中に何かの映像が浮かんできた。


『パパ、おかえり!』

『ははっ、ただいま』


 それは、小さな女の子が仕事帰りの父親に抱き着き、父親はそれを嬉しそうに抱き上げる。
 そんな海外ホームドラマにありそうなワンシーンだった。


『ヴィータはいい子にしてたか?』

『うん! ちゃんといい子にしてたよ!』

『そうかそうか。 なら明日はご褒美に、どこか遊びにでも行くか?』

『ホント!? 行く! 絶対行く!』

『こらこら、腕の中で暴れるなって。 うっかり落とすところだったじゃないか』

『ごめんなさーいっ!』

『ははは、笑顔で元気よく言ったら『ごめんなさい』にならないぞー』


 やがて子供を抱えた父親は、我が子を軽く窘めつつ家の中へと入っていった。


「これって、もしかして――」

「――はい。 これは私の中に残されている、紅の鉄騎の記録です」


 独り言のつもりで呟いた言葉に、銀色の髪をした女性から返事が返ってきた。
 そして、彼女の印象的な赤い目を正面から捉えたとき、わたしはすべてを思い出した。

 ここは闇の書の最深部。
 記録の墓場。
 わたしは以前、ここに来たことがある。
 彼女とここで、話をしたことがある。


「ヴィータという言葉には、古代ベルカ語で『命、生命』という意味があります。 彼女の母親は紅の鉄騎を産んですぐ、その名前を送り、亡くなったそうです」

「え? ってことは……」


 守護騎士はみんな、もともと人間だった?
 魔導書の完成人格は、今わたしが思い当ったことが正しいという風に頷いた。


「当時の主は、人造魔導師として生まれ、失敗作と判断された男性でした」

「失敗作て、なんやそれ」


 前に見せられた記録映像から、その頃の戦争がどれだけ悲惨だったかは知らされている。
 だけど、どのように産み出されたとしても、その命の価値に差があるなんて思いたくはなかった。


「主のお気持ちもわかります。 ですが、当時はそれが当たり前でした。 それに、失敗作とされたこと自体は、彼にとって幸運なことだったとも言えます。 彼は他の人造魔導師のように、幼いころから戦争に駆り出されることがありませんでした。 だからこそ、普通に恋をして、子供まで授かることができたのです」

「……そっか」


 ヴィータは今も記憶の洪水に翻弄されている。
 その記憶はわたしの中にも流れ込んできていた。
 確かに、管制人格の言うとおり、彼の表情はいつも笑顔で、幸せそうだった。


 記憶の中の時は進み、ヴィータが6歳ぐらいになった頃、事態は大きく動き出した。
 父親は失敗作とされたものの、人造魔導師として膨大な魔力を持っていた。
 その資質は娘であるヴィータにも引き継がれ、やがてリンカーコアの急激な成長という形で牙を向いた。
 リンカーコアは体の成長に伴って少しずつ成熟していく器官だ。
 それゆえ、あまりに急激な成長は身体にとって毒にしかならない。
 こうした自分の娘の危機に、彼は父親としてある決断をした。
 それは、未完成の夜天の魔導書を完成させ、ヴィータを守護騎士プログラムとして取り込むというものだった。


「――彼はデバイスマスターだったため、私の転生後直ぐにこの魔導書の恐ろしさに気付き、封印を施していました。 しかし娘の危機に対し、解決する手段はたった一つしか思いつかなかったそうです」


 魔導書を完成させるためには、リンカーコアを蒐集しなければならない。
 そのために一番早い方法は、戦場へ出て、敵兵士から直接奪うこと。
 当時の諸王同士の争いは激化の一途を辿っていたため、戦場には事欠かなかった。
 この時のマスターは本来前線に出るような人間ではなかったが、本人が戦わずとも戦闘は守護騎士が担当してくれる。
 こうして魔導書はあっという間に完成し、ヴィータは守護騎士となった。

 プログラム体となったヴィータは、体調面の問題が無くなったことで、他の騎士達と一緒に父を護れるよう修行を始めた。
 ヴィータは守護騎士の皆によく懐き、特に魔導書の管制プログラムであったリインフォースの事は、まるで母親の様に慕っていたという。


「――しかし、事態はいい方向ばかりには進みませんでした。 夜天の魔導書という力が知れ渡ったことで、主は戦場という檻から逃げられなくなったのです。 そして、国対国の構図が国対個になり、それでもなお奮戦したことが、最悪の事態を引き起こしました」


 本当に強いベルカの騎士は、たった一人で国を相手に戦える。
 そのことは敵国に強い危機感をもたらした。
 彼らはたった数人で千を超える軍の侵攻を抑え切ったが、伝承によると彼らの主はそれ以上の力を秘めているらしい。
 ならば、彼らを殺すには戦略兵器でも足りないのではないか?
 そう判断した敵国は、とうとうアルカンシェルの原型ともなった決戦兵器を持ち出してきた。

 このことを知った主は、リインフォースに後のことを託し、ヴィータ以外の守護騎士と共にその兵器の破壊に向かった。
 そして――


『ヴィータ……。 主から、これを預かってきた』

『これって、パパのアイゼン、だよね? ……ねえ、夜天の書。 パパはどうしたの? それに、シグナム達の反応も急に消えたんだ』

『……主は、ヴィータの父上は、この国の礎となられた』

『え?』

『シグナムも、シャマルも、ザフィーラも、みな最善を尽くしたのだが……』

『……は、ははっ、なんだよ、それ。 夜天の書の守護騎士は最強じゃなかったのかよ』

『ヴィータ――』

『その名前であたしを呼ぶなっ!』

『っ――!』

『なんであたしも連れて行ってくれなかったんだよ! そうすればあたしが、あたしがパパを護ってやれたのに!』


 ヴィータは待機状態のデバイスを引ったくり、リインフォースを突き放すように飛び去っていった。
 残されたリインフォースはただその場に立ち尽くし、次の転生が始まるのを待つことしかできなかった。


「……私はな、紅の鉄騎」


 全てを思い出し茫然としていたヴィータに、リインフォースが恐る恐るといった様子で話しかけた。


「あの日からずっと、お前に謝りたかった。 あの時お前に、主の危機を知らせず置いて行ったのは、やはり間違っていたと」

「……いいよ、別に。 お前が悪いんじゃないし」

「だが――」

「あたしがいいっつってんだから、それでいいじゃんか。 むしろあたしの方こそ謝らなきゃなんねえっつの」

「……ありがとう、ヴィータ」


 リインフォースのその礼に、ヴィータは照れ臭そうにそっぽを向いた。

 以前見させてもらった守護騎士たちの断片的な記録は、どれもみな悲しいものだった。
 ヴィータの記憶も、それに勝るとも劣らないはずだ。


「っと、余計なことに時間を掛け過ぎた。 ねえ、はやて」

「え? あ、なんや?」


 だけどヴィータは、そんな過去なんてどうでもいいとでも言う風に、わたしに話しかけてきた。


「あたしはさ、はやてが本当にあたし達と一緒に行きたいっていうなら、それでも良いと思うんだ」

「そんなん、ほんまに決まってるやん」

「じゃあさ、だったらどうして、なのは達を結界の中に閉じ込めたりしたの?」

「それは……」

「他人を巻き込みたくないなら、外部からの侵入を完全に遮断する結界だってあったよね?」

「…………」


 確かに、魔導書の中にはそういった魔法が登録されていた。
 ならばなぜ、わたしは相手を結界内に封じ込めるタイプの魔法を使ったのだろうか?


「あたしの推測だけどさ、はやての本当の気持ちは、友達と一緒に居たいっていう、そういう思いなんじゃないの?」

「あ……」


 ヴィータの言葉で、わたしはようやく自分の本心に気付いた。
 わたしは家族を誰一人失いたくないだけだと思っていたけれど、心の奥では友達のことも失いたくないと思っていたのだ。
 なんて強欲なんだろう。
 なんて自分勝手なんだろう。
 そして、そんなわたしを心配してくれた人を、わたしは何度も傷つけた。
 このままだと、わたしは死んでも死にきれない。


「ありがとう、ヴィータ。 わたしは絶対、あと一度でええから元の世界に戻らなあかん。 なのはちゃん達に謝らなあかん! 二人とも、なんとかできひんか!?」

「そういえばサニーが言ってたんだけど、今ならはやての管理者権限を使って暴走部分だけ切り離したりってできないの?」

「……はい。 大丈夫です。 しかもその方法なら、他の守護騎士の皆もこの世界に残ることができます」

「ホンマか!? よし! それなら早速実行や――」


 その後は、まあちょっとした大きなトラブルはあったけど、わたしはこれで全てが上手くいくと信じて疑わなかった。
 だけどこの時、既にリインフォースは気付いていたのだ。
 防衛プログラムと彼女はカードの裏表と同じで、完全に切り離すことはできないということに。


 結局、わたしはリインフォースを犠牲とせずに、他の守護騎士の皆を救うことは叶わなかった。
 彼女は他の騎士達の方がよっぽど不幸だったと言っていた。
 しかし本当に幸かったのは、そんな不幸を見続けてきた彼女の方だったのではないだろうか。
 みんなが忘れても、一人だけそれを忘れることもできず、ずっと抱え続けて。
 心の傷は身体と同じで、深いほど後まで残るものだ。
 ならば彼女の傷は、いったいどれほど痛かったのだろうか?

 最期になってしまったけれど、そんな彼女に名前だけでも、たった一つの想い出だけでも、贈ってあげられて良かった。
 心からそう思う。








 お昼もまわり、ちょうどいい時間になったところでわたし達はお弁当を食べることにした。
 用意してきたお弁当は皆バラバラで、それぞれの好きなものを詰めた自信作である。
 ただしサニー君の分はない。 当たり前やけど。


「んだよサニー、おめーにやるおかずはねーぞ。 ほら、とっとと帰れ」

「あ? 別に要らねえし」

「そう言いながら視線がヴィータの弁当に釘付けなのはどうしてだ?」


 ヴィータの小さなお弁当箱には、ミートボールやスパゲティといった子供の好きそうなものが多く詰められている。
 慌てて口元を拭ったのは、それがサニー君の好物と被っていたからか、はたまた単純にお弁当が美味しそうだったからか。
 ふふふ、後者ならわたしの勝ちやな。


「いやいやシグナムさん、これは違うんっすよ。 ただちょっと一月の寒空の下、半袖ではしゃいでる馬鹿の好物が気になっただけでして」

「うっせー馬鹿。 はしゃいでねーし。 それと良いんだよ、あたしはこれで」

「あーそれな、わたしも長袖の服の方が寒ないからええってゆうたんやけど」

「でも、この服ははやてがアタシの為に初めて選んでくれたものだし――」

「あ、もしもし? 児童相談所ですか? 近所に酷い虐待に遭ってる幼児が――」

「ちょっ!? ホンマに携帯掛けとるし!?」


 わたしは慌てて電話を取り上げ、電源ボタンを長押しした。
 なんてことをしでかすんや、この男はホンマに。


「っつか誰が幼児だ! ぶっ潰すぞこの下痢男!」

「んだとコラ? やれるもんならやってみろや! ケツに奥歯突っ込んで手ぇガタガタ言わせんぞコノヤロウ!」

「ストーップ! ヴィータもサニー君も、二人とも落ちついて! ね?」


 とうとう取っ組み合いを始めた二人に、シャマルの声は届かず。


「上等だ! 掛かってこいよこのガキ! あとそのセリフは奥歯と手が逆だ、バーカッ! ケツに奥歯とかお前は変態か!」

「ファックッ! んーな細けえ挙げ足とって喜んでるからガキだっつーんだよこのビッチ!」

「この馬鹿共! 食事中だぞ!」

「いたっ!?」

「ぐぇ!?」


 結局、ヒートアップした二人を止めたのはシグナムの鉄拳だった。
 そしてそのまま説教タイムに突入。
 痛そうに頭を押さえる二人を、シグナムはねちねちと諭し始めた。


「大体だなぁ、お前たちは仲が悪すぎる。 さっきのサッカーだってそうだ。 どうしてボールじゃなく相手の足を蹴りに行くんだ?」

「「コイツの面がムカついたから」」

「なぜそこで息が合う」

「本当は仲がいいんじゃないですか? あ、このお漬物美味しい」

「「そんなわけねーし!」」

「ほら、息ぴったりやん。 あ、それいつものとこやなくてデパートの地下で買ってきたやつなんよ」

「ねえねえはやて、そんなことよりあたしとコイツが犬猿の仲だって証言してよ」


 既にどうでもよくなって遠目から見学していたわたしに、ヴィータが割と本気でそんなことを言ってきた。
 そしてそれをまたシグナムに注意され――


「その証言に何の意味がある!」

「痛ってえ!? って、ああっ!? 大事に取っておいたあたしのミートボールが!?」

「Nice two meat you. (良い二つの肉、あなた)」

「あっ、おいっ! ちょっと待て! 逃げるな!」


 ――その隙にサニー君が転移魔法で逃げ出した。
 ヴィータのお弁当に、大きな災害と、謎の挨拶とを残して。

 流石のシグナムもこれには呆れ、残っていたお弁当を黙々と片づけ始めた。


「くっそー……。 あいつ、次に会った時は絶対泣かしてやる」


 ヴィータは少し目減りした弁当を食べながら、涙目でそう零した。


「良かったじゃないか。 いい遊び相手が出来て」

「うっせー乳お化け。 誰も遊んで欲しいなんて言ってねえっつの」

「貴様! よくも人の気にしていることを……!」


 はー、今日も平和やなぁ。


「落ち着いて、シグナム! 確かに貴女の胸は大き過ぎる気もするけど、形はいいじゃない!」

「お前までヴィータと一緒になってどうする。 胸なんて垂れなければ問題無いだろう」

「おいお前ら、人の胸を何だと思ってるのかちょっと言ってみろ」

「肉まん」「風船」「脂肪の固まり」

「全員そこに並べ! その歪んだ視力を矯正してやる!」

「うわー、おっぱい魔人が怒ったぞー! みんな逃げろー!」

「キャー!」

「何故だ!? 私は関係ないだろうが!」

「お前が一番酷かったわ!」


 わたしはそんな家族達の楽しそうな声をBGMに、なんとなく空を眺めた。

 今日の空は分厚い雲に覆われて灰色や。
 せやけど、こんな空もいつかは晴れる。
 明けない夜は無いし、止まない雨も無い。

 楽しいなぁ。
 ずっとこんな日が続くとええんに。


『そうですね、マイスターはやて』

「えっ――?」


 不意にそんな声が聞こえた気がして、わたしは慌てて後ろを振り返った。


「主はやて、どうかしましたか?」

「はやて、大丈夫?」

「何か悲しいことでもあったんですか?」

「我らにできることは無いか?」


 だけどそこに、あの子は居なかった。
 そっかぁ。
 やっぱり空耳やったかぁ。


「ううん、大丈夫。 なんでもないよ」

「でもはやて、ほっぺた濡れてるじゃんか」

「そんなに心配せんでもええって。 ちょっと思い出してただけや。 あの優しくて暖かい、祝福の風のことをな」

「……そうですか。 彼女もここに居られれば良かったのですが」

「いつも冷静でいようとして、無理ばかりして。 そうやって私達のことを一番心配していたのは、あの子ですもんね」

「ならばこそ、こうして時々思い出してやることが、今の彼女にとって一番の幸せなのではないか?」

「そうやね。 わたしもそう思う」


 あの別れは今でも、わたしの胸を強く締め付ける。
 でもこの悲しみもきっと、明日へと向かう力に変えていける。

 そうやろ? リインフォース。
 だってほら。
 あたしの胸、今こんなに暖かいやん。



 星の願いは、幾歳遥か。

 今は遠き、夜天の光。


 ありがとな、リインフォース。

 貴女の想いは、わたしがちゃんと次の子へと届けたる。


 だから神様の人。

 どうかあの子に優しい夢を。


 それが今のわたしにとって、たった1つのお願いや。

 それだけでええから、絶対叶えてな?


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