「誰だ。私は、誰と戦っているのだ……」
旧日本、現在は神聖ブリタニア帝国が支配する第11植民地『エリア11』の中心。
東京租界の外縁部にあるシンジュクゲットーにて、あり得ないことが起こっていた。
声を失った司令室に、総司令官であるクロヴィスの唖然とした声だけが響く。
彼はブリタニア帝国第三皇子、クロヴィス・ラ・ブリタニア。このエリア11の総督である。
つい先ほどまでは本陣であるG-1ベース内に設けられた玉座に優雅に座っていた彼だったが、戦況が悪化したとみるや、戦況を映し出すパネルの前に立ち自ら指示を飛ばした。
「こいつ、まさか藤堂よりも……」
しかしそれでも戦況は良くなる所か、むしろ悪くなる一方だ。
相手はテロリスト。脆弱な装備しか持たず、ブリタニア人にすらなれない猿どものはずなのだ。
しかし実際問題として、自軍の人型自在戦闘装甲騎『ナイトメア』は次々と撃破されていく。
そしてついに今、敵の姦計にかかり多数のナイトメアが一斉に撃破された。
「くっ!」
もはや戦略的撤退を考えなければならないほどの被害。しかしそれは己のプライドが赦さない。
自軍の機体を奪われ使用されているとしても、この状況はあり得ないとしか言えない。
目の前で展開されている事実に、クロヴィスは底知れぬ恐怖を覚えた。
「ロイド!!」
「はぁ、はい?」
そしてこの状況を打破すべく、クロヴィスは声を荒げる。
声は司令室から、前面に設けられた戦術パネルの向こうにある技術部の主任へ。
それに答えたのは、やや緊張感に欠ける高い男性の声。
「勝てるか、お前のオモチャなら?」
「殿下。ランスロットとお呼び下さい」
クロヴィスの呼びかけに応え、正面のディスプレイに現れたのは銀髪の男性。ロイド・アスプルンド伯爵だった。
第二王子ジュナイゼルの指揮下にある特別派遣嚮導技術部、通称『特派』の主任で、第七世代ナイトメアの研究開発を行っている男である。
研究一筋を通り越し、研究さえできれば他に何もいらないと言い切るような変人だが、これで中々に機会を得るのが上手く、駆け引きもできる油断ならない男だ。
「つきましては、例の件。お願いいたしまぁ~す」
「解っている。書類等の手続きはこちらにまわせ。
で、誰が欲しい?
誰をそのランスロットとやらに乗せる気だ?」
その彼が完成させた兵器に、世界で唯一の第七世代ナイトメア『ランスロット』がある。
しかしこれにはひとつだけ悩みのタネがあった。あまりにも高スペックに作りすぎたために、乗りこなせる者が極めて限られるのだ。
通常の兵士や研究員ではまず無理。
熟練のナイトメア乗りでも振り回される有様である。
一時はハイスペックを追求しすぎたと嘆く者もいただけに、そんなランスロットを相手にシュミレーターとはいえ適合率85.1%という数字を叩き出した者が出た時には、技術部は歓喜と驚愕に包まれた。
次点が現在最年少のナイトメアパイロットであるアーニャ・アールストレイムで、その次となると80%代はおろか70%代もいないのだから、この数字がいかに突出しているかが解るというものだ。
特派の技術者たちはひそかに、是が非でもそのパイロットを確保しようと動いていた。そしてそのまたと無いチャンスが、今である。
「では、リリーシャ・ゴットバルト准尉でお願いしまぁす」
ロイドはおどけた様子で、そのパイロットの名を告げた。
コードギアス
閃光の後継者
Stage,01 『白い騎士』
『ごめんねリリーシャちゃん。非番なのに出撃してもらっちゃって』
「気にしないで下さいセシルさん。私もこの機体は好きなので」
耳につけた戦闘用のイヤホンマイクから声が聞こえる。
声の主はセシル・クルーミー。特派の副主任である青い髪をした穏やかそうな女性である。
一方のその声にリリーシャと呼ばれたのは、腰まであるアッシュブロンドの髪をうなじの上までしっかりと三つ編みにした少女だった。
ほとんどの髪を後ろで編上げ、すこし色の入った眼鏡にかかる程度に残した前髪にもストレートパーマを当てた形跡があることから、彼女はよほどこの髪型に拘りがあるのだと解る。
専用の白いパイロットスーツを纏うその身体は華奢で、どう見ても年齢は14~15歳にしか見えない。
だが侮るなかれ、彼女こそがランスロットとの適合率85.1%を叩き出した人物だった。
彼女は今日はたまたま非番だったので、特派で仲のいいセシルとロイドのところにナイトメアについて学びに来ていた。
まだ若いからか、なぜか、彼女の所には緊急出動の命令は来ていない。
戦場まで着いて来てしまったのは成り行きである。たぶん。
『そう言ってくれると助かるわ。
これまでに実験段階では何度か乗ってもらってるけど、何か不安はある?』
「いいえ、大丈夫です。
何かあっても、あとは実地で何とかしますから」
『ふふ、流石ね。でも無理はしないように』
セシルはリリーシャの自信あふれる物言いに、怪訝な顔をすることもなくむしろ感心した声を漏らす。
エリア11に駐留するブリタニア軍の中で、『純血派』と呼ばれる派閥のリーダーであるジェレミア・ゴッドバルト辺境伯を兄に持ち、自身も対テロリスト戦において目覚ましい武功をあげている。
彼女は若干16歳でありながら、一人前のナイトメアパイロットとして認められているのだ。
気の早いものなど、かつて凄まじいまでの武功をあげた女性騎士にして后妃であった『閃光のマリアンヌ』の後継者だと言うほどだった。
現在は特派からの要請もあり、テストパイロットとして何度か開発中の機体に乗っている。
『そういえば、この間お兄さんもランスロットのシュミレーターに乗りに来てたわよ』
「えっ、そうなんですか?」
『ええ、数値もはじめてリリーシャちゃんが乗った時と同じくらい。あと少しで70%代だったわ。
ナイトメアパイロットとして戦い方もよく似ていたけど、顔はあんまり似てなかったわね』
「まぁ、いろいろと事情がありまして――――というかセシルさん。少し緊張はしていますけど、大丈夫ですよ。
私もスクランブル出動の経験はありますから」
『……そう。ならいいんだけど、あんまり無茶しないでね。
新システムで脱出機能が外されている、実験機に近い仕様だから』
緊張をほぐそうとセシルは日常の話題を振ったのだが、どうやらこの小さな天才は殊のほか冷静だったようだ。
彼女は初めて身につけるスーツの各部をチェックしながら、待機していた特派のトレーラーから一旦出て、ランスロットの下へ向かう。
それを待っていたかのように、濃灰色の保護布ごとパレットに固定していた圧空式のアームが外された。
「これが……」
『そう、私たち特別派遣嚮導技術部による試作嚮導兵器Z-01ランスロット。
世界で唯一の、第七世代ナイトメアフレームよ。
そういえば、リリーシャちゃんは完成形を見るのは初めてだったわね』
吹き抜ける風が巨大な保護布を外し、ランスロットがその全貌を現した。
白と金でカラーリングされた、より騎士に近い洗練されたフォルムは、一目で機動性を重視したとわかるようなシャープさを持つ。
グラスゴーやサザーランドのような胸部の張り出しは少なく、それらでは顔に収納されていた大型の探知機『ファクトスフィア』をその部分に二機保有していた。
そのために顔はほぼカメラのみの構成になり、造形もヒトのそれに近い。
「んじゃあリリーシャくん。そろそろ初期起動に入ろうか」
この機体の開発責任者であるロイドの一声で、ランスロットの起動が開始される。
パレットを経由して操縦席に乗り込こんだリリーシャは、パイロットの個体識別情報の登録し、システムの安定を待って起動キーを差し込んだ。
シイィ……という制御システムの活動音と共にパイロットとナイトメアを繋ぐマン-マシーンインターフェイスが起動。
予め教えられていたパスワードをテンキーで打ち込むと、ランスロットが起動しリリーシャの入力に反応して命を宿す。
各関節を駆動させ、待機姿勢から出動姿勢に姿勢を変化させるランスロットの背中からケーブルがパージされる。
そして足に設けられた走行用の車輪、『ランドスピナー』がパレットの射出台を捉えた。
「準備完了。ランスロット、行きます」
己を切り替える一言を呟き、附していた視線をまっすぐ前に向ける。
『ランスロット、発進!!』
セシルの合図吐と共に、リリーシャはランドスピナーを起動する。
ゆるゆるとトレーラーから離れ、後方を確認すると同時に、一気に駆動ペダルを踏み込んだ。
瞬間に感じる、脳が後方に弾かれるような幻像。
レーシングカーさながらの白煙を上げて弾かれる様に出撃したランスロットは、滑るように地面を駆け抜けた。
「んふふ~、これでようやく、実戦のデータが取れるねぇ~」
パイロットの動向は、逐一かれの前にあるディスプレイに表示される。
リリーシャの要求した急加速にランスロットが十全に応えた事を確認したロイドは、これ以上ないくらいに嬉しそうだった。
/ / / / /
「あ? なんだありゃ。
サザーランドにしちゃあ―――――う、うわぁ!!?」
一撃。
戦場で唯一の第七世代の戦闘力は理不尽過ぎた。
圧倒的な機動性と旋回能力。各種装備も第四世代、第五世代と一線を画し、しかも初見。
無双という言葉が、最も相応しい有様だった。
正しく当千の勢いでテロリストたちを圧倒していくランスロット。
たった一人の白騎士によって戦況が覆る様は、まるで物語のようだった。
「また性能が上がってる。
ロイドさんとセシルさん、完全に趣味に走りましたね―――――あっ!!」
ランスロットのファクトスフィアが倒壊したビルの内部に敵影を発見する。
戦場を見下ろせる位置に陣取り、こちらの様子を伺うサザーランド。
状況から考えて、あれが司令官の可能性が高いと判断したリリーシャは、腕のスラッシュハーケンを目標へと放つ。
ナイトメアの真骨頂は、このスラッシュハーケンによる跳躍と立体移動である。
ランスロットもまた第七世代の性能をフルに発揮し、たった一足で、リリーシャとランスロットは敵の真正面へと躍り出た。
「やあぁぁ!!」
着地と同時に慣性を利用して敵ナイトメア、恐らくは鹵獲された純血派のサザーランドに右ストレートを叩き込む。
ランスロットはリリーシャの暴挙とも言えるような要求にも応えた。
驚くべき機動性能とパワー。
第五世代のサザーランドが両腕で受け止めているにも関わらず、一方的に押し切れるその能力に、パイロットの方が振り回されそうな勢いだ。
「いけ、る!?」
直後、コックピットに響くアラーム音。
倒壊し風化したビルの床は、ナイトメア同士の戦闘に耐えられるものではなかった。
元々、ヒビでも入っていたと思われる灰色の床は、ナイトメア二体分の重量を支え切れずに崩落。
ランスロットは敵ナイトメアもろともそのまま落下し、下の階の床もブチ抜いてもう一階分落ちて止まる。
「―――ッ、そこか!!
しかしこの突然の衝撃も、ランスロットの操縦席に設けられた耐ショック機構の前にはどうということはない。
いち早く落下の衝撃から立ち直ったリリーシャは、センサーに視線を走らせて敵ナイトメアの位置を確認。
舞い上がった土埃の向こうに紫の機影を視認した瞬間、もはや反射に近い速度で両腕のスラッシュハーケンを射出する。
ハーケンは残念ながら敵を捉える事は無かったが、敵の両サイドに着弾し相手の動き封じた。
「覚悟!」
これを好機とみたリリーシャはハーケンを巻き上げる力も利用して一気に目標に迫る。
同時に両足のランドスピナーも高速回転。
敵がワイヤーを切ろうと腕を振り上げるタイミングを見計らってスラッシュハーケンのロックを解除し、同時にランドスピナーを急加速させて一気に迫る。
顔面を狙って突きだされた右の掌は寸でのところで回避され、左腕を掴む。
「やっ!」
あとは簡単だ。
性能差を生かし、サザーランドよりも早く動けるランスロットは、手を振り払おうともがく敵の膝を蹴飛ばして地面に汲み伏せる。
どうせパージ出来る左腕はこの時点で無視して、左手でコックピットをビルの床に抑え込んでしまえばチェックである。
「投降しなさい。今なら―――――」
最後に右腕のスラッシュハーケンをコックピットに向けて無力化したサザーランドを見下ろしながら、軍人として投降を促した。
そこへ突然、横間から赤が飛び込んでくる。
「あっ!?」
ガクンと揺れるコックピットと、通信機から響くロイドの悲鳴。
貰ったのは右ストレートだろうか。
だが全くの不意打ちというわけではなく、ランスロットのセンサーでは捉えていた。
それを見落としたことに舌を打ち、思ったよりも冷静で無い自分に気付いてリリーシャは己を叱責し相手を見る。
これまで仕留めてきたテロリストが使っていたブリタニア軍のサザーランドではなく、くすんだ赤い塗装のグラスゴー。
どうやら左腕がパージされているらく欠損している。
なるほど、これは事件のはじめからかかわっているテロリスト側のナイトメアか。
「ならば貴方も重要参考人ですね。捕縛します」
既に先ほどのサザーランドは逃げおおせた。
ならばこちらくらいは捉えると気を取り直し、リリーシャがその赤いグラスゴーと向かい合う。
再び振りかぶられた右腕が降りきられる前にそれを掴んで止め、そのまま握り潰す。
『喰らいな!』
しかし相手の真の狙いは、密着状態からのスラッシュハーケンの射出だったらしく、リリーシャはヒヤリと肝を冷やした。
この距離では、ハーケンがランスロットのコアルミナスを貫けば相手も爆発に巻き込まれる。
そんなリスクを度返しした攻め一辺倒の一手に対応できたのは、このランスロットだからこそ。
昨日まで彼女が乗っていたサザーランドではまず間違いなく死んでいた。
今、ランスロットの右手にはグラスゴーから発射されたスラッシュハーケンのワイヤーが握られている。
それと相手の右腕を強くひいて脇腹に膝蹴りを見舞ったところで、グラスゴーは腰を捻って緊急脱出機構を作動させ、コックピットを弾き出した。
赤いコックピットブロック―――インジェクション・シート―――がジェット噴射でランスロットの下から空へと逃れ、逃げ去る。
「相手の方が一枚上手でしたか」
あと数秒遅ければ、スラッシュハーケンを打ち込んで脱出を阻んでいた。
両腕を塞がっているあの状況なら、必ず蹴りが来ると読んだような動き。片足ではハーケンの狙いがつけられないのも事実だ。
あるいかただの勘かもしれないが、どちらにしても侮れない相手らしい。
そう考えるとますます、あのパイロットを確保したかったのだが仕方が無い。
「さあ、次です!」
終わったことはしょうがないとリリーシャは素早く意識を切り替える。
彼女の乗るランスロットは胸のファクトスフィアを作動させて、この場から逃れたあのサザーランドを追った。