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[16004] ― 閃光の後継者 ― 【ギアス一期再構成】
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:036eeae2
Date: 2012/08/30 12:44

「―――――神話の時代から、男を惑わすのは女だっておハナシ」


 広々としたホールに、無粋な金属が奏でる音が響く。
 明るい栗色のドレスを纏う女性に、金髪の少年が銃を向けた。
 子供の姿をした悪魔は、その身体とはおよそ不釣り合いなサブマシンガンを女性の背中に照準する。

「ハハハッ」

 彼の口から洩れるのは、狂気。
 紫の瞳を見開き、波打つ金髪を揺らしながら、己の殺意を宿した弾丸を放とうと指先に力を入れる。


「危ない!!」


 その刹那、響いた幼い声。
 吐き出される銃弾とマズルフラッシュ。
 銃弾は女性を貫き、血煙が舞った。けれど響いたその声は、確かに斬り裂いた。歴史を。





/ / / / / / / / / /


 ーーーーそんな訳で、今作はコードギアス ―反逆のルルーシュ― の一期の再構成です。
 にじファンの閉鎖に伴い、あっちの改定分をこっちに移すことにしました。
 短期間で一気にココに投稿したナリタ連山戦まで突っ走るつもりなので、お付き合いください。


 ではでは。
 皆さまのコメントが力に成りますのでぜひ感想を!!

 是非! 助けると思って!! 




 ≪この作品の注意点≫
 ・ 半オリキャラを主人公に据えてみました。
 ・ ナナリーがまるで別人です。
 ・ スザクさんもかなり性格が違います。
 ・ 繰り返します。ナナリーがまるで別人です。
 ・ スザルル的要素はありません。



 



[16004] Stage,01 『白い騎士』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:036eeae2
Date: 2012/08/29 01:54

「誰だ。私は、誰と戦っているのだ……」

 旧日本、現在は神聖ブリタニア帝国が支配する第11植民地『エリア11』の中心。
 東京租界の外縁部にあるシンジュクゲットーにて、あり得ないことが起こっていた。
 声を失った司令室に、総司令官であるクロヴィスの唖然とした声だけが響く。
 彼はブリタニア帝国第三皇子、クロヴィス・ラ・ブリタニア。このエリア11の総督である。
 つい先ほどまでは本陣であるG-1ベース内に設けられた玉座に優雅に座っていた彼だったが、戦況が悪化したとみるや、戦況を映し出すパネルの前に立ち自ら指示を飛ばした。

「こいつ、まさか藤堂よりも……」

 しかしそれでも戦況は良くなる所か、むしろ悪くなる一方だ。
 相手はテロリスト。脆弱な装備しか持たず、ブリタニア人にすらなれない猿どものはずなのだ。
 しかし実際問題として、自軍の人型自在戦闘装甲騎『ナイトメア』は次々と撃破されていく。
 そしてついに今、敵の姦計にかかり多数のナイトメアが一斉に撃破された。

「くっ!」

 もはや戦略的撤退を考えなければならないほどの被害。しかしそれは己のプライドが赦さない。
 自軍の機体を奪われ使用されているとしても、この状況はあり得ないとしか言えない。
 目の前で展開されている事実に、クロヴィスは底知れぬ恐怖を覚えた。

「ロイド!!」

「はぁ、はい?」

 そしてこの状況を打破すべく、クロヴィスは声を荒げる。
 声は司令室から、前面に設けられた戦術パネルの向こうにある技術部の主任へ。
 それに答えたのは、やや緊張感に欠ける高い男性の声。

「勝てるか、お前のオモチャなら?」

「殿下。ランスロットとお呼び下さい」

 クロヴィスの呼びかけに応え、正面のディスプレイに現れたのは銀髪の男性。ロイド・アスプルンド伯爵だった。
 第二王子ジュナイゼルの指揮下にある特別派遣嚮導技術部、通称『特派』の主任で、第七世代ナイトメアの研究開発を行っている男である。
 研究一筋を通り越し、研究さえできれば他に何もいらないと言い切るような変人だが、これで中々に機会を得るのが上手く、駆け引きもできる油断ならない男だ。

「つきましては、例の件。お願いいたしまぁ~す」

「解っている。書類等の手続きはこちらにまわせ。
 で、誰が欲しい?
 誰をそのランスロットとやらに乗せる気だ?」

 その彼が完成させた兵器に、世界で唯一の第七世代ナイトメア『ランスロット』がある。
 しかしこれにはひとつだけ悩みのタネがあった。あまりにも高スペックに作りすぎたために、乗りこなせる者が極めて限られるのだ。
 通常の兵士や研究員ではまず無理。
 熟練のナイトメア乗りでも振り回される有様である。

 一時はハイスペックを追求しすぎたと嘆く者もいただけに、そんなランスロットを相手にシュミレーターとはいえ適合率85.1%という数字を叩き出した者が出た時には、技術部は歓喜と驚愕に包まれた。
 次点が現在最年少のナイトメアパイロットであるアーニャ・アールストレイムで、その次となると80%代はおろか70%代もいないのだから、この数字がいかに突出しているかが解るというものだ。
 特派の技術者たちはひそかに、是が非でもそのパイロットを確保しようと動いていた。そしてそのまたと無いチャンスが、今である。

「では、リリーシャ・ゴットバルト准尉でお願いしまぁす」

 ロイドはおどけた様子で、そのパイロットの名を告げた。







コードギアス
    閃光の後継者

Stage,01 『白い騎士』








『ごめんねリリーシャちゃん。非番なのに出撃してもらっちゃって』

「気にしないで下さいセシルさん。私もこの機体は好きなので」

 耳につけた戦闘用のイヤホンマイクから声が聞こえる。
 声の主はセシル・クルーミー。特派の副主任である青い髪をした穏やかそうな女性である。
 一方のその声にリリーシャと呼ばれたのは、腰まであるアッシュブロンドの髪をうなじの上までしっかりと三つ編みにした少女だった。
 ほとんどの髪を後ろで編上げ、すこし色の入った眼鏡にかかる程度に残した前髪にもストレートパーマを当てた形跡があることから、彼女はよほどこの髪型に拘りがあるのだと解る。

 専用の白いパイロットスーツを纏うその身体は華奢で、どう見ても年齢は14~15歳にしか見えない。
 だが侮るなかれ、彼女こそがランスロットとの適合率85.1%を叩き出した人物だった。
 彼女は今日はたまたま非番だったので、特派で仲のいいセシルとロイドのところにナイトメアについて学びに来ていた。
 まだ若いからか、なぜか、彼女の所には緊急出動の命令は来ていない。
 戦場まで着いて来てしまったのは成り行きである。たぶん。

『そう言ってくれると助かるわ。
 これまでに実験段階では何度か乗ってもらってるけど、何か不安はある?』

「いいえ、大丈夫です。
 何かあっても、あとは実地で何とかしますから」

『ふふ、流石ね。でも無理はしないように』

 セシルはリリーシャの自信あふれる物言いに、怪訝な顔をすることもなくむしろ感心した声を漏らす。
 エリア11に駐留するブリタニア軍の中で、『純血派』と呼ばれる派閥のリーダーであるジェレミア・ゴッドバルト辺境伯を兄に持ち、自身も対テロリスト戦において目覚ましい武功をあげている。
 彼女は若干16歳でありながら、一人前のナイトメアパイロットとして認められているのだ。
 気の早いものなど、かつて凄まじいまでの武功をあげた女性騎士にして后妃であった『閃光のマリアンヌ』の後継者だと言うほどだった。
 現在は特派からの要請もあり、テストパイロットとして何度か開発中の機体に乗っている。

『そういえば、この間お兄さんもランスロットのシュミレーターに乗りに来てたわよ』

「えっ、そうなんですか?」

『ええ、数値もはじめてリリーシャちゃんが乗った時と同じくらい。あと少しで70%代だったわ。
 ナイトメアパイロットとして戦い方もよく似ていたけど、顔はあんまり似てなかったわね』

「まぁ、いろいろと事情がありまして――――というかセシルさん。少し緊張はしていますけど、大丈夫ですよ。
 私もスクランブル出動の経験はありますから」

『……そう。ならいいんだけど、あんまり無茶しないでね。
 新システムで脱出機能が外されている、実験機に近い仕様だから』

 緊張をほぐそうとセシルは日常の話題を振ったのだが、どうやらこの小さな天才は殊のほか冷静だったようだ。
 彼女は初めて身につけるスーツの各部をチェックしながら、待機していた特派のトレーラーから一旦出て、ランスロットの下へ向かう。
 それを待っていたかのように、濃灰色の保護布ごとパレットに固定していた圧空式のアームが外された。

「これが……」

『そう、私たち特別派遣嚮導技術部による試作嚮導兵器Z-01ランスロット。
 世界で唯一の、第七世代ナイトメアフレームよ。
 そういえば、リリーシャちゃんは完成形を見るのは初めてだったわね』

 吹き抜ける風が巨大な保護布を外し、ランスロットがその全貌を現した。
 白と金でカラーリングされた、より騎士に近い洗練されたフォルムは、一目で機動性を重視したとわかるようなシャープさを持つ。
 グラスゴーやサザーランドのような胸部の張り出しは少なく、それらでは顔に収納されていた大型の探知機『ファクトスフィア』をその部分に二機保有していた。
 そのために顔はほぼカメラのみの構成になり、造形もヒトのそれに近い。

「んじゃあリリーシャくん。そろそろ初期起動に入ろうか」

 この機体の開発責任者であるロイドの一声で、ランスロットの起動が開始される。
 パレットを経由して操縦席に乗り込こんだリリーシャは、パイロットの個体識別情報の登録し、システムの安定を待って起動キーを差し込んだ。
 シイィ……という制御システムの活動音と共にパイロットとナイトメアを繋ぐマン-マシーンインターフェイスが起動。
 予め教えられていたパスワードをテンキーで打ち込むと、ランスロットが起動しリリーシャの入力に反応して命を宿す。
 各関節を駆動させ、待機姿勢から出動姿勢に姿勢を変化させるランスロットの背中からケーブルがパージされる。
 そして足に設けられた走行用の車輪、『ランドスピナー』がパレットの射出台を捉えた。

「準備完了。ランスロット、行きます」

 己を切り替える一言を呟き、附していた視線をまっすぐ前に向ける。

『ランスロット、発進!!』

 セシルの合図吐と共に、リリーシャはランドスピナーを起動する。
 ゆるゆるとトレーラーから離れ、後方を確認すると同時に、一気に駆動ペダルを踏み込んだ。
 瞬間に感じる、脳が後方に弾かれるような幻像。
 レーシングカーさながらの白煙を上げて弾かれる様に出撃したランスロットは、滑るように地面を駆け抜けた。

「んふふ~、これでようやく、実戦のデータが取れるねぇ~」

 パイロットの動向は、逐一かれの前にあるディスプレイに表示される。
 リリーシャの要求した急加速にランスロットが十全に応えた事を確認したロイドは、これ以上ないくらいに嬉しそうだった。





 / / / / /





「あ? なんだありゃ。
 サザーランドにしちゃあ―――――う、うわぁ!!?」

 一撃。
 戦場で唯一の第七世代の戦闘力は理不尽過ぎた。
 圧倒的な機動性と旋回能力。各種装備も第四世代、第五世代と一線を画し、しかも初見。
 無双という言葉が、最も相応しい有様だった。

 正しく当千の勢いでテロリストたちを圧倒していくランスロット。
 たった一人の白騎士によって戦況が覆る様は、まるで物語のようだった。

「また性能が上がってる。
 ロイドさんとセシルさん、完全に趣味に走りましたね―――――あっ!!」

 ランスロットのファクトスフィアが倒壊したビルの内部に敵影を発見する。
 戦場を見下ろせる位置に陣取り、こちらの様子を伺うサザーランド。
 状況から考えて、あれが司令官の可能性が高いと判断したリリーシャは、腕のスラッシュハーケンを目標へと放つ。
 ナイトメアの真骨頂は、このスラッシュハーケンによる跳躍と立体移動である。
 ランスロットもまた第七世代の性能をフルに発揮し、たった一足で、リリーシャとランスロットは敵の真正面へと躍り出た。

「やあぁぁ!!」

 着地と同時に慣性を利用して敵ナイトメア、恐らくは鹵獲された純血派のサザーランドに右ストレートを叩き込む。
 ランスロットはリリーシャの暴挙とも言えるような要求にも応えた。
 驚くべき機動性能とパワー。
 第五世代のサザーランドが両腕で受け止めているにも関わらず、一方的に押し切れるその能力に、パイロットの方が振り回されそうな勢いだ。

「いけ、る!?」

 直後、コックピットに響くアラーム音。
 倒壊し風化したビルの床は、ナイトメア同士の戦闘に耐えられるものではなかった。
 元々、ヒビでも入っていたと思われる灰色の床は、ナイトメア二体分の重量を支え切れずに崩落。
 ランスロットは敵ナイトメアもろともそのまま落下し、下の階の床もブチ抜いてもう一階分落ちて止まる。

「―――ッ、そこか!!


 しかしこの突然の衝撃も、ランスロットの操縦席に設けられた耐ショック機構の前にはどうということはない。
 いち早く落下の衝撃から立ち直ったリリーシャは、センサーに視線を走らせて敵ナイトメアの位置を確認。
 舞い上がった土埃の向こうに紫の機影を視認した瞬間、もはや反射に近い速度で両腕のスラッシュハーケンを射出する。
 ハーケンは残念ながら敵を捉える事は無かったが、敵の両サイドに着弾し相手の動き封じた。

「覚悟!」

 これを好機とみたリリーシャはハーケンを巻き上げる力も利用して一気に目標に迫る。
 同時に両足のランドスピナーも高速回転。
 敵がワイヤーを切ろうと腕を振り上げるタイミングを見計らってスラッシュハーケンのロックを解除し、同時にランドスピナーを急加速させて一気に迫る。
 顔面を狙って突きだされた右の掌は寸でのところで回避され、左腕を掴む。

「やっ!」

 あとは簡単だ。
 性能差を生かし、サザーランドよりも早く動けるランスロットは、手を振り払おうともがく敵の膝を蹴飛ばして地面に汲み伏せる。
 どうせパージ出来る左腕はこの時点で無視して、左手でコックピットをビルの床に抑え込んでしまえばチェックである。

「投降しなさい。今なら―――――」

 最後に右腕のスラッシュハーケンをコックピットに向けて無力化したサザーランドを見下ろしながら、軍人として投降を促した。
 そこへ突然、横間から赤が飛び込んでくる。

「あっ!?」

 ガクンと揺れるコックピットと、通信機から響くロイドの悲鳴。
 貰ったのは右ストレートだろうか。
 だが全くの不意打ちというわけではなく、ランスロットのセンサーでは捉えていた。
 それを見落としたことに舌を打ち、思ったよりも冷静で無い自分に気付いてリリーシャは己を叱責し相手を見る。

 これまで仕留めてきたテロリストが使っていたブリタニア軍のサザーランドではなく、くすんだ赤い塗装のグラスゴー。
 どうやら左腕がパージされているらく欠損している。
 なるほど、これは事件のはじめからかかわっているテロリスト側のナイトメアか。

「ならば貴方も重要参考人ですね。捕縛します」

 既に先ほどのサザーランドは逃げおおせた。
 ならばこちらくらいは捉えると気を取り直し、リリーシャがその赤いグラスゴーと向かい合う。
 再び振りかぶられた右腕が降りきられる前にそれを掴んで止め、そのまま握り潰す。

『喰らいな!』

 しかし相手の真の狙いは、密着状態からのスラッシュハーケンの射出だったらしく、リリーシャはヒヤリと肝を冷やした。
 この距離では、ハーケンがランスロットのコアルミナスを貫けば相手も爆発に巻き込まれる。
 そんなリスクを度返しした攻め一辺倒の一手に対応できたのは、このランスロットだからこそ。
 昨日まで彼女が乗っていたサザーランドではまず間違いなく死んでいた。

 今、ランスロットの右手にはグラスゴーから発射されたスラッシュハーケンのワイヤーが握られている。
 それと相手の右腕を強くひいて脇腹に膝蹴りを見舞ったところで、グラスゴーは腰を捻って緊急脱出機構を作動させ、コックピットを弾き出した。
 赤いコックピットブロック―――インジェクション・シート―――がジェット噴射でランスロットの下から空へと逃れ、逃げ去る。

「相手の方が一枚上手でしたか」

 あと数秒遅ければ、スラッシュハーケンを打ち込んで脱出を阻んでいた。
 両腕を塞がっているあの状況なら、必ず蹴りが来ると読んだような動き。片足ではハーケンの狙いがつけられないのも事実だ。
 あるいかただの勘かもしれないが、どちらにしても侮れない相手らしい。
 そう考えるとますます、あのパイロットを確保したかったのだが仕方が無い。

「さあ、次です!」

 終わったことはしょうがないとリリーシャは素早く意識を切り替える。
 彼女の乗るランスロットは胸のファクトスフィアを作動させて、この場から逃れたあのサザーランドを追った。





[16004] Stage,02 『はじまりの合図』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:3b0ac260
Date: 2012/08/29 01:46


 少年がそれを眼にしたのは全くの偶然だった。




「えっ、新宿が!?」

 彼は日本開放戦線のメンバーであり、成田連山にある本拠地に詰める17歳の若手少尉である。
 今回はサイタマゲットーの住民から、密かにナイトメアの開発を行っているブリタニアの研究所があるという連絡を受けて、そこを襲撃する予定を立てていた。
 しかし先行させた諜報部はその情報の裏を取る事が出来ず、目撃者も煙のように消えてしまった事から肩すかしを喰らった格好で東京近郊に潜んでいたところへ、今回の事件の一報が入る。
 そうなると、この新進気鋭の少尉の動きは速かった。

「全員、新宿へ向かうよ。
 あそこに住む日本人を、一人でも多く救うんだ」

 彼の部隊に属するのは、ナイトメア3騎と歩兵が20名ほど。
 戦力というには余りに乏しいが、もともと正面からの戦闘を想定していないのでこれで十分だった。
 訓練され、組織だった動きの出来る彼らの素早い避難誘導により、200名近くの住民が地下を奔るトンネル群れを使って筑波方面へ脱出する準備をした。
 全体としてみれば微々たるものだが、それでも確かな戦果である。

「よし、じゃあ俺が囮を務める。咲坂は先頭、三宅は殿を頼む

『了解。死なないで下さいよ、アンタは俺たちの希望なんだ』

 そう言って、彼と同じナイトメア乗りである二人は彼からの通信に応えた。
 咲坂も三宅も、もう中年に差し掛かる年齢であり、彼よりもすっと年上である。にもかかわらず、その声には微塵の不安もなかった。
 彼らは二人とも、この年下の少尉に絶対の信頼を置いている。
 彼ならば、何があろうと負ける事はないと。


「OK、じゃあ適当に暴れたら脱出するよ。ラクシャータさんによろしく」


 そう軽口で応えて、彼は自身のナイトメアである白い無頼を脱出方向とは逆の方角に走らせた。
 技術部のラクシャータからは、適当に暴れてデータを取ってこいと言われている。
 ならばこの第四世代の改造機で、第五世代であるサザーランドを1騎くらい落してやると意気込んで、彼は戦場を駆けた。









コードギアス
    閃光の後継者

Stage,02 『はじまりの合図』










「待ちなさい!」

 意味が無いとは解っていても叫ぶのが人の性だろう。
 ランスロットとサザーランドでは根本的な速力が違うために、直ぐに敵を視認できるまでに接近し、敵ナイトメアが乱射してきた銃弾を左右に動いて躱す。
 単純な掃射では当らないと判断した相手は、今度その銃口を周囲のビルに向け、降り注ぐコンクリート片で妨害を図るがランスロットの機動性はその上を行った。
 頭上から降り注ぎ、刻々と変化するコンクリートの立体迷路をファクトスフィアが読み切り、瓦礫の位置と落下速度を精密に計算してデータをコックピットと駆動系へと送り込む。
 それを受け止めたランスロットとリリーシャが息の合った機動で手足を動かし、滑るようにその間をすり抜けた。

「やっぱりテロリストは嫌いです。
 同じイレブンの住むゲットーを、こんなに簡単に破壊できるなんて!」

 実は敵ナイトメアに乗っているのはイレブン(日本人)ではないのだが、それはリリーシャには解らない。
 軍人として敵を殺すことへの躊躇いはもう無いが、民間人を巻き込む事を嫌悪できるだけの人間性はまだ残していた。
 彼女がテロリストを嫌うのは、この地を奪回すると言う大義名分を振りかざして非戦闘員に危害を加えるからだ。
 亡国を想う気持ちが解らないわけではないが、だから無関係な一般人を巻き込んでいいという理屈にはならない。

 それはブリタニア人だからとか、イレブンだからとかは関係が無い。
 自分が斬られる覚悟も無しに、相手を斬る者を彼女は赦さない。

「よし、これでチェックです!!」

 ランドスピナーをフルスロットルしながら、右腕のスラッシュハーケンを前に突き出す。
 この司令官だけは必ず生きて捉え、取調べをしなければならない。
 リリーシャはこのエリアのテロリズム根絶のため、慎重にサザーランドの腰を照準し――――

「――――ッ!」

 ランスロットが発した警戒警報に反応して後ろに飛びのいた。
 刹那遅れ、ほんの数秒前まで彼女が居た場所にスラッシュハーケンが突き刺さる。
 そしてそれに引っ張られる様に、白くカラーリングされたナイトメアが二騎の間に割り込んだ。

「増援!?」

 その機体の放つただならぬ気配に反応して、リリーシャは臨戦態勢を取る。
 確かこの白い機体の名前は『無頼』
 イレブンの技術者が作り上げたグラスゴーのコピー機で、基本カラーは灰黒系だったはず。
 けれど先程の紫のサザーランドもまた足を止めて警戒している事から、単なる敵の増援でもないようだが。

『そこのサザーランドのパイロット、聞こえるか?』

「オープンチャンネル。
 やっぱりテロリストの仲間じゃないの?」

 白い無頼は専用回線ではなく、共通回線で紫のサザーランドに呼びかける。
 やはりテロリストの仲間ではない。しかしその機体が『無頼』という事は……

「もしかして日本解放戦線? 何故こんな所に!?」

 日本解放戦線とは、このエリア11最大の抵抗勢力。
 コピー機とはいえ自分達でナイトメアの設計製作が出来るのは、あの組織くらいのものだ。
 このシンジュクゲットーで彼らの動きがあるというのは聞いていないから、外部からの助っ人だろう。

『オイ、お前は何者だ?』

『誰でもいい、とにかく逃げろ。ここは俺が引き受けた!』

 やはり仲間ではないようだが、白い無頼のパイロットは敵テロリストに協力するつもりらしい。
 数秒の逡巡のあとサザーランドはこの場から逃げ去り、後にはランスロットと無頼だけが残される。

「そこの無頼のパイロットに告げます。
 これは公務執行妨害です。直ちに武装解除して道を空けなさい」

 ともあれ、敵の司令官をみすみす逃すわけには行かない。
 無駄とは知りつつも、リリーシャは規則通りにまずは警告を発する。

『女の子!?』

「何か問題がありますか?」

 だが返って来たのは驚きの声。
 まぁこれほどのナイトメアを撃破した機体のパイロットが、リリーシャのような少女なら無理も無いだろう。

『ああゴメン、ビックリしただけだから。だけど道は譲れない』

「相手は無差別に民間人を狙うテロリストですよ?」

『それを言うなら君らもテロリストじゃないか。
 他の相手ならともかく、ブリタニア相手なら道を空けるつもりはない!』


 一緒にするな、と喉まで出かかった声を抑える。
 たしかにブリタニアがこの地でやっていることは滅茶苦茶だ。
 けれどそれを、テロリストにだけは言われたくない。
 寡兵戦術の基本は一撃必殺。それも知らず、ダラダラと意味のない破壊を振り撒いているくせに!

「そうですか。ならば私は貴方を捕縛します!」

 怒りと苛立ちをそのままに、私の指が操縦レバーのボールボタンを押しこむ。
 声からして相手も若い男性。なら経験の差を考慮する必要は余り無い。
 このランスロットの性能なら押し切れると判断したリリーシャは、ランドスピナーを回転させた。

「それっ!」

 間合いに入ったとみるや、一瞬ランドスピナーに急ブレーキをかけて同時に突き出した左腕からスラッシュハーケンを射出した。
 移動エネルギーを上乗せすることで更に加速されたスラッシュハーケンが空気を切り裂く。
 普通のグラスゴーとパイロットなら反応も出来ずに破壊されるはずだが、

「躱された、いや読まれたの!?」

 どうやら予想通り、相手は“普通”では無いらしい。
 伊達に特別なカラーを許されている訳ではないということだろう。

『ふっ!』

 スラッシュハーケンを躱すと共に、一息に白いナイトメアは距離をつめた。
 その手には、鋼鉄製の巨大な刀。
 見たところ特にギミックもないようだが、その鋭さと重さはナイトメアを断ち切るには十分な代物だった。

「そうですか、あくまで仕留めに来るんですね」

 相手もこちらが新型機であることは解っているだろうからてっきり遠距離武器で時間稼ぎを狙ってくると思ったが、敵は刀の切っ先でまっすぐコックピットを狙ってきた。
 それを体を半身にして躱すとともに、右腕をくの字にまげて斜め下からスラッシュハーケンを打ち出そうとしたが、一瞬早く無頼の左腕で払われた。

「なんて反応速度、グラスゴーの理論限界を超えているんじゃないですか!」

 実際のところこの無頼は、外部形状こそそのままだが中身はまるで違う機体だった。
 膝などの駆動系はもちろんのこと、心臓ともいえるエネルギー機構にも新システムを導入してあり、位置づけも現在開発中の新型のデータ収集機である。
 そのため非常に扱いづらいために、解放戦線でも随一の操縦センスをもつ彼に与えられたのだ。

「でも、このランスロットなら!」

 しかしそれならこのランスロットの方が格が上だ。
 こちらは同じ実験機でも、正真正銘の第七世代。相手とは根本的な部分で違う。
 それを悟ったリリーシャは機体性能をフルに使ったパワープレイで攻め立てた。

『くっ!』

 両ナイトメアの動きは此処までヒトに近づいたかと思わせるような、滑らかな動きだった。
 第四世代では決して不可能な機動を敵に回しても、敵の無頼は何度か剣を当ててくるが、装甲の表面が削られるだけで刃筋は立たせない。
 冷静に相手の剣を盾と腕で裁きつつ、僅かに大振りになった隙を突いて強引に刀を弾き飛ばして、がら空きになった胴体に右足のつま先を突き刺す。
 衝撃で無頼の身体が前に傾き、そこにあわせて右腕のスラッシュハーケンを突き出すが、それは無頼の左手で払われる。

『はぁっ!』

 次いで、無頼のパイロットは一か八の賭けに出た。
 腕を払った動作から胴体のスラッシュハーケンが射出し、それを躱したところに刃を合せる。
 スラッシュハーケンの回収を放棄して、刃を地面と水平に放たれたのは、右手一本での平突き。
 間合いの最短距離を奔るそれがランスロットに迫るが、それをリリーシャは前にある左足のランドスピナーを起点に、右足のランドスピナーを急速後退させる事によって回避した。

「終わりです!」

 まるでコンパスのようにして接近しつつ体を入れ替えたランスロットは、その線上にある右腕を振り抜く。

『君がね』

 刹那、突きの軌道が曲がった。
 真っ直ぐ突き進んでいた刃が一文字を描き、リリーシャの見せた紙一重の見切りを嘲笑うかのように首へと迫る。
 かつてエリア11、キョウトで活躍したという新撰組で考案されたという突きの奇手が、時を超えて白騎士に襲いかかる。

「く、あっ、はぁ~~……」

 リリーシャの目の前のコックピット一杯に火花が飛び、白と金の腕に突き刺さる分厚い鋼鉄の刃が映し出された。
 濃密な、人を裂く武器の気配に息が止まる。
 だが刃は、ランスロットの首との間に挟まれた右腕によって防がれていた。
 ブレイズルミナスを展開する余裕すらなく差し込んだこの腕が、リリーシャの命を救った。

「――――――――ッ!!」

 二騎のナイトメアの間。二人の戦士の間に閃光が奔る。
 不利を悟り剣を退く無頼と、左腕のスラッシュハーケンを打ち出すランスロット。
 瞬間的な攻防は軍配はランスロットに上がり、鋭く空気を裂いたスラッシュハーケンが無頼の頭部を貫通する。
 更にリリーシャは、鬼気迫る表情で操縦桿を倒した。
 あの一瞬、間違いなく自分は死を感じた。だから、ここで決めなければ負ける。死ぬ!

 着地など考えず、ラグビーボールに飛びかかる様にランスロットは頭部を失った無頼へと飛び掛り、敵をコンクリートの地面へとたたきつけた。
 身体を打ち据えるように揺さぶる衝撃などに構う暇はない。
 期せずして相手の脱出機構の発動を妨げることに成功した彼女は、最後の抵抗をする無頼の制御中枢のある位置に渾身の一撃を加えて沈黙させる。

「わ、私の勝ちです! 大人しく投降して下さい!」

 コックピットが沈黙したのを確認して、リリーシャも力を抜いた。
 本来ならばこのまま無頼のパイロットをコックピットから引き出して連行すべきなのだが、正直これ以上精神に負担をかけたくない彼女は、コックピットブロックを沈黙した機体から引き抜き、後の事は他の人間に任せることにした。

「セシルさん、敵ナイトメアのパイロットを捕縛しました。
 状況からしてテロリストの一味では無いようですが、どう処置いたしましょう」

『解ったわ。じゃあ悪いんだけど、こっちまで運んでくれるかしら。
 人をやろうにも、ナイトメアは出払っちゃってるし、ランスロットも一度メンテナンスが必要みたい』

「あ…
 イ、エス、マイロード」

 インカムをつけて応答するセシルの奥で、ロイドが奇声を発しながらのたうっている。
 もちろんその理由が解る、というか原因を作ったリリーシャは、心の中で何度も謝りながら捕虜を連れて特派のヘッドトレーラーへと向かった。
 その途上で、総司令官であるクロヴィスの停戦命令を聞いたのである。

「停戦命令、ですよね?」

 クロヴィスの人となりを少なからず知っているリリーシャは、内心らしくないなぁと思った。
 けれどわざわざ命令に逆らってまで戦闘を続行する理由も無い彼女は、捕虜をコックピットごと軍に引き渡して特派のヘッドトレーラーに引き上げた。
 この時、もし無頼のパイロットが誰であるかを確認していれば。
 後に彼女はそれを盛大に後悔する事になる。





 / / / / / / / / /





「イレブン、名前は何と言う」

「………」

 G-1ベース内に用意された部屋で捕虜に対する尋問が行われていた。
 右拳の一撃が、捕虜となった少年の頬に突き刺さる。

「だんまりか。
 だが生憎キサマは有名人だ。調べれば直ぐに解ったぞ」

 ニヤつく取調官は椅子に拘束されて床に転がる茶髪の青年を見据え、ゆったりと椅子に座りなおす。

「このエリア11。
 いや日本の最後の首相、枢木ゲンブの嫡子。枢木スザク」



[16004] Stage,03 『黒い仮面』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:3b0ac260
Date: 2012/08/29 01:50
「く、枢木スザク!?」

「あは~、やっぱり驚いた?」

 翌日、勤務中に特派のトレーラーに呼ばれ、昨日捉えた捕虜の名前を聞いたリリーシャは驚きを露にした。
 思わず口をつけていたコーヒーをこぼしてしまったくらいだ。

「枢木スザクって、あの枢木スザクですよね?」

「そうだよ。日本最後の首相、枢木ゲンブのひとり息子で、日本解放戦線の少尉。
 いや~、お手柄だねぇ」

 ロイドはいつものように大げさなリアクションでリリーシャと話をしている。
 必要以上に身体をうねうねさせる仕草はふざけているのかとも思われるが、大事なのは慣れだと思う。
 だが隣に居たセシルが机に零れたコーヒーを拭く布を取るために部屋から出た時、彼は急に真剣な顔になってリリーシャに顔を近づけた。
 これだから、ロイドさんは油断できない。
 彼は母と兄を除けば、唯一、私の秘密を知っている。

「君にとっても浅くない縁がある人でしょお?
 どうする?
 彼、今日にも再逮捕されるよ。君のお兄さんに関係の無い罪を擦り付けられて」

「――――――どういうこと、ですか?」

「昨日クロヴィス殿下が殺されたのは知ってるよね? その犯人にされちゃったのさ」

「  っ!!」

 リリーシャは絶句した。
 彼が無実だということは自分が一番良く知っている。
 なにせクロヴィスが殺されたと思われる時間、彼は自分の乗るランスロットの手の上にいたのだ。

「お知らせ下さってありがとうございます」

 とにかく兄に掛け合ってみなければ。
 即座に携帯電話を取り出し、兄と連絡を取ろうとするが繋がらない。
 電話を取り次ぐオペレータからジェレミアは演習中であると告げられて、リリーシャは悔しげに唇をゆがめた。
 演習中に、個人的な連絡など取り合えるはずがない。

「あらリリーシャちゃん。どうしたの?」

「え? あ、いいえ、何でもないです。セシルさん」

 不意に、声のした方を見るといつの間にかセシルがキッチンペーパーと書類を持って立っていた。
 リリーシャは慌てて携帯電話を閉じると軍服のポケットにしまう。
 そんな彼女の行動にセシルは首を傾げながら、机を拭くと机の上に書類を並べた。

「さて、お~め~で~と~。君は来週から特派に移籍だよ」

「え? ええっ!?」

「正確には原隊から特派への出向扱いだけどね。
 これからランスロットはリリーシャちゃん専用のKMF(ナイトメアフレーム)になるわ」

 それを聞いて、リリーシャは思わずランスロットのほうを見る。
 専用KMFと技術チーム。それは全てのナイトメアパイロットの憧れだ。
 現在それを持っている者など、それこそナイトオブラウンズくらいのものだろう。

「ランスロットが、私の?」

 ランスロットに初めて乗った瞬間から、リリーシャは自分に割り当てられていたサザーランドに不満を感じていた。
 第七世代の圧倒的な反応の前には、自身のサザーランド(第五世代)がひどく鈍重に思えてしまう。
 もし自分だけの為に調整された機体があったら。常々そう思っていた。
 そしてまたとないチャンスが、目の前に転がって来た。

「よ、よろしくお願いします」

「ええ、これからよろしくね。リリーシャちゃん」









コードギアス
    閃光の後継者

Stage,03 『黒い仮面』









 結局、リリーシャの訴えは届かなかった。
 主を護れなかったことで、彼の部下であるバトレー将軍は失脚。
 クロヴィスの亡骸を押さえ、軍を掌握したジェレミアは即座に行動を起こす。
 彼女がロイドから話を聞いていた時には、すでに兄のジェレミアは枢木スザクをクロヴィス殺害の犯人だと発表する準備は整っていた。
 リリーシャは歯噛みしながらも、ただ見守るしかない。

「どうして、こんな事に」

 そうして彼女は何もできないまま、時間だけが過ぎてスザクが軍事法廷に護送される時が来てしまう。
 法廷までの護送は、ジェレミア自らが担当するそうだ。
 言うまでもなく、これはエリア11の軍部を掌握したというアピールである。

 兄の眼に彼女は狂気のようなものを感じたリリーシャは、ジェレミアに家督を譲った後も本国の領地でゴッドバルト家を守る母とともに忠告したが、聞き入れられはしなかった。

「でも――――」

 実はひとつだけ、リリーシャは切り札を持っている。
 この切り札を切れば、ジェレミアはおろか純血派全体を止めてスザクを救う事が出来るだろう。
 しかしその代償こそが問題であり、切り札を切った時に待っているのは魑魅魍魎が蠢く世界と、ジェレミアの失脚。そしてゴッドバルト家の没落だろう。
 だからこそ彼女は決断出来なかった。



 夕刻。リリーシャは自室で明かりもつけずに、スザクが護送されていくのをテレビで見ていた。無力感が瞼を震わせる。
 兄は忠誠という美酒に酔わされ、真実を捻じ曲げようとしている。
 これで私をようやく護れる立場になれる、とジェレミア兄さんは言っていたが、そんなもの私は望んでいない。
 かつての友人に無実の罪を着せて殺害し、その上に成り立つ権力などこっちから願い下げだった。
 
「お姉ちゃんなら、兄さんを止められたかな。
 ねぇ、教えてよ。私は、どうすればいいの?」

 つい、口からそんな言葉が零れる。
 太陽の様に微笑む、大切な“姉”の姿が脳裏に浮かび彼女は瞼を閉じた。
 所詮、自分は――――――――

「―――――――」

 リリーシャは抱えた膝に目を伏せ、悔し涙を堪えながら、じっとテレビの音を聞いていた。
 真実を知らない沿道の人々からは、容赦の無い罵声がスザクに浴びせられる。
 テレビから吐き出される声は、まるで自分を責めているようにリリーシャには聞こえる。

「え?」

 不意に、テレビの群集が大きくざわめいた。
 何事かと反射的にリリーシャが首を上げると、護送車の動きが止まっている。
 あんなところで止まるのは予定にないとアナウンサーたちがざわつく中、それは現れた。
 白い、あまりにも不敬な車。

『こ、これは、クロヴィス殿下専用の御料車です』

 アナウンサーの慌てた声が部屋に響く。
 一体何が起こっているのかと、リリーシャは食い入るようにテレビを見つめていた。

『出て来い。殿下の御料車を穢す不届き者が!』

 サザーランドから身を乗り出し、銃を構えたジェレミアが謎の御料車にのる人間を詰問する。
 その声に反応して、燃え上がった御料車のデッキから犯人が姿を見せた。




『私の名は、ゼロ』




 黒。そう比喩するのが最も相応しい男だった。
 どうしようもない怖気をもたらすのに、しかし惹きつけられるような雰囲気を醸し出すその男は、紺と金を基調にした服を身に着け、黒いマントを羽織っていた。
 顔の仮面はサングラスのように黒くのっぺりとした無機質なもので、見る者に強烈な印象を与える。
 彼は自分の価値を理解し、装飾するのに余念がない。
 まるでSFの中から抜け出してきたような、ひどく現実味の無い人物だった。

『もういいだろう、ゼロ。
 君のショウタイムはお仕舞いだ』

 絶妙のタイミングで、この場を取り仕切るジェレミアが声と共に銃を発射した。
 それを合図に輸送機から路上へ四騎のサザーランドが降り立ち、ゼロと名乗った人物の周囲を取り囲む。
 完璧な演出と布陣。これでまた兄への声望は高まるだろう。この時まで、リリーシャは確かにそう思っていた。
 同時に、恐らくこのまま兄は自分の声が届かない所に行ってしまうだろうと。

『さぁ、まずはその仮面から外して貰おうか』

 サザーランドに特大の銃口を向けられるゼロに、ジェレミアは見下した声で言い放つ。
 だがゼロは一瞬外すようなそぶりを見せると、そのまま腕を高く掲げ、指を弾いた。
 直後に彼の背中側で御料車が割れ、中からなにか不気味な形のカプセルが出現する。

 緑色のウニのようなそれは、非生物であるはずなのに有機的なナニかを連想させる不気味さを持っていた。
 何か、とてつもなく良くないものを封じたかのようなカプセルを見た瞬間、ジェレミアの顔に驚愕が奔る。
 同様に彼の部下であるヴィレッタも、慌てた様子で何事か彼に声をかけている。

『テレビの前の皆さん、見えますでしょうか? 何らかの機械と思われますが、目的は不明です。
 テロリストと思われる人物の声明を待ちますので、しばらくお待ち下さい』

 アナウンサーはそれでも必死で実況を続けるが、そんな事は見ればわかるのだ。
 兄も突きつけていた銃を下げて話を聞かざる終えない状況らしい。それほどの代物とは、一体何だろうか?

 いや、それよりも。
 問題はアレがどうやら兄の足を止めるような代物で、それを出す事で場の主導権をゼロという人物に奪われてしまった事だった。

「マズイ。ジェレミア兄さん」

 リリーシャはこの後のことを考えて真っ青になる。
 危機的な事態だった。彼女の予想に違わず、ゼロはそのカプセルとスザクの交換を持ちかけた。
 応じればテロリストに屈したとしてジェレミアとブリタニアの権威は地に堕ちるし、応じなければ何か良くないが起こるという確信がある。

『笑止。この男はクロヴィス殿下を殺めた大逆の徒。引き渡せる訳が無い』

『違うな。間違っているぞジェレミア。犯人はソイツじゃあない』

 カメラクルーが頑張ったのか急に映像が切り替わり、画像がゼロのアップに切り替わった。
 その瞬間を待っていたかのように、奴の口からとんでもない一言が発せられる。

『クロヴィスを殺したのは、この私だ!!』

「え―――――」

 テレビを掴んだ姿勢のまま、リリーシャは彫刻化した。
 アナウンサーもこの極度の混乱状態にありながら、しかしプロとしての矜持からこの状況を必死に分析する。
 そうだ、確かにあの仮面の人物が真犯人ならスザクさんは無実だという証明になる。
 けれどそれは同時に、ジェレミアが誤認逮捕をしたという失態を浮き彫りにしてしまう。
 実際、冤罪なのだから弁明の仕様も無い。

『イレブン一匹で、尊いブリタニア人の命が大勢救えるんだ。悪くない取引だと思うがな』

「く、やはりそんな代物ですか……」

 思わず口をついたのはそんな言葉。
 リリーシャもまた知らずにゼロのペースに巻き込まれながら、考えていた。
 毒か、病原菌か。
 あの男は何らかの兵器を以って、あの場にいる聴衆全てを盾とした。

 悪くない? ふざけるな。
 ブリタニアの騎士にとって、不当な脅迫に屈するなど赦されない事だ。
 この取引を受ければジェレミア兄さんは終わりである。
 代理執政官としてテロリストに屈したことに責任を問われ、さらに相手が本当に約束を守るかもわからない。

『こやつは狂っている。
 殿下の御料車を偽装し、愚弄した罪。あながうがいい!!』

 だから兄としては、ゼロを殺してこの茶番自体を破してしまわなければ。
 リリーシャとしても、それが正しい判断だと思った。
 ひとまず事態が収束しそうな様子を見せたことで、何とか心の安定が図られつつあったが―――――

『いいのか、公表するぞ? “オレンジ”を』

「オ、オレンジ?」

『私が死んだら公開される事になっている。
 そうされたくなければ……』

『何の事だ。何を言っている!?』

 全くもって同感だった。
 “オレンジ”がキーワードとなる、公開されて困るような秘密など……まさか!
 ハッとしてリリーシャは立ち尽くす。
 この男は、もしかして、私の秘密を!?

『私たちを全力で見逃せ、そっちの男もだ!』

 近づきながら、ゼロは確信を持った声でジェレミアに告げた。
 もし仮にオレンジがあの事を指していたとしても、彼は到底受け入れる訳がないというのに。
 だが事態は、リリーシャの思ったようには進まない。

『ふん、解った。その男をくれてやれ』

「ジェレミア兄さん!?」

 リリーシャが驚愕に眼を見開く。
 何かの間違いだと耳を澄ますが、テレビの中の兄は重ねて告げるどころか、問いただすキューエル卿に対して強権を発動して止めようとする。

 あまりの事態に唖然とした。
 もしあの場に居たならば、彼女は命令を無視してでも兄を止める。
 だが現場から遠く離れた場所にいる彼女にはそれも出来ない。
 リリーシャは兄の突然の乱心にも、指を咥えてみていることしか出来ないのだ。

 沿道の人々がざわめく中、解放されたスザクはゼロの元に歩み寄る。
 何か言葉を発したようだが、枷を嵌められて声にはならない。その時不意にカメラが動き、兄の後方に控えていたヴィレッタがサザーランドを動かそうとした。
 彼女はとにかく早く兄を止めてと祈るが、それよりもはやくあのカプセルが紫の煙を吹いた。

 リリーシャ同様に、あの禍々しい機械に漠然とした不安を感じていた人々から悲鳴が上がり、危険を感じた沿道の人々が一斉に避難する。
 パニック状態。その混乱に乗じて逃走を図ろうとするゼロたちを阻止しようとヴィレッタのサザーランドが動いたが、そこに思わぬ邪魔が入った。

「ジェレミア兄さん、何を!?」

 なんとジェレミアは、ヴィレッタのサザーランドを突き飛ばしたのだ。
 その隙にゼロはスザクもろとも道路から下に飛び降り、それにいち早く反応したサザーランドもやはり兄が止めたのだろう。
 一向にゼロ捕縛の一報は流れず、放送は混乱を残したまま終了する。
 後には唖然とする人々と、最後には武力でもってテロリストを逃がすという大失態を演じたジェレミアだけが残った。

「うそ、なんで……」

 一切蚊帳の外に置かれながら、信じられない兄の行動の一部始終を見せ付けられ、リリーシャはただ立ち尽くすしかなかった。



[16004] Stage,04 『一対の炎』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:3ee4dcc7
Date: 2012/08/29 01:53
「それにしても、そうとう手荒な扱いを受けたようだな、枢木スザク」

 戦争によって破壊された新宿ゲットーにある劇場の中で、ゼロは救出したスザクと会話をしていた。
 初めは瓦礫の上から見下ろすようにして語りかけていたが、スザクが何度も「降りて来い。何様だ!」と喚いて話が進まないのでしぶしぶ同じ高さまで降りてきていた。
 なんだか計画が狂い始めているのを感じるゼロだった。





Stage,04『一対の炎』






「まあね。あっちとしては、どうしても俺をクロヴィス殺害の犯人として処分したかったみたいだから。
 だから助かったよ。感謝する、ゼロ。俺は死ぬわけにはいかないんだ」

 白い拘束衣を着せられたスザクが右手を差し出す。
 ブリタニアの支配をよしとせず地下にもぐった日本国最後の首相、枢木ゲンブの息子は、友との決意を秘めた翡翠の眼でゼロを射抜いた。

『ブリタニアをぶっ壊す』

 そう言った友の言葉も声も、口調も、彼は一時だって忘れた事はない。
 だから――――

「気にするな。先日の借りを―――――」

 握手を求めたスザクにゼロが応じた瞬間、彼はゼロの身体を強く引いた。
 流れるような動きで背後を取り、動かない様に拘束する。

「な、これはジュウドーか!? お前、何を」

 正確に言うと柔術なのだか、今はどうでもいいことだろう。
 もともと肉体派ではないゼロと、かき集めるように日本の武術を学び漁ったスザク。
 こと体術においてその差は歴然だった。

「えっと、コレどうやって開くんだ?」

「よ、よせスザク!」

「お、反応あり。ポチっとな」

「っ! ふざけ―――」

 日本の古典的(?)アクションでスザクはゼロの仮面を開くタッチパネルを押した。
 どうやって彼がこの絶対に知られてはならない仮面の秘密を探り当てたかと言われれば、動物的な勘としか言いようがない。
 腕の中で暴れるゼロの抵抗などどこ吹く風といなしながら、彼は仮面をしっかりとつかみ、ひょいと引き抜く。

「やっぱりルルーシュだ。
 服のセンスとか仕草とかからして、そうじゃないかと思ってたんだ」

「お前、気づいて……」

「当ったり前だろ? 親友じゃないか、俺たち」

 スザクはゼロの正体を確かめると、拘束を解いて仮面をルルーシュに返した。
 ルルーシュは戸惑いながらもそれを再び身につけ、彼に向き直る。

「それにしてもかさ。その仮面、趣味悪くない? 黒いチューリップ?」

「馬鹿、どう見ても黒のキングだろうが!!」

「え~~?」

 その間抜けなやり取りをレジスタンスの者たちに見られれば、築かれ始めたゼロ威厳が崩壊するだろう。
 今のゼロことルルーシュに、単独でジェレミア達を手玉にとった希代の役者の面影はどこにもない。

「もういい。スザク、いったいどうやって気付いた?」

「いや、だから仕草とかファッションセンスとか?
 まぁ確証を持ったのは、君が俺を抱えて道路から飛んだ時だよ。
 体臭ってなかなか変わらないものだし。ルルーシュ、君、この間あった時と同じ香水使ってないかい?」

「ぐ、犬かお前は」

 とはいえ、同じ香水をつけていた事は事実だった。
 クラブハウスを出る前に一度シャワーを浴びていたのだが、髪にでも残っていたのだろうか。
 目の前のスザク自身もいろいろ規格外なので、犬並みの嗅覚を持っていると言われても納得してしまう、などとルルーシュは意味のない事を考えていた。
 ともかく、これからは気をつけようと心に誓う。

「犬か、は酷いな。
 何年も会ってないならともかく、一か月前にあったばかりじゃないか

 実は、そうなのだ。
 ブリタニアの皇子と日本最後の首相の息子など、戦後離れ離れになってもおかしくない。
 では何故?
 それはスザクが、自分の心を救ってもらった恩に報いるために、彼に寄り添い続けた結果だった。

 ルルーシュの妹であるナナリーをゲンブが始末しようとした時、それを察知したスザクが父のもとに向かおうとするのを止めたのがナナリーだった。
 彼の只ならぬ気配を感じ取った彼女は、見えぬ目で必死に縋りついて彼の足を止めさせたのだ。
 そしてその間に、この頃から類稀な知略の片鱗を見せ始めていたルルーシュがたまたま枢木邸に来ていたゲンブの影響下にない大人を言い包め、彼とナナリーを裏山で匿わせたという経緯がある。
 その後、スザクが剣道の師匠であった藤堂という軍人に連絡をとり、2人は難を逃れたのだった。

 そして時は流れ、日本が敗戦して枢木邸は空爆によって破壊された。
 本来ならばスザクは彼と別れ、京都に疎開した親類の家に身を寄せるはずだった。
 けれど大切な人を次々と失い、遂には最愛の妹まで失って抜け殻になったような彼を、結局スザクは放っておけなかった。

『ルルーシュ、僕も一緒に行く。僕らは友達だろう、だから一緒に生きよう』

 だからスザクは、絶望の淵にあったそんな恩人を親友として支える事を決意する。
 焼け野原になった枢木邸の跡地で放心するルルーシュを引っ張り起こし、彼と共に共にアッシュフォードを訪れた。

 もちろんいい顔はされなかったが、頭首の孫娘であるミレイ・アッシュフォードに認められた事もあって、何とか消極的に受け入れられるに至る。
 スザクとミレイのおかげで一時は深刻な人間不信に陥っていたルルーシュも徐々に落ち着きを取り戻し、初等部を卒業することには以前のように放心した姿は見せなくなっていた。

 それは彼の中の劫火がその温度を増し、青く静かに燃え始めただけだとスザクだけは知っていたが、彼はそれでもいいと思った。
 ブリタニアを恨む炎を抱えているのは、自分も同じ。
 全てを焼きつくすルルーシュの劫火は、地獄を作る自分の中の業火と合わさって、いつの日かブリタニアを破壊する。
 そう考えるスザクは、その為の力を求めて一時的にルルーシュと別れる決意をした。
 彼が学園の中等部に進むのを契機に、スザクは軍人としての経験を得る為に日本開放戦線に身を投じたが、今でも定期的に交流をもっている。

「それにしても、あのナイトメアはお前の専用機か?」

「うん? ああ、あのときのサザーランドは君だったのか。
 じゃあ、あの騒ぎも君が?」

 ナイトメア、といわれてスザクは思い至った。
 先日の新宿で、彼はブリタニアの新型ナイトメアに追われるサザーランドを見て思わず手を貸したのだ。
 結局その事がもとでブリタニアに捉えられてしまったわけだが。

「ああそうだ。ブリタニアは腐っている。
 あの日の誓いを、今こそ俺は、ブリタニアをぶっ壊す。スザク、俺の手伝いをしてくれないか?」

 全てを失ったあの日、ルルーシュは誓った。
 自分を捨てた、自分から全てを奪ったあの国をぶっ壊すと。

「その前にひとつ聞かせてくれ。
 本当に君がクロヴィスを殺したのか?」

「これは戦争だ。
 敵将を討ち取るのに、理由がいるか?」

 沈黙。キッパリと断言したゼロを、スザクは真っ直ぐに見つめて、ふうと息を吐いた。
 腰に手を当て、一度うつむいた顔が上げられる。その顔にあるのは、晴れ晴れとした笑顔。
 遂に、始めるのか。
 彼の決意のこもった一言で、スザクはルルーシュの『兄殺し』という事実を受け入れる事に決めた

「いいや、要らないね。まいったな、流石はルルーシュだ」

 やられたよ、といいながら清々しい顔でスザクは笑った。
 もしかしたら彼も隙あらばと狙っていたのかもしれない。

「スザク、俺と一緒に戦ってくれ」

 そういって差し出された右手を、スザクは躊躇いながらも取る事はしない。

「ゴメン、ルルーシュ。悪いけれど今はまだ出来ないんだ。
 俺は今度新たに創られるナイトメア小隊の隊長も任される事になっている。
 そう簡単に放り出すわけにはいかないよ」

 スザクは迷いを見せながらも、ルルーシュの誘いを断った。
 てっきりこちらに付いてくれると思っていた彼は、目論見が外れたことに唖然とする。
 同時に、彼が日本開放戦線に取り込まれたと思い、落胆もした。

「そんな顔をしないでくれ、ルルーシュ。そうじゃないんだ。
 俺一人の力なんてたかが知れているからさ、今はまだ日本開放戦線で力を蓄えるべきだと思う。
 それに、俺が日本開放戦線にいたほうが何かと都合がいいだろう?


「スザク、お前」


 変わったな、そんな言葉がルルーシュの口から零れた。
 昔の彼は、猪突猛進なだけだった。しかし今の彼は、自分を冷静に見ることを覚えた。

 持って生まれた、ナイトメアパイロットとしての才能と日本最後の首相の息子という立場。
 力を求めて飛び込んだ組織で得た、師匠と仲間たち。
 目の前のスザクは、足りないものを補うと同時に自分の長所を最大限に生かそうとしているとルルーシュは確信した。

「ルルーシュが動いたんだ。俺も動くよ。俺たちは親友だからね

「ああ、よろしく頼む」

 自分も負けてはいられない。だからルルーシュはそう言ってスザクと分かれた。
 ルルーシュ・ヴィ・ヴリタニアと枢木スザク。
 ともすればすれ違いの果てに刃を交える彼らの道は、今たしかに並んでいる。



[16004] Stage,05 『空からトラブル』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:82a3a2ca
Date: 2012/08/29 01:50
「フクシマ、コウチ、ヒロシマ。
 これで七件目ですね。あのゼロが現れてから」

「ゼロに続け、って他のグループが頑張っちゃってるみたいだねぇ」

 租界のブリタニア政庁にある特派の研究室で、ロイドとセシルが雑談していた。
 あの枢木スザク強奪事件、通称『オレンジ事件』以降、鮮烈なデビューを果たしたゼロに触発された各地の抵抗勢力が、自分達の組織の力を誇示すべく活動を活発化させている。
 彼が救い出したのが、いまだに抵抗を続ける日本最後の首相の息子というのがまた問題だった。
 これで彼は、人種も思想も国籍も、そもそも性別すら定かではないのに、たったひとつの行動でイレブンに自分たちの側に立つ人間だと認識させてしまった。
 事件の顛末が表だってニュースとして流される事はないが、インターネットの普及した世の中ではもはや情報を規制することは不可能だ。

「ジェレミア代理執政官は、例のオレンジ疑惑で統率力を失っているし……」

「器じゃなかったんだよ。
 お陰で警察や行政との連携もボロボロ。コッチもいい迷惑だ。
 ボクとしては、彼じゃなくてリリーシャ君のほうがよかったねぇ」

「え? それ、どういう意味ですか?」

 言葉尻に付け足された言葉に、セシルが首を捻る。
 ロイドが意味不明な事を言うのはいつもの事だが、この男はいい加減なことは言わない男だ。
 ましてロイドの地位は伯爵で、しかも第2皇子シュナイゼルと直接関係のある人間。
 色々とブリタニア内情を知っていてもおかしくはない。

「それで、そのリリーシャちゃんは?
 引き継ぎも終わって、今日からはこっちで仕事のはずだよねぇ?」

「はぁ、それはそうなんですけど。あの子、やっぱり凄いショックを受けてるみたいで。
 見るからに具合が悪そうだったので今日はお休みしてもらいました」

 感情が抜け落ちたような顔で出勤してきたリリーシャに、セシルは居たたまれなくなって帰るように促した。
 たぶん引継ぎの最中にもさんざん嫌味を言われたのだろう。
 特に、軍内の女性士官のそれは最悪だ。セシルも何度か偶然耳にした事があるが、16歳の少女によくそこまでと言えると呆れて怒りまで込み上げてきた。
 おかげで普段から明るい中にどこか影にある子だったが、今朝はその影が全面に出てきていた。

「ふ~ん、けどいいのかなぁ。
 まぁいいか。セシル君。
 いつ彼女から連絡があってもいいように、ランスロットだけは直ぐに出せるようにしておいてくれる?」

「は? 何故でしょうか?」

 いつもの事ながら、このロイドは過程をすっ飛ばして結論をしゃべる。
 確かに整備は終わっているが、何故非番のパイロットの為に緊急発進の用意をする必要があるのだろうとセシルは首をかしげた。

「実はねぇ~。今度、新しくコーネリア皇女殿下が総督として赴任してこられるでしょお?
 その前に、ジェレミア卿を粛清しようという動きが純血派の中にあるんだ」

「な、ロイドさんそれは!」

「うん。まだ疑惑の段階なんだけどね。
 もしかしたら、って事も、あるかも知れないからさぁ」

「解りました。準備しておきます」

 ロイドの口から聞かされた可能性に、セシルは驚く。
 だがそれなら納得だ。
 それが起これば、間違いなくリリーシャは兄を救出する為に動くだろう。
 念のためにその事を彼女に伝えておこうと、セシルは携帯電話を取り出した。








コードギアス
    閃光の後継者

Stage,05『 空からトラブル 』









 空は青く晴れ渡り、真白い雲が渡っている。
 整えられた街並みと木々の緑。
 天高くから降り注ぎ、またはビルの透明なガラス反射した光に照らされる、明るさに満ちた開放的で近代的な街。
 エリア11、トウキョウ租界を彩る風景だった。

「はぁ……」

 しかしそんな春の明るさとは裏腹に、リリーシャの心には分厚くどす黒い雲で覆われていた。
 憂鬱だった、出口が見えないのだ。
 ちょっとでも気を抜けば大雨になりそうになるのをぐっと堪える。
 兄の大失態を止められなかった自責の念と、これからどうなるのかという将来への不安がリリーシャの心を押し潰しそうになっていた。

「はぁ……」

「リリ、駄目。
 ため息をつくと幸せが逃げる」

 ここ数日間。職場に満ちるのは何事か囁く声と、不躾な視線。
 普段なら気にも留めないそれらも、過敏になった精神と昔の経験からよく音を拾う耳は逃しはしない。

 お陰でどんどん鬱になる。
 引継ぎなどで仕事に顔は出しつつも、リリーシャは定時で逃げるように部屋に帰っていた。帰ったあとは部屋から一切出ず、食事もロクにとらない様な有様だ。
 そんな彼女を見かねて、リリーシャの親友が強引に彼女を街に連れ出したのだ。

 ちなみに服装はもちろん私服。
 活発な、少なくともそうあろうとする彼女は、少女らしさよりもむしろ動きやすい服装を好む。
 今日の彼女は、淡い緑のパーカーに白いプリントシャツとジーンズ。
 胸元で、ゴールドのハート型アクセサリーが揺れている。

「あ、うん。でも……」

「でも、じゃない。
 部屋に居たらどんどん気持ちが暗くなるだけ。
 だからリリ、笑って?」

 ぎゅっと手を握って、少女はリリーシャの眼をじっと見つめる。
 彼女は出発から全く彼女の手を離さなかった。逃がすつもりはない、という意思表示だろうか。
 髪の色と合せたピンクと白のワンピースが眩しい。丈の短いスカートから延びる少女の細い脚には、淡紅色と白のストライプ模様のタイツを穿いていた。

「行こう。政庁の近くに美味しいアイスクリーム屋さんがある」

「わっ、ちょっと、アーニャ!」

 言うが早いか、彼女はリリーシャの手を握ったまま駆け出す。
 走る弾みで、後頭部でふたふさに分けてアップにされた桃色の髪が揺れた。

 アーニャ・アールストレイム。
 小さく華奢な少女だが、彼女はこれでも史上最年少のナイトメアパイロットとして有名だった。
 名門貴族に生まれた彼女は、行儀見習いで訪れたアリエス宮でマリアンヌ王妃と出会い、彼女への憧れから両親の反対を押し切ってブリタニアの士官学校に進学する。
 そしてメキメキと頭角を現し、それまでリリーシャの持っていた最年少記録を更新したもうひとりの天才だった。

 リリーシャとはその記録更新が元で知り合い、同じような境遇からすぐに意気投合。
 彼女はその天性の操縦センスを評価され、未だ士官学校に通う年齢にも関わらず飛び級のような形でこのエリア11に赴いていた。
 大人ばかりのエリア11駐屯軍の中で、ふたりは互いに心許せる数少ない友人だった。
 あまり感情を表情に出さない彼女だが、今の彼女からは必死に親友を励まそうとする気持ちが伝わってくる。


「どいてくださ~い! 危な~~~い!!」

「わっ」

「えっ? ほわぁ!?」


 その時、不意に、リリーシャの頭上からトラブルが落ちてきた。









「大丈夫?」

「いっ、たたたた……。すいません」

「そうじゃなくて、下」

「え? わっ、だ、大丈夫ですか!!?」

「きゅう……」

 リリーシャの上に、桃色の髪をした少女が乗っている。
 まさか上から人が降ってくるなんて思ってもみなかった彼女は、上から来たお転婆の直撃を受けてしまったのだ。
 結果的にリリーシャがクッションになったことで相手は無事だった。リリーシャ自身は気絶してしまったけれど。

 一方のアーニャは直撃よりも僅かに早く彼女の存在には気づいていたのだが、繋いだ手を引く前にリリーシャと少女が衝突し、アーニャ自身もアスファルトに引き倒されたような格好になる。
 転んだ拍子に打った膝をさすりながら、彼女はぐいっと落ちてきた少女をどかしてリリーシャの顔を覗き見た。

「う~~」

 確認。外傷も特にないようだし、無事でほっとしたとアーニャは胸をなでおろす。

「リリのあんなすっとんきょうな声、初めて聞いた」

「あの、本当にごめんなさい。
 まさか下に人がいるとは思わなくて」

 とりあえず気絶したリリーシャを近くの木陰に運び込んで、アーニャはその赤みの強い眼でじっと落ちて来た少女を見つめた。
 簡素ながら上質な真っ白いブラウスにベージュのロングスカートを穿いている。
 自分とは少し違う桃色の、ゆるくウェーブした長い髪。淡い赤紫の瞳と、年齢も一致。たぶん間違いない。

「今度からは思って。危ないから。……次やったら、怒る」

 けど関係あるものか。リリーシャを傷付けるなら、許さない。
 もともと感情の起伏に乏しいアーニャだが、自身が興味のあるもの、大切に思っている人に対する思い入れは人一倍強い。
 少女もそんなアーニャの無表情の奥にある怒気を感じたのか、もう一度頭を下げた。
 その時、少女の膝で眠っていたリリーシャが眼を覚ます。

「ユフィ……」

 ぼんやりと網膜に映った長いピンクの髪となつかしい香りに、普段なら絶対に言わない言葉が口をつく。
 その単語にハッとした表情で、少女は思わずリリーシャの口に手を当てた。

「気がつきましたか?」

「ふぁあ! え、あれ、なに、どうしたんですか!?」

「リリの上に人が降ってきたの。憶えてない?」

 素早い行動と話題そらしで事なきを得たと少女はほっとする。
 一方のリリーシャはアーニャそうに言われ、ぼんやりとした頭を元気にしながら気絶する前にあったことを思いだす。
 あ~、そういえば上から声がして……

「ほんっ~とうにゴメンなさい。
 お怪我はありませんでしたか??」

「えっと、あ、はい。大丈夫です」

 そんなリリーシャの後ろに目尻に涙を浮べながら必死に謝っている少女がいた。
 彼女に見覚えがあったリリーシャは思わず息を飲み、彼女こそ怪我がなくてよかったと思い直す。

「失礼しました。ユーフェミア皇女殿下……」

 乱れた髪を直し、眼鏡をかけ直したリリーシャがそこまで言ったところで、少女に再び口を塞がれた。

「駄目ですよ。
 ここではユフィです。そう呼んで下さい」

 どうやら自分の事を知っているらしいリリーシャの口をにっこりとした笑顔で塞ぎ、ユーフェミアはちらりとアーニャの方を見る。
 けれど後宮に娘を行儀見習いとして送れる程の名家の一員であるアーニャは、ちゃんとユーフェミアの事を知っているのだからあまり意味の無いことだった。
 彼女はユーフェミアの気持ちを汲んで、気付かないふりをすることに決めたらしい。

「えっと、じゃあ、ユフィさん?」

「はい!」

 アーニャの方針を悟ったリリーシャも言われたとおりの略称でユーフェミアに呼びかけると、花が咲いたような笑顔で手を握られた。
 親族ならともかく、皇族に仕えるべき貴族が皇女を略称でよぶなど不敬罪ものだ。勘弁して欲しい。
 こんな街中でなければ、気持ちだけ受け取っておきますと言って固辞する場面だろう。

「あの、実は私、悪い人たちに追われてるんです。
 だから助けて頂けませんか?」

 そう言ってふんわりとした笑顔で見つめてくるユーフェミア。
 ふと見上げた先に在ったのは、政庁に隣接する建物――――の開いた窓と窓から延びるカーテンを繋いだロープ。
 リリーシャの額と背中を生温かい汗が伝う。
 間違いない。逃げてきたのですね、皇女様。

 彼女の身分を知っているリリーシャとしては、「それ、もしかしなくても護衛の方々ですよね!?」とツッコミたい気持ちで一杯になったがグッと我慢する。
 はい、とも、いいえ、とも言えずに助けを求めてアーニャの方を見ると、彼女はユーフェミアの視界の外で携帯を打っていた。
 程なくして鳴ったメール着信音で携帯を見ると、そこには連絡はしましたの文字。
 ユーフェミアの気持ちを汲んで、SPを増員の上で遠巻きに見守る旨が記されていた。

『アーニャ~、余計なことを~~』

 とは、リリーシャの心の声。
 ユーフェミアのエスコート役を押し付けられたことに涙目になりそうな彼女だったが、こうなっては仕方がない。
 どうやら今日はアーニャと共に、この破天荒な皇女さまの休日に付き合う義務があるようだ。
 気絶している間に入っていたセシルさんからの着信履歴も気になったが、まさか皇女殿下の前で電話をかけるわけにもいかないので後回しにしよう。
 軍からのスクランブルなら、ほどなく二度目の呼び出しがあるはずだから。

「そろそろ行こう。リリ、ユフィ。
 アイスクリーム屋さんが移動しちゃう」







[16004] Stage,06 『嵐の前』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:2c000750
Date: 2012/08/29 01:51

「おいしい。エリア11の人って器用なんですね」

 政庁近くの公園にある屋台でアイスクリームを買い、歩きながら食べる。
 移動型の店舗で商売をしているのは名誉ブリタニア人―――――市民権を認めれらた旧日本人だった。
 露天とは思えないくらい丁寧に作られたそれは、租界のブリタニア人を唸らせるに十分な味に仕上がっている。値段も安い。

「よくこの国の名誉ブリタニア人の方々を見下す人がいますけれど、それは間違いだと思います。
 私もまだ数ヶ月しかこのエリアにいませんけど、みんな真面目だし手先も器用なんですよ」

 イチゴ味のアイスを食べながら、アーニャもそれに頷いた。
 スイーツならば、大味なブリタニア人の作ったものよりも路上で店を出しているイレブンの物の方が美味しいことが多い。
 もちろん、本国の一流パティシエのものならまた別だけれど。
 なんといったかな? ひと手間かける美味しさ? ともかくそんなもの。
 エリア11の人はものづくりに真剣で繊細なのだ。

「ユフィが望むなら、他にもいい店を知ってる。今度行こう」

「はい、是非」









コードギアス
    閃光の後継者

Stage,06『 嵐の前 』









「それにしても、こうしているとブリタニアにいるのと変わりませんね」

 周りを見回し、素直な意見をユーフェミア口にする。

「それは当然。この街は本国をモデルに造られた」

 少なくともここだけは、と付け加えようとする衝動を、リリーシャは呑み込んだ。
 相変わらず、旧首都圏を含む旧日本の国土は荒廃したままだ。
 イレブン側の抵抗活動が激しいというのも原因なのだろうが、シンジュクなどのビル群はいまだに瓦礫の山で、『ゲットー』というスラムを形成している。
 もはやかつで世界有数の経済大国だった頃の面影はない。

 そう、感傷を孕んだ眼で辺りを見回していたリリーシャの視線が一点でフリーズする。
 不思議に思ったアーニャが視線の先を追って、そこに明るい銀色の髪を揺らす青年の姿を見つけて納得した。

「あれ、リリーシャちゃんとアーニャちゃん?」

 彼女の視線に青年も気付いたようで、手に下げていたポーチを肩にかけ直してこちらに走ってくる。

「ライ、すごい偶然」

 隣で固まるリリーシャをよそに、アーニャは最近出来た異性の友人の登場を歓迎した。
 ライは中々の美形な上に童顔なので高校生に見られがちだが、貿易関係の会社に勤めるれっきとした社会人であるらしい。
 リリーシャの兄であるジェレミアとヴィレッタは友人とうよりも知人という感じなので、恐らくアーニャの友人の中では最も年上なのが彼だろう。
 黒いジーンズとジャケット、その下に来た真っ白いハイネックのインナーが、美しい銀髪をもつ彼によく似合っていた。

「こんにちは。リリーシャちゃん、アーニャちゃん」


「ん。ライも今日は休み?」

「うん。このところ土日も仕事だったからね。その代休だよ」

 実は今日は平日である。
 彼の言うには、あのゼロの一件から始まる行政の混乱のせいで空港やコンテナ港は機能停止に陥り、入ったばかりの新人である彼ですら休日も出勤しなければならないほどの忙しさだったようだ。
 最近になってようやく、コーネリア殿下のエリア11総督就任が決まり、休暇がとれるくらい事態が落ち着いたのだとか。

「リリーシャちゃんも――――ってどうしたの?」

「えっ、あっ、お久しぶりです、ライさんっ!」

「ひさしぶりって、4日前に一緒にコンビニで会ったばかりじゃないか」

「あっ、そうでした」

 ごめんなさい……とごにょごにょ言いながら、リリーシャははぅ、と頭を伏せてしまった。
 そこに、ライの掌が乗せられる。
 ふわふわと頭を撫でる大きな手に、彼女は気持ちよさそうに眼を細めた。
 ライの方もまるで妹にそうするように、穏やかな顔でリリーシャの頭を撫でている。

 そうなると、面白くないのはアーニャである。
 ツカツカとリリーシャの背中に近づくと、そのまま彼女の腰に抱きついてベイっとライの掌から引き剥がす。

「だめ、リリはわたしの」

 そう言って、ぎゅうとリリーシャを抱きしめながら自分を威嚇するアーニャを、ライはやはり穏やかな表情で見つめている。
 降り注ぐ太陽の光の中に美しい銀髪を遊ばせながら微笑む彼の姿は、一枚の絵画のように嵌っていた。

「ところで。
 はじめまして、ライ・ヴィクトルです。貴女は?」

「えっ? あ、わたしはユフィといいます」

 先ほどまで三人のやり取りを傍観していたユーフェミアは、不意に言葉を向けられたことで一瞬戸惑ったが、次の瞬間には持ち前の明るさで返事を返した。

「ユフィさん? よろしく」

 それに応えるように、ライも頬笑み、右手を差し出す。
 思いのほか大きく、ところどころが固い彼の手にユーフェミアも手をかさね、ゆっくりと握って離す。
 この時、リリーシャが感じている不思議なシンパシーをユーフェミアも少しだけ感じていた。

「それで、これからどうするの?
 買い物も終わったし、よかったら僕もついていっていいかな?」

「いいよ。その代わり、次に行くところはライのおごり」

「イエス、ユア ハイネス アーニャお嬢様」

 おどけた様子で、しかしずいぶんと様になる礼をしたライに、一同はまず虚を突かれ、次に噴き出した。
 やり過ぎです、とはリリーシャの声で、面白い方ですね、とはユーフェミアの言葉である。
 ともあれ一名の男子を加えた一向は、再びトウキョウの街を歩き始めた。





 / / / / / / / / / /





 投入口にコインを一枚滑り込ませ、アーニャは静かに銃を構える。

「観てて」

 4人がアーニャの案内で連やってきたのは、近くにあるゲームセンターだった。
 リリーシャもよくアーニャと来る休日の定番コースにある店である。
 店に入るなり目当てのゲームの前に仁王立ちになる。
 ジャンルは、拳銃型のコントローラで操作するシューティングゲーム。

「すごい。全然外しませんね」

 後ろで見ていたユーフェミアの口から感嘆の声が漏れる。
 ディスプレイの両サイドに埋め込まれたスピーカーからは、絶えず銃声と悲鳴を模した音が流れ続ける。
 アーニャが普段使っているものよりも数倍軽い銃が滑る様に動き、腕で画面上で次々と出てくる標的を撃ち抜いていった。
 感の眼、つまり此処の標的ではなくディスプレイ全体を俯瞰して動きの中で標的を設定し打ち抜く様は、彼女の無表情と相まって薄ら寒い。
 瞬く間にファーストステージをクリアしたところで、ハイスコアを叩き出した彼女の隣に立つ勇者がいた。

「僕もやっていいかな?」

 ライである。
 彼はアーニャが頷くのを待ってコインを投入し、銃を手にした。
 このゲームは途中参加可能で、2人になると標的の数の多いスペシャルステージの選択が可能になる。
 迷わずそちらを選択したアーニャは、挑戦的な眼をライに向けた。

「負けない」

「うん、僕も負けるつもりは無いから、勝負だね」

 GAME STARTの赤い文字が画面上に現れる。
 その後は、正に圧巻だった。
 倍に増えた画面上のモンスターを、それ以上に増えた銃弾が駆逐していく。

 片や、踊る様に銃弾をばら撒くアーニャ。
 片や、正確無比な銃撃で敵が動く前に脳天を貫くライ。
 不規則に動いてプレイヤーを翻弄するはずの敵が、何もできずに次々と沈んでいった。
 結局ハイスコアでゲームを終えた彼女には、いつの間にか出来たギャラリーから惜しみない拍手が降り注ぐ。

「ん……」

「ふう」

 結局、二人のスコアはほぼ同じ。
 撃退数ではアーニャが上回るが、連続Hitボーナスはライが勝っている。
 カチンと二人は銃をぶつけ合い、無言で引き分けを受け入れた。

「二人とも、やりすぎです」


 そんな少し顔を赤らめるアーニャを右手で引っ張って、やっちゃったと髪をいじるライの腕を引っ掴んで、リリーシャは強引に人ごみから連れ出した。
 その後ろでは二人の記録を破ってやると筐体に人が群がっている。

「はぁ、びっくりしました。
 お二人とも、凄くお上手ですね。アーニャさんは、やはり軍で訓練されたのですか?」

 人ごみから抜け出した4人は、自販機で飲み物を買って次のゲームを物色している。
 特に前の二人が眼を輝かせているので、姫のエスコート役はもっぱらリリーシャの役目だった。

「はい。私もアーニャも軍に身を置いていますから。
 これでも二人ともナイトメアに乗っているんですよ。ライさんは、こういうゲームをずっとやっていたら、いつの間にか、だそうです」

「まぁ、そうなんですか!?
 ――――ああ、思い出しました。お名前を伺った時から何か引っかかっていたんです。
 アーニャ・アールストレイムさんといえば、確か現在最年少のナイトメアパイロットですよね?
 そしてその前の最年少ナイトメアパイロットが、リリーシャ・ゴッドバルトさん」

「はい。ご存知頂いて光栄です」

 リリーシャは若くして力を認められ、母や兄と同じパイロットに抜擢されたことを誇りに思っている。
 それを未来の上官に褒められれば、嬉しくないはずがない。
 武家の名門であるアールストレイム家に生まれたアーニャもそれは同じの様で、嬉しそうに口元を緩めていた。

「そういえば、皆さんは学校には行かれているんですか?」

「私はこれでも16歳なので、士官学校は卒業しました。
 今は任務の合間に、基地内の教育機関に通っています」

「私はまだ中等教育が終わってないから、任務以外は学校」

「僕は去年高校を卒業して今年から社会人だけど、もっと勉強がしたくて今も大学の夜間部に通っているよ。だから半分学生かな?」

 ライの様に、さらなる知識を求めて働きながら私立大学に通う者も多く、その為の環境も整っている。
 徹底した実力主義を敷くブリタニアでは、己を磨く事こそ至高への近道だからだ。

 またリリーシャとアーニャの二人は、共にエリア11のトウキョウ租界にある軍の教育機関の生徒である。
 実力主義のブリタニア軍内においては、就学年齢でありながら実務に従事している者は少ないながら存在する。
 流石にアーニャのような15歳未満は例外的ではあるけれど。

「そうでしたか。じゃあ私も時々お世話になりますね」

「ええ、歓迎します」

 内心、マズいんじゃないでしょうか? と思うリリーシャだが、善意100%な皇女さまの提案を無碍には出来ない。
 まあ彼女が来たら、同級生の男子たちが俄然張り切りそうだからまぁいいかとスルーする事にした。
 その際の教師陣と教育係の心労は考えない。心の平穏の為に。
 今度差し入れに何か持っていこう。クッキーと胃薬がいいだろうか?

「そういえば、リリーシャは何かゲームをやらないんですか?」

「え。私ですか? えっと、一応格闘ゲームた得意ですが、あまり見ても面白いものではないですよ?
 それよりユフィさん。これをやって見ませんか? 私のお勧めです」

 リリーシャが指差したのは、ペンタブを使った頭脳系のゲームだった。
 これなら普段ゲームに触れない人でも十分に楽しめる。

「わぁ、面白そうですね。あら?」

 ふと、大きな音がしてユーフェミアは顔を上げた。
 様々な筐体から出る音で賑やかな店内で、ひときわ大きな打撃音と歓声。
 どうやら誰かがパンチングマシーンでハイスコアを叩き出したらしい。
 見れば、どこかの学校の制服を身につけた赤い髪の女の人が拳を振るっている。

「はぁ、女性なのに凄いですね」

「カレンはここでは有名だから。たぶん影で鍛えてる。リリ?」

「え? 私!?」

 いつものように猫をダース単位で被り直した赤い髪の少女が去った後。
 唖然としているユーフェミアを尻目にアーニャはリリーシャの袖を引っ張る。

「わたしとライはさっき見せた。
 今日、リリは何もやってない」

「いや、でも絶対――――」
「まぁ、是非お願いします!」
「――――はい……」

 断ろうとして、満面の笑みの皇女殿下に押し切られました、マル。

 ともあれ、リリーシャも女性とはいえ軍人。
 標準女性から比べればそれなり以上に鍛えているし、筋力トレーニングなどはナイトメアの操縦には欠かせない。
 ただでさえ人より余計に動き回るのだ、身体にかかるGも半端ではない。密かに首が太くなってしまうことが悩みのタネである。

「ふぅ……」

 観念したリリーシャはパーカーを脱ぐと、コインを入れてパンチングマシーンの前に立った。
 赤髪の少女の次は三つ編み娘の登場に、周囲がいっそう盛り上がる。
 それらへの対応とか文句とかを一切合財をまとめて放り投げて、リリーシャは両腕を曲げて構えた。

「やっ!」

 蹴り足と共に強く踏み込み、同時に左手を内側に締めながら右拳を突き出す。
 腰の回転を重視した右ストレート。
 基本に忠実でこれ以上なく正確に打ち込まれた拳はミットの中心を真っ直ぐ打ち抜く。返るのは、パァン、という乾いた音。
 ほどなくしてファンファーレと共にスコアとランキングは発表された。
 ダインキングは、女性・本日9位。歴代ランクは無しだった。

「まあまあ?」

「ううん、上出来。一応自己ベストまであと2kgだから」

「それでも凄いことです。
 9位って出てますけど、この記録は残るんですか?」

 平淡な顔で預けていた荷物を渡してくれるアーニャの隣で、ユーフェミアが無邪気にはしゃいでいる。
 彼女のような地位の人間なら、パンチングマシーンはおろかゲームセンターも初めてだろうなぁ、とリリーシャは他人事のように思った。

「ん~、たぶん無理じゃないでしょうか。
 歴代記録はずっと上ですし、こういう所は夜が本番なので」

 渡された上着を着なおしながら、ユーフェミアの質問に答える。
 ちなみに本日の女性の歴代ランキング1位は『KAREN』。歴代トップは『MARIA』だった。一方男性の総合一位は……

「あ、総合一位が変ってる」

 この間までは確か『HARRY』というブリタニア軍人が持っていたハズだが、彼は二位に落ちて、その上に『SUZAKU』という名前が上がっている。
 しかも結構ぶっちぎりだった。

「その人なら知ってる。
 カラテの右ストレートで記録を出してたって聞いた」

 リリーシャはくらりと来るのを必死に抑えた。ぐりぐりと眉間を親指で揉み解す。
 何をやってるんだろう、あの人は。
 もしかしなくても『SUZAKU』は彼だろう。テロリストがこんな所でそんな事をしていてでいいのだろうか?

「あら? 『SUZAKU』ってあの―――――」

 横から覗き込んだユーフェミアが何かに気付きそうだったので、あわてて名前の入力画面を開く。
 あまり時間も無いことだし、リリーシャは少し悩んだか結局いつもの名前を打ち込んだ。

「『NUNNA(ナナ)』ですか?
 確かにLILECIA(リリーシャ)では入りきらないようですが、それなら『LILY』でいいのでは?」

「『NUNNA』はリリのあだ名。
 私たちは一応軍属だから、こういう所で本名は使わないほうがいいって。私もそうしてる。
 ハリー中尉は堂々と使ってるみたいだけど」

「まぁ、そうでしたか」

 手をポンと合わせて納得したという表情のユーフェミアに、リリーシャはあいまいな笑顔を返す。
 彼女の気を逸らそうとあわてて慌てて打ち込んだが、ちょっと軽率だったかもしれない。

「じゃあ、次に行こう。ユフィは今日しかないんでしょ?」

 そこへすかさずアーニャが声をかけ、ゲームセンターからユーフェミアを連れ出した。
 一声かけて周りに潜むSPに知らせるあたりはそつがない。
 いつもより退参が速めなのは、平日で人が少ないとはいえ流石にこの場所はマズイと気づいたのだろう。
 もっと早めに気付いてほしかった、とはリリーシャとSPの心の声である。


 ゲームセンターを出た後、適当な通りでウィンドウショッピングをした後、近くのファストフード店で休憩をしていた。
 支払いは、約束どおりライのおごり。
 普段は決して体験できないオープンカフェスタイルに、ユーフェミアは嬉しそうにホットコーヒーを飲んでいる。
 邪念のかけらもないないその様子を見ていると、こちらまで幸せな気分になってしまうのはなぜだろう。
 リリーシャの携帯が鳴ったのは、そんな時だった。

「はい。どうしました、ヴィレッタさん?」

 電話の相手は兄と同じ純血派のヴィレッタ・ヌゥだった。
 兄に紹介されて何度か会ったことがある、淡く青い髪が綺麗なちょっとキツめの女性士官である。
 まあ、その、兄とは個人的な親交があるようだけれども。むぅ。


『緊急事態だ。単刀直入に言う。
 君の兄上、ジェレミア卿のお命が狙われている』


 その、リリーシャがちょっと複雑な感情を向ける彼女の口から伝えられたひと言に、リリーシャは言葉を失った。




[16004] Stage,07 『粛清』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:e3b5ec25
Date: 2012/08/29 01:54
「ああ、わかった。私も向かう。
 いい妹を持たれて幸せだな。ジェレミア卿は」

 眼の前の壁に設置されたディスプレイ以外にまともな光源のない薄暗い部屋に、携帯を閉じる音が反響した。
 指令室で純血派の情報官ふたりにサーベルを突き付けたまま、ヴィレッタは携帯電話をしまい込むと、途端に、その表情が厳しくなる。
 氷でも押し当てられたかのような殺気に、情報官はゾクリと背中を震わせた。

「ヴィレッタ卿……」

「貴様らはここで大人しくしていろ。これ以上勝手は許さん」

 そう言い放つと手近なもので情報官を拘束し、指令室を出た。
 騎士候であるヴィレッタにとって、純血派は立身出世のための踏み台にすぎないが、だからこそ内ゲバなどでその権威を失墜させる事などあってはならない。
 折角ジェレミア卿の信頼を勝ち得たというのに、それを無駄にされてしまった事への怒りはあるが、この道が一筋縄ではいかない事は承知している。

「全く、馬鹿な事を」

 純血派の事を優先するなら、それこそジェレミア卿を殺してはお終いだ。
 粛清などしては、今度は純血派全体として何か後ろ暗い事でもあるのかと疑われる可能性がある。
 こちらにそんな物はないのだから、たとえ困難でもジェレミア卿と純血派関係ないと結論付けた上で処分を上層部に求めなければならない。
 だというのに、さらなる失態を重ねてどうするというのか!

「ゼロが現れたという報告を受けたので、私もジェレミア卿の援護に向かう。
 私のサザーランドの出撃準備、大至急だ!!」









コードギアス
    閃光の後継者

Stage,07『粛清』










「ユフィさん、ライさん、ごめんなさい。緊急事態なので、私はここで抜けます。アーニャ、あとはお願い」

 ヴィレッタから事情を聞き、リリーシャは有無を言わさぬ口調でユーフェミアに暇を告げる。
 ユーフェミアもライも、電話を切ってこちらを向いた彼女の変わり様に驚き声も出せない。
 突然の言葉に唖然とする彼女の隣で、彼女の身に何かただならぬ事が起こったことを察したアーニャが頷いた。

「わかった、任せて。
 ユフィ、リリーシャはこれから仕事。だから私たちだけで我慢して」

 そう言われては、お願いしたのはこちらなのだからとユーフェミアは顔を綻ばせてそれを承諾した。
 突飛な発言で周囲を困らせるのが得意な彼女だが、それくらいの分別はある。

「わかりました。
 では今日はありがとうございました、リリーシャさん。とても楽しかったです」

 食べかけのポテトを残したまま椅子から立ち上がり、礼をする。
 心臓を蹴っ飛ばす焦りを、ゴッドバルト伯爵家のリリーシャの名で黙らせ、皇女への礼儀を通す。
 ユーフェミアの礼に恐縮しつつ、自分の非礼を詫びて席を立ったリリーシャは、すぐに近くの物陰に駆け込んだ。

 同時に握りしめていた携帯電話を開き、着信履歴から即座にセシルの番号を呼び出す。
 迂闊だった、今朝の電話はこの事だったのだと知るが後の祭り。ともかく今は、一刻も早く純血派の暴挙を止めなければ。
 もう、家族を失うのはごめんだ。

「セシルさん、リリーシャです!
 今すぐランスロットをお貸りしたいのですが、出来ますか!?」

『えっ!?
 ちょっと、リリーシャちゃん。落ち着いて!』

 突然の電話に驚いたのはセシルも同じだった。
 今日の朝に聞いた話が、その日すぐに現実のものになってしまうとは思わなかったが、彼女も既に事情は把握している。
 電話ごしでもリリーシャが焦りに焦っているのが分かったセシルは、まず彼女を落ち着かせようと流れを切りにかかった。

「答えてください! ランスロットが必要なんです!!」

 そんなセシルの気遣いを一言でぶった切る。
 時間が惜しい。否と言われれば、単身でもたどり着く。
 速やかに脳内にかつての愛機であるサザーランドがある場所を描き、その強奪方法をシュミレートする。
 まずはキーを、いやパスコードが先か。なら整備部のエリンスに駆け会えば……くそう、アイツこの間チュウブに転属になったんだっけ。
 なら贅沢は言わない。グラスゴーなら、もっと簡単に―――――

『お~め~で~と~。
 もう準備出来てるよ。僕らも近くにいるから』

 しかし、突然の、理由も状況説明もすっ飛ばした用件だけの嘆願に帰ってきたのは、そんな素っ頓狂な声だった。
 彼の性格を知っているから、この声音は別にふざけてやっているのではないと解ってはいるが、今回ばかりは怒りが突き抜けた。

「ふざけないで下さい!!」

『ロイドさん!』

『無駄だってセシル君。
 リリーシャちゃんも、大好きなお兄さんのピンチなんだから、冷静になんかなれないでしょお?』

 最も、まだまだ子供な彼女の激情など、一筋縄ではいかない者が集うブリタニアで好きな事を押し通す彼に通じる訳がない。
 彼女の大声をするっと流して、さらにロイドは諌めようとするセシルを一言で黙らせ、話の矛先をリリーシャへと戻す。
 一方、兄への好意に言及されたリリーシャは、んな感じで程よく混乱し、勢いを殺がれた所へすかさずロイドが声を割り込ませる。
 いや、うん。別に兄さんに特別な感情がある訳ではないのだけれど。兄さんにはヴィレッタさんが居るし。

『じゃあすぐに行くから、そこから動かないでね』

「――――っ!?
 いいんですか、ロイドさん!」

『いいのいいの。他ならぬ君の頼みだもの。
 それに君は優秀なデヴァイサーだからさぁ。今回もいいデータを期待してるよ』

 言うが早いか、特派のトレーラーが目の前の道路の対向車線を横切った。
 近くの交差点で地面にタイヤマークを刻みながらUターンをし、目の前に止まる。
 駆けだした勢いのまま、リリーシャがそれに飛び込むと、トレーラーはランスロットが出撃できる広い場所まで全速力でアクセルを吹かした。







 / / / / / / / / /







「キューエル、話せばわかる!」

『裏切り者の言葉など、聞く耳もたん!』

 ゲットーにある球技場跡地で、ジェレミアのサザーランドは4騎のサザーランドに囲まれていた。
 それらを率いるのは彼と同じ純血派のキューエル・ソレイシィ。
 彼は『不穏分子の粛清』という大義名分を掲げ、実際には疑わしき者は罰せよという理念でジェレミアを亡き者にしようと動いている。
 あるいは今回の件はジェレミアの独断での行動であり、彼の口を塞いで罪を全て押し付けることで、純血派への批判を躱そうとしているのかもしれない。

「くそぅ、四人がかりとは……」

 彼らの気持ちも解る。
 自分が取り返しのつかない事をしたことは理解しているが、その動機が理解できない。
 何故自分があんな事をしたのか、後で話を聞き吐き気を覚えた。
 誰よりも忠義篤くと誓った己が皇族殺しを見逃し、あまつさえ同僚に不当に銃を向けたのだ。

 その負い目が、負い目が彼の動きを鈍らせる。
 キューエルの言い分は一方的なものだが、ジェレミアはそう言われるだけの行動を実際にしてしまっているだけにどうしようもない。
 自分もなぜこんな事をしたのかと、記録映像を見ながら自問自答すのだが、いかんせんその時の記憶が無いのだ。
 リリーシャからの度重なる詰問にも答える言葉を持たず、自然と彼女を遠ざけてしまっている。

「だが死ねぬ。諦めぬ。キューエル、私の話を聞いてくれ!」

 4人がかりで一人を追い詰める。むろん卑怯な行為だ。だがこれは大義に基づく行為だと己を鼓舞し、キューエルが突っかけた。
 己を誤魔化せず迷うジェレミアと、欺瞞ながら己を貫けるキューエル達ならば、キューエルの方が上手である。
 正面から突っ込んできた彼のサザーランドが握る槍でジェレミアはバランスを崩して倒れ、アサルトライフルを取り落とす。
 キューエルはすかさず槍の穂先を突きこんで爆散させ、さらに逆手で跳ね上げて脇腹を抉る。

「黙れと言っている、オレンジ!!」

「くっ、卑怯者!!」

 槍を振り上げて止めを試みたキューエルのランスを、ジェレミア膝立ちのままスタントンファの付け根で受け止めるという曲芸をやってのけた。
 卓越した操縦で拮抗状態を作り出したことで、ランスとの接触点から稲妻状の電流が迸る。
 ジェレミアとて、歴戦の勇。その弛まぬ努力で磨き上げられたナイトメア操縦技術は、純血派でも群を抜き本国のラウンズにも匹敵する。
 しかし1対4。それも整備不良のサザーランドでは、流石に分が悪すぎた。

「ぐっ……」

 ガンガン、と断続的にコックピットに響く衝撃。
 最も遠い位置にいたサザーランドがアサルトライフルを発射し、動けないジェレミアを嬲った。
 幸い、遠すぎるせいで左腕だけで急所はカバーできたが、それで完全に動きを封じられた。

『案ずるなジェレミア。
 戦死扱いにしてやる。家の名に傷はつかん』

 仲間の援護を期にキューエルはそう言い捨て、押し切るのは無理と判断したのか後退した。
 それに入れ替わるように別の機体がジェレミアにせまり、膝をついていた右足をランスで貫く。
 ランドスピナーごと脚部を破壊され、これで立つことすらままならなくなった。着々と己の分身の身体を削られ、ジェレミアの額に恐怖が伝う。

「っぅ! 本気か、本気なのか。本気でこの私を――――――キューエル!!」

 脚部をやられたことでバランスを崩しながら、ジェレミアは左手のスタントンファを展開して背後のサザーランドを追い払った。
 このままでは、このままでは忠義を果たせなくなる。
 マリアンヌ様を喪い、クロヴィス殿下を護れず。私は、また……

『黙れオレンジ!
 我らは何の為に存在している。皇室の為であろう!!』

「ふざけるなぁ!!」

 一方的な断罪に怨嗟が口から零れる。
 憎悪で奥歯を噛みしめ、眼を見開いてディスプレイの向こう殺意を飛ばす。
 貴様に、何が解る!
 あの行動は、たとえ自覚が無くとも己がしでかした失態。それは認めよう。私は、コーネリア総督が着任され次第、獄を抱く事になるだろう。
 しかし、貴様らは何だ。
 皇族方の為と言いながら、その実、忠義を免罪符として自分にとって邪魔なものを排除しようとしているだけではないか!
 それの何処が、忠節か!


「キューエルーーーーーーーッ!!」


『オール ハイル ブリタァァァニアーーーーーッッ!!』


 ブリタニアへの忠誠を誓う言葉を紛い者達が叫びながら、四方向から突撃をしてくる。
 ランスを構えたサザーランドの十字突撃。
 よく訓練された槍撃陣だったが、瞬時に四人の動き身取ったジェレミアは、その中で右のサザーランドがわずかに遅い事に気づいた。
 すかざず片足だけになったランドスピナーを操作して反転しながら左斜め前に飛び込み、同時にスラッシュハーケンを左から来たサザーランドの足元に打ち込む。
 さらに遅れたサザーランドの一撃を、左腕一本を犠牲にして躱した。

「よし、これで!」

 だが、そこまでだった。
 陣形が崩された事を悟った瞬間に動いたキューエルがランスを突き出し、ランドスピナーを全開にして突っ込んで来る。
 スラッシュハーケンを巧みに使い、行動を縫いとめられた。どこに動こうとも、貫かれる。これは、躱せない。

「くぅぅ。マリアンヌ様、ナナリー様、申し訳ありませ―――――」

 観念し、己の敬愛するマリアンヌ王妃に、そしてナナリー皇女に護れず逝くことへの非礼を詫びた。
 しかしその刹那、目の前に朱塗りのスラッシュハーケンが着弾する。
 ハーケンはキューエルの足下を深々とえぐり、不意の一撃で純血派たちの動きを止めた。

『キューエル卿!
 ジェレミア兄さんを粛清しようとするとは、どういうつもりですか!!』



[16004] Stage,08 『皇女』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:e3b5ec25
Date: 2012/08/29 20:43

「はい、こちらライ。何か事件でも起こりましたか?


 リリーシャが慌てた様子で去った直後、ライは二人に断って席を立った。
 そのまま彼女たちに声が届かない位置に離れ、メロディを奏でる携帯電話を取り出す。
 通話先は、彼が所属する組織だった。
 通話の相手は、女でありながら、その組織を纏め上げる辣腕の騎士であり、彼を組織にスカウトした恩人でもある。

『へぇ、流石に情報が速いわね、ライ。
 君の言う通り、事件が起こってるわ。何でも、ゼロが見つかったとか』

 ゼロ、とは言うまでもなくあの仮面のテロリストの事だ。
 先日の枢木スザク強奪事件以降、多数の調査員が東京租界を探っているが、痕跡すら見つけられていない謎の人物である。

「ゼロが? 事実ですか」

『どうかしら。
 他がウチよりも情報が速いってもの納得できないし、なによりあの純血派からの情報よ。
 考えるだけ無駄ね』

 通話相手は、まるでやる気の無い声でライの質問に答える。
 その声が、途中から急に真剣みを帯びた。

『ただ、この純血派ってとこがポイントでね。
 あそこにはこのあいだ大問題を起こしたオレンジ、もといジェレミア代理執政官がいる。
 彼はゼロ発見の情報に、部下と共にサザーランド5騎で飛び出したらしいけど、』

「けど、なんでしょう?


『彼に従った部下が、この4
だけなの。それも全員純血派のメンバー。
 おかしいわよね? 代理執政官が出撃したのに、他部署には出撃要請が全く出ていない。
 たかがテロリストだからというものあるけど、ならなぜ拠点制圧用の歩兵を連れていかないのかしら?』

 通話相手の試す様な誘導に、ライはそういう事かと納得する。
 この上司とは、一年前にあのカプセルから出されて以来の付き合いだ。
 その遊び好きな性格くらいは把握している。

「つまり、この一件は純血派の内乱ってことですか」

『もしくはゲコクジョウかな。このエリアにはそんな言葉もあったわよね、確か。
 GPSによると一番近いのは君みたいだし、ちょっと見てきてくれる?
 ゼロが発見されたっていう場所の地図情報を送るから』

 相手の言葉にライが了解を返すと電話は切れ、ほどなくしてメールの着信を示すメロディが流れる。
 送られてきた地図情報が示すのは、


「では、シンジュクを。
 わたしにシンジュクを見せて下さいませんか、アーニャさん」


「へっ!?」


 不意にライの耳に届いたのは、ユーフェミアの声。
 余りにもタイミングの良すぎるひと言に、ライは思わず彼女の方を向く。
 彼の携帯電話の画面にある赤いマーカーもまた、シンジュクゲットーにある野球場跡地を示していた。









コードギアス
    閃光の後継者

Stage,08 『皇女』










「キューエル卿!
 ジェレミア兄さんを粛清しようとするとは、どういうつもりですか!!」

 強烈な怒気をはらんだ声が球場跡に木霊する。
 激怒で心を満たしながらも、何とか間に合ったことに安堵した彼女は、観客席の最上段からの滑降した。
 老朽化し色あせた緑のシートを、ランスロットの脚が粉々に吹き飛ばし、そのまま勢いを利用してジェレミアとキューエルの間に割って入る。

「キューエル卿、説明してもらえますか」

 沈黙を許さないの声。彼女の背中に青白い焔が見えるようだ。
 親しい人を傷つけられた彼女の怒りは、それほどに激しい。

『その声はリリーシャくんか。退きたまえ。
 邪魔するというのなら、皇室の為にも一緒に消えてもらおう!』

 だが彼はそれを、鼻で嘲笑う。
 なまじジェレミアの肉親であるだけに、例のオレンジ疑惑では彼女にも疑惑の目は向けられている。
 だからここでジェレミアとともに彼女を葬っても、何とか言い訳はつくと判断したキューエルはリリーシャに槍を向けた。
 言い訳、が必要な状態に在る事には気付かない。

『ま、待てキューエル!! この方は―――――』

 対して、今までにない焦った声でジェレミアは制止を試みる。
 己の死を前にしてすら、見せなかったうろたえ方だが、残念ながらそれを意識できる者はこの場にいない。
 その理由を示す言葉も、当のリリーシャが会話に強引に割り込む事で止めた。

「ならば私はリリーシャ・ゴットバルトとして、私とジェレミア兄さんの為に貴方を止めさせて頂きます!」

 余計な事は言うなと、意識的に言葉を選び言い放つ。
 同時にリリーシャは、ランスロットのコクピットブロックの左右に装備された剣のうち、右の剣を抜いた。
 騎士として剣の心得があるとはいえ、残念ながらリリーシャに二刀流は荷が重いので二本目は予備である。
 白い刀身を持つその剣は、構えと同時に刀身の中央が収納されて一回り細くなり、振動で真っ赤に発光する。

『MVS、実用化されていたのか!?』

 彼が驚くのも無理はない。
 この剣は、世界でランスロットにしか実装されていない最新装備。
 刀身の高周波振動で対象を切り裂くMaser Vibration Sword(MVS)である。
 いまだ試験段階ながら高い性能を誇ると聞いていた兵器が目の前にあるのだから。

『だが、今さら退けぬ!!』

 しかしここで退いては、今度は自分たちが罰せられると判断したキューエルは止まらない。
 新型ナイトメアに乗っているとはいえ、所詮相手は小娘。士官学校を出たばかりの若輩者に何が出来るとタカを括り、気を吐く。
 オレンジもろとも始末してやるとランドスピナーを唸らせ、ランスロットに迫った。
 それを援護するために、残る機体がスラッシュハーケンを放つ。

「こんなもの!」

 だがそれらはこと悉くMVSに打ち落とされ、あるいは両断された。
 さらにその勢いのままキューエルのランスの穂先を切り裂くと、同時に足で無防備になったコックピットブロックを蹴りあげる。
 破壊こそ免れたものの、コクピットブロックを強打された衝撃で軽い脳震盪を起こしたキューエル。
 彼の窮地に、彼と入れ替わるように、別のサザーランドが突っ込んで来た。

「舐めないで下さい!」

 そのサザーランドの突きだしたランスの下に潜り込んだランスロットは、そのまま脚部を蹴りつけて相手の態勢を崩し、倒れたところでその足を切断した。
 背中から地面に伏したことで、脱出できなくなったパイロットが恐慌状態に陥ったが、リリーシャは止めは不要と背を向ける。
 さらに右から襲ってきたサザーランドの槍を左手の盾、ブレイズルミナスで跳ね上げざま、腕を一息に斬り飛ばす。

『ぐ、ならばオレンジだけでも!』

 その時、ルーキーと決めつけていたリリーシャと、試作機と侮っていたランスロットの性能を眼にして焦りを生んだキューエルが動く。
 いまだにガンガンする頭を押さえながら、彼は部下にジェレミアを襲えと命令を飛ばした。
 オレンジを消せばひとまず安心だという心理は部下にも伝播し、ランスロットが残る一体を無力化している隙をついてジェレミアのサザーランドに迫る。

『ジェレミア卿!』

 その彼への助けは、ナイトメアの膝蹴りという曲芸だった。球場のスタンドの淵を蹴り、さらなるサザーランドが乱入する。
 鋼鉄製の膝の直撃を受けて、コックピットブロックがホームランさながらにバックスクリーンに飛び込んだ。
 リリーシャに連絡を入れた後、急発進したヴィレッタが、ジェレミアの危機に間一髪のところで間に合ったのだ。

『ヴィレッタか、すまん!』

 そのままヴィレッタはジェレミアを護るようにアサルトライフルを構えた。
 リリーシャのランスロットもMVSを構えて、その前に立ち塞がる。
 負傷したジェレミアという弱点をカバーする存在が現れた事で、戦術の上でも両者の優劣が逆転した状態となる。

「もう止めてください。キューエル卿!」

『くぅ……。皆、下がれ』

 歯噛みしながらも、4騎全てが戦力を半減させた事実を受け入れたキューエルは、ジェレミアの周りから部下を下がらせた。
 それで危機を回避できたと思ったリリーシャは安堵するが、続く彼の言葉に背筋を凍りつかせる。

『ケイオス爆雷を使う』

「なっ―――――」

 ケイオス爆雷とは射出から一定時間で起動し、特定の方向に向かって無数の散弾を放出するというナイトメア用の携行兵器である。
 振り撒かれる散弾の一発一発が人間はおろかナイトメアの装甲すら打ちぬく威力と悪辣さに、職業軍人でも使用を躊躇う。
 無差別に破壊をばら撒くそれは、彼らの矜持に反する上、嗜虐性もなんら満たされない。
 戦の高揚も血への陶酔ももたらさない、無味な破壊兵器。そんな代物を、キューエルは宙に放った。




「お止めなさい!!」




 その只中へ。今まさにケイオス爆雷が散弾を吐き出そうとする球場跡地に少女の声が響いた。
 まさか、と思う。声に耳を疑う。
 だが声のした方向を見れば、桃色の長い髪を揺らしながら少女――――ユーフェミアが走り寄ってくる。

「ユフィ殿下、ダメ!」

 その後方から、必死に追いつこうとアーニャも走るが、一歩届かない。

「ウソ!?」

『何!?』

 映像で確認し、驚愕に目を見開きながらリリーシャはランスロットを動かす。
 ピリリと感じる、ランスロットの鼓動。
 マン―マシーンインターフェイスからのフィードバックを如実に感じる程に鋭敏になった感覚と引き延ばされる体感時間。
 間に合え! 失わない、これ以上!!

「―――――ッッ!!」

 息を止め、呼吸の余裕を全身に還付。紫電の操作が、白き騎士を凶弾の前へと跳び込ませた。

「アーニャ、伏せろ!」

 同時に、彼女のさらに後方から猛然と走り寄ってくる白い影があった。
 ライである。
 上着を脱ぎ捨て全力で地面を蹴り飛ばす彼は、またたく間にアーニャを追い抜き、ユーフェミアの上に覆いかぶさる。

「ライ! ユフィ!」

 悲鳴にも似たアーニャの声が球場に響いた直後、凶気が弾ける。
 軌道したケイオス爆雷は凄まじい勢いで弾丸を吐きだし、周囲を灰燼に変えた。
 それに立ちはだかる白騎士は、ブレイズルミナスを最大出力で展開し、彼女たちを庇う。

「くぅぅ……」

 散弾がルミナスと衝突し、脳を揺さぶる振動がリリーシャを襲った。
 気を失えば、終わる。跳びそうになる意識を、奥歯を軋ませて噛み堪える。
 はたしてランスロットは、散弾に四肢の先を削られながらも、なんとか後ろの者たちを護り切った。

「っ、はぁぁ。よかったぁ~」

 ユーフェミアとジェレミアとアーニャ、そしてライを護り切った事を確認したリリーシャは、そのまま前にへたり込む。
 張りつめた緊張の糸が緩んだ事で、全身から力が抜けたのだ。
 身体を縛るシートベルトが無ければ、蹲る様な体制になっていたに違いない。

 胸に下げる、ハート型のアクセサリーをくれた大切な人を思いながら、深い息を吐く。
 しかしずぐにハッとして、只ならぬ事態だった事を思い出し顔を上げた。

「双方とも、剣を納めなさい」

 高いソプラノの、よく通る声。毅然とした音。
 リリーシャが視線をユーフェミアに向けると、彼女は押し倒した事を詫びるライを制し、二人を従えてリリーシャとキューエルの間に歩を進める。
 その堂々とした有り様と、見覚えのある御顔に、リリーシャ達を除くもの達の頬を冷や汗が伝っていることだろう。

「我が名において命じさせて頂きます。
 わたくしはブリタニア第三皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアです。
 この場はわたくしが預かります。下がりなさい!」

 それは皇女の威風とでも言えばいいのだろうか?
 彼女の父であるブリタニア皇帝には遠く及ばないが、それでも俗世の者には決して身に付かないカリスマを感じさせた。
 街で会った時はただのお嬢様にしか見えなかったのに、こうして見ると、やはり彼女は皇女なのだと納得できる。

「ま、誠に……
 誠に申し訳ありません!!」

 知らぬとは言え、皇女にケイオス爆雷を向けてしまった事にキューエルは声を震わせながら全力で詫びた。
 敵味方問わず、ナイトメアたちが一斉に膝をつき、騎士の礼をとる。
 ランスロットや、ユーフェミアの隣に侍るアーニャ、ライも同様だ。

「リリーシャ・ゴットバルト、こちらへ」

「イエス、ユア・ハイネス」

 場が落ち着いたのを感じ、ユーフェミアは声と手ぶりでリリーシャに隣に来るように告げた。
 名指しされたリリーシャは、戸惑いながらもランスロットから降りて彼女の下に走り寄り片膝をつく。
 だがそれは彼女に止められ、リリーシャはユーフェミアと並び立った。

「リリーシャ、たしか貴方はそこにいるジェレミア卿の妹さんでしたね。
 今回の事で貴方のお兄さんの命が失われなかった事は、非常に喜ばしい事です。本当に良かった」

 リリーシャの目を見て、ユーフェミア緩やかに笑った。
 その眼に、彼女は心を鷲掴みにされる。哀しみを押し殺した凪の湖。薄紫の瞳が揺れている。
 事実を改めて思い知らされたリリーシャが現実に目を見開いた。
 そうだ、あまりにも離れたが故に忘れていた。彼女は兄を亡くした。大切な人を喪ったのだ。

 クロヴィス・ラ・ブリタニア。
 権謀術数が渦巻き、むしろ敵と見るべき異母兄であっても、目の前の彼女にとっては紛れもない兄だったのだろう。

「リリーシャ。これは第三皇女としてではなく、ユーフェミア個人としてのお願いです。
 今日私は色々な事を見て、様々な事を知る事が出来ました。だからこれからも、私に貴女の知っている事を教えて欲しい。
 綺麗な事も、そうでない事も私は知りたいのです。代わりに私も、私が知っている事を全て教えて差し上げます。
 そして、一緒に考えて下さいませんか?
 これ以上、みんなの大切な人を喪わなくて済むように


 いくら個人的な願いとはいえ、ユーフェミアは皇族である以上、一介の騎士に過ぎないリリーシャに頭を下げる訳にはいかない。
 しかしこれは、それ以上に真摯な願いだった。だからこそ胸を打たれた。
 自分の立場を弁えつつも、ギリギリの譲歩をユーフェミアは示している。
 そしてこの人はクロヴィスを喪った悲しみの中でも、リリーシャがジェレミアを喪わなくてもすむように、自らの身をさらしてくれたのだ。
 借りも誠意もある。何故この願いに、否と言えるだろう。

「はい。勿体なきお言葉です。
 このリリーシャ・ゴットバルト。微力ながら、精一杯お手伝いさせて頂きます」

 膝をつき、先ほど制された騎士の礼を取り深く頭を垂れる。
 リリーシャは自身の力の及ぶ範囲で、この人の為に尽力しようと決めたのだ。

 しかし同時に、リリーシャにはひとつだけ気がかりな事があった。
 それは自身の持つ秘密の事と、ジェレミアの事。

 この場はユーフェミアのおかげで収まったが、オレンジ疑惑はそのままである以上、こんな事は遠からずまた起こるだろう。
 もう、残された時間は少ない。


「――――――」


 だからリリーシャは静かに目を瞑り、覚悟を決めた。
 己の秘密を明かそう。たとえそれが嘘でも、兄さんの為になるのならば。

「だから、どうか私の嘘を赦して下さい。お兄様


 その言葉は、誰の耳にも止まることなく風に消えた。




[16004] Stage,09 『嘘と真実』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:723edefe
Date: 2012/09/06 21:31
 エリア11政庁の敷地内に、一機の航空機が着陸した。
 それを合図に、兵士たちが一斉にタラップから続く赤い絨毯の両側に立つ。
 乗員は本日よりエリア11総督となるブリタニア第二皇女、コーネリア・リ・ブリタニア。
 『ブリタニアの魔女』の異名をとる、姫将軍である。

「聞いたぞユーフェミア、余り無茶はするな」

 絨毯に降りるコーネリアの前には、一足先にオーストラリアからエリア11入りをしたユーフェミアの姿がある。
 彼女も今日付けで、エリア11副総督となっていた。
 コーネリアは柔らかい表情で実の妹に声をかけ、数時間前の彼女の行動を注意した。

「申し訳ありません、お姉さま。しかし、」

「総督と呼べ、ユーフェミア副総督。
 実の兄弟であればこそ、けじめが必要だ」

 己の心に従って行った行動を咎められたユーフェミアは反発するが、コーネリアはその若さを愛おしいげに見つめたまま、公的立場を得たことへの自覚の乏しい妹を諌めた。
 彼女の眼には、妹の成長を見守る姉の優しさと厳しさが浮かんでいる。

「で、そちの話だが」

 自分の言葉に対する納得を妹の中に見て、コーネリアは頷くと視線を横に向けた。
 そこには、口元に髭を蓄えた行政官の姿がある。

「政庁にて、皇女殿下の歓迎の準備が――――」

 瞬間的に、コーネリアの眉間に皺が寄った。
 右手が腰のライフルを抜き放ち、銃口を文官に向ける。

「抜けている。呆けている。堕落している」

 お前たちは何をやっているのだ。
 コーネリアは不快感を露わにした顔で、銃の引き金に指をかける。
 我が部下となるからには、自身の責務を果たすのは当然のことだ。
 それに加えて、己が出来ることを常に考え行動する事が求められる。
 私がまず求める事が何であるか、その判断も着かないとは。

「ゼロはどうした」

 このエリア11は、三人の皇族の血を吸っている。
 民を導く総督として、民を守る駐屯軍の長として。
 そして何より三人の姉として、弟たちが眠るエリアを騒がせる者は誰であろうと容赦はしない。

「帝国臣民の敵を捕まえろ。ゼロを!」

 ブリタニアの魔女の毅然とした声が、飛行場に響いた。









コードギアス
    閃光の後継者

Stage,09 『嘘と真実』









「―――――――ふぅ」

 政庁の床を靴の底が叩く音が五月蠅い。
 心臓は早鐘のように鳴り、心なしか息も苦しい。

 おちつきなさい、私の身体。
 もう覚悟は決めたのでしょう。

 ジェレミア兄さんが塗れた疑惑。
 内通、賄賂、汚職……
 噂は枚挙に暇がないが、兄がそんな人間じゃないのは一緒に暮らしてきた私が一番よく知っている。
 ジェレミア兄さんは良くも悪くも真っ直ぐな人間だ。
 皇族への忠誠は篤く、それゆえに利用されたのだろう。
 本人が何も覚えていないというなら、特殊な薬物か何かだろうか?

 もしかして超能力とか?

 バカバカしい。
 航空機が空を飛び、ナイトメアが大地を駆ける時代だ。
 そんなオカルトまがいなこと、あるものか。

「………」

 いけない。また思考が飛んだ。あれ以来、まったく思考が落ち着かない。
 ゼロと名乗るテロリストを見て以来だ。
 一体あれな何者なのだろう。なぜか無性に、あの男の事が気になる。

「コーネリア総督。
 リリーシャ・ゴッドバルトが参りました」

 気づけば、自分は目的地まで来ていた。
 オレンジ疑惑を払拭するだけの理由。
 ジェレミア兄さんがあんな暴挙に及ぶだけの理由を説明するのは容易ではない。
 しかしゴッドバルト家は、いや私、リリーシャ・ゴッドバルトは、それに値する秘密を持っている。
 だから私はそれを例え嘘でも、私は使う。秘密を生贄に、兄と家の没落を食い止める。
 そのために、私は新しく赴任されたコーネリア総督に面会を求めた。

「入れ」

 厳しく、凛とした声が部屋の中から聞こえる。その声に私はちょっと安心してしまった。
 あの人は、変わっていない。
 だからこの人ならば、ちゃんと解ってもらえる。
 知己だというのもあるけれど、それ以上に、この人は自分にも他人にも厳しい人だから。






「さて、貴様はあの“オレンジ”について説明してくれるとのことだが。
 それで間違いないな、リリーシャ・ゴッドバルト准尉」

「はい、間違いありません」

 執務室で直立不動になるリリーシャを、凛とした声が射抜いた。
 エリア11新総督、コーネリア・リ・ブリタニア。
 神聖ブリタニア帝国の第二皇女という地位にありながら、自らの信念を以ってナイトメアを駆り戦場を駆ける武人。

 しかも卓越した操縦技術と指揮能力を併せ持ち、他国から『ブリタニアの魔女』と恐れられる女傑である。
 前総督のクロヴィスのような装いではなく、彼女の部隊を示す小豆色の軍服を隙なく身に纏った彼女は、ペンを置いてリリーシャの方に向き直る。

「では単刀直入に訊こう。オレンジとは何だ?」

「それは、私の事です」

 間髪入れず、リリーシャは口を開いた。
 その答えに『オレンジ』の事を何らかの事柄だと思っていたコーネリアは虚をつかれる。
 次いで、怪訝な顔をした。
 ゴッドバルト家といえば確かに辺境伯の地位にある名家だが、それだけのはずだ。

「戯け。何を言っている?」

「覚えてらっしゃいませんか?
 昔、お兄様とユフィ姉様と四人で遊んだことを」

「……どういう意味だ」

 覚えているも何も、辺境伯程度で後宮に出入りできるはずがない。
 思わずふざけているのかと一括しかけ、思いとどまった。
 リリーシャの声と、色の入った眼鏡のレンズ越しに真っ直ぐに自分を見つめてくる瞳に、彼女は強い既視感を覚えたのだ。

 その感情を汲み取ったかのように、リリーシャは人前で決して外すことのなかった髪留めを外した。
 この時の為に緩めに結ばれていた髪は彼女が頭を振った事で解け、ゆるく波打ったアッシュブロンドの髪が背中に広がる。
 変えていた声色を元に戻し、特殊ガラス製の眼鏡も外して、リリーシャは正面からコーネリアを見る。強い意志を秘めた薄紫の瞳がコーネリアを射抜いた。

 公式記録である16歳にしては小柄な身体。
 当たり前だ。
 彼女は生まれて14年しか生きていない。なぜなら、

「な、お前は――――」

 改めて彼女の容姿を見て、コーネリアは息を止めて椅子から立ち上がる。
 彼女は気づいた。見た覚えがあるはずだ。
 先ほどの『お兄様』が指すのは、ジェレミア卿ではなかった。それはあの皇子の事だ。
 目の前の少女は、自分の義妹でもあるのだから。
 この少女は『リリーシャ・ゴッドバルト』では、ない。

「私の本当の名前は、ナナリー・ヴィ・ブリタニアです。おひさしぶりです、コゥ姉さま。」

「生きて、いたのか……」

 それまでの凛とした瞳を緩め、リリーシャはふわりと微笑む。
 特に誰に教えられた訳でもないその変わりようが、コーネリアの胸を打った。
 その仕草はあまりにもあの御方に、マリアンヌ様に似ている。

 コーネリアは喜色の隠せない顔でナナリーに近づくと、震える手でその頬に触れた。
 掌に伝わる温かくやわらかな感触に、目の前の少女が幻でも何でもない事を確認するや、思わず彼女はナナリーを抱きしめる。
 間違うはずがない。
 声も、仕草も、眼の色も、間違いなく自分の異母妹だと、コーネリアは確信した。

「よかった、本当によかった。
 死んだと聞かされて、ユフィも私も本当に悲しかった。だが、あれは誤報だったのだな。
 ナナリー、今までどうしていたんだ?」

 肩を掴んだまま、コーネリアは常とは違う慈愛の目でナナリーを見た。
 自分にも他人にも厳しい彼女だが、実は身内には甘いのだ。
 母を同じくする妹のユーフェミアに対しては溺愛といっていい。

 同時に幼いころに幾度も交流があったことや、『閃光のマリアンヌ』ことマリアンヌ后妃への憧憬から、ルルーシュやナナリーに対しても同じような感情を抱いていた。

「はい。全てお話しいたします」

 そんなコーネリアの想いを計算して利用することを心苦しく思いながら、ナナリーもコーネリアに視線を向けた。
 胸に刺さった罪悪感のナイフを掴むように胸の前で指を組み、異母姉の目を直視する。
 自分が図った事とはいえ、真っ直ぐに自分の事を見つめてくれる異母姉に、ナナリーも目頭が熱くなるのを抑えられなかった。




[16004] Stage,10 『7年前』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:e3b5ec25
Date: 2012/08/30 20:08

 ――――― 7 years age.



 皇歴2010年、神聖ブリタニア帝国は日本に宣戦布告した。
 この二国には近年さらに重要度の増してきた戦略物質、サクラダイトを巡る根深い外交対立があり、第98代ブリタニア皇帝の押し進める植民地政策の11番目の犠牲者となった。
 2つの大陸を版図とする大国と、経済で成り上がったとはいえ、国土面積では比べ物にならない島国。物量差において日本とブリタニアの差は歴然だった。
 開戦から数週間で制空権、制海権を押さえられた日本の本土はこの戦争で初めて実戦投入されたナイトメアによって瞬く間に蹂躙される。
 未だ陥落していない主要都市はいくつかあるが、日本側の戦果は後に『厳島の奇跡』といわれる広島での局地的なもののみで、首都を失えば無条件降伏以外にないだろう。
 空爆を受け瓦礫の山と化した此処、枢木ゲンブの実家である枢木神社にもそんな絶望感が漂っていた。

「何でアンタたちがいるのにブリタニアは攻めてきたのよ! この役立たず!!」

「きゃっ」

 パシンという乾いた音が響き、頬を叩かれた少女が地面に倒れこむ。
 叩いた方の女性はやるせなさと怒りに肩を震わせ、憎悪のこもった目で少女を睨みつけた。
 彼女はこの枢木邸で住み込みで働く使用人のひとりだった。
 彼女は目の前の少女が何者であるか知っていたし、愛国心もそれなりに強い。
 だから彼女は事実を受け入れられずにふらふらとしている時、瓦礫の中をさまよっていたブリタニア皇女の姿を眼にした瞬間、一気に感情を沸騰させた。
 爆発する激情の赴くまま、彼女はナナリー罵倒しはり倒したのだ。

「何でなのよ、答えなさいよ!
 アンタはブリタニアの皇女様でしょ? あの皇帝の娘でしょ!?
 なのになんで、ブリタニアは攻めてくるのよ!!」

 地面に倒れこんだナナリーに覆い被さるようにして首元をつかみ、ボロボロと涙を流しながら彼女はナナリーに言い詰る。
 しかし当のナナリーも、父の冷酷さは知っていたがまさか見捨てられるなどと思っておらず、何の答えも持っていない。

「ぁ、ぁ……」

 侍女から向けられる、明確な敵意に刺激され、ナナリーの瞼が震えた。
 不意に、もう何度目か解らないフラッシュバックが彼女を襲う。

 誰かの悲鳴。竦む躯。銃声が響いた。母の身体から血飛沫が舞う。
 即座に反応した母はたまたまその場に居合わせたナナリー銃弾が届かぬように身を呈し、その身体で銃弾を受け止める。
 直後に銃声を聞いた警備の兵が駆けつけた。ナナリーの身体には傷一つない。けれど心は砕けた。彼女の眼は現実を拒絶した。
 ナナリーの景色は、自分の目の前で虚ろに開かれ真っ赤な血を流しながら冷たくなっていく母の最期の姿。
 ひどく現実味のない光景。

 それっきり、彼女の眼は光を忘れた。
 ナナリーの視界はあの日、アリエスの離宮で母が銃撃された日で静止したままだった。

「答えなさいよ!!」

 再び頬に奔った痛みで、ナナリーの意識が現実に戻される。
 幾度となく見た、白昼夢。
 そのたびに兄に縋りつき、その胸で泣いた。その兄は、ここにはいない。
 助けてと声を上げるか、それとも諦観してされるがままにとするか。そのどちらもナナリーは選ばなかった。

「放して、下さい」

 それは小さな抵抗。服を掴む女性の手をぎゅうと握る。
 優しくも厳しい母と、頭がよくいつも冷静な兄には育まれた、お転婆な妹の精一杯の反抗だった。
 しかしそんなもの、大人の女性には大した事もなく、逆に反抗された事で逆上した女に突き飛ばされた。

「―――っ!」

 その時にナナリーが感じたのは何処かに落下する浮遊感と、身体を強かに打ちつけた痛みと、冷たい地下水に濡れる感覚。
 全身がバラバラになったかと思うような強烈な痛みで意識を手放す直前の、何かが崩れる音と女の悲鳴だった。









コードギアス
    閃光の後継者

Stage,10 『7年前』










「ん……」

「これは、お気づきになりましたか、ナナリー皇女殿下」

 そして次に気がついた時、ナナリーが居たのはどこかの部屋だった。
 少なくとも野外ではない。
 一瞬、枢木の家かと思ったが言葉が日本語ではなかったし、何より匂いが違う。
 あの辺りは空襲で焼け野原になったと誰かが言っていた。
 それにこの声は、以前どこかで聞いたことがあるような気がする。

「私はジェレミア・ゴッドバルトと申します。
 ナナリー殿下、覚えておられますか?」

「え?」

 兄ほどでは無いもののナナリーの記憶力も相当にいい。
 ジェレミアが、アリエス宮にいた頃に何度か遊んでもらった事のある若い兵士であることを思い出した彼女は身体を起こそうとするが、それを全身の痛みが阻んだ。
 よく自分の状況を確認してみれば、ベッドで横になった身体の到る所にガーセやシップが貼ってある。
 またその上から柔らかい毛布がかけられているようだ。

「ああ、無理はなさらないでください。
 殿下は確か目が不自由であられましたね?
 そのために崩落した地下室に落ちたのだと思われます。
 ですから、もうしばらく安静になさってください」

 そう言われて思い至る。
 たしかあの屋敷には地下室もあったはずだから、またあそこに落ちたのだろう。

「えっと、もちろん覚えてます。アリエスの離宮にいた兵士さんですよね。
 あの、私の近くに日本人の女性がいませんでしたか?」

 鼓動に合わせてずきずきと痛むのを堪え、何気なく発した疑問だったが、それを聞いたジェレミアは息を飲んだ。
 彼は見かけませんでしたと答えたが、それが嘘であることは明白だった。
 なまじ目が見えないだけに、彼女の視覚以外の感覚は研ぎ澄まされている。
 気絶する直前に聞こえた悲鳴は、きっとそういう事なのだろう。

「そうですか。ありがとうございます、ジェレミアさん。
 ……ところで、ここは?」

「日本のシズオカにあるブリタニア軍のベースキャンプで御座います。
 少々お待ちください、すぐに食べるものをご用意いたしますので」

 ブリタニアという単語にほっとして、ナナリーの身体から力が抜けた。
 彼女は兄とは違い父から酷薄な言葉も掛けられてはいないし、少なくともブリタニアにいる間に接した人は、時折嫌味を言いに来る腹違いの兄弟以外、皆自分を気遣ってくれた。
 幸か不幸か、目が見えなくなってからはルルーシュが彼女に向けられた悪意を全てシャットアウトしていたので、それほどブリタニアに悪い印象はない。

 あの国で最も嫌な記憶は、無論、母の死。
 けれどそれに、何というか、現実味がないのだ。だからそれほど嫌悪感はない。
 あるのは、漠然とした不信感。

「あの、ジェレミアさん。お手を……」

「はっ、何用で御座いますか!?」

 かけられた布団の間から差し出された、不器用に絆創膏の張られた小さな手。
 机の引き出しから取り出した携行食のカンヅメと器を脇に置き、彼はナナリーが横になるベッドの傍らに跪くとその白い手を取った。
 ひどく壊れやすいように思えるそれを、彼は優しく包む。

「ジェレミアさん。
 何故私を助けて下さったのですか?」

 ブリタニアという国に対しては嫌悪していなくとも、それが皇族となると話は別だ。
 『日本への留学』とは建前で、唯一の庇護者である母を喪った自分は、所詮人質だという事くらいには考えが至っていた。
 確信したのは、先ほどの女性に触れた瞬間だが。

「皇族の方々をお救いするのに、理由など必要ありません。
 まして貴女様はマリアンヌ殿下のお子様です。どうして見殺しになど出来ましょう」

 ナナリーの意地悪な質問に帰ってきたのは、一片の偽りもない真摯で誠実な答え。
 見えない彼女には解らないだろうが、この時ジェレミアは膝を突いたまま頭を垂れ、捧げ持つようにナナリーの手を握っていた。

「ありがとうございます、ジェレミアさん。貴方はやさしい方ですね」

「勿体なきお言葉です、ナナリー様」

 彼の心中を、ナナリーは的確に感じ取った。
 眼を塞いでから気付いた感覚。
 もし彼が僅かでも嘘をつけば、たちどころに彼女はそれを察知しただろう。
 眼が見えないからこそ鋭敏になった感覚の成せる業かもしれない。
 突き詰めればその嘘の背景すら見通すその力を根拠として、ナナリーはジェレミアを信用する事に決めて手を布団の中に戻す。
 彼の中には真っ直ぐ過ぎる程の、皇族への絶対忠誠がある。

「そうだ。あの、ジェレミアさん。
 お兄様は、近くにいませんでしたか?」

 その一言に、ジェレミアは唖然として眼を見開き固まった。
 数秒後に再起動を果たしたジェレミアは、何とか平静を装いながらカンヅメを器に開けてスプーンと一緒にナナリーに渡し部屋を飛び出した。
 それでナナリーには解ってしまった。兄は、ここにはいないのだ。
 そう思うと急に不安になる。


 ジェレミアにとってそれは人生最大の失策だった。
 ナナリーを救出した時、彼女が気絶していた彼女の身体は切り傷と打ち身で青くなり、地下水で濡れた身体は冷え切っていた。
 このままでは間違いなく体調を崩される。衛生状態も良くない。
 破傷風などの深刻な病気になられれば一大事だと思った彼は、一刻も早くに彼女の身をどこか休める所に移さねばという思いに支配された。
 即座に彼は自分のコートでナナリーの身体を保温し、そのままベースキャンプにある自室のベッドまで運んでしまったというわけである。

「ルルーシュ殿下!!」

 整備部に無理を言って借りた軍用車のアクセルを目一杯踏み込み、あたりが暗がりに包まれた頃になって、ジェレミアはやっと枢木邸跡まで引き返した。
 彼はここが敵地で、見つかれば命が危ないという事を考えることすら不可能なほど、必死にナナリーの兄、ルルーシュを捜す。
 ヘルメットに装着した暗視スコープの感度を最大に上げ、総身の力を振り絞って必死にルルーシュを捜索するが、遂に見つける事は出来なかった。
 すぐ近くに、二人の少年が息を潜めていたというのに。

 その日の夜、失意のままベースキャンプに引き返したジェレミアは、中佐として同じベースキャンプにいる母を必死に説得した。
 マリアンヌ后妃という最大の庇護者を喪い、人身御供として送り込まれた以上、皇室にお返ししても直ぐにまた他国に送られるだろう。
 敬愛し、しかし護りきれなかった后妃の娘を、外交の道具として使いつぶされるのは我慢ならなかった。
 ジェレミアの説得をうけた彼の母、リアス・ゴッドバルトはすぐさま己が最も信頼する執事を本国から呼び寄せ、第三国経由でナナリーを本国のゴッドバルト邸へと連れて帰ったのだった。







 / / / / / / /  / / /







「貴女がナナリーちゃん?
 はじめまして、私はリリーシャ・ゴッドバルトです!」

 長い移動を終え、ゴッドバルト家の屋敷に案内されたナナリーをまず迎えたのは、少女の高いソプラノの声だった。
 聞けば、このゴッドバルト家の長女で、自分を助けてくれたジェレミアの妹らしい。

 彼女を一言で表すなら、天真爛漫という言葉がぴったりと当てはまる。
 会うと同時に抱きしめられて、おでこを合わせたままの自己紹介。
 他者への警戒心のない彼女は、そのかわりに心の壁や距離をすっと飛ばして、相手の心にするりと入ってくる。けれど、それがちっとも不快ではない。
 彼女は太陽の光みたいに、温かく輝く女の子だった。

「じゃあこれから私たちは友達ね、ナナリーちゃん。
 私のほうが2歳年上だから、私がお姉さんになるのかしら?」

 リリーシャは輝くような白銀の髪と、分厚い眼鏡の奥にある鳶色の目が印象的な少女だ。
 幼くして父を喪い、年の離れた兄の他で周りにいたのは大人ばかり。
 使用人や医師なのだから仕方がないとはいえ、彼女はずっと友達が欲しかったのだ。

 だからナナリーの目が見えない事など気にせず、リリーシャはどこに行くにもナナリーの手を引いて一緒に行った。
 広い屋敷の中で、初めて出来た友達。
 それはナナリーも同じで、兄弟ではない人と常に一緒にいるのは初めての経験だった。
 ただ、

「痛たた!」

「どうしました?」

「ううん、心配しないで。今日はちょっと日光に当りすぎたみたい」

 時折こうして、彼女が痛がるのをナナリーは聞いていた。
 彼女はこの屋敷から出られない身体だったのだ。
 先天性白皮症、いわいるアルビノである。
 リリーシャの身体は、生まれつきメラニン沈着組織の色素欠乏を起こしており、紫外線に極端に弱い。

 さらに他の疾患も併合しているため、屋敷には医師が常駐している。
 だから彼女が、病気に負けず明るさを失わなかったのは奇跡に近い。
 いや太陽に当れないから、彼女は自分が太陽になろうとしたんだと、ナナリーは思った。
 リリーシャは、そんな芯の強い女の子だった。

「それより行こう、ナナリー。
 今日はお母様もお兄様もお出かけになっているから、こっそりナイトメアのシミュレーターに乗るの。楽しそうだと思わない?」

 そんな彼女が今、一番興味を持っているのがナイトメアだ。
 以前訪れた母の職場で、彼女は一度だけグラスゴーに乗せてもらった事がある。
 防御の観点から完全に密閉された操縦席を持つそれに、リリーシャは魅せられた。

 これならば自分も太陽の下で動き回れる。それはどんなに幸せなことだろう。
 それ以来、リリーシャはスキを見ては屋敷内のシミュレーターで遊んでは、兄や母に怒られていたのだった。

「えい、この―――あっ!!」

「どうしました?」

 ガシャン、という大きな音がシミュレーターのスピーカーから響く。

「えへへ、またこけちゃった。やっぱり難しいなぁ」

 リリーシャはナナリーの方を振り返り、はにかむような表情でぺろりと舌を出した。
 当たり前の事だが、何の訓練も受けていない彼女がまともに操縦など出来る筈がない。
 シミュレーターということで起動は簡略化されているが、この筺体は軍から払い下げられた訓練用のものだ。
 ゲームセンターものとは根本的に違う、現実的でシビアな設定がしてある。

「よ~し、もう一回!
 私だってお母様やマリアンヌ様みたいになるんだから!!」

 ふと何気なくリリーシャが発した一言に、ナナリーの肩がピクンと跳ねた。
 幸いにして画面に夢中なリリーシャが気づいていない。
 とはいえ、もし彼女が知ったらどう思うだろう。
 軍人である母の影響で彼女が憧れた『閃光のマリアンヌ』の娘が、すぐ隣にいるのだ。
 ナナリーは初めてできた大切な友達に嘘をついている事実に、常に心を痛めていた。

「お嬢様、またこんな所で遊んで。お母様に叱られますよ!」

 結局その日も、屋敷のメイド長に怒られるまで、シミュレーター遊びは続いたのだった。






 / / / / / / / / / /






「ねぇ、最近のナナリー様のご様子はどう?」

「特にお変わりなく、というのは違いますね。近頃はよく笑われるようになりました。
 これはお嬢様に感謝しなければなりません」

 現ゴッドバルト家党首であるリアス・ゴッドバルト辺境伯が、居間で全幅の信頼をおく執事と共に酒杯を傾けていた。
 成熟した女性の色気を腰まで届く長い青緑の髪とともに背に流す彼女は、ゆったりと革張りのソファーに凭れかかっていた身体を起こし、氷だけになったグラスをサイドテーブルに置く。
 それを見た執事は、すかざす自然な動きでグラスを取り上げると、自分のサイドテーブルに置いた氷と琥珀色の酒をグラスに注ぎ、霜をふき取って彼女のテーブルに返す。

 現在、ナナリーが皇女であることを知っているのはこの2名とジェレミアだけだ。
 表向きはこの執事が、屋敷から出る事の出来ないリリーシャのために養女として引き取った孤児という事になっている。

 前党首であった彼女の夫が戦場で倒れた時、辺境伯の地位を奪おうとした義弟を叩き伏せて強引に爵位を継いでからは、親戚とは絶縁状態だった。
 さらに彼女の実の娘であるリリーシャは、先天的な病をもつ役に立たない存在として何の興味も持たれていない。
 そんな彼女に宛がわれた友達役の少女など、誰も気にするはずがなかった。

「そう、それは喜ばしいわね。
 こう言っては何だけれど、皇族として生きられるにはナナリー様はお優しすぎる。
 あの方には、このまま静かに生活して欲しいと思うのだけれど」

「そうですな。ナナリー様にあの世界は御似合いになりません。
 いずれリアス様の養女にされてはどうでしょう? 我が娘(ナナリー)はいい子ですぞ」

 そう言って悪戯っぽく笑う執事を見て、リアスはくすりと笑った。
 グラスの中では、カラリと氷が鳴る。
 我が娘と自然に言えるくらい、彼はナナリーに情が移っている。それは自分も同様だ。
 辺境伯である自分の養女とするのは流石にどうかと思うが、これからもずっとその成長を見守っていたいと思う。
 これでジェレミアと結ばれてくれれば最良なのだが、歳も離れているしそれは欲張り過ぎだろう。

「そういえば、ジェレミアはどうしているの?
 このところ休暇にも全く顔を見せないじゃない」

「ええ。この頃のジェレミア様は、休暇の全てをナイトメアの訓練にあてておいでです。
 先日お話をさせて貰った時には『マリアンヌ后妃を護れなかった自分は、せめてナナリー様だけお護り出来るようになりたい』とおっしゃっていました。
 次の異動で、ナイトメア部隊への転属するすることが決まったそうです」

「そうか、あいつも遂に。
 今度会ったらくれぐれも根を詰め過ぎないように言っておいてくれるかな?」

 昔から頑張り過ぎるクセのある息子を心配しつつも、息子がはっきりとした目標を見つけた事をリアスは嬉しく思った。
 絶対の忠誠心は、確実にその者を成長させてくれるものだと彼女は知っている。
 アリエスの離宮での事件以降、落ち込む事の多かった息子が真っ直ぐ前を向いて歩きだした事に、リアスの顔も自然とほころんだ。

「それよりも、リリーシャ様の事なのですが」

「……どうしたの?」

 すっと瞳を細め、一転して真剣な表情になった執事にリアスは眉根を寄せた。
 身体の弱い彼女には定期的に医師の健診を受けさせているが、その結果が芳しくなかったのだろうか。

「リアス様。実は、お嬢様の御身体に腫瘍が見つかりました。
 詳しい検査をしてみなければはっきりとした事は言えませんが……」

 そう言って語尾を濁す彼の表情は苦悶に満ちていた。
 自分の娘の病状を我が事のように悩んでくれる彼をリアスは有り難く思うが、それよりもその内容の方が深刻だ。
 アルビノであるリリーシャは、紫外線による遺伝子の変性を起こしやすい。

「間違いではないのか?」

 冷や水を浴びせられたように酔いは覚め、間違いであってくれとリアスは聞き返す。
 だが数日後にもたらされた精密検査の結果は、その願いを粉々に打ち砕くものだった。



[16004] Stage,11 『リリーシャ』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:e3b5ec25
Date: 2012/09/01 13:43

「ねぇナナリー。私、なんだか解っちゃった」

 薬の副作用で、髪が抜ける。
 兄や母は綺麗だと褒めてくれたけれど、私はこの色が嫌いだった。
 母さんやジェレミア兄さんのモスグリーンが羨ましかった。
 自分みたいな色のない髪をしているのは、歳をとった大人ばかり。

 自分は、他とは違う。そう思うとたまらなく寂しくなった。
 けれど抜け始めて、無くなってからやっと気付く。この髪も、この目も、白青い肌も。
 全部自分で、全部自分だけのものだったんだって。

「ああ、ゴメンねナナリー。
 私はお姉ちゃんなんだから、しっかりしなきゃね」

 リリーシャが横になるベッドの傍らで、ナナリーが泣いていた。
 閉じられた瞳の奥からは透明な雫がこぼれおち続け、服を濡らしている。

 初めて出来た、私の友達。
 リリーシャにとってナナリーは、自分と同じ『他と違う』存在だった。
 目が見えない。何故と聞いても、ただ見えないのだと言う。
 試しに瞼を無理やり開いてみても、それは同じらしい。
 その奥にあった綺麗な薄紫の瞳が涙でぬれているのだと思うと、胸が締め付けられる。
 泣かないで。貴女が哀しいと、私も哀しい。

「ナナリー……」

 ナナリーが握ってくれた右手が温かい。
 彼女と会って、初めて解った。私とお母様は違う。私とお兄様は違う。私と爺やは違う。
 みんな違っていて、でもそれでよかったんだ。
 ナナリーの目が見えないのだって、私が光に当れないのだって、人とちょっと違うってだけなんだって。
 それは別に変な事でも、悪い事でもなくて当たり前なんだって。

 だから、大丈夫だよ。
 一緒に入れなくなるのはつらいけれど、初めから私たちは別々で。
 別々だからこそ、離れ離れになってもお互いに想いあえるから。
 だから私のとっておきを、貴女にあげる。喜んでくれるかな?









コードギアス
    閃光の後継者

Stage,11『リリーシャ』










 死神の俊足には、誰も追いつけないという。
 母の愛。兄の願い。親友の祈り。
 全ての善性を集めてなお、死神の鎌を退けるには足りなかった。

『何かの間違いであってほしい』

 母の切なる願いは届かず、ゴッドバルト家の所有する病院での二度にわたる精密検査の結果はいずれも悪性。
 リリーシャの身体は、成長期の彼女にとって最悪の病に冒されていた。
 即座にリリーシャには入院の措置がとられ、医師たちによる懸命の治療が施される。
 しかし元々体力もなく抵抗力の弱い彼女の身体は、一か所の疾患が二か所の疾患を生むという悪循環に陥り、病魔は確実に彼女の命を貪っていった。

 3ヶ月。たったそれだけの期間で、リリーシャの命の灯は消えようとしている。
 既に、医師はさじを投げた。
 治療と薬のもたらす苦痛をこれ以上、娘に与えるのは忍びない。
 せめて最後は安らかにと、彼女の母は震える唇と瞼でリリーシャを家に帰す事を決めた。
 モルヒネによる苦痛の緩和と温かい食事と家族。
 母も兄も、そしてナナリーも一緒に、リリーシャとの最後の時間を過ごす事にしたのだ。

「ねぇ、ナナリー……」

 無情な事に、死相というのは今を真っ直ぐに生きている者にほどよく解る。
 それは目が見えないナナリーとて例外ではなかった。
 息遣い。動きの機微。心臓の鼓動。
 むしろナナリーが、最もリリーシャの死を感じていた。彼女はもう、明日を迎える事は出来ない。

「ナナリー、最後にお願いがあるの。聞いてくれる?」

「――――っ。
 なに、リリーシャお姉ちゃん」

 途切れがちの声なのに、ナナリーにはやけにはっきりと聞こえる。
 たぶん、彼女もこれが最後の会話だと解ってるのだろう。

「眼を、開けて。ナナリー」

「リリーシャ、お姉ちゃん……」

 頬を、また涙が伝う。
 もう何回泣いただろうか。この目は、もう泣くこと以外を忘れてしまったのだろうか。

「お医者さんに聞いたんだ、ナナリーの眼はもう何ともないんだって。
 だからお願い。最後に私の顔を見て。私の事、忘れないで……」

 違う。私は心の奥で拒否しているだけだ。
 哀しい事など、見たくない。今だって、今だってこの目を開ければ、見えるのはリリーシャお姉ちゃんが、大好きな友達が死んでしまう時だ。
 だけど、なのに、私は……

「ナナリー、怖くないよ。世界は怖くない。
 悲しい事や苦しい事は多いけど、その分、楽しい事も優しい事もあるから。
 だから、世界を嫌いにならないで」

 瞼が熱い。胸の奥で、心臓が何度も心を叩く。
 頭の中で、重々しい声がする。でも、この声を聞いちゃいけない。
 だってこの声を聞いたら、リリーシャお姉ちゃんの声が聞こえない。もう、絶対に。
 私は、リリーシャお姉ちゃんが、大好きだから―――――――――――



「ナ、ナナリー……」



 その声は、誰の声だったのか。



「ナナリー様……」



 ふるりと一度、ナナリーの瞼が震える。



「ナナリー、やっぱり綺麗だね」



 縛る鎖は、砕けた。



「リリーシャお姉ちゃん。
 見えるよ、お姉ちゃんの顔が……」

 重く閉ざしていた瞼が開いた。
 そこにあるのは、澄み切った薄紫。涙を溢れさせる。純粋無垢な瞳。
 泣き腫らして真っ赤になっていても、変わらない彼女のあり方。

「私にも見えるよ。
 よかった。最後にちゃんとナナリーの事が見れて。ありがとう、お願いを聞いてくれて。
 だからナナリーには、最後にご褒美をあげなくっちゃね」

「いいよ、お姉ちゃん。私、いっぱい貰ったから。
 お姉ちゃんから、いっぱい貰ったから!!」

 二年ぶりに開いた瞳をいっぱいに広げて、ナナリーはリリーシャに縋り付く。

「もう無理はしないで。私は大丈夫だから。だから最後なんて言わないで、お姉ちゃん!」

 ナナリーは首に手をまわして、覆いかぶさるようにリリーシャを抱きしめた。
 初めて会った時はあんなに柔らかかったのに、あんなに温かかったのに。
 病と闘って闘って、命を使い果たした彼女の身体はこんなにも細くて冷たい。

「―――――っ!!」

 だから、私が温めてあげるんだ。
 お願いお姉ちゃん。
 もう何もいらないから、元気になって。

「ごめんね、ナナリー。勝手なお姉ちゃんで。
 私、気づいちゃったんだ。ナナリーの事」

 精一杯の力で抱きつくナナリーを抱きしめ返し、リリーシャは言葉を紡ぐ。
 その途端、ドクン、とナナリーの身体が凍りつく。冷たい水を浴びせられたように、血の気が引く。
 傍にいたジェレミアやリアスも息を飲んだ。

「私、一生懸命調べたんだよ。ナナリーの事。
 ねぇ、ナナリーは本当は皇女様なんだよね。あのマリアンヌ様の……」

 違う、なんて言えなかった。ずっとつき続けてきた嘘。
 もうこれ以上、リリーシャお姉ちゃんに嘘はつきたくなかった。

「でも外は危ないから、ナナリーは外に出られないんだよね。
 ずっと不思議だったんだ。お医者さんに行くときも、ずっと誰かが傍にいて、私だけじゃなくてナナリーにまで帽子と眼鏡を渡してくれた事。
 ナナリーにはそんなのいらないのに。だから、解っちゃったんだ」

 子供は、見ていないようで大人の何倍も見えている事もある。
 常識や思い込み。
 考える事に邪魔になるものが無いから、時に子供は一足飛びで答えに辿り着く事がある。
 知らなくても、感じる。
 大人の振り撒く気配を、無垢な心は敏感に感じ取る。僅かなつぶやきを聞いてしまう。

「ごめんなさい。
 今まで嘘をついてて、ごめんなさい」

「ううん、いいの。ナナリーが誰でも、ナナリーはナナリーだもん」

 不意に、リリーシャの瞳が不規則に揺れた。
 それまで二人の邪魔をしないようにじっと立っていたジェレミアとリアスが、思わず前に出てベッドに手をつく。
 最後の時が、近づいている。

 嫌だ。お姉ちゃんが死んでしまうなんて嫌だ。もう、失いたく何てない。
 なのに私は、なんでこんなにも無力なんだろう。嫌だ。逝かないで、お姉ちゃん。

「だからナナリーに、最後のプレゼントをあげる。
 私を、私の全部をナナリーにあげる。ナナリーは皇女様だけど、私はどこにでもいる女の子だから危なくないよ。
 これからは、私の分も、生きて。私が出来なかった事、たくさんして。
 ナナリー、大好きな私の友達。私の、大切な、皇女、さま……」

 ゆっくりと、リリーシャの瞼が、閉じた。


「……お姉ちゃん?」


 いくら呼びかけても、返事は返らない。
 何度ゆすっても、もう応えてはくれない。


「お姉ちゃぁぁーーーーん!!」


 リリーシャの部屋に、ナナリーの絶叫が響いた。






 / / / / / / / / /






 リリーシャの葬儀が、しめやかに営まれる。
 ナナリーはその間中ずっと泣いて、棺が埋められる時に泣いて、墓標に刻まれたリリーシャの名前を見てまた泣いた。
 泣いて、泣いて、泣いて。
 涙なんかもう出ないんじゃないかと思ったけれど、リリーシャよって開かれた瞳からは雫は止め処なく流れ続けた。
 その内に空からも雫が落ちてきて、まるで空も泣いてくれているみたいだと思った。

「お姉ちゃん……」

 一言。言葉にするだけで、また涙が流れる。
 やっとまた見えるようになったのに、もう大好きなリリーシャお姉ちゃんの姿を見れない事が悲しかった。
 お姉ちゃんの居ないベッドで泣き続けて、夜が来て、朝が来た。

「ん、」

 朝をカーテンの向こうに感じる。
 泣いている内に眠ってしまったらしい。頬にはまだ、涙の跡が残っている。

「あ……」

 何かに背中を押されたように、ナナリーはベッドから降りた。
 身体が早く、早くと叫ぶ。
 何もかもがもどかしくて部屋から飛び出したナナリーは、精一杯の力で廊下の窓に打ち付けられたカーテンを掴んで、引きちぎった。


「――――――ッ!!」


 途端に降り注ぐ朝の光。
 リリーシャお姉ちゃんと一緒だった頃は、実は太陽の光なんて大嫌いだった。
 光はお姉ちゃんを傷つける。自分には太陽みたいなリリーシャお姉ちゃんがいるから、本物なんて無くても平気だった。
 けれどそれは、お姉ちゃんに寄りかかっていただけなんだといま解った。
 私は眼と一緒に、心まで閉ざしていたんだと知った。

「花、空、草、土……」

 赤、青、緑、黄色にこげ茶色。水色、黄緑、朱色、黒、白、紺色、紫色。
 目の前に、色とりどりの世界が広がっている。
 雨のしずくをいっぱいに浴びて、太陽の光をいっぱいに浴びて、キラキラと輝いている。
 ナナリーはたまらずに、窓枠を乗り越えて外に出た。

「リリーシャ、お姉ちゃん……」

 足の裏に雨粒を感じる。芝生の感触、石のごつごつとした感じ。
 リリーシャお姉ちゃんが私に見せたかったのはこれだったのだと、ナナリーは思った。
 自分はカーテンの陰からこっそり覗くしかなかった世界を、その全身で感じて欲しかったのだと。


 ――――――世界は、こんなにも綺麗だから。だから、嫌いにならないで!


 不意に、そう聞こえた気がした。


「リリーシャお姉ちゃん。私、頑張るから。お姉ちゃんの分まで、頑張るから!」


 太陽の光の中に、大好きなお姉ちゃんの息遣いを感じる。
 力強くそう誓った彼女の瞳に、もう涙は無かった。










「リアスさん、ジェレミアさん。お願いがあります」

 その日の夜。
 夕食の後、ナナリーはリリーシャの母と兄を呼びとめた。
 ここ数日は眼もうつろで、食事の後はすぐに部屋に篭ってしまっていたナナリーの変化に、二人は顔を見合せながらも頷く。

「何ですか、ナナリー?」

 躾に厳しいリアスは、たとえナナリーが本当は皇女であろうとも特別扱いはしなかった。
 今は自分の執事の娘ということになっているのだから、敬称も付けない。あくまでもリリーシャの友人であり、遊び相手として彼女を扱う。
 彼女が居なくなってもそれは変わらないのだという事が解って、ナナリーは嬉しかった。

「私、決めました。あの時、リリーシャお姉ちゃんがくれたものを私は受け取ろうと思います。
 私を、リアスさんとジェレミアさんの家族に。“リリーシャ”にして下さい」

 拳を強く握り、視線はただ前に向けて。
 背筋をまっすぐにのばして、ナナリーはハッキリと言葉にした。

「……ナナリー殿下、本気ですか?」

 ジェレミアが驚きの声を彼女に向けた。余りの驚きに建前すら頭から吹っ飛んでいる。
 それを見たリアスは、息子もまだ若いとため息をつく。
 ナナリーの眼を見た瞬間、彼女は、それを否定する事も疑問に思う事も止めた。
 高貴なる紫を宿す瞳からは、強い意志がにじみ出ている。
 だが決意は聞いておかなければならない。

「貴女の歳ならばもう解っているのでしょう?
 私の娘になるという事は、貴女の本当のご両親と兄上を捨てるという事。
 皇帝陛下やマリアンヌ様、ルルーシュ様を裏切ることになるのよ?」

 嘘というものは、一度ついたら中々取り消せない。こんな人生を決めるような重大な事柄ならば尚更だ。
 だからナナリーは持っていなくてはならない。
 この嘘を一生つきとおす覚悟を。咎を背負う決意を。
 しかしナナリーの口から発せられたのは、その事への否定の言葉だった。

「いいえ、私は“ナナリー”も捨てません。
 そんなこと、お姉ちゃんは望んでいなかったと思うから。
 だから私はナナリーであり、リリーシャでもあるように生きようと思います。
 私はお母様に貰った脚で外に出て、お姉ちゃんに貰った眼で、この綺麗で残酷な世界の全てを見てみたいと思うんです。
 そしてお母様とお兄様とお姉ちゃんと、リアスさんやジェレミアさんや、これまで出会った全ての人に貰った優しさを、世界中の人に分けてあげたいんです。
 だからお願いします。
 リリーシャお姉ちゃんを私に下さい。私を、リアスさんの娘にして下さい」

 そう言ってナナリーは、小さな頭を精一杯下げた。
 彼女の発した言霊はリアスを打ち、胸へと吸い込まれる。
 眼の前にいるこの子は、もう日本に人身御供として送られた儚い姫ではない。
 雨が降って地面が固まるように、リリーシャが死んで流し続けた涙が、この子を強くした。リアスの娘の命が、この子を磨き上げた。
 ナナリーは今、心を開いて全身で世界と向かい合っている。

 リアスは、知らずに胸元を握りしめた。
 眼の前にいる、この少女が教えてくれた。
 リリーシャが生まれた意味を。愛娘は、務めを果たしたのだとリアスは確信した。

「ナナリー、貴女の決意は解りました。けれど、その道はとても険しい。
 そう言う私もまだ人生の半分くらいしか知らないけど、それでもここまで一生懸命に、全力で歩いてきたわ。
 なのに貴女は、それを人の二倍歩くと言ってるの。それでもいいの?」

「はい、私はもう決めました。リリーシャとナナリーと。
 二つの名前を持って生きていきます。どっちも、私にとって本当の名前にしたいです」

 即答だった。揺るぎない声と、眼光。
 ナナリーはお転婆なリリーシャの事を太陽に例えたけれど、それは違う。
 リアスは、このナナリーこそが太陽だと思った。

 あの子の願いは、あの子の希望は、このナナリーの中で生きている。
 そしてそれを受け止められるだけの器と心の強さが、ナナリーにはあると確信した。
 時に地平線に隠れる事はあっても、この子は決して挫けず、再び東の空に昇るのだろう。

「貴女の想いは解ったわ。その願い、叶えましょう。
 だからナナリー……いいえ、リリーシャ。ひとつだけ約束してくれる?」

 眼を細め、この手から喪った愛娘を想う。
 あの子なら、絶対にこの約束をナナリーにさせたと思ったから。

「私のことを、ちゃんと『お母さん』って呼ぶのよ。ジェレミアの事も『お兄ちゃん』って呼びなさい。私たちはもう貴女の家族なんだから、辛い時は頼っていいの。
 貴女はこれから、人の二倍の苦労をすると思うわ。だから貴女には、人の二倍、頼る人が必要よ。いいわね?」

「~~~~っっ!!」

 リアスが言葉に込めた、親愛の情。
 これは予想外だったのだろう。
 怒鳴られる事も覚悟して、震える手を力いっぱい握りしめて胸の内を言葉にしたナナリーの心が弾けた。
 まだまだ幼い女の子が決めた精一杯の想いは、正しくリアスとジェレミアに伝わった。
 自分を見るリアスの眼も、ジェレミアの眼も優しさに満ちていて、ナナリーは溢れる涙を止められなかった。


 ――――私、頑張るから!


 そっと、ジェレミアがハンカチでナナリーの涙を拭った。
 そしてリアスが、彼女の小さな身体を抱きしめる。
 新しい母に縋り付いて泣き、ナナリーはそのまま彼女の胸の中で眠りについた。
 温かさに包まれてナナリーが夢で見たのは、リリーシャと笑いあう光景。


 リリーシャお姉ちゃん、私、貴女の分まで頑張るから!
 お姉ちゃんがやりたかった事。全部やるから!
 だからありがとう。私に新しい家族をくれて。

 私はお姉ちゃんに出会えて、本当に良かった。
 お姉ちゃんに会えたから、私は前に進めるようになれた。

 だから、本当にありがとう。
 私の大好きな、本当に大切な、リリーシャお姉ちゃん。



[16004] Stage,12 『新しい決意』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:e3b5ec25
Date: 2012/09/06 21:30
 長い、ナナリーの独白が終わった。
 時間が7年前から現在に戻る。

 コーネリアは後の政務を明日以降にまわし、彼女の話を黙って聞いていた。
 運ばせた二つのカップのどちらにも手はつけられず、もう冷めきってしまっている。
 それほどに内容の濃い話だった。









コードギアス
    閃光の後継者

Stage,12 『新しい決意』










「それが、お前が『リリーシャ・ゴッドバルト』を名乗る理由か」

「はい。リリーシャ姉さんは私に、この世界の美しさを教えてくれました。
 あの後、軍人である母の下でナイトメアを含むさまざまな知識を学び――――」

「ボワルセル士官学校を経て、ブリタニア軍に入ったか。
 私もあそこの卒業生だからな、噂は聞いていた。中々に優秀だったそうじゃないか。
 あのジノ・ヴァインベルクと主席を争っていたのだろう?」

 一息つき、コーネリアは冷めきった紅茶に手を伸ばした。一口啜り、少し顔をしかめてソーサーに置く。
 ボワルセル士官学校とはブリタニア本国にある名門の士官学校であり、卒業生には上級将校の地位が約束されている。
 最もそれは卒業後にその椅子が用意されているというのではなく、その椅子を掴みとれるような者しか入学し、卒業出来ないという意味だ

 現エリア11総督、コーネリア・リ・ブリタニア。
 ブリタニア皇帝首席補佐官にしてナイトオブツー、ベアトリス・ファランクス。
 そしてナイトオブナイン、ノネット・エア二グラム。
 彼女らを排出した名門士官学校とは、そういうところだった。

「でも実技はともかく、数学や科学では他の同級生に負けていました。
 ナイトメアでの訓練が始まって、やっと追いつけたといったところです」

「それは仕方あるまい。二歳も歳をごまかしていたのだろう?
 むしろそれでも一度は学年主席を取った事の方が驚きだ。それに奴にナイトメアで一度でも勝てたのはお前だけだったと聞いている。
 まあ奴も、座学の方は振るわなかったそうだが」

 そう言うと、ナナリーは苦笑いした。
 ちなみにそのジノは先ごろのEUでの活躍が大きく評価され、帝国最強の騎士団、ナイトオブラウンズへの就任が内定しているという。
 コーネリアも一度だけ共に戦った事があるが、彼の思い切りと勘の良さには舌を巻いた。
 ジノならば、あの方を含めてもまだ半数の空いているナイトオブラウンズに抜擢されても文句はない。

「だが解らないな。
 リリーシャは美しい世界を見て欲しかったのだろう、ならば何故お前は軍人になった?
 此処は綺麗事が通用するような世界ではないぞ」

「……この世界をリリーシャ姉さんがその目で見たはずの、綺麗な世界にしたいからです」

「だが軍人とは人を殺す道だ。
 力を持たぬ市民を護る為には、私たちは敵の血に塗れなければならない。
 この道は、綺麗という単語からは程遠い」

 一転して剣呑な目つきになったコーネリアからの質問に、ナナリーは少し委縮しながらもはっきりと答えた。

「ええ、解っています。
 戦争は、引き延ばせば伸ばすだけ犠牲者が増える。だから私は、一刻でも早く戦いを終わらせたい。
 その為の力が、私は欲しいのです」

「この――――脆弱者がっ!!」

 その言葉、というよりも語感が気に入らなかったコーネリアの語気はさらに強くなる。
 ナナリーとしては精一杯答えたつもりなのだが、遂にコーネリアは彼女を一喝した。

「まさかお前は、戦う理由を他人に預けているのか?
 それとも戦う事はつらい事だから、誰かの代わりに戦っていると?
 脆弱者め。戦う意味は常に自らの中に持っておくものだ」

 コーネリアの厳しい叱責に、ナナリーは息を飲んだ。
 本物の騎士の矜持というものに、ほんの少しだが触れた気がする。

「ちょうどいい。ナナリー、いやリリーシャ。
 お前は二人として生きると言ったな。なら私がお前たち二人の事を鍛えてやる。
 私の信念は知っているか?」

「命をかけて戦うからこそ、統治する資格がある、ですね」

「その通りだ。
 リアス殿は確かに優秀な軍人だったが、お前に皇族の務めまでは教えてはいまい。
 地方の領主とは違い、皇族はブリタニアに住む全ての民に対して責任がある。それは相手が名誉ブリタニア人でも同様だ。
 だからこそ皇族が強くあるのは当たり前。リリーシャとしてはそれでよくても、ナナリーはその先を見なければ務まらん。
 いやリリーシャとしても、真の騎士と成りたいのならそれでは駄目だな」

 これが王者の威風、なのだろうか。
 真っ直ぐこちらを貫く、清んだ宝剣のような凛とした気風がナナリーの背筋を奔った。
 自分よりも遥かに強い信念が、コーネリアの紫の瞳を通じて伝わってくる。

「リリーシャ・ゴッドバルト准尉。
 先日のユーフェミア副総督警護の功績により、お前を少尉へと昇進させ正式に幹部候補として迎える。そして手続きが済み次第、我が親衛隊に入れ。
 シュナイゼル兄上には私から話をつけておこう」

「―――ッ、よろしいのですか、コゥ姉様!?」

 予想もしていなかった一言に、ナナリーは思わず腰を浮かした。
 親衛隊とは皇族を衛る直属部隊であり、軍人にとって所属するだけで非常に名誉な事だ。
 ましてそれが『ブリタニアの魔女』とまで言われるコーネリアの親衛隊となれば、一流の軍人のみが集うブリタニア最強部隊のひとつである。
 そんな場所への誘いに、ナナリーは身体を震わせた。

「鍛えてやると言ったはずだ。私の指導は厳しいぞ、覚悟をしておけ。
 ――――それと、ここでは総督と呼べ。お前までユフィと同じ事を言わせるのか?」

「ユフィ姉様……もとい、ユーフェミア副総督と?」

 自分の事を全く同じように呼ぶもう一人の妹の事を想い浮かべ、コーネリアは苦笑いをこぼした。
 その妹もコーネリアは鍛える為にこのエリア11に連れてきている。
 コーネリアは彼女は軍事ではなく政治を学ばせる目的で、学生を途中で切り上げさせてまで呼び寄せた。

「ユフィを救ってくれたあの一件については私も感謝している。
 あ奴の身に何事も無かったこともそうだが、部隊内での私刑が表沙汰になれば、代理執政官の死亡と合せてただでさえガタガタな規律がさらに乱れる事になっていただろう。
 今回の親衛隊への抜擢はあの一件が切欠だという事にする」

「それは―――――」

 思わずナナリーは、あれはそこまで考えての行動ではないと言いそうになったが、止めた。
 結果としてユーフェミアを庇ったのは事実なのだ。
 粛清を止めたのも、単に兄が害されるのを黙って見ていられなかったというのがあるのだが、それはこの異母姉も解っているだろう。
 その上で彼女は、多少の無理は承知で親衛隊に入れと言ってくれたのだ。
 同時にそれは、ナナリーの正体を公表するつもりが無い事を示している。

「しかしあの時キューエルさんたちを止められたのは、ランスロットのおかげです。
 純血派の方々と同じサザーランドに乗っていたら、結果は全く違っていたと思います」

「馬鹿者。私が知らないとでも思ったか?
 あの機体のシミュレーターには先日私も騎乗したが、あれほど馬鹿げた機体は他にない。
 断言してもいい。あの機体を乗りこなせるなら、ナイトメアの操縦技術は十分に親衛隊クラスだろう。
 だから誇れ。自信も騎士には重要なものだ」

 もちろん特派への報酬として予算の優遇も行うと付け加えて、コーネリアがじっとナナリーを見据える。
 彼女は自分で選択しない者や周りに流される者を激しく嫌悪する。そんな者たちなど『脆弱者』の一言でバッサリと切り捨ててきた。
 同時に彼女は己の中に確たる信念を持ち、胸に決意を秘めて上を目指す者をにはそれ相応の待遇を約束する。
 厳しい言葉と厳しい態度でそう締めくくった彼女の奥にある思いやりに気づいたナナリーは、ハッキリした声で『はい』と応えた。

 そんな彼女にコーネリアは、義務を理解し責任を果たしたなら働きに対する評価は素直に受け取るべきだと告げて立ち上がる。
 そのまま執務机の受話器を取り、何か所かへ電話をかけると元のソファーに今度は深く座った。程なくして紅茶のカップが新しいものと取り換えられた時、ふっ、とコーネリアの視線がほころぶ。

「そういえば。あの日は、ユフィの租界散策に付き合ってくれていたそうじゃないか。
 アレは私が無理やり連れてきたに等しいからな、心細い事もあるだろう。よろしく頼む」

 そこにあったのは、もう峻厳たる為政者の顔ではなく、最愛の妹を思う姉の姿だった。

「もちろん、お前の事も私は妹と思っているよ。
 リアス殿ではないが、お前はまだ14歳だろう? 止まり木はまだまだ必要だ。
 私はお前の背中に乗る重みを代わりに背負う事も、一緒に支えてやる事も出来ないが、どうやって持てばいいかくらいは助言してやれる。
 だから、お前も私を頼っていいのだぞ?」

 そしてその顔が自分にも向けられている事に、ナナリーは瞼を震わせる。
 どんなに理由をつけようが、自分が周囲に大きな嘘を付いている事に変わりはない。

 知らずに両肩に降り積もっていた何かが、ふっと軽くなった気がする。
 一筋だけ、透明な雫が頬を伝った。
 常に笑顔で明るくふるまい、出来る限り張りつめないようにしていても、やはり彼女は少女なのだと証明する一粒だった。

「ふふ、ようやく年相応の顔になったな。
 お前の変わりようには驚いたが、やはり根本の部分は変わっていなかったか。
 ナナリー、リリーシャに成りきるあまり、自分を忘れてはいなかったか?

 忘れるな。
 お前は何処まで行ってもブリタニアの皇女、ナナリー・ヴィ・ブリタニアだ。
 これからは、私たちの前でだけはお前はお前でいいんだ。私がお前を護ってやる」

 やっと、コーネリアの一番の懸念は払拭された。
 昼過ぎに執務室に現れ、正体を明かしたナナリーの容姿は確かにあの頃の延長で、彼女は一目でそれがナナリーであると解った。
 マリアンヌ譲りの髪も、薄紫の瞳もそのまま。
 だがその表情は変わり果てていて、まるで『ナナリー』が見えなかった。

 何かが、ナナリーの上に張り付いているような、歪な顔。
 彼女は無理に無理を重ね、しかしそれを悟らせないように歪め、その上にまた重ねた。
 幾層も重なったそれが表にまで出てきた切っ掛けは、やはり先日の事件だろう。

 しかしコーネリアにはそれよりももっと以前から、確実に彼女を蝕んでいったと思えた。
 今、眼の前で晴れやかな笑顔を見せるナナリーを見て、その予測が外れておらず、また自分の選択も間違っていなかったと確信する。

「さて、もうこんな時間か。今日の執務はここまでにしょう。
 一緒に夕食を食べないか? ユフィにもお前が生きていた事を伝えてやりたい」

 ソファーから立ちあがり、手を頭上に挙げて身体をウンと伸ばす。
 コーネリアの均整のとれた女性的なボディラインは、同性のナナリーから見てもハッとさせられる。
 ふくよかな胸と、普段の厳しい表情の間から見えた柔らかい表情に彼女の胸がトクンと鳴った。気にしない事にした。

「―――――」

「……どうした?」

 こくん、とナナリーが唾を飲み込んだ。
 謎が解けてひとまずはこれからだと、挑戦者の笑みでひとつ息を入れたコーネリアとは対照的に、いまだソファーに座ったままのナナリーの顔に影が差す。
 俯いたまま、これが最後の難関だとナナリーは小さく口内でつぶやき視線を上げた。


「コゥ姉様。
 できれば私の事は、ユフィ姉様には内緒にして頂きたいのです」


 何故だ、とは問われなかった。
 代わりに、ナナリーの眼を射抜くコーネリアの双眸が戦人のそれに代わる。
 いくら護るといっても、彼女の中での絶対的な優先者は妹のユーフェミアで、それはどんな事があっても揺らぐ事はない。
 あえてあげるとすればそれはもうひとつの譲れないもの、神聖ブリタニア帝国と天秤にかけざるを得なかった場合くらいだろう。
 少なくともこのような時は、コーネリアの天秤は迷うことなくユーフェミアに傾く事はナナリーも承知していた。

「―――――それは、ユフィが信用できないという意味か?」

 凄みを増した声。
 ナイトメアで戦場を駆けるナナリーでも竦むほどの眼光と敵意が、仁王立ちで見下ろすコーネリアから降ってくる。
 だがそれでも譲れないと、ナナリーはその瞳を見返した。
 嘘ばかりの自分だから、せめて誓いだけは順守する。それがナナリーが自分に課した絶対のルールだ。

「違います。
 私は、“リリーシャ”はあの粛清騒ぎの際に、ユーフェミア副総督に誓いを立てました。
 私に出来る精一杯の力で、副総督のお手伝いをすると。それを副総督も了承して下さいました」

「それが、何か問題なのか?」

「ユーフェミア副総督はお優しい方ですから、もし私の事をお知りになれば、無意識にでも私に優しくされると思います。
 けれどそれは他者から見れば特別扱いでしかない。
 そうなれば当然、私の周囲にも探りが入る。それも非合法な手段で。いまだ騎士を持っておられない副総督ならば尚更です。
 その過程でリリーシャが本当はアルビノだったと知られれば、もうお傍に仕える事も出来ません。ユフィ姉様にも迷惑をかけてしまいます」

 コーネリアとユーフェミアのリ家は、ブリタニアでも有数の大貴族である。
 長兄オデュッセウスや、帝国宰相のシュナイゼルには及ばないものの、十分に次期皇帝の座も狙えるコーネリアとリ家に近づきたい者は多い。
 野心を持つ者たちにとって、彼女が溺愛するユーフェミアの選任騎士は正に格好の獲物なのだ。

 そんな中で、ユーフェミアがリリーシャを特別に扱えば、事情を知らない者から見れば間違いなく誤解され、嫉妬の対象になる。
 探られて傷む腹を持つリリーシャとしてもそれだけは避けなければならないし、それによってユーフェミアやコーネリアの立場が危うくなる。
 彼女は姉と結託して、ひいてはリ家全体がナナリーの生存を皇帝に隠していた事になるのだから。
 そんな事情を、眉根を寄せて切々と語るナナリーに返された言葉は、たった一言。



「あまり私を舐めるなよ、ナナリー」



 凄まじいまでの怒気を孕む鋭い威圧感。正しく絶対零度の氷の刃だった。
 立ったまま見下ろし、ナナリーを一瞥したコーネリアは、彼女の胸倉を両手で掴んで強引にソファーから引っこ抜く。
 その怒りと厳しさに満ちた顔の真ん前までナナリーを引き寄せ、ゴツンと額を当てた。

「その年齢にしては大人びていると思ったが、やはりまだまだ子供だな、お前は。
 私を侮るな、ナナリー。お前の身ひとつ護れなくて、何が第二皇女か。ユフィや貴様の身を害するような不届きものなど、私が全て排除してくれる!
 だから貴様は、私の下でただ真っ直ぐ前だけを見て成長していけばいいのだ。道なら私が作ってやる。よいな!」

 そこまで一息で捲し立て、掴みあげた事で宙に浮いていたナナリーの脚を床に下ろす。
 同時に掴んでいた手は彼女の肩に移動し、今度はしっかりと押さえるように握って、コーネリアはナナリーと向かい合った。

「最も、ここまで歩んでこられたお前なら、そんな道など無くとも自立した脚で歩んでいけるだろう。
 だからユフィだけでなく私にも誓え。もうこれ以上、自らの望まぬ道は選ばないと。
 お前のその明るさは、皇族では稀有なものだ。それを曇らすのはあまりにも忍びない。

 それにいいじゃないか。騎士候補だと思われるなら、思わせておけ。
 最高のタイミングで、実はあのマリアンヌ様の娘であると明かしてやるとしよう。
 痛快だぞ? 嫌がらせをしようとしていた相手が実は皇族で、しかも亡くなってなおラウンズに名を連ねるマリアンヌ様の娘だと知るのだ。さぞ相手は震えあがることだろう」

 そう言ってコーネリアは、肉食獣の笑顔をナナリーに向ける。
 彼女の本質を垣間見たナナリーは胸を詰まらせた。
 『ブリタニアの魔女』の異名まで持つ彼女が、その名を得るに至った理由は何もナイトオブラウンズに匹敵するナイトメアの技量だけではない。

 彼女は、何処までも厳しい人だ。自分にも他人にも、絶対に妥協を赦さない。常にその者にとって最善の選択肢以外を選ばせない。
 たとえ武功を立てても、そこに僅かな綻びがあれば、彼女はそれを容赦なく強引に叩き直すだろう。

 誰も厳しく当る事で嫌われるのを避けるから、好き好んで怒っているのではない。
 それは全て相手と自分の為だ。
 第二皇女という至高にいるが故に、誰にも叱責してもらえない彼女は絶対の秩序を持って己を律する。
 だからこそ彼女は部下に真に慕われ、彼女の下にはその事を自覚し己を磨き上げる事のできる優秀な人材が集まる。
 ギルフォード卿やダールトン将軍は言うに及ばず、アレックス将軍やグラストンナイツもそんな者たちなのだろう。

「返事は?」

「イエス、ユア・ハイネス!!」

 再び背中が震えた。
 踵をそろえ、歓喜と共に最敬礼を返す。

「馬鹿もの。そこは本当のお前らしく『はい』と答えればいいのだ」

 ポンポン、と軽い調子で肩を叩かれる。
 途端に緩んだ彼女の表情は、確かにユーフェミアの姉のものだった。
 ズルイと思う。民への慰撫は苦手というが、それはこのコーネリア総督の御心をくみ取れない相手が悪い。
 彼女もまた、十分に慈しむ心を持った人だとその表情が物語っている。

「ふふっ、そうだ。今夜の夕食にはギルフォードとダールトンも呼ぼう。
 あ奴らは十分に信頼できる。いざという時、頼りになるだろう」

「それは……」

「心配するな、あ奴が秘密をばらすような事は絶対に無い。ならば協力者は多い方がいいだろう?
 私はお前を政治の道具になどするつもりは全くないからな。それに……」

 そこで意味深に、コーネリアは言葉を切った。
 にやりと流し眼で笑い、身を返してナナリーの方を真っ直ぐ見た。

「独力でここまで昇ってきた、自慢の異母妹をあ奴らに自慢してやりたいのだ」

 そうやって最後に「いいだろう?」と眼で問われれば、もうナナリーに否は無かった。
 拳を握り、この姉に跳びつきなくなる衝動を必死に押さえる。
 ナナリーの二人の兄に対する親愛の情はどちらも本物で、それに近い感情を眼の前のコーネリアにも抱いてしまった。
 それだけに、ここを訪れる前に抱いていた汚い思惑がちくりと胸を刺す。
 コゥ姉様は、自分の思惑を解ったうえで、最高の返事を返してくれた。
 そんな彼女を信じられず、その情を利用してやろうと思った自分のなんと浅はかなことか。そんな事出来る筈もないのに。

「はい、お願いします!」

 だから精一杯の明るい声で、瞳からこぼれる雫が喜びであると伝えた。
 自分は、この姉の、いや姉たちが誇れる妹になろう。
 皇族とか、ヴィ家とかなんて関係ない。コーネリアとユーフェミアの自慢の妹になろう。
 改めて、彼女はそう誓ったのだった。



[16004] Interval 『再会』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:e3b5ec25
Date: 2012/09/06 21:27
 今回は幕間なので短いです、が、新作です。


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...Interval 『再会』


「ふふっ、ユフィ。
 実は今日は、特別なサプライズがあるのだ」

 その日、ユーフェミアはいつもどおり姉と食事を共にしようとしていた。
 普段は姉と2人きりのことが多いが、今夜はギルフォード卿とダールトン将軍も一緒だったが、それも別に珍しい事ではない。
 共に軍務に政務にと多忙な日々を送る2人だが、姉が絶対の信頼を置く彼らと食事を共にすることも、月に数回のペースで行われていた。

 今までに無い変化は、4名の客人に対し、用意された席は5つ在るということだ。
 つまりサプライズとは、この席に座る人物を指すらしい。
 しかも席は、姉と自分の間。
 皇族の間に座る権利を有するのは、いったい何者だろうか。

 大きな期待と少しばかりの不安に、ユーフェミアの心は沸き立った。
 コーネリアは、それぞれが席に座ろうとするのを制し、これから渾身の作品を披露するような、とっておきの悪戯を仕掛けるような表情で合図を出す。
 「入れ」という端的な言葉とともに扉が開かれると、そこには三つ編みを結い、眼鏡をかけた少女の姿。
 ユーフェミアにとっては先日、ケイオス爆雷の脅威から身を挺して守ってもらった友人、リリーシャの姿があった。

「リリーシャさん?」

 桃色のドレス姿の彼女は、ユーフェミアの顔を見ると少し緊張したような面持ちでにこりと笑う。
 彼女の顔を見て、ユーフェミアはなるほどと納得した。
 確かにこれはサプライズだ。姉は先日の事を聞いて、このような席を用意してくれたのだろうと納得する。


 だが本当の驚愕は、


「こんばんは、ユフィ姉様」


 この後にやってきた。


「え?」


 先日とは違う声音と、辺境伯令嬢であるリリーシャが口にするはずの無い言葉に戸惑うユーフェミアを置き去りにして、リリーシャはあの時コーネリアの前でそうしたように、髪を止めていたリボンを解き、偏光グラスの入った眼鏡をはずした。


「今夜はお招きありがとうございます。私のことが分かりますか? ユフィ姉様」

「ナナ、リー?」

「はい」

 溜まらずユーフェミアが姉のほうを見ると、彼女は優しい笑みを浮かべてこくりと頷く。
 姉の表情に、これが悪戯でも何でも無いと悟った彼女は、ゆっくりと視線をナナリーに戻した。

 ゆるくカールした紅茶色の髪。
 薄く透き通った紫の瞳。
 天真爛漫だったころの面影はそのままに、少女の青い美しさを纏った彼女が、自分の異母妹であるとユーフェミアは確信し、同時に地面を蹴っていた。

 ドレスの端をつまんで、一直線に。
 最短距離を走りぬけ、まるで消えそうになる幻を捕まえるかのように、ユーフェミアはナナリーを全身で抱きしめた。

「ナナリー、本当にナナリーなのですね!?」

「はい、今まで黙っていてごめんなさい、ユフィ姉様」

「ううん、いいのです。
 ナナリーが生きていてくれただけで、本当に嬉しいのです」

 抱きしめ合うふたりの頬を涙が伝う。
 この夜の食事会は、まるでこれまで逢えなかった時間を取り戻すように、深夜まで続いた。



[16004] Stage,13 『介入者』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:e3b5ec25
Date: 2012/09/05 21:50

「ゲリラのあぶり出しに成功しました」

 G-1ベースの指令室にある戦術パネルに、とある山とそれを囲むブリタニア軍のマーカーが映し出される。
 この山を本拠地とする武装グループは『侍の血』
 エリア11、中部エリア最大の武装勢力はいまや風前の灯だった。

「よし、アジトの位置を推測。情報を総督に送れ!」

 そのパネルの前で、いかにも軍人といった面持ちの男が指示を飛ばす。
 アンドレアス・ダールトン将軍。
 短く刈った鳶色の髪をオールバックに纏め、がっしりとした巨木のような体躯を持つ壮年の武人だった。
 現在、総督であるコーネリアはこの指令室にはいない。
 彼女は此処をダールトンに任せ、総督自ら戦場に出ているのだ。









コードギアス
    閃光の後継者

Stage,13 『介入者』










「了解したダールトン。これより突撃する!!」

 山を囲む戦車部隊と要塞化した山から突き出した砲門が撃ち合いを繰り広げる上で、4騎から成るナイトメア小隊が山へと進撃する。
 その先頭を走るのは、頭部の両側が角のように跳び出した特別仕様のナイトメア。
 第五世代サザーランドを高性能化した第五世代最高のナイトメア、グロースターのコーネリア専用機である。
 右手に黄金のショットランサー、左手にアサルトライフルを持って彼女は基地に迫る。

「旧時代の遺物が!」

 彼女の接近に気付き、砲門が彼女の方を向くが、遅い。

「アルフレッド、リリーシャ、バート。遅れるな!」

『イエス、ユア・ハイネス!!』

 コーネリアの檄に、追従する二騎のグロースターと一騎の白い新型が応えた。
 今回の作戦を新人の教育に使おうと考えた彼女は、まだ若輩の彼らを従えて敵の本拠地へと攻撃を仕掛ける。
 もちろん彼らの中で最も若いのは、ランスロットに乗るリリーシャだ。
 彼女はこのエリア11で最初に選出された親衛隊でもある。

「はっ!」

 戦車砲の砲弾が山の斜面を吹き飛ばす中を、コーネリアのグロースターが高く跳んだ。
 それだけでもナイトメアで行うには非常に高度な技術が要求されるのだが、『ブリタニアの魔女』たる彼女はさらに先を行く。

 いくつもある砲門の中から砲撃準備が整っているものを瞬時に選び、まず左のスラッシュハーケンを放つ。次にハの字の位置にある砲門に右のスラッシュハーケンを打ちこむ。
 そしてその二つのワイヤー巻き込み速度を巧みに操作する事で、空中にありながら彼女は敵の機関銃の掃射を躱してみせた。

 またたとえ被弾しても、高速で動くグロースターの装甲ならば致命傷になる事はない。
 並々ならぬ戦場度胸で一気に距離を詰めて敵の懐へと飛び込んだ彼女は、本拠地に続くと思われる他の入り口にもランスロット達が到達したのを見て一度ダールトンと回線を繋ぐ。

「ダールトン、この奥だな?」

『はい、いかがいたしますか? 我々も……』

「この戦力差なら我々だけでよい。三人とも、突っ込むぞ!」

『イエス、ユア・ハイネス!』

 城塞化された丘の内部への攻撃ということでダールトンが増援を提案するが、コーネリアはそれを不要と断った。
 彼女たちはそのまま4つの入り口から同時に突入し、テロリストたちを葬っていく。
 この日、ひとつの勢力が壊滅した。しかしその中にあのゼロの姿はない。

「ゼロはここにも居なかったか。
 ひとつずつ潰しても埒が明かないな。やはり炙り出すのが最適か」

 ランスロットと二騎のグロースターを護りとして歩兵部隊が残党の処理および捕縛を行っている中で、コーネリアは獣の笑みでつぶやいた。





 / / / / / / / / / /





 二週間後、コーネリアはダールトン将軍、アレックス将軍らエリア11駐屯軍の将官たちを会議室に呼んだ。
 その中には当然の如くコーネリアの騎士であるギルフォードもいる。
 彼らを相手にコーネリアは、次の作戦の進捗状況の確認を行った。

「よし、まずはこの作戦の戦略目標を確認する。
 この作戦の目的は2つ。サイタマゲットーに潜伏するテロリストを殲滅する事と、あえてシンジュクゲットーと同じ状況を作り出すことでゼロを誘き出しこれを捉える事だ。
 今日はこの作戦の進み具合について各々から報告を受けたい」

 言って、コーネリアが手元のキーボードのキーを叩くと、執務室に据え付けられたディスプレイにPCの画面が表示された。
 そこにはコーネリアを含む4名が取りまとめたファイルがそれぞれ表示されている。
 その中から、彼女はまず自分が纏めた全体の作戦概要を示すファイルを開く。

「この作戦ですと、相当数のイレブンを駆除することになりますな」

「アレックス、口を慎め。イレブンといえども我が国の民であることに変わりはない。
 それを害虫の如く言うとは何事か」

「はっ、失言で御座いました。お許し下さい」

 コーネリアが侍従に配らせた書類を手に会議が始まった。
 その冒頭でアレックス将軍が口にした言葉をコーネリアが諌める。
 アレックスは特に攻めにおいての指揮では絶対的な攻撃力を誇る勇猛果敢な将軍だが、少々粗野なところがあるのが玉に傷だった。

「ダールトン。この作戦を実行する場合、総生産への影響はどれくらいになるか想定しておいてくれ。
 総生産への影響が1%を超えるようならば作戦を再考する」

「はっ、了解いたしました。至急調査いたします」

 コーネリアの問いに答えたのは、今回の作戦に直接参加するダールトン将軍である。
 戦場において真価を発揮するのがアレックスであるのに対し、平時において真価を発揮するのがダールトンだ。
 彼は攻め、守りともに高い次元で纏まっているだけでなく、部下からの信頼は絶大で政治も出来る。
 またアレックスと違い全体を見る事の出来る眼を持つ彼は、コーネリアが戦場に出た際にはG-1ベースにて総指揮を担当する事もある。
 コーネリアからの信頼は、彼女が溺愛する実妹のユーフェミアの補佐を命じられたことからも明らかだろう。

「よし、次は派遣する部隊に関してだが。ギルフォード、何かあるか」

「はっ。恐れながら、今回の作戦に派遣する親衛隊の数をさらに増員すべきと考えます。
 先日より私はコーネリア総督の命で軍の各部隊を視察してまいりましたが、通常のテロリストならばともかく、ゼロを相手にする場合はまた奴に翻弄されかねません。
 最悪の場合を想定し、親衛隊のみで作戦を遂行するだけの数を揃える必要があるかと」

「チッ、軍の腐敗は思ったよりも深刻か」

 コーネリアはギルフォードの口から改めて視察の報告を受け、小さく舌を打った。
 エリア11の前総督であるクロヴィスの遺した負の遺産は思ったよりも多い。その最たるものが、多くの権利を委譲されたことで起こった軍内部の腐敗だろう。
 汚職や物資の横流しなど、例を上げればきりがない。
 コーネリアもクロヴィスの遺した軍の実情を知った直後から改善を命じてはいたが、どうやらまだ足りないらしい。

「視察御苦労だった、ギルフォード。
 派遣する親衛隊の数については増員する方向で検討する」

 そうやって、彼女たちは今回の作戦における検討事項を整理していく。
 とはいえ、作戦の細かい部分まで詰める必要はない。
 現場での細かな部分を考えるのはここに集まった面々と、その部下たちである。
 トップが一から十まで整えてしまっては、下の人材が育たないからだ。

 各将官と、コーネリア親衛隊を預かるギルフォードはこの会議での課題を持ち返り、各々の部隊で対処検討を行う。
 その期限は最終の会議を行う二週間後と設定して、会議は解散した。
 しかしコーネリアの予定を曲げる報告は、その二週間後の会議にて発生する。





「―――――つまり、作戦開始を2日ほど遅らせろということか、ベアトリス首席補佐官


『はい。今回の作戦が行われるサイタマゲットーには、皇帝陛下直轄の研究施設があります。
 その研究施設の撤収作業は既に行っておりますが、どうやっても作戦開始に間に合わないという報告を先日受けました。
 施設の存在をお知らせしなかったこちらにも非はありますが、機密情報局に属する施設のため、どうかご容赦頂きたく思います』

 そう言って、皇帝直属の特務局総監であるベアトリス・ファランクスは画面越しに頭を下げた。
 ナイトオブツーと皇帝の首席補佐官を兼任する彼女は、純白の騎士服を完璧に身に付けて帝都ペンドラゴンにある本国の執務室からTV電話の回線を繋いでいる。
 細い縁なし眼鏡の向こうで、細い眼に氷の様な光を帯びる女性は、どう見ても三十路には至っていないだろう。
 二十代の中盤で、ナイトオブラウンズと首席補佐官を兼任する才女。それがベアトリス・ファランクス公爵である。

「しかしもう作戦計画は詰めの段階に入っている。
 こうして会議している今も、私の部下たちは作戦に向けた準備を着々と整えているのだ。
 既に決まったものを変える事が、どれくらい困難な事かを知らぬ貴女ではあるまい」

『もちろん重々承知しております、コーネリア総督。
 しかしその事を考慮した上での要請だとお思い下さい。
 サイタマゲットーで我々が行っていた研究には、陛下も大変ご興味をお持ちです』

「陛下が? 気に入らんな。
 ならば何故このエリアの総督である私に何の報告もしなかった」

『それほど、機密性と重要度の高い研究内容であると御理解いただきたく思います』

「ふん……」

 明らかに不満げな様子で腕を組んだコーネリアは、椅子の背もたれに身体を預けた。
 厳しい視線を放つ瞳を閉じて黙考する彼女を中心に、会議室の空気がピンと張り詰める。

 いくら陛下の筆頭補佐官とはいえ、コーネリアはこのエリアの総督である。
 作戦を考え、いざ実行する段階になって横から嘴を突っ込まれて面白いはずがない。
 同年代で同じ女性同士。
 TV回線ごしとはいえ険悪な空気に成るのは仕方がなかった。

「――――――――わかった。お前が言うのならば、そうなのだろう。
 だが1日だ、それ以上は延ばせん。あとはそちらで何とかしろ。
 作戦開始まであと5日ある事だし、寝ずに作業を行えば何とかなるだろう。少々派手な動きがあっても眼をつぶってやる。以上か?」

 眼を開き、睨むように画面の向こうのベアトリスを見たコーネリアは、昂然とそう言い放った。
 だがその決定には、彼女のベアトリスへの理解が見え隠れする。

 それもそのはずで、この二人は幼少の頃より共に過ごした親友同士である。
 ベアトリスの母である前ファランクス公爵夫人がコーネリアの乳母であったのだ。
 さらには、共にアリエス宮であのマリアンヌに剣の指導を受けた間柄でもある。
 互いに大人になり、公的な立場を以ってからはこのようにやり合う事も多くなったが、互いに対する信頼は揺るぎない。

『感謝致します、コーネリア総督。
 ではもうひとつ。
 この作戦において、テロリストと関係の無いイレブンの保護をお願いしたいと思います』

「ふむ、何故だ?
 確かに奴らといえども我が臣民には違いないが、社会に何ら寄与していない輩だぞ。
 奴らの存在が、周囲の犯罪率の増加に繋がっているという報告もある。
 ならばいっそ、これを機に一掃してしまえばよいと考えているのだが何か問題か?」

『いえ、それに関しましては何かを申せる立場にはありません。
 ですがこの研究施設では、ブリタニア人の研究者の他に多数の名誉ブリタニア人を雇用しておりました。
 秘密保持のために人質としたその家族も含めますと、その数はかなりのものになりますので、これを逃がす口実が欲しいのです』

 実はこの時点においてコーネリアは知る由もないが、サイタマゲットーにある機密情報局の研究所では、とある研究と並行してナイトメア開発までも行っていた。

 あのアリエス宮での事件以降、ロイヤルガードを中心とした皇族の身辺警護のほかに、彼ら皇帝直属機関の権限も強化されている。
 その中でも特に権限の拡大が著しいのがこの特務局だった。
 事件より8年の月日が流れた今では特務局は各地での諜報活動はもちろんの事、軍に属さない特別戦闘部隊の編成から、ナイトメアの開発まで行っている。

「わかった、それに関しても検討しよう。だかこれは貸しだぞ、ベアトリス」

『承知しております、コーネリア総督。それでは』

 コーネリアの言葉に応えて、ベアトリスは机から立ち上がり一礼する。
 それを合図に、本国と繋がっていた回線は途切れた。
 ディスプレイがブラックアウトし、将軍たちが意見交換を再開する中で、コーネリアは腕を組んで再び黙考する。

 周囲の者がどう感じたかは知らないが、ベアトリスの事をよく知るコーネリアは、これが彼女からの対価であると受け取った。
 何故なら彼女の手元には、広報課をはじめとしたいくつかの部署から、サイタマゲットー壊滅作戦におけるイレブンの取り扱いについての進言が上がっていたからである。

 そしてそのほとんどが、テロリストに関係のないイレブンを保護し、名誉ブリタニア人としての登録を強制的にさせてはどうかというものだった。
 戦争で戸籍が失われて以来、イレブン達に関する戸籍情報等の確認は殆ど行われていないのが現状である。
 進言の理由は、このままでは治安や生産に影響が出るというものだったが――――

「ベアトリスめ……」

 それを真面目に受け止める必要はないだろう。
 これらの進言は特務総監の権限の下でベアトリスが部下に行わせたもので、コーネリアが作戦の変更を行いやすくするための根回しだろう。

 また同時にこれらの発信元を探れば、どの部署に機密情報局の人間が紛れこんでいるかを判別できる。
 組織が拡大するにつれて、機密情報局本体はともかくその下部組織においては必ずしも一枚岩と呼べなくなっている。
 情報を秘匿したければこれらの部署に注意しろというサインでもあるのだろう。
 コーネリアはそう理解し、今回はベアトリスの要請を受ける事に決めた。

 このエリア11は、ブリタニアの植民エリアの中でも特に重要な意味を持つ。
 それは戦略物資であるサクラダイトの最大産出国である事や、もうひとつの大国である中華連邦の喉元を抑えているという事だ。
 故に本国からの干渉も多く、一筋縄ではいかない事は覚悟していたが、やはりかとコーネリアは息を吐いた。
 あるいはクロヴィスが総督だったころに、あまりに腐敗の進んだ軍の行政府を見かねて機密情報局が動いたのかもしれないが、どちらにしろこのエリアの行政府と軍に少なからず本国と繋がっている人間がいる事は理解した。

「よし、会議を再開するぞ。
 先ほどベアトリス特務総監の言った通り、作戦の内容を一部変更しサイタマゲットーを包囲後、住民を一か所に集めて検問を行う。
 その場で少しでもテロリストと関係があれば即座に拘束し、そうでなければ戸籍を登録させてゲットーから一時退避させる。
 この方針に沿って議論を進めるので、各自、忌憚なく意見を述べて貰いたい。
 まずダールトン将軍、現時点で決定している作戦内容をもう一度説明してくれ」

 だが、途方に暮れている時間はない。
 次の総督を任せるユフィや、生きていてくれたナナリーの為にも、一刻も早くこのエリアを平定しなければ。
 コーネリアは己の目的と目標を再確認して、将軍たちの議論を見守った。



[16004] Stage,14 『サイタマゲットー』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:e3b5ec25
Date: 2012/09/06 21:26

「よろしかったのですか?
 いくらベアトリス様からの要請とはいえ、これでは多数のテロリストを逃がしてしまう結果になりかねませんが?」

 エリア11、サイタマゲットー外縁部。
 そこに鎮座するブリタニア軍のG-1ベースから、ギルフォードは眼下に広がる黒い人の海を見下ろした。
 走る戦艦に例えられるこのG-1ベースは多数のナイトメアを搭載し、さらに各種レーダー機器と通信機器を備えたまさにブリタニア軍の象徴ともいえる陸上の旗艦だった。
 その正面には多数の白い屋根を持つ六本の大型テントやコンテナが並べられ、即席の住民登録所となっていた。

「逃がさんよ、その為に検問を行う人間は厳選した。
 さらにこの登録時に少しでも不審な行動をとったり、テロリストと関係があると思われる者は別室で取り調べを行う手筈になっている。
 詳細な身辺調査と戸籍の管理が行われると分かれば、テロリストどもは迂闊に此処を訪れることなどできまい。
 頭さえ潰してしまえば、あとは口ばかりで自分からは行動できぬ脆弱者ばかり。恐れるに足りん」

 ギルフォードの懸念をそう一蹴したコーネリアは、休憩のために用意された紅茶を口に含む。
 現在、彼女たちがいるのは指令室ではなく、G-1ベース内に設けられたコーネリアの執務室だった。
 昨夜ひそかにサイタマゲットーを包囲封鎖した時点で作戦は始っている。
 数時間前に現場入りしたコーネリアは、作戦の開始を待ちながらギルフォードとともにデスクワークに打ち込んでいた。

「そういえば、ナナリーはどうしている?」

「ナナリー殿下でしたら、親衛隊数の名と共にイレブンの戸籍登録の指揮をとっておられます」

「ほう、親衛隊から数名を派遣したと聞いていたが、ナナリーもまわしていたのか。
 ギルフォード、よい人事だ。あやつはいずれこのエリアの中核になる。今回の作業はよい経験になるだろう」









コードギアス
    閃光の後継者

Stage,14 『サイタマゲットー』










「ふう、何とか間に合いましたね」

 登録者の整理から戻ってきたリリーシャ(ナナリー)は、コンテナの中に設けられた登録所の本部でほっと息をつく。
 昨夜午前0時に包囲を完了し、ゲットー各所に設けられたスピーカーと兵士たちの呼びかけによって集められた住民の登録は、午後2時をもっておおかた終了した。
 作戦開始が午後3時。その2時間前には作戦に参加する者たちは準備のために抜けることになっていたので、この業務は時間との勝負だったのだが完了できた。
 大部分の人間が抜けたラスト1時間の目の回るような忙しいさ思い出し、再び息を吐く。
 それは周囲に座る同僚たちも同様だ。

「リリ、コーヒーいる?
 それとセシルさんが何か食べるものを作ってくれるって」

「ありがとうアーニャ。貴女もひとまず休んでください」

 幾つかある作業チームのうち、リリーシャをリーダーとするのチームは、アーニャやセシルなど女性士官が中心だった。
 他にも、住民の整理を担当するチームは、比較的優しげな雰囲気の男性が中心となっている。文官も少しは連れてきているが、有事の際に対応できないので最小限だ。

 実はリリーシャのチームには純血派のヴィレッタも候補には上がったのだが、彼女の主義主張は今回の作戦に合わないので却下された。
 彼女は現在、先のオレンジ事件のせいで後方待機を命じられているジェレミアやキューエルとともに外縁部の幹線道路を抑えているはずだ。
 リリーシャのお陰で降格などの処分こそ受けなかったが、名誉を傷つけられたジェレミアなどは「こんな戦場の外れでどうやって汚名を雪げというのか!」と吠えているらしい。今回の作戦ではゲットーから逃げ出すテロリストの殲滅も重要な任務であるとヴィレッタに諭されているそうだ。
 そういう意味では、彼女を起用しなくてよかったかもしれない。

「さあリリーシャちゃん、皆さん。召し上がれ♪」

「…………」
「…………」

 机の上に並べられた皿の上の物体を見て、リリーシャや彼女と同じテーブルに座る皆は一様に彫刻化した。
 これは何ですか!? と思わずセシルを見返すが、そこにあるのは悪戯心など微塵もない満面の笑み。100%善意。だからこそ恐ろしい。
 大きな紙皿に並ぶのは、マウスの半分くらいの大きさに握られた酢飯の上に生クリームや各種ベリーを並べた不思議料理や、トマトを混ぜ込んだと思われるスクランブルエッグ。ベーコンとサーモンのクレープ。
 セシルは硬直した面々を不思議そうに眺め、不思議料理を指して「このご飯料理はエリア11の伝統的な料理で、『スシ』って言うんですって」などと嬉しそうに言うが、それを聞いた皆は心の中で盛大にツッコミを入れた。


 それは断じて、断じて『スシ』などではないっ!!


 確かに此処にいる面々は皆、登録作業の始る夜明け前に食事をしたきりだが、だからといってこれを食べるには勇気が足りなかった。
 空腹という最高の調味料でも負ける。
 この食材なら、どう考えても別のパターンが見えるというのになぜこうなったと盛大に疑問符を飛ばした。

「セシルさん、それは自分で食べたらいい。リリたちはこっち」

 震える手でセシルのワンダークッキングに手を伸ばそうとしたリリーシャの耳に、救世主の声が届く。
 アップにしたピンクの髪を揺らしながらちょこちょこ歩いてきたアーニャの手にあるトレイには、ベーコンエッグやトマトサラダ、ベリーのクレープ。変わり種ではサーモンの巻き寿司などの正解料理が並んでいた。
 その後ろから歩いてくる女性の手には人数分のコーヒーが入ったカップが置かれたトレイが在る。

『アーニャ、エリノアさん、よくやってくれました!!』

 ――――と心の中でサムズアップをしたのはリリーシャだけではない、この場の全員だ。
 ちなみにエリノアは普段は政庁内に勤務する、書類仕事のエキスパートである。

「ところでリリ、この後の仕事は?」

「そうですね、私たちは引き続き登録作業とその手伝いです。
 アーニャは確か、この機会にランスロットに乗ってみるんでしたか?」

「ん……」

 リリーシャの親衛隊入りに際して、コーネリアはシュナイゼルと掛け合い、特派の研究に出来る限り協力するという条件で指揮権を完全に譲り受けた。
 故に今回は特派も戦場の端にヘッドトレーラーで乗り付け、包囲に一役かっている。
 それを利用して、何名かのパイロットを借り受けたロイドはランスロットの騎乗データを取るつもりらしい。
 セシルなどはいくらデヴァイサーが親衛隊に抜擢されたとはいえ、突然すぎる待遇改善に首を傾げていたが、ロイドの「気にしない気にしない。幸運だねぇ」という言葉でとりあえず納得した。
 人を食ったような態度のロイドだが彼は信用できる人物だし、こちらに不利益はないからまぁいいかと割り切ったのだ。やはり彼女も研究一直線の人間である。

「そういう訳だから、私たちはこの辺りで特派に戻るけど、ランスロット無しで大丈夫?」

 ブルーベリー寿司もどきをもぐもぐと租借し、それをコーヒーで流し込んだセシルがリリーシャの方を向いた。
 リリーシャはセシルが食べ終わったのを自慢の聴覚で聞き分けて確信してからセシルと視線を合わせる。
 彼女の食事風景が精神とか胃とかに悪いのは分かるが、才能の無駄遣いだった。

「問題はありません。コーネリア総督の命令で代わりにグロースターを用意してもらいましたので。
 むしろそのグロースターを、ランスロットの予備パーツでカスタムしていただいた事に感謝しているくらいです。
 あれなら、威嚇効果も期待できますし……

「確かに、あれは迫力があるわね」

 セシルに向けられたリリーシャの言葉に反応したのは、セシルが頷く。設置を終えて、ふと冷静になった彼女が思わず「やっちまった」と嘆いた渾身の作品の方に視線を泳がせて、苦笑いを浮かべている。
 その視線の先。
 登録窓口のあるコンテナのすぐ隣には、ランスロットのものとは違う幅広のMVSを地面に刺し、その柄頭に両手を重ねた姿勢で古の騎士のようにやや下方を睨みつけるグロースターがマントを翻して直立していた。

「リリ、それは違う。
 グロースターの改造はあくまでもロイドさんの趣味。リリの件は建前だから」

 ぴしゃりと言ってのけたアーニャに、今度はセシルが苦笑いを浮かべた。

「そうね。実は今回の改造は、次に作る予定の第七世代-第五世代のハイブリット機のテストを兼ねているのは事実だわ。
 予算が降りたら、あのグロースターをベースにして開発に入るつもりよ。
 新型MVSもそのために開発したものなの。量産を視野に入れた仕様だから、出力はランスロットのものよりも落ちるけどね」

「ああ、そうだったんですか。
 遂にランスロットの量産が始まるんですか?

「ランスロットが、という訳ではないわ。あくまでも第七世代のよ。
 ただこれは噂なんだけどね……

 ナイトメアの話題になって急に饒舌になったセシルに、リリーシャやアーニャは熱心に耳を傾けていた。
 日々最新の技術に触れるセシルだからこそ知りうる情報は、ナイトメア乗りであるリリーシャたちにとって非常に興味深い。
 セシルが言うには、試作機のみで開発が終了した第六世代に、実は最終段階であるワンオフ機の開発まで至った例があるらしい。
 そこからさらに発展させて開発されたランスロットとは別路線の第七世代が、近々ナイトオブラウンズ専用機としてロールアウト寸前だという。
 他にもシュナイゼル直属の研究チームが特務局と共同で開発した『ドルイドシステム』を搭載予定のナイトメアの開発も進んでいるという。

 そうなれば、第七世代の量産機のシステムを巡る開発競争はますます激化するだろう。
 世界で初めて第七世代ナイトメア開発に成功した特派といえども、うかうかはしていられない。
 そんな事情から、今回の作戦でランスロットはリリーシャの手元に無かった。
 今回、ランスロットには様々なパイロットを騎乗させ、新たな技術開発のデータを取る予定らしい。
 テストが上手くいけば、今回は最も成績の良かったパイロットで実戦に臨む事になるだろう。

「じゃあ私はもう行くわね。リリーシャちゃんも頑張って」

「はい。あ、今回の結果は後で教えてくださいね。
 私もまだランスロットを完璧に扱えるわけではないので、何かヒントが欲しいですから」

「了解。ついでに纏めておくわ」

「じゃあね、リリ」

 また後で、と挨拶を残して、セシルとアーニャはコンテナから去る。
 それを切っ掛けにリリーシャやライたちも立ち上がり、食事の後始末をしてそれぞれの仕事に戻って行った。



[16004] Stage,15 『不穏な影』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:e3b5ec25
Date: 2012/09/11 22:26

 包囲網の外延に位置する廃棄ビル群の間を白い機体、ランスロットが駆け抜ける。
 現在その機体に騎乗しているのはアーニャだった。
 武装もMVSは外され、右腕に持つ銃もヴァリスではなく新型のライフルに換装されている。

「アーニャちゃん、実際に操縦してみた感じはどう?」

「あり得ない。機動がピーキー過ぎる。
 よくこんな機体をリリは操縦してると思う、けど―――――ッツ!」

 不意にアーニャの言葉が途切れた。ランスロットが加速から急速旋回したことで重力が彼女の肺を打って言葉を詰まらせたのだ。
 彼女はリリーシャには及ばないものの、一般兵が見たら目を丸くするような機動を行いながらセシルと通信していた。
 ランスロットの機体が1/4回転した感触をコックピットで受け取ったアーニャは、素早く操縦桿を動かして姿勢を制御。脚を地面に滑らせながらライフルを両手で構え、目標が見えた瞬間にそれを照準し引き金を引く。
 実際に弾丸は発射されないが、データ上では発射された事にされた弾は目標に命中した。

「悪くない。これほど私の要求に応えてくれる機体は初めて。
 サザーランドだと、照準して撃つまでの時間がコレの3倍はかかる」









コードギアス
    閃光の後継者

Stage,15 『不穏な影』











 ガリガリとアーニャの騎乗するランスロットの足が路面を削る。
 この試験はT字に曲がった道の左側にある目標を破壊するまでのタイムと、その方法を評価するというものだった。
 開始位置と目標の間に廃棄されたビルがあるので、それをどのように躱すかがタイム短縮の鍵になる。
 大抵はまずT字路の突き当りまで進み、そこでブレーキをかけつつ旋回して目標を照準、射撃という手順を踏むのだが、やはり射撃においては天才と目されるアーニャは違っていた。
 フルスロットルで道を駆け抜け、突き当りの手前で旋回しつつ跳躍。足の裏で地面を削りながら横の方を向き、制動の衝撃でぶれる視界を物ともせずに的中させた。
 もちろん突き当りにあるビルと衝突するということなく、直前でランスロットをストップさせてさらなる目標の出現に備えている。

「流石ね。リリーシャちゃんといい、貴女といい、最近の若い子の力には驚かされるわ」

 それを特派のヘッドトレーラー内にあるコンソールから眺めていたセシルは感嘆のため息を吐く。
 狙撃優位なミッションである事もあって、今回のアーニャの記録は歴代トップ。
 もちろん本日騎乗した者の中ではぶっちぎりだった。

「これでテストは終了?」

「ええ、お疲れ様。帰ってきて下さい」

「イエス、マイ・ロード。けどその前に、」

 テスト終了を告げるセシルの言葉を受けて、アーニャはランスロットを走らせる。
 だが彼女はその途中で、先ほどのミッションの開始位置に立ち再び前を向いた。

「もう一回やらせて。
 この条件でのミッションなら、さらにタイムは縮まる」

 思わぬ追加ミッションの申請にセシルは驚くが、その申し出は彼女の後方からコンソールを覗き込んでいたロイドによってすぐに承認される。
 彼の声を聞き、アーニャは無言でコンソールのミッション開始ボタンを押す。と同時にその場でライフルを構え、そのまま手動で銃の位置を調整し、引き金を4回引いた。
 さらにライフルを試作品のレーザーキャノンに持ち変え、有効範囲を極限まで絞ったレーザー砲撃を発射する。

「たぶんこれで目標を破壊できた。確認して」

 謎の行動にセシルはあっけにとられていたが、ニンマリと笑ったロイドに促されてセシルがデータを地形データ込みでシミュレートする。
 はたして彼女の言葉は、当たっていた。
 シミュレートの結果、初めの4度の狙撃は廃ビルを貫通こそしなかったが、ビルに深々と円錐状の穴が開く。
 そこを有効範囲を絞った事で高出力になったレーザーキャノンで打ち抜く事で、ビルはまるで錐で穴をあけるように真っ直ぐに貫通され、その向こうにあった標的ごと撃ち抜かれていた。
 タイムは当然、移動にかかる時間がないぶん格段に早かった。

「どう?」

「確かに当たっています。お疲れ様でした」

「ん、反則だけど」

 セシルの驚愕を孕んだ声に僅かに喜色をにじませた声で答え、アーニャはランスロットをヘッドトレーラーに向けて走らせた。
 それを今回新しく支給された電子機器を満載した大型トレーラーのコンソールで確認し、セシルはほぅ、と息を吐く。

「信じられません。どう思います、ロイドさん」

「アハ、彼女すごいねぇ。
 これはもう天性としか言いようがないんじゃないかな?」

 実はアーニャと同じように、ビルごと標的を打ち抜く事を試みた者は他にも居た。新型のレーザーキャノンはそれだけの威力がある設定である。
 しかし実はそれこそがパイロットの運用センスを見るトラップなのだ。
 高出力すぎる故に、キャノンをまともにビルに撃てば、ビルの倒壊を招く様にセットしてある。
 事実、アーニャの二人前にテストを受けた兵士は始まると同時にビル目がけてキャノンを撃ち、ビルの倒壊に巻き込まれて戦死判定を受けている。
 ランスロットの機動力も、高出力のレーザーキャノンを撃った直後では反動の制御が精一杯なのである。

「いや~、キャノンは向かいのビルに昇ってからの遠距離砲撃を想定した装備だったんだけど、まさかライフルでビルに導線を作ってから撃ち抜くとはねぇ。
 この成績、もう本国のラウンズ並みの数値なんだけど。そういえば、彼女もボワルセル士官学校だっけ? エア二グラム卿やコーネリア総督と同じく~」

 解析と評価の終わったアーニャのデータを閲覧し、嬉しそうにロイドは頬を釣り上げる。
 一方のセシルは、彼女のあまりの腕前に唖然としっぱなしだった。あれで14歳だというのだから反則もいいところだ。
 リリーシャちゃんといい、最近EUを相手に目覚ましい活躍をしたヴァインベルグ卿といい、このところ若い世代の台頭が目覚ましい。

「あ、セシルくん。彼女はそのままランスロットで待機させておいてね。
 出番はないと思うけど、ちゃんと待機してないと怖~いコーネリア殿下のお叱りをうけちゃうから」

 ランスロットへの適合性テストは、このアーニャで終了した。
 予想通りというか、最高の適合率を示したのはアーニャである。
 よってこれも予定通り、彼女が予備戦力扱いのランスロットで待機することになる。
 いくら特派といえども、作戦が展開されている中でテストをし続ける事は許されない。

「そういえば、このあいだの白い無頼のパイロットも17歳でしたっけ。
 ロイドさん、彼のデータって確保できました?」

「ん、なぁに?」

「だから、シンジュクの時の白い無頼のデータですよ。
 ウチのランスロットが捕獲したんですから、データくらいは貰ってくるって言ってたじゃないですか」

 セシルが言っているのは、クロヴィスが暗殺されたシンジュク事変の際にとらえた枢木スザクの戦闘データのことだ。
 あの時、ブリタニア軍は無頼を爆散させることなく彼の身柄を捕獲したので、その中にあるブラックボックスには戦闘データが残っているはずだった。
 第四世代の理論反応速度を超えるあの機体には、特派ならずとも興味を示している。
 時間的に、ブラックボックスのデータ解析がそろそろ終わるころなのだが……

「ああ、あれかぁ。あれならもう終わってるよ。
 メインサーバーの『Enemy』のフォルダに入れておいたから」

「えっ!? ちょっとロイドさん! なんでもっと早く言ってくれないんですか!」

「だってぇ、僕のランスロットの役に立ちそうなデータじゃないんだもん。あれはデヴァイサーがいいんだよ。ただ――――――」

 こっちはずっと待っていたのに、とセシルは声を荒げたが、ロイドの方は飄々とした態度で手をヒラヒラさせる。
 セシルも彼がこれくらいで堪える筈もない事を知っているので早々に目をディスプレイに向けた。
 マウスを操作し、数回のセキュリティチェックをクリアして目的のファイルを開く。

「え、これって……」

 そこに書いてあったのは、少しばかり驚きのデータだった。
 明らかに第四世代、第五世代とは一線を画し、むしろ第七世代であるランスロットの設計理念に近い。
 それは彼女たちと同様、日本解放戦線に協力する何者かが第七世代に相当するナイトメアの理論を組み立てていることの証明だった。

「ガニメデ式の脚部に、ユグドラシルドライブの亜種。
 命令伝達回路にも手が加えられている。
 確かにどれも今のランスロットには必要のないデータですけど……」

 このデータを『ランスロットにとっては無意味』と切り捨てられるロイドの感覚はやはりちょっとどうかしている。
 確かにそのあたりの事は特派には関係がないが、それはそれだ。今頃、駐屯軍に所属する技術者たちは大慌てではないだろうか。
 この理論を元に開発を進めれば、第四世代でグロースターに対抗するだけの性能を叩き出せる。いや、

「あるいは本当に、第七世代の開発も―――――」
「それよりさぁ、セシル君!」

 思わず思考の世界にダイブしてしまったセシルを咎めるように、ロイドが耳元で彼女を呼んだ。
 驚いたセシルは耳を押さえて振り向き、自分の顔のすぐ近くにロイドの顔があった事にまた驚いて頬を赤く染めた。

「今回のアーニャ君のデータの方が興味深いよねぇ。
 これは今度のハイブリット機のデヴァイサーは彼女に決まりかなぁ」

「そ、そうですね。
 どちらも予算がおりたらの事ですが、ヴァリスの件については進めた方がいいんじゃないでしょうか。
 今の感触ですと、最低そっちくらいは通りそうですし」

 何とかその動揺を抑え込む事に成功したセシルは、大して気にとめた様子もないロイドの事を少し残念に思いながらも言葉を繋いだ。
 今回アーニャの使用した可変ナイトメアライフルの発展型、遠距離砲撃仕様のヴァリスについては、ランスロットの汎用性を上げる武装として早い段階から予算の申請を行っていた。
 申請先はシュナイゼルだったが、最近の待遇改善でコーネリア側からも予算を取り付けられる可能性があるため、特派では本格的な設計に入っている。
 予算が下り次第、必要な物品の購入などを行えるように今から準備しているのだ。

「アハ! そういう意味ではアーニャ君の存在と今回のグロースター提供は大きいねぇ。
 エネルギー消費の問題は小型のエネルギーパックを内蔵してしまえば解決するだろうし。
 大型で取り回しが悪くなるのが欠点だったけど、リリーシャ君じゃなくアーニャ君なら問題ないね。
 あの子、きっと使いこなしちゃうよ?」

「提供された機体がグロースターというのも大きいですね。
 サザーランドでは出力面で不安がありましたけど、グロースターならランスロットとまでは行かなくとも、十分な運用が可能です。
 でもロイドさん、あのグロースターって本当にうちが貰ってもいいんですか?」

 ディスプレイ上に表示したデータを見直し、改めてこれからの方針を話し合う二人。
 特派ではよくみられる光景だが、これが特派最大の強みかもしれない。
 誰に素晴らしいアイディアが舞い降りるかわからないのだ。トップの一存ではなく、上司を含め活発な意見が飛び交う研究機関は強い。
 さらにトップのロイドは少佐の地位を持つ伯爵で、公の場での権限も有る。特派には研究機関として理想的な環境が整っていた。

「大~丈夫。新型ヴァリスさえ開発しちゃえば、きっとあのグロースターはそのままアーニャちゃんの専用機になるからねぇ。
 セシル君、僕らが開発しようとしてるのを他のデヴァイサーが使えると思う? 少なくとも僕は、汎用性なんて重視する気は無いよぉ?」

「……無理ですね。たとえ使えたとしても、ギルフォード卿以上の力量が要求されそうです。
 解りました。今回のアーニャちゃんのデータを提出する際に、そう付け加えておきます。
 コーネリア総督は部下の実力はお認めになる御方ですし、ダールトン将軍は使える者は使う御方です。きっと大丈夫でしょう」

 当初の予定通り作戦開始に間に合った事にセシルはほっと胸を撫でおろし、書類仕事に取り掛かった。






 / / / / / / / / / /







『作戦行動終了。全軍、第4フォーメーションへ移行。
 作戦行動終了。全軍、第4フォーメーションへ移行』

「ん~~、はぁ。
 あ。あっちも終わりましたか。ロイドさん、そっちはどうですか?」

 マウスを操作して文章を保存し、セシルはうん、と椅子で伸びをした。
 同時にサイタマゲットー全域にコーネリアの声で作戦終了が告げられ、ゲットー外苑に布陣していたナイトメア達がG-1ベースのある本拠地に続々と帰還していく。

「こっちの解析も終わってるよ~
 あ、アーニャ君。どうやら出番もなさそうだし、上がっていいからね


『了解』

 既にデータの解析を終えていたロイドは、研究ブースのコンソールを操作して、ランスロットのコックピットで待機しているアーニャにも呼び掛けた。
 間もなくハッチを開けるので、その後こちらのトレーラーまで来るように指示を出す。
 他のスタッフにも撤収作業を命じ、終わったからには長居は無用とそれぞれが動き出した。



 トラブルが起こったのは、そんな時だ。



「ロイド主任、ちょっといいですか。
 ランスロットのあるヘッドトレーラーと連絡が取れないのですが、何か指示を出されました?」

「ぅん? いいや、出してないけど


 ふと、ヘッドトレーラーの技師との連絡をを担当していた研究員の一人がこちらを振り返った。
 彼によると、先ほどロイドが出した撤収命令を最後に、トレーラーとの連絡が取れなくなったという。
 撤収の為にカメラのスイッチも切られているようで、モニターも暗転している。
 彼はこの不可解な現象にロイドの指示かと思い訪ねたのだが、どうやらそうではないらしい。

「ふぅん。まぁ撤収作業中だし、向こうはあんまり人数もいないしねぇ


 このあいだの待遇改善で、急にトレーラーが1台増えた為に人員が少し足りていない。
 だからロイドも、片づけに忙しくてこちらの連絡に答えないのだろうと軽く考えていた。
 その緊張感の隙間を、狙い撃たれた。突然、ロイドたちのいるブースに緊急事態を知らせるアラームが鳴り響く。

「ランスロットが急発進しました!
 対象はサイタマゲットーの包囲の内側に突入!! 予測される進路は、コ、コーネリア総督のおられるG-1ベースです!!」

 悲鳴に近い男性研究員の声がブースに響き渡る。
 その声にロイドは目の前のディスプレイに釘付けになり、セシルは声の主の隣に素早く移動した。
 キーボードにランスロットへの強制通信回線のパスワードを打ちこみ、強引に繋げる。

「よし、回線開きました!」

「メインディスプレイで開いて! 全員、メインディスプレイに注目っ!」

 そう指示を飛ばすのはロイド。
 彼の通常ではない危機迫る態度を気に出来るものはセシルくらいだ。それも、そこに現れた映像で吹き飛ばされる。
 はたしてそこに映った人物は、その姿のみで皆のド肝を抜いた




『はじめまして、技術部の皆様。
 誠に勝手ながら、この機体はしばらくお借りしますよ』




 のっぺりとした、無機質な黒い仮面。
 肩にかかる黒を基調としたマントと、その下に身に付けた青と金のツナギ。
 彼らがあの枢木スザク強奪事件で見たままの、ゼロの姿がそこに在った。



[16004] Interval 『騒乱の種』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:e3b5ec25
Date: 2012/09/12 00:31

Interval, 『騒乱の種』






 トーキョー租界、アッシュフォード学園のクラブハウスに彼は住んでいる。
 現在、エリア11の話題の中心に居る『ゼロ』という名のテロリストが、まだ高等教育を受ける17歳の少年であるなどと誰が想像するだろう。
 彼、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、その性と出自を偽り『ルルーシュ・ランぺルージ』としてこの学園の高等部に通い、同学園のクラブハウスで生活していた。

「乗るつもりか? 敵の挑発に」

「わざわざ招待してくれたんだ。
 それに、コーネリアには聞きたい事もあるしな」

 一方、部屋の主であるルルーシュは、コーネリアがメディアを通じて伝えてきたサイタマゲットー掃討作戦の内容を『ゼロ』への挑発であると察知し、あえてそれに乗るという大胆な決断をした。
 彼は今、己の作戦に従いブリタニア軍に潜入するために揃えた道具をアタッシュケースに詰めている最中だった。

「それは、生き別れたという妹の事か?」

 そしてもう一人。ルルーシュに話しかける、人形めいた美貌を持つ少女。
 彼の共犯者である女も、密かに彼と生活を共にしていた。
 透けるように白い肌と宝石のような琥珀の瞳。
 豊かでたわみのない緑の髪をベッドにひろげ、白い拘束衣をまとった彼女は枕を胸に抱いてルルーシュのベッドに横になっている。
 『契約者』と呼ぶルルーシュにすら本名を明かさず、C.C.(シーツー)と名乗った彼女は、彼と会話をしながらも決して眼を合せるでもなく気だるげに髪を遊ばせている。

「ああ。7年前に連れ去られてから、ナナリーが発見されたというニュースも、皇族に戻ったというニュースも聞かない。
 ならどこかの貴族に匿われている可能性が高いが、それが元後援貴族なら多かれ少なかれアッシュフォードの耳に入るはずだ。
 ヴィ家と全く関係のない者が匿っている可能性も無くはないが、リスクが高すぎる。
 いずれ操り人形として皇族に戻すとしても、その時ナナリーの口から匿われていた――――実質軟禁されていた時の状況を語られてしまえばアウト。
 たとえ善意で匿っていたとしても、それを敵対する皇族に見つかれば皇族を隠していたとして、家の取り潰しと一族郎党の処刑は免れない」

 そんなリクスを負うくらいなら、適当な理由をでっち上げてさっさと皇帝なり適当な貴族なりに売り渡してしまった方が早い。そうルルーシュは結論付けた。
 彼が思い出すのは妹と生き別れたあの日、焼け落ちた枢木神社の跡地で見たブリタニア軍人の姿。
 自分の名前を呼びながら必死に捜し回る男を見たが、結局自分は彼の前に姿を見せる事はしなかった。
 しかし後で冷静になって考えれば、男が呼んでいたのは自分の名前だけでナナリーの名前を呼ばない事に気付く。

 そして推理した。
 あの男は既にナナリーを連れ去った上で、今度は自分を探していたのではないかと。
 彼の声と態度から、心底自分たちを心配していただろう事くらいは読みとれた筈なのに、あの時の自分は冷静ではなかったと悔いた。

「つまりお前は、一番妹を匿っている可能性があるのは第二皇女コーネリアのリ家だと言いたいのか?」

「そうだ。コーネリアは母さんとの親交が深かった。
 母さんがアリエス宮に戻った時はいつも会いに来ていたし、士官学校時代には剣の修練に付き合ってもらっていた事もあるらしい。
 非情な女のようで、あの女はそんな人物の子供を無碍にできるような人間じゃない。だからこそ可能性がある。
 当時でも、自由に仕える私兵くらいはいただろうからな」

 最後に几帳面な彼らしく、アタッシュケースの中の道具を入念に確認して蓋を閉めた。その中にあの仮面はない。
 今回の作戦に彼は、ゼロの仮面は不要と判断した。そんなリスクを冒さずとも、コーネリアから情報を引き出す自身が彼にはある。

 そう、彼は持っているのだ。異能を。
 目の前の少女が彼に与えた絶対尊守の王の力。ギアスを。

「ブリタニアの破壊と、母殺しの犯人の情報。生き別れた妹を見つけること。
 いったいお前はどれが一番大事なんだ?」

 ふと思い出したかのように、C.C.がそんな質問を投げてきた。
 その彼女の頭は枕に押し付けられたままで、瞳も眠たげに細められている。

「重要度は同じだよ、その3つは。
 ブリタニアの皇族は、次の皇帝の座を巡って常に争っている。
 いや、争わされているんだ。あの男に!」

 ギリ、と怨嗟の音が聞こえそうなほどの勢いで、ルルーシュの紫水晶(アメジスト)の瞳が鋭さを増す。
 彼の脳裏に浮かんだのは、事件のショックで瞳を閉ざした最愛の妹の姿。
 活発だったナナリーから笑顔は消え、軽快に床を蹴る足音を聞く事は無くなった。
 代わりに聞く事になったのは、誰もいない暗い部屋で啜り泣く声と、閉ざされた瞳から流れる涙。
 なのに母を失ったナナリーにあの男は、心の傷も癒えぬうちに自分たちを日本へと送った。実の娘と息子を、戦争の道具として利用した。

「しかし、それがブリタニアの強さでもある。
 そうして勝ち残った最も優秀な人間が、次の皇帝になるのだから」

 謎めいた雰囲気を持つ少女は、達観した賢者の様にそう言葉を返した。

「そうだ。弱者は全てを失い這いつくばれ。ブリタニアってのはそういう国だ。そういう世界だ」

「弱肉強食は原初のルールだ」

 ルルーシュの言葉を聞き、若いな、とC.C.は内心呟いた。
 強者は全てを手に入れて上に行き、弱者は全てを失い泥を啜れ。それが嫌なら努力し結果を示せ。
 それこそが、ブリタニアを貫く掟である。
 その掟を強硬に実践し真の実力主義社会を作り上げた者こそ、現ブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニア。ルルーシュとナナリーの実父だった。

 彼によって、腐敗し国益ではなく己の権力のみを追い求めるようになった宮廷の皇族と貴族、官僚は一掃された。
 かわりに己の実力をもって地位を勝ち取り、ブリタニアを立て直す人材を揃えた。
 覇権主義を掲げ、基礎から崩れて崩壊するのを待つのみだったブリタニアを世界唯一の大国に押し上げたのは紛れもなく彼の手腕である。
 しかしその覇道を敷くために犠牲になった者、これから犠牲となる者たちは余りにも多い。

「だったらナナリーはどうなる!
 眼の見えないナナリーは、それだけで弱いからと諦めなければならないのか」

 その最たるものが、かつてのナナリーをはじめとする障害を持つ者たちだろう。
 たとえ皇族であろうとも、弱ければはじき出されるのがブリタニアだ。
 眼の見えない彼女が、何の支援もなくブリタニアで生きていく事は難しい。

「俺だけは、絶対に認めない。そんな世界、俺が消し去ってやる!!」

 あの男だけは、絶対に赦さない。
 弱い事が罪というならば、そんなルール、俺がぶっ壊してやる。
 彼の脳裏に浮かぶのは、大国の玉座に座り圧倒的な存在感と政治的剛腕をもってブリタニアを統べる、憎むべき実父の姿。
 神聖ブリタニア帝国皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアの姿だった。



[16004] Stage,16 『奪われた剣』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:e3b5ec25
Date: 2012/09/13 22:41

「な――――――」

 その情報が飛び込んだのは、全くの同時だった。
 二画面に分割された画面の右側で、沈痛な面持ちで状況を説明する黒髪の女技術者も、その後ろで盗まれたと喚く銀髪の研究者も目には入らない。
 コーネリアの目は、左の作戦パネルに釘づけになっていた。

「何だ、これはぁ!」


 ダン、と玉座の肘掛を壊さんばかりの音を立てて立ち上がる。
 隣に侍るギルフォードすらも、驚きで絶句している。
 そうしている間にもパネル上には『LOST』の文字が踊り、また一騎、親衛隊のグロースターが潰された。

「~~~~~ッッ!!」

 理不尽さに奥歯を噛みしめる。
 戦略を練り、ゼロと思われる敵司令官を相手に完全な勝利を収めた。その筈だった。
 しかし最後の最後で、特派にあるはずのナイトメアが全てをぶち壊しにした。
 奪われた第七世代はその評判通りの働きで、残党狩りを行っていたナイトメアを次々と撃破していく。
 戦術を戦略で覆される理不尽に、彼女は机に拳を打ちつけた。

「ギルフォード、我らも出るぞ。
 親衛隊に、G-1ベース前に集結するように伝えろ。駐留軍のもの達にもだ。
 こうなれば、物量で押し潰す!」


 紫のルージュが引かれた唇の間から瘴気が漏れているのではないかと思わせる程の怒気を孕ませつつも冷静さを失わない戦姫は、戦術的に最も正しい戦術を選択した。
 反旗を翻した騎士が、只人であったならばの話だが。









コードギアス
    閃光の後継者

Stage,16 『奪われた剣』











「馬鹿な――――――」

 一方、コーネリアのいるG-1ベースの足下で、彼女と全く同じ反応をした者がいた。
 彼女の異母弟にして、宿敵となる仮面のテロリスト『ゼロ』ことルルーシュである。
 コーネリアの挑発にあえて乗り、新宿の際と同様に地元のテロリストを指揮して彼女に近づこうとした彼だったが、その目論見は見事に失敗した。
 それは指揮官の経験や指揮能力の差も大きかったが、最大の原因は兵士の質だろう。
 前回もそう悪くはなかったが、今回の相手はブリタニアでも屈指の精鋭部隊であるコーネリアの親衛隊である。
 初期の展開で戦さ場の流れを読んだ彼女は、錬度の足りないエリア11駐留軍を下げ、親衛隊のみでの制圧に乗り出した。

 それでも。
 彼が新宿で指揮した『扇グループ』と呼ばれる者達なら何とかなったかもしれない。
 彼らは元リーダーである紅月ナオトの下、ある程度の作戦遂行能力があったし、エースと呼べるだけの戦士も居た。
 一部の例外を除いて、彼らはそこそこ出来るもの達ばかりだったのだ。

 だが今回は違う。ここにいたのは正真正銘の有象無象ばかり。
 己の事しか考えず、大局も読めないくせにそれを読む者の指示にも従わない。
 確かに突然現れた者が信用できないのは解るが、自分たちのリーダーが彼を軍師として指名したなら、感情はどうあれそれに従うべきなのだ。
 戦場で兵士は視野狭窄に陥りやすく、それを補うのが指揮官の仕事だというのに、その彼の指示を無視するとは。
 そしてそんな彼らでは遂行不可能な作戦を立案してしまうとは。

 今回の戦場ではルルーシュ、テロリスト共に下手を打ち、結果、彼は窮地に陥ることになる。
 親衛隊と入れ替わりで撤退する部隊にまぎれたルルーシュは、コーネリアが策の最後の一手として示した面通しによって正体を露見させてしまう危機にあった。
 己が身を隠すサザーランドの中で、その優秀な頭脳を必死に回転させて打開策を考えている時に、その異常が起こったのだ。

「だが、これはチャンスか?」


 あの白兜に誰が乗っているかなど知らない。
 だがこの行動からして、ブリタニア軍の誰かではあるまい。強奪されたと考えるのが普通だ。
 なら中身は誰か?
 しばらく考え、解るわけがないと思考を放棄した。あれは自分にとって最大のイレギュラーだ。それがたまたま今回は良い方向に働いただけ。
 また自分はあれに振り回されるのかと思いながら、彼は冷静にこの場を切り抜ける策を練ろうと頭を切り替えた。






 / / / / / / / / / /






 G-1ベースの前方に広がる平地。
 邪魔だという一言で残っていたイレブンを移動させたコーネリアは、ここに最速で陣を敷いた。
 親衛隊全員に出撃命令が下ったため、書類の整理に追われていたリリーシャも彼女に与えられたグロースターで陣に加わっている。
 正に総力戦の様相で鶴翼に展開したナイトメア部隊の最奥で、コーネリアは陣前に現れた白き騎士を見据えた。

「正に裏切りの騎士(ランスロット)か。
 テロリストよ、名を名乗れ。それくらいの時間は与えてやる」

 グロースターを改良した専用機のコックピットから身を乗り出し、腰に手を当てて毅然と問う。
 それは既に兵たちの間に広がった動揺、数機の親衛隊を容易く撃破した眼前の騎士への恐れを払拭するためだった。
 こちらが絶対的に優位であるという事を示すためのパフォーマンスで、故に応えなど必要ない。
 むしろ応えが無い方が『臆病者』と相手を罵り、味方を鼓舞出来るという思惑があっての行為だ。

 だが彼女の思惑を裏切って、敵は応えを返す。
 ブン―――――という無機質な電子音とともに、オープンチャンネルで全ナイトメアへとメッセージを発したのは、黒い仮面のテロリストだった。
 驚愕する一方で、彼女はやはりと口角を釣り上げる。
 悠然とランスロットのシートで脚を組み、指をからませた姿勢の『ゼロ』が姿を現す。

『初めまして、コーネリア総督。
 不肖の我が身への歓待、感謝致しますよ』

「そうだな。歓迎してやろう、ゼロ。
 貴様にとって最後の宴となるだろうからな」

 概ね予想通りの変声機ごしの声と相手の出現に、コーネリアなどはハッ、と息を跳ねさせた。
 反対に心臓が飛び出るほどに驚いたのは本物であるルルーシュだ。
 誰かが己の名を騙っている。しかもそいつは、ナイトメア一騎でコーネリアの親衛隊を蹴散らした猛者だった。

 C.C.? 有り得ない。
 あの女にそれほどの騎乗能力があってたまるものか。ならばスザクか?
 奴のナイトメアの腕ならばありえなくもないが、スザクならわざわざゼロを騙る必要などない。
 『日本最後の首相の嫡子』という肩書は、仮面のテロリストの名に勝る。

「しかし貴様がここまで愚かだったとは思わなかった。
 義弟クロヴィスの仇、ここで討たせてもらう」

 右腕を振り合図を送る。それに応え、展開した全てのナイトメアが戦闘姿勢に入った。
 一斉に槍を、銃を、そして剣を構え、闘気と殺意をゼロに突きつける。だが歩兵も含めて200以上の敵意に晒されながらも、ゼロの余裕は崩れない。
 むしろ愉快だとでも言わんばかりにゼロは脚を組み換えると、仮面の中ではその艶やかな唇の端を釣り上げた。
 待機状態にしていたランスロットのシステムを起動し、マン-マシーンインターフェイスからの静電気を操縦桿を握る両手に感じる。

『いいでしょう。貴女の言う通り、この身はクロヴィス前総督の仇。もし私が負けたならば、その報いは受けましょう』

 会話を愉しみながら、ゼロの騎乗するランスロットは地面から上げたランドスピナーを空転させる。
 さながら猛る騎馬の嘶きように、強烈な機械音を巻き起こした。

『そう、私を見事打ち倒す事が出来たならば、この身は好きになさるがいい!
 これより私はこの陣を突破する。ブリタニアの諸君、私を止めて見せよ!!』

 そう高らかに宣言し、黒き騎士は操縦桿に設けられた球状ボタンを押しこんだ。
 即座に空転し白煙を上げていたランドスピナーが落され、反動でランスロットが小さく跳ぶ。
 大胆不敵な言葉を叩きつけたゼロは、しかし戦術においては堅実にまずは鶴翼の右翼へと突っ込んだ。
 真正面への一点突破を狙うと思っていただけに少し虚を突かれた思いのコーネリアだったが、すぐに冷静さを取り戻すとシートに飛び込んで愛機を叩き起こす。
 どうせ最後に奴が狙ってくるのは自分なのだ。
 ならばと彼女は右翼に指示を出して翼を閉じさせ、自身は己の機体を中心とした小さな陣を敷かせた。

「さあ、舞踏会の始まりだ。
 ダンスの心得えはあるのだろうな? ゼロ!」

 既にオープンチャンネルでの通信は切られている。そんな事とは関係なく、コーネリアはひとり呟く。
 このエリアを治める上での懸念材料のひとつが自ら出てきてくれた。
 思わぬ幸運だと、彼女は余裕を深くしていったのだ。
 それが誤解だと知るまでには、さして時間はかからなかった。

『ゼロ! 過日の屈辱を、ここで晴らさせてもらう!!』

 ランスロットの白い機体が特攻した右翼からまず飛び出したのは、肩を赤く塗ったサザーランドの小隊。
 ヴィレッタ、キューエル、そしてジェレミア。
 クロヴィス暗殺にともなく混乱を利用してエリア11を掌握し、その栄華を極め、オレンジ事件によって権威を失墜させた純血派の面々だった。
 キューエルとしては隔意を抱くジェレミアと轡を並べるのは癪だったが、彼もゼロに対する憎悪は本物である。
 だからこそ彼はその思いを封印し、ジェレミアと共にランスロットに向けてアサルトライフルを向ける。が、

「遅い」

 その銃口が火を吹くよりも早く、ランスロットは火線から逃れた。
 彼らの乗る第五世代とは決定的に違うマニューバを存分に生かして切り返すと、突出していたキューエルのサザーランドの影に身を隠す。
 突然の高速機動に驚きつつもランスを突きだす彼を嘲笑うように彼の槍の下に滑り込み、肘でコックピットを打ち上げる。

『なっ――――――』

 その余りの速さと正確さにキューエル絶句した。
 自慢にはならないが、彼は自分にはこの機体と戦ったことのあるというアドバンテージがあると思っていた。
 しかも乗っているのは訓練された軍人ではなくテロリスト。
 初見だからこそあの動きに戸惑うのであり、最初から解っていれば対処できると思っていた。

「さようなら」

 刹那に満たない忘我の間に、キューエルは彼の愛機とともに絶命する。
 肘から連なる一連の動きでMVSをキューエル機のコックピットに突き刺したランスロットは、さらに人には出来ない両脚の車輪を使った超小半径の逆胴で左斜め前から迫るサザーランドの胴を薙ぐと同時に左足を跳ね上げた。
 逆胴と連動して放たれたランスロットの前蹴りが上半身を失ったサザーランドの腰に直撃し、吹き飛ばす。
 その先にいた純血派の男は、まさか自分に向かって高速で飛んでくる鉄の塊への対処など知っているはずもなく、何もできないままに愛機を大破させて戦場から離脱する。

『このバケモノめ!』

『いかん、待て!』

 次いで、純血派の中に紛れ込んでいた第四師団所属と思われる若い兵士がランスを片手に特攻する。
 それをまだ冷静さを残しているジェレミアが止めようとするが、無理だった。
 彼はジェレミアの声を無視して槍の切っ先を突き出し、その穂先を掴まれて止められる。
 余りの出来ごとに唖然とするが、これは半分はトリックだ。悟られぬ様にランドスピナーのみで後退し、腕が伸びきったところで穂先を掴んだに過ぎない。
 最も、完璧な見切りと精密な動きの制御ははやり神業以外の何物でもないが。

「ふふ、バケモノではない者が、真の騎士になれる訳がないでしょう?」

 次の瞬間、剣閃が斜めに奔りランスは切り裂かれる。
 爆散するそれに紛れて接近したランスロットの右拳が、慌てて脱出するのコックピットを捉え、次の獲物の下へと真っ直ぐに打ち出した。
 射線の先にいるのは、この事態の中では珍しく慌てず備えている赤い肩のサザーランド。

『ぬん!』

 ジェレミアのサザーランドは軽く後方へ跳んだかと思えば、槍を持ったまま両腕で包み込むようにコックピットを受け止めた。
 後ろに跳ぶ事で衝撃を上手く吸収し、脚が地面につくやランドスピナーを逆回転させながら絶妙にバランスを取る。
 十数メートル後退し、別のナイトメアに背中を支えられる事でようやくそのサザーランドは止まった。

「へぇ……」


 サザーランドの機動とタイミングを完璧に合せた彼の動きにゼロの口から感嘆の声が漏れる。

『ジェレミア卿!』

『うむ、大事ない。心配するな。
 若者よ、よく見ておくがいい。いくぞヴィレッタ! 我が忠義、今こそ示す時!!』

 ジェレミアはそう自らが掴み取ったコックピットの中にいるパイロットに言い起き、猛然とランスロットへと迫った。
 鋭く早く、繰り返し突き出されるランスの切っ先に初めてランスロットが守りに回る。
 それを逃さず薙ぎに移行した槍先が左腕のブレイズルミナスごしに白騎士を捉え、ジェレミアは策は成ったと当てた部分を押し込むように重量をかけて動きを縛る。

 盾を穂先で抑えられたことで一瞬動きを止めるランスロット。
 包囲していることで返って同士討ちを怖れて銃の引き金を引けないもの達の中で、ヴィレッタだけは違っていた。
 出世の為ならばどんな卑劣な行為でも行う覚悟を持つ彼女は、ひとつ息を吐いてプレッシャーを抑えこみ引き金を引く。
 頭部とコックピットを狙って放たれた4発の弾丸が空気を貫いてランスロットに迫る、が、

「残念、正確すぎる」

 ゼロは躱せないとみるや、右手のブレイズルミナスも展開して銃弾を防いだ。
 そのまま力任せにジェレミアを振り払うと左手を腰へと伸ばす。そこにあるのは、ナイトメアライフルよりも遥かに凶悪な銃器、可変弾薬反発衝撃砲(ヴァリス)。

『くそっ!』

 青い銃口が自分を向くよりもはやく、ヴィレッタはインジェクションレバーを引いた。
 死んでは何もならない事をよく知っている彼女の鮮やかな引き際に賞賛を与えたゼロは、弾丸を地面に向けて放ち周囲を牽制するとジェレミアへと向き直る。

『さぁ、次はこちらの番かな?』

 振り向きに合せたジェレミアの刺突を半身になって躱したゼロは、前にある右腕を操ってMVSを袈裟に落とす。
 振動する刃を、高速で引き戻したジェレミアのランスが弾く。
 次いでゼロは肘を起点に小円を描いて左の腰部を狙うが、それもジェレミアは槍の柄で防ぐ。
 二撃を防ぎ、この流れならば三撃目は横薙ぎしか打てないと読んだジェレミアは槍を払う体勢に入るが、ゼロはその予測を超える。

『ぐっ!?』

 肩、肘、手首を全て返し、身体の前で平仮名の『の』を描くように剣を270度回してサザーランドの胸を突きにいったのだ。
 本来ならば軽い片手剣でしかできない様な芸当。バスタードソード並みの長さを持つMVSを軽々と振るランスロットならではの技である。

『うおおおお!』

 しかしそれすらもジェレミアは耐えた。
 歯を食いしばり、敬愛するナナリー皇女への忠義で前に出た彼は、MVSを左腕に突き刺させ致命傷を防ぐ。
 同時に右手を緩めて掌の中で柄を滑らし、槍の根元を握り直して振り上げる。

『受けよ、我が忠義の刃!!』

 ジェレミアは腕のモーターを焼き切る覚悟で槍を撃ち落とす。
 右の剣は封じ、ブレイズルミナスでは衝撃までは殺せない。必勝を期す一撃は成る。そう確信した。

「惜しい、あと少しだった」


 不意に、ジェレミアの視界からランスロットが消えた。
 刹那遅れて下だと気付いた時には遅い。
 MVSから手を放し、閃光の如き動きで槍を避けて沈み込んだランスロットの左手が、逆手で抜けるように鞘を反転させたもう一本の剣を掴む。
 引き抜かれ、振動し赤く発光するのと同時に、左手で操られたMVSの刃がジェレミアのサザーランドの腹を斬り裂いた。

「ひざびさに愉しめた。もっと精進しなさい、ジェレミア」

 背中に射出されるジェット噴射の風を感じながら、ゼロは次なる獲物に襲いかかる。
 ジェレミアのインジェクションシートが廃ビルを超えて戦場を離脱するよりも早く、ランスロットはジェレミアがナイトメア戦で真っ向から敗北した事に衝撃を受ける純血派の首を刎ね飛ばした。
 さらにランスロットはその勢いのまま半回転し、背中を狙ってきた不埒者のランスを左のMVSで切り裂くと、脚を踏み変えて右の剣でその頭部を貫く。
 やはり自動的に射出されるインジェクションシートで更なる混乱を招きつつ、ランスロットはさらに前進して左翼を砕きにかかった。
 黒を抱く白の騎士による狂宴は、まだ終わらない。




[16004] Stage,17 『交錯する閃光』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:e3b5ec25
Date: 2012/09/15 13:42

 いくらひとつの街を包囲したとはいえ、作戦に従事したナイトメアは100騎以下である。
 これはナイトメアを持たないテロリスト相手に全戦力を投入する必要などないという判断から、歩兵がメインの作戦だった為だ。
 さらに先ほどの戦闘で20騎以上のナイトメアを鹵獲、あるいは破壊されている。
 戦闘後で補給の終わっていない機体も除くと、この場で戦闘可能なナイトメアは50騎余りという事になる。

 それを中央、右左翼に分けているので、左翼の戦力は残り11騎。
 巧みな動きで接近し、射撃手から銃撃を封じたランスロットは、双剣で真正面に居た3騎を切り裂きそこを突破する。
 駆け付けた右翼の14騎を合せて20騎以上に膨れ上がったサザーランドの一団を背に負い、ランスロットは急加速で倒壊したビルに向かった。
 素早くふた振りのMVSを左手で纏めて持ち、ビルの3階部分に左腕のスラッシュハーケンを打ちこんで浮上、反転する。

『くっ――――、散開ッ!!』

 ビルの壁にさらに両腰のスラッシュハーケンを打ち込んでで身体を固定したのを見て、ランスロットの次の手を察した司令官が慌てて散るように指示を飛ばすが、間に合わない。
 ランスロットの機体の影から、純色の青で塗られた銃身が姿を現す。

「愚鈍。判断が遅い」

 仮面の向こうで嘲りの声を漏らしたゼロは、容赦なくヴァリスの銃口を向けた。
 センサーの照準モードを解除し、代わりに鮮明画像モードを呼び出す。
 そして1騎1騎狙うでのはなく、眼下のサザーランド部隊を線でなぞりながら断続的に引き金を引く。
 照準過程を経ずに高速で連射されるヴァリスの弾丸によって、たった十数秒で6騎のサザーランドが沈黙した。

 ゼロは思ったより落とせたと少々の驚きを持ってそれを見、そのまま視線をその後方の部隊に流した。
 敵が前衛の後退に応じて銃を構えたのを確認して、ヴァリスを後方部隊に向けて乱射した後、スラッシュハーケンのロックを解除。
 着地よりも早く右腕のスラッシュハーケンを発射して空中で方向を変え、着地と同時にフルスロットル。しかし、

「ふっ、流石じゃない」

 真っ赤な危険信号の光がコックピットを満たす。
 けたたましいアラーム音と共に、眼前に銃弾のカーテンが出現した。









コードギアス
    閃光の後継者

Stage,17 『交錯する閃光』










『ムダ弾を撃つなよ、火線を集中しろ!』

 陣の後方でダールトンが旗下の親衛隊に指示を飛ばす。
 コーネリアの指示で、ダールトンは残った12騎のグロースターで陣を敷かせた。
 陣は三角形を逆さにしたような形で、最も奥にある頂点にコーネリア、ダールトン、ギルフォードの三名。左右の頂点は、結成初期から名を連ねる古参の騎士が務める。
 そして新規加入のリリーシャたちは、フォローの効く中衛に配置されている。
 中核三名を除く隊員は、ダールトンの指揮でアサルトライフルを構えていた。
 彼の指揮の下、闇雲に弾丸をばら撒くのではなく動く目標に対しての射線集中は、視界を遮る事無くランスロットの眼前に弾幕を出現させる。

「流石はコーネリアの親衛隊。じゃあ、これでどう?」

 対してランスロットは両腕のブレイズルミナスで弾丸を防ぎながら、一時減速。
 流れ弾を恐れて追撃ではなく包囲に回ったサザーランド部隊を視界の端で確認し、意識を前方に集中させたゼロはヴァリスを放棄して双剣を握る。
 白騎士がスピードスケートのように姿勢を低く保ったまま不規則に高速移動して接近すると、ランスロットに間合いを破られたことを悟った前衛は迷うことなく散開した。
 戦場での経験が豊かな彼らは、円を描くようにランスロットの周りに展開する。
 同時に、リリーシャたち中衛が近接武器を片手にランスロットを狙った。MVSを持つリリーシャのグロースターを除く4騎が、一斉にショットランスを突き出す。

 だがランスロットは彼らの突進にも怯まないばかりか、更に前に踏み込んだ。
 急加速とともに両腕のMVSを振り上げると、およそ人間業とは思えない正確さ双剣を操り、4本のショットランスを全て斬り裂いた。
 最も親衛隊の面々はそれも有り得る事と織り込み済みだったのか、槍が当らないとみるや即座に柄を手放し、急制動を駆けてその場から飛び退く。
 例外は、攻撃を行わなかったリリーシャ。
 彼女が放った閃光弾が、ランスロットのセンサーを焼いた。

『貰った!!』

 あらかじめスリットによってセンサーに入る光を絞っていた彼女の機体に閃光の影響はない。
 新型MVSを上段に携えたグロースターは、一気にランスロットとの間合いを詰める。
 光に縛られるランスロットに動きはない。
 まさか自分の専用機を斬ることになるなんてと呟きながら、彼女は剣を空に跳ね上げ、袈裟斬りに刃を振り下ろす。
 事前に特派による改良が施されていた各部の関節は彼女の要求に応え、超重量の一刀をランスロットの肩口に叩きこむ、筈だった。

「なっ、ウソ!?」

 しかし刃は空を斬り、代わりに鳴り響くアラーム音と、転ぶ直前の浮遊感。
 ランスロットの、優秀すぎる戦闘続行機能が幸いした。各種センサー類は光に浸食されても、パイロットであるゼロに過剰な光は届いていなかった。
 光が機体を包んだ瞬間にゼロは状況把を正確に把握し、次の攻撃に備えていたのだ。

 同時にレーダーに目を走らせて周囲の陣形を確認すると、直前の敵の動きから攻撃を予測。
 脚部の圧縮空気をパージして姿勢を落とすと、システムの復帰を待ってブレイズルミナスを展開し急加速。
 リリーシャのMVSを躱すどころか、体勢を崩して見せた。足払いを受けたリリーシャのグロースターが地面へとダイブする。
 さらにその衝撃から回復する間もなく、再び襲いかかった後方からの強い衝撃に、リリーシャの意識が明滅した。

「いい線いってたけれど、詰めが甘い」

 立ち上がると共に、地面に伏せたリリーシャのグロースターを蹴りつけたゼロは、残念でした、とでも言うかのように一瞥して、飛び退く。
 刹那遅れて銃弾がそこに殺到し、足下の瓦礫を微塵にした。

 それにしても、流石はコーネリアの親衛隊である。これほどの機体性能差がありながら、否、機体差を正しく理解したうえでの戦い方をしている。
 先ほどまでとは違い、親衛隊側のグロースターで無力化できたのはリリーシャの一騎のみで、残りは抜け目なく包囲を完了した。
 絶体絶命の危機。しかしそれでもゼロの余裕は崩れない。
 なぜなら活路は目の前にあるからだ。真正面に立つデザインの違う3騎のグロースターを蹴散らせば、中央突破は完成する。

『ダールトン、ギルフォード、援護せよ!!』

 一瞬緩んだランスロットの前進が自分に向かって加速された瞬間に、その意図を汲み取ったコーネリアは己の腹臣ふたりに指示を飛ばして、前に出た。
 三名は長所や持ち味の差こそあれ、皆、疑いようのないエースパイロットである。
 彼女は自分の機体を前面に押し出し、二人には左右から襲わせるという陣形でランスロットに相対した。

 実は戦況はランスロットの絶対優位に見えてそうでもない。
 コーネリア親衛隊相手にもし一度でも判断を誤って敵に足止めを受けていれば、たちまちのうちに全方位から殺到する穂先や銃弾で沈黙していただろう。
 未だ無傷なその驚異的なマニューバで絶えず動き続けていたからだ。

 故に、ダールトンとギルフォードはまず敵の動きを止めることを第一に動く事を考える。
 ほんの数秒でいい。槍一本分の空孔を動きの中に作らせれば、その孔をコーネリアの穂先が貫くだろう。
 なぜならコーネリアの剣は王者の剣であり、王者は絶対に機を逃さない。

『ハァッ!』

 真正面より、正々堂々と。
 ランドスピナーの土煙を背に、腰溜めに構えたショットランサーを突き出す。
 先の四騎が槍をMVSで切り裂かれるのは既に見た。MVSの持つ埒外の斬撃力が、武器破壊を容易にする。
 ならば絶対に刃筋は立たせまいと、不規則で素早い出し入れを繰り返した。

 一手、二手、三手目の突きで、剣を弾き続けていたランスロットが槍の穂先を斜めに斬り飛ばした。
 そのまま脚を踏み変えて逆の剣で頭部を狙うが、それよりも早く半円を描いた槍の柄がグロースターとランスロットの間を奔る。
 更に剣をはじいた柄を僅かに引き、ランドスピナーの速度を加算して柄頭で頭部を狙う。
 だが殴ったのは風のみで、肝心のランスロットはスウェーバックで固い柄頭を回避した。しかし、

「――――ッ!?」

 ほとんど直感で展開した右手のブレイズルミナスに、ダールトンの放った弾丸が突き刺さった。
 反対方向からはコーネリアと入れ替わるようにして、ギルフォードが突撃を駆けてくる。
 その間にコーネリアは体勢を整え、再び猛然と攻勢をかける。
 さらにがら空きの背後では、親衛隊の面々が槍衾で隙を窺っており、不必要に大きく避ければその瞬間に穂先の壁がランスロットを貫くだろう。
 それが叶わないのは彼らをしてもこの連携に割り込む事が困難なためで、それほどの高速で彼女たちは攻防を繰り広げていた。





 / / / / /





 そしてその戦いに参加出来ない騎士がひとり。
 複数のモニターがエラーを示す赤い光の中で意識を取り戻したリリーシャは、伸縮を繰り返す視界と鼓動と傷みを堪えながら、己の乗騎の状態を確認する。
 幾つかのセンサーと、左側のモニターが故障。インジェクションシートは不具合を起こしそうなので、作動スイッチをオフに。
 動作システムに不備が見られないのは行幸だろう。

「これなら、戦える」

 運がいい、とリリーシャの口角がつりあがった。
 彼女が母から受け継いだのは、ナイトメアの技量と身体能力だけではない。
 マリアンヌが抱く、全てを焼く閃光。その光は稲妻となって、彼女へと受け継がれた。
 心に雷轟を孕むリリーシャは、地面に伏せたまま、気付かれないようにつま先を立てて掌で地面を捉える。
 じっとタイミングを待つ彼女に、その瞬間は訪れた。
 僅かに遅れたダールトンのグロースターが彼女の方に突き飛ばされ、そこにゼロが左手のMVSを突き込んだのだ。


「今だ――――――!!」


 両腕のモーターを全開で駆動させ、両脚のランドスピナーを左右で逆に回転させる。
 手首、肘、肩のバネを使って跳ねるように立ち上がり、コンパスのような震地旋回でバランスを保つと同時に前を向く。
 その様子は、ダールトン機の爆発に遮られてゼロからは見えないだろう。
 自分に向かって迫るダールトンのコックピットブロックを潜る様に、姿勢を低くしたリリーシャのグロースターが特攻する。


「奇襲を卑怯だなんて言わせません。
 敵に隙を見せた、貴方が悪いのです! やぁぁッ!!」


 爆炎を、幅広のMVSが一閃する。
 流石に彼女の参戦は予想外だったのか、ダールトンを撃破した左の突きの外側から襲ったギルフォードを打ち払った姿勢のまま、ランスロットが一瞬硬直する。

『ほぅ……』

 だがそれでも、幅広のMVSが敵を捉える事はない。
 MVSの剣先が僅かにコックピットを削った、ただそれだけ。
 機体そのものが身体なのではないかと疑うほどの、髪一重の見切り。
 同時にぞわり、とリリーシャの背中が冷える。

 右腕に装備されたスラッシュハーケンが起動するの様がリリーシャの瞳に映る。
 避ける動作と連動してつがえられた次の矢が自分を狙っているのを彼女は見た。
 身体を退いたランスロットの後ろ脚が地面を捉えた瞬間、跳ね返りを利用して騎士は拳を突き出す。
 初期加速を加えられたスラッシュハーケンを避すことは不可能。
 鋭い切っ先が彼女のグロースターを貫くのは、既に決定された未来の筈だった。

『でかしたぞ、リリーシャ!!』

 それを覆したのがコーネリアだ。
 喜色を孕む叫びとともに彼女が突き出したショットランサーは、穂先を斜めに斬られていても威力は失っていない。
 彼女の槍はスラッシュハーケンを放つ前にランスロットの右腕を捉え、奪い去る。

『この――――』

 すかさず左の剣でカウンターをかけようとするランスロットの刃を、バックステップでコーネリアは回避する。
 即座に距離を取った彼女を追うのを、今の白騎士は赦されなかった。

「これで、チェックです!」

 目の前で、振り抜いた剣を戻したリリーシャが裂帛の気合を放つ。
 渾身の一刀は、左手一本での逆胴と、目の前で千切れ飛んだランスロットの右手に握られていたMVSでの十文字斬り。
 刃はランスロットに残った左手のMVSを、手首のスラッシュハーケンごと斬り裂いた。

『コーネリア様、今です!!』

『解っている。ギルフォード、合せろ!!』

『イエス、ユア・ハイネス!』

 叫ぶ声と、間隙を開けず応える声。
 慣れない両手持ちでの大技を放った反動で硬直する機体の頭部を、ランスロットのハイキックが粉々にする直前に放ったリリーシャの声は、親愛なる姉とその騎士に届いた。
 前のめりに崩れ落ちるグロースターに背を向けたランスロットのセンサーが捉えるのは、左右から迫る黄金の槍。

「―――――ここまでね」

 ふとリリーシャは、そう聞こえた気がした。
 突如として動きを変えたランスロットはそれまでの閃光のような動きを一変させて、風に逆らわない柳のようにしなやかな動きを見せる。
 腰のスラッシュハーケンをギルフォードに向けて放ち、それを弾かせると同時に、槍を避けてコーネリアの懐を取った。

『ぐあっ!!』

 衝撃とともにコーネリアのコックピットブロックが揺れる。
 コーネリアの間合いの内側に入ったランスロットは、出力差を存分に生かしてコックピット避けた左腕で殴りつけた。
 さらに両足のランドスピナーをフルスロットルさせて、強引に前へと走らせる。

 あまりにコーネリアとゼロの距離が近すぎたために周囲のグロースターは銃撃することが叶わず、またコーネリアも槍の長さが邪魔になって反撃が遅れた。
 ならばと彼女が、胸に装備されているスラッシュハーケンを発射しようとした刹那、押しあてられた腕からコックピットを貫く衝撃が放たれる。
 その様を東洋武術に詳しいものが見れば、こう言っただろう。寸勁、と。
 脚から順に腕の先まで続く力の連動を、全身のモーターを断続的に動かす事で再現するという離れ業をゼロはやってのけた。

『姫様!!』

 主君の危機に、彼女らの後を追っていたギルフォードが叫ぶ。
 さらにコックピットに強い衝撃を受けた事でフリーズするコーネリアのグロースターを、ランスロットは跳び箱のように跳び超え、そのまま残るエネルギーを全てつぎ込んだ全速力で戦場から離脱した。
 ただでさえ射線上にコーネリアがおり、さらにそのマニューバを生かした出鱈目な動きには、誰ひとり追いつけない。
 ただひとり、若い狙撃手を除いて。


『へぇ、この動きを見切ったの。人材が育ってきたじゃない』


 一発の銃弾が、ランスロットの脇腹に命中する。
 その銃弾が飛来した方向、ランスロットが逃避するラインから僅かに離れたビルの屋上に、狙撃仕様のナイトメアライフルを構えたサザーランドがいた。

「外した。コックピットを狙ったのに」

 そのサザーランドの中でアーニャは憮然と呟き、急速に遠ざかるランスロットの姿をただ見送るしかない自分に歯噛みする。
 不意にズキンと、左肩の古傷が痛んだ。

 翌日、戦場から数キロ離れた山林でランスロットの機体が発見された時、コックピット内のデータは全て消去、あるいは破壊されていた。




[16004] Stage,18 『ゼロを騙る者
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:e3b5ec25
Date: 2012/09/20 20:54
 サイタマゲットーの地下。
 かつて日本だった時代に作られた雨水排出用の地下水路に、硬質な革靴の音が反響する。
 ブリタニア軍の歩兵装備をまとった青年――――ルルーシュは、まるで持久走のように軽やかにリズムを刻みながら走っていた。
 彼の息は確かに上がっているものの、息使いに乱れはない。

「はっ、はっ、はっ」

 あの時、異母姉でありこのエリア11の総督であるコーネリアの策に絡めとられ絶体絶命だった彼は、突然現れたイレギュラーに救われた。
 咄嗟に策を構築し、功に焦る純血派の部隊に紛れ込んだルルーシュは、彼らに合わせて前に出る。
 恐慌状態を演じるために『バケモノめ!』と叫びながら突撃するが、直後、槍の穂先を捕まれて絶句する。

 斬られることまでは想定内だったが、捕まれることまでは考えていなかった彼は一瞬固まった。
 ハッと我に返り、シートのインジェクションレバーを引くが間に合わない。
 穂先を斬られ、さらにMVSを握る右拳でコックピットを殴りつけられる。
 それほど強く殴られたわけではないが、ジェット噴射の始まったコックピットブロックの制動を失わせるにはそれで十分だった。
 ナイトメアの動きへの深い理解を伴った攻撃によって直線的に打ち出される。

 それを受け止めたのは純潔派のリーダー、ジェレミアの騎乗するサザーランド。
 彼によって急死に一生を得たルルーシュは、素直ではない口から感謝の声を漏らして大急ぎで戦場を脱出。今に至るというわけである。










コードギアス
    閃光の後継者

Stage,18 『ゼロを騙る者』









「くそっ!!」

 ここまでくれば安全だろうと、彼は足を止めて息を整える。
 そして煮えくりかえる感情のままに、地下道の壁を殴りつけた。

 完全なる敗北だった。

 相手は正規軍であり、こちらはテロリスト。
 それは解っていたが、前回の事もあって少々楽観していたのかもしれない。
 もしくは『ブリタニアの魔女』たる異母姉の力量を見誤っていたか。

 両方だと彼は再び壁を叩く。

 このままでは勝てない。ならば諦める? あり得ない!
 自分は既に異母兄のクロヴィスを手に掛けた。退路などもう無いのだ。

 母を殺した犯人の特定と復讐。
 妹ナナリーの捜索と保護。
 そして親友スザクとの約束。
 いくつもの目的が彼を突き動かし、成さねばならないことを教える。自分の目的は、神聖ブリタニア帝国を打倒すること以外には達成されない。
 自分にはあの腐りきった国を叩き潰す理由が十二分にあるのだと、ルルーシュは吠えた。
 ならば、今、すべきことは―――――――

「ちっ!」

 思考に埋没出来るのはそこまでだった。
 突然、自分の後ろから響く足音。
 ルルーシュにしてみればいきなりそこに現れたように感じる。

 彼が素早くヘルメットで顔を隠すと同時に、地下の暗がりの中を悠然と歩み彼の前に現れたのは、ゼロ、だった。
 ゼロはルルーシュの聴覚が足音を捉える瞬間まで、一切の気配を消し去っていた。
 己の存在を知らせるために靴音を鳴らさなければ、腰に挿した剣で彼を一刀で切り捨てることも可能だっただろう。

「何の用だ、ゼロ」

 そんなことには気づかず、ルルーシュはゼロに銃を向ける。
 一方のゼロはルルーシュの手前まで歩み寄り、何を言うでもなくそこに佇む。
 見る者が見れば、ゼロの取った位置取りは一足一刀の間合いであり、立ち姿も四肢から力を抜いて両脚に均等に力をかけた無形の位――――理想的な“構え”である事を読み取っただろう。
 恐らく彼にルルーシュを害する気があれば、刹那の間にゼロは腰に差した剣で彼の首を落とせたに違いない。

 日々、ブリタニアに見つからないように気を張っているルルーシュは、今になって自分の迂闊さと状況の悪さにひそかに息を呑んだ。
 ヒヤリとしたものが背筋を落ちる。

「ほう。そう呼ぶということは、私に『ゼロ』の名を譲るということか?」

「何を言っているか解らないな、ゼロ。
 私はブリタニア軍人だ。貴様を拘束する義務がある」

 ばれているのか、それともカマをかけているだけか。
 どちらにしても突っぱねる以外の選択肢はない。
 動揺と苛立ちを精神力で抑え込み、ルルーシュは目の前のゼロを観察した。
 トレードマークである黒い仮面はオリジナルである自分のものとそっくりのようで、細かい部分の造形が違う。服も同様だ。
 間違った部分の配置から、恐らくはあのオレンジ事件の時の映像を元に作ったのだろうと彼は予測した。

 一方、その中にある人物についてはまるで予測がつかない。
 服の下のツナギを押し上げる僅かな膨らみは、胸と下腹部の下の両方にある。
 ならば、男性的な骨格と筋肉のラインも本物であるかどうかわからない。
 性別すら悟らせない抜け目のなさにルルーシュは舌を打った。
 自分のものとそっくりに加工された変声機ごしの声も、ひどく彼を苛立たせる。

「こんな戦場から遠い所で待ち伏せていたとでも? 笑わせる」

「――――ッ」

 言うや、殺気がルルーシュを打つ。
 硬直した時には既に、彼が持っていた銃は叩き落とされていた。
 紫電の様な踏み込みからの、抜き打ちの一閃。
 日本武道における居合い抜きの要領で放たれた一刀が銃の遊底を薙ぎ払うと、銃は数度バウンドして水の中に落ちた。

 ルルーシュがその一瞬の出来事に呆気にとられている間にさらに踏み込んだゼロは、左手で彼の襟を掴むと脚を払ってコンクリートに投げ飛ばす。
 そこに突き付けられる剣の切っ先。
 喉元に鋭い刃の切っ先を当てられ、ルルーシュはもう動く自由すら奪われた。

 今ほど、ゼロの仮面を一切の光を通さないようにした事を後悔した事はない。
 ルルーシュの持つギアス、死すらも与える事が出来る“絶対尊守”のギアスは、相手と視線を合せなければ発動しない。
 光情報をもって相手の大脳に作用する仕組みのため、鏡などで反射が可能な反面、今のように光を通さないバイザー等には全くの無力だった。

「そこまでにしてもらおうか。
 そいつは私の契約者だからな、死なれては困る」

 何とかしてその仮面を外させなければ、そればかりを考えていた彼の頭上から、ひどく平淡な救いの声が舞い降りた。
 喉元に突き付けられた細身の西洋剣の動きに注意しつつ、慎重に首を動かすと、そこには人形めいた美貌をもつ緑髪の少女の姿がある。

「C.C.!?」

「ふん、助けに来てやったぞ。全く世話の焼けるボウヤだ」

 いつもの白い拘束衣から、ルルーシュの私服である茶色のジャケットジーンズに着替えた彼女は、右手に握る拳銃をピタリとゼロの心臓に合せていた。
 C.C.のいる位置は、ルルーシュとゼロから約5メートル離れている。
 彼女の射撃の腕がどれほどかは解らないが、胴体を狙うならばまず外す事はないだろう。

『ほう、そんなものを私が恐れるとでも?』

「少なくとも、心臓を撃ち抜かれれば生きてはおれないと思うが?」

 カチリという操作の音がやけに地下道に響いた。
 C.C.の持つ銃のレーザーサイトから赤い光線が飛び、光はマント越しに心臓を照準する。
 しかしそれでもC.C.が引き金を引かないのは、銃弾が当るよりゼロの剣がルルーシュの喉を裂く方が早いと判断しているためだ。

「―――――」

 最も有利な立場にあるC.C.だが、彼は最も不利なルルーシュと一蓮托生であるが故に膠着。沈黙が支配する。
 それを破ったのは、ゼロの機械のごしの声だった。

『ふん、まぁいい。今日はあいさつに来ただけだったことを忘れていた。
 ルルーシュ、覚えておく事だ。あまり調子に乗るようなら、私がこの首を刎ね飛ばそう。
 それとも銃弾の方がお好みかな? 君の母のように……』

「――――ッ! 貴様!?」

 付け足された一言に、ルルーシュの感情が沸騰した。
 コンクリートに両肘をついた状態から跳ねるように上半身を起こし、素早く反応したゼロに胸板を踏まれて再び地面に叩きつけられる。
 反射的にC.C.の右の人差し指に力が篭るが、それよりも早く動いた切っ先がルルーシュの首を浅く傷つけた事で動きを止めた。

「安いなルルーシュ。この程度の挑発に乗るとは。
 その激情が貴様の美点だろうが、同時に欠点でもある。
 覚悟はあっても感情がついて行かないなら、まだまだ子供だ


 つま先をこじり、体重の乗ったゼロのブーツがルルーシュの胸を圧迫する。
 胸に感じる鋭い痛みに、ルルーシュの端正な顔が歪んだ。
 彼は更なる苦痛に備えて一層の覚悟をもってゼロを睨むが、しばらく彼の顔を見ていたゼロはその脚をすんなりと放す。
 それどころか、何を思ったのか剣すらも鞘にしまい込んだ。
 鞘の鳴る音が地下道に思いのほか大きく響き、困惑のみがルルーシュには残る。

「何の真似だ?」

『なに、用が済んだのでね。帰るだけだよ。
 今日はあいさつだけだと言っただろう?
 次はこの仮面を外してお逢いしようか、ルルーシュ皇子。それと――――』

 とん、という軽い音と共に、ゼロの身体がかき消えた。
 少なくとも、寸前まで会話をしていたルルーシュの目にはそう見えた。

 何処だと首をめぐらせれば、仮面の騎士の姿はC.C.の前に在る。
 ワープ等と言ったSFめいたものではなく、ただ単純に素早く、かつ悟られぬ様に動いたのだと翻るゼロのマントが教えていた。

「こんな物をいつまでも向けたままにしないで貰おうか。不愉快だ」

 動くと同時にC.C.の右手に在る拳銃を鷲掴みにしたゼロは、流れるような動きでC.C.の手首を極めて銃を奪い取り、地下水道に捨てる。
 そのまま振り返ることすらせずに悠然と歩き去る後ろ姿を、唖然としたままのルルーシュは見送った。

「ハハッ、無様だなルルーシュ。
 コーネリアに完敗して、さらにゼロの仮面まで使われてしまったぞ?
 とうやら一筋縄ではいかないようだが、どうするんだ? お前は」

 嘲笑うような、焚きつけるような、試すような、からかうような……
 いか様にも表現でき、しかし言葉を尽くしても説明しきれない様な声音で、魔女はルルーシュへと言葉を投げかける。
 けれどそれに返ったのは、およそ彼らしくない覇気のない声。

「条件が同じならば……」

「どうした?」

 負けはしなかった、などと言いきれず言葉に詰まった。
 コーネリアの率いる親衛隊の、圧倒的な組織力。
 その親衛隊をたった一騎で蹴散らす正体不明の存在。もうひとりの“ゼロ”
 自分の思い通りにいかない世界。それすら覆す理不尽で絶対の力の存在。
 今日、己の道の厳しさをルルーシュは知った。

「怖気づいたか? ルルーシュ。
 貴様の覚悟はその程度だったのか? とんだ見込み違いだな」

 だがその程度で挫けるならば、そもそも反逆など志しはしない。

「まさか、認めてやるさ。今日は俺の負けだ」

 顔を伏せ、震えながら言葉を紡ぐ。
 人一倍高い彼のプライドは、粉々に打ち砕かれた。しかし、それ故に彼は前に進める。
 奥歯で音を鳴らし、拳を血がにじむほど握りしめて、彼は顔を上げる。

「だが、今日だけだ。次は無い 足りないと言うなら創ってやる。
 ブリタニアにも、あの偽物にも負けない、俺の軍を、人を、国をだ!
 ゼロは俺だけだと、この世界に教えてやる!!」

 ゼロは、反逆の象徴。
 未来を決める宣言は、C.C.だたひとりを立会人に、世界に向けて放たれた。



 / / / / / / / / / /



おまけ『そのころのリリーシャ』


「ねぇ、リリーシャ少尉……」

「なんですか? エリノアさん……」

 コーネリア親衛隊所属の少女と、広報部勤務の青年はは、一心不乱に白い魔物に立ち向かっていた。
 十人は座る事の出来るテーブルの木目など見えない。ひたすらに白白白、ときどき黒インクと朱肉の赤。灰色のキーボード。
 書類の山。ノートPCの群れ。死屍累々。

「いったい何時終わるんでしょうね?」

「知りません。わかりません。ごめんなさい。
 でも文句はデータを置いていたブースをヴァリスで吹っ飛ばしたゼロに言って下さい」

「………」

「………」

「………」

 流れ弾って、なんで不思議と一番都合の悪いものに当るんでしょう?
 ああ、無言で視線も書類から離さずに、しかし耳だけはしっかり反応させている皆様の声なき声が痛いです。カチカチと鳴るタイプ音が刺さります。

 誰かが「エンターキーは叩くもの」と言われました。
 その通りだと思います。
 時折聞こえる大きな音が聞こえる度に身体に電気が奔ります。
 何件かあったイレブンとのいざこざも、テロリストの自爆テロ未遂も、この空気のよりは何倍もマシです。

「うう、ゼロは悪魔です。卑劣です。なんて、なんて酷い……」

「何を解りきった事を言ってるの? さっさとやりましょう」

 こんなの、いつもの優しいエリノアさんじゃないぃーーー……

 気の抜けた断末魔の悲鳴のような声とともに、リリーシャは白い魔物の束に突っ伏した。
 書類地獄はまだまだ続く。

 はぁ、窓枠に切り取られた空が青いです。


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