<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

HxHSS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[16075] SKILL COLLECTOR【HUNTER×HUNTER 二次創作】
Name: ハシャ◆8fa83795 ID:7ecfff6e
Date: 2011/03/30 16:52

 冷えきっている空気に出迎えられるのには慣れてきた。
 後ろ手に閉めたドア一枚分隔てられているのに外と大差ない、この感覚に。
 風はこの空虚さと等価なのだろうか。
 そして、この問いを思い描いたのはいったい何度目になるのだろうか。
 とうとう冬の始めなのに「慣れた」と感じてしまうようになったのだから……まぁ数えることじゃない。

「ただいま」

 四文字の呟きは壁に吸い込まれていく。
 行為は無駄。
 けど、僕は家を家と定義することのできるこの瞬間が嫌いじゃなかった。
 わずかに――ほんのわずかながら部屋に熱がこもったような気のしてくる儀式。
 こんなことに頼らないとダメなのは末期だと思うのだが……今の、僕の今の家には必須となっている日課だった。
 寂しい。
 今日はキムチ鍋の元を安く買えた。
 かさっと音を立てる袋を冷蔵庫の斜め横に置き、中身を詰め込んでいく。
 2キロ780円の鶏むね肉は一つ一つ別の袋に小分けしながら冷凍庫に眠らせておくが、最後の一つは炊飯器の中に仕舞う。ああ、お湯は事前に沸しとけば良かったと思いながらフライパンに水を入れ火にかける。最近焦げやすかったのを買いかえたからついつい使ってしまい困る。そう、まったく困ることなく念じつつ炊飯器の釜にはキムチ鍋の素と塩を投入する。
 ふと手の汚れが気になった。
 血なのだろうか。鶏肉の袋の底に残った赤っぽい液体の臭いには嫌悪を覚えた。
 たらたらと垂れていく流水に両手をさらしているとお湯は沸いた。だから炊飯器の鶏肉にぶっかける。
 蓋を閉じた。このまま1時間ほど待っておいたら本日のメインは完成するだろう。
 炊飯じゃなく保温機能を利用する低温調理。
 と、ご飯を炊けないことに気付く。
 この家に炊飯器は2個ないのだから当然炊けない。
 冷凍庫を探ってみるけどご飯のタッパは見つからなかった。ということは台所下のスペースに格納されていることを意味している。
 フライパンで、という手法はあるけどうかつなことにフライパンに合うサイズの蓋を買い忘れたからその手は使えない。
 ただ一つの鍋はさつまいものシチューと共に冷蔵庫の中だ。充分に揃っていたはずの料理器具は自炊をするとともに減っていきこんな弊害を生み始めていた。悲しい。
 前に作ったときはサバの味噌煮の炊き込みご飯のストックがあったから気にならなかった盲点に今度こそ困った。
 まぁけどできあがったら鶏肉だけ皿に移して炊けばいいかと思いなおす。
 鳥の油と辛味を吸ったスープごと炊いたらきっと美味しくなる。
 それに1時間後炊けるのを待てないくらい空腹になっていたら鶏肉は食パンにはさんで食べればいい。料理の相性的にはよくないけどご飯で食べれるものでパンで食べれないものはそうはない。
 味なんてどうだっていいのだ。
 死ななければ。
 生きてさえいるならば。


 ――なにを。


(なに、やっているのだろうか?)

 料理と返ってくる自問に制服姿のまますることかと突っ込みを入れ、なんとなく倒れる。
 僕を柔らかく受け止めてくれたベッド。そのベッドを褒め立てるように空気清浄機は反応し、起動し始める。
 しわになってしまう、立ちあがってハンガーにかけろと脳は命じるのに体はだるく、横になったまま動くことはない。
 疲れているのだろうか?
 妙に気だるく。
 無力。 
 このまま眠ってしまおうか――という囁きに耳を傾けたくなってくる。
 都合のいいことに、自分は課題を提出期限ギリギリではなく貰った直後にやってしまう主義なのだ。
 明日の朝七時までにやっておかなければならないことは何もない。
 何もない。
 だったらいいのではないだろうか。
 このまま終わっても。
 このまま終わっても。
 炊飯器鶏は固くなってしまうのかもしれないが……いや、どうだろうか、むしろ柔らかくなるのだろうか。低温調理は一時間以上したことはないから判断がつかない。けど、食べられないことはないだろう。いくらなんでも炊飯器で雑菌が繁殖することはないだろうし。あるのか。あるのかな。たった一晩でもごはん以外は入れとかないほうがいいのかな。
 思考のループは不意に途切れることになった。

 ――ッ!

 それはきっと無音の断末魔。

(な……なに?)

 まったく心当たりのない、音量としては最低レベルの異音を鼓膜が捉えたような捉えていないような――妙な感覚。
 本来は気のせいだったということしたって何の差し支えもない異変。
 なのにあくまで本能はがなりたてている――警戒せよ、と。
 死ぬぞ、と。
 殺られるぞ、と。

 けど。


(別に               )


 ――違和感の十秒後。
 ようやく異常現象は目に見えるようになったらしく……信じられないことに、視界の隅にすっと滑り落ちていく家電製品の一部があった。
 部屋の角に置かれているテレビの三分の一。
 名義上の父から巻き上げてきたと自慢げに微笑んでいた思い出がある、当時は最新式だったデジタル対応のやつ。
 そいつにディスプレイの左上から斜めに線が入っていて、ゆっくりから加速しつつ滑っていった。
 で、DVDケースを薙ぎ倒しながら落ちていく。
 わけがわからないので説明を求む。
 どうやら僕の家のデジタルテレビは真っ二つに分割されたのだということはわかった。
 けれど、その結果に至った過程をまったく理解できない。
 因果を証明できはしない。
 理不尽現象。
 さらなる追い打ちとして本棚へ袈裟斬りのごとく切れ込みが入れられた。
 視界の範囲内で引き起こされたというのにその線の刻まれていく瞬間を見てなお『原因』を把握できない。
 ほぼ無音のままこんなことをできる道具を、武器を、兵器を、僕は知らないのだから。
 おそらく工業用の機械にはこういったことをできるものはあるだろうけど、そんなものは室内に存在しているわけがない。
 考えられるのは、漫画に出てくるような象くらい釣り下げられる強度の極細の糸で輪切りにされたとかだろうけど、切り口を見ると輪切りでもなかった。
 背後の壁ごとってどうやったらそんなことできるのだろうか。

「もったいない。せっかく買い換えたばかりなのに……」

 浮かんできたのはたんなる感想だった。
 本という意外に重たくなる紙の集合体の重量を支える木材と分厚い辞書を丸ごと綺麗に裂いている断面を見て、呟く。
 以前使っていた小型の棚は細かく分解するのに苦労したのにこれはないんじゃないかな。
 ゴミを出すのにあんなに苦労したのは初めてだったのに。
 三カ月前なら、不幸中の幸いを喜べたのに。

 あれ?

 今考えることはそうじゃない気がする。

 原因を調べなきゃなんないのかな。
 断面はどうなっているのかちょっと興味はあったけどこの位置からじゃ覗けなかった。

 賃貸関係の契約を取り仕切っている会社に電話しなきゃダメなのかも。
 リフォームとか、もう個人で対処していい範疇を超えている。
 これはまとめて対処してもらわないとなんない。

 ああ、壁一枚隔てた向こう側からなにやら慌てている隣の部屋に住む家族の声が聞こえてくる。
 はっきりとは聞こえないけどどうやら部屋から脱出するということになったらしい。

 逃げなきゃならないってのが正解なのかな。
 きっと逃げるべきなんだ。
 生きたいのなら。
 そう思ったのにぐらりと体は傾いた。再度反応する空気清浄機。
 息が荒い。体が重い。なんか汗をかいているような……それに熱だってあるかも。

(――風邪ひいているのか)

 すとんと何かが落ちるように自覚できた。
 だから。動けなくなってしまうのも仕方がないんじゃないだろうか?
 いや、生を放棄するわけにはいかない。
 そんなのはあの人の一生を貶めることになる行為だから。
 僕は生き延びなければならない。

 逃げなければ……逃げたら追ってこないだろうか。ああ、獣じゃないのか。体温計はどうしよう。体温は計らないとダメだ。最悪タクシー呼んで病院にいかないと。保険証はどこだっけ? 今倒壊していっている棚にあったっけ。危ないな。埃が……そうか逃げないとならないのか。でも、やっぱ寝ていたいや。

 どうにかドアに手をかけたその瞬間。
 足元の感触が――床が床たる感覚を失い、重力に従っていく様子をなんとなく感じながら僕の意識は途切れたのだった。






 後書き:
 デジタルテレビを壊したらどうなるのかは不明。
 爆発や炎上はないと思いますけど、実際どうなるかなんてとてもテストできません。
 だからデジタルテレビの中のどういうタイプなのかは書かなかったり。





[16075] 01 講座
Name: ハシャ◆8fa83795 ID:7ecfff6e
Date: 2011/03/28 18:13
 財産の一つにその人の技能というものがある。
 技とは盗むもの――盗まれたからといって文句は言えないからこそ、神経質に守るべき至宝。
 その技法をもって命の取りあいをすることがある武芸者ならなおさらである。

 なのだったが。
 ときにそんなことをまったく考えない人というのはいるもので。

「カジキ兄さーん、師匠が『グワー』としか教えてくんないから放出系のコツをへるぷみー!」

「……いや、だからさ、そういうのは心源流の兄弟子に教えてもらいなよ。他流派の僕なんかじゃなくってさ」

 兄さんと呼ばれた男はそう呼んだ少女とはまったく似ておらず、血の繋がりがあるとは思えなかった。
 男のほうは、短い黒髪に黒縁眼鏡、学生みたいなワイシャツとズボンの組み合わせというジャポンのハイスクールにいそうな容姿をしている。
 対して、少女のほうはブロンドのおさげにそばかすだらけのものの愛嬌のある顔つきをしていて、フードつきのダボダボセーターを着ている……服装はおいといて、根本的に、人種からして違っている二人のように見受けられる。片親程度の類似点すら見つけることのできない、そんな二人だったが親しそうだった。

「『修行あるのみ』なんてのを指導といったら体育教師なんていう職業はいらなくなるんですよー。アビーは、アビーは、もっと手ごたえを感じられる助言を切望しているのですぅ」

「だからといってなぁ、なにかあるごとにこっちこられると『我らの愛らしい妹弟子をとるでないわ!』って漢泣きされるんだよ、僕が」

 とてつもなく嫌なものを思い出してしまったのか、男は顔をしかめている。
 少女はそんな表情を気にすることなく、木の根元に座り込んでいる男の腕を揺らしながらオネダリを続けていた。
 人種の差なのかはたまた実際に年齢が離れていないのか、男とほとんど身長は変わらない、十分に発育している娘がそんなことやっていると腕が胸に触れていくわけで。
 どんなに眼鏡をかけてインテリぶっていようが思春期の男に抵抗できるはずもなく。

「……はぁ、わかったからわかったからその手を離してよ、アビー」

 カジキは顔に昇ってきた血を隠せるうちに降参するしかなかった。
 アビーというらしい少女はにぱーと笑みを浮かべる。
 その天真爛漫さは狙って女のもう一つの武器を使ったわけではなさそうだったが、だからこそ男を気まずくさせる純粋さだった。

 罪悪感を仕舞いこむようにカジキは読書中だった本を閉じた。

「で、今日はいったいどこがわかんないんだ?」

 かくしてこうして、もはやいつものことになったカジキのレッスン講座が始まるのだった。










「えーっとさ、僕がちょっと誤解しているかもしんないから聞いておくんだけどさ、いいかい?」

「なんでしょうか、カジキ兄さん。ずいずいお聞きくださいよ」

 二人がいるのはカジキの家の庭だった。カジキが念の師匠と暮らしているけっこう大きな一軒家である。
 さきほどとは微妙に移動していて外から見えにくい場所になっている。
 いちおうは技術の流失を心配しているらしいが……あんなに甘くては無意味だろうに。

 アビーによるいかに師匠は教えるのが下手なのかというグチっぽい説明のあとにカジキは手をあげて質問した。
 彼にはどうしても納得のいかないてんがあったのだった。

「うん、それなんだけどさ……強化系同士ってその『グワー』とか『ガツン』『ていやッ』で全部理解しあえるもんじゃないの?」

 真顔のまま彼は問いかけた。
 強化系はきっとパワフル語で通じ合っているものだとカジキは信じていたのだ。

「脳筋の単純バカと、理論より本能に従っているだけの不思議系少女を一緒にしないでください! アビー憤慨ですぅ!」

 いかにも今わたしは自分の常識を疑いかけているところですという顔をした、逆に言えば、今までそんなものだと思ってましたという感じのカジキにアビーの怒りが爆発する。

「なんですかそれは! いままでアビーをあの筋肉親父と同列視していたんですか、それは酷過ぎますぅー! とってもとってもアビーのラブリーなハートは傷つきましたから、慰謝料に徳丸屋の特製プリンを要求するのですよぉ!」

「あー、うん、わるかった、僕がわるかった。流石に漫画の影響を受け過ぎていたみたいだね。あと勝手に僕の名前でツケにするのは今さらじゃないか」

「謝罪の心とおごってくれる寛容さは別物なんですぅー。それにこの島にほぼ軟禁状態かつバイトする気力がなくなるくらい修行漬けのアビーと、たまに島を出ていっては大金を稼いでくるカジキ兄さんとの間に生じる、水は低きに流れる的な自然の摂理を指摘するのはとてつもないダブーなんですよ? そこんとこわかっているのですかー?」

「ごめん、なに言われているのかさっぱりだよ」

「これだから男ってのは……まったくぅ」

 一方的に押されまくったカジキはプリンを奢ることを約束させられることになった。
 これが、難関と呼ばれるハンター試験を突破したものかその同程度の試練を乗り越えた者にのみ伝授される念の、さらなる応用技の、その授業前の日常だから驚きである。

 かといって、授業内容はてきとうかというとそういうわけではなかった。

「ホースみたいにオーラの通路があるならそのまま外に出すってのは理解できますよ?
 けど、オーラって、血の流れと一緒にイメージするわりにはもっと融通がきくじゃないですか。
 こういう風に一点に押しとどめることがでますしぃ」

 と、アビーはオーラを拳に集めてみている。

 それは心源流においては"凝"と呼ばれる四大行の応用技だった。
 彼女くらいの年齢からこのようなこのまま殴りつければ大木すら倒せる"凝"をできるのは才能のある証だろう。
 流れるようにすっと体にまとっていたオーラを一か所に集中させる様子は日ごろの鍛錬を伺わせるものがあった。
 こういうことをできるように指導できるのならば決してわるい師匠ではなさそうだった。
 おそらく、新しい段階のことを教えるには言葉が足りないタイプなのだろう。

 強化系の人間は強化系の使い方を身につけるときまったく苦労をしない分、隣の系統を修行するとき、最初のきっかけを掴めなければ苦労することがある。
 ただそれだけのことだった。
 具現化系などはその才能を開花させるまでに長期間かかってしまう分、その間不安になって何度も理論を確認することになる。それが適切なイメージトレーニングになっていて、意外と次に別系統を修行するときにはすんなりいくというのだから、どんな系統にもメリット・デメリットはあるってことなのだろう。

 うまく理解させられることができれば強化系はあっさり壁を乗り越えてしまうものらしいが……

 そういった知識はカジキにもあったのでどう教えたものかと悩んだ。

「うーん、念の系統はほとんどは"概念""顕現""流転"の三つで説明できるっいう検証中の自説は人に教えるもんじゃないしな」

「カジキ兄さんは思いつくまま喋ってくれればいいよぉ……考えて込んでくれた時の発言のほうがわかりにくいもん」

「それはけっこうショックな言葉なんだけどな。まぁそういうなら」

 地味に落ち込みながらもそれをできるだ出さないようにカジキは言葉を続けていく。
 アビーは普段の活発な様子とはちがってめずらしく真剣に聞こうとしていた。
 こういった素直さは強化系の美徳だろう。

「その拳に"凝"をするとき、アビーはどういったことを考えている?」

 精神集中を解いたためにオーラが霧散している、可愛らしい殴りダコのある小さな手を見据えながらカジキは問いかけた。

「『殴ってやる』って思っていますけど……」

「うん、それは『殴る』という概念をオーラが強化している状態だから強化系にぴったしの技法なんだ。
 放出系はこの概念の増大にさらに流転の操作が加わってくる。
 つまりは『殴る』という気持ちを肉体の動作と連動させることなく動かさないとならないんだ」

「うーん……まだよくわからないなよぉ」

 首をかしげているアビーにほのぼのしながらも説明は続けられる。

「そうだね。例えば、ぶん殴りたいくらいむかむかする人がいるとして、その人にボールをぶつけたらすっとするよね?」

 ボールに見立てたのか足元の石を拾いながらカジキはいい、アビーもまたその動作を真似た。

「ということは『殴りたい』という気持ちを投石に使うことができるってわけだ」

 さきほどのアビーのようにすっと拳にオーラを集めると、石にそのオーラを込め、手首を返した動作だけで投げつける。
 それは十歩ほど離れたところにある木にゆっくりと放物線を描いていき。
 ――樹皮が弾け飛んだ。
 かんしゃく玉が破裂したような音と共に木の表面がズタズタになってしまっていた。
 これでは石も粉々に砕け散ってしまったことだろう。

 別にカジキは投げるときの腕力を強化したわけではない。
 実際にスピード的には、時速30kmも出ていない超スローな投石だった。

 では何故なのかというとやっぱりオーラの破壊力だった。
 石にオーラを込められたのは"周"と呼ばれる技法であった。
 だが、普通は手を離すと維持できなくなる"周"を四散させなかったのは放出系に属している技能だった。
 この一連の動作をスムーズにやってみせるあたりカジキは念の手ほどきを受けている練習生の域を超えているのは間違いなかった。

「えーっと、あれ、れれ、うまくいかないですぅ」

「いやいやけっこういいよ、その感じ、その感じ。最初のうちはオーラ多めにやっていっていいよ」

「んーっと……こ、こうかな?」

 一方のアビーは石に込めるというところで手間取ったようだったが、五分ほどやっていたらコツを掴めたらしく、ぎこちなくも形になった。
 そして、木に向けてゆっくりと放ってみた。

「あー、あっ……やったぁ、できた!」

 アビーのやってみたそれはカジキほどではなかったものの確かに樹皮を穿った。小さな痕跡が残る。
 あまりに嬉しかったのか、歓喜のままにアビーはカジキに飛びついた。

「カジキ兄さん、できたよできたよあんなにできなかったのにできちゃったよぉ!!」

「あー、揺らすなこするなマーキングするな。
 まぁそれができるようになったらあとは回数こなせば威力のほうもマシになってくるな。で、」

 慎ましい日本人に囲まれて育ってきたカジキには毒すぎる攻撃だった。
 汗の匂いとともにシャンプーかなにかの香りが飛んでくるのは凶悪だったのだ。

 抱きついてくるブロンド娘をもぎはなしながらカジキは手を掲げる。
 そこにふわっと光輝く光球が――念弾が生まれた。

「さらに慣れてくると石を介することなく『殴りたい』という意思を直接投げつけることができるようになるんだ」

 そういうとカジキはフレミングの法則からさらに中指を折り曲げ、人差し指の方向に念弾を撃ち出した。
 樹にさきほどの投石と変わらない程度の傷が刻まれる。
 わぁーっと素直に手を叩いて喜ぶアビーに気をよくしたのか、カジキは、ナイフを取り出してその刀身にオーラを込め始める。

「さらにさらに慣れてきて、このくらいじゃ満足でなくなってきたらこんなテクもある」

「おぉーーー! 凄いですぅ! やっぱ教えてもらうのはカジキ兄さんに限ります!」

 空中を二三度斬りつける動作をしただけでその切っ先から刃状のオーラが飛来し、木の枝を斬り落して行った。
 もうアビーはきらきらと眼を輝かせていた。
 こう美少女に褒められると調子にのってしまうのは男のわるいところで。
 次にカジキが取り出したのはライターだった。

 まずは普通に火が点けられ、そこにオーラが注ぎ込まれる。
 ライターは内部に収められたオイルのすべてを吹き出したかのように盛大に燃え、それが球状に変化する。

「こんな漫画に出てくるみたいなファイヤーボールだって"周"を習熟していけば作れるようになるし、強化系だって、この火球を撃ち出すくらいの放出系技能を身につけるのは不可能じゃない。まぁ、自分の個別能力を見つける前にやっていると変な癖ついてしまうかもしんないけど――戦闘時、自分を発火能力者だと偽ることができるってのは反則的に役立つよ」

 実際には、オーラを"纏"っている念能力者を焼き殺せるどころか火傷させることすら難しい火力に過ぎなかったりする。
 制約と誓約によるサポートを受けていない小技ならそんなものである。

 けど、変化系だと思っていた相手がバリバリの強化系だった場合は二割以上の誤算が乗じて、接近戦のさいに適切な攻防力の移動ができなくなって、ボコボコされてしまうためにかなり有効な手の一つだった。カジキは基本的にこういった小技を駆使してトリッキーな戦い方をするタイプのため、相手の強さを勘違いした人間がどれだけ脆いのかよくわかっている。
 実際に個別能力を誤認させることで、当時の力量ではまったくかなわなかったAクラスの賞金首から生き延びたこともある。

 そういった経験を積んできたうえでカジキは自信を持って後輩に告げる。

「基本的にすべての応用技は個別能力を含めて基礎の上に成り立っているのだから、基礎を学べば、こういう手品をできるようになる。そして、自分を発火能力者だと信じ込ませることができれば、自分本来の能力を発揮しやすくなる」

「了解ですぅ! ――ところでカジキ兄さんは熱くないんですかぁ?」

 話している際中ずっと燃やし続けられているため、二人はほんのりと赤く染まっている。
 アビーはそろそろ熱気が伝わってきてつらくなってきていた。
 が、カジキは一番近い距離にいるのに平然としている。

「ああ、"纏"の応用には熱を遮断する効果のあるものがあるんだよ。まぁ、"堅"を一時間以上できるようになったら教えてあげるよ」

 応用技は基礎ができなきゃ意味がないからねと――当初乗り気じゃなかったくせにカジキは次回を約束していた。
 こういう説明することが大好きな人種なのだろう。

 そして、カジキは火球をそのまま消すのもなんだとこれまでさんざん痛みつけられてきた樹にぶつけた。
 それはほとんど無意識の行動だった。
 アビーが石にオーラを込める練習をしている間、十数回見本をみせてやったとき毎回ぶつけていたからこその反射。

 しかし、流石に放火となるとまずいわけで。

「あわわわ……カジキ兄さん、それはちょっとやりすぎですぅ」

「あっ、やっちゃった。まぁ燃え広がるようなことはなさそうだし、この季節ならまだ水分たっぷり含んでいるからどうにかなるよ」

 自分の放った火球はそんなに火力がないことを知っているためにそう呟いたカジキだったが。
 そんな彼の背後から声が響く。

「ほぅ、火事の心配すらしないとは余裕だな。カジキ」

「えっ……いやその、師匠。もちろん今から消火活動しようと思っていましたよ?」

 ぎぐぅという擬音が響きそうなほど固まったカジキがぎこちなくと振り返る。
 そこには黒のタンクトップにジーンズ、特注のベルドに刀を引っ提げた赤毛のポニーテールの美女が立っていた。
 彼女こそが年齢不詳のお師匠様ことキサキである。
 つまりは今居る庭の所有者だった。

「ところで、あの桜はわざわざ私の実家から運んでくるほど愛着のあるものだということをお前たちには知らせていなかったか?」

「えーっと初耳なんですが」

 その桜は全体的に煤けていたがなによりひどかったのは枝が斬り落とされてしまっていたことだろう。
 一閃ごとに数本落とされていたため、春になればたいそう立派な花を咲かせただろう大ぶりの枝は半減していた。
 地面にあった落ち葉は勢いよく燃えていてどれほどダメージを与えたのわかったものではない。

「私は弟子にもできる炎の強化すらできない不器用女だからな。
 唯一できる、斬るということだけは精一杯やろうと思っている――例えば桜の仇をざっくりぱらんとしたりな」

「いやあの師匠、擬音にしたってむしろ明快になって恐いんですけど?」

「――恐れおののけ。その音色のみが唯一の供養になる」

 かくして。
 手当てをすれば致命傷にならない程度の斬り口が量産されていくのをアビーはけたけた笑いながら眺めているのであった。
 幽玄島の常識は一味違うということがよくわかる風景である。










 たった一日で、放出系のコツを掴ますことができる。
 できるほうもできるほうだが、教えられるほうも教えられるほうだということをカジキは知らなかった。
 だから、この島の敏腕家庭教師になるという己の運命を知るよしもなかったのである。


【会長の百式観音は強化系だと思っている人は挙手してくださいな♪】





[16075] 02 試合
Name: ハシャ◆8fa83795 ID:7ecfff6e
Date: 2011/03/28 18:14
「念の法則というのは、正しいのか正しくないのかを見極めるのはひどく難しい。
 何故なら、自分を納得させられる理屈ならば実際にはどんなに的外れだろうと念の威力は増減に関わってくるからな」

 そう解説されているのは、アビーとは違う、学校にいたらきっと成績上位者だろうなっていう顔の娘だった。
 彼女の名はエレナ。本人は認めようとしていないけどアビーの異母妹だった。
 まぁ、そのあたりは複雑な家庭の事情として。

 エレナは放出系という共通項を持っているカジキとよく議論を闘わせているのである。
 今日のところはカジキのターンだが、エレナのほうから自論を述べることだって珍しくはない。

「それが厄介なところなのよね。
 下手に矛盾点を残しているとその矛盾に気づいてしまったときを境に個別能力が使えなくなるかもしれないんだから」

「ああ、己の中の整合性を失ったとき思いこみでつくられた念能力は崩壊する。
 とくに完膚なきまでに敗北したときなど精神的に不安定になっているときなどにこの現象は発生する――調査していったら、失恋をきっかけに能力を使えなくなった人とかはいたけどな」

「けど、逆にいうなら、思いこむことさえできればたいていの不条理は押し通せる。いえ、条理になるわ」

 エレナは紙コップの紅茶を一口飲んだ。
 安っぽい容器だというのに高貴オーラの漂う優雅な仕草である。
 貴族の出らしい師匠の影響なのだろう。彼女の性格的に、目の前にこの上ない手本がいるのなら放っておきはしないのだから。

「で。今回はいったいどんな応用技を見つけたっていうのよ?」

 挑発的に見つめながらエレナは問いかける。

「その前に確認しておこうか。今回のルールは『念能力の新しい使い道を先に見つけたほうが勝ち』で、敗者は、次の飲み会に秘蔵の品を持ってきなければならない。僕はウーヴィンの1987年で……」

「私はガルバーの人工海底ワイン1875年もの。人魚の出るという海域に鎮められ、本来は15年後に引き上げられるはずだったのに、回収に出向いた船がことごとく難破したという曰くつきの品。とあるハンターによって引き上げられたときには3000本のうち21本しか残されていなかったという幻の美酒よ。あなたにとられちゃうのかしら?」

 からかうような響き。

「いやさ、唯一、蜘蛛に盗られていない最後の一本なんていう爆弾は処理するに限るでしょ。踏ん切りをつけさせてあげるってだけさ」

 しばらくあいつには関わりたくないしね、とカジキは呟いた。
 エレナはカジキがつい漏らした意外な接点に目をパチクリとさせたがどうせ白状しないだろうと追及しなかった。
 このあたりは裏社会を――マフィア側ではなくハンター側として――生きてきたからこそ、さらりと自然にできる気遣いだった。

「さて、本題に入ろうか」

 カジキはそういう優しさを見せた金髪美人に笑みを浮かべつつそう仕切りなおした。
 言えないことを察してくれる相手だからこそ、彼はエレナが好きだった。
 有意義な議論をすることこそ最大のお礼になると言葉を続けていく。

「例えば、放出系の能力によって『自分以外は通さない壁』を創った場合は、念能力者本人はまるでその壁をないかのように透り抜けることができる。だが、具現化系の能力によって創った場合はその壁が扉のように開くという過程を踏まなければ通ることはできない。さて、この二つの性質の違いはどこにあるのでしょうか?」

「具現化系は、"顕現"したその瞬間からある程度は物理法則に縛られるってことでしょう? 変化系はまだ"概念"と半々だから例外はあるけど」

 エレナはすぐに回答してみせた。
 ここまではこれまでに散々意見交換してきた部分のおさらいだった。
 
「そう、そしてその具現化系の要素――"顕現"は念弾にも無意識のうちに含まれている。物理ダメージを増やすために」

「どちらかというと変化系の分類でしょうけど」

「まぁ個人差の範疇だよ。どちらにしよ"顕現"が混ざっていることには違いがない」

 けど、とカジキはいかにも企んでいますっていう顔をして言葉を紡ぐ。

「まったく"顕現"を含んでいない念弾があったとしたら、どうなると思う?」

「ほとんどじゃなくってまったく? だったら壁抜けぐらいはできそうだけど攻撃力は0になるんじゃないの。命中の瞬間だけ"顕現"させるとかできるのなら別だけど。ああ、操作系の能力との相性はいいかもしれないわね」

「今までの理屈からだとそうなるよね」

 カジキは自信ありげにそう答えると立ちあがった。
 自分の分の紙コップをゴミ箱に放り投げるとそのまま入っていくのを見もせずに出口へと向かう。

「その先は――僕の試合を見ていてよ、エレナ」

 死者の出ることすらある試合直前、選手控室の一コマであった。










 幽玄島、ほぼ中央にあるコロシアムは毎日のように念能力同士の試合を開催している。
 ジャポンのリュウキューと同程度の広さのある島に住んでいる、約3割の住民は武芸者なのだ。一人が一カ月に一度参加したとするとこのくらいの間隔にはなる。
 試合の性質は日によって異なっていて、同門同士のちょっとした大会だったり、他流派試合だったり、見世物としての性質を帯びたショーだったりもする。観客を制限しているときもあれば、念を知っているお金持ちのスポンサーを招いて賞品をつけていることもある。コロシアム内部の試合場を使うのが大半だがときには島のどこかということもあって、ほんとうにすべてが日替わりと言えた。

 そして、主にカジキの参加しているのは観戦するにはチケットを買わなければならないタイプのものだった。

 チケット制は、幽玄島のなかでもとびきり色ものに属しているものだった。
 いわゆるレスラーみたいなパフォーマンス主体の試合や、派手になるように事前に打ち合わせされている八百長試合が横行していたからだ。

 だが、カジキの参加する試合は違った。

 カジキは八百長をしているわけでもパフォーマンスばかりをしているわけでもない。
 ただ十数種類の念能力を駆使しながら闘っていくだけだ。

 全員が"メモリ"などという原作にあったような法則を知っていたわけではない。
 けれど念をかじったものにならあきらかにおかしいと思うほど一人には多すぎる能力の種類だったのだ。
 その秘密を知りたいと思ってしまうのは当然の心理だった。

 双子説三つ子説クローン説が流布し。
 さらには「波瀬カジキの秘密」というタイトルのでたらめ本が高値で取引される。
 そういうとんでもない衝撃が業界を襲ったのである。

 故に本来は、金持ちたちが買っていくチケットは優先権を持つ武芸者たちに独占され、そのためオークション形式のVIP席に高値がついていった。一試合ごとにカジキの懐へ10億ジェニーが流れ込むと言われているほど白熱しているのだった。天空闘技場の190階クラスのギャラは2億で、その報酬には有料チャンネルに放送された分の収入が入っていることを考えると、どれほどの凄さなのかがよくわかる。




 そこはバスケットコートを二面並べたくらいの広さの場所だった。
 その土のグラウンドを囲むように観客席は配置されているのだったが……がらがらだった。

「すみませんね、こっちの要望に応えてもらって。どうも観客に見られながら試合するのは苦手でして」

「構わないぜー、観られていることには違いないんだからギャラは変わんねーしな」

 二人が対峙しているのは現実空間ではなかった。
 とある能力者による、神字の刻まれている範囲内を複製した亜空間なのである。
 観客席は誰もいないようで、実は七つに多重複製された空間が埋まるほどの賑わいを見せている。
 もっとも歓声の一つも届かないようになっているのだが。

 別に観客席の一つと繋げることは可能なのだがカジキの要望によってこういう形になっている。
 小細工を主体に戦うカジキにとって、野次にまぎれて手品のタネが明かされてしまうとピンチになるための条件だった。

「観客いないとやる気出ませんってタチでもねーしな」

「それは良かった」

 カジキの対戦相手は、ベリーショートの髪を紫色に染めている身長180センチの男だった。
 チャイナ服っぽい民族衣装を着ているのだが、クロコダイル皮に無理やり金糸銀糸をとりつけたような派手な格好をしている。
 きっと彼の故郷ではこういうチンピラが溢れているのだろうという外観だった。

「じゃ、さっそく始めようか。僕にはたいそうな前口上を考えられるセンスはないからね」

「おいおいそう言うなよ。噂の『奇術師』と戦えるって楽しみにしてきたんだぜ? せっかくなんだから手品のタネの一つや二つ教えてくれよ」

「それは勝ってからにしてください。負けたら、希望者にはネタばらしするようにしていますから」

 カジキのその台詞をきっかけに男は動いた。
 それが試合の始まりとなる。

「だったらさっさとぶちのめされろやっ!」

 男の突き出した腕に従うように、虚空から半透明の液体が現れては鞭となって襲いかかる。
 いや、鞭というには太すぎる……丸太ぐらいのものがしなやかに振るわれていた。けれどそのスピードは鞭そのものといって過言ではない。
 先端部分は音速を超えている大質量にソニックブームはばしばし発生し、地面に大きな溝が刻まれていた。

 それらを、カジキはまずは様子見とバックステップして観察していた。

「変化系の能力か。液体状に変化させたオーラを武器に戦うスタイルと……この量と早さは洒落にならないな」

 牽制程度のオーラを込めた念弾を、直線的に、曲線的に、そして自由自在に軌道を変化させながら撃ちだしてみるもののすべてが撃ち落とされる。
 けっして念弾の速度は遅かったわけではなくこちらも音速程度には達していたのだ。
 なのに容易く防がれた。

「半径10メートル前後が円になっていてその内部なら自由にコントロールできるわけか。近距離・中距離なら無敵だな」

 パワー・スピード・コントロール――基本性能のすべてが上位にあるにもかかわらず、おそらくは液体という特性を生かしたいやらしい攻撃手段も残していることだろう。そういう顔をしているとカジキは目に"凝"をしながら判断を下していた。たぶん、一度捕まえられるとそのまま溺れさせられると確信する。

 そのチートさから観客を集めるカジキに相応しい力量を備えた対戦相手だった。
 が。

 簡単に能力を分析させてくれた相手にもうカジキの興味はなかった。
 水の触手の先端が切り離され、砲弾となって迫ってくるが、その程度のことは予想済みなのでオーラを足元から噴出して回避する。
 脚力の強化をした足で地面を蹴った直後にさらに放出系の能力でオーラを噴き出すことで、瞬間的になら、強化系の移動速度を上回れるというのは放出系能力者の強みだった。

 かわされたとはいえ、有利に試合を進められたので男は笑った。

「へっへ、噂のわりにはこんなものかよ。さっさと自慢と手品とやらを出したらどうだ?」

「じゃあお言葉に甘えましてご披露させていただきますか」

「……へぇ」

 試合場に緊張がはしった。

 気負いなく宣言されたカジキによるショーの開始。
 過去、どれほどの武芸者たちがその手品に翻弄されて地に伏してきたことなのか。

 時空を超え、観客たちも固唾をのんで見守っていた。
 その中のエレナは「さっさと見せなさいよ、バカ」と言い、アビーは「カジキ兄さんのショータイムですぅ」とはしゃいでいた。

 男は水による攻撃を止め、自分の周囲を何層にも巻きつけ防御を固めていた。
 こうなるともう念弾程度では傷つけられる可能性はなくなる。

 そして。

「――ぐわっ、ガ!」

 男が苦痛にうめいた。
 その顎には念が炸裂したことを示すオーラの残滓が残っていた。 

「なぁ、どっからきやがった?」

「まぁ最初だから手加減させてもらったけど徐々に強くしていくよ」

 カジキは余裕たっぷりに言うと手を軽く振った。

 男の体が二度三度と続けざまに揺れる。
 男は必至に水の触手を振り回してなんとか防ごうとしているのだがその触手に当たるものはなにもなかった。

 水によるガードを諦めたのか、操作のほうは放棄して、"堅"で耐え目に"凝"をしてからくりを見抜こうと男はあがく。
 さらに五回の攻撃を喰らったあとようやく男はその念弾に気付いた。

「し、下だと?」

「あれ……気付かれちゃいましたか。そうですよ、単純に念弾を地中に潜らせていただけですよ」

 男は茫然となった。
 彼もまた歴戦のツワモノ。それが『だけ』と言いあらわされるものではないとわかる。

 上下左右前後を見回していた彼は運よく念弾が飛び出てくる瞬間を目撃したのだが、その念弾は地面を掘り返しながらきたわけではない。砂一粒動かすことすらなく猛スピードで撃ちだされてきた。しかもかなりのオーラを集めた"凝"をしていたのにまったく兆候を見つけられなかったのだ。なにか騙されている気さえする悪辣さに"奇術師"の渾名が脳裏に蘇る。

「てめぇ、まさか"隠"までしやがっているというのかよ!?」

「それこそまさか。新技にまで"隠"をするにはまだまだ修行が足りませんよ、僕は」

「だったらなんだってんだよ!?」

「念弾から無駄なオーラを漏らさないように練習しただけですよ。いわば、念弾一つ一つの"絶"ってことになりますね」

 本来秘めるべき秘密をあっさりとカジキは述べてしまう。
 まぁ日常的にこういうことをしているからカジキの試合は大金を払ってでも見る価値はあると思われているのだが。

 カジキは掌の上に、ガラスの玉みたいな透明感のある念弾を創りだした。
 その念弾には普通はある、湯気や陽炎みたいなオーラの揺らぎはまったくなかった。
 これではどんなに精度の高い"凝"をしようとカーテンの裏に隠れただけで見えなくなってしまうことだろう。

 そしてそれをゆっくりと足元に落としていく。

 すっと地面の中に溶け込んでいく念弾は見えなくなっていった。
 なかば減り込んだ状態など、念能力者にとってはとてつもなく衝撃的な光景だったことだろう。

 これがたんなる念弾の間はまだたいした驚異ではない。
 けど、操作系などの能力と組み合わされた場合にどれほどの猛威をふるうことになるのか。
 そういうことを考えるととんでもない技法である。

 一方。

「あとは……地中から迫ってくる念弾をどのくらい察知できるかだな」

 カジキは男に聞こえない小声でぽつりとつぶやいていた。
 彼は、師匠のキサキには簡単に見破られてしまっていたからこの技にはさほどの価値を感じていなかったのだ。
 たんなる理論を検証するためだけにやってみた技にすぎないのだ。

 そんな考えを知ったとしたら男は激怒したことだろう。

 ちなみに、彼の師匠のキサキはその五感を"凝"によって強化してオーラの認識できるようにする技法の最上級系たる個別能力を所持していて、この地中を潜ってくる念弾をやってみせたときは、自然にある土のオーラと念弾がこすれあったことによるオーラ臭と振動を感知して、軽々と回避されてしまった。

 だから今回は実戦を通じてのエレナへのお披露目と普通の念能力者なら感知することはできるのかという調査だった。
 じゃなければ、最初に威力マックスにしといた一撃で試合を終えている。

「地面に潜ったものを撃墜することはできないか。これは使えるかな?」

 だが、もうそこからはとても試合と言えるものではなかった。
 一方的にカジキが念弾を地面経由で放っていく。

 男は必死に水の触手を地面にたたきつけるもののグラウンドにヒビが入っていくだけで、タイミングをみはからって飛び上がってくる念弾にほとんど対応できていない。どうやら地中の様子を捉えられないようだった。念弾は別に常に真下から飛び出るわげてはない。背後から横から死角を責めていき、こけにするかのように目の前から上がってきて顔面を撃つことすらあった。

 念弾を使うとき、よくあるのは敵の念能力に撃ち落とされることだった。
 けど、大地という最高の盾越しに仕掛けてくる念弾を対応するスベを男は持っていなかった。

 堅によってガードはされているけど、ちょっとずつダメージは蓄積されていく。
 いつくるかわからない念弾のためずっと"堅"をしていなければならないというのは、長期戦になればなるほど不利ということだった。
 "堅"というのは維持しているだけでもオーラを消費していくという燃費の悪さがあるのだから。

 観客はもはや飽き始めていた。
 ずっと似たような展開が続いているのだからしかたがない。
 観客たちの興味は今度の手品はどういうトリックなのかという点に移っていて、観客席には議論が巻き起こっていた。
 やんややんやと活発に意見が交わされる。

 試合を見守っているほうが少数派になる有様だった。

 では、なぜ男はギブアップをしていなかったのか。
 それが今明かされようとしていた。

 男は鼻と後頭部の両方から念弾を直撃させられてとボロボロだったが、鼻血をぬぐいながらも、威勢よくほえたてた。

「……いってぇな。ったく、だが条件は整ったぜ。まさかこの俺が何の目的もなくボコられっぱなしになっていたと思っていやがったのか?」

 どうやらなんらかの制約を満たすために頑張っていたらしい。
 ダメージ量なのか、時間なのか、水でガードした相手のオーラの総量なのかはわからないが、ようやく達成できたっぽかった。

「ルール上は認められている降参をしなかったのはなにかと思っていたけどね。せっかくだから見せてもらうかな」

「その余裕後悔するぜ。死んだって文句言うなよ。この形態になった俺様は手加減なんぞできないんだからな」

 そう言った男の周囲にドッと大量の水が現れていく。
 まるでどこかの滝から切り取ってきたみたいな有様だった。

 三秒あれば風呂一つを満たせそうなほどの勢いをカジキは試合場ぎりぎりまで下がって見守っていた。

 触手がふるえる。
 触手が増える。
 触手が太くなっていく。

 それはなにかとてつもなく大きな生き物のようであった。
 その頭部らしきものに男は立ち、忌々しい地面を見下げながら高度をあげていっていた。

 造形が甘く、かなりおおまかにしか形作られていないがそれは巨大な蛇……海蛇のように見受けられた。
 やがて塔がぐにゃぐにゃにうねっているかのごとき巨体が完成する。

「レヴィアタンモード――こうなった俺を止められるやつはそうはいないぜ。今までみたいに器用な使い方はできなくなるがこの質量の前には関係ねぇ!」

 そう自信満々にうそぶく男。だったが。

「バカだなぁ、君は。鳥を落とせぬ猟師がいるとでも?」

 放出系に空戦を挑むなどは無謀の極み。
 男は、眼下に輝く百を超える念弾に師匠の言葉を思い出すのだったが……手遅れだった。

 ギブアップするまで延々と浮かされる無限コンポが待っていた。

 頭部の上という一番無防備なところにいるために念弾を防ぐことができなく、全弾が直撃、そのまま気絶して終わりだった。
 一度でも攻勢に回ることができれば勝機はあったのだろうが。
 いくらなんでも、そんな即死しかねない攻撃を悠長に待っていられるほどカジキは慢心していなかった。
 これが放出系以外の能力者ならば、あの高さではたいていの攻撃は届かなかっただろうが――まぁ勝負事にそういうもしもは言いっこなしである。

 カジキと男の試合は、かくしてカジキの勝利に終わったのだった。








「あなた、そのうち死ぬわよ」

「手痛いなー。まぁ、今日はちょっと油断しすぎたったかもしれないね」

「かも、じゃなくって、間違いなく油断のしすぎよ。最後のアレは隙だらけの大技だったから良かったものの、下手に条件を達成されたら、そのまま逆転されてしまうことのほうが多いのよ。そのくらいのことはわかっていると思っていたのは私の勘違いなのかしら?」

「いやさぁ、念能力者の奥の手を見られる機会なんて滅多にないからつい……」

「ついじゃないわよ! まったくもう、私のパートナーがそんなことでは困るのよ。しっかりしなさい」

「あはは」

 エレナに説教されているのはカジキの家だった。
 今日は師匠のキサキは島の外に出かけているために、深夜、一つ屋根の下で二人っきりとなっているのだが色気のない会話が続いていた。

 その後10分ほど命を大切にしなさいというお説教が続き、カジキはその間正座させられていたが、ようやく話は変わる。

「それで……いったいどういうトリックを使ったのよ。壁抜け、地潜りできるってことは"顕現"させてないなら納得できるけど、そうなってくるとなんで物理ダメージを与えられたのか説明つかなくなるわよ」

 寝室のベッドに腰かけているエレナは己の疑問を述べた。
 カジキは痺れる足をどうにか動かしイスの上に這い上がっていった。

「エレナの疑問は、物理エネルギーになる媒体がないってことだよね。強化系だったら自分の肉体、操作系だったら愛用品、具現化系だった"顕現"させたオーラそのものが媒体になる。けど、媒体とセットになったオーラはよっぽど特殊な付与効果をつけないかぎり、壁抜けさせることはできない――そういうのが数少ないオーラを研究する学者たちの中では定説だった」

「ええ。だから私は試合前にまったく"顕現"していない念弾の攻撃力は0になると予想した。けど――結果は違っていた」

 エレナはまっすぐにカジキを見つめ。

「あなたの念弾はたしかに地中を進んでいったのに物理ダメージを与えていた。常識を覆した。私にはできなかったことをやっみせた。だから、私はあなたに教えを請いたいわ」

 真正面からそう告げた。

 一瞬、何を言われたのか態度の違いにカジキの理解は追いつかなかった。
 さっきまで説教をしていたエレナが「請う」と低姿勢に出ていた。これまでなかったことだ。

 神秘的な碧い瞳に見つめられたカジキは困ったように応じた。
 どこか焦ったような感じで。

「いや、さ。もとからそういうルールの賭けだっただろう。研究の成果の代価にワインを提供するってさ」

「そのワインだっていつも一緒に飲んでいるじゃない」

「君のときもそうだろう」

「私が勝てるのは4回に1回程度でしょ」

 カジキのミスはエレナのプライドの高さを読み間違えていたことだろう。
 だから――

「あの賭けは互いの力量が肩を並べていたから成り立っていたのよ。だからこそ、5年間、同期だった私たちはやってこれていた。けど、ここ1年は明らかに違っていたわ。私のほうが一方的に恩恵を受けている」

 ――彼女につらいことを言わせることになった。

「それって……私が体であなたのアイディアを貰っているみたいじゃない?」








「な、なにを――?」

 なにを言っているのという疑問は塗りつぶされる。

「一般的にはそう見られるっことよ。そして、私はそう言われても否定することはできないってこと」

「でも、僕とエレナは――」

「恋人同士よ。あなたのことは愛している。けど、それとこれとは別問題なのよ。武芸者にとって惚れたはれたを理由にした技術のやりとりは認められていないの」 

 言われてみてわからないほどカジキは愚かではない。
 念とは、秘匿されるべき存在なのだ。
 それは念能力者は一般人に教えてはならないというものだけではない。
 高位の実力者が格下のものにぽんぽん伝授するということもけっして褒められたものではないのだ。

 カジキがコロシアムでやってきたような試合を通じて一部明かすというところまでがぎりぎりのグレーゾーンで、それすらいい顔をしていない人間がいるのも事実なのだ。

 同門でも、師弟でもない。アビーに対するような初歩の手ほどきでもない。
 エレナに対する高難度の応用技の伝授はダブーなのだ。

「わかっているでしょ。もう私はあなたと対等のライバルと名乗れなくなっているのよ」

 エレナはけっして弱いわけじゃない。
 修練を怠ってきたわけでもない。
 だが、オーラの総量はカジキの8割ほどで、同じく放出系。エレナにできることはたいていカジキもできるという下位互換と上位互換みたいな関係にあるのも事実だった。

「けど、僕はまだこれからもエレナと付き合っていきたいよ」

「私もよ。でも、そうするには金銭なりなんなりで私のことを雇って、あなたが上、私は下、ってことを周囲に示さなければならないのよ。そうすれば師弟に類似する関係として文句は言われることなくなるわ」

 事前に考えていたのだろう。悩んでいたのだろう。エレナはすでに練ってあったことを述べた。

「それで――エレナはいいの? 僕の下につくという体裁になっても」

「プライベートの関係まで変わるわけじゃないわ。ただ、外にいるときはそれなりの態度をとらないとダメってくらいだもの」

 そうは言うものの同期の下につくというのは屈辱的だろう。
 それでも、そう言いだしてまで一緒にいてくれるというエレナの意図をくみ、カジキは決断を下した。

「……わかった。エレナのことを、念の研究の助手としてと試合関係のマネージャーとして雇うよ。あと資産管理もできるよね。給料はちょっと相場調べないとわからないけど周囲から文句の出ない金額。そして、念に関する指導を報酬のうちに織り込むよ」

「はい。これからよろしくお願いいたします、波瀬先生」

 エレナが立ちあがって礼をする。
 それをカジキがうなづき受け入れる。たったそれだけの儀式だったがそれでも二人の関係が変わったのは事実だった。

 で、何事もなかったようにカジキは語る。語る。語る。

「まったく"顕現"の要素を含まない念弾というものをやってみた人はいなかった。だから、僕はやってみた。その結果面白いことがわかったんだ」

「やっぱり実証してみることは大切なのですね」

「媒体がないのに物理ダメージを与えられる理由はね、相手の肉体そのものを媒体にしてしまっているからなんだよ。そのまんまだったら適している"概念"がないから媒体にできないけど、『殴る』っていう"概念"を込めた念弾をぶつける直前、念能力者は無意識のうちに"纏"や"堅"に『殴られたくない』っていう"概念"をつけてしまうからね。そのオーラの媒体になっている肉体に、『殴られたくない』オーラのダメージが働くから間接的には物理ダメージも与えたことができるんだ」

「そういうからくりが――でも、それなら"絶"をしたら無効にされるのではないですか? 波瀬先生」

「理論上はね。"纏"を1としたとき通常の"絶"は0.1~から0.01程度。0にすることを修行を重ねていけばできるんだろうけど、すぐ近くに猛スピードで念弾が迫っているときにそんなことをできる念能力者はそうはいないよ。無意識に"堅"をしちゃう。漫画とかによく出てくる【無の境地】や【明鏡止水】を悟らないとできないんじゃないかな――かなぁ」

 なんでかなぁ……そういう呟きがカジキからこぼれる。
 エレナは、つまみを作ってきますわ、とスーツを脱ぐとエプロン片手に部屋を出て行った。

 カジキの部屋でカジキは一人になった。

「――なんでかなぁ。僕はただ念を調べていくのが楽しいだけなのに。そのことを人に自慢しまくりたいだけなのに。なのになんで、エレナにまで迷惑をかけることになっちゃうのかなぁ……」



 だから、カジキはボロボロと泣いた。




 カジキの立場は変わっていく。
 もう、漫画の世界などとは言ってられないほど溶け込み、混ざり合う。

 その変化は人との繋がりにも出てくるのだとカジキは知った。






 名称 / 大地の拒絶(セイントリンチ )

 主系統 / 放出系

 効果 / あらゆる物質をすり抜ける念弾及び念地雷を作成する能力。
     能力者がオーラをコントロールできる範囲内ならば自由に動かすことができる。
     起点となるのは能力者の肉体(主に足裏)からで、遠く離れている場所に発生させることはできない。
     制約というか、能力を実現させるために一つ発動条件がある。
      対象になるのは、能力者の害意に反応するもののみ(機械的な兵器などは破壊できない)。
     【無の境地】に達している人間の体はすり抜けていくことになる(害意に反応しないため無機物と同様の扱いになる)。

 制約 / この能力に一切の付与効果をつけることはできなくする。『使用方法の限定』

 メモ / 水の触手を操る念能力者との試合の一カ月後、さらなる修練によって、カジキの個別能力に加わることになった。

 ○○ / 具現化系の習得率及び威力・精度に+1%のボーナス






【パームはなんとなく……ほんとうになんとなく死ぬもんだと思っている人は挙手してくださいな♪】





[16075] 03 助言 1
Name: ハシャ◆8fa83795 ID:7ecfff6e
Date: 2011/03/28 18:15
「えーっと、一通りのものは買いそろえたよね?」

「はい、そうですね。事前にリストアップしていたものはすべて購入済みか予約を済ませてあります」

「やっぱその喋りにはなれないなぁ……」
 
「只今は業務中ですので。早めにお馴れになることをお勧めいたします」

 二人はショッピングセンターに出ているところだった。
 島の消耗品を一挙に提供しているところで、ここだけはごくごく普通の商品が取りそろえられている場所なのだ。

 逆にいうと、ここ以外の場所にある店はすべて念と関係あるような曰くつきの品を置いてあるため油断はならなかったりする。
 観戦に立ち寄ったとある富豪の息子が本屋にあった漫画を立ち読みしようとしたら発狂したなんてことがしょっちゅうあったりと物騒だ。
 そして、そんな事件があったとしても対策はぜんぜんされないというのだから恐ろしい話である。

 それはさておき。
 エレナがカジキの下で働くことになったため、必要となった細々としたものを買いに出かけていただけなのでデートではなかった。

「というか、僕たちの業界じゃですます口調の付き人のほうが少数派なんじゃないですか?」

「そうかもしれませんね。ですが、けじめですので」

「はぁ」

 彼女か遠くにいってしまったような感覚にカジキは肩を落としていた。
 が、そんなカジキを見てエレナは大切にされているなーと笑みを深くしていることには気付いていなかった。

 そんな帰り道。
 川沿いの歩道を歩いていると向こう側からランニングしてくる少年がいた。
 日本ではあまり見かけない、光輝くような生地の青い上下に緑のベストを着ている13歳くらいの子供だった。
 カジキは民族衣装に対する造詣には深くなかったが、どうも地球にいた頃、テレビでモンゴルのこんな衣装を見たような覚えがあった。

「うわぁ、凄っ」

 ついエレナがこぼしてしまうほど少年の"堅"は凄かった。
 流石に二十歳を超えているカジキたちには及ばないものの同世代からは頭一つどころか一馬身は飛びぬけているんじゃないかという力強いオーラだった。
 カジキはここ数年に念を習得したばかりだが、エレナは幼少の頃から訓練しただけにその凄さというものを実感できたのだろう。

 この幽玄島では修練のため日常的に"纏"をしている人は珍しくない――というか、そういう修行をするために武芸者たちは幽玄島に集ってきている。以前は各自山籠りなどをしていたのだが、そのオーラの影響を受けた野獣たちが念を覚え、修行者たちが立ち去った後近隣住民を襲ったなんていう事件が多発していたためにこういう人工の秘境は作られることになったのだった。

 そのため、二十四時間"纏"をしている人間を見かけることは珍しくはないのだが、年齢をさしておいても、これほどの"堅"をしながらランニングしていられる人というのはそうはいない。
 十分に実戦レベルへ達している末恐ろしい少年だった。

 ――その少年が、カジキの顔を確認するなりビシっと両腕を広げる心源流の礼をしてきた。

「押忍! ご無沙汰しております。カジキさんにはあの時大変お世話になりました!! 後ほど、師匠と共にお宅に訪問させていただこうと思っていましたが、お顔を拝見いたしましたので、挨拶に寄らせていただきました! では、失礼させていただきます! 押忍ッ!!」
 
 少年は言い終えるとまた礼をしてすったったとランニングに戻っていってしまった。
 礼儀正しくも慌ただしい嵐のような子供だった。

「波瀬先生のご知り合いでしょうか?」

「いや、さ……見覚えはないんだけど…………『あの時』ってどの時だろう?」

「いえ、私に聞かれてもわかりませんが」

 二人は首をかしげていたが、荷物を構えなおすと再び帰路につくのだった。










「おそらくそいつはガジリンのところの弟子だな。ルッケルといったか。先ほど連絡があってな、今晩くるそうだ」

 夕食前、キサキに心当たりはないのか聞いてみると即答された。
 食卓の向かい側に座っているカジキはあまりにあっけなく出てきた答えに軽く驚いた。

 ちなみにエレナはときおり向けられるキサキの視線にびくつきながらも台所に立って作業をしていた。小刻みにとんとんとんと心地よく響いている。カジキは心の中だけで頑張ってくれとエールを送っていた。二人は姑と嫁みたいなそんな相性の悪さがあるので、あまり表立っては干渉したくないのだった。

「ガジリンさんって師匠の呑み仲間の? そういえば近頃は長期の護衛を受けたとかでご無沙汰でしたよね。でも、そのお弟子さんとお会いしたことあったっかな?」

「たしか一度だけあいつが飲みつぶれたとき引き取りに来たぞ。しかし、覚えていないのか?」

 キサキは何故カジキが挨拶されたのか心当たりがあるようだった。
 うんうんうなっている弟子の姿に思いだせないと判断したのかタネ明かしをする。

「弟子の発に悩んでいるとグチったんで、つまみを運んできたお前に私が相談にのさせたんだろうが。ああいうアイディア系はお前の得意分野だからな」

「…………ああ、そういえば個別能力についてアドバイスした記憶がうっすらと」

 カジキは思いだそうとしてなぜか顔を青ざめさせた。

「その念能力を他言したら殺していいっていう許可を師匠は出していましたよね、勝手に」

「そのくらいは当然のことだろう? ――まさか、コロシアムあたりで喋っていないだろうな?」

 だったら斬るぞ、と、マジすぎる声音の師匠にカジキは慌てて弁明する。

「それこそまさかですよ。第一、あの案は具現化系か操作系じゃないととくに意味はない能力じゃないですか」

「まっ、そうだな」

 キサキは納得したのか隣のイスに立てかけられている刀から手を離した。

「ということだ、つまみと軽い食事になるものをプラス二名分用意しておけ、エレナ」

「はい、承りました、キサキさん」

 夕食のできあがる直前という最悪のタイミングに告げられた追加注文にエレナはにっこりと笑って答えた。
 その手を震わせながら。

 来客はいつくるかわからないため、カジキとキサキの分だけを食卓に運ぶとエレナはさらなる調理にとりかかった。
 己の分は冷めてしまうのにだ。
 カジキは片手で謝罪の意思を伝えようとしたがキサキにじろっと睨まれ、断念していたり。

 という、ビーフシチューがとっても美味しそうに湯気を立てているのに味がしなそうな夕食前であった。










 アイジエン大陸の南にとある小さな国があった。

 ベルークチェン共和国。

 戦火に巻き込まれることなくほのぼのと農耕を続けている平和なところ。
 この地の信仰は自然を崇めるもので、日本の八百万の神によく似ている万物に神が宿るという宗教だった。
 
 そして、神社に御神刀を奉納するかのように、神々に武器と防具を捧げる儀式があった。

 ルッケルの父親はその防具――鎧を担当していた凄腕の鍛冶職人だったという。
 彼の作品は、外貨を獲得するという国の思惑のため何点かは国外に流れたが、オークションでは15億ジェニーになったほどの評価額をつけられた。それほどの神がかった腕前だったという。そして、操作系の媒体にするとずば抜けた相性を見せたらしく、念能力者の間では有名な人物だったらしい。

 強盗に殺されてしまったが。

 ルッケルはその一部始終を目撃してしまったという。
 犯人は優れた鎧を着用するとオーラが増えるという能力者だったらしく、奉納されるはずだった最高傑作を奪うと、試し切り? にとルッケルの父親を殺し、室内に置かれていた鎧をことごとく破壊していったらしいのだ。どんなに質のいい防具だろうと念能力者の前には紙くず同然――ルッケルは己の誇りだった父の作品が鉄くずになっていくのを見せつけられという。

 そして。
 その犯人を捕えたのはガジリンで、犯人の攻撃によってオーラを目覚めていたルッケルを弟子に引き取ることになった。

 ルッケルは念能力者の恐怖を知っているからこそ護身術として一心不乱に修行にのめり込んでいく。
 だが、彼にはある克服できないトラウマがあった。

 とにかく安全が確保されていないと安眠できなかったのだ。

 最初のうちは、師匠のガジリンがそばにいないと悪夢にうなされ跳ね起きる有様だったという。
 なのだったが、修行が進んでいき、"纏"をできるようになったらそのオーラに包まれている感覚には安心できたのか、"纏"をできている間は安眠できるようになったというから驚きである。さらにはもっと力強いほうが安心できると"絶"を飛ばして"堅"を覚えてしまったという、理由はどうあれ、天才ぶりを見せつけることになる。

 そのあとは改めて"絶"を習得するなど順調に成長していったのだが――己の系統を知ったときに問題が現れる。

 具現化系だったのだ。

 いや、それだったらなんの問題にもならない。
 多少バランスは欠けているが、特殊能力を持った武具を作成できる具現化系は強力無比なものが多いのだから。
 ルッケルも己の系統に不満を覚えることなく、防御力に長けているものに具現化しようとしたそうだ。そのほうが安心できるという理由で。

「きっとそれまでのあいつだったら鎧を具現化にまっしぐらだったんだろうがな……その事件によって、ありえなくなってしまったんだ」

 ガジリンさんはそう語っていた。
 で、まずそうに酒を飲むなと師匠に殴られていた。

 当然、ルッケルが最初に思い浮かべたのは父親の作ってきた鎧だった。
 家の倉庫に残されていた鎧を持ってきてイメージ修行をしようとしたときに問題は発覚する。

 砂の城を崩すかのように父の作品が壊されていく光景がルッケルの瞼の裏にフラッシュバックしたのだった。
 相談を受けたガジリンは鎧を題材にするのは止めるように命じた。
 このままの状態で個別能力を完成させることは良くないと判断したのだった。

 武芸者をやっていれば、実戦時、とくに格上の実力者と戦うことになったとき過去の恐怖が蘇ることはよくあることである。
 その恐怖をぬぐい去れるのは日ごろの鍛錬のみだ。
 なのに、その鍛錬の象徴たる念能力がトラウマの核だったとすると笑えない情況になってしまう。
 そのまま心がへし折られてしまうことが危惧された。

 これにはカジキやキサキも同意見だった。
 念能力というのは極めてデリケートな一面を持っているのだ。
 いつかはトラウマを乗り越えるべきなのだろうが、今はまだその段階ではない。そう判断をくだした。

 しかしそうなると具現化するものがなくなってしまったのだ。
 防御力を重視するのなら防具というのが一番いい。
 とはいえ、単純にじゃあ盾でというわけにはいかなかったのだ。

 幼少の頃から無邪気に父の鎧は世界一と思ってきたルッケルである。
 父の作品が砕かれるならそこらの盾なんてと考えてしまうのはどうしようもなかった。

 かといって防御とは関係ない品を具現化することもできなかった。
 当然ながら具現化するには多量のオーラが必要になってくる。ということは、"堅"に回せるオーラが減るということである。
 これはルッケルが安眠できなくなるくらい精神的不安定になることを意味するのだった。


 ――どう指導すればいいのか困りに困ったガジリンさんは酒飲み仲間の師匠に相談しにいき、つまみを運びに行ったカジキへバトンタッチされた。それが三年前にあった出来事である。










 完全にどういう流れだったのか思いだしたカジキは独りごちた。

「ああいうはきはき挨拶できるような子じゃなかったような気がするけどなー」

「両親を殺されて、PTSDを抱えている状態だったからな。そんなときに武術を叩き込まれるなど洗脳されるに等しいぞ」

「洗脳って……いいのかな?」

「洗脳にもいいのとダメなのがある。本人にとっても周りにとってもいい結果になるなら止める理由はない」

 キサキは日本でこんなこと言ったら大問題になるであろう台詞を断言した。
 このあたりは国の違いによる認識の差というやつなのだろうか。

 まあ、カジキもガジリンがほんとうに弟子思いのいい人だということがわかっているのでそれ以上は問題視しようとしなかった。

 そう会話しているときにそそっとエレナがやってきて告げた。

「つまみのご用意が完了いたしました」

「ん、そうか、御苦労」

 見向きもせずに告げられる形だけの労りにエレナの拳が力いっぱい握りしめられる。

 まぁそんなこんなもあったところで。

「おーい、キサキぃー。来たぞ、俺だ、開けてくれー!」

「師匠、まずはインターフォンを鳴らしましょう」

 来客は訪れたようだった。






【2を読むまでに、あなただったらルッケルにどういう念能力を勧めるのか考えてみてくださいな♪】



[16075] 具現化系の謎
Name: ハシャ◆8fa83795 ID:7ecfff6e
Date: 2011/03/28 18:29
 具現化系というのは、もっとも説明をつけにくい系統だと念学者たちの間では言われている。

 系統というのは、六性図での、己の適正の向かい側にある系統を使おうすると著しく効率は落ちるというのが定説だ。

 放出系は具現化系の能力を使えず。
 変化系は操作系の能力を使えず、その逆も然りだ。

 まぁ、特質系は別にレポートを作らなければならないほどの例外のため、ここではとくに触れることはないが……
 特質系の反対に位置する強化系は、特質系の両隣の具現化系と操作系を苦手としているのは間違いない。


 ――では、具現化系の能力者は放出系を不得手にしているのだろうか?


 これまでの理屈だと苦手としているのが自然の流れに思える。

 しかし、能力者達を調査していくと驚くべき結果が現れた。


 極度に二極化しているのだ!


 大半は、具現化しているものは能力者の周囲から離れると消えてしまうという調査結果が得られた。
 が、ごく少数ではあるものの、距離の制限をほぼないものとしている能力者はいたのだ。

 具体的にいうと、放出系の私が念弾をコントロールできる範囲の倍以上の距離を軽く超えて具現化させていられるのだ。
 こうなるともう「苦手な系統をよくこんなに鍛錬したね。頑張ったんだ」では片づけることはできない記録である。
 
 最初は、放出系というのは偽りじゃないかと疑った。
 放出系なのに具現化系を使える、具現化系なのに放出系を使えると考えるよりは、例えば、強化系寄りの変化系だから具現化系と放出系をバランスよく行使することができる……そう考えた方が合理的だったからだ。しかし、水見式をしてもらったら水の色が変わったし、その個別能力は見事なものだった。後日、適正を調べることのできる念能力者に調査してもらったが具現化系という結果に終わった。

 なにか秘密があることは間違いなかった。
 しかし、そのキーとなる部分はどうも本人にすら理解できていないようである。




 具現化系にはさらなる秘密が眠っている。

 具現化させた品には特殊能力をつけられることは有名な話ではあるが……その幅の広さは改めて検証してみると凄まじい。

 ――念弾を打ち出すことが可能となっているモデルガン。
 ――ぶったたくと同時に電撃を流し込む鉄槌。
 ――観たものをことごとく誘惑できる扇情的なランジェリー。
 ――かけると怪力になれる金縁眼鏡。

 系統という分類をすることすらバカバカしくなってくるレパートリーである。
 これらは具現化系から離れているからパワーダウンしているかというとそうでもなかったりするから話はややこしくなってくる。
 具現化した品というワンクッションを置くだけでどんな系統の特殊能力でも行使することができる。
 このことは長年の謎とされていた。




 ここまでは多くの念学者たちが辿りついてきた内容である。

 具現化させたものは距離に関係なく維持できる。
 具現化系の付与能力の効果は系統の枠を超えて発揮することができる。

 この二つの疑問に辿りつくのはそう難しくはない。だが、解き明かしたものはいないとされていた。










 ここで、私の唱えてきた"概念""流転""顕現"の3要素をもとに考えていってみることにする。

 "概念"とは、「殴る」「斬る」「燃やす」といった概念にオーラを注ぎ込み強弱をつける能力である。
 "流転"とは、すでにある概念の活用法をオーラと引き換えに理を超えて決定する能力である。
 "顕現"とは、オーラを材料に新しく概念を創造する能力である。

 この"概念"と"流転"と"顕現"の三要素を説明するには時計をイメージしてもらえるとわかりやすい。

 強化系に代表される"概念"は――概念の強弱は――時計の電池を増やすようなものなのだ。
 直列につなぐか並列につなぐかによって、針の進む速度が速まるのか、電池切れまでのタイムリミットが伸びるかはかわってくるように、どういう風に"概念"を強化するかはイメージしだいになっている。ゆえに強化系はなにをどう強化するのかを常に考えることによって、まったく異なる戦闘スタイルを使い分けられるのだが……この理論を理解してくれる強化系はなかなかいない。いや、本能任せじゃない理論派の強化系はまったくいないわけじゃないのだけど、巡り合わせが悪いのが、こういう話をできるほど仲良くなれていなかったりする。師匠は強化系だけど……そ、その、サンプルにならないというか…………問題外?

 それはさておき。

 操作系に代表される"流転"は、時刻合わせねじを回すようなものなのだ。
 あとは、時計を持ちあげて別の位置に置く、他人の時計を盗んできて自分のものにするなどが分類される。これらは時計という機能そのものにはなんら影響を与えていない。ただ使い方や持ち主を変えただけのことなのだ。そのために時計本来の性能以上のことは引き出すことはできない。できているとすれば、それは他の"概念"や"顕現"を使っていると考えられる。

 これもさておき。

 時計本体は、"顕現"もしくは強化系の肉体や操作系の愛用品などといった媒体を意味する。
 これは"顕現"をメインに扱うのは具現化系だということを踏まえると想像しやすいと思うがわかってもらえるだろうか。
 他の系統は市販されている時計を買ってきていて、具現化系は時計を自作している。そう認識してもらえるといいのだが……あと、どっちみち材料は買ってこないとダメじゃんというツッコミはなしだ。
 そのツッコミはすでにされている。
 ちくしょく、もっといい例えを思いついてエレナを見返したいな。

 で、さておきをふまえると。

 実は具現化系の"顕現"は唯一、"概念"と"流転"の代用を果たせることがわかってもらえると思う。

 電池そのものを作ってしまえば"概念"は関係なくなってくる。
 電波に反応して自動的に針を回してくれる時計なんかは珍しくないし、セットされた時間になったら自動的に動き回るギミック時計だってあるため、"流転"の役割を果たせることになる。
 もちろんすべてというわけじゃないだろうが、"顕現"というのはけっこうそれだけで賄えてしまえるものなのである。

 攻撃力10の剣にオーラを注ぎ込み攻撃力20相応にするのは強化系。
 最初から、攻撃力20の剣を作ってしまうのは具現化系。

 本来勝手には動かない剣を独りでに宙を舞うようにするのは操作系。
 能力者の思うままに動くのが当然な剣を作るのは具現化系。


 一方、時計本体がなければいくら電池があっても時間を計ることはできないし。
 存在していない時計は、針を進めることも動かすことも盗むことはできないっていうのは当然の話である。
 まぁ、"顕現"の代用は物理的に存在している物体でできるのだが……

 この理論によって、具現化系の特殊能力にいろんなものがある理由は説明をつけられる。
 そういう概念のものを創造しているだけということなのだ。






 残るは、具現化系は長距離離れても具現を維持できる秘密ではあるが。
 これは単純に説明できる。

 放出系は「自分の体から離れているオーラを維持する技術」と言われているが、正確には「コアから離れているオーラを維持する技術」というべきものなのだ。
 具現化系は、具現するときは「自分の体」をコアにしていて、具現した後は「具現化された物体そのもの」をコアにしているのだ。
 そのために放出系の能力をほとんど使うことなく存在していられる。

 これらはごくまれにあるオーラの宿った品々にも同様のことを言うことができる。
 偶発的にできあがったのだろうけど、実際にコアがあることは、いくつかの品を調べていって確認済みの事柄だ。

 遠距離の維持をできない能力者は、具現化するものにコアを埋め込み、コアを切り替える、この二つの感覚を持てていないのだと考えられる。




 このテクニックは変化系に応用できるように思えるのだが、高度な"顕現"を必要とするためになかなかいなかったりする。
 検証するためには、そういう能力持っている変化系を見つけるか、達人クラスの能力者に協力してもらうか。

 これから個別能力を作ろうという新人に口を挟むしかないと思われる。

 いい巡り合いを期待したいものだ。






 この先、上記の理論を検証していく作業に入っていくのだがうまくいけばいいなと思っている。

 医療品を具現化できる能力者のみに伝えていければ多くの人が救われることだろう。

 凶悪なトラップに流用されることはないように気をつけていきたい。






【ルッケル君との試合にこんな説明挟んでいたらテンポ悪くなるので独立させてみました♪】





[16075] 04 助言 2
Name: ハシャ◆8fa83795 ID:7ecfff6e
Date: 2011/03/28 18:29
「いや、まさか闘うことにはなるとは思わなかったよ。こんなにすぐには」

 カジキは向き合っている少年にそう告げた。
 少年――ルッケルは、緊張を吐き出すようにゆっくりと呼吸を押しだすとあたりを見回した。
 がらーんと広がっているコロシアムに二人は立っていた。

 観客席ではキサキ・ガジリン・エレナの三名が見守っている。

 その情況を己の中に焼き付けるかのように一度瞼を閉じたルッケルは、ややして、目を開けると礼をした。

「カジキさんの試合のビデオは見せてもらいました。だから、俺の最終試験に付き合ってもらえるなんて……とても光栄に思います」

「お世辞はいいよ。というか、あのビデオはアナウンサーついてたりいろんなカメラの映像を編集していたりで、試合を美化しまくっているんだよ。売るために」

「だとしても。モニター越しに伝わってくるオーラは本物でした!」

 真正面から見つめてくるルッケルの瞳はきんきらと輝いていた。
 まるで憧れのスポーツ選手に出会った少年のようである。

 まぁ、コロシアムの人気者のカジキはまさにそのポジションに相応するのだが――
 カジキは気取られないようしていたが耳まで真っ赤に染まっていた。

 普段から観客席はがらがらになっているように見えるようにして戦ってきたため、こうダイレクトに言われると耐性がないのだ。
 試合直前、コロシアムに向かう途中に応援されるといつもカジキはこのように照れまくっていたりする。

「い……いや、僕なんかはけっこうせこい手を使っている卑怯者だよ?」

 だから自分を卑下するようなことを言い出す。このへんは日本人らしさの表れだった。

「師匠は言いました。戦いには虚虚実実の駆け引きが大事だと。そして、新人層の中で一番駆け引きがうまいのはあなただと」

「ガジリンさん、余計なことを……」

 観客席にいる男をちらっと見やってカジキは忌々しそうに呟いた。

 件の大男はわっはっはっと豪快に笑いながらこちらに手を振っていたが。
 おそらく、彼にぼやきが聞こえていたとしたって笑い飛ばされてそれで終わりになってしまうだろう。
 そういう男だった、ルッケルの師匠のガジリンは。
 顔のタイプは国が違うのか明確に違っているのにウボォーギンの兄弟と説明されたら、あー、と納得してしまう体格。

 あれが強化系じゃないのだから、と、カジキは改めてヒソカ流性格診断を信じないことを心に決めた。

 一度がっくりと肩を落としてから気持ちを切り替え、ルッケルと対峙する。

「じゃあ、君の個別能力はほんとうに実戦レベルに達しているのか、最終テストを始めるよ」

「――押忍!」

 ざざっと、地を蹴る音が重なった。














 何故こんなことになっているかというと話は昨夜の飲み会にさかのぼることになる。


 二人の来訪者の印象は実に対照的だった。

 昼間に出会った少年、ルッケルはちゃんと身なりを整えてきたらしくランニング時にはぼさぼさになっていた髪がクシを入れられていた。そうしているとすっと整った顔立ちをしているのが際立っている。カジキは、あと八年くらいしたら韓国スターとしておばさんたちにキャーキャー言われそうだな、という感想を抱いていた。
 背丈のほうは恵まれてはいないものの年齢的にチビと言われるほどじゃない。平均のちょっと下くらいだった。
 武芸の稽古に励んできただけあって体のほうは引き締まっている。
 黒い瞳は理性的に輝いていて、トラウマによって落ち込んでいた時期のことを感じさせない。
 きびきびした動きは小気味よくあると人に好印象を与える少年だった。

 キサキの飲み友達、ガジリンは2メートルの大台に10センチ上乗せされた巨躯だった。
 特注の黒いスーツを着ているもののシワクチャになっていて足の裾などは汚れているという酷いありさま。スーツの直接登山用の大型リュックを背負っているものだからもういっそ脱げと言いたくなる衣服だった。似合う衣装は別にあるだろうに……。ロシア系の顔立ちをしていて、くすんだ金髪のショートに済んだ青い瞳をしていてキャバクラとかにいったらモテモテになる、彫りの深い美形であった。が、全身を覆う丸太のようにぶっとい筋肉とむわーと漂う漢臭が美形というイメージを粉砕している。
 ボディビルダーとは根本的に異なる体つきをしていて筋肉はしなやかに躍動していた。
 おそらくはボクサーのように徹底的に質を追い求めるトレーニングをしていって、それでも、限度を超えた鍛錬によって量のほうに流れてしまった――そういう体だった。こういう大質量の筋肉は動きを逆に妨げるというが、極限までに柔軟性を追求されているだけあってゴムのように伸び、どんな姿勢だってとれそうである。
 体すべてを闘争の道具に磨き込んである野性的な大男だ。

 二人が並んでいる様子はなにか犯罪の匂いが感じられるくらいだった。

 美女と野獣ならぬ美少年と野獣である。
 ブルーチーズと同列に語られる女性陣に見られたらものすごい勢いでスケッチしそうだ。

 で、そんな二人は今――

「うンめー、うんめーなこれは! こんなにうまい煮付けは何年振りだっ!?」

「師匠、こっちのフライドポテトはまる味ですよ!」

「おおっ、そうかそうかならこの大皿の半分はもらっていくからな!」

「そうくるなら俺はこっちの皿を――」

 奪い合うようにエレナの手料理を貪っていた。というか、もろに奪い合っていたりする。
 箸によって格闘するほど下品ではないものの凄い勢いでかっこんでいく。

「おまえらはどこの欠食児童だ」

 テーブル一面に広がる料理の数々に胸やけした感じのキサキはそう呟いた。
 もう夕食はとっているため、スティック状に切り分けられた野菜を口に咥えるにとどめている。

「そういうなよ。これまで雇い主の好意とやらで毎日高級料理を食わされてきたんだ。こういう味が恋しいんだよ。って、ルッケルとりすぎだぞ!」

 ガジリンが答えている間にルッケルは追加のチャーハンをごそっと頂いていた。

 さらに数点、おかずになるものをごはんの上にのっけて確保する。

「空港のハンバーガーにも泣きました! それ以上に、こういう手料理は久しぶりですからとっても美味しいです!!」

 と満面の笑みで答えていた。
 日本に直すと高校三年生くらいになるのだろうがスレてないので笑顔が輝いている。

「――追加をお持ちしました」

 と、そこで大皿を持ったエレナが現れたので、カジキは空きつつある皿の料理をまとめていって置くスペースを作る。
 今は大半が食いつくされているものの、キサキの「軽い食事を二人前」という言葉を前提に用意していては絶対に準備されない量である。
 そう……誰かの言葉を端から疑ってでもいなければ。

 新たにエレナが持ってきたのはローストビーフっぽいもので、とりわけのためのナイフが一緒にある。

 カジキにはどこをどう見たってローストビーフにしか見えなかったが、微妙に異なるらしい。岩塩の種類や一緒に漬け込んである香草、ソースの種類などが違っているとか。第一、ビーフではなくなんかの魔獣らしいから比較するのは無意味だった。ガジリンさんが手土産に持ってきた生肉をエレナはぐしぐし鉄串を刺していって手早く調理してみせたものだった。

 さっそくガジリンさんが一切れをぱくっと摘む。

「うまいなー。この肉は毎日のように食ってきたんだけどよ、こんなにうまくなるなんてほんともったいないことしてきたなー。あんた、いいお嫁さんになるって、こりゃあ絶対だな!」

「いえいえ、女にとって料理を作れることくらいは当たり前のことですからそんなに自慢できることではないですよ」

「そんなことありませんよ。今の時代、美味しいものをつくれる女性は貴重ですから! 素敵ですって!!」

 肉をてきぱきと切り分けていくエレナは素直に称賛されて、かなりの上機嫌だった。
 隣のサラダのように包丁入れるだけの料理しかできない女は不機嫌だったが。
 ぶるぶると握り拳が震えている。

「そういや嬢ちゃんはキサキの新しい弟子なのか?」

「いえ、私は――」

 エレナは視線をすっと流れるようにからあげをぱくついている男に向け。
 それに話の流れから気付いたカジキは後を引き継ぐ。

「彼女は、フォーランさんのところのお弟子さんで、僕と結婚を前提にお付き合いさせている仲でして。この家にはよく料理を作りにきてもらっているんですよ」

「あのフォーのところの弟子か。しっかし、めでてー話だな。こんなぺっぴんかつ料理のおいしい奥さんを手に入れるなんてな」

「カジキさんは幸せものですよ。こんなにお綺麗なかたと付き合っているなんて――羨ましいですよ! 押忍!!」

 カジキの大胆告白に餌付けされた二人の祝福が続く。

「そんで、挙式はいつごろになるんだ?」

「絶対にいかせてもらいますよ!」

「来年のハンター試験に参加する予定なんで無事合格したら式場を捜そうかと……」

「そりゃ絶対に合格しなくちゃ男じゃないな!」

「カジキさんだったら絶対に大丈夫ですって!!」

 と、ここまで話が話を盛り上がってきたとき話に参加しなかった一人が限度を迎えた。

 ゴンっとテーブルが打ち鳴らされる。

 何事と視線が集まったところでキサキはふんっと鼻を鳴らした。

「それで――ガジリン。今日はいったいどういう用件なんだ。この島に戻ってきたその日にきたとなるとなにかあるのだろう?」

 それまでの流れをなかったものかのようにキサキは問いただす。
 やはり、一番最初に立ち直ったのは年配かつ名指しされたガジリンだった。

「おお、あー、それでよ。実は坊主をちょっと借りたかったんだわ」

「どういうことだ?」

「――実はな。護衛ついでにそこのルッケルに稽古をつけてきたんだがよ。ようやく能力がかたちになってきたんで、てきとうな能力者と戦わせようと思ったわけなんだが……そんなときにそこの坊主のビデオを見る機会があってな。いろんな能力を使っているなら実戦経験を何人分も積めるってことだろ? それに、能力の案を出した張本人なんだから秘匿を気にすることないしよっ」

 と、ガジリンがお礼に渡せるものの条件を話そうとしたところで。

「かまわんぞ」

 まさかの即答だった。
 もちろんのこと答えたのはキサキである。

「そか。だったらさっそくなんだが明日はどうだ?」

 ガジリンもそのことを当たり前のように受け止めてさくさく話を進めていく。
 弟子は師匠に絶対服従――そういう武の世界らしい展開である。
 だからこそ。

「そう言っているが、明日は空いているのか? カジキ」

 カジキに許されるのはスケジュールの調整くらいだった。

「明日は、はい、空いてますよ」

「だったら決定だな」

 最後まで決定権を与えられなかったことにカジキはがっくりと肩を落とした。
 弟子の悲哀さを噛みしめる。

「えっと……なんかすみませんです」

「いや、別にいいんだけどね。一人でも多くの能力者と戦うことは僕の研究に役立つし、面白いし」

 明日かぁ――そう呟いたときにはもうカジキの頭の中は、無数に思考錯誤される戦闘パターンに埋め尽くされていた。
 長期間悩むことのない男である。
















 翌日の試合開始直後。

 まずは肉弾戦と言葉を交わしたわけではないのに二人の思考はシンクロしていた。

 闘争の空気は、無言のまま試合を作法を示していたのだ。


 轟音。
 無造作かつ一直線に突っ込んでいったカジキの崩拳とルッケルの十字受けが大地を揺らした。


 ――あらゆる反撃に対処できるから突き進む。
 ――あらゆる攻撃に耐えられるから待ち構える。


 相反する戦闘理論同士の激突は、より多くのオーラを振り分けていたルッケルに分があったようだった。
 とはいえ、カジキは逆に手を傷めるほど愚かではなかった。
 うまく攻防力をコントロールして拳をガードしている。

 一手目は、互いにオーラを消費してのノーダメージに終わった。
 が、これは五分五分だったわけじゃない。


 カジキは強化系寄りの放出系。強化系の技能は85パーセントの威力・精度にて行使することができる。
 一方、ルッケルは具現化系。一番強化系に近い、変化系寄りだったとしても70パーセントが上限となっている。

 倍率に劣るルッケルはカジキ以上にオーラを用いなければならないのだ。


 さらにこの倍率の話には続きがある。

 肉体に"纏"のオーラを上乗せしたときの攻撃力というのは単純に『物理攻撃力+霊的攻撃力』と表せるものではいなのだ。
 そのときの感情や威力・精度の倍率などの計算をすべてしたあとのを『霊的攻撃力』としてもそうはならない。

  総合攻撃力=物理攻撃力+霊的攻撃力×(物理攻撃のランクごとに決められる倍率)
 
 簡潔に表現するとこういう式となる。

 オーラを扱えるだけの、格闘技はやったことのない素人がてきとうに振り回したときの拳と。
 何十年と修練を重ねてきた達人が功夫を詰め込んだ一撃にオーラを宿したもの。

 強化系の適正やオーラ量がまったく一緒だったとしたって、明らかに差が出てくる。
 たとえ、前者の素人が数倍のオーラを込めようと後者の達人には太刀打ちできないのだ。


 そして、カジキとルッケルに話を戻すと。

 カジキは加速をつけるために助走をつけたあと崩拳を放った。
 ルッケルはその場を動くことなく待ち構えていた。

 これでカジキが体術の素人ならともかく、師匠のキサキの指導によって、無駄な動作を削ぎ落と――否、『切り落と』されてきたカジキの体術はどこに出しても恥ずかしくないものに仕上がっている。「苦痛こそ最良のサプリメント」という、肉体作りのためにプロテインなどを注文しようとしたのを止め、訓練場に引きずって行ったときの言葉に、彼女の教育方針は表わされている。
 カジキの肉体と幾多と刻まれてきた切創はごくごく平和の国にいたハイスクール入学前の子供を、一人前の男に育て上げたのだ。
 五年かけて。

 一方、ルッケルはまだガジリンに拾われてから四年目と格闘技歴はやや短い。
 特別武術の天才児というわけじゃなかったため、ルッケルは修行は積んでいるものの体格差の不利を覆せるほどの神業は習得できていなかった。
 むしろ物理的な打ち合いには負けているので多くのオーラを余計に注ぎ込まなければならない。

 よって。
 長々と説明することになったけど。

 この最初の激突のみで、ルッケルはカジキの約2倍から3倍のオーラを消費したことになるのだ!

 カジキの研究データと経験則からはじき出されたこの数値には間違いはない。
 よっぽどのイレギュラーがない限りは。






 二度三度と肉同士がぶつかりあう。

 殴って、蹴ってと猛攻を続けていくカジキが一方的に攻め立てる展開になっていた。

 ルッケルはどうにか多めのオーラを割り振ることで耐えているものの、折をみて繰り出されているカウンターはさらにカウンターを合わされたりと翻弄されている。
 根本的にリーチ差が両者の有利性を決めていた。
 それに、カジキはどうも"円"を使っているわけじゃないのに完全にルッケルの行動を把握しているみたいだ。

 これではあっというまに勝負が決まってしまいそうだ。
 守勢に回っているため余計にオーラを消費することになっている分、ルッケルが力尽きるのは目前のようだった。
 戦闘時というのは通常の六倍のオーラを使うことになると言われているのだ。

 まだ念能力者としては成長途中のルッケルに長時間"堅"を維持できるスタミナがあるとは思えない。

 なのに――

 先に息切れを起こしたのはカジキのほうだった。
 ほぼ無呼吸状態のまま押していっただけあって疲れてしまったのか、距離をとって、呼吸を整えようとする。

 その待ち望んていたチャンスをルッケルは見送った。
 
 勝ちを決めるのならば見逃さないのだろうかはこれは試合という形式のテストである。
 愚直に付き合ってくれたカジキをここで追撃するほどKYではないルッケルだった。

「ふー……こんなに攻めたって電池切れにならないってことはほんとうに完成させているみたいだね」

「ええ。カジキさんにアイディアを貰った効率のいい"堅"っぽいもの、できるようになりました」

 そう言ったルッケルの体は試合開始時からずっと変わらない力強いオーラに包まれていた。
 常にオーラは補充されているのか一定量に保たれている。

 カジキの攻撃を無効にするほどの"堅"を五分以上――ありえない記録だった。
 通常の出力ならそのくらいの時間はできたっておかしくはない。
 けど、常時カジキの攻撃に耐えられるほどのオーラを維持している場合のタイムとしてはおかしすぎる。

 普通の念能力者だったら、これほどのオーラを込めるのは攻撃がくるとわかって覚悟したときくらいだ……じゃなければ持たない。

 ということはなんらかの秘密があるということを示している。

 といっても、そのアイディアを提供したのはカジキのためにほとんどわかっているのだが。
 問題はどういうアレンジを加えられているかだった。

「第一案と第二案を出したはずだったけど、第一案――服を具現化しているわけじゃないみたいだね。強化系じゃなくたって効率よく"堅"を扱えるようになる能力には服はぴったりだったんだけど」

「この服が……具現化じゃないってどうしてわかるのですか? "堅"のオーラにまぎれて見分けはつかないはずですが」

 ルッケルの顔に驚きがそのままあらわれた。

「別にオーラを識別する方法は目に"凝"や"円"だけじゃないんだよ。ちょっとコツを掴めば、触ったときの感覚から、その品が"周"されているだけなのか、操作系の媒体なのか、具現化されたものなのか――この三つを判断できるようになるんだ。あとは殴ったときついでに調べればいい。触ってわからないものはそうはないよ」

 どの五感によってオーラを認識するかによって、他の感覚ではわからなかった情報を掴めることはよくあることだ。
 視覚に"凝"では、操作系と具現化系の見分けはつかないけど触覚に"凝"ならできる。もっともこの二つの系統のアイテムを触るっていうのはそうとう危険な行為ではあるが。

 便利なのは、声や足音などからその人がどのくらいの"纏"をしているのか計れるということだろうか。
 壁の向こう側などの相手の力量を探るには役に立つ技能だった。

 そういった念の豆知識をはさみながらもカジキの語りは続いていく。

「服っていうのは、日常的に着ているものだから長時間"堅"を維持するにはぴったしのシンボルだけど、平和的すぎるからね。戦闘向きじゃない。護身という闘いのための能力に使うには適していなかった。
 だから第二案を用意したんだけど――本当にできるかどうかは半信半疑だったんだよ。でも、見事能力に昇華させてみたいだね」

「最初にお聞きしたときにはできるはずないと思いましたよ。
 けど、俺の故郷では、鍛冶職人の家系は代々神官を兼ねていましたから心のどこかでできたらいいなとも思いました。だから、そのころの経験を元にイメージ修行をしていったら……案外とこの『道力』を身につけるのは難しくありませんでした。これもすべてはカジキさんのアドバイスがあったおかげです」

 そういって深々と礼をするルッケルのオーラは揺らぐことなくそこにあった。
 これほどオーラを維持できるということは考えられない。

 ――なら、これはオーラではないのだ。

 カジキはゆっくりと口を開くと核心部分を言の葉に乗せた。

「オーラによってオーラとは異なる精神エネルギーを具現化する。
 口で言うのは容易いけど……実際にみるとちょっと感動するくらいの神業だね」






【ルッケルのこういう能力はアリなのかナシなのかどうなのか考えてみてくださいな♪】





[16075] 05 助言 3
Name: ハシャ◆8fa83795 ID:7ecfff6e
Date: 2011/03/28 18:30
「最初は、具現化系はどうして具現化せずに特殊能力を扱うことはできないんだろうか? っていう、思いつきだったんだよ」

 手を振って戦闘の一時中断を告げるとカジキは語り出した。
 ルッケルは己の念のルーツはどこにあるのだろうかと興味深そうに聞いている。

 二人の間隔はおよそ10メートル。
 普通に会話することはちょっと考えられない距離だった。

 とはいえ、互いに能力者――昔の武将のようによく通る声を持っていて、視覚・聴覚をオーラによって引き上げられるのだ。
 このくらいがちょうどいい。

 第一、今は試合中なのだ。相手の申し出てきたタイムを信じ、のこのこと相手の攻撃範囲に踏み入るなんてことはありえなかった。

 大学の一室における教授と最後席の生徒くらいの距離感のまま、カジキの臨時講座はスタートする。

「人間は自分にはできないことも道具を使って達成できる。
 自作できるようなちゃちぃ道具だってできることは一気に増える。
 それみたいに具現化というワンクッションを置くことは大事なのかもしれないけど……特殊能力は具現化系の範疇だっていうのに、単独ではまったく使えないってのは疑問だったんだ。
 ちょっとくらいの能力が使えたっておかしくはないって思わない?」

 カジキには、己の趣味を語る者特有の熱気が帯びていた。
 問いかけているようで、はやく続きを語りたいという本音がいまにも飛び出てしまいそうだった。

 ルッケルにとってもたいへん興味深い内容だったために問題にはなっていなかったが。
 彼の師匠のガジリンは単純バカどころかけっこう頭のいいほうに分類されるけど、実用性を重視する実践タイプなのだ。
 カジキのように研究者肌の人間から聞かされる念の世界というのも面白い、と、ルッケルは感じていた。

「まったく考えたことのなかったことですけど……そうですね。
 思い返してみると、これまでに出会ったことのある具現化系の能力者の中には特殊能力は使っているけど、具現化した本体のほうは持てあましている人もいらっしゃったような気がします。具現化しているほうの容量全てを特殊能力に割り振れるとしたら――いったいどうなってしまうのでしょうか」

「いや、その体現者こそ君じゃないか」

 呆れたようにつぶやくカジキにかぶりを振るルッケル。

「違いますよ。俺のは新たな精神エネルギーの具現化ですって――特殊能力じゃありません」

 少年はきっぱりと言い切った。
 カジキは困ったようにぽりぽりと頭をかいた。

「うーん、君はそういう認識なのか。
 ちょっと危ういかな……どっかの誰かに論破されたら能力損失しちゃいそうだ。
 そこまでいかなくたって自分のは変化系の能力だと勘違いしてパワーダウンすることだってありえそうな……」

 しばらくぶつぶつと悩んでいたカジキだったが勢いをつけるようにポンっと手を叩く。

「一番いいのは一から十まで説明することなんだけど……聞く気はある?」

「押忍ッ! ぜひお願いしたいです、カジキさん」

 かくしてかくして、コロシアムを舞台にカジキのレッスン講座が本格的に開かれることになったのだった。








「『具現化系はオーラを物質化させる』『物質化させたものには特殊能力を付与できる』――っていうのは、実は初心者向けの説明だっていうのは知ってた?」

「いえ、初耳です」

 放出系の男の質問に具現化系の少年は答える。
 ルッケルはけっして不勉強というわけではなかったのだが本当に聞いたことがない話だった。
 そもそも勉強しようにもしようがないのが念の世界である。

「まあこれは念学者の間くらいにしか語られていないことなんだけどね。だから知らなくとも無理はないよ」

 カジキはそうとだけフォローして進めていく。
 下手に事前知識はないほうが教えやすいのだから好都合だった。


 ――白紙に絵の具を塗りたくるのは気持ちいい。


「例えば、鋼鉄の剣のイメージ修行をして具現化できるようになったとしよう。
 でもそれは『鉄っぽいナニかでつくられた剣』なんだよ。
 細かく調べていったらイメージ修行に使った鋼鉄の剣とは別物だということはすぐにわかっちゃう」

「それは特殊能力を抜きにしてですか?」

 ルッケルはいまいち理解していないのか疑問符を浮かべながら質問する。

「うん、どういう特殊能力を付与しているかは関係ない。
 大前提的にそれは鋼鉄じゃないんだよ。能力を付与するとかそういう前に具現化されたのは鋼鉄ではなく、その人が鋼鉄と思い込んでいるものをオーラで『創造』しているんだ。だから根本的に構造が違ってきている。その人の認識に勘違いがあれば修正されることなくそのまま反映されることになるんだ」

「なんとなく、理解できるような感覚はありますけど――そうなのでしょうか?」

 カジキは、これは僕のやった試験じゃないんだけとね、前置きをして続けていく。

「ある念学者は、衣服を具現化している能力者に協力してもらって、その服のイメージの基になったものの繊維を聞き出して、その繊維を溶かせる科学薬品を用意したんだそうだ。見かけは水と変わらないそれを具現化したものにかけたんだけど――なんともならなかったそうだよ。だけど、同じ化学薬品に染料を混ぜて色を変え、普通の服にかけて溶けるのを見せたあと、具現化したものにかけたら」

「ど、どうなったのですか」

 同系統だけに気になったのかルッケルは先をうながし。

「件の能力者は素っ裸になったそうだよ。ちなみにたいそう美しい女性だったらしいけど、ね」

「いえ、オチはつけなくていいです」

 と――がっくりと肩を落とすことになるルッケルだった。

「僕がやったんじゃないと前置きしたくなる気持ちはわかっただろう?」

 カジキはひょうひょうと告げる。

 ルッケルは疲れたようにまぶたを二度三度と揉んだ。
 少年が気をとりなおせたのを見計らってカジキはまとめに入る。

「こんなに長々と喋ってけっきょく何を言いたいかというというと。
 具現化系の本質は、まったく新しい構造のものを『創造』することにあるってことだよ。その範疇にさえあるならば、具現化させれるのは物質に限ることなくエネルギーだって可能なんだ。まあ、それらを実証してみせた君にいまさら説明するのはヘンな話なんだけどさ――今後、君に別の能力者が『それって変化系の能力者なんじゃないか』と指摘されて、君がそれを否定できなかったら変化系の習得率と威力・精度が適応されるように変質してしまうから、そんなことないように講義させてもらったよ。
 間違いなく、その『道力』は君にぴったりの具現化系の能力なんだ」

 さらにカジキはエネルギーを具現化できる理由を述べていった。

・曰く、星が誕生するときエネルギーは物質になった。
・曰く、物質は消滅するとき膨大なエネルギーとなる。
・曰く、だったら物質とエネルギーは広域的には同一なものといえるのではないかと。

 ルッケルの心の中にカジキの言葉は一言一言染み込んでいき、過去に前例のない能力であるということに由来する不安を消し去っていった。それらは念能力に対する自信の土台になって、体にまとっているオーラ……否、『道力』の力強さと安定感がぐっと増していく。蒙を啓かれたことで、ルッケルの念はさらなる成長を遂げていた。

 その様子をふむふむと満足そうにカジキは眺めていた。
 認識の変化による念の発展は格好のサンプルだった。それに自分が導いたという事実は悪いものではない。
 悪くない悪くない。

「そして、具現化系の特殊能力というのは非物質部分をそう呼んでいるだけで、実際には本体との境界はないっていうのが定説なんだ」

 だから『具現化系はオーラを物質化させる』『物質化させたものには特殊能力を付与できる』は、『具現化系はオーラを物質と特殊能力にできる』っていうのが正しいんだ、と。

 調子にのってぺらぺらとカジキは喋っていった。
 彼はこういう生徒を大好きだった。

「カジキさん、ありがとうございます。自分の能力のことを改めて知ることができました。押忍っ!」

 心源流の礼をするルッケルにいいよいいよと手を振る。
 で。
 ところで、と、繋げた。

「その道力とやらのイメージ修行をするときどうやったんだい? 見たこともないエネルギーなんて難しかったでしょ」

「いえ、難しくはありませんでしたよ。
 俺の場合は、一番イメージに近いものとして『オーラ』の感覚がありましたから。"纏"を二十四時間維持しておくための修行の経験が生きてきましたし」

「へぇ……そうやるんだぁ。
 面白そうだけど、まぁ、今は試合を優先しないとダメだね。
 君の道力をもっとよく見てみたいし。やっぱ、能力を調べている瞬間が一番楽しいし――じゃあ、ヤろうか」

 試合中だった、と、つぶやいたカジキは本来の目的を思い出したのか、オーラがはちきれんばかりに沸き起こった。

「押忍っ!」

 応じるように、レッスン講座中変わることなく一定だったルッケルの道力がさらに膨れ上がった。
 これまでとは違う、ビデオに映っているときと変わらない笑みを少年は見たのだ。
 さきほどまでの道力でも攻撃は防御できていたがそこにあぐらをかいていると危ないと本能的に悟っていた。

「忠告しておくけど、ここから先はいつもの試合と変わりなくいくからね。
 念を解説することはあるけど、そっちに意識を集中しているところを不意打ちするのだって、僕のスタイルの一つなんだから油断しないように」

 改めて言われるまでもなくコロシアムに満ちる空気が違っていた。
 殺伐とした、血の臭いがかおってくるくるかのような濃密度の闘争の予感に占められる。

「肝に銘じておきます」

「怪我だけはしないようにね。させるけど」


 ――瞬間。


 ぐわんと広がるカジキの気配にルッケルは弾けるようにバックステップを踏んだ。大幅に距離をとる。
 なんらかの個別能力の発動を警戒したのだった。

 カジキの体から膨れ上がったオーラは約10メートルほど……ルッケルのいた位置までを覆い尽くしてしまっている。
 半球状に展開されたオーラは念の応用技としては有名なものだった。
 もちろん、ルッケルだって知っている。
 
「ただの"円"なんだからそんなにオドオドしなくたっていいよ。
 しかし、君はやっぱ守勢型みたいだね。ときには思い切りよく攻勢に転ずることだって大事だよ。まぁ好き好きの領分ではあるんだけど……」

 カジキはにやっと笑って、ただし、と付け加える。

「今この瞬間は悪手となったよ。第一、そんなに離れたって――――逃げられないし」

 オーラがうごめく。
 カジキの"円"は生きているかのように震えていた。
 前後左右に数十センチずつゆらめき。

「追尾せよ」

 そして、カジキの号令と共に襲いかかった。
 ルッケルはまるで壁が迫ってくるような恐怖を味わいながら逃げようとするが。
 
「無理無理。"円"の広さに念弾の速度と操作能力を付け加えたんだから」

 という言葉通りの厄介さで追いかけてくる念弾型の"円"にはどうしようもなく捕えられてしまう。

 しかし、ゼリーに飲み込まれたような光景とは裏腹にルッケルには何も起こっていなかった。
 道力に覆われているルッケル自身はもちろんのこと、道力自体が減らされるというでもなくて、ほんとうになにもない。

 そのままルッケル自身の"円"のように定着してしまう。

「くっ、離れられないっ!」

 ルッケルの悲鳴が上がった。"円"はルッケルを中心に置いた状態をキープするようで、一歩横に動けば同じく一歩分横にズレている。何の能力かはわからないものの内部に居続ける。そのストレスに、パニックになったルッケルはコロシアムを縦横無尽に駆け巡るが……まったく遅れることなく"円"はついてきていた。

「無駄だよ、すでにその遠隔操作型"円"は君と関連付けてある。どんなにスピードをあげようと振りきることできない。無害ゆえにしつこく君を追うよ」

 スピードキングにだって無理だったんだからとカジキはつぶやいた。

 ルッケルは壁を走りながら絶叫する。

「なんなのですかコレは!」

「なにってごく普通の"円"だよ。――君の道力の秘密を丸裸にしてくれる」

 そのときのカジキの笑みは漫画に出てくる悪役のものだった。






【具現化された品ってなにか名称ありましたっけ? 自分で考えると『念具』とかのセンスないものになるので、原作に設定あると助かるのに……】





[16075] 06 助言 4
Name: ハシャ◆8fa83795 ID:7ecfff6e
Date: 2011/03/28 18:30
 波瀬カジキには、『HUNTER×HUNTER』という漫画の知識が備わっている。

 どのようにこの漫画の世界を認識しているのか――どういう仮説を立てているのか、は、今語ることではないとして。
 重要なのは原作キャラの念能力を知っているということである。

 カジキはこの知識を研究と己の能力開発に活用している。
 彼の自論は、いつかアビーに語った『基本的にすべての応用技は個別能力を含めて基礎の上に成り立っている』というものなので、登場人物たちの個別能力を仮説を積み重ねながら分析していって、最終的にはどのような基礎によって構築されているのかを、ある程度説明できるようにしてしまったのだ。

 漫画という数少ない情報量の中からの逆算のため間違っている可能性のほうが高いが、似ていることをできるようになっただけで、カジキは満足している。

 その一つに、ナックルの『天上不知唯我独損(ハコワレ)』は含まれていた。
 ポットクリンを対象にくくりつける技法を、関連付け、と命名して、疑似的に再現できるようにしたのだ。
 オーラの移動のコントロールを、能力者の思念ではなく特定の対象の位置にシンクロさせるという手法である。

 カジキはこの関連付けに"円"と念弾を組み合わせてみた。
 結果生まれたのは、追跡サーチ弾と便宜上呼ばれることになる"絶"殺しだった。

 一度対象になってしまえば、カジキが念弾を維持できる範囲内にいるかぎりは常に位置を認識されることになるのだ。
 位置を知覚できるというのは念弾の特性である。

 この追跡サーチ弾、個別能力と呼べるほど洗練されていないため問題点はいくつか残っている。

 ぶっちゃけると"円"としてはほとんど機能していない。
 正確にいうと内部の情報を収集するという機能は残っているもののカジキ本人にその情報を伝達することができなく、データを蓄積しておくことすらできない。
 メモリを割かないようにされているための本末転倒さだった。

 さらにはカジキから百メートル以上離れると霧散するとか。
 時間経過と共に徐々に狭まっていって、三時間後には消滅するとか。
 自分以外の"円"を拒絶するイメージを強く持って"円"を展開できる実力者相手には塗りつぶされるとか。

 弱点だらけで、ナックルみたいに「無害ゆえに無敵!!」と言うことなんてとうていできっこない欠陥品だった。
 唯一の救いは、弱点の一番最後にあげた「"円"を拒絶するイメージ」とやらはそういう訓練をしていない念能力者にはできないということだろうか。まぁ、よっぽどの天才なら初チャレンジだろうと成功させてしまうけど。せっかく、オーラは非物質――物質のように空間を占有する性質は持っていないので、普通の念能力は素通りするために"円"を排除することはできないという発見を利用しているのに……。

 で、"絶"殺しと言われるようになった云われだが。
 これは、キサキと共にとにかく気配を隠すことがうまい暗殺者と対決したとき、この追跡サーチ弾によって楽勝だっという事実に由来する。一度関連付けてしまえば、カジキがその居場所を口にだして知らせるまでもなかった。"円"というとてつもなく目立つものを背負っているのだからキサキに見つけられないわけがない。
 ついでに変化系の技術を応用してカラフルな"円"にしていたし。

 個人戦のときはもちろん集団戦のときにも役立つのがこの追跡サーチ弾である。
 これで個別能力じゃないというのだから――放出系なら練習すればできるようになる技術だというのだから驚きだ。




 しかし、何故にこの見晴らしのいいコロシアムの中にて、ルッケルに使ったのかというと。
 弱点を補う技術を見つけたからである。




「まあ、このままじゃ居場所くらいしかわからないんだけど――僕の"円"と合わせれば、ごく普通の"円"と変わらない調査能力を得るんだ」

 カジキはそういうとルッケルの方のはそのままに自分を中心としている"円"を張りなおした。
 そして、右手の上に念弾を浮かべると「求めよ」という言葉と共に撃ちだす。

 ここでおかしなことがおこった。

 普通の場合は、念弾は己の"円"と干渉し合うことはなく素通りすることになるのだ。
 なのに"円"と外との境目に辿りついた念弾はそのまま"円"を伸びしながら突き進んでいったのだった。

 先ほどと違って、"円"の中にカジキがいることは間違いない。
 なのに風船が中から棒に突かれているのかのごとく、半球上だった"円"は変形、念弾の放たれた方向――ルッケルの方へと変形していっている。

「しまった!」

 ルッケルは避けようとしていたのだが……直撃は楽に避けられたものの、彼を中心に半径10メートルにわたって広がっている"円"に触れさせないようにするのは難しく、"円"の端っこと接触させてしまった。

 "円"と引き延ばされてきた"円"がぶつかりあい、混ざる。

「連結完了、調査を開始と――ダメだよ、こんなにあっさりと捕まったら。操作系相手だったら即敗北だよ」

 水あめを割り箸でぐるぐると回して引き離したときにできる、二本の割り箸を繋ぐ細い橋。
 それっぽいのが二人の"円"の間にできてしまっていた。

 これで二つと"円"は繋がって、孤立しているために届いていなかった情報がカジキに流れ込むようになった。
 ルッケルはどのように動いているのか、オーラをどのくらい纏っているのか、そして、道力をどのように纏っているのか。

 細かい解析をできているわけではないとはいえ十二分だった。
 調べられることなどいくらでもある。




「じゃあ精査させてもらうよ。まずは念弾」

 カジキはそういうと拳大の念弾をいくつか作成すると、てきとうな方向にばらまいた。

 ルッケルはでたらめな向きに飛来していく念弾に疑問符を浮かべ。

 カーブしだしたことに気付き、あわてて逃げだした。
 十分道力によってガードできる範囲内ではあるが、こうも立て続けに怪しいことをされると避けたくなってくるのが人の常である。

 しかし、すべての念弾はルッケルの逃げた方向へ弧を描き追ってくる。

「その念弾は"円"にマークされている間はどこまでも追いかけていくから頑張って」

 カジキはその様子をのんびりと眺めながらも実はせわしく情報を処理していた。
 個別能力にしていないデメリットはここにも出ていて、せっかく送られてきている"円"の情報もリアルタイムに処理していかないと無駄になってしまうのだ。だから、念弾を思考制御するのではなく送られてくる位置情報をそのまま追わせている。故に――

「だったらこういうのはどうですか!」

 と、ルッケルは叫びながら観客席のほうに駆け寄ると仕切りとなっている壁の直前で急転回した。

「あっ、そっちに行くと――」

 カジキの呼びかけは間に合うことなく。

 カーブ程度じゃ曲がり切れなかった念弾の半数は壁に激突し、残ったうちのさらなる半数は観客席のほうに飛び込み、たまたまそこにいたガジリンに撃ち落とされた。
 そうしなければキサキ・ガジリン・エレナたちの座っている場所に降り注ぐことになっていたためカジキはその手助けを抗議しなかったが、巻き込む形になったルッケルの顔は青ざめている。彼には転進する直前はっきりと見えたのだ。わざわざこっちに逃げてくるとはいい度胸だ、あとでたっぷりと稽古をつけてやると語っている己の師匠の顔が。

 そんな風に動揺したのが悪かったのか。

 ルッケルの逃走方向から向かってきていた一発にぶつかったのを皮切りに残った念弾すべてが命中する。
 まさに泣きっ面に蜂だった。

 しかし。
 ルッケルを覆う道力はこのくらいの威力では貫かれない。
 結局のところは、ルッケルの恐れていたヘンな効果も付与されていなく無傷のまま終わった。

 だが……カジキは独り満足そうにうなづいていた。

「なるほどなるほど。そうなっているわけなのか――」

 コメカミをつんつんと人差し指でつつくきながらぶつぶつと言っていた。
 独り言を呟きながら検証を進めていっているのだ。

「くっ」

 その様子には流石にいらっとしたのか、ルッケルはダッシュをかまし、道力をたっぷりと乗せたタックルを仕掛けた。
 が。
 追跡サーチ弾によって、その予備動作を見抜いていたカジキは軽やかにジャンプして回避。
 そして、念弾を足場にほっという掛け声と共に地面へと着地する。
 空中という無防備なところに長く居たくないがための、滞空時間を減らす小技だった。

 カジキは降り立つと、足裏を通り過ぎていったルッケルへなごやかに話しかけた。

「ルッケル君。ちょっとこの手見てみな」

「? なんですか……?」

 ルッケルによく見えるように開かれている右手には何もない。
 パーのかたちになっているのだから何も掴まれていないし掌に何かが書き込まれているわけじゃない。

 というのを確認したのを見てとったカジキは告げる。


「僕の具現化系を見せてあげるよ」


 放出系が、対極側にある具現化系の能力を使ってみせると宣言した。
 ありえない――ルッケルはそう思った。

 この場合、習得率はさほどの問題ではない。普通だったら苦手系統の能力はランクを下げれば使うことは可能とはいえ、しかし、放出系が具現化系を扱うことだけはありえないのだ。
 何故なら、40パーセントにダウンするのは習得率だけではなく威力・精度もそうなのだから。
 具現する瞬間というのは精密なオーラコントロールを必要とする。
 なのに、たかが四割の精度でいったいなにを具現化できるというのだろうか。

 疑惑の表情を浮かべるルッケルへにやりとした笑みを浮かべるとカジキは掌に意識を集中させた。
 するとそこに小さな渦ができる。
 茶こけた、なにか細かい粒状のものが螺旋状に渦巻いていた。

 ルッケルの視力はその正体を看破した。

「砂、ですか?」

「そうだよ。こういうふうに目潰しとして使うんだよ」

「なっ!?」

 ――言うなり、顔めがけてその砂をぶちまけるカジキ。極悪だった。
 道力によって砂自体は目に入らなかったものの。
 視界を塞がれた一瞬の間にカジキの姿はどこにも見えなくなってしまっていた。

 ルッケルは注意深くあたりを見回すが"絶"を使っているのかまったく感じられなかった。そして、ルッケルは実戦レベルの"円"を使えていなかった。当然ながら、カジキに張り付けられている"円"はルッケルに情報をもたらすことはない。と、そこまで考えたときにルッケルは"円"と"円"を繋いでいる橋を追えばいいんじゃないのかということに気付いた。

 見えにくい"円"を"凝"で調べていく。が、よっぽど巧妙な"隠"をされているのかどちらの方向へ繋がっているのか確認できない。
 しかし、うっすらとした輝きに"円"が消されていないことだけはわかった。

 ルッケルはさらにオーラを目に集めようとして……

 背後からぶん殴られた。"硬"で。 

「でも、痛くありませんよっ!」

 おそらくずっと自分の死角に潜んでいたのであろうカジキにルッケルは裏拳を叩き込む。
 鈍い衝撃音が鳴り響いた。

 けど、カジキは慣れたもので"硬"によるガードをしながら自ら後ろに跳ぶことで衝撃を逃してしまう。
 そのまま講座のときと同じく、10メートルほどの距離まで離れていく。












 ルッケルは追いかけることができなかった。
 脳裏に、師匠に言われた言葉が蘇っていたのだった。

『二十歳やそこらの中じゃ一番巧いんじゃねーか?
 致命的にパワー不足なんだがよ、上手にやりくりして見事に有効活用していやがる。
 それに相手の技を無力化する技術に長けていんな――クリーンヒットを一発も貰っていねぇだろそのビデオでも。
 戦いの流れを握る見本にすんならこいつにしとけよ、ルッケル』

 道力は接近戦と防御に優れた性能を発揮する能力。
 だから、この二つの分野においてスペック的にカジキを上回っているのは確実なのだった。
 このことはすべての攻撃を無効にできていることから明白だ。

 なのに――ルッケルはいまだにカジキへ有効打を与えられていない。
 最初のうちはよかった。
 自分の防御はどこまで通用するのかというテストという名目が残っていたのだから。

 しかし、試合を進めていっているうちに焦りは募っていった。
 カウンターにはさらにカウンターを合わせられ、タックルはかわされ、ようやくの反撃は受け止められる。

 実際に攻撃したものだけではない。
 他にももっと仕掛けようとしてはいるのだが……目線やちょっとした仕草によってことごとく『起こり』の部分で潰されてしまっている。
 相手にされていないほどの技量差。

「君の道力、だいだいのことはわかってきたよ」

 だからこそ――自信満々にそう告げるカジキが、にくたらしく思えてきたルッケルだった。






「君は移動をするとき、脚力を強化するのにオーラを使っていた。
 さらには"凝"をしてオーラを見ようとしたとき、目に集まったのはオーラだった。
 つまり、逆にいうとこれらの用途には道力は使っていないということ――使えないんだね?」

 それは確認という体裁をとっているもののもはや断定だった。
 カジキは追跡サーチ弾からいったい何を読み取ったというのだろうか。
 確信を込められた言葉は並べられていく。

「ここからは推測を過分に含むことになるのだけど――
 おそらく、道力は攻防力などのごく狭い範囲内の使い方しかできない。
 自己治癒力の強化などには使えない」

「ここは、ギグッ、とでも言うべきでしょうか」

 ルッケルはぎこちない返答をしてしまうほど動揺してしまっていた。
 まるで記憶を読みとられているかのように言い当てられていく。
 もはやカジキへの尊敬の念は畏敬へ――そして、純粋なる畏れとなりつつあった。

 さらにさらにさらに。
 カジキは楽しげにべらべらと述べていく。

「目潰しのあとの"隠"と"硬"の一撃。
 あれには君はまったく反応できていなかった……なのに道力は勝手に集い、万全の防御を行った。
 これはいちいち"流"をしなくちゃならないオーラでは考えられないことだよ。
 では、道力は自動的に"流"を行うような性質を持っているのだろうか?
 違うだろうな。そのぐらいの能力だったらいくらかのダメージは通っていたハズ。

 逆に考えると"流"をしない、必要としない、そういう性質ということになる。

 つまり、道力は必要になったとき必要になった個所へタイムラグなく集中する性質を持っていることになる。

 いやぁ~想像するのはとても面白いよ」




 ――殺せと。




 能力者の本能はこれ以上を喋らせるなとささやいていた。
 これは、オーラによって別の精神エネルギーと具現化するというカジキのアイディアとは関係のない部分。
 師のガジリンとのワンツーマン体制だからこそつくりあげることをできた能力。

 知られてはならない。
 あいつは一言一句をこちらの反応をうかがいながら言の葉にしていくことで急速に近づいてきている。
 能力の核心へ。
 どすどすと土足のまま踏み込んできている。

 ……頭じゃわかっているのだ。
 カジキは、ガジリンとキサキの交した約束によってルッケルの能力を口外すれば命を奪われる運命にあることはわかっているのだ。
 世の中にはその約束が守られているのかどうかをチェックできる能力者がいて。
 約束を破ったのなら、カジキを始末する方法などいくらでもあって。
 だからこそ約束は守られるのだということは。

 けれど。
 けれど。
 けれど。

「なるほど。オーラによって具現化しているだけに10のオーラから100の道力を作れるみたいな理不尽はないみたいだ。せいぜい、自分の個別能力への思い入れによって1.5~2倍にするのが限度。一度に具現化していられる量はAOP(顕在オーラ量)の影響を受けていそうだね。ああ、そうか…………

 戦闘時にはオーラを六倍から十倍消費するっていう法則は君に当てはまらないんだ。
 いや、それじゃ目分量とはいえあまりに計算が合わない。

 となると――プラス、その道力の維持にかかるオーラ量は通常の"堅"と比べると六分の一以下に抑えられているんだ。これでぴったりと計算が合う」

 殺さないととルッケルの理性は弾けとんだ。
 同時に、いくつかの段階ごとに分けて一定量を維持するようコントロールしてきた道力はマックスに跳ね上がる。
 リミッターはいらなかった。


 次の言葉を発するまでに仕留めると決まった。
 どこかでなにかがカチリと鳴った。


 全力全開で。


 瞬発力を高めるために道力以外のすべてのオーラは脚部へ集中させ。





 いざ、






 ――いいことを教えよう。






 一言だ。

 たったの一言で。

 じりじりと隙をうかがっていたルッケルの動きは制止させられた。完全に。


 能力の詳細を知られることで発生するリスク、と、カジキに助言されることで得られるリターン。

 強制的に二つを天秤に乗せられて――計量させられる。
 そういう悪魔のごときささやきだったのだ。

「君の『道力』は従来の36倍以上という驚異の継戦能力を誇っている。
 けど、そのメリットを得ると同時にできてしまったデメリットには気づいているのかな?

 その顔――そう、その顔だ。

 わかっていない者特有の表情だよ。ルッケルくん」

 では……そのときのカジキの表情はいったいどう表現すればいいのか。

 科学者――? 
 否。
 
 マッドサイエンティスト――?
 否。

 深遠の覗いているかのごとき真っ黒い瞳は。
 違った。 
 違っている。

 根本的かつ次元的に違ってきているそういう虚無さなのだ。

 悪魔の果実だと。

 恐いと。

 ルッケル少年はがたがたと震えていた。










「なんで戦闘中は通常の六倍以上のオーラを消費してしまうのだと思う?」

「…………………………"凝""流""堅"などの応用技を使うからだと教わりました」

「けど、それらの応用技を練習しているときにはそんな六倍のオーラなんて使っていないんだ。
 そりゃ、もちろん"纏"に比べると消費は増えるけどね」

 だから僕はまったく新しい説を唱えているとカジキは言った。
 ルッケルは聞くしかなかった。

「"周"をすると、オーラは能力者の無意識の望みに沿った属性に染まっていく。例えば、このナイフに――」

「……!」

 カジキは右手をくるりとひるがえすとその手中に短剣を出現させる。
 ルッケルには突如現れたようにしか見えなかった。

 これは手品っぽくやってはいるけど、たんに暗器を取り出しただけのことで具現化ではない。
 まぁ能力者の動体視力にすら捕えさせない超スピードは凄いものの「手品」の範疇にあることは間違いない。

 が、ついさきほど砂の具現を見せつけられたルッケルにはどのように映ったのだろうか。
 普通の物質と具現化されたオーラは目に"凝"をしたって見わけがつかないのだ。
 事実を誤認させられるのは当然の成り行きだった。

 カジキは具現化系の能力を扱うことができる、という誤解は、苦手系統をここまでできるのなら得意の放出系はどこまでできるのかという評価の情報修正を生み、さらなるプレッシャーとなってルッケルに襲いかかった。そして、そういう実力者の言葉だからこそ自然と信憑性はまし、カジキの解説に耳を傾けることになっていく。
 
「――このナイフにオーラを注ぎ込んだとき、オーラは能力者の『よく斬れるようになれ』という無意識の願いに応えて『斬る』という概念に染まることになる」

 カジキの体を覆っていた"纏"のオーラはナイフに流れていって、刃がてらりと妖しい輝きをみせる。
 まったく無駄のない見事な"周"だった。
 ぞっとするほど余分のない刃。
 
「けど、この『斬る』という概念に染まったオーラを"纏"しているほうに戻そうとしたってうまくいかなんだ。
 絶対にできないというわけじゃないけど、瞑想なみの精神集中をできている状態じゃないと厳しく――戦闘中には無理すぎる。だから」

 ――いらなくなったら捨てなくちゃならないんだ。

 と、カジキはナイフを振った。

 講座に集中するルッケルの意識の合間を縫うかのようなタイミングで、刃状のオーラは放たれ。
 頬の皮一枚切り裂くコースで飛来していった念の刃はルッケルの道力に阻まれ、消失した。

 とはいえ、人一人の首を刎ねるには十分な威力の持った斬撃だったわけで。

 なのにカジキは何事もなかったように続けていく。
 ルッケルは一言とて抗議を漏らさない。

「このように使わなかった分のオーラは放棄しなくちゃならない。じゃないとAOP(顕在オーラ量)の容量を圧迫することになるからね。だから、これはPOP(潜在オーラ量)にはまったく優しくない、贅沢な使い方なんだよ……
 そして、この特定の概念に染まったオーラは再利用しにくいという現象は"周"だけに起きるわけじゃないんだ。
 能力発動の準備中に潰された場合、発動させたときとほとんど変わらないくらい疲労するのはこれが原因だったりする。

 で、この現象は戦闘中のオーラにとくに顕著に現れる」

 ――君の能力のデメリットはここだよ。
 ――ここがなくなっているんだ。

 と、告げるカジキにルッケルはごくりと唾を呑みこんだのだった。
 流石に喉が枯れてきたのかカジキはしばし「あー、うー」と発声練習をしたあとに続きを述べた。

「生存本能ってやつなんだろうね。能力者は反射的にオーラの性質を次々に切り替えていく。殴られそうになったら衝撃に強いオーラに、腕を掴まれそうになったら関節技に強いオーラに、燃やされそうになったら耐火性能の高いオーラに――というようにね。これは攻撃をされる直前にだけじゃなく、向き合っているとき、次蹴ってきそうだなっ、って思い浮かべてしまっただけで反射的に切り替わってしまうんだ。だから、命の危険性のある戦闘時には急激にオーラを消費していくことになる。

 けど、君の念能力はその反射の部分をオミットして省エネを追求したものだ。

 そのことはメリットを生んだけど、同時にデメリットもつくってしまったんじゃないかな」

 ――君の防御は性質の異なる同時・連続攻撃に弱い。
 ――その道力だって、特定の攻撃に強い属性に切り替えることはできるだろうけど……反射的にはできていない。
 ――だから、性質の切り替えにまごついている瞬間こそ君の弱点っていうことになる。

 この念を開発したのはルッケルだ。
 なのに、カジキの説明には反論できる余地は残されていなかった。
 違和感はまったくない。

 本人すら知らなかった道力の一面を言い当てられ、そのことに間違いはないということだけは道力の使い手たるルッケルにはわかってしまっているのだ。
 
 大いに冷酷極まる分析だった。




 しかし。
 ああ、しかしだ。




「じゃあ今までのところを検証してみようか、実戦で」






 オペはまだまだ終わらない。






 名称 / 一掴みの砂(ミニマムサーブルス)

 主系統 / 具現化系

 効果 / てきとうに粒上の物質を具現化する能力。
     あまりに雑なイメージのため特殊効果を付与することは不可能。
     目潰しくらいにしか使えない。

 制約 / 能力を行使すると翌日以降、その量に応じた期間この能力を行使することができなくなる。
     1キログラムを具現するごとに十日間使えなくなる。

 メモ / 具現化系ってどういうものだろうという好奇心によって開発された念。
     主にハッタリに使われている。

 ○○ / 具現化系の精度に+0.2%のボーナス






【具現化している品と操作系の愛用品の名称を募集中! 元ネタを明記してもらえるなら何かの作品のもありで。このままでは両方「念具」になっちゃいそうです】





[16075] 07 助言 5
Name: ハシャ◆8fa83795 ID:7ecfff6e
Date: 2011/03/28 18:31
 この二人はいったい何のために闘っているのだろうか――?

 試験とも、教授とも、試合とも、殺し合いともつかない展開の連続は不自然だった。 
 通常はこのような流れになることはありえない。
 ちょっとぶつかってはべらべらと喋ってもう一方は聞き入っているなんてことはまずないのだ。

 
 整理をしていこう。


 カジキは何のために闘っているのか。

 大前提に絶対服従すべし恩師の命だということはある。
 武門の常識として、仁義として、大恩ある師匠の依頼に断るわけにはいかないのだ。
 しかし、かといってカジキは嫌々かというとそうでもなかった。

 まずはアイディアを提供したという責任感とどういう形になったのかという好奇心。
 オーラを別の精神エネルギーにするというまったく新しいアプローチを見てみたいという気持ちもある。
 調査して、さらなる発展の余地があるなら助言をして、もっと成長した念を観察できるようになるよう誘導したいという思惑だってあった。

 あるいは部活の後輩の面倒を見るような、自分より未熟なものに技術を教え込むのは楽しいものだという感覚。
 自分は人様にものを教えられるほどの立派な人間なのだという再確認。
 念に関する知識のコレクションを自慢したいというコレクター特有の欲求。

 これらの大小様々な思いは、へたな矛盾を起こすことなくカジキの内部に存在していた。
 彼は「僕って、後輩の世話を焼くふりをして自分の技術を自慢したいだけの最低人間だ……」なんてことは間違っても思わない。
 一挙両得、win-winといった言葉で片づけてしまうのだ。
 善人とはとても言えないエゴの塊である。




 ルッケルは何のために闘っているのか。

 第一にあったのは、前例にない念能力だということにまつわる不安を解消するためだった。
 アイディアの種を提供してくれて、また、次々に念能力をコロシアムにて披露しているカジキと試合をすれば何かを掴めると思ったのだ。
 正確には、そう思っていたのをガジリンが汲み取ってくれただけで口に出すほど明確に固まった考えではなかったのだが。

 この師匠の思惑はうまくいった。
 自分の個別能力を誤解するという最悪を避けられるようになったのだから大成功だった。

 しかし、うまくいきすぎた。
 ルッケルとガジリンの思っている以上にカジキの解析能力は進んでいたのだ。

 本来絶対に知られてはならない能力の詳細まで知られてしまった。
 これは、苦労の末に斬新なトリックを編み出してブレイクし始めたマジシャンが、テレビでよくネタばらしをする先輩マジシャンに「どういうパフォーマンスをしたらもっと売れるようになるのか?」と相談していたら、どういうわけか虎の子のトリックまで見抜かれてしまったようなものである。これが推理小説の中だったら殺人事件に発展すること間違いなしの事態だった。

 ルッケルはマジシャンではなく武芸者だ。
 よってかかってくるのは人気と出演費ではなく己の命なのだ。
 放置しておける事柄ではない。

 とはいえ、その能力(トリック)に致命的な欠陥があるとすれば聞いておきたくなるのは当たり前だった。




 そういう互いの意識の喰い合わせによって変なことになっていた最終テストではあるが。
 まだまだぐたくだは続くようだった。












 ……燃えている。

 真っ赤に、赤々と、その炎は燃え盛っている。
 掲げられた掌の上に爛々と輝く火球は周囲一帯を朱色に染めていた。
 カジキの掲げているライターは松明以上の火炎を尽きることなく噴き上げ、球状に留めているのだった。
 ナイフと交換に取り出されたのはちょっと高価そうとはいえ普通のライターだというのに。

 オーラのせいなのだろうか。

 この火球、中心部分はほんのりと黄色いという色合いから察するに温度はさほど高くはない。
 なのに……その炎には本能的に警戒したくなる『何か』を帯びていた。
 触れてはならない、危ないものだと、そう訴えてくるようなものを秘めているようで――

「そんなに怯えなくたっていいよ。
 これは単にライターの火に"周"をしているだけなんだから。
 オーラだって、僕が力むことなく発射できる念弾一発分くらいしか込めていないし」

 カジキはそういったもののルッケルの警戒心は解かれなかった。
 何を仕掛けてくるのかわからない相手なのだから当然の対応といえた。

 しかし。
 念を込めている張本人は火元のすぐ近くにいながら涼しげな顔をしている。
 肌は赤くなっているようなのに汗一つかいていない。

 ルッケルにはまるで人間じゃないように――悪魔のごとく、映っていた。

 だが、カジキはそんな少年すら楽しげに観察しているのだった。


「僕たちは目に"凝"をすることでオーラを視認している。
 けど、その情報はどこまで信じていいのだと思う?
 人の目は簡単に錯覚を引き起こすよ。でも、それはオーラの場合だって同様のことは言えるんじゃないのかな。……というのも僕の研究テーマの一つなんだ」

 ――この火球、君にはいったいどのように見えているかな。
 ――けど、威力的にはしょぼいんだよ。 
 ――ただ単に『人を焼く』っていう概念を強化してみただけだしね。






「……あなたは」

 問いかけようとして、結局、ルッケルは続きを述べることなく押し黙ってしまった。

 あっさりと『人を焼く』ということを言葉にしたカジキ。
 ルッケルは師に武道というものを――武芸者というものはどういう風に生きていくべきなのかという倫理観を教え込まれている。
 だからこそ、目の前の男には沸き起こってくる反発心はあったのだが。

 念のアイディアをくれた恩人で。
 こちらから試験の手伝いを頼んだというのに。
 念能力の詳細を見抜かれたからといって殺そうとしてしまったのだ。

 どの口で言えるというのだろうか。

 頭の中で思考がぐるぐると入り混じりって整理がつかないため、ルッケルは言葉にできなかったのだ。






 だが、カジキは半端となった問いを黙殺して進めていく。

 炎をゆらゆらと揺らしながら。

「"堅"の使い手同士の試合は、いかに攻防力を割り振るかが勝敗を分けることも珍しくはない。
 だから僕は"隠"以外の手段によって、どのぐらいのオーラを割けば防御できるのかを正常に判断できなくできるかを考えた。
 そして、身の危険を感じるものにオーラを込めると実際以上に警戒心を持たれることに気付いたんだよ。
 こうするとどんな達人だって、本来無傷でガードできるようになる量の五割以上のオーラを振ってくれるんだ」

 カジキの説明が正しいとするならば。
 それは放出系に比べると適正において劣る強化系の技能ながら念弾以上にオーラを削れることになる。
 しかし、幾度と繰り返せばたいていの念能力者ならば適量を判断できるようになるはずだ。
 まぁ、それはライターのみに"周"をしたときの場合の話ではあるが。
 カジキの懐に小型のスタンガンやレンズが入っていることなど、どうでもいいことなのだろう。

 どのみち適正を欠いた能力に致命傷になるほどの威力は望めない。
 能力者の"纏"や"堅"を突破するのはなかなか大変なのだ。
 だからこそ恐怖を覚えるだけで危険性は少ない、高台にあるガラスっぽい透明な床みたいなものだった。

 とはいえ――ルッケルのように各属性に対応する能力に欠陥がある相手に大火傷を負わせるくらいの威力は込められる。
 対応できれば無傷、対応できなかったら大けが。非常にわかりやすい。

 そういった説明のもろもろを省いたうえでカジキは言う。

「つまり、念能力者にとってもこの炎は恐怖に対象になるんだ。だから君の道力を検証するにはぴったりなんだよ」

「……どういうことでしょうか?」

「うーん、説明するよりかはやってみたほうが早いよ。じゃあ、この火球は避けちゃダメだからね」

 一方的に告げるとカジキはライターの上に丸まっていた炎を発射した。
 身振り手振りはなくとも彼の思念通りに撃ちだされるのだった。

 ゆっくりとした、小学生のドッチボールくらいの速度のソレはかわそうと思えばいとも簡単にかわせるものだ。
 しかし、カジキの言葉はルッケルの足を縛りつける。

 たが、ルッケルにとって逃げるという選択肢は元々なかった。
 師との修行のときにはロケットランチャーの一撃を受け止めるところまでいったのだ。
 道力というのは、このくらいの炎に耐えられないほど融通のきかない精神エネルギーではないのだ。

 ――押忍ッ!

 ルッケルは真正面から受け止める覚悟を決めた。
 その決心をスイッチに、道力は少年の心理を反映させはじめた。

 道力の知られざる特徴の一つに、能力者の感情の揺れ幅に左右されないというものがある。正確には道力を具現化する一瞬のみしか影響しないのだ。オーラに比べて六分の一以下という維持コストを持続するにはすぐ感化される性質は邪魔だったのだ。よって、一度具現化されたあとの道力は、能力者がぼんやりしていようと怒りで頭が真っ白になっていようと鼻の下を伸ばしていようと一定の防御性能を保ち続けることなる。
 その結果として、能力者の防衛本能に基づくオーラの属性の切り替えがなくなって、さらにオーラのロスを減らすことになったのだが……このあたりは無意識に処理された部分だった。
 だからこそ、制約と誓約みたいに絶対のルールではなくて、ファジーに処理できる部分が残っている。

 例えば、心の中の掛け声一つで道力を再構築できるようになるなどの。
 炎に強い性質を持った概念を道力に宿せるなどの。

 激突と共に轟音と火の粉を撒き散らした火球だっだが――対象は揺るがない。
 腰を落としての正拳一発。
 たったそれだけの行為によって人一人を火だるまにするには事足りる熱量は撃墜された。

 ここは普通の能力者だったら酸素を奪われてむせかえるどころだろうが。
 ルッケルの道力は宇宙服のように体全体を覆っている膜という形状をとっている。
 体表から3センチほどの厚さしかないが、この道力の膜の内部にあった酸素は無事だったため短期間なら呼吸に苦しむことはなかった。
 そして、その短期間が過ぎるころには熱気を帯びた空気は風によって洗い流されていた。
 火球は完全にガードされてしまっていた。

 しかし――

「疾ッ!」

 ――炸裂した炎は視界を塞ぐ役割はしっかりと果たしていた。
 地面を滑るかのように接近していたカジキの拳が鳩尾に突き刺さる。
 そう、突き刺さったのだった。
 あれほどの堅固さを誇っていた道力のガードをものともせずに。

 体を九の字に折り曲げて苦痛にうめくルッケルに追撃を仕掛けることなくカジキはバックステップを踏んだ。
 このまま勝負を決める気はないということなのだろう。

「な、なんで……」

 ルッケルにはわけがわからなかった。
 煙幕代わりになった火球は、彼のまとっている道力の一割すら削ることはできていなかった。
 その程度の消費は一秒あれば補充されるために貫手を受けたときにはほぼ万全の状態だったはずなのである。
 さらには今現在もなお道力のガードは健在なのだ。
 つまり、道力を自動的に防御箇所に集中させる能力が発揮されなかったということ。

「普段、自動(オート)に発動する属性変化を手玉に取っている僕だよ。手動(マニュアル)相手にできないわけがないよ」

 困惑しているルッケルに回答が示される。

「"纏"に使われているデフォルトのオーラは『耐物理』と『耐念』の性質を帯びている。
 けど、『耐物理』のほうはどのような概念を込められたかによって変化していく――『耐衝撃』『耐圧力』『耐火』といったものと取って代わってしまうんだよ。
 だから『耐火』と『耐念』に特化している君の道力は僕の『身体能力をオーラで強化した拳』を満足に防げなかったんだ。
 これが『パンチ力をオーラで強化した拳』だったなら『耐念』の概念は残っているから防げただろうけどね」

 つまりは"纏"ではスタンガンの一撃を防御できないというのと原理的には変わらないことなのだと。
 想定外の攻撃だったためにオートガードは発動しなかったのだと。
 カジキはそう告げていた。

「そのくらいの打撃にヨロってないでよく話を聞いていなよ。
 いいことっていうのはこれだけなんだから――
 念というのは奥深いもので、このオーラに概念を宿すっていう技術にも上級技があるものなんだよ――有名じゃないけどね」

 言い終わったときには、またもや魔法のようにすっと手の中へナイフが現れていた。
 カジキはもう片方の手にライターを握ったまま、腕を八の字に、炎が刃を舐めていくように構え。


「概念というのは、共通点さえあれば掛け合わせることができるんだ」


 右手のナイフに"周"を。
 左手のライターの"周"を。


 刃と炎を交錯させて、小さく「合体」と呟き――「紅蓮一閃」と唱えた。

「いやはや、制約とはいえこういう必殺技っぽい掛け声は照れ臭いんだけど……『フレイムソード』!」

 カジキがそう気恥ずかしそうに言ったときには炎は渦巻き、刀身にからみついていた。
 伸びたオーラは刃の延長線上にかたちとなって、火炎を取り込み、あたかも焔そのものが剣になったかのようだった。
 バーナーの火を薄く薄く引く伸ばしたかのような『焼き切る』という概念を宿した念となったのだ。

 どこのアニメかっていうほどの派手さだった。

「こういうみたいに概念は掛け合わせることができる。
 まぁ、『焼く』という概念と『耐雷』の概念みたいに関連性を想像できないものは個別能力にでもしないと厳しいけどね。
 君だったら防御という共通点のある『対物理』と『耐火』を兼ね備えることができるはずだよ。
 ……普通はそういう訓練をしていって感覚を掴むことだけど。
 ここには人の本能に訴える恐怖の炎があるんだ。この直撃を喰らいそうになったら生存本能で一気に習得できるよ」

 カジキはとんでもないことを言い出した。
 師匠の過酷極まりない修行に慣れ切ったためだと言うのか。
 もはや日本人の言い草とは思えない発言だった。

 焼くと斬るを同時に行う焔の刃――これは火炎を剣状に整えたのではなくに斬るという概念も持っている。
 両方を同時に防御できない限りはダメージを与えてくる凶悪な剣なのだった。

 が。
 武芸者として洗脳を受けてきたルッケルにとってはこのくらいの試練は日常である。
 彼は胸を張って堂々と答えた。

「押忍。望むところです」

 そういって半身に構える。
 言葉の力強さとは裏腹に刃物から逃れやすい姿勢だった。
 これは一度でできなくとも何回だってチャレンジしてやるという、道力を貫かれることを前提とした対応だ。
 潔い。




 そっからはカジキの一方的な攻撃だった。

 剣を――刀を専門としているキサキを師匠としているだけあってカジキの剣は様になっている。
 ルッケルはどうにか致命傷になる部位に充てられるのだけは回避しているものの、服にはいくつもの焦げ跡ができていた。
 何度撫で斬られたことなのか数えきれないくらいの斬撃だった。
 露出している部分の肌はぼろぼろになっている。

 しかしその成果はあったらしく。

 カジキはたまにライターとナイフの両方に"周"をして補充をしつつ、そのたびに火力を高めていっている。
 なのにルッケルへの与ダメージはしだいに減ってきていた。
 かすめるくらいの攻撃は避けなくなっていたのだ。
 そのくらいならばもはや焦げることはない。

 道力によるチートな防御性能が火炎と斬撃の同時攻撃に対応しつつあった。
 
「だいだい慣れてきたみたいだから――きついのいくよ」

 ゆらりとカジキが構える。
 宣言通りにきつい、下手な相手にはそれで勝負を決められるほどの必殺技の予備動作。
 それは距離をとってナイフに纏っていた炎を消すことから始まった。

 ナイフを覆うように伸びていた秘色の炎の中からあらわれるのは真っ赤に灼熱した刀身だった。

 長時間焔の中にあっただけに帯びている熱はかなりのもの。
 カジキはそこへさらなるオーラを注ぎ込んだ。

 ナイフの表面にうっすらと――しかし濃密にあるオーラは赤く染まっていき、紅蓮と化す。
 炎ではないのに、燃え盛っているかのような色だった。
 それはライターから派生する『熱』という概念にダガーの『貫通力』の概念を加えられたマグマをも超える力。








(あれは、今までみたいな虚仮威しじゃない!)

 ルッケルは直感していた。

 先ほどからその身に受けている炎剣は実のところはたいした攻撃力を持ってはいない。念弾換算だと二発か三発くらいのオーラだ。そのオーラ量をふまえると妥当なくらいの攻撃力しか持ってはいない。
 正直、相性の悪い道力によるガードを捨ててしまえば楽に防ぐことはできるのだ。
 ただ単純に『耐火』に秀でたオーラを体に"纏"ってしまえばいい。
 そうやってしまうと『斬る』部分は素通りにはなる。が、木の柱を切断できるくらいの一撃だったならば筋肉によって受け止められる。眼球だの首筋だのといったよっぽどの急所じゃない限りは耐えることができる。オーラを使わず、それこそ"絶"状態だったとしてもだ。いわゆる困難の分割という考えによって、炎と斬撃をわけてみると炎剣を防ぐことはルッケルにとっては容易だった。

 しかし、あえて焼きただれるのを覚悟して受け止めていたのは道力をレベルアップさせるための修行だったからである。 
 そうじゃなかったら問題のある攻撃じゃなかったのだ。

 ……けれど。

 次にくる一撃は、一時間前のルッケルが喰らったとするならば即死させられていたモノだと。
 武芸者の直感はそうささやいていた。
 限界ギリギリまで具現させた道力だろうとオーラによる"堅"だろうと。
 どれほど準備万端に待ち構えていようと『溶かし貫かれる』イメージしか湧いてこなかったことだろう。

 込められたオーラが段違いだった。

 紅蓮のオーラはとうに本体たる短剣を溶かし切っていた。
 ライターのほうもなにかに耐えきれなかったかのごとく爆散している。

 カジキはそんなことは気にも留めずにオーラを刃状に維持したまま宙に浮かべていた。
 彼はゆっくりと2歩3歩と下がっていく。
 そして、周囲に陽炎を揺らめかしている熱源から距離をとると耐熱用に"纏"っていたオーラさえ念弾に振り分けた。

 本人の言っていたように一度『耐熱』という概念に割いたオーラは、普通の"纏"はもちろん、念弾に使うことはできなくなる。
 だが、熱を帯びた灼熱の念弾をコーディングするには『耐熱』の概念ほど適しているものもない。
 結果的には余熱を放出しなくなったため、実際の内部はさらに凶悪な熱量を秘めるようになったのだった。

 結果的には、"纏"に一切オーラを回すことなく"発"に注ぎ込んでいる、変則の"硬"ともいえる一撃になっているのだから。

 ルッケルの直感は間違っていなかった。
 これはもう素の肉体で耐えられるレベルを超越している。

 おそらくはオーラで『耐熱』と『耐斬』の概念を兼ね備える上級技を使うようになったとしても、強化系じゃないルッケルでは防ぎきれない。
 本家の強化系以上の防御効率を誇っている道力を概念攻撃に対応させないと死ぬことになる。
 そういう荒行中の荒行だった。


(けど、俺だって感覚を掴めてきているんです!)


 ルッケルは自分の纏っている道力に意識をやった。もともとこの道力は万物に宿るという神々のご加護をイメージしたもの。特定の属性に対応できないようなものじゃない。あと制約と誓約を一つか二つか付け加えることで、どんな攻撃にも対応できるようになる完全体はなんとなく頭に浮かびあがってきている。それを実現させるには時間は足りないが、さきほどからさんざん受けさせられた熱に関する攻撃だったら、もう完璧にできそうだったのだ。

「『ヒーティング・ダガ―』」

 十字受けの構えをとったルッケルの確信を見抜いたのか、灼熱の刃は静かに発射された。
 ごくりと喉が鳴る。

 そして。

 直後――撒き散らされた熱がコロシアムの地面にあるわずかな水分を蒸発させた。












 風が吹き、霧は流され、試合場の視界は澄み渡ったものになった。

 観客席のエレナはじっと様子を伺っている。
 そして、二人の師匠のうちガジリンのほうは口の端を持ちあげているのだった。

 長さ1メートルほどの溝を二本ほど掘っていながら、なお、両腕を交差させているルッケル。袖の部分の生地は全滅しているものの彼の四肢に消し炭になっている部分はなかった。そう、耐えきったのだった。ついさきほど存在を知らされたばかりの上級技を見事体得してみせたのだ。己の為した偉業にじわじわと悦びが沸き起こったのか顔がほこらんでいき。

 ゆっくりと近寄ってきていたカジキに強張った。

 つかつかと。
 散歩に出かけているかのような歩みで。
 すぐそこまで迫ってきている。

 十字受けの構えのため、重ねられている両腕にカジキの手が添えられる。
 そのくらい互いの距離は縮まっていて。

 ぺっと、ルッケルの眼球めがけて吐き出される唾があった。
 意識の狭間を縫うかのような突拍子のない無礼にも道力のオートガードは発動、唾液は拒まれる。

「なっ――」

 しかし驚きによって、ほんのわずかにルッケルの重心は乱れたのだった。

 掴んだ腕を引かれるままにゴロンと横へ倒される。
 呆気にとられているルッケルはなんら抵抗らしい抵抗を行うことはできなかった。

 そのまま蹴るというか足で押すかのようにルッケルの体を回転させ。
 ちょうど足元にきた少年の頭にカジキは踵を踏み下ろした。
 真下に脳みそがある額めがけて。

「というように、属性攻撃を克服をしたって君の道力はまだまだ弱点は残っているんだよ」

 死を覚悟させられる鉄槌のごとき一撃に硬直するルッケルへ、カジキののんびりとした解説が降り注いだ。
 今、ルッケルとカジキの間に道力の壁はない。
 流れるような"硬"の一撃によって、灼熱の刃の念弾から再構築を果たし切れていなかった道力は破られたのだった。

 これは概念どうこうということじゃなく、純粋な力技によってだ。

 パラパラと土汚れが落ちていっていることに気付いたのか、カジキの足は引き揚げられる。
 その間ずっとルッケルはぽかーんとした顔になっていた。
 理解の追いついていない様子である。

「刃状の念弾を飛ばしたときに気付いたんだけどね。
 頬一枚かすめる程度のコースだったなら当たる部分だけ防御すればいいっていうのに、君の道力にぶつかった念弾は全部がまとめて相殺されていた。
 ってことは、君のオートガードのその利便性の為に無駄なロスも抱え込んでいるってことになる」

 カジキはとんとんと地面を踏んで。

「普通、こんな"硬"の攻撃をガードしたら地面のほうにもヒビが入るんだよ。
 なのに君の場合はこんなにも綺麗だ。綺麗すぎる。受け身っていうことがまったくなっていない。
 本来逃せるはずの衝撃まで道力によって防いでいるから消費が半端なく膨れ上がるんだ。だから足りなくなって破られる」

 もうちょっとオートガードの定義付けを考え直したほうがいいよ、と、カジキは言うとそのまま離れていった。
 そのまま背を向けながら。

「まぁごちゃごちゃ言わせてもらったけど、君の道力はかなり優れている能力なことは間違いないよ。二つ言った課題をどうにかできたら、オーラ量が五分五分の相手になら九割以上の勝率を誇れるようになるんじゃないのかな。操作系の発動条件を満たしてしまったらやばいけど、これはどんな能力者にも言えることだし」

 カジキは最終テストの評価をまとめていっていた。
 強化系じゃ、君に勝てる相手はいなくなるんじゃないかなとかなりの高評価である。

 しかし、そんな背中を見つめながらよろよろと立ちあがったルッケルの顔には納得のいっていない色があった。
 一時は殺す気でいったのに、カジキはいつでも殺そうと思えばいつでも自分を殺せて、最後はいいようにやられたのだ。
 不満を抱いてしまうのも無理はなかった。

 そこで――
 カジキはくるりと振り返って、

「けど、この道力のためだけに二年を使うほど君は容量悪くないよね。あるんでしょ、奥の手が。
 せっかくだから披露していきなよ」

 と言った。

(あっ……やっぱこの人の相手はもういいや)

 先ほどの不満はどこにやら。
 ルッケルはどっとやってくる倦怠感にうなだれるのだった。
 かくして、見事『ルッケルの苦手な人ランキング』の一位にランクインすることにあいなったカジキなのであった。
 昨日はヒーロー扱いだったということをふまえるとかなりの堕ちっぷりである。






 名称 / 即興合体(カスタマイズフュージョン)

 主系統 / 強化系("周"は強化系の能力のため)
 副系統 / 変化系("周"によって変化させたオーラを媒体から離しても維持する能力)

 効果 / "周"によって媒体の属性に染まったオーラをそのまま維持し(この技術は"染/セン"という)、
     もう一つの概念に染まったオーラと合成する。
     合成後のイメージを持てなければ合成は失敗する。そのイメージにあった技名を口にしなければならない。
     一日、三つの媒体にしか"周"をできなくなる。『回数の制限』
     その媒体でこれまでに"周"をした総時間が長いほど効果は上昇する。『愛用品効果』

 制約 / 百時間以上"周"をしたことのある媒体でなければ合成に用いることはできない。

 メモ / "周"を練習&研究中に開発された能力。
     その便利さと多様性からもっとも長期間カジキに使われていた個別能力。
     3年以上ロストしなかった。

 ○○ / 変化系の習得率及び威力・精度に+3%のボーナス
     AOPに+50、MOPに+300のスペシャルボーナス






【設定考察をウリにしている小説なのに、独自設定をひたすら説明していくシーンを書くのに飽きてきたのは内緒の話】




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.024205923080444