見渡す限りの荒野を大量のモンスターが蠢いている。それらの大群がたった数人の人間を囲んでいる様は一片の隙間も見つからない。皆はあまりにも圧倒的な圧力に怯んでいたが、恐怖を乗り越え、その内の一人が走りこんでいく。
疾風のように大地を駆け、雷神のような凄まじいスピードで剣を振るい、巨大なモンスターを屠っていく一人の男。名をナイトハルトという。
――さすがナイトハルトだ。俺達もナイトハルトに続くぞ!
その姿に勇気付けられたかのように続いていく仲間達と徐々に減っていくモンスター達。
「くくくっ……。またしても勝った。フヒヒ……。さすが僕。エンスーにおいて『疾風迅雷のナイトハルト』は無敵なんだ!」
グリム:さすが『疾風迅雷のナイトハルト』だな。お前がいなかったらやばかったぜ
Forth:お疲れ様です
ナイトハルト:今日の敵は結構強敵だったね。マジ人多杉www
グリム:ハーヴェスト出すぎwww
Forth:でも今日もすごかったですナイトハルトさん!
グリム:その分アイテムも良いの手に入ったしな
そう、これは『エンスー』というネットゲームの中での話だったのだ。このエンスーの中で僕は『疾風迅雷のナイトハルト』の異名で呼ばれるトッププレイヤーの一人である。僕らはPCの画面の中で先ほどの戦闘についてチャットを始めると、そこには僕への賛辞の言葉が並んでいる。僕はネットゲームの中では神なんだ!
僕の名前は西條拓巳。17歳。翠明学園2年。ネットゲームとアニメが趣味のいわゆるオタクだ。僕の住んでいるのは学園都市という学生の超能力を開発する街なんだ。普通の人なら、超能力?厨二病乙と言いたくなるだろうけど、実際に超能力は存在する。
実際、僕にも『量子変速(シンクロトロン)』という能力があるけど、レベルは2。レベルというのは能力の強さを表す指標みたいなもので、0~5からなり、レベル5は学園都市230万人の中でたった7人しかいないという驚きのレア度。だけど、僕のレベルは2。一山いくらの凡人ってことだ。能力もせいぜいアルミ缶を破裂させられる程度だし。
「まぁ僕には星来たんがいるから三次元なんて興味ないんだけどね!」
『そうよね!ぼけなす~』
「ああ~星来~」
そう言って星来は僕を後ろから抱きしめてくれる。ああ、幸せだ~。
星来というのは僕の嫁だ。桃色の髪に豊満で均整のとれた身体、子悪魔的な性格。星来は世界一かわいい女の子なんだ。そんな娘が同じ部屋にいるんだからもう僕は世界一の幸せ者に違いない。……まぁ妄想なんだけどね。
星来はアニメ『ブラッドチューン』に出演しているキャラクターなんだ。
本名は『天の川 星来(せいら)』。もともとは、星来は野球部のマネージャーでプロ野球オタクのごく普通のツンデレ女子高生だったんだ。ところが、何かと出会ったことで星の力を手に入れ、行方不明になっている星のプリンセスを探すことになってしまう。幼い頃にススム君の家に引き取られて育ったって設定なんだけど、ネタバレすると星来たんこそがそのプリンセスだったりするんだよね。あ、ちなみに「何か」っていうのはスライム状の謎の生物のことで、この「何か」が星来たんに噛み付いてブラッド☆チューンすることで星来たんは『星来オルジェル』に変身することができるんだ。この変身シーンはマジ必見!エロさ的な意味で!
『タッキー!チャットに誰か入室してきたみたいよ』
「ん?誰だろ……、もうみんな解散したって言うのに。」
現在のメンバー2人
将軍さんが入室しました
「将軍?聞いたこと無いな。しかも画像データが貼られてる……。何だこれ……釣りか?」
ナイトハルト:これ何て孔明の罠?www
将軍:The world change if you click it.
ナイトハルト:ちょwwwなぜ英語?www
将軍:おどかしてゴメン
ナイトハルト:全然
ナイトハルト:何でROMってたの?誰かに半年ROMれって言われた?www
将軍:考え事してた
ナイトハルト:将軍はどこから参加?
将軍:学園都市
ナイトハルト:マジで?僕も学園都市
ナイトハルト:そういえば最近変な事件多いね
将軍:事件はまだ起こるよ
将軍:fun^10×int^40=Ir2
将軍:この公式は世界を変えてしまう可能性を持つ
ナイトハルト:どういう意味?そういえばさっきの画像リンクって何?
ナイトハルト:釣られた方がいいネタ?
将軍:興味あるかと思って
「は?僕が興味あるって……ネトゲの画像か何かかな?」
そう思ってクリックしてみたが、それは間違いだということに一瞬で気付かされた。画像が開かれると同時に走る激しい悪寒……!
そこに映し出されたのは頭を吹き飛ばされた人間の死体だった。倒れている死体の頭があっただろう部分には何も無く、まるで頭が内側から爆発させられたかのように血が雨の跡のように飛び散らされていた。夜なのか暗く、血でアスファルトが一面真っ赤に染まってしまっていたが、服装からして死体はおそらく女性。ひどい惨状だった。
「ぐっ……こいつ。グロ画像見せやがって……!」
文句を言ってやろうと顔を上げ、再びチャット画面に戻ると、そこには一面に画像リンクが張り巡らされていた。100件以上、それもおそらくは今のと同じようなグロ画像が……。
「な、何だよこいつ……」
何だこいつ、アンチってレベルじゃねーぞ。この電波野郎……!次にエンスーで会ったら絶対PKしてやるからな。
『タッキー、そんなの気にしないんさ!今日も一緒に寝て嫌なことなんか忘れちゃおうよ~』
「そ、そうだね星来!」
いつも通り冷蔵庫を開けて、寝る前のコーラを飲んで一日を終えようとしたが……。
「あれ?コーラもう無い、というか飲み物全部無いや。……仕方ない、近くのコンビニで買ってくるか」
おかしいな?ちょっと前に買いだめしておいたはずなのに……。
――将軍に見せられた画像、そこに写されていた場所が自分の家の近くだということに、僕は気付かなかったのだ。
深夜の通りを歩いていると、少し先に不良達が集まっているのを見かけた。目を付けられないように道を曲がって路地裏の方へ折れていく。何だかんだ言って治安の悪い学園都市である。よくあることといっていいんだけど……。
くそっ、またDQNかよ!
これで3回目だ。僕の行く先々になぜかDQNが溜まっているようで、そのたびに道を外れていかなければならず、もう見たことのないような裏路地に入ってしまっている。自慢じゃないけど、気弱そうな僕はDQN共の前を歩けば高確率でカツアゲされてしまうのである。
……思い出すだけでもイライラしてきた。DQNは即刻三次元から滅ぶべきだね!
ここはどこだろう?僕はいつの間にか全く人通りの無い裏路地に入ってしまっていた。闇夜を照らす街頭はまばらで、暗く不気味な雰囲気が辺りを覆っている。生き物は暗闇を恐れるというけど、そういった類の根源的な恐怖を感じる。
――嫌な予感、さっき部屋で画像データを開くときにも感じたけどそれ以上の危険信号。
これ以上関わってはいけないと本能が発しているような。これは、このまま帰ってしまった方がいい。
「……何を言ってるんだよ僕は。この科学の最前線、学園都市にそんなオカルトがありえる訳ないだろ」
首を大きく振って考え直すと、結局そのまま歩を進めることにした。ここら辺はよく知らないけど方角的にはあそこを右に曲がればちょうどコンビニの方面だろう。
そして、角を曲がってすぐ僕は、さっきまでの僕の心の声に従わなかったことを後悔した。
――赤、赤、赤
そこには、一面を真っ赤に染める液体と一つの首の無い死体が落ちていた。頭を内側から吹き飛ばされたように同心円状に飛び散った血と肉片。その中心に倒れているのはおそらくは女性の死体。
「え?……ひっ……あ、ああっ…」
叫び声すら上げられなかった。頭の中には恐怖と困惑がごちゃ混ぜになったような感情が渦巻く。
――なぜならそれは、この惨状は、先ほど将軍からの画像データで見せられた映像とぴったり一致していたからだ。