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[16129] 【習作】とある妄想の量子変速(シンクロトロン)【とある科学の超電磁砲×CHAOS;HEAD】
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2012/05/13 01:11
この話は『とある科学の超電磁砲』と『CHAOS;HEAD』とのクロス作品です。

クロス先からのキャラクターは主人公の西條拓巳だけの予定です

独自設定を含みます



[16129] 第1話 目撃
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2010/03/02 13:45
見渡す限りの荒野を大量のモンスターが蠢いている。それらの大群がたった数人の人間を囲んでいる様は一片の隙間も見つからない。皆はあまりにも圧倒的な圧力に怯んでいたが、恐怖を乗り越え、その内の一人が走りこんでいく。

疾風のように大地を駆け、雷神のような凄まじいスピードで剣を振るい、巨大なモンスターを屠っていく一人の男。名をナイトハルトという。

――さすがナイトハルトだ。俺達もナイトハルトに続くぞ!

その姿に勇気付けられたかのように続いていく仲間達と徐々に減っていくモンスター達。

「くくくっ……。またしても勝った。フヒヒ……。さすが僕。エンスーにおいて『疾風迅雷のナイトハルト』は無敵なんだ!」



グリム:さすが『疾風迅雷のナイトハルト』だな。お前がいなかったらやばかったぜ

Forth:お疲れ様です

ナイトハルト:今日の敵は結構強敵だったね。マジ人多杉www

グリム:ハーヴェスト出すぎwww

Forth:でも今日もすごかったですナイトハルトさん!

グリム:その分アイテムも良いの手に入ったしな



そう、これは『エンスー』というネットゲームの中での話だったのだ。このエンスーの中で僕は『疾風迅雷のナイトハルト』の異名で呼ばれるトッププレイヤーの一人である。僕らはPCの画面の中で先ほどの戦闘についてチャットを始めると、そこには僕への賛辞の言葉が並んでいる。僕はネットゲームの中では神なんだ!





僕の名前は西條拓巳。17歳。翠明学園2年。ネットゲームとアニメが趣味のいわゆるオタクだ。僕の住んでいるのは学園都市という学生の超能力を開発する街なんだ。普通の人なら、超能力?厨二病乙と言いたくなるだろうけど、実際に超能力は存在する。

実際、僕にも『量子変速(シンクロトロン)』という能力があるけど、レベルは2。レベルというのは能力の強さを表す指標みたいなもので、0~5からなり、レベル5は学園都市230万人の中でたった7人しかいないという驚きのレア度。だけど、僕のレベルは2。一山いくらの凡人ってことだ。能力もせいぜいアルミ缶を破裂させられる程度だし。

「まぁ僕には星来たんがいるから三次元なんて興味ないんだけどね!」

『そうよね!ぼけなす~』

「ああ~星来~」

そう言って星来は僕を後ろから抱きしめてくれる。ああ、幸せだ~。

星来というのは僕の嫁だ。桃色の髪に豊満で均整のとれた身体、子悪魔的な性格。星来は世界一かわいい女の子なんだ。そんな娘が同じ部屋にいるんだからもう僕は世界一の幸せ者に違いない。……まぁ妄想なんだけどね。

星来はアニメ『ブラッドチューン』に出演しているキャラクターなんだ。
本名は『天の川 星来(せいら)』。もともとは、星来は野球部のマネージャーでプロ野球オタクのごく普通のツンデレ女子高生だったんだ。ところが、何かと出会ったことで星の力を手に入れ、行方不明になっている星のプリンセスを探すことになってしまう。幼い頃にススム君の家に引き取られて育ったって設定なんだけど、ネタバレすると星来たんこそがそのプリンセスだったりするんだよね。あ、ちなみに「何か」っていうのはスライム状の謎の生物のことで、この「何か」が星来たんに噛み付いてブラッド☆チューンすることで星来たんは『星来オルジェル』に変身することができるんだ。この変身シーンはマジ必見!エロさ的な意味で!

『タッキー!チャットに誰か入室してきたみたいよ』

「ん?誰だろ……、もうみんな解散したって言うのに。」



現在のメンバー2人
将軍さんが入室しました


「将軍?聞いたこと無いな。しかも画像データが貼られてる……。何だこれ……釣りか?」



ナイトハルト:これ何て孔明の罠?www

将軍:The world change if you click it.

ナイトハルト:ちょwwwなぜ英語?www

将軍:おどかしてゴメン

ナイトハルト:全然

ナイトハルト:何でROMってたの?誰かに半年ROMれって言われた?www

将軍:考え事してた

ナイトハルト:将軍はどこから参加?

将軍:学園都市

ナイトハルト:マジで?僕も学園都市

ナイトハルト:そういえば最近変な事件多いね

将軍:事件はまだ起こるよ

将軍:fun^10×int^40=Ir2

将軍:この公式は世界を変えてしまう可能性を持つ

ナイトハルト:どういう意味?そういえばさっきの画像リンクって何?

ナイトハルト:釣られた方がいいネタ?

将軍:興味あるかと思って



「は?僕が興味あるって……ネトゲの画像か何かかな?」

そう思ってクリックしてみたが、それは間違いだということに一瞬で気付かされた。画像が開かれると同時に走る激しい悪寒……!

そこに映し出されたのは頭を吹き飛ばされた人間の死体だった。倒れている死体の頭があっただろう部分には何も無く、まるで頭が内側から爆発させられたかのように血が雨の跡のように飛び散らされていた。夜なのか暗く、血でアスファルトが一面真っ赤に染まってしまっていたが、服装からして死体はおそらく女性。ひどい惨状だった。

「ぐっ……こいつ。グロ画像見せやがって……!」

文句を言ってやろうと顔を上げ、再びチャット画面に戻ると、そこには一面に画像リンクが張り巡らされていた。100件以上、それもおそらくは今のと同じようなグロ画像が……。

「な、何だよこいつ……」

何だこいつ、アンチってレベルじゃねーぞ。この電波野郎……!次にエンスーで会ったら絶対PKしてやるからな。

『タッキー、そんなの気にしないんさ!今日も一緒に寝て嫌なことなんか忘れちゃおうよ~』

「そ、そうだね星来!」

いつも通り冷蔵庫を開けて、寝る前のコーラを飲んで一日を終えようとしたが……。

「あれ?コーラもう無い、というか飲み物全部無いや。……仕方ない、近くのコンビニで買ってくるか」

おかしいな?ちょっと前に買いだめしておいたはずなのに……。

――将軍に見せられた画像、そこに写されていた場所が自分の家の近くだということに、僕は気付かなかったのだ。





深夜の通りを歩いていると、少し先に不良達が集まっているのを見かけた。目を付けられないように道を曲がって路地裏の方へ折れていく。何だかんだ言って治安の悪い学園都市である。よくあることといっていいんだけど……。

くそっ、またDQNかよ!

これで3回目だ。僕の行く先々になぜかDQNが溜まっているようで、そのたびに道を外れていかなければならず、もう見たことのないような裏路地に入ってしまっている。自慢じゃないけど、気弱そうな僕はDQN共の前を歩けば高確率でカツアゲされてしまうのである。

……思い出すだけでもイライラしてきた。DQNは即刻三次元から滅ぶべきだね!

ここはどこだろう?僕はいつの間にか全く人通りの無い裏路地に入ってしまっていた。闇夜を照らす街頭はまばらで、暗く不気味な雰囲気が辺りを覆っている。生き物は暗闇を恐れるというけど、そういった類の根源的な恐怖を感じる。

――嫌な予感、さっき部屋で画像データを開くときにも感じたけどそれ以上の危険信号。
これ以上関わってはいけないと本能が発しているような。これは、このまま帰ってしまった方がいい。

「……何を言ってるんだよ僕は。この科学の最前線、学園都市にそんなオカルトがありえる訳ないだろ」

首を大きく振って考え直すと、結局そのまま歩を進めることにした。ここら辺はよく知らないけど方角的にはあそこを右に曲がればちょうどコンビニの方面だろう。
そして、角を曲がってすぐ僕は、さっきまでの僕の心の声に従わなかったことを後悔した。

――赤、赤、赤

そこには、一面を真っ赤に染める液体と一つの首の無い死体が落ちていた。頭を内側から吹き飛ばされたように同心円状に飛び散った血と肉片。その中心に倒れているのはおそらくは女性の死体。

「え?……ひっ……あ、ああっ…」

叫び声すら上げられなかった。頭の中には恐怖と困惑がごちゃ混ぜになったような感情が渦巻く。



――なぜならそれは、この惨状は、先ほど将軍からの画像データで見せられた映像とぴったり一致していたからだ。




[16129] 第2話 事件
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2010/03/14 22:49
「見てしまいましたね、とミサカは責めるような口調であなたに声を掛けます。」

「え?」

凄惨な殺人現場。突然掛けられた声に驚いてそちらを見ると、そこにはゴーグルを掛けた中学生くらいの女子が現れていた。現れたというか死体の方に僕の目が行っていて、近くに立っていた女子中学生に気付かなかっただけなのだろう。
い、いやそれどころじゃない。こいつ、こんな殺人現場にいるってことは……もしかしてこいつを殺した犯人なのか?だとしたらやば過ぎるよ。物語的には目撃者は消されるのがセオリーじゃないか!

「な、何だよアンタは……。」

「ミサカはミサカと言います、とミサカは自己紹介をします。」

何を言っているんだ、この電波女……!誰が名前を聞いたよ!アンタが何でここにいるかを聞いてるんだよ!
ただし、その答えはすぐに想像通りの、しかし最悪の結果で返ってくることになる。

「これから消されるあなたには自己紹介なんて不要でしたね、とミサカは銃を構えつつ反省します。」

言いながらサブマシンガンを背中から取り出す女子中学生。え?何それ?さっきからあまりにも現実離れし過ぎた展開でついていけないよ!

「じ、銃?あ~銃ね。……へ?」

「実験を目撃してしまった不運を呪うのですね、とミサカは今から死んでいく人間への哀れみを込めて決め台詞を吐きます。」

女子中学生の構えるサブマシンガンの銃口がこちらを向いた。
や、やばい。殺される!

「うわああああああああああ」

その指先が引き金を引こうとした瞬間、僕の身体は反射的に動いてくれていた。ポケットに入った財布を取り出し、相手に向かって投げつける。

「そんなものでどうにかなるとでも、とミサカはそれを無視して銃弾を打ち込みま……なっ!」

ドォン!!

その財布はまるで手榴弾のように爆発し、周囲を爆風で吹き飛ばしていく。これが僕の能力『量子変速(シンクロトロン)』。重力子を操ることで財布の中の1円玉(アルミ)を爆弾に替えたのだ。

「あああああああああっ!!」

初めての死の恐怖にパニックを起こしたままの僕は一度も後ろを振り向くこともできずに、その場を一心不乱に走り去っていったのだった。

――そして、この日を境に僕の日常は非日常へと加速度的にシフトしていくこととなる。





次の日、高校に登校した僕だけどとても授業を受けていられるような気分ではなかった。当然だけどあんなことがあった次の日に外に出るなんて恐ろしすぎる。もし、あの悪魔みたいな女子中学生に見つかったら、今度こそ確実に殺されてしまうんだから。ただ、僕は必要最低限の出席で学年を進級できるように自作の最低出席予定表を作っているため、予定外の欠席は留年に繋がってしまう可能性があるのだ。いくら半ヒキオタの僕でも留年は避けたい。

あの悪魔女は死んだのだろうか?授業中にもかかわらず僕の頭はそのことで一杯だった。あの凶器と思われる重火器と目撃者を消すという言葉から考えて、悪魔女があの惨劇を引き起こした殺人犯であることは間違いない。ということは犯人の顔を目撃してしまった僕の口を絶対に封じたいはずだ。……なら隠れて悪魔女から逃げるよりも、むしろ警備員(アンチスキル)に保護してもらって犯人を捕まえた方がいいのかも。……いやいや待てよ。昨日、悪魔女を『量子変速(シンクロトロン)』で吹っ飛ばしたことを忘れちゃいけない。レベル2とはいえ手加減する余裕が無かったから全力で、なぜか発揮された手榴弾ほどの大威力であの女を爆撃してしまったんだ。何であんなに威力が高かったのかわからないけど、あの威力だったら死んでいることも十分にありえる……。いや、あの至近距離だし死んだ可能性のほうが高いだろう。

昨日とは違った恐怖で背筋が震える。殺人犯。正当防衛が成り立てばいいけど、もしこの法治国家において殺人犯の認定を受ければ僕の将来は滅茶苦茶になってしまう。……やっぱり警備員(アンチスキル)も駄目だ。

昨日の僕達のことは、深夜だったし人目には付いてなかったはず。爆発音や僕の叫び声で気付かれたかもしれないけど、あんな警備用ロボットすら通らないような入り組んだ路地だし、もしかしたら悪魔女の殺した死体すら見つかっていないかもしれない。悪魔女が死んでいたとしても、現場に残ってしまった『量子変速(シンクロトロン)』を使った証拠である重力子反応は時が経つほどに薄れていくから、2日もすれば何の能力を使ったかもわからなくなるはずだ。財布も跡形も無く吹き飛んだはずだし……。

そうすると僕は、悪魔女に見つからないように生活するってことになるか……。あの後、捕まっててくれれば一番いいんだけどなぁ。

「不幸だーーーーーっ!」

教室中に響き渡る叫び声で僕の思考は無理矢理中断させられた。その男は黒髪でツンツン頭をしている同じクラスの上条当麻だ。「不幸だ」が口癖だけど、その不幸の半分以上が女性関係のもつれだというリア充の鏡といっていい男だ。リア充は氏ねばいいのに。

「上やん、今度はどうしたにゃ~」

そういって携帯の画面を見て固まった上条の携帯をすっと抜き取る同じくクラスメイトの土御門。

「何だとぉおおお!?中学生相手に二股掛けてただとぉおおお!!」

驚きのあまり雄叫びを上げる土御門にもそっけない上条。

「そんなんじゃねぇよ……。最近風紀委員(ジャッジメント)の仕事を手伝うことが結構あって、協力のお礼にってことで遊園地のペアチケットをもらったんだよ。で、世話になった白井と行こうって話だったんだけど、なぜかビリビリが自分も行きたいとか言い出して……。絶対俺に入場料とかをたかる気だ。不幸すぎる……。」

何という自慢……。土御門も何とも言えない顔をしている。

リア充と非リア充の境界の分厚さを感じたところで、僕は聞いていられるかとばかりに机に突っ伏した。もちろん今の話は僕に向けて話していたわけではなく、僕が勝手に聞き耳を立てていただけなんだけどね。キモオタの僕に友達なんか元々いないし。僕には星来がいるから三次元なんてどうでもいい。

と、またこの感覚だ。まるで誰かに見られているような。びくんと机から顔を上げて即座に振り返るけど、視線の主を特定することはできなかった。以前から時々誰かに見られているような感覚を覚えることがあったけど、今日はさらに強烈な視線を感じる。誰だよ……まさか悪魔女か?それとも別の誰か?僕はつぶやく。

「その目、誰の目?」





グリム:ナイトハルト今日動き悪くない?

グリム:レベルアッパーが効き過ぎた?www

ナイトハルト:レベルアッパーって?

グリム:ボケました?先週、落とせるサイト教えてやっただろ

ナイトハルト:ああ、あれね。グリムがうるさいから聴いてみたけど別に普通の音楽だったけど……

グリム:内容じゃねーよwww

グリム:レベル上がったかってことだよ!

ナイトハルト:レベル?エンスーの話?

グリム:超能力のことだよ!学園都市の人間だろ?

ナイトハルト:……何で知ってるの?超能力?

グリム:バーローwwwこのエンスーは学園都市で開発されたネットゲームだろ

グリム:俺らみたいなβ版からやってるようなのは全員学園都市の人間に決まってるだろうが。そして、住人の大半は超能力開発を受けている学生ってわけだ。この時間にネットにいるんだから社会人じゃないだろうしな。

ナイトハルト:……ってことは能力の威力が上がってたのはこのせい?



レベルアッパーとは個人製作の音楽データであるらしい。エンスー仲間のグリムがしきりに聴いてみろって言ってたけどこういう訳か……。音楽を聴くだけでレベルが上がるなんて眉唾モノの話だけど、自分自身が実例となっては信用するしかない。っていうか正直かなり嬉しい。

レベルの大きさが進学や就職に影響するこの学園都市において、レベルが上がるということの価値は計り知れないのだ。これはグリムに感謝しないとね。

『やったね、タッキー』

「そうだね、星来。昨日の威力からして多分レベル4相当ってところかな……フヒヒ。レベルが4もあれば面倒な受験勉強すら必要なく推薦で大学に入学できるはず。」

『タッキー、大学とか考えてたんさ?』

「行きたくないけどね……。でも、働くよりはマシだよ。」



グリム:そういえばニュージェネで新しい事件が起きたって知ってる?

ナイトハルト:知らないけど……。グリム好きだねニュージェネ

グリム:まとめサイトにうpされてるはずだぜ



「またニュージェネか……グリムもいい加減にして欲しいよ。」

『でも、昨日の事件が発覚したってことじゃないんさ?』

「……せっかく忘れようと思ってエンスーしてたのに思い出させるなんて……、グリムめ。」

ニュージェネとはここ数週間の間に起こっている連続不可解事件の総称で、『ニュージェネレーションの狂気』、『ニュージェネ事件』と巷で噂されているもののことだ。グリムはこの事件が大好きでよく聞いてもないのに詳細情報を報告してくるのだ。



『集団ダイブ』
ある高校の生徒5人がビルの屋上から同時に飛び降り自殺したという事件。5人には遺書がなく、遺族も動機がわからないという。なお、そのビルは関係者以外立ち入り禁止であり、屋上は施錠されていた。彼らの遺品から鍵は見つからず、また彼らの中に空間移動系・飛行系の能力者はいなかった。



『連続二重殺人(トゥーダイ)』
能力による連続殺人事件。被害者は現在4人だが、現在も増え続けている。被害者同士の関連性は見つかっていない。能力の残滓から、被害者は全員2種類の能力で殺されていることがわかっている。念動力(テレキネシス)で高所から転落死させた後、発火能力(パイロキネシス)で焼殺する等。毎回使用する能力が違うため、組織的な犯行の可能性も示唆されている。



使われた能力からして2つの事件の犯人は別であろうけど、巷ではその不可解さから同系統の事件として扱われているのだ。そして新たに追加されている事件は……

「ふぅ……よかった。違う場所だ……。」

僕はほっと胸をなでおろした。念のため他のニュースサイトにも目を通したけど載ってない。あんな頭の吹き飛ばされた残虐な死体が見つかっていたら、絶対にニュースになっているはずだし。

「よかった……。明日になれば現場の重力子異常も戻ってるはずだし、そうなれば僕がやった証拠なんて無くなるはずだよ。」

しかし、偶然だね……。この事件の犯人……、僕と同じ能力なのか。

PC上には「ニュージェネまとめサイト」が映っている。そこには新たにニュージェネに追加された事件が載っていた。



『虚空爆破(グラビトン)事件』



[16129] 第3話 遭遇
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2010/02/20 02:19
「おう上やん!昨日の『虚空爆破(グラビトン)事件』って知ってるにゃ~?」

「知ってるよ。ニュージェネの新しい事件だろ」

次の日の学校でも話題はニュージェネ第三の事件のことで持ちきりだった。昼休みの喧騒の中、その例に漏れず、クラスの三バカ達の話もニュージェネについてである。

「しっかし今回の事件は、言い方は悪いけど普通の事件じゃん。何で不可解事件(ニュージェネ)扱いされてるんだにゃ~?」

「せやな~。派手ではあるけど、未知の恐怖って感じじゃないやんな」

不思議そうな声を上げる土御門とそれに同意する青髪だけど、風紀委員(ジャッジメント)にも交流のある上条はその理由も知っているようだ。

「『虚空爆破(グラビトン)事件』――建物や通りに設置した爆弾を爆発させるという連続事件で、風紀委員(ジャッジメント)もすでに6人が犠牲になっているという凶悪な事件だ。ただし、問題はそこじゃなく犯人の方なんだよ。」

「どういうことや?未知の能力ってことかい?」

「いや、それは判明してるんだ。能力名『量子変速(シンクロトロン)』、簡単に言えば物体の重力子を加速させることで爆弾を作る能力なんだけど……。」

「能力が分かってるんなら全生徒の能力を記録している書庫(バンク)調べれば一発やん」

「それが……その能力を持っていて、さらに建物の部屋を丸ごと吹き飛ばすほどの強度を持っているのは学園都市にたった一人だけ……。レベル4、釧路帷子さんだけなんだ。ただ、その人は少し前から原因不明の昏睡状態で、言ってみれば完璧なアリバイがあるってわけだ」

……何だって!?上条の言葉に一番驚愕したのは僕だったろう。事件自体はどうでもいい。犯人候補が居ない?そうじゃない!一人だけいる……。急激にレベルが上昇したために、書庫(バンク)に未だ記載されていないレベル4相当の『量子変速(シンクロトロン)』能力者。

――僕だ。





――放課後

「やったー!!最新作の星来たんフィギュア買えたよ……フヒヒ。ktkr!」

万難を排してアニメエイトに辿り着いた僕は予約しておいた今日発売の「1/10星来・オルジェル」フィギュアを受け取り、人生の絶頂を味わっていた。

「すげ、すっげクオリティ高すぎ!星来かわいいよ星来~!」

しかし、あまりに浮かれ過ぎていたため、僕は気付かなかった。僕が歩いているすぐそばで、新たな『虚空爆破(グラビトン)事件』が起こっていることに……。

突如、ドォン!と街中に爆発音が轟き、そして同時に多くの人々の叫び声が辺りにこだましている。しかし、残念ながら僕はそれに気付かずに、陶酔した表情を浮かべながら歩き続けていく。

「まったく、うるさいな……、って何だよこれ!」

ついにまわりの喧騒に気付いた僕だったが、顔を上げるとそこに映ったのはこっちへ向けて走り出してきている人々の姿だった。それは、爆弾から逃げるためであったのだが、その異様な様子に僕は慌てて横の細い路地に入っていってしまう。

……よく考えたら隠れる必要なかったね。どうも昨日から逃げることに過敏になっちゃってて困るよ、と考えながら歩いていると横の脇道から人が走ってきていて、その人とぶつかってしまう。

「うわっ」
「きゃっ」

お互い軽く尻餅をついてしまったが、特に怪我も無い。相手の人もすでに立ち上がっているので大丈夫だろう。

「すいません、大丈夫ですか?」

「え、ええ……、だ、大丈夫です。」

三次元で女の子と話をする機会なんて皆無と言っていい僕は、手を差し出してくる女性に何とかどもりながら返事を返すと、相手の顔を見ようと顔を上げる。そして、僕は驚愕の事態に直面した。

「な!?」

そこには見覚えのある、中学生くらいの女子が立っていた。そう、あの凄惨な殺人現場にいた少女。

「――あ、悪魔女……」

一昨日の夜とは違ってゴーグルを着けてないけど間違いない、見間違えるはずもない。あの時の殺人犯だ!

こ、殺される……。

「は?」

「ななな、何の用だよ……!ぼぼ、僕を……、こ、殺すつもり?」

「いや、だからアンタ何を言って……」

「た、助けて……!」

あまりにも怯えた様子の僕に、悪魔女は何かを納得したとばかりに眼を細めていく。
ヤバイ……この悪魔女の心構えが戦闘用になっていくのを肌で感じる。このままじゃマズイ……、早く先手を取らないと。ぼ、僕だって悪魔女に追われているのは分かっていたんだから十分な備えはしているんだ!

早撃ちのガンマンのようにポケットからアルミ製のスプーンを取り出し、それを投擲しようと……。

ゴウッ!

轟音と共に超高速で飛び去った何かが、僕の持ったスプーンを弾き跳ばす。慌ててそちらに視線を移すと、落ちてしまったスプーンの先は熔解されたように消滅していた。恐ろしい威力と速度だ……。

「な……い、いや、まだ武器はある」

が、新たに取り出したスプーンも同様に吹き飛ばされる。

「無駄よ。で、何でこんなことをした訳?」

「何で?そんなの……」

お前が僕の口を封じようとしているからだろ、と言いかけて気付く。そうだ……、この女がこの場にいるってことは、結局僕はこの女を殺してはいなかったってことだ。ということは、今の僕に風紀委員(ジャッジメント)や警備員(アンチスキル)を恐れる理由なんて無い。つまり……。

僕はすぐ横のビルの屋上付近のアルミを最大出力の『量子変速(シンクロトロン)』で轟音と共に吹き飛ばす。大威力の爆発だったけど、距離があるために直接の影響は僕達には届かない。が、それでいい。目的は別にあるんだから……。

「あんた……なんてコトを!」

悪魔女が動揺するのがわかる。この女が僕を殺す理由は殺人現場を見られたから、というもの。殺人の口封じ。そう、この悪魔女は犯罪者なんだ!この場に誰かが駆けつけてきたら、困るのは殺人犯であるこの女の方だ。口封じのために僕を殺している現場を見られ、新たな目撃者を出すなんて本末転倒もいいとこ。
自分の計画を狂わされたからか怒りの表情でこちらを睨み付けてくるけど、いつ人が駆けつけてくるか判らないこの場で僕を殺すような愚は冒さないようだ。

よし!悪魔女が逃げてくれれば、あとは携帯で警備員(アンチスキル)を呼んで保護してもらえばいい。







おかしい……。なんでこの女逃げないんだ?この状況、すぐさま逃げるか僕を殺してから逃げるかの2択のはずなのに……。何か計算があるのか?いや、だとしたらこの憎憎しげな表情の説明がつかない。まさか殺人者のくせにビルを破壊したことを怒っている訳じゃあるまいし……。とはいえ、僕の方も動けない。この細い路地では逃げるには結構な距離を無防備な背を向けて走るしかないけど、あの凄まじい直射砲撃を見てそんな真似は出来ない。もし抵抗しないと思われれば、気が変わって僕を瞬殺して逃げるということも十分ありえるからだ。何らかのアクションを起こして悪魔女を刺激することはできない。







「お姉さま!」

互いに膠着状態に陥っていた空気を打破するように大きな声が響き渡った。同時に悪魔女のそばに現れるツインテールの女子中学生。制服に付けられた腕章は風紀委員(ジャッジメント)の証。
やった!第三部完っ!

これで、この殺人犯を風紀委員(ジャッジメント)に引き渡せば僕の勝ちだ。とりあえずは暴行容疑でもいいから、とにかく逮捕させないと。

「あ、あの風紀委員(ジャッジメント)さん!この女、僕に暴行を働こ……」

「黒子!この男が『虚空爆破(グラビトン)事件』の犯人よ!」

何だって!?一体何を言ってるんだ?

「何ですって!この男性がですか!?……わかりましたわ。」

「この男、もう見境が無いわ。さっきは関係の無いビルまで爆破していたから、刺激しないようにしておいたけど……」

「では、私が抵抗する間も無く拘束しますので、お姉さまは電撃で犯人の意識を奪っていただけますか?」

やばい、このままじゃ僕が犯人にされる。

能力から考えて犯人候補が現在僕しかいないなんて……。取り調べられたら、状況証拠から考えて冤罪をかけられてしまうかもしれない。

やられた……!まさかこの女に、こんな手があるなんて……!

「ま、待ってくれよ!僕じゃないんだ。そ、それにその女は殺人犯なんだ!捕まえるならそっちだろ!」

「はぁ……何をおっしゃっているんですの?お姉さまがそんなことするはずないでしょう……。言い逃れにしても無様過ぎますわ」

「あんたねぇ……、そんな言い訳が通じるとでも思ってるの?」

「ち、違うんだ……本当に僕は」

「詳しくは詰め所で聞きますわ。同行していただけますね?抵抗はお勧めしませんわ」

駄目だ、話が通じない……。しかし、どうもさっきから親しげに言葉を交わしているけれど、まさかこの二人グルなのか?だからさっきからこの場を逃げずに……。くっ、時間稼ぎをされていたのは僕の方だったのか……!こうなると、もし捕まったら連れて行かれるのは詰め所ではなく、死後の世界なんだろうね……

二人はもう完全に僕を標的に定めたようだ。一般人を呼ぶという策はもう破綻している。この構図は風紀委員(ジャッジメント)とそれに追われている犯人だ。正義はあちらにある。
どうやって逃げる……。

それに思い出した……。確かあの悪魔女、レベル5の『超電磁砲(レールガン)』御坂美琴だ。さらに風紀委員の能力は『空間移動(テレポート)』。普通に考えて勝ち目は無いけど、だからってこんなところで殺されてたまるか!



いや待てよ……、一つだけ方法がある。ビルに囲まれたこの路地には、背中の方から強い風が吹いてきている。条件は揃ってる。

「抵抗は無駄よ。何か取り出そうとしてもワタシが打ち抜くわ。」

超電磁砲(レールガン)の発射態勢をしたまま警告を発するが、僕はそれに構わずYシャツを脱ぎ捨てる。悪魔女は自分の方に投げられた訳ではないので発射するか迷っているようだ。これで準備は整った。二人とも僕が服を脱ぎ捨てるとき、ついでにあるものをばら撒いたことには気付いていないようだ。そして、その何かが風に乗って二人の方へ飛んでいっているのにも……。

僕の能力『量子変速(シンクロトロン)』は、正確にはアルミを基点に重力子を加速し、周囲に放出する能力である。つまり、アルミを直接爆発させるわけではないので、基点として存在してさえいれば、破壊力にはアルミの質量の大小は関係しないのだ。

――そう、たとえアルミが視認できないような微小粉末状であろうとも。

ドォン!

「「きゃああああっ!」」

二人の周囲で爆発が起こると、僕はすぐさま後ろへ向かって走り出した。煙で二人の姿が見えないので安否は分からないけど、駄目押しにスプーンを数本後ろに投げつけて爆破させる。



よし、追ってこない!
全速力でそのまま大通りへ出て人ごみにまぎれ、ようやく悪魔女の魔の手から逃れることに成功したのだった。




[16129] 第4話 初恋
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2010/02/20 02:15
ナイトハルト:おまいら助けてくれ!

Forth:どうしたんですか?いきなり……

グリム:仕方ない……じゃあそんな君にはこの幸運の壷を売ってあげようwww

グリム:友情価格で今なら10万円

Forth:安~いwww

ナイトハルト:マジな話なんだって!

Forth:それで何があったんですか?

ナイトハルト:ニュージェネの犯人にされそうなんだ

グリム:マジで!何したんだよwww

ナイトハルト:ジャッジメントとグルだったんだ!あいつら僕をハメようと

Forth:ちょっと落ち着いて説明してくださいよ

ナイトハルト:あ、ああゴメン

ナイトハルト:でもリアルバレになっちゃうから詳しくは話せないんだ……

グリム:ディソード

ナイトハルト:何それ?ネタじゃなくて本気で相談してるんだよ!

グリム:ディソードを探すんだ

グリム:そうすればお前は救われる



グリムさんが退出しました







昨日、悪魔女と風紀委員(ジャッジメント)に襲われた後、僕は惨殺事件のあった裏路地に向かった。あの殺人現場を通報して悪魔女を告発しないことには、僕の生命すら危ういからだ。学園都市最強のレベル5の襲撃なんてそう何度も防げるものじゃない。相手が風紀委員にまで繋がっているのならなおさら。じきに僕のことも調べられてしまうだろう。その前に警備員(アンチスキル)に証言者として保護してもらわないと……。そう思って殺人現場に戻ったんだけど、そこには思いもよらぬ光景が広がっていた。

「し、死体が……、無い?」

そこには何の変哲も無い路地があった。

……無い、無い!?死体も、血の痕跡も、僕の爆発で壊した壁の痕跡すらも……!
そ、そんな……、何で?まさか僕の気のせい……、いやそれだと悪魔女の説明がつかない。さっきも明らかに悪魔女は僕に敵愾心をあらわにしていた。だとしたら……。恐ろしい想像が頭に浮かぶ。

――学園都市は悪魔女の殺人を認めているのではないか。

この徹底した事件の隠蔽はどう考えても個人レベルで出来ることじゃないし、そう考えると『虚空爆破(グラビトン)事件』のことも納得がいく。この事件、犯人はレベル4相当の『量子変速(シンクロトロン)』能力者。おそらくこの事件は、悪魔女が僕を捜索するために学園都市にでっちあげさせた事件なんだ。悪魔女は目撃者である僕の能力は見たが、個人を特定することは出来なかったんだろう。当然だ、レベルアッパーで急激にレベルを上げた僕の能力は書庫(バンク)さえまだ登録されていないんだから。そこで、僕の能力が犯罪を起こしたことにして、警備員(アンチスキル)や風紀委員(ジャッジメント)まで動員して人海戦術で目撃者である僕を捜索しているのではないか……。

背筋が凍るようだ。学園都市が相手なんて冗談にもならない。
僕は殺されるのか……?







藁にもすがる思いでエンスーの仲間達に相談してみたけれど、結局ヒントになりそうなのはグリムの『ディソード』という言葉のみ。ディソードという言葉を検索してみると、色々と説明があったけどようするに架空の伝説の剣のことらしい。
どう考えてもおかしな話だけど、この時の僕の精神状態は普通じゃなかった。それでもどうにか売っている店を探して、次の日に買いに行くことにしたのだった。
それなのに……。

「ナイトハルトさん!次はどこに行きます?」

何でこうなってるんだよ……。

ディソードを買いに来た僕に声を掛けてきたのは見知らぬ女子中学生だった。

「はじめまして、ナイトハルトさん」

「え?き、君は……?」

「あ、わたしはForthです。よろしくお願いします。」

彼女はハンドルネーム『Forth』。エンスー仲間で、チャットで話していたディソードを売っている店に僕が来ると思って待ち伏せていたという。

「な、何で僕をま、待ち伏せていたんだよ……。リアルバレさせるなんて、ネ、ネットの常識しらないのかよ……!」

「ごめんなさい……。でもナイトハルトさん困っていることがあるって言っていたじゃないですか。それで実際に会って力になりたいと思って……。チャットじゃ話せないこととかあると思いますし」

……本当に?一度も会ったことのないのに?Forthとの付き合いはネット限定だ。そんな人間のためにわざわざ来るかもわからない店で朝から待っていたって言うのか……?

「し、信用できない……。ぼ、僕のことをつ、通報しないって保証無いじゃないか!」

そう言うとForthは一瞬悲しそうに目を伏せた後、明るく笑顔を見せた。

「じゃあ、わたしとオフ会しましょう!」

そうしてディソードを買った後、近くのファミレスで一緒に昼食を食べることになってしまった。な、なんだこれ……もしかして、デートか?
……やばいくらいテンパってくる。そもそも人見知りの上に半引きこもりの僕に二人だけで話するなんて拷問だよ……。女子中学生と僕で間が持つはずないじゃないか……。







「それがディソードですか?……なんかインチキ臭いですね。」

「い、いいんだよ!き、きっとこれが僕を守ってくれるんだ……、1万円もしたんだぞ!」

「だって、ちょっと安っぽいし……」

確かに……。このディソードは一応、西洋剣みたいな形状だけど安っぽいというか何というか……、ぶっちゃけオモチャみたいな感じだ。正直これをもって街中を歩いているだけで恥ずかしい。ひどい羞恥プレイだ。刃は付いているみたいだけど、見ただけでなまくらだと分かる。あまりにも安っぽくて逆に誰も警備員(アンチスキル)に通報しないだろうということだけが救いだ。

「あ、それブラチューの限定ストラップじゃないですか!」

「あ、これ……、フィギュアの付属品……Forthはブラチュー知ってるの?」

「はい!アニメも毎週見てますよ!」

「そ、そうなんだ……」

「ナイトハルトさんはどの話が好きなんですか?わたしは12話の覚醒シーンがすごい好きなんです!あのシーンは何回も見返しちゃいますよ!」

「あ、あの話は演出と作画が宮路っていう神クリエイターなんだ……。だからクオリティ高くて当然。あの人はマジ神だよ。」

「へ~、よく知ってますね」

「か、監督と演出と脚本はチェックしておいた方がいいよ……。」

「そうなんですか。次からはチェックしてみますね!」

話下手な僕だけど、こんなに楽しく話をしたのは久し振りかもしれない。Forthは明るくて、さばさばしてるからか人との会話が苦手な僕もだんだん慣れてきて、時間を忘れるほど話をしてしまった。半引きこもりの僕は、三次元で一緒にアニメの話をしたことなんて無かったけど、こんな楽しいんだ。しかも、かわいい女の子。僕に一緒にアニメとかゲームの話をしてくれる女の子ができるなんて……!

「星来ちゃんかわいかったですよね!あ、でも今週のアバンの部分がちょっとよく分からなかったんですけど……」

「あ、あれは先週の回に伏線があったんだ。カワタクはそういう伏線を張るのが好きだから……」



そうして、しばらく時間が過ぎた頃、Forthは少し逡巡した後おずおずと声を掛けてきた。

「……あ、あの、携帯の番号教えてもらえませんか……?」

「え?な、何で……」

「ほ、ほら……!チャットで困ったことあるって言ってたじゃないですか!何かあったら連絡してくれていいですから!」

「そ、そう……」

「……それにわたしもこういった話するの初めてで…………すごく楽しかったですし」

と顔を伏せて小さな声でつぶやいている。心なしか顔が赤いような気もするし……。
え?これ何てエロゲ?いや僕にこんなエロゲみたいなご都合主義的な展開ありえないだろ!……常識的に考えて。
これは罠だ……。そうだよ、僕の勘違いに決まってるよ。

「な、何でそんなにしてくれるの……?会ったのだって今日が初めてなのに……」

「それは……。わたしってレベル0なんです。両親に無理言って学園都市に入って、それなのにわたしには超能力の素質は無くて……。それで、現実逃避ぎみにエンスーを始めたんですけど、そこでも少し嫌なこととかもあって……。」

「エ、エンスーはPK有りのネトゲだしね。し、初期の頃はペナルティも少なかったし、初心者狩りとか結構ひどいこともあったみたいだね……」

「それで、やっぱりゲームの中ですらわたしの居場所はないんだって思って……。でも、そこで会ったのがナイトハルトさんだったんです。ネットゲーム初心者のわたしにも親切に教えてくれて、しかもパーティーにまで誘ってくれて、すごく嬉しかったんです!」

「で、でも幻滅しただろ……。『疾風迅雷のナイトハルト』とかいって、三次元での僕はただの半分引きこもりのオタクなんだから……。」

「全然そんなことないです!実際に会って、確かにイメージとは少し違いましたけど、だけど今日はすごく楽しかったです!」

何だろう、この気持ち……。やばい……、胸がドキドキする。今まで三次元なんて興味なかったのに。

「あ、ありがとう……。な、名前……なんていうの?」

「佐天涙子です。ナイトハルトさんは?」

「西條拓巳」

初めてリアルの情報を話してしまった僕だけど、後悔はまったくなかった。それどころか二人の距離が近づいたようでお互いに自然と笑みが浮かんだ。

「あの、明日なんですけど一緒にアニメエイトに行ってくれませんか?」

「え?」

「あ、あああの、わわたしそういった場所行ったことなくて。もしよろしければ案内してもらえないかな……と」

「も、もちろんいいよ!」

そう言って明日の約束をしたところでお互い今日は別れたのだった。もしかすると、これってデートだよね……。
こんな状況ゲームでしか経験したことないよ……!







しかし、その浮かれた気持ちは部屋に帰ってすぐに消えることになる……。

僕の部屋の前には大怪我をして血を流した白衣の女性が倒れていたのだった。



[16129] 第5話 恐喝
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/09/01 00:01
この学園都市は治安が悪い。少なくとも日本の他の主要都市に比べれば。

子供達が超能力という人間を超えた力を持った反動からか、超能力による犯罪は後を絶たないし、またその被害も大きい。なぜなら高位能力者ともなればたった一人の人間で重火器レベルの威力ともなりえるからだ。例として『虚空爆破(グラビトン)事件』で言えば、ビルの一室を丸ごと吹き飛ばすようなことを、ただの一個人が容易に行うことができるのだから。そして、そんな強大な力を使うかどうかは成人にも満たない子供達の倫理観に委ねられているのだ。

そして、もう一つの原因。学園都市は8割を学生が占めているので、不良というものが多く存在する。強大な力を使いたいという能力者に加え、多くの割合を占めている武装無能力者(スキルアウト)などによる軽犯罪も治安の悪化に大きく関わっている。

学園都市では能力者と無能力者には大きな違いがある。しかもそれは努力しても必ずしも使えるようになるとは限らないのだ。持たざる者にとって、人間を超えた力を持つ能力者との間に絶対的な差を感じてしまうのも当然であろう。そして、武装無能力者(スキルアウト)に所属しているのは、そんな周囲に耐えられなくてドロップアウトしてしまった学生達。力を持てない自分への悔しさや無力感、差別され続けてきた怒りを彼らは周囲にぶつけているのだ。

しかし、そんなことは僕には関係ない……







「おいコラ、てめえ何なんだよ!」

「……い、いえ……、ぼ、僕たちは……」

いつのまにか僕らは不良に囲まれてしまっていた。顔がぶつかるほどに近づき威圧してくる派手な服を着ている男達に怯えながら、僕は自分の不運を嘆いていた。










昨日自分の部屋に帰ると、血塗れの白衣の女性が部屋の前に倒れていたのだ。驚愕の事態に恐る恐る近づいていくと、どうやら生きていて、しかも救急車は呼ぶなとのこと。しかも僕の部屋に入ってくると、僕のベッドを占領してぐっすりと熟睡してしまったのだ。明らかに厄介事の雰囲気なんだけど、結局僕は受け入れ、床で寝ることになった。僕自身も現在救急車も呼べないお尋ね者だから彼女に同情したというのと、さすがに怪我人を放って置くというのに気がとがめたからだ。

そして今日、涙子と昨日約束したアニメエイトに遊びに行ったのだ。エンスーのグッズやブラチューのフィギュアを見て回ったりした。涙子はこういう店は初めてだったみたいで、かなりはしゃいでいて僕もうれしくなった。「わ、私のこと名前で呼んでいいですよ!」とか言われたり。

かなり楽しく一日を過ごして、そろそろ帰ろうと思ったところで僕らは、一人の少女が不良たちに絡まれているのを見つけてしまった。
気弱そうな少女は不良たちに囲まれて、腕を掴まれて怯えながら路地の奥に連れ込まれていく。

これだからDQNは……、後で警備員(アンチスキル)に電話でもしてやるか。心の中で少女に向けてドンマイと薄っぺらい言葉をつぶやくが、僕は自分が標的にならなかったことにほっと胸を撫で下ろしてしまっていた。所詮レベルが上がったところで僕は僕のままなんだな……。そんなことを考えながら、知らんふりをしてその場を離れようとしたら……。

「そ、その娘を離しなさい!」

隣にいた涙子が不良たちに向けて声を出していた。そして、こちらを振り向き睨みつけてくる男達。

「あん?何だよテメーら!」

「ジ、風紀委員(ジャッジメント)に通報しました。もうすぐ到着するんだから、早くその娘を置いていってください……!」

「あれー?おかしいな、電話なんてしてる様子なかったけどな!」

僕らの背後から仲間らしき不良が現れると、僕を殴り、奥へ無理矢理連れ込んだ。

「きゃあっ!は、離してよ!」

「……や、やめてください」

「うるせーよ!よくも舐めた真似してくれたな!」

涙子と少女は男に捕まえられてしまい、僕だけはその後に数発殴られ、地面に倒れている。
やっぱりDQNなんかに関わるんじゃなかった……。経験上、僕を殴ってストレスを発散した奴らは、もうその後は金を奪って終わりになる。あとはこのまま寝ていればいい……。
いつものように抵抗をやめて伏せっていると、あたりに悲鳴が響いた。

「やめて、嫌っ!た、助けて!西條さん!」

はっとして顔を上げると涙子が男に壁に身体を押さえつけられようとしているのが目に映った。と同時に怒りが湧き起こってくる。

そうだ、今は僕だけじゃないんだ……!涙子を助けないと……!

とっさに不良を爆殺してやろうと思ったが、その激情をかろうじて抑える。この距離では爆発に巻き込んでしまう。僕の能力は範囲指定も威力の加減も難しいため、不良だけを正確に狙うということは不可能だ。つまり、この場で能力は使えない……。
しかし、僕の心に恐怖は全くといっていいほど浮かばなかった。機関銃による銃撃や、超電磁砲による射撃による死の恐怖に比べれば、こんなものピンチでもなんでもないのだから……。

僕はいきなり飛び起きると、そのまま涙子を捕まえている男に体当たりをし、涙子と、ついでに少女の手を掴むとそのまま駆け出した。


よし、前には誰もいない!

逃げ切れると確信したそのとき、誰かに鈍器のようなもので殴られる感触がした。それも正面から。

「がっ……!」

「西條さん!?」

頭部から血を流しながら前を見るが誰もいない。と思った次の瞬間には目の前に男が現れていた。

くそっ……能力者か!

「かかっ!テメーらタダで帰れると思うなよ!」

そして、再び一瞬にして姿を消す男。
間違いなく何らかの能力。空間移動系か?
姿は見えないが前はおそらくその男にふさがれ、後ろからは不良たちが追ってきている。なら、こいつを突破する!

とにかく身体を守りながら、前へ進もうとするが、やはり見えない所から殴られる。僕の能力では敵が見えなくては使うことが出来ない。さらに前後左右から何度も打ち付けられ、とうとう僕の膝ががくりと落ちる。そして、後ろからも不良たちが追いついてきた。

こうなったらもう最後の手段しかないか……。

――『量子変速(シンクロトロン)』で自爆し、同時に後ろの連中も最大出力で吹き飛ばす。

いくら姿が見えなかろうと、少なくとも攻撃の瞬間はそこにいるのだから、攻撃されると同時に自分もろとも爆破。そして後ろの連中もその周囲ごと爆破する。僕も爆撃を受けて戦闘不能になってしまうだろうから、涙子を追ってこれないように後ろの連中を確実に戦闘不能にするためには加減はできない。もしかしたら死人が出る可能性もあるけど、涙子がこいつらに捕まるよりはマシだ!

「……涙子とそこの君、合図をしたら目と耳を閉じて地面に伏せて」

耳元で囁くと、通路の前後にスプーンを放り投げる。そして、前に走り出すとまたしても殴られる。

――爆破させる!

「そこで何やってんだ!」

唐突に響く声にとっさに爆破を取りやめる。どこかで聞いたことのある声。そして、その男はこちらへ向かって駆け寄ってきているようだ。やはり見覚えのある顔。

「……上条!?」

「やっぱり西條か!?……この状況は、こいつら倒しちゃっていいんだよな?」

「あ、ああ……」

「この能力者は俺が倒しておくから、その間に後ろの奴らから女の子を守ってやってくれ」

そう言って、半身になり右手を前に出すような構えを取る上条。

「お、お前確かレベル0だったじゃないか!?いくらなんでも能力者に勝てるはず……!?」

「いいから任せとけよ」

「……わ、わかった」

状況は切迫しているのも確かなので、自信を持って答える上条に能力者は任せて僕は後ろの不良たちに相対した。人数は6。しかし、目に見えていれば何の問題も無い。

「この人数に勝てると思ってんのか!」

「……思ってるよ」

そして、先ほど投げておいたスプーンを起爆させる。相手が無能力者だけなら涙子たちを伏せさせるまでもない。こちらに被害が出ないように加減しておいた爆発で十分。

ゴゥッ!!

轟音が鳴り響いた後には立っている者の姿はなかった。
よし、後はあの能力者だけ!

「なっ……か、上条!?」

振り向くとそこには、先ほどの右半身を前にした構えのまま上条が立っていた。しかし、なぜか上条は目を瞑っている。驚くのはここからだった。目を瞑ったまま半歩右にずれると、そのまま右手を突き出し相手の襟を掴んでいた。

「え?」

急に現れた男は、上条の右手に襟を取られた姿を晒していたのだ。そして、そのまま上条は右手の襟を絞り、衣服で喉を絞めていく。

「ぐ……なんで能力が使えない……!?」

しかし、男は窒息するまでの間に力を振り絞り、持っている鉄パイプを上条の頭に振り下ろす。
ただし、上条には通じない。瞬間、右腕で相手を引き寄せると、バランスを崩した相手の顔面に頭突きを放つ。何かが潰れるような音と共に相手の動きが一瞬止まり、その隙に左手で武器を持った手首を押さえる。そして、膝で金的を喰らわせ、脚を払って押し倒す。
倒れ伏した男は、すでに頚動脈を絞められ意識を失っていた。

「つ、強い……」

強いというより上手い。完全に何らかの格闘技を修めている者の動きだ。あまりにも鮮やかで、あまりにも隙が無い。

「お、そっちも無事だったみたいだな」

何もなかったかのような態度で振り向く上条だが、実際大したことなど何もなかったのだろう。息一つ乱していない様子で声を掛ける。

「あ、ああ……」

「全く驚いたぜ、西條が絡まれてるのが見えたから駆けつけて来たんだけどな」

「どうして……?」

「ああ、最初目を瞑ってたことか?こいつの能力は姿を見えなくする能力だと思ったんだよ。何も無いところから音とかしてたしな。だから目を瞑って気配と音に集中して、攻撃を捌いたんだよ」

「い、いやそうじゃなくて…………な、なんで僕を助けてくれたの?」

なぜ僕を?というのが正直な気持ちだ。今まで上条とはほとんど話したことなんてないのに……。まぁそれはクラス全員に言えることだけど……。無関係の人なら、見てみぬ振りをしてしまうのが普通ではないのか。しかし、上条はあっさりと答えた。

「クラスメイトだろ。当たり前じゃねえか」

「……!?」

雷に打たれたような衝撃だった。心が熱くなったような感覚。羨望、憧憬。

「あ、ありがとう……」










ようやく自分のマンションまで帰ることができたのは、それから1時間後だった。上条は用事があったため、あの後すぐに消えてしまったので、僕らでもう一人の少女を駅まで送っていたのだ。そのまま涙子も送っていこうかと思ったけど、僕の傷の手当てをすると言って譲らなかったので、今は一緒に自分の部屋へと向かって歩いている。

「今日は私のせいで怪我させてしまってごめんなさい」

涙を浮かべながら謝る涙子に僕は焦りながら返す。

「い、いや怪我は大したことないからいいよ。それに悪いのは全部あいつらだし」

「でも!私が不良たちを止めようとしちゃったせいだし……」

「そ、そんなことないよ!……むしろ僕はすごいと思ったよ。尊敬する。ぼ、僕なんか知らん振りして通り過ぎようなんて思ってたし……。人が一人危険な目に遭ってるっていうのにね……」

自嘲気味に呟く。
だから、本当に謝らないといけないのは涙子を守りきれずに危険に晒してしまった僕の方で――

「そんなことありません!西條さんは私のこと助けてくれました!実は私、あの時すごく恐かったんです。そんな時にあの人達から守ってくれて……私、すごく嬉しかったです!」

そして、ようやく僕の住むマンションに到着した。エレベーターに乗って6階へと上がっていく。その中で涙子は満面の笑顔を浮かべる。

「今日一日、すごく楽しかったです。ありがとうございました!」

「い、いや僕の方こそ楽しかったよ。」

「それに、……すごくカッコよかったですし。……も、もしよかったら、また遊びに誘ってもいいですか?」

「も、もちろん!」

俯きながら頬を赤く染めてつぶやく姿に、僕の方まで顔が真っ赤になってしまう。そして、どちらともなく共に視線を合わせ――

そこで、チンという音に6階に到着してしまったことに気付かされる。

「あ、えーと僕の部屋はこっち……」

……せっかく良い雰囲気だったのに。

悔しく思いながらも、自分の部屋の鍵を開ける。


「こんなところに住んでいるんですの?」


「え?」

突如聞こえてきた声に思わず後ろを振り返ると……。

――悪魔女の仲間、ツインテールの風紀委員(ジャッジメント)がそこに立っていた。

「な……何で!?」

「お久し振りですわ」

逃げないと……!怯えるから身体を奮い立たせ、走り出そうとしたところ……

「無駄ですわ……」

ぐっ……身体が動かない!?

見ると僕の衣服ははいつの間にか針のようなもので壁に縫いつけられていた。まるで磔にされた罪人のように。

「抵抗は止めたほうが賢明ですわ」

「な、何でこの場所が……?」

「善良な一般人の通報がありまして。それで先ほどからあなたを尾行させてもらいましたの」

そう言って余裕の表情を見せる少女だが、僕は一つの疑問を感じていた。

――通報?
そんなはずがない。僕を虚空爆破(グラビトン)事件の容疑者だと思っているのはこの女と悪魔女だけのはず。もしかしたら悪魔女が教えているかもしれないけど、風紀委員(ジャッジメント)ならともかく一般人が僕の顔を犯人だと知っているはずが無いのだ。

しかし今日、量子変速(シンクロトロン)を使ってしまったことに思い至る。そうだ……、今日僕の能力を見た人間なら、僕と虚空爆破事件を繋ぎ合わせることが出来るのだ。なら不良たちか?僕らにやられた腹いせに通報した?いや、あの場にいた全員が気絶していたのは確認済み。なら……、あの不良に絡まれていた少女か……?助けなきゃよかった、なんて考えるがもうそんな場合じゃない。とにかく逃げようと無理矢理身体を動かすが、とても針が抜ける様子はない。

「あの、白井さん……これは?」

「そうなんですの!何で佐天さんがこの男と一緒にいるんですの!?」

「え?……いやぁ、はは」

「……何で照れているんですの?」

……全く身体が動かせない!しかも、周囲に爆破できそうなアルミも見当たらない。この窮地に焦りながらも目の前の風紀委員を睨みつけようとするが、見ると何やら涙子と会話をしているようだ。しかも、どうもお互い知り合いのようで和やかな様子。

「えーと……も、もしかしてこの風紀委員と知り合い?」

「はい、そうですよ!」

学校も違うみたいだし、一体どういう知り合いなんだ……?

「おしゃべりはそこまでですわ!表札によると……、西條拓巳さんと言いますの?詰め所まで同行願いますわ」

そう言うと手錠を取り出し、こちらへと歩き出す少女。
くっ……どうする、知り合いみたいだし涙子に何とかしてもらえるか?そう考えたところで恐ろしい考えが頭をよぎる。いや、そんなはずがない!僕はその予想が外れていることを祈りながら涙子に質問を投げかけてみた。

「……御坂美琴って知ってる?」

「え?はい、友達です」

迷いなく答える涙子の言葉は僕の心を絶望で満たしていった。涙子が悪魔女とこの風紀委員の仲間ということ……。それならば……。
――僕のことを通報したのは涙子だ
それならこの地区は管轄外にもかかわらず、悪魔女の仲間の風紀委員が僕の所に来たのも理解できる。風紀委員(ジャッジメント)の支部ではなく、直接この少女に連絡したのだ……。
がくっと僕の身体から力が抜ける。

そんな……、なら今日のことも全部嘘だったのか。裏切られた……。いや、引きオタの僕がリア充を気取ったのが間違いだったのか……?
脱力しきった僕はもう一切の抵抗をする気になれなかった。もういい……。風紀委員の少女が僕の腕を取り、手錠を掛けようとするのを僕は遠い眼で見ていた。
もう好きにすればいい……。それほど涙子に裏切られたことは僕にとって大きな衝撃だった。

このまま悪魔女の元へ送られるのだろうか……。そしたら、口封じに殺されるのだろうか……。これまでの光景が蘇ってくる。銃口を向けられた恐怖、超電磁砲を射出された恐怖が――。

くそっ、冗談じゃない!死んでたまるか!頼む……誰か助けてくれ!

その瞬間、手錠を掛けようとしていた少女に向かって天井から蛍光灯が落下してきた。

「きゃあっ……!?」

そして、降ってきた蛍光灯は少女の頭部に激突し、粉々に砕けてしまった……。何という偶然。

「痛っ……、全く何なんですの?」

残念ながら大したことはなかったようだが、ガラスの破片を頭から被ってしまったのでいったん僕から離れ、ガラスを手で払いのけている。そこで、突然僕の部屋のドアが開きそこから腕が伸びてきた。そして僕を掴み――

「まったく…………どうも騒がしいと思ったら早くもこうなってたか。とにかく私のセーフハウスまで逃げるぞ……」

白衣の女性がそう呟くとすぐに僕の視界は暗転し、僕らの姿はその場から消えた。



[16129] 第6話 磔刑
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2010/03/02 14:15
空間移動(テレポート)をされて辿り着いたのはどこかのマンションの一室だった。そこで、僕は白衣の女性、木山春生から虚空爆破(グラビトン)事件の犯人についての説明をされた。そして、この女性がレベルアッパーの開発者であることも……。

「じ、じゃあそのワクチンを使えば事件解決ってことじゃないですか!」

「それはできない。最悪では使用せざるを得ないだろうが、私にはレベルアッパーの演算しなければならない実験があるのだ。」

「だ、だからって……」

「それに真犯人が捕まらなければ君の疑いも晴れないのではないか?先ほども風紀委員に追われていたようだったが」

確かに……。実際に『虚空爆破(シンクロトロン)』事件が起こっている以上、風紀委員(ジャッジメント)から逃れるためにも犯人は捕まえなくては。レベルアッパーが無くなれば僕の能力もレベル2に戻り、証拠はなくなるとはいえ、疑いは晴らしておきたい。その点ではこの木山という女性とは協力できる。

『どうするの、タッキー?』

「……て、手伝うしかないね。もうあの風紀委員に部屋の場所まで知られちゃったし。し、真犯人を見つけないと風紀委員(ジャッジメント)に追われ続けることになる」

『ああ……かわいそうなタッキー。こうなったら早く真犯人を捕まえてやるんさ!』

「そうだね、星来~」

そう言って星来は後ろから僕を抱きしめて励ましてくれた。
僕は一体何を考えていたんだろう。やっぱり星来タンが一番だよ!二次元最高!三次元は即刻滅ぶべきだね。

「……それで今後のことだが」

独り言を呟いているようにしか見えないだろう僕と星来の会話をスルーして木山さんは話を続ける。

「そ、そうですよ、どうやって犯人を捕まえるんですか?」

「正直、今の段階では有効な策はないな」

「ちょ、ちょっと!」

『この女、役立たずなんさ』

「向こうも私を探しているはずだから、私が外を歩き回って囮になればあの男は現れるだろうが……。その場合、相手と出会ったときには私の能力はすでに無効化されてしまっているだろう。そうなると君一人であの男と戦わなくてはならないが……、残念ながら君では奴に勝てない」

「……まぁ話を聞く限りではそうでしょうね」

最近戦闘に巻き込まれることが多かったが、そのほとんどを僕は逃走という手段で切り抜けているのだ。とてもそんな多才能力(マルチスキル)なんていう規格外な戦闘者に勝てるとは思えない。

「それに君の能力はまず重力子を加速させなければならないため、爆発までにタイムラグがあるだろう。同系統の能力者が相手では、事前にその反応を感知されてしまい奇襲も難しい。」

『じゃあ打つ手無しってことじゃんさ~』

「つまり、方法は一つ。能力を封じられる前に私の不意打ちで行動不能にする。……ただそのためには、私が先手を取らなければならない。しかし私が囮になってしまうとそれができないのだ」

犯人を倒すには木山さんを捕捉されてはならないが、木山さんが囮にならないと犯人を発見することができない。あちらを立てればこちらが立たずか……。

「とりあえずワクチンを作成するから今晩はどちらにせよ何もできないがね……。明日には私の怪我も治しておく。君も疲れただろう、今日は休むといい。」

はい、と答えようとしたところで僕の声は消えた。木山さんが突然服を脱ぎだしたのだ。そのまま下着姿になるとパソコンに向かって座る。

「な、え……?」

口をぱくぱくさせながら声にならない声を上げる僕。当然女の人の下着姿なんて初体験だ。これ何てエロゲ?

「ん?何だ変な顔して……」

なぜか訳のわからないような顔をしているが、それは僕の方だ。

「い、いや何って……服…」

『も~タッキー!見ちゃ駄目~!』

「ん?今日は少し蒸し暑いからね。君の方こそ顔が赤いが、暑いんじゃないのかい?」

「……いえ、大丈夫です。パソコン一台借りていいですか?」

僕はかぶりを振ると木山さんに注意するのをやめた。やっぱり下着姿をもっとよく見てたいし……。現実にこんなエロい女がいるなんて……!三次元のイベントも捨てたものじゃないな。







それから数時間、木山さんの下着姿を観賞しながらエンスーを楽しんでいると、グリムからメールが届いた。タイトルには『ニュージェネ超最新情報!』という文字。
またか、と思いつつ開くと添付データが……。

――そこには、全身を金属製の杭のようなもので串刺しされ、壁に磔にされている男の姿があった。

「な……!?」

本文を読んでみると、この画像はついさっき目撃した殺人現場でグリム自身で撮ってきた写真らしい。まだ警備員(アンチスキル)さえ通報していない最新のものだとか。以前将軍に見せられた画像が脳裏をよぎる。また殺人現場の画像か……、流行っているのか?
それにしてもグリム……こんなグロい死体を嬉々として撮影してるなんて相変わらず良い趣味してるよ……。
でもこれ、本当に例のニュージェネ犯がやったんだろうか……?

「間違いない……、この杭はあの男が私に突き刺した杭と同じものだ。紛れもなく新たなニュージェネ事件だよ」

そう言って悔しそうに唇を噛む木山さんは、すぐに脱いでいた服を着始めた。

「どうしたんです?」

「現場へ行こう。警備員(アンチスキル)が到着する前に調べておいた方がいい。」

『でも現場に行ってもやることなんてないんじゃない?』

「そうですよ、もう犯人だって逃げちゃってるでしょうし……」

僕らのような素人が事件の捜査をしたってしょうがないじゃないか。素人探偵が活躍できるのは物語の中だけだよ。

「私の『読心能力(サイコメトリー)』なら現場の遺留品から犯人の痕跡を探せるかもしれない。とにかく今は何でもいいからあの男に繋がる情報が欲しい。」

現場に到着すると、そこで僕は串刺しにされた死体を見せられることになった。壁に無数の杭で打ち付けられ、磔にされたその身体からはまるでハリネズミのように杭が突き出し、無事な部分はほとんど見つけられない。

「ぐっ……」

『大丈夫?タッキー』

やっぱり画像とは迫力が違う。顔色を悪くしている僕とは対照的に、木山さんは淡々と辺りの調査を進めていた。

「ど、どうですか?何かわかりました?」

「……いや、最初の一撃で心臓を貫いてそのまま滅多刺し。その後はすぐに空間転移(テレポート)で逃走。一言の会話すら無し。変装して顔も隠しているし、やはり犯行現場を調査されるのは想定内なのだろう」

仕方ないと帰ろうと思ったところで、後ろの方からひっと怯えたような声が響いた。そこには、数人の女子中学生がいた。その視線の先には磔になった死体。そして、次に視線を向けたのは僕達二人だった。信じられないような瞳で僕らを見つめてくる少女達。

「ひっ……こ、殺さないで……」

「ちょ、ちょっと待ってよ!ぼ、僕達じゃない!」

誤解を解かないと……、またしても僕達が犯人にされてしまう!
しかし、僕が何を言っても聞く様子は無い。今にも大声で悲鳴を上げてしまいそうな雰囲気だ。

「話を聞いてくれないかな君達。ほら、何も持って無い」

そう言って両手を上げてゆっくりと少女達に近づいていく木山さん。そして、少女の頭に手を置く。記憶を改竄するつもりなのだろう。
木山さんが精神を集中して目を瞑ると、その少女がポケットに手を入れた。そこから取り出したモノが月光を反射してキラリと光るのが見える。

――ナイフ!?

「木山さん避けて!」

「何!?」

少女の突き出してきたナイフをかろうじて横へ転がることで避けた木山さんだったが、そこへ向かって凶器を持った少女達が殺到していく。いつの間にか他の少女達も懐から凶器を取り出し、木山さんへ向かって走り出していたのだ。
くっ……、あんなに密集されたら僕の能力では木山さんを巻き込んでしまう……。しかし木山さんも急な襲撃に体勢を崩されてしまっていて、避けられる状況ではない。

「「「死ネ」」」

怨嗟の言葉と共に振り下ろされる凶器。木山さんの能力発動は間に合わない。あと数瞬の後には木山さんの脳天にナイフが突き刺さってしまうだろう。

――木山さんが死ぬ?

いや、駄目だ!何か……、何でもいい!木山さんを守ってくれ!

キィン……!

「な……に…?」

これはこの場にいる全ての人の言葉だっただろう。いつの間にか木山さんの周囲には強化ガラスが現れており、凶器を全て防いでいた。いや、いつの間にかではない。断じてさっきまでこんなガラスは存在していなかった。守られた木山さんでさえ常識外の事態に呆然としてしまっている。

最も早く行動を再開した少女達は、すぐさま木山さんの四方を囲まれているガラスを乗り越えようとするが――

「もう遅いよ」

バチィという音と共に少女達は電撃を浴びせられ、地面に倒されてしまった。能力さえ使えれば無能力者が多才能力(マルチスキル)に勝てるはずがないのだ。少女達は電撃を受けて気絶させられ痙攣している。そして、木山さんは倒れた少女に近づくと頭に手を当てる。

――記憶走査

「ど、どうですか?」

「……どうやら何者かに操られていたようだな。しかも記憶を読めないようにブロックされている」

「犯人の仕業ですよね」

「ああ、罠だったようだな……。すでに私達は監視されている可能性もある。とりあえず、この少女達の記憶を消したら帰ろう。」

このまま犯人が現れたら僕達に勝ち目はない。早くこの場を離れた方がいいだろう。それに先ほど出現したガラスについても気になる、と木山さんも考え込む。そして、現場を読心能力(サイコメトリー)できないように妨害すると僕達はこの場から消えた。







この周囲に警備員(アンチスキル)のパトカーのサイレンが鳴り響き、ネット上に新たなニュージェネ事件が追加されるのはこの数時間後のことであった。



[16129] 第7話 決意
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2010/03/11 04:26
あれから数日が過ぎたが、いまだに木山さんは昼夜問わずほぼPCの前に座りっぱなしの状態だ。ワクチンは一晩でできると言ってたんだけど、これだけ時間が掛かるなんて何か問題でも起きたんだろうか。

「き、木山さん、まだワクチン出来ていないんですか?」

「いや、ワクチン自体はすでに出来上がっているよ。ただ、ワクチンを一度使ってしまうともうネットワークは完全に破壊されてしまうからね……。それは次善策として、今はネットワークのスイッチのようなものを開発しているところだよ。まぁ、あと三日もあれば完成するだろう。……本来はここまで大事になる前に実験を終わらせている予定だったのだがね」

いま開発しているのはネットワークのオンとオフを切り替えるスイッチのような装置らしい。ネットワークに取り込まれた人間が昏睡状態に陥ってしまうのは、長時間別の脳波を強制され続けてしまっているからで、スイッチを用いてオフの時間を作ってやればその問題は解消されるというのだ。レベルアッパーを使用した人達も使い始めてからの数週間は普通に行動できているように……。
それが完成すればニュージェネ犯は終わりだ。多才能力(マルチスキル)は僕達がスイッチをオンにしてネットワークを再構築しない限り使用できなくなる。

それに、さすがセーフハウスと言うべきか、ここに篭ってから僕達への追っ手は誰一人現れていない。この場所の安全性も十分なようだし、完成するまで僕はネトゲ三昧の日々を送っていればいいだけだ。

「それはそうと、君の方はどうなっているんだ……、能力は発動できたのか?」

「い、いえ、どうも安定しないというか……。もう少しって感じはするんですけど……」







襲撃があった後、部屋に戻った僕は木山さんに問い詰められた。あの物質を出現させたのは君なのか?と……。
「い、いえ、僕はもう能力ありますし……。確かにあの瞬間、木山さんを守るものがあればって考えたけど……。でも能力は一人につき一種類って決まっているんでしょう?」

「その通りだ。しかし、能力によっては複数の効果をもたらすものも存在する。例えば常盤台中学の『心理掌握(メンタルアウト)』などは読心、洗脳、念話など精神に関することなら何でも出来るというしな……。それに何より、君からは『量子変速(シンクロトロン)』能力者特有ののAIM拡散力場が感じられない」

「……それは僕も学校で言われました。でも、うちの学校は装置がボロかったから……そ、そのせいで検出できなかったんじゃないかって……」

「いや、私のレベル4『量子変速(シンクロトロン)』の精度で調べても、君からはAIM拡散力場である重力子反応が一切感じられない。それどころか、私の知るどの能力のAIM拡散力場のデータとも一致しないのだ」

AIM拡散力場とは、能力者が無自覚に発している微弱な力のフィールドのことを言う。例えば、『電撃使い(エレクトロマスター)』の場合は周囲に微弱電流が流れていたり、『念動力(サイコキネシス)』では周囲と微妙な圧力差が生じたりといった具合である。『量子変速(シンクロトロン)』の場合は周囲の重力子が増減するはずなんだけど、それが起こっていないということは……

「――君の本当の能力は『量子変速(シンクロトロン)』ではない」







それから今日まで真の能力を試してみたんだけど、結局一度も発動させることはできなかった。もう少しって感触はあるんだけどなぁ……。

そして、今日は今日とて木山さんの下着を観賞しながらエンスーをやっているのだった。

「グリム……、またかよ」

『またニュージェネの最新情報~?よく飽きないわね、こいつ~』

星来の言うとおり、よく飽きないな……。ニュージェネマニアのグリムはいまだに最新情報を報告してくるのだ。確かに僕達にとっても有用な情報なんだけど、前回襲われた教訓を生かして、木山さんの開発が終わるまでは待機ということに決めているので今はどうしようもないのだ。あれ以来、僕達は殺人現場はおろか部屋の外にさえほとんど出ていない。そのため、犯人の方も焦っているのだろう。僕達を挑発するように新たなニュージェネ事件が起こり続けている。



ニュージェネ第5の事件『ヴァンパイ屋』

「ヴァンパイ屋」と名乗る人物からインターネットオークションで死体が撮影された写真を競りに掛けられ、オークション利用者からの通報により警察が駅のトイレで男性の遺体を発見。遺体からは血が抜かれ、ミイラのような状態となっていた。また、その遺体の皮膚は緑色に変色していた。



ニュージェネ第6の事件『ノータリン』

第七学区の路上で起こった殺人事件。総合病院の医師が被害に遭い、遺体は頭部が切断され脳が取り除かれていた。司法解剖によると、死因は栄養失調による衰弱死であり、驚くべきことに、この人物は能が無い状態で一週間生きていた可能性が指摘されている。







昼も少し過ぎた頃、木山さんはいきなり立ち上がると服を着てしまった。

「さて、そろそろ犯人探しの方も始めようか……」

そして、僕達は数日振りの外出を行ったのだった。向かった先は第七学区の柵川中学校。そこで、ある人物を探すらしい。

「風紀委員(ジャッジメント)としてレベルアッパーの調査を依頼されたことがあってね。そのときの少女を探している。」

「で、でも、そんな簡単に見つけられるんですか?ここ結構生徒多いみたいですし……」

「彼女のAIM拡散力場の特徴はすでに掴んでいる。現在あの校内にいるというのは確認済みだよ。」

そうして、僕達は校門から少し離れた路地で隠れながら様子を窺っているところなんだけど……。これってまるでストーカーだよな……。男子高校生が女子中学校を覗いてるなんて……。

「さて、行こうか」

「え?」

そう言うと木山さんは校門を通り、校内へと歩き始めたのだ。あれ?下校してくるところを狙うんじゃないの?どうりでまだ昼休みなのにおかしいと思ってたけど……。

「ちょ、ちょっと!見つかっちゃいますよ!」

「大丈夫だ。先日『視覚阻害(ダミーチェック)』という能力が使えるようになってね……。これを使えば誰の眼にも認識されずに校内に侵入することができるのだよ」

僕にはこの場所で待っているように、と言い残して木山さんは校内へ侵入していった。

ブゥゥゥゥン!

携帯電話からマナーモードの振動が響いた。またか……。発信者は『佐天涙子』。風紀委員の襲撃があってから、毎時間のように着信が来るんだけど、僕はその全てを無視している。

……もう騙されるか!どうせ僕の居場所を突き止めて風紀委員(ジャッジメント)に引き渡そうっていうんだろ!

そこで、早くも木山さんが空間移動(テレポート)で僕の目の前に帰ってきた。しかも、脇に頭に花畑を乗せている少女を抱えて……。

「こ、この娘が……?」

「ああ、初春飾利という。風紀委員(ジャッジメント)で情報担当を務めているらしいからな。少しだけ頼みごとをさせてもらおう」

「勝手に拉致しといて頼みごとも何も……」

そんなことを話しながらも木山さんは、その初春という少女の頭に手を当て、精神に細工を施していく。

「何を仕掛けているんですか?」

「書庫で『脳波変換(ブレイントランス)』の能力者の個人情報の検索をしてもらって、街中の監視カメラでその足取りを追ってもらうのだよ。あとは、調査したいことができたら随時命令を送ればいい」

「そうですか……」

女子生徒を洗脳して操るとか、どこの鬼畜系エロゲだよ。学園都市外では妄想で済んでも、ここでは実際にそういった事件も起こってるからね……。変に現実味が起きて困るよ。まったく……、現実に監禁事件起こす奴とか馬鹿だろ。二次と三次の区別くらいちゃんと付けろよ、とか思ってたのに……。いつの間にか僕もその仲間入りしてしまったじゃないか。







『メールが届いたぞ~ボケナス!』

部屋に帰ってエンスーをしていると、メールの着信を知らせる声が。送り主は『グリム』。また飽きもせずニュージェネの情報でも集めてきたのか、と思いながらメールを開いた僕だったが、その目の前に驚愕の画像が現れた。

「な……涙子!?」

そこには、涙子が縛られ拘束された姿が写っていた。野外だろうか、街灯の明かりに照らされている。後ろにコンテナが見えるということはどこかの工場か?

「そこは、私と奴が戦った場所だ。」

背後から木山さんがメールを覗き込みながら話した。奴というのは言うまでもなくニュージェネ犯のこと。つまり、グリムが……。

本文
『佐天涙子は預かった。殺されたくなければ今から30分以内に指定された場所に木山春生を連れて来い。指定された時間内に現れなかったり、ワクチンを使用したりすればこの女を惨殺する』



「そんな……」

どうすればいいんだ……。グリムは完全に追い詰められている。僕達を見つけられない内に何日も経ってしまっていて、ワクチンを使われるのも時間の問題だと思っているのだろう。時間内に現れなければ、僕達を表に引きずり出すために涙子は確実に殺されるに違いない。

『気にすることないんさ~、タッキー。あと数日もしたら木山の開発も終わって簡単に犯人も捕まえられるんさ』

「でも!それだと涙子が!」

『まぁいいじゃない、どうせタッキーを騙したような女なんさ。そんな女のために危険を冒すなんて馬鹿みたいじゃん』

「それは……」

『それにタッキーには私がいるじゃん!三次元なんてもう忘れちゃいなよ!』

そうだよ!僕には星来がいるじゃないか!でも……。
今までの様々な記憶が蘇ってくる。一緒にアニメエイトに遊びに行ったときの楽しそうな顔。不良たちに勇気を奮って立ち向かっていったときの顔。一緒に家まで帰ってくるときの照れたような顔。

『タッキー?』

僕の身体は自然と玄関へと向かっていた。知らん振りなんてできない。僕が助けに行かないと……。騙されていたって関係ない。僕は……



「――僕は涙子が好きなんだ」



だから行く。相手がニュージェネ犯であろうと多才能力(マルチスキル)であろうと関係ない。僕は涙子を助ける。



「待ってくれ」

木山さんの引き止める声が聞こえた。これは僕のわがままだ。木山さんを巻き込むつもりは無い。

「すみません、僕は行きます。木山さんはどこか別の場所に避難して、スイッチを完成させてください。」

たとえグリムを倒せなくても涙子だけは必ず救出してみせる。

「いや、ワクチンを使おう。もう無関係の人を犠牲にするのは止めにするよ」

「え?でも、そうしたら実験ができなくなるんじゃ……?」

そのためにこれだけ大掛かりにレベルアッパーでネットワークを作ったのに、ワクチンを使ってしまったら全てが水の泡と消えてしまうのだ。

「構わない。このネットワークを利用され、ニュージェネなどという大量殺人を引き起こしてしまった。さらに、無理矢理巻き込んだ協力者である君やその周りの人々にまで被害を出すわけにはいかない。」

「でも!木山さんは子供達のためにその実験を行っているんでしょう?それを……」

「確かに、もう警戒されてしまって同じ手は使えなくなるだろう。だがね、それでも私は生きているのだ。また一からやり直すさ。失敗しても何度でも。今度は誰にも迷惑を掛けない方法を絶対に見つけてみせるよ」

そう言ってわずかに笑みを浮かべる木山さん。数日を一緒に過ごしてわかったけど、木山さんは自分の開発したレベルアッパーで殺人事件を起こされたことをすごく気に病んでいたようだ。でも、子供達を助けることとの板ばさみになって苦悩してしまったのだろう。

「君を指定された場所に空間移動(テレポート)すると同時にワクチンでネットワークを破壊する。そうなれば奴も能力は使えなくなり、無力化できる。やけになって人質に手を出そうとするかもしれないが、能力者の君なら無事にその少女を救出できるだろう」

成功率は高い。でも、その作戦は気に入らない。

「作戦は変更してください。ワクチンを使うのは僕がグリムに敗れたらです。」

「何!?それは無駄にリスクが増えるだけだ!」

「無駄じゃありません。僕が勝てばワクチンを使う必要は無いんですから。そうなれば木山さんも無事に実験を続けられるでしょう?」

そうだ、木山さんがこの数日間不眠不休でPCに向かっていたのは、事件を解決して被害者を減らし、さらに実験を行って子供達を救うためだ。ニュージェネの被害者なんて関係ないと思っていた僕と違って、木山さんはそれさえも止めたいと考えていたのだ。ここ数日はスイッチを完成させるために部屋で待機していたが、続発する事件を見て、心の中ではもう少し早く完成させられればと悔しく思っていたのは同じ部屋にいるだけの僕にも伝わってきた。その無関係な人間を助けようとする姿に僕は、以前涙子が見知らぬ少女を助けるために不良たちに立ち向かっていく姿が重なって見えたのだ。
だから、僕もそうなりたいと思ってしまったのだ。

涙子を救出し、ニュージェネ事件を終了し、木山さんが実験を成功させる、そんなハッピーエンドを迎えられるように。



[16129] 第8話 救出
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/09/01 14:55
僕が指定された場所へ到着したとき、その場には一人の男が佇んでいた。そして、その後ろに手足を縛られて横にされている少女の姿。

「涙子!」

「西條さん!?」

よかった……涙子に怪我は無いようだ。急いで駆け寄ろうとするが、それは男の声によって遮られる。

「おい、木山春生はどこだ」

狂気に濁った瞳、身体に纏った禍々しい空気感。こいつがニュージェネの犯人、グリム……!

「来ないよ……。ここに来たのは僕だけだ」

「てめぇ……!」

「木山さんとは別行動をとっている。今の木山さんの居場所は知らないよ」

そう言うと、僕はスプーンを取り出し投げつけ爆破させた。スプーンは爆弾と化し、轟音を上げながら爆炎をばらまく。とにかく人質である涙子に注意を向けさせないようにしないと……。
木山さんはここから数kmほど離れた場所で僕達を監視しているはずだ。僕か涙子が危険になったら即座にワクチンでネットワークを破壊することになっている。

「おいおい、てめぇで俺に勝てるつもりかよ。まさか、覚醒したか……?」

爆心地から数十m程離れた場所から突然声が響いた。どうやら回避したらしい。あのタイミングで避けるなんて……。服には爆風による土埃さえ付いていない。全くの余裕の態度で、しかしなぜか注意深げにこちらを観察している。

「……まあいい、試してみればわかるか」

グリムが手を上げると、そこから炎が噴き出し、僕へ向かって渦をなして襲い掛かってくる。目の前に迫り来る火炎。それを僕はスプーンを投げ、爆破することで食い止めるが、さらに二発、三発とさらに苛烈さを増して攻撃を加えてくる。

「ぐっ……」

しかも止まる事を知らないように際限なく炎の数を増していく。

「くそっ……数が多すぎる」

「おらおらぁっ!怯えろ!恐れろ!――そして」

絶えず襲い掛かってくる炎の渦に僕は防戦一方だ。今も三条の業火をかろうじて相殺できたところ。そこで、突如聞こえてくる声が後方からに変わる。

「死ねぇ――!」

いきなり背後に現れて放ってきた業火球を、僕はとっさに横に転がることで回避することに成功した。

……あ、危なかった。でも、こんな回避がそう続くはずが無いことは自分自身でもよく分かっている。こっちから主導権を取らないと……。

僕は懐から隠し持っていた銃を抜き、相手に向かって撃ち込んだ。この数日で作製した改造ガスガン。

「拳銃?」

とはいえ所詮はガスガン、威力は期待できない。軽々と『念動力(サイコキネシス)』で銃弾を止められてしまったけど……、それで構わない。

「BB弾?……いや、アルミか!」

同時に銃弾が大爆発を起こす。そのまま轟音と共に爆撃に巻き込まれたと思ったが、凄まじい速度で回避していたようだ。一瞬、高速で何かが横へ跳ぶのが見えた。すぐさまそちらへ向けて発射し、爆破する。

グリムは常軌を逸した速度で逃げ回りながら、こちらへ向けて近くの鉄骨を発射してくる。僕も走り回りながら応戦するけど、まるで当たらない。いや、当たらないどころか土埃すら付けられない。完璧な回避。それに比べて僕の方はぎりぎり避けられているという状態だ。避けきれずにできる小さな傷も増え出している。僕とグリムに速度差がありすぎる。

「がはっ……!」

ついに僕の身体をグリムの攻撃が捕らえてしまった。弾き飛ばされた僕は、そのままごろごろと地面を転がっていく。
傷を押さえながら起き上がり再び銃を構えるが、その腕は地面に叩き落とされる。僕の腕は地面に埋まるように上から強烈な圧力が掛かる。腕が鉛のように重い……!?

――重力操作か!

「ぶっ潰れろや!」

凶悪な表情を浮かべ、僕の方へ向かって悠然と歩いてくるグリム。逃げようとするも、僕の両手は重くされており、地面にめり込んでしまっている。

「おい、最後の警告だ。今すぐ木山を呼び出せ」

相手にならない……。やっぱり僕なんかに勝てる相手じゃなかったんだ……。

「……そ、そうしたら僕と涙子は助けてくれる?」

にやりと笑みを浮かべるグリム。

「ああ、もちろんだとも」

「ほ、本当に!?」

「神に誓って」

優しげな顔を見せているグリムを見ながら、僕は一拍置いて声を発した。

「だが断る!……この西條拓巳の最も好きなことの一つは、自分で強いと思っている奴に『No』と断ってやることだ!」

「何!?」

一瞬で怒りの表情へ変わるグリム。ぐにゃりと表情を歪めた姿を見た僕は痛快な気持ちを抑え切れなかった。とはいえ、僕も冗談で言ったわけではない。両手は使えず、武器も取り出せない状態だけど、まだ勝ち目はある。それはさっきから走り回りながら隠れて散布していたアルミの粉末。今グリムが立っている辺りにも落ちているはず。そこを地面ごと足元を爆破してやる。今の挑発で一瞬失った平常心と圧倒的に勝っていることによる油断、そこを突く。

「くらえ……え?」

そのはずだったが、何も起こらない。なんで……。確かにグリムの足元を爆破させたはずなのに……!?

「もういい……」

今まで距離を取っていたグリムが一転、無警戒でつかつかとこちらへ歩いてくる。そして、僕の目の前に立つと、僕を蹴り飛ばした。

「ごほっ……」

「やっぱり覚醒して無いのかよ……。警戒して損したぜ」

グリムは忌々しそうに呟くと、懐からナイフを取り出した。僕はうずくまったままそれを眺める。

「『量子変速(シンクロトロン)』同士なら、干渉し合って爆発を打ち消せるに決まってるだろうが。なのにわざわざ戦闘を仕掛けてくるから、てっきり覚醒済みかと思ったじゃねぇかよ。脅かしやがって……、木山も何のためにこいつを出してきたんだか。ったく……じゃあ俺の仕事はまだ続行かよ」

同じ能力なら反応を打ち消せるなんて……。試したこと無いから知らなかったけど、それなら僕には全く勝ち目が無いということになる。

「これでもまだ、恐怖を与え足りてねぇってのかよ。面倒くせぇ。もういいや……。手っ取り早く肉体的苦痛で、てめぇに恐怖を与えてやるよ!」

そう言ってナイフを振りかざすグリム。その凶刃の矛先は僕の身体。必死に立ち上がったものの、僕の足はダメージでガクガクと震えてしまっていた。くそっ……殺される!

しかしその瞬間、突風が吹き出した。土埃が舞い上がり、グリムを覆い隠す。驚いて風の発生源を見ると、そこには縛られた涙子の姿が……

「西條さん!早く逃げてください!」

涙子の能力!?いや、それより今がチャンスだ……。急いで涙子の所へ走り、担ぎ上げて逃げようとするが……。

「ちっ……この女もレベルアッパーを使ってやがったのかよ」

ゴウッという音と共にグリムを中心として竜巻が発生し、周囲の煙幕を吹き飛ばした。そして、空気の砲弾が僕と涙子を跳ね飛ばす。

「きゃっ」
「ごほっ」

「……逃がさねぇぜ。木山の方は後回しだ。まずは統括理事会からの仕事を優先。とりあえず、その女をぶち殺すことで絶望を教えてやるぜ。この場で覚醒させてやるよ。将軍とかいう野郎もちょっかい出してきてるみてぇだしな」

――将軍?

ここで終わるのか……。涙子も守れずに……?そんなこと許せるか!

グリムがナイフを片手でクルクルと回しながら、僕達の方へと近付いてくる。愉しそうな表情だが、その目には明らかな狂気が宿っていた。絶体絶命の危機だっていうのに、僕の頭の中にはなぜか将軍の言葉が走馬灯のように蘇ってくる。それに何でグリムも将軍のことを知っているんだ?

――fun^10×int^40=Ir2

僕の脳内に電流が走った。これは、この計算式は――!

ギィン――!

グリムのナイフは弾かれ、宙を舞った。そして、僕の手には純白の剣が――

理解できる……これがディソード。僕の能力の根幹にある剣。僕は突如出現したこの剣で、振り下ろされたグリムのナイフを弾き飛ばしたのだ。この手に握られているのは、極限まで無駄を削られ鋭く研ぎ澄まされた白銀の剣。

「ディソード……、ここにきて覚醒しやがったってのか!?」

驚愕に目を見開くグリム。しかし、その直後に彼は狂ったように大声で笑い始めた。

「はははははっ!これがギガロマニアックス……。これで俺の仕事は終わりだな」

しかし、その瞳からは殺意が止まることなくあふれ出しているようだ。

「こ、これが本当のディソード……!?」

「そうみたいだ。そして、これが僕の本当の能力」

呆然と呟く涙子に言葉を返す。将軍の言った『fun^10×int^40=Ir2』という計算式。これは僕の能力の演算における核となる重要な公式であった。今まで僕の能力が安定しなかったのも当然。無意識でしか使っていなかった公式を意識的に演算に使用できるようになった今、ようやく僕はこの能力の本当の意味を知ることができたのだ。
そう、僕の能力は――。



『妄想を現実にする能力』



そしてディソードは、僕の創り出した万物を切り裂く無敵の武器であり、能力を発動させるための鍵でもある。

「グリム、君は何でディソードのことを、僕の能力のことを知っていたの?」

「くくっ……てめぇの能力は統括理事会もご執心らしいぜ!しっかし、まさか西條拓巳、てめぇがこの土壇場でギガロマニアックスに覚醒するとはな……!」

やはりグリムは僕の能力を知っていたのか……。でもやることは変わらない……、この男を倒す!

「だが……ちっ、レベルアッパーの脳波リンクから抜け出しやがったな。俺の仕事は終わったが、もう一度てめぇの能力をネットワークに取り込んでやるよ!」

グリムがポケットからウォークマンを取り出すのが見えた。おそらく、僕の脳をレベルアッパーのネットワークに繋ぎ、能力を奪い取るつもりだろう。グリムの顔に狂気と愉悦の感情が浮かび、こちらを鋭い眼光で睨みつける。目の前の男が戦闘態勢に移行するのを感じた。そして、僕もそれに対応するように剣の握りに力を込めながら構える。しかし、さっきまでのような恐怖や焦りは感じない。

横で不安そうな顔をしている涙子を安心させるように、僕は決意を込めて呼びかけた。

「安心してよ、僕は涙子を助ける。」

すると、涙子は一瞬驚いたような顔をして、小さく微笑んだ。

「はい!西條さんを信じてます!」

その言葉を聞いて僕の心が一気に燃え上がった。涙子が信じてくれるなら、僕はもう負ける気なんてしない。

グリムを倒し、涙子を助ける。ついでに木山さんの研究も成功して。僕の妄想はそんなハッピーエンド。



――そして、その妄想を現実にできるのが『超誇大妄想狂(ギガロマニアックス)』なんだから。



[16129] 第9話 妄想
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2010/03/19 12:34
――最終決戦

僕とグリム、二人は広めの場所で対峙した。涙子は少し離れた場所へと移動させている。ここからの勝負は大規模なものになり、巻き込まれてしまうだろうことが予想できたし、グリムももう人質に興味はないからだろう。互いにここからが本当の戦いになるということを理解していた。

「いくぜ」

グリムの言葉と共に、辺りを覆いつくすほどの巨大な業火が僕の周囲から襲い掛かってくる。先ほどまでは小手調べにすぎないと言わんばかりの圧倒的な熱量。

――大量の水

しかし、僕の妄想によって出現した大量の水による渦潮が僕の周囲に発生し、同じく圧倒的な水量によって業火を消し去っていく。そして、その流水が鉄砲水となってグリムの元へと放出された。

「うぜえ!」

グリムの立っている辺りの地盤が隆起し、断層が鉄砲水を飲み込んでいく。続けて僕の足元が地割れを起こしていくのを横に跳んで避けていく。

――雷

閃光と共に雷鳴が轟き、グリムの身体を雷が駆け巡った。

「ぐあああああっ!」

だが、雷の直撃を受けたにもかかわらず、『電撃使い(エレクトロマスター)』による電気耐性のためか意識を保ったままこちらを睨みつけてくる。すると、上空に雷雲が生成されだした。
やばい……!グリムと違って僕には電気耐性なんて便利なものはない。この開けた場所では僕に雷が落ちてしまう。

――鉄塔

巨大な鉄塔を創ると、避雷針代わりとなったそれに雷が落ちる。と、一瞬気をそらした隙に目の前からグリムの姿が消える。どこに行った?右、左……いない。

――後ろか!?

振り向きざま横薙ぎに斬りかかると、そこには拳を振りかぶったグリムの姿が……。そのまま二つの軌跡が交錯する。

「ぐっ……」

吹き飛ばされたのは僕だった。そのままゴロゴロと転がっていくが、即座に起き上がると剣を構える。追撃を警戒して辺りを見回すと、グリムは先ほどの場所に右腕から血を流しながら立っていた。

「ちっ……、そこらのナマクラじゃ俺の硬化した肌に傷は付けられないんだが……。さすがにディソードの斬れ味は比べ物にならないか」

しかし、『肉体再生(オートリバース)』によって見る見るうちに血は止まり、傷も塞がっていく。そして、再び常識を超えた激突が始まっていく。



「こ、これは現実なの……?」

あまりにも人智を超えた戦闘に呆然としながら涙子は呟いた。周囲を埋め尽くすような業火に陸地で発生した渦潮、そして地割れに雷。まるで、神話の世界における神々の戦いのようにすら感じていた。

そして、その自然災害にも匹敵する戦闘は続いていく。地面から身長を超える程の土の槍の束が突き出し、しかしそれを圧縮された台風が削り取っていく。

「西條さん、頑張って……」



「攻撃力は僕の方が上だけど、防御力はあっちが上か……」

ここまでの戦闘から僕はそう分析していた。レベル4相当の能力を酸素濃度変化と炎といったように複数の能力を組み合わせて威力を増しているけれど、僕の妄想はその上を行く。おそらくは威力だけならレベル5相当と言っていいだろう。

しかし、防御力の面ではあらゆる能力の耐性があるグリムと違って、僕の方は生身の人間の耐久力しか持っていないのだ。一撃でも当たれば即死は確実だろう。そのため、グリムは大威力の必殺よりも小威力でも一撃を当てるという戦法を取り始めた。数と速度と多彩さによる攻撃。未来予知や反射神経の上昇などの感知系の能力を使えない僕は受身になっては厳しい。

「ロードローラーだっ!」

ならば、攻め続けるのみ。グリムの直上に出現したロードローラーが落下し押し潰そうとするが、その大質量は簡易型の超電磁砲による連続の音速射撃によって弾き飛ばされてしまう。その隙に爆破しようとするが、その瞬間にはグリムの姿は消えてしまう。

後方に現れたグリムはそのまま低威力の超電磁砲を連射してくる。早い……!音速を超える銃弾を見切るなんて不可能。撃ち込まれる直前に気付いて前面に強固な壁を創ることで防ぐが、すぐに僕の周囲一帯を高重力で押し潰される。どうやっても逃げられないタイミング。妄想も間に合わない……。高重力は僕を中心に周囲の地面ごと陥没させてしまった。

「はははははっ!死ね!」

そして、駄目押しの真空の刃が僕の身体をズタズタに切り刻んでいく。血塗れの僕の姿がそこにあった。

――ように見えただろう。



この光景は僕がグリムに見せている幻覚だ。僕は背後から近付き、無防備な身体にディソードを振り下ろした。しかしその瞬間、我に帰ったグリムは間一髪で横へ転がり、剣閃を逃れる。

「幻覚……!?……ちっ、妄想を見せられたか!」

もう少しだったのに……!催眠系能力への耐性のせいで幻覚に気付かれたのか……。

「てめぇの能力を思い出してなければあのまま終わっていたぜ……」

こうなるともう警戒されて幻覚に掛けるのは難しくなる。どうするかと考えたところでグリムが懐から鉄杭を取り出すと、突然僕の左肩に鉄杭が現れた。

「ぐあっ……!」

空間移動(テレポート)か……!僕の身体に鉄杭を直接転移させてきたようだ。とっさに回避しようと動いてなければ死んでいた……

「心臓を貫こうと思ったんだが……、まずは足から止めるか」

マズイ……。空間移動(テレポート)から逃れるために走り出そうとするが、両足の甲に鉄杭が出現し、僕の両足を地面に縫い付けてしまう。

「痛っ……しまった!」

う、動けない……!足を動かそうとしてもビクともしない。

――殺される
「殺してやるよ」

そう言ってグリムは新たに鉄杭を取り出した。

「西條さん!」

涙子の泣きそうな声が響いた。僕は身動きが取れないし、絶体絶命のピンチだ。

――僕の能力ではシールド系の防御しかできないし、攻撃を事前に感知することもできないから空間移動(テレポート)攻撃には対応することが出来ない
「てめぇの能力じゃ空間移動(テレポート)攻撃には対応することは出来ねぇ!」

勝ち誇ったように大声で嘲笑するようグリム。

――脳を貫かれて殺される
「脳を貫いて殺してやるよ!」

グリムから殺気があふれてくる。一瞬後には僕の脳は鉄杭を打ち込まれているだろう。

「この物語はデッドエンドで終了だ!」

――この一撃でやられるのは……!

グサッ……

「ぐふっ……な、何……!?」

鉄杭が刺さったのはグリムだった。そして、僕の身体からは鉄杭は消えている。その代わりにグリムの全身が鉄杭によって貫かれ、血を流しながら膝を震わせていた。



「復活の奇跡は物語で、――妄想なんだ」



「……忘れていたぜ、…ごほっ……この展開を……!」

超能力者は、誰しもが『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』というものを持っている。『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』とは、能力者が観測することのできる「現実とは違う世界の可能性」である。例えば、「手から炎を出す可能性」や「人の心を読む事のできる可能性」などである。その『自分の世界』で現実の世界を塗りつぶすことで超能力を発生させているのである。

『自分だけの現実』、つまりは、――妄想。



「――妄想シンクロ」



強い妄想同士は混ざり合う。思考盗撮によって相手の思考、妄想を読み取り、そこに僕の妄想を混ぜ合わせたのだ。空間転移(テレポート)させた鉄杭の座標を僕の身体からグリムの身体へと変更させたように……。

「他人が作り出した因果を歪ませて……」
「自分が作り出した因果を歪まされて……」

思考盗撮によって妄想を読み取ったグリムの言葉を僕は同時に答えた。

「――入れ替えた」
「――入れ替えられた」

そして、意識を失い倒れ伏すグリム。急所は外しておいたので死ぬことはないだろう。そして、これでニュージェネは終了だ。

「悪いね……僕はハッピーエンド主義者なんだ」



[16129] 第9.5話 終幕
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/09/01 20:03
「悪いね……僕はハッピーエンド主義者なんだ」

敗北した俺は全身を貫かれそのまま地面に倒れていた。戦闘終了後に木山が迎えに来る予定だったのだろう。木山がいつまでも現れないため西條は僕をどうするか迷ったみたいだが、結局俺を放置して佐天とこの場を離れていった。佐天の安全を優先したのだろう。





「……ここで終わっちゃくれないようだな」

俺の強化された感知能力がこの戦場跡に近付いてくる人間の姿を捉えた。ツンツンした黒髪の男子高校生。迷い込んだ一般人か?しかし、すぐにその男が一般人などではなく、警戒すべき敵であることに気付く。なぜなら、信じがたいことに俺にはその男の思考をまったく読むことができないのだから。間違いなく只者じゃない。おそらくは別組織からの刺客。その男は無言のまま、歩いてこちらへ向かってきている。

……身体は動く。連戦のダメージのせいで万全とはいかないが、戦闘には十分。このまま空間転移(テレポート)で逃げることもできるが、相手がどこの組織の人間なのかは知っておきたい。それに、傷ついた俺を見て、油断している今は反撃するチャンス。手負いの俺なら殺れると思うその傲慢、ここで討ち取ってやるよ。

即座に体を起こし念動力(サイコキネシス)で巨大な鉄骨を撃ち込んだ俺だったが、ツンツン髪の男はあっさりと回避してしまう。そして、男は懐から拳銃を取り出した。直後に響く銃声。

――早い!それに正確無比な射撃!

正確に俺の太股に撃ち込まれた銃弾は、しかし俺の『窒素装甲(オフェンスアーマー)』で止められる。

「この開けた場所で銃撃戦とはいい度胸してるじゃねぇか!」

遮蔽物の無いこの状況では、能力の盾のある俺の圧倒的有利。奴には盾も駆動鎧(パワードスーツ)も付けていない、ほぼ丸腰に近い防備。……馬鹿かこいつは?
連続して放つ男の銃弾を弾きながら、こちらも火球やかまいたちを放つ。身元は殺してから調べればいい。しかし……。

「当たらない……だと?」

撃ち出した炎や真空波がすべて紙一重で避けられてしまう。そのまま高速で走り寄ってくる男。ならばと走ってくる足元を狙って銃撃を行うも、その速度は緩まない。だが、それも予想済み。直後、足元に撃ち込まれた弾丸が光る。

――『量子変速(シンクロトロン)』

ドォン!

男の足元が爆発した。巨大な爆発により、粉塵が舞い上がる。

「さて、これで終わりか……何!?」

煙の中から飛び出してきたのは無傷の男だった。恐ろしいことにあれほどの威力の爆発が完全に防がれていた。そのまま男は俺との距離を一気に詰める。

「ちっ……!」

だったら反応できない速さで決めてやる!最速の電撃を叩き込んでやろうと能力を発動させるが、今回は避ける様子も無い。正面に手をかざしただけでこちらへの疾走を止めることはなかった。

――殺った!

そう思った俺は驚愕の光景を目にすることとなった。雷撃が男の掌に叩き込まれる。しかし、シュウウウ…という軽い音と共に、男に迫っていた即死確実の電撃は雲散霧消してしまったのだ。

馬鹿な……。さっきから放っているのは、どれもレベル4相当の威力の超能力ばかりだぞ!組み合わせて放つ複数の能力は、たとえレベル5の化け物相手だろうと通用するはずなのに!それをあんな容易く止めるとは……!

「てめぇ何者だ!」

見た目は何の変哲もない男子高校生。しかし、その能力は学園都市においてさえ、埒外の代物のように思えた。思わず叫んだ俺だったが、先ほどからずっと無言のこの男に返事を期待してはいない。しかし、意外にも男は口を開き、言葉を返してきた。その単語は、ある意味では予想していたものではあった。


「――将軍」


「くっ……てめぇが!?」

西條拓巳にコンタクトを取っていた謎の男。それが目の前の男の正体であった。チャットの内容からして、おそらくこの男も目的は西條拓巳の覚醒だったはず。もしかして、この男も統括理事会の指示で動いているのか……?だとすると、俺に敵対する理由は一体……

「――考え事してる場合かよ?」

しまった……。動揺している隙に、この男は俺の懐へと踏み込んでいた。格闘戦の間合いに這入られた!?もう時間の掛かる空間転移(テレポート)の演算をしている暇は無い。くっ……、仕方ない。身体強化を行い、覚悟を決めて右手を腰溜めに構える。

――接近戦で決める。

「おおおおおおおおっ!」

裂帛の気合と共に光速で突き出された右拳。だが、男は左へと半歩分ほど上体を傾け、紙一重でやり過ごすことに成功していた。
だろうな……銃撃を避けるような奴にそう簡単に当てられるとは思ってないぜ。そのまま、さらに懐へ踏み込んできたが……。その瞬間、踏み込んだ男の足場がボコリと陥没し、崩れる。

一瞬、空中に無防備な体勢で静止させられる。俺はその隙を逃さず、狐面の男の顔面に最大強化した一撃を打ち込んだ。ジャストミート。おそらくは新幹線の正面衝突に匹敵する威力の拳が、男の顔面に激突した。そして、ドゴッという鈍い音を響かせながら男の首が後ろにのけぞり……。
――それだけだった。

「ば、馬鹿な……ありえねぇ……」

あれほどの常軌を逸した威力を内包していたはずの一撃は、まるで何でもない凡庸な拳となってしまっていた。完璧に身体強化を行っていたはず。目の前の男は防御すらできずに、かろうじて俺の体に右腕で触れていただけ……。

……右腕?

そうだ!噂で聞いたことがある。どんな能力でも打ち消すという高校生。その右腕は学園都市第三位の超能力でさえ消失させるとか……。じゃあ、まさかこの男が!?


「――上条……当麻」


やはり、俺の拳を受けて鼻血すら流れていない。俺の体からは超能力の発動が感じられなかった。その能力なら俺の攻撃を止められたのも納得できる。上条の右腕が俺に触れたことで身体強化が解かれてしまったのだろう。現に俺がどんな能力を発動させようとしても、まったく効果が発揮されないのだ。バカな……こんなことが…?
困惑の極致にある俺の体を右腕で掴みながら、上条は左拳を振り上げる。その右腕に掴まれているせいで、俺の能力が完全に封じられてしまっている。超能力者を無能力者へと堕とす力。

――これが幻想殺し(イマジンブレーカー)か……!

「ニュージェネ犯、ここでアンタは終わりだ」

「ふざけんじゃねぇ!こんなところで終わってたまるかよっ!」

俺は多才能力者だ!レベルアッパーによって、今までのくだらねぇ有象無象からはもう脱却したんだ!統括理事会も俺のことを認めてる!俺は、この学園都市のトップクラスの能力者なんだ!

上条に抑え込まれながら、俺は大声でわめき散らす。強大な能力を手にすることで肥大化した自我が、絶体絶命の危機を認めさせなかった。


「だったら!そのくだらねえ幻想をぶち殺す!」


そして、俺の顔面を思いっ切りぶん殴った。

「ぶげらっ……!」





勝敗は決した。ぐったりと倒れ伏した俺と、その上に馬乗りになっている上条。右手でしっかりと俺の身体は拘束されており、能力も封じられていた。

「……俺をどうするつもりだよ」

諦めたような俺の言葉に、上条は少し考える様子を見せた後に答えた。

「さっきの爆発で滞空回線(アンダーライン)も使えなくなっているだろうし、教えてやるか……」

「滞空回線(アンダーライン)?」

聞き覚えの無い言葉に疑問を返すが、それを見て上条は呆れたように溜息をもらした。

「知らないってことは、やっぱり下っぱかよ。引き出せる情報も少なそうだな……。とりあえず、西條拓巳を覚醒させることが目的だったってのは分かるけど」

「そ、そうだ!なぜてめぇは西條に接触してやがったんだ!統括理事会の命令か!?」

はははっと上条はおかしそうに笑う。その目は人を心底バカにしたような、見下したものだった。その態度は一瞬にして俺の怒りの沸点を超えさせた。

「何がおかしい!」

「ははっ……そりゃそうだろ。統括理事会をぶち壊そうとしている俺達が、よりによって当の理事会の駒だと思われてるなんてよ」

「統括理事会に……反逆…?」

何を言っているのか分からず、俺は呆然と呟いてしまった。あまりにも荒唐無稽。この街の暗部に少しでも関わった者なら一笑に伏すであろうほどに不可能なことだ。それは、学園都市のすべてを敵に回すということなのだから……

「西條のことを調べてたら驚いたぜ。まさか、学園都市がたった一人の学生を怯えさせるためだけに、あんな連続猟奇殺人事件を起こしてたってんだから。統括理事会のご執心の能力ってのに興味が湧いてきたからさ。俺達もちょっかい出しては見たんだけど、まさかあんな能力が発現するなんてな」

「だから『将軍』の名前でチャットに……」

「超誇大妄想能力(ギガロマニアックス)――あれが新たなる八人目の超能力者か」

凄惨な笑みを浮かべる上条。そのとき、上条の携帯から着信音が流れた。そして一言二言話すと電話を切り、こちらへ声を掛けてくる。

「白井から連絡があったぜ。木山は無事に送り届けられたってな……」

「木山?それに送り届けただと?」

「ああ、保険はいくつあっても足りないんだ。なにせ敵は学園都市そのものなんだからな。だから、戦力はいくらあっても足りないんだよ。敵だろうと使えるモノは使っていかないとな」

「だが、木山なんて拉致したところで、特に利用価値は無いだろ?」

苦笑する俺に上条は一瞬驚いたような顔をした後、ああと頷いた。

「――使うって言ったのはアンタのことだよ。今後、アンタは俺の手駒になってもらう。せっかく生き残ったんだ、俺の役にくらい立ってもらわないとな。木山春生を拉致ったのは、レベルアッパーを今後も使えるように調整してもらうためだ」

「……なるほど、この状況じゃ断るのは無理そうだな。俺も死にたくはねぇ。仕方ないから協力してやるよ」

甘すぎる……。こんな口約束でよければいくらでもしてやるよ。とにかく、この場面さえ切り抜けられればこっちのものだ。ついでにワクチンを作れる木山を殺せば、俺は完全に自由の身になれる。

「そうか、それは助かる。ありがとう」

そう言って笑顔を浮かべる上条。そこに突然人間が空間転移(テレポート)してきた。ツインテールに小柄な身体の少女が上条の横に降り立つ。

「白井か……。次はコイツを頼むよ。」

このガキが白井黒子か……。そしてもう一人、中学生らしき女子が一緒に空間移動してきていたようだった。鮮やかな金髪に見蕩れるほどの美貌。もう一人の少女と同じく常盤台中学の制服を着ているが、とても同じ中学生と思えないほどのプロポーション。

「これが有名なニュージェネの犯人ねぇ?ちょっと冴えないわぁ」

「どうだ、監禁場所についてはどうなってる?」

「ちゃんと対電磁波の設備のある施設を見つけておいたわよぉ」

金髪の少女が上条と話している。白井と呼ばれた空間移動能力者は、ボーっとした様子で佇んでいるだけだ。しかし、その瞳には意志の光が感じられない。精神操作されているのか……?

それに、対電磁波施設だって?木山のレベルアッパーのネットワークを封じるには最適の措置だが……何か嫌な予感がする。

「助かるよ。あとは首尾通りに頼む」

金髪の少女が地面に抑え込まれている俺の頭の前にしゃがみこんだ。その手にはおもちゃのリモコンのような物が握られている。

「どういうことだ?上条……」

上条は口元を歪める。

「安心しろよ。俺はこれでも平和主義者なんだ……。別にアンタに危害を加える訳じゃない」

「……ならいいんだが」

「――ただ、俺の命令に絶対服従するようにするだけだからさ」

「なん……!?」

何かが俺の頭に侵食して這入り込んでくる嫌な感覚。自分の脳内を勝手に弄られ、組み替えられるようなこれは――精神系の能力。マズイ……多才能力(マルチスキル)による精神操作への耐性は、上条の右手に触れられることで無効化されてしまっているのだ。徐々に自分の意識が塗り替えられていく。

「て、てめぇ……」

「言っただろ、平和主義者だって。俺自身の平和のためには手段は選ばない。アンタの口約束なんて信用できるはずないだろ?――じゃあなグリム、これからもよろしく」



[16129] 『一方通行(アクセラレータ)』①
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/09/02 01:38
あれから少し経った頃、昏睡者たちは全員が眠りから覚めた。木山さんがいなくなっていたので心配したけど、ワクチンが使われたということはとりあえず無事なのだろう。それにともなって、多数の死者を出したニュージェネ事件についての話題も聞かれなくなっていった。ニュージェネの被害者はあれから出ていないし、これからも出ることはないだろう。

あの後再び現場に戻った僕だったけど、そこにグリムの姿はなかった。逃げられてしまったのだろうけど、しかしレベルアッパーさえ使えなければグリムは脅威ではない。多才能力(マルチスキル)が無くなってしまったためグリムの犯行を立証することはもう不可能だけど、もう被害者が出ないということで一件落着と言っていいだろう。

そして僕の方はというと、容疑は晴れたのか住所を知られているにもかかわらず風紀委員(ジャッジメント)に追われるようなことはなかった。ただし、無断欠席を繰り返したことで最低登校シフト表の計画は早くも頓挫。最近は毎日のように学校へと通う日々を送っている。でも、それは今までみたいに嫌々通っている訳ではない。なぜなら……

「拓巳さ~ん、こんにちは」

――涙子がいるからだ。

校門の近くで待っていてくれた涙子と一緒に下校する。あの後、涙子に話を聞いたところ、今までのことは僕の勘違いだったということがわかり、仲直りすることができたのだ。もちろん今でもエンスーはやっているし、アニメも観ているけど、休みの日には一緒に遊びに行ったりもしているのだ。それがあの悪夢のようなニュージェネ事件が終わって一番変化したことだろう。

「そうだ!今日は私の学校の近くに新しいお店が出来たらしいんですよ。これから一緒に行きませんか!」

「そうだね、行こう」

楽しそうに笑う涙子を見て僕はしみじみと思う。

――リア充最高!





「あれ?御坂さん、こんにちは」

通りを歩いていると、涙子が知り合いを見つけたようだ。どんな人だろうと思ってそちらに目をやると……。

「あ、悪魔女……!?」

そこには悪魔女こと御坂実琴が猫と遊んでいた。いや、遊んでいるというか噛み付かれているというか……

「もう、拓巳さん!悪魔なんて言って……、失礼ですよ!」

軽くたしなめる涙子だけど、僕が受けた仕打ちを考えればこのくらいの態度をとってしまうのも当然だと思う。というか涙子が知り合いだというから逃げていないだけで一刻も早く帰りたいんだけど……。今すぐ僕を殺しに掛かってくるんじゃないかとヒヤヒヤしているのに……。

「申し訳ありませんが……どちら様ですか?とミサカは尋ねます」

「え?何言ってるんですか?」

「いえ、まぁいいです。それよりも……あなたは以前、実験を目撃した者ですね?とミサカは確認します」

そう言って僕を見る悪魔女。実験?……というか目撃なんて言葉を使うような光景はあの殺人現場のことしかないよな。

「……そうだけど」

「ついてきてくださいとミサカは内心を隠しながら命令をします」

そう言って路地の奥の方へ歩き出していく。内心を隠しながらって……。嫌な予感がするな……、と思ったら涙子がすでに悪魔女について奥へ行ってしまっている。

「ちょ、涙子……」





仕方なくついていった先にはビルの間に少し開けた広場があった。

「あの、御坂さん……。一体どうしたんですか?」

「あなたの言っているのはお姉様のことではありませんか?とミサカは訂正をしておきます」

「え?妹さん?」

困惑する涙子に答える悪魔女。そして、担いでいたギターケースから何かを取り出した。

――機関銃だった

「実験の目撃者を消すこともミサカの義務ですので、とミサカは銃を構えます」

「涙子!こっちに来て!」

ダダダダダダッ

涙子に覆いかぶさると同時に悪魔女の機関銃が火を噴いた。重火器による容赦のない射撃。殺される!……以前までの僕だったならばだけど。
即座に『超誇大妄想狂(ギガロマニアックス)』を発動し、目の前に不可視の壁を生じさせると、高速で迫る弾丸を弾き飛ばす。想像できる最硬の盾の前には銃弾程度の破壊力では傷一つ付けることはできない。

「なんですかそれは!?とミサカは驚愕を抑えきれずに問いただします」

と言いながら悪魔女は腰から手榴弾のピンを抜いて投げつけてきた。透明の壁の横を抜けて爆発を届かせようとしている。

「涙子はそこにいて!」

涙子の四方を強固な壁で囲むと、僕は悪魔女の方へ走りこんでいく。一瞬後に起こる爆発。

「はああああああっ!」

爆風を背に受け加速しながら一直線に悪魔女の元へと跳んでいき刹那、二人は交錯した。僕の斬撃は機関銃を切断し、斬り返しの一撃が悪魔女の首に突きつけられる。

「動かないで」

ディソードを突きつけながら僕が言い放つと悪魔女はぴたりと動きを止めた。

「……あなたは一体何者ですか?とミサカは以前とはあまりにも違う能力に困惑しています」

勝敗は決した。あとは拘束して詳しい話でも聞くか、と油断したところに涙子の警告が飛んだ。

「拓巳さん!後ろ!」

「……!?」

咄嗟に後ろにシールドを張るとそこへ直後銃弾が衝突してきた。見るとそこには目の前の女と同じ顔をした悪魔女の姿。

「今日の実験が複数戦で助かりました、とミサカは安心しながら挟撃を仕掛けます」

「くっ……」

前からもナイフを取り出して切りかかってくる。前後からの攻撃を前に、僕の取った行動は逃走だった。

「涙子、逃げるよ!」

――鎖

「待ちなさいとミサカは……これは!?」

追いかけようとする悪魔女の身体中を創りだした鎖で縛りつけると、涙子の手を取って大通りへと走っていく。あと何人いるかも分からない奴らを相手にするなんて危険すぎる。おそらくはクローンだろう。なぜ能力を使わないのかは分からないけど、あの場で戦って学園都市第3位『超電磁砲(レールガン)』から確実に涙子を守れるとは限らなかったのだから……





「はぁはぁ……もう少しで通りに出るよ」

通りに出ればさっきみたいに公然と銃器を出すことはできないだろう。むしろその方が警備員(アンチスキル)が呼ばれるから助かるけど。

「きゃっ」

「うわっ!あ、すみませ……!?」

急いでいたせいで通りに出るときに女子生徒とぶつかってしまった。謝ろうとそちらを向くと、それは悪魔女だった。ここまで先回りしていたのか……!

「はあっ……!」

先手必勝。初撃で決めるべく横薙ぎに斬りかかる僕だったが、悪魔女は紙一重で身をかわして避ける。

「あ、アンタは虚空爆破(グラビトン)事件の……!?」

後ろに跳んだ悪魔女は僕を見て驚いたような表情を見せるが、すぐに鋭い眼でこちらを睨みつけてきた。そして、おもむろに手を横にかざすと周囲から砂鉄が集まり黒い剣が生成される。悪魔女はその砂鉄剣を振り回し、一撃二撃と斬りつけてくる。その剣撃を僕もディソードを合わせて防ぐ。こいつは超能力者であって剣士ではない。防ぎ続けていると連撃の間に一瞬の隙ができた。

――決める!

しかしその起死回生の斬撃は、鞭のように形状を変えて迫る砂鉄剣によって中断させられた。斬りつけようとした僕の機先を制される。逆に隙のできた僕へ向かって、蛇のようにうねりながら剣が斬り付けてきた。

「ぐっ……だあっ!」

それをかろうじて斬り落とすと、体勢を立て直すように一度後ろへ跳んだ。そして、この攻防を終えてお互いに思ったのは……

――こいつ強い!

あの形状を変える剣は厄介だな……。剣にも鞭にもそれ以外にもなる、軌道を予測するのが難しい。

「なんつー硬さよ。超高速で振動しているこの砂鉄剣は鋼鉄ですら容易く切断するはずなんだけどね……。一体どんな材質使ってるんだか」

そう悔しそうに言うとさらに一歩離れる。そして懐からコインを取り出した。

――やばいこれは!

「まぁアンタから斬りかかってきたんだし自業自得よね。多少の怪我は覚悟しなさい!」

そして、轟音と共に『超電磁砲(レールガン)』が発射された。

――最硬の盾

超音速の弾丸を前に、出現した分厚い透明の盾はギィンという鈍い音を立てて亀裂を走らせた。以前見たときとは全く違う。やっぱり本気のレベル5の破壊力はグリムの多才能力(マルチスキル)の威力を超えているのか!

「くっ、割られる……!?」
「まさか……止められた!?」

互いに正反対の驚きの声を上げながら、しかし行う行動は先ほどと同じだった。

「ならもう一撃!」
「もう一枚盾を重ねる!」

僕はもう一度盾を創り出し、悪魔女はコインを取り出す。再びの轟音と共にさっきのひび割れた盾は粉々に砕け、さらに次の盾に衝突し亀裂が生じた。千日手かよ……

この結果を見た悪魔女の雰囲気が変わった。身体の中に蓄積しきれない電気がバチバチと体外で放電し始める。今までのものを越えるレベル5の本気の電圧。
僕も殺さないようにとか言ってる場合じゃないかもしれないな……。それほどの威圧感を感じる。やっぱり手加減して勝てる相手じゃない。

そして、僕達の視線が交差した。タイミングは同時。どちらも必殺の気合で互いの能力を発動しようとして……

「ストーップ!二人ともやめてください!たぶん誤解です!」

涙子の大きな制止の声が響いた。




[16129] 『一方通行(アクセラレータ)』②
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2010/04/05 21:30
「誤解ってどういうこと?」

涙子の声で一時的に戦闘を中断させられた僕はその理由を尋ねていた。そして意外にも悪魔女の方も中断を受け入れている。

「あのですね拓巳さん。……まず御坂さん、私のこと誰だかわかりますか?」

「は?当たり前でしょ、佐天さん。というか何であなたがこの男と……」

「まぁその話は後で……。つまりですね、この御坂さんは……」

「――オリジナルってことだね。涙子の知り合いだっていう……」

とはいえ、オリジナルだからって安全とは限らないんだけどね。口には出さないけど……

「佐天さん、さっきから何を言ってるの?」

「実はですね……」

と涙子はさっきから起こった出来事を話し始めた。自分のクローンが人を襲っているなんて信じがたい話だけど、意外にも悪魔女はあっさりと信じたようだった。それどころかクローンの話を始めると急激に顔色が悪くなっていく。どうも心当たりがあるようだ。そして、僕を襲ったそのクローンと勘違いして攻撃をしてしまったということを弁解しておいたが、どうも耳に入っていないようだ。話が終わると急ぐようにしてどこかへ走っていってしまった。

「残念だけど今日は予定を中止にして帰ろう。」

「そうですね。でも、拓巳さん私達大丈夫なんでしょうか?あんな危険な人達に襲われて……」

涙子を見ると心なしか震えているようだ。やっぱり恐かったんだろう。当然だ、機関銃や手榴弾を撃ち込まれてしまったのだから。そして、同時にそんな事態に慣れてしまった自分に苦笑する。僕もついこの間まで同じように震えていたっていうのに、ずいぶん余裕あるな……。いや、使命感と言った方がいいかもしれない。この件は早く僕が何とかしないと、そう僕は決意した。




それから数時間後、僕は夜の街中を走り回っていた。あのクローン達を探すために……。
結局、僕が思いついた方法は一つだけだった。逃げ回っているだけじゃ事態は解決しない。僕が襲われないようにするには悪魔女、もしくはその上の人間と交渉しなくてはならないのだ。このままだといずれ、僕以外にも周りの人間にまで被害が出てしまう。

さっき会った場所の付近を中心にして探し回っているが、いまだに見つからない。それも当然、この街の広さはとても僕一人で把握できるものではない。……ただし、それに似たことならできる。

――『これより実験を開始します、とミサカは告げます』

「こっちか!」

思考盗撮。街中の人間の心の声を読み取り、その中からあの女の声を選別したのだ。そして、声を辿っていくと、その場所は人気の無い工事現場。そこでは、驚くべき光景が広がっていた。
重火器で武装した少女達と一人の男の間での殺し合い。いや、殺し「合い」ではない、ただの虐殺。あまりにも一方通行な戦場がそこにはあった。

「な……!?」

死屍累々。その言葉がこれほど似合う状況も無いだろう、とそんな風に間の抜けた感想を覚えるほどにこの光景は非現実的だった。

数十人もの同じ顔で同じ格好の少女達が壁を、地面を真紅の鮮血で彩りながら息絶えていた。その少女達は身体中がボロボロで、身体の一部分が欠けている者も多い。そして、この殺戮を行った人物はというと、一目でわかった。白髪の男。この深紅に染まった世界において唯一の白。返り血すら一滴も付いていない。彼だけがこの中で最大の異彩を放っていた。

「くははァ!こんなもんなのかよォ……てめェらはァ!」

残りはたった二人。にもかかわらず逃げようともしない少女は、銃を構えると男に向かって発砲した。だが、驚くべきことに破壊されたのは少女の持っていた銃の方だった。
しかし、今の攻撃の隙に背後から忍び寄ったもう一人が分厚いナイフを振り下ろして……

「ぐあっ……!」

心臓に振り下ろしたはずの少女の腕の方が、逆方向にゴギゴギという音を立てて間接からへし折られてしまった。もちろん男には傷一つ付いていない。

「無駄だってのがわからねェのかよ」

振り向いた男が首を掴むと、少女は白目を剥きながら絶叫を上げた。

「ぎゃああああああああ!」

少女の頭は一気に真っ赤になって膨らむと、直後パァンという音と共に破裂した。まるで、水を入れすぎた水風船が破裂するように……

そして、男は最後の少女へと歩み寄っていく。すでに足を怪我してしまっているようだ。地面を這って逃げようとしているが、すでに絶望的なまでに勝敗は決まってしまっている。
追い詰めた男は少女の首に手を伸ばそうとして……

――突如出現した透明な壁に遮られた。

「何だと?」

その瞬間、僕はこの恐ろしい男の前に姿を現していた。確かにこの少女に接触しようと思っていた僕にとっては、ここで殺されるのは困る。でも、そんな理屈とは別のところで僕は咄嗟にこの少女を助けてしまったのだ。
……何で僕はこんな危険そうなことに首を突っ込んでしまったんだ!

こうなっては無関係でいるのは無理だ。この少女を救出してそこから情報を得るしかない。

「ア、アナタは!」

「目撃者って訳かァ?それとも敵対組織の人間か、まぁどっちにしろ死んでもらうしかねェな」

辺りに散らばっている少女達の手には様々な重火器が握られている。その銃撃、爆撃の嵐を潜り抜けたにもかかわらず、男の身に着けている衣服には一切の焦げ跡すら付いていないようだ。一体どういった能力ならこんな偉業を達成することができるのだろうか。目の前の相手の強さ、その底が全く見えない。

「さァて、行くぜェ!」

その言葉と共に男は有り得ないほどの速度で飛び出してくる。近距離戦は駄目だ、あの腕に掴まれたら僕も頭を破裂させられてしまう!

――雷

雷鳴が響き渡り、向かってくる男に雷が落ちた。が、怯む様子もなく突っ込んでくる男に僕は驚きを隠せなかった。いや、厳密には雷は落ちてはいない。というより男に当たった途端、雷は天空へ向かって昇っていったように見えた。まるで『反射』でもされたかのように……

「くっ……」

――盾

距離を詰められないよう盾を創り出し、男が回り込もうとした隙に僕は後ろへ下がった。何という圧迫感。近付かれ触れられたら死亡、だけど遠距離からの攻撃も通じない。……何という最強の盾と矛

「おいおォい!逃げるだけじゃ勝てないぜェ!」

――ただ、それでも対応策はある。

「くらえ……!」

幻覚を見せてやる。物理的な攻撃は通じないのなら精神的な攻撃で……!
僕が能力を行使すると、男は見当違いの方向へ突撃を仕掛け、近くの壁を殴り始めた。よし!男が幻覚を見ている隙に悪魔女を連れて逃げよう。そう思って走り出そうとしたところで……

「どこ見てやがんだよォ!」

という声で僕は我に帰らされた。

「え?……うおっ!」

見ると男は不思議そうな顔をして僕の前にいた。即座に盾を張りながら距離を開ける。何だこれ!?……まさか

――僕の方が幻覚を見せられた!?

驚くべきことに精神攻撃さえ反射されてしまったようだ。おいおい、どういう原理だよ!?

……打つ手無し。相手の精神に干渉できないということは妄想シンクロもできないということだ。かといって通常の物理攻撃は通用しない。ここにきて僕はこの場から逃げることだけに思考をシフトさせられた。

「うぜェ!」

男が地面を蹴りつけるとその衝撃が地面を伝わって僕の足元が爆発する。それをかろうじて横へ避けると、氷の槍を撃ち出していく。しかし、それも男に当たると同時に跳ね返されて僕へと進路を変更させられる。

「……やっぱり反射されるのか。なら身体に向けて攻撃をしなければいい」

――監獄

盾で反射された氷の槍を受け止めると、男の足元から無数の巨大な鉄の槍が突き出してきた。それはそのまま天高く伸び、男を拘束する檻となる。そして同時に男の全身に鎖を出現させ、雁字搦めに巻きつけた。

「何だとォ!?」

「……これで少しは時間が稼げる。今のうちに逃げるよ」

急いで駆け寄り少女の手を取ると、驚いたような表情で僕を見つめた。

「どういうことですか?とミサカは疑問を覚えます」

当然のその疑問に僕は一瞬言葉が出なかった。僕自身もこんな物騒な実験とやらを妨害してしまうようなこの行動はリスクが高すぎると思っていたからだ。実験が中止になれば僕達も安全になるだろうけど、これほどの殺人事件を隠蔽できる程の組織に喧嘩を売るなんて馬鹿げてる。ある程度の期間は実験が続いているようなので、また他のクローンを探して接触した方がよっぽど簡単だろう。

でも、今更もう遅いか……。こうなったらこの少女と一蓮托生だ。

「……君を通じて実験とやらの管理者と僕をもう追わないように交渉したいんだ。だから無理矢理にでも連れて行かせてもらうよ」

それに、あれだけ末路が具体的に示されているっていうのに放って置くなんてさすがに気が引けるし……。

そして、足を怪我している少女を背負うと街中へ向かって走り出していく。少女は何と言っていいか分からないといった表情で僕の後ろで捕まっている。

「実験に介入してくるなんてアナタはずいぶんと命知らずのようですね、とミサカは困惑しながら胸の内を告白します」

「僕も危険なことに関わっちゃったなとは思ってるよ。でも、行きがかり上とはいえ、せっかく助かったんだから君の方は喜べばいいんじゃない?」

「喜ぶとは具体的にどうすればいいのでしょうか?とミサカはインストールされていない情報について説明を要求します」

僕は苦笑した。現実でこのセリフを使う場面があろうとは……

「笑えばいいと思うよ」



――煙幕

念のため追跡できないように周囲一帯を煙幕で覆い、視界を完全に失わせてから僕達はその場を去っていった。

まったく……、人助けなんて僕のキャラじゃないことをしたからかロクな目に遭わなかったな。グロ画像集を見せられるわ、殺されかけるわ。おかげで当分の間トマトジュースは飲めそうにないよ。




[16129] 『一方通行(アクセラレータ)』③
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/08/31 22:38
「絶対能力進化(レベル6シフト)?」

僕の部屋へ連れてきて話を聞いたところ、そんな単語が発せられた。なぜか少女は僕を殺すのをやめたらしく、実験についても簡単に概要を話してくれている。そして少女による説明は続く。

「具体的には2万通りの戦闘環境で量産能力者(レディオノイズ)を2万回殺害する、というものです」

その狂気の計画を聞いて思ったことは、……これは想像以上にヤバイことに巻き込まれちゃったな、ということだった。2万人ってもう大きすぎて理解の外にある数字だよな……。

「これからどうするつもりですか?とミサカは尋ねます」

「どうしようか……。さすがに殺されるのが分かってるのに君を連中に引き渡す訳にはいかないし……」

「なぜですか?所詮、ミサカ達は実験用に製造された単価18万円の量産製品に過ぎません、とミサカは疑問を呈します」

「『人の命は地球よりも重い』って言葉に正面から喧嘩売ってるような研究所だね。……とりあえずシャワーで身体流したらどう?あ、でも一人で歩ける?」

「ではシャワーを借りさせていただきます、とミサカは答えます」

今更ながら少女の身体中が泥と血で塗れていることに気が付いた僕はそう提案した。泥だらけで部屋を徘徊されたら僕の同人誌とかフィギュアが汚れちゃうじゃないか……。
足の怪我はある程度回復したようで、一人で風呂場まで歩いていく。



確かに死ぬとわかっていて引き渡すっていうのは論外だとしても、実際どうしたもんか……。
妹達(シスターズ)とやらは2万人ちょうどしかいないらしく、たった一人がいなくても実験に支障が出るらしいけど……。すでに1万人を殺しているっていう、そんな危険な組織相手に交渉なんて出来るだろうか?
かといって実験自体を潰してしまうにしても、相手は学園都市最強、序列第1位『一方通行(アクセラレータ)』。あの化物を再起不能にするっていうのはあまりにも非現実的だ。研究所を物理的に破壊してしまったら、かなりのレベルの犯罪者になっちゃうしな……
やっぱり警備員(アンチスキル)に引き渡して、証人保護システムみたいなので僕も保護してもらうっていうのが現実的な考えかな。でも、死体は処分されちゃってるだろうしなぁ……。

「上がりました、とミサカは一応報告します」

「ああ、早かったね……っておぉい!?」

振り向くとそこには一糸纏わぬ姿の少女がいた。全裸だった。

「ふふふ、服っ、服着ろ~!」

「服は汚れてしまったので全て洗濯機に入れてしまいました、とミサカは当然のように答えます」

うわ~。リアルでの女の裸なんて初めて見た。何これ?いつ僕エロゲの主人公になったの?マジでエロシーン突入ktkr!?

顔を真っ赤にして慌てた様子の僕と対照的に落ち着いた様子で答える少女。口とは裏腹にその肢体を凝視している僕は、顔も整っているしスタイルも細身で結構いいな……などと考えていた。少女は生活環境のせいなのか、どうも羞恥心が欠けているようだ。それを利用して部屋の中では全裸でいてもらおうか、なんて鬼畜なことを考えていたが……。

「そこまで言うのでしたら仕方がないので服を借ります、服はどこですか?とミサカは淡々と訊きます」

「え……。あ、ああ服は向こうの奥にあるよ……」

ポーズでも服着ろなんて言うんじゃなかった~!何で僕はそんな紳士的なことを言ってしまったんだ。紳士は紳士でも、僕は変態という名の紳士だっていうのに……。今更、やっぱり全裸でいて、なんて言えないチキン野郎の僕は涙目になりながら肩を落とした。

千載一遇のチャンスを逃してしまった僕だったけど、しかし、すぐ翌日に今日の選択を喜ぶことになる。





「おっはようございま~す!」

次の日、ドアを開けて僕の部屋に突然入ってきたのは涙子だった。休日などのときは、たまに涙子が部屋に来ることがあるけど、やっぱり昨日のことがあって不安を感じていたのかもしれない。そして、同時に昨日のことを思い出してほっと息を吐いた。
よかった……昨日の夜、あの少女を裸のままにしていたらヤバイことになっていたよ……。

「おはよう。……どうしたの?」

涙子に挨拶を返すけど、まるで僕の声が聞こえないかのように凍り付いていた。その目線は僕の隣に固定されている。定まって、固まっている。その視線の先には……。

「ん?どうかしたのですか?とミサカは状況が分からず困惑します」

同じベッドで、一緒の布団に入っているミサカが僕の隣に居た。

「あ、あ……ぅ……」

初めは信じられないといった表情をしていた涙子だったが、次第に顔を蒼ざめさせ始めた。今では言葉にならないといった風に口元からはヒューヒューと息が漏れるのみである。

しかし、顔を蒼ざめさせているのは僕も同じだった。何だよこの修羅場……。こんなのエロゲの世界でしか経験したことないよ。な、何て言えばいいんだ……。

「……ぁ、…ご、ごめんなさいっ!」

「誤解だ~!」

涙目になりながら脱兎のごとく部屋から走り出て行こうとする涙子を大声で引き止める。





その後、誤解を解くまでに1時間の説明が必要だった。一人暮らしの男の部屋に寝られる場所なんてベッドしかなかったというだけなんだけどね。そうして結局昨日の出来事、実験や一方通行についての話も洗いざらい話すことになってしまった。

「御坂さんの服買いに行きましょう!」

パンと手を叩くと明るく涙子が言い放った。難しい話は置いといて、とりあえず目の前のことを問題にしたようだ。まぁ今の少女のカッコは僕のアニメ柄スウェット上下のみだから下着も買わないといけなかったし、涙子が来てくれたのはちょうど良かったかな。

「いえ、そこまでしてもらう訳には……、とミサカは遠慮します」

「でも御坂さんも服が無いと困るでしょう?」

「ですが、現在ミサカはマネーカードを所持していません、とミサカは正直に話してみます」

「う……」

仕送りがあるとはいえ、中学生のお小遣いにはそう余裕はないのだろう。僕はふぅと溜息を吐いて、

「僕が出すよ。エンスーのRMT(リアルマネートレード)で稼いで、お金には余裕があるし……」

と言った。そして、自分のしたリア充的発言に僕は喜びを噛み締めた。





三人での買い物は思いのほか楽しかった。こうやって数人で一緒に遊びに行くっていうのは初めての体験だったからかもしれない。女の子を二人も連れてこんなオサレストリートを歩き回れる日が来るなんて、僕のリア充レベルも相当なものになってるな。

「そんな気持ちの悪い笑みを浮かべてどうかしたのですか?とミサカは蔑むように見つめます」

「ちょ、おま、キモイとか傷つくだろ!常識的に考えて!」

「つい本音が出てしまいました、とミサカは誠意無く謝罪します」

どうも僕に慣れてきたのか、時間が経つごとに容赦が無くなってきてるよな……。

「まぁまぁ……。それで拓巳さん、これからミサカさんどうするんですか?」

「う~ん、やっぱり警備員(アンチスキル)に預けるべきじゃないかと。1週間程度ならともかく、さすがに僕もこれからずっと生活させていくほど余裕ないし……」

「ミサカさん、その実験の証拠とかって残ってないんですか?」

「ありません、仮にあったとしても揉み消されるだけです、とミサカは学園都市の暗部の恐ろしさについて教えます」

やっぱり1万人も殺しといて事件になってないっていうのはそういうことか……。そうなると警備員(アンチスキル)も正直信用できなくなるんだよな……。

「じゃあ……と、とりあえず今日も僕の部屋に泊まりなよ」

「それは18禁的な意味でですか?とミサカは内心ドキドキしながら尋ねます」

「違うよ!っていうか昨日はそんなこと全く気にしてなかっただろ!今日一日で一体何を学んだんだよ!」

いや、白状すると今のセリフは僕も内心ドキドキだったんだけどね……。同じベッドで寝る訳だし。

「む~。拓巳さん、エ、エッチなことは駄目ですよ!」

「そ、そんなことしないよ」

涙子が膨れながら釘を刺してくる。すごいかわいい……

「エッチなことですか?そういえば昨日、アナタは入浴後のミサカの全裸を凝視していまし……」

「そぉい!」

慌てて少女の口を塞ぐ僕。……この女、何てことを口走ろうとしているんだよ!

「……今、ミサカさん何か言いませんでした?」

「き、気のせいだよ。じゃ、じゃあそろそろ帰ろうか」

そう言って僕は話を逸らしながら歩を早めた。

「そうだ、帰ったら久し振りにエンスーしようよ」

「じゃあ帰ったらすぐログインしますね!」

「あの……エンスーとは何ですか?とミサカは尋ねます」

「エンスー知らないの!?おま、一体どんな環境で生きてきたんだよ!」

「もう……。言いすぎですよ、拓巳さん。っていうか普通は知りませんよ。初春や御坂さん達もネットゲームなんてやってませんし……」

呆れたような表情を見せる涙子に不思議そうな表情のミサカ。

「あのですね、エンスーっていうのはネットゲームの名前ですよ。正式名称『エンパイア・スウィーパー・オンライン』。私と拓巳さんはその仲間なんですよ」

「そうなんですか、とミサカは興味深々に相槌を打ちます」

「部屋に旧式の予備PCがあるから、それでやるといいよ。エンスーを知らないなんて人生の4割を損してるからね。もちろん残りの6割はブラチュー」

「ありがとうございます、とミサカは興奮しながら浮き足だちます」

自分で言っているように珍しく少し嬉しそうにしているミサカだった。

この少女は僕の二人目のリア友なので、一緒にエンスーをできるのは正直少し嬉しい。女友達がいるとか、リア充すぎて自分が恐くなってくるよ。まぁ、僕は洋服をプレゼントしたにもかかわらず、この少女は僕に銃弾しかプレゼントしてくれていないという酷い等価交換だった訳だけれどね……。

なんて、そんな幸せに浸っていると……

「よォ、ちょっとツラァ貸せや」

と突然正面に現れた白髪の男に声を掛けられた。現れたのは学園都市最強『一方通行(アクセラレータ)』。

「その女をこっちに渡せ。そうすればてめェは半殺し程度で済ませてやっても良ィぜ?」

「ではそうします。なので昨日の夜の西條さんの行動については不問にしてください、とミサカは頼みます」

「あァ……?ま、いいけどよ。目撃者の排除は命令に無いしな……」

あちらに歩き出そうとするミサカを、しかしそれを止めるように僕は一歩前に出る。

「何をしているのですか?とミサカは……」

「行くのは僕の方だよ」

少女の言葉を聞いていられないというように僕は強引に割り込み、目の前の一方通行を睨みつける。それを見た一方通行は口元を大きく吊り上げ、愉しそうな笑みを浮かべた。

「くくっ、てめェ上等すぎんじゃねェか……!」

「レベル6を目指してるんだってね。僕みたいなキモオタにやられる程度の超能力者には、レベル6なんて無理だってことをアンタ達に思い知らせてやるよ」



[16129] 『一方通行(アクセラレータ)』④
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2010/04/12 19:11
昨日の戦闘から僕が推測した一方通行の能力とは、おそらく『ベクトル操作』。それによって質量や運動量による攻撃を無効化されてしまっているのだろう。雷のような電子移動ですら反射されるとは凄まじい精度と速度だ。

『超誇大妄想能力者』VS『一方通行』
その戦いは一見拮抗しているように見えて、しかし実際は天と地ほどの差が生じていた。

――くっ……攻撃が通らない!

僕は妄想具現化による大規模破壊、一方通行は放置されている工事用資材の高速での投擲。お互い遠距離からの攻撃だけど届くのはあちらだけ。一切の物理攻撃が通用していない。
こちらは直撃は避けているものの、投擲攻撃の余波だけで身体中に細かい傷が付いてしまっている。

「おらァ!」

マシンガンのごとく連射される鉄骨が地面に次々と突き刺さっていく。飛んできた鉄骨を横に転がることでかろうじて避ける。当たれば即死であろう攻撃を避け、受け止め、紙一重で命を繋いでいく。

「ぐっ……なら!」

その間隙を突いて一方通行の足元の地面を爆破し、足場を崩した。同時に僕と、少し離れた場所で隠れている二人の周囲上下左右をも透明な壁で塞ぐ。それほどの規模の破壊、それを妄想する。

――火炎竜巻

最大規模、大災害レベルの一撃。周囲一帯を爆発的な速度で炎が包んでいく。そして業火は渦を巻き天上へと昇っていく。人間がいれば一瞬で消し炭になるのは間違いないが、その超高温の中を男はまるで何事もなかったかのように悠然と佇んでいる。いや、すぐにその表情が驚愕に染まっていることに気付いた。

効果有り!これが事前に僕が考えていた策の一つ。

そう、僕の狙いは熱による攻撃ではない。周囲一帯の酸素を燃焼させることにより、酸欠状態を引き起こすことだったのだ。

「ガアッ……」

炎の中でのどを押さえて苦しんでいるのが見える。しかし、男は鬼気迫る表情でこちらへ歩み寄ってくると、その右腕を振りかぶった。運動ベクトルを収束させた拳。……ヤバイ。

直感的に僕は火炎竜巻を消失させた。一瞬後に圧倒的な破壊力を持った一方通行の拳が壁を破壊した。しかし、僕は身体をかわしてそれを避けると壁を消して距離をとる。

……危なかった。こいつはともかく僕があの炎の中に飛び込まされていたら焼け死んでいたよ。

「てめェ、やってくれたなァ!」

息を荒げながら怒鳴る一方通行に今の攻撃に効果があったことを理解する。このベクトル操作能力も方法次第では破ることが出来るはず。なら、今度は動きをも止めてやる!

――滝

一方通行の頭上から大量の水が溢れ出した。プールの水が一斉にこぼれ落ちたかのような水量が一方通行を襲った。そして……。

――凍れ

「なァ……!?」

一方通行に降り注いでいた水が凍りつき、巨大な氷像が作り出された。内部の一方通行は周囲が完全に凍りつき、指一本動かすことが出来ない。これで終わりだ。

一方通行の反射の膜は皮膚の表面だったのだろう。そのため、水を弾いていたのも表面であり、表面スレスレまで凍ってしまっている。一方通行はぴくりとも動くことが出来ない。今までの行動を見る限り、一方通行の任意での能力使用は運動のベクトルの操作のみ。そして、身体を動かせなければ運動ベクトルは発生しない。

「いくらベクトルを操作できても、ベクトルが存在しなけれなければ関係ないよね?0ベクトルは操作できない。まぁ、窒息する前には開放してあげるから安心してよ」

ようやく終わったという安堵から地面に座り込む僕だったが、それが間違いだということにすぐ気付く。ビシィという音と共に氷像にひびが入っていく。そして次の瞬間、氷が粉々に砕け中から一方通行が現れてしまった。

「ハァ……ハァ…」

「な、何で……」

「人間の体には常に地球に向かってベクトルが働いている。重力を収束して氷を砕いたんだよォ!」

一方通行は掌を上に向けると、その空間が歪んだ。その歪みは徐々に大きく強くなっていく。

「くくっ……。これはいいぜェ!これが地球のベクトルかよォ!」

歪みをこちらへ向けて突き出してくる。すると歪みはこちらへ飛来し……。

「な!?」

周囲のあらゆるものを吸引し始めた。僕も吸い込まれる……!あの中に吸い込まれたら僕の命は無い、と瞬間的に襲った悪寒が知らせてくる。反射的に避けようとした僕の身体をも飲み込もうとした歪みだったが、取り込まれる直前でそれは消失した。

「ちっ……思ったより効果時間が短かったか」

「まさか……重力操作によって小型ブラックホールを生成したのか!?」

「初めてやったが、体外のベクトル操作は意外と難しいようだなァ。ま、おいおい慣れて行けばいいか……」

僕は驚愕の声を上げざるを得なかった。ここに来て能力の新たな使用法に目覚めるなんて……!

そして、一方通行はふわっと宙へ飛び、ロケットのように高速で飛び出してくる。

――盾

空間に盾を出現させることで止めようとしたが、低空を高速で旋回することで回避していく。重力のベクトルを操作することで空中を三次元的に移動することを可能にしたのだ。

くっ……止められない!?宙を駆ける一方通行を遮ることはできない。

「捕まえたぜェ!」

高速で僕に近付き、左手に触れられた。

――ヤバイ!

ゾクリ……という悪寒を感じて、その瞬間全力で転がるように離れる。が、それは遅かった。パンという音と共に僕の左腕が破裂した。

「がああああああああっ!」

激痛を感じて左腕を見ると、僕の左腕は肩口までが血塗れになっていた。おそらく血流を操作して内側から破裂させられたのだろう。

「ちっ……あと一瞬あれば痛みを感じることもなく全身を破裂させてやれたのによォ!」

そうして一歩づつ近付いてくる一方通行。

くっ……どうする!?とにかく反射をなんとかしないと……。また酸素を奪うか……それとも他の物質?いや、そうじゃない。逆に考えるんじゃなくストレートに反射を抜ける方法を考えるんだ。いったい、どんな物質を現実化(リアルブート)すれば……。いや、待てよ……そうか!

僕は手を一方通行に向けて腕を伸ばした。

「どうしたァ?もう終わりかよォ」

僕はようやく安堵した。突き出した腕は一方通行の少し手前で止まっている。

「そうだよ。もう攻撃は終わっているんだ。やれやれ、ようやく反射を抜けられたよ」

「あァ?何言ってやがる。ここにきてハッタリが通用するとでも思ってんのかァ?」

そうだろうね……。見えるはずがない。感じるはずがない。なぜなら今のディソードは実体化(リアルブート)されていない妄想状態なんだから。そう、僕にしか見えず、感じない、妄想。物理現象は一切起こせない代わりに、物理法則には従わない。それゆえに反射もされない。

僕だけの目に見える。一方通行の頭を貫いた妄想の剣が……。

そもそもディソードとは斬ったりするためのものじゃない。本来の用途は超誇大妄想能力(ギガロマニアックス)を扱うための媒介。魔導師で言うとデバイス。

「やっぱり反射が行われるのは体表面だけみたいだね」

ディソードで刺し貫いた、一方通行の内部からなら反射されずに直接能力を行使できる。

――あァ?とうとう恐怖でおかしくなったかァ?

思考盗撮成功。ようやくだ……。ようやく精神に干渉できたよ。あとは体内から僕の妄想を混ぜ合わせるだけ!

とどめを刺しに僕の目の前まで近付いた一方通行が僕の首を掴む。そして、僕の全身の血流を操作しようとして……

――まぁいい、さっさと死ねや

「いいや、死ぬのは――」

「……ぐはっ!」

一方通行の全身から鮮血が噴き出した。さながら水風船が破裂したかのように……。

「――妄想シンクロ。安心しなよ……威力は抑えておいたから」

「な……馬鹿な…!?…た、他人のパーソナルリアルティに干渉するだとォ?」

「伝えておいてよ。アイツを殺そうとするんだったら、僕が何度でも止めさせてもらうって」

そして一方通行はどさっという音を立てて地面に倒れた。







「はぁ……左腕が痛すぎる。欝だ」

部屋に戻った僕は@ちゃんねるの掲示板を覗きながら呟いた。@ちゃんねるというのは学園都市の大規模ローカル掲示板のことだ。
腕の血管がずたずたになっていたため、帰りにに病院に行って包帯を巻いてもらったんだけど全然痛みが引かない。っていうかこんな大怪我負ったのは初めてだよ。

と、そこであるスレを見つけた。

【第一位】一方通行終了のお知らせ【m9(^Д^)プギャー】(362)

あれ?情報早いな。開いてみると、予想通り一方通行が敗北したというニュースだった。

うわぁ……、僕あんまり目立ちたくないのになぁ……。喧嘩に勝って有名になるとかDQNすぎだろ。ひどい恥さらしだよ……。

しかし読み進めていくと、そこに僕の名前は無かった。学園都市の第一位を倒した者の名前は……。

――上条当麻

え?何で?
どうやら一方通行は僕に倒された数十分後に再び上条に殴り倒されたらしい。あんな瀕死の重傷じゃ当然だろう。ふひひ……ざまぁ。フルボッコ乙。



さてと……、じゃあこれまでの腹いせに、掲示板の超能力者カテゴリの第一位スレと第三位スレでも荒らしておこうかな。



[16129] 『打ち止め(ラストオーダー)』①
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2010/04/12 20:47
どうしてこうなった……

「あ~ん、とミサカは西條さんの口元にスプーンを運びます」

都市伝説とすら言われていた「あーん」。生きているうちにそんなシチュエーションが実現するとは……。ただし相手はミサカ。

「ほら、食べてくださいとミサカは再びスプーンを口に押し当てます」

「えーと、自分で食べられるんで……」

「アナタが腕に怪我をしてしまったのはミサカのせいです。そのため、ミサカが代わりに日常生活の補助をするのは当然のことです。とミサカは感謝を述べます」

「いや、あの……僕が怪我したのは左手だから問題なく自分で食べられるんだけど……」

そう言うとしゅんとした表情を見せたが、すぐに気を取り直したようにこちらを向いた。

「でしたら、下の世話などいかがでしょう?とミサカは内心のにやにやを隠しながら提案します」

「はぁあ?」

「ですから、トイレなど片手では不便でしょう?とミサカは期待しながら尋ねます」

え?コイツ冷静な表情で何言ってんの?脳内にエロゲでもインストールしてるの?

「い、いや……、大丈夫……」

「いいから私に下の世話をさせてください!とミサカは強引にズボンを脱がせようとします」

「ちょ……おま…!」

そう言って僕のズボンに手を掛けてくる。嬉しすぎるエロイベント発生なんだけど、あまりにも超展開すぎてついていけない。童貞を捨てるにはまだ心の準備が……!

「何やってるんですか~!」

「うおっ!」

後ろから声がした。涙子だった。

「こんな公衆の面前でよくやりますね。人がお手洗いに行っている間にまったく……」

「あ……」

そう、ここはファミレスの店内。個室ですらない。そのため、いつの間にか周囲の人達が僕達の方をちらちらと見ている。あんな大声でエロトークしてれば当たり前だけど……

僕を見るな……!

これじゃ、バカップルじゃないか……。でも、ミサカは別に恋人でも何でもないしなぁ……。フラグ立てた覚えもないし、正直意味が分からない。モテ期か……?

「さあさあ気にせずに続けましょう、とミサカはあえて空気を読まずに発言します」

「ちょっとミサカさん!」

「い、いや、もうそろそろ行こうか。早く店から出よう!」

二人の女子を連れた僕に様々な種類の視線が突き刺さってくる。修羅場か、なんて声も聞こえるし……。意外とリア充って辛いんだな……。

「おかしいですね、これでどんな男性でもイチコロと聞いたのですが……とミサカは小さく呟きます」





「わ~!『ゲロカエルん』の新作が発売してる~!」

「どうしたの?」

「知らないんですか?『ゲロカエルん』ですよ。女子中高生の間では人気のグッズなんですよ!」

「へ、へえ……」

そう言って涙子は鞄の中からいくつかのカエルのストラップを取り出した。脱力系というのだろうか。

「な、何という手抜きキャラ……」

「え~、かわいいじゃないですか」

二人にも選んであげます、と言ってそれぞれオススメを教えてくれた。とりあえず一つだけ買ってみたけど、やっぱり手抜きキャラとしか思えないよ……

「これはゲコ太とは違うのですか?」

「全然違います!あんな類似品と一緒にしないでください!」

「え……涙子どうしたの、一体……」

急にテンション上げるなよ……。どっちも似たような物じゃないか。

「お姉さまも同じことを言っていました。ただし、お姉さまが言うには『ゲロカエルん』の方が類似品だそうですが、とミサカは煽ってみます」

「……『ゲロカエルん』が類似品ですって?」

「煽るな!」

涙子の雰囲気が恐くなってきた。そう言われてみれば涙子は自分の持ち物に結構ゲロカエルんとやらを付けているのを思い出した。もしかして、熱狂的なファン?

「ゲロカエルん派とゲコ太派の間には大きな溝があるのです、とミサカは解説します」

「そうなんだ……。っていうか確信犯だったのかよ!」





通りの向こうに白髪の若い男の姿が見えた。あんな若白髪をファッションにしている奴は僕の知る限り一人しかいない。

「あれは?一方通行(アクセラレータ)か……」

しかも、よく見るとすぐ後ろに何かがいるような……。それは幼女だった。しかも、その幼女はボロ布一枚を身に纏っているだけ。

「こ、こいつは真性だ……!」

どういうプレイしてやがるんだ!羨ましすぎる……

「あ、本当ですね。後ろにいる娘は……まさか!」

「誘拐ですね、本当にありがとうございました」

涙子はこの間のこともあって少し怖がっているみたいだけど、今の一方通行は全く怖くない。なぜなら……

「ロリコン乙」

アイツ、こんなに愉快な奴だったのか!?三次元でロリコンとかマジワロス。帰ったら@ちゃんねるで言いふらしてやろう!名前も一方通行(アクセロリータ)ってルビ付けてやらないと。

「さ~て、風紀委員(ジャッジメント)に通報してあげようかな?」

「あれは打ち止め(ラストオーダー)……なぜここに?……いえ、通報は不要です。あれは妹達(シスターズ)の一人ですから、とミサカは教えておきます」

少し考えるようにしてミサカは答えた。そう言われてみれば、あの幼女はミサカに似ている気もする。だとしたら、一方通行が幼女タイプのミサカを引き取ったってことなのか?

……やばいよアイツ。クローン幼女を自分の物にとか鬼畜にも程があるわ!

「あの顔でPCはロリ画像でいっぱいとか、想像しただけでも笑える!それに堂々と幼女とお散歩とかレベル高過ぎ!」

「13歳と14歳の女子をはべらせている男子高校生には言われたくないと思いますよ、とミサカは忠告します」

「……」

「それにPCがエロ画像でいっぱいなのはアナタの方ではないですか、と自分のことを棚に上げていることに呆れながら続けます」

「き、貴様ぁっ!他人のPCの中身を覗いたなぁ~!」





あの夜の戦闘によって実験は中止になったらしい。1万人の妹達(シスターズ)も寿命の調整を受けた後は学園都市内外で生活していくそうだ。
にもかかわらず、あれからの数日、ミサカは僕の部屋に入り浸っている。いや、入り浸っているというかずっと泊まっている。涙子も心配してか毎日遊びに来てくれているけど。

「そういえばミサカさん、住む家はどうなったんですか?」

「いえ、決まっていません。当分は西條さんの部屋を使わせて欲しいのですが構いませんか?とミサカは西條さんに尋ねます」

一応、念のために言っておくけど、部屋に泊まっているだけだ。大人の階段を上ったわけじゃない。……僕にそんな度胸がある訳ないだろ!常識的に考えて……。

「あ、生活費はマネーカードに振り込まれているので全然問題ないですよ。とミサカは弁解します」

「……昨日の夜、住所決まったとか研究員の人が電話で話してなかった?」

「……気のせいではありませんか?とミサカは白を切ります」

「え~!ミサカさんズルイですよ!」

この女、家賃を浮かす気か……?汚い、さすがミサカきたない。それとも、もしかして誘われているのか……?ふひひ……。

み な ぎ っ て き た !



と、そこでパンパン!という音が響いた。この音は……!

さて、気にしないで帰ろうか……。と思ったところで二人が僕の方を見ていることに気付いた。……この展開はまさか。

「銃声ですね、とミサカは答えます」

言われなくても分かっているよ。残念ながら最近聞き慣れているからね……。
何その視線……。二人とも僕のことを正義の味方か何かと勘違いしている節があるけど、本来僕は危険には近付かないタイプの草食系男子なんだよ!けれど……ちょっとだけカッコ付けたい自分がいた。

「はぁ……じゃあ、ちょっとだけ見てみようか。緊急の怪我人とかが居たら大変だし……」

風紀委員(ジャッジメント)が到着するのにも時間が掛かるしね……。正直、僕としてはあんまり興味無いんだけど。

何だかんだ言っても、学園都市第一位にも勝利した僕に隙はなかった。念のため二人の周囲を不可視の盾を妄想して守りながら、銃声の発生源へと向かったが……。

「なぁにこれぇ?」

ある意味では驚きの光景が広がっていた。

「いたたたたっ!おい!痛いって!」

「な、何で死なねぇんだよ!」

拳銃で撃たれ続けているにもかかわらず、傷一つ付かずに痛がっている男が、そこにはいた。頭にハチマキを巻いた男に撃ち込まれているのは間違いなく実弾。とてもそうとは思えないけど……。

何この茶番……。コントでもやってるのか?痺れを切らした男達がナイフや鉄パイプで殴りつけるが、それも一切効いていない。

「いたっ!ちょ、待っ……!」

……いや、少しは効いているらしい。

と、くいくいと服の袖が引っ張られる。

「西條さん、助けないんですか?」

「え?あ、ああ、そうだね」

冷静に客観的に見れば、行き過ぎたリンチを加えているという場面だ。拳銃まで発砲して非常に危険な状況だと言える。……全然そんな雰囲気じゃないけど。

はぁ、と溜息を吐くと僕はディソードに力を込めた。

――妄想攻撃

ばたばたと一瞬にしてその連中は倒れていく。あまりにも呆気なく戦闘は終わった。ハチマキの男が突然現れた僕を見つめる。

「お前は……?」

「――西條拓巳」

――これが学園都市の第七位(ナンバーセブン)、削板軍覇との出会いだった。



[16129] 『打ち止め(ラストオーダー)』②
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2010/04/16 19:54
「西條さん、危ない!」

「え?」

涙子の叫びを聞いて反射的に後ろを振り向くと、そこには鉄パイプを振りかぶっているDQNの姿があった。そして、振り下ろされたそれは見事に僕の脳天を殴打し、思わず膝を着かされる。

「が……!」

「てめぇ、こいつらに何しやがった!?」

頭から血を流す僕にDQNは困惑をにじませながら怒鳴りつけてくる。こいつは僕が昏倒させた連中の仲間か……。モブの分際でこのチート能力を持つ僕を殴りやがって……。万死に値する!
さらに僕を追撃しようと鉄パイプを振り上げるDQNに制裁を加えてやろうと妄想しようとするが……。一瞬くらっと頭がふらついてしまった。頭を殴られたせいか!?

「やば、集中が……」

こんなの相手にまさかの死のピンチ。振り下ろされた鉄槌は僕の脳天をかち割ろうとし……、しかし、その瞬間深く押し殺したような声が響いた。

「不意打ちとは根性がなってねぇな……」

「ぐわあああああああ!」

「え?」

同時に凄まじい力場に轢かれたかのように吹き飛ばされていくDQN。そのまま高速で向こうの壁へと激突する。凄まじい威力。念動力(サイコキネシス)か……?かなりの高レベル能力だ。

「すごいパーンチ!」

同時に聞こえた間の抜けた雄叫び。見ると拳を突き出したままの姿勢でハチマキの男が立っていた。

「おい、大丈夫か?」

と声を掛けてくるハチマキ男。というかそれだけ強いんだったら元々僕が助けに入る必要なんてなかったじゃないか……。怪我し損だよ。

「た、助かったよ……」

「いや、俺を助けに来てくれたんだろ。すげぇ根性あるじゃねぇか!気に入ったぜ!」

そう言ってバンバンと肩を叩いてくる。暑苦しい奴だな。

「ふむ、二人ともありがとう。礼を言うよ」

戦闘が終わると、隅の方から女性の声が聞こえた。この声は……。

「おう!礼はいらねぇぜ!当然のことをしたまでだ」

「そうか、そちらの君もありがとう。どうやらカツアゲというものに遭ってしまっていたらしい。やはり、裏道を通ったのが間違いだったようだね」

どうやらこのハチマキ男は絡まれていた女性を助けていたようだ。僕はそこに割って入った形になる。お礼を言われてその女性の方に顔を向けると、そこには白衣の女性の姿があった。

「き、木山さん……」

「ん?」

「よかった、無事だったんですね。あの後、連絡取れなくなってしまったから心配していたんですよ」

しかし、木山さんは困惑したような表情を浮かべている。

「……すまないが、誰だったかな?ちょっと覚えていないんだが……」

「は?」

どういうことだ?あの事件について知られたくないってことか?それにしてはあまりにも自然な演技だ。他に何か事情でもあるのだろうか。
気になった僕は内心で謝りながらも木山さんに思考盗撮を試みた。そして驚きの事実を知る。

――記憶が無い!?

木山さんの記憶はニュージェネ事件辺りから曖昧になっている。適当につじつま合わせをしたかのようなでたらめな記憶。僕やグリムについても覚えていないようだ。そして、ニュージェネ以降の記憶については一切が消去されてしまっている。いや、消去というよりは隠蔽か……?さらには、それに自分で気付かないように思考操作までされているようだ。
木山さんとはニュージェネ以降会っていなかったけど、一体何があったんだ!?
どうにか最近の記憶を読み取ろうとする僕だったが、想像以上にプロテクトが固い。強固なプロテクトに加え、思考操作まで。かなりの高レベル能力者が関わっているようだ。僕の思考盗撮でも、隠された記憶を覗くまでにはかなりの時間が掛かってしまうな……

「では、私は帰らせてもらおう」

「あ、ちょっ……」

そう言うと木山さんはさっさと帰ってしまった。まだ、記憶を読み取れていないのに!僕は慌てて追おうとしたが、自分の肩をがっしりと掴まれていることに気付いた。

「こんなに根性のある奴がこの学園都市にいたとはなぁ!この後、暇か?飯でも行こうぜ!」

見失った……。





1時間後、僕達はマクディナルドの一席で夕食を食べていた。

「自己紹介がまだだったな!俺は削板軍覇だ。よろしく頼むぜ!」

暑苦しく自己紹介をしたのが先ほどのハチマキ男。でも、その名前どこかで聞いたことのあるような……

「学園都市第七位ですね、とミサカは驚きながらも補足説明します」

「え~!すご~い!」

ミサカの説明に涙子は驚きの声を上げるけど、僕の方はもういい加減驚かなくなってきた。ここ最近レベル5との遭遇率高すぎだろ……。230万人の頂点である7人。第一位、第三位、第七位。ここ一週間でその内の三人と遭遇しているという……。世間狭すぎだろ……。

「いやいや、超能力だとかレベル5とかなんてのは関係ねぇ!問題なのは根性があるかどうかだ!その点では拓巳!お前は最高に根性が入ってたな。見ず知らずの人間のために戦いを挑むなんてとてもできることじゃない!」

褒めてもらって光栄だけど、僕も涙子に言われなかったら逃げてたんだけどね。僕に根性とか笑えるほどに接点無いっていうのに。あと、いきなり名前で呼ぶとか馴れ馴れし過ぎだろ……。

「ところで削板さんってどんな能力なんですか?」

「ふふっ、教えてやろう。第七位の真骨頂。自分の前にあえて不安定な念動力の壁を作り、それを殴って刺激を与えることで壊して遠距離まで衝撃を飛ばす必殺技。それが俺の『念動砲弾(アタッククラッシュ)』だ!」

涙子の質問に自慢そうに説明する削板だけど……。

「いや、それは無理だろ……。常識的に考えて」

「は?」

僕の言葉に全員が驚いたような顔をした。っていうか、したり顔で適当な説明するなよ。

「い、いや、念動力にそんな特性無いはず……」

「なら何で能力が使えてるんだああああっ!」

「……知らんがな。自分で分かってないの!?」

まぁ僕の能力も自分で完璧に理解できてる訳じゃないんだけどね。
あと、これでも僕は頭良いんだ。ただ、授業にあまり出てないだけで……。でも確かに念動力にそんな特性はなかったはず。それにしても、さすが学園都市第七位。研究機関でも理解できていない能力とはね……。





「じゃあ拓巳さん、ミサカさん、また明日~!」

「うん、おやすみ」

あれから数時間後、時間も遅くなったということで涙子を寮まで送った帰りのことだ。当然ながらミサカと二人きりな訳だが……。

「……」

「あの~、起きてます?ミサカさん……」

ミサカは突然立ち止まり、無言で虚ろな瞳をし始めた。まるで心ここにあらず、みたいな。まさか眠いのか?もう夜だから?

「電波受信中ですか~?こんな所で寝るな、起きろ~」

ミサカはクローン体だ。元々はほとんど寿命なんて考慮されてなかった存在。調整を受けたとはいえ、身体に不具合でも起こったのか?僕が心配をし始めると、突然瞳に生気が戻った。

「失礼しました、緊急の回線が繋がってきたもので、とミサカは弁解をします」

「本当に電波を受信してたんだ……」

そして、深刻そうな表情で僕の方を見つめてくる。はぁ、また厄介ごとか……。

「西條さん、お願いがあるのですが、とミサカは切羽詰った様子で頼み込みます」

――僕達は夜の街を走り出した。



[16129] 『打ち止め(ラストオーダー)』③
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2010/04/19 20:17
Side 一方通行(アクセラレータ)



一方通行は夜の街を疾走しながら自問していた。

――俺は弱くなったのか?

数日前、俺は生涯初にして一日に二度の敗北を喫した。そのせいで実験は凍結。レベル6への道は閉ざされてしまったのだが、そんなことはどうでもいい。とにかく、自身の能力であるベクトル操作によって、これまでの俺は敗北などと言うものとは無縁の存在だったのだ。何が原因だった?奴とは何が違う?あの、学園都市の計画をぶっ壊せた男と……。

あの日、無敵を誇っていた能力による反射は二人の男に軽々と抜けられてしまった。一人は無数の能力を行使する男、もう一人は能力を無効化する右手を持つ男。

右手の男の方は何となく分かる。瀕死の重傷のところに不意打ちを仕掛けてきたあの男のことなど、思い出すのも業腹ではあるが奴については別にいい。生まれたときから学園都市の闇に漬かってきた自分だからこそ気付いた。言動などは明らかに一般人であるが、あの男にはどことなく自分と同じ側の雰囲気を感じていた。自分を倒したのがあの男であるという情報が不自然に広まっていることからしても上層部に関わりがあるのは確かだろう。もしかしたら上層部の一部からの刺客なのかもしれない。そう、自分と同じ裏の人間に負けるのは理解できる。

ただ最初に戦った男、西條とか言ったか、奴の方は全く理解できない。自分とは違う思考回路。

初めて遭遇したのは実験中だった。殺されるはずだった妹達(シスターズ)を守るために割って入ってきた男に、そのときは大した脅威を感じてはいなかった。見た目は普通の男で強力な能力を持つものにありがちな自信も無い。よくいる学園都市最強に挑んでくる命知らずでもない。本当に妹達(シスターズ)を守るためだけに現れたようだった。しかし、製造されたばかりの彼女とそれほどの関わりがあるはずがないのに……。そんな人間が実際にいるのか?裏の人間ではありえない人間関係。そこに純粋な驚きを感じていた。

しかし、二度目の邂逅では違った。ミサカを守るために確固たる信念を持って立ちふさがってきたのだ。この学園都市最強の自分に対して。前回はどこか衝動的な感情だったようだが、今回はその不安定さは見えなかった。確かに策はあった、能力も強力なものだった。だがそれよりも恐ろしいと思ったのは、守るという意志。殺すことしか知らない俺とは違う行動原理。

そして、最終的に俺は奴に負けた。自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を壊されて。しかし、あのとき俺は心の底ではスッキリとしたような気分を感じていた。自分の思い込んでいた暗く重い現実。それを叩き壊されて、一瞬だがそこから抜け出せた気がしたのだ。

「見つけたぜェ!」

誰もいない工場街に天井亜雄の乗っている車を見つけた。あの中に打ち止めが拉致されているはず。その車に向かって爆発的な加速度で跳び出すと、空中で向きを変え、ボンネットの上に着弾した。交通事故に遭ったかのごとく天井は全身を強打して苦痛の声を上げる。当然ベクトルを操作し、衝撃は打ち止めには届かないようにしておいたが。

「が、はっ……」

「よォ、また会ったなァ」

その衝撃から立ち直っていない天井に挨拶をしてやると、そのあまりの恐怖に震えだした。

「う、うぁああああああああああ」

恐慌状態のまま、完膚なきまでに破壊されてしまった車から逃げ出そうとする天井だったが、さすがにそう甘くは無い。足元を蹴った衝撃を飛ばし、昏倒させてやった。車内の打ち止めは頭に電極を貼り付け、苦しそうに眠っている。おそらくその電極とPCは妹達(シスターズ)の身体検査用のキットだろう。とにかく、打ち止めの保護を頼むために芳川に電話をかけた。

「おい、芳川。ガキを保護したぞ」

『わかったわ、あとはウイルスコードを解除するだけね……』

「ここのPCで解除できねェのか?ここからお前の研究所へ向かうには結構時間が掛かっちまうぜ?」

『駄目ね……。ウイルスコードの解除には専用の培養器と学習装置が必要なの』

「チッ……」

ここから研究所までかなりの距離がある。天井の車を壊してしまったことが悔やまれる。こんな人気の無い区画からでは人通りのある場所へ出るだけでも時間が掛かってしまう。今から全速力で向かっても間に合うかどうか……

『安心して。すでに私はそちらへ向けて車で移動しているわ。そろそろ着くはずよ』

「ウイルスコードの解析は終わってんのか?」

『8割方ね。12時までには間に合うわ』

それなら間に合う。芳川の機転に感謝しながら安堵の溜息を吐いた。手間掛けさせやがって、と毒づきながら打ち止めの方に目をやると、彼女は突然奇声を発し始めた。それは、とても人間の言語ではなく、まるでコンピューター言語のような音だった。同時に身体検査用のキットから鳴り響くエラー音。

「おい芳川!これはどうなってやがる!」

『……これは!……ウイルスコードがもう起動準備に入っているんだわ』

「なんだとォ!?」

『まさか……誤情報だったの!?』

思わず驚きの声を上げてしまう。起動までにはあと4時間以上あるはずじゃなかったのか!?このままでは世界中の妹達(シスターズ)にウイルスが送られてしまう。

『あなたが手を打ちなさい、一方通行』

たとえ芳川が到着してもウイルスの解析をしているほどの時間は無い。焦燥の中、電話の向こうから声が聞こえる。

「手ェ!?まだ手があんのか?」

『打ち止めがウイルスを妹達(シスターズ)が逆らえない上位命令文に変換するまでには約10分かかるはずよ。それが発信されてしまったら全世界の妹達(シスターズ)が武力攻撃を始めてしまう』

おい、ちょっと待て。そんな手段は……

『それまでに、あなたが打ち止めを処分しなさい。彼女を殺すことで世界を救うのよ!』

「……ッ」

無力な自分自身に悔しさが込み上げてきた。傍らには苦しそうな表情を浮かべながら奇声を発している打ち止めの姿。そいつを助けに来たっていうのに、俺にできるのは殺すことだけだっていうのかよ!

守る力を持ったアイツなら、あれほどの応用性のある能力なら、コイツを守れたんじゃねェのかよ!?何で現れねェんだ!1万人の妹達(シスターズ)は救ったのにコイツは救わねェのかよ!

ふと脳裏に浮かんだのは妹達(シスターズ)を救ったあの男の姿だった。八つ当たり気味に吠えるがあの男は現れない。当然だ、そんな都合のよい妄想なんて叶わない。そんなことは学園都市の暗部を生きてきた自分には分かりきっていた。

クソッ……、いくら最強なんて言っても、俺の能力は力の向きを変換するしか脳の無ェ、俺自身と同じく使い道なんざ人殺しの方法ばかりの能力だ。
……いや待て、考えろ……!芳川から預かってきたメモリースティックは打ち止めの感染前の人格データ。なら、脳内の生体電流の流れさえ制御できればコイツの人格データを入力することができるんじゃねェのか?

「無茶よ!」

「できねェってことは無ェだろうよ。反射はできるんだ。なら難易度が上がるが、操作だってできるはずだろォが」

「仮に脳内電流を操作できたとしても、ウイルスを完全に除去するなんて不可能よ。なにせ肝心のワクチンがまだ完成してないんだから!いいから打ち止めは諦めなさい!」

「ンなもん自分でやってやらァ!俺を誰だと思っていやがる」

そう言うと持っていた携帯電話を車外へ投げ捨てる。もう話している暇は無い。

感染前のデータと比較して、余分なデータを全て消しちまえばいいんだろォが!俺になら簡単にできるはずだ。

感染前のデータを記憶すると、打ち止めの頭に手を置いた。

「人にここまでやらせといて今更助かりませんでした、じゃ済ませねェぞ」

――感染前データと照合
対象コード数は、357081箇所。これををウイルスごと全て消してしまえば一週間前の状態に戻れるはず。そして、削除を開始した。

生体電流の操作は問題無し。見る見るうちにエラーが減っていく。ウイルスと一緒にこの一週間の出来事も忘れてしまうということに一抹の寂しさを感じながらも削除を続けていく。よし、これなら何とか間に合うはず。
あと10秒。間に合ったと安堵しかけた瞬間、カチャという金属音が響いた。驚いてそちらを見ると、拳銃をこちらに向けた天井の姿が……。

「邪魔を…する、な……!」

意識を取り戻しやがったのか!じ、冗談じゃ無ェぞ……!こっちは電子顕微鏡クラスの精密作業をやってんだ。反射に割ける演算能力なんざ残ってねェんだぞ。早く打ち止めから手を離して反射を取り戻さないと!

今の俺は普段は常時行っている反射を使っていない状態。この作業を中断しない限り反射は使えない。しかし、こんな脳の操作なんてデリケートな作業を途中で強制終了したら、打ち止めの脳は完全にぶっ壊れてしまう。
天井の指が引き金に掛かった。クソッ、あと少しでデリートが終わるっていうのに!ヤバイ、殺される!

どちらを優先すべきかなんて考えるまでもない。自分の命と他人の命。自分の能力を考えてみればすぐに分かる。俺の能力は自分自身の命を守るためのもの。核兵器の直撃ですら俺に傷を負わせることはできない。ただし、その恩恵を受けることが出来るのは自分の体だけ。
元々、この俺が他人を助けようってこと自体が笑い話だったんだよ。あれだけの人間を殺してきた悪人が今更、人を一人くらい助けたくらいで救われるとでも思っていたのか?
しかし、俺は決意を込めて天井を強く睨みつけた。……諦めてたまるかよ!

関係無い。俺の能力も、俺が悪人であることも、そんなことは打ち止めには関係ない。このガキを死なせたくない。理由なんてそれだけで十分。
理屈なんて関係ない。能力も、相手の強さだって関係ない。問題は守りたいと思うかどうか。それが、俺があの男との戦いで学んだことだ。

そして、ついに銃声が轟く。デリートを続けていくが、残念ながら紙一重の差で反射は間に合わないだろう。ウイルスを消去するため、最後の一瞬まで能力を行使し続けながらも死を覚悟した俺だったが……

その銃弾は俺に届くことはなかった。突如現れた透明の壁が、キィンという音を立てながら銃弾を弾いていたのだ。

「なんだと!?」

「この盾は……まさか!」

驚愕と共に辺りを見回すと、あの男が、西條拓巳がこちらへ向かって歩いてきているのが見えた。そして、隣には妹達(シスターズ)の一人が。

「よく分からないんだけど、これでいいんだよね?」

「はい、ありがとうございます、とミサカは感謝の言葉を述べます」

突然現れた増援に驚いたのは天井も同じだったようで、今度は拳銃を奴らに向けた。

「ちょ、おま……!」

「貴様は私達の実験を邪魔してくれた奴だな……!またしても私の邪魔をするかぁっ!」

が、あの男に拳銃如きが通用するはずもない。天井は発砲する暇もなく、気絶させられてしまった。

「てめェ……何でここに?」

俺の疑問に答えたのは妹達(シスターズ)だった。

「ミサカも芳川博士から連絡を受け、ここへ打ち止めの確保のためにやってきたのです。とミサカはあなたの疑問に答えます」

「タクシー代が馬鹿にならなかったけどね……」

「安心してください。ミサカのマネーカードには一人につき毎月30万円が支給されています、とミサカは暗にヒモになっても構いませんよと誘惑をかけます」

「中学生のお小遣いってレベルじゃねーぞ!だったら僕の部屋の宿泊費も払ってくれよ!」

馬鹿馬鹿しい会話を始める二人に思わず笑いが込み上げてきた。さっきまで死を覚悟していた絶体絶命のピンチだったっていうのに、それを軽々と打開してしまうなんてな。もう打ち止めのウイルスの除去は終わっている。打ち止めも、妹達(シスターズ)も、どちらも生き残っている。ハッピーエンドだ。

そして、ふと思い返す。そうだ、俺がガラにも無く打ち止めを救おうなんて思ったのも、妹達(シスターズ)を救ったこの男に光を見たからではなかったか……。

「おい、西條拓巳って言ったか……」

振り向いた奴に、万感の思いを込めて言葉を発した。



――ありがとよ、英雄(ヒーロー)


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