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[16349] 【習作】 どらくえ5てきななにか。
Name: KY・Q坊◆c4fe92c2 ID:8db2247f
Date: 2010/02/10 03:42
これは夢、暖かな日和のなか気持ちよくうたたねをしながら見るような、そんな優しい夢。

記憶の奥深くに眠る幼年期のやさしい思い出が作り出す、目を覚ませば忘れてしまうそんな夢。






その部屋は個人所有の船としては、不釣り合いなほど豪勢なつくりであった。
部屋いっぱいに敷かれた真紅のジュータン、何日分の洋服でもしまってしまえるような立派なタンス、そして大きなベッドには刺繍が入った真白なシーツがシワ一つなく敷かれていた。
部屋本来の主は外で話し込んでいる途中であったため、現在この部屋は主のたった一人の連れ合いである青い髪の小さな少女の占有するところにあった。
もっとも少女には占有を主張する気持ちなど微塵もなく、むしろこの沈黙と引き換えになるのならいつでもその占有権を譲り渡す気でいたのだった。
少女は広々とした部屋にひとりきりでいることに耐えきれない様子で、少女に与えられた、しかし少女の小さな体と比べるとあまりに大きな化粧台の前で、鏡に写る自身の虚像に話しかけたりもしていたのだった。

少女が健気な一人遊びにも飽きてきたころ、部屋の占有権は予想もない訪問者によって動かされたのだった。
階段を上る音を聞いた少女ははじめ、父が来たのだと思っていた。しかし、実際に現れたのは見たこともない、自分とそう変わらないであろう小さな黒髪の少年であった。
少女ははじめ見ず知らずの人物に対して警戒心を抱いたが、その考えはやがて消えうせていた。少年が豪華な部屋をキョロキョロといかにも興味深げに見まわしていたのを見ていると、その姿は好奇心にあふれた子供以外の何物にも見えなかったからだ。
しばらく視線をあちこちと忙しげに動かしていた少年だったが、やがて少女に気づくと早足に近づいてきた。

「ねぇ、どうしたの? げんきないね?」

少年の突然の問いに一瞬なにを言われているのか、少女には理解できなかった。やがてそれを理解すると、すこしムッとなった。なぜ見ず知らずの少年がいきなりなにを言い出すんだと思った少女は切り返して言った。

「あなたただあれ、ここで何をしているの?」

言った後には少女は少し口調が強すぎたと思いなおしていた。謝った言いなおそうかと考える少女だったが、そんな心境をよそに少年はニコニコと微笑んでいた。

「ぼく? ぼくはね、おとーさんといっしょにたびしてるんだ!」

そんな少年の態度に毒気を抜かれた少女は、少年の話に自分との共通点を見出した。この部屋の本来の主であり、今回の旅で少女の唯一の連れ合いは彼女の父親であった。つまり彼女も父との二人旅だった。

「わたしもお父さまといっしょにきたのよ」

少女の言葉に相槌をうった少年であったが、じっと少女を見つめるその表情には疑問の色が浮かんでいた。
少年は一回視線を左右に振ったあと、再び少女に視線を向けた。

「おてんきなのに、どーしておへやにいるの? 海みないの?」

突然の質問に少女は困惑した。船外に出ることはもちろんのこと、部屋からだって父か他の誰か大人の人がいなければ出てはいけないと言いつけられているからだ。
それに海を見るとはどういうことなのか、少女にはさっぱりわからなかった。これから長い船旅なのだから、海など見ようとしなくても目に入るものだ。それに、と少女は声にだしてつぶやいていた。

「海ってなんだかこわいもの」

少女のつぶやきに今度は少年が困ってしまった。少年には海の何がこわいのかがわからなかったのである。魔物かな?たしかに魔物はこわいけれど、船乗たちはだれもかれもみな強そうであったし、そのための護衛までがこの船にはいるではないか。少年は経験したことがないのだが、船乗りの話にきいた嵐というやつを怖がっているのだろうか?それにしたって、船乗りたちは危険ではあるが乗り越えられるものだと言っていたのだから。少年には少女が何を恐れているのかが、さっぱりわからなかった。

「海が? こわい? なにがこわいの?」

純粋にわからない風の少年の問いに、少女は答え窮していた。しどろもどろになりながらもなんとか答えを思いついていった。

「なにがって……、海ってとても広くて深いじゃない」

それに少年はさならる純粋さで対抗する。こうなると理屈などはあったものではなかったが、二人の子供の討論はますます激化していった。

「空だって、とってもひろくてたかいよ、空もこわいの?」

「それは……、空にはお水がないじゃない? だからおぼれないもの」

「海だって船があればおぼれないよ、それにすごくキレイでこわくなんかないよ!」

「海がキレイ?」

おもわず少女はつづやいていた。
少女にはにわかに信じられないことだった。今までだって何度も見てきている海に対して、そのような感想を抱いたことがなかったからだ。
少女のつぶやきを肯定と受け取った少年はやっと伝わったことを喜ぶように続けた。

「うん! とってもキレイだよ! 海だけじゃなくてみんなキレイなんだよ!」

「そうだ!」言うと少年は少女の手を取って船室後部の扉へと向かっっていく。突然の少年の行動に驚きされるがままに少女は引っ張られていた少女であったが、われに帰った少女は少年を引きとめた。
「だ、だめよ!」後部のドアは船尾のバルコニーに通じていた。少女はつねづね、その扉から勝手に船室外に出ないように父から言いつけられていたことを思い出したのだった。
少女の声に驚いた少年は手をつないだままの状態で振り返った。びっくりした表情のまま、まんまるに見開かれた目で少女の顔をじっと見つめた。ほんの一瞬だけ考えるように視線を動かすと、やがてにっこりと笑顔で言った。

「だいじょうぶだよ!」

根拠などないなのに自信にあふれた少年の言葉に、今度は少女があっ気にとられる番だった。その隙を見のがす少年ではない、目的のドアへとずんずんと歩み寄ると背伸びをしてドアノブをひねり押し開けた。


差し込む日差し、吹き込む潮風、流れ込む波音。開け放たれたドアから外界の情報が怒涛の勢いで押し寄せる。少女は小さく悲鳴をあげてぎゅっと瞼をとじて、これ以上の情報の侵入を防いだのだった。閉ざされた視覚の情報を補うためか、耳に響く波の音は先ほどよりも大きく、船の揺れもより大きなものに感じさせた。それはさながら、身体一つで海に投げ出されたような気持ちを少女にあたえた。
その時だった、驚いて瞼とともに力いっぱい握っていた少年の手がぎゅっと少女の手を握り返してきたのだった。その手から伝わってくるぬくもりを確かめるように、少女は瞼を開こうとした。しかし太陽はいまだまばゆく、少女の形のよい眉をしかめさせる。それでもゆっくりと、ゆっくりと開かれた少女の瞳の先にあったのは、さっきと変らない自信にあふれた少年の笑顔だった。


少年は少女の準備が整うのをじっと待っていた。やがてゆっくりと顔を上げた少女の顔をうれしそうに覗き込んだのたった、少年の持つ子供特有の無条件での気遣いと、相手の驚く顔を見たいという好奇心をこめて。
そして、少年は開け放たれた扉から敷居をまたいで日差しが踊るバルコニーへと踏み出した。
少年の手に引っ張られるように少女の白く透き通るような手も光の下に連れ出された。しかし、少女自身にはまだ迷いがあるのかうつむいてしまい、上目づかいに少年を伺うばかりだ。
少女の迷いを感じた少年は、視線をあちこちに呼ばして考えをめぐらせてみたが結局なにも浮かんでこなかったようで、一瞬だが困ったように空を見上げた。そして意を決したようすで再び、だが今度は語りかけるように笑顔で少女に行ったのだっ
た。

「だいじょうぶだよ」

その言葉が少女にどのような力を与えたのかは、少年にはわからないだろう。実際のところ少女にもハッキリとはわからなかったのだから。しかし、少女はその言葉を聞き、少年の笑顔を見て、一歩を踏み出したのだった。敷居のそとの外界へと向って。


一陣の風が吹き、少女の青い髪をそっと揺らした。
洋上のそれは潮を帯びて季節がらまだ肌さむい風だったが、先ほどまで緊張の中にいた少女にとっては心地よいものだった。
眼前に広がるのは空と海の青。少女の髪と似ているようでいづれとも違う青が、ずっとずっと交わることなく続いていた。その二つの青の中を鏡写しのように、つかずはなれず漂う雲と白波。そして、二つの青の境界線を示すように風にのる海鳥たち。少女の視界は一瞬にして、その光景に埋め尽くされていった。
少女がこのバルコニーに出たのはこれが初めてではない。以前にも父に連れられてここから海を眺めたことがある、そのハズなのに……。なぜ今こんなにも鮮やかに感じられるのだろうか。

少女は少年とつながれていない手を思慮深げに動かして、バルコニーに取り付けられた手すりへと預けた。ふと、手すりの間から下が見える。そこは船の影でできた薄闇で、打ち寄せる波もどこかよどんでいる風に見えた。そしてそれは少女にとって見覚えのある光景であった。
あの日、父に連れ出された自分は下を向いていた。さっきまで部屋にいた自分も下を向いていた。下を向いている自分には、暗くて深い海しか見えなかったのだ。
その考えにいたって少女はとなりに並ぶ少年を見ずにはいられなかった。
少年はこのどこまでも続くような空と海のさらにその先までを見つめるように、ますっぐな瞳をしていた。その瞳こそが、下を向いていた少女にこの景色を与えたのでった。
ふいに少年が少女の方に顔を向けた。自分に注がれていた視線に気づいた少年はまたあの笑顔をうかべた。

少年の笑顔につられた、少女の頬もほころぶ。花のような可憐な笑顔を浮かべて、鈴を転がすような声で。

「とてもキレイ……」

少年はそれを聞いてますますうれしくなったのか、弾けんばかりの笑顔でもってうなづいた。

「うん!」

緊張の失せた少女のとって、潮風はやや冷たいものとなった。少女はぬくもりを求めて少女の手を握る少年の手を、そっと握り返した。






 空は青く、白い雲が羊の群れのように天高く漂っていて、
 海は青く、白波が海面を泳ぐ蛇のように漂う。
 中空を舞う海鳥たちは空と海の継ぎ目を探しているようだった。
 まるで鏡に映る虚像のような海と空であるが、
 それらは決して交わることのない似ていて非なるもの。
 そのあり方はいつまでもかわることがないだろう。





その光景は少年と少女の記憶。もはや大人になった彼らにとってお朧げで、曖昧なものでしかない夢のようなものだ。しかし、心の奥には確かにこの光景は存在するのだった。握りしめた手のぬくもりとともに……。



[16349]
Name: KY・Q坊◆c4fe92c2 ID:8db2247f
Date: 2010/02/13 22:25

 「シスターフローラ、もうすぐ到着しますよ」


優しげな女性の声と肩を揺する手が、まどろみの中にいた私をゆっくりと覚醒させた。

うっすらと開かれた目に、小窓から差し込むやわらかな光につつむまれて、優しげな微笑を浮かべる女性の顔が見えていた。
彼女はちょうど私と向かい合う形で少し腰を浮かせ私の肩に腕を伸ばした状態で座っていたが、こちらが目を覚ましたことを確認すると微笑みをたたえたままゆっくりと腰をかけ直し膝の上で手を組んだ。

ぼんやりと頭にかかった靄が意識の覚醒と共に晴れてゆき、私はようやくそこで自分の状態に考えがいたるのだった。


 「私もしかして……」


 「えぇ、それはもう気持ち良さそうに、眠っていましたよ」


ハッとなっている私に対して、女性は先ほどまでの優しげな微笑みに今度は若干のイタズラっぽさを加えた表情を向けた。
なんてことだろう。思わず下を向いてしまう。どうやら馬の蹄が奏でる陽気なリズムと心地よい馬車の揺れ、暖かな小春日和に包まれて眠ってしまったらしい。
恥ずかしさに体の体温が急に上がる、きっと顔は真っ赤に違いない。自分のしでかした失態を詫びようとて、なんとか目線だけを上げた。


 「あの、ごめんなさい。お見送りにきたのに、居眠りをしてしまうだなんて……」


 「いいえ、いいのですよフローラ。無理もありません、昨夜は随分遅くまで話し込んでしまいましからね」


絞り出した声は我ながら情けない蚊の鳴くような音だったが、目の前の女性には通じたらしい。彼女は気を悪くした風でもなくむしろそんな私の態度さえも面白ろく見えたのか、クスクスと笑いながら答えた。
その笑顔にさそわれてつい私も笑ってしまう。馬車はしばらく二人の笑い声につつまれた。


修道院で暮らして私に、父のからの帰省をうながす手紙が届いたのは2か月前のことだった。
突然の申出に当初は驚きと不満をいだいたのは、無理もないことだと今でも思う。しかし、久しく見ない故郷や家族を懐かしく思う気持もあり、名残を惜しみつつ修道院を後にしたのだった。

今私の目の前にいる女性は、帰省の付き添いで故郷まで来てくれたの修道院での先輩である。
修道院での生活でも今回の長旅でも大変お世話になった彼女を、気のいいが強引な性格の父がそのまま帰すハズもなく娘の帰宅を祝すと称して、遠慮する彼女を半ば無理やりに盛大な宴でもてなした。

宴は数日間続いたすえ、なおもはりきる父を何とかなだめて女性を送り出すことに決まったのがつい一昨日のことで、送別会と称した昨晩の宴はいっそう豪勢なもので、正直父のお祭り好きには呆れる思いであった。
もっとも、かくゆう私も昨夜は6年間におよぶ修道院での思い出話に花を咲かせた結果、先ほどのような醜態をさらすはめになったのだから父のことをあまり強くは言えないのだけれど……。


 「そういえば……」


ふとシスターがつぶやいた。


 「さっきは、なにか良い夢をみていたのではなくて?」


まだからかうつもりなのかしら、と私は口を尖らせた。


 「もう、からかのはやめてください……」


女性は私の視線をやんわりと否定するように、首を横に振るとついさっきの光景を思い出すように目を細めた。
そして、優しげな表情で言った。


 「そうじゃないのです。先ほどのあなた、とても幸せそうな顔をしてたから、つい気になって」


たしかに何か夢を見ていた、そのことは覚えている。しかし、それがどんな夢だったかが思い出せなかった。
なにかとても懐かしい夢を見ていたようなきがする。懐かしくて暖かくて優しい、そんな夢を。けれど何を見ていたのかまるで霞がかったように思い出せない。
なぜだかふと右の手のひらを見ていた。まるでそこにあの暖かな夢があるような気がした。

思考の底に沈んでいた私にシスターは優しげに声をかけてくれた。


 「いいのですよ、無理に話さなくても。 いい夢だったのでしょう?」


 「はい……」


なぜだろう、全く覚えていないはず夢なのにそれだけは確信をもって言えた。






うわさのほこら、そう呼ばれる小さな宿場に到着したのは太陽が西日へと差し替わる頃だった。うわさ好きの夫婦が切り盛りするそこは、小さいながらも様々な人々が行き交い活気に満ちていた。

本当ならば父はシスターを港のあるポートセルミまで送り届けるきでいた。さらにそこに、三頭立ての立派な馬車と護衛まで付けるつもりたっだ。さすがにこれにはシスターが恐縮してしまい、盛大なもてなしを受けた上さらに良くしてもらうのは心苦しいので、どうかやめてほしいと強く頼み込んだそうだ。これではさすがの父も断念せざるえなかった。それでも、娘の恩人のためにと馬車を一台駆りだすことに成功した。

私にとっても送り先が近場になったことで、見送りに同行することができたのは僥倖であったと言える。海を渡ってしまえば容易に会うことはできなくなるだろう、だからシスターとはなるべく多くのことを交わしておきたかったのだ。そのためにさっきまで居眠りは手痛い失敗に思えてくる。

なんとかして、今しばらく彼女との時間を作れないものだろうか。なるべく早く娘を連れ帰ってくるよう、父から強く言いつけられているらしい御者は大いに渋ったものの、結局は根負けして時間をとることを認めてくれた。

少し話せないかシスターに伺ったところ、快く受け入れてくれた。彼女も同じ気持ちでいたようで、うれしいがそうなれば一瞬でも時間を無駄にしていられない。
シスターを伴い宿場に入ると手近なテーブルを借りて話し込むのだった。
宿屋のおかみさんが気を利かせてお茶菓子を出してくれたことで、話の花はいよいよ枝葉をのばしていった。しびれを切らせた御者がいよいよ泣きついてくる頃には、すでに太陽は若々しい黄色であったものの西の山の峰に刺さらんばかりの低空を浮かんでいた。

いよいよ本当の別れにさいして、二人は抱擁をかわしてからしっかりと手を握り合った。交わる視線の先に、涙をたたえてうるんだシスターの瞳を見た。それでも彼女は雫はこぼさずあのままの優しい笑顔でいた。私もそうありたいと願ったが、この未熟者の涙はあっさりと零れ落ちたのだった。


 「お元気で、シスター。修道院の皆さんにもよろしくと、お伝えてください」

 
 「えぇ、あなたもお元気でね。フローラ」


もはや言葉は尽くした、今は多くは必要なかった。もう一度互いにしっかりと抱き合い、短く別れを告げた。

「そういえば」っと唐突にシスターが切りだした。


 「結婚式、参加するのは無理かも知れませんが、お手紙はぜひくだいね?」


突然なにを言い出したのか、はじめはわからなかった。
理解すると同時に、そんな予定はないと慌てて否定した。それと共のどこからそんな話が出たのかと問うと、シスターはあっさりと父からだと告げた。話を聞いてすぐに予感はしたが、実際に聞くと頭が痛くなる思いがした。
詳しく聞いてみたところ何でも近々娘の婿候補を大々的に募集する計画でいるとか、当の本人が知らないところで話を進めるとはどういうことだろうか。
ふかくふかくため息をついた私を見て、シスターは「困ったお父さまね」と冗談っぽく笑った。

 
 「帰ったら、しっかりと問い詰めなくてはいけませんわ」


ムっとした顔を作ってみたがうまくいかず、思わず声を出して笑ってしまった。
二人は御者のわざとらしい咳ばらいが聞こえるまで笑い続けていた。
別れの顔が笑顔になったことに、ほんの少し父に感謝しつつて私は馬車へと乗り込んだ。

過ぎゆく馬車はシスターをおろして、一路サラボナへ向かう。

私は馬車の小さな窓から身を乗り出して、遠ざかる宿場へ向けて手を振り続けた。
去りゆく馬車むけて手を振り続けるその女性が、小さくなり見えなくなるまで……。








帰路へと付いた馬車は草原を抜け緩やかな丘にさしかかる。

私のワガママでだいぶ時間が過ぎていた。
ぼやく御者に申し訳ない気持ちはあったが、しばらく物思いに浸りたかった。後でキチンと謝ることを心の中で誓いながら、そっとため息をつく。

小窓に頭を預けて、そこから差し込む日差しに手のひらをかざしてみると、ぼんやりをした手の輪郭が赤い光で浮かび上がった。どういうわけかそこにあの夢の答えがあるような気がしたからだ。
思い出せない夢に、どんな答えがあるのか自分でもわからない。それでもなぜかそう思う、この考えは先ほどの別れの時に浮かんだことだった。シスターと握り合った手に残る暖かさと、なぜか夢の中での出来事と重なった。
そのまま、じっと見つめていたが結局そこにはなにも見ることができなかった。

自然とため息がこぼれた。手を膝の上に落し、額を窓ガラスに押し付けた。
ガラスごしに、近づく夜の冷たさを感じて私は瞼をとじるのだった。

馬車は丘を越え険しい山々が連なる山脈の、その麓へたどり着いていた。
馬車の行く先にはぽっかりと口を開いた洞窟が一つ。そこは人工的にうがたれた北へと抜ける地下通路の入り口であり、船かあるいは空でも飛べないかぎりサラボナへと向かうための唯一の通り道である。

地下道には暗く湿った空気が漂っていた。そこは暗き穴倉を住処とする魔物たちにとっては絶好の隠れ家であり、不気味な気配がそこかしこからこちらをうかがっているのが感じられた。事実、迂闊な旅人があわれな犠牲者となった報告は毎年のようにあった。しかし、このような浅い洞窟にしかも人工物にすみつくような魔物は小物類がほとんどであり、大人数のキャラバンなどでは恐れるものではなかった。ましてこの馬車は特別製だ。
車体のいたるところに魔除けの模様や言葉が刻まれているほか、暗がりを照らす明かりは教会で焚かれている聖火の火種を譲りうけたもであり、だからこそこの闇の中にあってものんきな御者の鼻歌が聞こえてきたりもした。

御者が地上の風を感じる頃には、馬車のなかでも遠くに小さな光が見えていた。光が近付くにつれて、それが洞窟の中だからこそ明るく見えることがわかった。外を照らす太陽は沈みかかっていることがわかった。

地下道を抜ける頃には、太陽はかつての若々しい黄色から年老いた赤へと変色し、その姿も山の頂に刺さらんばかりに空の下手へと落ちこんでいた。山は弱々しい光をその背に受けて、自らの影を長々と地平の彼方へと伸ばしている。

そして眼前に広がる森はいち早く夜の闇を捕まえて、ひっそりと自らの腹の中で夜を飼いならすのであった。無論その中には恐るべきキバを持った魔物どもの含まれている。
馬車道はあるものの、夜となれば多くの危険を孕んだこの森を抜けねばサラボナへはたどり着けない。本来であればもっと明るいうちに通り抜けることができたはずだった。しかし、自分のワガママのせいで今や暗がりをたたえる森を抜けねばならなくなっていた。
まだ日のあるうちに通り抜けてしまおうと御者は林道へと馬車を進ませた。眼前にはうっそうと茂る深い森が広がっていた。

森の中は思いのほか暗く、木漏れ日すらもはや見当たらなかった。早起きした夜鳥がひそやかに声をあげて木々の隙間をぬっていゆき、時には獣の遠吠えさえ聞こえてくることもあった。しかし、暗がりに光たたえるこの馬車に襲いかかるような魔物はこの森にもいないようであった。
暗がりの割に道のりはいたって平穏なものであるように思えた。




不意に、その変化は本当に不意に訪れた。


ぼんやりと窓越しに見つめていた森の暗闇で、何かがキラリとまたたいた。
木を打ちすえるかん高い音を聞いたのは、その一瞬あとのことだった。
その音が木々のこだまし響き渡るほどに、森が不自然な静寂を保っていることに気がついた。先ほどまでは耳障りなほどあふれていた、獣や虫たちの声が今では一切聞こえない。

驚いて窓を開け放った私の耳には、それら森自身の声の代わりに草をかき分ける擦り衣や、金属のこすれあう耳障りな音が聞こえてきた。
急に悪寒を感じて窓から顔を突き出して右手を振り向ければ、馬車側面のちょうど見上げる位置に、一本の細い長い棒が突き立っているのを見つけた。
その棒は明らかに人の手が加えられた物で、空に向かった先端には羽が生えているのが見えた。

それが何なのかを理解するよりも先に、馬車が止まっていることに気づきとっさに御者へと目を向ける。深い木々枝葉の天井にぽっかりと開いた大穴から、いつの間にか太陽の代わりに浮かんでいた月が見下ろしていた。月光は真っ青になっている御者の表情までも、はっきりと照らしていた。大きく見開かれた目は森の一点に注がれて、口は酸素を求めるようにパクパクと無意味な動きからは何もみいだせないが、表情そのもにはありありとした恐怖が見て取れた。

彼の視線を追って森に目をうつせば、夜の光を反射したいくつもの反り返った小さな三日月が木々の間を漂っているのが見えた。それら地上の三日月のそばにはぶきみな影が蠢き、先ほど聞こえてきた耳障りな音を発していた。影たちがその大きさをまして、いよいよ月下にその姿をさらしすよりも早く私は御者に振り返った。


 「走って!!」


御者は雷に打たれたように体を震わせると、普段以上に迅速にしかし、うまく動ごかすことができない様子で手綱を握り鞭をしならせた。
馬の鋭いいななきをその場に残し、一台の馬車は夜の風となった。
私は慣性に押され、椅子へと倒れこむ。開かれたままの窓が風にいたぶられて、バタバタと音をたて、そこから吹き込む風が髪を乱暴にかき乱す。
頭を片手で押え、風に打たれている窓から顔をのぞかせて、おそるおそる後ろを振り返る。吹きつける風が長くのばされた髪にまとわり付き運び去ろうとくし流し、怒涛の勢いで回転する車輪は巻き上げる塵を風にはらませ軌跡をしていた。

塵と風で痛む目で見たものは、砂煙を手繰るように詰め寄る小さな影。
初めて月光の下見えたそれは、明らかに騎乗した人の影であった。影たちはそれぞれ何かを掲げ持ち、威嚇し追い立てるような野太い雄たけびを上げていた。
その中の一つ影がわずかに揺れる、と次の瞬間には先ほどまで馬車がいた地面に細長い棒が突き刺さったのが見えた。
それは瞬く間に過ぎた出来事であったが、地面に突き刺さったそれが今も馬車の壁面に突き立っている物と同様のものであることは容易に想像がついた。
同時に追撃者がこちらに対して明らかな害意を持ていることにもだ……。

逃走劇がこう着状態を見せたことで、ようやく開けっ放しにされてた窓を閉めた。激しく揺れる客室であったが、吹きつけ唸る風がなくなったことで私は徐々に冷静さを取り戻していた。

馬車を引くのがいかに優れた馬だとしても、一人の騎馬よりも早いわけがない。だというのに追跡者は次々と矢を放ち獲物を追い立てるものの、追いつき食らいつこうとする気配がなかった。
曲がりくねる林道の曲がり道へと差しかかるとついには、追跡者の影は小さくなり夜の闇のなかきえていってしまった。これを不自然と感じるのと、御者が驚いたような大きな声を上げたのはほぼ同時のことだった。

声につられて御者のいる前方に目を向けると、今まさに道脇の小高く丘からなだれ込むように落ちてくる大木が見えたのだった。それは不思議なほどゆっくりとした光景だに思えた。いや、実際はほんの一瞬の出来事であったのだろう、おそらくそれは目の前の危機に対して、本能が視神経のたがをはずしたために見せた現象なのだろう。おしむらくは、身体がそれに伴い動いてくれなかったことだろうか。馬車へと迫るその大木を私はただ見つめることしかできなかったのだから……。




轟音、衝撃、砂塵、そして暗転。


幸いなことに馬車から投げださた私は、近くの茂みのへと落ちたため大事に至ることはなかった。しかし、立ちあがってみようとすると、足や手がズキリと痛みだす。
痛みを引きずるように茂みから抜けるとそこには、いくつも折り重なる大木とその下敷きとなった無残な馬車があった。ついさっきまで土を噛みしめていた車輪は、カラカラとむなしい音をたてていた。何もないはずの空に、二度と踏みしめることのない大地の夢を見るように。

大木は道を高く塞ぎこみ、片側を反り返る崖にかけ、反対側にあった茂みと木々を
なぎ倒しながら横たわっていた。今の私には乗り越えることはできそうにない。先へと進むためには茂みを迂回するしかないのだが、身体中の痛みがはたしてそれは可能なのかと問いかける。

目の前の惨事に呆然とする私の耳にかすかに声が聞こえた。一瞬、あの追跡者の一味の者かと慄いたが、すぐにそれが御者のものであることがわかった。
どうやら御者も無事らしく、その声にはこちらを気遣うだけの余裕もあることがわかった。御者は馬とともに前方へと投げ出されたようで、馬も怯えてはいるものの走れない状態ではないと教えてくれた。

月すら隠れた夜の闇に、一筋の光明がさした。何とか障害の先に進むことができれば、この窮地を脱する可能性が生まれた。

しかし、その光を踏みつぶすが如く、無常な蹄の響かせる地響きの気配を感じた。
その音は刻一刻と近づきつつある。
御者も追跡者の気配に気づいたのか、慌てた様子で呼びかけてくる。
だが、と自らを鑑みる。歩けるのがやっとの自分が大木の先へ向うには、追跡者の足は速すぎる。

私は覚悟をきめて、素早く御者に指示を飛ばす。
向こう側にも追手が迫っていないと限らない状況、一刻も早く町へと向かい父に救援を求めてくるように叫んだ。

主人を置いていくことを渋る御者を、説得する暇を状況があたえてくれない。

私は大きく息を吸うと、生まれて初めて出すような大きな声で一喝する。


 「お行きなさいっ!!」


御者の上げた悲鳴のような返事の後に遠ざかる馬のいななきを聞くと、私も急いで茂みへともぐりこんだ。






どのくらい歩いたのだろうか……。

纏わりつく低い枝葉はもはや気にならなくなったが、冷えた汗が体温と体力を奪っていくのには、もうそれほど耐えられそうになさそうだった。なによりも、痛めた足の限界はとうに過ぎてた。
唯一の幸運と言えば、これまでに魔物に遭遇していないことぐらいであろう。もしかするとすぐ近くの茂みから、私が力尽きるのを今か今かと手ぐすね引いて待っているのかもしれない。
たわいもない空想が浮かんでは消えいった。

朦朧とする意識の中でも、足は先へと進んむ。

と、不意に浮遊感を感じる、次の瞬間には全身を強い衝撃がおそった。木の根に足を奪われたのだ。
痛みに意識が覚醒する。だが体が思うように動かない。なんとか顔をあげると目の前すら見えないはずの暗がりの中に、ぽかりと一筋の光明がさしているのが見えた。

その光に誘われるようにふらふらと近づく、なぜか痛みを一切感じなかった。
そこは深い闇にできた、猫の額ほど劇舞台。見上げた空にはいまだ馬車で見上げた時と同じく、月が若々しい光とその悠々とした姿を誇っていた。
どうやら時間はさほどたっていないことがわかった。
光を一心に浴びた私は今の時を忘れて胸の前で手を組むと、小さく神の名を呟いた。そうせざる得ないほどまでに暗闇を這いずり回って、心の弱った者の眼にその光は神々しく見えたのだ。




ぼうっと目を閉じた私の耳が何をを捉えたのは、まさにその時だった。

静寂を裂く風切り羽根の音が、暗闇を走り鼓膜を震わせた。
私のすぐ耳元を風圧が通ると髪が一房、宙を舞う。

なんと言う皮肉か、零れ落ちるように呟いた神の名が悪魔を呼び寄せるとは。

追跡者たちの足音は今やすぐそこにあった。
月明かりに照らされることで初めてまみえたそれらは、生理的な嫌悪を感じずにはいられない笑みを浮かべていた。
どういったわけか私はその時初めて、追跡者が人間であることに気がついた。考えてみれば魔除けの護符が施された馬車を襲うほど、強力な魔物などこの辺りでは滅多に見かけることがないのだから、襲撃者が人間であると考えるほうが自然である。
なのに、その可能性が一切私の頭を過らなかったのは、単に自らの世間知らずさから来るのだと漠然とながら感じた。

いよいよ族どものいやらしいすすり笑う声までが耳に届こうという時になって、ようやく私は逃げることを思い出したのだった。

だが足はまだ休息を欲するのか立ち尽くし、進もうとする意志と縺れあう。私は月光のさすその場に釘づけにされたように倒れた。

私の醜態を見た追跡者たちの笑い声が耳を打つ。

立ち上がらなければ、思いとは裏腹に身体は弱々しく震えるばかり。


身体が動かない……。もう…、逃げられない……。


いくら世間知らずだからと言っても族たちに囚われた者に、どのような処遇が待っているのかぐらいは想像がついた。

涙は出なかった。絶望よりも屈辱が、抵抗する力すらない自分に対する悔しさがこみ上げる。

強く噛みしめた唇から血が汗と共に地面へと落ちる。
なんとかもたげた首だけを族へと向けると、せめてもの抵抗として先頭にいた追跡者を睨みつけた。

すぐそばまで近づいてきていたソレは、私のそんな抵抗すらも面白がる様子で見下すような笑みを浮かべている。

やがて目の前までくると身を屈め舌舐めずりをして、ゆっくりと手を伸ばすのだ。

迫る毛深い大きな腕も、耳障りな笑い声も、汚らわしいく歪んだその顔も、すべてが瞬きをせずに睨みつけた。


まさに今、その手が肩にかからんとする時である。
漆黒の闇の中から光の舞台へと素早い影が飛び込んだ。
そして勢いそのままに、手を伸ばしていた男を闇の中へと吹き飛ばした。
影は男を蹴った力を中へと向けると、ふわりと舞い上がり羽のように音もなく地に降り立った。

月の光すら振り払う疾風の影は、その動きを止めてようやく姿を白日の下に晒した。
まるで守護者のように私と族たちとの間に降り立った影は、自らを照らし出す神々しい月光とはまた違う、自然が持つ特有の超然とした雄々しさをもって大地を踏みしめていた。
突然の闖入者の姿に、その場にいたすべての者が言葉を失いただ見つめることしかできなかった。

太い喉から漏れ聞こえる唸り声が、まるで結界であるかのように族たちをその場に釘づけにする。闇を切り裂いてあらわれたその肉体はしなやかにして、上等な弓の弦のような強靭さにあふれていた。身体は艶やかな黄褐色に包まれていて、そこには空の星を思わせる黒斑点が浮かんでいた。その背には炎を彷彿させるたてがみが、赤く揺らめいている。光明のない深淵においてもなお光り輝くような金の双眸は、ひるむ追跡者たちに射殺さんばかりに向けられていた。瞳の下には二本の鋭い白刃が血に飢えた様子で輝いていた。

その姿はあまりにも有名であった。
その者に合ったが最後、ひ弱な人間に生き延びる未来はない。
草原の、密林の、洞窟の、魔獣たちを従える王たる雄志は見まごうはずがない。



その者の名は”キラーパンサー”


またの名を”地獄の殺し屋”と呼ばれ恐れられる魔性の獣が、今なぜか私を護るがごとく、族たちの前へと立ちはだかるのであった。



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Name: KY・Q坊◆c4fe92c2 ID:8db2247f
Date: 2010/02/15 09:07
無造作に組まれた小枝の舞台、その上を小さな炎がゆらりゆらりと舞い戯れる。
その火はあまりに弱々しく、世界を覆いつくそうとする夜の前ではあまりにも無力である。
しかしそれは、旅人に一夜の暖と安らぎを約束する分には十分な火であった。


淡い橙の光は草葉にしみ込み、森に半円型の天幕を幻視させる。
そこはあたかも、切り取られて夜へと落とされた昼の名残ででもあるように、闇の中でよわよわしくも確かな存在を主張していた。

光の天幕の下には男が一人。露出し日焼けしたたくましい両腕と、風土に弄られて傷みきった外套が、その男の身の上を象徴している。目深にまかれてたターバンの隙間からは、ついぞ手入れなどされた気配のない黒髪が流れ落ち、艶のない髪は後ろで無造作に一纏めにされていた。
みすぼらしい外見に反して、彼の周りには常人ならざる風格がただよう。その一番の要因と言うべきは、髪と同じ黒の瞳。強い意志をたたえた双眸はゆらゆらと揺れる天幕の源とも言える焚火へと向けられていた。


夜と孤独はどうしようもなく、人を思考の底へと誘う。旅人も例にもれず、ゆらめく炎に過去を幻視しながら、深い感慨の中にいた。

思いをはせるその過去は、現在の彼にとっての立脚点ともいえる瞬間であり、今の彼を孤独たらしめる原因ともいえる瞬間であった。

目を閉じて光を遮断し、思考を振り払う。
深い嘆息をひとつして、空を見上げた。森の中で見上げた空は、木々の間からかすかに見えるだけだった。そこに見えた星があまりにも高くて、旅人に一層の孤独を感じさせる。

いけない、どうも弱気になっている。これはきっと沈黙がいけないのだ。

旅人は顔を上げると、誰もいない焚火の向こう側へと視線を向けた。
つい一月程前まで、そこには賑やかなつれがいた。時にはうるさくもわずらわしくも感じていたが、なくなるとなんとも物悲しいものであった。十年にも及ぶ歳月をともに過ごした朋友は今、遠い郷国にてその復興に尽力していることだろう。
友がやるべきことを見つけたのは喜ぶべきことだとは思う、が今こうして孤独にある自分と鑑みると場違いな不満を抱いてしまうのであった。
無論、今の自分こそ自分自身で望んだやるべきことなのだから、その不満はお門違いであることは自覚しているのだが……。

ふとそこで、旅人は自身が再び、弱気に囚われていたことに気がづいた。
なんとも困ったものだ、と自嘲気味に笑う。それすらも悲しげな笑みであった。

すると、主人の心情を機敏に感じ取ったのか、すぐ近くに控えていた影が小さく喉を鳴らして自己主張してみせた。

そうだ自分は孤独ではなかった……。

振り向いた先には、一台の幌馬車が控えていた。そのそばに機具を外されて、夕日のようなたてがみをなびかせた美しい白馬が、心安らかにな様子で座りこみ夢を見ている。魔物あふれる森にあっては幻想的ですらあるその光景からは、主人に対する全幅の信頼が伺えた。
馬と共にある幌馬車は一人旅には不釣りあいな巨大なものであった。もちろん彼一人のためのものではなく、彼の変わった仲間たちが中で休眠を取っていた。

実を言うと、彼らが危険を承知してまでこのよう深き森の中で一夜を明かしているの大きな理由は、まさにその変った仲間たちに起因しているのだ。彼らの姿は町中にあっては異質とみなされて、騒ぎになるだろうことが想像できる。だから容易に町やその近くで休むわけにはいかなかった。
もっとも彼らの主人である男が、単に他人を信用しきれない側面を持っていることも無関係とは言えないのだが……。




旅人は寝ずの番相棒へと手をかざした。従順な影はのっそりと起き上がり、主人の腕を額に押し付けるように、すぐ隣でうずくまった。
焚火の前まで進み出た影は、その体躯に光を反射させた。

鮮やかな黄色に黒い斑点、燃えるような赤いたてがみ、鋭い牙と爪、やかにして強靭な肉体。
その姿はまさしく地獄の殺し屋キラーパンサーであった。

しかし、恐ろしい殺し屋は男の愛撫を受けて、目を細めながらうれしそうに喉を鳴らした。その姿はさながら猫を彷彿させるもので、もしここにこの恐ろしき魔獣の生態を知る者がいたならば、驚きのあまり卒倒したかもしれない。それほどまでのその光景は異様なものであったのだ。








男の手を頭に乗せて満足げにうずくまっていたキラーパンサーが突然、上体を起こしてあたりをうかがい始めた。よく見れば先ほどまでしなだれていた耳が、せわしなく動いていることもわかった。

旅人は相棒の態度に周囲の変化を感じると、馬車へと行くように短くで指示を出した。馬車にいる仲間たちを起こすためだ。
優秀な相棒は主人の意思を的確にくみ取ると、一度鼻で茂みの一点を指すと身を屈めて音もなく馬車へと向かった。

旅人は脇へと置いておいた剣に手をかけると、相棒の示した茂みを睨みつけた。

気づけば白馬も立ち上がり、落ちつかなげに足踏みをしている。




何かがここへ向って近づいてきている。


それが何かはわからない、しかし近付いてきているのはもはや疑いようがない。


その何かが動くたびに草葉が揺れ動く音が聞こえたからだ。

馬車からは仲間たちの息遣いが感じられた。いつでも事態に対応できるように、そこから様子をうかがっているようだった。

いよいよ、光の天幕の一部が揺れだした。
旅人は左手で鞘を握りしめた剣を地面と水平に構えると、右手で柄を握り締める。
そして、ゆっくりと引き絞るように左足を引き、身体をを斜めに構えた。


身体からは静かな闘気がにじみ出ている。ゆっくりと息を吐き、肺を空っぽにすると息をとめると、やおらそのときが来るのを待った。




がさりと、静寂を裂く大きな音とともに、光の中へと影が転がり込んできた。
影はゴロゴロと転がるように、旅人の方へと近づくと焚火を前にしてやっと止まった。

旅人を襲ったのは、侵入者ではなく戸惑いであった。
侵入者はどう見ても魔物には見えなず、人間の男そのものであった。馬車で待機している相棒が異変を感じて飛び出してこないのが何よりの証拠だった。
野盗の類かとも考えたが、身なりを見るに汚れてはいるものの、物事態は新しく根無し草とも思えなかった。
何より、疲れきった汗と泥まみれの顔からは、いかにも善良な小市民的といった雰囲気が現れていた。

しかし、油断はできない。


 「何者だ……」


努めて低い声を出して、侵入者を問いただした。

その声を聞くと、今まで冷たい地面に頬をつけて頭を暖めるように倒れこみ、荒い息をついていた男は慌てて顔をあげ旅人を見上げた。

その表情には、隠しきれぬ疲労と悔恨、そして僅かな希望と申し訳なさが混在している。
旅人はこの男が窮地から来た事を冷静に感じ取った。そして、その表情は、自分になにか厄介事を押し付けようとしている時の顔だと、つい最近にたような経験をした旅人は一目でに思い至った。

正しくそれは正解であった。


男は言葉に詰まりつつも、まくし立てるような早口で事情をしゃべり始めた。

この男、今いる森近くにある街のさる商人に仕える御者であると言う。
男は主人から、主人の息女とその恩人を洞窟の先にある宿場へと送り、令嬢を街へと連れ帰るよう命を受けていた。
その帰り道で運悪く凶悪な賊に遭遇してしまい、馬車を壊さたれて令嬢と引き離されてしまったそうだ。
わかれわかれになる前に令嬢は御者に、至急街へと戻り救援を呼んでくるように命じたのだった。
しかし、街へと急ぐ御者にも当然追手は迫り、最悪な事に賊の放った矢が馬に命中。
馬から投げ出された御者は、命からがら茂みへと逃げ込んだ。逃げ惑うさなか、森の闇の中に明かりを見つけ、無我夢中で駆け寄った結果ここに着いたのだと説明した。


男の話を聞くうちに、みるみる旅人の顔は険しくなっていった。

やはり厄介事か……。
舌打ちと共に心で呟くと、馬車へ向け短く「行け」と指示を走らせた。
すると、馬車から音もなく影が降り立ち、小さく葉を揺らし森の中へと消えていった。
旅人は、一連の光景を呆然としながら見詰めていた御者へと向き直ると、抑揚を抑えた声で言った。


 「それで、あなたは俺たちに何をさせたい……?」


その声があまりにも冷たく突き放したものだったので、御者はビクリと体を震わせた。当然助けを求めるつもりでいた御者であったが、今の話を聞いた上でこのように問われるとは考えてはいなかったのだ。

なぜかしどろもどろになる御者をしり目に、旅人は小さく鼻を鳴らした。

助けろ言うのならば馬ぐらいは貸してやってもいいだろう、だが賊と戦えと言うのならばお断りだ。

旅人の胸中にはついこの間の出来事が思い出されていた。
なんとと言うことはない。原因は単なる誤解であったのだが、彼らは聞く耳すら持たなかった。自分たちの都合で旅人を頼っておいて、目の前で起こった出来事に勝手な解釈を加えた挙句、旅人を責め立てて追い払ったのだ。

苦しめられ続けた結果として、よそ者に対し村人が疑心暗鬼になりそのような思考になるのは仕方がないことである。まして閉鎖された小さな村では、珍しくもないことだった。

そのことを理解するには若者はまだ若く、不自由な生活を長く送っていたために人についても疎いと言わざるえない。

旅人の心はまさにその村人たちのように、凝り固まっていたのだった。




しばらくうつむいていた御者は、視線をあちこちへ動かしながら落ちつかなげに助けを求めてきた。
それはおおよそ旅人の予想していた内容であったが要約すると、街へと救援を呼びに行くために馬を貸してほしいという事と、その間に危機に瀕している令嬢を助けてやってほしいとの事だった。
もちろん後者の願いは極力控えめになるように、もし可能であるならばといった風を装った語気ではあったが、男の瞳には小さな希望と切実な懇願の意思が見て取れた。
戦いに関しては素人であるはずの、御者にも旅人の身のこなしが只者ではないことは理解できていた。


しかし、男の懇願する表情を前にした旅人が出した答えは、予想通りの要求に対し予め用意していたものだった。
すなわち、足は貸すが助けはしない。と言うことだ。

旅人の答えに御者は愕然とした顔を浮かべた。その瞳にはありありと失望の色が浮かんでいるのがわかった。
御者はがくりと膝を着くと、拳を堅く固めうなだれた。
うなだれた男はぶるぶると拳を震わすと、顔をあげて旅人を睨みつける。
その視線は明らかに旅人を責めていた。なぜ力があるのに助けてくれないのか。なぜ見殺しにするのか。そんな言葉さえ聞こえてくる気がするのだった。

その視線に旅人は、なぜか無性に苛立ちを感じた。苛立ちを振りはらうように目をつぶると、無言のまま馬を顎で示してみせた。




二人の男の間に沈黙が訪れる。
その静寂の中を、パチパチと焚き木の弾ける音だけが妙に響いた。

話は終わったとばかりに、御者に背中を向けていた旅人の耳に何が聞こえてきたのは、ちょうど焚き木が大きな音をだし弾けたときのことだった。
旅人が振り向いたとき、御者の男は先ほどまでと同じようにうなだれていた、うつむいて表情は伺えないが、何事かをぶつぶつと小さくつぶやいていた。
最初は小さすぎて旅人には聞き取れないでいたが、その声は次第に力を帯びはじめた。
そして、ついに男は覚悟を決めて旅人に向けて言い放った。


 「け、剣を……、剣を貸してくださいっ!」



面と向かって浴びせられた、予想外の答えに旅人は唖然とした。




この男はいまなんと言った……?

剣を貸せ……?

いったい、なんのために……?




答えは決まり切っている。
しかし、男はどう見ても戦いに向いてはいない。
齢三十頃であろうか、口ひげを蓄えたいかにも人の良さそうな顔。服の上からでもわかるふくらんだ腹。頭髪が後退して広がったおでこには、汗が粒となりその粒に焚火の光が反射してた。その光は額に深く刻まれたしわにより、折り曲がり蛇行していた。
よく見れば男の表情こそ悲壮な覚悟を浮かべているが、足はぶるぶると震えていた。
旅人は無意識の内に、なだめるように男へと語りかけてた。


 「落ち着け、あなたが助けにいってどうなる? それにだそうなってはいったい誰が街にく?」


その言葉を振り払うように身じろぎをすると、御者の男は旅人の目をしっかりと見つめて言った。


 「馬をお貸くださると言うのなら、どうかワタシの代わりに行ってください。」


旅人は戦慄すら覚えんばかりの衝撃を受けた。
いったい何が男をここまで駆り立てるのか、それが理解できなかったのだ。
呆然とする旅人を気にも留めず、男は続けた。


 「街は森を抜けた橋のすぐ近くにあります。街で一番大きなお屋敷です。そこにこの事態を伝えてください。
  旦那様は、ルドマン様はとても気前のいいかたですから、きっと謝礼ははずみます。だからどうかお願いします……」



 「待てっ」



停止した旅人の思考が御者の発した一つの単語によって、余計な思考を奥へと押しやり起き上がった。



 「ルドマン、と言うのか? あなたの主人の名は?」



先ほどまでと雰囲気が変わった旅人の様子に、戸惑いながら御者は小さく頷いた。

それを確認すると旅人は、顎に手をおきながら先ほどとは別の思考へと向かった。
ルドマン、その名は旅人にとって特別な意味を持った名である。
それは彼にとっての旅の目的の一つであるのだから。

男の主人がルドマンだと言うのなら、つまり今危機に瀕している娘とは……。
 


 「ルドマン氏の令嬢かっ……!」



まるで雷に打たれたような衝撃、これは宿命か運命なのか。旅人には何としてでも接触しなくてはならない相手がいた。今そのきっかけが向こうから来てくれたのだから。ともすれば笑いすらこみ上げてきそうな、出来すぎた偶然にいまはただ感謝しよう。
旅人は御者へと振り返ると、不敵な笑みを浮かべて言う。



 「すぐ用意する、案内しろ」



事態について行けづ呆然とする御者をしり目に手早く馬車の用意を整えると、先ほど男を追ってきた賊への対処を任せていた相棒を呼び寄せた。
相棒は近くの御者の後ろの茂みに待機していたようで、呼ばれるとすぐに姿を現した。
その姿を目にした御者は、びくりと体を震わせて恐怖に固まった。
御者の反応は旅人たちのとって慣れたものだったので、無視して準備を進めた。
やがて準備を整えると、旅人は馬車を引き林道を目指した。その心中からは、先ほど感じた苛立ちがなくなっていることに気づかないまま……。



 「なにをしている、はやく案内をしろ」



旅人の声を受け御者はようやく金縛りから解かれた、だが混乱は未だおさまらなかった。
旅人の背中と、その隣をピッタリと歩く相棒とやらの揺れる尻尾とを交互に見比べた。
そして、力いっぱい頭を振るとふらつく足で一行の後を追うのだった。








壊れた馬車までは思いのほか時間がかからなかった。

来ていた外套とターバンを外すと、馬車と共に御者へとあづける。
そして旅人は相棒を連れてうず高く重なった大木を上り始める。素早い身のこなしであっと言うまに上り詰めると、反対側へと飛び降りた。

下りた先に令嬢の姿は見えなかったが、代わりに追跡者たちの物だと思はれる馬が二頭、その見張りと思わしき男がひとり確認できた。
男は大きく残った馬車の残骸を背に、鼻歌交じりに煙をふかしていた。


旅人は中腰になり馬車の残骸の影に隠れながら慎重に近づくと、相棒には反対側から回りこむように指示をだした。
そして馬車を挟んで両側面に背中合わせになると、普通の人間には聞こえない音で相棒へと新たな指示をした。
とたんに、反対側から小さな音がなる。その音は静寂な夜の森においては聞き逃しようのない音に聞こえた。
見張りの男は音に気づくと、警戒した慎重な足で音源へと向かっていく。

一、二、三……。

心の中で秒数を数えながら見張りが完全に音へと気を取られてるのを確認すると、旅人は足音に最新の注意を払いながら、そっとその背後に近付いていった。

右手はそっと腰元の、ベルト後ろ側にくくりつけられた小さな凶器へと添えられている。
左手はゆっくりと伸ばされ、男の背後へと迫る。

次の瞬間、旅人は左手を男の口へと押し当てて口を塞ぐと、そのまま勢いをつけて瓦礫へと叩きつけた。
全身を強打した衝撃で硬直する男の顎を右手で強引に上げさせると、無防備になったのど元めがけて右手の短剣を突き立てた。

見張りの男は、目を見開き大きく体を震わせる。旅人が手を離すと、そのまま力なく大地に横たわった。

旅人は短剣についた血糊を拭うと、血の匂いに当てられて混乱する馬へと向かう。
その首筋を数回なでると馬は落ち着きを取り戻し、それを確認すると近くの木に括りつけられていた手綱を無言で外した。

見張りの亡骸に立ち返り、手がかりを探してみる。
すると、男の懐から光るものが出てきた。耳飾りであろうか、明らかに男のものではない黄金色に光るそれは、おそらく男にとっての今回の収穫なのであろう。

同時に最後の収穫となったなと、皮肉が頭をかすめた。

旅人は相棒を呼ぶと、この耳飾りから持主の居場所を突き止められないか尋ねた。
相棒は当たり前だと言わんばかりに、短く唸るとまっすぐに茂みへと向かった。




月の光すら届かない、暗闇を相棒の尻尾をたよりに進む。かなり深くまで分け入ったようにも思えるが、いっこうに令嬢の姿は見えなかった。
外に馬がいたのだからそう遠くへは行っていないだろう。
しかし、こう時間がかかっては最悪の事態も考えに入れなくてはならない。最悪と言うのは殺される心配ではない。かりにも大富豪ルドマンの息女である、身代金は思いのままになることだろう。今心配すべきことは女性としてと言うべき問題である。場合によっては死ぬよりもつらい目にあっているおそれすらある。

そんな考えに沈んでいた旅人を、相棒の声が引上げた。

どうやら令嬢の近くまでは来られたらしい。

気合いを込めて目の前に茂る葉をかき分けた。


そこは先ほどまでの茂みとは一転して、人の胸ほどもある背の高い草が生い茂っていた。天井はさきほどまでと変わらず、木の枝が肩を組み覆い隠していた。いや、視線をずっとのばせば奥の方には、ところどころ天井に穴のあいた場所が見えた。

その中に一つ、一際月光の射しこむ穴があった。その穴の下はやや小高くなっておる、不思議な事にそこだけ植物がなくなっていて、まるでそこだけ歌劇の舞台ででもあるようだった。

日陰に咲き、月光に散る植物か……。たわいもない空想を浮かべながら、奥へと進んでいく。


すると、闇の中から月光の舞台へと誰かが歩み出てきた。

その光景に旅人は意図せず歩みを止めて見入るのであった。






その光景はあまりにも幻想的で、壊れそうな儚げなものであった。


闇の中から青い髪の美しい娘が、月光の舞台へとのぼる。

娘の透きとおるような白い肌は夜の煌きを受け、まるで星の中をただようがごとく輝いた。それはさながら地上に落ちた流れ星が、空を夢見て輝くようであった。

茫然と立ち尽くす娘は、やがてそっと瞳閉じると空へとその形のいいあごをつきだす、その姿はまるで湯浴みのごとく月光を一身に浴びるだ。
空をおもわせる青き髪は、降り注ぐ光の粒をまといその輝きを一層ましたようにおもえた。

娘はそ瞳を閉じたまま両手を腰ほどの高さでひろげると、肘から先を伸ばし手の中に光を集めるよう開いた。
旅人にはその手中に光の卵を幻視するのだった。

そして、集めた光を抱きしめるように包み込むように、そっと、ゆっくりと胸の前で手を合わせると、そっと神の名をつぶやくのだった。






その瞬間、自分が呼ばれたわけでもなく旅人の足は途端に早まった。
熱病に浮かされたような表情で歩く旅人の耳に、相棒の警戒を促す声が届く。

はっと我に返り前方の舞台を見ると、青い髪の少女の後ろに動く不気味な影に気づく。


先ほどの光景に見とれて呆けていた自分に対して舌打ちをすると、急いで舞台へと
駆け寄った。しかし、草に足を取られて思うように進むことができない。旅人は悪態をつくと、相棒に先へ行くように命じた。その声に相棒は身を屈めると、地をけり飛び出していった。海原をイルカが進む時のように、草むらに一本の直線が走った。

相棒の動きを確認すると、旅人は再び前方へと目を向けた。そこでは青髪の少女が賊に追い立てられ転倒するところであった。



マズいっ……!思うが早いか、旅人は左手を目の前に掲げた。そして、何事かをつぶやくと、握りしめた左手を地面へと振り下ろした。
とたんに彼を中心に突風が吹きつけて、草むらをなぎ倒した。

倒れていながら気丈にも少女は賊を睨みつけていた。



声にならない呻きと共に、旅人は腰に差した剣を引き抜きつつ舞台へと駈け出した。

いよいよ賊のてが少女へとかからんやという時である、草むらから飛びだした一匹の獣が、少女へと手を伸ばしていた賊に襲いかかった。
飛び入り参加の獣は、その賊を舞台外へと弾き飛ばすと、主役然として舞台の中央に陣取った。

その光景に口元がゆるむ。あいつめ、いやに張り切ってるじゃないか……。相棒の雄姿に触発されるように、旅人は再び拳を突き出すと言葉短く振り下ろした。それと同時に自身も地を蹴ると、風の力が彼を舞台の方へと吹き飛ばした。
そのまま空中で剣を構えると、勢いそのままに賊の一人へと切りかかった。

突然の乱入者に動揺していた賊はその攻撃になすすべなく、血しぶきをまき散らしながら闇の中へと落ちて言った。
旅人は片足で舞台上に着地すると、それを軸足にして半回転するともう片方の足を突き出して、さらに近くにいた相手へと迫る。

三人目ともなるとさすがに賊も剣に手をかけていた。
旅人が胴めがけて剣を振り抜くと、鞘から抜き放つギリギリのところでそれを受け流す。
命がつながった男は勢いよく引き抜いたためか、ダンビラ高く掲げて少しのけぞっていたがその顔はイヤらしくゆがんでいた。一撃の元に切り捨てられた仲間に対する優越と、ダンビラをこのまま振り下ろせば目の前の敵を肉塊に変えられる、そのような考えからくる邪悪な笑みであった。
しかし、男のダンビラが振り下ろされることはなかった。
旅人は振りぬいた刃を翻し、新たな軌跡をえがかせた。鋼の軌跡は男ののど元を下から斜上へと通り抜けた。
一閃された男の首は、二ヤついた表情のまま空を舞い、のけぞりダンビラの重みで倒れる胴体と共に舞台から落ちていった。

舞台上の敵を一掃すると旅人は、舞台中央の相棒のいる位置まで下がる。切っ先は注意深く未だ闇の中に潜む敵に対して向けられていた。

そこまで下がると旅人は、後ろに倒れている令嬢へと視線を送った。

青い髪の少女が目をまんまるに広げて、旅人ととの相棒を凝視しているのが見えた。
そこには先ほどまでの神秘的な美しさや儚さはなかったが、かわりに何ものにも染まらない清純な美しさと瞳の奥に隠れるしたたかさがあった。

旅人は口元をゆるめて小さく鼻をならすと、ぶっきら棒に声を投げかけた。


 「ルドマン氏の娘だな?」


役者はそろった。



[16349]
Name: KY・Q坊◆c4fe92c2 ID:8db2247f
Date: 2010/02/21 17:47
突然の乱入者は野盗と少女の追走劇は、劇的な変化をもたらした。

乱入者たちは瞬く間に三人の男たちを、つぎつぎに打ち倒すと少女と野盗の間に立ちはだかる。

はじめ人間と魔物という奇妙な組み合わせに呆けていた男たちであったが状況を把握すと、剣を構えて油断なく睨みを利かせるその姿に、ならず者たちは己が手に武器を握り締めて真っ向から鋭い視線を投げ返していた。
緊張がその場を支配する。男たちは仲間を片づけた手並みを警戒してか、いきなり斬りかかろうとはせずにじっと様子をうかがっている。
賊の数は七人。うち二人はボウガンを持ち、旅人とその相棒に標準を合わせていた。

乱入者である旅人は、それらに油断のない視線を向けたまま背後の少女に声をかけた。
しかし、突然の展開についていけてなかったのは少女も同じらしく、呆けた表情のまま旅人と獣の背中をこうごに見つめていた。
返事がない少女を苛立たしげに一瞥すると、旅人は切っ先を賊へと向けたまま少女のそばまで後ずさりした。少女の隣までくる旅人は片膝をつき、髪と同じ空色をたたえるその瞳を覗き込んで聞いた。


 「ルドマンの娘だな?」


少女は未だ呆然としながら、こくりとうなづいた。
父の名が覚醒を促したのか、素早く二度、三度とまだたきをすると、少しの疑念を乗せた視線を旅人へと投げかけた。


 「あなたは、いったい……」


少女の声にとりあえず無事だと感じた旅人は、今度はその身体へと目を向けた。
一見して命にかかわる外傷は見当たらないか……。そう状況を判断する旅人であったが、身体を舐めまわすような無遠慮な視線に少女は不快感を露にして、自らの身体を抱く。


 「あ、あなた! 失礼ですよ! 断りもなく、その女性の身体を、じ、じろじろと……」


自分の大声に恥じらいを感じたのか、少女はだんだんにうつむき、声も小さくなっていった。
そんな少女の様子をまったく意識に入れず、旅人は再び闇へと目を戻す。

見ればしびれを切らせた野盗たちは、ジリジリを距離を詰めにかかっていた。

状況はひっ迫していた。旅人は腰から下げられた道具袋をまさぐりながら、相棒に向かって小さく吠える。
そして、なおも言い募ろうとする少女へ振り返りもせず言葉短く言った放った。


 「君のところの御者に頼まれた。助けに来た。」


少女は言葉を詰まらせたように、目を見開いて黙り込んだ。

助けにきた……?私を……?

状況を判断すれば確かにそれ以外には見えない、だが旅人の態度のせいでいまいち信憑性に欠けていた。
状況が状況なので仕方もないのだが、うら若き少女としては助けるにしてももう少しこう……、思う所があるわけで。優しい思いやる言葉の一つでも掛けてくれれば、とは感じずにはいられなかった。
文句の一も言いたいところではあったが、少女の持つ慎ましい部分がそれをさせなかった。

少女の心の葛藤をよそに状況は急転し始めた。
今まで野盗たちを睨み続けていた魔獣が大きく吠えたてたのだ。突然の事態にその場にいた全員が身を竦めた。唯一、事態を予見していた旅人だけが野盗たちへ向けて、道具袋から素早く何かを投てきする。


それはこぶし大の石のようにも見えるが、その中心には紋様が刻まれていた。


投げると同時に旅人は、少女の肩を抱き引き寄せる。

修道院に入ってこの方、父親以外の男性と触れ合う事など数える程しかなかった少女にとって、乱暴にかけられた腕は強く男性を意識させるものであった。
それが、いくら女性に対して礼を逸した態度の気遣いの“き”の字も無いような男性であったとしても、初心な少女の鼓動はいやがおうにも早くなる。
とりとめもない空想にうっすらと頬を赤らめる少女であった、だがしかしその表情はすぐに引き攣ったもへ変わった。

旅人は少女の腰に腕を回すと、まるで丸太でも運ぶように脇に抱えこんだのだった。

少女を抱き上げると旅人たちは、賊へ背を向けると先ほど来た道へと向かって、一目散に駈け出した。


突然その背後で、激しい閃光と共に轟音が響き渡った。その後を突風が吹き抜けて、少女の髪を吹き上げた。

悲鳴を上げる少女を余所に、吹きつける突風を追い風に旅人とその相棒は茂みへと駆け込んだ。


旅人が投げた石は『爆弾石』と呼ばれる物で、その名の通り大きな爆発を巻き起こす物騒な物だ。名前の似ているばくだんいわとの関係は不明であるが、その生息域で多く発見されている。自然界に存在するままならば容易に爆発することはなく、特殊な印を刻みこむことで爆発の引き金となる力を与えることができる。
もともとは魔法の使えない戦士や武道家が、物理的な手段では破壊できない敵に対して用いていた物なのだが、市場に多く出回るようになった今では非力な旅人や商人にとっての自衛手段として広く使われている。また稀に、魔物でも爆弾石の加工ができる種族がいるらしく、投げつけて襲いかかってくる者もいると言う。


爆風になかば吹き飛ばされるように茂みへと突っ込むと、なお足をとめずに森の中を駆けだした。
その背後からは、爆発にやられた者のうめき声や、苛立ちを隠せない様子の男たちの罵声が聞こえてきた。

その声を気にもとめず走り続ける旅人に対して、頭に葉っぱを引っかけたまま少女は揺れるたびに言葉を詰まらせながらも声をかける。


 「たっ、戦わなっ、ないんっですかぁっ!?」


瞬く間に二人の男を斬り伏せた腕前を見れば、少女の感想はしごく当たり前にも思えた。
そんな少女の疑問の声に一瞥くれと、旅人は少し切らせた息を弾ませながら、めんどくさそうに答えた。


 「あれはな、奇襲だからできたんだ。……、飛び道具持ちの、多勢相手に、正面からで勝てる訳、ないだろ……」


勝てないのだろうか……。戦いを知らないからか実感がわかない様で、少女は旅人の顔をじっと見上げていた。


 「それより、だ……。 あまり、しゃべるな。……舌かむ」


視線だけその顔に向け、まっすぐ前だけを見つつ忠告をする。
それに、と旅人は続けた。


 「しゃべると、余計疲れる……。 ただでさえ、重いからな……」


冗談ではなく本当に重そうに顔をしかめて言う旅人に始め普通に頷いてしまった少女だったが、言葉の意味を飲み込むと途端に顔を赤くして抗議の声を上げた。
いくら助けてくれたとはいえ、年頃の娘にこの言い様はないだろう。
さらに、娘を一方的に無視する旅人の態度に彼女の憤りはさらに募るのだった。

そんな少女の思念をどこ吹く風と、旅人は相変わらずの無表情であった。が、しばらく走るとその表情が不意に動いく。


 「来たか、早いな……」


少女が「何が?」と尋ねる前に、言うやいなや旅人は走りながら後ろを振り返ると、舌打ちと共に苦虫をかみつぶした様に顔を歪めた。
背後に目を向けても暗い森が見えるばかりだった。しかし、音だけは確かに聞こえてくる。その音はまだ遠く離れてはいるが、背後の茂みを揺らす気配とともに確かに聞こえてきた。

賊が追いついてきた……!人一人を抱えている分、遅くなるのは仕方がない。自分のせいで近づく脅威に、関係のない旅人を巻きこんでしまった。少女には旅人にかける言葉が見つからない。
もし、もしだ。最悪の事態になった場合には私が残ろう。そうすればきっとこの人は助かる……。

少女の悲壮な覚悟を知ってか知らずか、男は不意に少女へと顔を向けた。
ちょうど意識していた相手と突然視線があえば、誰であってもどきりとする。たとえそれが、手ごわい荷物をどう扱うかを思案する荷運びの表情であったとしても。

しばし、全くかみ合っていない意識のもと見つめあっていた二人であったが、何かを思いついた様に旅人が顔を上げ、目線をやや前方をこちらをチラチラと気遣わしげに見ながら走る相棒へと向ける。

数拍の思考の後、おもむろに少女の身体を引上げる。そして腰に掛けていた腕を背中へ開いていた腕を膝の裏へと回し横抱きに抱え直した。

身体の密着箇所が増えさらに突然近くなった男の顔に、少女は先ほど以上に顔が赤くなっているのがわかった。それに気づかれないようにか無意識か、両の頬に手を当てたり、意味をなさない言葉を「あ……」とか「うっ」などと発していた。

が、やはりと言うかまたと言うべきか、旅人はそんな少女の思考などそっちのけで目的を果たすべく体を動かすのだった。

先を入る相棒へと吠えるように声をかけると急に立ち止まり、そこへ向かって少女を抱えたまま腰をひねり気合いの一声と共に少女を投げ飛ばした。


 「えっ……」


突然の浮遊感。


あれ?なんでこんなに月が大きいのかしら?


実際のところその感想は単なる勘違いであったのだが、先ほどまで地面すれすれを運ばれていた少女にとって、突然の月との邂逅はそう思わせるだけの迫力があったのだ。

背中に悪寒を感じて少女はゆっくりと振り返る、そこんは。


あら?地面があんなにとおくに……。


それも実際は少女の錯覚なのだが、体が感じ始めた失速とそれに伴う引力に、少女の整った顔がひきつり始める。


そして、落下……。

悲鳴が森中に響き渡った……。

野盗の追撃にも耐え抜いた少女ではあったが、油断しているところへ全く意識しない未知の体験。昼流したものとは全く別種の涙を流して叫んだ。
迫る暗闇に、地面に恐怖を感じて目を瞑る。

そして、その瞬間がっ!

ぶつかるっ!



 「グガァッ!?……グルル……」



こない?

覚悟を決めて身を固めていた少女が感じたのは、やわらかい衝撃とごわごわした感触。そして生肉のような匂いと苦しそうに押し出された短いうめき声であった。

恐る恐る目を開けると、視界いっぱいに黄色と黒の斑模様が広がっていた。
言うまでもなくキラーパンサーの背中の上である。旅人に投げ飛ばされた少女は、いつの間にかキラーアンサーの背中にしがみついていたのだった。

困惑する少女をよそに、旅人は早口でまくしたてた。



 「首でも、たてがみでもどこでもいい、しっかりつかまっていろ!」



そう言うと旅人は相棒に先急ぐように促した。

困惑から、再び顔が引き攣るよりも早く相棒は走りだした。その速さたるや、先ほどの逃走劇の比ではない。
困惑よりも察するよりもその未知の体験に、少女は本日何度になるかもわからない悲鳴を上げるのであった。

その下で迷惑そうに唸りながらも、主人の命令を忠実に追行しようとキラーパンサーは走るのであった。






遠ざかる少女の悲鳴を追いかけながら旅人は、開いた両手で道具袋を確認する。
その中から小さな布袋をいくつか取りだすと、無造作な手つきで背後に向かいばらまき始めた。
布袋をばらまき終わると、先ほどまでよりも足を速めて少女と相棒の後を追うのであった。





旅人が走り去ってからいくらもしない内に、追跡者たちは同じところを通過していた。その道にばらまかれている布袋の存在などには気づきもしない。賊の一人が道に落ちている布袋の一つを踏むと、辺りには不思議な匂いが漂い始める。しかし、目前の獲物に執着する男たちがその匂いに気づくことはなく、みな通り過ぎてゆく。その身体にまとう匂いに、森の中が騒がしくなるのにも気付かづに……。






今まで体験したことのない信じられないような速度を体感した女は、叫び続けて声が枯れ果てるころようやく見覚えのある街道へとついた。
キラーパンサーは街道をふさぐ大木のところまで来ると身を屈め、少女に降りるよう促した。
くずれ落ちるように魔獣の背から下りた少女は、息も絶え絶えの状態で大木に背を預ける。
まだ危機が完全に回避されたわけではないのだが、少女はたまらなく安堵のため息を大きくつきたくなる。賊の手から逃れられたこととか、爆風だとか空を飛ぶとか高速だとか……。なぜかもう色々なものから解放された気分になっていた。

ふと見渡せばおそこには、馬車の残骸があった。

ついさっきまで、あの馬車に乗っていたはず……。

ほんの少し前に出来事なのに、なぜかその実感がわかない。とても昔の事のように思えてしまう。
それほどまでに、今日の体験は少女にとって濃いものであった。

茂みを揺らし旅人も現れる。その表情は相変わらず無表情で、少女を一瞥すると気遣いの言葉もなくすぐに反対側で待つ御者へと声をかけた。

今にも賊が現れないだろうかと怯えていた御者は、突然かけられた声に飛び上がって驚いた。しかし、それが旅人のものだと知ると、今度は早急に令嬢の安否を問うってきた。
御者の慌てっぷりに、苦笑を洩らしつつ令嬢が声をかけると、御者は大声を上げて泣き始めるのであった。


このまま感動の再会と行きたいところだが、それはがさがさ鳴る草木の音によって阻まれる。野盗たちが街道のすぐそばまで来ているのがわかる。それを察した、御者が慌てだす。足を負傷した少女が、この大木を乗り越える方法が現状では考え付かないからだ。
キラーパンサーの背に乗せるにしても、旅人が背負うにしても反り返る大木をの登には時間がかかってしまう。その間に野盗が現れれば、隙だらけの背中に一矢でやられてしまう。

悩んでいる暇もない、と感じたのか旅人は再び少女の顔を覗き込む。

その視線を受けた少女の顔に浮かんだのは、恥じらいでも恐怖でもなく、達観であった。



あぁ……、またですか……



確かに一瞬頭によぎりはした。でも、出来ればもっと別な方法があると信じたかったのだ。

そんな少女の心境などはやっぱりちっとも気にとめず、旅人は遠慮もなしに少女を横抱きに抱えあげると、大声で御者を呼びつけた。
そして、突然の声に慌てる御者をよそに、旅人は膝を沈めると全身のバネを使って少女を天高く放り投げるのであった。



 「受け取れっ!!」



二度目の浮遊感を感じながら少女は、

確かに自分は覚悟を決めていた。決めていたのだけれども……、怖いものはやはり怖い……。

またしても、傾きかけた月夜に悲鳴が上がった。




荷物を片づけた旅人は、いよいよ近づく葉音へと意識を向けた。

足もとに落ちていた見張りの剣を拾うと、空いた手を茂みへとかざす。
その状態で何事かを呟くと、茂みへと掲げた手に小さな光が渦を巻いた。

賊が一人茂みから顔を出すと、それと同時に賊めがけて光の渦を投げつけた。
光の渦は指先を離れると同時に、不可視の風へと変化する。
風は見えない刃と化し、先頭に立っていた賊を切り刻んだ。

突然血まみれになり倒れこんだ仲間に動揺したのか、野盗たちは何かをわめきながら闇雲に矢を放つ。

無論そんな攻撃が当たるはずもなく、旅人は悠々と手に取った剣を大木に突き立てると、その刃を踏み台にして大木を登り始めた。

先に相棒を行かせ、後に登った旅人が丸太山の頂上に足をかける頃になり、ようやく野盗が一斉に飛び出してきた。
追跡者たちは辺りを見まわして、大木の上に立つ旅人を発見すると大声でわめき始めた。

悔し紛れに、とにかく思いつく限りの罵詈雑言を並べる野盗たち。その中には「卑怯者」や「泥棒猫」などと見当違いなものもあった。

その姿が滑稽であり、丸太山の頂上から旅人は愉快そうにそれを見つめた。

あまりにも舐めた態度に怒ったのか、ボウガンを持ったひとりが罵声と共に、矢を放とうと構える。

しかし、それが放たれることはなかった。なぜならば矢を放たんと構えていた彼自身の胸に、大きな矢が深々と刺さっていたからである。

胸に大きな風穴を空けられた男は、空気を求めてるように数回口を動かすとどさりと倒れた。

その背後の茂みから、赤い光を目のように爛々と輝かせた、月に映える銀色の巨体が姿を現した。
それは四本の足を昆虫のように動かし、左腕に取り付けられた剣で進行を妨げる木を次々になぎ倒しながら進みでてきた。右手には賊の物とは比べモノにならない大きさのボウガンが組み込まれていて、今まさに次の獲物を射らんと次弾を装填していた。


 「メ、メタルハンター?」


賊の一人が呟いた。

メタルハンター。魔王が作りし殺戮機械と言えばキラーマシンである。がその派生型は幾つも確認されていた。メタルハンターもその中の一つだ。殺戮機械の中では比較的弱いとされているものの、非力な人間にとっては大きな脅威となり得る。

よく見ればメタルハンターだけではない。野盗たちを囲むように、大小様々な影が目を光らせながら迫ったいるのがわかった。
その光景は魔物の徘徊する夜の森であっても異様なものだった。

これは勿論自然に起きたことではない。旅人がばらまいた布袋『におい袋』がその原因である。におい袋は魔物が好む独特の匂いを閉じ込めた袋であり、本来であれば魔物誘導などに使う物である。しかし、武芸者などの中には魔物を引き寄せるその匂い利用して、修行をおこなう者をいると言う。

つまり、この異様な数の魔物たちは野盗たちに染みついた匂いに集められたのであった。



 「すこし、多すぎたか……」



旅人は追跡者たちの断末魔を背に馬車へと向かって飛び降りた。






 「ごめんなさい……、あの、ありがとう……?」


 「え? い、いぃえ……、ははは……」


大量の魔物が野盗たちに迫るころ、降ってきた少女と下敷きになった御者はなんとも気まずい会話をしていた。

少女は自分が御者を押しつぶしてしまったことに対して、御者は御者で嫁入間近の令嬢の身体を事故とは言え許可なく触ってしまったことに、それぞれが申し訳ないと思っていたからだ。
無論、この場合どちらも悪くはない。少女にしても、自らの意思で空高く舞い上がり御者目がけて落ちて言ったわけでは決してない。御者にしても、旅人に受け取れと言われ、それが何かを問う瞬間には令嬢が落ちてきていたのだ。むしろ中年の男が受け止められただけ、よかったと思うべきで状況であった。
仮に誰が悪いのかあえて挙げるのならば、旅人と答える他ないだろう。しかし、仮にも恩人であり、その負い目を抜いたとしても控え目で慎ましい二人が面と向かって抗議することなどできない事であった。

そんな気まずい沈黙をかき消すように、旅人が飛び降りきた。
顔をつき合せて苦笑いしている二人を怪訝そうに見ると、控えていた馬車へと素早く視線を移す。


 「何をしている? 早く馬車に乗れ」


そこで不意に、旅人は腰の剣を抜くと素早く空を薙いだ。
ぼとり、と音をたてて真っ二つに裂けた巨大なコウモリが落ちてきた。


 「こちらにもきたか……、グズグズしていられないぞ!」


先ほどまで強い匂いに誘われていた魔物たちが、時間が経ったせいかこちら側にいる人間の匂いにも気付き始めたのだった。

旅人は急ぐように二人に指示を出すが、二人は一向に立ち上がろうとしない。
もともと少女は足を痛めいたのに加えて、御者は先ほどの身を呈した活躍により腰を痛めていた。

その様子に気づくと旅人は、不機嫌さを隠そうともせず舌打ちをする。そして、二人いっぺんに脇に抱えると、荷物を積む時のような要領で二人を馬車へと投げ込んだ。

そのさなか、少女はもはや自分が荷物扱いされていることにようやく気づき、もはやこれ以上の驚きを自分が感じることはないだろうと考えていた。
だってそうだろう、恩人と屋台建ての馬車で出かけて言った者が、幌馬車で荷物として帰ってくるのだから。そのさまを想像してほしい。

馬車へと飛び込んだ少女の顔に何か冷たい感触が触れた。
それは程よい弾力を持った、例えるならプディングのような感触をしている。
その感触の正体を自ら確かめるよりも早く、頭上から声がかけられた。



「大丈夫でござるか?」


金属に響くこもった声。男性とも女性とも判別の付かない不思議な声質であったが、その声には今夜としては初めてかもしれない、気遣いらしい気遣いがうかがえた。
その声は乾ききった少女の心に染み渡り、優しさに対する礼と共に差し出された手を嬉々としてとった。


 「あれ……?」


握り返したその手はあまりにも小さいのだ。
手から視線を上げていくと、妙に小柄な鎧騎士がいた。


 「拙者の顔がなにか?」


慌てて首を振る。少し背が小さいだけではないか。気を取り直そうとする少女に現実が襲いかかる。


 「ふむ、大丈夫そうでござるな。 さすれば、そろそろスラぽんを開放してはくださらぬか?」


スラぽん?小さな騎士の言葉に疑問符を浮かべながら、その視線に促されて手元を確認する。そこには小さな緑色したやわらかい尖りが見えた。その尖りから広がるようにながらかな楕円状の球体を形成していた。やわらかな全体は馬車の揺れと共にフルフルと震え、その中心部と思しき所にはくりくりっとした二つの瞳と、その両脇まで裂けたような大きな口があった。
にんにくかたまねぎを彷彿させるそのシルエット、どこか虚ろな目と張り付いた能面のような口。色こそ違えどそれは間違いなく、魔物の代表例である『スライム』であった。

少女が恐る恐る離れると、スライムは騎士のもとへと駆け寄った。騎士はスライムにまたがる姿も魔物としては有名な『スライムナイト』であった。


 「騒がしいと思ったら、こんだぁは何をしでかしたぁ……?」


馬車の奥でひっそりと、だが急に上がった声に少女は身体を強張らせた。ぎこちない動きで顔を向けると、緑のローブに身を包んだ人物が目に入った。顔こそ見えないが、姿かたちは人間そのものである。
少女はとりあえず現状を確認しようと、その人物に声をかけた。するとローブの人物はゆっくりと振り返ていった。


 「んぁ~? 見かけん、嬢ちゃんだね?」


振り返りローブから見えたその顔は、骸骨のように白く骸骨のように細かった。
かろうじて皮が残るその顔には、不釣り合いな大きな眼が好奇心を露にしてぎょろりと動いていた。
それこそまさに魔道を極めんがために、邪道へと落ちた者の姿である。
それは『まほうつかい』と称される魔物だった。

この馬車は魔物だらけではないか!!

その事に口にするよりも早く、御者は気絶し、幾分かの耐性を持っていた少女は、再び悲鳴を上げるのであった。





馬車は一路サラボナへ、まだほの暗い森を抜けて。


夜明けの日が、山の背を赤く染めていく中を進む。



[16349]
Name: KY・Q坊◆c4fe92c2 ID:8db2247f
Date: 2010/02/21 17:48
長い夜が明けた。

生まれ変わった新たな太陽は山々の影から顔を覗かせ、朝の訪れを大地へと伝える。
その輝きは、朝露をたたえて眠る草原にも覚醒をうながす。
そんな中、いまだ落ちる切らない朝露に靴を濡らす者たちがいた。


早朝の若々しい光が照らすなか、二つの集団が対峙する。
集団の中心には3人の男女の姿があった。
その中の一人小柄で恰幅の良い壮年の男性は、疑問符を大量に浮かべた視線を目の前の青年に向けていた。
青年の背後に立っていた少女も男性と同じ様な顔で、大きな目で何度もまばたきをしている。
二人の視線をいっぺんに受ける青年は、その視線にまったく動じることもなく、表情のない顔を男性に向けていた。

いまや背後に遠のいた森から、朝鳥の鳴く声が聞こえんばかりの沈黙が草原を支配する。
彼らを遠巻きに見守っていた者たちも、その沈黙に身じろぎすら控えている。
ただ、切望の視線だけは彼らの主人である男性の背中へと注がれていた。

曰く、どうにかしてくれ、と。

その視線を感じたからなのか、はたまた自身の精神衛生上の配慮からか、困惑顔を傾げながらも男性は沈黙を破った。



 「……もう一度、言ってもらえないかな?」



男性はなぜか気遣い気な声色で、それ以上に立派な出で立ちに似合わない低姿勢で、自分より背の高い青年の顔を自然見上げる形で言った。
貧相な身なりをした青年に、見るからに羽振りの良い男性が気を使っている。沈黙を打ち消したはいいが、おかしな状況は未だ変わっていない。

そんな場の空気に気づいていないのか、渦中の青年は相変わらずの無表情で事もなげに答えた。



 「天空の盾を譲ってくれ」



青年の言葉に再び沈黙が訪れる。

壮年の男は自身では打破しようのない状況に、困った顔を青い髪の少女へと送った。
向けられた少女はと言うと、眉間に指を押し当ててまるで頭痛でも我慢するような苦悶の表情を浮かべていた。
少女とてこの青年との知りあって一日と経っていないのだ。男が期待するような活躍は不可能だった。


なぜこの様な奇妙な状態になっているのか、それ説明するには太陽がまだ山のせから顔を出す前に時間を戻す必要がある。






ならず者たちの脅威を退けた一行は、溢れんばかりの魔の気配を背に夜の森を駆け抜けていた。巨大な馬車はその雄姿に恥じない丈夫さでもって、行く手を遮る小枝などものともせず薄暗い突き進む。
しかし、悠然と駆ける馬車であっても、その内部までもが平穏と言うわけではない。寝食に最低限度の物資が積まれている馬車の中では、車輪が道端の石につまづくたびに、固定されていないモノが振動と共に一斉に飛び跳ねる。無論、それには馬車に乗る者たちも含まれている。

車体が飛び跳ねるたび、華奢な少女の身体は車外へと投げ出されそうになり、少女は馬車の縁に必死にしがみついていた。
少女が広い馬車の中で、わざわざ危険を冒してまでそこを選んで座っているのにはもちろん理由があった。

それはと、視線を向けるとそこには……。


 「む? どうかしたでござるか」


激しく揺れる馬車の中で、のんきに自身の盾を磨くスライムナイトの姿があった。
そう、理由とはこの奇妙な同乗者にあった。

キラーパンサー、スライムナイト、まほうつかい。それらはみな人に仇なす魔物として本来であれば恐れられるハズの存在なのだが……。
なぜか今、少女は相対すべきそれらと共に馬車に揺られていた。

事の起こりは少女のちょっとしたワガママであったのだが、賊に追われていたところを旅人風の男に助けられたまではいい。たとえその男が無神経で無遠慮で無愛想であったとしても、助けられた事実までは変わらない。それはいい。
問題はその後だ。男に投げ込まれた馬車の中で少女はなぜか魔物たちと対面したのである。
はじめあまりの驚きに少女はおもわず悲鳴を上げて、少女の連れは気絶した。

一難さってまた一難。そんな言葉が少女の頭をかけ巡ったのは無理もなかった。緊張に体を固めている少女をよそに魔物たちは、一通り少女に構うとあっさりと思い思いの場へと散っていった。その姿が、今度は少女を呆然とさせた。
だってそうだろう、この世界の魔物と言えば人間を見れば襲いかかるものたちである。だと言うのにこの魔物たちは襲いかかるどころか、少女に対してその身の心配すらしているようであった。

本来それはありえない光景だ。いったこの世界のどこを探したら、スライムナイトに気遣わしげな手を差し伸べられる者がいようか。もしいたとすればそれは魔物に化かされたと、もの笑いのタネにされるようなことだった。
そんな冗談のような体験を少女は現在していた。

魔物たちにこちらを攻撃する意思は見られない。しかし、常日頃から魔物の脅威を感じて生きてきた人間にとって、人魔共存している車内は精神的に堪えるものであった。
そういった理由で少女は、あえて不自由をしつつもなるべく彼らから離れた場所へと座っているのである。

一方、気絶した御者はと言うと、申し訳なく思いながらもその現場に放置されていた。少女に言い訳をさせれば、ひ弱な彼女に大の男を避難させるだけの力がなかったからで、決して身代わりにしようなどといった考えはなかった。のびきった御者にかけられた、勇気を振り絞って借りた毛布が少女の気遣いを物語っていた。
もっともその毛布はというと馬車の運動によって、とうの昔にいずこかへと飛んで行ってしまっていたのだが……。


少女は戸口にしがみつきながら、車内を何度も見まわした。相変わらずの車内は雑然としいた。

散乱する荷物の中、足もとには気絶する御者。その少し前方寄り、車内中心にはどっかりこしを落ち着けたキラーパンサーがいる。獣は自らの腹に頭をうずめるようにして丸くなり、しっぽをゆらゆらと揺らしながら目を閉じていた。
その姿で、馬車が飛び跳ねるたびに同じように飛び跳ねるため、黄色い毬のようにも見えるのであった。そのななめ前方には先ほどと変わらず、壁に背を預けながら武具の整備にいそしむスライムナイトがいて、その正面の壁ではまほうつかいが杖を抱きながら、何やらぶつぶつと呟いている。
そのさらに先、馬車のもう一つの戸口の向こうに、この集団を率いる主人の背が見える。その男は時々後ろを気にしながらも、森を抜けるために一身に馬車を操るのであった。
その背に混迷した現状で、唯一はっきりした人間性を感じた少女は安堵を覚えていた。なので少女の精神衛生上、理解の範疇外にある光景を視野から外すと、自然男の背中だけに視線が注がれるのは仕方がないことなのだ。



視野が狭まっていた少女が、その接近に気付けなかったのは仕方がないことだった。
何しろそれはいままで天井にぶら下がり、じっと様子を伺っていたのだから。
それは少女のそばへそっと降り立つと、音もなく近付く。
そしてゆっくりと少女の腕に手をかけると……。

不意になにかが腕に触れたので、少女は反射的ににそれを振り振り払うと、これまた反射的に視線をむけてしまう。
はたして、そこににはクラゲがいた。

いや、クラゲではない。ないのだがそれのからが、あまりにもクラゲを彷彿させる体型をしていたのだから仕方がない。
それはふっくらとしたパンのような青い身体から、黄色い無数の触手を生やした一見するとグロテスクな姿をしていた。
だが、本体についているスライム族特有の、表情の読めない顔つきがその悪印象を打ち消している。
たくさんの亜種が存在するスライム族の中で、比較的多くの系統を持つ一派。それの正体は『ホイミスライム』であった。

ホイミスライムはたくさんの触手のうち、大半を周りの壁やら物やらに絡みつけて軟体を固定していた。そして、残った数本の触手を腕のように、少女へと伸ばしていた。

事態を理解できない少女は、突然の出来事と新たに現れた魔物に後ずさる。
そんな少女に、無言の笑みをたたえてホイミスライムはにじり寄る。

そんな二人に助け船出したのは、武具の整備を終えたスライムナイトであった。



 「娘殿もしや、お怪我をなされてはござらんか?」



確かに昨夜、賊に追われたり、爆風に曝されたり、投げ飛ばされたりと散々な目にあった少女である。生傷の一つや二つはあるだろう。
少女がぎこちなく頷くと、スライムナイトも納得したように頷いた。



 「だからでござるよ、なに、ホイミンに任せておけば大丈夫でござるよ。 みな治してくれるでござる」



ホイミン……?このホイミスライムのこであろうか。そっと目を移すとスライムナイトの制止を受けて固まっているそれが見えた。それはふわふわしながらつぶらな瞳で少女の様子をうかがっている。その瞳と目が合ったため、少女は若干口元をひくつかせた。

ホイミスライムの名が示すとおり、かれ等は癒しの魔法を得意している魔物である。本能的に生き物の傷を癒す行動をとることで知られており、かれ等が単体で行動することはまずない。必ず何かしらの動物と行動を共にしながら、それらが傷つくと即座に傷を癒すため、魔物の群れで現れた場合には真っ先に仕留める必要がある厄介ものでもある。
説明済みであるが、かれ等の癒し行動は本能から来るものであり、その対象は魔物だけにとどまらない。動植物はもちろんのこと、若干ではあるが人間に対して癒しを施した事例もあった。

そのことを少女は知らなかったのだが、ここにいる魔物たちには害意がないことさけは理解していた。
ならば、と少女は恐る恐るではあったが、ホイミスライムへと腕を伸ばした。

眼前につき出された腕に、嬉々とした?様子で触手を伸ばすホイミスライム。
少女は触手の感触に一瞬身体をこわばらせた。


少女の腕に触れた触手の先端から、淡い光が放たれた。

それは少女もよく知る癒しの光。

光に包まれた腕に優しい暖かさが広がる。

暖かさの中、次第にむず痒さがわきあがってくる。

すると、みるみると赤く痛々しかた傷が塞がってゆく。


すっかり元通りになった腕を少女は、外の薄明かりにかざしてまじまじと見る。
魔法の力によう治療を受けたのは、なにもこれが初めてというわけではない。治癒魔法であったら少女自身にも扱えるのだから。
しかし、魔物の治療を受けたのはこれが初めてだった。作意を疑っているわけではない、ただ傷のあった痕跡すらない腕が何か、非常に珍しい価値のあるモノであるような気がしたのだった。

しばらく腕に見惚れていた少女であったが、ホイミスライムがいまだに自分を見つめていることに気が付いた。
何か目的があるのだろうが、その張り付いたような表情からは意思を読み取ることができなかった。
困り果てた少女は、三度の助け船を期待して奥にいる小さな騎士へと救援を求めた。

騎士は親切に答えてくれた、「すべて、治させてやってくれ」と。

ホイミスライムを見る、相変わらず少し離れているそれの表情は読めない。少女は意思表示として、すこし首を傾げてみた。すると、スライムは一度ふるりと震える。意味はわからなかったが、何となく頷いてみる。
スライムの口端がさらに釣りあがり、うれしそうな?様子で少女へと近づいてく。
ホイミスライムは少女の足首に触手を這わせると、その先から再び光を発し始めた。

その光景をぼうっと見詰めていたは、我知らずホイミスライムへと手を伸ばしていた。
ひんやりとした柔らかい感触が手に伝わる。弾力がありつやつやとした肌ををゆっくりと撫でる。
少女の突然の行動にホイミスライムは、熱心に患部へと向けていた目を向けた。治療の手は休まず動かしながらも。

見つめあった一人と一匹。不意に少女は小さく吹き出す。
それが、治療のむず痒さからなのかおかしな魔物に対してなのかはわからない。
だが、少女の心から恐れは消え失せて、代わりにおおきな好奇心が首をもたげるのであった。


いつしか馬車は森を駆け抜け、草原へとその足を進めていた。

夜の居場所はもはや草原にはなく、森の草影から恨めしそうにのぞくかつての夜を振り払い馬車は今彩色に溢れる朝の中を走る。






森を抜け草原を走る馬車は、サラボナを目指す。

大陸中央やや西部に、小さな島々が群せいする一帯があった。
列島は大陸からの距離がさほど離れていないため、主要な島々は巨大な橋によって地続きとなっている。その小列島の中で最も大陸に隣接した島に、サラボナはあった。

貿易都市ポートセルミ、職人の町ルラフェンといった重要な都市がある大陸北部にくらべて、未発展の南部にぽつりとある都市サラボナ。
都市を囲む河は細く交通には不向きであるのに加えて、その先には内海に比べはるかに厳しい環境の外海が広がっており交易向けの立地とはいえない。また、開けた草原はあるものの方々を高い山々に囲まれており、その中にはいまだ活動を続ける火山さえある。さらに草原東部にある湿地を流れる川の先には、嘘か真か異界への入り口があると言う。


おおよそ文化や交易とは隔絶された人界の孤島。
そう評価することが妥当なはずのサラボナが、今日のような発展を遂げた要因として富豪ルドマンの存在が大きい。
サラボナはもともと、英雄ルドルフとその一族が起こしたと街だとされている。
当初閉鎖的で小さかった街を、ルドマンが一代にして現在の規模まで発展させたのだ。
若き頃のルドマンは、伝統を重んじるばかりに排他的な故郷を飛び出し武器商としてその名を馳せる。その当時の熱意たるやすさまじく、強力な武具の噂を聞けば、内外両海問わず津津浦浦いかなるとこへでもはせ参じたと言う。
しかし、その熱気は妻をめとる頃にはなりを潜め、代わりに内海の交通拠点として栄える海のオアシス・カジノ船を筆頭に、世界各地に多くの商店を展開するにいたる。彼の情熱は目下、商店の運営より世界中から集まる情報へと注がれており、それら多大な情報の集まるサラボナはまさに情報によって成り立つ都市となっていた。
サラボナの市民たちは彼の敏腕を尊敬しつつ感謝の念を抱いていた。ただ、街に隣接する巨大な塔の建設だけには首を傾げるのであった。



馬車は草原を越えて、いまその眼前にようやくサラボナへとかかる大橋が見えてきた。

ようやく安堵を浮かべる旅人たちには、朝もやにかすむ街の影を遠目に見る。

ふと旅人は目を細めた。

朝もやの中に見えた影が、わずかに動くのが見えたのだ。

影の形はだんだんと、大きくはっきりとしてくる。影が近づいて来ているのがわかった。

地を這う様に伸びたそれは次第に、いくつかの影に分かれてその姿を現した。

中央にあった一番大きな影は、立派な設えの三頭立ての馬車で、その両脇を固めるように左右それぞれに三騎づつ、武装した騎兵を六人従えていた。


サラボナからやってきた馬車……。


旅人は少女へと声をかける。足の怪我もすっかり癒された少女は、旅人の声に遠慮がちに車内を横切り御者席へ近づいた。
旅人に促されるまま視線を前方へやると、そこには少女のよく見知った馬車があった。

我も忘れて少女は大きく手を振りまわし、前方の馬車へとその存在を主張した。

予想通りの反応に旅人は馬車の速度をゆるめて、正面から近づくそれへと鼻頭を向けた。



二台の馬車は草原の中で、向かいあうように停車しる。

旅人の幌馬車から少女が降りて来るやいなや、もう一方の馬車から転げ落ちるように男が飛び出してきた。
男は小柄で恰幅の良い体つきだったため、彼が草原を走る様はまるで玉が転がる様であった。何度も転んではいたので、実際に玉のように転がっていたのかもしれないが。

男は少女のもとへたどり着くと、その腰にひっしとしがみつき大声の泣き声交じりに少女の名を呼んだ。


 「おぉっ! フローラ、よくぞ無事でっ……!」


少女は男のその様子を、苦笑と共に見つめる。


 「えぇ、お父さま。フローラは大丈夫ですわ」


娘の腰に抱きつきながら男は少女の顔に向かって、涙でくしゃくしゃになった顔で何度も何度も頷いてみせた。
少女の父は娘の手を取ると、その全身にくまなく目をむけた。


 「こんなに汚れてしまって……。 どこか怪我は?」


父の言葉にやんわりと首を振ると、少女は背後の馬車へと振り返る。
旅人は馬車から下りて、少し離れたところで親子の再会を見ていた。


 「危ないところを、あの旅のお方に助けていただきました」


娘の言葉に父は、娘の脇から後方の様子をうかがう。
年若い旅人の姿を値踏みするように観察する。「彼が?」娘に問う。笑みたたえて無言で頷く娘。

二人の視線に気づいた旅人は思案するように一瞬視線をさまよわせた後、相変わらずの無表情で親子のもとへと近づいてゆく。

近づく気配に気づいた娘が半身を引き、父と旅人は対面させる。

少女は父に恩人の紹介しようと試みた、がそこに至って初めて相手の名前すら知らない事に気が付いたのだ。どうしたものかと、一人悩む少女をよそに、旅人は少女の父親の前へと、ずずいと進み出る。
そして、礼を述べようとする父親の言葉を遮るようにして問う。


 「あなたが、ルドマン氏でよろしか?」


その低い声に、少女の父は無言で頷く。父親の視線には若干の警戒心が浮かんでいることに、旅人は気づいていた、確認をえた旅人はそれでも言葉を続けた。


 「俺の名はアベル。 突然だが、あなたの持つ伝説の盾を譲ってはいただけないか」


いきなり無表情で、とんでもない発言をする旅人。その場にいた誰もが、彼を見つめて思った。「なにを言っているんだ?」と。

これが事の起こりである。








しばらく答えに窮していたルドマンであったが、ぽつりとつぶやいく。


 「それは……、娘を助けた見返りに、と言うわけかな?」


ルドマンの言葉に今度は、アベルが困惑する。


 「? なぜ……、そうなる?」


そんな旅人の様子にルドマンは目を丸くした。
演技とも疑ったが彼とて商人の端くれである、その表情が本気であることはすぐにわかった。
この男には取引するという発想がないのだろうか、と逆に心配になってくる程男は正直ものだと商人は旅人を評価した。

ふむ、とルドマンは値踏みするように旅人を見る。
見た目は確かにみすぼらしいが、過酷な旅で鍛え抜かれたのだろう、鋼の様な立派な肉体をしている。一見したところ無愛想で表情のない顔だが、顔の造り自体は悪くはない。性格はバカがつくほど正直もの、先ほどのやり取りでうかがい知れた。
あまり頭はよろしくなさそうだが、それは後からでもどうにでもなる。
なによりも眼だ、と商人は思った。この旅人の眼は貧相な召し物の上ですら、威厳をたたえて見えた。

ひょっとすると、名高い貴族の貴公子か?

現実的な思考をする商人のさがか、そんな他愛もない考えはさっさと否定したが、いずれにせよ卑しい人物ではないだろうとの結論に達しすると……。


 「うむ、うぅむ! よし、その話は後でゆっくりしようではありませんか!」


ルドマンの中ではこの旅人の処遇が決定したようだった。
旅人へ親しげな笑顔を向けると、今度は商人が旅人戸惑いの言葉を遮るように続けた。


 「娘を助けていただいた礼がしたい。 是非、我が家へ招待させてくれませんかな?」


言葉に詰まる旅人をよそに事態を強引に推し進める商人は、街まで案内するといって娘の手を取ると、自分の馬車へと行ってしまった。

取り残された旅人はしばらく茫然として、その光景を見つめていたがやがて、首を傾げるととぼとぼと馬車戻り、街を目指すのであった。


先ほどまでとはまるで違う乗り心地の馬車。
少女にとっては慣れ親しんだはずのそれが、今は非常に気まづい気がしていた。
その原因はとなりで、うれしそうな表情をしている父にある。
父がこういった顔をしているときは、なにか企んでいる時である。長年の付き合いで少女はそれを理解していたのだ。
チラチラと様子をうかがいながらそれとなく尋ねてみても、気にするなと言われてしまう。

このとき少女は、恩師と別れの際にした会話をすっかりと失念していた。
昨晩の長い夜を思えばそれ仕方がないことだったのだが、数日後にようやく思い出した時にはもはや手遅れになることを少女はまだしらない。

機嫌のいい父を不安げに見詰めていた少女であったが、やがて諦めたのか外へと視線を移す。


外はもはや太陽の時間であった。

夜の気配はどこを見てもなく、そこには色鮮やかな緑が広がっている。

素早く流れゆく緑は目に優しく映り、疲労はやがて少女の瞼をゆっくりと押し下げた。

あさき夢見る少女を乗せて、馬車は故郷を目指すのだった。






実のところ少女が失念していた事実は一つではなかった。

ルドマンの馬車を追うもう一台の馬車に、未だうなされている御者が寝ていることを少女は完全に失念していた。

目を覚ました御者が、自らを治療中のホイミンを見て、再び気絶したことはもはや別の話である……。



[16349]
Name: KY・Q坊◆fc714c47 ID:b0a90606
Date: 2010/10/24 12:59
朝の大気は冷たく澄み、くもりなく大地の隅々までを清めている。
まして、高く空へと突き出した塔の上であれば、海の果てさえも見渡せる気になるほどその日の空は晴れ渡っていた。


一目でいくつもの時代を経てきた事がわかる外壁、それでいてなお悠然とそびえ立つ物見の塔は、降りそそぐ昇りたての日を浴び、足元に横たわる街に長い影を落としていた。


その塔の頂に、ぽつりと立つ者が一人。
彼こそがこの塔の主。
一時的に、という枕詞があればの話ではあるが……。






今しがた塔内より光の元へと踏み出した彼は、その眩しさに目をしばたかせると不機嫌そうに鼻を鳴らした。くっきりと刻まれた眉間の皺の上に手をかざすと、塔の外縁にそってぐるりと視線を走らせる。


青々と広がる空と海、新緑の栄える大地、時折赤く呻く山々、運河の続くその先にある水門と白亜の祠、そのまた遥か向こうに微かに見える大瀑布。


いずれもこの七日間で何度も目にした光景だった。
今もまた何一つ変わることなく広がる光景にもう一度鼻を鳴らすと、不機嫌さを隠さない足取りで、塔の縁へと足を進める。


仮初めの主が色あせた欄干に手をかけると、触れた指の先から風化したレンガが細かな粒となり舞い上がった。砂粒たちは数度風に弄ばれると、やがて空へと吸い込まれてゆく。


欄干から頭を覗かせて眼下を見ると、塔の陰に眠りから目覚め始めた街の姿があった。


家々からは朝食の火が暖かさと共に白い煙をはき出すと、白い煙は先ほどの砂粒の同じように、風に導かれて空へと登ってゆく。しかし活力に満ち溢れたそれは絶える事を知らない、勢いを持って次々とはき出されていった。


眼下に広がる、朝の息吹を発する町。
サラボナは小さくまとまりながらも周囲を高い壁に囲まれ、さながらそれ一個で一つの家であり庭であるかのような造りをしていた。街の外壁に設けられた大門は日のあるうちは、大きくその間口を開き来訪者たちを出迎える。
大門から長く伸びた石畳の道路は中央の広場へと繋がり、広場には立派な噴水が据えられていたが、今はまだ眠りの中にいるようで黙り込んでいた。
道は噴水の広場から四方にその枝を伸ばし、多くの家と商店を繋いでいる。
大門から広場を抜けて一直線に目を進めると、立ち並ぶ家々の中にあって一際大きな豪邸が見えた。


それこそ周囲に広がる絶景より彼がここ数日に渡り幾度となく目を向けていた家であり、この放浪の旅人がこの街を訪れた唯一の理由でもあった。


大富豪ルドマン。


この大陸において、ともすれば全世界でも類を見ない大商人。
英雄ルドルフがサラボナを設立した経緯と豪商ルドマンの邸宅を見れば、この街がルドマンの箱庭と呼ばれているのも頷ける。


街の発展も見事なもので、この規模の別の街と比べても居並ぶ商店は豊富で、城下町もかくやと言わんばかりに立派な宿場・教会が軒を並べていた。


しかし、その光景すら塔の主にとっては見飽きたものであったし、そもそも彼の目的は観光でもまして商売でもない。


街へ視線を向けたまま、男は深いため息をついた。


いかなる偶然か巡り合わせでサラボナのルドマン、その娘を救い出したあの夜から、街にたどり着いて早くも七日が経とうとしていた。
不機嫌そうな態度が示すように、彼にとって今回の滞在が全く不本意なものであることは言うまでもない。


当初の予定では目的の品を手に入れれば、とっとと次の地へと向かう予定であった。


それがどうして……。






あの日、旅人は娘を助けてもらった礼がしたいとルドマンに自宅へと招待された。
そこで催された食事の席で、矢継ぎ早に飛び出す他愛もない話に圧倒されているうちに、なぜか街での滞在の準備が整えられていた。その時は、昨晩の疲労となれない食事会でくたくたになっていた旅人は、ろくに考えもせず好意にあまえることにした。


翌日、久方ぶりの柔らかいベッドに正午まで沈んでいたアベルは、慌てて飛び起きるとルドマンの屋敷を訪ねて行った。早急にこちらの要求を伝える為だ。
しかし、そこは辣腕の大商人である。鼻息荒く押しかけたアベルであったが、屋敷の主人はこの無礼な旅人をにこやかに出迎えられるではないか。予想外の反応に出鼻を挫かれてひるんでいる隙に、会話の主導権を奪われてしまっていた。
さすがに今回はと、外で待つ変わった仲間たちを理由にして滞在を渋ろうとするアベルだったのだが。それならばと、街外れに建つ物見の塔を自由に使うように紹介されてしまう。
なおも言い募ろうとするアベルであったが、「仲間も疲れているのでは?」などと言われてしまえば、正論なだけに反論の余地もなくただ頷くことしかできない。


海千山千の商売人であるルドマンを相手取るには、しょせん山出しのアベルでは荷が重く、ろくに本題を切り出すこともできずに、あれよあれよと時間だけが経過していった。


もはやここは後回しにして、先に他の心当たりを探ってみるべきか、と諦めかけていた……。
ルドマンから屋敷に来てほしいとの連絡が来たのは、まさにそんな時であった。






ここ数日で慣れたとはいえまだ若干の恐怖心が残っているのか、塔から(と言うよりも塔にいる旅人の仲間から)やや離れて、それでも気丈に青い髪の少女が立っていた。
落ち着かない様子であちこちを巡っていた視線がアベルを捉えると、少女は軽く会釈をした。



「父が……、ルドマンがお話したいことがあると……、馬車が用意してあります。会っていただけますか?」



今まで散々はぐらかしてきていまさら何だ?と感じつつも軽く頷いて見せると、旅人は商人の娘の後へ続いた。



 「それで? ルドマンさんはいまさら俺にどんな用が?」



その道すがらアベルは相変わらずのぶっきら棒で少女へと声をかける。


少女……フローラは、向けられる視線に耐えながらも、父がなぜかこの旅人を足止めしようとしている事気づいていた為に、申し訳なさと気まずさから、曖昧な返事を返すことしかできないでいた。
彼女も父の旅人への対応には疑問を持っていた為、何度となく尋ねてみたが、「いずれわかる」の一点張りで教えてはくれなかったのだ。


だいたい今回の事に関してもそうだ、理由も告げずにこの旅人を連れて来るように言いつけられたのだ。馬車を使うとは言え、屋敷から物見の塔まではそれなりの距離がある。なぜ使用人ではなく、自分なのか?と尋ねても、父は何も答えてはくれなかった。


いやな予感がする……。父の不明瞭な返答だけでなく、父が何か企んでいる時のあのうれしそうな表情からも、そう思わずにはいられなかった……。



 「おい、どうしたというんだ?」



気がつくともう馬車は目の前にあって、思ったよりも長く思考の中に埋没していたことに気づく。


慌てて取り繕おうとする少女に一瞥をくれると、小さく鼻を鳴らして男は無言で馬車へと乗り込んでいった。


やってしまった……。
仮にも父の客人に対して無礼な態度をとってしまった……。
慎ましき少女は己の失態に深くため息をつくと、浮かない顔で男に続いた。






気まずい沈黙が支配する車内。
つまらなそうに車窓から外を眺めている旅人の様子を窺いながら、少女は何とかこの状況を打開しようと、意を決して声をかけてみるのだった。



 「アベルさんは……、その、父の持つ天空の盾を探していらしたのですよね?」



少女の問に億劫そうに視線を向けると、旅人は小さく短く答えた。
なんとか掴んだ糸口を話さないように、少女は続けて口を開く。



 「あの……、その、どうしてなのかな……と、聞いても……?」



遠慮がちに尋ねる少女から視線を外すと、数回、天井へと視線を彷徨わせてると、無言で再び窓の外へと視線を戻した。


詮索するなと言うことだろうか。押し黙った旅人に少女はなすすべもなく、自身も窓へと視線を向ける。
沈黙が支配する車内を、馬が地を踏む音がやけに響いていた。






馬車を屋敷に横付けすると、さっそく使用人が現れてアベルを屋内へと導く。
その際、フローラは別の使用人に連れていかれて、客人に手早く挨拶をすますと、そそくさとその場を後にした。


特に気に留めることなくアベルは促されるまま、屋敷の奥へと向かった。


旅人には理解できなかったが、いかにも高価そうな品々が至る所に配置された廊下の、真っ赤なジュウタンの上をしばらく歩かされると、一際大きな扉前へと通される。


ふむ……、とアベルは頷いた。
あの食卓の間ではないから、どうやら悪夢の再来はなさそうだ。


しかしである。扉に触れるまでもなく、部屋の中からは人の気配が伝わって来た。
それも一人や二人ではない。かなりの大人数だ……。


罠とも考えたが、そんなことは考えるまでもなくあり得ない。
世界的な大商人がいったい何の目的で、みすぼらしい旅人を接待したうえで襲うというのか?


まさか旅人の持つ例の剣を、知っているとは考えにくい。
サラボナはおろかこの大陸に着いてから一度も馬車からだ出していない物の存在を、どうして知れようか。
よしんば知っていたとして、わざわざ娘を使ってまで呼び寄せる必要がない。
やるのなら、物見の塔で仕留めればいい話だ。


そうなるといよいよ訳が分からない。散々はぐらかして今になり、前振りもなく突然盾を譲る交渉はまずない。


扉を凝視してみても向こう側が透視できるわけでもなく、結局開けてみるほかないのであった。


意を決し、扉に手を掛けると、ゆっくり押し開けた……。






扉を開けたとたん、熱気が吹き出てきてアベルを包み込んだ。
扉を開けたまま固まると、ぎょっとして目をみはる。


食卓の間のゆうに三倍はあるかと思える大きな部屋の中が、人で溢れかえっていたからだ。 


よく観察すれば室内にいる者のすべて男性であるのがわかるだろう。
しかも、彼らは年恰好が様々で、見るからに裕福そうな恰幅の良い中年男性がいると思えば、野心あふれる瞳をぎらつかせる年若い傭兵風の男もいた。中には詩人風の者さえいる。


世界中にある街や村々から、男を無作為に選んでつぼに押し込めばまさにこんな感じであろうか、そう思わせる光景であった。


扉を開けても一向に訳の分からない状況について、尋ねようと背後の使用人を振り返ると、すでに扉は閉じられて使用人の姿はそこにはない。


いったい、何が始まるというんだ?


アベルが落ち着かない状況に辺りの様子を窺っていると、ふいに部屋の奥が騒がしくなり始めたのだった。






アベルが案内された扉のちょうど反対側の壁にある、一回り小さな扉が開くと小柄で恰幅の良い男性が現れた。
屋敷の主人ルドマンである。
彼が現れた途端、一瞬室内は騒がしくなるが、すぐに男たちは静かになっていった。
まるで、この商人の一挙一動に集中するかのよう精神を集中していった。


ルドマンはゆっくりとした足取りで、部屋の前方に備え付けられた立派な机へと近付くと、壁を背に立つと部屋に集まった男たちに、正面から向かい合いようして止まった。


群衆を右から左へゆっくり見渡し、満足そうな顔で仰々しく頷くと、一つ咳払いをした。



 「うむ、うぅむ! 皆様、本日はよくおいで下さいました。 私が当家の主人ルドマンでございます。」



ゆっくりと抑揚を込めて語り出したルドマンは、再び部屋中をぐるりと見渡した。



 「さて、本日こうしてお集まりいただいた理由は、皆様もご存じのとおりだと思います。 
 ほかでもありません、わが娘フローラの結婚相手を決めるためであります。」



結婚。
その言葉が発せられると同時に、部屋がどよめきに包まれる。
部屋のあちらこちらで、「本当だったのか……」などと囁き合う声が聞こえてきた。


そんな空気のなかアベルは一人混乱していた。


フローラ?……あぁ、ルドマンの娘だったか。
結婚相手?……? 何故、俺がここにいる?


ひどく場違いな気分になっているアベルをよそに、ざわめきに対抗するようにルドマンは声を張り上げた。



 「静粛に! うぉほん! 我が娘フローラの結婚相手を決めると言いましたが、ただの男にかわいい娘をやるわけにはゆきません。かと言って、家柄や財力だけで娘の相手を選ぶようなまねはしたくない。 真に知恵と勇気とを持ち合わせた者にこそ、フローラの伴侶、ひいては我が一族にふさわしいと考えるのです。」



ルドマンの声は、いつしかざわめきの治まった部屋中の隅々まで響いていた。



「皆様はご存じでありましょうか? この大陸に伝わる二つのリングの伝説を……」



そこで一旦言葉を止めると、三度部屋に集まった者たちの顔を眺める。



「古い言い伝えによると、この大陸のどこかに“炎”と“水”の力を宿す不思議な指輪があると言います。 その指輪は、身に付けた者に幸福をもたらすといはれております。」



ぐるりと視線を巡らせると、ゆっくりと続きを語り始めた。



「伝承によれば、いずれも深い秘境と様々な危険に守られている秘宝であるが、もしそのような秘宝を持ち帰る者があれば、その者を我が娘フローラの伴侶とし、ゆくゆくは私の後継者と認め、この家を任せることも考えましょう」



話が終わるやいなや、先ほどのものとは比べ物にならないくらい大きな熱気に包まれた。
それはまるで屋敷全体が震えているかのように錯覚を起こすほどだ。
熱狂した男たちは我先にと扉へと押し寄せる。


扉付近に立っていたアベルは押し寄せる人の波に圧倒されて、壁伝えに素早く避難すると、呆然と人の奔流を眺めた。


ふと隣に人の気配を感じると、そこには彼と同じように避難してきたのか、冷や汗を浮かべている男がいた。


およそ男のそれとは思えない、艶やかな黄金色の長髪。
おそらく戦いとは無縁であろう、しなやか指先。
ゆったりとしたローブに包まれた体は細く、かろうじてすらりと伸びた背丈が彼の男性を主張していた。


男はアベルの視線に気づくと、苦笑いを浮かべて親しげに声を掛けてくる。


曖昧に相槌を返すと男はうっすらと笑みを浮かべながら、未だ人に溢れている一室を見渡して言った。



 「魔物の巣窟、秘境に眠る伝説の秘宝……、まさかこんな条件を突きつけられるとは思いませんでしたよ。 詩に聞いた事はあるのですが……」



と男は、リングが眠る『死の山』の詩を、一節歌い流した。
朗々と紡ぎ出された声は、澄みわたる清涼の音。
いかにも詩人然としていてよく通った、それでいて男性的な響きを持った声だった。



 「名の知れた商人に冒険者たちが挑む難関か……、この場に詩詠いの端くれなどいて、ひどく場違な所みたいですね」



男は頭をかきながら小さく笑うと、うつむいてこれまた小さく息をついた。
そして、不意に顔をあげると真剣な眼差して、何事かを呟いた。



 「でも、必要なんです。ボクにとっては絶対に……」



その呟きはひどく小さくアベルには聞き取れなかった。
あるいはそれは、人に聞かせるためではなく、自分自身に言い聞かせるために発せられた言葉であったのか……。


しばらくの間じっと固まっていた男だったが、アベルの不審そうな視線に気づくと、取り繕うように不自然に声を張り上げた。



 「そ、それにしても、さすがはルドマンさんだ。 大陸だけでなく海外からもこんなにもたくさんの人が集まるなんて」



落ち着かな気にキョロキョロと室内を窺う男につられて、アベルの視線も室内へと向けられた。
ようやく人の波も落ち着いたその中に、アベルは自身をこの場に招いた者の姿を認めた。



 「失礼させてもらう」



短く男へと別れを告げると、アベルはルドマンの元へ向かった。
速足で駆け寄ってくるアベルに気づくと、ルドマンは親しげな笑みで出迎えた。



 「やぁ、アベル君。 キミもよく来てくれた」


 「いえ……。ところで、俺はどうして呼ばれたのでしょうか……」



館の主人は目の前の男の言動に目を丸くした。
まさか、この男はわかっていないのだろうか……。たしかに初めて会った時もそうだったが……。これは鈍いというよりも、目的以外には一切興味がないのだろうか?


長年の経験から男の性格を導き出した大商人は、この男にもわかるように説明してやるべきだと考えたのだ。



 「……ふむ、アベル君。 キミは確か天空の盾を探してサラボナを訪れたそうだね?」


 「ええ、どうしても必要な物です」


 「だがね、あれは我が家の家宝なのだよ。 そう容易く譲渡せるものではない……」



ルドマンは、言い募ろうとするアベルを手で制すと、続けて言う。



 「確かに赤の他人に渡すことはできない。 ……しかし、もし試練を突破してフローラの婿となる事があれば、その者は私の息子となる。 つまり他人ではなくなるわけだ。 まぁ、家族であれば家宝の盾を譲ることも、やぶさかではないと思うのだよ、私は……」



ルドマンは得意げな顔をして見せた。
いくらこの男が鈍くても、ここまで言えば伝わるだろう。


その証拠にアベルはルドマンの言葉を反芻するように、しばらく腕を組みながら目を瞑ると、ゆっくりと口を開いた。



「つまり、指輪を持って来いと……?」



ルドマンに言うでもなく、自分自身に言い聞かせるように。
そう呟くとアベルは深く考え込むようにする、そしてふいに顔をあげ言った。



 「……天空の盾を見せていただけませんか?」



これにはルドマンも怪訝な顔をした。
その様子にアベルは付け加えた。



 「……“父の剣”に誓って不埒な真似はしない。 一度だけでいい、一度手にとって見せていただければ……。 お願いします……」



彼の誓う“父の剣“への心がけがどれほどのものなのか、ルドマンには解らなかった。ただ、その態度があまりにも真摯であったため、念のために護衛をつける事を条件に、商人はこの冒険者を盾の元へと案内したのである。






白亜の不思議な輝きを見せる一枚の盾には、竜の頭部を模したモニュメントが神々しくそびえていた。
ただそこにあるだけで底知れぬ力を発するそれは、まさに伝説の名を冠するに相応しい威厳を備えているように見えた。


アベルが許可をもらい持ち上げる、途端に盾は鉛のように重く圧しかかる。
歯を食いしばりながら、掲げようとするアベルをあざ笑うかのように盾はますます重く、ついには屈強な冒険者でさえ立っていられなくなり、つんのめるように倒れさせた。


やっとの思いで盾を放した腕は、痛々しいうっ血により青くなりな、ぶるぶると震えていた。
荒い息を吐きながら、額の脂汗を拭うと床に横たわる盾を睨み、深いため息を吐いた。




偽物であればと思ったが、厄介なことに事にどうやらこの盾は本物らしい……。

ゆっくりと身を起こしたアベルは、どうしたものかと思案するのであった……。



[16349]
Name: KY・Q坊◆c4fe92c2 ID:b0a90606
Date: 2010/11/22 21:24
ゆったりとした革張りのソファーに深く腰をかけながら、アベルはティーカップからゆらゆらと立ち上る湯気を見つめていた。体はひどく脱力し、何かをしようという気力もなく、ただ呆然と白い靄を眺めている。



ティーカップから視線を上へと向けると、黒々とした立派な樫のテーブルの向こうに、アベルと同じくソファーへ腰を掛けるルドマンの姿が見えた。室内には、他に使用人の一人すらいない。給仕の者も丁寧に茶の世話をすますと、すぐに下がっていった。



ルドマンは両手でカップと包み込むと、顔の前で回すように傾けている。ぴくぴくと鼻を動かして香りを楽しむと、また少し傾けて茶を口に含む。しばらく目を瞑って吟味すると、満足そうに一息をついた。その動作の他に何もする様子はなく、どうやら先ほどの一件について追求するつもりはないようだ。



アベルはその気づかいをありがたく受け止めて、ぬるくなったハーブティーを少しすする。ハーブの香りが鼻腔をくすぐると、萎えた体がゆっくりと気力を取り戻すような気がした……。






盾の持つ魔力に当てられ、尋常ならざる疲労を見せたアベルを気遣って、家主は客室の一つを宛がてくれた。そこは食堂や講堂に比べると、幾分か小さな部屋であった。だからと言って、粗末なものかと言えばそんなことはない。むしろ装飾品の質で比べればより高価なもののように見えた。もっとも、アベルにその価値が理解できているのかと言えば、甚だ疑問ではあるのだが……。



カップを持ち、茶を口に含み、舌の上で転がして、飲み下す。カップが空になるまで、無言で一連の作業を繰り返す。しだいに身を落ち着け、冷静さを取り戻したアベルは、すっくと椅子から立ち上る。



宝物の間での一件で、アベルには考えなくてはいけない事が出来ていた。それも早急を要する事である。





 「もういいのかね?」




カップを玩んでいた手を止めて、片目だけでアベルを窺うルドマンにアベルは短く礼を告げると、疲労を感じさせない確かな足取りで部屋を後にした。






たった今、後ろ手に閉めた扉を背に、アベルは腕を組みながら歩き出した。
しっかりとした足取りを緩めずに、思考の中へと埋没してゆく。



確かに厄介な課題ではある。だからと言って不可能な課題でない。小さくない問題もあるが、速やかに行動すれば何とかなるだろう。何にしても、一旦は仲間たちの所へ戻る必要があるな……。



思考を中断し、視線を上げた時であった。胸のあたりに何かがぶつかり、軽い衝撃が走る。とっさに腕を伸ばすと、ぶつかって来たソレを包み込むように捕まえることができた。



ソレはアベルよりも頭一つ分小さく、腕の中にすっぽりと収まっていた。腕の中を覗き込むと、そこには艶やかな空色をした糸の房をふんだんに湛えていた。ようやくアベルは、今腕の中に抱いていたモノが人間であると気づいた。アベルが腕の拘束を解くとソレは飛ぶように身を退き、すっかり狼狽した様子で言った。




「あ、あの、あの、す、すみません!  い、急いでいたもので……」




その少女は熟れたリンゴのように顔を染めて、あたふたと意味もなく手をばたつかせている。
その様子を見かねて、落ち着くように促されると、さらに顔を赤くしてうつむいてしまう。手早く乱れた衣服や、髪を整えると大きく深呼吸をする。本当に急いでいたようで、弾む息を整えると少女は、アベルへと向き直った。




 「お見苦しいところを見せてしまって……。 本当に、失礼いたしました」




深々と一礼する少女を前にして、アベルは無遠慮な視線を向けていた。



ルドマンの娘、フローラ……。この少女こそが、冒険者にとってこの課題における一番の問題であった。フローラはまだ恥じらいが残るのか、伏し目で話していたので、アベルの視線には気づいていない。




 「父を捜していたのですけど、どこにもいなくて……」




気づいていない事を良い事に、少女の言葉を聞き流しながら旅人は、少女を値踏みしするかの様に凝視する。



陶器のような白い肌は、この娘がどのような環境で育ってきたのか端的に表していた。おそらくは、蝶よ花よと箱の中で育てられて、外の事など窓辺でしか知らないのだろう。一目でわかる細い手足も、おおよそ冒険に向くものではない。その腕で武器をとり、凶暴な魔物たちと戦闘をする姿など旅人には想像もできなかった。箸より重たい物を持った事がない、そういわれた方がまだ納得できる。要するに何が言いたいのかと言えば……。



アベルが結論を出しかけた時、不意にフローラは旅人の視線に気づく。




 「あ、あの……、私の顔に何か……?」




気遣わしげに覗きこんでくる少女に、旅人はおもわず思考を漏らした。




 「……無理、だな……」



 「どっ、どういう意味ですか、それは!?」




侮辱とも取れる発言を、面と向かって言い放たれた少女は、思わず声をあげた。はっとして口元を押さえるが、発せられた音が戻ることはない。その声を聞きつけて、奥の客間からルドマンが顔を覗かせた。




「どうかしたのか?」




突然、探していた人物との邂逅。その姿を目にするやいなや、フローラは「お父様!」と再び声を張り上げた。




 「一体どうしたフローラ、お前らしくもない……。 客人の前だぞ」




何やら興奮して冷静さを失っている娘をたしなめると、ルドマンはゆっくりと二人に近付いた。尤もな父の注意ではあるが釈然としないフローラは、恨めしそうに父と旅人とに交互に視線を向けていた。そんな視線など意にも介さず、旅人は商人に軽く会釈をすると、そのまま踵を返して歩き始めた。もう話は終わったとばかりに去ってゆく背に少女は、何か言ってやりたい気分であった。しかし、育ちの良さが慎ましい性格が災いして、ただ見つめる事しかできなかったのである。






気持ちを入れ替える様にして、深く息をつくと少女は遠のいた旅人の背中から、恰幅のいい父へと向き直った。そして、できる限り不機嫌そうな顔をつくって父を出迎えると、努めて抑揚なく静かな声で少女は囁くように口を開いた。




 「私が何を言いたいのか、お分かりですわね? お父様……」



 「おや? フローラよ、わたしになにか話があったのかね?」




はてさてと、素知らぬ顔でルドマンは口元に蓄えた髭を指でさすった。父の態度に娘の形のいい眉が、ぴくりと跳ね上がる。




 「ええ、でも、口に出さなくても、ご存じだと思うのですが?」



 「ふぅむ……。 皆目見当がつかん。 すまんが、教えてくれんか?」



 「いええ、ご自分の胸によぉく、お聞きくださいな」




フローラの追求になお惚けるルドマン。仕方がない、問答で父に勝てるはずもないのは、わかりきっていたことだ。ならば、少なくとも主導権だけは取られないよう、努めて冷静になろう……。そう決心すると、少女はできる限り感情を抑えた調子を心がけた。




 「今朝はずいぶんとお忙しいようでしたけれど?」



 「今朝? おぉおぉ、今朝は色々と準備があってな。 その間に何かあったのかな?」




よくもしらじらしくそんな事を言う父に少女は、そうですか、あくまでご自分からおっしゃるつもりはないと……。内なる激情を潜めて、フローラは一見優しげな笑みでこたえてみせる。




 「いいえ、特には何ありません。 でもお父様、いったい何の準備で忙しかったのですか?」



 「準備か? ふむそれならば……。 おお! なるほどソレについての話か」




ようやく本題へ辿り着いた。さて、いったい父はなんと釈明するつもりなのか。フローラは溢れださん感情を必死にこらえて、口の端が小刻みに震え、口調も不自然なものになるのを抑える事が出来なかった。




 「ええ、ご理解いただけて、本当、うれしい、ですわ……」



 「喜んで良いぞフローラ、お前の婿候補はより取り見取りだ。 我が家も安泰といったところだな」




無邪気にそんな事をのたまう父。
貞淑を絵にかいたような少女の頑丈な我慢も限界を超えつつあった。
感情が高ぶりきると人間は返って冷静になるとは、どうやら本当らしいと少女は場違いな思考を巡らせる。しかし、ソレが嵐の前の静けさでしかない事もはっきりと理解していた。
発せられる不自然なほど平坦な声と、それとは不釣り合いな微笑み。




 「ねぇ、お父様……。 婿候補とは一体何のお話でしょう……」



 「む? もちろんお前の婿に決まっているだろう? この日の為に世界中に宣伝をして……」遮る様に少女は言う。



 「私、そのお話お父様の口からお伺いするの、今日が初めてなのですけれど……」




少女の父は目を丸くして、数度瞬きをすると「おやまぁ!」と一声。




 「なんと、そうだったか、それはうっかりしていたわい」




額をパチリと叩き、わははと高笑いをする父を見て、少女はゆっくりと顔を伏せた。
表情は見えないが、肩が小刻みに震えている様にも見えた。
もし、この場に親子以外の第三者がいたとすれば確かに聞いた事だろう。
少女を包む空間が、ガラス戸がひび割れた様な立てた音を。



屋敷を震わせた男たちの歓声、それを含めても今日一番の怒号が、か細い少女から発せられた……。










 「ん?」




何か、大きな音か何かを感じてアベルは空を見上げた。木々が盛んに手をかざす緑の隙間、そこから差し込む中天の日差しが、じりじりと目を焼く。すぐに見ていられなくなり視線を落とせば、旅人のねぐらたる塔の入り口が、昼間の日差しを反射して幾分か若々しく映る。




 「どうかしたでござるか?」




気づかう声に意識を引っ張られた。
春中頃とはいえ今日のように日差しのある日は、じっとしていても汗ばむ陽気だ。にもかかわらず、鉄仮面と鎧に身を包んだ小さな鎧武者は平然とし、むしろアベルを気づかっていた。その姿に、彼の騎士が寄りかかっているスライムに、何か秘密でもあるのか?と意味もない想像が浮かび上がる。暖かさのせいだろう、ぼうっとした意識を頭を振って覚醒させると、大丈夫だと軽く手を振って応えてみせた。



ルドマン邸を後にしたアベルは、急ぎ塔へと戻ると今日の経緯を仲間たちへと報告した。
今は自分の立てた計画を説明した後に、仲間たちとの議論で方針を固めている最中である。




「言わんとする事は分かったがアベルよ、お前さんは本当にそれでいいのか?」




停滞していた議題を進めるように、まほうつかいが口を開いた。
深緑色の痛みきったローブに身を包んだ骨のような老人は、木陰に身を屈めてパタパタと手で自らを煽いでいる。
老人の言葉に、騎士は強い語気で追従する。




 「拙者も反対でござる、我が剣はご主人の為の剣でござる。 他人の為に、まして傭兵のまねごとなど言語道断!」




よっぽど不満だったのだろう、忠義の騎士はいきり立ち、握りこぶしを眼前に構えて言った。



木陰の石に腰かける旅人と騎士と魔法使い。実際会議に参加している者はこの三名だけだ。
残りの仲間はといえば、旅人の相棒たる魔獣は相変わらず主人のそばに丸くなっていたり、何が面白いのか会議の直情にある木の枝無数の触手でぶら下がり、感情の見えない双眸でじっと議論の行方を追っていた。



立ち上がる小さな騎士に、老人は鼻を鳴らして顔を背ける。




 「わしゃ、そんな事を言っとるんじゃないのじゃが……」




そのあからさまに馬鹿にした様子に、小さな腕を組み挑むように視線を向けた。




 「む、ではどのような腹積もりでござるか?」



 「そうそううまくはいかんという事じゃよ。 よしんばうまくいっても盾だけしか手に入らんというのはどうも、どうも……」




そこで一旦言葉が途切れる。忘れてしまった言葉を本棚から探し出すように、ぎょろりとした目玉が空中を彷徨うと、歯の抜けきった唇はもごもごと、相応しい言葉を転がすように動いた。そして、続きを思いつくと先ほどまでよりも声を張り上げた




「割に合わん。 それならばいっそ、自分で報酬を受け取った方が手間が掛らんというものじゃないと思うが……」




老人らしい強かさであったが、清廉な騎士には気に入らないらしく、魔法使いと小さな体で詰め寄ると、ちょうど座った顔と立った顔が同じ高さで向き合っていた。




 「金に目がくらんで、己が剣を売り物にするつもりか!」



 「頭が固いなぁ、ピエールよ……」



 「えぇい、嘆かわしい! ご主人! マリーンの言う事など耳に入れてはなりませんぞ!」




詰め寄る鉄仮面から顔を放すと老人は、骨と皮だけになった枝のような手で騎士を煽いで見せた。その姿にますますいきり立つ騎士は、アベルの方へ振り返ると、犯罪の証拠を突きつけるように老人を指した。



暑くなるスライムナイトと、冷やかなまほうつかい。対照的な二人を見つめながら、ゆっくりとアベルは口を開いた。




 「ふむ……、いや、オレにもマーリンの考えは初めからあった。 だが厄介な副賞のおかげでな……」




主人の言葉にショックを受けて固まる騎士をしり目に、ローブの老人は探るような目つきを送った。




 「副賞…… 商人の跡取りというやつか?」



 「ああ、財産の方はいくらでも処分がきくだろうが、娘の方はそうもいくまい」



 「もらってしまえばよかろう?」




ほとほと困ったとばかりに眉間に皺を寄せて肩をすくめて見せる主人に、老人は好色そうに眼を光らせるとにたりと笑って見せた。もしその笑みを善良な市民が見たならば、卒倒する事請け合いだ。




「ななな、なんと! はは、は、破廉恥な!! 女性を物のように扱うなど!」




しばし固まっていた騎士だったが、老人の言葉にぎょっとした様子で聞くと、飛び上がらんばかりに驚いた。




 「人間には、別段珍しくもない事であろうに……」




呆れたように半眼を向ける老人に、再び詰めよりにかかる騎士を、主人は手を挙げて制する。両者をゆっくりと見た後、まほうつかいに非難するような視線を向けて言った。




 「下手に婿などに選ばれてみろ。 この町から一歩も出られなくなるかもしれないんだぞ?」




その言葉の何が面白かったのか、まほうつかいはカサカサと葉を擦り合わせた様な不気味な笑い声を上げた。急に笑い急に止めると、にたにたと気味の悪い笑みを浮かべたまま視線に応える。




「なに、この話には町の外の人間も参加してる話ではないか。 まして、こっちが根なし草と知って声をかけて来たの奴さんの方じゃろう? 娘っ子一人連れて行って何の文句が出ようもんか」




その言い分にアベルは、今度こそはっきりと不快そうに顔をゆがませて首を横に振った。




 「見ただろう? お前たちもあの娘を。 あんな華奢な体で一日とて歩き通す事も出来まい。 ましてあの細腕でどうして剣を振れる?」



 「なにどうしてもとなれば、もらう物を受け取ってあとは置いて行けばよかろうて」




アベルは老齢の魔法使いの意見に少し考え込んむ。
顎を軽くさすると、鼻から息を一つ吐き出した。




 「一理ある……か? だが、家族ならば家宝も譲ると言う話だ。 そんな勝手を、果たして許すものか?」



「置物みたく乗せておけい、嬢ちゃん暮らしには相応しかろうて」とにやにやとマーリンが冷やかしをいれる。


「何の役にも立たない者をか? 冗談ではない」問答に飽きてきたのか、ふざけ始めたマーリンに肩を竦めて見せると、目を瞑るり静かに頭を振るう。



「オレ達の旅は、それほど余裕のあるものでも、気軽なものでもないんだぞ」




老人に顔を向けてはいたが、その言葉は紛れもなく、ここにいるすべての者へと向けた者であった。ここにいる仲間たちと、そして自分自身に対しての宣言であった。



 「不確かな可能性に賭けるよりも、足手まといが増えるよりも、それに比べたら盾だけ手に入れば御の字だ」



会議を締めくくるように呟くと、アベルは仲間たちの顔を一人一人見渡した。仲間たちは
無言で主人を見返す。その表情に異論の余地がないと見ると、旅人は座っていた石から腰
を上げと、街の方角へと目を向けた。



 「さしあたって、目ぼしい参加者の情報をルドマン氏から聞き出さなければな……」



中天を射していた日は、少し傾き午後の柔らかいまどろみへと移っていた。脇に丸めていたマントを羽織ると、アベルは再び街へと歩き出すのだった。






白昼の街中、普段の姿からは考えられない歩調で歩く少女。何時もとはかけ離れた姿と表情も相まって、行き交う人々は誰もが声をかけかねて、唖然とした表情で彼女を見送っていた。
当の少女はと言えば、周囲の様子には気づいていない様で、街頭の中を進んでゆく。


まったく、なんてことだろう!


少女はつい、零しそうになる悪態をなんとか抑えて、せめて心の中で呟いた。


以前より父が何事かを企んでいる事は知っていたのに、怒涛の事件によってシスターの言葉を忘れていた自分に腹が立った。それ以上に勝手に娘の縁談を、それも通常では考えられない方法で進めていた父に腹が立っていた。


無論、少女とて商人の娘である。えにしある出会いに夢はあるものの、大店の娘として親の決めた縁組を潔く受ける覚悟くらいはあった。しかし、まさかこんな、カジノか福引の景品のような扱われ方をされるとは、夢にも思っていなかったのだ。
そのことで父を問い詰めれば、のらりくらりとしらを切るばかりで、ついに堪忍袋の緒が切れた少女は、はしたなくも大声で喚いてしまった。今思い出しても赤面するのを、抑えられない失態だ。


最早動き出した事態をどうする術もない、などとは心にもない慰めの言葉で、あれは絶対に面白がっているにちがいない。父の顔などもう見たくもないと、怒りのままに足を進めた結果今に至る。


噴水の縁へと腰かけると、少女は深いため息をついた。父は何を考えているのか、自分はこの先どうなるのか、とめどなく溢れる不安に頭を悩ませていると、不意に目の前を影が差した。
顔をあげるとそこには、陽光を吸い込んだような黄金色の髪をした男が立っていた。




 「アンディ?」




名を呼ばれた男は少女の呆けた表情に苦笑を返すと、親しげに挨拶をする。
幼き頃より親しく育った間柄で、フローラにとって家のものを除けば、唯一といってもいい親しく会話のできる男性であった。


しかし今、見慣れた筈の幼馴染の様子が、どこかいつもと違っていた。なんと言えば良いのだろうか、剣呑?とでも言えば良いのか、その違和感の正体はすぐにしれた。彼の腰にある一振りの剣、フローラはこの幼馴染が剣など持っている姿を今まで一度も見た事がなかった。


「アンディ、あなたまさか……」ハッとして顔を上げる少女に、幼馴染は決意の現れた顔で頷いてみせる。彼も父の試練とやらに参加するのだろう。


その事に対して、何故?とは思はない。何時頃からかだろうか、この幼馴染が自分にそういった感情を向けている事には気がついていた。もっとも、想いを告げられるまで考えすらしなかったのだが。自分には想いに応えるつもりがない事は、あの日確かに彼に伝えた。少女にとって彼は、良き友人であり弟のような存在であった。異性として認識するには、共に過ごした時間が長すぎたのだ。


危険だ、とっさに引き留めの言葉が、フローラの口に登りかける。だが……、口を噤んだ少女の視線は、再び腰元の剣へと注がれる。どこから持ち出して来たの、古ぼけた剣に手入れや馴染みの跡はなく、一見して幼馴染が剣の扱いを心得ていない事が分かる。


フローラも彼が荒事に向いているなどとは、夢にも思っていない。彼自身も分かってはいるのか、自嘲気味に笑って見せる。あえて危険であると分かったうえで、参加する幼馴染をどう説得すれば良いのだろうか。少女の想いを知ってなお、無謀だと知ってなお、試練に臨む幼馴染を説得の言葉が見つからなかった。


力なく項垂れる少女の手が、去りゆく背中に向かってわずかに伸ばされる。しかし、空を掴むだけで、その手には何も掴むことはできなかった。掴めたとして、一体何ができるものか……


どれくらいそうしていたのだろう?


ただ無気力に腰かける少女は、虚ろな視線を街へと向けた。ちょうど夕餉の準備の買い出しが増える時間帯だ。街道は手に籠を下げた人や、荷を運ぶ人々で溢れていた。その中に、一つ見覚えのある、紫のターバンが映った。


あの方向は、屋敷に向かっているだろうか。今朝がた彼を迎えに行かされたのは、父の計画の為だったのだな、と少女は今更ながら気づいた。その考えが身体を動かしたのか、いつの間にか少女は立ち上がり、ふらふらとその後を追った。






アベルは人垣を避けるように進んでいると、背後から近付く気配を感じて歩調を緩めた。特に害意のないその気配は、アベルにとって覚えのあるものだった。
目的地が目的地なのだから、その気配が同じ方向に向かっているのは偶然とも考えられる。このまま屋敷に向かってもいいのが、わざわざ同じ時に訪れても不便を掛けるだけか……。どちらにせよ、発つのは明日になるだろう急ぐ必要もない。なによりも面倒である。やり過ごそう。そう考えたアベルは商店の並ぶ街道から横道へ逸れると、横道の壁に背を預けた。




不意に横道へ折れたら、出会い頭での遭遇。予期せぬ事態に、二人は顔を突き合わせた状態のまま固まっていた。
「何か用でも?」先に我に返った男が、横道の奥を顎でしゃくるってみせると、慌てた少女は意味も持たない言葉と共にわたわたと手を動かした。少女に一瞥くれると男は、無言でその横をすり抜けて、街道へ出ようとした。


「あ、あの!」脇を通り過ぎた時だった。咄嗟に制止の声が少女の口をついた。
引き留める声に旅人は振り返ると、怪訝な表情で少女を見つめる。
一方、声をかけたいいがはたして自分が何をしたくてこの男を引き留めたのか、少女は自分の考えが分からなかった。


とにかく何か話題を提供しなければ、不機嫌そうに顔を歪める旅人を見て、フローラは思いついた事をそのまま口にしてみる。



「……アベルさんも、その……、参加するのですか?」言ってから、後悔した。なにを当たり前の事を聞いているのだろうか。
案の定アベルはつまらなそうに、応えを肯定すると空を見上げた。空の端がだんだんと赤く染まり始めて、路地裏からは夜の気配が漂い始めていた。



「そのことで、今からルドマン氏の所へ向かうつもりだったんだがな……」空を見つめながら、旅人は小さく呟く。その言葉に、少女は怪訝な顔で聞き返す。言葉の中に若干の恨み事が含まれている事に少女は気が付いていたが、それ以上に内容の方に興味を引かれていたのだった。



「どういうことです?」父の説明に不備でもあったのだろうか?今朝がたも父といたようだから、何か特別な要件でもあるのだろうか?疑問にあっさりと応えて曰く。
「ルドマン氏に適当な参加者を紹介してもらおうと思ってな」とのこと。ますますわからない。参加者を紹介するとは、どう言う意味だろうか。共闘?ライバルになるかも知れない相手をか?商売……、はありえなさそう。ただ単に競争相手の情報を求めているのだけ?確かに一番ありそうな話だ。ただあの父が、ことこの手の計画に置いて、そのような贔屓をするだろうか?と問われれば疑問が残る。


聞けばどうということはない。旅人たちの出した結論は大まかにすれば、試練そのものは何とでもなるのだが、景品の副賞に問題があった。それならば景品を欲しているが盾は譲ってもいいと考えている、利害が一致した相手を探しだして協力を申し出ればいい。とのことだ。



 「オレは盾さえ手に入ればいい、他の厄介物はいらないからな」



 「や、厄介者……」この人にとって私や財産も含めても、その程度の価値しかない……。思うところは確かにあった、あったのだがあからさまな欲望を向けられるよりはずっとましだと考え直すことにした。


そうか、この人は自分自身の目的以外は興味がないのか……。その瞬間、少女の脳裏に一筋の閃光が走った。今回の話を破談にしたい自分と、盾にしか興味のない旅人。ともすれば父を出し抜けるかもしれない。
先日の戦いぶりや魔物を連れ歩いていることからも、この旅人がタダものでない事は窺えた。見るからに旅慣れた人物が、試練で命を落とす所を、少女は想像することができない。もし運よく試練を乗り越える事が出来れば……。天祐とはまさにこの事なのかしら。


思いつくがいなや父譲りの行動力で、即座に旅人へとかけあう少女。その説明を聞いた旅人は、吟味するように閉じられていた瞼をゆっくりと開けると、舌の上で転がすように呟いた。



 「つまり、オレに口裏を合わせろというわけか?」



ようするに、破談の為の狂言に付き合えというわけか……。
二つのリングを手に入れた者には、娘の婚約者の地位が約束され、さらにはルドマン邸にある財産の相続できる。しかしアベルにとって、娘や余計な財産はできる事なら、願い下げしたいのだった。娘とて、このような形での婚礼など認めたくはないはずだ。


だが、アベルだけがリングを得た末であっても、婚約の地位を蹴ったとしたらどうだろうか。婚約者の地位あっての財産相続である。これ幸いと、相続の権利も破棄されてしまう事だろう。もしかすれば、お情け程度の慰謝料もでるかもしれない。ただ、その慰謝料が家宝に見合うかと言えば、まずありえない。
仮に娘が渋った場合、それこそ論外だ。今回の件では、彼女はあくまで景品でしかない。商人であるルドマンが、一度取り決めた事を破棄する筈はない。わざわざ反故にする約束のために、危険を冒す愚か者がいるとも考えにくい。


しかし、もし挑戦者と景品の双方が合意の上で、破棄を訴えたのならどうだろうか。間違いなく、円満解決といくだろう。合意をとる際に多少渋る素振りでも見せれば、いくらか条件をつけることは可能だろう。たとえば家宝を一つ、譲り受けたい……するとどうだろうか。仮にルドマンが渋ったとしても、双方が条件付きで合意のこと、下手に騒ぎ立てて問題が拗れでもすれば信用に関わる。根っからの商売人であるルドマンならば、引き際は心得ているだろう。


多少運が必要になってはくるが、うまく立ち回れば、他の参加者を頼るよりは確実か……。



「どちらにしても、臨む事となる試練なのでしょうから、後援者がいても損する事はないと思いますわ」腕を組みすっかり考え込む旅人に、畳みかけるように少女が囁く。


「後援?」まじまじと少女を見つめる旅人。そこにいたのは、先日のか弱い乙女でも、今朝や先ほどまでのような、煩わしい女でもなかった。その目は紛れもなく、したたかな商人の娘。


「ええ、謝礼……とは違いますけれど、少しくらいなら、融通できますわ」男どもを手玉に取るやり手の売り子のような笑顔に、旅人は再び思考の海へと埋没する。確かにこれから未知の秘境に挑むにあたり、装備を整える軍資金も長い滞在で、心元なくなってきているのも事実。旅の身空で屋敷の財産のように、ありすぎる金は考えようだが、だからといってなしでは困る。ある程度あって困るものではないか……。


「いくら出せる?」自身よりも頭一つ小柄な少女を見下ろし、挑みかかるように旅人は言った。

少女は、小さな顎に指を添えると「そうですね……。 1500Gでいかかでしょう?」

「5000だ、それで手を打とう」あえて少女の言葉を無視するように、在らぬ方向を向いたまま、指を開いて突きつけた。

「ご冗談を……。 ……そうですわ、2000Gにいたしましょう」女も旅人の指を見ずに聞き流す。

「話にならんな」旅人は大げさにかぶりを振るう。「それでは、やくそうも満足に買えん。 4500だ」

「まぁ、私ったら、世間知らずでいやですわ。 やくそうがそんなに値が張る物だなんて知りませんでした。 それでしたら……、2800Gあれば足りますね」2百束は買えますはね、首を傾げて微笑んだ。
 
ほんの少し頬を引き攣らせると、「……入用はやくそうだけではない、4000だ、それ以上は負けられんな」男は少女の顔を正面に見据える。

「うふふ、またご冗談を言って。 3000G、でよろしいですわね?」少女は男の視線に、真正面から受けて立つ構えで応えた。



もはやお互いの顔がくっつくかどうかの至近距離、裏路地でおきた秘密の結託。はたから見れば寄り添い、抱擁を交わす恋人たちにも見えただろう。だが二人の間にそのような、とろけるような甘い雰囲気は存在しない。あるものは、ただ熾烈な言葉の応酬。






幾度目になっただろうか、言葉の往復は終わりを迎える。
少女の一声に、男は口を閉ざしたのだ。
たった数秒の、だがとても長い沈黙の後、重々しく口を開いき了承の意を伝えた。


旅人の一言に、フローラは深く深く息をつく。そして、まだ冷めぬ緊張に薄く上気した頬に、微笑を浮かべ右手を差し出しす。その手に応えるアベルの口元にも、自然と不敵な笑みが浮かぶ。と同時に内心では握りしめた手の小ささと、先ほどまでの姿との格差に驚く。


温室育ちの一夜花かと思いきや、どうしてなかなか。男はこのしたたかな少女に対して、初めて好感に近いものを感じた。その後、いくつかの決めごとを打ち合わせると、背を向けて歩き出す。


「二日後の朝には発つ、明日には半額、用意しておいてもらおうか」


「ええ、もちろん」



満足げに頷き離れていく男の背を、少女は軽く手を振りながら見送った。


突然、「ああ!」と少女が声を上げた。
何事かと振り返れば、少し離れたところで少女が、手を口の両端に添えている。
旅人が振り返ったのを見てとると、すかさず控えめな声で叫んぶ。



「その時には、違約金についてのお話もいたしましょうか?」



思わずアベルは噴き出した。
まったく、なんて女だろうか!




西日に街は赤く染まり、東からは夜の帳が迫っていた。
もはや山に顔半分を隠した太陽を背に、男は仲間たちの待つ仮宿を目指す。
うつむく顔は影に隠れ、すれ違う人々には窺い知ることはできない。
街の外壁を抜け、塔へ続く雑木林に近付くと、歩調がぐんと速くなる。


森へと足を踏み入れたとたん、とうとう堪え切れなくたった。
始めた小さくつくつと、次第にそれは大きくなり、仕舞には空を仰ぐうねりとなった。


辺りにはすっかり、夜が訪れていた。
仰ぎ見たれは、星座たちが踊る満天の夜空。


晴れやかな夜空、それにもましてなんて清々しい気分だろうか!
旅人は思う、ああ、これほど笑ったのはいつ以来だろう?


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