1975年8月8日 ドイツ民主共和国 機械化歩基地(建設中)
指令書を受け取った後与えられた部屋へと入り、この部屋にある監視機器を潰し軍服のままベッドで横になる。
この世界の歴史を聞いたが、はっきり言って異常である。
私の元居た世界はこの世界よりも技術はあるであろうが、その技術は他の世界からの物である。
死の商人組織セプテントリオンがその良い例であろう。
それに対して私の今居る世界では、その様な組織の影を見る事ができないにもかかわらず異常なまでに一部技術が発展している。
宇宙開発や人型兵器に関する技術がその主たる例であろう。
…この世界での身分が今より強固な物になったら調べてみるか。
纏まらない思考に区切りをうち、まどろんでいた私の軍服のポケットが震える。
ポケットが震える原因の通信機を取り出し、通信回線を開く。
雑音とノイズが酷いが、呼びかける音と歪んだ人型が映る。
「此方ミュッケンベルガー通信回線を開いた、繰り返す此方ミュッケンベルガー通信回線を開いた」
『ミュ…ガー君…だったか、君の…失…かった』
雑音が酷すぎて何を言っているのか分からない。
「雑音が酷すぎて何を言っているのか分からない、映像ノイズは仕方が無いとしても雑音は何とかならないか?」
通信装置に映る歪んだ人型が、周りの人間に指示を出しているように見える。
『ミュ…ベルガー君、君の居る世界の捕捉を完了した。
これで通信の音声だけだが普通に繋がる筈だ、映像の方は残念ながら今のところゲートが不安定な為安定しない』
ゲートが不安定…よく生きてこの世界に出られたものだ。
「補足を完了したという事は、使われていないワールドタイムゲートだったのですかな?」
『我々にとっては新しいワールドタイムゲートだが、…救出部隊を送ることは不可能に近い』
「それは、ゲートの安定化による救出が不可能という事でしょうか?」
通信機に映る歪んだ人型は、私の言葉に首を振るようなしぐさを行い否定を示す。
『君が行方不明と成ってから此方では既に数十年経っている。
その間にGIGUと賢人会議が壊滅し…残念ながら此方はセプテントリオンに備える為、動かせる戦力は殆ど残っていないのだ』
GIGUと賢人会議が壊滅…神聖同盟の一角が崩れたのか!?
神聖同盟は二つの組織を失い、残った組織も壊滅した組織の代わりに戦力を割かねばならない。
この世界に戦力を派遣した場合、セプテントリオンがパワーバランス上更に有利になってしまう。
「情況は分かりました…しかしながらこの世界では組織の力を借りなければ生き残ることは難しいと思われます。
代わりの提案ですが、GIGUと賢人会議の残党はどれだけ保護していますか?
それと戦力は無理でも物資の輸送は可能でしょうか?」
『我等千人委員会が確保しているのは、GIGUの一名だけだ…神聖同盟全体では、GIGUが先の一名に
賢人会議が3名の合計4名を保護している。
物資はゲートが安定次第、状況が許す限り送る』
4名か…セプテントリオンは徹底的に両組織を叩いたようだな。
物資は何時途切れるか分からないが、送ってくれるのは良い事だ。
「その保護した4名の職種は?…前にいた第五世界の軍隊界基準で聞かせてください」
『技術者兼整備士2名、スカウト(歩兵)2名だ』
歩兵の二人は私の両脇を固めてくれるし、パイロットがいれば輸送機で迅速な部隊展開が出来る。
何よりも嬉しい誤算は技術者兼整備士が居る事であろう、状況が悪化し物資輸送が途絶えたとしても
技術者が居ればこの世界でも劣化だろうがウォードレスが作れる。
「その5名を私の部下として、此方の世界に送っていただくことは出来ますか?」
通信機の歪んだ人型は暫し考え込み、口を開く。
『彼らに確認し、本人が許可したら其方へと送り出そう…結果は追って伝える、メディアの姫君の加護があらんことを』
「メディアの姫君の加護があらんことを」
互いにメディアの姫君の加護を祈り通信を終える。
ベッドに再び横になり、確約ではないとは言え支援が得られる事に薄く微笑む。
同年8月9日 同所 0500時
ツェリスカを整備していた私に耳に通信機の音が聞こえる。
通信機を手に取り通信回線を開くと、昨日とは違い明瞭な通信画面が映る。
『ミュッケンベルガー君、先日の件だが全員が了承した。
それに伴い4名の人員と第一次補給物資の其方への世界移動の準備が完了した。
転移場所が確保できしだい其方への世界へと第一次補給物資の転移を開始する…何か質問事項は?』
「第一次補給物資の規模はどの位でしょうか?
規模によって私のこの世界での上司だけでは、場所を用意するのは不可能かもしれませんので、出来るだけ詳しくお願いします」
『第一次補給物資の規模は、工作機械類とデータ閲覧及び設計用のPC類とウォードレス数着を
第五世界基準貨物コンテナで20数個を予定している。
それと人員に関しては既にミュッケンベルガー君の居る場所への転移を開始している』
コンテナで転移してくるのならば、この基地の物資集積所でも問題ないであろう。
人員の事はもっと速く伝えて欲しかったが、この部屋の広さならば4名は入る…窮屈だろうが。
「人員の転移完了時間は後どの位でしょうか?」
『後260秒後にはミュッケンベルガー君の傍へと転移を完了している』
「…了解しました、メディアの姫君の加護があらんことを」
通信機越しに敬礼を送り通信を遮断する。
腕時計を確認し、手早くツェリスカの整備を済ませ受け入れ態勢を整える。
勲章を付けた軍服を確認し、一度外して軽く磨いてから付け直す。
歩兵突撃賞(銀賞)・白兵戦章(金賞)・戦傷章(金賞)・柏葉剣ダイヤモンド付騎士鉄十字章…見栄えの為に付けたが多い。
懐から草臥れた煙草を取り出しマッチで火をつけ、人員が転移してくるのをゆっくりと待つ。
辺りが眩く輝き、その光が収束し人型を取る。
「よく来てくれた、この世界での諸君等の上官になる千人委員会実働部隊所属のシュバルツ・ミュッケンベルガーだ」
「GIGU第2海兵歩兵師団所属のウルリケ・シュテルエーダです」
シュテルエーダは、金髪碧眼のモデル体系の女性である。
「賢人会議技術開発局兵器試験評価部隊所属のハンス・フリードリッヒです」
フリードリッヒは、頼りない見た目とは裏腹に、無駄の無い引き締まった肉体をしている男である。
「賢人会議技術開発局所属、グリーサス・グーデリアン」
グーデリアンは、白衣を纏った長身の典型的な技術者といった感じの男である。
「賢人会議第一空中歩兵団所属のゲオルグ・オフレッサーだ」
オフレッサーは、筋骨隆々の大柄な人物で野蛮人の見本といった感じの男である。
私は転移してきた4名を連れて、総監室へと向う事と詳しい事情は其方で話すと連絡を入れる。
総監室へ向う前に、ハンスとグリーサスにウォードレスの訓練仕様書を此方の世界の携帯用PCで作成してもらう。
その間我々は、実戦部隊を如何にして一から編制するかを纏めようとしていた。
我々3名はスカウトの中でも、ウルリケは海兵で私とゲオルグは空挺と通常の歩兵の違いこそあれ陸軍である。
多数決でウルリケが折れてもよさそうなものだが、海兵の訓練方式から折れる気配はまったく無い。
…勇猛果敢な海兵隊が好きなら、前の世界でイギリスの友人と参加したSAS(Special Air Service)式でいいか?
「シュテルエーダ…貴官の言いたいことは良く判ったが、この世界での我々の所属はドイツ民主共和国陸軍であり
ドイツ民主共和国海軍は強襲揚陸作戦が遂行できる戦力を保有していない…言っている意味が分かるな?」
いいかげんウルリケの話に付き合うのも嫌になってきたので、口を開いてウルリケに折れるように促す。
もっとも多少イラついていたので強制に近い言い方になってしまったが、問題ないであろう。
ウルリケが渋々ながら意見を下げたのを確認し、私はある言葉を口に出す。
「Eine Person gewinnt, die ein Risiko eingeht,…英語ではWho Dares Wins危険を冒したものが勝利する。
私が前の世界のドイツ第三帝國崩壊後にイギリス軍に編入され後に入ったSASの標語だ…部隊の標語はこれにする。
よって部隊の練度も最低でもSASと同クラスを目標とした訓練を行うこととする…何か意見はあるか?」
ゲオルグは厳しい訓練でも問題ないと言いたげな笑みを浮かべ、ウルリケはSASと聞いて口を開く。
「SAS位までの練度を求めるのでしたら、
海兵式訓練を取り入れても問題はなさそうですので、訓練計画に組み込んでも良いでしょうか?」
ウルリケの言葉に私は問題ないことを頷く事で示す。
ハンスとグリーサスの作業終了を確認し、私は4人を引き連れローゼンベルク少佐の待つ機械化歩兵総監室へと向う。
機械化歩兵総監室へと到着した我々は、ローゼンベルク少佐付きの秘書官に案内され総監室の内部へと入る。
ローゼンベルク少佐に対して、この世界での軍隊に組み込まれている私だけが敬礼し
答礼を受けてから気を付けの姿勢で待機する。
「楽にしたまえミュッケンベルガー軍曹」
私はローゼンベルク少佐の言葉に従い、休めの体制になり口を開く。
「ローゼンベルク少佐殿、急な面会を許可していただきありがたく思います。
此度は私が元いた世界からの支援があり、私の後方に居る4名が私に対しての人員の支援になります。
この4名に対する指揮権は私にあり、この世界での上官であるローゼンベルク少佐殿といえども命令することはできません」
ローゼンベルク少佐に少しばかりの嘘をついたが問題なかろう。
「…気になっていた其方の4名は、ミュッケンベルガー軍曹の世界からの支援ということか。
指揮権は軍曹にあるといったが、こちらからの要請は一切聞かないということかな?」
「まず私を通して私が可能だと判断した場合はローゼンベルク少佐殿達の要望を実行させていただきます」
ローゼンベルク少佐は私の言葉を聞いた後、一度小さく苦笑してから私の眼を見つめ直して口を再び開く。
「如何に軍曹いた世界の技術が進んでいようとも、出来る事と出来ない事があるようだね。
軍曹の用件は大体今の話で分かった、4名の身分と立場を保障して欲しいのだね?
…しかしそれは私にとって大変な事であるが、それに見合う対価が軍曹には出せるのかな?」
私は後ろに居たハンスを促し、ハンスは携帯用PCの画面を開きそれを秘書に渡してから元居た位置に戻る。
私は秘書に目線で渡した携帯用PCをローベンベルク少佐に渡すように促す。
秘書から携帯用PCを渡されたローゼンベルク少佐は、画面に表示された事を食い入るように見つめる。
「いかかがでしょうか、ローゼンベルク少佐殿…これでも対価には成らないとおっしゃりますか?」
「見たところ仕様書の様だが、素晴しい性能ではないかこのウォードレスは…だがこの世界でも作成できるのかね?
出来なければ、これは対価とはなりえないのを分かってこれを掲示したのか?」
「それとその仕様書は、あくまでも我々の世界で言う訓練機の仕様書に過ぎませんがこの世界でも
作成可能である最高の物と言って良いでしょう。
しかしながらこの世界の工作機器では訓練機が精一杯ですが、機密保持が出来る物資集積所と
その一帯を確保できるのであれば、元居た世界からの工作機械の支援を受ける事も可能となります」
私の発した言葉に、苦笑の笑みを浮かべたローゼンベルク少佐は秘書に指示を出し、秘書が去った後改めて口を開く。
「其方の4名の身分と立場を保障する為の書類を後で軍曹に渡す。
それと機密レベルの高い物資集積所は、明日完成する第2ハンガーで手を打とう。
その集積所に送られてくる物資を加工する塔は第2ハンガー脇にある同日完成する第3ハンガーを宛てる…これで良いかね?」
私はローゼンベルク少佐の言葉に頷き、肯定を示す。
「ミュッケンベルガー軍曹、物資搬入の際は私とシュナイダー大尉が居る時に行ってもらう」
見られても別段問題は無いのでそれも肯定し、総監室を後にする。
部屋に戻ったところ、秘書からウルリケ達に書類が渡されウルリケ達の部屋の用意も出来た事が告げられた。
秘書が書類に記入漏れがない事を確認し、すべての書類を受受け取り明日には受理されるとの事で
ウルリケ達もこの世界での身分と立場が翌日には確りとしたのである。
新規書き直し版第2話投稿です
データとプロットが、PCが死んだときに飛んでしまいましたので大規模改定というより書き直しとなりました。
プロットまで書き直しとなりましたので、第一話までは修正が効きますので同じですがそれ以降が大きく
変わっていましたので今までのを一話以降全て削除しましたが、これからも遅い更新でしょうがよろしくお願いします。
今話に出て来た勲章の説明をしておきます。
歩兵突撃章は歩兵が銀賞で戦車擲弾兵が銅賞の勲章であり授与条件は
歩兵(擲弾)突撃に三回以上参加した者
歩兵(擲弾)反撃に三回以上参加した者
歩兵偵察任務に三回以上参加した者
歩兵突撃の際に肉弾戦を行った者
断続的な歩兵戦闘の中で三日参加した者
白兵戦賞の授与条件は
銅章、15日の装甲支援なしの近接戦闘に対して叙勲があった。
銀章、30日の装甲支援なしの近接戦闘に対して叙勲があった。
金章、50日の装甲支援なしの近接戦闘に対して叙勲があった。
戦傷章の授与条件は
1回から2回の負傷で黒章
3回から4回の負傷で銀章
5回以上の負傷で金章。
ただし腕や足を失ったり、失明をするなど重大な負傷をした者には銀章、再起不能となった者には金章が必ず授与
柏葉剣ダイヤモンド付騎士鉄十字章の授与条件は
第一級鉄十字章を受賞し戦功を立てて、騎士十字章を受賞し戦功をさらに立て、柏葉付騎士十字章を受賞し戦功を立て、
柏葉剣付騎士十字章を受賞して戦功を立てると貰える勲章です。
受賞条件から考えると…主人公何者!?と思われるかもしれませんが、考えての受賞です。
50日間装甲支援なしで近接戦闘を行った時に3回以上の歩兵突撃を行っていますし、
その時に柏葉剣付騎士十字章をもらえるだけの戦功を立てて無傷で帰還しましたが、この後に不幸が降りかかり7回負傷しましたw
次回は物資到着と訓練計画作製だと思います。
お読みいただいた皆さんに、『メディアの姫君の加護があらんことを』