Side ???
何かに強く引っ張られている。辺りはひたすら白く前にも後ろにも何もない。ここは何処だ? 自分は誰だ? 自分の体を確認しようして、右腕を上げてみる。そこには鉛色の、およそ人体とはかけ離れた腕があった。何だこれは?
……ARMSだ。思い出した。これはARMSだ。
そして自分は――――――
Side エヴァ
今夜も何の変哲も無く、ダルいだけの見回りが終わり従者の茶々丸と共に月見をしながら帰り道を歩いていた。
「茶々丸。じじぃからなにか連絡とか来てるか?」
「いえ、何も来ておりません、マスター」
「そうか」
1日が終わる、何も無く。昨日までと変わらぬ、そして明日からも何も変わらない。
何をしているのかと、自虐的に考えてしまう。かつての大悪党はもう見る影もないな。
「マスター。どうかされましたか?」
「なんだいきなり」
「いえ、笑ってましたので。なにかあったのかと」
「笑っていたかのか私は……まあ、そうだな、少し愉快な出来事があっただけだ」
「さて、いい加減月見も飽きたな。茶々丸、帰るぞ」
「了解しました、マスター」
「酒が手元にあれば、もう少し楽しめたんだがな」
「その様な物を持ちながらですと、戦闘にも邪魔になります」
「……」
やれやれ。こいつにもう少し融通と言うか、柔軟な考え方が出来れば少しは退屈も凌げるんだがな。
冗談を言って真面目に反応を返されたんじゃ、ギャグを言ってすべってしまった、芸人の様な気分になってしまうではないか。
……今度から少しあいつらの見方を少し変えてみるか。
そして歩き出そうとした瞬間、突然夜空が光った。
なんだ、どうしたのだ!? 急いで振り返ると
「世界樹だと!? バカな、まだ魔力は完全では無いはずだ」
計算上は後、1年は掛かるはずだ。1ヶ月程度のズレならまだしも……
「行くぞ、茶々丸」
「了解しました、マスター」
私たちが世界樹の所に着いた時はまだ、白く発光していた。
「何が起きているというのだ……」
「マスター、世界樹は魔力を発していません」
「何だと……ではこれは」
何だ、と言おうとして言えなかった。何故なら光が突然爆発したように強く光ったからだ。
「うわっ!」
咄嗟に顔を腕で覆い隠した。
光が収まったと思った時、ドサッっと何かが落ちる音がした。眩む視界の中、その落ちて来た物を見た。
「何だ……こいつは?」
ただの男だった。ただし全裸であったが。
何だこいつは、と再び言外に訝しむ。世界樹から出てきた瞬間を確認した訳ではないが、たぶん出てきたのはこいつであっている。
見た感じは本当に普通の男だ。肉体はかなり鍛え上げられているのか、全身が引き締まっていた。
……さてどうしたものか。事情聴取をしようにも全裸ではな。
「茶々丸。この時間帯で開いている店で服を売っている所はあるか?」
「検索してみます。……数件のヒットがありました」
「一番近い所に行って、買ってこい。サイズはお前の方で分かるだろ」
わざわざこっちが買わなくてはいけない事に若干不満だが、ストリーキングと一緒に町中を歩くのに比べたらマシだった。後でじじぃに立て替えさせるか。
茶々丸がいない間に侵入者が起き出す可能性はあったが、ここが麻帆良だと分かればそうそうの無茶はしないだろう。
「なるべく早く取ってこい。私とて全裸の男と一緒にはいたくない」
「了解しました」
茶々丸はそう言った後、足裏から何かを噴射させながら飛んでいった。
それを見送った私は、侵入者の方へと向き直った。
しかし、こいつはどうやってあんな芸当をやったんだ?いままで侵入者が現れたとしても、普通に結界の外からやってくるだけだ。召喚のやり方次第では結界の内部に直接送り込む事も可能だろうが、世界樹を媒体になぞ見た事も聞いた事もない。いや、そもそもこいつは侵入者なのか?気絶している上に全裸。こんな状態では侵入しただけでそれ以上身動きが取れん。だとしたら事故か?その可能性が一番高いが、真っ白だとは思えんな。
……まあ何にせよ話を聞かん事にはどうしようもないな。
「来たか」
後ろを振り向くと、足の裏からオレンジの光を出しながらこちらに飛んできている茶々丸が目に入った。手に袋を持ちながら着地をする茶々丸。
「ただいま帰りました」
「さっさとこいつを起こして、じじぃの所に連れて行くぞ」
倒れている男の方へと近づいていく。服を着せるのは茶々丸にやらせるか。と言うかそれしかないか。私のこの身長では誰かに服を着させる事なぞ出来ないからな。
茶々丸が近づき、男に手を掛けようとした瞬間。
突然男が動いた。
「! 茶々丸!」
茶々丸が伸ばした手を片手で引きながら俯せに倒しそのまま肩を左手で押さえ、右腕で茶々丸の腕を固定してしまった。完全に関節を極められている。
くそ、油断した。動くなら起きてからと思っていたが、まさか俯せの状態から茶々丸の動きを封じるとは……! 今の動きだけでこいつが格闘術をかなりのレベルで習得しているのが分かった。
茶々丸の動きを封じられ一瞬動くのが遅れた私はさらに驚く光景を目にした。
男の右腕が一瞬にして形を変えたのだ。
それは鉛色をした、およそ人体とはかけ離れた形。そして更にそれは形を変えた。掌の部分がせり出し穴が開き、それを囲うように爪が生えた。
砲口だ。しかもかなりの大口径。当たればタダではすまない。
しかし私はそれが分かっておきながら、動けなかった。
男から本物の殺気(・・・・・)を感じたからだ。それは麻帆良で生温い生活を送ってきた私には、頭からキンキンに冷えた冷水を浴びた程の衝撃だった。
「マスター! 逃げて下さい!」
無理だ。こいつは私を殺す事が出来る。私に恨みを持つ奴か?それとも正義の魔法使いか?いや、魔法使いかどうかは微妙だな。何にせよ、逃げた所で一瞬でよほどの距離を取らなければ、撃たれるだろう。これを頭にでも食らえば、一瞬でお陀仏だろうな。だがそれも良いかもしれん。ここでいつまでもただ怠惰な時間を過ごすよかは。
私は私を殺す奴がどんな奴なのかを目に焼き付けておこうと思い、改めて男を見た。
やはり一番異質なのがあの右腕だ。あれだけはどうやっても人体とは馴染まんだろうな。男の顔を見ると、こちらを訝しむような表情で……って、何だその表情は?
ふと気が付けば、少し前から殺気は収まっていた。
怪訝に思い、口を開こうとしたら男の方が先に言葉を発した。
「確認したい事があるんが、構わないかな」
「殺す相手の確認か?と言うか知ってたんじゃないのか?」
「いや、オレは君を知らない。逆に聞くけど、高槻涼。この名前に聞き覚えは?」
「無いな。ここしばらくはそういう輩とは会ってなくてな」
それを言った途端、砲口を下ろすどころか腕を元に戻してしまった。
? 私を殺しに来たんじゃないのか?
「いきなり攻撃しようとして、すまない。てっきりエグリゴリかと思ったんだが」
「エグリゴリ? 何だそれは?」
「……本当に知らないのか。それに……」
男は辺りをぐるっと見回した後、思いもしなかった事を言ってきた。
「ここは藍空じゃないな」
「藍空? ここは麻帆良だぞ。知らんのか?」
「藍空を知らない? 異常気象で大きな被害が出てるとか聞いた事もないのか? ……それに麻帆良なんて聞いた事ないけど」
……何だ、全く話が噛み合わない。こいつはさっきから何を言っているんだ。エグリゴリ? 藍空? 異常気象?
「茶々丸」
「はい。現在日本で藍空と付く、市区町村は存在しません」
「エグリゴリも知らないのか? 君はサイボーグじゃないのか?」
「私はガイノイドです」
「ガイノイド……。ん、その袋に入ってるのは服か?」
「そうだ。裸で倒れていた誰かに着せようと思ってな」
「好きで裸になった訳じゃないんだけどね……。向こう向いててもらえるかな?」
「バカか貴様。侵入者が目の前にいるのにそっぽなぞ向けるか。第一男の裸程度で狼狽えるか」
「どうも年上と話してる気分になるな」
そういってから男はなるべくこちらに前面を見せないようにしながな茶々丸から離れ、服を着始めた。
その間に私は今の事態を整理しておこう。
まず見た事もない能力を使う男。今の段階では敵なのかそうじゃないのかは判断は出来ない。そして互いのキーワードが全く噛み合わない。しかもそれはこちらにとってもあちらにとっても知ってて当たり前の事のようだ。しかし、こちらの混乱を招く為に奴が嘘を言っている可能性もある。だが、話した限りそれが演技でなければ、あちらも混乱しているらしい。だとすれば本当に知らないのか?しかし、麻帆良を知らないとなるとかなりのモグリか、もしくは……。
「すみませんマスター。不意を突かれました」
「いや、構わん。油断していたのは私とて同じだ。しかもあの男はかなりの使い手だ。覚えているだけのお前では反応出来なくて当然だ」
そうこうしている内に男は着替え終わり、こちらに向き直っていた。
しかし、改めてみると先程の殺気を出した人物とは思えんな。外見だけ見ればそこらにいる一般人とそう変わらん。が、目だけは全く違うな。どんな生き方をすればあんな目になると言うのだ。あの目は百戦錬磨の達人のそれと同じだぞ。タカミチとでも張り合えるだろうな。
さてと、最後の確認を取るか。この質問に対する答でこいつが何なのかが分かる。
「おい、貴様は魔法使いなのか?」
「……魔法使い? いや知らないけど……と言うか君はそうなのか?」
「……今から貴様の現状について私なりの結論を言う」
はたして本当にそんな事が起こりうるのか。しかし目の前の男はそれでしか説明の出来ない存在だ。全く知らない能力。麻帆良を知らない。魔法使いの存在を知らない。これらから導き出せる結論は――
「――貴様は別世界からやって来たのだ」