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[16597] 【ネタ】機動戦士ボール(ファーストガンダム・記憶逆行) 【完結】
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2017/03/13 14:07
 一年戦争の開始より5年前。
 ジオンのサカキ財閥令嬢、アヤ・サカキはシャトル事故に遭ったことでニュータイプとして目覚め、刻を見た。
 そうしてジオン敗北の未来を知った彼女は、連邦軍が一年戦争で戦線に大量に投入をした簡易モビルポッド、ボールを使った戦力の底上げをギレン・ザビに上奏する。
 これは、ifの歴史を辿ったジオンを支えた縁の下の力持ち、ボールの物語である。

 自サイト『T.SUGIの小説置き場』では、参考資料等、制作の裏側に関する解説付きで掲載しています。
 ボールやこの作品についてもっと知りたいという方はどうぞ。

2017/03/13「裏二十二話 ボール機雷散布ポッド装備タイプ」掲載
 第二十二話、マ・クベ専用ボールのお話への追加、番外編です。



[16597] 第一話 ボール、ジオンに起つ
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:ca08f7c0
Date: 2017/03/13 14:02
 時は宇宙世紀74年。
 ジオン公国総帥、ギレン・ザビは、珍しく若干の困惑の表情を浮かべていた。
 彼の前、執務室の応接セットに座るのは、ローティーンの少女。
 艶やかな黒髪や整った目鼻立ちなど、将来性を感じさせる物があるが、それだけで執務中の彼が応対する事は無い。
 彼女がいくらジオン有数のサカキ財閥の令嬢だからと言ってもだ。
 しかし、彼女が持ち込んだ企画書が、無視できないものだったのだ。

「宇宙用作業ポッドの強化案、だったか」

 彼の手元には、あらかじめ送付されていたプレゼンテーション資料があった。
 宇宙世紀においても、利便性から紙と言うメディアは死滅していない。
 そこには新型宇宙用作業ポッド、ボールとその機体名称が書かれている。
 手元のそれに目を落とすギレンに、少女アヤ・サカキは頷いた。

「ご存知かも知れませんが、先日、私はスペースデブリによるシャトル事故に遭いました」

 その言葉を受けて、ギレンは少女の左手に巻かれた包帯に目を止めた。
 細い、子供の手だった。

「ああ、聞いている」

 何でも、目の前の少女は、負傷したクルーに代わって機位を失ったシャトルを導き、危機を乗り越えたと言う話だ。
 奇跡の様な行い。
 ずば抜けた空間把握能力。
 妹のキシリアがそれに目を付け、配下の機関が何やら動いている事も、ギレンは把握していた。

「そこで思い立ったのです。これからジオンの前には苦難が待ち受けているでしょう。それを思うと、公社で使われている作業用スペースポッドSP-W03はコクピットがガラス張りのグラスルーフ式。スペースデブリの恐れのある宙域では、あまりにも貧弱だろうと」

 ここで言う公社とは、少女の父が社長を務めるジオンコロニー公社の事だ。
 政府が百パーセント出資する国営企業。
 本来なら連邦政府がそれを管理するのだが、独立の機運が高いジオンでは連邦の支配を排除してしまった。
 その後を掌握したのが、サカキ財閥の当主。
 故に、社長令嬢に過ぎないはずのアヤがこうして企画に口を挟むことができる。

「それゆえの装甲化とカメラアイによる操縦系の設置か。しかしチタン合金製外殻の採用とは、やりすぎではないのかね」

 そのギレンの問いに、少女は年不相応な落ち着き払った様子で答えた。

「総帥、地球連邦に比べ我がジオンの国力は三十分の一以下です」
「む……」
「もっとも貴重なのは人材。しかもこの場合、保護対象は宇宙空間作業をこなす事の出来る有用な人材です。それを守る為でしたら、費用が多少嵩むぐらい惜しくは無いのです」
「ふむ」
「そして、有用な装甲材になるチタン合金の冶金技術において、我が国は遅れを取っています。ですから、まずは単純な球体構造を持ったこのポッドで技術を導入、ノウハウを蓄積したいと考えています。幸い、民需と言う事で、連邦のガードも固くありませんでした。サイド6、リーアを経由して技術供与の目処も付いております。財閥のお嬢様の気まぐれと思ってくれているようで」
「なるほど」

 内心、唸るギレン。
 現在開発中の人型機動兵器、モビルスーツの装甲材は、安価な超硬スチール合金を予定している。
 それは生産性を考えての事だったが、少女の言う通り、ジオンのチタン加工技術が劣っているという事もあった。
 ギレンの考え過ぎで無ければ、目の前の少女は、このプロジェクトを踏み台にして、チタン合金装甲材の技術をジオンにもたらそうと言うのだ。
 しかし、

「105ミリマシンガンと射撃管制装置が欲しい?」

 極秘とされたプレゼンテーション資料に描かれた球形の機体には左右下部に二本の作業用アームがある他に、天頂部に見覚えのある大型機関砲が据えられていた。
 そう、モビルスーツの手持ち武器として開発されている円盤型弾倉を備えた物だ。

「スペースデブリ処理用にぜひとも」
「しかし、これでは兵器だ」
「兵器にも使えるかも知れませんね」

 少女は涼しい顔をして言う。

「手札は一枚で何通りにも使えるのが望ましいのではないでしょうか?」

 少女の言葉に、ギレンの明晰な頭脳は、瞬時にこの札の使い道をいくつも考え付く。
 なるほど、有用な利用法がいくつか考えられる。
 しかし、

「説明してみたまえ」

 ギレンはこの少女の見識を確かめてみる事にした。

「あの、よろしいのですか?」

 年不相応な落ち着きを見せていた少女が、ここに来て初めて表情を崩した。
 ギレンの方を覗いながら、おずおずと聞いて来る。

「私の様な小娘が、いらぬ差し出口をきくような真似になりますが」
「構わん。遠慮なしに言いたまえ」

 それでも逡巡する様子を見せる少女だったが、思い切ったのか、一つ頷いて話し始めた。

「私は、コロニー湾口部の荷役や、コロニー補修作業用に配置されている現行のスペースポッドSP-W03を、すべて今回企画しているボールに置き換えるつもりです。それは、常時宇宙空間の実作業で訓練されている人員を、本土防空に利用できるということです。つまりその分、現在開発中と噂の次期主力機動兵器を本土防空に割り振らなくても良いと言う事になります。実質的に次期主力機動兵器の動員数を増やすことができます」
「ほう」

 確かに、少女が躊躇うだけあって、大した構想だった。
 この十二歳の少女が、国防を語る。
 差し出口、と当人が躊躇う訳だ。
 少女はギレンの反応を見て、自分の発言が不快と思われて居ない事を確認して、言葉を継ぐ。

「次に、戦場での工作機としての利用です。次期主力機動兵器が人型なのは、作業機械としても有用でしょう。しかし、だからといって工作部隊にそれを振り分けるのは、あまりにもったいないというもの。その作業を、このボールに任せてもらえれば、戦闘に振り分けられる機動兵器数が増加します。また、ボールは固定武装を持っていますから、敵性地域での作業でもある程度、自衛が可能です」
「ふむ、だが、この機体を作る分で、主力の機動兵器を増産した方がいいのではないのかね?」
「そこが、現行のスペースポッドの発展型であるこの機体の利点です。基本的にSP-W03の生産ラインが使えますので、次期主力機動兵器の生産に影響を与えません。資材的にも、現在のジオンで活用の目処が立っていないチタン合金系を使いますから、影響を与えませんし」

 重ねて、アヤは言う。

「また、融合炉を搭載しないこの機体は運用に冷却用ベッドを必要としませんから、搭載する艦船を選びません。標準規格の大型コンテナに収容が可能ですし、外付け用の簡易プラットフォームでの運用も可能です」

 その基本設計のプレゼンテーション資料を示しながら説明する。

「そして何より、構造が、操縦が、運用が単純なのが利点です」

 なるほど、資料によれば、機体のコスト、パイロット養成にかかるコスト、機体の運用にかかるコスト。
 どれを取っても、ギレンが知る次期主力機動兵器モビルスーツと比べ、四分の一以下に抑えられている。

「定年後のシルバー人材を使えるのが利点ですね。特にコロニー公社の現場でスペースポッドを使って居た人材なら、戦場での工作部隊にうってつけです。逆に本土での港湾作業にあたる人材は、学生のアルバイトが活用可能でしょうか」
「学徒動員まで考えるのか」

 鋭く切り込むようにギレンが睨む。
 少女は一瞬、身を固くしたが、あらかじめ覚悟の上の発言だったのだろう。
 臆する事無く言った。

「本土に連邦の侵入を許したら、その時点でジオンは降伏するしかないでしょう。本土防空戦力は牽制の為の存在であって、実戦には出ない物と考えますがいかがでしょうか?」

 ギレンはしばし考えを巡らし、頷いた。

「よかろう。ジオニック社とツィマッド社に話は通して置こう」
「よろしいので?」
「君は手札は一枚で何通りにも使えるのが望ましいと言ったが、次期主力機動兵器開発のカモフラージュにも役立つということだ」

 つまり、人型機動兵器の開発に手間取り、スペースポッドの発展型でお茶を濁していると思わせる手だ。
 そう、この日ギレンとジオンは、切り札を有効に使う為の見せ札を手に入れたのだった。



[16597] 第二話 覚醒のアヤ・サカキ
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/02/18 14:10
 ギレンの執務室を出た少女、アヤ・サカキは迎えのリムジンに乗った所で、ようやく大きく息をついた。

「……緊張しました」

 そう言葉を漏らすも、言うほどには緊張しては居なかった。
 それも、あのシャトル事故の時に、宇宙空間を把握できたような感覚と共に流れ込んできた記憶。
 十五年後のアヤの記憶があったお陰だった。
 どうしてそんな記憶が流れ込んで来たのかは分からない。
 が、推測はできる。
 シャトル事故の起きた瞬間。
 生と死の狭間に置かれた時、おそらくアヤは覚醒したのだ。
 ニュータイプとして。
 そして、時が見えた。
 少女が、ジオンが辿る歴史。
 このままではジオンは負ける。
 敗戦後、ジオンを追われた彼女は、月のアナハイム・エレクトロニクス社に職を求めた。
 仕事は戦後、武装を撤去して作業用宇宙ポッドとして払い下げた連邦軍のモビルポッド、ボールを民間に売却、もしくはレンタルすると言うもの。

「でも、それが今役立つのです」

 宇宙世紀74年。
 現時点では、ジオンの基幹モビルスーツとなった、ザクですら存在しない。
 しかし、連邦軍が物量作戦で使用してきたモビルポッド、ボールなら短期間で作ることができる。
 幸い、十五年後の自分の仕事のお陰で、その構造や諸元は把握している。
 元となった、スペースポッドSP-W03は存在するのだから、再現は可能だ。
 唯一手に入らない武装も、ザクの物を流用すればいいという目処が立った。
 ジオニック社とツィマッド社のモビルスーツ開発部門への、パイプを作ることができたのも、望外の成果だった。
 しかし、そこで記憶に引っ掛かる物があった。

「あ、でもツィマッド社のヅダって、軍のトライアルで空中分解事故を起こしたのでは?」

 未来の記憶では、オデッサの戦いの前にその改修型が配備された事を軍が喧伝していたが、それが軍の公的飛行試験において、空中分解事故を起こした欠陥機であることを、連邦軍に暴露されていた。
 それによって、ジオン公国軍のモビルスーツ開発を巡る国内企業の確執が明らかになったのだった。

「ああ、どうしたものでしょう?」

 ツィマッド社の技術陣も、機体の強度に不安があることぐらい承知しているだろう。
 ならば、アヤが持つチタン合金に関する技術を渡せばそれを防ぐ事ができるのではないか?

「でも、射撃管制装置は、ジオニック社の物が望ましいし」

 戦争末期、統合整備計画というものが立ち上がっていることを、アヤは知っていた。
 モビルスーツの、メーカーごとに異なる部材や部品、装備、コックピットの操縦系の規格・生産ラインを統一することにより、生産性や整備性の向上、機種転換訓練時間の短縮をはかったものだ。
 それを考えれば、ザクと同じ射撃管制装置を採用すれば、ボールのパイロットをザクに転換する事が容易になるはずなのだ。
 兵士の不足による学徒動員などを見越して、操作系のフォーマットを統一することは必須。

「ツィマッド社がこちらの技術提供を蹴る可能性もあるし、まずは両社への接触ですね。最低で射撃管制装置の受領。最良を望むなら両社の架け橋になって統合整備計画の自主的な実施」

 さてどうなるか。
 リムジンのシートにその小さな身体を沈めて、アヤは小さく息をついた。



[16597] 第三話 三社共同開発
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/02/19 19:23
「それでは射撃管制装置は、ジオニック社のプロトタイプを元に、三社共同開発と言う事でよろしいですか?」

 ジオンコロニー公社、来賓用会議室。
 場違いなソプラノの声が響くと、ジオニック社、ツィマッド社両社のモビルスーツ開発担当の重役達は頷いたのだった。

「それではフロイライン、よろしくお願いいたしますよ」
「うむ、開発費の圧縮は、社内でも問題となっていましたからな」

 ジオンコロニー公社社長令嬢アヤ・サカキは顔が引き攣らないように注意しながら、両者からの握手を受けた。
 それと共に言葉を添える。

「微力ながら、私どものボールプロジェクトがお役に立てるのでしたら光栄ですわ」

 こうなった経緯は、先日に遡る。
 ギレン・ザビ総帥の声がかりにより、モビルスーツの電子管制装置の内、重要なウェイトを占める射撃管制装置の提供をジオニック社に依頼したアヤは、未来知識にあった統合整備計画を念頭に、これをツィマッド社と統一する事を提案した。
 しかし、当然のことながらジオニック社としては、いくらジオン全体の為とはいえ、自社のノウハウを易々とライバル会社に渡す事には抵抗があった。
 だが、ここでアヤは食い下がった。

「私どもの計画しているボールの生産は、74年中に開始いたします。量産されたボールは、コロニー湾口部の荷役や、コロニー補修作業用に配置されている現行のスペースポッドSP-W03の代わりとして就役する事になるのですが」

 そうした場合、どうやっても、ジオニック社製の射撃管制装置が、ライバルとなるツィマッド社に渡る可能性が出て来るのだ。
 その事実に思い至り、ジオニック社の代表は頭を痛めた。
 技術提供を拒めば良いのだが、目の前の少女はギレン総帥の命を受けて動いている。

「そこで提案なのですが、ボールを射撃管制装置の実射データ収集用のプラットフォームとして使うつもりはありませんか?」

 アヤは未来知識から学習型コンピュータの有用性を知っており、ボールの開発に当たり学習型OSを既に開発させていた。
 これにより、ジオニック、ツィマッド両社から依頼を受けたトライアルを実機でこなし、そのデータをフィードバックさせる事が出来ると言うわけだ。
 これならば、ジオニック社にも旨みがあるはず。

「それにしても、三社共同開発なんて、考えて無かったのだけれど」

 人の居なくなった会議室の高級椅子にその小さな身体を埋めながら、アヤは呟く。
 当初、アヤは射撃管制装置の開発に関しては、ジオニック社とツィマッド社両社でやってもらえればいいという考え方だった。
 しかし、ここでジオニック社は、まさかの三社共同開発を提案してきた。
 つまり、どうせ技術を共有するなら、応分の負担をアヤにもツィマッド社にも持ってもらおうという話だ。
 さすがジオニック社。
 そのやり口はしたたかだった。
 手痛い出費を強いられる事になるが、統合整備計画を目論むアヤにとっても嫌は無く。
 こうして射撃管制装置は、三社共同開発となったのだった。



 一方、モビルスーツ用に開発されていた105ミリ機関砲の入手は楽だった。
 しかし、

「機関砲の固定をアタッチメント式にする、ですか?」

 ボールの試作機の製作現場を訪れたアヤは、開発主任に説明した。

「ボールの武装は、次期主力機動兵器からそのまま流用にする事でコストを抑えます。また、アタッチメント式にしておけば、仕様が変わっても交換が簡単でしょう」

 これは、後にザクマシンガンと呼ばれるM-120Aが採用されるまで、モデルチェンジが有る事を見込んでの事であった。
 それに、ジオニック社、ツィマッド社から射撃試験の依頼を受ける事になる。
 これに対応するには、必要な措置だった。

「それで、完成までにどれくらいかかります?」
「射撃管制装置とのマッチングで三週間程度でしょうか」
「たったそれだけでできるのですか?」
「はぁ、結局は現行のスペースポッドSP-W03の拡大設計ですから」

 アヤは内心呟く。
 記憶にある未来で、連邦軍が短期間に大量配備ができたはずだと。
 ともあれ、

「シミュレータも、並行で作成をお願いしますね」
「シミュレータですか? 生産が開始されれば実機での実習が一番と思いますが」

 開発主任からはいぶかしげに問われるが、アヤには考えがあったのだ。



[16597] 第四話 キシリア・ザビ
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/02/21 06:25
「ふぅ」

 アヤ・サカキは小さく息をついて、検査室を出た。
 脳波やら動体視力の測定やら数時間に渡って検査を受けたのだ。
 サカキ財閥の令嬢であるアヤであるから、扱いは丁寧だったが、身も蓋も無く言ってしまえばモルモットだった。
 件のシャトル事故で発現したニュータイプ能力。
 その確認の為の検査だと、アヤには分かっていた。
 それでも招きに応じたのは、キシリア・ザビ直々のお呼びだったからだ。
 コネを作って置くためにも、自分に興味を持ってもらわなければならない。

「それではこちらへ」

 案内された一室では、キシリアが待っていた。
 おそらく、アヤのテスト結果だろう。
 テーブルの上のレポートを食い入るように見つめている。

「失礼します」
「ん、楽にしてくれ」
「はい」

 勧めに従って椅子に着く。
 女性秘書が、アイスレモンティーを置いて行ってくれた。
 テスト疲れを考慮された選択なのだろう。
 アヤはありがたく頂いた。

「ニュータイプを知っているか?」

 キシリアの問いに、アヤは答える。

「ジオン・ズム・ダイクンと、その思想ジオニズムによって出現が予言された宇宙に適応進化した新人類の概念。お互いに判りあい、理解しあい、戦争や争いから開放される新しい人類の姿、でしょうか?」
「うむ、最近の研究では、宇宙空間に適応した空間認識能力者がそれだと言われている」

 頷くキシリアに、アヤはおずおずと申し出た。

「私がそれだと?」
「何故そう思う?」
「シャトル事故の際の私の働きを見ての事かと思ったのです。それ以外にこのような検査を受ける覚えはありませんから」
「ふむ、もしかして自覚があるのか? 事故後、お前は十二歳の少女とは思えぬ様な働きをしている。あのサカキ家の令嬢であると言う事を差し引いてもな」

 キシリアは探る様な目をして、アヤに問う。

「ニュータイプとしてお前は何を望んで働いているのだ?」
「人はそんなに便利な物にはなれないと」
「ほう?」
「例えばテレパシーの様な力が私にあったとしても、人と分かり合い、理解し合うには努力が必要です。それはニュータイプだろうとそうでなかろうと同じだとは思われませんか?」
「それが、お前の考えか?」
「はい、ですから私はまずジオン内の結束を考えています」
「統合整備計画か」
「ご存知でしたか!」

 アヤは思わず身を乗り出した。
 どうやってそれを売り込もうかと考えていた所だったからだ。

「ジオニック社、ツィマッド社、双方にお前が働きかけているのは知っている。兵站を考えれば理想だな。だが……」
「利権が絡みますから、そう簡単には行きません。多少の成果は出せましたが」

 アヤは恥じ入って見せる。
 しかし、キシリアは首を振った。

「いや、大したものだと思うが? モビルスーツの電子管制装置の中でも射撃管制装置は、重要なウェイトを占める。これが共通するだけでも随分違うだろう。よくやったと言えよう」
「でしたら、キシリア様からも働きかけてもらえないでしょうか?」

 少女は、勢い込んで言った。

「そうですね。今回の成果を、キシリア様からの発案と言う事にして、統合整備計画を官主導で行って頂ければ」

 それに対して、キシリアは呆れたように言った。

「それでは、お前の成果を私が横から奪う事にならぬか?」
「それがジオンの為になるなら、私はそれを厭いません」
「そうか……」

 こうして、ザビ家主導による統合整備計画が始動する事となった。



[16597] 第五話 ジオンカラーのボール
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/02/22 05:58
 ボールの試作機が完成した。
 球形の機体に、眼球に似たカメラアイ。
 機体下部に設置された一対のマニピュレーター。
 核融合炉は搭載されておらず、燃料電池で駆動する。
 ここまでは、アヤが見た未来の連邦軍モビルポッド、ボールとほぼ変わらない。
 違いは天頂部に装備された105ミリマシンガン。
 ジオン軍主力モビルスーツトライアルで使われる手持ち武器を、アタッチメントで固定したものだ。
 これがジオン版ボール、その試作型だった。
 チタンの地肌を晒していたその機体は、試作機らしくオレンジ塗装とする予定だったが、プロジェクトリーダー、アヤ・サカキの強い希望でグリーンに塗られる事になった。

「一つのけじめなのです」

 とはアヤの言葉だったが、意味を知る者は居なかった。
 ただ強い決意があることは誰の目にも明らかで、今後、この色はコロニー湾口部の荷役や、コロニー補修作業用に配備されたオレンジカラーモデルと対を成す、宇宙軍色として定着するのだった。
 そして早速テストが行われ、不具合の洗い出しと共に、105ミリマシンガンと射撃管制装置の試験が行われた。
 この作業において、アヤが提唱した学習型OSが非常に役立った事は特筆に値した。
 動作を記憶して自己学習して行くこのOSは、テストのデータ収集に、大変便利に働くのだ。

「で、いつになったら私を乗せてくれるのですか?」

 自分用のノーマルスーツまで周到に用意していたアヤだったが、技術陣の返事は素っ気無かった。

「ゴールデンマスターが仕上がってからに決まってるじゃないですか」
「ゴールデンマスターって、量産機じゃないですか」

 正確に言えば、生産機の元となる完成バージョンの事だ。
 しかし、開発主任は言った。

「ご自分がサカキ家のご令嬢だって事を、自覚して下さいよ」
「それは、分かっていますが」

 未来のボールを知る者は自分しか居ないという思いが、アヤを現場へと駆り立てていた。
 しかしながら、実際は原形機となったスペースポッドSP-W03に関わっていた技術者達の方が、この場面では役に立つのだった。
 仕方なしに、アヤは並行して作成されていた、シミュレータの完成への協力を行った。

「目標をセンターに入れてスイッチ、目標をセンターに入れてスイッチ……」

 このシミュレータにも、学習型OSが仕込まれている為、それが実機へ。
 特に射撃管制装置へのフィードバックとなって反映された。
 それと同時に、

「それで、フラナガン博士。私のシミュレータのデータは参考になりますか?」
「ええ、もちろん」

 キシリア・ザビの元から出向してきたフラナガン博士が答える。
 初めて確認された、明確なニュータイプ能力発現者たるアヤ。
 その存在は、ニュータイプの研究を行う上で、大変希少な物だった。
 本来なら身柄を引き取って研究を行いたい所であるが、アヤはサカキ財閥の令嬢で、その様な真似を行う事は出来ない。
 その為、逆にニュータイプ研究の第一人者たるフラナガン博士がアヤの元に派遣されて来たのだ。
 バイタルや脳波データを収集する特殊なパイロットスーツをアヤは着せられ、シミュレーションを行って居た。
 アヤの知る史実よりも遥かに早い時期にニュータイプ研究が進められたこと。
 これによりサイコミュシステムの実用化が早まり、その小型化も進む事になるのだが、それが歴史にどのように影響するのかを、アヤはまだ知らない。
 一方、シミュレータ担当の技師からは疑問の声が上がった。

「ここまで高級な仕様にする必要はあるんですか?」

 実機に使用される耐環境性を持った高価なハードウェアではなく、家電製品として使われているコンピュータで処理を肩代わりしている為、実機に比べれば安価だとは言え、ただのシミュレータにここまで実機に近付けたものを用意するのは、どうかと考えたのだった。
 それに対し、この小さな令嬢は涼しげな声で答えた物だった。

「このボールは、建前上は、あくまでも作業用スペースポッドなのです。マシンガンは装備していますが、それはスペースデブリ処理用。実際に弾薬を使った演習はさせられないのが現実です」

 少なくとも、ジオンが臨戦態勢に入るまでは、実弾演習は無理だろう。

「ですからマシンガンの練習は、シミュレータに頼るしかないのです。シミュレータの充実は必須なのですよ」

 その他にも理由はあるのだが、今はまだ計画の段階だ。
 実機のゴールデンマスターが仕上がり、量産体制に入った時点で大々的に進める予定だ。
 その為の根回しも着々と進んでいる。

「上手く行くと良いのですがね」



[16597] 第六話 EMS-04ヅダ
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/02/23 06:27
「これがツィマッド社が誇るモビルスーツ、ヅダですか」

 楚々とした幼い令嬢、アヤ・サカキは背部に巨大なロケットノズルを持った人型機動兵器を見上げた。
 件の射撃管制装置の三社共同開発は、サカキ財閥が支配するジオンコロニー公社が仲介して、ジオニック社のプロトタイプを元に共同で開発が行われる事となった。
 モビルスーツ開発でジオニック社に後れを取っていたツィマッド社は、出資こそしているものの技術供与を受ける側。
 つまりこの三社共同開発態勢を整えてくれたサカキ財閥令嬢、アヤに大きな借りを作っている状態だった。
 それ故、主力モビルスーツを巡る競争試作に備え開発中のヅダの見学が可能となったのだ。

「主機の出力が凄そうですが、機体強度は大丈夫ですか? 人型は空気抵抗や慣性モーメントが大きいです。超硬スチール合金ではもたないのでは?」

 正しく、開発陣の危惧していた事をずばりと言い当てられ、令嬢を案内していた開発主任は、冷や汗を流した。
 目の前の、たった十二歳の少女に過ぎない彼女が、簡易型とはいえ機動兵器作成を主導し、あまつさえ射撃管制装置の三社共同開発を図った才女である事を、改めて実感したのだ。
 もっとも、アヤの発言は彼女の未来知識あっての事で、彼女自身は、いかにしてそれを防止すべきか腐心していた所だった。
 先ほどの発言も彼女が望んだ答えを引き出す為の物で、それに対する開発主任の反応は彼女にとって、渡りに船だった。

「私どもが開発をしているスペースポッド、ボールは、より強度の高いチタン合金を使用しています」

 ここで、アヤはちょっとした駆け引きを行う。

「これは、ジオニック社にも申し入れたのですが…… チタン合金の冶金技術、または素材を貴社に提供する準備があるのですが、いかがですか?」

 漫然と技術や素材の提供を申し出ても、興味を持たれる可能性は低い。
 しかし、それがライバル社にも供与されている物だとしたらどうだろう。
 技術的に遅れまいと、食い付かざるを得ないのではないか。
 果たして、ツィマッド社は食いついてきた。
 それは、ぜひとも、と。

「そうですか。私どもも、お役に立てるなら嬉しいです」

 アヤは邪気無く微笑んで見せるが、実際には先ほどの会話には裏があった。
 チタン合金の提供はアヤの言った通り、ジオニック社に申し入れていたが、コストが高まる事を嫌ったジオニック社モビルスーツ開発陣からは、少なくとも試作中のモビルスーツ、ザクには採用しない旨、回答があったのだ。
 それを伏せつつ会話を進めるアヤは、その外見にそぐわぬ策士だと言えよう。
 なお、ジオニック社へのチタン合金技術の提供の打診は、公平性を鑑みてのものでもあった。
 ツィマッド社への肩入れと見られぬよう、政治的な配慮が必要だったのだ。
 しかしながら、これは将来的に、ジオンのモビルスーツの装甲材にチタン素材を導入する為の布石にもなる。
 アヤにとって、やって損の無い苦労だった。

「それでは詳細は、追って当社の技師から話をさせていただきますね」

 アヤはそう言って、話を締めくくる。
 こうして、相手に好意を持たせ、また十二歳の少女にはそぐわぬ見識を示した事で、更にヅダに関する説明を引き出して行く。
 とは言っても、機密に触れない程度に。
 言葉巧みに相手の自尊心をかきたたせ、自慢話へと誘導する。
 実際、言うだけあって、ヅダの性能は、高いレベルにあるようだった。
 射撃管制装置の技術提供を受けている分、他に開発力を回す事ができていて、完成度は高まっている様子だ。

「凄い物ですね、これなら最悪、リミッターをかけてトライアルに臨んでも十分ではないでしょうか」
「リミッター?」
「ええ、冒頭の話に戻りますが、機体性能が凄過ぎるので、私にはかえって機体剛性に不安が感じられるのです」

 考え過ぎかもしれませんがね、と相手の機嫌を損ねないように言い添えて言葉を継ぐ。

「万が一、私どもからの技術供与を受けても機体強度に不安が残るようでしたら、リミッターで主機の上限を制限するのも手かと思うのです。何しろ、そうしてみた所でこのヅダの高性能さは揺るぎないものと思いますから」

 アヤは、チタン合金技術を供与しても問題点が克服されない場合を考慮して、次善の策を提案したのだった。
 こうして、アヤはヅダの空中分解事故を防ぐべく、手を尽くしたのだった。



[16597] 第七話 戦場の絆
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/02/24 17:45
 ゴールデンマスター機が完成した事で、ボールの量産化が始まった。
 その際、戦略物資ともなるチタンの輸入について地球連邦の横槍が入ることが懸念されたが、アヤは中立色の強いサイド6リーアに会社を作り、それをダミーとして、月のフォン・ブラウンから供給を引き出すことに成功していた。
 手法としては、旧世紀、1950年代から1960年代にかけての冷戦で、アメリカがソ連に対して行ったものの焼き直し版だった。
 それと同時に、アヤのプロジェクトは何とアミューズメント方面に進出した。
 ボールのシミュレータ作成運用のノウハウを注ぎ込んで作ったゲームだ。
 ボールを使ってミッションをクリアーするという内容で、オンラインで筐体を結び、プレイするもの。
 ミッションモードでは、敵は大胆にも連邦軍。
 セイバーフィッシュ戦闘機にサラミス級巡洋艦、マゼラン級戦艦。
 極めつけはルナ2基地攻略戦まで用意してある。
 ゲーマーは四人で一つの小隊を組み、インカムで相互通信を行い、作戦行動を行う。

「ふむ、よくできた玩具だな」

 ギレン・ザビ総帥の目の前には、このアミューズメント企画、戦場の絆を立案、実行したサカキ財閥令嬢、アヤ・サカキの小さな姿があった。
 彼女はこの企画を実行するにあたり、ギレン配下の情報部と連絡を密に取りながら行っていた。

「戦意高揚には丁度良い。連邦軍に対するモビルスーツ開発の囮としても良好だ」

 満足げに頷くギレンに、アヤは同意した。

「同時に、パイロット養成にも役立ちます。ボールの扱いに慣れるというのはもちろんですが、射撃管制装置のソフトウェアは、次期主力機動兵器と共通です。モビルスーツが配備された暁には、きっとこのゲームの皮を被ったシミュレータの経験が生きるでしょう」
「うむ。これも君が提唱した統合整備計画の成果だな」
「総帥、統合整備計画は今や国家プロジェクトです。私はほんの少し呼び水を与えたに過ぎません」

 アヤはギレン、キシリア双方に統合整備計画を説いていた。
 これは、より確実に計画を実施する為であると同時に、双方の派閥争いから身を守る為でもあった。
 お陰で今ではサカキ財閥は、ギレン派とキシリア派のパイプ役を務める様になっていた。
 もちろん、アヤが関わるのはモビルポッド、ボールに関連する事柄だけで、その他は政治的な駆け引きに長けた父親に全面的に任せていたが。

「しかし防諜には気を使ってくれたまえ。連邦軍にノウハウが渡る事が無いように」
「はい、もちろんです。ソフトウェアは最高度のセキュリティ対策が施されたサーバに集約されております。仮に連邦軍がこのゲームの筐体を手に入れたとしても、何の情報を得る事もできません」
「分かっている。それゆえ許可を与えたのだからな」

 この形態には、防諜の他に様々なメリットがあった。
 第一に、ソフトウェアをサーバ側に置く事により、筐体の単価が下がった事。
 この筐体は、ボール教習用のシミュレータと共用であり、ゲームの人気による量産効果と相まって、今ではこの筐体の販売、レンタルで利益が出るくらいであった。
 第二に、ボールのソフトウェアのアップロードが即座に反映できる事。
 これは、サーバによる集中管理だからこそできる事で、またこれにより、シミュレートしてみたいシチュエーションも、即座に配布する事が可能だ。
 第三に、ボールの学習型OSへのフィードバックができること。
 ジオン中で流行し、稼働率の高いこのゲームの筐体からは、刻々と運用データが送られて来る。
 これにより、ボールの学習型OSのブラッシュアップが可能であった。
 第四に、機動兵器の編隊行動の戦闘ドクトリンを研究するデータが得られること。
 何しろ、ジオン軍はこれからモビルスーツというまったく新しい概念の兵器を運用しなければならないのだ。
 その作戦、戦闘における軍隊部隊の基本的な運用思想も新たに構築する必要があった。
 それ故に、ボールというモビルスーツに似た特性を持つモビルポッドが取る小隊行動のパターンデータの蓄積には、貴重な物があった。
 このデータはジオン軍戦術技術開発研究所に送られ、解析を受ける事になった。
 この為にこそ、このゲームではインカムによる相互通信機能が与えられ、作戦行動を可能としているのだ。
 ゲーム攻略の為のユーザー同士の試行錯誤が、多くの戦術を生み、蓄積されて行った。
 それを知るギレンの機嫌は良かった。

「よもや、遊具がここまで益をもたらしてくれるとはな。君がこの企画を発案した時には大した期待は持っていなかったのだが」
「好きこそものの上手なれ、と申します。若者の持つ潜在力は、このように計り知れない物があるのでしょう」

 アヤはそこまで言って、居住まいを正した。

「所で総帥。このゲーム、戦場の絆ですが、他のコロニー、サイド1ザーンとサイド4ムーア、サイド6リーアからも引き合いが殺到しているのですが」
「ふむ?」

 リーアは最初から親ジオンなので分かる。
 サイド2ハッテ、サイド5ルウムに関しては、もともと連邦寄りなので、ここで名前が出ないのは当然だったが、ザーンとムーアは立場が曖昧だ。

「それだけ、各コロニーを抑圧する連邦軍駐留部隊が嫌われている。独立の機運が高まっているという事です」

 地球連邦軍を倒すこのゲームが求められる理由の根底には、そういった民意があった。

「それで、何か案があるのかね?」
「はい、防諜を十分に行う事を引き換えに行っていいと思います」
「メリットがあるとは思えないが?」
「ザーンとムーア、リーアに向けたものには、自機をそれぞれのコロニーにちなんだエンブレムを備えた特別塗装機にします。その上で、ゲーム内での設定で、彼らをスペースノイド独立へと立ち上がったジオンへの義勇兵とするのです」

 アヤは、微笑みを浮かべながら言った。

「ジオンの為に戦ってくれるザーンとムーア、そしてリーア。素敵だと思いませんか?」



[16597] 第八話 次期主力兵器競合試験
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/02/25 19:52
 宇宙世紀75年。
 ジオンの命運を賭けた次期主力兵器競合試験が今、行われていた。
 会場には、綺羅星のごとく居並ぶジオン軍の将官。
 そして、ジオニック社、ツィマッド社両社の代表者の姿があったが、そんな中、場違いに小さな令嬢の姿があった。

「私は添え物に過ぎない訳ですが」

 周囲から浮いている事を自覚しながら、サカキ財閥令嬢、アヤ・サカキは小さくため息をついた。
 モビルスーツの射撃管制装置を共同開発した事で、この場に居る事を許されたのだ。
 彼女自身、ツィマッド社のヅダの空中分解事故を防ぐ為、チタン合金材料を提供したり、リミッターをかける事を提案したりと色々と手を尽くした訳だが、結果がどうなるか気になっていた。
 それ故、この場に立ち会えるのは都合が良いとも言えるが、同時に心臓に悪いとも言える。
 何とも複雑な気持ちだった。
 ジオニック社、ツィマッド社、両社の社長からは、射撃管制装置の完成度を上げる事に貢献したアヤにねぎらいの言葉がかけられていたが、この場でヅダの改修状況を聞く訳にも行かず、笑顔を維持するのに苦労するだけであった。

「ジオニック社製、YMS-05ザク、飛行試験開始します」
「ツィマッド社製、EMS-04ヅダ、飛行試験開始します」

 会場にアナウンスが流れる。
 そして始まる性能試験。
 アヤはモニター越しの光景を、かたずを飲んで見守っていたが、ヅダは重元素を推進剤とする熱核ロケットエンジンである木星エンジンの性能を遺憾なく引き出し、ザクを上回る機動性を見せていた。
 しかし、それがかえってアヤの小さな胸に心労を与える。
 そんな心臓に悪い時間が過ぎて行き…… ついに、ザク、ヅダ共に、事故も無く試験を終了した時には全身の力が抜けたものだった。

「何をそんなに気を揉んでいるのだ?」
「総帥!?」

 飛びあがらなかっただけ、ましというものだろう。
 脱力した所にいきなり声をかけられたアヤは、無理矢理悲鳴を押し殺した。
 気力を振り絞っていつもの穏やかな笑顔を作り、少女は声の主、ギレン・ザビ総帥に答えた。

「いかがされましたか? このような場で私などに声をかけられるとは」
「いや、なに。次の試験は、宇宙空間での模擬戦だ。標的機の提供元と共に観戦しようかと思っただけだ」

 会場の巨大モニターには、試験空域に用意されたオレンジ色の標的機。
 モビルポッド、ボールの姿があった。

「ペイント弾による模擬戦形式でしたね」
「うむ、ただ動く的を攻撃するだけでは評価できんからな。ボールにも反撃を許可している」
「とはいえ、標的も有人では、格闘戦は禁止なのですね?」
「何?」
「モビルスーツはせっかく人型をしているのです。蹴りを使った格闘戦に持ち込んでしまえば、ボールに勝ち目は無いと思われますが」
「ふむ、興味深い意見ではあるな。戦術技術開発研究所に検討を指示しよう」
「ありがとうございます」

 そうして、二人で飲み物を取っている内に、試験が開始された。

「ザク一機にボールが四機ですか?」
「機体のコスト、パイロット養成にかかるコスト、機体の運用にかかるコスト。どれを取っても、ボールはモビルスーツと比べ、四分の一以下に抑えられている。ならば、四機を相手取って、それを上回ってもらわねば、割に合わぬと思わんかね」
「それはそうですが……」

 話をしている内に、ボールが一機、ペイント弾にまみれる。

「標的機二番行動不能」

 会場内にアナウンスが流れる。

「ふむ、案外丈夫な物だな。被弾しても死亡判定とならないとは」
「ボールの球形のボディは衝撃に強いですから。それに、装甲材にチタン合金を奢っているのは伊達ではありません」
「105ミリ砲では威力不足か。兵站の関係で今すぐに変更する事はかなわぬが、正式採用される物は120ミリに対応できるようにせねばなるまいな」

 そう言って居る間にも標的機が落されて行く。
 どれも行動不能判定で、図らずもボールの生存性の高さが立証されてしまった訳だ。

「全機撃墜。ただし、ザクも中破判定」
「むぅ……」

 ギレンの機嫌は悪い。

「キルレシオが見合わん」
「難しい所かと思います。そもそも国力比から言いましたら、ジオンの将兵は三十倍の敵を倒さなければ、計算が合わないのですから」
「ふむ、だからこその中立サイドからの義勇兵募集構想か」

 アヤは慌てて周囲を見回したが、近くに人影が無かった事にほっとする。
 そんな彼女を、ギレンはくつくつと笑って観察した。

「心配せずとも良い。サイド1、4、6の中立化工作は既に国策として動き出している」

 絶句する、アヤ。
 次に口を開くまで、しばらく時間がかかった。

「そうだとしても、秘密裏にですよね。私ごときが知って良い物なのですか?」
「なに、この工作には君の玩具、あの戦場の絆というゲームが役立つ。実際、大した人気だと言う話ではないか」

 抑圧されたスペースノイドが独立の為モビルポッド、ボールを駆り、連邦軍と戦うという体感シミュレーションゲーム、戦場の絆。
 これが社会現象となるほど受ける背景には、やはり植民地扱いされ、様々な方面で搾取されているスペースノイドの現状があるのだった。
 ちなみに輸出版では、それぞれのコロニーで個別のエンブレムを備えた特別塗装機が与えられ、ジオン軍義勇兵として戦うストーリーに変更されていたが、これがまた好評だった。
 スペースノイド独立の急先鋒であるジオンの旗の下で、スペースノイドが力を合わせて戦うと言う設定が受けているのだ。

「君のお陰で、各コロニーの民衆が啓蒙されているのだよ」
「啓蒙などと……」
「なに、謙遜する必要は無い。君は今やそれだけの影響力を持った人物なのだ」
「はあ」

 ギレンは機嫌が良さそうに、この小さな才女が困惑する様を観察するのだった。



[16597] 第九話 赤は緑の三倍
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/02/28 06:35
 EMS-04ヅダは、重元素を推進剤とする熱核ロケットエンジンである木星エンジンの性能を遺憾なく引き出し、次期主力兵器競合試験においてザクに対し優位に立った。
 しかし、ザクの約二倍という高コストが会計監査院から問題視された結果、正式採用は見送られ、史上初の実戦用モビルスーツの座をザクIに明け渡す事となったのだった。

「しかし、それで良かったのかも知れません。実は、次期主力兵器競合試験終了後、機体のバイタル部分にクラックが見つかりまして。やはり木星エンジンの出力に、現状技術では対応できないようなのですよ」
「はあ」

 ジオンコロニー公社、来賓用応接室。
 そこではツィマッド社のモビルスーツ開発部門担当の取締役が、コロニー公社社長令嬢、アヤ・サカキに対して説明を行って居た。
 しかしだ、

「そのような事を、私の様な者に言ってしまってよろしいのですか?」

 下手に漏らせば信用を失う様な事実を他社の人間に公言してしまう場合。
 考えられるのは、よほど相手を信用しているか、または……

「そこで、わが社ではまず基礎技術を高める事にしたのです。まず一つ目は、貴社が提供して下さったチタン合金の冶金技術の向上を、御社と共同で図りたい」

 協力関係に引き込む事が考えられる。
 予想が当たって、アヤは天を仰ぎたくなるのをこらえ、上品に微笑んだ。

「それは結構な事ですね」

 実際問題、球体を基本とした単純な部品で構成されているジオンコロニー公社開発のモビルポッド、ボールには、これ以上のチタン加工技術の向上は不要なのだが。
 しかし統合整備計画の推進、そしてジオン軍モビルスーツの装甲材をチタン合金で強化したいアヤにとっては、得にならないと分かっていてもやらなければならない事だった。
 ジオニック社も巻き込みたいところだが、今、あの会社はザクの生産で手いっぱい。
 こちらに対応している余裕はないだろう。
 その分は、将来ライセンス料で払ってもらうとして、

「あと、木星エンジンの後継として、土星エンジンを開発したいのですが」
「それは、さすがに専門外ですが」

 戸惑うアヤに、ツィマッド社の取締役はこう言った。

「テスト用にプラットフォームを作り上げたいのですよ。チタン合金製で、構造も単純で剛性が非常に高い。更には学習型OSの搭載で、データ収集には最適な機体」
「それは……」
「はい、ボールを使わせてもらいたいのです」

 こうして、テスト用に木星エンジンを取り付けたボールが、ジオンコロニー公社とツィマッド社の共同で作成される事になったのだ。



「どう考えても、マニピュレーターの強度が足りませんね。加速を繰り返すとかかった応力で金属疲労を起こしてぽきっと逝きますよ」
「仕方ないですね、伸縮式にして、機動時は機体内に収納する事にしましょう。先端のハンド部分だけが出ている様な状態で」
「木星エンジンは機体下部に設置するんですね」
「それ以外、この大型ロケットを設置する場所は無いでしょう」

 そんなやりとりをしながらできあがったのは、マニピュレーター基部にハンド部分がついた、まるで前にならえをしているような可愛らしいボディにそぐわない大型のロケットエンジンを機体下部に取り付けられた機体。

「通常の三倍のスピードが出ますね」
「……とりあえず、赤く塗って置きましょうか」
「赤ですか?」
「赤は緑の三倍なのです」

 このアヤの言葉を受けて、木星エンジン試験型ボールは、通称三倍ボールと呼ばれる事になるのだった。



[16597] 第十話 モビルスーツ演習
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/02/28 06:34
 大きい。
 サカキ財閥令嬢、アヤ・サカキが、ドズル・ザビを見てまず思ったのはその事だった。
 身長二百十センチの巨漢。
 威風堂々たる軍人。
 それが、ザビ家の三男ドズル・ザビだった。
 握手を求められたが、少女の手は、ドズルの掌の中にすっぽりと収まるだけだった。

「キシリアから話は聞いておるが。何でも研究の為、演習に参加したいとか?」

 ドズルが話しかけたのは、アヤの背後に居る、フラナガン博士に対してだった。
 これに対し、アヤは不快感を覚える事は無かった。
 軽んじられた訳ではない事が分かったからだ。
 ドズルの態度は、サカキ家令嬢としてのフィルターをかけて彼女を見るのではなく、等身大の少女として見てくれているということだった。

「はっ、ご令嬢に、標的機に使われているボールへの搭乗をお許し頂きたいのです」
「標的機にか?」

 現在、軍に納品されたモビルポッド、ボールは作業用に使われながら、二級の戦力として扱われている。
 演習では、モビルスーツの標的機としての利用が成されていた。

「それは構わんが……」

 ドズルは唸る。
 これが、いきなりモビルスーツに乗せろと言うなら彼も反対していただろうが、相手の要求は、より操作の簡便なボールに対してだった。
 ボールはジオンコロニー公社でも、従来の作業用スペースポッドSP-W03に代わり利用されている。
 兵役で民間の労働の担い手が減少している現在、若年者のアルバイトさえ乗りこなしている機体だ。

「それではよろしくお願いします」

 少女は、微笑んで頭を下げた。



「何なのだ、あれは?」

 ドズルは絶句していた。
 アヤのボールの戦果に対してである。
 演習ではボールにもペイント弾が装填されたマシンガンが装備され、反撃をする標的としての役割を課されていた。
 そして、アヤのボールがもたらした結果は、演習部隊のザクの壊滅判定だったのだ。

「一体何をした?」

 戦闘機動において、モビルスーツは人型である優位性を持っていた。
 体操選手の様に手足を振り回し、身体を捻る事により、素早い機動が可能。
 これを、AMBAC(Active Mass Balance Autocontrol 能動的質量移動による自動姿勢制御)システムと呼ぶ。
 それに対し、球形のボールは、一応、一対のマニピュレーターを持っているものの、AMBAC機動は不可能で、姿勢制御はスラスター頼みだ。
 普通なら、勝てる訳がない。
 それが、この結果だ。
 今、ドズルの執務室には、演習中の様子をモニターに映し出し、報告を行うフラナガン博士と、演習から帰って来たアヤ。
 そして、演習に参加したパイロットの代表として、一番の乗り手であるシャア・アズナブルの姿があった。

「どういうことか分かるか?」

 ドズルに問われ、シャアは頷いた。

「殺気を読まれているようでした。ここ」

 シャアの言葉に、フラナガン博士がモニターを止めた。

「明らかに、撃たれる前に回避行動に入っています。攻撃が先読みされている」

 それが、アヤのボールを撃墜できない理由だった。
 そして、シャア達のザクが撃墜された理由は……
 映像を進めると、包囲して接近し、側面、背後を突こうとしたザクに、くるり、くるりと振り向いて次々に反撃するボールが映し出される。

「球形の機体をわざとスピンさせています。これにより上下左右、三百六十度。いかなる方向からの攻撃でも対応できる」

 しかし、

「これは異常です。普通なら、機体がスピン状態になったら絶対に機位を見失います」
「超人的な空間認識能力ですな。さすがはアヤ様」

 フラナガン博士は、シミュレータでは取る事のできない貴重なデータを得る事ができたと、満足げに頷いていた。
 アヤは、その様子に苦笑する。

「統合整備計画によるコクピットの視認性向上も大きいと思いますが」

 アヤが企画した体感シミュレーションゲーム、戦場の絆では、モニター設置によるコストを抑える為に、パノラミック・オプティカル・ディスプレイと呼ばれるドームスクリーン技術によって視界を確保していた。
 これを逆にボールやザクのコクピットに応用し、全天周囲モニターとまでは行かなくとも、従来の平面ディスプレイでは不可能だった前方上下左右、百八十度の視界をシームレスに映し出す事に成功。
 また、余談ではあるがこれと同時に、モビルスーツのコクピット周りをチタン殻でブロック化し、機体破損時の救命ポッドとして機能するようにしてある。
 パノラミック・オプティカル・ディスプレイのパテントとチタン合金の加工技術を持つジオンコロニー公社スペースポッド部門が、このコクピットブロックの生産を受け持っており、今後、改良を重ねながら全モビルスーツで採用されて行くのだった。
 ともあれ、

「むぅ、フラナガン博士、これは一体どういう事なのだ?」

 ドズルの問いに対し、フラナガン博士は答える。

「これは、キシリア様の元で研究させて頂いているのですが」

 この時点ではまだ、ニュータイプについては基礎研究段階であり、軍事利用については考えられていなかった為、フラナガン博士の口も軽かった。

「アヤ様の持つ力は、ニュータイプ能力の発現と考えられております。認識能力の拡大により人並み外れた直感力と洞察力が身に付き、並外れた動物的直感と空間認識能力が備わる」
「あの、ニュータイプの事か……」

 ドズルとシャアの視線が、アヤに集まる。
 それに対し、アヤは頭を振った。

「ニュータイプとは、ジオン・ズム・ダイクンとその思想ジオニズムによって出現が予言された、宇宙に適応進化した新人類の概念です。誰もがニュータイプとなる可能性を秘めていると思います。事実、シャア・アズナブル様でしたか? 貴方様の操縦からはその片鱗が感じられましたが」
「私が?」

 アヤは、好意を滲ませた微笑みを、相手に向けていた。

「ええ、貴方には人を導く為の何かが感じられます」
「それは、買いかぶり過ぎと言う物です」
「いいえ、私、これでも人を見る目はあるつもりです」

 アヤは微笑んで、手を差し出した。

「これからも、フラナガン博士の研究の為、こちらに参る事があると思います。お相手を願えますか?」

 差し出しされた手を、シャアは受け止めた。

「私でよろしければ」

 こうしてアヤは、ドズル・ザビとシャア・アズナブル、双方への伝手を得る事が出来たのだった。



[16597] 第十一話 動く棺桶
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/03/01 06:00
「ふふふ、面白い事になったぞ」
「はあ」

 ギレン・ザビ総帥に呼びつけられたサカキ家令嬢、アヤ・サカキは共にモニターに見入っていた。
 そこでは、連邦軍のプロパガンダ放送が流れ、モビルポッド、ボールを動く棺桶と称してあげつらって居た。
 曰く、ボールは旧来のスペースポッドに装甲と武装を施しただけの急造兵器で、ろくな性能を持たず、戦場に出る様な事になれば、自軍の宇宙戦闘機、セイバーフィッシュのいい的になるだけの欠陥兵器だということである。
 その中では、事故で失われた機体を回収、検証してみたということで実機の映像も流れていた。
 わずかにアヤの瞳が見開かれる。
 彼女はコロニー公社の保有するボールが連邦軍の手に渡る事の無いよう、十分な対策を取って来ていた。
 そして、今の所、アヤの管理するボールの中からは、欠落は発生していなかった。
 であるならば、

「総帥、ボールを連邦に渡したのですか?」

 アヤの管轄外、荷役作業、工作部隊用に軍に納入した品に間違いない。
 そしてまた、この切れ者の総帥が、易々と連邦軍にボールを奪われるとは考えられなかった。
 ならば答えは一つだった。

「ああ、火器管制など重要部を破壊した殻だけを、宇宙空間、連邦軍艦隊のパトロールコースに流してみた」

 アヤの推測通り、ギレンはあっさりと自分の行いを認めた。
 それを確認して、少女は結論に辿り着く。

「それでこれですか。連邦軍も見事に踊ってくれましたね」

 嘆息するアヤ。
 ギレンはそれを面白そうに見る。

「この、連邦軍のプロパガンダの持つ意味が分かるかね」
「浅慮かもしれませんが、私見でよろしければ」

 慎重に受け答えるアヤに対し、ギレンは鷹揚に頷いた。

「かまわん」
「では、手前味噌になりますが、ボールを操縦して連邦軍を倒すゲーム、戦場の絆をサイド1、4、6に展開した結果、反連邦の機運が広がった上に、抑止力たる連邦軍が軽んじられている現状を、連邦が座視する事ができなくなったということですね」

 このゲーム、戦場の絆は、今や各コロニーで社会現象となるまでに盛り上がりを見せていた。
 それは様々な手段で地球連邦に搾取され、その上で我が物顔で駐留し抑圧する地球連邦軍に対するスペースノイドの反感が積りに積もっていた事が背景にある。
 今や、たかがゲームと無視する事のできない時流を作り出していたのだ。

「そうだな。だからタイミングを見計らって、ボールの残骸をくれてやった」

 何がだからなのか、常人には分からないだろう。
 だがギレンには、この小さな令嬢が自分の思考に着いて来られるだけの知性を備えているだろうと言う事が分かっていた。

「このプロパガンダ放送を誘う為ですか?」

 果たして、少女は遅滞なく話についてきた。

「何故そう思う?」
「僭越ながら、閣下のお考えを推測させて頂けるなら、連邦軍がボールを使う事を防ぐためですね」

 ギレンの瞳が鋭く細められた。

「ジオンが独立する為には、モビルスーツによる戦略的優位性を保っている内に戦争を終わらせる必要があります。しかし、数年先を歩んでいるモビルスーツ開発と違って、ボールは既存の技術で再現可能な兵器です。地球連邦に比べ我がジオンの国力は三十分の一以下。乱暴に言ってしまえば、連邦軍はボールを三十体量産してザク一体にぶつけて倒せれば勝てる事になってしまいます」

 つまり、とアヤは言う。

「ボールは動く棺桶という連邦の言葉。総帥は、その言葉が聞きたかったのではないですか?」
「そうだ」

 ギレンは頷いた。

「連邦軍は、短期的な問題の解消の為、決定的な言質を取られてしまった訳だ。自分達で棺桶扱いした兵器を、自軍で使う事ができるかね?」

 答えはノーだ。
 これで、連邦軍は自縄自縛の状態で、戦争に臨む事になる。
 アヤの知る未来知識にあった、連邦軍のボールによる物量作戦の悪夢が消えた瞬間でもあった。



[16597] 第十二話 開戦
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/03/02 14:46
 宇宙世紀79年1月3日午前7時20分、ジオン公国は地球連邦政府に対して宣戦を布告した。
 時を同じくして、連邦軍艦隊の駐留するサイド1ザーンの宇宙港では、港の各所に置かれていた大型コンテナが次々と開き、中から球状の機動兵器が現れた。
 緑色に塗られたボディにジオンのマーク。
 ジオン軍モビルポッド、ボールだった。
 ボールは宇宙港内を縦横に飛び回り、連邦軍艦隊の各艦の艦橋に、その天頂部に装備された120ミリマシンガンを向けた。
 一瞬の事だった。

「連邦軍サイド1駐留艦隊に告ぐ。撃沈されたくなければ、即座に投降せよ」

 全周波数を通じて、降伏勧告が告げられる。

「なっ!」

 駐留艦隊旗艦のマゼラン級戦艦の艦橋にも、その凶悪な銃口は突き付けられていた。
 停泊中である為、どの艦も主機の出力は最低限に落とされていた。
 メガ粒子砲は使えない。
 機銃を向けようとする艦もあったが、

「抵抗すれば撃沈する」

 次の瞬間には、艦橋を120ミリマシンガンに蹂躙されていた。
 戦闘指揮所を潰された事で、高度に電子化されていた防空システムも沈黙する。

「警告する。次に抵抗の動きがあった場合、即座に全艦を撃沈する。速やかに投降し、艦を下りろ」

 再度の通告が成される。

「提督」
「全艦に通達しろ。抵抗するなと。相手と通信を繋げ」

 緊迫した空気が流れた後、敵ボールの指揮官と通信が繋がる。
 相手は民間用ノーマルスーツ姿のパイロットだった。

「何者だ」
「我々は、ジオン軍ザーン義勇兵隊だ」
「ザーン義勇兵隊?」
「そうだ。我々はスペースノイドの独立の為にジオン軍に義勇兵として参加した部隊だ」

 見る者が見れば分かっただろう。
 ボールの機体に、ジオン公国の国家マークと共に描かれたエンブレムが、体感シミュレーションゲーム戦場の絆、ザーン向けバージョンに登場したザーン義勇兵隊エンブレムと一緒だったということを。

「くっ、反乱か」
「そうではない。これは地球連邦に対するスペースノイドの独立戦争だ」

 そして、再度、勧告が成される。

「連邦軍サイド1駐留艦隊に告ぐ。撃沈されたくなければ、即座に投降せよ。サイド1に停泊中の全艦に、我々は砲を向けている。今この瞬間にも全艦の撃沈が可能だ」

 そうしている内にも、敵の勧告が事実である事が報告される。
 駐留艦隊の全艦が、提督の決断を待っていた。

「分かった。投降しよう」

 その指示は艦隊旗艦から、艦隊の全艦に通達された。
 こうして、サイド1に駐留する連邦軍艦隊は、全面降伏したのだった。



「ふふふ、連邦軍の駐留艦隊、サイド1ザーンは全面降伏。サイド4ムーアは抵抗の末、全艦撃沈。サイド6リーアも全面降伏したそうだぞ。開戦後一時間でこの成果だ。君の提案した作戦通り、な」

 ジオン軍作戦本部。
 ギレン・ザビ総帥は、傍らに立つアヤ・サカキに声をかけた。
 初めて顔を合わせてからもう五年目。
 少女は今年で十七歳になる。

「作戦を実行できたのは、すべて総帥のお力によるものです」

 サイド1ザーン、サイド4ムーア、サイド6リーアは、アヤのプロデュースした反地球連邦色も鮮明な体感シミュレーションゲーム、戦場の絆によってスペースノイド独立運動の雄、ジオン支持に傾いた。
 無論、そこにはギレンの発揮した政治的な辣腕ぶりが背後にあったのだが、三つのコロニー政府では、自領を中立地帯とする事を条件に、連邦軍に協力しない事を確約した。
 その上で、国民がジオン軍義勇兵隊に志願する事には何の制限も設けなかった。
 それを受けて、ジオン軍はアヤの発案の元、モビルスーツではなく二級の戦力であるモビルポッド、ボールを各コロニーに送った。
 融合炉を持たないボールは冷却ベッドを必要とせず、また標準規格の大型コンテナにそのまま入れる事ができた。
 後は、コンテナを各コロニーの宇宙港に搬入し、現地で訓練した志願兵達を義勇兵隊として編成。
 ジオンの宣戦布告と同時にコロニー駐留の地球連邦軍艦隊の鎮圧にあてるだけで良かった。

「それでは総帥、ザーン、ムーア、リーアの同志に向けて、お言葉をかけてやって下さい。この戦争は、スペースノイドの独立を賭けた物であると」

 アヤは微笑む。

「そうすれば、彼らはジオンの心強い味方となってくれるでしょう」

 そう、戦争は始まったばかりだった。



[16597] 第十三話 宇宙の蜉蝣
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/03/03 21:04
 ジオン公国の宣戦布告後、キシリア艦隊に属するモビルスーツ部隊は、月面都市グラナダを制圧。
 ドズル艦隊は、地球連邦側に立ったサイド2ハッテに向かって進軍していた。
 地球連邦軍サイド2駐留軍は防戦に当たろうとしていたが、そんな中、サイド2のコロニー周辺宙域では、混乱が起こっていた。
 宣戦布告から一時間で、サイド1ザーン、サイド4ムーア、サイド6リーアの連邦軍駐留艦隊が壊滅したと言う情報がもたらされ、危機感を覚えた地球連邦高官らが、一般市民を見捨て、己が家族を連れて次々と脱出を図っていたのだった。

「お陰で潜り込むのは簡単だったねぇ」

 数隻の、民間から徴発した大型のコンテナ船でサイド2宙域に紛れ込んだのは、開戦直前に編成されたキシリア・ザビ配下のジオン公国軍海兵隊。
 指揮するのは、艦隊司令アサクラ大佐の代理司令官シーマ・ガラハウ中佐だった。

「さて、それじゃあ、風船を使うよ」

 コンテナ船のコンテナが開くと、中からはジオン軍モビルポッド、ボール達が現れた。
 融合炉を持たないボールは冷却ベッドを必要とせず、また標準規格の大型コンテナにそのまま入れる事ができるので、こういった民間船に積載しての作戦には都合が良いのだ。
 そして、シーマは自らもボールに乗り込み、指揮を取る。
 ボール達はコンテナからシェルに納められた大型の装置を協力して運び出し、所定の宙域に移動させた。
 そして、

「デコイ展開」

 それは二つに割れると急激に膨らみ、チベ級重巡洋艦の姿を取った。
 レーダーにもきっちりと反応するバルーンダミー。
 囮装置だ。
 離れた場所でも、次々に部下達がダミーを膨らませていた。
 こうして突如として現れたジオン軍艦隊に混乱した所を、ドズル艦隊が叩くと言う寸法だ。

「しかし、攻撃を受けたら一発でばれますよ」
「だから、コロニーを背にするように配置したんじゃないかい。連邦がよほど馬鹿じゃない限り撃って来やしな……」

 シーマがそう言いかけた時だった。
 幾筋もの光芒がバルーンダミーをかすめて、背後のコロニーに、派手な火花を散らしたのは。

「な……」

 シーマは絶句する。

「何を考えてんだい! 味方のコロニーを巻き込んで攻撃するなんて! お前らはいったい、どっちの味方だ!」

 激高するシーマのボールの目の前を、空気と共に吸い出されたコロニーの住人の姿が流れて行く。
 その凄惨な光景に、シーマは目を剥いた。
 混乱する頭の中、上司であるアサクラ大佐が指揮を取らず遙任した理由がここにあったのかと発作的に結びついた。
 コロニーを背後に置けば、連邦軍は撃てないと誰が決めたのか。
 意図的に流された、サイド1ザーン、サイド4ムーア、サイド6リーアの連邦軍駐留艦隊が壊滅したと言う情報。
 これは、シーマ達が潜入しやすいよう混乱をもたらしたが、本当は、サイド2駐留艦隊を精神的に追い込む為のものでは無かったのか。
 疑心暗鬼に囚われた状態で、いきなり敵艦隊が忽然と姿を現したらどうなるか。
 答えは、目の前の光景が物語っている。
 味方コロニーを巻き添えにする事も躊躇わない攻撃。
 それによる住民の虐殺。
 はめられたのだ、連邦軍は。
 そして、作戦を実行したシーマ達にも、本当の意図は隠されていた。

「あ…… あたしは、知らなかった…… こんな事になるなんて知らなかったんだよぉっ!」
「シーマ中佐、中佐!」

 部下の悲鳴に、何とか自分を保つシーマ。

「全員散開! ダミーの周りから離れるんだよ!」
「はっ!」

 更に走る火線。
 破裂するダミー。
 そして壊滅的な被害を受ける各コロニー。
 アヤの知る未来では、ジオンのNBC兵器で滅んだサイド2は、ジオン軍の到来を待つまでも無く、連邦軍自身の手で住民が虐殺された。
 この事実がスペースノイドに与えた影響は大きく、後の歴史に多大な影響を与える事になるのだった。



[16597] 第十四話 赤い彗星、誕生秘話
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/03/04 23:32
 サイド2に向け、進軍中のドズル艦隊。
 その中で、士官学校主席相当、鳴り物入りで入隊してきたシャア・アズナブル少尉を待っていたのは、上官からの陰湿な嫌がらせだった。

「やれやれ、まさか未塗装の機体をあてがわれるとはな」

 彼の目の前には、下塗りの赤い錆止め塗装しかされていない、未塗装のザクIIの姿があった。
 なるほど、この目立つ機体では、戦場での生存率も下がらざるを得ない。
 統合整備計画の推進の結果、コクピットのブロック化が進められチタン殻の脱出ポッドとして機能するようになったとはいえ、融合炉が爆発すれば、それも気休めだ。
 諦めて搭乗しようとするが、そんな彼を、整備兵が止めた。

「違いますよ、少尉。少尉の機体は隣です」
「隣? まさか……」

 そこにあったのは、球体の天頂部に120ミリマシンガンを装備しただけの機体。
 赤く塗られたジオン軍モビルポッド、ボールであった。

「ただのボール、だと?」

 思わず呟いてしまうシャアに、整備兵は憤慨して見せた。

「ただのボール? 冗談じゃありません。現状でこのボールの性能は三百パーセント出せます」
「三百パーセント?」
「ええ、機体下部のバーニアを見て下さい」

 ボールの機体には不釣り合いな、巨大なバーニアがそこにはあった。

「普通のバーニアと違って、重元素を推進剤とする熱核ロケットエンジン。ツィマッド社の試作型土星エンジンです。こいつさえあれば、ザクの三倍のスピードで飛行が可能です!」

 そう、その機体は、ツィマッド社にて土星エンジンのデータ収集用プラットフォームとして試作された、高機動型ボールだったのだ。
 通称、三倍ボール。
 ツィマッド社が実戦データの収集の為、ドズルの部隊に回してきた機体だが、誰も使いたがらず。
 結果として、上官に隔意を持たれたシャアに押し付けられた訳だ。

「腕は付いていない」
「あんなの飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ」

 正確に言えば、ハンド部分だけちょこんと機体下部に付いている。
 土星エンジンの大出力で戦闘機動を繰り返した場合、通常型のマニピュレータでは強度が足りない為、応力から金属疲労で折れてしまう。
 その為、伸縮式にして通常時は収納してあるのだという。

「使い方はさっきの説明でわかるが、土星エンジンな、私に使えるか?」
「少尉の耐G適性は未知数です。保証できる訳ありません」

 その物言いに、シャアは苦笑した。

「はっきり言う。気にいらんな」
「どうも」

 そう答える整備兵を残して、シャアはボールのコクピットへと向かった。

「気休めかもしれませんが、少尉ならうまくやれますよ」

 背中にかけられる声に、一瞥して微笑む。

「ありがとう。信じよう」

 こうして、シャアは、赤く塗装された高機動型ボールで出撃する事になった。
 後に、赤い彗星として畏怖されるようになった名パイロット、シャア・アズナブル。
 高機動型ボールに備えられた土星エンジンの恩恵で、文字通り三倍のスピードで迫るその戦いぶりは、連邦軍を恐怖のどん底へと叩き落としたのであった。



[16597] 第十五話 ブリティッシュ作戦
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/03/09 18:37
「ボールが、ここまで役に立つとはな」

 ドズル・ザビ将軍は、モビルポッド、ボールの発案者であるサカキ財閥令嬢、アヤ・サカキの白い儚げな姿を思い浮かべながら呟いた。
 サイド2ハッテに進軍したドズル艦隊が、連邦軍コロニー駐留艦隊と接敵する直前の事だった。
 民間船で偽装し極秘裏にサイド2宙域に侵入したジオン公国軍海兵隊のボール部隊が、ダミーバルーンを展開。
 コロニーを背に突如として現れた偽りの艦隊に、混乱した連邦軍は、コロニーごとこれを撃つと言う暴挙に出たのだ。
 それによって、サイド2の全コロニーは壊滅。
 ドズルの艦隊は、連邦軍の混乱をついて新兵器、モビルスーツによる攻撃で連邦軍艦隊を撃破したのだった。

「最悪、核でコロニーを吹き飛ばす事まで考えていたのだがな」

 その準備は、幸い無駄となった。
 大量虐殺者の汚名は、地球連邦軍の物となった。
 工作を行ったキシリアは、対連邦の交渉材料として、この事実を嬉々として利用する事だろう。
 でき過ぎの結果とも思えたが、この為にキシリア配下の情報部は、サイド2連邦軍コロニー駐留艦隊の編成から司令官の性格分析、そして追い詰められた場合の行動予測まで行い、実施に当たっては、与える情報のコントロールまでしたのだ。
 結果、かなりの高い確率で連邦軍の行動を誘導する準備は整っていた。
 ドズルの艦隊が持つ核は、策が成らなかった時の為の保険である。
 そして開戦から明けて1月4日、ドズル艦隊所属の工作部隊は、サイド2の第8番コロニー、アイランド・イフィッシュに核パルスエンジンを装着して地球へ落下させるコースへ移動させていた。
 落下目標地点は、南アメリカ大陸のジャブローにある地球連邦軍総司令部である。
 作戦名をブリティッシュ作戦と言う。
 そして、この作業に使われているのも、ボールであった。
 兵員はアヤが、コロニー公社を退職した定年後のシルバー人材をかき集めて来た。
 兵役で人材が乏しい中、この抜擢は非常に有効だった。
 老いたりとはいえ、コロニー公社の現場で長年スペースポッドを使って居た人材であり、腕は確か。
 安心して作業を任せる事が出来た。
 この人材面での手当てがなかったら、貴重なモビルスーツ、ザクやそのパイロットを作業に振り分けねばならず、結果として活用できる戦力の減少が起こっていただろう。
 あの令嬢は、そんな面にまで、配慮を欠かすことが無かったのである。

「ボールはただ戦力として用いれば二級の品だが、使い方さえ間違わなければ、ザクを補う働きができる。確かかかるコストもザクの四分の一以下と言う話だったな」

 戦いは数だと言うまっとうな軍事理念を持つドズルにとって、使える戦力に掣肘を受けない事は理想であった。

「ルナ2より連邦軍の主力艦隊が出て来るぞ。遠慮なしに叩き潰せ」

 サイド1ザーン、サイド4ムーア、サイド6リーアの連邦軍駐留艦隊は、アヤの発案した中立サイドからの義勇兵募集構想により、ジオン正規軍の手によらず制された。
 サイド2ハッテの連邦軍駐留艦隊も、ボールによる特殊工作により混乱した所を一気に叩き潰す事が出来た。
 その上、サイド2ハッテが連邦軍自身の手で壊滅された事により、コロニー破壊用に用意してきたザクII用の核弾頭バズーカも温存されている。
 負ける要素はどこにも無かった。

「地球連邦軍に通達。我々の攻撃目標は、南アメリカ大陸のジャブローにある地球連邦軍総司令部。ただそれだけである。コロニー落下に対し妨害を企て、万が一にも落下地点がそれ、民間に被害が出るようになったら、それは総て地球連邦軍の責任であると」

 これは、開戦前に用意されたシナリオであり、地球全土に通達は出されていた。
 いくら核パルスエンジンを使っているとはいえ、巨大なコロニーの軌道変更には時間がかかる。
 落下予定時刻は、ブリティッシュ作戦発動から六日後の1月10日。
 これだけ時間があれば、連邦軍がジャブローから人員だけでも撤退をする余裕がある。
 つまり、このコロニー落としが当初の予定通りジャブローに到達すれば、地球連邦軍は司令部を失う。
 連邦軍が徹底抗戦を行い、コロニーの落下進路を変えてジャブロー以外に被害を与えれば、それは地球連邦軍が民間より軍司令部を優先した結果となる。
 どちらに転んでも、連邦軍にダメージを与えられると言う戦略だった。
 これにより、ジオン軍実戦部隊は作戦行動の自由を得る事ができた。
 つまり、コロニーの落下さえ実現できれば作戦が成功である以上、必要以上にコロニーを守るには及ばないと言う事だ。

「これは大きいな」

 必死にコロニー破壊に奔走しなければならない連邦軍を狙い撃ちにすればいいのだ。
 これによりジオン軍の被害を抑えられ、力の温存を図る事が出来る。

「それにしても、ジオンも変わった物だ」

 五年ほど前までには、ジオンは人道を捨てコロニーへのNBC兵器の使用すら辞さず、ジオン以外のコロニーを殲滅。
 電撃戦をもって、地球連邦政府を陥れるしか、戦略の幅を持たなかったはずだ。
 それが、いつの間にやらサイド1、4、6の中立化構想が打ち出され、スペースノイドの協力が得られるよう、作戦の見直しが行われ、結果として戦略の幅が広がった。
 戦を受け持つ軍人たるドズルにとって、それは歓迎すべき事柄だった。

「これも、あの少女の影響か」

 ドズルの脳裏を、アヤの微笑がよぎって行った。



 連邦軍の必死の反攻によりコロニーは崩壊し、ジャブローへの落下は食い止められた。
 しかし、宇宙世紀79年1月10日。
 地球連邦軍の迎撃で崩壊したコロニーの残塊が相次いで地球に落下。
 地球全土で甚大な被害が発生し、数多くの人命が失われた。



[16597] 第十六話 ルウム戦役
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/03/07 06:27
「ニュータイプ、ですか」
「そうだ。先のルウム戦役におけるモビルスーツ戦で、ニュータイプ実在の証明と考える以外に解釈不能な事例が確認されたのだ」

 アヤは、キシリアの元でルウム戦役の記録を見ていた。
 宇宙世紀79年1月15日。
 ジオン公国軍は、最後に残された連邦軍側のコロニー、サイド5ルウムへ侵攻した。
 先のブリティッシュ作戦では地球連邦軍総司令部ジャブローを破壊する事が出来なかった事から再度コロニー落としをする為、というのは欺瞞で、実際には地球連邦軍艦隊を誘い出すための囮であり、ルナ2などに残存していた地球連邦軍宇宙艦隊の壊滅こそ真の目的だった。

「特に著しかったのが、これだ」

 キシリアが戦闘映像を停止する。

「光速に近い速度で移動するビームを回避したかのような挙動を示すパイロットの存在があった」
「シャア・アズナブル中尉。いいえ、少佐ですか」

 ルウム戦役で、五隻の戦艦を沈めたという英雄。
 通常のザクの三倍のスピードで迫る彼は、赤い彗星として、連邦軍に恐れられていると言う。
 しかし、

「本当に三倍のスピードを出していますね」

 彼の乗機は、ザクでは無かった。
 赤く塗られた球体に、大型ロケットエンジンを載せた、その機体はモビルポッド、ボール。
 それも、

「ツィマッド社の土星エンジンを積んだ三倍ボールが、あの方に渡っていたとは」

 アヤの持つ未来の記憶から、ザクの三倍の推力比を持つこの機体を赤い彗星にあやかって赤く塗ったのだが、それが巡り巡って、当人の手に渡るとは。
 ツィマッド社のエンジニアが実戦データ収集の為、試作した機体を軍に納めていたのは知っていたが、よもやこんな事になろうとは思ってもみなかったアヤだった。
 ちなみに、この戦闘データが手に入ったのも、試作機のデータ解析の為、ボールに内蔵されていた学習型OSのデータを吸い上げた結果であった。
 ルウム戦役と言う大規模な戦場を、ザクの三倍のスピードを持つボールで駆け巡る。
 研究では、ニュータイプ能力発現には心身に強いストレスを受けることが必要とされている。
 アヤの場合は、十二歳の時に遭ったシャトル事故であり、シャアの場合は、この高機動型ボールでの艦隊戦がそうらしかった。

「これで、実戦におけるニュータイプの有用性が証明できたな。例の計画を推進することとしよう」
「ニュータイプの軍事利用に対する研究ですか」

 アヤの存在によりニュータイプ研究を進めて来た民間の研究機関、フラナガン機関を、正式に軍の管理下に置き、軍事利用を目的とした組織に組み直す計画だ。
 アヤの存在がニュータイプ研究を加速させており、既に基礎理論は構築されていたのだった。

「それでは、シャア少佐をフラナガン機関に引き込むのですか?」

 シャアは、ドズル中将配下の宇宙攻撃軍に所属していた。
 キシリアの率いる突撃機動軍とは、別組織である。

「いや、今は時期が悪い」

 キシリアは、首を振った。
 シャア・アズナブル少佐は、ジオンの英雄として祭り上げられていた。
 それだけの人物を、ドズルの元から引き抜くのは、現時点では無理だった。

「そう言えば、お前はシャアと面識があるのだったな。ドズルとも」

 思いついたように、キシリアは言った。
 しかし、そもそも、あの二人とアヤが接触したのは、キシリアがスポンサーとなっていたフラナガン博士の研究の為だったのだが。

「シャアは、この試作型のボールを愛用しているという話だ。お前は、技術的なサポートを行うと言う事を名目に接触を計れ。可能な限りのデータを収集し、できるなら将来、こちらに来る事を誘ってみるのだ」
「はぁ、技術サポートを図るのはやぶさかではありませんが」

 実際、ツィマッド社との技術提携でようやく形となった土星エンジンのデータ収集は必須である。
 その他にも、この度、モビルスーツの制式武器として採用となった、ZIM/M.T-K175C、175ミリ無反動砲。
 通称マゼラトップ砲のボールでの運用データの収集作業もある。
 土星エンジン装備のボールを操るシャアとの接触は、アヤとしても望む事だった。

「それで、ルウム戦役は、ジオンの大勝で終わったのですね」
「ああ、緒戦で多数の艦艇を失った連邦軍は、ジャブローにある宇宙艦艇用の工廠を見捨てる事ができん。他に代替できる基地も無いしな。むざむざとこちらの意図に乗せられるしかない訳だ」
「そう言う事ですか」
「そして、我が軍は開戦後ほとんど消耗せず、万全の態勢で臨めたのが功を奏した。コロニーへの工作にボールが使えた事も大きい。その分、戦闘の主力へとザクをまわすことができたのだからな。それは、お前の手柄だ」
「いえ、あれは当社OBの方々が頑張って下さったお陰です」

 工作部隊のボールのパイロットは、アヤが、コロニー公社を退職した定年後のシルバー人材をかき集めて来たものであった。
 兵役で人材が乏しい中での人的資源の有効活用である。

「戦場に出ない民間人である私ごときが手柄など、おこがましいと思います」
「……本気でそう考えているのだな、お前は」
「は?」
「もう少し、欲を見せた方が良い。無欲な人間は逆に信用されない物だ」

 人は欲があるから他者と取引を行い、関係を構築しようとする。
 それがキシリアの考えだった。

「でも、キシリア様は、私を信用して下さいます」
「お前の真の目的が理解できたからな。スペースノイドの独立、これを果たす為にジオンに協力する。それがお前の行動規範だと知っているからだ」
「はい」
「だが、誰しもが、お前の考えに賛同する訳でもない。だから、分かりやすい欲を見せる事は、信用を得やすくする。例えば、そうだ。ザビ家に近い生活がしたい。ガルマの嫁にでもなりたいなどとな」
「はい? 私がガルマ様の!?」

 アヤは、既に社交界デビューを果たしており、ガルマとは知己を結んでいた。
 しかし、結婚などとは考えもしなかった。
 だが、キシリアは、まんざら冗談で言って居るわけでも無さそうだった。

「サカキ財閥と縁を結べる事を抜きにしても、お前はジオンに不可欠な人材だ。考えてもらえると、ガルマの姉としても嬉しいのだがな」
「はぁ」

 落ち着きなく視線を彷徨わせる少女に、苦笑するキシリアだった。



[16597] 第十七話 南極条約締結の裏で
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/03/09 18:35
 緒戦における圧倒的な勝利を後ろ盾に、ジオン公国は地球連邦政府に事実上の降伏勧告である休戦条約の締結を突き付けた。
 ジオン公国軍は、開戦後の一週間戦争からルウム戦役において、連邦軍本部であるジャブローの攻略こそなしえなかったものの、地球連邦宇宙軍随一の名将レビル将軍を捕虜にするなどの大勝利をあげていた。
 既に連邦宇宙軍は、ルナ2に立てこもる少数を除いて壊滅状態であり、降伏もやむなしと言う空気が大勢を占めていた。
 しかし、レビル将軍が収容されていたジオン本国から脱出に成功し、条約締結のための会合が開かれていたその時に全地球規模での演説を行い、地球連邦軍以上にジオン軍も疲弊していることを訴えた。
 ジオンに兵無し、と。
 これを受けて、地球連邦政府首脳は徹底抗戦を決意、交渉も振り出しに戻る。
 結局、核の封印等の戦時条約を結んで交渉を終えた。
 これを、条約が締結された地、南極にちなんで南極条約と呼んだ。

「ふははは、連邦もまた、見事に踊ってくれたものだ」

 ギレン・ザビのオフィス。
 機嫌良く笑うギレンの前に、サカキ財閥令嬢、アヤ・サカキの小柄な姿があった。
 その彼女に、ギレンの第一秘書で十九歳の若き才女、セシリア・アイリーンが紅茶を淹れてくれる。
 ハニーブロンドの髪を持つ大人の女性。
 年齢の分かりにくい日系、アジア系モンゴロイドで、幼さの目立つアヤとは対照的で。
 自分にはない、成熟した女性の魅力に感じ入りながらも、アヤは慎重に口を開いた。

「全ては総帥の掌の上、ですか?」

 少女は注意深く言葉を選ぶが、ギレンは遠慮は無用と鷹揚に頷いた。

「どういう事か理解できるかね?」
「はい、当初、地球連邦に比べ我がジオンの国力は三十分の一以下でした。それに対し開戦後は、サイド1ザーン、サイド4ムーア、サイド6リーアが我が国に与し、反対に地球連邦はコロニー落としの損害で、大きく国力を損ないました」

 アヤは教師の問いに答える生徒の様に、自分の所見を述べた。

「しかし、それでも地球連邦の持つ国力は侮れません。仮に現時点で降伏したとしても、地球上の戦略物資を握っている以上、地球連邦はいずれまたスペースノイドを圧迫する様になるでしょう」
「ふむ、そうだな。では、それを防ぐにはどうしたらいい?」
「地球上の戦略物資の奪取。これしかないでしょう」

 これは、キシリアの意向にも沿う物であった。

「その為には、今ここで休戦などされては困ります。少なくとも地球上の資源を差し押さえ、地球連邦を干からびさせるまで、戦争は継続させねばならないのです」
「その通りだ。その為に芝居をうって、ジオンが疲弊しているようにレビルに信じ込ませ、わざわざ解放したのだ」

 全てが仕組まれた事だったのだ。

「しかし、良くそこまで辿り着いたな」

 ギレンはアヤの洞察力を褒め称えるが、アヤは恥ずかしげに頭を振るだけだった。

「私どもも、モビルスーツの開発に協力をしていますから」
「ああ、ボールを使ったツィマッド社とのエンジンなどの共同研究か」
「はい」

 サカキ財閥が支配するジオンコロニー公社では、開発したモビルポッド、ボールをテストベッドに、ツィマッド社と次世代エンジンを研究していた。
 ツィマッド社の新型モビルスーツ、ドムに技術が利用されることになった土星エンジンである。
 その他にも、チタン合金の冶金技術を共同開発しており、ドムの装甲には、チタン・セラミック複合材が採用される予定だ。
 その関係からも分かったのだ。

「地上戦用のモビルスーツの開発を早期から指示されていましたから、地球侵攻作戦は必ずあると」

 ドムは、シャア・アズナブル少佐が駆る土星エンジン搭載型ボールの稼働データにより、既に完成。
 ツィマッド社は全社挙げての量産体制を構築している所だった。

「逆に言えば、現時点での講和は無い物と確信しておりました」

 ギレンは頷いて説明した。

「しかし、この選択は、サイド1ザーン、サイド4ムーア、サイド6リーアを、いや、スペースノイド全てを味方とした今だからこそ使える手だ。ジオン単体では、人的資源の面から地球の制圧はままならず、緒戦で地球連邦軍を破っての短期決戦でしか、勝ちは拾えなかっただろう」

 つまり、

「サイド1、4、6の中立化構想の元となる流れを作り出した君の成果と言う訳だ」
「そんな、私はただきっかけを作ったに過ぎません。全ては総帥の政治的努力の賜物かと」

 ひたすら恐縮して見せるアヤを、ギレンは可笑しげに見やるのだった。



[16597] 第十八話 地球侵攻作戦
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/03/09 18:33
 ムサイ級巡洋艦ファルメルは、ドズル・ザビの乗艦だったが、ルウム戦役での功績により、シャア・アズナブル少佐が譲り受けた艦である。
 そのファルメルは今、補給の為にサイド3に帰還していた。

「戦場から帰られて、お変りになられましたね、シャア少佐」

 サカキ財閥令嬢、アヤ・サカキをファルメルの艦長室に迎い入れていたシャアは、白い小柄な少女からそう言われ、自分の頬を一撫でした。
 ニュータイプと言われるこの少女とは、戦前からの付き合いになる。
 顔を合わせる回数こそ少なかったものの、その独特な人柄と見識は、少なからずシャアに影響を与えていた。
 その為か、シャアは余人には明かせぬ身の内に抱えているものを、ためらいがちに吐き出した。

「ルウム戦役の戦場でな、己の知覚力が拡大された様な感覚を覚えた。あれが、君の言っていた……」

 少女は確信したように頷いた。

「そう、ニュータイプです。申し上げましたよね。少佐にはその力があると」
「ああ、君の言っていた事は確かだった様だ。これが人の革新か」

 シャアは、新たな自分に戸惑いを覚えていた。
 自分はザビ家への復讐の為、ジオン軍に身を投じていたはずだった。
 しかし、

「君の言っていたな、スペースノイドの独立。その目指す所が分かってきた様な気がするのだ」

 少女はシャアの前では、ジオンの独立ではなく、スペースノイドの独立と言う言葉を繰り返し使っていた。
 地球に巣食う腐敗官僚の排除、アースノイドの特権を剥奪することによる、アースノイドとスペースノイドの意識的な地位の逆転、パラダイムシフトこそが大事で、ジオンの政治形態に対する批判などは、長期的に見ればいずれ解消される物に過ぎないと。
 他の者の耳が無い所では、それを待てない、ザビ家の独裁体制がその身に合わないと言うなら、スペースノイドの独立が果たされたら、中立のコロニーなり月のフォン・ブラウンなりで政治活動を行えばいいとまで言っていた。
 その広い視野が、ニュータイプとして目覚めた今、自分にも得られた様に感じるのだ。

「君は……」

 そう言いかけた時だった。
 副官のドレンが、新たな来客を告げたのは。

「いよう、シャア。どうしたんだい。赤い彗星として名を上げた君が、ジオン本土に戻って来るなんて」

 そう言って、艦長室のシャアの元を訪れたのは、ガルマ・ザビ。
 ザビ家の四男である彼は、シャアの士官学校の同期にして友人だった。

「ガルマ……」
「おっと、これは失礼。先客があったようだね」

 軍艦に場違いな白い私服の令嬢を認め、表情を改めるガルマ。

「先日のパーティではどうも、ガルマ様。ご親友の陣中見舞いですか?」

 少女は微笑みを浮かべ、挨拶を述べる。
 言葉とは、言う者によってここまで印象を変えるものだったろうか。
 彼女が使った親友と言う言葉が、これほど自然に受け止められたのは、シャアにとって初めての体験だった。

「アヤ君じゃないか。君が、どうして?」

 ガルマの疑問に答えたのは、シャアだった。

「私の乗る高機動型ボールは、ツィマッド社製の試作型土星エンジンを搭載した特別機なのでね。補給とバージョンアップの為には、本土の技師に見てもらう必要があるのだよ」
「同時に、蓄積した少佐の戦闘データを頂いているのです。まあ、シャア少佐のお陰で土星エンジンは完成。その成果は、地球侵攻作戦用のモビルスーツ、ドムに生かされているのですが」

 言い添えるアヤに、ガルマは頷いた。

「ああ、あの重モビルスーツか。私も姉上の指揮下で地球侵攻作戦に参加するから聞いてるよ。モビルスーツの地上での移動速度の遅さを補う為に、ホバー走行を取り入れた最新鋭の機体だってね」

 アヤがツィマッド社に技術的な協力を行った事と、軍から早期に地上侵攻用モビルスーツの発注がかけられていた為だろう、ドムの制式化は早まっており、地球侵攻作戦に参加する地上用モビルスーツは、全てドムに統一されていた。
 この為、ザクの地上タイプであるザクIIJ型も、陸戦用モビルスーツグフも試作はされていたのだが、量産化は見送られていた。
 また、このドムの装甲には、ツィマッド社とサカキ財閥が支配するジオンコロニー公社が共同で開発したチタン・セラミック複合材が採用されていた。
 これにより、耐弾性の著しい向上が、図られている。

「統合整備計画によるコックピットの操縦系の規格・生産ラインの統一が功を奏して、ザクからの機種転換も容易に行われていると言う話だよ」
「そうですか、それは何よりです」

 満足げに微笑むアヤに、ガルマは思い出す。

「うん? そう言えば、モビルスーツのコクピット周りは、ジオンコロニー公社スペースポッド部門が生産を受け持っているという話だったね」
「そうなのか?」

 ガルマとシャア、二人の視線を受け、アヤは説明する。

「はい、元々は、私が企画した体感シミュレーションゲーム、戦場の絆で、モニター設置によるコストを抑える為に開発されたのが、パノラミック・オプティカル・ディスプレイと呼ばれるドームスクリーン技術なのです。これを、モビルスーツにフィードバックする事によって、皆さんご存知の前方上下左右、百八十度の視界をシームレスに映し出すコクピットが完成したのですよ」
「それを、ジオンコロニー公社お得意のチタン殻でブロック化した訳か。この脱出ポッドのお陰で命拾いをしたと、戦場の兵の中でも好評だったよ」

 シャアが現場の意見を伝えてくれる。
 それを受けて、アヤは胸を撫で下ろした。

「そう言って頂けると、統合整備計画の中に組み込む為に苦労した甲斐があったと言う物ですね」

 何より、人命を救えたのが嬉しいのだ。
 そんな令嬢の様子に、男二人も自然と微笑みを浮かべる事になった。



 この後、キシリア率いる突撃機動軍は、地球侵攻作戦を実行し、モビルスーツドムの卓越した性能も寄与し、地球各地を支配下に置いた。
 ガルマもこれに参加。
 ジオン公国軍の地球方面軍司令官として北米に拠る事になったのだった。



[16597] 第十九話 青い巨星
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/03/11 06:28
「ええと、接近戦用のボールですか?」

 サカキ財閥の令嬢、アヤ・サカキは彼女には珍しく表情を崩した。
 それだけ目の前の軍人、ランバ・ラル大尉の要求が想定外だと言う事でもあったのだが。

「一体どういう事です?」
「そうだな、ドズル中将からは、貴女になら作戦内容を話して協力を取り付けても良いと言われている」

 ラルは、この小さな少女に、ドズルからの言葉を告げた。
 民間人相手に、破格と言ってもいいほどの信頼だ。

「そこまで信頼して頂けるのも、こちらとしては嬉しい限りですが」

 戸惑いがちに問いかける少女に、ラルは小さく笑った。
 そして、表情を改め、話し始める。

「宇宙上に残存している地球連邦軍、ルナ2を攻略する作戦が、現在立案されている」

 ルナ2とは、スペースコロニー建設用の鉱物資源を採取するために、アステロイド・ベルトから月軌道上に運ばれてきた小惑星を、地球連邦軍が軍事基地に改造したもので、月とは地球を挟んで正反対の位置に存在する。
 第2の月という意味から、ルナ2と名付けられた。
 核攻撃にも耐えられる厚い岩盤層の中に、ドックや整備、補給を行う施設を保有しており、宇宙のほとんどをジオン公国軍が制圧した結果、宇宙において唯一の連邦軍の拠点となっている。

「作戦に使われるのは、連邦軍から鹵獲された大型のコンテナ式輸送艇。それと、数隻のサラミス級巡洋艦だ」

 それで、アヤにも察しがついた。

「なるほど、トロイの木馬ですか」

 その洞察眼に、内心舌を巻くラル。
 一を聞いて十を知る天才とはこういったものだろうか。
 さすがは、才女として名高いサカキ財閥のご令嬢である。

「その通り。サラミス級に護衛された輸送艦が、ルナ2目がけて逃げ込んで来る。無論、そのままでは怪しまれるだろうから、サラミスは自動操縦とした上で、追撃する我が軍の艦隊と交戦。撃沈されながらも、無事ルナ2に輸送艦を送り届けると言う作戦だ」
「そして、ルナ2に受け入れられた輸送艇のコンテナからは、ボールが次々と現れ、港を占拠する、ですか?」

 アヤの指摘に、ラルは頷いた。

「左様、外からが駄目なら中から攻め落とせば良い。元々ゲリラ屋の私の戦法でいこうと言う訳だ」
「確かに。内部から呼応すれば、損害も最小でルナ2を攻め落とす事が出来ますね」

 しかし、である。

「でも、どうして接近戦用のボールなどという、特殊なご注文を?」
「これは、確認された情報なのだが、どうやら、連邦軍は鹵獲した我が軍のザクをルナ2の守備に回しているようなのだ。狭い要塞内で、これと遭遇した場合、格闘戦の能力が無いボールでは、一方的に撃破される恐れがある」
「それで、ですか」

 しばし、考え込むアヤ。
 そして、面を上げる。

「それでしたら、ジオニック社と我社の共同で開発した試作機がございますが」



「これが、格闘戦用ボールです」

 アヤが案内した倉庫内の一角に、それはチタンの地肌をむき出しに置かれていた。

「これは…… 右のアームの代わりに取りつけられているのはムチかな?」
「電磁鞭のヒートロッドです。特殊デンドリマーを積層することにより幾層からなる圧電アクチュエーターを構成し、各層に独立して電荷を与えることにより自在に動かすことができます」
「なるほど。それで、天頂部に供えられた手は一体……」
「75ミリ5連装フィンガーマシンガンです。元々これらの武装は、地球侵攻作戦の為にジオニック社が開発したモビルスーツ、グフの為のものなのです」
「しかし、地球侵攻作戦には、重モビルスーツであるドムが」
「ええ、その為、せっかくグフ用に開発、作成した固定武装が無駄になってしまったのです。それを惜しんだジオニック社が我社に働きかけて作られたキメラ的機体が、この格闘戦用ボールなのです」

 威嚇用に、反り返った角まで付いている。

「それでどうか、使えるのか?」

 問題はそこであった。
 アヤは、手元のモニターに、このボールとザクの戦闘試験の映像を呼び出した。

「性能試験は、ジオニック社が行いました。接近戦だけなら、この固定武装でザクを圧倒できるそうです」

 画面上には、このボールがヒートロッドを自在に振り回し、接近戦でザクを一方的に翻弄している姿が映し出されていた。

「こちらが、性能試験結果です」

 プリンターで、レポートを印刷して渡す。

「漢ムチ?」
「ああ、ヒートロッドの事です。ジオニック社の技師が仮名称で呼んでいたものですね」
「では、この漢バルカンと言うのも?」
「フィンガーマシンガンの事ですね」
「ふむ」

 ラルはこの機体が気に入ったようだった。

「それでは、こちらの機体を納品させて頂きます。塗装はどうされますか? 試作機ということで、チタンの地肌そのままの状態ですが」
「では青で」
「あ、これは失礼しました。青い巨星の名は有名ですものね」

 こうして、格闘戦用ボールは青く塗られて、歴戦の勇士ランバ・ラルの手に渡された。
 ルナ2攻略戦では、連邦軍に鹵獲されたザクを相手取り、獅子奮迅の活躍を見せ、作戦を成功させることになる。
 そして、この格闘戦用ボールには、ランバ・ラル専用ボールの別名が付けられ、軍から同仕様の機体の生産が発注された。
 このタイプのボールは、ジオニック社のグフ用固定武装、ヒートロッドとフィンガーマシンガンの不良在庫が捌けるまで生産され、各戦線に配備されたのだった。



[16597] 第二十話 V作戦
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/03/12 18:20
 宇宙世紀79年9月。
 シャア・アズナブル少佐が、ジオン十字勲章ものの戦功を立てた。
 連邦軍のV作戦を察知し、モビルスーツとその母艦、木馬を鹵獲したのだ。
 この功績を持って、シャア少佐は二階級特進。
 ズム・シティに招聘され、教導機動隊の司令官に任命された。
 なお、教導機動隊は、キシリア・ザビ配下の突撃機動軍に所属しており、これによりシャアは、ドズルの宇宙攻撃軍から離れる事になった。
 ニュータイプであると目される彼を、戦功に報いる形でキシリアが招いた結果だった。

「お疲れさまでした。シャア大佐」

 ジオン本国に帰ったシャアは、初めて慰労の言葉を受けた。
 二階級特進を果たした彼に対し、祝いの言葉を言う者は居ても、労をねぎらう者は皆無だったのだ。
 そして、この言葉をかけてくれたのが、彼に大きな影響を与えてくれたニュータイプの少女。
 サカキ財閥令嬢、アヤ・サカキであることに、彼女が特別である事を感じずには居られないシャアだった。

「ああ、実際大変だったよ。部下とザクを三機も失ってしまった」

 だから、彼も素直に内心を語った。
 少女はさもありなんと頷いて言った。

「連邦の新型は凄い性能の様ですね。先日占拠されたルナ2で鹵獲された装甲材、ルナチタニウムを惜しげもなく使用しているとか」

 軍属ではないくせに、軍内部の情報に精通しているこの少女。
 モビルポッド、ボールを作り上げ、そのノウハウでモビルスーツの性能の底上げをしている彼女ならではの情報網があるのだった。
 それを思いながらも、シャアは連邦軍モビルスーツとの対戦を思い出して苦笑いを浮かべた。

「そうだな、ザクのマシンガンが全く通用しなかったのには驚いたな。私も自分の目を疑ったよ」
「それでは、どうやって、連邦のモビルスーツを?」
「ああ、それは君のお陰だよ」
「はい?」

 事情が呑み込めない様子の少女に、シャアは、笑って言った。

「一度目の手合わせで、マシンガンが効かないのが分かったからな。二度目には、君が新たに配備してくれた、ZIM/M.T-K175C、175ミリ無反動砲をボールに装備させて戦いに臨んだのだよ」
「ああ、マゼラトップ砲ですか」

 ZIM/M.T-K175C、175ミリ無反動砲は、ジオン軍主力戦車マゼラアタックの主砲である。
 マゼラアタックは砲塔部分が分離、マゼラトップとして飛行が可能だった。
 この状態でも砲撃できるよう、無反動砲が採用されていたのだが、これがボールの武装に適していた為、採用された経緯にある。
 無論、ボール専用にするのはコストの面で不適当である為、ジオン軍上層部にモビルスーツ用武器としての配備案を上奏。
 ボールにはあくまでも流用と言う形を取った。
 そして、この砲の実戦データを取る為に、唯一実戦で戦っているシャアの高機動型ボールに先行配備されたのだった。

「味方のザクが格闘戦を仕掛けてな。組み合いになった所を、高機動型ボールのスピードを生かして背後を急襲。175ミリ無反動砲で無力化した訳だ」
「そんな使い方があるなんて……」

 絶句するアヤに対し、シャアは首を傾げた。

「それでは、どの様な使い方を考えていたのだ?」
「もちろん、長射程を生かしたアウトレンジからの砲撃です」

 アヤは説明した。

「元々ボールは二級の戦力。主戦場での戦いは考えられていません。ですから従来は、モビルスーツ用の武器をアタッチメントで装備して自衛を行うので十分だった訳です」

 実際、その様な使われ方をボールはされていた。

「しかし今後、戦局が厳しくなって主戦場にボールを投入せざるを得なくなった場合。格闘戦能力の無いボールは、敵モビルスーツの餌食になってしまいます。それを避ける為、敵モビルスーツの相手は味方のモビルスーツに任せ、ボールにはロングレンジ砲を載せて後方、アウトレンジから支援射撃を行う様にする。その為の保険なのですよ、この175ミリ無反動砲は」

 なるほど、理にかなった戦術である。
 利を説いて、人命を尊重したより良き方向に人を導く。
 それが、この令嬢のやり方であった。
 だからこそ、ザビ家の面々、ギレン、キシリア、ドズルの間でパイプ役を務める事が出来るとも言える。
 希少な人材だった。

「それにしても報告にあった、モビルスーツに戦艦並みのビーム砲を搭載する技術。これはジオンのモビルスーツを変えますね」
「そうだな」

 嘆息するアヤにシャアは頷く。

「ドム用に開発中だったビームバズーカが、これで完成するでしょう。しかし、地上用モビルスーツはそれでいいとして、問題は宇宙用モビルスーツですね。暫定で、ドムを宇宙用に改装したリック・ドムが生産される様ですが、これでも連邦軍のモビルスーツには及びません。新型が必要になるでしょう」

 実際には、ドムにはチタン・セラミック複合材が使用されている為、地上用ドムは機動力で連邦軍が量産化しようとしているジムに圧勝。
 宇宙戦用のリック・ドムも、ビームバズーカが装備されれば互角以上の性能を持つ事になるのだが、この時点では、誰も知り得ない事だった。



[16597] 第二十一話 アムロ・レイ
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/03/13 18:45
 連邦軍の機密を知った者としてジオン本国に送られ、軟禁生活を余儀なくされていた少年、アムロ・レイを訊ねて来たのは、軍人では無い、白い小さな令嬢だった。

「アムロ・レイさんですね。私は、ジオンコロニー公社社長の娘、アヤ・サカキです。今日はあなたをスカウトに来ました」
「スカウト?」
「はい、アムロさんは正式な連邦軍兵ではないと言う事。ですので、私が身元引受人になる事で自由にして差し上げる事が出来ます」

 そう言う少女に、アムロは困惑した。

「でも何で、わざわざ僕を?」
「初めてモビルスーツに乗り込んでザクを撃破した、あなたの能力を買ってと言う事です」
「ジオン軍に協力しろって言うんですか?」
「嫌ですか?」
「ジオンは僕達のコロニーを滅茶苦茶にしたんだ。幼馴染の子の家族も、それで殺されている」

 なるほど、と少女は頷いた。

「それは、こうも考えられませんか? 連邦軍が平和なサイド7、そしてそこに住む住人をカモフラージュに使って軍事基地を作ったから起こった悲劇だと」
「それは! ……そうかも、知れないけど、でも!」
「すぐに割り切れとは申しません。でも、ご協力頂きたいのは、人の未来についてなのですよ。ニュータイプと言うのはご存知ですか?」

 首を振る、アムロ。

「ニュータイプとは、ジオン・ズム・ダイクンとその思想ジオニズムによって出現が予言された、宇宙に適応進化した新人類の概念です」
「進化した、新人類?」
「そうです。認識能力の拡大により人並み外れた直感力と洞察力が身に付き、並外れた動物的直感と空間認識能力が備わる」
「僕が、そうだと?」
「ええ、才能は十分だと思われますから。研究にご協力頂きたいのです。どうしても嫌だと言う事でしたら、無理には勧めませんが」
「嫌だって言ったらどうするんですか?」
「当家のお客人としての扱いになりますね。衣食住は保証させて頂きます。ともあれ、一度見てもらえませんか?」
「見て?」
「ニュータイプ研究所です」

 こうして、アムロはフラナガン機関の見学に赴く事になった。
 この組織は当初、人材を広く集める為に中立コロニーであるサイド6リーアに秘密裏に置かれる事も検討されていたのだが、初めて確認された明確なニュータイプ能力発現者が、サカキ財閥の令嬢たるアヤ。
 しかも、彼女はモビルポッド、ボールプロジェクトの主導者であるため、サイド6に送る事もできない。
 それ故にサイド3に置く事になったのだ。
 リムジンに、アムロと乗り込むアヤ。
 この扱いに、アムロもこの一風変わった少女が、重要人物である事を悟った様子だった。
 そして、リムジンに揺られる事しばし。
 実際には、ほとんど揺れを感じる事も無い高級車だったが、ともかく到着したのはセキュリティがしっかりした研究所風の建物。
 門で警備員からID照合を受けて、建物の玄関にリムジンを乗り付けた後に、アヤは慣れた様子で中へと入って行く。
 そんな彼女に、声をかける者があった。

「へっぽこ嬢ちゃんじゃないか、今日は何の用だ」
「博士、お嬢様に失礼ですよ!」

 彫りの深い顔つきのがっしりとした印象のある研究者を、ローティーンの少女が必死になって止めている。
 ニュータイプ研究者、クルスト・モーゼス博士と、ニュータイプの被験者、マリオン・ウェルチだった。

「相変わらずお元気そうですね、クルスト博士。マリオンも」

 アヤは苦笑しながら、それに答えた。
 博士は平然とそれを受け流し、マリオンはひたすらに恐縮して見せる。
 この凸凹コンビは、本当にいつも仲がいい。

「今日は、新たな人材をお連れしたんですよ。へっぽこな私と違って、初見でモビルスーツを動かしたって言う逸材です。アムロ・レイさん」

 アムロを二人に紹介する。

「そしてこちらは、クルスト・モーゼス博士と、ニュータイプの被験者、マリオン・ウェルチさんです」
「あ、どうも」
「ほうほうそれは」

 クルスト博士の視線が、アムロへと向かう。
 新たな人材に興味しんしんと言った様子だ。

「嬢ちゃんがあまりにへっぽこだったからな。期待させてもらうぞ」
「あの、へっぽこって?」

 さきほどから連呼されている、へっぽこという言葉に戸惑うアムロに、アヤは恥ずかしげに告げた。

「あの、私、実はモビルスーツ適性が、まったく無いんです」

 初めて確認された明確なニュータイプ能力発現者たるアヤだったが、彼女はモビルスーツの操縦に対して、まったくと言っていいほど適性を持ち合わせていなかったのだ。
 この事実は研究者達を呆れさせ、ニュータイプも所詮人、という認識を抱かせるに至った。
 目の前のクルスト・モーゼス博士も、最初はニュータイプの驚異的な能力に危機感を抱き、ニュータイプが人類に代わる進化した存在であるのなら、進化に取り残されたオールドタイプは、かつて現人類に滅ぼされた旧人類のようにニュータイプに駆逐されるのではないかという強迫観念に取り付かれていたのだが、アヤのあまりのへなちょこ加減に呆れ果て、その考えを捨てるに至った。
 以降、博士はニュータイプの能力を再現するシステム作りに力を注ぐようになったのだった。

「嬢ちゃんは、ボールの操縦しかできんからな。ニュータイプ対応のボールを作るしかあるまい」
「そんな事、できるんですか?」
「ブラウ・ブロのシムス中尉が、技術協力を申し出ておったぞ」
「シムス中尉、そんな事に意気込まなくても……」

 がっくりと肩を落とすアヤ。
 後日、このニュータイプ専用ボールは実現する事になるのだが、彼女はまだそれを知らない。

「それでは、アムロさんの案内がありますのでこれで」

 適当な所で話を切り上げ、次へと案内する。
 アムロは、アヤに告げる。

「正直、モルモット扱いとか暗いイメージがあったんですけど、全然違いますね」
「それは、まぁ、快適な方が研究も上手く行きますよね」

 これは、最初の被験者がアヤだったことに由来する。
 サカキ財閥の令嬢に失礼な事をする訳にも行かず、被験者の人権に十分配慮した研究が行われたのだ。
 そして、アヤ以降、素質を持った者が現れるのに数年の歳月がかかり、結果としてアヤに対する応対が、被験者への配慮のスタンダードとして定着してしまったのだ。
 アヤの存在は、こんな所でも、歴史を変えていた。



 数日後、アムロはニュータイプ研究に協力する事を申し出た。
 これは、アヤの屋敷で一方的に客人としてもてなされた事に対する遠慮も多分にあった。
 何しろ、無職のアムロはそのままではただのヒモにしかなれなかったのだから。



[16597] 第二十二話 良いツノ
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/03/14 18:25
 宇宙世紀79年10月7日、地球連邦軍は反攻の第一歩として、オデッサ作戦を発動し、マ・クベ大佐指揮下のジオン軍が占領する鉱山地帯の中核オデッサの奪回を図った。
 地球連邦軍は、ルナチタニウム合金製のモビルスーツ、先行量産型ジムを投入。
 これに対し、ジオン軍は新開発のビームバズーカを装備したモビルスーツ、ドムで対応した。
 ジムは実体弾砲、100ミリマシンガンしか持っておらず、ジオンコロニー公社モビルポッド部門とツィマッド社が共同開発したチタン・セラミック複合材の装甲を持つドムの前には火力不足を否めなかった。
 逆に、いかにルナチタニウム合金製の先行量産型ジムと言えども、メガ粒子砲の前には無力であり、連邦軍は、一部に投入された陸戦強襲型ガンタンクが奮戦した以外は一方的に敗退するしか無かった。
 これにより、地球上のオデッサ地方の支配は不動のものとなったため、マ・クベ大佐は宇宙に戻る事となった。
 そして……

「大佐専用のボールですか?」

 ジオンコロニー公社モビルポッド部門を代表する令嬢、アヤ・サカキは、顔が引きつりそうになるのを、懸命にこらえながら言った。
 ジオン軍高官には、儀典用モビルスーツを持つ者が多い。
 代表的な物として、ドズル・ザビ中将専用ザクがあるし、目の前のマ・クベ大佐にしても、量産化が行われなかったグフを中世の騎士風にカスタマイズした機体を持っていた。
 これらは、実際に戦う事は考えられていないのが普通だ。
 士気高揚の為の物で、高官達がモビルスーツを操る能力を持っているかどうかは別問題なのだ。
 それに対し、最近は儀典用にボールを求める者が出始めていた。
 ザクの三倍のスピードを持つ高機動型ボールに乗って、ルウム戦役で五隻の戦艦を沈めたと言われる赤い彗星シャア・アズナブル大佐。
 接近戦用の専用ボールで、ルナ2を攻略したと言う青い巨星ランバ・ラル中佐。
 これらの武勲がボールのジオン軍内部での評価を押し上げたのだ。
 そして、モビルスーツより操作が簡単なボールならば、パイロットとしての適性が低くても操縦する事ができる。

「もしかして、ボールで戦場に立つおつもりですか?」

 目の前のマ・クベ大佐は、同じくキシリア・ザビ少将の突撃機動軍配下となったシャア大佐に並々ならぬ対抗心を示して居ると言う事だった。
 シャアがボールを使うなら、自分もと考えたのかも知れない。

「しかし、マ・クベ大佐みずからお出になることはないと」

 言い募るアヤだったが、それはマ・クベによって制された。

「あるのだな」
「は?」
「ボールを私用に開発させていただく許可は取っている。キシリア少将へ男としての面子がある。それにシャアは本土の教導機動隊に着いていると言う話だ。きゃつが指を咥えて見ている前で、連邦軍のモビルスーツを仕留めてみせるよ」

 マ・クベは本気だった。

「ツィマッド社の方と相談してみます」

 アヤに言えるのは、それだけだった。
 そして、一ヶ月後、その機体はできあがっていた。

「連邦軍から鹵獲したモビルスーツに使われていたビームサーベルを再現した物を、両手に装備しました」
「腕が無いが……」

 ビームサーベルは機体下部、本来マニピュレーターが設置されている部分から突き出ていた。

「腕は、高機動型ボールと一緒で伸縮式。通常時は機体内部に収納されています。また、この伸縮機能を使った連続突き、スプラッシュファーントが使用可能です」
「おお」
「機体の上部周辺には、ツィマッド社が開発したニードルミサイルが装備され、機体上方向に連続発射が可能です」
「これは良いツノだ」
「ああ、部隊指揮用に天頂部に大型のスティック式アンテナを装備しました。この機体は、あくまでも指揮官用です。指揮下のモビルスーツで敵を叩き、それでも接近してきた敵モビルスーツがあれば、ニ刀のビームサーベルで止めを刺す。そう言う使い方を想定しています」
「うむ」

 後に、戦場に立ったマ・クベ大佐は配下のリック・ドムを率い、連邦軍のパトロール部隊と交戦。
 連邦軍のジムを誘いこみ、相手を消耗させてビームサーベルによる接近戦へと持ち込んでこれを撃破したと言う。



[16597] 第二十三話 ソロモン防衛戦
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/03/15 20:27
 オデッサ作戦の失敗によって、ジオン軍が占領する鉱山地帯の中核オデッサの奪回に失敗した地球連邦軍であったが、ジャブローに蓄積されていた戦略物資の取り崩しで、宇宙軍艦隊の再編は、どうにかできる体制が整えられていた。
 そして宇宙世紀79年12月2日。
 多数の宇宙艦艇が、ジオン本国を攻め落とす為にジャブローより宇宙へと打ち上げられ始めた。
 しかし、その行為は今まで不明であった、ジャブローにある地球連邦軍総司令部への入り口を露呈させる結果をももたらすものであった。

「よし、これで地球連邦軍ジャブロー基地の入り口はつかめた。マッドアングラー隊による、ジャブロー侵攻を開始する」

 ジオン公国軍地球方面軍司令ガルマ・ザビ大佐は命令を下した。
 ジャブローに濃密な対空砲火網が敷かれているのは、地球侵攻作戦開始時、月面から地球に向けてマスドライバーでの攻撃を実施した際に分かっており、降下作戦による攻撃には、甚大なる被害が予想された。
 その為、攻略は、この侵攻用にカリフォルニアベースで大量生産された水陸両用モビルスーツによる揚陸作戦で行うのだ。
 主力モビルスーツはズゴックだが、総力戦の為、旧式なゴッグも動員された。
 これらの水陸両用モビルスーツには、統合整備計画により、ジオンコロニー公社モビルポッド部門とツィマッド社が共同開発した、チタン・セラミック複合材が装甲材として採用されている。
 そして、一部のエースには、最新型のズゴックE、ハイゴッグも配備されていた。
 連邦軍は、ジオン軍の侵攻を必死に食い止めながら、宇宙艦艇の打ち上げを行ったのだった。



 一方で、打ち上げられた連邦軍艦隊を迎撃するジオン宇宙軍は、これを機に、地球連邦軍を徹底的に叩く作戦に出た。
 地球から出て来る艦艇をその場で叩くのではなく、月面のグラナダと宇宙要塞ア・バオア・クーを結ぶジオン本土最終防衛ラインまで誘いこみ、敵の補給線が限界に達した所で一気に壊滅させる手だ。
 一種の縦深陣地戦術と言えよう。

「しかし、縦深陣では、前線となるソロモンは、持ち場で全滅するか、撤退することになる」

 レーザー通信回線で、秘匿通話をギレン・ザビ総帥と交わしていたドズル・ザビ中将は声を荒げた。

「兵を使い潰せと言うのか!」

 それに対し、ギレンは言った。

「ビグザムを送っておいたはずだ。あれ一機で二、三個師団の戦力になる」
「モビルスーツの数が足らんのだ! こんなモビルアーマーの一機を送ってくるくらいならドムの十機も送ってくれれば良いものを…… 戦いは数だよ兄貴!」
「ああ、だから、その数も送って置いた。要塞内防御戦用兵器、ボール改造型百機だ」
「ボールだと!? あんな物で……」
「文句はスペックと使用法を確認してから言え。要塞内の防衛には最適な兵器だ。それを使って立て籠もればいい」
「ん? これは……」

 手元の端末で送られてきた改造型ボールのデータを確認する。
 なるほど、これは要塞内での防御戦に威力を発揮しそうだ。

「これは、例のサカキ財閥の?」
「アヤ君の事か? いや、本人は、要塞内の防衛用の機体の開発を依頼しただけで、開発自体には関与していなかった。その機体は、ツィマッド社とコロニー公社モビルポッド部門の技術者達が、彼女曰く暴走して作り上げたものだ。彼女自身は、できあがった仕様に唖然としていたよ。珍しい物を見る事ができたな」

 ギレンの前では、徹底的に表情を作っている彼女である。
 仕上がった機体に、よほどショックを受けたのだろう。
 ドズルはそれを想像して、いかつい顔に失笑を浮かべた。
 ともあれ、

「だが、これは有効だ」
「ああ、だからこそ、発注して作らせた。これを生かして将兵を生き残らせるんだな」

 その物言いに、ドズルは違和感を感じた。
 この兄は、外面はともかく内面は、将兵の事など単なる数字でしか捉える事の出来ない感性の持ち主だった。
 それが、形だけでも兵に気にかけた発言をする。
 微妙にだが、何かが変わっていた。

「これも、あの娘の影響か」

 ドズルの脳裏を、白い小さな令嬢の姿が過る。

「何か言ったか?」

 ドズルの呟きは、兄には聞き取れなかったようだ。
 ともかく、ドズルは言う。

「分かった。ここで、連邦の将兵をできる限り消耗させてやろう」

 そして、ソロモンの防衛戦が幕を開けるのだった。



[16597] 第二十四話 恐怖! 機動ボール
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/03/18 18:42
 戦いは、終盤に差し掛かっていた。
 連邦軍ティアンム艦隊は、モビルスーツ、ジムと、その支援機、ジムキャノン、少数生産され配備されたガンキャノンを前に出した物量戦法を展開していた。
 これに対し、ビームバズーカを装備したリック・ドムはよく戦ったが、さすがに旧式となったザクでは、その攻撃に抗しきれなかった。
 機を見て、ドズルは戦力を温存するため、ドロス級空母二番艦ドロワを中心とした艦隊をア・バオア・クーに撤退させる。
 この殿には、配備の間に合った新型モビルスーツ、ゲルググを駆るアナベル・ガトー大尉がつき、獅子奮迅の活躍を見せる。
 後のソロモンの悪夢である。
 このゲルググも統合整備計画の恩恵を受け、装甲にチタン・セラミック複合材を使用。
 取り外し式のシールドの採用も相まって、ジムとのキルレシオは五対一まで跳ね上がっていた。
 コックピットの操縦系の規格・生産ラインの統一が功を奏して、機種転換も容易。
 もはや、パノラミック・オプティカル・ディスプレイと呼ばれるドームスクリーン技術により前方上下左右、百八十度の視界をシームレスに映し出すコクピットはジオンのスタンダードであり、ジオンコロニー公社お得意のチタン殻でブロック化した脱出ポッドとして機能する設計など、他の追随を許さないものとなっていた。
 ともあれ、艦隊を失ったソロモンは、後は陥落を待つばかりと思われたのだが。



「注意しろ、新型だ」

 ソロモン要塞内に侵入したジムのパイロット、シン少尉は部下に命じた。

「なんだと? 何機いる?」
「待て、新型は一機だけのようだ。あとはザクしかいない。やるぞ」
「ま、待て、相手の戦力を」

 そして、三人の乗るジムの前に現れたのは、腕の無い丸い機体に足が生えた緑の機体。
 全身に黄色いとげが付いている。

「ぼ、ボールだと!?」

 そのボールの周囲には、黒い靄の様な物が見えた。
 それに嫌な物を感じながらも、シン少尉は命じた。

「撃て、撃て!」

 ジムのビームスプレーガンが、脚付きボールに集中する。
 しかし、その攻撃はボールに届く事無く拡散。
 霧消してしまう。

「い、今、確かにビームをはね返した」

 黒い靄に見えたのは新式のビーム攪乱幕だった。
 その投射装置を、このボールは備えていたのだ。
 そして、ボールが前に出た。
 その機体下部左右。
 普通のボールなら、作業用アームが付いている部分から、まばゆい閃光が発せられた。
 リック・ドムから流用した、拡散ビーム砲二門である。

「あ~あ~目がぁ~目がぁ~!!」

 ジムのモニターが焼き付きを起こす。
 そして、それが回復した時には既に、ボールは目の前まで突進して来ていた。

「体当たり程度で!」

 それがシン少尉の最後の言葉になった。
 ボールの全身に生えたトゲは、その一つ一つが成形炸薬だったのだ。
 信管の安全装置を解除した状態でぶつかれば、トゲの先端から発生するメタルジェットがモンロー/ノイマン効果によって、敵の装甲を貫通する。
 ジオン軍モビルスーツに採用された、チタン・セラミック複合材なら、メタルジェットを防げたかも知れないが、生憎ジムの装甲は単なるチタン系合金。
 この脚付きボールのトゲに触れたジムは皆、一様に撃破されて行った。
 これが要塞内の通路、至る所に百体である。
 ビーム砲の通じない敵に、ビームスプレーガンしか装備していなかったジムの部隊は、恐慌状態に陥った。
 ぞろぞろと現れる脚付きボールに、各個撃破の憂き目にあうのだった。



 最終的にソロモンを攻めていたティアンム艦隊は、ドズル・ザビ中将自ら乗り込んだ、巨大モビルアーマー、ビグザムの前に潰走。
 ソロモンは、連邦軍の消耗を図ると言う、その役目を果たしたのだった。



[16597] 第二十五話 サイコミュ高機動試験用ボール
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/03/18 18:40
「私はなぜ、ここに居るのでしょう?」

 白く塗られたボールのコクピットの中、自問自答する少女、アヤ・サカキ。
 彼女は今、ソロモン近くの宙域を飛んでいた。
 パノラミック・オプティカル・ディスプレイと呼ばれるドームスクリーンに映し出されている僚機は、シャリア・ブル大尉のモビルアーマー、ブラウ・ブロ。
 そして、ララァ・スン少尉の乗るエルメスもある。
 いずれもサイコミュ装置を搭載したニュータイプ専用モビルアーマーである。
 ちなみに、シャリア・ブル大尉は木星帰りのニュータイプ。
 ララァ・スン少尉は地球で発見されたニュータイプで、今はシャア・アズナブル大佐が保護者をしている。
 その、シャアの乗る高機動型ボールも、視界の隅に飛んでいた。

「何故と言われましても、サイコミュ高機動試験用ボールのデータ採取の為ですよ」

 ブラウ・ブロに同乗している技術士官、シムス・アル・バハロフ中尉が答える。

「モビルアーマーに組み込まれていたサイコミュシステムを、モビルスーツに組み込むことを目指してサイコミュ試験用ザクというものが作られていたのですが、そのザクでは、モビルアーマーのような高速、高機動時のサイコミュ運用試験ができなかったのです。このため急遽、テストベッドとして、シャア大佐も乗られている高機動型ボールに白羽の矢が当たった訳です」
「それで、天頂部に手が付いている訳ですか」
「はい、それが有線サイコミュのビーム砲になっています。それへのエネルギー供給用に出力千二百キロワットの核融合炉を搭載」
「融合炉! 出力も三倍じゃないですか!」
「そう言えば土星エンジンのお陰で推力も三倍になっているのでしたね」

 機体下部に取り付けられた、シャアの高機動型ボールと共通のエンジンノズルが土星エンジンだ。
 ツィマッド社のドムのため開発された技術である。

「でも、腕が一本あるだけでは、オールレンジ攻撃にならないのでは?」
「その為、本体に90ミリバルカン砲が追加されています」

 確認したら、その通りだった。

「もう、ここまで来たら、ボールじゃないですね。ちなみに機体の左右に付いている角は?」
「それは、私も謎です。クルスト・モーゼス博士の作成した装置が内蔵されているのです」
「クルスト博士……」

 もう、何が何やら。

「そもそも、サイコミュ装置ってこんな小型の機体に搭載できるものなんですか?」
「何を言っているのですか、サイコミュ装置の小型化に成功したのは、アヤお嬢様の協力した基礎研究のお陰じゃないですか。アヤお嬢様と言う人材が発見されなければ、ニュータイプ研究は五年は遅れていたと言われているのですよ」
「はぁ」

 結局、この機体を成り立たせているのは自分の存在だと言う事に、溜め息をつくアヤ。

「この機体、赤く塗ります。赤く塗って、ア・バオア・クーに送ります」

 決意する。

「あー、アヤ君。それは私に乗れと言っているのか?」

 話を横で聞いていたのだろう、シャアから通信が入る。

「ええ、是非とも」

 にっこりと微笑む令嬢に、シャアは冷や汗を流す。

「私はパイロットとしての戦闘能力が高くても、ニュータイプとしての資質自体にはやや乏しいと言われているのだが」
「大佐なら、大丈夫です」

 アヤの笑みが増す。
 シャアはあきらめて頭を振った。

「ララァ、私を導いてくれ。ララァ」
「お手伝いします、お手伝いします、大佐」

 この後、ニュータイプ部隊は、モビルスーツを含む連邦軍パトロール艦隊に接敵。

「五連メガ粒子砲、斉射!」

 これを撃破する。
 中でも、アヤ・サカキの搭乗するサイコミュ高機動試験用ボールは小型の機体にも関わらず目覚ましい戦果を上げたため、この機体を更に研究する事が決定。
 逆に、フィードバック先である、MS-16Xジオングの開発は延期される事となった。



[16597] 第二十六話 宇宙要塞ア・バオア・クー
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/03/19 18:22
「我が忠勇なるジオン軍兵士達よ。
 今や地球連邦軍艦隊の半数が我がソロモン要塞の攻防で宇宙に消えた。
 この輝きこそ我らジオンの正義の証である。
 決定的打撃を受けた地球連邦軍にいかほどの戦力が残っていようと、それはすでに形骸である。
 あえて言おう、カスであると。
 それら軟弱の集団がこのア・バオア・クーを抜くことはできないと私は断言する。
 旧世紀、帝国主義的先進国が多くの植民地を支配したが、いずれの植民地も、脱植民地化を果たしている。
 言わば、スペースノイドの独立は、時代の趨勢であると言えよう。
 賢者は歴史に学ぶと言うが、何も学ぼうとはせず既得権益にしがみつく害虫が地球連邦であることは言うまでも無い。
 これ以上戦いつづけては人類そのものの危機である。
 地球連邦の無能なる者どもに思い知らせてやらねばならん、今こそ人類は明日の未来に向かって立たねばならぬ時である、と」



「総帥、見事なご宣言でした」

 ア・バオア・クーの戦闘司令室。
 控えていたサカキ財閥令嬢、アヤ・サカキの方に向かうと、彼女はその様に言って、ギレンを迎えた。
 さすがに私服とはいかず、彼の秘書セシリア・アイリーンと同じく軍服を着ている。
 その姿に、ギレンは違和感を感じつつ言った。

「何、君からの受け売りだよ。スペースノイドの独立。君の口癖ではなかったかね」
「そうかも知れません。ですが、私ごとき小娘の言葉と、総帥のお言葉では、持つ意味も重みもまったく違います」
「しかし、すべては君の発案したサイド1、4、6の中立化構想が元になっている。これにより、ジオンは戦略的自由を得たのだから」

 実際、サイド1ザーン、サイド4ムーア、サイド6リーアが中立…… 実際には親ジオンに傾いたお陰で人的余裕ができ、ジオンはここまで優位に戦う事ができたのだ。
 誇っても良い事だと、ギレンは思うのだが。
 そこに、アヤを配下のニュータイプ部隊と共に連れて来たキシリアが割り込んだ。

「兄上もお変わりになられましたな」

 実際、ギレンは身内のキシリアから見ても変化していた。
 良い意味で人間味とより高い見識を得て、人として円熟した印象がある。
 一部からは、愛人であるアヤ・サカキの影響であるなどという噂もあるが、ギレンは平然とこの噂を聞き流していた。
 アヤから影響を受けているのは確かであるし、愛人疑惑はこの悪ずれする事無く育った令嬢をからかうのにちょうど良いネタだったからだ。
 その様子にギレンの秘書であり愛人でもあるセシリアが可愛いやきもちを抱く事になっているのだが、それもギレンの人生を潤すスパイスとなっていた。
 生活が潤えば、人間味も増すと言う物だった。

「キシリアか。お前こそ、変わったのではないかな」

 そう返され、キシリアは己を振り返る。
 言われてみれば、その通りだった。
 ジオンの未来の為、謀略、策謀を巡らせた彼女だったが、アヤは利を説くことでさりげなく穏当な方法を提案してくれた。
 それによって、自分が手を染める事になった血の量は、遥かに減る事になった。

「そうかも知れません」

 ギレンへの対抗心も、今は薄れていた。
 昔のギレンは天才的な政治手腕を持っては居ても、人間的に未熟。
 ジオンの将来を任せるには不安があった。
 だが、今なら。
 アヤ・サカキと言う翼を得た彼になら、任せられるような気がしたのだ。

「何にせよ、このア・バオア・クーで連邦軍は最後を迎える」
「そうですね。地球では、ガルマがジャブローを攻略中ですし」

 連邦軍には、時間の制約があった。
 こうしている間にも、ジャブローにある地球連邦軍総司令部は、ジオン公国軍地球方面軍司令ガルマ・ザビ大佐配下の水陸両用モビルスーツによる揚陸作戦で脅かされている。
 宇宙要塞ア・バオア・クーをやり過ごして直接サイド3本土に侵攻する作戦は時間的に無理で、連邦軍は、迅速かつ決定的な戦果を得るために、ア・バオア・クーを攻略するしか戦略の余地は残されていなかったのである。
 これも、ギレン、キシリアがアヤのサカキ財閥を仲立ちに協議した結果、裁可された作戦であり、連邦軍はむざむざと乗せられた事になる。

「新型のモビルスーツ、ゲルググの配備も終わっている。統合整備計画によるコックピットの操縦系の規格・生産ラインの統一が功を奏して、パイロットの機種転換も完全だ。中立コロニーからの義勇兵のお陰で、人的資源も不足は無い」

 これらも、元を辿れば、アヤの提唱したボールプロジェクトの成果だと言える。
 しかし、その元となったボール自体は戦力の充実もあって、この最終局面にあっても出番は無かった。
 何しろ、青い巨星、黒い三連星、白狼、真紅の稲妻、ソロモンの悪夢…… 名だたる歴戦のパイロットたちが、ここ、ア・バオア・クーに結集しているのだ。

「シャア大佐のサイコミュ高機動試験用ボールはどうなってるか?」
「何か?」
「サイコミュ高機動試験用ボールはどうか?」
「行けます」
「ならばSフィールド上に新たな敵艦隊が発見された。ニュータイプ部隊を率いてこれを」
「は、Sフィールドに侵入する敵を撃滅します」

 シャア大佐の、サイコミュ高機動試験用ボールは特別だったが。
 結局、ボールはジオン軍の縁の下の力持ちとして、終戦まで予備戦力扱いで戦火に晒される事無くその任を全うするのだった。



 宇宙世紀79年12月31日。
 地球連邦宇宙軍は、ア・バオア・クー攻略戦で壊滅。
 同時に地球ではジャブローの地球連邦軍総司令部が陥落。
 翌80年1月1日。
 スペースノイド独立戦争は終結を迎えた。



[16597] 最終話 戦後復興
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2010/03/21 06:27
 宇宙世紀79年12月31日。
 ジャブローの地球連邦軍総司令部の陥落をもって、地球連邦は解体された。
 サイド1ザーン、サイド4ムーア、サイド6リーアは、それぞれ独立を宣言。
 地球上は、ジオン軍の占領地として支配されることになった。
 地球連邦最後の反攻作戦で物資を使い切り、貧窮しきった地球市民を、ジオン公国は、サイド2ハッテ、サイド5ルウム、サイド7ノアの復興要員として宇宙へと上げることとした。
 荒れ果てた地球上に住むより、コロニーの管理された新天地に臨む方が、はるかに暮らし向きが良くなるのだ。
 これにより、アースノイドとのエリート意識、価値観が逆転。
 エリートは宇宙で快適な暮らしを得る事が至上とされ、資源採掘等の為残された地球上の鉱山設備などの勤務は閑職とされるようになるのだが。
 そして、

「ボールによるスペースデブリ回収だと?」

 ジオンコロニー公社スペースポッド部門の責任者。
 サカキ財閥令嬢、アヤ・サカキは、ギレン・ザビ総帥に提案書を持って回っていた。

「戦後は軍縮となると思います。すると現在、軍で荷役等に利用されているボールは、旧式化して一線を退いたザク等のモビルスーツに取って代わられるでしょう。ですから余剰の出るボールを、戦後復興の重機として役立てたいのです」

 なるほど、提案書には、天頂部に備えられていたアタッチメントへ武器の代わりに、クレーンを兼ねる伸縮式の第三マニピュレータを設置する案が載せられていた。
 このパーツを付けることにより、ボール本体より大きいコンテナやスペースデブリを三点で保持して移動させる事が出来るのだ。
 ご丁寧に、アーム先端部分に補助カメラが搭載されていて、大型の荷物を運ぶ際にも前方が見えなくならず事故の発生を防止する設計だった。

「戦場となったサイド2ハッテ、サイド5ルウムの宙域は、スペースデブリも多く、危険な宙域となっています。ジオン以外のコロニー公社で使われている作業用スペースポッドSP-W03はコクピットがガラス張りのグラスルーフ式で、安全に不安があります。その点、チタン製外殻を持ったボールなら、危険宙域での作業も安全と言う訳です」
「なるほど」
「ああ、もちろん、射撃管制装置は外します」
「無論だ」

 そうでなくては許可できない。
 提案書の内容を確かめながら、ギレンは聞く。

「これが君の、戦後のビジネスモデルかね?」
「そうですね」

 アヤは答える。

「手札は一枚で何通りにも使えるのが望ましい。ボールは戦後復興まで視野に入れた万能機ですから」
「なるほど」

 この分野では、一社独占となって居る事も大きい。

「我が軍は、君の野望に体良く利用された訳だ」
「そ、そんな、総帥、利用などと……」

 ギレンのからかいに、未だに初々しくおろおろとして見せる少女に、変わらぬ好感を抱く。

「冗談だ。まぁ、この件は、追って許可を出す事にしよう」

 そう言って、ギレンは少女を落ち着かせた。

「そうそう、最近、ニュータイプ研究所の方に顔を出していないそうだな」

 がらりと変わる話に、アヤは戸惑う。
 何しろ、ニュータイプ研究は、ギレンの所轄では無いからだ。

「はぁ、最近は、この復興作業用ボールのプロジェクトで忙しくて」

 そんな彼女に、ギレンは告げた。

「キシリアがそちらの方にも対応するよう、私の所まで連絡を入れて来たぞ。どうやら私は君を独り占めしているように見られているようだ」
「そ、そんな……」

 言葉を失うアヤ。
 しかし、自分をダシに、ギレンとキシリアが言葉を交わし合っている現状に、何か温かい物を感じるのだった。



「シャア大佐?」

 ギレンに言われた事もあり、ニュータイプ研究所に足を運んだアヤが見掛けたのは、シャア・アズナブル大佐だった。

「やぁ、君か。クルスト博士が嘆いていたぞ。せっかくモビルスーツの操縦のできない君の為に専用ボールを開発したのに、私に預けたままちっとも顔を出さないと」
「……大佐、サイコミュ高機動試験用ボールを任せた事、まだ根に持たれてるんですね」

 冷や汗を流すアヤ。
 そんな彼女に、シャアは笑って冗談だと告げた。
 暖かな会話。
 ふと、アヤは彼に尋ねたくなった。

「大佐は軍を抜けられないんですね」
「どうしたのかね、藪から棒に」
「いえ、ジオンの遺志を継ぐ者として、政界にでも進むものかと」

 さらりと、自然にその言葉は口をついて出た。

「……今の私は、シャア・アズナブルだ。それ以上でも、それ以下でもない」
「それが、大佐の答えなんですか?」

 シャアは、しばし考え込んでから言った。

「ああ、私は今、キシリア殿からニュータイプ部隊と、この研究所を任されている。人の進化を間近で見る事のできる。人の可能性を見る事のできる今に、満足しているのだよ」

 シャアは、ニュータイプの庇護者と目されていた。
 この施設にも、彼を慕うニュータイプ達が多く居る。

「人は変われる物だと実感できる。こんな嬉しい事は無い」

 そう、シャアは告げた。
 本当の笑顔と共に。

「そうですか……」

 その後、何事かを告げようとしたアヤだったが、

「ようし、嬢ちゃんそこを動くな。ようやく現れたな」
「ちょっと、失礼ですよ、博士!」

 クルスト・モーゼス博士と、ニュータイプの被験者、マリオン・ウェルチの乱入に、その先を口にする事は無かった。

「ちょっと博士、勘弁して下さい」
「いーや、どれだけこっちが待たされたと思ってる。今日と言う今日は……」
「博士!」

 悲鳴交じりに逃げようとするアヤ。
 そして、それを追おうとするクルスト博士を止めるマリオン。
 ニュータイプ研究所は、いやジオンは今日も平和だった。



機動戦士ボール 完



[16597] 裏二十二話 ボール機雷散布ポッド装備タイプ
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:ca08f7c0
Date: 2017/03/14 16:36
 ジオンコロニー公社モビルポッド部門を統括している令嬢、アヤ・サカキ。
 アジア系モンゴロイド人種、まっすぐな黒髪ときめ細やかな白い肌を持つ小柄で上品な少女である。
 彼女はマ・クベ大佐から専用ボールの発注を受けたのだが、

「あの、ウラガン中尉?」

 マ・クベの副官、ウラガン中尉が会談の場に居残ったことに小さく首を傾げた。

「……アヤ様も重々ご承知かと思いますが」

 そう前置きしてアヤに語りかけるウラガンの声は、地を這うように低かった。

「統合整備計画の実務レベルの統率者がマ・クベ大佐です」
「そうですね」

 ジオン公国軍モビルスーツのメーカーごとに異なる部材や部品、装備、コックピットの操縦系の規格・生産ラインを統一することにより、生産性や整備性の向上、機種転換訓練時間の短縮を図ったものが統合整備計画であり、これはザビ家、キシリアの元、その配下のマ・クベが推進していた。
 もちろん計画の協力者であるアヤが知らぬはずがない。
 しかし、

「だったら何故、大佐をお止め下さらなかったのですか! 大佐が戦死、もしくは失脚なさるようなことがありましたらジオンにどれほどの損害が!」
「近い近い近過ぎです」

 身を乗り出し迫るウラガンに、アヤはのけぞるようにして距離をとる。
 痩せぎすなマ・クベに対し、不足分を補うかのように骨太なこの副官に迫られると、さすがのアヤも平静では居られない。

「ご心配は分かりますが」

 アヤはそう前置きをして、この実直な副官殿に答える。

「実際問題、公国軍の大佐殿が望み、キシリア閣下が裁可なされた事柄を、一財閥の令嬢ごときが覆すことなどできないでしょう?」
「いえ、アヤ様なら、アヤ様なら何とかしてくれ……」
「無理です」

 ……私を何だとお思いなのでしょうか?
 アヤは内心、密かに嘆息した。
 そんな彼女を納得のいかないように見るウラガンだったが、アヤにしてみれば無理なものは無理なのだ。

 ザビ家に対し穏当な方法で意見ができる稀有な存在。
 そう周囲には思われているのだが、アヤ自身はそれを知らなかった。
 だが、

「な、ならばどうすれば……」

 そう嘆くウラガンに、お人好しのアヤはついこのように言ってしまったのだ。

「こちらとしましても、マ・クベ大佐に万が一があってはならないことは分かっていますので、できる限りの協力はさせていただきますが」

 と。



 一か月後、マ・クベに専用ボールを納品したアヤ。
 ウラガンに対しては別途、マ・クベの作戦行動に対する支援用の機体を納めていた。

「これがボールM型、ボール機雷散布ポッド装備タイプです」

 ジオン軍特有のグリーンに塗られた機体を前に説明する。

「なるほど、左右に張り出した厚板状のモジュールが機雷散布ポッドですか。格子状に配置された射出口から機雷を面投射するのですな」
「はい。背面から左右に伸びたロッカーに片側24基、両方で48基のハイドボンブ浮遊機雷を装填しています」

 機雷ロッカーは移動時には後方にたたむことが可能で、これにより前方投影面積、および被弾を減らすことができた。

「この形状からボール機雷散布ポッド装備タイプは「ロッカー付き」「ランチボックス」などの愛称で呼ばれています」
「ほう」
「腕に相当するマニピュレーターが機雷散布の邪魔にならないよう通常型に比べて小型化されていることもあり、相対的に大きな機雷ロッカーがとにかく目立つのですね」

 機雷ロッカーの先端に八基、装着基部上に二基の姿勢制御用スラスターが配置されている。
 元々、人型ではないボールにおいては、AMBAC(Active Mass Balance Autocontrol 能動的質量移動による自動姿勢制御)は限定的にしか行えない。
 この機体は機雷ロッカーの増設による機体の肥大化、およびマニピュレーターの小型化による作動肢の質量低下により、更にAMBAC能力が低下している。
 それゆえに運動性を確保するため姿勢制御用スラスターが増設されているのだった。

「天頂部の砲塔が除去されていますが」
「はい、天頂部の武装は正確な位置測定を行う計測システムを内蔵したVLBI-C2ポッドと発信アンテナを装備した機雷コントロールユニットに換装してあります。この機体はあくまでも機雷散布による支援用ですので」

 アヤはこの機体の設計思想と成り立ちについて説明する。

「元はといえば、ザクIIF型を機雷散布用に改修したザクマインレイヤーという機体がジオニック社で開発されようとしていたのですが、そのような工作活動に貴重なモビルスーツを充てるのはもったいない。そういうことで、代わりにボールをベースとしたこの機体が開発されたのです」

 ザクの開発元であるジオニック社からアヤがジオンコロニー公社モビルポッド部門向けに仕事を横取りしてきたとも言える。
 ともあれ、

「使えるのですか?」

 そう問うウラガンに、実戦における戦果をまとめたレポートを示しながらアヤはうなずく。

「ええ、配備先では連邦軍艦艇に大きな被害を与えています」

 実戦証明(バトル・プルーフ)されているという点で、この機体の実用性は担保されていた。
 そして、何故この機体を勧めたのかと言うと、

「今回のご依頼に関してですが、マ・クベ大佐に無事、実戦で戦果を上げて頂くということが何よりと考えております」
「そうですな」

 アヤの言葉にウラガンも同意する。
 策を立てるにあたっては、目的を明確にし誤りのないようにすることが肝心だ。
 今回の場合、単にマ・クベ率いる部隊が結果を残すのではなく、マ・クベ自身がその手で戦果を上げ、面子を立てるということが重要なのだ。
 これはマ・クベの個人的なプライドだけの話ではない。
 文官、参謀タイプのマ・クベに対し実戦叩き上げの将兵は侮った態度を取ることがあり、これがマ・クベの、ひいてはキシリアの進める策に対する妨げになることが少なからずある。
 今回の作戦はそれを払拭させることに意味があるのだ。

「それゆえ、大佐には指揮官用の機体をお納めさせて頂きました。指揮下のモビルスーツで敵を叩き、それでも接近してきた敵モビルスーツがあれば、ニ刀のビームサーベルで止めを刺す。そういう使い方を想定しています」
「はい」
「それを補完するのがこのボール機雷散布ポッド装備タイプです。連邦軍のモビルスーツを誘いこみ、散布した浮遊機雷で相手を消耗させる」
「そこをマ・クベ大佐が討つわけですね」
「そうなりますね」

 そのためにこそ有用な支援に特化した機体だった。
 ウラガンは決意と共にうなずく。

「この機体、私が使いましょう」
「は? マ・クベ大佐が出撃されるのでしたら、副官は艦に残らなくてはならないのでは?」
「ええ、ですがマ・クベ大佐は出撃の際には乗艦に別に艦長を置かれますから」

 なるほど、実益を優先するマ・クベらしい運用だった。



 その後、戦場に立ったマ・クベ大佐は配下のリック・ドムを率い、連邦軍のパトロール部隊と交戦。
 リック・ドムによる援護、更にボール機雷散布ポッド装備タイプに搭乗したウラガン中尉の機雷攻撃に消耗した連邦軍のジムを誘いこみ、ビームサーベルによる接近戦へと持ち込んでこれを撃破した。
 しかし、

『タダでは死なん!』
「なんと!」

 最後の一機、自爆覚悟のジムの特攻を受け、

「マ・クベ大佐ーっ!」

 マ・クベは割って入ろうとしたウラガンのボール機雷散布ポッド装備タイプを巻き込む形で相打ちとなった。
 以後、消息を絶つ……



『ウラガン中尉!』
「ここは……」

 ウラガンは雑音交じりの通信に、意識を取り戻した。
 この声は……

「アヤ様?」

 あの小柄な白い令嬢の声。
 彼女は母艦となっているチベ級重巡洋艦に技術オブザーバーとして乗艦していた。

『はい。今から救助に向かいます。状況は?』

 とりあえず、眼前のモニターに映っているのは、

「う…… マ・クベ大佐のボールを確認した。こちらのマニピュレーターで保持中。見る限り、損傷は酷そうだがコクピットに被害は無さそうです」

 敵機の特攻に割り込んだ甲斐はあったということらしい。

『そうですか、それは何よりです』

 しかし、身体に違和感。
 遠心力が働いている。

「どうやら機体がスピンしている様子だ」

 機体のコンディションをチェックするが、

「メインスラスター全損。補助スラスターも機能しない。燃料が漏れ、機体内で凍っている! このままでは姿勢維持ができない!」

 スピンが収まらなくては、マ・クベを損傷した機体から収容することもできない。
 だが、

『大丈夫です!』

 涼やかな、しかししっかりとした芯を感じさせるアヤの頼もしい声。

『こんなこともあろうかと! 推進燃料に頼らない姿勢制御プログラムを学習型OSにインプットしてあります! まずは酸化剤を噴出させてスピンを減速させてください』

 推進用燃料は使えなくなっても、燃焼用酸化剤はスラスターから噴出させることができる。
 それを活用する手だった。

「了解しました。酸化剤放出」

 スピンの速度がゆるくなるが、

「駄目だ! 酸化剤の放出では細かい制御が…… 機体を安定させきることができない!」
『大丈夫です!』

 すかさず響くアヤの声。

『こんなこともあろうかと! ボール機雷散布ポッド装備タイプは太陽光圧を利用した姿勢制御が可能なんです。機雷ロッカーを展開してください』
「りょ、了解」

 後方に折り畳んでいた機雷ロッカーを機体左右に展開。
 翼のように広げると受ける太陽光圧を使って安定状態にする。
 ソーラーセイルの原理を利用した制御方法だった。



 チベ級重巡洋艦ブリッジ。

「今のうちにマ・クベ大佐をウラガン中尉のボールに保護してください」

 そう指示を出して、一息つくアヤ。
 様子を見守っていた艦長が彼女に声をかける。

「奇跡のようですな。漂流するモビルポッドにピンポイントでレーザー通信がつながるとは」

 アヤは首を振った。

「ボール機雷散布ポッド装備タイプの機体頭頂部には浮遊機雷の制御に必要な正確な位置測定を行う計測システムを内蔵したVLBI-C2ポッドと発信アンテナが装備されています。だからこそレーザー通信が可能なのです」

 マ・クベがウラガンのボール機雷散布ポッド装備タイプと共に漂流してくれたのは不幸中の幸いだった。

 もっともアヤならニュータイプとしての力で位置の特定も不可能ではなかったが。
 先日、ニュータイプ研究所に入ったアムロ・レイ少年など、敵の位置と地球の一直線を読めるとも聞くし。

 そして、ウラガンから通信が入る。

『マ・クベ大佐を当機に収容。バイタル異常なし。ご無事です』

 その吉報に艦橋内に安堵の声が漏れる。
 しかし、ウラガンの声が不意に途切れた。

「ボールからの通信が途絶! 応答しません」

 通信士が叫ぶ。

「駄目です! つながりません!」
「大丈夫です!」

 アヤは言う。

「こんなこともあろうかと! VLBI-C2ポッドは太陽電池で充電しつつ、自動で通信を持続させるよう作ってあります。この宙域はデブリが多く、通信用レーザーが割り込まれてしまったのでしょう。必ずボールの方から通信が来ます! 信じて待つのです!」

 その後、アヤの言う通り通信は回復。

「ほら来ました」

 しかし、機体のコンデンサーは放電しつくされ、半分のセルが使用不能。
 更に酸化剤も漏洩し、残量がゼロ。
 もはや頼みの綱は生命維持の酸素が尽きる前に救助がたどり着けるかどうかだったが。

『駄目です! 酸素切れまで三十分!』

 ウラガンからの報告に、艦長が青ざめる。

「ここからどんなに救助を急いだとしても四十分はかかる」

 それを聞いたウラガンが、しかし覚悟した様子で言う。

『それでは自分が居なければ……』
「馬鹿なことを言うな、ウラガン中尉!」

 冷たい方程式というものだった。

 アヤは唇をかんだ。

「何てこと。ここまでなの……」

 だが、そこでアヤは閃いた。

「そうです、浮遊機雷に残りがあれば! ウラガン中尉、ハイドボンブに残弾はありますか?」
『はい? まだ八発ばかり』
「爆発安全装置の距離設定を解除して下さい。タイミングはこちらから指示しますから、ぎりぎり安全な距離で爆発させ、爆風を利用してボールを加速させます」
『わ、分かりました』

 アヤが見た未来の記憶。
 その中で、シャアは愛機のザクIIS型を駆り、通常のザクの三倍の速度で作戦行動を行ったという。
 しかしシャアが搭乗していたザクIIS型は、三割増しのスラスター出力しか持っていない。
 この三倍の速度は機体性能ではなく、シャアの技量が生み出したものだった。
 その秘密の一つが敵艦の爆発を機体の加速に利用するというもの。
 それを真似るのだ。

 ブリッジのスタッフたちと共に、爆発のタイミングを急いで計算する。
 酸素切れまであと二十分。
 そして、

『ハイドボンブ投射』
「了解です。爆破カウント開始! 4、3、2、1、0!」
『ハイドボンブ爆破!』
「爆発が見えた!」

 チベ級重巡洋艦からも見えた。
 宇宙の暗闇に光る閃光が。
 八発のハイドボンブが機体後方で爆発し、その爆風がボール機雷散布ポッド装備タイプの機体左右に広げられた機雷ロッカーに受け止められる。
 そしてボールの機体が加速した。
 こちらに向かってくる!

「酸素残量計算値、プラスに逆転! 間に合います!」

 オペレーターが歓声を上げる。
 熱気に包まれる艦橋内。
 アヤは笑顔を浮かべて言った。

「おかえりなさい。マ・クベ大佐、ウラガン中尉」

 こうしてマ・クベ大佐の連邦軍パトロール部隊討伐作戦は無事完了したのだった。


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