タクシー
最近の不景気が影響して会社が倒産した私は、人生と言う階段から一気に転げ落ちてしまいました。
そんな行き場のない私に今の上司が紹介してくれたのが、タクシーの運転手でした。
慣れるまでは色々と戸惑いましたが、今では名の知れたタクシーの運転手として活躍しています。
今日はそんな私の運転するタクシーとそのお客さんとの話を紹介したいと思います。
「お爺ちゃん早く早く!」
まっ白いワンピースを着た少女が、お爺さんの手を引いて後部座席へ座りました。
私はお爺さんが直接頭を打たないようドアの上部に手を添えて、お爺さんを座席へゆっくりと座らせました。
最近の運転手は、運転席から降りずにただお客さんが乗ってくるのを待つだけらしく、こ
のサービスだけでも私の送り届けたお客さん達からは好評を得ています。
運転席へ乗り込みエンジンをかけた私にお爺さんが「今日はよろしくお願いしますね」と声をかけてくださいました。
その声を追いかけるように少女が「よろしくお願いします」と元気よくヒマワリのような笑顔で挨拶をしてくれました。
挨拶とは、やはり良いものですね。
嬉しくなった私もついつい「よろしくお願いします」と返していました。
ご家族の方でしょうか?
出発するに当たり、周囲を確認してた私の目に、お爺さんの家から大勢の見送りの方達が見受けられました。
私が「ご家族が大勢いらっしゃるんですね」とお爺さんに声をかけると、お爺さんは満足げに「ええ、弟が子宝に恵まれましてね」と返してくださいました。
「お兄さん、クラクション鳴らして!」
窓越しに家族へ手をふりながら、少女が私へクラクションの催促をしきます。
振られる手には安っぽい輝きを放つ指輪がはめられていました。
年齢的にお兄さんと呼ばれるには年をとっていますが悪い気はしません、私は少女の催促に答えて、クラクションを鳴らしてタクシーを出発させました。
行先自体はお爺さん達を乗せる前に上司から無線で聞いていましたが、ただ目的地へ行くだけでは私もお爺さん達も面白くありません。
中にはそう言った干渉自体がお嫌なお客さんもいらっしゃいますが、今日乗られたお客さんはどうやらお話し好きなようです。
「ねえねえ、お兄さん恋した事ある?」
少女の質問に「ええ、人並ですけどね」と苦笑しながら答えると、少女はニッコリと笑って「とっておきの話を聞かせてあげる!」と言いました。
それは、お爺さんの初恋の話でした。
小さい頃病弱だったお爺さんは、治療のために病院への通院を繰り返していたそうです。
その病院の待合室でお爺さんは初恋の人、桜さんと出会ったそうです。
最初はただ自分が診察される順番を待っていただけでしたが、その病院の待合室には老人が多く、自分と同い年の少女は目立ちました。
1度目の出会いは、ただ遠くから見詰めるだけでした。
2度目の出会いは、ただの挨拶でした。
3度目の出会いは、彼女の落としたハンカチを病室へ届けた事でした。
「あの時はどうやって病室へ入ろうかと、扉の前でうろうろしてしまいましてな、気づけば帰りのバスを逃してしまうところれした。結局その日はハンカチを渡せず、通りがかった看護師に渡してくれるよう頼んだんですよ」
4度目の出会いは、恥ずかしがっていたお爺さんに、彼女がお礼を言いに来た事でした。
親切な看護婦さんがお爺さんの特徴を少女に話してくれていたようです。
それからお爺さんは、通院に来るたびに少女の病室を訪れました。
それはお爺さんが中学生になり、病気が治っても続きました。
「病気が治ったんだからとバス代を出してもらえなくなりましてね、自転車をこいで桜に会いに行きましたよ」
少女は相変わらず入院していましたが、お爺さんが会いに来てくれるのがよほど嬉しかったようで、お爺さんが面会に来た翌日は検査結果もにわかに良くなっていたそうです。
「お爺ちゃん、夏祭りの日に初恋の人を病院から連れ出してすごく怒られたんだよね?」
あの頃は若かったと、苦笑いをするお爺さんはとても輝いて見えました。
けれども、そのお話は綺麗なままでは終われないようです。
初恋の人の両親から連絡を受けてお爺さんが病院に駆けつけた時、初恋の人はもう息を引き取っていたそうです。
「私の手元に残ったのは、夏祭りで買った安物の指輪と桜が使っていた白いハンカチだけでした。今でも昨日の事のように思い出します。私が桜の好きな白色を、黒い色の方が汚れが目立たないから白より好きだと言ったら桜は何て言ったと思います?」
さて、何と言ったんでしょうか?
「白い色は最初から白く汚れてるんですよ?」
悩んでいた私に少女が答えてくれました。
「とらえ所のない、それでいてしっかりと芯の通った女でしたよ」
懐かしむように過去を回想するお爺さんが、なんだか羨ましくもあります。
そこまで人を好きになれるなんて素敵だと思いませんか?
だって・・・
「でも、その捕まえられなかった女の子の幽霊を憑けたまま、結婚しないで死んじゃうなんて、光彦さんもどうかしてるよ?」
「そう言うな、おかげでこうしてお前と一緒に逝けるんだ。今まで一緒に居てくれてありがとう桜。やっと抱きしめる事が出来る」
少女とお爺さん・・・いいえ、桜さんと光彦さんは目的地に着くまでしっかりとだきあっていました。
長い年月を経てようやく結ばれた2人が天国へ行くのか地獄へ行くのかそこまでは分かりませんが、上司である閻魔様の元までしっかり送り届ける事にしましょう。
それからしばらくして、天国から観光案内をしてほしいと桜さんと光彦さんから連絡が入りました。
死者を乗せるためのタクシーを運転していて、リピーターからの指名を受けた時ほど嬉しい事はありません。
さて、お時間となりました。
今日はどなたにご乗車いただく事になるのか・・・
では、またいつかお会いしましょう。
後書き
典礼会館のCM見てたらなんだか思い浮かんだので書いてみました。
私の知り合いはあのCM怖いとか言う人がいますけど、私はなんだか感動しちゃって・・・