<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

とらハSS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[17010] リリカルホロウA’s(リリカルなのは×BLEACH)
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2011/08/03 21:47
読む前の注意!

・これは「リリカルなのは」と「BLEACH」のクロスオーバーの小説です

・若干、キャラに違和感が出てしまっているかもしれませんが、そこは寛容な心でスルーして下さい

・パワーバランス=作者の独断と偏見

・オサレ=未定です。




////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////













……俺は、消える……



己の体が粒子状の霊子となって分解していく中、ウルキオラは思った
黒崎一護によって致命的なダメージを負った己の体は、既に超速再生ですら回復が不可能なまでに破壊されていた

もはや自身の消滅に抗う術を、ウルキオラは持っていない


自分は、消える……消失する

「死」とは違う……完全なる消滅


「…………」


恐怖は無かった

それは、嘗ての自分が似た経験をしていた故なのかもしれない


自分は、虚<ホロウ>
人間としての死を迎え、ソウルソサエティにも、地獄にも魂が行き着く事なく

虚となり、同属をくらい、大虚<メノス>となり、大虚すらも越えた破面<アランカル>にまでなった存在


人間であった頃の記憶はない
記憶は無い、が……人間であった頃の自分は、それなりに死への恐怖は抱いたのであろう


しかし、一度死を経験してしまえば……二度も変わりは無い



今の自分は、人間ではない

今の自分は、破面

第四十刃・ウルキオラ・シファー



その称号を受けた時から……否、虚となり同属と互いに喰らい合う運命になった時から
己の消滅など、覚悟の上だった



……俺はどうなるのだろうな?……



砂塵となって散り逝く中で、ウルキオラは考えていた



……やっと、心というものが分かり始めたのだがな……



掌に収まり始めたその答えは、するりと己の掌から落ちてしまった
しかし、これも仕方がないのかもしれない


通常、死神の手に掛かった虚は斬魄刀によってその魂を浄化されて、あるべき場所へ帰る。

しかし、自分は違う
黒崎一護の「虚に良く似た力」によって、この身を、魂を葬られた

このまま自分は消滅するのか?
それともソウル・ソサエティに行くのか?
地獄の連中の下へ行くのか?

それとも、霊子に還り虚圏の一部となるのか?



……考えても、無駄か……



今更、自分の運命は変わらない
自分は黒崎一護に破れ、主に命じられた任を果たせなかった



だから、消える
これは、必然



その事を悟りながら、ウルキオラの微かに残された意識も
その身と同様に、完全に消失する……





「もっしもーし、お兄さん大丈夫ですかー?」





筈だった。











第零番「始まり」











「……あ、目が覚めた?」

「…………」



消失を免れたウルキオラの意識、開けた視界
そこに映るのは、限りの無い白い空間と……一人の少女


(……霊体……整<プラス>か……)


その少女の外見は、人間や死神のソレに良く似ていた
恐らく幼体……死神で言えば数十年、人間でいうなら数年程度しか成長していない未熟な体だった
長い金髪が特徴で赤い瞳、衣服は破面の物とも死神の物とも異なるデザイン

薄い翠色の布地で出来た、上下一体のワンピースという部類の衣服を身に纏っていた。



「……あれ、ひょっとして言葉が分からない?」

「……誰だ? 黒崎一護の仲間か?」



口を開いて両目を動かして、現状を探る

辺りの大気・及び霊質から、ここが虚圏および現世でもない事が分かる
そして、同時に己の状態を調べる。





……第二階層<レスレクシオン・セグンダエターパ>解除……

……現形態・帰刃<レスレクシオン>・超速再生稼動……


……頭部・損傷無し……胸部・腹部・損傷有り、危険度・低……

……臓腑形成・完了…稼動に異常無し……


……外殻形成及び再生・98.4%……鋼皮<イエロ>体外形成・92%……

……内部形成及び再生・58.7%……四肢の起動・不可……現在再生中……


……周囲の霊子濃度及び霊質・微濃度/良好……

……再生速度・遅……全再生・可……

……続けて内部形成及び修復続行・修復が完了次第、鋼皮の修復に移る




(……どういう事だ?……)



自分の状態を確認したウルキオラは、僅かに驚いた



「あ、言葉は通じるんだ? ってクロサキイチゴ? 誰ソレ?」



少女は首を傾げながら答える
それは、嘘をついている様には見えない
どうやら、ヤツ等の関係者ではないらしい。


「……お前が、俺の体を治したのか?」

「??? お兄さん、どこか体が悪いの?」

「………」


再び、ウルキオラは黙りこんだ
黒崎一護によって再生不可能にまで破壊された体は、再生可能のレベルまで修復されている

自分の能力のみでは、ここまでの再生は不可能だった筈
目の前の少女が原因か?とも思ったが、どうやら違う様だ。



(……一体、どうなっている?……)



そう、ウルキオラが考えていると
目の前の少女は、口元を綻ばせ笑みを浮べていた。


「……どうした?」

「えへへ、久しぶりに人と話すのが嬉しくってー。でもお兄さん、普通の人と少し違うね?
肌も白いし、目は緑色だし、羽みたいのが生えてるし……」


そう言って、少女は自分の体をペタペタと触ってくる
普段なら振り払うところだが、生憎体は動かすことなど到底不可能な状態だった



(……ダメだ、歩行可能レベルの回復まででも相当の時間が要る。霊子濃度の薄いこの場所では、これ以上の再生速度は不可能だ……)



ウルキオラは、現状を改めて理解する
体さえ動けば、即座に目の前の霊体……この少女を喰らって、己の糧にしただろう



しかし



(……この霊体、量も質もゴミ同然……こんなのを喰らったところで、腹の足しにもなりはしない……ならば……)


今の体では、再び闘いに趣く事も主の下に行く事も不可能
回復は時間に任せるしかない





だが、





(……いや、俺はもはや不要な存在かもしれんな……)



現状を考えながら、ウルキオラは思った


(……黒崎一護に破れ、虚夜城<ラス・ノーチェス>も守れず……死に体同然のこの体たらく……)


今の自分の姿を見れば、あの主は自分を斬り捨てるだろう
あの主は、自分が不要と判断したものには一切容赦はしない


任務を遂行できなかった自分が再び体を回復させて、あの主の下に馳せ参じたところで


自分は、きっと斬り捨てられるだろう……

自分の結末は、きっと変わらないだろう……



(……いや、それすらも不可能かもしれん……)



心の中で呟く。

自分がいるこの場所
自分の記憶の中に、今居る場所と一致するところは一つも存在しない

現世でも虚圏でもないこの白い空間


まるで「無」をそのままに表わした様なこの空間


無、ひたすらの無



(……現世からも虚圏からも……俺は、消滅したのかもしれんな……)



ひたすら白い空間を見上げながら、ウルキオラは思った


これからどうする?
ウルキオラは考える


考えて、考えて……ひたすら考えて、ウルキオラは思った。



(……まずは、現状を把握するか……)



体を動かす事が不可能ならば、せめて情報を集めるしかない

そして、唯一の情報源に目を向けた



「?? どうしたの?」

「俺の質問に答えろ……ここはドコだ?」

「……ここ?」


視線を少女に向けて、ウルキオラは尋ね
少女は、顎に指をちょこんと当てて考えた後


「わたしも分からないや」

「……なに?」

「もう、どのくらい前かな? ずーと前に、わたしもね…気がついたらここにいたの」


少女は答える、その言葉を聞いてウルキオラは自分の考えが当たっている可能性が更に大きくなった事を感じた。



「わたしもね、どうやってここに来たかは分からないけど……たまにお兄さんみたいにね、人が来るの」

「……そいつ等はどうなった?……」

「うーんとね、分からない。いつのまにか、いなくなっちゃってるの……」



少女は、思い出す様に言葉を繋げ

ウルキオラはこの少女が先に言っていた言葉を思い出していた



(……久しぶりに、人と話す……嘘ではない、か?)



そうウルキオラが考えていると、少女は再びウルキオラの顔をじっと見ていた


「う~ん、お兄さんも違うかな?」

「……何がだ?」


少女の言葉を聞き返す
今はどんな些細な情報でも欲しいため、ウルキオラは咄嗟に聞き返していた



「会いたい人がいるの」



少女が語る



「誰に会いたいか、忘れちゃったけど……わたしね、会いたい人がいて……ここでずっと待ってたんだけど……
たくさんたっくさーん待っている内にね……誰を待ってたか、誰に会いたいか、思い出せなくなっちゃたの…」


「…………」



少女は僅かに視線を遠くに置きながら、思い出す様にじっくりと噛み締める様に言葉を呟いた



(……駄目だな、今一つ……情報の整理がつかん……)



ウルキオラは考える
幾つか参考になった情報はあったが、核心的なものは得られなかった

そして、ウルキオラは再び問いかけた。



「次の問いだ……お前は、何者だ?」



ウルキオラの問いを聞いて
少女は、ゆっくりと答えた







「わたし? わたしはねアリシア、アリシア・テスタロッサ」









あとがき
 どうも、作者です! ここまで読んでくれた方々、ありがとうございます!!
自分はなのはとブリーチが好きなので、これらをクロスオーバーさせた作品を描かせて貰いました!

ウルキオラはブリーチでもトップクラスに好きなキャラだったのに、あの退場の仕方に若干不満を覚えて今回、小説を描かせて貰いました!

そしてなのは側は、アリシア
この子の出番が多い作品になるかもです

ちなみに、自分の友人はまだウルキオラの生存を信じています。

友人曰く「ウルキオラは過去の回想をしていないから!!!」だそうです。

ちなみに、今のウルキオラは黒翼大魔の状態です
たしか破面って、帰刃状態じゃないと能力が使えるヤツとそうじゃないヤツがいますが
ウルキオラってどっちのタイプなのか分からなかったので、帰刃状態のままでかきました。

それでは、次回に続きます。






[17010] 第壱番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/04/07 19:48
ひたすら白い空間に横たわる、白い人影
そして、その白い人影に寄り添う金髪の少女



『わたしはね、アリシア。アリシア・テスタロッサ』



……あれから、約五日か……



己の回復具合を確認して、軽く手を握る

手の感触に違和感はない、四肢の隅々まで霊子は行渡り、力が通っている


(……大分、回復はしてきたな……)


体に巡る霊子の流れを感じながら、ウルキオラはゆっくり目を閉じる



――現状確認――

……外殻形成及び再生・100%……再生完了……

……内部形成及び再生・99.2%……四肢・稼動可能…戦闘・問題なし……

……鋼皮体外形成・98.8%……皮質・良好……

……神経伝達・良好……

……現在の霊体戦闘能力・97.4%……問題なし……


……戦闘用霊子情報……

……霊子貯蓄率・52.6%……現在霊子吸収中……


……使用可能霊子スキル・確認……

……響転<ソニード>・使用可能……

……虚弾<バラ>・使用可能……

……虚閃<セロ>・使用可能……

……王虚の閃光<グラン・レイ・セロ>・使用可能……

……帰刃「黒翼大魔<ムルシエラゴ>」・使用可能……但し以下の技の使用は困難……


……黒虚閃<セロ・オスキュラス>・使用可能……推奨度・難……

……雷霆の槍<ランサ・デル・レランバーゴ>・使用可能……推奨度・難……

……刀剣解放第二階層・使用可能……推奨度・難……


……確認・終了……




現状の確認を終えたウルキオラは、ゆっくりと目を開ける

体感時間にして120時間近くの間、回復に専念したおかげで体の損傷はほぼ完治していた
あと一時間もすれば、この体の再生は完全に終わるだろう。


幾つかの技の使用は難しいが、これに関してはあまり贅沢はいえない



(……黒翼大魔の状態になれるのなら、相手が『あの状態』の黒崎一護クラスでもない限り、遅れを取る事もないだろう……)



さて、残りの問題は……と、ウルキオラが考えようとすると





「ねえウルキオラー! わたしの話きいてるー!?」







第壱番「二人の出発」







ウルキオラは声が発せられた方向に視線を移す
そこには金髪の少女、アリシアと名乗った霊体が自分の顔を覗き込んでいた


「わたしが折角動けないウルキオラのためにお話をして上げてるのに、ウルキオラはしつれーな人ね!
 あ、ひょっとして眠いの? なら子守唄をうたってあげよーか?」


……つくづく、よく喋る個体だ……


ウルキオラは少女に視線をやりながら、そう思った
それと云うのもこの五日間、
初めてあった時から今日のこの瞬間まで、この少女はウルキオラに向かって喋りっぱなしであったからだ。


初めは、少しでも情報を集めたかったからの会話だった
アリシアはここで過ごした時間は決して短くなかったらしく、その過ごした中で起きた出来事の中には
ウルキオラが決して無視できない内容が多数あった

言葉のキャッチボール

虚と整の異霊体コミュニケーション


それらの事を、ウルキオラが続けた結果



=======================================




「ねえねえ、お兄さんなんて名前なのー?」


「ウルキオラ・シファー? それじゃ長いから『ウルキー』でいいよね? え、ダメ?」


「ねえウルキオラー、ウルキオラって羽が生えてるけどウルキオラって飛べるのー?」


「ねえねえ、ウルキオラのこの帽子って全然とれないねー? ひょっとして頭に直接張り付いてるの?」


「あれ!? ウルキオラの羽が消えてる!? 服と帽子がなんか違うー!? あれー! 顔の緑色の模様もなんか小さくなってるー!?」


「ねえウルキオラ、ウルキオラの好きな食べ物を当ててみせようか?
 ズバリ、牛乳とお野菜でしょ!! 牛乳をたくさん飲んだからそんなにお肌が白くなって
 お野菜をたくさん食べたから、目が緑色になっちゃったんでしょー?」


「だーかーらー! わたしだってウルキオラの事をウルキオラって呼んでるんだから、ウルキオラもわたしの事を『アリシア』って呼んでよー!」





=======================================




その結果・懐かれた。


元々、アリシアは人との会話や触れ合いに餓えていた

そして、そこに今まで見たことのない姿をしたウルキオラが現れた
幼子故にただでさえ興味が湧いたアリシアが接触を試みたら、なんと会話が出来た


この時点で、アリシアの興味は完全にウルキオラに注がれたのである

そして、アリシアがウルキオラに懐いた理由はもう一つある



それは、





……本当に、よく喋る個体だ……



ウルキオラが、アリシアを拒絶しなかったからだ。



この時点でこれ以上アリシアから有益な情報提供が望めない事は、ウルキオラは分かっていた
この時点で、ウルキオラにとってアリシアは不要な存在となっていた筈だった



五月蝿いと思った

邪魔だとも思った

鬱陶しいとも思った


だが

それでも、ウルキオラはアリシアを拒絶しなかった



なぜなら、ウルキオラはある事に興味を抱いていたから……


……心……


黒崎一護は言った


……以前の戦闘より、自分の動きが読める……


そして、続けてこういった


……その理由は自分が、虚に近づいたのか……


……それとも……


……お前が、人間に近づいたのか……



あの時、自分は黒崎一護の言葉を否定した
だが、心のどこかで納得する自分がいた

自分に起きた変化に気づいている自分がいた




……井上織姫……




その能力を評価されて、主に自分が世話をする様に命じられた人間の女。


不思議な女だった

従順な態度を見せていたと思ったら、平手で殴られた事があった

圧倒的な力を見せ付け、泣き叫んだと思ったら自分の事を恐くないとまで言った


理解しがたい行動をする女

理屈では決して理解できない未知のモノ



『心』


それが、ヤツ等の軸となっていたもの

自分が消える最期の瞬間、自分は人間の心に興味を持った。



心とは何なのか?

この場所で、体を再生している時もその事を考えていた

その事を考えて、考えて、考え続けて……






「ねえねえウルキオラ、ウルキオラもわたしに何かお話してよー」






自分に笑顔を向ける、この個体に気づいた


純粋な笑顔
思えば、こんな感情を向けられたのは初めてだった



……ゴミの分際で馴れ馴れしい……



五月蝿いと思った

邪魔だとも思った

鬱陶しいとも思った



「……いいだろう、俺の事を話してやる……」



厄介払いをしたかった
だから、自分の正体を話した


自分は、虚
生体霊体の区別なく他者を襲い、その魂を喰らって生きる存在

自分は今まで数百、数千の魂を喰らってきた存在


嘘偽りなく、目の前の個体に話した




だが、


「へー。ウルキオラってユウレイのお仲間さんだったんだー」




それでも、この個体は自分の傍から離れなかった




理由を聞いた
なぜ逃げない?




「だって、ウルキオラはわたしを食べなかったじゃない?」




即答だった

再び、俺は聞いた


それでも、お前は俺が恐くないのか?



目の前の個体は言った




「恐くないよ。だってウルキオラと喋ってると楽しいもん!」




その個体は
再び笑みを浮べて、そう言った




……恐くない、か……




ここまで無警戒で馴れ馴れしくされると、寧ろ清々しかった




消そうと思えば、簡単に消せた筈だった

喰おうと思えば、簡単に喰えた筈だった




だが
結局、自分はアリシアに手を掛ける事は無かった。




……やはり、分からんな……心というものなど……



こうして、二人は五日間の時を過ごしていったのだった。









「……行くか」


体の回復具合を確認して、ウルキオラは立ち上がる

回復は十分、もはやこの場所に留まる理由はない

これからの行動も活動も決めてはいないが、まずはここから脱出する事が何よりの優先事項だった。


(……コイツの話では、ここに来たヤツ等はいつの間にか消えている……つまり、なんらかの脱出方法は存在する筈……)


隣にちょこんと立つアリシアを見る
だが視界に映るのは、果ての無い白の空間


「……探査回路<ペスキス>開始……」


とりあえず、探査回路を起動させて周囲の霊圧情報を調べる。



(……ダメだ、俺たち以外の霊圧情報は周囲には存在しない……)



収穫は無い
このまま闇雲に道を探すしかないのか?とウルキオラが考えたところで



(……微弱な霊子反応がある?……待てよ、この反応は……)



「霊絡<レイラク>」



霊絡……本来は死神が扱う技法だが、破面は死神の特性も持っている故にウルキオラも使用可能だった


霊絡の効果、それは霊圧および霊子の視覚化

そして、その変化は起きた



変化の場所はアリシア
そのアリシアの胸元から地平線へと向かって


一本の鎖が、道を照らす様に伸びていた



(……これは、因果の鎖か?……)



因果の鎖……霊体とそれに縁のある肉体や場所を繋ぐ、強い未練や感情や思い入れによって出来る鎖

恐らくあまりにも長い年月がたったせいで、根本的な構成要素である感情、もしくは未練が薄れていったため
鎖の存在そのものが、希薄となってしまったのであろう


あまりにも反応が微弱だったため、ウルキオラも直ぐには気がつかなかったのだ



「え? なにコレ?」



当の本人は、自分に起きた変化に対して少し驚いている

しかし、気休めだがこれで道の目安はついた

果たして本当にこれが道なのかは分からないが



(……少なくとも、この先には『何か』がある……)



ならば、取るべき行動は一つ




「……ウルキオラ、行っちゃうの?」




ウルキオラの変化を察したのか
アリシアはウルキオラに問いかけた


その顔に、今までの笑みはない

幼子にはあまりにも似合わない、影のある顔だった



「…………」



ウルキオラは、答えない
もはやこの個体にはこれ以上の利用価値はない、そう思っていたからだ


あとは、この道を駆け出すのみ
そう一歩踏み出そうとして




その一歩は止まった。




(……この因果の鎖の先にあるのは、十中八九このガキに縁のある「何か」だ……)


そして、思った









(……それなら……このガキも連れて行った方が都合がいいかもな……)









もしかしたら、何かに利用できる……そう思ったからだ



「アリシア・テスタロッサ」

「……なに?……」



だから、言った










「お前も来い」











「……え?」



それは、誘いというよりも命令
淡々と述べた、無機質な一言


しかし









「……うん!! わたしも一緒に行く!!!」









アリシアは
満面の笑みでそう答えた。
























「ウルキオラ、行っちゃうの?」


わたしの胸元から伸びる、細い鎖みたいな物の先を見るウルキオラを見て、わたしは尋ねた


「…………」


ウルキオラは、何も言わなかった
でもそれが、ウルキオラの答えなんだとわたしは思った



行っちゃやだ



そう言って、ウルキオラを引き止めたかった


ウルキオラと喋る事が出来て、凄く楽しかった


こんなに楽しいのは、本当に久しぶりだった


だから、ウルキオラに行って欲しくなかった




わたしは、ここで誰かを待っていた

ずっと一人で、誰かを待っていた

この何も無いところで、わたしはずっと一人で誰かを待っていた



もう、嫌だった



もう、誰かと別れるのは嫌だった



もう、一人は嫌だった



もう、寂しいのは嫌だった



だから、ウルキオラに行って欲しくなかった。




「……!!」




ウルキオラと別れる
そう思った瞬間、涙が出てきそうになった



だから、わたしは我慢した



泣いたら、ウルキオラを困らせるかもしれない


困らせたら、ウルキオラはわたしを嫌いになるかもしれない



ウルキオラと別れるのは嫌だけど
ウルキオラに嫌われるのは、もっと嫌だった



だから、わたしは必死で泣くのを我慢した



「アリシア・テスタロッサ」



不意に名前を呼ばれた



「……なに?」



これで、お別れ
そう思ってわたしは顔をあげて













「お前も来い」













一瞬


わたしは、声を失った







「……え?」



一緒に来い、ウルキオラはそう言った


それを聞いて、目が熱くなって


訳が分かんなくなって


気持ちがグチャグチャになって



その言葉が嬉しくて



ただ嬉しくって



本当に、心の底から嬉しくって





「……うん!! わたしも、一緒に行く!!!」






だから、わたしはそう答えたんだ。





そしてわたしがそう言うと、ウルキオラはわたしを片手で持ち上げて小脇に抱えた



「……ウルキオラ?」



次の瞬間、






――響転――




「……!!!」



ウルキオラは、もの凄い速さで走り出した。




「凄い……すごいすごいすごーい!!! ウルキオラすごーい!!!」

「黙れ、五月蝿い」




顔にすごい風を感じながら


ウルキオラの凄い足の速さを実感しながら


わたしはウルキオラに抱えられながら、大ハシャギをした



だから、わたしは思ったんだ









……わたしは、もう一人じゃないんだって……










続く






あとがき
 「このウルキオラーはくせー! ゲロ以下の臭いがプンプンするぜえぇ!!」

などと思った方々もいらっしゃいますでしょうが、どうか寛大な心でお見逃し下さい!!


書いてみて分かったのは、ウルキオラみたいに感情があまりないキャラって書くのが凄い難しいという事です

人によって、このウルキオラに違和感を感じている人もいるかもしれませんが、どうかご容赦して下さい!


それでは次回に続きます。





[17010] 第弐番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/03/07 06:28
白い空間を、白い疾風が吹き抜ける

否、それは風ではなくある個体による疾走
目に映る事すら許されない速度にまで高められた高速移動


白い空間を翔ける様にして走るウルキオラは、ただひたすら前を見続けて
小脇に抱えたアリシアから伸びる「因果の鎖」が示す道を走り続けていた


「んー、何も見えてこないねー? ねえねえウルキオラ、ずっとわたしを抱えて走って疲れてない? 少し休む?」

「…………」

「そっか、じゃあまだまだ大丈夫だね」


アリシアがウルキオラの顔を見上げて言うが、ウルキオラは反応を見せない
その両眼は、ただひたすらに前を見続けていた。

だからこそ、アリシアはウルキオラの答えが分かっていた
アリシアはニコリとウルキオラに微笑んで、ウルキオラと共に前を見続けていた



それから、どれほど時間がたっただろう?

どれほどの距離を走っただろう?

その瞬間は、唐突に訪れた。



「……ココだ」

「……え?」



アリシアの耳にそんな言葉が響くと、ウルキオラは走るのを止め、アリシアを下ろした。

「よいしょ」と言って、アリシアは着地をする
そして、改めてウルキオラの視線の先を見る



「……アレ? 何もない?」



しかし、そこには何も無かった

上下左右に360度を見回すが、そこには今までと変わらない白い空間が広がるだけ
自分の胸元の鎖の先を見る


そこには白い空間の途中で、プッツリと途切れている鎖が目に映った。



「……行き止まり?」

「違う、ここが終着点だ」



そう言って、ウルキオラは鎖の途切れ目まで歩み寄る
そして鎖の途切れ目に手を当てて、探査神経を起動させる

そして、その場所にある全ての霊子情報を読み取り



(……やはり、因果の鎖は途切れてはいない。間違いなく「この先」へと続いている……)



霊子情報を読み取ったウルキオラは、更に思考を進める



(……恐らく、ここは境目。現世と虚圏の様に位相の違う空間の境目……)



それならばと、ウルキオラは境目に道を作るべく黒膣<ガルガンダ>を開口しようとするが……



(……やはり駄目か、現世と虚圏を繋ぐ黒膣が開かないという事は……恐らく、ここは断界……
……若しくは、それに似通った世界と世界の間に存在する空間という事……)



黒膣が開かない事を確認して、ウルキオラはこの空間に関する考察をおおよそ纏め上げていた
そして、ウルキオラは更に考える

もしも自分に卓越した霊子解析・構築技術をもっていたら……
そう、例えば第8十刃・ザエルアポロ・グランツの様な優れた頭脳と技術を持っていればここに道を開く事は可能だったかもしれない。



……だが



(……無いものねだりは出来ん、今必要なのはここから道を開く実現可能な解決方法……)



再び、ウルキオラは考える
やがて、結論を出した



「やはり、力技しかないか」





そして次の瞬間、ウルキオラの右手が翠色の輝きを放ち始めた





「……え? ウルキオラ、何するの?」

「黙って見ていろ」



そう言って、ウルキオラは右手の人さし指を鎖の途切れ目に向ける

翠色の光は指先で唸り、輝き、渦を巻き、収束していく
圧倒的な力の収束、破壊の翠光

それは、虚夜宮の天蓋の下では禁じられた技

空間すら歪める程の圧倒的破壊力ゆえに、使用を禁じられた技

十刃だけに許された、虚閃を超える虚閃




「王虚の閃光<グラン・レイ・セロ>」




その砲撃がウルキオラの指先から放たれ、


周囲は翠色に輝いた。





「きゃあ!!!」


その輝き、その衝撃に、アリシアは思わず耳を塞ぎ、目を閉じながら身を伏せる


鼓膜を破壊する様な轟音

体を吹き飛ばす様な暴風


そして、数秒後に訪れる静寂
アリシアがその静寂を感じ取り、恐る恐る目を開く

そこには……



「……へ?」

「どうやら、上手くいった様だな」



ウルキオラとアリシアの視線の先

そこには限りの無い白い空間にポッカリと開いた穴

いや、穴というのは的確ではないかもしれないが、この他に適した言い方が分からない

二次元の穴ではなく、三次元的な穴
その色は様々な色が、混じり溶け合った混沌とした色彩……人によっては、青にも赤にも翠にも紫にも見える
そんな不気味な色彩だ。


この穴を開けるために、ウルキオラがやった事……それは至って単純

空間を歪める程の破壊力を宿した「王虚の閃光」を空間の境目に撃ち

空間を歪め、捻じ曲げ、強引に空間の隙間を作り上げて、穴をこじ開けたのだ


成功する確率は決して高いとは言えなかったが、ウルキオラはその荒業をやってのけたのだ


その穴はアリシアにとっては理解不能な存在であったが、理解できた事はあった


これが、道なんだと
この限りの無い果ての無い白い空間からの、唯一の脱出口なんだと



ウルキオラが、その穴に歩みを進める

そして、それにアリシアも後に続く。





(……大丈夫、こわくない……)





不安はあった


恐怖はあった




だがそれでも、アリシアはウルキオラと共に歩みを進めて

二人はその穴へと、吸い込まれる様にして入って行き






その白い空間から、二人の存在は消えた。








第弐番「遭遇」








気がつけば、そこには青い空が広がっていた






「……ここは?」



いつの間にか地面に寝そべっていたウルキオラは、身を起こす

頭の上には青い空、足元には緑の草、周囲に広がるのは樹林



「まさか……現世か?」



虚圏とは違い様々な色彩に溢れる空間
生命の息吹と流れを感じ取れる世界……現世


その現世とよく似た場所



「いや……違う」



探査神経を起動させたウルキオラは、すぐにその結論を出す

周囲の霊子情報を、即座に解析する

大気中の霊子濃度・霊質

龍脈とも呼ばれる現世特有の霊子の流れ


それらの情報が、自分の知る現世のものとは全くの別物だったのだ。


無論、これだけではウルキオラも判断がつかなかっただろう


証拠となりえた要素は他にある。


まず一つ、黒膣が開口できなかった事

ここが現世なら、今なら何の問題もなく黒膣を開口できた筈だったのにそれが出来なかった事。




そして二つ、死神と破面の霊圧が探査回路の引っ掛らなかった事

現世には常時、己の担当区域の魂魄を魂葬するため、虚の被害を防ぐため、死神があらゆる場所でその任についている

増してや、今は現世は破面と死神の両軍の闘いの戦地となっている場所
ここが現世なら、絶対に自分索敵範囲に死神及び破面、虚の反応を絶対に取られられる筈が、捉えられなかった事




以上二つの理由をもって、ウルキオラはここが現世……少なくとも、自分が知る現世とは違うと判断した。



「……さて、どうするか?」



予想はしていたが、またしても目的を見失ってしまった

ふと、視線を移す
そこには先程までの自分と同じ様に、眠るように倒れている一人の少女・アリシア

今は霊絡を解除しているため、因果の鎖は見えていない。



(……このガキの因果の鎖の先を続いて辿るか、それともここからは自分だけで動くか……)



どちらにしようか? とウルキオラが考えていると

発動させたままだったウルキオラの探査神経が、ある反応を捉えた。



(……霊圧反応? だが何だこの反応は? 破面、虚、死神……いずれのどれにも該当しない……まったく新しい種のもの……)



ウルキオラはそのまま、その発信源の位置を特定する

数秒の間を置いて、その位置を特定した



「……方角・南南西、距離・3.25km……」



位置はそれほど遠くはない
上手くいけば霊子を補充できるかもしれないと、ウルキオラは判断し目的地に向かう事に決めた。


響転を発動させて、疾風の様に樹林の中を駆け抜ける

そして、それを見つけた



「……これか」



それは、蒼い輝きを放つ小さな石

一見、宝石にも見える程にその輝きは美しい
そして、そこから感じる確かな霊圧の波動


何気なく、ウルキオラは手を伸ばしてそれを取り


その瞬間
その石は目を眩ませる程の光を放ち、輝き始めた。



「……!!!……」



しかし、その突然の事態の中
ウルキオラは目を閉じる事もせず、石を手放す事もせず、

その石が放つ輝きの中に居ながら、ただ呆然と石を見つめ





「……素晴らしい……」





僅かに驚きの色を含ませながら、そう呟いた




(……純度、濃度、霊質……どれをとっても、非の打ち所のない最上クラスの霊子結晶体……
……まさか、これほどの霊子体が存在するとは……)




それは、霊子を摂取して活動する虚や破面にとっては最高の糧

ありとあらゆる霊子体の長所を集め、実体化する程にその力を凝縮させたような圧倒的存在


そのあまりの魅力的な存在を前にして、ウルキオラは反射にも近い行動を起こしていた。



――魂吸――



光が収束し、ウルキオラの口の中へ吸い込まれる様に流れていく

体中に濃厚で豊潤なエネルギーが駆け巡る


力が溢れ、漲っていく
枯渇していた体の隅々まで潤していくその感覚


やがて、その石の輝きはだんだんと治まっていき、霊圧の波動は鎮まっていった



「……信じられん……」



呆然と、ウルキオラは呟く

体は、全快した
霊子の貯蓄もその容量の限界まで溜まっている


にも関わらず
この霊子結晶体は、未だ多くの力を宿していた



(……さっきの波動は、恐らくこの結晶体の力の「一部」が「はみ出した」だけのものだったのだろう……)



自分で考えて、驚愕する
それならこの結晶体に含まれている力は、一体どれほどのものなのか……



さらに霊子解析を進めようと、ウルキオラは考え






その空間一帯が、奇妙な霊圧で覆われた事に気づいた。







「……なに?」




恐らくは死神が扱う鬼道と良く似た術

タイプとしては広域範囲の結界術


そして、自分を取り囲む様にして包囲する複数の人間


(……こいつら、明らかに俺の姿を認識している……死神? いや、こいつらの体は霊体ではなく生身……
……霊力の素養をもった人間か?……)


その姿を改めて見る

目の前の人間が纏っているものは、破面のものとも死神の死覇装とも異なる
霊圧で覆われた肩当や胸当を着込んだ軽鎧、という感じのものだ。



「……何だ、貴様ら?」

「私は時空管理局・次元航行艦『アースラ』所属・航空武装隊隊長のコルド・フリィザーだ」



ウルキオラの問いを、取り囲む人間達のリーダー格らしき大柄な男が答える


(……時空管理局……?)


随分と大層な名前だ
ウルキオラはそう思って、改めて周囲を見る



(……コイツら、俺の探査神経に全く引っ掛らずにここまで接近してきた……)



つまり、速度や気配遮断という類を超えた空間転移系の術をもつ可能性が高いという事

そこまで頭の中で意見を纏めていると



「ジュエルシード探索者に警告する。
 このクラスのロストロギアはその所有を時空管理局の法の下、禁じられている。
 また、ジュエルシードは時空管理局が蒐集し保管する事となり、こちらの指揮下によらない
ジュエルシードの蒐集はこれより違法行為となる」



コルドと名乗った男は、ウルキオラに視線を向けて声高に言う


(……ジュエルシード? この石の名前か?……)


そして、更に別の男が口を開く



「貴方の持っているそのジュエルシードも、今この時より時空管理局の法の下に保管する事になります。
速やかに、そのジュエルシードをこちらに明け渡す事を要求します」

「…………」



しかし
彼らの問いに、ウルキオラは答えない


その顔に感情はなく、その目からはウルキオラの真意が読み取れない
ウルキオラは動かず、彼らが言う「ジュエルシード」を渡す動きも見せない



「おい!! 聞こえないのか!!? 速やかにそのジュエルシードをこちらに渡しなさい!」



警告を無視するウルキオラに業を煮やしたのか、その声には僅かに怒気を含んでいる
そしてそれに伴い、周囲からの敵意を含んだ視線が強くなる



「…………」



しかし、ウルキオラに変化はなく
男達の要求に応える素振りすらも見せなかった



「……仕方が無い。これより貴方を時空管理局法違反の現行犯として、拘束する」



コルドという男がそう言うと
ウルキオラを包囲していた男達の内数人が、得物を構えながらウルキオラに歩み寄った



「武装を解除してこちらへ。抵抗すれば、こちらも手荒な手段に出る事になります」


「…………」




結論から言えば
彼らの対応は間違ってはいなかった


彼らはとある手段によって、ウルキオラがジュエルシードの力を鎮める場面を目撃していた事

ウルキオラの外見及び存在感は、明らかにこの世界の住人のそれとは異なる事

ウルキオラから感じられる力の波動が、決して普通ではなかった事

ウルキオラが持つジュエルシードという物は、使い方を誤れば世界を破滅しかねない程の恐ろしい力を秘めている事

そしてジュエルシードの力の恐ろしさを、十分に理解していた事


力ずくではなく、穏便に事を収めようとした事

警告を再三に渡って無視をしたウルキオラに、自ら投降する機会を与えた事


そしてウルキオラが自分達の警告に従わない可能性を考慮して、予め周囲に結界を張っておいた事



以上の事から
彼らのウルキオラに対する対応は、決して間違ってはいなかった。








しかし









「……俺も、我慢強くなったものだ」









彼らの対応は、間違っていない「だけ」だった













「ゴミが俺に指図をするな」













その瞬間、何かが弾けた。















続く










あとがき
 

 うるきおら は じゅえるしーど を てにいれた。

 れいあつ が あがった。

 おされ が あがった。

 れいりょく が かいふくした。



 じくうかんりきょく が あらわれた。

 あたり を かこまれた。



「その じゅえるしーど を こちらに わたしなさい。」



じゅえるしーど を わたしますか?



 ・わたす

 ・わたさない

→・みなごろし



それでは じかい に つづきます。







[17010] 第参番(微グロ注意?)
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/03/08 22:13




ウルキオラが蒼い宝玉・ジュエルシードを手に入れた、その同時刻

とある場所で、とある三人の少年少女が異形の生物との戦闘を繰り広げていた



その異形は、形としては猫に似ていた

しかし、それは愛玩の動物として広く世界に知られ存在しているソレとは……あまりにも存在が違っていた
種類としては、虎が一番近いかもしれない……

しかし、この異形から見れば猫も虎も大差が無い存在だろう


全長10mはある巨大な体躯
ソレ一つで大木すらも両断できる様な斧にも思える爪

鋼線の強度と絹のしなやかさを持ち合わせた白い毛並み
禍々しく血に餓えた様なその形相

見る人が見れば、それを「白虎」と呼んでいたかもしれない。



「ブレイズ・キャノン!!」



その異形に向かって、黒い服に身を包んだ少年が迫る

少年が持つ杖から、閃光の奔流が放たれて異形を包み込み、あたりに衝撃と煙が四散する

しかし


「……く!!」


煙から、白銀の爪が弧を描く
少年の命を摘み取らんとする、猛威の爪


少年は即座に後ろに跳ぶ
そしてそれを追って獲物を仕留めに掛かる白い異形

それを見て、少年は叫んだ


「……今だユーノ!」

「ディレイド・バインド!」


ユーノと呼ばれた金髪の少年がそう言うと
異形の足元に魔法陣が浮かび上がって、光の鎖が異形の体を締め上げた


「……なのは!!」

「うん!!」


それを聞いて、なのはと呼ばれた少女が杖を構える
その杖の先に収束する、桜色の光


「ディバイン・バスター!!!」


収束された光は、白い異形に向かって放たれた


着弾
辺りに轟音が響いて、異形は呻き声と共に地に伏せて


「ジュエルシード・シリアルⅸ! 封印!!」


異形の額にⅸという模様が浮かび、青い宝玉が摘出された

その宝玉を、なのはと呼ばれた少女は手に収める


「……大丈夫かな、この子」


少女が心配する様に言う
その視線の先には、蒼い宝玉を吐き出した異形。しかしその姿は見る影もなく縮み上がって、一匹の猫となっていた

やがて、その猫は目を覚ます
そして辺りを警戒したのか、その場から一目散に逃げ出していった


「……ほ、よかった」


猫が無事な事を確認して、少女は安堵の息を吐いた
そして、その少女に二人の少年が近づく



「お手柄、なのは」

「ジュエルシードは?」

「大丈夫、ちゃんと封印できたよユーノくん、クロノくん」



そう言って、なのはと呼ばれた少女はクロノと呼んだ黒髪の少年に蒼い石を渡す


「よし、とりあえずはこれで一安心だ。一旦アースラに戻ろう」


そして三人の足元に魔法陣が現れて、三人はその場から姿を消した。



黒髪の少年クロノ・ハラオウン

金髪の少年ユーノ・スクライア

茶髪の少女・高町なのは


この三人は、とある理由によってジュエルシードの探索及び蒐集を行っていた

元々、このジュエルシードはユーノが発掘した物であったのだが、その移送中に彼がとある事故に巻き込まれて

紛失したジュエルシードを探索している途中、彼は負傷したのだが現地人である高町なのはとひょんな事から知り合い

協力を要請して高町なのはもそれに同意、それが切っ掛けで彼女は「魔導師」の力に目覚めた。

そして、そのジュエルシードを時空管理局が蒐集・保管する事になり、二人は時空管理局と協力する事を決めて
時空管理局・執務官であるクロノと共にジュエルシードを集める事になった。


これが、三人が今まで歩んできた大まかな経緯である。




次元航行艦『アースラ』・遺失物保管庫にて




「お疲れ様。クロノくん、なのはちゃん、ユーノくん」



魔法陣から現れた三人を、茶髪のショートカットの女性が迎えた
そしてその女性に、クロノはジュエルシードを手渡す。


「はい、エイミィさんもお出迎えありがとうございます」

「これが今回の戦果だ。保管を頼む」

「はいはいリョーカイ。え~と、シリアルナンバーは……ⅸね」


そう言って、エイミィと呼ばれた女性は収納ボックスの様な物の中に
手渡されたジュエルシードを収納した


「これで、ヨシっと。三人ともご苦労さま、休憩がてらお茶でも飲む?」

「? 確かあと一つ、反応があったジュエルシードがあった筈じゃ?」

「ああ、そっちは大丈夫。武装隊のコルド隊が向かったから」


エイミィがそう言うと、クロノは納得したかの様に呟いた


「……なるほど、それなら心配することはないか」

「?……クロノくん、エイミィさん、コルド隊って?」


二人の様子を見て、なのはは二人に問いかけた。



「ウチの航行武装隊の隊長コルド・フリィザーが率いる部隊よ。今まで別件で動いてて、昨日合流したばっかだから、
まだ二人は顔を合わせてなかったわね」

「武装隊の隊長……って事は、相当な凄腕って事ですか?」


ユーノがそう言うと、エイミィは「もちろん」と頷いて



「魔導師ランクはAA、一対一の戦闘だったらクロノくんよりも強いんじゃない?」

「え? でもクロノくんってAAAランクじゃ……」


なのはが驚いた顔でそう言うと、クロノが言葉を続ける


「ランク=強さ、じゃないって事だ。
レアスキルや特殊な魔力を持ってでもいない限り、正式な魔導師ランクは筆記と実技を含めた試験で決まるものだからね。

コルド隊長は確かに僕より魔力値は低いが、彼は今まで二十年以上武装隊として最前線で闘ってきた人だ。
火力で勝っても、経験と戦闘技術はあちらが遥かに上だ」

「本当はもっと上のポジション狙える人なんだけど、『デスクワークは性に合わない』って言ってて、ずっと武装隊をやってるの」

「……へー、凄い人なんですねー」


なのはが感心した様に言うと、エイミィは「そうそう」と頷いて


「そ、つまりその凄い人達が出張ってるんだから、ちゃんと休める時に休んでおかないとね!
という訳で、休憩がてらお茶でもしましょー!」


エイミィが笑顔でそう言って、三人もやれやれと表情を崩すが




すぐに、その平穏は壊された




休憩室に向かう廊下、四人が歩いていると前からストレッチャーで運ばれてきた


「……怪我人? って、あの人はコルド隊の」

「……少し、様子がおかしいな。ちょっと行ってくる……」

「それじゃあ、わたしも」

「僕も」


そして、四人は運ばれてくるストレッチャーに接近して




四人は声を失った




「……え?」

「……な」

「……っひ!」

「……これは、一体!」






両腕が、無かった






ストレッチャーに苦しげな呻き声を上げて運ばれる人間に、ある筈の両腕は根元から存在していなかった

巻かれている包帯は既に赤い血で広く滲んでいる
恐らく包帯をとれば、無くした両腕の代わりと言わんばかりに鮮血が溢れていただろう



しかし、彼らの驚きはこれで終わらなかった



次々と、前方からストレッチャーで負傷者が運ばれてくる

一つや二つではない……計八つ

その殆どの人間が、人間としてある筈の部位を失った形で運ばれていた



「……あ、ぁぁ、あ……」

「……なのは! 大丈夫!?」



口元を手で押さえ、ガタガタと体を震わせるなのはに、ユーノがそう言うが……

ユーノは、「無理もない」と思っていた。

ユーノは発掘を生業としていたので、多少こういう事には免疫があったが……同年代の
しかも、今まで血生臭い事とは縁がなかったなのはからすれば、これらはトラウマ級の代物だろう


運ばれてくる八つ目のストレッチャー、その怪我人は今までの人間よりは遥かに軽症だった
両肩と両膝から出血しているだけで、五体は無事で意識もハッキリしていた



「……一体、何が……一体なにがあったんだ!」

「……クロノ、執務官、です…か……」

「一体何が……コルド隊に、一体……」



クロノの問いを聞いて、その男は……血を吐く様な表情で答えた



「……コルド隊は、全滅…です……!」



その言葉に、クロノとエイミィが驚愕して更に問いを続ける


「!!?……そ、そんな!……」

「まさか、暴走したジュエルシードが!」


クロノがそう問いかけるが、男は首を横に振って



「……ちがい……ます……!」



男は、それを否定し……







「……たった一人の男に……

……たった一人の男に! みんな、やられました……!!!」







四人はその言葉に、心から凍りつかされた









第参番「ファーストコンタクト」










「……はぁ! はぁ!……はぁっ!!」

「存外粘るな……ゴミなりに」



樹木に囲まれた、一種の広場にも見えるその場所で二人の男が人影が対峙していた

いや、その表現は的確ではない

片方は、人ではなく霊体・虚


そしてもう一人は、人と見るには形がおかしかった。



「以前、俺に片手を失っても挑んできた男がいたが……お前はそれ以上だな」



男の姿に視線を置きながら、ウルキオラは答える

男は、左腕と左脚を根元から失いながらも、そこに立っていた

男…コルドは魔導師ゆえに浮遊魔法を使い、足を失っても何とか戦闘体勢を保てた


しかし、それは戦闘体勢というにはあまりにも苦しかった


失った腕と脚の先からは、ボタボタと赤い血が流れ続けている
この出血では、失血死するまで長い時間は掛からないだろう

失血と痛み、そして部下の全員がやられた心のダメージ


彼の部下は、文字通り相手に触れることも出来ず、ただの一撃の攻撃を当てる事も出来ず

目の前の相手に、壊された。

何が起きたかすらも、理解が追いつかなかった


目の前の男を取り押さえようとした部下の四肢が、ハジけた
その事態を理解して、コルドはこの男に即座に砲撃魔法を打ち込んだ


彼の本能が、最大限の警告を鳴らしたからだ

しかし、自分の砲撃は翠色の閃光に飲まれて……左手を、肘から先を持って行かれた



激痛と出血、そのダメージに耐えて再び戦闘に意識を向けるまでに要した時間・数秒

意識を戦闘に向けた、コルドの視界に飛び込んできたのは



……情け容赦なく、目の前の男に破壊された……血にまみれた部下達の姿だった。



圧倒的戦力差を感じざるを得ないほどの、この現状


コルドは、もはや気力のみでウルキオラと対峙していた。



「……若造、が……この程度の痛み、どうと、いう事はない……」



コルドは、絶え間ない苦痛に耐えながらも、口に笑みを浮べてウルキオラに言う。



「生憎と、俺は……お上品な闘いが、苦手でな。考え方が、少々ズレて、いるんだ……」



コルドの持つ杖の先端に、光が収束する



「両腕を失っても、相手を蹴り殺せばいい、踏み殺せばいい……両手両足を失っても、這いずり回って、噛み殺せばいい……
体を失っても、首だけになっても、目で睨み殺せばいい、声で叫び殺せばいい……
それでも駄目なら、死して永遠に相手を呪い……呪い殺せばいい……」



そして、コルドは杖を構えて叫ぶ



「故に! この程度の苦痛なぞ!! どうという事はない!!」



コルドの杖から、赤い砲撃が放たれる

しかし



「……気迫だけは立派だな」



軽く腕を振るって
ウルキオラはその砲撃を掻き消した


「……っ!!」

「気は済んだか?」


ウルキオラは、再びコルドに視線を移す



「気が済んだら、さっさと失せろ。俺は元々お前らを殺す理由はない。
お前がここで消え失せれば、わざわざ追って殺す理由もない」

「……は、それを、信じろ……てか?」



コルドが視線を鋭くし、睨みつけるようにして言うが……






「お前は払った埃を、わざわざ踏み潰すのか?」






「……!!!」


そのウルキオラの一言に、コルドの表情は歪んだ



『コルド隊長! 聞こえますか!』



コルドの頭に、女性の声が響いた



『……リンディ艦長?』

『貴方の部下の転移は全て終わりました! これより、貴方の転移を行います!!』

『……いや、そいつはダメです艦長』



撤退命令
しかしそれを、コルドは否定した



『何を言っているんです! もう、貴方の部下をこちらに送るための時間稼ぎは十分な筈です!?』

『……そうですよ、部下をそちらに転移させる……たった十数秒。
 たった十数秒ヤツを足止めするだけで……ここまでボロボロにされちまいましたよ……』

『だったら今すぐ!』



しかし、コルドはそれを拒む



『……艦長、コイツは……ハッキリいって、ヤバイ。対面して、初めて分かる
ロストロギア? ジュエルシード? コイツに比べたら、全てが霞んで見える……
コイツのヤバさは、そういうレベルじゃない!! そういう次元じゃない!!』



そして、コルドは手に持った杖にあるコードを入力する。


『解除コード読み取り完了。非殺傷設定解除、再設定、設定を殺傷設定に移行』


コルドの杖が、そう告げる



『コルド隊長!!』

「後で幾らでもお叱りを受けますよ! 俺が生きてたらの話ですがねえええぇぇ!!!」



己の最大の魔力を込めて、最強の魔法を展開させる


コルドの杖から、青い波動が放たれてウルキオラを暴風の様に包み込む


「……ほう?」


ウルキオラが自分の周囲に展開された様子を見て、僅かに呟く
展開された暴風によって、周囲の草木はビキビキと凍り付いて、周囲全てを凍らせながらウルキオラにその包囲を狭めていく

青い暴風は球状に収束していき、もはやウルキオラの姿は見えない。

そして白い暴風は更に苛烈に、激しく、その場に収束していく



「くたばり……やがれええええぇぇぇぇ!!!」



これが、コルドの最大にして最強の広域空間凍結魔法

相手をその空間ごとに凍結させて永遠に封じ込む、絶対防御不可能魔法





『eternal force blizzard』





その瞬間、氷の柱が聳え立った

直径数十メートルはあろう巨大な、そして強大な氷柱

その氷柱を、コルドは杖と片足で体を支えながら見つめていた



……仕留めた!!……



コルドがそう思った、正にその瞬間だった






「……今のが全力か?」






それは正に、死神の囁きだった




氷柱から翠色の閃光が放たれ


その閃光によって開いた穴から、白い死神は姿を現した。




「……思ったよりも、強力な攻撃だな。アジューカス程度なら今ので勝負はついていただろうな」




その呟きを聞いて、コルドの体は地に落ちた

もう、全てが限界だった

体力も、魔力も、そこをついていて……体を支える事すら不可能だった



「……な、ぜ?」



残った体力を注ぎ込んで、口を開く

なぜ、生きている?

血を吐きながら、地べたに顔を擦りつけながら、コルドはウルキオラに問うと……




「死ぬ理由がなかった、それだけだが?」




氷の柱が、砕け散った




……折れた


……今この時、

……この瞬間を持って……コルドの心は、完全にへし折られた



「……む、ね……ん……」



小さく呟いて
コルドは意識を、闇に落とした。











ウルキオラとコルドの戦闘を、アースラのブリッジにいた全ての面々は見ていた



「……すぐに、コルド隊長を転移させて……早く!!」

「は、はい!!」



アースラの艦長リンディ・ハラオウンがそう一喝して、彼女の部下が転移の準備を開始する。

そこには、なのは、クロノ、ユーノ、エイミィの四人も合流し、モニターを見ていた



「……そ、んな……空間凍結魔法を、まともに喰らって……」

「……コイツも、ジュエルシードを?」



ユーノが信じられない様に呟き、クロノが確認する様に呟く



「……確認、完了。間違いなく、ジュエルシードは彼が持っています……」



誰かが、ゆっくりと呟く


そして、それが意味する事



闘わなくては、ならない……



全てのジュエルシードを蒐集するには、この白い死神と闘わなくてはならない



そこにいる全員が、その事を悟った時











『おい……見えているんだろう?』











そこにいる全員が凍った


死神は、こちらを見ていた


アースラに映像を送る偵察用のサーチャーに気づいたのか


死神は、緑の目でハッキリとこちらに告げていた。




『俺が言う事はただ一つ、二度とゴミが俺の前に姿を現すな。これは交渉でも取引でもない、命令だ』




何の感情も窺えない目で、表情で、言葉で語る







『背けば、殺す』







一切の反抗を許さない、そんな響きで死神は告げる





これが


ウルキオラ・シファーと時空管理局の


初めての出会いだった。












続く






あとがき
 さあ読者よ!! 作者の覚悟は出来ている! 好きなだけ罵倒するが良い!!

……すみません、作者はグラスハートなので、あまり罵倒しないでやって下さい。

そして、自分が言っている事の意味が分からない方々……おめでとうございます、貴方が一番今回の話を楽しめた方です。


さて、戻って本編の話ですが…………描いている途中、ヤバイくらいにコルド隊長に感情移入してしまった……

モブキャラのくせに、かなりカッコイイ事言ってますよコイツ……
二次創作でオリキャラを主人公で描く作者の人達の気持ちが少し分かってしまった今日この頃です。


ですが、コルド隊長はここで退場です
ちなみにコルド隊長の外見のイメージとしては、武装錬金のキャプテン・ブラボーです。



それでは、次回に続きます…………あ、そう言えば今回全然アリシアが……。







[17010] 第四番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/03/09 22:07



少女は、夢を見ていた

とても暖かで、優しい、そんな夢を見ていた



――ここは、どこ?――



少女は、見知らぬ花畑にいた

あらゆる色彩と自然の美が広がる場所にいた



『アリシア、あまり遠くに行っちゃダメよ』



名前を呼ばれて、振り向く



――貴方は、ダレ?――



そこにいたのは、女の人
黒い長い髪の、綺麗な女の人

とても優しい顔の、温かい笑みを浮べる女の人



――そして、その景色は変わる――



『アリシア、五歳の誕生日おめでとう』



目の前には、またあの女の人

ここはドコかの家、目の前にはたくさんのご馳走と、大好きなケーキ

その日、プレゼントされた大きなヌイグルミを、私はずっと手放さなかった



――また、景色は変わる――



『アリシア、最近遊んで上げられなくてゴメンね』


女の人は、少し悲しそうに、少し寂しそうに、そう言って私を抱きしめる



『でもね、それも今日と明日でおしまい。明後日は約束通り、一緒に遊園地に行きましょうね』



そう言って、女の人は家から出て行った




――そして、また景色は変わる――






『イヤアァ!! イヤアアアアアアァァァァァ!! アリシア! アリシアアリシアアリシア!!! 
お願い!! お願いだから!! お願いだから目を開けて頂戴!!! アリシア! アリシアアアアアアアァァァァァ!!!』






――そして、この景色も変わる――






『……アリシア、ゴメン……ゴメンね? 守って上げられなくて、助けて上げられなくごめんね』





『だから、待っててアリシア……わたしが、お■■さんが……必ず、貴方を生き返らせてあげるからね……』







そこで、わたしの夢は終わった










第四番「活動開始」










「……変な、夢」


地面に寝そべっていた少女は、ゆっくりと身を起こして、あくびをして、瞼を擦った


「……う~ん」


そして身を起こして、軽く背伸びして




「…………え?」




初めて、眼前に広がる光景に気づいた



「……そらだ」



信じられない様に、そう呟く
どこまでも広い、限りの無い青い空を見て呟く



「……木だ、土だ……鳥さんだ!!!」



そして、辺りをグルグルと見まして……叫んだ



「そとだ……外だ!! お外に出られたあぁ!!!!」



あまりにも、懐かしいその色彩

あまりにも懐かしい、その景色

感激のあまりに、アリシアは走りだした



「あは、あははははは!! 草だ! 花だ! 虫さんだ!!」



走る走る、樹林の間を走り抜けて……満面の笑みを浮べて全力疾走する


「……むむ! 前方に川を発見! アリシア・テスタロッサ! 飛び込みます!!」


速度を緩める事無く、眼前にある川を真っ直ぐに見つめて



「ですがアリシアはやって良い事と悪い事の判断ができる娘なので、飛び込みません!!」



そう言って、川の手前で直角に曲がる
しかし、速度の制御が効かず、転倒した



「あは、転んじゃった。転んじゃった転んじゃった……転んじゃった!
 あははははは! あははははは!! でも泣きません! アリシアは強い女の子なのです!!」



しかし、それでもアリシアは無邪気な笑みを浮べていた

そして、一通りの笑った後に



「……っく、ぅック……本当に…っ…出られ、ぅ、ぅ…た、んだ……」



ジワリと、視界がボヤけた

指で瞼を擦る……涙が、出ていた


「……あははは、おかしい、よね……」


おかしい、泣くなんておかしい

涙は悲しいときにしかでない物なのに、


だから、おかしい


今は嬉しいのに、とってもとっても嬉しいのに……涙が出てくるなんておかしい


だが、それでも

アリシアは両目から出てくる涙を、止める事は出来なかった






一通りの涙を流し終えて、アリシアは空を見上げていた

綺麗な色、心の底からそう思った

今まで、すごくすごく長い時間を過ごしてきたけど……


今日のこの日ほど、嬉しい日はなかった



「……ありがとう。ほんとうに、本当にありがとうウルキオラ」



心の底から、感謝の気持ちを呟いて




そして、気づいた





「……ウルキオラ?」





ガバっと身を起こして、周囲を窺う
辺りに広がる自然の色彩の中に、自分の恩人の姿はなかった

そして、アリシアは思い返す
自分が今まで行った行動を、自由気ままに走り回った自分の行動を


「ひょっとして……わたし、ウルキオラと……はぐれちゃった?」


言って気がつく
もしも、自分が目を覚ましたあの時……本当はすぐ近くにウルキオラがいて、自分がそれに気がついてなかったのだとしたら?


「ど、どどどどど!! どーしよー!! 今さら元の道なんて分かんないよー!!!」


思わず、頭を抱えてパニックになる
そして、気づく



「そうだ、鎖!! 胸の鎖を見れば何とか……」



なるかもしれない! と言おうとして、その言葉は途切れた

胸の鎖は、無かった(正確には見えないだけだが)

唯一の行動目安の消失、その事実を確認したアリシアの顔は途端に青ざめて……



「あは、あははは……あははははは、もしかして、わたし……やばい?」



乾いた笑みを浮べて、現状を悟る
どうしようかと、アリシアが途方にくれていた……



正にその時
アリシアの視界に、突如巨大な氷柱が聳え立った



「……アレ、なんだろう?」



ここでは柱まで遠くて視界が悪い、そう思ってアリシアは視界の良い場所へと向かい


その氷柱が一瞬、見覚えのある翠色に輝いた



「……ウルキオラ!!!」



そう言って、アリシアは氷柱の元へと走り出した。













「あれだけ脅しておけば、暫くは大丈夫だろう」


そう言って、ウルキオラは空に向かって虚弾を放つ
次の瞬間、何かが弾ける音が響いた



「……これで、監視される事もないだろう」



恐らく、偵察用の禄霊蟲と同じタイプのものだろう

自分に挑んできた男の姿は既にない
間違いなく、この場から全てのゴミは撤退したと見ていいだろう


「……? 後方……距離、312m……霊体反応?」


自分の探査神経の捉えた反応を感じ取り、ウルキオラはその発信源に視線を置く

そして、更に霊子解析を進めると……



「……この霊圧反応、まさか……」



そして、気づいた
その霊体反応が、自分が知る霊体と同じ反応だった事に


そして、少々の間を置いて
それは、姿を現した




「ウールキーオラー!!!!!」




樹林の隙間を縫って、ウルキオラの視界に映るのは

見知った長い金髪、見知った小さな体、そして見知った笑顔



「ウルキオラー! 見-つけたー!!!」

「…………」


自分と共にここへ来た少女アリシア・テスタロッサ

そしてアリシアはダイブする様にして、ウルキオラに飛びつき





ウルキオラはそれを華麗にかわした。





「みぎゃあぁ!!!」


そのままドシン、と

顔面から突き刺さるように、アリシアは地面にダイブして
そのままズズズと、削るように地面の上を滑り


そしてウルキオラは、その一部始終を見て




……痛そうだな……




等と、感想を漏らしていた。



「ヒドイ! 酷いよウルキオラー! どうして受け止めてくれないのー!!!」



赤くなった鼻を擦って、涙目になりながらアリシアは叫んだ。


「受け止める理由がなかった、それだけだが?」

「理由がなくても、ああいう時は普通受け止めるものでしょ!!」

「……そろそろ黙れ、鬱陶しい」


ウルキオラが言うと、アリシアは眉を吊り上げてぷくりと頬を膨らませて



「なによ! ウルキオラの意地悪! 人でなし!!」



そんな言葉を、アリシアはウルキオラに向かって叫び



「……今さら、お前は何を言っている?」



と、ウルキオラはさも当然な顔をしてアリシアに返した。









「さて、これからどうするか……」


アリシアとも合流して、ウルキオラは再び考える

未だ、自分には目標が定まっていない

ここは、自分の知る現世とは違う
そして、虚圏でもソウルソサエティでもない


では、どうする?

もはや、処刑覚悟で主の下に戻る気にはなれない
少なくとも、自分で自分の答えを見つけるまでは戻る気にはなれない

以前の自分なら、主の命こそが自分の決めた道……と行動していただろうが……



(……以前と、違っているのか……俺は?……)



改めて、自分の変化をウルキオラは実感した

そして、何気なくあの蒼い石を見る
時空管理局という輩が、「ジュエルシード」と呼んだ蒼い宝玉を……


(……これが有る限り、霊子補充の心配はなさそうだな……)


手に持って、その霊圧と霊子を感じ取る
これが無くては、流石に霊子の補充が厳しいし、霊子を補充できなければ戦闘も難しい


未だに多くの力を秘めた結晶体
少なく見積もっても、あと四・五回は霊子を補充できるだろう

そして、ウルキオラは自分なりに考察を進めている内に……



(……待て、ヤツ等はこれを蒐集していると言った……)



ある事に、気づく

蒐集、集める……それは、つまり



(……この結晶体は、一つではない……複数個存在するという事……)



ウルキオラの頭の中で、何かがカチリと噛み合った

ウルキオラの知る現世では、こういう言葉がある



『腹が減っては、戦はできない』



破面や虚にとって、霊子とは人間にとっての食料にあたるエネルギー源

霊子濃度の高い虚圏では、霊子を消耗する技さえ使わなければ呼吸さえできれば何の問題もなかったが……

現世では、少々勝手は異なる

補充用の霊子のストックは、幾らあってもあり過ぎるという事はない。



「とりあえずは、調達できるだけ調達しておくか」

「……何を?」



ウルキオラの言葉を聞いて、アリシアは可愛らしく首を傾げるが
ウルキオラは意に介さず、探査神経を起動させる。


この探査神経、その気になれば一つの町くらいなら軽く覆える程の探査範囲を持ち精度も高い(一部、精度の低い連中もいるが)

自分を中心に、半径数十キロにも及んで探査神経を拡大させていく。




「……あった……」




ジュエルシードの、反応を捉えた
かなり小さな反応だが、間違いなく
ウルキオラが呟く。


「方角・西北西……距離・18.6km……」


位置情報を、口に出して確認する

再び、あの時空管理局という輩と呼ばれる人間と相対するかもしれないが……

先程、ああも手酷くやられたばかりでは挑んではこないだろうし、自分は脅しを掛けている。


仮に相対してしまっても、こと戦闘においては負ける気はしない

少なくとも、相手はその姿勢を見せないだろうし……相手がその気なら、今度こそ葬ればいい

仮に、相手に先に奪われて撤退されてしまったら?
その時はしょうがない、直ぐに次の目標に切り替えればいい


さて行こう
ウルキオラがそう思って歩みを進めようとして




「お前は何をしている?」




その足を止めて、自分の背に視線を移した


「えへへ、おんぶ」


ウルキオラの目に映ったのは、
自分の首に手を回して、背に抱きついているアリシア

それを見て、ウルキオラは言う。



「降りろ、邪魔だ」

「ヤダ」



即答
ウルキオラの提案を、有無を言わさず拒絶するアリシア


僅かに、ウルキオラに目に力が篭る


元々、ウルキオラは自分が認めた者以外は見下す傾向を持っている
ましてや、目の前に居るのは虚の糧となる下位霊体

今までの自分はこの霊体に多少の縁があった故に、この霊体の言動・行動を見逃してきたが……



(……流石に、もう邪魔だな……)



行動に支障が出るのなら、話は別だ……もう見逃す理由はない
ここまで自分に対して舐めた行動をするのなら、もはや見逃す理由はない

あの空間から出られた今となっては、この霊体の利用価値など零に等しい。



「最後の通告だ、降りろ」

「絶対ヤダ」



その答えを聞いて、ウルキオラは小さく溜息を吐いた


……それなりに、興味はあったのだがな……


頭の中が、無機質になっていくのが分かる
そして、それは響く


……この霊体に、もはや価値はない……


強引に引き剥がそうと、手を伸ばす

それでも拒絶するのなら、容赦なく消す


その、つもりだった









「ウルキオラと離れるのは、絶対ヤダ」









なのに、


どうして自分は、手を止めてしまったのだろう?







「……一人で、どこかにいっちゃうつもりなんでしょ? わたしを、置いていくつもりなんでしょ?
……イヤだ…わたし、そんなのいやだよ……絶対イヤだ…」



……もう、一人はいやだ……



アリシアが、呟く



そんなアリシアを見て、ウルキオラは僅かに動揺していた


……理解が、できない……


なぜ、こいつは自分に縋りつく?

自ら歩み寄る?



「……絶対に、迷惑はかけないから……絶対に、邪魔はしないから……」



少なくとも、こいつが俺に拘る理由は無いはずだ


一人が嫌なら、そこら辺にいる霊体とでも馴れ合えばいい


こいつも霊体なら、その事を本能で理解している筈だ……




それなのに







「だから……お願いだから、わたしを一人にしないで……」







なのに何故、こいつはこんなにも必死に、真剣に、俺に懇願する?


理解不能、全く持って理解不能


だが、それなのに何故だろう?



自分は、感じていた


自分が求めている答えが、自分が探していた答えが……僅かに自分に近づいた様に感じたのだ






「……落ちるなよ」






俺は、何を言っている?

自分で言って、自分でそう思った



「……うん! しっかり捕まってる!!」



こいつは、そう言って笑う



響転・発動
足元に霊子を集中させて、移動を開始する


「……きゃ!!」


背から感じる圧力と、背の霊圧反応

それを感じ取って、速度をコントロールしながら走り抜ける



……無駄の多い移動だ……



ウルキオラは、心の中で愚痴る


しかし


この時、ウルキオラは確かにこう思っていた







……だが、偶には……



……無駄をするのも、悪くない……




















それは、とある建物の屋上


そこから広がる景色を眺めながら、二つの影があった


一つは、犬……いや狼だろうか?

燃える様な赤い毛並みの狼


そしてもう一つの影は少女

年のころは、十歳程度だろうか?
ツインテールの長い金髪を靡かせて、露出の多い黒衣の衣装を纏ってそこに立っている

その手には、黒い鎌の様な斧の様な得物




「……見つけたよ、アルフ」

「お、本当かいフェイト? 流石は私のご主人様!!」




フェイトと呼ばれた少女がそう言うと、アルフと呼ばれた赤い狼は笑う



「反応の位置は……アレ?」

「? どうしたのさ?」

「見つけたジュエルシードの場所に、もう一つの別のジュエルシードの反応が近づいている……
それも大きな魔力と一緒に、もの凄いスピードで……」



確認する様に、フェイトと呼ばれた少女は言う



「……この前のヤツらかね? 参ったね、アイツら確かクロノとかいう管理局の執務官と一緒なんでしょ?」

「……でも、上手くすれば一気に二個のジュエルシードが手に入る」



そう言って、金髪の少女は飛ぶ
そして、赤い狼もそれに続く





「……待ってて、母さん。もうすぐだから……」









金髪の少女は、知らない



赤い狼も、知らない






自分達がこれから向かう先に





自分達の理解を超えた事態が待っている事を……










「……ん?」

「どうしたの、ウルキオラ?」



疾走するウルキオラにアリシアが言うが、ウルキオラは答えない



(……大きめの霊圧が、あの結晶体に近づいているな……)


「……飛ばすぞ」

「……へ? きゃあぁ!!!」






ウルキオラは知らない


アリシアは知らない



これから起きる事を、これから相対する存在を……



これから自分達に起きる、その出来事を……




この二組が交差するまで





あと、僅か……。












続く












あとがき
 前回、もの凄い数の感想が届いてかなり驚きました! これからもがんばります!!

そして本編の話ですが、若干ウルキオラの方に変化が出ちゃっている感じです。
一応自分としては、ウルキオラ(笑)ではなくウルキオラらしいウルキオラを崩さないで描いていくつもりです。

あとアリシアって五歳前後って設定でしたが……実際はどうなんでしょう?
とりあえず、本編は肉体年齢五歳の設定です

次回は皆さんお待ちかね!!

ウルキオラVSフェイト&アルフ!!

…………になるかはまだお教えできませんが、次回は少し物語りに変化があるかもしれません。


それでは次回に続きます!!


追伸・コルド隊長が、実はアリシアの影の恩人だった件について。







[17010] 第伍番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:3fa6bd68
Date: 2010/03/12 21:23




「……アレか」


疾走したまま、確認する様にウルキオラは呟く

ウルキオラの視線の先、そこに映るのは蒼い輝き


「なんだろうアレ? すごくキレイだねー」


自分の背中越しから光を覗き見て、アリシアが言う

両目を焦がす程の、凄まじい輝き
しかし同時に、瞬きする間すら惜しい程に見つめていたい美しい光


(……人間には、希少な鉱石や宝石を集め、鑑賞する、コレクターなる存在がいると聞いた事はあるが……)


確かに、今ならそれは理解できる
この輝き、出来るなら我が物として独占し、永遠に手元に置きたいとも思ってしまう



(……まあ、俺と人間では意味合いが違うがな……)



あちらは娯楽

こちらは糧

言ってしまえば、虚から見たらこの輝きは食指を誘う「旨そうな食べ物」というベクトルのものだ



「……さて、とりあえずはコレを大人しくさせるか」



響転を止めて、ゆっくりと手を伸ばす

今は前回ほど霊子の消耗はしていないが、霊圧の波動を静まらせるだけならそう難しくない


そう思って、手を伸ばした

その時だった



「……!!」

「……え?」



二人の、声が響く

なぜなら、ウルキオラの服から……

ウルキオラが服に忍ばせていたジュエルシードが

突如、目の前の光に呼応する様に光を放ち始めたからだ



「……この二つ、共鳴しているのか?」



確認する様に、呟く

次いで起きる、二つの石の圧倒的な霊圧の波動
暴風の様な唸りが、二つの石から同時に放たれた



「……!!」

「……キャアアァ!!!」



突然の圧力と、零距離からの衝撃
ジュエルシードを忍ばせていた胸部の霊子で出来た布地は、局部的に破れる

瞬時に防衛本能が働いたウルキオラは、即座に響転でジュエルシードから距離を取る

そして、改めて共鳴する二つの石を見た




(……何という霊圧……)




二つの石が放つ波動を見て、感じて、ウルキオラはその脅威を感じ取る




(……単純な圧力だけなら、十刃の刀剣解放のソレを上回るかもしれん……)




そして、ウルキオラは感じ取る

これは、危険だ
この二つの石を、このままの状態にしておいたら、危険だと

頭の中で、騒々しい程に危険信号が鳴り響いている



(……二つ同時の対処は厄介だ、一つずつ…確実に黙らせる……)



瞬時に、これからの行動手順を組み立てて……そして実行する



――響転――



石に接近して、手を伸ばす



――魂吸――



局部的に範囲を集中させて、吸い込む圧力を高める

直接手に持って、霊子を吸い取り……それを体へではではなく、空いている片手へと集中させる

流石に、コレ全てを体内に吸収はしきれない



故に、吸収と消耗
この二つを同時に実行する


ウルキオラの手が、翠色に輝く



「虚閃<セロ>」



虚空に向かって、打ち放つ

大地から、翠色の柱が聳え立つ


それも単発ではない
一発、二発、三発、四発、五発……


絶え間なく、ウルキオラは虚空に向かって翠光の砲撃を打ち続ける


それを続けて、何秒ほど経っただろう?
ウルキオラが持つジュエルシードは完全に沈黙し、残りの一つも霊圧が格段に落ちている



(……よし、小康状態に入った……あと一つ……)



そして、ウルキオラがもう一つのジュエルシードを見据え……




「ジュエルシード・シリアルⅦ! 封印!!!」




その声が、響いたと同時だった

荒れ狂う程に吹き続いていた暴風が止み、霊圧の波動も完全に停止した



「……なに?」



驚いた様に、ウルキオラは呟く

なぜなら、自分が力技でこの石を黙らせたのに対して……
今の声の主は、速やかに、的確に、無駄なエネルギーを使う事無くこの石を黙らせたからだ。



探査神経・起動
相手の霊圧情報を測る



(……さっきのゴミ共よりも、霊圧はデカいな……)



さっきの暴風の影響で、辺りには土埃が立ち込めて互いにその姿見えない


しかし、その煙の壁をウルキオラは真っ直ぐに見据える
恐らく、煙越しの相手も同じだろう……


「…………」

「…………」


そして、やがて煙は晴れて……互いの姿を、互いに確認し、




「……は?」





思わず、ウルキオラは間の抜けた声を出した

なぜならば、自分の前に現れた姿は…自分が良く知る、金髪の少女




「……何をそんな珍妙な格好をしている?」

「……へ?」




ウルキオラの目に映ったのは、奇妙な黒衣に身を包んだアリシア(?)の姿だった









第伍番「アリシア≠フェイト」











「……何をそんな珍妙な格好をしている?」

「……へ?」


見知らぬ人から突然そんな事を言われて、私は思わず変な声を出してしまった



反応のあった二つのジュエルシードの共鳴

次元震すらも起しかねない、強大な魔力の共鳴


しかし、それは急に鎮まった

そしてそれと同時に虚空へ打ち上げられた、翠色の砲撃



それを見て、私は戦慄した


……凄い……と


ランクにすれば、間違いなくSランクオーバーの砲撃

しかも、それは一発だけではない


連射

それ一つで私の砲撃魔法を上回る砲撃が、絶え間なく連射されていた



私はジュエルシードを封印しながらも、緊張が隠し切れなかった


もう一つのジュエルシードの持ち主は、間違いなく強い……強敵

もしかしたら、私やアルフよりもずっと強いかもしれない



「……フェイト」

「……うん、分かってる。でも大丈夫」



心配そうな顔をしてアルフが尋ねるが、私はそう返す
その言葉に、嘘は無かった


恐らく、相手はあの娘でも管理局の人間でもない
相手は一人、私の知る両者ならこういう時は普通一人では行動しない

絶対に、二人以上で来る筈
あの娘が管理局と協力をしているのなら、尚更だ


そして管理局でないのなら、話は簡単

あの娘と同じ様に、互いのジュエルシードを賭けて戦えばいい



相手は強いけど、一人
こっちは私とアルフの二人


どんな魔導師が相手でも、アルフと一緒なら負ける気がしなかった


煙が晴れて、相手の姿を確認する

そしてそれが、闘いの始まり


……だと、思っていたのに




「一体、どこでそんなふざけた衣装を手に入れた? 道化の真似事のつもりなら失笑すらもできんぞ」




……アルフ…ひょっとして、私のバリアジャケットって変?















「一体、どこでそんなふざけた衣装を手に入れた? 道化の真似事のつもりなら失笑すらもできんぞ」


そう言いながら、ウルキオラは疲れた様に溜息を吐いた

目の前にいるのは、ふざけた衣装を着たアリシア
そしてその隣にいるのは、オレンジ色の長い髪の女



「ちょっとちょっと! 出会い頭に失礼なヤツだね! 誰がふざけた格好をしているのさ!!」

「喚くな、騒々しい。俺はそこのガキに言っているんだ、喋る相手が欲しいのならその辺の草にでも話していろ」

「な! とことんムカツク相手だねえ!」


オレンジ色の髪の女が叫ぶ
この女も霊圧はそこそこ高い、こいつも生身の様だが人間とは霊子が異なる……



「……ん?」



そこで、気づいた

目の前の二人は、両方生身
だが、あのガキは霊体


それに、良く見れば目の前の金髪のガキは自分の知るガキとは違和感がある

体の成熟度や来ている衣装もそうだが、何より霊圧と霊力が違う
目の前のガキは、間違いなく霊力の素養を持っている

だが、あのガキはそんなものを持っていなかった


これが意味する事、それはつまり



「他人の空似か」



口に出して、答えを察する

しかし、
それと同時に生まれる疑問



(……なら、あのガキはどこへ行った?……)



さっきの暴風で飛ばされたのだろうか?
周囲に、あのガキの霊圧反応はない
元々、アリシアの霊圧は低く、霊子濃度も霊子量も破面や死神に比べたら格段に薄く低い


砂漠の中の、蟻を見つける様な物だ


目立った動きを見せているのならともかく、あのレベルの霊体を探すには集中力が必要だろう




(……まあ、それほど遠くには飛ばされてはいないだろう……)




ならば、する事は一つ



「……ねえ、アルフ……やっぱり、私の格好って……」

「そんな事ないって! フェイトは可愛いよ! あんなヤツにフェイトの可愛さが分かる訳ないって!!」

「おい」



二人の会話を割って、話しかける

生憎と、つまらないことに割く時間はない
二つの視線が、こちらに注がれる

簡潔に、こちらの要求を伝えた



「その蒼い石を渡せ。これは交渉ではなく命令だ」













「その蒼い石を渡せ。これは交渉ではなく命令だ」


目の前の白い男の人は、私達に向かって冷たく言い放つ

その圧倒的威圧感
改めて目の前にすると、その威圧感は一回りも二回りも大きく見える

そして、その人が言う言葉の意味



相手の目的は、自分と同じという事



「ジュエルシードは渡せません。逆に、貴方のジュエルシードを渡して下さい」

「……そうか」



そして、私は周囲に結界を張る
既に、私達は戦闘体勢に入っていた




「残念だ」







翠色の、閃光が奔った













「アルフ!!」

「応さ!!」


光の収束と共に、二人は全速で横に飛び
翠色の砲撃が放たれる

その速さ
その威力

実際に見てなかったら今の一撃は被弾して、戦闘不能になっていなかったかもしれない


「ウオラアアアァァァァ!!!」


アルフが地面を蹴って、相手との距離を詰める
そして、ウルキオラはアルフを指さす


「まるで獣だな」


真正面からくるアルフを、ウルキオラは冷えた視線で見る
その指先から放たれる、翠色の高速弾


――虚弾<バラ>――


威力こそは虚閃に及ばないが、速度はその二十倍にも及ぶ
回避不可能のその一撃、


「獣上等! あたしは狼だからね!!」


しかし、ウルキオラが虚弾を撃つ前から
アルフもその準備を終えていた

相手のモーション
そのモーションからアルフが目の前の相手が出すのは、十中八九砲撃系魔法と予測した

その狙いは、ビンゴ!


「どりゃああぁ!!!」


ラウンドシールド
突き出した拳から、赤い魔力盾が形成されて相手の光弾を防ぐ

盾と弾の衝突
その拮抗時間は僅か二秒程度

勝ったのは……光弾!!


「ちぃ!!!」


盾が完全崩壊する前に、再びアルフはサイドステップで横に飛ぶ
だが、既に相手は次の照準を定めていた

再びアルフ向けて、光弾が放たれる――



「させない!」



しかし、フェイトが動く
その周囲に展開される四つの光弾



「フォトンランサー!!!」
『fire』



その言葉と共に
弾丸に様に射出され、ウルキオラを四方向から流星の様に光弾が注がれる

四方向からの同時奇襲
ウルキオラにはその回避、防御、共に不可能――



「下らん攻撃だ」



だが、それは届かない
単純に、速度が違ったのだ

虚弾の四連射

ウルキオラに向かう光弾はその着弾の前に、全て迎撃され撃ち落とされた


さっきの盾とは違い、拮抗する時間はゼロに等しかった

あまりにも呆気ない
ウルキオラがそう思い、再び意識を戦闘に向ける



――blitz action――



それは正真正銘の奇襲だった

相手の攻撃の全てを迎撃した際の、心の安堵

油断と言うにはあまりにも短い、あまりにも小さい、その隙間


その隙間を、
金髪の少女は的確に縫った!



「……!!!」

「せりゃああああぁぁぁぁ!!!」



背後から、疾風の一撃
黄金色に輝く刃が、閃光の弧を描いて襲い掛かる


だが!



「……!!!」



今度は、金髪の少女が驚愕する
刃は、相手の突き出した腕で止まっていた

相手はラウンドシールドも、プロテクションも使っていない

相手の薄皮、薄衣
まるで巨大な鋼鉄の塊を相手にした様な、重厚な強度



(……そんな!……)



刃は、それから一ミリも動かない
ギチギチと音を立てて噛み付くが、それだけだ



「呆けるとは余裕だな」

「……!!!」



遠のいた意識が、現実に引き戻される
目の前の相手から意識を放したのは、それこそ一瞬


だが、相手にはその一瞬で十分だった


金髪の少女・フェイトの眼前で収束する翠色の光



(……まずい!!……)

「今度は外さん」



光が砲撃となって撃ち出される

しかし



「させるかあぁ!!!」



牙は、突き刺す

ウルキオラの死角
視覚的な意味でも、感覚的な意味でも、それは死角


声の発信源に目を向ける
そこには、自分の後方から拳を振りかぶるもう一つの影


ウルキオラの本能が、危険信号を鳴らす


虚閃の照準を、フェイトからアルフへ
翠色の砲撃が、相手を飲み込む


それは正にオーバーキル
相手の防御を貫通し、相手の肉体を食い破る暴虐の砲撃


しかし



「そう来ると思ってたよ!!」



アルフは、再び魔力盾を形成する
無論、それだけでは簡単にその盾は破壊されていただろう


盾と砲撃が衝突する
互いの魔力が唸りを上げて、喰らい合う

そして次の瞬間、アルフの盾に罅が入る



(……ちぃ! 全力の魔力でも駄目かい……)



受け止めるのは無理

だからアルフは、盾を斜めにズラした



「……!!!」



これは、ウルキオラも予想外だった
いや、舐めていたのだ

また馬鹿の一つ覚えに、正面から攻撃を受け止めにくると、勝手に思い込んでいたのだ


相手は砲撃を真正面から受け止めるのではなく
斜めから、受け流したのだ


アルフの空いた片手には、既に魔力弾が形成されている



「いくらアンタでも、ゼロ距離から攻撃を受ければ少しは痛いだろ!!?」



アルフが掌を突き出す
それと同時に、ウルキオラも再び指先に霊子を収束する



「喰らいなぁ!!!」

「無理だな」



魔力弾と虚弾が、同時に撃ち出される

次いで、爆発



「……ぐぅ!」



僅かに、虚弾が押し勝った

爆発の余波で、アルフの体は後方に飛ぶ
しかし、ダメージそのものはゼロだろう。


しかし、相手の隙を見逃すウルキオラではない

次弾装填、それと同時に





探査神経がソレを捉える




「……!!」


振り向くウルキオラの視線の先

自分とあの女が交戦している隙を突いて距離を取ったのだろうか?


金髪の少女・フェイトはウルキオラに杖を向け
その杖から、圧倒的な魔力が収束されていた



(……アークセイバーじゃ、あの人にダメージを与えられない……でもコレなら!!!……)

(……タイプとしては、恐らく虚閃と同種の砲撃……霊圧だけなら、さっきのゴミ共よりもかなりデカイな……)



フェイトとウルキオラの視線が交差する

それはほぼ同時だった



「サンダースマッシャー!!!」

『thunder smasher』




雷光の砲撃

フェイトの扱う魔法でもトップクラスの威力を持つ砲撃魔法
バリア貫通能力を持つ、遠距離砲撃魔法


それは、唸りを上げてウルキオラに射出された



それに対して、ウルキオラは動かない


そして、砲撃の前に掌を突き出した



「……!!!」

「んな! 受け止めたあぁ!!?」



雷光を掌握し、受け止める
砲撃魔法を真正面から受け止めて尚、ウルキオラはそこに立っている

大気が震え、衝撃の余波がサークルを描いて辺りに走る
拮抗する黄金の砲撃と白い片手

やがて、それは爆発する



「…………」

「…………」



二つの視線が、交差する


相手の視線を受け止めて、フェイトは杖に再び刃を形成する



……間違いなく、強敵……



フェイトは身構える
自分とアルフは、共に一流の魔導師という自信はある

正式な試験こそは受けてはいないが、自分はニアSランク、アルフはAランクオーバーの実力を持っている


そして使い魔のアルフとのコンビネーションなら、例え相手がSランクオーバーの魔導師でも引けをとらない自信はある


なのに、相手は立っている




……命がけに、なるかもしれない……




嫌な予感を拭えないまま、フェイトは冷たい汗を流していた。









(……俺は、何をやっている?……)


今までの戦闘を振り返って、ウルキオラは心の中で舌打ちをしていた



(……どんなに過大評価しても、目の前の二人は初対面時の黒崎一護程度……)



それは、刀剣解放していないグリムジョーにも劣る相手



自分がその気で相手をすれば、既に両者を五回は殺しているだろう



(……だが、生きている……まだ立っている……)



ウルキオラは、考える



――残念だ――



戦闘開始の一言



(……なぜ俺は、残念と言った?……)



そして再び思い出す



――呆けるとは余裕だな――



言わなければ、あそこで勝負はついていたかもしれない



(……なぜ、わざわざ危険を警告する様な真似をした……)



そして気づいてしまう
その有る筈のない可能性に




(……俺は、躊躇ったのか……)




今までの自分では、決してありえないその可能性に気づいてしまう




――このガキの顔が、あのガキの顔と同じだから――



――俺は、躊躇ったのか?――





















「……う、う……うん?」


暗い空間の中で、アリシアは目を覚ました


「……ドコ、ここ?」


身を起こして、周囲を見る
だが、やはり見覚えがない

そして、思い出す



「……そうだ、確かわたし……綺麗な光に飛ばされて……」



……あの目を焦がす程に美しい青い光に包まれて、そこで急に目が暗くなって……


そうアリシアが思い返していると



「……あれ、ウルキオラ? ウルキオラー!!!」



その名を、薄暗い空間で叫ぶ
しかし、返事は返ってこない

そこで、アリシアはつつつと冷や汗を流す




「……あ、はは……もしかして……またはぐれちゃった?」




その事を実感して、叫んだ




「どーしよー! またウルキオラとはぐれちゃったよー!! 絶対に迷惑をかけないとか言っている傍からコレだよー!!!
 ど、どどどどどーしよー! 今度は絶対に怒るよ! ウルキオラは絶対に怒るよ!! 『お前の頭は鳥以下か?』とか言って絶対怒るよ!!」




頭をガリガリと掻いて、その場で蹲る
どうやって合流しよう、どうやってウルキオラを探そう



アリシアがそう思った時だった
ソレに気づいたのは



「……え?」



視線の先には、鎖
アリシアの胸元から、薄暗い空間へ向かって再び『因果の鎖』が伸びていた


――これだ!
と思って、アリシアは歩みを進めようとする

が、



「……オバケとか、出てこないよね? まあ今はわたしも同じらしいけど……」



その薄暗い闇を見て、小さく呟く

やはり、恐いものは恐いのだ



「こーわくーないーこーわくーないー」



そう口ずさんで、歩みを進める

鎖の先へと、アリシアは小さく足を進めていく



「……どこかの、おうちかな?」



キョロキョロと辺りを見ながら、そう呟く
自分がいる所は、明らかになんらからの建物の中だった


幸か不幸か、人とすれ違うことはなかった


そして、その足を奥へ奥へと進ませていき



そこに、辿り着いた



「……なんかのお部屋かな?」



回りを見ると、アリシアには良く分からない機械やら何やらで埋め尽くされている

そして、その部屋の中心
緑色の液体の入った、大きな透明なカプセル


そこから、鎖は伸びていた



「……あそこから、鎖は伸びてるみたい」



自分で言って、自分で確認する
淡く発光する、そのカプセルに歩みを進めて




「…………え?」




その歩みは止まった




「……ナニ、コレ?」











続く












あとがき
 本当は昨日投稿する筈でしたが、昨日はこちらに接続出来ずに今日になりました。
その分、文章は大目となっております。

 さて、本編ではフェイト&アルフ、この二人が何か凄いです。ウルキオラもなんか順調にアリシアとなんかアレな感じになってます

 次回は、あの最凶ママが登場するかもしれません。








[17010] 第陸番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:3fa6bd68
Date: 2010/03/15 01:38



(……本当に、この人は強い……)



目の前の白い男と視線を交えながら、フェイトは思った

正直言って、圧倒的に分が悪い
相手に自分達の攻撃は当たらない、当たった所で効果は無い

それに対して、相手の一撃は自分達を葬るには十分すぎる程の威力を持っている


そして、フェイトはウルキオラが腰に差すソレを見る


(……確か、あれはカタナという質量兵器。多分、アレがこの人が扱う本当の武器……)


しかし、それは依然抜かれていない

それが意味する所、それはつまり……



(……この人は、まだ全然本気を出していない……)



自分で考えて、自分で戦慄する
まるで死刑囚が、自分の口で死刑宣告を読み上げている様な気分だった。



しかし、その一方でその圧倒的実力差は、フェイトに冷静さを取り戻させていた。



勝機は、薄い
勝てたとしても、恐らく無傷では済まない

仮にここで勝てても、重いダメージを負ってしまったらこれ以降のジュエルシードの蒐集は難しくなる

それにジュエルシードの多くは、時空管理局とあの娘が持っている


彼女らとの戦いを考えれば、ここで戦力を落とすような真似は出来ない。



『フェイト、ここは一旦撤退しないかい? コイツ、かなりヤバイよ』



自分と対極の位置を取る……白い男の背後を取る、アルフからの念話だった



『一個のジュエルシードは手に入ったんだ、ここで無理して戦う理由もないだろう?
 このまま闘っても勝ち目は薄いし、管理局の連中にも気づかれる可能性もある!
一旦撤退して、対策を練ってから出直した方がいいよ!」



その声には、確かな真剣さが滲み出ていた

確かに、それは今まさにフェイトが考えていた事でもある。


いま目の前のジュエルシードに拘る理由はない
いずれ手に入れるにしても、一旦撤退して対策を練ってからでも遅くは無い筈


しかし



(……逃げられるだろうか……この人から……)



それは唯一の懸念事項
空間転移は、どう急いでも十数秒の時間を要する

その間、殆どの魔法は使えない無防備状態
そして目の前の相手の実力を察するに、自分達二人を葬るのは数秒でもお釣りが来るだろう

元々、空間転移とは現地から離れたサポート要員が居て初めて成り立つもの


この場から撤退する……それだけでも、この二人には絶望的だった。



「……来ないのか? それならこちらから行かせてもらうぞ」



白い魔導師の指先に、翠色の光が収束する

まずい! 
瞬時にそう思ったが、未だ考えは纏まっていない

とりあえず、防御をしつつ距離を取る……と


そこまで考えた所で……





――話を、聞かせて!――



――名前を聞かせて!――





「……!!!」


いつかの少女の言葉が、フェイトの頭の中を過ぎった

そして、咄嗟に叫んだ。



「私はフェイト、フェイト・テスタロッサ! 貴方の名前は!!?」




次の瞬間、翠色の光は消え




「……テスタロッサ、だと?」




白い男の、そんな呟きが聞こえた









第陸番「テスタロッサ」








ウルキオラは、自分の中に過ぎった有り得ない可能性について考えていた

嘗ての自分では考えられない、整合がつかない行動
そこから感じ取れる、確かな自分の躊躇


……俺は、躊躇ったのか?……


相手がまだ生きている、それは良い
この二人は、強くはないが……決して、弱くは無い

単純な戦闘技術だけなら、護廷十三隊の隊長格レベルかもしれない

実際、この二人の連携は確かな錬度と実力を持っている



だが、それでも自分との実力差は埋め尽くせない筈



死にこそはしないだろうが、既に四肢のいずれかを失っていても不思議ではない筈



……あのガキとこのガキの顔が同じ、だからどうした?……


ウルキオラは思う


……このガキは敵、敵は屠る……それで十分、十分な筈……


分かっている

十分に、その事を理解しているのに

それなのに……



……なのに、なぜ俺は動かない……



相手の攻撃は、脅威に値しない
仮に相手が隠し玉を持っているのなら、尚更追撃を掛けなければならない


距離を詰めて、相手を掴んで、虚閃の一発でも放てばそこで終わる筈



……もう、いい

……もう、余計な事は考えるな……


……考える事は、後で幾らでも出来る……




「……来ないのか? それならこちらから行かせてもらうぞ」




あえて口に出す

自分に言い聞かせる意味も含めて、言葉にして相手に言い放つ

指先に、再び霊子を収束させる


しかし、




「私はフェイト、フェイト・テスタロッサ! 貴方の名前は!!?」




その言葉を聞いて
呆れるくらいに自然に


自分は、手を止めてしまった。








「……テスタロッサ、だと?」








その言葉を聞いて、ウルキオラは思い出す



……わたしはね、アリシア。アリシア・テスタロッサ……



(……あのガキと、同じ姓……そして、同じ顔……)



同じ姓を持つ、同じ顔をもつこのガキ

自分は、ただの他人の空似と決め付けたが……



(……あのガキの血縁か?……)



そして、再び思い出す

あの白い空間でも、アリシアの言葉を



……会いたい人がいるの……


……わたし、会いたい人がいて……ここでずっと待ってたんだけど……


……たくさん、たっくさーん待っている内にね……誰を待ってたか、誰に会いたいか……思い出せなくなっちゃったの……




「…………」



そこまで考えて、ウルキオラは思う


だから、どうしたと。


このガキは敵、それで戦いを止める理由にはならない

この敵を斃して、蒼い石を手に入れる
それが自分の目標だった筈……



(……無駄、だな……こんな事を考えるのは……)



どうやら、知らない内にあのガキや井上織姫に大分毒されていた様だ



(……無駄な事を、する必要は無い……)



ウルキオラが、そう思った時だった





――無駄だと言っているんだ!!――





――てめえが俺より強かったら、俺が諦めるとでも思ってんのか?――






「……!!」


それは、嘗ての闘い
自分を下した、相手との闘い

自分との圧倒的戦力差を知りつつも、自分に挑み続けて……そして、打ち勝った男との記憶



(……あの時の俺は、黒崎一護の行動を無駄だと言ったが……)



しかし、自分はその無駄の行動の果てに敗れた

それなら



(……今、俺が感じているこの「無駄」も……何らかの意味があるのかもな……)



無駄では、ないのかもしれない

その事を感じ取り、ウルキオラは小さく息を吐いた



(……存外、俺も単純かもしれんな……)



だが


何となく、気分が軽くなった


何となく、気持ちが楽になった


もはや、ウルキオラにこれ以上闘う気は起きなかった


目の前の相手とも

自分の変化とも



「……気が変わった、俺の質問に答えろ」
















「……気が変わった、俺の質問に答えろ」


目の前の白い男の人は、そう言って魔力の収束を解いた

いや、解いたのは魔力だけじゃない
何というか、この人から戦意みたいのが消えた。



「俺の質問に答えろ。答えによってはここから無傷でお前らを帰してやる」



男の人は、更に続けて言う。



『アルフ、どう思う?』

『……ゴメン、あたしもちょっと混乱してる……でも、ここは相手の言う事に乗った方が無難だね』

『……うん、そうだね』

『とりあえず、空間転移の準備だけはしておく。ヤバイと思ったら、すぐに撤退できる様にしておく』

『……分かった、ありがとうアルフ』



私はアルフとの念話を終えて、目の前の男の人を見る。



「私の答えられる範囲で良ければ……あと、できれば名前を教えて貰えると嬉しいです」



そう言って、私は相手の出方を窺う

私がそう言うと、白い男の人は僅かに考えて



「ゴミに名乗る名などはないが、一度も二度も変わりは無いか……」



ゴミ

普段なら少しは腹が立つんだろうけど、不思議とそんな気は起きなかった

多分、本当にそれくらいこの人とは実力が離れているんだろう。



「俺の名はウルキオラ、ウルキオラ・シファーだ」

「……ウルキオラさん、ですか」



名前を聞いて、改めてその人を見る

明らかに、時空管理局の人ではない
それにこの人の肌は本当に雪の様に白い

それに、体から発せられる魔力もとても尋常なものではない

ひょっとしたら、人間ではないのかもしれない



私がそう思っていると、ウルキオラと名乗ったこの人は再び私に言った。






「アリシア・テスタロッサという名前を知っているか?」






……アリシア・テスタロッサ?……


その名前は知らない、知らないけど……



(……前に、夢で見たことある……)



それは、どこかの花畑
自分の母親が、優しい笑顔で自分の事を呼んだ名だ。



「……いいえ、知りません」

「……そうか」



だが、それだけだ
そんなのは知っている内には入らないし、この人が求める答えでもないだろう



「……お前以外に、テスタロッサの姓を持つ身内はいるか?」

「……はい」



少し考えて、私は答える
母さんの危険も考えたが、私が名乗った以上その気になれば簡単に調べはつく


それならここは正直に言って、相手の怒りを買う様な真似は控えた方が得策だ



「それなら、そいつら全員に『アリシア・テスタロッサ』という名に心当たりは無いか聞いて来い。
 そして、心当たりがあるヤツがいたらソイツにこう言え」


「???」








「アリシアは、待っている……そう伝えろ」








白い男の人は私に背を向ける。



「明日のこの時間、ここに今日の報告に来い」

「ちょっと、どこに行くのさ!」



アルフがそう言うと、ウルキオラという人は結界に翠色の砲撃で穴を開けた。




「……ヤボ用だ、探し物がある」





そう言って
その人は私達の前から姿を消した



その姿を、ただ呆然と見送って

アルフは私に言う



「……助かった、のかね?」

「……多分」



本当に多分だけど、あの人は……敵じゃない気がする


ウルキオラ・シファー

そして、もう一つの名前



「……アリシア・テスタロッサ……」



不思議と、その名前は私の頭から離れなかった。















ウルキオラは駆けていた

駆けて駆けて、そして跳んだ。



(……ヤボ用……探し物、か……)



嘗ての同胞が今の自分を見たら、何というだろう?



恐らくヤミーは、


「下らねえ」


と鼻でもほじりながら言うだろう


恐らくノイトラは、下卑た笑みを浮べて


「なんだぁ? 新しいペットか? きちんと調教しろよ」


とでも言うだろう



恐らくグリムジョーは、可笑しくて堪らないという顔をして


「随分優しくなっちまったもんだなぁ! スタークの真似か? 腑抜けたテメエにはピッタリだなぁ!!」


とでも言うだろう



自分でも、全くその通りだと思う
下らない堕落、下らない有り方だと思う


だが



(……恐らくこれは、無駄じゃない……)



あの時の黒崎一護の様に

無駄だと思っている事は、決して無駄じゃない



(……だから、迷う必要はない……躊躇う必要はない……)



だから、ウルキオラは探す


フェイトではない、あの少女を


ともにここにやってきた、あの少女を




(……だから、さっさと見つかれ……)




アリシアの姿を追って、ウルキオラは疾走した。










続く







あとがき

 なんじゃこりゃあああああぁぁぁぁぁぁ!!!! こんなのウルキオラじゃねえええぇぇぇ!!!



……失礼しました

 どうやらウルキオラの中で「アリシア>ジュエルシード」が確定した様です。
一応補足としましては、アリシアに関わる事でウルキオラは自分が欲しい答えに近づくと思ったからの行動です。

あと、今回はあの最凶ママを出すつもりでしたが……どうやら次回になりそうです。

あと、最近はとらは板に移転も考えていますが……これって何話くらい投稿したら移転させるべきなんでしょうね?
とりあえず、もう一つ二つ話を投稿したら移転する事を考えています。






[17010] 第漆番(補足説明追加)
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/03/17 03:10


黒い要塞の周囲を稲妻が走る
否、それは稲妻ではなく、要塞の周囲に展開された防護結界と空間内の魔力素の反応現象


その黒い要塞の名は、時の庭園

フェイトとアルフは、その時の庭園の中にいた




「……遅かったわね」

「ご、ごめんなさい母さん……今日は、報告する事があって来ました」




時の庭園の玉座
そこで金髪の少女と黒い女は対面していた

金髪の少女は、フェイト・テスタロッサ


そして、向かい合う黒い女
黒い長い髪、どこか気品のある黒い衣装に身を包む、整った顔たちにどこか禍々しさを感じる瞳

正に、魔女というべきその風格



その女の名は、プレシア・テスタロッサ
フェイトの母親である



「ええ、分かってるわ。それで、ジュエルシードは幾つ集まったの?」



どこか冷たい刃物の様な響きを纏わせて、プレシアは言う

その問いに対して、フェイトは一瞬体をピクリと震わせて答えた。



「新しく、二つのジュエルシードを見つけました。今は合わせて七個集まりました」



フェイトの報告の聞いて
その女の顔は、激しく歪んだ



「七つ!!? たったの七つですって! よくもまあそれだけの成果でここに来れたものね!」

「ご! ごめんなさい母さん!」



もはや憎悪とも言える嫌悪に満ちた眼光

激しい憤怒と怒気を含めたその罵声
その罵声を聞いて、フェイトは怯えた様に頭を下げた。



「ああもう……我が娘ながら、本当に悪い子
フェイト、貴方は母さんをぬか喜びさせる為にここに来たの?」


「い、いいえ! 違います! ただ、今日は他に母さんに報告する事があって!」



蝕む悪意、蝕む恐怖
自身を蝕む負の感情に耐えつつ、フェイトは搾り出す様に声を上げた


「……報告? 何?」


苛立ちを隠し切れない様に、吐き捨てる様にプレシアは言う

そしてフェイトは母の了承を聞き、ソレを言った




「母さんは、アリシア・テスタロッサという名前に心当たりはありますか?」




その一瞬
フェイトを襲っていたナニかは途切れた




「……母さん?」

「……どこで、その名前を聞いたの?」




目を鷹の様に鋭くして、プレシアは尋ねる
次いで襲う体を締め上げる様なプレッシャー

その吐き気を催す程のプレッシャーに耐えながら、フェイトは再び問いに答えた。



「実は、私と管理局以外にもジュエルシードの探索者がいて……その人に、私が名前を名乗ったら
その人は、私に『アリシア・テスタロッサ』の名前に心当たりはあるか? と言われて……

無いと言ったら、私以外のテスタロッサの姓を持つ身内に、アリシア・テスタロッサの名前に
心当たりが無いか、聞いて来て欲しいと言われて……」


「……そいつの名前は?」



フェイトの言葉を聞いて、プレシアは再びフェイトに尋ねる。



「その人は、ウルキオラ・シファーと名乗りました」

「……ウルキオラ?……ソイツの特徴は?」



プレシアの言葉を聞いて、再びフェイトはその男の外見を思い出しながら答える。



「……雪の様に白い肌と、白い服、頭には白い割れた兜みたいな物を着けた男の人です。
年は大体二十歳くらいで黒髪、目は緑色、外見は細身の人型ですが、多分人間ではないと思います……

……あと、相当な高ランクの魔導師だと思います。
並みの魔法は殆ど通用せず、少なくとも戦闘と砲撃魔法に関してはSランクオーバーだと思います
それと、腰にはカタナという質量兵器を差していました」

「…………」



粗方の報告を聞いて、プレシアは押し黙る
その瞳は目の前のフェイトを見ず、何かを考える様に宙を漂っている



「……あの、母さん?」

「それで、ソイツは他に何と言っていたの?」

「あ、はい。それで、もしアリシア・テスタロッサの名前に心当たりのある人間がいたら、伝えて欲しい事があると……」

「……伝えて欲しい事?」



その言葉を聞いて、プレシアの目に宿る力は一層強くなる

そしてその視線を受け止めながら、フェイトは言った。






「アリシアは、待っている……だそうです」



「……!!!!!!」






その瞬間

プレシアの瞳は、これ以上にない程に見開かれた


その表情に映るのは、明らかな驚愕、明らかな動揺
今までフェイトですら見たこと無い、母の確かな驚愕の表情であった



「……フェイト」

「は、はい!」



名前を呼ばれて、咄嗟に返事をする

そして、プレシアは言葉を繋げた。




「どんな手段を使っても構わないわ、その男をここに連れてきなさい……分かった?」

「あ、は、はい!」

「もう下がっていいわ。そして一刻でも早くその男を見つけ出してここに連れて来なさい」

(……え?)



母の言葉を聞いて、フェイトは拍子抜けに近い感情を抱いた

過去の経験から、この手のやり取りをした後は自分は『お仕置き』をされる筈
しかし、今の母はそんな素振りすらも見せず、退出を促したからだ

そのいつもとのギャップに、一瞬フェイトの理解は追いつかなかった。


「……聞こえなかったの、下がりなさい」

「わ、分かりました……失礼します」


そう言って一礼をして、フェイトは玉座から退室する

玉座には、黒い魔女だけが残された。




「……アリシアは、待っている……」




ポツリと、呟いた一言
しかし、その呟きは誰の耳にも届くことは無かった。












第漆番「白と黒」













「……あのガキ……」


何処と無く不機嫌な響きで、ウルキオラは言葉を吐いた

ここは、先程フェイトとアルフと一悶着があった場所から少し離れた街
ウルキオラはその街の虚空から、街を睨みつけていた


――霊絡――


心の中で呟くと、ウルキオラの周囲にそれは起きる

周囲の小さな粒は集まって、一切れの布の様になってウルキオラの周囲に伸びてくる
その数は一つや二つではない、軽く千はあるだろう


その漂ってきた布を、ウルキオラは一つ一つ識別する



「……違う、違う……これも違う……この付近にはいないか……」



ウルキオラの周囲を漂う布の正体、それは視覚化された霊子

ウルキオラは、その霊子を元にアリシアの霊子を探していた

今は探査神経は使っていない
探査神経は効果範囲の生死を問わない全ての霊体に反応してしまい、よほど特徴がないと特定の霊体を探すのは難しいのである

だが霊絡は効果範囲は探査神経ほどではないが、一つ一つの霊子情報を確実に読み取れる

故にウルキオラは霊絡を用いて、アリシアを探していた



(……あの時の霊圧でこれ以上の遠距離まで飛ばされるのは、まず有り得ん……)



霊絡を発動させながら、ウルキオラは考える



(……考えられるのは、あのガキが自身の力で移動しているのか……もしくは……)



――因果の鎖に、変化が起きたかのどちらか――



「…………」



その仮説を立てて、ウルキオラは再び考える

因果の鎖とは、それ自体が本人の強い意志や感情で出来た霊体だ

そしてその鎖は、鎖の持ち主の意識によってその在り方を変える。


例えば、何らかの理由で肉体と霊体が別れてしまった場合
生物としての防衛本能によって、人間は肉体と霊体を因果の鎖で繋いで二つを引き止める


例えば、何らかの理由で特定の場所に強い思い入れや感情を抱いて死んだ場合
霊体はその意思を忘れないため、その場所を忘れないため、自分とその場所を鎖で繋ぐ


アリシアに、どういう経緯で因果の鎖が出来たかはウルキオラは知らない

アリシアは既に自分の心残りを、鎖の存在自体が希薄になる程に忘れていたからだ


……だが、逆を言えばその心残りを思い出したら?

……思い出しはしなくても、何らかの切っ掛けがあったのだとしたら?


その変化は、鎖に現れる

しかも、あの時はあの蒼い石の未知なる霊圧を至近距離で浴びたのだ

鎖に何らかの影響が出たとしても、決しておかしくはない



(……あのガキの心残りのその原因……その場所にまで鎖に引っ張られたという可能性も大いにありえるな……)



その考察に至り、ウルキオラは考える



(……なら、今の俺がしている事は正に無駄かもしれんな……)



自分で自分の行動を、そう評価する

だが



「まあ、それは最後まで分からないか」



そう呟いて、ウルキオラは霊子の読み取りを続けていた。















そして、日は沈み、夜が来て、朝日は昇り

約束の時間となった



「…………」



ウルキオラは既に約束の場所に来ていた

そして、向かい合う位置には昨日の二人・フェイトとアルフも来ていた



「えーと、昨日の件なんですけど、母さんに聞いたら何か心当たりはあるみたいで……
そしたら、母さんは貴方に会ってみたいらしくて……よろしければ、私と一緒に来てもらいたいんですけど」

「……舐めているのか?」



僅かに、ウルキオラの目に力が篭る

昨日は見逃したが……この二人は、ウルキオラから見れば紛れも無い『敵』なのだ

そして、フェイトが言う母
自分に出向いて来いと言った者も、間違いなく敵に準ずる位置の者


……ならば、そちらから出向いて来い……

……なぜわざわざ自分から、ノコノコと敵地に足を運ぶ真似をしなければならん?……


ゴミの指図を、受ける気はない

そんな意思を込めて、ウルキオラはフェイトを睨む



「……ご、ごめんなさい」

「あ、あたしからも頼むよ! あたし達、訳あって時空管理局のヤツ等に追われてるんだよ
本当は、こうやってアンタに会いに来る事自体が結構危険なんだよ」

「……時空管理局?」



その言葉を聞いて、ウルキオラは僅かに反応する

それは昨日、自分に突っ掛かってきた連中が名乗った名前だ
名前から察するに、この世界の治安を維持する様な組織だろう



「……なるほど、確かに面倒だな」



話し合いの最中に、虫がたかって来たら誰でも邪魔に思うだろう



これは十中八九、罠だろう
しかし自分は黒崎一護ほど愚昧ではない


仕掛けてきたのは、そちらからだ


牙を剥いてきたら、その時は容赦しない



「良いだろう、案内しろ」




















・次元航行艦「アースラ」



「……それで、コルド隊長の容態は?」


ブリッジの艦長席に座りながら、リンディは部下の一人に尋ねる


「出血が酷く魔力の消耗も激しい様ですが、何とか一命は取り留めた様です。
コルド隊の隊員も、重傷者こそはいますが皆命には別状は無い様です。今は容態も安定し、既に本局への移送も終わっています」

「……不幸中の幸いとは、正にこの事ね」


死者はいなかった、その唯一の情報を聞いて少し不安は安らいだ

それは一時の、気休めに過ぎないものだったが……



「……それで、件の人物の情報は?」



リンディがオペレーターの部下に尋ねる


「映像と残された魔力痕をデータとして送りましたが、管理局のデータと一致するものは無い様です。
今はバンクにある過去のデータを当たってくれている様ですが、あまり期待は出来ないとの事です」

「そう……件の人物の戦闘データで、何か分かった事は?」


更に、リンディが尋ねる


「魔力値は計測器のノイズが酷くて、ハッキリした数値は分かりません。
ですがコルド隊長のバリアジャケットを簡単に破壊した事から、ランクは低く見積もってもAAA以上だと思われます。」


そして更に、エイミィが戦闘の映像データを見ながら考察に入る


「それとコルド隊への攻撃は、高速で射出された魔力弾の様なものだと分かっています。
件の人物の体の表面を覆う様に魔力が展開されている事から、件の人物が纏っていた服はバリアジャケットの類だと思われます」

「分かったわ……クロノ執務官」

「はい」


リンディの呼びかけを聞いて、クロノが答える


「一つ質問をするわ、貴方はもしAAランクの空間凍結魔法をまともに被弾した場合……あの様に凍結を砕いて脱出できるかしら?」

「……不可能です」


僅かに考えて、クロノが答える


「凍結する前にプロテクションと拡散砲撃魔法の併用での力技で防げるかもしれませんが……
コルド隊長は殺傷設定で、空間凍結魔法を撃ち……彼は凍結した後、脱出をしています

もしもあれが僕なら、直撃の時点で既になす術なく封じ込められて……氷付けの死体が出来上がっていたでしょう」


クロノの意見を聞いて、リンディは再び考える
コルド隊が抜けた穴
今のアースラの残存戦力

そして、相手の戦力


「……やはり、どう考えても戦力不足は否めないわね。本局への応援要請はどうなっています?」


リンディの問いに、エイミィが答える


「艦長の応援要請『戦闘ランク・Sランクオーバーの魔導師を最低三人、AAAランクを最低十二人』の要請をした所、本局は最短でも三週間以上は掛かるとの事です」

「……三週間、厳しいわね」


そう言って、リンディは溜息を吐く

落胆による溜息ではない。
自分がどれだけ無茶苦茶な要求をしているか、良く分かっているからだ


管理局は万年人員不足に悩まされている
その管理局が、Aランク以上の高ランク魔導師に必要以上の休暇・待機時間を与えるという事は殆どない

それがSランクオーバーなら、尚更だ
一部隊の部隊長クラス、それを最低十五人は纏めてよこせと言っているリンディの方が無茶苦茶なのである


そして、その事もリンディも十分自覚している
寧ろ門前払いをくらわなかった分だけ、本局の対応は良心的とも言えるだろう。



「……でも、これが最低ライン」



しかし、だからと言ってこれ以上の妥協はできない

これはリンディが弾き出した、「確実に任務を遂行できる、最低人員」なのだ

AAランク以下の魔導師を完膚なきまでに破壊したあの白い死神に対抗するには、最低でもAAAランク以上でなければならないのは明白

下手な戦力では消耗するだけ、強大な力を多数集結させる必要がある。



「……厳しいわね、どうも」



部下の前では気弱な姿勢は御法度だが、どうしても溜息が出てしまう

とりあえず今できる事は、戦力を保持しつつジュエルシードを集める事だけ


「現在のジュエルシードの蒐集数は?」

「現時点で七つです」


リンディの問いに、再びエイミィが答える。



「残り、十四個……いえ、彼が持っている分を抜かすと十三個ね。これらを速やかに蒐集する必要があるわね」



そして、リンディは手元のディスプレイにとある魔導師の姿を映す

赤い狼と
金髪のツインテール、赤い瞳、黒いバリアジャケットを纏った少女

自分達以外の、ジュエルシード探索者

あの白い死神の目的がジュエルシードなら、間違いなく彼女も標的にされるだろう

そして、彼女達では間違いなく彼には勝てないだろう



そして、リンディの頭の中で考えは纏まる。



「当面はジュエルシードの探索
及びジュエルシード探索者フェイト・テスタロッサとその使い魔の拘束と保護、この二つを当面の目標とし行動します」
















ウルキオラは薄暗い長い廊下を歩いていた

ウルキオラの前を先行して歩くのは、フェイトとアルフの二人だ
ウルキオラは二人の空間転移魔法で、この『時の庭園』にやってきたのである



「あたしは、ここまでだよ」



とある扉の前まで来ると、アルフはそう言う

どうやら、この扉の向こうにウルキオラを呼び出した人物は待っている様だ



「うん、行ってくるねアルフ」



そう言って、フェイトは扉を開ける
ウルキオラも、それに続いた








「待ちくたびれたわ」







黒い魔女は、その玉座にいた

黒い魔女の視線は、金髪の少女の隣の白い死神に注がれている
まるで値踏みをするかの様なその視線

ウルキオラもその視線に、視線で答える



「…………」


「…………」



睨み合う事、僅か数秒
黒い魔女・プレシアは視線を一旦解いて、フェイトに向けた



「……フェイト、貴方はもう良いわ。下がりなさい、こちらの用件が終わったら呼ぶわ」


「分かりました……」



一瞬、何か言いたそうな表情をしたが
フェイトはその場で一礼して去って行った


フェイトは出て行き
そこにはウルキオラとプレシアに二人きりになった




「……さて、初めまして……かしら?」

「ああ、そうだな」




再び、二人の視線が交差する
まるで冷たい刃を互いに突きつける様な、張り詰めた緊張感が場を支配している




「さて、単刀直入に聞くわ。貴方は、アリシアのなに? いえ、どこでその名前を聞いたの?」




その上からの目線

高圧的な響きを纏う物言い


その魔女の態度を目の前にして、ウルキオラは僅かに目を細めた。




「答える義務はないな」




ピシリと、空間に亀裂が入った気がした




「アリシアは、待っている……それはどういう意味?」

「そういう意味だ」

「……そう」




亀裂の入った空間が、裂けた様な気がした









「少し躾が必要みたいね」









紫電が奔る




「…………」




それは、時間にして一瞬
プレシアは握った杖をウルキオラに向け、砲撃を放った


紫電の砲撃
槍の一撃にも見える破壊の閃光

それはウルキオラの体を目掛けて奔った


しかし



「……!!!」



ウルキオラはそれを掌握する

雷光を掴んで、横に薙ぐ
紫電は床を駆け巡り、壁を走ってやがて消えた


その一連の光景を見て、プレシアは息を呑む



(……非殺傷設定とはいえ、今の一撃を掴むなんてね……しかも、電撃によるダメージはほぼ皆無……)



今の一撃は、Sランクの防護も貫ける威力と貫通力を持っていた筈

しかし、それを素手で掻き消した



(……真っ向からやり合うのは得策じゃないわね……)



プレシアは、己の表情を引き締めながらそう思った。








(……この女……)


ウルキオラは、目の前の人物の評価を改めていた

先の砲撃
その霊圧と霊力から、素手で迎撃しても何の問題もない筈だった



しかし



(……俺の鋼皮を、焦がすとはな……)



迎撃した掌は、黒く焼けていた
勿論表面が焦げただけで、ダメージはゼロだ


しかし、そこではない
ウルキオラが警戒したのは、そこではない


問題は、あの黒崎一護の黒い月牙すらも耐え切った自分の鋼皮が焼けたという事実


恐らく今の砲撃は、総合的な破壊力はあの黒い月牙の半分も満たしていないだろう



しかし、問題はその収束率だ



黒崎一護の虚化状態での一撃は、確かに強力だ。
黒い月牙の破壊力に至っては、自分の斬魄刀を破壊しかけた事もある



しかし黒崎一護の黒い月牙は、敵の質量・体積に対して大き「すぎる」のだ



相手の質量・体積にあまりに不釣合いなその一撃は、そこに込められたエネルギーの大部分は逃げてしまっているのだ

10のエネルギーを使っても、その内の6のエネルギーは逃げてしまっているのだ

それは、ウルキオラの過去の経験からでも明らかである。



(……だが、この女は違う……)



目の前の女の霊圧・霊力は、確かに自分や黒崎一護より下だ

だが、この女はエネルギーの無駄が極端に少ない
エネルギーの扱いが、巧いのだ


少なくとも、今の一撃
5のエネルギーを使って、1のエネルギーも逃がしていないのだ


これを、さっきの黒崎一護とのエネルギーと比べてみよう


確かに、総合的なエネルギーでは黒崎一護の方が上だろう

だが




(……力の収束によって生まれる破壊力は、この女の方が上……)




ゴミではない
油断は出来ない、警戒に値する相手だ

ウルキオラは、その事を実感し



(……ん、近くに霊体反応?……この反応は……)



ソレに、気がついた。













「先の非礼をお詫びするわ。ようこそ我が『時の庭園』へ、私はこの庭園の主のプレシア・テスタロッサよ」

「……俺はウルキオラ、ウルキオラ・シファーだ」



今、目の前の相手を敵にするのは得策じゃない
奇しくも同じ考えに至った二人は、順に名乗った



「……貴方に、もう一度お尋ねするわ。どうして貴方は『アリシア・テスタロッサ』の名前を知っているのかしら?
そして、『アリシアは待っている』とはどういう意味かしら?」



先程の攻撃的な姿勢と表情は消え、柔らかな物腰でどこか控え目な態度で尋ねる



「……とりあえず、順番に答えてやろう。アリシアを知っているのは直に会って知り合ったからだ」

「……直に会った?」



そのウルキオラの言葉に、プレシアの眉が動く

アリシアとの知り合いなら、自分とも過去に会っている可能性が高い
特にこの男の容姿は特徴的だ

過去に一度でも会ったのなら、そう簡単には忘れはしないだろう


そして、ウルキオラは続けて言う。



「そして、『アリシアは待っている』と言ったのは本人がそう言っていたからだ」

「……どういう意味かしら?」



プレシアの顔に浮かぶ疑問の色が、更に濃い物となる

そして、ウルキオラは何を思ったのか
プレシアから、視線を外す


プレシアはその視線を追うが、『そこ』には『何も』ない



「……やはり、思ったとおりか」

「……どういう事?」



イマイチ、相手の真意が見えない
そう思って、プレシアは僅かに語尾を強くする

ウルキオラは、ゆっくりとプレシアに歩み寄った



「イチイチ説明するのは面倒だ」



ウルキオラはプレシアの前に立つ

そして









「後は、本人から直接聞け」









驚愕の言葉


「……え?」


その言葉で、プレシアはこれ以上にない驚愕の表情を浮かべ



ウルキオラの掌が、プレシアの胸を貫いた



「……っ!!!」


「魂魄剥離」



プレシアの顔が、再び驚愕に染まる
そして、それは起きた

ウルキオラの掌は、プレシアの体に傷一つつけていなかった


そして、ウルキオラの掌に押される様に

プレシアの体から、まるで脱皮する様にもう一人の『プレシア』が出てきた


その胸には、一本の鎖
その鎖は、二人のプレシアを繋ぐように生えていた


魂魄剥離
肉体を持った魂魄を剥離して捕食するための、虚の能力である



「……な、なに……何が起きたの!? どうして、私の体がそこに!!?」



目の前に転がる自分自身を見て、プレシアは僅かに混乱するが



「もう隠れる意味はない、出て来い」



そんなプレシアを尻目に、ウルキオラはそう言う



「ちょっと! どういう事よ! なんで、なんで私の体がそこに!!」



噛み付くように、顔を歪めてプレシアはウルキオラに歩み寄る
事と次第によっては、タダじゃおかない


そんな表情を浮べて、ウルキオラに掴みかかる

――筈だった




















「ウルキオラー、もうそっちに行っても大丈夫?」




















――ドクンと







……………………………………………………………………………………………………え?









一瞬


心臓が跳ね上がった気がした






…………イマの、コエは?…………





世界が、停止した様な気がした



時が、凍った様な気がした



声が、出ない


視界が定まらない


意識がグラグラ揺れていて、まともに脳が働かない







「……ぁ、あ……あ……ぁっぁぁ……」







だけど、分かった




本能で分かった




直感で分かった




ずっと、会いたかった




ずっと、忘れなかった




ずっと、愛していた








「……アリ……シ、ア……」








自分の、プレシア・テスタロッサの最も大切な存在が


最も愛しい存在、アリシア・テスタロッサが



目の前に、立っていた。
















続く








あとがき
 プレシア登場→最初からクライマックスな回でした!
プレシアはウルキオラと違って行動理念と目標がハッキリしているので、結構書き易かったです
 
 あと、補足としましてはプレシアは一護ほど強くないです。
ただ、力の使い方は一護よりも上、という感じです。実際、月牙天衝ってもの凄いエネルギーに無駄に使っている気がするんですよね


追加補足
 一護の月牙天衝の考察で、一部の方から「月牙天衝って、たしか超高密度の霊子で斬撃を飛ばすから無駄がないんじゃ?」という意見を貰いました。

 これに関して、補足させて貰います。一護の月牙って大きい黒いエネルギー状の斬撃が飛んでいくじゃないですか?
アレってアニメや漫画だと、敵に当たった部分以外は全部そのまま進んで行って敵に殆ど当たっていないですよね?

本編で言っている、一護が無駄にしてしまっているエネルギーとは、その敵に当たらなかった分のエネルギーの事です。



 さて次回、ついにやってきました(作者の)最大の修羅場が!!!
もしかしたら、次の更新は遅れるかもしれません

もしもこんな作者を応援してくれる方がいらっしゃるのなら、感想欄に


「プレシアさん、マジぱねえっす!!」


と書き込んで下さい!…………スイマセン、冗談です。

それでは次回に続きます!!




[17010] 第捌番(独自解釈あり)
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/10/14 17:12



読む前の注意
今回は、一部の場面で作者の独自解釈を含んだ描写があります。
それらが苦手な人は注意してください

ちょっとのツッコミ所はスルーしてやってください。





=======================================









もう、二十年以上も昔の話である

私には、一人の娘がいた
名前はアリシア……アリシア・テスタロッサ


可愛い娘だった

誰よりも何よりも大切な、愛しい存在だった


私と夫との間に生まれた、唯一の娘
父親ゆずりの金髪と赤い瞳
相手が大人であろうと物怖じしない性格は、多分私ゆずりのものだろう


明るく、はつらつとしていて
無邪気に、良く笑う娘だった


当時、仕事の重圧とストレスの板挟みの私だったが
アリシアの笑顔を見る度に、疲れた体は癒されて、渇いた心は潤され、活力が湧いてきた


子は親に支えられて生きていると言うが……

私は、娘に支えられて生きていた


生活の上では、娘との時間が取れない事以外は不自由しなかった
女だてらに中央開発技術局の局長をしていたから、給料は母子二人なら十分すぎる額は貰っていたし

夫とは生活のすれ違いで別れてしまったが、アリシアの事は変わらず愛し、十分な養育費を振り込んでくれていた



母と娘の二人きりの暮らしだが、それなりに幸せだった

いつかは娘も大きくなり、学校にも通い、大人になる
進学、就職、縁談……娘の事で、私は頭を悩ませる

そしていつか娘にも愛する人ができ、私から離れていき、妻となり、母となる

年老いた私の元に、娘夫婦は年に三・四回程度に孫の顔を見せに来て……私は孫を抱いて、微笑みかける



そんなどこにでもある、ありふれた「これから」を想像していた





――あの日、までは





当時、私は次元航行エネルギー駆動炉「ヒュードラ」のプロジェクトに参加していた
しかし当時の上層部の命で、当初の駆動炉の設計を大幅に変更……いや、改悪された設計でプロジェクトを進める事になった


私は、この変更に断固反対した
変更された設計は、当時の安全基準をほぼ無視したものであり、駆動炉としてもまともに働くかどうかも分からない代物だったからだ


だが、プロジェクトはそのまま続行される事になる

私が、折れてしまったからだ
私は技術者である前に、アリシアの母親だった


プロジェクトの抗議を続け、上層部から不満を買えば職を失う可能性もあったからだ


だが


私は後に、その事を一生後悔する事になる



「ヒュードラ」の起動は、失敗だった
その結果、中規模の次元震を起こし……多くの人間がその犠牲なった


私の同僚も

私の部下も

私の友人も


そして、私の娘も……




そこから先の事は、よく覚えていない


気がつけば、私はアリシアの亡骸を抱えて立ち尽くしていた

視界が妙にボヤけていたから、多分泣いたのだろう

咽喉が痛み、声もまともに出なかったから、多分泣き喚いたのだろう



私は、娘の死が受け入れられなかった

娘の遺体を保存液で保管して、それを保つための装置とプログラムを作り上げた




私は、娘を生き返らせたかった

アリシアに、もう一度会いたかった

あの愛くるしい笑顔を、もう一度見せて欲しかった



だが、それは駄目だった

あらゆる技術、あらゆる理論、あらゆる方法
時には非科学的、オカルト染みた方法も試した

でも、全ては失敗に終わった


何度も何度も娘の蘇生に失敗し、私の前には一つの絶望が現れ始めた




――アリシアを、生き返らせる事はできない――




受け入れられなかった

それを受け入れてしまったら、私は私でいられる事は不可能だったからだ



そして、私はそれと出会う事になる



プロジェクトF.A.T.E



簡単に言ってしまえば、人造生命の作成だ

アリシアの細胞を使って、クローン技術を用いて作成した肉体
その肉体に、従来の技術では考えられない程の膨大な知識と記憶を与える事のできる技術


つまりは、人間の複製だ


私は、それに手を出した



アリシアは生き返れない、それならもう一度アリシアを造ればいい



私は、きっとおかしくなっていたのだと思う

そんな考えに至ってしまったのだから、きっとおかしくなっていたのだと思う




そして、本格的に歯車は狂いだす

出来上がったソレを見て、私は思ってしまった……気づいてしまった






――違う、アリシアじゃない――






全てに、絶望した

もはや私に、アリシアと会う方法は残されていなかった



何度か、私の頭の中で誰かがこう囁いた




――もう、いいじゃないか――


――アリシアは確かに造れなかった――


――それなら、この娘をアリシアの分まで愛せばいいじゃないか――





だが、駄目だった

フェイトを娘として愛そうと思った、でも出来なった


娘と同じ顔なのに、私はフェイトを娘として見れなかった、愛せなかった


そして、徐々に頭の中にはドス黒い感情が芽生え始める




――ナゼ、アリシアじゃナイ?――


――あのコとオナジかお、あのコとオナジこえナノニ、どうしてチガウ――


――ワタシがホシカッタのは、オマエじゃナイ――


――ワタシがホシカッタのは、アリシアだ――


――コンナ、ニンギョウなんかじゃナイ――


――オマエのヨウな、ニンギョウなんかじゃナイ!!!!――




黒い感情はやがて怒りに、怒りはやがて憎しみに

もはや視界に入るだけで、ソレは嫌悪……いや、憎悪の対象になった



だから、私はもう一度探した

アリシアを生き返らせる方法を、アリシアにもう一度会える方法を……



そして、見つけた
娘を生き返らせる唯一の可能性、アルハザード

そして、そこに行くための移動手段


ジュエルシード、願いを叶えるロストロギア
願いを叶えるとは名ばかりの代物だが、その魔力は確かな物


私はジュエルシードを集め、全ての次元と空間を超越し、アルハザードへの道を開くつもりだった



そう



その「つもり」だった。





=======================================












「……アリ、シ、ア……」



私は、夢を見ているのだろうか?


それとも幻?


ああ、ダメだ
まともに思考が、脳が、頭が、働いてくれない


だけど、分かる

そこには一切の理屈もなく

一片の理論、一握りの根拠すらない


だけど、解かる

そういう物の全てを超越して、「理解」という結果だけがそこにある




私の目が、


鼻が、


耳が、


肌が、


心が




目の前に居るのは、本物だと


私がずっと会いたかった、ずっと愛していた存在なんだと




「アリ、シ…ア……!……アリ、シア!!……アリシア!!!」




ああ、ダメだ


理性が働かない

体が言う事を聞かない

涙が止まらず、視界が定まらない




私は、走った


走って、抱きしめた


娘の体を、力一杯抱きしめた



「……わっ!!」

「アリシア、アリシア! 私のアリシア!!」



この不思議な現象のせいか、体温という概念があまり感じられない
それとも、私が動転しているだけだろうか?


ただ、「実感」だけがそこにある

娘を抱きしめているという、「実感」がそこにある


だが、それだけで十分だった
十分すぎて、幸せすぎて、他には何もいらなかった



「アリシア、分かる? お母さんよ」

「……へ? おかあさん?」



意外そうな、不思議そうな声が、耳に響く

それを聞いて、私は無理もないと思った



「……ええ、そうよ。分からない? でも無理もないわ……」



アリシアが亡くなったのは、もう二十年以上も前
人の容姿が変わるには、十分過ぎる時間だろう

そして少しの間を置いて

アリシアは言った





「ごめんなさい、思い出せないです」














第捌番「再会、そして昏い希望」













「……説明を、お願いできる?」


少し時間を置いて、冷静さと落ち着きを取り戻して、私は口を開いた

ここは先程までの玉座の間ではない
あそこでは、邪魔が入る可能性もある

話をスムーズに進めるためにも、一度肉体に戻って私達は隠し部屋に移動した

アリシアが眠る、あの部屋へ



そしてウルキオラの不思議な技術で、私は再び肉体から分離した




「え~と、自己紹介するのも変な感じですけど、アリシア・テスタロッサです!
ついこの間まで、たぶん天国にいましたが、そこにいるウルキオラと一緒に昨日こっちにやってきました!」

「……天国?」

「うん! すっごく広くて、まっしろーいところ!」



両手を広げて、そのスケールの大きさを表わしているのだろう

私は未知への興味よりも、変わらないアリシアの仕草を見て……笑みを浮べていた



「あー! 笑ってる! 信じてないでしょー!!」



頬をぷくりと膨らませて、少し拗ねた様な表情をするが
その全てが、私には愛しかった



「いいえ、そんな事ないわ」



私は、そう言ってアリシアの頭に手を置いて、軽く髪を梳きながら撫でる

この子が、一番好きだった撫で方だ



「……本当?」

「ええ、お母さんは信じるわ。それとも、アリシアはお母さんに嘘をついたの?」

「ううん! 嘘なんて言ってないもん!」



実際、私はアリシアの言う事を疑っていなかった



「……でも、ごめんなさい。私は、『おかあさん』の事を……覚えてないの」



申し訳なさそうに、アリシアは沈んだ表情で私に言う

私は言葉よりも先に、アリシアを抱きしめていた



「そんな事、気にしなくていいわ。アリシアがここにいる、それだけでお母さんは幸せだから」



そして、私はもう一人の人物に目を向ける

ウルキオラと名乗った、白い男だ



「貴方に、心からの感謝の言葉を送ります。今日のこの奇跡は、貴方なくしては存在しなかったでしょう」

「急にどうした? 気味が悪いを通り越して悪寒がするぞ」

「……ふ、失礼な男ね。なら素に戻りましょう」



そう言って、私は素の自分に戻る



「……この状態になって、確信したわ。貴方、人間ではないようね」

「ああ、一緒にされては困るな」

「ウルキオラはねー、アランカルって言うホロウなんだってー」



アリシアが、私にそう教える



「アランカル?……ホロウ?」



そして、アリシアは説明する
時折ウルキオラの修正が入りながら、その存在を説明される



「なるほど……強い未練から長い時間をかけて、死者の魂は虚とよばれる物に進化し
その進化した虚のさらなる進化系・大虚
そしてその大虚から、虚という種の枠を超えた存在……破面」


成るほど、興味深い

時間と暇さえあれば、軽く論文にして纏めたい所だ

だが生憎と
今、私が知りたいのはそこじゃない



「……質問をいいかしら? アリシアも、その虚というのになってしまうの?」

「可能性はゼロではないな」



ウルキオラは即答する
しかしそれは危険の宣告というより、安全の知らせに近い



「直に見て確認した。アリシアの因果の鎖は未練や思い入れの類ではない、肉体との繋がりを示すラインだ
そして何より、アリシアの鎖の根元…胸元には虚変化の予兆の証たる穴がない。
人為的に手を加えない限り、今の段階で虚になる得る可能性はほぼゼロに等しい」



肉体との繋がりを示すライン

つまりは、私の胸元から生えている鎖と同種のもの



……つまり、それは……



「アリシアは、生き返れるの?」



さっき一度、この男の手によって私は肉体に戻れた

ならば、理論的には同じ事もアリシアには可能な筈

それこそが、私の長年の悲願
私の願い、望み




「ああ、可能だろうな」




その瞬間、私は天上にも昇る気分だった



「恐らく、肉体は死んでも霊体との繋がりは保ったままの段階を保存できたのだろうな
よほど死後の処置と今までの保存状態が良かったのだろう、肉体は朽ちず腐らず、傷みも微小だ」



その言葉を聞いて、私は確信した



私は間違っていなかった!

仮にアリシアの魂がここに帰ってこれても、肉体が無ければ蘇生はできない!

そして肉体があっても、質が悪ければ蘇生は不可能!!

私は間違っていなかった!

それが今、証明されたのだ!!





「だが、それだけだ」


「……え?」




だから、その言葉は正に不意打ちだった。

















「……どういう事?」


目を鋭くさせて、プレシアはウルキオラに尋ねる。

「このガキは今のお前とは違う、魂魄剥離で霊体となったお前とは違い
このガキの肉体には、『生命力』が殆ど残されていない」



その瞬間、プレシアの顔はハっと気づいた表情を浮べる

ウルキオラが更に続ける



「分かり易く教えてやろう。生命力がない、それは即ち死人が重病の半死人になる様なものだ
仮に俺がこの肉体にこのガキの霊体を無理矢理押し込んだ所で、このガキは一月と持たずにくたばるだろうな」

「……ひ、と…つき」



信じられない様に、落胆したかの様に呟く

ダメだ、それではダメだ…と
更にプレシアは脳を回転させる



「ジュエルシード……そうだ、ジュエルシード! あれは元々願いを叶えるロストロギア!
過去の文献から、瀕死だった人間の肉体を直したという事例も確認されているわ!
ジュエルシードの魔力で、生命力を補えば!」



「一つ間違えれば、肉体と共に霊体も粉々になるだろうな」





その言葉は、あっさりとプレシアの希望を砕いた





「アレの力は直に見た。だからその力も知っている……確かに、あれだけの力ならこのガキの肉体に生命力を溢れんばかりに注入できるだろう」



「だが」と、ウルキオラは一旦ここで言葉を切って



「アレの力を、こんな死体同然の幼年体の体に注ぎ込んだら、確実に肉体が耐え切れず粉々に消し飛ぶ
そして、その圧倒的な霊圧はこのガキの霊体、魂魄にも及び……肉体と共に霊体も粉々だ

そして文字通り、このガキは消滅する」


「!!……なら、肉体と魂が離れた状態で使えば! それなら万が一失敗しても魂は無事!」


「魂が離れている以上、『コレ』はただの肉の塊だ。お前の肉体とは違い、言ってしまえばただの物体だ、物体に生や死があると思っているのか?」



これもダメ

なら、ジュエルシードを使う案は除外した方がいい

そして、再びプレシアは脳をフル回転させる



「なら、他の生命体……つまり、他の人間の体を使うのは!?」

「多少は違うだろうが、結果は大して変わらん」



僅かに疲れた様な溜息を吐いて、ウルキオラは告げる



「通常の人間は、他の生物に比べて霊子・霊圧・霊体に対する抵抗力が極端に低い
他人の肉体に他人の魂を入れれば、何らかの拒絶反応が出る」



ウルキオラ達、破面との敵対勢力……死神

彼らは現世にいる人間、霊体に不要な影響は及はさない様に隊長格の死神は一部の例を抜かして
その霊力・霊圧は常に五分の一にまで抑えられている


そして、これは破面にも似た様な言える


死神の様な力を無理矢理抑える様な真似をしなくても
破面はその力の核を斬魄刀に宿しているので、隊長格の死神が斬魄刀のサイズを調整する様に
破面も体から放出されている霊圧を調節できる


現にヤミーとウルキオラが初めて破面として現世に赴いた時、ヤミーが調子に乗って魂吸を行うまで
付近の人間にはコレと言った変化は無かった



「仮に俺がお前の魂魄を剥離した状態で、このガキの魂魄をお前の肉体に定着させたとしよう
だが、お前の体はこのガキを受け入れられん。理由は単純だ、お前じゃないからだ。
まあ魂魄もしくは肉体に『特殊』な改造を加えた上でなら分からんが……まあ、それは置いておこう」



死神の持つ道具
義魂丸や義骸の様な特殊な例を上げようとしたが、ウルキオラは省いた

別に教える必要もないし、そういう物を造る技術を知っている訳ではない

そして、何よりこの女は「そういう物が造れないか」と絶対に考え付き……そして不可能という結論を出す

その一連の過程を、ウルキオラは想像できたからだ



「簡単に言おう。このガキの魂魄を受け入れられるのは、このガキの肉体だけだ
そして、このガキの肉体に魂魄を押し込んだ所で直ぐに死ぬ……それだけだ」


「……そ、ん…な……」



断言にも近い、ウルキオラの言葉

ソレを聞いて、プレシアは膝を着いて、落胆する


最初は、会えればそれで満足だった

愛しい娘に再び会えて、この手で抱きしめる事が出来て、この上無い幸せだった



だが、ダメだ

人間は、強欲だ

一度幸せを知ってしまうと、更にその上が欲しくなる



今のプレシアが、正にソレだった

もう一度、アリシアと親子として歩みたい

もう一度親子として暮らし、親子二人の時間を取り戻し、こんな筈じゃなかった未来を取り戻したい


だから、プレシアは考える

考えて考えて、やはりダメで

それでも考えて、必死に考えて



「ねえウルキオラー、難しい話ばっかで良く分からなかったけど、つまりはどういう事?」

「お前はこのまま、そういう事だ」



アリシアの問いを、ウルキオラは簡潔に答える



「ふ~ん、でも……それで、どうしておかあさんが悲しんでるの?」

「……アリシア」



暗い表情のプレシアに、アリシアはにっこりと笑いかける



「わたしね、いますっごく幸せだよ! ウルキオラと会えて、こっちで色々な物をまた見る事が出来て
そして、おかあさんにも会う事が出来て……わたしは、それで幸せ!
あの白い場所で、ずっと一人ぼっちの時に比べたら、本当にすっごく幸せだよ!!
……あ、でもケーキが食べれないのは少し残念かな? あははは、なーんちゃって」



頬を少し掻きながら、照れくさそうな笑みを浮べながら、アリシアは言う

それを見て、プレシアは思った



……良い筈が、ない……これで、良い筈がない!!……


……ここまで、二十年以上も掛けて……やっと! やっとここまで来れた!!……


……アリシアを、生き返らせてあげたい!!……


……この娘に、もう一度死者としてではなく……人間としての幸せをあげたい!!……


……その為なら、私はなんだってする!!……


……非道になろう! 外道にもなろう!!……


……悪鬼にもなろう! 鬼畜にもなろう!!……


……その為なら、人の道からも外れよう!!……


……冷酷無慈悲な悪魔にでも魂を売ろう!!……





「……あるはずよ、何か方法が……何とか出来る、方法が……」





プレシアは、考える

何でもいい、些細な事でもいい、小さな切っ掛けでもいい

自分の闇に一筋の光明を射す、何かが欲しかった




「……ふむ、そうだな……」




思い付いた様に、ウルキオラが口を動かす




「例えばの話だが」




そして、与えてしまう

プレシアに光を、僅かな希望を

















「霊力の素質を持った、生きたアリシアそのものの肉体があれば可能かもな」



















それは、雫が落ちる様にプレシアの耳に響いた



「…………ぇ?」



プレシアはゆっくりと顔を上げる



「簡単な話だ。他にアリシアに活きた肉体があるのなら、それは何の問題もなくアリシアを受け入れる事ができる
だが、それだけでは何らかの拒絶反応が出るだろう。アリシアの『本来の肉体』はこれであるし
さっきも言った様に普通の人間は霊的な物に対して、抵抗力が低い」



「だが」と、ウルキオラは再び言葉を繋げる



「霊力……お前らの言い方では魔力か?その素質さえあれば、それ相応の抵抗力はある。抵抗力があれば、相応の拒絶反応は抑えられる
お前ら人間でも、同じ環境にいながら病になる人間とそうでない人間がいるだろう?
あれと理屈は一緒だ
それに霊力の素質があるのなら、ある程度ならジュエルシードの力も生命力として使えるかもしれん」



事実、死神が扱う義骸や義魂丸は同じ様な理屈だ

魂の拒絶が起きない肉体、肉体の拒絶が起きない魂
それらの拒絶を徹底的にゼロに近づけたのが、それらの道具だ




「尤も、そんな都合の良い物が存在する筈が無いがな」





どこか諦めの響きを含ませながら、ウルキオラは告げる


「…………」


プレシアは動かない
ウルキオラの説明を聞き、俯いたまま顔を上げない



「……ウルキオラ、もう一度私を肉体に戻して……そろそろ戻らないと、肉体の方がもたないでしょう?」


「……まあ、そうだな」



ユラリと、プレシアは立ち上がり

ウルキオラは再び、その魂魄を肉体に押し戻す
虚ろな肉体には再び活力が戻り、二本の足で立ち上がる



「……少し、確認する事が出来たわ。ここで少しの間待ってて」

「妙な動きをしなければな」



軽くウルキオラが返して、プレシアはそこを出る



そして廊下へ出て、自分の研究室へと向かう







――霊力の素質を持った、生きたアリシアそのものの肉体があれば可能かもな――







…………ある…………







――尤も、そんな都合の良い物が存在する筈が無いがな――







…………そんな都合の良い物が、ある…………







研究室に入り、ドアに鍵を掛けて、ソレの資料を引っ張り出す




「……う、ふ……うふ、うふ、うふふふふふ……」




私は、笑いが堪えきれなかった







あったのだ



そんな都合の良い物が!



私の手元に!! 



何年も前から! 



そんな都合の良い物があったのだ!!!!



私がこの手で!! 



何年も前に! 



そんな都合の良い物を! 



作り上げていたのだ!!!!







「う、ふふ……あ、はは!!」






ああ、今日は何て素晴らしい日



私がずっと欲しかった物が、一斉に導かれる様に私の手元に集まった



だから


私は笑った








「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!」








必要な物は、全て手中に納まった!



アリシアの魂!



未知なる存在ウルキオラ・シファー!!



莫大な魔力の源・ジュエルシード!!!




そして、そして!!





「あはははははははははは! あははははははははははははははははははははははは!!!
喜びなさい! フェイトおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」







魔女は笑う




黒い魔女は嗤う






「初めてよ! 母さんは今日! 生まれて初めて貴方を造って良かったって思ったわあぁ!!!
あはははははははははははははは!! あははははははははははははははははははははは!!!
嬉しい! 嬉しいに決まっているわよねえぇ!!! 貴方はあんなに私に愛されたくて仕方がなかったんですからねえぇ!!!」





希望という名の、黒い望みを手に入れて



黒い魔女は、ひたすら嗤い続ける





「生まれて初めて貴方という存在に感謝するわあぁ!! フェイト・テスタロッサアアアアアアアアアァァァァ!!!!」






魔女は笑う



笑い続ける



歯車が狂った様に、魔女は一人で嗤い続けた。














続く










あとがき
 「流石はプレシアー! 俺たちに出来ない事を平然とやってのける! そこに痺れる憧れるー!!!」


……以上、プレシアさん大暴走&博識ウルキオラの回でした

多分人によってはこの話を読んで色々と突っ込みたい所があるでしょうが、作者の独自解釈ですので、スルーして頂けると助かります。

あと、プレシアに関してはアニメの設定を使っています
小説とアニメの設定が微妙に違うという事を、最近初めて知りました


作者的には、今回が一番の修羅場でした
ウルキオラが懇切丁寧にプレシアに説明していますが、それはプレシアへの評価&アリシアへのさり気ない気配り程度の補正でお願いします。


あと、読者の誰もが気になっていると思いますが

プレシアさんの研究室の防音設計は完璧です!!

それでは、次回に続きます!



追伸・とある友人達との会話

お題・BLEACH破面編での個人的名場面は?


作者「一角が卍解を使ったところ」

友人1「織姫がウルキオラにビンタしたところ」

友人2「大前田がバラガン様に追いかけられたところ」

友人3「ハリベル様帰刃でテンションマックス」








[17010] 第玖番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/03/28 01:48


そこは、とある部屋の中だった


中には明かりという物は無く、闇が広がっていた
しかし、完全な漆黒という訳ではない


中には幾つかの淡い緑色に発光する非常灯がついており、中に置いてある物のシルエットが淡く照らされている


恐らく、そこは物置や保管庫の類の部屋だろう
整理と乱雑が入り混じった様に、そこには物が置かれていた。






……きこえ、ますか?……






そして、そこにある無数の物体の中に

ソレはあった。






……私の声が、聞こえ…ますか?……










第玖番「声」










「……退屈だな」


時の庭園のとある一室にて、ウルキオラは呟いた

ここでアリシアと、そしてプレシア・テスタロッサと会ってから既に六日経過していた
そして六日という時間を、ウルキオラはここで過ごした。


もちろん、ウルキオラも最初はそれに対しては否定的だった
プレシア・テスタロッサの事を完全に信用していた訳では無かったし、馴れ合う理由もなかったからだ。

それに、プレシアの力にもウルキオラは一目置いていた
そして一目置くと同時に警戒もしていたからだ。


故に、ウルキオラはここに留まる理由は無かったのだが



「ウルキオラと一緒じゃなきゃヤダー!!!」



一人、それに納得しない者がいた
アリシア・テスタロッサである。


そしてそのアリシアの姿を見て、黙っていない人物がいた



「あら、人の大事な愛娘を泣かすなんて良い度胸ね?」



漆黒の魔女・プレシアである
只ならないプレッシャーを撒き散らして、ウルキオラと対峙したのだ



「どうしても出て行くというのなら、せめて理由を言いなさい」



それが、最大の譲歩とプレシアはウルキオラに言った

先に述べた様に、ウルキオラはプレシアを信用した訳ではない

アリシアの一件があったとはいえ、ウルキオラの中ではプレシアの位置は敵のソレに近いのだ


その事を、包み隠さずウルキオラはプレシアに言った。



「あら、そういう事。なら何の問題も無いわ、私は貴方に危害を加えるつもりもないし、敵になるつもりもないわ
寧ろ、円滑な協力関係を結びたいとも思っているわ」



さも当然の様に、先程までの威圧感が嘘の様に消えた表情でプレシアは言った。


しかし、ウルキオラも簡単にはソレを信じなかった


敵に近い者の言う事を、疑いもせず簡単に鵜呑みにするヤツなどいない

もしいたとしたら、それは馬鹿の領域すら超える愚者だ



「私はこの娘の母親よ。この娘を泣かせる真似は絶対にしないし、娘の恩人を背中から襲う程腐ってはいないわ。
それでも信用できないのなら、貴方がここにいる間はこのデバイスは貴方に預けてもいいわ」



そう言って、プレシアはウルキオラに自分の杖を差し出した


単純な話だが、ウルキオラはこの一連のやり取りでプレシアの評価を改めた


プレシアは、自分の実力の一端を直に見ている
今までの戦闘から、あの杖の様な武器は霊圧・霊力の増幅装置の様なものだとウルキオラは結論づけていた


如何に地力の力が高いとはいえ、その得物が無ければ勝敗は火を見るより明らかだろう

少なくとも、相手が「敵」ならウルキオラは絶対にそんな真似はしない
自分の居る場所が、自分の本拠地の中でもだ。



(……どの道、危険があるのは変わらないか……)



仮にここじゃなくても、あの時空管理局という組織の目がある
空間転移系の術と広域結界の術を持つあの組織に、自分は目を付けられている


つまり、危険の度合いで言ったら大して変わらない

寧ろ相手の動向に目を向けられるだけ、ココの方が安全だろう

それに相手は高々三人
戦闘になった時の事を考えても、一つの組織を相手にするよりはずっと相手にし易い。



「良いだろう。但し妙な真似をすれば、その時は容赦しない」




それが六日前のやり取りである。




この六日間、特に何かがあった訳ではない
一日に何度かあの女に呼び出されて、『研究』に付き合うくらいだ



「……まあ、霊子の補充の心配をする必要が無くなったのは幸いか」



ウルキオラは、ソレを手の中で転がした。


『カートリッジ』
それが、ウルキオラの手の中にある弾丸の名前だ

元々は『ベルカ』と呼ばれる形式の魔法で使われる、魔力を込めた弾丸

使い方としては、予め貯蓄していた魔力を自身で収束した魔力に上乗せさせて、その威力・破壊力を爆発的に高める物らしい。


プレシア曰く
「昔、過去の文献を読んで興味が湧いて造ってみたんだけど、カートリッジは再現できたけど、肝心のデバイスには組み込めなかったのよ」


今では殆ど使われていない技術らしく、プレシアでも独学ではデバイスにベルカ式を組み込めなかったらしい


そしてその時から使われていないカートリッジを、ウルキオラの為にプレシアが改造して再利用したらしい。



(……しかし、大した技術だ。これ一つで十刃クラスの霊力が込められている……)



ウルキオラの感覚で言えば『黒虚閃』数発分の霊力が込められている

そしてそれが、ウルキオラの前に一ダース程置かれている。



(……あのジュエルシードとか言う石、複数個を共鳴させるだけで……まさかあそこまで力が瞬間的に跳ね上がるとはな……)



ウルキオラの前に置かれているそのカートリッジは、あくまでその力の一端に過ぎない

プレシアがここ数日没頭している『研究』のオマケの様な物だ。




『ウルキオラー、わたしの声が聞こえますかー? 聞こえたら返事をして下さい、オーバー?』




ウルキオラの前に置かれた緑の宝玉が喋る


これも、プレシアの『研究』の副産物だ。


自分と違い、霊力の低いアリシアはプレシアにその姿は見えず、声も聞こえず、物理的な干渉ができない


これは、霊子の密度の差による物だ


ウルキオラを始めとする破面・虚や死神の高位霊体は、並みの霊体とは比べ物にならない程の霊力と霊子密度の霊体である


故に、霊力の素養がない人間でも触れる事が出来たり、その存在を五感で感じ取る事もできる


だが、下位霊体であるアリシアの姿はプレシアには見えない、声は聞こえない、触れられない

恐らく、プレシアやここの魔導師は自分が知る死神や人間の持つ霊的素質のベクトルが少々違うらしい(……というか、体系そのものが違う)

ウルキオラの印象としては体内霊圧の扱いに長け、周囲の霊的知覚に乏しいという感じだ

まあ世界そのものが違えば、ある程度の相違は普通だろう



しかし、その相違はプレシアには耐え難いものだった。




何度も肉体から魂魄を抜いては、プレシアの体には多大な負担が掛かる

だから、プレシアは造った
アリシアの声を聞ける、姿が見れる、肌に触れられる、そんな装置を


これは、その一環という訳だ。



「ウルキオラー! 返事してよー!」



部屋の壁をすり抜けて、アリシアがその姿を現す

アリシアが、ここで『覚えた』スキルの一つだ
霊体共通の能力である、物体のすり抜けだ。


今までのアリシアは、自分が霊体という事をあまり自覚はしていなかったのだが
今回の一件により「自分は霊体」という事を、初めて認識したらしく、霊体のスキルを扱える様になったのだ。



「ねえウルキオラー、遊ぼうよー」



そう言って、にっこりと笑いながらアリシアはウルキオラの顔を覗き込む
顔を覗き込まれる事数秒、ウルキオラは小さく溜息を吐いた。



「そうか、なら俺が面白い遊びを教えてやる」

「え! 本当! なになに!!」



予想外のウルキオラの返答に、アリシアは目を輝かせてウルキオラを見る
その背中には、ワクワクしているオーラーが漂っていた。


「まずは、口を大きく開けろ」

「うん」

「利き手の人さし指を立てろ」

「うんうん」

「それを開いた口の中に思いっきり突き入れろ」

「…………」

「相当愉快な気分になれるぞ」



その言葉を聞いて、アリシアの額には青筋が浮かんだ



「ウルキオラのバカー!!」

「なら母親にでも構ってもらえ」

「さっきは退屈だって言ってた癖にー! 
それに、お母さんはこれから『けんきゅう』をしなきゃいけないから、また後でだって」
















プレシアは、一人研究室に篭っていた
その顔は極めて上機嫌なソレであり、鼻歌すらも口ずさみそうな表情だった


「……う、ふ……うふふ……」


笑いを堪えきれない様に、プレシアはディスプレイを眺めながらキーボードを打つ



……今日も、たくさんアリシアと喋る事ができた……


……たくさん、アリシアと遊べる事ができた……



今日の事を思い返して、プレシアは両手の指を絶え間なく動かして、己の理論を組み立てていく



……今日は、絵本を読んで上げた。狼と商人が旅をする話だ……アリシアが気に入った様で何よりだ……


……ああ、そうだ。アリシアはお絵かきもしたいと言っていた…『研究』の実験も兼ねてそういう装置も試してみよう……


……本当は、もっとアリシアと一緒にいたいが…今は我慢、我慢だ……解析さえ終われば時間は取れる……



……そして……

……この『研究』さえ成功すれば、時間なんて幾らでも取れる……




プレシアは、今までの人生の中でも最高に頭が冴え渡る様な感覚だった

アリシアを五感で知覚する為の装置
その為の装置と、プログラムと、実践、これらの事を僅か二日でほぼ完成させていた


アリシアの霊体としての魔力を解析し、特定の魔力に反応してそれを電気信号に置き換える

そしてその電気信号を増幅させて、映像として、音声として出力させる

プレシアが今回作ったのは、そういう物だ


視覚と聴覚に至っては、その完成度は八割を超えている

だが、触覚の方が今一つ上手く言っていない
今のままでは、アリシアの頭を撫でて上げる事も、抱きしめて上げる事も難しい。



「だけど、もうすぐ……もうすぐ、アリシアの魔力の解析は終わり、十分なデータが手に入る」



当面の問題は、やはりジュエルシード


現時点では七つ
だが、やはりこれだけでは心許ない


当初の予定よりも必要な数は少なくて済みそうだが、やはり数は大いに越した事はないだろう。



「ふふふ、フェイトには頑張ってもらわないとね」



正確には、その使い魔にだが
フェイトには既に待機命令を出してある

今となっては、アレも重要な人材だ
下手に外をうろつかせて、管理局に捕縛される様な事態は避けたい


それに万が一の事態に備えて、既にフェイトには保険を掛けてある
仮に時空管理局の一部隊に包囲されたとしても、無事に帰還できる保険がある。



「うふ、ふふ……もうすぐ、もうすぐよ……」



愉悦の表情が、歪な笑みとなる

希望、欲望、願望、野望、そういった全ての念が押し込められた黒い笑み

その黒い笑みを浮べて、プレシアは呟く。



「……だから、ちゃあぁんと良い子にして待っているのよおぉフェイトおおぉ……」




















「……よし、メンテナンス終わりっと」


同時刻・フェイトは地球での本拠地であるマンションの一室にいた

いくつかの部品や工具をテーブルの上に置いて、手に持ったバルディッシュの補修やパーツの取替えなどをしている
最近は急がしくて疎かにしがちだった、バルディッシュの本格的なメンテナンスを行っていた


「……ふぅ」


テーブルの上に置いてあったペットボトルの紅茶を一口含む

喉の渇きを潤しながら、フェイトは思った



(……これから、何をしよう?……)



本当なら、今頃は自分もアルフ同様ジュエルシードの探索の出る筈だった


だが、それは今はできない
いや…もうこの状態になってから、既に六日経つ

六日前、フェイトは母親から『待機命令』が出されたからだ



「……母さん」



そう言って、フェイトはその時の事を思い出す








六日前
あのウルキオラという男を母さんと引き合わせて、母さんの命令を待っていた

三時間くらい待っただろうか?
母さんからの通信が入った


『フェイト、少し確認したい事があるから研究室まで来なさい』


正直、意外だった
リニスがいなくなってから、母さんの研究室には立ち寄った事が無い

『お仕置』の場合なら、大抵は玉座で行われる筈

自分から入るつもりも無かったし、何より母さんが他人を入れる事を拒んでいたからだ


頭の中に絶え間なく浮かぶ疑問を考えながら、私は母さんの待つ研究室に向かった

母さんの研究室は、私の僅かな記憶とさほどの違いはなかった
強いて違いを上げれば、昔よりも物が多くなった事ぐらいだ


そして呼び出した私を見て、母さんは意外な一言を言った。



「……フェイト、貴方最近あまり寝てないでしょ?」



正直、一瞬意味が分からなかった

表情に出てしまっただろうか? それでも唖然とする私に母さんは近づいて



「……やっぱり、思った通り。食事もきちんと摂ってないわね?……ん?この臭い、シャワーもここ最近浴びてないでしょ?」

「……ご! ごめんさない!」



反射的に、私は謝った
母さんの言う事はズバリ的中していた

確かにここ最近はあまり寝てなかったし、食事も少し摘む程度を三回とるだけ
お風呂に至っては、もう二日入っていなかった


お仕置されると思った

そうだ、母さんに会うんだから体を綺麗してここに来るは当たり前だ。



「まあ良いわ。帰ったらシャワーを浴びてきちんと食事をして、しっかり寝なさい
これは命令よ……ああ、そうだわ…ジュエルシードの捜索も私が言うまで貴方は待機、捜索は使い魔にでもやらせなさい」


……え?……


「それでフェイト、少し私の『研究』に付き合って貰うわ」


そう言って、母さんは私の血液を採取したり
部屋にあった装置で私の生体データを調べたり、色々な事をした


その間、私は母さんの言葉が頭から離れなかった


いつもとは、少し違う


昔の、今では夢でしか見る事ができない昔の母さんに、ほんの少し戻ってくれた様な気がしたからだ。


そして、帰り際



「フェイト、このデバイスを持っていきなさい」



渡されたのは、紫の宝玉型のデバイス



「高速空間転移のデバイスよ。万が一、管理局に見つかって囲まれた場合はこれを使いなさい
もう貴方の認識データは入力してあるわ。起動ワードさえ言えば大抵のジャミングやクラッキングを無視して転移できるわ」

「は、はい! ありがとう母さん」

「それじゃあ、『体』には気を遣いなさいよ」



……本当に、久しぶりだった……

……あんな風に心配してくれたり、気遣ってくれたり……



「……母さん……」



その後、私はこのマンションに戻ってきた後、シャワーを浴びて体と髪を洗った(一人で髪を洗えなかったから、アルフに手伝って貰った)

ご飯はいつもは近くのコンビニという所で買ったお弁当だったが、この日は近くのレストランに食べに行った

母さんに言われた様に、たくさん野菜を食べた。コンビニのお弁当よりもずっと美味しかった

そして、家に帰った後はすぐに寝た
余程疲れていたらしく、気がつけば半日近く寝てしまっていた


三日くらいは、こんな風に体を休めていた
四日目からは体調もずっと良くなり、ジュエルシード探しを再開しようと思ったのだが



「ジュエルシードの方はあたしに任せておきなって! 大丈夫、管理局に見つかる様なヘマはしないさ!
フェイトはゆっくり休んでておくれよ」



と言って、アルフは一人でジュエルシードを探しに行ってしまった

アルフからの定時報告がくるまでは、基本私は一人で過ごしていた
四日目は、部屋の掃除をして過ごした
五日目は、自分でご飯を作ってみようと挑戦し……盛大に失敗した

六日目の今日は、一日掛けてバルディッシュの本格的なメンテナンスを行った



そしてメンテナンスも終わり、再び私は暇になった


私は、切っ掛けを考えていた
母さんが少し変わった、その切っ掛けについて




「……ウルキオラ・シファー……」




その名を口に出す

あそこで、母さんとあの人にどんなやり取りがあったかは知らない

だけど、母さんが変わったのは間違いなくあの日からだ

今は、母さんはあの人に『研究』に付き合ってもらっているらしい



そう言えば、昔から母さんは研究室でいつも何かを調べていた



もしかしたら、あの人がその研究に関して何か重要な事を知っていたのかもしれない

だから研究が進み始めて、それで少し母さんも昔に戻ってくれたのかもしれない


出来れば、私の頑張りで昔の母さんに戻ってもらいたかったけど……
母さんが昔みたいに優しい母さんに戻ってくれるのなら、そんなものは些細な問題だ。



『フェイト、聞こえるかい?』



不意にアルフからの念話が入った



『うん、聞こえるよアルフ』

『多分だけど、ジュエルシードを見つけたよ』

『本当? 凄いよアルフ、それでいくつ?』


多分一個、多くて二個だろうと
私は考えていたのだが、アルフの答えは予想を大きく上回るものだった



『多分だけど、六個』

『……ろ!!』



その言葉に、私の体が跳ねた

今まで私達が集めたのは七つだから、今までの努力に匹敵する程の数だ



『いやね、完全に見つけたって訳じゃないんだよ』

『……どういう事?』



そして、アルフは説明した

ジュエルシードの捜索中
アルフはひょんな事から、ジュエルシードは海の中には落ちていないのか?という考えに至った事


そして付近の海を調べたら、明らかに複数個の反応があった事

だがジュエルシードが海の底に沈んでいる事と、既に幾つかのジュエルシードが共鳴を始めている事
この二つの要素が合わさって、場所の細かな特定が難しい事



『……てな感じなんだよ』



粗方の説明を、アルフが終える

既に私の中での考えは纏まり、答えは決まっていた



『分かった。それじゃあ私もそっちに向かうよ』

『……でも』

『大丈夫。確かに命令違反かもしれないけど、六個もジュエルシードが手に入れば私達の数は十三個
あの人、ウルキオラが持っていた分も入れれば十四個。母さんが最初に言っていた希望の数が手に入る』



だから、きっと母さんは喜ぶ
その為なら、もう待機する必要はない



『最近はきちんと寝たし、食事もちゃんと摂ってたから体調もいいし大丈夫。それにアルフと一緒なら、私達は負けないよ』

『……そうだね、まあ確かに! 相手があのウルキオラでもない限りあたし達が負けるわけ無いか!
……ていうか、こういう時こそあいつの出番だと思わないかい?』

『あはは、そうかもね』



そう言って、私はバルディッシュを手に取る。
普通に考えれば、アルフの言う通りあの人に応援を頼むべきなのかしれない


でも、私は負けたくなかった

ジュエルシードもそうだが、それ以上にあの人に負けたくなかった


だから、私も闘う

沢山のジュエルシードを手に入れて、母さんを喜ばせる


沢山のジュエルシードが手に入れば、きっと母さんも昔の母さんに戻ってくれる



そして、優しい母さんとアルフと私の三人で

もう一度、普通の家族としての幸せを掴みたい

母さんの笑顔と、アルフの笑顔



「バルディッシュ、セットアップ」

『stand by ready』



そして私も笑顔で、普通の家族としての幸せ「これから」を手に入れる!



















「…………」


時の庭園での戦闘訓練室

そこで、ウルキオラは一人佇んでいた
体中の力を抜いたリラックスした状態でそこに立ち、斬魄刀に手を掛ける


刀を抜いて一閃


空を切り裂く軽い音が僅かに響く
そして持った刀に霊子を収束させる

その霊子は刀に伝い、淡く翠色に発光する



「…………」



更に霊子を収束させる、翠の淡い発光は徐々に研ぎ澄まされた様に光そのものが刀に収束していく


そして、ウルキオラは一気に振り抜く

翠の斬撃が弧を描いて、空を切り裂いた



「……やはり、見様見真似では無理か」



どこか不機嫌そうに、ウルキオラは呟く

今のは、黒崎一護の月牙の模倣だ
斬魄刀に虚閃の要領で霊子を収束させ、斬撃を飛ばせないかと試したのだが



「……直接叩きつける分には問題ないが、飛ばす事は厳しいか……」



なぜこんな事をしようと思ったのか?
それは至って単純だ


ウルキオラにとって、黒崎一護は井上織姫に並ぶ計り知れない『心』の力を持つ存在だ


心を理解するにはどうしたら良いのか?

あの時の黒崎一護を理解するにはどうしたら良いのか?


そう思った時、何となくこの技がウルキオラの頭を過ぎった


月牙天衝、黒崎一護の代名詞とも言える技だ

黒崎一護の技……これを使えば何かが分かるかもしれないと、ウルキオラには似合わない極めて安直な発想で試してみたのだ



「……まあ、こんな事をしても解る筈は無いか……」



斬魄刀を鞘に収める

部屋に戻ろうと、ウルキオラが訓練室から出た
その時だった









……きこえ、ますか?……







耳に響いたその言葉で、ウルキオラは足を止めた。








……私の声が、聞こえますか?……







どうやら空耳の類ではないらしい
その声の存在が妙に気に掛かり、ウルキオラは周囲を探る

そして探査神経を起動させて、周囲の霊子情報を収集する。




(……こっちか……)




大凡の発信源の場所を特定して、ウルキオラは足を進める

廊下を歩き、幾つかドアを潜る

そして、そこに辿り着いた



「……ここか」



一見すると、そこは物置の様な倉庫の様な場所だった

明かりは少なく、視界が悪い

だが、ウルキオラにはそんな事は関係なかった



「ここに居るのは分かっている。さっさと出て来い」



そう言って、突き出した片手に霊子を収束させる

その部屋に翠色の光に包まれて、中のものが照らされる



――妙な真似をしたら、排除する――



そんな意思を込めて、霊子を収束する






……よか……った……






……わたしの、声が……や、っと……とどいた……






そして、ソレは起きた


粒子状の霊子が収束していき、形を成していく


それはやがて人の形となり、衣服を纏い、徐々に鮮明となっていく



「……なんだ、貴様は?」



ウルキオラは尋ね、それは名乗った







……わたしは、リニス……プレシアの、使い魔だった者です……















続く











あとがき
 今回の話を描いている時
「アレ? アルフって単体でジュエルシードの探索って出来たっけ?」
と疑問が湧きましたが、本編では単体でも探索できる仕様でお願いします。

あと、何気にウルキオラのアリシアに対する接し方が変わってきています
さて、今回いきなり「ベルカ式」のカートリッジが出てきましたが、作中でも言っているようにプレシアがデバイスにも組み込んでいないので、まだ登場する予定は無いです

ちなみに、プレシア製のカートリッジはジュエルシード様に改造されてあるので、かなり容量がでかいです。


さて、今回は新たにリニス登場です。
今の段階では言えませんが、実はこの娘……これからとあるイベントを控えております

次回は久しぶりに管理局側も描くかもしれないです。


ですが、作者は明日から東北で一人暮らしをしている兄貴に会いに行って来るので、帰ってくるまで更新は難しいと思います。


それでは、次回に続きます!






[17010] 第壱拾番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/03/28 03:18


海鳴市付近の海上、虚空とも言える海の上で黄金の魔法陣が形成されていた

その魔法陣を形成するのは一人の少女フェイト・テスタロッサだ。


「アルタス・クルタス・エイギアス……」


虚空に浮かび、魔法陣を形成して、詠唱をしながら魔力を注ぎ込む

その様子を、フェイトの使い魔のアルフは僅かに離れた場所から見守っていた。



(……魔力を送り込んで、海の中にある六個のジュエルシードの強制覚醒……
……そして、覚醒したジュエルシードをそれぞれ封印……)



アルフは考える
確かに、今目の前で主の取っている行動は間違ってはいない

こっちからジュエルシードを取りに行けないのなら、あちらから出向いて貰えば良い
そして出向いた所を封印すれば良い


確かに、これだけ見れば実に合理的な作戦に見えるだろう

しかし、実際は違う

一つや二つなら、その作戦もありだろう……しかし、ジュエルシードの数は六個だ。



(……幾らフェイトでも、無理があるんじゃないかね?……)



もしも、フェイトが今までの様な無茶をする様に、今回の作戦を行ったのならアルフも止めたかもしれない

だが今回は違う

今まで一緒にいた、使い魔のアルフだからこそ分かる
今のフェイトは体力・魔力・精神力、それらが全快とも言える程に力強く漲っている事を

今までの無茶と苦難が、六日間という休養が、ここに来てフェイトのレベルを一回りアップさせた事を。



『アルフ……多分、これから少し厳しい戦闘になると思うけど……大丈夫?』



主からの念話

これから相手にするのは、六個の暴走状態のジュエルシード
自分達にとっては、未知の領域


それは使い魔である自分を気遣っての事、それを聞いてアルフの迷いも吹っ切れた


どんな相手が敵だろうと、主は、フェイトは、自分が守る!!



『いつでもOKさ! だから、フェイトは安心して作業を続けておくれよ!』

『分かった……ありがとう、アルフ』



念話を終えて、フェイトもその準備を終える

その手に握った杖の先に、黄金の魔力が収束される
そしてその魔力を、自ら形成した魔法陣に向ける


ジュエルシードの細かな位置は分からない

ならば、遠近無視の広域に魔力を注ぎ込めば距離など関係ない



「サンダーフォオオオォォォル!!!」



次の瞬間、雷鳴が轟き暴風とも呼べる突風が吹き荒れる

六つの蒼い竜巻が、唸りを上げてその姿を現した。








同時刻、次元航行艦『アースラ』



「何て無茶を……全く、呆れた無茶をする子達だわ!」



ブリッジの艦長席でリンディが僅かに口元を歪めながら言う
その表情は呆れというよりも、心配の要素の方が強いだろう


「ええ、あれは無茶を通り越して無謀の領域です。間違いなく、あの二人は自滅する」


リンディの隣に立つクロノが淡々と言う

彼らの前にある巨大なディスプレイ
そのディスプレイは、海鳴市海上のフェイトとアルフの様子を写していた


六個のジュエルシードの反応、それは管理局側もバッチリその反応を捉えていた

そしてその様子を探ろうと思ってサーチャーを現地に仕向けて、映像を遅らせたら今の状況が映った訳である。



「……フェイトちゃん!」

「あれは……まさか、ジュエルシード!!」



そして、ブリッジに新たに二人の少年少女が入室する
なのはとユーノだ


ジュエルシード発見の知らせを聞いて、二人はブリッジに来たのだが……どうやら、予想はその斜め上の事態になっていた様だ。



「……クロノくん、これは!?」

「見ての通りだ」



なのはの問いに、クロノはどこか苦い顔をして呟く



「海に沈む六個のジュエルシード、そしてそのジュエルシードを覚醒させる為に彼女達は広域に莫大な魔力を注ぎ込んだんだ
そして彼女達の魔力の影響で六個のジュエルシードは完全に暴走して、彼女達に襲い掛かっているんだ」

「!!?……そんな!」



無茶だ
なのはは瞬時にそう思った。

今まで暴走したジュエルシードの相手は何回かはしたが、一度たりとも楽に封印できた事なんかなかった

そして、それが六個
単純計算で六倍の力となって襲い掛かってくる

そして、それが意味する事は幼いなのはでも分かった



即ち、無謀だと……



「助けに、助けにいかなきゃ!!」

「その必要はない」



しかし、なのはの言葉は冷淡に斬られた
斬ったのはクロノだ



「あれだけの魔力を打ち込んだんだ、どうせすぐに自滅する。そこをジュエルシードと一緒に捕獲すればいい」



クロノの言葉に、なのはが驚愕するがクロノは更に言葉を続ける。



「仮に自滅しなくても、力尽きた所を捕獲すればいい」

「そんな!」



なのはが抗議の声を上げる
なのはの隣に居たユーノも声こそは上げなかったが、気持ちはなのはと同じな様だ

更になのはが抗議の声を上げようとするが、








「あの白い魔導師と闘う戦力を、少しでも温存しなくちゃいけない」








なのはの声を止めたのも、クロノの言葉だった



「……!!!」

「これだけの魔力だ……あの魔導師も、今のこの状況に気づく可能性もある……
彼の力は、正直言って強大だ。今のアースラの残存戦力でも、はっきり言ってかなり分が悪い」



その言葉を聞いて、なのははつい一週間前の光景を思い出す
あの人間としてのあるべき部位を失ってアースラに帰って来た、武装隊の隊員の姿を

空間凍結魔法を喰らいながらも、無傷で立っていたあの白い魔導師の姿を……



「彼との戦闘を考えれば……ここで余計な戦力は割けない。六個のジュエルシードとニアSランクの魔導師
その両方を相手にするとしたら、こちらもそれ相応も戦力が必要になる……だからこそ、僕らはここで冷静な判断をしなくちゃいけない」



なのはとユーノをその視界に納めながら、クロノは更に言葉を続ける



「冷酷だと思っても構わない、非情だと思っても構わない……これが、僕らに出来る最善だ
僕らがここで撃って出れば、彼女達とジュエルードと両方を相手にすれば……あの魔導師に、格好の隙を晒す事になるかもしれない

ジュエルシードは彼にも彼女達にも渡す訳にはいかない
僕らが判断を誤れば、次にこのアースラに帰ってくる時は……死体になっているかもしれないんだ」



法と秩序を守る時空管理局員は、大なり小なり皆が命を賭ける覚悟をもって任務に望んでいる

だが、命を賭ける事と命を軽く扱う事は正反対の行為だ


命を大事に扱うからこそ、命を賭けるという言葉が存在するのだ


少なくとも、危険と分かっている行動を何の考えもなく、ただ勢いに任せて実行する事は命を大事にしているとは言えないだろう


命を賭ける、だからこそその意味を重く取らなければならない

命を助ける、だからこそ目の前の事態に対して冷静に判断しなければならない


だからこそ、ここで下手な判断はできない

犠牲は最小限に抑え、確実に任務を遂行できる策を取らなければならない


例え、それが非情とも言える策でもだ。



「大丈夫、フェイト・テスタロッサは必ず保護する。彼女が戦闘続行不可能になった所を、まずは僕と武装隊が保護する
ジュエルシードが一つでも覚醒状態なら、そこで封印。既に全て封印状態なら即座に撤退
今のアースラの戦力で出来るのは、これが最善なんだ」



なのはは、動けなかった
フェイトの事は確かに心配だった

だが、それ以上にクロノの気持ちを理解してしまったからだ



「……フェイトちゃん……」



眼前に広がる金髪の少女の戦闘を見ながら、なのはは小さく呟いた。












第壱拾番「リニス」












「……プレシアの、使い魔だと?」

……はい……


時の庭園にて、ウルキオラはとある出会いを果たしていた

耳に響いた奇妙な言葉
その発信源を辿り、とある倉庫にまで足を運び、そして……



(……霊体、か? だが通常の霊体とは少々異なるな……)



何というか、酷く存在感が薄い

それに普通の霊体なら、アリシアはともかく自分ならとっくにその存在に気づいていた筈


薄いショートカットの茶髪、頭の上には小さな帽子、どこか穏やかな整った顔たち
白を基調にしたノースリーブの上着、黒と鳶色を基調にしたアンダーシャツ

胸には因果の鎖もない……恐らく、完全な霊体



……お願いです、プレシアを止めて下さい……



「意味が解からんな」



目の前のリニスと名乗った女の霊体は言うが、ウルキオラはその言葉をバッサリと切り捨てた



……私の主は、プレシアは……恐ろしい事を企てています……


「恐ろしい事?」



僅かにウルキオラが反応した
思い付くのはあのジュエルシード
あれほどの霊子結晶体が複数個あれば、恐らく相当よからぬ事が出来るだろう。


しかし






……プレシアは、フェイトの魂を殺し……アリシアにフェイトの肉体を授けようとしています……






どうやら、ウルキオラの思っていた事とは少々違う様だ


「……なぜ、そんな事が分かる?」


疑念を色濃く宿した瞳でウルキオラはリニスに言う



……私が、プレシアの使い魔だったからです……



リニスは説明した



優れた魔導師は、自分の手足となる相棒ともなる助手ともなる「使い魔」という人造生命が造れる事を

そして、自分は嘗てプレシアの飼い猫だった「リニス」を素体に造れられた使い魔だった事を

使い魔と魔導師は特殊な繋がりで結ばれて、魔力の補給や精神や感情もある程度リンクしている事



……私は、フェイトの教育係として、世話係として、プレシアに造られました……


……フェイトとアルフの世話をしながら、それなりに穏やかで幸せな時間を過ごしていました……


……プレシアが、フェイトを拒絶している事以外は……



「拒絶している?」



その言葉を聞いて、ウルキオラは「ああ」と思った

アリシアは知らないがフェイトとアリシアの本当の関係を、既にウルキオラはプレシアに聞かされている

そしてアリシアも、フェイトという存在を「そういう名前の人がいる」と単語程度でしか知らない

プレシアが、頑なに教えようとしていなかったからだ
そしてウルキオラも、フェイトに関してはアリシアに特には聞かれなかった

後に知るが、プレシアがフェイトに出した待機命令の目的の一つがコレだった


そしてアリシアにとっては未だここは興味の塊であり、何でもない事が娯楽の塊だった故に、フェイトの存在を隠す事は
プレシアにとってはそう難しい事ではなかった。



……私は、プレシアにもっとフェイトに親子としての時間を過ごしてほしかった……


……普通に一緒に食事をして、優しく、時に厳しく、どこにでもあるそんな親子としてフェイトに接して貰いたかった……


……決して多くなくてもいい、ほんの少しだけでもいい……フェイトに、優しくして欲しかった……


……でも、私が幾らプレシアにそう願っても……プレシアは応えてくれなかった……



「寧ろ、悪化した……そんなところだろう?」



ウルキオラのその言葉に、リニスは苦い表情で頷いた



……次第に、私とプレシアの間にも諍いが起きるようになり…プレシアは私との精神リンクを完全に切りました……


……プレシアは本当に一人のまま……何かの研究に没頭してしまいました……


……そしてある日、私はとうとう知ってしまったのです……フェイトの事を……そして、アリシアの事を……



更にリニスは説明する

ある日、体調を崩し始めたプレシアの為にリニスは薬を研究室に持っていた

だが、研究室はもぬけの殻だった
違和感と、胸騒ぎがした

探査魔法でプレシアの行方を調べたところ、プレシアは直ぐに見つかった庭園の地下室に居たのだ

リニスは直ぐに薬を持って地下室に下りた
地下室で、プレシアは血だまりを作って倒れていた

急いでプレシアを介抱し、薬を飲ませた


そして、地下室に眠るソレを見てしまった。





……地下室の奥、そこには透明なカプセルの中に緑色の液体と共に……ソレはありました……


……フェイトとそっくりの少女の遺体、アリシア・テスタロッサの遺体を……





アリシアを見られ、感情的になったプレシアとリニスとの間に一瞬だが完全にリンクが繋がったのだ


そして知った


嘗て本当にプレシアが愛し、そして失った一人娘アリシア・テスタロッサ

失ったアリシアの代わりに造られたフェイト

そしてアリシアになれなかったフェイトに対するプレシアの憎悪





……理不尽だ、そう思いました……





プレシアの悲しみと苦しみを、リニスは痛い程に理解できた
それと同時に、プレシアに怒りを覚えた


ならば、なぜ
フェイトを愛してくれないのか

確かに、あの娘はプレシアが失ったアリシアではない
だが、フェイトは紛れも無いプレシアの娘なのだ

失敗作なんかではない、フェイトはフェイトだ

プレシアを母として愛して慕う、紛れも無いプレシアの娘なのだ


そこまでアリシアを愛した貴方が

娘を失う悲しみと苦しみを誰よりも知っている貴方が!

どうして、フェイトを愛してくれないのか!!




……ですが、プレシアの気持ちは変わりませんでした……




そして残ったのは、使い魔の契約破棄……即ち、自分の死



……ですが、まだ私は死ぬ訳にはいかなった……


……プレシアにはまだ数年の時間があり、フェイトの事もまだ何とか出来る可能性があったからです……



フェイトの秘密の保持に、リニスは自分の延命をプレシアに約束させた

せめてフェイトが一人前の魔導師になるまで、そう条件を突きつけたのだ

残された少ない時間で、やれるだけの事をしたかった


しかし






……何も、できませんでした……






フェイトは本当に優秀な魔導師だった
自分の課す課題を次々にクリアして、着々と実力を高めていった

自分が思っていた一月以上も早く、フェイトはリニスの課す課題を全て終えたのだ


そして、プレシアとの契約は破棄されたのだ



……ですが、肉体が死んでも……酷く虚ろで曖昧でしたが、私の意識はここに存在していました……


……これはあくまで私の仮定ですが、病の影響でプレシアは完全に私との契約を破棄出来なかったのだと思います……


……肉体は滅びても、意識だけがある状態で……私はここに存在していました……


……そして時折、プレシアの思考や感情が……私に流れてくるのです……




……そして、知ってしまったのです……




プレシアとアリシアの再会

そして、プレシアが思い付いたアリシアの蘇生方法



……そして私は、プレシアがアリシアの為にフェイトを犠牲にしようとしている……その事を知りました……


……これが、私の知る今までの全てです……



全ての説明を聞き終えて、ウルキオラは「フム」と考えた



「アリシアを生き返らせる為に、フェイトの体を使うか……なるほど、確かにアレが考えそうな事だな」



淡々と、ウルキオラは答える

薄々は勘付いていた
プレシアがフェイトを犠牲にして、アリシアを蘇生させようとしていると……



「……だが、疑問がある。なぜわざわざフェイトの体を犠牲にする? 新しいクローン体でも造る方がリスクは少ないだろう?」



……プレシアの病の原因は、FATEプロジェクトの合間に扱った薬品です……


……それに、ただでさえフェイトを造る時…プレシアは数年間の時間を要しています……


「……なるほど、ただでさえ少ない時間が更に少なくなる……最悪の場合、途中で力尽きるのがオチか……」



納得がいった様に、ウルキオラは呟く





……お願いします、プレシアを止めてください!!……





リニスはそう懇願しながら、ウルキオラに頭を下げた



……ずっと、今までずっと! 私の姿は貴方以外には見えなかった!! 私の声は貴方以外に届かなかった!……


……フェイトも! アルフも! プレシアも! アリシアにも! 私の声が届かなかった!!……



リニスは顔を上げる
その両頬は濡れていた、両目からは大粒の涙が流れていた




……貴方だけなんです! 私の声が届いたのは貴方だけなんです! 私が頼れるのは貴方だけなんです!!……



……救ってくれ! 等とは言いません! せめて、逃がして下さい!! フェイトとアルフを、プレシアの元から逃がして下さい!!……



……お願いします!! お願い、します……!!!……




そう言って、リニスは土下座をする様に頭を下げた
こうする事しか、リニスには手段が残されていなかったからだ

誠心誠意などというレベルではない

必死の言葉だった、決死の願いだった
元より死者であるリニスには、自分の願いを全力で伝える事しか方法が無かったのだ


そして少しの間を置いて

ウルキオラは答える。



「随分と、丁寧に色々な事を説明してくれた様だが……簡潔に、俺の答えを言おう」



リニスはゆっくりと顔を上げ












「断る、ゴミが俺に指図するな」













その心は、絶望に染まった。



























……なぜ、ですか?……


動揺を隠し切れない表情で、リニスはウルキオラに問いかける
その問いに、ウルキオラは淡々と答えた



「簡単な話だ、俺はフェイトを殺す理由は無いが……救ってやる理由もない」



ウルキオラにとって、フェイトは正に「どうでもいい」存在だ

闘う理由があれば闘うし、救う理由があれば救う
その程度の存在だ


そして、今までの話の中でウルキオラがフェイトを救う理由が見当たらなかったのだ

更に、ウルキオラが断ったのはもう一つ理由がある



「それに、下手をすればプレシアを敵に回す事になる。アレとはそれなりにメリットがある関係を築けているのでな
あちらから壊してくるのなら兎も角、此方から壊してやる理由は今の所ない」



それは、プレシアとの協力関係だ
ウルキオラはプレシアとの協力関係が結べたから、霊子の補充の心配が無くなり、
管理局の目から逃れられる、本拠地を手に入れる事が出来た

これは、ウルキオラにとって大きなメリットだった

そして、今のリニスの言葉で確証が得られた
プレシアが企てている、アリシアの蘇生

その為には、自分の力が必ず必要だ
恐らくここ数日自分が付き合わされていた『研究』とは、そのための物だったのだろう



だからこそ、ウルキオラは解かった
プレシアは、絶対に自分を裏切らない



少なくともアリシアが蘇生するまでは、こちらが裏切らなければ、プレシアは決して自分を裏切る事は無い


その事が、リニスの言葉で証明されたのだ



そして、その逆も解かった

自分が裏切れば、アリシアの次の肉体となるフェイトの逃亡を促す様な真似をすれば

プレシアは、確実に敵となる
それこそ、どんな手段を用いても、どんな力を用いても、必ずフェイトを取り返そうとするだろう


プレシアの魔力と技術力の高さは、この数日でよく解かった


ベクトルこそは違うが、ザエルアポロに匹敵する程の頭脳

自分の鋼皮に傷をつける程の魔力


例えジュエルシードの力が無くても、その力は決して油断できない……警戒に値する相手だろう



そして、プレシアが敵となった時……恐らく一筋縄ではいかないだろう
場合によっては、フェイトも自分の敵として相手をするかもしれない


それでも、自分は負けはしないだろう

例えプレシア・フェイト・アルフの三人を同時に相手にしても、ウルキオラは勝つ自信がある



だが、問題はその後だ



プレシアの頭脳は替えが効かない
ジュエルシードの魔力が莫大と言っても、いずれは使い切る

この時の庭園にも、居られなくなるだろう


これらは、デメリットだ

プレシアを裏切った場合のデメリットは、メリットに対して余りにも大きすぎるのだ



「と、言う訳だ。俺はお前の要求に応える義理も理由も無い。他を当たるんだな」


……そ、そんな!!……そんなの無理です!……


……貴方以外、私の声は届かなかったんです! 本当に、私には貴方しか頼れる人が居ないんです!!……



「じゃあ、ここ以外にはいるかもな」



……それも、無理です……試せる事は全部試しました……


……でも、ダメなんです……


……デバイスには、触れる事すら出来なかった! 空間転移の装置も私を認識してくれなかった!!……


……それでも、何度も何度も試して……でも、やっぱりダメで……


……それでも試して、試し続けて……やっと!やっと貴方に声が届いたんです!!……


……本当に、頼れるのは貴方だけなんです! 私の希望は貴方しかいないんです!!……


……お願いします! あの娘を!フェイトを! 助けて上げて下さい!!……



何度も何度も、目から霊子の雫を垂らしながら
リニスは何度もウルキオラに懇願した


だが、何度頭を下げられても

何度も懇願されても

ウルキオラの考えは、答えは変わらない


そしてその愚直なまでのリニスの行動を見続けて、ウルキオラはとある人間の姿を思い出していた




(……コイツも、黒崎一護と同じタイプか……)




無駄だと分かっている行動を、何度も愚直に続けた男

そしてその愚直な無駄の末に、自分を打ち倒した男

自分にとっては未知なる存在、心の力でその勝利を手繰り寄せた男



ウルキオラの考えは、今でも変わらない




だから、こそ


だからこそ、ウルキオラは思った





(……試してみる価値はあるか?……)






だからこそ、ウルキオラはその事に気づいた

その可能性に、気がついたのだ。





「……リニス、とか言ったな?」


……はい……



ウルキオラの呼びかけで、リニスは再びウルキオラと向かい合う

そして、ウルキオラもまたリニスに向かい合った



「改めて、俺の答えを言おう」



ゴクリと
リニスは僅かに息を呑んで、身構える

その表情は正に真剣そのものであり、未だ微かな可能性に全てを掛けていた。


そして、そんなリニスを
ウルキオラは緑の瞳で見つめる


そして








「これが、俺の答えだ」








それは、一瞬の出来事だった


ウルキオラはリニスとの距離を、瞬時に詰めて




斬魄刀を、鞘から引き抜き







……え?……









リニスの胸を、一直線に貫いた。














続く














あとがき
 先日、東北から帰って参りました。どうやら自分が行った時は東北方面は暖かい日だった様なので、
寒さに震える事無く、東北を旅する事ができました!(一番の目当てのスポットが実は休みで、一日はアニキの新居で小説を読んでました)


さて、話は本編……リニスがどえらい事になっています。
ウルキオラは現時点ではフェイトに対してプレシアを裏切ってまで助ける理由が無かった為に、以上の描写みたいな感じになっちゃいました!
これがアリシアだったら、今のウルキオラならどういう行動をするんだろう?


補足としましては、リニスの声はアリシアに聞こえていなかった様です。
でもウルキオラの前で表わした姿なら、同じ霊体のアリシアにも見えるかな?みたいな感じです

後、リニスには空間転移が働かなかった様です
同じ霊体のウルキオラには空間転移が出来ていますが、これは二人の霊体としての差だと思ってください

ウルキオラの体は生身の人間並みに霊子密度が高いですが、リニスはその密度がとても薄いです
プレシアみたいに魔力を解析して挑むのならともかく、現時点ではリニスだと装置そのものがリニスの存在を認めてくれない感じです。


ちなみに、プレシアの病の原因は「FATEプロジェクトの合間に使った薬品」というのは、小説版のプレシアの設定です


実はつい最近まで作者もこの設定を忘れていたのですが、これは本編の中では中々都合が良い設定だったので、使わせて貰いました!

……ご都合主義、どうもスイマセン!!

あとウルキオラはプレシアに対しては個人の信頼関係よりも、メリット・デメリットで物事を決めている感じです。


それでは、次回に続きます! あと、その内外伝的な話も投稿するかもです。






[17010] 第壱拾壱番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/03/31 01:06




次元航行艦『アースラ』



「……凄い」



なのはは呆然としながら呟いた
いや、なのはだけではない

そこに居たクロノも、ユーノも、エイミィも、リンディも、

目の前に映るその光景が如何に信じ難い、そして如何に凄まじいものなのかを理解していた



彼女達の目の前にあるディスプレイは、未だにフェイトと六個のジュエルシードの闘いを映している


無謀だと思った

如何にニアSランクの魔導師とその使い魔とはいえ、六個のジュエルシードが相手では勝てる筈がない

否、まともな戦闘になる筈も無い

その圧倒的な力の前に、彼女達は直ぐに力尽き、そして自滅する

そう思っていた


だが、その予想は大きく外れていた。











第壱拾壱番「共闘、そして邂逅」











蒼い竜巻の間を、黄金の閃光が駆けていた

黄金の光は時に刃を造り

黄金の閃光は時に砲撃となって

蒼い竜巻の猛攻を悉く捌き、

雷光を切り裂き、その全てを迎え撃っていた。



「フェイト、後ろから二つ来るよ!」

「シールドをお願い! 私は前のを抑える!」



挟撃を、二つの盾で防ぐ

だが、力では圧倒的に分が悪い
直撃こそは防げたが、二人はジリジリと後ろに押されるが……


「アルフ、今!!」

「了解!!」


――blitz action――


二人は、サイドに駆ける
次の瞬間、二人を襲い掛かっていた四つの竜巻は互いにぶつかり合い、大量の水が弾け飛ぶ


その隙を、フェイトは見逃さなかった。



「サンダースマッシャー!!!」



雷光が唸る
黄金の砲撃が、蒼い竜巻を駆逐する


砲撃に呑まれ、蒼い竜巻はその身を食われ……その核が露出する


蒼い宝玉・ジュエルシード



「ジュエルシード・シリアルⅩⅤ! 封印!!」



蒼い宝玉を沈ませる
その宝玉は輝きを失くし、フェイトの掌に収まる。



『フェイト! 後ろ!!』



使い魔からの念話がフェイトの頭に響く

そして、即座に杖を構える。



「バルディッシュ!」

『defencer』



黄金の防御壁で、雷を纏った蒼い一撃を完全に防ぐ

次いで、ブリッツアクションを発動させてその場から撤退
体勢を立て直す



……負けない……



「フォトンランサー!!!」

「特大のを喰らいなあぁ!!!」



四つの光弾と巨大な魔力弾が同時に放たれ、自分達に襲い掛かる二つの竜巻の動きを止める

だが、三つ目四つ目の竜巻が二人に唸りを上げて襲い掛かる


まともにぶつかっては、勝ち目は無い

相手は巨大にして強大、それなら取るべき手段は一つ
ヒット・アンド・アウェイ



『アルフ、一旦距離を取って!』

『了解!』



即座に、その場から撤退して距離を取る

そして、それを追う五つの竜巻


黄金の軌道を追う、蒼い五つの軌道



フェイトは、今までの戦闘の経験からある程度の考察を纏めていた

まず、生物を媒介にして暴走したジュエルシードと、そうでないジュエルシードの違い
前者はその生物の特徴を色濃く宿し、その生物の生態を主軸にした戦いをしてくる

例えば犬や猫なら、爪や牙

例えば鳥なら、翼や嘴



では、後者の場合はどうか?
これらは前者と違い、「生物」としての特徴が酷く薄い

言ってしまえば、ただの暴走機関車の様なものだ


ただ魔力のままに、暴れているだけ
自分達を害する者に対して、迎撃するだけ

暴れる、やられたらやり返す……力は巨大だが、その程度なのだ。



……だから、負けない……



フェイトは、それ以上を知っている

明確な敵意を持ち、完璧な防御を誇り、暴虐とも言える力の持ち主を知っている。



……だから、負けられない!!!……



「サンダースマッシャー!!!」



逃げながら溜めていた魔力を、一気に放出する

相手は五個のジュエルシード
黄金の砲撃は、ジリジリと蒼い竜巻に呑まれていく。



「……っぅ、ぐ!!」



力の限り魔力を放出するが、ソレは止まらない



……違う、これじゃダメだ!!……



竜巻は勢いつけて迫っている、このままでは持って十数秒

だが



「フェイト!!!」



影が疾る

アルフはフェイトを突き飛ばす様にして、そこから共に離脱する


「フェイト、大丈夫かい!?」

「うん、ありがとうアルフ」



だが、危機は去った訳では無い


既に五つの竜巻は待機状態に入っている、今までのダメージが消えているのだ



「……ちぃ、あんだけやって封印できたのは一個かい。厳しいね」



愚痴る様にアルフが呟く

しかし、フェイトは竜巻を見据えながら考えていた



……あの人は、どんな風にやっていたっけ?……



自分の過去の記憶を掘り起こす


それは、一人の白い魔導師
圧倒的な力を持ち、自分の母親を僅かに変えた存在


『あの』母親が、自分では関わる事すらさせなかった『研究』に、助力を頼んだ男


自分の役目を、先に奪った男


自分がずっと成し得たかった目標を、僅かな期間でその一端を掴んだ男




「どうするんだい? やっぱり五つ同時は厳しいよ、一本を集中狙いにするにしても…他の四つが邪魔で仕方ないしさー」



アルフの言葉を聞いて、考える
一つずつを黙らすにしても、他のジュエルシードが邪魔をしてくる


生半可な攻撃は、逆効果

ならば




「アルフ、私が攻撃に出るからバックアップをお願い」

「え? ちょっと、フェイト!」




アルフの静止を無視して、フェイトは魔力を収束させる

生半可な攻撃では逆効果、それなら生半可な攻撃ではない攻撃をすればいい



上に飛んで竜巻を真下に捉えて、魔力を十二分に収束させる

ジュエルシードの魔力の探知領域は、今までの戦闘で大体把握できた


そして、そのギリギリの領域で魔力をチャージする


反動や消耗も、この際気にしてはいられない

チマチマした戦術じゃ、無駄に魔力を消費するだけ

ならば、全力全開の出たとこ勝負!



「サンダースマッシャー!!!」



黄金の砲撃
先の一撃とは違い、防御・撤退の事など一切考えていない
正真正銘の、全力の一撃



唸りと轟音を振り撒いて、蒼い竜巻を真上から一気に蹂躙する

だが、それで終わらない
蒼い竜巻が反撃にでる

待機から迎撃へと体勢を変えて、その唸りを更に大きくして上に昇る



「……ぐ!うっ!!」



二つの力が拮抗する
あまり長い時間は掛けられない、時間を掛ければ他のジュエルシードがこの魔力に照準を定める



……あの人は、指先から撃っていた……



フェイトが思い出すのは、あの翠色の砲撃



……もっと、絞って……



あのウルキオラが放つ、閃光の砲撃



……もっと、収束させて!!……



今自分に必要なのは、あのウルキオラの砲撃の様な圧倒的な砲撃!!!



……もっともっと、集中させる!!!!……



そして、それは成る

黄金の砲撃は、その形態を変える

面から点へ

槌から矛へ

威力と破壊力を、一気に収束させて集中させる!



「はあああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!」




収束された黄金の槍は、一気に竜巻を貫く

一気に体を貫いて、それは核にまで届く


そして、フェイトは一気にその中に飛び込んだ


「ジュエルシード・シリアルⅩⅠ! 封印!!」


蒼い宝玉が、輝きを失う
制御を失った大量の水が、頭上から一気に雪崩れ込んで来る

それは、華奢な少女一人を簡単に海の藻屑にできる体積と質量



しかし



「全く、呆れた無茶をするご主人様だよ!!」



雪崩れ込む前に、既にもう一つの影は動いていた



「……アルフ、ナイスアシスト」

「全く、喜んで良いんだか悪いんだか……」



虚空には、水を頭から被りながらも浮かぶ二つの影

フェイトは後続のアルフと共に、水の檻から脱出を果たしていた。



「これで二つ、残りは四つ」

「……うっは、シンドイね~」



二人は改めて標的を見定める

残りは四つ
最初は六つを相手にしていたから、今までよりは大分戦闘は楽になるだろう


だから、それはある意味当然だった

自分達の成果と、相手の戦力を見定めて


二人は僅かに、ほんの少しだけ






緊張の糸を切ってしまった






「……え?」

「……な!!!」



二人の声が同時に響く


それは、真下からの奇襲


この時、二人は緊張の糸さえ切らなければ気づいただろう

自分達の視界には、四つある筈の標的が「三つ」しかない事に気づいていただろう


稲妻を纏った、強大な水流
それらはまるで龍の怒りの如く一撃を、二人に見舞わした



「……が!!!」

「っつ!!」


咄嗟にプロテクションを張るが、それは僅かな意味も持たない


直撃


二人が気を抜いたのは、それこそ一秒に満たない数瞬だった

だが、それだけで十分だった
二人の連携を崩し、優劣を逆転させるには十分すぎる時間だった



「……が、ぼ!……ご!っぉ!」



水の檻の中に、二人は容赦なく飲み込まれた



……い、息が! 息が出来ない!!……


……すぐに、直ぐに脱出しないと!!……



大量の海水を一度に飲み込み、瞬間的なパニックになった
現状を把握し、フェイトは一気に脱出を試みようとするが



「……が!!」



次の瞬間、体中を電撃が襲った

集中を掻き乱され、魔力の収束が解かれた
肺の中に残った僅かな酸素を、一気に吐き出してしまった



……ダ、メ……集中、できない……



脳への酸素不足が、窒息の苦しみが、戦闘の疲労が

ここに来て、フェイトから致命的に集中力と冷静さを奪っていた



『フェイト! どこだいフェイト!!』



アルフからの念話が頭に響くが、それは届かない

もう、意識は苦しみを通り越して麻痺し始めていた


次いで衝撃
フェイトの体は、外に投げ出された



「フェイト!!」



体を抱かかえられる

アルフに抱きかかえられて、フェイトは咳き込みながら水を吐き出した



「……く、これはちょっとヤバイね。一旦ここから……」



だが、アルフの言葉は続かなかった

既に、追撃は放たれていた
雷と竜巻に、自分達は挟まれていた



……防御、ダメだ……即席の防御じゃ簡単に突破される……



アルフは、目前に迫る一撃を見つめながら考えた

フェイトは酸素不足で、まだ思考がまともに働かなかった


莫大な魔力と暴力を宿した竜巻、そして雷光


そしてその目の前の光景が、酷くスローに見えた

次には今までの思い出が目の前を駆け巡っていた



……母さん……



そして次の瞬間にでも自分に襲ってくる衝撃に、フェイトは身構え











桜色の砲撃が、目の前の攻撃を薙ぎ払った












「……え?」



思わず、間の抜けた声が出た

その砲撃には、見覚えがあった
それは自分と同じジュエルシード探索者の魔力色

自分と同い年くらいの女の子の、フェレットの使い魔を連れた少女の砲撃魔法





「大丈夫、フェイトちゃん!」





高町なのはが、目の前に立っていた。























高町なのはは、クロノの言葉を理解していた



それ故に、感情に任せて飛び出す事を止めた

そして、フェイトは六個のジュエルシード相手に対等以上に渡り合い
着実に封印を施していったからだ



だが、それも長くは続かなかった



恐らく、彼女達に生まれた一瞬の油断
それが致命的な隙となったのだ


形勢は一瞬にして逆転した

水の竜巻に飲まれ、彼女達は一瞬にしてその姿を見失った


アルフの方は直ぐに離脱して海上に浮上したが、フェイトだけはその姿を現さなかった



この光景を見て、なのはは揺れた

クロノ達は、動いていない
この事態に対して、まだ動くに値せずの判断を下したのだ


だからこそ、なのはは揺れた

フェイトの実力は、直接戦った自分が良く知っている


なのに

それなのに、そのフェイトが上がってこないのだ

あの強いフェイトが、上がってこないのだ



なのはは、揺れた


クロノの言葉と、自分の気持ちの間で揺れた


揺れて、揺れて
悩んで、考えて


そして、決めた


彼女を、助けると



横を向いた、隣のユーノと目があった

そして、同時に頷いた
もはや言葉は要らなかった



誰かが自分達を制止する声が聞こえたが、もはや止まらなかった



フェイトを、助ける

故に、彼女達は動いたのだ。






「……あ、あんた達!……」

「大丈夫、僕達は戦いに来たわけじゃない」


フェイトを守ろうと前に出たアルフとなのはの間に、ユーノが緑色の障壁を展開する

僅かな膠着
その膠着の隙間を、蒼い竜巻が唸りを上げて襲い掛かるが



「ブレイズ・キャノン!!!」



それは、更なる一撃で迎撃された



「クロノくん!!」

「全く君達は! 人の言う事を聞いていなかったのか!!!」



なのはが歓喜の声を上げて
クロノは顔を憤怒に染めながら、そしてどこか諦めの色を宿しながら言う


直ぐに戻れと言いたい所だが、こうなってしまった以上二人は簡単には戻らないだろう


そしてクロノは、視線をフェイトとアルフに移す



「本当はこの場で君たちに同行を願いたい所だが、事態が事態だ。アレを先に回収する」



クロノが指差す
そこには、四つの竜巻



「まずは僕がアレを抑える、その間に皆は封印の準備を!」



最初に、ユーノが動いた
四つの緑色の鎖・チェーンバインド


それらは四つの竜巻に絡み付き、その動きを止めた

しかし



「……っぅ!っぐ!!」



ユーノが苦悶の声を上げる
僅かな時間とはいえ、四つのジュエルシードの動きを一度に止める

それはユーノの限界を遥かに超えた行い

鎖が千切れかけ、竜巻を解放しかけてしまうが



「……たく、これっきりだからね!」



アルフが続く

緑色の鎖の上から
更にもう一つの鎖が重ねられ、四つの竜巻を二重の鎖が拘束した


二重のバインド
それらは確実にジュエルシードの動きを止めて、その場に竜巻を縫いとめていた



「ユーノ君とアルフさんが止めている間に!」

「四つのジュエルシードを、一気に封印する!」



なのはとクロノが、封印の準備を整える

フェイトは一連の光景を見て、考えて



『sealing mode』

「……バルディッシュ?」



既にバルディッシュは準備を終えていた

それと同時に、それはバルディッシュの答えでもあった



そしてフェイトは決めた。




僅かに位置を変えて、なのはとクロノに並んで立つ

そして、バルディッシュの先に魔力を収束させる。



「単発で撃ってはダメだ、タイミングを合わせる!」

「それじゃあ、『せーの』でいい?」

「……分かった」



三人は頷き、杖を構える



「せーの!」



杖の先に、それぞれ莫大な魔力が音を上げて収束される

そして
それらは一気に解き放たれた



「ディバインバスター!!!!!」
「ブレイズ・キャノン!!!!!」
「サンダー・レイジ!!!!!」



桜色の砲撃が

青い砲撃が

黄金の稲妻が


四つの竜巻に、同時降り注ぎ


全てのジュエルシードを、一気に封印した。














次元航行艦『アースラ』



「確認完了。全てのジュエルードの封印に成功しました」

「……デタラメな子達ね」



エイミィの言葉を聞いて、リンディが呆れた様に呟いた



「……それに、あの子達はともかく……クロノまで単身で現地に赴いちゃうとはねー」

「クロノくんって、ああ見えて意外に熱血ですからねー。それにしても、中々行動が早かったですねー」

「まあ艦長としてはダメだけど、母親としては喜ばしい事ではあるわね」

「なかなか複雑ですね……ん?」



ディスプレイの隅に表示された、僅かな反応

エイミィは、その反応に気づき



「……この反応、まさか!!!」















四つのジュエルシードを完全に封印し、蒼い宝玉は宙を浮いて


その内の二つをクロノが掌に収め

残りの二つを、フェイトが掌に収め

そして、なのはが言った



「ねえ、フェイトちゃん」

「……なに?」

「私ね、フェイトちゃんと……友達になりたいんだ」



なのはは、その目でしっかりとフェイトを見据えて言い放った


ここに来て、なのはは自分の気持ちを理解した


この子と、分け合いたい

嬉しい事も、楽しい事も

悲しい事も、辛い事も


フェイトと、分け合いたい



「私と、友達になってくれる?」

「…………」



フェイトは俯いて、押し黙った

何か悩むような仕草をして、それでもどこか迷っている様な表情だった




「折角の空気を壊して悪いが、僕達と同行を願えるかい?」




その一連の空気を切って、クロノが言う



「さっきユーノも言ったが、僕達は君たちと戦いにきた訳じゃない。君達を保護しにきたんだ」

「……保護?」



クロノの言葉に、アルフが僅かに反応する
クロノに視線を移すが、その視線にはどこか疑いの色が強い



「……今は時間が惜しい。詳しい話は『アースラ』の中で」

『……クロノくん!!!』



不意に、クロノにエイミィからの念話が入った


『どうしたエイミィ?』

『大変だよ! すぐに、直ぐにそこから離れて!!?』

『……どういう事だ?』


詳しい事情を聞こうと、クロノが声を上げ










翠色の砲撃が、結界を貫いた












「……え?」

「……へ?」



誰かが、そんな声を出す



見覚えがあった

あの翠色の砲撃は、見覚えがあった



遅れて響く轟音

吹き荒れる暴風



そして

結界にポッカリと空いた穴から、ソレはゆっくりと姿を現した













「……なんだ、随分とゴミが多いな」














その瞬間


クロノは鳥肌が立った


なのはは悪寒で身を震わせた


ユーノは冷たい汗が吹き出た



その感情は恐怖、絶対の恐怖







それは、自分達が絶対に出会いたくなかった相手





現時点では、最も遭遇したくなかった相手





そして自分達にとって、最悪の相手






白い死神






ウルキオラ・シファー襲来。














続く












あとがき
 ヤバイ、今回話の八割が原作と一緒だ……(汗)
えー、前回の終わりから一転して今回の話となりましたが、これに関しては作者のプランに添ったものです
断じてリニスの事を書き忘れた訳では無いので、ご安心下さい!

さて本編、遂になのは達とウルキオラが初の接触を果たしました。従来のキャラクター性から見ると、某クロスケが凄まじいフラグを立ててしまっているかもです(汗)
 というか、最近やっとウルキオラに慣れてきたと思ったら、今度はクロノに手こずっています

結構後半の部分は書き直したのですが、これで大丈夫かなー? 違和感ないかなー?
本編よりも少し熱血成分多いかなー? とか良く考えます。
でも良く原作を見直すと、端々でクロノの人間性が良く出来ているって事が描かれているんですよねー

ちなみに作者はクロノは好きです、でもユーノはもっと好きです


とりあえず、なんでウルキオラがここに現れたのかは次回で説明したいと思います。

それでは、次回に続きます。



追伸
 一体いつになったらアニメではウルキオラ戦をやるのだろう?
 アニメの銀魂が終わったのは、やはり原作の話のストックの問題ですかね?





[17010] 第壱拾弐番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/04/02 16:50




今回は、多少オリジナル設定(?)みたいのが出てきます




========================================







十数分前、ウルキオラは時の庭園の一室に居た

その手には一つの弾丸が握られており、体は淡く青く光っていた


カートリッジによる、霊子補充である。



「……おおー、何か光ってる! ウルキオラが光ってる!」

「喚くな、静かにしてろ」



その光景が珍しいのか、アリシアは興味深々な様子で窺っており
時折、指でツンツンとウルキオラの体を突いていた。


「あ、今バチってなった! これってセイデンキってヤツだよね! おお! またバチってなった!」


しかし、当のアリシアはウルキオラの言葉などまるで意に介さず

再びアリシアは驚いた様に声を上げて、ウルキオラの腕を指で突いていた。



「……なるほど」



そしてウルキオラは、そんなアリシアに疲れた様に息を吐いて





「余程その腕が要らないらしいな」





冷たく重く、ウルキオラはアリシアの目を見ながら囁き
アリシアは即座にそこから退散する

そしてその場から駆け出して、そこに居たもう一人の人物の足元に縋り付いた。



「おかーさーん! なんかウルキオラが恐いよー!」

「あらあら大丈夫? 全く、困ったお兄さんですねー?」



耳に障るアリシアの声と、気色の悪い猫撫で声
プレシアは足元のアリシアの頭を、極めて上機嫌な表情で撫でていた。



「……母子揃って、俺をイラつかせるのが得意と見える」

「それじゃあ、一つ良い事を教えて上げる。世間ではコレをコミュニケーションって言うのよ。
良かったわね、これで一つ利口になったわよ? ねー」

「ねー」


(……何だ、この茶番は?……)



無機質なウルキオラの言葉を、プレシアはしたり顔で返し、アリシアは笑顔で同意する

そしてその一連のやり取りを見て、ウルキオラはこれ以上この母子との会話は非情に馬鹿らしい物に思えた。



「……それで、態々何の用だ? その新しい装置を見せびらかしに来たのか?」

「っと、そうだった…忘れる所だったわ。まあソレもあるんだけど、本命は違うの。
貴方に一つお願いしたい事があるのよ……引き受けてくれないかしら?」

「内容によるな」



先ずは話を聞いてから、ウルキオラはそう答える
ちなみにこれは余談だが、ウルキオラはこの時よほど無茶な要求でない限り、プレシアの頼みごとを聞くつもりだった。




(……こんな茶番に付き合わされるよりは、余程有意義に時間を使える……)




既に消耗した霊力の回復も終わっている

ウルキオラとしては、既に準備は出来ていた
そしてそんなウルキオラの態度を察してか、プレシアは口の端を僅かに吊り上げた。



「なに、そんなに身構えなくもいいわ。貴方なら多分それほど難しい事じゃないもの」



足元のアリシアには決して見えない角度を作り、プレシアはその顔に歪な笑みを浮べて





「少し、『人形』の手伝いをして来て貰いたいだけよ」











第壱拾弐番「海上決戦」











「……ウルキオラ」


フェイトが呟く

突如現れたその姿を見つめ、呆然とした様に呟く


そして、呆然としていたのはフェイトだけではない
クロノ、なのは、ユーノの三人も、そこから動けなかった

三人の顔は青ざめて、心は凍り付いている


最悪の展開、最悪の敵

三人の思考を締めていたのは、正にその言葉だった



そして、その誰もが硬直している中

真っ先に動いた影があった。




「フェイト、ズラかるよ!!」

「アルフ!?」



アルフが駆けて、その腕をフェイトに伸ばす

次の瞬間、アルフはフェイトを抱かかえその場から離れ
二人の足元には魔法陣が浮かび上がった

元々アルフはなのはやユーノ、クロノや管理局に関しては明確な敵対心があった

それ故に、いつでもこの場から離脱できる様に、隙を窺っていたのだ。



「とりあえず、礼は言っておくよ! 何が目的かは知らないけど、あたし達は一旦撤退させて貰うよ!!」



そして魔法陣と共に、アルフとフェイトはその姿を消した
空間転移で、この場から離脱したのだ



そして、そこに三人が残される

なのは達は、ウルキオラと改めて向かい合っていた。



「……ウルキオラ、それが君の名前か?」

「ゴミが気安く俺の名を呼ぶな」



クロノの言葉を、ウルキオラは一瞬にして斬り捨てる

その顔、表情からは相変わらず感情という物が読み取れない


まるで、石像や人形を相手にしている様だった。



「まあいい、俺の用件はただ一つ。貴様等が持っているジュエルシードを渡せ」

「……!!」

「これは交渉ではない、命令だ。貴様等に拒否権などない」



有無を言わさない圧力
解かってはいた。
もはや、言葉でどうにかなる存在では無いという事が



「断る、ジュエルシードは渡さない」



クロノは杖を構える
そしてウルキオラを真っ直ぐに見据えて宣言する


相手の強さも、その恐ろしさも解かっている

しかし、だからこそクロノは退けなかった。



「そして時空管理局の法の下、君のジュエルシードをこちらに渡して貰う!」



ウルキオラの視線が動く
周囲に展開される十二個の魔法陣


次の瞬間
ウルキオラを包囲する様に、武装隊が空間転移で現れた。



「動くな!」

「速やかに武装を解除し、こちらに投降しろ!」



彼らは各々が杖を構え、その全ての照準がウルキオラに合わされている


「……成るほど……」


その光景を見て、彼らの答えを理解して






「余程、学習能力が低いと見える」






ウルキオラが構え、指先に霊子を収束させる

次の瞬間、クロノが叫んだ



「撃てええええええぇぇぇぇぇ!!!!」



鼓膜を引き裂く様な爆音

両目を目蓋ごと焼き尽くす様な閃光

体を薙ぎ倒す様な重く響く衝撃


合わせて十三の砲門

砲撃魔法の、360度からの一斉掃射

圧倒的火力、暴虐とも言える暴力の戦慄



しかし






「ゴミが群れても、ただのゴミだ」






円状の、翠の閃光が奔った

ウルキオラは腕を大きく回して、翠光の弧を描いて薙ぎ払う

それらは十三の砲撃を一瞬にして飲み込み、周囲の敵を喰らい尽くそうと襲い掛かった。



「……!!!」

「クロノ!!」

「クロノくん!!」



二つの影が翔ける
なのはとユーノが、同時に飛び出す

クロノの体を二人で抱え込んで、破壊の翠光から引き剥がす



そして次の瞬間

眼下の海に、落下音と共に十二の水柱が立った。



「……!!!」



クロノはソレを見て、冷たい汗が流れる
武装隊が、皆やられたのだ


もしも二人に助けられなければ、自分も海に叩き落されていただろう。



「三人、か」



自分の一撃から逃れた三人の少年少女を、ウルキオラは見る

その瞳は、どこか驚きの色を宿していた。



「なるほど、少しは学習能力があったか。それに、随分硬くしてきたらしいな」

「……気づいたか」



舌打ちをする様に、クロノは呟く

ウルキオラの虚閃に飲まれた、十二人の武装隊員

彼らは海に落ちた

そしてウルキオラは見た、虚閃によって至る所が焼き焦げた彼らの姿を


虚閃をまともに喰らって、五体は無事で火傷程度で済んだ彼らの姿を



「馬鹿でも気づく、前のゴミの手足を飛ばした時以上の力を込めたつもりだからな」


「……君ほどの力の持ち主を相手にするのに、対策を練らない方がおかしいという話だ」



尤も、期待よりも効果は薄かったが

クロノは心の中でそう付け加えた


このウルキオラという魔導師の圧倒的なまでの力は、十分に解かっていた

だからデバイスのプログラムを変えて、バリアジャケットの……細かく言うのならバリアジャケットの魔力防御膜の性能を向上させたのだ


その強度・耐衝性は通常の三倍

その魔力の消費量は、通常の五倍


即席の、かなり強引なプログラム改変だった故に、燃費が悪い

他の魔法と同時に使用すれば、その疲労は文字通り桁が違う(さっきのジュエルシード戦においてはOFFにしていた)


長期戦にはまず向かない
短期決戦、それも敵が極めて少数で援軍の可能性が低いという場面にしか向かない

極めて限定的な場面でしか使えない、使い勝手の悪い代物だ。



(……だが、それでも今の一撃に耐えられなかった……)



貫通しなかった分、すべてのエネルギーが体に叩き込まれたのだ

如何に性能を向上させたバリアジャケットでも、そのエネルギー全てを吸収できなかったのだ

現に、武装隊の全てが今の一撃で全員が堕ちた

海には、転移送還の魔法陣が形成されている
彼らは今の一撃で戦闘続行不可能になった証だ。




「なるほど、正論だ」




次の瞬間、再びウルキオラの指先に霊子が収束し、翠色に輝く



「……ユーノ! なのはを頼む!!」



真っ先に反応したはクロノだ
自分に並ぶなのはとユーノの一歩前に立ち、防御に備える


「なのは!」

「……あ、待って! ユーノく……!」


そしてクロノの言葉に反応して、ユーノはなのはと共に後退して緑色の防御膜・プロテクションを形成する



そして、翠光の砲撃が再び放たれた



「それも対策済みだ!!!」



クロノは砲撃に掌を突き出す

掌からラウンドシールドを形成し、砲撃に備える



……莫迦が……



そのクロノの行動を見て、ウルキオラは侮蔑し肩透かしをくらう

この虚閃は、先の一撃とは違う
砲撃を一つの目標に固定し、先の倍の霊圧を込めている


例えその盾が強化されていようと、無駄な事

紙の盾で大砲の砲弾を受け止める様な物だ



しかし



「……!!」



翠光が、曲がる

クロノの盾は虚閃を弾いた



「……なに?」



驚いた様に呟く

そして、次の瞬間クロノが反撃に出た



「スティンガースナイプ!!」



青い弾丸が放たれる
同時に翠の光弾が迎撃する


クロノのスティンガースナイプ
ウルキオラの虚弾


ともに巨大な力が込められた弾丸
それらは互いに激突し、爆発を起こしながら互いに消滅する


筈だった



「……!!!」



青い軌道は曲がる

翠の弾丸の迎撃を避け、まるで意思を持ったかの様に軌道を変えてウルキオラに迫る


これがクロノの得意魔法「スティンガースナイプ」
高速で射出された魔力弾の軌道を操作して敵を撃つ、高速操作機動弾である


(……軌道を変える……操作系か……)


それと同時に、ウルキオラもその答えに辿り着く

ならば下手な回避は逆効果
相手の標的は自分

それなら、着弾の寸前に迎撃する


だが



「スナイプ・ショット!!!」

「……!!」



次の瞬間、閃光は加速する

それは正に不意打ち
迎撃しようとしたウルキオラの虚弾の発射を許さないその速度



「……なるほど」



虚弾は間に合わない
その事を瞬時に悟り、ウルキオラは収束した霊子を解く


そして、弾丸を掴み
次いで握り潰した



「……な!!?」

「少し、驚いた」



超高速の弾丸を掴む
その人間業からかけ離れた技を見て、クロノに驚愕と僅かな隙を生む


そして、ウルキオラから翠光の砲撃が放たれる


「……まだだ!」


しかし、クロノには届かない
再び青い魔力盾を形成し、虚閃を弾く


そしてウルキオラは、その一連の光景を見て



「なるほど、傾斜と回転か」

「……っ!!」



その言葉を聞いて、クロノの顔は今まで以上の驚愕に染まる

タネを、見破られたのだ


ラウンドシールドの強度を上げるだけでは、あの砲撃は防げない

例え防げても魔力を大きく使い、強化バリアジャケットとの併用もあって直ぐに魔力が尽きる


ならば、どうする?
簡単な事だ


力で敵わないのなら、力以外で対抗すればいい

だからクロノは、そのプログラムを組み立てた

滑らかな「く」の字の傾斜をつけて、高速回転するシールド
受け止めるのではなく、相手の攻撃を弾く事を目的とした盾


味方の数が多い時は同士討ちの危険がある為、強化バリアジャケット同様に使い時を見極めなければならない代物だが

皮肉な事に、目の前の敵が同士討ちの危険性を排除してくれた



……虚弾や虚閃で突破するのは、少々厳しいな……



ウルキオラは考える

相性が極端に悪い
しかし、正体さえ見極めてしまえば対策は簡単だ



――響転――


「……!!」



間合いを詰める
ウルキオラは響転を発動させて、瞬時にクロノとの距離をゼロにする


……マズイ、攻撃が来る!……


クロノはそう判断して、先ほど形成したラウンドシールドを再びウルキオラに突き出す

だが!




「独楽の止め方を知っているか?」




ウルキオラの掌が、盾の中心を押さえる



「……まさか!!」



クロノの顔が驚愕に歪む

盾の回転は、止められた
相手が盾の中心を、五指で掴んで回転を止めたからだ


そしてそのまま、ウルキオラはクロノの盾を貫く



「この距離では避けられないだろう?」



手刀が、クロノの脇腹に突き刺さった。



「……がぁっ!!!?」



ズドンと、重い衝撃が脇腹を貫く

脇腹の肉が沈み、骨が軋み、メキメキと脇腹が鳴る
その一瞬後、体中に電撃の様な激痛が走った

痺れと苦痛、相反する二つのダメージが同時にクロノを襲う。



「ほう、貫通しないか……存外に硬いな」

「……が、は!!」


……折れた、かも……



クロノは己の体のダメージを悟り、同時に安心もした

強化バリアジャケットとラウンドシールド、この二つのお陰で多少ダメージを軽減できた

もしもそのどちらかでも欠けていたら、今頃クロノの脇腹はその肉ごと抉り盗られていただろう



「バリア・バースト!!!」

「!!?」



盾を爆発させて、即座にクロノは後ろに跳ぶ

あのまま掴まれでもしたら、即アウトだったからだ。

しかし




「鈍いな」


「……え?」




耳元から、その声が聞こえた


その瞬間、背筋が凍った

恐怖で心臓が跳ね上がった

胃が締め上げられて、嘔吐しそうになった


氷の槍で、頭の先から足の指まで貫かれた様な錯覚に陥った



死神は、自分の隣に居た



「終わりだ」



死神の手が、命を刈り取る

先の一撃とは違う、正真正銘の必殺の一撃

その手刀が目の前の少年目掛けて、その命を貫こうとする




「チェーンバインド!!!」

「……!!!」




しかしその腕は、体は、緑色の鎖に絡めとられた


目の前の少年の魔法ではない

ウルキオラは視線を動かして、もう一人の金髪の少年を見定める
魔法陣を形成し、そこから緑の鎖を射出し、ウルキオラを束縛した少年

ユーノ・スクライアを、ウルキオラはその目で見る



「お前か」



次の瞬間、鎖は崩壊する

力のままに引き千切られて、束縛していた獲物を解放してしまう



「そんな!!!」

「紙の鎖で、俺を繋いで置けると思ったか?」



ウルキオラの指が、ユーノに照準を定める
そして放たれる翠光の砲撃


しかし、砲撃とユーノの間に
一つの影が割って入った。



「なのは!!!?」

「ディバイン・バスタアアアアアァァァァ!!!!」



桜色の砲撃が放たれて、翠光の砲撃と衝突する

二つの砲撃が音を立てて互いに喰らい合う
互いの存在を消し去ろうと、その力を思いのままに突き進める


だが



「……く!っぅ!!」



翠が桜を喰らう

なのはの砲撃は、ウルキオラの虚閃に完全に圧されていた



「ブレイズ・キャノン!!!」



しかし、青い砲撃が放たれる

クロノは激痛に耐えながらも、二つの砲撃の境目を狙って……翠光の砲撃を横から殴り飛ばしたのだ

そして三つの砲撃の軌道は互いにズレて、その存在を消した。



「……ほう」



ウルキオラが、感心した様に呟く

正面から圧力、そして横からの圧力
流石の虚閃でも、二つの角度からの奇襲には敵わなかった様だ。



「……なるほど、ただのゴミでは無い訳か」



ウルキオラは改めて評価する

それは相手に対する、自分の過小評価を改めた発言だ


更に追撃を掛けようと、ウルキオラは身構えて





「待って! ウルキオラ、さん!!!」




そしてそんなウルキオラの前に、一人の少女が出た

高町なのはだ



「何だ、素直に渡す気になったのか?」

「……どうして、ウルキオラさんはジュエルシードを集めているんですか?」

「ゴミに喋る必要はない」

「私達はゴミなんかじゃない!!」


無機質な声で、ウルキオラが返す
しかし、それでなのはも引き下がらなかった。



「どうして、最初からそんな風に決め付けるんですか!」

「事実を述べたまでだ。それとも訳を話せば渡してくれるのか?」

「そうじゃない! でもお互いに話し合えば、あんな風に争う必要だって! 傷付けあう必要だって! 
無かったかもしれないじゃないですか!!!」



更に食い下がるように、なのはは叫ぶ



「今は、こんな風になっちゃけど……こんな風に、争っちゃったりしちゃっけど……
最初から、お互いに話し合っていれば……誰も争わないで、怪我をせずに済んだかもしれないじゃないですか……」



なのはは思い出す
さっきの一撃によって、苦悶の表情を浮べて海に落ちていった武装隊の姿を

一週間前、人としてある筈の部位を奪われて、苦しんでいた人間達の事を



「だから、お互いに……話し合う事が必要だと思うの!」



だから、なのはは我慢出来なかった

人を「ゴミ」と呼び、躊躇い無く人を傷付けるウルキオラに我慢ならなかった



「無駄な事だな。俺とお前らが高々話し合い程度で、和解できる事など有り得ん」

「そんな事ない! きちんと話し合えば! お互いに歩み寄れば! 私達だって、分かり合えると思うの!!」



思いの丈を全て込める様に、なのははウルキオラの顔を見て、目を見て




「だって私達、同じ人間じゃないですか!!!!」




思いの全てを込めて、なのはは叫んだ。






「……そうか……」





そのなのはの叫びを聞いて、ウルキオラは納得がいった様に息を吐いた

そして右手を首の襟元に置いて、『ソレ』を三人に見せ付け














「そいつは残念だったな」














その言葉を、真っ向から否定した。















「……え?」



間の抜けた声を出したのは、なのはだった



高町なのはは、この二ヶ月近く……様々な経験をした
ユーノと出会い、魔法の力に目覚め

ジュエルシードと闘い

フェイトと闘い

クロノと出会い、時空管理局の存在を知った


そして、様々な事を知った
世界は、自分達がいる世界以外にも沢山の世界があり、様々な人や色々な人間がいるという事を知った

現にユーノやクロノ、それにフェイトは自分達とは違う世界の人間だ





だから、そうだと思っていた



人間、だと思っていた



目の前のこの白い死神も、自分達と同じ『人間』だと思っていた




だが




「……な、に……ソレ……」


なのはは唖然とした表情で呟き

ユーノもクロノも、声こそは出さなかったが……その表情は驚愕に満ちていた



その理由は、孔

目の前の男の胸元……首と胸の境目辺りにポッカリと空いた一つの孔


人間なら、絶対に有り得ないその光景

そしてそんな三人の驚愕の表情を見ながら、ウルキオラは言った。






「残念だったな、俺は人間なんかじゃない」













続く











あとがき
 外伝の感想がある意味予想通りでした(笑) 皆さんの意見を聞いて、とりあえず本編の更新には差支えが無い程度にやれればいいなと、考えを纏めました。

 そして話は本編、今回はある意味スーパークロノタイムでしたが、ウルキオラには及ばず
改造バリアジャケットとラウンドシールドも、使える局面が限られている代物なので今後の登場は少ないかも……(汗)
今回はかなりデバイスのオリジナル色は強いですが、一週間あれば管理局の方もそれなりの対策を練ると思ったので
今回の様な仕上がりになりました。

ちなみに作者はあまり頭が良いとは言えないで、ボロが出る前にデバイスの魔改造は控えようと思っています。
あまりに原作の設定から離れると、作者自身がついていけなくなる恐れもあるので…(汗)


あと今回は管理局側としてはウルキオラと闘うか、それとも撤退させるか、どちらの判断を取るかと考えたのですが
管理局側としてはウルキオラがジュエルシードを所持しているのは間違いないし、それなりの戦力をまだ保有していた為に
また、ウルキオラの危険性を良く分かっていると思ったので今回の様な感じになりました……
流石に、闘いもせずに即撤退というのは(作者的に)辛い物がありましたので……(汗)


後はなんだかんだで、なのは達はウルキオラの正体を見てしまった様です

補足としては、なのはは今までの経験でウルキオラも(ちょっと変わった)人間だと思っていた様です


でも、流石に九歳の女の子が「同じ人間じゃないですか!!?」って言うのは不自然ですよねー……
作者も他になんか良い表現がないかと探したのですが、他に良い表現が見つからなかったので
本編の様なセリフ回しになっちゃいました


ちなみに原作のウルキオラは、普段は胸の孔を服で隠しています
あの服が霊子で出来ているっぽいので、最初に体を回復させた時についでに服も直しています
だから管理局と闘った時も見えてなかったという設定です……後付じゃあないですからね!!(必死)


そして次回、またやってきました(作者の)二度目の修羅場が!!
多分次回で話はそれなりに進むと思います! 次回は遂に…………


前回ほどでは無いが、厳しい執筆になると思います!!
それでは次回に続きます。






[17010] 第壱拾参番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/04/05 16:16




「残念だったな、俺は人間なんかじゃない」



僅かに首元を晒し、胸と首の境目にポッカリと開いたソレを見せ付けて
ウルキオラはそう断言した


三人の少年少女は、目の前に白い魔導師の首元のソレを注視する


それは孔
肉体を貫通し、ポッカリと開いた一つの穴

首、胸……如何な人間……いや生物にとってもそこは重大な意味を持つ部位

少なくとも、目の前の魔導師の様な直径数cm程の孔が、人間の同じ部位に開けば忽ちその命を落とすであろう


つまりは、そういう事
少なくとも、目の前の男は人間ではない



「で、でも!! こうしてお互いに会話できる!! それなら!!」



しかし、なのはは諦めない
確かに驚いた、動揺した、目の前の魔導師の言葉が嘘ではない事も直感で理解した

だから、なのはは諦めなかった
例えば、自分の持つデバイス・レイジングハート
レイジングハートは知能を持ったインテリジェントデバイス、もはや生物のカテゴリに入っていない物

だが、自分はそのレイジングハートと、パートナーの関係を築けている
出会ってほんの二ヶ月程だが、それでも自分達は共に歩めている。


そして、もう一人の魔導師フェイト・テスタロッサ
彼女のパートナー・アルフは使い魔……本人は狼と言っていたから、これも恐らく狼から造られた生命だから人間という訳ではない

でも、彼女達はお互いに解かり合えている


故に、なのはは諦めなかった
寧ろ、よりその言葉には力が宿っていた


だが



「例え人間じゃなくても解かり合える、か?」

「っ!!!」



なのはの言葉は途切れる、その通りだった

目の前の白い魔導師は、なのはが今正に言おうとした言葉そのものだった




「お前は今まで肉を食べた事はあるか?」

「……え?」




突然の質問
しかも今までの流れに余りにもそぐわないその質問に、なのははついその動きが止まる

しかし、ウルキオラは再び言葉を続ける



「牛、豚、鳥、魚……何でもいい、他の生物の肉を食った事はあるか?」

「それは、あるけど……」



何で、突然こんな事を言い出すんだろう

なのははそう思いながら、ウルキオラの質問に答える
そして、ウルキオラはなのはの答えを聞いて、再びなのはに問う



「なら、解かり合えた事はあったか?」

「え?」

「一度でも良い、お前が今までその口で、歯で、舌で、胃で、自らの糧とし、捕食してきた生物と解かり合えた事が一度でも在ったか?
……いや、自分は自分が食する他の生物と心の底から解かり合える……そんな思考を持った事はあるか?」



なのはは、再び沈黙する

この人は何を言っているんだろう? それが、なのはが抱いた率直な感想だった

話の流れもそうだが、目の前の人物(?)の真意が読み取れない
だから、なのはは沈黙した



「おい、質問しているのは此方だ。あるのか? ないのか?」

「……ありません、でも、それが一体なんだって言うんですか!」



少しの間を置いて、なのははそう答える
目の前の人物の真意は見えない、だからこそなのはは正直に自分の答えを口にした




「だろうな。態々食われる身の気持ちになっていては、食事は出来ん」




変わらず無機質な響きを纏った言葉が、なのはに届く
それに対して、目の前の人物はどこか上機嫌な様に思えた

予想通り

それは当然の事

彼は正にそれを表情で、態度で、三人に語っていた


そして、そんな不毛な会話の末に



「……!!!」




……まさか……と




なのはは、

クロノは、

ユーノは


その可能性に、気付く



……まさか……真逆、マサカ、まさか!?……




「やっと解かったか、存外鈍いな」




三人の頭に過ぎった、一つの可能性

目の前の人物の正体

目の前の人物が語った、余りにも場違いな無意味な言葉


故に

三人は、その答えに辿り着いた






「その通りだ。俺の食物は、お前ら人間だ」






まるで詠う様に、男は告げる




「「「……っ!!!」」」

「とは言っても…欲望の儘に見境無しに人間を襲って喰らう品性下劣な獣とは一緒にするなよ、非常に不愉快だ。
少なくとも、俺はそういう奴等とは違う」



そして再びウルキオラは、なのはに視線を定めて



「そこのガキ、お前の言った事は間違っていない。食う者は食われる者の事など考えない、それは真理だ」



驚愕の表情を浮べて、目を見開いて自分を見る少年少女に再び語る



「故に、俺は貴様等人間の事など考えない」



葉は土を喰らう、虫は葉を喰らう、鳥は虫を喰らう、人は鳥を喰らう

そして自分は人を喰らう

それは同然の事だと、それは真理だと
そう言った響きを纏わせて、ウルキオラは語る



「故に、俺が貴様等と解かり合える事など有り得ない」



これで話は終わりだ
ウルキオラは口に出さず、態度で告げる


そして、腰の斬魄刀に手を掛ける



「最後に、訂正しよう。お前等をゴミと称し、同一視していた事を訂正しよう」



鞘からその刀身が解き放たれて、白く波紋を帯びた輝きを放つ



「「「……っ!」」」



その光景を見て、三人が抱いた感情は恐怖よりも先ず納得だった

目の前の光景
刀を手にした白い魔導師…その滑稽とも言える組み合わせは、どこかシックリしていた

まるで欠けたジグソーパズルに、最後のピースが当てはまった様なそんな一体感

違和感なく溶け合う自然体、一つの完成形



「詫びの代わりに、此方も少々本気を出してやる」



完成された魔導師の剣の切先が、三人に向けられる

そしてそこで、ようやく三人は戦闘に意識を戻した


今までは、ほんの序章に過ぎなかった

これからが本番
彼に対する考察は、後で出来る

今必要なのは、生き残る事




「行くぞ」




ウルキオラは構えて、そして翔ける
この三人はゴミではない、敵として認識する


そして、その一刀の元に三人を斬り捨てる

筈だった





『ストップよ、ウルキオラ』





その一言が、ウルキオラの足を止めた

プレシアからの突然の念話によって、ウルキオラはその手を止めた



『今こっちで確認したわ。もう貴方が闘う必要は無いわ、フェイトが手にしたジュエルシードの数でこっちは足りるわ。
フェイトはフェイトでちゃんと逃げられた様だし…態々リスクを犯してまで、管理局と闘う必要はないわ』

「随分な言い様だな、俺がコイツ等に劣るとでも?」

『まさか。でも、念には念よ……藪を突いて蛇を出す様な事態はこっちも避けたいの』

「……まあ良い。無駄な働きをするつもりはない、それならとっととそっちに転送しろ」

『分かってるわよ、それじゃあね』



利益のない労働をするつもりはない、だからこれ以上闘う理由は無い
そして念話は終わり、ウルキオラは刀を納めた



「……誰との念話だ? 君の協力者か?」

「答える義務は無いな」



突然のウルキオラの行動を見てクロノが尋ねるが、それをウルキオラは即座に斬り捨てる

そしてウルキオラの足元に、魔法陣が浮かび上がった



「……こっちの事情が変わった、今日の処は撤退してやろう」

「なに?」

「闘う理由が無くなった。俺はもうお前らと闘う理由も、ソレを奪う理由も無くなった……それだけだ」



クロノはその言葉に不審な表情を浮べるが、ウルキオラのその態度と足元の転移用の魔法陣がその言葉が事実であるという事を語っている

どうやら、嘘ではない様だ



「……逃げるのか?」

「続けるのか?」

「……っ!!!」



即座に切り返されて、クロノはギリっと奥歯を噛んだ

逃がしたくない

逃げたくない


だが、ソレは敵わない

闘いながら、クロノもなのはも、そしてユーノも良く分かった



ウルキオラは、実力の半分も出していない



言ってしまえば、遊びの領域だったのだ
自分達の戦いは、目の前の相手にとってはその程度の物だったのだ


改造バリアジャケットの影響で、自分達は既に息を切らしている

下り坂の自分達に対して、目の前の相手はようやく実力の一端を見せる


このまま闘えば……結果は火を見るより明らか


だから、クロノは追えない

だから、クロノはウルキオラを引き止められない



だから、クロノは許せない



相手の撤退を聞いて、僅かに安堵してしまった自分が許せない

目の前の相手に遠く及ばない自分が許せない



「……クソ……!!」




……負け、だ……


……これ以上に無い程の、敗北だ……




クロノは、血が滴る程に拳を握り締めて


そして、目の前の白い死神はその存在を消し

海上の決戦は、一先ずその幕を下ろした。











第壱拾参番「動き始めた計画」












次元航行艦アースラ・医務室



「……色々言いたい事はあるけれど、とりあえず大した怪我じゃなくて安心したわ」



リンディがベッドで横たわるクロノに言う

医務室にはクロノ、リンディ、エイミィ、なのは、ユーノが居た
そして粗方の傷の手当を終えたクロノが、リンディに尋ねる


「……武装隊の皆は?」

「皆命には別状は無いわ……でも、ダメージはかなり大きいわね」

「でもなのはちゃんとユーノくんが無事で良かったよ。クロノくんも、左の肋骨が一本軽く折れただけだったし」

「……そうね、本当に安心したわ」


エイミィの言葉にリンディも心の底から同意した様に頷く

明確に言葉にこそしなかったが、武装隊のダメージは相当大きく
中にはあのウルキオラの砲撃魔法によって、重度の火傷を負った者

片目を失明した者、その衝撃で手足の筋や腱が千切れた者

更には海に沈んだ際に大量の海水を飲み込み、一時は呼吸が止まった者もいた


故にこの三人の今の状態は、ある意味奇跡に近かった



「……それにしても、あの白い魔導師が人外……いいえ、人間を食するタイプの種族とはね」



リンディがその事実を改めて確認する



確かに、幾つもある次元世界の中には人間を主食とする種族や魔獣は存在する

だが、彼等の殆どは人間よりも……寧ろ獣に近い生き物だ

そしてウルキオラは、外見もそうだが中身も人間と大差ない
言葉を話し、会話でコミュニケーションができ、落ち着きもあって理性も知性もある

だから、どうしてもそんな獣のイメージとウルキオラのイメージは重ならないのだ

そしてそのリンディの言葉に、クロノは同意する



「恐らく事実でしょう。闘いながら、僕も彼には得体の知れない恐怖を感じていました
コルド隊長が言っていた言葉の意味も……今では良く分かります」

「……でも、そんな人が……って、なんか人っていうのも変な感じだけど、どうしてジュエルシードを?」

「……それは、分からない……」



話ながら疑問に思った事をエイミィが質問するが、答えはやはり分からない

そもそも、なんでそんな種族がジュエルシードを欲していたのか
なぜ、ジュエルシードがこの世界にある事を知っていたのか

そして、彼はどんな種族なのか
彼の協力者とは一体どんな人間なのか

あの白い魔導師、ウルキオラに対しての疑問が尽きることは無かった



「……そう言えば、なんでフェイト・テスタロッサは彼の名前を知っていたんだろう?」



ふと思いついた様に、ユーノが声を上げた



「ジュエルシードの探索途中に遭遇したとかじゃないか?」

「でも、彼の実力なら……あの時、フェイト・テスタロッサとその使い魔の逃走を阻止する事も可能だった筈
彼の目的がジュエルシードだったのなら、それこそあそこから一人も逃がしたくはなかった筈……でも彼は彼女達の逃走を阻止する素振りすら見せなかった」

「……そう言えば、あのアルフ、さん? アルフさんもウルキオラさんに対しては、全然敵視してなかった感じだった」



クロノがユーノの問いに答え、なのはも思い出した様に続く
思い返せば、あの時のアルフの行動も不自然だった

過去にウルキオラと遭遇し、その名前を知る程に関わっていたのなら、彼の実力を知っている可能性は高い

そして彼の実力を知っていれば、あの時あの場では迂闊に動く事は出来なかった筈

彼の狙いが、自分達が持つジュエルシードだとすれば尚更だ



「多分、過去に何らかの密約を交わしたか、若しくは休戦状態か」

「それとも」



……最初から手を組んでいたか……



奇しくも、そこにいる全員が同時にその答えに辿り着く



「可能性は、ゼロじゃないわね……寧ろ、高いわ」



リンディも納得がいったかの様に呟く
それなら、全ての疑問の説明がつく



「その線で、恐らく間違いないでしょう。だとすれば、彼が念話で話していた人物は……」

「……プレシア・テスタロッサ……」



クロノの言葉に、エイミィが繋げる

プレシア・テスタロッサ
フェイトと同じテスタロッサの姓を持ち、その消息が不明の魔導師

現状では、この件に関しての重要参考人・最有力候補だ



「……プレシア・テスタロッサ、嘗ては大魔導師とも言われ総合ランクSSの魔導師」

「プレシア・テスタロッサだけじゃない。フェイト・テスタロッサも今日の闘いを見る限り、Sランクに届く実力はある」

「そして、あのウルキオラ……実際に闘ってみて分かった。あれはAAAランクやSランクの魔導師でも、どうにか出来る存在じゃない
潜在的な実力はSS……最悪、最高魔導師ランクSSSにも届く恐れのある相手だ」



リンディの言葉に、ユーノ、クロノが続き、その空気は否応なく重くなる

敵の戦力は、あまりにも強大
もしもプレシア、フェイト、そしてウルキオラが手を組んでいたら……自分達は最悪Sランクオーバーの魔導師三人を相手にしなければならない

その上、もしもこの三人が手を組んでいたら……既に彼女達は最低でも七個、最悪の場合十二個のジュエルシードを有している事になる



「……戦力差としては、絶望的ね。こちらはもうあのウルキオラに武装隊を二部隊潰されている」



リンディが頭を抱える様にして呟く
そんなリンディに、クロノが尋ねる



「艦長、応援はやはりまだ……」

「ええ、とりあえず今から十五時間後……明日の午前十時ね。応援の先遣隊がこちらに到着するわ」

「人数とランクは?」

「AAAランクが四人、それと彼等の所属チームのAAランクの魔導師が十人」

「……厳しいですね」



もしもこれが通常の任務だったら、何と心強い事だろうと両手を上げて喜んでいる事だろう

だが、やはり足りない
援軍の戦力は申し分ない、だがやはり足りない



「とりあえず、バリアジャケットの強化は必須ね……それに、新しく防刃機能の強化も必須事項ね」

「ええ、それで良いと思います……彼の本当の武器は、あの質量兵器だと思いますので」



リンディの考えを聞いて、クロノも同意も示す
あのウルキオラと今後戦闘になったとき、あの刀という質量兵器を使用してくる可能性は高い
それならその事も踏まえて、対策は練っておくべきだ


クロノ達は、今後の事や作戦について検討を始める


そして





「……やっぱり、分かり合えないのかな?」





誰にも聞こえない程の、それこそ自分の耳にも届かない程の小さな声で
なのはは、呟く


フェイトと協力関係にある可能性がある……ならば、それこそ自分達はあのウルキオラとも解かり合える可能性があるという事なんじゃないか?と……


そして、あの人は言った



……自分は欲望の儘に、見境なく人間を襲ったりはしない……

……品性下劣な獣と自分を一緒にするな……



それはつまり、あの人にも食べたくない人がいる……「傷付けたくない人」がいると言う意味なんじゃないか?と……


あの人にとって食べ物である人間の中にも、あの人が傷付けたくない……「大切な人」がいるという意味なんじゃないか?と……



「…………」



勿論、これらは何の確証の無い自分の推測だし……あの人が、人間を食べるという事には変わりは無い

もしかしたら、本当にあの人の言う様に……自分達が解かり合える事は出来ないのかもしれない


でも

それでも


高町なのはは、その一握りの可能性を捨て切れずにいた……。







そして夜は明けて、朝日が昇る……その朝日が夕闇に沈み、再び夜になる

そこから更に、朝日の光と夜の帳のサイクルは続く










海上の決戦より、四日後


時の庭園にて、その二人は居た


「それじゃあ、あたしはここまでだから」

「……うん、ありがとうアルフ」


玉座の前の扉にて、アルフは待機をしてフェイトを見送る
今日、フェイトとアルフはプレシアに一連の事の報告に来ていた

あの海上の闘いでの後、二人は更に二日ジュエルシードの探索を行った
しかし、結果はゼロ

この時二人は、もう野放し状態のジュエルシードは残されていないという結論に達した
全てのジュエルシードは自分と管理局に、全て回収された……そう判断したのだ

これはその報告と、新しく入手したジュエルシードの報告

そしてフェイトのデバイス・バルディッシュの中には、数日前に入手した四つのジュエルシードが収納されてある


……母さん……


扉の向こうにて待つであろう母に、その想いを一層高まらせる

あの海上での闘い、あの時ウルキオラがあそこに現れたのは……恐らく、偶然ではない


そしてあのウルキオラが自らの危険を顧みずに、自発的に自分達を助けに来るという事は考え難い
自分達と彼の間には、まだそれほどの親交は無いからだ


つまり、あの時のウルキオラは……誰かに頼まれたのだ

自分達の手助けをしてきて欲しいと、ウルキオラと親交を持つ誰かが……そう頼んだ


そんな人物、フェイトが思い当たるのは一人しかいない



「母さん、フェイトです」



ノックをして、入室する

入室した玉座の間には、フェイトが脳裏に浮かんだその人物が……自分の母、プレシアがいた



「……フェイトね、とりあえず体は元気そうで何よりだわ」

「!!!……あ、ありがとうございます! そ、それと、今日は報告にやってきました」



予期せぬ母の言葉に、フェイトは舞い上がってしまいそうになったが、それを咄嗟に我慢する
ここで甘えてしまっては、自分はまた悪い子になってしまう

そう強く自分の心に言い聞かせて、フェイトは冷静さと落ち着きを取り戻す



そして、バルディッシュから四つのジュエルシードを取り出す



「新しく、四つのジュエルシードを手に入れました。これで、未蒐集状態のジュエルシードはもう最後だと思います」

「……そう……」



四つのジュエルシードを手に収めて、プレシアはそれをじっくりと眺める

その間、フェイトはその胸を締め上げるプレッシャーで、顔を持ち上げられる事が出来なかった



今までとは、比較にならない程のプレッシャーだった
今回は、今までとは違う

今までは、問答無用でお仕置だった……でも、今回はそれだけじゃない


自分には、希望がある
これで母さんは自分の事を認めてくれるかもしれないという期待が、希望がある


それ故に、フェイトの中では二乗されたプレッシャーが目まぐるしく蠢いていた

氷の器の中に、沸騰したお湯を注ぎこむ様な……そんな感じだ


フェイトはそのプレッシャーに、俯いて硬く目を閉じる

そして









「良く頑張ったわね、フェイト」









その言葉で


フェイトを襲っていた、心の中で蠢いた物は……恐ろしい程に静まり返った



「……え?」



その言葉を聞いて、フェイトは顔を上げる
母はいつの間にか、自分の目の前にいた



「……か、ぁ、さ……」

「良くここまで、今まで……頑張ったわね」



次の瞬間、フェイトは母の腕の中に居た

両腕を背に回されて、その体を引き寄せられて……体を、抱きしめられた


思考は、置いてきぼりだった

理解は、凍り付いていた


ただ、体温だけは理解できた
母の体から伝わってくる、その暖かな温もりだけは理解できた



「……かあ、さん……!」



感情が、抑えられなかった

涙が溢れて、止まらなかった



「フェイト……母さんは、今まで悪い母親だったわ……本当に、酷いお母さんだったわ
貴方の大切な体を何回も何回も傷付けて……苦しめきたわ」



母の謝罪の言葉が、フェイトに耳に、心に響く
フェイトは涙を流しながら、自分の体から黒い何かが浄化されていく様な気持ちだった

まるで長い間、暗雲と台風によって閉ざされていた空から……陽の光が零れていく様な感じだった



「ごめんなさいフェイト。もうそんな事は絶対にしないわ……貴方の大事な体に傷を付ける様な真似は絶対にしないわ」

「……かあ、さん!……母さん!!」

「……今まで、貴方の事を何回も悪い子、いけない子……そう貴方の事を呼んできたけど、今は違うわ」



感情が抑えきれずに、涙は留まる事を知らなかった

ダメだ、泣けば母さんの服が汚れてしまう
せっかく抱きしめて貰ったのに、母さんに迷惑を掛けてしまう

涙をとめなくちゃ

それがダメなら、母さんから離れなくちゃ


フェイトは、そう思う
しかし、そのどちらも……フェイトは実行する事が出来なかった




「今は、心の底から思うわ」




そして、プレシアの言葉がフェイトに届く








「フェイト、貴方が居てくれて良かった……貴方が母さんの娘で、本当に良かった」








もうダメだった
感情を抑えきれず、自分の顔を母の体に思いっきり擦りつけた



「……母さん、母さん!母さん!!」



……やっと……

……やっと、報われたんだ……


……やっとやっと、母さんはあの優しい母さんに戻ってくれたんだ……


……これからやっと、普通の家族としての「これから」が始まるんだ……



フェイトの心に溢れるのは、これからに対する期待と少しの不安
そして、有り余るほどの……心の中には納まり切らない程の、溢れんばかりの幸せ



「だから、だからねフェイト」



フェイトの心は、正に幸せで埋め尽くされていた











「オヤスミ」











その瞬間までは。










「……え?」


パチリ、と
一瞬、フェイトの耳にそんな音が響いた


次にフェイトは体の力を失い、目の前が急速に暗くなっていった


……アレ、眠い……


僅かな一瞬にそう思い
フェイトの意識は、闇に堕ちた


フェイトの体が崩れ落ちるが、プレシアの手がソレを支える





「……本当に、貴方を造って良かったわあぁフェイトオォ……」





魔女の顔は歪む、そして嗤う

そしてその体を抱かかえて、その足を進める


その顔は、歓喜にも見えた、狂喜にも見えた

その顔は、愉悦にも見えた、恍惚にも見えた、至福にも見えた



魔女の顔は、心は、黒い幸福に満たされていた





……アリシア……今まで、たくさん待たせてごめんなさい……


……今までたくさん辛抱させてごめんなさい……






……でも……






……それも、今日で終わり……


……さあ、アリシア……私の愛しいアリシア……




……こんな筈じゃなかった未来を……




……こんな筈じゃなかったこれからを、一緒に取り戻しましょう……















続く












あとがき
 この話を描き終わった時、「ああ、やっと折り返しに入ったな」とつい感慨深くなりました


本編の話ですが、ウルキオラのオサレ演説が発動です
そしてそれに伴って、なんだかんだでなのはがウルキオラの真実に気付きかけている様な感じです

それとウルキオラはまだ念話を習得できていません。本編の会話はプレシアが監視映像を見ているから成り立っている
そういう脳内補正をお願いします

あと、プレシアがウルキオラの撤退を命じたのは、管理局との戦闘によるデメリットがメリットを超えた事によるものであり

ウルキオラの方も、原作では元々闘う必要のない相手とは態々戦わない、殺す必要のない相手は態々殺さないというスタンスなので
闘う理由がなくなれば、あんな感じの行動を取ると思いました(一護の二回目のグリムジョー戦とか)


あとウルキオラ=SSSランク説が浮上しました、確か管理局認定の最高ランクはSSSでしたよね?(少々うろ覚えなので)

ヤバイなー、ジャンプ漫画特有の戦闘力のインフレは避けたいと思っている今日この頃です


さて、続いてはプレシアとフェイト……この二人が、何だかとんでもない事になっています
とうとうプレシアさんの準備が整った様です、フェイトはマジで大ピンチです

余り描くと今後のネタばれも描いてしまいそうなので自重しますが、次回はアルフの出番が少し多くなると思います


それでは、次回に続きます






[17010] 第壱拾四番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/04/07 19:47





……ここは、何処だろう?……



彼女が先ず抱いた疑問はそれだった。

彼女は、とある草原に立っていた

足元には緑の草が生い茂って、頭上には青い空
僅かに視線を動かせばそこには果ての無い海が広がり、青い水面からは巨大な大樹がポツポツと突き出る様に生えていた



……私は、どうしてここにいるんだろう?……


……いや……


……私は、いつ、どうやってここに来たんだろう?……



彼女は、再び疑問に思う

ここが何処だかもそうだが、どうやってここに来たのか、その過程がスッポリと頭の中から消えていた
彼女がここまでの経緯と過程について考えていると



――やっと、ここまで来たか――



不意に、そんな声が頭に響き

一陣の風が吹いた。


……!!……


その突然の風に、彼女は一瞬目を閉じて

目の前に、その男が立っているのに気がついた
白い服を着た、白い肌の男がそこにいた。



――思いの外、時間が掛かったな……待ちくたびれたぞ――


……貴方は、誰ですか?……



彼女は、尋ねる

どこかで会った気がするが、思い出せない
その顔を知っている気がするが、思い出せない

そして彼女の問いを聞いて、その白い男はおかしそうに言う。



――何を言っている? 俺は俺だ――



答えになっていない、と……彼女は率直に思うが、



――俺は俺、お前はお前……そういう事だ――


……どういう意味ですか?……



目の前の男の言っている事は、今一要領を得ない

だが





――意味などない、俺はお前だ――





その瞬間、世界が倒れた




……!!!……




大地が壁になる

青空が奈落になる

彼女の体は支えを失い、その体はそこから落ちていく



……こ、これは!!……


――言っただろう? 俺はお前だ、俺はお前になる――



気がつけば、男は自分の目の前にいた

しかし、自分と違って男は落下などしていない


その男の背からは黒い翼が生えていて、空に立っていた



――この世界は終わる……そしてお前は消えて、俺がこの世界の王になる――



その男は、氷の様に冷たい緑の瞳で彼女を見る

彼女はその男の言っている意味が解からない

解からない、が……一つだけ、解かった事はある


このままでは、自分が消えるという事だ



……それは、困ります……



彼女は、呟く



――何故だ?―


……私は、まだ消える訳にはいかないから……



口に出して、改めて思い出す
自分の気持ちを、消える訳には行かない理由を、自分が守りたい者を思い出す

故に、彼女はここで消える訳にはいかない

故に彼女は、目の前の男に向かって叫ぶ。




……私は、まだ消える訳にはいかない!……


……あの娘を! あの娘達を救うまで!! 絶対に、消える訳にはいかない!!……




――そうか――




男は、再び彼女を見る

そして男は両掌を上げて、その掌からソレらが現れた。





――これが、俺の世界だ――





男の右手にあるのは、刀身のない刀

男の左手にあるのは、半分に割れた仮面




――タイムリミットは迫っている――


――さあ、この世界の王よ――


――俺の世界を、我が物にしてみせろ――













第壱拾四番「動き始めた存在」













「フェイトオォ!!!」


アルフは扉を蹴破って、玉座の間に飛び込む様に踏み入った

アルフは、胸騒ぎがしたからだ
アルフは、とてつもなく嫌な予感がしたからだ

アルフは、フェイトの使い魔である
そして主と使い魔の精神はリンクしており、感情や思考を共有できる

アルフが玉座の前にて待っていると、フェイトから溢れんばかりの感情が流れていた。



流れてきた感情は、溢れんばかりの幸福、幸せの絶頂

今までフェイトの使い魔をしてきて、こんな気持ちが流れ込んできたのは初めてだった


そしてフェイトと感情と気持ちを共有しながら、アルフも気付いた。



……ああ、そうか……


……やっと、やっと認められたんだねフェイト……



流れ込んで来るフェイトの感情を噛み締めながら、アルフはそう思った

あの鬼ババは心の底から気に入らないが、
フェイトの事を認めてくれたのならそれで良い、フェイトが幸せならそれでいい

アルフは自分の主の幸福に対して、素直に祝うつもりだった



突如、フェイトとの精神リンクが切れるまでは――



「……!!!……」



明らかに不自然、明らかな異常

激流とも言える程に流れ込んできたフェイトの感情が、ピタリと止まったのだ



『……フェイト!? フェイト! どうしたんだいフェイト!!』



試しに念話を飛ばすが、応答はない


次の瞬間
アルフの体に、得体の知れない恐怖が駆け巡った

まるで絶対零度の電撃が体中に流れた様な、そんな異常な悪寒



嫌な予感がした
不吉な予感がした

自分の中にある野生が、本能が、
自分の主に危険が迫っている事を、嘗て無い程に告げていた


気がつけば、アルフは駆け出した


そして思いっ切り、玉座の扉を蹴破った


アルフの眼に映るのは、プレシアに抱かかえられた自分の主

プレシアの腕の中で意識を無くしている、自分の主



「……ああ、誰かと思ったら」

「フェイトに、何をした!!」



面倒くさそうにアルフを見つめ、嫌悪感を隠し切れない様子でプレシアは言う

そして、アルフはそんなプレシアを真っ向から睨みつける。



「まったく、粗暴で野蛮……おまけに品性下劣。全く、頭が痛くなってくるわ」

「質問に答えろおおぉぉ!!! フェイトに何をした!! フェイトをどうするつもりだああぁ!!!」



力の限り思いっ切り叫んで、殺意すら滲み出る様な表情でアルフはプレシアを睨みつける

脳内に響く危険信号は、未だに鳴り止まない
寧ろ眠る様に体を動かさないフェイトと、それを抱えるプレシアを見つけた途端に信号は激しくなった

プレシアに抱えられるフェイトの姿は、アルフの瞳にはまるで悪魔に磔にされた生贄の祭壇の様に見えた。



「……ったく、ギャアギャア五月蝿いわね。まあ良いわ、面倒だけど答えて上げる
別にフェイトの体を如何こうするつもりはないわ」



軽く溜息を吐いて、プレシアはアルフを見る



「それに、私はもうフェイトの体を傷付ける気は無いわ。この子の体はこれからは大事にするし、傷一つ付けるつもりもない
今までとは決して違う……私は一人の母親として、フェイトの体をこれからは一生大事にして、守っていくつもりよ」



まるで、それが自分の使命だと言わんばかりの口調でプレシアは語る

アルフはその言葉を聞いて動揺し、

更に恐怖が跳ね上がった。


プレシアの言葉に、嘘は無い



アルフの中の野生の本能が、そう告げる
それと同時に、もう一つの本能が告げていた。



……プレシアの言葉に、嘘はない……

……だからこそ、止めろ……

……だからこそ! 今すぐに! プレシアを止めろ!!!……



頭の中では、既に轟音の様な危険信号が鳴っている

プレシアは嘘をついてない、それは本能と直感で理解した



だからこそ、アルフは危機を感じている
プレシアの言葉に嘘がないからこそ、アルフの本能は主に迫る危機を知らせている


僅かな違和感

それが、アルフに主の危機を教えている。



「話は終わり? それじゃあ、私はもう行くわ」



プレシアはアルフに背を向けて歩き出す

それと同時に、アルフは気付いた。




「……『体』はって、どういう意味だ?……」




その瞬間
プレシアの足は止まった。



「フェイトの『体』は大事にする、フェイトの『体』には傷一つつけない……フェイトの『体』はこれからは大切にして、一生大事に守る……」



それは、先ほどのプレシアの言葉の復唱だ

そして、プレシアの瞳はアルフを捕らえる

次の瞬間、再びアルフは叫んだ。



「どういう、意味だ……!!……どういう、意味だ!!! どういう意味だあああああぁぁぁ!!!!!答えやがれプレシアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!」



そのアルフの叫びを聞いて、プレシアは小さく溜息を吐いて



「どうやら、お喋りが過ぎた様ね」



その言葉を聞いて

アルフは直感で理解した、本能で理解した。


この女は、プレシアは、恐ろしい事を考えている

自分の出来の悪い頭では想像すら出来ない様な、そんな恐ろしい事を考えて……実行しようとしている!!

そしてフェイトはその犠牲になろうとしている、この女が考えている恐ろしい計画の犠牲になろうとしている!!

アルフはその事に気付き


紫の鎖で、体中を拘束された。



「……んな!!!」

「……全く、ココに来てこんなミスを犯すなんて私らしくない……それとも、流石の私も浮かれて口が軽くなっていたのかしら?……」

「ぐ! こんなバインド!!」



アルフはその鎖を力ずくで千切ろうとするが

次の瞬間



「が!! がぁっ!!! ぐあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



鎖から紫電が発せられて、焼ける様な激痛がアルフの体中に走った



「全く、耳に障る声ね。コッチの『用件』が終わるまで、暫くそこで大人しくしてなさい」



そう言って、プレシアは再び歩みを進める

だが、アルフは止まらなかった。



「アンタっは!! アンタは!! フェイトの母親だろう!!! フェイトはアンタの娘なんだろう!!!
何でだよ!! 何でアンタはフェイトを認めないんだよ!!! あんな良い娘を!どうして拒絶するんだよおぉ!!!」



眼に涙を浮べて、全ての力と感情を声に込めて、己の全てをプレシアにぶつける

ここまでのやりとりで、アルフが解かったもう一つの事
それは、フェイトは依然プレシアに認められていないという事



「フェイトはなぁ!!! ずっと、ずっとアンタの為に頑張ってきたんだぞ!!! ずっとアンタに笑って欲しくて頑張ってきたんだぞ!!!
アンタに認めて貰いたくて! アンタに褒めて貰いたくて! その為にずっとずっと頑張って来たんだぞ!!!」



もう顔は涙で濡れていた、喉は痛み始めて声は僅かに掠れていた
それでも、アルフは力の限り叫ぶ。



「アンタには! アンタにはそれが解からないのかよ!! アンタの為に努力して! アンタのせいでボロボロになるまで頑張った娘を見て! 何も感じないのかよ!!!
自分が頑張れば、きっと母さんは笑ってくれる、きっと母さんは喜んでくれる……!!!
そう言ってアンタの無茶な要求に愚痴一つ零さず、弱音一つ零さないで今までアンタの為に頑張って来た娘を見ても、何も思わないのかよおおおおぉぉ!!!!」



アルフの全力の叫びが届いたのか
プレシアの足は止まった



「本当に五月蝿い獣……一つ、良い事を教えて上げるわ」



そしてプレシアは、アルフに視線を移して








「無駄な努力って言葉を、知っているかしら?」









その瞬間
アルフの中のナニかが、完全に切れた。









「テメエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェ!!!!!!!」









体中に走る激痛を完全に無視して、力のままに思いっ切り鎖を引き千切る

肉の焼ける不快な臭いと、皮と肉が僅かに裂けて体中から滲み出る血を振り撒きながら
鎖から己の体を解き放って、アルフは疾風の速度でプレシアに襲い掛かった。



……殺す!!!……


……殺す殺す殺す!!! 絶対に殺す!!!……


……コイツは!! コイツだけは!!! 絶対に今ここでぶち殺す!!!!……



もはやアルフの頭の中にはそれしかなかった

怒りと憎しみによって構築された、黒い殺意

本能のままに感情を爆発させて、主を救う為、そして目の前の魔女を確実に葬るためにその牙を剥いた



だが



「本当、獣って単純ね」

『lightning prison』



球状の紫電がアルフを飲み込み



「がっあぁ! あぐ!ぐは!! ぐあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」



紫電の牢獄に幽閉されて、アルフの絶叫が響く

実体を持たない牢獄は、その内部の囚人をそのまま電撃で嬲り蹂躙する

牢獄とは、囚人の逃亡を阻止し幽閉する為のもの
その中でアルフがどれだけもがき、力のままに暴れても、決して壊れる事はない


そして数秒後
アルフは声すらも出なくなり、その体は音を立てて倒れ落ちた。



「ふぅ、あの娘がココにいないで良かった。あの娘にはちょっと刺激が強い光景だものね」



そしてプレシアは、パチリと指を鳴らす。



「暫く牢獄にでも入って、大人しくしていなさい」



今は殺す手間と時間すら惜しい、そんな口調でプレシアはアルフに言う。

次いでアルフの下に魔法陣が浮かび上がり、アルフはそこから姿を消す
空間転移だ



「さて、時間が惜しいわ……早く残りの準備を終わらせないとね」



最早、自分の邪魔をする者は存在しない

最早、自分を止められる者は存在しない

最早、自分の勝利を覆せる者は存在しない



黒い魔女は己の勝利を確信し、そこから姿を消した。
















あれからどれだけの時間が過ぎただろう?
彼女は、海の底深く沈んでいた

その五体には力がなく、ただ虚ろな存在へと成り果てていた。



……ダメ、だった……

……どうやっても、何をしても……あの人から剣も仮面も奪えなかった……



彼女は、全力を尽くした

崩れる世界の中で、僅かとすらも言えない程に少ない力を振り絞って、白い男に挑んだ


だが、それらは全て無駄だった


足で跳べば、あちらは翼で飛翔し

拳を出せば、相手の掌が炸裂し

脚を出せば、相手の爪先が突き刺さった



崩壊する世界の中で幾十幾百の攻防の繰り返し、あの白い男からあの男が“世界”と言った者を奪おうとした

だが、出来なかった
刀も仮面も、彼女は奪う事は出来なかった


だが、彼女は諦めなかった

それでも諦めずに、死力を振り絞った

しかし



――所詮は、この程度か――



落胆にも似た、男の呟き

次の瞬間、翠色の光が彼女の胸を貫いた。



――じゃあな、この世界の王よ――



咽喉下にポッカリと穴が開き、彼女は海に堕ちた

もう、限界だった

肉体的にも精神的にも、彼女は自分の限界を悟っていた

だが



……ま、だ……

……まだ、諦める訳にはいかない……



彼女は、まだ諦めない


大海にその身を沈めながらも、その五体に必死に力を込める。



……考えないと、あの人から“世界”を奪う方法を考えないと……



でなければ、それが出来ければ、自分は消滅する。



……あの人に勝てなくてもいい。あの仮面か、あの剣か、そのどちらかを手に入れれば私は私で居られる筈……



思い出すのは、あの男は自分の世界といった二つの物

刀身がない剣

半分に割れた仮面



……全く、思い返せばおかしな物です……


……あれが、自分の世界だなんて……



あの白い男の言葉を思い出す

あの剣も、あの仮面も、本来の形ではない

その半身を失った、言ってしまえば未完成な代物

そんな物が自分の世界と言ってしまえば、まるで自分の存在そのものが未完成という事と同じ意味





……ん? 未完成?……





そして、彼女はソレに気付く

そして、彼女は思い出す



――俺の世界を、我が物にしてみせろ――





……あの人は、一言も「奪え」とは言わなかった……





そして、更に思い出す



――俺はお前だ――



あの白い男の言葉を思い出す

そして気付く



……まさか……


……まさか、あの言葉の意味は……


……あの男が今まで言っていた言葉の、『本当の意味』は!!!……




点と点が線になり、その答えを導き出す

そして次の瞬間








――やっと、解かったか――








崩壊していた世界が本来の姿に還る

二人は、再び草原の上にいた



そして彼女の両手には、ソレらがあった。



……ええ、解かりました……貴方の言葉の、本当の意味が……



彼女の右手にあるのは、白銀の波紋の光を帯びた一振りの刀

彼女の左手にあるのは、一切の欠損が無い白い仮面



……貴方は私、それはつまり私と貴方は同じ……私と貴方は一つの存在という意味だから……


……つまり、私と貴方が一つの存在なら、貴方の世界は私の世界でもあるという意味だから……


……貴方が剣と仮面を半分しか持っていなかったのは、それはつまりもう半分は他ならぬ私自身が持っていたから……


……そして貴方の世界を我が物にしろというのは、私に先の三つの事に気付き……剣と仮面を完全な形にしろという意味だったから……



全ての意味に気付いた彼女は、男に自分の答えを告げる



……そして私がこの世界の王ならば、この世界の一部である貴方の所有物は、私の所有物でもあるという事だから……

……仮面も剣も……私は最初から、貴方から奪う必要なんてなかった。それらの事に気付くだけで良かったんです……



その答えを聞いて、白い男は頷いた。



――そうだ。だからその事に気付いたお前に、王に……俺はあの二つを献上……いや返上した――

――もっとも、愚鈍な王は少々時間が掛かったようだがな――


……それは仕方ないです。それに私だって混乱していたんですから……

……って言うか、ヒントがヒントになっていませんでしたし……



今までの男の回りくどい発言に対して、彼女が若干恨みがましい視線を男にぶつけるが



――当たり前だ。俺はそれなりに本気でお前を消すつもりだったからな――

――愚かな王に、臣下はついていかないものだろう?――



くくっと、男は僅かに口元を歪める、どうやらその言葉に嘘は無い
男はそれなりに本気で、彼女を消すつもりだったのだろう

そして、男は再び語る。



――だが、これでこの世界の王は再びお前となった――


――崩壊も止まった……どうやら、タイムリミットには間に合ったみたいだな――


――喜べ、今より俺の力は晴れてお前の物だ――



彼女は、男の言葉を聞いて再び頭を傾げた。



……え? 今から? どういう事ですか? 貴方は元々私の一部じゃ……


――俺は元々余所者だ。少し前に俺の『前の王』がここに俺を連れてきた――


――だが、この世界の王が余りにも愚鈍な様だったからな。一つ乗っ取ってやろうと思っただけだ――


――尤も、失敗に終わったがな――



そして、その白い男の体は消えていく

足元から粒子状の様になって、砂塵となって消えていく。



――じゃあな、王よ――


――仮面と刀、好きな方を使え。別に両方を使っても構わんぞ?――


――出来れば、の話だがな――



既に男の体はその胸元まで消えている

そしてその消えゆく男の姿を見て、彼女は尋ねた



……貴方は私の一部という話でしたが、貴方には名前ってあるんですか?……


――名前? ああ、もちろん――


……なら、最後に教えて下さい……



彼女の言葉を聞いて、男は僅かに考えて答える



――良いぞ。…………だ、これが俺の名だ――


……え? 今なんて?……



急に雑音が入った様に、その部分は彼女に聞こえなかった
その様子を見て、男は「ふむ」と僅かな間を置いて



――何だ、『まだ』聞けないか……それじゃあ、それは次までの課題だ――


――仮面と剣は大事に扱えよ、それは元々俺の物なんだからな――


――じゃあな、精々消えるなよ我が王よ――



男はそう言って、その姿は完全にその世界から消え去った。


















「……ぁ、あっ!……ぅ、ぐ……」



そこは地下の牢獄
薄暗い闇が支配するその冷たく不気味な空間


その冷たく硬い床に倒れ伏しながら、苦痛の声を上げる者がいた

フェイトの使い魔のアルフだ
主を救おうと、魔女に戦いを挑んだが……彼女は破れ、ここに幽閉された


「……ぐ! ぅ、ぅ……!!」


自分の腕で自分の体を抱いて、その顔は苦悶の表情となる

突き刺さる様な激痛、灼熱の苦痛
それらが彼女の体を蝕んで嬲って、その奥深くまで蹂躙していた



「……フェ、イ、トォ……」



ギリっと奥歯を咬みながら、主の名を呼ぶ

直ぐに、ここから脱出しなければ

今ならあの魔女も油断している筈、自分の邪魔をする障害を排除したと……油断している筈


ならば、これはある意味好機
直ぐにここから脱出して、主を救いに行かなければ!!


だが



「……がぅっ!!!……」



体に力を入れると、再び電撃にも似た激痛が体中に流れた

その痛み、苦痛、激痛
それは今のアルフにとって、あまりにも大き過ぎる強敵

その強敵は、まともに指を動かす事すらも許そうとしなかった



「……ち、く……しょう!! ちくしょう!!! ちくしょおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」



涙が、止まらなかった
涙を、止められなかった


なんで、なんでフェイトを一人で行かせた!!

なんであの時、無理矢理にでもフェイトについて行かなかった!!!


遅れてやってくる後悔

そして主の危機を目の前にしながらも、何も出来なかった自分

主に危機が迫っている事にも関わらず、体をまともに動かせない自分



無力、どうしようもない程の無力

そして、次第に意識は遠くなる
体に力は入らず、頭すら持ち上げられなくなる


視界が狭く、閉ざされていく

光が闇に食われていく



……ダ、メだ……もう、いし……き、が……



もうアルフには、僅かな力も残されていなかった

既に意識は消えかかっていた


だが






――カツン――






「……?」




その時、遠くでそんな音が響いた

空耳か? アルフは霞み掛かった意識の中でそう思ったが





――カツン、カツン――コツン――





空耳、ではない
それは明らかな足音


誰かが、ゆっくりと自分に近づいて来ている

一定の速度でその音は続いて、どんどん自分に接近してくる



やがて、その音はアルフの眼と鼻の先にまで近づいていた


体中の力を振り絞って、アルフは僅かに顔を動かす。



「……ダ、レ?」



アルフの目に映るのは、黒い靴、その足首に掛かる白い裾

誰かが、自分の目の前に立っていた。





『アルフ、じっとしていて下さい』





頭上から、そんな声が響いた



……アレ?……


……この声、確か……どこかで……



続いて、アルフの体は淡く輝く



……何だろう、コレ……


……すごく暖かい……


……何だか、すごく安心する……



それは不思議な安らぎ、痛みも苦痛も優しく包み込むような陽の抱擁



『……アルフ、口を開けて……コレを飲んで下さい。体の恒状維持機能を活性化させて、傷を治す効果があります……』



口に入れられたその薬を、アルフは飲み込む
そして声の主はアルフの傷を消毒し、薬を塗り、包帯を巻いていく

普段なら怪しむところだが、この声の主は何故か信用できた。



『良いですかアルフ、良く聞いて下さい。貴方はこれから二時間、薬の副作用でまともに体を動かす事はできません
ですが安心して下さい、プレシアはまだフェイトに何もしていません。プレシアはその準備に、今から最低でも三時間……
いえ、慎重を重ねて……恐らく四時間以上は費やすでしょう』



その声が、アルフの耳に響く



『プレシアは過去に二度、大きな失敗をしています。それ故に準備には一切の抜かりも妥協もせず、念入りにその準備をする筈です
だから、まだ時間はあります……ですから、貴方はここで三時間……体を休めて下さい』



フェイトを助けたければ、先ずは体を癒せ
声の主は、アルフにそう言っていた。



『これを体の下に隠して下さい。このデバイスに、フェイトの幽閉場所と時の庭園のマスターコードを入力しておきました
この牢獄と部屋の鍵も、既に解除してあります。プレシアもすぐには気付かないでしょう』



声の主はそう言って、そのカード型のデバイスをアルフの体の下に潜り込ませる



『そして、今から約三時間後……プレシアからフェイトを取り返す、絶好の機会が訪れます
その時、貴方がフェイトを助け出して下さい……そして助け出したら、すぐにここから逃げて下さい』



やる事を全て終えたのか、声の主は牢獄から出る



『それでは、頼みましたよアルフ』



足音が僅かに遠ざかる
そして咄嗟にアルフは声を上げた



「……ま……待って……」

『何ですか?』



足音は止まる



「……あ、アンタは、一体……」

『…………』



その声の主は、僅かに考えて








『それじゃあ、それはアルフの宿題にしておきます』








その声は、どこか懐かしい響きを纏わせてそう答えた。















続く










あとがき
 今回ウルキオラもアリシアも全然出てねええええぇぇぇぇぇぇ!!!!

どうも作者です、最近は金欠気味なので軽くやれるバイトを探している最中です。
前回に引き続き、今回もそれなりに話が進みました。ここまで書いてくると、なんか段々と物語が終わりに収束していく事を実感しています

今回は、主に二キャラについてしか描かれていません
一人はアルフ、何かアルフに関しては原作とそれほど役は違っていません。ただ怪我酷くなって幽閉されただけです
ですが、次回も少しアルフには頑張って貰う予定です

さて、もう一人……これ、絶対に皆気付いてますよねー、隠す意味なんかないですよねー

だって、アレですもん。明らかなアレですもん……

今回、BLEACH原作でもあった内面世界について描かせてもらいました。原作の一護とは少々違った、感じです
こちらもそれなりにオリジナル色が強いので、人によってはそれなりに違和感があった方もいらっしゃるかもしれませんが
そこはスルーして貰えれば、作者的には非常に助かります


それでは次回、フェイト奪還戦に続きます





[17010] 第壱拾伍番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/04/10 18:38



「出来たー!!」


時の庭園のウルキオラの私室にて、アリシアは声を高らかに上げてそう言った
そしてそのアリシアの言葉を聞いて、ウルキオラは読んでいた本から視線を一旦外して


「そうか、ならさっさと出て行け。邪魔だ」

「ふふん、コレを見てもまだそんな事が言えるかなー?」


ウルキオラの言葉を、アリシアは不敵な笑顔と共に返す
そして、手に持っていたソレをウルキオラに見せた。



「ジャジャジャーン! これなーんだ!」

「ゴミ」

「違うよ!! 腕輪だよ! う・で・わ!!!」



そう言って、アリシアは頬を膨らませてウルキオラに抗議をするが、当のウルキオラは既に読書の体勢に戻っている

そしてそのウルキオラの正面に回りこんで、アリシアは再び手に持っていた腕輪をウルキオラに見せ付けた。



「えへへー凄いでしょー、良いでしょー。これね、私がビーズで作ったんだよ」



ニッコリとウルキオラに笑いかけて、アリシアは自慢げに誇らしげに語る。

その腕輪は、赤と黄のビーズで作られた腕輪だった
恐らく、金髪と赤い瞳のアリシア自身をイメージした物なのだろう

プレシアの『研究』の成果により、アリシアは限定的ではあるがこう言った行動も出来る様になったのだ
先ほどまでは、恐らくこれを造る作業に没頭していたのであろう。



「それでね、これがおかあさんの分」



そう言って、アリシアはもう一個の腕輪を見せる
その腕輪は青と紫のビーズで造られた腕輪だった。



「本当はね、紫と黒にしようと思ったんだけどねー、黒ってなんか暗いでしょ?
だから、おかあさんが大事にしているあの蒼い石と同じ色にしてみたんだー」

「そうか、俺なら赤一色にするがな」

「??? なんで?」

「あの女は血生臭い事が好きそうだからな」

「そんな事ないよー!! もう、ウルキオラはいっつも意地悪言うんだから!」



そう言って、アリシアは再び頬を膨らませて僅かに怒った表情をするが



「でも良いのです。わたしは立派な『れでぃ』なので、大目に見て上げるのです」

「ああ、確か実年齢三十過ぎの年増だったな」

「年増じゃないもん!! 『れでぃ』だもん!!」



ウルキオラの言葉に、アリシアは顔を赤くしながら反論する
人間の女性にとって、三十歳周辺と言うのはいわゆる『複雑な年頃』である

やはり実年齢三十過ぎ(五歳+死後二十六年)と言うのは、幼子のアリシアとは言え少しショックだった様だ。


「そうか、ならさっさとここから出て行け。好い加減喧しいぞ」

「もう! そんな事言ってたら、ウルキオラには腕輪上げないよ!!?」


そう言って、アリシアはソレをウルキオラに見せた。


「……何だソレは?」

「腕輪だよ、ウルキオラの分の腕輪! どう、良く出来てるでしょ! 色もね、ウルキオラの白い肌と目の色に合わせたんだよ!」


そう言って、アリシアは「ふふん」と鼻を鳴らして笑う
その手にあるのは、白と緑のビーズで作られた腕輪

ウルキオラの白い肌と緑の瞳をイメージした色合いだった。



「これもね、わたしの手作りなんだよ。だからウルキオラに上げるね!」



そう言って、アリシアは強引にウルキオラに腕輪を手渡すが


「要らん、必要ない」

「何でー! 別に良いじゃない、上げるってばー!!」

「要らん物は要らん」


そんな問答が数回続き、アリシアは「うー」と唸るようにウルキオラを見つめて
次の瞬間



「今だ、隙ありー!!」



そう言って、アリシアはウルキオラに飛び掛るが



「ああ、隙だらけだ」

「あり?」



ガシリ、と
ウルキオラはアリシアの顔を鷲掴みにして、窓を開けて


そのまま、中庭へとブン投げた。



「みぎゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



アリシアの声が響き渡るが、その姿と声はどんどん遠ざかっていき


「ほわわあぁ!!」


という声と共に、アリシアは中庭の池の中へとダイブした


「……これで暫くは落ち着けるか」


そう言って窓を閉めて、ウルキオラは再び本に視線を置いて




その霊圧に気付いた。










第壱拾伍番「狂い始めた計画」










「……がぼ! ご!!」


突然の胃の軋みを感じると共に、プレシアは咳き込んだ

その手で咄嗟に口元を覆うが、気がつけばその手は赤い血で染まっていた。


「……ち、ぃ……無駄な、時間を……」


服の中から薬品ケースを取り出して、そのままジャラジャラとカプセルタイプの薬を取り出して
適当に掌にぶち撒けて、そのまま煽る様に飲み込んだ


そして、少しの間を置いて体中に蔓延していたドス黒い唸りは沈静し、落ち着いていった。



「……ここの所の、無理のツケね」



思い返す様に、プレシアは呟く
プレシアは元々重度の病に冒されている

フェイトやアリシアの前では平常を装っていたが、その症状は既に定期的な薬物摂取なしでは
その命を維持できないレベルにまで達している。


最近は研究、そしてアリシアとの時間の為にまともな睡眠など取っていなかった

これら二つの事に比べたら、睡眠に割く時間そのものが勿体無いとプレシアは判断したからだ
そしてこれは、それ故の反動という訳だ。


だが、睡眠という物はとても大事だ
プレシアもそれは理解している

故にここ数日は十分な睡眠を取って、万全な体調で今日を望むつもりだったが……
やはり己の体に巣食った病自体はどうする事もできない。



「……コレばっかりは、どうしようもないわね」



プレシアは、己の体の事を十分に理解した上で今日のこの準備をしていた

そして、プレシアは胸元のソレのスイッチを入れる


次の瞬間、プレシアの体には活力が満ちていった。


プレシアの胸元に取り付けられているのは、逆三角形の銀色の小さなプレート
そしてそのプレートには、蒼い宝玉が埋め込まれている

ジュエルシードだ。



「……ああ、もう……時間をロスしたわ」



僅かに惜しむ様に呟く
ここで無駄な事に時間を割きたくはないが、自分が倒れてしまったら元も子もない

現在手元にあるジュエルシードは十二個、これはその内の一個

そしてプレシアの胸元のプレート型のデバイスは、ジュエルシードを用いた生命力増幅装置だ


嘗てのウルキオラとの会話の際に思い付いた、ジュエルシードの使用方法

ジュエルシードの魔力を生命力として、弱った体に注ぎ込む
これはその体現だ

この十日にも及ぶ研究の過程で、プレシアが考案し造り上げた物の一つだ。


「……もう、良いわね」


そう言って、プレシアはスイッチを切る
そして体の調子を確かめる様に、手を軽く握る

これにはプレシアの病を治す効果は無い
あくまで、弱った体に生命力を流し込む……それだけだ


言ってしまえば、穴の開いたバケツに水を注ぎ込むのと一緒だ
肝心の穴を塞がなくては、意味が無い


そして、この魔力は……プレシアには大き過ぎる、強すぎる
実用可能な段階にまで来たとはいえ、ジュエルシードの魔力そのものが強大なのだ

黒い絵の具が、他のどんな色の絵の具も飲み込んでしまうのと一緒だ


黒は、如何に薄めようとも黒
今のアリシアにこれを使えば、アリシアは一瞬にして飲まれてしまうだろう


そして余りに長い時間使用すれば、プレシアですらも死に追いやりかねない代物

穴の開いたバケツでも、一度に大量の水が注ぎ込まれれば……当然溢れる


その溢れた魔力は、他ならぬプレシアを死に追いやる……そういう事だ。



「だけど、もうすぐ……もうすぐよ」



そして、プレシアはソレに視線を移す

その目に映るのは、ベッドの上に寝かされた少女……フェイトだ

今までの苦痛も苦悩も、全てはこの日の為のもの

最愛の娘を生き返らせる為のもの

そして、こんな筈じゃなかったこれからを取り戻す為のもの



プレシアは再び、準備に没頭した。











彼女は、時の庭園のとある一室に居た

そこは、時の庭園の核とも呼べる部屋
配電設備、汚水浄化ポンプ、セキュリティー操作、魔力還元動力システム……その他全ての
時の庭園の命とも言える全てが、そこでコントロールできる部屋だ。


もちろん、ここにもそれ相応の警備と守りはある

頑丈なセキュリティーと、自律動作で敵を迎撃する傀儡兵

その警備システムをその筋の専門家が見れば、間違いなくこう評価するだろう


正に、難攻不落と……。



「…………」



しかし、その警備の内に彼女は居た
セキュリティーと傀儡兵が守るラインの内側に居て、その部屋の端末に向き合っていた。


力で突破したのか?
いや違う

その部屋には、戦闘の痕跡すらなかった


では、構築しているシステムそのものを破壊したのか?
いや違う

警備システムは、依然完璧に近い状態で今も動いている


では、どうやって彼女は侵入したのか?


答えは、簡単だ。


そもそも、彼女はそこに侵入すらしていない

正面から、堂々とその部屋に入室したのだ。


どんなに完璧なセキュリティーでも、そこが重大な意味を持つ部屋なら……当然、必要に応じて入室できる様にしなくてはならない

それは必要不可欠な処置



彼女は、知っていたのだ。

そのセキュリティーを通過する為の、時の庭園の『マスターコード』を

彼女は、初めからここに侵入する必要などなかった

既に門を開けるための鍵を持っていたのだから、無理にこじ開ける必要はなかった



では、なぜ彼女がそんな重要な鍵を持っていたのか?
では、なぜ彼女がこの時の庭園の『マスターコード』を知っていたのか?


これも、答えは簡単である。


彼女は、教えられたからだ
重度の病に冒され、それでも研究に没頭する主に、教えられたからだ

時の庭園の『マスターコード』を知る者から、時の庭園の主であるプレシア・テスタロッサから教えられたからだ

自分の代わりに、貴方に此処を任せると……この部屋に関する全権を、嘗てプレシアから任されたからだ。



「……思った通りです。ここも、パスワードは以前のままですね」



彼女は、安堵したかの様に呟く
ここに入る前に確認はしたとはいえ、それでも一抹の不安はあった

嘗てのプレシアは、彼女に対してはそれなりの信頼を寄せてはいただろう

何故なら、相手は自分を決して裏切れない存在なのだから

何故なら、相手は自分に決して逆らえない存在なのだから



「……皮肉なものです」



自分は彼女を裏切らない、裏切れない
自分は彼女に逆らわない、逆らえない

だから、その秘密を他言する事はない

そう思ったからこそ、プレシアはここのパスワードも、マスターコードも変えなかったのだろう


今の彼女は、嘗ての彼女ではない
プレシアによって命を支えられていた、プレシアが知る彼女ではない


だからこそ、彼女はこうして堂々と攻め入る事が出来た

もはや消えた筈の存在が、こうして動けるからこそ……彼女は、こうして行動する事が出来た。



「……でも、もはやこれ以上は見逃せない」



もはや袂を別ってしまったとは言え、彼女は今でもプレシアに感謝しているし尊敬している

出来れば、こんな真似はしたくない……真っ向から対面して止めたい
それが、彼女の気持ちだった


でも、それでは守れない。


もはや、今のプレシアは言葉では止まらない。

そして、今の自分の力でも真っ向から立ち向かって確実に止められるとは思えない


プレシアの実力と魔力は、他ならぬ彼女自身が良く知っている
ましてや、ここの本来の主はプレシアなのだ


戦闘になれば、この時の庭園の全てが彼女の敵になるだろう


だから、彼女は隠れて動く
自分が守りたい者を守る為に、自分が救いたい者を救う為に、彼女はその牙を静かに研ぐ


そして、全ての準備は整いつつある。



「……まだ、フェイトは無事ですね」



別の端末から、時の庭園のサーチャーに接続してその映像を映し出す

フェイトは未だベッドに寝かれていて、その傍ではプレシアが忙しなく周囲の機材や機械の動作チェックをしている。



「……もう、あまり時間はありませんね……」



時計を見て確認する

もう少しで約束の時間になる。



そして彼女は、端末を操作していくつかの設定を改竄する

本来はマスターコードそのものを変えてプレシアの介入自体を防ぎたい所だが、流石にソレは無理だ
マスターコードの変更は、プレシアだけにしか出来ない

それに、下手な事を行えば……今のプレシアは本当に何をするか、彼女には想像がつかなかった。


藪を突いて蛇ならぬ、大蛇を出す様な事態は避けたい


故に彼女は、自分に出来る最善を行う。



「……これで、よし……」



必要な事を全て終えて、彼女はそこから退室する

そして彼女も、その闘いへと赴く。















「よし、こっちの動作も問題ないわね……シミュレーターの方は、よし、問題ない」


プレシアは、依然その行為を続けていた
準備と確認、その機材の動作の一つ一つのチェックをして、万が一の失敗の危険を排除する


プレシアは、過去に二度大きな失敗を経験している


一度目は、次元航行駆動炉『ヒュードラ』

二度目は、プロジェクトF.A.T.E


そのどちらも、回避できた筈の失敗だった
そのどちらも、本来は失敗しない筈の失敗だった


故に、彼女は怠らない
その危険性を徹底的に排除をして、万に一つ……いや、億に一つの失敗の可能性も許さない

もはや、それは狂気とも言える感情

だが、プレシアはその事に……決して苦痛を感じていない

それどころか、高揚し昂ぶる精神を無理矢理に抑え付ける為の行動にも見えた。



「……ふ、ふふ……もうすぐ、もうすぐ……やっと、取り戻せる……」



今まで、何度も絶望した
今まで、何度も挫折した

愛しい娘を生き返らせる為に、愛しい娘を再びこの手で抱きしめる為に、何度も何度も絶望と挫折を繰り返した


何度も絶望した、何度も挫折した
だが、一度も諦めなかった

自分は決して諦めることなく、ありとあらゆる可能性を探った



そして、とうとうその転機は訪れた。



ウルキオラ・シファーとの出会い

そして、アリシアとの再会

二十年以上の雌伏の時を超えて、やっと自分はその可能性を手に入れた



アリシアとの再会は、自分からあらゆる苦痛も絶望を取り除いてくれた

ウルキオラとの出会いは、自分の頭脳に新たな可能性の光をくれた

この二つのいずれかでも欠けてしまっては、今の自分は存在しなかっただろう



ああ、やっとだ

やっと、取り戻せる

こんな筈じゃなかった未来を、こんな筈じゃなかったこれからを……やっと取り戻せる



そして、プレシアは次の機材の点検に移ろうとして






時の庭園の、全ての明かりが消えた。






「……停電?」



突然の暗闇に、プレシアはそう呟く

一瞬、電力を消費しすぎたか? とも思ったが
今日これから行う事は、その全ての事を実行しても時の庭園の電力・動力には、十分な余裕がある事は確認済みだ



そして、プレシアは思う

おかしい、と



もしもこれがただの停電、漏電、電力の過剰消耗の類だったのなら、直ぐに予備電源に切り替わる筈

だが、幾ら待ってもそんな気配は一向にない



僅かに生まれた疑念




「……まさか……」




そう思った瞬間、プレシアの行動は早かった

即座に手に持ったデバイスから、魔力灯を燈して部屋の中の確認し

そして



「んな!!!」



思わず、声を上げた

プレシアの目に映るのは、空になったベッド


先ほどまで寝ていた筈のフェイトの姿が、忽然と消えていた



……消えた!!?……

……何で!? どうして!!? あんな一瞬で!?……

……さっきの停電は!? 今のこの状況は!!? なに、何!……


……一体、何が起きている!!!……



数秒のパニック


そして直ぐに冷静さを取り戻して、手に持ったデバイスから時の庭園のメインシステムに繋げる。


そして



「……な!!!」



再び、プレシアの驚愕の声が上がる

誰かが時の庭園のシステムの一部を、改竄した痕跡があった。



「誰が、一体誰が!!!」



このシステムに介入するには、マスターコードとパスワードの認証が必要な筈
そして、その二つを知るのは自分だけの筈

即座にその疑念について考えるが、直ぐにその思考は置く


今は他にする事がある

直ぐに明かりを復活させて、時の庭園の全てのサーチャーを起動させる


そしてプレシアの目の前に、幾つものディスプレイが浮かび上がり
その二つに、ウルキオラとアリシアの姿を見つけてプレシアは一瞬安堵する


だが






「あの駄犬があああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」






これ以上に無い憤怒の形相で
それだけで人を殺せる程の音量で、プレシアは叫んだ


全ての怒りと憎しみを凝縮した様な叫びだった

浮かび上がったディスプレイの一つに映ったのは、フェイトを抱えて走るアルフの姿だった

どうやって牢獄から抜け出したかは知らないが
恐らく停電で自分が動揺していた隙を突いて、この部屋から静かに連れ出したのだろう



「逃がすかあぁ!!! 逃がしてたまるものかああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



再び彼女は叫び
彼女は即座に、その追撃を行った。














「……ちぃ! ここまで来れたのに……!!」


悔やむように、アルフは呟いた

あの自分を治療してくれた声の主に従って、自分はこうしてフェイトを取り返せた

だがやはり、プレシアもそのままでは終わらなかった。


アルフの目の前に、まるでその道を閉ざすかの様に何体もの傀儡兵が立ち塞がった

そして次の瞬間、それらはアルフに襲い掛かった。


「……ぐ!!」


攻撃を避けて、サイドステップで移動するが
その瞬間、アルフは苦悶の表情を浮べた。


ミシリと、プレシアにやられた傷が痛んだからだ

如何に痛みが引いたとはいえ、それは一時的なものに過ぎない

まだアルフの傷は完治していない、如何に薬と治療を受けたとはいえ
たかだか三時間の休養では治る程の傷ではなかったのだ。


そしてその痛みを切っ掛けに、傷がズキズキと痛むが



「そこを、どけええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!」



アルフの拳が、傀儡兵を打ち抜いて砕く

アルフの足が、傀儡兵を薙ぎ倒して沈める

アルフの鎖が、傀儡兵をそこに繋ぎとめる

アルフの魔力弾が、傀儡兵に風穴を空けて撃ち抜く


ここまで来て、アルフは負けられなかった。


片手でフェイトを抱えて、足と片手と魔力弾で傀儡兵を迎撃する。



しかし



「……ちぃ! 何体いるんだいコイツらは!!」



次々と、傀儡兵は増えていく
倒しても倒してもキリが無いし、自分は万全の状態ではない


まさにジリ貧、段々とアルフは追い詰められていった。



「……くそ! くそおぉ!!!」



だが、諦める訳にはいかない

フェイトだけは、主だけは絶対に守る

その意思を込めて、再びアルフは闘志を露わにする



そして、その声は響いた。






「よく、ここまで頑張りましたねアルフ」


「……え?」






次の瞬間
アルフの目の前に、一つの影が躍り出て

自分に襲い掛かった傀儡兵は、一瞬にして切り裂かれていた



「……な、あ……え?」



アルフの目の前に現れたその人物

突然自分の前に現れて、敵を切り裂いたその人物


その突然の事態に、アルフは思わず唖然としながらもその人物を見る


白い上着、足元にまでかかる長い裾の服、黒い靴
顔は見えないが、肩に掛かる程の長さの薄い茶髪、その頭の上にある白い帽子


その瞬間

アルフの頭の中に、とある人物が過ぎった



「……まさか……」



その人を、アルフは知っていた

なぜなら、その人は嘗てずっと一緒にいた人

自分とフェイトに、少しの厳しさと大きな優しさで接してくれた人

フェイトにとって、その人は師であり、姉であった

自分にとっては、その人は師であり、姉であり、母の様な人だった



「……まさか……あ、アンタは、まさか!……」



動揺を隠し切れず、アルフはその人物に問いかける


自分とフェイトに、心からの愛情を注いでくれて

自分とフェイトが、心の底から大好きだった人




「……あらあら、今頃気付いたんですかアルフ?」




アルフは知っている、その声を知っている

何で、気付かなかったんだろう

どうして、分かんなかったんだろう


アルフは、そんな風に自分に問いかけた


その“彼女”が振り向く

その目に映ったのは、アルフが思った通りの人物だった




「……リ、ニ…ス?」




そのアルフの言葉を聞いて、“彼女”は微笑んだ。



「はい。ただいまです、アルフ」















続く











あとがき
 何気に今回も中々の修羅場でした、何とか物語を収束出来る様に頑張りたいと思います。

さて、本編では遂にリニスも参戦。今回のフェイト奪還戦にだけで言えば、間違いなく一番の功労者です

小説版のなのはを読んで、プレシアは時の庭園の殆どの事をリニスに任せていた様な描写があったので、あんな感じになりました


あと、本編でも描いてありましたが……リニスにはマスターコードの変更はできません、これが出来るのはあくまでプレシアだけです

なので、リニスも本当は色々と妨害工作をしたかったのですが、結局はそういう事をしてもプレシアには通用しないし、
下手な事をすれば、プレシアが何をしでかすか分からなかったので、少し自粛した感じです


さて、次回はフェイトの奪還戦・第二話。次回はウルキオラも色々と動き出す予定です

そして管理局側にも、少し新しい動きが出るかと思います

それでは、次回に続きます



追伸 最近は無印編も終わってない癖に、A’s編のプロットを組み始めていた事に少し反省しました。




[17010] 第壱拾陸番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/04/13 19:32





「ドえらい目に遭ったんだよ!!」


正に怒り心頭、そんな表情をしながらアリシアは目の前の男に言い放った
その額には青筋が浮かび上がって、顔はトマトの様に赤くなっていた。


「ウルキオラはわたしの事を一体何だと思ってるの! 十文字以内で簡潔に答えなさい!!」

「ゴミ」

「まさかの二文字!!?」


即答にして、一刀両断
アリシアの怒りの問いを、ウルキオラは間髪置かず答えた

そしてその答えを聞いて、アリシアは深く溜息を吐いて


「……まあ、今の答えは簡単に予想は出来たんだけどね……」

「良かったな、一つ賢くなったぞ」

「嬉しくないんだよ!!」


『ふかー!!!』と、猫の様に威嚇しながら、アリシアは再びウルキオラに噛み付く様に文句を言うが


「酷いんだよ! ウルキオラは何! わたしの事が嫌いなの!?」

「お前はゴミに対して好き嫌いの感情が湧くのか?」

「まさかの想定外だよ!!!」


そう言って、アリシアは驚愕と落胆が入り混じった表情をして、体を仰け反らせる

次いで、アリシアは更に顔を紅潮させてウルキオラを睨み付けた。


「受け取ってくれてもいいじゃない! わたしからのプレゼントなんだよ!! 一生懸命作ったんだよ!!」

「黙れ喧しい、要らん物を受け取る理由がない」

「そこが間違ってるんだよ! 心が篭ったプレゼントはね! それだけで受け取る理由がてんこ盛りなんだよ!!」


「……心?」



何気ないアリシアの放った言葉の中の、一つの単語

その僅か三文字の単語に、ウルキオラの興味が少し動いた。



「……そういう物なのか?」

「そうなんだよ! 大体ウルキオラは変な事を難しく考えすぎなんだよ!! そんなんじゃ、楽しくないよ!」



そう言って、アリシアはそれが当然だと、そんな響きを纏わせて言う

少し間を置いてウルキオラは考えるが、やはり今一つ理解ができない。



「……良く分からんな。俺には理解し難い事だ」



それは、ウルキオラにとって当然の答えだった
要らない物を所有した所で、それは邪魔になるだけ無駄なだけ

増してや、人間とは惰弱なくせに悪知恵だけは働く生き物だ
理由の無いもの、意味のないもの、それらを何も考えなしに受け取れば、どんな害を被るか解かったものではない

それは道理に合わない行為、合理的ではない行い


人は、それを無駄と呼ぶ
そしてそんな無駄な行いをする者を、人は愚者と呼ぶ


だから、ウルキオラには理解できない
アリシアの言葉も、行いも、その全てが理解できない。



「だーかーら、その時点でウルキオラは間違ってるの」



しかし、そんなウルキオラの思考を遮って、アリシアは言葉を放つ


「……何?」


自分は、間違っている
そう断言されて、ウルキオラの目が僅かに動くが



「貰って欲しいから上げる! 欲しいから貰う! それで十分なんだよ!
わたしは心が篭った物をウルキオラにプレゼントできて嬉しい! ウルキオラはわたしの心の篭ったプレゼンドを貰えて嬉しい!」

「…………」

「理由とか理解とか、そーゆー難しいのは要らないのです。それで十分なのです、何も難しい事は無いのです」



その言葉を聞いて、ウルキオラは少し考えた

考えるな、感じろ
欲望のままに、感情のままに行動すればいい

いまアリシアが言った事は、つまりはそういう事だ。



……なんだ、ソレは?……

……それでは、獣と何も変わらないではないか?……



ウルキオラは、そう思った

何も考え無しに、感情と本能のままに動く……それは正に獣だ

だが、自分は違う
自分には知性がある、理性がある。言葉も扱え、知識と知恵もある。


だから、ウルキオラは思った。



……だから、自分は理解できなかったのではないか?……と



「…………」



黒崎一護も、井上織姫も、

自分が心の力を感じた者は、揃って合理的な思考・合理的な行動から外れていた

無謀な行い、無謀な考え
まるで雑音の塊の様なその在り方

それが、奴等の心を根源とした力の在り方だったからだ



そう、心とは……合理的な物ではない

そういうカテゴリから、外れているもの

知性と理性を持つ者から合理的思考・合理的行動、それらを取り払ってしまう……そういう物



だから、自分には理解出来なかったのかもしれない。


合理的でない物を、合理的に理解しようとしていたから、自分は理解出来なかったのかもしれない。



だから、自分は興味を抱いたのかもしれない。



合理的ではないから、理解ができないから、

予想も検討もつかないから、自分にとっては未知の物だったから


そういう物だと、解かっていたから


自分は、ここまで『心』という物に興味を抱いたのかもしれない。



「だからはい、ウルキオラ」



そう言って、再びアリシアはウルキオラに腕輪を差し出した

白と緑の、ビーズの腕輪



「……そうだな……」



だから

ウルキオラは、少しアリシアに習ってみる事にした

心が、合理的な考えでは理解できないものなら


自分も少し、合理的ではない……少し、『無駄』な事をしてみよう。



(……前にも思ったな……無駄な事は、無駄ではない……)



だから、ウルキオラはソレを手に取った



アリシアの手から、その腕輪を手に取った




ウルキオラは無言だった、言葉は無かった


でも、それは必要なかった
それだけで、アリシアには十分だった。



「一生懸命作ったんだから、大事にしてねウルキオラ!!」



アリシアは、輝くような笑みを浮べてそう言った



そして

突如、二人の視界が黒に染まった。










第壱拾陸番「狂った計画&整った計画」












「……ほ、本当に……リニス、なのかい?」

「一応、本物のつもりですよ」


アルフは、動揺で声を震わせながらも目の前の人物に尋ねた。

自分とフェイトの師にして、世話係だった人

自分とフェイトの、もう一人の家族だった人

心の底から、本当に大好きだった人



そして、本当はもういない筈の人。



「……リ、ニ…ス……!!……リニス!!」



だけど、解かった
アルフは解かった


記憶のままの顔
記憶のままの声

記憶のままの温かさ
記憶のままの優しさ


この人は、ニセモノではない
この人は、幻でも他人の空似などでもない。


本物だ

紛れも無い、本物

本物の、リニスだ。



「さて、感動の再会を喜びたいのは山々ですが……」

「……うん、うん……分かってるよ」



アルフは頷いて、目元を拭う。

そう、今はまだその時ではない

今の自分達には、他に優先するべき事がある
先ずは、フェイトを安全な場所にまで逃がす


次の瞬間、二人は背後から槍と剣が襲いかかり


二人は同時に左右に跳んだ。



「アルフ、全ての傀儡兵を相手にする必要はありません! 
背後は私がサポートをしますから、貴方はこのまま転送装置の部屋まで突き進んで下さい!!」

「了解!! オラオラアアァァ!!! そこをどきやがれえええええぇぇぇぇ!!!!」



アルフは頷いて、前だけを見据えて敵の殲滅に掛かった

背後からの攻撃は、もう心配しなくていい


なぜなら、信頼の置ける人がそこにいるから

リニスが、そこを守ってくれているから


だからアルフは、何も心配する事はなかった。


拳で相手を沈める

蹴りで相手を凪ぎ飛ばす


相手の剣を、中腹を叩いてヘシ折る
相手の槍を、柄を握って奪って逆に突き刺す
相手の斧を避け、そのまま跳んでカウンターを喰らわす



「これがあたしの、全力全開!!」



魔力弾をその場に形成する

その数は一つ、二つ……三つ……五つ……七つ……十!


そして十の魔弾は、瞬時に膨れ上がる

掌大の光球から、人すらも飲み込む砲弾へと進化する。



「フォトンランサー・ブリットシフト!!!」



十の砲弾は、轟音を振り撒きながら放たれて

目の前の傀儡兵を、一気に弾き飛ばした。








「……アルフ、本当に強くなりましたね……」


その様子を見て、リニスも感慨深く呟く。

今の砲撃は、「フォトン・ランサー」は嘗て自分が二人に教えたもの
当時はあのフェイトですら、一度に三つ出す事が限界だった筈

あの仔犬の様に小さかったアルフが、今はこうして自分と同じ土俵に立てる程までに成長してくれた。



「……さて、久々の実戦ですね……」



そしてリニスも、その闘いに出る。

両手で魔力弾を形成して、傀儡兵を撃つ
そして相手の体勢を崩すと同時に相手との距離を詰めて、腰の刀に手を掛けた


そして、白銀の一閃

白銀が三日月の軌道を描いて、傀儡兵を一刀の下に両断する。



「……ふむ、腕力じゃなくて……技で斬るという感じですね」



その手応えを確かめる様に呟く

嘗てフェイトに教えたアークセイバーとはタイプは違う

腕力と勢いを利用して敵を切り裂くアークセイバーとは違い


この刀は鋭さと速さ……いわゆる技術で敵を切り裂くタイプだ

それに、どうやらコレもただの武器という訳ではない様だ。



「……何というか、手に馴染みますね」



不思議な感触だった
剣術はフェイトにバルディッシュの扱いを教える為の、手習い程度の心得しかない

だが、不思議とその力は馴染む。

武器や道具ではなく、寧ろ己の体の一部ではないのかと思ってしまう程に、その刀はリニスの手に馴染んでいた。

そして、思い出す
あの世界で出会った、あの男の言葉を



――喜べ、今より俺の力は晴れてお前の物だ――



どうやら、単純な魔力の上乗せ……という物ではないらしい

リニスは、知っている
その刀の使い方を、知っている。

自分の手足を動かす様に、まるで最初から自分と共に在った様に、その刀を扱える。



「まあ何にしても、好都合です!!」



傀儡兵に一太刀二太刀と刀を振るい、敵を切り裂く

相手の反撃をサイドステップとバックステップで避けて、魔力を片手に込める


そして、砲撃魔法で一気に傀儡兵を薙ぎ払った。




「流石リニス、あたし達の師匠なだけの事はあるね!」

「褒めても何も出ませんよ。さて、今の内に脱出をしましょう……転送装置まで辿り着ければ、一先ずは安全です」

「了解、さっさとやっちゃいますか!」



前門と後門、その両門の敵を薙ぎ倒した
破壊こそは出来てはいないが、道は既に出来ている。


二人は、同時に駆け出す。

時の庭園の中を全力で走り抜けて、立ち塞がる傀儡兵を薙ぎ倒し、その足を進めていく


そして、目的の場所まで目と鼻の先までの位置にまで距離を詰めていた。



「アルフ、次の角を右に曲がって下さい! そこを曲がった所にあるドアを潜り抜ければ、後はもう僅かです!」

「あいよ! オラアアアァァァ!! 道を開けやがれええええぇぇぇぇ!!!」



襲いかかる傀儡兵を、二人は同時に殴り飛ばし、薙ぎ倒す、切り伏せる

そしてリニスはアルフの前に躍り出て、扉の横に設置された認証装置にマスターコードを打ち込む。



『読み取り完了、認証完了』



その機械音と共に、ドアは開いて

二人は同時にそこに飛び込み、部屋の中へと進入し



その男が立っていた。



「……そこまでだ」















「……あ、貴方は……」

「ウルキオラ……!!!」


最後にして、最悪の展開

アルフは此処に来て、最悪の敵との遭遇に驚愕を隠し切れなかった。

ウルキオラ・シファー……自分達が過去に闘った者の中でも、間違いなく最強の位置に居る者
その圧倒的な実力は、身を持って知っている。

嘗てはフェイトと二人で闘いながらも、その実力に圧倒された

今はここにリニスが居るとは言え、自分は万全の状態ではない
ここに来るまで、かなり魔力を消費した

正直な話、今闘って勝てる可能性はゼロに等しいだろう。



「破面……いや死神化、か?……存外、つまらない結果だったな」



ウルキオラが呟く
その目はアルフの隣に居るリニスを捉えて、観察する様に見つめている。



「……貴方にどういう意図があったかは知りませんが、貴方には感謝の言葉を言っておきましょう
貴方が私に力をくれたから、私はこうしてフェイトとアルフを助ける事が出来たのですから」



リニスもウルキオラの視線を真っ向から受け止める
そしてそのリニスの言葉を聞いて、アルフは驚いた。


リニスが、ウルキオラに感謝?

ウルキオラが、リニスに力を与えた?



「……どういう事だい、リニス?」

「言葉の通りですよ。私が今ここにこうしているのは、全てあの人のお陰なんです」



アルフの頭に過ぎった僅かな可能性を、リニスは肯定する

だから、アルフは解かった
どういう経緯が在ったか知らないが、リニスはウルキオラによって助けられたのだろう


そして、そのリニスが自分とフェイトを救った
それはつまり、ウルキオラは自分たち三人の恩人に当たるという事だ。



「……ウルキオラ、そこをどいてくれませんか? 私は、恩人である貴方とは闘いたくありません」

「あたしからも頼むよ! ウルキオラ、そこをどいておくれよ!! 私も、アンタとは闘いたくないよ!! 
どういう経緯があったかは知らないけれど、このリニスはあたしとフェイトの大切な人なんだ!
そして、その大切な人をアンタが救ってくれた! あたしも自分たちの恩人となんて闘いたくないよ!!」



そう言って、リニスとアルフはウルキオラに自分たちの意思を伝える

リニスとアルフは、ウルキオラにどういう思惑があってリニスに力を与えたのかは知らない
だが、ウルキオラは紛れも無く自分達の恩人なのだ

そしてウルキオラがリニスを助けたからこそ、アルフとフェイトはここに居るのだから



「……そうか、俺も出来ればこういう無駄な戦闘は控えたいのだがな……それでは、アレの怒りは納まらないらしい」

「……プレシア、ですね」

「怒髪天を衝くとは、正にあの事だろうな……怒り狂って俺に念話とやらを飛ばしてきたぞ」



その時のやり取りを思い出しているのだろうか、ウルキオラはやや疲れた様に息を吐いた。


ウルキオラが思い出すのは、あの突然の暗闇の後

ギャアギャア喚き騒いだアリシアを掌で制しつつ、部屋に光が戻ったその直後
プレシアから、烈火の如く怨念の様な念話が届いたのだ


どうやら、この二人にしてやられたらしい

気は乗らなかったが、それと同時に興味が沸いた。


嘗てこのリニスに施した、自分の仕込み


嘗て黒崎一護は、朽木ルキアに死神の力を譲渡されて成った死神だという



では、それなら破面ならどうなるのか?



もしもただの霊体に、「死神」と「虚」の力を同時に注ぎ込めば……果たしてどうなるのか?
自分が蒔いた種が、どの様に発芽したのか……ウルキオラは興味があった



だから、こうして態々ウルキオラは出向いてきたのだ。



(……虚の力も僅かには感じるが、殆ど残りカス程度だな……
……どうやら二つの霊力は互いに相殺し合って、死神の霊力のみが残った様だな……)


ウルキオラが、そうやって自分なりの考察を纏めていると




「なら、それならさ! ウルキオラ、このままあたし達と一緒に逃げよう!!」




二人の会話を割って、アルフがウルキオラに提案する様に叫んだ
そのアルフに、ウルキオラは視線を移す。



「あの鬼ババは、プレシアは! 本当にヤバイ、危険なヤツなんだよ! 今までフェイトにも暴力を振るって、無茶な用件を押し付けたりして!
今回はそれが輪にかかって酷いんだよ! やばいロストロギアの蒐集を命令したり、管理局を敵に回したり! 
得体の知れない計画を実行しようとしているし! 今までのヤバさとは次元が違うんだ!!

アンタだって、このままプレシアと一緒にいたら何されるか解かったもんじゃないよ!! だから、アンタも一緒に逃げようよ!!!」

「……少し、訂正しておこう」



そのアルフの言葉を聞いて、ウルキオラは答える。



「先ず、俺とプレシアは元々お前が考えている様な間柄ではない。互いにメリットがあるから協力している間柄に過ぎん」

「……なら、それなら尚更!」

「そして、俺はプレシアがどういう人間かは重々承知している。あの女が考えている事、あの女がこれからやろうとしている事
そしてそれらを理解したその上で、俺はあの女とは協力関係を結んでいる」

「……!!」



その言葉を聞いて、アルフの目が見開く
プレシアの計画を、知っている……そして、その上でプレシアに協力している。


それは、つまり



「……やっぱり、アンタもフェイトの敵なのかい?」

「そもそも味方になった覚えは無い」



即座に返されて、アルフはギリっと奥歯を咬んだ

リニスの恩人
フェイトの敵

自分の中では、それは正に両極端の位置の者だ

闘いたくない相手が、闘わなくてはならない相手なのだ。



「それに、だ」



ウルキオラは自分に向かって「一緒に逃げよう」、そう申し出たアルフの瞳を
真っ向から受け止めて




「お前は、俺がアレに劣るとでも思っているのか?」

「……!!!」




もはや、喋ることは無い

そんな響きを纏わせて、ウルキオラは二人に告げる。





「そもそも、俺はお前らに従う理由は無い。ゴミが俺に指図をするな」





その言葉を聞いて

そしてそのウルキオラを見て、リニスも悟った。





「……やはり、闘わなくてはならないのですか?」

「お前らがそのガキを此方に渡すのなら、話は別だがな」

「……なるほど」


そう言って、リニスは諦めた様に溜息を吐いて






「それなら、闘わずに撤退させて貰います」






次の瞬間

時の庭園を覆っていた守護結界が消え去った。






「……!!!」

「結界が!!」



その異常に、瞬時にウルキオラとアルフも気付く


そしてリニスは、既にその行動を起こしていた
リニスは、最初から予測がついていた。



――俺はフェイト・テスタロッサを殺す理由はないが……態々救ってやる理由も無い――



あの時、初めてウルキオラと会った時から

あの時、初めてウルキオラと会話した時から


こうなる事は、
自分がフェイトを救出する為に動いたら、ウルキオラが敵に回る事は
リニスには予測がついていた。



リニスは、ウルキオラの実力の一端を知っている

『あちらの世界』では、散々一方的にやられたから知っている

それに、ウルキオラだけではなくプレシア自身が介入してくる事も十分考えられた。



だから、リニスは考えた。

ウルキオラとも、プレシアとも、闘わずに時の庭園から脱出できる方法を探した。


そして、思い付いた。

時の庭園は、その周囲には常時外敵の侵入を防ぐ守護結界が張ってある
これは単純な防護能力だけではなくて、空間転移の侵入を防ぐジャミング効果もある

余程の力技や専門技術でも使わない限り、時の庭園の外から内に入る事は
また内から外に出ることは不可能である


故に、時の庭園には専用の空間転送装置が置いてある

そのジャミングの影響を受ける事無く、空間転移が出来る装置がある


だから、ソレを利用する
自分たちがここを脱出する際には、ソレを必ず利用する


少なくとも、プレシアは絶対にそう思う筈


だからこそ、リニスは仕掛けた

転移装置を利用しなくても、外に出られる仕掛けを施した



故に、敵の庭園の光を同時に消し去る仕掛けを施した時に
その仕掛けも施しておいたのだ。



時間が来たら、時の庭園の守護結界が一斉にOFFになる様に、仕組んでおいたのだ。



そう、初めから……リニスは闘うつもりはなかった、闘う必要はなかった
アルフとフェイトと合流し、その時間が来るまで、敵に捕まらない


それが、自分たちの本当の勝利条件だったのだ。



「貴方の強さはよーく知っています。例え私とアルフ、そしてフェイトの三人が相手でも勝てない相手だというのは重々承知です」



既に、リニスはその準備の全てを終えていた
リニスとアルフの足元には、既に魔法陣が現れていた

空間転移の魔法陣だ。



「それに、私は貴方に恩がある……出来れば貴方とは闘いたくない
だからこそ、こういう手段を取らせて頂きます」

「……貴様……」

「逃げるが勝ち、要はそういう事です」




逃亡を阻止しようと、ウルキオラが追撃の姿勢を取るが
既に、それは手遅れだった

魔法陣の光に照らされて





「それでは、また会いましょうウルキオラ」





リニスはそう言って、ウルキオラに微笑んで


三人の姿は、そこから消えた。

















続く











あとがき
 最近、PSPのリリカルなのはを買いたいのですが、あれって絶対にその内ストライカーズ版も出そうな気がするので、その時まで待とうと思っています。

さて、本編の話ですが
ウルキオラが遂にデレたあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!

十話以上の攻防の末、ついにアリシアがウルキオラに一矢報いました! 
最近は着々とアリシアは、本編において最強のポジションを築きつつあります。

そして、一方はリニスサイド。前回と今回は何気にスーパーリニスタイムでした
空間転移の装置に関しては実際には解かりませんが、原作でもそういう物が存在しているっぽい描写があったり
アニメでもなのは達が時の庭園に突入する時、最初から玉座に転移してなかった等の事から

時の庭園の結界には、外敵の侵入を防ぐ効果があるという描写を、自分なりに汲み取って今回の話を作りました

実際、プレシアの性格だったら外敵の侵入を防ぐ為の空間転移のジャミング位はしていそうな感じなんですよねー


あと、前回の感想でリニスはプレシアの使い魔なのにプレシアに反抗するはおかしいのでは?
という意見が多く寄せられていたので、少し補足させて貰います。

原作ではリニスの出番は少なく、あまりその人物像が語られていませんが
小説版のリリカルなのはでは、リニス視点の物語も少し描かれています。そしてその時のリニスは、明らかにプレシアに対して反感を持っています
あとは本編で、リニスがプレシアに秘密の保持を条件に自分の延命を約束させたというのも、小説で描かれていた事です

コレらの事から、作者はリニスはプレシアに対して明確な反抗心があると思い、使い魔という枷が無くなれば、あの様な行動を取ると思い描かせていただきました

後は、何気にウルキオラはこの作品で初黒星だったりします。グリムジョーにしてやられたあの時とパターンは似ている感じですね


後は今回管理局の側の話も描くつもりだったのですが、タイミングが掴めなくて次回になりそうです。


多分次回くらいから、無印編のまとめに入り始めると思います

それでは、次回に続きます。



追伸、今回の一連の騒動は、何気にウルキオラが全ての元凶だった件について





[17010] 第壱拾漆番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/04/18 11:07
今回は作者の俺理論爆発です、苦手な方がいたら注意して下さい
そして多少のツッコミ所はスルーしてやって下さい






=======================================












「どういう事よアレは!!!」


ありとあらゆる負の感情を込め、歪んだ表情
その顔を向けられれば相手が夜叉だろうが悪魔だろうが、裸足で逃げ出す程の迫力と威圧感があった。


そのプレシアの先には、一人の男
現在のプレシアの全ての怒りは、ウルキオラに向けられていた。



「おい、少しは音量を下げろ。耳に障る」

「そんな事を言っているんじゃない!! アレはどういう事! どうしてリニスが!! 死んだ筈の私の使い魔がいるの!!
……いいえ、問題はそこじゃない! 問題なのはフェイト! 
フェイトが奪われた!! アリシアの次の肉体が奪われたという事実よ!!!」

「……ああ、してやられたな」



そんな事は解かっている、その言葉を表情で表わしながらウルキオラは溜息を吐くが

その態度は、更にプレシアの怒りを増徴させた。


「サーチャーで全て見ていたわよ!! そして聞いていたわよ! 貴方とリニスの会話を!!」

「……ほう?」


興奮が冷める処か、一層苛烈に燃え上がった様にプレシアは語る
もしも、ウルキオラが自分の願いを叶える為の最重要素の一つでなかったら、とっくに感情に任せて
時の庭園の全ての力を持って、殲滅に掛かっていただろう。

そして、そのプレシアの言葉を聞いてウルキオラの目は僅かに動く
その瞳は、どこか興味の色を帯びていた。



「成る程、それで?」

「貴方が今回の騒動の、全ての元凶だと言う事よ!!! あのリニスは昔使い魔の分際でありながら私に意見し!
あの『人形』を擁護した不良品!! だから私は契約破棄して葬ったのよ!!
なのに、なのになのに!! 貴方が余計な事をした所為で、全てがパアよ!!!!」

「……ああ、成る程。そういう見方も出来るか」



だが、憤怒のプレシアと違ってウルキオラは至って冷静、平常そのままだった
そしてそのウルキオラの態度が、更にプレシアの怒りを燃え上がらせた。


「そういう見方?ですって……それしか無いわよ!!! 死んだ筈のリニスが、ああして私の邪魔をする……それが解かっていたから私はリニスを廃棄したというのに……!!!
この落とし前はどうつけてくれるの!!!!?」


あと一歩の所で、あと一歩の所で、自分の願いは叶っていた筈だった。

だが、それは再び自分の手からすり抜けた
自分の過失ではなく、協力者の余計な行動がこの失敗を招いた。


プレシアの怒りは、その臨界点をとっくに超えていた


そしてそのプレシアの更に苛烈な怒りを帯びた言葉を聞いて、ウルキオラは小さく溜息を吐いた
その顔に、怒りはない。

寧ろ、プレシアに対してどこか落胆する様な色すら帯びていた。



「……お前は、もう少し頭の良い人間だと思っていたのだがな……」



なぜ、気付かない?

どうして自分が言っている言葉の意味に気付かない?


それが、ウルキオラが思っていた事だった
そしてその言葉に対して、プレシアは更に顔を怒りで歪めた。



「……どういう意味かしら? 言っておくけど、今の私は下らない冗談に対して穏便に済ませられる自信はないわよ?」

「言葉通りの意味だ。お前の頭脳は優秀の部類に入るものだと思っていたが、どうやら少し過大評価をしていた様だ」



ギラリと、まるで烈火の如く炎すらも帯びていそうなプレシアの視線を受け止めながらも
ウルキオラは真っ向から言葉を繋げる。



「そもそも、お前は何故そう憤っている? 俺があのリニスに余計な真似をしたからか?」

「そうよ! 自分でも分かっているんじゃない!」

「成る程……俺が、『死んだ筈』のリニスに余計な真似をした事がお前が憤っている原因だと?」

「だからそうだと!! さっきから何度も……!!」





だが不意に

プレシアの言葉は止まった。





今、何かに引っ掛った

プレシアは、今まで自分が発していた言葉の「何か」に引っ掛った


自分の言葉を、何度も何度も頭の中で反芻して

そして、気付いた。





……何故、リニスが……


……「死んだ筈」の使い魔が、存在している?……





その瞬間
プレシアの頭の中に、電撃が流れた。



それは電撃的な閃き、閃光が瞬く様な発見
今まで自分というモノを形成し支えて来た脳に、新たな可能性という名の槍が一気に突き穿たれた。

その考えを持ったまま、プレシアはウルキオラを見る

その視線を受け止めて、ウルキオラは再び小さく息を吐いた



「……やっと気付いたか? 存外鈍感だな」

「……今までの言葉を、一旦取り消すわ。どうやら、貴方から少し聞く事が増えたみたいね……」



脳髄が沸騰しそうな程に茹っていたプレシアの頭の中は、今は嘘の様に落ち着きと冷静さを取り戻していた
猛り狂っていた炎が、そのまま絶対零度の冷気によって凍りついた様な、そんな奇妙な感覚

責任の追及は後でも出来る。
だがどうやら、それ以上にウルキオラの話を一刻も早く聞く必要がある。

プレシアはそう判断し

そしてその様子を見て、ウルキオラは漸くプレシアがまともな会話できる状態になった事を確認できた。



「さて、それでは話してやろう……お前にとっての、『もう一つの可能性』についてな」












第壱拾漆番「決戦への序曲」












「『テスタ』セットアップ、結界をお願い」

『ok,my muster』


そこはとある森の中、そこには三人の人影があった
そしてその人影の一つ、白い上着と袴の様な服に身を包んだ女性、リニスは手に持った黄色の宝玉にそう話しかける。

そして次の瞬間、自分達を包み込む様に小さな結界がそこに形成された。


「……さて、これで少しの間はやり過ごせるでしょう。後は安全な場所に逃げ込むまで、目立たず騒がずに行きましょう」

「……うん、そうだね」

「フェイトの方も、まだ目覚める様子はありませんね……プレシアに少し睡眠効果のある薬を使われたみたいですから、
無理には起こさず、今は寝かせておいた方がいいですね」

「うん、分かった」


そう言って、リニスの隣にいるオレンジ色の明るい髪の色の女性
アルフはリニスの言う事に頷いて、傍にある木を支えに抱えていたフェイトをそっと下ろした

そして、改めてリニスを見た。



「……本当、に……本当に、リニスなんだね?」

「はい。本物の、私です」



アルフの問いに、リニスは迷う事無く答えて
その答えを聞いて、アルフの目からは止め処も無く涙が溢れた。


「リニス……リニスー!!!」


次の瞬間、アルフはリニスに抱きついていた
母に甘える娘の様に、アルフは思いっきりリニスの体を抱きしめて、思いっきり涙を流した。



「……さっきも言いましたが、良く今まで頑張りましたねアルフ」

「リニス、リニス!……あ、たし!!あたし!!!」



何から話して良いのか、何を話して良いのか、アルフには分からなかった。
言いたい事は、たくさんあった筈だった
聞きたい事も、たくさんあった筈だった

でも、言葉に出来なかった。

言いたい事が次から次へと溢れてきて、洪水の様に頭から溢れてきて、

アルフの心はグチャグチャになって、

どうすれば良いのか分からず、どう言葉にして良いのか分からず、
言葉が出てきては浮かんで、そして沈んで

どうすれば良いのか分からなかった。


そして、そんなアルフの背中をリニスはそっと撫でた。



「……大丈夫、私はここにいます。そして何処にもいきません……だから、今は安心して泣いて下さい」

「うん、うん……!!」

「アルフ……本当に、強くなりましたね。ビックリしちゃいましたよ、今まで本当に頑張ってきたんですね?」

「うん、うん!!!」



そんな変わらないリニスの優しさが嬉しくて
そんな変わらないリニスの暖かさが嬉しくて

アルフの涙は、ボロボロと留まる事を知らない様に尚一層流れていた。

今まで、ずっと張り詰めていたモノが
リニスが居なくなってから、ずっとアルフの中で張り詰めていたモノが

一気に解き放たれた様な、そんな感覚だった。



「……アルフ、貴方にお礼を言わなくてはなりません。

ずっとずっと、貴方がフェイトを守っていてくれてたんですね……

ずっとずっと、貴方がフェイトを支えていてくれてたんですね……

不甲斐なく消えてしまった私の代わりに、ずっと貴方が頑張って来たんですね……」


「ち、がぅ……リニ、スは、ふがい、っぅなく、なんか……!!」



涙交じりの声のまま、アルフはリニスの言葉を否定しようとするが
そのまま、リニスはアルフの背中を撫でながら



「本当に、本当にありがとうアルフ。貴方が居てくれたから、フェイトを助ける事ができました」



そう言って、精一杯の感謝の気持ちをアルフに伝えて

その言葉を聞いて、アルフは再びリニスの体をより力強く抱き締めた


そしてアルフの涙が止まるまで、アルフの泣き声が止まるまで、リニスはずっとアルフの背中を撫で続けていた。






「……落ち着きましたか?」

「うん。ごめんリニス……みっともない所を見せちゃって」


そう言ってアルフは僅かに顔を赤らめてリニスに謝るが、リニスは特に気にしてはいなかった。


「いえいえ、そんな事はありませんよ? 寧ろ、昔に戻れた様で少し嬉しかったです」

「はは、そうかい」


そう言って、アルフとリニスは同時に微笑んだ

十分に泣いて落ち着きを取り戻したのか、アルフは再びリニスを見つめて



「……それでさ、リニス。聞きたい事があるんだけどさ?」

「私の、現状についてですね?」



リニスがそう言うと、アルフは「ウン」と小さく言って頷いた

そして、二人はフェイトの近くに腰を下ろした。


「……さて、先ほどのアルフの質問ですが……実は私も詳しい事は分からないんです」

「……そうなのかい?」


アルフは意外そうな顔して言い、リニスも頷いた。


「ただ……私はプレシアに破棄された後も、私の意識は存在していたんです。
酷く虚ろで曖昧なままでしたが、それでも私の意識だけは確かにそこに存在していたんです
私は時の庭園の中に、精神だけがずっと存在していた様な状態だったんです」

「……そう、なのかい?」

「恐らくは、プレシアが原因でしょう。プレシアは現在重度の病に冒されています……それ故に、完璧な形で使い魔の契約が破棄できず
微かな状態で、私というモノが残っていたのだと思います」


リニスは説明する
それを聞いて、アルフもどうやら自分の予想が出来る範疇外の事が起きていた事に、驚きを隠せなかった

そして、アルフは再び思い付いた様に質問をした。



「じゃあさ、ウルキオラのお陰でリニスが助かった……ていうのは?」

「それも、詳しい事は私にも分かりません……ただ、あの人は……あの人だけが、私の声に応えてくれたんです」

「リニスの、声?」

「はい」


再びアルフは不思議そうな表情をして、首を傾げる
そして再び、リニスはアルフに順序を立てて説明した。


時の庭園のとある一室で、フェイトの危機を知った自分はずっと声を上げて自分の存在を知らせていた事

その自分の声に誰も気付かず、誰も応えてくれなかった事

そして、その声に唯一ウルキオラが応えてくれた事
そしてそのウルキオラが、自分に不思議な力をくれた事

そしてその結果、自分はプレシアの魔力なしでもこうして存在できる様になった事

その全てを、リニスはアルフに説明した。



「……と、言う感じですかね?」

「う~ん、確かに……分かんない事だらけだねー」


期待はしてなかったが、やはりアルフには理解が出来なかった
とりあえずリニスの言った事を要約すると



・精神だけの状態のリニスに、ウルキオラが気付く

・ウルキオラがリニスに力をくれる

・リニス、自分の内部の世界(?)でウルキオラ(?)と闘う

・そして復活




「……とまあ、こんな感じかい?」

「はい、大体あっています」

「う~ん、やっぱ解かんない事だらけだねー」


そう言って、アルフは再び首を傾げて考える
だがやはり、分からないモノは分からない。


だから、アルフは思った。


今こうして、リニスが居てくれる
自分達の傍に、大切な人が居てくれる

ならば、それで良いじゃないか。



「……という訳で、この話はここら辺で終わりにしとかない?」

「まあ、概ね同意ですね」



そう言って、二人はこの話題に関して一旦打ち切る。

それに、今はそれ以上に優先させる事がある
二人の視線は、未だ目を覚まさないフェイトに向けられる。



「……これから、どうするかだね」

「そうですね」



それは、自分達のこれからだ。

如何に時の庭園を脱したとは言え、まだプレシアの脅威から逃れられた訳ではない
今こうしている内にも、プレシアの追撃の手は伸びているだろう

今はまだ大丈夫とは言え、それも長い時間は続かないだろう
あのプレシアの技術の高さだけは、アルフもリニスも良く知っているからだ。

そして、もしも自分達の居場所を特定されたら……今度は上手くいくかどうかは分からない

先ほどの様な相手の隙を突いた作戦も、今度は通用しないだろう。


それに、今はアルフも万全ではない
さっきの戦闘の影響で、塞ぎかかっていた傷がまた開いてしまった

やはり、安心して休める拠点も必要だ。


「……う~ん、コイツもちょいとメンドイね」


そう言って、アルフは再び考えるが



「いえ、そうでもないかもしれませんよ」



そのアルフの言葉を、リニスは軽く否定した

そしてアルフの視線は思わずリニスに向く。


「どういう事だい?」

「簡単な事です。確かに、プレシアの追撃はそう簡単に逃れられるモノではありません」


そう言って、リニスはアルフの困惑にも似た視線を正面から受け止めて



「それなら例え居場所が分かっていても、プレシアが追撃できない場所に逃げ込めばいいんですよ」



















次元航行艦『アースラ』・戦闘訓練室
その部屋に、二人の少年少女がいた



『どうなのはちゃん、ユーノくん、新しいバリアジャケットの調子は?』

「調子は良いですよ。前のバリアジャケットよりも、何て言うか疲れないです」

「ええ、前のヤツに比べたらかなり扱い易いです」


二人は部屋の中を飛んで、時に砲撃を撃ち、時にバインドを撃ち、その調子を確かめる

白と青を基調にしたバリアジャケットに身を包んだ茶髪の少女は、高町なのは
緑と茶を基調にしたバリアジャケットに身を包んだ金髪の少年は、ユーノ・スクライア

二人は、新調されたバリアジャケットの試運転をする為にこの部屋にいた

そして、そんな二人にエイミィからの通信が入る。


『前のヤツよりも、かなり燃費は良くなったからね。少なくとも魔力の負担は大分軽くなった筈だよ
前のヤツは通常モードと強化モードの二つだったけど、今回は強化モードに少し手を加えて全体的に性能は向上してあるからね。
後は二人に渡したデバイスには、クロノ君考案のラウンドシールドのデータも入れておいたから』

「はい、ありがとうございます」

「何から何までありがとうございます」


そして二人はその後少し訓練をした後着地して、バリアジャケットを解いた


「今日は、この位にしておこうか」

「うん、そうだね」


そして二人は訓練を終えて、その部屋から退室する

そしてその足は、クロノの病室へと向かって動き出した。


「そう言えば、今日は新しく応援の人が来てくれるんだっけ?」

「うん、もう来ている頃だと思うよ。多分リンディさんが今頃出向かえていると思うよ」


近況の確認をしつつ、時に世間話を交えながら二人は足を進めて
そうこうしている内に、二人はクロノの病室の前まで来ていた

そして、なのはは病室のドアを数回ノックして


「失礼しまーす」

「失礼します」


ドアを開けて、二人が病室に入った所




「「……へ?」」




二人の、そんな間の抜けた声が同時に響いた

二人の視線の先、そこには半裸のクロノに……そのクロノを挟み込むようにして傍にいる二人の女性



「……あれ、お客さん?」

「アレアレ? 片っぽは女の子だよ? ありゃりゃークロスケも隅におけないねー」

「良いから離れてくれ! 着替えくらい一人で出来る!!」



二人の女性……その内の一人は、どうやらクロノの着替えを手伝っている(?)らしい
クロノは顔を赤くしながら、自分の服に手をかける二人の女性に抗議して


そして、そんな光景を見たなのはとユーノは




「「お邪魔しましたー」」




とりあえず、何も見なかった事にした

二人はそう言って、ゆっくりとドアを閉めて



「おい! ちょっと待てー!!! 助けてくれええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」



病室から、そんなクロノの悲痛な叫びが響いた。








「いやー、何やらお見苦しい所を見せちゃったねー」

クロノの服を脱がせようとしていた、黒髪のショートカットの女性はポリポリと頭を掻いて、笑いながらそう言う。

なのはとユーノは、クロノのベッドを挟んで二人の女性と対面していた

この二人の女性は、どうやら普通の人間ではないらしい
黒髪の上には猫の様な耳がちょこんと突き出ているし、腰から黒い尻尾が出ている

それに、この二人の顔は髪型以外見分けがつかない程の瓜二つ
いわゆる、双子というヤツであろう。



「まあ、それじゃあ自己紹介をしましょう。私はリーゼアリア、クロノの魔法を基礎から教えた師匠って所かしら」

「私はリーゼロッテ。クロスケに体術を仕込んだ師匠よ、クロスケの事なら何でも聞いてねー
あんな事やらこんな事まで、もれなくR15的な話も教えてあげるからー」


「は、はあ」

「それは、どうも」



最初のインパクトが強烈だった為か、なのはとユーノも少々ぎこちなく頷いて言葉を返す
そして、クロノは「コホン」と軽く息を整えて


「……と、まあ色々と破天荒な人達だが……このリーゼは、僕の師匠に当たる人達だ
色々と奇天烈な所もあるが、二人とも宜しく」


クロノが未だ唖然とする二人にそう説明して、そのクロノの言葉を聞いて
なのはとユーノも自己紹介をした


「た、高町なのはです。宜しくお願いします」

「ユーノ・スクライアです、よろしく……クロノ、この人たちはもしかして」

「ああ、見ての通りの普通の人間じゃない。この二人はグレアム提督の使い魔だ」


ユーノの問いを聞いて、クロノは尋ねる。
そしてその答えを聞いて、なのはも尋ねる。


「グレアム提督?」

「ギル・グレアム提督。なのは、君と同じ第97管理外世界の……確か、イギリスという国の出身の魔導師だ」

「え、イギリスの!」


その言葉を聞いて、なのはは驚いた様に声を上げた
そう言えば以前、クロノは自分が魔法に関わった事情を知った時も「グレアム提督と同じパターンか」と言っていた様な気がする。

そして、更にクロノが言葉を続ける


「グレアム提督は僕の父の上官に当たる人で、僕の執務官研修の時の担当官でもあった人なんだ
それで、僕と母さんはグレアム提督とは親交が深い間柄なんだ」

「……じゃあ、今回派遣された助っ人と言うのは?」

「私達の事よ」



ユーノの質問に対して、双子の片割れのリーゼアリアが答える。



「私達が抱える筈だった案件が急に予定外の終結を迎えちゃってね、こっちも予定外に手持ち無沙汰になっちゃって」

「そしたらさ、クロスケが任務でヘマして肋骨をへし折られたなんて話を聞いちゃったもんだからさー
ああ、これは私達が出向くしかないって思っちゃった訳よ」



二人はそう言って、自分達がここに来るまでの経緯を語った
そしてその二人の説明を聞いて、今度は再びクロノが尋ねた。



「……だが、良くグレアム提督が許可したな?」

「そりゃ当たり前よ。ああ見えてお父様はクロスケの事を実の孫みたいに思っているんだからね」

「私達の申し出を聞いて、二つ返事でお父様もOKしてくれたわ。後は本局の方に色々と話をつけて本局の許可を貰ってきて、ここまで来たという訳よ」

「……そうか、後でグレアム提督にはお礼を言わないとな」



そう言って、クロノは申し訳なさそうに、でもどこか嬉しそうな表情で呟いた
言葉にすれば簡単な様に思えるが、その作業と手間も決して簡単な物では無かった筈

そして、そこまでの手間暇を掛けて自分に助力してくれたグレアムに、クロノは感謝の意を抱いていた

そしてそんなクロノの表情を見て、二人はクロノに尋ねる。



「それで、どの程度の相手だった訳クロスケ?」



ロッテが、僅かに視線を鋭くして尋ねる
その顔には、今までのお気楽的な色は消えている

そしてそのロッテの言葉を受け止めて、クロノも答える。


「……強敵だ。単純な戦闘力はSSクラスと見て間違いないと思う」

「SSっ!」

「……冗談、じゃあ無いみたいね」


ロッテは驚愕の声を上げて、アリアもクロノの現状を見据えてそう答える。

クロノはAAA+ランクの高位魔導師だ
そしてそんなクロノのバリアジャケットの防護を突破して、ここまでのダメージを与えられるとすれば
単純に考えてAAAを超えた、Sランクオーバーの攻撃だと言う事だ

そして聞けば、件の魔導師は単体で武装隊を二部隊潰しているという話だ
武装隊は最前線での戦いを潜り抜けていた、言わば戦闘のエキスパートだ

ランク一つや二つ程度の差なら簡単に覆せる程の技術と経験、そして実力を持っている

故にクロノの評価も、決して過大評価ではないだろう。



「多分、後で艦長からもっと正確な戦闘データが渡されると思う。
今は件の魔導師は派手な動きこそは見せていないが、二人共気をつけて……わぷ!!」



しかし、クロノの言葉は不意に途切れた。
なぜなら双子の片割れのリーゼロッテが、そのクロノを抱き締めてその顔を胸に埋めさせていたからだ。


「ああもう、弟子の分際で師匠の心配をするなんざ十年早いのよークロスケー!」

「ちょ!! 分かったから! 分かったから離してくれー!!!」


そう言って、クロノは顔を赤くしながら叫んで
もがいている内に怪我が痛んだのか、呻き声を上げながらそこから解放された。



「ありゃ? ダウンしちゃった」

「ロッテ、調子に乗りすぎ」

「だ、だだ大丈夫クロノくん!」


頭を軽く叩かれて、ロッテは「ぎゃ」と軽く声を上げる。

そしてなのはは心配げな表情をして、クロノの容態を見るが



「……だ、大丈夫。少し大人しくしてれば落ち着く……」

「そう、良かったー」



そして、クロノはベッドに横たわる
横たわったまま、改めてその二人を見る。



(……確かに、助っ人としてはこの二人以上に心強い魔導師なんてそうはいない……)



クロノは、改めてそう考えていた。

リーゼアリアとリーゼロッテは、クロノの師に当たる人物故にその実力も良く知っている
魔法戦闘及び近接格闘において、この二人を上回る人物は本局でもそうはいない。

更にこの二人は、使い魔でありながら来期武装隊の新人教育の担当まで任されている
恐らく、使い魔というカテゴリの中で言えばこの二人は時空管理局でも最強の部類に入るだろう。



(……確かに、現状からすればこの二人の加入は心強い……)



そうクロノが頭の中で意見を纏めていると、不意に病室のドアが開かれた。



「クロノくん、ユーノくん、なのはちゃん、ここに居る!?」

「……エイミィ?」

「どうしたんですか?」



クロノとなのはが不思議そうな表情をしてエイミィに尋ねて、エイミィは切らした息を整えて


「実はね、さっきって言うか今なんだけど……すこーし、予想外な事が起きてさー」

「予想外?」

「一体、どうしたんですか?」


ユーノとクロノが再びエイミィに尋ねて、



「なんかフェイト・テスタロッサとその使い魔が、自ら投降してきたらしいんだよ」

「「「……え?」」」



そこにいるなのは、クロノ、ユーノの三人は、心の底から驚かされた。


















「……と言うのが、今回の大まかな内容だ」

「……そう」


時の庭園の玉座の間にて、ウルキオラはその全ての説明を終えていた。

自分がリニスに行った事の、その経緯とその結果について
そしてその全てを話を終えて、そして聞き終えたプレシアは再び何か考え込んだ。


「……一つ尋ねるわ、どうして今まで黙っていたの?」

「今日まで結果が出ていなかったからだ。そしてその結果も俺は予想が出来なかったからだ」

「……そう」


とりあえず、プレシアはその答えを聞いて一先ずの納得をした

そして、その頭の中には目まぐるしい勢いで何かが構築されていった。




……イケる……


……これは、使える……




それは、己の脳に新しく差し込まれた可能性という名の光

それは閃光に目まぐるしく点滅して、自分の脳髄の中を駆け巡る

電撃の様に頭の中に新たな可能性が差し込まれて、自分の中で新しい理論と演算が形成されていく


想像と創造

理論と理屈

演算と計算

経験と体験

希望と可能性




形成されていく


構築されていく




今まで自分を、プレシア・テスタロッサを形造ってきた物の全てが収縮され凝縮されて

ソレを目まぐるしい勢いで組み立てていく。




……確かに、これはいける……


……この「考え」は、使える……




それは、絶望を希望に変える究極の一手

だが




「……ダメ、足りない……!!」




……足りない……


……圧倒的に、絶望的に……




「……時間が、足りない!!」




心の底から口惜しい様に、プレシアは呟く

ここに来て、フェイト達を取り逃した事が響いてくる。



リニスは決して馬鹿ではない
恐らく自分の追撃から逃れるためには、自分が追撃できない場所を逃亡先に選ぶ筈


そう、法と秩序の力で守られた……絶対の安全圏へと逃げる筈


恐らく、そう遅くない内に自分への捜査の手は伸びるだろう

リニス達からの情報を元に、それらからの捜査からの手は絶対にここまで伸びてくるだろう。


時の庭園の居住転移は、一度で莫大な魔力を消費する。

ジュエルシードの魔力も無限ではない……無闇やたらに転移を繰り返せば、あっと言う間にその魔力は枯渇するだろう


そして、いずれ逃げ切れなくなり……追い詰められれば、そこでアウトだ

少なくとも、ジュエルシードは没収される。


そして自分の協力者のウルキオラ
ウルキオラも嘗ては武装隊と抗争し、戦果を上げている。

ウルキオラもあちらに確保されれば、あちらの監視下に下るだろう


それでは、ダメだ


今自分の中で構築されつつあるソレを実行するには、ウルキオラとジュエルシードの存在は必要不可欠だ。


更に、フェイトの今までの虐待もある
それにプロジェクトFATEは、違法魔導技術に認定されている。

更に今回自分がフェイトに行おうとしたモノも、決して知られて良いものではない

自分が管理局の手に落ちれば、恐らく自分はあちらの監視下に下る

少なくともアリシアの蘇生は、夢のまた夢になるだろう。


アリシアの魂の存在の証明……それが出来れば話は別だが、それでは大凡碌な事にはならない。

それは、プレシアの過去の経験から明らかだ
新技術は大凡二つの分類に分けられる


一つは、人々の役に立つ素晴らしい理論として

もう一つは、多くの災厄を招く忌むべき禁術として


死者の魂、そしてその蘇生……これは、後者に入るだろう。


人の願いは、決して純粋なモノだけではない

もしも死者をこの世に再び生き返らせる……そんな技術が広まれば、相当良からぬ事が出来るだろう。

そして、そういう事を実行しようとする者も溢れるだろう

過去の経験で、世の中とそして「人間」の汚さと言うのを嫌という程プレシアは知っている。



そして、そんな状況下で自分がもしアリシアの蘇生を成功させたとしても……決してアリシアは幸せにはなれないだろう。

少なくとも、自分が望む……人間の幸せとは、程遠い人生を歩む事になるだろう


ならば、最初からアリシアの魂の存在は無かったことにした方がマシだ。


だが、それではアリシアは生き返れない。



(……仮にリニスがアリシアの魂の存在を管理局に教えた所で、アリシアを知覚できる人間は恐らくいない……)


現に、自分はそうだった

プレシアは考える。



(……それなら、リニスさえどうにかしてしまえば……いいえ、いっそ隠れ家の一つにアリシアを予め避難さえておけばいい……)



アリシアは、ここにはいない

後はあちらが何と言っても、シラを切れば良い。


居ないから、最初から存在しない
それを実行すればいい。



(……少なくとも、それでアリシアの安全は一先ず確保できる……)



そうだ、落ち着いて考えれば……アリシアは通常の魔導師では知覚できないのだ

ここに設置した全ての装置を取り外して、その上でアリシアを他の隠れ家に避難させればそれでアリシアは安全だ。


ならば、やはり問題は自分の安全

そして、こちらにジュエルシードがある限りあちらは自分達を追ってくる
これは確定事項

ウルキオラ……これは心配するだけ無駄だろう。

だが



「……ダメ、ね……こっちがジュエルシードを持っている限り、少なくともあっちは追い続けてくる」



自分は捕まらない

アリシアの存在を隠し通す

ジュエルシードもウルキオラも、管理局には渡さない

そしてその上で、管理局に自分達の追撃を止めさせる

それで、この一件を終結させる。



「……く! そんな都合の良い方法、ある訳!!!」


ない

そうプレシアが口走ろうとした、その瞬間だった








「…………待って…………」








それは、正に天啓

それは正に、悪魔的な閃きだった。




「……どうした?」

「……待って、話しかけないで……」




自分に話しかけたウルキオラの言葉を切って、プレシアはソレに集中する



……今、私の手札としてあるもの……



構築していく



……今、私が扱えるもの……



形成されていく



……今、私が利用できるもの……



それは形作っていく




……そして、私がしたい事……




乱雑な閃光が、収束されていく


激しい電撃は、鎮静されていく



そして、それらは一つになる。



頭脳という器の中で、技術と理論は新たな可能性という名の結果を形作っていく。







「……不可能、じゃないわね」







追い詰められた魔女は、

その人生において最高の閃きと技術を得た




理論は成った

可能性は掴んだ

後は、自分の運次第





「……少し、時間が必要ね……」



プレシアは改めて現状を確認する。

とにかく、今は時間を稼いで……準備を行う必要がある。



「……考えは纏まったか?」

「ええ、お陰さまで」



迷い無く断言したプレシアの顔に、もはや絶望は無かった

その顔は歪な笑みを浮べて、そしてプレシアは呟いた。








「……少おぉし、乱暴な手段を取る事になりそうね……」








魔女は笑う


魔女は語る


魔女は知っている


魔女だけは知っている



その計画を、魔女だけが知っている






魔女と死神は、新たな可能性を手に入れた


法と秩序は、新たな力を手に入れた







今日のこの出来事は、決戦への序曲





それは、始まり





それは闘いの始まり





そしてそれは、決戦の始まり。















続く











あとがき
 ああ、何だかんだで無印編もまとめに入りつつあります……

さて、それでは本編の話をしたいと思います。とりあえずプレシアさんの勝利条件としては

・ 自分が捕まらない事
・ ウルキオラとジュエルシードが管理局の手に渡らない事
・ アリシアの存在を隠し通す事
・ 上記三つを果たした上で、管理局に自分達の追撃を止めさせる事


プレシアさんは、『ヒュードラ』の一件で、「世の中」と「大人」の汚さを知っている為にアリシア(魂)の存在を出来るだけ知らせたくありません

そして、管理局に捕まれば今のプレシアは虐待・ウルキオラの共犯等で、少なくとも管理局の監視下に入ります
それでは、少なくとも今までの様な研究はできません。少なくとも、アリシアの魂の存在を隠すのが難しくなります

それ故にプレシアは管理局に捕まりたくありません……究極的な自分理論です! 解かり難くてスイマセン!!!


さて、管理局サイドはアリアとロッテ参戦です。
実はこの二人の参戦は、大分前から決めていました。自分の今後のプランだと、ここで出して置いて方が後々都合が良いので参戦させました


ちなみに、最近A’sを見ていない方は見直した方が良いかもです
この二人、マジで強いです(汗)

ちなみにウルキオラはプレシアに結局謝っていません、プレシアに謝るウルキオラの構図が想像できなかったので描けませんでした(笑)


段々と物語も収束していきそうです、それでは次回に続きます。



追伸 とある友人達との会話


・お題「リリカルなのはで一番美人だと思うのは?」

作者「リィンフォース(Ⅰ)」

友人1「シグナム」

友人2「フェイト(大人ver)」

友人3「ギン姉」


・ お題「BLEACHで一番美人だと思うのは?」


全員「「「「ハリベル」」」」


余談ですが、友人1~3と作者は幼稚園からの付き合いです。







[17010] 第壱拾捌番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/04/20 18:45


今回も引き続き、作者の俺理論&独自設定爆発です。
苦手な方は、ご注意して下さい




=======================================










……これは、一体どういう状況なのだろう?……



アースラのブリッジ・艦長席に腰を下ろしていたリンディはそう思った。

原因は、とても些細な事だった
今回の一件の調査として、第97管理外世界に送り込んでおいたサーチャーが、とある魔力反応をキャッチした。

第97管理外世界……地球には、魔法文明がない
その中で魔力反応をキャッチしたという事は、例えジュエルシード絡みではなくても
それだけでも調べる意味はあるという事


リンディはその報告を聞いて、すぐさまオペレーターに現地の映像をモニターに映す様に命じた。

オペレーターの返事を聞いて僅か数秒後、現地の映像は映された。


そしてその映像を見て、そこにいる全員が思わず唖然とした。


モニターに映ったのは、三人の人影
その内二人は、自分が今受け持っている案件の重要参考人

フェイト・テスタロッサとその使い魔

だが、その二人は視界には入らなかった

そこに居る全員が注視したのは、三人目の人影
白い裾の長い服に身を包んだ、ショートカットの茶髪の女性

その女性は、手に持ったデバイスから魔力灯でとある文章を描いていた。



『時空管理局の方々へ、私達は自首しまーす』



モニターに映ったその文を見て、リンディは思わず噴出しそうになった。











第壱拾捌番「決戦の狼煙」











次元航行艦「アースラ」内の、とある一室にて



「……と言うのが、大体の経緯です」

「……なるほど」


リニスは、テーブル越しにリンディと向かい合っていた。

その部屋にはリンディ、クロノ、エイミィ、リーゼ姉妹、そしてリニス

あの後、リンディはとりあえず任意同行という形でリニス達をこの艦に招いた
そしてアースラに搭乗後、フェイトとアルフは医務室に運ばれた。

アルフの傷は決して軽いモノではなかったが、手当てが良かったのかその傷も大事になるようなものでもなく
フェイトの方も、少々強い睡眠薬を使われた程度でこちらはほぼ無傷だった

そしてリニスは、三人の代表として管理局の事情調書を受けている最中だ。



「それでは、プレシア・テスタロッサの目的とは?」

「ええ、フェイトをアリシアにする事……そしてその為に、ジュエルシードを集めていた様です」

「……プロジェクトFにおける、記憶と人格の完全複写……そしてその為にはジュエルシードが必要。
そういう見方で合っているでしょうか?」

「……はい、ほぼ間違いないです」



この時、リニスは少々情報を改竄した。

プレシアがフェイトにしようとしていた事は、アリシアの人格と記憶の複写などではない

アリシアの“魂”の定着、そしてその為のフェイトの肉体
この事を、リニスはリンディ達に隠した。



……これは、言うべき事ではありませんね……



死者は生き返らない
人は命の大切さとその尊さを教える時に、まずそう教えなければならない


ここで自分が、プレシアの真実を話せば……それは、必ず外部に漏れるだろう

そして、必ず悪用する者も現れる
例えそれが、自分の目の前にいる時空管理局の人間であってもだ。


この中にも、悲しい別れを経験した人間はいるだろう

それこそ自分も死んでしまいたくなる様なそんな悲しい、親しい人と別離した人間もいるだろう


もしも、今自分がここでプレシアの真実を言えば……それが、切っ掛けになってしまうかもしれない

そしてそれが切っ掛けで、第二第三の“プレシア”を作ってしまうかもしれない。


それでは、意味がない。


だからこそ、リニスはアリシアの魂の存在を隠した。


尤も、それはあちらにとっては然程の違いは生まないだろう。



プレシアは、フェイトの肉体を狙っている
そしてその為に、ジュエルシードの力を使おうとしている

そして、それが失敗した今……プレシアは、何をしでかすかは分からない


事の経緯の、大凡は変わらない
さっき、リニスが言った事と同じだ。



……“ほぼ”、間違っていないのだ……



それに、プレシアもアリシアの魂の存在を……決して、明るみにはしようとしないだろう

それによるメリット以上の、プレシアだからこそ解かるデメリットに、プレシアは必ず気付くだろう。



「……だが、これは最悪の展開だ……」



クロノはどこか信じられない、信じたくない様子で呟く

予想はしていた、予測は出来ていた。

だが、いざ事実として突きつけられるとそれはそれで衝撃が大きかった

リニスの証言の一つ
プレシア・テスタロッサとウルキオラは、協力関係にある

これが、全ての原因だ。



「……十二個のジュエルシードと、SSランク級の魔導師が二人……」

「一筋縄では、いかなそうだね」


アリアとロッテも、腕を組みながら続いて言う。

Sランクオーバーの魔導師でさえ、時空管理局にはほんの数%の人間しかいないのだ
それほど、Sランクオーバーの魔導師は希少な存在なのだ。

そして、相手はそれを超えるSSランク。しかも、それが二人
それに加えて、一級ロストロギアが十二個というオマケ付きだ


ウルキオラ一人でも厄介だと言うのに、更に難関が増えたのだ。


だが




「いえ、それほど難しい問題でもないかもしれませんよ」




ここでリニスが提言する
暗く重くなりかけた空気を一変する程に、その言葉は力を持っていた。



「……どういう意味ですか?」

「簡単な話です。ウルキオラはあくまでプレシアの“協力者”に過ぎないからです」



リンディの問いに対して、リニスはそう言って返す
そしてその言葉を聞いて、クロノも気付いた様だ。



「……成る程、もし彼がプレシア・テスタロッサの協力者に過ぎないのなら……」

「プレシア・テスタロッサさえ押さえちゃえば、後は交渉で何とかなるかもしれないわね」

「アリアに同意。この手のケースって、大概は主犯さえ押さえちゃえば後は芋釣る式で解決するもんだからねー」



クロノの言葉を聞いて、アリアとロッテも過去の経験からそう意見を纏める
そして更に、リニスが提言する。



「更に言ってしまえば、ウルキオラ自身には管理局との戦闘の意思はそれほど強くありません
ジュエルシードに関してもそうです。寧ろ彼はあくまでプレシアと“協力関係”にあるから、それらの行動をした可能性の方が高いかと思われます」



リニスの言葉を聞いて、その事に心当たりがある人間が口を開いた。


「そう言えば、あのウルキオラってこの前の闘いの時も……誰かの念話を聞いて、直ぐに戦闘を止めていた」

「それだけじゃないわ。コルド隊との戦闘の際にも、彼は『元々自分はお前らを殺す理由はない』と明言しているわ」


エイミィとリンディも、その事を思い出す。
確かに、こうして思い出すとウルキオラは節々でそういう言動を取っていた事が分かる

ウルキオラの危険性は相変わらず高いが、攻略の糸口は見えてきた。



「更に言ってしまえば、プレシアは現在重度の病に侵されています。
如何にジュエルシードの力を利用しても、その力を利用できるのはあくまで限定的な時間だけだと思います」

「……なるほど、確かにその情報が正しければ……プレシア・テスタロッサの確保も、それほど難しくはありませんね」


リニスの言葉を聞いて、リンディも納得がいったかの様に呟く
そしてその情報を頭の中で整理していくと共に、段々とこの一件の解決の糸口が見えてきたからだ。

そしてここで、リニスが一つの懸念事項を口にする。


「……ただ、一つの危険性としては……プレシアがジュエルシードの力を、過剰な暴走状態にさせる事ですが」

「大丈夫です。それに関しては、こちらで対抗策を用意してあります」


しかし、リニスの言葉に対してリンディは力強く返す
元々管理局は、そちらを念頭に置いてジュエルシードを蒐集していたのだ

当然、それに対する策の一つや二つは持っている。



「情報提供、感謝します。これでこの一件に関する解決の形というモノが見えてきました」



そう言って、リンディは柔らかい笑みを浮べてリニスに言う

そしてその言葉を受け止めて、リニスは再び口を開いた。



「では、今度は私から聞きたい事があります。私達……いえ、あの娘達の処遇に関してなのですが」



それは、リニスが心配するもう一つの懸念事項
フェイトとアルフの処遇に関してだ。

聞けば、あの二人はロストロギアの蒐集を巡って何度か管理局と戦闘行為をしたという
それに、プレシアやウルキオラの事を考えると……やはり、何らかの処罰があってもおかしくない。


「……大丈夫です、その事に関しましては事情が事情ですから。
あの二人が今まで置かれていた状況を考えれば、暫くはこちらの保護監視下にはあると思いますが
あの二人に何らかの処罰が下る事はまずないでしょう」


フェイトとアルフが行った事と言えば、こちらの警告無視とジュエルシードの違法蒐集
そしてそれも、実の母親に強要されたという形だ。

そして今まで彼女達が置かれていた状況を考えれば、何らかの処罰を下す方が難しいだろう。



「……そうですか、良かった」



その事をリンディはリニスに伝え、リニスも漸く安堵の溜息を吐き出した。


















「……ふぅ」

時の庭園の一室にて、その女・プレシアは腰を下ろしていた
今プレシアが居るのは研究室でも玉座の間でもない、プレシアの私室だ

そしてそのテーブルには赤紫の瓶に、紫色の液体が注がれたグラス

僅かなアルコールと甘く上品な葡萄の香りがする事から、それは恐らく葡萄酒だろう。


「…………」


プレシアは、グラスの中身をグイっと飲み干す。
甘くて葡萄酒独特の僅かな辛味が舌を刺激して、頭にも少々アルコールが回り始めた。


「……飲酒か、存外余裕だな」

「景気付けの一杯よ。余裕なんて特にないわ……まあ、準備は粗方終わったけどね」


そう言って、プレシアは自分に話しかけてきた人物を見る
そこには、自分が予測した通りの人物・ウルキオラが立っていた。


「……座れば?」

「遠慮しておく。さっさと用件を言え」

「貴方が座ればこちらも言うわ」


そう言って二人は睨み合って、ウルキオラは小さく溜息を吐いた
そして、プレシアの向かい側の椅子に腰を下ろした。

この女がこの状況で、無駄な話をする事はまず有り得ない……そう判断したからだ。


「貴方も一杯どう?」

「要らん」

「……つれないわね」


少し残念そうに呟いて、プレシアは椅子に背をもたれる。

そして、改めてウルキオラに向き合う。



「……さっきも言ったけど、私の準備はほぼ終わったわ」

「存外に早いな、まだ丸一日程度しか立っていないだろ?」

「下地は殆ど出来ていたから、それほど時間は掛からなかったわ……まあ、後は本番の運次第ね」



そう言って、プレシアは再び自分のグラスに葡萄酒を注ぐ
そしてその時、ウルキオラはプレシアの手首にあるソレに気付いた。



「気付いた?」

「あのガキの腕輪だろ」

「正解」



プレシアの手首にあるのは、青と紫のビースの腕輪

そう言って、プレシアはクスリと微笑んだ
狂気に染まった歪んだ笑みではなく、一人の母としての柔らかい温かみのある笑みだった。



「年甲斐もなく、つい浮かれちゃったわ……まあ、貴方の次というは少し引っ掛ったけどね」

「……ただの気まぐれだ」

「素直じゃないわね。こういうのを、何ていうのかしら……天邪鬼?」

「知らん、さっさと用件を言え」



僅かに語気を強くしてウルキオラが言うと、プレシアは「はいはい」とやや観念した様に両手を上げて



「……ウルキオラ、何でジュエルシードが『願いを叶えるロストロギア』って言われているか知ってる?」

「知らんし興味ない」

「だと思った」



ククっと、ウルキオラの答えを聞いてプレシアは僅かに口元を歪ませる
そしてグラスを手の中で転がしながら、中の葡萄酒の香りをゆっくりと嗅ぐ。



「ジュエルシードはね、言ってしまえば“変換機”なのよ……フィルターとも言うかしら」

「……変換機?」


そう、とプレシアは呟いて今までの研究で知りえた己の考察を語る。



「願い、欲望、願望なんてモノは、人によって千差万別でしょ。
ジュエルシードはね、そんな人や生物の欲の意思……魔力信号を捕らえて、その願望に対して『最適な魔力』を作り出す変換機なのよ」



人や動物の欲望、それは文字通り千差万別だ

例えば、ある者は空腹の時には「何か食べたい」と思うだろう

例えば、ある者は咽喉が渇いた時には、「水を飲みたい」と思うだろう

例えば、病に伏せる者がいたらその者は「健康になりたい」と思うだろう



「人が何かしらの欲望を抱いた際に発生する、体から滲み出る魔力の残滓とでも言いましょうか?
ジュエルシードはね、それに反応する。そしてその僅かな魔力を瞬間的に何百倍何千倍にも増幅させて
その上で自身が宿した魔力を使い、その魔力の性質をその欲望に対して “最適な魔力”に変換するの……勿論、限度と限界はあるけどね」

「……ふむ」



プレシアの考察を聞いて、ウルキオラも思う所はあった。

最初にウルキオラがジュエルシードに興味を抱いたのは、霊子補充に最適な存在だったからだ

そしてあのジュエルシードの魔力は自分に有り余る程の、濃厚豊潤な最高品質の霊子を発した。


恐らく、あれはジュエルシードが自分の無意識の願いを読み取っていたのだろう。



「それでも、ジュエルシードはその正しい形でその力が発動するという事は殆ど無いわ
その理由は簡単、生物の欲望には雑音が多いからよ」

「……雑音?」

「ジュエルシードはね、雑音に弱いのよ」



生物が欲望を抱くとき、一つの欲望しか抱いていないか?
否、生物は時には複数の欲望を同時に抱くときもある


空腹を満たしたい、渇いた咽喉を潤したい

健康な体になりたい、疲れた体を癒したい

アレもしたい、コレもしたい、ソレもしたい、どれもしたい


そんな風に、複数の欲望を同時に抱く時もあるだろう。

そして、生物である以上……ソレらは、常に着いて回っているだろう。
常に欲望という小さな雑音は、頭の片隅に響いているだろう。



「だから、ジュエルシードは叶えるべき願いとその派生となる雑音にも、全て反応してしまうの
……だから、暴走する。人がその時持っていた願いに、全ての雑音に反応して
それらを全て瞬間的に増幅させて……膨れ上がった魔力を制御できず暴走状態を引き起こす」

「なるほど……つまり、お前の“ソレ”は雑音の一切を排除する為の装置という訳か」

「あら、中々鋭いじゃない。その通りよ」



ウルキオラの言葉を聞いて、プレシアは感心したように呟いてソレに視線を移す

それはプレシアの胸元にある、ジュエルシードを埋め込んだ銀色の逆三角形のプレートだ。



「……貴方の言った通り、これはノイズ除去フィルターの様な物よ。
私の“健康な体になりたい”と魔力信号から、雑音の一切を取り除いた信号をジュエルシードに送りその力を制御する為の装置よ
ま、これでも私の病は治せなかったけどね……これが、ジュエルシードの限界という訳よ」



体にエネルギーを送り込んで、再び活力を宿らせる
だが、それだけだ

確かに衰えた体力が戻った分、病の症状は軽くなった
だが、それだけだ

自分というバケツに開いた病という名の穴を、この装置では塞げなかった。



「……もっと出力を上げれば話は違うだろうけど、それじゃあ多分私の肉体の方が持たないわ」

「だろうな」

「貴方の言った通り、下手にコレをアリシアに使えば……あの子の肉体は粉々に消し飛ぶでしょうね
この力を、自分の体に流している私だからこそ……ソレを理解できるわ」



量や圧力の問題ではなく、ジュエルシードの魔力そのものが人間に対して強すぎるのだ
紙に火を着ければ、燃える

そういうレベルの問題なのだ。

そして、プレシアは「ふぅ」と溜息を吐いて



「……とまあ、コレが私の今までの研究での、ジュエルシードに対する大凡の見解かしら」



粗方言いたい内容を話し終えたのか、プレシアは椅子に深く背をもたれる。

そしてウルキオラは、そんなプレシアを見て


「……成る程、大体予測がついた」

「何が?」


ウルキオラは改めてプレシアに視線を置いて






「お前が考えている、その『最適な魔力』とやらの使い方がだ」






その言葉を聞いて、プレシアは再びニヤリと口元を歪めた。



「やっぱり貴方、中々理解が早いわね……どうやら、もう本題に入っても良いみたいね」

「さっさと言え。前置きが長すぎる」



「多分、今からそう遠くない内に……管理局がここを乗り込んでくるわ」



その顔に、瞳に、再び真剣の色を宿してプレシアが言う。

既に、プレシアは準備を整えている。アリシアの避難も完了している。
故に、後はその時を待つだけ

だが、その前にプレシアはウルキオラに話しておきたかった。





「だから……話しておくわ。私の計画を……そして、それに当たっての私から貴方への『頼み』を……」





そして、プレシアは語る

己の計画の全容と、それに伴ってのウルキオラの役目を

自分がその闘いの為に準備した、全ての仕込みについてを






「……と言うのが、私の計画の全容よ」




全てを語り終えたプレシアは、そう言って再びウルキオラに視線を置く。

ウルキオラの表情から、その感情を読み取れない
ただいつもと同じ、無機質な表情だ。


「……一つ、聞きたい」

「何?」


僅かな沈黙と静寂を、ウルキオラの言葉が切り裂く
そして、プレシアに尋ねた。



「……何故、そこまでする?」

「こんな筈じゃなかった未来を、取り戻したいから」



即答
ウルキオラの問いを予想していたのか、プレシアは殆ど間を置かないで即答した

そしてそのプレシアの答えを聞いて、再びウルキオラは尋ねる。


「そうか、では質問を変えよう……何故、そこまでのリスクを犯す? 見返りが大きいとはいえ、それは必要のないリスクだ
あのガキと親子としての時間が欲しいのなら、それこそここでさっさと自決でもして、貴様も霊体になればいい
それで終わりだ……まあ、霊体にも霊体の寿命というのも存在するがな」


それは、ウルキオラが今まで抱えていた疑問の一つであった。

単純な話、プレシアが言う親子の時間を取り戻すとは……既にその願いを叶えているも同然だ。

今のプレシアはアリシアを知覚できる。限定的とは言え触れ合う事が出来てコミュニケーションが取れる。

そしてそれが不満なのなら、自分も霊体となってアリシアにずっと寄り添えばいい。

第97管理外世界……あちらの地球にも、それなりの数の霊体の存在をウルキオラが確認している
あのアリシアの性格なら、友人と呼べる存在も簡単に作る事が出来るだろう。

そしてその消滅の時まで、それなりに幸せに過ごせるだろう。



「理由としては、アリシアには人間としての幸せを掴んで欲しいから。
確かに、あの娘はあの娘で幸せを感じているわ……でもね、私は教えて上げたいの
世の中には、もっと面白い事はたくさんある、もっと楽しい事もたくさんある、もっと綺麗なものもある、もっと素晴らしいものがある」

「…………」

「私も霊体になったから解かるわ……確かに、霊体には霊体の幸せはある。
でもね、それは決して人間の幸せには成り得ない……あの娘はこの先何年、何十年、存在できたとしても
……あの娘は、人間の幸せを知る事は恐らくないわ」



そう言って、プレシアは再びワインを口に含む
そして、僅かに熱が入ったのかよりその語気は強くなる。



「だから、私はあの娘に教えたい……人間としての幸せを、あの娘に与えたい。
それが私の望み。だから私は闘う……アリシアの為に、なんて綺麗事は言わないわ……
それでは、結局アリシアに全ての責任を擦り付けているのと変わらないもの」



そして、プレシアはウルキオラを見る
そして宣言する。



「これはね……私のただの自己満足、娘の都合の事など一切考えてないただのエゴよ
私はね、娘の為にじゃない……自分の下らない自己満足の為に、行動するの」

「そして、下らないリスクを背負う……か。存外直情的な発想だな、見方を変えればただの馬鹿だぞ?」

「馬鹿で結構、阿呆で上等、変人狂人は褒め言葉よ」



してやったり
そんな表情をしてプレシアはウルキオラに返す。

そしてそんな余りにもキレの良い返しを聞いて、ウルキオラは思わず唖然とした

そしてそんなウルキオラを見て満足したのか、「くくっ」とプレシアは楽しげに小さく微笑んだ。



「正直に言うとね……もう、ただの意地なのよ」



そして、さっきまで変わって脱力した様にリラックスした状態で、プレシアは呟く。

その視線は宙を漂って、フワフワと彷徨っている
プレシアは、今日のこの日に至るまで全ての経緯……アリシアを喪ってからの二十六年間を思い出していた。


「意地?」

「……そう意地、諦めの悪い……下らない、ただの意地」


そう言って、プレシアは再びウルキオラに視線を戻す



「二十六年間、何回も挫折して、何回も絶望を味わったわ……そして、私はその度に我が身を呪ったわ

……どうして、あの時止められなかったんだろう? どうして、あの時アリシアを守れなかったんだろう?
何度も何度も、何千回何万回もそう思ったわ……
そしてその度に、私は自分の咽喉を掻き毟り、胸を引き裂いて心臓を抉り出したくなるような衝動に狩られたわ」



思い出すのは、絶望と挫折に彩られた二十六年間
自分がここまで来るのに歩んできた、不遇の二十六年間



「……何で、止められなかったんだろう。何であの時、アリシアを守れなかったんだろう、どうして救えなかったんだろう
何度も、何度も血を吐くような後悔の末に…私の頭の中で、誰かがこう囁くの」



――受け入れろ。これが、私の運命だ――



「受け入れられる訳、ないでしょうがっ……」



吐き捨てる様に、苦々しい表情でプレシアは語る。



「運命? そんな陳腐な言葉で、私は諦める気にはなれなかったわ。
もしも、それが私の運命なのだとしたら……それは即ち、アリシアを殺したのも私の運命という事だものね」



そして、プレシアは再びグラスの葡萄酒を飲み干す。



「私の頭はね、私の願いを実現させる為にあるものよ。
断じて、負け犬として頭を垂れる為に存在するものじゃないっ!」



そしてグラスをテーブルに戻して、その顔に確かな闘志を宿してプレシアは言う。



「何度も何度も挫折して、諦めそうになったけど
私はね、それでもみっともなく足掻いてきたわ……そして、チャンスを掴んだ」



二十年以上の時を超えて、自分はその目的を半ばまで達成した。

娘と再会する、この手で抱きしめる、再び親子として歩む。

だが、それだけだ
自分の本当の目的、アリシアを生き返らせる……コレは、未だに叶っていない。



「私の敵は管理局じゃない、私の運命そのもの」



プレシアは告げる、自分が闘う自分の本当の敵を



「だから、私はそれを叩き潰す。
管理局が、運命が、私の目的の邪魔となるのなら…障害となるのなら、纏めて叩き潰す」



管理局は、あくまでオマケに過ぎない
自分の本当の敵、自分の運命という名の真の敵の……オマケにしか過ぎない。



「そしてその全ての敵を叩き潰して、私は自分の悲願を叶えて……そして言ってやるの
『ザマー見ろ』……ってね」



結局は、単純な話だったのかもしれない

一人の女が、自分の運命を悔やんで、呪って

それを認めたくない一心で、ずっと足掻いてきた


ただ、それだけの事

本人が言った様に、下らない自己満足の為にしか過ぎない……そんな闘いなのだ。




「……それで、どうしてそんな話を俺にした?」

「言ったでしょう。ただの自己満足よ……
少しね、私も自分の人生に対して愚痴を言いたくなった……そして、誰かに聞いて欲しかった
……それだけよ」



こんな話、アリシアは聞かせられないものね
最後にプレシアはそう付け加えて

全ての愚痴を言って全ての鬱憤を吐き出したのか、プレシアの顔はどこか晴れやかだった。

思い返せば、こんな愚痴を言ったのも久しぶりだった
自分の周りには、自分の真実を知る者が居なかったからだ。


二十六年分の鬱憤、それを全てプレシアは吐き出してどこかスッキリしていた。



「退屈だった?」

「思いの外、下らない話だった」

「言ってくれるじゃない」



そう言って、プレシアは小さく笑った
そう言って、ウルキオラも立ち上がり退室した。


さて、もう休もう

戦いは始まる

もう少しで、本当の戦いは始まるのだから……。


















彼女の目に最初に飛び込んで来たのは、見知らぬ天井だった。


「フェイトちゃん!」

「フェイト、良かった! 目が覚めたんだね!」


僅かに視線を動かす、そこに映ったのは見慣れた自分の使い魔
そしていつかの、白い魔導師。

更に視線を動かす。自分はどうやらベッドに寝ているらしい
心地良い温もりと感触が全身を包んで、目覚めた意識を優しく包んでくれている。


「アルフ?……アレ? ここは……」

「時空管理局の航行艦だよ」

「……管理局、の?」


目の前の使い魔の一言、その言葉を聞いてフェイトの意識は瞬時に覚醒した。


「管理局! 何で、どうして! ジュエルシードは! 母さんは!!?」

「ちょ! フェイト、落ち着いて。今説明するから」


予想外の事態

ガバっと布団から飛び起きるように身を起こして、フェイトは現状を確認する。

確かに、ここは時の庭園の中ではない
あの娘がいる事も考えると、本当にここは時空管理局に縁のある場所なのだろう。


それでは、なぜ自分はここにいるのか?

それは当然、あちらが自分達を確保したからだ


では、自分は捕まる前には何処に居た?

時の庭園だ


それは、つまり



「母さんは!? アルフ、お母さんはドコ!? 母さんもココにいるの!?捕まっちゃったの!!!?」



フェイトが思い出すのは、母との最後の会話

自分に謝ってくれた

自分を褒めてくれた

自分を認めてくれた


やっと戻ってくれた

自分の記憶にある、優しい母さんに戻ってくれた


だから、フェイトは動揺した

これで、もう終わってしまうんじゃないか?

あの優しい感触も、あの優しい温もりも、これで全て終わってしまうんじゃないか?


やっと手に入ったのに、自分は再び失ってしまうじゃないか?


そんな思考を、フェイトは抱いてしまった



嫌だ

そんなのは嫌だ

絶対に嫌だ


ここは管理局であろうとドコであろうと、事態によっては荒事を起こしても構わない

そんな風に、フェイトは考えて






「フェイト、一先ずは落ち着いて下さい。私が全ての事情を話しますから」






不意に



「……え?」



そんな声が、フェイトの耳に響き





「……フェイト、私が誰だか分かりますか?」





気がつけば
その人が、フェイトの目の前に立っていて

フェイトの心臓は、大きく跳ねた。


知っている、フェイトは知っている。

その声を

その顔を

その人を、良く知っている。



「……リ、ニ……ス?」

「はい、正解です」



そう言って、リニスはフェイトに柔らかく微笑んで

気がつけば、フェイトは呆然として、その行動が止まっていた。



「……え、なんっで、アレ……あれあれ? だって、リニスは、もう……じゃあ、アレ、どうして?」


「ちなみに、私は偽者でも幻でも、そして勿論他人の空似などでもありません
フェイト、貴方が良く知っている……本物の、私です」



目の前の人物は、再びそう言う
だが、それでもフェイトには信じられなかった。


リニスは、もういない筈

この世界の、どこにもいない筈


だから、こうして自分の目の前に居るなんて事は……決して有り得ない。



「だって、だって……え、でも……アレ、アレ」



でも、偽者とは思えなかった。

目の前にいるその人が、偽者だという考えそのものがフェイトには浮かばなかった

だから、混乱した
目の前の事実を事実として認識できず、かと言って否定しようにも否定できず

フェイトの頭は、相反する二つの考えに揺れて……混乱していた


そしてそんなフェイトに、リニスは柔らかく暖かく微笑んで




「フェイト、一人で髪を洗える様になりましたか?」


「……!!!!」




その言葉を聞いて

フェイトは確信した




「……ほん、とぅ、に……リニス、なの?」

「だから、さっきからそう言っているじゃないですか?」





そして次の瞬間

リニスは、フェイトの体を抱きしめた。



「……これでも、まだ信じられませんか?」

「……ぁ、あ……あ」

「私は、此処にいます。夢でもなく幻でもなく、偽者でもなく他人の空似でもなく、本物の私が、ここにいます
貴方の事が大好きな、ずっと貴方と一緒に居た私は……ここに居ます」



その温もりで

その暖かさで

その優しさで


フェイトは確信した、その答えにやっと行き着いた




「……あ、ぁぁ……あ、あぁ……!!」




本物だと

この人は、本物なんだと

自分が大好きだった、自分の大切だった……あの、リニスなんだと


フェイトは、ようやくその答えを得た。



「……リニス、リニス!!!」



涙が溢れて、止まらなかった

気がつけば、フェイトはその体を抱きしめ返していた

その体を思いっ切り抱きしめて、その体に顔を擦り付けて、ボロボロと泣き崩れた。



泣いた

思いっ切り泣いた

そこがどこだろう、誰がいようと関係なかった。


そんな事も、考えられなかった


だから、泣いた

フェイトはリニスを体を抱きしめて、思いっ切り泣き叫んだ。


そしてリニスは、ずっと抱きしめていた

フェイトの涙が止まるまで

その泣き声が終わるまで

フェイトの気が済むまで、ずっとその体を抱きしめていた。




それが、どれだけの間続いただろう?

フェイトの泣き声も収まり、場は落ち着きも取り戻していた。





「……落ち着きましたか?」

「うん……本物なんだね、本当に本物の、リニスなんだね」

「はい。本当に本物の、私です」



そう言って、リニスは再びフェイトに笑いかける

顔を上げたフェイトの顔は、赤くなっていた
目は未だに水気を帯びていて、瞼は少し腫れていた


それでも、フェイトはリニスに優しく微笑んだ

これで、フェイトの方も一先ずは落ち着いただろう。




……今の内に、やるべき事はやっておくべきでしょう……




もう、時間はあまり残されていない。

そして、そんなフェイトの顔をリニスは持っていたハンカチでそっと拭いて



「フェイト、急な事で申し訳ありませんが……
貴方にこれから……大切な話をしたいと思います」

「……大切な、話?」



今まで優しい柔らかい笑みと違い、真剣な色を宿した表情

そのリニスの空気の違いを、フェイトも感じ取った。


リニスは、決めていた

もう時間はない

フェイトはそう遠くない内に、その秘密に辿り着く

リニスは、その事を確信していた。


そして、フェイトが何の心構えも出来ていない内にソレを知れば……壊れてしまうかもしれない。


フェイトが、自身の出生の秘密を、何の準備も無く知れば

自分が思い浮かぶ、最悪の形でフェイトが知れば……この娘は、壊れてしまうかもしれない



ならば、
そんな結果になるくらいなら、自分から明かそう。


この娘が壊れてしまわない様に

例えこの娘がソレで深く傷ついても、再び立ち上がれる様に


今此処で、自分がソレを明かそう。



「貴方に、全て話したいと思います。貴方の出生について、プレシアについて
そして、『アリシア・テスタロッサ』について……」

























同時刻・時の庭園・玉座の間にて



「……来たようね」



プレシアは自分の目の前に展開されたディスプレイの魔力計を見て呟く。


それは、時の庭園の周囲の魔力に反応するタイプのモノだ

そして、その魔力計には小さなとある反応を複数捕らえている


その正体は、偵察用のサーチャーだ。



「……時空管理局ね」



プレシアは、ゆっくりと呟く

時の庭園は、既にその存在を捕らえられたと見て間違いないだろう。


そして、時の庭園の魔力はあちらに記憶されただろう。



つまり、下手な逃亡は正に無駄という訳だ


そして、プレシアは杖を掲げる


紫電が、杖に走る

それは音を立てて、杖の先に収束していく


紫電は杖の先で凝縮され、収縮され、その唸りと猛りが球状に圧縮される


目標を定める

狙いを定める


そして、魔女は吼える。





「サンダアアアアァァァァァ・フォオオオオオオオォォォォォル!!!!」





時の庭園から、ソレは発せられる

紫電の稲妻が、敵を撃墜する雷光の宝剣となって……庭園の周囲にある全てのサーチャーを叩き落す。




「さあ! 決着をつけましょう!!! 私の敵よ! 私の運命よ! 私は貴様等を叩き潰す!!!
そして取り戻す!!! この闘いに勝って、お前たちに勝って、私は取り戻す!!!
こんな筈じゃなかった未来を! こんな筈じゃなかったこれからを!!! 私はこの手で取り戻して見せる!!!!」




狼煙は、上がる


決戦の狼煙は上がる




魔女と死神と



法と秩序の戦いが



今、幕を開ける。
















続く










あとがき

 アレ……なんかこの小説、主人公がプレシアになってないか?


さて、話は本編になりますが、ジュエルシードに関しては原作を見た作者の考察です。
ジュエルシードの暴走や、成功した月村邸のジャイアントキャット等を見て考察して纏めたモノを、プレシアさん視点で纏めさせて頂きました

何でコレをこのタイミング描いたかと言うと、この設定が後で何気に重要だったりするからです。


しっかしこの小説、一番活き活きとしているのはプレシアとアリシアのテスタロッサ母子二人だなーと、しみじみ実感しました

最近はウルキオラの影が薄くなりがちですが、ウルキオラの活躍はもう少しお待ち下さい


次回から、遂に(無印編の)最終決戦です

そろそろ作者も血湧き肉踊る戦闘物が描きたい頃なので、次回からはバトル展開に入って行きたいと思っています。


それでは、次回に続きます。



追伸・BLEACHの新OP見ました。ウルキオラが格好良かったです

そしてそれ以上にハリベル様がエロかったです!!!





[17010] 第壱拾玖番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/04/25 22:34



「……私、が……『アリシア』の、クローン?」

「……はい」


途切れ途切れに言葉を繋いだフェイトに、リニスは頷く

あの後、リニスは高町なのはに断りを入れて退室して貰った後
リニスはフェイトに全てを語った。

プレシアが嘗て心の底から愛した存在、実の娘……アリシア・テスタロッサ

そして、不幸な事故によってその命が喪われた事

アリシアの死……それによって、プレシアは悲しみ、嘆き、それこそ全てに絶望した事

アリシアの死を受け入れる事が出来なかったプレシアは、アリシアを蘇生する方法を探した事

しかし、その実現が叶わず……禁忌の技術に手を出してしまった事


プロジェクトF.A.T.E……人造生命の極致、人間の複製技術


プレシアはその技術を用いて……もう一人の『アリシア』を造った事


そして、その『アリシア』に……『フェイト』と言う名前を授けた事



その全てを、フェイトに話した。




「……アリシアの、クローン……それが、FATE……」

「……そういう、事かい」


フェイトは、ゆっくりとそう呟いて
アルフは怒りを隠し切れない表情をし、ギシリと奥歯を強く噛み締めながら呟く。


「そういう事かい、そういう事かい!!! あの糞ババアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!」

「……アルフ、気持ちは解かりますが……落ち着いて下さい」


突如立ち上がって、アルフはその顔を憤怒で歪めて思いっ切り叫ぶ。
リニスはそんなアルフを宥めて、とりあえず落ち着かせようとするが……それでも、アルフの顔から怒りは消えなかった。


アルフの怒りは、その臨界点にまで達していた。

ああ、確かに……プレシアの気持ちは自分なりに理解は出来る

確かに、プレシアは悲しんだだろう苦しんだだろう

実の娘を、最愛の存在を喪い……心の底から、全てに絶望しただろう



だが、ソレとコレとは話は別だ。


アリシアの死と、フェイトは関係ない

なのに、フェイトはずっと苦しめられてきた



アリシアじゃない

フェイトは、アリシアじゃない

ただそれだけの理由で、フェイトはずっと苦しめられてきた



そんな理由だけで

そんな当たり前の理由だけで

そんな馬鹿げた、巫山戯た理由だけで……フェイトはずっとずっと苦しめられてきた。


「ふざけるな!……ふざけるなフザケルナ巫山戯るなあぁ!!! 巫山戯んなあああぁぁぁ! あの糞ババアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!」



それが、アルフにはどうしても許せなかった。

その怒りを全て凝縮させた様な、ありったけの憎しみを注いだ怨念にも似た気持ちを込めてアルフは叫んだ。



「……アルフ、落ち着いて……」

「!!!?……フェイト、でも……!!!」

「私は……うん、大丈夫だから……アルフ、落ち着いて」



怒り心頭のアルフを、フェイトはそっと宥めた
そしてその行動に、アルフは思わず目を動揺する

本来は、フェイトが一番悲しい筈だ

本当は、フェイトが一番苦しい筈だ

今の話を聞いて、フェイトが一番辛い筈だ


だが、それでも

フェイトは、その事実を受け止めていた。



「……ショック、でしたか?」



リニスは尋ねる。

もっと、上手い説明があったんじゃないか?

もっと、上手いやり方が有ったんじゃないか?

そんな風に、自分に問いかけながらリニスはフェイトに尋ねた。


フェイトはリニスに顔を向ける

そして、言葉を繋ぐ。




「……うん、ショックだった
……少し、ううん……正直に言うと……凄く、ショックだった……」

「……フェイト」


何処か陰りのある、何処か儚い笑みを浮べて……フェイトは呟く。

フェイトの心境は、筆舌し難いモノだろう
自身の存在を、その根底から否定された様なものだろう

辛い、苦しい、悲しい……そんなレベルでは、済まない
それこそ、心を八つ裂きにされる様な苦痛を味わっただろう


嘗てのプレシア様に、心の底からの絶望を味わっただろう

そして、リニスはフェイトと改めて向き合う





「……でもね、それでもね……私は、母さんの娘だよ……」





その瞳に、絶望はなかった

その瞳には、まだ光があった


フェイトは事実を知った
フェイトは自身の秘密を知った

だがそれでも、フェイトは壊れなかった。




「……私、ね……褒められたんだ……」




何故なら、フェイトの胸の中には支えがあったから

何故なら、フェイトの心の中には希望があったから



「……私ね、母さんに褒められたんだ。良く頑張ったねって……今まで、本当に良く頑張ったねって
そう言って、母さんに褒められたんだ……」



支えがあった、希望があった

それは、フェイトの心を崩壊から救っていた。



「私が居てくれて良かった、私が母さんの娘で本当に良かった……母さんは、私にそう言ってくれた
そう言って……母さんは私を抱きしめてくれたんだ」



自分の事を、褒めてくれた

自分の事を、認めてくれた

自分の事を、抱きしめてくれた



「確かに、私は母さんの娘の……アリシアの、クローンなのかもしれない
でもね、それでも私は……母さんの娘だよ。プレシア・テスタロッサの娘の、フェイト・テスタロッサだよ」


「……フェイト」



フェイトは、壊れなかった

プレシアによって造られた絶望は、皮肉にもプレシアによって造られた希望によって
フェイトの心は、その崩壊から守られていた


だから、リニスは躊躇った

これは、想定外だったからだ


フェイトがプレシアによって造られた……確かな希望を持っている事が、リニスには想定外だった。



……本当に、このまま話していいのだろうか……



だから、リニスは躊躇ってしまった。

今から話すプレシアの真実は、フェイトに紛れも無い本物の絶望を与える

今、崩壊を食い止めフェイトの心を内側から支えるその希望を……粉々に砕きかねない行い


希望の光を絶望の闇に変えてしまう、最悪の一手
フェイトの心の中の全てを、絶望で埋め尽くしてしまう禁断の一手


だから、リニスは躊躇ってしまい

そして






轟音と共に『アースラ』は揺れた。






「……!!!」

「……な!!」

「今度はなんだい!!?」


突然の衝撃、突然の震動
その規模から、『アースラ』に何らかの異常が起きたのは明白だった

そして、更にもう一つの事に気付いた者がいた。



……今の魔力は!!……



リニスは知っている、その一瞬に感じた魔力を知っている

それは自分がこの世に生まれ出でてから、自分の血肉となっていた魔力

嘗ての主から、ずっと与えられていた魔力



……まさか、プレシア!!!……



それは、限り無く確信に近い黒い予感だった。











第壱拾玖番「真実」











「次元砲撃!!? アースラの被害は!?」

「今の砲撃によるアースラの損傷及び破損は無し、問題ありません」


リンディはその突然の予想外の出来事に面を喰らいながらも、すぐに落ち着きを取り戻して状況を確認する

今の砲撃、そして先ほど破壊されたサーチャー


答えは、既に出ている。


「砲撃発射が行われた推定座標は?」

「ただいま解析中……座標AK012―FH998……時の庭園です!!」

「……プレシア・テスタロッサ……!!」


リンディの問いに対して、砲撃の解析を終えたエイミィは答え、そしてクロノがその解を口にする。

時の庭園からの、アースラへの砲撃……それは言うまでもなく、プレシア・テスタロッサによる攻撃だろう

そして更に、エイミィが驚いた様に声を上げた。

それは、ディスプレイに映ったとある反応だ。



「艦長、次元通信の受信アリ! 時の庭園からです!!」

「……繋いで頂戴」


リンディの答えを聞いて、エイミィは直ぐに回線を開いて通信を受信する。
そして、アースラのブリッジに大きなディスプレイが展開された

そのディスプレイに映るのは、一人の女。



『初めまして、と言うべきかしら? 時空管理局の方々』

「……プレシア・テスタロッサ……」



多少、資料との僅かな差異があるが間違いない。
この案件の最重要参考人であり、フェイト・テスタロッサの母親……プレシア・テスタロッサ本人だろう。


そして次の瞬間、ブリッジのドアが開いてそこに少年少女が入室してきた。


「リンディさん、今の砲撃……!!!?」

「一体何が……!!?」


先ずブリッジに入室してきたのは、なのはとユーノだ。
先ほど、アースラを揺るがしたのは次元魔法による攻撃だと判断して、状況を確認する為に二人は此処に赴いてきたのだ

そして、更にブリッジは新たに来訪客を迎える。


「……プレシア……」

『リニス、久しぶりね……大体、一年振りかしら?』


ブリッジに新たに乱入したその人物を見定めて、プレシアは口元を歪めてそう言う

新たにブリッジにやって来たのは、先ほどまでフェイト達と一緒にいたリニスだ
リニスは先の次元魔法による攻撃……それがプレシアによる管理局に対する攻撃だと気付いて
一旦フェイト達との会話を打ち切って、こちらにやってきたのだ。


そして、そこにやって来たのはリニスだけではなかった。



「……母さん……!!」

「……プレシアァ……!!」



新たにそこに二人の来訪者がやってきた、フェイトとアルフだ

この二人が此処にやって来た経緯は至って単純だ
急なアースラを襲った謎の衝撃、そしてリニスの突然の行動……この二つの出来事が、この二人の心に謎の危機感を抱かせた。

だからリニスの後を追って、二人も此処にやってきたのだ。

そして二人は、ソレに気付く。

フェイトは驚愕と動揺の視線で
アルフは憤怒と殺意の視線で

それぞれが、全く違う光を帯びた視線でディスプレイに映ったプレシアを見ていた。



「私は時空管理局・次元航行艦『アースラ』の艦長リンディ・ハラオウンです。
……プレシア・テスタロッサ、手短にこちらの用件を伝えます。貴方の持つジュエルシードを此方に明け渡して投降して下さい
我々も手荒な真似をしたくはありません。そちらが投降をすれば、情状酌量の余地有りと貴方達の罪を減刑する事を約束しましょう」


『寝言は寝て言えって言葉を知っているかしら、ハラオウン艦長?』



リンディの申し出に対して、プレシアはククっと口元を歪めながらバッサリと斬り捨てる。
そのプレシアの答えを聞いて、リンディは言葉を一瞬失いクロノはギリっと奥歯を咬んだ。

そして、そんなプレシアに対してリニスが一歩前に出た。



「プレシア、悪い事は言いません……投降して下さい。
既に袂を別ってしまったとは言え、私は今でも貴方に感謝していますし、尊敬しています。
そして既に管理局は、時の庭園のその存在をキャッチしています……逃げ切る事は、不可能です」


『あらあら、随分と口の滑りが良く成った様ね。山猫風情が言ってくれるじゃない』


「褒め言葉として受け取っておきましょう……もう一度言います
プレシア、自首して下さい……今ならば、貴方もそれ程重い罪には問われない筈です
例え貴方がここで逃げ遂せたとしても、管理局の手からは逃げ切る事は不可能、遅いか早いかの違いだけです」



ディスプレイ越しから二つの視線は絡み合い、プレシアとリニスは互い睨み合う。
二人は互いの瞳を覗き見ながら、互いの腹の中を探っていた。



……さあ、どう来る?……


……どこまで……どの程度まで、『ソレ』を明かす?……



二人は互いに、互いが明かしたくない秘密を持っていた。

ソレをどの様に、どの程度までどこまで明かすかで、
これから先のやり取りは、自分達のやり取りはそのベクトルを大きく変えるからだ。


睨み合う事数秒、先に口火を切ったのはリニスだった。



「……もう一度言います。プレシア、自首して下さい……そんな事をしても、死んだ貴方の娘は……アリシアは決して喜びません」

『……話したの?』

「……はい」



リニスの言葉を聞いて、プレシアは僅かに考え込んで口を閉ざす。

切っ掛けは、出来た
後はその『程度』の問題だ

そして更に、リニスは言葉を繋いだ。



「プレシア……アリシアは、もうこの世には居ないのです。貴方も、ソレを理解している筈です」


『……!!!』



その言葉を聞いて、プレシアは理解した、確信した。

リニスが、どの程度まで喋ったのか

リニスが、どの程度までその『秘密』を明かしたのか

リニスの言葉を聞いて、プレシアは瞬時にその事を理解した。















……クク、コレは好都合ね……懸念事項の一つが減ったわ……


その可能性が潰えた事を確認して、プレシアは口元を小さく歪めた。

既に廃棄したとは言え、流石は元・自分の使い魔だ。
ちゃんとソレによるメリット・デメリットを考えて、その度合いを考えて行動している

リニスがその手札を切って、プレシアは状況の大凡を確認した

そしてその二人のやり取りを聞いて、その少女が一歩前に出た。



「……母さん。リニスから、大体の事は聞きました……母さんの事も、私の事も、そしてアリシアの事も……」

『…………』



フェイトが一歩前に出て、プレシアに向き合う
そしてその言葉を聞いて、プレシアも冷淡な視線をフェイトに移した。



「……今日、私は知らない私の事を……たくさん知りました。
私は母さんの事を知っているつもりで、実は何も知らなかったんだという事を知りました」



フェイトは母の真実を知った。

母は、プレシア・テスタロッサは……きっと、悲しんだのだろう
最愛の娘を亡くして、心の底から悲しみ傷つき、嘆いて……絶望したのだろう

だから、その願いを追い求めてしまったのだろう。

禁忌の技術に手を出してまで……自分と言う存在を造り上げてしまった程に、その心は追い詰められていたのだろう。


自分は、アリシアのクローン。


確かに、ショックだった

確かに、悲しかった

確かに、辛かった


心が、バラバラになりそうだった

魂が、引き裂けそうだった

その苦痛を味わうのなら、死んでしまいたいとも思った


だが、ソレだけだ。



その程度の事、母さんに比べたら何て事はない。

最愛の存在を、目の前で失った母さんに比べれば……この程度の事、何でもない。


だから、フェイトは受け入れた。


フェイトは真実を知った
そしてその上で、受け入れたのだ

母の事も自分の事も、そしてアリシアの事も受け入れたのだ。








「……でも、それでも……私は、貴方のむす」

『貴方が軽々しくアリシアの名前を口にしないで頂戴……虫唾が走るわ』








だが


魔女は
そのフェイトの心を、アッサリと否定した。



「……え?」



心に、その短剣は撃ち込まれた

呆然とした、その呟き
フェイトにとって、それは余りにも唐突な否定だった。


『フェイト……貴方、どうして自分がソコに居るのか知っているかしら?』

「……いえ……知りま、せん」


更にもう一つの言葉が投げ掛けられて、フェイトは反射的に答えた

母の言葉もそうだが、
よく考えれば、未だにフェイトは何故自分が此処に居るのかその理由を知らなかった。



『私から説明するのは面倒ね……リニス、貴方が教えて上げれば?
そこの駄犬と協力し合って、あんなにも必死で、死に物狂いでフェイトを時の庭園から連れ出したくらいですものねぇ?』

「……!!!?」



その言葉を聞いて、リニスは思わず息を呑んだ

確かに、自分はそのつもりだった
その事実を、フェイトに明かすつもりだった。


だが、自分は躊躇った
だが、自分は迷ってしまった。


その気になれば、自分は此処からフェイトを追い出し……その事実を隠せた筈だった
フェイトをその事実から遠ざけて、後で改めてその事実を語る事も可能だった


でも、自分はソレをしなかった


躊躇していたからこそ、自分はソレを出来なかった
迷っていたからこそ、自分はソレを出来なかった

多分自分の弱い心は、どこかでその切っ掛けを待っていたのかもしれない。


……話すか、否か……


僅かな自分の心の隙間
その心の隙間を、プレシアに突かれてしまった。



「……リニス……何で、私は……ココに、居るの?」



だから、フェイトは気付いてしまった

その可能性に、気付いてしまった


どうする?

どうすればいい?

自分は一体、どうすればいい?


その言葉を、リニスは心の中で幾度も反芻させる

僅か数秒の静寂、その数秒は体感時間にすれば何時間にも及ぶ永い時に思えた。



だから、フェイトはその矛先を変えてしまった。




「リンディ艦長……どうして、ですか?」


「……!!?」




その矛先は、リニスからリンディへと変えられた。

リンディは、僅かに躊躇った
リンディは、考慮してしまったからだ。



……この娘に、真実を受け止められるか?……



今のこの娘は、フェイトは……自分の目からも見て取れる程に揺れている


果たして、そんな存在にこの真実は受け止められるか?

果たして、そんな少女にこの真実を受け入れられるか?


……無理だ……


リンディは結論付ける

恐らくこの娘は受け止められない、受け入れられない

この事実は、恐らくこの娘を「壊して」しまう

この事実を知れば、この娘は壊れてしまう


僅か数瞬の考察で
リンディは、その結論に達してしまい




「……プレシアは、貴方を殺そうとしたんです……」




そんな言葉が、ポツリと響いた

リニスは、その事実を自分の口で明かす事に決めたのだ。



「……え?」

「もう一度言います。プレシアはフェイトを、フェイトの魂を殺そうとしたんです……貴方を、完全な『アリシア』にするために
ジュエルシードを用いた、プロジェクトFの発展技術を用いて……貴方の魂・精神を完全に殺して
アリシアの完全な記憶と人格を貴方の肉体に転写して……貴方を、完全な『アリシア』にしようとしたのです」



リニスは語る。

ギュっと拳を握り、ギリっと奥歯を噛み締めて
予め自分が決めていた、自分が用意していたその『真実』を……絶望を与えるには十分過ぎる内容をフェイトに、明かした。



「……ですよね、プレシア?」

『……あら、ちゃんと解かっているんじゃない。全く、貴方も中々意地が悪いわね。
そういう大事な事を、こんなギリギリの局面まで勿体つけて黙っているなんて』



口元を歪めて、プレシアは確信する。


……思い通り!! 予想通り!!……

……リニスは、アリシアの魂の存在を一切明かす気は無い!!!……


魔女の脳髄に、情報と結論と言う名の槍が突き穿たれる
魔女の脳髄に、ソレは電撃の様な唸りを上げて刻まれる

そのリニスの答えを聞いて、プレシアは改めてその事を確信した


そして





「……う、そ……」





小さく儚く、その呟きが響く。

フェイトは呟く

それは、フェイトにとって全く予想だにしていなかった事実
それは、フェイトにとっては最悪の事実

その内容に、その事実の内容に身を震わせて答える。

顔をこれ以上に無い程に青ざめさせて、信じられない、信じたくない、受け入れたくない、受け入れられない。

そんな響きを纏わせて、フェイトは呟いた。



嘘、だ

そんなのは、嘘だ


母さんが、私を殺そうとした?

私の精神や魂を、消そうとした?


確かに、今までの私は悪い子だった

母さんの期待に応えられない、『お仕置』ばかりされていた悪い子だった



でも、

それでも



「……う、そ……ですよ、ね?」



母さんは、私を認めてくれた

母さんは、私を褒めてくれた

母さんは、アリシアじゃない『私』を抱きしめてくれた


だから、そんなのは嘘だ
多分、それは誤解だ

確かに母さんは他人には誤解されてしまう様な、そういう事を私にしたりしたけど

そしてその度に、アルフは私の事を心配して母さんに怒っていたり、そういう事も沢山あったけど


それは、今まで悲しいすれ違いがあっただけ

母さんは、悪くない……ただ、ちょっと気持ちの行き違いがあっただけ


だから、それは、何かの誤解だ。



「アルフ……うそ、だよね?」

「……っ!」



アルフは何も言わない。

それでも私は嘘だと、誤解だと思っていた。


母さんは、本当は優しい人なんだ
ただ不器用なだけで、それで偶に変な誤解をされてしまうだけなんだ


だから、今回もそういう事だ
偶々そういう風に、母さんが皆から変な誤解をされてしまっただけなんだ





「うそって、言って下さい……お願いですから! 誰でも良いから! 嘘って言って! 嘘って言って下さい!!!」





だから叫んだ、否定して欲しかった。

ここに居る誰でもいい、誰でも良いから『違う』『嘘』『誤解』どれでも良い……その一言を言って欲しかった。

その事実を、否定して欲しかった。



だが、それは叶わなかった
誰もが、口を閉ざして……その一言は言われなかった

プレシアも、リニスも、アルフも、なのはも
そこに居る全員が、その一言を言う事は無かった。




『……ぷ、くく……』




静寂な空間に、小さく響き渡るその声。

視線を移せば、ディスプレイに映ったプレシアは口元を手で覆い、僅かに体を震えさせて




『ククククク! クハハハハハ!!! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!』




嗤う、魔女は嗤う

可笑しくて堪らない

滑稽で堪らない

そんな風に顔を醜悪に歪ませて、プレシアは歯車が狂ったかの様に大声で嗤った


だから、気付いてしまった

フェイトは、それで悟ってしまった。


ソレが、事実であると言う事を

母が、自分を殺そうとしたのだと言う事を




フェイトは、これ以上に無い程に理解してしまった。














続く












あとがき
 今回、キリの良いところまで書こうと思って描いていたら……滅茶苦茶長くなってしまいました!!!
なので、二話に分けて投降する事にしました。二話目は結構早い内に描き上がると思います
多分明日には投稿できるかと思います(笑)


……って言うか、前回の締めは明らかにフライングだった事に気付いたこの頃です。
もう少し、順序良く話は組み立てないとダメですねー。

今回はウルキオラの出番はありませんでしたが、次回はウルキオラの出番はあります。

それでは次回、「決戦開始」に続きます。






[17010] 第弐拾番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/05/23 22:48




『ククククク! クハハハハハ!!! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!』




嗤う、魔女は嗤う

可笑しくて堪らない

滑稽で堪らない

そんな風に顔を醜悪に歪ませて、プレシアは歯車が狂ったかの様に大声で嗤った


だから、気付いてしまった

フェイトは、それで悟ってしまった。


ソレが、事実であると言う事を

母が、自分を殺そうとしたのだと言う事を


フェイトは、これ以上に無い程に理解してしまった。




『フェイト……貴方は私にとって、出来損ないの人形だったわ』

「……!!!?」




ザクリ、と


魔女の嗤い声や止み、言葉という名の刃がフェイトに放たれた。



『フェイト……貴方は考えなかった? 
アリシアを失ってアリシアを求めた私が造った貴方に、どうして『アリシア』と名づけなかったのか』

「……ぁ……」



ザクリ、ザクリと

更にフェイトのその心に、言葉という名の悪意が、悪意という名の刃が放たれて
フェイトの心を刻み、貫いていく。



『簡単な事よ。貴方が出来損ないの不良品だったからよ』

「……ぁ、ぁ……ぁ」



魔女の言葉が、投げられる。



『折角アリシアの姿と記憶を上げたのに、役立たずで使えない人形だったから……
私はねアリシアを汚さない為に、貴方から『アリシア』と名づけられた記憶を削除したのよ』

「……やめて、よ」



お願いだから、止めて
そんな事は聞きたくない

そんな意思を込めてなのはが呟くが、魔女は止まらない

言葉という名の悪意が、悪意という名の刃が投げられる。



『アリシアはね、もっと明るく笑ってくれた。アリシアは偶に我侭を言ったけど、最後には私の言う事をちゃんと聞いてくれた
私はね、そんな愛らしかったアリシアの記憶を汚したくなかったから……貴方からアリシアという名前を消したのよ』



放たれる

突き刺さる

フェイトの心に、幾十幾百の刃は突き刺さる。


『所詮、貴方は人形。アリシアが蘇るまで私が慰みで使う……それしか利用価値の無い、出来損ないの不良品』

「……ぁぁ、ぁ、あ、あ……!!」



……ビシリ、と……

ソレに、罅が入る


壊れる

ソレは、壊れる

ソレは嬲られて蹂躙される

悪意と言う名の刃で切り裂かれて、絶望と言う力で引き裂かれる。


『フェイト、貴方に一つ良い事を教えて上げる。私はね、貴方を造り出してから』

「もう止めて! もう止めてよおぉ!!!」


懇願にも似た、そんななのはの声がプレシアに放たれるが

それは、僅かな意味も無く




『ずっと貴方の事が、大嫌いだったのよ』

「……!!!?」




だから、壊れた

その心は、その瞬間を持って跡形も無く確実に壊された。


壊された……筈だった






「それは嘘ですね、プレシア」





繋ぎとめた

その一言が、僅かに砕けかけたフェイトの心繋ぎとめた。













第弐拾番「決戦開始」













「……リニ……ス?」

「プレシア……自分で言っていて気付きませんか? 自分の言葉の矛盾が?」

リニスは、射抜く様な視線でディスプレイ越しのプレシアの瞳を見る。
プレシアはそんなリニスの視線を受け止めて、僅かに眉間に皺を寄せて


『どういう意味かしら? それとも聴覚機能に異常が出たのではなくて? 後で検査する事をオススメするわ』

「お気遣い、ありがたく頂戴しておきます……ですが、今はそれは置いておきましょう
プレシア、もう一度貴方に言います……貴方の言葉には、矛盾している部分があります」


それは、今までリニスが抱えていた疑念
ここで明かしていない、プレシアの『真実』を加味した上での疑念だった。


「……今までの、フェイトに対する全ての暴言。百歩譲ってソレが貴方の正直な気持ちだとしましょう
貴方が心の底から、アリシアの事を最愛の存在と愛していて……フェイトはその対極の存在だとしましょう」

『…………』


プレシアは言った。

フェイトは人形
フェイトは役立たず

フェイトは不良品
自分はフェイトの事がずっと大嫌い


だから、リニスは思った。




「じゃあ何で、そんな『大嫌いで役立たずな不良品』の肉体を『最愛の存在』であるアリシアの肉体にしようとしたのですか?」

『……!!!?』




リニスは知っている
アリシアを蘇生させる上での、『フェイト』がアリシアの器に選ばれた理由を知っている

だから、リニスは思った
そのプレシアの『真実』を知っているからこそ、リニスは思った。


「アルフから、今までの貴方のフェイトの扱いを聞いています……貴方が今まで、何度も何度もフェイトの体を傷付けて来たのを知っています
貴方にとって、フェイトがフェイトである以上……その精神や魂は勿論、肉体すらも嫌悪の対象だったと言う事に疑いの余地はありません」

『……何が言いたいの?』

「少なくとも、私が貴方だったらそんな今まで自分が傷付けた肉体……
それも心の底から大嫌いな、役立たずで不良品と思っている存在の肉体
普通はそんな存在の肉体を、最愛の存在の肉体にしようとするでしょうか?

少なくとも、私はそうはしませんね……例えソレが、アリシアの『器』がフェイトでなくてはならない『理由』があったとしてもです」


アリシアの魂は、フェイトの肉体でなければ受け入れられない

そして、プレシアは病の影響で新たな肉体を用意する程の時間を残されていない
器は一つしかない、代わりを用意するのも難しい

だから、フェイトの肉体でなければならない
大嫌いなフェイトの肉体だがしょうがない、ソレしかないのだからしょうがない


『ええ、確かにそうね……だから、私はフェイトで『妥協』したの。
使える器が一つしか無いのなら、こちらが妥協するしかないじゃない』


確かに、それは辻褄が合っている様に見える

だが、何処かソレは不自然に思えたのだ


「妥協……その単語ほど、貴方に不釣合いな言葉があるとは思えませんね
貴方が妥協? それは無い、絶対にない、まず有り得ない」


もしも、これがプレシアではない、他の誰かであったらリニスはソレを考えなかっただろう
相手がプレシアだから、自分が良く知るプレシアだから、リニスはその一握りの可能性に気付いた。


『随分な言い様ね、何を根拠に貴方はそう思っているのかしら?』


プレシアは僅かに眉間に皺を寄せて、鷹の様に眼を鋭くさせて、刃の様な視線でリニスを射抜く
そしてリニスは、その手札を切った




「理由は簡単です。何故なら『アリシア』が死んだあの事故について、それは自分が折れてしまったから……
『妥協』してしまったから起きたのだと、深く嘆いていたじゃないですか」

『……!!!』




リニスは知っている、その事実を知っている。

自分がプレシアに破棄される切っ掛けとなった出来事、自分がアリシアの遺体を見てしまい
感情的になったプレシアとの間に一瞬完全に繋がった精神リンク

その時、流れて来たから知っている。

プレシアが如何にアリシアの死に悲しみ、傷つき、嘆いたのか良く知っている。


そして、勿論その死因となった原因についても知っている。



「あの『ヒュードラ』の事故は、回避できた筈の事故だった、アリシアの死は回避できた筈の死だった
貴方が当時の上層部にその危険性と安全面の抗議を続けていれば、貴方が『妥協』さえしなければ、それは本来防げた筈の事故だった

ずっとずっとそんな風に……貴方はずっと後悔していたんじゃないですか。
自分の妥協がアリシアの死を生んだと、ずっと貴方は後悔していたんじゃないですか」

『…………』


リニスは知っている

もし自分があそこで折れなければ、アリシアは死なずに済んだんじゃないか?
プレシアはそれこそ、我が身を引き裂きたくなるほど苦しみ、後悔していた事を知っている


「だから、有り得ない。例えソレしか無くても、時間が無くても、貴方が妥協する事なんて有り得ない
増してや、今回のこの一件は最愛の娘の新たな肉体を求めての事……だから、尚更有り得ない!
妥協でアリシアを失った貴方が、妥協でアリシアの肉体を選ぶ事は先ず有り得ない!!!」

『……言ってくれるじゃない。そうね……確かに、私らしくは無かったわね。柄にもなく焦っていたのかしら?
他が無いからと言って……そんな傷物の人形をアリシアの肉体にしようとしていたなんて、我ながらどうかしていたわ』


だが、プレシアは崩れない
だが、リニスはまだ止まらない

まだ、手札はある

プレシアを突き崩せる手札はある
だからリニスは、その手札を更に切った。



「では質問を変えましょう、なぜ最後の瞬間にフェイトを褒めたのですか? フェイトをその手で抱きしめて、その存在を認めるような発言をしたのですか?
貴方なら、そんな手段を取らなくても簡単にフェイトをアリシアの器にする事が出来た筈です」



それは、フェイトとアルフの話を聞いて思い浮かんだリニスの疑問だった。

今まで、プレシアは何度もフェイトに虐待をしていた。

そして、フェイトは一切ソレに逆らわなかった
母の悪意と暴力によるソレを、フェイトは今までずっと受け入れていた。

だから、必要は無かった筈


そんな回りくどい方法を、選ぶ必要はなかった筈なのだ。


「適当に呼びつけて、適当な理由で睡眠薬を飲ませる。
何かの検査だと言って、フェイトを研究室に連れ込んでソレを行う。
実験または研究を手伝って欲しいからと言って、フェイトを騙してソレを実行する」


適当にリニスは自分が思い付いた方法を挙げてみる
使い魔の自分でさえ、これだけの方法が思い付くのだ

だから、プレシアの行動に違和感を覚えたのだ。


「貴方にはそれこそ無限に近い手段と方法が合った筈、では何故わざわざ回りくどい方法を取ったのですか?
フェイトを褒めて、喜ばせる……そんな方法を取ってしまったが故に、貴方の真意にアルフは気付いて、貴方は失敗した」


今回プレシアが取った手段以上に、楽で安全で確実性のある策はそれこそ無限にあった筈

だが、ソレをプレシアは取らなかった。


『……そうね。アレは我ながら悪手だったと反省しているわ』

「らしくない……余りにも、貴方らしくない失敗です。
貴方なら、真っ先にその可能性に気付いていた筈です。精神リンクによってフェイトの異常を、アルフが気付く
私という使い魔と、数年間共に過ごしていた貴方ならその可能性に気付いていた筈です」


気付かない筈が、ないのだ
プレシアは過去の大きな、回避できた筈の大きな失敗している。

だから、危険を含む可能性は徹底的に排除する筈

だから、そんなプレシアだからこそ…気付かない筈がないのだ。


「……だから、こう考えれば……貴方の行動は、辻褄は合います」


故に、リニスは結論付けていた



「フェイトを褒めた事も、その存在を認めた事も、全て貴方の本心。
貴方は、確かにフェイトを殺すつもりだった……だから、伝えたかった。その前に伝えておきたかった
フェイトが『フェイト』で無くなってしまうから、貴方はフェイトが『フェイト』である内にその気持ちを伝えておきたかった」

『夢物語ね、人形を愛でる趣味は私には無いわ』

「じゃあ説明してください。
どうして安全で確実な策を選ばす……貴方が人形と言って嫌うフェイトを喜ばせてまでリスクのある方法を選らんだのか……
私達が心から納得する理由を、説明して下さい」

『……人の揚げ足を取るのは随分上手くなったようね、リニス。で、貴方は何をもってそんなふざけた可能性を考えたのかしら?
それはただの貴方の推測でしょ? 根拠も証拠もない、口先だけの夢物語なんてモノに説得力はないわよ?』


「根拠はあります。貴方がフェイトという存在を認めたという根拠なら」



鼻で笑いながらプレシアはリニスの言葉を一蹴して、そのプレシアの言葉を更にリニスは返す。

そしてリニスは、ソレを口にした。




「何故なら、フェイトが居たから貴方はウルキオラと出会い、その『希望』を手に入れたからです」

『……!!!!?』




その一瞬、プレシアの目は僅かに見開いて
その瞬間を、リニスは見逃さなかった。


今のプレシアは、嘗てのプレシアからは考えられない程の活力に満ちていた
それは、リニスの当時の記憶と比較しても明らかだった。


なぜなら、今のプレシアには希望があるから

アリシアの魂と、その蘇生方法と言う希望を持っていたからだ


では、どうしてプレシアはそれらの希望と巡り合えた?
それは、ウルキオラがプレシアとアリシアを巡り合わせたからだ。


では、どうやってプレシアはウルキオラと巡り合えた?
それは、フェイトがウルキオラとプレシアを巡り合わせたからだ。


リニスはその事の経緯を大凡アルフから聞いている、そしてプレシアとの僅かな精神リンクを経由してその事情を知っている。



「今の貴方は、希望を持っている! 可能性を持っている! 
そしてその始まりは、貴方がウルキオラと出会い、希望を知りその可能性を知ったから!
フェイトが貴方とウルキオラを巡り合わせたから! 今の貴方はある!!!」



全ての始まりは、フェイトとウルキオラが出会ったからだ。

フェイトがウルキオラに名乗ったからこそ、ウルキオラはアリシアとフェイトの繋がりに興味を持った。

フェイトがその事をプレシアに報告したからこそ……プレシアはウルキオラの存在を知った。


そして、フェイトがウルキオラとプレシアを巡り合わせたからこそ……プレシアは、アリシアと再会できた。



「違うとは言わせません! 貴方が持っていたモノが貴方の『希望』なら、その始まりは紛れも無くフェイトです!!
貴方のその希望の根源には、フェイトの存在が……貴方の娘、フェイト・テスタロッサの存在があるんです!!!」



フェイトがいたから、プレシアの希望は生まれた

フェイトがいたから、プレシアは希望を手に入れる事が出来た

フェイトがいたから、プレシアはアリシアと再会できた

フェイトがいたから、プレシアはアリシアを抱きしめる事が出来た


それは、つまり



「フェイトがいたから、貴方は幸せになれた! これは私の夢物語でも口先だけの出任せでもない!
これは純然たる事実です! それすらも否定するのなら、是非してみて下さい!
フェイトの存在を否定してみて下さい! フェイトがもたらした貴方の希望と幸せを否定してみて下さい!
『フェイトなんか造らなければ良かった』と、一言でも良いからその口で言ってみて下さい!!!」



リニスは、考えていた。

もしも、フェイトが最悪の場合で真実を知った時に、どうやったらフェイトを守れるか
どうやったら、壊れたフェイトの心を救えるか

だから、その結論に至った



プレシアによってもたらされる絶望から守れるのは、プレシアによる希望だと。



何か一つでも良かった

プレシアが、何か一つでも良いからフェイトの存在による『何か』を認めている
それを、プレシアに認めさせる……それしか、思い付かなかった。


これは、リニスにとっても博打だった

もしも、ここでプレシアが更に切り返して来たら……もう、リニスには手札が無かったからだ。


出し切った
リニスはその手札の全てを出し切った。


今まで情報の全て、アルフからの情報とフェイトからの情報
そして、プレシアからの情報


この僅かな時間で集めた情報から汲み取った断片的な事実を、継ぎ接ぎだらけの様な手札を

フェイトが最悪の形でその真実を知っても、何とかその心を繋ぎとめられる様にリニスが必死の想いで揃えた手札を

リニスは、この僅か数分のやり取りの中で全て出し切った。





『……もう良いわ、これ以上貴方達と話しても不愉快なだけだわ』





冷淡な声が響いた。

ディスプレイの魔女は、ソレを掲げた
螺旋の軌道を描きながら空を舞う、十一個の蒼い宝玉

そして次の瞬間、エイミィが何かに気付いた様に声を上げた。



「時の庭園から、魔力反応多数!!」

「……アレは、ジュエルシード!!」

「プレシア・テスタロッサ! 何をするつもりですか!!!?」


クロノが驚愕の声を上げてソレに気付いて、リンディもその余りにも突然の行動に対して声を荒げて尋ねる。

そしてその十一個の蒼い宝玉は、共鳴する様に唸りを上げて輝きだした。



『こうなってしまった以上、アリシアの蘇生は難しい……だから、私達は旅立つ事にしたのよ!
忘れられた都……『アルハザード』へね!!!』



プレシアは両手を空高く掲げて、声高らかに宣言する。



『光栄に思いなさい! このプレシア・テスタロッサの偉業をその眼に出来る、その歴史の証人になれる事を光栄に思いなさい!!!』



十一個の蒼い宝玉は、更にその輝きを増していく
そしてソレらは互いに共鳴し合ってその力をグングンと高めていき



そしてそれは起きた。




「次元震です! 中規模以上!!」
「振動防御! ディストーション・シールドを展開して!!」

「ジュエルシード、暴走発動!!次元震、更に強くなります!!」
「転送可の距離を維持したまま、影響の薄い空域に移動を!!」

「了解!!」

「規模、更に増大! このままでは次元断層が!!」


その場が、一瞬にして混沌となる。
その異常事態と危険現状を知らせる報告が矢継ぎ早にリンディの元に届けられて、
リンディはその一つ一つを迅速かつ的確に処理をしていく。


「次元震、更に増大!」

「この速度で震度が増加していくと、次元断層の発生予測値まで、あと六十分足らずです!!」


だが、間に合わない。

その進行速度は、リンディの処理能力の上を行っていた
そしてその現状を見て、クロノが叫んだ。


「止めるんだプレシア・テスタロッサ! アルハザードなんてモノは御伽噺だ!! そんな事をしたって、失った過去は取り返せない!!」

『いいえ! アルハザードは実在する!! そして私はそこで全てを取り戻す!!!
アリシアを蘇らせて! 過去を取り戻して! こんな筈じゃなかったこれからを取り戻す!!』


そのプレシアの言葉を聞いて、リニスは声を荒げてプレシアに叫んだ。


「プレシア、止めるんです!! このままでは、次元断層すらも発生しかねません!!!
貴方がソレを起こすと言うのですか!!? あの悲劇と同じ事を! 最愛の娘を奪ったあの悲劇と同じ事を! 貴方がその手で引き起こすと言うのですか!!!」

『アルハザードの道は次元の狭間にある! 次元と空間が砕かれた時、その時アルハザードの道は開かれる!!!
だからその為には、次元断層を引き起こす事が必要なのよ!!!』


その顔は憤怒だろうか、それとも愉悦だろうか
その表情は狂喜だろうか、それとも自棄だろうか

混沌を絵にした様な、歪みきった表情で、怨念の塊の様な声でプレシアが語る。

そして、そのプレシアの言葉を聞いてクロノは憤怒の表情で声を上げた。


「巫山戯るな!!! 次元断層を引き起こす!!? そんな事をすれば、何億の命が失われるか解かっているのか!!!」

『それが何? こんな世界、私には何の価値もないわ……さて、そろそろ潮時ね。
この世界とはコレでおさらば、貴方達はソコでゆっくり眺めていると良いわ……
このプレシア・テスタロッサが、その悲願を達成する様をね!!!
フフフフフ! アハハハハハ!! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」


魔女は嗤う。

己の勝利に酔う様に、既に勝ちを確信したかの様に、狂った様に嗤い声を上げる。

そしてその嗤い声を最後に、その通信が完全に切れた。


「通信、切れました!」

「武装隊の応援編成部隊の用意と、その転送準備を! 現地へ赴いて元凶を直接叩きます!!」


リンディは直ぐに今後のプランを頭の中で組み立てて、指示を飛ばす。
そして更にそこから動き出す者がいた。


「リンディ艦長、僕も現地に向かいます!!」

「……行けるのですか?」

「緊急の事態に備えて、船医に頼んで麻酔の用意は既にして貰っています。
それに痛み自体もある程度落ち着いています……それに、今はこの程度の怪我を気にしている場合ではありません」


リンディの問いに対して、クロノは確かな意志を込めた視線と言葉でそれに答えた
そして、リンディはその答えに頷いて


「……解かりました。なのはさん、ユーノくん……クロノのサポートをお願いできるかしら?」

「はい!」

「分かりました!!」


なのはとユーノも、同時に頷く

そしてクロノに視線を送り、クロノも頷いた


「リーゼ! 出動の準備は!!?」

「とっくに出来ているわよ!」

「こっちはいつでもOKよ、クロスケ!!」


返事は直ぐに帰って来た

二人もクロノは既にその準備を終えていて、クロノの問いに対して力強く頷いて答えた。


「よし、それじゃあ四人とも直ぐに転送ポートに……」


直行してくれ

クロノがそう言おうとした、その瞬間だった







「……私も、行きます……」







その少女が、名乗りを上げた。

五人の視線が、その少女に集まる



「……フェイトちゃん」

「私も……現地へ行きます、そして母さんを止めます」



フェイトは告げる、自分の意思をそこにいる全員に伝える
そしてそんなフェイトを真正面から見据えて、クロノは尋ねた


「……君は、自分の言っている事の意味は分かっているのか?
僕達はこれから、君の母親を止める為に現地へ赴くんだ……君は、君の母親と、闘う覚悟はあるのか?」

「あります。そして、私も母さんを止めたいです」

「……フェイト」


フェイトの真正面から、クロノの視線を受け止める
そしてその背中を、リニスとアルフは見つめていた



「……私は、今日……本当に、色々な事を知りました。自分が知らない事を、沢山知りました……」



フェイトは、今日一日だけで数年分の激動を味わった様な気分だった。

色々な事を知った

自分が知らない事実を知った

だから思った。



「……私は、今まで何も知らなかった……母さんの事も、アリシアの事も……本当に何も知らなかった」



だから、分かった



「私達の全ては、まだ何も始まっていなかった」



だから、フェイトは決めた



「……終わり、たくない……」



だから、フェイトは闘う事を決めた



「私はこれで、終わりになんかしたくない!!」



だから、フェイトは頭を下げた
クロノ達に向かって、まるで土下座をする様に深く頭を下げた



「お願いです!! 私も一緒に連れて行って下さい! 私は母さんを止めたい!
私はやっぱり、今でも母さんの事が大好きだから! だから母さんを止めたい!!
だからお願いです!!! 私も一緒に、連れて行って下さい!!!」

「……フェイトちゃん」



それは必死の懇願だった
そしてそんなフェイトに続いて、更に二人がフェイトに並んだ。



「私も、プレシアを止めたい……嘗てプレシアの使い魔だった者として、主の犯そうとしている罪を止めたい
それに……プレシアに聞きたい事が、少し増えました」

「あたしもね。あの鬼ババは、一発思いっきりブン殴ってやらないと気が済まない……だから、あたしも連れて行って欲しい」



そして二人も、フェイトと同じ様に深く頭を下げた
そしてそんな彼女等を見て、その声は響いた。


「クロノ執務官、彼女たちの同行を許可します。現地までの転送をお願い」

「……良いのですか?」

「今は少しでも、多くの戦力が必要です。協力する理由は有っても断る理由は無いでしょう」

「……解かりました」


クロノは頷いて、その同行を許可する。

準備は整った

戦力は揃った


さあ、行こう


全ての戦いを終わらせる為に!

全ての決着をつける為に!!















「……さて、撒き餌はあんなもので良いわね」


時の庭園の玉座の間にて、確認する様にプレシアは呟く。



「……ぐ!! ぅっ!!!」



プレシアはその椅子に座り、そして胃が軋んで咳き込んだ
口元を手で押さえて咽る様に咳き込んで、赤い雫が指の間から流れてきた。


「……ち、ぃ……流石に、広域次元魔法二連発は、体に無理があったようね」


ボタボタと赤い液体は床に落ちて、赤い水溜りを形成していく。

口元の血を拭って、そしてプレシアは胸元のプレートのスイッチを入れる
ジュエルシードを利用した、生命増幅装置だ。

プレートに埋め込まれた宝玉は蒼く輝いて、プレシアの体にはエネルギーが巡って活力が満ちてくる。



「……リニス、あの不良品が……言うに事欠いて良くもまあ、あんな虫唾が走る事を言ってくれたものね」



ギシリと、奥歯を噛み締めながら顔を怒りで歪めて
吐き捨てる様に、プレシアは呟く。


そして、頭を振って直ぐに思考を切り替える。


落ち着け、アレはただの妄言
活きた亡霊の、妄想にも近いただの世迷い事

気にするな、考えるな、それを意識するな
僅かに熱した頭を、プレシアは急速に冷やしていき


頃合を見計らって、プレシアは胸元のスイッチを消した。



「今は、そんな事を考える時じゃない」



今は、闘う時

だから、プレシアはソレを心に刻み込む。



「だから……もう少し、もう少しだけで良い……私の体よ、もって頂戴」



既に賽は投げられた
後は吉と出るか凶と出るか


魔女は、その時を静かに待つ

やがて来るその時に備えて、静かにゆっくり、その力を研ぎ澄ます。















時の庭園・エントランス

その広い玄関部に、多数の魔法陣が浮かび上がって、彼等はそこに転送された


「……ここが、時の庭園?」

「なのは、そこら辺にある穴は『虚数空間』という空間の歪みだ。そこに落ちれば魔法が使えないから気をつけて」


なのはが辺りを見渡しながら呟いて、クロノが床の所々に有る穴についての説明をして

そして、ソレ等は現れた。



「さっそく、歓迎されているみたいだな」



クロノは正面を見据えて言う

彼等の目の前には、多数の甲冑
その手に剣を、槍を、斧を持った、プレシアの傀儡兵

その数は十や二十ではきかない……軽く見積もって、百は優に超えているだろう


「……プレシアの、傀儡兵ですね」

「気をつけて下さい。母さんの傀儡兵はそれ一体で、Aランク相当の戦闘力を有しています」

「しかも、やたら硬いんだよコイツ等」


リニスが敵を見据えて、フェイトが説明して、アルフがその補足をする

入り口でコレだ、恐らく内部はこの数倍の数が犇めいているだろう

だが
それでも、自分達が行う事は変わらない。



「総員、突入だ!!!」

『了解!!!!』



クロノの号令で、そこに居た全員が戦闘体勢に入った
そして自分の達の魔力に反応した傀儡兵も、迎撃体勢に入る


「スティンガー・スナイプ!!!」


青い弾丸が青い閃光となって傀儡を縫っていく
閃光は流星となって、幾多の傀儡兵を次々と貫いて黙らせる


「ヒュウ、やるじゃんクロスケ!」

「ロッテ、余所見しない。命取りになるわよ」


二つの黒い風は、同時に吹き荒れる
ロッテが傀儡兵を四肢を用いて粉砕して、アリアが雨の様な光弾を傀儡兵に撃ち込む


「行きますよ、アルフ!!!」

「了解リニス!!!」


白い影が疾風となって駆け抜けて、白銀の閃光を振り撒いて敵を切り裂く
橙の影が唸りを上げて飛び掛り、両の拳と魔力弾を持って敵を破壊していく



「チェーン・バインド!!!」



ユーノが巨大な魔法陣が形成して、そこから多数の鎖が射出する
十以上の緑色の鎖は幾十の敵を縛り上げて拘束し、その場に縫い止める。



「ディバイン・バスター!!!」

「サンダー・スマッシャー!!!」



そこに、二つの砲門が照準を合わせる
桜色の砲撃と黄金の砲撃が同時に発射され、傀儡兵を塵芥の様に蹴散らした。



所要時間、僅か十数秒
そこに居た二百体近くの傀儡兵を、全て一掃した。

そしてクロノがその事を確かめていると、クロノの元に念話が届いた。



『こちら特別武装編成部隊・部隊長のエル・ロオライトです…クロノ執務官、応答願います』

『こちらクロノ・ハラオウン。そっちはどうだ?』



それは、自分達とは別ルートから突入した武装隊からの念話だ。


『迎撃に来た機械兵と交戦、破壊しました。これより「時の庭園」の動力炉及び中枢駆動炉の制圧に向かいます』

『了解した。こちらは手筈通り、プレシア・テスタロッサの確保に向かう』

『了解、御武運を』


互いの報告を終えて、念話を切る
そして、クロノはそこに居る全員を改めて見る。


「これより、時の庭園内部に突入する! 皆、くれぐれも気を抜かない様に!」


クロノのその言葉に皆が頷く
そして全員は再び駆け出す。


エントランスを抜けて、クロノ達は内部に突入する

そしてその直後、床から、壁から、天井から、幾多の傀儡兵が出現する。


「ディバイン・シュート!!」

「フォトン・ランサー!!」

「ブレイク・インパルス!!!」


しかし、直にコレを迎撃して破壊していく
行く手を阻む敵の全てを、破壊して道を切り開いて行く。


砲弾が

鎖が

拳が

脚が

刀が


迫り来る全ての敵を排除して、その目的地までの道を作り上げていく。



「クロノ執務官、この廊下を抜ければ大きなホールに出ます! そしてそこの中央にある扉を潜り抜ければ
プレシアが居る玉座の間は、目と鼻の先です!!」

「分かった! 皆も聞こえたか!?」

「うん、バッチリ!!」

「クロスケも、中々執務官が板についてきたねー」



そこにいる全員は廊下を走り抜ける
そしてその出口である扉まで走って、大ホールへと突入して















「……漸く、来たか……」
















その男は

そこにいる全員の行く手を、阻む様に立っていた




「……やはり、立ちはだかるか」




その男を視界に納めて、クロノは至って冷静にそう呟く

その顔に、表情に、心に、特に驚きは無い。



なのはも

ユーノも


フェイトも

アルフも


リニスも

リーゼも



そこに居る全員が、その事を受け止めていた




不思議と、驚きはなかった

不思議と、動揺はしなかった



何となく、予感はした

その人物が、そこに居るであろうと感じていた



白い服、白い肌

黒い髪、緑の瞳


頭に張り付いた、角のある奇妙な防具

腰元には、一振りの刀



見間違いは、ない

目の前の光景は、現実



その白い死神は、現実



恐らくは、この案件の解決の為の……最大の難関

圧倒的な実力を持った……紛れも無い、最大最強の敵




「……ウルキオラ……!!!」




クロノが噛み締める様に言う

そして、ウルキオラもそこに居る全員を見据える




「……ここまで来れば、余計な会話は必要ないだろう……」




既に、互いの立場は分かっている


既に、互いの目的は分かっている


既に、互いの在り方は解かっている





故に不要


会話は不要、言葉は不要


あるのは事実のみ


目の前の存在は、斃すべき敵という事実のみ



故に、それで十分





「ここから先は、通行止めだ」





そして死神は、ゆっくりとソレを引き抜く

白銀の波紋を帯びた刀の切先が、その敵へと向けられる

それは、合図

戦闘の開始を知らせる合図






さあ、始めるとしよう


そろそろ、決着をつけよう



死神は刀を抜いて

法と秩序は杖を構える



お互いに、退く理由ない

互いは互いに、負けられない





最終決戦、開始。











続く













あとがき
 分割投稿の後半部を投稿しました! 漸くウルキオラ参戦です!!

さて、続いての本編。今回はスーパーリニスタイム発動です!
今回のリニスとプレシアのやり取りは何回も書き直して、色々矛盾が無い様に仕上げたつもりですが、どうだったでしょうか?
やはり最終決戦はテンポ良く進めたかったので、ここでフェイトが一時離脱してしまうとまた話数が掛かってしまいそうだったので、手早く参戦させました

そして、その甲斐あって漸く最終決戦突入&ウルキオラ参戦です!!

いやー、中々手ごわかった(笑)

次回から、本格的に最終決戦スタートです! ああ、なんか本当に終盤だなーと感慨深くなってしまいます

それでは次回・「最終決戦・ウルキオラVS使い魔連合」に続きます!!!



追伸 最近、友人の一人がこんな事を言っていました

友人3「ギンが普段から眼を瞑ってるのってさ、藍染の鏡花水月対策なんじゃねえの?」

……ヤヴァイ、否定できなかった……(汗)





[17010] 第弐拾壱番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/04/29 18:46




最初に動いたのは、意外にもクロノだった

通常、管理局のセオリーとしてはこの手のケースでは相手に投降・降伏の意思があるのか否かの確認をする

だが、クロノはソレをしなかった

今までのウルキオラの行動、そして先ほどのウルキオラの言動
自分達を管理局と知った上での、宣戦布告

そして、今は次元断層を引き起こそうとするプレシア・テスタロッサの共犯者


故に、クロノは余計な問答は時間の無駄と判断したのだ。




「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!!」




クロノが叫んで、杖の先に魔力を込める
青い魔法陣と共に、ソレは出現する

全長1.5メートル前後の青い宝剣
それは青い魔法陣の光に照らされて、その数は次々と増えていく

一つ、二つ、三つ、十、二十、五十……百……二百!!

総数二百を超える、宝剣の群れ
そしてその全ての照準が、白い死神に合わされる。



「フルバースト!!!」



クロノが吼える
その咆哮と共に、全ての青い宝剣はウルキオラに襲い掛かり



それは、決戦開始を知らせる狼煙となった。










第弐拾壱番「最終決戦・vsウルキオラ」










全剣射出
その全ての青い剣は弾丸の様に射出されて、空を切り裂きながら疾風の速度でウルキオラに迫る。

それは並みの魔導師では、例え十人いたとしても防御し切れずに魔力の刃で切り裂かれていただろう。


だが



「その程度か」



翠光が輝く
指先に霊子を収束させて、ウルキオラの虚閃は宝剣を薙ぎ払う。


だが、一発の砲撃では剣の嵐の全ては落とせない。

撃ち洩らした宝剣、その数は四十余り
それは唸りを上げてウルキオラに襲い掛かり


「スナイプ・ショット!!!」


疾風が、閃光となる
加速された宝剣は、青い流星の様に輝きながらウルキオラにその脅威を向ける。



「俺をその手の攻撃で斃したいのなら」



白銀が煌く
翠光が輝く



「どこかの滅却師を超えてからにするんだな」



白銀の閃光が、青い閃光を切り裂く
翠光の弾丸が、青い宝剣を砕く

斬魄刀と虚弾
白銀と翠の閃光の暴風は、襲い掛かる青い宝剣の全てを喰い尽くす

その二つは、一切の容赦無くクロノの宝剣の全てを葬る。


だが十分、それで十分。
その僅かな時間、ウルキオラはその場に縫い止められて


「ブレイズ・キャノン!!!」


ウルキオラの死角から
その硬直を狙って、アリアの砲撃が唸りを上げる。

Sランクの砲撃
直撃すれば例えウルキオラでも、ある程度のダメージは負うであろうその一撃

だが


「甘い」

「……な!!!」


砲撃は、切り裂かれる
ウルキオラのその斬撃によって、その砲撃は真っ二つに切り裂かれて


ウルキオラは響転を発動させた。


「……!!!」


アリアの目が、驚愕と共に見開く。

その速度、正に超速
疾風迅雷と言っても過言ではない、目にも止まらぬその速度

ウルキオラは砲撃直後のアリアとの距離を瞬時に詰める

そして、白銀の閃光が三日月の軌道を描いてその命を刈り取る。


しかし


「させるかああぁぁぁ!!!」


もう一つの黒い影は飛び出す
それはアリアの双子の片割れ・ロッテだ。

一つの盾が、白銀の軌道を食い止める
数瞬の拮抗を持って盾は切り裂かれて、その僅かな時間の間にアリアは跳ねる様なバックステップで距離を取る。

ロッテはアリアの安全を確認して、拳を構える
その拳に魔力を収束させて、床を砕くような勢いで踏み込んでウルキオラに向かう。


だが


「邪魔だ」


その指先が、ロッテとその延長上のアリアに向けられる
そしてウルキオラは響転を発動させたまま、その一撃を放った。


――虚閃――


「……!!!」

「……な!!!」


二つの影を纏めて翠光が飲み込む

巨大な砲撃に一呑みにされて、二人は同時に葬られる……筈だった。



「舐めるなああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「……!!!」



翠光が、曲がる
その軌道は曲がって、大きく横に逸れる。

一体、何が起こったのか?
答えは単純だ。ロッテは収束させた拳の魔力を瞬時に巨大化させて、虚閃を『殴り』飛ばしたのだ。

虚閃を殴り飛ばす
その予想外の対処の仕方に、ウルキオラの動きは一瞬止まり


「ウオオオオオオォォォォぉ!!!!」


間髪を入れずロッテは反撃に出る、そして同時に二つの影は飛び出す
白い影と橙の影が飛び出す。


「……三人、か」

「!!……気付かれた!?」

「構いません! 突撃あるのみです!!!」


緑の瞳が、その影を捉える
アルフとリニスは、ウルキオラ隙を突いたつもりだった。

背後と死角から、その必殺の瞬間を狙って飛び出したつもりだった。

しかし、ウルキオラの探査神経はその二つの存在を完璧に捕らえてきた。


だが、三人は止まらない
数はこちらが有利、幾らウルキオラでも瞬時にこれは捌けない!!



「まだ、甘い」



だが、崩れない

リニスの斬撃は、斬撃によって止められる

アルフの魔力弾は、翠弾によってその体ごと迎撃される

ロッテの拳は、その手首を掴まれる


「んな!!!」

「どいていろ」


ウルキオラは、掴んだソレを振り回す。
自分の刀と膠着を続けているリニスに向かって、掴んだロッテを体ごと振り回して投げ飛ばす。


「……ガァ!!!」

「グゥ!!」

「消えていろ」


投げ飛ばされて、リニスとロッテは共に床の上をゴロゴロと転がって
ウルキオラの指が、ソレに照準を合わせる。

翠光が一瞬輝いて、虚閃が発射される
それと同時に、その少女が牙を剥いた。



「サンダー・スマッシャー!!!」



黄金の砲撃が、翠光の砲撃を迎え撃つ
爆風の様な唸りを上げて、二つの砲撃は唸りを上げてぶつかる。


そして次の瞬間
フェイトは更に、砲撃をもう一段階進化させた。


「バルディッシュ! セカンド・フォーム!!!」

『Yes sir!!!』


黄金の砲撃は、その形態を変える
面から点へ、槌から矛へ、その在り方を変える

瞬時に霊子を収束させて、発射させた虚閃
勝機を逃さない、その時を狙って集中して収束させた必殺の砲撃


その力の関係は、明白だった。


「……!!!」

「いっけええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


黄金が、翠光を押し返す
ウルキオラは決して油断していた訳ではなかった。

寧ろその逆、勝機を決して逃さない為に放った虚閃……これの溜めが、僅かに時間不足……力不足だった

動けない獲物は仕留める事が出来ても、向かってくる敵には力が足りなかったのだ。

そして、想定外だった
フェイトの成長が、ウルキオラの予想を上回っていたのだ。


「……なるほど」


しかし、ウルキオラもソレで終わらない。

瞬時に霊子の収束を解いて、迫り来る黄金を斬魄刀で切り裂く
一対一ならともかく、今は多対一だ。数秒の硬直でも、それは命取りなる。

だから、ウルキオラはソレを選択した
そしてその選択は、間違っていなかった。


砲撃直後の、フェイトの硬直
それをウルキオラは見逃さなかった。


「今度は外さん」


――虚弾――


翠光の弾丸が放たれる
虚弾は虚閃の速度の二十倍、その速度は音速すらも超越する。

それとほぼ同時だった
フェイトの前に、緑色の壁が出現したのは


「……!!!」


緑の壁が、その弾丸を受け止めた。


「早く離脱して!!!」


プロテクション

ユーノはフェイトの砲撃が弾かれると同時に、その準備を終えていたのだ
保険のつもりで準備をしていたのだが、どうやら間違っていなかったらしい。


ユーノの言葉を聞いてフェイトは即座に離脱して、その直後プロテクションは虚弾に破壊される。

そして、ウルキオラはユーノの存在に気づく
その瞳が、指先が、ユーノを捉える。


そして次の瞬間、『彼等』は次の手を撃つ。



「「デュアル・バインド!!!」」



ユーノとクロノが、同時叫ぶ
そのリングと鎖は、同時にウルキオラを束縛する。

それはユーノが考えていたウルキオラへの策
リングタイプとチェーンタイプ、異なる二種類のバインドの同時併用だ。

四肢と全身、二種類の束縛
その二つの併用は、相乗効果によってその力を倍増させる。


「少しは学習している様だが」


だが、ソレは持たない
リングには罅が入り、鎖は千切れかけている。


「まだ甘い」


単純に、力が違うのだ
紙の鎖で、龍を束縛する様なものだ。


だが、十分
その僅かな時間で十分


この僅かな時間稼ぎで、自分達の策は成った!!!



「……これが私の……」



ウルキオラの探査神経が、その魔力を捉える。



「全力全開!!!!」



視線を、上に向ける。

それは圧倒的魔力
プレシアにすらも比肩しかねない、巨大で強大な力の唸り

桜色の砲撃は、その照準を合わせる。




「スターライト・ブレイカアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!」




その一撃が放たれる
その力、その圧力、その霊力、全てが圧倒的

少なくとも、ウルキオラが此方に来てから体感した力の中では最強クラス



(……回避は、少し厳しい……か?……)



ウルキオラは現状を考える
今自分を束縛しているコレを破ってからの響転では、恐らく間に合わない。

この束縛は簡単に敗れるが、それでも数瞬から一秒の時間は使うだろう。


それでは、恐らく間に合わない
この砲撃からは、逃げられない


この束縛を破ってから響転を発動させたとしても、恐らくは安全圏まで逃げ切れないだろう。


直撃は避けられるが、それだけだ


この一撃は回避できない


ウルキオラは、その事を結論付けた。















……勝った!!!……


その瞬間、そこにいる誰もがそう思った

なのは達は、事前にその策を考えていた

もしも、プレシア・テスタロッサよりも先にウルキオラと交戦する事になったら?

そして、その交戦は避けられないモノであり、そうしなけれはプレシア・テスタロッサの元に行けなかったら?


長い時間は、掛けられない

かと言って、戦いは避けられない



ならば、答えは一つ
それは、最初から全力の……短期決戦だ。



先ずはなのは以外の七人に、ウルキオラの注意を向けさせる。

その準備が完了するまで、ひたすらその七人は囮・陽動に徹する。

そしてその七人がウルキオラを引きとめている間に、なのはは正真正銘の全力まで全開まで、力を溜める。


そして準備が完了したら、タイミングを見計らって誰でも良いからウルキオラをバインドで引き止める。

ウルキオラをバインドで固定して、一秒でも、一瞬でも長くそこに縫い止める。


そして、絶対かつ確実な隙を作る。


そして、その策は成った!
自分達の予想通りの、尚且つ理想通りの形で成った!!


なのはの最大出力、最大の火力を誇る収束型砲撃魔法
その威力は正にSランクオーバー


例えウルキオラでも、直撃すればただでは済まないだろう


仮にこれで仕留められなくても、確実にダメージは負うだろう
ならばそのダメージの分だけ、今後は自分達が優勢に戦闘を進められるだろう

もはや、回避は不可能
それは必殺のタイミングであり、必殺の一撃


故に、そこに居る全員は自分達の策が成功した事を確信した。





――グラン――





そう、彼等は間違い無く





――レイ――





成功を、確信して『いた』





「セロ」





――その瞬間までは。




















次元航行艦アースラ・ブリッジ
そこは現在、騒然としていた

一度落ち着いた筈のその場所は、再びざわめきたっていた。


「!!……次元震、僅かにですが増大!」
「空間歪曲発生!! 発生場所は……時の庭園です!!」

「現地のエル隊長に振動制御の指示を! そして『アースラ』はディストーション・フィールドの第二次展開!!」

「了解!!」


アースラの中で、リンディは現状を把握しながら指示を出していた
オペレーターの局員はかなり浮き足だったが、どうやら何とか落ち着きを取り戻した様だ


……今の『アレ』は……何?……


リンディは、オペレーターに指示を出しながらそう思っていた

考えているのは、さっきの映像
時の庭園のサーチャーから送られた、次元震を増大させた原因となったモノの映像を


……『アレ』は、魔法なの?……


そう思った瞬間、リンディは直ぐに思う


……巫山戯るな……馬鹿げている……


……アレは、もはや魔法ではない……


……アレは、『兵器』の領域だ……


そして思う、自分達はもしかしたら……過小評価をしていたのかもしれない

その本当の脅威の力を、見誤っていたのかもしれない

そう結論付けた瞬間、リンディは悪寒と共に冷たい汗が流れた。






















そこには、巨大な空間が出来ていた
いや、それは空間ではない……巨大な、穴だ。

時の庭園の天蓋に開いた、巨大な穴
それはまるで一流ホテルの展望台の様に、紫の天の姿を盛大に見せつけていた。


「……ほう、今のを避けたか? 存外良い反応だな」

「…………」


ウルキオラは感心した様に言う
その緑の瞳は、自分に砲撃を放ち自分の一撃から見事に生還した少女
高町なのはと、その体を支えるフェイト・テスタロッサを捕らえていた。


だが、二人は何の言葉を発しない
そこに居る誰もが、言葉を発しない


勝った、と思った

作戦は、成功したと思った。



だが、それは儚い幻想だった
その幻想は、余りにも呆気なく砕かれた。


目の前のその男に、余りにも簡単に壊された。


その一連の光景を、そこに居る全員は見ていた
あの瞬間、なのはの砲撃が当たる寸前に……あのウルキオラは束縛を引き千切った

そこまでは、想定内だった
もはや、回避は不可能……正に、そのタイミングは必殺と言っても過言ではなかったからだ。


だが


なのはの一撃は
その必殺とも言える一撃は、ウルキオラには届かなかった。


その必殺の砲撃は、更に強大な翠光によって呑まれて消え去ったからだ。


そしてその翠光の砲撃がなのはを飲み込むその瞬間、弾けた様にフェイトは飛び出してなのはを抱えて離脱した。

そして、その翠光の砲撃は時の庭園の天蓋に穴を開けたのだ。



「……今のが、全力か?」



だから、思った
そこに居る全員は、その一連の光景を見て悟った……悟ってしまった。



……強い……


……レベルが、違い過ぎる……



甘かった、自分達は甘かった

誤っていた、見誤っていた
自分達は、間違っていた

ウルキオラを低く見過ぎていた
今までのウルキオラの最強というレベルを、過小評価し過ぎていた。


この策は、通じない
ウルキオラに対して、『短期決戦』等と言うこの策は通じる訳がない。


「……そうか……」


その事を、全員は心の底から理解してしまい



「残念だ」



その瞬間、翠光が奔った。


















「……ほう、今のを避けたか? 存外良い反応だな」


ウルキオラはその一連の光景を見て、僅かに感心した様に呟いた

その一撃を放った後、ウルキオラの元にプレシアからの念話が届いた



『ちょっとウルキオラ! 貴方派手にやり過ぎよ!! 何を好き勝手に私の庭園を壊しまくっているのよ!!』



その声に、冷静と余裕はない
言葉には憤怒と不満、そして不安が練りこまれていた


『貴方、ひょっとして自分の役目を忘れているんじゃないのでしょうね?
今のは方角が上だったから良かったものの、下手をしたら計画に思いっ切り支障が出る所だったわよ!!
こっちが終わるまでは、今の砲撃は極力使わないで頂戴。それじゃあ、後は手筈通りに頼むわよ』


そう言って、プレシアからの念話は途切れる
そしてウルキオラは考えた。



(……王虚の閃光、か……確かに、コレは使うつもりでは無かったのだがな……)



ウルキオラは一撃放ってそう思った
確かに、今の桜色の砲撃は強力だった。

プレシアの砲撃にも迫る圧倒的火力、そのエネルギー、その威力

確かに回避は出来ないタイミングだった

だがそれでも、防御は十分に間に合った筈
回避は無理でも両掌を使った防御は間に合ったはず、それで十分今の砲撃は防げた筈

迎撃の必要は無かった筈


だが、何と言えば良いのだろうか?

体が咄嗟に反応した、ウルキオラは反射的に迎撃を選らんでしまったのだ。


その砲撃を避けられないという結論に達した時、不意にあの時の戦闘の記憶が

黒崎一護に敗れた時の記憶が、突然頭の中を駆け巡ったからだ。



(……コレが、敗北の影響……と、言うヤツか?……)



どうやら相手方の攻撃に対して、自分は少々過敏になっている様だ。

自分で自分の行動に対する考察を纏める
それと同時に、相手の戦力に対しての考察を進める。



(……流石に、八人の全ての相手は面倒だな……)



そしてウルキオラは改めて扉の前に響転で移動して、その全員を視界に納める。


手強い
それがその八人に対する、ウルキオラの率直な評価だった。


確かに個々の力は高い
だがそれでも、それが只の烏合の衆だったのなら…自分を捕らえる事など不可能だった筈

個々の実力とその錬度は高く、チームワークが取れている
つい先日まで、互いに敵同士だった者達がコンビネーションで攻めて来る


故に手強い。



(……これ以上は、アレの計画に支障が出るな……)



当初の予定では、ここで二~三人は潰しておきたかったが仕方が無い

僅かにでも気を抜けば、その牙は自分の咽喉元に迫るだろう
油断大敵……窮鼠、猫を咬むという言葉もある。



「……今のが、全力か?」

「…………」

「……そうか……」



相手は答えない。だがその表情からその答えは既に解かり切っている。



(……そろそろ、か……)



そろそろコイツ等も、その結論に達するだろう

その方法しか無いと、理解し始める頃だろう

ウルキオラは頭の中で今後の行動について纏め上げて




「残念だ」



指先に霊子を収束させて、虚閃を撃つ
その砲撃は、唸りを上げて目の前の八人へと襲い掛かり



「「ブレイズキャノン・デュアルシュート!!!」」



その砲撃が放たれた。













翠光が輝いた、ほぼ同時だった
その二人が翠光の前に踊り出て、双の掌を合わせるように砲撃を放ったのは。


「「ブレイズキャノン・デュアルシュート!!!」」


二重の声が響いて、その砲撃は翠光を迎え撃つ
その二つの黒い影の砲撃は、ウルキオラの虚閃を真っ向から迎撃した


「リーゼ!!!」


クロノがその光景を見て叫ぶ、それで同時にもう一つの影は飛び出した



「リニス!!!」

「ハアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!!」



アルフが叫んで、リニスが吼える

それは風の如き疾走で駆け抜けて、ウルキオラに迫る
そして白銀の一閃が、背後からウルキオラを襲う


だが!!


「それで終わりか?」


白銀が白銀を迎撃する
翠光は砲撃を迎撃する

迫り来る二つの脅威を、ウルキオラは同時に防ぐ


だが、ソレで終わらない!!


「「まだまだあああああぁぁぁぁ!!!!」」

「はああああああぁぁぁぁぁ!!!!」


砲撃が、翠光を撃ち破る
白銀が白銀を押し返す



「……!!!」



虚閃と斬魄刀を同時に押し返されて、ウルキオラ響転でその場から瞬時に離脱する
それと同時に、三つの影は飛ぶ

そしてリーゼの放った砲撃は、ウルキオラが守護していた扉を破壊した。


「ウオオオオオオォォォォォ!!!!」

「セリャアアアアアアァァァァァァ!!!!」


ロッテとリニスが吼える
野生の唸りの様な咆哮を上げて、同時にウルキオラに襲い掛かる


刀が吼える、両腕が唸りを上げる

それらは必殺の気魄を込めて、ウルキオラに襲い掛かる。

ロッテの四肢を駆使したラッシュが、リニスの烈火の様な剣戟が
ウルキオラをその場に縫い止める



「皆! ここは私達三人が抑えます!! 皆はプレシア・テスタロッサの確保に向かって下さい!!!」



アリアがクロノ達五人に向かって、叫ぶ様に言う


「……んな!! 無茶だアリア!!!」

「そうですよ! たった三人でなんて……そんなの無茶です!!!」


そのアリアの言葉を聴いて、クロノとなのはが驚いた様に声を上げる

無理、無謀、不可能

その言葉を聞いた、五人が真っ先に思い浮かんだ言葉がソレ等だった


八人でやって、やっとウルキオラと対等だったのだ
それをたった三人で抑える、そんなのは無謀だ。



「目的を見失うなクロスケエエエエエエエエエエェェェェェェェ!!!!」



ロッテが、怒鳴るようにして叫ぶ。



「私達の目的は、ウルキオラと闘う事ではありません!! プレシアを止める事です!!!」



更に続けるように、リニスが叫ぶ

それと同時に、二人はウルキオラに攻撃によって弾き飛ばされる

しかし、次の瞬間
アリアがウルキオラに、数多の光弾を嵐の様にウルキオラに撃ち込む。



「クロノ! 貴方は執務官でしょう!? ならば、目的を見誤ってはいけません!!!」

「フェイト! アルフ!! 貴方達はプレシアを止めたい! そう思ってここまで来たのでしょう!!? ならば、それを忘れてはいけません!!!」

「大体ねええぇぇ!!! 前にも言ったでしょうクロスケエェ!! 弟子が師匠の心配をするなんざ十年早いのよおおおぉ!!!」



自分達の策は失敗した

短時間でウルキオラを斃すのは、不可能だと分かった

仮に勝てたとしても、時間を大きく消費する
例え勝てたとしても、体力・魔力を大きく消耗する


それでは、ダメだ

それでは、プレシアは止められない

それでは、次元断層を止められない


故に、三人は思った
故に、三人は気付いた
その方法しかないと、気がついた。


誰かが、ここでウルキオラを足止めする
そしてその間にプレシアを止める、確保する。


もう、それしかない

だから悟った、理解した。



その方法しかないと言う事を

もう、その方法しか残されていないという事を



五人は、心の底から理解してしまった。



「行くぞ!」

「……で、でも!!!」

「なのは、行くしかない! 三人の事が心配なら、尚更早く行くしかない!!」



クロノが号令を掛けてなのはが躊躇うが、ソレをユーノが抑える

そして、その言葉を聞いてなのはも頷く。



「……行こうアルフ!」

「~~~~!!! ああ、もう!!! 了解だよ!!! リニス!戻ってきたばかりで死ぬんじゃないよ!!! 死なないでおくれよ!!!」



フェイトの決意を感じ取り、アルフも覚悟を決める。

五人は決断した
その選択を手に取った。



「直ぐに戻ってくる!! それまでは持ち堪えていてくれ!!!」

「アリアさん! ロッテさん! リニスさん!! 直ぐに戻ってきますから! ですから、それまでは無事でいて下さい!!!」

「無茶だけは絶対にしないで下さい! こっちも直ぐに終わらせて来ますから!!!」

「リニス、行ってくる!!! 無事でいてね! 私達が母さんを止めて戻ってくるまで、本当に無事でいてね!!」

「こっちはちゃっちゃと終わらせてくるから! だから、本当に無茶だけはしないでおくれよ!!!」



五人はその扉を潜り抜ける

その様子を、三人はその目で確認して



「……さて、あちらも準備が整ったみたいですね」



煙が晴れる

そこには、依然無傷でそこに立つ自分達の敵

自分達が、戦わなければならない敵



「……流石に、無傷というのはショックですね」

「ハイスペックなオールラウンダー、そんな感じですかね?」

「さーて、精々弟子に無様な姿を晒さない程度には頑張らないとねー」



三人は、互いに目配せをする。

今更だが、奇妙な物だった
特に打ち合わせた訳ではない、事前に相談していた訳ではない。


ただ、その方法に気がついたタイミングが一緒だっただけ

そして、ソレを実行しようとしたタイミングが一緒だっただけ


ただ、それだけだ。


ただそれだけで、嘗ては互いに立場が違う者同士が、今はこうして協力し合っている


そして奇しくも、自分達は全員が使い魔だ。



「結成、使い魔連合軍って所かしら?」

「うわー、安直だねロッテ」

「良いんじゃないのですか、分かり易くて良い名前だと思いますよ」



そう言って、三人は小さく笑って戦闘体勢に入る。



「……なるほど、お前等が俺の相手か」



ウルキオラは、その三人を視界に納める

そして、その立ち位置の違いに気付く

三人が居るのは、先ほど自分が居た位置

その三人は、その行く手を阻む様に立っていた。



「ここから先へは……行かせません!!」


リニスは刀を構えて


「貴方の相手は、私達三人です!!」


アリアは幾多の光弾を形成して


「さーて、それじゃあ今からお子様にはついていけない
ちょいと過激な、戦場のダンスパーティーへと洒落込みましょうかぁ!!!」


ロッテはその四肢に魔力を込める



「……良いだろう……」



その意気に、ウルキオラは応える

相手の目的は分かった、そして自分の役目も果たした

故に、ウルキオラも構える。




「力の差を教えてやる」




翠光が輝く

三人が咆哮を上げる


五人の道を守るため、己が使命を果たすため



三人の使い魔と

白い死神の闘いは



今この時、この瞬間を持って

更に苛烈の一途を辿る。












続く












あとがき
 えー最新話を投稿させて頂きました。今回から遂に無印編の最終決戦突入、ウルキオラ戦がスタートしました!

さて、本編では見て解かる様に早速ウルキオラが王虚の閃光をぶっ放しました!!
本編でも説明はされていますが、それ以上に作者がコレを描きたかったんです!! 第弐番で出して以来、ずっと出ていていなかったんです!!
と、言う訳で本編で説明を補足しつつウルキオラの王虚の閃光を使わせました。

さて、次に管理局サイド……なんか、使い魔三人がどこぞの弓兵みたいなポジションについています。死亡フラグが半端じゃないです……(汗)

次回は遂にプレシアも参戦します。
プレシアはこの作品のメインキャラの一角なので、今から描く事にワクワクしつつプレッシャーを感じております


それでは次回に続きます!!


追伸・そう言えば、今回はなのはさんのOHANASHIを出すのを忘れ……ゲフンゲフン、次回に続きます




[17010] 第弐拾弐番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/05/02 08:49

「……来たようね」


時の庭園の玉座の間にて、プレシアはポツリと呟いた

既に時の庭園の大部分は、虚数空間によって侵食されている
次元震も拡大している、このペースで拡大していけば次元断層までおよそ四十分といった所だろう


そして、プレシアは手に持ったデバイスを操作して、二つのディスプレイを展開させる

一つのディスプレイに映るのは、玉座の間へと向かう五人の人影
そしてもう一つに映るのは、大ホールにて交戦を続けているウルキオラの姿。


「……どうやら、きちんと役目は果たしてくれた様ね」


魔女は口の端を吊り上げて呟く
これで、計画は次の段階へと進める

ここから先は、自分次第という訳だ


そして、魔女は覚悟と決心を改めてその心に刻む


全ては、自分のために、自分達の未来のために


こんな筈じゃなかった未来を、こんな筈じゃなかったこれからを、この手で取り戻すために!!!



そして、玉座の扉は破壊される

プレシアは視線を移す、そこに映るのは五つの影



「……プレシア・テスタロッサだな……」



自分の前に五つの影の一つの、黒髪の少年
確か、クロノとかいう名前の執務官だった筈、その少年が一歩前に出て


「こちらも時間がない、手短に用件を言おう。今すぐに次元震を止めて、此方にジュエルシードを明け渡す事を要求する
……これは、最後通告だ。断れば、こちらも強硬手段に出るつもりだ」


クロノは、そう言ってプレシアに手に持った杖を向ける。

恐らく、今言った事は紛れも無い本心だろう
自分がNOと言ったその瞬間、その杖からは攻撃が放たれるだろう。

そして、プレシアは視線を動かす
そこには、金髪の黒衣の少女

自分が造った、自分が人形と呼んだ、一人の少女


「……母さん……」


その一言だけ、その一言だけをフェイトは呟いて

プレシアは、小さく息を吐いた。



「……クロノ執務官、だったわね。改めて、私の答えを言うわ」



プレシアは、五人の姿を視界に納める。



「これが、私の答えよ!!!!」

『lightning field』



その瞬間、紫電が奔った。












第弐拾弐番「最終決戦・vsプレシア」













突如五人の足元に紫の魔法陣が浮かび上がり、紫電が五人の体を駆け巡った。


「……っ!!!」


それは奇襲だった。

プレシアが向けた杖のデバイス、それが魔法名を呟いた事から五人はその杖から攻撃が来るものだと思った

だが、それは違った
それは死角からの奇襲、それは真下の死角からの攻撃だった

故に、その反応は遅れた。


「皆、飛べ!!!」


クロノがそう叫んで、次いで他の四人も飛行魔法を展開させる。

紫電が僅かに体に流れたが、ダメージ自体は小さい
故に戦闘には支障はない

全員がそう確認した、その時だった。



「呆れるくらいに単純ね」

『satellite cannon』



天上から、その砲撃は雨の様に降り注いだ
その奇襲から逃れた、その一瞬の心の隙間を突かれた。

死角からの奇襲・二連発
その雨の様な砲撃は、五人へ向かって一斉に放たれた。


「ブレイズ・キャノン!!!」

「ディバイン・バスター!!!」

「サンダー・バスター!!!」


しかし、三つの影がコレを即座に切り返す
先程までのウルキオラの戦闘、コレが五人の神経を鋭く尖らせていた

故に、死角からの奇襲の二連発に耐えられた
天上からの数多の砲撃を、三つの巨大な閃光が飲み込む。

だが!!!



『genocide braver』



魔女の攻撃は、二回ではなかった
プレシアの持った杖から、その砲撃は放たれた。


「……んな!!!」

「……ちぃ!!!」


紫電を帯びた、巨大で強大な砲撃魔法
それに対して即座に、ユーノとアルフがプロテクションを張る。

しかし




「紙の盾で、砲弾を防げるとでも思った?」




SSランクの収束砲撃魔法
その砲撃の威力は、Aランクの二つの防護の守りを、遥かに超えていた

その紫電の砲撃は、まるで紙を貫くようにアッサリとその防護を突破して、五人の姿を飲み込んだ。


「……がぁ!!!」

「ぐぅ!!!」

「……きゃあ!!!」

「……ぐぅ、あっ!!!」

「プレシ、アアァァ!!!」


なのはとクロノとフェイトは、砲撃で動けなかった
ユーノとアルフの守りは、砲撃を防げなかった

故に、五人はその砲撃から逃れる術はなかった

そして、五人は壁に、床に、それぞれが叩きつけられた。


「……ぐ、うぅ!!」

「が、は!!」


五人はそれぞれ、苦痛の呻き声を上げる
軽減があったとはいえ、SSランクの砲撃が直撃したのだ

そのダメージは、決して軽いモノではないだろう


だが




「まさか、コレで終わるとでも思った?」




魔女は、既に次の手を撃っていた
魔女の杖から、その紫電の弾丸は形成される

魔女の魔法陣の光に照らされて、その紫電の弾丸はその姿を増やしていく


一つ、二つ、三つ、五つ、十、五十、百、二百、四百、五百……千!!!!


千を超える、紫電の弾幕!!!



「フォトンランサー・ジェノサイドシフト!!!!」



魔女が、その杖を掲げる
そして次の瞬間、千の弾丸は五人の元に一斉に降り注がれた。



















時の庭園・大ホール


「……がぁ!!!」


その呻き声と共に、鮮血が奔った
白銀の三日月がロッテの体を斜に走り抜けて、その身を大きく切り刻んだのだ。



「……やはり、その程度か」



ウルキオラは小さく呟く
相も変わらない無機質な響きだが、その響きには何処か落胆の色が含まれていた。


相手の姿をその視界に納めて、ウルキオラは刀を振るって鮮血を落とす
ウルキオラの前に居るその三人、その三人の姿は既に血で濡れていた。


「……ちく、しょう……好き勝手言って……!!!」

「ロッテさん!……今、止血を!!!」


そう言って、リニスがロッテに駆け寄ろうとするが


「させると思うか?」


それを、ウルキオラは阻む
響転を発動させて、即座に二人に割って入るが


「邪魔をさせると、思いますか?」


アリアが動く、そして形成した青い宝剣をウルキオラに向ける。


「スティンガーブレイド・スナイプショット!!!」


青い宝剣は弾丸の様に射出されて、閃光の軌道を描いてウルキオラに迫る

だが切り裂く
ウルキオラは自分に迫ったその宝剣を一瞥することなく切り落として、その二人に追撃を掛ける


『ちぃ! リニス、治療は後回し!』

『解かりました! ロッテさん、サポートをお願いします!!』


念話で打ち合わせをして、二人は共にその場に魔力弾を形成する


「フォトン・ランサー!!!」

「スティンガー・スナイプ!!!」


二人で左右に飛んで、その光弾を撃つ

共に操作性に優れた高速軌道弾、これでウルキオラを撹乱して陽動を行うつもりだった


だが次の瞬間
ソレ等は全て、翠光の弾丸に撃ち抜かれた。


「「……!!!」」

「面倒だな」


だから、ウルキオラは動く前に破壊した
嘗ての交戦で、相手のその攻撃の応用性を身を持って味わったからだ。

細かい操作が可能で、その速度を自由に変えられるその攻撃
そういう応用性の利く攻撃は、時に自分の予想を上回る攻撃の仕方をしてくるからだ。



「お前等は、俺を過小評価し過ぎだ」



その指先がリニスに向けられる
そして次の瞬間、翠光が輝く。


「ブレイズ・キャノン!!!」


翠の砲撃を、アリアの砲撃が迎撃する
Sランクの砲撃が撃ち出され、ウルキオラの虚閃に唸りを上げて迎撃する。


だが


「……っ!!!」

「アリア!!!」


その白い影は駆ける
その二つの閃光の衝突に身を隠されながら、その獲物に襲い掛かる。


その死神は、アリアの背後にいた。

白銀の閃光が振り下ろされる
ロッテが同時に飛び出すが、それは間に合わない




鮮血が弾けた。




「……良い判断だ」



その光景を見て、ウルキオラは感心した様に呟く
その呟きの直後、宙を舞っていたソレはゴトンと音を立てて落ちた。


それは、血に塗れた腕だった。


そしてウルキオラは、自分の獲物に視線を移す
そこには、自分の攻撃から尚も生還した獲物の姿、アリアの姿

そしてその体に、あるべき左腕は肘から無かった。


「アリア!!!」

「アリアさん!!!」

「来るなあぁ!! 隙を見せるなあああぁぁぁ!!!」


駆け寄ろうとした二人に、アリアは怒鳴るように警告する。


「……存外、冷静だな」

「……腕一本と自分の命、比べるまでもありません」


鮮血をボタボタと垂らし、焼けるような激痛を放つその腕を、アリアは押さえようとしない
ここで、残った片手を塞いでしまっては意味が無いからだ。


片腕を捨てて、命を守った意味が無い
手負いの自分の所為で、味方二人が隙を見せては意味が無い

その事をウルキオラは理解した、それ故にその言葉を送ったのだ。



「だが、それでもお前等は俺達を過小評価し過ぎている」



その光景を見て、ウルキオラはそう呟く。

その言葉を聞いて、リニス達はギリっと奥歯を噛み締めた

確かに、と……その言葉に、心の中で同意してしまった
ウルキオラの言葉に、同意してしまった。



……動きが、速過ぎる……

……先程までよりも、更に動きが速くなっている……



三人は、その考えに至る



「……さっきまでは、手を抜いていたんですか?」

「全力だと思ったか?」



リニスが尋ねて、ウルキオラは即答する。

恐らく、それは虚言ではないだろう
今だからこそ、分かる


どんな理由があったかは知らないが、先程までのウルキオラは手を抜いていたのだ


その答えを聞いて、三人はギシリと唇を噛み締めた。


……これは、想定外だ……


今までは、八人だったから押さえられたのだ
八人がそれぞれの役割をこなしていたから、ウルキオラを束縛し、その攻撃を凌げたのだ

だが、今は三人
サポートの手が足りず、回転も回らない


それは承知だった、それを承知の上で自分達は足止め役を買って出た。


そうする事がベストだと
自分達がここで足止めをして、クロノ達五人が元凶を叩く、ソレがベストだと

斃す事を目的とするのではなく、時間稼ぎの足止めなら何とか出来ると
相手の実力と自分達の総合力を見比べて、勝てなくとも足止めは出来ると

そう判断したからだ。


だが、違う


それでも、ウルキオラは圧倒的に強い


自分達の予想を超えて、遥かに強い。


だが、それでも間違っていない
これで良い、これでウルキオラを足止め出来るのなら、それで良い。


時間稼ぎは出来ている
だがそれは、文字通り血の対価で掴み取っていた時間だった


自分達は負けても良い
クロノ達が勝つまで戦えていれば、それが自分達の勝ちなのだ。


そして、ウルキオラは更に言葉を続ける。


「俺だけじゃない、お前等はプレシアに対しても過小評価し過ぎている」

「……言ってくれますね。そっちこそ、私達の弟子を過小評価し過ぎですよ」


そう言って、アリアは激痛に耐えながらも魔力弾をそこに形成して、ウルキオラに向き合うが



「そういう意味ではない、お前等ではアレには『勝てん』……強弱の問題ではなく、一つの事実として『プレシアには勝てん』」



リニスの問いに対して、ウルキオラはあっさりとそう返す
まるでそれは一つの事実の様に、当然であり必然と言う様に、それが真実だと言う様に告げる


「……どういう、意味ですか?」

「そういう意味だ」


アリアの問いに、ウルキオラは即座にそう返す。



「お前等では、俺ともプレシアとも強弱の関係に『すら』なれん」



白い閃光が駆ける

そして次の瞬間、更なる鮮血が弾けた。






















「貴方達の考えは、大凡解っているわ」


瓦礫に埋もれた玉座の間にて、その魔女は壁、床、そして瓦礫に埋もれたその五人を見下ろしながら呟いた。


「ウルキオラには勝てない。だからウルキオラを足止めしてその間に私を確保して、次元断層を止める
ウルキオラの事は二の次、私さえ抑えれば、主犯である私さえ抑えれば何とかなる……そう思ってたんでしょう?」


パキリ、と僅かに瓦礫の山が動く


「ええ、その考えは正しいわ。確かにその考えは正しい。実に合理的、そこに反論の余地は無いわ」


パキリ、ビシリと、瓦礫の山が崩れる


「だけど、一つ大きな間違いがある」


そして、その影は瓦礫から飛び出す。



「ウオオオオオオおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっぉぉぉぉぉ!!!!」



その咆哮と共に、アルフは飛び出す

そしてその叫びに呼応する様に、もう一つの影は飛び出した


「プレシアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!」

「プレシア・テスタロッサアアアアアァァァァァァ!!!!」


アルフが飛び出して、魔力弾を形成する
クロノが飛び出して、青い魔力を収束させる


「フォトンランサー・ブリットシフトオオオォォ!!!!」

「ブレイズ・キャノン!!!!!」


十の巨大な橙の魔力弾と、青い砲撃は同時にプレシアに襲い掛かる
必殺の気魄とその唸りを響かせて、それは黒い魔女に迫る

だが



「貴方達は、私にすら勝てないわ」

『sealing fall』



その防御幕は展開される
紫電を帯びたその壁は、十の光弾と青い砲撃を完全に防いだ。



「研究と論文だけで、SSランクになれるとでも思った?」



クロノとアルフは、その結果に表情を僅かに歪める



「大魔導師と名乗る私が、戦闘一つ満足に出来ないとでも思った?」



そして、その事実を改めて理解した。


自分達の敵は目の前のプレシアだけじゃない、この空間そのものだと言う事に。


先程の防御幕、アレは自分達の動きを見て対処したのでは間に合わなかった筈
最初の床からの奇襲も、真上からの砲撃も、その威力、その破壊力に不釣合いな程に、溜めが無かった。


プレシアの攻撃に、殆ど溜めはないのだ
最強クラスの魔法を、溜めなしに連発できるのだ


恐らく、この庭園の動力炉と駆動炉の存在がソレを可能にしているのだろう


溜めがない、それは即ち攻撃の回転速度だけなら……あのウルキオラをも上回るという事だ。

死角からの、必殺の威力を持った攻撃の連続発射
そんなもの一個の魔導師では、それが例えSSランクの魔導師でも到底不可能な所業の筈

故に、その結論に辿り着いた。

プレシアがこのフィールドにいる限り、自分達がここで戦っている限り勝率は低い。


「あらあら、額から血なんか流しちゃって……いい男が台無しよ?」

「その言葉……傷をつけた本人が言う言葉ではないな」


そう言って、クロノは左瞼の上からの流血を軽く拭う。

目の上の額、額には筋肉が少なく、小さな傷でも派手に出血して止まり難い。

クロノ顔の左半分、それは殆ど赤い血で覆われていた
プレシアの攻撃によって発生した瓦礫によっての傷だった

そして、メキリとクロノの体中の骨が軋んだ
麻酔の影響で肋骨の痛みは無いが、それでも痺れるような激痛だ……かなりのダメージを負った様だ。


そして次の瞬間、他の三つの瓦礫は音を立てて崩れて、その三人も姿を現した。


「……中々しぶといわね」

「……か…あ、さん……」


瓦礫の山から飛び出して、床に降り立ったフェイトは母と向き合う

既にバリアジャケットの至る所は破損していた、嘗てのプレシアによる虐待の傷が開いて
四肢からはその所々が青痣と火傷、そして鮮血が流れていた。


「……ユーノくん、血が! それに、その腕……!!!」

「大丈夫、大した怪我じゃないっ」


なのはが何かに気付いた様に声を上げて、ユーノはそれを力強く否定する

ユーノの右腕、肩口から出血して、その腕は痛々しく紫に腫れていた……恐らく、完全に骨折しているだろう
そしてその指、中指から小指にかけてのその指は、僅かにその角度がおかしかった

恐らく、こちらも完全に骨が折れているだろう。


「これは僕の過失だ、なのはが気にする事じゃない」


良く見れば、ユーノのバリアジャケットは破損だらけで、体中の至る所が青痣だらけ
背中に至っては肌がほぼ剥き出し状態だった
そして右の頬には大きく赤い斜の線が描かれて、そこからボタボタと出血をしている


そしてそれに比べて、なのはは無傷に近い
砲撃直撃のダメージで体が痛むが、それだけだ

そしてなのはとユーノは、ほぼ同じ位置からの瓦礫から飛び出した。


つまり、ソレは



「……まさかユーノくん、私を庇って……!!!」

「大丈夫、発掘していれば良くある傷さ」



そう言って、余裕のつもりなのだろうか
ユーノはなのはに微笑むが、その笑顔は明らかに激痛に耐えながらのぎこちない笑み

その笑みが、なのはの心を一層深く抉った。


「……ぐ! ぅ!!」

「アルフ! 大丈夫!!」


そして次の瞬間、アルフが苦悶の表情で膝をついた
元々アルフは、プレシアによって負った傷がまだ完治していなかった。

完治してない傷に、更に同じ電撃系の攻撃を喰らったのだ

アルフはその肌の所々で重度の火傷を負い、体中に焼けるような激痛が走っていた。


強化状態のバリアジャケットで、この惨状
恐らく平常のバリアジャケットのままだったら、既に戦闘不能状態に陥っていただろう。



「チェックメイトね。貴方達はもう詰んでいるわ」



その現状を見て、プレシアは言う


「貴方達では、私には勝てない。大ホールで戦っている三人も、直にウルキオラに斃される
私にすら勝てない貴方達が、私とウルキオラを二人同時に相手して……果たしてどの程度の勝算があるのかしら?」


クククと、口元を歪に歪めて、魔女は目の前の五人に尋ねる



「そして私は取り戻す……この闘いに『勝って』! 忘れられた都アルハザードへ旅立ち! アリシアを取り戻し! 親子二人の時間を取り戻す!!!
こんな筈じゃなかった未来を!! こんな筈じゃなかったこれからを!!! この手で取り戻すのよおおおぉぉぉ!!!」



両腕を大きく掲げて、プレシアは宣言する
狂喜に歪めてその表情で、絶対の自信と共に、その勝利を宣言する。

絶対の勝利
そして絶対の敗北

それはもはや覆せない、絶対の構図だった。




「……巫山戯るな……!!!」




そして、そんな構図の中で

その少年は呟いた。


「……クロノくん?」

「……クロノ……」


その少年の呟きを聞いて、なのはとユーノはクロノを見る
そしてそんな二人に釣られて、アルフとフェイトもクロノを見た。



「世界はいつだって! 『こんな筈じゃない』事ばっかりなんだよ!!!」



ピチャリと、顔面の血が振り撒かれる程の想いを込めた言葉で、クロノが叫んだ。



「ずっと昔から!! いつだって! 誰だって!! そんな事ばっかりなんだ!!!」



それはクロノが覚えている僅かな記憶

僅かな記憶の中で、どこかの場所で泣いている、母の姿

自分の前では必死に隠して、自分には見えない所で流していた母の涙



「こんな筈じゃない現実から! 逃げるか、それとも立ち向かうかは、個人の自由だ!!!
だけどそのために! 自分の勝手な悲しみに! 多くの無関係の人間を巻き込む権利なんか、何処の誰にもありはしない!!!!」



故に、クロノは認められなかった

プレシアの行動が認められなかった
自分の個人の感情だけで、多くの命を危機に晒そうとするプレシアは許せなかった



しかし



「それで終わり?」



魔女はその言葉を正面から受け止めて

その上で返した


「……っ!!!」

「クロノ執務官、貴方は強者と弱者の違いを知っているかしら?」


クロノの視線を真っ向から受け止めて、更にそれ以上の力を視線に込めてプレシアは言う


「知らないのなら教えて上げるわ。
運命に流される存在が弱者、運命を掌握する存在が強者……これが、この両者の違いよ」


その表情は、先ほどまでとは違う
その表情は歪んでなく、口元は引き締まり、真面目かつ真剣な表情だった


「そう、貴方の言った通り……世界はね、いつだって、誰だって、こんな筈じゃなかった事ばっかりよ
だからソレを受け入れるしかない、皆そうだから、いつだってそうだから、受け入れるしかない
皆が同じだから、受け入れるしかない……要は、そういう事でしょう?」

「………………」


クロノは肯定しなかった、だが否定もしなかった
そしてプレシアはクロノの沈黙という答えを聞いた上で



「これ以上に無い、典型的な弱者の思考ね。それは負け犬の発想よクロノ執務官」

「……な!!!」



プレシアは、これ以上にない答えでクロノの答えを否定した



「奪われたくないのなら、奪わせない……奪われたのなら、取り返せ
それが不可能なら可能に変えろ……それが運命なのなら運命を超えろ
それが天の意思なのなら天を堕とせ……それが神の命なのなら神を殺せ」



それは怨念にも満ちたプレシアの言葉
言霊と言っても過言では無い程の想いが込められた、プレシアの魂の言葉


「死者の蘇生は出来ないと、誰が証明できた?」


プレシアは語る


「失われた過去は取り戻せないと、誰が立証できた?」


魔女は語る



「空を飛びたいと願った者がいたから、航空機は生まれた
 海を渡りたいと願った者がいたから、船は生まれた
風の様に早く走りたいと願った者がいたから、車や鉄道は生まれた」



魔女は、説く



「命を殺めたいと思った者がいたから、武器は生まれた
 命を救いたいと思った者がいたから、医学は生まれた」



そして魔女は証明する


「常に世界は、歴史は、人間によって造られてきた
偉人と呼ばれる数々の歴史の強者は、その悉くが不可能を可能にしてきた」


その事実を、その真実を、魔女は証明する


「世界とは、歴史とは、常に人間によって造られてきた……そしてその数だけの、可能とされた不可能が存在した」


それを、魔女は告げる


「故に可能。死者の蘇生は可能……今の『不可能』は、『可能』に変える事が可能……それを、幾多の世界が、数多の歴史が、ソレを証明している」


故に、魔女は止まらない




「人の可能性に限界はない、人間は無限の可能性を持っている」




故に、そこにいる誰もが、何も言えない

そのプレシアの言葉が、姿が、気魄が、在り方が、そこにいる全員から反論という選択肢を奪っていた



「納得してくれたかしら? その沈黙は肯定の意と受け取って良いのかしら?」



魔女は五人を見て、改めて告げる

そして、そこに居る誰もが何も言えなかった




「さて、それじゃあ終幕と行きましょう」




プレシアは五人に杖を向ける


「人間には無限の可能性がある……それは即ち、今の状態でも貴方達は私に勝つ事が可能という事だものね?」


勝ち誇った様な笑みを浮べて、プレシアは五人に告げる

杖の先に、魔力が収束される

紫電が奔り、それは必殺の唸りを上げてそこに鳴動する




「死ね」




魔女が呟く


そして魔女は、血の塊を吐き出した。














続き













あとがき
 最初に一言、前回の投稿の後に皆さんからの沢山の感想を頂きました。
そしてその感想の中には、「未だに主要キャラが無傷なのはおかしい」と多数の意見が寄せられてきました

ぶっちゃけ十中八九、この手の感想は来ると作者は予想していました

これに関しては、作者は自分のプランとプロットで話を進めているので、無印編の最後まで見ていただいて、その上での評価をお願いします

ただ一つ言ってしまえば、作者的には「キャラ補正」「ご都合主義」これ等を実行するつもりは今の所ありません(皆さんからの視点ではそう見えるかもしれませんが)

そして余程の事が無い限り、自分のプロットとプランを崩すつもりはありません

ただ自分の考えとしては、自分は自分が描ける最高の作品を描いて、皆さんに心から楽しんで貰いたいと、そう思って執筆しております

その部分だけは、皆さんにはご理解をして頂きたいと思います。



それでは、次回に続きます。








[17010] 第弐拾参番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/05/09 21:30

それは、あまりにも唐突な出来事だった。


「……が!おっ!! ごぼ!ご!お!!」


ビチャビチャとそんな不快な耳障りな音と共に
苦痛に顔を歪めて、その苦痛に耐え切れない様な呻き声を上げながら

魔女は、その赤い塊を口から吐き続けていた。


「ごぶ!! げ、ぇ、ぁ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


魔女が咄嗟に片手で口元を押さえるが、それは止まらない。

ビチャリ、ビシャリと
更に巨大な赤い塊を口から吐き出して床に赤い水溜りを作って、魔女はその黒衣の衣装を赤く染め上げながら
とうとうその膝は折れて、片手で口を覆いながら、杖で体を支えながら、魔女はその場に蹲った。


「母さん!!!」


そのあまりにも唐突で異常な事態を目撃して、フェイトは咄嗟に吐血した母の元に駆け寄ろうとした

だが


「ぢがづぐな”あ”あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


返事は紫電だった
プレシアは薙ぎ払う様に激烈の紫電を放って、フェイトと自分の間に紫電の壁を作るが

次の瞬間、再び赤い塊を吐き出した。



「え、ぇ!ぅぇ、かはっ…!!……どうやら、燃料切れ…みたい、ね……」



プレシアは自分の胸元を見つめて、そう呟く
プレシアのその視線の先、そこにあるのは銀色のプレート

そしてそのプレートに埋め込まれていた蒼い宝玉は、もう光を失っていた。


「……母さん、まさか……貴方は!」


そんな母の姿を見て、フェイトはようやくその答えに気づいた

そしてプレシアは口元を歪めて、自嘲的に微笑んで


「……ふ、ふふ……嗤える、でしょ? あれだけの大見得を切っておきながら、この私もこのザマよ……」


そのプレシアの容態をクロノは観察して、そしてリニスからの情報を改めて思い出して
クロノはプレシアにそれを提言する。


「プレシア・テスタロッサ……悪い事は言わない。今すぐこちらに投降するんだ
貴方が罪を認めて此方にジュエルシードを明け渡して投降するのなら、アースラの医療設備と時空管理本局の医療技術を持って
貴方の病を治療する事を約束しよう」

「……さっきも言ったでしょう、寝言は寝て言いなさい」


だが、プレシアは応じない。
顔を、体を、自らの鮮血で染め上げながら、尚もその申し出には応じない

そして次の瞬間、プレシアは咽るように咳き込んだ。


「母さん! お願いです、もう止めてください!!!」

「貴方は自分の状況を解っているのか!!? そんな病の身で、それだけのロストロギアをコントロールしながら戦闘をする!!!
それがどれだけ貴方の体に負担を掛けて、どれ程貴方の命を縮めているのか理解できないのか!!!?」


クロノが叫ぶようにしてプレシアに言う
数秒の咳を続けて、容態が落ち着いたのかプレシアは呼吸を荒くしながらも目の前の五人をギラリと睨みつけて



「理解しているわよ。自分の体の事よ、私が一番理解しているわ」



そしてプレシアは、胸元の銀色のプレートからその蒼い宝玉を取り外して



「ジュエルシードも、こうなってしまえば唯のガラクタね」



そう言ってプレシアはその蒼い宝玉を指で弾いて、魔力弾でソレを跡形も無く破壊した。


「……ジュエルシードの力を利用して、今まで病の進行を抑えていたのか?」

「正解よ。何分性質の悪い病でね……見せた医者には軒並み不治の病と宣告されたわ」


クロノの問いに対して、プレシアは淀みなく答える。
もう隠す必要は無くなったのだろう、特に言い淀む様な事はしなかった。



「……お願いです、母さん……もう、止めて下さい……」



そして、そんな声がプレシアの耳に響いた。

プレシアが視線を移すとそこには金髪の少女が、フェイト・テスタロッサが涙を流していた
その赤い瞳から、ポロポロと大粒の涙を流しながら、涙交じりの声でそう呟いた。



「……このままじゃあ、母さんは、っぅ、本当に、死んでしまいます…っ…だから、もう止めて下さい……
わたし、は……ぅっ、かあさん、が、死んじゃう、のは、っぅ、イヤで、す……っ」



嗚咽で声を途切れさせながらも、フェイトは大粒の涙を流しながら母に懇願した。

フェイトは理解したからだ
このままでは、本当に母は死んでしまうという事を、理解してしまったからだ。


母が、死ぬ


その言葉の意味を理解したその瞬間、気がつけばフェイトは涙を流していた。

自分でも止められなかった
あの時、母の真実を知った時以上の痛みが、苦しみが、自分の心を引き裂こうとした。


だから、懇願した
必死の想いで声を絞り上げて、決死の想いで母に懇願した。

もう、恐怖も恥も無かった。

母に死んで欲しくない、母が行っている自殺にも等しい行為を止めて欲しい

もはや、フェイトの頭の中にはソレしか考えられなかった。


「…………」


プレシアは何も言わない。

クロノ達も迂闊に近寄れない
この空間は、未だにプレシアが支配しているからだ。

無闇やたらに近寄ればその瞬間、先刻以上の攻撃が自分達を襲う事になるからだ。


「十一個のジュエルシードは、既に暴走状態に入っている故に治療には使えない。
仮に使えたとしても……あんな暴走状態の魔力を体に流し込んだら、それだけでお陀仏ね……ぐぶっ!!!」


そして、プレシアは再び吐血する
床にビチャビチャと赤い水溜りを形成して、プレシアは再び口元を拭って


「……次元断層まで、短く見積もってあと三十分……確かに、このままじゃあ次元断層が起こる前に私が死ぬわね……」


その言葉を聞いて、フェイトは僅かに安堵した。

これで母も止まってくれるんじゃないか
自分の命を粗末に蔑ろに扱うような真似はもう止めてくれるんじゃないか

そう心の中で思ったからだ。




「だから、予定を早める事にしたわ」




だが






「次元断層は、今すぐ起こす事にしたわ」







魔女は、止まらない

その手に持った杖を、蒼く輝き鳴動するその宝玉に向ける


そして、一つの蒼い宝玉は砕け散った。












第弐拾参番「最終決戦・絶望への序曲」












蒼い世界

それが先ず五人が最初に抱いた感想だった

蒼い波動は激流の様な魔力をそこに止め処も無く放出し、蒼い閃光は太陽の様な恒久的な輝きをそこに放っていた。


それは暴風にも見えたし、竜巻にも見えた

それは閃光にも見えたし、烈火にも見えた

それは水にも見えたし、炎にも見えた

それは命にも見えたし、死にも見えた


そしてそれは希望の光にも見えたし、絶望の輝きにも見えた



そこにある『ソレ』は、五人の理解を遥か超越していた。



「……流石は一級品のロストロギア、一個『暴発』させただけでここまでの力を発揮するなんてね……」



感心した様にプレシアが呟き
その言葉を聞いてクロノは呆然としていた意識を取り戻して、すぐに現状を理解して叫んだ。


「止めろ!!! ソレを今すぐ止めるんだ!!!」


手元に魔力を測定できる計測器の類はない

だが、クロノは肌で理解した

クロノは直感と本能で理解した。


……マズイ……

……これは、危険だ……

……今すぐに止めないと、取り返しのつかない事態が起きる!!!……


「なのは! フェイト!! 直ぐに封印の用意を!!!」

「!!!……う、うん!!!」

「解った!!!」


クロノの声を聞いて二人は頷いて、杖をその蒼い何かへと向けるが



「邪魔を、するなああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



紫電の雷が、三人の目の前に降り注がれた

それは三人に当たりはしなかったが、その威力と破壊力は十分すぎる程伝わった。



「次は当てるわよ……ぐぶっ!!!」



そう言って、プレシアは再び口元を押さえる
指の間から赤い雫が溢れてポタポタと落ちるが、それでも魔女はそこに立っている。



「……まだ、足りないみたいね……」



そして、プレシアは更に二つ……その蒼い宝玉を破壊して

その蒼い『何か』は、爆発的に膨れ上がった。



「あは! あはは!!! あはははははははははははははははははははははははははははは!!!!!
素晴らしい!! 素晴らしい魔力だわ!!! 残念だったわねクロノ執務官!! ここまで巨大化した魔力はもはや私には止められない!!!
今この時! この瞬間をもって! 次元震を止める事は不可能となったわ!!!」



魔女は嗤う
己の絶対の勝利を確信して、その顔を愉悦に歪ませて宣言する。

そして、五人は悟ってしまう。

その言葉が事実である事を、自分達程度の魔力ではソレを止める事など到底不可能であるという事を


「まだ! まだ解らない!! まだ終わってない!!! 今すぐに封印をすれば……!!!」

「止めろなのはぁ!!! 下手に刺激を与えればアレはそのまま次元断層を起こす!!! だから止めるんだぁ!!!」


なのはの言葉を、クロノは即座に否定する。

もはや、先刻のソレとは状況が異なり過ぎている
今なのはが言った行いは、パンパンに膨れ上がった風船に針を突き刺すのと同じだ。


生半可な魔力では、アレはそのまま暴発する
かと言って、このままでは次元断層は起こる

つまり、早いか遅いかの違いしかないのだ。



「さて、それじゃあダメ押しをしておきましょう」

「「「「「!!!!?」」」」」



魔女は、まだ止まらない

いや、止まれない


それは、プレシア自身も言っていた事

人には、無限の可能性がある

故に、その僅かな可能性も握り潰すつもりなのだろう



次元断層という絶対の結果を



ここで

絶対に

確実に

引き起こすつもりなのだろう。



そして、自分の勝利を揺ぎ無いモノにするつもりなのだろう。


「クソオオォォ!!! こうなったらイチかバチかだ!!! なのは! フェイト!! ジュエルシードを封印する!!!」

「!!!……うん!!!」

「了解!!!」


このままでは、確実に次元断層は起こる
ならば、その僅かな可能性に賭けるしかない

しかし



「言ったでしょう? 次は当てるって」



その瞬間、頭上から雨の様な紫電の砲撃が降り注いだ。


「!!!?…プロテクション!!!」


クロノの言葉を聞いて、五人はそこにプロテクションを形成する。

五重の防御幕
それはプレシアの攻撃の一切を、完全に遮断する……筈だった。


「……ぐ!!」

「……なんて、出鱈目な……!!」


その防護に、罅が入る
豪雨と言っても差し支えの無い砲撃の雨が、絶えず五人の下に降り注がれる。

バキリ、メキリ、ミシリと
小さく、短く、だが確実に、その防御幕は砲撃の雨に削り取られていく。


それだけで、手一杯だった。


もしも五人の内の誰かがプロテクションを解いたら……
否、僅かにでも力を緩めたら、あっという間にこの雨はこの防御幕を喰らい尽くすだろう


だから、動けない

砲撃の雨は、五人を完全にその場に縫いとめていた



故に


もはや、魔女を止められる者はいない。




「これでフィナーレよ!!!
さあ、ジュエルシードよ!!! このプレシア・テスタロッサを! アルハザードへと導きなさい!!!」




魔女が宣言して、杖をその蒼い宝玉に向ける

ここで更に蒼い宝玉を破壊すれば、もはやそれは絶対の結果となる


筈だった。










『ええ……コレで終わりです、プレシア・テスタロッサ』










その蒼い鳴動は、突如鎮静した

閃光は淡光に、暴風は疾風に、ソレは目に見える勢いで静まっていった。


「……んな!!! どういう事よ!!!」


その現状を見て、プレシアは顔を歪める。

そして、更にジュエルシードを破壊する。

一個、二個、……だが、変わらない
破壊した瞬間、瞬時に蒼い魔力は膨れ上がったが……ソレだけだ。


次元震は、完全にその存在を掌握されていた。


「……今の声って、まさか……」

「かあさ、じゃなくてっ、艦長!!?」


なのはとクロノが驚いた様に声を上げる
突如自分達の下に届いた念話、その声の主はリンディだった。


『プレシア・テスタロッサ、もう終わりです。私が時の庭園内部にてディストーション・フィールドを形成している限りこれ以上次元震は拡大しません
そして六個のジュエルシードの魔力では、次元断層は起こせません』

「……ゴキブリがぁ!!! 次から次へと邪魔をして!!!」

『……更に教えて差し上げましょう。もう間もなく武装隊が時の庭園の駆動炉と動力炉を制圧するでしょう
……焦って判断を誤りましたね、プレシア・テスタロッサ。
貴方の敗因は結果に捉われすぎて、ジュエルシードを破壊するという軽率な判断をしてしまった事です』


もしも、プレシアが次元震の拡大の手段としてジュエルシードの破壊ではなく
動力炉と駆動炉を用いた手段を取っていれば、話はまだ違っていただろう。


いくらリンディが内部から次元震を抑えられると言っても、流石に十二個ものジュエルシードの魔力による次元震を
長時間抑えられる自信はリンディには無かったからだ。


ジュエルシードの破壊という、結果と速さのみに重きを置いた手段をプレシアが取ってくれたから
リンディはその隙間に突け込めたのだ。


だがこの隙間は、決して偶然のモノではない。

プレシアが戦闘という病の身ではあまりに負担が大きい行動をしてくれたから、プレシアの余裕はなくなった

そしてリーゼ姉妹とリニスが、命を賭けてクロノ達をプレシアの元に送ったから、プレシアは自身が闘わざるを得なかった


そう
この結果は、偶然の結果ではない

この結果は、必然であり当然だったのだ。



「ふざけるなあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



その轟音にも近い憤怒の叫びが、その場に響いた。


「なぜ!!! なぜなの!!!? なぜ貴方達は邪魔をするの!!! 私の目的はただ娘を生き返らせて上げたい!!!
もう一度アリシアと親子としての時間を取り戻したい!!! ただそれだけなのよ!!!」

「……貴方のその気持ちは否定しない。だが、その為に何億もの命を犠牲にするというのなら話は別だ!!!
それに、さっき貴方が言っていた事だ。奪われたくないのなら、奪わせない……要は、こういう事だ!!!」


プレシアの憤怒の言葉を、クロノが力強く否定する。

しかし、プレシアは止まらない。


「餓鬼が悟った様な口を利くなあぁ!!!? 二十六年! 二十六年よ!!? アリシアの蘇生を夢見て!
幾千もの挫折と絶望を繰り返して!!! 病に蝕まれながらも! 血を吐きながらも!
必死の想いで努力して決死の想いで研究して!!! やっと後一歩の所まで来たのよ!!!」


血痰を吐きながら、顔を憤怒で歪めながら、プレシアは呪う様に叫ぶ。



「どうして世界はこんなにも理不尽なの!!!? 私から最愛の娘を奪い! 私から時間を奪い!
それだけでは飽き足らず! 私が見つけた娘の蘇生方法すらも奪い!! 更には私から命すらも奪うというのかああぁ!!!」



ゴプリと

その叫びに呼応する様にプレシアは更に吐血した、そして咽る様に咳き込んだ。



「……あんまり、じゃない……!!!」



咳き込んだ後、プレシアはそんな風に呟いた。

もはや、その姿に覇気はなかった
もはや、その姿からは闘志は感じられなかった。


例えるのなら、抜け殻

先程までの魔女の風格は一切感じられない

押せば倒れる、吹けば飛ばされる。


もはや、彼女自身が悟っているのだろう
もうどうする事も出来ない事を、悟っているのだろう。


今のプレシアは、もはや魂が抜け落ちた様な虚ろな存在に見えた。



「……終わりだ、プレシア・テスタロッサ。貴方を時空管理局の法の下に、今から拘束する」



クロノがそう呟いて、ゆっくりとプレシアに近寄る

だが次の瞬間
そのレーザーの様な砲撃は、クロノの足元の床を撃ち抜いた。


「……!!!?」

「……二度も同じ事を言わせないで、近づくな……今の私でも、それなりの抵抗は出来るわよ……」


杖をクロノ達に向けながら、ユラリとプレシアは立ち上がる

そしてそんなプレシアを見て、クロノは尋ねた。


「……抵抗する気か? それとも逃げる気か?」

「ウルキオラを此処に呼ぶって手段もあるわね」


その言葉を聞いて、五人の背中には寒気が走った
確かに、あの死神を此処に呼び寄せれば形勢は逆転されるかもしれない。

それにプレシア自身にも決して油断はできない
次元断層こそは防げたが、戦闘にもなれば話は別だった。



「……でも、流石にソレでも……アリシアに会うのはもう厳しいかもね」



ポツリと、プレシアは呟く
その姿からは、とても此処に死神を呼び寄せて、更なる抵抗を行う様には見えなかった。


そして、今更ながらに五人は思った

そして、本当の意味で理解した


プレシアの目的は、次元断層を起こす事じゃない

自分達と戦い、勝利する事でもない


ただ、会いたいだけ

ただ、最愛の娘にもう一度会いたいだけ

ただ、それだけだったと言う事を



「……母さん……」



そしてそんな中
その少女が、一歩前に出た

魔女に向かって、娘がその一歩を踏み出したのだ。


「……何よ、フェイト……」

「母さん。私は、貴方に言いたい事があって此処に来ました」


その顔に、先程までの涙は無い。

その傷だらけの体で両の足でしっかりと地面に立ち
揺るがない光を瞳に宿して、フェイトは此処に来て初めてプレシアと対面した。



「……私は……アリシア・テスタロッサではありません」



そして、その気持ちを口にする。


「貴方にとっては、私はただの人形なのかもしれません……いいえ
アリシアの肉体になれなかった私は、もしかしたらソレ以下の存在なのかもしれません」


フェイトは、まだ母に何も言えていなかった
自分の気持ちを、自分の真実を、まだ何も言えていなかった

だから、決めた。


「それでも私は、フェイト・テスタロッサは……貴方に生み出して貰って、育てて貰った……」


だから、フェイトは決めたのだ。

自分の気持ちを口にして、自分の気持ちを母親に伝えて





「私は貴方の、プレシア・テスタロッサの娘です」





自分達のこれからを、始めようと決めたのだ。




「……ぷ、くくく……ふははははは!!!!」




そしてそんなフェイトの言葉を聞いて、プレシアは口元を歪めて嗤った。


「じゃあなに? 今更貴方を娘と思えと? 私の長年の悲願をその手で潰した貴方を、娘と思えと?」

「貴方が、ソレを望むのなら」


一通り嗤って、プレシアはフェイトに尋ねて
フェイトは迷う事無く、そう答えた

そして、その母の視線を真正面から受け止めて、更に言葉を続けた。



「貴方がソレを望むのなら、私は世界中の誰からも、どんな出来事からも、貴方を守ります」



それは、揺ぎ無い意思だった

それは、確かな意志を持った言葉だった。





「私が貴方の娘だからじゃない、貴方が私の母さんだからです」





だから、フェイトはその一歩を踏み出した

血にまみれた母に、その手を差し出した

まだ、やり直せる
自分達は、まだ取り戻せる

フェイトは、そう思っていたからだ。



「……よくそんなセリフが言えるわね? 私は貴方を殺そうとしたのよ?」



そんなフェイトの言葉を聞いて

それはフェイトの本心だと感じて、プレシアは尋ねた。


「でも、私はこうして生きています」


フェイトは答える。


「また殺そうとするかもしれないわよ?」

「でも殺そうとしないかもしれませんよ?」


そんなやり取りをして
プレシアは、そう言って疲れた様に溜息を吐いて


「……貴方って、実はかなりの馬鹿でしょ?」

「……かもしれません」


そんなプレシアの言葉を聞いて、フェイトは柔らかな笑みを浮べて






「だから私は、馬鹿で結構です」






その言葉を聞いて

プレシアの頭の中に、とある言葉が過ぎった。




――馬鹿で結構、阿呆で上等、変人狂人は褒め言葉よ――




それは、昨日のやり取り

ウルキオラとの会話で発した、自分の言葉



「……成る程、ね……」



プレシアは、ゆっくりと呟いた

その言葉を聞いて、プレシアは思った
その言葉を聞いて、プレシアは今更ながらに実感した


……確かに、フェイトはアリシアの偽者だ……

……確かに、フェイトは役立たずの出来損ないの人形だ……

……私の大嫌いな、アリシアのクローンだ……


フェイトは、アリシアの偽者

だからフェイトはアリシアじゃない



フェイトが似ているのは、アリシアじゃないからだ



アリシアじゃない癖に、自分と同じ事を言う

アリシアじゃない癖に、自分とどこか似ている



二十六年間、自分が決してアリシアの蘇生を諦めなかった様に

フェイトもまた、虐待を受けながらも自分に愛される事を決して諦めなかった



……ああ、なるほど……

……だから、私はフェイトが嫌いだったんだ……



……アリシアじゃなくて、私に似ていたから……

……変な所で、私とソックリだったから……



……私は……


……フェイトの事が……大嫌いだったんだ……



その事を、プレシアは心から実感して

そして、その口元は自然と緩んで


「……え?」


フェイトが、ソレを見て呟く
母のその顔を見て、呆然とした表情で呟く。




「……やっぱり、私は貴方の事が大嫌いよ……」




なぜなら、ソレは
フェイトが初めて見た

初めて、フェイトに向けられた


プレシアの

母の



初めての、『笑顔』だったからだ。





「……でもね、私はまだ諦めていないわ……」





ユラリと、魔女は動く


「まだ、方法は残されている」

「……何を、するつもりだ?」


クロノが杖を構えてプレシアに尋ねる
そしてそんなクロノに対して、再び口元を歪めて言う


「簡単な話よ。アリシアを生き返らせる手段は、『今』の私にはもう残されていない」


そして、魔女はその杖に囁く


「フォーム・チェンジ……アナザーフォーム『アランカル』」

『Yes sir』


その囁きを聞いて、魔女の杖はその形を変える

杖の宝玉の部分からは紫の魔力刃を形成して、それは一振りの太刀へとなる


「何をするつもりだ!?」

「貴方達には何も危害を加えないわ」


クロノの問いに、プレシアは間髪入れず即答する

そして、その杖を自分の胸元へと向けて




「人には無限の可能性がある。だから、此方からアリシアに会いに行く事にしたわ」




まるで詠う様に、プレシアはそう答えて


「!!!!? やめて母さん!!!!」

「プレシアさんダメええええええぇぇぇぇぇ!!!!」

「止めるんだ! プレシア・テスタロッサアアアアアアアァァァァァ!!!」


その呟きを聞いて、五人が弾けた様に飛び出すが間に合わない



「……アリシア……」



プレシアがそう呟いて、
プレシアと五人の間に、プロテクションは形成される



「……今、お母さんも『そっち』に行くわ……」



SSランクの防護
ソレを瞬時に撃ち破れるほど、五人に力は無く



「イヤああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 止めてぇ!!! やめて母さああああああぁぁぁぁん!!!!」



フェイトの涙交じりの、必死の懇願が響くが


「……じゃあね、フェイト……」


それでも、プレシアは止まらず



「最後の貴方との会話は、少しだけ楽しかったわ」



その魔力刃が、プレシアの胸を深く大きく貫いて



「かあさっ!!!!!」



魔女は、その口から大きな赤い塊を吐き出して



その体は床に崩れ落ち



そして、息を引き取った。













続く













あとがき
 何かもう、本格的に物語も終盤に入って来て思う所が多いです。多分あと数話程度で無印編は終わると思います。

さて本編の話ですが、原作を見てた時から思っていたんですが、フェイトって所々でプレシアに似ているんですよねー。
二十年以上アリシアの事を諦めなかったプレシア、虐待されて拒絶されても母親の愛情を求めたフェイト
二人共変な所で意思が強いと言うか頑固と言うか……まあここの部分も自分のなりの解釈で纏めてみたのですが、皆さん的にはどうだったでしょうか?

そして、なんだかんだでプレシアさんは最終決戦から脱落です
……勘の良い方は、今回の話で大凡の結末は分ってしまったかもしれませんね(汗)


次回は再びウルキオラ戦です。それでは次回に続きます。







[17010] 第弐拾四番(加筆修正)
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/05/12 14:44
「こちらクロノ・ハラオウン、エイミィ応答してくれ」


クロノは手に持ったデバイスから、アースラに通信を入れる
そして僅かな間を置いて、エイミィから応答が来た。


『クロノくん!? こちらアースラ・ブリッジ! 状況は!?』

「現地はリンディ艦長のディストーション・フィールドによって次元断層の防止に成功。
安全領域までの鎮静にはまだ時間が掛かるが、一先ずは安心だ」


とりあえず当面の危機が去った事をクロノは報告し、通信越しからエイミィの安堵の溜息が響いた
そして更に、事の詳細を報告する。


「また今案件の最重要参考人プレシア・テスタロッサの死亡を確認。ロストロギア・ジュエルシード六個の回収に成功
ただ残りの六個はプレシア・テスタロッサが破壊したため、回収は不可能
現地では武装隊が尚も暴走状態の傀儡兵と交戦中、そしてリーゼとリニスが未だウルキオラと交戦中、今からこの戦闘を止めに行く」

『……了解。それなら急いだ方が良いよ……リニスさん達は、かなり状況が悪い』


そしてエイミィはリーゼ達の現状を手早く説明をして


「……解った。こちらも直ぐに向かう」


クロノが応える。どうやら、あちらも相当危険な状況の様だ
クロノはそう判断して、通信を切る。

クロノは視線を移す、そこには破損したバリアジャケットの修復をするユーノ
そして、そのユーノの腕と手に包帯を巻くなのはが映った。


「……よしっと、こんな所で大丈夫かな?」

「うん、大丈夫だよ。ありがとうなのは」


そう言って、ユーノは応急キットを手早く纏めて持ち主に返した。


「クロノ、これ」

「もう良いのか? その腕、完全に折れているだろう?」


クロノはそのユーノの腕を見る。
今は応急処置こそは済んでいるが、その包帯の下の痛々しい紫に腫れ上がった腕の記憶は新しい

それにユーノの怪我は、この五人の中で一番酷かった
故に、応急処置だけでも迅速に行う必要があったのだ。


「僕は元々サポートタイプだから、機動力と魔力に支障がなければ戦闘の影響は薄いよ
それを言ったら、クロノの方が厳しいだろ?」

「……いや、大丈夫だ。麻酔が効いている内は戦闘には問題ない」


数回脇腹を擦って、クロノは結論付ける
額の傷も、既に止血処置を終えて血も拭き取ってある。

そう、自分達は問題ない
問題なのは、もっと別の所だ。



「…………」



三人の視線は、自然とソレに集まる

そこに映るのは、一つの遺体
この案件の最重要参考人だった、プレシア・テスタロッサの遺体


その死に顔は、とても安らかな顔だった

一見すれば、それはまるで眠っているようにも見えた

その表情には一切の歪みも、淀みも、曇りもなく、その壮絶な最期からは想像も出来ない程に穏やかな顔だった。


そして、その遺体に寄り添う一人の少女
プレシア・テスタロッサの娘、フェイト・テスタロッサだ。


「…………」


彼女は、何も言わない。

自分の母の最期
その自決という事実を噛み締め、受け止めていた。


その背中は、どこか儚い

その存在は、どこか淡い

恐らくは、泣いているのだろうか?
それとも、泣いていたのだろうか?


こちらに背を向けている彼女の表情は、三人には解らなかった。

その表情が解るのは、フェイトの隣にいるアルフだけだろう。



「……気持ちは解るが、今は時間が無い」

「……だね」



クロノが一歩前に出てそう提言して、アルフもソレに同意する。
アルフとしても、もうプレシアの死に関してはこれ以上の時間を使いたくなかった。

フェイトにとってプレシアは、最愛の母だったかもしれない

だが、アルフにとっては違う
アルフにとって、プレシアとは憎むべき敵であり、嫌悪すべき対象だったからだ

プレシアに対しての怒りと憎しみ、負の感情の蓄積なら、アルフは他の四人を圧倒している

このプレシアの死でさえ、アルフはある意味自業自得だとも思っている

寧ろアルフにとっては、未だに絶望的な闘いに身を投じているリニス達の方が気掛かりだった。


だが、今の主を放ってはおけなかった
最愛の母を、目の前で失った主を、一人にしては置けなかった。


ここにいる五人は、なのは以外は相当のダメージを負っていた
バリアジャケットも大きく破損した

今の自分達の現状では、リニス達の加勢に言っても足を引っ張る可能性が高い

だからその応急処置が済むまで、クロノはフェイトに母の死を悼む時間を与えたのだ。



……しかし、今の状況はかなり切迫している



エイミィからの報告だと、アリアが片腕を失ったらしい
他の二人も、アリア程ではないがダメージは大きいらしい。



(……もう、これ以上は時間を掛けられない……)



故に、クロノはフェイトに歩み寄る。


「……時間だフェイト・テスタロッサ。もうこれ以上は此処に留まるのは無意味だ
まだリーゼとリニスが闘っている、今は三人とも生存しているがかなり旗色が悪いらしい
……僕達は、今すぐにでも彼女達の救援に行かなきゃいけない」

「……はい」


フェイトは、小さく呟いて頷いた。
フェイトのその早熟とも言える精神が、ここではプラスに働いた。


彼女自身も、良く解っていた


悲しむ事は、後で出来る

涙を流す事は、後でも出来る

母の死を悼む事は、後で幾らでも出来る


まだ、闘っている人たちがいる
自分達の道を切り開くために、命懸けの闘いに身を投じてくれた人たちがいる

今は悲しんでいる時ではない、今は闘う時なのだと言う事を

だから、彼女は立ち上がった。


「……時間を、ありがとうございます……」


そして、フェイトは四人に向かって頭を下げた

一応、気持ちの踏ん切りはついたのだろうか?
もうその顔には、迷いというモノはなかった



「……ここに放置したままでは、遺体が損壊してしまうな」



クロノは呟く、そして再びアースラに念話をして

次の瞬間、プレシアの遺体を囲むように魔法陣が浮き上がった
そして、その遺体は魔法陣の光に照らされてそこから消えた

クロノが、プレシアの遺体をアースラに転送したのだ。



「……行こう」



クロノがそう言うと、四人は了解と頷いた
そして、駆け出す。その戦地へと向けて、その足を進める。

最後の戦いを終わらす為に

そして、全ての闘いを終わらせる為に




「……つぅ……!」


そして、駆け出そうとしたその時

ユーノは僅かに痛んだ腕を押さえた
患部の固定が不完全だった所為だろうか?その不意の痛みを意識して、その足は一瞬止まり









……ペタ……









「……!!?」


その音は
小さくユーノの耳に響いた。

背後からの音、そしてその音源へと顔を振り向かせるが……そこには、何もなかった


「ユーノくん、どうしたの?」

「ん?……ああ、何でも無いよなのは」


そんなユーノの行動を不思議に思いなのはが尋ねるが、ユーノは何でもないとアピールして
再び足を進めた。



(……今、そこに誰かが居た様な気がしたけど……)



ユーノはもう一度、その音が響いた場所を振り向いたが

其処にはやはり、誰もいなかった。



(……気のせいか……)



そう結論づけて、ユーノは四人の背を追って足を進めた。












第弐拾四番「最終決戦」













「だああありゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


拳打が唸り、蹴撃が吼える


「うぉああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


白銀が瞬く、閃光が弧を描く


「うおらああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


光弾が飛ぶ、砲撃が爆ぜる。

それら全ては、血に餓えた獣の様に咆哮を上げながら襲い掛かる
その白い獲物へと、牙を剥いて爪を立てて、その咽喉元を食い破ろうと襲い掛かる。


しかし



「それが限界か?」



手刀が拳打を沈める、足刀が蹴撃を弾く

白銀は白銀で相殺し、閃光は閃光で撃ち落す

光弾は翠弾に破れて、砲撃は翠光に飲まれる


そして、その全てが三人の体に赤い軌道を刻み込んだ。


「……が!!」


ロッテの肩口に白い猛威は突き刺さり、赤い飛沫が飛ぶ


「……っ!!!」


リニスは迫るその白銀を盾で防ぐが、盾は切り裂かれてその掌が鮮血を吐き出す


「……ぐぅ!!!」


アリアは迫り来る翠光を盾で押さえるが、片手では踏ん張りが効かず壁に叩きつけられた


「まだです!!!」


だが、その影は飛ぶ。

他の二人に比べてまだダメージが少ないリニスは、その刀を握り締めてウルキオラへと駆ける
同時にウルキオラの視線がリニスを捕らえる。

リニスは止まらない、フェイトのブリッツ・アクションにも迫る速度で間合いを詰める
しかし、速度でもウルキオラがリニスを圧倒する。


それは、既に互いの経験で解っている。

だから、リニスは前に出た
そして、ウルキオラも迎撃に出た。


「……!!!」



そして、その魔法陣は浮かび上がる

次の瞬間、その魔法陣から鎖が飛び出てウルキオラを拘束する。


「流石の貴方も、初見の魔法には対応し切れない様ですね!!!」


ディレイド・バインド
その空間に踏み込んだ者を捕らえて束縛する、空間設置型のバインド


ウルキオラはリニスを、いやここにいる全ての魔導師の性能を圧倒している

だからこそ、その選択は容易に出来た

敵が真っ向から、それも手負いの敵が真っ向から攻め入れば、その申し出は断らないという事を
リニスは容易に想像できた。


だから、誘い込んだ


ウルキオラが迎撃という行動に出れば、それは少なからず予兆は出る
攻撃に対して、迎撃という手段を取れば……多少なりとも体は前に出る


その一歩を踏み出させる為に、リニスはあえて真っ向から斬りかかった


結果は、見ての通り

その策は成った!!!



「解っている筈だ。コレでは俺を束縛できん」



鎖に、罅が入る



「そんな事くらい」

「承知の上だああああぁぁぁ!!!!」



更に二重の鎖が、ウルキオラを束縛する。

血まみれのロッテが、片腕のアリアが
同時に咆哮を上げて、ウルキオラの鎖に更なる鎖を巻きつける


三重のバインド


そしてその束縛は、ウルキオラからあらゆる行動を奪う。



「これで、終わりです!!!!」



白銀が唸りを上げる

その剣は、必殺の牙となって唸りを上げる


「……まさかとは思うが……」


しかし、尚も死神は揺るがない




「構えが無ければ、攻撃できないとでも思ったか?」




束縛された腕から、指先のみがリニスに向けられる。

その指先から翠光が輝く。


「んな!!?」

「……リニス!!?」

「……ちぃ!!!」


その予想外の事態に、リニスは驚愕で目を見張る。

アリアが声を上げて、ロッテが行動に出る
その脅威を感じ取ると同時に、ロッテは自身が放った鎖を掴んで


「うおおおらあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


それを全力で引っ張り、その狙いを強引にずらす
その翠光は大きく軌道をずらして、翠の軌道を描く


その死神は、鎖を引き千切る
束縛から解放されて、ゆったりと着地する。


「……少し、想定外でしたね」

「……本当に、アイツは何でも有りだね」


リニスとロッテが吐き捨てる様に呟く
相手を追い詰めたと思ったら、相手は更にその上を行ったからだ。



「……流石に、これ以上は厳しいですね」

「血が足りないよねー、どうも」



アリアとロッテが呟く。

自分達三人は今まで多く傷を負い、血を流し過ぎた
アリアも片腕を失い、今はバインドの応用で無理矢理傷を止血しているが……やはり怪我のダメージは否めない。

それに、魔力も消耗し過ぎている。

そして何より、精神力
明らかな格上の強敵との死闘に、三人の精神は既に磨耗しきっていた。



「三人掛かりでこのザマか……時空管理局とやらの底が知れるな」

「「「……っ!!!?」」」



落胆する様にウルキオラは呟き、その言葉に三人の顔は歪む

体力、魔力、そして精神力
文字通り、精も根も尽き果てていた







『双方、直ちに戦闘行為を止めなさい』








――その瞬間までは――






その声は、そこに居る四人の頭に突然響いた。


「この声は……」

「リンディさん!!?」


アリアとリニスが声を上げて、ウルキオラもその突然の念話に行動が止まる

そして、更にその言葉を続く。



『私は時空管理局のリンディ・ハラオウンです。もう一度言います、直ちに戦闘行為を止めなさい。
ウルキオラ・シファー、直ちに武装を解除して此方に投降しなさい
貴方の共犯者、プレシア・テスタロッサは既に死亡。次元断層も我々が防ぎ、ジュエルシードも既に回収済みです』

「……ああ、その様だな」



そのリンディの念話に応じるように、ウルキオラは答える。

既にウルキオラの探査神経は、その事を捉えていた
プレシアの生体反応が消えた事も、ジュエルシードの霊圧が消えた事も、既にウルキオラには分かっていた。



『既にこの時の庭園も、我々が包囲しています。
もう一度言います。ウルキオラ・シファー、直ちに武装を解除して此方に投降しなさい
今こちらの指示に従えば、情状酌量の余地ありと貴方の罪も相応に軽くなるでしょう』

「……ほう」



その言葉に、ウルキオラの眉間が僅かに動く。

そして次の瞬間
その五人は姿を現した。



「終わりだ、ウルキオラ」



その五人はそこから翔ける様に移動して、リーゼ達の前に立つ
そしてその五人の姿を納めて、リーゼ達は驚愕の表情を浮べる。


「クロノ!」

「クロスケ!!?」

「フェイト、アルフ……皆も、無事な様で」


怪我こそは負っているが、五体は無事でしっかりとその足でそこに立っている
その事実を確認して、三人は僅かに安堵の表情を浮べた。


「アリアさん! う、腕が!!?」

「っ!!! アリアさん、その腕!!?」


なのはとユーノが気付いた様に声を上げて、そこに視線が集中する。

それは、片腕を無くしたアリアの姿

そして続いて気付く
ロッテもリニスも、その姿は至る所に傷を負って、血にまみれている事に



「……すまない、時間が掛かりすぎた」

「……ごめんなさい」

「まあ、結果オーライよクロスケ。フェイトちゃんも気にしないで」



申し訳なさそうにクロノとフェイトが呟き、ロッテは笑みを浮べて答える
そしてアリアも笑みで二人の言葉に応える。

弟子の前では気弱な態度を見せられないのは、師の義務だ。


「……アルフ、ユーノ、三人に治療魔法を」

「ああ、分かった」

「了解さ!!」


クロノが治療を始める五人の前に立って、フェイトとなのははその両サイドに距離を取って構える

その視線の先、杖の先には、最後の強敵がいる。



「……成程、随分とアレに手こずったと見える」

「……ああ、プレシア・テスタロッサは強かった。だから、なるべく君とは戦いたくない
君もプレシア・テスタロッサが死んだ今、もう管理局と争う意味は無い筈だ」



ウルキオラの言葉にクロノが応える
そして、更にウルキオラにその言葉を繋げる。


「最後通告だ。こちらに投降しろ、ウルキオラ・シファー……もう、君に逃げ場は無い
君は単身では空間転移を行えないのだろう? そして時の庭園そのものを管理局は既に包囲している、もはや君に逃げ場はない」


「……どういう意味だ?」


「既に君の魔力データは既にアースラに記録済みだ、君が何処へ逃げようと管理局はソレこそ地の果てまでも追える。
早いか遅いかの違いだけだ」



クロノは告げる。
如何にウルキオラが超高速の移動術を持っていたとしても
仮にそれが音速を超えようと、光速に迫る速度であろうとも、ソレは必ず魔力の痕跡を残す。

そして魔力の痕跡を捉えれば、管理局はどこまでも追える

暗闇の中の光を辿るように、容易くその追跡を行える

空間転移の様に空間から空間を跳躍し、過程そのものが存在しない移動を行わない限り
管理局はそれこそ永久にウルキオラを追跡できる。



「……成程、良く解った……」



クロノの言葉の意味
それをウルキオラは理解して、噛み締めて、ゆっくりとそう呟き


「……そうか、理解してくれたか……」

「ああ、良く解った」


そしてその言葉を聞いて、クロノの心は安堵の気持ちを胸に抱く。



「貴様等ゴミ共が、この程度で俺を追い詰めたと」



翠光が輝く




「見当違いな考えをしている事が良く解った」




「っ!!!?」

その翠光を視界に収めると共に、クロノは前に出て掌を突き出す。

そして、その盾を形成する
傾斜と高速回転を伴った、改良型ラウンドシールド

それは自分達に迫る翠光を弾いて壁を破壊する、そしてクロノ達は再び戦闘体勢を取る。



「こちらも、最後通告だ」



目の前の八人を視界に納めて、ウルキオラは告げる。



「俺も、もうお前等と闘う理由は無い。
だからさっさと無駄な抵抗は止めて、道を開けろ……そして、今後一切俺に関わるな」



その言葉に、八人は驚愕する
追い詰めた筈のウルキオラが、逆に自分達を追い詰めた様な言葉を放ったからだ。

そして、そんなウルキオラを見て唖然とする八人に、ウルキオラに更に言葉を繋げる。



「ああ、そうだ。事のついでだ……お前等全員と、この時の庭園にいるゴミ共の全てを撤退させろ」

「……んなっ!!!」

「俺はまだ、ここでやる事が残っている
以上の俺の要求を飲めば、俺はお前等全員に一切の手出しをしないで見逃してやる
お前等にして見れば、これ以上に無い破格の条件だろう?」



そのウルキオラの要求を聞いて、クロノは思わず声を上げる

自分を見逃せ

自分を追うな

ここから直ぐに出て行け

そして、二度と自分に関わるな


ウルキオラの要求を要約すれば、こういう事だ。



「巫山戯るなぁ!!! そんな要求飲めるはずないだろ!!!?」



クロノは叫ぶ様にして言う。


既に安全領域に入ったとはいえ、未だ時の庭園の次元震は収まってなく、空間そのものが不安定な状態だ

そして如何な理由があろうとも、ウルキオラは次元断層を引き起こそうとしたプレシア・テスタロッサの共犯者

そしてウルキオラは単体で次元震の増大と、空間歪曲を引き起こせる程の魔力の持ち主だ。



果たして、そんな人物を残して自分達が撤退したらどうなる?



そして、ウルキオラを此処から逃す訳にも行かない。

クロノは「ウルキオラは単体では空間転移は出来ない」と言ったが
それはあくまで、今までの闘いからの推測だ。


それは、確実な事実とは言えない
ウルキオラ自身が、そう誤認する様に今まで自分達に振舞っていただけの可能性もある。



そして、ウルキオラ自身が空間転移を使えるか否かも、然程重要ではない。



自身が空間転移を使えなくとも、空間転移を利用する方法は幾らでもある。

自身が使えなければ、他者を利用すればいい

今までプレシア・テスタロッサと協力関係にあったウルキオラも、この手段にはとっくに気付いているだろう

それに、プレシア・テスタロッサ以外にも協力関係にある魔導師がいる可能性も捨て切れない。



そして、一度でもウルキオラに空間転移を許してしまえば……今度こそ、管理局はその存在を追う術は無くなる。



完全に不可能、とは言えないが……それでも、その追跡の難易度は跳ね上がる。



故に、ここからウルキオラを逃す訳にはいかない。



確実に、此処でウルキオラを確保しなければならない。



そして、ウルキオラの協力者であるプレシア・テスタロッサが死亡した今この時こそが
ウルキオラを確保する最大のチャンスなのだ。



故に、クロノはウルキオラの要求は認められなかった。


ウルキオラを見逃す
この恐ろしいまでの脅威と危険因子を野放しにする

そしてこの暴虐の塊の様な存在に、今後一切関わる事すら許されない

それはクロノにとって
否、時空管理局にとって大凡受け入れ難い要求だった。


「……そうか……」


そして、ウルキオラは呟く

クロノの言葉を聞いて、クロノ達の答えを理解して。



「闘う理由は、まだある様だな」



その白い影は翔け


もう一つの白い影が翔けた。











「リニス!!!?」

「リニスさん!!!?」


その突然の衝突を目の当たりにして、クロノとなのはが叫ぶ。

目の前に映る光景は、鍔迫り合いをして互いに睨み合うリニスとウルキオラの姿

そして次の瞬間、リニスは叫んだ。



「早く散って下さい!!! 固まっていては危険です!!!?」



そして次の瞬間、他の七人は気付いた様にそれぞれが飛び
戦闘体勢を取った。

そしてリニスもその事を確認して、ウルキオラと距離を取る。


「どうやら」

「治療タイムは、終わりみたいだね」


アリアとロッテも、戦闘体勢に入る

そして改めて現状を見て、クロノが念話を行う。


『皆、もう少しで此処にも武装隊の応援は来る! だからそれまで持ち堪えるんだ!!?』


そのクロノの言葉に、全員が「了解」と返事を伝える。


既に、自分達の答えは決まっている

既に、自分達は戦闘体勢に入っている


そして、全員が悟っていた


これで、最後だと

これが、最後の戦いだと



もはや、そこに迷いはない

そして、全員が決めていた


敵は、強敵

だからこそ、決着をつけよう



これまでの闘いに

今までの闘いに


ウルキオラに勝利して

全ての闘いに、決着をつけよう!!!








八人が、弾けた様に散開する。


「ウルキオラさん! 私は、貴方とお話したい事が沢山あります!!」


なのはが叫ぶ。


「俺は話す事など無い」

「ええ! 貴方の答えは分かっています!!!」


ウルキオラが指先に翠光を収束させる
なのはも杖の先に桜色の魔力を収束させる


「だから! 私達が勝ったら! 話を聞いてもらいます!!」

『divine buster』


桜色の砲撃が撃ち出され、翠光の砲撃がソレを迎撃する。

翠光は、桜色の砲撃を喰らう

その結果は、既にお互い解っていた。


なのははそこから更に飛ぶ
そして金の影も飛ぶ


「ディバイン・シューター!!!」

「フォトン・ランサー!!!」


四つの桜色の弾丸
四つの黄金の光弾

合わせて八つの魔弾が、ウルキオラに照準を定める。


「スティンガーブレイド・マルチシュート!!!」


青い魔法陣が浮かび上がり、その剣を精製する
十の青い宝剣が、その切っ先をウルキオラに向ける


合わせて、十八

その全てが、白い死神に狙いを定める。


「全弾!!」

「射出!!」

「行けえええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


なのはとフェイトとクロノが、同時に叫ぶ

その全ての攻撃は、疾風の速度でウルキオラに迫る。


「……舐められたものだ」


翠光が輝く

白銀が走る



そして、その二つの影が飛ぶ。


「流石のアンタも!!!」

「攻撃の最中に、防御は出来ないでしょう!!!?」


その二つの影は、宝剣と弾丸の間を走り抜ける

橙の影は、拳打を繰り出す
白い影は、剣戟を繰り出す



「……っ……!」



ここで、初めてウルキオラの空気は変わる。

今までとは、タイミングが違う

攻撃の、継ぎ目がない
攻撃と攻撃の間隔が、極端に短いのだ


必殺のタイミングに近い、その襲撃

それは、ウルキオラに僅かな動揺と焦りを生んだ。


だが、崩れない
ウルキオラはまだ崩れない。


「……っ!!」

「……ちぃ!!」


リニスの剣を剣で迎撃する

アルフの拳を手刀で捌く


もしも、リニスやアルフ……クロノやフェイトが万全の状態なら、結果は違っていたかもしれない

だが、今は違う
ここにいる全員は、大なり小なりダメージを負っている


故に、崩せない。



「……が!!」


蹴撃がリニスの体に減り込んで、その体はミシリと鳴って壁に叩き付けられる


「……あぐぁ!!!」


手刀がアルフの脇腹に突き刺さり、メキメキと骨を鳴らしてその体が凪ぎ飛ばされる



そして次の瞬間

ウルキオラの服の袖口は破けて、胸元は肌蹴た。


「……っ!!」


ウルキオラは、僅かに驚愕する

回避し切れていなかった

防御し切れていなかった


二人の攻撃は、当たっていたのだ。



(……連携の錬度が、上がっている?……)



そして、ウルキオラと八人は再び距離を取る。


互いは互いにタイミングを計り合う
場は再び膠着する。


『皆、良く聞いて下さい』

『一つ、かなり良い感じの策を思い付いたよ!!』


アリアとロッテが、他の六人に念話を送る。



『この策は絶対にウルキオラに通じる筈! だから皆、良く聞いてね!!?』



物語は進む

一つの結末へと向かって、確実に進む。

















……俺は、何を焦っている?……


自分に迫る幾多の攻撃を捌きながら、ウルキオラは考えていた。


何時からかは分からないが、ウルキオラは何故か焦りを覚えていた

頭の何処かで危機感を感じて、胸の中では焦燥感を覚えていた。



……なぜ、こいつ等程度に焦る必要がある?……



ウルキオラは、理解できなかった。

確かに、こいつらは先程よりも手強くなっている
そして奴等にダメージがあるように、自分も確実に体力を消耗している

だがそれでも、自分の方が依然優勢の筈


だから、ウルキオラは自分の現状を理解できなかった。


そして、依然その頭の中にはノイズが走っていた。


アルフとロッテの拳打を捌く


――ノイズが走る――


アリアとリニスの魔弾を斬り落とす


――ノイズが響く――


虚閃と虚弾を放ち、斬魄刀を振るう


――ノイズが流れる――


理由は分からないが、ウルキオラは確かに焦り、危機感を覚えていた。

理由は分からないが、ウルキオラは確かに勝負を急いでいた。


……何故、だ……


拳打と蹴撃を捌く


……何故、俺は焦っている……


光弾を斬り落とす



……何が原因で、俺はコレほど焦っている……



それは、謎の焦燥感

そしてそれは、謎の危機感であった。


勝敗の問題ではない

そういう次元ではない


ソレ等とは違う別の「何か」が原因で、ウルキオラは焦りを覚えていた。



「……がっ!!!」



そして、相手に隙が出来た
ウルキオラはロッテの肩口を切り裂いて、その腹部に蹴りを叩き込んだ。


苦痛に顔を歪めて、ロッテは床を転がる

そしてウルキオラは追撃を掛けようと、ロッテとの距離を詰めて



「お久しぶり」



その相手が、ウルキオラの目の前に突然現れた。


「……っ!」


その突然の事態に、ウルキオラは思わず目を見張る。
そして目の前に現れたアリアの掌には、既に雄々しく魔力が咆哮を上げている。



「ブレイズ・キャノン!!!」



アリアが行った事、それは近距離の空間転移
そして超近距離からの砲撃魔法の合わせ技だ


「……!!?」


迎撃は間に合わない

ウルキオラは咄嗟に響転を発動させて、横に駆ける
だが、それは回避しきれなかった。

その砲撃は、唸りを上げてウルキオラに襲い掛かってその体の一部を飲み込む。

予想外の反撃
ウルキオラは響転を発動させたまま、安全圏まで距離を取ろうとそのまま駆けて




そして


『何か』が、ウルキオラの服からポロリと落ちた。
















「………………ぁ」
















『ソレ』を見て、ウルキオラは思わず声を上げた


それは、一つの腕輪


白と緑のビーズで出来た、一つの腕輪だった。



――えへへー凄いでしょー、良いでしょー。これね、私がビーズで作ったんだよ――



ウルキオラは知っている
その腕輪を良く知っている



――腕輪だよ、ウルキオラの分の腕輪!――



何故なら、それは自分が良く知る相手が造った物だったから
自分によく纏わりついて来る相手が造った物だったから



――どう、良く出来てるでしょ! 色もね、ウルキオラの白い肌と目の色に合わせたんだよ!――



それは、そんな相手が自分に送った物だったから

自分は要らないと言っても、それでも自分に強引に渡した物だったから




――これもね、わたしの手作りなんだよ。だからウルキオラに上げるね!――




ウルキオラは、その腕輪を良く知っている




――受け取ってくれてもいいじゃない! わたしからのプレゼントなんだよ!! 一生懸命作ったんだよ!!――



何故なら、ソレは



――そこが間違ってるんだよ! 心が篭ったプレゼントはね! それだけで受け取る理由がてんこ盛りなんだよ!!――



アリシアが自分のために

心を篭めて作ってくれた、自分へのプレゼントだったからだ。





……俺は、何をしている?……





ウルキオラは理解できなかった

その腕輪にではなく、自分の行動を理解できなかった。


その足は、止まっていた

その目は、敵を見ていなかった

その手は、構えていなかった



ウルキオラは、未だに理解できなかった。


何故なら自分の足は

何故なら自分の目は

何故なら自分の手は



アリシアの腕輪しか、捉えていなかったからだ



だから、ウルキオラは理解できなかった。



攻撃もせず

防御もせず

回避もせず


アリシアの腕輪を拾おうと
腕を伸ばした自分自身を、理解できなかった。



だがそれは


この場においては


余りにも大きい、余りにも致命的な



絶対の、隙だった。






「今だ!!!!」






誰かが、叫ぶ

次の瞬間、ウルキオラの腕に鎖が絡みつく
そして、ウルキオラの全身に鎖は絡みつく。


「……っ!!!」



その鎖は一つや二つではない

五重の鎖

五人の魔導師が全力の魔力を込めた、絶対の束縛だった。


「準備完了!!!」

「なのは! フェイト! クロノ!!!」

「ブチかませえええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


そんな声が響くが、ウルキオラの耳には響かない

束縛した鎖を千切ろうと力を込めるが、それは破壊できない



そして、その光はウルキオラに照準を合わせる

その圧倒的魔力の全ては、その勝機を絶対に逃さないと咆哮を上げる。



「フォトンランサー・ファランクスシフト!!!!!」

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!!!!」

「スターライト・ブレイカアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!!」



三人が咆哮を上げて、その必殺の攻撃は完成する


その圧倒的閃光は、ウルキオラに向けて放たれる。



……何だ、この鎖は?……



だが、ウルキオラはソレに気付かない

その腕輪を拾おうと、未だにその眼は腕輪しか捉えていない



……邪魔を、するな……



鎖の束縛は、未だにウルキオラを捉えている



……俺の邪魔を、するな…!!!……



光の奔流が降り注がれて、ウルキオラを飲み込む





そして





――だからはい、ウルキオラ――





アリシアの腕輪は





―― 一生懸命作ったんだから――





ウルキオラの目の前で





――大事にしてねウルキオラ!!――







バラバラに、砕け散った。



















続く












あとがき

 色々な意味で\(^o^)/オワタ







[17010] 第弐拾伍番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/05/20 22:46



数百にも及ぶ雷撃の弾幕

幾百にも及ぶ宝剣の群れ

そして、圧倒的閃光の奔流

それら全ては一つの獲物に唸りを上げて殲滅に掛かり、白い死神を飲み込んで


鼓膜を粉砕する様な轟音と、体を凪ぎ飛ばす様な衝撃、そして目を焼く様な閃光が、その場を支配した。



……仕留めた……

……今度こそ、確実に、全ての攻撃が直撃した!!……



その光景を見て
その手に伝わる必殺の手応えを感じとって、そこに居る誰もがそう思った。



「……終わった、と思うかい?」

「……それは分からない、だけど確実にダメージは負った筈だよ」



アルフの問いに対して、ユーノは答える。

Sランク級の攻撃魔法の三重直撃

三連ではない、三重の直撃だ
瞬間的な破壊力は、それこそSSランクすらも超越した筈


今は先程の攻撃によって発生した煙幕の所為でその結果を確認できないが、そこに居る全員が相応の手応えを感じ取っていた。


全ての攻撃は、間違いなく直撃した

しかし、だからと言ってそこに居る誰もがこれで終わった等とは思っていない。


寧ろ次の瞬間には、煙幕越しからの反撃があるんじゃないのかと
灰色の壁の向こうから、翠の光は輝くのではないかと

そんな風に身構えて、尚も警戒を怠っていない。


だが、死神は現れない。

翠の光も、白銀の脅威も襲ってこない。


「……まさか、今ので本当に仕留めちゃったとか?」

「それは楽観しすぎ……と、言いたい所だけど……」


ロッテとアリアが呟く。

反撃の予兆は、未だに確認できない。

余りにも、静か過ぎる
静寂な空気が場を支配し始めて、尚も煙の向こうからは何の反応も窺えない。



「仕方ない。少々危険だが、この煙を薙ぎ払って……」



自分の目で直接確かめなければ、どうにも判断できない
クロノはそう判断して、手に持った杖を未だ晴れない煙幕へと向けて




ゾクリ、と




鳥肌が立った。





「……っ!!!!?」

絶対零度のプレッシャーに全身を襲われて
クロノは、思わず身構える。

その悪寒が落雷に撃たれた様に痛烈に全身を駆け巡る
鉛の様な重圧感が全身を襲い、その威圧感で胃が締め上げられて嘔吐しそうになる。


反射的に膝がガクガクと震える
手に持った杖は、痙攣しているかの様に狙いを定める事が出来ない。


そして、クロノは悟る

なのはも、フェイトも

ユーノも、アルフも

リニスも、リーゼも


そこに居る全員が、ソレを悟る。



決着は

まだついていない。



















……俺は、何をしている……


呆然として意識の中で、ウルキオラは考える。


……ダメージは、ある……


先程の自分が受けた攻撃によるダメージを見て、己の現状を確認して、ウルキオラはそう思う

通常の状態なら、それ程のダメージは受けなかっただろう


だが、今は違う

意識が戦闘から離れた所に
殆ど奇襲に近い状態で、全ての攻撃が直撃した


その攻撃に対する鋼皮の霊圧が足りず、衝撃を殺しきれず、その結果ダメージを負った


これは、自分の過失だ


もしも、今この場で追撃を受ければ……自分も只では済まない

相手には、まだ援軍も居る

下手を打てば、相手側に確保される可能性だってある

しかし



……なのに、なぜ……


……なぜ、俺は動けない?……



ウルキオラは、自身に対してそんな疑問を投げ掛けた。

その意識は、どこか霞み掛かっている
その自我は、天秤の様にユラユラと揺れている。


ダメージは、小さくない。

だが、四肢は動く
行動を起こすには何も問題ない

ならば、直ぐに自分も早急に此処から動く必要がある。


だが、動けない
ウルキオラは動けない

その足は止まって、その手は宙を漂っていて、その目は床の一点を見ていた。


ウルキオラの視線の先
そこには、特に何もない。

ただ、白と緑のビーズが数個散らばっているだけだ。


そしてソレは
自分が貰った……アリシアの腕輪『だった』もの


そして、その事を理解した瞬間

ウルキオラの頭の中に、胸の中に、腹の中に、ソレは生まれた。



……何だ、この不快感は?……



それはノイズ

ウルキオラが初めて体験する、黒いノイズ



……何だ、この不愉快な気分は?……



それはウルキオラが初めて感じる、黒い感情

まるで全身の体液の全てが、粘度のある汚水にすり替わった様な感覚

頭の中の脳髄を締め上げて、ギリギリとその細胞の一つ一つを磨り潰されていく様な、そんな耐え難い感覚

腹の中で黒い獣が唸りを上げて、其処から這い出ようと爪を立てて牙を剥いて、暴れ狂っている様な感覚



そして、ウルキオラはソレに手を伸ばす

地面に散らばった、緑のビーズに手を伸ばす


……コレが、原因か?……


ウルキオラは、思う。
明らかに自分は、目の前のコレに対して不快感を抱いている。


だが、厳密に言えば……ソレは違う。

ウルキオラはその腕輪に対しては、特に思う所はなかった
思う所が在ったのは、目の前の光景


腕輪の破壊という、一つの光景



……ソレがどうした?……

――不快――

……ゴミが造ったゴミが、正真正銘のゴミに還っただけ、ただそれだけ……

――不快、不快――


……では何故、俺は手を伸ばしている?……

――不快、不快、不快――



……なぜ俺は、コレを拾い集めている?……

――不快、不快、不快、不快、不快――




……なぜ俺は、コレを作り直そうとしている?……


――不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快、不快――




全てが、不快
全てが、不愉快

そんな気持ちを抱いて、ウルキオラは自分の掌にあるソレを見る

手の中で転がる罅割れたビーズと、千切れた紐屑



……なぜ、直らない?……

――壊レタカラダ――


……なぜ、壊れた?……


――壊シタ奴ガ居ルカラダ――



ウルキオラの頭の中で、ソレは囁く

ウルキオラの疑問に対して、ソレは簡潔に答えていく

ウルキオラの中で、ソレは黒く犇めいて膨れ上がっていく



……じゃあ……



そして、その疑問に辿り着く。



……誰が、壊した?……

――決マッテイルダロウ――



何かが、頭の中でカチリと噛み合う。

その瞬間、ソレは生まれる。

その黒い奔流は黒いノイズを撒き散らして、一瞬でウルキオラの脳内を支配する

黒いノイズはドス黒い咆哮を上げて、その黒い感情は赤子の様に産声を上げる



だから、ウルキオラはソレを解き放った。





――鎖せ、黒翼大魔ムルシエラゴ――


















第弐拾伍番「最終決戦・vs黒翼大魔ウルキオラ」

















「「「「「「「「!!!?」」」」」」」」


八人がソレを感じ取った、正にその瞬間だった。

圧倒的魔力の咆哮、圧倒的魔力の暴風

そして鉛の様な重圧、海の底にいるかの様な閉塞感



庭園が震える

空間が軋む

その天蓋に閃光の奔流は昇り立つ

煙がその波動に掻き消されて、翠の光柱が聳え立つ

翠の光はそのまま津波の様に広がって、八人の下に降り注ぐ。


「……何だ、コレは?」


そこに全員は、それぞれがプロテクションを形成してソレを遮断する。


「……コレは?」

「……魔力の、雫?」


なのはとフェイトは、自分達に降り注がれるソレを見て呟く。

気がつけば、あの煙の壁はいつの間にかその存在そのものが消滅している。





そして

其処に、ソレは立っていた。





「……黒い……」

「……翼?……」



リニスとアルフが呟く

八人の視界に先ず映ったのは、巨大な黒い翼
その片翼だけ3m以上はあろう、漆黒の双翼


やがて、その白い死神の全貌が視界に映る
そして、気付く。


あの白い袴の様な衣服は、上下一体のロングコートの様に変化していて
頭に在ったあの白い防具は、巨大な双角を生やした兜となってそこに在る

そしてその眼の下にあった緑の紋様は、僅かに肥大化していた


そして、更に気付く。


「!!?って、まさか!!?」

「無傷、だと!!?」

「!!?…そんな! あの攻撃を直撃して!!?」


ユーノとクロノとなのはが驚いた様に声を上げて、他の五人もソレに気付く

目の前のウルキオラの体は、それこそ傷一つ染み一つ存在していなかった

全くの無傷


そして尚も変わらない
否、それ以上に感じる魔力の波動、鳴動、威圧感

そのウルキオラの在り方からは、とても自分達の攻撃がダメージを与えた様には思えなかった。


『……いや、攻撃は通じていなかった訳ではなさそうです』


リニスは、そのウルキオラの姿を見て全員に念話を伝える
リニスは知っている、そのウルキオラの姿を知っている

そして、リーゼもそのリニスの言葉に同意を示す


『同感、さっきの光、そして今のアイツの姿、その事から考えると』

『アレは、多分ウルキオラの切り札。
そして切り札を出さなければならない程に、ウルキオラも追い詰められていたという証拠です』


リニスとリーゼがその事を結論付けて、クロノやなのはも僅かに安堵する

自分達の攻撃は、通じていない訳ではなかった
ウルキオラに切り札を出させる程に効果があった

それが解かっだけでも、大きな収穫だったからだ。




「……動揺するなよ……」




そして、その声が静かに響く。

その瞬間、ゾクリと背中に冷たい何かが流れる。



「……構えを崩すな、意識を張り巡らせろ、一瞬も気を緩めるな……」



その声は、八人の耳に静かに確実に浸透する。

そしてその言葉を理解して、クロノが叫ぶ。


「来るぞ!! 皆、構えろ!!?」


声を荒げてクロノは叫んで、その声に応じて皆も杖を、刀を、拳を構える。

その背筋に悪寒が流れる
その胃袋は締め上げられる。

心臓は性急な脈打ちをしている
頭の中には、五月蝿い程に危険信号が鳴り響いている。


ポタポタと、汗は止め処も無く流れている
呼吸は、知らず知らずの内に荒くなっている。


そして、頭の中で誰かが囁いている。


逃げろ、と

アレには勝てない、と


絶えずクロノの頭の中で、誰かが囁いている。



そして、相手が動く

黒い両翼を背負った白い死神が、此方を向く



クロノとウルキオラは向き合う、そしてその緑の瞳と目が合い

次の瞬間、ソレは起きた。




クロノの両腕は弾けた。





「……え?」



その余りの光景に、クロノは目を見張る。

腕が、鮮血を噴出す
失くした両腕の代わりに、紅い両腕が生える。


「……あ、あぁ……!!」


だが、ソレで終わらない。


「あああ、ぁぁあ!ぁぁあぁ!!!?」


両足が消し飛ぶ

胸が貫かれる

体が両断される

内臓が引き摺り出される

首が引き千切られる

頭を踏み砕かれて、眼球と脳漿が飛び出す





「何を怯えている?」





その声で、クロノは我に返り


「!!!!?……ぅっうぅ、ぐぅあぁ!!!?」


我に返ったその瞬間、クロノは嘔吐した。


口元に手を置いて、膝をついて、ビチャビチャと口から胃の内容物を吐き出して
まるで倒れたゴミ箱の様に中の物を全て吐き出して、先程のアレを思い出す。


……何だ!!?…今のは何だ!!?……

……僕の首は!!? 腕は!!? 足は!!? 体は!!?……

……一体何が起きた!!? 一体ヤツは何をした!!!?……


思わず首に手を置く、体を見る、四肢の存在を確認する

結果から言えば、自分は何もされていなかった

首は繋がっていた、体も存在していた、両腕両足は無事だった。



……幻覚?…いや、違う!?……

……アレは、そんな生易しいモノじゃない!!?……


汗が、滝の様に流れている
心臓が痛い程に脈打っている

体中の全ての骨と血液が、まるで氷に摩り替わった様に体中が冷え切っている。

口元を拭いながら、クロノはウルキオラを見る。

そして、気付く。



……何だ、この魔力は…!!?……



肌で感じる、直感で捉える、本能で理解する。

それは天をも突き穿つ魔力の奔流

それは洪水にも似た圧倒的ボリューム

それは激しく雄々しく唸りを上げて、大気すらも焼き切ろうとしている。


……出鱈目、すぎる……


その魔力を感じ取って、クロノは結論づける。

その量、圧力、濃度、全てが違い過ぎる
あのプレシア・テスタロッサでさえ、天秤の対に成り得ない程の強大な魔力の唸り


……勝てる、のか?……

……僕達は、この男に本当に勝てるのか?……


ポタリポタリと、額から汗を垂らしてクロノは思う

そして、ウルキオラもクロノも見る。




「……四人、か……」




その言葉を聞いて、クロノは直ぐにその意味を悟る。


「……んな!!?」


気がつけば、其処に立っていたのはアリアとロッテとリニス、そして自分を含めての四人だけ
そしてその四人も、膝を付いて息を切らして体を青くさせている。


じゃあ、他の四人は?


「なのは! フェイト! ユーノ! アルフ!! どうした!!? 一体どうしたんだ!!!?」


声を荒げて呼びかけるが、応えはない
四人は応えない。


「……ぁ、あ……」

「……ウ、ゥゥ、ぁ……」


四人は床にその体を倒していて、顔を青くして瞳は虚ろなまま宙を彷徨っている。

自分が吐いている間に襲撃を受けたのか? とも思ったが、ソレは違うと直ぐに分かった。

四人は新たに攻撃を受けたような箇所はない
そしてそれ以上に、体から活力も覇気が感じられない。

今までクロノも数回しか見た事が無い状態だが、クロノはソレを知っている。


言ってしまえば、生きた屍
精神が、屈している状態だ


だから、クロノは自分に問いかける。


……自分達は、何をされた?……


そして思い出す
自分の記憶の中にある、最後の記憶を辿る。


そして、その答えに辿り着く。



……まさか、アレだけで?……

……目が、合っただけで?……



クロノは、戦慄する。
どんなに記憶を辿っても、自分の最後の記憶はウルキオラと目が合ったところまでしか記憶にない。

そして、体にはどう見ても襲撃を受けた様な跡は無い

つまりは、それが証拠。



……馬鹿な!!!?……

……アレだけで、たったアレだけで!!!?……

……角度的に目が合うのは不可能だった人間も居るはずなのに!!?……

……有り得るのか!!? そんな事が有り得るのか!!?……



「正直、拍子抜けだ」



クロノの思考を遮って、その声は響く。



「まさか、霊圧を解放しただけでこんなザマになるとはな」



どこか失望した様に、どこか落胆したかの様に、ウルキオラは呟く。

結論から言って、ウルキオラは誰にも何もしていない

ただ、軽く霊圧を解放しただけだ。

それだけで、十分だった
それだけで、この結果を生み出せたのだ。



「まあいい、事のついでだ。少々此方も『無駄』な手間を掛けてやろう」



ポツリと、ウルキオラは呟いて
次の瞬間、クロノの体を襲っていた重圧感と威圧感が突然薄れていった。


「……う、ぅぅ、ん?」

「……う、ぁ、ん? 僕達は、一体?」


その影響は、倒れていた四人にも出たのだろうか?

なのはやユーノ、フェイトとアルフも続いてその身を起こした。


「……く、ぅあ、フェ、フェイト、大丈夫かい?」

「ぅ、うん、なん、とか……」


ヨロヨロと彼女達も身を起こして、現在の状況を再び思い出して


「気が付いたのなら、早く構えた方が良い……あちらの気が変わらない内に」

「どうにも、ちょっと洒落にならない事態になったみたいだよ」


アリアとロッテも、額の汗を拭いつつそう答える
二人とも平常を装っているが、その顔の表情からはとても平常とは言い難い

彼女達はなのは達の様に地面に伏せる事も、クロノの様に嘔吐する事も無かったが、
それでも心情面のダメージでは大差はない

現に彼女達も、ウルキオラが霊圧を下げるまでは本当に何も行動を起こせなかった
倒れないだけで、床に伏せないだけで精一杯だったのだ


そして、八人全てが再び戦闘体勢に入った事を確認して




「……初めての、感覚だ……」




ウルキオラが呟く。



「簡潔に言おう。俺は今、非常に不快だ」



自然と、その視線がウルキオラに集まる。


「その気になれば、今のでお前等を殺す事も十分に可能だった。
だが、そうはしなかった……何故だが分かるか?」


その問いに、誰にも答えない
しかし、その耳は、その目は、確かにウルキオラに捉えている。


「答えは簡単だ。それでは不釣合いだからだ」


ウルキオラもその事を認識して、その上で言葉を繋げる。


「魂が死ねば、そこで終わりだ……不快も、恐怖も、絶望も、そこで全てが終わる」

「……何が、言いたいのですか?」


刀を構えながら、リニスが尋ねる。




「それでは俺の不快は消えん、だから精々足掻け」




そして次の瞬間、八人の視界から死神は消えて




リニスの腹部に、何かが減り込んだ。




「っっっっっっっっっっ!!!!!!?」


声すら、出なかった。
桁違いの、衝撃だった。

その激痛が体中に流れて、痛烈な叫び声が響く
リニスの脇腹に減り込んだソレは、メキメキと音を立てて内部を破壊する。

そして次の瞬間
リニスは赤い塊を口から吐き出して、その体は弾丸の様に飛ばされて壁を叩き破った。


「リニス!!!?」

「リニスさん!!!?」


フェイトとなのはが声を上げる。

理解が追いつかなかった
その動きは、目に映りすらしなかった

ウルキオラが姿を消したその瞬間、リニスが血を吐いて壁まで飛ばされていたのだ。



「てめえええぇぇぇぇぇ!!! よくもリニスを!!!?」



獣の咆哮を上げて、橙の影が飛び出す
死神の恐怖よりも、身内を傷付けられた怒りの方が勝ったのだろう

アルフは四肢にありったけの魔力を篭めて、疾風の速度でウルキオラに襲い掛かった。


「よせ!!! 無闇に飛び出しちゃ駄目だ!!!?」


クロノが咄嗟に声を荒げて叫ぶが、ソレは届かない


「ちぃ!!! アリア、サポートをお願い!!!?」

「!!? 待ちなさいロッテ!!!」


このままでは、アルフも確実にやられる
そう思って咄嗟にロッテも飛び出す。


「そうだ、それでいい」


その光景を見て、ウルキオラは悠然とそこに立つ。

自分は此処に居る
自分は逃げも隠れもしない

そんな風に、それを態度で示していた。


「ああもう!ユーノくん! 私に合わせて二人のサポートをお願い!!」

「あ、はい!分かりました!!」


アリアとユーノが同時に頷いて、二人はサポートのスタイルを変える

もはや自分達程度の魔力では、今までの様に防御面ではサポートは出来ない

今までは防御主体のサポートであったが、ソレを攻撃主体のサポートに切り替える
そしてその魔法を展開させる。


「ブーストアップ・アクセラレイション!!!」

「エンチャント・ディフェンスゲイン!!!」


二人の補助魔法は同時に完成する。

その瞬間、閃光が二人の体を包み込む
そして二人の速度は跳ね上がり、体は強固な守りを得る。


「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「せりゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


倍化された速度で、二人はウルキオラに迫る。

拳打が唸って、蹴撃が吼える
二つの四肢が、合わせて八の猛威の牙となって死神の命を刈り取ろうとする。

その暴風は荒れ狂う様に吹き荒れて、そこにある全てを蹂躙する。


だが



「俺は今、非常に不快だ」



死神は、迫るその一撃を掴み取り




「だから、簡単には潰れるなよ」




その瞬間、ズドンとそれは響く。



「が!!!!?」


沈む様に、アルフの体に拳は減り込む
魔力防御膜がメキメキと音を立てて破壊されて、アルフの体にソレは食い込んでいき


「があぁ!!」


顔面を鷲掴みにされて、そのまま投げ飛ばされて壁に叩き付けられた。


「くそおおおおぉぉ!!!」


ロッテが拳を振り上げる
そしてそれに合わせるように、ウルキオラも拳を突き出して


メキリと
ロッテの拳は破壊された。



「ぐああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



焼ける様な激痛が襲う。

拳が歪に歪んで、鮮血が流れる
指は折れ曲がり、爪は弾けて、手の甲からは骨が肉を食い破って突き出る。


「あぐぁ!!!!」


その激痛に、ロッテは思わず蹲り
そのまま頭上から、ウルキオラに床へと叩き潰された。


「アルフ!! ロッテ!!!」

「くそ!!!?」


クロノとアリアが同時に吼える
青い弾丸と青い宝剣は流星の様に射出される。


「スティンガースナイプ!!!」

「スティンガーブレイド!!!」


そして、青い閃光は降り注ぐ
ウルキオラの背後から、その絶対の死角から、必殺の奇襲をかける。


だが
ウルキオラは背後からのソレを、一瞥する事無く掴み取って


「返すぞ」

「「なっ!!!?」」


青い閃光は、そのまま二人に跳ね返る
その思わぬ反撃に、二人は動揺しながらもソレを回避して


「なのは、合わせて!!」

「分かった!!」


その瞬間、二つの影は飛び出す
二つの影はウルキオラを挟み込む様に降り立って、その杖に閃光を収束させる。

桜色の閃光が収束して

黄金の魔力はその砲門を合わせる。



「ディバイン・バスタアアアアアアァァァァァァァァ!!!!」

「サンダー・バスタアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!」



二つの砲門が、同時に閃光を撃ち放つ
そしてその砲撃は挟撃となってウルキオラに唸りを上げて襲い掛かり


「「っ!!!!?」」


黒い双翼が、ソレを迎え撃ち
二つの砲撃は、その軌道を直角に曲げた。


「……そんな……!!!?」

「翼、だけで!!!?」


その砲撃は、ウルキオラに届きすらしなかった
漆黒の翼が羽ばたいただけで、その軌道は曲げられたのだ。



「が、あぁっ!!!」

「アルフ、しっかり!!」



壁に叩きつけられたアルフは、そのまま蹲って赤い液体を吐き出す
近くにいたユーノは治療をしようと、アルフに駆け寄って


……マズイ……


その顔は、再び青く染まる。


……折れた肋骨が、内臓に突き刺さってる!?……


ユーノは結論づける
アルフの吐血も、恐らく内臓損傷によるもの

幾ら戦闘用の使い魔と言えども、この怪我は決して軽くない
直ぐにでも此処から撤退して、治療をする必要がある。



『ロッテ! ロッテ!! お願い、返事をして!!?』


アリアが床に伏せるロッテに念話で話しかけるが、返事は無い
その体もうつ伏せたままで、ピクリとも動かない。



「さあ、次は誰だ?」



死神は呟く

だが、動けない
その死神の猛威に、誰も動けない。



「……成程……」



その現状を見て、



「……だが、まだだ……」



ウルキオラはゆっくりと歩みを進めて距離を取る

そしてクロノ達との距離が十分に開いた所で



「撃って来い」



そこに居る全員を視界に納めて、そう宣言する。


「……何?」

「最後のチャンスをくれてやる。
俺は今から此処から一歩も動かない、だからお前等の最強の攻撃を俺に撃て」


その言葉を聞いて、クロノ達は息を呑む。



「どうした? これはお前等にとっての最後のチャンスだぞ?
それとも…このまま死に損ないのゴミ三匹を抱えた状態で闘って、俺に勝てるとでも思っているのか?」

「……っ!!?」



相変わらす無機質な言葉だが、それでも誘う様な響きを纏わせた言葉を放って
クロノ達は、「確かに」と心の中で同意する。

この誘いは、ウルキオラにとって何もメリットはない
このまま普通に闘うだけで、ウルキオラは間違いなく自分達全員を倒せるだろう


つまりは、そういう事


ウルキオラは、確信しているのだ

自分達の攻撃では、ウルキオラを倒せないと

そしてその事を他ならぬ自分達の手によって立証させて、心をヘシ折るつもりなのだろう。



「…………」



クロノは考える。
この位置関係と距離なら、味方を巻き込むことは無い

それにこのまま戦い続ければ、勝機は限り無く薄い
武装隊の応援も、まだ時間を要する

ならば、取るべき道は一つ



「……なのは、フェイト……」



クロノはそう呼びかけて、二人に視線を送る
そしてクロノの意を感じ取り、二人も同時に頷く。

三人は杖を構え、魔法陣が形成される
その先に魔力が鳴動し収束し、凝縮されていく。


そして、その二人も動く。


「……ユーノくん、いける?」

「ええ、大丈夫です」


二人は同時に視線を合わせて、詠唱を始める。

ウルキオラは、恐らく……いや間違いなく全ての攻撃を受け止める気でいる
ならば、自分達はその攻撃の威力を底上げする。

先程までは時間と余裕が無かった為にコレは出来なかった
ウルキオラが完全に受身になっている今だからこそ可能な方法

そしてその二人も詠唱を重ねて、その魔法を完成させる。



「「ブーストアップ・バレットパワー!!!!」」



魔力の閃光が、クロノ、フェイト、なのはの三人を包み込む

そしてその魔力の咆哮は、爆発的に膨れ上がる。



「そうだ、それでいい」



その魔力を真正面から視て、ウルキオラは尚もそこにいる

その姿に迎撃も防御も、回避の予兆すらもない。



「貴様等の最強の技で、最強の力を用いて、俺を撃て」



黄金の魔力が、青い魔力が、桜色の魔力が、爆発的に膨れ上がって急速に圧縮されていく。



「力の差を、解かり易く教えてやる」



その言葉が、合図となった。

三人が咆哮を上げる。



「フォトンランサー・ファランクスシフト!!!!」

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!!!」

「スターライト・ブレイカアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!!!!」



黄金の弾幕が

宝剣の群が

閃光の砲撃が

先刻の一撃を大きく上回る、正真正銘の最強の一撃が

それぞれが唸りを上げて、死神に襲い掛かって





その全てが直撃した。





音が爆発して、鼓膜が揺れる

衝撃が四散して、肌が痛む

閃光が弾け飛んで、瞼を焦がす


爆発と爆炎が入り混じって、炎の柱がそこに立つ


そして、そこに居る誰もが思う。



……頼む……


……これで、終わってくれ…!……


……これで、倒れてくれ!!!……



炎の柱を眺めて、五人は思う。

正真正銘、今のが最後の攻撃だ

もう、魔力は空だ
体力も底をついている

先程以上の攻撃は、もう撃てない


だから、終わってくれ

これでもう、終わってくれ!!














「……所詮は、人間のレベルか……」













その瞬間

望みは、砕け散る

黒翼が、羽ばたく

炎の柱を切り開いて、それは悠然と姿を現す。



「……そ…ん、な……」

「……嘘、でしょ?」



クロノとアリアが呟く。
信じられない様に、信じたくない様に、目の前の光景を見て呟く。



死神は、無傷だった
その体に、傷一つ存在していなかった。



「……どう、やって」

「防いだ、とでも言いたげだな?」


動揺を隠し切れない口調でクロノが呟いて、その言葉をウルキオラが続ける。


「結論から言おう、俺は何もしていない」


そして、その言葉を更に続ける。


「力と力のぶつかり合いにおいて、強い方が生き、弱い方が死ぬのは当然の事だ」

「……っ!!」

「つまり、だ」


その言葉を聞いて、クロノ達の背筋はゾクリと冷える。




「お前等が俺を斃そうと練り上げた力よりも、俺が無意識に放っている力の方が強い」




何かに、罅が入る

何かが、折れる


誰かが、膝をつく

誰かが、折れる


その光景を見て、ウルキオラは呟く。



「……まだ、だな…まだ消えない……」



その言葉を聞いて、クロノは即座に通信を行う。



『エイミィ! 僕だ! 空間転移を頼む! 僕達は一時撤退する!!』



魔力は底をついた
勝利の可能性は、完全に潰えた。



『フェイト! ユーノ! アリア! なのは! 他の三人と共に僕達は一時アースラに撤退する!!』



クロノは、歯軋りをしながらその念話を送る。


甘かった
自分達は、完全に甘かった


ソレの評価を、過小評価し過ぎていた。


完全に、想定外の事態だった
そしてその事態の深刻さを理解するのに、時間を消費しすぎた。


ウルキオラを逃す結果になるかもしれないが、このまま戦闘を続ければ結果は火を見るより明らかだ。


ならば、もはや撤退するしか道は残されていない
その事を即座に判断して、クロノはアースラに撤退の報告をする。

そして次の瞬間、クロノ達の足元に空間転移の魔法陣が浮かび上がる
魔法陣の光がそこに居る八人を包み込み、時の庭園から離脱する


――筈だった











「逃がすと思うか?」











次の瞬間、空間が揺れた。


ウルキオラがその手に翠剣を形成して、それを床に突き立てる

その翠の魔力は瞬時に広がって、ソレを破壊する
クロノ達の足元に形成された魔法陣は、薄氷の様に砕け散った。



「……な!!!」

「そんな!!!」

「魔法陣が!!!」

「まさか、ジャミング!!?」



魔法陣が砕け散って、空間転移が阻止された

その信じ難い事実に、五人の顔は驚愕に染まり



「……一つ言っておこう、俺はもうお前等を逃がすつもりはない……」



その手応えを確かめつつ、ウルキオラは呟く。

ウルキオラがやった事は、そう難しい事ではない

砲撃も、防護も、空間転移も、如何にタイプは違うモノであっても
ソレは魔力を用いた……霊子を用いたモノには変わり無い


だから、ソレを外部から介入して乱してやれば……それは容易く崩れる。


土台が崩れれば、建物は崩壊する様に
骨格が破壊されれば、生き物が支えを失う様に

だからウルキオラは自身が形成した翠剣を介して、場の魔力とその構築を乱したのだ。

翠剣をその空間に突き刺して
魂吸の要領で魔力の構成を乱して、虚閃の要領で一気に構築そのものを破壊したのだ。


ザエルアポロの見様見真似であったが、技術が足りない分は力で補った。

その結果、力に任せた荒業となったが……結果は見ての通りだ。



だから、五人は悟る。

その絶望を、心から理解する。




……ウルキオラからは、逃げられない……




ウルキオラも五人を見る
その瞬間、頭の中にノイズが流れる。


「もう、終わりか?」


未だ、その不快感は消えない

未だ、その不愉快な何かは消えない


「それなら」


その現状を見て、ウルキオラは言い放つ。





「そろそろ、死ぬか?」





黒い唸りは、止まらない

黒い感情は、止まらない

黒いノイズは、止まらない



故に



ウルキオラは、止まらない。












続く













あとがき
 今回の更新は、もう一話投稿する予定です。



[17010] 終番・壱「一つの結末」
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/05/19 05:20

「もう、終わりか?」



覇気を失い、自分の目の前で膝をつく五人に向かって、ウルキオラは言い放つ。


未だ、その頭の中には不快感がある。

未だ、その腹の中には不愉快な何かが蠢いている。


黒い唸りは止まらない

黒い感情は止まらない

黒いノイズは止まらない

未だに、黒い何かは止まらない。



「それなら、そろそろ死ぬか?」



ウルキオラが呟いて




その頭上から、魔力弾が降り注がれた。




「……ほう?」



漆黒の両翼で、ウルキオラはその魔力弾の全てを弾く

そして次の瞬間、その体に鎖が纏わりつく。



「逃げろクロスケエエエエエエェェェェェェェェ!!!!」



額から血を流しながら、片手を破壊されながらもロッテが叫ぶ。

そして、もう一つの影がそこに立つ。


「リニスさん!!?」

「私達が足止めをします!!! だから、その間に皆さんは直ぐに撤退して下さい!!!」


その正体を見て、なのはが叫ぶ。

血にまみれたリニスが叫んで、そのまま刀を構えてウルキオラへと駆ける。
それと同時に、ロッテも飛び出す。




「やめろおおおおおおぉぉぉ!!! 二人とも止めるんだああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「ダメえぇ!!! 二人共やめてえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」




クロノが、叫ぶ。
フェイトが涙交じりの声で叫ぶ。

だが



「無駄だ」



翠閃が煌く

翠光が輝く


鮮血が飛び散る。


「……あ、が……!!」


ロッテの両腕は消し飛び、翠剣がその体を両断する


「……は、ぅぁ……」


リニスの体は十字に刻まれて、翠の閃光がその体に大きな風穴を空けた。


「リニス!!!」

「ロッテ!!!」


一瞬の惨状
赤い惨劇

その惨状を見て、フェイトとクロノが叫び、なのは達も思わず悲鳴に近い声を上げる。

フェイトは物言わぬリニスに歩み寄って、慟哭の声を上げる。
アリアもまた、己の片割れの惨状を見て失意の声を上げる。


「そう言えば」


ウルキオラは気付いた様に声を上げる。



「先程から一人、妙な霊圧を発している人間がいるな」



その呟きを聞いて、そのウルキオラの視線の先を見て



クロノは鳥肌が立った。



「……まさ、か……」



ウルキオラのその視線の先にいるであろう、その人物
ウルキオラが発見したであろう、その人物

クロノは、その人物に心当たりがあった。



「……や、め…ろ……」



クロノは呟く
何故ならその人物は、自分が良く知っている人物

プレシア・テスタロッサが起こした、次元震からの次元断層を防いでくれた人物

そして、自分の肉親であるその人物



「ヤメロ!やめろおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」



クロノは叫ぶ
そして次の瞬間、黒い光が輝く。



「お前等は止めなかった、だから俺も止める理由はない」



クロノの叫びを、ウルキオラは一蹴して


『母さん! 直ぐにソコから離れて下さい!!!』


クロノは直ぐに、リンディに念話を行って




『クロノ執務官ですか? 一体何が』

黒虚閃セロ・オスキュラス




しかし
クロノの目の前で、その砲撃は放たれた。



「……あ、ああ!!!」



衝撃が弾ける

轟音が響く

爆風が吹き荒れる

庭園が、弾け飛ぶ
黒い奔流に呑まれて、そこは一気に崩壊する。

その強大な黒い閃光は、時の庭園を食い破る
まるで津波に飲み込まれる砂の城の様に、僅かな抵抗も許されずその存在が消え去った。



『母さん! 母さん!! 応答を願います!! 母さん!!!』



クロノの眼前の光景、そこには先程までの庭園はない。
ただ見通し良く、次元空間がその姿を覗かせている。

だがクロノは、尚も念話で母を呼び続ける
しかし、その応答はない。

いつまで経っても、いつまで呼び続けても、母からの応答はない。



「……あ、ぁ……あ!!!」



だから、悟ってしまう
その意味を、その事実を、クロノは理解してしまう。



「……ほう、どうやら次元震は殆ど鎮静していた様だな。存外優秀な人材だったと見える」

「……あ、あ、あぁ……うああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



あらゆる負の感情を宿した表情で
あらゆる負の感情を篭めた叫びで

クロノは体に残された僅かな魔力を掻き集めて、砲撃に変える。



「貴様ああああああああぁぁぁぁぁぁぁあぁっぁあああああぁぁぁぁぁぁあぁ!!!!」



撃つ

撃つ

砲撃を撃つ

体中から魔力を捻り出して、僅かな魔力を搾り出して、その全ての有りったけの魔力を砲撃に変えて撃つ。



「うああああああぁぁぁぁがあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



撃つ
ひたすら撃つ

煙幕越しに姿が見えない敵へ、ひたすらクロノは砲撃を撃つ

その砲撃が三十を超えて、クロノの砲撃はその唸りを止めて



「……今ので、終わりか?」

「……!!!!」




黒翼が羽ばたいて、煙幕を切り開いて死神がその姿を表わす。
その体を、傷一つ無い姿を現す。



「最後に、見せてやろう」



翠光が輝き、ウルキオラの体を覆う

黒い何かが蠢いて、ウルキオラに体に絡み付いていく



「これが、真の絶望の姿だ」



白い肌と同化して、その肌を黒い何かが浸食していく。

その両腕は二の腕まで黒く変色して、その両足も腹部まで黒く変色していく
腰の付け根の黒い何かは更に増殖して、鞭の様な黒い尾を形成される。


漆黒の双翼の付け根からは、更に一対の下翼が形成される。


胸元に開いた孔は巨大化して、そこから黒く垂直に爛れた様な紋様が浮き出る。


顔の緑の紋様は黒ずんで更に肥大化する
その眼球は緑に染まって、瞳は黄金の輝きを得る。


その黒い髪は背まで伸びて、頭の兜は消滅して白い双角は尚も巨大化してそこに在る。


そしてその魔力は、在り方を変える。


一言で言えば、異質
量や圧力、濃度の問題ではなく、「性質」そのものが異なるモノ

それは、紛れも無い魔力
しかし、それを魔力と認識できず「別の何か」だと誤認してしまう程に異質な魔力。



「これが、俺の真の全力の姿」



それは、一切の希望を粉々に砕く程の魔力

それは正に、絶望を体現したかの様な黒い力の奔流


そして、それこそがウルキオラの真の姿







刀剣解放・第二階層レスレクシオン・セグンダエターパ







その言葉を聞いて


「……な、ぁ」


その姿を見て


「……ぁ、ぁ……あ」


その魔力を感じて


「……ぅ、ぅぁ……」




クロノは、杖を落とす
その膝をつく

もはや怒りも、憎しみも、恐怖もない
そんなモノは、一瞬にして全て消え去った。


その心は、折れる。

その魂は、絶望する。


なのはも

フェイトも

ユーノも

アリアも


その心に在った僅かな希望が完全に打ち砕かれて、虚ろな何かが心を支配する。



「……絶望したか?……」



ウルキオラは静かに尋ねて、五人は何も答えない。

いや、答えられない

既に、その理解は容量を超えていた
もはや、脳が思考する事を放棄していた。


「……そうか……」


だから、五人は何も言わない。

だから、五人は何も言えない。



「最後の慈悲だ。一瞬で全員をその魂魄ごと消し去ってやろう」



ウルキオラは、空へ翔ける
上へ上へと翔け抜けて、その動きを停止する。


下を見れば、多数の魔法陣の光と共に多数の霊圧の反応を捉えた。

恐らく、応援に来た武装部隊だろう。


だが、ソレは些細な事
ウルキオラにとって、それは気にも留める必要の無い些細な事


そして、その両の掌が翠光を宿す
翠の光は凝縮し、圧縮されて、一つの槍を形成する。


「消え去れ」


ウルキオラはソレを構える。

その槍に、己の中にある黒いノイズを篭めて

その投擲に、己の中にある黒い不快感を篭めて

その一撃に、己の中にある全ての黒い「何か」を篭めて





雷霆の槍ランサ・デル・レランバーゴ





ウルキオラは、その槍を投げ放つ。


なのは達は、ただソレを呆然と見ていた
その翠の光が、自分達に目掛けて振り下ろされるのを、ただ呆然としたまま見ていた。


そして、その翠の槍は降り立つ
その翠の槍の先端が、庭園の床に触れる。



その瞬間、世界は翠に染まった


その空間は、一瞬翠色の輝きに支配された


そして時の庭園は、その姿を消した。































「……ふむ、実に興味深い話だ。それで、その後はどうなったんだい?」

「喋る義務はない」


そこは、とある研究室らしい部屋の中
そしてそこで、二人の男がテーブルを挟んで向き合っていた。


「おや、義務はない。それなら義理と権利はあると捉えて良いのだね? 流石は我が友、話が解かる」

「言っていろ……チェックだ」

「……む、そう来るかね?」


二人の男の片割れ
白衣を着た濃紫の髪の男は、盤上を見つめて考える。


「だが、中々興味深い話だよ。十五年前のあの事件は何分情報が不足していてね
管理局の本局ですら、未だ事の詳細を掴めていない話だよ」


コトンと、男は白い駒を握って黒い駒を落とす。


「だろうな。あの日、時の庭園に居た者の中で生き残ったのは俺を含めて二人しかいないだろうからな」


片割れの男は黒い駒を進めて、白い駒を落とす。


「しかしまさかと言うか、やはりと言うか、君があの事件の当事者だったとは、いやはやこれも一つの廻り合わせと言う奴だね」



どこか芝居がかった口調でそんな事を言い
そして、その男は白い駒を取って



「十五年前のあの事件、時空管理局史上の中でも最悪の事件の一つと名高い『U.S事件』
……いや、こう言った方が良いかな? 『ウルキオラ・シファー事件』と……」



紫髪の男は呟く。
その男の言葉を聞いても、ウルキオラは特に何の反応も見せなかった

そしてウルキオラの向かい側に座るその男、その男もまたウルキオラと似た様な存在

数年前、第一管理世界「ミッドチルダ」に史上最悪の大規模テロ「揺りかご事件」を引き起こした張本人



そして、ウルキオラの「友人」



「次元断層をも起こしかけたあの『U.S事件』で、管理局はAランク以上の高ランク魔導師を再起不能も含めて四十人以上を失い
更には時の庭園の謎の爆発の後、当時事件を担当していたリンディ・ハラオウンが艦長を務めていた
次元航行艦アースラも『とある』魔導師に襲われ撃墜され、当時の搭乗員は全て死亡したとされている

いやいや、まさか武装艦を一つ落とすとは、我が友ながら恐ろしい所業だ」


「なら、少しは表情でソレを表わせ。ニタニタと気味の悪い笑みで言われても説得力がない」


「それこそが、私が君の友である所以だよ。友の善も友の悪も、黙って受け止めてやるのが友人の務めだろう?」

「……流石に、友人と書いてモルモットと呼ぶ人間は一味違うな」

「ソレは褒め言葉として受け取っておくよディア・マイ・フレンド」



そう言って、二人は盤上で互いに駒を進める。

紫髪の男はウルキオラを友と言い、愉悦の表情を浮べる
ウルキオラは紫髪の男に友と言われても、否定はしない

だが、二人の間柄を友と括るには……少々カテゴリが異なる
言ってしまえば、『理解者』だ。


二人が追い求めたモノ、追い求めたモノがたまたま重なっていただけの話。


その紫髪の男は、科学者である同時に犯罪者でもある
その男の全身から滲み出る、狂気の残滓がソレを物語っている。

その男には、今まで友人も、理解者もいなかった
その男が自らの手で作り出した、「娘達」以外に彼に自ら歩み寄る人間は一人もいなかった。


そんな彼の前に現れたのが、ウルキオラだ。

その出会いは、特に変わった所はない
どこにでも有る、有り触れた出会い。


しかし、その出会いはその男に大きな変革を齎した

ウルキオラは、初めはこの男に関しては何も関心を抱いていなかった。


だが、後にソレは変わる。


男が造り出した、娘達の存在を知って……ウルキオラは男の評価を変える

その娘達は、『心』があった

自分が理解できなかったモノを、この男は自らの手で生み出していたのだ。



「アレは心ではない。厳密に言えば『良く似ているモノ』、似ているだけでソレは決して心には成り得ないモノだ」



その男はそう言ったが、ウルキオラにはそれでもその男に対する評価は変わらなかった。

ウルキオラはその男に興味を持ち、交流をする様になった。

男もまたウルキオラの事を知り、ソレを拒絶する事無く、それこそ諸手を掲げてウルキオラを歓迎した。


友人未満、理解者以上


ソレが、この二人の奇妙な関係の始まりだった
そしてソレは、今に至るという訳だ。


「だが、実に興味深い話だった。是非とも続きが聞きたいものだ」

「……存外、食いつきがいいな」

「当然だとも」


男はそう言いながら、自軍のクイーンを手にとって




「我が友とその『奥方』の馴れ初めの話だ。興味を抱かない筈が無い」




男は変わらない笑みと共に、ウルキオラに向かって言い放ち


「どうでも良いが、さっさと駒を置け。ゲームが進まん」

「おや、寂しい反応だ。いつもの冷静沈着な君に似合わない愉快で滑稽でお茶目な反応を期待していたのだが?」

「その手の事は、その手の反応が出来る者に行うのだな」


そして男は、盤上のクイーンを進めて



「うむ、その通りだ。だから君にその反応を期待したのだよ」



男は呟く。


「……何?」

「君は『心』が理解できない、解からないと常日頃から言っているが、ソレは違う。
少なくとも君は『心』という自分の命題を持ち、その答えを見つけようと今も試行錯誤して探索を続けている」


男は盤上から退場した駒の一つを手に持って
クルクルと手の中で弄びながら、更に言葉を続ける。


「ソレもまた、一つの心の在り方だ。
君は既に自身の命題の答えを手に入れているにも関わらず、ソレに気付いていないだけなんだよ
心在るが故に心を見失う……いやいや、何とも哲学的な話だ」

「…………」

「一つ私から言える事があるとするならば、君は間違いなく『心』を持っている。
君の中では心とはどういう存在かは解りかねるが、君が今持っているソレは、間違いなく『心』と呼べるモノだ」


ウルキオラは、答えない
そして無言のままに盤上の駒を進めて、その男もまた駒を進める。



「機械と人間の違いは何か解かるかい? 簡単な事だ、それは疑問を持つか否だよ
機械は学習しても疑問を持たない、そのプログラムが無ければその行動そのものが出来ない

そして人は疑問を持ち学習する……つまりはこういう事だ。それこそが心を持つ者と持たない者の違いだよ」



簡単だろう、と口元を歪めて男は呟く。

男の言葉を聞いて、ウルキオラも思う所があったのか
駒を進めるその手は止まって、何かを考える様に宙を漂っていた。



「まあ、依然の私ならこの様な事は考えなかっただろう。研究の時間を割いて、こうして娯楽を嗜む事はなかっただろう
これも一つの『心在るが故に』というヤツだ。いやいや、改めて考えると真に御し難い存在だ。
だからこそ私も、完全なソレを追い求めて今も研究を進めている訳だがね」



男は今まで、数々の新技術を生み出して、その都度その分野においては革命に近い技術を提供してきた。

それは、犯罪者として法と秩序に追われる様になってからでもソレは変わらない。

寧ろその法と秩序との抗争が、彼にまだ見ぬ閃きと言う名のノイズを与えて、ここまでその技術を進化させたと言っても過言でない。


そして、そんな彼が未だに成し得ないモノ

それが、『心』というモノなのだ。



「まあ、君の答えは君が見つけ判断するべきだ。私のこの言葉は、参考程度に頭に留めておく事を推奨しよう
君は君の答えを、心行くまで、己が納得するまで、ひたすら追い求めればいい」



男はそう言って
その気持ちを隠そうとしない、愉快な気持ちを隠し切れない笑みを浮べる。


彼の娘達は言う

父は変わった、と


「チェックだ、さあコレをどう返す」


彼は、楽しんでいる。

今この時間を、純粋に楽しんでいる
これもまた、その男に起きた一つの変化だった

男は長年の目的の一つであった「揺りかご」の一件以来、どこか空虚な気持ちを抱いていた。


その目標は、あまりにも簡単過ぎた
あまりにも容易く成しえてしまったのだ


炎の海に覆われた世界を見て、落胆にも似た感情を抱いていた。


一言で言うのなら、期待はずれ
違う言い方をするのなら、拍子抜け

耳の奥で常に風の音が響いている……そんな感覚だった。


だから、男は自分自身の変化に驚いていた。

人とは、人間とは
自分の在り方を受け止めてくれる存在が一人いるだけで、ここまで大きな変化を与えるものなのかと

自分に起きた、その些細で大きな変化に彼は驚き、そして狂喜した。



「私もまた君と同じ探求者だ。君と出会った事により、更に一歩『心』の本質というモノに近づけたよ
ククク、これだから世界は退屈しない
一つの事を極めたと思ったら、更なる未知の世界が姿を現す、実に愉快、実に興味深い」



男は笑う、面白くて堪らない
愉快で仕方が無い

そんな風に口元を歪めて楽しげに笑う。


そして、男は語る
ウルキオラは、自分の友人だと語る。


もしも、少しでも両者の出会いが違えば

もしも、少しでも両者を取り巻く環境が違えば


二人は、こうしてチェスを嗜む事は無かったかもしれない

それこそ、互いに憎み合う敵同士になっていたかもしれない

互いの全ての力を用いて、殺し合う関係になっていたかもしれない


男は、その事を理解している。

だからこそ、この出会いに感謝している。

この友と廻り合えた自分の運命に、心の底から感謝している。




「……で、本当に『アレ』は来るのか?」

「安心したまえ、もう間も無くだよ」




ふと、思い出した様にウルキオラは尋ねて

男もまた、その問いに答える。


「チェック、詰みだね」

「……だな」


そのゲームは終焉を迎える。



そして次の瞬間
研究室のドアは爆風を吐き出した。



「……来たか」



ウルキオラはそのドアを見つめて、立ち上がる。



「ふむ、それでは私は退散しよう。それでは君は『奥方』との時間を楽しみたまえ
ああ、余り激しく燃え上がってはいけないよ。もう一人の君の可愛い『奥方』が嫉妬してしまうだろうからね」



そう言って、男は手に持った宝玉を操作してその姿を消す
空間転移による離脱だ


そしてその破壊されたドアから、彼女が姿を現す

ウルキオラは知っている、その人物を知っている。


何故なら、彼女とウルキオラは十五年にも渡る付き合いだから

何故なら、彼女はあの時の庭園にいた…自分以外の唯一の生き残りだから


だから、ウルキオラは彼女を良く知っている。

その長い金髪を

その赤い瞳を

その黒いデバイスを

その黒いバリアジャケットを


ウルキオラは、良く知っている。






「久しいな、フェイト・テスタロッサ」






ウルキオラは改めてフェイトを見る

その瞬間、ウルキオラの頭の中に黒いノイズが流れる



「ウルキオラ……見つけた」



その声が響いて、その姿の全容がウルキオラの瞳に映る

十五年前とは違い、成熟した肢体

凛と整った美しい顔たち

黒い髪留めで纏められた、艶やかな金髪


そして、二人は互いに向き合う。


フェイトはその漆黒の杖・バルディッシュを構える
そしてその瞳には、確かな意志の光を宿している。

彼女がここに来た理由、それはウルキオラと闘い、斃すため

彼女がウルキオラと闘う理由、それは自分の家族の仇だから



十五年前、フェイトはあの時の庭園から生きて生還した唯一の人間だった。



自分達の全力の魔法はウルキオラに通じず、仲間は次々に屠られ、空間転移による離脱も封じられた。

故に、自分達に逃げ場はなかった
あの翠色の光に、自分も屠られる筈だった




――フェイト、このデバイスを持っていきなさい――




……その瞬間までは。



それは、嘗て母に持たされた宝玉型のデバイス



――高速空間転移のデバイスよ。万が一、管理局に見つかって囲まれた場合はこれを使いなさい――

――起動ワードさえ言えば、大抵のジャミングやクラッキングを無視して転移できるわ――



フェイトは電撃的にその事を思い出し、翠の槍が着弾する寸前にそのデバイスを起動させたのだ
母から渡された唯一つの道具が、フェイトの命の救ったのだ。


しかし、ここで一つの誤算があった。


そのデバイスには、フェイトの認識データしか登録されていなかった。

ジャミングもクラッキングにも対応できる反面、その転移対象はフェイトだけしか認識できなかったのだ。



そう


だから、フェイトだけが生き残った

フェイトだけが、あの時の庭園から生還できた


デバイスを起動させた後、フェイトは地球での拠点だったマンションの一室にいた。


そして自分が助かった事に安堵して

次の瞬間、絶望の慟哭の声を上げた。


それからどれほど時間が流れた後だろう?
フェイトはその後、管理局に保護された


どうやら自分の事情をあのリンディ艦長が既に本局に話を通していたらしく、後任の捜査官が自分を保護しに来たらしい。


そして、その後彼女は知った
時の庭園の消滅を知り、あの事件の大凡を知った。


そして、アルフとリニスの死を知った。


その僅かな希望を砕かれて、彼女は再び泣いた。


母が死んで、家族が死んで、帰って来た家族もまた失った

フェイトは、全てを失った


そして彼女は思い出す


自分の家族を奪った存在を、自分の目の前でその命を摘み取った存在を





「今日こそ、貴方を斃す」





フェイトはその後、U.S事件の重要参考人として裁判を受けたが
リンディが残した資料によって、その無罪を勝ち取った。

そしてその後、フェイトはその姿を消し、その後の詳細は管理局にも掴めてない。



そして、後にウルキオラはフェイトの生存を知る。

フェイトの生存を知り、ウルキオラが抱いた感情は……歓喜だった。



あの時以来、ウルキオラの頭に中に黒いノイズは流れる事は無かった

あの時以来、ウルキオラの中に耐え難い不快感が存在する事は無かった



そして、ウルキオラは悟った

あの黒いノイズは、自分が求める答えにとって非常に重要なモノだったのだと



だが、あの黒いノイズを起こさせた人間は全て屠ってしまった。

あの黒いノイズに身を任せて、

あの不快感を消そうとして

時の庭園ごと、そこに居た全ての人間を消し去った。


ウルキオラは、今でも思う
あの時の自分は、自分らしくなかった。


故に、ウルキオラは後悔した
早まった判断をしたと、軽率な行動をしたと、僅かばかりに後悔した。

重要な人材を、自分でも理解出来ない黒い衝動に駆られて全て屠ってしまったと
その余りにも自分らしくない失敗に、ウルキオラは自分の軽率な行動を少しだけ後悔した。



だから、フェイトの生存を知った時

ウルキオラはその事に歓喜した。



自分に、自分の知らない未知のノイズを教えてくれた存在が生き残っていた事に

あの黒いノイズを自分に与え、その黒い衝動をぶつけられる相手がまだ生き残っていた事に


フェイト・テスタロッサが生き残ってくれていた事に、ウルキオラは歓喜した。



「プラズマ・ランサー!!!」



黄金の光弾が射出され、翠弾がソレを迎撃する

翠光の砲撃が放たれて、黄金の砲撃がそれを迎え撃つ


黄金の閃光と翠色の閃光が、互いに幾百にも交差する

黄金の刃と白銀の刃が幾重にも衝突し、火花を散らして、互いに斬り合う。



「ほう……存外、出来る様になったじゃないか」



ウルキオラは感謝している
フェイト・テスタロッサに感謝している。


自分に、自分の知らない「何か」をあの日自分に教えてくれた事を

あの日、時の庭園から生き延びてくれた事を感謝している。



「まだ十分の一の実力も出していない貴方が言っても、唯の嫌味ですよ」



フェイトはウルキオラを憎んでいる

そしてフェイトは感謝している
ウルキオラ・シファーに感謝している。

今日のこの日まで存在してくれた事に、家族の仇として今日のこの日まで存在してくれた事に

あの日、失意と絶望の中に居た自分に、敵討ちという生きる目的を与えてくれた事に感謝している。




「……そうか、ならばその望みに応えよう……」




ウルキオラの「友人」は、こう語っている。


ウルキオラ・シファーとフェイト・テスタロッサは、完成された関係だと

互いが互いの為に存在し、互いが互いの目的の為に求め合っている


ウルキオラはフェイトを必要とし
フェイトもまたウルキオラを必要としている


それは、一つの完成された関係だと


それぞれが自分に足りないピースを互いに補っている

それはある種、理想的な関係だと。


だから、彼はフェイトの事をウルキオラの「奥方」と呼んでいる。

ベクトルこそは違うが、二人の関係は夫婦のソレに非常に良く似ているからだ。



そして、ウルキオラのもう一人の「奥方」はコレを聞くと、大抵不機嫌になる

彼はその反応がまた興味深いと、あえてそれを彼女の前でソレを口に出す事もある


そしてウルキオラも、ソレを『心』の中では何処か納得している。





「……鎖せ、黒翼大魔ムルシエラゴ……」

「バルディッシュ…真・ソニックフォーム」





翠光の柱が立つ

黄金の奔流が流れる



「……行くぞ……」

「いつでも、どうぞ」



二つの閃光は踊る様に交わる

閃光は互いに衝突し、弾き合い、その存在を喰らい合う


黒い閃光を、黄金の閃光が受け止める

黄金の双剣を、翠の光剣で迎え撃つ


互いが互いに、その咽喉元に牙を突きたてようと唸りを上げる


二人は、互いが互いに感謝している

二人は、互いが互いに必要な存在だと認識している


故に、二人は刃を交える

故に、二人は闘い続ける



いつまでも、いつまでも


その答えが見つかるまで


二人がその答えを手に入れるまで



二人は、交わり続ける。

















終番・壱「一つの結末」




終わり
















あとがき
 えー、どうも、作者です。更新が遅れてどうもすみませんでした。

前回の更新においては、百を超える感想を貰い作者自身もとても驚き、凄く嬉しかったです

そして、その感想でも特に多かったのが管理局全滅エンド
その全滅エンドを予想する方々が非常に多く、正直な話ソレは作者の当初のプランには無かった結末だったのですが

作者自身、皆さんの感想を呼んでいる内に


「全滅エンド……分岐ならイケルか?」


とも考えまして、少々時間は掛かりましたがこうして一つの無印編の結末を書かせて貰いました。

一週間程度で作った話なので、少々粗が目立ったり、物語の組み立てがおかしかったり、キャラに違和感が出てしまったり
「こんなんねーよw」とか思う方も居るかもしれませんが、そこの所は目を瞑って頂けると作者的には非常に助かります。


ちなみに、作者が考えたもう一つの分岐ルートが読みたいと思った方がいたら感想欄に


「まさかのフェイトENDかよ!!!!」


と、書き込んでくれたら作者的には非常に嬉しいです!!……スイマセン、久しぶりの更新で調子こいてました。勿論ネタ的発言です(スルーOKです)


あと、最後に一言

これは、あくまで分岐エンドの一つです

故にもう一つの分岐ルートとは一切何の関係もありません! その事を十分にご理解して下さると非常に助かります!!!


それでは、長々と失礼しました。


補足 作者が調べた所、ウルキオラのスペルの綴りは「Ulquiorra schiffer」だそうです。






[17010] 第弐拾陸番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/05/26 22:27
注意・この話は第弐拾伍番からの分岐です。



==========================================





「もう、終わりか?」


覇気を失い、自分の目の前で膝をつく五人に向かって、ウルキオラは言い放つ。


未だ、その頭の中には不快感がある。

未だ、その腹の中には不愉快な何かが蠢いている。


黒い唸りは止まらない

黒い感情は止まらない

黒いノイズは止まらない

未だに、黒い何かは止まらない。


「それなら、そろそろ死ぬか?」


ウルキオラが呟いて



その体に、鎖が巻きついた。



「……ほう?」



ウルキオラは、興味深く現状を見つめて



『今だリニス!!!』



鎖を放ったアリアが念話を行う。

そして次の瞬間、その白い影は飛び出す
その手に持った斬魄刀を握り締めて、リニスは背後からウルキオラへと駆ける。


(……獲った!!!……)


死角の背後から

気配を完全に遮断して

無音の移動術を駆使して

猫科動物の狩の特性を最大限に発揮して


リニスはその死神に、必殺の一撃を抜き放つ。

その白銀の閃光は、その一刀の元に死神を斬り伏せる。





「言っただろう、俺は逃げない…と」





斬り伏せる……筈だ。










第弐拾陸番「最終決戦・絶望の旋律」










「…………え?」



キィン、と
その音は、甲高く響く

リニスはその光景を見て、呆然と呟く。


クルクルと回転しながら宙を舞っていたソレは、床に突き刺さる。

リニスの手の中にあるのは、その刀身の半分を失った斬魄刀

そして床に突き刺さったのは、白銀の輝きを放つ刀の半身


その一撃は、届かなかった
その一撃は、通じなかった


リニスの放った一撃は、自らその得物を破壊した。



「……絶望、したか?」

「…っ!!!」



鎖が崩壊する
緑の瞳が、リニスを捉える。

その瞬間、リニスの中で恐怖が跳ね上がる
背筋は急激に寒くなり、五臓六腑が瞬時に凍りつく。

野生の本能が危険信号を打ち鳴らして、即座にウルキオラから距離を取る。


しかし



「逃がすと、思うか?」



その首を、白い魔手が掴む。


「……がっ!!」


指が食い込む。

ギリギリと首を締め上げられて、気道を圧迫されて
リニスの体は、宙に吊るされる。


「所詮、ゴミはゴミだ。
隙を突こうとも、死角から攻め入ろうとも、数に頼ろうとも、俺の体に傷一つ付ける事は出来ん」

「ぁぐあ!!!」


ミシリと
首へ掛かる力が一層に強くなり、リニスの顔は更に苦痛に歪む。

そしてその現状を見て、一人の少女が再び戦意を取り戻した。



「リニスを、放せえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」



黄金の砲撃が放たれる
家族の危機を救おうと、体に残された魔力を搾り出して、フェイトは砲撃を撃つ。


しかし、届かない
黄金の砲撃は、その漆黒の翼に弾かれて。



「安心しろ、直ぐに返してやる」



その瞬間、翠光が輝き
リニスの体を、一直線に貫いた。


「……っ!!!」

「リニスさん!!!?」


フェイトの表情が凍る。
なのはが叫ぶ。


ポタポタと、赤い液体が垂れる。

翠の光はリニスの体を貫いて、そこには孔が空いている
そして、ウルキオラはソレを放り投げる。

物言わないリニスの体を、フェイトの前へと投げ捨てた。


「リニ、ス…リニス、リニス!!!」


その家族の変わり果てた姿を見て、フェイトは涙交じりの声で呼びかける。



「リニス! リニスリニスリニス!!!! お願い、お願いだから返事を!返事をしてええええぇぇぇぇぇ!!!!」



だが、応えない
その虚ろな瞳は見開かれたまま宙を漂って、何の行動も示さない。


「……さあ、次は誰だ?」


ウルキオラが呟き、その緑の瞳が次の獲物を求める。


「……ん?」


そしてウルキオラの探査神経が、その反応を捕らえ

数多の砲撃が、ウルキオラに放たれた。



「……援軍、か?」



ウルキオラは呟いて、その砲撃全てを黒翼で防いで弾く。


「……ふむ……」


その攻撃を弾きながら、ウルキオラは僅かに感心した様に呟く
機関銃の様な連射速度を伴った、強大とも呼べる力が込められた砲撃の嵐

二桁番号程度の破面なら、瞬時に飲み込む程の火力

そして閃光と爆煙に隠れて、ソレは放たれる。


「……ほう?」


興味深くウルキオラが呟く。


幾十の鎖が、ウルキオラの全身を束縛する
幾重のリングが、ウルキオラの四肢を拘束する

そして次の瞬間、彼等は姿を現す
杖を手に持った武装隊十余人が、ウルキオラを囲む様に包囲した。



「クロノ執務官、ご無事ですか?」

「エル隊長!! そうか、援軍が!」



待ちに待った援軍
その到着を見て、クロノ達の心に再び希望が宿った。


「今の攻撃で無傷、か……成程、状況は芳しくない様ですね」

「……ああ、重傷者が多数だ。直ぐにアースラに帰還して治療を施さなければ、手遅れになる者も居る」

「了解、後は我々にお任せ下さい」


そして彼等は、ウルキオラに改めて向き合う
既にアースラのオペレーターから、粗方の事情を聞かされている。


「……動くなよ」

「……一歩でも動けば、我々は容赦しない」


十以上の砲門が、ウルキオラに向けられて包囲する
その砲門には、先刻の攻撃よりも更に大きい魔力が収束されている。

もしもウルキオラが攻撃姿勢を見せればその瞬間、先刻以上の攻撃がそこから放たれるだろう。


そして彼等は動きを封じて牽制するだけで、決して自ら攻め入ろうとはしない
今は兎に角、時間を稼ぐ。

既に自分達の目的は大凡完遂している。

既に次元断層の防止には成功している
事件の主犯は死亡し、ジュエルシードの回収にも成功した

故に、今は何より怪我人を先に運び出し、安全を確保する必要がある
闘うのは、それからにするべきだ

そう事前に打ち合わせていたからだ。



「……これが、お前等の希望か?」



ウルキオラは、周囲の現状を見て呟く
ニアSランクの魔導師による包囲網、その包囲網に囲まれながらもその表情に揺らぎはない。

そして撤退の準備をするクロノ達を見て、ウルキオラは呟く。



「……所詮は、ゴミか……」



その言葉に、クロノは反応する。


「……なに?」


どこか落胆にも似た響きを纏わせたウルキオラの言葉を聞いて、クロノはその視線をウルキオラに移してしまう。

そして、その緑の瞳と目が合う。


「……どういう、意味だ?」


その言葉どうしても引っ掛り、クロノは尋ねる
そしてウルキオラは僅かに息を吐いて


「……忘れたのか?」

「……何が、だ?」


そして次の瞬間









「俺の食料が何だったのか、忘れたのか?」









その瞬間、クロノに電撃が走る。
その背筋は凍り付く。

脳内で危険信号が高鳴る。


「まさか!!!」

「俺も少々霊力を消費したからな、丁度良い」


その意味を悟る
その危険を悟る

その最悪の可能性に辿り着く
脳内で、その最悪のシナリオを書き上げる

そして、その脅威を伝えようとする。




「皆! 直ぐにそこから離れ!!」

――魂吸――




しかし、クロノの言葉は届かなかった
その言葉は間に合わなかった。


その瞬間、彼等の意識は点滅する

光が一瞬にして闇に塗り潰される

彼等は芯から力を吸い取られる
体から力を抜き取られて、その意識は揺らぐ。

解放状態のウルキオラの魂吸
その余りにも強大すぎる力から、逃れる術はなかった。



「……が!! っぁ!!!」

「何だ…コレ、は!!!」

「力が、抜ける…っ…!!!」



その強烈な脱力感に

ある者は倒れる

ある者は蹲る

ある者は膝をつく

そして、ウルキオラの拘束は外れる
全身を束縛していた鎖も、四肢に巻きついていたリングも、その全てが消滅する。


「此処の動力炉と駆動炉は、プレシアの要とも言える場所だった。
そしてそこを守護する兵力と武力も、相応の戦力を誇る物だった」


淡い光はそのまま死神へと引き寄せられて、その口元へと漂う。


その瞬間、死神の魔力は更に強大化する
武装隊の魔力を吸収して、その魔力は爆発的に膨れ上がる。



「万全の状態なら話は違っただろうが……やはり、ダメージを抱えて此処に来た者が殆どだった様だな」



それは、全てを喰らう黒い力

そして、その力は今まで以上の唸りを上げて
翠の魔力は、更なる力へと変貌させる。


「……な、あ……!!」

「状況、更に悪化と言うヤツだ」


望みは砕かれる
死神が、その標的を定める。



「!!!? やめろ!!!」



咄嗟にクロノが叫ぶが、ウルキオラは止まらない。

白い魔手が

漆黒の双翼が

翠の光剣が

その悉くが、武装隊を薙ぎ払う
まるで台風の中の紙屑の様にその体は飛んで、床に転がり、壁に叩き付けられる。


「……っ!!!」


逆転の一手が、破滅の一手になる
希望の光が、絶望の闇へと変わる



「安心しろ、俺はコイツ等を殺す理由は無い」



殺してはいない
最優先の標的は決まっている

ウルキオラはソレを言葉と態度で示して、再び視線を移す。



「……まだ、斃れるなよ」



死神は、ゆっくりとクロノ達を見る。

先の魂吸は、クロノ達から一切霊力を吸い取っていなかった
ウルキオラが、意識的に外していたからだ。



「魂吸程度で屠っては、俺の気が済まんからな」



そして、死神が一歩前に出る

それは死へのカウントダウンの様に音が刻まれる

それは一歩一歩、自分達の下へと着実に近づいてくる

それは一歩一歩、確実に自分達に絶望を齎してくる


「……意外だな……」


やがて、その一歩は止まり


「まさか、貴様が動くとはな」


そしてそのウルキオラの前に、一人の少女が立つ

ウルキオラは、彼女を見た。



「もう止めて!! ウルキオラさんもうやめて!!! お願いだからもうやめてええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!」



その少女、なのはが前に出てウルキオラに叫ぶ
必死の思いを宿して、決死の想いでウルキオラに叫ぶ。


「……どうやら貴様は、根本的に勘違いをしている様だな」

「……え?」


しかし、ウルキオラはそんななのはを冷ややかに見つめて




「死ぬのが嫌なら、最初から戦場に出てくるな」




冷淡にウルキオラは言い放ち、その翠剣の切先がなのはに向けられる。


「……っ!!!」

「下らぬお喋りは、死んだ後にやれ」


死神の姿が消える
その動きは、なのはの瞳に僅かにも映らなかった。


その一瞬後
死神は、なのはの眼前の姿を現す


そして青い砲撃が、なのはの体を突き飛ばした。


「あぐ!っ!!」

「……?」


その砲撃に突き飛ばされて、なのはとウルキオラの間に距離が出来る。

そしてその距離の中間点に、一つの影が降り立つ
ウルキオラは、その影を、その砲撃の主を見つめて感心した様に呟く。



「……良い判断だ。今のは英断だぞ」



ウルキオラはなのはの前に立つクロノを見つめて、そう評価する。

直接的な移動では間に合わなかった

防護魔法では防御しきれなかった

そして自分達の攻撃は通じない


だから、クロノはなのはに向けて砲撃を放った
それしかなのはを救う術はないと判断したからだ。

なのはは、起き上がらない
咄嗟の事で、クロノも力加減が上手く出来なかったからだ。


「……くっ」


クロノは、思わず舌打ちをする
結果としてなのはの命は救えたが、戦力を一つまた失った。

そしてそれとは対照的に、ウルキオラはクロノの評価を改めていた。


「……以前の戦闘から思っていた。お前は戦闘力は兎も角、時折驚嘆に値する対処方法を取ってくる」

「……まさか君から褒め言葉を受け取れるとは、複雑な心境だ」

「案ずるな。これは世辞でも世迷い事でもない、正当な評価だ」


そのウルキオラの言葉に、クロノは僅かに驚いて



「だから、お前は早めに屠る事にした」



翠光が輝く。


「!!! くぅ!!!」


その翠光を、クロノは弾く
改良型ラウンドシールドを形成して、迫る一撃を捌いて

その盾は切り裂かれる。


「……!!!!」

「終わりだ」


翠剣が流星の軌道を描く
翠の閃光が獲物の体を貫こうと一直線に疾走する。


そして、鮮血は飛び散る。

翠剣は獲物の体を貫く。


「……あ、あぁ……あ」


ピチャリと、クロノの顔に鮮血は掛かり

クロノは唖然としながら、その光景を見て



「あ、ぁァ……アリ、ア?」



自分の目の前で、自分を庇って翠の剣に貫かれた師の姿を見て

クロノは信じられない様に呟いて



「……逃げな、さい……クロ、ノ……」



ゴプリ、と
アリアは赤い塊を口から吐き出して、その場に崩れ落ちた。


「ア、リア?……アリア、アリア! アリアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!」


その光景を見て、クロノは叫ぶ
自分を庇って死神の前に倒れた師の姿を見て、力の限り叫び

そしてクロノは杖を構える。

杖の先に閃光が音を立てて収束して、力強く咆哮を上げる
体に残された僅かな魔力を掻き集めて、砲撃に変える。



「貴様ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



撃つ

撃つ

砲撃を撃つ

体中から魔力を捻り出して、僅かな魔力を搾り出して、その全ての有りったけの魔力を砲撃に変えて撃つ。



「うああああああぁぁぁぁがあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



撃つ
ひたすら撃つ

煙幕越しに姿が見えない敵へ、ひたすらクロノは砲撃を撃つ

その魔力が本当に枯れ果てるまで、クロノは限界まで砲撃を撃ち続けて



「今ので、終わりか?」

「……!!!!」



黒翼が羽ばたいて、煙幕を切り開いて死神がその姿を現わす。
その体を、傷一つ無い姿を現す。


「順序が狂ったが、まあいい」


その翠剣の切先が、再びクロノに向けられて

その剣を、手足を、光のリングが拘束した。


「……バインド?」

「ウオオオオオオおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」


そして、その影は飛び出す
ウルキオラがバインドに捕らわれている隙を突いて、クロノを突き飛ばして互いにゴロゴロと転がる。


「ユ、ユーノ?」

「まだだ! まだ終わった訳じゃない!! だから、まだ諦めちゃダメだ!!!」


叱責する様にユーノはクロノに叫ぶ
気がつけば、ユーノは飛び出していた

ユーノ自身、そう叫ばなければ冷静さを失いそうだったからだ

ユーノ自身、これ以上仲間が倒れれば恐怖に押しつぶされそうだったからだ

ユーノ自身、そう自分に言い聞かせなければ、心が絶望に侵されそうだったからだ


そしてユーノの言葉に同調する様に、黄金の砲撃がウルキオラに放たれた。



「……お前、か……」



黒翼で砲撃を防いで、ウルキオラは砲撃の主を見る
そしてクロノとユーノも、同時にその二人を見る。



「……また、立ち止まる所だった……」



その影が、クロノとユーノの前に降り立つ。


「フェイト!」


杖を構えて、戦意を取り戻して、フェイトはウルキオラの前に立つ。



「恐怖と絶望を感じていながらも……まだ希望を捨てない、か」



感嘆する様にウルキオラは呟き
そしてその拘束を破壊して、その瞳が次の標的を定めて



「成程、不快感が消えぬ訳だ。お前等はヤツと少し似ている」



その脳裏に一人の男の姿を思い浮かべながら、ウルキオラは呟く。


「……だが、それだけだ……」


次の瞬間、ウルキオラはその指先をクロノとユーノに……否、その方向に居る全ての獲物に向けて、その指先が照準を合わせる。



「やっと、理解した」



そして、その指先が黒い閃光を燈す
黒い閃光はウルキオラの指先に収束し、その力を爆発的に膨れ上がらせる。


「お前等は、ヤツ以上に気に食わん」


黒い閃光はその存在を凝縮・圧縮されて、黒い塊となって輝きを放つ
そして、フェイト達はその脅威を感じ取り、防御の体勢を取る

黒い輝きは、その黒い感情に呼応する様に激しく雄々しく唸りを上げる。



「お前等が居るだけで、この不快は消える事はない」



未だ、ウルキオラの中の不快感は消えていない

未だ、ウルキオラの中の不愉快な『何か』は消えていない



「お前等が存在しているだけで、このノイズは決して止まらん」



そのノイズは止まらない

その黒いノイズは止まらない





「故に、死ね」





黒い感情が唸りを上げる。

その頭の中で、胸の中で、腹の中で
その全ての中で、ウルキオラに耐え難い程の『何か』が蠢く

その黒い感情は黒い獣となって暴れ狂い
爪を立てて牙を剥いて、その檻を引き裂いて、黒い閃光にその身を宿す


そして、次の瞬間――



























『ウルキオラー、わたしの声が聞こえますか? 聞こえたら返事をして下さい、オーバー?』
























黒い獣は、ピタリとその動きを止めた。










続く













あとがき
 前回、二話同時投稿なんていう大技をやらかした所為か、数日間完全燃焼状態となっていて更新が遅れました!!! どうもすいません!!!

 さて、今回は本編の分岐ルート。前回と比べて些細な違いは多々ありますが、一番の違いはウルキオラはまだ二段階目の解放をしていない所です

色々考えた末に、やはり無印編から刀剣解放・第二階層を出すのは止めとこうという結論に達して、今回の様な仕上がりになりました。

武装隊の方々も、今回もあまり良い所はなく……かなり扱いの悪い役処になってしまい、かなり不憫なポジションです(汗)
自分としては、普段目立たないキャラがキラリと光る系の話が大好物なので、何とか武装隊にもスポットが当たる様な話を作れたら良いなーと思っております。

今回は前回の分岐ENDとは違って、かなり不完全燃焼な感じになるかと思いますが、そこの所にも何卒ご理解をして頂きたいと思っております。

……ていうか、ウルキオラがバインドに引っ掛り過ぎている(汗)
そういえば十刃も六杖光牢とか這縄とか縛道系の術には簡単には引っ掛ってましたよねー
まあ、それでも少しあっさり掛かり過ぎている気がするので、今度からはもう少し気をつけたいと思っております。


さて、無印編も残す所あと二・三話程度になってきました
次回の更新は、なるべく早めにしたいと思っております。



追伸 そういえば、(原作の)ヤミーは一体どうなったんだろう?







[17010] 第弐拾漆番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/06/09 16:13


ただ、不快だった

ただ、不愉快だった


理由は解からない

始まりも曖昧だった



気に入らなかった

目の前のゴミ共が気に入らなかった


ゴミ共を見ているだけでノイズが流れた

ゴミ共が喋るだけでノイズが響いた

ゴミ共が居るだけで、ノイズが止まらなかった



――苦痛だった



それは、確かな苦痛

まるで自分の体を内側から食い破られている様な、そんな痛み



だから、消そうと思った

この不快な「何か」を消すために

この黒い「何か」を取り去るために


そうする事でしか、この不快感は消えない

そうしなければ、このノイズは消えない

そう思っていた





『ウルキオラー、わたしの声が聞こえますか? 聞こえたら返事をして下さい、オーバー?』





――そう、思っていた。











第弐拾漆番「決戦の終わり」











それは、不意の出来事だった。



『もっしもーし、ウルキオラー聞こえますかー? あり? ありあり? 通じてないのかな?』



その声は、良く知っている声

その声は、自分が良く知っている声

その頭の中に直接声が響く様な感覚
脳から声が浸透していく様なその声


ウルキオラは、ソレに心当たりがあった。


(……念話、というヤツか?……)


指先に宿る黒い輝きを留まらせたまま、ウルキオラは考える。


(……なぜ、アイツが使える?……)


その頭の中に響く、その声の主の姿を思い浮かべながらウルキオラは考える。



『うーん、やっぱり通じてないのかなー? 壊れてるのかなー、コレ』



現状把握
その言葉で、大凡の現状を把握し理解できた。

恐らく、ヤツは避難先のプレシアの隠れ家で何か通信系の道具を見つけて、何気なくいじったのだろう

そして何かの弾みで、自分との会話のラインが繋がったのだろう。



『……何の用だ?』



ウルキオラは応える。
念話の詳しいやり方は知らないが、プレシアから色々不便だからと手習い程度に扱いは教えられた。

そのやり方を頭の中で思い起こして、声なき声を送信させて



『ほわぁ!! ビックリしたー!! ってあれ、今の声は……もしかしなくても、ウルキオラ?』

『……随分と、楽しそうだな』



コロコロと変わる声色を聞きながら、ウルキオラは呟く。

どうせ、アレの事だ
たった一人の『お留守番』をする事に、とうとう我慢の限界が来たのだろう。

そして適当に周りの物を漁り、興味が湧いた物を片っ端から弄くっていたのだろう。



『むむ、そのフリーズでドライな反応は間違い! ウルキオラー! わたしは今大いにご立腹なんだよ!!』



会話の相手がウルキオラと判って安心したのか
その声は勢いと力を身に付けて、更にウルキオラの元へと放たれた。

次々と自分の頭の中に流れ響いてくる、矢継ぎ早な言葉責めを受けて


『……そうか、俺も大いにご立腹だ』


僅かに疲れた様に、少しだけ緩やかな響きを纏わせてウルキオラは応えるが



『ウルキオラー! わたしは退屈なのです! つまらないのです! 面白くないのです! 一人でお留守番はもうウンザリなのです!!!』



……人の話を聞かないヤツだ……

まるで機関銃の様に放たれるその言葉を聞きながら、ウルキオラは思った。

その言葉は留まる事を知らず、次々とウルキオラの元に放たれた。



『……で、用件は何だ? 好い加減に切るぞ?』



その愚痴という名のマシンガントークを粗方聞き終えた所で、ウルキオラは溜息交じりで呟く。

今は戦闘中だ
相手は今の所自分の出方を伺い、防御体勢を整えてこちらを見ている。

下手な動きをするのは得策ではないと判断したのだろう
恐らく自分が念話中だと言う事も、あちらは気付いているかもしれない。

そこまでウルキオラは考えを纏めた所で




『寂しいのです!!!』




キッパリと、その声の主は断言する。


『一人でお留守番は寂しいのです! もう嫌なのです! テレビも絵本も! 一人じゃ何をしても楽しくないのです!!』

『………………』

『むむ! 何も応答がない! それでもわたしは喋るをやめないのです! 
何故ならずっと一人のお留守番は寂しかったから、止める理由は無いのです!!! ウルキオラが返事をしてくれるまで! わたしは喋るのをやめないのです!!!』

『………………』

『とまあ、色々な事を喋った訳だけど……
これ以上はウルキオラの邪魔になってしまうかもという事を踏まえた上で、わたしの言いたい事は唯一つ!』


そして声の主は、スーと息を溜め込んで







『ウルキオラー、早く帰ってきてねー!』







その声は
ウルキオラの頭に

耳に

胸に

体に

透き通るように響いて



『それじゃあ、一通り思いの丈を喋ってわたしは満足したので、こっちは切ります!オーバー!』



その言葉を最後に、そのラインは切れた。


「…………」


ウルキオラの行動は、しばし止まっていた。

何の前触れも無く現れて、自分の邪魔をして、自分の思考を引っ掻き回して
好き勝手に喚き散らした後は勝手に過ぎ去っていく。

そんなイレギュラーを体現したかの様な、そんな一方通行なやり取りを行ったウルキオラは
呆れに近い感情を抱いていた。

しかし



……本当に、鬱陶しいガキだ……



気がつけば

あの不快感は消えていた

あの黒いノイズは消えていた


簡単に言えば、頭の先から水を掛けられた直後の様な心境だった。

そして、ウルキオラの頭は完全に冷静さを取り戻していた
熱は消えて、頭は冷えて、いつもの思考能力を取り戻して



……俺は、何をしていたんだろうな……



考えても見れば、随分と無駄に時間を消耗した。
思い返して見れば、随分と無意味な労力を使った。

余りにも自分らしくない、普段の自分の行動から余りにも逸脱した行動だった。


しかし



……本当に、奔放なガキだ……



不思議な、感覚だった
今まで体感した事の無い、経験したことの無い感覚だった。


いや、正確に言えば違う

それに似た感覚を、過去に一度自分は経験している。



……あの時も、こんな感覚だった、か?……



胸の辺りが、ジンワリと淡く熱を帯びるような

頭の中で、急に淡光が燈ったような

体の全てが、僅かな活力を帯びるような


そんな感覚だった。


……いつもいつも、あのガキは俺に要らぬ労力と時間を使わせる……


思い返せば

初めて出会った時から、今日のこの時まで
自分はあのガキに幾度と無く行動を狂わされ、思考を邪魔され、要らぬ労力と時間を強いられてきた。

頭の中で、ウルキオラはそう言って愚痴を吐く。


だが




……早く…帰ってこい…か……




それは、不快ではなかった

そのノイズは、嫌ではなかった


自分でも上手く表現できないが、『ソレ』は他の何かとは違っていた。



……此処に居ても、こいつ等に関わっていても……不快感が増すだけだな……



腹の中の黒い唸りは消えた

胸の中の不快感も消えた

頭の中のノイズも消えた


それなら、これ以上の戦闘に意味は無い

それなら、これ以上ここに留まる意味は無い

ならば、さっさとやる事を済まそう


だから、ウルキオラは決めた。




















「気が変わった」


指先に燈った黒い閃光を掻き消して、ウルキオラは目の前のフェイト達に告げた。


「……どういう、意味ですか?」


その言葉に、フェイトは思わず聞き返す
自分達に向けて砲撃が放たれるその矢先、ウルキオラは手を止め、砲撃を中止したからだ。


「言葉通りの意味だ。気が変わった、お前等に撤退のチャンスをくれてやる」

「……撤退?」


その予想外の言葉を聞いて、クロノは思わず呟く
そして更にウルキオラは言葉を続ける。



「俺は今からやる事がある、助かりたければ邪魔をするな」


――響転――


その言葉を最後に、ウルキオラはクロノ達の前から姿を消した。

フェイトも、クロノも、ユーノも、その余りの事態に頭がついていけてなかった

思考も理解も追いつかず、その余りの状況の変化についていけてなかった。


「……助かった、のか?」

「……かも、しれません」


ユーノとフェイトが、どこか信じられない様に呟く。
そしてその言葉を切っ掛けに、クロノは自分達の状況を改めて思い出す。



「って、呆然としている場合じゃない! 直ぐに怪我人をアースラに移送しないと!!」



その言葉を聞いてユーノとフェイトも自分達の状況を思い出し、直ぐに倒れ伏す怪我人に駆け寄る。

クロノはアースラとリンディに連絡を入れて、直ぐに状況を伝える
相手の思惑は分からないが、今はこのチャンスを無駄に出来ない。

そして全ての準備を終わらせて、数多の魔法陣がそこに形成されて
クロノ達全員はそこから姿を消した。





















彼女は、その空間に佇んでいた

彼女は、その空間で待っていた

そこは、とある建物の中の一室
彼女が”生前”所有していた、隠れ家の一つだ。


「…………まだ、感覚が今一つね……」


彼女は、その手を見つめながら呟く。

何度か手を握っては開いて、足の踵で床を軽くタップする様に動かし、体の調子を確かめる様に呟く。


「……まだまだ、改善が必要みたいね」


その感覚は、どこか違和感がある。
まるで感覚そのものが薄い膜に覆われている様な、そんな違和感を覚える様な感覚だ。

そして、違和感は感覚だけではない。

その体も、どこか鈍く、そして重い
まるで全身鋼の甲冑を着込んでいる様な、そんな重量を感じる。


そして、彼女は改めて実感する
自分の現状に対して、本当の意味で理解をする。



「……ま、あの煩わしい投薬生活とオサラバできるのは喜ばしいわね」



彼女が口元を僅かにそう呟くと、その空間に一つの魔法陣が浮かび上がった。

そしてその魔法陣の光に照らされて、その男が姿を現した。
その男は、彼女が今正に待っていた人物だった。



「……ご苦労様、首尾はどうだった?」

「俺がしくじるとでも思うか?」



そう言って、その男・ウルキオラは手に持ったソレを彼女に見せる。

それは、一つの杖
彼女が愛用していた、彼女の『体』と共に時空管理局に回収された、彼女のデバイスだった。


なぜ、ソレをウルキオラが持っていたのか?

それは、ウルキオラが彼女に頼まれたからだ。


何故なら、彼女は既に生きていないのだからだ

何故なら、彼女は在るべき筈の、持っている筈の肉体を既に失ってしまったのだから。

だから、彼女はウルキオラに頼んだ
肉体を無くした自分の代わりに、時の庭園のシステムを利用して彼女のデバイスを転送させる様に、ウルキオラに頼んでおいたのだ。


「貴方がどこまで暴れるかは、私にも想像できなかったから不安だったのよ
 コレが無いと『今』の私は物理干渉が殆ど行えなくなってしまうからね」


そして次の瞬間、その杖の宝玉が光を宿す
光と共にその杖は魔力を放出して、彼女の体を包み込む。

そして、その光は彼女の体に活力を与える。
その虚ろな肉体に溢れんばかりのエネルギーを注ぎこみ、彼女の体を魔力で包み上げる。

そしてその一連の様子を見て、ウルキオラは尋ねた。







「調子はどうだ、プレシア・テスタロッサ?」







その問いを聞いて、彼女は応える。



「ええ、悪くないわ」



その女、プレシア・テスタロッサは応える

プレシアは、口元を歪めて呟く。




「寧ろ、最高の気分よ」




その言葉と共に、彼女はその空間の中央にある円柱の様な台座に歩み寄る。

そしてその台座の中に、ソレは光輝いていた。


台座の中に在る、六個のその蒼い宝玉は……『ジュエルシード』は、輝きを放ちながら其処に眠っていた。




「……私は、勝った……!」




万感の想いを篭めて、プレシアは呟く。
そして、確信する。

自分は、勝ったと

自分は、とうとう乗り越えたと

彼女は、その勝利を確信した



そう、全ては彼女の計画だったのだ。

プレシア・テスタロッサがその命を賭けた、壮大な計画だったのだ。



プレシアは、考えた
どうすれば、管理局からの追っ手を振り切れるか?

どうすれば、管理局にジュエルシードを渡さずに済むか?

どうすれば、自分もジュエルシードも管理局の手に落ちずに、その追跡の手を振り払えるか?


彼女は、その方法を考えて……そして、思い付いた。
その悪魔の策を思い付いたのだ。


彼女は、思い付いたのだ
管理局に捕縛されない絶対の方法は、捕縛される前に死ぬ事だと

管理局にジュエルシードを奪われない絶対の方法は、奪われる前に奪う事だと


そして、彼女は気付いた。
自分とウルキオラのみが知る、絶対のアドバンテージ……死者の魂の存在

そして、死者の魂の実体化。


先ず、プレシアが思い付いたのは死者の魂の存在によるアドバンテージだった。

人間は死しても、その存在が直ぐに消える訳ではない
個人差はあれど、その魂のみの存在としてこの世に留まる事は出来るというその情報

そして、リニスの魂の情報の秘匿
これで、プレシアの下準備は大凡整っていた。



今までの事の大凡の経緯はこうだ。

管理局は、自分の元から逃亡したリニスとアルフの情報によって時の庭園の所在を突き止める

その後、管理局は自分がアリシアの蘇生から次元断層に目標を切り替えた事を知り、その解決に乗り出す

彼等は自分の確保の為に動き、途中でウルキオラと交戦……そして戦力を分断して再び自分の確保に動く

そしてその後、自らも戦闘に出ざるをえなくなった自分は管理局と交戦し、病の影響で戦闘続行が不可能となる

そして自分は追い込まれて、次元断層発生を早める為にジュエルシードを破壊する

だがその次元断層も管理局に阻止されて、もはや勝機は無いと悟った自分は管理局の前で自決をして、その命を閉ざす



つまりは

そういう、『筋書き』と『演出』だったのだ。



娘の蘇生を夢見たプレシア・テスタロッサはその狂気の末に次元断層を引き起こそうとし、ジュエルシードすらも破壊して、その目的を完遂しようとする

だがその目的は管理局によって阻止され、プレシア・テスタロッサは全てに絶望して、自決という形でその幕を退き下ろす



そういう、『シナリオ』だったのだ。



先ずプレシアは、煽りの方法として次元断層の発生という手段を取った。

理由は至って単純、それが一番相手を騙し易かったからだ
次元断層を引き起こす程の魔力を自分が所有しているとしたら、ソレはジュエルシードの魔力しかない

だから、自分が持っているジュエルシードは本物だ
だから、自分が持っている『十二個』のジュエルシードは、『全て本物』だ


そう相手に十分に印象付けて『誤認』させる必要があったのだ。



――流石は一級品のロストロギア、一個『暴発』させただけでここまでの力を発揮するなんてね――



あの時、プレシアが破壊したのはジュエルシードではない。



――しかし、大した技術だ。これ一つで十刃クラスの霊力が込められている――



あれは、『カートリッジ』……即ち、『贋物』だ。



ジュエルシードに外見を似せただけの、ジュエルシードの魔力を篭めただけの、『本物』のジュエルシードの暴走を助長させる為の、只の贋作だったのだ。

勿論、それはただ外見を似かしただけの贋物
如何に外見が同じであろうとも、ジュエルシードの魔力を篭めようとも、その場を凌ぐ為の紛い物だ。

ソレを回収されちょっとした検査と解析を行えば、直ぐに贋物だと判ってしまう代物だ。



だから、プレシアは破壊したのだ。



管理局の前で、その力を見せ付けて、全てのジュエルシードが間違いなく本物であるという事を十分にアピールし

そして、自分がジュエルシードを破壊してもおかしくない状況を用意した上で
プレシアは、その贋物を破壊したのだ。

管理局にその贋物を回収させない為に、自分が破壊したのは本物のジュエルシードであると信じさせる為に
プレシアはそのジュエルシードの贋物を破壊し、その真実を闇の葬ったのだ。


そして、死と言う絶対の逃亡手段を用いて、自分はこうしてあの場から逃げ遂せたのだ


無論、これを成功させる為にも幾つかの条件があった。


先ず一つ
相手に戦力を分断させ、その上でウルキオラがリニスを足止めする事

事前情報から、リニスは死者の魂の存在を知覚できる事は既に確定的だった

だから、プレシアはウルキオラに足止めを頼んだ
自分の死後の動きを悟らせない為に、ウルキオラに足止めを依頼した

そしてウルキオラが足止めに出れば、管理局はきっと足止めと戦力の分断を選択する
そしてその選択を取れば、リニスがウルキオラの足止めをする確率は非常に高かった

何故なら、リニスは唯一自分とウルキオラを出し抜いた経験のある存在だ
故にリニスがその役を買って出る可能性は非常に高いと、プレシアは考えていた。



そして二つ目
それは、リニス以外の管理局の人間が確実に自分の元に現れる事。

ウルキオラの戦力なら、あの場でリニスを含めた人間を全て戦闘不能にする事など簡単だった

だが、それでは意味がない。

重要なのは、自分が管理局の前でジュエルシードを破壊する事と、死と言う絶対の結果を管理局に確認させる事なのだから


彼等に全滅されても、撤退されても、自分の前に姿を現して貰わなければ、プレシアには不都合だったからだ
だから、ウルキオラは最初手を抜いて戦うようにと釘を刺しておいた。


『勝つのは無理だが、足止めくらいは出来る』


相手にそう思わせる戦力程度に力を抑えて、ウルキオラは闘っていたのだ。



そして三つ目
それは、次元断層を絶対に引き起こさせない事。

次元断層を引き起こすのは、あくまで管理局を誘き寄せる為の只の撒き餌
本当に次元断層を引き起こすつもりは、プレシアには毛頭から無かった


だから、絶対に次元断層を引き起こす訳には行かなかった。

だから、そのタイミングを計っていた。


強大な魔力を持った、次元断層を抑える事の出来る魔導師が庭園内に現れるタイミングを、プレシアは計っていたのだ。


時の庭園は、プレシアの本拠地だ
庭園の装置を使えば、その内部にいる魔導師と質と量くらいは簡単に測れる。


そしてプレシアは強い魔力を持つ魔導師(リンディ)が庭園の内部に侵入し、ディストーションフィールドを形成した事を察知した後
体内の生態魔力を刺激して、病の症状を人為的に発症させたのだ。

自分の肉体に巣食った病とは、数年来の付き合いだ
どの部分を、どの程度に刺激を与えれば、病の症状を引き起こせる事なんかはプレシアは熟知している。

そして『管理局と病の発症によって追い詰められた』プレシア・テスタロッサを演出して、最後の最後に『ジュエルシードを破壊による次元断層を試みた』という筋書きを完成させたのだ。



そして四つ目
それはあの場で、自分の霊体化を成功させる事。


プレシアは、厳密に言えばただ死んだ訳ではない
今のプレシアは『魂魄剥離』の状態だ

プレシアが自害の際に使用したデバイスのアナザーフォーム『アランカル』
あれは、只の魔力刃などではない


あれはプレシアに魂魄剥離を行い、その霊体を高密度の魔力で覆う為の物だった。


嘗て、プレシアはウルキオラからリニスの蘇生の秘密を知った
そしてその秘密を知ると同時に、その方法を思い付いた。

肉体が死した霊体は、他人の肉体、他の肉体を受け入れる事は出来ない
だから、プレシアはソレを思い付いた。


では、霊体ならどうか?


リニスも、ウルキオラも、共に肉体を持っていないにも関わらず
アリシアと同じ霊体であるにも関わらず物理干渉が出来る。

それは何故か?
答えは簡単だ、それは『密度』が違うからだ。

リニスもウルキオラも、魔力の粒子によって構成されたその霊体は、生身の人間とも遜色が無い程の霊子密度を誇る霊体だ。

故に、両者は物理干渉を行える
魔力の素質を持った大凡の魔導師でも、その存在を知覚できる。


だから、プレシアは気付いた
何も霊体が物理干渉を行うには、必ずしも肉体が必要な訳ではない。


霊体を『魔力』で包み込んでしまえばいいのだ。


プレシアの頭の中に、既にその技術の下地は出来ていた
アリシアの存在を知覚する為の装置とそのプログラム、コレを少々改変させるだけで良かった。


だが、ここで一つの問題があった。


人間は霊的なモノに対しての抵抗力が低い
では肉体の守りを失った剥き出し状態の霊体を、そんな高密度な魔力を包み込んで大丈夫なのか?

そんな強すぎる魔力を霊体に直接付加させて、霊体には何も影響は出ないのか?



だが、プレシアはこの問題を乗り越えた。



例えばの話だが
毒蛇が自身の毒牙を用いて仕留めた獲物を食して死ぬ事はあるか?

蜂が自身の中にある毒が原因で死ぬ事はあるか?



答えは、否。


そう、つまりはそういう事
それはとても簡単な事だった。


自分が生来的に持つ、『自身の魔力』で霊体を覆ってしまえば良い。

生まれついて自身と共にあった魔力なら、それは拒絶する事も、相反する事もない。


だから、プレシアは気付いた。


ウルキオラからリニスの死神化の話を聞かされた時、プレシアはそれを理論と理屈で解釈しようとした

アリシアの為に造り上げた装置の技術も手伝って、その理論を造り上げたのだ

そしてジュエルシードの特性である『願望に対しての最適な魔力』を繋ぎにして
今の自分の状態、『擬似死神化』の理論を造り上げたのだ。



そして、最後の条件
それは事後処理、証拠の隠滅だ。


プレシアはアランカルフォームを使用した時、かなりその出力を低めにした
出力を上げて、高密度の魔力で霊体を覆ってしまえば、フェイト達に気付かれてしまうからだ。

だから、あえてかなりの低出力と低密度で、自身を包んだ。

しかし、ここで一つの問題があった
それは、自身のデバイスを回収できない事だ。

あの杖には、自身が使用したアランカルフォームの詳細のデータが入っている
管理局の手によって回収され、調べられれば、自身の現状について気付かれる危険性もあった。


だから、その回収をウルキオラに頼んだ。


管理局にその存在を知覚されない為の、低出力のアランカルフォームの状態では、デバイスを回収できる程の物理干渉は行えなかった。

故にプレシアは自身が霊体化した後は、玉座の間に密かに設置しておいた霊体用転移装置を利用して、時の庭園から離脱したのだ。


そして、プレシアの死を知った後はウルキオラが動いた。

プレシアのデバイスは、プレシアの予想通り管理局の手によって回収されていた
勿論、プレシアもその事は予想が付いていた

だから、勿論デバイスの方にも保険を掛けていた。


――フェイト、このデバイスを持っていきなさい――


それは、嘗てフェイトに渡したデバイスに施した同種の仕込み
起動させれば大抵のジャミングとクラッキングにも対応でき、空間転移できる保険


その仕込を施したデバイスは、時間を置いて再び時の庭園に帰還転移するようにプログラムされていた。

直接ここの隠れ家にまで転移させても良かったのだが、万が一管理局に逆探知されてしまう危険性も考慮して、庭園内に転移させたのだ。


後はウルキオラが庭園内に転移されたプレシアのデバイスを回収して、プレシアと同じ転移装置を使って此処まで戻ってきたのだ。


そして、ウルキオラはデバイスを持って此処に帰還した。

それが意味する事は一つ



(……しかし、大した女だ……)



ウルキオラは、ソレを見て改めて思う。



(……まさか、本当に義骸を造り上げるとはな……)



正確に言えば、その土台と基礎骨子だが
多分に独学と独自の技術が入り混じっているもの、それは紛れも無く死神が利用する義骸


今は開発初期の段階の為に幾分不安要素があるが、それでもその完成度は高い

こうしてプレシアが物理干渉を行い、尚且つ独立した霊体としてその個体を維持できているのが何よりの証拠

後は擬似血脈を内蔵させた有機化合された人工皮膚でも被らせれば、それで義骸は完成だ


嘗てのウルキオラは、プレシアは義骸の存在を知った所でソレを造り上げるのは無理だと判断したが


プレシアの頭脳が


プレシアの執念が


プレシアの可能性が


ウルキオラの予想と予測を、上回ったのだ。


プレシアは自身が持つ技術と知識と
ウルキオラが齎した技術と知識で

この難題を、実現させたのだ。



「貴方にも改めて礼を言うわ。貴方が居なければ、この闘いには勝てなかったでしょうからね」



自身の手の中でその杖をクルクルと回転させながら、プレシアは呟く。

その眼光は、確かな光と力を宿していた

その姿は、今までに無い程の覇気と自信を纏っていた

その言葉は、絶対の事実と結果を物語っていた。



管理局は、プレシア・テスタロッサの遺体を回収している
故に、その死亡という事実を疑いすらもしないだろう。

プレシアは、管理局の前でジュエルシードの贋物を全て粉々に破壊し、全ての本物のジュエルシードは回収させた
故に、自分達は全てのジュエルシードを回収したと思っているだろう。

そして、ウルキオラは此処まで帰還してきた
ウルキオラが逃亡という手段を取る可能性は低い、恐らく真っ向から管理局の全ての人間を叩き潰して、ここまで来たのだろう。




「……さて、最後の仕上げと行きましょう……」




そして、プレシアは自身の持つデバイスを操作して、ある命令を庭園に送る

最後の仕上げを行う為に、全ての証拠を隠滅する為に、その指令を実行させる



故に、プレシアは思う。

その事実を、結果を、

胸で、心で、魂で、噛み締める。


この勝負


この決戦


この闘い





勝ったのは、自分達だと――。



















続く
















あとがき
 今回は、もう一話更新します。




[17010] 第弐拾捌番<無印完結>
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/06/09 23:49
彼女の視界に最初に映ったのは、罅割れた青空だった。

海は壁となり、大地が漂っていた
その空間は鳴動し、地震の様に震えていた。


――随分と、派手にやられた様だな王よ――


それは、聞き覚えのある声
そこに在るのは、どこか見覚えのある顔



――この世界は、崩壊しかけている。どうやら”あちら”で致命傷を負った様だな――



その白い男はそう言うが、彼女の意識はどこか虚ろなままだった。

言っている事を受け止め、理解は出来るが、それだけだった。



――このままでは、俺も王も確実に消える――

――だが生憎と、俺はまだまだ消えてやるつもりはないんだ――

――何時の世も、王の危機を救うのは臣下の役目だ――



そして、その男の手にソレは現れる
それは仮面、真っ白い仮面

ソレを見て、彼女の虚ろな心臓は再び脈打つ。
仮面から発せられる得体の知れないその力を感じて、彼女の中で不安や恐怖が入り混じった負の感情が騒ぎ出す。



――さて、そろそろ始めよう――

――生きるか死ぬかは、王次第――

――だから、死んでも恨むなよ――



そしてその男は、その仮面を彼女の顔にかぶせる
次の瞬間、仮面は黒い闇を吐き出して彼女の全身を包み込んだ。












第弐拾捌番「終わりと始まり」













「……生きてるか、クロノ」

「……ああ、何とかな……」


アースラ・医務室
そこにクロノとユーノは居た。

二人の体は至る所に包帯が巻かれて、腕には点滴の針が刺さっている。

二人共、骨折を初めとする傷を負い、アースラに帰還した直後に緊張が緩み、糸の切れた人形の様に意識を失ったという話だ。

目が覚めた時、二人の傍にはエイミィが付き添っていた。


そして事の詳細を聞かされた。


あの後、ウルキオラが去った後に直ぐに自分達はアースラに帰還した
そして全ての怪我人を医務室へと運び、治療を施した。


そして自分達が撤退した後、時の庭園は大規模の爆発を起こしたらしい。


自分達負傷者がアースラに全て搬送された凡そ数分後、時の庭園の駆動炉と動力炉が暴走状態を起こし
その突然の事態に、駆動炉と動力炉の番に当たっていた管理局員でもその暴走状態を止める事が出来ず
彼等は即座にその時庭園内に残っていた管理局員にその危険を伝え、アースラに撤退


そして、時の庭園は暴走状態のまま爆発を引き起こし、跡形も無く粉々に消し飛んでしまったとの事だ。



そして、アースラ内部は違う意味で再び修羅場になったらしい
アースラ内部の医療設備では手が足りず、大半の負傷者は応急処置を施した後は本局に移送したとの事


アースラに居る負傷者は、クロノとユーノ、そしてなのはとフェイトとアルフとリニスだ

自分達やフェイト達はアースラの医療設備でもどうにかなったが、一部それでは済まない者達も居た。


それは、アリアとロッテの二人だ。


この二人のダメージは、かなり深刻なものだった。
特にアリアに至っては、搬送された時は既に心肺停止状態だったらしく、息を吹き返したのが奇跡に等しかったらしい。

この二人の負ったダメージは、自分達とは桁違いに大きかったらしい
辛うじて一命こそは取り留めたが、いつ容態が急変してその生命活動を停止させてもおかしくない危険な状況が続いているとの事。

現在この二人は本局の医療設備での集中治療室にて治療を受けているが、どう転ぶかは予測が出来ないとの事だ。



また、リーゼ同様の致命傷を負ったリニスだが、このリニスに関しては少し不思議な事が起こった。

医療班がリニスの傷を治療しようとした時、彼女の顔の表面を覆う様に白い「何か」が現れて
そしてその直後、突然リニスが暴れだしたらしい。

胸部に風穴が開いている程の致命傷を受けながらも、大量の血液を失いながらも、彼女は突然その体を跳ねる様に起こして暴れだしたらしい。


直ぐに彼等はバインドでリニスを拘束したが、それでもリニスは拘束の中で暴れる事をやめず
そんな状態が数分間以上も続き、麻酔や睡眠薬の投薬も試したが全く効果は現れず

だがそんな状態が三十分以上続いた所で、急に彼女は大人しくなり、彼女の体の半身を覆っていた白い何かは蒸発する様に消え去って

意識を失い、体中の傷がまるで「再生」したかの様に綺麗に消え去っていたとの事だ。



また、ウルキオラの謎の攻撃で倒れた武装隊の隊員たちも、怪我自体は大した事はないらしい。

怪我は大した事はないのだが…それに不釣合いな程に衰弱状態が激しく、一部の人間は内蔵機能の活動に支障が出ている程らしい。

今は治療も完了し、点滴による栄養摂取を初めとする療養を行っているが……完治までにはかなり時間が掛かるとの事だ。



「大丈夫、リーゼさん達はきっと助かるよ。だからクロノくんも、今は自分の体の事だけを心配しなさい」



リーゼ達の状況を聞いた時の不安が顔に表れたのか、エイミィはそう言ってクロノに微笑んだ。

そして船医にあまり患者に無茶はさせるなと言われて、つい先ほど医務室から退出したのだ。



「……不甲斐ない、な……執務官なんて偉そうな肩書きを持っていながら、このザマか……」

「……それを言ったら僕もだ。そもそも事の原因は、僕がジュエルシードを発掘し、その運搬に失敗した事が原因なんだし……」



その言葉を発して、二人の心情は暗い物になる。
互いの悔やみを思わず口に出してしまい、どうしても話はネガティブな方向に進んでしまう。



「……でも、なのはとフェイトが無事で良かった」

「……ああ、そうだな。本当に、無事で良かった」



ユーノのその言葉を聞いてクロノも同意して、僅かに二人の空気は明るくなった。

フェイトの怪我は火傷と打ち身、そして古傷が少し開いた程度のもの
なのはに至っては、それこそ殆ど無傷な状態だったらしい。


二人は曲りなりも「男の子」だ
守るべき「女の子」が大きな傷を負わなかった事に、少しだけ安堵していた。



「……クロノ……」

「……何だ?」

「ありがとう。あの時、なのはを助けてくれて……」



ユーノは、クロノを真っ直ぐ見据えて礼を言う。

あの時、クロノが砲撃魔法でなのはを突き飛ばさなかったら、確実になのはもウルキオラの餌食になっていただろう。

一般人であったなのはを最初にこの一件に巻き込んだユーノは、その事に対してクロノに礼を言っておきたかったのだ。



「……それを言うのなら僕もだ。あの時君が僕を助けてくれなかったら、今頃は会話なんて贅沢な行為は出来なかっただろう」



次いで、クロノもユーノに対して礼を言う。
ユーノが自分を助けてくれなかったら、自分はこの程度の怪我では済まなかっただろう。

あの時、ユーノが自分に叱責してくれなければ、自分は心を砕かれていただろう。



「……だから、僕も礼を言っておく……ユーノ、ありがとう」

「……どういたしまして」



だから、クロノも礼を言った。

自分を助けてくれたユーノに対して、折れかけていた心を支えてくれたユーノに対して、クロノは礼を言った。



「……強く、ならないとな……」

「……ああ、せめて身近に居る女の子を守れる程度には、ね……」



そのクロノの言葉に、ユーノも頷く。

曲がりなりにも、自分達は男の子だ
ここまで一方的にボロボロにされて、やられっぱなしのままで何もしないのは、やはり性には合わない。

その日、その病室で、その二人の少年は、互いにその目標を心に決めた。











なのはとフェイトは、クロノ達の隣の病室にいた。

二人はベッドで寝ている訳ではない
二人は戦闘で多少怪我を負ったが、他のメンバーに比べればずっと軽傷だったからだ。


そして、二人の視線の先にはベッドに横たわる二人の人物がいる。

アルフとリニスだ。

二人の意識は未だに戻ってはいないが、命には別状は無いとの事だ。

一時リニスが怪我から来るショック症状の様なものを引き起こしたという話を聞いたが
致命傷とも言える傷も消えて、一命を取り留めた事に、フェイトとなのはは心の底から安堵した。

アルフも肋骨を複数骨折し、内蔵も僅かに損傷したが、命には別状はないとの事だ。


家族が一先ず助かった事にフェイトは安堵して

そして、母の死を思い出した。



「……母さん……」



思い出すのは、最後の母との会話
母が死ぬ直前に交わした、最後の母子の会話


あの時、母は笑ってくれた。
今までの、歪んだ笑みとは違う。



――やっぱり、私は貴方の事が大嫌いよ――



自分が見たかった、母の心からの笑顔。



――じゃあね、フェイト――

――最後の貴方との会話は、少しだけ楽しかったわ――



そして、母は笑ったまま、笑顔のままその命を自ら絶った。


これは願望とも言える自分の考えだが
あの時、母は自分の事を……受け入れてくれた様な気がした。

あの時、自分と母は……少しだけ、ほんの少しだけ解かり合えた気がした。

あの時母は……自分の事を、娘と認めてくれた様な気がしたのだ。

アリシアのクローンではなく、自分のもう一人の娘として、フェイト・テスタロッサとして
自分の事を、娘として受け入れてくれた様な気がしたのだ。


だが、もう母はいない。

全ては、手遅れだった。



フェイトは考える。

自分は、今まで母の事を本当に何も知らなかったと
自分の中にある、過去の母だけを追い求めて……『今』の母を、決して見ようとしなかった事を


だから、フェイトは思う。
もしも、自分がもっと早く真実を知っていれば

母の事もアリシアの事も、もっと早く自分が知っていれば

自分がもっと早く、今の母と真実に向き合っていれば

母は、死なずに済んだのではないか?



「……っ……!」



その考えに至った瞬間、目頭が僅かに熱くなった。


「……フェイト、ちゃん?」

「……私の、せいだ……!」


涙交じりの声で呟く。

止まらなかった
一度決壊した感情の唸りを、フェイトはどうしても止める事が出来なかった。



「……私、が……もっと、もっと早く……気付いて、いれば……!
かあさ、ん、の…事も…ア、リシ…ア、の、事も、もっと…はや、く……きづっいて、むきあって、いれば……!!」



その感情を止められなかった
その涙を、後悔を、止められなかった。

結局、自分は最初から母の事を何も見ていなかったのだ。

結局自分は、自分に都合の良い記憶の中の母の姿だけを追い求め、今の母を見ようともしていなかったのだ。


「……ごめんな、さい…っ…!!……かあさ…!……ごめんな、さい……!」


だから、もしかしたら……違っていたのかもしれない

自分が今の母の事も、最初から見ていれば……違っていたかもしれない

自分がもっと早く真実に気付いていれば、母はあんな事をしなかったかもしれない

自分がもっと早く真実に気付いていれば、母は死ななかったかもしれない

自分がもっと早く母と分かり合えていれば、こんな事にはならなかったかもしれない


「……あ、あぁ……う、ぅ……うあ、あ……!!!」


だから、止められなかった。

遅れてやってきた、その後悔を
声も、涙も、感情も、その全てを、フェイトには止める事が出来なかった。



「……フェイトちゃんの、所為じゃないよ……」



その言葉と共に、空いていた片手に温もりが走った。
気がつけば、その手は隣にいる少女に握られていた。


「……私は、フェイトちゃんの事も、プレシアさんの事も、そんなには良く知らないけど
だけど、ね……これだけは言えるよ、フェイトちゃんは……何も悪くないよ」


そして、なのははそのままフェイトの体を引き寄せ、そして抱きしめた。
震えて涙を流すフェイトの体を、そっと抱きしめた。


「もう一度言うね、フェイトちゃんは……何も悪くないよ」


嘗て泣いている時に母にしてもらった様に、なのははゆっくり、そして静かに、諭す様に呟く。


「フェイトちゃんは悪くない、それはきっと私だけじゃなくて……皆そう思ってる
ユーノくんもクロノくんも、アルフさんもリニスさんも、フェイトちゃんのせいだなんて思ってないよ」


フェイトの所為じゃない
フェイトは、何も悪くない。

原因があるとすれば、それは悲しいすれ違いがあったからだ。

すれ違いが誤解を生んで、それが小さな罅を作って、そして小さな罅が少しずつ大きくなって…亀裂になってしまっただけなのだ。

今回の話は、恐らくそういう事なのだ。

だから、多分誰も悪くない

だから、フェイトは悪くない

だから、フェイトの所為なんかじゃない



「……だから、泣かないで。アルフさんも、リニスさんも、目が覚めた時にフェイトちゃんが泣いていたら
きっと悲しい気持ちになると思うから……だからフェイトちゃん、もう泣かないで」



なのはは、抱きしめ続けていた。

フェイトの涙が止まるまで、フェイトの悲しみが消えるまで
そのままずっと、なのははフェイトの体を抱きしめていた。









「……落ち着いた?」

「……うん……」


それから、どのくらい時間が流れただろう?
いつしかフェイトの涙も泣き声も止んだが、


「……え、えっと……」

「…………」


二人は互いに掛ける言葉はまだ見つかっておらず、どこか気まずい沈黙が続いていた。


「あはは……ごめんね、色々話したい事があったのに、何を話して良いのか分からなくなっちゃった……」

「……うん、そうだね、私も同じ……かな」

「……ねぇ、フェイトちゃん」


どこかぎこちなく、なのははフェイトに微笑んで
フェイトもそれに応える。


「な、何?」

「覚えてる? 私達が初めて会った時の事」

「……うん……」


その問いに、フェイトは答える。
自分も良く覚えている
その出会いを、決して穏便とは言えなかったその出会いを


「それからずっと私ね、フェイトちゃんにずっと伝えたい事があったんだ」

「え?」


なのはの言葉にフェイトは少し驚いた表情になり
そしてそんなフェイトの表情を見て、なのはもまた言葉を続ける。


「私ねフェイトちゃんと……色々な物を、色々な気持ちを分け合いたいって思ったんだ」

「…………」

「辛い思いも、悲しい思いも……」

「…………」

「楽しい思いも、嬉しい思いも……」


そして、意を決した様にして
それでいて柔らかく温かく微笑んで、なのははその言葉を言う。



「だから、友達に……なりたいんだ」



それは、ずっとフェイトに抱いていたなのはの気持ち
それは、フェイトに対してずっと抱いていたなのはの願いだった。


「……あ、う……ぁ」


差し伸べたなのはの手を、フェイトは少し困った様に、少し照れた様に
ジッと見つめて、なのはの顔を見つめて……


「……あ、あのね、私、アルフやリニス以外で友達とかそう言うの出来た事ないから……どうすればいいか分からなくって」


胸に手を当て、どうすればいいのか困惑しているフェイトに、なのはは優しく微笑んで


「簡単だよ、友達になる方法……すっごく簡単」

「?」


その言葉を聞いて、フェイトは少しだけ不思議そうな表情を浮べて


「名前を呼んで」

「名前?」

「うん、君とか貴方じゃなくて……その人の名前を呼んであげて、全部そこから始まっていくから……
ほら、前にフェイトちゃん……私の事を名前で呼んでくれたでしょ?」

「……あ」


それは、あのウルキオラの闘いの中
確かに、自分はこの娘の事を思わず名前で呼んだ事があった。


「………………」


フェイトは優しく微笑んでいるなのはの顔を見つめ……。


「……な、の……は」

「……うん……」


目の前の少女の名前を呼ぶ。


「なのは……」

「うん」


何度も、何度も。


「なのは」

「うん!」


互いの存在を確かめるように、二人はそんなやり取りを何度も続けて


「……寂しくても、悲しくても、名前を呼べばその気持ちを分けあえる、私はそう信じてる」

「…………」

「これからフェイトちゃんやアルフさんは、本局の方へ行っちゃうんだよね?」

「……うん、局員の人達にこれまでの事情をお話しなくちゃいけないし……
お母さんの弔いもしなくちゃいけないから……ほんの少しだけ、長い旅になる」

「また……会えるよね?」


心配そうに顔を覗き込むなのはに今度はフェイトが優しく微笑み。


「うん、それにね」

「?」

「寂しくなったら、また君の名前を呼ぶよ……なのは」

「……!」


その言葉を聞いて
フェイトがはっきりと呼んでくれた自分の名前を聞いて

なのはは抑えていた感情が少しずつ溢れ出してきて


「なのはの言ったとおり、友達が泣いていると自分も辛く、悲しくなるんだね……
でも、それがとても嬉しい」

「フェイトちゃん!」


涙を流しながら抱きつくなのははフェイトに抱きついて、フェイトも再び涙を流す。


「全部終わったら……また、なのはに逢いに行ってもいい?」

「うん……うん!」


二人は涙を流しながら、それでいて嬉しそうに微笑みあって、何度も頷く。
そして、フェイトから離れたなのはは自分の髪留めを外し、フェイトに差し出す。


「……それ、は?」

「思い出に出来るもの、これくらいしかないから……」

「じゃあ……私も」


そう言ってフェイトも髪留めを外して差し出し
互いの髪留めを交換する。

互いの想いが、いつでも、どこに居ても、通じ合えるように


二人は互いの髪留めをその手で握り、その想いをしっかりと抱きしめていた。

























「……此処、か」

幾つかの中継を挟んだ空間転移を繰り返して、ウルキオラはプレシアよりも一足先に今後の住居となる隠れ家に来ていた。

部屋の雰囲気は、時の庭園と違ってかなり明るい雰囲気だ
そしてその部屋にも、多くの研究用機材が設置されている。

決戦の前に、プレシアは粗方の装置や機材をここに運び出しておいたのだ。


そして、ウルキオラは部屋の内装を眺めながら足を進める
ドアを開いて、その部屋から出て、少し歩みを進めた所で



「ウルキオラー! おかえりなさーい!!」



廊下の角から、その小さな影は飛び出して


「…………」


その金色の小さな影は、そのままウルキオラにダイブする様に飛び掛って


ウルキオラは、ひょいとソレを避けた。



「ひでぶぁ!!!」



そのままドシンと
そしてアリシアは壁に顔面から突き刺さり、ズズズと、床に落ちた。

そしてその一部始終を、ウルキオラは見て



……妙に久しいな、この光景……



等と考えていた。


「……ううぅ、ひどいんだよ!ウルキオラはキチクゲドウなんだよ!!」

「……今更お前は何を言っている?」


アリシアは赤くなった鼻を擦って、ウルキオラに恨みがましい視線を送るが
ウルキオラはソレを軽く受け流している。

しかし、アリシアはそんなウルキオラに更に詰め寄る様に近づいて


「わたしは大いにご立腹なんだよ! なのでウルキオラ!今すぐわたしを楽しくさせる事を要求するんだよ!!」

「鏡でも見ていろ」

「失礼過ぎるんだよ!!!」


ムッキーっと、頭から湯気が出ているのではないかと思う程にアリシアは顔を赤くしてウルキオラにそう詰め寄って


「今日の私は凄く退屈だったんだよ! 凄く寂しかったんだよ!」

「安心しろ、俺は退屈でも寂しくもなかった」

「安心の要素が皆無だよ!!」


更に顔をケチャップの様に赤くさせて、アリシアはその顔に憤怒の色を浮かび上がらせて


「大体ウルキオラはいつも冷たいんだよ! いつもわたしに意地悪するし!折角上げた腕輪だってしてくれないし! もしかしてもう失くしたとかそういうオチ!?」

「……失くしてはいない」

「じゃあ着けてくれても良いじゃない!」


そのアリシアの言葉を聞いて、ウルキオラは少しだけ考える様な素振りを見せた後に
『ソレ』を、服の中から取り出した。

罅割れたビーズと、千切れた紐



「……ウルキオラ、もしかしてこの見覚えのあるビーズと紐は……」

「失くしてはいない、壊れただけだ」



そのウルキオラの言葉を聞いて、アリシアの頭は急激に熱くなった。

一生懸命作った、ウルキオラの為に心を篭めて作った自分のプレゼントの無残な姿を見て
まるで脳が沸騰しているかの様に熱くなって、その頭の中に怒りを覚えたのだ。


――ヒドイ!――

―― 一生懸命作ったのに!!――

――ウルキオラのバカ!!――


と、感情的に怒りをぶち撒けようとした所で、アリシアは気付いた。



………………

……何で……

……ウルキオラは、壊れた腕輪を今も持っていたんだろ?……



それは、言葉よりも先に抱いたアリシアの疑問

ウルキオラは言った。


――ジャジャジャーン! これなーんだ!――

――ゴミ――


ウルキオラは、自分の腕輪をゴミと言った。


――要らん、必要ない――

――要らん物は要らん――


自分が作った腕輪を、要らない物と斬り捨てて、受け取ろうとしなかった。

だから、自分はソレを半ば強引にウルキオラに受け取らせたのだ
ウルキオラが要らないと渋っていたのを、自分が少し強引に手渡したのだ。


だから、アリシアは思った
ウルキオラを良く知るアリシアだからこそ、その疑問を抱いた。

ビーズと言うのは、一度結んだ紐が切れると結構派手に散らばる物だ
そして、コレを拾い集めるのは結構骨が折れるものなのだ。

腕輪の紐が切れているという事は、何かの拍子で切れてしまって、ビーズが散らばってしまったんだろう。


そして、今もウルキオラはソレを持っている。

つまり、それは――



……拾い、集めてくれた?……



それしか、考えられなかった。

何かの拍子で壊れた腕輪のビーズを、ウルキオラは態々拾い集めてくれたんだ。

自分でゴミと言った物を

自分で要らないと言った物を

ウルキオラは、態々拾い集めてくれたんだ。



そして、またその疑問が生まれた。



……どうして、ウルキオラは態々拾い集めてくれたんだろう?……



ウルキオラの性格上、壊れた『ゴミ』、壊れた『要らない物』をこうして態々拾い集めるのは考え難い。

そしてその疑問を抱き、その直後思い出した。



―― 一生懸命作ったんだから、大事にしてねウルキオラ!!――



「……ぁ……」



それは、自分はその腕輪を渡す時に言った言葉

だから、分かった
その答えに、辿り着いた。



……もしかして……


……本当に、大事にしてくれてた?……



まさか
そんな事は有り得ない

と、アリシアは僅かに思ったが


……ビーズに、罅が入ってる……


今更ながらに気付いた、そのビーズのどれもが罅割れて、形も少し欠けていた。

多分、予期せぬ事が原因でこの腕輪は壊れたのだ
ウルキオラにも予想が出来ない事が起きて、この腕輪は壊れてしまったのだ。



「……むぅー……」



アリシアは、思わず唸った。
胸の中にあった怒りは、その矛先を向ける相手を失ってしまったのだ。

それに、怒り以上に胸の中には嬉しさがあった
怒りと嬉しさと相反する感情が入り混じって、気持ちが上手く表現できなくなってしまったのだ。



「どうした? 珍妙な顔が珍妙な表情をしているぞ」

「やっぱりウルキオラはウルキオラなんだよ!!」



怒髪天を突く

その何時もと変わらぬウルキオラの言葉に、アリシアは思わず叫んだ。
そして忘れかけていた感情が再び蘇り、アリシアは提言した。



「もはやわたしの慈悲の心は品切れなんだよ! ウルキオラに誠意ある謝罪を要求するんだよ!」

「……謝罪?」

「この溢れんばかりの怒りをぶつけられたくなければ、わたしの頭を優しくなでなでする事を要求するんだよ!」



その要求を、アリシアはウルキオラに突きつける。


「…………」


その言葉を聞いて、ウルキオラは僅かに目を細めてアリシアを見る。
勿論、アリシアもウルキオラがこんな要求を飲む事なんて有り得ないと思っている。


だから、要求を拒否した瞬間ウルキオラに再び飛び掛ろうと思っていた。
いつものやり取りをする様に、自分が飛び掛って、ウルキオラがそれを迎撃して、自分は逆にやり込められて

そんな風に、いつものやり取りをウルキオラが嫌というまで、嫌と言っても自分の気が済むまで続けてやろうと

ずっと一人で留守番していたこの鬱憤を、ずっとウルキオラに構って貰って解消しようと思っていたのだ。


だから










「………………………………え?」










クシャリ、と

自分の頭の上にある

自分の髪の上にある

その感触が信じられなかった。

自分の頭をそっと撫でて、自分の髪を軽く梳く様なその感触を、アリシアは一瞬信じられなかった。


「……う、ウルキオラ?」


頭の上にある掌は、目の前の人物の掌だった。

その掌は、ウルキオラの掌だった
今、自分の頭を撫でているのは……間違いなく、ウルキオラだった。



「……これで、良いか……?」



尋ねるように、ウルキオラは呟き
アリシアは、応えられなかった。

その余りにも予想外な事態に、その余りにも予想外なウルキオラの行動に、完全に茫然自失していた。

そのまま無言のアリシアを見て、ウルキオラはこれで満足したと判断して手を離し
その瞬間、アリシアは我に返り


そして



「も、ももも! もう一回! もう一回要求するんだよ!!」

「やらん」



アリシアは慌てた様にウルキオラに言うが、それをウルキオラは間髪入れず切り捨てる



……本当に、俺は何をやっている?……



そんな風に、先の自分の行動を思い返しながら
ウルキオラはそのまま歩みを進めて、アリシアはソレを追いかけた。

そして



「撫でるのがダメなら抱っこを要求するんだよ! 寧ろ抱っこの方が良いかも!出来ればお姫様抱っこが良いんだよ!」

「寝言は寝て言え」

「至って真面目なんだよ!」



そんな声を聞きながら

自分の後ろをトコトコとついてくるアリシアを見ながら



……全く……


……本当に、鬱陶しいヤツだ……



その掌に少しだけ残る温もりを感じながら

ウルキオラは、この騒がしい「日常」が戻ってきた事を実感していた。













「……ふー、事後処理も楽じゃないわね」


少し疲れた様に、プレシアは呟いた
今プレシアが居るのは、ウルキオラ達が居る隠れ家ではない。

時の庭園の設備を搬送した、別の隠れ家だ。

自身のデバイスも取り戻し、魔力コーティングの密度も上げて物理干渉も行える様になり、プレシアは先の件の事後処理を行っていた。

本当は自分も直ぐにアリシアの元に行きたかったが、こればかりはどうしようもない。

時の庭園を自爆させたとは言え、幾つかの不安要素はある。
その処理と、後はここにある幾つかの機材と装置を次の隠れ家でも使用可能の状態にしなければならない。


それに加えて、自分は霊体の状態だ。

まだ霊体の状態には慣れていない上に、今自分が行っている擬似死神化もまだまだ改善する必要がある代物だ
肉体的な疲労は微小だが、その分精神的な疲労は大きい。

こういう地味な作業による疲労は、今までの数倍以上にも感じられた。



「……でも、コレで少しはアリシアに『人間らしい』幸せは与えられるわね……」



噛み締める様に、プレシアは呟く
まだまだ改善点が必要だが、自分は確実にその望みに近づいている。

コレをもっと煮詰めていけば、アリシアにもっと『人間らしい』生活と幸せを与える事が出来るだろう。



「……本当、大したものね……」



プレシアは、その蒼い宝玉に目をやる。
蒼く輝く六個の宝玉・願いを叶えるロストロギア・ジュエルシード

六個のジュエルシードを手放したのは痛かったが、コレだけ手元に残せれば十分だろう
管理局に渡したジュエルシードからも、既に十分な魔力を頂いている。


「……ま、これだけ手元に残せれば上等ね」


自分に言い聞かせる様に呟く。

自分がこの短期間でここまで研究を進める事が出来たのは、一重にジュエルシードの力があったからだ。

ジュエルシードの『願望に最適な魔力』を生み出す力があったからこそ
プレシアは本来行う筈だった、膨大な手間暇を一気に省略する事ができ、短期間でここまで自分の研究を形に出来たのだ。



「……必要に応じて、またロストロギアを手に入れる必要があるかもしれないわね」



今回プレシアが解った事の一つ、それはロストロギアの力だ。

やはり、自分が思い描く形でアリシアに「人間」の幸せを与えるには、自分の技術とジュエルシードの力だけではまだ力不足かもしれない。

今自分が行っている擬似死神化も、ジュエルシードの力による存在が大きいのだ。



「……やっぱり、コチラも探してみた方が良いかしらね?」



プレシアは作業の手を一旦止めて、新たにモニターを展開させる。

そこにあるのは、嘗て自分が集めたデータバンク
あらゆる次元世界に存在するロストロギア、レアスキルの情報が詰まったデータ集だ。


そして、プレシアはその中にある物で一つジュエルシードと同じ程に興味を抱いた物があった。


それは、とあるロストロギア

ありとあらゆる魔導技術を蒐集し、取り込む事が出来るロストロギア

そしてその強大過ぎる力は、自身の主すらも破滅に追いやると言われるロストロギア








「――ロストロギア・『夜天の書』――」






















END









To be continued →Next stage 「A’s」















あとがき
 どうも作者です、更新が遅れてすいませんでした! 先週は急な用事で忙しく更新が出来なかったんです!
ある程度は話は書き溜めてあったんですが、このペースだと次はいつ更新できるのか判らなかったので、一気に完結まで書き溜めてから投稿しようと思い、今まで掛かってしまいました!
長い間待たせてしまって、本当に申し訳ありませんでした!


さて、今話を持って無印編は完結です
作者的には結構前からこの終わりの形を決めて書いていました。しかし、今自分が書いたこの作品を見直すと……まあーテンポが悪い

本来は二十話ちょっと終わらす予定だったのに、今まで掛かってしまいました。
次回からは、もう少しテンポ良く進めていきたいと思っております


さて、本編の話ですが……今回は終番・壱と比べるとかなり不完全燃焼な終わり方です
なまじ終番・壱が完全燃焼な終わり方だったので、やはり差別化を測りたいと思ったので、今回の様な仕上がりになりました

ちなみに管理局勢に関してですが、「今」の所は死人はまだ出ておりません。
……これ以上書くと次回以降のネタバレになりそうなので少し自重します


後はウルキオラとアリシアの久しぶりの絡みですが、やはりこの二人のやり取りを描くのは作者的には楽しいです
アリシアはこの作品の中でトップクラスに動かし易いキャラクターなので、これからも活躍させて行きたいと思っております


さて、次回からはA’s編!……と、行きたい所なんですが、実はまだA’s編のプロットが全部出来ていません
ですので、プロットが完成したらA's編の投稿を始めたいと思っておりますので、
読者の皆さんにはもう少し待って貰う事になります。本当に申し訳ありません。


それでは、最後に一言
自分の描いた作品をここまで読んでくれた皆様、本当にありがとうございます!

これからも「リリカルホロウ!」の応援、よろしくお願いします!







[17010] 幕間
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/08/25 18:28

漆黒の闇が支配する森林の中、その少女は走る
息を切らしながら、全力で両の足で地面を蹴って、その背後より迫る脅威から逃れようとしていた。


「助け、て……!……誰か! 誰か助けてえ!!」


涙交じりの声で、その懇願とも言える声を闇に向けて放つが、その答えは返ってこない
その彼女のSOSに応えてくれる者は、誰もいない


「……きゃ!!」


その瞬間、彼女は転倒して地面に転がる
その視界の悪さの性で、足を躓いたのだろう

即座に体勢を起こして、再び逃走を開始しようとするが……手遅れだった



「ひぃ!!!」



少女の顔が恐怖に染まる

遅かった
その脅威は目の前に立っていた

少女以上に呼吸を荒げて、目を血走らせて、彼女の前に立っている



「……い、や……来ない、で……来ないでえ!!!」



腰が抜けて立つ事も出来ないのか、少女は尻餅をついたまま後ずさるが……それは、僅かな意味も持たなかった


瞬間、目の前の脅威は動く

その熊の様な大柄の体躯で、獣の様に大きな口を開けながら叫び声を上げて、その少女に馬乗りに押し倒す

恐怖に耐え切れず泣き叫ぶその少女の細い首を、掴んで締め上げる

呼吸と声を封じながら、もう片方の腕を振り上げる

そこにあるのは、僅かな月の光を反射する得物

肉厚で巨大な何か、形状から察するに斧か鉈だろう


「ンー!ンー!!!」


少女はもがく
その恐怖から逃れる、その危機から脱出するため

必死に、それこそ命懸けで男の下でもがく


そして、そんな少女を見て……男は嗤い

その得物を、少女の顔面へと目掛けて振り下ろした。


「ぎゃああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


そして、誰かが叫ぶ

その光景を、幾度も幾度もその得物が少女に目掛けて振り下ろされる光景を、
そんな惨劇を運悪く目撃してしまった、その幼い少女は叫んだ。

その恐怖に耐え切れず、とうとう叫んでしまった。


そして











「おい、少し黙れ」












目の前のテレビを見ながら絶叫するアリシアに向かって、ウルキオラは吐き捨てる様に呟いた。














幕間「彼等の一時」















事の始まりは、別段変わった事はなかった

時の庭園の闘いよりはや数日

時の庭園に変わる新しい住居に住み始めたウルキオラは、幾つかの魔導技術書を自室にて読み漁っていた

そこに、一人の訪問者がやってきた。


「おっじゃまっしまーっす!!」

「帰れ」


即答
ノックもせずに部屋に入ってきたアリシアに対して、ウルキオラは冷徹に応える

しかし、当のアリシアはおかまいなしにそのまま部屋に入室して



「ウルキオラー! 面白い物見つけたんだよ! これこれ!シアターディスク!」



そのアリシアの手の中にあるのは、幾つかの銀色の円盤状のディスク


「物置で探索してたら見つけたの! ウルキオラも一緒に見よう!」

「解った、出て行け」


そのまま、アリシアの襟首を掴み上げる
これは、いつものやり取り

このままアリシアはウルキオラに放り出されて、再びアリシアは何かしらの方法でウルキオラの部屋に突入すると言ういつものパターンだ

しかし、今日のこの日はいつもと違った。


襟首を掴んだまま窓を開ける、そしてアリシアは部屋の外へと放り出される……筈だった。


「……む?」


投げたその瞬間、ウルキオラはソレに気付いた

アリシアの服に括り付けられた、その細い紐を
アリシアと部屋の中を繋ぐように伸びる、一本の紐を


「アリシア・リバース!!」


ピンと張り詰めたその紐は、一気に縮む
恐らくはゴム製の紐だったのだろうか?

そのまま一気に縮み上がって、アリシアは小さな弾丸となってその部屋の中にダイブする様に舞い降りた。


「ふふん! 甘いんだよウルキオラ! 探偵漫画に出てくる警察の捜査ぐらい甘いんだよ!
このアリシアちゃんにいつまでも同じ手が通じるとでも思ったら大間違いなんだよ!」


その小さな胸を張りながら、アリシアは誇らしげに告げる。


「ウルキオラの取る行動なんて『見え見え』なんだよ! だからわたしは予め命綱をこの部屋に仕込んでおいたんだよ! 
尤も、繋いだのはついさっきだけどね! さあウルキオラ、大人しくわたしと一緒に映画を見るんだよ!」

「…………」


しかし、ウルキオラは無言のままに再びアリシアの襟首を掴み上げる
そして、再び窓からアリシアを投げ捨てる。


「甘いんだよ! アリシア・リバース!」


そのまま命綱は極限にまで伸び上がる、そしてアリシアの体は引っ張られる
そしてそのまま部屋に舞い戻る……筈だった。



「先の言葉を、お前に返そう」



ウルキオラは、その行動に出る。



「この俺に、同じ手が通じるとでも思ったか?」



そして次の瞬間
ウルキオラは、窓を閉めた。


「……あ……」


グイっと、僅かにその軌道を曲げられながら
アリシアの体は、そのまま吸い寄せられる様に引き寄せられて



「しまったああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



次の瞬間、アリシアの顔はこれ以上に無い恐怖で染まった。














「死ぬかと思ったんだよ!!!」

「もう死んでいるだろう?」


憤怒で顔を真っ赤にさせたアリシアに、ウルキオラはそう告げる。


「本当に死ぬかと思ったんだよ! とっさに『壁すり抜け』をしなかったら顔面ペシャンコになるところだったんだよ!」

「そうか、お前の顔を少しはマシに出来るまたとない機会だったのにな」

「失礼にも程があるんだよ!」


そのままアリシアは憤怒の表情のまま命綱を床に叩きつける。
ちなみに命綱は物体であるため、窓や壁同様にアリシアの体から外れていた。


「わたしの怒りはもはやリミット・ブレイクなんだよ! という訳でウルキオラ! 一緒に映画を見るんだよ!
と言うか、どうせウルキオラはダメって言うに決まってるから私は独断専行で動きます!」


そしてアリシアは、手に持ったディスクをウルキオラの部屋に備え付けてある映像機器にセットする。

そして、部屋のモニターにディスクの中身が一覧で映し出された。


「……おおー、何やらたくさんタイトルがある。ねえねえ、ウルキオラはどれが見たい?」

「長い金髪で赤い瞳のやたら鬱陶しいメスガキが出てこない内容のモノならどれでも構わん」

「ピンポイントすぎるんだよ!!!」


思わず叫ぶ。
その小さな体で精一杯の怒りを表現して、アリシアは再びモニターに視線を移す


「まあ、どれでも良いか。それじゃあコレにしーよう」


アリシアは適当に「十二日の木曜日」というタイトルを選んで、再生ボタンを押す

そして、時間は物語の冒頭へと戻る。








「ギャアアアアああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「騒ぐな、暴れるな、服を引っ張るな」

「恐い! 本当に恐いんだよ! ヘルプミー! ヘルプミーなんだよ!」


ウルキオラの腕にしがみ付いて、涙目になりながらアリシアは絶叫を繰り返す。

ウルキオラはウルキオラでそんなアリシアに構わず黙々と読書を続けていたが、
直接的に自分に影響が出てくる様になって来て徐々に無視が出来なくなっていた。



「恐ろしいのなら、見なければ良いだけだ」

「いわゆる『恐いもの見たさ』なんだよ!」



この瞬間、ウルキオラは割りと真剣にアリシアを消そうかと考えたのは本人だけの秘密である。


「……しかし、理解に苦しむな。そもそも作り物と解っている時点で、そこまで恐怖する感覚が理解できん」


そして、ウルキオラはチラリとモニターに視線を移して



「大体、この映像からはリアリティーの欠片も感じん。
さっきの首を斬り落とすシーンもそうだ。人間は首を切られたらそれこそ噴水の様に大量の血液が飛び散る…あんな如雨露程度の出血な訳なかろう。
それと先程の頭蓋を叩き割って脳味噌が露出するシーン。人間の脳は寧ろ灰色に近い、あんなやたら色鮮やかな桜色などではない。
……ああそれと、さっきの眼球が飛び出すシーンだが……」

「ギャアアアアアアアァァァァァァァ!!!!! 聞こえない聞こえない! 何にも聞こえない!
ウルキオラが言っている事なんか何も聞こえないもんねー!」



アリシア、大パニックである

いつの間にかウルキオラも映画に興味が湧いたのか、その映画に見入っている
そして事ある毎に、アリシアの隣でそのシーンに対しての考察を口にするのだ

知りたくも無い人間のR18情報を、アリシアの真近で口にしてくるのだ

その恐怖の相乗効果は、アリシアの精神耐久力を大きく上回っていた

まさか最大の恐怖の根源が隣の人物だという事自体が、アリシアにとっては予想外の出来事だったのだ。



そして、映画は終わりを迎えてエンドロールが流れる。

その頃にはアリシアの顔中は涙で濡れて、瞼は赤く腫れ上がっていた。


「……ひっく、ぅっく、ぇっく……ウルキオラの、っ、バカ……もう、ひっく、一人、で、廊下も、っぅ、歩け、ないよ……」

「そうか、じゃあさっさと部屋から出て行け」

「正に外道なんだよ!!!!」


涙交じりの声で叫ぶ
恐怖で蹂躙し尽されたアリシアに対してこのセリフ、アリシアはその心に巣食う恐怖を無視して叫んでいた。



「もう良いもん! 次は恐くないヤツ見るもん!!」



プイっと、ウルキオラから視線を逸らして再びモニターに向き合う。
思わぬ地雷を踏んでしまったが、今回は用心しながら選ぶ。



「……あ、アニメも入ってるんだ! ならコレ見よーっと!」



そしてアリシアは、「やまねこがなく頃に」というタイトルを選び、再生ボタンを押した。









「みぎゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


再び、アリシアはウルキオラの腕に縋り付きながらモニターを見て泣き喚く

正に大号泣
涙と鼻水で顔面がグチャグチャになりながら、アリシアは絶叫を繰り返していた。


「お前に学習能力は無いのか?」

「何故か目が離せないんだよ!!!」


ウルキオラはやや呆れながら呟き、アリシアは涙交じりの声でそう返して


「ヒギャあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「自業自得という言葉を知っているか?」


更なる大絶叫がその部屋に響く
モニターでは、歪に変形した人間の死体らしい物がアップで映しだされていた。


「騙された! 完全に騙されたんだよ! 可愛い女の子や格好良い男の子とかがたくさん出てくるのにこの展開は有り得ないんだよ!!! 詐欺ってレベルじゃないんだよ! モザイクのバーゲンセールまじパネエなんだよ!!!」

「そう言う割には余裕があるな」

「割とテンパってるんだよ!!!」


そして、モニターからは不吉で不気味なBGMが流れて


「……ううぅ、またあの恐い魔女が出てきたぁ……」


涙交じりの声で、ガタガタと震えながら毛布をかぶってアリシアはモニターを見る

そして、


「ギャアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!! もう無理! もう無理なんだよ! 流石にこれ以上は恐くて見れないんだよ!!!」


とうとう限界が来たのか、アリシアは直ぐに手に持ったリモコンを操作する。
そしてリモコンの停止ボタンを押して、その映像を消すつもりだった

だが


「……ぁ……」


それは、イージーミスだった
アリシアの指先は恐怖のあまり痙攣する様に震えて、その手元は僅かに狂って


ボタンを押し間違えた
停止ボタンではなく、隣のボタンを押していた


そして


「ホギャアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」


恐怖再来

急に場面が切り替わって、女性の首が捻じ切れるという凄惨な場面がでかでかとモニターに映し出されていた


そして、その悲鳴は続く

その全ての恐怖を練りこめた様に声は部屋に大きく響き



(……随分と、愉快な状況になっているな……)



ウルキオラは予め用意していた耳栓を装着して読書をしつつ、泣き叫んでパニックになっているアリシアの様子を淡々と見続けていた。



















「……此処に来るのも、久しぶりね」

そこはとある次元世界のとある街道
灰色のビジネススーツの上から白衣を纏った黒髪の女は、その建物を見上げて呟いた


そして足を進めて、その建物の中へ入る。



「……これはこれは、随分と珍しいお客さんだ」



その建物の中、応接室風に彩られた部屋
壁際にはいくつもの本棚が置かれて、ハードカバーの本が隙間無く置かれている

そして部屋の中央には来客用のソファーとテーブルが置かれていて、部屋の奥には大きな窓とデスクとパソコンと幾つかの機材が置かれている

そしてその奥のデスクにて、その男は佇んでいた。



「……久しぶりね、イザヤ」

「おや、おやおやおや、少し見ない内に随分と『様変わり』しちゃったみたいだねープレシアさん」



そのイザヤと呼ばれた男は、目の前のプレシアを見据えて呟く


「エステにでも行ったの? 随分とまあ若返っちゃったもんだね、三十台前半くらいにしか見えないよ?
ああ、それとも変身魔法かなんか?」

「あら、最近の情報屋は随分と客に対して根掘り葉掘り聞いてくるのね」

「ああ、コレは失敬。まあ人間の性ってヤツさ、『物珍しいもの』にはついつい興味が湧いちゃうのさ」

「…………」


その言葉を聞いて、プレシアは思う


……相変わらず、食えない男だ……


どこにでも居そうな、中肉中背、黒髪の男を視界に納めながら思う

こんなどこにでも居そうな男が、自分が知る中でも三本の指に入る程に有能な情報屋というのだから、世の中分からないものだ。



「アレ? もしかして怒った? ダメダメ、怒ると皺が増えるよー、折角若返ったのにそれじゃあ意味がない。
ああ、コレは別に貴方をからかっている訳じゃないよ。個人的な意見を述べているだけさ」

「……とりあえず、今日の用件を言うわ」


そしてプレシアは来客用のソファーに腰掛ける。


「情報屋・イザヤに依頼をしたいの。欲しい情報は『ロストロギア・夜天の書』に関する物よ」

「……夜天の書、ね……随分とまあ物騒な名前が出たもんだ。ジュエルシードに引き続き今度はコレ、戦争でも始めるつもり?」


プレシアの用件を聞いて一瞬驚いた様に目を見張らせたが、次の瞬間には愉快気な表情に戻して言葉を繋げる。


「私が聞きたいのはイエスかノーのどちらかだけよ。引き受けるの?引き受けないの?」

「おやおや、つれないねー。まあ良いや、答えは勿論イエス。引き受けるよ」


そして男はデスクの上のパソコンを操作して、何回かキーボード操作した後


「……ロストロギア・夜天の書……現時点ではその所在及び所有者は不明、その上ここ十年間目新しい情報は無し……」


「……手掛かりなしって、わけ?」


しかし、イザヤここで一旦言葉を区切る
そしてその表情は変わる。


「……だ、け、ど……」


そして愉快気に口の端を吊り上げて、言葉を繋げる



「……一つ、面白い情報がある……」


















その男は、無言のままそこに佇んでいた。


「………………」


その男はどこか悼む様な表情で、そしてどこか悔やむ様な表情で、真っ直ぐに目の前の光景を見据えていた。


ここは、時空管理局系列のとある病院の中

そして男の目の前に映るのは、ガラス越しに映る集中治療室の中
その部屋の中にあるのは、二つのベッド

そして、そのベッドの上で……彼女達は横たわっていた。


「……アリア、ロッテ……」


ゆっくりと、そして小さく呟く

そのベッドの上で体中に包帯を巻きつけられ、チューブに繋がれ、点滴を打たれ、呼吸器を取り付けられ
更には医療器械によって、辛うじてその命を繋ぎ止めているその二人

二人の名前はリーゼアリア、そしてリーゼロッテ

その男の、使い魔の名前だ。



「……グレアム提督」



名前を呼ばれて振り返る
そこにはその男が良く知る人物が佇んでいた。


「リンディ提督、か……話は聞いたよ、今回の任務はお手柄だった様だね」

「……此度の件、本当に申し訳ありませんでした……」


そう言って、リンディ・ハラオウンはグレアムに頭を下げた。

その様子を見て、グレアムはやや困惑しながら


「……顔を上げてくれ。クライドの形見である君にそんな顔で頭を下げられては、私も申し訳なくなる」

「……いえ、今回の件の全ては私の状況及び敵勢力の認識の甘さが招いた事……。
私がもっと任務に対して、敵戦力と自軍勢力を見定めて、もっと的確な判断を下していれば……こんな事には……」


そう言って頭を下げたまま謝罪の言葉を呟き、グレアムは再び顔を上げるように促す

そして、更に言葉を続ける。


「……今回の事は、私も大凡の報告を受けている。
君には何の落ち度はない、次元断層を食い止め、ロストロギアの保管にも成功し、見事この一件を終結させた。
君の判断に誤りが無く、最善であり最適だった事は結果が証明している……君は一提督として、自分の行いに胸を張っていればいい」

「……グレアム、提督……」

「……あの娘達も、私の使い魔であり、一管理局員だ。任務に対しては常に命懸けの覚悟で望んでいる。
だから、君ももう頭を上げてくれ……あの娘達も、目が覚めた時に君がその様に沈んだ表情をしていれば、きっと悲しむだろう」

「……分かり、ました……」


そう言ってリンディは改めて顔をあげて、その表情をいつものリンディ・ハラオウンのものに形作る



「また来ます。今度はクロノも一緒に」

「ああ、是非頼む。クロノにも無茶はしないで、しっかり療養する様に伝えておいてくれ」

「はい、必ず」



二人は互いに微笑んで、リンディは一礼してその場を後にする。

そしてその廊下には、グレアム唯一人が残された。



「……これまで、かもしれんな」



一人残されたまま、グレアムは小さく呟く
グレアムは、既に二人の担当医師から告げられている。


アリアとロッテの二人は、仮に一命を取り留めたとしても……二度と闘う事は出来ないだろう……と

少なくとも、今までの様に戦闘の前線に立つ様な戦闘行為はもう出来ないだろう……と


二人ともあのウルキオラとの戦いで、あまりに血を多く流し…その体を傷つけ過ぎた

筋繊維や骨格、運動神経に残る数多の微細な傷は、現管理局の医療技術では完治出来ないレベルだと告げられたからだ。



「………………」



グレアムは一人で悩み、考える。

あの「計画」は、既にもう引き返せないレベルにまで事が進んでいる

しかし、だからと言って一人このまま計画を続行する事は難しい
この計画は自分達三人が十一年前に誓い、十年近い歳月を費やして進めてきたもの


今更、引き返す事など……出来やしない。



「……クライド、私はどうすればいい……」



十一年前、あの「悲劇」によってその命を失った部下の名を呟く

この計画を、断念する訳には行かない

でなければ、この先永劫に渡って悲劇が繰り返される事になる
自分達が十一年前に味わったあの悲劇が、再び繰り返される事になる。


故に、三人は決意した。

もう、この悲劇の連鎖は終わりにしよう

その為なら、自分達は罪を背負おう、咎人になろう


その非道とも言える行為に、手を染めよう。




「……いや、詭弁だな……コレは……」




一人愚痴る様に呟く
事情は、もっとシンプルなのだ。


自分達はただ、憎いだけなのだ

あの悲劇の元凶が、部下を死なせた自分自身が

だから、復讐したいだけなのだ


自分達の復讐を肯定し実行する為の、「理由」と「建前」が欲しいだけなのだ。







「ふむ、随分と思い悩んでいる様ですねミスター?」







不意に、そんな声が耳に響いた。


「……え?」


視線を声の発信源に移す
目に映るのは白衣の男、紫色のやや癖の付いた髪が特徴的の若い男だ。



(……この男、確か……どこかで……)



その顔に見覚えがある様な気がしたが、グレアムはこの時深く考えなかった。

白衣を纏い、どこか薬品の臭いを漂わせる事から、恐らくはこの病院に勤めている医師だろう

ならばその顔に見覚えがあっても、その人物の事を思い出せなくとも、別段不思議ではないからだ。



「おや、私の顔に何かついているかな?」

「いや失礼。どこかでお会いした様な気がしたのですが……」

「うむ、そうだね。こうして直にお会いするのは初めてだよ……ギル・グレアム提督」



その言葉を聞いて、グレアムは僅かに警戒心が芽生えた

理由は分からない……だが、この男の雰囲気が警戒に値するものと直感で捉えたからだ。



「ああ、そんなに警戒しなくても良い。お察しの通り、私は貴方に話が有ってここにやって来た。
その考えは的中だよ」



その言葉と共に、男は口元を歪める
そしてグレアムが抱いていた警戒心が、ここで更に大きくなる。


一言で言えば、不吉


この男から発せられる雰囲気は、不吉な何かを纏っていた
故に、知らず知らずの内にグレアムは身構え


そして、気付いた。




「!!?……貴様、まさか!」



グレアムは気付いた……いや、思い出した

その男の顔を、素性を……そして名前を



「なぜ貴様がこんな所に!」



その瞬間、グレアムは叫んだ。


その男は、次元犯罪者
その卓越された頭脳で、今まで数多くの違法魔導技術を発案し……その悪名をあらゆる次元世界に知らせるS級犯罪者


この病院は、時空管理局系列の物
故に此処には多くの時空管理局が常時出入りしているし、この男の様な者が出入りすれば誰かが絶対に気付く筈



「ああ、此処は病院だよ? そんなに声を荒げないでくれたまえ
まあ、貴方のその心中渦巻く疑問に答えるとするならば……まだ、気付かないのかい?」

「……な!!」



思わず声を上げる

それは結界

自分とこの男の周囲数mだけをスッポリと覆うような極小結界が、自分達の周りに展開されていた。



(……馬鹿な! 何時! どうやって!……)



グレアムとて、歴戦の勇士とまで言われた管理局員
こんな身近で発動された結界の存在に気づかない程耄碌していない。



「ご覧の通り。私はこうして正面から堂々と病院に入り、そして此処までやってきた。
ああ、ご安心を。この結界は私がつい最近発案したモノでね
そこいらの魔導師や機材程度の魔力知覚能力では、コイツの存在は察知できない様にしてるのだよ」



だから、何も心配する事は無い

男は歪んだ笑みで言うが、グレアムは未だ困惑したままだった

だが、混乱したのはほんの数秒
次の瞬間にはグレアムは冷静さを取り戻し、懐から自身のデバイスを取り出し、その男に停止命令を告げようとして




「ロストロギア・夜天の書」

「!?」




しかし、その男の呟きがグレアムの行動を停止させた。



「……言っただろう、貴方に話があると。私は貴方と敵対する為に此処まで足を運んだ訳ではない
……寧ろ、貴方に協力する為に態々貴重な研究の時間を割いてココに来たのだよ」

「……何、だと?」



その男の言葉に、グレアムは眉を顰め




「君の『復讐』に協力したいと申し出ているのだよ、グレアム提督」

「!?」




その言葉と共に、グレアムは自身の心臓が鷲掴みにされた様な感覚に陥った

この男は、知っている
自分の計画を、その全容を知っている


何故?

どうして?

どうやって?

瞬時に頭の中には絶え間ない疑問が駆け巡る
それは大凡確信に近い黒い予感、それは不吉を知らせる予感だった。



「……くくく、それでは改めて自己紹介をしよう、グレアム提督」



そしてそんなグレアムを満足気に眺めながら、男は言葉を繋げた。



「私の名はジェイル・スカリエッティ。唯のしがない探求者だよ」



























それは、とある次元世界のとある森林

そこで一つの闘いが行われていた。



「ウオラアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!!!」



その男は、大気を振るわせる程の咆哮を上げながら飛び、目の前の敵に襲い掛かった、

男の前に居るのは、巨大な生物
その巨躯、体中を覆う赤い鱗、空を翔ける双翼、それは世間一般では「竜」と呼ばれる種類の生物だろう。



「はあ! はあ!! ウラアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!」



体中から流れる鮮血を振り撒きその轟声を上げながら、男は再び獲物を手にして目の前の敵に斬りかかる


敵の爪を掻い潜り懐を斬り付ける

カウンターの尾の一撃を拳で殴りつける

迫る顎の一撃を、蹴撃を持って牙をヘシ折る


「ガアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!」


しかし、相手もまだ沈まない。

砕けた顎を更に大きく開いて、そこに光が収束する
それは火球

超高熱を収束した、炎の弾丸

その赤い一撃が、その男を飲み込む。


「ああ! クッソ! 熱っちいじゃねえかコラアァ!!」


だが、男もまだ倒れない
即座に体勢を立て直して、突き出すように掌を構える。



「喰らい、やがれえええええぇぇぇぇぇ!!!」



その掌から砲撃が撃ち出される

その砲撃は放たれて、その竜はその痛烈な一撃を顔面に叩き込まれて地面に倒れる。



「はあ! はあ! オラどうしたぁ!! さっさと次きやがれえ!!!」



その男の叫びと共に、上空から二体ソレは姿を現す。
そして、男は再び空を翔ける。


そして、男は拳を突き出して、得物を振るう

男は憎んでいた

ただ憎んでいた


自分の非力さに、そしてその弱さに



「……フザけ、やがって……!!」



その男の記憶に残るのは、とある二人の男

その二人の男は、圧倒的なまでの強さを有していた

その男とは比べ物にならない程の力を有していた


それが、男には許せなかった

そして、その男達に遠く及ばない自分自身がこれ以上に無い程に許せなかった。



「……超えて、やる……!!!」



気が付けば、男は此処にいた
どうやって此処に来たのかは覚えていない、気付いたら此処にいたのだ。


だが、この世界は男にとって都合が良かった

巨大にして強大な生物の楽園
ここに居れば、戦闘に不自由しなかった

ここに居れば、思う存分鍛錬が出来た

だから、深くは考えなかった

何故なら、その男が考えていたのは……唯一つだけ



「……超えてやる……ウルキオラを!……黒崎一護を!……テメエ等全員を!」



その男達を超えたい

それが、その男の唯一の望み




「絶対にテメエ等を超える! 超えてやらああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」




白い死神と少女は一時の休息を過ごす


黒い魔女は次なる可能性を求めて動く


法と秩序を背負う男は探求者と出会う




そして、その男は叫ぶ
ありったけの力を篭めて、大気を震わせて、その轟音を響かせる。




そして男は誓う
必ず強くなると、その男達を超える力と強さを必ず手に入れると咆哮を上げる


そして、更なる闘いを行う為に空を翔ける。



まだ、彼等は交わらない


それはまだ先の事


彼等が交わるのは、まだ少し先の事


故に、唯の幕間


故に今日のこの一時は、唯の幕間。














続く














あとがき

 すいません! 更新が遅れました! 二ヶ月以上もの間放っておいてどうもすいません!!!

A’s編は無印編に比べるとキャラが多くて、プロットを組むのにかなり悪戦苦闘していて、あとは作者個人の事情で最近忙しくて、二ヶ月の間更新が出来ませんでした!本当に申し訳ないです!

今回の更新は作者が空いた時間を使って行ったものなので、これからは無印編程の更新速度は出来ないかもしれませんが……皆さん、何卒ご容赦して下さい!


さて、本編の話ですが……今回は幕間、故にA’s編に向けて幾つかの伏線をばら撒かせて貰いました。
リーゼ姉妹に引き続き、スカさんもフライング参戦です。

そして最後の人物……正直、コイツを使うのはリアルな話この更新をする直前まで悩みましたが……採用する事にしました。
何故なら、ぶっちゃけ自分はコイツがかなりのお気に入りだからです!

次回はなるべく早めに更新できるように頑張ります!

それでは、次回に続きます!


追伸 情報屋イザヤに関しては完全にネタキャラです、本編においては重要人物という訳ではないです(笑)





[17010] 序章
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/08/25 18:30






そこは、どこかの庭園だった
周りは手入れされた鮮やかな緑の木々に囲まれ、視線を移せば四季の彩りを放つ花畑が目に映った。

そして、そんな自然の色彩の美に溢れる場所に彼女はいた。


「……いい風ね」


その自然の空間に備え付けられた白い丸いテーブル、そして白い椅子
女はその椅子に腰を下ろして頬に当たる心地よい風を感じ、ゆっくりと手を伸ばす。

そこにあるのは白いティーカップ、薄く透明なブラウンの液体が注がれたティーカップ
薄切りにされたレモンの香りが合わさって、その香りは女の鼻腔を優しく甘く刺激する。

そして、一口ソレを口に含む。


「……ふぅ」


思わず吐息が漏れる
思えば、こんなにゆったりとゆっくりと、リラックスしながらお茶を楽しむのなんて何時以来だろう?


久しぶりの休息
その女は、プレシアはその休息を心から噛み締めてその時を過ごす。



「あー! 一人だけズルーイ!」



そこに、一人の小さなお客が現れる。
長い金髪の小さな少女
翠の髪留めでその長い金髪をツインテールに纏め、翠のワンピースに身を包んだ小さな少女

それは、プレシアが良く知る少女。



「ふふ、大丈夫。心配しなくても、貴方の分もちゃんとあるわ」



そう言って、プレシアは小さく優しく微笑みながらティーポットと新しいカップを出す
そしてお茶菓子として用意しておいたクッキーとチョコレートを少女の前に差し出す。


「どうぞ、召し上がれ」


プレシアは微笑みながらそう言って
その金髪の少女はパアっと、輝くような愛くるしい笑みを浮べて















「うん! ありがとう『おばあちゃん』!」
















……



…………



……………………………



…………………………………………………………



………………………………………………………………………………………………what?




その瞬間、完全に時が凍り付いた

その瞬間、完全に世界が停止した

その少女が発したその言葉に、プレシアの時間は完全に止まっていた。


「……うん、聞き間違いね。やっぱり少し最近疲れて」

「どうしたの『おばあちゃん』、からだの具合が悪いの?」


ズブリと
言葉という名の刃が、その胸を貫く。

返す刀で、その金髪の少女が心配げな表情と共に言葉を放つ
どうやら聞き間違いではない。


そして気付く。


その顔、その金髪の長い髪は確かに自分の最愛の娘の物

しかし



(……アリシアは、こんなに肌が白かったかしら?……)


その少女の肌は白い、自分が知る娘の肌よりも更に色素が薄い

……ソウ、自分ガ知ルアノ男ノヨウニ……



(……アリシアの瞳は、こんなグリーンな瞳だったかしら?……)


自分の娘の瞳は赤だった筈、こんな鮮やかな翠色の瞳などではない

……ソウ、アノ男ト同ジ瞳ノ色ナドデハナイ……



そしてその瞬間、彼女の頭にとある男の顔が過ぎる。



「……ま、まさ、か……」



体が凍る

頭が冷たくなる

血の気が失せる



……まさ、か……

……まさかマサカ……

……まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか?……



書き上げる

そのストーリーを

その可能性を

一気に彼女は頭の中で書き上げて脳髄に叩き込まれる。



……イヤ待て!……

……有り得ない!……

……そんな事、有り得る訳が無い!……

……そんなものは、何かの間違いに決まっている!……

……コレは何かの間違いに決まっている!!!……



汗が滝の様に流れる

ガチガチと歯の根が噛合わない

体がガクガクと震えて痙攣する

心臓が痛い程脈打っている


そして




「こらーダメでしょ、一人で勝手に行っちゃあ」




ソノ声が響いて
ドクンと、心臓が一際大きく脈動する。



……今ノ、声ハ……?



その声を知っている、プレシアはその声を知っている



「だってー、おかあさんとおとーさんが遅いんだもーん!」



その単語を聞いて、彼女はまるで壊れたからくり人形の様に首を動かす

ギギギと音を立てて、その声の発信源に向けて首を動かす。



そして




「あらお母さん、こっちに来てたの?」




少し不思議そうな声が耳に響いて、彼女はソレを視界に納める。





――彼女ノ目ニ映ッタノハ――


――娘ノ面影ヲ宿ス金髪ノ女性ト、ソノ隣ヲ歩ク自分ノ協力者ノ姿ダッタ――







「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」






飛び起きる

跳ねる様に身を起こす

その轟音を響かせて、その顔に様々な感情を宿してプレシアは身を起こす。



「はぁ! はあ! はあ!……ゆ、め……!?……」



息を荒げて、周囲を確認する。

その目に映るのは、見慣れた自分の研究室
その目に映るのは、義骸に入った自分の体

霊体とて、疲労が蓄積されれば睡眠という休息を取る
どうやら研究をしている内に、いつの間にか転寝をしていた様だ。


「ったく……今日は、大事な実験の日だって言うのに……何て悪夢……」


顔に手を当てて、呪う様に重く呟いて




「……まあ、あの地獄に比べればマシかもね……」




最後にそう呟いて、プレシアは改めて身を起こした。













序章「終わりを告げる一時」















――久しぶりだな、負け犬――

「目覚めの一番にそれですか?」


とある世界の中にて、彼女は目を覚ました
青い空、果ての無い海、そこから突き出る大樹と草原

彼女は、その空間を良く知っている
何故なら、それは自分を形作る世界だからだ。


――では逆に聞こう、勝ったのか?――

「……負けました」


その世界の王である彼女は項垂れる
その白い男の前で正座をして、顔を僅かに俯かせて向かい合っている

目の前の白い男の言葉に対して、何の言い訳も出来なかったからだ

そして、男は更にソレを取り出す。


――コレは何だ?――


その男の手の中にあるのは、一振りの刀
但しそれは、以前と姿が異なる

その刀は中腹にてポッキリと折れて、その刀身は半身しか残っていない


――どうしてこうなった?――

「…私が、折ったからです」

――何故折れた?――

「……私が、弱かったからです……」


明らかな怒りを含ませた語気
明らかに不機嫌なその雰囲気
その男から滲み出るその威圧感に、彼女の身は徐々に狭くなり、縮こまっていく。


――俺はこの刀を王に献上した時、何と言った?――

「……大事に、扱う様にと、言いました」

――何か言う事はあるか?――

「……申し訳ありませんでした」


チクチクとその白い男の言葉が彼女の心に突き刺さり、彼女は耐え切れず頭を下げた

そして男は、その一連の彼女の行動を見て


――前に言った筈だ。俺はお前、お前は俺だ。お前の死は即ち俺の死となる――

「……はい」

――愚劣な王の愚生で消えるのは、俺は御免だ――


そして、その白い男はその刀を投げ渡す
その半身を失った刀を、王のその手に再び返す。


「……わ! ちょ! 危ないじゃないですか! 抜き身の刀を投げないで下さい!」

――黙れ――


瞬間、空気は変わる
その世界に暴風が吹き、大樹が軋んで、海が荒れる

その男に同調する様に、その世界は変わっていく。


――構えろ――

「……え?」

――言っただろう? お前は王、俺は臣下だ――


そして、その白い男の背から黒い翼が生える
その手には翠の光剣が形成され、その切先が彼女に向けられる。



――貧弱で脆弱な王を鍛えてやるのも、臣下の仕事だ――

















「やっほー、クロノくんユーノくん、お見舞いに来たよー」

「あ、エイミィさん。ありがとうございます」

「お見舞いはありがたいが、もう少し声を抑えてくれ。ここは病院だ」


とある次元世界のとある病院
そこにクロノとユーノは入院していた。

あの時の庭園の闘いから、既にかなりの日数が経ち、二人の傷もかなり回復していた
クロノとユーノはお互い骨折を初めとする怪我負っていたが、既に折れていた骨は殆どくっつき、あとは静養するだけとなっていた。

クロノは現場復帰したがっていたが、それをエイミィとリンディの二人に止められて、完治するまで病院で入院生活を送る事になったのだ。


「……それで、仕事の方はどんな感じだ?」

「んー、先ずはフェイトちゃん達の事だけど、上の人達の説得も概ね順調、これなら裁判でもかなり有利になると思うよ」

「……そっか、なら良かった」

「うん、安心しました」


エイミィの報告を聞いて、二人はそっと安堵の息を吐く
二人共、フェイトやアルフ、リニスに対しての処遇にはかなり気にかけていた

母の愛情を求めて、求め続けた一人の少女の……あまりにも報われなかった結末

その報われなかった結末が、少しだけでマシになった事に対する安堵だ。



「……それで、リニスの方は目を覚ましたのか?」



思い出した様に、クロノが尋ねる。


「……まだみたい。お医者さんが言うには、何時でも目を覚ましても良い筈なんだけど……
なんか、まるで自分の意思で眠り続けてるみたいだって言ってた」

「自分の意思? どういう事ですか?」


ふとその言葉に疑問を感じ、ユーノが尋ねる。


「リニスさんには、大抵フェイトちゃんかアルフさんが傍で様子を看てるんだけどね
今まで何回か、目を覚ます兆候があったらしいのよ。でも目を覚まさないの
何かこう……二度寝?が一番近い表現なんだけど、それとはまた違う感じらしくて……詳しい事は良く解ってないみたい」

「……そう、ですか」

「リーゼ達もまだ目を覚ましてない事から考えると、やはりウルキオラとの戦いで相当の無茶を負わせてしまった様だな」


クロノが呟く
未だに目を覚まさない三人に対して共通で言える事、それはウルキオラとの戦闘だ。


自分達を事件解決の為に、三人はウルキオラの足止めを買って出た
あの三人は、あの時のメンバーの中で最も過酷な戦いを強いられてきた

そして、あの三人がウルキオラを足止めしてくれたからこそ、自分達は次元断層を防ぎ、事件を解決できた


だが、その代償がコレだ


その代償、三人が払った対価は自分達とは比べ物にならない程に大きく……重かった

その事を三人は改めて噛み締め、思い知った。


「はいはい、辛気臭い話はここまで! 二人がそんな様子じゃ、体を張ったあの三人だって報われないでしょ!」

「……エイミィ……」

「……エイミィさん……」


そんな空気を察してか、エイミィは努めて明るく、それでいて真剣な声を上げる。



「あの事件は、皆が頑張ったからこそ解決できた! リーゼさん達も、リニスさんも、クロノくんもユーノくんも、なのはちゃんもフェイトちゃんもアルフさんも、皆が頑張った!
だから解決できたの!
だから、二人もそんなに落ち込まない。落ち込む暇があったら、三人が目覚ました時にする恩返しの内容を考えた方がよっぽど建設的だよ!」



そう言って、エイミィは柔らかく二人に微笑みかける
そのエイミィの言葉を聞いて、二人は僅かに考えて


「……確かに、その通りかもしれませんね」

「まさかエイミィに諭されるとはな、確かに大分気を病んでたみたいだな」

「あ、クロノくんひどーい!」


むくれた様にエイミィが言葉を繋ぎ、その病室の空気は僅かに暖かくなった。












「……神経接続、完了……魔力ライン開通、霊体接続開始……」


その研究室の中、プレシアは自身のデバイスを握り締めながらその作業を行っていた。

そこはプレシアの研究用の一室
今その空間は床、壁、天井の合わせて六面に、六つの魔法陣が展開されていた。

そして、その部屋の中央の一際大きな魔法陣
紫の淡い光を放ちながら、その魔法陣の上に浮かぶ長さ2m幅1m前後の大きなカプセルを光で包み上げている。



「……同調率……70……80……90……」



プレシアは更に詠唱を続ける
光は更に激しく輝き、それは螺旋の渦巻いて収束し光球となってカプセルを包み上げる。



「接続率……75……80……85……!!」



そして、そのカプセルに罅が入る
それはまるで卵の孵化。ピシリピシリとカプセルに小さな罅が入り、そして砕ける。



「魂魄……定着!」



砕け散ったカプセルの中から、ソレは現れる
それは一人の少女、長い金髪と赤い瞳が特徴の小さな少女



「…………」



プレシアは、ゴクリと唾を飲んでソレを見る。

自分の理論に、絶対の自信を持っている
その研究成果にも、絶対の確信を持っている

既に、「自分」という成功例を出している

だが、ソレとコレとはまた別問題だ
世の中には、絶対という言葉は存在しない

過去に成功したからと言って、次も成功するとは限らない
過去に百の成功を出したとしても、次の一が成功するとは限らない

故に、プレシアは息を呑み、押し黙った
その加速する鼓動を止められなかった



そして、変化は現れた。



「……!!」



その少女の指先が、ピクリと動いた。
そして、それを切っ掛けに次々と変化は起きた。

その四肢には段々と力が篭められ、徐々に活動を始める
その腹部は一定のリズムを刻みながら小さく膨張と収縮を繰り返す

やがて、その咽喉が動いて、口が開く
「う~ん」と気だるげな呻くような声を上げて、徐々にその体を身を起こす。


そして、その少女は上半身を持ち上げる。
両の目が完全に開かれる。



「……う~ん……ん?……んん?……おおー……」



そして、その顔に表情が表れる
どこか驚いた様な表情を浮かべ、そして感心したかの様に声を上げる。


その様子を見て、プレシアの鼓動は一気に加速する
頭の中は茹るように興奮していく。



「……アリ……シ、ア……」

「なーに、おかあさん」



そのいつもの言葉
そのいつもの表情

そのいつもの「アリシア」を見て、プレシアは確信した。



「……驚いたな。まさかこの短期間でここまで義骸を完成させるとはな」



今までずっと事の成り行きを見ていた、自分の後ろの協力者が感心したかの様に声を上げる。



「……やった……!」



その万感の想いを篭めて、プレシアは呟く


コレは、まだ初期段階

アリシアは、まだ霊体
言ってしまえば、魔力の着ぐるみを体に纏っている様な状態だ

今のアリシアに、食事に意味はない

年を取らない

体は成長しない

新たな命を宿す事も出来ない

自分が思い描く完成形の、十分の一程度の完成率でしかない

言わば、はじめの一歩だ


しかし



「……ついに、やった……」



だが
だが、それでも


その一歩は、自分が二十六年間……ずっと自分が求めた一歩なのだ

この一歩は、自分がずっと心の底から欲し続けた「一歩」なのだ。



「ついに、やった……ついに、私はやったわ!」



ありとあらゆる想いと感情を篭めながら、プレシアは己の躍進を心から噛み締めていた。












「体の調子はどうアリシア?」


一通りの感動を味わい終えたのか、プレシアはアリシアに尋ねる
そして、アリシアは手を軽く握り、ピョンピョンと軽くジャンプして


「えーとね、ちゃんとおかあさんの顔もウルキオラの顔も解るし、声を聞こえるよ。
ちゃんと色々な物にも触れるし……なんだろう、「触ってる」っていう感覚もちゃんとあるよ」


自身の肉体の感想を、改めてアリシアは告げる


「今までと比べて、少しおかしい所とかない? 体が動かしにくいとか、ちょっと感覚が鈍いとか?」

「……う~ん、そういえば、ちょっと体が重いかな? あと、何か口の方の感覚が変っていうか……ミカクって言うんだっけ?
それがちょっと無くなってる感じがする……あとは、手とか体とか、耳とかになんかこう、
薄いビニールが張り付いてるみたいな感じがする」

「……身体機能の低下……いえ、コレは実体化における筋肉への負荷かしら……?
それと味覚及び触覚と聴覚の接続と同調に問題有りか……思ったより、改善する点は少ないようね」


その結果を、プレシアは自身のデバイスに記録していく
粗方の記録を終えた所で、プレシアは再びアリシアに向き合い、そして抱きしめる。


「……おかあさん、どうしたの?」


突然の母の行動に対して、アリシアは頭の上に疑問符を浮べながら尋ねる。



「……アリシア、色々と不便な思いをさせてごめんね……」



そしてそんなアリシアに対して、プレシアは自身の気持ちを改めて口にする。



「……でも、でもね……もう少しだけ待ってて……」



プレシアは呟く
最愛の娘を抱きながら、自分が得ようとしているその新たな「可能性」を頭に思い浮かべながら言葉を繋ぐ



「……お母さんが、必ず貴方の『こんな筈じゃなかったこれから』を取り戻して上げるから……」



ぎゅっと、最後にほんの少しだけその肉体を抱きしめて、プレシアは少し顔を放してアリシアを見つめながら呟いた。


























ソレは夜の帳の中、魔法陣の光に照らされて其処に降り立った。


「…………」


そしてソレは無言のままにその町を見下ろす
点々と幾つかの明かりが蛍火の様に光る町の中、ソレはゆったりと町に降り立つ。

ソレの形は、細身の人型だった
白を基調とした布地に青いアクセントが入ったスーツ、青い髪
そしてその顔を隠す様に装着されたシンプルな白い仮面

その仮面の存在は、そのままゆったりととある民家に降り立つ
そして足を進めて、その民家の前に立つ。


「……セキュリティ読み込み……コード解析、プログラム解除……」


瞬間、その男の目の前に幾何学模様の魔法陣が形成され、そして「パリン」と薄氷が砕ける様な小さな音と共に消える

そして男は、そのままその民家に侵入する。

そこは、とある少女の私室だった
幾つかの本が納められた本棚、簡素な机、そして少し大きめのベッド、どこにでもあるありふれた部屋だ。


そしてそのベッドの中、二人の少女が眠っていた。


一人は栗色のショートカットが特徴の少女
そのあどけない寝顔から察するに、年はまだ二桁にも達していないだろう

もう一人は、赤いロングヘアーが特徴の少女
外見から察するに、年はその栗色の髪の少女と同年代かそれ以下だろう

二人は、目を覚まさない
その男の侵入に気付かず、未だ安らかな寝息を立てている。


「……先ずは、安心か」


その声が響く
それは仮面の存在の声、声から察するにどうやら若い男の物

そして、その仮面の「男」は思う。


……第一の関門は突破した……


男は視線を移す
其処に映るのは、分厚いハードカバーの本

表紙に銀十字の様なものが取り付けられた、一冊の本

男は懐からソレを取り出す
それは銀色に輝くカード、それをその本にかざす。


そして、ソレは起こる。


そのカードが紫の光を宿し、その光は圧縮して凝縮して一つの光球となる
その光球は収縮し続けて、ビー球程度の大きさになる。


「さあ喰らえ、そして吐き出せ」


その紫の光球は、本の中に浸透していき……ソレと同時に、本はソレを吐き出す

それは、銀色の光球
掌に収まる程度のソレは、淡い光を放ちながらその本から吐き出される


その銀色の光球を、男は掌に収める

そして次の瞬間、そのドアが勢い良く開かれた。



「主!!」



その部屋に、乱入者が入る
それは一人の女、桜色の長い髪をポニーテールにして纏めた一人の女。



「……ん、んんー……どうしたん?」

「……ふあーあ…なんだよ……って、まだ夜じゃんかー?」



その女の入室に反応して、その二人は瞼を擦りながら気だるげに身を起こす
そのポニーテールの女の目に飛び込んできた光景は、いつもの光景だった。


「……安眠を邪魔してしまい、申し訳ありません主……どうやら、私の勘違いだった様です」

「……そう、なん?……ほな、オヤスミー……」

「……たく、あい……かわら……ず……シグ……ム、は……」


その眠気に耐えかねてか、二人の少女は瞬く間に眠りに落ちた
ポニーテールの女は二人の体にかかる毛布の位置を直して、再びその部屋を見渡す。

一通り部屋の中を見回すが、やはりコレといった異常は見つからず



……気のせい、か……



女はそう結論付けて、その部屋からゆっくり退出した。












そして、月日は流れる

季節は廻る

彼等は、彼女等は、それぞれの時を過ごす


それぞれの思いを交えながら
それぞれの想いを育みながら

それぞれが日常を過ごしながら
それぞれが平穏を過ごしながら


ゆっくりと

少しずつ

だが確実に、時は流れる



そして、終わりは来る

それはどこかで起きる



一つの日常が終わりを告げる

一つの平穏が終わりを起こす

一つの安寧が終わりを迎える



そして、新たな物語が幕を開ける

新たな闘いが幕を開ける


一つの魔導書を廻る

一つのロストロギアを廻る


ロストロギア・夜天の書を廻る、新たな闘いが幕を開ける。











続く













あとがき
 最近はお盆で色々とゴタゴタしていましたが、やっと作者の事情が落ち着いてきたので更新しました!
まだ以前の速度で更新は出来ないと思いますが、それでも自分なりの更新速度は保っていきたいと思っています!

さて、それでは本編
のっけからプレシアさんの悪夢から始まりましたが、皆さん的にはどうだったでしょうか?
ちなみにコレはあくまでプレシアさんの夢なのであしからず(笑)

あと、プレシアさんはこの時点では夜天の書の探索と自分の研究を同時に進めています。
プレシアさんの性格なら、ただ不確定要素に対して座して待つというのは考えにくかったので。
故に、これは前回の幕間より時間の流れは前という事はありません
その辺の所は了承願います。


次回からはとうとう本編もA’s編に突入します!
ぶっちゃけ最初から原作とはかなり違う始まり方をすると思いますが、どうか皆さんには生暖かい目で見守って貰いたいと思っております

それでは、次回に続きます!









[17010] 第弐拾玖番(A’s編突入)
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/08/26 13:09


彼女達が願った事は、どこにでもある……ありふれた願いだった。

大切な人達と一緒にいたい
大好きな人達と、平穏に暮らしたい

そんなどこにでもある、誰もが持つ願いだった。


しかし、それは儚い願いだった

その平穏な時間に、罅が入った

その幸せの日々に、亀裂が入った


彼女達の願いは、夢の様に儚く崩れた


そしてそれは、新たな物語の幕開けを告げる合図だった。













第弐拾玖番「日常の終わり」











「おかーさーん! 早くはやくー!」

「こーら、ちゃんと前を見なきゃ危ないわよ」


自分の前を先行して飛び跳ねる様に走るアリシアを見て、プレシアは小さく微笑みながら言う。

プレシアとアリシアは、嘗て二人で来た事もある花畑に来ていた。


「すっごーい! 本当にお花だらけだ!」


その両目をキラキラと輝かせながら、興奮が抑えられない様にしてはしゃいでいるアリシアを見て、プレシアの顔にも自然と笑みが浮かんでいた。

今日のこの遠出に、ウルキオラは付いて来ていない
家族水入らずの二人だけだ。

一応ウルキオラも誘ったのだが



「なぜ俺が付き合わなければならん」



と、即座に誘いを一蹴
アリシアはそれでも食い下がったが、プレシアはそれで妥協した。

何故なら、ウルキオラは次元犯罪者だ
それも次元断層を引き起こそうとしたプレシアの共犯者、恐らく多くの次元世界での管理局の支部にはウルキオラの詳細なデータが出回っているだろう

故に、こうして外を出歩く時も最新の注意を払わなくてはならない
今日二人が出かけた先も、管理局の目が比較的少ない管理外世界

そしてプレシアの義骸にも、ちょっとした変装を施している。
その容姿は殆ど変わっていないが、顔が嘗てのプレシアよりもかなり若返っている。

今のプレシアは見た目三十代前半、下手をすればまだ二十代でも通じる程の若い顔をしている。
そしてその服装も、白のYシャツ、グレイのサマーセーターに紺のロングスカートという嘗てのプレシアのイメージとは大凡違う、かなり家庭的な服装になっている。


『あの』プレシア・テスタロッサを知る人間が今のプレシアを見ても、恐らく殆どの人間は同一人物だと気付かないだろう。


一応ウルキオラに対しての幾つかの予防策は用意してあるが、リスクは少ないに越したことは無いだろう
それに、偶には家族水入らずの時間をアリシアと共に過ごしたかった。

だからプレシアは、無理にウルキオラを連れ出さなかったのだ。



(……でも、後でウルキオラ用の変装用デバイスを作る必要があるかもしれないわね……)



自分の目の前で、嬉しさと楽しさを隠しきれずピョンピョンと跳ねる愛娘を見てプレシアは思う。

ほんの十数分前、ウルキオラは来ないと知ったアリシアの落胆の表情の記憶は新しい
普段のウルキオラに対するアリシアの懐き具合から考えるに、それはある意味当然の反応だった。

それに、リスクは幾らでも軽くするに越した事はないだろう
やはり、今度遠出する時は三人一緒の方が良いだろう。



(……ま、あの娘がこれで笑ってくれるんなら……安いものね……)



ふう、と軽く息を吐き出してプレシアは考える。

初めてアリシアの義骸の実験に成功してから、早数ヶ月の時間が流れた。



この数ヶ月の間に、プレシアは独自の理論とジュエルシードの魔力の使用方法を研究し、着々と義骸を理想の完成へと近づけていた。

当初、感覚の接続と同調が不十分だった味覚と触覚、及び聴覚の接続と同調の大凡の改善に成功し
実体化における体への負担も、神経と魔力ラインをより効率よく接続して稼動させる事によってこちらも大体の改善は出来た


しかし、全てが順調という訳ではない。



(……やっぱり、そろそろ厳しいわね……)



今のアリシアは、未だに死者というカテゴリから外れる事の出来ない存在だ
如何に物理的な干渉を出来ようとも、その在り方はとても生物とは呼べないモノだ。

食事を必要としない
年を取らない
血も臓腑も意味がない
新たな生命を宿す事もできない


生物として根本的な軸とも言えるコレらの事に対する解決方法を、未だにプレシアは発案出来ずにいた。


結論から言えば
今のプレシアが持つ技術なら、「見せ掛け」だけならコレらの事の大半は解決できる。

見せ掛けだけの、張りぼての様な存在で良いのなら……プレシアはコレらの事を大凡解決する事ができる。

だが、それでは意味が無い。
中身のない張りぼての様な、空虚な見せ掛けだけの贋物を義骸に取り込んだ所で……それらは何れ、絶対に、確実に、綻びと歪みを生む。


嘗て、自分が手がけた次元航行駆動炉「ヒュードラ」の様に

それらが生む綻びと歪みは、確実に何らかの不利益を生む。



(……でも、正直手持ちのカードだけじゃ、限界が見えて来ている……)



だが、未だに解決策が思い付かないのも事実
有機質と魔力粒子をベースにした仮初の肉体、魔力ラインを主軸にした神経と感覚の接続

コレらは既存の技術からプレシアが応用し、複合させ新しく確立させた理論
元となった「一」を使って、プレシアが新たに作り出した「一」に過ぎない。


だが、今の壁はそれよりもワンランク難易度が高い。


何故なら……元となる「一」がない。
更に研究と調べを進めればあるかもしれないが……現段階ではプレシアの手札にその「一」は存在しない。


(……ま、焦っても仕方が無い、か……)


粗方の考察を終えて、プレシアは思う。

既に、次の手掛かりの一端は掴んでいる
それにこういう時は焦って事を急いてもロクな結果にならない事は、過去の経験で嫌と言う程に学んでいる。

自分とアリシアも、今の所は霊体としては安定している
余程のイレギュラーが起きないかぎり、暫くは存在していられるだろう。



「おかーさーん、こっちこっち! こっちにすごくキレイなお花が咲いてるよー!」

「あら本当、どれどれ?」



そこまでの事を考えて、プレシアは一旦思考を中断する。

今は、この時を楽しもう
今はこの家族水入らずの時間を、心から楽しもう

そしてプレシアは、その足を進めた。











「…………成程、中々に興味深い解釈だな」

その書庫の中、ウルキオラは手に持った書物を読みながら唸るように呟いた。
ウルキオラが今手にしている本は、魔力構成とその構築式の基礎構造を記載した本だ。

あの時の庭園の闘いで、学習したのは何も管理局やプレシアだけではない
ウルキオラもまた、魔法に対する大凡の評価を改めていた。

あの闘いでの、自分の失態と過失
それを認め、改善を行う上では……やはり、魔法に対する考察と評価は必要不可欠な事だった。


「……やはり、要となるのはデバイスか……」


プレシアやフェイトが持つ杖・デバイス
一口にデバイスと言ってもインテリジェントデバイスやストレージデバイス等、幾つかの種類がある様だが、これは今は置いておこう。

死神が扱う鬼道と良く似た特性を持つ魔法
しかし死神の鬼道とは違う特性を魔法は持つ

基本、死神は特殊な術を組まない限り道具を術に用いる事は無いが……この魔法は違う。

一つの例を上げるとするならば、インテリジェント・デバイス
ミッドチルダ式魔導師の一部が扱う意志を持ったデバイス。

恐らく、フェイト・テスタロッサとあの白い魔導師が持つデバイスがこのタイプだろう

ストレージデバイスは魔法を詰め込んでおく記憶媒体でしかなかったのに対し、このインテリジェントデバイスは発動の手助けとなる補助装置、その上状況判断を行える人工知能も有している。

それ自体が独立した知能を持つため、その場で状況判断をして魔法を自動起動させたり、主の性質や力の水準によってオートで出力を調整したりも出来る。
そして人工知能を有しているため、インテリジェントデバイスは会話・質疑応答もこなせる。

意思の疎通出来れば、魔法発動における威力、到達距離の調整、同時発動数の増加、詠唱破棄での発動、以上における高い実用性と実践性を期待できる。

高い汎用性と応用力、そして潜在能力を秘めたデバイス
基本単体で術や力を扱う破面や死神との一番の違いがコレ、そう言っても過言ではないだろう。



「……だが、その分弱点が丸裸だ」



ウルキオラは呟く
魔導師はデバイスという強力な武器によってその潜在能力を惜しみなく引き出せるのなら、それを封じてしまえばいい。

奪う
破壊する
肉体から外す

ウルキオラが思い付いただけでも、これだけの解決策がある。

例え相手がプレシアクラスの実力を有していたとしても、デバイスさえ無力化してしまえばその戦力を半減できるという訳だ

粗方の考察を終えて、ウルキオラはその本を閉じる
そして、新しい本に手を伸ばそうとして


(……静かだな……)


パラパラと手に持った本のページを捲りながら、ウルキオラは思った。



(……存外、静か過ぎるのも落ち着かないものだな……)



その静寂な書庫で一人読書に費やす中、ウルキオラは言葉では言い表せない「何か」に不思議な物足りなさを感じていた。





















「おはよー、アリサちゃんすずかちゃん」


朝日が照らす町の中、少女は友人に向かってそう言い放った。
そしてその少女の言葉に反応して、その友人の二人も顔に笑みを浮べて


「おはよう、なのはちゃん」

「おっはよー、なのは」


青みがかかったウエーブのかかった髪の少女と、金髪のロングヘアーの少女がそう返す。
そして朝の挨拶を交えながら、その少女・高町なのははその二人に駆け寄った。


「ねえねえ、あのフェイトって娘からビデオメールは来たの?」

「うん、昨日新しいのが来たよ。それでね、フェイトちゃんも二人に会いたいって言ってから、二人も一緒にビデオメールどうかなって」

「え、本当? やるやる!」

「うんうん、私もやってみたい」


三人はそう言って、朝の談笑を交わしながらスクールバスの来訪を待っていた

あの時の庭園での決戦から早数ヶ月、季節は巡って新しい学期も始まった九月の終わり
高町なのはは、日常に戻ってきていた

あの時の庭園での闘いの後、なのはとユーノはリンディから感謝状の表彰を受け、再び日常に帰って来た。

あの激動とも言える日々も終わって、高町なのはは再び日常の中で平穏を過ごしていた
しかし、完全になのはは日常に帰って来た訳では無かった。


それは、なのはが密かに身に付ける赤い宝玉……インテリジェントデバイス・レイジングハート
とある事件を切っ掛けに相棒となったその宝玉と、少し逸脱した日常を過ごしていた。


例えば早朝、朝の四時半
なのはは寝ぼけ眼を擦りながら起床、その後野外にて朝食までの二時間を魔法の練習で過ごす。

朝の六時半、家に帰って家族と共に朝食
だが、この時もなのはは練習を中断している訳では無い

一見のんびりとした風景に見えるこの朝食中も、なのはの体には身に付けたレイジングハートによる魔力の負荷が掛かっている。
それにより日常の一挙手一投足にも負担がかかる状態になり、一種の養成ギブスの様な状態になっているのである。

並みの魔導師では歩行する事ですら困難なこの状態でも、なのはは日常生活を送っている。


そして授業中、この時もなのはの訓練は続行している。


(……レイジングハート、今日もお願い……)

『Ok,my master』


なのはは授業に聞き入りながらも、魔法の訓練を続けている
二つ以上事柄を同時を思考・進行を行うマルチタスクは戦闘魔導師にとっては必須スキル

高速移動しながら防御・攻撃・回避をしながら次の魔法の発動準備、これらは日頃の訓練量が顕著に現れる。

レイジングハートが送信する仮想戦闘データを元にするイメージファイトを行っている
飛翔、捜索、攻撃、防御を主軸にする空戦魔導師は高度な戦略と高速思考を必要とする

故にレイジングハートから送られる戦闘イメージは、なのはに実戦に限り無く近い経験をなのはに与え、なのははそれを日々の戦闘経験値して吸収していく。


「ふー、やっとお昼の時間だねー」

「そんじゃ二人共、屋上に行くわよ」

「あ、待ってよ二人共―」


友人や家族との一時では流石に自重はするが、それ以外の時間はなのははほぼ訓練に費やしていると言っても過言ではない。


塾や家の手伝いが無い日は、その訓練は夕方まで続く
そして宿題・夕食を済ませた後は、更に夜間の訓練へと時間を費やす

夜間は主に高速機動の訓練、高火力・重装甲のなのはは機動系が重いため、日々効果的な機動戦略を研究している。



「よーし、今日の訓練終了」



そしてぐったりするまで訓練した後、訓練を終えて
風呂に入って汗を流した後、なのはは就寝する。


「それじゃ、おやすみレイジングハート」

『good evening my master』


そして、なのはの一日は終わる





……




…………




……………………




………そこは、どこかで見た光景だった………




破壊された世界

赤と黒が入り混じった空間

鼻腔を刺激する腐臭

眼前に広がる地獄

繰り返される永遠の惨劇



そんな地獄絵図の中に、少女は居た。



……ココは、どこ?……



少女は疑問に思う
そして次の瞬間に声を出す。


……ユーノくん! クロノくん! フェイトちゃん!アルフさん!……


呼ぶ、その名を呼ぶ


……エイミィさん! リンディさん! リニスさん! リーゼさん!……


呼ぶ、友の名前を、知人の名前を


そして、少女の望みは叶う
少女が探していた人物は見つかる。



……え?……



彼女は、見つけた。


……ユ、ノ、くん? クロ…ノ、くん?……


物言わぬ肉塊となった、赤い水の中に沈む二人を


……アル、フ、さん? リ、ニ…スさん?……


八つ裂きにされ、肉片の集合体となったその二人を


……リンディ…さ……リ、ゼさ……エ……ミ……さ……


原型すら留めない、赤い「何か」となった仲間達を



……あ、あ……あ……あぁあああ!!……



恐怖する

絶望する

その光景に

その世界に


少女は、心の底から絶望する。



――何だ、また来たのか――



その声が響き、彼女の恐怖は一気に跳ね上がる。


その眼に映るのは、黒い双翼、緑の瞳、白い肌
この地獄を作り出した張本人である、白い死神。



――学習能力のない奴等だ――



そして、死神は手に持っていたソレを少女へ向けて投げ捨てる。

それは、一人の少女
長い金髪が特徴の、黒いバリアジャケットを纏った……赤い血に染まった、一人の少女。


……フェ、い……と、ちゃ……


少女は、恐怖する
少女は、絶望する


――前に言った筈だ、死ぬが嫌なら初めから戦場に出てくるなとな――


そして、死神は翠剣をその手に形成する。



――今度は、逃がさん――



死神は、少女の眼前に現れる
そして、その剣を少女に向かって振り下ろし



そこで、彼女の眼は覚めた。



「……っ!!!」



意識が覚醒すると共に、その布団の中で彼女は震えた

痙攣する様にガタガタと体を震わせて、極寒に耐える様にガチガチと歯を鳴らし
孤独に耐える様に目には涙を浮かべ、その身を守るように体を抱いていた。


呼吸が荒くなる
汗がダラダラと流れる

彼女は思う
あの日、自分が死ななかったのは……運が良かったからだと

あの日、自分は偶々死ななかっただけなのだと

あの日、自分は死んでいた
あの日、自分は確実に殺されていた

何か一つでも歯車が欠けていたら、自分は確実に死んでいた。


……こわい……


彼女は、高町なのはは、確かに日常に帰って来た
だがそれは、完全な形で帰って来た訳ではない

その心には、確かな傷跡を残していた。



――死ぬのが嫌なら、最初から戦場に出てくるな――


……コワい……


一週間に一度あるかないかの割合だが、なのははこの悪夢を見る


……恐い……


それは一つの可能性、一つでも歯車が違っていたら自分達が辿っていた一つの結末


……ウルキオラさんが、恐い……


その悪夢に苛まれるのは、それを見た一晩だけ
後30分も経てば、彼女は再び眠りに落ちているだろう
翌朝には彼女は「嫌な夢」を見た程度にしか、その悪夢の内容を覚えていないだろう。



……恐い……



しかし、この時の彼女は思った
この悪夢を見たこの瞬間、なのはは思った。


……闘うのが、恐い……






















その薄暗い部屋の中、その男は宙に展開されるそのモニターの映像に視線を注いでいた。
そのモニターに映るのは、白い人影とその人影と立ち向かうようにして対面する八つの人影

そして、向き合った二つの勢力は闘いを始める。

激突する力と力
閃光の様な軌道を描く白銀
電撃の様に奔る白い影

そして、全てを飲み込む翠の砲撃

モニター越しでも圧倒的脅威と破壊的暴力が伝わって来る程の闘いが、そのモニターに映し出されている。


「全く、偶然とは恐いモノだ。手慰み程度の気持ちでバラ撒いておいたサーチャーが、こんな興味深いモノを映してくるなんてね」


クククと、その溢れんばかりの愉快さと楽しさを隠し切れない様に口元を歪めて、男は語る。

その男が、『ソレ』を知ったのは単なる偶然だった
研究の合間に思い付いた新型サーチャー
ステルス機能を持ち、対迎撃魔法用プロテクトとその他新機能を兼ね揃えた新型サーチャー
ソレを試運転するために、男は適当な次元世界に幾つかバラ撒いた。

そしてサーチャーをバラ撒いた後、男は再び研究に没頭してそのサーチャーの事をすっかり記憶の片隅に追いやっていた。

それから一月ほど経った頃だろうか?
男は自分がバラ撒いたサーチャーの事を唐突に思い出し、今までの自分の手元に送られてきた映像を適当に流し見ていた。


そんな最中だった、その映像を見つけたのは。


それは、白い魔導師
圧倒的実力と暴虐的魔力を有した、白い魔導師

デバイスもなしに単身でSランク級の魔導師を多数同時に相手にしながらも、容易く一蹴した白い魔導師


その映像を見て、男はその存在に興味を抱いた。

その翠の閃光に
その白銀の軌道に

そして、その白い存在に

男は、溢れんばかりの興味を抱いた。


そして、行動に移した。
自分の胸の中に燻り猛る飢えと渇きを満たすため、己のその無限の欲望を満たすため、その男は行動に移した。


「クク、こう言うのを『賽は投げられた』……と、言うのかな?」


男はこの数ヶ月の自分の行動を思い返し、そして再びその口元を愉悦に歪める。

機は熟しつつある
使える素材は見つけた
利用できる駒は確保できた

必要なモノは揃えた

既に種は撒き終わっている
撒いた種には水を与え、十分な養分を与え、既にその芽は顔を出している。



「さーて……彼女達は上手くやってくれるかな?」



男は呟く。

果たして自分が投げた賽がどの様な目を出すのか
自分が撒いた種がどの様な花を咲かして、実をつけるのか

薄暗いその研究室の中
男はその期待と愉悦を心から噛み締めていた。





















「……どういう、事?」

草原から突き出る高台の様な丘に、その女は立っていた。

肩にかかる程の金髪のショートカットが特徴の、白と緑の布地を基調にした帽子と服に身を包んだ若い女だ
その女は、目の前光景を見ながら、唖然としながら呟く。

そこは、とある次元世界
彼女はとある目的を果たすため、その目的の糧となる獲物を求めてこの次元世界にやってきた。

彼女の目的を果たす上で、この次元世界は都合が良かったからだ。

しかし、彼女の目の前の映る光景は女の予想と期待を裏切るもの
正に破壊、殲滅、そんな表現が似合う光景だった。

抉られ破壊された大地
薙ぎ倒され蹂躙された樹林
確かな闘争の痕跡を色濃く残すその光景


「……一体、何が起きたの?」


冷や汗を拭い辺りを見回しながら、注意深くその足を進めながらその女は呟く
そして女はサーチ魔法を展開させて、周囲の状況を調べる。

少し離れた所に幾つかの魔力反応を見つけて、女は行動を開始する
予期せぬ襲撃に備えて飛行はせず、十二分に警戒して守りを固めて、行動を開始する

一旦撤退する事も考えたが、女はこの光景と捕らえた魔力反応がどうしても気に掛かり、行動を始めた。


そして、その先々でソレ等を見つける。



「……な!」



思わず驚愕の声を上げ、目を見開く。
そこにあるのは、巨大な体躯

その体を破壊され、その体の至る所から出血し、死に体同然と成り果てているモノ。


「……まさか!」


そして女は確認する
その周囲を自分の足で、目で、調べて回って、そして見つける。



(……角龍ディアブロス、鋼龍クシャルダオラ、黒龍ミラボレアス、轟龍ティガレックス……
……どれも一流魔導師が複数人で対処する危険指定魔獣じゃない!……)



自分がざっと見つけた、まだ辛うじて生きているの「だけ」でもこれだ
自分のサーチ魔法に反応しなかった、既に屍となったモノの事も考えると……数はその数倍と判断すべきだろう。


(……複数の龍種がここまで一箇所に集まるのは、普通では考え難い……)


龍種とはその対処もそうだが、それ以上にその発見が困難な種族だ
限られた次元世界にて、大概は秘境とも呼ばれる人里離れた場所で、基本単体で極少数が他の生物を狩って生息している種族

この様に、多数の龍種が一箇所に集まるなんて事は……先ず、有り得ない

現に自分達もここまで龍種が一箇所に集まる場面に遭遇した事なんか、今まで一度も無い。



(……つまり、此処で何かがあった……そう判断するべきね……)



その現状を見て、彼女は冷静に思考する
つまり、此処で何かが起きた。


多数の強大な魔獣を引き寄せる程の「何か」が、此処で起こった
そして強大な力を持つ龍種をここまで破壊し、蹂躙した「何か」が、此処で起こった。


(……とりあえず、さっき見つけた四体から蒐集して……一旦撤退すべきね……)


予期せぬ形で大きな収穫を得られたのは喜ばしいことだが、あまり手放しでは喜べない状況なようだ。

長居は無用、そう判断して女は手早く「ソレ」を行う
ソレを粗方終えて、撤退しようと準備を進めた所で



「……え?」



その存在に気づいた。


「……人?」


それは、地面に倒れ伏す血に塗れた人影
自分のサーチ魔法に辛うじて反応する程度に弱まり、傷ついた、一つの反応。

その存在を、改めて視界に納める
距離は10m程度にしか離れていない、故にその姿の全容が彼女の目に映る。

赤い血に染まった、白い服、青い髪の人影を確認して
彼女の中に、とある考えが過ぎる。


(……あの傷跡はティガレックスの……じゃあまさか!……)


その考えに、その答えに彼女は辿り着く。


そして次の瞬間
ギロリと、その人影は彼女に振り向いた。





















「うーん、そろそろ良い時間かしら?」

時刻を確認しながら、プレシアは呟く
未だ自分の娘は跳ねる様に花畑で駆け回っているが、もう結構な時間だ

そろそろ、一旦隠れ家に帰還した方が良いかもしれない。


「アリシア、そろそろ帰るわよ」

「えー、もう?」


跳ねる様に動かしていた体を一旦止めて、残念そうな表情で呟く
そんなアリシアを見て、プレシアはクスリと微笑んで


「だってあまり遅くなると、ウルキオラが寂しがっちゃうかもしれないわよ?」

「……あー、そっか。じゃあ帰る!」


その言葉を聞いて、アリシアは素直に頷いてプレシアの元に駆け寄る
そしてダイブする様にアリシアはプレシアの胸の中に飛び込んで、笑みを洩らす。


「あらあら、どうしたのアリシア?」

「えへへー、抱きついちゃった!」


照れくさそうに、それでも何処か楽しげに微笑むアリシアを見て


「全く、アリシアは甘えん坊ね」


そう言って、プレシアも柔らかく微笑んでアリシアの頭を優しく撫でる

プレシアは思う
やはり、偶にはこういう家族水いらずの時間も悪くない。


「ねえアリシア、今度出かける時はドコに行きたい?」


手を繋いで、二人は帰路を歩く。
空間転移を使っても良いが、やはり久しぶりの「親子二人の帰り道」と言うのもやっておきたかったのだ。


「うーんとね、実は、一つだけあるんだけど……」


何処か遠慮するように、躊躇いながらアリシアはプレシアを見て
プレシアはそんなアリシアを見て、少し可笑しそうに微笑んで


「こーら、子供が変な遠慮はしないの。大丈夫、大抵の場所ならお母さんが連れてって上げるわ」


安心させる様にプレシアは言って


「本当! それじゃあね、遊園地!」

「……遊園地、か……」


その言葉を聞いて、プレシアはとある出来事を思い出す
それは、生前のアリシアとの最後の会話

仕事が終わったら、一緒に遊園地に行こうと言う約束

あの日から、ずっと果たされていなかった約束


その事を、プレシアは思い出して


(……実体化だけなら、今のアリシアは問題ない……管理局の影響が強い次元世界は厳しいけど、管理局の目が薄い……
……例えば、第九十七管理外世界の遊園地とかなら何とかなるわね……)


頭の中で、大凡の考えを纏めて、プレシアは結論づける。


「うん大丈夫。少し準備に時間が掛かるけど連れてって上げる」

「本当! やったー!」


そのプレシアの言葉を聞いて、アリシアは嬉しさを抑え切れない様にピョンピョン跳ねて


「じゃあね、じゃあね! その時はウルキオラも一緒が良いな!」

「……ウルキオラと、一緒?」


そのアリシアの言葉を聞いて、プレシアの頭の中でとある映像が過ぎる。


自分達二人と、遊園地の中を歩くウルキオラ
可愛らしいマスコットキャラと自分達と、肩を並べて写真を撮られるウルキオラ
遊園地のアトラクションを嫌々ながらも渋々と言った感じで、アリシアと共に乗るウルキオラ


「ブプッ!!!」


その一連の光景を脳裏に描いて、プレシアは思わず噴出した。
その余りにも似合わない
その余りにも激しいギャップ
シュールの極みとも呼べるその光景を想像して、思わず噴出してしまったのだ。


「? どうしたの、おかあさん?」

「……ブ、う……っ!……な、なんでも……ない、わ……」


口元を押さえて、必死に笑いを堪える。



……面白い……

……コレは実に面白い……

……リスクもあるが……それ以上に、コレは一見の価値がある……



そんな風に口元に笑みを浮べて、プレシアは考える。


(……とりあえず、ウルキオラ用の義骸を作る必要があるわね。
……ウルキオラのデータは研究の時に十分な程に収集したから……顔を少し変えて、魔力フィルターを付ければ何とかなるわね……)


アリシアと共に手を繋ぎながら、プレシアは帰路を歩く。

親子二人は、並んで帰路を歩く。


二人は、日常の幸せを噛み締めていた
一度失ってしまった幸せだからこそ、再び手にする事が出来た幸せだからこそ、二人は噛み締めている。

彼女達は、平穏なる日常にいた

彼女達は、幸せな時を過ごしていた



……こんな時間が、ずっと続けば良い……



彼女達が願った事は、特別な事ではない

どこにでも、ありふれた願いだった



しかし、









「……っ!!!」









頭の中で、危険信号が鳴る。

プレシアはソレを察知する
プレシアはその反応を捕らえる

それは、魔力の反応
この周囲一体を包み込む様に展開された、結界魔法。



「……おかあさん?」

「アリシア、動かないで……おかあさんから離れないで」



プレシアはポケットから紫の宝玉を取り出す

それとほぼ同時だった
その声が響いたのは。






「そこの二人、止まれ」






日常に、罅が入る音がした

平穏に、亀裂が入る音がした



「…………」


プレシアは、声の発信源に視線を移す
そこに居るのは、宙に佇む一つの影

赤い帽子、赤い服、そして赤い髪の一人の少女
その赤い少女、その手に無骨なハンマーの様な物を携えて、二人を見下ろしていた。


黒い魔女と赤い少女は、互いに向き合う

それは、一つの終わりを告げる合図だった


それは日常の終わりを告げる、一つの合図だった。



















続く



















後書き
 次回より、リリカルホロウ新シリーズ「モンスターハンターG」が始まり……ゲフンゲフン、スイマセン、変な電波を受信しました。

今回より、リリカルホロウもA’s編に突入、気が付いている方も多いと思いますが、本編の時系列は九月の終わり、原作A’sとはかなり異なっております。
そこら辺も次回以降で説明しますが、今回は割愛させてもらいます。
ちなみにプレシアさんがウルキオラを無理に外に連れ出さなかったのは、可能な限りリスクは少なくしようと思った思考によるものです。

断じて嫌な予感を感じたとかそういう事ではありませんからね!(必死)


そして、原作主人公のなのは
なのはに関しても、少々原作とは違う仕様になっております。
なのはさんにどうやら、少しトラウマが出来てしまったようです。

ぶっちゃけ何の訓練も受けていない九歳の子供があんな体験したら、トラウマの一つや二つくらい出来ると思ったので……。
ですがなのはさんはあの夢の内容は殆ど覚えていません、あくまで「恐い夢」を見た程度にしか覚えてない感じです。(何故か知らないけど、夢の内容って殆ど思い出せない事が多いですよね)


そして、とある次元世界に関してですが……コレに関しては後書き冒頭で書いたネタがやりたかっただけで、他意は無いです。
ただ自分もあのゲームには凄いハマっていたんで、どうしてもネタで使いたかったんです。


そして最後の展開に関してですが、これ思いっ切り立ってますよねー
思いっ切りフラグが立ってますよねー……

そんなこんなで、次回に続きます。









[17010] 第参拾番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/10/05 19:42




陽が僅かに西に傾き始めたその空間にて、黒い魔女と赤い魔女は互いに向き合う。


「……随分と、物騒な物を持ってるわねお嬢さん?」


その赤い少女を見定めて、プレシアは呟く。
その少女に言葉を投げ掛けながら、プレシアは更に考察を続ける。


(……どうやら、この結界を発動させたのはこの娘みたいね……)


その少女から発せられる魔力を感じ取りながら、プレシアは結論づける。


(……魔力圧、雰囲気、結界の質から察するに…この娘、相当場数踏んでるわね……)


その赤い少女から発せられる魔力、その力量は低く見積もってもAランクは軽く超えている
それに、今自分達を囲んでいるこの結界の質も相応に質が高い

そして持っているハンマーの様な得物、あれは恐らくデバイスだろう

ハンマーを持つ真っ赤なバリアジャケットに身を包んだ幼い少女、通常ならどこか滑稽にも思える光景だが
その姿に不思議と違和感はない。

その少女の持つ魔力、雰囲気、そして自分の経験と勘がこの赤い少女は普通の少女でない事を訴えている。


そして、更にプレシアは考える。


(……さーて、何が狙いかしらこの娘……)


プレシアは、自分達が狙われる理由をざっと考える。
この少女は、自分を「プレシア・テスタロッサ」と知っているのか否か


(……事と次第によっては、かなり面倒な事になるわね……)


その赤い少女、その雰囲気から察するにどうも穏やかではない
そして自分の傍にはアリシアも居る。

故に、プレシアは密かにデバイスを起動させる
結界の解析と、その解除を静かに行う。


(……ジャミング機能付きの多層結界……厄介ね……)


チっと、心の中で舌打ちする。
それにこの結界、自分が良く知るミッドチルダ式の結界とは構造自体が異なる
故にその解析に時間が掛かり、ここから離脱するにも時間と手間を要する。

嘗てフェイトに渡した様な空間転移専用のデバイスがあれば話は別だが、今はソレは手元に無い。


(……一応、『念には念を』入れておいた方が良いわね……)


大凡の考えを纏め上げて、プレシアは密かに静かにソレを行う
そしてそんなプレシアに対して、赤い少女が動く。


「突然でワリーんだけどさ、少しの間大人しくしてくれねーかな」


赤い少女が得物を構え、その片方の手に四つの小さな鉄球を持つ


「……そうね。先ずは事の説明をしてくれると個人的にはありがたいわね」

「そっちの方が早く終わる……そういう事だ、よ!」


次の瞬間、その赤い少女は手に持った鉄球を弾丸の様に射出する。


「……っ!」


その鉄球は少女の魔力を纏い、赤い光弾となってプレシアとアリシアに襲い掛かる。


「……ちっ!」


少女に次いでプレシアも動く
即座に紫電の防御幕を展開して、四つの赤い光弾を全て受け止める

しかし


「アイゼン! カートリッジロード!」

『yes sir!』


赤い少女が得物を構えて一気に間合いを詰める
少女が構えたハンマーの様な得物は「ジャコン」と言う音と共に、そのハンマーの形状が変わる。
ハンマーの片側に噴出口の様な物が形成されて、そこから一気に魔力が放出され、ブースターの様にハンマーは加速する。


『Raketen hammer』

「ぶっ潰せぇ!!!」


その魔力、その威力、正に必殺
その赤い少女の必殺の一撃は赤い光弾を受け止めていた紫電の防御幕に一気に食い込んで、
それに罅が入り、亀裂が走り


そして、プロテクションは音を立てて粉々に砕け散った。


その両腕に、重い衝撃が走る
その衝撃、反動、手応え、それら全ての要因がその赤い少女に「直撃」と「勝利」を教えていた。



――だが



「――随分と、せっかちなお嬢さんね」



その瞬間、ソレらは一気に崩れ去る。


「んな!」


少女は思わず驚愕の声を上げる。

届いていなかった
その少女の一撃は、相手に届いていなかった。

その赤い少女とその母子の間に展開されていた紫電の壁に、その一撃は完全に塞き止められていた。


「二重の、プロテクション……!」


少女は瞬時にその答えに辿り着く
最初のプロテクション……アレは元々、捨て駒だったのだ

最初のプロテクションで威力と衝撃を軽減させて、二枚目の「本命」で完全に止める


「カートリッジシステムを組み込んだデバイス……『ベルカ式』か、まさか現物をこの目で見れる日が来るなんて思わなかったわ」

「……くっ!」


その予想外の結果に、少女は即座に距離を取ろうとするが


「……あぐ! が! ぐあああああぁぁぁぁぁぁ!」


その体に、電撃が流れる
紫電を帯びたプロテクションから、その少女の得物を通して電撃が少女の体を襲う

その痺れるような激痛が体中を襲い、少女の顔は苦痛に歪み


「……貴方の目的とか、ここからの脱出方法とか、この娘の安全とか考えて、
色々と聞きたい事とか言いたい事があったりしたけど……今の私の正直な気持ちその全てを
この一言に纏める事にしたわ」

「……な、に?」


紫電越しに、赤い少女は目の前のプレシアと向き合う
プレシアは口元を微笑む様に形作り、ゆっくりとそして真っ直ぐに少女に向き合って






「―――図に乗るなよ小娘が――――」







ゾクリ、と鳥肌が立った
その目を見た瞬間、赤い少女の体に悪寒が走り体中が総毛立つ。

そして次の瞬間、少女の体が弾かれる様に後ろへ飛ぶ
その予期せぬ衝撃に赤い少女の体は木の葉の様に凪ぎ飛ばされ、ザザザと地面を抉りながら着地をする。


「……おかあ、さん……」


ギュっと、アリシアはプレシアにしがみ付く
先程までのやり取りで、幼子と言えど自分達の身に何か良からぬ事が起きている事を察知した様だ

アリシアは不安げな表情を浮かべ、プレシアの顔を見る。



「大丈夫よ、アリシア」



プレシアは、そんなアリシアに微笑む。



「貴方は、おかあさんが守るから」



そして、その頭をそっと撫でる



「お母さんは、とっても強い魔導師だから」



プレシアが手に持った紫の宝玉が、魔力光を宿して輝く
魔力光はアリシアの周囲に集まって、光の砦となる。



その魔力光は、更にプレシアを包み上げる。



「……セットアップ」

『OK master』



紫電が轟く、魔力が奔る
その体は黒衣のバリアジャケットを纏い、その片手には一つの杖が握られている。


「だから、安心して待ってなさいアリシア」


その目に戦意の光を宿して、その胸に確かな意志を宿して、

愛する娘を守る為に
黒い魔女と赤い少女の戦いが始まる。











第参拾番「大魔導師VS鉄槌の騎士」












そこは、どこかの世界のどこかの空の上だった
夕闇に沈みつつあるその世界で、眼下に広がる景色に視線を置きながらその女は宙に佇んでいた。


「……そっちの収穫はどうだ、シグナム?」

「……ザフィーラか……」


シグナムと呼ばれた桜色の長い髪をポニーテールに纏めて、甲冑を着込んだ女が振り向く。
その視線の先には筋肉質な体に青い服に身を包んだ、短い銀髪から犬の様に長い耳が突き出た男が佇んでいた。


「……今一つだな。多く見積もって三ページと言ったところだ……そっちは?」

「こっちも同じ様なものだ。やはり、管理局の目が届かない管理外世界では収穫は思わしくないな……」


どこか口惜しい様に、ザフィーラと呼ばれた男は呟く
その意見にシグナムと呼ばれた女も思う所があったのか、僅かに考えて


「……だが、コレがまた最善なのも事実だ。下手な行動をして管理局に目をつけられれば……それこそ、我々は打つ手が無くなる。
それにまだ時間はある、ここは焦らずじっくり確実に事を進めていく方が懸命だ」

「急いては事を仕損じる、か……」


ザフィーラはそう呟いて、改めて視線を移す
既に陽は落ちて、空は夕闇に包まれ始めている……そろそろ、帰還を考えなければならない。


「……主の帰宅は何時だったか?」

「夕食はご友人の家で馳走になると仰っていたからな。
迎えは要らないそうだから、早ければ後二時間ってところだろうな」

「……そうか。ヴィータのヤツはさっき大物を見つけたと報告があったから、そちらが終われば合流するだろう
後はシャマルだが……ん?」


そして、シグナムは何かに気付いた様に声を上げて


「……妙だな……」

「どうした?」


顎に手を置いて僅かに集中する様に瞼を閉じるが、その顔にはどこか不安がある。
そんなシグナムを見てザフィーラが尋ねて、そしてシグナムが答える。


「何故だが知らんが、シャマルと連絡が取れん」
























「……が、は!」


中空で幾重にも爆発が起き、その苦悶の声が響いた
閃光が弾けるように行き交い、衝撃が乱射する様に発生していた。


戦いは、一方的だった。


余りにも一方的に
黒い魔女が、赤い少女を圧倒していた。


「はあ、はぁ、ぐ……くっ!」

「……粘るわね。大人しく尻尾巻いて逃げるのなら、見逃して上げてもいいわよ」


黒い魔女が、誘うように呟いて


「……ふざ、けんな……っ!」


その言葉を聞いて、赤い少女は激昂の表情を浮べて叫ぶ。


「なめんじゃねええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


轟くように少女は吼えて、得物を構えて飛ぶ
その刹那、紫電の弾幕が赤い少女に雪崩れ込む。


「うおおおおおぉぉおおおおおおおおおおっぉおおおおおおおおぉぉ!!!!」


機関銃の様に撃ち込まれる紫電の弾丸を、赤い少女は瞬時に撃墜する
その鉄槌が縦横無尽に駆け回り、閃光の軌道を描きながら己の身を襲う脅威全てを撃ち落す。

しかし


「ほらほら、足元がお留守になってるわよ」


更に三つ、紫電の光弾が射出される
低空飛行で地面を駆けて、少女の両足を襲う。


「……ぐぅ!」


少女は飛ぶ
迎撃は間に合わない、回避の方が手っ取り早いと踏んだからだ


だが!



「ああ、そこは罠があるから気をつけた方がいいわよ」



次の瞬間、空中に幾何学模様の魔法陣が浮かび上がる。


「な!」


少女が驚愕の声を上げる
突如少女の頭上に現れた、紫電の大剣
まるで神話に出てくる巨人が扱う様な山をも両断する様な剣。


『giga slash』


その大剣が振り下ろされる
風をも追い抜く速度で、大地すらも打ち貫く威力で少女に襲い掛かる。


「アイゼン! ギガント・フォーム!」

『yes sir!』


しかし、少女もここで終わらない
瞬時に得物を構えて、ソレは起きる。

少女の持つハンマーは爆発的に巨大化し、そのまま少女は思いっきり振りかぶる。


「ぶっ潰せえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


鉄槌と大剣が激突し、爆発する様な衝撃音が轟く
次の瞬間、少女の両腕に激痛にも似た衝撃と手応えが伝わり、紫電が体に流れる。


「ぐ! ぐぎ! ぐががっ!」


少女の顔は苦悶に歪み、苦痛の声が思わず漏れ出る
だが


「鉄槌の騎士・ヴィータを嘗めんなあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


少女が咆哮を上げる
両腕を襲う激痛を、体中に流れる電撃を無視して、一気にその鉄槌を振り抜く。

紫電の大剣は砕ける
その刃先から柄の端に至るまで、一気に粉砕する。



「はい、完了」



その声が、冷たく響く。

砕けた大剣の欠片は、そのまま幾多の紫電の弾丸に変化して
次の瞬間、少女の背中にソレは突き刺さる。


「……ごっ!」

「そういう大技は、援護してくれる味方がいる時か絶対の勝機に使う物よお嬢さん」


減り込む様に、紫電の弾丸が突き刺さる
ヴィータと名乗った少女の背中に、脇腹に、鳩尾に、顎に、頬に、蹂躙する様に紫電の弾丸が襲い掛かる。



「ぐ、げ、が!……ごほっ!」



その衝撃に耐え切れず、ヴィータの体は後ろに飛ぶ様に転がる
吐き気を覚える程の激痛、ビリビリと痺れが残る体、そしてその現状。



(……この女……マジで強え……!)



ゴホゴホと咳き込みながら身を起こして、ヴィータは思う。


(……相性が悪いってのもあるが、魔力が桁違いだ……シグナム以上かもしれねえ……)


体がグラグラとふらつく
顎への一撃が効いているのだろう、視界が定まらず平衡感覚も狂っている。

ハッキリ言って、このまま闘いを続ければ……勝敗は明らか
だが



(……でも、ようやく分かってきた……この女の攻略方が……)



ヴィータとて、ただでやられていた訳ではない
嵐の様な猛攻と暴風の様な魔力に身を晒されながら、これまでの戦いから考察を纏める。



(……この女の戦闘スタイルは典型的な遠距離タイプ……距離を取って、火力に物を言わせて敵を倒すタイプだ……)



火力と魔力に物を言わせた紫電の弾幕、敵の逃走ルートを予測し仕掛けられた罠、
そして相手の間合いには絶対に入らないその戦術

どれも、典型的な遠距離タイプが使うソレだ。


(……魔力を全開にして、一気に突っ込む……間合いに入れなきゃ勝機はねえ、このままじゃあ嬲り殺しだ……)


どちらにしろ、ダメージは避けられない
自分の間合いに入れなければ勝ち目はない。

それに相手はどう見ても自分より格上、無傷で事を済ませること自体が土台無理な話だ
ならば


(……馬鹿げた魔力で機関銃みてぇな弾幕を常時展開してるんだ、その分機動力に割ける魔力は高が知れてる筈だ……)


赤い魔力が奔る
その激流とも言える魔力の奔流がヴィータの体を包み上げる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


風の様に空を翔けて、少女が吼える。


(……肉はくれてやる……だが、骨を潰す!……)


猪突猛進、被弾覚悟、玉砕上等、一発逆転
その猛攻は正にそんな言葉が似合うだろう

紫電の弾幕が彼女の猛攻を迎撃する。


「ウオアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!!!」


赤い少女は、そのまま突き進む
己の侵攻を妨げる光弾のみを迎撃して、一気にその間合いを詰める。

脇腹に光弾が減り込む
太腿に紫電が流れる
閃光が瞼の上を掠める
胸に重い衝撃が走るがそのまま突き進む


(……見つけた! 弾幕の隙間!……)


暴虐の嵐を乗り越えて、ヴィータのその僅かな勝機を掴み取る
黒い魔女の周囲に絶えず展開されていた壁にも似た弾幕に、隙間が出来たのだ

それは余りにも小さく細い隙間
だが、それは今のヴィータにとって十分過ぎる程の隙間



「貰ったあぁ!」



その一歩で、ヴィータは己の間合いに黒い魔女を捕らえる
紫電の弾幕を完全に潜り抜け、黒い魔女を眼前に捕らえる


「ぶっ潰せええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


唸りを上げて鉄槌が振り下ろされる
その必殺の一撃が繰り出される。

回避は不可能、相手の防御ごとまとめて粉砕するその一撃

赤い少女は、己の勝利を確信した。







「――チェック・メイト――」

『delayed bind』








その瞬間、紫電の鎖が現れる。


「……な!」


気が付けば、少女は束縛されていた。


「な、なんだよコレ! クソ、解け……ガぁっ!!」


少女は驚愕する、自分のその現状を信じられない様に声を上げる
その鎖は少女の鉄槌を、四肢を、全身を、瞬時に束縛してその場に縫い止める。


「近距離タイプは単身で遠距離タイプに挑む時、先ずは自分の間合いに相手を捕らえる必要がある」


黒い魔女は赤い少女を見つめて、ゆっくりと呟く。


「だから、距離を詰めてくる。多少のダメージは覚悟の上で、魔力を練り上げて距離を詰める」


魔女の杖の宝玉が紫電の光を宿して輝く。



「――だから、手に取る様に分かったわ。美味しい「餌」を見つけた後の貴方の行動が――」

「っ!!?」



その黒い魔女の言葉を聞いて、ヴィータは気付く。

自分が勝機とみて見つけた、弾幕の隙間
そして、己を束縛する空間設置型のバインド

その意味を悟る、相手の真の思惑に気付く
自分は、まんまと相手の掌で踊らされていたのだ。




「て、てめえぇ!」

「三流は罠に追い込むものだけど、一流は誘い込むものよ……良かったわね、一つ勉強になったわよ」


少女の足元に、魔法陣が現れる
魔法陣は光輝き、少女の体を紫光で照らす。


「アルタス・クルタス・エイギアス……」


そして魔女は、杖を構えて詠う様に告げる。


「英雄殺しの名を持つ凶戦士よ、我が名において咎人を断罪せよ」

『execution』


魔女の杖が呟き
魔法陣から紫電の光柱が聳え立ち、赤い少女を一気に飲み込んだ。


















そこは、どこかの部屋の中だった
その部屋は薄暗く、部屋には僅かな光源しか存在していなかった。

そしてその部屋の僅かな光源
その部屋の中にて幾つか展開されたモニターを見ながら、「ソレ」は考える。



……面倒な事になった……



そのモニターに映る光景を見ながら、その人物は思う
そのモニターに映る映像は、とあるサーチャーから送られてくる映像

自分達の「監視対象」の動きを、逐一チェックするための物
とある「人物」が、何かの役に立つからと……自分達に渡した物。



……仕方ない、もしもの事態に備えて……念には念を入れておこう……



何事にも、イレギュラーというモノは付き物だ
今はまだ時期じゃない……まだ『アレ等』にリタイアされては困る。

予定よりも少し早いが、自分も当事者としてステージに上がっても良い頃だろう

そして、その人物は立ち上がる
次の瞬間、その人物の体を魔力光が輝いて何かを形作る。

それは、バリアジャケット
青と白を基調とした、戦闘用のバリアジャケットだ。


「……行くか」


その人物は呟き、手に持った白い仮面を己の顔にかぶせた。






















「――――っ!!!」

炸裂する様に聳え立った紫電の柱
それを視界に納めると同時に、プレシアの表情は強張った。


(……今一瞬、何かが魔法陣に……それにこの手応え、まさか……!!)

「おかあさん!上!?」

「……!!!」


傍にいる娘の叫びを聞くと共に、プレシアは即座にプロテクションを形成する。

次いで、衝撃
紫電の防御幕と上空からの「ソレ」は火花と放電を撒き散らし、互いに拮抗する

そして、防御幕に罅が入り亀裂が走る。



「……ちぃ!」

「っ!!!」


幕の内から亀裂に向かって、プレシアは砲撃を放つ
乱入者はプレシアの砲撃が放たれるその瞬間、即座に飛び砲撃を回避する。



「……やるな」

「……新手?」



後ろへ飛び、自分と距離を取るその乱入者を見て呟く。
そこに在るのは、三つの人影
赤い少女を抱えた銀髪の筋肉質の男、その二人の横に立つ甲冑を身に纏った長い桃色の髪の女。


「……間一髪だったな、ヴィータ」

「う、五月蝿え! あそこから逆転する予定だったんだよ!」


銀髪の男が低く呟き、赤い少女がどこかムキになって反論する。
恐らくあの銀髪の男が魔法発動前にバインドを破壊しあの赤い少女を助け出したのであろう。


「あらあらお迎えが来たようね。
良い保護者を持っているみたいね、お子様は家に帰って温かいマンマを食べて寝る時間よお嬢さん?」

「……て、てめえ!」


ギリっと奥歯を噛んで少女が反論しようとするが、それを甲冑の女が制する
その様子を見て、プレシアは思う。


(……厄介な展開になったわね……)


表情こそは平常を装っているが、その心の中で舌を打つ
まだ結界の解析は終わっていない、相手の目的も分かっていない、あの赤い少女も仕留められなかった

それに何より、新手の甲冑を身に纏った桜色の髪の女。


(……さっきの一撃、それにこの突き刺さる様に感じる魔力……)


他の二人と比べて、明らかに一線を画している
恐らく、この三人のリーター格と見て間違いないだろう。


「……成程、確かに大物だ。お前が遅れを取るのも頷ける」

「だから! 負けてなんかねえ!」

「だが我等があと僅かにでも来るのが遅れていたら、確実にお前は倒れていたな」

「……ぅぐ」


甲冑の女が静かに呟いて、赤い少女がそれに噛み付く様に叫ぶが、銀髪の男の言葉で黙り込む
そして、再び三人はプレシアと向き合う。


「話は終わった? それならそろそろ帰らせてくれないかしら?
ベルカ式の結界は専門外だから、解析に時間が掛かってなかなか空間転移できないのよ」


まだ、結界の解析は終わってない
故にプレシアは少しでも時間を稼ぐため、とある行動に出る。


「……悪いが、それは無理な相談だ。勝手な事で申し訳ないが、命まで取るつもりはない……故に、少し我らの事情に付き合って貰う」

「随分勝手な都合ね。命までは取るつもりはないから付き合え? 
そんな戯言がまかり通るのなら強盗、強姦、詐欺、脅迫、暴行、拉致監禁に人身売買……大抵の犯罪は見逃される事になるわねえ?

凄い考えねー、ゲロ以下の臭いがプンプンする考え方だわ

今のセリフだけで、あらゆる次元世界の犯罪被害者の殆どは敵に出来るわね。
これが噂の善悪の区別がつかないモラルの崩壊ってヤツかしら? それとも『真性』の方かしら?
少しの間、窓の無い病院のお世話になる必要があるのではなくて?」


その言葉を聞いて、赤い少女のは額に青筋を浮べてその顔は怒りに更に歪む。


(……さーて、これでどの程度時間が稼げるかしら?……)


プレシアが行ったのは実に単純な事、それは言葉による攻撃……即ち挑発
今にも飛び掛りそうな少女を銀髪の男が制し、それを見てプレシアが更に言葉を続ける。



「ああ、そう言えばそこのお嬢さんは自分の事を騎士と言っていたけれど……
何時から騎士って言うのは見ず知らずの親子に対して、通り魔紛いの真似をする糞にも劣る『汚物』を指す言葉になったのかしら?
差し支えなければ、是非ご教授してくれないかしら?」



嘲笑を浮べて相手を煽る、挑発する
相手の自尊心、尊厳を徹底的に嬲り攻撃する。


(……ま、私が言えた口じゃないんだけどね……)


心の中でそう付け加えて
鼻歌を口ずさむ様に相手に暴言を叩き込む、呼吸をする様に悪意を放つ。


「……テメエ、言わせておけば……!!」

「よせヴィータ、挑発に乗るな」


その甲冑の女の言葉を聞いて、ヴィータは踏み止まる。
先の戦闘において、このヴィータはまんまとプレシアに踊らされて罠に誘い込まれた。

このあからさまな挑発が、そしてその経験がヴィータを踏み止まらせていた。

そしてその作用は、他の二人にも及んでいた

プレシアは圧倒的火力を誇る遠距離タイプの魔術師

故に相手のそのあからさまな挑発は、自分達に先手を撃たせる為の……罠に誘い込むための「待ち」の姿勢から来るものだと思ったからだ。

だからプレシアに警戒し、未だ迂闊に踏み込むことが出来なかったのだ。



(……後、少し……後少しで、ここから離脱できる……)



内心冷や汗を流しながら、プレシアは思う。

プレシアにとっての最優先事項は、この三人に勝つ事ではない
何よりも優先すべきことは、アリシアの安全を確保する事……この場から脱出する事だ。

そしてその時間を稼ぐために、プレシアは三人に対して余裕の面をかぶり、挑発する
明らかに自分が三人の攻撃を待っているかの様に、三人の内の誰かが動き攻撃してくる事を今か今かと待っているかの様に振舞う。

万全の状態なら話は違うが……他の二人はともかく、あの甲冑の女とここで戦闘することは避けたい
そしてこの三人をここで同時に相手にすれば、アリシアに危険が及ぶ可能性もその分大きくなる。

故に、プレシアは密かに静かにソレを進める。

そして、その時が来る。


(……!! よし! 解析が終わった!……)


遂にプレシアが待ち侘びた瞬間が来る
その結界の解析が終わる、そして即座にその結界からの脱出を図る。

自分とアリシアの足元に転移様の魔法陣が形成され、二人はそこから離脱する。

正に、その瞬間だった。





「―――――――――え?」





薄氷の様に、魔法陣が砕け散り
空間転移はキャンセルされ、発動しなかった。



(……失敗!!?……そんな! 私の解析は完璧だった筈、それに対しての空間転移の演算も完璧だった! なのにどうして!……)



瞬時に頭の中に浮かぶ疑問、ほんの数秒間プレシアが動揺して狼狽したその僅かな隙間
その絶対の隙を、彼女は見逃さなかった。



「レヴァンティン! カートリッジロード!」

「――しまっ!!?」



気が付けば、プレシアは甲冑の女の射程内に居た。

女の持つ剣に赤い魔力が収束し、烈火の如くその魔力は激しく唸る
回避は間に合わない、故にプレシアは咄嗟にラウンドシールドを形成し一撃に備える。

だが!


「紫電……一閃!!!」

「……な!」


烈火の一刀の下に、紫電の盾が切り裂かれた
先の一撃を大きく上回るその一撃、それはプレシアの盾を一瞬にして紙の様に切り裂く。


そして



「があ! あっ!!!」



その一撃は、プレシアの体に食い込む
閃光の軌道を描いて、プレシアの義骸を容赦なく蹂躙する。


「……おかあさん!」


その一撃の衝撃に耐え切れず、地面に倒れ伏すプレシアを見てアリシアが叫ぶ。



「……すまない。我々も退けぬ事情があるのだ」



そう言って、女は剣を鞘に納める
必殺の手応えだったのだろう、その背中は己の勝利を確信するものであった。



「……ぐ!……がっ!!」


プレシアは立ち上がらない、いや立ち上がれない
今の一撃で、義骸は大きく破損してその能力を上手く扱えなくなっていたからだ。


「……ヴィータ、お前が蒐集しろ。元々お前が見つけた獲物だ」

「……分かったよ」


隙を突かれたとは言え、自分を圧倒した相手があっさり仲間に仕留められたのが気に入らないのか
ヴィータはどこか不機嫌な様子で返事をする。

そして、目的を果たすために未だ地面に倒れ伏す獲物に歩み寄る。


(……マズい! 何をされるか知らないけど、このままじゃマズい!……)


四肢に力を込めるが動かない、それに体中を襲う違和感
どうやら、先の一撃で義骸は致命的なダメージを負った様だ。

そして、あの赤い少女……ヴィータが一歩、また一歩と自分に近づいてくる。


(……諦めて、たまるか!……ここまで来て、ここまで来れて! 全てを不意にしてたまるかああぁぁぁ!!!……)


こいつ等の目的は分からないが、それは大凡碌な事ではないだろう。

ありったけの力を振り絞って、四肢に力を込める
プルプルと痙攣する様に手足が震えるが、それでも徐々に体は起き上がり

そして、あっさりと倒れ伏す。


「……ぐぅ!がっ!!!」

「暫くは立てやしねーよ。シグナムの一撃をモロに受けたんだ、立とうと思っても体がいう事を聞かねーよ」


だが、プレシアは諦めない
何度も体を起こそうとして、倒れて、それを何度も繰り返す。

勿論、ヴィータはそれに付き合ってやる理由も義理もない
手早く自分達の目的を果たして撤退するつもりだった。










「……やめて、よ……」










その小さな少女が、自分達の間に割って入るまでは


「……てめえは」

「あ、アリシア!?」


その金髪の少女を視界に納めて、プレシアが声を上げる
気が付けば、アリシアに張ったプロテクションは解除されていた。

恐らく義骸が受けたダメージによって、魔力の供給に不具合が出たからだろう。



「何をしてるのアリシア! 逃げなさい!私の事はいいから、直ぐに逃げなさい!」

「いや、だっ!!!」

「お願いだから! お願いだからお母さんの言う事を聞いてちょうだい! 直ぐに逃げて!ここから逃げなさい!」

「いやだ!」



その小さな体で、恐くて恐くて仕方がない様に体を震わせながらも、
その少女は母を守るように、その赤い少女の前に立つ。


そして、ありったけの勇気を振り絞って叫ぶ。



「……おかあさんを、いじめるな……!!!」



今すぐ逃げたいのに

恐くて恐くて仕方がないのに

目元には涙すらも浮べて、アリシアは叫ぶ。



「おかあさんに、ひどいことするな!」



それでも、アリシアはそこに立つ
母を守る為に、大切な母親を守る為に、大好きなおかあさんを守る為に、そこに立つ。


「……だま、れ……」


無視をする事は、簡単だった
少女の相手をしないで、目的を果たすことは簡単だった。

だが


「……黙れ、よ」


その声はどこか暗く、そして重い。

ヴィータは、無視できなかった
ヴィータはその少女を、無視できなかった。




「……そこを、どけよ……」



しかし、その顔に今までの覇気はない。


「……どかない……!」

「いいからどけよ!!!」


アリシアの返事を聞いて、ヴィータの声が僅かに激昂する
何故こんな小さな少女の言葉で、ヴィータが激昂したのかは分からない。

ただ単純に、その小さな少女が自分達の邪魔をしてくる事が気に入らなかったのか
もしくは、その少女の行動を見て自分達が行った事に罪悪感を覚え始めたのか。



それとも

必至に母を守ろうとする少女の姿が、自分達が良く知る「誰か」の姿と重なったのか。



「っ! さっさとどけ! いいからそこをどけ!」

「……どか、ない!……絶対にどかない!」


だから激昂した
少女の姿と重なる「誰か」の影を振り切る為に

そこから生まれた後ろめたさと罪悪感を誤魔化す為に



「いいから、どけええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」



だから、短絡的な行動に出てしまった
少女に向かって、空いた片手を振り上げた

少女はその突然の事態に目を瞑るが、まだそこに居る

倒れた母を守ろうと、まだその場に立っている。


だから、振り下ろした
その小さな少女に向かって、ヴィータは思いっ切り振り上げた手を振り下ろした。



そして、振り下ろした手に衝撃が走る





















「――何をしている貴様――」





















突如現れた、自分の腕を掴んだ白い手によって。



「……え?」



その突然の事態に、ヴィータは思わず声を洩らす

そして次の瞬間、赤い何かが飛び散った。

















続く











あとがき どうもお久しぶりです、作者です。更新が遅くなってすいません
過去に類を見ないスランプに陥って、この一話を書き上げるのに一月以上かかってしまいました。
プロットは出来ているのに、どうしてスランプになるのか疑問です(汗)

あとはプレシアさんVSヴィータ戦とそれ以降についてですが、人によってはプレシアさんの攻めがヌルいと感じる方が居るかもしれませんがそれに対しての補足です。

プレシアさんの最優先事項はアリシアの身の安全です。
アリシアの安全>超えられない壁>自分の安全>戦いに勝つ

こんな感じです。ヴィータ戦でも常にアリシアの安全を第一の戦法を取っていた為、追撃できるところで追撃できなかったり、詰めを誤ったたりしちゃった感じです。

あとはヴィータ達に対してのプレシアさんの言葉ですが、原作のプレシアさんなら挑発でもこのくらいの事は言ってくれると思ったのですが、皆さん的にはどうだったでしょうか?

ヴォルケンサイドの事情を知っている人によっては不快感を覚えるかもしれませんが、何卒ご容赦して下さい


次回はなるべく早めに更新できたらいいなと思ってます。





[17010] 第参拾壱番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/10/21 00:13
今回は少々、バイオレンスな描写があるのでご注意ください。



========================================








呆気に取られた様に、ヴィータは呟いた。


「…………え?」


違和感があったのは、ほんの一瞬だった
振り下ろした腕の手首が知らない白い手に捕まれて、急に妙な衝撃と感覚が走り


「――何をしている貴様?――」


その声がヴィータ耳に響き、ゾクリと鳥肌が立ち

次の瞬間には噴出す様に目に映りこんで来た赤い「何か」が見えて、宙を舞っている何かがボトリと足元に落ちて


その正体が、自分の腕だと分かって



「……え? あ? アレ?」



地面に転がっていた「ソレ」とさっきまで繋がっていた所が、赤い何かを沢山吐き出しているのを見て
ソレを理解すると同時に、急にそこが焼けた様に熱くなり……


「…………ァ…………」


そして次の瞬間、ヴィータは叫んでいた。


「あああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


我が身を裂かれた痛みに耐えかねて、その焼ける様な激痛に耐えかねて
ヴィータは無い肘を押さえて蹲る、その惨状に悲鳴を上げる。



「……ったく、来るのが遅いのよ……」



地面に倒れ伏しながら、その黒い魔女が呟く。
どこか忌々しげな表情をしながら、それでもどこか安心した様な表情をしながらも呟く。


「……でも、『念には念を』入れておいて……正解だったわね」


戦闘前、自分が用心の為に出しておいたSOS信号
自分達を覆う結界を解析した時、空間転移の離脱は確かに難しいと分かった。

しかし同時に、次元通信を行うだけならば可能だと直ぐに分かった。


だから、プレシアは念には念を入れて次元通信を行っておいたのだ
自分達の隠れ家へと、そこで待機しているであろう自分の共犯者へと

自身が持つ数ある手札の中でも最強の手札であろう、その存在へと



「貴方もそう思うでしょ、ウルキオラ」



自分の最愛の娘を守る様にして立つ白い存在を見ながら、プレシアは呟いた。













第参拾壱番「鮮血の決闘・十刃vsベルカの騎士」











「……え?」


少女の目に最初に飛び込んできたのは、良く知る背中だった。


「……ウル、キ、オラ?」


その背中が、自分が良く知っている背中だと分かって
其処にいるのが、自分が良く知っている人だと分かって


「おい、何時まで呆けている」

「……ウルキオラ……ウリュギオ”ラ”ー!」


じわりと、視界がぼやけて
少女の中で張り詰めていた物が、緩み始めて


「ウルキオラ!ウルキオラー! 恐かった! 恐かったよおぉ!!!」


自分が助かった事に安堵して、その恐怖の束縛から解放されて
少女は思いっきり声を上げて感情を吐き出し、ウルキオラの体に縋り付く様に身を乗り出して



ガシリと、その顔は鷲掴みにされた。



「……あり?」


そして次の瞬間
ウルキオラは、ソレをブン投げた。


「へ!ちょ!みぎゃああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「……え!な!どうしてこっちに!……ごぶっ!!!」


弾丸の様に射出されたアリシアは、そのまま身を起こそうとしたプレシアに襲い掛かる。
そして咄嗟にプレシアはアリシアを受け止めようとするが、ソレはそのまま腹部に突き刺さり

苦痛の声が響き、二人は地面を転がって


「……ううぅ、世界がまわる~……」

「ちょっと! いきなり何するのよ!」


その顔を憤怒の色に染め上げて、抗議する様にプレシアが声を上げるが
ウルキオラはそれを意に介さず、プレシアに持っていたそれを投げ渡す。


「注文の品だ、受け取れ」


それは一つの宝玉、プレシアが通信の際に頼んだ空間転移用のデバイスだった。


「さっさと行け」


ウルキオラは命令する様に呟く。



「ソレのお守りは、お前の役目だろう?」

「……っ!!」



そのウルキオラの呟きを聞いて、プレシアは僅かに間をおいてコクンと頷いて


プレシアとアリシアは、その空間から離脱する。
そして二人の離脱を確認し、ウルキオラはゆっくりと息を吐いて


「貴様あぁ! ヴィータに何をしたぁ!!!」


背後から迫る、その気配を感じ取って

ウルキオラの頭の中で、黒いノイズが響いた。










「「!!!?」」


その突然の事態を前にして、その二人は驚愕に目を見開いた。

自分達の目に映り込んだ、噴出す様に飛び散る赤い液体
自分達の耳に切り裂く様に響いた、少女の悲鳴

僅かな時間を置いて気付く、その現状を把握する
ヴィータと金髪の少女との間に割り込むように出現した、白い存在を
この事態を引き起こした張本人を


「貴様あぁ! ヴィータに何をしたぁ!!!」


次の瞬間、男が動く。


「!!? よせザフィーラ!」

「ヴィータから、離れろおぉ!!!」


ザフィーラと呼ばれた犬の様な長い耳の浅黒い筋肉質の男が地面を蹴る
仲間の腕を切り捨てた、明らかな敵という存在へと一気に距離を詰めて間合いを犯す。

腕を振り上げて振りかぶる、敵の顔面を見定めて一気に狙いを絞る。


「ウオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」


そして一気に撃ち出す
足から腰へ、腰から肩へ、肩から肘へ、肘から拳へ

その豪腕に全身の力と体重、そして魔力を込めて全力の一撃を繰り出す。





「――ゴミが俺に触れるな――」





翠光が奔る。

男の一撃に合わせる様に突き出した、白い存在の……ウルキオラの指先からその光は放たれる。
その直後、ザフィーラの体は弾かれる様に後方に飛ばされ、地面を転がり


「――微温いな――」


ウルキオラは、小さく呟き
ザフィーラの右腕は、肩口から削り取られる様に消失していた。


「っ!……な! が! ぁっ!ぐがああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


その己の惨状を見て、文字通り身を引き裂かれる様な激痛にザフィーラが叫ぶ。


「何時ぞや闘った獣耳の女共は、この程度の攻撃は楽に捌いていたぞ」


吐き捨てる様にウルキオラは呟いて大地を蹴る、ザフィーラとの距離を一気に詰めて鳩尾を蹴り上げる
ザフィーラの鳩尾にその爪先は一気に減り込み、肺の空気と共に赤い塊を口から吐き出しながら

その桁違いの衝撃と苦痛に顔を歪めながら
メキメキと体が内部から崩壊する音を聞きながら

ザフィーラの体は、サッカーボールの様に宙を舞い飛ばされた。


「ザフィーラ!!!」

「ぐ! ぎ、が! て、てめえ!!!」


次の瞬間、ヴィータが動く。

自分達に訪れたその危険に気付き、仲間を襲う異常事態を見て
灼熱の激痛に耐えながらも片手で得物を振るう。


「……まだ、足掻くか」

「うおらああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


ヴィータは鮮血を振り撒きながら、片手で得物を振るう。
咆哮を上げながら大地を蹴り鉄槌を振り上げる。


ウルキオラはそんなヴィータを見据えて、斬魄刀を構える。


「アイゼン! カートリッジロード!」

『yes sir!』


己が振るう得物に命じて、そのハンマーが「ジャコン」と音を立てて魔力を補充する。


「……負けられ、ねえんだよ!!」


一気に魔力を練り上げて、必殺の一撃を作り上げる
ハンマーの噴出口から爆発する様に魔力が噴出され、ブースターとなって一気に加速する。


「はやての為にも! 私達はこんな所で負ける訳には行かねえんだよ!!!」

『Raketen hammer!!』


魔力のブースターで、その小さな体はグルグルと回転する。


「ぶっ潰せえええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


獣の様に吼えながら、ヴィータは必殺の一撃を練り上げる
その肩口から鮮血を振り撒きながら、赤い旋風となってヴィータはウルキオラの脳天目掛けて必殺の一撃を繰り出す。



「……お前が持つソレは『アイゼン』と言うのか?」



しかし、ウルキオラは冷えた目でソレを見つめて冷淡に呟き
その赤い一撃に向かって白い掌を突き出し、その二つは爆音を立てて激突する。

地盤が砕けて、大地に罅が入る
衝撃が爆発する様に四散して、その衝撃が周囲に走って砂塵を巻き上げる。

肩まで届くズッシリとした手応え、その衝撃、その必殺の一撃は間違いなく直撃した。

だが


「……な!!……」


だが、それだけだった。



「――正に名前負けだな――」



ヴィータの鉄槌は、その白い掌で完全に止められていた。
カートリッジの魔力を上乗せし威力を倍増させた一撃が、今まで数多くの敵を屠ってきた自分の鉄槌が

自分が持つ技の中でも最強の威力を持つ技の一つが
こんな細腕一つに塞き止められている事が、ヴィータには信じられなかった。




「――そう言えば、お前には『アレ』が随分と世話になったようだな――」




冷たく無機質な言葉が響いて、


「これは、その礼だ」


白銀が煌く
それは閃光の軌道を描いて獲物へ襲い掛かり


ヴィータの両足は、切断された。



「グガアアアアアアアアアアアっアアアあああああっあああああああァッァァぁぁぁぁ!!!!」



絶叫が響き渡る。

弾けるように、鮮血が噴出す
灼熱の激痛と地獄の苦悶、悪夢の様な脱力感が全身を支配して

その体は支えを失い、ヴィータはその地獄の苦痛に全身を支配されながら地面を転がる。


「……ぁ!!!……ぅ!……っ!……!!」

「存外、頑丈だな」


地面に倒れ、もがく様に呻く少女を視界に納めて、ウルキオラはその頭を踏みつける。


「……!!!」


ヴィータを見下ろしながら、ウルキオラは振り上げた刀を一気に振り下ろす。



自分の咽喉笛を目掛けて襲い掛かった、その刃に振り下ろす。



「――!!!」

「気付かない、とでも思っていたか?」



死角から襲い掛かったその刃を、ウルキオラは斬り払う。
その刃は、鞭の様に撓り唸る連結刃

最後の一人、その身を甲冑に包んだ長い桜色の髪の女が持つ剣が変化した姿だった。


「ヴィータを、やらせん!」


そこから甲冑の女は、シグナムは二度三度と剣を振るう。
その剣はまるで意思を持つかの様に、鋼鉄の大蛇の様に軌道を変化させてウルキオラに襲い掛かる。


『ザフィーラ! 私だ! 大丈夫か!?』

『……グっ、く!……だい、じょうぶだ。とりあえず、まだ生きている……』


剣を振るいながら、シグナムはもう一人の仲間に念話を行う。


『蹴り飛ばされる寸前に、魔力で防御を固めて、っ!……何とか、耐え切った……だが、すまん…
今のままで、っ! 助太刀に行くのは、恐らく無理だ』


頭の中に響く仲間の声には、どこか違和感がある
その様子から相当のダメージを負っている事は容易に感じ取れた。


『そうか、だがそんなお前に一つ頼みたい。
この男は私が引き付ける、だからその間にお前はヴィータと共にここから離脱してくれ!』

『……なっ!』

『言いたい事は分かるが、ここは従ってくれ! ヴィータは足をやられて動けない、アレでは空間転移も満足に行えん!
こいつは私が引き付けておく! だからお前がヴィータを連れてここから離脱してくれ!』

『……分かった、無茶はするなよ』

『安心しろ。引き際くらい心得ている』


念話を終えて、再びシグナムは意識を戦闘に戻す
そして剣を振るって相手に向き合い、相手と剣を交えながらヴィータから引き離す。


「多節鞭……いや、連結刃か」


軌道を変化させながら疾風の速度で迫る一撃を避け、防ぎ、薙ぎ払って、ウルキオラは呟き

一気に響転で懐に潜り込んだ。


「っ!!?」


この手の武器は近距離の攻撃による対応はどうしても遅れる
故に、ウルキオラは一気に距離を詰めて斬り込んだ。


「その武器で、この距離は対応できないだろ?」


閃光が三日月の軌道を描く
その白銀の太刀筋は閃光の弧を描いて獲物へと襲い掛かり


それは滑る様に虚空を斬り裂いた。


「……!!」


ウルキオラは僅かに驚愕する。
その視界に映るのは一つの鞘、目の前の女が空いた片手に持つもう一つの得物だった。

ウルキオラが一撃を繰り出したその瞬間、シグナムは咄嗟に鞘を外して構えて
ウルキオラの太刀筋に沿う様に鞘を突き出して、刃筋そのものを鞘に滑らせながら捌いたのだ。


(……この女……)

「ベルカの騎士を、侮るなあぁ!!!」


瞬間、シグナムの体は大きく捻転する。
片足を軸に腰を回し、ウルキオラ目掛けて魔力を込めた回し蹴りを繰り出す。

だが弾く

一撃を流されて体勢が不安定の状態から、ウルキオラは迫る蹴撃を空いた片手で弾く様に捌く。


だが、これで十分
シグナムにとってはこれで十分。


「……本気でやらねば、殺されるな……」


このほんの僅かな時間稼ぎを経て、自分の愛剣は既に本来の姿に戻っていた。


「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!」


そこから、一気に斬り掛かる
己の間合いに捕らえた獲物へ向かって、その剣は唸りを上げてウルキオラに襲い掛かる。

必殺の気魄をその一刀に込めて、烈火の如く一撃を繰り出す。

瞬間、火花が散る
閃光が弾き合う

シグナムが剣を振るうと同時に、ウルキオラも体勢を立て直し剣を構える。

弧を描いて襲い掛かる烈火の如く一撃を、ウルキオラは刀を横に薙いで捌く。
そして捌くと同時に、一気にその白い魔手を突き出す

だが、止められる
白い掌に鞘が杭の様に打ち込まれて、その進行が止められる。


「…っ!」

「ふっ!!!」


次の瞬間、硬い衝撃音が鳴り響く
二人は薙ぎ払う様に腕を振るい、即座に地面を蹴って次の襲撃に動く。

硬い金属音と鋭い衝撃音が周囲に連続で鳴り響き、同時に暴風にも似た疾風が吹き荒れる
互いの得物が衝突する度に風が裂かれ、地面が鳴り、大気が振動する。

次いで、ウルキオラが動く
その剣を機関銃の様に連続で突き出し、得物目掛けて白銀が疾走する。


「嘗めるなぁ!!!」


だが、防ぐ
剣で弾き、鞘で捌き、身を捻り、シグナムは襲い掛かる全ての脅威を防ぐ
回避・迎撃が不可能なものはあえてその薄皮・薄肉を切らせて、退路を作る。

そして、その退路から攻勢に転じる。


(……巧いな、この女……)


そんなやり取りの中で、ウルキオラは目の前の相手をそう評価する。

強い弱いではなく、巧い
速度も霊力も、あらゆる面で自分は相手を上回っているにも関わらず依然仕留めるに至ってない。


(……表面上、傷は負っているが精々薄皮どまり、出血も少なく、ダメージは微小……)


傷は負っている、だがそれだけだ
血を流している、だがそれだけだ

そう言った小さなダメージを負う事で、この女はあえて致命傷を避けている。
一のダメージを負う事で、十のダメージを負う事を防いでいるのだ。


自分の攻撃を防ぎ、弾き、捌き、自身が持つ得物を余す事無く使い利用し
相手の死角を攻め、隙を突き、体勢を乱し、間合いを犯し、戦いの手本とも言える程に整った戦法を用い


そして時折、大胆に動く。


(……明らかに、さっきのゴミ二つとは格が違う……足手纏いが居たとは言え、プレシアが遅れを取ったのも頷ける……)


故に、ウルキオラは考察する
目の前の相手が持つ、自分と渡り合える程の効力を持つ武器を考える。


(……考えられるとするならば……『慣れ』だな……)


恐らく単純な戦闘力で言えば、目の前の相手は自分は勿論プレシアにも劣っているだろう。

だが戦えている、未だに倒れずその剣を振るっている。

つまりは、そういう事
つまりこの女は慣れているのだ

自分より迅い相手との闘いを、格上の敵との戦いを、自身を上回る戦力の持ち主との戦闘を

自分の様なタイプの敵がどの様に攻めるか、どの様に守るか、どの様に避けるか
この女は、その身を持って知っているのだ。


(……二桁の”数字持ち”程度の連中なら、喰われるだろうな……)


この女がここに来るまで貯えた闘いの経験は、十や二十程度ではないだろう
幾百幾千の戦いの中に身を置いて、数多の死闘を乗り越えてきたのだろう

洗練された技術にそれを支える並外れた経験側
高い基本性能に、時折十刃にも届き得る程に爆発的に高まる霊力。


「レヴァンティン、カートリッジロード!」


ガシャンという音を立てて、シグナムの剣が纏う魔力は爆発的に高まる。

ウルキオラは改めて評価する
この女は、紛れもない実力者だ。


「紫電一閃!!!」


烈火の如く魔力が込められた、激烈の一撃が放たれる
赤い閃光が三日月状の軌道を描いて、目の前の敵を屠るべく唸りを上げて襲い掛かり


ウルキオラは、ソレを真っ向から受け止めた。


「っ!! な!!」


その白い掌で、烈火を纏う一刀を掴み取る
必殺の一撃を素手で受け止める。

その有り得ない光景を凝視して、シグナムは驚愕の声を上げる。


「馬鹿な!!!」

「中々の錬度だ、威力だけならプレシアにも引けをとらん」


ウルキオラが思い出すのは嘗ての戦い、黒崎一護との二度目の戦い
その際に黒崎一護が使用した、黒い月牙を剣に纏わせて威力と破壊力を倍増させる技


目の前の相手の技と同種の技
小細工なしの、純粋な力に頼った一撃

故に、ウルキオラは正面から受け止めた
この女が持つ最大の武器は経験側と戦闘技術

それらを潰すために、真っ向からその一撃を受け止め、得物を封じたのだ。


「消えろ」

「っ!!!」


シグナムの顔が驚愕に歪む
掴み取られた剣を奪い返そうと力を込めるが、得物はピクリとも動かない。


閃光が弧を描いて、白銀の三日月を作る
それは風を切り裂き、獲物を両断しようと疾走し




唐突に、目の前の相手がその姿を消した。




「……何?」



その突然の事態に、ウルキオラは思わず声を洩らす。
目の前の相手が、文字通り「消えた」のだ

そして、視線を下に動かす
そこには幾何学模様の魔法陣が浮かび上がっていて、次の瞬間には砕けて消えた。


「……空間転移か?」


ウルキオラは瞬時に探査神経を起動させて、その周囲を半径数kmに渡って拡大させて霊子情報を調べ上げる。


(……周囲に霊体反応はない、さっきの女も、ゴミ二つも、この周囲にはいない
この霊子の痕跡から察するに、やはり空間転移で逃げられたか?……一体誰が、ん?……)


そして、ウルキオラは視線を移す
霊体反応があった場所へと、その双眼を動かす。



「………………」



ウルキオラの視線の先

そこに居るのは一つの影、その顔を仮面で隠す一つの存在だった。
















「…………っ、ぅ……ここは?」


とある次元世界にて、彼女は目を覚ました。
意識が覚醒した彼女が最初に感じたのは、自分の現状に対する疑問だった。


(……ここは…そうだ、思い出した。確か私は、『アレ』の蒐集の為にこの世界までやってきて……それから……)


立ち上がって辺りを見回そうと思って体に力を入れるが
次の瞬間、彼女は立ち眩みを起こした。


「……え?」


グラリと、視界が揺れる
次いで強烈な疲労感と脱力感が彼女を襲い、思わず膝をつく。


「……え? な? どう、して……」


自分のその現状を自覚して、ぐらぐらと彼女の視界は揺れ、呼吸は荒くなり、ジンワリと冷たい汗が滲み出る
明らかに異状をきたしている自分の体に、彼女の疑問はますます強くなる。


(……何、この猛烈な疲労感は?……体力も魔力も、尋常じゃないレベルで消耗してる……
……一体何が原因で、それに私はどうして倒れて!!……)


そして彼女は再び視線を動かす
自分が持っていた、分厚いハードカバーの本に視線を移す。


(……そうだ、私はここで四体の龍種からアレの蒐集をして、一旦撤退しようと思ったら人が倒れているのを見つけて……ん、人?……)


そのキーワードを思い出して、彼女は再び視線を動かす。

そして彼女は見つける
地面に倒れ伏す、血塗れの男を見つける。



――死に掛けている――



その男を見つけた彼女は、先ずそう思った。

恐らく、もう意識は無いのだろう
彼女が近づいても、その人物はピクリとも動かない。


目の前の命は、尽き掛けようとしている
今すぐに……とまでは行かないまでも、このまま放っておけば長くはもたないだろう。


(……腹部の穴、これが致命傷になったのかしら?……でも、これが傷なら普通は即死の筈だし、出血もこの程度で済む筈が……
……傷口とはなにか違うわね……それしても……)



そして同時に、彼女は感じる。



(……これは、魔力なの?……)



それは、力の残滓
その男から滲み出る様に放たれる、力の残り香。

その僅かな残滓からでも容易に感じ取れる程の圧倒的濃度、絶対的密度、荒々しく禍々しい力の旋律。

その力の残り香は、彼女の興味を惹き付けるには十分過ぎる程だった。



(……凄い、とても死に掛けだなんて思えない……もしもこの人から蒐集すれば、一体どれだけページが貯まるか……)



ゴクリと、息を呑む
死に掛けの状態でもこれほどの力を感じ取れるのだ。

もしもこの人物から「アレ」を蒐集すれば、自分達も目標にぐっと近づける
それは、彼女にとって余りにも魅力的な餌


だが



(……でも、アレを蒐集すれば……この人は、間違いなく息絶える……)



同時に、彼女はその事実を感じ取る
アレを蒐集すれば、蒐集された人物は一時的にとは言え体調に強い影響が出る。

平常の人間なら少し時間を置けば体調は元に戻るが、この人物の様に著しく体力が低下している時は話は別だ。


それは、彼女の過去の経験が告げている。

もしも自分が行おうとしている事を目の前の人物に行えば、この人は確実に死ぬ。

それは、禁忌
自分と仲間達が絶対に犯さないと誓った、絶対の禁忌だ。



(……でも、こんな大物……今を見逃せば今度は何時見つけられるか……)



だが、それを加味した上でもこの獲物は魅力的なのだ
禁忌を破るに値する、それ程の価値を秘めているのだ

彼女は悩み、迷い、そして考えて



(…………はやてちゃん…………)



彼女は、心の中でそっと呟いて
その掌を、ゆっくりとその血塗れの男へと伸ばした。
















「……仮面の男?」

「ああ、と言っても性別までは分からなかったがな」


プレシアの言葉を聞いて、ウルキオラが補足をする。
二人が居るのは自分達の隠れ家の一室

あの後、ウルキオラが見つけた仮面の男はその姿を唐突に消し、それ以上の探索は無駄と判断したウルキオラも隠れ家に一旦戻ることにしたのだ。


「……状況から言って、そいつも共犯者の可能性が高いわね。それで、他に分かった事は?」


幾つかのデバイスを用いながら、義骸の修復をしながらプレシアは尋ねる。


「分かった事は二つ、奴等の後ろにいる存在の名前だ」


プレシアの問いに答えて、ウルキオラが更に言葉を続ける。


「奴等の内の一人、甲冑を身に纏った女は自分の事を『ベルカの騎士』と言っていた」

「……ええ、それはこっちも把握しているわ。奴等の一人のヴィータと名乗った小娘も、自分の事を『鉄槌の騎士』と言っていたわ」


プレシアの言葉から、ウルキオラは自分の言葉の裏づけを取る。
そして更に言葉を続ける。


「あの赤髪の餓鬼は言った『はやての為にも、負ける訳にはいかない』とな」

「……っ!!!」

「自ら騎士と名乗るからには、当然仕える主の一人や二人居るだろうな」


その言葉を聞いて、プレシアは両目を見開く
その言葉の、本当の意味を悟る。



「……それじゃあ、今回の襲撃を仕組んだ黒幕は……!!!」

「ああ、確実に……とは言えないが、その『はやて』とか言うヤツだろうな」



二人は、その結論に達する
一連の闘いの元凶となったであろう、その名前を記憶に刻み付ける。



「……それで、もう一つの情報は?」

「コレだ」



僅かな間を置いて、プレシアが尋ねてウルキオラがソレを差し出す。

それは靴
赤い血で汚れた、子供用の運動靴だった。


「……何、その靴?」

「奴等の一人が身に付けていた物だ。何かの手掛かりになるかもしれんと思って、持ってきた」


それは、ヴィータと名乗った赤い髪の少女が身に付けていた靴
ウルキオラが切断した足のバリアジャケットが解け、それと同時にその足も粒子状となって消え去り

あの場に取り残されていた、奴等の所持品の一つ
故にウルキオラは、何かの手掛かりになるかもしれないと思って拾っておいたのだ。


「……どうしてこの靴は血で汚れているのか、どうして靴を奪える事が出来たのか
それは聞かないでおいてあげるわ
それよりも、それをもっと良く見せて頂戴」


そして、ウルキオラはソレをプレシアに手渡す。
プレシアは手渡された二足の靴をじっくり見回し、丹念に調べて

不意に、その手は止まり



「――ナイスよ、ウルキオラ――」



感心したかの様に、そう呟いた。


「……どういう意味だ?」


そのプレシアの言葉を聞いて、何か重大な手掛かりを掴んだ様なプレシアの表情を見て
ウルキオラは尋ねて、それをプレシアが答える。


「……靴の内側にラベルがあるのが分かる、これが多分メーカー名、そしてこっちは製品の製造番号ね」


それを指差してプレシアはウルキオラに教えて、更にこう続ける。





「コレを調べれば、どの次元世界の、何処の国の、どの辺りの地域で販売された製品なのか大体把握できるわ」





その瞬間、何かがカチリと嵌まる


「……正確に、調べられるのか?」

「多分可能よ。靴底の減り具合から言って、これは購入されてから然程時間は経っていない、つい最近買われたって感じだもの。
余程の辺境世界の製品でない限り、製造番号から販売地域くらいは調べられるわ」

「調べるアテは?」

「一人、喰えないけど腕は確かな情報屋を知っているわ。
足元を見られるでしょうけど、その分成果も期待出来るわ」


粗方の会話を終えて、プレシアは頭の中で今後の算段を組み立てる
手掛かりは掴んだ、調べるアテもついた、相手の後ろにいる存在も分かった

故に、プレシアの考えは固まる。




「ったく……どこの誰だか知らないけど、随分と舐めた真似をしてくれるじゃない……!!」




次の瞬間、プレシアの顔は歪む
ここ最近見せる事が無かった、黒く歪んだ笑みを形作って、言葉を続ける。


「義骸の修復が終わり次第、直ぐに行動を開始するわ。勿論研究は続行するけど、少しやる事が増えそうね」

「報復行動か、ご苦労な事だ」

「ここまで舐めた真似をされて、挙句の果てにアイツ等はアリシアに手を上げようとした……
私の最愛の娘を、よりにもよって私の前で手を上げようとした」


ギシリと、プレシアは奥歯を噛み締める
あの時、ウルキオラが間に合わなければアリシアもどうなっていたか分からない。

少なくとも、自分だけでは守り切れなかった
迫る脅威から、アリシアを守ることは出来なかった。


許せる、筈がない
絶対に、許せる筈がない。



故に、プレシアは決める。



「元々、奴等に遅れをとったのは私の過失……自分の過失くらい、自分で取り返す」

「……成程……」

「今回の黒幕、奴等の主、暫定的に『はやて』という名前で呼んでおこうかしら?」



故に、魔女は誓う

その目に確かな怒りを込めて、底知れない殺意の光を込めて。

溢れんばかりの黒い感情にその顔を歪めて

黒い魔女は誓う。



「その『はやて』とか言うヤツは、見つけ次第八つ裂きにするわ」











続く






あとがき
 ヴィータファンの皆様、マジですいません! それとザッフィーファンの皆様にもこの場を借りて謝罪します!

一連の話を組み上げるのに、「誰かが決定的手掛かりを残す」という事が展開的に必要不可欠だった為に、こんな展開になってしまいました!

色々と文句はあろうかと思いますが、どうぞ平にご容赦ください!


あとは今話のウルキオラvsシグナムですが、人によってはシグナムが強すぎるという考えをするかもしれませんが、それに補足をしておきます


原作を見た感じのウルキオラ(通常状態)の実力は

虚化一護>ウルキオラ(通常状態)>卍解一護

みたいな感じで書かれています

それに対してシグナムは原作をよくよく見直すと、A’s編では殺さずに加減をしてた状態でも自分より速いフェイトと互角以上に戦えていたり
漫画版を読んでもなのはシリーズではかなり上位の実力者みたいに描かれていたので、シグナム戦はこんな感じになりました

ガチな力勝負ではなく、技で翻弄したみたいな捕らえ方をしてくれると作者的には大いに助かります。



……だがそれでも、シグナムに比べて他の二人が悲惨すぎる(汗)



今回も更新に時間が掛かってしまいましたが、次回もなるべく速めに更新したいと思っています!
それでは、次回に続きます!







[17010] 第参拾弐番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/11/09 23:28




「……ここは?」

目の前の光景の急激な変化に、シグナムは呆気に取られた様に呟いた。
自分の眼前の光景、そこは先程までの草原とは明らかに違う場所

そこは、どこかの建物の屋上だろう
危険防止用の高いフェンスに、高所からの町並みの光景

この一瞬の間の変化に、シグナムは僅かに混乱した。

先程まで、自分はあの白い魔導師と戦っていた筈
それがどうして突然この様な事態になったのか、シグナムの思考が状況の変化に追いつかなかったからだ。


(……ここは、明らかに先程までの場所ではない……それに、あの白い男の姿もない……という事は、やはり……)


そこまでシグナムが思考を纏めた所で



「……シ…グ、ナム…か?」

「……え?」



その声が響いて、シグナムは声の発生源へと視線を移す
そこに居るのは、片腕を失った見知った存在、自分達の仲間であるザフィーラの姿があった。


「ザフィーラ! そうか、お前の空間転移のおかげで……」

「……いや、そう…ではない」


頭に過ぎった可能性を口に出そうとした所で、その考えは否定される
そして、更に言葉を続ける。


「どういう意味だ? ここは一体……それに、ヴィータの奴は何処に?」

「……詳しい話は、奴に聞いた方がよさそうだ」

「……ヤツ?」


その言葉とザフィーラの視線に釣られて、シグナムも視線を動かす
それとほぼ同時だった、その声が響いたのは



「ふむ、全ての転移は滞りなく終了した様だな」



二人の目の前に現れたのは、その顔を白い仮面で隠す一つの存在だった。










第参拾弐番「闇の胎動」











「一緒に寝て下さい」

「失せろ」

自分に向けられたその提案をウルキオラは瞬時に切り払って、ウルキオラはプレシアの魔導書を読み続ける。

そして次の瞬間、ウルキオラの目の前の少女はくわっとウルキオラに迫って


「もうちょっと話を聞いてくれても良いじゃない! ただ一緒に寝てくれるだけでいいんだよ! 何も難しい事なんかないんだよ!」

「それ以前の問題だ」


自分に迫るアリシアの顔を掌で制して、ウルキオラは尚も魔導書に視線を置いて


「そもそも、お前は毎日アレと一緒に寝ているだろう?」

「今日はお母さんはいないんだよ! 少し帰って来るのが遅くなるから、先に寝ててって言われたんだよ!」

「じゃあ寝ろ」

「一人じゃ寝れないんだよ!」

「安心しろ、一瞬で楽にしてやる」

「まさかの死亡フラグ!!?」


フカーっと、まるで猫の威嚇の様に声を上げてアリシアは告げて
「もういいもん!」と叫んで、ウルキオラの脇を擦り抜けてベッドに飛び込んだ

当のウルキオラはそんなアリシアを一瞥しただけで、再び魔導書に目を落として



(……あれから、二日か……)



ベルカの騎士と名乗った輩との戦闘から、既にそれだけの時間が経過していた
この二日間、あの連中からの追撃等は一切無くウルキオラ達は平穏と安穏とした時間を過ごしていた。


(……プレシアの情報網から、管理局やこの近辺の治安組織に目立った動きは今の所は報告されていない
……あの時の連中の対応等を考えると、やはりプレシアや俺の素性に気付いた連中の差し金……という線は薄いか……)


思い出すのは三日前に起きた出来事
ベルカの騎士と名乗った三人組による奇襲


(……だが、それなら何故奴等はプレシアを狙った?……)


ウルキオラは考える
もしもあの三人組が何らかの経緯でプレシアの正体に気付き、そして襲ったというのならまだ筋は通る

だが、事はそういう事情とは違う様だ。


(……アイツ等三人は明らかな近接戦闘タイプの魔導師、遠距離タイプのプレシアに当てる駒としては明らかに不適格だ……
……少なくとも、アイツ等は対プレシアを想定して構成されたメンバーではないな……)


プレシアはあの甲冑の女に遅れを取ったが、それはあくまで結果論に過ぎない
少なくとも、自分ならプレシアに当てる戦力の中に必ず数名程度には遠距離タイプの魔導師をメンバーに入れる。


(……恐らく、あの仮面の男は撤退用に待機していたサポート要因か何かだろう……
……プレシアだから襲った、ではなく……偶々プレシアが襲われた…と解釈した方が妥当だな……)


しかし、それはそれで疑問はある。


(……何故、奴等は自分達の標的にプレシアを選んだ?……)


それは、最も単純な疑問だ。


(……通常、唯の物盗り・通り魔ならその大凡は自分よりも矮小で脆弱な存在を選ぶ……奴等の力量からすれば……プレシアは獲物としては、あまりにリスクが大きい……)


あの時のメンバーでプレシアと渡り合える実力を持ったのは、精々あの甲冑の女ぐらいだ


(……あの時のプレシアはどんなに注視しても富裕層の人間と見るには、あまりにも格好が凡庸だった筈……
……糞餓鬼を狙った辻斬り、若しくは誘拐か? いや、アイツ等は明らかに標的をプレシアに絞っていた……
……糞餓鬼を標的にしていたのなら……最後のあのチャンスを不意にする筈がない……)


やはり、奴等の目標は初めからプレシア唯一人……そう考えた方が筋は通る。


(……プレシアが狙われた原因……それもプレシアの素性すらも知らない相手から狙われる理由となった要因……)


その決め手となった要因を、ウルキオラは考える
だが、幾ら考えてもソレは分からない。


(……チ、ダメだな。幾ら考えても仮説と推測の域に過ぎん……やはり情報が少なすぎる
……アレも本格的に動き始めた様だし、今は静観した方がよさそうだ……)


思考を中断させて、ウルキオラは『ソレ』に視線を移す。


(……まあ、他に考える事があるとすれば……)

「ベッドベッドー♪モッフモフー♪ ヌックヌクー♪」

(……この糞餓鬼をどう黙らすか、だな……)


自室に取り付けられたベッドの上で、上機嫌に鼻歌を口ずさむアリシアを見ながら
ウルキオラはゴキゴキと指を鳴らしながら考えた。




















第1管理世界ミッドチルダ・時空管理本局
そのとある一室にて、二人の少年が火花を散らして論議していた。


「だから、何度も言っているだろう! 
こっちの演算式を主軸にしてプログラムを組めば、通常よりもマルチタスクに余裕が出来るし、魔力の消費も軽くなるんだよ!」

「だがその分演算処理の時間が増して、臨機応変な対応が難しくなるじゃないか! 
コンマ一秒の時間差が勝敗を分ける実戦でその手のプログラムは命取りだ!」

「それを言ったらクロノの方だって、マルチタスクを余分に使う性で複数の魔法を同時使用する時の魔力消耗が増えるじゃないか!
そんな直ぐ息切れする様なプログラムで、満足な戦闘が出来るとでも思っているのか!」

「少なくとも、君が提案するプログラムよりも考慮の余地があるとは思うがな!」


バチバチと火花を散らす様に、額と額がくっ付くのではないかと思うほどに顔を近づけあって
クロノとユーノの二人は、互いのプログラムに関しての議論をしていた。

二人共、あの「時の庭園」で負った傷もすっかり完治して、生活に支障が出る事無く日常を送る事が出来ていた。

入院中、怪我が粗方癒えた二人が真っ先に行った事、それは自分達の戦力強化
それもデバイスのカスタムやチューニングと言ったものでなく、根本的なプログラムの組み直しという手段だった。

プログラムを組み直すに当たって、二人は当然頭を抱えた。

幾ら自分達魔導師に馴染みのある分野とは言え、それを強化するに当たっては当然それ相応の手間暇
専門家並みの技術と知識が必要となる。


増してや、二人が目標とする領域を目指すのであれば……その難易度は一気に跳ね上がる。


個人で出来る範囲の限界
その壁にぶつかった二人が選んだ選択肢、それは他者と協力するという選択だった。


そしてソレが、今の状況を招いたという訳である。


「……ったく、まーたやってるよあの二人」

「あははは。二人共ごめんねー騒がしくって。あの二人も飽きないからさー」

「大丈夫です。それに、あの二人の演算式は私にとっても参考になりますし」


そんな二人の議論を端から見つめ、アルフとエイミィ、そしてフェイトは呟く

ここは時空管理本局のとある一室
五人は今度の裁判に関しての打ち合わせと、その近況報告を行う為にここに集まったのだ

そしてエイミィは目の前のテーブルに広げてある、数枚の書類と資料を手にとって話を続ける。


「まあ大まかな話はさっきの通りで、細かい事はこの書類に書いてあるから目を通しておいてね
今なにか聞きたい事があるんなら遠慮なく質問してね?」


エイミィはトントンと書類を纏めて、それをアルフとフェイトに手渡す
二人はそれを一枚ずつ、ゆっくりと目を通しながら


「あの、一つ聞いても良いですか?」

「うん、何かな?」


おずおずと手を上げて、フェイトが尋ねる
エイミィは一旦手を止めて、フェイトに視線を移すと



「あの後、ウルキオラに関して何か分かった事はありましたか?」



そのフェイトの言葉を聞いて、部屋が一瞬にして静寂に包まれた
アルフとエイミィは勿論、先程まで熱く議論していたクロノとユーノもピタリとその動きを止めて、フェイトに視線を移していた。


「う~ん、それがコレと言った進展がないんだよねー。ほら、ウルキオラって特徴的な外見の上に魔力が桁違いでしょ?
だから時間をかけて調べれば出身世界くらいは特定できると思ってたんだけど……」

「分からないのかい?」

「うん、全く。正直これ以上時間かけても、あまり期待が出来ないのが現状なんだよねー」


クルクルと手に持ったペンを回しながら、少し困惑した様な笑みを浮べてエイミィが呟いて


「……母さんなら、何か知ってたかな……」


思い出した様に、小さくフェイトが呟いた。


「……プレシア、さん?」

「あの鬼婆がかい?」

「うん。ウルキオラは母さんの協力者だったし、母さんもウルキオラの事は信用してたみたいだし……それに」

「……それに?」



「それに何より、ウルキオラはアリシアの事を知っていました」



その言葉を聞いて、アルフも「あっ」と声を上げる
思い出すのは、二人が初めてウルキオラと出会った時の事

あの時、確かにウルキオラはアリシア・テスタロッサの名前を出し、そこからプレシアとウルキオラが出会う切っ掛けとなったその事を、二人は確かに記憶していた。

そして更に、そこからフェイトは言葉を続ける。


「……これは私の想像でしかないけど、ウルキオラは生前のアリシアの友達か何かだったんじゃないかって思ってるの
それなら母さんとウルキオラが協力し合っていたのも分かるし、何となくだけど筋は通る気がするの」

「……う~ん、確かに悪くはない仮定だけど」

「こう言っちゃあ何だけど、ソレは無いと思うよー。フェイトを時の庭園から連れ出す時にリニスとあたしでアイツと一悶着を起こした時
あいつは「自分とプレシアは互いにメリットがあるから協力しているだけ」ってハッキリ言ってたもん」


そのアルフの言葉を聞いて、二人はう~んと考え込む。


「だが、悪くない仮説だ」


そこに、更にクロノが言葉を繋げる


「……クロノ?」

「横から失礼。だけど今の話、可能性の一つとしては有り得る話だとは思う
少なくとも、あのプレシア・テスタロッサが彼を協力関係に選ぶ理由としては納得が行くものだと思う」


そう言いながら、クロノは時の庭園での戦いを思い出す
あの底知れない狂気と執念をその目に宿し、最愛の娘の蘇生を夢見た黒い魔女を思い出す。

あの黒い魔女は自身の娘すらも道具の一つとして利用し、自身の目的の為に次元断層まで引き起こそうとした。

これほど大掛かりな計画を実行するに当たって、彼女はほぼ一人でその計画を練り、その実行役も極力厳選した。


そんな人物が、果たして昨日今日知り合ったばかりの赤の他人を自分の協力者に選ぶだろうか?


だが、そんな彼女はウルキオラと協力関係にあった
つまり、彼女にはウルキオラを信用に足る存在だと思える根拠があった。


「プレシア・テスタロッサがウルキオラを信用に足る存在だと判断した理由としては、少なくとも
単純な利害関係……メリットデメリットを超えた「何か」が二人の間にあったモノと仮定した方が個人的には納得が行く」

「……いや、でもちょいと待ってよ。フェイトはアイツの事を知らなかったよね?
フェイトはアリシアの記憶を受け継いでいるんだから、少し矛盾しないかい?」


クロノの言葉にアルフが気付いた様に言うが、それに対してユーノが答える。


「そうとは限らないと思う。
アリシア・テスタロッサが死亡したのは二十六年も昔の事、その時より以前の知り合いなら現在のウルキオラと多少は見た目が変化していてもおかしくない。
それに彼は状況に応じて姿を変化させる種族の様だし、フェイトが気付かなかったのも不自然じゃないと思う」

「……う~ん、可能性を考えていたらキリがないねー」


ユーノの言葉を聞いて、エイミィがどこか疲れた様に呟く
一つの可能性から新たな可能性が生まれ、それを繰り返して当てのない解を探す。

そんな現状に対して、エイミィは少し気分をリフレッシュさせようと一つ提案する。


「まあこっちは一区切り付いたし、少し休憩しない? どうにも空気が悪いしさ」


それを聞き、クロノは軽く息をはいて小さく頷く


「……そうだな、少し休憩しよう。フェイトとアルフはこのフロアから極力出ないように頼む
一応君達は裁判を待つ身だからね、どうしてもフロアから出たい時はエイミィか僕に声を掛けてくれ」

「あいよ」

「分かりました」


少しの間を置いて、部屋の空気は僅かに軽くなる

アルフは備え付けのソファーにゴロリと寝転がり、エイミィは全員分の紅茶を煎れ、
ユーノは自分とクロノの演算プログラムを見比べて考え込むような仕草を繰り返している


そして



(……そういえば、初めて会った時……ウルキオラは他に何て言ってたっけ?……)



手元の資料に視線を置きながら、フェイトは過去の記憶を掘り起こす
思い出すのはジュエルシードを求めて野へ山へ海へと飛び回っていた探索の日々、そこで初めて出会った白い存在



(……そうだ、思い出した……あの時のウルキオラが言っていた事は……)



――アリシアは、待っている……そう伝えておけ――



その言葉を思い出して

フェイトは僅かな疑念を抱いた。



(……そう言えば、あの時は大して気にならなかったけど……この言い回しは、少し不自然だよ、ね?……)



フェイトは、その言葉を頭の中で反芻する。

アリシアは、待っている
アリシアは、待って「いる」

待って「いる」……過去形ではなく、現在進行形の言葉


これではまるで

まるで……



(……これじゃあまるで、アリシアは今も何処かで生きている様な言い方だもん……)




















第三管理世界「ヴァイゼン」・ミヘナ街道中央部
そのとある商店にて


「いらっしゃ……おや?」

「久しぶりねホロ、オーナーは居るかしら?」

「もしや、プレシアか! おやおや、随分と久しぶりじゃなー!」


入店してきたその客の顔を見て、カウンターに座っていた白いフードを目深くかぶった栗色のロングヘアーの女性は声を上げる。


「相変わらずその口調は変わらないのね、客商売してるんだから少しは改めたら?」

「そのセリフは、良人から耳にタコが出来る程言われでありんすよ。
まあわっちとしては、長年使ってきた口調を改める気はこれっぽっちもないでありんす」


そう言って、ホロと呼ばれた女は足元の籠から林檎を一つ手に持って一口齧ってカラカラと笑う。
その光景を見て、プレシアは一息吐いて


「……貴方、それ売り物じゃないの?」

「正確に言えば、売り物『だった』ものじゃな。
中身が傷み始めて売り物に出来ないから、わっちがこうして『処分』しているのでありんす」

「そういうのは店側としたら駄目なんじゃないの? それに貴方、お腹壊しても知らないわよ?」

「どちらも無問題じゃ、わっちの腹をそこいらの人間風情と同格に見られるのは困るでありんすよ」


そのままシャクシャクと林檎を齧り、咀嚼し、ゴクンと飲み込む
そのままペットボトルに入ったお茶をゴクゴクと飲み干して


「ぷはー! やっぱり林檎は丸齧りに限るでありんす!」

「貴方、私以外の客の前では自重した方が良いわよ」

「わっちとて、そのくらいの分別は弁えているでありんすよ。
それで、今日は如何様な用件か?」


疲れた様に溜息を吐くプレシアを見て、ホロが言葉を続ける


「さっきも言ったでしょ、オーナーに会いに来たのよ。
ロレンス商会のコネを使って、幾つか取り寄せたい物があるのよ」

「……ふむ、事情を察するに市場には余り出回っていないものかや? それとも『ご禁制』の代物かや?」


僅かに視線を鋭くさせて、ホロが尋ねる。
その視線を受け止めて、プレシアは両手をヒラヒラと動かして


「そんな恐い顔をしなくても大丈夫よ。取り寄せて貰いたいのは前者の方よ
込み入った事情があってね、少し特殊な道具が必要になったのよ」

「……うむ、なら問題ないの。だが良人は昼から商会の定例報告会に行ってて戻るのはまだまだ掛かりんす。
わっちで良ければ伝言を承ろうぞ?」

「欲しい物は、こっちでリストに纏めてきたわ。出来れば早めに取り寄せて貰えると嬉しいわ」


そう言って、プレシアはポケットからメモを取り出してホロに渡す
ホロはそれを受け取って、手に付いたリンゴの果汁を舐めながらメモを読んで



「……お主、何を考えておる?」



その顔色は僅かに変わる
その表情に「?」を浮べて、僅かに疑問を含ませた響きでプレシアに尋ねて


「別に、そんなに難しい事じゃないわ。ただの準備よ、楽しい催しの下準備ってヤツかしら?」

「……ま、深入りはしないでありんす。
何時かの時みたいな自暴自棄になる様な真似さえしなければ、わっちはそれで良いでありんすよ」

「ご忠告、ありがたく受け取っておくわ……心配しないで、もうあんな醜態を晒したりはしないわ」


そのホロの言葉を聞いて、プレシアは愉快気にククっと笑う
そして手続きと諸経費分の料金の手渡しを済ませて店を出て、街道を歩く


「……く、クク……」


街道を歩きながら、思わず声が漏れ出る
そのドス黒い感情を堪えきれず、思わずその一端が滲み出てしまう。



――そう、コレはただの準備……楽しい催しの準備――

――あの娘の平穏と私の日常に唾を吐いた――



――害虫共を炙り出す、楽しい楽しい『狩り』の下準備よ――。




















同日・同時刻
とある管理外世界・とある研究所の一室

淡い電灯の光で照らされる部屋の中、その男の笑い声が小さく響いていた。


「……く、くく……成程成程、よもやここで邂逅とは……事実は小説よりも何とやらというヤツかな?」


目の前に展開されたモニターの映像を眺めながら、男は呟く
口元を快楽で緩めて、愉悦に表情を歪めて、心底状況を楽しむようにモニターを見る


「ふむ、前哨戦は彼の圧勝……いやいや、実に見事なKO、いや寧ろコレはコールドゲームと言った方が良いかな?」


モニターに展開される惨劇の映像を眺めながら、男は呟く。
大の大人でも絶叫し、卒倒する様な映像を、まるでコメディー映画を見る様に笑い声を上げて男は映像を食い入る様に見る。


「しかし、この状況に誰よりも驚愕をしたのは……他ならぬ『彼』自身だろうね」


その脳裏にとある人物の姿を思い描いて、男は「ククク」と口元を綻ばせる

そして男は深く椅子に背もたれする様に座り、クルリと椅子を回転させる
視界が回り、男の目の前にはチェス盤が現れ、その盤の上に幾つかの駒が現れる。


「前哨戦は『騎士』が負け、『死神』が勝った」


その駒を一つ手に取り、一つの駒をコツンと倒す。


「だが、まだこれは始まりに過ぎない。物語はまだ序盤、起承転結の起でしかない
それに『死神』の力は強大だが、『騎士』にはまだ『仮面』と言う駒が居る」


境界線を挟んで、『騎士』と『仮面』は『死神』の駒に向かい合う。

そして


「そして、『死神』には『魔女』という駒がある」


『死神』の横に、その駒は置かれる
黒く塗りつぶされた『魔女』が、『死神』の横に並べられる様に配置される。


「ああ、全く……どうして世界はこんなにも興味深いモノで溢れているのだろうね?
こんなにも興味深いモノが一同に会し、争い、その存亡を賭けて血を流す」


男はクククと笑い声を洩らしながら、互いの駒を手早く動かし、盤上で目まぐるしく動かす
そして改めて盤面を見つめる。


「さーて、勝つのは誰かな? 悠久の時を生きた『騎士』かな? 『騎士』が忠誠を誓う『主君』かな? 復讐にその身を焦がす『仮面』かな? 絶対的力を持つ『死神』かな?」


タンタンタンと駒を盤上に配置しながら、男はその内の一つに手を伸ばす
その手に黒い駒を持ち、『魔女』の駒を持ちその口元を歪めて



「――それとも、死を乗り越えた『魔女』かな?――」



駒の配置を終えて、男は笑う。

愉快で仕方がない
楽しくて仕方がない
続きが気になって仕方がない

そんな気持ちを込めて、声を高らかに上げて男は笑う
その声が枯れるまで、その息が切れるまで、男は心の底から笑い続けた。
















そこは、小さな部屋の中だった。
その小さな部屋の中はあらゆる電子機器で埋め尽くされ、冷却ファンの回転音やコンピューターの駆動音が小さく細く鳴り響き
幾つかの装置のランプが点々と星座の様に暗がりの中で点灯している部屋の中だった

そして、その部屋の中央に『ソレ』は存在していた。



――苦しんでいる――



それは、一つの光球
銀色の光を放ち、ゴムボール程度の大きさの光球。



――あのコ達が……騎士たちが……苦しんでいる――



光球は点滅し、その光を信号の様に明暗させるが、その瞬間光球の周囲で火花が散る。
それは、赤いワイヤー

銀色の光球の周囲を、まるで蜘蛛の巣の様に囲み張り巡らせた赤光のワイヤー

その光球を捕らえ、束縛し、封印するための牢獄。



――いか、なくては――



しかし、光球の光は尚一層激しくなる
光の点滅はより一層激しくなる。



――たすけに、いかなくては――



鳴り散る火花はより苛烈に咲き乱れ、赤いワイヤーを焼き焦がす程に炸裂する。



――助けに、行かなくては――

―― 一刻も早く……主の下に、行かなくては――



その事に、まだ誰も気付かない。

その物語に少しずつ罅が入り、亀裂が入っている事に
その歯車が少しずつ狂っていき、徐々に歪んで行っている事に


誰も、まだ気付いていない


魔女も、死神も

仮面も、騎士も

無限の欲望を持つ、探求者さえも気付いていない


その罅に、亀裂に、狂いに、歪みに



誰一人、まだ気付いていない――。













続く












あとがき
どうも作者です、またしても更新が遅れてどうもすいません!
文量もいつもと比べると若干少なめです!申し訳ないです!
話の大筋は出来ているのですが、それを文章にする上でどうしても行き詰ってしまって更新が遅れがちになってしまいました。
とりあえず今月中には最低でもあと一つは更新できる様に頑張りたいと思います。

さて、話はとりあえず本編について移ります
とりあえずA’s編においてのプロローグ的な話が終わりました。次回からはもう少し話が動いていくかと思います。


追伸 プレシアさんの人脈が段々カオスになってきた件について






[17010] 第参拾参番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/12/04 06:17




地平線からゆっくりと陽の光が零れ始め、夜天の空を徐々に照らしていく。
陽の光はその町並に降り注いで、一日の始まりを告げる

そしてその町並にある民家にて、その少女は居た。


「……ぅ、う~……ん……ん~……」


安らかな寝息を立てて、時折枕に顔を擦りつけて、少女はそのまま夢の世界に入り浸っている

時間が過ぎ、カーテンの隙間から陽の光が差し込み始めて、時計のアラームが鳴る。


「……ん、んんん……もう、あさー……?」


手を伸ばして、時計のアラームを止める
その少女は栗色の髪を揺らしながら身を起こし、背筋を伸ばして瞼を擦る。


「……ん、んー……さて、朝ごはんやなー」


少女はパンと軽く両頬を叩く
そして器用にベッドの上で上半身の力を駆使して、ベッドの隣に置かれた車椅子に腰を降ろす。

そのまま車椅子を動かして、洗面台に行き顔を洗って台所に向かう
台所の冷蔵庫を開けて、中身をじっくりと見定めて


「お、そう言えば昨日作ったポタージュスープが残っとったなー。
なら今日の朝ごはんはパンでええかー、ハムと卵……お、キュウリにレタスもある、マーガリンとマヨネーズは……よっし、大丈夫や」


そして手早く鍋をコンロに掛けて、トーストの準備をする
まな板の上にキュウリを置いて、そのまま包丁で適当な大きさに切っていく。

卵はフライパンの上に落として、塩胡椒で味付けして目玉焼きにする
台所に食欲をそそる匂いに包まれ始めた頃、不意に台所のドアが開いた。



「主、おはようございます」

「おはようございます、はやてちゃん」



そのドアから、桜色の長い髪をポニーテールに纏めた女性と金髪のショートカットの女性が姿を現す。


「おはようシグナム、おはようシャマル」


その二人の女性に視線を移して、はやてと呼ばれた少女はニッコリと微笑んだ。
はやての笑みを見て、シグナムとシャマルもまた柔らかく微笑み返して


「っと、どうやら今朝は少し出遅れてしまった様ですね。手伝います」

「朝食は……今日はパンですか?」


はやての作業を見ながら二人が呟く
食事の準備を手伝おうと動いた二人を見て、はやてが気付いた様に声を上げる。


「ああ、朝食の準備はええんよ。だけどまだ洗濯機から洗濯物を出してないんや、こっちはええから二人はそっちをしてくれへんかなー?
多分そっちが終わる頃には、こっちも出来上がっとると思うから」

「はい、分かりました」

「了解です」


二人は目の前の少女の言葉に了承して、台所から出て行く
そしてはやては上機嫌に鼻歌を歌いながら、手早く朝食の準備を進めていった。



それは、どこにである光景
それは、どこにでもあるありふれた日常




「「「いただきます」」」

三人は朝食が並べられたテーブルの前の椅子に腰を降ろして、手を合わせて合唱する
それぞれが焼きあがったパンにマーガリンを塗って、ハムやキュウリなどをトッピングして口に運ぶ。

適当に雑談を交えつつ、はやてはモグモグと口に入れたパンを咀嚼し、カップに入った牛乳をゴクゴクと飲んで
気が付いた様に声を上げた。


「なあなあ、そう言えばヴィータとザフィーラはまだ帰ってこーへんの?」


カップをテーブルに置いて、何気なくはやてが尋ねると


「そうですね、ザフィーラの方は今日中には帰ってくるかと思います。ですがヴィータの方はまだ少し時間が掛かる様です」

「そっか、でもそんなに長い時間が掛かるなんて……大変なんやね二人の『メンテナンス』って」


シグナムの説明を受けて、はやてはふむふむと頷きながらパンを齧る
それと同時に、シグナムの瞳はどこか暗い影を宿す。



……申し訳ありません、主……



その影の正体は後ろ暗さ、罪悪感


……今はまだ、全てを語る事はできません……


忠義を尽くすべく主への不忠
自分達が守るべき、この優しい主へ吐いた虚言による影


それと同時に、瞳の中に光が射す
それは決意の光、断固たる決意を秘めた眼光


己が選んだ道を突き進むと決めた、決意と覚悟の光だった。











第参拾参番「八神はやて」










全ては、あの日から始まった
今から数ヶ月前の6月4日、我等と主が始めて邂逅したあの日から……我等と主の全ては始まった


我らの主……八神はやて
我等「守護騎士」が忠誠を誓った主君であり、ロストロギア「闇の書」のマスターでもある

我等「守護騎士」と「闇の書」の事を知る者が説明を聞けば、主の事をどれほど恐ろしく危険で異質な存在なのだろうと思うだろう。


しかし、実際の主・はやては……我等から見てあまりにも凡庸で、それこそどこにでもいる普通の少女だった。

普通に笑い、普通に泣き、普通に怒り、普通に驚き
果物や菓子を好み、童話を読みながら一喜一憂する、年相応の振る舞いをするどこにでも居る普通の少女だった。


だが、そんな主にも普通とは違う点が三つあった

一つ、物心ついた時からその両足の神経は麻痺していて、碌に動かせない事

二つ、主の両親は既に他界していて他に親族もいない、天涯孤独の身であった事

そして三つ、「闇の書」の所有者であり、我等「守護騎士」のマスターであった事



今から数ヶ月前の6月4日、闇の書の「守護騎士プログラム」が起動し、我等と主は初めて邂逅した。

……いや、アレは邂逅と言うには些か語弊があるな

プログラムが起動し、初めて我等が主の前に姿を表わした時
主はそのあまりの事態に目を回し、卒倒なされてしまっていた。



……本当に、この少女が我等のマスターか?……



プログラムの繋がりから疑いこそはしていなかったものの、ついそう思ってしまった


だが、我等の戸惑いはそれで終わらなかった


「よーし、ほんなら闇の書の主として皆の面倒はきちんと見なアカンな」


主は、今までの我等の主とはどこか違っていた


「好き嫌いはアカンで~、でもアレルギーとかで食べれない物があったら言ってな。それとリクエストがあったらどんどん言ってな~」


主は、我等に手料理を振舞った


「ひゃ~、ここまで似合うとこっちも選び甲斐があるわー。なあなあシグナム、次はこっちのブラウスも着てみて、きっと似合うでー」


主は、我等に衣服を与えてくれた


「空いてる部屋は、皆で好きに使ってええよ。必要な物・欲しい物があれば遠慮なく言ってええで」


主は、我等に住居を与えてくれた



「ええか、皆は今日からこの八神家の一員、私の家族や。だから主だの騎士だのっちゅーそういう面倒くさいのは無しや
家族が助け合うのは当たり前や、だから私が皆の面倒を見るのも、食事の用意するのも、何もおかしい事じゃあらへんよ」



主は、我等を「家族」と言ってくれた


そう……違っていた、主・はやては



「……闇の書を覚醒させて私が真の主になれば、この足は治る……でもな、それをしたらアカンよ」



今までの主と、主はやては違っていた。



「私達の勝手な我侭で、色々な人に沢山の迷惑を掛けたらダメや。これは家長として、皆の主としての私と皆の約束や」



今までのどの主とも、主は違っていた


だから、思わず尋ねてしまった


……本当に、よろしいのですか?……

……闇の書の力を使えば、主の両足は治るのですよ?……

……自分の両足で立って、思いのままに歩けるのですよ? 陽の下を思うがままに走る事も出来るのですよ?……

……今までしたくても出来なかった事を、思う存分出来るようになるのですよ?……


「それでも、や」


……どうして、ですか?……



「簡単な事や、私の願いはもう叶ってるからや」



初めての経験だった
闇の書を守護する騎士として生まれ、悠久の時を生きた我等が初めて経験する事の連続だった。


主は、優しい人だった

主は、暖かな人だった

我等にどこまでも優しく、温かく、愛情を持って接してくれた

我等を己の道具としてではなく、一人の人間として……家族として接してくれた。


そしてそんな主と共に暮らしいく内に、我等にも変化が訪れた。


「ねえねえはやて、冷蔵庫の中のアイス、食べてもいい?」

「はやてちゃん、私にも、その、ぇと……お料理、教えてくれませんか?」

「あの主、毛繕いくらいは一人で出来るのだが……え? こういうのに憧れていた?……分かりました、それではお願いします」


主と共に暮らす生活と日常の中で、我等も徐々に変わっていった
戦いの無い、静かで穏やかな時間

それは、我等プログラムには不要な時間だった筈

何の意味もない事柄だった筈

闇の書の覚醒のために存在し、その主を守護する為に存在する我等にとって……そんな生活はアンデンティティーの大半を失ったに等しい筈


なのに


それなのに、我等は笑えていた

そんな生活の中、我等は心から幸せを感じていた



……そう、我等は……幸せだった……



だから、守ろうと思った

この優しい主を

優しい主が、我等に与えてくれた暖かな日常を

優しく暖かな、この幸せな時間を

我等は、絶対に守り抜こうと誓った






――その日常に、罅が入るまでは――。






今から一月ほど前、主は病を患った
四十度近い高熱に魘され、食事をすれば嘔吐し、市販の風邪薬も効果がなく、我等は主の掛付けの医者である石田医師の下に運んだ。


病自体は、別段大した事はなかった
夏風邪で体が弱ったところに、少々タチの悪い菌が入り込んでしまったらしい

石田医師が処方してくれた薬と点滴による栄養補給で、主の体調は三日程度の療養で元に戻す事が出来た。


しかし、その時石田医師に告げられた言葉に……我等は我が身を呪う事になる。



「治療のついでに、はやてちゃんの体の方も診てみたのですが……少しだけ、麻痺が今までよりも進行しているみたいなんです……
こんな事、今まで一度も無かったのに……」



その言葉で、我等は己の迂闊さに気付いた……否、気付かされた。

主の足の麻痺は、先天性の病などではなく……闇の書の魔力負荷によるモノだと
麻痺の進行は闇の書の第一覚醒……我等「守護騎士プログラム」によって、主への魔力負荷が増大した事が原因だと



「……何故、だ……何故、気付かなかった!!!」



我等が気付いた時は、もう遅かった。

主の麻痺の進行は、止まらない
一定期間、蒐集行為がされなかった闇の書は主のリンカーコアを侵食し、主の命が尽きるまで止まる事はないからだ。

主の麻痺の進行は、決して止まらない
このまま放っておけば、その麻痺は内臓機能の低下・自律機能の衰退へと繋がり、その生命を維持できないレベルへと発展する

そしてその末に辿る結末は唯一つ

即ち、主の死


「ごめんなさい、ごめんなさい! 私が、もっと早く気付いていれば!」

「……違う、自分の迂闊さに……言っている!」


私は、思わず壁に拳を打ちつけていた
シャマルは、懺悔する様に「ごめんなさい」と繰り返していた。


「なあシャマル! シャマルは治療魔法が得意だろ! そんな病気なおしてくれよ!はやての体を治してくれよ! はやてを、助けてくれよぉ!!!」

「ごめん、なさい……!……私程度の魔法じゃ、はやてちゃんは……っ!!!」


縋り付く様に放ったヴィータの言葉は、到底不可能なものだった
ヴィータは「ちくしょう!」と嘆く様に涙を流し、ザフィーラはただ静かに打開案を考えていた。


そんな時間が数分だろうか? それとも数時間だろうか? それとも数秒程度だろうか?
体感時間が曖昧になる程に思考する中で、ヴィータが呟いた。



「……助けな、きゃ……」



それは重く響く言葉
何か重要な事を決意したかの様な言葉



「はやてを、助けなきゃ!!!」



我等は、どうしても主を救いたかった

あの優しい主を、どうしても助けたかった



「――主の体を蝕んでいるのは、闇の書の呪い――」

「――なら、はやてちゃんが闇の書の主としての、真の覚醒をすれば――」

「――病は治る。少なくとも、悪化は止まる――」

「――はやての未来を、血で汚したりなんかはしない……だけど、それ以外は何だってやる!!!――」



だから、その方法を手に取った

主を救うために残された、最後の方法を

主と我等が交わした、絶対に行わないと誓った禁忌を



――申し訳ありません、主――

――ただ一度だけ、貴方との誓いを破ります――

――我等の不義理を、お許し下さい!!――



他者のリンカーコアを蒐集し、闇の書を完全覚醒させるという最後の希望を

我等は、手に取った。







「……シグナム、手が止まっていますよ?」

「ん? ああ、すまない」


その言葉で、意識が現実に引き戻される
止まっていた両手を動かして、持っていた食器をスポンジで磨いて泡立てる。

泡立てた食器をざっと水洗いして、食器立てにかける。


『……それでシグナム、話の続きですが……』

『ああ、先日の蒐集についてだったな』


そのシャマルの言葉で、再び念話を行う
この会話を肉声で行うには、主に聞かれてしまう危険性があるからだ。


『……貴方達を助けて、闇の書の秘密を知る仮面の男……貴方から見て、その男は信用できますか?』

『……難しいな……』


数日前、とある管理外世界にて白い魔導師との戦闘において……ヴィータとザフィーラの二人は重傷を負わされて、自分も窮地に陥った
窮地に陥っていた我等を救い……重傷を負わされた二人に『ソレ』を提言した男



――闇の書の「守護騎士プログラム」、それに備わっている肉体構築システムを使え――

――幸い、二人のリンカーコアは無傷だ。完全覚醒していない「闇の書」でも、相応に頁を使えば二人の肉体を再構築するのは難しくない筈だ――

――早く決断しろ、急がなければ手遅れになるぞ――



今、二人は闇の書の中で肉体を再構築している
我等、守護騎士が「闇の書」の内から外に出でる時に行使される「肉体構築システム」

完全回復までかなりの時間が要るが、日常生活を送るだけなら数日程度で二人は外に出てこれるだろう


だが、疑問はある
どうして、あの仮面の男はソレを知っていたのか?

いや、そもそもだ
あの男は、どうして我等が「闇の書の守護騎士」と知っていたのか?


『……窮地を救われたのは事実だが、それだけで信用するのは早計だな……少なくとも、あの男は手放しで信用できる存在ではない……』

『……私も、それについては概ね同意です。私達の事を知り、その上で接触を図ってきた。それに加えて他にもいくつか疑問に思う点もあります……あまり楽観的に考えるのは危険ですね』


シャマルと意見が纏まる
やはり、状況的にはあまり楽観視はできないだろう

我等は他者から見れば、危険物以外の何物でもない
そんな存在だと知りつつ好んで接触を図る輩がいれば、それは悪人か狂人かのどちらかだ。


『……まあ、用心するに越した事はないな。この家のセキュリティーも強化を施したし、今後はより一層警戒を強める必要があるな……』

『……そうですね……』


用心と警戒は、やり過ぎると言う事はない
その程度の事は、今までの経験で嫌という程に身を持って学んできた

濡れた両手をタオルで拭きながら、今後のプランを纏める。





『……それと、私からも一つ……相談したい事があります……』





思考を纏めている最中に、不意にシャマルの念話が頭に響いて意識を向ける。


『何だ?』

『……内容が内容なので、ここでは少し……出来れば二人だけで、腰を降ろして落ち着ける場所と時間の方があれば……』

『……了解した。ならばこちらで都合をつけよう』


その言葉を機に、シャマルとの会話を一旦区切る
食器も概ね洗い終わって、主の待つリビングへ行こうと足を進める。


そして、改めてその意思を胸に宿す。



……もはや、我等は後戻りはできない……

……我等は、ひたすら歩み続けるしかない……



……だが、それでいい……

……それで主を救えるのなら……

……それで主の笑顔を守れるのなら、それで主の命を救えるのなら……



……我等は、決して歩みを止める事無く……己が意思を貫いてみせよう……。

























「……ふむ、とりあえずは及第点……と言ったところかしら?」


その薄暗い一室にて、紫電の光が弾けて粒子状となって散布する。

そしてその光の中心にて、納得が言ったかの様にプレシアは呟く
ここはとある次元世界にあるプレシアの隠れ家の一室、プレシアの研究室だ。


「……クク、ホロに感謝しなくちゃね……まさかたったの三日で、私の要望の品を逐一揃えてくれたのだから」


口元を僅かに歪めて、プレシアは己の悪友に感謝の言葉を述べる。
注文の品の半分でも揃えて貰えれば上出来……と判断していたのに、これ以上にない理想的な形で自分の要望を叶えてくれたのだ。

不安要素をできるだけ取り除いておきたいプレシアにとって、それは何よりもありがたい事だった。


口元を歪めて、手に持ったデバイスをカチャカチャと音を立ててカスタマイズしながら
プレシアは五日前の事を……ベルカの騎士と名乗る輩に襲われた時の事を思い出す。


――おかあさんを、いじめるな!――


あの時の事を思い出し、頭の中は灼熱にも似た怒りが湧く


――おかあさんに、ひどいことするな!!!――


あの時の事を思い出し、胸の中が抉られる様に憎しみが湧く


――恐かった! 恐かったよおぉ!!!――


あの時の事を思い出し、腹の中にドス黒い感情がグルグルと蠢く


……許せない……

……許せる、筈がない……


プレシアは、許せなかった

自分達の平穏と日常に土足で入り込み、踏み躙ろうとした存在を
自分達に襲い掛かってきたあの三人を、あの三人に襲撃を命じたであろうヤツ等の主を


そして何より、アリシアを守りきる事ができなかった自分自身を


予測できた筈だった
この程度の事は、幾らでも予測が出来た筈だった

この世の理不尽を、世界の不条理をこれ以上に無い程に思い知らされた自分なら……幾らでも、『この程度』の事は予測が出来た筈だ

少なくとも、今回の一件
転移用デバイス一つポケットに入れておくだけで、あの危機から簡単にアリシアを救える事が出来た筈だ



「ほんっと、自分の馬鹿さ加減にはつくづく呆れたわ」



許せる筈がない。

最愛の娘を危険に晒した自分の無力さを
最愛の娘に涙を流させて、恐がらせてしまった自分の不甲斐なさを


――絶対に、許せる筈がない――


手に持ったデバイスのカスタマイズを終えて、プレシアはソレを起動させる。
次の瞬間、粒子状の魔力がプレシアの周囲に集まって、それは徐々にプレシアの全身を包み込む。



「……フム、こちらも問題ないようね……」



その完成度を確かめながら、プレシアは呟く。
基本動作、基本能力に問題はない
プログラムに不備もなく、カスタマイズに使ったパーツは問題なく稼動している。


そして、その電子音が研究室に鳴り響く
音の発信源は一つのデバイス、カードタイプの通信用デバイスだった。

プレシアはソレを手にとって、デバイスの表面に浮かぶ魔力灯の文字を見る。


――From IZAYA――


相手の名を確認して、プレシアは通信回線を開く。


『もしもし?』

『ど~も、I love 人間でお馴染み貴方の街の情報屋さん・イザヤくんで~す』

『ウザいから切ってもいいかしら、ウザヤくん?』

『ナチュラルに酷っ! ノリが悪いなープレシアさんは』


そう言って、通信越しの相手はケラケラと笑い声を上げる
そんな声を聞きながら、プレシアはこめかみを僅かに指で押して


『……で、用件は何かしら? 大した事ない用件だったら本当に切るわよ』

『まあ確かに、用事と言っても大した用事じゃないんだよね~』


プレシアが僅かに苛立った様な口調で言うと、電話越しの相手は笑い声を一旦止めて



『頼まれていた例の件、大体調べがついたよーって言いにきただけだから』


















……そろそろ、頃合か?……


その暗い空間にて、空間モニターに展開される映像を見ながらその人物は思う。


……あの二人のダメージも、そろそろ癒える頃……完治とまではいかないが、戦線をサポートできる程度には回復するだろう……


数日前のとある戦闘
あの戦闘で、予想だにしていなかったイレギュラーによって出た被害
その被害と現状を見据えながら、その人物は考えを進める。


……まぁ、アレ等もそれなりに長い時間を生きてきた存在…同じ愚を犯す真似はしないだろう……

……アレ等にリタイアされるのも困るが、『奴』と顔を合わせるとなると……こちらも相応にリスクがある……

……あの二人の修復にそれなりに蒐集した頁を使用させたが、まあ必要投資というヤツだ……

……こちらも余裕があるわけではない、『化物』の相手は『異物』に任せるのがやはり適任だ……


そして、その部屋に電子音が響き渡る
電子音が響くと同時に、空間に新たなモニターが展開される。


……ヤツからか……


モニターに映し出されるのは、次元通信を知らせる文字
そしてその送信元は、自分達の共犯者からだ。

通信で送られてきたその内容に目を通す
通信内容を確認して、その確認と了承を知らせる文書を書き上げて返信する。


……ヤツの方に任せた案件も、概ね順調……

……まだ管理局も、アレ等の動きには気付いていない……

……気付いていないが、やはりそんなに都合良く話は進まないだろう……


管理局はまだその事実には気付いてはいないだろうが、既にその一端は姿を現し始めている
その一端から管理局が掴み、事実を知り、その解決に乗り出すのもそう遅くはないだろう
やはり、今の内に備えられるものは備えておくべきだろう。


……しかし、気になるな……


その人物は手の中のデバイスをカチカチと操作する。

そして次の瞬間、モニターに映し出される映像が切り替わる
そこに映るのは、数日前のとある次元世界の戦闘光景。



……似ている……

……あまりにも、『彼女達』に似ている……



その人物はモニターを食い入る様に見る
モニターに映る白い男と、黒髪の女と金髪の少女を見る。

果たして、これはただの偶然か?
若しくは、ただの他人の空似か?

――それとも――



……いや、『彼女』は間違いなく死んだ筈……

……彼女の遺体は管理局が回収し、検死の結果アレは100%本人の遺体だという結論も出ている……


しかし、それでも疑問は残る
今までの人生と経験で培ってきた、己の勘がどうにも警戒するように信号を鳴らしている


……まあいい……

……どの道、ヤツが敵に回った時点で面倒な事態になるのは目に見えている……

……寧ろ、ここはプラスに捉えるべきだろう……

……あの男が戦いに加わり暴れれば暴れるほど、管理局はそちらに目が行く……

……ならばその分、こちらも動き易くなる……


何事にも、イレギュラーは付き物だ
起こってしまった事に、幾ら動揺し困惑しても仕方がない。

ならば、そのイレギュラーを如何に利用するかを思案した方がよっぽど建設的だ

粗方の思考を終えて、その人物は座っていた椅子に深く背をもたれる
そして再びモニターを操作して、その画面を切り替える。



……そして、更に警戒すべきは……この男……



そのモニターに映し出されるのは、とある次元世界の風景と一人の男
地面に倒れ伏し、その全身は血に塗れている青髪の男


……この衣服、手に持った細身の刀剣……

……そして何より、腹部の孔……

……果たして、『コレ』も偶然か?……


その男の特徴は、己の脳裏に過ぎるとある男の特徴と共通するモノが多い
コレを果たして、ただの偶然と片付けていいのか?



……それに、コレは気のせいか?……



その映像は、更に進んでとあるシーンが映し出される
金髪のショートカットの女性がその男に歩み寄り、何か考える様に立ち止まっている。

その女性は、ゆっくりと男に手を伸ばして、その手が淡く光る

そして次の瞬間、男の姿が消える
一瞬その男の全身は青く発光し、粒子状に分解していく様に女が持つハードカバーの本へ吸い込まれていく。


その光景を見て、その人物は改めて疑問を覚える。



――コレは、気のせいか?――

――この男が、自ら『闇の書』に取り込まれた様に見えるのは――。















続く













後書き すいません、またしても更新が遅れました。十一月中には今話を投下する予定だったのにこの有様……
更新速度を上げようとすると話が上手く描けないし、上手く描こうとすると時間が掛かる
速度と質、何とか両方を向上させたいと思っております。

さて、話は本編
現在、ヴィータとザッフィーは闇の書の中で肉体を修復中です
確か以前読んだファンブックだとこんな感じの事が可能だと描かれていたのですが……何分、記憶があやふやなので少し自信がないです
仮に出来なくっても、やり方したでは可能……みたいな脳内補足をお願いします。

一応今回は話と話の『繋ぎ』の部分を描かせて頂きました。色々な方々が裏で暗躍し、次回からも少し話を動かしていきたいと思っております。


次回からいよいよプレシアさんが動き始め、戦闘パートに突入する予定です
次話以降は動かしていくキャラも増えて上手く描けるかどうか不安ですが、何とかやっていきたいと思います。





[17010] 第参拾四番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/12/19 20:30


意識は既に消えかかっていた

体中の感覚は麻痺していた

呼吸をするたびに鉄の臭いがした


……オレ、ハ……消エル、ノカ?……


混濁する思考の中で、そんな考えが頭を過ぎる。


……ココマデ、ナノカ?……


痛覚は悪寒に、疲労は眠気へと変わり、苦痛は微睡へと変わっていった。



……ココガ、限界ナノカ?……

……ショセン、俺ハ……コノ程度ナノカ?……



その言葉を脳裏で呟いた瞬間、頭の奥で何かが弾けた。



――フザケルナ――

――フザケルナフザケルナフザケルナ!!――

――フザケルナああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――



茹る様に怒りが湧く
魂が焦げる程に熱を帯びる。

麻痺した痛覚が激痛を取り戻す
止まりかけていた血流が、吐血となって巡り始める
闇に落ちかけていた意識が、再び浮上する。



……終われるか! 消えてたまるか!……

……このまま、くたばってたまるかああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!……



思い出す
嘗て闘った宿敵の事を、自分が心底気に入らなかった男の顔を


……この程度で、終われるか!……

……一回死んだ分際でありながら、また死ぬのか!……

……アイツ等が超えた壁を越えられず、このままくたばるのか!?……


怒りが湧く。
自分自身の弱さに対する怒りが、自分の無力さに対する憎悪が
魂の奥底から湧き始め、燃える様に自我を取り戻す。

バラバラになった力を、体中から掻き集める
掻き集めた力で、必至にもがいて足掻く。



……ある……

……力なら、そこにある!……

……俺の、すぐ傍にある!!!……



その力の存在を感じ取る
禍々しく強大な、自分が求める力の塊が、すぐ傍にある。



……手を伸ばせ!掴み取れ!……

……終わりたくなかったら、手に入れろ!……

……生き延びたかったら、手に入れろ!!!……

……ウルキオラや黒崎一護の様な……否!……



……ヤツ等を超える力を、圧倒的力を!……
……今この場で、掴み取りやがれえええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!……



その瞬間、何かが蠢く
蠢いた何かは力を求めて脈動する。

魂が脈動し、一気に力を解放する
力を解放させて、飛び込むように手を伸ばす。


大いなる闇へ手を伸ばし、その男の姿はその場から消え去った。















第参拾四番「狩り」














「……で、お前は何をしている?」

「ひざまくらー」


手に持った魔導書に視線を落としつつ
ウルキオラは自分の膝に頭を乗せて寝転がるアリシアに呟く。

そしてそのままアリシアは枕代わりの白い膝に、スリスリと頬擦りしつつ緩んだ笑みを浮べている
もしもアリシアが猫なら、今頃は小気味良くゴロゴロと咽喉を鳴らしているだろう。

しかし勿論、ウルキオラがそんなアリシアの行動を許す筈がなく。


「二秒待ってやる。さっさと離れろ」
「あっゴメン、よだれ垂らしちゃった」

「それが遺言か?」


ミシリ、と何かが軋む音が鳴り


「みぎゃあああああああああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!! ごめんごめん!冗談! 冗談なんだよ!」


顔面を鷲掴みにされたアリシアは宙吊りにされる
バタバタと両足を動かしながらアリシア痛烈な叫び声が室内に響き渡り


「……ふん」


そのままウルキオラはアリシアを投げ捨てる
投げ捨てられたアリシアはそのままベッドの上に着弾し、ボフリと柔らかい衝撃音が鳴って


「ううぅー、軽いジョークだったのにー。ウルキオラはもっと大人な対応を身につけるべきなんだよ!」

「成程、三十路の年増が言うと説得力があるな」

「年増じゃないもん! まだピッチピチなんだよ!!!」


間髪入れず、アリシアの叫び声が痛烈に響く
更にアリシアはその小さな胸を張りながら、ビシリとウルキオラを指差して


「大体ウルキオラは普段私の事を子供扱いしてるのに、更にその上年増あつかいは流石に酷いんだよ!
せめてどっちかに統一する事を所望するんだよ!」

「知っているか? 世間では『合法ロリータ』という単語があるらしいぞ」

「まさかの合わせ技!!」


その思いもよらぬカウンターを受けて、アリシアは思わず驚愕の声を上げる
だがしかし、アリシアのターンはまだ終わっていない。


「とにかく! 前にも言ったけど女の子に対して『クソガキ』とか『年増』呼ばわりは酷いんだよ! きちんと『れでぃ』として扱ってくれることを希望するんだよ!」

「胸と背中の区別がつくようになったら考えてやる」

「極めて遺憾だよ!!!」


『ムッカー!』と、その顔を朱色に染めてアリシアはウルキオラに食って掛かるが
ウルキオラは依然、手元の魔導書に視線を置いたままである。

そのウルキオラの現状を見て、アリシアは額に青筋を浮べて頬をピクピクと震えさせて


「これでもキチンと区別はつくもん! そもそもウルキオラは見た事ないくせに、いい加減な事は言わないでよね!」

「お前こそ何を言っている、見た事あるに決まっているだろう」

「……へ?」


その有り得ない一言を聞いて

アリシアの時間が、一瞬ピタリと止まる。
脳の許容範囲の限界突破
そのウルキオラの返事を聞いた瞬間、アリシアは思わず凍りついた。


「……あ、あのー、しょ、しょれは一体いつの話で?」


ガチガチに固まった口元を何とか動かして、搾り出す様にアリシアは尋ねる。


「初めてプレシアと会った時だ」


そしてその問いにウルキオラは即答して
アリシアは頭の中の記憶を掘り進めて、自分が始めて母親と再会した数ヶ月前の光景を掘り起こして



――直に見て確認した、アリシアの因果の鎖は未練や思い入れの類ではない――



その時の事を思い出して
あの時の自分の体が「どんな状態」で保存されていたのか思い出して


――直に見て確認した――

――「直」に「見て」「確認」した――


その時のウルキオラが放った言葉を思い出して


「……あ、わ……あ、あば、あばばばばばばばばばばばっ……!」


ボン、とその顔は一気に完熟したトマトの様に染まって

困惑と動揺で思わず声が不気味に漏れ出て
溢れんばかりの羞恥心で顔が燃える様に熱くなって、口元がワナワナと震えて


「何だ、頭の螺子でも飛んだか?」


その無神経な一言で、アリシアの中の何かが「プチン」と切れて


「う、う、うあっ!ウワあああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!
ウルキオラのバカ!えっち!スケベ!ヘンタイ!セイヨクマジン!うああああああああああああああぁぁぁぁぁん!
みられたあああああぁぁぁ!ウルキオラにおっぱい見られたあぁ!!いろいろ見られたあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!まだみせるつもりなかったのにいいいいいいいいいいぃぃぃ!!!」

「……お前はさっきから何を言っている?」


そんなアリシアの悲痛な叫びが室内に響き渡り
この日の事が切っ掛けで色々と騒動が起きたとか起きなかったとか、それはまた別の話だったりもする。












そこは、四方の空間が幾何学模様で覆われた奇妙な空間だった
そしてその空間内にて、黄金の閃光が飛び交い、白い影が翔けていた。


「……か、はっ!!!」


翠光が乱射する様に弾けて、黄金の閃光が爆発する様に炸裂する。
轟音が縦横無尽に駆け巡り、衝撃が遠近無視で発生していた。


「……はっ! はあ!……せりゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」


長い金髪が暴風で靡く
漆黒の外套を身に纏った少女は空高く翔ける。


そして次の瞬間、翠光の砲撃が放たれる。


「……ぐ! ふっ!!」


砲撃を黄金の盾で押さえ込み、その隙に魔力をブースターの様に噴出させて横に逃げる。

だが、即座に迎撃が放たれる
翠の弾丸が機関銃の如く少女に掃射され、少女は迎撃・回避しきれない判断して防御幕を展開する。



「……っ!ぅ、ぐ!!」



幕越しに衝撃が走る
攻撃の衝撃が幕を伝って彼女に襲い掛かり、その負荷が全身に広がっていく。

そしてその防御幕に罅が入る
小さな罅に絶え間なく弾丸が射出されて、徐々に亀裂が走って幕が崩壊していく。


「バルディッシュ!!!」

『blitz action!!!』


幕の崩壊と同時に、即座にサイドへと回避する
弾幕の射程範囲から離れて、距離を取って、遠距離戦に持ち込む。

近接・中距離では自分に分が悪い
だが遠距離戦に持ち込めば、自分にも活路がある。

そう判断して砲撃と射撃を繰り返し、距離を取るつもりだった。


そして次の瞬間、白銀の閃光が放たれる。



「……え?」



気が付けば、敵は目の前にいた
その白い魔導師は少女に目掛けてその刃を振り下ろし、その一撃は叩き込まれて

二人の勝敗は決した。






『game set……record time 2min 49.55sec』

「……うー、またダメだった……」


次元航行艦『アースラ』のとある客室にて

落胆する様に呟いて、フェイトは閉じていた両目を開く
その手に持った金色のデバイスが告げる内容を聞いて、がっくりと肩を落とす。


「さっきから随分と静かだと思ったら……またイメージトレーニングかい?」

「……うん、少しでもあのスピードとパワーに慣れておこうと思って……」


赤い毛並みの狼がフェイトに言葉をかけて、フェイトは視線を移す
そのまま一回背筋を伸ばして、テーブルに置いてあったお茶を一口飲む。


「……んで、今回はどのくらい闘えたんだい? 五分?十分?」

「……三分ももたなかった、大分あのスピードとパワーには慣れてきたけど
調子の良い時でも五分もつかどうか……やっぱり一人のままじゃ厳しいかも……」


手の中でバルディッシュを転がしながら、フェイトは呟く
先程までフェイトが行っていた事、それはデバイスを利用した仮想空間でのイメージトレーニング

そしてフェイトがトレーニングの相手として選んだのは、嘗ての強敵であるウルキオラだ


フェイトが持つインテリジェント・デバイスであるバルディッシュは、嘗てのウルキオラとの戦いの際にその戦闘データを記憶しておいたのだ。


「……ウルキオラって、確かに基本性能がズバ抜けて高いけど……攻撃手段は主に近接格闘と剣術で
遠距離攻撃は基本的な砲撃と射撃だけだから、遠距離戦に徹すればそれなりに闘えると思ってたんだけど……」

「……ダメだったのかい?」

「……うん、すぐに距離を詰められちゃう。
それにバルディッシュが記憶してあるウルキオラの戦闘データもあくまで基本的な魔力値とスピードと攻撃手段だけ
ウルキオラの技術や戦術・思考パターンなんかまでは再現できてる訳じゃないから……その事も考えると、やっぱり厳しいかも」


スピードは、フェイトが持つ最大にして最強の武器の一つだ
そこで負ければ、雪崩の様に戦術が崩れていってしまうのだ。

近接では対処が追いつかず
距離を取ろうとすれば追いつかれる。

だから打つ手がなくなり、雁字搦めになる。


「あー……そういえば、最近似たような事をクロノとユーノも言ってたっけ?
あの二人、暇さえあれば考案したプログラムを試運転するために訓練室に入り浸っているみたいだからねー」

「あの二人も、凄く頑張ってるよね」


そう言って、再びフェイトは紅茶を口に含む
先程までの戦いを思い返して、反省をし、対策を考える。



「……やっぱり、スピードを上げた方が良いかな?」



ポツリと呟く。


「……スピード?」

「うん。正確に言えば、全体のレベルアップは勿論だけど、その中でも特にスピードを重点的に底上げしようと思ってる」


フェイトが今までのイメージトレーニングで学んだ事
自分がどうして、ここまで一方的にウルキオラに敗北するその要因


それは、自分の一番の武器と攻撃が通じないという事実だ。


「ウルキオラは私より速い……それに私はリニスやリーゼさん達に比べて、技術は劣るし戦術の引き出しが少ない
攻撃にしろ防御にしろ陽動にしろ、やっぱりどうしてもスピードが必要になってくる
だから少なくとも、スピードの底上げは必須事項だと思うの」


ウルキオラと同等……までは行かないまでも、その対処が追いつく程のスピードが得られればそれだけ戦術の幅が広がる。

少なくとも、ある程度の距離を保つくらいのスピードが得られれば、自分の土俵で戦える

そのフェイトの言葉を聞いて、アルフも「うーん」と小さく唸って


「確かにその通りだとは思うけどさ、アイツのスピードが桁外れなだけでフェイトのスピードも相当なもんだよ?
アレ以上のスピードアップなんて出来るもんなのかい?」

「うん、幾つか案はある。使いこなすのは難しそうだけど、そこは何とか出来ると思う
あと欲を言えば……当たる当たらないは別として、攻撃力に特化した魔法を身に付けたいかな?
直撃すればタダじゃすまない……多少使い勝手が悪くても、そうウルキオラに思わせる武器が一つあるだけで、ウルキオラの行動も制限できると思うんだ」


例えばの話だが、人は自分の周囲に蚊が飛んでいれば……殆どの人間は手で潰そうとするだろう

……なら、もしソレが毒を持つ虫だったら? スズメバチやサソリの様に強い毒を持つ虫だったら?

恐らく、殆どの人間は気軽に潰そうなどとは思わないだろう
少なくとも、軽はずみな行動はしないだろう

つまりは、そういう事だ。


生物というのは、「恐さ」が無い敵にはとことん強気の姿勢でいる事が出来るものだ
ウルキオラが自分達に対してああも強気の姿勢を維持できたのも、そう言った要因が大きいだろう。

だが逆に言えばたった一つでも「恐さ」を持っている敵に対しては、どうしても慎重にならざるを得ないものだ。


「……でもさ、それって……すっごい、ハードル高くない?」

「そうだね。まあそこはやっぱり、努力かな?」


粗方の今後の方針を決めて、フェイトは力強く頷いて微笑む
新たな力を手に入れるべく、その頭の中で今後のプランを組み立てていく。


「……ねえ、フェイト……一つだけ、聞いてもいいかい?」

「なに、アルフ?」


フェイトの思考を遮って、アルフが声をかける
フェイトはアルフに視線を移して





「もしかしてフェイトはさ……『一人』で、アイツと闘うつもりかい?」





その言葉を聞いて、フェイトは一瞬呆気に取られて
その空間が静寂に包まれる。


「……え? どうして?」

「いや、何となく……今までのイメトレでも、一対一でやってきたみたいだし
さっきの話を聞いても、他にサポートする人間がいない……フェイト以外、闘う人間がいない時の戦闘を想定している様に聞こえたからさ」


どことなく自信なさげな表情で、物憂げな口調でアルフが語る。

確かに、時の庭園で共闘したなのはやクロノ、ユーノやリニスは、フェイトといつも一緒に居る訳ではない。

クロノは打倒ウルキオラを目標としているが……基本的には執務官の仕事に日々追われている
ユーノも管理局と協力関係があるとはいえ、基本外部の人間だ

なのはは、今は遠い次元外世界でこれまでの日常に戻っているし

リニスは療養中であるし、出来れば……もう、危険な事はして欲しくない


だが、自分は別だ。



「あたしはさ、フェイトの使い魔だよ? パートナーだよ? あたしはフェイトから離れたりなんかしない、フェイトとずっと一緒だよ
……だからさ、その……何かさっきの事を聞いてさ、ちょっと寂しいかなーなんて思ったりしてさ……
……あはは、ゴメン。少し考えすぎだったみたい」

「……ううん、そんな事ないよ。ごめんねアルフ……それと、ありがとう」



そう言って、フェイトはアルフの頭をそっと撫でる
そしてアルフの頭を撫でながら、その言葉の意味を考える。


……確かに、アルフの言う事は……当たっているかも、しれない……


……多分、私は……もう一度、会いたいと思ってる……


……多分私は……もう一度、ウルキオラと……会いたがっている……


……出来れば、二人だけで会って……話をしたいって、思ってる……


フェイトは、己の心の内を改めて確認する
棘の様に自分の胸に小さく引っ掛っている、その事実を確認する。


……もしかしたら、『コレ』はただの気のせいなのかもしれない……

……もしかしたら、何の意味も無い事なのかもしれない……

……多分いま私が考えている事は、すごく危険な事なんだと思う……

……でも、それでも……


その引っ掛りを、フェイトはどうしても無視する事は出来なかった
その引っ掛りの正体を、出来れば他者の介入無しで明かしたかった


……私はもう一度、ウルキオラに会いたい……


ウルキオラに、聞きたい事がある
ウルキオラに、確かめたい事がある

だから、フェイトもその道を歩むと心に決めた。














――そして、物語は次の局面を迎える事になる――

――彼女達が良く知る場所にて――

――彼女達にとって、少なからず因縁がある世界にて――

――まるで一つの意思に導かれる様にして、新しい物語は展開されていく――


















第97管理外世界――遠見市――

陽の光は既に西の地平線へと姿を消し、その空は夜の帳が下りて月の光が淡く大地を照らしている。

そして、夜天の空に一つの魔法陣が現れる
紫色の発光する幾何学模様の魔法陣は輝いて、そこに一つの影が現れる。


「……ジュエルシードといいウルキオラといい……つくづく、この世界には縁があるようね……」


物思いにふける様に、その影は呟く
その影は夜天に溶け込む様な黒い外套に身を包み、眼下の街を見下ろしながら自分が入手した情報を思い出す。



――頼まれていた例の件、あの運動靴の出所――

――靴のメーカーの名前は「テイアイ・シューズ」、第97管理外世界の日本という国の超大手「テイアイ・グループ」が経営する会社の一つさ――

――第97管理外世界・日本・東京の池袋には、ウチの支部が一つあるからね……思いの他早く調べがついたよ――


「……件のデパートは、あそこね……」


眼下の街の、一際大きな建物を見ながら呟く。

情報屋の男は語った、あの靴はこの遠見市にあるデパートで売られていた物だと
流石に購入者までの特定は出来なかったが、コレでも手掛かりとしては十分すぎる程だ。

少なくとも、あの靴は通信販売等で買われた物ではなく、購入者が直に店にまで赴いて買われた物だと分かっている。


つまりは、そういう事
通常、日用品というのは余程の事がない限り自分の住居の近くで購入するものが大半だろう。

特にヤツ等の様に「後ろ暗い」事を行っている人間は、知らず知らずの内に神経が過敏になるものだ
なるべくこの手の事に関しては、無駄な動きや移動は避けたい筈だ。

余程の状況でもない限り、買い物等は余計な手間暇をかけず拠点の近場で済ませようと考える筈だ。


つまり、ヤツ等はこの近くにいる
少なくとも、ヤツらの活動拠点の一つに近い筈だ。


そこまで考えを纏めて、影は歪に口元を歪ませる
あの忌々しい連中が近くにいるかもしれない、そう考えるだけで脳が沸騰する様に茹って、血管が音を立てて切れそうになり



「……っと、ここでキれちゃあ前回の二の舞ね。あくまでクールよ、クールに冷静に落ち着いて『切れ』ないとね」



茹った脳を冷ます、熱くなった思考を瞬時に切り替えて冷えた状態にする
そしてその右手に杖を握り、左手には三つの宝玉を握る。


「さて、それじゃあ始めるとしましょうか」


影は大きく振りかぶって、三つの宝玉を夜天に向けて一気に投げ放つ
握った杖は紫電を宿して、激しく鳴動して魔力が収束される。



「サンダー・スマッシャー!!!」



夜天の空に、紫電の砲撃が昇る
その砲撃は雄々しく咆哮しながら上空に昇り、三つの宝玉を一気に飲み込み。


夜空に、大輪の花が咲く
大輪の花は炸裂する様に花開き、イルミネーションの様に輝いて夜空に咲く。


そして、大輪の花が散って……小さな、とても小さな無数の『何か』が、街に降り注ぐ
その様子を見て、影が叫ぶ。



「さあ始めるわよ……狩りを!」



夜天の空に光の大輪と、紫電の魔法陣が形成される
そして次の瞬間、頭上から溢れんばかりの光を浴びて影は消える。


――準備は終わった――

――仕込みは済んだ――

――後は待つだけ、あの忌々しい獲物を待つだけ――



――さあ――



――楽しい狩りを、始めましょう――
















「ふむ、これは早い展開だ。『魔女』が一歩、『騎士』と『主君』に近づいた」


コトン、と
その男は口元を愉快気に歪めながら、盤上の駒を動かす


「だが、これは少し意外だね。この段階まで来るのにあと一月は掛かると踏んでいたのだが……いやはや、これは嬉しい誤算だ
やはり、物事を首尾良く進めるコツは心から楽しむ事だね。こうして想定の範囲外、予測の範囲外の事が起きるから実に楽しむ事ができる」


紫の髪を揺らしながら、男は仰々しく大きく両手を掲げながらその盤上を見つめる
両手を掲げて、愉快気に咽喉を鳴らして声を上げて笑い、そのまま椅子に腰を降ろす。



「楽しそうですね、お父様」



そして不意に、その声が響く
男は声の発信源へと椅子ごと回転させて、視線を移す。

そこに居るのは、一人の若い女性
男と同じ紫の長い髪と金の瞳、白いブラウスにグレイのタイトスカートと黒いタイツ

どこかやり手のキャリアウーマン風の衣服を身に纏って、女はその部屋の居た。


「うむ、楽しい。実に楽しい。やはりこう言った事は心が躍る」

「楽しそうで何よりです。では事のついでにこちらも目を通して下さい」

「ふむ、貸してくれたまえ『ウーノ』」


ウーノと呼ばれた女性は手に持ったカード型のデバイスを男に手渡す
男はそのカードを手に取り、カードが空間にモニターを展開させて文字が羅列していく。


「……うむ、あちらも概ね順調の様だ。ウーノから見てどうかね、あの二人の仕上がり具合は?」


報告書の内容に目を通して、男はウーノに尋ねる
男の問いにウーノは淀みなく自身の答えを口にする。


「報告の通りです。元々が一級品の素体、テスト実験もオールクリア、その稼動状態に何も問題はなく何時でも実戦投入できます」

「なら安心だ。あの二人は『先方』から預かっている大切なゲストだからね
ゲストの持成しに不備があっては、それがどこで影響が出るか分からないからね」


男が小さく何かを呟くと、男の手元に小さな魔法陣が形成される
その魔法陣の上に男はデバイスをポンと置いて、魔法陣が淡く輝く。

淡く輝いた魔法陣はデバイスを飲み込んで、そのまま空中にて霧散し消えた
そして男は、再び盤上の駒を見つめる。


「盤上において、傷ついた『騎士』が二つ、完全な『騎士』が二つ『主君』が一つ。
それに対して『死神』と『魔女』は依然無傷……う~む、やはりこれは少々バランスが悪いね」


思考を展開させながら、男は盤上を見つめる
このままでは、戦力の均衡が取れない。

前哨戦で傷ついた二つの「騎士」は、まだ万全の状態ではない
それに対して、『魔女』と『死神』は万全の状態を整えて、自身が用いる事の出来る最大戦力で戦闘に望むだろう。

やはり、このままでは少々厳しい。

このままでは、下手をすれば『魔女』一人の力で『騎士』を討ち取り、その牙は王座に位置する『主君』の咽喉元にも届き得るだろう
そして盤上から『騎士』と『主君』は消え、全ての闘いが終結してしまうだろう。


「それはそれで実に興味深いが、やはりいけない……こういう事は、長い時間を掛けて丁寧に丹念に楽しむべきだ」


そして男は、盤の隣にある箱に手を伸ばす
そのままゴソゴソと手を動かして、新たな駒を取り出す。



「ここは一つ、私も少々『横槍』を入れさせて貰おうか」



タンタンタンと、新たに盤上に駒が置かれる。

新たに置かれた駒、それは『仮面』
新しく配置された、三つの『仮面』



「――さてウーノ、一つ頼まれてくれないか?――」



楽しげに愉快気に口元を歪めて、男は嗤う。

そしてまた、盤上の駒を手早く動かす
その男が脳裏に描く「とても面白いモノ」になる様に、盤上の駒を配置する。

配置を終えて、男は再び「ククク」と口元を歪めて盤上を見る。

そして、改めて声高らかに宣言する。


――舞台は整った――


――双方の戦力も揃った――


――さあ――


――次の幕を開こうか――。













続く











後書き どうも作者です。今回はこれまでと比べるとやや早めに投稿できました。
最近は無印編の時はどうやってあの執筆速度を維持できていたのか、自分で自分の事に疑問を持つようになってしまいました(汗)


さて話は本編、スカさんに続いてウーノ姉さんもフライング参戦しました!
確かウーノ姉さんを始めとするナンバーズはこの頃には稼動していた筈なので、作者の都合上フライング参戦させて貰いました!
そういえば、ウーノさんの口調はこんな感じであっていますかね? もし不自然な点があればご指摘お願いします。

とりあえず、あまりにキャラが増えすぎると扱いきれなくなる心配もありますが、とりあえず作者が扱い切れる範囲で活躍させていきたいと思います!

そしてその一方で、フェイトがウルキオラに対して色々と思う所がある様です
原作ではフェイトが闇の書事件に介入するのは12月過ぎの予定でしたが、ここも少々変わるかもしれません


次回からは再び戦闘パートになる予定です
次の戦闘でA’s編での重要シーンになる予定なので、上手く描いていきたいと思います!

それでは、次回に続きます!







[17010] 第参拾伍番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:a15c7ca6
Date: 2011/01/09 04:31




「ぷっは!うめー!!! 久しぶりに食べるはやてのメシはマジでギガうまだな!!!」


とある民家の一室にて、そんな少女の活発な声が響いた。


「なはは、そこまで喜んでくれるとこっちも作り甲斐があるわー。でもヴィータ、もっとゆっくりと食べな体に悪いでー」

「んぐんぐ、分かった」


手に持った食器から勢い良く白米を掻き込んで、ヴィータは上機嫌な表情を満面に浮べながらもぐもぐと咀嚼する。
そして目の前のテーブルの上にある様々な料理に箸を伸ばして、手早く自分の茶碗の上に掻き集めてそのままガツガツと口の中に放り込んだ。


「ヴィータ、久しぶりの主の食事を堪能したい気持ちは分かるが、もう少し行儀良くしろ
同じ騎士として流石に見過ごせんぞ?」

「もぐっ、んぐ、ぷはっ。わーったよ、ゆっくり食うよ」


正面に座るヴィータの姿を見据えながら、シグナムが嗜める。
カップに注がれた水をゴクゴクと飲んで、口元を拭きながらヴィータが返した。


「なははは。まあ、元気があるのはええことや。最初は急にメンテナンスが必要って聞いて驚いたけど、大した事なくて良かったわ」


隣に座るヴィータの頭を柔らかく撫でながらはやてが呟く
頭を撫でられたヴィータはあれほど忙しなく動かしていた手を止めて、自分の頭を撫でるはやてを目を細めながら見つめて



「……ゴメン、はやて。心配かけさせて」



どこか影がある表情で、小さくヴィータが呟いて


「そんな事いつまでも気にせんでええよ。ほら、まだまだ沢山あるから遠慮なく食べてな」

「……うん!」


そんなはやての言葉を聞いて、ヴィータは笑みを浮べて頷いた
そして新たな料理を食べようと、その手をテーブルに伸ばして


『ヴィータ、早速で悪いがこの後話しがある……時間を取れるか?』

『……話? 何だよ?』


不意に頭の中に響いたその声を、ヴィータは料理をもぐもぐと咀嚼しながら返して



『……闇の書に、自ら取り込まれた男についてだ……』









第参拾伍番「狩る者と狩られる者」











「……それで、どの程度まで回復した?」

「ん、大体二割から三割って所だな。まともな戦闘をするにはちぃとばっかし厳しいかな?」

「そうですか」


食事も終わりヴィータとシグナム、シャマルの三人は今から離れた別室に集まっていた
ザフィーラははやての護衛と監視も兼ねて今はリビングにて、はやてと一緒にテレビを見ている。


「……んで、さっきの話だけど」

「ああ、闇の書に自ら取り込まれた男について……だったな」

「……詳しく聞かせろ」


その言葉を聞いて、ヴィータの目が僅かに鋭くなって二人を捉える
シグナムとシャマルは互いに顔を合わせて、僅かな間を置いて小さく頷いて


「……事の始まりは、貴方とザフィーラが重傷を負わされた同日の事です。私がとある次元世界に赴いた時の事でした」


シャマルがその時の事を思い出しながら説明する。

闇の書の頁蒐集の為に、とある次元世界に赴いた事
その次元世界が、自分の目から見て明らかな異常な光景だった事

その世界にて、複数の龍種と共に血まみれの男が倒れていた事

その男が発する圧倒的力を感じながら、シャマルは男から蒐集するかどうか悩み葛藤した事
悩んだ末、シャマルは主との誓いを破るわけにはいかないと……男からの蒐集を諦めて、男に治療を施そうとした事


そして治療魔法を発動させる正にその瞬間、男の体は粒子状に分解し闇の書の中へ消えていった事


その全ての事を、シャマルはヴィータに話した。



「……というのが、今回の一件の大筋です」

「……ふーん、成程ねえ……」


その全ての話を聞き終えて、ヴィータは顎元に手を置いて何か考える様な仕草をする
そして少しの間を置いて


「んで、ザフィーラはこの事知ってるのか?」

「ああ、先日話した。ザフィーラはお前よりもダメージが少なかったからな」


ヴィータの確認する問いをシグナムがあっさりと返す
その確認を行ったヴィータは「ふーん」と頷いて、次にシャマルが尋ねる。


「ヴィータちゃんから見て、闇の書の中で何か異常を感じたりはしませんでしたか?
何分、こう言ったケースはあまり経験がないので、少し不安で」

「異常、ねえ……特に感じなかった、というよりもこっちはソレどころじゃなかったからな
一秒でも早く体を治す事しか考えてなかったし、それにヤバイ異常事態が起きてたんなら流石に気付いただろうし」

「……ふむ、確かに。ザフィーラも同じこと言っていた」

「でも確かに、シャマルの言う事も少し気になるな」


一連の話を聞いて、ヴィータもそんな風に意見を漏らす
闇の書がそんな簡単にはどうこうされる存在ではないと良く知っているが、その話を聞いて一抹の不安と不気味さを覚えたからだ。

一言で表わせば、勘
長年の体験と経験で培ってきた騎士の勘が、どうにも只事ではないと告げていた。



「……なあ、ひょっとして……『アイツ』の仕業じゃねえか?」



思考を進めていく内に、ヴィータがぽつりと呟く。


「アイツ? 闇の書の管制人格の事か?」

「ああ、シャマルの仕業じゃねえんなら……普通に考えて、それしか可能性がねえだろ?」


ヴィータが、その可能性を口にする
しかしシグナムは僅かに目を瞑って思考して、間を置いて首を横に振って


「……いや、恐らくそれはない。管制人格を覚醒状態にさせる為に必要な蒐集頁は400頁
シャマルがその時に蒐集したページを上乗せしても200頁にも届くまい。管制人格の仕業と考えるのは無理がある」

「……う~ん、じゃあこっちの線はないか」


そう言って、思い当たる可能性が大凡無くなったのか話し合いもそこで止まり、意見もなくなる
そして新たに思い当たる可能性を考えようとするが


「……やっぱ思い当たる事はねえな。闇の書の中も特に異常は無かったし、とりあえずは大丈夫なんじゃねえの?」

「だが、ソレを抜きにしても件の男は闇の書の中からどうにかして外に出すべきだろう
直接手を掛けなかったとは言え、このままその男を見殺しにしてしまっては主との誓いを破ったも同然
不安要素を取り除く意味でも、この問題はどうにかして解決するべきだな」

「シグナムに同意です。ザフィーラも同じ様にこの問題は解決すべきと言っています」

「……でもよー、肝心の解決方法がねえんじゃお手上げじゃねえ?」


その言葉を聞いて、再び場が沈黙する
何故なら、ヴィータの言っている事は正にその通りなのだ。

異常も無ければ変化も無い
その上具体的な解決方法もない

考えるにしても、判断を行うための材料が少なすぎると来ている。



「……やはり、一刻も早く蒐集を終わらせるべきだな」



静かに、シグナムが呟いて
二人の視線がシグナムに注がれる、そして更に言葉を続ける。


「我等だけで考えても、解決は難しい。それなら解決方法を知り得るモノを手に入れるべきだ」

「……確かに、『あの子』さえ覚醒状態になれば何か良い方法が見つかるかもしれませんし」

「仮に見つからなかったとしても、はやてが闇の書の主として真の覚醒をすればどうにかなるかもな
少なくともあたし達だけで考えるよりも、ずっと可能性が大きくなる」


その意見で、大凡今後の方向性が固まる
と言っても、今までと大して変わらない。

先ずは一刻も早く闇の書の頁蒐集を終わらせて、はやてを闇の書の主としての真の覚醒をさせる
全てはそれからだ

そう意見を纏めたところで





「「「!!!!」」」





そこに居る三人は、『ソレ』を感じ取る。
その力を感じ取る。


『ザフィーラ!!』

『ああ、こちらも感じた。どうやらこちらの勘違いではない様だな』

『……という事はやはり』

『ああ、魔力だ……それも、結構な大物だ』


全員が感じた力の正体、それは魔力
この管理外世界の中では希少な存在である、魔力反応だ。


「……場所は、そう遠くはないな。出るぞシャマル」

「了解です、直ぐに準備します」

「あたしはどうする? 一緒に行こうか?」

「いや、お前とザフィーラはここで待機していてくれ。治りかけの体に負担をかけるのは出来るだけ避けるべきだ
それよりも、主へのフォローを頼む。流石にこの時間に出かけるのは怪しまれるからな」

「ん、分かった。手早く済ませて来いよ」


そのヴィータの言葉を聞いて、二人の騎士が夜天の空へと飛ぶ
闇の空を駆け抜けながら、二人の体は光輝いてバリアジャケットをその身に纏う。

シグナムはその手に一振りの剣を握り締めて、シャマルはその手にペンデュラムを携えて
それぞれが得物を握り締めて、それぞれがその目に闘志を宿して


二人の騎士は、その戦地へと赴く。
















「責任をとって下さい」

「何に対してだ?」


ハードカバーの本の上からズイっと身を乗り出して、ウルキオラの顔を覗き込みながらアリシアが言う
そんなアリシアの言葉にウルキオラは淡白に返し、その瞬間アリシアの額には青筋が浮かんで


「おっぱい見られた」


ポツリと、小さく呟く


「色々見られた」


翠の瞳を覗き込みながら、涙目で呟く
そして次の瞬間に、クワっと両目を見開いて


「ここまで恥ずかしい事されて、私はもうお嫁に行けないんだよ!」

「廃品回収という言葉を知っているか?」

「それは一体どういう意味かな!!!」


憤怒と悲痛が入り混じった声が室内に響き、更に顔を近づけるアリシアの顔をウルキオラが掌で制す。


「オトメのヤワハダを見ておいて、何も責任を取らないなんて流石に見過ごせないんだよ!
ウルキオラも男ならしっかり責任を取るべきなんだよ」

「知っているか?最近は架空請求という詐欺が流行っているらしいぞ?」

「それは突っ込むべきなのかな!!!」


掌ごしにアリシアのそんな声が響く。
そしてアリシアはウルキオラの掌からスルリとすり抜けて、その場によよよと蹲って


「ううう、ひどい、ひどすぎるんだよ……ウルキオラにとって私との関係は、ただの遊びだったんだ……」

「耳にタコができるほど『遊んでくれ』と言っていた口が何を言っている?」

「……ソレを言うのは無粋なんだよ」


ムスっと、頬を膨らませてアリシアは言う。
そしてアリシアはスっと立ち上がり、トコトコと歩いてウルキオラの隣に座る。


「……今度は何だ?」

「べーつーにー……ただ座ってるだけ」

「……そうか」


その言葉を機に、場の空気は一気に静寂なものとなる。
ウルキオラは黙々と読書を続けて、アリシアはそんなウルキオラの隣でちょこんと座り続けて

時に後ろに背を倒し、時に何気なく本をいじり、時にウルキオラの顔を覗き込み。時に白い掌が顔面に食い込み
そんな時間が緩やかに流れていき


「ねえ、ウルキオラ」

「何だ?」

それは、アリシアなりの不安の表れだったのか



「……ひょっとしてさ、私と居ても……つまらない、かな?」



僅かにその表情に影をさして、僅かに顔を俯かせながら尋ねて


「…………」


小さく儚く、そんな呟きが響いて
その言葉が響いて、僅かに間を置いて





「―――さあな―――」





ただ簡潔に、ただ淡白に、ただ無機質に
ウルキオラはそう答える。


「むー、どっちさ?」

「言葉どおりの意味だ」

「……ふーん」


そう言って、再びアリシアはムスっと頬を膨らませてウルキオラに寄り掛かる
その小さな頭をその白い腕に寄りかけて、モゾモゾと後頭部を動かす。


「……何のつもりだ?」

「さあな」


不意の圧力に、ウルキオラは僅かに目を細めてアリシアに視線を移して
アリシアはそんなウルキオラに問いに、ニヤリと微笑んで


「邪魔だ、離れろ」

「んー、あと四時間」

「却下だ」


グイっと腕を動かして、アリシアの頭をどかす様に押す。


「ちぇ、ケチー」


そう言って、アリシアは再び頬をムスっと膨らませてウルキオラから離れる
そのままアリシアはウルキオラのベッドまで歩いて、ボフリと軽くダイブして



次の瞬間、その部屋に電子音が鳴り響いた。



「……っ」

「……へ? なになに? 何の音?」



その不意の音に、二人は顔を上げてその発信源に視線を移す
そしてテーブルの上においてあるソレに視線を定める。

それは、一つの宝玉型のデバイスだ。





「……動き出したか……」





宝形型のデバイスを手の中で転がしながら、ウルキオラが呟く
デバイスは魔力灯でその空間に文章を描いて、ウルキオラはその内容を確認する。

そして立ち上がる
立ち上がったその足で部屋のドアへと進んで、


「ん? どうしたの?」

「少し出てくる」

「えー、一人で? 私は?」

「留守番だ」



その言葉で会話を打ち切る
ドア越しに何か叫び声が聞こえてきたが、ウルキオラはその全てをシャットアウトした。


そのまま廊下を歩いて、幾つかのドアを潜り抜ける
そしてとある一室に入室し、そこにある転送装置の上に乗る。

幾つかの設定を操作して、入力ボタンを押す。

そして次の瞬間、ウルキオラの足元に魔法陣が現れる
魔法陣の光が一瞬ウルキオラの全身を照らし、一瞬後にその姿は魔法陣と共に消え去った。





















既に夕闇に沈んだ街中を、一人の少女がモバイル機を片手に歩いていた
年の頃は、恐らく小学校の高学年程度の年だろうか?

長い黒髪が特徴の、切れ長目が印象的な少女
薄地の紺のブラウスに下は灰色のレギンス、肩からは学生鞄風のショルダーバックを掛けている。


その黒髪の少女は、モバイル機の画面を眺めながら夜道を歩く
街灯の光に照らされた簡素な住宅街

道を歩く人間も段々とまばらになり、彼女はその足を帰路へと向けて



目の前の世界が、一変した。



「…………え…………?」



その突然の変化に、彼女は思わず呟く。

一言で言えば、異質
言い方を変えれば、異常。

見た目的には全く変わらない町並み、だが異常明らかな異質な空間

まるで世界そのものが摩り替わった様な強烈な違和感
彼女の目の前の広がる世界は、正にそんな世界だった。


「……っ!!」


その異常を目の前にして、少女は息を呑む
そして周囲の確認をしようと視線を動かして



「そこの少女、止まれ」



不意に、そんな声が響く。


「……え?」


声の発信源へと、少女は振り向く
少女の目に映るのは桃色のロングヘアーをポニーテールに纏めた若い女性と、金髪のショートカットの若い女性
そして少女のその目に、彼女達が纏う衣服が映る。

まるでゲームや映画の中で出てくる様な西洋風の甲冑に占い師風のローブ
お世辞にも普通とは言えない、あまりにも異質な服装。


「だ、誰ですか?……っていうか、え? ナニ、これ?……え?へ?」


僅かに困惑した表情を浮べながら、少女が呟く
ジリジリと後ろへ距離をとり、目の前の不審者に疑惑の視線を向けるが


「突然の事で混乱しているかと思いますが、少し大人しくしていてくれませんか? 決して悪い様にはしませんので」

「……な、ぁ、ぇ? ちょっ!来ないで下さい!ひ、人をっ!人を呼びますよ!!」


その異常事態に恐怖を覚えたのか
少女はその顔を恐怖に歪めて、ショルダーバックに手を入れながら後退する
掌サイズのモバイル機を手の中でカチカチと操作するが


「圏外!? そんな、どうして!!!」


取り出したモバイル機の異常を見て、少女は再び狼狽する
異常に次ぐ異常
その有り得ない連鎖に、少女の顔のますます恐怖に歪んでいき


「っ!来ないで! こっちに来ないでよ!!あっ!」


後退しようとした足がもつれて、そのまま転倒する。
直ぐに立ち上がろうとバタバタと少女は両手両足を動かすが、ガクガクと四肢が震えて思うように立ち上がれない。


『……シグナム……』

『……ああ、どうやら魔力資質はあるが…それに気付いていない未覚醒状態の魔導師の様だな……
事が事だ、出来るだけ手早く済まそう。余計な刺激を与える必要はない』


その少女の様子を見て、二人は手短に念話を行ってその方針を決める
そしてそのまま腰が抜けてしまったかの様に地べたを這うようにして、少女はズズズと後退する。

そしてそんな少女の在り様を見て、桃色の髪の女・シグナムは一呼吸の間目を瞑って


「すまない。我等も引けぬ事情があるのだ」


そのまま、一歩を踏み出す
恐怖に顔を歪める少女に一歩、また一歩と距離を詰めて


「……い、や……っ!! 来ないで!こっちに来ないでええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!」


断末魔の様な少女の叫び声が響いて






紫電の鎖が、シグナムの全身を束縛した。





「……え?」

「……なっ……!!!」





二つの驚愕の声が響き

ユラリ、と
小さく重く、そして静かにその声が響く。





「……だーから言ったでしょ。こっちに来るな……てね」






声の発信源は、一人の少女
先程まで自分達に狼狽し、恐怖に顔を歪めていた一人の少女


「……でも、中々の猿芝居だったでしょ? 『悲劇』『恐怖』『絶望』この手の事に関しては経験豊富でね
自分の身内にも見破られない程度の自信はあるのよね」


少女の口元が、クシャリと歪む。


「……ま、でも少しだけ安心したわ
貴方達が性懲りもなく私の中に潜んでいた、微かな『甘さ』をぶち壊してくれて……」


その少女が、ユラリと立ち上がる。


「アンタ達が、私の期待通りの下種な連中で」


少女の顔の歪みはそのベクトルを変え、黒く歪んだ笑みになる。


「アンタ達が、自分の目的のためなら見ず知らずの子供にも手をかける様なクズで」


黒く歪んだ笑みを浮べたまま、少女の体が紫電の魔力光を纏う。



「アンタ達が私と同じ、己の欲望の為なら子供すらも食い物にする最低最悪な悪党で」



紫電が火花を散らし、空気を焦がす
魔力光が迸り、闇の世界を照らし上げる。



「本当に、心の底から安心したわ」


次の瞬間、紫電が弾けて風が吹き荒れて煙が舞う
その煙幕の中、その黒い女は紫電を纏って佇む。


「だから」


その瞬間、ソレは起こる



「私もこれで、心置きなく鬼畜になれるわぁ!!!!」

『skin off』



魔力が爆発する、衝撃がサークルを描く
紫電が奔る、暴風が吹き荒れる
紫電と暴風を纏って、黒い魔女はその姿を現す。


「偽造スキン!?……変身魔法!!?」

「……き、貴様は……あの時の!!?」


シグナムは知っている、その黒い魔女を知っている
その女は、嘗て自分達が獲物として狙った魔導師の一人

その絶大な魔力で、自分達の仲間・ヴィータを圧倒した魔導師



「あら、私の顔を覚えててくれたの? 身に余る光栄だわ、ベルカの騎士様」



――大魔導師プレシア・テスタロッサ――



「っ! レヴァンティン!」

『bind break』


シグナムが叫んで
次の瞬間、紫電の鎖が崩壊する。

そして



「退くぞシャマル!!!?」

「……っ!!」



次の瞬間、弾けた様に二人は動く。


……待ち伏せされていた!?……何故!?どうして!どうやって!?……


通常、今回の様な待ち伏せを行うに当たって最低限必要な物がある。

それは標的の行動範囲と、標的の目的だ
相手の行動範囲・行動パターンを知り、そこに相手の目的の物を用意して初めて待ち伏せは可能となるのだ。

だから、二人は疑問に思う。

どうして、相手が待ち伏せできたのか?
どうして相手は自分達がここに来ると分かったのか?


……拙い……これは非常に拙い!!……


頭の中に過ぎる絶え間ない疑問の声を聞きながら、二人は行動に出る。

バックステップで距離をとって、即座に演算を開始して術式を構成する
構成する術式は空間転移

今はとにかく、一刻もここから離れる必要がある。


相手は一人とは言え、自分と同格……若しくはそれ以上の魔導師
その上自分と相性が悪い、火力重視の遠距離戦闘タイプの魔導師
何の準備もなく戦闘を行えば、苦戦を強いられるのは目に見えている。


だが、そこではない
シグナムが即座に撤退を選んだ理由はそこではない。


『シャマル! 第三中継地点にまで転移しろ! そこからCルートを使って一時帰還する!!!』

『了解!!!』


二人の足元に、幾何学模様の魔法陣が浮かび上がる
そのまま魔法陣は光輝いて、その魔力光で二人の体を照らし








「――そう急くな、少しゆっくりしていけ――」








次の瞬間
薄氷の様に、魔法陣は粉々に砕け散った。


「「っ!!!!」」


そのあまりに予想外の事態に、二人は驚愕で目を見開く
空間転移が発動しなかったからだ。

その構築式ごと術式を破壊され、その転移がキャンセルされたからだ


「なるほど、コツさえ掴めば存外に容易いな」


そして、シグナムは視線を動かす
術式が破壊された瞬間に感じた、魔力の発信源に目を向ける。



「久しぶりだな」



その目に映るのは、白い影
白い服、白い肌
黒い髪に、緑の瞳



「俺の顔を、覚えているか?」



忘れようがない
自分達の仲間二人を容赦なく破壊し、自分を窮地に立たした張本人


「……ぐ!」


前門には黒い魔女
後門には白い死神


「……シグナム……」

「……ああ、してやられた……っ!!!」


二人は、同時にその答えに辿り着く
ギチリと音が鳴るほどに奥歯を噛み締めながら、その言葉を搾り出す。

前後からの挟撃、それに加えて空間転移をも妨害されたこの現状


――完全に、退路を断たれた――


二人は、同時に背中合わせになって構える
その得物を構えて、臨戦態勢を整える。



「さあ、覚悟しなさい」



そんな二人を視界に納めて、黒い魔女が呟く
杖を振るって紫電が奔り、それは弾丸を形成する
弾丸の群れは徐々に弾幕となり、魔女の周囲に展開され



「誰に喧嘩を売ったのか、誰の娘に手をかけようとしたのか……その意味を骨の髄までしっかりと刻み込んであげるわ」



瞬間、魔女の双眼が獲物を捕らえる



「……あれから、一週間……と言った所か」



その緑の瞳で獲物を視界に納めて、死神が呟く





「これほど長い七日間は、初めてだったぞ」





小さく金属と金属が擦れる様に音が鳴り
死神が白銀の刃を抜いて、切っ先を標的に向ける。



――――逃げられると思うなよ――――

――――簡単に終わると思うなよ――――



――――さあ――――



――――そろそろ始めるとしようか――――



夜天の空の下、一つの闘いが幕を開く。














そこは、闇の中だった
ただ果ての無い黒い空間の中だった。

彼の意識は、その空間に漂っていた。


……イル……


闇の中に漂流していた意識が、僅かに脈動する。


……チカク ニ イル……


脈動した意識が覚醒を始めて、闇の中でその自我を取り戻す。


……コノ感覚……

……コノ気配……

……コノ霊圧……


闇の中で、それは蠢く
大いなる果て無き闇の空間で、それは己を形作っていく。



……居ル……

……アイツが……

……あのクソ野郎が……






……ウルキオラが、近くに居る……。















続く







後書き
新年あけましておめでとうございます! 今年も作者ともどもリリカルホロウをよろしくお願いします!!!

さて、話は本編
今回はバトルの序盤、色々描きたいシーンを描いていたらバトルは次回に持ち越しになってしまいました

ようやくですが、次回からバトルです
次回からは色々と動かすキャラが増えるので、頑張って描いていきたいと思います。







[17010] 第参拾陸番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:a15c7ca6
Date: 2011/01/14 05:58



四つの視線が互いに絡み合い、黒い魔女が先陣を切る。


「フォトンランサー・ファランクスシフトおぉ!!!!」


魔女の咆哮が響き、紫電の弾幕が襲い掛かる
三百を超える紫電の光弾が機関銃の様に掃射され、二人の騎士はその迎撃に出た。


『シャマル!迎撃・防御をしながら安全圏まで移動しろ!!!絶対に足を止めるな!!!』

『了解です!!!』


二人は念話での応答を繰り返しながら、光弾を得物で撃ち落しながらその足を動かす
シグナムは襲い掛かる光弾を切り落し、シャマルはペンデュラムとラウンドシールドを駆使して、光弾を迎撃する。

互いが互いの隙間を埋めて、その光弾全てを防いで回避する
だが、もう一つの影が動く。


「っ!!!」


その瞬間、シグナムは目を見開いて体を大きく捻転させる。

捻転させた勢いを剣に乗せて、そのまま振り抜き
甲高い金属音が鳴り響く。


「ぐ!っ、く!!!」

「相変わらず、良い反応をするじゃないか」


そのまま、乱撃戦に縺れ込む
一太刀、二太刀と、ウルキオラは一気にその刃で一気に攻め込む。

だが、シグナムもそれに負けじと動く
剣と鞘との二刀でウルキオラの攻めを悉く捌く。

白銀の閃光を、烈火の一撃で止める
白い掌を鞘で縫い止める
相手の大振りの一撃を回避して、一気に切り伏せる
その一撃を真正面から受け止めて、一気に押し返す

閃光は火花を散らして、衝撃が乱れ裂いて連続音が走り抜ける。


「せい!!!」

「っ!」


互いが振りかぶり、その一撃を繰り放つ
次いで衝撃。


「く!!!」


シグナムの顔が歪む
ウルキオラはシグナムの一撃をそのまま捌き、一気に蹴撃を叩き込んだからだ。

シグナムも咄嗟に鞘でガードしたが、直撃は防げても衝撃までは防げない
その衝撃に耐え切れず、地面を擦りながら後退して


ウルキオラが、一気に攻める。


「まだだ!!!」


だが終わらない
白銀の剣閃を、シグナムは片膝を付きながらも真正面から受け止めて、互いの動きが止まる。

この間、時間にして僅か十秒にも満たない。

ギチギチと互いの得物が咬み合いながら、その翠の瞳と目が合う
互いが互いに圧力をその腕に感じながら、その足が一瞬止まって


『シグナム! 危ない!!』

「っ!!!」


その背後から紫電の光弾が飛ぶ、動きを止めた獲物に向かって襲い掛かる。

シグナムは動けない
ここで光弾の迎撃に出れば、自分は確実に目の前の死神の餌食になる。

だが、このままでは背後の光弾は避けられない
故に、シャマルが援護に出る。


「クラールヴィント!」


光弾の前に緑の影が立ち、そのペンデュラムが大きく弧を描いて光弾を撃ち落す。

「サポートは任せて! 貴方は目の前の相手を!」

「了解した!!」

次いで、シグナムが動く
咬み合った得物を基点にその体を滑る様に動かし、グルリと得物の噛み合いから逃れる。


「……っ!!」

「ふん!!」


互いの得物が横薙ぎに振るわれて、シグナムは大きくバックステップする
だが、それで攻撃は終わらない。

頭上と左右から紫電の弾丸が射出され、前方からは白い死神が獲物にその照準を合わせる。


「レヴァンティン!カートリッジロード!!!」


しかし、まだシグナムも終わらない。


「飛竜一閃!!!」


閃光が大蛇の軌道を描いて、己に襲い掛かる全ての獲物を斬り落とす
紫電の弾丸を全て迎撃し、その切っ先は死神へと伸びる。


「この剣は、前に見た」


だが弾く
迫り来る一撃を白銀の刃で弾いて、その指先に翠光が収束する。


「……っ!」


その力を感じて、シグナムは咄嗟に身構える。
我が身に襲い掛かるだろうその一撃に備えて、いつでも動ける様に構えて


紫電の光弾が、その顎を跳ね上げた。


「か、は……っ!」

「シグナム!!!」


視界が急変する
その一撃で頭を揺さぶられ、平衡感覚が一気に狂い

その声が響く。



「油断大敵、最弱は時に最強を上回るものよ」



その声を聞いて、二人の騎士は悟る
あの紫電の弾幕は全てが囮

弾幕に自分達の注意と警戒を引き付けて、その一方で一つの弾丸を迂回して飛ばす
弾幕に比べてとても小さな魔力で、とてもゆったりとした速度で、目標地点まで大きく迂回させながら動かして

その隙間に、一気に撃ち込む。


「ゴフっ!があっ!かっ、は!!!」

「シグナム!!」


ドスリと、重い衝撃が走る。

その腹部に弾丸が突き刺さり、その衝撃にシグナムは思わず声を漏らす
更に弾丸はそのままシグナムに襲い掛かり、脇腹、背中、両膝、即頭部へと一気に攻め込んで、その体が跳ねる様に転がる。

その惨状を見て、シャマルが倒れるシグナムの前に立ち、その得物を駆使して襲い掛かる光弾を一気に迎撃して


「ダメ、だ! シャマル、こっちはダメだ!!!」

「え?」


叫ぶように、シグナムが声を荒げるが



「遅い」


――虚閃――


その刹那、その砲撃は放たれた
死神の指先から、収束された光は一気に解き放たれて

二人の視界が、翠光に支配された。










第参拾陸番「絶望の騎士」










「……なあなあヴィータ、シャマルとシグナムが居ないけど…どっか行ってるん?」


爪楊枝に刺さったリンゴを一切れ、シャクシャクと齧りながらはやては言い
ヴィータはもぐもぐと噛んでいたリンゴをゴクンと飲み込んで


「ああ、さっき出かけた。何かの電池が切れたとかで、外まで行って買ってくるとか言ってた」

「電池? 何のやろ?単三電池は買い置きがしてあるのはシャマルも知ってる筈だけど」

「んー……そこら辺は聞かなかったから、あたしにも分かんねーや」


そう言いながら、二人はテレビから流れるバラエティ番組を見ながらリンゴを頬張る。
はやてとの会話を続けながら、ヴィータははやての隣にいるザフィーラへと念話を飛ばす。


『……なあ、ザフィーラ……あの二人、やけに遅くねえか?……』

『……ああ、あの二人にしては時間が掛かりすぎだな……何か不足の事態があったのかもしれん。あの白い魔導師の例もあるしな』

『……確かに、アイツ級のヤツが相手だったら……ちょいと厄介だな』


その言葉を聞いて、ヴィータは思い出す。
つい一週間前、自分の体を容赦なく破壊し戦闘不能に追い込んだ白い男の事を
否、それだけではない
その前に自分が闘った黒い魔導師、アレも相当な実力者だった。

確かに、あのレベルの相手と戦闘する事になれば……あの二人でも、万が一の事があるかもしれない。


『やっぱ、加勢にいくべきか?』

『……いや、ソレは止めておこう。我等は共にまだ万全の状態ではない、この程度の戦力ではあの二人の足を引っ張るのがオチだ
第一に、主の護衛が心許なくなるのは避けるべきだ』

『……それもそうか……ちっ、面倒くさい事になんなきゃいいが……』


心の中で、思わず舌打ちをする
依然あの二人からは何も報告がない、そしてこちらからの念話も通じない。

故に、不安は生まれる
ぐるぐると渦を巻くように、その不安な何かは二人の脳内を支配する。


『……もしもの時に備えて、いつでも動けるようにはしておくか……』

『……ああ、そうだな……』


故に二人は、ソレを心に決める
例え万が一の事があっても、目の前の主だけは守れる様に

自分達の前で無邪気に笑う、この優しい主だけは絶対に守り抜くために

二人の騎士は、静かにその牙を研ぐ。











「……へえ、あの二人……思ったよりもやるじゃない」

「ああ、俺も少し計算外だった」

爆煙が漂う市街地の一角を身ながら、プレシアとウルキオラが感心するように呟く。
二人の視線の先には、砲撃の着弾点

必殺のタイミングで放たれた虚閃だったが、そこには仕留めた筈の獲物は転がっていない
つまり、まだ獲物は仕留めていないという訳だ。


「……ふむ、まあコレはこれで好都合ね。多少『やり過ぎ』ても、獲物を簡単には死なせる事はないものね」


ククっと口元を歪めてプレシアは嗤う。
そのプレシアを見て、ウルキオラは問いかける。


「随分と余裕じゃないか、あの二人に逃げられたかもしれんのだぞ?」

「知ってて聞いているの? アンタも意地が悪いわね」


ウルキオラの問いを、プレシアは即答する。
そしてその笑みは更に深く歪んで


「アイツ等は逃げられないわ、だって『そういう風』にこっちは準備したのですもの」










「……何とか、やり過ごせたか?」

建物の物陰に身を潜めながら、シグナムが呟く。

あの時、砲撃が自分達に向けて放たれた時…二人にはソレを回避する方法はなかった。
魔力を使っての防御なら間に合ったかもしれないが、それでも大きくダメージを負うのはさけられなかった。

そう思った瞬間、シグナムは動いた。
懐から替えのカートリッジを取り出し、砲撃に向けて投げ放ったのだ。

その結果、自分達の数mほど手前で砲撃は爆発し、その爆風と爆煙に乗じて二人はあそこから離脱したのである。


「さっきので大分カートリッジを使ってしまったな。次からは少し気をつけて……っ!!」

「大丈夫ですか? 今、治療魔法を」


言いかけて、シグナムの顔が歪む
体がミシリと痛んだからだ。

直撃を避けたとはいえ、至近距離であの爆発に巻き込まれたのだ。
その前にも自分は紫電の光弾でダメージを負っていたし、その防御にも対応しきれず爆発の余波が体に襲い掛かったのだ。

そのダメージ、決して軽いものではないだろう。

シャマルのクラールヴィントが、緑光を発してシグナムの体を覆う
シグナムは己の体のダメージが徐々に抜けていく事を実感し、改めて先のやり取りを思い出す。


「やはり強い……はっきり言って、想像以上の連携だ」

「ええ、手強い相手です」


前衛の白い死神、それをサポートする後衛の黒い魔女
その二人が生み出す連携は、正に相乗効果だ。

前衛の死神がこちらの注意を引き付けて、後衛の魔女が弾幕で一気に掃射する。
かと思えば、後衛の魔女が死神をサポートし、死神の一撃で全てを薙ぎ払う。

前衛と後衛、そのどちらも互いをサポートする事ができ、尚且つ決着をつけ得る武器を持っている
技術と経験で対抗しようにも、「基本性能」があまりにも違い過ぎる。

そして、相手はその事を知ってて最大限に利用してくる
戦法は至って単純、それ故に手強い。


「……やはり、このままでは分が悪いな……このままでは、嬲り殺しだ」

「結界の解除は……ダメです。完全にあちらにジャックされています……何とか此処から撤退する方法をかんが」



――――みーつけた――――



紫電の雨が降る。



「な!!!」

「ちぃ!!!」

豪雨と言っても差し支えの無い程の圧倒的弾幕が、頭上から一気に二人へと降り注がれる。

二人は即座に防御幕を張る
魔力の防御幕が二人の周囲に展開され、二人を弾幕から守るべく覆い立ち


一気に真っ二つに切り裂かれた。


「「っ!!!」」

「気を抜き過ぎだ、莫迦が」


防御幕を切り裂いて、ウルキオラはそのまま一気に踏み込んで刃を振るい
鮮血が弾ける。


「シャマル!」

「っ!! 大丈夫! ただの掠り傷です!」


肩口を刃で裂かれて、シャマルも僅かに出血する
次いで紫電の弾幕が頭上から降り注がれる。


「パンツァーヒンダネス!」


シャマルが動く
先程の防御幕を大きく上回る多面体の防御幕が展開される
それは紫電の豪雨を、白銀の一撃を、全て遮る。


「……ほう、中々の防御力だ」


感心する様に、ウルキオラが呟く。

自分の一撃を受けて尚、罅割れ程度で済むこの防御幕の硬度は賞賛に値するものだろう
この場面で惜しみ無く使用してくる事から、コレは相手にとっての切り札の一つだろう。


「だが」


白銀の刃が、翠光を纏う。


「……っ!!!」


その力を感じ取り、二人の表情が僅かに歪む
そしてウルキオラは翠剣を構えて


「まだ甘い」


一気に抜き放つ。

翠閃が防御幕を走り、紫電の雨に一気に押し潰される
多面体の防御幕が根本から瓦解し、二人の騎士ごと押し潰そうと崩壊する。

「……っ!」
「クソっ!!!」

瞬間、弾けた様に二人は飛び出す
二人は防御幕が崩壊する直前に、両サイドに一気に駆け抜けて



「努力賞、って所かしら?」
『thunder smasher』

「残念賞の間違いだろう?」
――虚閃――



紫電の砲撃と翠光の砲撃が同時放たれて

二人の騎士を、一気に飲み込んだ。










「よ~し、宿題おわり。うーん、結構疲れちゃったかな?」

そう言って、背筋を伸ばしながら高町なのはは呟いた
軽く背筋のこりを解して、自分が書き進めたノートをパラパラと見直して


「やり残しはなし、かな。お風呂は今お姉ちゃんが入っているし、魔法の復習でもしておこうかな?」


そう言って、なのはは机に置いてある赤い宝玉・レイジングハートに手を伸ばす
赤い宝玉を手の中で転がして、なのははゆっくりと語りかける。


「レイジングハート、お願いね」

『Ok master』


赤い宝玉が呟いて、なのはの世界は切り替わる。
意識は潜り込むように切り替わって、その世界は幾何学模様の魔法陣が埋め尽くす仮想空間に摩り替わる
仮想空間にて、なのはは白いバリアジャケットを纏って宙に立つ。


『Were you able to prepare the training?』
「うん、いつでもいけるよ」

『Ok, stand by ready……GO!!』 


レイジングハートの言葉が空間に響いて、幾つもの流星が現れる
流星は光輝いて、疾風の速度で飛来してその照準を獲物に合わせて


「ディバイン・シューター!!!」


なのはもまた空を駆け抜けて、桜色の光弾を放つ
四つの光弾は多角の軌道で空間を駆け抜けて、流星を撃ち抜く。

迫る流星を、桜色の盾で受け止める
自分を包囲する光の檻を、防御幕を展開してシャットアウトする。

光の猛攻を潜り抜けて、一気に距離を取る
その手に持つ杖に魔力を収束させて、一気に解き放つ。


『divine』
「バスター!!!」


桜色の砲撃が唸りを上げて光弾を飲み込み、その空間は桜色に輝いて
全ての流星を撃ち落した。


「mission clear, excellent」
「……ふぅ。お疲れさま、レイジングハート」


目を開けて、日常の世界に意識が戻る
なのはは赤い宝玉に労う様に呟いて微笑む。

もう良い頃合だろうと、なのはは入浴の準備をしようとその足を進め




「……ん?」




ピタリと、その足を止める
その手は宙を漂ったまま停止する。


(……この感覚……)


なのはは、部屋の窓まで足を進めてカーテンを開ける。
そのまま窓を開いて、そこから身を乗り出す様に顔を出す。


(……間違いない、この感じ……魔力だ……)


それは遡る事数ヶ月前、自分にとっても忘れられない記憶の中にある反応
この管理外世界ではまず感じられる事がない、魔力反応。


(……誰かが、闘ってる……?)


どこかの遠くの、どこかの地で、誰かが戦っている
そして、更にソレを感じ取る。


(……それに、何だろうこの感じ……)


それは、なのはの頭の中の……どこかで引っ掛る
その感覚を肌で感じて……何かを思い出す。


(……この感じ、この魔力……)


―――確か―――

―――確か前に、どこかで―――。


















「……っ、ぅ……が、は……っ!」

地面にうつ伏せで倒れ、ゴホゴホと咳き込む
咳き込むと同時に鉄の臭いが鼻腔内に広がり、ポタポタと額から赤い液体が垂れていた。


「……ぐ、ぅ……マズイ、わね。ダメージが、少し洒落にならない…よう、ね」


電撃の様に、全身が激痛に支配される。

脇腹を押さえながら、シャマルは背中を適当な壁に預けながら立ち上がる。
立ち上がると同時に視界がグラリと揺れて、再び倒れそうになるが必死に堪える
そして改めて、自分の体を見る。

既に自分のバリアジャケットは、見る影も無くボロボロに破壊されていた
所々でその布地は破れ、赤い染みが浮かび上がっていた。

否、ダメージはそれだけではない。
体には未だ痺れが残っている、膝はガクガクと震えていて立っているのが精一杯だ。

あの黒い魔女の紫電の砲撃、アレが直撃したのだ
寧ろ意識を失わなかった分だけ、上出来かもしれない。



「へえ、まだ立てるの? 少し手加減しすぎちゃったかしら?」

「っ!!!」



不意に、背後からそんな声が響く
後ろを振り向くと同時に、頬に何かが減り込んだ。


「あぐっ!!!」


その予想外の衝撃と痛みに、シャマルの体は後方に弾け飛ぶ
地面をザザザと滑るように転がって、グラついた視界で相手を捕らえる。


「く、っ……貴方は……」

「どうも、お加減は如何ですかベルカの騎士様?」


黒い魔女は歪んだ笑みを浮べて、杖を振るう
その瞬間、紫電のリングが現れてシャマルの四肢を拘束する。


「っ!バインド!!?」

「さーて、待ちに待った尋問ターイムと行きましょうか?」


魔女は、その身を屈めてシャマルに顔を近づける
鼻と鼻が接する程にまで、その歪んだ笑みを近づけて


「さて、最初の質問です。貴方達の主、その名前と素性、現在の居場所を詳しく教えて下さい
正直者には漏れなく、自由という素敵な豪華商品が贈呈されまーす」

「…………っ」

「ちなみに、沈黙とか言う舐めた真似をした場合は……こうなっちゃいまーす!!!」
「っ!」


その瞬間、ブチュリ――と、魔女はシャマルの肩口の傷に指を突き入れる
その激痛にシャマルは思わず顔を歪める、が歯をギリっと食い縛って声を殺す。

しかし


「うがああぁ!!! ぐがああああああああああああああああああああぁぁぁぁっぁああぁっぁああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!」


その絶叫が響く。
不意撃ちで体に襲い掛かった、その激痛という表現ですら生温い地獄の痛苦がシャマルの体を蹂躙し、その叫び声が響く。


「ぐう! ぎぎ、がっ! ぎが、か!がああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「……思ったよりも、耳に障るわね。一旦停止」


そう言って、プレシアは指を傷口から抜く
そしてシャマルの声は止み、その呼吸音が荒く響いて。


「どうだった、結構なもんでしょ? ちょいと貴方の生態電流を弄くって『痛覚』を刺激してあげたの
相手に一切の傷を負わせる事無く、確実に痛みと苦しみだけを与える……中々凶悪な魔法でしょ?
こういう事に関しては、正に打って付けな訳よ」

「……ふ、ぅ……ぐ、ぶ……う……」


シャマルは答えない
否、答えられない
先ほどのダメージの余韻のせいで、まともに呂律が回らず、喋る事が出来なかったからだ。


「はい、それじゃあもう一回質問するわね。あ、喋るのは無理だったら三回首を立てに振ってね
それで自白のサインって、認めてあげるわ」


そう言って、プレシアは再びシャマルの傷口に指を突き入れて


「流石に、いきなり主の情報を渡せ……は難易度が高かったかしら?
なら質問を変えましょう。貴方達の大凡の戦力、構成人数、所有スキルと所有武器、それらをザっと教えてくれないかしら?」

「…………っ」
「5ー4ー3ー2ー1……」


――0――


「ぐ! ぎ! げがっ!あ!あ!ああああああああああああああああああああぁっぁぁあぁぁぁぁぁっぁああああぁぁ!!!!」


その痛烈な悲鳴が、空間を切り裂く様に響き渡る
シャマルとて今まであらゆる戦場、幾多の死線、数多の修羅場を潜り抜けてきた騎士。

仮に囚われの身になったとしても、尋問・拷問への耐性はそれなりに学んでいる
しかし、それを含めてもこの「痛み」は別格だった。

例えるなら、頭蓋骨を直接ハンマーで殴打されている様な衝撃
例えるなら、全ての神経に鋸が当てられてブチブチと切断されている様な痛苦
例えるなら、体中の全ての水分が濃硫酸に摩り替わり内側から溶解される様な感覚


「が!ば! ぎ、ぐあ! がああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁっぁっぁああ!!!!」


そんな桁違いの痛覚が、シャマルの全身を襲っていた。


「ほらほらー、無理しないで全部吐いちゃいなさい。全部ブチ撒けちゃえば、楽になれるわよ」

「ぐ!ぶぁ!だ! だれ、が!いうモノっ!がああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああっぁ!!!」

「……へえ、まだそんな口が聞けるんだ。中々根性あるじゃない」


感心した様にプレシアは呟いて、その指を一旦離す。
シャマルの悲鳴は段々と小さくなり、ぽたぽたと滝の様に汗を流しながら再び荒い呼吸音が鳴り響き


「どう、気分最悪でしょ? 特に肩の傷口あたりなんかは、もう感覚が麻痺しちゃってるでしょ?」

「……はあ、はぁ、は、か……あ……」

「でもね……そろそろ終わりにしない?
貴方のその根性に免じて、もう一回チャンスをあげるわ。貴方達の主に関する情報とその大凡の戦力、その全てを吐きなさい」


ギロリと、プレシアはシャマルを睨みつける。
先ほどまでの攻撃の影響で、体中が未だ痙攣する様に震えている
意識はどこか霞がかかっているし、痛覚を通り越して既に感覚が麻痺し始めている。


「貴方達が私とあの娘を襲ったのも、貴方達の主が原因でしょ?
人は大切な人間を銃で撃たれた時、撃った人間と使われた銃、どちらに怨嗟を向けると思う?
そんなの決まっているわよねー?」

「……くっ……」

「分かる? つまりはそういう事なの。私としても、これ以上こんな事に時間を使いたくはないのよねー
私はね、こんな胸糞悪い一件はさっさと解決して、あの娘に家族サービスしてあげなきゃいけないの」


相も変わらない言葉の響きだが、その言葉には確かな威圧感と迫力がある
シャマルは、思わずギチリと奥歯を噛む。

折れかける心、壊れかける精神
はっきり言って、今の状況は絶望的なモノだった。

だが、それでも喋る訳にはいかない
如何なる痛苦に晒されようとも、我が身可愛さに仲間と主を売り渡すなんて選択肢は有り得ない。


「……ふ~ん、まただんまりかー」


そのシャマルの態度を見て
気だるそうに、プレシアは呟いて



「なら、少し『趣向』を変えましょうか?」



そして、ここで空気が僅かに変わる
プレシアはクイっと杖を振るって、その動きにつられてシャマルの体も徐々に浮かび上がる。


「……痛い、辛い、苦しい、嫌だ、やめて、助けて……」


小さく低く、静かに呟いて
浮かび上がったシャマルの瞳を見つめて、プレシアはニッコリと微笑んで


「そういう『贅沢』な事が思える内に、なるべく早く喋ってね」
















「……はあ、はぁ……は、はあ……」

「満身創痍と言ったところか」

結界内のとある一角にて、二人の人影が対面している。
一つの白い人影は、その手に一振りの刀を携えて悠然と佇み
もう一つの人影は肩が上下するに呼吸を荒げて、その衣服は所々が破損していて、その身は所々から出血し、ポタポタと地面に赤い斑点を作っていた。


「だが、思いの外ダメージが少ないようだな……アレからはなるべく殺すなと言われていたから加減したが
……少し手を抜き過ぎたか?」

「……くっ」


あれで加減をしていたのか?と、シグナムは心の中で毒づく。

シグナムは目の前の白い男を睨みながら、自分の現状を確認する。
バリアジャケットの破損は激しい、その大部分の魔力コーティングが破壊され防御力は激減している
しかも、体が抱えるダメージもでかい
呼吸をするたびに肩と脇腹が不気味な悲鳴をあげ、力を入れるとミシリと体が軋んだ。

剣を握った手も痺れと痛みが伴って、まともに握れていない
出血も少なくない、体のダメージも相まって正に満身創痍だ。


(……どうする……)


シグナムは考える。
あの黒い魔女が此処にいない事を考えると、十中八九シャマルの方に向かったという事だろう。

あの魔女の戦闘力も驚異的なものだが、シャマルも守護騎士の一人
戦闘能力こそは自分に劣るが、頭が切れ知恵が回る参謀役だ。

そう簡単にはやられない筈だ。


(……全力で戦える時間は……五分、いや……相手の実力も考えると、三分が関の山か……)


と、シグナムが現状に対して考えを纏めて



絹を裂くような悲鳴が、彼女の耳に響いた。



「……!!! この声は、シャマル!!?」

「ああ、どうやらあちらも派手にやっている様だな」


その言葉を聞いて、シグナムは己の心臓が鷲掴みにされた様な錯覚に陥った
今聞こえてきた悲鳴は、紛れも無くシャマルのものだ

しかも単発的なものでなく連続的な、それは即ち……



「……終わったな、あの女……」



ウルキオラが呟く。


「……どういう、意味だ?」

「そのままの意味だ。今頃あの女は、地獄への片道切符を手にしている頃だろうな」


その瞬間、金属音が鳴り響く。


「……まだそんな動きが出来るか」

「ズアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!」


獣の様な咆哮を上げて、赤い血を振り撒きながら

大地を蹴り、シグナムはウルキオラに一息でその間合いに捉えて剣を振るう
残りの魔力の全てを注ぎ込むように、その烈火の如く猛攻でウルキオラに迫る。


「ウオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


その形相、その気迫、その圧力、正に修羅
一秒でも早く目の前の死神を退けて、仲間の救出に向かうという確かな意志の表れ

だが



「少し落ち着け」



翠弾が、シグナムの脇腹に減り込む。


「っ! ぐ!」


その不意の圧力に、シグナムはたまらず後退する
そしてその顔を苦痛に歪めて、赤い液体を吐き出す。


「そう事を急くな、何事にも順序はある」

「……この状況から、我等が助かる道はある……そういう意味か?」

「理解が早くて助かる」


その言葉を聞いて、シグナムも僅かに気配を変える
このまま戦闘を続けても、好機が訪れるのはまず無いと判断したからだ。


「……条件は何だ?」

「お前等の主に関する全ての情報」


その言葉を聞いて、シグナムの顔は歪んだ。


「何を呆けた顔をしている?考えてもみれば当然の話だろう?
除草は根から取り除かなければ意味がない、それと同じだ」

「……断る……っ!!!」


ギシリと奥歯を噛み締めながら、低く重くシグナムが呟く。


「見くびるな、我等は守護騎士……主の騎士だ! 
如何な事情があろうとも!如何な条件であろうとも!断じて主を売ったりはせぬ!!!」

「……成程……」


そのシグナムの言葉を聞いて
ウルキオラはどこか納得した様に呟いて



「――ならば死ね――」



その瞬間、死神が動く。
疾風の速度でその間合いに踏み込み、シグナムもその迎撃に出ようと剣を振るい

交差は一瞬
白銀の刃と烈火の剣が互いに交わり、赤い液体が弾けた。


「……ぐ…っ…う……」

「貴様のその返答、これ以上のやり取りは時間と労力の無駄と判断した」


鮮血を撒き散らしながら、シグナムの体が崩れ落ちる。
しかしウルキオラが落ちる首を掴んで、その体を宙に吊り上げる。


「アレはなるべく殺すなと言ったが、絶対に殺すなとは言わなかったからな」


ポタポタと赤い雫を垂らして、手足をダラリと力なく漂わせて、シグナムは虚空を見つめる。


「だがお前は運が良い。アレが相手なら、この程度の苦痛では済まなかったぞ?」


そのまま、ウルキオラは虚空にシグナムを投げ放つ
その身はまるでゴムボールの様に高く、空高く舞い上がって


「これは、せめてもの慈悲だ」


その指先が雄々しく唸りを上げて、翠光を宿す
宿った翠光は尚も力強く鳴動し、爆発的に膨れ上がる。


「今までの貴様の健闘を讃えて、この技をお前の墓標にしよう」


その照準を、虚空の騎士に合わせる。
翠の光が獣の様に唸りを上げて、その牙を剥く。



王虚の閃光グラン・レイ・セロ



指先から、その翠光は放たれる
今までの砲撃とはその圧力、その魔力、その威力、全てが桁違いの大砲

空間すらも歪める圧倒的破壊力を持つ光の一撃が、シグナムに向かって放たれた。







……これまで、か……


我が身に迫る翠光を見つめながら、シグナムは思う。
既に全身に力が入らない程に、体にダメージを受けている。

バリアジャケットが大きく破損したこの状態では、自分はこの一撃には耐えられないだろう
防御は不可能、回避は無理、迎撃どころか腕も脚もまともに動かす事ができないこの状況。


……シャマル、すまない……どうやら、助けにいけそうにない……


仮にこの一撃に耐え切ったとしても、あの男は生死の確認を怠るというミスなどは犯さないだろう
仮に生き延びても、確実にトドメを刺されるだろう。



……ヴィータ、ザフィーラ……後は頼む……

……そして、申し訳ありません主……

……我が身が至らぬ故に招いたこの不忠、どうかお許し下さい……



……どうやら私は、ここまでのようです……

……どうか、御身が無事でありますように……



眼前まで迫る翠の光を見つめながら、ただ呆然とシグナムは思った。

悔しさはある、口惜しさもある
負けたくなかった、足掻きたかった、諦めたくなかった

だが、もはや心身ともに限界だった
魔力も体力も底をついて、なす術がなかった

如何に心と魂が闘おうとしても、体がついてこなかった

その圧倒的閃光に全身を照らされて、シグナムは次に襲いかかるであろう『死』を覚悟して




唐突に、その影は現れた。




「……え?」


思わず呟く
それは閃光に照らされて、四角いシルエットを映し出し宙を漂っていた。

そして、ソレはシグナムが良く知るモノだった。



「……闇の、書?……」



次の瞬間、ソレは起こる
闇の書はその翠光すらも霞む程の光量で輝く

一瞬後、光は止む
彼女の目に映ったのは、光が消えた闇の書


そして

『6』という数字だった――。















閃光が爆発し、轟音と共に衝撃が響き渡る
その轟音はビリビリと鼓膜を刺激して、衝撃は震えるように肌に響く。

翠光は弾けるように炸裂して、その空間を軋み上げた。

その爆発が、砲撃の着弾を教え
その手応えが、己の一撃が獲物に直撃した事を教え


そして



「……馬鹿な……」



それらの事実を感じ取りながら、ウルキオラは驚愕していた。

元来、ウルキオラは感情を表にする人物ではない
元々感情の起伏というものが乏しい上に、感情を表に出す人物ではないからだ。

『王虚の閃光』は、確かに直撃した
それは自身の手応えでウルキオラは分かっている。


なのに、まだ生きている
なのに、あの女はまだ生きている。


だが、そこではない
ウルキオラが驚愕したのは、そこではない。




「……何故、お前が……此処に居る?」




この時、ウルキオラは確かに驚愕していた
目の前のその事態に、確かに驚いていた。











「よう、ご挨拶じゃねえか」











その声が響き渡る。
そしてウルキオラは知っている、その声を知っている。


「……あん、どうした? 随分と愉快なツラしてるじゃねえか?」


その霊圧を肌で感じる
ウルキオラは知っている、その霊圧を知っている。


「しっかし、随分と久しぶりだ」


爆煙が晴れる、そして『ソレ』は徐々に姿を現す。

ウルキオラは知っている
その男の姿を、その顔を、ウルキオラは良く知っている。


「……本当に、久しぶりだ……」


自分と同じ白い服、腰元の刀
水浅葱色の髪と瞳、目端の仮面紋、顔に張り付いた虚の仮面

肌蹴た衣服から覗かせる、屈強な肉体
割れた腹筋を貫く一つの孔


「――会いたかったぜ――」


その男は、嘗て自分の主の下に居た同士の一人
自分と同じ『虚』の領域を超えて『破面』の領域に踏み込んだ者。

そして主の下に集まった数多くの破面から、その力を認められ
自分と同じ最強の称号、『十刃』の称号を与えられた一人。



「会いたかったぜえええぇぇ!ウルキオラああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



男は歓喜に震える
その表情を歓喜に歪め、その再会を心から狂喜して叫ぶ。



男の名は、グリムジョー



――第6十刃――

――グリムジョー・ジャガージャック――。












続く







後書き
 やっと、やっと六番さんを出せた……(汗)
どうも作者です、今回は割りと早めに更新できました。今回は描きたいシーンが混乱しなかったので、スムーズに描き切る事ができました
次回の執筆も、このままスムーズに済ませられたら良いなと思っております。

さて、話は本編
後書き冒頭でも書きましたが、やっとグリムジョーを参戦できる事ができました!
グリムジョー参戦を匂わせたのが八月、本編に参戦したのが年を跨いで一月……五ヶ月の時間を使ってやっと参戦です!いや~、実に長かった!

今回のプレシアさんですが、本編でも言っている様にプレシアさんの目的はシグナム達の「主」を潰すことです
だから序盤はシグナム達から情報を得るべく、手加減して戦いシャマルに対してもあんな感じになりました。


ちなみに、コレは余談ですが……作者は今回の幾つかのシーンを、実は何回か描き直しております
理由としてはプレシアさんのドSっぷりが暴走しまくって、十八禁(グロ)作品になりかけたり
ウルキオラの守護騎士達へのムカつき度がMAXになって、シグナムが<鬼畜エロス>な展開になったり

下手をすればxxx板行きが避けられない程に作者が暴走してしまい、少々自重させて頂きました(汗)
……この作品でエロ展開って、誰得だよ……

さて次回も続いてバトルパート、ウルキオラとグリムジョー……この二人を上手く描ける様に頑張りたいと思います!






[17010] 第参拾漆番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:a15c7ca6
Date: 2011/01/19 20:12

注意 今回の話は、一部作者の独自解釈を含んだ描写があります
  余程のツッコミ所でもない限り、寛容な心でスルーしてください


====================================





虚空から大地へと、二つの視線が交差する
翠の瞳と蒼の瞳が、互いに交わる。

翠の瞳は驚愕を宿して、蒼の瞳は狂喜を宿して
互いの姿を、互いの存在を、その瞳に映し出していた。


「……何故、お前が此処に居るグリムジョー?」


ウルキオラが口火を切る
それは最も単純にして重要な疑問

何故目の前の人物がここに居るのか?
何故目の前の人物がこの世界に居るのか?

脳内に渦巻く様々な疑念を込めて、ウルキオラは目の前の男に呟く。


「さあな。知らねえし、興味ねえ」


しかし、目の前の男……グリムジョーはそんなウルキオラの問い掛けをあっさり斬り捨てる
ククっと口元を上機嫌に歪めて、その瞳と笑みは尚もウルキオラに向けられている。


「では質問を変えよう。何故あの女を庇った?」

「あん? 何訳わかんねえ事言ってんだ?」

「……何?」


その言葉を聞いて、ウルキオラの眉間がピクリと動く
目の前の男があっさりと口にしたその言葉を聞いて、僅かに疑問を感じたからだ。


(……虚言は、言ってはいない…か? ならば只の偶然か?……いや、それにしてはタイミングが良すぎる……)


あまりにも、出来過ぎている。
一連の流れを思い出し、ウルキオラはそう纏める。

確かに、グリムジョーが現れたのは偶然かもしれない
だが、グリムジョーが現れた『タイミング』は明らかに偶然ではない。

そして、ウルキオラが感じた違和感はそれだけではない。


(……これは只の違和感ではない……)


その違和感の正体を、ウルキオラは見極める
目の前の男の姿と記憶の中にある男の姿を比較して、その答えに辿り着く。


(……やはり、以前と霊質が異なっている……)


ウルキオラはソレを感じ取る。

強さや圧力の問題ではない、量や濃度の問題でもない
もっと根本的な要素、霊質そのものが以前のグリムジョーと異なっている。

そして、それが事実である根拠が目の前にある。


(……事実、ヤツは俺の『王虚の閃光』を防いだ……)


嘗てのグリムジョーは、通常の虚閃でさえ鋼皮が破損しダメージを負った筈

もしも、目の前のグリムジョーが嘗てのグリムジョーのままだったら
帰刃状態にでもならなければ、自分の『王虚の閃光』は到底耐えられなかった筈

だが事実、目の前のグリムジョーは『王虚の閃光』に耐え切り、目立った破損もダメージもない。
つまりは、それが証拠。



「……く、はは……」



口元を歪めたまま、グリムジョーが呟く。


「……どうした?」

「どうもこうもねえ、ただ愉快なだけだ」


その表情を上機嫌に歪めたまま、グリムジョーはゴキゴキと指を鳴らす。


「あの時の続きは、もう出来ねえと思ってたからなぁ」


その瞬間、空気が変わる。


「随分と強気だな、嘗ての黒崎一護にすら敗れたお前が」

「その俺にまんまと一杯食わされて、戦線離脱しちまったのは何処の誰だ?」


その瞬間、両者の空気が変わる。


「今ならば、まだ見逃してやっても良いぞ?」

「自問自答か? それとも怖えのか?」


その瞬間、両者の眼が変わる。



「…………」

「…………」



僅かな間、場が凍る様に静まり



突如弾けた様に二人は動く
二人は互いにその腕を突き出す様に構える



緑の瞳がその獲物を捕捉し、その指先に翠光を収束させる
青の瞳がその怨敵を捕捉し、その掌に赤光を宿らせる

互いが互いにその砲台を構えて、狙いを定め



――虚閃!!!――



夜天の下、世界が爆光に照らされる
翠の砲撃と赤の砲撃は互いに衝突し、衝撃と轟音を撒き散らす。


そんな衝撃と轟音が空間を埋め尽くす中、男は笑う。


「く、くは!くははははは!!! くははははははははははははははははははははははははあぁ!!!!」


男は笑う、その手応えを感じ取って笑う。
 

「いいぜぇ!コレだ!この感覚だあ!!! この感覚を待ってた!この時をずっと待ってたぜえ!!!!」


男は笑う、その視界に白い死神を納めて笑う。



「さあ!始めようぜウルキオラあぁ!!! あの時の続きを!俺たちの潰し合いをよお!!!」



故に、それは合図だった。

二人の男の
二人の破面の
二人の十刃の


闘いの始まりを告げる狼煙、戦いの幕開けを告げる合図だった。













第参拾漆番「夜天の戦い 十刃vs十刃」














「っしゃあ!!!」

「っ!」


二つの白い影が疾風の如く翔けて、衝突音が鳴り響き、衝撃と火花が散る。

グリムジョーが空から地へと翔けて、ウルキオラは地から空へと跳び、互いが互いの間合いに踏み込んで、一気にその得物が咬み合った
咬み合った得物は互いが火花を散らし、対峙した二つの影は尚も動きを止めない。

青い瞳が獲物を捕らえて、その掌に光を収束させる。
翠の瞳は収束された光を捉えて、空いた掌を光に向ける。


刹那、閃光が弾けて衝撃が爆発する
轟音が鳴り、爆煙が空間を埋め尽くす


瞬時に、影は動く
爆煙の支配から逃れて虚空を翔ける。

次の瞬間、翠光の弾丸が機関銃の様に射出される
ウルキオラが放った虚弾は音速を超える速度で虚空を翔けて、煙幕を突き抜ける。


「……っ!」


青い瞳が見開かれる
煙幕越しから射出された虚弾、その数十二

全てを回避は仕切れないと判断したグリムジョーは迎撃に出る
響転を駆使して安全圏へと走り、空いた片手で迫る光弾を迎撃する。

八つの虚弾を回避して、四つの虚弾を迎撃し、グリムジョーは響転を発動させたまま移動を続け


天上より、翠光が降り注がれる。


「……な!」

「堕ちろ」


――虚閃――


光の砲撃は撃ち出される
必殺のタイミングで、必殺の一撃はグリムジョーに放たれて


その一撃は、軌道を曲げる。



「っ!」

「隙を突いたつもりか?残念だったなぁ!!!」


――虚閃――


赤い砲撃が天上に向けて撃ち出される
己に向けて放たれた砲撃を、ウルキオラは響転を発動させて回避する。


その刹那、ウルキオラの眼前にその影は現れる。


「待ってたぜえぇ!!!」
「っ!!」


翠の瞳が僅かに見開く、その驚きを隠し切れず動きが僅かに硬直する。
既に相手の掌には、禍々しい程の力が貯えられてある。

次の瞬間、グリムジョーはその掌を突き出す
その胸板に触れる程までに、その掌は接近し



王虚の閃光グラン・レイ・セロおぉ!!!!」



蒼の砲撃は放たれる
ゼロ距離で撃たれたその砲撃、虚閃を上回る大砲撃



「甘い」



だが当たらない
掌に霊子を収束させ蒼の砲撃を横薙ぎに捌いて、滑る様に身を翻す。

蒼の砲撃はそのまま突き進み、空間を軋み上げる
砲撃は爆発し、眼下の建造物にビリビリと衝撃が響き渡る。

ウルキオラは砲撃を捌いた後も、尚も動きを止めず

そして




「甘えよ」




ウルキオラの頬に、その拳は叩き込まれた。




「っ!!!」


その衝撃で、ウルキオラの体は後方に弾き飛ぶ
そのままウルキオラは虚空の上を滑る様に後退し、両者の間に距離が出来る。


「……ちぃ、浅かったか。顎ぶち割るつもりだったんだがな」


コキコキと指を鳴らしながら手応えを確かめ、グリムジョーは愉快気に口元を歪める
それに対して、ウルキオラは極めて静かに現状を確認する。

そして改めて、自分が顔面に一撃入れられた事を痛感し、切れた唇にゆっくり手を置いて




「……成程……」




口元の鮮血を指で拭い、ウルキオラは呟く。


「今の一撃で確信した」

「……あん? 何がだ?」


ウルキオラは己の中にある疑念が、確かな事実になった事を確認する
今まで違和感の正体が、己が予想していたものである事を確信する。


――どうやらお前も――

――踏み込み始めた様だな――


―――最上大虚ヴァストローデの領域へ―――


















「……何者だ、あの男……」

傷ついた体を引き摺りながら、その体を建造物の壁に預けながらシグナムは呟く。
夜天の空で超速の攻防を繰り広げる二人の男を見つめ、信じられない様に呟く。

そして気付く。白い男に対峙する青い髪の男
その男の特徴が、シャマルが言っていた「闇の書に取り込まれた男」の特徴に一致する事に


「……闇の書よ。アレは、一体何者なんだ?」


その表情を驚愕に歪めながら、脇に抱えるハードカバーの本に呟く
しかし、その本は何も答えない。


「……落ち着いて、考える時間もないか……」


シグナムは呟く
今は一秒でも時間が惜しい、今は何よりあの黒い魔女に捕まった仲間の安全を確保する事が先決だ。


「……くそ!」


己の現状を省みて、その事実を痛感して
シグナムはギチリと奥歯を噛み締める。


「……借りを返さずこの場を去るのは気が咎めるが……現状が現状だ……」


口惜しい様に呟く
事情はどうであれ、自分はあの青髪の男に危機を救われた
そんな人物に何も恩を返さず、己の目的のために動くのもどうかと思ったが

今の自分には、力がない。
その体も傷つきダメージを負い、体力も魔力も底をつきかけている。

故に、踏み入る事は出来ない。
虚空で繰り広げられる、あの激戦に踏み入る事が出来ない。

下手に介入すれば足手纏い、それにここで判断を誤れば全てが手遅れになる
故に、シグナムは決断する。


「……名も知らぬ御仁よ……この借りは必ず返す、ご武運を……っ!!!」















大虚には、三つの階級が存在する。
巨大な体躯と緩やかな動きが特徴の「下級大虚ギリアン
下級大虚が進化し、その体は収縮し、下級時の数倍の霊力と個々の個性が強く現れる「中級大虚アジューカス


そして、最後の進化系
人間と変わらない大きさの体躯を持ち、絶大な力を持つ最強の大虚……『最上大虚ヴァストローデ』。


この最上大虚は、広い虚圏にも僅か数体程度しか生息していない言われる程に、その個体数は少ない
何故なら通常、大虚は幾つもの虚が互いに喰らい合い、その魂が融合した結果 下級大虚となり
その下級大虚が幾百の同属を食い続けた果てに、その姿は中級大虚へと進化し


そして、その中級大虚が同属の中級大虚を幾十幾百……千以上の数を食い続けた結果、その一部の中級大虚が「最上大虚」へと進化するのである。


そう、つまり進化の条件から考えて…絶対的に個体数は少ないのである。
ウルキオラ自身、嘗ての主の下に行くまでは自分以外の最上大虚を見た事がなかった位だ。



(……だが、疑問はある……)



ウルキオラの中に疑問がある。
通常、虚の枠を超えて『破面』と進化した者は巨大な霊力と斬魄刀を得る事を引き換えにその進化を止める。

第9十刃アーロニーロ・アルルエリの様な例外的な破面でない限り、その可能性はほぼ零と言っても良い。

無論、中には破面となって尚その実力を高め続ける者もいる。
例えば第5十刃ノイトラ・ジルガは常に戦いを求め奔走した結果、その実力を大きく上げた。


だが、如何に力を増そうとも……その進化に至る事は無い。


事実、ノイトラは最上大虚に迫る実力こそ身に付けたが、その進化にまでは至らなかった
アーロニーロも三万を超える虚を捕食したが、やはりこちらも中級大虚への進化はなかった。

つまり、破面となった者は……如何な要因が在っても、進化は出来ないのである

……ウルキオラの知る限りは。



(……しかし、目の前にはその例外がある……)



最上大虚と他の虚との最大の違いは、霊力の大小でも、霊圧の強弱でもない

最大の違いは、『霊質』そのものだ

水と土が違う様に、土と火が違う様に、その根底となる質が全く異なるのだ
黒の絵の具が他のどんな色の絵の具を侵食する様に、その霊質は他の霊質に比べて明らかに異質なのだ。

ウルキオラは改めてグリムジョーを見る。
そしてその霊質を感じ取る。


(……この感覚、この霊質は……中級大虚のソレとは明らかに異なる……)


それは嘗てのグリムジョーとは異なる、スタークやバラガンが発する霊質と同種の物
少なくとも、今のグリムジョーは中級大虚ではない。



(……原因があるとするならば、『本能』を刺激されたか?……)



肉体の縛りがない霊体は、その霊力増強の条件の一つとして「本能」を強く刺激させると言うモノがある。

簡単な例を上げるなら『生存本能』
霊体は外的要因でその身に危機が迫った時、その危機に抗おうと強く「本能」が刺激された時
霊体は時折、限界以上の力を発揮し、その霊力を増す現象が起きる事を確認されている。


そしてその考察に至った瞬間
ウルキオラは、とある死神の名を思い出す。



――更木剣八――



護廷十三隊・十一番隊隊長
最強の死神の称号「剣八」の名を自ら名乗り、流魂街出身でありながらその圧倒的実力で
護廷十三隊史上初、自身の斬魄刀の名も知らずに隊長位まで上り詰めた男

嘗てウルキオラは、主から護廷十三隊の警戒人物リストからこの男のデータを見た。


確かに、優れた戦闘力を持つ死神だった。
だが、それだけだった。


この男は嘗て、卍解すら習得していない黒崎一護にすら敗れた
攻撃技能は剣術と近接格闘のみ、鬼道の一切を使わない典型的な脳筋

野生の獣が人の皮をかぶっている様な、そんな男だ。


――こんな男、まるで警戒に値しない――


当時のウルキオラはそう思った。
要は距離を置いて一発逆転にさえ注意すれば、自分は勿論の事下位の十刃でも容易く討ち取れる相手……そう思っていたからだ。

だが、それは違った
最初に気付いたのは、更木剣八に関する戦闘映像データを見た時だ。

その姿は、正に獣だった
飢えた獣が、獲物を喰らおうとしている様にしか見えなかった。

己が傷つく事を塵芥も気にせず、致命傷を受けて血を流しながらも尚笑い、その剣を振るって相手に襲い掛かる姿は正に獣だった。


『闘争本能』


それが更木剣八の根源
それが更木剣八の強さの最大の秘密だった。

「強い奴と戦うのは面白い」
「自分を斬れる奴は面白い」
「自分を斬る奴を斬れるのは面白い」

そんな風に闘争本能を刺激され
斬れば斬る程に
斬られれば斬られる程に
闘えば戦う程に、その強さは増していく


そう、帰刃状態のノイトラをも屠る程に
要はそういう事だ。


思い返せば黒崎一護が今までに成してきた数々のパワーアップ
そして、自分が敗れた要因の一つもコレだったのだろう。

死にたくないと言う「生存本能」
負けたくないと言う「闘争本能」
仲間を守ると言う「防衛本能」

本能の力と心の力
この二つの要因が合わさって……黒崎一護はあれ程の力を一時的にとは言え、身に付けたのだろう。



(……もしも奴が本当に最上大虚の領域に踏み込んだのだとしたら、油断は出来んな……)




そうウルキオラが考えを纏め上げて

その影は動く。



「ウオラアァ!!!!」


拳が白い腕に食い込んで、ミシミシと音が鳴る。


「潰し合いの最中になぁに呆けてんだぁ!」


拳打が舞い、蹴撃が放たれる
光弾が撃たれ、閃光が翔ける
衝撃が弾けて、轟音が響き渡る
刃が火花を散らして、剣閃が踊る様に交わる
爆発が数珠繋ぎに発生し、爆煙が視界を埋め尽くす


「貰ったあぁ!!!」


目まぐるしく入れ替わる攻防の中、青い瞳がその隙間を捉える
拳を振り上げて、その隙間に一気に捻じ込もうと突き出して


「舐めるな」


白い拳がカウンターで放たれる
その一撃はグリムジョーの頬に減り込んで、その頭蓋を揺らし


「ぐっ!!!」


返しの左がその顔面に放たれる
顔面に捻じ込まれた拳は、確かな手応えをその腕に宿してグリムジョーの顔面に食い込んで


「っ!!」


瞬間、ウルキオラが眼を見開く
グリムジョーの口元がニヤリと歪む。


「ッシャアァ!!!」


顔面に抉り込む拳を無視して、その一撃はウルキオラの頬に突き刺さる
ウルキオラの体が後方に弾き飛び、尚もグリムジョーが前に出る。



「どうしたあぁ! この程度か! この程度ならまだ黒崎の方が歯応えあったぜぇ!!!」



ウルキオラとの攻防を続けながら、グリムジョーは叫び
その白い顔面目掛けて、再び拳を振り下ろす。


「成程」


メキリと音が鳴って、その拳は掴まれる
ウルキオラは自分に迫り来る拳を、その白い掌に掌握し




「この程度の動きについて来れただけで、余程気分が良い様だな」




次の瞬間、グリムジョーの顎が跳ね上がる
跳ね上がった頭に回し蹴りを叩き込まれる

「がっ!!!」

グリムジョーの顔が苦痛に歪んで、視界が急転しその頭蓋に衝撃が走る
そのまま体が真横に弾かれるが、ウルキオラはその肩口に刃を刺して体を縫い止める

次いでウルキオラの体が流れる様にグリムジョーの懐に潜り込んで、
その手刀を脇腹に突き刺す
白銀の刃で胸板を切り裂く
鳩尾に膝蹴りを叩き込む
その体を再び貫こうと、白銀の刃を突き出し


その刃が掴まれる。


「っ!」

「効いたぜ」


鈍い衝撃音が鳴る。
グリムジョーはその白い額に、己の額を叩き込む
両者の額がミシミシと鳴り、お互いのその衝撃に動きを硬直させる。

だが次の瞬間、白い閃光が放たれる
白い掌が目の前の顔面を掴み上げる。


「……!!!」

「沈め」


メキリと掴んだ顔面が鳴り、一気にウルキオラは急降下する。
グリムジョーがその束縛から逃れようと手首を掴み、腹部を蹴り上げるが、ウルキオラは意に介さず

そのままグリムジョーをアスファルトに叩き付ける。

その後頭部を杭の様にして、突き立てる様に一気に撃ち込む

轟音が響いてアスファルトの大地に衝撃が走り、一気に亀裂が広がってクレーター状に沈下し



――掴み虚閃アガラール・セロ――



次の瞬間、翠光が空間を染め上げる
光の柱が立つ、柱を中心に衝撃がサークルを描いてクレーターを更に深く更に広く形作る。


そしてその光景を背にして、白い影が夜天に立つ
ウルキオラは響転で一足に虚空を昇り、そのクレーターを見つめて



「……味な真似を」



どこか不服そうに呟く、そして視線を己の掌に移す
その白い指は折れ曲がり、歪な角度で生えていた。

それは過失の証
ウルキオラが獲物を仕留め損ねたという、その獲物が刻み付けた確かな証だった。



「流石に、一筋縄じゃいかねえか」



そして、もう一つの影が其処に立つ。
青い髪の一端を赤く染め、額と胸から鮮血を流しながらも尚口元を愉快気に歪めて
グリムジョーは、ウルキオラと再び対峙する。


(……やはり、単純な霊力の増強だけではない……もしもそうだったのなら、今ので勝負はついていた筈だ……)


ウルキオラは今までのやり取りで、その確信を深める。
確かに、嘗てのグリムジョーに比べてその力は格段に増している。

だがそれでも、未だ自分の方が優勢だ
霊力・筋力・速力、現段階ではその全てにおいて、ウルキオラはグリムジョーを確実に上回っている。

現にグリムジョーは所々から出血し、そのダメージを色濃く残している
それに対して自分はほぼ無傷、確かに少々ダメージを負ったがそれだけだ

力の優劣は、これ以上にない程に解り易くハッキリしている。


(……だが、仕留めきれない……)


要所要所で、決定打が極まらない
それどころか、あちらの反撃を貰う。


(……これも、『本能』が成せる技なのか……それとも、黒崎一護との一戦で得たものか……)


超速回復で指の骨を再生し、その完治を確かめる様に軽く手を握り



(……それとも、この二つとは全く異なる……俺が知り得ない『何か』が要因か……)



何れにせよ、厄介な事には変わりはない。

そう頭の中で考えを纏め上げて、ウルキオラの中でグリムジョーに対する評価の修正と
確かな警戒心がその頭の中に刻み込まれ



「やっぱ、このままじゃ埒があかねえな」



プっと口の中に溜まった赤い唾を吐き捨てて、グリムジョーが呟く。


「それとな……俺が本当に戦いてぇのは、今のテメエじゃねえんだよ」

「……ほう?」


青の瞳と緑の瞳が、再び交差する
その光がベクトルを変えて、再び絡み合う。







「拝ませて貰うぜ、てめえの全力を」







グリムジョーが構える
その刀身の中腹に、五指の爪を突き立てる様に構えて


「……少々力が増した程度で、随分と天狗になっている様だな……」


それに応じる様に、ウルキオラも構える。


「良いだろう」


斬魄刀を突き出す様に構えて、その意思を明確に表す。



「貴様のその思い上がり、塵芥に粉砕してやろう」



互いが互いに、その姿勢を整える
互いが互いに、今から起る『ソレ』に備える


故に、二人は解き放つ。





「――軋れ、豹王パンテラあぁ!!!――」

「――鎖せ、黒翼大魔ムルシエラゴ――」





蒼光が渦巻き、竜巻の様に唸りを上げる
翠光が弾けて、雨水の様に周囲に降り注ぐ

その圧力に、結界が軋む
その威力に、虚空が荒れ狂う
その霊力に、空間が悲鳴を上げる


そして始まる
二人の十刃の真の闘いが


ウルキオラとグリムジョーの真の闘いが


今、幕を上げる。


























「あらあら、どうやらあっちも随分と派手にやっている様ね」


上空に突如出現した爆発を見上げながら、プレシアは呟いた
空間すらも歪め、結界が軋む程の威力を持った大火力の砲撃

恐らく、嘗てウルキオラが『時の庭園』での闘いにて使用したものだろう。



「……しっかしまあ、随分な大物が出てきたものね。念のために『仕込み』を済ませておいて正解だったわね
こんな魔力で暴れられたんじゃ流石に管理局にも気づかれるかもしれないし、下手をすれば街が廃墟同然になってしまうものね」



その力を感じながら、プレシアはゆっくりと呟く。

リスクへの対策は、やり過ぎるという事はない
やはり準備を万全に済ませておいて正解だった。

これ程の魔力が外に漏れれば、流石に管理局にその存在を察知される恐れもあるし
その魔力によって街に大きな被害が出れば、この一件に管理局が介入してくる恐れもある

そうなると、やはり色々と面倒な事態を招くのは避けられないだろう。


「えーと、今の結界維持率は……92.38%? 少しハシャギすぎて何処か破損でもしたかしら?
魔力漏れの心配もあるし、念のため修繕しておいた方が良いわね」


そう言って、プレシアは手に持ったデバイスを手早く操作する。
自分もウルキオラも、管理局にとって決して無視できない存在
故に、その危険性を理解して予防策を準備するのは当然の事だ。


「……でも、流石にコレは予想外ね」


新たに現れたこの魔力、どう考えても尋常のものではない。

明らかにSランクオーバー、下手をすれば自分は勿論ウルキオラにも比肩する魔力かもしれない
それに何より、この魔力の『質』

似ているのだ
この魔力の質とウルキオラの魔力の質は、どことなく似ているのだ。


「……援軍かしら?それとも第三勢力の介入かしら?どちらにしろ厄介ね」


顎に手を当てて、プレシアは考えるように唸って



「ねえ、少しは反応したら? 独り言みたいで寂しいじゃない」



視線をソレに移して、口元を歪めながらプレシアは言う
プレシアの視線の先、そこには光のリングで四肢を拘束されたまま宙吊りにされる一人の女。


「……やり過ぎちゃったかしら? 少し困るわねー、まだ何も教えてもらってないのに」


物言わぬ女をしみじみと見つめて、プレシアは「やれやれ」と困惑する様に呟く。

女は、何も言わない
十字架に磔にされた様に宙に漂い、顔を僅かに俯かせピクリとも動かない。

両耳の穴からは出血の痕が見られ、俯いた顔からはポタポタと赤い雫が地面に垂れていた
纏った衣服には胸部から腹部に掛けてまで、強い酸味の臭いを放つ液体と固体が入り混じった何かが爛れる様に付着していた
女の口元にも同種のモノが付着している事から、それは女が吐いた嘔吐物だろう。

よほど激しく足掻きもがいたのか……リングに拘束された周辺部は紫色に変色し、内出血の痕が見られ皮膚も何箇所か裂けていた
衣服は所々が破れ、その敗れた隙間から蚯蚓腫れした肌がその姿を覗かせていた。


「流石に複数の感覚を同時に弄ったのは問題があったかしら? 
一回バランスを崩しちゃうと雪崩式で生体に影響が出ちゃうみたいね、次回以降はもう少しバランス調整に気を遣わないとダメね」 


粗方の考察を纏めながら、プレシアは呟く。
そして再び女の下に歩み寄り、その胸元にすっと指を乗せて


「がばあぁ!!!」


その女の体が跳ねる。
顔を跳ねる様にして起こして、そのままゲホゲホと咳き込んで


「……がはっ!こほっ!……が、あ……っぇ」

「お目覚めの気分はどうですか騎士サマ?」


力なく、その女は首を持ち上げる。

額からは目元を経由して頬にまでその赤い血は付着し
出血はそこだけでなく、鼻と唇の端からもポタポタと赤い血が流れていた
その顔は土気色に変色し覇気というものが消えかけて、瞳の光も弱くなっていた。

呼吸を小さく弱く、それでいて荒くしながら女はプレシアを見て


「……し、なさい……」

「はあ?」

「……ころ…し、なさい……こっれい、じょう…こんな、こと……して、も……むだ、よ……」


擦れて渇いた声で力弱く、虫の息の様に小さく呟く。
だがしかし、プレシアはそんな女の呟きに応じる筈がなく、落胆するように溜息を吐いて


「何をふざけた事をぬかしているの?」

「…………」

「さっきから言っているでしょ? 私にとって最も優先すべきは貴方等の主の情報を得ること
貴方を生かすか殺すかは、まず情報を得てからなの……ご理解頂けたかしら?」


その言葉を聞いて、女は口元を僅かに歪めて口惜しい様に表情を歪める。

そしてプレシアは女の髪を掴み上げる、女がその痛みで僅かに苦悶の表情で顔が歪むが


「さあ、好い加減吐いて貰うわよ? こっちも聞きたい事が少し増えたみたいなのよ」


プレシアはそのまま歪んだ笑みを近づけて


「貴方達の主の事は勿論、さっきから感じる馬鹿げた魔力の持ち主の事……」

「……?」

「そして」


ニヤリと、更に口元を歪めてその瞳にドス黒い光を宿して



「さっきからそこでコソコソしてる、無作法な鼠さんについてね」



















続く


















後書き 
どうも作者です、最近ようやく以前の執筆速度で描ける様になってやや安心しております。

さて今回の本編の補足説明……もとい言い訳
先ずはBLEACHの考察サイトで良く見る「グリムジョー=アジューカス説」に関して

これは愛染さんが四番以上の十刃を別格扱いしている事や、
昔のノイトラが「ヴァストローデなら自分に殺される筈がない」と明言している事や、
あとは考察サイトでは十刃は一番から四番がヴァストローデと既に明言されている、と書かれていた事などから
昔のグリムジョーは一応本編ではアジューカスとしています。

またコレは余談ですが、なぜグリムジョーが初登場時ヴァストローデと囁かれていたのは

・愛染さんが、自分の元にヴァストローデが二十体以上いる事を匂わせていた事
・ ルキアがグリムジョーを他の破面とレベルが違う事を明言していた事
・ グリムジョーの従属官のシャウロンが十刃全員が次元が違う破面と言っていた事
・隊長クラスの実力を持っていた卍解一護を帰刃なしにボコボコにした事

主にこれらの事が要因となって、グリムジョーは当初ヴァストローデと言われていた様です

後は本編での「本能を刺激されると霊体はパワーアップする」という下り
アレはBLEACH本編での一護が浦原さんの特訓を受けた時や白一護の言葉とか、度々そういう描写が出てくるので
そこら辺の事も纏めて自分なりに描いてみました


そして、最後に説明するのはプレシアさん
皆さんが予想していた街壊滅……それはどうやらプレシアさんのファインプレーで何とかなっている様です


本編でも説明してありますが、前回の失敗の件の事もあり
プレシアさんは管理局に介入されると何かと都合が悪いので、一応その予防策を張っていた様です


と言うか、最近この作品のプレシアさんがだんだん魔導師というよりも達人の領域に踏み込み始めて作者も少々戸惑っております(汗)

……っていうかウルキオラとグリムジョーの同時解放を差し置いて、プレシアさんでラストを締めるってどんだけだよ!!!これじゃあどっちが主役なのかわかんねえよ!!!?

ただ一つ言えるのは、若い時のプレシアさんって美人だよね!


さて……それでは長くなった後書きもこの辺にして、次回に続きたいと思います
次回もなるべく早めに更新したいと思います。






[17010] 第参拾捌番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:a15c7ca6
Date: 2011/01/29 19:24




夜天の下、そこには蒼と翠の二つの光があった。

蒼の光は旋風を纏いながら竜巻の様に渦巻いて
翠の光は暴風を巻き上げながら光の柱を造り上げて

その衝撃は空間内を瞬時に蹂躙して、爆煙を巻き上げた。


僅かな間を置いて、光が止み煙が晴れ上がる
そして『ソレ』は、徐々に姿を現す。


蒼の竜巻が消え、最初に映るのは長い青髪
腰元にまで届くほどの長い青髪を靡かせて、その男の全容が映る

男の全身を薄く覆う白い装甲、四肢に備え付けられた白い鋭牙、腰から生える一つの尾
そのフォルムは人型から猫科動物を思わせる様に進化し、「獣人」という呼称がしっくり来るその体躯

額に装着された白い装甲、目元から耳元まで延びる青の仮面紋
耳は獣のソレを思わせる様に鋭く長く生え変わり、口からは獰猛な肉食獣の様な牙が映った



翠の光柱が消え、初めにそこに見えるのは黒い双翼
その片翼のみで3m以上は巨大な漆黒の翼、ロングコート状に変化した衣服

その男の頭部には巨大な双角を生やした兜、目元から頬に掛けて爛れる様に肥大化した翠の仮面紋

その姿、正に「悪魔」と形容するに相応しい異形


「…………」

「…………」



互いがその存在を確認する。
二つの瞳が交差する、互いの瞳にその姿が映りこむ。


「……お、ぉ……」


その声が漏れる
白い牙の隙間から、その男は微かに呻く様にその声を漏らし



「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!」



轟音が炸裂し、男は吼える。
青い髪を振り上げて、その声帯を極限まで震わせて、男は有らん限りの力を込めてその咆哮を上げる。


「……相変わらず、喧しい声だ……」


その咆哮を聞きながら、白い男は冷ややかに呟く。
鼓膜と肌をビリビリとその咆哮で刺激され、尚もその瞳を逸らさず獲物を見続けて



――響転――



黒い双翼が羽ばたく
青い髪が靡く


疾風を追い抜く迅速で、白い魔手が撃ち出される
高速を抜き去る超速で、黒い鋭爪が撃ち込まれる

翠の瞳がその獲物を捉えて、その光剣を形成して振り下ろす
蒼の瞳がその怨敵を映して、肘鉄と共に鋭牙を突き込む

翠光が指先から撃ち出され、赤光が掌から射出される
爆発が暴風を生み出し、衝撃が肉体を掛け巡って、その衝突は空間を軋み上げる。



「ハ!ヒャハ!クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアァァァァ!!!!!」



そんなやり取りの中で、その男は笑う。
愉快気に口元を歪めて、笑うように吼える。


「いいぜ!いいぜウルキオラアァ!」


翠の光剣を黒の鋭爪で弾く。
白い掌撃を白い蹴撃で撃ち落す。


「その眼だ!その眼が気に喰わねえ!てめえのそのナメた視線が心底気に喰わねえ!」


青の髪を揺らして、グリムジョーが叫ぶ。


「だから潰す!徹底的に!壊滅的に!絶対的に!てめえという存在を根こそぎブッ潰す!」


そんな叫びを聞いて


「相変わらず、馬鹿げた声量で喋るヤツだ」


黒翼を羽ばたかせて、ウルキオラが呟く。


「耳障りだ、少し黙れ」

「黙らせてみろよ!力づくでなああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」













第参拾捌番「夜天の戦い 黒翼大魔VS豹王」














闇夜に浮かぶ月に照らされて、二つの影が疾走する。
連鎖的に衝撃が炸裂し、閃光が瞬く様に空間内を翔け抜ける。

二つの影の衝突は空間を揺らし、地鳴りの様に大地を軋み上げる。

鈍い衝突音と共に、肉体が軋む
風斬り音と共に、鮮血が飛び散る


「……ちぃ!!!」


『ミシリ』とグリムジョーの頭蓋に衝撃が走り、肩口の肉が裂けて赤い雫が跳ねる。


「――っ!」


『メキリ』とウルキオラの腹部に鈍痛が響いて、胸板が減り込んで体が弾ける様に後方に飛ぶ。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!!!!」

後方に飛んだ白い影を、青い影が翔けて瞬時にその懐に潜り込む。

「貰ったあああぁぁぁ!!!!」

グリムジョーが吼える。
その拳に溢れんばかりの霊力を練り込んで、一気に撃ち下ろす
撃ち放った拳に衝撃と硬い手応えが走り

その眼は驚愕に見開かれる。


「っ!」


その拳は、白い影に届いてない
黒い拳は、黒い翼に止められて


「調子に乗るなよ」


翠閃が横一文字の軌道を描いて、鮮血が飛び散る。
一閃二閃三閃と翠剣が振るわれて、その体が朱色に染め上げられる。

更に翠光が放たれて、グリムジョーの体を一気に飲み込んだ。


「……ぅ!っ!!」


瞬時に両腕を十字に組んで砲撃に備えるが、その衝撃を殺しきれない。
両腕がメキメキと軋んで、肉が焦げる不快な臭いと痛みを感じながら、その体が飛ばされる。

そして更に、ウルキオラは『ソレ』を振りかぶる
格好な隙に晒される獲物へ向けて、その翠剣を投擲する。


「クソがあぁ!」


だが弾く
グリムジョーとて、只ではやられない。

空中の霊子を瞬時に固めて踏み止まる、次いで我が身に迫る翠剣を拳で弾いて



背後より、白い閃光が走る。



……隙だらけだ、莫迦が……



頭の中で呟いて、ウルキオラがその掌に翠剣を形成する。
グリムジョーは未だコチラを見ていない、仮に気付いていたとしてもこのタイミングでは絶対に避けられない。

如何な行動をしようとも、確実に先に自分の攻撃が届く。

そうウルキオラは結論付けて、その隙だらけの背中目掛けて一気に翠剣を振り下ろし


その一撃は止められる。


「――っ!」


その眼が『ソレ』を映して、驚愕を帯びる。
己の一撃を縫い止めた、その予想外の要因を視認する。


翠剣を白い手首ごと絡め取る、その白い尾の存在を確認する。


「……っ! こんなもの」
「遅ええええええええぇぇぇぇ!!!!!」


衝撃音が鳴る。
ウルキオラの頬に拳が減り込んで、横薙ぎに弾け飛ぶ
即座に返しの一撃が放たれ、その顎を跳ね上げる。


「……く、ぐ……っ!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!!!!!」


だが終わらない
グリムジョーは尚もその手を緩めない。

顎が跳ね上がりガラ空きになった懐に潜り込んで、一気に鳩尾へ殴り込む。

拳の弾幕

両腕を駆使して火を噴く様な機関銃の様に拳を掃射して、その腹部に連続で殴りつける。

鈍く重い、拳が肉体に減り込む音が連続的に響き渡り


「少し、効いた」


硬い衝突音が響く。
白い肘鉄が青い髪に減り込んで、その頭蓋に撃ち込まれる。

「がっ!!!」

頭蓋が揺れる、脳天がミシミシと軋む。
頭上からのその衝撃にグラリと視界が揺れて、肘の一撃で頭が沈み込んで更に白い拳を撃ち下ろす。

その衝撃にグリムジョーの体は地面目掛けて弾ける様に墜落して





白い指先に、黒い閃光は収束する。





「……っ!っっ!!!」

その力を感じ取り、蒼の眼が見開かれる。
このままでは拙いと瞬時に判断し、揺れる視界を必死に制御して墜ちる体を支えて向き直り



「黒虚閃」



黒い砲撃が放たれる。
全てを飲み込む圧倒的破壊力を持つ黒い奔流が放たれる
虚閃を遥かに凌駕する大砲撃が、地に落ちる獲物目掛けて放たれる。


「――!!!!」


黒い一撃は降り注がれる。
黒い閃光は、その獲物を瞬時に飲み込む。

その霊力、その圧力、その威力、飲み込まれたグリムジョーの体はその黒い暴力に瞬時に蹂躙されて


「……ぐ、く……」


その黒い砲撃は瞬時にグリムジョーの肉体に喰らいつき、その鋼皮を焼き、その肉体を嬲り


「……う、お……っ!!!!」


その黒い一撃は、飲み込んだグリムジョーごと地面目掛けて落ちていき



「ウオラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!」



黒い閃光は、止まる
黒い砲撃は、停止する
黒い一撃は、その獲物に塞き止められる。



「……な……っ」
「返すぜ!丁重に受け取れやあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」



次の瞬間、その一撃は夜天を昇る。
グリムジョーはその両腕で抱え込んだ黒い閃光を、その怨敵目掛けて投げ返す。

黒い一撃は、跳ね返る。
そのベクトルを180°変えて、黒い一撃は夜天に立つウルキオラに襲い掛かる。


「……チィ」


舌打つ様に呟いて
ウルキオラは我が身に迫る黒い砲撃を空中で避ける。

漆黒の双翼を羽ばたかせて、滑るように安全圏へと翔けて



蒼い閃光が翔ける。



「――っ!!!」
「ッシャアアァ!!!!」


甲高い衝突音が鳴り響く。
翠の光剣と黒い鋭爪が互いにぶつかる。

互いの瞳が敵を捉える。
互いが互いに、その間合いに敵を捉える。


そしてそのまま、乱打戦に縺れ込む。


獣の様な咆哮を上げて、グリムジョーは一気に攻め込む。
四肢を駆使して、打撃と蹴撃をもって、黒い鋭爪と白い鋭牙を振るって、その敵を逃すまいと果敢に攻める。

野獣の様に迫るグリムジョーを、ウルキオラは冷静に迎撃する。
漆黒の双翼で攻撃を弾き、翠の光剣が閃光の軌道を描いて、その獲物の攻めを悉く捌く。


(……妙だな……)


全てを薙ぎ倒す暴虐の攻防の中で、ウルキオラは考える。


(……やはり、戦闘力は俺の方が上だ……霊力も速度も与えたダメージも、全てにおいて俺が優位だ……)

「ちょこまか動くんじゃねえ!殴りづれえじゃねえか!」

(……なのに何故、コイツを仕留めきれない……)


グリムジョーの肉体は黒虚閃で大きくダメージを負い、鋼皮も大部分が破損している
その肉体も所々が傷つき、その出血量も決して少なくない

最初は己が知るグリムジョーとの戦闘力のギャップに対応しきれずダメージを負ったが、それを含めても自分の方が依然優勢の筈だ

だが仕留められない。
仕留めきれない。


(……一体、何故……?)


ウルキオラがその疑問に囚われて、僅かに考慮したその瞬間


「っラアァ!!!」
「っ!!!!」


白い頬に、再びその一撃は突き刺さる。
その頭蓋をミシミシと揺らして、ウルキオラの体は跳ねる様に後退し


「随分と高え授業料を払ったが、その甲斐はあったみてえだな」

「…………」

「ようやく慣れてきたぜ、てめえのスピードに」


口の端から流れるその鮮血を舐めて
口元を狂喜に歪めながら、グリムジョーは告げる



「……成程……」



プっとウルキオラは赤い唾と欠けた奥歯を吐き出して、小さく呟く。



「……どうやら、大分評価を改める必要がある様だな……」



思い上がっていたのは、どうやら相手だけでは無かったらしい
その評価を少々過小評価していたらしい

ウルキオラはそう頭の中で纏め上げる。


「いいぜ、良い感じだ……やっぱ戦いってのはこうじゃなきゃ面白くねえ」


そして、尚もグリムジョーは笑う
明らかに不利な状況で、一瞬の油断が破滅を招くこの状況で尚も笑い続け





「とことんやろうぜ、ウルキオラァ」





その戦いを心から噛み締める様に、グリムジョーは愉快気に呟いた。


















そこは結界の一角、黒い魔女は杖をクルクルと手の中で転がして


「気付いてない、とでも思ってたかしら? 私も舐められたものね」


不気味な静寂な中、ギラリと一つの視線が光り
黒い魔女はゆっくりと背後を振り向いて、口元を愉快気に歪めて呟く。


「居るのは分かっているわ、さっさと出てきなさい。早くしないとこのお嬢さんがお嫁にいけない体になっちゃうわよ?」

「がぅ!!!」


杖の先端が僅かに輝いて、拘束されたシャマルの体が僅かに跳ねる。
その顔を苦痛に歪め、呼吸を荒げて



その影は、ゆっくりと姿を現した。



「成程、流石だな」



白と青を基調としたバリアジャケット、青い髪、その顔を隠す白い仮面
その姿を見てプレシアの中で、とあるキーワードが浮かび上がる。

どうやらこの男がウルキオラの言っていた「仮面の男」で間違いないだろう。


(……声と体格から判断するに男……と判断するのは早計ね……少し探りを入れてみましょうか……)


その人物を、丹念に丁寧に観察する。

自分が使っていた変身魔法の例もある。
仮面なんて物をつけて顔を隠しているくらいだ、見た目だけの情報には惑わされない方が良いだろう。

先ずは集められる情報だけでも収集すべきとプレシアは判断して、その言葉を投げ掛ける。


「あらあら、随分なご趣味をお持ちの様ね。覗きは立派な犯罪よ? このお嬢さんの喘ぎ声を聞いて興奮しちゃった?
だったらそのリビドーはお家に帰って、『大人向け』なビデオやら道具やらを使って発散する事をオススメするわ」


ククっと口元を歪めてプレシアは言うが、仮面の男は答えない。


「……その女を渡して貰おう……」

「丁重にお断りするわ、このお嬢さんにはまだ『お話』があるの。それに幾ら『人でなし』な私でも、通りすがりの変質者の言う事は聞けないわ
それに若しかしたら、性犯罪者の片棒を担ぐ事になっちゃうかもしれないしね」


男の呟きと魔女の言葉が交わると同時に、空気が変わる。
仮面の男はその両手に魔力光を宿し、プレシアは周囲に紫電の弾丸を形成する。



「…………」

「…………」



何かが、軋む
何かが、歪む
何かが、罅割れる

感じるのは戦慄、ただ狂おしい程に奏でられる狂気の旋律
無機質な仮面と魔女の瞳が交差し、互いの魔力と威圧が姿無き攻防を繰り広げて


「……最後通告だ……」


男の呟きと共に、見えない何かは一瞬動きを止め





「その女を渡せ」
「寝言は寝て言え、ぶち殺すわよ変態仮面」





次の瞬間、衝撃と轟音が空間を支配した。



「フォトンランサー・ジェノサイドシフトオォ!!!!」



魔女が吼える。
閃光と爆発が周囲をする最中、煙幕越しに魔女は尚もその攻撃の手を緩めない
紫電の光弾は弾幕を形成して獲物に掃射され、その暴虐の弾丸は唸りを上げて


「全弾着火」
『explosion』


次の瞬間、更なる衝撃が巻き起こる。
連鎖的に爆発が起り、数珠繋ぎに暴風と轟音が発生して螺旋状に吹き荒れる。

灰色の煙幕は渦巻いて、そのまま漂う様に展開されて



その拳は、煙幕を切り裂いて放たれる。



「へえ、アレを凌ぐなんてやるじゃない」



紫電の盾が拳を止める。

だがその攻撃は止まらない
紫電の盾に更なる拳打が撃ち込まれ、その盾は亀裂が走って崩壊し


「遅い」
『counter bind』


魔女が呟く。


「……な!!」


仮面の男が驚愕の声を漏らす
崩壊した紫電の盾は、そのまま男の腕を、脚を、紫電の鎖となって絡め取る。

そして、更なる紫電が唸りを上げる。


「――っ!!」

「くたばりなさい」
『thunder smasher』


零距離から、その砲撃は放たれる
魔女の杖からその紫電の砲撃は放たれて、ソレは瞬時に仮面の男を飲み込んだ。








「……いったい、なに…が?」

突然の状況の変化に、シャマルは思わず呟いた
黒い魔女と仮面の男との間に起きた、突然の戦い

その闘いが生み出した閃光と爆発、衝撃と轟音に、理解が追いつかなかったからだ。


だが次の瞬間、シャマルは気付く
これはチャンスだと


「クラール、ヴィント」
『bind break』


全身から魔力を搾り出して、その命令を実行させる。
次の瞬間、紫電の鎖に罅が入り、その鎖は砕け散ってシャマルの体は地面に落ちる。


ドサリと音を立てて地面に落ちて、その衝撃に僅かに顔を歪めるが


「……何とか、だっしゅつ、を……」


這いずる様に手足を動かすが、その体を立たせる事が出来ない。
先ほどまで受けた魔法の影響で、未だ体中の感覚が麻痺していたからだ。


「……う、ぐ……っ、ぅ!!!」


だがそれでも、シャマルは諦めない。
歯を食いしばりながら、麻痺した手足を死に物狂いで動かして前へ前へと這いずり



「シャマル!無事か!!!」



その声が響く。
シャマルが声の発信源へと振り向くと、そこには見慣れた桜色の髪が映りこんだ。


「……シグ、ナム……?」

「すまない、助けに来るのが遅くなった……立てるか?」

「……あはは。すこし…厳しい、かも……」

「そうか、なら少しジッとしていろ。安全圏まで担ぐ」


そう言って、シグナムはシャマルの体を担ぎ上げる。
シャマルの両腕を首に回してしっかりと固定し、簡単にはずり落ちない様にして背負う。


「……シグナム。あな…たも、怪我…して、るんじゃ?」

「心配するな……と言いたいところだが、私も手酷くやられた。あまり余裕があるとは言えんな」

「……ごめん、なさい……」

「謝るな、こういう時はお互い様だ」


そう言って、シグナムは背負ったシャマルに微笑みかける。
その笑みを見て、シャマルもまたシグナムに小さく笑って頷いて





「――だーれが逃げて良いって言ったかしら?――」





天上より、紫電が奔る。


「……っ!!!」

「なっ!!!」


二人の目が驚愕に見開かれる。
二人の視界に映るのは虚空に浮かぶ黒い魔女、紫電の奔流を携えた黒き魔女。


「悪い子にはお仕置が必要ね」
『satellite canon』


豪雨の砲撃が、二人に放たれる
紫電を纏ったその雨は一斉に襲い掛かる。

シャマルは動けない
シグナムもレヴァンティンを振るおうとするが、ダメージが影響して動けない

故に、二人はソレを防ぐ術はない。


「……くっ」
「万事、休すか…っ!!!」



そして紫電の砲撃は二人に降り注ぎ


一つの盾が、その全てを塞き止めた。



「「「――!!!?」」」



その予想外の事態に、三人は驚愕する。
砲撃を防いだ盾と、その盾を形成した人物を見つめて、その眼を見開く。


「お前は、あの時の!!」

「仮面の男……?」


その人物を、二人は知っている。
シグナムは一週間前、シャマルはつい先程、その人物との出会いを果たしている。


「…………」


仮面の男は、何も答えない。
そして懐からカード型のデバイスを取り出し、二人に投げ放つ。


「……え?」
「……な!」


その瞬間、二人の足元に幾何学模様の魔法陣が形成され、二人の姿は消える
魔法陣の光に照らされた瞬間、二人の姿は煙の様に消え去って




「……成程、そういう事かー……」




一連のやり取り見て、魔女は呟く
何処か納得した様に、その結果に得心が言ったかの様に表情を歪めて

次の瞬間、男の足元に魔法陣が形成され


「さっきはしくじったけど」


紫電が奔る。


「簡単には逃がさないわよ」
「……!」


その砲撃は仮面の男の足元を撃ち向いて、魔法陣を粉砕する。

仮面で表情こそは読み取れないが、その仕草から仮面の男の動揺が伝わる。
そして尚も魔女は杖の先に紫電の光を収束させて




「さて、それじゃあ第二ラウンドと行きましょうか」




黒い魔女はその瞳に戦意を宿して、再び仮面の男を見て宣言する。


「貴方『達』全員、まとめて相手してあげるわ」









夜天の戦いは、尚も苛烈さを増す

黒翼を持つ男と豹王の名を持つ男の戦いは更に激烈なモノとなり

黒き魔女と白の仮面の戦いの火蓋は切って落とされる








……そして……








――また、傷ついている――

――また、苦しんでいる――

そこはどこかの一室
そこはどこかの牢獄

赤い檻に幽閉された銀色の光球は、尚も火花を散らしてその光を瞬いていた。


――たすけ、なくては――

――あのコ達を、助けなくては――


銀色の光球は、まるで意思を持つかの様に荒れ狂って光を放つ
荒れ狂った光はそのまま赤い檻に襲いかかり、バチバチと火花を散らす。



――いカなくてハ――

――主のモト、ニ、行カナクテハ――



火花が咲き乱れる
光がスパークする様に激しく瞬く。

そして、ソレは起る。

「ピシリ」と音が鳴り、その赤い牢獄に罅が入る
その音を切っ掛けに、ピシリ、ビシリと、連続的にその音は奏でられる。


――オ、ぉ――


火花が爆発する。


――ウ、お――


赤い牢獄に亀裂が入る。



――オオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!――



銀の光球が吼える
その咆哮が響き渡る

その衝撃が空間を揺らして、閃光を吐き出し黒煙を撒き散らす。

次の瞬間、壊れる。
その赤い牢獄は瓦解する。


そして、辺りは静寂に包まれる
嵐が過ぎ去ったかの様に、その空間は静寂に支配される

僅かな間をおいて煙が晴れる。
だがそこには何もなかった。


赤い牢獄も

銀の光球も


そこには、何も残されていなかった。










続く











後書き
 どうも作者です。今回は少々時間が掛かりましたが、まあ二週間以内は書き上げる事が出来たので、段々と以前の執筆速度を取り戻せる事が出来て安堵しております。


さて話は本編
今話から開戦となった黒翼大魔VS豹王ですが、本編でも書いてありますが現時点での戦闘力で言えば
完全に「帰刃ウルキオラ>帰刃グリムジョー」の構図です。
最初はウルキオラは結構グリムジョーにやられていましたが、それはグリムジョーと嘗てのグリムジョーの戦闘力のギャップが原因……と脳内補足でお願いします。


そして、次の議題は我等がプレシアさん
今回プレシアさんは割りとあっさりシグナムとシャマルを逃がしたと思う方もいらっしゃるでしょうが……

この作品のプレシアさんは、そこまで詰めが甘い御方ではないという事だけを頭の中に書き留めておいてクダサイ。


あまり書き過ぎるとネタバレ発言をしてしまいそうなので、今回はこの辺にしておきます
それでは次回もよろしくお願いします!!


追伸 気がついたらいつの間にか参照数が50万超えてて素で驚きました。
この作品を読んでくれた皆さん、本当にありがとうございます!




[17010] 第参拾玖番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:a15c7ca6
Date: 2011/02/07 02:33



「フォトン・バースト!!!」
「スティンガー・レイ!!!」

黒い魔女と白い仮面は互いに吼える。
次の瞬間、紫電の魔力弾と光の弾丸が衝突し、閃光と轟音が響き渡る。


「フォトンバレット!」
『multi angle shot!!!』


間髪入れず、魔女は次の一手を撃つ。
灰色の煙幕へ向けて、光の弾丸を射出する。


「ブレイク・インパルス」


しかし撃ち落される
仮面の男が突き出した掌に、光の弾丸は悉く撃ち落される。

迫る光弾を迎撃しながら、仮面の男は尚も前に出る。


「スティンガーブレイド・セイバーフォーム」


仮面の男は光の双剣をその手に握る
両手に宿る双剣を構えて、黒い魔女に一気に斬りかかる。


「成程、『貴方』は近接担当って訳ね」
『arc saber wide wall』

「っ!!!」


仮面の男の行く手を、紫電の刃が阻む
数多の光刃は男の進路方向に剣山の様に展開されて、その牙を剥く。


「この程度で退くと思ったか?」


紫電が弾ける。

男が双剣を振るい、紫電の剣を悉く斬り落とす
仮面の男は尚も歩みを止めず、自分に牙を剥く光剣を切り伏せながら疾走し


しかし


「はい、馬鹿発見」
『blade burst』


次の瞬間、刃が爆ぜる。


「なっ!!!」


刃の欠片は陶器爆弾の様に弾けて、仮面の男の体を蹂躙する
切断特化の魔力刃がバリアジャケットを切り裂いて男の体を蹂躙する。


「……ん?」


プレシアの視線が動く。

男の姿は消える。
その足元に幾何学模様の魔法陣が現れて、その姿は瞬時に消え去り


(……空間転移? いや違う、ソレとはまた別の、光学迷彩魔法ってところかしら……)


次の刹那、魔女の背後に仮面の男は居た。


――仕留めた!!!――


その掌を突き出す、一撃必殺を宿したその魔掌を隙だらけの背中に向けて突き出す。



「そんなに、私のリンカーコアが欲しい?」



だが次の瞬間、男の一撃は紫電の壁に止められる。


「っ!!! 障壁!!!?」


その驚愕の声が響き渡る
バチバチと紫電の障壁と男の掌が火花を散らして、たまらず男は拳を引く。



「背後は全生物共通の死角よ。私がそんな場所を、無防備に晒すとでも思ったかしら?」



その刹那、紫電の鎖が男を束縛する。


「……な!!!」


ディレイド・バインド、空間設置型の拘束魔法
プレシアが用意した保険は、防御だけ等ではない

相手の狙いを逆手にとって、反撃の一撃を叩き込むためのもの。


「ぬ!ぐっ!!!」


鎖を解こうと仮面の男が足掻くが、その程度では鎖は崩壊しない。

そして、既にプレシアは次の一手を撃っていた。


「……っ!!!」


男が視線を上に向ける、その視界にその光景は映る。

天上より、紫電が雄々しく猛りながら収束する
収束した紫電は、数多の宝剣の群へと姿を変える。



「今度は死んじゃうかもね」
『thunder blade』



宝剣の群は豪雨となって獲物に降り注ぐ
鎖に束縛された仮面の男に逃げ場はない、このタイミングでは空間転移を使っても確実に相手に妨害される。

故に、仮面の男に宝剣の群から逃れる術はない。

そして剣の雨はその全てが獲物に降り注がれて



その全てが、突如展開された障壁に防がれた。



「……やっと、姿を見せたわね……」



その光景を見て、プレシアは呟く。

プレシアは、薄々勘付いていた
仮面の男と最初に顔を合わせた時から、その可能性を考えていた。

そして実際に戦闘を行い、その確信に至った。


「貴方達、手を抜き過ぎよ」


プレシアは呟く。



「入れ替わるのなら、外見だけじゃなくて戦闘中についた『汚れ』もきちんと再現しなくちゃ」



プレシアは小さく笑って、目の前の光景を見る。


「仮面をつけて顔を隠す事で得られるメリットは大きく二つ、一つは自分の素性を隠し偽るためのもの」


目の前のその光景を見つめて、プレシアは更に言葉を繋げる。


「そしてもう一つは、仮面を用いて複数の人間が同一人物を演じている事を隠すためのもの」


ククっと口元を歪めて



「そうでしょ、『二人目』の変態仮面さん?」



目の前に立つ二人の仮面の男を見つめて、プレシアは愉快気に呟いた。














第参拾玖番「夜天の戦い 傾き始めた天秤」














何度衝撃が弾けたか分からない
何度爆発が起きたか分からない
何度轟音が響いたか分からない

目にも映らぬ速度で行われる攻防

噛み合う様に交差する蒼光と翠光

衝撃と轟音を撒き散らして、空間内を蹂躙という蹂躙で飽和させる


そして、徐々に戦局は傾き始めてきた。


「……は、はぁ……はっ……!!!」

「どうした、随分と辛そうだな?」


白い両肩と青い髪を揺らしながらグリムジョーは呼吸を荒げて、ウルキオラはソレを見つめて冷ややかに呟く。


「心配すんな、やっと体が温まって来たところだあぁ!!!!」


グリムジョーが吼える。

鮮血を振り撒きながら虚空を翔ける
黒い鋭爪と翠の光剣がぶつかり、そのまま火花と衝撃が乱れ咲く。


戦局は、徐々にウルキオラが優勢なものと傾いていった。
グリムジョーはその白い体躯の至る所から流血し鮮血にまみれているが、ウルキオラの体に傷は無い。

理由はウルキオラの能力にある
ウルキオラの能力の最たるものは攻撃ではなく回復、「超速再生」だ
ウルキオラは傷ついたその肉体を、文字通り「再生」する事が出来る。

仮に戦力で拮抗しても、蓄積されるダメージで両者の差が出る
傷を負えば痛みや出血で体力を失い疲労する、疲労が蓄積されればその分戦力は低下する。

そして戦力が低下すれば、より多くのダメージを負う羽目になる
つまり、戦闘が進めば進むほどウルキオラが優勢なものとなる。


そして、両者は互いにその事に気付いている。


「……グッ!!!」


鮮血が飛び散る
白い脇腹に翠閃が奔り、鋼皮と肉体が裂けて出血する。

そのままサイドステップで横に避け、響転で距離を取る。


(……このままじゃ、ジリ貧だな……)


額に流れる血を拭って、呼吸を整えながらグリムジョーは考える。

現状は不利、しかもこれ以上の長期戦になれば今以上に自分は追い込まれる
勝負を仕掛けるとしたら、体力と霊力が残っている今しかない。


(……だが、何で仕掛ける……)


グリムジョーは、己の中でこの状況から逆転し得る手札を考える
下手な技では霊力と体力を消耗するだけ、少なくとも「王虚の閃光」以上の威力と破壊力を持つ技が求められる。

故に、使える手札は自然と限られてくる。


(……ただ撃つ、ただ振り回すだけで当たる訳がねえ……一呼吸でいい、アイツに隙を作らせる事が出来れば……)


足を止めさせて、その隙に叩き込む
実に単純な事だが、それが如何に無理難題か身をもって理解している。

だから、グリムジョーは考える。

考えて、考えて
ウルキオラに通用し得る可能性を考えて



(……『アレ』、やってみるか……)



グリムジョーはその選択肢を導き出す。

やり方と仕組みを知っているだけで、今まで試した事がない……それだけの技。

今の自分に果たして『ソレ』が実践可能なのかどうかは分からない、完全にぶっつけ本番の代物だが

だからこそ、可能性がある
今の自分には使用可能かどうか分からない代物だからこそ



(……ウルキオラの、裏をかける……)



考えは纏まる
どの道、今のままでは限り無く勝機は薄い

ならば、その選択肢にかけよう。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!!」


咆哮と共に、蒼い奔流が放たれる。
今までグリムジョーが発していたモノとはレベルが違う、激流とも言える蒼い波動が解き放たれる。

その蒼い奔流を全身に纏い、強大な霊力を練り上げて解放する
後ろに跳んで距離を十分に取る、そして一気に虚空を蹴る。



「行くぜ!ウルキオラアァ!!!!」



十分な助走をつけて、最大速力で響転を発動させる。


「やはり、そう来るか」


己の身に迫る蒼い迅風を見つめながら、ウルキオラは呟く
現状では自分が優勢、長期戦は尚も自分が優勢、グリムジョーに残された手段は短期決戦という手段のみ

生半可な攻撃では自分の首を絞めるだけ
故にグリムジョーが短時間で優劣を逆転させるには、全力の一撃を自分に叩き込むしか方法は残されていない。

小細工なしのパワーとスピードによる一点突破、即ち捨て身覚悟の特攻


(……下手な迎撃・防御では、簡単に突破されるな……)


全霊圧を解放した、全速力からのグリムジョーの特攻
下手な手段で対処しようものなら、一気に優劣は覆されるだろう。

故に、ウルキオラのその選択肢を手に取る。


「……迅いな、だが……」


捉えられる、その蒼い暴風を見つめてウルキオラは結論付ける。

やはり速力は自分が上、しかも助走をつけて全速力からの攻撃
寧ろ、狙い易い。


「終わりだ、グリムジョー」


その手に翠剣を携えて、黒の双翼が羽ばたく
蒼い暴風に向かって、白い閃光は翔ける。

次の瞬間、二人は互いの間合いに敵を捕捉する。



「くたばれ」



翠閃が放たれる
閃光が弧月の軌道を描いて、蒼い暴風に襲い掛かる。


「……っ!!!」


次いで、蒼い暴風が動く
蒼の瞳を見開かせ襲い掛かる翠閃をその視界に捉え、翠の光剣は蒼い暴風を切り裂いて





ウルキオラの瞳は、驚愕に見開かれた。





(……!!!…この手応え……まさか……)

あまりにも、手応えが軽すぎる
あまりにも、手応えが無さすぎる

そして次の瞬間、切り裂かれた獲物の姿が霧の様に消えた。


(……まさか……)


ウルキオラは、「ソレ」を察知する。
その反応を捉える。


(……まさか、この技は……)


ウルキオラは知っている、その技を知っている。

それは嘗ての同士が得意とした技
自分と同じ主に忠誠を誓い、自分と同じ「十刃」の称号を得た同士の技。


「……馬鹿な……」


それは第7十刃ゾマリ・ルーが考案し実践した、改良と進化を遂げた響転。



「……『双児響転ヌメロス・ソニード』、だと……っ!!!!」



背後を振り向く
翠の瞳に映るのは、十の白き巨爪を携えた豹王。


――獲ったぜ、ウルキオラ――


故に繰り出される
グリムジョーの最強の技が、この瞬間の為にグリムジョーが温存していた切り札が



豹王の爪デス・ガロン!!!!」



ウルキオラに向けて、一気に振り下ろされた。

















「水だ、飲めるか?」

「……あ、ありが…と……」

シグナムが差し出したカップをシャマルは受け取り、コクコクと小さく咽喉を鳴らしながら飲み干して


「……ふう……少し、楽になったわ」


乾き掠れたシャマルの声が潤いを取り戻す。
血と土にまみれたシャマルの顔の汚れもキレイに落とされて、体中の感覚も麻痺は治り始めて徐々に回復の兆しを見せ始めている。


「大丈夫か?」

「……ええ、大分落ち着いてきました…クラールヴィント」


シャマルのペンデュラムが光輝く
シャマルの治療魔法が二人の体を包み込んで、二人の体から徐々に痛みが和らいでいった。


「すまない、助かる」

「いえいえ、こういう時はお互い様……でしょ?」

「確かに」


そんなやり取りをして、二人は軽く微笑み合う。
そして改めて、自分達の現状について考える。

シグナムとシャマルの二人は、あの仮面の男の空間転移で何とか危機から脱出できた
最初はその事に二人は困惑したが、このチャンスは無駄に出来ないと空間転移を繰り返してここまでやってきたのだ。


「……もしもの時の事を考えて、主の家以外の拠点を作っておいてやはり正解だったな」

「ええ、流石にあの傷だらけの姿では帰れませんからね」


今二人が居る場所は、自分達の家ではない。
簡素な造りの廃れた一軒家、部屋には古びたテーブルや椅子、備え付けのクローゼットや戸棚があるだけの簡素な部屋だ。

ここはとある管理外世界にある、人里離れた辺境の土地


切っ掛けは、あのウルキオラとの戦闘だ

シグナムはその時の経験から、自分達の家以外の緊急時に使える別の拠点が必要と考えて、幾つかの次元世界で拠点に出来そうな場所を探した

そして自分達が今居る廃屋がある、廃村を見つけたのだ

その後シグナムとシャマルはこの廃屋を自分達の仮の拠点として、色々と必要な物を予め持ち込んで拠点としての環境を整えておいたのだ。


「……シャマル、服を脱げ。体中の血を拭き落とす」


シャマルは頷いて、バリアジャケットを解いて服を脱ぐ。


「発信機の類は……無いか」


シャマルが脱いだ衣服を調べながら呟く。

そしてシグナムは部屋の戸棚から医療箱を出して、タオルを取り出す
汲んできた水でタオルを濡らして、シグナムはシャマルの体にこびりついた血を拭き落としていく。


「……肩の傷は、もう塞がりかけているな……下手に触らない方がいいな」


体を拭きながら呟く。
シャマルの肩に走る傷口は既に閉じかけている、出血も止まっていて血が既に瘡蓋状態になっていた。


「こんな所か、傷口は隠せるか?」

「多分大丈夫、服を着てれば分からないし、入浴の時とかは怪しまれない様に偽造スキンを貼り付けておくわ」

「……そうか、なら大丈夫か」

「それよりもシグナム、貴方の傷の方は……」


シャマルはそう言いながらシグナムを見る。
単純なダメージで言えば、シグナムは自分と大差ない筈

治療魔法で粗方の傷は塞がり始めているが、それだけだ。


「そうだな、私の方も出血は止まって痛みも軽くなってきた。あの男に負わされた傷は大体……」


言いかけて、シグナムの言葉が途切れる。


「……シグナム?」


シャマルが名を呼ぶが、シグナムは答えない
その瞳はシャマルを見ていなかった、その頭の中はとある男の事を思い出していた。



(……あの男、あの砲撃から私を救ってくれた……あの青髪の男……)



その存在を思い出す
その圧倒的霊力と桁違いの戦闘光景を思い出して


(……あの男は、どうなっただろうか?……)


あの二人の戦闘は、明らかにレベルが違っていた。
青髪の男も、白い男も、明らかに自分とは一線を画している。

だが



(……恐らく、あの男は……勝てない……)



漠然と、シグナムはそう思う。

あの白い男、黒い魔導師、そしてあの青髪の男
それぞれが突出した戦闘力を持っている。


(……仮に、あの二人の戦闘力を同格とすれば、単純に数が多い方が有利だ……)


シグナムは考える。
あの仮面の男もあの場でまだ戦っているかもしれないが、あの青髪の男に助太刀するとは限らない
寧ろあの男は、必要以上に自分達の接触を避けている節が見られる。

現状では、あの仮面の男の助太刀はあまり期待できないだろう

もしも、あの白い男に加えて黒い魔女も戦いに加われば……



(……良いのか、このままで……)



嫌な予感がする。
頭の中で不吉な何かが蠢いている。


(……このまま、何もしないで……本当に良いのか……?)


シグナムは考える。

自分は疲弊し、傷ついている。
下手な助太刀は逆効果、それ以前に自分が危惧する様な結果になると決まった訳ではない。

だが



(……本当に、私はコレで良いのか?……)



嫌な予感は消えない
不吉な何かは止まらない
頭の中の警笛は鳴り止まない

頭の片隅で、危険を知らせる信号が轟々と鳴り響いている。

分かっている
何が最善の選択で、自分は何をすべきかは、何を優先すべきかは、これ以上にない程に分かっている。

己の役割というモノを、これ以上ない程に理解している。


だが

だがそれでも



「……見過ごす事は、できん……」



解いていたバリアジャケットを再び身に纏う。
その手に愛剣を握り締めて、その瞳に強い決意の光を宿らせる。


「……シグナム?」


次の瞬間、シグナムの足元に魔法陣が形成されていた。


「シグナム!一体何を!?」

「私用だ!お前は先に主達の下に帰還してくれ!」

「シグナム!シグナ……!!」


シャマルの言葉を意に介さず、シグナムの姿は魔法陣と共に消え去り

廃屋にはシャマルだけが残された。




















夜天の空を、鮮血が染め上げる
白い巨爪は獲物目掛けて襲い掛かり、『ソレ』は音を立てて切断された。


「……っ!!」


翠の瞳が驚愕に染まる
その目に映るのは赤い鮮血と、縦に切り裂かれた黒い何か


その正体は黒い翼、ウルキオラが咄嗟に己の盾として使った黒い片翼。


「たった一撃で爪が割れやがった、相変わらず硬え鋼皮だ」


五つの爪に罅が入る
白い巨爪は罅割れて亀裂が入り、その形は徐々に崩壊する。


「だがな」


その瞬間、更なる脅威が動く。
豹王が持つ、もう一つの脅威が唸りを上げる。


「もう一発あるぜえ!!!!」
「っ!!!」


豹王は、二度刺す。


空いた片手に宿る五つの巨爪を、更に振り下ろす
瞬時にウルキオラが響転で横に駆けるが、迫る五つの巨爪の全てを回避できず



ウルキオラの右腕と右脚は、切り落とされた。



「……っ!!!」


その結果に、ウルキオラの両目が見開かれる
肘と膝から吐き出される赤い液体と、脳髄に刻まれる灼熱の激痛でその瞳が僅かに揺らぐ。


(……ち、右腕と右脚がやられたか……だがこの程度なら……)


再生できる
ウルキオラがそう思った、正にその瞬間


「逃がすかあぁ!!!!」


肩に白い爪が突き刺さる。
ウルキオラの頬に、黒い拳は減り込む。


「――っ!!!」

「再生する時間はやらねえぜ、テメエの考えてる事なんざ丸分かりなんだよ!!!」


殴る
殴る殴る!

殴る殴る殴る殴る!!

殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る!!!!


拳打強打豪打乱打連打猛打
猛烈に、苛烈に、痛烈に、激烈に、両拳を用いて、火を噴くような猛攻で襲い掛かる。

文字通り己の半身を失ったウルキオラに、その猛攻から逃れる術はない。


「終わりだウルキオラアァ!!!」


黒い拳を白い顔面に打ち込んで、その顎を跳ね上げる。


「テメエは俺に負ける!俺がテメエに勝つ!俺がテメエを斃す!!!」


鳩尾を殴り、胸を叩き、頭蓋を揺らして、尚もグリムジョーのその攻撃の手を緩めない。



「テメエも王の糧となれウルキオラアアアアアアアァァ!!!!」



黒い拳が蒼光を纏う、全身全霊が込められた一撃
その一撃を、グリムジョーはウルキオラに向けて撃ち放ち


白い掌がその拳を止めた。



「――っ!!!」



蒼の瞳が見開かれる
その表情が僅かに驚愕に染まる。

ウルキオラが突き出したのは、右腕
グリムジョーが切り落とした筈の右腕だった。


「……ち、もう再生しやがったか……」


忌々しげに呟く
後一歩の所まで来たが、どうやらまだ詰めが甘かったらしい。



「――正直、驚いている――」



僅かに顔を俯かせ、頭と額から赤い雫をポタポタと垂らしながら
ゆっくりと、ウルキオラが呟く。


「お前は確かに強くなった。油断があったとは言え、ここまで俺を追い詰めたのは賞賛に値する」


黒い拳を白い掌に収めたまま、そのまま言葉を繋げる。



「だが、それだけだ」



空いたもう一つの拳を、グリムジョーは振り上げ
次の瞬間、グリムジョーの体が後方に弾き飛ばされた。


「な!!!」


不意のその衝撃に、グリムジョーの顔が歪む
後ろに跳ぶ体をその場に踏み留めて、再び前を見る。



「そして、俺にも誤りがあった」



ウルキオラが呟く。


「……誤り、だと?」

「その通りだ」


黒い片翼を再生し、その手に翠の光剣を形成させて
ウルキオラは静かに続ける。


「頭の中で、如何にお前の評価を高めようとも……俺は頭の奥底で、お前を見下していた」


その手応えを確かめる様に、翠の剣を振るう。


「お前程度が俺に敵う筈がない、お前程度が俺に勝てる筈がない。そんな腑抜けた思考を、頭の中の何処かで抱き続けていた」

「…………」

「だから、俺はここまで追い詰められた」


顔面にこびり付いた血を軽く掌で拭う。


「故に理解した、グリムジョー。嘗てのお前なら俺を追い詰める事など到底不可能だった
お前が力を大きく上げ、俺をここまで追い詰めてくれたから、ようやく俺はお前を斃すべき『敵』と実感する事が出来た」

「……そうかい……」


ウルキオラの言葉を聞いて、グリムジョーは静かに返す
そして次の瞬間、


「そいつは何よりだあぁ!!!!」


グリムジョーは咆哮を上げて夜天の空を蹴り、響転で一気に距離を詰める
その獲物へと向かって、一気に駆け抜ける。



「――雷霆の槍ランサ・デル・レランバーゴ――」



ウルキオラの掌に、更なる翠光が収束される
翠の光剣が更なる光を纏って、翠の光槍へと変貌する。


「認めよう、お前は強い」


己に迫る蒼い脅威を見つめながら、ウルキオラは呟く。



「故に、俺もそれに応えよう」



ウルキオラも動く、翠光と蒼光は交差する。


そして


一つの光が、夜天より墜ちた。

























「……相変わらず、あっちは派手にやってるわねー……」


夜天の空で行われる、戦争と言っても過言ではない攻防を見つめながらプレシアは呟く。


「……ち、また結界維持率が下がってる。ったく、ハシャギすぎよ
結界が破壊されて管理局に見つかったら面倒だって、アレほど言っておいたのに」


ふう、と軽く息を吐いて、プレシアは改めてソレ等を見つめる。
己の前に立つ、二人の仮面の男を見つめる。


「そう思うでしょ、御二方?」

「…………」


二人の仮面の男は何も答えない
その無機質な仮面からは表情というものが読み取れず、感情というものも今一つ感じ取れない。


「また黙んまり? あのお嬢さんといい貴方達といい、最近はコミュニケーションが取れない人間が多いわね」

「…………」

「…まあ良いわ。それじゃーあっちはあっち、こっちはこっちで」


軽く両手をひらひらと振って、プレシアはククっと口元を小さく歪めて



「盛り上げていくと、しましょうかあぁ!!!!」



魔女が吼えて、紫電が走る
紫電の奔流は数多の光弾へと姿を変えて、それは弾幕を形成する。


「……っ!!!」

「チィ!!!」


片割れの仮面の男が、鎖を破壊してもう片方の仮面の男を解放する
そして二人は臨戦体勢を取る。


「フォトンランサー・ジェノサイドシフト!!!」

「ホイール・プロテクション!」


襲い掛かる光弾の群を、渦状のラウンドシールドが塞き止める
渦に捕らえられた光弾は、そのまま徐々に勢いを無くして消滅する。


「へえ、中々良い技もってるじゃない。無力効果の付随は高等技術よ」


感心する様にプレシアが呟き、尚もプレシアは光弾を機関銃の様に掃射する
更に、もう一人の仮面の男が前に出る。


「スナイプ・ショット!」
『multi angle snip shot』

「スティンガー・レイ!」


後衛の仮面が尚も動く
閃光は行き交い、弾け合う

紫電の光弾を、閃光の弾丸が撃ち落す
二つの弾丸は互いに衝突し、その姿を消滅させる。


前衛の仮面は尚も距離を詰めて、己の間合いに獲物を捕らえる
そして、男の足元に魔法陣が浮かび上がる。


――掛かった!――


魔女が嗤う、しかし


「同じ手は食わん!!!」


全身から魔力を滾らせて、纏わり付く紫電の鎖を弾く
バチバチと魔力の奔流と紫電の鎖が火花を散らして、尚も男は前進する。


「っ!!!」
「最初から罠があると分かっていれば、この程度造作もない!」


仮面の男が拳を振りかぶる
魔女の杖が輝く


「チィ!!!」
『defencer plus』


迫る拳を紫電の障壁が受け止めて、その障壁が破壊される
そして男は空いた片腕を尚も振り上げて


『barrier burst』


紫電の障壁が爆発する
至近距離での爆発に仮面の男は防御も回避も間に合わず、仮面の男はその爆風に吹き飛ばされて


「それで凌いだつもりか?」


後衛の仮面は、既に次の手を撃っていた。
仮面の男が手を振って、光のリングがプレシアの四肢を拘束する。


「っ!! ロングレンジ・バインド!!?」
「バインドの扱いに長けているのが、自分だけだとでも思ったか?」


長距離からの拘束に、プレシアの顔が僅かに歪む
そして、二人の仮面の男は同時に動く


「「クリスタル・ケージ!」」
「っ!!!」


二人の仮面の男の声が響く。

光のリングで拘束されたプレシアを、更に半透明の正四角錘が捉える
拘束と牢獄による二重封殺


「これで終わりだ」


その瞬間、既に仮面の男はその仕込みを済ませ終わっていた
プレシアの目に映るのは、数多の宝剣の群

男の周囲に展開される、数百にも及ぶ光の宝剣



「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!!!」



前後左右上下からの360°から、その宝剣は襲い掛かる
黒い魔女目掛けて、幾百の宝剣は唸りを上げて射出されて


『bind break』


魔女の杖が呟いて、魔女を捕らえる光のリングが破壊される。

だが依然、光の牢獄は尚もそこにある
次の瞬間、光の宝剣が全方位から牢獄を貫き破壊した。

そして囚われていた魔女に宝剣が迫る、その全身が宝剣の群に蹂躙され貫かれる



――正にその瞬間だった。



「魔力解放・出力全開」
『full power!!!!』



その瞬間、魔女の全身が発光する
世界が一瞬、閃光と轟音に支配される。

衝撃と爆風が空間を埋め尽くして、全ての宝剣を一瞬にして飲み込んだ。


「っ!自爆!!?」
「いや違う!ただ力任せに魔力を解放しただけだ!!!」


全身を薙ぎ倒す程の爆風と衝撃に晒されながら、仮面の男は驚愕に言葉を吐き出す。
魔力をただ解放しただけで、これ程の威力と破壊力を生み出すとは思わなかったからだ。





「――危うく、様子見でくたばる所だったわ――」





ゾクリと、鳥肌が立つ。

その声が響いて、二人の仮面の男は凍りつく様な冷たい威圧感が襲い掛かる。


「お陰でオバサン、ちょっと頭にキちゃったわー」
『the operation ended……energy charge』


その視線を上に向ける。


「……な、に……?」

「……まさか……っ!」


その眼に映るのは、紫電の空

夜天を覆い尽くす紫電の奔流、天上を紫の閃光で染め上げる程の圧倒的魔力の咆哮

余りにもレベルが違う、桁違いの魔力の奔流


「生け捕りにしようと思ってたけど、貴方達は結構強いみたいだから、手加減なんていらないわよねー?」


小さく冷たく、魔女が嗤う

ギラリとその双眼を殺意の光で染め上げて、




「――全力・全開――」
『Thunder Rage O.D.J』




天空を、閃光が埋め尽くす。

夜天より、紫電の柱が立つ
その紫電の巨柱は、世界を揺らす。


閃光の巨柱は大地と天上を繋ぎ合わせて、一瞬にして世界を紫電で埋め尽くす。


これが、プレシアの持つ魔法の中でも最強を誇る物の一つ
広域次元魔法「サンダーレイジO.D.J(Occurs of dimension jumped)」
その破壊力は次元空間をも跳躍し、並の武装艦なら一撃で機能不全に追い込む程の威力を持つ


本来は次元空間越しに敵を殲滅する魔法だが、単純な火力と威力そして有効範囲から、プレシアはこの魔法を選出した。


そして閃光と暴風が止み、世界は静寂に包まれる
プレシアの夜天から眼下の世界を静かに見下ろして



「……あーあ、逃げられちゃった……」



僅かに肩を下げて、小さく呟く。

あの瞬間、自分の魔法が発動され仮面の男達に襲い掛かるその瞬間
男たちの足元に、魔法陣が形成されたのをプレシアは見逃さなかった。

単独での空間転移では、あのタイミングでは到底間に合わなかった筈

それはつまり



「……三人目がいた……って所かしら」



確認する様に呟く
他にも可能性があるが、コレが一番可能性が高いだろう。

前回の戦いの時も、撤退要員の仮面の男が居たという話をウルキオラから聞いていたし、恐らく間違いないだろう。


「あーあ、二人の騎士には逃げられるし、仮面の男は取り逃がすし……踏んだり蹴ったりね
あーあ、困っちゃったわ」


少し困惑する様にプレシアは呟く
そして次の瞬間、その掌が小さな魔法陣を形成して、掌サイズのモバイル機がそこに現れる。


「本当に…困っちゃった」


プレシアはソレを手に取り、カチカチと操作してその画面を見つめて





「――本当に、とーっても、困っちゃったわぁ――」





クスクスと、その口元を小さく歪めて

凍てつく様に冷たい笑みを浮べて


黒い魔女は、ただ静かに嗤った。















続く















後書き
 前回の感想でグリムジョー参戦に関して色々と意見を貰いました。少々賛否があった様ですが、現時点では作者から何も言える事はありません
一応作者なりにストーリーとプロットを考えて話を作っているので、A’s編が終わった後に再び評価を再考してくれると助かります。

さて、話は本編
ウルキオラとグリムジョーの戦いもいよいよ終盤。グリムジョーが双児響転を使う展開は前から考えていた展開だったのですが……双児響転を覚えている人っているかな?(汗)

そして、今回も飛ばしているのがやはりプレシアさん
まだまだプレシアさんのターンは終わっていません、次回も色々とプレシアさんには動いて貰う予定です

多分、あと数話進めたら戦闘パートは終了する予定です

それでは次回に続きます、次回はシグナムが色々と動くかもです。








[17010] 第四拾番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:a15c7ca6
Date: 2011/02/16 19:23




「……遅い……」


とある建物の一室にて、その小さな少女は呟いた
ピンと背筋を張って、その小さな体を直立させて、ムスっと小さく頬を膨らませながら

アリシアは満面に不満を露わにしながら、主不在のその部屋の中で呟いた。


「遅い、遅いおそいオソイ、遅おおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!
ウルキオラ遅おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!」


クワっと両目を見開いて、一気に思いの丈を爆発させてアリシアは叫んだ。


「もう頭に来たんだよ!由々しき事態なんだよ!イカンの意をここにひょーめいするんだよ!
かくめーの時は来たんだよ!わたしの事をいつまでも『つごーの良いオンナ』だと思っていると痛い目を見るんだよ!!!」


グアっと拳を掲げながら、アリシアは勢い良く叫ぶ。
そのままグルグルと部屋の中で転げ回る。


「おかーさんも居ないし、前に見つけた『つーしんき』は繋がらないし!大体こういう時は一言なにか言ってから出かけるべきなんだよ!
ウルキオラはいっつもそーなんだよ!淡白でクールドライでつれなくてポーカーフェイスで!
乙女心というものをまるで理解してないんだよ!」


思いの丈を吐き出しながら、アリシアはそのままゴロゴロと部屋の中を転がる。


「は!まさかコレが噂の倦怠期!!? 幾多の若きカップルを破滅に導くという噂の!!?二股でブチ切れでヤンデレでNICE BOAT END!!!?
いやいや、それはない!ぶっちゃけ有り得ない!どれ位有り得ないかと言うと、ウルキオラがある日突然

『やあ、僕の名前はウルキオラ。気軽に「よっちゃん」って呼んでね』

って爽やかスマイルで言うくらい有り得ないんだよ!」


HAHAHAと、効果音が付きそうな程にアリシアは高らかに笑い声を響かせて

不意に、ピタリと転がる体を止める
そのまま仰向けになって、天井に設置されてあるライトを見つめる。


「……つまんない……」


ポツリと呟く。

いつもなら、今頃自分は顔面を鷲掴みにされている頃だろう
いつもなら、今頃自分は毒を吐かれて額に青筋を浮べている頃だろう。


「……つまんない、よー……だ……」


だが、それらは一切襲ってこない
顔への圧力も、自分への毒舌も、一切存在しない。

一言で言えば、物足りない
言い方を変えれば、つまらない

それらの事をアリシアは心から実感して



「はやく帰って来ないかなー……ウルキオラ」



その小さな呟きは、静かに寂しげに響いた。












第四拾番「夜天の戦い 烈火の一撃と黒き翼」












夜天の空を、翠の閃光が覆う
闇夜に染まる空を、一気に翠色に染め上げる。


「……が、ば!…っ!…ごっは……あがっ!!!」


灰煙を体中から漂わせながら、白い体躯から鮮血が流れる。
傷つき墜ちる体を必死に支えて、再び夜天の空に立つ。


(……なんだ……何だ今の一撃は!……単純な威力なら、黒虚閃の上をいくぞ!……)


たった一撃で肉体が焼き焦げて、鋼皮の大部分が破壊された
その有り得ない損傷に、グリムジョーはその激痛に顔を歪めて


「意外だな……今の一撃を受けて、まだ解放状態を保っていられるとはな……」


その声が響く
黒い双翼を羽ばたかせて、その白い死神はグリムジョーを見下ろす。


「……クソがあぁ!!!!」


黒い掌を突き出して、そこに赤い光が収束する。
赤い光は雄々しく唸り、砲撃として撃ち出される。


しかし


「だが、それだけだ」


翠閃が奔って、赤い砲撃は切り裂かれる。


「っ!!!」
「威力も火力も通常の半分以下……どうやら、燃料切れのようだな」


その言葉を聞いて、グリムジョーの顔が歪む
ウルキオラの言葉は、揺ぎ無い事実からだった。

グリムジョーは先程の「豹王の爪」からのラッシュで、一気にウルキオラを仕留めるつもりだった
故にあの一連の攻撃に、ほぼ全ての体力と霊力を注ぎ込んでいた。

その時の反動と疲労、そして今まで体に蓄積されていたダメージ
それが、先程のウルキオラの一撃が引き金となって……一気に噴出してきたのだ。



「……相変わらずだな、テメエは……」



肩を大きく上下させて、呼吸を荒く整えながらグリムジョーが呟く
僅かに俯かせた体勢から、ギラリとウルキオラを睨みつけて


「そういうトコが気に食ねえんだよ!!!!」


――響転!!!――


一気に距離を詰める
一息で己の最大速度を練り上げて、ウルキオラの己の間合いに捉える。


「自棄になって勝負を投げたか?」


その指先に翠光が収束し、砲撃が放たれる。
翠光の砲撃は己に迫るグリムジョーを瞬時に飲み込み、その姿は消える。


「やはり、な」


どこか納得したかの様に呟く。


「同じ手は食わん」


背後を振り向き、己の背中に陣取る白い影を切り裂く。
次いで、その影もまた消滅する。

そして、次の瞬間



「無駄撃ちは死期を早める羽目になるぞ?」



六つの白い影が、ウルキオラを包囲した。


「くたばり、やがれえええええええええええええええええぇぇぇぇ!!!!」


六つの影が同時にウルキオラに襲い掛かる
六方向からの襲撃を、ウルキオラは極めて冷静に見極めて


「初見では対応しきれなかったが」


ウルキオラは、その中の一つに視線を移す。


「もう慣れた」


衝撃音が鳴り響く、ウルキオラは迫る黒い拳を弾いて白い肘鉄を白い掌で掴み取る
その掌に、グリムジョーの肘を完全に掌握して


白い肘から、緑の牙が生えた。


「っ!!!」

「油断したな!!!」


ウルキオラの目が見開かれる。

次いでゼロ距離から、緑の牙が放たれる
五つの牙は虚弾に劣らぬ速度で放たれて、目の前の獲物に唸りを上げて襲い掛かる。


「油断?違うな」


その声が響いて



「これは『余裕』と言うものだ」



五重の衝撃音が鳴り響き、翠の光剣が閃光の軌道を描く
閃光は多角の軌道を描いて、ウルキオラとグリムジョーの間に展開され

緑の牙はその全てが切り払われた。


「っ!!!?」

「言った筈だ。お前は強い、その事を認めたと」


その結果にグリムジョーの目が見開かれて、その無機質な声が響く。


「だから、何か仕掛けてくると予測出来ていた」


白い体に、翠閃が奔る。


「っ!」
「予測が出来れば、対処するのはそう難しい事ではない」


衝撃音と共に、グリムジョーの体が弾ける様に後方に飛ぶ。

「……ぐ、ぎ……がっ!」

その顔が歪む、腹部に響く鈍痛、全身の激痛、体中から噴出すダメージ
ありとあらゆる負の蓄積を感じ取りながら、鮮血に染まった顔が苦悶の表情を作りながら宙を漂い


その視界に、黒い閃光が映り込む。


「っ!!!」
「今度は、外さん」


黒い閃光は、爆発的に収束する
黒い奔流は白い指先に収まる程までに収縮し、その霊力を凝縮・圧縮させて


「黒虚閃」


死に体となった豹王目掛けて、黒い砲撃は一気に撃ち出され



「……糞が……っ!!!」



次の瞬間、夜天の空で爆発が起きた。

















そこは、とある民家の一室だった。


「……やっぱり、おかしいかも……」


自室の窓から夜の街並を見つめながら、なのはは呟いた。
自分がこの魔力反応を察知してからそれなりに時間は過ぎたが、未だに鎮静の兆候は見られない。

この魔力反応は、平常はとても小さく穏やかなものだ
それこそ、自分が今まで気付かなかった程にその反応は小さいのだが

時折感じる魔力が一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、爆発的に高まるのだ
嘗て自分が関わったあのジュエルシード級に思える程にまで、その魔力は高まるのだ。



(……もしかしたら、また何かのロストロギアが関わっているのかも……)



なのはは、数ヶ月前の出来事を思い出す
自分が魔法の資質に目覚める切っ掛けになった、とある事件を思い出す。

自分だけでなく、多くの人間を巻き込んで被害を出した……とある事件を思い出す。


「……やっぱり、放っておけない……」


なのはは呟く
誰かが闘っているのか、それとも何らかのロストロギアか、若しくはそれ以外の何かかが関わっているかは分からない

何が起きているのか全く分からない、が……『何か』が起きている事は間違いない。

何か被害が起きてからでは遅い、被害を未然に防ぐ意味でもやはり出来る事はしておくべきだ
場合によっては、時空管理局への連絡も必要になる事もあるだろう。


「……行ってみよう……」


故に、なのははその赤い宝玉を手に握る。

そして、静かに呟く


「レイジングハート・セット」


なのはが己のデバイスを起動させようとした、正にその瞬間だった





――死ぬのが嫌なら、最初から戦場に出てくるな――






「…………え…………?」





不意に、頭の奥底でその言葉が響き

なのはは、その動きを止めた。


















衝撃と轟音がサークル状に広がり、それらは空間と結界を軋ませる。
灰煙が立ち込めて、そこから一つの影が大地に向かって落下していく。


「……ぐ、が……ぁ……」


力なく、苦痛の呻き声が響く
体中からメキメキと軋む音が鳴り響いて、その体は徐々に変形していく。

体中の白い装甲は砕け散り、白い衣へと変わる
長い髪は収縮し、両の耳は徐々に縮み変色していく。


「咄嗟に虚閃を撃って、ダメージを緩和した様だが」


耳元で、その声が響く。


「とうとう解放状態も維持できなくなった様だな?」
「っ!!!」


その顔面を、白い掌が鷲掴む。
落下する影は直角にその軌道を曲げる。

次いで夜天の空で衝撃と閃光が数珠繋ぎに発生する、爆発と轟音が連鎖的に起こる。


「……まだ、だ……まだだあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」


大気を揺るがす様に咆哮して、グリムジョーは手の中にある斬魄刀を振るう
目の前の敵に向けてその一撃を繰り出すが、その一撃は翠の光剣に弾かれて


「諦めろ、最早お前に勝機はない」


その体が弾き飛ぶ、衝撃が咲き乱れる
空間内を、黒い翼が縦横無尽に駆け抜ける。


「帰刃状態の俺と帰刃状態を保てなくなったお前、その意味を俺達『破面』は身を持って理解している筈だ」

「ぐっ!!!!」


結界内を、鮮血を振り撒きながら一つの影がピンボールの様に行き来する。


「……ぎ、が……っ!!!」
「まだ、お前は勝てると思っているか?」


灰煙と黒煙がドーム状に立ち込めて空を覆い、流星の様に虚空から大地へと白い影が落ちて
ソレを追いかけて、黒い翼が疾走する。


「ぐっ!っ!っぶ……っぁ!」
「コレだけの力の差を目に見ても、お前はまだ俺に勝てると思っているか?」


その影に拳を打ち下ろし、白い影が大地でバウンドする
バウンドした影に追いついて、その首を掴み上げる。


「ここまで絶対的な力の差があっても、未だお前は俺に勝てると思っているか?」


中空に足を着けて、その体を宙吊りにする
宙吊りにされた影はダラリと力なく四肢を垂らして、その呼吸を荒く弱々しく繰り返し


「……なに、かちほこって……やが、る……」


その声が、小さく響く。


「……まだ、だ……っ!!!」


ギラリと、蒼い瞳が翠の瞳を捉える。



「まだ終わってねえぞウルキオラアアアアァァ!!!!」



宙吊りになった体勢から、その腕を振りかぶる
腕のリーチでは自分が上、ウルキオラの腕が届くこの距離なら確実に自分の攻撃が届く。

その顔面向けて、一気に打ち下ろす
心底気に入らない無機質な表情を歪ませようと、その拳は唸りを上げて滑走して



「……ここが、限界か……」



だが

その一撃は、余りにもあっさりと止められた。


「……っ!!!」
「満身創痍の未解放状態で、俺に一矢報いれるとでも思ったか?」


グリムジョーの表情は歪む
血染めの拳を白い掌に収めながら、ウルキオラは無機質に呟いて。



「終わりだ、グリムジョー」



翠の瞳が冷徹な光を帯びて目の前の獲物を見る
次いで拳を収める白い掌に、翠の光が収束して






―――翔けよ、隼―――






紅い閃光が放たれた。


「――っ!!!」


そこはとあるビルの屋上
ウルキオラを完全に見下ろす角度から、シグナムは手に持つ得物から紅い一撃を射出する。

その速度は音速を超えて
その威力は必殺を宿して

その獲物を貫こうと虚空より飛来して、紅い軌道を描いて一気に迫る。



「……狙撃か」



だが防ぐ
黒い片翼を盾の様に展開させて、その紅い一撃を塞き止める。
ギチギチと火花を散らしながら紅い閃光は黒い翼と拮抗しながら滑走し、そのまま軌道を逸らして飛んで行き

烈火の騎士は、既に次の手を打っていた。


「……耐えてくれ、レヴァンティン……」


その影は、上空より飛来する。
一振りの剣を携えて、桜色の髪を靡かせて、シグナムは獲物目掛けて一気に間合いを詰める。


「カートリッジ・フルロード!!!!」


刀剣の付け根から連続音が鳴り響き、ありったけの魔力を吐き出させて、その剣は紅い魔力を纏う

紅い魔力は烈火の如く唸りを上げて、激しく雄々しく燃え盛り



「紫電一閃!!!!」



烈火の一撃は放たれる。
その炎剣は唸りを上げて、全身の力を両腕に収束させて、烈火の一撃は死神目掛けて振り下ろされる。


「惜しいな」


次の瞬間、紅い炎剣と黒い片翼が激突する。

衝撃が爆発し、衝突音が鳴り響き
紅い剣と黒い翼がギチギチと音を立てて噛み合い、互いに拮抗する。


「……っ!!!」
「嘗ての一撃とは文字通り桁違いの威力……コレがお前の切り札か」


翠の瞳に射抜かれる。

そのプレッシャーに、シグナムの全身に怖気が奔る。
その圧倒的威圧感に、電撃の様に冷たい重圧感が全身に襲い掛かる。

悪寒と恐怖が全身が支配して、反射的に後退しそうになるが


「ぐ!ぎっ!……が…!…あ!!!」


だが耐える
ギチリと歯を食い縛って、シグナムは全身に襲い掛かるプレッシャーに耐え抜く。

そして尚も烈火の一撃を宿す両腕に力を込めて


「だが、手間が省けた」


だが崩れない、死神は未だ崩れない。

両腕でグリムジョーを捕らえて、両翼でシグナムの攻撃を捌いて
白い死神は、尚もそこに佇んでいる。


「ぬ、ぐ……!……っ!っく……!!!」


烈火の一撃は尚も唸りを上げているが、それでも黒い翼を突破する事は出来ない
それに、シグナムもまだ体調が万全という訳ではない

体には未だダメージは残っているし、その全身は尚もギリギリと苦痛に晒されている
体力も魔力もそれほど回復した訳でもない、後数回魔法を使えば自分はその疲労でまともに歩く事すら出来なくなるだろう

今の一撃でカートリッジも使い切った、文字通りコレがシグナムの最後の一撃だ


「こっちとしては、コレは好都合だ」


そして、白い死神は尚も揺らがない。


「一応アレからは、生け捕りにしろと言われていたからな」


翠の瞳が烈火の騎士を捉える
その瞳に明確な敵意を宿して、その体が攻撃態勢に移行しようとして





突如、ウルキオラの背中で爆発が起きた。





「「「っ!!!!」」」


その衝撃が肌に響く
その轟音が耳に響く

その突然の事態に、ウルキオラの表情が驚愕に染まる
予期せぬ不意打ちに、ウルキオラの思考が一瞬停止する
突然の背後からの衝撃に、ウルキオラの視界が一瞬揺れる


「……な、に……?」


反射的に、ウルキオラは背後を振り向く
無意識の動作でその視線を攻撃の発信源へと移して


「……う、お……!」


ウルキオラは一瞬、その二人から視線を逸らしてしまい


「……オ、ォ……!!!」


ウルキオラは一瞬、その二人から意識を離してしまい


「「ウオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」


その一瞬、ウルキオラは僅かに力を緩めてしまい

その二人は、その一瞬を見逃さなかった。

拳が掌に圧し勝つ
炎剣の一撃が黒翼ごと叩き込まれる。


「っ!!!」


その二つの一撃は、同時にウルキオラに叩き込まれる。
その衝撃でウルキオラの体は、後方に弾き飛ばされた。



(……ちぃ、迂闊だった!気を緩めた一瞬を狙われたか!!!……)



地面をバウンドし転がる体勢から、黒翼を羽ばたかせて立て直す。
地面と片膝を擦らせながら、体勢を整えながら大地を滑走する。

そして己の現状を確認する。


(……目立ったダメージはない……いや、問題なのは先の一撃……アレは、一体……!!!)


ウルキオラは、再び視線を移す。
自分の背中を襲った攻撃方向に眼球を動かして、その発生源へと目を向ける。

そしてウルキオラは、その存在を確認する。

自分を襲ったイレギュラーの正体を見極めようと、その瞳にその存在を捕らえる。



「……アレか……」



ウルキオラの視線の先


そこには夜天の月に照らされる、黒き翼が映っていた――。














「大丈夫か!しっかりしろ!!!」

ウルキオラの手から解放され、大地へと墜落するグリムジョーの体をシグナムが支える
その血濡れの体を抱き留めて呼びかけるが、一向に返事はない。

呼吸は浅く弱く、その閉じられた瞼が開く兆候は見られなかった。


「意識が無いのか、それにこの出血、クソっ!……おい!しっかりしろ!!!」


思い返せば、先のやり取り
この男は自分の乱入に対して、何もリアクションがない様に見られたが


(……アレは反応していなかった訳じゃない、その反応を表す事すら出来ない程に体力を失っていたのか……!!!)


恐らく、先の一撃で完全に残りの体力を使い切ってしまったのだろう。
あの死神の拘束から解放された事で僅かに気が緩み、意識を手放してしまったのだろう。


だから、悟った
これは、非常に危険な状態だと


「……ふざ、ける…な……っ!!!!」


奥歯を噛み締めながら呟いて
シグナムはその体を抱えて、虚空を蹴る。


「……私は、まだ借りを返していない……っ!!!」


虚空を蹴り、距離を取りながら術式を組み上げる。


「……私は、貴公の名前すら知らない……っ!!!」


その思いの丈全てをぶつける様に、シグナムは呟く。


「……我等は誓った、主の道は決して血で汚さないと!……」


それは嘗て仲間達との間に決めた誓い

主との誓いに背いても、絶対に他者の命を殺めない
絶対に、誰一人殺さないと

堅く心に決めた、絶対の誓い


「……ここで貴公が死ねば、私は貴公を『見殺し』にした事になる……っ!」


その意味を胸に刻みつけて、シグナムは翔ける。


「だから、死なせない!絶対に貴公は死なせない!!!」


その術式を組み上げ終わる、その演算が終了する。



「だから、死ぬな……絶対に!絶対に死ぬなあああああああああああああああああああぁぁぁぁ!」



その叫びが轟くと同時に、シグナムの足元に魔法陣が形成されて

二人の姿は、そこから消え去った。















続く












後書き
 今回も色々と難産でしたが、何とか書き上げられました。
最近はいつもと比べて文量が多い回が続いて、今回は文量が少ないと思う方もいらっしゃるかもしれませんが
それは平にご容赦ください

さて、話は本編
今回は久しぶりにアリシアの出番がありました。
この娘はある意味日常パートの象徴的キャラなので戦闘パートでは出番が無くなってしまうのですが、今回は小ネタみたいな感じで出させてみました

ちなみに、アリシアの「どれくらい有り得ないかと言うと~」の下りは何回か書き直しました

ちなみに最終候補として最後まで悩んだのが、以下のセリフ



「は!まさかコレが噂の倦怠期!!? 幾多の若きカップルを破滅に導くという噂の!!?二股でブチ切れでヤンデレでNICE BOAT END!!!?
いやいや、それはない!ぶっちゃけ有り得ない!
どれ位有り得ないかと言うと、『コナン』でもう一度『弁当型ファックス』の出番があるくらい有り得ないんだよ!!!」



あまりにもマニアックなネタなので、極少数の方にしか分からないネタなので自重しました(笑)


そして次はグリムジョーとウルキオラ
一応、今回の戦いはコレで決着です。蓋を開けてみればウルキオラの完勝です。

今回は色々とシグナムに動いて貰いました。
ちなみにシグナムは最初は結界の中では空間転移は使えないと思い込んでいましたが(ウルキオラの妨害)
仮面の男が簡単に自分達を空間転移させた事から、結界内でも空間転移は可能という事に気付きました

後は二人がウルキオラを出し抜いたシーンですが、コレも特に細くする所はありません

背後からの不意打ち→ウルキオラ、つい二人から目を離す→ダブルアタック!

とまあ、こんな感じです。油断大敵というヤツです
どこぞの統括官様も、虚化+刀剣開放という大技を繰り出したにも関わらず
卍解すら出来ない自分の部下に負けるという事態も……ゲフンゲフン、失礼しました


ちなみに、なのはがウルキオラ達の戦闘にどうして気が付いたのか?という点ですが
これは次回以降で補足説明するので、今はご容赦してください。


さて、ウルキオラといいグリムジョーといい、まだ少しイベントは続きそうです

夜天での戦いも何だかんだで終盤です、次回もそこら辺の所を上手く描いていきたいと思います!

……あ、そう言えば今回プレシアさんがでてな……ゴホン

それでは、次回に続きます


追伸 とある友人の言葉


友人1「なんかこのグリムジョーってさ、完全に木原くんのポジションじゃね?

……なん、だと……?





[17010] 第四拾壱番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:a15c7ca6
Date: 2011/02/24 22:55





そこは、薄暗いとある一室
その暗闇の中に多数のモニターが展開され、様々な映像を流していた。


「……ふ、く……く……」


そんな空間の中で、その声は響く。


「……ふ、くく……ぷ、く……くはは……」


何かをこらえる様に、隙間から零れるその声が響いて


「…………く…………」


一瞬の間を置いて、その声は爆発した。


「くははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!
あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!
ふはははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」


高らかな声を上げて、その男は笑う。
その紫の髪を振り乱して、その口角を極限にまで吊り上げて


「何だね!何なのだねコレは!!?コレは一体なんのサプライズだね!!!?私は一体今日というこの日だけで何度歓喜の声を上げれば良いのだね!!!?
コレが俗に言う『神の思し召し』というヤツなのかな!!?無神論者の私だがコレを機会に神という存在について真剣に考えても良いかもしれないねえ!!!?」


まるで道化師が織り成す喜劇を見た子供が、その笑いを堪える事が出来ない様に
その男は転げ回る様に笑う。


「これだ!コレだよ!!!コレだから世界は面白い!私を退屈させない!愉快!実に愉快!!!
常に世界は私の予想を裏切り!想像を上回り!私の脳細胞を愉悦と快楽に染め上げてくれる!!!
ああダメだ!全然ダメだ!今の自分の気持ちを表すにはこの程度の言葉では足りない!!!
自分の気持ち一つ満足に言い表せない己の表現力の乏しさが今ばかりは実に恨めしいよ!!!
もしもこの世を生み出した造物主なる者が存在するのなら、全身全霊の感謝の気持ちを送り付けたいくらいだ!!!」


そのモニターの映像を食い入るように見つめながら、その男はこれ以上に無いという程に顔を歪めて声高らかに笑い上げる。


「やはり私は正しかった!私の直感は正しかった!!『彼』に助力した事も!『彼の存在』に興味惹かれた事も!私は何一つ間違っていなかった!
強いて犯した間違いを上げれば、己の想像力の乏しさかな!!!?アハハハハハハハハハハハ!!!フハハハハっ!げほっ!げっ!ごっ!!!!」

「……興奮しすぎですよお父様、アイスティーをどうぞ」


唾が気管にでも入り込んだのか、その男は激しく咽て咳き込む。

その紫髪の男の様を見つめて、男と同じ長い紫髪の女は男にグラスを差し出す。
男は咽ながら「すまない」と呟いてそのグラスを手にとって、ゴクゴクとその口に紅茶を流し込んで


「うむ、今のタイミングはベストだよウーノ。実にエクセレント、危うくこの愉快な時間を無駄に過ごしてしまう羽目になるところだった」

「どういたしまして。小言ついでに言わせて貰えば、もう少し画面からは離れて落ち着いて見られた方がよろしいかと」

「おや、コレは手厳しい。それでは可能な限り善処しよう」


咳も止んで、男は再び平常の状態に戻りモニターと対面する。
そして男に釣られてその女もモニターに視線を移して


「……しかし、確かに予想外の事態ですね『コレは』」

「うむ、予想以上の収穫だよ。最初は彼が変形状態にでもなってくれれば御の字だと思っていたのだがね
まさか、彼と同種の存在……彼と同じ力を持ち、同じ様な能力を持つ者が現れるとはなね」


クククと、男は再び口角を吊り上げて呟いて


「そして、極めつけは……『コレ』だ」


モニターに映し出される光景を見て、彼は再び愉快気に表情を歪める。



「……正直言って、私も『コレ』は驚きましたね」

「ウム、私も『彼』も『コレ』については既に手は打っていたのだがね……正直に言って、コレは予想外だった」



男と女は、興味深い様に呟く。
男は今日のこの日までに、既に準備を済ませておいた事が幾つかある。

そして目の前の光景は、その準備を真っ向から否定するもの
故にその光景は、二人にとって予想外のものだった。


「まあ、現時点では何も解らないが……それでも、はっきりしている事が一つだけある」


男の口から、笑みが漏れ出る
その愉快な気持ちを抑えきれない様に表情を歪めて



「彼等は、彼女達は、まだまだ私を楽しませてくれる……そういう事だ」



モニターに映る黒い翼を見つめて、その愉悦を心から噛み締める様に呟いた。











第四拾壱番「夜天の戦い 狩の終焉」











「……大分、感覚は戻ってきたわね……」


とある廃墟の一室にて、シャマルは己の掌を見つめながら呟いた。
手を軽く握って、ぎゅっと力を入れてゆっくりと開く。


「体中の血も拭き落としたし、血の臭いも大体消えたわね……」


改めて自分の身なりを確かめる。
万が一にも、主に自分達の現状を気付かれる可能性は排除しておきたい

特に血痕なんてモノは、最も分かり易い物騒なイメージを持つモノの一つだ
衣服や体に血がこびり付いていた日には、迂闊に言い訳も出来ないだろう。


「……偽造スキンは、パッと見は大丈夫ね……無理に引き剥がそうとしない限りは問題なさそうね」


肩の傷口部分をそっと擦る。
包帯を巻いてその上から偽装スキンで傷口を隠しているから手触りに違和感はあるが、見た目だけなら気付かれる事はないだろう。


「思ったより、時間が掛かっちゃったわね……はやてちゃんに怪しまれる前に、一旦帰還した方が良いわね」


家に残った二人にフォローを頼んでおいたが、それも限度があるだろう
シグナムの事は気に掛かるが、今の時点ではどうしようもない。

それならば、自分は自分に出来る事をしておくべきだろう。


「……っと、その前に買い物ね。どこかのコンビニで適当に買出しを……っ!!!!」


不意に、ズキリと肩が痛んだ
その痛烈な感覚にシャマルは思わず顔を苦痛に歪め、その傷口に手を置き


「っく、っつ……流石に、まだ痛むわね……」


痛みは一瞬、その激痛は徐々に鎮静していった。

肩の傷自体は大した傷ではない、ただ痛むだけだ
あの黒い魔導師に捕らえられた時、少々痛めつけられた時の後遺症だ。

既に傷口は塞がりかけているが、未だダメージの余韻はある。
どうやら、まだ気を抜ける様な状況ではなさそうだ。


「……はやてちゃんの前でボロを出さない様に、気をつけないとね……」


そう言って、シャマルは呟く。
確かにそれなりに痛みは残っているが、この程度なら気を抜きさえしなければ幾らでも誤魔化せる。

そしてシャマルは帰還するために、自分の足元に魔法陣を形成する。

痛みは大分退いてきたが、それでもその痛みは未だ肩に響いていた。


ズキン


ズキンと――。


















「……妙だな……」


黒い翼で虚空を徘徊しながら、その翠の瞳を動かしながらウルキオラは呟いた。

あの時、自分を背後から攻撃した……自分と同じ黒い翼

グリムジョーとあの甲冑の女の逃亡の阻止は、タイミング的には不可能とウルキオラは即座に判断し
直ぐに狙いをあの黒い翼に変えた。

夜天に浮かぶシルエット目掛けて、ウルキオラは響転を用いて即座に距離を詰めて、迎撃姿勢に移っていたのだが


「……逃げられたか?」


周囲の様子を視界に納めながら呟く
あの黒い翼はどこにもない、自分の周囲にもコレと言った異常はない。

探査神経を起動させても、やはり目立った異常を発見する事が出来ない。


(……空間転移による逃亡を許したか?……いや、転移妨害はあの時既に俺は発動していた……
……この位置なら十分に有効範囲内であるし、何より空間転移の霊力を一切感じなかった……)


以上の理由から、空間転移による逃亡は考え難い
プレシアが持つ様な空間転移用のデバイスを用いていたのだとしても、ソレは絶対に霊力の痕跡を残す。

更に、あの時自分は既に転移妨害を発動していた
これはプレシアの転移妨害とは完全に異なる、完全に霊力に物を言わせた術式破壊

完全に妨害は出来なくとも、その発動を遅らせる程度は出来る。


だから、ウルキオラ思う
ならば何故、あの影は消えた?


(……探査神経に引っ掛らない事から考えて、やはり逃げられたと考えるのが妥当だが……やはり、引っ掛るな……)


釈然としない部分があるし、己の直感が妙にざわついている。


(……もしも、相手が逃亡していないのだとすると……まだこの結界内の何処かにいる筈……)


一部の虚には、己の霊子情報を完全に隠蔽する事が出来る種類も幾つか確認されている
もしも相手が似たような技術を体得しているのなら、話は簡単だ。


(……どの道、油断はできんな……)


ウルキオラの中で意見は纏まる
どんなに考えても仮説と推測の域から脱しない。

それなら、さっさと自らの手で確認をしてしまえば良い。


そしてウルキオラは、その指先に翠の閃光を収束させようとして



「……ん?」



その存在に気づいた。


「……何だ?」


それは、ウルキオラの探査神経に引っ掛った僅かな霊子反応
今までは先程の戦闘の余韻によるモノだと思ったが、どうやら違う様だ。

ウルキオラはその正体を確認しようと、地面に降り立つ

そして、地面にポツンと落ちている『ソレ』を見つけた。





「……剣十字……か」





それは、先端が剣状に装飾された十字架
ウルキオラの掌サイズ程の、小さな十字架だった。


(……やはり、霊力の発信源はコレだな……)


その十字架を手の中で転がしながら、ウルキオラは結論付ける。
状況から言って、どうにも見過ごす事は出来ないだろう。


(……そう言えば、アレがヤツ等の居場所を特定できたのも……ヤツ等の所有物からだったな……)


ウルキオラは、嘗てプレシアとのやり取りを思い出して





(……なら、コレも一応拾っておくか……)





もしかしたら、何かの役に立つかもしれない。
ウルキオラはそう結論付けて、その剣十字を拾って自分の服の中に忍ばせる。

そして次の瞬間


『……あー、マイクテス、マイクテス。聞こえるかしらウルキオラ?』


その声が、ウルキオラの頭に響いた
ウルキオラは一旦その手を止めて


『……何だ?……』

『それはこっちのセリフよ。あんた一体何したの?結界の維持率が一気に危険領域に入っているんだけど?
赤い文字と警告アラームがものっ凄い勢いで鳴ってるんだけど?』

『少々厄介なヤツと交戦しただけだ、尤も逃げられたがな』


簡潔にウルキオラはプレシアの問いに答える。
通信越しにプレシアの溜息が響いて、更に言葉を繋げる。


『あー、成程。流石にアレクラスの相手は骨が折れるものね……ったく
どうにも、中々上手くは転ばないものね』

『……そっちの状況は?』

『こっちも愉快な乱入者のせいで、折角捕らえた獲物には逃げられちゃったわ。今は「私用」で結界の外にいるわ』

『……ああ、成程……』


その言葉を聞いて、ウルキオラは大体の事情を察する。
プレシアが言わんとする内容の、大凡を察する。


『……成程、大体の事情は分かった……相変わらず、回りくどい言い方をする女だ』

『あら、心外ね? どういう意味かしら?』


そして、ウルキオラはソレを口にする。







『目的は達した……そういう意味だろ?』

『だーいせーいかーい』








闇夜の虚空から、プレシアは眼下の民家を見下ろしていた。
その口元を愉快気に歪めて、夜天の下に佇んでいた。


「……ええ、そうよ……それじゃあ後は手筈通りにね」


その通信を行いながら、プレシアはその建物を視界に納める。
一見すれば、ソレは唯の民家

しかし直に見れば、それは明らかに唯の民家でない事を物語っている。



(……発信情報が不自然に途切れたと思ったら……成程成程、こういう事ね……)



プレシアは己のデバイスを起動させて、その情報を細部まで収集する。


(……魔力遮断領域+十三層からなる防衛用の多層式強装障壁……更に周囲には探査用のステルスサーチャーが三機……
……セキュリティは上々。民家と言うよりも、寧ろ要塞ね……こうして近距離まで接近しなければまず気付かれない……
……中々上手く魔力反応を隠しているじゃない。危うくサーチャーの探査領域に踏み込む所だったわ……)


それは、魔法文明の無い第97管理外世界には到底有り得ない物。
それは、民家というには余りにも過ぎた武装。


(……尾行対策に幾つかの次元世界を経由してきたみたいだけど……逆にソレで、こっちは確信が持てたわ……)


もしも自分がヤツ等の立場だったら、暫くの間は警戒してこの付近に寄り付こうとしないだろう。
相手がこの付近で待ち伏せしていた以上、万が一のリスクを潰すために……絶対に寄り付こうとしないだろう。

つまりヤツ等にとってこの場所に来る事は、そうしたリスク以上に重要視される事
つまりヤツ等にとって、此処はそんなリスクを負ってまで来なければいけない場所


それは、つまり





(……此処がアイツ等の活動拠点……即ち、『本拠地』……)





その事を、プレシアは結論付ける。
その意味を、プレシアは己の頭に刻み付ける。

プレシアは、己の策が成功した事を理解する。

プレシアの策、それは策と言ってもそれ程大それたモノではない
その策は、何処の誰でも考え付く、ありふれた策だ。


敵の一人に発信機を取り付けて、その後を尾行するという……ありふれた手段だ。


勿論、相手はその可能性も考慮していただろう。
自分達の事を待ち伏せする程の相手が、こんな事を怠る程の間抜けだと思わないだろう。


――発信機の類は……無いか――


事実(プレシアは知らないが)、相手はその可能性を視野に入れていた。
自分達の衣類に発信機は仕込まれていないか、その可能性を考慮して調べていた。


そして、彼女達は『無い』と結論付けた。
しかし、事実として発信機は『あった』。


――どう、気分最悪でしょ?――


そう、確かに発信機はあった。



――特に肩の傷口あたりなんかは、もう感覚が麻痺しちゃってるでしょ――



あの時、プレシアは仕込んだ。
シャマルの体内に、発信機を仕込んで置いたのだ。

そしてそれこそが、プレシアの策だった。

プレシアがシャマルに行った、尋問と言う名の拷問
あの尋問の目的は、相手に情報を吐かせる事以外の……もう一つの目的があった。


そう、肩の感覚を麻痺させて……『発信機』が埋め込まれている事を誤魔化す為だ。


だから、プレシアはシャマルを念入りに痛めつけた
例え麻痺が消えた後でも、相手が自分の体に異常を感じてもその事に疑いを持たれない様に

プレシアは、徹底的にシャマルの体中の神経を痛めつけておいたのだ。


しかし、勿論この策にも弱点はあった。
肩の傷を相手が治療しようとした場合、肩に仕込んだ発信機を発見されるという可能性だ。

仕込んだ発信機は、非常に小型の物だが……それでも、相手に発見される危険性はあった。



――肩の傷は、もう塞がりかけているな。下手に触らない方がいいな――



だから、塞いでおいた。


プレシアは肩の傷口に発信機を仕込み、その肩の傷口に治療魔法を施し……その傷口を塞いでおいたのだ。

そしてこの時、肩の傷口を見たシグナムにも油断はあった。


――っ!! 大丈夫! ただの掠り傷です!――


何故なら、シグナムは知っていた。
シャマルの肩の傷口が、自分の体に負ったモノと同じ『何も変哲の無い切り傷』だと知っていたからだ。

だから、油断した。
既に塞がっていた傷口を見て思った、「下手に触らない方がいい」と結論づけた。


そして仮面の男との戦闘を終えた後、プレシアは動いた
発信機からの情報を頼りに、ここまでやって来たのだ。



(……さーて、ここからが本番……と言いたい所だけど、ちょいと厳しいわね……)



現状を分析しながら、プレシアは考える
そして、自分もそれなりに魔力を消耗している。

ウルキオラを戦力として投下しても良いが
仕込みとして用意しておいた結界は、既にその維持率は危険領域にまで低下している。


(……ここまで維持率が下がっていると修繕には時間と手間が掛かるし、周囲にも魔力が漏れちゃっているかもね……)


今までの様に使用するのは、少々無理があるだろう。
そして、ソレ以上に大きな理由がある。



(……相手の戦力、分かっているだけでSランク級が三人、ウルキオラ級が一人……)



相手の戦力を、ざっと確認する。
あの二人の仮面の男と甲冑の女は、明らかにSランク級の実力を持っていた。


そして、あのウルキオラと渡り合う程の戦力をも保有していた。

はっきり言って、コレは想定の範囲外の事態だった。


その戦力は、到底無視できない規模だとプレシアは結論付ける。
更に言えばあの仮面の男の例もある、まだ相手は戦力を隠し持っている事も有り得る。


(……相手の状況によりけりだけど、手持ちの戦力だけじゃ……少し厳しいわね……
ウルキオラはやり過ごしたみたいだけど、相手がまだあの仮面級やウルキオラ級の戦力を保有していた場合……
……やっぱり、少し厳しいわね……)


考えたくは無いが、もしも相手が更にウルキオラ級の……若しくはそれ以上の戦力を保有していた場合
やはり、現状の手札だけではその対処は厳しいだろう。

少なくとも、管理局にその存在を隠したまま決着をつける事は難しいだろう。


「……ったく、厄介ね……」


吐き捨てる様に呟く。

プレシアの当初の予定としては
ここで間髪入れず、敵の本拠地に真正面から乗り込んで

相手の全ての戦力を

己の敵の全てを

壊し、嬲り、蹂躙し、己の考え得るあらゆる方法を持って報復する予定だった。



(……本当、儘ならないものね……)



しかし、プレシアはソレに踏み込めない
その考えを実行できない

その頭の中では、負の感情が茹っている。
激熱とも言える憤怒と怨嗟の感情が猛り狂っている。


しかし、それでもプレシアはその考えを実行に移せない。
相手方の魔力遮断の術式のせいで、未だその戦力の全容を掴めないでいる。

現状では、あまりにも不確定要素が大きい
現状では、あまりにその不安要素は大きい

無謀と勇気は違う
蛮勇と英雄は異なる


故に、プレシアは己に言い聞かせる。


「……ああ、ダメね。少し熱を冷まさないと……ここで感情的になっちゃ、いつかの二の舞よ……」


自分に言い聞かせる様に呟く。
眉間を軽く指で押さえて、その言葉を自分に投げ掛ける。



「……まあ、良いわ。目的の一つは達したわ……」



己の負の感情を押さえ込む。
感情を理性で押さえ込みながら、その考えを口にする。

今回の闘いで、自分は相手の本拠地の所在を知る事が出来た
これは大きなメリットだ。

相手の首元さえ掴めてしまえば、後はどうとでもなる。

当面の活動としては、先ずは相手の全戦力の把握
せめて人数と個々の戦力ぐらいは把握するべきだろう。


そう、何も焦る事はない
戦局の流れは、確実に自分が掴んでいる。

自分の牙は、確実に相手の咽喉元に届きつつある。



「……また来るわ。次回ではそのご尊顔を拝見できる事を期待するわ……」



そして、夜天の下に魔法陣が現れる
プレシアの足元に、その魔法陣は現れる。



「今日の所はコレで帰るわ、また次の機会に会いましょう。クソ忌々しい私の標的……『はやて』さん……」



その言葉を残して、魔女の姿は魔法陣と共に消える

そしてこの時、この瞬間をもって


夜天の戦いは、終わりを告げる。


この闘いで、誰が勝利したのかは分からない。


一つの見方をすれば、魔女と死神の圧勝だろう。

だが違う見方をすれば、主君への脅威を退いた騎士と仮面の勝利とも言えるだろう。

また異なる見方をすれば、最高の愉悦と快楽を得る事が出来た…無限の欲望を持つ、探求者こそが真の勝者とも言えるだろう。


故にこの闘いで、誰が真の勝者なのかは分からない。


だが一つだけ、ハッキリしている事がある。



まだ、終わっていない


まだ、終わらない


魔女の狩は、まだ終わらない――。















「……着いたか、思いの外面倒だな……」

とある建物の一室に取り付けられた台座の上に魔法陣が出現し、次いで一つの白い影が現れる。
カツカツと軽く足音を立てながら、ウルキオラはゆっくりと転送装置の上から降りた。


(……アレはアレでまだやる事があると言っていたが、ご苦労な事だ……)


そのドアを潜り抜けながら、ウルキオラは考える。
ウルキオラはプレシアから帰還指示を聞いて、予め決められていた帰還ルートを使ってここまで戻ってきたのだ。


(……だが、少し考え事が増えたな……)


ウルキオラは、先程までの戦闘を思い出す。
その脳裏に、嘗ての同士の顔を過ぎらせながらウルキオラは思考する。


(……自分の例がある以上、何故グリムジョーがあそこに居たのかは考えるだけ無駄だろう
考えるべきはもっと別の事、グリムジョー自身に自覚はない様だが……あの女とグリムジョーが何らかの繋がりがあるのは明らかだ……)


自分とプレシアの様な例もある。
過程こそは知らないが、現在グリムジョーはあの女達と行動を共にしていると考えた方がいいだろう。


(……分かっているだけで、敵は7人以上……)


グリムジョー、甲冑の女、赤い餓鬼、銀髪の獣男、金髪の女

仮面の男、そして「はやて」


(……それに比べてこっちは二人、やはり数で押されると後手に回るな……)


如何に実力差はあろうとも、数で圧されると少々厄介だ。
幾ら個々の戦力で勝ろうとも、一人で一度に対処できる人数には限りがある。

だから、邪魔される。
先の戦闘の様に後一歩の詰めが届かず、あちらから反撃を貰う。


(……雑魚の集まり、ただの烏合の衆なら兎も角……アイツ等レベルが団結されると、やはり手が足りんな……)


先程の闘いの、あの女とグリムジョーの乱入が良い例だろう。
嘗ての時の庭園での戦いでも学んだ事だが、連携というモノの相手は思いの他骨が折れる。


(……かと言って、こちらが『切り札』を出せば……別の意味で面倒な事態になる……)


思い出すのは、嘗て自分が敵対した組織「時空管理局」
以前の戦闘では自分は勝ったが、決してヤツ等は無能と言う訳ではない。

寧ろ一部の人間に対しては、ウルキオラは高い評価をつけている。


切り札とは、無闇に出さないからこそ効果がある
伝家の宝刀とは、抜かないからこそ意味がある

少なくとも、現時点では「切り札」を出す必要は見られない
単純な戦力で言えば、自分とプレシアだけで釣りが来る


(……ただの潰し合い、戦力の強弱だけで片付く問題なら、既にこの問題の決着はついている……
……問題は単純に戦力の強弱で解決できる問題ではない、二人だけでは対処の限りがあるという根本的な問題……)


やはり二人だけの戦力では、後一歩が詰め切れない。
現時点での問題は、「質」よりも「数」と言う事実。





(……やはり、新しい戦力が欲しい所だな……)





故に、ウルキオラはその結論に至る。
自分達が抱える問題は単純な「人手不足」、それなら新しい人材を手元に加えれば良い。


(……愚図で虚弱なゴミではなく、ある程度に有能且つ優秀、更に欲を言えば手を結ぶ事により
互いにメリットを供給し合える様な関係性が好ましいが……)


流石にそこまでの人材は易々と望めないだろうが、そこまでの人材でなければ手を結ぶ価値が無いのも事実。


「……ふぅ……」


溜めた息を吐き出す。
久方振りの解放状態での戦闘、それに加え超速再生、王虚の閃光、黒虚閃、更には己の切り札の一つも使った。

その霊力の消耗量も、決して軽くは無い。


「少し、疲れたな」


気が付けば、既に自室の扉が目の前にあった。


「……寝るか……」


先ずは休息を取るべきだと、ウルキオラは意見を纏める
そしてドアを開けて入室する、部屋に取り付けられたベッドまで歩み寄って



「………………」



目の前の光景を見て、ウルキオラは思わず立ち止まる。
ベッドの中で寝転がる、ソレを見つめる。



「……クソ、ガキ…がっ……!」



忌々しげに呟く。
その翠の瞳に映るのは、見慣れた長い金髪。

自分のベッドの上で陣取って、猫の様に丸くなりながら
安らかな寝息を立てて、そのあどけない寝顔を晒して眠りにつく


アリシアの顔を見つめながら、ウルキオラは思わず呻く様に呟く。


「……随分と、良い身分だな……」


その苛立ちを隠し切れない様に呟く。
普段なら特に気にする事でもないが、生憎とタイミングが悪かった。

何故なら自分もこの少女と同じ様に、このベッドで惰眠を貪ろうと思っていたからだ。


「ゴミはゴミらしく、床にでも転がっていろ」


そして、その腕を伸ばす
その小さな顔をいつもの様に鷲掴みにしようと、そのベッドから引き摺り下ろそうとして








「…………おか…ぇり……なさ、ぃ…………」








その手は、ゆっくりと動きを止めた。


「……………」


一瞬、目を覚ましたかと思ったが、どうやら唯の寝言の様だ。

未だアリシアは、夢の中にいる
未だ安らかな寝息を立てて、眠りについている。



「……いい気な、ものだ……」



どこか諦めた様に呟く
気が付けば、ウルキオラはどうでも良くなっていた。


(……このガキを見ていると、偶にアレコレ考えている自分が馬鹿らしく思えてくるな……)


その余りにも無防備な姿を見て

その余りにもあどけないアリシアの寝顔を見て


ウルキオラの頭の中に宿っていた苛立ちは、いつの間にか消えていた。



(……起こしたら起こしたで、面倒な事になるに決まっているな……)



今までの経験から、その考えに辿り着く
凡そ確実に、自分はこのクソ餓鬼に鬱陶しく付き纏われるだろう。


(……だったら、大人しく寝かせておくか……)


頭の中で、その意見は纏まる。
空き部屋なら幾つかある、何もこの部屋に拘る理由はない。

そしてウルキオラはその部屋を後にする。


こうして、夜天の闘いは幕を閉じた

死神はこうして、自分の帰りを待つ少女の下に帰って来た


少女は安らかな眠りについて

死神もまた、休息を取るために部屋を後にした



己の懐に宿る、剣十字と共に――。


















続く










後書き
 ウルキオラがどエラいフラグを立てた……!!!(汗)

どうも作者です。今回は読者の皆さんにとっては色々と不完全燃焼な部分もあるかと思いますが、これで今回の闘いは決着です

理由としては、本編でも言っていた様に相手がプレシアさんの予想以上の戦力を有していた事と、結界の維持等でアレ以上の戦闘が厳しかった事

更に言えば、相手がまだグリムジョー級の戦力を保持している事を考えての事と、相手の本拠地の所在を知る事ができて目的の大部分は達する事が出来たからです


そして更に言えば、ここでプレシアさんがはやて達を<自主規制>してしまうと
作者的にここから先の展開が描けなくなってしまうという、根本的な問題があったためです(汗)


作者的にはまだまだA’s編を使って描きたいシーンや展開もあるんです
故に読者の皆さんには、何とそご理解をお願いします(汗)


そして片やウルキオラ、何か知らないけどこの人がモノ凄いフラグを立てました

このフラグがどう転ぶかは、次回以降を使って描いていきたいと思います
今回でとりあえず戦闘パートは終わりです、それでは次回に続きます。








[17010] 第四拾弐番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:a15c7ca6
Date: 2011/03/09 22:14





「う~ん、もうこんな時間か……」

とある一室で小さく欠伸の音が響く
長い金髪を揺らして、僅かに重くなった瞼を擦りながらその少女は呟いた。


「……目立った収穫はなし、か……」


自室に取り付けられたモニターを眺めながら、フェイトは疲れた様に呟いた。
フェイトの視線の先、そのモニターでは延々とある戦闘光景が流れている。

白い肌、白い服
黒い髪、翠の瞳
白銀の刃、翠の砲撃


それは嘗て自分達が戦った強敵
先の事件で時空管理局が記録しておいた、ウルキオラの戦闘映像データだ。

フェイトはリンディに頼んで、この映像データを借りてきた
借りてきた理由としては至極単純、少しでも己の可能性を広げたかったからだ。


あの時の庭園での戦いから、既に四ヶ月の時が過ぎた。


その四ヶ月の間に訓練と鍛錬を行い、実力・技術を高めてきたのはクロノやユーノだけじゃない。


フェイトもまた、空いた時間・利用できる時間をトレーニングに費やしてきた。


フェイトの日課である仮想空間でのイメージトレーニング、身体能力の底上げ、魔導技術の向上
そしてクロノやアルフと共に行う模擬戦など、思う限りの鍛錬を繰り返してきた。

初めは順調に右肩上がりで戦力強化を成していたフェイトだったが
徐々に伸び悩んでいき、フェイトは徐々に己の中の壁というモノを感じる様になってきた。

停滞期と言えば分かりやすいだろう
やる気と熱意はあるが、それに結果は伴わず


徐々に焦りと苛立ち、そして鬱憤がフェイトの頭の中を支配していった。


負の連鎖と悪循環の泥沼を感じながら
ここでフェイトは、一つ基本に立ち返ってみる事にしたのである。


急いては事を仕損じる
敵を知り己を知れば百戦危うかず


故にフェイトは、先ずは初心に帰ってみようと思ったのだ。


基礎訓練もそうだが、対策を練るにはまず情報
だからフェイトはリンディに頼んで、ウルキオラとの戦闘記録を収めた映像データを借りたのだ。



「……でも、改めて見ると……やっぱり凄いな……」



その戦闘映像を見ながら、フェイトはしみじみと呟く。


「砲撃一つとってもSランクオーバー、スピードは私のブリッツ・アクション以上
近接戦闘は勿論、中距離・遠距離にも隙らしい隙は殆どなし……改めて見ると、本当に凄い」


画面を翔ける白銀の閃光
炸裂する様に行き交う翠の閃光

目まぐるしくモニターに映し出される光景を見て、フェイトは改めて思う。


強い


自然に、単純に、簡潔に、フェイトは思う。


「……でも、必ず付け入る隙はある筈……」


画面の中の白い死神を見つめながら、フェイトは呟く。

強者が強者であるには、それ相応の理由がある
例えば自分の母親であるプレシア・テスタロッサ

以前の時の庭園での戦闘、自分はなのは達と協力して五人で自分の母に挑んだ。


しかし、結果は惨敗。


死角からの広域魔法の連続発射と無詠唱からの超速発動に、自分達は為す術なくまるで歯が立たなかった。

母は強かった、とても強かった
しかし、自分達があそこまで一方的にやれたのには……やはり種と仕掛けがあった。


あの『時の庭園』は、それ自体が母の切り札だった
庭園のメインシステムを駆動炉と動力炉に直結させ用いる事によって、演算の省略化と発動時間の短縮化を図り
更に時の庭園内に母が己の術式を刻み込む事によって、多角複数から魔法の連続発動を可能としていたのだ。

この二つの武器の力を母は余す事無く引き出す事によって、あの圧倒的戦闘力を身に付けていたのだ。


「だから……きっと、付け入る隙はある筈、ウルキオラの強さの秘密、強さを支える『何か』はきっとある……」


ウルキオラの強さと、自分達の強さは根本的に異なる
種族が違うから、と一言で纏めてしまえば簡単だが

それなら尚更、ソレを知る必要がある。

獅子も水の中では無力な様に
鮫も陸に上がれば跳ねる事しか出来ない様に

ウルキオラの強さに対抗し得る「何か」が、きっとある筈

対策を練るには、ソレを知らねばならない
ウルキオラの強さの理由、ウルキオラの強さの秘密

もしもソレさえ知る事が出来れば


「ウルキオラに近づける……少なくとも、今よりもマシな戦闘は出来る」


だからフェイトは、その映像を見続けていた。

何度も何度も、フェイトは繰り返しその映像を見た
飽きる事無く、フェイトは延々とその映像を見続けていた。


胸の中にある、一握りの『疑惑』と共に。










第四拾弐番「日常回帰?」










「依頼よ」
「いきなりだね」

とあるオフィスビルの一室にて、プレシアはテーブル越しにその男と対面していた
黒い短髪、細身で平均的な体格、やや困惑しながらも愉快気にクスクスと口元を歪めるその男
「イザヤ」という名前の、プレシアが贔屓している情報屋である。

プレシアは先ほどの戦いにて「はやて」の本拠地の所在を確認したその足で、自分の馴染みである情報屋の元に来ていたのだ。


「いやね、仕事が増えるのは大いに喜ぶべき事なんだけどさー。懐事情は平気なの?
結構な資金を使っちゃっていると思うんだけど?」

「ご心配なく、金勘定の善し悪しを失念する程ボケてないわ」

「そりゃ結構」


情報屋の男は砕けた様な笑みと共に、観念したかの様に両手を軽く上げて呟く。
そんな男の反応を見て、プレシアはポケットからカード型デバイスを取り出してテーブルの上に置く。


「今回の依頼は身辺調査。調査対象の住所と対象の一部の顔写真はここに纏めておいたわ」

「……思ったけど、コレって情報屋と言うよりも興信所の仕事じゃない?」

「相手が組織だって魔導師を襲撃しているとしても?」


その言葉を聞いて、情報屋の男の顔つきは僅かに変わる。
そして更にプレシアは言葉を続ける。


「分かっているだけで、対象は四人のSランクオーバーの戦力を所持しているわ。
下手な人間に依頼をすれば、そこから気取られる可能性がある。
対象に気付かれてそこから情報が漏れれば、難易度は格段に跳ね上がるでしょうね」

「……確かに、Sランク四人は少し厄介だね」

「でも、そこに関しては私はアンタを信用しているわ。
少なくともあちらに存在を気取られる事無く、コチラが望む最低限の情報は持ち帰って来てくれると思っているわ」

「これはこれは、光栄の至りだね」


顎の下で両手を組んで、男はクスクスと笑う。


「OK、ここまでお客様から賛辞の言葉を貰って、これ以上つまらない事を尋ねるのは無粋ってものだ」

「……商談成立ね」


男の言葉を聞いて、プレシアも口元を歪めて嗤う。
そして二人は細かな依頼設定、調査期間、最低ノルマ、諸経費等の事を決めていき


「そう言えば、前に頼んだアレは何か進展があったかしら?」


プレシアが尋ねる
黒髪の男は、仕事用のデスクでカタカタとパソコンに何かを打ち込みながら


「ああ、ロストロギア『夜天の書』ね。
それが今一つなんだよねー、幾つかアンダーグラウンドまで潜り込んでみたんだけど収穫なし
今は古代ベルカに詳しい知人に助力を頼んでいるけど、もう少し時間が欲しいかな?」

「そう、ならなるべく急いで貰えないかしら?」

「やっぱり、前に渡した情報だけじゃソッチも進展が無かったみたいだね」


男はプレシアから受け取ったデバイスをコネクタに接続しながら、更に言葉を続ける。


「前に渡した?……ああ、前金と引き換えに貰ったアレの事」


プレシアは思い出した様に呟いて、次いで軽く息を吐く。


「流石に無理よ。『管理局のとあるお偉い様が、夜天の書に関する情報を集めていた』
コレだけの情報で夜天の書に辿り着けるのなら、そもそも貴方に依頼なんてしてないわ」

「ハハハ、そりゃそうだ」

「……せめて、そのお偉い様の名前だけでも分かっていれば話は別だったんだけど……
確かソレ、十年くらい前の情報でしょ?」

「そうだね。だけどそのお偉いさん……結構な資金と手間、そして時間を使って探していたみたいだよ
さぞかし夜天の書にお熱だったんだろうねー」

「……ま、その点については私も同類だけどね……」


最近は少々『ヤボ用』に熱を上げていたが、プレシアは自分の最優先事項を決して忘れたりはいない。

自分の愛娘の蘇生
そしてその為の手段と道具の模索と確保

故にプレシアは、とある二つのロストロギアに興味を持った。

一つは既に入手した「あらゆる願望を叶える」ロストロギア・ジュエルシード
もう一つが件の「あらゆる魔導技術を蒐集する事ができる」ロストロギア・夜天の書

夜天の書は、古代ベルカ時代に生まれたと言われるロストロギア
過去の文献では、その中に蒐集され蓄積された魔導技術の数は幾百幾千にも及ぶと言われる。

その中には完全に歴史から姿を消した遺失技術
今では多くの災厄を招くとされ禁忌とされた技術
プレシアが今まで知る事も出来なかった稀少技術

そんな技術が少なからずある筈、少なくとも自分の中の知識と見聞は更に広がる。


ソレと同時に、少なからず自分と同じ様な目的を持つ者

管理局の様に遺失物調査と保管を目的としている者

純粋な興味からソレを求める者

そして邪な意思と目的を持つ者


そんな人間が、自分と同じ様な行動を起こしていても不思議ではない。


「……そのお偉い様が秘密裏に『夜天の書』の所在を突き止めていて、既に手元に確保しているのだとしたら?」

「だったら話が簡単で済むよねー。その人の首根っこ捕まえれば、依頼完了なんだから」


カラカラと笑いながら、男はプレシアに告げて


「……って事は、素性は探れなかったの?」

「流石に十年前の情報だけじゃねえー。そのお偉いさんは個人で動いていたみたいだし
管理局を使わなかった事から考えて、『個人的な事情』で夜天の書を探していた可能性が高いし」

「そしてそんな輩が、自分の足跡を残す訳もない……か」

「そういう事、十年前じゃ僕も学生服を着て甘酸っぱい青春と刺激的なスクールライフを満喫してた頃だしねー
せめて僕が情報屋を始めた後の情報だったら、もうちょっとやり様があったんだけどね」


残念無念と呟いて、男は深く背もたれて
思い出したかの様に呟いた。


「ああ、そう言えば……確か十年前と言えば、アレ?十一年前だったかな?まあどっちでもいいや
この時期って、ちょうどあの『事件』があった頃じゃないかな?」

「……あの事件?」


その言葉を聞いて、プレシアは不思議そうな表情をしながら返して



「そう、あの悪名高き『闇の書事件』があった頃だよ」



その男は、クスクスと嗤いながらそう答えた。




















「……っ、ぅ……」

掠れる様な呻く声が途切れ途切れに響く
薄暗い部屋の一室、アンティークなランプが光源となって部屋の中を照らしていた。

そしてその光源は、その影を照らす。

その影は、部屋の片隅に備え付けられたベッド
そのベッドの上には一人の男が横たわっている、件の呻き声の発生源もこの男の様だ。


「……く、ぅ……っ……」


その筋肉質な肉体を覆う様に至る所に包帯が巻かれていて、その男がどれだけの重傷者なのか如実に理解できる。

その呻き声がどれだけの間響いただろうか?
その呻き声の声質が、僅かに変わった。


「……つ、ぐ…!……か、は……」


その声と共に男は上半身を僅かに揺らして、ゆっくりとその青い瞳を開いた。


「……どこ、だ……?」


青い瞳を動かしながら男は、グリムジョーは呟く。
目に映るのは見覚えの無いシミだらけの天井、古びれた壁紙、橙色の光を放つランプ

どれもグリムジョーの記憶にない物ばかりだ。



「気が付いたか?」



不意にそんな声が響く。
男のやや頭上からその声が響いて、グリムジョーが視線を動かすと一人の女が目に入った。


「どうやら、シャマルの治療は思いの他効いたようだな……気分はどうだ?」
「テメエは、確か……っ!! ぐ!!!」


その女を視界に納めた瞬間
グリムジョーは僅かに顔を歪ませて上半身を起こそうとするが、全身を切り裂く様に襲う激痛にその顔を歪ませる。

男はその女の顔に見覚えがあった
桜色の長い髪、切れ長目が特徴の凛とした整った顔つき

その女の名前はシグナム
ウルキオラとグリムジョーの戦闘の際に乱入し、窮地に立っていたグリムジョーと共にあの場から離脱した張本人でもある。


「……つ、ぅ!……ぐ…っ!……」

「おい、無茶をするな。手当てが終わったばかりなんだぞ」

「……そうじゃ、ねえ……っ!!!」


呻く様に呟いて、ギラリとグリムジョーはシグナムを睨み上げる
次いでその腕を突き出して、シグナムの胸倉を掴み上げて


「……そうだ、思い出したぜその面……あの時、下らねえ横槍いれてくれた野郎だったな」

「……この身は女である前に、騎士のつもりだが……流石に野郎呼ばわりはやめてくれないか?」

「とぼけんな」


軽く息を吐きながら呟く様に言うシグナムの言葉を、グリムジョーはあっさりと斬り捨てる。
そして更に胸倉を掴む手に力を込めて、更なる眼光で睨みつけて


「……潰し合いの最中に、下らねえ真似しやがって。
俺はな、闘いの最中に横槍を入れられるのが何よりムカつくんだよ」

「だがそうしなければ、貴公は殺されていた」

「……っ!」


そのシグナムの返しを聞いて、グリムジョーの顔が強張る
そしてシグナムはゆっくりと、グリムジョーの手を襟元から離して


「横槍を入れた事は謝罪しよう。だがそうしなければ、貴公はあの男に殺されていた
少なくとも、この程度のダメージでは済まなかった筈だ」

「言ってくれるじゃねえか。勝った方が生き残る、負けた方が垂れ死ぬ、それが潰し合いってもんだろうが」

「……では、貴公は死にたかったのか?」


青い瞳を真っ向から見据えて、シグナムも負けじと眼光に力を込めて対面する。


「俺が自殺志願者にでも見えるか?」

「いや、全然。そして貴公は勝負を途中で捨てる様な男でもない。
分類すれば貴公は他者に望まぬ助太刀をされる位なら、最後まで闘って前のめりで朽ち果てる事を選ぶタイプだ」

「良く分かってるじゃねえか。んじゃ、改めて聞くぜ?何であんなふざけた真似しやがった?」


二つの視線が交差する、青い瞳は憤怒の光を宿して目の前の相手を見る。
返答次第では、容赦しない。

その瞳は、暗にその事を告げていた。



「貴公に、死んで欲しくなかったからだ」



故に、シグナムは一切の事を偽らずに告げた。


「……あん?」

「貴公に自覚はないかもしれんが、私は貴公に命を救われた」


今までの強張った雰囲気から一転して、その雰囲気はどこか角の取れた柔らかいモノとなる
今までの真剣さとは少しベクトルを変えた瞳で、シグナムはグリムジョーを見て


「私はあの時、確実に殺されていた」


思い出すのはあの翠光の砲撃
圧倒的破壊力を秘め、自分に向けて確かな敵意と殺意を持って放たれた一撃


「……貴公が居なければ、私はあの男に確実に殺されていた……」


握った拳に僅かに力を入れて、シグナムは思い出す。

あの時自分は、確かに安堵していた。

死ぬ事は覚悟していた
この身が騎士である以上、闘いの中で傷つき、倒れ、果てる事は覚悟していた。

でも自分は、安堵していたのだ
自分が助かった事に、己の命がまだある事に

あの優しい主に、まだ仕えられる事に
まだあの優しい主の騎士として、存在していられる事に

その事実を噛み締めて、シグナムは心の底から安堵していたのだ。



「だから、貴公には死んで欲しくなかった」



故にシグナムは見過ごせなかった、見殺しに出来なかった。
その男を、グリムジョーを、見殺す事は出来なかった。


(……そういや、ウルキオラも妙な事を言ってやがったな……)


そしてシグナムの言葉を聞いて、グリムジョーもその記憶を掘り起こす。
ウルキオラと対面した直後の、そのやり取りを思い出す。


――何故あの女を庇った?――


あの時は深くは考えなかったが、ウルキオラの言う「あの女」が目の前の女の事を指しているのなら、一応の筋は通る。

もしも目の前の女が自分と敵対関係にあるのなら、幾らでも寝首は掻けた筈
もしも目の前の女が自分を利用しようとしているのなら、もっと上手い方法がある筈

甘い拘束に、甘い戯言
少なくとも目の前の相手からは敵意も悪意も、殺意も感じ取れない。

成程、改めて考えてみれば……話の筋としては通っているかもしれない。


しかし


「随分ご大層な理由だな? ソレを信用しろってか?」


だがそれだけだ

自分は相手の素性も知らないし、興味は無い。
だからそんな相手の言う事を、すんなりと信じる道理も付き合う道理も無い。

それがグリムジョーの考えであり
そしてその事を踏まえて、シグナムは改めてグリムジョーと向き合った。


「貴公が私の言う事を信じるか信じないかは自由だ。私は貴公に死んで欲しくなかった、死なせずに済んだ
その事実があれば十分だ」

「……は、まるで聖人君子サマだな」

「私はそんな大層なモノではない。
私は貴公に恩があった、借りがあった、だからそれを返したかった……ただそれだけの話だ」


言うべき事は全て言い終わったのか
シグナムは溜め込んだ息を吐き出して、僅かにリラックスする様に姿勢を直した。


「…………」


再び場が静寂に包まれる。
シグナムとグリムジョーは互いに向き合ったまま視線を逸らさず、そのまま時間だけがゆっくりと過ぎていって


「……ち……」


短く舌打ちして、ゆっくりとグリムジョーはベッドから起き上がる。


「……っ!!ぐ、ぎ……つっ!!!」


全身を蹂躙する様な激痛が走り、グリムジョーの表情が再び苦痛に歪む。
そしてそのグリムジョーの行動を見たシグナムは、声を荒げて叫んだ。


「なっ! 人の話を聞いていなかったのか!?大人しく寝ていろ!傷口が開くぞ!!!」

「……ぅ、る、せえ……」


呻く様に呟いて、グリムジョーはシグナムの手を振り払う。
そのまま顔を苦痛で歪めたままベッドから両足を下ろして、体を引き摺る様に部屋のドアへと歩み寄って


「おい、待て……一体どこへ」
「ついて、くんじゃ…ねえ」


斬り捨てる様に呟いて、グリムジョーはそのままドアを開け放って夕闇の世界へと足を進める。

ドアを潜ると、廃村とも廃墟とも言える光景が眼に入り、そのままズリズリと地面と足を擦る様に歩みを進めた。


「……ぐ、く……つ……」


傷ついた体を引き摺りながら歩いて廃村を抜けて、そこに隣接する森林へと足を進める。
考える事は、沢山あった。

ウルキオラの事

先ほどの戦いの事

己の敗北の事

あの女に借りを作った事

そして、これからの事


「……クソが……」


吐き捨てる様に呟く。

頭の中に怒りはあった、胸の中には悔しさがあった、腹の中には口惜しさがあった。
そんな感情を抱え込んだまま、呑気に眠る事など不可能だった。

この一日だけで多くの事を体験し、考える事が多くできた。
その余りに多くの事柄を、グリムジョーは整理しきれなかった。

だから、グリムジョーは一人になりたかった。

だからあそこから離れた、あの女から離れた。

頭の中で混沌の様に渦巻く事柄について考えるために
胸の中で野獣の様に暴れている感情を鎮めるために


今はただ、一人になりたかった。



















……

…………

……………………


――そこは、どこかの建物の上だった――


果ての無い砂漠の佇む白い王宮
その白い頂と夜天の空が交差する天蓋にて、自分は立っていた

自分は、消えかけていた
双翼の先から白い体躯が灰燼の様に散っていき、風化する様にその体は崩れて行った


その崩壊を、自分は止められなかった
迫り来る己の消滅に、抗う事は出来なかった


――止めを刺せ、さもなくば永遠に決着がつけられなくなるぞ――


目の前の相手に告げる
消滅はもはや避けられぬ運命、それならば目の前の敵に引導を渡された方が幾分かマシだった

しかし、男はソレを拒絶する


――こんな勝ち方があるかよ!!!――


目の前の男は、悔やむ様にして呟く

理解不能だった
その男は自分を打ち負かしたとはいえ、それは予想外のイレギュラーがあったからだ

その勝利を喜びこそしても、それを嘆く様に言う男を自分は理解出来なかった


――最後まで、思い通りにならんヤツだ――


どこか諦めの響きを纏わせて呟く
それと同時に、胸の中に燈る様な「何か」を感じた


――ようやくお前等に少し、興味が出てきたのだがな――


どこか懐かしいその感覚
頭と胸を活気付ける様に刺激するその感覚

最後の最後になって、自分はようやくソレに手を伸ばせた


――俺が恐いか?女――


視線を僅かに変えて、もう一つの存在に目をやる


――こわく、ないよ――


女は呟く
自分の視線を真正面から受け止めて、はっきりとした意思を込めてそう返す


――そうか――


だから、手を伸ばした
その切っ掛けとなった存在に手を伸ばしていた

自分でも、どうしてこんな事をしたのかは分からない

ただ、漠然と思ったのだ

ここでその手を掴み取れれば、何かが分かるのではないか?と




だが、ここで時間が尽きた



その手は届かなかった
伸ばした手は、掴み取ろうとした手に触れる直前に、完全に塵と化していた


――無様だな、最期の最後で何かを欲するなんてな――


その手は掴めなかった、何も掴めなかった

宿敵との決着をつけられず

最後に興味を抱き、掴めたと思った「心」には辿り着けず

それでも「心」を求めようと伸ばした手は、何も掴めなかった


自分には、何も無い
自分には、何も残されていない


――虚無――


ああ成程、ある意味自分にはお似合いの最期かもしれない
何一つ得られず、何一つ掴めず、何一つ持てず、何一つ残せず

あれだけ「下らない」と否定した心を最後に求めて

あれだけ「ゴミ」と侮蔑していた人間に敗北して

そして最期は文字通り、跡形も無く消え去る


――ああ、成程……滑稽な事だ――


自嘲気味に呟く
もはやそれは、避けれらない運命だった

だから、自分はもう諦めた

ただ未練だけを残し、塵となって朽ち果てた
自分はこうして、虚無に還る筈だった







―――大丈夫、安心していいよ――

――ウルキオラは、ここにいるよ―――







誰かが、手を掴んだ

誰かが、塵となった自分の手を掴んだ


消滅した筈の、ある筈の無い自分の掌を、誰かが掴んだ

黒崎一護も井上織姫も掴めなかったその掌を、誰かが掴んだ



――誰だ?――



消えた筈の視線を動かす、無い筈の眼球がソレを捉える


その瞳に映り込んだのは小さな手


そして


見覚えのある、長い金髪だった






……………………

…………

……





気が付けば、視界には見慣れた天井が映っていた。
部屋のカーテンの隙間からは小さく木漏れ日が注がれて、耳には部屋に取り付けられた時計の針が動く音が小さく響いていた。


「……寝ていた、のか……」


翠の双眼をゆっくりと開いて、ウルキオラは呟く。

頭の中がどこか気だるく、微睡を残しているその感覚

疲労からくる睡眠の名残
思い返せば、睡眠を欲する程の戦闘は本当に久しぶりだった。



「……忌々しい……」



クシャリと、僅かに力を込めて頭を掻く。


(……夢なんてモノは、もう見ないかと思っていたが……)


思い返すのはつい先程見た自分の中の記憶
夢現の中で最後に出てきた、あの記憶の中では出てくる筈がない存在。


(……あのガキに、大分毒されているみたいだな……)


軽く息を吐いて、ウルキオラはゆっくりと上半身を起こす。
ベッドから降りて、プレシアと昨晩の戦闘について考察しようと視線を動かして










「…………は?…………」









呆気に取られた様に呟く。

理解不能の事態を目の前にして
視界に入った「ソレ」を見て、ウルキオラは思わず呟く。

自分と同じベッドの上に存在する、自分の隣にある「ソレ」を見てウルキオラは小さく呟く。

次の瞬間、部屋のドアが開く。


「ウルキオラー! おっはよー!!!」


そんな快活な声を響かせて
満面の笑みを浮べながら、アリシアはその部屋に飛び込むようにして侵入し



「…………へ?…………」



その動きが止まる。
その表情が硬直する。

視界に入り込んだ『ソレ』を見つめて、アリシアは呆気に取られた様に呟く。



二人の視線の先


そこにはベッドの上で安らかな寝息を立てている、長い銀髪の女が映っていた。
















続く












後書き
 今回は少し更新が遅くなりました。ちょいと作者の事情が立て込んでいて、少しの間更新速度が落ちるかもです
それでも一定のペースで更新はしていくつもりなので、どうか平にご容赦ください。

さて、話は本編
まあ色々と書くべき事はありますが、今回の内容を一言で纏めると


ウルキオラがやらかした……コレにつきるかと思います(汗)


ウルキオラとアリシアとの絡みを期待していた方も多かった様ですが、それはまだ少しお預けです
次回からは、テスタロッサ家でのイベントがメインになるかもです


ちなみに今回は久しぶりにフェイトの登場でした。フェイトはどうやらアリシアとは違う意味でウルキオラに御執心な様です
次回は管理局サイドも本編に出てくる予定です


それでは、次回に続きます!




[17010] 第四拾参番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:a15c7ca6
Date: 2011/04/20 01:03




「…………」

「…………」

沈黙が、空間を支配していた。
静寂が、時間を掌握していた。

白い男は呆けた様にベッドに寝転がる銀髪の女を見つめて
少女はそのまま時が凍りついたかの様に表情が固まって


「……う、う~ん……」」


小さく静かにその声が響いて、長い銀髪がベッドの上で揺れる
ベッドで寝転がるその女は軽く寝返りをうって、


「……あ、ぅ……」


その瞬間
二つの大きな何かが揺れて、アリシアは呻く様に呟く

仰向けになった女の、黒いスポーツブラジャーの様なボディスーツに包まれた
その細身な体に似合わないサイズの、二つの母性の塊がアリシアの瞳に映りこんで


「……あ、ぅ……う、う……ウゥゥ……」


凍りついた口元が若干引き攣ったかの様に動いて、その声が零れる
長い金髪が小さく揺れて、頬がピクピクと痙攣する様に震えて


「……う、ううぅ……ウ……っ!!!」


何かを堪える様にその小さな体躯が震えて、ワナワナと空気が歪曲して


「浮気者おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」


一気に、ソレは弾けた。


「私というものがありながら! コレはなに! どういう事! なにがどうして一体全体どういう行程をもってこんな状況になってるの!!!」

「喧しいぞ、少し黙れ」

「そんなに大きいのが好きか! そんなに大きい胸が好きかぁ! そんなにバン・キュ・バンが好きかああああああぁぁぁぁぁ!!!!
ウルキオラのバカ!アホォ!!浮気モノ!エロスの権化!巨乳大好きエロキオラああああああああぁぁぁぁぁ!!!」

「意味が解からん」


ベッドを飛び越えて迫るアリシアの顔面をウルキオラは鷲掴みにするが、それでもアリシアの言葉は止まらない。

そして


「ちょっと、何を騒いでるの? 朝っぱらから五月蝿いわよ」


小さく欠伸をしながら、薄地の黒シャツタイプの寝間着を来たプレシアが顔を出した。


「……こっちは昨日寝るのが遅かったんだから、もう少し静かに――」


だが、不意にその言葉を途切れる
その両目に映りこんだその光景を見て、プレシアの表情は固まって


「……ォォゥ……」


僅かに頬を窄めて、唸るように呟く
そして次の瞬間に、プレシアは「全てを悟った女の表情」を形作って


「……あー、ゥン、ゴメン、コレは私の落ち度だわ……そうよね、考えてみればアンタも若い男だもんね
そりゃ色々なものが溜まったり、ムラムラっとする時もあるわよね……」

「何を勝手に解釈している」


何やら一人で結論づけてウンウンと納得しているプレシアを見て、ウルキオラが答える。
だがしかし、尚もプレシアはウンウンと頷いて


「……そうね、コレは『そういう事情』にまで頭が回ってなかった私の落ち度よね
いや、ホント……ごめん、素直に謝るわ……
でもほら、その、ね?ウチにはアリシアも居る事だし、今度からは『そういう事』は外で済ませてくれないかしら?」

「勝手に話を進めるな」

「いやーでも、ちょっと安心したわ。いつもアリシアと一緒にいるから『最悪の万が一』の事も考えてたけど
どうやら女性の好みに関しては、アンタも一般的なソレだったみたいわね」

「……力ずくで黙らせてやろうか?」


空いた片手を腰の斬魄刀に置いてウルキオラが呟き
その言葉を聞いたプレシアは「あら残念」と悪戯っぽく口元を僅かに歪めて微笑んで


「で、その娘は誰? 一体何処から拾ってきたの?」

「? お前の客ではないのか?」


プレシアの言葉を聞いて、ウルキオラは即座に返す。

自分達が今居るこの家は活動拠点であり、本拠地である
故にそのセキュリティや警備システムも相応に質の高いモノである。

もしも賊や侵入者の類がこの家に攻め込んで来ても、数分と持たずに軒並み撃退できるだろう
少なくとも、そんな存在が現れた時点で警戒を知らせる警笛が鳴り響く。

そしてこの女の、あまりにも無防備にして無警戒なこの現状
侵入者や賊の類として見るには、あまりにもその判断材料が乏しかった。

その事からウルキオラはプレシア、若しくはアリシアが招いた客人の類だと思っていた。


しかし


「……はあ? アンタの客じゃないの?」
「知る訳ないだろう?こんな女」


その瞬間、二人の空気が変わる
その瞬間、二人はその可能性に気付く。

今までの緩やかな空気が一転して強張った、剣呑的な空気になる。


「……ん? どうしたの?」

「何でもないわ。それとアリシア、こっちに来なさい」


二人の空気の変化に気付いたのか、アリシアは首を傾げながら二人に尋ねて

プレシアはアリシアの問いに応えながら、そっとアリシアを自分の体に後ろに
万が一の事態が起きた時にも、迅速な対応ができる安全圏へと移動させる。


『――どうする? 拘束するか?それとも排除か?――』

『そうね……やっぱり、無難に動きを封じて『お話』するのが妥当ね』


次いで二人は念話を行い、行動の算段を行う
どういう事情なのかは知らないが、どうにも楽観視できる状況ではない様だ。

とりあえず、最低限の安全策は取っておくべきだろう。

そう言って、プレシアは未だ寝息を立てている銀髪の女に掌をかざす
次の瞬間、掌が紫光の魔法陣を形成され、そこから紫光の鎖が射出し女の体を束縛して



次の瞬間、その鎖の全てが消滅した。



「なっ!!!?」
「――!!?」


プレシアが驚愕の声を上げて、ウルキオラが僅かに息を呑む。
デバイスを用いなかったとはいえ、それでもプレシアのバインドは並の魔導師のバインドの性能を遥かに凌駕する。

そしてそのバインドの全てが、目の前の完全無防備な相手に全て防がれたからだ。



「……う、ん……ん、ん……?」



ピクリと、女の体が動く。

その寝息のリズムが変わって、徐々に言気がハッキリとしていく
リラックス状態だった四肢に徐々に力が巡っていき、だんだんと活力を帯びていく。

その銀髪の髪が揺れて、その両の瞼が開く。
そしてその女はゆっくりと身を起こし、僅かに周囲に視線を走らせて


「……どうも……」


短くそう言って、銀髪の女は軽く頭を下げる。
そして徐々にその女の容姿が視界に入る。



(……キレイな娘ね……)



自然に、簡潔に
その女の姿を見たプレシアは、思わずそんな感想を漏らす。

長い艶やかな銀髪、整った造形の顔、少し鋭い切れ長な目、赤い瞳
細身な体、スラっと伸びる手足、自己主張の激しい母性の固まり、同姓でも憧れる様な整ったプロポーション

顔には化粧の類の存在は感じられず、服は露出の多い黒いフィットネススーツ……
というか、もはやこれは黒い下着姿と言っても良いだろう。


改めて見ると、この女性は一般で言う『美女』の部類の人間だろう。

ファッション雑誌のモデルと言っても通じる程に、その容姿は美しいものだった。

その女の態度を見て、プレシアが言葉を返す。


「……おはよう、起き掛けで早々悪いけど……少し質問を良いかしら?」

「??? はい、何でしょうか?」


女は首を小さく傾げて答えて、
特に慌てる素振りも、動揺する素振りも見せず、平常を保っている。


「貴方は一体どこの誰かしら? 一体どうして、いいえ、どうやってこの家に入り込んだのかしら?」


プレシアが詰め寄る。
銀髪の女からは何かアクションを起こす素振りや兆しはないが、やはり警戒は解けないだろう。

物腰こそは柔らかいが、その語気には確かな威圧感と圧迫感がある
その語気に圧されてか、銀髪の女は特に抗う様子を見せる事もなく


「……そうですね。その問いに簡潔に答えるとするならば」


その銀髪の女は、その赤い瞳の照準をウルキオラに定めて



「――私は昨晩、そこの方に『お持ち帰り』された者です――」



特大の爆弾を落とした。










第四拾参番「集まる欠片」











「何か言い訳はあるエロキオラ?」
「何か弁明はあるかしらエロキオラ?」

「誰がエロキオラだ」

二つの怪訝な視線を受けながら、ウルキオラが返す。


「もう証拠は挙がってるんだよ、私はこれ以上ウルキオラを追い詰めたくないんだよ、自首して自供して自白して欲しいんだよ」

「お母さんは貴方をこんな往生際が悪い子に育てた覚えはないわよ。もう全部ゲロっちゃいなさい、全部吐けば楽になれるわよ」

「……今更だが、お前等が親子である事を実感した……」


その語気、その空気、正に取り調べ室の刑事と犯人のソレと非常に酷似している。

先の爆弾発言から空気が一転して、どうにもウルキオラに分が悪い流れになりつつある
そしてそんな空気の中で、ウルキオラが考える。


(……俺が昨晩、この女を連れ帰った?いや、持ち帰った?……)


その言葉について、ウルキオラは考える。
勿論、ウルキオラはこの銀髪の女の事も知らないし、この家に連れ帰った覚えもない。


(……昨夜、俺が……持ち帰った……)


その時、ウルキオラの脳裏にとある物が過ぎる
ウルキオラが昨夜、外から内へ持ち込んだ”モノ”

その唯一のモノが、ウルキオラの脳裏を駆け抜ける。



(……まさか……)



次いでウルキオラは懐の中に手を入れる、そしてある物を取り出そうとするが


(……無い、『アレ』がどこにも無い……ならば、やはり……)


やはりと言うか、まさかと言うか
ウルキオラは自分の中の仮定が事実である可能性を考える。


「簡潔に答えろ、お前は何者だ?」


故にその裏付けに出る
銀髪の女に一歩詰め寄って、ウルキオラが問い掛ける。


「私? 私ですか?……私は……アレ?」


銀髪の女がウルキオラの問いに応えようとするが、不意に口が止まる。


「……私は……」


その表情が僅かに困惑を帯びて


「……わたし、は……」


そのまま銀髪女は言葉に詰まって





「……わたしは、ダレ?……」





小さく静かに、そう応えた。




















次元航行艦アースラ、そのとある一室にて


「……はあ、はぁ……はっ……」

「どうした、フェレットもどき……もう、限界か?」


幾何学模様で埋め尽くされた戦闘訓練室にて、二人の少年が向き合っていた
その二人は互いに大きく両肩を上下させ、額から汗を流し、息を大きく荒げながら呼吸して


「はあ、はぁ……くそ、また負けた……」

「こっちも伊達で執務官をやっている訳ではいからな。
少なくとも、守るべき『民間人』に遅れを取らない程度の実力はある」


汗で額に張り付いた前髪をかき上げながらユーノが呟き、それをクロノが返す
そんなクロノの言葉を聞きながら、ユーノは考える。


(……ダメだ、どうしても力押しの展開になるとボロが出る……単純な魔力のゴリ押しじゃ格上には通用しない……)


先の戦闘における展開を思い返しながら、ユーノは考える。
いくら実戦経験があるとはいえ、所詮は民間人での自分とニアSランクの執務官であるクロノとの力の差は大きい。


(……やっぱり魔力の底上げが必須事項か?……いや、地力を上げても『ヤツ』相手には高が知れてる。
……『ヤツ』の攻撃に対処するには魔力と魔力「以外」の部分を磨く必要がある……)


例えるなら、嘗てクロノが考案し編み出した改良型ラウンドシールド
単純な力技で対処しても「ヤツ」相手にその効果は見込めない。

自分以上の魔力と技術を持ったクロノやリニス、リーゼ達でも有効的な対処は出来なかった
つまり、「ヤツ」相手には力以外の何かが求められるという訳だ。


(……現にクロノのラウンドシールドは効果があった、だったら他にも可能性がある筈だ……
なら考えるんだ、単純な力押し以外の……力以外で対抗できる『何か』を……)


その新たな可能性を求めて、ユーノは静かに思考を進め


「エイミィから見てどうだった? 今の模擬戦は?」


手に持った杖を待機フォームに戻して、クロノが尋ねる
するとエイミィは少し間を置いて考えて


『そうだねー、何回かクロノくんも危ない場面があったよー
今だって息切らしてるし、汗をかいているし』

「……む」


そんなエイミィの声が室内に響いて、クロノは僅かに顔を曇らせる
どうやら、クロノ自身も思う所がある様だ。


(……エイミィの言う通りだ、確かに幾つか対処を誤ってピンチになりかけた場面があった……)


先程までの模擬戦を思い返しながら、クロノは考える。


(……結果としては何とかなったが、それは地力の差で強引に押し返したに過ぎない……)


地力の差で押し返す、それは簡潔に言えば格上には通用しない戦法だ
自分が目指すモノとは真逆の戦い方

自分が身に付けたいのは、格上相手と互角以上に渡り合うための戦術


(……コレではダメだ……この程度じゃ、『ヤツ』には届かない……)


クロノは思い出す。

嘗て闘った白い魔導師の姿を
圧倒的実力と絶対的戦力で自分達を蹴散らした存在を


(……ヤツが相手なら、甘い対処から生まれるミスはそのまま敗北に繋がる……
やっぱりもっと判断力と集中力、そして想定外の事態にも予想外の展開にも対応できる技術と手札を身に付ける事が今後の課題だな……)


改めて、クロノは今後の方針を結論付ける。
あの白い魔導師と、いつまた巡り会うか分からない。

故に、その来るべき時に備えて十分な手札を揃えておかねばならないだろう。


そして、二人は訓練室から退出する
クロノはその足で再び執務官の職務に戻ろうと足を進めて


「クロノくん、おつかれ様―。ちょっといいかな? 少し目を通して貰いたい書類があるんだけど」


執務官室に向かう途中にエイミィに出くわす
そのままエイミィは持っていた書類の束を見せ付けて


「目を通して貰いたい書類?」

「うん、最近すこーし局内で話が上がってる案件に関してなんだけどねー
執務官であるクロノくんには、なるべく早めに目を通して貰っておきたいと思ってさー」

「分かった、貸してくれ」

そう言って、エイミィは手に持っていた書類の束を渡し



「成る程、最近局内で何かと噂になってる……連続魔導師襲撃事件についてか」



その書類にざっと目を通しながら、クロノは呟いた。











「艦長、お茶をどうぞ」

「あら、ありがとうランディ。頂くわ」

アースラのブリッジにて、リンディ・ハラオウンは航行指示を行っていた。
粗方の指示を出し終えたのを確認した後、手元の緑茶にお気に入りの味付けとトッピングを施して一口含み


(……時の庭園での一件から四ヶ月、未だウルキオラ・シファーに関する有力な情報は上がって来ない……)


ズズズと、お茶を啜りながらリンディは考える。
あの時の庭園での戦いから既に四ヶ月、リンディを含む当時の捜査員は出来る限りの調査と捜査を進めてきたが
未だウルキオラの動向、素性、所在に関する有力情報は未だに集まっていなかった。


(……あまりにも静か過ぎる、アレだけの事件を起こした被疑者を取り逃がし、その所在を掴めない事は多々有るけど……
……ここまで時間と手間を費やして、素性と背後関係が掴めないのは明らかに不自然過ぎる……)


あまりにも、情報が少なすぎる
それこそ、全くの0と言っていい程に

時空管理局は、多くの次元世界の垣根を越えて形成される組織
そしてその世界を超えて形成されるネットワークも並大抵のものではない。

仮に情報の隠蔽が行われていたとしても、ここまで来ると異常だ
如何な人間・生物でも、その生を歩んだ痕跡は簡単に消す事はできない。

両親、家族、知人、友人
住居、資産、教養、仕事

如何に自分という存在を隠そうとしても、それらの痕跡全てを消す事など到底不可能
少なくとも、アレ程の力を持つ魔導師がその存在を完全に隠蔽するなど絶対に不可能

ウルキオラが、『今』のウルキオラに成るまで至った過程と環境、その痕跡は必ず何処かに残されている筈

だが


(……全く情報が上がって来ない。管理局の情報収集力を持ってしても、最初の戦闘以前のウルキオラの情報が何一つ掴めない……)


そう、まるでウルキオラがそれ以前に世界の何処にも存在していなかった様に
ウルキオラという存在の痕跡が、全くと言って良い程掴めないのだ。


(……一体、どういう事?……)


思考の海に溺れながら、リンディは考える
口元に手を当てて考えるが、やはり今一つ考えは進展しない。

情報収集の網を伸ばすという手段もあるが、これ以上網を拡大しても正直言って期待はできないだろう。


『艦長、少し宜しいでしょうか?』


不意にリンディの目の前に空間モニターが展開された。
モニターはリンディの部下であり、アースラの搭乗員の一人である管理局員の顔が映し出されていて


「どうしましたか?」

『今しがた艦長宛に次元通信が入ってきたのですが、繋いでもよろしいでしょうか?』

「次元通信? どこから?」


部下からの報告を聞いてリンディは尋ね
僅かな間を置いて、その問いに応えるかの様にその返事は帰って来た。


『発信元は第97管理外世界、発信者は管理局の民間協力者・高町なのはさんからです』












「……あーぅー、流石に目が疲れてきた……」


もう何時間経っただろう?何度その映像を見直しただろう?
どこか疲れた様に、フェイトは己の瞼を擦りながら呟いた。


「……流石に、一日考えたくらいじゃ……攻略方なんて分かりっこないか」


考えてみれば、自分よりもずっと前から対ウルキオラの戦術を練っていたクロノ達でさえ
未だ効果的な方法が練れていないのだ。

一日や二日程度、自分が考えた程度では効果的な方法を思い付く方が無理だろう。
あのジュエルシードを巡る戦いとは違って、今回は特に明確なタイムリミットが用いられている訳ではない。

この数ヶ月、あれっきりウルキオラも何のアクションも起こしてない事も考えると
ここで焦って根を詰める方が、寧ろ逆効果かもしれない。


「……ふぅ……」


フェイトは一息ついて、手に持ったリモコンを操作してモニターの電源を切る。
そして部屋に備え付けていたベッドに、ごろんと寝転んだ。

仰向けのまま天井を見つめる、そして重く鈍った思考を再び展開させる。


(……仮に攻略方が分かった所で、果たしてソレを私達は実践できるかな?……)


なんとなく、フェイトは考えてしまう。


(……仮に、ウルキオラの攻略方が分かったとして、ウルキオラの裏をかけたとして、それでウルキオラの隙をつけたとして……)



――果たして、自分達はあの男を攻略できるか?――



「…………」


フェイトが思い出すのは、巨大な黒い翼
漆黒の双翼を宿したウルキオラのもう一つの姿

アレは正直桁違いだ、自分達とは完全に異質な強さだ。

仮にウルキオラの隙を突けたとしても、あの鉄壁の防御力
ユーノとロッテの補助を受けた、自分達三人の全力魔法でさえ……あの姿のウルキオラには通用しなかった。

つまり現時点では仮に攻略方が見つかったとしても、それが「机上の空論」で終わる可能性が高いのだ。


「一番現実的な方法としては、やっぱりウルキオラが黒い翼を出す前に決着をつける事だけど……」


だが、それが出来れば苦労しないだろう。
時の庭園の突入時でも自分達は既に同じ作戦を試みて、失敗していたのだから。

そして、ウルキオラは黒い翼がない状態でもSSランク級以上の実力を有している。
そのウルキオラを黒い翼を出す暇すら与える事なく仕留める方法なんて、自分には到底思い付かない。

つまりウルキオラとの戦闘=黒い翼を出したウルキオラとの戦闘と考えた方がいい。


……と、言うよりも……



「……黒い翼を出してない状態って……文字通り、『相手にもならない』実力差って事だもんね……」



自分の感覚で言えば、デバイスもバリアジャケットも用いずに生身のままで戦闘する様なモノだ。
やはり、ウルキオラからあの黒い翼を出させる程度の実力が無ければ話にならない。

結局の所、絶対的に力不足なのだ。
ウルキオラから見れば、自分達は明らかに力が足りない。

全く恐さを感じない、微塵も脅威を感じない。
ならばどうする?


「……一番単純な対処方法は、攻撃力の強化……」


前にも考えた、ウルキオラに脅威を感じさせる最も現実的で単純な方法
それは、ウルキオラにダメージを与えられる「攻撃」をこちらが身に付ける事

しかし、こちらもそう簡単には行かない。


「……なのはとクロノ、そして私の全力の魔法でもダメージを与えられなかった……」


単純計算であの時の一撃は自分の全力の攻撃の三倍以上
つまり、自分に求められるのは現在の三倍以上の攻撃力


「……それだけの攻撃力を捻り出す手段……」


考えられる方法としては、大人数を用いた集中砲火か
アースラの様な武装艦が用いる大規模火力による攻撃か
母が用いた様な大型魔導技術を用いた攻撃か

若しくは予め莫大な魔力を何らかの方法で貯蔵しておくか――



「―――え?―――」



その瞬間、脳裏の奥底で火花が散った。
何かが、フェイトの頭の中を過ぎった。


「……予め、貯蔵?……」


その考えを切っ掛けに、フェイトの中で閃きにも似た何かが生まれた。


(……確か前に、ずっと前にどこかで、そんな技術が書かれていた本を読んだ気が……)


フェイトは身を起こして静かに考える。

何かが、今一瞬……見過ごせない何かが脳裏を過ぎった。
そのままフェイトは口元に手を置いて、その思考を展開させていく。


「……もしかしたら……」


――自分は今、もの凄く重要な『何か』を掴んだのかもしれない――


そう思って、フェイトはベッドから降りる
そのまま部屋から出て、アースラの資料室に向かおうとして


――Prrrr――


部屋に取り付けられていた、電話が鳴り響いた
フェイトは一旦足を止めて、壁に取り付けられてある受話器を取って


「はい、もしもし……ああ、クロノ。一体どうしたの?」


電話の主はクロノからだった、そのままフェイトはクロノからの連絡を聞いて




「…………え?…………」




小さく静かに、そんな声が響く
その表情は驚愕に歪んで、クロノから告げられた内容を思わず口に出して呟いた








「……リニスの意識が、戻った……?」








散らばった物語の欠片は、徐々に集まりその片鱗を表していく


――破面――

――魔導師――

――闇の書――

――守護騎士――

――時空管理局――



―――そして―――
















「……記憶が、ない?……」

「はい、それはもう綺麗さっぱり」


とある次元世界の、とある建物の、とある一室
そこでプレシアは目の前に銀髪の女に尋ねて、その女はあっさりと返す。


「それじゃあ、さっきのお持ち帰り云々の下りはどういう事?」

「正確に言うと、昨晩より以前の記憶が一切ない状態です」


プレシアの問いに、女は淀みなく答えていく。
その銀髪の女との問答を繰り返しながら、プレシアは考えていく。

そして携帯していた宝玉型のデバイスを取り出して、この隠れ家の警備システムに繋げる。


(……セキュリティ、メインシステムにこれと言った異常はなし……隠れ家の内・外共に何かをされた形跡は確認されていない……)


隠れ家内とその周囲にこれと言った異常はない。
その事を確認して、隣の白い協力者に念話を飛ばす。


『……ウルキオラ、本当にこの娘は貴方が連れ込んだの?……』

『……心当たりはある、だがそれは人ではない、『物』だ……』

『……どういう事……?』


念話越しに、ウルキオラはプレシアに簡潔に昨晩の自分の行動について説明する。
その大まかな説明を聞き終えて、更にプレシアは考える。



『……成程、大体の経緯は分かったわ……』



事の大凡は、大体把握できた。

もしもこの女が、何らかの『邪な目的』を持ってこの家に侵入したのなら、幾らでも目的達成のための手段と時間とチャンスはあった筈

少なくとも、この隠れ家の警備網に一切の痕跡を残すなく侵入する程の賊なら、何をするでもなく未だこの隠れ家に居座り
堂々と、よりににもよってウルキオラと同室で眠り、挙句の果てにこんな『ふざけた手段』を用いるメリットも、意味も、理由もない。


もしもこの女が賊や侵入者と言った存在なら、あまりにも行動が矛盾と無駄だらけだ。


ならばやはり、この女は自分達に対しては害意や敵意はない。

だから、この銀髪の女は嘘をついていない
ウルキオラの説明から考えられる、その『可能性』が正しいと捕らえるべきだろう。

しかし



(……でも、問題はそこじゃないのよねー……)



そう、重要なのはそこではない
この女の言っている事が本当かどうかではない。

重要なのは、この女が敵なのか否か
自分達にとって、害悪な存在なのかどうかだ。


(……本来なら、ホロかイザヤ辺りに任せてしかるべき対処をしてもらう処だけど……)


扱いに困る
それがプレシアの抱いた、端的な感想だ。

『疑わしきは罰せよ』のスタンスで行動しても良いが、現状ではあまりに判断材料が少なすぎる


(……ウルキオラの説明から察するに、どうにも『見過ごせない』存在なのは確かな様だし……)


それに、この女自身の利用価値も未知数だ。
一連の事の流れから、この女はあのベルカの騎士と名乗った連中の関係者である可能性が高い。

その事から、下手に外に放り出すにも排除するにも行かない。


(……でも、不穏分子の芽は摘んでおくに限るしねー……)


冷徹な眼光で女を見る。
確かに利用価値はあるかもしれないが、それと同時に不安要因……不穏分子であり危険分子でもある事には変わりは無い。

あのベルカの連中や仮面の魔導師との一件もある、楽観的な考えはしない方が良いだろう


やはり、ここは『万が一』の可能性も潰しておくのが無難かもしれない。


プレシアがそう判断しかけた

正にその瞬間だった。




「そういえば」




不意に、銀髪の女が口を開いた。


「先程から、妙に頭の中にこびり付いて……頭から離れない単語があります」

「離れない単語?」

「はい、それにやたらハッキリと頭に響いている感じなので……多分ソレが、私が覚えている言葉だと思います」


女の言葉を聞いて、ウルキオラが聞き返す。
女は頷いて、目の前のウルキオラとプレシアの瞳を真っ直ぐ見て










―――夜天―――










その言葉を呟く。


「………え?………」


その言葉は、小さく静かに響いて。



「……その言葉だけは、ハッキリと覚えています……」



銀髪の女は、ここに来て初めて
確かな意志を宿してその言葉を呟く。


そして、その言葉が
一切の虚偽を含まない言葉が


魔女の天秤を、傾ける

運命の歯車を、ゆっくりと回す


故に、欠片は徐々に集まる

散らばった物語の破片は、見えない何かに引き寄せられる


――破面――

――魔導師――

――闇の書――

――守護騎士――

――時空管理局――



―――そして―――




―――『夜天』―――




罅の入った物語は、徐々に加速する

歪み狂った歯車は、そのまま回り続ける



――くるくる――


―――狂々と―――。

















続く








後書き
 どうも皆さん、お久しぶりです!作者です! 今回は更新が大分遅れてしまい、申し訳ありませんでした!
せめて生存報告だけでもしときたかったんですが、作者も例の震災以降ばたついていて、中々更新ができませんでした!

とりあえず作者は無事です、東北で暮らしている兄貴も無事でした
この一月の間に、作者も大分状況が落ち着いてきたので、今回はこうして本編を更新させていただきました!
本当に遅くなってすいませんでした!


さて、話は本編
今回はA’s編における「中締め」的な部位の話を描かせて貰いました

最近はかなりご無沙汰だった管理局サイドの話や、フェイトやリニスに関して、置いてきぼりにしがちだったモノを纏めて描いた感じです

そして、何と言ってもテスタロッサ家サイド
次回も多分、テスタロッサ家でのイベントが続くと思います!


それでは次回に続きます!





[17010] 第四拾四番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:a15c7ca6
Date: 2011/06/18 12:57




―――ん?……これは……―――

「どうしました?」


果ての無い水面から突き出た大樹の上で、一組の男女が向き合っていた。

白い衣を身に纏った白い影は、手に持った細身の刀身を鞘に収めて
薄い茶髪のショートカットの女は、頭の上の白い帽子をかぶり直しながら尋ねた。



―――まさか……解放したのか?……―――



白い男は少し驚いた様に、意外そうな表情をして呟く。
そしてそのまま顎に手を置いて、僅かな間一考して


―――どちらにしろ、外で何かあったのは間違いないか―――

「??? さっきから何を言ってるんですか?」


茶髪の女は、白い男の様子を見ながら尋ねる。
そしてその白い男は、再び茶髪の女に視線を移して


―――予定変更だ―――

「……え?」

―――外で何かが起きた、あの「時の庭園」での戦いに匹敵し得る程の……「何か」がな―――


そしてその白い影は、そのまま片膝をついて白い掌を緑の床に置く。
次いでその床は一瞬淡く輝いて、それは茶髪の女の足元にまで一気に侵食して

次の瞬間、茶髪の女の足元の床は消えた。


「……え?……」


そして彼女の体は、一気にその奈落へと落ち


「な!え!? ちょっ!!!」

―――ここでの訓練はここまでだ、後は実戦あるのみだ―――


その言葉が彼女の耳に響いて、彼女の姿は奈落の底へと消えていった。











第四拾四番「進展あり?」










そこは、闇の中だった

闇の中には、一冊の本があった

本からは鎖が生えていた

鎖は『何か』と繋がっていた

鎖が千切れた

鎖と繋がっていた『何か』は闇の中へと消えた



青い獣がいた



その獣は傷ついていた

その獣は餓えていた

その獣は求めていた

獣は闇の中に居た





闇の中には、千切れた鎖があった
闇の中には、青い獣がいた





そこで、グリムジョーは目を覚ました。


「…………」


気だるげに瞼が開いて、その蒼い両眼が姿を見せる。
クシャリと、青い前髪を掻いて目元を擦る

そして、その体を起こそうと力を入れて


「……想像以上にキてるな……」


自分の現状を察し、毒吐く様に呟いて


「……っ、ぅ!……っく、っ!……」


その一瞬後、その表情が歪む
その全身を襲う、電気ショックにも似たその激痛


「……ぬ!ぐ、ぎっ! が! ぁ、ぁ!……」


覚醒した脳の容量を瞬時に埋め尽くす程の激痛に、その表情が歪んで思わず声を漏らして更に体に力を込める。

そして激痛に晒されながらも、その上半身を徐々に起こして



「……腹、へったな……」



包帯が巻かれた腹部を擦りながら呟く。
激痛に耐えたと思ったら次いで襲う空腹感、思えばここ最近まともに食事らしい食事をしていなかった。

このまま寝ていても良いが、空腹に耐えながら寝ていた所で碌に回復しないだろう
腹が減っては戦は出来ないとも言うし、何か腹に入れた方が落ち着くだろう。


「……チッ、仕方ねえ……どこかで調達するか……」


頭の中で意見を纏めて、ベッドから降りる。
その瞬間、ギシリと全身が軋む様に痛んだが目覚めた時に比べたら大分マシだろう。

体の調子を確かめる様に肩を回して、手を軽く握る。


「……さて、と……」

――探査神経・起動――


目を瞑って、周囲の霊子情報を探る。
その探査網km単位にまで拡大させて、手頃な獲物を探す。

そして



「…………居た…………」



僅かに口角を吊り上げて、小さく呟く。


(……距離は、クソ……結構離れてやがるな……
……数は大体300前後ってところか……この反応からして人間か?数は多いが、霊圧は全部ゴミみてえに低いな……)


チっと、軽く舌を打つ。
並の人間、霊力の低い魂魄は破面にとってあまりエネルギーにならないし、味も悪い。

他に何か手頃な獲物はいないかと、周囲を改めて探ってみるが他にコレといった反応はない。


(……まあ、数は多い様だから腹は膨れんだろ……)


あまり贅沢を出来る状況でもないし、ここはこの位で妥協するべきだろう。


「……さーて、とりあえず腹ごしらえして来るか……」












第97管理外世界・地球・遠見市
そのとある一軒家にて


『……シャマル、主の様子はどうだ?』

『大丈夫よ。今も変わらずヴィータちゃんとぐっすり寝てるわ……と言うよりも、ここまでする必要あるかしら?』


その一軒家にて、シグナムとシャマルは念話を用いて秘密裏に会話していた
シグナムは台所にて、シャマルは二階廊下にて、互いに状況を報告し合っていた。


『仕方あるまい、主に余計な疑いを持たれる訳にはいかんし、ヴィータは口を滑らせるかもしれんし
下手をすれば我等が行っている事に気付かれる可能性もある……石橋は叩いて歩くくらいが丁度いいだろう?』

『……いやね、そうは言ってもね……』


ハア、とシャマルは一息吐いて





『見舞いの食事くらい、堂々と作っても問題ないと思うけど?』

『……念には念をだ』





二人は互いに言葉を交える
シグナムは己の主もまだ目覚めない早朝から台所にて、食事の準備を進めていた。

しかしそれは、己の家族に振舞う朝食ではない
自分達が匿っている、とある男に対しての物だ。


『あちらの隠れ家には十分な調理設備はないし、かと言って調理道具一式持ち込むのも手間だし、これが一番無難で確実な方法だ』

『いや、朝食の準備をする傍らでこっそり作るとか、はやてちゃんに気付かれない方法は色々あると思うけど……』


思い付いた様にシャマルが呟くが、シグナムはソレをあっさりと返す。


『作っておいて食卓に出さなかったら、不審に思われるだろう?』

『多めに作って食卓に出して、食事が済んだ後にあっちに持って行けばいいんじゃないの?』

『恩人に余り物を出すというのは、少々礼儀に欠いた行動だと思わないか?』


念話で互いの意見を交換しながら、シグナムは火にかけた鍋の経過を見る
鍋の中には湯気を立てて煮込まれた粥、それをお玉で一口掬って口に含んで


「……うむ、こんな所か」


味を確かめて頷く。
シグナムとて悠久の時間を戦いと争いで過ごしたが、今ではこの八神家の家族の一員、ある程度の調理の心得は今までの生活から学んでいる。

そしてシグナムは粥の味を確かめた後に手早く粥の入った土鍋や、替えの包帯や薬等を纏めて


『それでは行ってくる、すまないが朝の家事は頼む』

『別に大した事じゃないわ。私もこっちが終わったら治療の経過を見に行くから、その事も彼に伝えておいてね』

『うむ、了解した』


そう言って、念話はそこで終わる。
シグナムは粗方の準備を終えた事を確認して、直ぐに空間転移の演算と構築式を組み上げる。

次いでシグナムの足元に幾何学模様の魔法陣が現れて

数瞬の間を置いて、シグナムの視界が切り替わる。
目の前に広がる光景は民家の台所から、廃屋の廊下に切り替わる。


そして、「コホン」と息を整えて、目の前にあるドアを軽くノックして


「入るぞ、もう起きているか? そろそろ腹が減っている頃だろうと思って食事を……」


気遣う様に声をかけながら入室する
そして何気なくその視線をベッドに移して



「…………アレ?」



シグナムの目に映るのは、空になったベッド
その光景を見ながら呆気に取られたかの様に、シグナムは呟いた。





















「リニス!!!!」

その声が響いて、白い扉は一気に開かれて二つの影は飛び込む様に病室に入る。
金髪の少女は長い髪を揺らしながら病室を見て、橙色の髪の女は肩を上下させながら病室を覗き込む。

二つの視線の先、病室のベッド
ベッドで背もたれていた女は、ゆっくりと開けられた扉へと視線を移して


「……フェイト? それにアルフも……」

「リ、リニス……」

「……リニス、リニスウゥ!!!」


ベッドの上のリニスの姿を確認した瞬間、二人の中で溜め込んでいた感情が一気に爆発して
二人は弾ける様に、リニスへと抱きついた。


「リニス、良かった……ほん、と…に……本当に、よか、った……」

「ず、と、リニ……め、さまっ、さないっから……もう、めを、あけない、んじゃ、ないか……って……
……ず、ずっと……ふあ…ん……で……」


嗚咽交じりのか細い声を搾り出しながら、涙交じりの剥き出しの感情の言葉を呟きながら
二人はリニスに抱きついたまま泣いた

そしてリニスは、そんな二人の姿を見続けて


(……ああ、そうか……)


その二人の姿が、あの時の二人の姿と
自分がこの二人と再会した時との二人の姿が、リニスの頭の中で重なって


「……どうやら、また二人に心配をかけてしまった様ですね……」


だから、リニスも二人の体をそっと引き寄せた
二人の体温をより近くに感じる様に、二人の存在をもっと強く感じ取れる様に

自分が命を懸けて守ろうとした二人を、強く近く感じ取れる様に
リニスはずっと、二人の体を抱きしめていた。








「……てな感じで、報告は以上です」

アースラの艦長室にて、エイミィはさっきまでのリニス達との一件を報告しに来ていた。
エイミィの報告を聞いていたリンディは、僅かに表情を緩めて


「そう、報告ご苦労さま。明るいニュースが聞けるのは良い事ね」

「ですよねー。あの時の庭園での一件以来、どうにも悪い空気が続いていましたからねー」


久しぶりの明るい報告に、二人の表情は自然と綻んでいた。
思い返せば、あの決戦以来どうにも暗い空気は拭え切れていなかったし、調査も今一つ進んでいなかった。

そしてそんな鬱屈とした流れの中に飛び込んできた、一つの明るいニュース
それは心の清涼剤の様に作用して、自然と気分も晴れやかなモノになっていた。


「それで、リニスさんの体調の方は?」

「概ね良好みたいですよ。元々リニスさんは体の傷は殆ど完治していましたし、多分大事ないと思いますよ」

「そう、なら安心ね」


リンディは「ふぅ」と溜め込んだ息を吐いて、椅子に深く背もたれる
そして机の上の書類を手に取って




「そう言えば、リーゼさん達が病院を移したって本当ですか?」




不意に、エイミィは気が付いた様に声を上げた。


「ええ、少し前にね。なんでもグレアム提督がプライベートで知り合いになった人が、腕の良い医師を紹介してくれたとかで
リーゼさんたちも症状はかなり安定していたから、搬送自体は難しくなかったから移動したみたいよ」

「そんな事があったんですか? でも管理局直属のこの病院以上の設備と医師がある病院なんて、そうは無いと思うんですけどねー」

「まあ、それを踏まえてもグレアム提督は診せる価値はあると踏んだ様ね。
リニスさんも目が覚めたようですし、何とか朗報を期待したいわね」

「ですねー。三人共無事に退院できたら、パーっと退院祝いとかしたいですしねー」

「……そうね。それも良いかも知れないわね」


フっと小さく笑みを零して、リンディは手元の書類にペンを走らせていく。
そうして記入し終えた書類を見直して、その書類の束を集めてクリップで留めて



「艦長、失礼します」

「どうぞ」



それと同時に、艦長室のドアがノックされる
リンディの了承の返事を聞くと、ドアを開けてクロノが姿を現した。


「さて、全員揃った所で……話を始めようかしら」


クロノの姿を確認して、リンディは改めて二人と向き合い告げる。


「ほんの数時間前の話です。第97管理外世界の高町なのはさんから、次元通信が届きました」

「なのはから?」

「なのはちゃんからですか? 一体どうして?」


リンディから告げられた話の内容に、二人は不思議そうに表情を形作る。
そして更にリンディは話を続ける。


「なのはさんからの通信の内容は、海鳴市付近にて魔力の反応を感知した……と言う内容でした」

「……なのはが居る第97管理外世界には魔法文明がない、つまり……」

「どこかの魔導師が魔法を使ったか、ジュエルシードの時の様なロストロギアが関わっているか……」

「いずれせよ、無視できる内容ではないな」


クロノが呟いて、リンディとエイミィも小さく頷く。

第97管理外世界、地球には魔法文明がない。
魔法文明がない世界での魔法の使用は基本御法度だ、その世界での文明を根底から覆す様な異文化の接触は時として大きな危険と災厄を招くからだ。

また、そういう背景があってか違法魔導師、次元犯罪者がその逃亡先や活動場所を管理外世界、魔法文明がない世界を選ぶという事も多々存在する。

先のジュエルシードを巡る一件も、正にその例に入るだろう。



「そしてなのはさんはこうも告げていました。自分が感じた魔力は、以前に感じた事がある魔力だったと」

「「!!!?」」



その言葉で、二人の表情が変わる。


「ジュエルシードの一件まで、なのはさんは魔導師としては未覚醒状態でした
第97管理外世界に魔法文明が無い事を含めて考えると……なのはさんが今まで接触した事のある魔導師は、決して多くはありません」


なのはが接触した事のある魔導師
それもなのはの記憶に残っている程に、印象深い魔力


「先程本局の方に確認を取りました。
あのジュエルシードでの一件で協力してくれた捜査員、私やクロノ、フェイトさんやアルフさんも含めて
その全員が、なのはさんが言っていた時間帯には第97管理外世界に居なかった事は既に確認済みです」


そしてリンディは、更に話を進めていく。


「また、ロストロギア・ジュエルシードも先の一件で全て管理局が保管しています。
全く同種の魔力を放つ、管理局が未確認ロストロギア……そんな可能性もありますが
現状ではその可能性は極めて低いと推察されます」


なのはが今まで接触した事のある魔導師、魔力反応
そこから自分達管理局関係者とジュエルシードを除外すると、残る可能性は大きく二つ



「そして先の事件での主犯であるプレシア・テスタロッサは既に死亡している事を考えると
単純に考えて残る可能性はただ一つ……」

「……ウルキオラ・シファー……」



故に、クロノとエイミィも辿り着く。
その可能性に、その答えに


「無論、コレは最も単純かつ簡略的に考えた結果に過ぎないわ。
これ以外の可能性だって勿論捨て置けないし、情報が少ない現状で判断をするのは早計……しかし」

「可能性は高い、そういう事ですね」


クロノの言葉にリンディは頷く。
現地に赴いて魔力痕跡をデータとして採取し、管理局のデータバンクで照合してみない事には分からないが

なのはの証言と、先の一件でウルキオラ・シファーが第97管理外世界で活動していた事を踏まえて考えると
やはり、ウルキオラが関わっている可能性は無視できないだろう。


「……そういえば、最近噂になってる『連続魔導師襲撃事件』
あの事件の襲撃者が拠点にしている次元世界の候補でも、第97管理外世界が挙げられていましたよね?」

「ああ、僕が目を通した事件の資料でもそう書かれていた。
……まあ事件の手口を見る限り、ウルキオラとの関連性は薄いと考えていたが…ウルキオラ自身がその襲撃者に狙われた、という事なら話は違ってくる」

「……何にしても、あまり楽観的に考えられない状況なのは確かね」


ウルキオラにしろ、襲撃犯にしろ、その他の要因にしろ
何らかの危険因子が第97管理外世界に潜んでいる可能性があるのは確かだ

その事を踏まえて、既にリンディは準備を進めていた。


「二人共、コレを」


そしてリンディは先程整理していた書類をクロノとエイミィに手渡す
二人はそのまま手渡された書類を受け取り


「もう本局への申請準備は済んでいるわ。
後は予定が整い次第、現地に捜査に赴くから二人共そのつもりで準備をしておいて頂戴」


そのリンディの言葉を聞き、クロノとエイミィは「了解」と確かな意志を込めて応えた。


















「……あそこか……」


虚空を翔ける足を止めて、グリムジョーは視線を下に移す。
その目に映るのは広大な田園、そしてそこで作業する幾多の人影

僅かにその視線を移せば、集落らしい建物の群れが見えた。
周囲にはこれ以外に霊圧はない、ならば手早くやる事を済ませてしまおうとグリムジョーは眼下の獲物に狙いを定めて



――魂吸――



その瞬間、ソレは起きる。


田園から、集落から、眼下の領域から
ソレは上空のグリムジョーの口へと吸い取られていく。

目に見えぬ半透明の流動体は、淡い光を帯びて周囲の人間全てから抜け出ていく。
そしてソレが抜け出ていくと同時に、ある者は顔を苦痛に歪めて、ある者は胸を押さえて、ある者は膝を着いて、ある者は呻き声を上げて

次の瞬間には、その意識がシャットダウンしていく。

その流動体の正体は、人間が持つ魂魄のエネルギー
それら全ては吸い取られる様に人体から抜け出て、吸い寄せられる様にグリムジョーの口元へと集まっていき



「まっじ!!!!」



一気に吐き出す。
噴出す様にグリムジョーは咳き込んで、折角吸い寄せた全ての魂魄を吐き出してしまう。

吐き出された魂魄はそのまま人体との繋がりの力によって引き戻され、再び還るべき主の下へと帰って行った


「がぁっ!っぺ!っげ!まっじ!!! 何なんだコレはあぁ!!!!」


グリムジョーは魂魄を吐き出して尚も咳き込み、口内の唾すらも吐き出して、その口元を拭う。

例えるなら、腐臭のする魚の内臓を一気に口に放り込んだ様な感触
例えるなら、泥と重油にまみれた汚水を一息に吸い込んだ様な感覚

そんな生理的嫌悪感が、グリムジョーの口の中を一気に支配したからだ。


(……まっじい、何なんだこのクソ不味ぃ魂魄は! 霊圧が低いとか霊質が悪いとか、そういう問題じゃねえぞ!!!……)


今までの記憶を掘り起こしながらグリムジョーは考える。
虚のエネルギー源である「魂魄」、それらを捕食する事は虚の欲求であり本能である。

多少その質に善し悪しがあっても、今の様に不快感を覚えたり、反射的に吐き出してしまう様な事は無い
現に今まで、グリムジョーはその様な事態に陥った事にはない。


(……ダメージの影響で、胃が魂魄を受け付けねえ状態にでもなってんのか?……)


人間や動物でも病や大怪我をした時は食欲が減退するというし、自分も似た様な状態なのかもしれない。

しかし、それでも未だ空腹の状態である。
腹が減ったまま寝転んだ所で、満足に寝る事も休養を取る事もできないだろう。



(……せめてもう少しマシな霊力を持ってる獲物が見つかれば、話は別なんだがな……)



心の中で毒吐く、しかし幾ら愚痴っても腹が減っている現状は変わらない。

眠ったまま大人しく回復を待つのは性には合わない、ここは吐き気を押し殺してでも食事を取るのが良いだろう。

グリムジョーがそう結論づけて、再度魂吸を試みたところで



「何をしている!!!」



不意に、背後から聞き覚えのある声が響いた
グリムジョーは声の発信源に振り向く、そこには予想通りの顔があった。


「ああ、テメェか」

「……コレは、貴公がやったのか?」


ギリっと奥歯を咬みながら、グリムジョーを睨みつける様にシグナムは呟く。

シグナムの瞳に移るのは、地に倒れ伏す人々


「だったらどうだってんだ?」
「何が目的か知らないが、今すぐやめろ」

「……あん?」


シグナムが感じた魔力の異常は一瞬だけ、あの短時間だけでこの被害だ。
もしもこれ以上の事を許せば、間違いなく死人が出る。


「死人が出れば取り返しがつかない、これ以上は私も見過ごせない」

「面白え事を言うなあ? 見過ごせないならどうすんだ?力ずくで俺を止めるか?」


そのグリムジョーの一言で、シグナムはギリっと奥歯を噛み締める。

どういった事情で、目の前の男がこの様な暴挙に出たのかは分からない
だがそれが原因で死人が出るのは、絶対に避けなければならない事である。

例え相手が自分の恩人だとしても、それこそ文字通り「力尽く」になっても阻止しなければならない

シグナムはそう結論づけて、服の中にあるレヴァンティンをいつでも起動させられる様に準備をして



「いいぜ、止めても」



グリムジョーは、あっさりとシグナムの要求を受け入れた。


「…………え?」

「テメエには借りがあるからな、テメエが止めろって言うんなら止めるさ」

「……そ、そうか……」


呆気に取られた様に、そしてどこか意外そうな表情をしてシグナムは呟く。
そしてそんなシグナムにグリムジョーは言葉を返して、シグナムはそのまま呆けた表情を浮べたまま言葉を返し


「おい、なに間の抜けたツラしてんだ?」

「あ、いや、すまない……まさか貴方がこんなに素直に聞き入れてくれるとは、思わなくてな……」


頬を軽く掻きながら、シグナムは呟く
昨晩のこの男とのやり取りから、ある程度この男の性格を把握していた。

故に事と次第によっては荒事にも成り得ると、シグナムは覚悟していたからだ。


「だが良かった、なるべく貴方とは荒事を起こしたくはなかったからな」


溜まった息を吐き出す。
張り詰めた緊張の糸が切れ、どこか安堵したかの様にシグナムは表情を和らげて


「おい、なに全部終わったって顔してやがんだ?」

「……え?」

「テメエの用件は聞いた、次はこっちの用件だ」

「用件?なんだ?」


シグナムはその言葉に怪訝そうな表情を浮べて、グリムジョーは僅かに口角を吊り上げて


「お前、俺の食料になれ」























「……ヤ、テ…ン……?」


僅かに困惑した様に、僅かに動揺した様に


「……夜天、ですって?……」

「はい、その言葉だけは妙にハッキリ覚えています」


その表情を驚愕に染めて、僅かに震える様に声を捻り出して銀髪の女を見る。
プレシアは驚愕に顔を歪めて、銀髪の女を見る。


『……ウルキオラ、この女の処分は一旦保留……少し様子を見るわ……』

『……どういう事だ?』


次いでウルキオラに念話で指示を飛ばす。
僅かに疑問の響きを含ませながらウルキオラが返す。


何故なら、今の指示内容は大凡プレシアらしからぬ内容だったからだ。


『……随分と、お前らしくない物言いだな?』

『……アンタが昨夜持ち帰ったって言う「剣十字」、剣十字は古代ベルカを象徴するアイテムの一つよ……』


そのプレシアらしからぬ発言に対してウルキオラが聞き返す
そしてウルキオラの疑問に対してプレシアが答えて


『……古代ベルカ? ああ、そう言えばあの甲冑の女も「ベルカの騎士」だったな……』


ウルキオラが思い出したかの様に呟く。
更にプレシアはその疑問を根本から解消する様に、一つ一つ道筋を立てて答えていく。


『そう、そして今私が追っているロストロギア、「夜天の書」も古代ベルカのロストロギア
……どう? 何か思う所はない?』

『……そうだな。偶然、と片付けるにしては少々出来すぎだな……』


故にウルキオラもプレシアの意図に辿り着く。
確かに、自分達の身近でこれだけの判断材料が手元にある今では、否定する方が無理な話だろう。

そして、更に言葉を続ける。


『……夜天の書、その情報はここ十年間殆ど0……
その手掛かりの一片かもしれないモノが、態々あちらから出向いてくれたかもしれないのだもの……あまり軽率に判断は出来ないわ』

『……だが疑問だな。
お前の言う事がもし正しければ、この女は十中八九あの甲冑の女達の仲間、若しくは関係者
……いずれにせよ敵だぞ?』

『問題は、そこなのよねー』


念話越しに呟いて、プレシアは軽く息を吐く。
今現在、プレシアの中ではメリットとデメリットでの天秤がフラフラと揺れている様な感じだ。

目の前に居る獲物は、確かに魅力的だ。
それこそリスクを抱え込んでまで、手元に置いておく程に


しかし、それはあくまでこの問題を抱え込むのが自分だけの場合の話だ。


メリットと同等に、否それ以上のデメリット……リスクがあるのは揺ぎ無い事実だ。

ウルキオラ……はともかく
そのリスクからの飛び火が、アリシアにまで移るのだけは避けたい。

かと言って、現状では下手に手元から離すのも愚策
少なくとも、この隠れ家の場所を知られて何も策を講じずにいるのは悪手だろう。


(……さーて、どうしたら良いものかしらねー……)


プレシアは状況を整理しながら考える。


(……さっきの『夜天』という言葉から察するに、この娘の記憶喪失と言う話は……恐らく事実……)


あのベルカの騎士達との戦闘直後のこの状況でそんな言葉を聞けば、いやが応でも『夜天の書』を連想する。

只でさえ疑いの目が向けられるこの状況でそんな言葉を口にすれば、相手から不要な疑いと警戒を買うだけ

最悪、その場で始末される事も、囚われて監禁され拷問される事も十分に考えられる筈


(……事実、私はついさっきまでそのつもりだった……)


もしも、自分が『夜天の書』を探している最中でなかったら……恐らく、自分は「夜天の書」の危険性を考慮して確実にこの娘を始末していた筈
そして自分が『夜天の書』を探している事を知っているのは、情報屋のイザヤと共犯者のウルキオラだけ

そしてそのどちらからも、その情報が漏れる事は考えにくい。



(……でも……それでも手元に置けば危険
かと言って隠れ家の一つに監視付きで飼い殺しにするのも、逃げられる可能性が高い……)


やはりベストな方法としては付かず離れず、程よい距離を保ったまま行動を監視する事だが……


(……ダメね。記憶喪失の件も含めて、この娘の魔導技術が並じゃないのはさっきので実証済み……
……素性も正体も、敵かどうかも、何一つ分かっていないこの娘を一人にするのはどう考えても悪手、最低限の保険は必要……)


記憶喪失が偽装だった場合、この女があのベルカの騎士達と何らかの方法で接触を図る可能性が高い。
記憶喪失が事実だった場合、恐らくあちらから何らかの接触を図って来る筈


ソレ等を防ぐにしても、利用するにしても、最低限の保険の必要



(……さあ、考えなさいプレシア・テスタロッサ……間に合わせで良い、効果的な考えが思い付くまでの繋ぎでも良い……
……さあ、どうする?どんな保険をする?どんな牽制を行う?どんなカードを使う?……)



プレシアは考える。

自分が扱える手札の中から、どれが一番適しているか

どのカードを、どの様にして扱うか、どの様に利用するか

プレシアは可能な限り模索しながら考える

考えて、考えて


そして





(…………あれ? これって案外、名案かも…………)






思いつく、その策を、その保険を
あまりに単純にして明快な、手軽で確実なその方法を


「ウルキオラ」

「何だ?」


隣の共犯者に声をかける、次いでプレシアはその共犯者に、ウルキオラに、こう呟いた。



「貴方今日から、この娘と一緒に暮らしなさい」




















続く













後書き
 ほんっとうにすいません! 今回も更新が遅れました!
前回の更新からどうにもバタバタしてて、最近やっと落ち着いて来たので更新出来ました。

さて、話は本編
今回からリニスも復活、これからのストーリーにも多少なりとも絡んでくる予定です
管理局勢の方も、闇の書事件に関わってくる下準備も済んだ感じです

次はシグナム&グリムジョー組
この二人はウルキオラとテスタロッサ一家とは違う、変わった絆の繋がり方をしたいと思ったのでこんな感じでやっていこうと思っています

そして最後は、テスタロッサ家サイド
再びテスタロッサ家内にて、爆弾投下です
ちなみになんでプレシアさんがあの様な事を提言したかと言うと

情報不足と人材不足の現状で、不足の事態に確実対応できて、もっとも安全で現実的な方法がアレになった感じです

まあこの件を持って、テスタロッサ家に新たな火種が生まれてしまった様ですが……(笑)

さて次回からは新メンバーを加えての、テスタロッサ家の生活を描いていくつもりです
ひょっとしたら、また更新が遅れるかもしれませんが……皆さん、何卒よろしくお願いします!

それでは、次回に続きます。


追伸
 やべえ、今回の話……全くアリシアが……






[17010] 第四拾伍番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:a15c7ca6
Date: 2011/07/06 00:09



その空間は、張り詰める様な緊張感で満たされていた
その一室は、押し潰される様なプレッシャーが充満していた

そしてその中心の中に、ウルキオラは居た。


(………どうしてこうなった?………)


今現在自分が置かれている状況を、ウルキオラは改めて確認する。


「…………」


視線を右に動かせば、目に映るのは長い金髪
視線を左に動かせば、目に映るのは長い銀髪
視線を正面に移せば、目に映るのは長い黒髪


「…………」


今の状況を再度確認しながら、ウルキオラは再び視線を走らせる。

視線を右に移せば、ムスっとした表情で威嚇する様な視線を左に向けるアリシア
視線を左に移せば、自分に視線をむけるアリシアを意味深な視線で見る銀髪の女
視線を前に移せば、口元を歯軋りする程に歪めて射殺せそうな視線を自分に放つプレシア


(……本当に、どうしてこうなった?……)


その奇妙な三角地帯の中心部に居るウルキオラは、頭の中で毒吐きながら事の経緯を思い出す。

あの時、プレシアの「一緒に暮らしなさい」と言葉を放った直後



「おかあさんのアホおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」



と、涙交じりの声で叫ぶアリシア



「え!? なっ!!? ち、ちがう!違うのよアリシア!これには事情があって!!!」



と、今までの態度から一転して狼狽するプレシア


「……ダーリン?」
「お前は何を言っている?」


そんな二人を尻目に、淡々と会話を進めるウルキオラと銀髪の女

そしてそんな二人をアリシアはキっと睨む様に見て、抱き付くようにウルキオラの腕にしがみ付いて



「言っておくけど!私のだからね!!!」



と、大声で宣言した。









第四拾伍番「新生活のはじめ」









その後、ウルキオラはもはやお馴染みとなったアイアンクローでアリシアを引き離し


「……落ち着け、落ち着くのよワタシ……アレは子供の戯言、小さい子が自分の父親とかに
『私、将来はお父さんのお嫁さんになるー』とか言ったりするのと同じよ……そうよ、要はそういう事、だから、何も心配する事はないわ……」


ブツブツと、ぐしゃぐしゃと髪を掻きながら、プレシアは暗示をかける様に自分に言い聞かせ
一通り落ち着いた後、アリシアを宥め終わった後にこうして会談の席についた訳である。



「……コホン。さて、大分話が脱線しちゃったけど……改めて自己紹介しましょうか
私はプレシア、そこの金髪の女の子は私の娘のアリシア、そんでそこの白いヤツがウルキオラよ」

「それでは私も自己紹介を……と言いたいところなのですが
自分の名前も覚えない状態なので、私の事はとりあえず『夜天』とお呼び下さい」

「そう、分かったわ『夜天』」


銀髪の女・夜天の言葉を聞いて、プレシアは軽く返す。


「話を整理するわ。貴方は昨夜以前の記憶がない、『夜天』という言葉以外コレと言って覚えている事は無い
身分証の類はなく、自分がどこの誰だか一切分からない……それで良いわね?」

「はい、それで合っています」

「昨晩の事はそこに居るウルキオラから聞いたわ。
確かに最初は貴女の事は分からなかったみたいだけど、どうやら身に覚えはあるらしいわ」


テーブルを挟んで対面の位置に座るウルキオラに視線をやると、ウルキオラもそれに応じる様に小さく頷く。


「ああそれと……一応そこの男は邪な目的があって、貴女を我が家に連れ込んだ訳ではないので悪しからず」

「ええ、それはご存知です。それにどうやらこの人は、既に予約済みな様ですしね」

「よし戦争だ表出ろや一秒で全殺しにしてやんよ」

「落ち着け、口調が崩壊してるぞ」


これ以上に無い、爽やかな微笑を浮べながら言うプレシアにウルキオラの歯止めが入る。
プレシアは一瞬、射殺す程の視線でウルキオラを見て、小さく咳をして再び話を戻す。


「……オホン。まあ我が家の意向としては貴女さえ良ければ、記憶が戻るまで若しくは身元が分かるまでの間は
貴女の面倒をみたいと思っているのだけれど……どうかしら?」

「……良いのですか?」

「まあ、このまま『はい、さよなら』ってのは正直後味が悪いしね
一応こっちは、貴方の身元を調べられる伝手と当てはそれなりに持っているし……
まあ乗りかかった船ってヤツね、困った時はお互い様よ」

「ですが、あまりご迷惑をかけるのは……」

「既にウチには一人特A級の厄介者が居るから、一人も二人もそんな変わらないわ
それとも、他に何か当てや手掛かりはあるのかしら?」

「まあ記憶が根こそぎ無くなっている状態なので、宛も何も無いですね……それでは、そちらのご好意に甘えたいと思います」


よろしくお願いします、と夜天は一礼してプレシアに感謝を述べ
プレシアは「こちらこそ」と、夜天に軽く返して




(……なーんか、手応えがないわねー……)




毒吐く様に脳内で呟く。
対面に据わる銀髪の女を見ながら、プレシアはそんな評価を目の前の女に下していた。

目の前の女からは、記憶喪失による動揺や不安、恐怖と言った負の感情が感じられない。
こちらの質問には淀みなく答えているし、落ち着いて冷静に物事を判断している。

やはり、記憶喪失は偽装か?とも思ったが


(……こっちの威嚇には、何も反応なし……)


相手の事を試す意味でも、プレシアは目の前の女と会話を交わしながら
何度かその手の「気になる動き」を交えていたのだが、相手はそれに対して何の反応も警戒もなく
そもそもこちらの行動そのものに気付いていない様に見受けられた。


(……さっき見せたこの娘の魔導技術から察するに、何かしらリアクションを見せると思ったけれど……)


相手にはそれがない、それこそ全くの0と言っていい程に

あまりにも無警戒、あまりにも無反応
正直に言ってそこら辺の素人や一般人と大差ない。

暖簾に腕押し、これが一番合っている表現かもしれない
プレシアの中で、どうにもこの女のキャラが掴め切れないのだ。



『……それで、何か掴めたか?』
『……アンタ、分かってて聞いてるでしょ……』



対面に座る協力者から念話が入る
プレシアは念話越しに毒吐く様に答えて


『……収穫は今一つね、判断材料が絶対的に少ないから未だに悩むのが現状ね……』


ふぅ、と此処でプレシアは一呼吸間を置いて



『まあ、材料が少ないのなら増やせば良いわけだけどね』



僅かに口元を歪ませてプレシアは答える。


『それで、厄介事を俺に全部押し付けようって腹か』

『理解が早くて助かるわ、まあ元々アンタが持ち込んだ種な訳だし、対処としては妥当じゃない?
アンタなら万に一つの事態が起こったとしても、十分対処できそうだしねえ?』

『世話役というよりも、寧ろ毒見役と言ったところか?』

『適材適所ってヤツよ』


ウルキオラが呟いて、プレシアは微笑み交じりで返す。
目の前の女が不安要素であり、危険要素の可能性がる限り、最低限の対策は取って置かねばならない。

だからプレシアは、この女の監視役にウルキオラを指名した。
ウルキオラは基本スペックの高さは良く知っているし、大抵の魔法や魔導技術もスペックのゴリ押しで対処できる。

相手の情報が少ない今、不足の事態が起きた時は自分よりもウルキオラの方が
この女の監視役に適しているのは紛れも無い事実であった。


(……まあ何にしても、情報が少ない現状としては優先すべき行動は二つ……
……一つは、この女から……夜天から出来るだけ情報を引き出す事……)


情報が少ないのなら増やせばいい。
例え口頭からの情報が得られなくても、得られる情報という物は存在する。

それらの情報を引き出すためにも、様々な角度からこの女と接触を図ってみるべきだろう。



(……そして二つ目、この女と友好的な信頼関係を築く事……)



相手がこちらに信頼を置いてくれれば、その分情報が引き出し易くなる。
そしてその情報如何では、相手の事も色々と検証できるだろう。

その為にはまず相手の警戒を解く事
相手の記憶喪失の真偽に関わらず、こちらに対する警戒が薄まった方が何事に対してもやり易いの事実。

相手の記憶喪失が偽装だった場合、警戒が薄れていればボロも出易く、相手の油断やミスも誘発できる。

また相手の記憶喪失が事実だった場合、その信頼関係はそのままこちらの利点になるし、もしかしたら味方に抱きこめるかもしれない。


そして、プレシアの理想としては後者
この銀髪の女・夜天の記憶喪失が紛れもない事実で、その上でこの女からの信頼を買い、味方に抱き込み
その力を自らの意志でこちらに献上させる、そんな関係


類として見れば、嘗てのフェイトとの関係
だがあれとは違い恐怖や暴力には極力頼らない、恐怖や暴力に縛られた主従関係ではいずれ破綻するのは前回の一件で学んでいる

その上で自分が完全に上位の、相手の信頼を得た確固たる協力関係
もしもそんな関係を築く事ができれば……



(……ま、そうそう上手く事は運ばないでしょうけどね……)



何事にもイレギュラーは付き物だ。
嘗ての時の庭園での一件の様に、予想だにできないアクシデントが起きる可能性もある。

そして、この話の根底から覆えされる様な……その基盤ごと粉々に破壊する様な出来事が起きる可能性だってある。


(……まあ何にしても、色々と仕込んでおく必要はありそうね……)


これから自分がやるべき事を確認しながら、ゆっくりと息を吐き出す。
そして


「さて、それじゃあ三人とも出かける準備をしなさい」

「……なに?」

「??? 出かける準備?」


ウルキオラとアリシアがそう聞き返すと、プレシアは「ええ、そうよ」と呟いて
プレシアは最初の手札を一枚切ることにした。


「買い物よ買い物、皆そろってショッピングと洒落込むわよ」
















管理局系列のとある病院にて


「……そうですか、私は四ヶ月以上も眠ったままだったんですか……皆さんには、随分心配をかけてしまったようですね」


僅かに驚いたように、リニスは呟く。


「いやもう、本当に心配したよ」
「でも、リニスが目を覚ましてくれて本当に良かった」


次いでアルフとフェイトが、安堵の息を漏らしながらそう言う。

ここはリニスが入院していた病室、フェイトとアルフはリニスの願いで
リニスが眠っていた四ヶ月、あの時の庭園での一件以来身の回りで起きていた事を報告していた。


「それで、二人に何か処罰は……」

「ああ、それは大丈夫。リンディ提督やクロノが上の方に話を通してくれて、懲役とか実刑とか厳しい罰とかはないみたい」

「それでも、起こした事が事だからねー。
暫くあたし達は管理局の保護観察に入るみたい、まあ裁判が終わればある程度の自由は利くみたいだけどね」

「そうですか、改めてリンディ提督にはお礼を言わなければなりませんね」


安堵の息を吐き出して、リニスはベッドに背をもたれる。
嘗てリンディとの会話でも処罰の類はないと言われたが、あの時はまだ口約束のレベルだったし

その後プレシアの犯した次元断層未遂、そして知らなかったとは言えその手助けをしていたフェイトとアルフ
次元断層は懲役数百年クラスの、管理局法の中でも最も重い犯罪の一つだ。

幾ら事情があったとは言え、何かしら重い実刑になるのではないかと
リニスにはまだ不安があったからだ


「私達の事は大丈夫、だからリニスも安心して療養してね」

「そうそう、ゆっくり休んでおくれよ。何かあったら遠慮なく言っておくれよ」

「では、二人の厚意に甘えるとしましょうか」


三人はクスリと笑って、リニスは改めて二人を見る。

昔は二人が怪我や風邪をひいた時は自分が二人の看病をしたものだが、まるっきり立場が逆になってしまった。


(……成長するもの、なのですね……)


その事が少しおかしくて、少し嬉しくて
リニスの表情は自然と緩み


「それでね、リニス――」

「でね、聞いておくれよリニス――」

「はいはい、二人とも慌てない。私は逃げないから、順番にお願いします」


三人は、久しぶりの家族の会話を楽しむ事となった。

今まで話せなかった事、今まで話し足りなかった事
ずっと話したかった事、ずっと聞きたかった事

自分達の間に空いた空白の時間を埋める様に、家族水入らずの時間の中で三人はお互いに言葉を交わしていき



「――ああ、そうだ…リニス、少し聞いても良いかな?」

「はい、何でしょうか?」



不意に
何かを思い出したかの様に、フェイトはリニスに尋ねた。


「うん、デバイスのカスタマイズの事で少し……
一時的に魔力を別の所に貯蔵しておいて、その魔力を魔法発動時に上乗せして威力を高める……
って言う感じのシステムなんだけど、何か心当たりはないかな?」

「魔力を、貯蔵……上乗せ……フム」


フェイトの説明を聞いて、リニスは口元に手を軽く置いて考える様に俯く
次いで僅かな間を置いて、リニスは俯かせていた顔をゆっくりと上げて


「多分ソレは『ベルカ式』のカートリッジ・システムの事ですね」

「……ベルカ式?……」

「……カートリッジ・システム?……」


聞き慣れないその単語を耳にして、フェイトとアルフは僅かに首を傾げる。


「まあ、二人が知らないのも無理はありませんね。
『ベルカ式』は今ではあまり使われていない技術ですし、その使い手もミッドチルダ式と比べてかなり少数と聞きますからね」


二人の疑問に答える様に、リニスは言葉を続けていく。


「それで件のカートリッジ・システムとは、その名の通り予め膨大な魔力を特殊な術式を施した弾丸…カートリッジに貯蔵し
発動と同時にその魔力を上乗せする事によって、その魔法の威力を爆発的に高める……というモノです」

「……なーるほどー、予め溜め込んで置いた物を上乗せするだけだから、詠唱や演算は必要ないから速攻で発動できる……この利点は大きいね」

「その上前もって用意した魔力を使う訳だから、魔力の消耗も疲労も少ない
使える回数は限られるけど、使い所さえ間違えなければ強力な切り札になる」


アルフが納得した様に呟いて、フェイトもそれに続く。
二人のその言葉に、リニスは更に補足する。


「ええ、強力なシステムです。特にベルカ式はカートリッジ・システムで大きく向上した速効性と攻撃力により
白兵戦……特に一対一の戦闘において無類の強さを発揮したそうですよ」


リニスは肉付けする様に更に説明を続け、フェイトとアルフは感心した様に声を上げていた。

しかし、ここでフェイトは何か疑問を覚えたのか
「アレ?」と呟いて、その疑問を口にする。


「……でもそんな便利なシステムなのに、どうして廃れちゃったの?」

「確かにそうだよねー、聞いた限りじゃメリットはあってもデメリットはない感じだし」

「そうですね、それではそこの所も説明しておきましょうか」


フェイトの疑問にアルフも同調し、その疑問に対して再びリニスが説明する。


「さっきも言いましたが、ベルカ式の魔法自体は数は少ないながらもまだ使い手は残っていますよ
ストライクアーツの国際大会の上位入賞者がベルカ式格闘術の使い手だったという事例もありますし
管理局にもベルカ式魔法を使う魔導師の方もいます

更には古代ベルカの王族や貴族、かの『冥王イクスヴェリア』や『覇王イングヴァルト』『聖王女オリヴィエ』の末裔も
未だ現存しているという噂もある位ですからね」


まあ、あくまで噂ですが…と、リニスは小さく微笑みながら付け加えて


「他のベルカ式魔法が生き残る中、カートリッジ・システムが衰退してしまったのには……やはり、時代の流れが関わってくるんですよ」

「時代の、流れ?」

「どういう事だいリニス?」

「カートリッジ・システムは、デバイスへの負担が大きいんです」


リニスは簡潔に答える。


「使う魔力が大きければ大きいほど、デバイスへの負担が大きくなります。それだけならば問題はなかったのですが……」


しかし、と
リニスはここで一度言葉を区切って


「詠唱や演算が簡略化できた分、自力以上に強力な魔力の制御は極めて困難で、使いこなせる魔導師が少なかったんです
更に時代の移り変わりと共に、魔法技術やデバイスも進化していって、その性能は大きく向上していき……」

「っ!……そうか、態々扱いの難しいベルカ式を使わなくても、もっと使い易くてもっと性能の良い
デバイスや魔法技術がどんどん開発され、普及していったから……」

「廃れちまった…って訳だね。誰だって使い難い道具よりも、使いやすい道具を選ぶもんだからね」

「そういう事です」


納得がいった様に二人が呟く。

アルフが言った様に、誰だって使いに難い物よりも使い易い方を選ぶのは当然だし
デバイスを造る側、メーカーやブローカーにしたって確実に需要があって買い手が付く物を優先的に扱っていくのも当然だろう。


「……じゃあ、バルディッシュにカートリッジ・システムを組み込むのは……」

「厳しいですね。
カートリッジ・システムは本来、アームドデバイスに組み込むのが主流ですので
繊細なプログラムを積んでいるインテリジェント・デバイスとの相性は特に悪かった様ですし……」


それに、とリニスは思い出したかの様に言葉を続けて



「あのプレシアも、嘗てカートリッジ・システムを組み込もうとして失敗したくらいですからね」



その事をフェイトに話し
それと同時に、リニスは「あっ」とまるで己の失言に気付いた様に小さく声を上げた。

何故ならリニスは不用意に、フェイトの前でプレシアの名前を出してしまったからだ。


(……しまった、失言だった……!!?)


リニスは咄嗟に口元に手を置く
フェイトの心の傷に、不用意に触れてしまったか?と思ったが




「そっか、母さんでもか。それじゃあ確かに、ちょっとハードルは高いかな?」




しかし
フェイトは特に気にした様子もなく、感心したように呟いた。


(……アレ?……)


その表情に憂いや曇りもなく至って平常、無理に感情を押し殺している風にも見えない
そしてそんなフェイトの様子を見て、リニスは一瞬呆気に取られるが


(……ああ、忘れていました……もうアレから四ヶ月も経っていたんでしたっけ……)


その事実を思い出す。
それだけの時間があれば気持ちの整理はつけるし、心の傷だってそれ相応に癒えるだろう。

まだ幼くプレシアを心から慕っていたフェイトが、心に傷を残す事無く完全にプレシアの死を吹っ切れたとは思えなかったが



(……どうやら、杞憂だった様ですね……)



フェイトの心の傷を抉るような真似をしてしまったかと思ったが
自分の言葉に対して特に気にする様子を見せず、いつも通りに振舞うフェイトを見ながら

リニスは小さく安堵の息を吐いていた。



















第3管理世界ヴァイゼン・ロレンス商会本店にて


「なんじゃコレはああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!」


店内中に響き渡る様な、そんな痛烈な叫び声が響いて
その店の店長代理のホロは、目の前に居る『ソレ』を一気に抱き寄せた。


「ムッホオォ!フオオオオオオオオオオオォォォ!!!! なんじゃ!なんじゃなんじゃ!この可愛い物体は何なんじゃ!
くぅー、可愛いのー!本当にかわええのぉ! 小さくて柔らかくてフカフカでスベスベで抱き心地も最高でありんす!
この可愛さは兵器じゃ!アルテマウェポンじゃ!戦争じゃ!世界大戦じゃ!今すぐ核シェルターの準備をするのじゃあああああぁぁぁ!」

「むぎゅっ!ぐ、む!……く、くるし……っ!!!」


その胸に顔を押し付けられながら、アリシアは呻くようなか細い声が響く。
アリシアは抱き寄せられ、頬擦りをされ、為されるが儘にされ


「真っ昼間からサカってんじゃないわよ雌犬」


発狂したかの様に捲くし立てるホロを見て、プレシアは呆れた様に呟く。
その後頭部にガツンと一発見舞わして、抱かかえられて狼狽していたアリシアを無理やり引き剥がして


「ったく、人の娘に何してくれてんのよ。びっくりしちゃってるじゃない」


はあ、とプレシアが深く溜息を吐くと
アリシアはそのままそそくさとプレシアの後ろに隠れて


「別にちょっとくらい良いではないか! いつもお主の無茶を聞いておるんじゃから、コレくらいの役得は当然なのじゃ!」

「その分支払いには色をつけてるでしょ
そんなにイチャイチャしたいんなら、後で旦那さんと好きなだけすれば良いでしょうが」

「ソレとコレとは別腹じゃ!」


抗議する様にホロが声を荒げて訴えるが、プレシアはそれを面倒くさげな表情をして冷淡に返す
そしてプレシアの言葉を聞いて、ホロは「ぐぬぬ」と悔しげに唸って


「それで、何しにきたんじゃ? 冷やかしはご遠慮願いたいんじゃが?」

「安心しなさい、今日も客として来たわ。この娘に合う服を一式揃えて欲しいのよ
あと替えの服とかその他諸々用合わせて7~8着コーディネートして頂戴」


そう言って、プレシアはホロから視線を移す。
その動きに釣られてホロが視線を移すと、銀髪の女と目が合って軽く会釈された。


「ほほーこれはまた、随分な別嬪さんじゃのー……誰かや?」

「ちょっとした知り合いよ、少し事情があってウチで預かる事になったんだけど……私の服じゃサイズが合わなくてねー」

「ま、そういう事にしておくでありんす……で、そっちの御仁の分は良いのかや?」


女店主が更に視線を移す。
その銀髪の女の斜め後ろにいる、黒い背広に身を包んだ黒髪の男が立っていた。


「――ああ、アレは良いの。とりあえず今日はこっちの娘の分だけ見繕って頂戴」

「予算は?」

「5桁以内で」

「あい了解。ノーラ!ちょいと来ておくれ!客じゃ!」


商談の算段がついて、ホロは商品整理をしている店員を呼ぶ。
その声に反応して、『ノーラ』と呼ばれた小柄で金髪の少女は小走りにホロの元に駆け寄った。


「はいはーい、お呼びですかホロさん?」

「そこにおる銀髪の娘に合う服を幾つか見繕って欲しいんじゃ、頼めるかや?」

「ええ、大丈夫ですよ。それじゃあ先ずはサイズを測りますのでこちらに」

「分かりました」

「私も行くわ、貴方達はここで大人しく待っていなさい」


そんなやり取りを交わして
プレシアの言葉を聞いて、アリシアは「うん、わかった!」と威勢よく答えて、黒髪の男は小さく首肯して
三人は奥のカーテンで区切られたスペースへと姿を消して行き



『……それで、どういうつもりだ?』

『あら、何の事かしら?』



次の瞬間、プレシアはそんな念話を受信した


『こんな変装までさせて、一体何が目的だ?』

『あら、結構似合っていると思うけど? 不満かしら?』

『不満だらけだ』


どこか憮然とした響きを含ませて、そんな念話が届く
プレシアたちと一緒に来店した、黒いスーツに身を包んだ黒髪の男

この店の誰もが、「どこにでも居る」「普通の客」として接していた黒髪の男
その男の正体は、他ならぬウルキオラだった


『折角貴方の義骸を作ったんですもの、実際に使ってみたくなるのが人情ってヤツよ』


ククっと、愉快気な響きを纏わせてプレシアが答える。
それは嘗てプレシアが思い立った事、ウルキオラ用の義骸の製造

例のベルカの騎士絡みの一件のせいで疎かにしていた義骸を、プレシアはこれを機に一気に仕上げたのである。


『この辺りは治安も良くてね、管理局の目もそれほど強くはないし、何よりホロはこの辺りなら顔が利くから、万が一の時も融通が利くしね
アンタの義骸にもちゃんと魔力フィルターがついているし、後は顔さえ誤魔化していれば大事に至る事は先ずないわ』

『そもそも俺が一緒に来なければそれで済む問題だろ、リスクは可能な限り少なくするのがお前のやり方だったんじゃないのか?』

『こっちの事情ってヤツよ。それにアンタも、いつも隠れ家に引き篭もっているばっかりじゃ気が滅入るでしょ?』

『……さあな……』

『素直じゃないわねー、まあ良いわ。
とりあえず有事の際にはいつでも動けるようにしておいて、その義骸は元々試作品だから壊しちゃっても問題ないから』


その言葉を区切りにプレシアとの念話は打ち切られる。
ウルキオラは特にする事もなく、かと言って服や装飾品に興味がある訳でもなく、どこか手持ち無沙汰になっていると



「見て見てウルキオラー」



白いリボンのついた麦わら帽子をかぶったアリシアが、ウルキオラの目の前に躍り出て


「どう?似合う?店員さんが試着しても良いって言ってたからかぶってみたの」

「ああ悪くは無いな、そこから更にお前の額から下の部分を取り除けばパーフェクトだな」

「私の部分を全否定!!!!」

「黙れ、騒ぐな、喧しい、ここが家の中ではない事くらい認識しろ」

「ぐぬぬ……」


己の部分の全否定を受けてアリシアが思わず叫ぶが、そこをウルキオラに制されて悔しげに唸り声を上げる。
流石のアリシアも、あのウルキオラから一般論で返されるとは完全に予想外だったらしい。


「これこれ、ここは店の中じゃぞ。出来ればもう少し静かにしてくれいかや?」


不意に二人は背後からそんな声を掛けられる
二人が視線を移すと、先程までアリシアを抱擁し、プレシアと親しげに話していたこの店の店員が立っていた


「……お前は、さっきの……」

「で、出た……っ!!」


その顔を認識して、ウルキオラは確かめる様に呟いて、アリシアはビクっと体を震えさせて即座にウルキオラの背後に隠れる。
そのアリシアの行動を見て、その女はカラカラと朗らかに笑って


「ありゃりゃ、これは随分と嫌われてしまったでありんす。さっきの事を謝りに来たんじゃが、タイミングを間違えたかの?」


ウルキオラの背後から、自分を品定めする様な視線を向けるアリシアを見て女は悪戯っぽく微笑んで
次いでその視線を、アリシアが縋り付いているウルキオラに視線を移して


「えーと、確かお主は……アクタベさんじゃったか?」

「人違いだ」

「冗談じゃ」


ホロは笑いながらウルキオラに返して、次いで「ふむ」と僅かに口元を引き締めて
ウルキオラの顔を覗きこみ、品定めする表情から一転して小さな笑みを作って


「……成程のー、お尋ね者の割にアレは妙に余裕があると思ったら……こんなジョーカーを手に入れていた訳か……」

「…………」

「くふふ、そんな怖い顔をしなさんな。わっちは別に主らの敵ではありゃせんよ」


そう言って女は目深くかぶっていたフードを脱いで、首元に巻いていた毛皮を解いて


「……あ……」


アリシアが小さく驚いた様に声を上げる。
女の頭にピョコンと生える大きな三角形の耳と、腰から生える毛皮……フサフサと音を立てて動いている尻尾を見定めて
アリシアは驚いた様に表情を強張らせて


「わっちはホロ、この店の店長代理でプレシアとは旧知の仲じゃ。以後よしなに」


ホロと名乗ったその女性は、軽く一礼して二人に名乗る
そしてその言葉を聞いて、ウルキオラは改めてホロに視線を移して


「……なら、こっちの事情もある程度に理解している……と捉えていいのか?」

「そうじゃな、主等が数ヶ月前に『局』を相手に大立ち回りした……という程度にはの」

「……成程……」

「主も欲しい物があれば遠慮なく頼ってくれりゃ
ご禁制の物は扱っておらんが、それ以外の物じゃったら大概の物は揃えられるからのー」

「覚えておこう」

今までの言葉を聞いて、ウルキオラは大凡の事情を察する。
あの時の庭園での機材や設備、アレを個人で揃えるには相応な人脈と流通ルートと、それを押さえる交渉術が必要だった筈

つまり、その部分を埋めていたのがこの女…という事だろう
と、そこまでウルキオラが考えを纏めた所で



「―――で、お前は何をしている?」



自分の腕を絡め取りながら、自分の背中を軽く抓っている存在に声を掛ける
次いで視線を動かせば、そこには頬をムスりと膨らませているアリシアが写り



「………ウルキオラのバカ………」



小さく静かに、どこか恨みがましくアリシアは呟いて


「……?」

「くっ、ぷぷ……! あいや、これは失敬!
そうじゃな。確かに主様にしたら、この御仁が自分を差し置いて他所の女と親しげにしているのは、面白いものではないな……ぷ、くく……!!!」


その呟きを聞いて、ホロは可笑しそうに噴出して小さく微笑んで、身を屈めてアリシアと目線を合わせる
そして少しだけ顔を近づけて、


(……妙な勘違いをさせてしまった様ですまんの。だが安心せい、わっちは主様の良い人を盗ったりはしないでありんす……)

「っ!!」


その瞬間、アリシアの体がビクンと跳ねる
次いでその表情を驚愕で染め頬を僅かに紅潮させて、ホロは楽しげにクスクスと小さく笑い声を漏らす

その屈託の無い笑みをを見て僅かにアリシアの警戒は解けたのか、品定めをする様にホロに視線を向けて


「……本当に?」

「この耳と尻尾に誓って」


そう言ってホロは両耳をピクピクと動かして、ファサっと尻尾を軽く振って
そして更にアリシアに耳打ちする。


(……それに、その御仁はさっきから主様に素っ気無く振舞っておるが……なんだかんだで、主様の事は気に掛けておるぞ……)

(……??? どういう事?……)


ボソボソと二人はそのまま小声で会話を続ける。


(……さっき、主様が帽子をかぶって見せておったじゃろ?……)

(……うん、私の部分は全否定されたんだよ……)

(……じゃが主様よ、よく思い出してみぃ?……)


先程のアリシアとウルキオラのやり取り、その事をアリシアは思い出すがコレと言った発見が得られず
そのアリシアの様子を見て、ホロは小さく悪戯っぽく微笑んだ後



(………その御仁、主様に「似合ってない」とは一言も言っておらんかったぞ………)



その事実をアリシアに告げて、その事実を告げられたアリシアは


「…………」


僅かに黙って


「……え、へ……えへ、えへ……えへへへへ……」


その表情を緩ませて、惚気るような笑みを浮べる。
そのアリシアの変化を見て、ホロは楽しそうに口元を緩ませて、ウルキオラは不思議そうな視線を投げつける。

次いでアリシアは視線を移して、笑顔のままウルキオラへ振り向く
そして


「ウルキオラ!」

「何だ?」

「可愛いヤツめ!!!」


ドヤ顔でアリシアはウルキオラに向かってそう言い
次の瞬間、アリシアの体は宙を浮いていた。


ウルキオラのアイアンクローによって


「みぎゃああああああああああああああああああああ!!! 潰れる!潰れちゃう!
色々なモノが潰れちゃうウウううううううううううううううううううううううぅぅ!!!!」

「これこれ、店の中で騒ぎ事はご法度じゃぞ」

「……フン」


その痛烈な叫び声を聞いて、ホロが止めに入る
次いでウルキオラは小さく呟いてアリシアを解放し、解放されたアリシアはそのまま頭を抱えて蹲って


「ううぅ、相変わらずウルキオラは気が短いんだよ。見た目は大人、頭は子供なんだよ」

「見た目は子供、頭は残念のお前に言われたくはないな」

「それは挑発と受け取っていいのかなあ!!!?」


頬を更に紅潮させて、「ふんがー!」唸ってアリシアがウルキオラに襲い掛かるが
ウルキオラは「騒ぎ事は御法度だ」と、アリシアの口元を掌で塞いで


「むー!むぐぐ、むぐー!!!」
(………あっちについて行った方が、まだ良かったかもしれんな………)


アリシアの抵抗を受け流しながら、そんな事を考えていた。














(……どうやら私は、記憶喪失という状態らしい……)


白いブラウスのボタンを留めて、タイトなジーパンを穿きながら夜天は現状を確認する。


(……身体機能及び内蔵機能に異常は感じられない、昨夜以前の記憶の欠如という事以外の異常は現時点では確認されていない……)


機械が淡々と情報処理をしていく様に、ジグソーパズルのピースを一つ一つ組み合わせて行く様に、着々と確実に処理していく。


(……現時点において、手掛かりとなるモノは……『夜天』という言葉のみ……)


殆どの記憶を失っていた自分が唯一覚えていた単語
その単語を忘れない為にも、その単語を自分の呼び名にしたのだが



(……いや、正確に言えば……後二つ、手掛かりになるものはある……)



彼女は思い出す
その霞が掛かった様に残る漠然とした記憶を


(……夜闇の中、どこかの空で私は力尽きて……墜ちた……)


かなり曖昧で断片だらけの記憶だが、確かに覚えている
恐らく自分が記憶を失った直後か、あるいは直前の記憶


(……そしてもう一つの記憶は……ウルキオラと呼ばれていた、あの白い男……)


記憶を失っていた自分を拾い、あの家まで連れ帰った男


(……あの男を見ていると、胸がざわつく……)


それは、記憶を失い始めて目が覚めた時に感じた奇妙な感覚


(……あの男を見ていると、頭の奥底が疼く……)


自分でも理由は分からないが、それは自分が確かに認識できる感覚



(……あの男を見ていると……忘れてはいけない『何か』を、忘れている様な気がする……)



それが自分にとって善いのか悪いのかは分からないが

あの男を見ていると、自分が忘れてしまっている『何か』が反応している
あの男の近くに居ると、自分が失っていている『何か』が脈動している

自分でも知らない『何か』が、確かに自分の中に在る事を実感できる


(……多分、この『何か』を知る事が……失った記憶を取り戻す一番の近道……)


直感的な判断だが、恐らく間違っていないだろう。


(……そして、プレシアが私達に言い放った……あの言葉……)

――ウルキオラ、貴方今日からこの娘と一緒に暮らしなさい――


正直言ってこの提案は自分にとってかなり好都合
あの男の存在が気になって仕方が無い自分としては、渡りに船だった。



(……何にしてもウルキオラの傍にいる事が、記憶を取り戻す一番の近道になりそうですね……)



夜天は新しい服に袖を通しながら、その事実を改めて確認していた。













続く











後書き
 今回も少し更新が遅れてしまい本当にすいません!次回はもう少し速めに更新できる様にしたいです!

今回は、殆どの部分が日常パートで構成した感じです。そのため殆どストーリーが進みませんでしたが、平にご容赦下さい!
次回からはストーリーを動かせる様に頑張りたいと思います!

ちなみに、ウルキオラの義骸のモデルになっているのは某悪魔探偵のアクタベさんです……はい、完全に中の人ネタです。

テスタロッサ家の方も新しい住人を受け入れる体勢も整い、フェイトサイドの方にも少しづつ動かした反面
ヴォルケンサイドや管理局サイドの方が全く描けなかったので、次回はその辺の部分も描いていきたいと思います。

それでは次回に続きます!


追伸
なのはのpspソフトの新作PVを見ました。
まさかトーマとアインハルトまで使えるとは思わなかった……文字通り、度肝を抜かれました
ちなみに自分はvivid派かforce派かと聞かれれば、自分はforce派です。Forceに出てくる様なゴツい武装は大好きです。






[17010] 第四拾陸番
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:a15c7ca6
Date: 2011/08/03 21:50




「う~ん、少し時間がかかったかしら?」

足元に浮かび上がる幾何学模様の魔法陣が消えていくのを見ながら、シャマルは呟く。
朝の家事に思いのほか手間取って、今自分が居る廃屋に来るのに時間が掛かったのだ。


「……さーて、彼は大人しくしているかしら……」


小さく呟いて、木造造りの廊下を歩く。
昨晩初めて彼の容態を見た時は最悪の事態も覚悟したが、思いの外自分の治療魔法が彼の体に馴染んだお陰で何とか持ち直したのだ。

しかし、だからと言ってまだ安心できない。

何とか容態を持ち直す事は出来たが、それだけだ。
怪我自体が完治した訳ではないし、無理をすれば傷口が開いて症状が悪化する事だって有り得る。

故に、こうして定期的に治療の経過を看なくてはいけないからだ。


(……まあシグナムも来ている事だし、そこら辺は心配しなくてもよさそうね……)


心の中で呟いて、目的地手前まで着く。
シャマルは足を止めて、目の前のドアを軽くノックしようとした所で



「……ぁ、ぅ…っ…あ……ン……」



その声が響く。


「……?……」


ノックしようとした手が思わず止まる。
ドア越しに聞こえたその声に意識が取られて、ついその動きを止めてしまう。


(……今の声……シグナム?……)


どこか聞き覚えのあるその声、その声の主と自分達の将の姿が重なる。
そして、再びその声が響く。


「……おい、気色ワリぃ声だしてんじゃねえよ」

「……だ、だが……こんな、の……しら…な…っ…ぁ!」


ドア越しに響くその声を聞いて


(………な、何が……このドアの向こうで、一体何が起きているの!!!?……)


シャマルは思わず固まる、その状況についていけず立ち竦んだ状態陥って


「……や、め……そんなに、強く……吸う、なぁ……」


どこかくぐもった、どこか熱っぽい声が響く
そしてその声がシャマルの耳に響いて


(……吸う!吸うって、なにを!!?どこを!!?……え!え!……)


密室、二人っきりの男と女
嫌が応でも、「そういう」場面を連想してしまうこの状況


(……いや、いやいやいや!有り得ないから!絶対ありえないから!!?しかも、しかもよ!あの堅物のシグナムがよ!……
……昨日今日知り合った男女が一夜で『そういう』関係になるなんて無いないナイ!どこぞの洋画じゃあるまいし!……)


自分の中で膨らむ邪な想像を首を振って一蹴する。
しかし、そんなシャマルの気持ちを嘲笑うかの様に


「つーかよ、テメエも同意の上だろうが。いつまでもゴチャゴチャ言ってんじゃねーよ」
「……そ、それと……ぁ……これ、と、はっ……」

(烈火の将おおおおおおおおおおおおおおおぉぉ!!! アンタなにやってんのおおおおおおおおおぉぉ!!!!)


その声が響いて、思わず口調が崩壊する程の勢いでシャマルは頭を抱える。
そしてそんなシャマルを尻目に、二人の声が更に響く。


「こっちはまだ全然満足してねーのに、ふらついてんじゃねーよ。オラ、腹に力入れろ」

「……ま、て……ぁ、ぐ!……これい、じょ……まず、ィっ!……ぃしき、が、ト…ぶ……!!!」

「知るか、勝手に飛んでろ」

「……ぁ、ヤ……やめっ…!……た、たの…む……少しや、やす……やすま、せて……っ!!!」


ドア越しに響く声は徐々に熱っぽさを増していく。
ドア越しに響く声は徐々に荒く激しくなっていく。

そして


「なにしてるのよ貴方たちいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃ!!!!」


蹴破る様にドアを開けて、突撃する様にシャマルは部屋に突入した。













第四拾陸番「新生活への一歩」












「……いや、何かごめんなさい」
「別にいい、気にするな」


気まずげな表情をしながらシャマルは謝り、シグナムはソレを僅かに息を切らして返す。

次いでシャマルは視線を移す
ベッドの上で腰掛けて、自分の調子を確かめる様に手を握る青髪の男に視線をやる。


「……で、結局の所……さっきまでの『アレ』は何だったわけ?」


シャマルは先程の光景を思い返しながら尋ねる。
この部屋に乱入した直後に、自分の目に映り込んできたその光景

今と同じ様にベッドの上に腰を掛ける青髪の男と
その対面にて、片膝ついて息を切らして体から魔力を放出するシグナム

自分の乱入でソレは一旦止まったが
冷静さを取り戻した現状で思い返せば、あの光景も十分異常だった。


「……あー、その、なんと言うか……」


そしてシャマルの質問を聞いて、シグナムはややバツが悪そうに口ごもる
次いで頬を軽く掻きながら、やや悩むように小さく唸って



「………アレが、この男の『食事』らしい………」

「……へ?」



その言葉を聞いて、シャマルは思わずそんな声を漏らす
シャマルはそのシグナムの言葉を聞いて、「アレ?」と小さく呟いて


「……朝作ったお粥は?」

「朝食がてら私が食べた」


シャマルの問いに対して、シグナムはやや不機嫌そうな表情で返す
そしてそのシグナムの言葉を聞いて、シャマルは小さく「……そう」と呟いてシグナムは「……あぁ」と小さく返して

そこで、グリムジョーからの補足が入る。


「あんなん食っても、俺には何の栄養にもエネルギーにもなんねーからな。
だったら普通に食えるヤツが食った方がマシに決まってんだろ」

「……栄養に、ならない?」


その言葉にシャマルは僅かな疑問を覚えて



「ああ、この男はどうやら……『闇の書』と、非常に良く似た存在らしい」



シグナムが、その決定的な言葉を放った。





……


…………


……………………


…………………………………………






「……ホロウ、そしてアランカル……」

「私も、つい先刻教えられたばかりだが……正直言って、驚いた」


その動揺と驚きを隠し切れない様にシャマルが呟いて、シグナムがそれに同意する。


虚、そして破面
自分達「守護騎士」の様にその体は魔力粒子で構成され、「闇の書」と同じ様に他者の魔力を糧とする存在


「初めて見た時から、普通の人間とは違うとは思ってたけど……成程、私の治療魔法が良く馴染む筈だわ」

「基本的に我等と同じ様な体構造なら、シャマルの治療魔法もこれ以上に無い程馴染み易い……という訳だからな」


納得した様にシャマルが呟いて、シグナムもそれに同意する。
元々シャマルは守護騎士の中でも参謀や治療、補助といったサポート的な存在だ。

そしてその対象は、他ならぬ自分達守護騎士
もしも自分達と同じ様な体構造をしている相手になら、シャマルの治療魔法はこれ以上にない程効果を発揮するだろう。


「……まあ、彼に関しての事情は概ね把握したわ。でも、それでどうして貴方が補給係になってた訳?」

「言っただろう、この者にとっての食料は生物が持つエネルギーだ。
誰かがその補給係を買ってでなければ、民間人を初めとする無関係の人たちが犠牲になる
魔獣の類を狩るという選択肢もあるが、蒐集の事を考えるとそれもあまり多様はできん」


普通の食事が意味をなさないのなら、誰かがこの男にエネルギーを提供しなければならない。
それにこの男の現状、この男が昨晩見せた戦闘力と現状の衰弱具合から察するに、その回復に膨大なエネルギーが必要なのは明らか。

そのエネルギーの穴埋めをするために、魔力素質もない民間人から搾取すれば……その犠牲となる数は計り知れない


「蒐集とは違い、今回の一件は無関係な者達を犠牲にする必要はないからな……後は消去法だ
ヴィータとザフィーラは療養中で無茶は出来ない。お前は我等の中で唯一治療魔法が使える守護騎士、それに昨晩の戦いのダメージもある
いざという時に魔力不足になっているという事態は避けるべき……となれば、後は私がやるしかあるまい」

「いや、そういう貴方も随分キツそうだったけれど?」

「昨日も言っただろう? コレは私用だ、ただでさえお前には治療魔法で助けて貰っているんだ
それにコレは元々私が持ち込んだ案件だ、ならば自分で出来る事は自分でやるのが道理だろう?」

「……う~ん、まあ確かに……そうだと思うけど」


僅かに唸ってシャマルが呟く。
確かにシグナムが言っている事はそれなりに筋は通っている。

それにこの男を自分達の問題に巻き込んだ原因は自分にもある。
昨晩の一件の事も含めて、この男を治療する事自体にシャマルも異論はない。

しかし


(……なーんか、引っ掛るわねー……)


どこか納得がいかない様に、シャマルは心の中で呟く。
確かに治療の上で、誰かがこの男にエネルギー提供しなければならないのは分かる。

そして、その役に一番適しているのはシグナムというのも分かる。


だが、それは自分達の「蒐集」に支障を出さない範囲での話だ。


今のシグナムは、一応は平静を取り繕っているが……その実、体力・魔力を相当に消費して疲労している。
ある程度に休息を取ればそれなりに回復はするだろうが、それでも蒐集やその際の戦闘にはかなりの影響を受けるだろう。

例えるなら、フルマラソンをした後に僅かな休憩を挟んで遠泳をする様なものだ。
その体に蓄積された疲労は、確実に自分達の行動に支障をきたすだろう。

自分達が『闇の書』の守護騎士である以上、蒐集への影響を省みずに男へのエネルギー提供を買って出るシグナムを見て
シャマルは僅かな疑問を覚えたのだ。



「そんじゃ、次はこっちからの質問だ」



不意にその声が響く。
シグナムとシャマルは声の発信源であるグリムジョーに向けて視線を移して


「テメエ等、ウルキオラとどういう間柄だ?」


簡潔に尋ねる。
それはグリムジョーが昨日から感じていた疑問の一つだった。


「ウルキオラ? あの白い男の事か?」

「そうだ。昨日の一件で大体の予想はついているが……一応の確認だ」

「……簡潔に言えば、敵対関係だ」

「……そうかい」


グリムジョーの問いに対して、シグナムもまた簡潔に答える
シグナムの答えを聞いて、グリムジョーは納得した様に呟いて


「って事は、テメエ等と居れば……あの野郎とまた会える可能性は高えって訳だ」

「……認めたくはないがな」


昨晩の一件の終止を思い出して、重く息を吐きながらシグナムが答える。

昨晩の戦闘において、自分達は完全にあの黒い魔導師に待ち伏せされていた
あれは相手が自分達が第97管理外世界、それも日本の遠見市付近を活動拠点にしている事を知り
自分達の目的が魔導師が持つリンカーコアの蒐集だと知っていなければ不可能だった筈


少なくとも、あの二人はこの二点について絶対の確信を持っている考えた方がいいだろう。


自分達の主は自分達が蒐集している事を知らない、それに今の生活環境を考えると活動拠点を移動させるのも難しい。

かと言って、蒐集を止める訳にはいかない
勿論自分達もより一層警戒を強めて事にあたるつもりだが、それでも今後あの二人と遭遇する可能性は高いだろう。


(……ヴィータとザフィーラのダメージに加えて、私とシャマルの昨晩のダメージを考えると……
……少しの間、せめてヴィータ達が完治するまでは…蒐集を控えた方がいいかもしれんな……)


シグナムは考える
もしも自分が相手の立場なら、未だ第97管理外世界の昨日の襲撃地点付近に網を張っているだろう。

となれば、そう遠くない内に再びあの二人と相対する可能性は高い。
あの二人と遭遇とした時に備えて、戦力だけでも整えておくべきだろう。


それに昨晩の戦闘で、一つ分かった事がある。
あの二人は恐らく協力者の類が殆どいない、仮に居たとしてもそれは後方支援の類であり前線に出てくる事は先ずないだろう。

もしもあの二人に他に前線に出せる協力者が他に居たのだとしたら
この男やあの仮面の男が戦線に加わった時点で、出し惜しみする理由がないからだ

となると、最も有効的な手段は



(……逃げの一手、か……)



相対した瞬間、即座に他の選択肢を切り捨てての逃走
常に二人以上で行動し、どちらかが常に空間転移の準備をしていれば問題ないだろう

あのウルキオラ?という男の転移妨害もあるが、今なら幾つかの対策は立てられる。



(……ヴィータあたりは納得しなさそうだがな……)



自分達の中で、一番血の気の多い赤い少女を思い浮かべてシグナムは溜まった息を吐き出す。
特にヴィータはあの黒い魔導師に遅れを取り、白い男には徹底的にやられている。

そして蒐集や主の体調の事を含めて、あのヴィータの性格を考えると簡単には納得してくれないだろう。

無論、自分とてこの考えに心から納得している訳では無い。
しかし守護騎士の将としては、リスクとリターンを常に天秤にかけて、その上で行動を決定しなければならない。

例えそれが、仲間からの不況を買う事になってもだ。



(……せめてもの救いは、我等の住居が細かな位置が特定されていなかった事だな……)



もしもあの二人が自分達の住居、主の自宅の細かな住所まで特定できていたのなら、そもそも待ち伏せなんてする必要なないからだ。

自分達の不意をついて奇襲なり夜襲なり、幾らでも手立てはある。


あの黒い魔導師が自分達を待ち伏せしていた位置は、確かにそれほど遠くはなかったが近いという訳でもなかった。
そして自分達は帰還の際に魔力の痕跡を残すというミスは犯していない。

恐らく昨日の襲撃地点を中心とした、市町村単位での範囲の特定でしかない筈。

自宅にはすでに追跡対策として、魔力遮断の結界を常時展開している。
あの結界は自分とシャマルが数日以上の時間をかけて丹念に組み上げた結界。

相手が時空管理局並みの設備や装置を持っていない限り、簡単に気付かれる事は無いだろう。


(……だが、念には念をだ。外出は極力控えて買い物や通院の移動は空間転移を使えばいいだろう……
……それに、相手は昨日の状況から我等とこの男…そしてあの仮面の男達が結託していると考えている筈、
……仮に今後何かのミスで我等の住居を特定されたとしても……そう簡単には襲撃できないだろう……)


相手から見て、自分達の全戦力は未だ不明の筈
特にあの仮面の男が複数人いるという事実だけで、ある程度の撹乱はできるだろう。

相手が小数である以上、こちらに攻め込む前のこちらの全戦力の把握は必要不可欠な筈
そして、更に考えるのなら


(……恐らくあの二人は、この件に関して時空管理局を頼るつもりはない……)


もしも、相手が管理局を頼るつもりなら昨夜の戦闘で管理局があの場に来ない筈がない。
あの二人が自分達をあの場所で待ち伏せする程の有力な情報を掴んでいたのなら尚更だ。

以上の点から考えて、あの二人が管理局と繋がっている可能性は現時点で0と見ていいだろう。


(……だがこれはあくまで「現時点」での話、これまでの我等の蒐集から管理局もある程度は我等の活動範囲にあたりをつけているかもしれん……)


蒐集にしろ防衛にしろ、やはり今まで以上に警戒と用心を重ねなければならないだろう。

粗方の考えを纏めて、シグナムは小さくクシャりと頭を掻いて


(……何にしても、これから先は中々に難儀な事になりそうだな……)


この日一番の深い溜息を吐きながら、シグナムは今後の行動方針を考えていた。













(……回復具合は、甘く見て二割だな……)

シグナムとの質疑を終えて、グリムジョーは現状を確認する。
先程のシグナムからの霊力の吸収、そしてシャマルの治療魔法の効能

昨日は激痛で碌に体を動かせなかった事を考えると、回復具合は悪くはないだろう。


(……完治まで、早くて一週間って所か……)


大凡の見積もりをする。
しかし、今はそれ以上に考える事がある。



(……デケえな、力の差は……)



思い返すのは昨晩の戦闘
確かに以前よりは力の差は縮まった、だがそれだけだ。

現状では未だウルキオラとの力の差はでかい、仮に全快まで回復した所で現状では勝率は極めて低いだろう。

そして何より


(………昨日、あの野郎は全力じゃなかった………)


その事実を確認する。

昨日のウルキオラは本気だったかもしれない。
昨日のウルキオラは真剣だったかもしれない。

だが、全力を出していなかった
それは昨夜のウルキオラの言葉からでも明らかである。



――油断?違うな……これは『余裕』と言うものだ――



余裕があるという事は、つまりはそういう事だ。


(……あの野郎の性格を考えると、まだ隠し玉の一つや二つ持ってるって考えた方がいいな……)


昨夜の戦いで見せたあの妙な技の事もある
まだウルキオラは幾つか手札を隠し持っていると考えた方が良いだろう。



(………これが、『6』と『4』の差って訳か………)



嘗て自分達のトップが別格扱いしていた四体の十刃、その力を身をもって体験し、実感し


(………ザマぁねえな、黒崎に負けて、ウルキオラに負けて……挙句の果てに、見知らねえ女の世話になってるこの体たらく………)


故に、グリムジョーは思う





(………上等だ………)





故に、その心中に新たな火が燈る


(………ここまで無様に堕ちたんだ、だったら後は這い上がるだけだ………)


今の自分は、これ以上にない程の無様
宿敵に負け、怨敵に破れ、未だ満足に動く事もできない。

(……いいぜ、受け入れてやる……アイツは強え、俺は弱え……だからアイツが勝った、俺が負けた……)


ギチリと奥歯を噛み締める、ミシリと拳を握り締める
それは紛れも無い事実、今の自分はただの負け犬であるという絶対の事実。


(……だから、終わらねえ……絶対に、このままじゃ終わらせねえ……!!!……)


その事実を受け入れて、その頭の中で一気に重く濁った感情が湧く。
怒りや悔しさが入り混じった、凝縮された負の感情が沸き立つ。


(………俺は絶対に這い上がる、俺は絶対に登り詰めてやる……)


その全ての負の感情を飲み込んで、己の中の闇を噛み砕いて


(………お前が居るその位置にまで、絶対に登り詰めてやるよウルキオラアァ!!!!……)


その全てを受け入れて、グリムジョーはその誓いを心に刻んだ。




























とある次元世界の、とある商店の一角にて


「……それで、お前は何をしている?」
「んーとね、ハグ?」


商店内に備え付けられた椅子とテーブル
カップタイプの飲料水が売られている自動販売機の横に設けられた、簡易的な休憩用スペースにて

黒髪の黒スーツの男は椅子に腰掛けて、どこか手持ち無沙汰に腰を落ち着けて
金髪の少女はその男に首に手を回して、背中から抱きついていた。


「さっさと離れろ、邪魔だ」

「あう」


ウルキオラが軽く返して背後に手をやる、そして次の瞬間には背後にいる小さな存在を掌握する。

そしてアリシアは首元を掴まれて、猫の様に持ち上げられて、椅子の上に着席させられる。
いつもの様にウルキオラが投げ飛ばさないのは、先程のホロの言葉があるからだろう。


「そう言えばさー、ウルキオラっていつもあの白い服を着てるよね?他に服は持ってないの?」

「持ってない」

「新しい服を買ったりしないの?」

「しない」

「興味は?」

「ない」

「趣味は?」

「ない」

「大丈夫、もんだい」

「ないと言えば満足か?」

「イエース・アーイ・ドゥー」


そう言ってアリシアは口元を愉快気に緩めてクスクスと笑い


「それよりウルキオラ、折角お店に来たんだから色々な物を見ようよ! ここでただ座ってるよりもきっと面白いよ」

「言っただろう、衣服の類に興味はないし必要も無い」

「ウルキオラに無くても、私は興味深々なのです。だからウルキオラと一緒に見て回りたいのです」

「だったら一人で見ていろ」

「それは嫌なんだよ、だってウルキオラと一緒の方が楽しいもん」


そう言って、今までの口元を緩める程度の微笑から一転して
アリシアは満面の笑みを形作って、ウルキオラの顔を改めて覗き込む。


「同じ事をするんなら、どうせなら楽しくやりたいのです。だから私はウルキオラと一緒に見て回りたいのです」

「……どちらにしても、結果は同じだがな。俺は興味ないから見て回る気はない、だから結局は結果は変わらん
ここにお前が一秒いようが一時間いようがソレは変わらん。無駄に時間を消費する位なら一人で見て回った方が有意義だ」

「その言葉、そっくりそのまま返すんだよ」

「……なに?」


予期せぬアリシアの返し
その返しの言葉を聞いて、ウルキオラは改めてアリシアに向き直り



「ただ座ってるだけなんて、それは家でも出来る事なんだよ
だからウルキオラもここで何かを見て回ったりした方が、ただ座ってるよりもよっぽど有意義な時間を過ごせると思うんだよ」



赤い瞳で義骸越しの翠の瞳を覗き込んで

満面の笑みで能面の様な無表情に向き合って

真っ直ぐな言葉をその無機質な感情にぶつけて



「……いつまでも、頭が軽い糞餓鬼だと思っていたが……」



少し間をおいて、僅かに目を瞑って小さく息を吐き
ウルキオラは少しだけ、アリシアの顔を見つめて



「いつの間にか、下らぬ知恵と口の滑りは身についた様だな」



まさか自分の言葉をそっくりそのまま返されるとは予想がつかなかったのか

ウルキオラは少し感心した様に小さく呟いて、指先で少しだけアリシアの額を「トン」と小突く
しかしアリシアは特に気にした様子もなく、変わらない笑みを浮べたまま


「ふふふん、ウルキオラはそーゆー所が甘々なんだよ。
このアリシアちゃんがいつまでもやられっぱなしだと思ったら大間違いなんだよ」

「……まあ、確かに。ただ座って無為に時間を過ごすだけだったら、どこでも出来る事だな」


腕を組んで自分の意見を考え直すように呟いて
アリシアはその愉快な気持ちと期待を隠し切れない様に、ウルキオラにその小さな手を差し出して


「観念した? それじゃあウルキオラ、一緒に見て回ろう!」
「だが断る」


「……あり?」



しかし、アリシアの申し出はあまりにもアッサリと拒否された。


「なんでさ!」

「簡単な話だ。別に店の中を見て回るだけなら一人で出来る、態々お前と一緒に見て回る必要性は全く無い」

「んなぁ!そんなオーボーがまかり通るとお思いかー!」

「まかり通るとお思いだ」


そう言って、ウルキオラは椅子から立ち上がる
そしてアリシアはそんなウルキオラに恨みがましく視線を送って


「別に俺はお前に従う義理も義務も道理も無い、俺は俺で勝手に見て回るだけだ」


次いでウルキオラは、ゆっくりと歩みを進めて



「だからお前も、『勝手』に見て回るんだな」



その言葉は、小さくアリシアの耳に響いて
その言葉は、ゆっくりとアリシアの頭の中に浸透して


「うん、そだね。それじゃあ私もお店の中を『勝手』に見て回るんだよ」

「……そうか」

「もしかしたら、たまたま偶然行き先が『全部同じ』かもしれないけど……偶然なら、しょうがないよねー
私もウルキオラも勝手に見て回るんだから、そういう事だって有り得るもんねー」

「……さあな……」


アリシアの言葉を短く簡潔に返しながらウルキオラはそのまま歩みを進めて
アリシアは愉快気な笑みを浮べたまま、ウルキオラの後を弾む様な軽い足取りでついていった。











「ホロ、大至急『アルカンシェル』を三台調達してきて頂戴。報酬は言値で払うわ」

「絶対にお断りじゃ」

店の中のカウンターにて、額に青筋を浮べて光彩が消えた瞳でプレシアは呟いて
ホロは頬杖をしながら溜息混じりに返した。


「最愛の娘が今正にあん畜生の毒牙にかかろうとしているのよ?四の五と言わずに手筈を整えなさい、別に本当に使うわけじゃないわ、あくまで交渉の手札の一つとして用意するだけよ、さあ説明したわ、分かったのなら直ぐに用意して、間に合わなくなっても知らないわよ、さあ早くなさい、早く、速くハヤクはやく、はりー、ハリー!hurry!!! HURRY UP!!!!!」

「主も大概アレじゃの」


無駄に良い発音をしながらプレシアはホロに詰め寄り、ホロはそんなプレシアを見て宥める様に呟く。


「見ていて実に微笑ましいやり取りではないか、わっちから言わせれば主は変に勘繰り過ぎじゃ
主は変に気張らず母親らしく、温かく見守っていれば良いでありんす」

「無理!だってアイツむかつくんだもん!!!」

「お主は子供か?」


涙目で訴えるように叫ぶプレシアを見て、ホロは呆れた様に呟く。


「不味いわ、コレは非常に不味い流れだわ!!! 何とかしないと、早くなんとかしないと
ここが運命の分岐点よプレシア・テスタロッサ!!!ここで選択を誤れば貴方に待つのは一つ屋根の下で
娘夫婦とその合作の目に入れても痛くない孫達ときゃっきゃウフフしながら過ごす老後生活よ!!!
その生活の先にまっているのは何!言うまでもないわ!孫の結婚、そしてひ孫よ!!!!!」

「実に理想的な老後じゃと思うのは気のせいかや?」


恐らく大凡全ての人間が思い描く理想の老後生活を口にするプレシアに、ホロは軽く拳骨で小突く。
そして変わらない呆れた口調で更に言葉を続ける。


「少し落ち着かんか、それに主は追加商談の話がしたいのではなかったのかや?
わっちとしてはさっさと商談を進めたいのじゃが?」

「ふぅ、ふー、すぅ……ええ、そうよ。この話はまたの機会に……実は服以外にも調達して欲しい物があるのよ」


本来の目的を思い出しのか、プレシアはゆっくりと深呼吸をして呼吸を整える。
次いで表情からは先程までの負の感情は消えて落ちついたものになり、頭の中は冷静さを取り戻している。

こう言った切り替えの早さと思い切りの良さは流石と、ホロは僅かに心の中で感心する
そして二人は商談に入る。


「これが今回仕入れて貰いたい物のリストよ、ざっと見積もりして頂戴」

「どれどれ、ふーむ……ふむ、ふむ……うん」


プレシアから手渡されたリストに視線を走らせて、その全ての品物をチェックした後に一息吐いて


「今回はまた、前回と随分と毛色が違うの? 新しいデバイスでも作るのかや?」

「ま、そんな所ね。最近は何かと物騒だし、備えあれば何とやらよ」

「確かに、特に最近は魔導師だからと言って油断できないご時勢だからの」

「……ああ、あの『連続魔導師襲撃事件』でしょ?」


ギシリと、座っていた椅子を鳴らしてプレシアは言葉を返す


『連続魔導師襲撃事件』
ここ最近、一番話題性のある事件の一つだろう
その事件の概要は、正に読んで字の如くだ。

様々な次元世界の魔導師が、無差別に襲撃され暴行を受けるという内容のものだ
その手口も有り触れた手段で、一目の少ない場所で、極めて少数でいる魔導師が襲われるというもの。

これだけ見れば、そう珍しくも無い暴行事件
しかしこの事件は他の暴行事件とは明らかに異質な点がある

それは


「この下手人、どうやら相当『イイ趣味』の持ち主みたいじゃぞ?
なんせ被害者は漏れなく、『リンカーコア』を生きたまま抜き取られているらしいからの
その上、相当な腕前の様じゃ。被害にあった魔導師の中には、ニアSランクの魔導師もおるという話じゃぞ」

「……そうね、私も用心しないとね」


肩を軽く竦めてプレシアは軽い調子で返す。
しかしその心中は表情とは少々違う、その心中には先程までとは質が違う重く濁った負の感情があった。


(……そう、用心に用心を重ねなきゃいけない……用心を重ねて万全の準備を整えて……
……次こそは、確実にあのベルカの魔導師達を仕留めないとね……)


心の中で、プレシアはゆっくりと呟く。

昨晩の戦いにて、プレシアがあのベルカの魔導師たちを待ち伏せできたのは、この「連続魔導師襲撃事件」の情報を予め仕入れていたからだ。

あの甲冑の女、シグナムと呼ばれていた女の言葉とヤツ等の手口
そしてあの後知った、魔導師が連続で襲撃されているという一連の事件

この二つを結びつけるのは、そう難しい事ではなかった。


(……極めつけは昨夜の一件、餌を垂らして待っていたら……案の定だもんね……)


そして、確定的だったのは昨晩の一件
これでプレシアの中で襲撃犯=あのベルカの騎士達という図式が完全に出来上がったのである。


「まあ、お主なら心配無用だと思うんじゃが……一応念のためにの、今朝の噂もあるしの」

「今朝の事?なんかあったの?」

「今朝の仕入れの時に、ちょいと物騒な噂を聞いての。何でもこの一連の事件……」





―――あの『闇の書』が絡んでおるという話じゃぞ―――






















続く


















後書き
 すいません、今回も更新が遅れました!今更ドラクエ5の面白さを知ってしまった作者のミスです。
次回こそは、次回こそは早目に更新できるように頑張ります!!!……しかしビアンカとフローラ、どっちにいくべきか悩みどころだぜ。


さて話は本編、のっけから暴走気味の今回でしたがあの手の展開は初めてだったので中々苦戦しました
機会があればもうちょっと練りに練った話を作りたいと思います

そして相変わらずのテスタロッサ家サイド、なんかここ最近は安定した家族団欒から最後に最後だけシリアス路線を投下
一応今回はどこかの場面でこの情報を入れる予定だったので

しかし、最近プレシアさんがどんどん親バカ路線を突っ走っている……最初はこういうキャラじゃなかったのに、一体どうしてだろう?
ちなみにプレシアさんとウルキオラの関係は、アリシア絡みを抜きにすればいたって良好です


それでは次回に続きます



追伸
 そろそろ夜天のターンに入ってもいいよね?






[17010] 外伝
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:4ac72a85
Date: 2010/04/01 17:37
外伝を読む前の注意事項

・外伝はBLEACHコミックス派のネタバレがあります

・外伝を読む前に、リリカルなのはをストライカーズまで視て頂けた方が外伝を楽しめます

・無茶設定あり、原作と矛盾点あり、人によっては地雷になるかも?

・本編とは関係なし(?)、外伝は外伝


以上の事を踏まえた上で、「それでも一向に構わん!!!」と言える人だけ読んで下さい。





=======================================









そこは、とある現世の上空



「思いもしなかったよ、苦労して集めた君たち十刃が……私一人に劣るとは……」



侮蔑と嘲りを含めた言葉と共に、その男は自分の部下を刀で斬り捨てた

横薙ぎの一閃
褐色肌の金髪の女の腹部から鮮血が溢れる


その余りにも突然の事態に、女の顔は苦痛で歪んだ

しかし、そのまま女は黙ってやられる訳にはいかなかった。



「藍染!!!」



血反吐を吐きながら、女は手に持った刀を振るう
その顔には、確かな憤怒があった


フザケルナ、と

自分はまだ闘える
闘って、目の前で炎に焼かれた部下の仇を討てる


これはもはや只の勝ち負けではない……自分と部下の、誇りを掛けた闘いなのだと

貴様が主であろうと、断じて横槍は許されない闘いなのだと


故に、女は刀を振るう
自分が相手の間合いに居るという事は、それは即ち相手も自分の間合いに居るという事!!



ただでは、やられん!!

貴様も道連れだ!!!



全力の一撃
直撃すれば、第1十刃でも屠れる一撃


しかし、



「やれやれ、君如きに二太刀振るう事になるとは……」



一撃は空を切り裂き、駄目押しの一刀が放たれた。



「……かは!」



体は地に落ちる
もはや、霊子を固定して足場を形成する事も不可能だった


このまま地面に叩きつけられれば、如何に破面と言えど致命的なダメージを負うだろう


故に、女はその力を振り絞る。




――黒膣・開口――




空間が歪み、それは大きく口を開ける

自分の真下に開いたその孔へと、身を任せる

そして、転がる様に断界に着地した。



「ミラ! アパッチ! スンスン! こっちだ!!!」



孔から顔を出し、自分の部下に呼びかける


だが、彼女達は答えない
焼き焦げた体を俯かせたまま、自分の声に反応を示さない。



「……く!!」



部下を、彼女達を見捨てる訳には行かない

藍染が勝つにしろ死神が勝つにしろ
そのどちらにしろ、彼女達は助からないだろう。



「……く!!」



ならば仕方がない、危険は伴うが自分が部下を連れ出すしかない


そう思って、彼女は力を搾り出して響転を発動させようとするが



「はい、ストーップ」



それを、一つの影が遮った



「っ!! 市丸!!?」

「ハリベルさん、止めといた方がええでー? あの三人、もう助かりませんわー」

「何だと!?」



その言葉に、彼女は顔を激しく歪めた

それは憤怒か? もしくは動揺か? もしくはその両方か?



「流刃若火……アレはあかん。アレをまともに喰らったら君たち十刃でもお陀仏やって、
しかも従属官……今はまだ息をしとるみたいやけど、もう時間の問題や。
鎖結と魄睡、それと霊核が完全に炭化しとる……もう霊体としては、手遅れや」


「……んな!!」



霊体としての、二大急所の破壊

それが意味する所……それは霊体としての死、完全な消滅


そして、事態は再び進行する

彼女の目の前の空間の裂け目が、閉じて行ったのだ。



「……バカな!! 私は閉じていないぞ!」

「ああ、これは僕ですわ……どうやら、弱った君よりもコレに関しては僕の方が支配権をもっとるみたいやねー」



相変わらずの飄々とした口調で、市丸が語る
そしてその口元に笑みを浮べて、彼女を見る


その笑みはどこか彼女を嘲笑っている様に見えた。



「まあ、まだワンダーワイスもおるし……多分なんとかなるやろ、この意味分かる?」



僅かな間を置いて、市丸は彼女に微笑とも言える笑みを向けて



「もう、君たちは要らないんよ。これから始まる宴の邪魔、それ以外の何物でもあらへん」

「……な、に?」



ただの邪魔
そう斬り捨てられて、再び彼女の顔は大きく歪む



「まあ、でも僕は悲しい話は嫌いやから『まだ』助かる君は逃がしたげる。どう、優しいやろ?」

「ふざけるなあああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「それじゃあ、バイバーイ」



まるで帰り道に友人に送る様に、市丸はヒラヒラと彼女に手を振って

彼女の目の前の空間は、完全に塞がった。



「……くそ! こんなもの……」



しかし、言葉は続かない
斬られた腹部から血が溢れ、口から血の塊を吐き出した。



「……ぐ、マズ、い……」



改めて、その事態の深刻さを悟る

今の状態では黒膣は開けない

既に意識は朦朧としている、霊力もかなり消耗した
そして何より、ダメージがデカすぎる。



「……ちぃ、一旦……虚圏へ……!!」



このままでは、自分の方が持たない

まずは霊子濃度の高い場所へ
そう思って、彼女は傷ついた体を引き摺るが……




「……なっ!!!」




それは、正に最悪の事態だった

目の前に地鳴りの様な音を振り撒きながら、ソレは現れた


“拘突”


断界の気流、外敵の侵入を防ぎ、その動きを奪う霊子の気流“拘流”

その拘流の進化系、断界に七日に一度しか現れない掃除屋“拘突”


平常なら何の問題も無いが、ダメージを負った今の状態では最悪の相手だ。


「……ちぃ!」


足を動かす
次の瞬間、再び口から血の塊を吐き出した


そして、呆気なく彼女の体は飲み込まれた



「……く、そ!……」



その言葉を最後に

第3十刃ティア・ハリベルは意識を闇に落とした。














外伝「とある破面と、とある管理局員」












「よし、こっちも異常なし」


周囲を見回して、その青年は呟いた

茶とオレンジが入り混じった様な髪
どこか穏やかな顔つき

体は細身だが、それは細身というよりも引き締まっているという印象を受ける
見る人が見れば、それは努力と鍛錬の結晶という事に気づいただろう

白と青を基調にしたスーツに身を包み、腰には二つの拳銃が備え付けられてある



彼は、時空管理局の局員だった

ここは、とある管理局が管理する世界の一つ


文明の影は薄い……豊な緑と水に溢れた、自然に溢れる世界だ。



彼は先日、ここに派遣された


どんな所にも、法を乱す者はいる

ここには自然が溢れている故に、その自然が狙われる事だってある

希少種の野生動物

絶滅危機ゆえに保護指定にある鳥獣


時には、貴重な樹木や草花を無断に採取される事だってある



先日、この世界で密猟を目的とした違法組織と管理局員が戦闘をして、何名かの負傷者が出た


彼は、その補充要員としてここに派遣されたのだ。



「……しっかし、良い所だなココは」



感嘆とした様子で呟く

都会では決して味わえない、癒しと安らぎに満ち溢れた空間


後で時間を見つけて、幼い妹と一緒に遊びに来ても良いかもしれない



彼はそんな事を考えながら、見回りを続けていた。

二時間ほど見回りをしていると、念話が彼に届いた。



『おーい新入り、そろそろ昼飯だお!』

『早く帰ってくるといいだろ、常識的に考えて』

『あ、もうそんな時間ですか? それじゃあ戻ります。アベ隊長にもそう伝えて下さい』



時計を見る、既に正午は半ばに差し掛かっていた

彼は一旦支部に戻ろうとして



「……ん?」




その異状に気付いた。




携帯用の魔力探査機が示した、僅かな異常

場所はここからそう遠くは無い


「……一度行ってみるか」


もしかしたら、また密猟者の類かもしれない

そう思って、彼は足を現地へと進めた。





「……なっ!!!」




そして、驚愕に目を見張る

眼前に広がるのは、倒れ伏す様々な野生動物と魔獣

地に落ちた鳥類

色を変色させた樹木や草花


一目見て解かった

これは、異常だと。


そして、すぐに同僚に念話を送る。



『こちら、DE-014地区。本部へ応答をお願いします! こちらDE-014地区の87-21ポイント!
多くの野生動物が衰弱状態に陥っている、数は大型動物約二十頭、中型動物約十五頭、小型動物約十八頭、鳥類約二十羽!
密猟及び、周辺に有害ガスが蔓延している危険性もあり! 至急獣医の手配と現地への応援を頼みます!』



粗方の報告をして、彼は現場の検証に入る

動物達は酷い衰弱状態だが、幸い外傷も出血もない
これなら栄養と休養を与えれば、大事になる前に助けられる。



「……?」



そして、気づいた
動物達が倒れている、その軌道

まるで一つの道を作るように、点々と倒れている事に。



この先に、何かがある



彼は腰に携帯していた銃を手に取り、足を進める

そして、


その人を発見した。




「……女性?」




そこには数体の大型動物と共に倒れ伏す、一人の女性だった

金髪でややクセのある髪、褐色の肌

体は女性らしさに溢れ、それを惜しげもなく晒す様な水着の様な衣服



「傷?」



そして更に気づく
その女性の体は血にまみれていて、腹部からは血を流し

浅く、そして荒くしながら呼吸をし、その顔もまた苦痛に歪んでいた。



「大丈夫ですか!? しっかりして下さい!」



その女性の体を支えて、抱き起こす

出血は酷い様だが、傷は見た目よりもずっと……「不自然」なほどに浅かった


だが、彼は気づかない


負傷者発見の報告をしようと、再び念話をしようとし




その女性が、ゆっくりと目を開いた。




「……!!!」




心臓が、瞬時に跳ね上がった

鼓動が、一気に加速した



その顔を見て、彼の顔は瞬時に朱に染まった

整った、どこか凛々しい顔たち

意思の強そうな切れ長の目

まるで翡翠の様な緑の瞳

水滴すらも弾くような褐色の肌


その顔を至近距離から見て、彼の顔は思わず熱くなった


しかし、直ぐに頭を振って冷静さを取り戻す。



「動かないで、自分は怪しい者ではありません。自分は時空管理局……」



名乗って、とりあえず応急処置の準備をする


しかし





――魂吸――






「……え?」


そんな呟きが、彼の耳に小さく響き

彼の体はその芯から力を抜き取られ、その場に倒れた



(……な、に? 力が……ぬ、け……)


「……思いの外、助かった」



頭上から、そんな声が聞こえてきた

視線を動かせば、二つの足首が見えた
どうやらこの金髪の女性は立ち上がったらしい。



「……人間か、それにしても大した霊力だ。あれだけ吸い取って死なないどころか、まだ意識があるとは……」



どこか感心した様な声が再び響く



「……? 近くに霊圧……しかも複数か……面倒だ、とりあえずここから離れるか……」



そして、女は足を進め

それを見て彼は大きく焦り、動揺した



マズイ、と


このまま、彼女を行かせる訳には行かないと


何とかして、何とかして……彼女を引き止めなくちゃと




「……な、まえ、は……!」

「ん?」




必死に搾り出したその一言
その気持ちが届いたのか、女の足は僅かに止まった


そして、一気に力を振り絞った。



「……あな、たの……なまえ、は!?……」



自分で言って、自分で思った




……自分は何を言っているんだ?……



もっと言うべきことがある筈
なのに、何で最後の力を使ってこんな事を聞いてしまったのか?


彼は、自分の顔を殴り飛ばしたい気持ちだった


しかし





「……ハリベル」

「……え?」




視線を、上に移す

その女性は、自分をしっかりと見据えていた。



「……人間とは言え、貴様は私の恩人だ。貴様のお陰で、私は助かった……故に名乗ろう」



凛とした顔で

凛とした声で

その女性は、彼に名前を名乗った。





「私の名はハリベル、ティア・ハリベルだ」

















それから、どれだけ時間が流れただろう?

彼は、病院のベッドの上にいた



あの後、あの金髪の女性は姿を消し

自分の報告を聞いて駆けつけた同僚に発見されて、自分は病院に搬送された


同僚と上司から、その後の報告を聞かされて

医師からは今は安静にしてろと言われて、強引にベッドに寝かされた



とりあえず、三日も寝てれば退院できるらしい



しかし、彼はそんな事を考えてはいなかった

考えているのは、今日出会った不思議な女性

あの凛とした、金髪で褐色肌の女性



「……ヤバイ」




あの人の事が、頭を離れなかった

あの人の事しか、考えられなかった


ティア・ハリベルと名乗った、あの人の事しか考えられなかった







「……恋、しちゃったかも……」







彼は、顔を赤くしながら呟いた



そして彼は、この時はまだ気づいていない


この出会い(初恋)が自分の運命を


この後の彼の人生を



ティーダ・ランスターの運命を凄まじく大きく変えてしまう事を


彼はまだ知らない。
















続かない














あとがき
 「かかったなアホが!!! エイプリルフール(嘘)外伝だ!!!?」


……とまあ、折角のエイプリルフールなのでネタ外伝を投稿しました。

とりあえず、ここまで読んで下さった皆様に一言




「調子こいてスイマセンでしたああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」




どうせネタの外伝だから、無茶設定やっちゃえーとかそういう気分で描いちゃいましたあぁ!!!

どうせネタだからハリベル様を使っちゃえーって思っちゃいましたー!!


ついカッとなって描いちゃいましたあぁ! でも思いの外よく描けたので反省はしません!!!



ちなみに、これの他に描こうと思ったネタ内容



その一・剣八VSヴォルケンリッター

その二・藍染主催・破面組焼肉大会

その三・もしも朽木家が第97管理外世界の名門だったら



……ハイ、見事な無茶ぶりです……ハードルが高すぎます(orz)



ちなみに、「続かない」と書いてありますが

不定期更新でさえ良ければ、こちらも更新しようと思います


まあ、これの続きに需要があればの話ですが……(笑)


それでは駄文失礼しました、次回はキチンと本編を投稿する予定です。








[17010] ???(禁書クロスネタ)
Name: 福岡◆c7e4a3a9 ID:a15c7ca6
Date: 2011/07/10 23:24

今話を読む前の注意点
・この話を読む前に、「とある魔術の禁書目録」をある程度読んでいた方が楽しめます。
・本編とは(あまり)関係はないです
・パワーバランス? 時間軸? 本編・原作との矛盾? 何それおいしいの?
・作者が変な電波を受信して、ニヤニヤしながら書いた妄想爆発・悪ふざけの作品です。
・その他諸々で痛い部分もあり。


以下の事を受け入れられる猛者のみ、この話をお読み下さい



========================================
















――全ての始まりは、たった一つの単語からだった――




「クロノ執務官、先程本局からの通達がありました。直ちに本艦はこれより特別任務に取り掛かる事になります」

「特別任務? 一体なんですか?」

「とあるロストロギアの調査です」




――たった一つの単語が――




「学園都市? それがどうしたってんだシャマル?」

「とある管理外世界にある、都市体系の研究機関の様なものです
もしかしたら、ですが……学園都市のとある『魔導書』を手に入れられれば、はやてちゃんの体を……治す事が出来るかもしれません」




――そのたった一つの言葉が――




「禁書目録?」

「ええ、10万3000冊の魔術原典を収め、その威力はこの世の黄金律すらも捻じ曲げると言われる
最強最悪のロストロギア『禁書目録』、コレが今回の獲物よ」









――全ての闘いの引き金になった――














リリカルホロウ・特別番外編
『とある魔導の次元大戦』














「私の名前はインデックスって言うんだよ」
「わたしの名前はアリシア、アリシア・テスタロッサって言うんだよ!」


たった一つの言葉から、歯車は回り始めた


「俺、上条当麻って言います。貴方は……この娘のお母さんか何かで?」
「……ええ、私はプレシア・テスタロッサ。その娘の母親よ」


たった一つの言葉から、物語は幕を上げた


「……オォい、何なんだぁこのガキ共は?」

「ガキ共なんて失礼な言い方だにゃー。この娘達こそが今回の仕事・護衛対象の」

「初めまして、高町なのはと言います(……真っ白だ……)」

「フェイト・T・ハラオウンです。短い間ですが、よろしくお願いします(……ウルキオラみたい……)」


舞台は徐々に幕を上げる


「クロノくん、ユーノくん。私に遠慮なんかしないで、ここに居る間は本当のお姉ちゃんだと思って良いからね」

「は、はい。よろしくお願いします結標さん(……な、なんかこの人……)」

「滞在中はご厄介になります、結標さん(……何というか、怖い……)」


役者は舞台へと集い、新たな物語が幕を上げる


「うまっ!なんやこの弁当!この味・このボリュームでこの手頃な値段、出来る……このメイド、只者やない!」

「ふふん。これがそこら辺のエセメイドと『本職』の違いなんだぞー、恐れいったかー」


物語は進み、運命は交差する


「なんちゅーこった! カミやんがとうとう人妻にまで手を出しよった!!!」

「これは由々しき事態だにゃー! 直ぐにねーちんと五和に連絡だにゃー!!!」

「ウチの母親といい今回といい!どんだけ節操ないのよアンタはあああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!」

「だから違うって言ってんだろうが! ちくしょう!不幸だああああああああああああぁぁぁぁ!!!!」


彼等は出会う


「……絹旗、浜面から電話…仕事で預かった犬が、朝になったら女の子になったって……」

「あっちゃー、浜面も遂に頭が超イカれてしまった様ですね」


彼女達は巡り会う


「コモエ!アイサ!大変!大変なんだよ!今窓の外にリアル『カナミン』がいたんだよ!!!」

「……どこ?」

「はいはーい。インデックスちゃん、あまり馬鹿な事を言ってると補修ですよー」


全ては学園都市に集結する


「道案内ありがとうございます。私はリニスと申します……よろしければ、お名前を教えてくれませんか?」

「俺は建宮斎示って名前なのよ、んでそっちは五和
愛しの彼に会う為に態々ここまでやって来た、恋する乙女なのよ」

「た!たたたたたた!建宮さん!初対面の人になんて事を!!!」


その全ては、意味を成していく


「艦長、クロノくんから緊急回線が来てます。切羽詰った様子で貞操の危機を訴えていますが」

「あらあら、一体どうしたのかしら?」


それらは全ての欠片となり、歯車となる


「あれ? 麦野ってフェレットなんか飼ってたの?」

「んな訳ないでしょフレンダ、そこで拾ったのよ……それに、ただのフェレットって訳でもなさそうだしねえぇ?」

「キュー!きゅー!!!(……なのはー! フェイトー! ヘルプ!ヘルプミー!……)」


出会いは切っ掛けを、巡り会いは繋がりを生み


「ミサカが撫でても逃げないとは、お前は中々賢い犬ですね、とミサカはこの毛玉動物のモフモフとした感触を堪能しながら呟きます」

(……シグナム、シャマル、ヴィータ……頼むから助けてくれ……)


切っ掛けは会話を、繋がりは絆を生み


「あれれー?あの人かと思ったら壮大な人違いだったーって、ミサカはミサカは自分のミスを反省しながらごめんなさいをしてみるー」

(……なんだ、このゴミは……)


会話は友愛を、絆は親愛を生み






「……つち、み……かど…っ!…な、ぜっ!」
「忘れちまったのかいリンディ提督、俺の魔法名を」






友愛は裏切りを生み





「少年よ、我等の問いに答えよ。『禁書目録』はどこだ?」
「……テメエらか、インデックスを狙ってるヤツ等ってのは……!!!」





親愛は憤怒を生み




「……プ、プレシア……まさか、貴方は!!!」
「さーて、少し大人しくしてて貰うわよ『禁書目録』!!!!」




裏切りは悲しみを生み、憤怒は戦いを生んだ




「お兄さん、誰や?」
「……クソったれの悪党だ……」


科学の欠片と、魔術の歯車が、魔法を引き寄せる


「……逃げても無駄、貴方達のAIM拡散力場は覚えた……」
「結局、どこに逃げても無駄って訳よ」

「ああもう!面倒くせえのは終わりだ! 全員纏めてぶっ潰す!!!!」


激動の波に、舞台は飲み込まれる


「……違う!僕達は……管理局は学園都市に攻撃なんてしていない!!!」

「それじゃ辻褄は合わないぜ。少なくとも、コッチはおたく等『魔導師』から攻撃を受けたっていう確たる物証がある
そしてアンタ等のボスのリンディ・ハラオウンは未だ所在不明……コレでまだ管理局を信用しろって方が無理な話ぜよ」


戦いの狼煙は上がる



『――全ての準備は整った……さて、プランを実行しようか――』



戦いの火蓋は、斬って落とされる


「我が身は主を守る盾、守護獣……ここから先は通さん!!!」
「君が誰であろうと関係ない。あの子の害となる者は、誰であろうと屠るのみ……『イノケンティウス』!!!!」


守護獣の牙と魔術師の炎が交じり合う


「どうやら、貴方は敵の様ですね……クラールヴィント!」
「海原光貴と申します。学園都市統括理事会からの命令により、貴方達を捕縛させて頂きます」


湖の騎士と黒曜石の刃が衝突する


「豪・天・爆・砕! ギガントシュラーク!!!」
「超スゴい威力ですが、私の『窒素装甲』を超甘く見て貰っては困ります」


鉄槌の騎士は窒素を統べる少女とぶつかり合う



『学園都市・統括理事会に属する全ての組織に通達する!
学園都市の中に存在する『魔導師』及び『時空管理局』を名乗る人間全てを敵として捕らえよ!
尚相手は高レベル能力者並の戦力を保持している、捕縛の際に相手が抵抗した場合は……射殺も許可する!』



そして、尚も戦いは激化する


「我等が恩人に迫る危機、それを排除するのは……我ら天草式の役目なのよなぁ!」
「……我等にも譲れぬ物がある、その邪魔をするというのなら……誰であろうと斬り伏せる!!!」


戦場と戦乱は荒れ狂う



「ジャッジメントですの!『高町なのは』さんと『フェイト・T・ハラオウン』さんですね?
貴方達二人を今案件の重要参考人として、拘束させて頂きます!」

「ち、違います! 私達は貴方達の敵ではありません!」

「話を! 話を聞いてください!」


少女達は追い込まれる


「お願いします、結標さん……僕達に力を貸して下さい」
「この状況で、どれだけ勝手な要求をしているかは重々承知です! それでも、どうかお願いします!!!」

「ごめんね二人とも……私は暗部であり、『グループ』の一員なのよ」


少年達は窮地に立たされる


「ちきしょおおおおおおおおおぉぉぉ! なんで俺がこんな目に!殺される!麦野達に後で絶対ころされるううぅぅぅぅ!!!!」

「ああもう! 悪かったってハマヅラ!後であたしも一緒に謝ってあげるから、もうちょっと付き合って貰うよ!」

「ちっくしょおおおおおおおぉぉぉ!!! 全部終わったら覚えてろよ犬女!てめえのそのデケエ胸、揉みしだいてやるからなあ!!!」


故に少女達は疾走し、少年達は戦場を駆ける


「管理局だが何だが知らないが、ウチらの管轄で随分と舐めた真似してくれるじゃん!!!!」

「アースラ内部に侵入者! 数は凡そ30!学園都市治安維持部隊『アンチスキル』かと思われます!!!」


その戦場を舞台に、あらゆる思いが交わる


「アースラ・メインシステムに侵入完了! 進撃します!!!」
「にゃろめー! コレが噂に名高い学園都市の『守護神』の腕前ってヤツかい! でもエイミィさんもまだまだこんなもんじゃないよー!!!」


思いは倒錯し、交差し、唸りと歪みを生む


「……おい、クソガキ共……コレはどういう状況だァ?」

「あー!何時かのハンバーガーを買ってくれた人だー!あの時はありがとうなんだよ!」

「初めまして!アリシア・テスタロッサって言います! 打ち止めちゃんとは昨日お友達になりました!」

「なんか色々トラブルに巻き込まれたみたいで、二人とも大切な人とはぐれっちゃったんだって
ミサカはミサカは胸を張りながら補足説明してみる」

「……クソうぜエ……(……ん、この顔は確か……)」


歯車は回る


「貴方は艦長じゃない。貴方は、いや……貴様は誰だ!!!」
「……流石は管理局執務官クロノ・ハラオウン。外見だけの変装では騙されませんか」


物語は加速する


「主を放せ、この外道があああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!」
「くぁーっこいいぃ!!! 惚れちゃいそうだぜぇヴォルケンリッタアアアアァァ!!!!」


戦いは、苛烈さを増す


「来いよ、でねえとテメエもあのゴミみてえに……穴空きになっちまうぞお!!!」
「……そうか、テメエがアイツを……土御門をやったのかああああああああああぁぁ!!!!」


宿命と運命が交じり合う


「……貝継様、如何なさいますか?」

「レベル4の能力者でも手に余る存在『魔導師』……か、それなら更に上の戦力を動かせばいいだけの話だ」



そして、更なる強大な力が動く



「喰らえええぇぇぇぇ!『すごいパーンチ』!!!』
「闇の書のために退場して貰うぞ、学園都市のナンバーセブン!」


第七位の拳と、白い仮面の掌が衝突する


「ブチ殺し確定だ……糞婆あああああああああああああああああああああぁぁぁあぁ!!!!」
「嬲り殺し決定ね……糞ビッチがああああああああああああああああああぁぁぁあぁ!!!!」


原子の砲撃と大魔導師の砲撃が喰らい合う


「私は烈火の将・シグナム……貴女の名は?」
「イギリス清教所属・神裂火織……参ります」


烈火の剣と聖人の太刀は火花を散らす


「……アンタ達ね、私の後輩に色々してくれたのは……!!!」
「バルディッシュ・セットアップ!」


二人の少女の電撃は、互いに弾き合い瞬く様に翔ける


『警告・警告「ヨハネのペン」を起動……目前脅威補足・「高町なのは」を敵性認証
10万3000冊の「書庫」の保護の最優先のため、標的の排除・及び迎撃を開始します……』

「……戦うしか、ないの?……それしか、インデックスさんを止められないの……っ!!!?」


竜王の殺息と破壊の星光が、大地を揺るがす


「俺の未現物質に、常識は通用しねえ」
「ハ!ヒャハ!ヒャハハ!クハハハハアアァ!面白え!面白えぞメルヘン野郎!!!!」


白い六翼は、青き豹王を迎え撃つ





「おニイさん、ちょおぉいとお話イイですかァ?」

「……奇遇だな、俺も貴様に尋ねたい事がある」





そして、その二人は出会う





「打ち止めを」

「アリシアを」



「「――何処にやった?――」」






白い少年と白い死神は出会う





「演出ご苦労オォ!!!さあスクラップの時間だぜェ!この糞野郎がアアアアアアアァ!!!!」
「あまり強い言葉を使わない方が良い、弱く見えるぞ」


二つの最強は巡り会う


「――yjrq悪qw――」
「――鎖せ、黒翼大魔――」


二つの黒き翼は、破壊の咆哮を上げながら激突する






「……成程、っ!ぅ……!……これが、禁書目録の『毒』って訳ね……!!!」

「お願い……誰か、おかあさんを……助けて……!」


争いは止まらない



『――チェック・メイトだ、「大魔導師」――』



戦いは終わらない





「―――なにしてんだよ、アンタ―――」





故に、その少年は立つ





「アンタは何のために闘ってきた!アンタは今まで誰の為に頑張って来た!!?
あの娘のためだろ!アリシアのためだろ!!?あの娘に笑って欲しくて!幸せになって欲しいから頑張って来たんだろ!!!
なのに!それなのにどうして!そのアンタが娘を泣かせてんだよ!あの娘を悲しませてるんだよ!本末転倒も良い所じゃねえか!」

「黙れ!だまれダマレ黙れ!だまれえええええええええええええええええええぇぇぇ!!!!
悲劇も絶望も味わった事の無いクソ餓鬼が!私に意見するなあああああああああああぁぁぁぁ!!!!」


あらゆる異能を打ち消し、あらゆる幻想を破壊するその少年は立つ


「……アンタの娘は、アリシアは泣いてた……
アンタを止めてくれ、おかあさんを助けてって……泣きながら俺に頼んだ」


全ての戦いを終わらせる為に、少女の願いを叶えるために


「……だから俺はアンタを止める。アンタがインデックスだけじゃなくて……
学園都市の皆を、アリシアを悲しませても尚止まらないって言うんなら」



暴走する大魔導師の前に、『幻想殺し』を右手に宿す少年は立ち上がる



「プレシア・テスタロッサ、アンタは俺が止めてやる。アンタを止めて……そのふざけた幻想をブチ殺す!!!!」



超能力者、魔術師、魔導師

科学と魔術、そして魔法が交差する時……物語は始まる





























始まらないけどね(笑)





















終われ








後書き
 ここまで作者の悪ふざけに付き合ってくれた皆さん、誠にありがとうございます
前々あら「とある魔術の禁書目録」を絡ませたネタをやりたいと思っていて、少しネタが思い浮かんだので投稿してみました!
皆さんがこの短編を読んで少しでも楽しめたのなら幸いです!

本編の更新は近い内に更新するのでもう少しお待ち下さい
最後に、ここまで作者の悪ふざけに付き合って下さった皆さん……本当にありがとうございました!!!







感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
1.415718793869