四つの視線が互いに絡み合い、黒い魔女が先陣を切る。
「フォトンランサー・ファランクスシフトおぉ!!!!」
魔女の咆哮が響き、紫電の弾幕が襲い掛かる
三百を超える紫電の光弾が機関銃の様に掃射され、二人の騎士はその迎撃に出た。
『シャマル!迎撃・防御をしながら安全圏まで移動しろ!!!絶対に足を止めるな!!!』
『了解です!!!』
二人は念話での応答を繰り返しながら、光弾を得物で撃ち落しながらその足を動かす
シグナムは襲い掛かる光弾を切り落し、シャマルはペンデュラムとラウンドシールドを駆使して、光弾を迎撃する。
互いが互いの隙間を埋めて、その光弾全てを防いで回避する
だが、もう一つの影が動く。
「っ!!!」
その瞬間、シグナムは目を見開いて体を大きく捻転させる。
捻転させた勢いを剣に乗せて、そのまま振り抜き
甲高い金属音が鳴り響く。
「ぐ!っ、く!!!」
「相変わらず、良い反応をするじゃないか」
そのまま、乱撃戦に縺れ込む
一太刀、二太刀と、ウルキオラは一気にその刃で一気に攻め込む。
だが、シグナムもそれに負けじと動く
剣と鞘との二刀でウルキオラの攻めを悉く捌く。
白銀の閃光を、烈火の一撃で止める
白い掌を鞘で縫い止める
相手の大振りの一撃を回避して、一気に切り伏せる
その一撃を真正面から受け止めて、一気に押し返す
閃光は火花を散らして、衝撃が乱れ裂いて連続音が走り抜ける。
「せい!!!」
「っ!」
互いが振りかぶり、その一撃を繰り放つ
次いで衝撃。
「く!!!」
シグナムの顔が歪む
ウルキオラはシグナムの一撃をそのまま捌き、一気に蹴撃を叩き込んだからだ。
シグナムも咄嗟に鞘でガードしたが、直撃は防げても衝撃までは防げない
その衝撃に耐え切れず、地面を擦りながら後退して
ウルキオラが、一気に攻める。
「まだだ!!!」
だが終わらない
白銀の剣閃を、シグナムは片膝を付きながらも真正面から受け止めて、互いの動きが止まる。
この間、時間にして僅か十秒にも満たない。
ギチギチと互いの得物が咬み合いながら、その翠の瞳と目が合う
互いが互いに圧力をその腕に感じながら、その足が一瞬止まって
『シグナム! 危ない!!』
「っ!!!」
その背後から紫電の光弾が飛ぶ、動きを止めた獲物に向かって襲い掛かる。
シグナムは動けない
ここで光弾の迎撃に出れば、自分は確実に目の前の死神の餌食になる。
だが、このままでは背後の光弾は避けられない
故に、シャマルが援護に出る。
「クラールヴィント!」
光弾の前に緑の影が立ち、そのペンデュラムが大きく弧を描いて光弾を撃ち落す。
「サポートは任せて! 貴方は目の前の相手を!」
「了解した!!」
次いで、シグナムが動く
咬み合った得物を基点にその体を滑る様に動かし、グルリと得物の噛み合いから逃れる。
「……っ!!」
「ふん!!」
互いの得物が横薙ぎに振るわれて、シグナムは大きくバックステップする
だが、それで攻撃は終わらない。
頭上と左右から紫電の弾丸が射出され、前方からは白い死神が獲物にその照準を合わせる。
「レヴァンティン!カートリッジロード!!!」
しかし、まだシグナムも終わらない。
「飛竜一閃!!!」
閃光が大蛇の軌道を描いて、己に襲い掛かる全ての獲物を斬り落とす
紫電の弾丸を全て迎撃し、その切っ先は死神へと伸びる。
「この剣は、前に見た」
だが弾く
迫り来る一撃を白銀の刃で弾いて、その指先に翠光が収束する。
「……っ!」
その力を感じて、シグナムは咄嗟に身構える。
我が身に襲い掛かるだろうその一撃に備えて、いつでも動ける様に構えて
紫電の光弾が、その顎を跳ね上げた。
「か、は……っ!」
「シグナム!!!」
視界が急変する
その一撃で頭を揺さぶられ、平衡感覚が一気に狂い
その声が響く。
「油断大敵、最弱は時に最強を上回るものよ」
その声を聞いて、二人の騎士は悟る
あの紫電の弾幕は全てが囮
弾幕に自分達の注意と警戒を引き付けて、その一方で一つの弾丸を迂回して飛ばす
弾幕に比べてとても小さな魔力で、とてもゆったりとした速度で、目標地点まで大きく迂回させながら動かして
その隙間に、一気に撃ち込む。
「ゴフっ!があっ!かっ、は!!!」
「シグナム!!」
ドスリと、重い衝撃が走る。
その腹部に弾丸が突き刺さり、その衝撃にシグナムは思わず声を漏らす
更に弾丸はそのままシグナムに襲い掛かり、脇腹、背中、両膝、即頭部へと一気に攻め込んで、その体が跳ねる様に転がる。
その惨状を見て、シャマルが倒れるシグナムの前に立ち、その得物を駆使して襲い掛かる光弾を一気に迎撃して
「ダメ、だ! シャマル、こっちはダメだ!!!」
「え?」
叫ぶように、シグナムが声を荒げるが
「遅い」
――虚閃――
その刹那、その砲撃は放たれた
死神の指先から、収束された光は一気に解き放たれて
二人の視界が、翠光に支配された。
第参拾陸番「絶望の騎士」
「……なあなあヴィータ、シャマルとシグナムが居ないけど…どっか行ってるん?」
爪楊枝に刺さったリンゴを一切れ、シャクシャクと齧りながらはやては言い
ヴィータはもぐもぐと噛んでいたリンゴをゴクンと飲み込んで
「ああ、さっき出かけた。何かの電池が切れたとかで、外まで行って買ってくるとか言ってた」
「電池? 何のやろ?単三電池は買い置きがしてあるのはシャマルも知ってる筈だけど」
「んー……そこら辺は聞かなかったから、あたしにも分かんねーや」
そう言いながら、二人はテレビから流れるバラエティ番組を見ながらリンゴを頬張る。
はやてとの会話を続けながら、ヴィータははやての隣にいるザフィーラへと念話を飛ばす。
『……なあ、ザフィーラ……あの二人、やけに遅くねえか?……』
『……ああ、あの二人にしては時間が掛かりすぎだな……何か不足の事態があったのかもしれん。あの白い魔導師の例もあるしな』
『……確かに、アイツ級のヤツが相手だったら……ちょいと厄介だな』
その言葉を聞いて、ヴィータは思い出す。
つい一週間前、自分の体を容赦なく破壊し戦闘不能に追い込んだ白い男の事を
否、それだけではない
その前に自分が闘った黒い魔導師、アレも相当な実力者だった。
確かに、あのレベルの相手と戦闘する事になれば……あの二人でも、万が一の事があるかもしれない。
『やっぱ、加勢にいくべきか?』
『……いや、ソレは止めておこう。我等は共にまだ万全の状態ではない、この程度の戦力ではあの二人の足を引っ張るのがオチだ
第一に、主の護衛が心許なくなるのは避けるべきだ』
『……それもそうか……ちっ、面倒くさい事になんなきゃいいが……』
心の中で、思わず舌打ちをする
依然あの二人からは何も報告がない、そしてこちらからの念話も通じない。
故に、不安は生まれる
ぐるぐると渦を巻くように、その不安な何かは二人の脳内を支配する。
『……もしもの時に備えて、いつでも動けるようにはしておくか……』
『……ああ、そうだな……』
故に二人は、ソレを心に決める
例え万が一の事があっても、目の前の主だけは守れる様に
自分達の前で無邪気に笑う、この優しい主だけは絶対に守り抜くために
二人の騎士は、静かにその牙を研ぐ。
「……へえ、あの二人……思ったよりもやるじゃない」
「ああ、俺も少し計算外だった」
爆煙が漂う市街地の一角を身ながら、プレシアとウルキオラが感心するように呟く。
二人の視線の先には、砲撃の着弾点
必殺のタイミングで放たれた虚閃だったが、そこには仕留めた筈の獲物は転がっていない
つまり、まだ獲物は仕留めていないという訳だ。
「……ふむ、まあコレはこれで好都合ね。多少『やり過ぎ』ても、獲物を簡単には死なせる事はないものね」
ククっと口元を歪めてプレシアは嗤う。
そのプレシアを見て、ウルキオラは問いかける。
「随分と余裕じゃないか、あの二人に逃げられたかもしれんのだぞ?」
「知ってて聞いているの? アンタも意地が悪いわね」
ウルキオラの問いを、プレシアは即答する。
そしてその笑みは更に深く歪んで
「アイツ等は逃げられないわ、だって『そういう風』にこっちは準備したのですもの」
「……何とか、やり過ごせたか?」
建物の物陰に身を潜めながら、シグナムが呟く。
あの時、砲撃が自分達に向けて放たれた時…二人にはソレを回避する方法はなかった。
魔力を使っての防御なら間に合ったかもしれないが、それでも大きくダメージを負うのはさけられなかった。
そう思った瞬間、シグナムは動いた。
懐から替えのカートリッジを取り出し、砲撃に向けて投げ放ったのだ。
その結果、自分達の数mほど手前で砲撃は爆発し、その爆風と爆煙に乗じて二人はあそこから離脱したのである。
「さっきので大分カートリッジを使ってしまったな。次からは少し気をつけて……っ!!」
「大丈夫ですか? 今、治療魔法を」
言いかけて、シグナムの顔が歪む
体がミシリと痛んだからだ。
直撃を避けたとはいえ、至近距離であの爆発に巻き込まれたのだ。
その前にも自分は紫電の光弾でダメージを負っていたし、その防御にも対応しきれず爆発の余波が体に襲い掛かったのだ。
そのダメージ、決して軽いものではないだろう。
シャマルのクラールヴィントが、緑光を発してシグナムの体を覆う
シグナムは己の体のダメージが徐々に抜けていく事を実感し、改めて先のやり取りを思い出す。
「やはり強い……はっきり言って、想像以上の連携だ」
「ええ、手強い相手です」
前衛の白い死神、それをサポートする後衛の黒い魔女
その二人が生み出す連携は、正に相乗効果だ。
前衛の死神がこちらの注意を引き付けて、後衛の魔女が弾幕で一気に掃射する。
かと思えば、後衛の魔女が死神をサポートし、死神の一撃で全てを薙ぎ払う。
前衛と後衛、そのどちらも互いをサポートする事ができ、尚且つ決着をつけ得る武器を持っている
技術と経験で対抗しようにも、「基本性能」があまりにも違い過ぎる。
そして、相手はその事を知ってて最大限に利用してくる
戦法は至って単純、それ故に手強い。
「……やはり、このままでは分が悪いな……このままでは、嬲り殺しだ」
「結界の解除は……ダメです。完全にあちらにジャックされています……何とか此処から撤退する方法をかんが」
――――みーつけた――――
紫電の雨が降る。
「な!!!」
「ちぃ!!!」
豪雨と言っても差し支えの無い程の圧倒的弾幕が、頭上から一気に二人へと降り注がれる。
二人は即座に防御幕を張る
魔力の防御幕が二人の周囲に展開され、二人を弾幕から守るべく覆い立ち
一気に真っ二つに切り裂かれた。
「「っ!!!」」
「気を抜き過ぎだ、莫迦が」
防御幕を切り裂いて、ウルキオラはそのまま一気に踏み込んで刃を振るい
鮮血が弾ける。
「シャマル!」
「っ!! 大丈夫! ただの掠り傷です!」
肩口を刃で裂かれて、シャマルも僅かに出血する
次いで紫電の弾幕が頭上から降り注がれる。
「パンツァーヒンダネス!」
シャマルが動く
先程の防御幕を大きく上回る多面体の防御幕が展開される
それは紫電の豪雨を、白銀の一撃を、全て遮る。
「……ほう、中々の防御力だ」
感心する様に、ウルキオラが呟く。
自分の一撃を受けて尚、罅割れ程度で済むこの防御幕の硬度は賞賛に値するものだろう
この場面で惜しみ無く使用してくる事から、コレは相手にとっての切り札の一つだろう。
「だが」
白銀の刃が、翠光を纏う。
「……っ!!!」
その力を感じ取り、二人の表情が僅かに歪む
そしてウルキオラは翠剣を構えて
「まだ甘い」
一気に抜き放つ。
翠閃が防御幕を走り、紫電の雨に一気に押し潰される
多面体の防御幕が根本から瓦解し、二人の騎士ごと押し潰そうと崩壊する。
「……っ!」
「クソっ!!!」
瞬間、弾けた様に二人は飛び出す
二人は防御幕が崩壊する直前に、両サイドに一気に駆け抜けて
「努力賞、って所かしら?」
『thunder smasher』
「残念賞の間違いだろう?」
――虚閃――
紫電の砲撃と翠光の砲撃が同時放たれて
二人の騎士を、一気に飲み込んだ。
「よ~し、宿題おわり。うーん、結構疲れちゃったかな?」
そう言って、背筋を伸ばしながら高町なのはは呟いた
軽く背筋のこりを解して、自分が書き進めたノートをパラパラと見直して
「やり残しはなし、かな。お風呂は今お姉ちゃんが入っているし、魔法の復習でもしておこうかな?」
そう言って、なのはは机に置いてある赤い宝玉・レイジングハートに手を伸ばす
赤い宝玉を手の中で転がして、なのははゆっくりと語りかける。
「レイジングハート、お願いね」
『Ok master』
赤い宝玉が呟いて、なのはの世界は切り替わる。
意識は潜り込むように切り替わって、その世界は幾何学模様の魔法陣が埋め尽くす仮想空間に摩り替わる
仮想空間にて、なのはは白いバリアジャケットを纏って宙に立つ。
『Were you able to prepare the training?』
「うん、いつでもいけるよ」
『Ok, stand by ready……GO!!』
レイジングハートの言葉が空間に響いて、幾つもの流星が現れる
流星は光輝いて、疾風の速度で飛来してその照準を獲物に合わせて
「ディバイン・シューター!!!」
なのはもまた空を駆け抜けて、桜色の光弾を放つ
四つの光弾は多角の軌道で空間を駆け抜けて、流星を撃ち抜く。
迫る流星を、桜色の盾で受け止める
自分を包囲する光の檻を、防御幕を展開してシャットアウトする。
光の猛攻を潜り抜けて、一気に距離を取る
その手に持つ杖に魔力を収束させて、一気に解き放つ。
『divine』
「バスター!!!」
桜色の砲撃が唸りを上げて光弾を飲み込み、その空間は桜色に輝いて
全ての流星を撃ち落した。
「mission clear, excellent」
「……ふぅ。お疲れさま、レイジングハート」
目を開けて、日常の世界に意識が戻る
なのはは赤い宝玉に労う様に呟いて微笑む。
もう良い頃合だろうと、なのはは入浴の準備をしようとその足を進め
「……ん?」
ピタリと、その足を止める
その手は宙を漂ったまま停止する。
(……この感覚……)
なのはは、部屋の窓まで足を進めてカーテンを開ける。
そのまま窓を開いて、そこから身を乗り出す様に顔を出す。
(……間違いない、この感じ……魔力だ……)
それは遡る事数ヶ月前、自分にとっても忘れられない記憶の中にある反応
この管理外世界ではまず感じられる事がない、魔力反応。
(……誰かが、闘ってる……?)
どこかの遠くの、どこかの地で、誰かが戦っている
そして、更にソレを感じ取る。
(……それに、何だろうこの感じ……)
それは、なのはの頭の中の……どこかで引っ掛る
その感覚を肌で感じて……何かを思い出す。
(……この感じ、この魔力……)
―――確か―――
―――確か前に、どこかで―――。
「……っ、ぅ……が、は……っ!」
地面にうつ伏せで倒れ、ゴホゴホと咳き込む
咳き込むと同時に鉄の臭いが鼻腔内に広がり、ポタポタと額から赤い液体が垂れていた。
「……ぐ、ぅ……マズイ、わね。ダメージが、少し洒落にならない…よう、ね」
電撃の様に、全身が激痛に支配される。
脇腹を押さえながら、シャマルは背中を適当な壁に預けながら立ち上がる。
立ち上がると同時に視界がグラリと揺れて、再び倒れそうになるが必死に堪える
そして改めて、自分の体を見る。
既に自分のバリアジャケットは、見る影も無くボロボロに破壊されていた
所々でその布地は破れ、赤い染みが浮かび上がっていた。
否、ダメージはそれだけではない。
体には未だ痺れが残っている、膝はガクガクと震えていて立っているのが精一杯だ。
あの黒い魔女の紫電の砲撃、アレが直撃したのだ
寧ろ意識を失わなかった分だけ、上出来かもしれない。
「へえ、まだ立てるの? 少し手加減しすぎちゃったかしら?」
「っ!!!」
不意に、背後からそんな声が響く
後ろを振り向くと同時に、頬に何かが減り込んだ。
「あぐっ!!!」
その予想外の衝撃と痛みに、シャマルの体は後方に弾け飛ぶ
地面をザザザと滑るように転がって、グラついた視界で相手を捕らえる。
「く、っ……貴方は……」
「どうも、お加減は如何ですかベルカの騎士様?」
黒い魔女は歪んだ笑みを浮べて、杖を振るう
その瞬間、紫電のリングが現れてシャマルの四肢を拘束する。
「っ!バインド!!?」
「さーて、待ちに待った尋問ターイムと行きましょうか?」
魔女は、その身を屈めてシャマルに顔を近づける
鼻と鼻が接する程にまで、その歪んだ笑みを近づけて
「さて、最初の質問です。貴方達の主、その名前と素性、現在の居場所を詳しく教えて下さい
正直者には漏れなく、自由という素敵な豪華商品が贈呈されまーす」
「…………っ」
「ちなみに、沈黙とか言う舐めた真似をした場合は……こうなっちゃいまーす!!!」
「っ!」
その瞬間、ブチュリ――と、魔女はシャマルの肩口の傷に指を突き入れる
その激痛にシャマルは思わず顔を歪める、が歯をギリっと食い縛って声を殺す。
しかし
「うがああぁ!!! ぐがああああああああああああああああああああぁぁぁぁっぁああぁっぁああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!」
その絶叫が響く。
不意撃ちで体に襲い掛かった、その激痛という表現ですら生温い地獄の痛苦がシャマルの体を蹂躙し、その叫び声が響く。
「ぐう! ぎぎ、がっ! ぎが、か!がああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「……思ったよりも、耳に障るわね。一旦停止」
そう言って、プレシアは指を傷口から抜く
そしてシャマルの声は止み、その呼吸音が荒く響いて。
「どうだった、結構なもんでしょ? ちょいと貴方の生態電流を弄くって『痛覚』を刺激してあげたの
相手に一切の傷を負わせる事無く、確実に痛みと苦しみだけを与える……中々凶悪な魔法でしょ?
こういう事に関しては、正に打って付けな訳よ」
「……ふ、ぅ……ぐ、ぶ……う……」
シャマルは答えない
否、答えられない
先ほどのダメージの余韻のせいで、まともに呂律が回らず、喋る事が出来なかったからだ。
「はい、それじゃあもう一回質問するわね。あ、喋るのは無理だったら三回首を立てに振ってね
それで自白のサインって、認めてあげるわ」
そう言って、プレシアは再びシャマルの傷口に指を突き入れて
「流石に、いきなり主の情報を渡せ……は難易度が高かったかしら?
なら質問を変えましょう。貴方達の大凡の戦力、構成人数、所有スキルと所有武器、それらをザっと教えてくれないかしら?」
「…………っ」
「5ー4ー3ー2ー1……」
――0――
「ぐ! ぎ! げがっ!あ!あ!ああああああああああああああああああああぁっぁぁあぁぁぁぁぁっぁああああぁぁ!!!!」
その痛烈な悲鳴が、空間を切り裂く様に響き渡る
シャマルとて今まであらゆる戦場、幾多の死線、数多の修羅場を潜り抜けてきた騎士。
仮に囚われの身になったとしても、尋問・拷問への耐性はそれなりに学んでいる
しかし、それを含めてもこの「痛み」は別格だった。
例えるなら、頭蓋骨を直接ハンマーで殴打されている様な衝撃
例えるなら、全ての神経に鋸が当てられてブチブチと切断されている様な痛苦
例えるなら、体中の全ての水分が濃硫酸に摩り替わり内側から溶解される様な感覚
「が!ば! ぎ、ぐあ! がああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁっぁっぁああ!!!!」
そんな桁違いの痛覚が、シャマルの全身を襲っていた。
「ほらほらー、無理しないで全部吐いちゃいなさい。全部ブチ撒けちゃえば、楽になれるわよ」
「ぐ!ぶぁ!だ! だれ、が!いうモノっ!がああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああっぁ!!!」
「……へえ、まだそんな口が聞けるんだ。中々根性あるじゃない」
感心した様にプレシアは呟いて、その指を一旦離す。
シャマルの悲鳴は段々と小さくなり、ぽたぽたと滝の様に汗を流しながら再び荒い呼吸音が鳴り響き
「どう、気分最悪でしょ? 特に肩の傷口あたりなんかは、もう感覚が麻痺しちゃってるでしょ?」
「……はあ、はぁ、は、か……あ……」
「でもね……そろそろ終わりにしない?
貴方のその根性に免じて、もう一回チャンスをあげるわ。貴方達の主に関する情報とその大凡の戦力、その全てを吐きなさい」
ギロリと、プレシアはシャマルを睨みつける。
先ほどまでの攻撃の影響で、体中が未だ痙攣する様に震えている
意識はどこか霞がかかっているし、痛覚を通り越して既に感覚が麻痺し始めている。
「貴方達が私とあの娘を襲ったのも、貴方達の主が原因でしょ?
人は大切な人間を銃で撃たれた時、撃った人間と使われた銃、どちらに怨嗟を向けると思う?
そんなの決まっているわよねー?」
「……くっ……」
「分かる? つまりはそういう事なの。私としても、これ以上こんな事に時間を使いたくはないのよねー
私はね、こんな胸糞悪い一件はさっさと解決して、あの娘に家族サービスしてあげなきゃいけないの」
相も変わらない言葉の響きだが、その言葉には確かな威圧感と迫力がある
シャマルは、思わずギチリと奥歯を噛む。
折れかける心、壊れかける精神
はっきり言って、今の状況は絶望的なモノだった。
だが、それでも喋る訳にはいかない
如何なる痛苦に晒されようとも、我が身可愛さに仲間と主を売り渡すなんて選択肢は有り得ない。
「……ふ~ん、まただんまりかー」
そのシャマルの態度を見て
気だるそうに、プレシアは呟いて
「なら、少し『趣向』を変えましょうか?」
そして、ここで空気が僅かに変わる
プレシアはクイっと杖を振るって、その動きにつられてシャマルの体も徐々に浮かび上がる。
「……痛い、辛い、苦しい、嫌だ、やめて、助けて……」
小さく低く、静かに呟いて
浮かび上がったシャマルの瞳を見つめて、プレシアはニッコリと微笑んで
「そういう『贅沢』な事が思える内に、なるべく早く喋ってね」
「……はあ、はぁ……は、はあ……」
「満身創痍と言ったところか」
結界内のとある一角にて、二人の人影が対面している。
一つの白い人影は、その手に一振りの刀を携えて悠然と佇み
もう一つの人影は肩が上下するに呼吸を荒げて、その衣服は所々が破損していて、その身は所々から出血し、ポタポタと地面に赤い斑点を作っていた。
「だが、思いの外ダメージが少ないようだな……アレからはなるべく殺すなと言われていたから加減したが
……少し手を抜き過ぎたか?」
「……くっ」
あれで加減をしていたのか?と、シグナムは心の中で毒づく。
シグナムは目の前の白い男を睨みながら、自分の現状を確認する。
バリアジャケットの破損は激しい、その大部分の魔力コーティングが破壊され防御力は激減している
しかも、体が抱えるダメージもでかい
呼吸をするたびに肩と脇腹が不気味な悲鳴をあげ、力を入れるとミシリと体が軋んだ。
剣を握った手も痺れと痛みが伴って、まともに握れていない
出血も少なくない、体のダメージも相まって正に満身創痍だ。
(……どうする……)
シグナムは考える。
あの黒い魔女が此処にいない事を考えると、十中八九シャマルの方に向かったという事だろう。
あの魔女の戦闘力も驚異的なものだが、シャマルも守護騎士の一人
戦闘能力こそは自分に劣るが、頭が切れ知恵が回る参謀役だ。
そう簡単にはやられない筈だ。
(……全力で戦える時間は……五分、いや……相手の実力も考えると、三分が関の山か……)
と、シグナムが現状に対して考えを纏めて
絹を裂くような悲鳴が、彼女の耳に響いた。
「……!!! この声は、シャマル!!?」
「ああ、どうやらあちらも派手にやっている様だな」
その言葉を聞いて、シグナムは己の心臓が鷲掴みにされた様な錯覚に陥った
今聞こえてきた悲鳴は、紛れも無くシャマルのものだ
しかも単発的なものでなく連続的な、それは即ち……
「……終わったな、あの女……」
ウルキオラが呟く。
「……どういう、意味だ?」
「そのままの意味だ。今頃あの女は、地獄への片道切符を手にしている頃だろうな」
その瞬間、金属音が鳴り響く。
「……まだそんな動きが出来るか」
「ズアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!」
獣の様な咆哮を上げて、赤い血を振り撒きながら
大地を蹴り、シグナムはウルキオラに一息でその間合いに捉えて剣を振るう
残りの魔力の全てを注ぎ込むように、その烈火の如く猛攻でウルキオラに迫る。
「ウオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
その形相、その気迫、その圧力、正に修羅
一秒でも早く目の前の死神を退けて、仲間の救出に向かうという確かな意志の表れ
だが
「少し落ち着け」
翠弾が、シグナムの脇腹に減り込む。
「っ! ぐ!」
その不意の圧力に、シグナムはたまらず後退する
そしてその顔を苦痛に歪めて、赤い液体を吐き出す。
「そう事を急くな、何事にも順序はある」
「……この状況から、我等が助かる道はある……そういう意味か?」
「理解が早くて助かる」
その言葉を聞いて、シグナムも僅かに気配を変える
このまま戦闘を続けても、好機が訪れるのはまず無いと判断したからだ。
「……条件は何だ?」
「お前等の主に関する全ての情報」
その言葉を聞いて、シグナムの顔は歪んだ。
「何を呆けた顔をしている?考えてもみれば当然の話だろう?
除草は根から取り除かなければ意味がない、それと同じだ」
「……断る……っ!!!」
ギシリと奥歯を噛み締めながら、低く重くシグナムが呟く。
「見くびるな、我等は守護騎士……主の騎士だ!
如何な事情があろうとも!如何な条件であろうとも!断じて主を売ったりはせぬ!!!」
「……成程……」
そのシグナムの言葉を聞いて
ウルキオラはどこか納得した様に呟いて
「――ならば死ね――」
その瞬間、死神が動く。
疾風の速度でその間合いに踏み込み、シグナムもその迎撃に出ようと剣を振るい
交差は一瞬
白銀の刃と烈火の剣が互いに交わり、赤い液体が弾けた。
「……ぐ…っ…う……」
「貴様のその返答、これ以上のやり取りは時間と労力の無駄と判断した」
鮮血を撒き散らしながら、シグナムの体が崩れ落ちる。
しかしウルキオラが落ちる首を掴んで、その体を宙に吊り上げる。
「アレはなるべく殺すなと言ったが、絶対に殺すなとは言わなかったからな」
ポタポタと赤い雫を垂らして、手足をダラリと力なく漂わせて、シグナムは虚空を見つめる。
「だがお前は運が良い。アレが相手なら、この程度の苦痛では済まなかったぞ?」
そのまま、ウルキオラは虚空にシグナムを投げ放つ
その身はまるでゴムボールの様に高く、空高く舞い上がって
「これは、せめてもの慈悲だ」
その指先が雄々しく唸りを上げて、翠光を宿す
宿った翠光は尚も力強く鳴動し、爆発的に膨れ上がる。
「今までの貴様の健闘を讃えて、この技をお前の墓標にしよう」
その照準を、虚空の騎士に合わせる。
翠の光が獣の様に唸りを上げて、その牙を剥く。
「王虚の閃光」
指先から、その翠光は放たれる
今までの砲撃とはその圧力、その魔力、その威力、全てが桁違いの大砲
空間すらも歪める圧倒的破壊力を持つ光の一撃が、シグナムに向かって放たれた。
……これまで、か……
我が身に迫る翠光を見つめながら、シグナムは思う。
既に全身に力が入らない程に、体にダメージを受けている。
バリアジャケットが大きく破損したこの状態では、自分はこの一撃には耐えられないだろう
防御は不可能、回避は無理、迎撃どころか腕も脚もまともに動かす事ができないこの状況。
……シャマル、すまない……どうやら、助けにいけそうにない……
仮にこの一撃に耐え切ったとしても、あの男は生死の確認を怠るというミスなどは犯さないだろう
仮に生き延びても、確実にトドメを刺されるだろう。
……ヴィータ、ザフィーラ……後は頼む……
……そして、申し訳ありません主……
……我が身が至らぬ故に招いたこの不忠、どうかお許し下さい……
……どうやら私は、ここまでのようです……
……どうか、御身が無事でありますように……
眼前まで迫る翠の光を見つめながら、ただ呆然とシグナムは思った。
悔しさはある、口惜しさもある
負けたくなかった、足掻きたかった、諦めたくなかった
だが、もはや心身ともに限界だった
魔力も体力も底をついて、なす術がなかった
如何に心と魂が闘おうとしても、体がついてこなかった
その圧倒的閃光に全身を照らされて、シグナムは次に襲いかかるであろう『死』を覚悟して
唐突に、その影は現れた。
「……え?」
思わず呟く
それは閃光に照らされて、四角いシルエットを映し出し宙を漂っていた。
そして、ソレはシグナムが良く知るモノだった。
「……闇の、書?……」
次の瞬間、ソレは起こる
闇の書はその翠光すらも霞む程の光量で輝く
一瞬後、光は止む
彼女の目に映ったのは、光が消えた闇の書
そして
『6』という数字だった――。
閃光が爆発し、轟音と共に衝撃が響き渡る
その轟音はビリビリと鼓膜を刺激して、衝撃は震えるように肌に響く。
翠光は弾けるように炸裂して、その空間を軋み上げた。
その爆発が、砲撃の着弾を教え
その手応えが、己の一撃が獲物に直撃した事を教え
そして
「……馬鹿な……」
それらの事実を感じ取りながら、ウルキオラは驚愕していた。
元来、ウルキオラは感情を表にする人物ではない
元々感情の起伏というものが乏しい上に、感情を表に出す人物ではないからだ。
『王虚の閃光』は、確かに直撃した
それは自身の手応えでウルキオラは分かっている。
なのに、まだ生きている
なのに、あの女はまだ生きている。
だが、そこではない
ウルキオラが驚愕したのは、そこではない。
「……何故、お前が……此処に居る?」
この時、ウルキオラは確かに驚愕していた
目の前のその事態に、確かに驚いていた。
「よう、ご挨拶じゃねえか」
その声が響き渡る。
そしてウルキオラは知っている、その声を知っている。
「……あん、どうした? 随分と愉快なツラしてるじゃねえか?」
その霊圧を肌で感じる
ウルキオラは知っている、その霊圧を知っている。
「しっかし、随分と久しぶりだ」
爆煙が晴れる、そして『ソレ』は徐々に姿を現す。
ウルキオラは知っている
その男の姿を、その顔を、ウルキオラは良く知っている。
「……本当に、久しぶりだ……」
自分と同じ白い服、腰元の刀
水浅葱色の髪と瞳、目端の仮面紋、顔に張り付いた虚の仮面
肌蹴た衣服から覗かせる、屈強な肉体
割れた腹筋を貫く一つの孔
「――会いたかったぜ――」
その男は、嘗て自分の主の下に居た同士の一人
自分と同じ『虚』の領域を超えて『破面』の領域に踏み込んだ者。
そして主の下に集まった数多くの破面から、その力を認められ
自分と同じ最強の称号、『十刃』の称号を与えられた一人。
「会いたかったぜえええぇぇ!ウルキオラああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
男は歓喜に震える
その表情を歓喜に歪め、その再会を心から狂喜して叫ぶ。
男の名は、グリムジョー
――第6十刃――
――グリムジョー・ジャガージャック――。
続く
後書き
やっと、やっと六番さんを出せた……(汗)
どうも作者です、今回は割りと早めに更新できました。今回は描きたいシーンが混乱しなかったので、スムーズに描き切る事ができました
次回の執筆も、このままスムーズに済ませられたら良いなと思っております。
さて、話は本編
後書き冒頭でも書きましたが、やっとグリムジョーを参戦できる事ができました!
グリムジョー参戦を匂わせたのが八月、本編に参戦したのが年を跨いで一月……五ヶ月の時間を使ってやっと参戦です!いや~、実に長かった!
今回のプレシアさんですが、本編でも言っている様にプレシアさんの目的はシグナム達の「主」を潰すことです
だから序盤はシグナム達から情報を得るべく、手加減して戦いシャマルに対してもあんな感じになりました。
ちなみに、コレは余談ですが……作者は今回の幾つかのシーンを、実は何回か描き直しております
理由としてはプレシアさんのドSっぷりが暴走しまくって、十八禁(グロ)作品になりかけたり
ウルキオラの守護騎士達へのムカつき度がMAXになって、シグナムが<鬼畜エロス>な展開になったり
下手をすればxxx板行きが避けられない程に作者が暴走してしまい、少々自重させて頂きました(汗)
……この作品でエロ展開って、誰得だよ……
さて次回も続いてバトルパート、ウルキオラとグリムジョー……この二人を上手く描ける様に頑張りたいと思います!