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[17243] 箱庭の玩具 (異世界ファンタジー物) 『旧題 転生者は考える』
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/06/30 05:14
その1・ジャンル的にはファンタジー。

その2・最強系なのかもしれない。

その3・旧題の通り主人公は転生者。

その4・書きたいから書いた、後悔はしていない。

その5・カっとなって書いた、でも結末は見えている。

その6・誤字脱字の報告や話に関するご感想をお待ちしております。

その7・この注意書きは増えたり減ったりするかも知れない。

その8・それでもいいって方は続きをどうぞ。



[17243] 1話 転生前に考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/07/22 02:20

 神様は言った。

『楽しませろ』

 はい、としか言えなかった。
 どこぞの素人が作ったオリジナル小説の冒頭転生で神様に啖呵を切るとか、死にたいの? ばかなの? もう死んでるけど。
 だからと言って瞬き一つ出来なくなるほどの圧倒的存在感を前に、たった一言の返事しか出来なかった。
 神様を前にしたら塵以下の存在でしかない人間に、反抗など全くもって許されない。
 文字通り絶対者、人間の皇帝とかそんなレベルじゃない存在。

『ごめんごめーん、手違いで死んじゃった、テヘッ☆』

 とか言う三流神様とは違う、ありとあらゆる次元の違いを実感させられるほどの圧力。
 矮小な人間ごときの魂など軽く消し飛ぶ圧力がある、そんな存在を前にして今だ俺が魂を維持しているのは神様が抑えているらしいから。
 ちなみに俺の他にも死んだ人間の魂を呼びつけ、同じような事を言ったらしいのだが。
 何を勘違いしたのかキリのない要望とか暴言を吐いてきたから、輪廻転生の輪に加われないよう魂の屑さえ残らず消滅させたそうだ。
 やりすぎなんじゃと思ったけど、意志を表すことを許してはいない、との事。

 なんと理不尽な、とも思ったけど、消さぬ余の寛大な心に感謝せよ、と仰られていた。
 本当の意味で死ぬのが優しいとかなんと恐ろしい。

『寛大なお心遣い、真に感謝の極みでございます!!』

 とりあえず土下座、をしているのか分からないけど最大の感謝を込めて平伏した。
 別にいいえと答えても、輪廻転生の輪に戻すだけだったらしいので間違いなく早まった感が否めない。
 だが親には逆らえない、自分を産んでくれた両親とかそう意味ではなく、魂と言う原初の存在として生み出した神様は全ての父であり母でも有る。
 生きるも殺すも意志一つ、要らぬと神様が判断したら無限の並行世界からその同一存在を消せたりするんだぜ。
 平行世界に生きる真面目な自分が、他の平行世界に生きる馬鹿な自分のせいで消されるとか不憫すぎる。
 そんな真似をするのもされるのも嫌だから、消し飛ばされないことを感謝する。

 それで、今回の生を終えた俺を呼んだ理由とは何か。
 とりあえず神様が言うには、実際頭の中に言葉が浮かび、一言も喋っていないんだけど。
 前世の世界とは違う、いわゆるファンタジーな世界に生まれ変わらせるから、そこで足掻き苦しみ喜びを見出して全身全霊を持って生き抜け、とのこと。
 全知全能な神様からすればそんな物見ても楽しくないし、俺ごときのする事を全て見通せるんじゃ? と思ったら。

『余を楽しませろ』

 と仰られた、要約すれば俺の未来は見ないで置いてやるから足掻け、だそうです。
 見なくてもこんなそこら辺に居る凡人など見ても、本当に楽しくなさそうなんだけどと思ったが。
 俺と同じような選択をした奴らがいっぱいと言うか、俺からすれば無限に等しい数が無限の平行世界に散らばっているそうだ。
 と言うより輪廻転生は全ての平行世界に適用され、その世界で魂が消滅したと思っても、ただその世界から外れ、そこより高い次元に上って輪廻転生の輪に加わってるらしい。
 つまりは無限の平行世界に散らばった無限の転生者の行動を、一つも見逃すこと無く今も観測し続けて暇を紛らわしているらしい。

 人間に分かるように言えばそんな感じらしい、実際『暇』と言う感情を神様が感じているのかは分からないが、それが一番近いような感じを受けたからこう表現した。
 と言うか、いちいち浮かべた疑問に答えてくれる神様は律儀と言うか、俺が考えることを全て用意して俺の頭の中に入れているらしい。
 らしいらしいばかりだったけど、一応全部当たっているらしい。
 ちなみに俺は特別とか特殊な人間、とかではないとの事。
 本当に無作為に選んだ魂で、たまたま、天文学的な確率で俺が拾い上げられた。

 とりあえず俺がファンタジー世界に落とされるにあたって、よく有る特殊能力の付加をするんだって。
 と言うか魂の形は無重力に浮かぶ水のような形らしい、存在と言う自重が自分の魂を散らばらせないよう引っ張ってるとのこと。
 要するに重力を持つ星のよう、遠心力で大地とか吹っ飛ばない様にしている星と似たようなものだってさ。

 魂は形が無い訳で、能力の付加などはその世界の真理に当て嵌められて変化するとの事。
 魔力が有る世界なら魔力が付くように魂が変化して、超能力があれば超能力が発現するように魂が変化するらしい。
 じゃあ俺が落とされるファンタジー世界はどんな世界なのか? と思ったがその答えは用意されていなかった、行ってからのお楽しみらしい。
 まだまだ考えたいことはあるが、神様を待たせると消し飛ばされるかも知れないからさっさと落としてもらった。





「もっとよく考えれば良かったかも」

 そうして独りごちた、考えても変わらないような気がするけど。
 神様の言う通り、落とされたのはファンタジー世界だった。
 魔力があって、人間が居て、魔物が居て、魔王が居る世界だった。
 これは勇者フラグ! とか思うわけもなく、主人公補正とか無いらしい俺はそんな事をしたくない。
 と言うか元々主人公補正などと言う物は存在せず、アニメや漫画や小説などで主人公とされる人物の活躍は、全部主人公の才能とかで生き残った勝ち組なんだってさ。

 そりゃ運も勿論有る、不確定にする乱数的な物すら勝ち取った本当の意味での勝ち組。
 それって主人公補正なんじゃ……、と思ったけどやっぱり違うらしい。
 才能と運、どちらも勝ち取ったからこその物であって、結果が出た後に、全て終わってからそう呼ばれる代物。
 つまりその過程で努力とか止めたら、後の主人公補正などと呼ばれず、ただ死んで行ったりするってさ。
 だったら納得する、才能が有って努力して運を勝ち取る、そこに主人公補正と言うご都合的な物ではなく、掴んで当然の結果であるから主人公補正と言うものはないらしい。

 そうじゃなくても勝ち組になれた奴は、単純に大きな運を取っただけの奴。
 こっちの方が主人公補正って言って良いような気がしてきた。

 まぁ、そんな事はどうでも良かった、神様はこの世界で全身全霊で生き抜けと仰ったから、死なないように努力し続けるしか無いと言う事。

 そうして俺はとある種族に転生して一年と半年の月日を生きている、そのある種族とは『魔人』だった。
 うーん……、確かに魔力とか有って魔法とか有るファンタジーで存在する一つの存在だ。
 古典的なファンタジーにそう言う存在が出てきていたのかは知らないが、世界観にもよるが最近のファンタジーでは出てきても可笑しくは無い存在だ。

 この世界の設定では魔人とは人間より格上の存在であり、最強種であるドラゴンや巨人にも劣らない存在だってさ。
 あと人間の天敵みたいな設定も付いてる、勿論それは人間側の話であり、魔人側からしたら攻撃とかしてこなければ相手をしない存在に過ぎない。
 人間と同じように魔人にも政治派閥とかあるし、内政関連でも困っている事も結構ある。
 俺の考えでは人間より頑丈で魔力がある人間、と言う考えしか浮かばない。

 後派手、なんか髪の毛がまさにアニメ! と言う感じで色めいている。
 赤とか青とか緑とかさ、色が混ざり合っている人も居るし、感情の高ぶりで変化するとか色々ある。
 それに美形ばっか、種類が格好良い、可愛い、綺麗とか若い人はそんなのばっかり。
 歳食った人は渋かったり鋭かったり、明らかに一筋縄で行かなさそうな人ばかり。

 美人は三日で飽きると言う言葉もあったよね、最初は美形な芸能人を見るような感じだったが、今では格好良いとか可愛いとか綺麗だとか思わなくなった。
 いや、確かにそういう人達ばかりだから、嘘偽り無くそう思ってるんだけど、それしか無いからそれが普通だと思って浮かばない様になってしまった。
 俺の美的観念から見たら格好良かったりするのだが、その人達から見ればそんなに格好良かったり可愛かったりしないそうだ。
 これがデフォルトとか、世の中の普通の人に謝るべきでしょう?
 ちなみに俺は普通の人です、俺から見て格好良い人には絶対入らない普通の、どこにでも居そうな凡人だった。

 ヨカッタヨカッタ、銀髪でオッドアイとかだったら恥ずかしくて死にそうになっただろうなぁ。
 ちなみに銀髪オッドアイとか普通に居ます、中二的容姿が標準だからそう言う妄想ばかりしてた奴は悶えそうな世界。
 俺も想像したことがある中二キャラとドンピシャな人見つけて悶えた、その容姿になった原因は俺じゃないんだがその人に謝りたくなった。

 とりあえず俺の容姿は前世である黒目黒髪の日本人の容姿をそのまま、子供の頃の写真を見てこの顔があったから成長したら慣れ親しんだあの顔になるだろう。
 それじゃあ成長してあの顔になったら不細工に分類されるのだろうか、陰口で気持ち悪いとか言われたくないんだけど。
 俺を産んだ両親も中二的な容姿で、父親が瞳の色は紅く、水色と青色の髪で光の当たり具合で変化する。
 母親は金色の髪と瞳、実際のブロンドではなく、非常に明るい黄色と言った感じの髪色。
 正直言うと、二人とも目が痛い。

 それは置いといて、黒目黒髪は普通なのか? と聞いた所、黒目黒髪は珍しいが別に不細工ではないらしい。
 息子だし色眼鏡で見てるんじゃないか? とも聞いたら、そんな事はなく本当に普通らしい。
 ヨカッタヨカッタ、成長して想像できる顔でも全然おかしくない、普通の魔人に見えるとのこと……、普通と言う時に間があったのはご愛嬌か。

 さて、容姿的な悩みは一応解決した、そんな一才と半年で普通に喋って歩き回る俺を見て両親は何とも思わないらしい。
 確かに歩き回って意志がハッキリと伝わる言葉を話すのは早いらしいが、無いわけではないらしい、魔人ってどんだけ早熟だ。
 両親が驚いたのは別の事、一才と半年の子供にしては異常に魔力が多いとのこと。
 おや? でっかい魔力とか転生者特典と言うことだろうか。
 この歳で親父と同等、凄いと思ったけど親父の魔力はそんなに多くないらしい。
 それでも、成人している男の魔人の魔力と、一才半の子供の魔力が同等と言うのはとんでもないとの事。

「フッ!」

 とか家の森付きの庭で邪気眼的と言うか、七つの玉を集めれば願いが叶うバトル漫画のように腕を突き出したら、魔力波が発生して森の直径三メートル位あるでっけぇ木を30本くらい圧し折って、100メートルほどの長い抉れ道を作ってしまった。

 ……なにこれぇ。

 カッコイイポーズ(笑)のままそれを見ていたら、騒音を聞き駆けつけて破壊後を見た両親が驚いていた。
 魔力ってこんな事も出来るのかー、とか自然破壊して呆然とそんな事を考えていた。
 その後は危ないからどう言う使い道があるかしっかり勉強することとなった。
 魔力波を飛ばすのは原始的で非効率らしいが、一番簡単に出来ることらしい。
 やべぇ、飛ばしたいと思いながら腕を振るえば大木を何十本も圧し折る衝撃波が飛び出るとか、人間相手じゃ簡単に何十人も殺せるぞ……。

 怖いから魔力制御を重点的に訓練した、その途中くしゃみして魔力波が出て寒気がした。

 魔力って結構万能らしい、自然現象を起こせるし、身体に魔力を漲らせれば諸々数倍の身体能力を得られる。
 魔法の一つで治癒系統の物もあり、魔力の使いすぎで魔力欠乏に陥った魔人に魔力、血液のように同質の属性の魔力でなければいけないが、分け与えることも出来る。
 なんか便利過ぎて有難みが無い、悪い事ではないが。

 とりあえず上手く使えばいろんな面で役に立つ、主にしたくも無い戦闘で。
 ところで前世の記憶の受け継ぎってのは、輪廻転生に置ける低確率の特典らしい。
 つまり戦いとかした事ない人間が、記憶有りで転生してきても戦えるわけがない。
 戦闘の訓練、それに伴う精神の修練。
 それを経て磨き上げれば可能だろう、でも俺はそんな物に耐えられるとは思えない。

 要するに心が弱い魔人だ、力を手に入れてちやほやされても振るう気にはなれない。
 戦うための力じゃなくて、平穏に暮らせる力のほうが良かった。
 となれば、神様は戦えと、この力を使って何かをしろと仰るのか。
 楽しませろとは、そういう意味なのだろう。

 この人生、前世よりきつい人生になりそうだ。



[17243] 2話 転生後も考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/03/26 23:32
「……はぁ」

 多分戦わなければならないと、その考えに至ってから魔力の使い方を、特に制御へと力を入れて訓練し続けた。

 だからだろうか、親父が死んだのは。

 別に俺の魔力が暴走して、なんて事ではない。
 どうみても前途有望な俺の為に、より良い環境で勉強させたかったらしく、入学費とかメチャクチャ高い貴族専用の学園へと入学させようとしてたらしい。
 より良い環境で貴族専用の学園に入学とか、確かに施設の設備とか高級そうだけど、そこがより良い環境になるとは限らないと思った。

 とは言え子どものため学園に入れてやりたいと思い、頑張る親は好感が持てる。
 ……魔獣討伐に志願して死んで帰ってくるような親父じゃなければ、だが。

 俺が産まれた家は男爵家で、いわゆる弱小貴族。
 猫の額ほどのちっちゃい領地を持つ家、しかも領民はかなり少なく税収はまじで期待出来ないくらいのものだ。
 つまり金がない、入学費だけで税収の数十年分になる金を持ってるわけも無い。
 基本領地を持たない貴族はどっかのでっかい領地を持つ貴族の代官にでも雇われたり、王宮にでも仕えて金を得るわけだが。
 領地持ちだとそうは行かないらしく、領地の経営を行えとか言われるらしい。

 誰かに雇われると言うのは無理であり、領地の税収から金を得ることもきつい。
 だったら魔獣討伐隊に志願して討伐して金を得ようと、どう考えても飛んでるとしか言えない思考でそれを決めたらしい。
 止められなかったのか? と言うのも母さんにも黙ってやっていた事だった。
 そんな事をしていると判明したのは、魔獣討伐の折に致命傷を受けて亡くなった、と言う訃報が届いてからであった。
 俺も母さんも唖然とした、笑いたくなった、冗談でしょ? と伝えに来た使者に聞いた。

 使者は首を横に振り、『残念です』と答えた。
 それを聞いて母さんは笑った。

「冗談よね? 冗談でしょう? 冗談と言いなさい!!」

 家の中の物が吹き飛ぶほどの魔力を吹き上がらせながら、語尾を荒くして叫んだ。
 そんな母さんを前に、やはり変わらず使者は首を横に振った。
 それを見て途端に魔力が収まり、母さんは力なく座り込んだ。
 とりあえず母さんを寝室に連れて行くと断って、呆然とする母さんをベッドに座らせた後玄関へと戻った。

「それで、遺体は」

 平然と聞く子供、六歳になったばかりの小さな子供に多少驚きながら遺体の安置場所などが書かれた書類を手渡された。
 ご苦労様です、と使者の人に労いの言葉を掛け頭を下げた。
 使者が帰って、親父と母さんの寝室に戻れば、変わらず呆然とベッドに腰掛ける母さんが居た。
 書類を持って部屋に入ってきた俺を見て、母さんは立ち上がって駆け寄り抱きしめてくる。

「あの人が死ぬなんて嘘よね、あの人が死ぬなんて嘘よね、あの人が死ぬなんて嘘よね、あの人が死ぬなんて嘘よね、あの人が死ぬなんて嘘よね……」

 ひたすらそれを呟き、信じたくない事を否定し続ける。
 そんな母さんの耳元で、父さんの所へ行こう、と言って聞かせる。

「……帰ってくる、家に帰ってくるわ。 夕餉の用意をしなくちゃ、そうだ、今日は何を食べたい?」

 俺の肩に手を置いて、体を離して聞いてくる母さん。
 その笑顔はぎこちないのが一目で分かる、無理をしている笑みだと分かる。

「父さんの所へ行かなくちゃ、母さんを待ってるよ」

 真っ直ぐ、母さんを見据えて言う。
 驚き突き飛ばすようにして俺から手を離し、聞きたくないと両手で耳を塞ぐ母さん。

「母さん、父さんに教えてあげなきゃ。 母さんと僕を置いて逝った事がどんなに酷い事か」

 座り込む母さんは、その煌めく金色の瞳に涙を浮かべ嗚咽を漏らしだす。

「泣いちゃだめだよ、泣くなら父さんの前で泣かないと」

 それを聞いた母さんは息を止める、無理矢理にでも悲しみを抑えて涙を止めているんだろう。
 シュミターさん呼んでくるから、ここに居てね、と母さんに言って、この小さな屋敷で働く高齢のお手伝いさんを呼びに行く。
 そんなに大きくない屋敷だから、3分も掛からずシュミターさんの部屋にたどり着いてノック、出てきたシュミターさんに父さんが亡くなったから母さんを着替させてと伝えた。
 勿論それに驚き、目を丸めるが、先ほど使者が来たと言って資料を見せた。
 泣きはしなかったが、悲しみの表情を浮かべたシュミターさん。
 泣いて動けなくなるのは困るので良かったが、とりあえず着替させてくれと伝えて自分の部屋に戻る。

 着替えて資料を捲り、結局どうなってるのか理解しようとする。
 簡単に言えば親父は懸賞金目当てだった、で、この前やばい魔獣が確認されたからそれの討伐隊に志願。
 そうして討伐隊に志願して、暴れる魔獣の動きを抑えるために体を張った際にやられた、との事。
 そのお陰で一瞬動きを止めた魔獣を、将軍が強力な攻撃魔法でブッ殺したらしい。
 それが無かったら討伐隊自体が危なかったとの事、つまりは親父が体を張って止めなければもっと酷い被害が出てた。

「たったこれだけで命賭けるなよ……」

 討伐隊に志願した魔人の治療費とか、それを差し引いた懸賞金全てを親父に当てると書かれている。
 その魔獣討伐の懸賞金は、貴族専用の学園の入学費に8割ほどしか無い。
 確かに大金だが、俺だったら命を掛けるには足りない。
 例え入学費に届いていたとしてもその後の学費はどうすんだよ、入学費ほどじゃないがめちゃくちゃ高いぞ。

「どうすんだよ、母さん泣いてるぞ……」

 もし生きていれば親父が泣いて謝るほど殴られるだろう。
 少なくとも5年ほど、物心付いた時から見て、親父は母さんを愛していて、母さんは親父を愛しているのは間違いなく分かる。
 それが分かるほどのイチャつきぶり、勿論イチャつきタイムは俺がその場に居ない時だけだったが。
 母さんが無茶を言って、親父が無茶に答えて、母さんが親父をぶん殴って、母さんが親父にキスをする。
 親父専用ツンデレ属性持ちの母さんだった、親父はそれを苦笑いのまま向け入れて結局最後は母さんが謝る。

 それがその夫妻のいつものコトだった、おれが生まれてもそれは変わらない。
 そんな光景を、新しく加わった俺が見ながら過ごして行くはずだった。

 資料から目を外し、降りてきた着替えた母さんとシュミターさん。
 馬車を用意させて、遺体が安置されている所へと向かう。
 その道中、母さんは一言も喋らず俯き、親父の死に葛藤していた。



「こちらになります」

 遺体安置所、案内された部屋。
 そこで台の上に横たわる親父がいた、当然瞼は閉じられていて、僅かにも動く気配はない。
 静寂、それを打ち破るのはやはり母さんだった。
 横たわる親父に縋り付いて泣き始める。

 葬儀やら何から何まで俺が決めた、母さんにそれを決めることは出来なかった。
 ただ悲しくて、それしか考えられなくなっている。
 それじゃあ進まないから俺がやるしか無い。
 色々書いて、手続きを終わらせる。
 子供がこんな事して驚かれるが、気にしている余裕なんて無い。

 縋り付いたまま泣き続けている母さん、ずっとそのままだと父さんが困るからと説得。
 嫌がりながらも父さんが困るのは嫌なのか、何とか離れてくれた。
 そこからは見る間に時間が過ぎて行く、葬儀などを行って父さんの友達とか討伐隊の隊長をしていた将軍とか。

「何か困った事があれば何時でも言ってくれて良い、待っているよ」

 そう言ってくれた名前も知らない女将軍に、礼を言って頭を下げる。
 それからいろんな人と挨拶を交わし、葬儀を終え、家に帰る。
 驚くほどに速かった、何もかも淡々と過ぎて行く。

 悲しくなかった訳じゃない、俺、と言うかこの世界の子供として産んでくれた両親。
 その片親の父を亡くした、悲しいと思う。
 母さんは寝室に引きこもるほどだった、声を掛けるべきなのだろう、寝室のドアをノックするが反応はない。
 鍵が閉まってはいない、食事を持ってくる。
 ベッドの上、上半身を起こしたまま窓の外を眺めている。

 母さんは強いのかも知れない、親父は魔獣討伐になんて行ったのは俺のためである。
 原因はどう考えても俺に有り、金を用意する事になったのは俺の魔力を感じ取ったから。
 息子がどこまで伸びるか気になったのか、あるいは伸ばしてやりたいと思ったのか。
 だから死んでしまった、俺が大きな魔力を持って産まれなかったらこうならなかったはず。
 母さんは俺が悪いのだと責めて、嫌うなり何なりすればいいのにただ親父への思いを涙にして表すだけだった。

「ご飯、食べようよ」

 俺のせいにしたくないのか、それともする気が無いのか。
 見て分かるほどに、母さんは生気が抜けていた。
 まさしく母さんに取って親父は失ってはならない半身だった。
 話しかければゆっくりとこっちを見た瞳は、赤くなって涙が枯れ果てていた。
 そんな母さんがそのままで良い訳がない。

「……父さんが居る所に行きたいの?」

 その問いに、迷いなく母さんは頷いた。

「父さんは自分が居る所に来て欲しいと、そう思うの?」

 その問いに、迷いなく母さんは首を横に振った。

「だったら食べなきゃ、そんな母さんの姿を見たら悲しむと思うよ」

 あんな優しい親父だ、こんな母さんを見たら間違いなく悲しむ。
 悲しいだろうが引き合いに出さなければ、母さんは飯を食わないだろう。
 ベッドの傍の台に置いて、食事を母さんに差し出す。
 それをゆっくりと食べ始める母さんを見ながら思う。
 これってさ、悲しい過去のつもりなのか? 勘弁してくれよ、神様。





 それから六年ほど経った、別に話すことも無い六年間だった。
 朝起きて飯食って、魔力制御の訓練とか勉強とかして、晩飯食って寝る。
 ひたすらそれを毎日六年間、シュミターさんは普通に元気だし、母さんは以前よりも動き回らなくなったが元気だ。
 強いて言えば、俺の魔力が増えて制御も上手くなっていることぐらいか、後魔法もある程度使える。

 魔力ってよほど濃密じゃないと見えたりしないけど、ここにあるってのがしっかり分かるんだよね。
 目視出来る魔力ってのは色つきの煙みたい、もやもやしてるけど風が吹いたりしても飛ばず、そこで浮き続ける。
 まぁ制御してやらないと、やっぱり解れて煙のように散っていく。
 どういう風に動かしたいか頭の中でイメージするだけで、その通りに魔力は動き出す。
 確りとしたイメージを持てば、その強さに応じて変わる。

 爛々とした火を思い浮かべれば、魔力的化学反応って言えば良いのかね、酸素の代わりの魔力が燃えて火が生まれるって事。
 水であれば、酸素と水素の化合物に変化して水になる。
 風であれば空気を動かす気圧を生み出し、任意の方向へと風を吹かす。
 土はなんかよく分からん、動かしたいと思えばモコモコ動くし、硬くなれと思えば硬くなる、科学的な説明が出来ないね。
 と言うか、魔法を科学で説明しようと言うのが間違いだが。

 昔は親父が見てくれてたけど、今は母さんが訓練方法を教えてくれている。
 まぁ何と言うか、親父より精密で力強い、親父が悪いわけじゃないが母さんの方が強いと言うのは納得出来るぐらい差があった。

 魔法はともかく、やってる訓練は魔力が無駄に散らないよう何時間もひたすら内に留め続けるとか、魔力で作った輪っかであやとりしたりとか、その他魔法のことやこの国の歴史を勉強したり。
 そのくらいだ、本当に語るべき所じゃない。

 年齢も12歳になった、体も結構大きくなった、150cm越えたくらいかな?
 誕生日は毎年母さんとシュミターさんと俺だけの小さな誕生日だ。
 3人で食べるには丁度良い大きさのケーキ、それを三人で囲う。
 貴族だからってなんかでっかい盛大なパーティとか嫌すぎるのでこれで良いけど。
 そんな誕生日の最中に母さんは一言、いきなり語りかけてきた。

「ヴェンテリオールへ行きなさい、いいわね?」

 全くもっていきなりだ、よく分からなくてなにそれ? と聞きかけた。
 ヴェンテリオールとは貴族専用の学園、親父が入れようとしてくれた学校の名前だった事を思い出す。

「良いよ別に、勉強なんてどこでも出来るし」

 と断るも。

「お父さんが行かせてくれようとしたのよ、行かなくてどうするの」

 真剣な表情でそんな事言われたら行くしかなくなるじゃん、でも金どうすんの?

「伝があるわ、気にしなくて良いのよ」

 微笑んで母さんは言った、なんか不安なんだけど。





 不安が的中だったのでした。
 親父は当たり前に男爵家の当主で、母さんは公爵家の三女らしい。
 もうそんな設定要らねーんだけど、そう思っても決まってるものは変えられない。

 公爵家の人、つまり母さんの両親とか兄弟姉妹たちは母さんを呼び戻したいらしい。
 そうなった原因は母さんにあるのだが、要約すると『父さんに一目惚れした母さんが押しかけ女房』。
 押しかけられた親父もまんざらでなかったらしく、全然強くない癖に体を張ったらしい。
 好きな女のために体張る親父は漢だと思うよ、そんなにする位母さんが好きなら死なずに頑張ってくれよ。

 とりあえず母さんは自分が家に戻るから、金をくれと言ったらしい。
 すんごい直球だな、シュミターさんもそう思ったのか同意してくれた。
 向こうの返事は『とりあえず戻って来い』と、そう言ったらしい。
 じゃあ行きましょう、となって俺は母さんに着いて行くことに、シュミターさんはお留守番しててもらった。
 え? 連れてかないの? 普通道中の世話とかするお手伝いさんとか連れてくもんじゃないの?

 食事の用意とかも全部俺がしろと言うことですね、分かります。
 俺がお手伝いさんみたいな状況で一週間、途中でっけぇ牙を生やしたトゲトゲしい象みたいな魔物に襲われたが、母さんがその魔物を腕の力だけで引き裂いたのはいい思い出。
 服が返り血で濡れなどはしない、魔力を体に纏えば見えない鎧にとかなるんだよ。
 だからと言って腕だけで引き裂くとか、魔物より母さんの方がこえーよ。

 それととりあえず訂正、一週間じゃなくて十日でした。
 七日で公爵家の領地入りして、そっから三日間行った先の屋敷に向かうのでした。
 遠すぎる、自動車があったら半分も掛からないだろうなと考えつつも公爵家の屋敷に到着。
 うちの屋敷の軽く10倍はデカイ、見上げる首が痛くて人が済む家じゃない気がする。
 まぁ入らなきゃいけないよなぁ、母さんはもう玄関に立っていて俺を呼んでるし。

 その手招きする母さんを見ながら玄関へと向かう、これまたでっけぇ玄関の扉を開くと出迎える人たちが居た。

 感想は一言、やっぱり目が痛てぇ髪色だな。



[17243] 3話 公爵家で考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/03/15 20:34
 赤青緑で三原色、確か色合いが強いほど魔力の質とか高いとか何とか。
 じゃあ俺は真っ黒だから最高の質を持ってるわけですね、なんかフラグっぽいな。

 扉を開いた先には公爵家の方々。
 最初に目に入ったのは、身長180cmは有りそうな紫青色の髪をした初老の男性、この人が母さんの父親だろう。
 その隣、頭一つほど背が低い、腰くらいまで有りそうなストレートの青緑色の髪を後ろで纏めている初老の女性、こっちが母さんの母親だな。
 その両親っぽい男女の隣には、母さんより少しだけ背が高い姉妹っぽい若い女性が二人、顔つきとか母さんに似てるね。
 父親側には赤いショートヘアの目つきが鋭い女性、母親側には赤紫の髪色をした優しそうな女性。

 見事に人間とは違う、遺伝子を無視した髪の配色だった。

「ヘレン、よく帰った」

 その容姿に見合った声で母さんの親父が帰宅を歓迎する。

「私はまだ帰ってきたのではありません」

 ツンとその言葉に対して言い放つ、金と交換条件だから、言う通りまだ帰ってきたとは言えない。
 交渉に来た、と言うのが一番適切。

「立ち話は止めよう、夕食はまだ取っていないのだろう」

 そう言って廊下を歩いていくじいさん、それについて歩くばあさん。
 その二人の両隣に居た母さんの姉妹はそれに付いていかず、二人とも俺を見ていた。

「……ヘレン、その子供って……」

 怪訝、なんか危ない物を見るような目。
 なんだ、俺を見ても何もでないぞ。

「ええ、彼と私の愛する子、『アレン』です」

 母さんはそう言い切った、廊下を歩いていくじいさんばあさんにも聞こえるように。
 一度足りとも俺のことを見なかったから、文字通り俺のことが目に入ってなかったのかも知れない。

「なんて事を……」

 え? なに? 物凄くヤバイことしたみたいな言い方。

「ヘレン、何故……。 何故こんな大事な事を知らせなかったの……」

 二人ともどっか狼狽したような、俺を可哀想なものを見るような視線だった。

「知らせる必要なんて無かったのですから、当たり前です」

 母さんはこの公爵家があんまり好きじゃないようだ、父さんと結婚するとき相当な揉め事があったのかも知れない。
 むしろ有って然るべきと言う感じだろうね、格式とか尊き血統とか言いそうだし。

「ヘレン、金が必要な理由はその子供のためか」

 じいさんとばあさんが振り返っていて、険しい視線を向けてきている。

「はい、アレンをヴェンテリオールへ入学させたいと」
「……そうか、なら要らんな」

 じいさんが俺を見てそう言った。
 なんだ? と思った時にはなんかいきなり突き飛ばされた。
 倒れないようバランスを取って、押された方向、隣の母さんを見たら。

「は?」

 緑色のロープっぽい、風の捕縛魔法によって母さんの体に巻きつき、動けないよう風の杭を床に打ち付けられていた。
 何してんだこいつら、そう考えたときには視界が激しく回った。





 私はそれを見て悲鳴を上げた。

「アレン!」

 視線の先、激しく錐揉みしながら、アレンが吹き飛ばされて壁に激突した。
 なんて事を、瞬間魔力を漲らせて風の捕縛を打ち破ろうとするが、軋むだけで打ち破ることが出来ない。

「ヘレン、あのような成り上がりの下賤な男の子を産むなど、あの男に毒されたか」

 最大の殺気を込めて両親を睨む。
 それを平然と受け入れ、なおも言葉を続ける父。

「才覚があれば使ってやっても良かったが、あの程度の幼稚な者など不要であるな」
「キサマァァア!!」

 怒りが跳ね上がる、激しい感情が限界を超えて魔力を引き出し、捕縛魔法を力尽くで打ち破った。
 それと同時に、さらに重ね合わせた風のロープが体に巻き付き、その重圧で膝を折る。

「ッ!」
「親に向かって貴様などと、やはりあの時奴を殺しておくべきだったか」

 翳した左手、それが向けられた先には起き上がろうとしていたアレンに向けられていた。

「少ない魔力をかき集めて治癒魔法か、あの程度にしては存外しぶとい。 〈燃え盛りて影さえ残さず、火球は踊り狂う〉フレイムロード」
「やめっ!?」

 見る間に膨れ上がり、アレンの全身を包んで余りある炎の魔法が放たれた。

「アレンッ!!」

 直進する火球、起き上がってやっとそれに気が付いたアレン。
 気付いただけ、アレンは避けることさえせず両腕で顔を覆った。

「……ああ、そんな……そんなぁ」

 爆炎、アレンに直撃して破裂した火球は火炎を撒き散らし、叩きつけるような風を生み出した。
 ぼろぼろと涙が溢れる、なんてこと、アレンが、アレンが、死んで……。

「母さん、帰ろうよ。 どう考えてもやばいよ、あの人達」

 いなかった。
 火球が直撃して火炎を撒き散らし、アレンを燃やし尽くはずの炎の魔法を平然と乗り越えてきた。

「……小僧、何をした」

 駆け寄ってきたアレンは風のロープを、私が引きちぎれない捕縛魔法を片手で千切り消した。
 途端に霧散する捕縛魔法、アレンはあいつの問いに答えずそのまま私の手を取り走り出す。

「アレン、良かった……」
「あんなの相手にしない方が良いよ」
「ええ、そうだったわね……」
「何をしたと聞いている!!」

 もう一度捕縛魔法を唱え、周囲に現れる何十もの風のロープ。
 それに囲まれても、アレンが一歩踏み出しただけで引き千切られ霧散した。
 ……ああ、そうだった、アレンは……。

「誰が教えるか」

 そう毒づくアレンは、この場に居る誰よりも魔力が多かった。
 アレンの訓練に付きあっていれば分かる、魔力を纏えば私も貫けぬほどの鎧を作り上げる。
 日頃の訓練で魔力を抑え、どう頑張ろうとも漏れ出す魔力を僅かにも漏らさぬほど。
 先ほど吹き飛ばされたのは魔力を纏っていなかったから、そうして纏えば今のように中位の炎の魔法すら遮断する。
 齢十二にして、私達では届かない高みにアレンは立っていた。





 なんだよあいつら、認知しない孫だからっていきなり殺しに来るとかおかしいだろ。
 ぜってー頭が逝かれてやがる、俺が普通の魔人だったら死んでたぞ。

 と言うか攻撃されるなんて思わなかったらから、魔力なんて纏ってなかった。
 そのおかげでぶっ飛ばされて腕が折れたし、治癒魔法覚えて置いてヨカッタ。
 腕折れるとか前世でも体験した事ない出来事だぞ、まじで痛すぎて即治癒魔法を使ってしまった。
 それにしても怖えぇ……、両親以外の魔人って皆あんなのだったらどうしよう、もしそうだったら間違いなく引きこもる自信がある。

「ごめんなさい、アレン。 私のせいであんなことに……」
「母さんが父さんに付いていった理由が分かるよ」

 娘の子供を殺しにくるような、どう考えてもアレな人が居る家に居たくはない。
 いくら考えてもああなったのは母さんのせいじゃない、原因は間違いなく母さんの両親の性格だ。
 この国、大丈夫なのか?

 とりあえず魔力強化をして俺と母さんは駆ける、時速100kmは出てるはず。
 魔人っておかしいよね、髪色とか除けば見た目は人間と変わらないんだから。
 ギュオン! と、馬鹿みたいな速度で駆ける人型、後ろから何か追いかけてきてるから更に速度を上げる。
 こんな奴らを天敵として扱い、敵対するこの世界の人間って馬鹿なんじゃね?
 そう考えながらも走るが、母さんが遅れてきたので追いつかれそう。

「母さん、ちょっとごめんね」

 シンプルな白いドレスのまま走る母さんの後ろに回り込んで、素早く抱き上げる。

「アレン!?」

 俺が足止めしてるから早く逃げるんだ! とか出来ないからさっさと逃げる。

「〈我が前に阻みて守れ、風の壁〉」

 風を風の障壁で逸す、エア・シールドを展開して更に魔力を漲らせる。
 踏み込む脚が土の地面を抉り、爆ぜるように更に速度を挙げた。



「逃げ切れたかな」

 母さんを降ろしながら、どっかの森と平原の境目で休憩、勿論魔力で強化した肉体は魔力が続く限り体力無尽蔵になる。
 魔力で強化しなくても元から人間の数倍は強いんだけど、魔力で強化したらさらに、ドン! 人間が一対一で勝てねーわけだ。
 とりあえず魔力で強化した俺の知覚範囲には魔人の気配を一切感じない、『見えざる衣〈ハイド〉』を使われたら見えにくいからやばいけど、多分居ないと感が告げる。
 まぁこっちも〈ハイド〉の複数形、『見えざる領域〈サークルハイド〉』で隠れてるから、追いかけてきても見えないだろうけど。

「帰らなきゃいけないけど、どうしよっか」

 間違いなく男爵家の屋敷まで追って来そうだけど、あの屋敷は俺たちの家だし、母さんは親父との思い出もあるから離れたくないだろうし。

「……ヴェンテリオールに入れなくなっちゃった」

 そんな言葉を聞いておらず、ズーンと目に見えて落ち込んでいる母さん。

「あー、大丈夫とは言えないけど、一応伝があるけど……」
「え? どんな伝? お父さんの友達?」

 顔を挙げた母さんは、期待した瞳を向けてくる。

「それもあるけど、父さんの葬儀の時さ、討伐隊の隊長やってた将軍さんが来たんだよ」
「……そうなの?」
「うん、将軍さんが『何か困った事があれば言ってくれ』って言ってた。 覚えてるか分からないけど」
「……葬儀の時に来た人、覚えてないわ」
「だろうね」

 あんなにわんわん泣いて、他のこと見て無いんだし覚えてなさそうだ。

「ヴェンテリオールに入れようとしてくれるのは嬉しいけど、母さんが無理してくれるようなことじゃないよ。 俺たちを置いて逝くような父さんの事を律儀に守らなくていいよ」
「アレン!」
「俺は、学校に入れてくれるより、一緒に居てくれた方が良かったよ」
「………」

 あれが普通の貴族って言うなら、普通の貴族でない魔人が行くようなとこで十分だ。

「……帰ろっか、シュミターさんも待ってるし」
「……ええ」

 それから二日掛けて男爵家の屋敷に戻る、馬車の五分の一とかやってられん。
 母さんが言うには、貴族はゆっくりと行くのが礼儀だそうだ。
 時は金なりって言葉を知らないのかよ、長寿のエルフに次ぐ寿命持ちの魔人だから当て嵌らないけど。
 そうして屋敷に帰れば衝撃の光景が!



 ある訳も無く、帰ってきたらシュミターさんが出迎えてくれた。
 とりあえず一安心だが、あんな親は諦める事を知らなそうだから気を付けておかなければ……。

 それから三日経ってもなーんもなかった。
 何かしてくるかと思ったけど、影すら見えないから逆に不安になってくる。
 警戒しておこう、そう母さんに言ったら魔法を覚えろとの事、何故そうなるか分からなかった。

「アレンは探知系の魔法は覚えていなかったでしょう?」

 覚えてない、そんなのがあることすっかり忘れてた。
 言う通り覚えて置いた方がいいね、教えて。

「そうね、まずは小さな部屋で始めましょう」

 と俺の部屋、二人で部屋の真中に座り、まずは母さんが手本を見せてくれる。

「……分かる?」
「なんか見られてる感じがする」
「ええ、魔力で周囲の状況を感知してるから、魔力に敏感な魔人だとすぐに分かるわね」

 なるほど、自分の感覚を魔力で代換えして広げるのか。

「私の感覚的には魔力を纏った後、それを広げて行くようにすれば……」
「あれ? これでいいの?」
「……いえ、少し違うわ。 それは魔力を広げているだけ」

 もっと鮮明に見えるって? えーっと、呪文は……。

「〈我が領域に不明有り得ず〉」

 唱えると同時に、周囲の光景が鮮明に映りだす。
 こう言う状況だと、まるで一枚絵のように脳裏に映りだす。

「……これか」
「アレンは本当に素晴らしいわ」

 間違いなく俺の才能じゃないな、何と言うか使い方が分かるような気がする。
 これも特典か?

「褒めても何もでないよ」
「良いじゃないの、自慢の息子よ」

 本当に何もでないっての。



 とりあえず、屋敷に帰ってきてから将軍さんに手紙を送った。
 料金が普通の三倍ほど掛かったが、速達便で送った。
 普通で送ろうとしたら、母さんがなんとしても速達で速く送れと言ってきたので速達になった。
 それから四日だ、探知系魔法の一つを覚えてから次の日だった。

「速達です」

 郵便の人、飛脚っぽい魔人の配達員から返信の手紙を受け取る。
 返信主は『レテッシュ・フレミラスン・リ・ブレンサー・マードル』と書かれた、多分将軍さんの名前が書かれた手紙だった。
 貴族だと名前が長ったらしくなるから困る。

「なんて書いてあるの? 良いの? 悪いの? どうなの?」

 いつの間にか後ろにいた母さんが手紙を開けるよう急かしてくる。
 今開けるから押さないでくれよ。

「えーっと……、推薦などは会って確かめてからでどうか、だって」
「それじゃあ行きましょう」

 親父が亡くなってからネガティブだったのに、この頃急にアクティブになってきたな。

「俺だけで良いってさ、母さんの事知ってるようだし」
「駄目でしょう、ちゃんと挨拶をしなくちゃ」

 三者面談とかじゃないんだから、俺だけで良いってんならそれでいいんじゃない。
 旅費も馬鹿にならないんだし、削減出来る所は削減しようよ。

「シュミターさん、母さんと留守番お願いします」
「分かりました、坊っちゃん」
「駄目よそんなの、私はアレンの母親なのだからいっ、シュミター!? は、放しなさい!」
「我侭言って坊ちゃんを困らせるのはいかがなものかと思いますよ、奥様」

 暴れる母さんを完全に押さえ込み、引っ張っていくシュミターさん。
 ヨボヨボで弱そうに見えるけど、アレでも母さんより魔力多いし機敏に動くんだよね。
 見た目で判断すると痛い目に合う人物筆頭だ。

 会う日時は今から一週間後、了承の返事を書いて封筒に納める。
 行き帰りの旅費を計算して財布に入れる、ほとんど宿泊費と食事費だけど。
 ……領地の町の郵便に出すのと、会う街の郵便に出す方、どっちが早いだろうか。
 対面する場所は、この屋敷から全力で走れば二日と掛からない。
 だったら向こうに行ってから手紙出した方が早いかも知れない、同じ街だし。
 封筒から手紙を出して、さらさらと一文を追加して入れ直す。

「早い方が良いし、今から行ってくる」
「行ってらっしゃいませ、坊ちゃん」

 見送りに母さんは来なかった、と言うかシュミターさんによって来れないんだろう。

「行ってきます」

 母さんの事お願いします、と頼んでから屋敷を出た。





 人が転倒しそうな風圧を生み出す速度で駆け抜ける。
 体感的には普通に走ってるんだけど、魔力強化した身体能力は感覚の鋭敏化もする。
 一秒が二秒に、二秒が三秒と、強化具合によって知覚が相応に加速する。
 俺的にジョギングの速度でも、人間から見たら時速50kmとかで走っているように見えるわけだ。
 視覚とかも勿論強化されているから、向こうから他の魔人が来ていたら速度を緩めるから問題は無い。

「くそ、魔物とかこえぇよ」

 街道の脇、森から時折魔物が飛び出してくるが、即振り切る。
 余裕を持って逃げれるんだから戦う必要など無いぜ、戦うのが億劫になるようなグロい奴も居るから困る。
 計五度、魔物が飛び出してきた逃げ切った回数。
 二日間の疾走にしては、少ない方かも知れない。
 つくづく馬車で行かなくて良かったぜ。



 そうして会う予定の街に着く、将軍さんはこの街に視察とかで来るそうだ。
 暇を作るそうで、その時に会うと。
 あの時の言葉を律儀に守ること無いのにね。

「二等室を五日間部屋を借りたいんですけど、勿論食事込みで」

 見栄えが悪くないそこそこっぽい宿に部屋を取る、三等室もあったが相部屋だったから止めた。
 代金も想定内だから大丈夫だ、あとは待つだけ……は本当に暇だから街を練り歩く。
 その途中、手紙出したんで後は待つだけ。

 そうして五日間、ファンタジー世界だし武具屋とか有るだろうと街を見回って寄ってみたが想像とは違った。
 魔力の篭った武器とか防具とか、あるにはあるが普通は魔力付加前の武器防具を売ってるそうで。
 基本的には購入者の要望を受けてから、魔法剣とか魔法防具とかにするそうだ。

「炎が揺らめく剣とか見たかったな」

 こう、刀身に炎とか風を纏い、一撃にダメージ増加を狙うとかさ。
 RPGで有りそうな武器見たかったよ。
 結局そういう武器は所有者に直接見せて貰うしか無い、そんな人は居ないから諦めるしかなかった。
 不貞寝を繰り返していたら、五日経っていた。





「……やべぇ!」

 身嗜みを整えばたばたと宿を出て、約束の建物まで走る。
 勿論街中で魔力強化して走るなどやってはいけない事なので、そこそこに抑えて急ぐ。
 急いでいるのに全力疾走出来ないもどかしさを感じながら、約束の場所まで辿り着く。

「……遅れたか?」

 息切れなど皆無、疲れを知らない体。
 十二歳でこれとか、成人したらどうなるんだろうね。
 全くどうでも良いことを考えながら、結構大きな建物の前で当たりを見回す。
 やべぇ、まじで遅れたかも、冷や汗を感じながら誰か居ないか探し続ける。
 そうすれば、建物の中から橙色のロングヘアの女性が現れた。

「アレン・テーミッシュ・ラ・ボード・アルメー卿でございますか?」
「はい」

 ふぅ、間に合ってたみたいだな。
 不貞寝してたら遅刻しましたとか、どう考えても失格だな。

「案内を命じられた『テレント・ロンド・マーシュリー』と申します、マードル将軍の所へご案内致します」
「よろしくお願いします」

 結構大きな建物、この街の兵舎の一つらしい。
 この兵舎の一室に、将軍さんが居るとのこと。
 玄関を潜り、階段を上って、廊下を渡る。
 そうして着いたのは、何の飾り気も無いドアの部屋。

「ここでマードル将軍がお待ちです」
「案内ありがとうございました」

 案内のマーシュリーさんに礼を言って、ドアへと向き直る。
 軽く深呼吸、ドアノブに手をかけ回し、開いた。

「大きくなったな、アレン君」

 ドアが開くなりそう言って迎えてくれたのは、六年前と姿が変わらない将軍さんだった。



[17243] 4話 将軍の前で考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/06/30 19:00

 部屋にある一つの机と、二脚の椅子。
 その机に両腕の肘を乗せ、椅子に座る長く深い青色髪の人。
 手早くポニーテイルにして、衣服も随分とラフな、白のタンクトップっぽいものと紺の短パンを着て寛いでいる人が居た。

 力とはなにも魔力とか才能とか、目に見えない物だけに現れるだけじゃなかった。
 例えば机を挟んで向こう側の椅子に座る人は、類稀なる美女と言っても反論は上がらないだろう人。
 母さんも普通に美少女的だし、シュミターさんはよぼよぼだったけど昔は美人だったのだろうと容易に想像できる。
 親父だってイケメンだったし、この部屋に来るまでにすれ違った人皆美人と評せる整った人たちばかりだった。

 つまり、俺以外は皆美人な訳で、目の前の将軍さん、レテッシュ・フレミラスン・リ・ブレンサー・マードルさんも例外なく美人。

 その姿、薄過ぎず濃い過ぎず、染み一つ無い健康的な肌色を惜しげもなく晒して居座る。
 健康的と言って良い肌をキャンパスとして、長い睫が綺麗に伸び、鋭さを感じさせるわずかに吊り気味の目。
 それを増大させるのは瞳、深い海のようなマリンブルーは海の底のように冷たさを醸し出す。

 その俺を見て、その底まで曝け出そうと観察している。
 美しく通った鼻筋の下、俺を見て熟れた赤い苺のような口元を僅かに歪めて笑う。
 見切った心算か、唇に指を這わせて俺を見続ける。

「背も伸びて、少しは男らしくなってきてるじゃないか」

 劣性なのに男らしいって何だ? 俺から見たら女の人のほうが俺が持つ男らしいイメージに当てはまるんだけど。

「将軍さんも全然変わっていませんね」

 六年経っていると言うのに、記憶の中の姿をまったく変わっていない。
 葬儀の時着ていた鎧の上からでもとんでもなくスタイルが良いと分かったのに、今は薄着でより詳しく体のラインが分かる。

「いや、色々変わっている」

 将軍さん、何か知らんが四年前昇進して最高位の上級大将になったんだってさ、つまり四年前までは大将だった。
 よく分からん、結局どう違うか分からなかったので、上級大将凄いですねと言ったら、そうでもないと返ってきた。
 と言うか上級大将って事は、間違いなくお偉いさん。
 そんな超忙しそうな人が、約束があったとは言え亡くなった男爵の息子程度とすぐ面会出来るっておかしくね?

「私にも色々有る、それは後で話そうじゃないか」
「はぁ、そうですが」

 と言ってたわわに実ったそれに視線が行った。
 立ち上がったときに揺れた胸を見ない男は少ないんじゃなかろうか、凶器レベルじゃねーのこれ。

「……興味があるか、まだ十二だったろう?」

 即ばれた。
 だって物凄くスタイル良いんだよ、すっげー邪魔そうだけど。
 大きな胸を持っているが、腰から下は普通に細い。
 出ている所と引っ込んでる所が明確、こういうスタイルの人をグラマーと言うんだろう。

「不快だったらすみません、まだ十二ですけど男ですので」
「はは、正直なのは良いが感心はしないな」

 やだ・・・この人ブラジャー着けてない・・・。
 雑な感じがしたがなんか格好良いな、サバサバしてて。

「立ったままもなんだろう、座ったらどうだ」
「失礼します」

 とりあえず断って座った。

「それで、アレン君は私の手を貸して欲しいと」
「はい、簡潔に言えばマードルさんの地位と金を貸して欲しいと思いまして」
「何とも真っ直ぐな言い方だな」
「そうですね、あとラッテヘルトン公爵家に目を付けられてます」

 まあ伝が有ると言っても、色々問題が有るわけで。
 母さんには悪いけど、ベェンテリオールとか入らなくても良い。
 なんか影響力強そうだし、公爵家に目を付けられているとか言えば断ってくれるだろう。

「良いだろう、学費や推薦状を用意しよう」

 そんな予想とは真逆の、了承の言葉が返ってきた。

「……理由を聞いても?」
「なに、簡単だ。 ラッテヘルトン公爵家には良い感情など持たないだけだ」

 うわ、笑ってるけど底冷えする光が瞳の中に!

「それだけで大金出して貰うのは、何か怪しく感じてしまいますが」
「そうか、なら教えよう。 あいつらは私のことが気に入らない、そして私はあいつらのことが気に入らない、それだけだ」
「あー、もしかして下級貴族出だったりするんですか」
「その通りだ、下等な成り上がりが気に触ったらしい。 奴らも元は貴族でも何でも無かっただろうに、それを忘れているのさ」

 当たり前に美人の将軍さんが笑う、なんかお姉さんっぽい人だ。
 将軍やってる位だからかなり強い魔力を感じるし、ニヒルに笑って『私に付いて来い』とか言えば喜んで付いて行きそうな奴は沢山居そう。
 乾いた笑いでなければ、だが。

「工面してやる理由は他にもある、どちらかと言えばこちらの方が本命だが」

 そう言って将軍さんは笑みを消して、真剣な表情で俺を見る。

「すまない、君の父上のお陰で私は今ここに居ることが出来る」

 唐突だ、謝罪の言葉と親父の話。

「もし、あの時君の父上、アルメー卿が魔獣に向かっていかなければ、このまま軍に居れたか、いや、生きているかさえ分からなかった」
「……それで」
「六年前の魔獣退治、簡単に言えば私を排除したかった連中が差し向けた命令だった」

 重々しく、将軍さんが話を続ける。

「ラッテヘルトン公爵家と同じように、元から私の昇進が気に入らなかった連中が居た。 どうにか私を排除出来ないか、そんな話が持ち上がっていたそうだ」
「なるほど、そこにたまたま魔獣が現れたと言うことですか」
「ああ、私はそれの討伐を命じられるも、最低限の兵力しか分け与えられなかった。 命令を聞いてどんな魔物かと聞いてみれば『デュードリアス』、上級の戦士でも打ち破れない化け物だった」

 デュードリアス、上半身を支えられないような細い馬のような胴体を持ち、関節が三つあり人の胴体ほどもある足が六本、指が三本しか無い前腕が異様に長い腕が四本、それぞれ異なる首の長さを持つのっぺりとした頭が三つ。
 その鳴き声は非常に強力な精神攻撃に属し、人間よりも強い精神力を持つ魔人でさえも心の底からの恐怖を呼び起こす。
 体長が4メートルほどもあるのに動きは機敏、その癖体皮は鉄より硬く、極めて高い対魔力、対属性能力を持ちながら自身も強力な魔法を用いる正真正銘の化け物、通称『魔人殺し』。
 かなり強そうな目の前の将軍さんでも、正面から行けば簡単に縊り殺される最高位に位置する危険な生物、魔人からすれば最強種と言われるドラゴンや巨人に匹敵する危険な存在、まさに天敵。

「あの化け物相手に、与えられた兵ではまるで足りなかった。 それでも正式な命令であるし、部隊を率いて出向かなければならない。 だが下手をしなくても全滅するほどの相手だ、だから足りない戦力を懸賞金で釣った」
「それで父さんが死んだのか……」
「……申し訳無い、許しを乞おうとは思っ──」
「別に将軍さんが謝らなくて良いんじゃないんですか?」
「…… なに?」

 遮られてポカーンと、俺の言葉が理解出来ないといった表情。

「戦力が足りないから金で補充したんでしょう? だったら軍人である将軍さんの判断は正しいと思います、それに志願した父さんは死ぬかも知れない事を覚悟してたんでしょうし」

 それに、と区切る。

「将軍さんは、デュードリアスを前にどうしてたんですか?」
「……恐れを抱いた」
「なら証明されましたよ」
「…… どういう事だ?」
「将軍さんでも震え上がる魔獣を前に、父さんは立ち向かって行ったんでしょ? だったら良いんじゃないんですかね」

 誰であろうと、どんな魔人であろうと凄まじい勇気を見せた親父を馬鹿に出来ない。
 『成り上がりの下賤な男』と言った公爵の爺も、親父を馬鹿になど出来ない。
 馬鹿にすると言うなら、親父と同じようにデュードリアスに向かっていかなければならない、それが出来る魔人がどれほど居るか。

「俺はそれで満足ですよ、誰もが恐れる化け物相手に向かって行くってだけでも誇れる事だと思いますが」

 少なくとも俺は幾ら歳を重ねて成長しようとも、あんな魔人相手にわざわざこしらえたような化け物に向かってはいけない。
 良い所、尻尾を巻いて逃げ出すしか出来ないだろう。

「どうしてもって言うなら、謝罪は母さんにお願いします。 葬儀の時、めちゃくちゃ泣いてたの知ってるでしょ?」
「……ああ、そうしよう」
「それと、父さんのお陰で被害が少なかったような事が書いてありましたけど」
「そうだ、奴の移動速度が速すぎてこちらの攻撃が当てられなかった。 だがアルメー卿が奴の足止めをした隙に、私が全力で魔法を叩き込んだ。 アルメー卿が居なければ部隊は全滅していただろうし、その後に奴の餌食になる魔人も後を絶えなかった筈だ」
「命令した奴らは驚いてたんじゃないんですか?」
「ああ、どうせ全滅すると思ってたんだろう。 部隊がほぼ無傷で帰還した時は、驚きで目を向いていたな。 勿論私だけではなく兵の命も散らそうとしていた奴らだ、遠慮なく排除してやったよ」

 クク、と将軍さんが声を漏らす。
 だがすぐに真剣な表情に戻す。

「ほぼ無傷で討伐して帰還、それが評価された。 出た被害は重症の歩兵数名と義勇兵の死者一名だけ、数十名の死者でも非常に少ないと言える中、たった一名だけの死者」

 全滅して這う這う帰還するのが妥当だと言うのに、死者は一名だけで、さらに討伐して戻ってくる。
 奇跡的と言って良い戦果、評価されるに相応しい結果。

「……アルメー卿に言えなかった事を、息子の君に言わせてもらいたい」

 椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。

「幾ら感謝してもしきれない、君の父上のお陰で私と、あの部隊に居た者たち全てが助かった、ありがとう」
「……それも母さんにお願いします。 死んだ原因は俺にもありますから、将軍さんからありがとうなんて言われる立場じゃないんですし」

 まさしく、だ。
 俺が魔力なんか見せつけなかったら、こんな事にはならなかった。
 だけど、俺が魔力を見せつけなければ、親父は魔獣討伐に志願しなかっただろう。
 そうなっていれば、今俺の前に居る将軍さんと、その討伐部隊の人達は死者の仲間入りしていただろう。
 心情的には親父が生きてて欲しかったが、親父の命を引き替えに討伐部隊の人全てが生き残った。
 現実はこうなったからもうなんにも言えない、親父が他の人の命を救ったで納得するしか無いか。

「……そうか、だったら私は君たち親子に協力は惜しめないだろう」
「いや、まぁ……、何でも無いです……」

 予想外だったし、親父のこともあったが今更協力して欲しくないとか言えない。

「もう一つあるが、聞きたいか?」
「……せっかくですし、聞いて置きます」
「魔獣討伐の命令に、ラッテヘルトン公爵家も一枚噛んでいた」

 棚から牡丹餅か、将軍さんを排除しようと思ったら親父が居て、将軍さんの代わりに死んだ。
 将軍さんは死ななかったが、あいつからしてみれば降って湧いた幸運、母さんが家に戻る口実の一つに出来たってことか。
  ……すぐ動かなかった理由が分からないが、自発的に戻ってくることを期待してたのか?

「私としては公爵家を排除としたいが、公爵家はこの国の重要な位置に食い込んでいるため不可能に近い」
「せめて力を削ぎたいと」
「君はよく頭が回るよな」
「そうでもないです、それで害悪化してるんですか?」
「いいや、そこまでではない。 しなしながら能力がある者でも、下級貴族出だと言う理由で登用を見送ることがよくある。 これが続けば間違いなくこの国の害悪となるだろう」

 そうなる前に排除したいってことか、公爵家まじ影響力強いな。

「はぁ、まぁそれで利用されるのは正直やめて欲しいんですが」

 政治の駆け引きの材料とか、嫌な予感しかしない。
 母さんや俺の素性なんてとっくに調べてそうだし。

「そこまではせんよ、今の君では殺されかねんからな」

 残念無念、既に物理的に正面から殺されかけたけど。

「とりあえずありがとうございます、これで母さんも喜びます」

 大喜び……しそうだなぁ。
 結局は親父の言ったをやるんだから、どんだけ愛してるのかよくわかる。

「それでは見せてもらおう」
「は?」

 何いきなり?

「推薦するにあたって、何か突出した物がないとな」

 あー、なるほど。
 推薦したこいつはこういう事が出来ますよー、ってアピールね。
 無いと駄目なのだろうか。

「一つ聞きたいのだが」
「……なんですか?」
「他の魔人に誇れるようなそれは意図的か?」
「は?」

 またよく分からない言葉に声を漏らした。

「………」

 指を顔の前で組んでじーっと、蒼い瞳が俺の瞳を覗き込んでくる。

「……それ、とは?」
「君は小さすぎる、才能が無いにしてもそれはあり得ない。 となれば意図的にしか見えないのだが」

 まさか気付くか、魔力制御が裏目に出たのか。

「……なんのことです?」
「君の存在感が小さすぎる、魔力が君の内側からしか感じられない」

 とぼけてみるも、はっきりと斬り込んでくる。
 やっぱりそこか、将軍さん位になると分かるのか。
 抑えすぎたのが仇になったか、視線を避けるには良いと思ったんだけどなぁ。
 と言うか魔力を此れ見よがしに出すのはマナー違反だし、そんなのも仇になったようだ。

「……そりゃあ、他の人より魔力は大きいと思いますが」
「ほう、見せてくれないかな」

 キラリと将軍さんの瞳が光った、勿論物理的な発光じゃないが、いかにも興味を持った的な。

「…… まぁゆっくり」

 じわじわと魔力を放出し始める。

「部屋の事は気にしなくて良い、存分に発揮してくれ」

 全力出したら、部屋どころか建物が再起不能になりそうだから却下。
 気にせずじわりじわり、部屋を覆い尽くす魔力。

「言っただろう? 全力でも構わないと」
「はぁ……」

 だったら全魔力開放! なんてせず、魔力の密度を上げて行く。
 結局じわりじわり、蛇口をゆっくり閉めるように魔力の放出を抑えて行く。

「……なるほど、中々の魔力量だ。 これなら推薦するに足るだろう、だが全力ではあるまい? ハッキリと決めない男は好きではない」

 ばれてーら。
 俺に強要するなんて……、意趣返しでもしてやるか。

「言い触らさないでくださいよ? これ以上誰かに目を付けられるとか嫌なんで」
「目を付けられるほどか、楽しみだ」

 ニコっと笑う、本当に楽しみにしていそうな笑みだ。

「それじゃあ……」

 とりあえず今の二倍。

「……ほう、これは確かに」

 魔人の鋭い感覚が俺の魔力を感じ取る。
 ほらほら、この程度で驚くには早いぞ。
 そぉら、出力増大だ!

「…… いや、まさか」
「もう良いですよね? やりすぎると感覚が馬鹿になりますよ」

 まさに濃密、視覚的に表せば一メートル先も見えない濃霧のごとく。
 今俺が魔法行使の予兆を見せても、将軍さんは感じ取れないだろう。
 凛とした将軍さんが少し狼狽してる姿は中々麗しい、そういや全力で魔力測ったこと無いけどどれ位あるんだろうか。

「想像以上だった、君がこれほどの魔力持ちとは」
「ハハッ!」
「私の十分の一ほどだが、それでも大したものだ」
「………」

 何・・・だと・・・?

「これであれば十分すぎる、喜んで推薦させてもらおう」

 フっと、ニヒルに笑う将軍さん。
 あれで十分の一とか、全力出しても五分の一行くかどうか分からんぞ……。
 俺は知った、井の中の蛙、世界は広かったと。






 ああ、衝撃の新事実とかもう要らねぇ。
 親父も親父だ、誰もが震え上がるような魔獣相手に突っ込むとか素敵すぎる。
 金のため、と言うかその場の雰囲気を感じ取ったんだろう。
 こいつは拙い、全員で掛かっても勝てるかどうか分からない相手。
 将軍さんがチャンスを見逃さないと判断したんだろう、隙を作れると確信して向かって行った。

 結果は魔獣の討伐と、命の喪失。
 凄ぇよホント、あんな直視出来ない様な奴の足止めとか。
 図鑑で見たことあるけど、そこらのホラーに出てくる奴より数段やばい。
 気持ち悪い姿で気持ち悪い声で鳴く、さらにとんでもなく速い上に硬いとかどうしろってんだ。
 腕力も相当強いって書いてあったな、凄すぎて尊敬出来るぜ、親父。
 まじで、出来れば死なないで欲しかった。

 とりあえず約束を貰ったから、近いうちに入学願書とか書かなきゃな……。
 疲れたから帰ろう、家に帰ろう。
 この事母さんに話して、将軍さんが近いうちに家に来るって言っとかなきゃ。
 母さんに殴られるかもしれんが、将軍さんじゃ殴られても痛くないだろうし。

 そんな事を考えながらよっこらせーっと、馬車五日の道のりを来る時と同じように二日で踏破する。
 走る方が速いから馬車など使ってられなくなった、だがもっと早く帰っていたらこうなってはいなかったかも知れない。

「こりゃ無しだろ……」

 しっかり考慮すべきことだった、仕掛けてくることなんてちょっと考えれば分かることだったのに。
 独白、視線の先には見る影もなく焼け落ちた屋敷があった。



[17243] 5話 町の中で考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/03/16 22:22

 アルメー男爵家領地にたった一つしか無い町に俺は居た。
 屋敷が跡形もなく燃え落ちているのを見て呆然、気が付いた時には日が暮れかかっていた。
 なんで屋敷が燃え落ちて無くなっているのか、屋敷に居ただろう母さんやシュミターさんはどこに行ったのか。
 それを考えてとりあえず探知魔法を使った。
 結果、屋敷の下には燃え尽きた死体とか無いのを確認、有るのは燃えて炭化した木材とかそんなのばっか。
 死体とかそれっぽい物がないなら、火事で倒壊した建物に巻き込まれて下敷きになったと言う線は消える。

「……はぁ、火事とかどうなってんだよ……」

 じゃあ母さんたちはどうなったのか、どこへ行ったのかと気になるから情報が有りそうな町へと来た。
 とりあえずそこら辺を歩く人に、『領主の館が無くなってるんだけど、どうなってるのか知らない?』と聞いて回った。
 そしたら。

『領主様の屋敷? ああ、数日前に火事が起きて全部燃えたそうですよ』

 とか。

『男爵夫人も可哀想に、男爵様を亡くした上にご子息まで亡くされるなんて……』

 とかぁ。

『傷心の男爵夫人は実家に帰ったって話と聞きましたよ?』

 とかかかかかか。
 なんで俺が死んだ事になってるんだよ、と言うか俺の顔知ってる人って殆ど居ねーよ!
 黒目黒髪で気が付くかと思ったけど、それすら知らなかったようです。
 魔力暴走とか怖くてひたすら屋敷で訓練ばっかしてたから、この歳まで実際に見たのは屋敷の周り位だった。
 と言うかなんで俺が死んだって分かるの? 俺がここに居るんだから死体なんぞ出るわけがないだろ。

『次期領主様の死体が出たって話を聞いたけど、あれは嘘だったの?』

 何で出るんだよ、俺と母さんとシュミターさんしか居ない屋敷で四人目が出てくるのかおかしいよな。
 つか火事で倒壊した屋敷の下敷きになっても死なねーよ、俺の魔力障壁ナメんなよ!

「きな臭ぇ、あいつらが何かしたんじゃねぇの……」

 母さんが公爵家のあの実家に帰る訳無いし、下手したらあの燃え落ちた屋敷の近くで待ってたりするんじゃないか。
 母さんは実家に帰るわけがないし、向こうで殺されかけた事を話したシュミターさんが実家に帰るよう勧めるとは思えない。
 となると、放火か事故か、どっちでも良いけど無くなった屋敷の前で待ってたり、この町で宿を取ってたりしてた方が自然だ。
 勿論この町に有る宿は全て確かめて、二人が泊まってないことは確認済み。
 ……そうなると無理やり連れてかれた? 邪推乙とか思えないから困る。

「……はぁ」

 聞いた所、母さんたちが居そうなのは公爵家の館だけかぁ。
 行かなきゃだめだろーなぁ、母さん俺が来るの待ってそうだし。
 とりあえず財布を取り出して、幾ら入ってるか確認する。
 ……足りんね、三人が宿に泊まるとしたら一泊も出来ない。
 安い部屋を一つ借りて何とか一泊、それも将軍さんに会いに行った時の宿の三等室でだ。
 それに公爵家に母さんたちが居たとして、助け出す事が出来たらどこへ行けば良い?

 当てが無い、屋敷は燃えて雨さえ凌げないし、将軍さんはもうあの街に居ないだろうし……。
 金があれば何とかなるがギリギリしかない……、まじで悩む。
 二人は財布とか持ってないだろうなぁ、持ってても取り上げられてたりしてそう。
 ……俺の歴史上類を見ない悩みだろ、これ。
 大きくため息を吐きながら、食べ物を扱っている店を目指して歩き出した。

「これとこれ、こっちの干し肉ちょうだい」

 毎度ありー。
 初めて来たし。
 保存が効きそうな食いもんを買えるだけ買う、もう屋根が有る建物で寝起きするのは諦めた。
 水は魔法で作れたり、川水を蒸留とかできるから買わない。
 大きめのバッグも買って、それに保存食を詰め込む。

「間違いなく前世より不幸ってる」

 ボコボコに膨れたバッグを背負い、歩き出す。
 親父が死ぬ前までの時間よカムバァーック!





 そうして完全に日が落ちてからアルメー男爵家領地唯一の町から出る、そこから二時間ほど走ってアルメー男爵家領地から出る。
 できるだけ速く行った方が良い気がするため、魔法も使って高速で舗装がされていない道を駆け抜ける。
 風を切って駆ける、公爵家から逃げた時の、母さんを抱えて走った時よりも更に速く駆ける。
 ある程度魔力を垂れ流しているため、魔物とか飛び出してこないだろう。

 野生の動物より本能が強い魔物は、敵わない存在が近くに居ればじっとして動かなくなったりする。
 つまりは俺を強いヤツと認識させるくらいに、密度を上げた魔力を垂れ流しておいて余計な接触を抑える。
 こういう時魔力が多いのが助かるな、普通だったらこんな事しながら移動とかすぐ魔力切れるって。
 そんくらい魔力を使用して、昼夜問わず走り続ける。

 だからだな、なんか倒れてる人を見つけたのは。
 おま、何でこういう時血だらけとか見過ごせないような状態で倒れてるんだよ!
 止まろうと踏ん張り、地面を五メートルほど削って停止。
 これはもしかして救出フラグ! とか思って戻ってみるも、母さんじゃないし、シュミターさんでもない見た事が無い青茶褐色髪の見た目ヒョロい魔人だった。
 服とか旅人っぽい、血に濡れて襤褸襤褸になったロングコートのようなものを羽織っている。

「大丈夫か」

 とりあえず即治癒魔法、どこを怪我してるか知らないが全身に掛けときゃ治るだろ、……全身光るのかよ!
 運良く生きていた様で、治癒魔法の光が収まると同時に呻き声を上げた。
 しゃがんで、倒れている人に呼びかけてみる。

「大丈夫ですかー、こっち急いでるから返事して欲しいんですけどー」
「……ッ、助け……」

 うわぁ……、なんかこれは厄介事の予感しかしない。
 見捨てる? 見捨てるにしても後味悪いし、でも母さんが公爵家に居るか分からないし……。
 聞いてみるだけ聞いとくか。

「どうした、何か有ったんですかね」
「……まも、のに……、むす……」

 と、そう言ったまま気絶した。
 ちょっと待ってよー、どう考えても森の中でこの人の子どもが襲われたみたいな状況じゃんかー。

「……畜生が! 〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー!」

 やけくそ気味に魔力を込めた探知魔法を展開、込めた魔力に比例して瞬時に大きく探知領域が広がって脳裏に辺りの情報を映し出す。
 多すぎんだろ魔物、三桁超えてるじゃねーか。
 自身を中心として広がる探知領域の中、この人が出てきたらしい森の方向にニ点、魔物とは違う魔人の反応がある。
 そのすぐ近くに魔人ではない反応、つまり魔物の反応があった。
 タイミング的にはもうすぐ襲っちゃいますよーって感じ。
 他にも反応が有るが、ぜんぜん違う方向だし、探知領域の端っこにちょこちょこっと有るだけ、明らかに遠すぎて除外する。

「はぁ……、っざけんな!」

 平穏と言う文字が見えない俺の人生に怒りが湧く、それに呼応して濃密な魔力を吹き出しながら森へと突っ込む。
 遠慮なく、将軍さんの時でも出さなかった魔力の開放。
 内に溜め、より遠くに魔力の波が届くように、今まさに子供の魔人に襲いかかろうとしている魔物に対し、『意味』を込めて当てつける。

 それは別の形でも現れた、周囲の景色を根こそぎ吹っ飛ばすような、全方位魔力波。
 もう爆発と言って良かった、地面を抉り数十本の木々を吹き飛ばして空高く舞い上げた。





 近くに居なくてもそれは感じ取れる、強力すぎる魔力の波はこの森全域を駆け抜け、森に居た魔物を尽く震え上がらせた。
 アレンに近かった魔物は脚が竦みうずくまるぐらいしか出来ず、離れた所に居る魔物は脱兎の如く逃げ出した。
 それに例外無し、今二人の子供の魔人に襲いかかろうとした魔物も魔力の波に当てられて、自分の方に向かってくる存在がどう足掻いても敵わない存在だと認識して動きを止めた。

「ィギッ!?」

 魔物が感じ取れるならより敏感な魔人はさらに強く感じられる、魔物、巨大な角と爪を生やした自分たちの二倍はあろうかと言う熊のような魔物が見る方向と、同じ方向を見て震え上がった。
 鳥肌なんて生易しいものではない、まるで鞭で叩かれたような、存在しない痛みに身を悶えさせた。
 ガチガチと歯を鳴らし、全身はその恐怖を表すように震える。
 目の前に居る魔物の何倍も恐ろしい存在がこっちに向かってきている、逃げようとしても体が言うことを聞かない。
 麻痺した思考の隅で本能が囁く、『私達はもうすぐ死ぬ』。
 それは覆せぬ決定、ボロボロと涙を流しながら、ただ死を齎す存在が来るのを見つめる事しか出来なかった。

 そうして迫る何かはとても速い。
 そんなに距離はない、もうすぐ見えるところにそれは姿を表す。

 『死にたくない!』

 思考はそれ一色、恐怖の余り失禁。
 二人の魔人は抱き合って、来る存在に覚悟することも出来ず抱き合って震え続けるだけ。
 周囲に吹き飛ばされた土や木が落ちてきているが、気にする余裕など微塵も無い。
 ただ一点を見続け、地獄の責具をじっくりと味合わされるような時間の流れ。
 ようやくだ、もうすぐ何かが現れると言うのに二人は安堵した。

 もうこんな恐怖も苦しみも、一切なく開放する『死』が私達の元へと来る。
 ほら、あの木々の向こう側に、私達を開放する存在が……。

「時間無駄に使わせるんじゃねぇぇぇぇぇッ!!」

 そんな叫び声が聞こえて、魔物が吹っ飛んだ。
 水平に、鳴き声一つ上げず魔物は森の奥へと吹っ飛んで行って消えた。

「畜生が! 魔人狙わないで森の木の実でも喰ってろこん畜生!」

 苛立だしげに木の裏から現れたのは、黒目黒髪の、私達より背の低い子供だった。
 魔力を溢れさせる存在を見て、この子がそれだと確信する。
 そうして私達は気を失った。





「説明……、して貰わなくていいか」

 とりあえず木々の間の僅かに通った直線、そこから魔物一直線に魔力波をアンダースロー、上手く当たって吹っ飛んでいった魔物。
 がっくり肩を落として、少し離れた所に木を背にして座り込み気絶している……子供?
 どうみても俺より背が高いそうです、本当にあ……。

「あぁ……」

 そんなに魔物が怖かったのか、お揃いの服を着た多分少女たちが履くロングスカートが何か濡れている。
 よし、見なかったことにしよう。
 魔力で水分を操り、不純物ごと飛ばした。
 これ便利すぎる、洗濯必要無くなるね。
 飛ばし終わった後、治癒魔法を二人に掛けた。

「怪我は……、足辺りか」

 身体の異常を治癒魔法は正常に戻す、異常がなければ発光しないんだよね。
 足辺りが光ったから捻挫でもしたのか、自分で治さなかったのは治癒魔法を憶えていないか、パニクって使うのを忘れていたか。
 どっちでも良いけどつくづく俺は普通の子供じゃないと分かるね、俺なら間違いなく魔力纏ってなくても捻挫しない自信がある。
 公爵家で吹き飛ばされたのは例外な、あれ車に撥ねられたくらいの衝撃があったかもしれん。
 治癒が終わり、すみませんねと謝りながら二人を肩に担ぐ。

「ほんと、黒目はともかく黒髪の魔人って居ないもんなのかね」

 抱えた二人の少女は、他の魔人と変りなくカラフルな髪。
 左肩の少女は青にメッシュのように緑が混ざったセミロング、右肩の少女は生え際が赤で毛先側が青で途中で混ざり合って紫になってる。
 勿論可愛くて、勿論どうしたらこうなるか分からない髪色。
 そんな二人を担いだまま、元来た方向へと走り出した。
 戻るのは一分も掛かんないんだけど、急いでいるときはその一分がもどかしい。

 この二人の父親っぽい人の所へ戻ると、気が付いたのか森に入ろうとした所で出会い頭になった。

「ッ!? 娘たちを離せ!!」
「時間が無いってのに助けてあげたのに、その言い方は無いんじゃないですかね」

 とりあえずしゃがんで片方ずつゆっくり降ろす。
 そんな見ず知らずの人に助けてと言われた → 助けて上げた → 戻ってきた → 家族を離せ! とかテンプレいらねー。

「えっ、助けてく──」
「じゃあ俺はもう行きますね、手荷物無さそうなんでこれでも食って頑張って街にでも戻ってください」

 ボコボコとしたバッグから保存食を、この三人で三日は持つ位の量を無理やり押し付ける。

「え、あ、礼──」
「それじゃ、道中気をつけて」

 何か言われる前に走り出す、全く人助けと言っても時間無駄にした感じしかしねぇ。





 そのおかげか一日と経たず、出発して二十時間位で公爵家領地に到着した、ちなみに休み無しに走り続けたため一秒も休憩を取っていない。

「二十時間無休マラソン! そんなのもあるのか」

 ねーよ、疲れても無いのになんか漫画のセリフばっか浮かんでくるな。

 さて、こっからまた三時間位であのでっかい館だが、本当に母さん居るのかね。
 居なかったら致命的な気がする、三十時間とか無駄にもほどが有る。

「……うし」

 保存食の塩味の干し肉を取り出して齧り、咀嚼しながらまた走り出す。
 また変なアクシデントとかイベントが起こりませんように、そう願いながら公爵家の館を目指した。



[17243] 6話 助け方を考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/03/17 00:17
 さて、どうやって助けに行くかって不法侵入しかねーっての。
 正面から訪ねてもまた火球が飛んで来たりしそうだし。
 と言うかどうやって中に居るか確かめれば良いんだ……、探知魔法使ったらバレるし。
 てか、警備の人めちゃくちゃいるじゃねーか、見える範囲に30人くらい居るんだけど。
 となると、ここに母さんが居ると思って良いかな、前に来たときはこんなに居なかった気がするし。

 と、遠くからでっけぇ館を眺める俺、どの位遠くかって言うと10km位有るんじゃない?
 魔力強化は諸々の身体能力を引き上げる、それの範疇に有る目の物体認識能力にも適用される。
 このレべルになると双眼鏡どころか望遠鏡クラス、口の動きどころか10km先に居る相手の目の動きも追える。
 まさに超人、魔人だから超人なのは当たり前だけど。

「潜入とかやるなんて思いもしないだろ……」

 こう言う場合夜とかが基本っぽいけど、夜だと警備が増えそうだしなー。
 ……間を取って夕暮れにでも行ってみるか。





 予想通りだけど、間違いなく選択を誤った。
 時間が過ぎると共に、警備が増えてきてるぅ。
 見える範囲で50人超えてます、……どうしよう。
 素人の浅知恵で行動するもんじゃない事を心に刻み込んだ。

 落ち着け、考えろ、俺はどうすれば良い?
 目標は母さんとシュミターさん、二人を連れ出すのが目標だ。
 何も正面切って戦うわけじゃない、忍び込んで探しだすだけだ。
 ではどうやって忍び込む? 打って付けの魔法が有る、『〈見えざる衣〉ハイド』で侵入すれば良い。
 だが俺が使う『〈見えざる衣〉ハイド』の精度で見つかったりしないか? 『〈暴き通す瞳〉オープンアイズ』で見抜かれたりしないか?

 隠蔽系と探知系の魔法は込められた魔力量と精度によって優劣が決まる、多量に込めた魔力とそれを魔法に漏れ無く注ぎこんで制御することに有る。
 単純に言えば完成度が上の魔法が、完成度が下の魔法を打ち破る、攻撃魔法は属性の強弱が有るから一概には言えないが。
 だったら行けるか? 俺とは比べものにならないほど強いだろう将軍さんが、他の魔人に誇れると言い切った魔力制御を持ってすれば、隠れ通すことが出来るかも知れない。
 しかし、そうではなく途中で見つかったら? 勿論逃げるだろうけど捕まってしまったら?
 最悪その場で殺される、運良く殺されなくても絶対酷い目に遭う。

 そう考えて両手で頬を強く叩く、決めたくも無い覚悟を決めなければならない。
 母さんは母さんだ、前世とは違う母親でもこの世界に産んでくれたたった一人の母さんだ。
 後味が悪すぎて見捨てることが出来ず、俺のために色々やってくれようとした親父の愛しい人だ。
 情が沸きすぎている、恐らくこれからもこんな事が起こったとしても俺は助けに行くんだろうなぁ。
 そんな考えだ、神様が言っていた事にこれも含まれているのかも知れない。

「………」

 この世界に生まれて十二年、今この時が一番集中する時。
 バッグを降ろして、地面に座り込む。

 考えられる看破の条件、足音、足跡、移動時の大気の揺れ、匂い、体温、存在感。

 音の発生条件の大気の振動を、それに属する風の魔法で僅かにも音を鳴らさない。
 靴の汚れを水の魔法で飛ばす、そして体重で地面に掛かる負荷を拡散させて足跡が残らないように施す。
 移動時の大気の移動、『〈見えざる衣〉ハイド』と自身の皮膚の間で終始完結させるよう風を巡らせる。
 俺の体臭から衣服の匂いまで、高速の風を俺の周囲巡らせて匂いを閉じ込める。
 体温、極めて薄い水の膜を周囲に纏わせ、それを優しく吹き続かせた風で周囲の温度と変わらないよう保ち続ける。

 そして最後、極少量の魔力を身に纏う。
 皮膚表面から完全に魔力をなくせば、逆にぽっかりと魔力が無い空間に見えると将軍さんの言葉。
 だから内の魔力も極力縛り押さえつけ、大気中に魔力量と同じ程度の魔力を纏ってまるで空気のように変化させる。

「……これ、まずいな」

 それが完成すると同時に全部止める、間違いなく魔力が足りない。
 思いっきり魔力が減って行く分かる、館に着く前に間違いなく魔力が空になる。
 理論的には出来る、と言うレベルの最上位隠蔽魔法に分類されるんじゃねーかこれ。
 維持するのがめちゃくちゃ難しい、俺の魔力全部使っても五分も持たないと思うほど魔力使いやがる。
 間違いなく魔力を無駄遣いしなくても足りないレベル、あの将軍さんほどの魔力量であれば使えて館の中に入れたかも知れないが正しく無い物ねだり。

 ……どうしよう、本当に打つ手が無くなって来てる。
 こういう時こそご都合主義に誰かが助けに……来るわけねーしなぁ。
 中央突破も間違いなく不可能、バレるのを覚悟で『〈見えざる衣〉ハイド』を掛けてから警備の薄い所から行くしか無いのか……。
 くそ、まじで公爵家うぜぇよ!

「……『〈見えざる衣〉ハイド』」

 心臓がすんごい脈打って、手のひらには汗が滲む。
 めちゃくちゃ緊張してるのが分かる、こんなに緊張したのっていつ以来だったか。
 会社の面談とかこんな感じだっただろうか? ……命がヤバそうだってのに、こんなのと比べられるだけまだ余裕があるってか。
 草むらの中から飛び出す、この距離ならある程度走っても気が付かないだろう。
 視線を遮れる障害物、森の中とかを進んで少しずつ公爵家の館に接近して行く。

 まじやべぇ、めちゃくちゃ警備が居るぞ。
 これが普通の警備量なのか? 俺ごときに物々しいなと勘違いしちまったか?
 『〈見えざる衣〉ハイド』にさらなる魔力を込める、どこまで欺けるか分からないが込めた分だけ単純な効果も期待出来る。
 不安で高鳴る心臓に喝を入れる、手のひらの汗を握る潰す。
 館の右側面から行く、まずは警備を潜り抜けなくては。





 光学的に視覚を欺いているのに身を屈めて進む。
 当たり前と言うか、館の周囲には障害物になるような物が一切ない。
 館はなだらかな丘の上にあり、上から下を一望出来るように建っている。
 それは警備の魔人にしても同じ利点、下から寄ってくる存在を一目で発見出来る。

 今居る場所は進むルートの最後の遮蔽物、木の裏のここから少なくても1km位はある。
 如何に速く走ろうとも確実に見つかり、迎撃の体制を整えられる。
 『〈見えざる衣〉ハイド』に込める魔力を上げたが、もとより発動消費量が少ない為、多少増やしても早々魔力が無くなることはない。
 こっからは賭けになるか、こんな大事になってることを恨みます、神様。

 木の裏から姿を現す、まともな攻撃魔法なんて下位の奴と魔力波位しかないのに警備を叩きのめして、なんて出来ない。
 ただ姿を現して立ち、警備の魔人がどういった反応をするか見る。

「………」

 正門だけでも十人を超える警備、魔人であるからこの距離なら魔力強化しなくても簡単に見えるはず。
 不審な輩が居ないか常に周囲に目を光らせている、……気づいてないか?
 視線がこっちに向いたのに何のリアクションも起こさない、やっぱり気づいてなさそうだ。
 よし、これは行けるか? と、そう考えるのはまだ早すぎる。
 慎重になり過ぎて悪い事は何も無い、見つかったらそこで終わりと考えろ。

 一番近い位置に居る警備員を見ながら、館を中心にしてゆっくり歩いて円周。
 それでも視線は俺に向いて止まることはない。
 よしよしよし、焦るな、じっくり確実にだ。
 そろりそろりと忍足で館に近づいていく。
 気付くなよ、気付くなよ、と何度心中で唱えたか分からないほど唱えながら……。

 よし、よし、よし! 何度かひやりとした場面もあったが、一度足りとも警備の魔人と視線は合わず館の柵まで辿りつけた。
 くそ、心臓が超いてぇ、うるさい位に心臓がなってやがる。
 母さんとシュミターさんを助け出したらどっかに逃げよう、将軍さんの所に行くのもありかもしれん。
 ラッテヘルトン公爵家の力を削ぎたいってあの言葉がどこまで本気だったのかわからんけど、あの人は親父の事が有るからたぶん助けてくれる。
 そうだ、そうしよう。
 さっさと助け出してこっから離れよう、そう考えて全てが甘かった事に気が付かされた。

 とりあえず柵を乗り越えるか、そう思って柵に手を掛けて軽く呼吸。
 一息付いて登ろうとすれば。

「動くな」

 途端に魔力を込めて、全力で柵を飛び越える。
 綺麗な声だった、透き通ると言って良いかも知れない。
 その声に惹かれた、柵を飛び越えて館の壁にぶつかりそうな速度を出していながら、空中で視線だけを肩ごしにその人物にやった。
 セキチクの花色をそのまま髪色に写したような鮮やかな淡紅色。
 着込むのは肌の露出を完全に抑えた軽装の鎧、大きな月の青い光を浴びてキラキラと光り、それが魔力の篭った魔法武具だと一目で分かる。
 その手にも、強力な魔法武具だと分かる剣が握られていて。

「警告はした」

 斬撃が空に走った。

「アギッ!?」

 魔力の鎧を切り裂いた、突き抜けたそれは背中に大きな切り傷を作る。
 結構な深さ、肩から腰までざっくりと切り裂かれた。
 命の水がその傷からこぼれ落ちるが、一撃で両断出来なかったのは運の尽き。
 中位治癒魔法で見る間に傷が塞がり、そのまま壁に突っ込んだ。

「ダァア!!」

 不自然な体勢から無理やりな左拳、それを壁に叩きつけて屋敷の中に侵入する。
 ごろごろと転がってその勢いのまま立ち上がって、もう一度拳を振り上げ突き出す。
 どっかの部屋、その壁をぶち抜いて逃げ出す。

「チッ、修理費など私に掛かるから手間を掛けさせるな」

 知るか! と内心叫んで後ろから聞こえる声に背筋を震わせる。
 母さんの親父もやばかったけど、後ろの剣士っぽい奴もマジでやばい!
 全力か手加減か、どっちにしろこのままだと確実に殺される。

「〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー!」

 今更隠密行動とか不可能だから、バレるのを承知で探知魔法。
 瞬間的に館の構造とか母さんの居場所が分かる。
 魔力をつぎ込めるだけつぎ込み、床を踏み抜きかねない踏み込み。
 逃げる逃げる逃げる! あんなのと戦ってられるか!

「速い? 姿で見下したか」

 壁をぶち抜く音に紛れ、小さな呟き声も強化された聴覚が拾う。
 逃げれるか、右手に魔力を込めて床に向けて突き出した。
 同時に魔力波を撃ち出して床に穴、飛び込んで階下へと降りる。
 階下の床に着くと同時に思い切り横へと飛んで、その部屋の壁にぶつかって転がりながらぶち抜いた。

「あとッ!」

 少し、館の一番奥、拵えたような頑丈な部屋がある。
 そこに居る、閉じ込められている。
 突き抜け立ち上がり、駆け出す。

「高く付くぞ」

 僅かな怒りが篭った声、慌てて振り向きざまに魔力波。
 だが壁に大穴を開ける威力のそれを切り裂く、風の斬撃が俺の左手を半ばまで切り裂いた。

「ッギァ!?」

 赤い血とそれに染められる白い骨、腕の筋肉や指を動かす腱が大気に曝され激痛が走る。
 いてぇ! いてぇ! いてぇ!! 治れ! 治れ! 治れ!!
 なんだよくそ! 連れてかれた母さんに会いに来て殺される息子とかどんだけドラマティックなんだよ!!
 ベロリと縦に割れた腕、それがファスナーを閉めるようにくっつき始めて元の形へと戻る。
 流石に肉体的な疲労を感じ始め、そこに信じられないほどの痛みが加わり、バランスを崩して転がった。

「そうだ、諦めた方が安らかになれる」

 死ぬって意味だろうが! そう考えながらも体は膝を着いたまま。
 肩を大きく揺らしながら呼吸、やばい、どんどん積んで行く。

「……いや、そうか。 殊勝な心掛けだな、安心しろ、痛みは感じない」

 どういう意味だよ、首を落としてくれとでも言ってるように見えるのか、こいつ。
 薄暗い廊下、ランプの明かりだけしか光源しか無い。
 その少ない光の中にシルエットを浮かべる一人の魔人、ああくそ、美形で絵になる奴ばっかりでウンザリだ。

「ん? よくよく見れば子供か、しかも……。 なるほど、面白いな」

 そう言うが顔には一切表情を浮かべない。

「見逃して、くれないかな」
「駄目だな」

 駄目元だったが、やっぱり駄目か。
 ああ、こんな所で終わっちまうのか。
 足掻けとか神様言ってたけど、足掻いてもどうにもならない人多すぎだろ……。
 魔法は結構楽しかったし、魔力強化で馬鹿げた速度で走ったりするのも楽しかったな。
 苦しむだけ苦しんで、喜びなんて見い出せねーし、もうどうでも良いか。

「……止めておけ、苦しいだけだぞ?」
「もう十分苦しいんだけどね、母さんが待ってるから顔だけは見せておかないと」
「ふむ、私としても会わせてやりたいが、そうすると報酬が無くなるのでな」
「じゃあ無理やり行かせて貰うよ」

 ゆっくりと立ち上がる、魔力は結構減ってるけどまだやれるくらいにはある。

「わかった、痛みを感じさせないようにしよう」
「はは、変なの」
「よく言われる」

 ありったけの魔力を腕と足に注ぎこんで、そう言って飛び退いた。
 高速で廊下の奥へと飛んでいくが、置いていかれるほど相手は鈍くない。
 かなり速度が出てるって言うのに、廊下の突き当たりが見えないほど長い。

「どこへ行く」
「母さんのところ」

 目的地はあの人が居る方向ではない、俺の背後に居る。
 だったら下がる、防御に徹して無理やりだ。
 壁に激突することなど一切無視して全力で下がる、無論正面の敵は見逃すはずはない。
 いつの間に振り下ろしたのか分からない剣から斬撃が飛んでくる。
 俺の背中も腕も、どっちも一撃で切り飛ばせなかった。
 頭や胸などの一撃死が無ければ耐えられる、なんか俺って賭けっぱなしだな。

 迫るのは魔力の斬撃、だからこそ認識できる。

「その行動を選ぶ者は多い」

 全力じゃなかったの? だったらこっちも一点集中で対抗しなきゃな。
 反転、後退から前進へ、同時に足に回していた魔力を腕に回す。
 悪いがぶん殴る! 生来戦い方など原始的な殴り合いしか知らない。
 攻撃魔法はしょぼいし、魔力波では効果が薄いと証明済み。
 だから殴るしか無い、込めれるだけ込めた魔力で容赦なく。

 飛来する斬撃が、拳の魔力と反発する。

「断固反対!」

 一瞬の均衡は破れ、俺の左腕が縦に割れた。

「ぎえぇぁえ!!」

 誰がどう聞いても無様な悲鳴、腕が裂けたのは二度目であるのが良かったのか。
 悲鳴を荒らげながら突っ込む、無論懐に入れてやる義理も無い目の前の魔人は返しの刃を振るう。
 勿論俺も当たってやる気など毛頭ない、右手から魔力波を飛ばして奴の足元へ。
 激しく床が弾け、それだけに留まらず壁や天井にまで魔力波を放つ。

「目くらましに……?」

 治癒だ、まず左手を治す。
 裂けた腕がくっつき、中の筋肉や神経も接続し直して機能を取り戻させる。

「でぇ!?」

 飛んできた斬撃が左脇腹を切り裂くが、咄嗟に右手を被せ、これ以上の出血を抑える。
 そのまま飛び退くと同時に、魔力を一気に納めて『〈見えざる衣〉ハイド』。
 視界を遮る埃の中、廊下の端にしゃがみ込む。
 息を止め、なりを潜めた。

「……チッ、逃げたか」

 埃煙を吹き飛ばす風、開けた視界には壊れまくった廊下とその瓦礫、魔人は俺とこいつの二人だけ。
 ほんと美人だよ、俺より背が低い癖に何でこんなに強いんだよ!

「『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』」

 ………。

「……? 『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』」

 二度目の『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』を見て確信した、こいつは俺を見つけられない。
 賭けに勝った、屋敷の柵の所で見つかったのは俺が一息付いた際の油断からか。
 しつこいほどの魔力制御の訓練が、今まさに実を結んだ。

「消えた? だったら──」

 魔力を足に移動させる、体の外には一切漏らさない。
 存分に魔力をまき散らしたから、それに遮られて小さな俺の魔力など感じられないだろう。
 腕にも魔力を移動させる、通り過ぎこの場から去るのを待つのは出来ない、なぜなら。

「──まだ居るな」

 それは魔人ロケット、魔力を込めた全力疾走よりも速い。
 相手が構えるより早く、頭からぶつかった。
 そのまま壁にぶつかり、ぶち抜く。
 ありったけの魔力を全身に掛ける、剣を持つ、ぶれた右腕に向かって左手を伸ばして掴む。
 体勢的に上に乗られたが、こっからは力比べだ!

「ブベッ!?」

 と思ったら左手から拳が飛んできて、俺の右頬を捉えた。
 弾けた視界、人間ならば頭が破裂して飛び散る衝撃。
 だが強化された俺の首とか頭はそれに耐え抜き、殴ってきた左手の位置を覚えて右手を伸ばし、敵の左手を掴んだ。

「いてぇなもう!」

 ぼたぼたと鼻血を流し、衝撃で口の中が切れて鉄っぽい感じを味わう。
 こいつが握る右手の剣はまじでやばい、俺の魔力障壁で止めることは出来ないから、なんとしても使えなくしなくてはいけない。
 だから握れないようになって貰う!

「……痛い」

 お互い魔力にて体を強化して凌ぎを削る。
 腕を握り潰そうとする俺の握力に、握りつぶされまいと腕の強度を上げる相手。
 だがそれもすぐ終わる、眼前の女がふわりと足を浮かせた。
 ……まじかよ!
 反射的に腕を上へと引っ張り、無理やり体勢を崩させる。

「おばっ!」

 膝蹴り、腹に食い込むそれが強烈な衝撃を与える。
 その膝蹴りの元の狙いは男の急所、こんな事で不能になるのはゴメンだ!
 上に乗った彼女を力尽くで引っ張り、俺が仰向けに寝ている同じ床に叩きつける!

「……痛い」

 頭から落ちたにもかかわらず、今だ剣を離さず呟く。
 それはこっちのセリフだ!
 足を跳ね上げ空中へ踊り、反動で彼女も跳ね上がる。
 その空中の時でも蹴りが襲来、狙いはやっぱり股間。
 いい加減にしてくれ!

 辛うじて足を割り込ませ、急所蹴りを防ぎ、着地と同時に右手を彼女の左手へと移して両手で前腕を握る。
 勿論フリーになった左手から猛烈な打撃、世界ヘビィー級ランカーも真っ青なパンチを再度頬に受ける。
 跳ね上がる頭、それでもなお両手に力を、魔力を込め。

「あ」

 彼女の腕、手首が砕けて剣を零した。
 それでもなおパンチが飛んでくるのは彼女が戦う者だからか。
 いい加減当たり続けるのは意識が飛ぶので、拳が上手く振るえないよう体を寄せた。

「………」
「………」

 膠着、数センチ先にお互いの顔がある。

「……男に負けるなんて初めて、それも子供」
「……ん゛、俺は戦いたくなかったけどね」

 ぼろぼろだぞ、まじで。
 魔力も残り少ない、逃げる分ぐらいしか無いかも。

「……それで?」
「もう止めない?」

 そうして首筋にナイフが突き立てられた。

「止めない」

 吐血しながらも俺の動きは速かった、引き抜かれる前に押し倒した。
 強く体をぶつけ、受身を取れないよう密着させ。
 その際腕を喉に当て、倒れた衝撃と挟み込んで潰す。
 そうして初めて苦痛の表情、ナイフを持つ左手を弾いて完全に馬乗りになった。
 ナイフを抜き捨て、治癒魔法。
 頭には刺さらないと判断してくれたのがまじで助かった、実際急所になるような場所には魔力を多めに入れている。

「ガッ、ぐっでぇ……。 あア゛、マジで堪らん……」

 魔力の力押しによる高速治癒はもう出来ない、ゆっくりと塞がっていくナイフの傷跡。

「……でいあん、俺はあんたを殺さないから見逃してくれない?」

 彼女は首を振る。

「俺、殺しとかしたくない甘ちゃんなんだよ。 だからさ」

 それでも首を横に振る。

「あっあ゛ー、……ごめん」

 彼女は折れない、頑なに頷こうとはしない。
 だから拳を顔面へと振り下ろす、ゴヅンと音が鳴り、殴っている俺が顔を顰める。
 拳を上げればまだ意識はある、むしろ強い意志が垣間見える。
 ……もうやめてくれ。
 もう一度拳を振り下ろす、前のより力を込めて。

「……ッ」

 ゴギンと、骨の砕ける音。
 頬の骨が折れた、それでも青白い瞳は俺を捉えている。
 今度は左の拳、振り上げて彼女の右頬へ。
 そうして何度も殴り続ける、その瞳が虚ろになるまで。

「……ぃぎ、う……あぁ、……くそ」

 最悪だ、十発以上彼女の顔を殴った。
 殺されかけたってのにこんな風に心配するなんて、全く俺は俺として、この世界の魔人としての精神を含んじゃいない。
 彼女の顔が傾き、全身から力が抜けるのを確認して立ち上がる。
 死んじゃいないだろうが、放っておけば死にそうな顔の怪我だ。
 だからと言って治してやるわけには行かない、ここに来る時に助けた二人の父親のように、怪我を治したら短時間で目が覚める可能性が大きい。

 気分が悪くて手が震える、さっさと逃げよう、二人を連れて逃げよう……。
 こんなのはもうゴメンだ、そう思って部屋を出ようとしてた俺は足を止めた。
 違和感、『〈見えざる衣〉ハイド』を使おうとして流れる魔力が淀んだ。
 干渉したと言うべきか、魔法を使えるのはこの部屋に俺だけなのに、別の魔力の流れを感じた。
 部屋に満ちる混ざり合った魔力と俺の魔力と、気絶しているはずの彼女の魔力。

 俺は飛びついた、部屋に転がっていた剣へと全力で。
 命の危機を感じた事に因る感覚の鋭敏化状態だから気が付いた事、そうでなければ俺は……。

「よく気が付いた」

 剣を手に取って振り返りながら切っ先を向ける。
 そこには気絶していたはずの女が立っていた。
 顔の傷は殆ど治っており、ほんの僅かな傷も今治癒して端整な顔へと戻る。

「正直、感心した。 気が付かなければ死んでいた、だと言うのに君は気が付いた」

 自然体で立つこいつが、さっき以上に危険に見える。

「……いいね、こんなになるとは、初めて、アヒヒ、これはイイ、イイネ」

 声が変わっていく、まるで棒読みだったのに、その声に感情が付き始めた。
 それに呼応して、さっきまでとはケタ違いの魔力を纏い始める。

「イイ、有り得無いと思ってた、こんなのは幻、そうだった、今までも」

 やばい、やばいよこいつ。
 間違いなく手加減していた、だが今はそれを止めた。
 だったら俺の未来は既に決まっている。

「これからも……、そうだったはず、子供だったね、こんなのがずっと? ……イヒ、タマラナイ」
「ッ!」

 笑みが張り付いた、無表情だった顔に、笑み。
 優しいとか、可愛いとか、綺麗だとか、そんな物ではない。
 溢れ出る何かを抑えるつもりなど無い、その笑みは『歪んでいた』。

「……どうだろう、君に頼みがある」
「………」

 背筋が震える笑みとか一体なんだよ、こんな、答えるべきか?

「うん、君、私の夫にならないか」

 ……は?

「ああ、断って欲しくない。 私は独占欲が強い、私の所有物は誰にも触れさせたくない」

 そう言って視線が下に落ちる。

「その剣とか」

 言われて剣を放り投げそうになった。
 慌てて指に力を入れなおして、落とすのだけは防ぐ。

「ああ、そう、この鎧も。 それに……、私の体も」

 本気でやばい、俺の命とかもあるけどこいつの頭が一番やばい。
 こんな状況だと言うのに、夫になれとかどう考えても出てこないだろ!?

 そんな考えに気が付くことなく、彼女はだらりと力なく垂れる手首の折れた右手、それを俺に見せつけるように上げた。

「……傷物にしてくれた、これは責任を取らなくては」

 瞬間『〈見えざる衣〉ハイド』を掛け、同時に部屋の穴から廊下へ飛び出す。
 その一瞬後、部屋から大きな、何かが崩れる音がして。

「ク……、クク、待ってくれ、私の愛しい人」

 俺は僅かに聞こえたその声と恐怖を振り切るように、廊下をありったけの魔力を込め全力疾走し始めた。



[17243] 7話 震えながらも考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/03/18 20:03

 くそ、『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』使いすぎだろ。
 三秒に一回位使ってやがる、『〈見えざる衣〉ハイド』を解除したら即近寄ってくるだろ……。
 前世とこの世界の常識云々の話じゃない、間違いなくあれは逝かれてる。
 そうじゃなかったら俺はもうどうしたらいいのか分からない。

 そんな事を考えながら、廊下を走っている魔人たちをしゃがんでやり過ごす。
 やっぱり俺の隠蔽魔法は他の奴らの探知より優れてるってことか、じゃなきゃ気が付かず隣を走り過ぎる訳がない。
 これは自信を持っていいんだ、となれば特殊な状況じゃなきゃ切り札として頼っていいのか。
 疲れ知らずと思っていた体が、間違いなく疲労を感じている。
 底が見えた魔力、もう完全に魔力頼りの力押しは出来ない。

 それに、もし今あいつに見つかったら終わりだ。
 さっきはとんでもなく手加減してたんだ、本気ならば俺を両断出来ていたんだ。
 それとあの笑みを思い出す、震えが抑えられない。
 あれは紛う事無き化け物だ、どう考えても間違いなくあれに対抗など出来ない。
 落ち着け、あれは俺を探し出せない、そうだろ、さっきもそうだったんだ、そうでなくちゃ困る。

「………」

 深呼吸だ、落着かければならない。
 落ち着いて母さんを助けに行くんだ……?
 あれ、なんだ、母さん……。
 母さんを助けに行くんだが……、何か忘れ……ッ!?
 やばい、あいつに俺の目的言っちまった! やばいやばいやばい!

 待ち伏せされる、俺見つけられないなら俺の目的の近くで待ってればいい。
 そうしてまた震えだす、あいつとまた向きあうのか? 次は無いってのに、俺はあいつと向きあわなきゃいけないのか!?

「ぅぁ……」

 声が漏れた、恐怖の余り、だ。
 それに気が付いて両手で口を塞ぐ、辺りを見回してあいつに聞かれていないかと震え上がる。
 見捨てる? 見捨てなきゃ俺がやばい。
 じゃあ母さんを見捨てたらどうなる? あいつは俺が来ない事に業を煮やしたりしないか?

 俺を誘き寄せるために母さんを人質に使ったりしないか? 
 いや、母さんの両親や姉妹が居るはずだ、そんな事をしようとしたら警備の奴らもあいつを排除するはず。
 でも、あいつがここに居る全員より強かったら? 誰一人、俺と母さんを残して殺し尽くせるくらいの化け物だったら?
 ……ちくしょう、有り得無いと思えないのが嫌になる。

 早く行こう、早く行って母さんたちを助けるんだ。
 あいつは俺を見つけられないんだ、早く行って、早く助ければいい、それだけだ、それ以外必要ない。
 立ち上がって歩き出す、急げ、時間はないぞ。





 あいつはここに居ない、だが急がなければならない。
 『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』の発信場所がだんだん近づいてきているからだ。

 視界の先には母さんが居る部屋、警備の奴らが五人も居る。
 勿論部屋の鍵は開いてないだろうし、外から後付で作られた座敷牢になっている部屋だ。
 魔力消費量が少ない『〈見えざる衣〉ハイド』の使用時間でさえ限界が近づいてきている、魔力が切れれば少々体の強い子供に成り下がる。
 その前にだ、あの部屋から連れ出す。

「………」

 だがどうやって開けさせる? もう戦闘ができるほどの魔力は残ってはいないから奪うのも無理だ。
 くそ、思い付かない、こっそり盗み取るのも絶対気が付かれる。
 警備の奴らをなぎ倒す、無理。
 鍵を盗み出す、無理。
 壁や扉を壊す、無理。
 どれもこれも無理、魔力が残っていれば他の選──。

 そうして振り返る、全ての思考を投げ捨て、来る者へと全てを集める。
 俺が来た方向から、俺を狙う追跡者が、一番来て欲しくない奴が現れた。
 一歩一歩、確かめるように歩いてきている。

「………」

 なんだあいつ、なんか……、嘘だろ、そういう事普通しないだろ。
 嗅いでやがる、匂いを。
 魔法で存在を感知出来ないなら匂いで追うとか、ぶっとんでる……。
 心の底から震える、あの時のよりはましだが、その顔に貼りつけた笑みは恐怖を煽る。
 慌てて移動、見えも探知も出来ないはずなのに異常な速さで追ってきた。

 今すぐここから離れたいが、そうなると次の機会はないだろう。
 一人上手く脱出して、休息して、魔力を回復させて戻ってきたとしても次もここまで来れるか?
 その休んでいる間に母さんはあいつに何かされたりしないか?
 しなかったりしても、次の侵入では視覚ではなく魔法でも無い、今のように匂いで俺が居ると感づくかも知れない。
 くそ、あいつが居なけりゃこんなに苦労なんてしないってのに!

 どうする、選べ、助けず一旦引くか、助けて一緒に逃げるか。
 だがそんな思考も意味はなかった、俺は警備の奴らの隙間を縫って扉の前に立っていた。
 今ここで引いたら二度と会えなくなるような気がした、だから引くことはしたくなかった。

 目の前の扉についている錠の形は典型的な鍵を差し込んで回すタイプ、違うのは魔法が掛けられている所。
 前世のシリンダー錠が複雑と言われるくらいの簡単な鍵、だがそれの解錠難度はシリンダー錠よりはるかに高い。
 ピッキングなんてやり方は知らないし、例え出来ても恐らく魔法無しでは開けられない。
 扉の前に来てどうする? 鍵は無いぞ、魔人用だけあって壊せそうにはない頑丈さに見える。
 歯噛みする、この扉の向こうに居ると言うのに越えられない。
 あいつが見える位置に居るってのに引けず進めず、完全に手詰まり、その上タイムリミットまで迫ってきている。

「居るんだろう?」

 背筋が震えた。

「居ない訳がない、君の目的はここだもの」

 どう聞いても怪しい独り言、さらには魔力を溢れ出させて進む姿は警戒するに値する。
 部屋の前に居た警備の魔人たちは、その姿に不審がってそれぞれが構えを取る。

「……貴女の担当は外でしょう、それに『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』ばかり、まさか侵入者を見失ったの?」

 その一言でざわめきが起こる、『馬鹿な』とか『潔癖者が獲物を逃がした?』とか。
 驚きを顔に貼りつけた者まで居る、やっぱりこいつ強い奴だったのかよ。

「それに分かるわ、感じる、ヒヒ……、逃げるなんてヒドい」

 一歩前に出た警備の奴の声に反応しない、ぶつぶつと呟いて、俺にだけ分かるような言葉を発し続ける。

「ああ、責任を、式は何時上げるのか」
「……おい、大丈夫か?」

 変わらず膨れ上がって行く魔力、明らかにここに居る誰よりも大きな魔力を放っている。
 それに圧されて後退さる者も居る、完全に頭が切れてやがる。
 やばい、もう時間が無い、伸るか反るかで……いや、だけどッ!

 どの行動をとっても後が無い、完全な賭け、進退窮まり扉へと手を掛けたその時、扉が開き始めた。
 なんと言う素晴らしいタイミング、本来なら呆れ返るほどの出来事に全身全霊の感謝を込める。
 もし、これが罠だったとしても俺は喜んで飛び込んだだろう。
 あいつの前に立つ位ならば、喜んで茨の道へと走り出す。
 それほどまでに俺はあいつに恐怖を感じていた。

 扉が開く、その部屋から姿を表したのは母さんの親父、厳つい顔をした嫌いなじいさんだった。
 だが今その時にはその感情を忘れ感謝する、成長したら思いっきりぶん殴ってやるからなと、顔が腫れ上がり泣いて許しを乞うまで凹ましてやるからなと。
 俺は残り僅かな魔力を使って滑り込み、部屋の中の光景を確かめた。





 ガチャンと扉が閉まり、貴族らしい華やかな内装の部屋。
 その中には俺を除いて四人の女性が居た、母さんの母親と二人の姉妹、そして母さんの四人。
 ベッドに座る母さんと、ベッドの脇の椅子に座る三人。

「……ヘレン、あの男と息子のことは忘れなさい」
「………」
「侯爵の事は嫌いではないと言ってたじゃない」
「嫌いじゃないだけ、好きでも無いわ」
「それでいいじゃないの、付き合って行けば好きになるわ」
「………」

 無言で首を振る母さん。

「分かるでしょう、ヘレン。 貴女の行いで何人もの魔人が死んだの、貴女の身勝手な、我侭な行いで」
「………」
「愛した男と一緒になりたいと言う気持ちは分かるわ、でもその過程で他の人の人生を奪っていいと思ってるの?」
「………」
「分かりなさい、父様も命は助けると仰ったじゃないの」
「……そんなの分からないわ、信じられない」

 左右の姉妹は何とか母さんを説得しようとしているのが分かる。
 その中で命を助けるとは俺の事だろう、息子は殺さないから戻って来いと、そう言っているのか。

「もうアレンは助けに来てくれているの……、だから──」
「……認めなさい、ヘレン。 でなければあの子供が死ぬことになるわよ」
「ッ……」
「姉さんの言う通りよ。 ヘレンが子供を愛している事なんて分かってるの、だったら子供の命を奪うはめになる行動は避けるべきだと思うわ」

 あんなヤツが守ってるんなら死んでも可笑しくは無い、でも現実はそうではなく俺は生きてここに居る、そして母さんが居る所まで辿りつけた。
 時間がない、話は気になるが結局俺を殺そうとしたのは事実だし、今も命の危険を感じている。
 だったら早く母さんを連れて逃げるしか無い、注意を払って室内を歩き、三人が座る椅子を迂回してベッドに近づいた。
 巨大なベッド、キングサイズよりでかい縦横三メートルはありそう。
 その真中に座っているため手を伸ばしても、母さんには届かない。

 脱出経路は窓か壁か、壁は外側から魔法的な処置がされて硬そう。
 窓には壁以上の魔力が込められている、基本的な強度の差を補うためだろう。
 だが打ち抜ける、これならば少ない魔力でも壊せて外へと抜け出られる。
 問題は俺を匂いで追ってくるアイツ、外に出れば風に流されて追えなくなるか?
 ……やはりそうなるよう祈って賭けるしか無いか、そう考えて賭けのような行いが毎回成功していることに気が付く。
 俺はついてるのかついてないのか、全く分からねぇ……。

「ヘレン」
「……はい」
「貴方が決めなさい、これまでと同じように」
「……お母様」
「その結果、全ての責任は貴女が負う事になるのも覚えておきなさい」

 母さんが選んだ結果、親父が死んで俺が死んで、それ原因は母さんのせいであって全て母さんが責任を負うと言うことか?
 じゃあ選ばせる訳には行かない、その選択は無かった事にさせて貰う!

 『〈見えざる衣〉ハイド』と公爵家領地から逃げ切るために必要な魔力を残し、残りのほんの僅かな魔力を使って。

「なっ!?」

 窓をぶっ壊す!

 裏拳で背にした窓を魔力波でぶっ壊し、続いて素早くベッドに飛び乗って母さんを抱き上げる。

「ここまでとは、見事です」

 そうして俺の胸に小さな穴が開いた。
 ベッド脇に座るばあさん、その指先から閃光のような魔法が放たれた。
 見えなかった、何かの攻撃魔法だとは思うが、認識出来なかった。
 それでも屈せず、全力を込めて窓の外へと飛び退くが。

「アレンッ!?」

 吐血、母さんの服に掛かるが気にする余裕もなく、ただ全力で飛び退いて移動する。
 だが俺は消えてても母さんは消えていない、母さんを含むよう『〈見えざる領域〉サークルハイド』も使えないくらいに魔力が無い。
 バレているならもう『〈見えざる衣〉ハイド』も使う必要が無い、解除してそれの魔力も身体強化に注ぎ込む。
 その間にも閃光のような魔法が放たれ、俺の体を貫いていく。
 肩や足など、明らかに移動を阻害させるための物、だからと言って緩むようなことはしない。

「なるほど偽った道理もあったのでしょう、とても残念です」

 館の外に飛び出て今出せる最高の速度に僅かにも遅れず、三つ編みにした銀色の髪を靡かせ簡単に迫ってくるばあさん。
 やべぇ、じいさんよりばあさんの方が強かった、予想外のことに悔やみながら飛び退き続けるが。

「その選択、悔いることが無きよう」

 引き離せないばあさん、魔力の流動、さらなる魔法行使の予兆。
 避けられない、死んだ、そう確信する強力な魔法を前に母さんは俺を抱きしめた。

「駄目!」

 俺の顔や胸が見えないよう、自分の体を使って射界を遮る母さん。
 だがそれも一瞬の足止めにしか過ぎない、ばあさんが跳ね上がって真上からの魔法を狙う。
 俺の脳天を撃ち抜く、即死の攻撃。

「だめだよそれは」

 だが放たれる瞬間、巨大な存在感を放ち奴が現れた。
 ばあさんの背後からの、高速にして一瞬の奇襲。
 捕まった、ばあさんではなくあいつに捕まったと絶望した。
 だがそれも杞憂、瞬間振り返ってばあさんがあいつに魔法を撃ち放った。

「契約違反ですよ」

 俺では見えなかった魔法を、難なく叩き落として俺とばあさんの間に割り込み手刀で飛ぶ斬撃を見舞う。
 平然とそれを弾くばあさん、何でこんな化け物ばっかが居るのか分からない。
 逃がさないと俺に攻撃を放つばあさんに、それをさせないと攻撃を弾くあいつ。

「私の夫を傷つける、それは許されない、死んで」

 馬鹿げた魔力を放ちながらばあさんに迫り、それを前に劣らぬほどの魔力を放ち返すばあさん。
 周囲があっという間に見る影もなく壊れて行く攻防、この世界は理不尽過ぎる。
 二人は足を止め、俺たちに取ってはチャンス以外の何者でも無い。
 全力で駆け、一刻も早くここから逃げだすと、離れようと全力。

「お母さんと一緒に待ってて、迎えに行くから」

 楽しそうな声色、あいつは離れて行く俺たちにそう言った。
 あいつから逃げ出した時と同じように、俺は腕には母さんを、心には恐怖を抱きかかえたまま逃げ出していった。



[17243] 8話 逃げ切ってから考える。
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/03/18 20:19
 やばい、力が抜けてく。
 それでも走って少しでも遠く離れようと、逃げれるよう走り続ける。

「アレン! 止まりなさい、アレン! アレン!!」

 駄目、できねぇ。
 止まったらあいつが来る、それだけは嫌だ。
 ただ真っ直ぐ、森を横切り街道も横切る、行く当ての無い逃走劇。
 まだ公爵家領地からは出ていない、半分どころか四分の一も怪しい。
 だと言うのに俺の足が意志に反して折れ、抱えた母さんごと転倒する。

「ッキャア!?」

 かなり激しく転がる、だと言うのに受身すら取れなかった。
 ……なんか、やべぇ……まぶたがおもい、な。







「……あ」

 そうして俺は気が付いた、大きな木、30メートルは有りそうな背の高い木の根元で仰向けに寝ていた。

「アレン、目が覚めたのね」

 視界の中には木と空を覆う葉と青い空、そうして一番近く大きく映るのが母さんの顔と流れる金髪だった。
 その状況、膝枕をされている俺は暗かったはずの空を見上げ、青い空と白い雲のコントラストを空を覆う葉の隙間から見る。
 気が付いて起きようとすれば、母さんは左手で俺を制した。

「まだ寝てていいのよ、とても無理してたのでしょう?」
「……そんな事ないよ」

 左手を胸の上に置かれ、やんわりと仰向けに戻される。
 ……ああ、逃げれたのか、そう安堵した。

「……母さん、誰か追ってきた?」
「いいえ、誰も来なかったわ」
「それは良かった」

 本当に良かった、追いつかれてたらこんな所には居ないだろう。
 公爵家の奴らだったら母さんを連れ戻したり、俺を殺して捨て置いたりするだろう。
 あいつであれば色んな意味で捕まってただろうな。
 ……本当に良かった、あとはもっと遠くに逃げて、将軍さんにでも頼るしか無い。
 そう考えると保存食を買ったのは失敗だったな、こっそり連れて逃げるはずだったのに派手な逃走劇になったせいで拾い上げられなかった。

「母さんは、財布とか持ってないよね」
「……ええ、金品は残念だけど」
「どうしよっか、俺もお金なくなっちゃったし」
「そうねぇ、それはゆっくり考えましょう」

 微笑んだ母さん、でもすぐに表情が曇る。

「……どうしたの」
「……アレンに伝えておかなければならないことが有るわ」
「なに?」

 あんまりいい事ではないんだろう、少なくとも表情を曇らせるほどには悪いことだ。
 ……なにが有る? シュミターさんを置いてきてしまったことか?
 『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』では居場所が分からなかったから、別の所に送られたりしたのか?

「……シュミターの事よ」

 当たりか、次はシュミターさんだな。
 食事のこととかあるけど、探せば食える物は有るだろうし、知識が豊富なシュミターさんが居れば色々と……。

「シュミターはね、……処分、されたの」

 不穏な言葉だった、使うことに躊躇いが出るような。
 危ない物を排除するような、まるで害虫や害獣を殺すような。

「……処分、どこへ?」
「……殺されたの」
「───」

 息が詰まった、殺された? 誰が。

「……シュミターはね、私がお父さんの所へ行く時に付いてきてくれたの。 でもね、それは両親の命令で付いてきた……、監視だったの」
「……なんで、監視?」
「ええ、私の事を監視して両親に報告する、それがシュミターの仕事だったの」
「……ちょっと、なんだよそれ」

 じゃあ、シュミターさんは……。

「でも、シュミターは仕事をちゃんとしてなかったの」
「……してないって、報告してなかったってこと?」
「いいえ、報告は送ってたのだけど、それは……嘘を送ってたの」
「………」

 それじゃあ、シュミターさんが……殺されたのって。

「両親はシュミターを信頼していたのね、お母様が小さい頃から、いえ、産まれた頃から公爵家のお手伝いさんとして働いていたの」
「……嘘付いてたからって、殺すとか……そんな事」
「アレンが将軍さんの所へ行った後すぐに公爵家の奴らが来たの。 シュミターは抵抗をして、私を逃そうとしてくれたの、でも……」

 ……なんだよそれ。

「シュミターはずっと、アレンが産まれた事とか全部隠して、嘘の報告をしてたの。 でも、それがあの人の死で分かってしまった」

 親父が死んだ事、それが公爵家の耳に入った。
 だがシュミターさんの報告にそんな物は無かった、記載漏れと言うことも万が一にもあった。
 だから他の監視を送り込んだ、報告に違いがなければ記載漏れ、それで済ますはずだった。
 だけど、シュミターさんが送っていた報告とは決定的に違うものが一つあった、……それが俺の存在。
 そうだ、だから公爵家に出向いた時に俺の存在など知らないはずだ、シュミターさんが子供なんていないと報告していたから。

 逃げ帰った後も手を出さなかったのは、シュミターさんの報告との違いを調べていたから。
 簡単だ、俺が出て行ったのを見計らって、ではなく、単純に調べていたから手を出さなかった、と言う事に過ぎない。
 俺が居ても居なくても襲っていた、母さんを連れ戻すために屋敷を襲っていた、ただそれだけだった。

「……シュミターは私達のために、ずっと家に偽っていたの」

 今回のようなことが起きると分かってて、だから嘘をつき続けて。
 俺たちを壊さないように、シュミターさんは守っていた。

「シュミターがね、ごめんなさいって、アレンに謝ってほしいって」

 ……もうなんだよこれ、こんな世界つまんねーよ。
 母さんが瞳に涙を溜めているのを見て、俺も泣きそうになる。
 前世で仲が良かった婆ちゃんが亡くなった時のような、もやもやして居た堪れない気持ちになる。
 だったら、そんな気持ちになるんだったら、シュミターさんは家族だったんだろう。

「……そろそろ移動しよう、せめて公爵家領地は抜けといた方が良いと思う」

 今度はすぐ起き立ち上がる、自分が危ないってのにシュミターさんがそうしてくれたんなら、生きなきゃいけないだろ。
 くそ、こんなの、つまんねー事ばっかりだ。

「……母さん、シュミターさんの遺体は?」
「……屋敷でそのままだと思うわ」
「無かったよ、屋敷は燃えててそう言うのは無かったよ」
「……ごめんなさい、それなら分からないわ」

 そうか、弔いたかったんだけど……。
 処分したと言うのは、遺体の処理も含まれていたのかも知れない。
 黙祷くらいしか出来ないのか、シュミターさん、母さんたちのために……ありがとう。
 シュミターさんが安らかに逝けるよう祈る。

「……母さん、行こう」
「……ええ」

 差し出した俺の右手を左手で取って母さんが立ち上がる。
 男爵家の領地には戻れなさそうだし、絶対監視とか置いてそうだ。
 元々屋敷とか燃えて無くなってるんだし、今あの場所に戻る意味はない。
 となると、決めていた通りに将軍さんに頼るしかないだろう。
 でもどこに居るかわからんしなぁ、王都辺りに行けば分かったりするかな?

「……はぁ」

 本当に死人まで出すなんて、どうにかならないのか。
 最初に親父が死んで、次はシュミターさん。
 次は母さんが死んでしまうかも知れないし、逆に俺が死ぬなんて、こっちの方が確率が高い。

「……泣いて良いのよ、アレン」

 そう言って母さんが背中に触れてくる。

「……母さんこそ」
「私はもうたくさん泣いたわ、涙が枯れちゃったのよ」
「俺は泣けそうだけど泣けない、何かわかんないけど」
「……そう」
「さっさとこの領地から出よう」

 そう言って振り返る。
 そうして目の錯覚か、有り得ないものを見てしまった。

「………」

 ちょっと待て、何だ今の。

「……母さん」
「……なにかしら?」
「俺、剣持ってたよね」
「え、ええ……」
「どこに有るの?」
「……えっと、倒れた時にどこかに飛んで行っちゃったわ」

 おいおいおい、ちょっと待てよ。
 剣が転がるならわかるけど、飛んでいくってそんな訳ないだろ。
 第一そんな場所が分からなくなるほど遠くに飛んで行くわけがない、『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』を使えば一発だろ。
 別に剣が無くなろうとどうでも良い、その剣を使ったと言う事がいけないんだよ!

「……母さん、捕まってた時何で逃げなかったの?」
「……それは」

 あの窓、壁はともかく俺の残り少ない魔力で壊せたんだ。
 俺よりよっぽど余ってたはずの母さんが、あの窓を壊せないわけがない。

「……その、お母様たちと話てたからよ」
「そうだとしても! ……あの窓を壊せて逃げることも出来たはずだろ」

 そうだ、あれは簡単に壊せた。
 逃げ出しても母さんくらいの速度じゃ捕まるかも知れないが、それでも壊して逃げる事が出来たかも知れない。
 だったらそれをしない理由は決まってる、母さんは魔力を使えないようにされてたんだ。
 じゃあ何で俺は生きてるんだ、あの部屋に居る限り……なんてものじゃない。
 あの部屋から出たって言うのに、抱えている母さんからは全くと言って良い程魔力を感じなかった。

 だから、使えなかったはずだ、魔力を、魔法を使えなかったはずだ!

「これは何なんだよ!!」

 母さんが隠した剣、それが何に使われたのか。

「ッ……」

 掴んだのは背中に回していた右腕。
 そうだ、こんな、何で『右手』が無いんだよ。

「……右手に、封環がしてあったの。 だから……」

 そう、母さんは俺が持っていた剣、あいつが使っていた剣で、『右手を切り落とした』。
 魔力が使えないのに、俺が生きている訳がない。
 魔法が使えないのに、俺の怪我が治っている訳がない。
 なんて事を、俺の命の代わりに、自分の右手を捨てるなんて……。

「分かってるだろ、母さんも!」
「だからと言って見捨てられないわ、我が子の命と自分の右手を比べるなんて出来ない」

 そうはっきりと母さんは言った。

 ……くそ、切り落とした右手はもうくっつけられない。
 上位治癒魔法でも体から離れた部位は、数分以内に断面をくっつけて上位治癒魔法を掛けないと再接続されない。
 時間が経ちすぎている、今から上位治癒魔法を掛けたとしても何も起こらない。
 これは上位治癒魔法だから可能であって、下位は勿論中位でも、例え切り落とした瞬間治癒魔法を掛けても繋がらない。
 俺があいつの斬撃で腕が下ろされた時は、肉や皮がまだくっついていたからだ、完全に斬り飛ばされていたら俺は間違いなく隻腕になっていた。

「……ありがとう、母さん」
「礼なんて必要ないのよ、私は当たり前の事をしただけなんだから」

 そう笑う母さんがまぶしい。
 これが親の愛って奴だろう、前世でも子供を持ったことが無い俺には分からない。
 不自由になる、ますます放っておけないじゃんか。
 ……はぁ、これはもう置いておこう。

「……剣は、置いていこう」

 持っていったらヤバイ気がする、発信機みたいな機能は付いてないだろうけど、持ってたらあいつがなんかあれしそうだから嫌だ。
 ああいうタイプは逃げても追いかけてくるんだろうなぁ、実際そうだったし……、対処法なんて知らんぞ……。

「母さん」

 背中を向けて屈む。

「……駄目よ、恥ずかしいわ」
「俺の方が足が早いだろ、だったらこっちの方が良いよ」

 正直言って保存食詰めたバッグ、あれだけは取りに戻りたい。
 あれが有ると無いとでは雲泥の差だ、『〈見えざる領域〉サークルハイド』を使えば誰も見つけることは出来ないだろうし。
 あいつは怖いが、全力で逃げれば逃げ切れる。

「……それでも」
「ほら、早く。 またあいつらが来るかも知れないだろ」

 あまり時間が無いと思って動いた方が良さそう、一晩休んだから魔力は結構回復してるし、往復しても十分持つ。
 ここでもたもたして捕まったりすれば、全部意味が無くなってしまう。

「……本当に頼むよ、母さん」
「……分かったわ、街に着く前にはちゃんと降ろしてね?」
「分かってるよ」

 羽根のように軽い、魔力強化してたら1トンの物も軽く持ち上げられるから羽根以上に軽いんだけど。
 ほんの僅かに感じる重みをタイミングとして背負い立ち上がる。

「『〈我が前に阻みて守れ、風の壁〉エア・シールド』」

 風が高速で対流する不可視の壁、円錐状に変えれば風圧を気にしなくて良くなる、……これ防御用なんだよね。
 魔法は使い様ってことで、足に力を込め走り出した。






 川を飛び越え森を駆け抜け、『〈見えざる領域〉サークルハイド』を掛けて逃げてきた退路を迂回しながら、侵入前に眺めていた森に戻ってくる。
 道中俺たちを探しているような一団を視界に収めたが、こっちから近づく訳ないし、向こうはこっちに感づくことも無い。
 また、走った時に出る風圧も『〈我が前に阻みて守れ、風の壁〉エア・シールド』で抑えているから、エア・シールドの限界を越える速度を出さなければ自然な風に感じるだろう。
 そうして一時間も掛かってないだろう時間であの森へと辿り着いたが……。

 不意に足を止めた俺に、母さんが不思議がって耳元で声を掛けてくる。

「……どうしたの?」

 背中がゾワゾワとする。
 『〈見えざる領域〉サークルハイド』が解けていないか確かめ、注意深く周囲を視線を巡らせる。
 少なくとも強化された目をもってしても誰も居るように見えない森、だからこそ嫌な感じがする。
 これは俺ではなく、俺と言う魔人の勘か……、どうしても誰か居るような感覚を感じていた。

「……誰か居る、喋らないで」

 『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』を使うか? でも誰か居たらそれに感づき見えなくても寄ってくるだろう。
 ……もしかしたらあいつか? まさかあのバッグに付いた俺の匂いを嗅ぎつけたとか?
 落ち着け、居るとは限らない、匂いも漏れないよう風を回しておけば良い。
 よし、『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』を使うと同時に移動して、誰かが釣られて移動したらバッグを取って即逃げる。
 これでいい、深めの呼吸をして魔力を練る。

「……『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』ッ!」

 一気にその場から飛び退き、森を迂回し始める。

「ッゥ……!」

 『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』が森に居る誰かを捉えた瞬間、その誰か……『あいつ』が魔力を発して『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』で返してきた。
 やっぱり追えなくなった俺をバッグの傍で待ってたとか……、バッグを引っ掴んだ瞬間襲ってくるだろうし、これは諦めるしか無いか……。
 一気に跳ねる、バッグを置いていた森から全速で遠ざかる。
 ちらりと肩越しに森を見れば、緑が溢れる森の中に違和感が一つ、淡紅色のセキチクの花が咲いていた。
 こっちを見ていないが、俺が離れたのに気が付いたのか、僅かに頭を上にあげて立っていた。

「………」

 こわっ、何だあの目。
 ぐんぐんと離れて行く中、魔力強化した目でも見えなくなるまであいつは動かなかった。

「……はぁ」

 走りながらもため息をつく。
 何から何まで邪魔が入って、住む所かとうとう飯まで厳しくなってきたな……。

「ねぇ、アレン」
「……なに?」
「あの人、逃げるときに何か言ってたわよね」
「なんか変なのに目を付けられたよ、俺に夫になれとかいきなり言い出して」
「……夫?」
「……ああ、うん。 襲われて逃げようとしたけどしつこくてさ、なんとか気絶させたけどすぐ起きてきて、そしたらいきなり私の夫にならないかって。 勘弁して欲しいよ」
「……そう、だからあんなこと言ったのね」
「もう会わないだろうし、どうでもいいよ。 思い出したくも無い」

 命の危険に代わり、何か別の危険をあいつから感じるのが嫌だ。
 ほんと、もう二度と会いたくねーよ。

「まだ早いわ」
「早くなくてもあんなのと付き合いたくないよ……」

 あれはない、可愛くてもあれはない。
 もう一度言う、あれはない。

「……とりあえず、将軍さんの所に行ってみよう、どこに居るか分からないけど」
「あ、そう言えばあれはどうなったの?」
「支援してくれるってさ、何と言うか気さくな人だった」
「そう、それは良かったわ」

 嬉しそうに笑う母さん、あんまり言いたくないけど……。

「それと、将軍さんが母さんに話しておきたい事が有るってさ」
「話たい事?」
「うん、俺は……もう聞いたからいいんだけど、母さんは絶対聞いた方が良いと思う」

 殴るかも知れないし殴らないかも知れない、どっちでも良いけど知って置いた方が良いかも知れない。

「……そうなの?」
「と思うよ」
「そう、なら聞いておいた方が良いのね」

 俺は頷いて走る、とりあえず『殺してやる!』的なものにならなきゃ良いけど。
 一番近い町……、は駄目だろうから、二つ三つ先の町に向かって色々情報集めなきゃな。








 そうしてアレンたちが走り去った森、その中に一人。
 木々の幹や葉に夥しい血痕、足元には数え切れないぐらいの肉片が落ちていた。
 アレンたちがバッグを取りに来て、諦めて逃げた後に公爵家の警備に当たっていた魔人が現れ。
 彼女を捕らえようと襲いかかるも、瞬時に細切れにされた者たちの肉片だった。

「ああ……、恥ずかしがる事は無いのに」

 だと言うのに姿は一滴の血も付かず、そのままの姿で立っていた。
 鎧に傷が幾つも見当たるが、この戦闘で付いたものではない。
 その手にはバッグ、中身は全て放り出しており。
 バッグにわずかに残っていた匂いを嗅いで笑い、そして燃やし尽くす。

「もうすぐ、私は、アナタの物なのだから、だから、アイシアイましょう」

 赤く彩ったバッグを見て、笑い出す。

「私の愛した人」

 信じていた者を見つけ、久しく失われていた切望が、彼女の心を染め上げていた。



[17243] 9話 町に向かいながら考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/03/21 20:30
 走り続けて三千里、なんて無理だが。
 10や20km程度軽い軽い、体感して分かる魔力切れのジレンマ。
 前世ではごく当たり前の動きが物凄く重く感じる、これを知ったらもう忘れられんな。

「お? っと、これどう?」

 足を止めて、街道の脇にあった木に目をつける。
 その枝には赤い果実っぽい、林檎っぽいものが生っていた
 見た目的には赤くて、そのまま林檎っぽい。

「食べられるものがこんな場所に実っている訳ないでしょう?」
「……それもそうか」

 場所は街道沿いで自然の動物や魔物も居る森、だと言うのに見事に綺麗な林檎。
 虫が齧った跡も無い、つまり虫や動物も食べないモノってことだった。
 多分毒だろうな、魔人でも死ぬかも知れないレベルか。

「美味しそうに見えるんだから駄目だなぁ」
「屋敷の近くの森にもたくさん実ってたわ、解毒出来ないほど強い毒を含んでるのよ」
「うわ」

 まじで? 魔力制御に打ち込んでてよかったかも知れない。
 遊びに行ったりして興味が出て、一口くらい大丈夫だろう、なんて齧ってたらお陀仏ってたかも知れない。
 こっちで言えばヘズイルってた……、語呂悪い気がする。
 食べられそうにないってんなら諦めて走り出す、図鑑でも見ときゃ良かったか。

「あー、どっかに心優しい人はいないかな」

 こう、泊めさせてくれて温かい食事を出してくれるような。

「なら私達が率先してやらないとね」

 なるほど、ここで母さんを助けにいく途中のあの人達とたまたま出会って……。
 まぁ、そんなわけは無いだろう、既に一日以上経ってるからあの周辺には居ないだろうし。
 ルート的にも公爵家領地かその隣接する他の領地、あるいは男爵家領地に向かってたのかも知れないし。
 二度と会わない方が高い……と言いたいなぁ。

「聖人だなぁ、元に戻ったら孤児院でも建ててみたりね」
「それは良いわね、苦しんでいる子どもたちはたくさん居るってあの人が言ってたわ」
「盗賊と人買いとか居ればね」

 法治国家の癖にして普通に盗賊とかいるんだよなぁ、領地内に盗賊団とか出てきたらまじで困りものだからね。
 奴隷とかも居るし、この世界はファンタジーの要所を押さえてるんだよね。
 魔王とか傭兵とか、ドラゴンに巨人、エルフとかドワーフ、魔法的武器防具にポーションとか、あと魔人に敵対的な人間とかさ。
 たしか迷宮とかも有るって聞いたな、詰め込みすぎだろと思わなくも無い。
 ……まさか神様はそのイベント全部こなせとか言いませんよね、そうなったら逃げるか。

「……盗賊か」
「変なこと考えちゃダメよ」

 確かに俺の『〈見えざる衣〉ハイド』は並の魔人じゃ看破できない、どっかの家に侵入して金を盗んでくるなんて簡単だろう。

「違うよ」
「うそ、盗賊退治をしようと思ってたでしょ?」

 ……俺は助ける対象が母さんだからであって、正義感とかそんなもんで動いたんじゃないんだけど。
 そういう風に見えるのか、俺は。

「……母さんの想像とは違うよ、そんな殊勝な魔人じゃない」
「あら、そう? あの時は人間のおとぎ話のような、勇者とお姫様みたいじゃない?」
「そんな単純だったらいいんだけどね」

 めでたしめでたし、ってのはお伽話の中だけだからなぁ。

「とりあえず町に行ってみないと」
「ええ」

 と言っても一番近い町はスルーするし、その次の町まで何日か掛かるだろう。
 やっぱり一番近い町にでも行った方が良いのかねぇ。






 結局一番近い町はスルー、通り過ぎることにした。
 だって望遠鏡化した目で見たら、検問みたいのひかれてるんだぜ。
 無理して侵入する理由ないし、ならもっと離れている町に行った方が良さそうだし。

「……野宿だね」
「ええ」

 母さんは公爵家の三女だし、野宿とかした事ないんだろうな。

「川でも探した方が良さそう、川魚とかも取れるだろうし」

 自然いっぱいだぜ、小川にメダカみたいなのが居たりするし。
 かなり田舎に行かないと見れないような景色が、こっちじゃ普通に存在してるから良いね。
 一長一短だな、科学は生活とか便利にするけど環境とか汚しやすいが、魔法は有害物質とかそう言うのは殆ど発生しない。
 超高濃度魔力とかだと、魔力汚染とかで自然の動物が魔物とか魔獣になったりするけど、そんなのはもうずぅっと起こってないらしい。
 結構クリーンな代物、だけど魔力を使った攻撃魔法とかで地形が変わったりするが。

 魔法は便利だけど、前世の科学ほどの利便さは無い。
 つまり魔力を使う物はそこで完結しやすいから、成長、いわゆる物理的な進化が非常に遅いとかね。
 ちなみに一番古い記録で、この世界形態になってからもう数億年経過済みらしい。
 ……どういうことなの、進化しなさすぎてだめ……と言うわけでもないか。
 つまり今のような世界がもう数億年と変わらず残っている、驚異と言うか奇跡だな。
 便利になるけど世界が汚れて、便利にならないけど世界は綺麗なまま、誰も変えようとしないならこのままでいいんだろうね。

 魔法じゃなくて科学で進化していたら、間違いなくこんな景色は見れなかっただろう。
 その代わり科学力で自滅してなけりゃ空の上、宇宙とかに飛び出してたりしてそうだけど。

「何と言うか、心が洗われる……」
「ふふ、何を言ってるの。 アレンはまだ十二歳じゃないの」

 呟いた言葉を母さんに聞かれて笑われた。
 コンクリートジャングルなんて代物は一切ない、まさに『自然』のままの景色は感動できるしね。

「……ん、水が流れる音がしたから行ってみよう」
「本当? ……うん、聞こえないわ」
「結構魔力割いてるからね」
「駄目じゃないの、一晩休んだだけじゃ……」
「半分ぐらいは回復したんじゃない? 全然底が見えないよ」
「……本当にアレンは凄いわね、全部使い切ったら五日は休まないと全快しないわよ?」

 この性能でもチートとか言えないから困る、この世界の上限高すぎだろ。

「なんたって父さんと母さんの息子だからね」
「……もう!」

 ワハハー、本当のことだからしょうがない。





 とかなんとか母さんを背負ったまま走り、会話してたら森の中に有る水の傍。
 まずは『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』を掛けて魔物とかやばそうな奴が居ないか確かめておく。
 ここまで来たら流石にあいつも俺の居場所は分からんだろう。

「降ろすよ」
「ええ」

 母さんを背中から下ろし、川辺まで歩く。
 そうして川の中を覗き込むと。

「結構いるなー」

 30cm位の魚が泳いでいる、水中からこっちが見えているのかすぐ散っていくが。

「逃走などさせるものか!」

 ちょちょいと魔力による水分操作、モーゼの奇跡のごとく、川に流れる水が割れる。
 まるで水が魚を避けるように、水が無くなり泳げなくなった魚は川底の小石の上でビチビチと跳ねる。
 とりあえず魚は放置、跳ね回っても水に辿り着くことなど無いからそのまま。
 腰掛けるには丁度良い岩の上に座る母さんを横目に、かれている小枝を広いエア・カッター! でさっくり切って串代わり。
 風で跳ねる魚と飛ばし、エア・カッター! で腹を割いて腸を取り出す。
 その次に水分操作で不純物を飛ばした川水で腹の中を洗い、魚の口から串を縫い刺し。

「後は焼けるまで待つだけ」

 それを見ていた母さんが左手を右手首に当てて拍手してくれる、岩魚の串焼き作った事有って助かったぜ。
 一本用意が出来、枯葉を集めてファイアー! して、川辺の石を積んで倒れないようにそれを置く。
 それを三回繰り返し、計四本の謎の魚の串焼きを作る。
 ……そういやこれ食べられる魚か?

「舌が痺れるようなら止めといた方が良いかな」
「『〈内に不純たるもの無し〉アンチ・ドート』」

 そういった傍から母さんが解毒魔法を唱えた。
 掛けられた魚が日中じゃ分からないほど僅かに光り、魔法の効果を示した。

「おー、忘れてた」
「基本よ、しっかり覚えておきなさい」
「了解」

 『〈内に不純たるもの無し〉アンチ・ドート』が必要になる生活はすんごくお断りしたいが。
 と言うか毒魚だったのね、もう毒含んでないけど。

「『〈内に不純たるもの無し〉アンチ・ドート』、『〈内に不純たるもの無し〉アンチ・ドート』、『〈内に不純たるもの無し〉アンチ・ドート』」

 今度は俺が三つとも掛けておく、やっぱり光って解毒完了。

「アレン、こういうのは母さんに任せてちょうだい。 アレンは私をおぶってくれてるんだから」
「座ってればすぐ回復するよ」
「……はぁ、アレンってば」

 十回使っても一分座ってれば使った分が戻ってくるほどの回復量、母さんの様子だとかなり俺の回復速度は早いんだろう。

「父さんと母さんの息子(以下略」






 パチパチと小さく木が爆ぜる音を聞きながら、魚が焼けるまで次はどうしようかと話し合う。
 流石に川辺で練るのは無理、ゴツゴツした石の上で寝るとか魔力強化しとかないと無理だし。
 魚を食べた後出発して、変わらず街を目指すことに決まる。

「……やっぱり味が薄いね」
「調味料なんて無いもの」

 海水があれば蒸発させて塩作るんだが、川水だし蒸発させても意味がない。
 二本ずつ食べて腹いっぱい、にはならないが膨れることは膨れた。
 むしろ俺は味気ない焼き魚を三匹とか食べられない、濃い味が恋しい。
 十分ほど腹ごなしの休憩後。

「ほい」
「……やっぱり抵抗感があるわね」
「今度だけだからさ、二回目も三回目も同じだよ」

 やっぱり渋々だったが、母さんを背におぶって走り出す。
 街道の方向はしっかり覚えているので、森と平原の境目をひた走る。
 途中他の旅人っぽい人に見られるも、あっさり引き離して見えなくなるから大丈夫だろう。
 走ってれば看板見つけて見るも次の町まで十数日掛かるとの事、……普通の魔人ならな!
 俺の脚力だと睡眠挟んでも三日も掛からんか、こういう時このボディで良かったと思う。
 そんな事を思いつつ、走り続けて思い出す。

「俺なら解毒出来たかも知れなかった」
「え? どうしたのいきなり」
「ほら、途中で見つけた果物。 結構魔力込めれば解毒出来たんじゃないかなーって」
「……ああ、アレンなら出来たかも知れないわね」
「惜しいことしたかな」
「あまり美味しくないそうよ?」
「惜しくなかったね」

 とか会話する。
 そんな状態を日が落ち始めるまで走り続け、俺一人なら走り続けても良かったが、母さんも居るから夜は寝ましょうってことで。
 街道脇の森に入って適当に開けた場所で野宿、エアクッションとかして上げたかったが断られて地面に横になった母さん。
 だったら膝枕だ! いや、太もも枕? どうでも良いけど。

「ありがとう、アレン」
「礼なんて必要ないよ、当たり前のことだしね」
「もう、今日はそう言うのばっかりね!」
「気のせい気のせい」

 背負われるのが恥ずかしいのに膝枕はOKとな、どう言う羞恥心?
 流れる金髪を顔に掛からないよう、手流して肩に落とす。

「……早く屋敷に戻れたらいいね」
「ええ、燃えちゃったけどあの屋敷でまた暮らせたらいいわね」
「いいや、戻れるよ。 戻してみせるよ」
「……本当にアレンは親孝行者ね」

 そう言われると辛いな、俺のせいでこんな風になってるのに。

「母さんには不自由させないようにするよ、あいつらのことも何とかしてさ」
「楽しみにしてるわ」

 母さんが笑って、俺も笑う。
 そうして焚き火を見ながら夜が更けていった。





 まぁ、俺のせいだろうね。
 森の中で焚き火の光を見てやってくるのは魔物か、あるいは夜盗か。
 ところで奴隷って結構厳しいんだよ、買うのが。
 法律で衣食住を保証しないといけないし、それを怠っていると買った人が罰を受ける。
 それが王様でもな、だが守ってない奴なんて沢山居そうだよなぁ、こんな人さらいっぽい夜盗とか。
 と言うか俺はイベント体質? なんかに巻き込まれる属性付きなのかよ。

「……おやおや、ずいぶんと──」
「十秒やる、さっさと消えろ」

 森の中から現れたのは三人組の夜盗、毎度の髪色は赤青緑、中々可愛いがかなり髪色が薄いから魔力が少ないっぽい。
 勿論魔人で、通り過ぎた町と次の町までに十数日掛かる地点。
 なんか怪しいやつが張っていてもおかしくなさそうだ、ここの領主は何やってんだ?

「……言うねぇ、坊っちゃん」
「9、8、7……」

 まぁ見下してる、魔力押さえてるってのが分からないらしい。
 とりあえずもう寝ている母さんに聞こえないよう、風を周囲に張っているから音で目を覚ますことはないだろう。
 この眠り様、公爵家の屋敷に居た時から寝てなかったりするのかな。

「気取ってるね、見たところその服は結構良さそうだし、本当にどっかの坊ちゃんかな?」
「6、5、4……」

 結構ボロボロなんだけどな、この服。
 背中思いっきり裂けてるし、袖もざっくり、胸とかズボンとかも穴だらけだぞ。

「もしかするともしかするのかな? 結構高値で……」
「3、2、1……、警告はしたからな」

 『〈風に戒めを、楔にて我は捉えん〉アレスト・ウインド』、そこそこ魔力を込めたから直径5cm位ある風のロープになってしまった。
 瞬間的に三人に巻き付き、地面に杭を打ち込んで動けなくなる。

「はっ! こんな……こん……な!? は、外れない!?」
「あれあれ? どうしたんですか? その程度の捕縛魔法も外せないんですか? ねぇねぇどんな気持ち? 侮っていた相手から引き千切れない風の捕縛魔法食らってどんな気持ち?」

 ニヤニヤと言ってやる、こいつらは絶対外せないだろうなぁ。
 最大値の半分も無い俺の魔力、それでもこいつらの合計した魔力の十倍以上有る。
 ……俺って強いんだよね? 一応チートなんだよね?
 それ以上の奴らが普通に居るから全然そんな気がしないから困る。
 雑魚相手にしか無双できない人はチートって言わないよな。

「な、こいつ……!」
「あ、聞きたい事有るんだけど、断わる訳ないよね?」

 ちょっと魔力を溢れさせて問いかける、それでも奴らの魔力を合わせても倍以上の魔力なんだけど。

「……ぅぁ」

 ビビったビビった。

「ここらへんでさ、食べられる果物って分かる? あと塩とか持ってないかね? 持ってたら欲しいんだけど」

 魔力に当てられてビビってる連中、人さらいっぽい夜盗だし、お前ら奪ってそうだし俺が奪っても文句なんて無いよね?

「さっさと答える」
「あ、有ります……」
「塩は?」
「……塩も」
「ちょっと分けてくれない? ああ、断ってもいいよ、地面に転がって永遠に眠り続けるだけだから」

 暗に殺すぞ、そう脅す。
 ……ストレス溜まってんのかな、俺。

「差し上げますから! 命だけは!」
「あれ? 命だけでいいの? それは良かった」

 ヒィ! と悲鳴を上げる三人組。
 それから散々言葉で甚振った、可愛い声で鳴くじゃないの。
 夜が明ける前に開放してやり、毒があるけど解毒出来る甘い果物とか教わった、あと塩も貰った。
 こんだけすりゃもう夜盗とか辞めるだろ、次三人組の夜盗が出るとか聞いたら陽の光を拝めないと脅しておいたから流石にな。
 本当に拝めなくなるような事はしないが、もし俺が成長してからそれを聞いたら絶対殴りに行くと決めたので嘘ではない。





 日が明けてから数時間、母さんが起きて近くに置いてあった小瓶とかを見る。

「あら? これってどうしたの?」
「母さんが寝た後夜盗が出てね、人さらいっぽそうだから懲らしめた」
「……危ないことをして」

 ジト目、母さんを助けに行った時の方が何千倍も危険だったんだけど。

「勝てない奴ならさっさと逃げるけど、そうじゃなかったらのさばらせておくのは駄目だろ?」
「だとしてもよ、そんな危ない事をして欲しくないわ」
「……分かった、次からはそうしないよ。 さっさと逃げることにするよ」
「絶対よ?」
「うん、約束する」

 まぁこの約束は俺だけだったらってものだけどね。
 そうならないように願うしか出来ないけど、今後もそうなりそうな感じがして嫌だなぁ。
 小さく溜息を吐き、母さんをおぶって走りだす俺だった。



[17243] 10話 珍しいことで考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/05/01 04:47

「うお、初めて見た」
「なにが?」

 タッタッタッ、じゃなくてドドドドドと走る俺の背から母さんが聞いてくる。

「あの山の頂上付近にドラゴンが飛んでる」
「……全然見えないわ」
「すげ、あんなのに勝てる魔人なんて居るのか?」

 山の中腹から頂上まで真っ白な、アルプス山脈とかそんな感じのでかい山。
 それの一番高い山の頂上付近に白い……、青かな? 軽く10メートルは超えてそうなドラゴンが飛んでいる。
 視力を結構強化してるのに色とか輪郭とか、その程度しか分からないから100km位は離れてるだろうな。

「……お母様はドラゴンと戦ったことがあるそうよ」

 まじですかー、あのレベルじゃないと戦えないのか。
 となるとあいつもドラゴンとかと戦えるってことか、あのばあさんとやりあって生きてるんだから。
 ……何でそんな奴から目をつけられてるの、俺。

「はぁ、すっごいなぁ」
「ええ、お母様があんなに強いとは思わなかったわ」

 そっちかよ! まぁ確かにとんでもねぇほど強かったけど。
 とりあえずばあさんのことは忘れてドラゴンのことを考える。
 多分目の前に降りてきたりしたら超ビビるだろうけど、西洋竜みたいでカッコイイ。
 乗ってみたいとか思うけど、あんな高さで飛ばれたら腰が抜けて足が震えそうだ。

「でも珍しいわね、ドラゴンは人の目が届く所では飛ばないのだけど」
「もっと高いところとかで飛んでるの?」
「いえ、人目に付かないと言う意味よ。 アレンの強化が凄いにしても、見つかるような所を飛ぶような存在じゃないのだけど」

 なにかあったってのか? まぁ俺たちには関係無いけど。

「でも気にするようなことじゃないね」

 今は自分たちの身を心配する時だ。






 でだ、甘い果物とか調味料の塩とか、手に入れた訳だが。

「動くんじゃないよ」

 母さんが人質に取られました、以上。

「あたいの妹分が自分と世話になったね」

 なんかあの三人組の姉貴分がわざわざ追いかけてきてお礼をしにきたらしい。
 で、母さんが捕まったのは水浴びのため。
 良さそうな川、流れが緩やかでそこそこ深い、水浴びに適した川だ。
 それを見つけて、何日も体を洗わないでいると服はともかく匂ってくるだろうし。
 そんなところに、ウホッ! 良い川! ホイホイと水浴びをしに行ってしまったのだ。

 当たり前に見た目若い母さんの裸など見て良い訳もなく、見せるのは親父だけだからちょっと離れているところで待機してたら反対側から襲撃。
 反応出来ず母さんが捕まってしまった、ちなみに『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』はその状態を感知するので使ったら母さんの裸が分かってしまうから使えねーよ。
 頭が痛くなった。

「……それで?」

 ちなみに背中を向けている。

「こっち向きな」
「嫌です」
「へぇ、私の言う事を聞けないのかい?」
「聞いたら母さんの裸見えるでしょ」
「アレン……、ごめんなさい」
「……そりゃあ見たくも無いかも知れないね」

 こやつめ、ハハハ!

「で、あの三人組のお礼をしに来たんですか?」

 背中向けているけど、しっかり俺が向いている方向にも野盗が居ます、十人くらい。

「ま、親子ともども売ってやるから気にするもんじゃないさ」
「止めませんか? 良い事じゃないでしょう?」
「止められないね、おまえさんは私達を舐めたんだ。 その分償ってもらわなきゃねぇ」

 品のない声で笑う。
 これは困った、売られるのは嫌だが戦うのも嫌だしなぁ。

「提案ですけど、今母さんを離して止めてくれるなら見逃しますけど、どうでしょうか」
「はっ、おまえさんが中々強いって聞いてたけどね、あの子ら三人より私は強いよ?」
「そうですね、で? どうするんですか? 本当に今やめて欲しいんですけど」

 背後から魔力がゆっくり広がっていく、言うだけのことは有ってこりゃ母さんより強いな。

「止めないよ。 さぁそこで膝と手を着くんだよ」

 まじでー。

「あー、母さん良い?」
「……ええ」
「ふん、つまらない冗談だよ。 早く──」
「『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』、『〈見えざる衣〉ハイド』」

 探知魔法の次には魔力強化、そうしてムーンサルト、後方二回宙返り一回ひねりで俺カッコいい! しながら母さんを捕まえていた魔人の背後に降り立つ。
 そのまま魔力強化で後ろから魔人の首を掴もうとした、だが……。

「グュッ!」

 吹っ飛ばされた、俺の右頬に肘打ち、エルボーが的確に当たって吹っ飛ばされ、木に叩きつけられた。
 視界がぶれる、頭を強化してなければ意識が混濁していたかも知れない。

「へぇ、本当に珍しいね。 これなら本当に高く売れる、思わぬ所で大金が転がってきたもんだ」

 油断していたのは俺の方かよ、こいつ今の俺並の魔力が有る……。
 ゆっくり立ち上がり、揺らぎなく魔力を体中に纏う。

「そうだね、動けなくなるぐらいにはやっておかなくちゃねぇ」

 本当に油断してた、あいつらから逃げられて安心してた。
 夜盗も簡単に撃退できて、簡単じゃないかと思い上がったか……。

「そうだ、そのままだよ。 おまえさんが動くとこいつがどうなるか分からなくなるからねぇ」

 正確に、僅かにも魔力を漏らさないよう内に漲らせる。
 そうして考える、同程度の魔力? なら俺の勝ちじゃないか。

「さて、殴りたいってや──」

 最速の踏み込み、瞬発的な機動力。
 川辺の小石を踏み砕き、よそ見をしたあいつの、母さんの目前へと迫った。
 同程度の魔力だったら俺の方が使える魔力が多いと結論に至る。
 無駄なく効率的に、魔力制御なら誰にも負けてやるものか。
 踏み止まる、一瞬母さんと視線が交差して。

「グァっ!?」

 こいつの表情が変わるより早く、奴の右手を掴んで握りつぶす。
 痛みに気がつき既に拳を振りかぶっている俺を、ようやく視線で捉えたときには拳が頬にめり込んでいた。
 振り抜く、激しく飛んで木にぶつかり、五本ほど圧し折って転がり、そのまま動かなくなった。
 何もかもが遅い、油断はこんなにも生き物を弱くするのか。
 殴り飛ばした子供に殴り返されて一発で気絶した多分頭目に、それを見て呆然とする周囲を無視して母さんを抱きしめる。

「ごめん、母さん」
「いいえ、私が悪いのだから」

 そのまま『〈見えざる領域〉サークルハイド』、消えると同時に母さんを抱え上げて服の所まで飛んで拾う。
 そしたらこの場に用など無い、思いっきり足に魔力を込めて飛んだ。





 落下、直線距離にして100メートルは飛び、着地と同時に駆け出す。
 出来るだけ遠く早く、この場より離れる。
 三十六計逃げるに如かず、たとえ俺があいつらを全滅させれるにしてもそれは意味のないこと。
 帰結するべき事は俺と母さんの安全、だったら戦闘は極力避けるべきだ。

「アレン……」
「もうちょっと待って、引き離さないと」

 爆ぜるように再加速、『〈我が前に阻みて守れ、風の壁〉エア・シールド』が軋み限界が見えるほどの風量を遮り続ける。
 結局数分後にはエア・シールドが崩壊し、速度を緩めて森の中に入る。
 勿論広範囲の『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』を忘れない。
 そうして母さんを降ろし、服を手渡す。

「……最悪だ」

 油断して母さんが人質に取られる、あいつがさっきの俺と同程度の魔力保持者だったから助かった。
 魔力制御力の差、無駄なく効率的に使うそれは同量の魔力であっても差を生み出し作り出す。
 100の魔力を100のまま使える事など無い、どこかしらで制御しきれなかった魔力が漏れて、100の魔力を込めても80とか70の効果しか発揮出来ない。
 少なくともさっきの奴はその程度の魔力制御力、だが俺の魔力制御力は95とか、それくらいの極めて高い制御をこなせる。
 だから魔力の差分が生まれ、能力の差が生まれて付け込めた。
 これは同程度の相手にしか出来ない、もしさっきの奴が倍以上の魔力持ちだったら俺は手も足も出なかっただろう。

 そう成り得たのは俺の油断だった、ばあさんやあいつとか将軍さんとかの、馬鹿げた魔力持ちはそうそう居ないと思っていた。
 あんな人たちじゃなければ簡単に勝てる、そう考えていたんだろう。
 警戒するにしたって、俺じゃなくて母さんに探知してもらえば良かった話だ。
 そのくらい簡単に浮かんだはずなのに、危ない事になっても自分でなんとか出来るって思い上がりだった。
 今回は運が良かっただけだ、さっきの俺の同程度の奴だったから助けれたに過ぎない。
 気を抜いていた、今回の出来事はそれの証明だった。

「……アレン、後ろを向いてくれないかしら」
「え? ああ、ごめん……」

 そう言われて服で前を隠す母さんに背を向ける。
 完全に安心できる場所に行くまで、一時たりとも気を抜くなってことかよ……。
 ……そうだ、気を抜いちゃ駄目なんだ。
 こんな事はいつでも襲ってくるんだ、だったら警戒し続けなければいけないんだ。

「アレン、もう良いわよ」

 ……なんとしても将軍さんに会わなくては。
 やつらの手から逃れるには、同じように他の強い力の下に居なければ……。

「アレン、さっきの事は気にしちゃ駄目よ?」
「……気にするよ、あれは避けれた事なのに」
「……アレンは気にし過ぎてるのよ、私の為だと言って無理をしているでしょう?」
「そりゃあ無理するよ、あの時だって無理しなきゃここに居る所か生きてるのかさえ分からないんだから」
「そうね、あの時はそうだったかも知れないわ。 でもね、今はあの時と違うのよ」
「……母さん、まだ終わってないんだ。 あいつらを何とかするまでずっとこれが続くかもしれないんだ、だったら何とかするまで気を抜けないよ」
「……私、足手まといね」
「本当にそう思ってたら俺は捨ててるよ、でもそう思ってないから一緒に居るんだ。 ……父さんの代わりには成れないけどさ、守る位は出来るよ」

 義務とか責任とか、そんなんじゃない。
 母さんは俺の大事な人だから、親父の大事な人だから守りたいんだ。

「だから、母さんはしっかり座ってれば良いよ。 俺が全部何とかするってのは難しいけど、最低でもあそこに戻らなくて良いようにするからさ」
「……アレン、ごめんなさい、本当に……ありがとう」

 抱きついてくる母さん、その声は涙ぐんでいる。
 育て守ってくれた恩くらいは絶対に返さないとな。
 とりあえず母さんの濡れた髪が肌に張り付き、濡れたままの体が服を貼り付ける。
 あんまり良い気分じゃないから風を吹かし、水分を弾き飛ばす。

「それじゃ行こっか、魚ばっかりじゃお腹は満足しないしね」
「……ええ、そうね」

 母さんは涙を拭い、笑顔を見せてくれる。
 さっさと将軍さんの所に行って、野宿とかやめたいもんだ。






 それからは注意を払い続ける。
 休憩するときは必ず『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』を定期的に掛け、不審な存在が居ないか確かめる。
 寝る時も同様だ、魔力回復量が大きい俺は一晩中起き続けて警戒し、昼の休憩の時一時間ほど睡眠を取るようにしていた。
 そんな俺に不満の声を上げる母さんだが、精々数日だけだからと言って納得させる。
 後で塩を入れていた小瓶が割れてて凹んだけど、多分エルボー食らって飛ばされた時に割れたんだろう。
 塩味が堪能できなくなってちょっと悔しい、いつかあいつらぶん殴る。

「……もうちょっとだね」
「本当に無理してない? そろそろ休憩した方がいいんじゃない?」

 背中の母さんはそればっかりだった。
 移動に使う分と『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』の分は確保できてるから、そこまで休む必要は無い。
 今は出来るだけ早く町を目指したほうが良い、追いかけてくる奴らも居そうだからな。

「ねぇ、アレン。 もうすぐお昼時よ? あまり走り続けるのは良くないわ」
「んー、そうするのも良いけど、見えたからには早く着いた方がいいと思うよ」

 遠く、かなり遠くだが町が見え始めていた。
 何事も無ければ、この分だと数時間で到着できる。

「そうなの? でも……」
「またドラゴンが飛んでる」

 視界を上げればそれが目に入った。
 数日前のと同じ奴か? あの時よりかなり近づいたからより鮮明に見える。

 見られただけですくみ上がるような眼力は丸く翡翠色の瞳から、長く青白い角は見る者を畏怖させる強烈な圧力を生み出し。
 鱗は鮮烈に自己を主張して魅力的な青い輝きを見せる、その鱗に覆われる尾は魔人でさえも容易く叩き潰せるような軽快さと重厚さを持ち合わせ。
 ドラゴンが持つもっとも大きな翼は雄大に、かつ力強く風を切り取って羽ばたく。
 世界最強種、そう謳われるには十分すぎる風格を放っていた。

「……本当、なぜこんな場所に……?」

 その威容は母さんも黙らせる、それほどまでにドラゴンとは美しく力強い。
 より近くで見れて嬉しいけど、何でこんな所で、人目に付く様な場所を飛んでいるのか理解できない。
 本当に何かあったのかもしれない、そうして考える。

 その何かが俺たちに降って掛からなきゃ良いけど、と。



[17243] 11話 呆れながらも考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/05/01 04:47

 町に着いた、燃えていた、以上。

「……はぁ?」

 思いっきり溜息と疑問を吐いた、なんでこんなになってんの?
 視界の隅々に炎が映り、家が焼け、どう見ても復興に長期間掛かる規模の損壊具合です。
 とりあえず放って置くことは出来ないので、耳を澄ませたりして魔人の声を探る。
 ……これやばくない? 悲鳴とか泣き声とか呻き声とかぜんぜん聞こえないんだけど……。

「なんて……ひどい」

 隣に立つ母さんも同意した、とりあえず『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』で人が居る所を探って駆け出す。
 見つけて瓦礫の下に居る人とかを助けようと動く、まずいぞこれ……絶対俺たちだけじゃ手に負えない。
 だけど見た所無事に動ける人は居ない、と言うか殆どが全く動いていない。
 放っておけば間違いなく死ぬレベルの状態、なんでこうなってんだ!?

「瓦礫どかすから、治癒魔法お願い」
「ええ!」

 手が足りなさ過ぎる、治癒した人を目覚めさせて手伝わせるしかない。
 火炎にて倒壊した家の下敷きになっている人たちは、どう言う事かうめき声さえ上げず全員気を失っている。
 ……精神攻撃? こんな広範囲に渡って魔人を気絶させる物なんて滅多に無いぞ……。
 考えながらも瓦礫を退かして救助活動、煙? 魔力障壁でシャットアウトです。
 なんでファンタジーな世界に転生したのに救助活動とかしてるわけ?

「こっちも!」

 『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』で位置は把握しているから、そこに行って瓦礫を退かす。
 放り投げて他の瓦礫の上に落ち、その下に居る人とかがやばいかもしれないので隣に置くように退かしていく。
 次々と引っ張り出して治癒魔法、怪我が浅い人はすぐに目を覚ましてこの状況を見て唖然とする。

「さっさと動けよ!」

 尻を蹴飛ばしたくなるのを我慢して怒鳴る。
 唖然とするのは分かるが、今は助けることに集中しないと!

 俺が瓦礫を退かして母さんや救助した人たちが他の人を引っ張り出す。
 それを何度も繰り返して次々と瓦礫の下になってる人たちを助けていく。
 だが助けられなかった人も居る、倒壊に巻き込まれ押し潰されて死んでいる人や、気絶している中で炎にまかれ焼け死んだ人も結構居た。
 それでも助けられるだけ助ける、そうして救助できた人は三桁には届かない。
 治癒魔法が得意でない人は火を消し止める為、水魔法などを使ってこれ以上延焼しないよう消し止めていく。





「……疲れる」

 そうして広場、町の噴水がある一番広い場所で一息付く。
 原形を留めていない噴水の縁に腰掛け、遠くでまだ燃えている町並みを見る。
 ……どうなってんだ? 町に辿り着いたら燃えていて救助活動。
 ここは良い、もしかしたらそういう事もあるかもしれない。
 だが、燃えている町に居た殆どの人が気絶しているってどういうことだ?

 周囲には町の人々が不安げに町並みを見ていた。
 その中には泣き声が多く含まれ、亡くなった家族に対して悲しみの感情を見せていた。
 怒号もある、自分たちの町がどうしてこうなっているのかと言う怒り、行き場のない怒りがぶつかり合いすら起こす。

「煩い」

 ちょっと離れた所で喧嘩し始める魔人に向けて裏拳魔力波、ぶっ飛ばして気絶させる。
 協力し合わなきゃいけない時に喧嘩とか、他の人たちが怖がるだろ、空気読めよ。
 とりあえず立ち上がって魔力を練り始める、初めのより倍以上魔力を込めた『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』。
 効果範囲、精度ともに著しく上がった『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』で辺りを探知、他に下敷きになっている人たちが居ないかもう一度確かめる。

「……死体ばっかりだな」

 気分が悪くなりそう、どういう体勢で死んでいるのかとかはっきり分かるのが辛い。
 だが、これをしておかないとまだ生きている人が居るからしょうがない、割り切って探知魔法でしっかりと確認する。

「……分かる範囲には居ないか」

 すでに手が届く範囲には救援し尽くしている、正直言ってもうこの周辺で瓦礫の下で生きている人は居ない。
 溜息を吐いてちょっと視線をずらせば、俺より小さい子供に治癒魔法を掛けている母さんが居た。
 石畳の上に立ち、男爵家領地の町と同じような、いかにもファンタジー的な中世っぽい町並みが広がっていたはずの光景を見る。

「……どうしてこうなった」

 それしか呟けない、一応こうなってしまった原因を考えても疑問が出てくる。
 誰かに襲われた? でも攻撃された人は皆無、気が付いたら救助されていたと言う話。
 町一個をここまで破壊出来る存在など早々居ない、町並みを破壊しただけでなぜ魔人たちを攻撃しなかったのか。
 感じただけの死者は殆ど焼け死んだりしていた、首を刎ねられたとかそういうものは一切確認できなかった。

 気絶していたってこともよくわからない、四桁の人が住む町単位で気絶させる精神攻撃とか?
 どんな存在だよ、化け物級の魔人でも不可能だぞ、それ。

「どうなるんだろうな」

 復興されるのか捨てられるのか、どっちか分からないがすぐには住めないだろう。
 食い物とかどうすんの? 他の町からの物資救援を待つ訳にもいかないだろうし。
 とかこんな状況になってる事に気が付いていなさそう、どうすんだ?





 結局生き残った、と言うか救助した人たちが集まって話し合う。
 俺と母さんはその輪の外からただ話を聞く、この町の住人じゃないし。

「ありがとございます!」

 と微妙に舌足らず、両親共々助け出した子供に礼を言われてどういたしまして、と答える。
 その後すぐにその子の両親が来て頭を下げてくる、それを皮切りにわらわら来る。
 ありがとう、いえいえ、ありがとう、いえいえ、ありがとう、いえいえ、ありがとう、いえいえ……。
 うんざりしつつも笑顔を作って対応する、当たり前のことですよ、と。
 母さんも隣で同じような状態になっていた。

 それも終わり、どうしようかって話になる。
 腹も減ってきてるがこの状態じゃまともな食事とか無理、今日の晩飯すら食べられないんじゃないかと言う位。
 瓦礫の下を漁ればいくらか食べられるものが見つかるだろうけど、火事場泥棒みたいで嫌だな。

「……隣の町に行ったほうがいいかもね」
「そうだけど……、何かできる事はないのかしら」

 もう十分だと思う、死ぬはずだった命を救ったって事が一番でかいと思うけど。
 これ以上何すりゃいいの? 俺たちが住む場所や食い物を用意してあげなきゃいかんの?
 自分たちが出来ていない事を他の人に施してあげるって無理でしょう。

「……そうね、これ以上は何もして上げられないのね」
「出来るならしてあげたいけどね」

 正直こっちのほうが何とかしてほしい。

「いこっか、これ以上ここに居ても何か頼まれそうだし」

 考え的には隣町に知らせてきてくれ、的な。
 隣町に行くにはいいが、そこからここに戻ってきてまた隣町に行けば3倍の時間が掛かる。
 魔力もそこそこ減ってきてる、と言うかあんまり寝てないから精神的に疲れてる。
 タフだとは言えずっとこの生活は出来ない、布団が恋しい。
 立ち上がって普通に母さんに背中を向けてしゃがむ、そしたら頭を叩かれた。

「叩くこと無いじゃん」
「それはまだいいの!」

 恥ずかしそうに言う母さん、良いじゃん別にー。
 とかやってれば。

「どこいくの?」

 さっきの子が寄ってきて、不思議そうに俺を見る。

「そろそろ移動しようとね」
「どっかに行っちゃうの?」
「そうだよ、ここに来たのは偶然だしね」

 ここで情報収集とか金の調達とかの予定だったのに、何でこんなことになってるんだろうね。

「でしたら!」

 いきなり大声出すなよ、ビックリしただろ……。
 振り返るとお姉さん、後ろには助けた人たちが皆こっちを見ていた。

「クランギークに、隣町に知らせてはもらえませんか!」

 黄緑色のロングヘアの女性は必死な懇願だった。
 優しげな顔つきの、俺より少し高い見た目に合った良いスタイルの人。
 たぶんリーダーみたいなもんだろう。

「命を助けていただいて感謝しておりますが、私たちはこの町から離れられません。 まだ家の下敷きになっている者たちが探さなければ──」
「この辺りはもう居ませんよ、……残念ですがこの辺り一帯で生きているは貴方方だけです」

 俺の『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』は地面の下までしっかり調べる。
 地下室を作っていた家もあったが、その中に人は見当たらなかったし生きている人も居なかった。
 救助した人たちも『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』を使ってたから、ある程度分かってるだろう。

「おそらく、向こうの方に居る人たちももう亡くなっている可能性がかなり高いと思います」

 遠く、と言っても一キロ程先の今だ燃えている景色。
 こちら側と違って火は消し止められていないし、そうなっていないと言う事は助かっている人が居ない可能性が高い。
 おそらくは気絶してそのまま亡くなった人たちばかりだろう、現に今助かって生きている人は運が良かっただけ。
 倒壊した家の下敷きにはなったが、火災旋風とかに巻き込まれずやり過ごせた人たちだけだ。
 でなければ、もっと生き残っている人が居てもいい筈、そして分かる範囲でこの規模の町で死者の数が三桁に届かないのは少なすぎる。
 もしかすると火災旋風など起きて家ごと吹き飛ばされたのかもしれない、そうだったら町の外には焼き焦げた死体が酷い状況で転がっているかもしれない。

「そ、そんな……」

 ざっと感じた範囲、今の俺より魔力が多い人は居ない。
 俺の『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』の精度は折り紙つき、効果範囲も同じくだ。
 高い確率で言った通りになっていると思う、生き残った人たちには悪いが事実だからどうしようもない。
 それを信じられないのか、ライトブラウンの髪色をした人が後ろから声を荒げる。

「どうして分かる!」

 さっき俺が使った『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』を感じなかったのか?

「どうしてって、こういう訳で探知魔法に自信があるんですよ」

 軽く、と言ってもこの人の数倍はある魔力を発する。
 それを感じ取った人たちは驚き、皆が口を閉ざした。

「俺たちも何とかしてあげたいんですが、手持ちとか一切なんですよ。 本当ならこの町でお金とかどうにかしたかったんですが、この有様です」

 たまたま立ち寄った町が壊滅していた、なんて普通に考えれば思いも付かない。
 町が見えてきてなんか明るいから、祭りでもやってんのかなと思ったらこれだからなぁ。

「……すみません、助けていただいたのに」
「いえ、お気になさらず。 それじゃあ母さん」
「ええ、すみませんが隣町に知らせてくるので、食料や金品を少しで良いので分けてはいただけませんか?」

 うおーい、なんて事を。

「アレン、私を連れて行ったら時間が掛かってしまうわ。 だから私をここに置いて知らせてきてくれないかしら」
「駄目、それは駄目。 絶対に出来ない、置いて行ったら間違いなく何かに巻き込……」

 母さんと離れるのは嫌な予感しかしないから、絶対に嫌だと意思を表明したが母さんも拒否ってきた。

「大丈夫よ、皆さんも居るんだし何か有っても逃げれるわ」
「いや、そうだとしても危ないんだよ。 ……貴方たちが危ないって意味じゃないですよ? ここに来る途中夜盗とかに襲われたんで」

 勘違いされかねないから断っておく。
 なんかもう離れたら必ず何かあると思って動いたほうがいい、最近から見るにそう思っていた方が良いのは明らか。

「……アレン、皆さんを助けてあげて」

 アガガガガ、だから無理だって!

「俺だって助けたくないわけじゃないんだよ? 別に連れて行っても数時間しか変わらないんだよ? だったら母さんを連れて行っても問題ないじゃないか」

 そのお互いに譲らない会話に割り込んでくるリーダーっぽい人。

「お二人の会話から伺うに、その、ずいぶんと短い距離と思っているようですが……」

 間違いでないことをさらっと説明して教えておく。

「全速で移動すれば三日も掛からないんですよ、一つ手前の町からこの町に来るまで四日くらいしか掛かってないです」
「それは本当なのですか……?」

 なんで俺じゃなくて母さんを見る、あ、子供だからか。

「……ええ、息子に背負われてですが」
「なんと……」

 早くても十数日掛かる道程を母さん背負って四日とか速いですよ、通常の四分の一とかだからなぁ。
 とあるカートレースゲームで曲がりくねったコースを、ダッシュでまっすぐ突っ切るような感じ。

「でしたら、出来るだけ早く知らせてもらえませんか? 少しでも早く救援が来てくれれば皆が助かります、どうかお願いします!」
「アレン、母さんからもお願いするわ、だから……」

 くぁwせdrftgyふじこlp! 墓穴だった。

「だからって、瓦礫の下を漁れば食い物とか出てくるでしょ? 『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』を使えば一発ですよ? この町の規模から考えれば、今居る人たち全員に行き渡らせる分は十分にあると思いますが!」
「……それはそうですね、ですがこの有様ではそれに大きな期待を寄せることは出来ません」

 リーダーっぽい人は両腕を広げて、見渡す限り建物として機能している物が一つも無い町の様子を示す。

「でもですね、俺が全力で行っても往復で六日ですよ? 知らせて戻ってこれてもそれから軽く数十日は掛かるんですよ? もしかしたら一ヶ月を超えるかもしれませんよ? だったら一日程度代わらないじゃないですか!」
「はい、それは承知しております。 ですから出来るだけ、一日でも早く救助が来れるようお願いしたいのです!」
「その一日が生死を分けるかもしれないの」
「そうだとしても! ……悪いけど俺はこの町の人たちより母さんの方が大事なんだよ、言いたい事が分かるだろ!?」

 腕を広げ、どうして分からないのか問いただす。

「ええ、アレンの言いたい事は分かるわ」
「だったら一緒に行くべきだよ、でなきゃ……」
「アレンが一人で行ってくれれば、一日でも早く知らせて戻ってくれれば皆助かるわ」
「なんで!」
「それが最善なの、それが最善だと言うのが『分かる』のよ」

 まっすぐ俺を見て言い切る母さん、言われて俺は押し黙る。

「ぐ……」
「アレンだってあの時『分かった』でしょう? 私がそう思うのも同じだからよ。 私を連れて行かないで知らせに行くのが『私にも、アレンにも一番良い事』なの」

 確かにあの時は助かった、母さんもあの時俺が感じたものを感じているのか?

「……ッ」

 でも何か有ったら俺が行かなきゃなんないんだろ?
 戻ってきたら何か有って出向かなきゃいかないとかもうこりごりだぜ……。
 それが当たらない可能性だってある、俺の時はたまたまかもしれないし、比べられるものじゃない。

「………、だぅぁ……、ぐ……」

 だと言うのに視線が痛い、駄目と言おうとしたら強まる視線。
 断ったら悪者扱いとかにされそうな雰囲気がまじでつらい、何で助けてあげたのにこう言う扱いなん?
 無理やりにでも連れて行けばいいのに、母さんの一言や視線のお陰で言いたい事が言えない。

「……ぐぅ……、わかっ、た……。 行く、俺一人で知らせて、くる……」
「ありがとうございます!」

 うれしそうに言うこの人にイラっとする。
 そっちが酷いことになってるのは分かってる、でもこっちの都合も考えろよ。

「だがな、一つ約束しろ」

 力を込めて頭を下げる人を見る。

「もし何か有った場合は母さんに傷一つ付けさせるな、それが守られてなきゃ俺はあんたらを全員殺す」

 魔力を溢れさせて言う、冗談ではなく本当にそうするつもりで言い切る。
 これだけは絶対に守ってもらわないと、むしろこの程度守ってくれなくては意味が無い。 

「アレン!」
「母さんもだ! もうこんな事は二度と言わないって約束してくれ、でなきゃ俺は知らせに行かないし母さんを無理やりにでも引っ張っていく」

 心優しいってのはいいことだとは思うが、間違いなく時と場合による。
 まっすぐに見つめて、欲しい言葉が出るのを待つ。

「……分かったわ、こう言う事を言うのは今回だけと約束するわ」
「……はぁー、本当に勘弁してほしいよ」

 全く持って、本当に。
 人助けは良いけど、俺たちだって助けてもらわないといけない状況なんだよ?

「……分かりました、責任を持って守らせていただきます」

 真剣な表情で言ってくれる、そうでなきゃあんたらを放り捨てて、母さんを抱えて隣町に行く。

「絶対だぞ? 絶対の絶対だ、これが破られたらあんたには責任を取ってもらう」
「ええ、絶対に守りましょう。 私の全てを賭けて、この約束を守ると誓います」

 あぁーもぉー、舌打ちしまくりだ。

「……はぁ、じゃあ行ってくるよ……」
「ではこれを」

 と小さなバッグ、と言うかサイドポーチっぽい物を手渡される。
 その中には金が少しと数日分の食料、救助の時見つけた奴か。
 他には紙が入っている、署名とかそんなのか。

「アレン、気を付けてね」
「こっちのセリフだよ、……気を付けてね」
「ええ」
「あんたらも、何か有ったら母さん連れてさっさと逃げろよ。 いいな」
「はい」

 そうして背を向け走り、魔力強化にて加速する。

 早く帰る、目標は往復で六日以内だ。
 何度もこんなことをやっては居られないから次は見捨てる、たとえ母さんになんと言われようともだ。
 甘い甘い考えだ、見捨ててさっさと先に進んだほうが良いのは分かりきっているのにこれを受けた。
 そんな断れなかった馬鹿な自分にも舌打ちをし、やはり大きな溜息を吐きながら掛けて行った。



[17243] 12話 安心して考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/03/24 02:41

 クランギークの町は健在で、こちらの町のような出来事は起こっていなかった。
 町政所に行って全力で説明する、俺のぼろぼろになった服とか見て取り合ってくれた。
 署名とか渡して出来るだけ早く救助を送ると町長は約束してくれた、領主にも話をしておくと言っていたのでひとまず生き残った人たちは安全だろう。
 それが終われば俺はさっさと戻るだけ、すんなり行ったので目標通りに戻ってくることが出来た。

「お帰り、アレン」
「ただいま、何かあった?」
「いいえ、大した事は無かったわ」

 ……良かった、またなんか起こると思ったけどそうではなかったようだ。
 俺の方も何事も無かったし、すこぶる好調だった。
 起こったら起こったで後悔してただろうが、何事も無くて良かった。

「無事に帰ってこられたのですね」

 と笑顔で出迎えてくる……、名前聞いてないや、リーダーっぽい人。

「これ、説明して渡してきたんで、もうちょっと掛かるでしょうけど救援が着ますよ」
「本当にありがとうございます、これで皆も助かります」

 頭を下げたその後ろ、見れば簡易な、テントっぽいものが並んでいる。
 流石に雨晒しは無いから、瓦礫の中から材料を集めて作ったんだろう。
 炊き出しみたいな事もやっている、これなら救援が来るまで十分持つだろうな。

「えーっと、名前聞いて無かったですね」
「ああ、キエラ、『キエラ・ヘール・レ・レテント・ライグス』と申します」
「えー俺はアレン……です」

 フルネームはどうだろうかと思い、名前だけで留める。
 と言うか貴族か、だからすんなりリーダーっぽく決まったんだろうか。

「アレン君……、アレンさんの方が良かったですか?」
「アレンで良いですよ」

 気にしていないように突っ込みも詮索も無いとは分かってるな、キエラさん。
 空気の読める人は良いね、あとさん付けとか痒い。

「ではアレンと、夕食が出来上がったのでどうですか?」

 軽く微笑んで、晩飯を勧めてくる。
 断るのも何なんで頷いた。

「良いですね、結構お腹すいてます。 母さんは?」
「ええ、頂きましょう」

 取り分けられた皿、スープにパンやベーコンが乗せられた皿を渡される。
 野菜も乗ってるし、一回の食事にしても十分な量だろう。
 やっぱり言った通り十分な量が見つかったんじゃないか、本当に母さんに何も無くてよかった……。
 受け取ったら噴水の縁に座る母さんへ持っていく。

「テーブルが欲しいね」
「そうね、流石にちょっと食べにくいわ」

 俺が居ない時誰かに手伝ってもらってたんだろうし、俺がやってもかわらんよね。
 母さんの前にしゃがんで、皿が動かないよう手で抑える。

「はい」
「……ありがとう」

 そう言って微笑む母さん、やっぱり片手だけじゃ不自由すぎるよな。
 魔法的な義手でもあったら母さんが不自由しなくて済むんだけど。
 俺の皿は噴水の縁の上に置いて、腕を伸ばしフォークで突き刺して行儀も何も無い食べ方だがそんなのは意味が無い。

「お、やっぱり味が付いてるのはいいなぁ」
「そうね、あの魚も嫌いではなかったけど」
「俺は駄目だよ、あれは何匹も食べられない」

 塩味でも付いてりゃいけるが、そうでなかったらあの時の二匹が限界だな。

「そうなの? さっぱりしてて悪くは無かったと思うけど」
「……さっぱりしすぎて駄目なんだよ」

 前は飽食の時代の生き物だったから、いろんな味知ってて中々つらいものがある。






「……ふぅ、美味い飯で腹は膨れたし」
「そうね、休みましょうか」
「いや、進もう。 結構時間無駄にしたし」
「……アレン、隣町に行った時休まず走ったんでしょう?」
「当たり前でしょ、母さん残したんだから急いで帰らないと……、残ったのって人質にでもなったつもり?」
「いいえ、そう言う事を考えていた訳じゃないわ」
「じゃあなんで?」
「言った通りよ、出来るだけ早い方がいいじゃない」

 こんな食事を毎食出せるなら、一日程度遅れたって問題ないはずだろ?

「あの時はそうだったけど、食べ物もアレンが言った後に見つけたものだから」
「もしかしたら見つけられないかもしれないからって? だからって残る意味は無いじゃないか」
「あの子達も不安でしょうがないのよ、私は子供たちの怖がる表情は見たくないの」
「………」

 俺も不安なんだけどなぁ、本当に俺が心配してること分かってるのかな。
 まぁ、もうあんな事は言わないって約束してくれたし、これからはこういう事になっても離れる必要無いから良いか。

「アレン、魔力も結構減っているでしょう? 一晩くらいならきっと大丈夫よ、雨が降っても休める場所があるのだから魔力の回復に努めたほうがいいわ」

 確かに残り二割くらいしかないけど、全力で走っていけば魔力が無くなる前に隣町に着けるんだから。

「それが駄目だと言っているのよ、とても残念だけど母さんはアレンの足手まといにしかならないわ。 危ない目にあってもアレンに助けを求めるくらいしか出来ないの」
「そんなこと思ってないって言ったでしょ」
「アレンがそう思ってなくても事実として足手まといなの、だからアレンには休んでいて欲しいわ。 誰よりも私のためではなくて、アレン自身のために」

 危なくなった時は俺だけで逃げろって意味? だったら意味ねーよ。

「でも逃げる事になったら魔力が多い方がいいでしょう?」
「そりゃそうだけど」
「それじゃあ決まりね、少しでも長く休んだ方がいいわ」

 話は終わり、そう言いたげに母さんが立ち上がって俺の手をとる。

「……分かったよ、一晩だけね」
「ええ」

 そのまま手を引っ張られて、簡易テントの一つへ向けて歩き出す。
 近寄って見ればテントは結構大きい、雨が染み込まないよう層のように重ねているのか。
 そのテントの床の部分に毛布が引かれている、野宿に比べたら天と地の差だなぁ。






 そうしてアレンをテントの中に寝かせる。

「いやいやいや、そんなのはいいって!」
「一緒に寝るのは何年振りかしら」

 毛布を掛けてやり、その隣に同じように寝る。
 アレンの左側に寝て、その胸に毛布の上から左手を乗せて撫でる。

「……もうずっと前から一人で寝れるのに」
「そうだったわね、お父さんも母さんも寂しかったわ」

 二歳にならない内に一人で寝れるようになって、一晩中起きているつもりだったのに夜泣きの一つも無かった。
 初めての子供で、話に聞いていた事なんて全く無かった。
 手間が掛からない、それが悪い事ではないのだけど、お父さんと一緒に少し寂しがったりしたわ。
 とても物分りがよく、私たちを心配してくれる優しい子。

「……疲れているでしょう、もう休みなさい」
「ああ……、うん」

 左手を胸の上から顔、目の上と動かし、額を撫でる。
 そうすれば瞼を瞑っていて、いつもアレンの顔にあった眉間のしわがほぐれて行く。
 幼い時からその兆候が見え出し、十になる頃にはいつも何かを考えしわを寄せていた。
 そのしわが消える時は安らぐ時だけ、寝ているとき位にしかしわは消えない。
 それが消えている今は安らげていると言うこと、そしてこれからもそのしわは消えたままにする。

「ゆっくりとお休み」
「………」

 やっぱり疲れていたんでしょう、驚くほど早く寝息を立て始めるアレン。
 お父さんが亡くなってしまってから、

「ごめんなさい、頼りない母親で」

 十二の子がやるべきではない事ばかりを強いてきた、だけどそれはもう終わり。
 命の危険に晒されることは無く、不安無く成長できるよう。
 アレンの頬にキスをして。

「……ありがとう、アレン」

 これからは、子を守れる母親になって見せるから。

「……期待しているわ、アナタの為にも」









 ……明るい。
 と言っても、複数重なってるから薄暗いのだが、それでも日が上っていることは分かる。
 よく眠れたおかげか、体が軽い。
 起き上がろうとして引っかかり、何事かと見れば寝ている母さんが俺の腕に絡んできていた。
 とりあえず引き抜いて起き上がり、頭をかきながらそのままテントの外に出る。

「おや、起きましたか」
「おかげでぐっすりと」

 テントから出るなり、キエラさんが視界に入った。
 あーあ、お昼過ぎか? 太陽じゃないだろうけど日があんなにも高く上ってる。
 朝方にでも出たかったんだが、過ぎたものはしょうがないか。
 何もなさそうで良かったよ、夜襲でも来てたら恐ろしい。
 背伸びをして体をほぐす、腕とか首とか回して、それが終わればまたテントの中に戻る。

「母さん、起きて」

 ゆさゆさ、肩を揺らして起こす。

「……ん、……もうちょっと、シュミター……」
「……母さん、シュミターさんはもう居ないよ」

 頭を振って居なくなった人ではないと否定する。
 
「……ああ、そうだったわね」

 右腕を額に乗せ、母さんが瞼を開く。

「……ずいぶんと日が上がってる、そろそろ行こう」
「……わかったわ」

 ゆっくりと起き上がる母さんの目の前に、水の玉を作ってあげる。

「飲む?」
「ええ、ありがとう」

 その水の玉を口に含み、水を飲む。
 ついでに俺のも作って自分も飲む。
 ……やっぱ蒸留水の方が美味いな。
 先んじてテントから出て、母さんを待つ。

「ああ、キエラさん。 俺たちもう行きますんで」

 離れたところで何かしていたキエラさんを呼び、移動することを告げれば。

「そうなのですか……」

 母さんも身嗜みを整えて、テントから出てきた。
 まだ髪乱れてるって。

「……そうですね、御二方には大変御世話になりました。 皆に代わって礼をさせていただきます、ありがとうございました」

 きっちりとした見事な礼、何と言うか品位が見えるような気がした。
 育ちが良さそうな貴族だから当たり前か?

「いえ、こちらも食事や寝床を提供してもらって助かりました、ありがとうございます」
「当たり前の対価ですので、お気になさらず。 それではこれを、道中の旅費にでもお使いください」

 そう言って袋、言った通り金品だろう。
 そこそこ膨れてる、この量なら節約すればかなり持つだろうね。

「助かります」
「ヘレンさんもありがとうございます、おかげで皆助かりました」
「いえ、当然の事ですから」
「……貴方方と巡り合えて本当に良かった。 今後また出会うこともあるかもしれません、その時は何卒よろしくお願いします」
「そうですね、その時はまた」
「ええ、その時が来る事を楽しみにしておきます」

 母さんとキエラさんが笑いあう、キエラさんがこの町を離れて追ってくる訳じゃないんだし、多分そんな事は無いだろうね。
 母さんと隣り合って歩き、手を振って見送ってくれるキエラさんに手を振り返して町を出た。

「はい」
「……そうね、そうだったわね」

 忘れてたんですか。
 ゆっくりと背中に体を預けてくる母さん、しっかり背負って俺は走り出す。

「隣町は無事だったよ、……はぁ。 あれなんだったんだろうね」
「……そうね、あれだけの破壊を行えるのはとても強い魔人でも難しそうね」
「壊すのは出来そうだけど、町の人全員気絶させるのは無理でしょ」
「どちらかと言うと気絶より、強力な失神じゃないかしら?」

 気絶と失神の違いがあるのか。
 ゲーム的に言えば一時的戦闘不能? 長時間のスタン?
 どっちにしても、ゲームと違って戦闘が終わっても気絶し続けるってのが厄介すぎる。

「それなら……、町へ着く前に空を飛んでいたドラゴンかもしれないわね」
「……ああ、ドラゴンの咆哮? そんなにすごいの?」
「私も体験したこと無いからどうでしょうね、話では強力な精神攻撃でもあるそうよ」

 そこそこ広い町に散らばる魔人たちを一撃で失神させる『〈竜の咆哮〉ドラゴンハウリング』、まったくもってとんでもねーな。
 そんなのに耐えて戦えるあいつらはどんだけだ、俺もそれぐらいなチートが良かった。

「なら襲った理由は何なんだろうね、ドラゴンの生態とかあまり知らないけど」
「種類にもよるけど大体は温厚らしいわ、そんなドラゴンが町一つ壊滅させるなんてよほどのことでしょうね……」

 あの町にドラゴンが怒るような何かがあった、あるいは何かしたと言うことか?
 だったら巻き込まれた町の人は不憫すぎる、関係ないのに失神させられて家が燃やされて倒壊して下敷きに、そのまま火事で焼かれ死ぬとか酷すぎる。
 生き残った人たちは本当に運が良かったらしい、俺たちが通りかからなきゃ全滅してたって事か。

「……災難すぎるね」
「……ええ」

 生き残れたあの人たちに喜ぶべきか、亡くなってしまった人たちを悲しむべきか。
 両方だろうけど、両方を表せない感情は複雑じゃない。
 俺たちは今後こんな事が起こらないよう、ただ願うだけしか出来なかった。



[17243] 13話 用意しながら考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/03/25 00:15

 隣町、クランギークはどう言う町かと言えば普通の町だった。
 前の町、名前は見ても聞いてもいないから知らないが、同じ様な、同じく町並みも見てないから多分そう変わらんだろう町。
 主要交通路に存在する町、と言った所か。
 今度は野盗とかともエンカウントしなかった、その代わり狼っぽい魔物の群れに囲まれたが、魔力で威嚇してやったら即逃げ出したから魔人に比べりゃどうってことない。
 正直こんな程度だったらいくらでも来てもらってかまわない、でもいきなり最強クラスは勘弁な!

「手紙は絶対だね、手紙を送ったこと有って助かった」

 送り先が分からなかったら聞く必要が出てきたが、支援してほしーなーって伝えてなきゃ完全に頼れる場所が無かったか、あぶねぇあぶねぇ。
 とか考えつつも貰った食い物で持たせつつ四日の行程を走破して、二度目のクランギークの町に着いた。
 自然の景色も捨てがたいがやっぱこういう町並み見ると文明って感じがしていいな、まずは飯、飯だろ。

「違うでしょう? 手紙かアレンの服を先に着替えるの」
「そうだった」

 魔力纏ってないから寒くなかったが、その代わり周囲の視線が寒い。
 別にこの服は魔法的防御力が……なんて事は無いので、着替えたほうが良いのは確かか。

「ここら辺に良さそうな服売ってる店ないですかね?」

 ある? え、そこ? ありがとうございます。
 更年期であろう視線が鋭い淑女に聞いた所、すぐ近くにあった。
 10メートル程先左の方にあった、もっとよく見て確かめようぜ。
 店先にぶら下がっている木製の看板を見つつ、入り口をくぐって服屋に入る。
 店内をざっと見渡せば、木製の人形に服が飾られていたり、畳まれた服が棚に置かれ、ズボンやスカートがハンガーに掛けられていくつも並んでいる。

「これなんてどうかしら?」

 店内に入ってまだ三歩しか歩いていないのに、母さんは俺の背中に上着を当てていた。
 ありのまま起こったことを話せば超スピードだった、感情の高ぶりは限界をも超えるのか。

「そんなに時間使うつもり無いから!」
「アレンと初めての買い物だから、少しわくわくしちゃった」

 あー、全然外に出ていないからそういうのは無かったしなぁ。
 だからと言ってそれをするのは今で無くていい、今を乗り越え続けることを出来れば幾らでも出来るんだから。

「ほら、こんなのでいいでしょ」

 適当に取った質素な上着、今着ているのよりも断然貴族っぽくない。
 だが母さんは気に食わないようだ、振り返った俺に向けて別の上着を取ってみせる。

「こっちの方が良いと思うわ」
「……じゃあそっちで良いよ」

 こっちとどう違うんだよ、胸にワンポイントの刺繍が付いてるだけじゃないの。
 本当にどれでも良い、受け取った上着を持っていこうとしたら。

「ズボンはどうしましょうか」

 穴開きズボンの代わりも必要だった。
 
 




「ありがとうございましたー」

 微妙に趣味が悪い店員をスルーしつつ、同じく質素なズボンを買う。
 試着室でそのまま着替えて、着替える前の服は持って帰ってどっかで処分することにした。
 母さんは何も買っていない、元から破れてたりしてないし着替える必要ないから。

「すごく普通だ」

 どこに出してもおかしくない凡人、背景に居るような有象無象の一人だろ。
 いや、これは逆に目立つのかもしれない、ギャルゲに出てくるような奇抜な髪の色をした人たちが居る中に一人だけ真っ黒。
 間違いなく目を引く、人間より身体機能が高い魔人だから余計に……、気にしすぎか?

「アレンは何を着ても似合うわね」

 それって可もなく不可もなくって意味ですかね、母さん。

「……まぁいいか、手紙出しに行こう」

 さて、手紙を出すに当たって返答を待つか否か。
 追っ手が怖いから一箇所に留まるのは好ましくない、宿に泊まって返答の手紙を待つのも一つの選択だろう。
 だが追っ手からすれば、黒目黒髪と言う分かりやすい特徴持ちであるから追いかけ易い相手に違いない。
 追っ手が居るとしてどこら辺まで迫ってるのか分からないが、何日も留まればすぐ近くまで迫れるだろう。
 ……でも前の町で七日も滞在していたのにそう言った兆候が無かった、検問も無かったし、俺たちがここまで来ていると分かっていないのかもしれない。

「と思うんだけど、俺的にはここで手紙を出して次の町に送ってもらうとかの方が良いと思うんだけど」
「そうねぇ、将軍さんの住所は分かっているんだから、こちらから会いに行くとだけ伝えるのはどうかしら?」
「それもありか」

 近づいてきたらまたこのくらいに会いに行くとでも送れば、返答を待つ時間を無駄にしなくて良い。
 俺のより効率的だな、これ採用。

「じゃあそうしよっと、すみま……」
「あ」
「え?」
「ヒッ!?」

 話しながら歩いてたら、誰かと肩がぶつかってしまった。
 とりあえず謝って顔を見たら、どこかで見たことある顔だった。
 あれ? こいつらってあいつらじゃん、夜盗三人娘、『〈風に戒めを、楔にて我は捉えん〉アレスト・ウインド』で捕らえて散々脅した奴らじゃん。
 つか何でここに居るの? 正直俺より早くここに来るのは三人組の魔力じゃ無理じゃね?
 とか思いながらまじまじと見ると三人組は尻餅を付いて震えていた。

「……お前ら」

 そう一言発したらビクリと一際大きく震えて泣き出した。

「殺さないでぇ……」

 えー、何よいきなり。
 薄赤髪の奴がぼろぼろと泣きながら、膝を着いて土下座みたいに頭を下げて懇願してきた。

「何でもしますから命だけはぁ……」

 ちょっ、往来でそんなことしないでくれ!

「もう悪いことから足を洗いましたからぁ、どうか、どうかぁ……」

 薄緑髪の奴は鼻水までプラスして懇願、薄青髪に至っては体を丸めてうずくまりただぶるぶる震えていた。
 周りの視線が超痛い、なんか俺が悪者みたいだ。

「許すからもうやめてくれ! ほら、さっさと立ってあっち行けよ!」

 こっちがやめて欲しい。
 とりあえず腕を掴んで立たせる、うずくまってるのも同じく無理やり立たせて背中を押し出した。
 そうしてやっと三人組は感謝の言葉を言いながら、泣きつつよろよろと走っていった。
 無論俺たちもさっさと移動する、なんだよあいつらは。

「恥ずかしいったらありゃしねぇ……」

 報復にしては地味だが、なかなか心に来るものがある。

「アレン、彼女たちに何をしたの?」
「……あれだよ、塩貰ったって言ったでしょ? それの盗賊三人組」

 俺一言も殺すとか言ってないんだけど、だから駄目だったのか?
 まぁ足洗ったって言ってたし、誘拐とかはもうしないだろう。

「……ああ、そうなの」
「はぁ、こっちが悪いみたいでなんだかなぁ」
「……本当に許すの?」
「何が」
「さっきの娘たちよ」
「……俺は、まぁ許すかなぁ」
「どうして?」
「足洗ったって言ってたし、罰を受けるべきならどこかで受けることになるんじゃない?」

 浚われた人たちからすれば絶対に許せないだろうが、あれだけ泣いて震えていたら後悔してるんだろうし。
 ちょっと危なかったけど、結局は実害無かったから許してやろうかなー、とか思う俺は甘いんだろうなぁ。

「そう、アレンがそう言うなら」
「あれは忘れてさっさと行こう、もう会わないだろうし」
「ええ、そうね」






 とりあえずさっきのことは忘れて、郵便局っぽい配達屋に出向いて手紙を購入。
 その場でさらさら書き始める。

「……出向きますので、お力添えをお願いします……、こんな感じで良いかな」

 返答を待ったほうがいいのだけど、一箇所に留まる事より優先するから送るだけ送る。

「……ええ、問題なさそうね。 あと署名も入れておかなきゃ」
「了解、っと」

 さらさらっと名前を書き込み、母さんに羽ペンを渡す。
 同じように、俺の名前の下に母さんの名前を書き込んでいき手紙の完成。

「後は送るだけ……」

 と配達の種類を見る、やっぱり早い方が良さそうだから速達が幾らか見ようとしたら。

「超速便……」

 なんか速達の5倍ほどの料金で書いてある超速便なるもの。
 【速達の最低二倍の速さでお届けいただけます!】、とか書いてある。

「速達でお願いします」

 無視した、手持ちの半分ぐらい使うし勿体無さ過ぎる。
 流石に母さんも同意のようで何も言ってこなかった、ちなみに超速便は飛竜を使うらしく。
 一応ドラゴンに属するが、前の町で見たようなドラゴンとは全然違うらしい。

「ワイバーンか」

 あんなのに乗っていければ、走るより早そうなんだけどなぁ。
 ま、何事もなければだが、後一月も掛からず将軍さんが住む町に辿り着けるだろう。
 速達の代金を払いつつ、希望的な推測にて考える。
 要は何も無ければ良いなぁ、と言うただの願望だが。

「日持ちしそうな物買っていこっか」
「そうね」

 貰った食料は後二日分ぐらいしかない、次の町はどのくらいか分からないが一週間分もあれば十分に持つか。
 配達屋から出て、周囲を一度ぐるりと見る。
 すれ違った人たちの中から見た顔の人が居ないか確かめる。

 魔人はこの程度簡単に行える、視覚に入る情報全てを認識出来るからだ。
 さまざまな角度の顔が一つ一つ記憶できて、そこに正面から見た顔はどのような顔なのかとイメージで補完出来る。
 視覚もやばい、普通は集中した視点の真ん中がはっきり見え、その他集中していない部分ははっきりと見えないのだが魔人は隅々まではっきりと映し出す。
 イメージ的にはパノラマ写真を、複数の眼で同時に見て視界のぼやけを無くしたような感じだ。
 正直言って人間では出来なさそうな事、可能だったとしても頭が熱くなりそうだ。

「……簡単な物は正直飽きたね」

 見た顔が無いことを確かめ、並んで歩き出す。
 こんな人が多い所で襲ってこられたら反応が間違いなく遅れる、逃げる分には良いけど逃げる体勢に入るまでが怖い。
 サクっとやられそうだから頭とか首とか、急所になるような場所はより多くの魔力を纏って即死の確率を減らす。

「調理器具は邪魔にならなければ良いけど無理だものね」
「辿り着いたらお腹一杯になるまで食べればいいか」
「食べすぎは駄目よ?」
「気分が悪くなるまで食べたりしないって」

 美味しくても限界は超えられない、超えたい限界は才能とか能力。
 かなり切実に、そういや俺の覚醒イベントとかってあったりするのか?
 有ったら有ったで嫌だな、母さんが~とか愛した人が~的になりそうでマジで止めて欲しい

「あそこが良さそうかな」

 とりあえず通りを歩いて見回れば、食料品を扱っていそうな建物。
 看板とかを見て、有りそうだなと思い入店。

「いらっしゃいませ!」

 と、元気よく挨拶してくれたのはカウンターに立つ女性。

「すみません、ここ常温で一週間くらいは持つ食料って扱ってますか?」
「はい、取り揃えておりますよ!」

 ニコっと笑ったピンク色のショートヘア、活発そうだねぇ。

「二人で一週間ほどで無くなる位の量が欲しいんですけど」
「実物があった方が良いですよね?」
「そうですね」

 頷き、看板娘は少々お待ちを、と言って奥へと引っ込んでいく。

「……色々あるなぁ」
「あら、珍しい。 コチョーロッテの酢漬けじゃない」

 母さんが見つめる先にあるビン、透明な液体に漬される青い花があった。

「花びらの酢漬け?」
「ええ、そのままでは食べられないほど甘い花びらでね、ああやって酢に漬けて甘みを抜いて食べるのよ」

 すげぇな、どう見ても青いバラ。
 確か自然には有り得ないって聞いたことがあるけど、ファンタジーでは関係ないようだ。
 しかも甘いって、名前が違うしバラっぽい花ってことか。

「女の子に人気が有るんだけど、最近はあまり見ないのよね」
「何か人気でそうな理由が分かる気がする」

 値段を見てみれば中々高いじゃないか、他の品物の二倍くらいはする。

「コチョーロッテの方は採れるらしいんですが、漬ける専用の酢があまり作られてないそうですよ」

 と奥から戻ってきた看板娘さん、手には小瓶をいくつも抱えている。

「こちらが実物ですね」

 スモークミートとかピクルスっぽいものもある。

「……んー、母さんはどれが良い?」
「これとこれ、あと野菜の蒸し煮も良いんじゃないかしら」
「じゃあ今言ったので一週間分」
「こちらもどうですか? 味やバランス的に考えれば悪くは無いかと思いますが」
「そうなの?」
「そうねぇ、だったらこのワイアードも」
「ありがとうございます、最近お客様が少なくて……」

 良かった良かったと嬉しそうにカウンターの向こう側で袋とか用意している看板娘さん。

「盗賊とか居るしね、わざわざ行く人も少ないだろうね」
「邪魔なんですよねぇ野盗、死んでくれないかしら」

 ……物騒だなぁこの娘さん。
 一通り入れてもらって代金を支払う。

「これだけ買ってもらったのは久しぶりです、試食という形でしたらコチョーロッテの一枚、どうですか?」
「あら、良いの?」
「ええ、どうぞどうぞ」

 看板娘さんがコチョーロッテのビンを取って蓋を開く。

「うお……」

 ツーンと鼻に来た、本当に食べられるのか?
 小さなトングと使って花びらを一枚取り出す、それを小さな皿に入れて楊枝を置く。

「どうぞ、息子さんも」

 母さんは嬉しそうに楊枝を取って花びらに突き刺し、口に入れる。
 俺の同じように取って……、なるほど。
 これ飴細工みたいだ、楊枝を突き刺した部分がバリっと小さな穴が開く。
 ぶら下げるように取って口に入れれば。

「……ますます飴細工」
「やぱり美味しいわねぇ」

 何で花びらを酢につけたら飴細工のようになるのか知らんが、酢に何か秘訣があるんだろう。

「美味しいけど何枚も食べるもんじゃないね」
「私は何枚でも行けるわよ?」
「ですよね」

 ファンタジーの世界でも女の子とはそういうものか。







 一通り必要なものは買ったし、さぁ次の町へと出発だ。

「大丈夫? まだ魔力は残ってるの?」
「かなり有り余ってる、二週間は余裕だね」
「駄目よ無理しちゃ、夜になったらしっかりと休みましょう」
「母さんがね」
「私はアレンのお陰で全然疲れてないの!」

 昼には休ませてもらってるから、まだ夜寝るほどでも無いんだよね。
 出来るだけ早く着きたいし、そっちの方が安全そうだ。
 町の門から出て少し歩いた後、俺は母さんを背負って走り出した。



[17243] 14話 油断して考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/03/25 00:22

 何度目か、もう慣れてしまった野宿。
 日が暮れ、良さそうな場所に陣取り、小さな森の近くで星が満天の夜空が素晴らしい。
 定期的に『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』を掛けて警戒を怠らない。
 もちろん反応はいくつか見られる、自然の動物とか魔物とか、近寄ってきても魔力飛ばして威嚇してやればすたこらさっさ。
 本当に何事も無く順調に進んでいける、何事も無いなら無いで越したことは無いが、ちょっと不安になる。
 こう、イベントポイントなるものがあってイベントが発生しないとポイントが溜まって、次のイベントで一斉放出ですごいことに……。

「……こえぇ」

 ちょっとびびった、公爵家のような事が最大級のピンチであって欲しい。
 それ以上とか確実に死ぬだろ、出来る事って言ったら逃走の一手のみなのに。
 だがそれも将軍さんと合流するまでだ、下級出でありながら陸軍の最高位に就くあの人はやり手なんだろう。
 排除されそうになって逆に排除する、その手腕と魔人としての能力、どれもが傑物と言えるだけの人物なのは間違いなさそう。
 人望も有りそうだし、あの人の下に居れば苛烈な攻撃などは受けにくくなるだろう。

 ……俺の人生ってどうなるんだろうか、将軍さんの所へ行って保護してもらったとしてだ。
 まぁ入試とかがあれだけど学園に入って学生として過ごし、卒業したらどうなるのかと。
 多分男爵家の当主に座って、内政でもするんだろうか。
 ちっちゃい領地で内政も何も無いだろうけど、命を狙ってくるような奴らを黙らせたらそうなるんだろう。
 ……そうであってほしいなぁ。

 今日は森の中じゃないし、雲一つ無い夜空だから焚き火が必要じゃないくらい明るい。
 俺も母さんも、お互いの姿がはっきり分かるほどだ。
 瞼を閉じて俺の太ももに頭を乗せて眠る母さん、周囲に眼を光らして近寄ってくる者が居ないか確かめる。
 その次に『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』を掛けてより広範囲に索敵、数百メートルもの探知範囲に引っかかる存在は無い。
 危ない奴は近くに居ないと安堵して、風きり音を聞いた。






「か──」

 探知範囲外からの高速移動にての強襲、反射的に魔力を纏って母さんに覆いかぶさる。

「ぎ」

 視界が激しくぶれる、その瞬間には途轍もない痛みが襲ってくる。
 見る見る遠ざかっていく地面、その次に見えるのは腹に突き刺さり、腹から突き出ている鉤爪。
 肩から掴まれ、その足の先には巨大な鳥の体があった。
 巨大な鷲、首から上をダチョウに挿げ替えたような鳥だった。
 その大きさは優に五メートルを超えていそうなほど、この鳥は自然の動物でなく魔力によって変異した魔物。

「──あが」

 だがそんな事はどうでも良かった、自分がどこに居てどうなっているのか理解した時激しい苦しみに襲われた。
 体に見合った大きな鉤爪、がっちりと俺の体を押さえ込みつつ爪先は俺の腹を貫いていた。
 腹と腰、両面から鉤爪が抉って貫通している。
 ぼとぼとと命の水を零し、腹の位置にある内蔵を根こそぎ抉り取った一撃。

「ふぎぎゅいぎぎああああ」

 訳が分からなくなる痛み、腕が切られ下ろされた時よりも、閃光のような魔法で体を撃ちぬかれた時よりも酷い痛み。
 思考を阻害してじたばたと暴れるしか出来ない痛み、気が狂うかと思うほどの痛み。
 魔力を撒き散らし、腕を振り回す。
 だからであろう、巨鳥が獲物を落とさぬよう止めを刺しに来るのは必然。

「──ひゅが」

 顔が抉れる、右目とその周りが貫かれた。
 巨大な嘴が顔に打ち込まれる、眼球は潰れて機能しなくなり、ただ血を零して痛みを伝える。
 痛みで全身が痙攣して、ただ意味の無い言葉を垂れ流す。

「あ─が─あ─あ─あ─あっ」

 死にたくない、思考はそればかりに集約して願い続ける。
 それが何の意味も無いと知っていて、痛みを痛みで塗り潰して更なる痛みが押し寄せる。
 死にたくない、経験からか体は動かすべきだと、魔力を操り一箇所に集約させる。
 拳に集まる力は今までの中で最大のもの、今だ生きている獲物を殺して己の寝床に運ぼうとした巨鳥の運命はそこで終わる。
 今度は頭蓋骨を砕くような速度で振り突き出す嘴に合わせるものが一つ、それは左拳でなんとも弱々しい打撃だった。

「──あ─、し」

 魔人ですら獲物にしている巨鳥は運が無かった、その獲物に選ばれた俺も運が無かった。
 どちらも運が無かった、どちらの方がより運が無かったのかと言えば巨鳥であるのは確かだが。

「──ね」

 力強い言葉を発するために必要な腹筋がごっそりと削られ、わずかに残る今にも千切れそうな横隔膜が肺を上へと押しやって空気を声帯へと通過させた。
 声も腕の振り上げも、どちらも弱々しく頼りないものではあったが、込められた意思と魔力は巨鳥に死を齎す威力となる。
 振り上げられた左腕を砲身とし、集め固められた魔力を弾丸として撃ち出す魔力波。
 その威力は突き出された巨鳥の硬い嘴を砕く所か、首の先にある頭を根こそぎ弾き飛ばす破壊力。
 瞬時にして魔力波は巨鳥の頭を貫通して弾き潰し、指示を与える脳を失った体はただ失われる直前に与えられた命令を繰り返し続ける。

「あ、ギ──、あああああああ」

 頭を失い死んでも羽ばたき続ける巨鳥、そのままでいる訳には行かない。
 体に食い込む鉤爪の間に両腕を割り込ませ、上半身に魔力を漲らせる。
 渾身の力、激痛に身を蝕ままれながらも死にたくないと行動する。
 黒光りする鉤爪が腹から引き抜かれ、体を支える物が無くなれば重力に引かれて空へと踊りだす。

「あ、あ──」

 朦朧とする意識の中で、痛みを無くしたいと考えれば治癒魔法を全力で掛ける。
 ミシリと肉が盛り上がり、異常を正常に戻そうと物理法則を超える異常が巻き起こる。
 肉が肉に食い込むように膨れ上がって、失われた腹部を抉られる直前の状態まで復元させる。
 顔の傷も見る間に塞がり、潰れた眼球も元通りに治って機能を取り戻す。

「ああ……」

 落ちている、驚異的な上昇速度にてどれぐらいの高さに居るか分からないほど。
 遠くに見える町の明かりが点々と、とんでもない高さだと言うのは分かる。
 頭を失って羽ばたいていた巨鳥も、ついに羽ばたきを止めて落下していた。

「……死にたくねぇなぁ」

 落下による風圧で少々顔の皮膚がブルブル震えている中で、最大の願いを呟く。
 紐無しバンジーとか目じゃない、パラシュート無しのスカイダイビング。
 油断したらこれかと後悔しながら、もうすぐ地面に叩きつけられて死ぬかもしれないのに、妙に冷静に考える。
 下から風起こして勢い落とせばいいのか? とか考えてめちゃくちゃ減ってる魔力を動員して大気を作り出す。
 『〈我が前に阻みて守れ、風の壁〉エア・シールド』じゃ意味無いだろうから、単純に真下から強風を生み出して自分の体に当てる。

「………」

 叩きつけるような、そのまま体に叩きつける風を受け、ボボボボボと耳が居なくなる音を聞きながら近づいてくる地面を見る。
 間に合うかなーとか適当に考えていた、もう考える力もあまり残っていなかったんだろう。
 地面が近づいてくる速度が緩んでいたのは分かっていた、だが無事に済む速度になる事が無いのも分かっていた。
 とりあえずなけなしの魔力を纏っておこう、そう考えて俺は地面に激突した。











「……あ?」

 目が覚めた、ぼやける事も無く鮮明に景色を写す目は木目の天井を捉えていた。
 よく分からないんでとりあえず『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』を使う。
 そうして母さんが俺が寝ているベッドに腕と頭を乗せて寝ているのが分かった。
 今居る部屋は二階で、一階にはなんか知ってる人が一人。

「……ああ、無事なのか」

 辿り着いたと言って良いんだろうか、ここはたぶん安全な場所だと思う。
 ゆっくりと上半身を起こし、上がってきているだろう人物を待つ。
 視線を動かし、日が高く昇っている窓の外には町並みが見えた。
 それを見ていて数秒、ドアをノックして入ってくる人物が一人。

「ようやく目が覚めたようだな」

 わずかに笑みを作って、深い青髪色のポニーテイルをした人、スラリとした将軍さんだった。
 あの時会ったみたいにやっぱりラフな服装だった。

「ここってどこですか?」
「町の名はデュトレンターク、ここは私の家だ」

 なるほど、俺が気を失っている間に母さんが運んでくれたと言う事か。
 ……どれだけ気を失っていたんだろうか。

「ありがとうございます、お陰で助かりました」
「いきなり手紙が着て驚いたよ、最初はまさかとも思ったな」
「何でまさかなんて思うんですか?」
「君が死んだと聞いたからな、遺体も見つかったともね。 おかげで諦めざるを得なかったのだが、それをひっくり返す手紙だ、まさかとも思っても悪くはないだろう?」

 あーあー、そう言う事か。
 遺体付きで死んだと聞かされれば普通は死んでしまったと思うよな。

「流石に最初は疑ったが、事実だとしたら君の命が危ない。 だから送られてきた町からルートを考えて兵を送った、君を背負うヘレン殿に声を掛けたら暴れたらしい」

 ……そりゃそうだろうなぁ、俺たちを捕まえに来た追っ手かもしれないって考えるし。

「私も籠で向かって、ヘレン殿が逃げ込んだ建物で数日説得をしてようやくだったからな」
「……いやぁ、なんと言うかすみません」
「君たちが無事であるなら問題は無い、ヘレン殿の心配も分かるさ」

 嬉しそうに笑う将軍さん。

「それにしても少々手間が掛かったよ、あいつらの手が異様に早くて困ったものだ」
「……何があったんですか?」
「君が死んだと言う事を広め、公的にも死んだ事にしていたよ」

 ……死亡確認! って?
 公的に死亡扱いって、もう存在しない魔人って事かよ!

「もう書き換え済みだ」
「……それって拙くないですか?」
「ああ、私が保護していると触れているからな。 それだけであったら奴らは手を出してくるだろうが、そうなったら娘さんがどうにかなるかもしれないって脅しておいたよ」

 連れ戻したがっているから有効だとは思うが、確実に恨みを持たれるだろうなぁ。

「だが手を出すなら出せばよい、その時は確実に喉元まで切り裂いて息の根を止められるからな」

 まじで? どんな秘策があるんだろうか。
 つか、手を出してこないとそれを使えないって事かよ。
 だが罠が有ると分かる餌とは、考えていた通りやり手過ぎるねこの人。

「さて、ヘレン殿からも大方聞いてはいるが、君からも起こった事を聞かせてもらいたい」

 母さんの隣の椅子に腰掛け、腕を組む将軍さん。
 腕の上に胸乗せんな、どこ見りゃ良いか分からんだろうが。

「あーそうですね、最初からが良いですよね?」
「ああ」
「じゃあ最初から、まず将軍さんと会った後家に帰ったんですよ、そしたら家が燃え落ちてて困り果てました」
「それは確かにな」

 ククっと笑う将軍さん、やっぱりこの世界は絵になるような人たちばかりだぜ。

「探知魔法で調べたんですが家の下に遺体らしき物は無いし、母さんたちはどこに行ったのか領地の町で聞き込んだんですよ」
「ふむ」
「そしたら母さんたちは実家に帰ったとか聞かされて、連れ戻しに言ったら危ない人に殺されかけました」
「ほう」
「まぁ運良く連れて逃げれたんですけど、そこからは色々有りまして……」
「その色々を聞かせて欲しいのだが」
「えー、道中夜盗に襲われたり、たぶんドラゴンに襲われた町で救助活動したり。 それが終わって将軍さんに手紙を出した後町を出てここを目指してたんですけど、夜魔物に襲われてここに飛びました」

 それを聞いた将軍さんは神妙な表情。

「ずいぶんと大雑把だな」
「殆どが移動とかですし、細かく話しておく事でもないですよ」
「そうか、しかし君が墜落したと聞いたときは驚いたよ」
「俺もそう思います」

 特にあの巨鳥とか一番のピンチだったんじゃね?
 それなりの速度で地面に激突して、今生きてここに居るんだから俺もそう思う。
 今思い出すとめちゃくちゃじゃねーか……、震えが来たぞ。

「そうだな、これからは身の安否を心配しなくていい。 約束通り私は君たちを全力で支援させていただこう」
「ありがとうございます、母さんが喜びます」
「アレン君は喜ばないか」
「呼び捨てで良いですよ、元々母さんのためですから」

 むず痒い君付けは要らない、そう断って眠っている母さんへと視線を落とす。

「私も呼び捨てで良い、だったら喜ぶべきだろう?」
「遠慮しておきます、じゃあ喜んだ方がいいですね」
「残念だ、まず君がする事は無事に目を覚ました事をヘレン殿に教えてあげるべきだろうな」
「そうですね、母さんには何回も助けてもらいましたし」

 母さんの金色の髪を撫でる。

「立てるか?」
「ええ、足はしっかり動きますよ」
「ならば、感動の場面が終わったら一階に降りてきてくれ。 食事を取ろう」
「分かりました」

 頷き、部屋を出て行く将軍さんもといレテッシュさん。
 ドアが閉まるのを確認して、母さんの肩を揺すった。

「母さん、そろそろ昼食だよ」
「……アレ、ン」

 そう寝言で呟き、わずかに傾いた顔。
 瞼を閉じる目の周りは赤くなっていて、かなり泣いていたのだろうと分かる。
 ……そうだよなぁ、地面に激突して死ななかったけど、治癒魔法を掛けても長い事目を覚まさないのは心配になるよなぁ。

「母さん、貴女の息子が目を覚ましましたよー」
「……良かった」

 そう言えば目を覚ましたのか、母さんが小声で呟いた。

「ごめんね、心配掛けて」
「……本当に」

 ゆっくりと起き上がる母さんの瞳には涙。

「アレン、アレン、アレンアレンアレン……アレン!」

 涙声もプラスして、母さんが体当たりを仕掛けてきた。
 魔力も回復しきってるし、壁をぶち抜きそうなそれを受け止める。

「大丈夫、もう心配要らないってさ」
「アレンまで居なくなったら……」

 母さんの涙は俺の肩を濡らす、そんな母さんを抱きしめ返し。

「居なくならないよ、親を守るってのは子供として当然でしょ」
「……それは逆よ」
「ああ、まぁ俺の場合はちょっと早いだけさ」
「……本当にアレンは……」

 ませてるって? 前世じゃ大人だったしなぁ。

「母さん、お腹減ったよ。 昼食食べに行こうよ」
「……もう」

 ハグの解除とともに頬へキスをしてくる母さん。
 俺もそれに返して頬にキスをする。

「いこっか、これからだよ」
「ええ」

 俺と母さんはベッドから降り立ち上がる。
 本当にこれからか、なんかぎっしり詰まりすぎて疲れたよ。
 いきなり親父が死んだり、母さんの親父に殺されかけたり、母さんが連れ去られて連れ帰ろうとしたら危ない奴に目をつけられるし。
 逃げ出せば夜盗とか人命救助とか、最後は魔物の鳥に腹抉られてめちゃくちゃ高い位置から墜落とか。
 どう見ても十二の子供がやるような事じゃねぇだろ、これからもこんな事ばかりとかだったら俺将来禿げるんじゃねーの?

 若禿とかまじでごめんですよ。
 これからは出来るだけ命の危険が無い平穏っぽい人生で良いので、俺に安らぎの未来が訪れてくれ。
 厳しそうだなぁとかそんな事を考えながら、俺たちは部屋のドアを開いた。



[17243] 15話 疲れつつも考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/03/26 22:34

「そうだ、一つ伝えて置くべき事があった」

 『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』で把握していた家の構造、公爵家の奴よりは小さいが男爵家の館よりも大きな家だ。
 二階の部屋から出て階段を降り、一階のかなり広いリビングへと足を運ぶ。
 レテッシュさんは採光を目的で填められた大きなガラス、その前に立って外の景色を眺めていた。

「アレン、ヴェンテリオールへの入学は遅れる事になっている」

 そう言って振り返り、俺は答える。

「いいですよ、別に」

 むしろそうであって欲しい、受験勉強無しに試験受けに行くとかありえねぇから。
 そうじゃない人は相当自信があるのか、適当に考えている奴だけだな、そんな返答は予想済みだったのか。

「教材は用意してある、『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』で位置は分かっているだろう?」

 そうですね、俺が寝ていた隣の部屋になんか置いてありますよね。

「それを使って学んで欲しい、必要と有らば私も付き合おう」
「仕事があるでしょう、そこまでして貰わなくて良いですよ」

 魔法などの勉強なら母さんで十分、俺が掛けた問いにすぐさま正しい答えが返ってくる。
 普通に頭が良いんだよな、答えがすらすらと出てくるんだから感心する。
 もし何か習うにしたら、戦い方とかそういう物になりそうだ。
 いや……、覚えておくべきか?

「そうか、必要になったら言って欲しい」
「わかりました」
「ふむ、普通に話してくれても構わないんだが」
「普通ですよ」

 他人に対しての普通の話し方。

「短い期間で変えて見せるのも面白いかも知れん」
「はぁ、そうですか。 頑張ってください」

 楽しい人だなぁ、思考が。
 言ってみても笑うだけで、正直何を考えているのか分からんね。

「応援されたら頑張るしかなかろう、楽しみにしておいてくれ。 それでは今日の昼食だが、良い素材が手に入ったから、少々凝ってしまってね」

 何する気だよ、そう思いながら見つつキッチンへと入ってくレテッシュさん。

「適当に座っててくれ、もうすぐ他の者も来る」

 一緒に食ってるのか、と言うか作らせたりしてないの?
 とりあえず適当に座る。

「……いい香りね」
「うん」

 腹減ったなぁ、痛いぐらい腹が鳴ってるんだけどどれくらい食ってないんだよ。
 と飢えていれば続々とリビングに人が入ってくる、長いテーブルと多い椅子の数で予想はしてたがいざ見ると多いね。
 配膳を手伝う、そう考えたけど止めた。

「ゲストは腰を据えておくのがルール、よく分かっているじゃないか」

 皿を手に持つレテッシュさん、腕の上にも乗せて絶妙なバランスで運んでいる。
 流れる手付きで皿を置いていく、数人が同じように配膳を手伝って見る間に食事の準備が整っていく。
 手伝うのめんどくさいなーとか思ってただけです……。

「よし、揃ったな。 手順としては先に紹介するのが筋であろうが、食事を冷ますのも無粋であろう」
「賛成」
「だそうだ、それではいただこう」
「……アレン」

 ごめんよ母さん、腹減りすぎて腹が痛いんだ。
 とりあえず手を合わせていただきます、母さんもそれに続いて同じく手を合わせる。
 それを見てレテッシュさんが聞いてくる。

「……それはどんな意味が?」
「何がですか?」
「その手を合わせるのは……、なるほど、食材に対しての感謝か」

 自己完結してるじゃないっすか。

「面白いな、私もやってみようと思うのだが、正しい手順などはあるのだろうか?」
「いえ、食べる前に手を合わせていただきます、と言うだけです。 ですけど、これ異教の礼ですよ?」
「なに、私は無神論者だ」
「僕は有神論者ですけど」

 心とか魂とか、そういうもので感じたんだから否定できない。
 証明しろって言われても出来ないけど、居るか居ないかと聞かれれば居ると答える感じ。

「異教の神を信仰しているのか?」
「信仰じゃないですね、あの神様は信仰してもしなくても無干渉っぽいですし」

 面と向かった場合は言動に許しを請わなければ消し飛ばされるが、そうでない場合は無視っぽい。
 じゃ無ければ今頃俺死んでるし、……あれ? だから俺あんな目にあったりしたんだろうか?

「面白い言い方だ」
「直接会えば嫌でも認めなきゃいけませんよ」

 ファンタジーってだけで最初わくわくしたが、こうなるんだったら前世の記憶なんて欲しくなかったなぁ。
 うん、間違いなくあの時の選択を早まった。

「見たような言い方だな」
「見たとは言えませんね、何か凄過ぎてどんな姿なのかとか分かりませんでしたし」

 後光? あれがあったかどうか分からんが、とりあえず何か凄まじい存在が居るという事だけしかわからなかった。
 認識できないって言った方が良いのか? とりあえず一番近い言い方をすれば『神様』だな。

「……ハハハハハ! 面白いな、アレンは!」
「俺の人生の方が面白いでしょうがね」

 溜息を吐く、今まで波乱万丈でこれからも波乱万丈かもしれないから嫌だ。
 苦難に足掻けって意味だったんだろうね、だったらこれからもそれが起こる可能性がやばい。
 ちょっとやけくそ気味に食べ始める、くそ、美味くて涙が出そうだ。

「……そんな話、母さん聞いていないのだけど」
「神様見たよって言ったら信じてくれた?」
「ええ」

 真顔で言ってくれたよ母さん、それでも言うタイミングとか無かったし言わなかっただろうけど。

「まぁ神様見たからって何の意味も無いし」

 コノニクウメェ。

「確かに、言い触らすような事でもないだろう。 詰まらん連中が寄ってくるかもしれんしな」
「フェンフィフォーレトとかですか」
「ああ、信仰しなくても良いが、異端には敏感だからな」
「良いんじゃないんですかね、全知全能の神様なんだし、僕が名前を知らないだけであの人たちがフェンフィフォーレトって名づけている神様かもしれないですし」

 神様の名前を勝手に付けるとか、それこそ不敬とかじゃないのかね?
 少なくとも俺は神様としか言えないね。

「そんな考えもあるか」

 ハムッ ハフハフ、ハフッ!!
 マジで美味いな、店で出てきても美味くて驚くレベルだ。

「気に入ってくれたか、手間を掛けた意味があるというものだ」
「手作りと言うのは驚きますね」

 てっきり作らせているかと思ってた、自分で作るってのは食材自体が危なくなきゃ危険性も減るよなぁ。

「趣味ですか?」
「そうだな、願望もあったかもしれんがな」
「可愛いお嫁さんですか」
「ほう、分かるか?」

 やべっ、茶化したつもりが当たってしまった。

「……幻想を抱くんじゃないですかね、特に男の魔人は」
「ハハハ、確かにな。 そうである者は相当に少ないからな」

 この国の原因でもあるしなぁ。
 いや、魔人という種の限界か。

「思う事なんて人それぞれですから、誰が何を思い憧れようが人様に迷惑掛けなきゃ良いんですよ」

 可愛いお嫁さんとか一害も無い、料理が毒殺級とかだったらあれだが、相当上手いし。
 イメージ的には違うように見える、身長170cm位あってグラマー、表情から見ると鋭く見えるし。

「つくづく十二の子供には見えないな、アレンは」
「色々考えてたらこうなりました」
「将来の夢はあったりするか?」
「……あー、領地の家でゆっくり過ごしたいですね。 何の危険も無ければ今すぐ戻りたいぐらいです」

 本当にゆっくりしてぇなぁ、戦いとかうんざりだ。
 刺激なんて要らないから平穏にずっと過ごして生きたい。

「勿体無い、どうだ? 私の元に来ないか、優遇するぞ?」
「遠慮します、軍とか危険一杯じゃないですか」
「私としてもそれは許せないわ」

 母さんも反対してくれるのは良い事だ、レテッシュさんが誘ってきた時周りの人たちの視線が鋭くなったのはあれか?
 魔人ってのは敏感だから、見られてたらすぐ分かっちゃうんだ。

「……ご馳走様、大変美味しゅう御座いました」

 受ける訳も無いし、軽くスルーして食事を終わらせる。
 張りのある食事で毎日食べたくなるような感じだ、性格が良いならお嫁さんに欲しいくらいだ。

「綺麗に食べてくれると私も嬉しい、作り甲斐があるな」

 そんな言葉を聞きながらまったり、眠たくなってくるな。






 ぼーっとしてたら他の人の食事も終わり、片付けに入っていた。
 かなり寝てたってのにまだ眠いらしい、コップを掴んで水を飲み干す。

「アレン? まだ眠たいなら休んでもいいのよ?」

 コップを置いて左手を目の上に被せる、一時してその手を下ろして立ち上がる。

「レテッシュさん、紹介してもらっても良いですか」
「ああ、食器を置いたら集合だ」

 そうして食器などを片付け、おそらく護衛の人たちが広いリビングに整列する。

「休め、それでは彼らを紹介しよう。 こちらが『アレン・テーミッシュ・ラ・ボード・アルメー』卿、正確に言えば今だ家督ではあるが、いずれ正式に男爵位を継ぐ事になる」
「ご紹介に与かりましたアレン・テーミッシュ・ラ・ボード・アルメーと申します、この度はレテッシュ・フレミラスン・リ・ブレンサー・マードル卿のご好意により厄介になる事になりました。 皆様にはご迷惑をお掛けする事となりますが、母共々何卒宜しくお願いします」

 腰を折って一礼、同様に母さんも自己紹介と礼。

「諸君らに任務は彼ら母子をたった一つの傷も付けず守り抜く事、その為に厳選しここに集めた。 出来ないとは言わせない、出来て当然、当たり前だ」
「ハッ」
「宜しい、諸君らの有用性を私たちに見せてみろ」
「この身に代えましても」

 整列し一糸乱れぬその姿は正しく訓練され尽くした軍人、レテッシュさんが直々に見て選別したんだろうか。

「それでは堅いのは終わりだ、アレンは随分と眠たそうだからな」
「……ああ、すみません。 立ってるのもきついです」
「ヘレン殿」
「ええ」

 俺の肩を抱いて、母さんが支えてくれる。
 うー、こりゃきつい。
 ふらふらと歩きながらも俺は寝ていた部屋へと戻った。







「……宜しいですかな、ヘレン殿」
「ええ」

 アレンをベッドに寝かしつけ、一分も経たずにアレンは眠りに就いた。
 それを見計らってレテッシュさんが声を掛けてくる。

「お二方の身の安全は保障します、ですが入学した後の学園内では十全とは行きません」
「分かります」
「しかしながら一見になりますが、おそらくはアレン君は学園の寮には行かずにここから通うと」
「言うかもしれません」
「無論その際は常時警護をさせて頂きます。 その上で出来るだけ視界に入らないよう勤めさせますが、もしもの際は最優先で行動させていただく事をご了承願いたい」
「お願いします」

 これ以上アレンを戦わせるのは認められない。

「決して、アレンに怪我を負わせる事が無きよう」
「確かに」

 そうしてベッドのシーツを掴み、沸いてくる怒りを抑える。
 背後のレテッシュさんにではなく、苦しみを生み出した原因である自分に対しての怒り。 

「……アレンは優しいのだから、貴女を許すと言ったのでしょう?」
「いえ、アレン君には許しを貰っては居ません」

 その言葉を聞きまさかと思い振り返るも、レテッシュさんは真剣な表情で続けて言った。

「謝罪を述べたのですが謝らなくていいとも、私の行動を肯定し、その上でアルメー卿の行動を誇らしいと」
「それ、は……」
「申し訳有りませんが分かりかねます、どうしても謝るのならヘレン殿にと。 そうアレン君は言っていただけました」
「……本当にこの子は」

 いつも違う考えばかり。

「……私はどちらも選べないでしょう、原因は私であるのですから」
「………」

 アレンへと向き直り、手を握る。

「あの人もアレンのためにやった事だと言うのでしょう、そして貴女を責める事も無いでしょう」

 誰に対してもとても優しかったから。

「だから私はどちらも選べません、ですが貴女が償いたいと言うのでしたら、アレンの為にしてやってください。 それならば贖罪になるはずです」
「はい」

 アレンが幸せになれるよう、ただ願いただ行動するだけ。
 それが私に出来る事。



[17243] 16話 知りながらも考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/03/28 02:51

 瞼を開いてガバリと起きる、寝惚け眼で目をこする。
 そうして空腹を主張する腹の音、またぐっすり寝ていたようだ。
 足をベッドから下ろして呆っとする、腹が鳴ってるって事また長時間寝てたって事か。
 思いっきり背伸びをして立ち上がる、立ち上がって腕や腰を動かして体をほぐす。

「……悪くない」

 体に一切の不調はなく、魔力もなみなみとある。
 まさに完調、ここ最近はこんな感じでは無かったからなぁ。
 少々感動しつつ体の状態を確かめてから、部屋を出ようとドアまで歩いてドアノブを掴むと、こっちより先にドアノブが回った。

「ん? 起きたのか、アレン」
「ええ」

 今日は白いシャツに紺色のズボンと、前よりはきっちりとした服を着ているレテッシュさん。
 鋭い視線を向けてきたと思えば、次には華やかな笑みを向けてくる。
 これが慕われる秘訣か? 一見厳しそうに見えて次には笑みを向けてくる、しかも清清しい笑顔だから大抵は悪印象を持たないと思う。
 人柄か仕事柄か、俺はどっちにしろ強さ的な意味の化け物にしか見えないから、良いも悪いも無い。

「どの位寝ていました?」
「三日ほど、やはり随分と疲れていたようだな」

 肉体的には魔法によって疾うに完治している、だったら精神的に疲れてるってのか。
 いや、まぁ、何度も殺されかけたからそうなっても当たり前か?
 ……まいってるのか、殺されかけたなぁ~、なんて軽く言える事がそう感じさせる。

「そのようです、次からは大丈夫だと思いますけど」

 視線を落として開いた右手のひらを見る。
 思い通りに動く手は、一切の違和感を生み出さない。

「なに、ゆっくりと過ごせば良い。 誰も急かしたりなどしない、アレンが好きなようにすれば良い」

 微笑を浮かべて俺の肩を叩く。
 そうして俺は顔を上げ、レテッシュさんの蒼い瞳を見る。

「強要されるのは好きじゃないですよ」
「だがいつか強要する事も覚悟しておいた方が良い、己の身とヘレン殿の安全を確保するためにはな」
「だったら逃げます」
「それは無いな、決着を付けなければ長引かせるだけだと分からない訳ではあるまい」
「戦う力なんて無い、精々逃げるだけしか出来ない。 それでどうやって戦えって? 暗殺でもしろって言うんですか?」
「上策だ、その手で殺すのが嫌ならそれに優れた誰かに頼めば良い。 そうでなければアレンの力で敵を討て、それも嫌であれば……」

 もう一方、俺の左肩に右手を乗せてくる。

「私の下に来い」

 そう言ってまっすぐ見つめてくる、嘘や偽りが無い、真摯な視線。
 だから俺もまっすぐ答える。

「それは無いと思います」
「……そうか、残念だ……」

 呟いて、目を見開く。

「……いや、そうか……そう言うのもあるか。 はは、これが……」

 俺の方から手を退け、右手を顎に添えて何か考え始めたのかぶつぶつ言い始めた。

「……なるほど、奴が固執する理由が分かったな」
「は?」

 体を横に向けたレテッシュさんが、流し目で見て笑う。

「いや、本当に残念だ。 だが諦めたわけじゃない事を覚えていて欲しいな」
「助けて貰うのは感謝していますが、恩の取り立ては勘弁してくださいよ?」
「公爵家の力を削げるだけでも見返りは十分だ、今のは個人的な気持ちだ」

 そうであるなら良いけど。

「それが最大だと思ってください、それ以上のものを求められても出来ませんよ」
「では、その最大を得ようとするなら、力を持て。 でなければ手は届かん」
「やれるだけですよ、後は知りません」

 その言葉を聞いてもう一度レテッシュさんが笑う。

「ならば死ぬ気で頑張れ、君とヘレン殿のために。 今までがそうであったのなら、な。 そうだ、食事が出来ているよ、良さそうならリビングに来てくれ」

 俺の右肩を叩いて、レテッシュさんは部屋を出て行った。






 よく分からんが、腹が減ったので一階に降りてリビング。
 広い室内を見れば母さんやレテッシュさん、護衛の人たちが既に揃っていた。

「こっちよ、アレン」
「うん」

 母さんに呼ばれて移動し、前の食事と同じ場所に座る。

「この前のよりは味が落ちかもしれないが、悪くない出来だと思うよ」

 寝る前に食った料理より少しくらい味が落ちても十分すぎる、こんな料理を毎日食べられるのは良い事だ。
 配膳がすばやく行われ、食事の態勢が整っていく。

「よし、それではいただこう」
『いただきます』

 レテッシュさんや護衛の人たちも皆手を合わせて礼……まいっか。
 どこかの神を信じての物ではなく、食べられる食材に感謝しての言葉だから悪くは無いだろう……たぶん。

「いただきます」

 食べよう、温かくて美味い料理を冷やすとか冒涜だ。





 今回は別に眠くならない、長い睡眠がしっかり効いたのだろう。
 水を飲んでわずかに残る後味を流す、腹も膨れたしこれから勉強だな。
 だがその前にトイレだ、便意が来たから駆け込んだ。
 手を洗ってリビングに戻れば、変わらずレテッシュさんは座っていた。

「……そう言えば仕事とかはどうしたんですか?」

 とりあえず気になった事を聞く。
 将軍だし、やるべき事多そうなのに家に居るって休みかな?

「やるべき仕事はもう終わっているよ、必要ではあるが無意味に時間を掛けるのは好きじゃなくてね」

 ヒューッ!! まさしくやり手の人だ。
 俺も聞かれたらそう言ってみてぇなぁ、言えるほど有能じゃないけど。

「それじゃ、受験勉強してきます」
「それは良い、私も参加させてもらおう」

 はぁ、まぁいいか。

「そうですか」

 マンツーマンは一人に対し一人だったっけ、なら一人に対して二人の指導者ってなんて言うんだろうか。
 マンスリーマン? 全然違うな、短期賃貸じゃあるまいし。

「勉強と言っても色々有るだろう、どれから始めるつもりだ?」
「普通に歴史とかですけど」
「ふむ、ヘレン殿が受けた入学試験はどう言ったものがありましたかな?」
「基本的な学業を試す筆記試験と、魔力の制御ならびに魔法の練度の確認です。 私が受けた時と同じならば、アレンだと十分に通過できると思うわ」
「同じ? 母さんはヴェンテリオール出たの?」
「魔法関連はあまり良くなかったのだけど、筆記じゃ首席だったんだから」

 ああ、道理であんなすらすら答えが出てくるわけ。
 魔力はあんまり多くは無いけど、その代わり知能は抜群なのね。

 階段を上り二階に上がる、俺が寝てた部屋の隣のドアを開ければ机とかが目に入る。
 机の上のもの、厚さ二センチくらい有る本を手にとって見る。

「これって、教科書じゃないですか」
「ああ、今年度の一年生が使う教科書だ」

 必要かと思って取り寄せたよ、ハハハ。

 ……参考になるのは間違いなさそうだからまぁいいか。
 とりあえず手に取った教科書を開いて目を通す、その教科書は保健体育。
 パラパラと捲って予想通りの事実が載っていてちょっとがっくりした。
 その内容は『魔人の生態』について、題名通りだ。

 つまり魔人についての事柄。
 例えば『女性の魔人は男性の魔人より多数の面にて優れている』とか。
 今居る男性と女性の割合が3:7とか、魔人は種の生存率を高めるため優性を選び子を構築する、とか。

「……うっわ」

 まじかよ、これってかなりやばい話だ。
 魔人の特性としてより優れた能力を子に受け継がせる、より優れた種として生き残るための特性。
 有利になるように進化し続けるための特性が種の閉塞性をも孕んでいた。
 今現在魔人の世界は女性優位の世界、女性が優性、男性が劣性と位置付く状態。
 男と女が生殖して子を成せば、実に七割ほどの確率で女の子が生まれる。

 簡単に言えば弱い男と強い女の間に出来る子供は70パーセントで女の子。
 つまり男が生まれにくい、その上男の子が生まれてもなぜか女性の優位性を引き継ぎにくい。
 要するに生まれる男の子は弱い父親の能力を受け継ぎ、魔力的成長の見込めない男の子として生まれてくる。
 女の子だったら受け継ぎやすく、魔力とか何やら高い能力を授かる。
 だけど男の子にはそれが薄い、この魔人の世の中、能力が高い男が生まれにくくなっている。

 すんごい差別的な状態、この状態がもう随分と長く続いているらしく。
 このままであれば生まれてくる子供の割合はさらに開き、世の中女の魔人ばかりになっていく。
 そうなるとお手上げだ、女性同士では子を成せない、男性と子を成しても生まれてくるのは女の子ばかり。
 遠い将来魔人と言う種は個体数を激減させる事になる、絶滅しなくても今の何百分の一、何千分の一にもなるだろう。
 対策はもちろん打っているらしい、単純に能力が高い男性と能力が低い女性との間に子を成す事。

 ああー、無理だな。
 魔力量的に今居る男性の平均魔力は女性の平均の半分以下、もう既に滅びへの道を歩んでいる。
 どうしてこうなったのか、予想するなら大昔にめちゃくちゃ強い女性の魔人が現れたりして子供を作った。
 生まれるのは当たり前に強い女性の魔人、無論そこらの男より上回る能力だから子を成しても生まれるのは女の子ばかり。
 それが連続で続いた結果が今の世の中って事か?

 ……どう考えてどうにも出来ない状態です、これをどうにかしろと言われても絶対無理ですとしか答えられない。

「……ありがとうございます」
「それでアレンの勉強についてだが、学問はヘレン殿、実習は私で良いかな?」

 俺の考えなど少しも分かっていないような二人。
 いや、とっくに理解して達観しているような状態なのかもしれん。
 長命種であるから、俺が長生きしてもまだまだ魔人の世の中は続いていく。
 予想したような一気に激減するってのは戦争でも起きて大量に死ぬとか出なければ無いだろうが、遥か長い時間を掛けてゆっくりと魔人の数が減っていくのは確かだろう。
 これはやばいと思いつつも打つ手なしだから、即諦めて教科書を閉じる。

「実習って何するんですか、攻撃魔法の打ち合いとか嫌ですよ」
「そう言ってくれるな。 貴族たる者、誰よりも前に出て戦意を示さなければならない。 ヘレン殿はそう習いましたかな?」
「ええ、『貴族たる者、戦いの中で誰よりも前に出で身を輝かせるものと知れ』。 どの学校でも須らくと教えられるはずですよ」

 戦い方も教えるって事か、今だ下位攻撃魔法までしか使えないのになぁ。
 そのくせ治癒魔法とか隠蔽魔法は中位越えてるとかねぇ、これは後方支援フラグだと思っても良いのでは?

「……まぁ、頑張ります」
「そうしてくれ、それではまずどちらから始めるとする?」
「魔力制御の方から始めた方がいいかしら? 半月は寝続けたのだから、テストを兼ねてみても悪くは無いと思うのだけど」

 そういや寝ている時もしっかり抑えられているんだろうか。

「いっつも使ってるから別にいいんじゃない? 今だって抑えてるし」
「……そうだったな、あの時は最大ではなかったと見たのだが」
「そりゃ全力じゃないですけど、あれで五分の一とか言われたら悲しくないですか?」

 結構力を込めたんだ、全力出しても三分の一にも届かないんじゃなかろうか。

「だったら見せて欲しいな、アレンの全力を。 今後の可能性も考慮しておきたい」

 まだ成長するにしても、レテッシュさんには届かなさそうだからなぁ。

「……良いですよ、制御と放出を両立させたいんで護衛の人たちにも言った方が良いかも」
「ラアッテ、知らせてくれ。 良いぞ」

 えー、早くね?

「……今ので良いんですか?」
「もう全員に伝わっている、心配しなくても良い」

 どうやって伝わったのか分からん、何か特殊な魔法でも使ってるのか。

「あー、じゃあ……」

 一度深呼吸、内に魔力を巡らせて範囲を皮膚の外へと領域を広げていく。

「………」

 速度にすれば一秒一メートル位か、広げると同時に一つの空間に対して薄くなっていく魔力を一定濃度に補ってどんどん広げていく。
 イメージは正円、一階、床の下、地面の下にも広げていく。
 揺らぎ無く、完全な円がただ大きく広がり、巨大化していくイメージ。

「アレン、まだ行けるでしょう?」

 口を開こうとしたレテッシュさんを制して母さんが言う。

「いける」

 ぐんぐん広げていく、そして円を崩しそうな魔力量を繊細に扱って整える。
 そこで限界、少なくともこの屋敷の周囲までも完全に覆う俺の魔力領域。
 今以上広げて魔力を込めると制御しきれず一気に拡散する可能性がある、だからそこで範囲を留めて魔力密度を増やす。
 溢れ出る魔力を範囲内に充足させていく、整えられた魔力領域は俺の体内と同じ条件の下、拡散せずに留まり続ける。

「……ッ」

 どこまで行けるか、快調で限界に挑みたくなる。
 どんどん、どんどん、どんどんと、内部のタンクが空になるまで引っ張り出した。

「っ、ふぅー……」

 限界、これ以上注ぎ込む事も広げる事も出来ない。
 魔力領域を縮小して魔力タンクへと注ぎ直す、今領域を覆う薄い膜を破ればごっそりと魔力が散っていくな。
 そうして体外に放出していた魔力を全て戻す、精密な魔力制御が出来ないとやれない事だし、限界も知れたからいいか。

「こんなもんですね、良い感じです」

 範囲数百メートルに濃密な魔力、これだけの事を出来そうなのって数人しか知らねー、例えば目の前のレテッシュさん……。

「……どうしたんです?」

 何か凄い笑みを浮かべていた、とても嬉しそうな笑み。
 母さんも笑ってはいるが、レテッシュさんとは違う感じの笑みだった。

「いや、はや、これは……。 凄いな、アレンは」
「レテッシュさんに言われたくないですけど」

 どうにも苦しそうに笑うレテッシュさん。
 かなり多いと言える俺の魔力量の五倍くらい持ってるんだぜ、この人。
 とんでも魔人の一人なんだよなぁ、結婚する相手の理想が『自分より強い人』だったりすると完全にアウトだな。

「それだけあれば戦闘に支障を来たさないだろう、魔力運用を重点的に学んでいけばそれだけで相手にとって厄介な存在になるだろうな」

 その上隠蔽魔法が素晴らしいですから、絶対条件として俺を殺すなんて人たちからすれば、即死させない限り十中八九逃げられる。
 ……考えようによっては格上相手でも十分に戦えるって事か?
 逃げ出して再起を図り、『〈見えざる衣〉ハイド』を掛けて背後から一撃って手法も使える。
 やっぱり習っておいた方が良いのか……。

「私からはそこを重点的に教示しよう、知識面ではヘレン殿が教示してもらえばヴェンテリオールも簡単だろうな」
「ええ、アレンは飲み込むのが早いからすぐにでも上達すると思うわ」

 二人から一推し? を貰ってやっぱりチートで良いのかこの体、とか思う。
 と言うか男じゃなくて女で転生してればレテッシュさん以上の化け物になってたかもしれないってか?
 最強は憧れるが、前世の記憶持ちで性転換とか悶絶する、一生未婚のまま終わるだろう。
 男に生まれて良かったのか、女に生まれなくて悪かったのか。
 ……やっぱり男に生まれて良かったと、関係有るのか分からんが神様に一応感謝しておいた。



[17243] 17話 勉強しながら考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/03/30 00:11

 三日前、アレンが一度目を覚ました日の事。

 レテッシュ・フレミラスン・リ・ブレンサー・マードルには予想してしかるべき懸念があった。
 アレンとヘレンから手紙が届き、急遽断念した計画を立て直した。
 信用できる子飼いの兵に命を与え、手紙を送ってくる時まで生存が確認されている二人を探し出して保護するようにさせた。
 公爵家からの追っ手より早く見つけ、保護しようとするがレテッシュが送った兵だと知らなかったヘレンを説得するため出向くことになったが、それでも二人を保護する事が出来たのは良い結果だと言えた。
 そうして籠を使い数日掛けレテッシュの屋敷に着き、これのために集めた忠実なる兵に屋敷の周りの警護を任せた時の事であった。

 仕掛けてくる、それは確信に近いものであり、そうでなくても警戒するに十分な存在であったのは確か。
 一日、二日、三日、一週間、十日……、その中で予想通りアレンを亡き者としようと暗殺者がレテッシュの屋敷に入り込もうとした。
 だが、屋敷の周りを固めるのは熟練した兵、自身も教示した素質ある者たち。
 警戒を掻い潜って侵入する相手の訓練も十分積み、実際にその訓練が役立った時が何度もあった。
 つまりは進入しようとする暗殺者をことごとく退け、万全の警備状況で蟻一匹も見逃さない状態を作り上げていた。

 しかしながら、そこそこ出来る部下たちでもこの相手では戦いになる事は無く、ただの虐殺される存在に成り下がる。

「……今度は誰に雇われた? 推測は十分だが、確実な証拠が欲しいものでね」

 だからレテッシュは装備を整えていた、愛用の武器と防具を着込んで油断も隙も無く屋敷の近くで佇む。
 この一角から護衛の兵を全て移動させて他の方向を警戒させている、だから今この場に居るのはたった二人だけ。

「………」
「あの伯爵か侯爵かな、それともラッテヘルトンかな?」

 日は疾うの昔に落ちている、辺りは星空の明かりによってのみ照らされた世界。

「いつもの事、私を殺しに来たか」

 飄々、殺気も戦意も何も見えない自然体でレテッシュはその存在に問う。

「………」

 それを前にして答えない、感情を削ぎ落としたような侵入者は問いに答える必要は見出していなかった。

「……ふむ、同じであれば即座に切りかかってくるものだが……。 それになんだ、いつもの得物も無しとは侮っている訳でもあるまい?」

 無手の侵入者、本来であれば己の武器として剣を所持しているはずだった。
 それが無くても並みの魔人なら秒殺所か、瞬殺で終わる実力。
 しかしながら相手をするレテッシュは並みではない、侵入者と比肩するほどの実力を備える兵。

「………」

 それも含め侵入者にとって見つめてくる蒼髪の女は甚だしく気に入らない。

「どうした……、そうか。 貴様の目的は……あいつか」

 気に入らない、その顔、その声、その体。
 どれを取っても侵入者と正反対の位置付けになるであろう存在。
 そんなレテッシュが侵入者の愛しい人を手の内に収めている、それが何より気に入らなかった。

「……ほう、『無情の潔癖者』ともあろう者が、そんな顔が出来るなど思いもしなかった」

 レテッシュは驚く、皮肉でも何でもなく純粋に驚いた。
 侵入者の顔が激情に塗れている事を、以前ならば全く考えられない状態だった事に驚きの声を上げてしまった。

「……気に入らない」

 呟いたその声にも激情が乗っていた、『無情の潔癖者』と言う通り名に相応しくないもの。
 それはそのままの意味、感情を感じさせない無表情に、その身に着ける防具どころか攻撃に使う武器にまで返り血を受けさせないと言う意味で付けられたもの。
 一度剣を振るえば幾人もの敵の首が飛ぶ、巨大な魔力に巧みな剣技、戦闘センスも並外れて凄まじい。
 だからこそ無感情の無情であり何も触れさせない潔癖である侵入者は、数多の者から恐れられた。

「……気に入らない、気に入らない、気に入らない」

 そんな侵入者の顔は憎悪に歪み、無表情であっても可憐と評される造形は見る影も無く歪んでいた。

「なるほど」

 レテッシュは考える、何度か剣を交えた事がある侵入者がこのような表情を見せる事など一度も無かった。
 以前に剣を交えた時は無表情で即レテッシュに襲い掛かり、簡単に討ち取れないと分かるや変わらず表情を崩さず引くような存在だ。
 だが今の侵入者はまるで別人のような存在だった、それもこれもアレンの事を出してからの変化。

 こうなる事は予想していなかったが、来るであろう侵入者の事は予想していた、ヘレンにアレンを襲った存在の事をしっかりと聞いていたから。
 髪色は淡紅色で毛先が白、アレンより小柄で凄まじい魔力を放ち、その攻撃は何かを飛ばすスタイルだと。

「……あいつが愛しいか」

 レテッシュは笑う、それは挑発だった。
 見ても聞いても簡単に分かる挑発、普段であれば絶対に乗ってこないだろう挑発に、侵入者は敵意をむき出しにする。

「気に入らない」

 ギリッと何かが削れる音、湧き出る激情で歯を食いしばって削る音だった。

「私はあいつを気に入ったな、あの声、あの姿、あの考え方、そして未来、どれもが私の心を穿つに十分なものだ」

 その体が震える、腕が震えて足が震える、恐怖など陳腐な感情によって引き起こされるものではない。
 怒り、レテッシュに対しての留まらぬ激怒。
 今殺してやろうか、その身を切り裂き内臓を余す所無く撒き散らしてやろうか。
 今すぐ殺してやりたい激情に駆られながらも侵入者は引いた。

「……何?」
「貴様は、気に入らない」

 歯軋りを鳴らしながら、侵入者は闇に消えていく。

「気に入らない、気に入らない」

 呟きながらも、怒りを表にしながらも遠ざかっていく侵入者。
 拍子抜けしたのはレテッシュだった、一戦交えると覚悟して油断無く佇む。
 そうなって当たり前の状況ゆえに驚いた、ここで引く理由が見つからない。
 ここで戦えば屋敷、と言うよりもアレンに被害が及ぶと考えての撤退か。
 ならば追いかけるかと考えるも、いつもなら真っ向正面から来る相手が、誰かと組んで襲撃すると言う事態は考えにくいがありえない訳ではない。

「……ここが最善か」

 追いかけると言う選択を破棄、この場に留まり警戒を続ける方が良いと判断する。
 これがアレンが目覚め、食事をした後すぐに眠った日の夜に起こった出来事だった。







 無論そんな事があったなど知らないアレンは、時間を掛けて勉強し続けていた。

「首都の遷都はこれまで何度あった?」
「えー52回」
「ではその移転させた街の名前を順に答えなさい」
「……テューレトット、ハンメラ、アンベラトス、テラハロール、ヨユアロロテム……」

 思い出して答える、人間とは比べ物にならない長い歴史を持つ魔人。
 だったら首都遷都が52回という数字は少ないのか? よく分からんね。

 机に向かい、隣に母さんが座って勉強。
 学ぶ科目は国語や古典、世界史、地理、政治や経済に数学と保健体育など。
 前世で学んだような科目ばかり、違うのは物理や化学が無くて魔法学とか有る位か。

「正解よ、随分と理解出来てきたわね」

 そりゃ毎日朝起きてからずっと勉強して、昼過ぎからは訓練漬けですから覚えないほうがおかしい。
 毎日やるから習慣が付いて反射的に出来るようになったりするし、勉強は……まぁそんなに使わないだろうしいつか忘れちまうけど。
 
「そう思っていたってぇ!?」
「余所見をするな、私だけを見ろ」

 鉄棒、無論小学校にあるような体操器具ではなく、そのまま文字通りの鉄の棒。
 長さ60センチほどで直径3センチはあるそれが、風切り音を鳴らして高速で身を打つ。
 普通に叩くだけで骨が折れるというのに、魔人の腕力でやられたら骨が砕ける。
 ちなみに鉄の棒は7代目。

「そら、早く逃げんとまた打ち込むぞ」

 高速の踏み込み、それを凌駕する速度で飛び退いて鉄棒の一撃を避ける。
 無論当たっても魔力障壁を張っているから肉体にまで衝撃を通さないが、衝撃を散らす分だけ魔力が削られる。
 それなりの威力だから何十回も叩かれれば結構消耗する、だから逃げ回って避け続ける。

「そう何度も!」
「当たってるな」

 また簡単に詰め寄られて鉄の棒を腕で受ける。
 今日だけで三十回目、回避のために魔力強化、打撃を受けるための魔力障壁、常時そこそこの魔力を使っているから結構つらい。

「でぇい!」
「私は逃げろと言ったはずだが」

 後退から前進へ、いい加減嫌になってきたから反撃の一つしても罰は当たらんだろうと反撃するが。

「ぐ」

 顎を叩かれ頭が跳ね上がる、伸ばした右手は届かずに空を切った。
 無論狙いは悩ましげに揺れる胸、事故と偽って揉んでやりたかったのは嘘ではない。
 そんな狙いはあっさりと看破され、一歩下がりながらの鉄の棒。
 魔力障壁が無かったら顎が砕けて大怪我だな、すぐに治癒魔法で治るけど。

「僕の魔法だけありってのはどうですかねぇ!?」

 懐に入れないならさっさと逃げるしか出来ない、飛び退きながら叫んで魔法の使用の許可を求める。

「意味が無い事だ、アレンの魔力や制御は素晴らしいが私相手では通用しないと思え」

 言ったな。

「『〈見えざる衣〉ハイド』」

 ちょっとムキになった、残念ながら俺の隠蔽魔法はチートだぜ!
 着地前に姿が空中に溶け込み、透過率100パーセントへ届く。
 そうして着地後、また前進、今度こそその胸いただきだ!
 俺が消えた事で反射的に『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』を使うレテッシュさん、無論探知をすり抜ける俺の隠蔽魔法。
 大きく右手を伸ばし、たわわに実ったそれ目掛けて突進。

「いべっ!」
「見事だ」

 見えているとしか思えないタイミングで殴り飛ばされた。
 十メートルぐらい飛んでごろごろと転がり、隠蔽魔法が消失する。

「少々焦ったな、やはりアレンは逃げる事に関しては天才的だろう」

 俺の着地地点から彼我の距離、飛び込んでくる位置と速度を予測しての攻撃だった。
 それだけで全く見えない俺の位置が分かるとか反則的だろ。

「丁度良い、今日の訓練は終了だ」
「……十二歳の子供にこの仕打ちは酷い」
「アレンの事は子供だと思わない事にした」

 頭脳は大人! 体は子供! そのまんまだしなぁ。
 魔力障壁で完全に衝撃を散らしたから痛くは無いけど、起き上がってなんとなくわき腹を擦ってしまう。

「……防ぎきれなかったか?」
「いえ、お腹すいたなぁと」

 動いていれば腹減りますよ。

「そうか、夕食の準備を始めるか」

 こんな感じの毎日、最初の方は酷かった。
 始めた当初魔力が切れるまで殴られたからなぁ、魔力が無くなればそれ以上やらないけど。
 魔力回復量が多いから、毎日続けても軽く100発ぐらい耐えれるってのも問題だった。
 それが分かった次の日からはフルボッコ、俺の足捌きや重心、視線や腕の振りとかで移動する方向が丸分かりとかとんでもねぇっすよ。
 しかも俺がその方向に移動するより早く予測して距離を詰めてくるから、気が付いた時には鉄の棒を振り上げられていたりする。

「ああ、もうちょっとですね。 僕って強くなってます?」
「始めた時よりはな、回避が上手くなっている」

 そりゃそうだ、俺は逃げるしかしてないし。
 剣の振り方とかも習ってはいるけど、実戦で使うには全然足りない。
 十年くらい毎日振ってればそこそこ物になるとレテッシュさん談、そりゃ十年も振ってりゃ使い方も分かるっての。
 手っ取り早くと言うのが理想だが、やっぱりそれは理想でしかない訳で、ファンタジーと言えど鍛錬と才能の有無によって決まる。
 人並みの才能は有るがやっぱり人並み、最低でも十年ほどは必要かぁ、最強主人公は凄まじく遠い、むしろ来ない気がする。

「ところで」
「はい?」
「触りたいか」
「いえ、良いです」

 胸を張るレテッシュさんを無視してさっさと屋敷に戻っていく。
 面と向かって胸を触っていいと言われても、手を出せるほど豪胆じゃない。
 ……俺って意気地なしだなぁ。

「今日は何にするんです?」
「つれないな、アレンは」
「大人になったら考えます」
「なるほど、楽しみだ」

 笑顔を見て俺は走り出した。
 何か最近背筋が震えるんだよなぁ、あの笑顔見てると。
 悪い笑顔に見えないんだが、なんかあいつのあの歪んだ笑みを思い出して嫌になる。






 そんなこんなで月日はすぐに経つ、この屋敷に着いてからもう半年も経った。
 年は十三になり、背丈もぐんぐんのびて160センチに届くかもしれない。
 母さんの背丈はもう追い抜いて、レテッシュさんにはあと10センチほどか。
 随分と背が伸びたなと言われて気が付くような感覚、毎日顔をあわせてるから気付きにくいね。

 とりあえずは届いた今年度のヴェンテリオール学園への入学願書をさらりさらりと書く。
 母さんに勉強を教わり、レテッシュさんに戦いの動き方、主に逃げだが教わってまぁそこそこの自信が付いた。
 合格に十分なレベルと言うか、主席を狙えるとか言うレベルらしいが他の人と比べてないから分からんわ。
 願書を出してから二週間ほどで入学試験を受ける許可が出て、受験票やその日にちなどが書かれた書類とか届いた。

「……間違いはない」

 うん、とレテッシュさんが頷く。
 妨害する意味があるのか分からんけど、邪魔してくるなんて有りえるらしいからしっかりと確かめたらしいレテッシュさん。
 それなら良いけど、いまさら受験させてくれないとかこの過ごした月日は何だったのかと。
 物理的に強くなった……はずだから、無駄ではないのだろうが。

 それから半月、その間も勉強やら訓練やら色々やった。
 試験日の当日、少々見栄の張った服を着て試験会場に向かうのだが。

「付いてくるんですか」
「当たり前だろう、護衛が居るとは言えあまり外を出歩かせたくないのが心情だ」
「そうね」

 二人とも微笑んでこっちを見てくる、質素ながら質の良い服を着る二人。
 何か何言っても付いてきそうな雰囲気があって、断っても無駄な気がして諦めた。

「じゃあ行きますか」
「ああ」
「頑張ってね」

 無駄にはならんけど、試験に落ちたりしたら洒落になりそうじゃないから頑張るよ。





 まぁなんと馬鹿でかい門、道理で金が掛かってるはずだと思った。
 入試は学園の一施設で行うのだが、これまたでかい建物だ。
 高さ20メートルとか軽く超えてそう、同じサイズの建物が視線の奥にもいくつか建ってるので、これの維持費とかにめちゃくちゃ高い学費が掛かるのだろう。

「アレン、あの山が見えるでしょう」
「うん、見えるよ」
「あの向こう側も学園の敷地よ」

 どんだけだよ、マンモス校ってことか?
 ついつい手のひらを額に当てて眺めてしまった。

「無駄だな」

 レテッシュさんの呟きに同意する、隣の建物まで短くても300メートルとかありそうだ。
 もうちょっと詰めればいいのに、この距離は何かに使ったりするのか?

「敷地内見学はここもまでにしておいた方が良さそうだ」

 見れば他の受験生、殆どが女性だがめちゃくちゃ居る中で一箇所に向けて人の波が動く。

「アレン、初心を忘れちゃ駄目よ。 いつも通りにね」
「気負う必要も無いだろう、ここに居る全ての受験生がアレンより下だ」

 言うなぁ、確かに分かる範囲で一番魔力が高い人でも、精々俺の魔力十分の一程度しか持って居ない。
 わらわら居ても一人一人分かるってのが良い感じ、逃げてる時の人ごみとか魔力で判断できなかったし。
 レテッシュさんの逃げる訓練が功を奏したのか? 魔力の波を機敏に感知できるようになったのがこれに繋がったのだろう。
 男性が居ない訳ではないが本当に女性ばかりで全然目立たない、遠い将来魔人の数が減るって予測が間違いで無さそうだからやばい。
 受かって入学したら女子高に居るような雰囲気になったりしないだろうか。

「まぁ頑張ってくるよ、落ちたくないし」

 そう言って試験会場へ向かった。
 歩く事数分、結構広い空間の筈なのに受験生と親御で馬鹿みたいな数になっていたから、結構離れた位置から二人と別れて試験会場へ。
 数百人でも収容できそうなでかい建物、こう魔人が一杯居ると安心できねぇ。
 常に魔力纏って攻撃を流そうとしていたりする、常時戦場みたいな心構えで嫌だな。

 建物に入り受験票を見て、指定された場所の机を確認する。
 合っている事を確かめ、椅子に座って待ってれば試験官が来て試験用紙を配っていく。

「……予想外だった」

 試験開始が宣言され、羽ペンもって用紙に向き合えばあっけらかんとした。
 母さんが予想した試験内容を目処にして勉強していたが、実際に出てきた問題はレベルが一つ下だった。
 まぁ言えば簡単だ、こんな問題疾うの昔に習って理解している。
 応用も無理なく簡単に解き、あまりの簡単さに20分ほど暇をしていた。
 結局他の科目も同様だった、母さんの予想は無駄じゃなかったにしろ当てが外れた事には違いない。

 余った時間は魔力を内に巡らせて、魔力試験のための準備運動に当てていた。
 数時間に及ぶ筆記試験が終わり、建物を移動。
 体育館だろう建物に入り、魔力測定器具、思いっきり水晶の球とかそんな物が置かれていて試験官の号令に従って試験が開始される。
 これ位まで魔力を放出しろとか、この程度の魔力波を放てとか、攻撃系魔法や補助系魔法を使えとか。

 本当に片手間で出来るものばかりだった、確かにレテッシュさんが言う通り主席が狙えるような試験だった。

「他愛無い」
「まぁ、自信満々ね」
「正直拍子抜けだった」

 人間のままだったら難しかっただろうが、魔人の体はスペックが高いから色々はかどる。
 チートボディとか思ったけど母さんやレテッシュさんは当たり前らしいし、護衛の人もそうらしいので俺が天才とかそういうもんでもないって事で。
 ……比べる人が間違っている気がするけど、ここは無視しておこう、何か悲しくなる。

 受験も終われば後は結果発表を待つだけ、試験の回答を行ったら間違いが一つも無さそうでこれは受かるだろうと確信していた。
 確信は確信、案の定試験に合格して入学の許可がでた。
 即入学手続き、寮とかも完備していたけどそんなに遠くないし、ここから通えるからそれで良いかと聞いたら二人とも頷いてくれた。

「……アレン、大事な話がある」

 入学の準備をしていたら、なんか真剣な表情でレテッシュさんが俺の部屋を訪れた。
 別に忙しくないから途中で止めて向き直る。

「何ですか?」
「入学してからの事だ」
「……何かあるんですか?」

 有っても全然おかしくない、公爵家からの刺客が学園内に! とかでも全然驚かない。
 実は俺が最強だった、とかの方が何倍も驚くに違いない。

「アレンは学園に入って学生として過ごすだろう。 そこでだ、私と約束して欲しい事がある」
「……約束?」

 真剣と書いてマジと読む、というか気迫が篭った表情。

「ああ、出来るだけアレンは学園内で魔力の使用を控えて欲しい」
「……どうしてですか?」
「簡単だ、アレンが目立てばその分いろんな輩から目を付けられる。 そうなるとラッテヘルトンに媚びるような奴がアレンを狙いかねない」
「ああ……、確かに」
「何人か護衛を送り込んではいるが、万全とは言えない。 だからアレンにも目立つ事を控えて、いざこざが起きないように努めて欲しいのだ」
「それだったら喜んでそうしますよ」

 予想してみて灰色の学生生活になりそうで嫌だ。
 ……漫画に出てくるような高飛車な貴族とか居ないだろ、など言えないから困る。
 有力な貴族の子弟の周りに纏わり付く奴らとか、堂々と廊下の真ん中歩いて邪魔になりそうな感じがする。

「男爵程度が目立つとか、余計な反感買うでしょ」
「ああ、だから約束して欲しい」
「約束します、むしろ必要な時以外使いたくありません」

 そう言えば満足したようにレテッシュさんが頷く。

「そう言ってくれると嬉しい、アレンは物分りが良くて好きだ」
「絡まれない様注意しておきますよ」

 好き好んで絡まれるような生活などしたくない。

「ああ、本当に変な奴に絡まれたりするなよ。 ……引き剥がすのは大変だからな」



[17243] 18話 入学してから考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/05/22 03:03

 でかい、思ったのはやっぱりそれだった。
 聳え立つ巨大な門に、その奥に広がる物凄く広い敷地。
 20メートル級の建物が数十も有り、大自然の中に切り開かれた学校、と言う感じが凄い。

「………」

 そしてその施設を使う新入生徒たち、わらわらわらわら居る。
 見える範囲でも百人は余裕で超えている。
 後誰だ、魔人の男女比率3:7とか言った奴、1:9位はあるぞ。
 女性9人居たら、男性が1人居るかどうか。
 視線の先によっては十割に届いている比率、なんか今年から共学になった元女子高みたいな雰囲気がぷんぷんと漂う。

「……同士よ」

 数少ない男性、男子生徒は俺と同じような思いを抱いているのだろう。
 居心地が悪い所ではない、居てはいけないような錯覚さえ感じる。
 これは失敗か、親父の遺言通りに学園に入ったら女だらけでござった。
 優秀な貴族が入学してくるのだから、女性優位な世界だとこうなって当たり前だと考える事が出来たのに!
 ……嫌だが、行くしかないだろう。





 着替えたヴェンテリオールの制服はブレザー、下はスラックスで紺色を基調とした物。
 女子生徒のは同じブレザーだが小さな赤いリボンが有り、下は赤と青で組まれたチェック柄のスカート。
 襟に白い線が一本、袖にも同様、胸には学園の紋章、貴族専用と言いながらも随分とシンプルな物だった。
 てっきり赤とか青とか、目を引くような物だと思って居たがいたって普通に見える。

「………」

 と思ったらそうでもないらしい、なぜシンプルに出来ているのか、と言う事についての答えは『改造が許可されている』から。
 制服のデフォルトがこれで、改造度が低い物だとブレザーの色が変わっていたり、スカートの柄が変わっている。
 どんどん改造度が上がっていけば、襟や袖、スカートにフリルが付いている物とか。
 ロング、ミニスカートは当たり前で仕舞いには紋章付きのマントを羽織っている奴も居る。
 こりゃないだろ、と思う中でも全てに共通して変化しない箇所、袖と胸の周囲と学園章だった。
 袖や襟にフリルとかが付いててもそれ自体には手を加えられていない、胸の紋章とその周囲も同様だ。

 ……これ改造してない方が目立つよなぁ、流石に新入生で改造してる奴は少ないが。
 日が経って学園に慣れてくれば改造する一年生も増えるんだろう。
 目立つのを控える以上、俺も何かすべきなんだろうか……、こんな事があるって事を教えといてくれよ、母さん……。





 とぼとぼ歩きながら、これからのことを考える。
 入学式は終わった、めちゃくちゃな数の新入生と親御で溢れ返るコンサートホールのような建物から出る。
 それは前世のと比べ物にならなかった、めちゃくちゃ人が居るのにあんなに静かになるとかすごいもんだ。

「気を付けるのよ、アレン。 下手に誰かとぶつからないようにね」

 少々よれた制服を母さんが整えてくれる。

「気を付けるんだ、アレン。 私との約束はしっかりと守るんだぞ」

 真剣な表情でレテッシュさんが頷く。

「……頑張るよ」

 二人に対して返し、校門の前で別れる。
 二人は帰る訳ではなく、教室で顔見せみたいな物が終わればすぐ俺も帰れるからそれまで待っているとの事。

 次の問題は卒業だ、始まりがあれば終わりがある。
 卒業か中途退学か、あるいは……、惨劇か。
 後ろ二つは嫌なので頑張るわけだが。

 三十年、何の数字かと言えば最大学園在籍年数。
 人間の学校とは違い、一年で一学年上がるというスタイルではなかった。
 一学年で最大十年、三年生までそれを続ければ三十年間居れると言う事。
 つまり最短三年、最長三十年と言うのは長命種ならではの年数か?
 留年と言う形ではあるが、上がれないから上がらないのではなく、まだ学びたい事があるから上がらないと言う主張が認められる規則。
 無論進級試験に合格できない方の留年もある、そうはなりたくないものだ。

 進級してもしなくてもその間にも学費は取られるから、金持ってる奴しか出来ないもんだけど。
 つまり三年だ、三年で卒業すると決めた、これは覆らない絶対の決まり事。
 飛び級とか有ったらマジで頑張るんだけど、無いらしいのでこれは諦めた。
 ……邁進するのだ、俺と母さんの平穏のために。






 各年で所属する教室がある建物、いわゆる校舎だが複数有るらしい。
 貰った地図見たら一年生校舎その1とか書いてあるし、とりあえず数えたら十二棟。
 一つ一つが300とか400メートルあるらしく、なるほど、一番長くなる対角で校舎を繋げたら5キロメートル超えるんですね。
 ……世界最大の学校なんじゃねーの、これ以上の物とかあってたまるか。 
 ちなみに同等の大きさの二年生用、三年生用の校舎が同じく複数有ります。
 敷地面積が軽く千ヘクタールとか超えてそうで迷子とかどうなるの?
 
 ……地図が要る学校とか大丈夫なのかと、考えていても仕方がない。
 門と見える位置に有る建物から自分の今居る位置を確かめ、自分の教室がある校舎を目指す。
 五分ほどで到着し、これまた広い昇降口から入って階段を上る。
 学園の門から入って階段を上る前までに数百人の女性の魔人とすれ違った、校舎の数とかから考えると五桁行ってるだろうなぁ。
 分かった範囲で男性は20人ほどしか居なかった、間違いなく9割以上が女子生徒だこれ!
 
「………」

 やはり廊下でもすれ違うのは女子生徒ばかり、身長160センチほどしかない子供が制服着て歩いていれば見られても当たり前か?
 見られる辛さを感じながら横幅10メートルほどの廊下をひたすら歩き、校舎の端、1-1へと辿り着く。
 組の名前がどっかから取ってつけた物かもと考えたが普通に数字でシンプルだった。
 そうして閉じられているクラスのドアの前で足を止める、ほら、あれだよ、魔力の波が感じるんだよ、……中に男が居ないって。
 俺のイメージとしては設備が新しかったりする普通の学校だったんだ、その中で女子生徒の数が多いとは言えクラスに10人くらいは男子が居るだろうと思ってたんだ。

「………」

 ドアに手を掛ける、現実に失望しつつ腕に力を込めてドアをスライド。
 ガラリと開けば女の園だった、反射的に右手で鼻、と言うか口も含んで右手で抑えた。
 匂いがするんだ、男臭いという言葉があるように、女臭いという言葉もある。
 つまり教室内には女性の匂いが蔓延していた、何か鼻にツーンと来て鼻と口を抑えてしまったわけだ。

「………」

 右手を下ろし、一度咳をしてから教室に入る。
 無論今教室内に居る女子から視線を注がれる、意味合い的には何で男が入ってくるのかって言う感じ。
 少々大きめな机に張られた番号を見て、自分の席を確認して座る。
 それだけでざわめいた、まさかと驚きのざわめき。
 ……一番前の席だから背中が痛い、グサリグサリと視線が突き刺さっているのが手に取るように分かる。

「………」

 正面しか向けない、隣の席の子もこっちをチラチラ見てくるから駄目だ。
 母さん、最短で卒業すると決めたのに、もう学校辞めたくなった俺を許してください……。





 ただひたすら正面を見続けて、背中に視線を受け続けて待ち続ける。
 席は全て埋まっていないし、時間もまだ残っている。
 早く来い、早く来いと、男子生徒よ入って来いと何度祈った事か、だが現実は優しくないわけで入ってくるのは女子生徒ばかり。
 そうして少しずつ埋まっていく席、入ってきて男子の俺が居る事に声を上げる人も居る。
 「は?」とか「へぇ」とか「フッ」とか、なぜ男が居るのか、入学できた俺に関心を覚えたのか、あまたでっかちかとか、そんな考えが透けて見えた。

 ぐっ……し、静まれ……、俺の魔力よ……怒りを静めろ!!
 全員合わせても俺の半分に届かないってどういうこと? チートなの? 最強なの?
 ところがどっこい 最強じゃ有りません……! これが現実……!
 あんまり舐めてると女性と言えどぶっ飛ばすぞ! そう思うのは心の中だけ。
 何か疲れてきたから妄想に耽り、漫画読みたいなぁ、とか思ってたら後ろから肩を叩かれた。

「ここは子供が来る場所じゃないわよ、ぼうや」

 とか言われた、勉強する存在に子供とか関係ねーよ!

「……いえ、受験に受かったからここに居るんです」

 そう言って左に振り向けば灰色のロングヘアをなびかせる、出ているところは出ているスタイルの人。
 制服着てるから間違いなく生徒だろう、全体的に細いながらも痩せて角ばった感じがしない柔らかめな顔。
 丸みを帯びた白に近い瞳、厚みが薄いながらも朱の唇から放たれる言葉に返す。

「あらすごい、お母様はいくら払ったのかしら?」
「ゼロですよ、そちらはいくら払われたのですか? 貧乏な自分と違ってさぞかし大枚を叩いたんでしょう?」
「ふふ、そんな事お父様にも言われた事無いわ」

 侮辱に侮辱を返してもただ笑っている女、裏金払う余裕があったら誰にも頼ってないわ!

「グレンマス!」
「何かしら、ガーテルモーレ」

 そんな行いにいきなり大声を上げ立ち上がったのは、山吹色の髪色をした縦ロールの見るからにお嬢様。
 スタイルは灰色髪の人よりも整ってて背は少し高い。
 少し垂れ目だがどこか引き締まった感じに見える。
 それにしてもすげぇ、初めて見たけどツインドリルだな。

「余りにも礼儀を失した言動、それでは貴女の格が知れますわよ」
「あらあら、せっかく皆の思いを代弁してあげたと言うのに」
「いつ誰がそのような事を思ったのです!」

 面白そうに右手の甲を口元に当て、グレンマスと呼ばれた灰色髪の女。
 それに噛み付くのは、ガーテルモーレと呼ばれた山吹色の縦ロールの女。
 思いっきりあれだな、領地が隣同士の幼馴染とかそんな感じがする。

「ふふ、まあ冗談よ。 そんなものがここで通用する訳がありませんし、随分と面白い事を聞いたのだから皆にも教えてあげようと思っただけよ」
「そんなものでこのような侮辱が通るとでも!?」
「申し訳有りません、ミスタ。 先ほどの言葉を取り消し、謝罪を述べさせていただきます」

 俺へと向き直って、スカートの裾をつまんで頭を下げる。

「許さないと言ったらどうする気なんですか?」
「そうね、私の体でも一晩お貸ししましょうか?」
「許しますよ、あんな事は軽い冗談とわかってましたし」
「あらひどい」

 優雅に笑う姿は様になっているが、一晩体とか別にそんなの全くいらねぇ。

「……グレンマス、ミスタの心遣いに感謝なさい」
「してるわよ? お詫びに楽しそうなお話をお聞かせしようかと思うのですが、いかが?」
「えーっと、聞かせて欲しいですね」

 なんかこういう感じだと溶け込みやすくなって良いな、このグレンマスって人には感謝しておこう。

「それでは、入学式での新入生代表で出てきたヴォーテルポーレスが次席だったことはご存知?」

 あの燃えるような赤髪の人か、はっきりとした声で挨拶してたなぁ。

「……なぜ、首席が行うものだと決まっていると聞きましたが」
「それはね、首席の新入生の後援者が絶対にやらせないでくれと言って来たそうなの」
「なぜ?」
「私も最初は不思議に思ったわ、新入生で一番優れた者が代表を行うのは当たり前だと思ってた、でもね……」

 グランマスさんがまた笑って、俺を見る。

「その首席が男だったら?」
「……冗談は止めなさい」

 神妙な表情のガーテルモーレさん、女性ばかりの中で明らかに劣る男が首席とか良い話ではないのかね。
 グレンマスさんの話にざわめきが大きくなり、男が首席っての本当に驚くべき事らしい。

「冗談じゃないわ、私も最初は笑っちゃったけどね。 ある筋から情報を貰ったけど、少し前まで半信半疑だったのよね」

 楽しそうに笑って、また俺を見る。
 ……ちょっと待て、嫌な予感しかしないんだけど。

「しかもよ、男でありながらヴェンテリオール史上最年少首席入学なんだから、余計に驚いちゃった」
「……うそ」

 ガーテルモーレさんが驚きを顔に表して呟く、周囲の女子も同じようにポカーンとして驚いている。
 グレンマスさんがそれを見て、本当に楽しそうに笑う。
 周りの皆のこの表情を見るだけにこの話を口にしたのか。

「冗談だったら良かったのかもしれないけど……」

 笑いを堪えつつ、グレンマスさんはまっすぐと俺を見る。

「今の話はどうかしら? ミスタ・アルメー」
「……いやぁ、楽しそうな話ですねぇ……」

 ハハ、ハハハと俺は笑いつつ、グレンマスさんに返す。
 母さんとレテッシュさんに言われて調子に乗ってしまった、頑張ればそうなってしまう事が分かってたのに。

「ああ、そうそう。 ミスタ・アルメーに言っておくべき事がありましたわ」

 おい、馬鹿やめろ。
 この学園生活は早くも終了ですね。

「最年少首席合格、おめでとうございます。 ミスタ・アルメー」

 優雅に頭を下げて、グレンマスは爆弾を落とした。








「母さん」
「なに?」
「俺、泣きたくなった」

 そう呟いた、十三歳の入学式の日だった。



[17243] 19話 ありえないと考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/03/30 00:41

「アレン、起きて」

 ゆさゆさと、寝ている体を揺すられるが重たい瞼を開けない。
 さらにゆさゆさ、起きるまで終わる事が無いとわかって何とか起き上がる。

「……なに」

 ベッドの傍にいる揺らした母さんの方を向いて、瞼を閉じたまま口を開く。

「これから学園へ行かないと」

 ……くっついたような瞼を辛うじて僅かに開き、カーテンをずらして窓の外を見る。

「……夜」
「日の出間近よ」

 空の向こうが僅かに明るいと言った程度、こんなの魔人と言えど起きる時間じゃない。

「……なんで」
「昨日の事よ、アレンの為であるのだから。 ほら、起きて」

 ……昨日? 昨日なんか有ったっけ?

「アレンのことを言ってた人が居たでしょう? あの事についてよ」

 ……ああ、学校行きたくねーなーって思ったあれか。

「……はぁ、えー、行ってなにすんの」
「話を聞くのよ、相手の親御さんも来るんだから待たせるわけには行かないわ」
「……わかった、あー飯とかは」
「もう用意してあるわ」
「ああ、着替えたらすぐ行くよ」

 ……こんな大事になるとか思わねーだろー。






 顔を叩いて何とか眠気を覚ます、一度背伸びをして立ち上がり。
 制服に着替えて、リビングへ降りる。

「おはよう、アレン」
「おはようございます」

 リビングのテーブル、椅子に座ってコーヒーを飲んでいたレテッシュさん。
 挨拶を交わして椅子に座る、隣には母さんが座っている。

「なんか、大きな話になってるような」
「やられた、と言うのが正直な気持ちだ。 あの子供を利用してアレンの事をばらさせた、と言う所だろうな」

 昨日の今日で色々調べたらしい、本来グレンマスさんが知れるような情報じゃなかったらしく。
 噂話好きなグレンマスさんの性格を利用した、と言う話らしい。
 例えば両親が学園関係者で俺が最年少首席合格者だとポロっと漏らしたのを聞いた、とかそういう話ではない。
 俺をひっそりと過ごさせない……、と言うかあのクラスで男俺一人とか絶対目立ってひっそり過ごせなくね?
 とりあえず利用したのはどこの誰だかわからない、と言う事だけど十中八九ラッテヘルトン公爵家じゃないかって話。
 そうじゃなかったとしたらレテッシュさんに対しての嫌がらせとか、考えられるのはその二つ位。

「……良い話じゃないですしねぇ、色々見られそうな学園生活になりそう」
「アレンには申し訳ないが、おそらくそうなるだろう。 すまない、私がもっと確かめていればこうはならなかったはずだ」

 テーブルに手を着き、頭を下げてくるレテッシュさん。

「もう終わった事だしそれは良いですよ」
「……すまない」
「それで、僕はまあいいとして、グレンマスさんはどうなるんですかね?」
「少なくとも退学だろうな」
「いや、それはちょっと厳しすぎませんか?」
「簡単に踊らされて、他人に不利益を齎すような輩は相応しくないだろう?」

 どっちかって言うと被害者じゃないの?

「そうだとしても望んでやった事じゃないんですし、もう少し酌量の余地が有っても良いと思うんですが」
「アレン、優しい事は悪くないが、今この時に掛ける優しさは短所に過ぎない。 あの娘がアレンの優しさを利用して、首を掻きに来たらどうするつもりだ?」
「……考えている事が分かる魔法とか無いんですかね?」
「ふむ、有るには有るが尋問などのケースにしか使用の許可は出されないな」

 有るのかー、ついでに勝手に使うと犯罪かー。

「他にはなんか……」
「……あの娘が気に入ったのか?」

 そう言ってまっすぐ見つめてくるレテッシュさん。
 それに頭を振って返す。

「素性ばらされて気に入るとか頭おかしいですよ、それ」
「ならなぜ庇う? あの娘が退学になってもアレンには不利益を齎さないだろう?」
「ヴェンテリオールって入りにくいんでしょ? 学費とか結構掛かりますし、グレンマスさんも頑張って勉強したんじゃないかなと」
「同情か? この場合に関しては情けを掛けない方が良い」
「両親とかも悲しむでしょうし、怒りを向けるのは利用した奴にでしょう?」
「だから許すと? 甘いな、アレンは」
「甘いのは分かりますけど、退学にして恨みでも買ったらどうするんです?」
「……利用する気か」

 どうしてそうなる。

「いやいや、そうじゃなくてですね。 恨みを買わないに越した事が無いですよね? 別に退学にしなくても謹慎とかで良いんじゃないかと、その間にきっちり調べたりしてですね……」
「アレンが好きなように決めて良いわ、私はそれに従うわ」

 黙っていた母さんが会話に入ってくる。

「あの子が危ないと言うなら、叛心を持つかどうか確かめれば良いんじゃないかしら」
「……それも使用するには許可が必要なのですが」
「アレンのために骨を折ってはいただけませんか?」
「………」

 母さんがレテッシュさんを見てそう言った。

「……分かりました」

 すばやく立ち上がってリビングを出て行くレテッシュさん。

「……突っかかってくるね」
「アレンのことを心配してるのよ、それに好きな人が他の子を気にしてたりすると良い気分じゃないでしょう?」

 そうなのかー……。
 好意を向けてきているのはなんとなく分かるけど、どうにもそう言う気分になれない。

「……なんか、悪い気がしたなぁ」
「アレンが好きなようにしたら良いわ、その選択に誰も異論を挟めないんだから」

 そうだと良いんだけどなぁ。






 二、三分で戻ってきたレテッシュさん。
 どうにも難しい顔をして、椅子に座りなおした。

「これで使用しても問題は無くなりました」
「……読心の魔法と似たようなものですか?」
「こちらの方が……悪辣だな」

 笑みなど僅かにも無い表情で、俺を見る。

「悪用してくれるなよ、アレン」
「悪用って……」
「非常に高い強制力のある魔法よ、使った後の事はアレンに任せるわ」

 なんかやばそうな魔法だな。

「危なかったりは?」
「アレンは危険ではない、向こうも考え次第では危なくは無い。 言っただろう、叛心を確かめる魔法だと」
「……なら良いですけど」

 そう呟いた後はひたすら無言だった、食事の時も会話の一つ無かった。






 朝食も終わり、少しレテッシュさんはジャケットを羽織って立ち上がる。

「そろそろ出よう」

 表情と同じくした鋭い声、それに従って立ち上がる。
 リビングから廊下へ、廊下から玄関へ、玄関から外へと出て学園へと向かった。
 三十分ほど掛けて歩き、昇る朝日を視界に収めながら巨大な塀と、その先にある巨大な門。
 それを潜って学園の敷地内、そこからさらに歩いて敷地内の一角にある建物。

「『レテッシュ・フレミラスン・リ・ブレンサー・マードル』閣下、『アレン・テーミッシュ・ラ・ボード・アルメー』卿、『ヘレン・ラテアリア・ラ・ボード・アルメー』夫人でございますか?」
「ああ」

 それなりに豪華な玄関、そこに入るなり声を掛けてくる人。

「学園長たちがお待ちです、こちらへ」

 案内の人に先導され、長く赤い絨毯の上を歩き続ける。
 その先には、昨日初めて会ったグレンマスさんとその両親が居た。
 グレンマスさんは昨日のような余裕のある感じではなかった、暗い雰囲気が漂いまるで別人のように見える。

「これは閣下! この度は大変──」

 頭を下げてくるグレンマス夫妻、レテッシュさんはそれが見えていないかのように無視して扉を潜る。

「ッ……」

 無視された事、それは怒りを買っていると判断したのか苦しそうな声を漏らす。

「……この度は真に申し訳なく」
「全て中でお話しましょう」

 母さんや俺を見て、同じように頭を下げてくるグレンマス夫妻。
 母さんにそう言われて頷き、弱々しいグレンマスさんを連れて室内へと入っていく。

「……はぁ」

 当たり前だけど暗いなぁ、そう考えながら最後に扉を潜って室内へと入る。
 ドアの上のプレート、そこには学園長室と書かれていて、ならここは学園長室で大きめの机の奥に座る人物は学園長だろう。
 銀に白が混ざった髪色をした、更年期を疾うの昔に過ぎたような女性。
 俺が入ったのを確かめ、ドアの傍に控えていた案内役の人が頭を下げ、室内から出て行く。

「学園長、処分をお聞かせ願いたい」

 入るなりの終結、弁解も何もない一言。

「『キュネイラ・コーレリア・ラ・ギュミナ・グレンマス』の退学処分、それが妥当でしょう」

 それを聞いてグレンマスさんとグレンマス夫妻が震えた。
 だが俺はそれに待ったを掛ける。

「ちょっと!」
「……何か、アルメー卿」
「……急ぎすぎじゃないですか? 大体どうなってるのかってのは分かってるようですけど、グレンマスさんたちにも何か……」
「既に聞いています、その上での判断です」

 昨日のうちに全部終わってたのか?

「なら分かってるんでしょう? だったら退学ってのはやりすぎですよ」
「アルメー卿、これは貴方の人生に関わる事なのですよ。 こちらもある程度把握しての判断、優先すべきは彼女でなくアルメー卿です」
「だったらもう関係ないでしょう、退学じゃなくて謹慎とかでも十分過ぎますよ」
「アレン、彼女には責任を取ってもらわないと」
「母さん、取らせる相手が違うだろ」
「そうね、でも彼女にも過ちがあった。 だから責任を取ってもらうの」

 そう言って、母さんがグレンマス夫妻のほうへ向き直る。

「グレンマス伯爵様、この度の責任を取られるつもりはお有りですか?」
「……ええ、キュネイラもその覚悟は」
「キュネイラさん、アレンに対して謝罪は有りますか?」
「……はい、この度は私の軽率な言動により、アルメー卿に大変なご迷惑をお掛けしました。 如何様な処分に対して、甘んじて受ける所存でございます」
「だそうよ、アレン。 だからアレンが彼女の責任を受ける必要があるわ」
「は? 俺?」

 グレンマスさんが責任取って退学と言うのに、ここで俺がグレンマスさんの責任を受ける必要があるとか意味が分からない。
 俺が退学になるとか? 訳分からん。

「どんな処分でも受けると言ったわね?」
「はい」
「伯爵様も、同じ思いでしょうか?」
「娘はやってはならないことをしてしまったのです、でしたら責任を取るのが常でしょう」
「では、キュネイラさんには責任を取って『制約』を受けてもらいましょう」

 それを聞いて学園長だけが驚いた。

「……アルメー夫人、それはやり過ぎではないのですか?」
「アレンの人生が壊れてしまう事なのですから、キュネイラさんには支える義務が発生しています。 ですから、アレンのために動いて欲しいのです」

 制約って、なんかやばそうな魔法だ。

「ちょっと待ってよ、制約って事はなんか制限したりするんだろ?」
「ええ、アレンに忠誠を誓ってもらおうかと」
「ちょ! 何だよその発想!」
「アレンだって言ったじゃないの、退学にするにはかわいそうだって」
「確かに言ったけど、謹慎とかで良いじゃん! グレンマスさんも反省してますよね?」
「……はい」

 何だよその気が抜けた返事、下手すりゃ一生の事だろ!

「ほら、こう言ってるし! 忠誠とか良いからさ、謹慎とかで済まそうよ!」

 とか言ってるとレテッシュさんが魔法を使い始めていた。

「え? ちょっとレテッシュさん!」
「キュネイラ・コーレリア・ラ・ギュミナ・グレンマス、こちらに来い」
「……はい」
「伯爵様も何か言ってくださいよ! 娘さんが何かよく分からないけど危なさそうな魔法を掛けられてるんですよ!?」
「アルメー卿、私たちは貴方方の素性を全て知っているわけじゃないわ。 だけどアルメー卿が力を欲しているのは分かっています、これは責任であり力の──」

 何だその設定!? 確かに公爵家に負けない力が欲しかったんだった!
 だけどそんな設定が今ここで出てくるとか、予想外すぎる!

「別に娘さんを人質みたいに使わなくても良いでしょ!? 協力してくれるんだったらそれで良いんじゃないですか!」
「アレン、彼女の覚悟を無駄にしないで」
「ほんと待ってよ母さん、全然意味が分からないよ!」
「アレンが力を付ける必要がある、魔力などとは違う『権力』を。 それがアレンとヘレン殿の身を守る力になる」
「暗殺とか毒殺におびえたくないですよ!」
「アルメー卿、娘をよろしくお願いします」
「グレンマスさんも本当に良いんですか!?」
「……よろしくお願いします、アレン様」

 そうして俺は部屋から飛び出した。

「『〈我の心に偽りなく、信を持ってその身は忠実な駒となり、我が身は主の傍に〉レストリクト』」







 体の良い落とし所だったらしい、退学させずに責任を取らせる。
 娘を差し出す事に、本人もグレンマス伯爵夫妻も同意したらしい。
 全く持って意味が分からない、謹慎処分とかで良い筈なのになぜ俺にくっ付けさせるのか。

「アレン様、お急ぎくださいまし」
「………」

 グレンマス……、キュネイラと呼んで欲しいと灰色髪の人。
 昨日教室で会った人とは思えないほどの変わりよう。
 ……本当に、訳が分からない。
 何故だ、分からない。

「アレン様?」
「……先に行っててくれますか」
「それは出来ません」

 首を振るキュネイラさん、その両手には手袋。
 手袋を付けている理由は制約の魔法の印を隠す為。
 両手を覆うほどの紋様が刻まれているのだ、手首に至っては手錠のように見える紋様が浮き上がっている。
 ……制約の魔法って普通は奴隷とかに使うもんらしい、裏切りや逃走などを防ぐ為の魔法で。
 忠誠を誓った相手に害意などを持つと、めちゃくちゃな痛みが全身を這う。
 いわく『死んだほうがマシ』なレベルの痛みらしい。

「………」

 俺の手にも鍵のような紋様が、右手の甲に浮き上がっている。
 紋様通りこれは鍵、制約を外す鍵なのだ。
 なのに外せない、制約を受けさせるには相手の同意が必要、なのに鍵を渡される相手の同意は必要でない。
 そのくせ鍵を外すには両者の同意が必要、つまり俺が外したいと思ってもキュネイラさんは外したくないと思っている。

「外しましょうよ、手袋したままとか不便でしょ?」
「責任を取らさせては貰えないのですか?」
「……これ責任とか言わないでしょ」

 嫌がらせじゃねーか。

「……悪いけど、俺本当に迷惑してるんだよ。 本当に訳が分からない、今回ばかりは本当にイラついている」
「……ごめんなさい、私が軽率な……」
「だからもう良いって言ってるでしょ、許すって言ってるのに何回も謝られると不快なんだけど」
「……ごめんなさい」

 ああくそ、帰ったらレテッシュさんに文句言おう。
 母さんにも不満をぶつけよう、主に奴隷用の魔法とか馬鹿じゃねーの。

「………」

 ぶつぶつと不満を呟き、歩いて考え続ける。
 どいつもこいつも、考えが飛んでやがる。
 後ろに付いて歩いてくるグレンマスさんを無視して、俺は考え続けていた。



[17243] 20話 決意して考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/05/22 03:03

 グレンマスさんが知った内容とは『本当の学園首席について』の事。
 新入生代表は最も優れた、首席で入学してくる者が行うモノ。
 魔人社会は女性優位な世界、身体能力、頭脳、そして魔力。
 どれを取っても男の魔人は女の魔人に届かない、その証明が現在の社会形態で、学園の男女比率である。

 だとすれば、己が優れていると言う考えを持つものは多数居る、この学園は貴族専用として存在する学園でも有る。
 言わばエリート、男より優れた女の中で、さらなる選良階級に属する者たち。
 自負がある、男などに劣る訳が無い、そう言った強い感情を持つ者は少なくない。
 だからこその処置だった、首席入学、考えたら足らずな俺の後始末、レテッシュさんはそれを理解して新入生代表をやらせるなと学園に願いたった。

 学園側もそれを理解した、大昔から存在する学園で、男女比率が偏り始める前までは、今回の新入生首席が男で有っても問題は無かった。
 だがそれは疾うの昔に過ぎ去り、ありえないと言って良いほどの過去の物へと成っていた。
 今の社会を構築するのは殆どが女性、男性が居ない訳ではないがかなり少ない。
 もとより男子の出産数が低下し続けている現状で、社会基盤や要所を男に挿げ替えろと言われても間違いなく不可能な事。
 絶対的に数が足りないし能力も足りない、だからこその現状である。

 そうであれば今回の新入生代表は首席で男である俺にではなく、次席である女のヴォーテルポーレスにやらせようとなる。
 それが一番騒ぎを少なくする為の一案、一部を除き多数の面から見て最善の案だと思われた。
 俺にとっても、レテッシュさんにとっても、学園側にとっても、無駄ないざこざを無くす為に案。
 もちろんずっと続く秘密ではない事は確かだ、だがせめて一年ほど過ごせていればあるいは極めて希少な有能な男と、そう言う目で見られて居るだけで卒業できたかもしれない
 もっと理想を言うなら、卒業するまでヴォーテルポーレスが首席だったと、嘘偽りが真実に成り替わっていたかもしれない。

 だが理想も何も無く崩される、何者かによって首席の俺が男で新入生代表を断ったと言う事が、グレンマスに漏らされた。
 ゴシップ好きである彼女はそれに引かれた、誰もが知る事が無い情報を自分だけが知っている。
 面白い話、エリート揃いの女学園と言って良いレベルの男女比率のヴェンテリオールで、首席入学したのが男、しかも学園史上最年少。
 嘘であれ真であれ、このゴシップは面白いものだと、そう感じた。
 取り留めの無い話だと、戯笑で終わる話で話を広げる起点だった、教室に居る俺を見るまでは。

 それからはありのまま、我慢出来なかったとか、そこは我慢しろよ、何で隠してるのか考えろよ。

「………」

 朝早くであるのに、廊下は生徒で溢れている。
 話はもう広がっているんだろう、俺に向けられる視線の数がとんでもない。
 無視する、もう知れ渡っているんだしひっそりと行くのは意味が無い。

「俺に喋りかけるな」

 背後で動く気配に、キュネイラに先制して口を閉じさせる。
 どいつもこいつも……、道を塞ぐように立つこの女もか?

「貴方がアレン・テーミッシュ・ラ・ボード・アルメーね?」

 触れれば火傷してしまいそうなほどの赤髪、その赤く吊り上った目で睨むように俺を見る女。
 俺が足を止め、前に居る女を見てキュネイラが間に割り込む。

「何か用かしら、ヴォーテルポーレス」
「貴女に用なんてないわ、退きなさい、グレンマス」
「何故退く必要が? 退くべきなのは貴女でしょう」

 勝手にやれ。
 グレンマスの隣を通り過ぎて、そのまま赤髪の隣も通り過ぎようとすれば。

「待ちなさいッ!」
「待つのは貴女、いい加減分かりなさいよ」

 俺に伸ばした手を、グレンマスが掴んで遮る。

「貴女こそいい加減にしなさい! でなければ後悔する事になるわよ!」
「それはこちらの台詞よ」

 魔力を漲らせ、睨み合う二人を無視して俺は教室に入った。
 教室に入る前から廊下を見ていたクラスメイトたちが、一斉に視線をそらす。
 そんなもんどうでも良いから自分の席に座る、背もたれに背を預けて呆っとする。
 ……いちいち授業なんて受けず、さっさと帰れば良いのに……、なんて言うか考える時間にしよう。





 心ここに有らずと教室で過ごし、考え続ける。
 制約を受けると決めた理由は? 鍵を俺に押し付けた理由は? そうする意味は?
 どれもこれも分からない、グレンマスに聞いても責任とか言って取り合わないだろうし。
 鍵に付いては俺のせいか、退学なんて厳しすぎるなんて言ったからだろう。
 だからってそうする意味は? 俺が嫌だと断ってるのに強制する理由は?

「………」

 全然分からん、いくら考えても得する理由がない。
 本当に要らないのに押し付けるとか、厄介払いで押し付けられたようなもんだ。
 ……母さんとレテッシュさんに聞くしかないだろうな、答えてくれるかどうかは分からないけど。
 まず聞いてみないと、とりあえず立ち上がってカバンを持つ。

「また! そんなに怪我したいのならお望み通りにしてあげるわ!」
「出来るかしら、貴女に」

 後ろでなんか言い合ってるけど無視して教室を出る。
 カバンを肩に担いで廊下に出る、……意味なんて有るんだろうか。
 答えの出ない考え、悶々と考え歩き続けているところに声。

「ミスタ・アルメー、少しお時間宜しいでしょうか?」

 溜息を吐いて振り返る、居たのはガーテルモーレさん。

「……何か?」
「あの、グレンマスの事ですが……」
「分かりません、押し付けられました」
「え?」

 それだけ言って歩き出す、さっさと帰ろう。
 声を掛けられるのが面倒なので、『〈見えざる衣〉ハイド』を掛けて接触を断った。






 家、魔力込めて走ったために5分と掛かっていない。
 玄関の前で『〈見えざる衣〉ハイド』を解除して、ドアを開く。

「………」

 靴を脱いでスリッパに履き替え、廊下を渡って階段を上り自室へ。
 カバンをベッドの上に放り投げて、ドアをすぐ閉めて階段を降りて一階の廊下に戻る。
 制服のままリビングへと入れば二人、母さんとレテッシュさんが座って居てこちらを見ていた。

「何であんな事する必要があったのか、聞かせてくれるんだよね?」
「残念でしょうが、アレンは何も聞く事は出来ないわ」
「……なんで」
「何故だと思う?」
「分からないから聞いてるんだけど」
「……アレンなら分かっていると思ったのだけど」
「わかんねーよ、叛心を確かめるだけだって言ってたじゃんか! それがなんで奴隷みたいなのになってんだよ!」

 大声を張り上げる、右手の手袋を外して投げ捨て、右手の甲の紋様を晒す。

「こんなの、人に掛けるような魔法じゃないんだろ!? 責任とか嘘臭いんだよ! 嫌だって言ってんのに、グレンマスさんを押し付ける意味がわからねーよ!」
「……アレン、貴方は考えたの?」
「ずっと考えてるよ! それでもわかんねーから聞いてんだろ!」
「……退学処分にする、それが一番だった。 だけど、アレンはそれを嫌がった。 だからこう言う結果になったのよ?」
「だから! 責任とか謹慎だけで良いって言ったじゃんか! なのに制約の魔法とかおかしいだろ!?」
「理由は考えた? 私たちがアレンの意向を無視した理由を、グレンマスさんたちが簡単に了承した理由を」
「いい加減にしてくれよ! わかんないって言ってんだろ!」
「……私たちは理解して欲しかった」

 まっすぐ、力強く俺を見て、母さんは口を動かし続ける。
 表情も微塵も揺らがない、はっきりとした意思を見せ付けるように説いてくる。

「屈した者に教えてあげる意味は無い、それを理解して欲しかった」
「……屈した?」
「ええ、これまでのアレンはとても酷い事になっていたわ。 理不尽の連続、初対面の祖父に殺されかけ、私が連れ去られて屋敷が燃やされ、連れ戻すと決めてくれて迎えに来た事」
「……良いじゃんか、俺がそうするべきだと思ったから」
「とても嬉しかったわ、でもアレンは来ない方が良かったのかもしれないわ」
「なんで」
「あのまま姿を暗ませていれば、死に掛けるような傷を負う事は無かったはずで、今後も命を狙われ続けると言う事も無かったのかもしれない」
「じゃあ見捨てればよかったのかよ!」
「それも有ったわ、だから良い機会。 ここでアレンのこれからを決めてもらうの」

 一度も視線を逸らさず、俺を見続けて母さんは続ける。

「アレン、貴方には二つの選択肢がある。 誰にも屈する事が無いよう力を付けるか、あるいは全てを捨ててただ一人の魔人として生きていくか、決めてちょうだい」
「は? なんだよそれ」
「そんなに時間は無いのだけど、少しは考える時間があるはずよ。 しっかりと、よく考えてどちらを選ぶか決めなさい」

 そう言った母さんは、立ち上がって歩き出す、リビングから出て行こうとする。

「ちょ、ちょっと待ってよ! 意味分からないよ! 何でそんな話になるんだよ!」
「アレンにはそれがあると思っていたわ、でも違ってたの。 だからアレンはここで決めなければならないのよ、学校の何日か休んでもかまわないわ。 その間に決めてちょうだい」

 言い切ってからリビングを出て行く母さん。
 なんだ? 説明して欲しかっただけなのに、何でこんな選択突きつけられるんだ?
 止める事も出来ずに、半ば呆然と母さんを見送る。

「……私も最初は有るかと思っていたよ」

 今まで黙っていたレテッシュさんが口を開く。
 それを聞いて振り返り、座っているレテッシュさんを見る。

「アレン、今朝の私たちを見てどう思った?」
「……おかしい」
「だろうな、そう映るように行動したのだから」
「何であんなことしたんです? 本当にあんなものをグレンマスさんに掛ける意味があったんですか?」
「有ったと言えるが、それもアレン次第だった」
「何で俺次第になるんですか」
「アレン、君は自分の事をどう思う?」

 自分? ……平行世界の人間の考えを持った魔人?
 その位にしか思わないけど。

「……ちょっとずれてる魔人ですかね」
「そうだな、他の魔人とは一つ違う考えを持っている魔人。 今の状況でなければそれで十分だった」
「はっきり言ってくださいよ」

 そういえば、指を組んでテーブルの上に肘を置くレテッシュさん。

「お前は弱い、残念な位にな」
「そりゃそうでしょ、魔力を多く持ってるって言っても戦い方なん──」
「心がだ」
「………」
「以前聞いたな、強要する事を覚悟しておいた方が良いと」
「……ええ」
「アレンはなんと答えた?」
「……逃げると」
「即答だったな、ここに来る前の状態を考えれば仕方がないだろう、そうしなければ死んでいたかもしれないからな」

 さっきの母さんと変わらず、まっすぐと俺を見つめてくるレテッシュさん。

「これだけなら気にする事も無い、だがその後もその傾向は続いていた。 いつもやっている訓練は逃げているばかりだったな、向かって来いと言っても距離を取るだけ」
「好き好んで叩かれたくないですよ」
「まぁ、そうだな。 少し前の隠蔽魔法を掛けたのは良かったが、それ以降一度も向かっては来なかった」
「………」
「主体性が無いと言えば良いか? ヘレン殿に聞いた所によれば、覚えている限りアレンが自分で決めた事は二回しかないと、ヘレン殿はそう言っていた」

 二回? たった二回しか俺は物事を決めなかったのか?

「魔力制御の訓練と、連れ去られたヘレン殿の救出。 とても良いことだ、魔力を使う事に対して真摯な姿勢に、生みの親であるヘレン殿を助けに行く。 特に後者は素晴らしい、一度殺されかけたと言うのに向かっていくのは並大抵の事ではない」
「……じゃあ良いじゃないですか」
「その後は逃げっぱなしだ、公爵家から逃げ出してここに着くまでを除いてだ」
「そんな訳無いでしょう」
「そんな訳が無い? ならなぜ訓練の時は向かってこない? なぜ制約の魔法を掛ける時に止めなかった?」
「訓練は殴られるのが嫌なだけですし、制約の魔法の時は何度もやめてくれって言ったでしょう」
「いいや、お前は逃げた。 魔法を使い始めた私を見たと言うのに、説得しようとしただけで、最後は部屋から逃げ出した」
「言っても聞かないんだったら──」
「向かって来い、そうすれば私は止めていた」
「そんな、俺がレテッシュさんを止められる訳無いでしょ!」
「アレンより魔力が多いからか? 戦い方を知っているからか? アレンは知っていたはずだ、私はお前を傷つけないと」
「そんなこと──」

 有り得なかったか? 本当に止められないと思っていたか?

「本当に嫌なら、私に向かって来ていたはずだ。 なのにアレンは向かって来ず、外へ飛び出した。 これを逃げ出したと言わずになんと言う? アレンはヘレン殿が言った通り屈したんだ」
「違う! あんな場所で暴れるとかおかしいでしょう!?」
「何故暴れると言う表現を使う? 私に近寄って腕を掴むだけでも良かった。 気が付いていたか? 説得しながらもアレンはドアの方に後退っていたのを」

 後ろに下がっていた? 俺が? そんなはずは……。

「……無意識か、なおさら試して良かったよ。 致命的な状況に陥る前に分かって良かった、最初から逃げ腰のアレンに期待するのは酷だからな」
「そんな事!」
「違うか? なら何故後退った? グレンマスが付いて回ると分かっていただろう? だったら何故受け入れた?」
「そんな訳無いだろ! どこまで俺に期待してんだよ!」
「忘れたか? 私はアレンを子供だと思わないと言った、十三の子供に過度の期待を寄せる私が浅はかに見えただろう? だがその期待を持たせたのはアレン、お前だ」
「俺はッ……!」
「本当にアレンは不思議だな、どうにも私はお前に構いたくなる。 十二になるまで屋敷にあまり出なかったのだろう? 接触する魔人は両親と手伝いが一人と聞いた、アレンの世界は屋敷の狭い周囲と三人の魔人だけ、あっているか?」

 その言葉に頷き、そうしてレテッシュさんは軽く笑う。

「世間知らずも良い所だ、狭い世界に優しい両親と手伝いの魔人。 そうであるなら我侭や傍若無人に振舞っていてもおかしくは無い、それなのにアレンは手間を掛けさせないとヘレン殿は言っていた。 十三の子供には不釣合いに成熟した、論理的な思考が出来る子供などアレンよりも優秀な子供でも有り得ん」
「……何が言いたいんです」
「それが期待させた原因の一つでもある、初めて会った時は六歳だったか? アルメー卿の葬儀の時にはっきりとした言動、初めて見た時は本当に子供かと、本当は成長障害にでも掛かった大人かと思ったほどだ」
「………」
「驚いた、本当に驚いたよ。 二度目の援助の面談を決める時も驚かせてもらった、アレンの目が大人のそれだったからな。 その後にあの魔力だ、将来を期待せずに居られなかった」

 こうなった原因はずっと前からかよ。

「アレンは本当に不思議だ、並み以上の力を持ちながら逃げる事を第一に考える。 そのくせ分の悪すぎる相手が居ると言うのに、大切な者のために命を張る。 どうにもアンバランスで不思議だ、子供に似つかわしくない思考で割り切っているのかもしれんか」
「何が言いたいんだよ!」
「ここでもう一度確かめる事にした、本当に嫌な事から逃げるかどうかを」
「じゃあ分かっただろ! 本当に嫌だったんだよ!」
「だったら何故、すぐ私たちの元に戻ってこなかった? 何故授業を受けると言う選択を選んで時間を無駄にした? 本当に嫌なら制約の魔法を無理矢理にでも止めていたし、家に帰る私たちを絶対に引き止めていたはずだ」

 そう言われて言葉に詰まる。

「確かに、アレンは戦わずに逃げた。 理不尽を受け入れた、嫌だと口で言っても立ち向かわない。 理不尽に文句を言いつつも受け入れて屈する、それが今のアレンだ」
「それのどこが悪いんだよ!」
「悪くは無いかも知れんな、力ある相手の無理無体な振舞いに何も出来ず逃げるだけ。 良し悪しを除いて一つの方法である事は確かだ、だったら何故ヘレン殿を助けに行った? 助け出したら追いかけられる、狙われる事など分かりきっていただろう?」
「それが嫌だったからだ!」
「おや、おかしいな。 私が言った事はどうやら間違っていたようだ。 力ある公爵家の、家を焼かれ母親を連れて行かれると言う無理無体な振舞いに何故逃げなかったのかな? 屈して逃げるのは悪い事ではないのだろう?」

 一つの起点を除いての矛盾。

「分からぬほど馬鹿ではあるまい、一度殺され掛けたと言うのに侵入しようとするなどと」

 それが嫌だったから。

「まぁ、成功して上手く逃げ出せて何よりだ。 それで、その後はどうする? 私に頼ってここまで来れたのは良い、その後はどうだ?」

 背もたれに背を預け、腕を組んで俺を見る。

「アレンはどこまで考えている? 公爵家の力を削ぐと言う事を、どこまで具体的に考えている? 教えてくれ、どうやって奴らの力を削ごうとしたのかを」
「それ、は……」

 どこまで考えた? レテッシュさんが言う通りに、どうすれば良いか考えたか?
 母さんにどうにかすると言った時に、どうするか考えたか?

「どうした、ヘレン殿を連れて行かれたくないんだろう? だったら教えてくれ、アレンがどこまで考えているのかを」
「あの……、それは、レテッシュさんに……」
「私が? まさか私に全てを押し付けると? アレンは言ったよな、やれるだけやると、どこまでやる気か教えてくれ」
「………」
「……ふむ、考えて居ないか。 私に全て頼り、駄目だと分かればヘレン殿を連れて逃げるか? だったらアレンはもう逃げる必要は無い、名前も、身分も、血統も、ヘレン殿も、全てを捨てて行けば良い、そうすればもう誰からも逃げる必要は無い」
「ッ……、そんなの」
「やはり言うか、アレンが何かを決めるのはヘレン殿の事だけだな。 アルメー卿の遺言のような願い、学園に入る事をアレンは望んだか? ヘレン殿に言われたから入ろうと思ったのではないか? 父の願いと母の言葉、それだけで決めたのではないか?」

 違、わない。
 行かなくてもいいんじゃないかって、そう考えててもレテッシュさんの所へ行ってしまった。
 黙っていれば良かったのに、落ち込む母さんの姿を見て口を開いてしまった。

「嫌だと言っても結局は流される、抗おうとしていない。 したとしてもほんの僅か。 だが、もう考える必要は無い、ヘレン殿はアレンが全てを捨てることを望んでいる。 そうすればアレンはもう傷つかなくて済む、命を狙われ追われる事は無くなる、そうなるよう私も奴らに交渉するようにしよう」
「……だったら、俺が全部捨てて逃げたら母さんはどうなる!?」

 そうだ、俺は母さんに因って動いている。

「戻るだろうな、自分の命を人質にしてアレンに構わないようにするだろう」
「あんな奴らに!」
「もう一度言うぞ、全てを捨てろ。 ヘレン殿ははっきりとそれを望んでいる、アレンは誰も気にする事無く生きて良いんだ」
「……ッ、出来るかよ! そうしたら今までのは一体どうなるんだよ! あんなに怖い思いをして連れ出したってのに、なんであんなくそったれな奴らに返してやらなきゃいけないんだよ! 誰がさせるか! 母さんは親父と一緒に居るべきなんだよ! あんな、なんでも思い通りになると思ってる奴らのところに戻る必要なんてねぇ!」

 俺は腕を振り払い、叫んでいた。
 一緒に居て欲しかった、だから俺は助け出す事を選んだ。

「そうか、だが現実はアレンが否定するような物ではない。 奴らが望めば命の一つや二つ、掛け替えの無い物でも簡単に奪えて、それが咎められる事は無い。 何故だと思う?」
「……くそが、それが力ってのかよ」
「そうだ、奴らは強大な力を、権力を持っている。 分かるよな、今アレンとヘレン殿が無事で居られるのも、私の権力によってそうなっているのだと」
「……分かります」

 守られている、生活に必要な小物から命まで。
 今の生活のほぼ全てをレテッシュさんから提供され、それを受けて生きている。

「つまりだ、私が今居なくなればどうなるかも簡単に想像できるよな?」
「はい」
「だから選べ、ずっとこのままで過ごせる事は有り得まい。 アレンが権力を、理不尽を覆して理不尽を押し付ける事が出来る力を手に入れるか。 それとも全てを捨てて逃げるか、好きなほうを選んで良い、どちらを選んでも誰もアレンを責めない」
「………」

 瞼を閉じる、母さんと別れ何にも恐れずに気楽に過ごすか、母さんを守るために、自分で自分を守れるように権力を手に入れるか。
 だったら選ぶ、俺が生まれなきゃ親父は死ななかったし、その代わりにレテッシュさんたちが死んでいたが、結局は母さんを優先した。

「すぐに答えを出す必要は無い、まさしく人生を決める選択──」
「力が欲しいです」

 そうだ、力が有れば良い。
 逃げ続けるより叩き潰した方が早いのか、だったら母さんを守る為に力を手に入れたい。
 親父と言う命を持って現状がある、だから母さんが幸せであるようにやる必要がある。

「……ヘレン殿は全てを捨てて欲しいと言っていたぞ?」
「これも母さんに関係ある事でしょ? だったら俺は母さんを選ぶ、それが俺なんでしょうし」
「もう一度言う、全てを捨てろ。 それが最善だ、誰も傷付かずに上手く行くであろう選択だ」

 力の篭った声、今まで一緒に過ごしてきた中で見た事が無い表情。
 鋭い、圧倒するような存在感を放ちながらの視線。

「……母さんが納得して、レテッシュさんも納得する、でも俺は納得出来ません」
「今すぐ決めなくて良いと言った筈だが?」
「……時間があれば逃げますよ? 無理やりにでも母さんを連れて。 それは駄目だし嫌なんでしょ? だったら今決めた方がいいじゃないですか」

 俺が全て捨てたとして、母さんは幸せになれるか?
 公爵家に閉じ込められていた時の会話で、再婚のような話が出て居なかったか?
 今だ親父を愛しているのに、他の男と結婚するのは幸せだとは言えないだろ。

「……愛しているのだな、ヘレン殿を」
「もちろん異性としてじゃないですよ」
「そうであったら私が矯正してやろう、体でな」

 まじっすか。

「……はぁ、俺ってそんなに逃げてますか」

 大きく溜息を吐いて、レテッシュさんに聞いた。
 自覚が無かった、言われてやっと気が付いた。

「ああ、よくよく考えればな。 ヘレン殿と一緒に居続けるには力が必要だ、奴らと同等か上回る力がな」
「だったらもう逃げる必要ないですかね」
「決めたのならな」
「いやいや、レテッシュさんがいるじゃないですか」
「……アレン」

 俺の一言に眉を潜めるレテッシュさん。

「協力してくれるんでしょう? 俺が強くなるまで、あいつらを、レテッシュさんも抱え込めるぐらいの男になるまで」
「……期待して良いんだな?」
「過剰にされても困ります、俺は出来るだけの事しか出来ないんですから。 まぁ……精一杯頑張りますけど」
「……フッ、良い男になって欲しいものだ」
「それじゃあ俺頑張りますんで、これ外してくださいよ」

 そう言って右手の甲を見せる。

「それは駄目だな」
「何故に? て言うか、本当になんでこんなの付けたんですか?」
「付ける時に言っただろう? 権力を手に入れる為の一歩だ」
「……どこに繋がるんですか」
「お前は今グレンマスと言う力を取り込んでいると言う事だ、そうなる理由はなぜか分か……らんよな」
「まったく」

 利益など絡んでくる人たちを制してくれるだけしか思いつかん。

「……決めたのなら言っておかねばならんな、グレンマスが外部に漏らせない情報を知ったのは私が流したからだ」
「……は?」

 ショウゲキテキナジジツダネ。

「……ちょっと、なんで?」
「……アレンの弱さ、このままでは生き残れるであろうが家も身分も全て置いていかなければならない。 そんな生活をずっと続けるなど厳しいだろう、だからこそアレンに覚悟を決めて欲しかった」
「……すみません」
「ヘレン殿もこの話に乗ってくれた、だから全て捨てさせるか覚悟を決めて欲しかった」

 逃げっ放しの人生、これは足掻きと言えるのか?

「もし、アレンが全て捨てることを選んだとしても、その選択を最大限に尊重していて逃がしていた」
「レテッシュさんは、それで良いと思ったんですか?」
「でなければこんな事をせず選択を強いる事などしない、私はアレンに死んで欲しくは無いのだからな」

 じゃあわざと漏らして、制約の魔法とかで俺の反応を見たって事?

「ああ、アレンが体を張って止めているなら、その時点で止めていた。 だが実際にアレンは逃げたからな、これは駄目だと確信して今回の事を施した」
「じゃあグレンマスさんは……」
「利用しただけだ、どこの派閥にも所属していない、現当主夫妻は凡人、娘がそこそこの才能有り。 公爵家との全くと言って良いほど繋がりが無いのは何度も調べた」
「訳分かんないです」
「簡単だ、現時点でグレンマス伯爵家は発展のしようが無い。 それどころかゆっくりと衰退している、他の貴族から嫌われても居ないが好かれても居ない。 そのくせどこかの要所に触れている事も無い」
「……えーっと、つまり空気って事ですか?」
「そうだ、何代も前からその状態で、大昔に派閥に属してよほど痛い目にあったらしく、家訓にも派閥に属するべからずとあってな」
「……はぁ、だったらなんで」
「凡人の現当主、そして娘はヴェンテリオールの上位に食い込める成績で入学。 欲が出るわけだ」
「欲が出て、どうして俺にくっ付けるんですか?」
「……それはな、気に入らんがアレンを狙っている訳だ。 そこにあの情報と私の支援、どう出ると思う?」
「……黙っとくんじゃ?」

 怪しい情報だが、事実なら美味しい獲物だろうし。

「秘密の暴露による罰則、ある程度取り成すと言い含めればこうなる」
「……俺がそう言うと予想してて?」
「ああ、アレンが何も言わず退学にしていたなら普通に選択を聞いていただろうな」

 グレンマスさんを潰してか? すっげぇ容赦無い……。

「……あーのー……」
「なんだ?」

 これが普通なんだろうなぁ、可哀想とか言ってられなくなるんだろう。
 と言うかグレンマス伯爵家より俺を選んだって事だよなぁ。

「……何でも無いです」
「良かったな、今回の理不尽が私たちが行った物で。 これが公爵家辺りの罠だったら、喉に食い込む所か首を刎ね飛ばす一撃だったかもしれんぞ?」
「……はい。 それにしても、俺を狙うとか……」
「アレン、自分の価値を分かっているか?」
「……まぁ、かなり貴重だとは」

 少ない男で大きな魔力持ち、玉無しじゃなければ悪くないと思うけど。

「アレンが考えているより何倍も貴重だ」
「……へぇ」
「魔人社会のことはしっかり知ってるな?」
「ええ」
「男女の割合が少しずつ開いている、それと共に有能な男も減り続けている」
「ああ……、子供狙いですか」

 強い女性と弱い男の間に生まれるのは女性、だがその逆もある訳か。

「金や権力はあるが有能な男が居ない、そういう貴族はかなり多い。 つまりだ、男と言うだけで価値が出て、そこに有能と付けば一気に価値が上がる」
「物みたいですね……」
「間違っては居ない、アレンは特上に位置する男だ。 もし金でアレンが買えるとしたら、馬鹿らしいほどの金品が放出されるだろうな」
「……そんなに?」
「父親が男爵家だが母親がラッテヘルトン公爵家の三女で、エリートが集うヴェンテリオールの女たちよりも多い魔力量と制御力、その癖首席で入学できるほどの頭脳、喉から手が出るほどの男だぞ、アレンは」

 種馬……。
 つまり優秀な男を生み、それを他の有力な貴族に売るっていう手段とかもあったりするのか?

「その表現も当たっている、グレンマスは魔力の事を知らんだろうから単純に優秀な男として娘を孕ませて、孫の代に賭けようとしているのだろう。 そんなに優秀でなければどこかの婿にでもするだろうな」
「………」
「グレンマス夫妻はそうするように娘に言い聞かせただろうな、孫は娘より能力が高くなる確率が上がるだろうし、もしアレンがそこら辺の奴とは比べ物にならん魔力を持っていると知れば狂喜するだろう」
「……どうすりゃ良いんですか」
「乗りこなせと言う事だ、つまりアレンはあの娘を完全な支配下に置け。 制約の魔法無しで忠誠を誓うように調教しろ」
「いやいやいや、何ですか調教って」
「そのままだ、精神的にも肉体的にも。 お前は……、ああくそ、アレンが少し魔力を見せてやればおそらく惚れるだろうな」
「なんで」

 魔力見せて惚れるとか、どんな感情よ。

「……女と言うのはだな、強い男を求める傾向があるんだ。 魔人という種の特性、つまりは優れた異性を求める、感情とは別にな」
「………」
「より優れた、自分を上回る異性を見ると胸の奥が熱くなる。 アレンほどの魔力だと危ないぞ」
「魔力ポ? おかしいだろ」
「はっきりと言おう、アレンがそうするのは気に食わん。 今回はアレンが力を付ける土台の為にした事であって、そうでなければ絶対に他の女を近づかせたくない」
「……ああ、その……」

 はっきりと言われると顔が熱くなる。

「まだ、早いと思います……」
「分かっている、男とは言え十三の子供に手を出すほど飢えては居ない」
「成人してたら?」
「求愛している」
「えふっ!」

 変な声が出た。

「……もう良いだろう、ヘレン殿に知らせてきた方が良い」
「……その、成人してもそのままの気持ちでしたら……」
「なに、成人する前にアレンを惚れさせてやる、そうすれば待つ必要も有るまい」

 すっげぇ自信、と言うか俺がレテッシュさんに惚れたら即襲うような言い方だなぁ

「早く行って来い、愛しいママを安心させてやれ」
「……分かりました」

 マザコンみたいな言い方……、マザコンだな……。
 リビングから出ようと踵を返せば。

「アレン」
「……何ですか?」
「嫌いになったか?」
「……分かりません、複雑です」
「……そうか」
「まぁ、関係の改善か改悪かはレテッシュさん次第ですよ」
「そうだな」
「それじゃ」

 そう言って俺はリビングから出て行った。








「……私は一体何を言っている

 強く打つ鼓動、これは怖いのか。
 アレンに嫌われるのに恐怖していたのか、こんな……。

「……良かった」

 嫌われていないと、安堵している事に気が付く。

「……弱くなったものだ」

 それが心地良い、やはりアレンは誰にもやりたくは無い。

「少なくとも、あいつだけにはやれんな」













「……母さん、入るよ」

 俺の隣の部屋、そこが母さんの部屋。
 ドアノブを回し、ドアを押して覗く。

「……決めたのね」

 ベッドの上に座り、ただ窓の外を見ていた。

「決めた、まぁ頑張るよ」
「……何故」
「あれ? 捨てていくと思ってたの? そう思ってたら最初から助けに行ってないって、何回も言ってるでしょ?」
「……辛いわよ、どろどろしてて思うように動けなくなるのよ?」
「だったら母さんが引っ張り出してよ」
「アレン、考え直して」
「もう決めたし、レテッシュさんにもそうすると言った。 だから俺は母さんの傍に居て、いつかあの家に帰る。 帰ったらシュミターさんのお墓でも作らなくちゃ、……遺骨が有ったら良いけど、無くても作ろうよ」
「……アレン」

 ゆっくりと窓際に近寄っていく。

「父さんもさ、母さんと同じ事言うかもしれないね。 でも、こうも言うと思う。 母さんを守れって」
「………」
「……逃げるばっかりだったけどさ、それもずっと続ける訳には行かないし。 前にも言ったよね、なんとかするって。 その何とかし始めるのが今で、あいつらに潰されないよう大きくなり続けるよ」
「………」

 母さんがグスンと、涙ぐむ様子が分かる。

「レテッシュさんも手伝ってくれる、一人だったら逃げてただろうけど、誰か居るなら頑張れると思うしさ」
「……あれん」
「母さんには隣に居て欲しいな」

 同じ窓側のベッドに、母さんの隣に座る。

「ほら、息子の成長って近くで見た方が良いと思わない? ……成長できるか分からないけど、母さんを一人にしないよう頑張るよ」
「………」

 もうぼろぼろ泣いてる、涙腺弱いなぁ。
 結局その後も何も言わず泣き続ける母さん、その涙が止まるまで俺は母さんの隣に座り続けた。



[17243] 21話 工夫して考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/04/24 00:49
 やると決めた、と言ってもやり方など知らない。
 どうしたらいいか、とりあえず一階に降りてレテッシュさんに聞いてみる

「まずはグレンマスに集中しておけば良い、あいつは媚びてくるだろう」
「それはそうですけど」
「基本構ってやるな、お前の気を引こうと色々してくるだろうが全部断れ」
「断りますけど、そんな感じでしたし」
「手っ取り早く魔力でも見せ付けてやれ、もちろん二人きりでな」

 と言われた、……そうしたとして、絶対に惚れたりするのだろうか?
 惚れなければどうしたら良いんだ? 甘い言葉とか俺吐けないんだけど。
 と言うかそれが一番にやる事ですか? そう言ったら手を顎に当てて考え始めるレテッシュさん。
 知られたら間違いなく両親に教えるだろうし、脅迫とかしなくちゃいけなくなるんじゃないの?

「確かにな、そうなった場合は脅した上で全部断ち切ると言ってやれ」
「聞きますかね」
「分からんようだったら『全部』の意味を考えさせろ、それで理解するだろう」

 力尽く! まぁ確かに駆け引きの一手ではあるだろうけど。
 何年も構うわけじゃないし、やっぱり手っ取り早く魔力ポを実践しなきゃいかんのかなぁ。
 見せ付けてポ、しなきゃ捕まえて喋るなって脅すのか。
 流石に抵抗感あるな。

「命令と認識させれば良い、そうすれば何しようと喋れはしないからな」

 無条件で従うんだったっけ……、だったら良いのか?

「アレン、上下関係はもう決まっているんだ。 ある程度考慮してやれば良いだけで、全てに気を払う必要はない」
「そうですけど」

 俺のせいでああなったんだし、色々考える必要もあると思うんだよね。
 ……恋人とかは居たりしたんだろうか、こりゃ嫌だな。

「言っただろうが、優秀な男が居ないとな。 貴族となれば質の良い男をと決まっている、親が無能な男などと接触させないだろうが、衰退している上空気なグレンマスに近寄るような男は元から居ないがな」

 調べたって言ってたな、だったら居ないんだろう。
 居て、これに承諾したんなら……、違うな、俺の感覚で考えちゃいけないんだった。

「……魔力を見せ付けた後時折優しくしてやれば良い、それだけで嬉しくなるだろうよ」

 つまらなさそうに言うレテッシュさん、表情変わっていないのに拗ねているように見える。
 だからと言ってあれとかこれしていいなんて言えない、せめて成人してからで。

 要はグレンマスを誑かせ、と言う事で。
 自身を上回る異性の魔力を見せただけで惚れちゃうなんて、コミュニケーション不全にも程があるだろ。
 全員そう言う訳ではないが、単純に男と接触する機会が無かったりして、そもそも自分を上回る魔人は女性しか居ないからこういうことになってる。
 ここが人間とは違う、理知的な本能とでも言うべきか、恋愛感情などを排除して種を保ちながら進化し続ける魔人。
 だから人間より優れ、気が遠くなる年月の果てに限界が来たって事だな。

「……種馬、か」

 俺が魔力を見せ付けてやれば、うら若き女性たちは挙って惚れる?
 またまた、ご冗談を、と言いたいけど試してみようとは思わない。
 本当にそうだとして、惚れられて付き纏われるとかハーレム(笑)とかになりそうではない気がする。

「力が無ければそうなるな、勿論ヘレン殿や私が認めんが」

 問題が無ければちょっと良いかなぁと思ってしまった、体力が持っても精神力が持ちそうに無い気もするが。
 持ったとしても男の夢とか言うハーレムでも、許容できる物ではない。
 ハーレムの一員になる女の子にしたって、男を独占したいとか思うだろうし、そう言う事考えちまってハーレムを作りてぇとか思えない。
 ライバルを蹴落とす所か物理的に消し去ったりするような、血みどろの争いとかになったら怖いし。

 となると、あいつも俺に惚れたから夫になれとか言ったのか?
 ……失敗過ぎる、レテッシュさんが惚れさせろとか言ってたけど、あいつがそんなもの見たらその子を殺しに行ったりするんじゃないのか?
 ……こわ、あれも何とかしなくなくちゃ行けないだろうなぁ。

「……レテッシュさん、ちょっと聞きたい事が」
「何だ?」

 ゆったりと座り、注ぎ足したコーヒーを優雅に飲みつつ答えてくれる。

「あのですね、母さん助けに行った時にですね、変な人に夫になれと言われたんですが」
「ああ、あいつか。 アレンより背が低くて淡紅色の髪をした女だろう?」
「知ってますか」
「この前来たからな」
「……?」

 今なんて言った? この前来た? ここに現れた? 追っかけてきた?

「……フッ、そんなに恐れているなら心配無用か」
「だ、大丈夫なんですかね……?」
「一度来てからそれ以降は姿を見せては居ない、少なくとも私の知覚範囲には居ないな」
「・・・…レテッシュさんはあいつに勝てるんですか?」
「五分五分だな、油断して出向けば首を落とされる。 そうでなければ一進一退で決着は付いていない、以前あいつを刺客として送ってきた奴も居たしな」

 ……安心、安心なのか?
 勝てるかもしれないが負けるかもしれないって事だろ? あいつやっぱりめちゃくちゃ強かったんじゃねぇか…・・・。
 俺の魔力が低くて目を付けられなかったら、確実に殺されてたって事かよ。
 急に背筋が寒くなって、腕を擦ってしまう。

「守ってやる、それが私の役目だろう」

 胸キュンだな、レテッシュさんが男で、俺が身も心も純粋な女だったら、だが。

「……男としては逆が良いんですけどね」

 世界観的にシチュエーション正反対、残念すぎる。
 この人に対しては王道的な、守ってあげるなんて出来ないほどの力の差がある。

「なら強くなって欲しいものだ、多数の面でな」
「努力します」
「だったらこれから厳しく、だな」

 ……お手柔らかにお願いします。






 レテッシュさんと話したり、目の周りが赤い母さんとかとの晩飯も終わり。
 日は疾うの昔に落ちて真っ暗、ランプを付けた自室でいつもの瞑想的なもの。

「………」

 内に魔力を巡らせる訓練、続ける事に意味があると言っても座っている程度にしか感じない。
 だからこそ毎日やれるのかもしれないけど、とりあえず魔力を回し続ける。
 レテッシュさんと訓練を始めた頃からやり始めた魔力移動訓練。
 一箇所に有る魔力をすばやく他の部分に移動させたり、特定の部分にだけ魔力を纏わせ続けたり。
 魔力の効率化の訓練と言って良い、全身に纏うのが手っ取り早いが、腕だけとか足だけとか、あんまり用途は無さそうな気がするけどやっている訓練。

 例えば右腕だけを動かすのであれば、肩周辺、腕と関係ある胸や背中の筋肉辺りまでで止めておけば全身に回すより少なく済む。
 ……そういえば魔力強化で相手に魔力を感じさせず、と言うのは出来ないのだろうか。
 外に魔力振り撒けば分かりにくくなるが、そのまま撒いた分損するしなぁ。
 魔力で覆ってから初めて鎧となるから、皮膚辺りで止めると弱くなるんだよなぁ。
 皮膚の一ミリ上に魔力を張ってその一ミリの間に魔力を込めるとか、……それだったら普通に纏った方が楽だなぁ。

 小手先の技を考え、実践できないか試してみるも挫折する。
 俺の魔力制御力でも難しい、併用とかしてみたいけど使える魔法は限られているし、攻撃系はともかく補助系でも開拓してみるか。
 立ち上がって勉強机の棚に置いてあった魔法学の教科書を手に取る。
 また座り込んで教科書を開き捲る、捲っていく内に魔法の種類やら魔法武具の解説とか載っていた。
 それに目を奪われ、解説を読み進める。

「……魔力纏わせ強度アップ? 属性を与えて……」

 魔法武具、武器にしろ防具にしろ何らかの能力を付加すると言う。
 刀身に炎を纏う剣とか、鋭い風の刃を飛ばす剣とか……これあいつが使っていた攻撃か?
 対魔力、対属性に指向性を与えて同量の魔力で打ち破る、そこに属性の相性も加わって複雑に。
 と言っても弱点に対してはダメージ1.5倍とかそういう風に考えて良いのか? 読んでるとゲーム的な考えで貫通性とかも有りそうだなぁ。
 無属性とか、単純な威力強化とかのほうがお手軽かな。

「……新しい、惹かれるな」

 そう思っても武器の扱い方とか良く分からんし、精々防具とかになるんだろうけど買う金とか無いしなぁ。
 学校に付けていくとか……、無理か? 制服改造と判断されないかな……。
 まぁ今は関係ないし、魔法の項目を読み始める。
 属性系攻撃魔法、保護と防御、捕縛、隠蔽、感知と看破、治癒、精神系とか、結構あるな。
 えーっと、精霊? 召喚? 死霊? ほんと色々有りすぎ。

 種族や能力上の問題で後半は使えそうに無いから除外して、基本体系の奴から色々考える。
 魔法は一度に一つしか使えない訳じゃない、処理が間に合えば複数同時行使も可能。
 優れた処理能力、マルチタスクか? 複数作業が出来る者だと様々な属性魔法を同時に撃ち出せると、なるほど。
 魔法は同時に使えないと変な固定概念があった、だったら別々に使う魔力強化と『〈見えざる衣〉ハイド』の併用とか無理だよな。

「良し、やってみるか」

 こう、右手と左手に別々の魔法ってカッコいいよな。
 真逆の属性を持つ魔法を重ねて対消滅とかさ。
 そんな事を考えながら右手と左手、燃え上がる火と湧き出る水をイメージ。
 全体像として考えているから、両手のひらを出した自分の姿と手のひらの上に浮かぶ魔法を創造する。

「『〈燃え盛りて影さえ残さず〉フレイムボール』、『〈水よ沸き出で敵を断て〉ウォーターエッジ』」

 うほ、カッコいいぜ。
 右手の上には爛々と燃え盛る30センチほどの火の玉と、左手の上には透明で激しく揺らめく10センチほどの水の刃。
 火の玉はファンタジーにある良くある炎の魔法、水の方はウォータージェット? めちゃくちゃ高い水圧で切断する奴。
 とりあえず窓の外に飛ばしてみる、どっちも剛速球を超える速度で飛んでいった。
 ……簡単に避けれるなぁ、もう一回。

「『〈燃え盛りて影さえ残さず〉フレイムボール』、『〈水よ沸き出で敵を断て〉ウォーターエッジ』」

 同じように現れる火の玉と水の刃、今度はもっと早く飛んで行く物、戦闘機とかそんなもんをイメージして。

「……イメージって大切なんだな」

 全力で魔力強化しても避けられるかどうかの速度で飛んでいった、速度的に避けられなさそうだけど、速く飛んでいく事で威力とか上がるのだろうか。
 レテッシュさんの家は開けた街の郊外にあるから、こういう風にぶっ放しても周囲から苦情は出ないから安心だ。

「……くそ、やっぱ無理かな」

 イメージ、頭の中で俺よりでかい火の玉を使う自分をイメージするが。
 どうにもまだ覚えきれていない、実際にどういう物かレテッシュさんに見せてもらったのに。
 苦心する、中位の攻撃魔法が成功しないことに少し苛立ってる。

 魔力を込めて口語で呪文を唱えても、魔法の形を整えられないのだ。
 炎の魔法なら任意の場所に火の玉が現れるのだけど、例えば手のひらの上に中位の炎魔法を作り出しても数秒と持たず揺らめき、爆発する。
 魔力障壁を纏っていなかったら顔に大火傷だったな、マジで怖かった。
 こう言う時チート的にあっさり成功とかして欲しい、……数ヶ月頑張ったけど無理なのか?

 まさか、治癒とか隠蔽に特化しているから攻撃魔法はからっきしなのか?
 パラメータ振り分けミス? 習得必須能力が不足とかしてたりするの? 困る、超困る。
 いずれどこかでガチバトルになりそう、だから絶対に覚えておきたいのに。

 ……本当に無理なら工夫しなきゃいけないな、魔力障壁撃ち貫くには強度を超える一撃を与えるか、何度も撃ち込んで減衰させるか。
 前者は無理だったとして、後者で数で補わなきゃいけないだろう。
 イメージ通り部屋の中から外へと撃つと、窓枠とかに当たりそうだから外へと出る。
 部屋のドアを開け、廊下に出て渡り、階段を下りて、一回の廊下を歩いて玄関へと向かう。

「アレン、どこに行く?」

 途中リビングから俺が見えたんだろう、レテッシュさんが声を掛けてくる。

「ちょっと魔法で試したい事があるんで、外に行こうかと」
「ほう、付き合おう」

 そう言って椅子から立ち上がり、リビングから出てきた。
 イメージ通りに行ったとして、俺よりはるかに魔法の扱いが上手い人に話を聞いたほうがいいだろう。

「中位攻撃魔法がうまく使えなくて、下位で工夫しようかなと」
「工夫するのは悪くないが」
「中位の訓練も続けて行きますよ、下位で出来るんだったら中位でも出来ますんで」
「それならいい」

 二人で玄関へ、靴を履いて外へと出る。
 少し歩いて町とは反対方向に向く。

「何をする気だ?」
「見てれば分かりますよ」

 イメージ、多数の下位攻撃魔法を発現させ撃ち出す前の状態で腕に溜め込む。
 これは弾倉、そうだ、この攻撃方法は『銃』、マシンガンをイメージだ。
 拳が銃身で銃口、前腕や二の腕が弾倉、そして完成するのが……。

「……『〈燃え盛りて影さえ残さず〉フレイムボール』!」

 拳を向けた先、空へと火の玉が走る。
 反動がないからただ拳を突き出しているだけに見えるが、その先では連射される『〈燃え盛りて影さえ残さず〉フレイムボール』が。
 30発位撃ったら止める、これは魔力少ない人じゃ無理な攻撃方法だな。
 弾道もぶれてたし、弾幕や外さない距離での障壁減衰用かな。
 とりあえずはほぼイメージ通りに使えた事が嬉しい、子供の頃シューティングゲームに嵌ったのが役に立ったか。

「……なるほど、同属性の攻撃魔法を一点から連続発射か。 一撃を多数で上回るようにしたものか、良い考えだ」

 これ上位とかでやったら洒落にならん火力だな、バズーカを連射してるようなものだし。

「どれ」

 レテッシュさんも同じように右拳を突き出して。

「『〈燃え盛りて影さえ残さず、火球は踊り狂う〉フレイムロード』」

 2メートルはあるだろう火の玉を連射する。
 ……やべぇ、とんでもない高機動砲台が誕生した!
 と思ったけど、5発くらいで撃つのを止めた。

「……これは難しいな、すぐに撃てる状態で止めておくのだろう?」
「そうですね」
「魔力制御が上手くないと、何発も用意できない上暴発の危険性がある。 アレンは上手く撃てていたか?」

 ああー、すぐに撃てるって事は既にそこに浮いているような状態って事で。
 目標に向かって飛ばすと言う指向性を与えなければ、その場で爆発して散る可能性があるってことか。
 待機状態で用意しておいて、注意散漫で放っておけば自分が痛い目を見る。

「全然余裕でしたね、後から注ぎ足すような感じで撃ってます」
「それも難しいな、足を止め敵の攻撃が届かない状況なら使えるだろうが、私では動きながらの数発が限界だな」

 チート万歳、これで中位攻撃魔法が使えたら凄まじい火力が実現できるのに……。

「こう言う攻撃方法があるって知ってました?」
「連続で撃つと言うのは知っているが、こうも短い間隔で撃ち、何十発も出されるとは思わなかった」
「やっぱりあったかー」

 戦いを知っている人には簡単に思いつく攻撃方法だが、実用レベルな物を実践で行う魔人など居なかったって事か。

「他の属性も試しておくか」
「なに?」
「……『〈燃え盛りて影さえ残さず〉フレイムボール』!」

 ボボボボボと飛んでいく火の玉、それの間に挟むように。

「『〈水よ沸き出で敵を断て〉ウォーターエッジ』!」

 水の刃、火の玉と接触せずに目的の方向に撃ちだし続ける。

「『〈吹き荒んで速きに穿たん〉ウインドアロー』!」

 さらに今度は細長い風の矢、高圧力にて渦巻く風の弾丸と言って良いそれも混ぜる。

「『〈重きに降り注ぎて敵を砕け〉ストーンブラスト』!」

 こいつも追加だ! 飛んでいく石礫で基本四系統全てを織り交ぜた魔法のマシンガン。
 土魔法も追加した後も30発ほど、これなら魔力障壁減衰に実用的かもしれない。

「……まったく、お前って奴は」

 撃つのを止めて、減った魔力量とか確かめていると、クククと笑うレテッシュさん、チートの面目躍如。
 今は中位攻撃魔法が使えないから、これ位は許されるはず。

「聞いた事がないぞ、下位とは言え四大属性を全て織り込んでの連続射出など」
「……防げます?」
「ああ、そもそも当たらん」
「これでも?」

 さっき部屋で飛ばした速度と同じくらいで、何十発も飛んでいく下位攻撃魔法。
 これだと本当に実用的だ、マシンスペルと名付けよう!

「……ふむ、それなら当たるだろうが。 今のアレン相手では、受けつつも正面から行ったとしても障壁を貫けんな」
「レテッシュさんを基準に考えないでくださいよ」

 膨大な魔力に飽かした魔力障壁など突破できるとは思えん、これが中位や上位だったら行けそうだけど。 

「そうだったな、だったらかなり有効な攻撃手段だろう。 後はアレン自体が動けて正確な狙いを付けれたらと言う話だが」
「そこは訓練していきます、嫌な感じですけど中位とか覚えられないようなら必須になりそうですし」
「……そうか、物にすれば相当に厄介な存在になるだろうよ」

 嬉しそうにレテッシュさん、欲を言えば中位とかで使いたいんだけどなぁ。
 部分限定チートみたいで結構残念。
 パーフェクトに魔法を使いこなしたいなぁ、と思う満天の星空を見て思うのであった。



[17243] 22話 上手く行って欲しいと考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/06/09 05:36

 今日も元気だ、朝日が眩しい。
 そんでもって微妙にやる気が削がれている、今日は意識して魔力ポをやる日だからだ。
 とりあえず上半身を起こし、魔力を操る。
 目の前に30センチほどの水の玉を作り、それに顔を突っ込んだ。

「……ブブ」

 その中で息を吐けば、当たり前に気泡が出来上がって表面に浮き上がると同時に弾けて消える。
 意図的に冷やして冷たい水の玉、突っ込んでいる顔に続いて両手を差し込んでひんやりとした感覚。
 両手を顔に当てて何度か擦る、その後顔と両手を水の玉から引き抜き、窓を開けて外へと弾き飛ばす。
 飛んでいった水の玉は空に舞い上がって、弾けて消える。
 毎朝これをする、洗面台に足を運ぶ必要が無くなる上、外で気化させるために誰も濡れる心配がない。

「ふぅ……」

 魔法が便利すぎて洗面台の意味が薄くなってたりする、タオルも同様、水分を操れる為顔を拭く必要もない為だ。
 朝起きた時の不精っぷりは中々の物、寝起きに匹敵する億劫さに並ぶ物はかなり少ないだろう。
 その点で言えばこれで済ませられるってのは本当に良い、水の玉を火で炙ってやれば温水になるし、風を当ててやれば冷水になる。
 人間って一度楽を覚えると堕落していくんだ、体は人間じゃないけど。
 大きく背伸びをしてベッドから降り、壁に掛けてある制服を取って着替える。

「……あぁー」

 この気だるさは何ともし難い、気の進まない事をこれからやらなきゃいかんってのが要因。
 心機一転して考えなきゃ駄目か。
 制服を着て身嗜みを整えてから部屋を出る。

「母さん、おはよう」
「おはよう、アレン」

 階段を下りようとすれば、上ってきていた母さんと挨拶を交わす。
 起こそうとしてくれたんだろう、階段を上るのを止め、俺が降りてくるまで待っていた。

「アレン、使う時はくれぐれも回りに注意してね」
「わかってるよ」

 考えている事などお見通しか、まぁ言う通り気を付けないと大変な事になるのは間違い無さそうだ。
 頷きながら階段を一緒に降り、リビングへと顔を出す。
 居るだろうと思っていた人が居なかった、いつもなら座ってコーヒーでも飲んでるのに。
 レテッシュさんのこと考えてたらコーヒーのことを思い出して、俺も飲みたくなったんでカップに注ごうとして一杯分位しかない事に気が付く。
 点滴みたいにゆっくり落ちて溜まってタイプ、ウォータードリップ式だから軽く数時間掛かるんだよなぁ。

「……止めよ」

 もう飲んだのかもしれないけど、毎日の一杯を楽しみにしているような人だから、無くなってたらがっかりするだろう。
 インスタントコーヒーでもありゃ楽なんだがなぁ、豆から抽出するしかない上、かなりお高い嗜好品だから金の無い人はほいほい買えない代物。
 濁り水とか聞いた事あるけど、こっちでもそうなんだろうか。

「母さん、レテッシュさんは?」
「まだ寝ているそうよ」

 カップを置きなおしながら母さんに聞いた。
 あの後何かあったんだろうか? さっさと寝たと思ったけど。

「アレン、もう出来るから座っていなさい」

 それにいつもの護衛の人も姿が見えない、いや、見えないようにしているから当たり前なんだけど、食事の時は交代制で集まっていたから誰も来ないなんて初めてだ。
 もう食ったのか? 深く考える事じゃないか。
 キッチンへと入り、料理を手伝う。

「それじゃあやり難いでしょ」

 片手しか使えないのにただ座って待つとか、気が引け過ぎて出来ない。
 皿を出したり火を調整したり、サポート位しかしてないけど十分だろう。

「ありがとう」

 微笑む母さんを横目に料理を盛り付けていく。
 二人分だけだからか、短い時間で用意が出来た。

「二人だけでいいの?」
「ええ、起きたら自分で用意するそうよ」

 ならいいか。
 料理を盛り付けた皿を持ってキッチンを出る、そのままテーブルに並べてフォークなどの食器も並べる。
 これで良い、朝食の準備は出来た。

「冷めないうちに」
「ええ」






 最後のサラダを食べて口直しに水を一杯、おいしゅうございました。
 食器を片付け、少々ゆったりして腹ごなし。

「カバン忘れた……」

 教科書ならともかく、それを入れるカバンを忘れるとは。
 結構学校へ行くのが嫌らしい、内心舌打ちをしながら立ち上がり、自分の部屋に向かおうとリビングを出れば。

「おはようございます、アレン様」

 と、一日二回しか顔を合わせない護衛隊の隊長、ラアッテさんが挨拶。

「おはようございます」

 少々切れ長の狐目、当たり前に整った輪郭で小顔、俺より僅かに背が低いラアッテさん。
 挨拶で下げられた頭は群青色のロングヘア、後ろで束ねて結んでいる小さな黒いリボンが見えた。

「何かありました?」

 何時もなら挨拶を交わした後すぐにすれ違うのだが、今日は足を止めて俺を見つめてくる。

「はい、グレンマスの娘が迎えに来ております」
「え、もうそんな時間か」

 何時も通りに起きたと思ったんだけど、こんな所にも現れていたか。

「わかりました、学校行ってきますんでよろしくお願いします」
「はい、お任せください。 行ってらっしゃいませ、アレン様」

 ニッコリと満面の笑みのラアッテさん、頷き階段を上る。
 自室に戻ってカバンを取り、部屋を出て階段を駆け下りて玄関へ。





 ……うーん、青春か?
 靴を履いて玄関を開ければ一人の女性、灰色のロングヘアが見える。

「……おはようございます」

 俺より僅かに高い顔を見て挨拶、グレンマスさんは俺を見て頭を下げる。
 んー、早い方が良いって言ってたなぁ、学校でやるよりここでやった方が安全か……。

「……えーっと、グレンマスさん」

 そう言ってみれば頷くグレンマスさん。

「ちょっとお話があるんですけど」

 また頷くグレンマスさん。

「……どうかしました?」

 そう聞けば首を横に振る。

「……ああ、すみません。 もう喋り掛けてもいいですよ」

 すっかり忘れてた、一向に口を開かないグレンマスさん。
 昨日喋りかけるなって言ったんだった、命令と判断したんだね。

「おはようございます、アレン様」

 ニコっと、少し垂れ目の瞳で優しげな顔が笑みを浮かべる。
 まぁ何と言うか、話を聞いた後じゃ愛想笑いにしか見えないけど。

「おはようございます、今言った通りお話があるんです」
「はい」
「とても大事な話です、えー、この話について聞く前に約束して欲しいんですよ」
「約束、ですか」
「はい、この事について誰にも話さないと」
「約束します」

 はえーな、おい。
 もうちょっとシンキングタイムを作ろうぜ。

「そんな上辺だけの約束なんて要らないですから、僕はグレンマスさんの本当の声を聞きたいんですよ」
「………」
「とても重要な事ですから、制約の魔法とか関係無しに考えて欲しいんです。 グレンマスさんの、偽り無い気持ちで答えて欲しいんですよ」

 制約の魔法で約束されても駄目、ぜひともグレンマスさん自身の考えで決めて欲しい。

「……どれほど重要な事か、教えていただけませんか?」
「おそらく全部変わります、グレンマスさんの人生が、今ままで過ごしてきた生活が全て変わると思います」

 俺の魔力を感じて本能に逆らえなかったら惹かれるらしいし、弱いはずの男が強いはずの自分を上回るってのも驚きだろう。
 あと命の危機、これはまじでやばいしな……、言うべきだろうな。

「あと危険です、命が」
「えっ?」
「下手をすれば殺されると思います、それ位危険だと思ってくれれば」
「………」

 ……結局は無理やり引き込むんだからこの質問意味なくね?

「あー、間違えてました。 あんまり言いたくないんですが、グレンマスさんに拒否権はないんですよ」
「……それは酷く有りませんか?」
「それもそうなんですが、グレンマスさんも狙いがあったりするんでしょう? だったらグレンマスさんは絶対に聞いた方が良いと思うんですが」
「………」

 命令とかではなく自分で決めたと、俺の罪悪感を紛らわす為の行動。
 結局は巻き込まれたと、こちらから見ればそうなる。
 これって責任取らなきゃいかんのよね、俺が逃げてなきゃこうならなかったんだし……。

「……決めれませんか、それじゃあ話しますね。 僕はですね、かなりの魔力持ってます」

 そう言いながら一割ほどの魔力を放つ。
 本心を聞きたいんだけど、ここは無視した方が良いか。

「これはすごいですね」

 何てこと無い、男にしては多いけど自分には届かない。
 感じとしてはそんなもんだろう。

「でしょう? 最大はこれの十倍位はありますよ」
「……面白い冗談ですね」

 苦笑い、本当に冗談としか思っていないんだろう。
 だが事実は違い、三割でグレンマスさんの総魔力量を上回るだろう、つまり俺の魔力量はグレンマスさんの三倍以上ある。

「僕としては今の百倍とか有った方が良かったんですけどね」

 一割から二割へ、2メートルほどの距離も瞬時に広がる魔力領域で埋まりグレンマスさんを包み込む。

「世界って理不尽ばっかりですよね、俺の魔力量でも全然届かないほど魔力持ってる人が居るんですから」

 二割から三割へ、驚きに目を見開き停止するグレンマスさん。

「どうです? 何か感じるものは有りますか? あ、言っておきますけどまだ抑えてるんで」

 もっと単純に考えられてたらなぁ、転生だ異世界だって喜べたらよかったのに。
 後先考えずに、適当に俺SUGEEEEEでもしてただろうに。
 あ、それだと監禁フラグとか死亡フラグ立ってそうだな。
 手当たり次第に魔力ポして、俺以上に強い人とか出てきて浚われたりして……、洒落にならんね。

「グレンマス……いや、キュネイラさん。 お願いです」

 一歩、二歩と後退って尻餅を付いた。
 驚きのあまりか、スカートの中を隠さず俺を見上げる。
 俺はそれを無視して一歩踏み出し、手を差し出す。

「受けてくれるなら手を取ってくれませんか。 昨日キュネイラさんが責任取らせてくれって言ったじゃないですか、俺も責任を取る必要があるんで、出来れば受けてほしいと」

 受けてくれないなら受けさせる、責任を取るって言うのも俺が偉くなって派閥やらなんやら作ってでかくならなきゃいかんし。
 俺の後ろに付いて来てくれる人は絶対に必要だろう、いつかは公爵家の奴らを黙らせる位にならなくては。

「………」
「キュネイラさん、悩んでいると思うんですけど、考える時間を与える事は出来ません。 今ここで、キュネイラさん、グレンマスの将来を俺に賭けて欲しいんです」

 預けてくれないなら預けさせる、もう一蓮托生だ。

「……決められないですか。 そうですね、グレンマス夫妻はキュネイラさんと俺の子供が欲しいんですよね?
 男か女か、まぁこの事を知らないんでどっちが生まれても結構な能力を持っていると思います」

 手を出し出したまま、レテッシュさんが言っていた予想を口にする。

「今ここでこの手を取らないとキュネイラさんの両親の願いは消えます、責任やらなんやら言っても今後絶対に僕は貴女の事を相手にしません。
 制約の魔法を使ってキュネイラさんの意思を全て無視します、本当の意味で貴女が死ぬまで奴隷になります」

 どうです? この手を取りませんか?
 そう脅迫して、キュネイラさんに選択を強いる。

「……酷い子」

 顔を逸らして言うキュネイラさん。

「力が必要ですから、この程度で酷いと言ってられなくなりそうなんです」
「私は、その手を取るしかないのね?」

 素に戻った? 最初はもっと馴れ馴れしいと言うか、そんな感じだったから。

「取らなければさっき言ったような事になります、あるいは全ての関係を断ち切ってお別れです」
「……その」
「なんですか?」
「あまり、こっちを見ないでくれる? ……どうしたら良いか分からないわ」
「……男の人とあまり会った事無いんですか?」
「お父様だけよ」

 顔を逸らしたままのキュネイラさんは頷く。
 貴族って本当にそんなもんなのか、大事な子供だから当たり前なのかもしれんが……。
 愛とか恋とか、馴染み無い遠い感情なのだろう。

「すみません」

 さらに魔力を倍、六割ほど開放してもう一歩踏み出し近づく。

「……嘘」

 膨れ上がる俺の魔力に気が付いて、逸らしていた顔を俺に向けなおし呆然。

「キュネイラさん、手を取ってください。 正直に言って手を取ってくれないと困ります」

 まっすぐ見て、本心をぶっちゃける。
 巻き込んだんだから、それなりの何かをしてやらなくちゃいけないし。
 ここでお別れと言うのも気が引ける。

「……断れないじゃないの」

 ようやく手を掴んでくれた、そうして引っ張り起こして立たせる。
 スカートを叩くキュネイラさんの顔を見れば、頬が朱に染まっていた。

 ……感慨も何も無いな、思い入れがないとこんなにつまらないものだとは。
 恋愛と言うものを根底から覆す、出会いの次に恋人とか、過程を吹っ飛ばしたもの。
 過程で発生するであろう付き合いによる時間の消費や、デートなどで掛かるお金、それらが掛からないと言えば聞こえが良いかもしれないが、どうにも洗脳的なものにしか感じられない。
 利用すると念頭に置いているからこう思うのか? 小説や漫画であるならつまらないの一言で本を閉じたりできるのだが、この世界では罷り通るのが恐ろしい。

「……すみません」
「……気を使っているのね、自分のものになれと強く言えばいいのに」
「利用させてもらいます、なんて正面切って言うのはちょっと……」

 そんな事を言われて気持ちが良い訳が無い。
 素直なのはいい事だとは思うけど、それは時と場合によるし。

「本当に子供なのね、そんな事ではやっていけないわよ」

 前世で昇進して顎で人を使えてりゃ、こんなのも割り切れたかもしれない。

「だから誰かに支えて欲しいんですよ」
「……それに選ばれたのが私?」
「済みません、グレンマスさんが一番だったので……」
「……そう」

 また顔を逸らし、右手で口を押さえている。
 結構長々と話してしまったか、時間的に遅刻しそうな感じがする。

「学校に行きましょうか」
「はい」

 行きましょうと、向き直って言えば。
 手を下ろしたキュネイラさんは嬉しそうに微笑み頷いた。









「………」

 それを窓から眺めている人物は、タンクトップに長めのショートパンツと軽い出で立ち。
 起き抜けにして、アレンとキュネイラの後ろ姿を見るレテッシュ。
 その顔は曇っており、まるで睨むかのように一階廊下の窓際で佇む。
 寝惚け眼だから、では無く単純に面白い光景ではないから雰囲気が悪くなっている。
 好きな男が他の女に言い寄られるなど、よほど特殊な存在で無ければ良い感情など浮かべない。

 むすっと、内心快くない感情が渦巻くが、それがあっさりたがが外れるほど自制心は低くない。
 他の女がすり寄ってくれば、もっと自分の心情を引き上げてもらうよう行動するだけだ。
 レテッシュはそれで納得し、力尽くでの奪い合いではなく、魅力的な女としてアレンに選んでもらうよう頑張るだけ。

「レテッシュさん」
「……何か」

 そう思っても顔の表情はまだ曇っている、自分の感情を完全に抑えきれていなかった。
 それが声にも現れていたが、声を掛けてきた人物は不快を表さずに見つめてくる。

「一つ確認した上で、お聞きしたい事があるのですが」

 その人物はアレンの母であるヘレンは微笑んで、不機嫌そうなレテッシュに声を掛けていた。



[17243] 23話 纏わり付かれて考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/05/01 04:46

 これで良いのか、多分良いんだろうけどさ。
 頬が染まったからと言って惚れたとか、断言できるわけではないけど……。

「キュネイラさん、横に並んでくださいよ」
「あら、上の立場の者が居る場合、一歩引いて歩くべきなんじゃないのかしら?」
「いやいや、公私は区別する物なんですよ。 プライベートがそうであっても公の場ではただのクラスメイトですから」
「そう言うものは意味が無い物だとお考えになった方が宜しいですわね、学園側がどうあれ生徒側には意味が無い事ですので」
「……なにが」
「学び舎と言えど、貴族社会の縮図が収まっています。 つまりは誰に媚びてへつうか、誰に付いて恩恵を預かるか。 そこを吟味して主流に乗れるかどうか、おわかり?」

 予想通りだけど、これはどうしたもんか。

「わたくしは、いえ、グレンマスは貴方に付くと決めたのですから、お覚悟願いたいものです」
「……そうだった、すみません」

 貴族が力を付けるってのは権力を手に入れるって事。
 簡単に言えば数多の人を従えるようになると言う事だ、学園が社会の縮図と言うならまさにそれ。
 俺と言う個人はグレンマスの上に立ってるって事だよな、切り替えがまだなっていないな……。

「しっかりしてくださいな、何れ頂点に立つほどになって貰わなければいけないのですから」
「そうですね、……肝に銘じておきます」
「……頂点に立つ事は否定しないのですね」
「最低でも頂点に近い位置まで登らなくてはいけませんから」

 無理無理、何て言う事は出来ない。
 対等に話し合える力を持たなければ、狙われ続ける事になりそうだし。

「でしたら期待させていただきます、双方にとってとても利の有る事ですし」
「期待に沿えるよう頑張りますよ」

 俺が力付けないといろいろやばいんだよな、気合入れて頑張るしかないか。
 事実、死にたくないし母さんを連れて行かれたくない。
 単純な戦闘能力もそうだが、腹芸もしっかり覚えなくては。






 そんなこんなでキュネイラさんと一緒に登校、聞く所によれば学園内の寮に入っていると言うのにわざわざ俺の所まで来た。
 そこまでしなくていいのに、と言おうとして口を噤む。
 反感を持たれない程度に人を使わないといけないから、こう言う自主的なものに関しては迷惑でなければ何も言わない方がいいんだろう、……多分。

「………」

 一歩引いて後ろを歩くキュネイラさん、ちくちくと視線を感じるが、彼女だけが視線を向けてきてる訳じゃなかった。
 疎らながらも他の登校する生徒が居て、男の俺を見ている。
 二日経ってより話が広まったか、学園の中じゃもっと増えるかもしれない。
 芸能人になったわけでも無いのに見られるのって疲れる、……一応有名人なのか?

「ちょっと急ぎましょう」
「はい」

 早足で歩き続ける、一人、また一人と追い抜きながら、長大な学園を覆う壁に沿って門を目指す。
 歩いていれば門まで後数分、そんな速度で進んでいれば遠くに人だかり。
 何かと思って目を凝らせば、門の周囲に人が一杯、軽く数十人は居る。

「……隠れていこうか」
「何かあっ……、ああ」

 俺が足を止め、見ている方向に感づいてキュネイラさんも呟く。
 あの集団が俺関連だと自意識過剰であって欲しいが、流れ的にあれは俺関連なんだろうね。

「堂々と進まれた方がよろしいわ、これから毎回隠れて行かれるつもり?」
「……なんか関わりたくないんだよね」
「だったらなおさら、嫌であればはっきりと断る事をお勧めしますわ」

 正論だなぁ、間違ってないと思うし言う通りにやってみるか。
 関係なかったらそれで問題ないし。
 言われた事に頷いてまた足を動かし出す、すたすたと位置を変えずに付いてくるキュネイラさん。
 どんどん近づいてくる門と、その周囲にたむろって居る女子生徒。
 近づけば近づくほど視線が集まってくる、そして声も。

 黄色い声は無い、驚いたような声ばかり。
 俺が予想以上に子供だったからか、そんな驚きなど俺に関係ない無視して進む。
 だがそれを遮るのはたむろって居た女子生徒、ニヤニヤと笑いつつも行く手を遮ってくる。

「通してくれませんか」
「坊や、お姉さんたちと遊んでいかない?」

 薄笑いを作る薄めの緑髪、腕組みをして俺を見る女。
 スタイルに自信があるのか、腕組みをして胸とか強調してるけど……。
 まぁそこそこじゃないの? レテッシュさんの方がいろんな意味ですげぇし。

「遊びません、興味ないので失礼します」

 お誘いなんて乗る意味も無く、さっさと断って進みだす。
 だが迂回して進もうとしても、他の女子生徒が立ちはだかって邪魔をする。
 まじで邪魔くせぇ、校門の前で集まるとか他の生徒にも迷惑だろ。

「お退きなさい、相手にされていないと理解出来ないんですの?」

 同じく邪魔だと思ったのか、キュネイラさんが俺の隣に並んで威嚇する。

「私はこの子に話しているのよ、でしゃばるんじゃないわ」
「そちらこそでしゃばらないでいただけませんか、欠片の興味も湧かせられないような方たちは見ていて不憫になってしまいますの」

 口に手を当て、笑みを作って嘲笑する。
 それを見せられ、緑髪の女子生徒が顔を歪めた。

「……なんですって」
「彼も言いましたでしょう? 興味が無いと、その耳が塞がっていなければ聞こえて理解できている筈。
 聞こえてなお理解出来ていないなどと、その程度の理解力しか有る訳ではないでしょう? でしたら早くお退きなさい、時間も差し迫っておりますからね」

 正面から言い退けたよ、退かず突っ掛かって来るなら理解力無しと宣言するようなものって事か。
 俺と同じ考えに至ったのか、言われた人は苦々しい表情で立ち尽くす。

「……おや? まさか、貴女はその程度の……」

 そう言い掛けられ、慌てて道を譲る。
 頭が足りないって噂が流れると死活問題なのか? 名誉とかそんなのもあるから見た目以上に肩身が狭いのか。
 あんまりグダグダしている時間も無いので、門をさっさと潜る。

「……後悔しない事ね」
「あら? 負け犬の遠吠えが聞こえた気がしましたわ」

 これ以上挑発するなって!

「言い過ぎです、皆さんも他の方の事を考えて行動してください」

 とか言っておけば少しは遠慮してくれるだろう。

「あら、気にしてくれるのね」

 駄目だこいつ、俺は無視して歩き出した。






 追いかけてくるも無視し続け、カッとなって襲ってきたりした……訳も無く『また来るわ』とか言って離れていった。
 くそう、他の奴もグレンマスと同じような考えって訳だな。

「はぁ……」
「公言すればよろしいのに、でしたら他の女は近づきにくくなるでしょうね」

 許婚が居るとか? ちょっと考えたらレテッシュさんの顔が浮かんできた。
 考えれば悪くないんだよなぁ、結構権力あるようだし、美人だし……ってこれは当たり前か。
 一つの選択肢として考えておこう。

「まぁ、嫁とか婿とかまだ早いでしょう。 そういう物はもっと後で、安全になってから考えた方が良さそうです」
「……その相手になってくれと、そう私に言ってくださればいいのに」

 そうは言われてもなぁ。
 結婚ってのは政治的な手段でもあったはず、しがらみがない状態で親父と母さんみたいに恋愛結婚のように出来れば問題無さそうなんだが。
 そう考えるとレテッシュさんがとんでもなく良い条件なんだろうが、それでも気軽に決めるのはどうだろうか。

「後で考えます、一種の切り札として使えるかもしれませんし」
「わたくしは意見を述べる事しか出来ないのですから、アレン様が最善だと思うことを実行すればいいのです」

 灰色の髪を揺らしながらも、そっぽを向いてそう言うのは拗ねていると見ていいんだろうか?
 待て、ここでじゃあお願いしますと言うのも危険な気がする、ここはやはり置いておこう。

「……最善を選びたいですね」

 ああ、本当に最善を選んで危なくない生活を送りたい。





 それからは結局会話もなく、四方八方から黒髪の俺に視線を向けられつつも校舎へ。
 昇降口でも廊下でも階段でも、すれ違ってからも視線を送られちょっとうんざり。
 視線の質、興味などの視線だけであればいいが、明らかに好機を狙うようなものがあってまじで嫌だ。
 レテッシュさんが言ってた通り、意を受けた貴族が居るんだろう、事故に見せかけて襲ってくる事があるかも知れない。
 そんな考えにひやりとしつつ、教室がある階まで上る。

「……またですか」

 呟くキュネイラさんの視線の先、肩で切り揃えられ燃えているような赤髪に、髪に劣らないほどの赤目。
 腕組みをして教室の廊下で立つヴォーテルポーレスさん、こっちから見えるって事は向こうからも見えるって事で。

「……忘れてた」

 視線が交差、不機嫌そうな顔でまっすぐこっちを見てきていた。
 昨日無視しちゃったしどうしようか、と考えていればキュネイラさんが進んで前に出る。
 突っ立ってるのは駄目だろうし、その後に続いて歩き出す。
 数十秒廊下を歩き、1-1の教室前。
 先制を放ったのはキュネイラさん。

「ヴォーテルポーレス、いい加減に理解したらどうです?」
「グレンマス、貴女こそいい加減にしなさい」

 表情通り、不機嫌そうな声でキュネイラさんに言い返すヴォーテルポーレスさん。
 バチバチと視線が火花を散らしているような光景、めっちゃ仲悪そうじゃないか……。

「彼は貴女と話したくないと態度で示したじゃありませんか、だと言うのにしつこく纏わり付いてきて」
「それは貴女が邪魔するからでしょう、話したくないのであれば直接そうであると言って欲しいわ」
「そうでしたわね、ではアルメー様。 ヴォーテルポーレスと話す事は何も無いと仰って下さい」

 二つの視線、と言うか周囲の生徒たちも、教室の中にいる生徒も皆視線を俺に向けてきて背中が痒い。

「……昨日はすみません、ちょっと考え事してて。 話したい事があるんでしたらお昼休みにでもどうですか?」

 二人の表情が動く、キュネイラさんは驚き、ヴォーテルポーレスさんは眉間のしわが小さくなる。
 ある程度話しておいた方が後々面倒な事にはならないだろう、多分新入生代表の話だろうし。

「今日はグレンマスを使って逃げないのね」
「……本当にヴォーテルポーレスに構ってあげるつもりですか?」

 構っておかないとずっと付き纏ってきそうだから、後々を考えればこれが正解に違いない。

「話しますよ、代表の事ですよね?」
「ええ」
「アレン様、考え直した方が良いかと」
「グレンマス、何か勘違いしてるんじゃ無いかしら」
「少し考えれば分かる事にしつこく纏わり付いてくるのを考えれば、ヴォーテルポーレスがアレン様に何かしようと思うのは当たり前じゃなくて?」
「……そんなに侮辱して、本当に後悔したいわけ?」
「昨日も言いましたが、わたくしを後悔させる事が出来るのかしら?」

 それを聞いたヴォーテルポーレスさんは拳を構え、キュネイラさんはカバンを放り投げて同じく構える。
 二人から魔力が湧き上がり、まさに一触即発の状態。
 うえ、二人とも俺の魔力の三……、いや、四割くらいあるぞ。
 引っ込めてる魔力は読みにくいったらありゃしねぇ、全員で半分も無いとかありえなかったか。
 しかしあまりに好戦的過ぎるでしょう? 魔力を全身に行き渡らせる二人を止めようとして。

「お待ちなさい!」

 先に制止を掛ける声が教室から響いた。
 中から声を出して現れたのは山吹色のツインドリル、もといガーテルモーレさん。

「一体何をやっているのです、学業に励む学び舎で一戦を構えようなどと、貴女方は自制と言う言葉を知らないのですか!」

 委員長の如きガーテルモーレさん出現、こう言う人本当に居て助かるタイプの人だぁ。

「先に仕掛けてきたのは向こうよ、だったら受けてあげるのが礼儀ではなくて?」
「邪推で決め付けるような奴がよく言うわ、後悔をしたいと言うならさせて上げるのが慈悲でしょう」

 一向に治まらない二人、今にも二人が戦おうとして。

「そんなにやりたければ今度の実習で存分にやりなさい!」

 縦ロールを揺らして腕を突き出し、動き出した二人の間に雷光を走らせた。
 電撃と光を弾けさせ、視界を埋め尽くすまばゆい光が生まれる。
 俺を含め視界を遮られた者たち皆動きを止めずに居られない。

「……ヴォーテルポーレスは話を聞くだけと約束して、グレンマスはそれを受け入れるだけでよいでしょうに」

 軽く溜息を吐き、ガーテルモーレさんが妥協案を提案。

「そんな約束守ると思えないわ」
「邪推ばかりを考える奴が頷くとは思えないわね」

 だが二人はあっさりと拒否。

「だったらヴォーテルポーレスさんは約束してください、グレンマスさんも頷いてください、それで良いですね?」

 全部ガーテルモーレさんに任せるのはあれだし、ここで戦うとかとんでもないんで約束してもらうし頷いてもらう。

「ですが」
「使いますよ」
「……わかりました」
「ヴォーテルポーレスさんも、グレンマスさんが考えるような事をしないと約束してくれますよね」
「ええ、元から話を聞くだけよ」

 お話と言う名の戦いとか遠慮願いたい。

「ならば早く教室にお入りなさい、もう時間は迫っていますよ」

 最後の火花散る視線、その後に二人は教室に入っていく。
 放り投げたカバンの事などすっかり忘れたんだろう、とりあえず拾い上げてガーテルモーレさんに頭を下げた。

「……迷惑をお掛けしてすみません」
「いえ、無辜の生徒に被害が出るかもしれませんし」

 まじで助かるわ、つーか何であんなに突っかかるのか分からん。

「それに、私もミスタ・アルメーにお聞きしたい事が有りますので」
「……グレンマスさんの事ですか?」
「ええ、よろしいですか?」
「……分かりました」

 しがらみがどんどん増えていく気がする。
 俺は教室に入りながら、一向に減る気配が無い気苦労に将来禿げない事を祈った。



[17243] 24話 説明しつつ考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/04/14 22:17

「ネテンメトイド! バデントート! ジングトマス! ベッヘンドレーノ! ライグス!」

 出席確認を聞きながら、いくつか話す事を考えておく。
 ヴォーテルポーレスさんはともかく、ガーテルモーレさんはどこまで話すか。
 勿論核心まで話す気はこれっぽっちもない、彼女が納得するような落し所まで持っていく必要がある。

「……メー、アルメー! 返事をしろ莫迦者めが!」

 意識が移った瞬間、机の前から振り降ろされる一閃。

「あ」

 それは出席帳、一向に返事をしない俺の頭を叩こうとしたのか。
 より痛みが強そうな縦の背表紙、毎日で何ヶ月にも及ぶ訓練によってか反射的に腕を使って遮る。

「……すみません」

 密度が低く薄い障壁でも簡単に止められる物。

「アルメー、考え事をするのは悪くないが時と場所を考えろ、わかったな?」
「はい」
「じゃあしっかりと受けておけ」

 しかめっ面、1-1の担任の教師『ショーティア・デュラミス・メーテル』がもう一度腕を振り上げ下ろした。
 結構な速さの出席帳が、ガツンと頭に当たるが衝撃は伝わらなかった。

「……体罰反対」

 魔力によって強化された出席帳はかなり硬くなり、結構な速度で振り下ろせばとんでもなく痛い。
 まぁ障壁で衝撃を散らしたから全く痛みを感じないのだけど。

「なぜ防ぐ、しっかり受けろと言ったはずだが?」
「……すみません、つい」

 防衛本能か、攻撃っぽいものを見るとつい魔力を纏ってダメージを減らそうとしてしまう。
 嫌な脊髄反射だ。

「まあいい、次は無しだ」
「はい」

 そう言って竜胆色、灰色掛かった紫色のロングストレートの髪を揺らし、切れ長の目を細めつつ、やっぱりしかめっ面の先生。
 ビシっと紺色のロングスカートのスーツで決めた、まさに女教師と言った姿。
 優秀な生徒を教えるのは優秀な教師と言うわけで、教師陣も女性ばかり、そういや学園長も女性だったなぁ。
 教壇に戻った先生、もう一度出席帳を開いて。

「アルメー!」
「はい!」

 声高らかに、俺の出席を取った。





 出席確認が終わって先生の授業が始まり、教科は魔法学。

「莫迦者めが! しっかりと答えんか!」
「す、すみま……」

 昨日とは大違いだった、ハキハキ喋るのは変わらないが授業になると一変する。
 答えを聞かれたなんとかさんがもごもごと聞き取りにくく言うから叱るんだけど、少なくとも昨日は怒鳴るような事はなかった。

「……しっかりと答えろと言ったはずだが、その耳は飾りではあるまいな!」

 大股で、何とかさんの前にズンズンと進み出て見下ろす。
 見下ろされたなんとかさんはより萎縮する。

「こっちを見ろ、そしてはっきり答えろ」
「……あの、自然界に発現させる基盤として……組み込まれた摂理に沿って……ある……」
「………」

 先生と視線を合わせればたちまち声が小さくなっていく。
 それは駄目だ、気弱な人。

「……ライグス、それでは駄目だ。 本心がどうであろうと意思は伝えなければならない時がいつか来る、それでは後悔をする事になる」

 一転して優しく肩に手を置き、先生は諭すように言う。

「今すぐ完璧にしろと言っていない、せめて授業の時はそうであってくれ」
「……はい」

 微笑むことなくしかめっ面を続けていたが、その言葉は真剣さを多く含んでいた。

「よし、ライグス。 もう一度答えてみろ」
「はい、自然界に発現させる基盤として、組み込まれている摂理に沿って魔法は使用者の意思で発現させる事が出来ます。
 また……、その精度や効果は使用者の魔力や制御力によって性質が変化し、複数の人が使っても均一な効果を生み出す事は出来ません。
 さらにはその日の状態にも左右され、えっと、同一の個人であっても全く同じ効果は生み出せません」

 すらすら、ではないが今度はちゃんと聞こえるように。
 それを聞いて先生は頷く、やはり笑わないが悪くないようだ。

「正解だ、ライグスが言った通り各々の性質を理解して、効率よく魔法を使いこなせ!」

 もう一度やさしく肩を叩き、先生は教壇に戻っていく。
 振り返って教室全体を見渡しながら拳を握った右手で、左手の手のひらを叩く先生。

「それと勘違いしやすいものが一つ、魔力量が強さに直結するわけではない! やり様によって1の攻撃で2の守りを崩す事も出来る、単純な力押しで決まるほど温くはないぞ!」

 1や2の差ならそうなんだけどなぁ、差が10とか20になると全く意味がなくなる。
 体験したからこそ言える、自分が1で相手が10だと小細工など意味無くぶっ殺される。
 自分が7とか8だったら何とかなりそうだけど、倍以上離れているとお手上げに近く、逃げるのも難しいだろう。
 だからと言って、先生が言う通り魔力量イコール強さとも行かないが。
 そういえば俺の性質ってなんだろうな、小手先技術が上手くなりやすいとか? 調べ方から調べるか。

 それから一通りの問答が終わり、先生が腕組みをして頷く。

「やはり基礎は十分、でなければここには居ないか」
 
 基本は結構簡単なんだけど、応用がくそ難しい。
 四大元素、火、水、風、土とファンタジーには基本的なモノ。
 生きていくために必要と言える四大元素だけど、応用となればそこから外れたカテゴリーが加わってくる。
 勇者とかが持っていそうな『光』とか、反対に魔王とか持っていそうな『闇』、『木』、『金』、『影』とか、果ては『星』とか『世界』とか。
 それって属性じゃないだろってモノまであって訳が分からなくなる、それら数え切れないほどの属性が混ざり合って世界を型成すとか言われてるし。

 まぁ何と言うか、四大元素も結局は大まかに言った物に過ぎないわけだった。
 火が燃えると言うのも、魔力で燃えているのか酸素で燃えているのか、はたまたガスとか結局は『燃焼』と言う現象で発生する光と熱を大雑把にカテゴリー分けしたもの。
 過程が違っても発生する物がその属性と一致するならそう呼ばれる、つまりは気体が『光』と『熱』の属性を持って同時に発生する属性が『火』と言うわけで。
 そう言うと『光』は熱の属性を持つし、他の属性、ゾンビとかアンデッドが嫌う『聖』とかも含んでいる……とか言う話になって来る。
 つまり細分化すればもっと属性が増えるだろうけど、増えすぎてよく分からなくなるから難しい訳だ。

「良いか、世界に存在する物はどれもが複雑で、理解する事に非常に長い時間が掛かる」

 間を置き、先生は教室内に居る生徒を見渡して言い続ける。

「魔法はその世界に属する一分野でしかない、だと言うのに複雑極まりなく膨大な情報で占められている」

 魔力とか魔法とか、科学では証明できない分野で有りながら、それに匹敵する難解さを持っているのかもしれない。
 単純に魔力が有って呪文を唱えて魔法が具現化する、だがこれは大雑把に大別したもの。
 唱える呪文や具現化する魔法は長い間試行錯誤してきたからこそ存在しているものだが、これでもまだ不完全であり発展途上である。
 その上発動させる根源、魔力が何なのか今一つ分かってなかったりもする。
 魂の光とか、溢れ出る不要な生命力とか、真理っぽいし幾ら時間を掛けても辿り着けない答えな気がする。

「お前たちが世界を解き明かそうとするかは分からん、だが魔法学によって解き明かされた事を知れば魔力の運用、いや、それを含めた魔法そのものについて僅かばかりだが触れる事が出来るだろう」

 当たりだろうなぁ、真剣に語るその姿はまさしく教師。
 1-1の担任、ショーティア・デュラミス・メーテル先生は優れた教師なのだろう。

「学べ! そして理解しろ! 自分が如何に小さいか! 自分の器がどれほどのものか理解しろ! そうして大きくなれるよう、自分を高めろ! 私はその手伝いを惜しむ事はしない!」





 しかめっ面なのに熱烈な話を聞いて、話の通りなら充実した勉強生活を送れるだろう。
 むしろあれはしかめっ面をしているんじゃなくて、もとからしかめっ面だったりするのか?
 そうだとしたら学園での教師生活に疲れているのかもしれない、真摯だから生徒のために神経すり減らしているとか。
 だとしたら間違いなく当たりだ、そうであると確信できるのはまだ先だが。
 よし、授業も終わったし昼休みで弁当だ! と現実逃避したい視線が背後から。

「さぁ、貴方の口から聞かせてもらおうかしら」

 その一言で皮切りに、授業で散っていた視線がまた集まり始める。
 発したのは後ろの席の赤髪さん、振り返れば赤い目が俺を見下ろしている。

「良いですけど、ヴォーテルポーレスさんが納得するかどうか別ですよ? おそらく考えている通りの話ですから」
「言ったでしょうが、貴方の口から話を聞きたいと。 嘘でなければ問題ないわ」

 嘘は吐かないよ、真実は言わないけど。
 頷いて見せれば続けてヴォーテルポーレスさん。

「それで、貴方の後援者がさせるなって圧力を掛けたんですってね」

 圧力? やらせたらなんかしちゃうぞって言ったのか?
 そんなことしてちゃなんか面倒な事になったりしないの? 他の親御さんたちから文句出たりしたりしそうだが。

「それは分かりません、僕に一切の話無く進めていた事でしたし」
「ふぅーん、確かにここじゃあ圧力も意味は無いわね。 それじゃあ代表をやらなかった理由を聞かせてもらいたいわ」
「ヴォーテルポーレスさんはどういう風に聞いています?」
「首席入学者は史上最年少で男、騒ぎになるから次席であった私に代表の挨拶要請が来たと」
「その通りです」

 そのままだ、否定する部分などどこにも無い。
 だから言った言葉通りだと肯定する。

「……本当にそのままなの?」

 なにか違うものが聞けると思っていたのか、少し驚いたような表情。

「そうですよ、だから朝来る時に門で絡まれました、ずっとこのままなんでしょうかねぇ……」

 好きの反対って何だと思う? 嫌い? 違うな、『興味が無い』。
 本当に嫌いなら関わる事を止める、思い出したくも無いって奴だ。
 ちょっと窘めたら『また来る』とか言われたし、はっきりと拒絶しておいた方が良いって事だったな、次来たらそう言おう。

「僅かばかりにも間違いはないのね?」
「僕の後援者が圧力を掛けたってのは分かりませんが、最年少首席入学ってのは間違い無さそうです」

 でなけりゃあんな事態にはなってないし、おだてられて気を抜いてたせいか……。
 もとから命の危険がなくなった訳じゃないから気を抜くなって話だった。

「……どんな手を使ったのかと思えば」
「ですよねー、普通はそう思います」
「まぁ、いずれそれが本物かどうか分かるでしょう。 でなければ、粉砕される事を覚悟しておきなさい」

 何ですか粉砕って、首席に相応しくない能力だったらボコるってことですか。
 赤い吊り目が睨むように俺を見る、やっぱりこの人は見た目と同じような感じの考えなのだろうか。

「ご安心ください、アレン様。 このような脳筋に出来よう筈は有りませんわ」

 火に油を注ぐ人、キュネイラさんが割ってくる。

「キュネイラさん、お願いですから黙っててください」

 即座にヴォーテルポーレスさんが怒る前に火消し、現に怒りのボルテージ上昇中な表情になっていた。

「あと侮辱は止めてください、自分が嫌な事を相手にしちゃ駄目ですよ」

 毒を吐くのは誰も居ないところでな!
 そう言ってやれば渋々引き下がる、ヴォーテルポーレスさんが気に入らないってのは分かったけど俺を巻き込むな。

「ヴォーテルポーレスさんも一々怒らず、軽く流した方がいいと思いますよ」

 俺だったら無視するか、相手しなければならない時は半笑いで返す。
 なんと言うか、言葉をそのまま受け取りすぎるヴォーテルポーレスさんは直情的だ。

「言われなくても!」

 わかってねーじゃん。
 顔がやかんだったら、注ぎ口辺りから湯気が立ち上ってそうな感じだった。

 話が終わり、キュネイラさんの割り込みで意識がそっちに行ってるもんだから体よく抜け出せる。
 だから少し離れていた所から一連のやり取りを見ていたガーテルモーレさんの所へ。

「移動します?」

 個人的にも聞かれたくない話だから、教室でない方が良い。

「……聞かれて不味いのですか?」
「あまり」
「では差し障り無さそうな事を一つだけ」

 ガーテルモーレさんが人差し指を立てた手を軽く振る、途端に風が音を遮る、と言うか空気の振動を抑えて可聴域を減らす。
 単純に言えば見えない風の壁に遮られ、音波が壁の向こう側に行きにくいようにしただけ。
 指を振るだけで大気を操って空気振動を抑えるとかすげぇ、魔法って神秘だ。

「……彼女は本気ですか?」

 いまさら魔法の凄さを考えていれば、いきなり核心を突っ突いて来た。
 手袋の下にあるあれまで分かってんのかな。

「本気のようです」

 チラリと視線が俺の後ろへと向けられ、すぐに戻される。
 心配してるんだろうか、してそうな気がするが。

「そうですか、おそらく意向が有ったでしょうが彼女が決めたなら何も言えませんね」
「同じ考えを持った人はかなり居そうなんですがね」
「理解できます、ミスタ・アルメーの価値を理解できない者はこの学園には居ないでしょうね」

 やっぱりか、これから門であったような事ばっかりとか?
 そういう視線がありそうなのは分かるけど、アレな女ばっかり寄ってくるとかそんな事が無い事を祈りたい。

「ミスタ・アルメー、難しい事を承知でお願いが有ります」
「……何ですか?」
「様々な思惑が絡み合っているのだとは思いますが、その中でグレンマスを使い潰して捨てるような事は無い様にお願いしたいのです」

 真剣な表情、そこまで心配してんのか。

「悪い事が無ければそうならないと思います、僕次第ではありますけど」

 現状から見るに、裏切りとか無さそうだけど。
 もしそうなったとしたら即捨てなきゃいけなくなる、まぁその前に俺が生き残れたらの話になるんだけど。

「……そうですか、では頑張ってください」

 そう来るか。

「頑張りますよ、そうしないといけないので」
「でしたら──」
「ガーテルモーレもそういう口かしら?」

 また割って入る、キュネイラさんが顔を突っ込んできた。
 不機嫌そうな顔、せめてこの話が終わるまでヴォーテルポーレスさんの相手してたらいいのに。

「……グレンマス、また貴女は……」
「アレン様、有益でなければあまり相手にしない方がよろしいですわ」
「いやいや、ガーテルモーレさんはですね……」
「ミスタ!」

 慌てて口塞ぎに来るガーテルモーレさん、恥ずかしいのかよ。

「ガーテルモーレがどうかしたのですか?」
「グレンマス!」

 そう言って抑えるキュネイラさん。

「……止めておきます、嫌がってますので」
「遠慮など要りませんわ、どうぞ仰ってくださいまし」
「ミスタ、お願いですから……」

 羽交い絞めにされたガーテルモーレさん、落ち込んだ声で懇願してくる。

「キュネイラさん、知って欲しくない事なんですから」
「……二人の秘密、と言う訳ですか」

 ムスっと、不機嫌さが増した顔。

「キュネイラさんが不機嫌になるような話じゃないですよ、単純に今回のことに付いて話しただけですから」
「……本当に?」
「本当です」
「本当よ」
「……そう、なら良いわ」

 やっぱり不機嫌そうな顔。
 放されたガーテルモーレさんは制服の乱れを素早く正す。

「キュネイラさん、聞きたいからと言ってそんな事をするのは大人気無いんじゃないんですかね」
「子供ですもの、アレン様の方は思慮分別が出来過ぎていますわ。 最年少と言うのもお幾つなのですか?」

 二十歳で大人扱いの人間だったし、肉体はともかく精神は魔人より早熟なんだよな。
 あ、世界が違うから当てにならんか、でもこの世界の人間は八十歳まで生きれば良い方だって話も書いて有ったな。

「子供ですよ、全然世界を知らない今年で十三になる子供です。 僕って最近まで屋敷の外に出た事なんて数えるほどしか無かったんですよ」

 年齢を聞いて本当に驚いたような顔、入学の標準年齢が人間の更年期辺りだからか。

「……十三、それで良くそんな雰囲気が身につきますわね」
「あーそうですね、普通はこんな風にならないでしょうねぇ」

 前世の意識と記憶持ちで転生させられたから、普通ならば絶対こんな風にならない。
 ……普通だったら死んでた確率物凄く高そうだな。

「昔の事なんて気にしててもあまり良い事じゃないですよ、目を向けるべきは未来ですしね」

 過去、と言っても最近の事だが、またあんな風になるのはごめんだ。

「十三年しか過ごしていない子供が言う言葉じゃないと思いますわ」
「同感です、達観しすぎていますわよ、ミスタ」

 半目の二人に駄目出しされた、普通の人間に転生させられてたらこんな風になっては居ない!
 感謝とか恨みとか、何度考えたか分からない神様に今度は恨みを内心呟いておいた。



[17243] 25話 断言しつつ考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/04/18 01:38

 時は昼休みで、今昼飯中。

「うま」

 つい口走っちゃう母さん&レテッシュさんの手作り弁当を食べる。
 もう飯は手作り弁当じゃないと満足できないかもしれない、飽きない味って素晴らしいね。
 今度チャーハンとか作ってもらおうか、単純な癖して凄いのが出来そうな気がする。

「それはお母様が?」

 と椅子をわざわざ持ってきて隣に座るキュネイラさん、俺の机に弁当を広げている。
 ……重箱みたいと言うか重箱じゃねーか、絶対食いきれねーだろ。

「そうです」
「アレン様のためにせっかく作らせてきたんですのに」

 どう見ても5人前は堅いです、俺が食っても半分以上残るだろ……。
 と言うか登校する時そんなもん持ってなかっただろ。

「作らせるのは悪くないんですが、手作りと言うのも良いと思いますよ」

 モグモグと自分の弁当を食べ続ける、キュネイラさんも自分の弁当を取り分けて食う。
 残念ながら他の人の弁当を突付けるわけじゃない、制約下にあるキュネイラさんのでも変わらない。
 そもそも作ってくれた弁当に『〈内に不純たるもの無し〉アンチ・ドート』を掛けてからってのが申し訳ない。

「……そうなんですの?」
「少なくとも自分は」

 ムシャムシャ、他人にさせるより自分でした方が安全だってな。
 毒殺の危険性を減らせる上に、自分の趣味が広がると、多分一石二鳥。
 手伝い、と言うか皿とか並べるだけ位しかやろうと思わない俺は面倒くさがり屋だな。

「料理をしてみようって思うのは良いんですが、やるとしたらしっかりと料理できる人から習った方が良いですね」

 そういや、味見しない人って本当に居るのか?
 人様に出すのに味見しないとか、ドジっ娘を超えているような気がする。

「……そちらの方が好みなのですか?」
「好みって言ったら好みでしょうね、理想の一つに家庭的な人がありますから」

 出来るか出来ないかと言ったら、出来るほうが良い。
 料理が出来る事に関して、不利益を齎す事など殆ど無いだろうし。

「家に帰ってきて誰か居るってのは幸せだと思います、夕食でも作っていて待ってくれるならなおさらですね」

 親父が生きている頃はそうだったな、出かけている親父を母さんとシュミターさんは夕食を作りながら待ってるんだ。
 帰ってきた親父が「ただいま」って言って、出迎える母さんは「おかえりなさい」って言うんだ。
 俺も「おかえり」って言って、シュミターさんも「お帰りなさいませ」って言う、でももう見れないんだ。
 その光景を構成するものが半分以上無くなってしまっている、親父に帰ってくる家、そしてシュミターさん。
 家は何とかなる、でも死んでしまった人は神の奇跡でも無いと生き返らない。

「……ご馳走様でした」

 思い出したら気分が沈んだ、忘れたくないのに思い出したくないって酷いな。
 一気に食欲が無くなった、申し訳ないが半分以上残っている弁当を直す。
 小さく溜息を吐いて椅子の背もたれに背を預け、腕組みをして黒板だけを見る。

「………」

 次の休み、何もせず家でじっとしてようかな……。

「……アレン様?」

 思いっきり寝たいね、昼過ぎに起きたりして、二度寝とかも良い。

「なに?」
「もう昼食は頂かないのですか?」
「ちょっとね、食欲が無くなっただけ」

 軽く腹も膨れたのも相まって、食が進まなくなった。
 残したからなんか言われるだろうなぁ、キュネイラさんの食べたら腹一杯になったとか言えば良いか。
 そう言ったらフォークなどの直し始めるキュネイラさん、重箱もしまい始めたからもう食べないんだろう。
 ゆっくりしよう、後十分ほどしかないけど午後の授業も……。
 そう思っていても実行できるとは限らなかった、教室の外、廊下から騒ぎが大きくなり始めていた。

「……また」

 隣でキュネイラさんが呟くも、興味無いんで見る事も聞くこともしない。

「アレン様、席を外しますがよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「失礼」

 簡単に頷く、お手洗いだってあるだろうし行動を気に掛けない。
 立ち上がってたぶん廊下へ出て行く、そうして瞼を閉じる。
 出来るだけ何も考えないようにして、少ない休み時間を過ごしていく。

「アルメーくーん、いらっしゃるんでしょー?」

 ………。

「貴女ッ! 本当に理解力が足りないようですわね!」
「私は彼と話がしたいの、貴女などお呼びじゃないのよ」
「そのセリフ、朝の貴女に確かに言いましたわよね? 相手にされていないと分からないほどの理解力しかない貴女が、良く入学出来たと感心せずに居られませんわ!」
「貴女にそう言われる筋合いは無いわ、早く退きなさいよ」
「筋合いが無い? 残念でしたわね、私はあの方の僕ですから。 貴女の様な低脳な者を近寄せないと言う役目が有りますの」
「言うじゃないの! たかが僕が私と彼の間に入ってくるんじゃない!」
「しつこく纏わり付いてきて、いい加減理解しなさいな!」
「教室の前でうるさいわね! 騒ぐんなら聞こえない所でやりなさいよ!」
「何よ貴女は、関係ない奴がでしゃばるんじゃないわよ!」
「うるさいって言ってるでしょうが! 教室の前でやるんじゃないわよ!」
「貴女がさっさと消えればいい話でしょう! そうすれば全部解決するのよ!」

 ……うるせぇなぁ。

「……ミスタ、残念ながらアレを止められるのは貴方しか居られないかと」
「……
でしょうね」

 よっこいしょと立ち上がり、聞きなれない言葉にガーテルモーレさんは。

「ヨッコイショウ?」

 とかなんか呟いていた、当たり前に分からないし立ち上がるときの掛け声って無いんだろう。

「立つ時の掛け声ですよ」

 そう言って廊下へと歩き出す。
 騒ぎで視線や興味が嫌と言うほどその中心へと集まっている、無論その騒ぎの元が俺とか……。

「何してるんですか、迷惑になってますよ」

 教室から顔を出せば、騒ぎの三人は一斉にこっちを向く。

「アルメーくぅん! この女に言ってあげてちょうだい!」
「アルメー! 貴方が原因なんだから鎮めなさいよ!」
「アレン様、お手を煩わせる事ではありませんわ!」

 ああ、この人朝の人か。
 まっすぐ見て。

「言いましたよね、遊ばないし興味が無いって」

 それで終わりと踵を返して教室へ。

「ちょ、ちょっと待って! 本当に何も思わないのかしら!?」
「全然何も」

 女の魅力に欠けるか、性格が受け付けないか、どっちかって言うと後者。
 明らかに自信がありますよーって言う感じは好きでない、おしとやかな感じが好きだな。
 それに思惑も思いっきり透けて見えてるからより相手にしようと思わない、あの手合いまで使いこなすってどうすればいいんだろう。

「そんな事ありえないわ! 分かってない振りをしているだけよ!」
「……本能に則ってでしたら、貴女以上の人と関わっているんでどうも思いません」
「これでも!?」

 そうして魔力を放つ。

「どうにかしたいって言うなら、倍以上増やしてから来てください」

 俺の全開の三分の一にも届かない、本気でそれが全力って言うなら魔力ポとかされねーわ。
 そういや、レテッシュさんの魔力量分かってるのに胸を打ったりしないな、何でだろう。

「……男がそんなに持っている筈無いわ!」
「だったら首席入学なんて出来るわけでないでしょ? 入試で魔力量測定やってましたし」
「それなら!」
「見せませんよ」

 もう無視してさっさと教室に入る。

「待ちなさい!」
「……本当にもう止めた方がよろしいかと思います、彼や私たちの為ではなく、貴女の為に」
「……ッ」

 一転して諭すように、キュネイラさんが言って、言われた人は振り切るように走って行った。

 女尊男卑か、男が女よりも優れるってもう『ありえない』レベルまで浸透している。
 家と言うか両親が許婚でも用意していたら別だが、そうでない人は自分で探す必要があるんだよなぁ。
 選り好みしての行き遅れ、出来るだけ能力の高い者を生み出したい本能に貴族としての自尊心がプラスされる。
 さらに優秀な男が少ないと、三重苦のようなものか。
 今後もああ言う人が寄ってくるんだろう、拒絶の姿勢を見せて味方してくれる人を吟味しなくちゃいけない。

 教室内に戻るなり椅子にどっかり座り、騒ぎが起こる前と同じように黒板の向こう側を見るようにじっとする。
 周りが少々うるさいが、廊下でやってた事よりは落ち着いている。
 休む時間ぐらいくれ。






 昼休みも終わり午後の授業、メーテル先生がきびきびとして授業を始める。
 授業科目は世界史、主にこの国の事だけど。

「新たな事を学ぶのは良い事だが、それだけに構って基本を忘れるような真似は見せてくれるな。 まずはこの国の復習から始める!」

 先生は右手に持った教科書を開き、ページと書かれている内容を読み始める。

「この国、『バグランティトス』の建国年、ギュンレスター!」
「はい、今から5767434年前のフォアルの月、2の週の10の日を建暦元年とし、初代国王『ヴァンテリオール』陛下が興したと言われています」
「その通りだ、魔人は何番目の産み落とされた知性ある命か、ジュリラルレン!」
「はい! 4番目に産み落とされた存在だと言われております」
「正解だ、一番目はドラゴンか巨人だと言われているが、どちらが先かは分かっていない。 少なくとも先に生み出された種としてドラゴン、巨人、エルフが居る、先に世界に在りし存在として敬意を忘れるな!」
『はい!』
「だが、魔人より後に生み出されたドワーフや海人に敬意を払う必要が無いと言う訳ではない! 世界が必要としてそこにあるのだから、決して見下す事は無いよう覚えておけ!」
『はい!』

 年月は10の月と4の週、一週間を10の日で構成されている。
 一年は400日で一周するが、これはこの国独自の暦法である。
 魔人に劣る所か上回るほどの知性を見せるドラゴンや巨人はきっちりと制定していないし、ドワーフやエルフも独自の暦を使っている。
 人間も同じくだ、他種族の前で使っても理解されないから注意しておく。
 つか建暦がとてつもなく長いからよく分からん、下四桁だけ覚えてりゃいいか。

 海人と言うか人魚も居るんだよなぁ、上半身が人間で下半身が魚の尾びれの奴。
 地上では巨人や魔人の独壇場だが、海中だと海人の独壇場だ。
 ドラゴンは種類によって分かれ、海龍とかも居るし、種族としては陸海空オールマイティの上、単体でも史上最高級の魔人と互角かそれ以上だから凄いね。
 勿論非常に優れた魔人が何百人も居るわけじゃないし、レテッシュさんやあいつ、ばあさん級の存在がデフォルトだから最強の一角、巨人も同様だからパネェ。
 魔人は人間と同じように群れで行動する存在で、個々の性能が人間より高い者が組んで当たるから、それでドラゴンや巨人に匹敵すると言う訳だった。

「諸君も知っての通り、この学園は初代国王陛下の名から付けられている。 我々の祖となった偉大なる御方だ、その名を汚さぬよう努力を怠るんじゃないぞ!」
『はい!』





 つつがなく基礎の復習が終わり、世界史の初授業もこんなものだろうと見る。
 次からは深く踏み込んでいくから予習しとかなきゃな、そう考えて教科書を直して帰る準備を始める。

「アレン様、お送りしますわ」
「断ってもする気だったでしょ」
「勿論」

 すばやく寄ってくるキュネイラさん、あれ、弁当の重箱どこ行った?

「それでアレン様、もう決めていますのよね?」
「何がですか」

 許婚とか朝決めないって言ったでしょ。
 もう忘れたのかと思いながらキュネイラさんを見ると。

「来週のパーティーの相手ですわ」

 全然違う事を言ってくれた。

「……その手が有ったか」

 貴族、貴族だったよ。
 ここ貴族専用だった、当たり前にパーティーとかあるんだよなぁ。
 新入生歓迎パーティーか? ダンスのお相手でも選んでおく必要があるのか。
 日程表とかどっかで見落としたか!?

「その時に決めます」
「……選んでくれると思っていましたのに」

 とても残念そうな表情、申し訳ないがひっそり過ごすつもりだから。
 目に付くような事はあんまりしたくない、もう知られているから会場でめちゃくちゃ寄ってきそうだけど。

「寄ってくる手合いが多ければ、是非ともキュネイラさんにお願いしますよ」
「でしたら決まりですね」

 俺の言葉を聞いて微笑む、絶対誰か寄ってくるからその時に相手をするのは自分だと言う事に。
 残念ながら『〈見えざる衣〉ハイド』を使おうかと思うので、ダンスとかしないと思います。
 と言うか比率的にどうなの? 男の取り合いとかに発展するんじゃないの?

 まっとうなパーティーになるか分からないそれに、不安を感じる俺だった。



[17243] 26話 練習しながら考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/05/01 05:21
「また明日」
「はい」

 家の近くでキュネイラさんと別れる、頭を下げ背を向け来た道を戻っていく後姿を見て、俺も踵を返して家へと急ぐ。
 今の俺には学園生活のこれからの心構えが必要だ、考えてシミュレーションしておいた方が良い。
 とりあえず来週の新入生歓迎パーティーだ、知識としてはあるが実際どのようなものかは想像上でしか持っていない。
 女性はドレスを着て着飾り、男は決めたスーツで女性をエスコート、ダンスとかあって大体はそんなものだろう。
 間違いなく社交界と同じものだ、相手の人ばかりに構う訳ではなく、他の人と会話を交わして交際する訳だ。

「………」

 即問題が浮かんだ、帰る前の教室でも思いついたが男女比率の問題だ。
 男女比率1:9なんて当たり前な状況で、間違いなく男である俺が相手をするのは女性ばっかり。
 パーティーが行われる時には首席入学と言う情報は完全に出回っているだろう、今日のあの人のような女子が山のように押し寄せてくる可能性がある。
 その上だ、ヴェンテリオールは生徒数数万の超マンモス校。
 男子が1人として、女子10人とか軽い軽い。

 数百人の女性が居て、その中に男が数人とかその程度なんだ。
 そもそもこの状況は俺だけのものじゃない、男は俺だけじゃないから他の男子生徒も同じような状況なんだ。
 俺はその人たちよりちょっと状況が酷いだけなんだ、軽く数倍くらい酷いだけなんだ。
 あれ、ちょっと頭と腹が痛くなってきた。
 腹を擦りながら見えてきた家へと帰る。

「ただいま帰りましたー」

 玄関を上がり廊下を渡る、そのまま二階へと上がって自室へ。
 ドアを開いて室内へ、そのままカバンをベッドに放り投げて机へと齧り付く。
 日程表はどこに置いた、全然覚えてねぇ、そもそも見た記憶が無い。
 机の棚や引き出しを見るが、そんな物は当たり前に無い。
 あったら疾うの昔に見つけて見ている筈だ。

 見つからないなら明日にでも貰いなおす必要があるな、その前に聞いてみないといけないが。
 散らかした棚などを整理しなおし、部屋を出る。
 二段飛ばしで階段を降り、リビングへと顔を出すとキッチンから出てくる母さんを見つけた。

「母さん、学校の日程表知らない?」
「あるわよ」
「どこに?」
「そこに貼ってあるじゃない」

 向けられる視線、俺もそれと同じ方向を見る。
 キッチンへ入る戸の隣、そこに白い紙が張ってあった。

「何でこんな所に」
「色々と把握しておく必要があるんじゃないかしら」

 護衛とかの、と付け加える母さん。
 確かに護衛の関係で必須だろう、何をするか分からんってのは困りものだしな。
 張り紙、日程表を見ながら考える。
 うーむ、次の学校行事は新入生歓迎パーティーで変わり無い、その次が合同実習か。

「しっかり覚えてるかしら?」
「何が?」

 腕組みして日程表を見ている所に、隣に立って話しかけてくる母さん。

「作法よ」





 その後、どこに居たのかと言うほどにわらわらと護衛の人たちが現れ、数十人余裕で入れる広いリビングのテーブルや椅子を一角の端に寄せ始めた。

「……今からすんの?」
「ええ」

 にっこりと笑う母さん、一週間も経たない内にダンスありきのパーティーなんだから復習しておいた方がいいのか。
 恥をかくのも嫌だしな、間違っていないか確かめておいた方が良いだろう。
 やるか、と意気込めば護衛の人が壁際に寄って佇む。
 その内の一人が小さな箱を取り出し、キリキリとぜんまいを回し始めた。
 ぜんまいによって巻かれたばねの力でシリンダーが回転し始め、甲高い音とともに音楽が流れ始める。

「ミスタ、私と踊っていただけませんでしょうか」

 笑顔で見事な一礼、スカートの裾をつまみ僅かに上げ、膝を軽く曲げて頭を下げる母さん。
 伊達に公爵家の子女ではない、見事な気品を纏ってのお誘いだった。

「喜んで」

 俺も笑みを作って一礼、その後に差し出された手を取り、母さんの右腕は俺の左肩に、俺の左手は母さんの腰へと腕を回す。
 そうして流れるのはクラシックで穏やかな曲、緩やかな時の流れを感じさせるもの。
 曲に乗ってステップ、リビングの中央に躍り出る。
 くるりくるり、足を揃え踏まぬように、時に大きく、時に小刻みに歩幅を変えながら回る。
 回転によって付いた慣性でスカートの裾が広がるも、ダンスを彩る華となって見栄えだけを加速させていく。

「よく出来ていると思うわ」

 またくるりと回り、褒めてくれるが。

「後追いだし、全然出来てないよ」

 単純に魔力で強化された目で追って、同じく魔力で強化された体で即後を追う。
 主導権は母さんが握っているだけで、俺からはリードしていない。
 こんなの出来ていると言わないだろう。

「リードは出来そう?」
「無理そう」
「基本は出来ているのだから、それの通りにね」

 ホールドした腕、力を抜いた腰や肩、動きの始めと終わりに強弱を付けた移動。

「円を描くように、他の組みとぶつからないよう周囲に配慮してね」

 リードが俺に移り、言われた通りに動いてみる。
 俺が前進すれば、合わせて母さんが後退する。
 オルゴールの曲に合わせたスローテンポ、強弱の付いたゆったりとしつつ遅くはないダンス。
 つーか踊りやすい、始めから決めていたように淀み無い流れに、自分が上手くなったような感覚を覚える。
 大幅小幅、時折両足が床に着いていないような小ジャンプもこなす。

「出来てるじゃないの」
「母さんが上手いからだよ」

 無理な動きをしても即座にカバーして付いて来る、熟練した動き。
 俺の下手さを母さんが上手に隠してるような感じ。

「悪い点は?」
「動きが硬いわ、ひざをもっと柔らかく使ってね」

 ひざを柔らかく、ひざを柔らかく。
 そう考えながら、ひざを柔軟に使って硬さをほぐしていく。

「良い感じよ」

 すべる様に踊り回り、リビングを動き回る。
 胸を反らしすぎている、ホールドしている両腕が揺れすぎているとか。
 忠告に従って注意して踊る、周囲を意識して、ホールドした腕を動かさず、スムーズに踊る。

「……よく出来ました、もう少し踊って慣れていけば文句は出ないわね」

 音楽が止まって一礼して一歩下がる母さん、俺も一礼で返す。

「それじゃあ、頑張って」
「頑張るけど……」

 そう呟いたら、再度音楽が流れ始める。
 壁に寄っていた護衛の人たちの中から一人、進み出てきて一礼。

「アレン様、わたくしと踊ってはいただけませんでしょうか」
「……喜んで」

 まさかこの場に居る全員と踊らなきゃいけないのか。
 そう考えながら、引きつりつつも笑顔を作ってダンスのお誘いを受けた。






「上手になったわね」

 笑顔で母さんが言う、そりゃ一時間踊りっぱなしで直すべき所を徹底的に直してりゃ少しは上手くなるよ。
 既に日は地平線の向こうに隠れている、窓の外は暗く、太陽が沈んだ反対方向の地平線から月が顔を覗かせている。

「これだけ踊れれば相手は不満を持たないでしょう、しっかりとリードしてあげてね」
「分かってるよ」

 くそう、もしも踊る事になったらと思って確認しようとするんじゃなかった。
 絶対隠れてやる、誰とも踊ってやるものか。

「それじゃあ最後の仕上げね」
「仕上げ?」
「ええ」

 微笑んで頷く母さん、仕上げに何をするのかと思えば、俺を見ずにその後ろへと視線が向けられていた。
 肩越しの視線、それに気が付いて振り返ればレテッシュさんが居た。

「私と踊っていただけますかな、ミスタ」

 そりゃないだろ、そう思いながらドレスを着てめかし込んでいるレテッシュさんを見る。

「……断れないでしょう、ずるいですよそれ」

 進み出て手を差を出す、目の前のレテッシュさんは、スカートが長く白を基調に非常に薄い青が混じるシンプルなドレスを着て。
 同色のロンググローブで腕を覆い、髪は束ねずそのままストレート。
 化粧も僅かに乗せて、もとより持っている美貌を輝かせてそこに居た。

「だったら成功だな」

 俺より十センチほど背が高いレテッシュさんは微笑み、差し出した手を取った。






 結局はそれがパーティー前日まで続けられた、その上踊る時間が増やされていった。
 体を動かすのは嫌いではないが、普通の運動とダンスは違うわけで。
 疲れると言えば疲れる、勿論精神的に。
 それでもやり続ければ覚える、早く覚えて開放されたかったのもあったからか。

「良い? 汗をかいたりしたら着替えるのよ?」
「分かってる、分かってるから!」

 いつの間にか用意されていたスーツ、燕尾服や着替えのシャツなどを持たされる。

「……行ってくる」
「いってらっしゃい」
「断る時はしっかりと断るんだぞ」
「分かってます」

 今日のパーティーを過ぎればまた落ち着くはず、そうなって欲しいと考えながら家を出た。
 時間が迫っているわけではないが、飛ばして学園へと向かう。
 日はとうに落ちている、時間的にはもう始まっているが、ある程度遅刻しても問題ないようだ。
 それでも早めに到着しておいた方がいいだろう、地図を取り出して学園内にあるパーティー会場の位置を確かめる。
 ……バカでけぇなおい、校舎の三倍ぐらい有るんじゃねーの?

 学園の地図に書かれている大きさから見るに、それくらいは優にある。
 何人くらい参加するんだ? 新入生だけでも数百人居たはずだが。
 病気などで出席できない場合を除いて、新入生は全員参加のイベントだから結構な数になる。
 留年している一年生も出るんだろうし、ましてや二年生や三年生も来るんじゃとんでもない数になるだろうし。

「………」

 出たくねぇ……、でも出なきゃいけないってのが辛いところだ。
 五分ほどで走破して学園の塀際で速度を緩める、そこからは塀に沿って歩き門へと目指す。
 門が見え始めれば、以前のようにたむろってる生徒たちが見える。
 関わるのも嫌なので『〈見えざる衣〉ハイド』を掛けてステルス進入、すれ違い様に多分俺の話が耳に入った、やっぱりか。
 門が見えない距離に達してから『〈見えざる衣〉ハイド』を解除、他の生徒は居なかったので見られてはいない。

 とりあえず会場近くの控え室がある建物へ向かい、女性用と違って人っ子一人居ない更衣室で着替える。
 着替えはここに置いて、汗かいたりしたらここに戻ってこなきゃいかんってな。
 鏡の前で燕尾服に乱れがないか確かめ、更衣室を出る。
 そのままバカでかい会場へと向かう、縦にも横にもでかいパーテー会場など遠目でも分かる。
 到着して次への段差が5メートルほどある階段を上って入り口を潜る。

「……凝ってんなぁ」

 貴族用とあって、装飾がアホらしいほどに掛かってる。
 綺麗っちゃあ綺麗、そう思う時点でこの装飾は成功してるんだろうけど。
 見上げてたら案内の人に声を掛けられ、初めて会場入りする場合は右の通路だと教えられてそれに従う。
 少々長い通路、赤いじゅうたんに装飾がちりばめられた壁や置物を見つつ、高さ10メートルはあろうかと言うバカでかい扉を見つける。
 その扉の近くに十人ほど、その中にメーテル先生を見つける。

「ん、アルメーか」

 勿論教師陣も参加するのだから、先生もドレスを着て着飾っている。
 レテッシュさんと同じようなシンプルなドレス、無駄とか嫌いそうだし性格の方向性がある程度似通っているかもしれないな。

「こっちであってますか?」
「初めて入るならこちらからだ」
「それは良かった」

 案内の人が間違ってる、と言うのはありえない訳だが一応ね。

「ちなみに1-1ではアルメーが最後だ」
「……すみません」

 遅すぎた? ミスったな。

「いや、全くもって許容範囲内だ。 謝る事は無い」
「少し焦りました」
「言い方が悪かったな、こちらこそ済まない」
「いえ、それじゃあ行きますね」
「中々肩身が狭かろうが、楽しめ」
「はい」

 何気に応援してくれる先生に感謝しつつお礼を一つ。

「ありがとうございます。 そのドレス、似合ってますよ」

 バカでかい扉がゆっくりと開いていく。

「アルメーもな」

 しかめっ面のまま言い返してくる先生、すんごい皮肉に聞こえますよそれ。
 俺は本心でそう思ったのに、とか考えつつも開いていく扉の先を見る。

 うわ、めちゃくちゃいるじゃねぇか……。

 視界に映るのは様々なドレスで着飾る女子生徒、見える範囲だけでも軽く100人を超えている。
 勿論会場は二次元ではなく三次元、遠く奥行きがあるから見える範囲の軽く十倍は居るかも知れない。
 そうして自然な笑みが一瞬で引き笑いに、こりゃさっさと壁端に行って隠れた方が良いな。
 そう考えつつ、完全に開かれた扉を潜ったら。

「アルメー男爵家が子息、アレン・テーミッシュ・ラ・ボード・アルメー卿のおなぁぁぁぁりぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 扉の衛士が大きく高らかに、会場入りした貴族の名を告げる。
 途端にざわめきが小さくなり、凄まじい数の視線が扉の前に居る俺に集まる。

 うわ、くそこいつめちゃくちゃ殴りてぇ!

 予想外のそれに怒りが沸き立つも、そんな事ができる筈もなく。
 頬や口端が引きつらせず、何とか表情に出さずに俺は会場へと入っていった。



[17243] 27話 困りながらも考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/05/01 04:46
 心許ない、何時もの数倍の視線は心を抉る。
 常時視線が向けられているため、隠れる事が出来ない。
 と言うか予想してたようなお誘いが無い、談笑タイムなのか?
 一挙一動に注意を払われているような気がして落ち着かない、名と姿を捉えられての様子見と言う所か。

「……ふぅ」

 一つ溜息、無視できるものでもないので開き直って行動するしかないだろう。
 知り合い、クラスメイトの一人や二人居れば何とか話しかける事も出来そうだけど、見事に見当たらない。
 この疎外感は居た堪れない、なんたって周囲10メートル位に誰も居ない。
 敬遠されている、一目でそれが分かるほどの避けられよう。
 ぎゅうぎゅうに押し潰されそうなほど寄られるよりはましだが。

「……濃いな」

 ダンスのお誘いも無いし、テーブルに盛り付けられている料理を取り分けて食べる。
 もそもそ、白いテーブルクロスが掛けられた、長いテーブルの上に並べられる料理を一人で食べる。
 『〈内に不純たるもの無し〉アンチ・ドート』を掛けて無反応だったから大丈夫だろうと、美味しい事は美味しいけどまた食べたいとは思えないしつこさ。

「……はぁ」

 皿とフォークを置いてまた溜息、見世物じゃないんだから話しかける何なりすればいいのに。
 皿に落としていた視線を水平に、多分こっちを向いているだろう人たちに向けてみると。
 案の定、二つ一対の目が軽く数十俺を捉えている。
 とりあえず作り笑いをして会釈しておく、あんまりぶすっとしておくのも駄目だろうし。
 そんな俺を見て、お互い隣の人と目を合わせてから話し出す。

 あー、帰りてぇ。
 会場の入り口に向かおう、そう思うけど勝手に帰るのは色々駄目なので。
 足を会場の出入り口ではなく壁際へ向け、目に入っていたロングソファを目指す。
 とぼとぼ、目指すソファには先客が居たけど隣り空いてそうだし座れるかなと。

「ミス、こちらは空いていますか?」

 ソファの前、誰か座る予定があるか、俯いている青緑色のミドルヘアの女の子に聞く。

「え?」

 聞かれたことに対しての驚きか、顔を上げて俺の視線を向けてくる。
 僅かに開いた胸元から僅かに谷間が見える、袖や肩にフリルで装飾されたエンパイヤドレス。
 色は鮮やかなエメラルドグリーン、髪の色と合わせた配色。
 美人は何を着ても似合う、と言う事は綺麗なドレスを着ても当たり前に似合うと言う事。

「こちらなのですが、空いていますか」
「……あ、はい」
「では失礼」

 隣、と言っても横長く他に誰も座って居ないため、2メートルほど離れたロングソファの右端に座る。
 弾力に富むソファ、表装も手触りが良い、色んな場所に金掛けてるんだなぁ。

「……つまらないですか、ライグスさん」

 隣、座っている女の子に聞いてみる。
 一瞬誰だかわからなかったけど、記憶を浚ったらメーテル先生にぼそぼそ喋るなと怒られてたクラスメイトだった。
 同伴者が居ないんだろう、ただ一人座って詰まらなさそうに床を見つめ続けていた。

「……覚えて」
「覚えてますよ、クラスメイトですし」

 瞬間記憶能力者か、と言うほどに記憶力が良い。
 物を覚える、体を動かす、精神的な物が絡みにくいものだとチート的な性能を誇るこのボディ。
 まぁただ覚えるってだけで、応用とかになると俺自身の発想とかが必要になるから活かしきれないのだが。
 とりあえずはクラスメイトの顔と名前は全部覚えた。

「同伴者はいらっしゃらないのですか」
「……居ません」
「周囲を見るに男女の組が殆ど居ないですしね」

 女子ばかりで固まっている、男女の組は二桁に届かない。
 もっとも会場全体で見れば今見えている人たちよりも割合が上がるかも……、やっぱり下がりそう。
 優秀な男性不足ここに極まる、男としては優秀な部類の人と許婚だったりする人は勝ち組か。

「……あの、ミスタは……?」
「居ると言えば居ますし、居ないと言えば居ません」

 大勢絡んできたならキュネイラさんが同伴者になるんだけど、現状誰も寄ってこないから同伴者が居ないって事になるな。

「あ……、そうですか……」
「……パーティーは初めてなのでどうしたら良いか分からないんですよね」

 礼儀としては誰か誘って踊って談笑、そんなものだろうけど。
 交流を広げるって言ってもなぁ、利害のあれを見分ける必要があるし、下手に誘って物理的に危ない人とかだったらやばいし。
 選定眼とか持ってないから、情報を集めて向こう側でないと分かったら近寄るって感じか。
 レテッシュさんに情報を集めてもらって、その上で判断……と言うのはキュネイラさんの件もあったし、もうしてそうだなぁ。
 他のクラスの人たちのも、と言っても数百人だしなぁ、一年生の括りだけでも新入生の十倍超えるし。

「……つまらないですね」
「……はい」
「じゃあ踊りませんか?」
「え」

 なんだその「え」って。
 俺と踊りたくないって事ですね。

「気が進まないなら、受けなくても良いですが」
「……いえ、そういう訳では……」

 また視線を戻し、床を見つめ始めるライグスさん。
 指先はもじもじと、迷っているような節が見える。
 音楽も節目、踊るには良いタイミングだろう。
 一応練習したんだし、クラスメイトと交流を深めると言う事で。
 立ち上がってライグスさんへ向き直る。

「ミス・ライグス、出来うるなら僕と踊っていただけませんか?」

 一礼をして手を差し出す、嫌と言うのはマナー的にアウトだけど、気分が浮かないなどと断るならしっかり断って。
 指を弄くるのを止め、もう一度視線を向けてくるライグスさん。

「……あの、………」
「意思はしっかりと、先生も言ってたでしょう」
「……はい、お受けします」

 立ち上がって一礼、ぎこちない笑みを浮かべて俺の手を取った。





 俺の左手のひらに置くように、右手を添えてダンスフロアへと進む。
 そんな俺たちに気付いて、塞がっていたフロアへの道が開く。
 開けて見えたフロアに男女の組は少ない、半分以上が女子同士の組。
 男子と踊れる、それだけで中々貴重なようで視線がかなり集まる。

「………」

 見られてガチガチに緊張しているのか、ライグスさんの動きがぎこちない。
 ダンスが始まっているフロアに混ざり込まず、足を止めて向き合う。

「周りを気にせず、真っ直ぐ見ていれば良いんですよ」

 実際俺がそうだった、いくら見られようと行きたい方向へと視線を向け続けて歩く。
 見られていると分かるから完全に無視するのは難しいが、少なくとも一点に集中していれば他の事に気を回す余裕も無くなる。

「……まっすぐ」

 顔を上げたライグスさんと視線が交差する、それを確認してから今度は右手を差し出す。

「踊る事だけ、それ以外は要りません。 ね、簡単でしょう?」
「……難しいです」

 眉を潜めながらも言うライグスさんは俺の右手を取る。

「そう言わずにリードさせていただきますから、周りを気にせずまっすぐ見ててください」

 前に出て腰へと左手を回し、右手と左手が重なる。
 右足を引けば、ライグスさんが左足を進める。
 そして楽師による音楽と、ライン・オブ・ダンスに従って反時計回りにダンサーたちの輪に加わる。
 くるりと回りながら流れる列に入り込み、ステップを踏んで軽やかに回り踊る。
 たしなみの一つであるダンス、当たり前に教育を受けているのだろうライグスさんは遅れずに付いて来る。

「流石ですね、皆さんダンスがお上手のようで」
「……ミスタも」

 律儀に守っているのか、言った通りただ真っ直ぐ俺を見つめて踊りに専念するライグスさん。

「幼少の頃殆ど学ばなかったので、先週から猛練習の付け焼刃ですよ」
「……でしたら、なおさらです」
「練習を付けてくれた人が上手かったので、間違っている所は徹底的に叩き直されましたから」

 僅かに上体を逸らし、ホールドした右腕を引く。
 出来るだけ速度を付け、慣性によって広がるドレスの裾。
 ひらりと回り、緩急を付けて二度三度。
 その度ドレスの裾が広がって、華やかさを演出する。

「まぁ、ダンスなんて得意じゃ無いですから、誰も申し込んできませんでしたし踊る事もなさそうと思ったんですが」
「………」

 追い越さず追い抜かれず、ダンスのラインを乱さずに踊り続ける。

「先に謝っておきます、すみません。 つまらなさそうにライグスさんが一人座っているのを見てお誘いした訳です」
「……パーティーは好きじゃありません」
「僕もですよ、参加必須でなければ参加してなかったかも」

 あと交流ね、意図が無ければ言った通り参加しなかっただろうなぁ。

「同じです」
「パーティーが嫌いな者同士で良いんじゃないんですか? こういう一興なら認められますが」

 追っ手が! とか、盗賊が! とか、魔物が! とか、そんな命に危機が及ばないものなら起こっても良いけどさぁ。

「たまになら、そう思いません? まぁ、毎日と言うのは嫌ですけど」
「……そうですね」

 僅かに笑うライグスさん、見た感じ通り大人しやかな人。
 顔付きも険しさが一切見えず、ヴォーテルポーレスさんとは正反対と言った優しい表情。
 覗く青い瞳がライグスさんの深さを感じさせ、より淑やかさを強調していた。

「似合ってますよ、ドレス」
「……今言うべき事じゃないと思います」
「似合って当然な人たちばかりで、言うのをすっかり忘れてました」
「……本当に似合っていますか?」
「少なくとも僕はそう思います、これで似合っていなかったら誰もが似合わない事になりますよ」

 美形がデフォルトだと、本当に劣等感が刺激されるんじゃないか?
 多少格好付けても背伸びにすらならないんだから、自分を磨こうって気が失せる。

「……ミスタも、似合っています」
「だと良いんですが」

 七五三のおめかしみたいで、自分で見る限り似合ってるとは思えない。
 そもそも子供に燕尾服とかタキシードは似合わない、俺の顔のせいじゃないとそう思いたい。

 そのまま踊り続け、音楽が止み始めてから一回転して決めのポーズ、その後にお互い一礼。
 そうして拍手が起こる、まぁ誰かに送るものじゃなくて礼儀だから拍手をしていると言った感じ。

「お付き合いいただき、ありがとうございます」
「いえ、大変お上手なダンスでこちらも楽しめました」

 社交辞令、お誘いの言葉から終わりまでの決まった礼式。
 それを交わし、ゆっくりと手を引いてあのソファへと締めのエスコート。
 フロアに向かう時と同じように、人の壁が開いてフロアから抜け出る。

「実に堂に入ったダンスでしたわ」

 ライグスさんが座っていたソファ、そこの前で待っていたのは黒いドレスに身を包み、燃えるような赤髪と赤目で見据えてくるヴォーテルポーレスさんだった。

「それは褒め言葉で?」
「社交辞令よ」

 ですよねー。

「ライグスさん、ありがとうございました」

 ライグスさんから手を離し、もう一度頭を下げて礼。

「……いえ」

 その後ヴォーテルポーレスさんに向き直る。

「ダンスのお誘いにでも来たんですか?」
「違うわよ、何で貴方を誘わなきゃいけないのよ」
「礼儀じゃないんですか?」

 またライグスさんに顔を向けて聞いてみるも。

「……そう言う訳では」
「……違うのか。 それで、何か用ですか?」
「ええ、聞きたい事があったの」

 とりあえず二人、ライグスさんとヴォーテルポーレスさんに座るよう勧める。
 頷いてソファに腰掛け、ソファの真ん中だけに俺が座れそうな領域が出来上がった。

「……失礼」

 断って座る、左手にライグスさん、右手のヴォーテルポーレスさん。
 こういうシチュは居心地悪いな。

「一週間前に押し掛けてきた女が居たでしょう」

 気にせず即質問を吐いてくるヴォーテルポーレスさん、気にする俺がいけないのか。

「居ましたね」
「あの時貴方が言った事を聞きたかったのよ」
「言った事?」
「ええ、あの女を追い払うときに言ったわよね? 魔力を倍以上にしてから来いって」
「言いましたっけ?」
「確かに言ったわ、……倍以上にしてこいと言うのは、貴方の魔力の事と受け取って良いのよね?」

 俺の方を見ずに、顔を正面に向けたままのヴォーテルポーレスさん。
 確かに言ったような気がするな、魔力増やして出直してきな! って。

「知り合いの事ですよ、僕の周りに居る人は皆魔力が多いですからね。 あの程度の魔力じゃ全く通用しませんよ」

 俺と母さんを護衛してくれている人たち、ラアッテさんたちだけど皆魔力が多い。
 一番少ない人でも俺の8割位あるんだぜ、ラアッテさんは俺の1.5倍位有るし。
 レテッシュさんに至っては5倍程の差が有る、とんでもねーよ全く。

「……どれくらいよ」
「そうですね、少ない人でもヴォーテルポーレスさんの二倍はあると思います」
「……そんなに、一番多い人は?」
「なんでそんな事聞くんです」

 俺の魔力量を知りたい、と言うのであればストレートに聞けばいいのに。
 周りの人たちのことばっか、何が気になるんだろ。

「簡単よ、魔力量は強さの指標になるわ。 つまり、貴方の周りに居る人はそれなりに強いと言うことでしょう?」

 魔力量が多ければ多いほど、戦闘継続時間や攻撃力や防御力の上昇に繋がる。
 反応速度や移動速度だって上がるし、強さに直結する訳ではないが間違いなく強さに繋がっている。

「……バトルマニア?」
「は? なにそれ」

 通じない!

「戦うの好きなんですか?」
「……違うわ、私は強く在らねばいけないのよ。 この学園でもそうだけど、戦いについて造詣を深めておく事を目的にしてるのよ」

 なんかよく分からん、とりあえず物理的に強くなりたいってこと?

「それで、造詣を深めておくことは分かりましたけど、戦いたいんですか?」
「出来れば強い方と手合わせしておきたいのよ」
「だから聞いたと、予想が付いたんで断っておきます」
「……なんて聞くか本当にわかってるんでしょうね」
「紹介してくれってことでしょう?」
「……そうよ」

 まぁぶすっとした表情で、とりあえず駄目。

「聞いてみなくちゃわかりませんし、そもそもヴォーテルポーレスさんが相手になるとは……」

 レテッシュさん以外にも模擬戦したこと有るけど、普通にメッタ打ちにされた。
 どいつもこいつも俺の行動先読みして叩いてくるから困る、結構魔力込めて移動しても捉えてくるからなぁ。
 恐らく俺より魔力が低いヴォーテルポーレスさん、やりあっても一撃で叩きのめされる光景しか思い浮かばん

「私じゃ話にならないってこと!?」

 俺の一言を聞いていきなり振り向いて迫ってくる、急過ぎて仰け反ってしまった。

「た、たぶん……。 ヴォーテルポーレスさんの倍近く魔力を持ってるんですよ? その上長年鍛えてて、実戦も何度も経験してるって言ってましたし・・・…」
「……くっ」

 苦虫を噛み潰したような、悔しそうな顔のヴォーテルポーレスさん。

「僕も一回も勝った事ないですし、そもそも攻撃すら当てたこともないんですから」
「……だったら貴方と手合わせを願うわ」

 なぜそうなる!?

「いやいや、なんで!?」
「貴方は相手をしてもらっているんでしょう? だったら、私が貴方に勝てるのなら……」
「勝っても変わりませんよ!」
「なら賭けでもしましょう、私が勝ったら紹介してもらう。 貴方が勝ったら出来る範囲で貴方の言う事を聞くわ、賭けに乗りなさい」
「なんですかその強制、乗らないですよ!」
「負けるのが怖いのかしら? そんな事では主席入学が泣くわよ」
「挑発しても無駄ですよ、幾らでも泣いていいですから」

 この展開は予想外過ぎる、俺より強いヤツと戦いたいとかどこの格闘家だよ。

「乗りなさい、貴方にとって悪い話でも無いでしょうに」
「悪い話ですよ、ヴォーテルポーレスさんに願いたい事も無いですし、良い事なんて無いですよ」
「どうしたら乗るのよ、先に何かを付けたら良いわけ?」
「だから乗りませんって、あの人も嫌がるんですから無理強いしないでくださいよ!」
「……どうしても?」

 そう言って更に近づいてくる。

「どうしても!」
「……はぁ、残念だわ」

 観念したのか、覆いかぶさると言わんばかりの前傾姿勢なヴォーテルポーレスさんが引く。
 ……全く、家の力使って誰か紹介してもらえばいいのに。

「あ、すみません」
「……いえ」

 仰け反った際にライグスさんの肩に背が当たっていた。
 謝罪して離れる、まじ頼むぜヴォーテルポーレスさんよぉ。

「まぁいいわ、いつか紹介してもらうから」
「しませんって」

 姿勢を正したヴォーテルポーレスさんは横目で俺を見る。

「あ」
「強い人なんていっぱい居るでしょ、何も僕の周りから当たらなくていいじゃないですか」
「手近の知り合いにはもう当たっているのよ、だから貴方の人を頼りにしたの」
「こっちの迷惑を考えてくださいよ、善意で僕の相手をしてるんじゃないんですから」
「……いくら払えば良いのよ」
「そういう問題じゃなくてですね……」
「失礼、アルメー卿とお見受けしますが」

 三人、俺とライグスさんとヴォーテルポーレスさんとは違う第四の声。
 俺の名前を呼んで確かめてくる人、視線をヴォーテルポーレスさんからその人へと向けると。

「……貴女は?」

 ちっこい人が居た、ソファに座っている俺より視線がちょっとだけ高い人。
 正しく子供、十三の俺より子供に見える存在が目の前に立っていた。

「お初にお目にかかりますわ、ヴリュンテルミス公爵家が長女、『ネメア・リュエス・リ・フォンフォティール・ヴリュンテルミス』と申します」

 非常に小柄な、身長130センチ有るかどうかの女子。
 子供特有の可愛らしさを放ちながら、堂に入った挨拶をしてくる公爵家の長女と名乗った少女。
 ネメア・リュエス・リ・フォンフォティール・ヴリュンテルミスは頭を上げ、俺を見て微笑んだ。



[17243] 28話 相手をしつつも考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/09/25 00:48

 小公女、その言葉がまさしくと言った姿。
 小さく可愛らしい、だと言うのに覗き込んでくるその瞳はあまりにも理知的。
 周囲が向けてくる視線とは全く違う、力強い瞳。
 背丈が小さいから年下とは限らない、そもそも最年少入学の看板は俺が既に背負っている、だったらこの人は間違いなく俺より年上だ。
 一見して分かる、そこら辺の女子とは一線を画している。

「そちらの弟姫君方も、ご機嫌麗しく」

 左右の二人、ライグスさんとヴォーテルポーレスさんにも裾を摘み上げて一礼。
 澄み切った青空のような空色の髪を上に結い上げ、くりっと大きく整った紫紺の瞳。
 真っ白なドレス、繊細なレースで重ね合わせられスカートを構築し。
 同色のロングドレスグローブには艶やかに彩る刺繍、アクセサリーもシンプルなのに超豪華。
 胸元のネックレスとかなにあれ、端から端まで宝石とかすげぇ細かい彫刻されてんぞ。

「大姫君もお加減が宜しいようで」
「ええ、御蔭様で」

 即座に立ち上がって礼を返す二人、勿論俺も立ち上がって頭を下げて一礼。
 その後視線が交わり、その通りだと頷く。

「違いなく、アレン・テーミッシュ・ラ・ボード・アルメーです。 以後お見知りおきを、ミス・ヴリュンテルミス」

 それを見て微笑むブリュンテルミスさん、体格のせいか非常にアンバランスに見える。
 そう思うのは雰囲気、子供であるとどうしても思えない存在感がある。
 俺はさておき、ライグスさんやヴォーテルポーレスさんの一礼よりも洗練されている。
 最近見た一礼の中で一番近いのが母さんの一礼、同じように洗練され余裕を持っているように見える。
 五爵の第一位は伊達ではなく厳しいんだろうな、見栄えを前面に持ってくるんだろうし乱れなど早々見せられんのだろう。

「お噂はかねがね」

 この人も俺目当て、と思ったがそう簡単な話じゃないか。
 公爵家の長女、次期当主が優秀とは言え男爵家の血を入れるか?
 もし本人がそれで良いと言っても周りが反対する、間違いなくだ。
 でなければじいさんが初っ端から俺を殺しに掛かるとかしてこないだろう、あれ相手に一緒になることを認めさせた親父すげぇ。
 どうせなら子供のことも認めさせて欲しかった。

「あまり広がって欲しくなかった話では有りますが」
「お友達が欲しかったのではありませんか? 卿にとって悪い事でもないかと思われますが」
「……欲しくない、と言えば嘘になりますね」
「でしたらよろしい事では有りませんか、私たちとも知り合えたのですから」

 二人に視線を向けて口元が綻びて、顔に浮かべる笑みが深くなる。
 それを見て何か嫌な予感、人間では無いために不可視のモノを感じ取れる謎の感覚。
 言い換えれば『勘』、何か有りそうだなぁと漠然とした考えが浮かぶそれ。

「まぁ……、そうですね」

 じっと見つめる、ぶしつけなものではあったが促すためのきっかけとして使う。

「……何か?」
「いえ、そちらが何かあるのではないのですか?」

 公爵家が男爵家に近寄ってくるとか、逆ならあるだろうけど、この人がそうするメリットが浮かばない。
 俺目当てってのは薄い、絶対ではないが入れるために発生する反発を考えないような人に見えない。
 それを除外したとして、他には何があるだろうか。

「なぜ用があるとお思いに? 単に噂の真意を確かめに来ただけですが」
「そうなのですか、でしたらここで閑談でも如何ですか? 少数で話を弾ませるのも悪くは無いかと思いますが」

 あるいは繋がり、公爵と言う同位の爵位。
 何か頼まれたか、唆されたか、はたまた家同士の懇意によるものか。
 事情を知らない以上想像は現実のものに成り得る、実際に起こったとしてもこれは優しい部類に入るだろう。
 挨拶と言うか母さんの実家に行ったらいきなり殺されかけるとか、レテッシュさんに会った後屋敷に戻れば全焼して焼き落ちてたり。
 いっつも予想外からのアタックで、予想通りにラッテヘルトンからの一手だとしても驚くような事じゃない。

「何時間も、と言うのは難しいでしょうが。 短い時間の休憩とでも見れば、ずっと色んな方のお相手をするのも疲れるでしょう」

 向こう側でも、中立でも話をしておくべきか。
 多数の人目がある今ここで殺しに掛かってくる、力尽くで襲ってくるなんて事は有り得ないだろう。
 本当に噂を確かめに来ただけだったら、『お友達』はともかく、知り合いになっておいた方がいいかもしれない。

「そんな事は有りませんわ、当然の事ですもの。 ですが、僅かな時間とは言え休む時間があるのならとっておくべきでしょうね」
「ではどうぞ、貴女の様な可憐な方を立たせたままと言うのは気が引けますので。 御二方もお座りになっては?」

 三人、ヴリュンテルミスさんとライグスさんとヴォーテルポーレスさん。
 ソファに着席を勧めて、ヴリュンテルミスさんと入れ替わるようにソファの前から下がる。
 ロングソファで四人座れないことも無いが、狭くなるし女性三人の間に座るのはなんか気が引けた。

「噂話、実際どう思いました?」
「予想以上と、思った以上にお若いので」
「最年少と、どれくらいだと思われました?」
「もっと上背があるものだと」
「背についてはこれからですよ、成長期の途中ですし、これでも去年から結構伸びたんですよ」
「そうなのですか? でしたら将来が非常に楽しみでしょうね」

 せめて170は欲しいね、じゃねぇよ。

「それは楽しみなんですが、今気になる事は別にあるんです」
「……それは?」
「貴女です」
「……まあ」

 右手を頬を添えてヴリュンテルミスさん。
 子供のままごとと、そう思えない艶がある。
 なんかやばくないかこの人、と思う。
 質が違う、瞳の奥から放たれる見えない光が俺を穿つ。

「……噂を確かめに、それも勿論有るのでしょうが別の目的を含んでいるようにも感じられます」
「別の目的?」

 何を言っているのか、そんな感じの表情を浮かべているが。
 どうしてもその瞳の奥から光が消えない、好奇の眼差しに混じる不純。
 背中に突き刺さる三桁の視線よりも、目の前の人の視線の方が強烈で霞んでしまう。

「……貴女が僕を気遣う、確かにこのヴェンテリオール学園に入学できる男は数少ない。 その上首席入学ですから、興味が出ない人は少ないでしょう」
「ええ、そうですわね」
「ですから気になったのです、公爵家たる貴女が男爵家の僕にわざわざ面を通しにくる。 気になるのであれば直接貴女が来ることも無い、誰かを遣わせて呼び出すなりすればよろしいでしょうに」

 体面に関わる、こんなに軽々しく出向けるほど公爵とは軽くないはず。
 そうして発生する噂話も無視できない、尾びれ背びれが付いて良くない状態へと発展するかもしれない。

「……それくらいは分かっていただかないと」

 更なる深い笑み、最年少首席合格者に対する興味とは別の、一転してそれの比率が逆転する。
 紫色の瞳が揺らめき、柔軟な笑みを浮かべたまま右手の人差し指を天井へと向ける。

「……この度は最年少首席入学と言う偉業、心からお祝い申し上げます」

 立ち上がってヴリュンテルミスさんが頭を下げる、勿論美しく整った気品ある一礼。

「……ありがとうございます」

 対して俺も礼を返す、ヴリュンテルミスさんの両隣に座るライグスさんとヴォーテルポーレスさんは俺たちの会話が聞こえない事に眉を潜めた。

「何の用があるのですか? わざわざ出向いたと言う事は大事な事なのでしょう?」
「折り入って御願いが」

 御願い? 公爵家の長女相手に叶えられる事なんて殆ど無いぞ。

「この世界の現状、この会場の光景を見れば理解できますでしょう?」
「……男女の比率ですか」
「ええ、女子が多く男子が少ない。 女性は男性を求めて止まなく、その眼鏡に適う方はごく少数……」
「貴女もそう言った狙いで?」
「まさか、私には許婚が居りますのでそういった物では無い御願いをしにきました」

 それ以外の御願いって何がある? 見当が付かん。

「聞くのは構いませんが、その願いが叶えられるかは別ですよ」
「ええ、ミスタが意して動く事では有りませんので」

 俺がそれに付いて意識を向け動く必要が無い? ますます分からん。

「本題を御願いします」
「……私の婚約者の角逐相手になっていただけませんか」

 かくちく? なんだそれ。

「それは……」
「……私の婚約者は幼い頃から決められた幼馴染でして、公爵と言う体面にあり有能な男性を迎えなければいけません」
「僕を当て馬にすると言うことですか……」

 なんだそれ、目の敵にして張り合ってくるようにしたいって事か?
 女子に目を付けられ男子からも目を付けられるとか、どんな学園生活だよ。

「彼は男子の中でもっとも優秀なのですが、学園全体から見れば中頃と言った程度なのです」
「……つまり、自分より優秀な男を意識させ切磋琢磨させたいと?」
「その通りです、肩を並べられる同性が居ない事に彼は気付かぬ内に慢心しております」
「同性が居ないならより優れている異性を引っ張り出したらいいじゃないですか」

 わざわざ俺を引っ張り出して当てなくても、そいつより頭が良いとか魔力が多いとか一杯女性の中にいるだろ。

「彼が女性ならばそうなっていたでしょうが、彼は男性です。 魔人として自分を磨くのではなく、魔人の男として自分を磨く事に摩り替わっていますの」

 そこで優秀な女性を抑えて首席入学した俺を同性として意識させ、可能性があることを示すってのか。

「話を聞くに、その方は自尊心が高いのですか?」
「男では一番優秀だと、そう考えている節が時折」
「でしたら、貴女の許婚が僕に何かしてくると、そんな風に考えたりはしないんですか?」
「それほど器が小さい男性ではありません」
「でしたら良いのですが」
「むしろそうであったのなら、色々解消せねばならない部分が出てきますので」
「……話は分かりました、ですがすぐに分かりましたと返事を出す事は出来ません」

 迷惑以外の何者でもない、これを受けるに当たって発生する俺のメリットが見つからない。
 これが何らかの罠ではないのか? と考えた方が何かと良い。
 そうでなく純粋な、裏が無い純粋な頼み事で、そのヴリュンテルミスさんの許婚が好青年であったならやぶさかでもないのだが。

「考える時間を貰います、近日中にこれの返事をさせていただきますので、それでよろしいでしょうか?」
「一考していただけるだけでも有り難く」
「どのような返事でも受け入れる事を御願いしたい」
「ええ、それは間違いなく」

 向こうと繋がっている、それが有るのか無いのか分からない今、返事を返す事はしない。
 数日、ではなく一週間は軽く貰いましょう。
 調べてもらうにしても公爵相手だとかなり時間かかりそうだし。

「でしたら風を解いていただきたい、周りの方々も随分と賑やかですし」
「ええ、そうでしたわね」

 僅かに放たれている魔力が弱まり、音を遮っていたそよ風が拡散して消える。

「それでは、良い返答を期待させていただきます」

 そう言ってヴリュンテルミスさんは、割れる人波の先へと進み会場の奥へと消えていった。

「……はぁ」

 突き刺さる視線は倍増、ソファに座る二人からも視線がぐっさり。
 ライバルなんて勝手にやってくれ! と言いたいが勝手にされて突っかかってくるような奴を相手にしたくない。
 とりあえずこれを決めるのは調べてもらってからだ、でなければ絶対に断る。

「何を話していたかは知らないけど、随分と疲れるような話だったようね」

 右手を自分の顎に添え、左手は右肘の下。
 興味が有るのか無いのか、どこかぶすっとつまらなさそうな表情のヴォーテルポーレスさん。

「まぁ疲れます、さっきもそうですけど今もね……」

 通り掛かったウェイターを引きとめ、手に持っていたトレイの上に載っているグラスを一つ。
 口に含もうとして思い出し、グラスを持つ腕を降ろしてから『〈内に不純たるもの無し〉アンチ・ドート』。

「………」
「……貴方」

 グラスの中の液体が僅かに光った、それをばっちり見ていた二人が驚きの表情。
 ……何気に命の危機で冷や汗をかいた、古典的な暗殺方法で驚いた。
 騒ぎ立てても犯人わからないんだろうなぁ、そう思いつつ離れていくウェイターを見る。
 視線に気が付いたのか、グラスを運んでいたウェイターが足を速める。
 わかっててやったのかと、追いかけようとして赤と黒がはためいた。

「うおっ!?」

 座っていたソファから爆ぜる様に飛び出したのはヴォーテルポーレスさん。
 生徒の間をすり抜け逃げていくウェイターに見る間に追いつき、その背中に拳を突き当てていた。

「『〈内に不純たるもの無し〉アンチ・ドート』」

 魔法を使われた、いつの間にか傍に寄っていたライグスさんが『〈内に不純たるもの無し〉アンチ・ドート』を俺に掛けていた。
 反射的に押し飛ばそうとした手を留め、礼を言う。

「……ありがとうございます」
「いえ」

 古典的とは言え引っかかりかけて笑えない、まじで飲み食いする前に解毒魔法を使うよう心掛けていて助かった。
 とりあえずヴォーテルポーレスさんに捕まったあのウェイターは色々されるだろう。
 一応貴族を殺そうとしたんだ、捕まって云々されるだろう。

「まったく……」

 ちょっと息を抜いた所でこれだ、疲れるなぁ。
 流石にこのグラスのは飲む気にならない、もう毒は消えているしテーブルに置きにいく。
 無造作にテーブルに置いてあるグラスは誰も手をつけない、それがマナーであり誰かが使ったそれを使おうとも思わないだろう。
 一連の光景、それを理解している周りの生徒はざわめきを大きくする。

「アレン様!」

 そんな中で一番大きな声を上げてくる人、キュネイラさん。
 早足で寄ってくるその姿は当たり前に着飾って、裾が広がる鮮やかなオレンジ色のドレス、柄に何かの花であしらわれて姿を引き立てている。

「申し訳ありません、挨拶回りで時間が掛かってしまいまして……」

 申し訳無さそうにキュネイラさんが言う。

「いえ、問題ないですよ」

 この場で言えば居ても居なくてもそんなに……、居なかった方が良かったか?
 話に割り込んできて事が大きくなりそうな感じがした、いや、流石にそんな事はしないか。
 その後ソファのところに戻り、キュネイラさんはライグスさんを睨み。
 戻ってきたヴォーテルポーレスさんも睨む、その後の暗殺騒ぎに驚いて下手人に対して何か物騒な事を呟いていたけど無視した。
 関係性を洗うのだろうし、俺が出来る事は無さそうだ。













「……何を話しておいでだったのですか?」

 パーティー会場の一角、先ほどまでアレンと話していたネメア・リュテエス・リ・フォンフォティール・ヴリュンテルミス。
 グラスの中の液体、ワインを揺らしながら佇む。
 その隣に控えるのは男、身長は180に届こうかと言うほど。
 緑髪緑目、眉目秀麗で少々険し目な顔付き。
 隣に並ぶ少女と比べれば兄妹に見えなくも無い、だが現実には幼馴染であり許婚の二人。

「お話してきただけよ」
「その内容をお聞かせください」

 幼馴染であり許婚、だがその関係性は主従のようなもの。

「……ヴリュンテルミスは優秀な男を欲してるのよ、分かるわよね?」
「ッ……」

 たった一言で男、『クラッド・マデュアス・リ・ガルガラン・バティスラ』は苦しげな声を漏らす。

「男爵家、最下位とは言え優秀なのは変わりないわ。 私でも成し得なかった首席入学、それも男で私たちより相当の年下」

 一言一言、クラッドの心に突き刺さる。

「今年だけ他の入学生の質が悪かった、そういう事は無いでしょう。 あの子の傍に居た貴族は『赤盾のヴォーレスポーレス』に『恵みのライグス』、優秀だと話に聞こえる子達だったわ」
「………」
「交友関係の構築は上手いのかもしれないわね、でなければあんな後援者を得る事も難しいでしょうに」
「……つまり、私は用済みだと」
「まさか、その可能性があるというだけよ。 もしそうなっても私は認めないわ、私の隣にはクラッドしか居てはいけないのよ」

 その一言でごく僅かに顔が緩む、必要とされ隣に並び立つのは自分だけと認められる。
 愛する者にそう言われ、嬉しくない筈が無い。

「でもお母様とお父様が知れば考えるかもしれないわ、だからクラッドにはもっと上へ、ね」
「私はずっとお傍に居ると誓いました、この誓いが違えられる事は有りません」
「ならば貴方の覚悟を見せてちょうだい、既に彼が上でクラッドが下のこの状況を逆転させて見せて」
「その御期待に必ずや答えて見せましょう」

 お互い隣に並ぶだけで、視線を交わらせない。

「期待しているわ、クラッド」

 期待を掛けられ、クラッド・マデュアス・リ・ガルガラン・バティスラは決める。
 アレン・テーミッシュ・ラ・ボード・アルメーより優れた男だと、ネメア・リュテエス・リ・フォンフォティール・ヴリュンテルミスに示す事を。
 隣に立ち添い遂げるのは自分だと、どこぞの男爵家程度の男に愛する者を取られて堪るかと気迫の篭った覚悟を決めていた。



[17243] 29話 揺られながらも考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/05/01 05:04

 一悶着、公爵家の長女様が来て許婚のライバルになってくれとか。
 さらりと毒にて暗殺され掛かったり、三人の俺を見る目が変わったり。
 どう見ても何か事情が有りそうと考えるに十分な事ばかり、周りもそう思っているのかより一層遠巻きになった。
 問題持ってそうな奴に関わりたくねーよな、俺も関わりたくない。

「アルメー、大事な話があるからこっちに来い」

 ソファに座って、挟まれる三人とその他大勢の視線を浴びながらも呼び出しを食らう。
 メーテル先生がいつものしかめっ面で現れ、手でこっちへ来いと示す。

「途中ですが失礼します」
「私も……」
「グレンマスは居なかっただろうが、アルメーだけで良い」

 そう言われて引いたキュネイラさん、確かに来たのは終わったからだもんな。
 三人に頭を下げてその場から離れる、話ってのはさっきの事についてだろう。
 先導する先生の後に続き、会場を後にした。






 パーティー会場を出て別の建物へ、ちょっと前に来た事があるから分かるけど。
 学園長室がある建物だ、玄関を潜り何十ものランプで照らされた廊下を渡る。
 絨毯を踏みしめながら歩き続け、先日見た開かれている扉の前に到着する。

「学園長がお待ちだ」

 先生が一歩引き、俺を扉を潜って中へと入る。
 ドアを閉めた後に見たのは室内を灯す小さめのシャンデリア、書き物をするために必要な光量を放っている。
 机の前にはあの時と変わらない学園長、違うのは昼が夜だったり、他の人が居らず俺だけだったり。

「アルメー卿、この度は大変な不手際をお見せして申し訳ありません」

 入ってくる俺を見るなり、立ち上がって頭を下げて来る学園長。

「大事な話ってさっきの事ですよね?」
「その通りです、卿には多大な迷惑を……」
「想定の範囲内ですので、むしろ自分のせいで学園の人がそう言う目に遭ったと考えていただければ」
「それでも、彼の者は学園で認めて入れたものですので」
「……なら仕方の無いことでしょう、再発を防ぐための対応も難しいでしょうし」

 簡単な話、多くの貴族が通うこの学園で働く人たちが居る。
 当たり前に学園で働かせるのは詳しい経歴や素行など調べ上げる必要がある、なんたって生徒の全てが貴族だから。
 詳しい調査の末問題ないと判断されたら働けるようになると、ここまでは全く問題ない、当然の事だ。
 今回のそれはそこを通った後に起こった事、あのウェイターは問題無しと判断された後でそうしようと思ったのだろう。
 金で釣られたか、あるいは他の理由があったのかもしれんけど。

「そうですか……、こちらがあの者の経歴などを記した資料です」

 平然と個人情報を取り出し、差し出してくる。
 関係があるとは言え、簡単に見せていい物なんだろうか。
 とりあえず受け取って、視線を紙面上に走らせる。

「……やっぱり難しいですね、僕が気を付けるしか方法は無さそうですし」

 書かれていた情報、一通り見て悪い点が見当たらない。
 小さな犯罪すら起こしていない、善良な人。
 経歴から家族の情報までビッシリ書かれてあるそれを見て、暗殺を実行するとは思えない人だった。
 これなら審査に通る、それだけの人物だ。

「これは信用できるのですか?」
「絶対では有りませんが、政府からの物もあります故、情報の精度は間違いないでしょう」

 いつか国の一端を担う者が出るかもしれないから政府も協力してんのか、予想以上にでっかいな。
 とりあえずこの情報を確実と仮定した場合に考えられるのは一つしかない。
 何者かがこのウェイターをやっていた人に接触して、毒で俺を殺すよう言ったって事だろうな。
 断れない理由でもあったか、もしかしたら家族でも人質に取られたなんて話もあるかもしれない。
 そう考えて結論を出せば、学園側に非はあんまり無いって事だな。

 毒の持ち込みを見逃したってのがそうだけど、何十年もここで働いてて信頼を勝ち得ている人物だったからしょうがないかもしれん。
 審査を通った後に接触する、間違いなく常套手段だし防ぐのはかなり厳しい。
 なんたってここで働いてる人、絶対生徒よりも多いはず。
 そもそもこの学園がある街自体が学園を動かすためにあるんだから、数十万人と関わっていても不思議ではない。

 つまりだ、審査を通り抜けた後も一人一人監視し続ける、と言うのは間違いなく無理。
 文字通り膨大な人員と金が掛かる、どれ位掛かるかなんて想像もできない。
 後から接触するのを断つのは不可能で、学園側が出来るのは精々俺と接触する可能性がある人たちの周囲を再度調べ上げる事と。
 今度からこういうパーティーの際は、さらなる厳重な体制で管理するか。
 その位しか出来ないだろう、全体調査は人員と金があるならやるけど、無いから出来ないって事だ。

「……そうですね、今回の事について僕からは強く文句を言う気は無いです」

 言うなら母さんやレテッシュさんだろうから、原因追求とかはそっちに任せる。
 俺が出来るのは精々毒とか盛られても回避できるよう注意しておく位か。

「……分かりました、それでこの者の処分は如何様に」
「……僕が決めるんですか?」
「ええ、そうですが」

 貴族の特権か? 普通警察とかそんな行政機関に引き渡したりするんじゃないの?

「……処分ってどんな事出来るんですか?」
「そちらの裁量に任せられますが」
「……という事は、殺したりしても……?」
「法的に問われません、その権限と許可は政府から降りております。 無論、この学園で働く際に書く誓約書にもそれに同意する旨をしっかりと記しており、認識させています」

 なんという強権、こんなのが罷り通っているのか。

「……分かりました、この人はこちらに拘留しているんですよね?」
「逃げられないようにしっかりと」
「それなら後で迎えを出しますので」
「分かりました」

 殺すとかはあれだけどさ、調べたりとか話を聞く為には生きていた方が良いだろう。

「あ、それと」
「何でしょうか」
「迎えに行くまで拘留してるこの人、殺されないように注意して置いてください」
「……警備を増やしておきましょう」

 たぶん定番だと思う、暗殺失敗したから口封じとかあってもおかしく無さそうだ。

「それでは帰って良いですか?」
「そうですね、こういう事態の後に出席し続けるのも辛いでしょう」

 間接的な殺し方より、直接的な、具体的に言えばラッテヘルトン公爵の屋敷に行った時のような方が何倍も怖い。

「ありがとうございます」
「……いえ」

 少しだけ眉を潜めた学園長、暗殺されかけたってのに平然として見えるからおかしく見えたり?
 目に見えないものより目に見える方が怖くてね。
 とりあえず頭を下げて退出する、ドアを開けた先には先生が佇んでいた。

「………」

 何も言わず真っ直ぐに、しかめっ面で見つめてくる。

「先生、今日は帰ることになりました」

 ごてごてと言葉を飾る意味も無いので単刀直入に。

「そうか、送っていこう」

 心配してくれているのだろう、そう言った時だけ先生のしかめっ面が消える。
 しかめっ面もでも美人だが、それが無くなったらもっと美人。
 こんな綺麗な人でも嫁や婿の貰い手が居ないってんだからやばいね、外見的な特徴では左右されないからか?

「いえ、大丈夫です」

 断ればあっさりとしかめっ面に戻る、貴重なものを見れた気がした。

「遠慮するな」
「遠慮じゃなくてですね、多分迎えが来ますので」
「そうか、分かった」

 多分もう耳に入れてそう、護衛の人伝いで。
 あれってどうやって話を伝えてるんだろうか、そんな魔法があるとは書いてなかったし道具か何かか? これも帰ったら聞いてみよう。
 そんな事を考えながら歩き出す先生に付いて建物を後にする、そのままパーティー会場に戻ってもこっちに気付いた視線がどっさり。
 このまま会場に居ても疲弊するだけだろうし、挨拶して帰るよ。

「そう言う訳で申し訳有りませんが、一足お先に失礼させていただきます」
「まぁ、そうね……分からなくも無いけど」

 とヴォーテルポーレスさん、あのソファの所に戻れば四人居た。
 キュネイラさんとガーテルモーレさんとヴォーテルポーレスさんとライグスさん。
 この順番で左側から四人が座っている。

「……踊って欲しかったですが、仕方有りませんわね」

 すんごく残念そうにキュネイラさん。

「次のパーティーでは同伴者になってもらいたいのですが、それで今回は許してくれませんか?」
「……それなら、約束ですわ」
「ええ」

 視線を一つ隣にずらせばガーテルモーレさん、赤み掛かったピンク、コーラルピンクのドレスを着ている。
 四人の中では一番派手か、腰辺りからフリルが増えていき、スカートの裾近くでは完全にフリルしか見えない。
 肩や脇など露出し、ウェディングドレスに近い。
 夜のフォーマルドレスはなんか露出多いな、四人とも肩を露出してるし背中や胸の谷間とかも普通に見える。
 こういう点で数少ない男は役得だと思うべきか。

「ミスタ、ご無事で何より」
「日頃の心掛けが身を救いましたね」
「……日頃から必要なのですね」

 反射的に返事をしたらつい出てしまった、それに内心舌打ちをする。
 油断している、気を抜いた一瞬に襲い掛かってくる事など何度も経験したと言うのに。
 四人の視線を受けながら両手で自分の顔を叩く、いきなりの事で四人はそれぞれの驚きを浮かべた。

「……すみません、疲れているようですので失礼させていただきます。 それでは皆様、また明日」

 四人へと腰を折って一礼、それに対して四人とも立ち上がって礼を返す。

「アレン様、お送りさせてくださいまし!」
「迎えが来ると思うので、今日は無しで御願いします」
「まぁ何か事情があるのでしょうけど、こちらに迷惑はかけないでよ」
「僕としても掛けたくはないですから」
「ミスタ、ゆっくりとお休みになってください」
「はい、疲れは残したくないですから」
「……お気を付けて」
「ありがとうございます、ライグスさんも病気に掛からないよう神にでも祈っておきます」

 最後の方はいい加減になりつつも、もう一度一礼。
 そのまま背を向けて割れた人垣の中を歩き、出入り口のでかい扉を潜って廊下へと出ると。

「お帰りになられるようで」

 小さなヴリュンテルミスさんと、その隣に立つ大きな男子生徒。
 鋭い目付きの緑髪緑目、うーん、イケメン。

「ええ、色々有りましたので。 ……こちらがあのお話の?」
「私の許婚の『クラッド・マデュアス・リ・ガルガラン・バティスラ』です」

 右手を向けながら、隣の男性を紹介。

「初めまして、アレン・テーミッシュ・ラ・ボード・アルメーと申します。 お見知り置きを、バティスラ卿」
「こちらこそ、かねてから噂を耳にしております。 男性でありながら素晴らしい成績を残しているとは、その才覚に嫉妬してしまいますよ」

 ハハハと笑うイケメン、もといバティスラさん。
 女性が美人なら男性も美人、俺も才能無くて良かったからこんな美形になってみたかったぜ。
 しかしながら、表面上好青年に見えるがどうせ世辞だろうしなぁ。
 やっぱりあの話を受けるのには考えさせられる。

「いえいえ、色んな方にご鞭撻を頂きましたので、皆さんが居なければ入学できていませんでしたよ」

 親父が死なないで資金繰りを繰り返してたら、母さんにばれてぶん殴られてただろうなぁ。
 資金繰りもそこで終わって、ここに入学せず他の学校に行ってただろうに。
 皆さんとはその他色々、じいさんやばあさんとかレテッシュさんとか。

「ご謙遜を、多数の方のご鞭撻があったにせよ、首席入学されたのはご自身の才能でしょう」
「謙遜ではなく、そのままの意味ですよ」
「そのまま?」
「……いえ、すみません。 お話は悪くないのですが、少々疲れておりますので申し訳有りませんが」
「……そうでしたね、お引止めして申し訳有りません」
「そのような事は、このお話の続きはまた明くる日にもで。 ミス・ヴリュンテルミスもまた今度」
「ええ、楽しみにしておりますわ」

 笑顔を向けて頷く、俺も笑顔を向けて一礼。
 そうしてやっと会場を後にした。






 会場、馬鹿でかい入り口の長い階段を見下ろして気が付く。
 階段の上る一段目、その手前にランプを持って立つ影が一つ。
 見知った顔、歩幅を大きくとってテンポよく階段を下りる。

「ラアッテさん、来るかと思っていましたが」

 群青色のロングヘア、何時もと変わりなく黒いリボンで髪を束ねているラアッテさん。
 頭を下げて、上げた時には僅かに笑みを作っていた。

「お迎えに参りました、アレン様。 御二方もアレン様のお迎えに参っております」
「あー、そうですね」

 来てるだろうとは思ったけど。

「馬車でお迎えに上がりましたので、こちらへ」
「はい」

 流石に徒歩で来る訳が無いか、馬車は悪くないんだが遅くて時間を無駄に使っているようで嫌なんだよなぁ。
 先を進むラアッテさんに付いて歩き、学園にある馬車駅、まぁ駐車場みたいなものか。
 あたりまえにでっかい馬車駅、ずらりと様々な馬車が停まっている中、一両だけ馬を繋いだままの馬車があった。

「お乗りください」

 窓はカーテンで仕切られ外から中が見えない仕様、ラアッテさんがドアを開ければ二人。
 母さんとレテッシュさんが隣り合って座り俺を見てくる、とりあえず乗り込み二人の正面に座る。

「当然の災難か」
「でしょうね」

 あれ、防音処理?

「飲んでいないわよね?」
「解毒した後そのまま置いたし、飲めるほど剛毅じゃないよ」
「本当に大丈夫?」

 とか言いながら『〈内に不純たるもの無し〉アンチ・ドート』を掛けてくる母さん。

「飲んでないって、掛けなくても大丈夫だから」
「もしもの為よ」
「まぁ、心配しているのだからあまり無碍にする物ではないな」
「二度三度も掛けられるのも、だから大丈夫だって!」

 今度は治癒魔法、空気中に広がるタイプじゃないから!

「念の為よ」
「本当に大丈夫だって、自分でも掛けたしそもそも飲んでないから」
「では私も掛けておくか」

 なぜか便乗して解毒魔法を掛けてくるレテッシュさん。

「……ほんと、もう良いですから……」
「大事な者が殺されかけたんだ、心配しても悪くは無かろう?」
「分かりますよ、でも一度大丈夫だと分かったのに繰り返しはね」
「そうね、やりすぎたわ」

 とか言いつつ、右隣に座ってくる母さん。

「本当に気を付けてね、アレン」
「うん、実感してるから」

 動き出す馬車、それに連動して揺れるレテッシュさんの胸。

「そういえばレテッシュさん、1-1のクラスメイトの情報って有ります?」
「それはもっと早く言うべきセリフだと思うが」
「今日思いっきりそう思いました、それともう一つ。 ヴリュンテルミス公爵家の情報も欲しいんですが」
「……ほう」

 俺の一言にレテッシュさんの視線が鋭くなる。

「ヴリュンテルミス、ラッテヘルトンとの仲は良くも悪くも無かったと思うけど」
「そうなの? なんかそこの長女様が許婚の当て馬にしたいとか」
「なるほど」
「……調べられます?」
「基本的な事なら数日と掛からないが、深くなると比例して時間が掛かるぞ」
「とりあえず基本だけでも御願いします」
「分かった、資料を用意しておこう」

 腕組みをして頷くレテッシュさん、その後左隣に座ってくる。
 六人で満杯になる馬車、三人ずつ向き合うように座る配置の椅子で御者側の席が埋まる。
 御者側の椅子はレテッシュさん、俺、母さんで埋まり、反対側の席は誰も座っていない。
 つまり。

「……狭いんですが」
「なら母さんの膝の上にでも座る?」

 物理的に座れても、精神的に座れない。

「いい案ですな、疲れているだろう? 私の足を枕代わりにでも」

 どうやってだよ。
 明らかに横になれる面積足りないでしょうに。

「いや、いいですから……」
「遠慮するな」
「してませんから」
「そうか、屋敷でした方が……」

 勘弁してくれ、そう思いながら馬車の中で二人をあしらう俺だった。



[17243] 30話 見ながらも考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/05/05 01:27

 カタンカタンと揺れている馬車の中、右手を握られたり、左肩に寄りかかられたり。
 今日はいつにも増してスキンシップが激しい、毒入りワインを飲む寸前まで行ったからか。
 心配されていると理解して、押し退けたりせず成すがまま。
 そんな状態数十分、走っていた馬車が停車したのか揺れが収まる。
 だと言うのに二人は両隣に座ったまま動かない。

「……着いたようですし、降りましょうよ」
「自分で開けるものじゃないのよ」
「その通り、これは『仕事』だ。 与えられた仕事で、それを奪うような真似はしていけない」
「……分かりました」

 仕事、仕事か。
 自分で開けて出るってのは無作法ってこと。
 こう言う部分が貴族の嫌な所だ、ガチガチに固められたようで息苦しく感じる。
 そうであっても慣れるべき習慣で、やるべき事の一つだ。
 小さく溜息を吐きながら、馬車の扉が開かれるのを待つ。

「到着いたしました」

 数秒待てば扉が開かれ、ラアッテさんが一歩引いて頭を下げていた。
 その言葉を聞いてレテッシュさんが立ち上がり降りていく、俺や母さんもそれに続いて降りる。

「ありがとうございます」
「いえ」

 微笑んでまた頭を下げるラアッテさん、護衛に馬車の御者も含まれるのか?
 まぁどっかの知らん人に御者やらせるより、護衛の人がやった方が安全か。
 屋敷の裏手に走っていく馬車を横目で見ながら、玄関へと向かった。






 とりあえず屋敷に入って自室に戻って着替える。
 何時までも燕尾服なんて着てられるか! 俺は私服に着替えるぞ!
 皺が付いたりするといけないので、出来るだけ曲げないようにハンガーへと掛ける。
 その後私服、普通の長いズボンと白い無地のワイシャツに着替える。
 やっぱ軽くラフな服の方が安心するわー、そう思いながら自室を出てリビングへと向かう。

「アレンのクラスメイト、全員分だ」

 入るなり早々バサリと、そこそこの厚さの紙束をテーブルの上に置かれた。

「前の調べていた分ですか?」
「新しい者を数分でこれだけの量を集められるほど優秀ではないんだが」
「出来たら出来たで恐ろしいですけど」

 リビング、入り口から見て三の字に並べられたテーブルの一番奥。
 左端に座るレテッシュさんの下へと歩み、紙束を手に取ってテーブルを挟んだレテッシュさんの正面に座る。
 視線を落とした資料、顔写真がある訳も無いから手書きの人物像が右上にあった。

「……上手いですね、似顔絵」
「ラアッテの手製だ、あいつは絵心があるからな」

 すごいよラアッテさん! 本人とそっくりな顔が正面、横、後ろと三方向から書かれている。
 間近で見た事ある俺でもそっくりと太鼓判を押せる、ちなみに今見ている資料は『エヴェレア・レシュエット・ラ・ダトラ・ヴォーテルポーレス』。
 パーティー会場から出て行く前まで見た顔、少々釣り目で勝気な顔が俺を睨んでいるように見えた。

「………詳細だなぁ」
「当たり前だ、アレンの生死に関わってくる事だからな」
「まさに正論」

 フルネームや髪や目の色、顔の作りからスリーサイズ、体重とか普通なら知られたくない事まで書いてある。
 なんかこれ見てると申し訳ない気持ちになってくる、なんて恐ろしい。

「……辺境伯、人間とエルフとの国境沿いか」
「代々バグランティトスの国境を守り続けている、『赤盾』なんて呼ばれているな」
「両親も赤いんですかね」
「容姿でそう呼ばれている訳ではない、そのままの意味合いで呼ばれているんだ」

 赤い盾でも使ってるのかね、戦場でそんな派手な色は思いっきり狙われそうだけどなぁ。
 それに国境沿いだからごたごたが絶えないだろうな、国境侵犯とかさ。
 ……強くなりたいって、家の仕事を勤め上げるためにそう言ったんだろうか。

「……当主争いでもやるんだろうか」
「既に長女が当主になると決まっている、やるとしたら家の騎士隊でも率いるんだろうな」
「なるほど」

 それなら実力がある方が良いだろう、無いとやってられんだろうし。
 一通り目を通す、得意な属性とか戦い方、イメージ通り殴るのが得意なんですかこの人。
 ……よし、上半身のスウェーでも練習しておくか。

「……ああ、そういえば」
「ん? なんだ?」
「ヴォーテルポーレスさんから強い人を紹介して欲しいとか言われたんですけど、止めたほうが良いですよね?」
「強い人、な。 意図は?」
「多分家の為かと、騎士団とか率いるなら強い方が良いんでしょう?」
「規模にも因るが、実力がある方が下の者が従いやすいな」
「多分それのせいで何か感じてるんじゃないんですかね」
「……そうか、まぁ断った方が良いだろうな」
「分かりました」

 賭けの事もあったけど、戦いを嗜んでいるようだし絶対勝てる保証も無い。
 魔力のごり押しで勝てるかもしれないけど、魔力を見せたら余計突っ込んできそうだしなぁ。

「……アレン、そういう事があるなら先に言え」
「……何がですか」

 資料に視線を落とし、声を掛けられて頭を上げれば、いつの間にかレテッシュさんの隣にラアッテさん。
 口元をレテッシュさんの耳元に寄せて囁くように耳打ちしていた。

「賭けを申し込んできたんだろう?」
「何故それを……」

 どっから、って間違いなく護衛の人だよなぁ。
 屋敷で見る護衛の人は学園で見ないから、別の人が居るんだろうけど。
 あの会場ではざわざわと話し声や音楽でなかなかうるさく、十メートルも離れたら聴覚を強化しても聞き分け難いってのに。

「……なるほど、出来る限りの範囲で言う事を聞く、か……」

 また耳打ちをされてフッ、とニヒルに笑うレテッシュさん。

「賭けを受けて勝ったとしてもですよ、何を言えば良いんですか」
「簡単だろう? 俺の女になれと言えば良い」
「間違いなく断られます」

 にべもなくだ、ふざけるなと殴り飛ばされるかもしれない。

「冗談だ。 味方で居て欲しい、ではどうだ?」
「味方、ですか」
「そうだ、率直にそう言えば良い」
「率直に? 勘違いするんじゃ?」
「考えさせるんだ、その意味をな。 解釈は幾つもある、家か個人か、またそうする事に何の意味があるのかとな」

 好意的に取れば、案外そつ無くな。
 とかなんとか、つまり勘違いさせる様な言動を取って好意があるように思わせろって?
 一つ思いついた、ツンデレと言う言葉が。

「……似合わない事も無いだろうけど」

 頬を染めつつ腕を組んでヴォーテルポーレスさんが。

『べ、べつに貴方のことなんてなんとも思って無いんだからねっ!』

 とか言いそうじゃないんだよなぁ、むしろ。

『貴方、頭大丈夫?』

 とか言いそうな感じ。

「……何か違う」
「そうか、堅い傾向がある奴には悪くないと思うのだがな」
「……レテッシュさん的には紹介すると言うのは良いんですか?」
「適当な奴を紹介すれば良い話だ、何も私やラアッテなどを出す必要も無い」

 なーるほど、知り合いを紹介しろっててっきり護衛の人たちとかと思ってた。
 レテッシュさん経由で、俺と関係が無いそれなりの人を紹介すれば良いだけか。

「負け前提で考える事じゃないだろう? アレンが勝てば良い話だ、ついでにアレンの力を見せ付ければ靡くかもしれんしな」
「……嫌だと思うなら言わないでくださいよ」

 言いながらも表情が曇ってるレテッシュさん。

「私の感情と、アレンの事情は関係ない。 少なくとも奴らとの繋がりも見て取れない、辺境伯と裁量も悪くない」

 ヴォーテルポーレスさん=ヴォーテルポーレス家じゃないんですから。
 次期当主ならそう言うのもありでしょうけど、個人ではなく家が力を持っているんだから、利点欠点で見れば良い話ではないと思うけど。

「……取らせれば良い、あの娘にな」

 そんな考えを読んでか、レテッシュさんが俺を見据えて言う。

「取らせるって……」
「良くも悪くも実力主義だ、どちらが家を継ぐに相応しいか、家を盛り上げる事が出来るかを現辺境伯に考え直させれば良い」

 利用するために他家の次期当主を変更させるのか、全然思いつかなかった。

「アレン、賭けに乗った方が良い。 負けても文句は言わん、紹介する相手も見積もっておく」

 こう言うんだ、あいつらとの繋がりも薄いんだろう。
 だったら……と思うが勝てる保障もないしなぁ。

「次は合同演習か、だがその前に実力検査もあるだろう」

 貼ってある学園行事に視線を向けているレテッシュさん。

「……タイミング的にも良いだろう、そこまで悪い手でもあるまい?」
「……やってみます、でも思い通りに行くとは限りませんよね」
「そう簡単に行くわけがなかろう、だから行くように誘導してやればいい」
「餌で釣るんですか?」
「向こうも国境を守る武家だ、質の良い相手を用意出来るなら食らいついてくるかもしれん」

 ……家の力で紹介してもらうにも限度があったのだろうし、それを利用して付け入る。
 強くなる事に貪欲だからか、餌をチラつかせて食いつかせる。
 ヴォーテルポーレスさんが言い出したことだし、俺が勝ったとしても反故にはしないだろう。

「……今度は戦い方の訓練ですか」
「そうだ、付け焼刃でも十分に通用するだろう」
「通用しますかね、いろんな人と戦ったことが有るような言い方してましたよ」

 勿論ヴォーテルポーレスさんよりも魔力が多かったり、技術がある人と戦ったことが有るだろう。
 その経験を生かして、魔力でのゴリ押しを捌いてくるかも。

「だからこそ付け焼刃だ、そもそもアレンの魔法は対処が難しいだろう? 高度な隠蔽に下位とは言え高速な攻撃魔法の連続発射。 その二つだけで戦闘を行っても、この程度の娘には完勝出来る」

 鬼畜と言えば鬼畜、目に見えず高度な探知魔法でなければ発見出来ず。
 避けるのも難しい速度で、しかも間を置かず連続で飛んでくる攻撃魔法。
 ヒットアンドアウェイ、一撃どころか連撃離脱の戦法を地で出来る。
 マシンガンを持った透明度100%のステルス兵が周囲を走り回る、相手にしたくねぇ!

「……なんか勝てそうな気がしてきました」
「勝てそう、ではなく勝てる相手だ。 欲を出して近づいたりしなければ組み伏せやすい相手だ」

 太鼓判かどうか分からんが、間違いなく俺より実戦を経験しているレテッシュさんが言うんだから勝てるのだろう。

「頑張ってみます」
「ああ、上手くやってくれ」

 少し自信を付けつつ、紙束を捲って次々と情報を見る。
 その中にレテッシュさんのも入ってたけど、華麗にスルーして捲る。

「……つれないな」

 つられません。
 とりあえず次、捲った先にはライグスと言う字が目に入る。

「……大地主、農業の主力だったのか」
「ん?」

 通称『恵みのライグス』、水源や肥えた土地など恵まれた領地をむかーしに賜った貴族。
 土地の特性を生かした内政、農業が活発で食料の一分野に座る有名な貴族。
 ライグスさんはそこの次女、お姉さんが居るらしい。

「あらまあ、あの子の妹さんね」

 と母さんが後ろから覗き込んでくる。

「あの子?」
「ここに来る時会ったでしょう? ドラゴンに襲われた町で生き残った人たちのリーダーをしていた人よ」
「……ああ、無理言った人か。 思い出したくなかったからわかんなかった」

 今思い出してもちょこっとムカっとした、頷いてしまった自分にもムカっ。

「……アレン、あの時はごめんなさい」
「もう終わったことだし、もういいよ。 それよりあの人となんか話でもしたの?」

 隣りに座り、頷く母さん。

「ええ、妹さんが居るってね。 今年ヴェンテリオールに受験するって聞いたわ」

 何だこの接点、予測できねーよ。

「キエラさんの妹さん、受かったのね」
「へー」

 キエラさんは意志の強そうな人だったけど、妹さんはどうみても気弱な感じだ。

「『エメラ・セテンセス・レ・レテント・ライグス』ちゃんね」
「ふむ、奇妙な縁ですな」
「ええ、あの街で助けられた人たちはどうなったのかしらね……」
「破壊された町は捨てられることになりましたよ、修復するにも広すぎる上に殆どが原型を留めていなかったのですから」

 あんな殆どの建物が崩れている街並みを修復出来るとか思えないな。
 何時から攻撃を始めたか分からんが、そこそこな規模の街を壊滅させるドラゴンはやっぱり超強い。

「……それは、残念ね」
「あと、ライグス侯が探しておりましたが……、次女が居るなら気が付いているかもしれません」

 確かに、姉が助かってその話を聞いているだろう。
 名前だけだけど名乗ったし、魔人として特徴的な容姿だからそう判断しててもおかしくないな……。

「しかしながらライグスはまだ完全ではないな、こちらは分かるまで置いておこう」
「……繋がりが無いって分かったら手を出せと?」
「つけ込むには良い機会だろう? 過去の関係が現在に良い影響を与えている、奴らと繋がりが無く、良い関係を持てるなら躊躇う理由がないと思うが」
「そりゃそうですけど、ありがとうございます」

 差し出された紅茶、ラアッテさんに礼を言ってから『〈内に不純たるもの無し〉アンチ・ドート』。
 前は失礼に当たると思って解毒魔法を使わないで飲もうとしたらめちゃくちゃ怒られた、失礼だとは思っていないから習慣付けるよう使うようにとハッキリ言われた。
 それからは誰が出しても使うようにしている、母さんやレテッシュさんでもだ。

「……ふぅー、ライグスさんの方もやれるようなら頑張りますよ」

 紅茶を飲んで一息。

「そうでなくてはいけない、これからもずっとそう行くようにな」

 もう一度紅茶を口に含みながら、俺は頷いた。
 道具のように扱わないよう、注意を払い続けようとそう考えて紅茶を飲み干した。



[17243] 31話 殴られながらも考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/05/08 21:43

 戦闘に求められるものは何か、まぁ色々ある。
 身体能力、魔力、技術、経験など、運も必要だろう。

 身体能力はそこまで高いわけではない、未だ十三の子供の肉体だからだ。
 それでも人間の成人男性と同じくらいはあるかもしれない、やはり基本能力が人間より高いのは確実か。

 魔力はどうだ、同性と比べ破格だ、有り得ないと言って良い総量だ。
 むしろこれのお陰でそこら辺の奴を倒せる身体に強化出来る、逆に言えばこれが無かったら死んでいた。
 さらに遡り、これが無ければ確実にここに居なかっただろう。
 領地の屋敷で今も普通に過ごしていた可能性が大きい、その後にバレて殺されてたかもしれないが。
 十三年しか生きていない未成熟の肉体で、限界を超えた無茶を出来るのは魔力のお陰。

 技術、無い。
 戦う事など想像だにしていなかった、今学んでいるとは言え身に付くのは何年も先だろう。
 現時点では高度な戦闘、引っ掛けられるようなフェイントとか相手の行動予測とか全く出来ない。
 出来るのは魔力に飽かした行動、原始的な殴り合いとか下位の魔法を連続して飛ばすだけ。

 経験、同じく無い。
 前世で格闘技とか武道などをやってればましだったかもしれんが、通ってた学校でもなーんもやっていない帰宅部だった。
 魔人になってから十三年しか経ってないし、濃い出来事なんてごく最近からだし。
 ある意味貴重な経験と言えるかもしれないが、為になったかは疑問だ。

 運は分からない、運良く神様に選ばれたのか、運悪く神様に選ばれたのか。
 運良く親父と母さんの間に生まれたのか、運悪く親父と母さんの間に生まれたのか。
 運良く魔力を持って生まれたのか、運悪く魔力を持って生まれたのか。
 運が良いのか悪いのか、俺的には運が無いと思う。
 俺の主観で周りが美人ばかりだからそう言う役得もあるかもしれないが、そう言った気が全く起きないのが心配になってくる。

 まさかあれなのかと考えたりしたが、妄想に浸る余裕すら吹っ飛んでいる事に気が付いた。
 発生した問題を解決してもすぐに、あるいはほんの僅かな間を置いて問題が再来してきている事が最大の問題。
 解決していない問題もあるのにだ、その内のいくつかの問題は、今の俺では手も足も、それどころか声すらも僅かにも出ないものも含んでいる。
 絶望すら生温い、俺が喉が潰れた生まれたばかりの赤子であるなら、敵は鍛えに鍛え上げた屈強な大男、持つ権力で表せばこんな感じか。
 何時までも赤子では居られない、決定的な敗北を迎える前に力を付けなくてはいけない。

 同等の相手でも退けられ、格上の相手でも善戦できる位の戦闘能力を。
 相手の腹の内を読み、それを利用出来る位の立ち回り方を。
 内と外、身に付けるべきは両方で、色恋沙汰など両方の力を手に入れてから。
 それを考える余力は無い、今だってそうだ。
 必死に、岩が砕けるような剛拳を避けているんだから。

「───」

 大気の壁を打ち抜いたように迫る右の拳打、抉り込まんと主張するそれを腹と迫る拳の間に割り込ませた左腕で受ける。
 左腕を覆う魔力が足りなかった、拮抗する間もなく障壁を打ち抜いて吹っ飛ばされる。
 衝撃で痺れる左腕、それに耐えながら背中から倒れこみ、後転してから体勢を立て直す。
 起き上がり中腰になって相手を見れば、すぐ目の前で左腕を引き絞っていた。
 速過ぎるだろ! そんな事を思っても攻撃が緩む事は無い。

「前に出ろ!」

 耳に響く声、同時に相手から放たれる左拳。
 自分の意思で下がる事は許されない、下がりだしていた足を引き上げ前へと踏み込ませる。
 後出しの右拳、一瞬で込められる最大の魔力を右腕に乗せて放つ。
 総魔力量は相手が上、技術も相手が上、経験も相手が上。
 勝てる確率、そもそも攻撃を当てられる確率すら低い。

 よって、一か八かのクロスカウンターを狙い、当たるはずもなく狙い済まされた一撃で意識を刈り取られた。






「──ろ、─きろ、アレン」

 頬を叩かれた痛みで意識が浮き上がる、彩りを取り戻す視界、目の前には俺の頬に手を当てるレテッシュさん。

「………」

 何度かまばたき、大きく息を吸って吐く。

「反応が遅い、先ほどのは十分間に合った筈だ」

 足をそろえて前屈のように座り込んでいる俺。
 随分と無茶を言う、中腰と言う不自然な体勢で相手より早く拳を届かせろとか。

「……そう言われても、難しいですよ」

 頬から手を離され、頭を振る。
 総合的に自分より強い相手を殴り飛ばせとか、魔力を使わない殴り合いじゃないんだから。

「行動に移るのが遅い、攻撃する事に躊躇っているか?」
「単純に遅いだけです」

 フェミニスト、と言うわけではない。
 危害を加えられるなら抵抗するし、殴り飛ばしもする。
 実際にそうしてきたからあまり抵抗は無い、そもそもこの世界じゃ逆だし。
 女が男を殴るのは良い事ではない、試合とかそういう物だったら問題が無いが。
 男より女が優れているこの社会では、女が男を攻撃するのは『弱い者いじめ』と言う風に取られる。

 女から見て男は優しく扱うべきと、保護しようと言う感じ。
 学園に居れば、と言うかここに住んでれば嫌でも理解できる。
 この住む屋敷で俺より弱い人は母さんしか居ないし、後は全部俺より強いし。
 そんな人たち相手に手加減して戦えるわけが無い、現に手加減なしでやっても一撃で意識を刈り取られたし。
 となれば単純に判断や行動が遅いだけ、行動はともかく判断力を鍛えるには繰り返して経験を積むしか無いだろうなぁ。

「アレンの能力を見れば間に合うと踏んだのだがな」
「能力だけで見ると間に合ったでしょうね」

 差し出された手、それを掴んで軽がると引っ張り起こしてもらう。
 50キロあるか分からん俺、体は子供だから軽いだろうが、それでも軸が一切のぶれなく引っ張り上げたレテッシュさん。
 ラアッテさんとですら基礎の時点で天と地の差がある、そのラアッテさんでもレテッシュさんと比べたら天と地の差がある。
 ……桁違い、想像の中ですら勝てるとは思えないぜ。

「ならば数をこなすしかないか」
「……ですね」

 結局は殴られて覚えるしか無いと言う、逆の立場になる日はいつか来るのだろうか。







 やっぱり殴られ気絶し続けるこの日は休日、新入生歓迎パーティーの翌日だ。
 時は日が昇りきった午後、お互い拳を向け合い振るい合う訓練。
 そこそこ強い日光を物ともせず、牙となって身を抉る拳が何度も突き刺さる。
 その度に呻き、漏れそうになる声を押し殺して拳を振り返す。
 だが当たらない、軽く上半身を逸らすだけで届かなくなる。

 いい加減悔しい、この世界では劣るとは言えこうも殴られ続けるのはなんとしても避けたい。
 だから乾坤一擲で狙う、要するに伸るか反るかの大博打。
 カウンター狙い、と言っても一撃に耐えて反撃でノックアウトを狙うと言う分の悪い賭け。
 こっちから攻撃しても当たらないなら、向こうが攻撃を当ててくる時じゃないと無理。
 相手の距離はこっちの距離でもある、その瞬間に全てを賭ける。

「───」

 歯を食いしばって顎を引く、息を吸って留め、腹に力を込めて拳を固めて突っ込む。
 全身に巡らせる魔力、特に攻撃の腕と機動の足に割り振る。
 それを前に引かず、踏み込んでくる相手、ラアッテさん。
 相対速度に従って、瞬時に縮まりクロスレンジ。
 ラアッテさんのぶれる右腕、それを見て反射的に右腕を振るう。

 案の定障壁を貫いて俺の左脇腹へと突き刺さる拳、衝撃で体がくの字に曲がりながらもようやく拳が届いた。
 容赦なく今殴られた箇所へと右拳を打ち込む。
 踏ん張り凹む右足の地面、同じくラアッテさんの右足の地面も凹んでいた。

「駄目だな」

 一部始終を見ていたレテッシュさんからの駄目出し、俺の拳はラアッテさんの障壁を打ち抜く事無く止まっていた。
 それを見て俺の意識は暗転した。







「……くそ」

 数分前と変わらない光景で目が覚める。
 ダメージは治癒魔法で抜けるから問題ないが、さっきからこんな状態ばっかり。
 言われた通りに構えているんだが、全然駄目だ。

「相打ち狙いでなければ当てられないのは拙いな」

 ラアッテさんの戦闘スタイル、隙を見つければ機動力を持って蜂のように刺す。
 これはヴォーテルポーレスさんの動きを真似していると言う、実際にはこれほど強くないらしいが。
 今のヴォーテルポーレスさんのスケールを発展させたらこうなるだろうと、じゃあ本人と同じ位でやれよと思うが。

「上位互換の相手に勝てるのなら、下位であるあの娘に負ける事も無いだろう」

 との事、無茶言うぜ。
 まぁいずれその無茶をこなさないといけないから、結局やり続けて判断能力を高めていくしかない。
 つまり経験を積み続けるしかない、年齢的に言ってほぼ間違いなく学園の生徒全てが俺より経験を積んでいる人たちだろうし。
 膝を曲げて立ち上がる、一息付いてもう一度。

「お願いします」
「はい、それでは失礼を」

 きつくてもやるしかない、それが一番の近道だろう。
 




 

「おはようございます、アレン様」
「……おはようざいます」

 訓練を再開したら朝になっていた、……過程をすっ飛ばしているけど一体どうなった。
 どうせ訓練再開した後やっぱり殴られ気絶したんだろう、それの繰り返しで終わったらばったり寝込んで朝。
 それを覚えていないってどういうことだ、ちくしょう。

「昨日は十分な休息を取られましたか?」
「訓練してました」
「……アレン様」

 何してるんだこいつと、キュネイラさんに呆れ顔で見られた。

「あんな事が起こったのですから、お休みになられるべきだと思うのですが」
「あれくらい別にどうって事無いですよ」

 そう言って歩き出す。

「お待ちください! アレン様の身に何かがあれば!」
「そうならないための訓練です」

 隣に並んできたキュネイラさん、俺の一言が気に障ったのか進行方向に回り込んで足を止めにきた。

「ですが休むべき時にしっかりと休む、それをしっかり出来なければいずれ……」
「休息の重要さはわかってます、実感する事が有りましたから」
「でしたら、昨日だけとは言わず、今日も休まれた方がよろしかったのでは有りませんか?」
「心配をしてくださってありがとうございます、本当に一晩ぐっすりと眠れましたから大丈夫ですよ」

 まぁ死んで居なくなったりしたら困るだろうしな、だから心配してくれてるんだろうが。

「ほら、あんまり話し込んでいれば遅刻しますよ」
「……もっとご自身を大事にして頂きたいものです」
「その為に居るんじゃないですか」
「………」

 自分を大事に出来るよう、力を手に入れる。
 そのための一歩がキュネイラさんなんだし、今離れられるのも両方にとって困るだろう。

「……そういう事を言うのはやめてくださいまし」
「本当の事ですから、行きましょう」
 
 歩き出してすれ違う、そうしておずおずとキュネイラさんも付いて歩き出した。






 それから会話も無く歩き続け登校、校舎に入って教室へ。

「おはようございます」

 視線を向けてきたクラスメイトたちに挨拶、返ってくるのはごく僅か。
 まぁそんなもんだろうね、はっきり聞こえるよう返してくるガーテルモーレさんや、小さいながらライグスさんも返してくれた。

「おはよう、アルメー」

 ズンと、正面に立って挨拶を返してくるのはヴォーテルポーレスさん。
 わかりやすいなぁ。

「おはようございます」
「グレンマスも、おはよう」
「ええ、おはようございます」

 お互い気に入らなくても挨拶はしっかり返す、最初は無視でもするかと思ってたけどそうじゃなかった。

「アルメー、来週の合同実習は分かっているわよね?」
「それのお陰で訓練する事になりましたよ」
「それは良い心掛けね、でも合同実習の前に一つ行事があるのは知っているかしら」
「どれ位戦えるかの検査ですか?」
「そう、それよ」

 ニヤっと笑う、都合の良いこと考えてるなぁこの人。
 どうせあの賭けの話だろうし、考え通りに動いてやるか。

「丁度良い機会よね、あの話をやるには打って付けよ」
「そうですね、検査で相手をするんでしたら受けましょう」
「……まぁ、その心変わりが気になるけど、受けてくれると言うなら好都合よ」

 また笑みを浮かべるヴォーテルポーレスさん、勝つ気満々すぎる。

「お待ちください、一体何のお話をしていらっしゃいますの」

 あの場に居なかったから内容が分からないだろうキュネイラさんが会話に入ってくる。

「ちょっとした賭けですよ、お互いして欲しい事を提示して負けた方は勝った方の要望を聞くと」
「……な、なんですかそれは!」

 一時の間、叫ぶようにキュネイラさんが声を上げる。
 いきなり大声を上げれば、クラスメイトは何事かと視線を向けてくるよなぁ。

「……声大きいですよ」
「何故そんな賭け事などヴォーテルポーレスと!」
「いや、しつこいんで」
「まだ二回目でしょうが!」
「まだって事はここで断っても、また後で突きつけてくる気だったんですか」
「う、いや……そんな事は……」

 視線を逸らす、ダウトだな。

「アレン様! そんな賭け事など例え遊びでもやるものではありません! して欲しい事があったら私に言ってくだされば!」
「して欲しい事って言っても、何か欲しかったりする訳じゃないんで、キュネイラさんに言っても変わりませんよ」
「ヴォーテルポーレス! アレン様に一体ナニを要求する気!?」
「貴女には関係ないでしょう」
「有りますわ! さぁ! ナニを企んでいるか白状しなさい!」

 異様な剣幕でヴォーテルポーレスさんに迫るキュネイラさん。
 流石のヴォーテルポーレスさんも引いた、これは俺も引く。

「……ちょっと、これ何とかしなさいよ」
「何でこっちに渡すんですか」
「貴方のせいでしょう!」
「ヴォーテルポーレス!」

 なんで俺が怒鳴られなきゃいけないんだよ、そっちが持ちかけてこなきゃこうならなかったんだが。

「……キュネイラさん、ヴォーテルポーレスさんは実力がある人を紹介して欲しいだけですから」

 矛先が三角形で回ってるから、しょうがなく俺が宥める。

「キュネイラさんが何を考えてるかわかんないですけど、多分違うと思います」

 本当に何を考えてそんな剣幕で詰め寄るんだよ、変な関係でも強要しようと思ったか?
 どっちかって言うとそんな考えは俺の方だけど。

「……本当に?」
「本当です」

 俺を見て聞いてくるから頷く。
 その後ヴォーテルポーレスさんに視線を戻して。

「嘘であったらただじゃおかないわ」
「グレンマスがそれなりの人を紹介してくれれば、この話は無かった事にしても良いんだけど、無理でしょう?」

 求める人は自身より上、この学園に入学できる人たちがエリート扱いだしなぁ。
 普通はそんなに居らず、俺の周りが異常なだけだしな。
 まぁこの様子だと家の力が及ぶ限り声を掛けたんだろうな、それでも足りないからって事か。

「……お前ら、いい加減着席しろ」
「!?」

 いつの間にか背後に立っていた先生が俺たち三人の頭を出席帳で叩かれた。
 つーかなんで俺だけ背表紙なんだよ。

「ホームルームの時間もすぐだ、授業を受ける気が無いのなら欠席しても構わん。 そんなやる気の欠けた者が居ても他の奴の迷惑になるだけだ」

 結構痛いから治癒魔法を使おうとすれば、先生が掛けてくる。

「次からは周りを確認しろ、出入り口でたむろするのは通行の邪魔になる、わかったか」
「はい」

 痛みがすぐ引く、罰代わりか。
 答えを聞けば、しかめっ面で頷く先生。

「さっさと座る」

 そう言われて自分の席に急いで座る。
 机にカバンを掛け、教壇に上がる先生を見る。

「出席確認!」






 生徒が全員出席してるのを確認して、教壇の上でしかめっ面の先生は立つ。

「さて、急で悪いが今日やるはずだった授業は全て中止、その代わりに実習を入れる」

 ちょっと待て、本当に急過ぎるぞ。
 戦闘能力の検査はまだ先じゃなかったのかよ、付け焼刃を付ける時間さえねーぞ!

「合同実習は予定通り二週間後だが、その内容が少し変わった。 もとからクラスの協調性を図るものだが、その内容が引き上げられた」

 しかめっ面のまま教室を見渡す先生。

「クラス対抗、なんともつまらん内容に引き上げられた。 それに伴いお互いの事をもっと深く知っておくために、早めの実力検査をやることになった」

 ああん? どういうことなの……。

「クラス対抗と付くからには、他のクラスと競い合う目的。 まぁ競合して能力をより高めやすいようにしようと言う考えだな」

 ……はぁ。

「合同実習に関しては各クラスの担任はあまり関与しない、生徒の自主性を尊重する。 要は担任を除きクラス一丸となって纏まり、他のクラスに負けるなと言う事だ」

 クラスの中からリーダーを選び出し、それぞれ分担を選んで一個の生命体のごとく機能させろと。
 それで競い合えって、これって軍隊とかそっち方面のやり方じゃねーの?
 戦い方の学習の枠に入ると思うが、……ちょっと違うような気がする。
 やるとしても二年生とか三年生だと思うが……。

 急な変更に疑問を覚えつつ、また何か良からぬ事が起きるだろうなと考える俺だった。



[17243] 32話 殴り合いを見ながら考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/05/18 03:49

「実習着に着替え、十五分後までに第二十八実習場に集合だ」

 そう言った先生は教室から出て行く、抜き打ちテストもビックリな唐突さ。
 為になるような事と言えば何時もの鉄の棒で叩き合う武器格闘訓練と、昨日やった徒手格闘訓練。
 どっちもボコボコ殴られただけだと思う、目に見える成果と言えば、飛んでくる攻撃を目で捉えることが出来るようになったくらいか。
 それも問題が有る、とんでもなく速い攻撃が見えるのに、実際対応する体が間に合わない。
 一撃で気絶させる攻撃が確実に見えるのは中々に恐ろしい、その上魔力障壁をぶち抜いてくると言うのも分かってるからなぁ。

 ……いい加減イライラで目頭が熱くなってくる。
 眉間を指で揉みながら、小さく溜息を一つ吐く。

 ヴォーテルポーレスさんと戦うのは決まった事で、その為の訓練を課した。
 同じ動きでは無いだろうが、似た動きで慣れるように、対応できるようにとしようとした。
 賭けの戦い、推測ではあと一週間先に行われるであろう実力検査で……。

 いや、違う。
 この考えは間違ってる、何も実力検査の時にやらなくても良い。
 とは言え、向こうはチャンスとばかりに手合わせの相手として自薦してきただろう。
 その時は……、まぁ断っただろう。
 断れなかったら色々抑えてやらなくちゃいけない、手加減と勝利の両立は流石に難しい……。

「アレン様、参りましょう」

 そう言って腕を組んでくるのはいつもの人、引っ張り上げるように俺を立たせる。
 笑顔を作って首を傾げたキュネイラさん、教室を出て廊下に。

「……更衣室は逆ですけど」
「ええ、分かっております。 一緒に着替えるのも乙ではありませんか?」

 なに、俺は一緒の更衣室に入って恥ずかしがってれば良いの?
 腕組みしてガン見余裕、禁欲と言うよりそう言った欲がわかない。
 二次性徴も来ていない子供にそりゃアウトだぜ、……魔人に二次性徴あるのか?

「……すみません、そういう性癖持ちだとは思いませんでした」
「……! ち、違います! そういう事ではなくてですね……」

 頬を染めて違うと手を振る、見られて興奮するとかあれだな。

「話があると?」
「分かっているならあんな事を言わないでくださいまし」

 怒ってる怒ってる、頬を膨らませてプンプン……なんてアレな表現はせずに俺を見る目つきがちょっと悪くなっただけ。

「大事な話ですか」

 何時も通り複数の視線を受けながらも会話、さっきのアダルトな話に興味が出た人が居たのか視線が強め。

「……先ほどの話も有りますし」

 キュネイラさんは右腕を俺の左腕に絡めたまま、左手の人差し指を立ててくるくると回す。

「……賭けのお話ですわ、本当に履行されるおつもりですか?」
「負けた場合は、ですが」
「……わざと負けるかと思っていましたが」
「いやぁ、まぁキュネイラさんの時と似たような事をし──」

 言い切る前に目付きが変化した、眉を潜めてまるで睨むような。

「……それは、どういう意味でしょうか」

 自分と同じ存在が増える、俺の寵愛を受けれる立ち位置に他の女が割り込んでくる。
 認めたくない分配、あるいは割かれる時間の減少。
 つまりは敵、増やしたくない競争相手。

「そんな事を聞かなくても、分かっていますよね」

 歩き出す、キュネイラさんは俺の腕に絡ませているから引っ張られる。
 それを解く事はしない、理解しているか?
 『餌』で釣るんだ、見せ付けて食いつけば釣り上げる事を狙う。
 キュネイラさんも釣り上げられたんだからさ。

「……あの女を手に入れれば、捨てるのですか」

 廊下を歩く、背中に受ける視線など無いものと考えて。
 魔人の本能は全く持って厄介だ、利用する分には良いけどさ。
 まぁ人間とは違う、魔力とか髪色とか瞳の色とか、そういう部分も有るけど一番は……。

「言いませんでしたっけ」

 聞きたいだろう言葉を、考えて言ってやれば良い。
 その言葉に篭る意味を、偽り無い『感情』を込めて言えば良い。

「僕にとって必要なんですよ、キュネイラさんは」

 無論、言葉だけでそれが続く事は有り得ない。
 言動、言葉と行動を持って、有言実行を成して積み上げられる。
 知り合って未だ短い時間しか経っていない、生死を共にしたとか危なっかしい事でもあれば信頼も芽生えたかもしれないが。

「本当に思ったんですか? グレンマスを上回るヴォーテルポーレスを手に入れたとして、俺が貴女を捨てると」

 バックボーン、本人は知っているかは分からない。
 敵に対抗できるほどの力、おそらくは一人で築き上げた力。
 『レテッシュ・フレミラスン・リ・ブレンサー・マードル』と言う、傑物の力に乗る事を決めたグレンマス。
 『アレン・テーミッシュ・ラ・ボード・アルメー』と言う、男の優性に賭ける事を決めたキュネイラ。

 『キュネイラ・コーレリア・ラ・ギュミナ・グレンマス』は、グレンマス伯爵家の進退を決めるに値する能力を持って生まれた。
 伯爵と言う第三位の爵位、年頃の年齢、社会の主体である女性、そして緩やかに衰退する現状。
 そうしてレテッシュさんに目を付けられた、利用できると。

「……まぁ使えるかもしれませんね、二国と接する国境の守護を任されるヴォーテルポーレスは」

 要所に触れていない落ち目の伯爵家と、長年国境を任され続ける辺境伯家。
 家の格、それで比べてもグレンマスを凌駕しているヴォーテルポーレス。

「より強い力があるから捨てる、そうであったら最初から手を出しませんよ」

 単純な権力で言えばレテッシュさんと言う大きな力がある、だがそれでも足りない。
 要は力を集めなければいけない、大きさに関わらず俺に味方してくれる人たちを。

「必要だから、不要になることは無いですよ。 余計な事は考えなくて良いです、捨てることなどしませんから付いてきてください」
「……では、いずれ不要になると」
「あー、まぁ個人的には手放したくはないですね」

 独占欲が強いのか、親しい人が全然知らない人とくっつくのはもやもやする。
 その相手が友達だったりすると祝福できるが、そうで無い場合は多分……。

「……はぁ、まぁ……言い方が悪いですが、今のキュネイラさんは俺のものですからね」

 制約の魔法を外す鍵は今もこの右手にある、彼女が離れたいって言うなら外すけど。
 と言うかまだこれ外す気……、あーどうだろう。
 まだ自分の意思で付いてくるような気がしないしなぁ。

「キュネイラさんは離れたいんですか?」
「……いえ」

 先ほどと随分違う声色、視線を向ければキュネイラさんは左手で顔を抑えていた。
 呼吸も不自然に震え、整っていない。

「………」

 その姿を見て言葉を失う、顔と押さえる左手の隙間から流れ出てくる水。

「……っ、申し、訳……」

 グスンと、鼻をすするキュネイラさん。
 何で泣くのかわからない、心の琴線に触れるようなことでも言ったのか?

「済み、ま……」

 手で拭うも溢れる涙は止まらない、拭うたびに顔が濡れるのにまた拭い続ける。
 風で声を遮っているとは言え、廊下の往来で一組の男女、それも女の方が泣いている状況など注目を集めるに十分。
 とりあえず持たされていたハンカチをキュネイラさんの顔に当て、そそくさと歩き出した。








 『第二十八実習場』

 教諭が指定した場所、余計な装飾が無い丈夫な実習着に着替え、目元と口元に線の入ったフェイスプレートを付けて待つ。
 その名の通り実習に使われる領域、森と草原と平原の三つを含んで存在する。
 唯一つの実力検査のため、予定されていた授業を全てキャンセル。
 予想外だったとは言え、予定より早く事が進んだ。
 喜ぶべき事であり、私が強くなる為の一歩が目の前に現れた。

「フッ……」

 自然と笑いが出る、アルメーが師事して貰っている人物とはどのような人か。
 私が得られなかった首席入学、軟弱な男でありながら掴んだアルメー。
 アルメー本人にそこそこの才能は有るだろうから、そこまで叩き上げた人物は優秀なのでしょう。
 予想以上に素晴らしく優秀なら、師事を請う事も考えておかなければならない。

 無論アルメーに打ち勝ってからの話だけど、学力と魔力だけで決まる順位など当てにしない。
 戦いとは技術を必要とする、どう見てもアルメーは研鑽を積めたような年齢ではない。
 魔力量が同程度だとしても、技術が無ければ圧倒できる。
 戦う事に向いていない男であるから、そう言った面ではかなりの不足があると見る。

 正しければ大方勝てるでしょう、だけど油断する事は何に置いても敗北を齎す。
 だから全力尽くす、そうして勝ちを収めて紹介を得る。
 男だからと言って手加減する気にはならない、何かを得るためには何かを犠牲にするものだから。
 私が得る力のために、アルメーには敗北を受け取ってもらいましょう。
 そうして笑みを深めて見る、それなりの速度で走ってくる灰髪と黒髪を。

「アルメー! グレンマス! 規定内とは言えもっと早く来ておけ!」

 叱られる二人を見て笑う、すみませんと謝るアルメーは特に弱々しい。
 学力と魔力だけと、正直十全な戦いをこなせるようには見えない。
 並ぶ1-1のクラスメイトに合流し、それを確認してから教諭が口を開いた。

「全員揃った所で始めよう、まずは徒手格闘から見る」

 徒手格闘、素手による格闘。
 最も得意とするそれが一番に来た、高まる気持ちを押し堪えつつ。

「先生、よろしいでしょうか」

 ……グレンマスが私より早く手を上げる。
 内心で舌打ち、何時も割って入ってくるグレンマスが煩わしい。

「徒手格闘のお相手、ヴォーテルポーレスを指名したいのですが」
「グレンマスッ!」

 ここに来てまだ邪魔をする、いい加減我慢の限界を迎える。

「どうせアレン様とやるつもりだったのでしょう? ならば先に私と決着を付けるのはどうかしら?」
「……良いわ、力の差を思い知らせてあげましょう!」

 お互い睨むように見る。
 ここで叩き潰しておき、口を挟ませないようにしておかなければ、今後も調子付いて割り込んでくるはず。

「ふむ、二人とも、こっちへ来い」

 教諭が呼びつける、従わないわけにも行かないから睨み合いを止め、教諭の前に歩む。

「気に入らんからと言ってあまり確執を持つな、どちらもある程度妥協しろ。 殺気立つほどの悪感情は数多のものを鈍らせる、冷静に相手を捉えろ」
「教諭、一々割って入ってくるような相手に好意を持つなど、極めて難しいですわ」
「同感ですわね、自分の事しか考えていない程度の低い相手なら特に」

 また視線をぶつけ合う。

「そうか、なら手始めの徒手格闘はグレンマスとヴォーテルポーレスにやってもらおう」

 そら来た、こいつは叩きのめす。
 負傷者用のベッドに叩き込んでやる。

「障壁や魔法の使用は無し、認めるのは魔力による身体強化のみだ。 ──存分に殴り合え」

 教諭が宣言すると同時に、お互いの拳が顔面へと叩き込まれる。

「ッ!」

 同時、かなりの魔力を身体に込めたと言うのに飛んだのは私だけ。
 大きく飛ばされ着地、痛む頬をヘッドギアの上から擦りつつグレンマスを見る。

「フフ、今日の私は一味違いますわよ。 ……我が身の恐ろしさ、その身にとくと刻み込んで見せましょう」
「たった一味違うだけで勝てると思わないことね」
 
 痛む頬を擦って息を吸って吐く、魔力を巡らせてグレンマスへと視線を向ける。
 先手はこちら、後手に回る気など無い。
 ステップを刻む、乱すことなく何時ものペースで行けば良い。
 一歩、過剰な魔力は不要。
 狙いを定め、爆ぜる様に飛び出す。

「耐えて見せなさい、グレンマス」

 踏み込む、地を凹まし目前。
 低姿勢からの、地に擦るような位置から跳ね上げる拳、弧を描いて顎を叩き上げる一撃。
 グレンマスは対処できない、私のスピードがグレンマスを上回って捉える。
 直撃、意識を刈り取った。
 そう思い至る感触は完璧、障壁もない顎にこの一撃は──。

「──ッ!?」

 確信を得たと同時に突き抜ける重い衝撃、叩き込まれたのは拳。

「耐え、ましたわよ」

 ミシリと腹部、抉り込む左拳。
 体がへし曲がり、内に溜めた息が口から逃げ出す。
 斜め上を向いたグレンマスの頭、見下ろす視線は力を失ってはいない。
 マズいッ!

「耐えて見せなさい、ヴォーテルポーレス」

 逆転、一撃で足を奪われ致命的な隙を晒す。
 そして背中に衝撃、視界が乱れに乱れて黒く染まる。

「……とても素晴らしい攻撃でしたわ、こんなにも足に来る打撃など久しく。 いつもの私なら意識が飛んでいたのでしょうね」

 薄暗い視界、見えるのは地面だけ。
 うつ伏せ、やられた、受けの姿勢、損なった。

「初ですもの、お互いのスタイルを確かめておくべきでしたわね」

 私は、次に来る衝撃に意識を手放した。








 容赦ねぇ……。

 実習場の一角で行われた戦い、双方合わせて攻撃回数は五回だけで決まる。
 最初の顔面へのパンチに、接近してキュネイラさんの顎を叩き上げたヴォーテルポーレスさん。
 それに耐え切ったキュネイラさん、反撃でヴォーテルポーレスさんの腹に一撃を加えて、追撃で背中への肘。
 耐え切れず叩き落されうつ伏せに倒れこむヴォーテルポーレスさん、そして止めにその背中を踏みつけるキュネイラさん。
 その踏みつけもうつ伏せに倒れているヴォーテルポーレスさんの手足が跳ね上がるような、ドゴンと音を立てる半端ねぇ衝撃のストンピング。

 ありゃ障壁が無いし地面と挟まってるし、ダメージが殆ど入ったんじゃないか?
 てか、障壁無いから攻撃当たるとモロにダメージが入るからなぁ。

 基本拳を何発も当て合うような戦いにはならない、そうなるのは障壁があってこそ。
 衝撃を軽減するそれが無ければ何発と耐えられるものじゃない、だから双方合わせたった五回で終わった。
 魔力で強化された体は強い、だがその強化された体から放たれる攻撃は肉体の強度を上回る。
 全力で殴れば、殴った方も殴られた方も骨が折れる、それを防いでいるのも障壁だ。

 魔力で強化された肉体、その強すぎる力で崩壊するのを防ぐのもやはり魔力。
 両面保ってこそとんでもない能力を発揮出来るって言うのに、まぁ本人の技術だけを見るものだからしょうがないか。

「そう大差など無かったはずだが……、グレンマスは随分と調子が良いらしいな」

 ふむ、と頷きながら先生。
 ……ああ、確かに魔力量が上がってたなぁ。
 そんなに嬉しかったんだろうか、人間だったら嫌がられるかもと思ったんだけど……。

「気絶してるな」

 そう言って先生が飛んだ、100メートルくらい離れていたのに3秒くらいで一っ飛び。
 倒れているヴォーテルポーレスさんを肩に担ぎ、二人に治癒魔法を掛けて戻ってくる。

「アレン様! 勝ちましたわ!」

 戻ってくるなり飛びついてくるキュネイラさん、俺は華麗に避けた。
 避けられた事に不満を漏らさず、嬉しそうに寄ってきた。

「これで賭けの話は無しですわね、私に勝てないならアレン様に勝てる道理がありませんもの」

 とか言って爆弾を落としてくれる、これが無きゃ悪くないんだけどなぁ。
 それを聞いたクラスメイトはやっぱりざわめく、あの戦いは短くはあったが結構な力を込めた戦いだし、俺がアレ以上の動きを出来るとな。
 つーか、無しにされたら計画が……成功するか分からんけどさ。

「ミス・ヴォーテルポーレスの敗因としては足を止めた事でしょう、そうでなければ逆の結果が順当でした。
 見るにミス・ヴォーテルポーレスは足を使った機動戦を好んでいたのでしょう、一方グレンマスは攻撃を受け流しての反撃狙い。
 一撃で意識を奪う事を選ばなければ、グレンマスは削り嬲られていた可能性が高い。
 あるいはグレンマスの顎を打ち抜いた時、次撃で首やこめかみに打ち込んでいれば意識を刈り取れていた可能性が大きいと思われます。
 現に顎を打たれた際グレンマスの動きが僅かに止まりましたから、それで見せた油断が命取りになったと言うところでしょうか」

 そう言ってガーテルモーレさん、なんか解説役になっていた。
 何人かなるほど、と頷いていた。

「ガーテルモーレが言う通り、鋭い一撃をお見舞いしたからと言って攻撃を止める理由にはならない。 基本相手が倒れ動かなくなるまで攻撃を加えろ、先ほどのグレンマスのようにな」

 ちょっと離れている所にある実習場の建物、簡易ベッドとか置いてあるあそこにヴォーテルポーレスさんを置いてきた先生。

「さて、次は……バデントートとギネーフォレルテン!」

 先生は名を呼び、呼ばれた人は返事をして前に出る。
 そうして先ほどの二人のように戦いへ、可憐な少女たちが皮膚が裂け骨が折れる殴り合いを始める。
 この世界ではごく平凡なやり取りを見つつ、戦う相手は誰だろうかと考えていた。



[17243] 33話 睨まれながらも考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/06/09 05:36

 中々激しいバトルが繰り返されている、と言ってもラッシュ比べとか起こってはいない。
 二、三発のパンチやキックで吹っ飛んで気絶とか、クロスカウンターが決まってダブルノックアウトとか。
 血が飛んでキャーキャー言うような軟弱な人は居なかった。
 貴族は戦場の前線に立つべきだと言い聞かされてるだろうし、血が出た、骨が折れたで喚く人マジでいねぇ。
 大人しそうなライグスさんも勇猛果敢にストレートとかハイキックとかしてたし、魔人の社会観だと全然可笑しく無いんだよなぁ……。

 見てて飛び跳ね駆け回り、空を切る拳撃や蹴撃を繰り出して戦うその姿は違和感を齎す。
 イメージにそぐわない、なまじ美形ばっかりだからか。
 男が女を守るって古い考えか、社会観的に逆だから違和感を感じるのか。
 どうせそんな事ばっか考えてると、どこかで絶対痛い目見るから容赦を無くさなくては。

「あらら、今の掌打は良い打ち筋ですわね」
「ですね」

 パンチを受け流し、返しに腰から捻り込んだ掌打で顎を横から打つ。
 脳が揺れたのか、膝から崩れ落ちるクラスメイト。
 その崩れ落ちる相手を支え、倒れないよう抱き止める。
 そうして先生が飛んで行き、治癒魔法を掛けて建物へ運んでいく。
 大体はそんな感じ、気絶の種類は吹っ飛んだり今のように膝から崩れ落ちる二種類が殆ど。

「……アレン様、もうお気づきでしょうが」
「ですねぇ、もう一人しか残っていませんし」
「そちらも気になりますが、別の事です」

 あれね、俺の対戦相手じゃなくてあの建物、保健室……違うか、救護室?
 建物の名前はどうでも良いけど、その中に居る人たち。
 特にあの人からの視線が半端ねぇ、ガラス越しにビンビン来てます。

「良いんじゃないんですか? 負ける事も勉強になると聞いた事ありますし」

 ガーテルモーレさんの解説通りなら、自分の失敗に気が付いて反省できるだろう。
 斯く言う俺もアッパーが当たった時に終わったな、と思った口。
 上機嫌のキュネイラさんの底力を思い知った、上機嫌じゃなかったらあのアッパーで終わってただろうに。
 気分や感情は魔力と密接な関係がある、調子の良し悪しと同じく、気分が良かったり感情が高まっていれば魔力の量や質が一時的に上昇するわけで。
 実習着に着替える前のあの話でキュネイラさんが気分を良くしたって話、そのお陰でアッパーによる意識の喪失、気絶せずに耐え切れたと。

 まぁそんなのはどうでも良い、今の問題は俺の戦い。
 勝つも負けるも手加減は絶対に必要だ、あまりにあっさり負けたら間違いなく不審がられる。
 先生ってばかなり強いのよね、魔力量もキュネイラさんやヴォーテルポーレスさんより多い、もしかしたら俺の量に届くかもしれない。
 1-1で強い奴とやっても余裕と見る、二対一、三対一でも勝てる可能性が大きいと思う。
 そんな先生から見て、あっさり負けると手加減しているのが見抜かれる可能性はたっぷりある。

 制限プレイで動きに違和感が出ないか、そういう話。
 常日頃魔力は抑えてる、レテッシュさんと会ったの時のように少なすぎてばれないようにちょこっと漏らしてる。
 日常的に少なすぎて違和感を感じる、と言う事は無いだろう。
 何度も試した最大出力の魔力強化で慣れた体、一定量でどれだけ動かせるか。

「やりますか」

 軽く息を吐いて、魔力を体内で回しておく。
 まぁ軽い魔力の準備運動だな、そうしていれば先生と視線が合う。
 一秒ぐらいか、すぐに視線が別の人、つまり俺の対戦相手に向けられ。

「アルメーとガーテルモーレ!」

 お呼びが掛かる、相手は一つ一つの戦いを細かく説明していたオレンジツインドリル、もといガーテルモーレさん。
 視線が交差して頭を下げられる、同じように頭を下げて絡められていた腕を外してもらう。

「……手加減を」

 小さく、辛うじて聞こえる声でキュネイラさん。
 しますよ手加減、そう言えばキュネイラさんに全力見せてなかったなぁ。
 今でもキュネイラさんの二倍位しかないって思ってるだろうし、いつか全力見せておいた方が良いのかな。

 






 僅かに乱れている黒髪、始めに切り揃えてそのまま髪を伸ばしたような印象を受ける少年。
 艶やかと言って良い黒は日の光を受けて、対極の白を髪に映す。
 今年度の新入生で首席入学、これだけなら大きく目立つ事も無かったでしょう人物。
 貴族専用でありながらも高い偏差値を誇り、非常に狭き門のヴェンテリオール学園。
 その人物は今までの常識を大きく覆した、入学試験を史上最年少でありながら首席で通り抜けた──男性。

「宜しく御願いします、ガーテルモーレさん」
「こちらこそ、ミスタ」

 学力と魔力、そのどちらもが優れていると認められての首席。
 今感じられる魔力は少なくとも私と同等はある、男だからと言う理由はこの少年には通用しない。
 既に証左は学園側が提示している、現にグレンマスがそれを発言し、学園側はそれを否定しなかった。
 本人も首席だと聞かされているようで、ミスタが首席入学者だと言うのは間違えようの無い事実でしょう。

「分かっているだろうが、どちらかが気絶するまで行う」

 学力はともかく、総魔力量は戦闘に際し重要視される項目の一つ。
 多ければ多いほど戦闘能力と戦闘可能時間の上昇を見込める、ミスタがどれほどの魔力を持っているか未だ分からない。
 ヴォーテルポーレスも目の敵にするほど気にしていたようですし、私自身も気にならないと言えば嘘になる。
 グレンマスが言っていたように、自分より強いと言い切るのであれば、身体強化だけとは言え私が勝てる可能性は低い。
 例えそうだとしても、ここは勝敗では無くミスタの能力を確かめるのを優先した方が良いかもしれない。

「それでは、始め!」

 先生の号令と共に後退、広い平原へと向かい二度三度飛んで距離を取る。
 ミスタは構えを取っているが、追いかけてくる素振りは見せない。
 そこで先生に話しかけられて背中を叩かれ送り出される、そうして走り出して、私の後退速度の倍近い速度で突っ込んできた。
 見る間に距離を詰められ、握った右拳を引き絞る。
 予想以上の速さに驚きながらも放たれた腕を髪にかすらせつつ潜り、そのまま腹部に右拳を槌に見立て水平に打ち込む。

「ふガッ」

 めり込む拳、苦しみに漏らした声を耳に入れながら、追撃に左のストレートを打ち込もうとして。

「ッ!」

 浮いていたミスタの右膝が顎に向かって跳ね上がってくる、避けるために上体を逸らして後方回転。
 その際残した右足をミスタの顎に蹴り込み、さらに回転して離れる。
 距離的には全力で踏み込んで2秒と言う位置、動き出したのを確認してからでも十分対応できる。

「……いてぇ……」

 見れば膝を着いていたミスタ、髪色と同じく黒い双眼で私を捉え、一度息を吐いて何事も無く立ち上がってきた。
 ……それなりの力で攻撃を加えたのに、気絶には遠いが多少なりともふらついていても良いはず。
 スピードは中々、見た所耐久力もあると推測できる。
 もう少し確かめてみましょうか。
 足に魔力を込め水平に飛ぶ、それに合わせてミスタも突っ込んでくる。

 突っ込んでくるスピードはやはり速い、打ち出す拳も速度の乗った十分なもの。
 当たれば悶絶必至の一撃、ですが……。

「甘い」

 見切るに容易い軌道、至極簡単に捌き、懐に滑り込んで再度同じ場所へと右拳の槌。
 魔力を溜めた一撃、先程のよりは威力が高く吹き飛ばすには十分。

「なっ」

 ドン、と音と共にミスタが離れだし、背中に衝撃が押し掛かる。
 それは左肩から右脇腹へと回される右腕、上から無理やり抱きしめられる体勢。
 私を手掛かりにする事で自分だけ吹き飛ぶのを防ぎ、あまつさえ体勢までも崩す。
 受身も取れず土煙を上げて転がり、回転が止まった時には間近で視線が交差する。
 よくも体勢を……、一撃を耐えて自分の攻撃の起点を作るためならば感心せざるを得ないですこと。

「………」

 当てられないなら必ず当てられる状態に、ダメージと引き換えに必中を。
 明らかに不器用、ですが攻撃に耐えられるのであれば悪く無い選択。
 だけど、それは自身が上を取れると言う確信があればこそ。
 敵が上、自分が下と言う最悪を招かない技術が必要。
 見下ろす私と見上げるミスタ、腕を足の下に押し込めて攻撃手段を無くす。

 マウントポジション、右腕を引き絞りその顔へと狙いを定める。

「一瞬ですわ」

 確信、確実に打ち込めると言う感覚を信じて腰を捻る。
 魔力と力を込めた右、打ち出した拳はそのまま吸い込まれるようにミスタの頬へ。

「ッグ……」

 ゴヅンと音を立てる、ミスタの頬は……。

「………」

 大きな青痣が見る間に出来ていっているとは言え、予想以上にダメージが少ない。
 このまま左も捻り打ち込むも顔を大きく揺らし青痣が出来るだけで、その瞳からは光が失われる兆しが無い。

「何故」
「……何故? 単純ですよ」

 足で抑える腕を簡単に引き抜かれ。

「もっと威力のあるパンチで、殴られたことがあるからですよ」

 すばやく伸ばされた左腕で、右腕を掴まれた。
 振り解こうとするも力が強く、逆に押さえつけられる。

「まぁ、それで打たれ強くなったとかそんな話じゃないですが」

 再度左、振り込む拳を頬へと狙うも右の拳で打ち返される。

「あぐっ!」

 小気味良い音と共に拳と拳が打ち合い、中指の骨が折れ肌を突き破って飛び出す。

「何故!?」
「分からないんですか?」

 打ち合った私の指は折れ、ミスタの指は折れていない。
 込める魔力が足りなかった? でも私の方が多いのに……。

「フアッ!?」

 背中に衝撃、背骨に電撃が流れたような痺れ。

 膝? 背中を蹴られた!?

 息が漏れ、堪らず前屈みになり顔が下がる。
 顔が近づき乱れた髪がミスタの顔に掛かり、黒の瞳が私の顔を映した。

「ほぼ同じ量で優劣を決めるのは?」
「……ッ、質……!」
「半分当たり」

 天地が逆転する、痛みで動きが鈍り、辛うじて受身を取って転がった。
 ブリッジで跳ね上げられた?

「……半分、とは」

 うつ伏せから何とか上半身を上げ、既に立ち上がっていたミスタへと問いかける。

「同じに見えて同じじゃない、それだけです。 立てますか?」
「無論……!」

 膝を立てて腰を浮かし、震える腕で何とか体を支える。

「種を知りたいですか?」
「……いえ、考えれば検討が付きました」
「ガーテルモーレさんは出来ます?」
「いいえ……」

 震える足に活を、魔力を込め立ち上がる。
 構えようとするも腕が重石を付けたように重く鈍い。

「これだけじゃないんですけどね」
「……良く、そんなことが出来ますわね」

 未だ背中から痺れが抜けない、お陰で辛うじて立っていることしか出来ない。
 体が上手く動かせない、この状態で満足に戦いなどできない。
 予想以上、道理で手応えがあるのにダメージが少ないミスタ、障壁が無い状態でのダメージを減らすために一点集中の強化を施したと……。
 魔力の一点集中、細かな制御と瞬発的な魔力流動、その二点が求められる技術。
 試合とは言え実際にやってのけるなんて……。

 それだけなら相打ちもありえる、だけど私だけが打ち負けた。
 一点集中以外にも何か種があると言う、それが考えても分からない。

「他のは……、勝てたら教えますよ」

 鋭い踏み込み、私より早くヴォーテルポーレスに匹敵する速度で迫り、拳が腹部へと打ち込まれ。

「──ハッ」

 突き抜ける衝撃、肺から息が抜け、それが止めとなって足から力が抜ける。
 そんな崩れ落ちる私の体を支え、ミスタに抱きしめられる。

「……ふっ、負け、ましたわ」

 ミスタにもたれかかり、指一本動かせないほどダメージがある。
 そうして肩に乗せた顎、耳元で囁くように。

「……ミスタは、常識を覆す事ばかりですわ」
「確かに」

 高揚が見られぬ声で中位治癒魔法の呪文が聞こえた。
 瞬く間に身体の痛みが引き、不足無く体の勝手が戻ってくる。

「……一つ聞かせてください」
「何ですか?」
「最初の動きは誘いだったのですか?」
「……いえ、素でした」
「……てっきりあの体勢へ持っていくための布石かと」
「戦い方の訓練なんて半年ほど前に始めたばかりですよ、技術なんて付いてるはずも無いです」

 障壁と魔法無し、武器も無しの徒手格闘。
 同じ条件下でありながら、結局は私が動けなくなる程のダメージを負い、ミスタは目立った傷無く動く。
 その上戦い方を学び始めたのが半年前? 何十年もの訓練のアドバンテージを覆す。
 男と言う不利な条件を無い物が如く、グレンマスが入れ込むのも理解できる。

「ユゥゥリィィィィィィ! アレン様から離れなさい!」

 そんな中、絶叫ながらグレンマスが走り寄ってくる。
 言われて気が付き、ミスタから離れた。

「アレン様! 何か変な事はされてはおられませんか!?」

 ミスタに纏わり付きながら、治癒魔法を掛け始めるグレンマス。
 その表情は心配だったり、私を見て怒っているような表情だったり。

「……グレンマス、その様な言い方はやめた方がよろしいわ」
「黙らっしゃい! 傷ついたからってアレン様に抱きしめてもらうなんて!」

 グレンマスは地団太を踏み出しても可笑しくないほど、悔しそうに喚きだす。

「……ミスタ、どうやらグレンマスは抱きしめて欲しいそうですから望み通りにしてあげては?」
「………」

 視線を向けて問えば黙り込むミスタ、視線をグレンマスに向けた後。

「不利な事を発言したのでお預けで」
「!!」

 真顔でそう言い、言われたグレンマスはその場に崩れ落ちた。
 その様子を見て呆れ、腕を取って引っ張るもふにゃりと立つ様子を見せない。

「……全く、実習が進みませんから立ちなさい。 先生も呆れてますわよ、叱られない内に戻りませんと」
「置いていきましょう」

 簡単に言って背を向け歩き出すミスタ、言われて顔を上げるグレンマスはよたよたと立ち上がり。

「置いていかないでくださいまし、アレン様!」

 縋り付くように追いかけ、ミスタの腕を取って並んで歩く。

「……はぁ、全く」

 溜息を吐きつつ後を追って歩き出す。
 全く持ってあの子は、そんなに好きでしたらもっと考えて発言なさい。
 そう考えながら、並んで歩く二人の後ろ姿を見た。



[17243] 34話 ぶっ壊しながらも考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/05/18 03:49

 殴り合いも終わった、殴られた怪我も治った、さあ次だと言うわけで。

「次は魔法だ」

 先の徒手格闘で気絶した人たちも復帰し、先生を前に整列している。
 覇気と言うか、直感的にこの人は厳しいだろうと感じるオーラを出している先生。
 見渡すように鋭い視線を向けられ、自然と姿勢を真っ直ぐに正してしまう。

「攻撃、補助、治癒、大別してその三つ。 計るのもその三つ、こちらは対戦ではなくダミーなどに撃ってもらう」

 上位攻撃魔法が当たればただではすまない、込める魔力量にもよるが最低でも障壁を吹き飛ばし四肢の欠損は免れないだろう、直撃食らって死ななかったらすごく運がいいというレベル。
 魔法とは魔力運用を効率化したもの、意図通りの効果を発揮するために組まれたモノだ。
 攻撃なら破壊力を、補助なら隠蔽に捕縛と支援などを、治癒なら文字通りそのまま。
 魔力波が原始的で非効率と言われる所以を魔法は作り出した。
 だったら効率化された攻撃は狙い通りの効果を発揮するわけで、本物の殺し合いでもなければ人に向かって撃つものじゃない。

「ではダミーがある場所は向こうだ、付いて来い」

 見回して言うそれに返事をして、ぞろぞろと先生に付いていく。

「………」

 当然のように腕を組んで隣を歩くキュネイラさん、そう言った事を狙ってやっているんだろうけど。
 つまり腕を組むと言う事は、両手を添えるように俺の左腕に当てて体を寄せると言う事。
 それはまあいい、カップルじゃないけどカップルには良くある光景だ。
 だったら注意すべき所はどこか、二の腕に当たるやわらかい感触にでも神経を集中……ではなく。

「歩き難いので離してもらえますか」

 キュネイラさんを見ずに、正面を向いたまま歩き続けて言う。
 腕を組んでくるのはまあいい、キュネイラさんの場合は重心をこっちに寄せ過ぎて歩き難い。

「ご、ご迷惑でしたか……?」

 恐る恐ると言った感じで、キュネイラさんが視線を向けてくる。

「座ってる時とかは良いんですが、そんなに寄り掛かられると歩き難いので」
「申し訳有りません……」

 と謝って重心を自身の方へと戻し、歩きやすくなるが。
 それでも腕を放すと言う選択肢は無いようで、俺の腕に手を添えている。
 こんなにべったりくっ付いてくるのは、多分あの話でこうなったんだろう。

 ……考えれば超恥ずかしい、俺のものとか言われたら絶対引くぜ。
 だと言うのに『嬉しい』とか、喜ぶ感性、考え方が全然わからねぇ……。
 あるいは魔力ポの威力か? それはそれで『俺』じゃなくて『俺の魔力』が好きと言う事で空しいが。
 この世界はそうであると割り切る、と言うよりも前世の常識など糞の役にも立たないとより思い直した。

「そういえば、キュネイラさんは魔法はどれ位使えます?」

 次の検査もあるし気になった、比べる対象が俺より上の人たちばかりだったから。

「基本はすべて、中位はある程度使えますが上位は未だ手が届いていません」

 なるほど、中位でも結構難しいのか。
 俺が中位攻撃魔法を使えないのは難しいと言う理由と言うのはありだろうな、と言うかありであって欲しい。

 ……新しい魔法欲しいなぁ、攻撃魔法は相変わらず進まねぇしさ。
 呪文よし、魔力よし、だと言うのに発動しないのは一番必要なものが足りていないからか。
 恐らくは才能、下位の攻撃魔法までしか覚えられないと言う枷。
 治癒や補助系の魔法はあっさり中位まで覚えられた反面か、攻撃魔法は全然と言って良いほど進展しない。
 本気で原因が分からない、先達の母さんやレテッシュさんも原因が分かりかねている。

 才能が無いんだよと考えた方がしっくり来る。
 ……こんな所でバランス取ってたりしてるのか? 治癒や補助系が優れている代わりに攻撃系はとんと駄目。
 才能がバランスブレイカー、思いっきり傾いている天秤じゃなくて全才能が振り切れているタイプが良かった。

「アレン様は如何程お使いになられるので?」

 向けてくる視線はきらきらと、さぞすごい魔法を使えるのだろうと期待の篭った瞳。

「攻撃魔法はあんまり使えませんよ、補助系はそれなりですが」
「そうなのですか?」
「そうなんです」

 俺、後方支援のほうが好きなんだ……。





 教科書の知識だけではなく、各個人の実際の使用経験から魔法の感覚を聞く。
 勿論自分と他の人の使用感覚が同じと言う事は無い、他者の使用感覚を教わることは先入観によって自身の感覚での使用を阻害する事になる。
 その点で言えば俺はもう駄目かもしれない、実物の魔法を見せてもらい、使ってみようとイメージするのは他の情報。
 つまり前世で見聞きしたイメージ、ゲームや漫画での情報を起点としている。
 それを無くして、と言うのも非常に難しい。

 そもそも下位攻撃魔法はゲームや漫画の情報を起点として正しく発動している、だからこれが一概に間違ってるとは言いきれない事実もある。
 もしその情報を無くして発動させると言うのは、間違いなく『俺の感覚』で魔法を行使しているって事。
 借り物のイメージで上手く動いているのに、今更自分のイメージで行使しろと言うのもきつい。

「ターゲットに向かい平行して整列!」

 到着すればはっきりとした、大きな声で号令。
 人の形をしたダミーターゲットが横一列に並ぶそれを見て、同じように平行して並ぶ。
 距離は50メートルほどか、下位攻撃魔法でも十分すぎる位置、平均的な射程距離で考えれば近すぎると言って良い。

「下位炎攻撃魔法詠唱準備!」

 誰か使えない者はいるか、などの確認は一切無し。
 魔力量が多かろうが少なかろうが、貴賤関係なしに魔人なら誰もが覚える下位属性攻撃魔法。
 生徒各々が集中出来る立ち方、足を肩幅に開いていたり、両手を胸元に置いていたり。
 それを見る俺はただの棒立ち、別にポーズで威力が上がったり詠唱が早くなったりするわけも無いのでただ普通に立つ。

「詠唱開始!」

 クラスメイトたちが並ぶ列の後ろから、先生が更なる号令。
 それと同時に四大元素を基礎とした下位属性攻撃魔法、その四種の呪文が口語にて紡がれて行く。
 それを聞いている俺は既に溜めて準備完了、込める魔力は少なく飛ぶ速度もそれなりに抑える。
 ストックも四種で装填済み、呪文を適当に呟くだけで、本当なら今すぐにでもぶっ放せる。
 待っていればクラスメイトたちの詠唱が終わり、先生が幾度目かの号令を下した。

「放て!」

 色や速度はまちまちだが、赤く燃える火の玉が飛翔しターゲットへと突き刺さって爆発する。

「次、下位水攻撃魔法詠唱準備!」

 僅かに揺れるダミーターゲットは焦げ付いただけ、防御も何も無い状態で当たれば大怪我間違い無しの攻撃魔法にただ焦げ付き僅かに揺れるだけ。
 結構堅いのねと思いながらも、横目で並ぶクラスメイトたちを見る。
 額に手を当てる者、顔の前で指を組む者、実戦じゃそんな暇ないんだけどな。
 正面切って迎え打ち退けられるならともかく、接近されて牽制とかに魔法を使う時そんな事してたらばっさりやられるぜ。

「放て!」

 三日月の形をした水が現れ、表面を超振動させつつ威力を現す。
 合図と同時に撃ち出し、カッ飛んでいく『〈水よ沸き出で敵を断て〉ウォーターエッジ』はダミーターゲットに切り傷を刻んだ。
 うげ、そんなに魔力込めてねぇのに……。

「……なるほど」

 しっかり見られていました、まぁ見ているのは当たり前だけど。
 炎と水の二回、それでダミーターゲットに傷を刻んだのは俺を含め数人、得意属性だろうから傷を付けれたのか。
 と言う事は俺の得意属性は『水』って事か? 体感的には他の属性と全然変わらないんだが。

「次、下位風攻撃魔法詠唱準備!」

 何事も無かったかのように続けて先生が言う。
 まぁ検査だからか、どういった特性があるか確かめておくんだろうけど。

「放て!」

 装填済みの魔法に指向性を与え、実体化して飛んでいく風の矢。
 イメージ的には野球のティーバッティング、あるいはゴルフのボールに対するスイングか。
 弾かれ風を切って飛び、ダミーターゲットの、水の刃で抉った箇所に鈍い音を鳴らして突き刺さった。
 ダミーターゲットの、人で言う胸に突き刺さって砕けた破片が散る。
 脆くなってる所に撃ち込めばこうなる、相手が高速で動いてたら絶対に上手くいかないだろうがね。

「よし、次!」

 拳大のでこぼこした球体、直径10センチほど。
 魔力で起因する物質、科学的に言えば物質ではない魔力が元素変換によって見て手で触れる物質に変質した物。
 そんなことが可能なのかと言えば、ファンタジーだから、魔法だからと物理学者が聞けば激怒するだろう現象なのは間違いない。

「放て!」

 号令と共に飛ばす、剛速球より速く、時速300キロは出ているだろう弾丸がダミーターゲットにぶち当たる。
 ガリンと、ガラスが割れる音を鈍くしたような、少々耳障りな音を鳴らしてダミーターゲットが抉れた。
 右胸辺り、肩ごと抉って右腕が吹き飛ぶ。
 ……やっぱ魔法ってやべぇ、ダミーターゲットって堅い金属っぽいし、人間……いや、障壁を纏っていない魔人でも簡単に死んじまうぞ。

「……見事だ、ここ数十年下位でターゲットを砕いた者など居なかったぞ」

 とか先生は唸って言ってくれた、それを聞いてクラスメイトたちはやっぱりざわめく。
 よし、落ち着いていこう、壊れてなんぼのダミーターゲットじゃなくて、傷を付けるのも中々難しい物だったからと言って慌てるべきではない。
 パッと浮かんだ言い訳に言葉を付け足して、納得できそうな物へと組みかえる。

「……これだけしか出来ませんので」
「これだけ出来れば文句など早々付けられんが」
「そういう意味の『これだけ』じゃなくてですね、下位攻撃魔法しか使えないのでこればかり磨いてきました」

 真実を混ぜる、下位しか使えない事は100%本当の事だから怪しまれても問題は無い。
 使おうと思っても使えない、手加減して使わないより真実味が出るだろう。
 本気を出せと言われても、炎は爆発し、水はずぶ濡れに、風は砂埃を舞い上げ、土は砕けた石の雨となって降り注ぐ。
 冗談半分でやれることじゃない、ここで信じてもらえなくても真実だから追々信じてもらえるしな。

「中位が使えないと?」
「はい、才能が無いんでしょうね」

 自身と合わない属性で使えなかったり、俺みたいに大きな魔力を持っているのに上位攻撃魔法が使えなかったり。
 そう言う人たちが実在するので、嘘だと指摘される事も無いだろう。
 逆に、魔力が少ないのに容易く上位魔法をぶっ放せる人も居るから、おそらくは才能の有無によって決まるんだろう。

「そうだとしてもだ、威力と速度、共に及第点を与えられるだけの物だ。 戦いは特殊な状況でもなければ一撃必殺には成り得ない、創意工夫によって中位の魔法が使えなくても強いものは五万と居る」

 だから誇れよ、お前の魔法はそれだけの価値がある。
 そう太鼓判みたいな評価が飛び出した、そう言っていただけるのは嬉しいんですが……すみません、全力じゃあないんです……。
 魔力を押し込めば中位並みの威力を持たせることも出来るだろうが、対費用効果が中位魔法と比べてがた落ちする。
 中位並みの威力に引き上げた下位の使用魔力で、平均的な中位攻撃魔法が数発撃てる。
 魔力が多いとは言え休息を取らないと魔力は回復しないし、ここぞと言う時で無いとまずは使えないだろう。

「使えない原因は考えたか?」
「はい、魔法に詳しい方に聞いても、恐らく使えるだけの才能が無いという判断をいただけました」
「そうか、ならば使える物を限界まで磨け。 その磨いた分だけ輝きを放つだろうからな」
「はい」

 先生の言葉に頷く。
 中位攻撃魔法は切り捨てて、他の魔法に労力を割くべきか。
 俺は今後の魔法運用に考えを巡らせていた。










「………」

 そう言う事もあるでしょう、事実私も水の魔法は得意とは言えない。
 アルメーが攻撃魔法の才能無しと言っても驚くべき事ではなかった、姉様だって土の魔法は下位までしか使えない。
 見るべき所はアルメーの才能ではなく、下位攻撃魔法で砕かれたダミーターゲット。
 私が一番得意とする炎の攻撃魔法でも軽く焦げ目を付けるだけ、後に撃ち出した水、風、土の三つを撃ち当ててもアルメーのように砕ける事は無かった。
 それは私だけではなく、他のクラスメイトたちも同じ。

「……ガーテルモーレ、アレをどう思う?」
「ミス、アレと言うのはお止めなさい」
「アルメーのことじゃ無いわよ、壊れたダミーターゲットのことよ」

 隣に並ぶガーテルモーレに問いかける。
 視線を送る先、アルメーが下位攻撃魔法で砕いた人型のターゲット。

「……先生が言うように、素晴らしい物だと思います。 上位は分かりかねますが、中位が使えない事は残念です」

 下位をそのまま発展させられた可能性が有りますし、平均的水準を大きく上回っていた可能性も。

 と、ガーテルモーレも教諭と同じように褒めるような言葉を吐いた。

「あの下位は出来が良いのは認めるわ、でも下位だけじゃ相当なハンデになるわよ」
「ミスタの能力を見ればあの結果は妥当でしょう、そもそも素晴らしい魔力制御をお持ちのようですから」
「……なにそれ」
「ミスもご覧になっていたでしょう? 私と一戦交えた際のミスタを」
「ええ、貴女が負けたのをしっかりと」
「ミスタは私が与えたダメージを軽減していました、魔力の一点集中を用いて」

 ……そんな技能をアルメーが? 戦闘で使用出来るほどの瞬発的な魔力流動を行える?

「それだけでしたら私はもっとダメージを与えられていたはずです、それだけで大きく軽減できるほど手を抜いたつもりは有りませんし。
 他にもまだ何かを使っていた可能性も有りますから、その点で考えればターゲットを破壊しても可笑しくは無いかと」
「そんな……ッ!」

 ハッして口を閉ざす、ガーテルモーレの言葉を聞いて今なんて思った?
 アルメーの事を見て、持ち得る能力を聞いてなんて考えた?

「……ガーテルモーレ、アルメーの年齢は知ってる?」
「ええ」
「教えて、気になるわ」
「……ミス、それはどう言った意味で気になると?」

 ガーテルモーレは表情こそ変えないものの、声を若干重く変化させて問い掛けてくる。

「そのままよ、努力して得られたにしてもアルメーは若すぎる」
「……それならば、今年で十三になると聞きました」

 聞いて表情が歪んだ、あまりにも若すぎる。
 予想を遥かに下回る年齢、技術を磨く時間があると思えない年齢。
 頭に浮かぶのは『才能』、元から持つ一種の手が届かない領域に立つことが出来る祝福。
 また感じてしまった、アルメーのことを『羨ましい』と感じてしまった。
 それが悔しい、中位攻撃魔法が使えない? そんなもの時間を掛ければ下手なりとでも使えるかもしれないし、代用できる物を伸ばせる可能性だってある。
 だけど時間を掛けても得られない可能性が大きい物をアルメーは持っている、それがとても羨ましく悔しい事だと感じてしまった。

「ミス、ミスタの事は男と思わない方がよろしいかと。 私は勿論の事、貴女にも、いえ、私たちよりも優秀な方々と肩を並べられる存在だと思われた方が」
「……そんな事!」
「事実、ミスタが私たちと同等の時間を、経験を手に入れられたら我々を凌駕してくる可能性は大いに」
「………」
「ミス、教室で話していた事から考えるに貴女は彼に勝ちたい。 ならば決して侮らず、一挙一動を意識して向き合わねばならないと思いますが」

 先のグレンマスに置いても、貴女は冷静でありましたか?

 そう言って見つめてくるガーテルモーレ。
 内心苛立ちが湧き上がる、グレンマスにもそうだけど、グレンマスを通してアルメーの事を考えていた。
 簡単に乗り越えられる、膨れた慢心でグレンマスを良く見ていなかった。
 そう考えていた自分に苛立ち、情けなく感じる。

「……お分かりになられたようで、油断など捨ててしまいなさい。 それは負けを招くものであって、決して貴女に益を齎すものでは有りません」
「身に染みたわ」
「でしたら、まずはグレンマスに勝ってからですわね。 見るに、負けたままでその先に進める性格とは思えませんので」
「それも分かってるわ、要らぬお世話よ」
「節介を焼くのは嫌いでは有りませんから」

 フフ、とガーテルモーレが手を口に当て笑う。

「節介を焼かれるのはこれっきりにするわ、負け続けるのは癪に障るから」

 上から見下ろすのではなく、下から見上げて考える。
 まずはリベンジ、グレンマスを叩きのめしてアルメーへと挑む。

「ならば精進を、ミスタはグレンマスより強いそうですから」
「でしょうね、だけど必ず乗り越えて足に敷いてやるわ」

 強くなって家の役に立つと決めたのだから、この決意は決して無くなることは無い。
 色んなものを学び、大きくなって私は家に戻るのだから。



[17243] 35話 探られながらも考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/06/09 05:35

 攻守は表裏一体、攻勢に出れば守勢は引っ込み、守勢に回れば攻勢はなりを潜める。
 常に一辺倒は無いだろう、人生どこかしらで守りに付かなければいけない。
 出来の良し悪しはあれど使える事は悪くない、使えなかったら死んでいた……なんて状況があるかもしれないし。
 正直中位攻撃魔法に見切りを付けて、もっと補助や治癒に力を入れてみよう。

 そう考えつつ、飛んでくる炎を風で逸らす。
 流石に攻撃魔法を防御魔法で防げというのは危ない、と思うのは俺だけのようだ。
 先生が超手加減した下位攻撃魔法を撃って、生徒がそれを防御魔法で受ける。
 防御魔法がどれ位まで耐えれるか、撃ち抜くまでやってみよう。
 つまりは、散る攻撃魔法でおおよその強度を測ると言うものだった。

 なんと曖昧な、そう思うも強度限界を突付いてくる精度だからとんでもねぇ。
 攻撃と防御がほぼ相殺、お互いが弾けて消える。
 ほぼ完璧に消える辺り、その目利きは確かだという事だな。

「……アルメー、正面から受けろ」

 強度を測るってのは、どれ位の攻撃を受けて防御魔法が効果を失うか。
 だったら馬鹿正直に正面で受ける必要があるのかと、基本一撃で破られるかもしれないから逸らすよう斜めにしてるからなぁ。
 逸らせなくて破られても、本来の効果で威力を軽減してくれるしな。
 わざわざ攻撃に対して正面から受けさせる必要とかないね、断言してやろう。

「少し褒められた位で調子に乗ったか?」

 しかめっ面で鋭い視線、怖いので正面へと角度を変えた。

「ほんと、調子に乗ったら駄目なんですよね……」

 まぁ安全面、障壁を張っているから体まで攻撃は通らない。
 と言うかそもそも防御魔法が軽減位にしか使えないんだよなぁ。
 破壊面を重視した攻撃魔法に、治療面を重視した治癒魔法。
 攻撃に対して防御する、そう言うのじゃなくて攻撃には攻撃で、相手を上回る事を至上としてるからか防御が全然発展してねぇ。
 下位攻撃魔法が精々で、中位になれば威力を弱めるくらいにしか効果が無い。
 
 攻撃を受けて怪我をすれば治療をすれば良い、そんな考えで魔法は進化してきたんだろう。
 防御面で魔力障壁と言う便利な物があるし、発展しにくいと言うのは分かるけどさ。
 攻撃を耐え凌いで反撃を、って感じじゃないのは明らか。
 いやまぁ、当たったら防御ごと撃ち抜かれたりするから、回避重視するのは分かるけど。
 俺的には防御魔法と障壁が両方そなわり最堅に見えたりすると思うんだ、上位攻撃魔法を防いで濛々と立ち上がる土埃の中から悠々と現れたりするとすげぇ強そうに見えたりすると思う。
 「その程度か?」とか言いながらさ、俺が言っても絶対に似合わないだろうけど、レテッシュさん辺りだと似合うだろう。

「もう良いぞ」

 ちょっと現実逃避してたら風の壁が消えてた。






 えー……建物で良いや、実習場の一角にあるそこそこ大きな建物。
 そこに教材などが置いてあるらしく、治癒魔法の測定には教材を使うらしい。
 わざと怪我して治癒魔法を掛けるってのは間違いなく面倒くさい、時間の無駄とさえ感じる。
 そんな考え当たり前で、身体に掛ける類の魔法は道具で測るらしい。
 一階は簡易ベッドが置かれてる保健室的な階層、二階がその部屋らしい。

 その建物はダミーターゲットがある地点から一分と掛からない位置にある。
 見上げる建物は10メートルほど、実用性重視か装飾など殆ど見られない入り口を潜って入り、ぞろぞろと二階へと上ってとある一室へ。
 入るなり見えるのはテーブルにずらりと並んだ、ふかふかの座布団っぽい物の上に乗った水晶っぽい球。
 よく見てみれば、水晶っぽい物の中、光を通しておらず真っ黒。
 ……入試で魔力測定に使ったような球か、手をかざすか当てて治癒魔法を使えって事か。

「前から席順に十人ずつ並んで計測器に手を触れ、お前らが使える一番位の高い治癒魔法を使え」

 ぶっきらぼうに言う先生に従い、水晶球っぽいものの前に立って右手で触れる。
 とりあえず下位から使って……。

「アルメー、要らん手抜きはするなよ」

 ですよね、中位治癒魔法使ってたの見てましたよね。
 ……しょうがねぇ、ガーテルモーレさんにダメージが残らないよう中位治癒魔法を使った俺が迂闊だった。
 しかしそれは全力を出す理由にはならんので、発動する程度の魔力を込めて行使。
 水晶球が僅かに光を放ち、真っ黒だった中心に揺らめく白い炎、大きくなっていく炎は水晶球の中を半分ほど占めるまで大きくなる。
 見た事が無い反応だ! なんてことにならんだろうなと、隣を見てみれば同じような白い炎が水晶球の中で揺らめいている。

「……何見てるのよ」

 室内の一番前にあるテーブル、席順だと勿論隣はヴォーテルポーレスさん。
 素で睨むような目付きだから、睨んでるのかそうでないのか良く分からん。

「この反応はどうなのかなと」
「普通なんでしょ」

 フンッと視線を逸らされた、気にせずもう一度視線とヴォーテルポーレスさんの水晶球に落とす。
 中では点滅して激しく、まさに燃え盛るといって良い感じに揺らめいている。
 対照的に俺のはなんか弱々しい、サイズ的には俺のほうが大きいんだけどな。
 だが問題無さそうで安心する、有ったとしたらどんな問題になるか分かったもんじゃない。
 とりあえずそれを維持して、先生が見回る。

「……よし、おおよその事は分かった。 各個人の能力を纏め、閲覧出来るようにする。 それが終わればクラスを分けて演習だ」

 演習か、チーム分けしてクラス内でチーム対抗バトルってか。

「チーム分け後に能力表を確認、各々の分担を話し合って決めろ。 また能力表が出来るまで一階で休憩を取れ、短い時間だが気を解しておけよ」

 そう言って先生は出て行った。

「………」

 うーむ、二分するのか、あるいは複数か。
 というかやっぱり軍隊的に見えて仕方ない、急な事とは言えこんな実習が普通か。
 とりあえずゆっくりしておこう、森の中で殴り合いとかになりそうだし。
 ささっと廊下に出て階段へと向かう、すぐには出来ないだろうし一階で仮眠でも取っとくか。







「……いや、何なんですか」

 木で出来た質素な簡易ベッド、と言っても日常で寝具として使っても十分な出来。
 周りがうるさくなければ寝れる、だが勿論静かになるわけが無かった。

「どうぞ、私の足でお休みになられてくださいまし」

 簡易ベッドの端に座るキュネイラさん、ニコニコと自分の太ももの上を勧めてくる。

「………」

 俺は無言で隣のベッドに移ろうとしたら、身体強化までしてそのベッドに素早く移動してきて端に座るキュネイラさん。

「どうぞ」
「要りません」
「そうおっしゃらず、硬い枕で首を痛めたりしたら大変でしょうから」

 結構やわらかいし、もし首痛めても治癒魔法で一発だっての。

「……いいんですか」
「勿論!」

 顔見られて寝るなんてできねぇ、気になって寝られんし。

「そっちじゃなくて、『使いますよ』」
「そ、そんなに嫌なのですか?」
「……人目が無ければしてもらったかもしれませんが」

 一組の男女が膝枕、興味本位と嫉妬と後よく分からない視線が。
 お婿さんキープ出来て居ない人たちがマズい、ここは穏便に済ませようぜ。

「正直要りません、必要なら言うのでそれ以外の時はこういう事しないでください」
「……申し訳有りません」

 ……大概だから言っておくか。
 人差し指を立ててくるくる、風を操って空気の振動を押さえつける。

「いいですか、キュネイラさん。 基本的に目立つ事はしたくありません、クラスメイトは他の人たちより一緒にいる時間が長いですからある程度許容範囲内ですが」

 注目を集める、と言うより俺の魔力量が知られると言うのを避けたい。
 目当てで寄って来る事請け合いだし、それに乗じて危ない奴らも寄ってくるのも容易に想像できる。
 流石に静かに学生生活を、と言うのはもう無理だが。
 俺の魔力はこれくらい有るぞと知らせるのは、調べて安全かつ引き込めると確信した時。
 それ以外で魔力量がもれるのはかなり嫌。

「俺がそんじょそこらの奴より魔力を持ってるって教えたのは貴女が必要だったからですよ、この前寄ってきた人のようにどうでも良いのは相手にしたくないんですよ」
 
 俺の一言一言に一喜一憂するキュネイラさんは可愛いと思うが、それとこれとは関係ないな。

「必要でなければ誰彼に声を掛けませんし、掛けたくもありません。 注目を集めるってのは俺の事を知られるって事です、多分俺の事調べてる人は学園に数え切れないほど居ると思います」

 あの小公女さんとかさ、あれ思いっきり狙ってたんじゃないか?
 あのイケメン、バティスラさんが俺を上回る事が出来なかったり、男では有り得ないと言って良いほどの魔力を持ってると知ったら乗り換えてきたりしないだろうな……。

「知られたくない事って有りますよね、俺の場合は命に関わるので是非ともこう言う事は止めて欲しいんです」
「……分かりました、極力アレン様の事に関しての発言は抑える事にいたします」

 出来れば行動もな。

「それを受けるに当たって、私としては是非とも教えて欲しい事が有ります」
「なんですか?」
「アレン様は何故狙われているのですか? またその理由と相手はご存知なのですか?」
「……知ってますよ、何回も狙われましたから」

 教えていいものか、貴族の中で王族や執政に関わっている者たちを除けば最高位の存在だろう。
 及ぶ権力は半端無く、いきなり公的に死亡扱いとか出来るような連中だし……。
 この事を知れば離れていくんじゃなかろうか、離れないにしてもとんでもねぇ嫌がらせとかグレンマス伯爵家にしてきたりする……。
 下手すりゃお家取り潰しなんてやってきそうだ、知らなかったとか通用する訳も無く……。

「是非とも教えていただきたく」
「……そうですね、俺の出自が結構複雑なんですよ」
「何か拙い……、狙ってくる相手にとって認められない存在という事でしょうか?」
「そうです、初対面で殺されかけました」

 キュネイラさんの驚いた顔を見せられた。
 面白い話だぜ、一緒に暮らす事を認めておいてそう言う関係になると予想できて当然なのに。
 ……シュミターさん本当に信頼されていたんだな。

「まぁキュネイラさんは俺に付いて来るしかなくなってるんですから教えます、俺の母親はラ──」

 ッテヘルトン、と言いかけて口を止める。
 その理由は俺が展開する風が不自然に揺れた、それは音を遮る風の壁に干渉した魔力。
 探るように触れる風、それは風の壁に穴を開けようとしていた。
 つまり盗み聞きしようとした奴が居る、これはかなり痛い。
 興味本位か別のものか、俺の話を聞こうとした存在が居る。
 以前から聞かれていた可能性がある、風に干渉して僅かな穴を開けた後、流れる音を自分の耳元に流しての盗聴。

「……気付いていなかっただろうなぁ、失敗した」
「どうかされたので?」

 以前からの会話、教室や新入生歓迎パーティでの話を聞かれていたかもしれない。
 その時の会話はガーテルモーレさんやヴリュンテルミスさんが音を遮る風を張っていた、自分が使った物じゃないから第三者から第三者への干渉など見抜けなかった。
 あの二人は風の壁に干渉された素振りなど一切見せなかった、単純に高度な探りで気が付かなかった可能性が大きい。
 だが今張っているのは自分で、魔力の僅かな乱れを感知できる俺だからこそ気が付けたか。

「この話はまた後で良いですか? 必ずお話しますので」
「……分かりました」

 俺の意味が分からないだろう呟きと、突然の切り上げに少々不満な様子のキュネイラさん。
 解決しとかなきゃいかんよなぁ、関わりがあるとは言え放置しとくと厄介な事になりそうだし。
 音を遮る風を散らし、軽く背伸びをする。

「寝ようと思ったんですが、眠気が飛んでしまいましたよ」
「……申し訳ありません」
「あ、罰として飲み物持ってきてもらっても良いですかね」
「はい」

 お安い御用と言わんばかりに立ち上がって、常備してあるらしい飲み物を取りに走るキュネイラさん。
 すぐ戻ってくるだろうけど、その間に話をしておいた方が良いな。
 そう思って立ち上がり、盗聴しようとした人の下へと歩み寄る。
 俺が近寄ってきてる事なんて分かっているだろうに、視線どころか顔すら向けずに室内の一番端、一面ガラス張りの窓際にある簡易ベッドに座る人の背後に近づく。
 そうして俺は外を見続ける人、青緑色のミドルヘアを僅かに寄らして座り続ける人に声を掛けた。

「中々良い趣味ですね、ライグスさん」



[17243] 36話 視線を返しつつ考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/06/09 05:36

 決して他の方に誇れるような事じゃないけれど、誰にも知られないと確信していたそれが崩れ去った。
 ずっとずっと、何年も、何十年も、決して気付かれる事なく、気付かれる筈がなかった。
 だったら、私の耳は近くても遠くても、壁が有ろうと無かろうと、誰にも咎められず音を拾うのに。

「中々良い趣味ですね、ライグスさん」

 私の『耳』が知られ、壊されてしまった。

「聞いてますか?」

 視線を向けるどころか、頭を動かす事も出来なかった。
 背後から掛かる声に、反応する事も出来なかった。
 どうしよう、考えるのはそればかり。
 知られる訳が無い、気が付かれる訳が無い、そうでなければいけない。
 そうだったから、ずっと続いてきたのに。

「隣、座りますよ」

 目が動く、隣に座った人へ向けて。
 有るのは黒、黒の髪に黒の瞳。

「感心できないと言うのが本音です、公衆の面前で聞かれたくない話をしていた此方も同じですが」

 黒が動く、僅かに顔を向け、白に浮かぶ黒に私の姿が映った。
 その顔は生気が抜けたように空ろだった、今の私はこんな顔をしていたんだ、そう思うほど自分の顔に気が付いていなかった。

「秘密を握るのは優位に立つための手ですよね、こんな世界じゃごく当たり前なんでしょうし」

 私とは違う種類の空ろ、感情が見えない表情がそこにあった。
 それを見て縫い付けられたように、視線を逸らす事は出来なかった。
 この人の、誰も気が付かない物に気が付いたこの人の声が、異様なほど耳に響く。

「その上で聞きます、ライグスさんはどこから聞いていましたか」
 
 どこから、全部。
 言うべき? この人に? 届く範囲で発した言葉一字一句全てと、素直に話すべき?

「───」

 なんて答えようかと口が開く、でも声は出ない。
 姉さんの命を救ってくれた方、黒目黒髪の、アレンと名乗った少年。
 もう一人の人物、少年の母親であるヘレンと名乗った金目金髪の女性。
 最後、破壊された町に気が付き、火事場泥棒を行おうとした夜盗を退治した人。
 その一人が、今隣に居て……。

「違いましたね、……『最初から聞いていましたよね』。 貴女は『ライグス』ですから、僕の話を『意識して聞いていましたよね』?」
「……何の、話ですか……?」

 核心に手を掛けてきた、それに対して私が出来るのは知らない振りだけ。

「……品位を下げる所の話じゃないですよ、それ位分かってますよね」
「……あの」
「………」
「……何を、言ってるのか……」

 認める事の無い私に、彼は眉間に皺を寄せ。

「……はぁ」

 肩を落としながら、小さく溜息を吐いた。

「………」
「知らない振りをするしかないのは分かります、貴女としても知られたくは無かったでしょうから。 それはそれで良いでしょう、他の方だったら白を切り通せたかもしれませんし」

 彼は顔を私へと向けなおしながら左手、人差し指を自分の目へ向け。

「でも俺には分かるんですよ、貴女が意図して知らない振りをしているのが。 俺はちょっと特殊だからさ、『目』を見れば感情が分かるんですよ」
「───」

 彼が発した言葉に、息が詰まる。

「それだけじゃない、どこで誰が俺に視線を向けてきてるのか、誰が俺に対して魔力を流してきたか、分かるんですよ」

 それが本当なら意味が無い行為。

「ここまで言えば分かりますね?」
「………」
「……言わなきゃ分からない、なんて頭の回転が悪いわけでもないでしょう?」
「………」
「……絶対に認めたくないものだと分かりました、ですから忠告をしておきます」

 答えない私に、彼は立ち上がって言った。

「次は無いから覚えておけ」









 基本的に好きじゃない、嫌いの範疇に入る感情を持っている。
 それは今持っている感情だ、少し前までの感情とは違う。
 町が壊滅したあの状況で誰かに助けを求めるってのは十分理解できる。
 頼れる人が俺たちしか居なかったから頼ってきた、助けを求められる人の事情より自分たちの事情を優先したのも納得できる。
 しょうがない、あの場はそうしたかった、壊されたとは言え自分たちの町を離れたくなかったと言う感情もあっただろう。
 だからしょうがないとそこまで嫌う事も無かった、でも今は明確な悪感情を持っている。

 盗聴までするか。

 姉の事で聞きたい事があればそう聞けば良い、違ったら『人違いでしたすみません』で終わると言うのに、それをせずに彼女は『盗聴』を選んだ。
 だから味方寄りではなく敵寄り、そう判断した。
 後でレテッシュさんから齎された情報によって敵に成り難いと分かり、味方に付ける価値があると。
 それだったら許すとか何とか、口触りの良い言葉を吐いて懐柔でも何でもする。
 そうしたとしても、内心は変わる訳も無いが。

 結局は認めなかった、元から認めるわけは無いだろうが。
 最初っから聞かれていたとしたら、キュネイラさんとの関係性とか、ヴリュンテルミスさんとかの話も知られているだろう。
 記憶している限り重要な事、致命的な話はしてないと思う。
 気掛かりなのは実習前に話していた狙い、キュネイラさんが泣く前の、ヴォーテルポーレスを篭絡するかどうかの話。

「………」

 向けられていた視線の一つに、視線で返す。
 視線が重なった事に気が付き、顔を逸らしたヴォーテルポーレスさん。
 他にも視線があるが全てが興味本位のもの、流石にライグスのように盗聴までして聞こうとする人は居ないか。

「ああ、ありがとうございます」

 声を掛けず、黙して傍に寄ってきたキュネイラさんからコップを受け取る。
 受け取ったコップに視線を落とすと……これ何だ? めちゃくちゃ赤いぞ。
 思考を中断させるに十分な、水に溶ける限界まで突っ込んだ赤い絵の具のような、どろりとはしていないが目にクる原色の赤い水って感じ。
 嗅いでみると僅かに甘い香り、実習中だし流石にワインとかは出さないよな。
 『〈内に不純たるもの無し〉アンチ・ドート』を唱え、コップの中身に掛ける。

「クラーィプの果汁です」

 知らんがな、なんだクラーィプって。
 言い難いわ。

「飲んだ事無いですね、どんな感じですか?」
「甘みがある水と言った所でしょうか、癖は無く飲みやすいかと」

 ……こんな真っ赤っかなのに? 口の中に入れたら歯とか舌を着色して酷い事になりそうなんだが。
 それに飲んだら飲んだで喉とかにすっごく引っかかりそうな……。

「……ええい、ままよ!」

 コップに口をつけ、傾けて少しだけ口に含む。
 舌でクラーィプの果汁を味わってみる、そして感じた味は……。

「……なんだ」

 遠い昔の記憶、と言っても完全に覚えているけど前世で飲んだスポーツドリンクの甘みをもっと薄くしたような。
 ただの水より甘くて、スポーツドリンクより甘くない、なんとも微妙な甘さの飲み物。
 喉越しも見た目に反してすっきり、残る問題は口の中の色だが……。

「……? どうかされました?」

 同じく飲んでいたキュネイラさん、の口の中を目で捉えたが全然赤くない。
 歯は全然白いし、口端などにも赤いものが全く付いていない。

「……解せぬ」
「……えっと、なにかアレン様の気に触るような事を……?」

 真っ直ぐ見つめたせいか、なんかもじもじして頬を染めてくが。

「いえ、ただ気になる事があっただけです」
 
 気にするのはやめよう、損なのは後で幾らでも気にする事が出来るだろうし。







 その後は座ってゆっくり過ごす、お洒落なカフェテラスみたいな状況で。

 ……今一応授業中だろ、何でデザートとか出て来るんだよ。

 大きな日傘の下にテーブルが並べられ、各々が椅子に座ってテーブルに置かれているケーキとかを優雅に食べている。
 日に照り付けられる大きな日傘の下で、俺も座って目の前に置かれているケーキを見る。

「………」

 召使いが忙しなく動いて各々クラスメイトの世話をしている。
 なんか萎む、緊張感とか空の彼方に飛んでいく。
 ……実は気持ちの切り替え訓練! なわけ無さそうだしなぁ。
 腹が減っているわけでも甘い物に飢えている訳も無く。

「失礼します」

 見られやすい位置にいた方が良いしな、出来るだけうろちょろするようにしておこう。
 目の前でケーキを切り分けているキュネイラさん、と言うかなんでホールなんだよ。

「どうかなされたのですか?」
「別に」

 日がかんかん照りだし水分補給を認めても、次はケーキ?
 俺からすりゃありえんぞ、到底授業を受けていると言う感じがしない。
 貴族だからってこれは無いと思う、間違いなく慣れるべき事柄じゃないな。
 さっきまでは皆真剣にやってたように見えたが、片手間でいい加減に受けているようにしか見えなくなってきた。
 こんなんなら瞑想でもしてた方が良い、立ち上がって向けられる視線に反応する。

「………」

 分かると言った手前、それが嘘でない事を証明しておく。
 未だあの簡易ベッドに座り続けるライグスとガラス越しに視線が交差、酷く弱々しく見えるが知った事か。
 その後建物へと入りライグスから離れた一定間隔で並べられている簡易ベッドの上に座り、ただ窓の外を見る。
 そんな俺に、慌てて追いかけてきたキュネイラさん。

「食べてていいですよ」
「いえ、飽きましたから」

 口端にクリームつけて言うセリフじゃねぇな、とりあえず指で拭い取って消し飛ばす。

「あ、ありがとうございます」

 顔を赤くして言ってくる、それを機にキュネイラさんが聞いてきた。

「……何かあったのですか? ライグスと話した時から様子が……」

 あんまり表情変えてないと思うんだけどな、なかなかどうして俺の事を見てる。
 
「有りますよ、いっつも何か起こってますから。 今回は今回で別に可笑しくもないことですが」
「……話しては?」
「話したとして、態度を変えられずに居られますか?」

 ライグスが盗聴していました、なんて聞いたら間違いなく見る目が変わる。
 結構難しい事だと思う、完璧に変えず接するのは。
 どこかで違う部分が見えてくるだろうし、そうなったら不信感を持たれるかも知れない。
 持たれても別にどうでも良いが、どうしても悪い方向に行くような気がするからあんまり対応させたくない。

「それは……、内容によりますわ」

 それを聞いて、人差し指を立ててくるくるっと。
 挑発ついでに会話の漏れを防ぐ、これでまた盗聴しようとしてきたらその時は一手を考える。

「そうですね、まぁ話してた内容はライグスさんのお姉さんの話ですよ。 ちょっとした知り合いでしたので、少しね」
「そうなのですか、てっきりライグスがアレン様に何かしたのかと」

 核心だから凄いな、直感はまじでやばそう。

「今度挨拶をしておく必要が有るかなーと」

 今度は話していても魔力を伸ばしては来ない、流石に高を括るほど度胸は据わってなかったか。
 ライグスは何か情報を掴めるまで置いておくか、そう思い次をどうしようかと考えていれば階段から先生が降りてきた。
 風の壁を解き、室内に居たクラスメイトたちの視線が先生へと注がれる。

「五分後に休憩前の部屋に集合! そこで能力表と実習内容を知らせる!」

 先生は声を張り上げ、外のテラスに居たクラスメイトたちにも聞こえるように言う。
 やっとか、そう思いながら立ち上がる。
 同じように立ち上がるキュネイラさんはこう言った。

「アレン様、一緒のチームになれると良いですね」






 そんな事言うから同じチームになれないんじゃないか?
 五分経って治癒魔法の検査した部屋で、並べられた椅子に座る。

 ……結構な評価だなぁ。

 手元にある紙資料には自分の能力評価が書かれている。
 徒手格闘、下位攻撃魔法、防御魔法、治癒魔法、計ったのは基本的な四つだけで。
 悪くないとか、良いとか、優れているとか、徒手格闘に付いては辛口だが総合的に見れば良い方だろうな。
 全力となればまた違った評価が書かれていただろうけど、それを見る事は多分ない。

「演習内容は四つのチームに分けて行う。 私の役目はチーム分けまでであり、分担は休憩前に言った通りお前たちが話し合って決めろ」

 四つか、数的には丁度良いか。

「まずは一組目!」

 そう言って先生が組み分けを発表していく。
 キュネイラさんは一組、俺は四組、つまり違うチームで敵になった。
 その時の表情って言ったら絶望したような、大げさな表情だった。
 そこまで落ち込む事ないだろ、ただの演習なんだから。
 その代わりか知らんけど、ヴォーテルポーレスさんと同じチームになったりしてより凹んでいた。

 ガーテルモーレさんは二組、ライグスは三組だった。
 同じチームの四組はただ朝の挨拶を交わす程度の人たちばかり、何かまた一波乱有りそうだなぁ。
 出来る事も限られているし、それなりに頑張るか。
 何事もなく終わるのは難しいだろうなと考えつつ、一応無事に終わる事を祈る俺だった。



[17243] 37話 振り分けながらも考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/05/29 01:54

「三十分、それだけの時間でお互いの特性を知って分担を決めろ!」

 とか無理臭い言葉を先生から頂きました。
 四つしか検査してねぇのにそれはないだろ、どれ位出来るかとか実際見て確かめる必要があるってのに。
 短い時間でお互いを知り、連携しろとか難しすぎる。
 実際行動するんだから、その人にあった役割を充てないと厳しくないか。
 だからこそ人を見る目を持った、カリスマとか指揮や統率に優れた人をリーダーに置くべきなんだけど、何故俺を見る。

「いや、無理ですから」

 断る、部隊指揮とか間違いなく無理だから。

「優れた者が皆を率いるのが常だと思うのですが」
「それは統率力とかが優れている人の場合でしょう? 部隊指揮の執り方とか習ってませんから」

 個人の戦闘能力が優れていたとして、多数の人を動かす統率能力も優れているなんて訳がない。
 だったら曲りなりであっても指南を受けている人が指揮を執ったほうが良いと思う。
 なんとなくジェスチャーを交えながらそう説明、俺が指揮しても呆気なく全滅するよ! と遠回しに。

「そうですか……、ではアルメー卿から見て何方が指揮官に相応しいと思われますか?」
「……すみません、能力評価表では貴女方がどれほど統率能力を持っているかは判断は出来ません」
「難しいですか……、ではアルメー卿から見て何方に指揮と執って欲しいと思われますか?」

 いや、だから……。
 統率能力は無いし人を見る目も無いって遠回しだが言ってるじゃないの、そんくらい分かってくれよ。
 ここでまた分かりませんと答えても違う言い回しで聞かれそうだから、先に進めるよう違うアプローチ。

「……皆さんの中で、部隊指揮の教育を受けてる方はいらっしゃいますか?」

 貴族なら補佐をこなせるだろう下士官と兵を与えられて部隊を構成する。
 学園を卒業したら軍に入る人も居るだろうし、それに期待して聞いてみれば。

「……はい、私は三年間の尉官用カリキュラムを修めています」

 一人、短めの亜麻色、黄色を多めに含んだ茶色の髪の人が手を上げる。
 尉官用ってことは少尉とかか、人数的に考えれば良いんでないの?

「でしたら、ネテンメトイドさんがやった方が良いのでは?」
「……皆さんが宜しければ、拝命させていただきますが」

 拝命しちゃってください、間違いなく俺より良い指揮を取れるから。
 ……いずれ部隊指揮の方法なんかも学ばなくてはいかんのだろうか、軍に入る気さらさらないけど『知っててよかった部隊指揮!』。
 なんて言う状況になったりしそうで怖い、記憶力的に忘れる事など早々ないから基礎的なことはしっかりと学んでいた方が良さそう。

「……他に立候補や推薦がないようですし、ネテンメトイドさんが四組のリーダーですね。 よろしく御願いします」
「謹んでお受けさせていただきます」

 よし、これで良い。
 あとは分担を決めて簡単な作戦だな、始まって即決戦なんて事は無いだろうし、指標を決めて開始してから本格的な作戦を練るのもありだろう。
 ちなみに周囲には先生以外誰も居ないように見える、一組から四組まで全組魔法を掛けて情報漏えいを防いでいる。
 風の壁の防音と『〈見えざる領域〉サークルハイド』を掛けていなかったなら、こんな風に手を上げたりして誰が指揮官かってばれてるし。
 だからこそ眼力、ではなく『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』より圧倒的にばれにくい『〈暴き通す瞳〉オープンアイズ』を使ってみる。

「……二組のリーダーはガーテルモーレさんかな」

 視線を向けた先には一団が、その団体は二組でガーテルモーレさんが中心となっているような感じで話していた。

「アルメー卿、それはいかがなものかと……」

 俺が覗き見したことに気付いて嗜めてくるが。

「先生は敵チームの全滅が勝利条件と言っただけで、こう言うのは禁止するって言わなかったでしょう? 情報収集は基本中の基本だと思ってたんですが、違いました?」

 一部の人はなるほどと頷く反面、また一部の人はそれを歪曲、拡大解釈と思ってるのか眉を潜めている人も居る。

「実戦を想定した訓練はどうでしょうか? 訓練は訓練と割り切って動くより、本物を意識した方がより身に付くと思うのですが」

 俺は本気で行く、魔力抑えておいて本気とは言えないけど。
 これ演習じゃんとか言われると反論出来んが、リアル殺し合いなら甘っちょろい事この上ないとか絶対に言われる。
 演習なんて毎週有るわけじゃないし、真剣にやれば学べる事が多いと思う。
 最近一対一の訓練が多いし、ここらで団体戦を経験しておきたい。
 ……そう思うけど実際やろうとするのは難しい、協調して行かなきゃいけないんだから単独行動は駄目だしな。

「……一理有りますね、ですがクラス全体がそう考えて動かねば意味が薄れるかと」
「でしたら先生に提案してみるのはどうでしょう? 能力を高められる機会は有効に使った方が全体の為になると思うんですが」

 訓練は訓練、だからか『あの感覚』は湧き上がらない。
 自身の感覚が研ぎ澄まされる危機感、どこのバトル漫画だと言いたいのだけどあれがなかったら死んでたし。
 是非とも自分の意思であれを再現したい、まぁ学校の演習でほいほい覚醒する訳ないけど。
 一応の目標はそれで、少なくとも今は団体での戦闘が何たるかを一欠けらでも知っておきたい。

「……皆さんはどう思われますか?」

 と周りの仲間に聞く人、リーダーはネテンメトイドさんに決まったのにリーダーシップ発揮してんな。
 だったらお前がやれと思わなくもないが、クラス委員とかと勝手が違うから言わない。

「よろしいんじゃないかしら」
「でも、お互い本気で掛かれば怪我だけで済まない可能性も」
「実力を見ると言うのであれば、どこかで全力を出す必要も有るのでは?」
「それだと、もし治癒が間に合わず亡くなってしまったら目も当てられませんわよ」
「死ぬ事を恐れるのは分かりますが、確率だけを見て取り止めるのも些か早計と思いますが」
「戦場であるのなら、勇を示して誉れに上げる事は出来ましょうが……」
「しかし、クラス全体のステップアップも望めるかと」
「そのために死者を出す可能性を引き上げるのはどうかと思いますの」
「それを言えば先の徒手格闘も危険である事に変わりませんわ」
「程度が大きく違いますわよ、この演習だと魔法行使も許可されておりますし、全力でやらなくても下手をすれば取り返しが付かない事態になる可能性も……」

 と何かヒートアップしてきた、間違いなく言うべき事じゃなかった。
 チームをまとめようって時に和を乱す状況になっちゃ意味がねぇ、もっと考えて言うべきだった。
 俺以外全員が何かと言い合ってる中、大声で制止するのもあれだし、両手を胸の高さまで上げて手を開く。
 それなりの力を込めて手を叩き合わせた。

「止めましょう、本当に時間を無駄にさせて申し訳有りません。 この件は忘れてください、演習は普通に行きましょう」

 今更何を、という視線がビシバシ。
 和を乱すような事を言って申し訳有りません、ともう一度頭を下げ謝っておく。
 この面々にとって要らぬ言葉、それだけに尽きる。

「……ミス・ネテンメトイド、リーダーの任を降りてはもらえませんか?」
「……理由は?」
「時間を無駄にした責任を取ってもらわなければなりませんから」

 そう言った人、ファーティライネンさん。
 赤紫の長髪を靡かせて、ジロリと薄い青紫の瞳を向けてくる。

「いや、責任を取れと言われれば取りますけど、部隊指揮なんてできませんって」
「勝ちに拘る方は?」

 俺の話なんか聞いちゃいねぇよ、全員でこっち見んな!
 なんか話がどんどん出来上がってるし。

「……居ないようですので、負けるのを前提で行きましょうか」

 どんな責任の取り方? 指揮執って負け晒して来いって。

「ではリーダー、何事も経験ですので盛大な負けを晒していただきましょう」
「……負けて悔しくはないんですか?」
「その時はリーダーの所為にしますので、存分に、思いのまま、動かしていただきましょう」

 端整な顔を歪ませ、『ニヤァ』と笑いやがった。
 どう見ても悪女です、本当にありがとうございました。

 





「……簡潔に行きましょう、得意と苦手な魔法を御願いします。 それと隠蔽と探知は実際に調べますから」

 やりたくねぇ! と言っても聞き入れてはくれない。
 やりたくない事をやらされるのは自業自得だから納得するが、負けてその腹いせも俺にぶつけられるとかどうよ。
 だったら勝つしかねぇけどね、部隊の運用方法とか全然知らんのだが。
 好きなようにして良いらしいから、ゲーム的な運用してみようかな。
 駄目なようならアドバイスを貰おう、考えつつ得手不得手を聞いた後。

「それじゃ『〈見えざる衣〉ハイド』を御願いします、僕が探知系でどれだけ見えるか試しますので」

 隠蔽魔法で消えてもらう、ただの目視だと皆の姿が次々と消えていく。
 歪みねぇな、ゲームでよくある光学迷彩で見える空間の歪みは一切無い。
 透過率100%は伊達ではなく、手を伸ばせば触れられる位置にいるのに姿は完全に見えない。
 その上動きまくっても光透過率は100%のまま、透過率とか言ってるけど実際は透過か回折か分からんけどすごい事には変わりない。
 まぁ音とか空気の流れなどは変わらないから、他の物と併用しなくちゃ魔人相手には隠れきれないけど。

「………」

 眼力、もといまずは手軽な『〈暴き通す瞳〉オープンアイズ』で見ると……。
 いけね、魔力込めすぎて全員そこに居るのが見えてしまった。
 魔力量を最小限まで減らし、発動するギリギリから魔力を込め上げていく。

「……分かりました、解除して良いですよ」

 魔法の完成度の高さから、ぼやけた全体図が見え始めるのが一番遅かった人が一番上手な訳で。

「隠蔽魔法で隠れる時、ファーティライネンさんかジングトマスさんが近くに居れば発動して『〈見えざる領域〉サークルハイド』に入ってください。 居ない場合は自前で使ってやり過ごすか、逃げたり倒したりしてください」

 名を上げた二人が俺を除いて完成度が高かった人、『〈見えざる領域〉サークルハイド』の効果は『〈見えざる衣〉ハイド』と共通する。
 『〈見えざる衣〉ハイド』イコール『〈見えざる領域〉サークルハイド』の効果、違いは消費魔力と単体か複数かってだけ。

「それじゃあ役割を決めていきましょう、まず斥候がファーティライネンさんとジングトマスさんで、『〈暴き通す瞳〉オープンアイズ』で待ち伏せなどが無いか確認を、耳も重点的に強化してください。
 『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』は基本禁止です、相手の位置を看破できるにしても相手にも知られますし、そもそも看破できず敵だけに自分の位置を知られるという状況になりかねませんので。
 それと敵を見つけても交戦は許可しません、情報を持ち帰る事が仕事ですので敵を見つけたら隠れてやり過ごしたりしてください。
 欲しいのは敵陣の位置ですが、まぁ少数ですので間違いなく移動するはずですから、基本的には自陣の進行方向の警戒が大部分ですね」

 まず斥候、敵の位置を把握して味方に知らせる役目。

「基本これだけです」
「え?」

 こんな所で終わりを告げられるとは思ってもみなかった表情が幾つか、まさか攻撃部隊とか作ると思ってた?
 残念ながら斥候以外必要が無い、なんせ斥候以外全員固まって動くんだし。
 攻撃、防御も全員で行い、数の不利を減らすための行動。
 兵站があったり移動できない拠点とかなら考えたけど、この演習ではそれが無いため無視して斥候だけ決めた。

「基本的に斥候を除いた全員で動きます、つまり斥候だけを行う部隊と斥候を除く攻撃と防御、捕縛など一括して行う部隊の二つだけです。
 便宜上本隊と呼びますが、本隊内で役割ポジションを決めます。
 高い攻撃力や機動力を持つ人は本隊内の前衛を、そうでない補助や捕縛が得意な方は後衛に。
 本隊が敵本隊と正面衝突した場合ですが、後衛の方が捕縛魔法などで動きを制限した後前衛の人が一撃を加えてください。
 一対一なら許容範囲内ですが、二対一などになると負ける可能性が非常に大きいので、そうなった場合は後退して最低でも同数に持ち込むようにしてください」

 頷くクラスメイトを見つつ、戦略系ゲームの戦闘基礎で物事を決める。
 その後も話し合い、本隊内のポジションなどを決める。

「……大体はこんな所ですかね、あとは追々修正していきましょう」
「……随分と謙遜が過ぎましたわね、素人もいいところと考えていましたのに」
「ただ知ってるだけですし、実際通用するか分かりませんよ」
「限定的な状況とは言え、これだけ理に適う取り決めを出せるとは思っていませんでした」

 問題は戦闘時の指揮だよなぁ、他の人に命令を出せるだけの余裕があるか。

「功を奏すれば良いんですが、そうでない場合は一気に壊滅なんてありえますよ」
「他の組から見ても、早々手を出せない陣形だと思いますが」

 組の殆どの人が寄り添って移動するんだから、一人で手を出せばあっと言う間にボコられて終わりだろうしな。

「まぁ考えはまだ幾つかありますので、最初から壊滅なんて事にはなりにくいと思います」
「どのような策で?」
「戦う相手を一時的に減らそうかなと、相手の組次第ですが」

 要は同盟、一時的なね。
 この演習では四つの組があり、勢力が四つあると言うこと。
 つまり戦う敵が三組、戦闘となれば怪我などはすぐ治るが魔力の消費などで戦力の低下は免れない。
 勝つためには出来るだけ戦闘を控え戦力を温存して、利益だけを貰いたい訳だ。
 漁夫の利狙い、二つの組が脱落して正面対決になったら、戦力が多い方が勝つ可能性が大きいしな。

「そのための同盟と?」
「条件としては他の二組が全滅するまでの間柄になる訳ですね。 他の二組が全滅して消えたら、同盟解除で叩き合いになりますが」

 全滅して最下位! なんて事にはならんだろう。
 同盟を組んで油断している所で叩きたいが、裏切り行為は非難されるだろうからやらねー。

「こんなもんでしょう、後は皆さんの働き次第ですね」

 俺も戦う事は戦うが、上手くいくかどうかは分からん。
 魔力を抑える必要が無くて俺TUEEEEEEするにしても意味が無い演習だし、人を動かすのがどれほど難しいか体験しておこう。
 よし、と気合を入れた所で時間が来たようだ。

「それじゃあ皆さん、勝てるように頑張りましょう」

 その声に四組の面々が頷いた。
 波乱万丈か、あるいは大した凹凸も無く終わる……。
 後者は俺の是非とも迎えて欲しい希望だけど、それを神様に祈るのも無駄だしなるようになれ、だな。



[17243] 38話 してやられつつ考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/06/02 05:25

 よく考えてみれば分かる、素人の考えなど誰もが思いつく事だ。
 各個撃破を警戒して固まって動くのは当たり前だし、誰かと手を組もうってのも損耗を抑え勝つためで当たり前。
 俺が居るため、と思うのは自意識過剰であって欲しいのだが。

「拙い……」

 そう呟いてしまうほどに切迫していた。
 部隊損耗中、と言うか現状が交戦中。

「──2時方向から!」

 咄嗟に呪文を紡いで発現させる、野球の投手が投げるボールの二倍も三倍も速い速度で飛んでくる攻撃魔法。
 その上、上方向ではなく左右の横方向での曲射も可能と、手で引く弓矢を使うのがバカみたいに思える攻撃が飛んでくる。
 さらには初速が落ちず、風の矢になると手前で加速してくるとかふざけた性能。
 そんな攻撃を捉え撃ち落そうと並列発現、飛んでくる四大元素の攻撃魔法へと向かって撃ち出す。

「10時方向ッ!」

 木々を迂回してくる風の矢を魔人脅威の動体視力で捉え、土の塊を射線上に築き上げて壁とする。
 高さ3メートルほどの土の壁の向こう側で、抉るような音を鳴らして着弾する風の矢。
 それを耳に入れながら、同じく飛んでくる攻撃魔法を迎撃する四組の仲間に号令。

「全体後退!」

 口調など気にする余裕もなく、斜め前方左右からの挟撃により後退を余儀なくされる。
 攻撃に晒されてまだ三分ほどしか経っていないのに、明らかに消耗を強いられる戦いになっていた。
 反撃に移ることが出来ない、精々飛んでくる攻撃魔法に応射を行うので精一杯。
 その理由はやはり挟撃、部隊を分割しての挟撃であったのなら多少の損耗は無視して左右どちらかに突っ込めた。
 だがそれは出来ない、どちらかに進めば近寄られた方は後退してもう一つの方が側面から雨の如く攻撃魔法を降らせてくる。

 くそったれ、明らかに一つの組の人数じゃないぞこれ!

「下がれ! 早く! 速く下がれって!!」

 命令に従って下がる仲間を援護するため、攻撃魔法の並列発現、同時行使によって一度で数発撃ち出す。
 弾幕と言って差し支えない攻撃の雨に、当たりそうな物に絞って撃ち出し続ける。
 飛んでくる炎が、風が、水が、土が、迎撃の魔法でお互いを喰らって散る。

「『〈我が前に聳え立ち守れ、土の壁〉アース・ウォール』!」

 切りがないと判断して足で地面を、攻撃魔法でそこら中抉られ足がすっぽり入る穴を避けて踏み鳴らす。
 『〈我が前に聳え立ち守れ、土の壁〉アース・ウォール』によって地面から一気に迫り上がる身を覆い隠して余りある土の壁。
 攻撃魔法の着弾により壁を挟んだ向こう側の土は、見る間に削れ抉れているだろう。
 
「『〈我が前に聳え立ち守れ、土の壁〉アース・ウォール』! 『〈我が前に聳え立ち守れ、土の壁〉アース・ウォール』!」

 そんな危険な音をずっと聞いていられるはずもなく、並列発現によって複数同時に土の壁を作り上げ続ける。
 複数乱立する壁は攻撃魔法から守る盾となり、目視による捕捉を防ぐ二つの効果。
 十数と造りそれを機に一気に後退する、背後へと飛び退きながらジングトマスさんの『〈見えざる領域〉サークルハイド』の中に走り込んだ。
 その途中風を操り音や匂いを遮ったため、追撃を掛けてくるだろう敵チームは慎重に成らざるを得ないはず。
 後退するこっちを感じて、調子に乗って追撃を掛けて待ち伏せ食らうなどのヘマはしないだろう。






 何とか無事に後退する事が出来た、森の凸凹な地面を出し得る限りの速度で走り逃げ続けた。
 体の悪いものだ、ここで俺の悪い性質が出たのもあった。
 向かっていき死ぬのならば逃げる事を選ぶ、実際は演習だし殺される事も早々ないだろうけど。
 戦略的撤退とでも言えば、免罪符にでもなるか。
 そもそも勝ちを目指す上で全滅は絶対に避けるべき事であり、戦力をむざむざ減らす事もあってはならないしな。

「どうぞ」
「……ありがとうございます」

 四組が全滅せずに済んだ功労者、丁度良い高さの岩の上に座るファーティライネンさんに水筒のコップを渡す。
 渡したコップに水を注ぎ、それを口につけたのを確認する。
 マジで助かった、演習が始まって初っ端からかなり広範囲の『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』。
 自分の位置を晒すのかと考えたが、移動速度から考えれば発信地点に到着する頃には遠く離れているだろう。
 そう考えて発信地点を中心として、円周しながら進んでいった。

 その結果進んでいた方向で、斥候にて本隊より先行していたファーティライネンさんが待ち伏せを発見。
 後退して知らせようとしたが向こうも気が付いたようで、やすやすと下がる事を許さなかった。
 おそらくは移動方向を読まれていた、こちらへ来るだろうと予測して待ち伏せを掛けた。
 その予測が見事的中、俺ら四組は見事に待ち伏せに掛かりかけた。
 ファーティライネンさんが一対三と言う負けて当然の数相手に、逃げ切った事が四組の生存に繋がった。

 おそらくそう差も無い同レベルの相手で三方向から攻撃を受けたというのに、退場させられず逃げ切ったのは賞賛に値する。
 そのお陰で敵が潜む領域に足を踏み込むことなく、現状全員無事で遠ざかる事が出来た。
 まぁ逃げ切れて後退できたのはファーティライネンさんが無理した結果、その代償は魔力の八割弱ほどの消費。
 しょうがない、倒されても不思議でない状態だったから、褒める事こそすれ責める事など出来はしない。

 ……さて、窮地を脱したのは良いものの、未だ危険である事は否めない。
 どこかと同盟を組もう! と思ってたら敵チームは素早く同盟を組んで挟撃してきたでござる。
 最初の『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』は敵チームが今どこに居るかと言う索敵で。
 同盟を提案するチームの居場所を特定し、それ以外のチームを挟撃するための一案だったのだろう。
 お陰で手痛いダメージ、ファーティライネンさんは八割弱の魔力消費、他の人も二割三割と消費している。

 まだ開始三十分も経っていないってのに、この消耗はかなりやばくないか。
 ちょっと休んだら減った分が回復する、ってのは有り得ない。
 睡眠を取る必要があるし、十分二十分程度じゃ一割も回復しない。
 魔力分け与えるにしても、似通った属性じゃないと無理。

 結構悪い状況だとしても全員無事ってのは幸いだと思う、魔力が空にならなきゃ援護くらいは出来るし。
 居ないより居る方がましだろう、ここから巻き返す術なんて全然思い付かないが何とかするしかないな。
 まず考える事はどうやって傾いた天秤を元に戻すかって事、二つの組が手を組んで、単純な戦力差で言えば二倍だ。
 先生は能力別に偏りが出ないようチーム分けしてるようだし。
 ……そうだとしてもどうやって検査してない能力知ったんだろうか、事前に有る程度調べてたりしたら検査やる意味ねぇしな。

 今考える事じゃないしそれは無視して、一番簡単なのは同盟を組んでいない単体の組に対しての同盟。
 残っている組はおそらく一組だろう、挟撃してきた人たちは二組と三組だったし。
 最悪、一組も同盟を組んでいるかもしれない。
 三対一、まるで堅固な砦を攻めるような様相。
 実際に組んでいるか分からないが、組んでたら気合入れすぎだろと思わなくも無い。

「休憩したら移動しましょう」

 今交戦できるかと聞かれれば出来ると答えるが、倍の戦力差が有る敵チームとは戦えん。
 状況的には出来るだけ早く一組と接触、同盟を組んで敵同盟に対抗できる数を揃える必要がある。
 一組が二組三組同盟にやられたら、矛先がこっちに向いて一組と同じ末路に。
 その逆も普通にある、最低でも敵同盟を解除させるか、分断して数の利を無くさなければならない。
 しかしそんなの早々出来るもんでもないし、作戦も思いつかない。

「……最低でも協同かな」
「それを叶えなければ、押し潰されるでしょう」

 確かに、しかしどうやって見つけようかなー。
 見つけて同盟持ちかけて承諾されて、いざ敵チームを対峙した時に。

『だまして悪いけど作戦ですから、全滅してもらいましょう』

 とかやられたら堪らんしなぁ、向こうにあの二人も居るし……悩む。

「……何か良い案ありますかね?」

 素人考えで限界に行き当たり、同じく近くに座っていたネテンメトイドさんへと振り返って聞いて見る。
 幹が太く背が非常に高い木々が生え、演習中じゃなければ散歩しても良いくらい景色が良い森。
 空から降り注ぐ光が木々の葉に遮られ、何十もの光の線が降り注いでそれなりに明るい。
 埃とか全く無い気持ちが良い空間だ、……いけね。

「──と思うのですが」
「それだとまた挟撃を受ける事に、向こうは此方を消耗させる気なのは間違いないと思われますが」
「……そうですね、ですが一組がまだ存在してるかも分かりませんが」
「突貫は最後の案でしょう、現状で突貫する意味など自殺行為に過ぎませんよ」
「ですが、その他の手が有るのですか? 下手な策など見破られるのが落ちだと思います」

 現実逃避していた俺そっちのけで話し合っている皆、情けなくて申し訳ない。
 とりあえず話し合っている内容はこれからの事。
 その1、一組探しに行こうぜ! 見つけたら同盟持ちかけようぜ!
 その2、一組は犠牲になったのだ・・・、敵同盟が繰り出す戦力差倍の攻撃、その犠牲にな・・・。
 その3、三組とも同盟済み! そういうのもあるのか。

 大体はこの三つ、3番目だったらもうお手上げだ。
 2番目もアウトに近いし、一番良いのは1番目だけど現状2番目も十分有り得る。
 罠とか引っかかる気もしないな、落とし穴とか囮とか、基本性能が素敵な魔人は違いが分かる人。
 味方だと頼もしいが、敵になると厄介で泣ける。
 隠れて待ち伏せは見つかる可能性が高いし、成功しても敵の領域真っ只中であっさり返り討ちとか不思議ではない。

 最後の手段で俺もあるが、一応俺がリーダーになってるし、そうなるのは他の人がやられて俺一人になった時だろう。
 そうでなければ意味が無い、もし俺が指揮官じゃなくて前面に出る斥候としよう。
 『〈見えざる衣〉ハイド』を掛けて敵の探知を潜り抜け、一人一人密かに葬り続けました。
 それじゃあチームの意味が無い、団体戦の難しさを学ぶと言うのに個人プレーとかまるで意味が無い。
 そもそもリーダーで前面に出られない場合だってある、例えばレテッシュさんはとんでもなく強く、前線に出ればあっさり終わらせる事が出来るのに立場上出来ない。

 ……歯痒かったりするんだろうか、自分が出れば助かる仲間が居るのに、一軍を統べる立場にあるから佇んでいなければならない。
 地位の高さに於ける不自由さ、自他共に認められる強さを持ってしても前に出る事が許されないってのはきつそうだ。
 まぁ俺とレテッシュさんの状況は全然違うんだけどさ。

「……まずは一組を探す事にしましょうか、もし全滅してるなら対応を考え直さなくちゃいけませんし。
 全滅していたとして、個人的にはまず相手の目を潰した方が良いと思いますがどう思います?」

 隠れてるのに発見してくる奴は排除しておきたい、斥候に置く人物は探知に優れた人だろうし。
 探知と隠蔽、ある程度の損耗や犠牲を強いても探知要員を倒しておけば、待ち伏せによる奇襲の成功確率はグンと上がるだろうし逃げれる確率も同じく。

「……そうですわね、まずは動いて確かめないと。 探知が得意な方を倒しておくのは賛成です」
「同感です、向こうに優秀な目が有ると無いとでは雲泥の差でしょうから」

 同意を得られる、敵の能力を削ぐってのは当たり前だったね。
 やる事は決まったし、さっさと動くか。
 広げていた物資、要は水筒とかを直し各々が素早く立ち上がる。
 演習開始前に決めた隊列に並んで進み出す、手っ取り早く『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』で位置把握できりゃあいいんだけど……。
 さっきみたいにあっさり待ち伏せくらいそうで怖い、『〈見えざる領域〉サークルハイド』を掛けて姿を隠し走り出す。

 とりあえず一組がまだ存続しているか確かめ、居るなら手を組む。
 全滅していたら全員で突貫するか、優れた目を潰して奇襲を繰り返す。
 できれば両方やらない事になって欲しい、そう思っても意味が無い事は当たり前で。
 今この時は考えていなかった、こう言う手段もあると。
 この世界における有る比率は、大きく偏っている事を知らなかった。





 その手段、主力とされる最たる攻撃手段の──暗殺が。

















「一人二人三人と余人が一杯、数えるのもめんどくさーい」

 ギリギリと鋼が擦れ軋む音を鳴らし、掛けた指を離した。
 轟音、分厚い雲から降り注ぐ雨に混じり、閃光と共に現れ落ちる雷のような音。
 耳を劈き、遠くにまで響き渡る音をして、周囲に聞こえる事は無い。
 故に瞬きより速く到達し、目標は気付く事無くその命を終える。

「当たり前と言ったら当たり前ねー」

 それは女、自身を超える長大な金属製の弓を背負い直して走り出す。
 狙ったのは進行方向上に居た邪魔な障害、それは学園の警備。
 数秒で駆け抜け、矢を射た女がその光景を見詰める。

「あらー、当たり前と言ったら当たり前ねー。 まぁそのタフさだけは認めるけどー」

 地面が抉れていた、肉片が転がっていた、治癒魔法も意味を成さない怪我を負った学園警備員が居た。
 数は三、内二人はバラバラになっており即死して二度と動く事も無い。
 残りは一人、辛うじて生きている警備員、どのような状態かと言えば腰から下が吹き飛び、左腕の肘から先が無くなっている。
 残った右腕で這いずった後、地面と木の根っこにべったりと血が付いている。

「───」

 現れた女に対して、口を開いているようだが何も聞こえない。

「ごめんねー、恨み言とか聞きたくないんだよねー」

 自分が傷付け殺したと言うのに、非常に軽い口調で言った。
 それも音を遮る矢の効果で相手に届いてはいないが、吐血し冷や汗を大量に流して睨み付ける警備員に対して何事も無かったかのように軽い足取りで近づき。
 地面に直径にして数メートルのクレーターを作った矢を引き抜き、矢の根の方を持って。

「痛いでしょ? すぐ楽にするから安心してねー」

 放っておいても一分と経たずに死ぬ警備員に対して、鏃を頭に振り下ろした。
 鏃は警備員の最後の抵抗であった弱々しい障壁を簡単に打ち抜き、ゴリッと音を立てて脳を蹂躙し絶命させた。

「まったくー、数が多いねぇ。 まぁ時間も無いし急いじゃうよー」

 鏃に付いた血を飛ばし、矢筒に収める。
 そうして女は駆け出した、白緑が混じる鈍色の短髪を風で僅かに靡かせて。

「アレン・テーミッシュ・ラ・ボード・アルメー、黒目黒髪男の子、覚えてるよー」

 狙う存在を思い出して、薄暗い森の中を駆け抜けていった。



[17243] 39話 手を組みたくて考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/09/25 00:49

 腕から力を抜いて走る、腕を振ると言う力の無駄になるような事をしない。
 疾走、隊列を乱さず俊敏な獣を超えた速度で森の悪路を走る。
 ……正直言ってこんな走り方が出来るとは思わなかった。
 上半身を前に45度ほど傾け、転倒しそうな前傾姿勢に、腕をぶらぶら。
 普通ならば速度が遅くなるどころか、転倒してもなんら不思議でない走り方で文字通り風を切って森の中を駆け抜ける。
 
 転倒するほど大きくずれる重心を風圧で支えて走り、前方の景色があっと言う間に後方へと流れていく。
 傍から、じゃない人間から見ればどう人間が頑張っても出し得ないスピード。
 それも凸凹で高低差がある、そこそこ険しい山道と言って良い森を跳ねながら駆け抜けている。
 もし人間が見ていたら間違いなくビビる、移動に四苦八苦する森の中で、敵がこんなスピードで迫ってきたら泣ける。
 人間だった頃の俺なら悲鳴を上げて即180度反転して逃げるね、間違いない。

 とりあえず自動車をぶっちぎる位にはスピードが出てる、まぁそれでも引き離せない人たちが追っかけて来てるが。

「目標まで推定70秒、移動していなければですが」

 斜め後方から聞こえる声。

「移動してたらまた『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』で探しますよ」

 休憩が終わり移動し始めたのは良いものの、ぜんっぜん見つからないので『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』使いましょうって事に。
 で、使ってみたら一組が生存している事が分かった、だったら行くしかねぇよな! って事で迫って来る二組三組同盟から逃げている最中。
 作戦は一つ、と言うかそうせざるを得ない状況に持って行く事。
 味方になり得る俺たちが敵を引っ張ってきて現れる、その時全滅を先延ばし、あるいは勝利を得る為に選ぶ最善の行動は?

「約15秒後に下り坂、足止めを掛ける。 アース・ウォール用意」
「『〈我が前に聳え立ち守れ、土の壁〉』」

 乱立する木々を避け走り、復唱するように口語にて呪文が綴られる。
 傾斜20度ほどの森の坂道、数分掛けて上り続けた小高い丘、山に相当するかもしれないこれの先に一組が居るはず。
 土と根を踏みしめて、数歩で終わる天辺から反転した角度の下り坂。
 スピードを緩めるわけも無く、滑走路から飛び出す飛行機のように飛び出した。

「───」

 浮遊感、空中を横滑りに移動して……。

「あぶっ!」

 木にぶつかりそうになる。
 身を捻る……だけでは避けれずぶつかるので、風を操って軌道修正。
 僅かに落下軌道がずれ、ぶっとい木の真横を通り過ぎる。

「っと」

 3秒ほどの滞空を経て、地面へと着地して再度駆け出す。
 それぞれの着地の一歩が地面に足跡を付け。

「アース・ウォール」

 装填されていた魔法を足伝いに地面へと叩き込み、背後で音を立てて土の壁が迫り上がる。
 同じ様に着地して踏み込む足で魔法を地面へと流し、次々と土の壁を乱立させる。
 あっと言う間に乗り越えるのが大変な土の壁が一杯、待ち伏せを警戒するか前と同じ様に足止めと判断して無視して乗り越えるか。
 あ、罠使えるか聞くの忘れてた、そこまで頭が回らなかったわ……。
 まぁ次から気をつけるとして、とりあえず。

「前方に罠、自分に続いて飛んでください」

 スピードを上げて隊の一番前に躍り出る。
 目には『〈暴き通す瞳〉オープンアイズ』、物理的探知の『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』とは違い。
 魔力的と言えば良いかか、『〈暴き通す瞳〉オープンアイズ』は加工された不自然な魔力を目で捉えることが出来る。
 『〈暴き通す瞳〉オープンアイズ』は目視範囲内しか探知できないが、『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』は全方位領域内を探知できる。
 利点と欠点の比べ、その状況にあった方を使う訳で。

「3、2、1」

 空中に浮かぶ光学的目視が出来ない魔法、一メートルほどの高さで浮かぶ不可視の動体感知式爆弾と言ったところ。
 目に見えず空中に浮いて有効範囲内に足を踏み入れればドカン、えげつないと思われるが時間経過と共に魔力が拡散していき、十分も経てば消滅するようなもの。
 物理的な地雷などとは違い、時間が経てば消滅して動物など他の存在に被害を与えにくい。
 そもそも魔人相手にはあまり効果が無い、どちらかと言えばドラゴン、巨人や魔人以外からの追撃を足止めするために使用される。
 正直1-1のクラスメイトならば障壁を纏っていれば正面から突っ込んでも問題ない、設置して数分と経っていないものでも致命傷を与える事が難しい。

 ……うん、どう考えても人間とそれに近い存在に対して使用する魔法です。
 まぁ魔人相手にも使えるが、起動した時の爆音とかで位置を知らせる感じが強いか。
 当たって魔力消費や位置を知られるのも嫌だし、一気に踏み込んで跳躍。
 なんともいろんな意味で危ない、魔法爆弾を飛び越えて避けようとすれば。

「いっ!」

 一目で発見できる木の横に置かれた魔法爆弾の上、『〈暴き通す瞳〉オープンアイズ』の視界内に僅かにはみ出し揺らぐ木の裏に魔法爆弾。
 なんとも丁度良い高さ、あっさり二重の罠に引っかかって舌打ちしながら。

「『フレイムボール』!」

 爆発に巻き込まれるのは嫌なので、向けた腕先から炎の球を撃ち出して誘爆させる。
 こんな罠にあっさり引っかかって悔しい! ドゴンドゴン!
 チームメイトの視線が痛いけど気にしてる場合じゃねぇ!
 自分にイラっとして見える範囲にある他の魔法爆弾にもフレイムボールをお見舞いする、こいつもおまけだ!

「『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』!」

 瞬時に広がる探知領域、背後から迫る敵同盟に離れて行っている一組。
 数は五人、敵同盟に襲われて三人やられたが何とか撤退できたのだろう。
 全滅していないだけでも儲けもの、今は探知に引っかかったから移動し始めている。
 逃がす理由は無く、むしろさっさと接触したいくらい。
 いつまで経っても追いかけっこやってる場合じゃないですよ。

 そんな思いが通じたのか、『〈我が領域に不明有り得ず〉サーチャートーカー』連発してたら一組の移動が止まっていた。
 観念したか、どうせ迫ってくる俺たちを迎撃しようって事だろうけどさ。
 例えそうだとしても逃げるのを止めてくれたのならチャンスに違いない、ここは一気に行く!

「一組は止まりましたから、ここは一気に行きましょう」

 これ以上速度を上げると付いて来るのが難しくなるそうで、仕方ないから今の速度を保つ。
 ……罠の起動による爆音で待ち伏せ無しと判断した二組三組同盟も壁乗り越えてきたようだし、つくづくさえなくて泣ける。
 追われる立場は分かってると思ったが、如何に速く遠く逃げるか考えてばっかだったなぁ……。
 戦術面も学ばないといかんな、もたもたしてる暇無いだろうし。
 腕に魔法を装填して、炎の球を撃ち出し罠を破壊する。

「そろそろ来ま──」

 罠が爆ぜて爆炎を上げる、罠の向こう側で待ち伏せているだろう一組を想像して。
 ほぼ真横からの視線を感じた。

「申し訳──」

 視線を向けた先には灰色が揺れて、紺色の瞳と視線が重なる。
 対処しようと一気に足を踏み込んで足を止めようとするが。

「ありません!」

 謝罪の言葉と同時に右側面からの跳ね上げられた前蹴り、足が地面に付く前に蹴られ、踏み込む位置が左足よりさらに左へと大きくずれバランスを崩し。
 慣性そのまま前のめりに倒れそうな状態でさらに蹴り、顎に叩き込まれた膝で顔が跳ね上がり。
 止めとばかりに前方からの視線、壊れた罠の煙をぶち抜いて蹴りが飛んできた。

「ハァァァッ!!」
「ま゛!」

 弾丸の如く飛んで来たのは赤、どこぞの昆虫改造人間のキックのように当たり炸裂。
 相対速度のお陰で、ぶっとい木も砕く蹴りがより凶悪な物となって俺を吹っ飛ばす。
 一瞬で起こった事により、俺は進行方向から反転して蹴り飛ばされ、チームメイトとすれ違い、ぶつかった木を圧し折って転がった。
 腕を出して地面を掴み転がるのを止め、障壁で軽減しきれなかった衝撃が胸と背中に襲い掛かって盛大にむせる。

「あっが、はっぃいっでぇえ!」

 うつ伏せの状態から腕で上半身を起こして、何度もむせ込んで咳。
 超いてぇ! 耳鳴りまでも聞こえるほど、あっと言う間に不快感が増大して気分が悪くなる。
 放っておくと吐きそうになる、『〈我が掌に光よ集まりて、ささやかなる癒しを〉キュア・エイド』を自分に掛けてダメージを消す。
 やっぱり胸が光り、食らった蹴りの威力を物語っている光景を見る。

「……くっそ、やっぱ出鱈目だ」

 直径30センチを超えていそうな木が圧し折れ、斜めとなって他の木に寄り掛かっていた。
 その木にぶつかり圧し折った俺は胸と背中が痛いだけで、もう治癒魔法でダメージが完全に抜けていたりする。
 全く持って魔人はとんでもねぇ、そう思いつつこのままではいけないと立ち上がって声を上げる。

「ストップ! 攻撃中止! 止め止め! 近くに寄れ!」

 両腕を振りながら、一足での跳躍で5メートルとか飛び上がって空中で殴り合う人たちとか。
 残像を残しそうな速さの回し蹴りを放ち、まるで達磨落としのように蹴りこんだ木の部位を吹き飛ばしたり。
 四大元素を活用した攻撃魔法が飛び交うその光景を止めようと大声を上げる。

「下がれって! こっち来い! 一組も攻撃止めてくれ!」

 そんな俺を見てヴォーテルポーレスさんが盛大な舌打ち、ガード不可の状態から蹴り込んだのに気絶させられなかったのが悔しいのか。
 残念だったな! かなりビビッたが障壁が間に合ったお陰で気絶せずに済んだぜ。
 とりあえず俺の言葉に従い、相手から離れるため飛び退いてその後回りこんで俺のもとに寄るチームメイト。
 そんな光景にキュネイラさんは睨むように俺、ではなくチームメイトに視線を向けていた。

「戦いに来たんじゃないんです、僕たちと手を組みませんか?」












 その頃、一人の女性がせっせと走っていた。
 教師や警備員とも生徒とも違う存在が、生い茂る草を掻き分けながら森の中を進む。

「えーっと……、こっちだねー」

 上げた右手の指先、それはその方向に目的が居ると示していた。

「……あーんー、どんな子かなー。 よっぽど怨まれてるんだろうねー、目も当てられないクズな子供かなー」

 少なくとも矢を二本は体に撃ち込めって言ってたしなー、でも一発で吹き飛んじゃうよ!
 人に怨まれるって大変だなー、と適当に考えながら進み続けて草々が開ける。

「……あれかなー?」

 もう一度上げた指先、示す先は眼下に広がる広大な森。
 垂直に近く切り立った崖の上、左手を額に翳しながら目を動かす。
 僅かに指先、その指に嵌めた指輪から細長く弱々しい光が出ている。
 その光の線と同じ方向を見ると。

「居た居たー」

 木々の葉で作られた自然の天井の隙間、注意して見れば葉の揺れとは違う存在が見える。
 結構遠いけど十分に届く、ここなら良いかなー。

「んー、どれかなー。 わかんないなー、黒い子だよねー?」

 確かに居る、それは分かっているけど葉っぱが多すぎて誰が誰だかわかんない。
 とりあえず弓を手に取って、目標が移動している方向と並行して歩く。

「もうちょっと向こうに行けば分かるんだけどー」

 葉っぱが少ない、今移動してる方向の先は少し開けた場所がある。
 あそこならしっかり分かるのに。

「……そっちそっち!」

 下ではなんか戦ってるみたい、うろちょろして真っ直ぐに進んでない。

「……ちがーう! そっちじゃないの! ……そうそう! まっす……なんで曲がるのー!」

 一人崖の上で飛びはね、行って欲しい方向に行かない事にイライラする。
 一生懸命あっちの開けた場所に行ってと念じながら、時に声を上げながら見守る。

「……そう! そっち! よーしよーし! そうそう!」

 足を止め矢筒から矢を取り出し弓に番え、目標確認と同時に射るための体勢。

「まっすぐー、まっすぐー……」

 倒れる木々、走る子供たち。
 元気良いなー、と考えて。

「……黒ー!」

 番えた矢に軋ませながら鋼の弦を引いて、木々の葉っぱの下から身を躍り出た黒を認識。
 それと同時に指を離し、引かれた弦が元の位置に戻ろうとして矢を押し出した。

「……あれー? 何で分かったんだろー?」

 撃った後に疑問が浮かんだ、矢を番え射る前に黒い子がこっちを見た。
 この距離で気が付くなんておかしいなー、殺気なんてだしてないしー。
 でも方向的に私は見えないしなー、何で私が居る事に気が付いたんだろう?
 そう考えながらこっちに気が付いて、一射目を飛び避けた黒い子に二射目。
 見えたのは黒い髪に黒い瞳、かなーり珍しい色でどうにも気になっちゃうね、まぁ死んでもらっちゃうけど。

「……よーし、次で終わりー」

 瞬間的に目標へ到達した矢、一射目はギリギリで避けられたけど、次は当たったし。

「さよーならー」

 矢筒から矢を取り出し、弓に番え撃つまでコンマ三秒も無く。
 狙いも連なって撃ってから目標に到達するまで一秒も無い、自信を持って射抜けると判断した。
 現に髪が黒い男の子のお腹を貫いて地面に縫いつけた、盛り上がった土で威力を殺されたから吹き飛ばせなかったけどー。

「さー……、むぅ」

 今度こそ撃ち抜いて吹き飛ばしたと思ったらー?

「愛されてるねぇ、このっこのっ!」

 縫い付け射抜いたと思ったら射線上に灰色の髪の女の子が割って入ってきた、お陰であの子には当たらなかった。
 外されたー、男の子と同じ様に土で威力を削いだけど、お前さん程度じゃ止められないよー。
 矢で撃ち抜かれ胸近くををごっそり無くしながら、女の子が吹き飛び転がっていく様を見つつ四射目、今度こそおわりでさよーなー……。

「なんなのー」

 今度は別の女が割り込んだ、土の壁を幾つも作って威力を削いだ後、矢を横から蹴り飛ばした。
 そいつは灰色掛かった紫、長い髪を揺らしてこっちを見てた。
 うーん、強い! 近寄られたら危ないかなー。
 どうしよ、あれが前に居るんじゃあたらないしなー。
 とりあえず必殺技で丸ごとやっちゃおうかな、そっちの方が早そうだし。

「今度の今度こそさよーなー」

 指を離そうとして身を屈める、もう邪魔ばっかだねー。

「じゃまー」

 飛んできたナイフ、その方向に弓を向ける。
 足を大きく開き上体を支え、大きく傾いたまま射撃体勢。
 番えた矢の鏃と左指の指標とし、群青色の髪に束ねる黒いリボン、黒に近い色の軽装の鎧を着込んで、両手に剣を持ち、木を盾にして蛇行しながら走り寄ってくる女へと向ける。
 体の大きさ同じくらいかな? 魔力も結構多いなぁ、あぶないかも。
 危機感など微塵に感じない考えで、目標を破砕する矢を放ったけど……。

「すご!」

 撃ち放った矢は間違いなく当たったけど、重ねた剣で逸らされちゃった。
 正面で重ね斜めに構え、矢に当たった砕けた刀身が薄暗い森の中で煌く。
 まぁ両方とも砕けたからいいかな?

「じゃまするならやっちゃうぞー!」

 砕けた剣を投げ捨て、腰に据えてある短剣を両手に取ってさらに踏み込んで来る。
 それに対して剣を持つように斜めに弓を構え、走り寄ってくる女に向かって突っ込む。

「弓だからって近くで使えないと思ったら大間違いー! でぇや!」

 思いっきり振り下ろし、叩きつけたけど当たらないー。

「それはあぶないよ、うん」
「………」

 身を屈め、弓の打撃を潜り抜けてからの一閃、あやうく胸を刺されちゃうとこだった。
 短剣には短剣で! 刺さったら痛いし、あぶないあぶない!
 持ってて良かった短剣! そういえば誰かから貰ったんだっけ、これ。

「そりゃ!」

 ギギギと音を立てて鬩ぎあう短剣をお互い跳ね上げつつ膝、それと同時に左手の短剣を翻す。
 膝に腹、脇に短剣、避けてみなさーい!

「おー、そういえば貴方も同じクチ?」
「………」

 火花を散らしながら短剣を受け止め、膝蹴りを避けての返答は右手の短剣。
 それを左手の短剣で再度鍔迫り合いに持ち込み、顔を近づけて笑う。

「あれあれ? ……あのこいいよねー、こう思い出すと胸が熱くなっちゃうんだけどさー」

 私の声に顔を顰めちゃう人、もっと笑おうよー。
 私の右手に持つ弓と相手の左手に持つ短剣が押しつ押されつつ、鬩ぎ合って一進一退。

「あの目を見た時に『きゅーん』って来たね! あなたもそうなんでしょー? 分かるよー、これってなんだろね?」

 左手の短剣で突いて薙いで振り下ろす、その度刃がぶつかり合って甲高い音を立てる。
 お互い力を逃がして体勢を崩そうと足を運び、草々を踏み倒しながら崖から離れる。

「一緒に居たいなー、……そうだ! こんなのもう止めて一緒に居ればいいんだ!」

 お金も一杯あるし! どこかにお家でも買って一緒に過ごせばいいんだ!
 ひとを殺してばっかりも飽きてきたし、ゆっくりしたいね!

「やったね! お嫁さんにしてもらおう!」
「……ふざけた事を」
「んー? なんで? お母さんがずっと前に言ってたよ? 『好きな人と一緒に居れば良い』って、あなたも好きなら一緒に居ればいいのに」
「……少なくとも、貴様はあの方と一緒に居られる事など有り得ない」
「そんなのわかんないよー? 男の人ってお嫁さん一杯もらえるんだよね? だったらあなたもお嫁さんになればいいのに」
「聞こえなかったか? 貴様にその未来は無いと言っている」

 わかんない人だなー。

「なりたくないならいいけどねー、あなたがあれんくんと一緒に居るのをじゃまするならゆるさないよ!」
「違うな、貴様が邪魔をしているんだ!」

 なんでー?

「もういいよ、いってわかんないならつれて行くだけだから!」
「……忠告しておく、本当に止めておけ。 冗談抜きで貴様は死ぬぞ」
「そういった人何人もいたけど、ぜんいん死んじゃったよ? だったら死なないよね」
「……そうか、貴様は……。 情けだ、ここで死なせてやろう」
「だからむりだってー」

 一歩踏み込んで。

「えい!」

 頭突き、鈍い音がなってお相手さんは仰け反った。
 ちゃんすちゃんす、睨んでくるけどしーらないっと。

「はい、さよーなーってぇー!」

 さっくりズッキリ、背中にとっても痛い。
 一人じゃなかったのかー。
 何本も刺さって痛いけど抜いちゃう時間無いしなー、そこで良い考えが浮かんだ私!

「てい!」
「チッ!」

 手を伸ばして捕まえようとした、人質に使おうと思ったけど無理だったー。
 やっぱりさっさと逃げてれば良かったかなー。

「そぉい! 『〈我が前に聳え立ち守れ、土の壁〉アース・ウォール』! 連発ぅ!」

 周囲に一瞬で迫り上がる土の壁、これを使って逃げちゃうぞー!









「ひゅー、しんじゃうとこだったねー」

 何とか逃げ出せた、強い人が一杯湧いて出てびっくりした。
 木や草でもっさもっさの森を抜け出し、ずーっと追いかけてくるのにはちょっと怖かったねー。
 でも逃げ切れたから問題なし! とりあえず寝る所に戻ろう。
 ずーっとの街に居たらおいかけてくるだろーしー。
 ぐっすり眠れないのはちょっといやだなー。

 それにしてもズッキンズッキン体中色々刺さって痛いし、とりあえず抜いとかなきゃ!
 体に刺さる短剣とか抜いていく、目にも刺さったしとっても痛いけど……。
 まぁでもあの男の子を知れたことが一番の事だよねー、割に合わないと思ったけどお金いっぱいもらえるよりいいことみつけた。

「よかったなぁ……」

 ちょおーっと想像、あれんくんはどんな風に笑うかな? どんな声でしゃべるのかな?
 傷治しちゃってあれんくんの事を考える。
 たしかお嫁さんはお料理作れなくちゃいけないんだったよね、お洗濯もしなくちゃいけなかったよね。
 一杯練習したら美味しいって言ってくれるかな? 上手に洗えたねって褒めてくれるかな。
 うーん、お母さんの話もっと一杯きいてればよかった。

 ……まいっか! まずはお家買って、あれんくんつれてきて一緒に住むんだよね。
 あ! お洋服とかもいるなー、一緒に買いに行けばいっか!
 どんな服が似合うかな? 私も可愛い服着なくちゃね。
 わかんないことあれば聞けばいいし、あれんくんが喜ぶ事すればいいんだよね?

「うー、たのしみ!」

 心躍らせる、そういえば昔もこんな事思っていたねー。
 大好きな人と一緒に過ごして、子供がいっぱいいてね。
 愛してるよー、私も愛してるよーって。
 ……そうだったなぁ、お母さんが居なくなってから考えなくなってたなぁ。
 あ! あれんくんと一緒にお母さん探しにいくのもいいかも!

「……ん? ……あ」

 唐突な右下腹部、ズキンと来る鋭い痛み。
 あれんくんのこと考えていて、なんだろうと思って下を見れば……。

「……あれ?」

 鈍色の先が尖ったもの、剣の切っ先がお腹から生えていた。
 刺された? いつ近寄られたの? 逃げなきゃ。
 即座に帰結した思考で体を動かそうとして、衝撃と痛み、そして視界が激しく回った。
 天地が回る視界の中、受身取らなきゃ、そうして受身を取れる事無く頭から落ちた。
 痛い、何で。

「……あ」

 くらくらする視界、とっても痛いけど頑張って体を起こしたら……。
 あーあ……、これじゃあ受身なんて取れないよねー。
 なんたって上半身の無い私の下半身がちょっと離れたところにあるし。

「依頼してきたのは誰」

 私の下半身、腰から上が何も無い向こう側に一人の小柄な少女。
 かわいいねぇ、そう思うほど子供。
 その姿に不釣合いな無骨で細身の剣を持って、私を見下ろしていた。
 風で揺れるのは鮮やかな淡紅色で、毛先は雪のように白い。
 何も浮かんでいない瞳は青白く、ただ淡々と状況確認をするように。

「……ぃぎゅ、知ってると、思う?」

 痛みが意識を遮る事無く、その姿を見て確信した。
 夢は夢だった、思うだけで実現する事の無いただ楽しいだけの希望。
 疾うの昔に捨てざるを得なかった夢、でも良かった。
 考える事も思い出す事も無かった夢をもう一度見れた、なんかそれだけで嬉しいなぁ……。

「聞いただけ、思わない」

 おんなのこは剣で私の下半身をどかして、こっちにあるいてくる。
 ここで死ぬ、殺される。
 覆る事の無い運命を感じながら。

「……いい夢だったなぁー……」

 心残りは、お母さんが言っていた好きな人と居られなかった事。
 出来なかったから最初で最後の夢を抱きしめて、ずっと眠っていよう。
 またいつか、どこかで会えたら良いなぁ……。



[17243] 40話 潜りながらも考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/06/09 05:35

「申し訳有りません、取り逃がしてしまいました」

 鬱蒼な森の中、正円の白い水晶に似た、人の頭ほどある通信球に向けてラアッテは頭を下げ謝罪を述べる。

『……顔は?』

 箱の中に収められた通信球からの返答と同時に、中の結晶が変化して彩りを変える。

「押さえました」
『……そうか、アレンの様子は?』
「傷は既に完治しております、毒の類も反応は有りませんでした」
『そうか、それは良かった。 ……下手人は網をすり抜けて来たか』
「……申し訳有りません」
『随分とすんなり接近されたな』
「責任は全て私に有ります、如何様な処分も頂戴致します」
『接近を見逃し、攻撃を許したのは大きい』

 変わらない口調、だと言うのに耳に入れた瞬間背中に刃を押し当てられたような、底冷えでさえ生温いと言える耐え難い感覚。
 レテッシュの発する声に、ラアッテは見えないはずの冷徹な表情が脳裏に浮かぶ。

『だが、どうにもきな臭い。 一概にラアッテに責任を取らせるのも考えさせられる』
「……は」
『沙汰は追って知らせる、それまでは責務を果たせ』
「必ずや」
『……それとアレンを早退させ、グレンマスの娘も一緒に連れて来い』
「了解致しました」

 それを最後に、通信球から彩りが消え、通信が切れた事を意味する無色透明の球体になる。

「……はぁ」

 大きく息を吸って吐き、肩を落とす。
 気が付けば拳を握り締めていた、その内側には汗。
 さらに力を入れ過ぎていたせいか、血も滲んでいる。

「『〈我が掌に光よ集まりて、ささやかなる癒しを〉キュア・エイド』」
「ああ、助かる」

 掛けられた治癒魔法、傍に控えていた副長に礼を言う。

「いえ、我々の所為でも有りますから……」
「言うな、これは私の責任だ」

 痛恨、閣下が指摘されたように接近を見逃し、攻撃を許したのは大きすぎる過失。
 そもそも攻撃する瞬間まで『気が付かなかった』、探知の補助、底上げを成してもそれは気配の欠片を感じる事も無く侵入してきた。
 気が付いたのはあの暗殺者が弓に矢を番え、アレン様に向かって矢を射る瞬間。
 発見した時は驚愕に塗れ、一も二もなく全力で駆け出していた。
 どう足掻いても間に合わない、全力で駆けても間に合わない。

 なんと言う不甲斐なさ、暗殺者が矢を放つ瞬間、悲鳴のような叫び声を上げてしまった。
 何のための護衛か、いとも簡単にすり抜けられ攻撃を許し、その上逃げられた。
 誰がどう見ても失態、十人が十人とも口を揃えて指摘するだろう大失態。
 その中での唯一の救いは護衛対象であるアレン様が殺されなかった事。
 アレン様の能力、挺身したグレンマスの娘、担当教師による攻撃の阻害。

「……良かった」

 初撃を避け、二射を削り耐え切ったアレン様、自らの体を盾にしたグレンマスの娘と攻撃を外させた担当教師。
 アレン様には驚きと喜びを、グレンマスの娘と担当教師には感謝を。
 特にアレン様が生きておられる事がなんとも嬉しかった、だがアレン様の今後の事を考えれば些か気落ちはする。
 こんな失態の後では自分に今後があるとは思えないけど、今回の任が終わるまで任せてくれた事を感謝して。

「アレン様が早退なされる、撤収準備!」

 護衛隊に号令を掛ける、今回は期待に答えられなかった。
 次が有ろうが無かろうが、今は全力で任に当たると気を締めなおした。







「………」

 学園の第七保健室に有るベッドの脇、木製の椅子に座ってベッドで眠る人を見る。
 鎖骨辺りまでブランケットを掛けられ、頭を乗せる枕には艶のある灰色の髪が流れている。
 あの後演習は中止、怪我した俺とキュネイラさんは治癒魔法を掛けて命に別状は無かった。
 土と魔力障壁で威力を落とし、衝撃で気絶せずに済んだ俺とは別に、飛来してきた矢の衝撃に耐え切れず意識を手放したキュネイラさん。
 正直に言わなくても感謝の念が絶えない、射線上に割って入ってくれなかったら確実に俺は死んでいた。



 始まりは一組と同盟を組む事になって、此方が戦いやすい場所に移動しようと言う事になった時に起こった。
 走って下がりながら良い場所を見つけ陣取ろうとした時、二組三組の同盟が迫ってくる方向とは全然違う、右斜め後方からの視線を感じた。
 かなり遠く、数キロは有っただろう距離、視線を上げ向けた先には何かを構えた女性。
 視線が合った、そうして何かを構える女性は笑みを作った。
 背筋に悪寒が走る、浮かべた笑みを見てではなく、構えているそれ、弓を見ての悪寒。
 
 瞬間周りや次の動作の事など考えず、全力での回避。
 傍から見ればシュールで可笑しな動きだっただろう、見て笑い声が起こって当たり前な奇妙な動き。
 ポーズなど気にしてる余裕など無い、ただ避ける事に全身全霊を掛けての行動。
 それでも飛来したそれを完全に避ける事は出来なかった、容易く障壁を撃ち抜いて左内太ももの皮膚を抉って傷を作る。
 数キロもの距離を一瞬にして埋め、優に音速を超えた矢が衝撃波を生み、俺の全身を打った。

 まるで爆発、穿った地面を吹き飛ばし、衝撃波で簡単にバランスを崩す。
 発生したソニックブームだけで障壁が大きく抉れ、伝播した衝撃波は木々を打って青葉を吹き飛ばし。
 もっと近い位置に居たチームメイトすらも押し飛ばす、踏ん張って耐えることが出来ない風。
 バランスを無視した最速の回避運動、不安定な空中での姿勢、人を簡単に吹き飛ばす風圧。
 如何に人間より優れた魔人でも出来ない事はある、どう足掻いても無力な状態。

 そこに第二射、足が地面に付く前に俺の体を吹き飛ばす矢に対し。
 土の壁、魔法なんて使う暇なくただ土を盛り上げて壁を作る。
 よくやったと自分を褒めてやりたかったが、ただの土の塊などあっさり吹き飛ばして俺の腹を抉り、長い矢が地面に突き刺さり縫い付ける。
 今まで食らった事が有る攻撃とは比較にならない衝撃、全身に伝播して痺れたように力を奪い去る。
 気絶せずに済んだのは幸か不幸か、保った意識に最大級の警鐘。

 拙い所ではない、死んだと確信できるような状態。
 ほんの数秒だけの力の喪失、その数秒の間に死が飛んでくる。
 見える、弓を構え、矢を番え、笑みと共に弦に掛けた指を離す。
 感慨も何も無い、抗う事を奪われ、その身に享受するしかない死を見る。
 死んだな、そう思う事すらなく、ただ見つめるそれの前に立ったのがキュネイラさん。

 纏える最大の魔力、威力を削ぐ土の塊、何者も通さないという意志。
 それは功を奏した、一撃必殺の攻撃を貶めた。
 即死から致命に、それでも善意を持つ他者が居なければ死んでしまう物だったが。
 下手をすれば並んで串刺しになる矢を、身を持って逸らした。
 一部の右の乳房や肋骨、肺なども吹き飛ばされ、血と肉を飛ばしながら俺の直ぐ脇を通り過ぎた。

 身を挺して守られた、だがそれは一秒ほどしか時間を稼げない。
 命を掛けても一秒、それが歴然たる事実。
 遠くから向けられる、次こそは、その意思が伝わる視線。
 力はまだ戻らない、次も避けられない。
 確定していた事はただの思い込み、目前に幾つも迫り上がる土の壁。

 閃光の如き速度で飛来する矢を捉え、土の壁で威力を削ぎ、それでもなお死を齎すそれを、空中で身を捻り繰り出したつま先で蹴り飛ばす。
 蹴り飛ばして逸らした後着地し、灰色掛かる紫色の髪を靡かせ、動けない俺の前に立つのは先生。
 九死に一生がごく短時間に二度、それを経て足に、腕に、全身に力を戻り始める。
 足に力を込め、腕を動かし腹に刺さる矢の箆を握って、鏃の返しを無視して引き抜いた。
 肉を抉って血を撒き散らす鏃、引き抜くと同時に矢を手放して身を翻す。

 射手の対応は駆け寄るラアッテさんに任せ、全力で倒れているキュネイラさんに走り寄る。
 膝を着いて見るのは仰向けの彼女、目を向けるのは右脇にぽっかりと、胴の三分の一ほどもある穴。
 血に染められ砕けた白い骨と肉、完全に抉り取りもう死んでいるんじゃないかと思えるような怪我。
 だからと言って治癒魔法を掛けない理由には成らない、即右手を傷口に翳して。

「『〈我が掌に光よ集まりて、すこやかなる癒しを〉キュア・レイド』!」

 全力を込めた治癒魔法、殆どの外傷に対して効果がある光が傷口に灯る。
 だと言うのに傷口に変化が見られなかった、効果が足りないのか。
 過剰な魔力の注入、腕に走る痛み、ありったけの魔力を魔法に込めるように。
 死ぬな、ただそれだけを思い。

「『〈我が掌に光よ集まりて、おおいなる癒しを〉キュア・アレイド』!」

 使える魔法で治せないなら、使えない魔法に賭ける。
 上位治癒魔法、千切れた体の一部分でも繋げられる最上位の治癒。
 命も繋げ、出来なければ意味が無いとさらに魔力を込める。
 手を覆うほどの光へと膨れ上がり、傷口に降り注ぐ光球を持って漸く効果を現した。

「戻って来い!」

 光球が傷口に触れると同時に、自然では有り得ない超常現象を引き起こす。
 傷口の骨が折れた部分から生えてくるかのように形成され、その周りに神経が走り、神経を覆うように肉が付く。
 そうして矢によって欠けた部分が見る間に復元、数秒で皮下組織が完成し、それを皮膚が覆って治癒が完了した。

「……っはぁー」

 魔人の強靭さに感謝した、あの状態でまだ心臓が動いていたお陰で助かった。
 多分動いてなかったら治らなかった、治ったとして人工呼吸と心肺蘇生で息を吹き返すかどうか分からなかった。
 呼吸もしている事を確認、これは多分大丈夫だろう。
 大きく息を吐きながら実習着の上着を脱ぎ、実習着の上着が大きく破けて右胸丸出しなキュネイラさんに掛ける。
 危険を抜け出してかバクバクと鳴る心臓、それを感じながら視線をあの崖に戻す。

「………」

 あの矢を撃ってきた人、ラアッテさんに捕まったのか追い払われたのか、どっちか分からんけど居ない。
 居たら治癒魔法を掛けている時も攻撃をしてきていただろう、すぐ向かってくれたラアッテさんに感謝だな。
 はぁ……、間接的な暗殺が出来なかったから物理的な手段に訴えてくるとは、まじでいてぇ……。

「ちょ、ちょっとアルメー!」

 ああん? 疲れてるんだから話しかけないでくれよ……。

「何してんのよ!」

 何って、怪我治してたの見て無かったのかよ。
 そんな事思っていれば声を上げた人、ヴォーテルポーレスさんが走り寄ってきて俺に向けて手を翳した。

「『〈我が掌に光よ集まりて、ささやかなる癒しを〉キュア・エイド』!」

 何をする気だと思っていれば治癒魔法、掛られてから気が付いた。
 矢によって俺の腹に穴が開いていることに。

「……ああ、ありがとうございます」

 全然痛みを感じなかった、まだ神経が麻痺ってたりしてるのか?
 塞がる傷口を見ながら、礼を言っておく。

「………」

 礼なんてどうでも良さそうに、俺とキュネイラさんを見るヴォーテルポーレスさん。
 見つめられても話しませんよ。

「無事か」
「何とか、ありがとうございます」

 危険が去ったと判断したのか、先生が歩み寄ってくる。
 それに立ち上がって向き直り、頭を下げた。

「二人が無事なら良い」

 そうして二組三組がこの場、森の中で少々開けた広場の周りに到着。
 それを確認して先生が声を上げた。

「演習は中止だ! 実習場管理棟前に戻るぞ!」

 それから宣言通り実習は中止で終了、俺がキュネイラさん運ぶ事になって保健室へ。
 歓迎パーティの時と同じ様にさっさと帰る事になった、学園長とまた話して頭を下げられた。
 俺も申し訳なくなって頭を下げた、俺が居なけりゃこんな不手際起こらなかったはずだし、気苦労掛けてすみませんと。
 責任云々はまたレテッシュさんに任せる事になった、そっち方向は俺が口を出せる事じゃない。
 それが終わって、帰る前にキュネイラさんが目を覚ましてないか見に来たが。

「………」

 目を覚ましていなかった、ただ眠って浅い呼吸を繰り返しているだけ。
 一緒につれて帰ってきて欲しいと言われたし、背負って帰るのはめんどくせぇ。
 立ち上がってキュネイラさんの耳元に口を寄せる。

「キュネイラさんは死んでないですよ」

 寝ている時も耳聞こえていたはずだよな。

「傷も綺麗サッパリ治りましたし、起きてくれないとお礼が出来ないんで困りますが」

 自己暗示による自分が死んだという思い込み、あんな強烈な攻撃食らって気絶したのに生きていると思う人は少ないだろう。
 その為、通常意識の覚醒を阻害するモノが無くなれば、短い時間で目が覚める魔人。
 常識となるほど昔からそうであるのに、目が覚めないのは何かしらの覚醒阻害要因があるんじゃないかと。

「……確かに、そうなると外から目を覚まさせる事は難しいと思うわ」

 保健室の先生にそういうのがあるんじゃないかと聞いたらこんな風に帰ってきた。

「そうね……、本格的に目覚めさせるとなると機材を用いた精神の解析が必要となるわ、とりあえず効果は期待できないけど手軽なのは話しかける事ね」

 ガシャガシャと機材を引っ張り出してきている校医を余所目に、言われた通りに声を掛けてみる。

「出来る事なら何でもしますけど、どうですか?」

 とか言えば瞼の下で瞳が動いた、何でこんな言葉で反応するんだよ……。

「……さっさと起きてください、寝ているままだったらこの話は無かった事になりますよ」

 そう言えば悪夢にうなされているような、僅かに顔を動かしながらうーうー寝言を言い始めた。
 なにこのいきもの、こんな反応するとは普通に驚いた。

「何をして欲しいんですか?」

 うーうー。

「……それじゃ分かりませんよ、しっかりと言ってください」

 うーうー。

「……残念! 時間切れ!」

 うっうっ。

 本当になんだこれ、実は起きているんじゃないかと疑う。

「……先生、駄目なんで御願いします」
「はいはい、これつけてね」

 と言われて、なんか丸くて平べったいもんを渡された。
 見れば先生はキュネイラさんの額に丸くて平べったいもんを貼り付けていた。
 ……予想が付いたけど、やっておかなきゃいかんのよね。
 俺も額に丸くて平べったいもんを貼り付ける。

「反応すると言う事は表層に意識が出ていると言う事よ、だったら軽い接触でも引っ張り上げられる事が出来る」
 
 らしいので、予想通りキュネイラさんの額に顔を寄せ、額を合わせる。

「目を閉じて、この子のことを考えて、額に魔力を流して」

 言われた通り、俺にべったりくっついてくるキュネイラさんを思い浮かべながら魔力を額に流せば。

「……ア、アレン様?」

 なんか白と黒と灰の空間、実際に色を認識出来ないのだが白と黒と灰の三色だと言うのは分かる空間に俺は居た。
 俺の名前を呼んだ人は床、立っているという感覚が無いが床に立ってこっちを見上げていた。

「……うそ、どうして。 こんな……」

 なんか頬に手を当てて体を横に揺らしていた。
 頬が染まっているように感じるのは気のせいだろう。
 とりあえず見下ろしつつ、手を差し出す。

「……手を取れと?」

 頷く、これもなんとなくだが上に行けば目が覚めるだろうと感じる。
 チラチラと何度も視線が上下に動かすキュネイラさん。

「……見えないんだから早く手を取ってくださいよ」

 この精神空間、か? なんか知らんがお互い裸、全身タイツを着ているような感じだから股間にあるものとか見えていたりはしない。

「す、すみません」

 頬を染めながら、と言っても白と黒と灰の色しかないが、頬を染めていると感じる。
 色を目視で識別出来ないのに、そうであると認識している辺り不思議空間過ぎる。
 キュネイラさんが手を伸ばしてくるも……。

「あら、どうして……?」

 手が届かない、主観的には十分手が届くのに、客観的に見れば全然手が届いていない。

「……何してるんですか、ずっと眠ったままがいいんですか?」
「そんな訳ありませんわ!」

 必死に腕を伸ばすも届かない。

「う、っ、この……!」
「………」

 何故か届かない、キュネイラさんは一生懸命手を伸ばしているけど……。
 俺のほうか、見下ろすんじゃなくて同じ位置に立つように考えれば。

「あ」

 あっけなく手が届いた、瞬間移動ですぐ隣に現れたような感じだ。
 そのまま手を握り、浮き上がるようなイメージを浮かべれば。

「……やっと目を覚ましましたね」

 視界に色が戻り、あの世界から抜け出した事が分かる。
 そうと分かればくっ付けていた額を離す、そのまま顔も離そうとすれば抱き付かれた。
 引き剥がそうかと思ったが、僅かばかりに震えている呼吸に気が付いて止めた。

「……大丈夫ですから。 死んでいません、しっかりと生きてますよ」

 耐え難い死の感覚、言葉には言い表せないそれを感じたのが相当怖かったようだ。

「ありがとうございます、キュネイラさんのお陰で助かりました」

 腕を回して右手で後頭部を撫で、左手は力を入れず背中に触れて擦る。
 あれは何度も味わうものではない、そう考えながらもう二回も味わってるなぁとか思う。

「ゆっくりと呼吸をしてください」
「ぁ、怖かったです……」
「ええ、分かってます。 もう大丈夫ですから」
 
 中と外の反応が全然違うな、出来る事ならなんでもすると言った事に反応してたから、聞いた後中でよからぬ事でも考えていたんだろう。
 で、外に戻ってきてみれば意識が途切れる瞬間の次、死んだと思う攻撃食らったし仕方ないか。

「本当にありがとうございます」

 もう一度礼を言う。
 それを聞いて腕を離し、離れようとするも今度は俺が離さない。

「え、ア、アレン様……?」
「まぁ僕も離したいんですが、その状態で離すと見えると思うんで」

 キュネイラさんは実習着のまま、つまりこのまま離れればブランケットもずり落ちてるし胸が見えるわけで。

「っ!」

 息を呑んだ。

「み……、見ましたか?」
「見てませんよ」

 性欲的な意味では。
 と言うか美人の胸を見て全く興奮しない俺は枯れている、と言うか終わってる。
 体が子供だからとか言う理由であって欲しいなぁ、そうじゃないならやっぱり終わってる。

「ほ、本当ですか?」
「見ました」
「ッ!」
「どっちがいいんですか……」

 そういう事を望んでるんなら羞恥心とか無くせよ、……ああ、本人の意思じゃなかったか。

「見ても見なくても変わらないと思いますけど、見て欲しいのなら離れますが」
「い、いえ!」

 とりあえず俺の背に回していた腕を自分の胸に当てて隠し、それを確認してから離れる。

「……着替えたら付いてきて欲しい所があるんで」
「……どこでしょうか?」

 ベッドから離れ、背を向けた後にがさごそと制服を手に取っている様な音が聞こえる。

「僕が今住んでる家ですよ、礼が言いたいから連れてきて欲しいって」
「分かりました」
「外で待ってますんで、着替え終わったら出てきてください」
「はい」







 そうして今噂の史上最年少首席合格者の少年が扉を開けて出て行く。
 その少年と抱き合っていた娘は、破けている実習着を脱ぎ着替え始める。

「……うーん、青春よねぇ」

 男女別学じゃあないのに、周りには女ばっかりで近寄れる男なんて居なかったのにね。
 ああ、私はいつか結婚できるのかしら……。

 そうして第七保健室の校医は、機材を押しつつ全く男との出会いが無い事に嘆いていた。



[17243] 41話 処刑されながら考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/07/22 02:20

「おかえりなさい、アレン」
「よく帰った、アレン」

 玄関の扉を開けると同時に迎えてくれるのは何時もの二人。
 ただいま、と返して玄関へと上がる。

「いらっしゃい、キュネイラさん」

 僅かに首をかしげ、ニコっと優しさ溢れる笑顔で笑う母さん。

「お久しぶりです、ヘレン様」

 対するキュネイラさんは勢いよく頭を下げる、そっちまで狙うのか知らんが『お義母さん』になるかも知れない相手からか。
 キュネイラさんが頭を下げた先にはスカートが長い白のワンピース、若作りしている訳でもないのに、人間で言えば十代後半の美少女に見える。
 どこぞの戦闘民族の如く、戦うためかどうか知らんが若い時がかなり長く続くために、百や二百と年齢を重ねても姿が若いままの人が多い。
 人間換算六十や七十の年齢になっても、二十代前半に見える人も存在する。
 つまり母さんはまだまだこの容姿のまま長い年月、ずっと同じ容姿のまま過ごす事になる。

 うん、子持ちに見えねーよ。

 レテッシュさんも同じだろう、母さんより若いだろうしな。
 よほど強烈な外的要因、上位治癒魔法でも治せない怪我でもしなきゃ老化し始めるまでそのまま。
 と言ったら俺もそうだし、死ななきゃ長い期間成長した姿のままなんだろうなぁ。
 そんな事を思いながら屈んで靴を脱いで、靴箱に入れてたら。

「アレン」

 声が掛かり顔を上げれば、明るい金色の髪が肩に掛かった。
 上体を起こした俺に手を伸ばし、横から抱きついてきた。
 体勢が悪いから母さんの正面に向き直り、首に回した腕を解き、背中へと回し直す。

「ごめん」
「無事だったのだから」

 心配させたと言う点で謝る、さすがに泣いてはいないが声が何時もとちょっと違った。
 お互い背中を擦り、離れた。

「……まだ何かあるの?」
「そういえば、したこと無かったわね」

 と、左腕を俺の頭より上に上げて、その左手を俺の頭の上に乗っけた。

「………」
「頑張ったわね」

 母親が息子の頭に手を乗せる、バイオレンス的なものじゃなければ小さい子供にする頭をなでなで。
 確かに頭なんて撫でられた事なんてなかったが、……これなんて言う処刑?
 現にレテッシュさんとキュネイラさんは少しだけ笑ってこっちを見ている。

「………」

 なにしてるん? たぶんジト目の俺は母さんを見る。

「アレンは何でも一人で出来ていたから」

 ……あーあー、『俺』になった時から意識ははっきりしてたし、日常生活で必要な事は殆ど自分で出来た。
 握力が足りないなら魔力で強化し、脚力が足りないなら魔力で強化し、そんなこんなで普通に歩き回る生後一年ほどの子供だった。
 物を教えてもらうにしても、シュミターさんが何時も良い所に居るから話を聞いたりして覚えたし。
 よく出来ました、なんて褒められる事は無かった。
 そのタイミングは疾うの昔に俺が逃がしている、既に慣れきった事に対して今更だった。

 ……まともな育児、人間のとどれほど違いがあるのか分からないが、少なくとも魔人の育児をきちんと経験したわけじゃないからな。
 正真正銘自分が腹を痛めて生んだ子の育児の苦労を味わっていない、……不幸になるんだろうなぁ。
 だったら親を困らせるようような我侭の一つ、言った方が良かったのか?

「……レン?」
「あー、そうですね」
「そうか」

 聞いてないが相槌、途端目の前に何かが迫ってきた。
 またか、と思ったら違う人だった。

「む」
「……よく凌いだ、アレンが生きていてくれて嬉しいよ」

 抵抗する間もなく、その豊かな双丘に顔を押し付けられた。







 やられた! おそらくは最大のライバルと目した女性が、アレン様を抱きしめていた。
 左腕をアレン様の背中に回し、右腕はアレン様の頭に巻きつけるように回して、自分の豊満な胸へと押し付けていた。

「感謝する、グレンマス嬢。 君の挺身のお陰でアレンは命を繋ぐ事が出来た」
「……いえ、当然の事です」

 見せ付けるように抱きしめられたアレン様、離れようとしているのかもがいていた。
 その腕、もがいているのだけど閣下の体に触れないように動かしていた。

「……そんなに暴れないでくれ、確かに抱きしめて良いか聞いたぞ?」
「……っは、聞いていませんでしたから離してくださいよ」

 そう言われ、アレン様の背中と頭に回していた腕を解く。
 抱きしめた時の顔、あれは『女』の顔。
 女の勘、閣下が持つ感情は私と同じ物だと直感。
 女として濡れる蒼い瞳が、端正な顔が喜びに満ちているのが分かる。

 どう考えても負けていた、能力に権力、さらにプロポーションまで。
 正直に言えば、私から見ても魅力のある女性に見える。
 能力面ではその地位に見合うだけの物があり、特に重要な魔力は私と比べるのもおこがましいほどの差が有る事が一目で分かる。
 それと戦闘能力の高さ、魔人の中でも随一と音に聞くほど。
 ヴォーテルポーレスが言っていたような強い存在と言えば、正しく閣下のような存在なのでしょう。

 スタイルも非常に厄介、衣服の上から見て分かるほどの豊かな胸、腰周りは随分と布が余っており、引き締まったくびれが出来ているのが容易く想像できる。
 お尻も……クッ、大きすぎず小さすぎず、胸や腰の対比とバランスを崩していない。
 魔人の女性として圧倒的な魅力の持ち主、男を囲うなら十や二十簡単に靡くでしょう凶悪なスペック。
 そんな考え見ていた私の視線に気が付き、僅かに口端を上げたのを見逃さなかった。
 明らかな挑発、見え見えのそれに頬が引き攣った。

「そんなのは俺が居ない所でやってください」

 アレン様はそれに気が付いていて、眉間に皺を寄せたまま玄関に上がって廊下を歩いていく。

「……そうね、余りアレンの気を揉ませない様にしてくれたら嬉しいわ」
「確かに、蔑ろにしすぎたようで」
「申し訳有りません……」
「違うでしょう? 私じゃなくてアレンにね。 それじゃ、お話も有るからリビングに行きましょう」

 そうして促される、先導する後姿に付いて廊下を歩き出した。






 初めてアレン様が住む館を見て驚きを隠せなかった、こんな小さな小屋に住むなんて、と。
 閣下の役職などから見れば、せめてこの五倍は大きな館に住んでいた方が相応しい。
 私の実家の館の三分の一も無い大きさ、正直に言って有り得ないと疑ってしまった。
 何故こんな小さな所に住んでいるのかと聞いたら。

『小さい方がいいんですよ、色々と』
 
 如何にも何かが有りそうな事を仰られた、一緒に行動していて理由を考えればなんとなく分かるのだけど……。
 天井が低い廊下を歩き出してから三十秒も無く、左手にはまた小さな入り口。
 先を歩くお二方に続いて入り口を潜る、広がるのは……寮の自室より狭い部屋。
 どうぞ、と促されリビングを進んで椅子の一つに腰掛ける。
 召使い、一見すればそう言った者に見える、だけど動きが召使いのモノじゃない。

 確かに動きは機敏で、機知に富み、紅茶のお代わりなどを手早く用意する。
 でもそこに優雅さの欠片も無い、最短距離で注ぐ。
 召使いとしては三流、それ以外の何かなら一流、見て受けた感じはそれだった。
 そんな人たちが何人も召使いの真似事をしていた、閣下の地位から考えれば当たり前かもしれないけど……。

「それで、何から話しますか」

 手提げカバンを置いてきたのでしょうアレン様が、ネクタイを緩めながらリビングに入ってくる。

「人伝いにしか聞いていない、アレンが見聞きした事全てを語って欲しい」

 私の右隣に座るアレン様、正面にはヘレン様、ヘレン様の左隣でアレン様の正面に閣下。

「気になった所だけで良いですか? 実力検査は魔法使ったり殴りあったりしただけですから」
「その部分に気になる事は無かったか」
「別段、気になる事は。 それよりもその途中のが一番気になったというかイラ付いたというか……」
「……何があった?」

 閣下の神妙な表情、それに釣られたのか私も息を飲んで隣を見る。
 すると……、口を開いているのにアレン様どころか周囲の音すら消えた。

「………!?」

 省かれた! 説明の必要が無いと除かれた!
 一気に気分が下降、こういった話に私を含めるのはまだ早い。
 そう言われたようで悲しい、信頼どころか信用もされていない……。
 がっくり肩を落とし、一つ溜息が出てしまった。

「……なるほど、それ単体で評価すれば悪くは無いか」
「嘘付いてましたね、一生懸命知らない振りしてましたよ」
「だろうな、そのようなものは聞いた事も無い。 おそらくは秘奥、門外不出の原点に近いものだろう」
「……よく分かりませんよ、本当に向こう側じゃないんですね?」
「調べた限りではな、そもそも媚を売る側ではなく売られる側だ。 それについては奴らとて例外ではない」

 気が付けば重要な部分は終わったのか、要領を得られない会話が聞こえた。

「……そうした理由が分からなくて嫌ですね」
「確かに、確認する事を含めて一度話さなければならんな」
「……ああ言うのは好きじゃないんですがね」
「それ位押し殺して使って見せろ、事実ならあれの使い勝手は恐ろしい位だがな」
「………」

 いつもよりも険しい表情、嫌そうな、そう言って良さそうな表情をアレン様は浮かべている。

「話し合うのだったら、連れてきた方が良さそうね」
「……今度連れて来る」
「いや、それは二度手間になる。 どうせならしっかりと腹を割ってもらおう」

 何が二度手間か、腹を割るとはどういう意味か。

「何する気ですか」
「何、彼女の両親とも話しておいた方が良いと思ってな」
「そうね、話し合いには乗ってくるんじゃないかしら?」
「……そりゃそうですよねぇ、探してるって言ってましたし」
「ああ、今回の事と似たような事が起こる事も容易に考えられる、向こうも高を括ってしまった事だ。 せめてアレンの盾を二枚ほど増やしたい訳だ」

 そう言って閣下は私を見る。

「今回の事でグレンマス嬢は身を張って証明した、これからもアレンのためになるだろう?」
「……勿論のこと、これからも変わりません」
「身を挺す、これ位の手駒がもう二枚ほど欲しい。 故に引き込め、ライグスとヴォーテルポーレスをな」

 出てきたのは二つの名、検査の前にアレン様が仰っていたヴォーテルポーレス。
 それには納得するし、アレン様に必要と言う事ならヴォーテルポーレスがアレン様の傍による事も我慢できる。
 もう一つの名、ライグスが握っているものから考えればヴォーテルポーレスよりも納得できる。
 ライグスの機嫌を損ねれば、食料関係の流通が鈍ったり値段が上がったりすると言われている相手。

「その言い方止めてくださいよ」
「変わらんよ、グレンマス嬢はアレンの盾だ。 いずれ己の下に居る者を手足の如く操って貰わなければ、私を含めてな」

 視線をアレン様に戻し、閣下は言ってのけた。

「私も同感です、妾が増えるのは我慢なりませんが。 アレン様のためになるのでしたら、増やすべきだと思います」
「……ほう、正妻を狙っているか」
「無論、私の全てを捧げたのですから」

 熾烈な視線、思わず逸らしてしまいそうなそれを負けられないと真っ向から受け止めた。
 そんな様子にアレン様は両手で顔を覆い、ヘレン様は左手を口に当て微笑んでいた。

「……アレン」
「……何?」

 ヘレン様の呼びかけに、随分と力が抜けた声を返すアレン様。

「アレンが上なのよ?」
「……俺の奪い合いは止めてくださいよ、あと手に入らないからと言って自分だけのものにするとか絶対に止めてくださいよ」

 止めろよ? 絶対に止めろよ? そう仰った。

「アレンが居なくなっては意味が無い」
「アレン様が居てこそ、その考えに至った時はもうお傍に居れませんわ」
「約束ですよ? してくれないならここで終わりですが」
「勿論」
「決してや違わないと誓います」

 アレン様がこの世から居なくなるなど、考えたくも無い。
 アレン様を慕う者でそうしようとする輩は私たちの手で排除する事になる、閣下と視線が交差してそれを確信した。

「まあこれは良い、会談は都合が良い時に揃えよう。 問題は次だな」
「……やっぱり寄って来そうですね」
「明日には相当広がっているだろうな、間違いなく寄ってくるだろう。 悪い事だとは言わないが、失態寄りだな」
「………」

 それを聞いたアレン様は指を組んだ手を頭の後ろに回し、椅子の背もたれに背を預けた。
 心ここにあらずと言った感じで、溜息を吐き斜め上を眺めていた。

「……それでも良いですよ、死ぬよりは断然良い」
「……アレン様」

 私に死んで欲しくないという気持ち、それを直接聞けて嬉しく思う。

「その所為でアレンが死ぬ状況になってもか?」
「そうなる状況は誰の所為になるんですかね、俺ですか? それとも敵の接近を許した護衛の人ですか? それだったらその人選をした人も悪いって事になりますね」
「確かに、護衛の件は私の所為では有るな。 それなりの物を渡していたが、その瞬間まで探知に引っかからなかったのは予想外だった」
「……早々見逃すものですかね?」

 頭の後ろに当てた手をテーブルの上に置いて、アレン様は閣下を見た。

「正直に言ってアレン並みの隠蔽技術に底上げされるとは思わなかった。 ラアッテたちに渡していた道具は、かなり底上げされた隠蔽技術でも探知できる代物だったのだがな……」

 済まない、そう頭を下げる閣下。

「……俺を狙った人が相当隠蔽魔法に長けていたって事ですか、やばいですね……」
「おそらくは底上げだろうが、相当に拙い。 護衛隊の増員やより高位の道具の支給も手配済みだ、しかしアレン並みとなると不安が残る」
「また狙ってくると、レテッシュさんはお思いで?」

 顔を隣へ、閣下へと向けるヘレン様。

「可能性は高く、探知に優れた者を呼んだのですがね」
「………」

 ヘレン様は心配した表情を浮かべ、アレン様を見つめている。

「ですが、二度目は必ずや無くして見せます」

 その視線を解消しようと、閣下は力強く宣言。

「私も全力でお力に」

 ヘレン様と私と閣下、三つの視線を向けられたアレン様は頭を抱えてテーブルに突っ伏していた。
 耳を傾ければ何か聞いたことない言葉で呟いていた、でも数秒も無いそれが終わって頭を上げる。

「……レテッシュさんやラアッテさんを信頼します、俺が出来るのって言ったら不意打ちを避ける位しか出来ませんから」

 だから次、次行きましょう。

 また一つ溜息を吐きながらアレン様。
 いずれこんな悩みが無くなる時が来るまで、全力でお守りしようと心に決める。

「……そうか、ラアッテにも伝えておく」

 僅かに笑みを作った閣下、嬉しいという感情が手に取るように分かった。

「……それで今後の事だが、間違いなく有象無象が寄ってくるだろうから虫除けはもう一枚欲しいな」

 あっさり笑みを消して、視線を向けられる。
 虫除けになる虫、そんな感じで見られた気がした。

「閣下、その意味有りげな視線は一体なんでしょうか?」
「何、気のせいだ。 そんな事より、都合の良いものがいっ、一人居るな、そちらから攻めてはどうだ」

 明らかに一匹と言おうとしたのが分かり、抗議の視線をぶつける。
 だが閣下は私の視線など眼中にもなく、話し続ける。

「……受けるでしょうかね、一番近くに居ましたし」

 キュネイラさんに負けましたし、賭けはなかった事になってるかも。

 そう自信なさげに仰るアレン様。

「そうは思えませんわ、正直に言ってヴォーテルポーレスが怖気付くとは思えません」
「……反骨精神剥き出しで噛み付いてきそうですよねぇ」

 あの赤いつり目をよりつり上げて、アレン様に食って掛かる事請け合い。
 容易く想像できる単純な性格に、軟弱そうな選択肢を選ぶ事がなさそう。
 今日辺り、私の怪我を治した時に感じたアレン様の魔力が、間違いでなかったか必死に思い出していそう。

「……近い内に切り出します」
「出来るだけ早くな、時間を掛けても得られる物は少ないぞ」
「……分かってますよ」
「だったら明日にでもこちらでやれば良い、グレンマス嬢に言伝で頼むのも良いだろう」
「やれと仰るならやります、必要であれば煽りますが?」
「煽りはいりませんよ……、消極的なら焚き付けるくらいはしても良いんですが」

 ヴォーテルポーレスならしなくても受けそうですが。

「……じゃあキュネイラさん、授業が終わってヴォーテルポーレスさんが寮に戻ったら伝えてくれますか?」
「お任せください」
「頼みます」

 いつもの表情、眉間に皺を作りながらのアレン様。
 いつかこの皺を取り除いてあげたい、そう考えて一つ思い出した。

「……申し訳有りません。 ここまで聞いておいてなんですが、アレン様は誰に狙われているのですか?」

 今更、検査の時に話していただこうとしたアレン様の出自。
 閣下ほどの力は無いけど、何かアレン様を狙う者の動きを鈍らせる事は出来ないかと思い出す。

「……良い?」
「ええ」
「もう離れる事は出来んしな」

 物騒な事が聞こえたけど、やはりそれなりの相手なんでしょうか……。

「俺を狙ってるのはですね、ラッテヘルトン公爵家です」
「………」

 ヘレン様を見た、金色の瞳が私を捉えていた。
 閣下を見た、蒼い瞳が私を捉えていた。
 アレン様を見た、黒い瞳が私を捉えていた。

「……え、っと……。 あの、もう一度よろしいでしょうか?」
「ラッテヘルトンです、公爵家です、侯爵じゃなくて公爵です、オーケー?」
「……あの?」
「あの、ラッテヘルトン公爵家です。 東公爵と言った方が分かります?」
「いえ、いえ……。 いえ、分かってますよ?」

 怒らせた? なんで逆らってはいけない相手に命を狙われるの?

「尤もですね、その理由は俺の生まれですね」

 生まれ? 出身? 何故男爵家であるアレン様が公爵家に狙われるのか。
 よく分からない、纏まらない頭でアレン様を見ると、ヘレン様へと右手を向けている。

「……母さん、現ラッテヘルトン公爵の末娘です。 で、俺の父さんが男爵家の当主でした、向こうの言い分は『男爵の子供なんて要らない、だから死ね』という事らしいです」

 ……公爵?

「公爵です、ラッテヘルトンの血筋が半分入ってます」

 アレン様に?

「そうです、尊き血統(笑)が入ってます」

 ……面白い──。

「冗談だったらここに居ませんでしたけどね」
「……えっ、本当に?」
「誰が否定しようとも事実です、消せない真実です。 死んだら消えますけど」
「………」
「それで、俺の目標は以前言いましたよね。 頂点に近い位置に立つって、その立つ目的がラッテヘルトンの打倒です」

 壮大、どれほどの権力者を取り込めば辿り着けるのか。
 匹敵するのは同位の公爵位、上回る存在だと国教であるフェンフィフォーレト教の教皇猊下や国王陛下などしか居られない。
 それは即ち最高位に最も近しい階位、アレン様はそこまで上り詰める気だと。

「最低でも公爵と同等にまではなる気です、その為に色々やってるわけです。 キュネイラさんにはその手伝いをして欲しいと」
「……私で、よろしいのですか?」
「今更ですよ、ほぼ間違いなくこれからも色々有ると思いますが」
「……はい、私の全てを掛けてお力添えをさせていただきます」
「……まぁ、これからもよろしく御願いします」









 どこか足取りがふらふら、ふわふわ? そんな感じでキュネイラさんが帰っていった。
 有り得ないと言って良いほどの魔力を持つ男爵家の男だと思っていたら、実は由緒正しい公爵家の血統を半分引いて居たでござるに驚いたんだろう。
 俺とあれこれする気ならまさに嬉しい誤算なのかもしれん、しかし逆にあれは絶望していると言う事もありえる。
 そんな事を考えながら三人並んで見送り、思い出したように一つレテッシュさんに聞いた。

「そういえば護衛の人増員するって言ってましたけど、どれ位増やすんですか?」
「まずは1.5倍にする予定だ、見繕った者を呼び寄せるのも少々時間が掛かる」
「……ラアッテさんはクビですかね」
「いや、変わらん。 確かに暗殺者を見逃したのは大きいが、もとはと言えば見通せなかった私の所為だろう」

 キュネイラさんの後ろ姿を見ながら、会話を進める。

「相手の行動を予期しても、その通りになるとは限りませんし」
「しかし、その所為でアレンは迷惑をこうむる事になったのだが」
「誰だって間違う事はあるでしょう、俺だってそうだしレテッシュさんもそうですから」
「省みる事、それが進んでいける秘訣よ」

 母さんが人差し指を立てて言う。

「そうそう、次が無ければいいんです」

 それに同意して頷く。
 完璧魔人なんて居やしねぇんだから、居たら居たでそいつ魔人じゃねー別の何かだし。

「そう言ってもらえると助かるな」

 致命的な間違いでなけりゃ、何とか挽回できるだろう。
 でなければここには居ないだろうし、何事も上手くやれれば良いけど、それはそれで途轍もなく難しそうだな……。
 遠くなって行くキュネイラさんの背中を見つめつつ、お礼のことを言うのを忘れていた俺だった。



[17243] 42話 女として考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/09/25 00:49

 キュネイラはよく考える、今の立ち位置は非常に危険としか言えない。
 後が無いと言って良いレベル、与する事になった相手が貴族が求める理想の男性だったとしても、手放しで喜べるものではなかった。
 対する者、敵が危険すぎた。
 この国に四つしか存在しない王族や執政に関わる者を除く最高位の貴族、東に座する公爵、東公爵ことラッテヘルトン公爵家。
 その権力は絶大、機嫌を損ねれば家が没落するほどの、決して敵に回すべきではない貴族の一つ。

 ほんの一部を除き、誰もが機嫌を伺う相手だと言うのに、言い訳が通用しないほど刃を向けている人。
 死と言う受け入れがたい刃を向けられている事から、向けざるを得ないかもしれないが、それでも厳し過ぎると。
 本来ならば滅びが確定しているような状況、しかしながら、それを手前で押し留めている存在によって沈む足場が支えられている。
 魔人の本能、より優れた異性を求め、惹かれる、その本能に従った人が支えている。
 でなければ死んでいる、居なくなっている、そもそも出会うことも無かった、そんな人が居る事すら聞かなかったはず。

 だったら喜ぶべき、後が無い、成功するしかない、でなければ滅んでしまう。
 だったら喜ぶべき、女であるなら誰もが憧れるだろう甘い気持ちを、自身より弱く頼りない男を夫として受け入れる現実に諦めるだろう。
 だったら喜ぶべき、本能に従ってあの人を好きになって愛して、一緒に居られる事に。

 グレンマスにとって賭けでもある、実力で陸軍の最高位である上級大将を勝ち取った傑物、『レテッシュ・フレミラスン・リ・ブレンサー・マードル』に賭けた。
 少なくとも、キュネイラの両親にとってレテッシュが後援している『アレン・テーミッシュ・ラ・ボード・アルメー』はレテッシュとの繋ぎの役割が強かった。
 ついでに男爵家と言う最下位であるものの、男でありながら首席入学できる能力として、孫の代の当主として優れた子を成すための種。
 キュネイラの両親は今もその程度にしか思っていない、それ以上の情報を知り得て居ないから。
 しかしながらキュネイラはつい先程、キュネイラの両親が絶句して放心するような事を聞かされた。

 両親と大差無い、キュネイラも半ば放心した、だが心は切り替わった。
 乗るしかない、あの時は刺激の無い毎日で飽き飽きしていた、だからこそ色んな噂話を耳に入れてあれこれ想像した。
 無論口には出さなかった、確証の無い、想像の域を出ない、ただ面白おかしく色付けただけの話。
 それでも、退屈だった事に変わりは無い、一過性の感情でしかなかった。
 でも、でも、キュネイラはそう考える。

 こうなった経緯は入学式後の手紙、たった一言書き記されたそれは信じられない内容だった。
 主席入学者は男、それも最年少と与太話と断言できるような物。
 最初はそうだった、一笑に付してそれで終わる話だったはずなのに、教室に入るなり一目見て変わってしまった。
 二つの黒、髪と瞳、『首席は黒目黒髪の男』。
 教室の戸を潜れば真実だった、いや、まだ分からない。
 だからこそ話してみた、反応を確かめてみた。

 面白い、話を聞いて周囲が唖然とする状況を楽しんだ。
 気付いた人も居た、たった一人の男である人に。
 視線を向けられた人も、私の話を、表情は殆ど変わっていなかったけど、声に漏れていた。
 あれは本当だった、今思えば予兆だったのかもしれない、でもそれはもうどうでもいいこと。
 今では愛しい人としか思えない、これも一過性の感情なのだろうかと不安が芽生える。

 不安になる心は、不安定で均衡を得る事は無い。
 しかしキュネイラの心は、愛しい人の事を考えるだけで不安が消し飛ぶのだからやはり不安定。
 そもそも精神的な成長が遅い魔人、優れた異性を求める本能は心を壊す。
 鮮烈、自身より優れた異性から向けられた魔力は、たった一つの事でしか埋められない穴、治せない傷を作る。
 傾倒する、一人では立つ事が出来ないほど寄り掛かる、だがそれに気が付く事は無い、指摘されても自分の意思だと勘違いする。

 自覚が有ろうが無かろうが、才能有る男の魔人である以上、特定の男に好意を抱いていない女を虜にする力を持っている。
 キュネイラはアレンに心を傷付けられた女だった、未だ精神が未熟な子供だからとか、そんな理由ではない。
 時に本能は理性を超える、大の大人でも変わらない、歪な心を持つ女なら尚更に。
 より進化を望む魔人だからこそ、男女の比率、数でも能力でも傾いているからこそより強く求める。
 その本能でキュネイラは傾いてしまった、そして今回の話は駄目押し、重視される血統さえも備えている事が杭を突き立てた。

 入った皹は容易く拡大する、優しくされて甘い言葉を掛けられたら深みに嵌る。
 その上自分で抜け出そうと思えなくなるため、より沈み込む。
 そこまでは至っていないながらも、片足を踏み込みかけているキュネイラの末路と言って良い未来。
 夢見たものが目の前にある、手を伸ばす事無く触れられた。
 本能でも関係ない、好きなのだからしょうがない。

 ふらふらと歩く、時間を掛けて学園の寮へ目指す。
 夢現に近い、愛しい人は極上に近かった。
 重視する血統、能力、異性、望みうる限りの存在。
 打倒すると言っていた、大きくなって取り込むことも出来るかもしれない。
 もしかすれば、そう期待せざるを得ないほど、恐れや不安が薄れたのも事実。

 そこが問題だった、レテッシュに言った通り、望みは最も多くの寵愛を受ける事。
 あの人が無事であるなら、多数の女性に手を出すと言う事。
 物理的であれ、精神的であれ、あの人に思慕を寄せる者が増えると言う事。
 間違いなくライバルが増える、ただでさえ強大なライバルが居ると言うのに、キュネイラの感情だけで考えればそれはとても嫌な事。
 しかしながら、あの人が大きくなってもらわなければいろんな意味で危ない、家も命も、両方危ない。

 それは嫌、後には引けない状況で進むしかない状況、一身に期待を掛けなければいけない状況。
 だからこそあの人の言葉に異を唱える事はしない、個人的な理由で噛み付くような存在は要らない、捨てられる。
 恐怖が芽生える、冷たい目で見られ、傍に居られない、それが怖い。
 決して味わいたくない気持ちが、行動を決めさせる。
 





 ふらふらと歩き続け、三十分ほど掛けて学園の正門に辿り着く。
 咎められる事も無く、学園内を歩き寮へと進む。
 十分ほど掛かり、足を向ける先には校舎の数倍はある巨大な学生寮。
 一室一室が一般的な平民が過ごす、一軒家よりも広いために大きくならざるを得なかった。
 生徒たちからすればどうでも良い事、貴族である自分たちが住まうに相応しいかと言う事が重視されている。

 つまりは、それなりに豪華であり、見栄えを求めた結果である学生寮。
 寮に近付くなりドアマンが反応して、これまた豪華に拵えられた扉に手を掛け開いた。
 外装はともかく、アレンが内装を見たら『どこの一流ホテルだよ』、そう呟く位の豪華さ。
 視界に入るのは広々としたエントランスホール、内装と同じく豪華な調度品が飾られ、ソファなど生徒同士交流できるよう整えられた空間。
 辛うじて学費を払える貴族の子弟から見れば、その豪華さに驚く事請け合い、実際毎年のように内装に驚く生徒が居る。

 キュネイラも入寮した当初凝った内装に感心したもの、流石に一週間以上過ごしていれば慣れて驚く事もなくなったが。
 そもそも今はそんな事に意識を割ける状態ではなく、アレンの言伝を正確に伝えるよう気を張っている状態でも有った。

 広いエントランスホールの奥、二階から生徒たちの自室となる為に階段へと向かう。
 その途中、寮専属の召使いに声を掛けられるも、見えていないかのように通り過ぎて困惑させたが、これも実際に視界に入っていなかった。
 二十段ほど上った先には十字に分かれた踊り場と階上へと向かう別の階段、学生寮を真上から見れば十字になっているための構造。

 その階段を上って上って、自室がある階層に上り、階段の踊り場から横に逸れて廊下を歩き、自室に辿り着いた。
 大き目のドア、名前が記されたプレートが掛けられるドアのノブに手を掛けまわし、中に入る。
 入るなり制服の上着に手を掛け、脱ぎ捨てベッドへと風で運ぶ。
 スカートも脱ぎ捨て、身に付けていたアクセサリーも外す。
 下着さえも脱ぎ、全裸となって浴室に向かい、そこで魔力を動かす。

 タイルが敷き詰められ、床に排水溝、壁に蛇口があるだけの浴室。
 キュネイラは蛇口に手を掛け捻ると同時に、蛇口から水が出始める。
 バシャバシャと床を打ち音を立てる水を見ながら、水を操作する。
 蛇、そう形容できる動きをする水がキュネイラの体に巻きつく、腕や足の指先から髪、秘部まで悉く。
 全身を撫で回すように、体に付着していた汚れを浚い尽くし、たった一つの水滴すら体に残さないよう弾けて排水溝へと流れ込んでいった。

 全身をくまなく石鹸で綺麗に洗ったように、その時まで付いていた汚れを全て落とし、浴室から出る。
 生まれたままの姿で寮の自室を闊歩して、クローゼットやタンスがある一角へと向かい、そこから下着などを取り出し着付ける。
 私服に着替え、脱ぎ捨てた制服をハンガーに掛ける事無く、自室を後にした。
 少々袖が長い白のブラウスに、裾の内側に白いフリルが付けられた紺色の膝上のスカート。
 流れる長髪と一緒にスカートを揺らし、廊下を歩く。

 そうして足を止め見る、ドアに掛けられたネームプレート、『エヴェレア・レシュエット・ラ・ダトラ・ヴォーテルポーレス』の名を。
 数秒見つめて視線を戻す、人気が無かったため、その視線がどのようなものか知りえた者は居ない。
 エントランスホールに戻ったキュネイラはゆっくりと座る、ホールから寮入り口が見えるソファーに。
 後はそのまま、目的の人物が寮に帰ってくるまで座り続ける。
 ドアマンや召使いたちはその不穏な雰囲気を感じて近付く事さえ躊躇う、その雰囲気を放つキュネイラに表情は無い。

 ただ座り待ち続ける、一時間、二時間、三時間と姿勢を崩さず座り待ち続けた。
 ちらほらと寮へと戻ってくる他の生徒に目をくれず、大きな寮入り口から入ってくるだろう赤を待ち続ける。
 そこからさらに一時間、二時間と経ち、日が地平線の向こうに落ち始めても座り続けて計五時間が経過した所に漸く赤が来た。
 キュネイラは視界に収めると同時に立ち上がる、真っ直ぐに赤、ヴォーテルポーレスに歩み寄る。

「……なによ」

 ヴォーテルポーレスが寮入り口から姿を現し、キュネイラを前にして正面から見据えられ、足を止めて聞く。
 その表情はどこか苦々しい、だからと言ってキュネイラにとっては関係ない。

「……アレン様からの言伝です」

 風が渦巻き、周囲の音を遮る。

「『賭けはまだ有効でしょうか、でしたら出来るだけ早く決めたいのですがどうでしょうか』」

 淡々と告げる言葉、それを聞いたヴォーテルポーレスが僅かな迷いを浮かべた事にキュネイラは見逃さなかった。

「逃げてもよろしいわよ、大きな魔力差に恐れを成すことは当たり前ですもの」
「ッ、だれが……!」
「貴女が、ですわ。 男でありながらあれほどの魔力を持つなどと、普通であれば考えられませんもの」

 だからと言って、貴女は逃げる事を良しと出来ないでしょう?

 ヴォーテルポーレスは逃げる所か退く事すら許されない、守る国境はそのルート上進軍されやすい。
 人間かエルフか、どちらかと戦争になり戦いが起これば間違いなく大きな戦火に晒される。
 攻めも守るも重要なルートの一つ、最低で敵を食い止める事を求められる。
 敵が強大だからと言って、退く事は許されず、戦って負ける事さえも許されない。

「ならば戦いなさい、貴女にとってそれが一番だと助言しておきますわ」

 癪に障る、目の前の苛烈な女をアレンが求めている事に。
 強さを求め、おそらくは家のためにあろうとする気持ち。
 同時に憐憫も感じる、色を知る事無くただ戦いに身を置き続けるだけであろうとする同年代の女。
 ヴォーテルポーレスも知らないだろう、この気持ちを。
 勿体無い、相手がアレンである事は釈然としないが、古に消え去ったはずの夢物語を感じられないと。

「……なんでそんな事がグレンマスに分かるのよ」
「アレン様が強いからですわ、それに……。 アレン様の周りには私たちより数段優れている方々がいらっしゃるわ、貴女が強さを求めるなら、これ以上無いかと思いますわよ」
「………」

 出来るだけ誘導する、おそらくはレテッシュを含めアレン以上の力を持つ者ばかり。
 アレンの魔力を感じてあの気持ちを感じたのなら無駄な気もするが、一応張っておこうとキュネイラは考えた。

「……一つ聞きたいわ」
「………」

 無言、それを肯定と受け取ってキュネイラは聞いた。

「……あの時、私の傷を治してくださったアレン様に何を感じ取りました?」
「ッ……」

 ああ、だめだ、ヴォーテルポーレスが浮かべた表情を見て同じだと理解した。
 自分と同じ気持ちが僅かばかりに浮かんできていると、キュネイラは女の勘と言うべきもので感じ取った。

「……私としては気に入りませんが、アレン様が仰るのですから認めざるを得ません」

 レテッシュも同じ気持ちを感じたのだろうかと、キュネイラ。
 愛されたい、必要とされたい、力になれる事が嬉しい。
 だったら、ヴォーテルポーレスも同じ気持ちを味わってもらわなければ溜飲が下がらない。

「受けますわよね? 戦いますわよね? 逃げる事は私が許しませんわ、それではアレン様に受けると伝えてきます」
「勝手に決めるんじゃない!」

 叫んで言うその姿、キュネイラから見れば初めて感じる気持ちに戸惑っている女にしか見えない。

「では逃げると? 私としてはお勧めできませんわ、この賭けを無効とした時貴女は後悔すると思いますわ。 それも……、時間が経つに連れてね」

 苛む、アレンと接する毎に気持ちが膨らむ。
 そうなると確信に近いものがある、だからこそキュネイラは警告する。

「……非常に癪ですが、その気持ちを大事にした方がよろしいですわよ。 おそらくは、失ったら二度と味わえないものでしょうから。 それでは、受けると伝えてきますわね」

 この分だったら、ヴォーテルポーレスだけではなく、あの場に居た者たちもヴォーテルポーレスと同じ様な気持ちを浮かべているかもしれない。
 ますますライバルが増えるかもしれない、でもそれはアレンが力を付ける事に繋がる。
 喜ぶべき事だと、自分に言い聞かせるキュネイラ。
 アレンの周りに居る女性、その中の有象無象に決してならないと決意も固めたキュネイラ。

「……グレンマス」
「……往生際が悪いですわよ」

 ヴォーテルポーレスとすれ違い、未だごねて居る事に少々呆れて聞けば。

「本気でやると伝えなさい」

 一転していつもの調子、自信が見え隠れする口調。

「まぁ、貴女が全力を出そうともアレン様には勝てないでしょうが」
「ふん、やって見なければわからないでしょうが」

 そう言うヴォーテルポーレスは腕組みをしてキュネイラを見る。
 軽口に言っているが、キュネイラは本当に勝てるとは思っていない。
 キュネイラはヴォーテルポーレスが自身と同程度の魔力を持っていると認識し、予想通りなら十中八九アレンに勝てないと考えていた。
 倍、それは隔絶していると言って良い差、倍ともなればどれを取っても大きな能力の差が生まれる。
 戦闘技術によって戦いを有利に進める、それは魔力差が近しい者のみで通用する事。

 つまりは如何に高い戦闘技術を持っていても、基本能力の差によって無意味な物へと成り下がる。
 敵の攻撃を逸らしたり避けたり、隙を見つけて一撃を加えるのは反応できるからこそ行える事。
 見惚れるような体捌きや技術を持っていても、出鱈目な魔力を込められた高速かつ高威力の攻撃を認識して避けたり出来なければ意味が無い。
 故にヴォーテルポーレスは一撃で沈められる、認識できずに攻撃を叩き込まれて、例え認識して防御したとしても、その上から粉砕される。
 そう考えていた。

「ヴォーテルポーレスがあっさりやられる様を楽しみにしているわ」

 嘘偽りの無い気持ちをキュネイラは吐き、ヴォーテルポーレスの表情を歪ませた。
 直に同じ様な感情を持つ、そう確信してホールのカウンターから外出の申請、許可を貰い寮を後にしたキュネイラだった。



[17243] 43話 勝利の方法を考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:d1278d24
Date: 2010/07/22 02:20

「………」

 無言で手を動かし、戦場に出れば身に纏う防具を整える少女が一人。
 炎が燃えていると形容出来る赤い髪を二つに分け、アップスタイルのツインテール。
 揺らめく炎のような赤い瞳は細められ、白銀のブレストメイルの曲面によって歪んだ自分の顔を見る。
 その顔を見つめて数秒、立ち上がって防具を身に着け始める。
 自身の戦闘スタイルあった防具は軽装具、硬く軽く、致命傷になりえる部分にだけ防御を集中させた代物。

 ベッドにそのスラリと伸びるしなやかな足を乗せ、黒のインナーを履いて足の甲から脛、太ももと防具を交互に身に着ける。
 身に付けベッドから足を下ろした後、引き締まりくびれが出来ている腰周りにも攻撃から身を守る白銀の防具を取り付ける。
 次は腕、不足無く鍛えられているにも拘らず細く、人間の鍛え上げた成人男性の倍以上の膂力を発揮する腕。
 手の甲、前腕、二の腕、足と同じく防具の下にインナー、しっかりと外れぬように固定して腕の動きを確かめる。
 問題ないと判断して胸、クラスメイトの中では大きくない方ではあるが、形が整っている胸の上からブレストメイルを当てて留める。

 一通りの防具を身に着けてから、自室の一角にある全身を映せる鏡の前に立つ。
 腕を上げたり180度開脚をしてみたり、上体を捻って動きに支障が無いか確かめる。
 そうして最後、見惚れるほどの造作の端整な輪郭に、通った鼻筋、瑞々しい果実のような唇。
 絶妙な位置にそれぞれのパーツが置かれた顔、その上に少女は瞼を閉じてからフェイスプレートを付ける。

 小さく息を吐きながら呟き、瞼を開いて鏡に映る防具を身に付けた自分の姿を見る少女。
 室内の明かりを白銀の防具が反射する、鏡の中に映るのは女ではなく戦士。
 質素な部屋の中で、誰かが見ていればその佇まいに目を引く凛々しさが有った。
 だが、その凛々しさもあっさりと消え失せ、危うげに見える表情を浮かべる。
 少女はその表情のまま、目の前の鏡に両手を付いて頭を垂れた。



 エヴェレアにとって、あの少年の存在は奇跡と思わんばかりの存在。
 男は女に劣る、今では常識となったそれをたやすく打ち破って存在する男。
 自身の能力を凌駕されている、この学園に居る生徒の殆どが当てはまるだろう事実。
 頭脳の面だけならばまだ認められていたかもしれない、だが現実は自身を大きく上回る魔力さえも保有していると言う事。
 未だ十三と言う幼さで優秀と言わざるを得ない異性、今となっては粉を掛けようとした女が居る事が理解できる。

 常識に捕らわれ、アルメーが自身より劣る者と判断した。
 恥ずかしかった、手加減している相手を見て勝てると考えていた事が。
 抑えている事を見抜けずに、感じたモノが上限、限界だと勘違い。
 未熟も甚だしい、色眼鏡で見た結果が過信と慢心。

 それを実感したあの時、グレンマスが身を挺して守ったときに受けた傷、その怪我を治す為に上位治癒魔法を掛けたアルメーの魔力。
 エヴェレアが感じた通りの物であったら、自身よりも一回り以上の魔力量の差があると言う事。
 話だけならば一笑に付して終わりな事、だがエヴェレアはその身で実際に感じ取ってしまった。
 驚きも一入、間違いではないのかと自分を疑うほどの出来事。
 追い討ちの如く、真偽かどうか悩み考えていた所へグレンマスが姿を現し、メッセンジャーとして話を持ち出してきた。

『貴女が全力を出そうともアレン様には勝てないでしょうが』

 自信たっぷりに、さも足元にも及ばないと宣言した事に、エヴェレアは持ち前の負けず嫌いを発揮した。
 やって見なければわからない、そう言ったが想像通りならかなり危険が孕んでいた。
 ガーテルモーレが言ったように、男として見るべきではない。
 警戒するべき所は戦いの上手さなどではなく、単純な魔力強化の身体能力。
 自身が得意する近接格闘は、魔力による身体強化の恩恵を最も受ける距離。

 瞬発力に反応速度、膂力に魔力障壁、どれもが十三の子供とは思えない能力で迫ってくるはず。
 攻撃力、防御力、速度、三拍子揃って技術を撃ち抜いてくる。
 以前手合わせをした人たちと比べ、遜色の無い攻撃を放ってくるかもしれない。
 大いに有り得る、実力検査で見せたのは手加減。
 不用意に女を近寄らせないと言う意図があったのかもしれないが、それはグレンマスにて早々壊されている。

 最下位の男爵であるため、家柄や血筋を重視する者はそれほど寄ってこないが、能力だけを重視する者であれば垂涎の相手かもしれない。
 それを嫌ってか、ある程度力を抜いて物事に向き合っていたのかも。
 襲撃者に関しても、誰もが気づかなかった相手にいち早く気が付き、攻撃に対して回避を取る。
 その動きはあまりにも速かった、一瞬霞むほどの速度で地面から跳ね上がった。
 あの速度で攻撃に転じられたら、私は防げるだろうかと疑問に思うほど。

「……はぁ」

 参考に出来るような物が少な過ぎて、どういった行動をするか予想するのも難しい。
 実力検査のあれも当てに出来ない、徒手格闘の際には反撃を許さず一撃でガーテルモーレを打ちのめせていた筈。
 攻撃魔法だってそう、魔力を押し込み放つだけでもターゲットを傷どころか破壊出来ていたかもしれない。
 治癒魔法も言わずもがな、どれもこれも手抜きばかり。
 これを参考にして戦術を組み立てても、対峙した時簡単に崩れ去るでしょう。

 結局は、アルメーの事を殆ど知らないと言う事。
 性格とか好みとか、そう言うのじゃなくてせめて戦い方だけでも知っておきたい。
 戦いの中でより優位に立つならば、詳しく知っておきたい。
 より詳しく知り、アルメーの事を手に取るように把握しておきたい。
 そう考えて頭を振る、それは駄目だと、内面は知るべきではないと何処かから警告を発していた。

 どちらに従うか迷う、どっちを選んでもおかしな予感がして、言葉に言い表せないモノがあって決めかねる。

「……ムカツク」

 どうしてアルメーの事でうじうじと考えなきゃいけないのか。

「負けるものか」

 頭を上げて、鏡に映る自分を見る。
 よく見なさい、お前はそんな感傷的な女じゃないでしょう。
 常識は常識のままに、アルメーにとって越えられぬ壁になってやろうじゃないの。

「……よし」

 鏡から離れて、防具を外していく。
 まずは出来る限りアルメーの情報を集めよう。
 間違いなくあいつを攻略するための手がかりとなるはず、まずは……。

「ガーテルモーレね」

 少し話を聞いただけだけど、もっと詳しく聞いておけば何か分かるかもしれない。
 最後に顔からフェイスプレートを外し、箱に収める。
 身に纏うのはインナーだけ、その上からシャツと裾の短いジーンズを手早く履いて部屋を出る。
 部屋から出れば広い廊下、白と灰の美しい模様で知られるトラザイル岩石で作り上げられた気品が漂う物造り。
 その廊下を歩いて七つ隣の一室へと向かう、その木製の扉の前で佇み、取り付けられている金属製のドアノッカーを叩いて部屋の主に来訪を伝える。

「ガーテルモーレ、居るかしら? ヴォーテルポーレスだけど」

 カンカン、とノックの少々甲高い音と私の声は今頃室内に響いているだろう。
 扉の前から一歩下がり、ガーテルモーレが出てくるのを待つ。
 20秒ほど待っていれば、カチャリと鍵が開いて扉が開く。

「これはミス、何かあったのですか?」
「ちょっと話があって」

 いつものロールヘアではなく、真っ直ぐとストレートに濃黄色の長髪。
 薄い青色のロングキャミソールで、放課後の自由な時間を過ごしていたんでしょう。

「話ですか、とりあえずお入りになって」
「失礼するわ」

 入室を勧められ、ガーテルモーレの部屋に入る。
 自室と同じ構造の短い廊下を進み、開けたリビングには。

「……これはまた」
「趣味ですから」

 私の声に、ガーテルモーレが笑みを作って言った。
 至る所にぬいぐるみ、世間一般に可愛いと言われる動物をモチーフに、デフォルメされた愛玩物。
 様々な種類、それらのぬいぐるみが段差状になっている専用の棚に所狭しと並べられていた。
 他人の趣味に口を挟めるほど高尚な趣味を持っていないけど、流石に置き過ぎじゃないかしらと思うほどびっしり飾られている。

「随分と……、いえ、人の趣味に口を出しに来たんじゃないわ」
「でしょうね。 それで、話があるのでしょう?」
「ええ、アルメーの事について聞きたいんだけど」
「徒手格闘の時の事?」
「そうよ、魔力流動と魔力の一点集中、その他にもまだあるような言い方してたわね?」
「ミスタが、ですわ。 あの時勝利していれば教えてもらえたのですが、生憎負けてしまいましたので」
「……どう言ったものか予想できる?」
「とりあえず座ったらいかが? 立ったまま話すのではゆっくりと出来ないでしょうから」
「そうね」

 リビングに置いてあるテーブルと椅子、勧められる木製の椅子にテーブルの上には裁縫セットと作りかけのぬいぐるみ。

「……自分でも作ったりしてる訳ね」
「簡単に見えて難しい、縫い方一つで別物になりますから」
「ふぅーん……」

 正直に言えば興味が無い、縫い方とか布の種類だとか言われてもどう反応したらいいか分からない。

「飲み物は?」
「遠慮しておくわ」
「そう、それでは私が知っている事、体験した事を話しましょう」
「お願いするわ」

 お互いテーブルを挟んで座り、正面で向き合う。

「ミスタが魔力流動による高速の魔力一点集中、これは話しましたね?」
「ええ」
「話の通りだと徒手格闘の時、ミスタは確実に手を抜いていた事になります。 重心移動なども極めてお粗末と言わざるを得ませんでした、ですが手加減しているミスタに負けた」
「衝撃の前に強度を上げていたんでしょ? それなら耐久力の差も出て打ち負けた」
「その通り、現に顔面への振り下ろしも、ダメージはありましたが気絶するほどではありませんでした。 拳と打ち合った際にも打ち負けて私の指だけが折れましたわ」

 そう言ってガーテルモーレは左手をテーブルの上に置いた。
 勿論今は折れてはいない、傷跡も無くしっかりと治癒魔法で治っている。

「魔力流動以外の何か、そう言ってたわね」
「打ち負けた際に聞いたのですが、同じ魔力量で差を決めるものは何か分かりますか?」

 同じ量で決めるのって、質ぐらいしか無いような。

「……性質、よね?」
「近いですわね、私は質と答えましたが『半分正解』だと言われました」
「半分?」
「そうです、ミスタ曰く質ともう一つが差を決定付けると」
「………」

 高密度とか、そういう意味での質ともう一つの何か?
 
「同じに見えて同じではないと、回答に窮する問いですわね」
「……質ともう一つ」
「私が考えた答えは、無駄を減らしているのではないのかと」
「無駄を減らす、つまり……。 なるほど」

 それなら納得出来る、込める量やその魔力の質だけではなく、もっと簡単な答え。

「魔力を操るのが上手いって事ね」
「おそらくは、でなければ実戦で使用できるほどの精密な魔力流動を行えないでしょう」

 魔力使用時に漏れる量を減らしている、つまり決め細やかな配分を可能として行動の効率を上げている。

「……不味いわね」
「攻撃魔法の検査の時、ターゲットを傷付けられた理由もそれでしょう。 行動の際私たちが漏らしてしまう魔力の分も、どれほどかは分かりませんがミスタは上手く込めているのでしょうね」

 保有魔力量で大きな差が出来ていると言うのに、さらに差をつけるように高い魔力制御力で漏れる魔力を減らしている。
 つまりアルメーの魔力を使う行動は、私たちの行動よりも効率的。
 それは同じ量でありながら、アルメーのほうが能力が高くなる。

「ミスタと一戦事を構えるのでしょう?」
「……ええ」
「勝利を掴む事は非常に難しい事でしょう、どうしても勝ちたいのでしたら持てる技術を効率的に使いこなすしかないかと」
「でしょうね」
「……ミスタを通常の男として考えてはいけませんね」
「全くよ、あいつが平凡ならこんな事にはならなかったのに……」

 それを聞いたガーテルモーレが口に手を当て声を漏らす。

「賭け事を持ちかけたのを後悔してらっしゃるの?」
「そんな訳無いでしょう、得がたい経験を積めるのだから後悔なんてする筈も無いわ」

 真っ直ぐにガーテルモーレを見て言い切る。
 強い男などどこを探しても早々見つからない、特異とは言え貴重である事には変わりない。
 もしアルメーが平凡な男で学園に入学してこなかったら、こんな経験は味わえなかったはず。

「……そう言えば、先にグレンマスと決着を付けるのでは?」
「そうも言ってられなくなったわ、……アルメーに勝てればグレンマスにも勝ったという事にもなるでしょうし」
「それは確かに」

 自分より強いとグレンマスは言った、だったら上回ったという証拠になるでしょう。

「……それにしても、アルメーに警戒しておく技術はないと思うのは早計ね」
「実際に計った訳ではないのですから、決め付けて行動すれば痛い目に遭うでしょう」
「まだ何か隠し持ってそうでイラつくわ」
「検査の時の手加減から見るに、どれが真実かどれが虚偽か分かりかねますから」
「……自分を信じる事にするわ、邪魔したわね」

 立ち上がって謝り、ドアに向かって歩き出す背後からガーテルモーレ。

「同じクラスメイトですから、どちらも応援する事はありませんのであしからず」
「要らないわよ、応援なんて」

 そうして後ろ手を振りながら、ガーテルモーレの部屋から出て行った。





「次は……」

 アルメーのことを知っている人物は数少ない。
 その一人はグレンマスだけど、話を聞いても本当の事を教えるとは思えないし。
 グレンマスを除いて、少なからず知っていそうな人物は……。
 学園側に所属し、生徒よりも多くの情報を知れるであろう担任教諭位。
 そうと決まれば自室に戻って制服に着替える、流石に私服のまま職員室に入るのは気が引けた。

 とりあえず着替えて寮を出る、さっさと校舎に移動して職員室を訪ねた。

「失礼します」

 戸を開け挨拶、一通り見渡してから灰色掛かった紫の髪を捜す。

「……居ないか。 すみません、メーテル教諭はどこに?」

 職員室に居た他の教諭に尋ねれば。

「後ろに居るが、何か用か」

 振り返れば腰に手を当て、佇む教諭。

「はい、少しお聞きしたい事がありまして」
「そうか、入れ」

 そう言って職員室、教諭の机の前へと進んでいく。
 その後に続いて、傍に立つ。

「話とは」
「……アルメーの事に付いて」
「やはり気になるか」
「他の事もありまして」

 教諭は椅子に座り、足を組む。
 隣の机、席を外しているほかの教諭の椅子に右手の指先を向けて引く。
 途端に椅子がスライドしてきて、私の隣で停止した。

「座れ、長い話になるかもしれんからな」
「はい、失礼します」

 座り心地と機能性を取ったのであろう椅子に座り、教諭を見る。

「それで、アルメーの事とは」
「教諭はアルメーの事をどう考えますか?」
「どう、とは?」

 スっと視線が鋭くなり、私の真意を探ろうとしているような瞳。

「アルメーがどれ位強いのかと言う事で」

 それに対して真っ直ぐと見つめ返し、聞きたい事をそのまま口にした。

「なるほど、強さの事で言えば『弱くて強い』と言った所か」
「……あの、それは矛盾していますが」
「してるな、だが実際に見ればそういう風にしか評価が出来ん」
「……具体的には」
「技術的には基礎さえ出来ていない、魔力抜きでやればアルメーに負ける奴など殆ど居ないだろう」
「……そういう意味でしたか」

 教諭は足を組みなおし、机の上においてあったカップを取って口を付ける。

「逆に、魔力ありならば全学年合わせても上のほうに位置するはずだ」

 予測の範疇、技術が拙くても魔力のおかげで相当強いと再認識。

「生徒たちでアルメーの魔力量を超える者はかなり少ないだろう、教師達のと比べても遜色は無い。 戦うならば意表を突いた方がいいだろうが、尋常な立会いが良いのだろう?」
「……はい」
「賭け事は褒められないが、己を高めようと言う誠意は感心できる。 月並みなアドバイスしか出来ないが聞いていくか?」
「お願いします」

 頭を下げる、自身の為になるならいくらでも頭を下げよう。

「まず、魔力量の差から見て、受けや逃げ回って消耗を図るのは愚行。 防ぐ事は難しく、逃げても追いつかれるだろう」
「そうなれば、勝機を逃すだけです」
「アルメーの戦闘スタイルは流石に分からん、遠距離主体か近距離主体か。 だがアルメーに関係なくお前は距離を詰めて打撃を叩き込むしかない」
「はい」
「だが接近すると言う事はお前にとって不利になる事、そうなれば取れる戦術は一つ」

 やはり教諭もそれに至る、おそらくはそれ以外の戦術を採れば負ける。
 頷きながらその戦術を口にする。

「至近距離での短期決戦」

 教諭は深く頷き、体の向きを机の方へと変える。

「そうだ、しかも必ずお前が先手を取らなければいけない、その上アルメーの攻撃を封じながらだ」

 アルメーのスピードとパワーを兼ね備えるだろう攻撃は、後出しでもこちらより先に打ち込めるはず。
 そうなるとカウンターを受け、簡単に意識を手放す可能性が高い。

「ヴォーテルポーレス、試合をする際にまず求められるのは『どうやって接近するか』。 向こうから近づいてくる可能性もあるが、そうでない場合は何かしらの手段で接近するしかない」
「はい」
「縦しんば接近して格闘の距離になったとしよう、次に求められるのは『どうやってアルメーの攻撃を封じるか』、だな」

 接近出来なければ勝率はさらに下がる、アルメーが距離を取ると言う事は決定打になる攻撃手段があることになる。
 逆に私は、遠距離で決定打になる攻撃は炎の上位攻撃魔法だけ。
 しかも撃つのに時間が掛かる上、速度的に当たりそうではない。
 中位にしても、当たるか分からない上に威力も上位と比べて劣る。
 当たるにしても、障壁を突破できるかというのが最大の肝。

「だが攻撃を撃たせないのは難しい、理想は撃たせないだが『撃ち難くする』のが限界だろう。 有効だと思えるのは視界を塞ぐ物で躊躇わせるか、捕縛系で攻撃の出だしを遅らせるか」

 私がお前の立場ならそうする、そう教諭は言った。

 先手は必ず取りたい、そしてそれを最後に決着を付けたい。

「お前の立場で考えればこれが一番堅実かつ、最も勝率が高いものだと思うのだが。 これとは別にお前に『特色』があるならば、使い所を間違えなければ勝利を手繰り寄せる事も出来るかもしれん」
「……懐に潜り込めれば勝てる手はあります」
「ではその手が効果を期待できるとして、懐に潜り込める手段を考えなければならないな」
「はい」
「結局、私が言えることは一つ。 手も無く正面からぶつかればお前は負ける、魔力で強化されたアルメーは倒せない相手に近い」

 はっきりと言う、勝ちを拾いにくい相手だというのは認識しているわよ。

「……教諭はアルメーが手を抜いていた事は?」
「どれ程かは分からんが、それなりに手を抜いていた事は知っている」
「アルメーは手を抜くなと言われたのに」
「アルメーにも事情がある、お前を首席にしようとしたようにな」
「その事情とは?」
「知らん。 知っていたとしても、おそらくは教える事は出来んだろうが」

 ……学園側に嘘偽りをやらせるだけの力がアルメーにある?
 そうだとしたら男爵家と言う、五爵最下位が持てる力ではない。
 対外的にも差別はしないと公言しているヴェンテリオールに通すだけの何かが?
 実際にある、実際の順位を覆すだけの何かが。

「ヴォーテルポーレス、お前が今考える事はそんなつまらん事か?」
「……いえ」
「だったらアルメーを撃ち抜くだけの術を考えたらどうだ、十中八九お前は手詰まりの状態だぞ」
「分かっています、負ける気など僅かにも在りませんので」

 そう言って立ち上がる。

「教諭、お考えは参考になりました」
「勝ったか負けたか、ぜひとも結果を教えてくれ」
「勝利と言う朗報でありたいものです」

 もう一度頭を下げ、私は職員室を後にした。







 そうして寮へと戻りながら考える。
 調べる毎に何かわからぬものが増えていく。
 実力やら能力やら、さらに何か匂わせるようなものがある。

 男としてはまさに規格外の存在、女と比べても見劣りしないだけの才能を見せ付ける。
 だからこそ超えるべき、実力の階位を上げるために必要となる経験。
 努力が才能を超える、私が求める理想の一つ。
 そのための壁であり段差、アルメーは最初に超えるべき壁、踏み台にして乗り越える物の一つ。

「……ふん」

 どこかで何かが私に囁いていた、これは分岐点だと。
 超えられるか超えられないか、それで何かが決まるような気がしていた。
 この言い知れぬ感覚は初めて、だが恐れを抱く事は無い。
 何故なら『私』だから、恐れを抱くのは生涯に在り得ず、赤盾のヴォーテルポーレスに後退は無い。
 ただそれだけで十分、私が私であり続ける限り、死ぬまで恐れを抱く事は無い。



[17243] 44話 決闘しながら考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:d1278d24
Date: 2010/09/25 00:49
 あれから二日経って休日に合わせた日にち。

 はぁ、と一つ自室で溜息を吐く。
 実際は深呼吸したつもりであったが、他の者からすれば溜息にしか見えない。
 それだけ考え悩み、心労が溜まったと言う事。
 無論人間よりも精神構造が頑強な分、一日二日の悩み事など微々たる影響すら与えないが。
 それでも溜息を吐くほどの状態になるのは、想像以上に考える出来事が少女にとって大きな事だからか。

 少女は先日纏ったばかりの防具をもう一度。
 下の下着だけを履き、黒のインナーを着込む。
 足首、膝、腰、胸、肩、肘、手首としっかりと確かめる。
 不足ない事を確認した後、その上から僅かな傷もない防具を取り付ける。
 フェイスプレート以外を着込んだ後、鏡の前で動きに支障が無いか確かめる。

「……よし」

 不備は無い、防具が体の接触して動きを阻害する事も無い。
 戦いに必要なものは粗方の準備は整えている、攻撃を受けた際の衝撃も考慮して昨晩の食事も抜いてある。
 あとは約束の時間まで待つだけ、そう考え今度は大きく深く深呼吸しながらベッドに座る少女。
 ツインテールにした燃えるような赤毛を靡かせ、瞼を閉じて大きく息を吐く。
 肩から力を抜き、自身の数倍と想定して戦いをシミュレートしていた。

 ……シミュレートして無論負ける、単純なパワーとスピードがテクニックを叩き潰す。
 巨人やドラゴンが人間を事も無げに踏み潰すように、それ程ではないが埋めるのは非常に難しい溝がある。
 一足で飛び越える事は出来ない、そんな事をすればまっ逆さまに落ちる。
 例えればテクニック、技術は溝に掛ける橋。
 如何に安定して向こう側に到達できるか、勿論上手く橋を掛けれたとしても吹き上げる風、攻撃と言う妨害によって体を揺さぶられる。

 その妨害も勿論強風、バランスを取る暇も無く落下する可能性も非常に大きい。
 それなりの風が吹く溝や谷を、張った細い綱の上を渡るような物とさして変わらないのかもしれない。
 だからと言って諦めるほど彼女は素直ではない、もとより負ける戦いであっても戦う事を是しなければいけない故引く事を良しとしない。

 シミュレートするのは色々なフィールドで、自分に有利な条件をプラスしたとて全てが叩きのめされる。
 それが誇張とは言えないほど、自身の倍以上ある事は理解しているために安く見れない。

「………」

 一時のシミュレート、時間潰しにもなって少女、赤毛を揺らしてエヴェレアは立ち上がる。
 すぐ隣に放っていたマントを掴んで羽織る、体をすっぽり覆って僅かに見えるのは首から上と足のつま先だけ。
 フェイスプレートは小さな手提げに押し込み、入り口へと向かう。
 室内でのフローリングの床が、金属の足具と接触して音が鳴る。
 何度か音を鳴らしてドアへ、ノブを掴んで捻り引く。

「……準備は出来ているようね」

 随分と気合の入った服を着た、ドアノッカーに触れようとしていたキュネイラが立っていた。
 装飾品は殆どしていないが、身にまとう衣服は質のいい物だとエヴェレアは見た。
 上には黒一色の袖口などにフリルが付いたチュニック、その下には僅かに透けて白のカットソー。
 下は白の膝上スカート、細かい刺繍が散りばめられて彩るアクセントになっている。

「怠る訳無いでしょうが」

 明らかに誰かを意識した衣服、遊びに行くわけじゃないとエヴェレアは視線を向けるが。
 そんな視線などお構いなく、踵を返してキュネイラは歩き出す。
 手には籠を持ったキュネイラを見てエヴェレアを舌打ち、灰の髪を揺らして進むキュネイラの後に付いて行った。






 お互い無言、話す事無く寮を出て学園を出る。
 天には日が高く上り始めている、あと二時間もすれば真上へと日照る。
 その頃には恐らく賭け事も終わり、何かが変わっているはず。

 視線を上から水平へと戻しつつ学園の巨大な塀から街並みを通り、三十分ほど掛けて歩いて郊外へと抜ける。
 広闊とした郊外に見える、小さい丘の上に立つのはこぢんまりした屋敷。
 貴族としては小さい、男爵位とは言えまだ小さいと思われる屋敷があった。
 グレンマスは迷わずその屋敷に足を向けている事から、あの小さな屋敷がアルメーが寝食を過ごす場所なのだと見当を付ける。

 僅かに傾斜の付いた坂を上り、平らとなっている屋敷の前まで来た。
 そこには既にアルメーが待機しており、傍に何人かの侍女らしき女性が控えていた。
 黒目黒髪、簡素に白の長袖のシャツに紺色のズボン。
 私とは全く違う、今から戦うとは思えない服装。

「アレン様!」

 グレンマスがアルメーの名前を呼びながら駆け寄り、嬉しそうな表情で腕に下げた籠を見せていた。
 だがアルメーは軽くあしらって私のほうに歩いてくる。

「裏手のほうが広いんで、そっちに行きましょうか」

 そう言うアルメーの後方から、仇敵の如くグレンマスが睨んでくる。

「……ハッ。 わかったわ、行きましょ」

 グレンマスを鼻で笑い、アルメーに返事。
 睨んできても無駄、お遊び気分の奴はお呼びじゃないのよ。
 グレンマスを無視して歩き出し、屋敷の裏手に回る。
 視界に広がるのは広大な大地、手前に平原、左手に森林、右手には草原が広がっている。
 なだらかな坂道を下って屋敷から離れ、目立ったものが無い平原へと進む。

「ルールはどちらか気絶するまで、それでどう?」
「じゃあそれで」

 適当に相槌を打つアルメー、どこか遠くを見るような目でやる気が見えない。

「………」

 ルールを確認した、決めた事は『どちらかが気絶するまで』だけ。
 続いて他にはルールが無いか確かめる素振りは無い、今ここで攻撃を加えて始まったとしてもアルメーは文句は言えない。
 だと言うのに平然と背を晒して歩き出し二十歩、大体15リートほど距離を取ってから振り返る。

「……アルメー、やる気が無いなら放棄したらどう?」
「ちゃんとやりますよ、ヴォーテルポーレスさんのように付けるべき防具も持ってないだけですから」

 そう言ってアルメーはポケットに手を突っ込み、一枚の銅貨を取り出す。

「それに忠告するなんて予想外でした」
「……なんでよ」
「どうしても勝ちたそうですし、奇襲でも掛けて来るんじゃないかと思ってたんですが……」

 手の内の銅貨に落としていた視線を上げ。

「正々堂々は、ヴォーテルポーレスさんの性格とよく似合ってますよ」

 そうほざいた。
 そんなものは当たり前、ことさら試合では本人たちを除く環境は平等であるべき。

「わかってて試したわけね」

 随分と嫌らしいこと、乗せられ打ち込んでいたら強烈な一撃を貰ってたかもしれないって訳ね。
 己の品性が間違っていない事を確かめながら、右拳と左手のひらを打ち合わせる。

「やるっていうなら徹底的に叩くわ」
「放棄したらしたで怒るんじゃないんですか?」
「勿論」

 そう言って手提げと一緒にマントを脱ぎ捨てる。

「でも、少し待ちなさい」

 正直に言ってアルメーが纏うべき防具を持たない事など考えはしなかった。
 当然アルメーも防具を身に付け、試合に望むとばかり思っていた。

「脱ぐ必要ないでしょ?」
「あるに決まってるでしょうが、アルメーが負けた時の言い訳にされたくも無い」

 そして自分が勝った時の言い訳にもしたくない。
 ブレストプレートの留め金を外して脱ぎ、マントの上に投げ置く。

「……あくまで正々堂々、平等でってことですか」

 怪訝な表情を浮かべ、ため息を吐くアルメー。

「アルメーが持っていれば脱ぐ必要の無かったわよ……、まさか持っているのに付けていないなんて言わないわよね?」
「持ってませんよ、自分の武器や防具も、なーんにも」

 アルメーは肩をすくめて言う、その顔は変わらずやる気が見えない。

「……全く、とんだ手間じゃないの」
「そこまで本気にするとは思ってなかったんですよ」

 人の気持ちも知らないでよく言う。
 パチンパチンと固定する金具を外し、腕や足から次々と外して放る。

「合図は?」

 全て外し終わり、肩に掛かった髪を右手で払う。
 それを聞いたアルメーは右手のひらの銅貨を見せ。

「これが落ちたら開始で、それじゃあ行きますよ?」

 視線を向けられ、一つ息を吸う。
 吸い込んだ息を吐きながら、拳を握って構える。
 ここから先、言葉は要らない。
 真っ直ぐにアルメーを見つめ、その意図を感じ取ったのか親指に乗せた銅貨を弾いて飛ばした。
 キンっと軽い軽金属音を鳴らし、銅貨が空に舞う。

「………」

 放物線を描いて地面へと落ちる銅貨に比例して、前傾姿勢をとる。
 その姿勢を見てなお、アルメーは銅貨を弾いた指、腕を下ろして構えずに立つ。
 それは侮っているのか、格下相手に取るべき構えは無いのか。
 回転しながら落ちる銅貨を、加速する知覚で捉える。
 あと数秒も無い、ゆっくりと地面に吸い付くように落ちる銅貨が音を立てた。

 魔力を足に漲らせ、脚力を強化して地を蹴る。
 そうして始まった賭けの戦い、駆け出し始めて認識したアルメーの攻撃は魔法だった。
 彼我の間を遮る壁、完全にお互いの姿を見えなくする三リートほどの土の壁。
 浮かんだのは二つの選択肢、土の壁をぶち抜いて最短で迫るか、土の壁を迂回して迫るか。
 まぁ意味の無い考え、握った拳に、腕に、肩に、全身に魔力を纏い、足を踏み込んで腕が走る。

 燃え上がる拳が土の壁を打ち爆ぜ、大穴を開けて崩れる。
 そうして土の壁の向こう側に踏み込んで見たのは、誰も居ない空間。
 前後左右上と見て居ない事に隠れたと判断して、サーチャートーカーを掛け探知。
 揺れる草木、地面の小さな凹凸、その平原の存在する生物をくまなく捕らえて、アルメーだけを見失った。
 サーチャートーカーで探知出来ないなら看破魔法、オープンアイズで視線を巡らせるが……。

「どこにッ!?」

 拙い、そう感じた時には上体を捻りながら後方へと腕を振るって裏拳。
 右斜め後方から飛来した、細長く尖った石の側面を叩き砕く。
 砕けて散り消えるストーンブラストに返しでフレイムボール、同時に三つ作り出して応射。
 飛来した方向に飛んで行くも、何にも当たらずにただ飛んで爆発させる。
 熱火を撒き散らし、燃えたまま火の粉が空を漂い停滞する。

「逃げ隠れするだけが能じゃ無いでしょうね?」

 それに応じて飛んでくるのは水の刃、また背面から狙い打ってくる攻撃魔法を身を捻りながらの回し蹴りで打ち落とす。
 蹴りによって弾けるウォーターエッジ、そのまま先ほどと同じく燃え盛るフレイムボールを作り出してその方向へ撃ち出す。
 それも先と同じ、フレイムボールは何かに当たる事無く飛び破裂、消えぬ火の粉を撒き散らして役目を終える。
 サーチャートーカーやオープンアイズで見取れないなら、捉えることが出来る方法を選ぶだけ。
 何度もフレイムボールを撃ち出し、火の粉を撒き散らし続ける。

「そんなもので! この私を討ち取れる訳が無い!」

 次々と飛来する下位攻撃魔法、どれもが死角から撃ち込まれ、振り返りながら拳や蹴りで打ち砕く。
 それなりの速度、それなりの威力、それなりだけの攻撃。
 こんな筈ではない、この程度な訳が無い。

「遊ぶのは止めなさい!」

 ふざけている、見えない領域から通りもしない攻撃を繰り返す。
 その意図はどう考えても遊んでいるようにしか見えない。
 最低でも、威力と速度はこの倍はあるはず。
 大きな魔力による底上げでそれなり以上の破壊力を発揮するはず、だと言うのに如何にも抑えていると言った感じがしてならない。
 これが通用すると見下しているのか、あるいは別の何かか。

「……後悔するわよ」

 周囲は私の領域へと塗り替えた、遊びだろうが様子見だろうが最初から全力で来なかった事を後悔させてやる。
 アルメーも警戒しているだろう、空中に浮かび続ける小さな火。

「出てこないってんなら、炙り出してやるわよ!」

 噴き出す魔力、それに呼応して火の粉が動き出して、輪を広げながら回り出す。
 我がヴォーテルポーレスの権能、『炎』の領域に紛い物は存在させない!







 そうして俺は遠くで巻き起こる炎の竜巻をしゃがみこんで見ていた。

「……なにあれぇ」

 どう見ても何かありますよと言う感じの消えない火の粉、案の定何かし始めて急激に拡大、火炎の竜巻になって空へと伸びていた。
 見た事が無い魔法、と言うかそもそも魔法かあれ?
 見たようなのは教科書に載っていた『フレイムストーム』、炎と風の合成魔法。
 でも恐らくあれは違う、回転して空へと伸びる火炎の竜巻と言う点では同じかもしれないが、フレイムストームには無い物があれにはあった。
 直径100メートルはありそうなどう見てもやばい火炎の竜巻の周囲に、同じ火炎で出来たリングが竜巻を回り囲んで幾つも回っている。

 上位の攻撃魔法に匹敵どころか、凌駕しそうな広範囲殲滅魔法的な物を躊躇無く放ったあたり相当真剣らしい。
 ……そんなに強い人を紹介して欲しいんだろうか、そう考えながら火炎の竜巻を見る。
 まぁすんごいと思うけど、それは全く無意味な行動だと言う事。
 なんか俺が近くから撃ってるような言い方してたけど、実際には距離を離しながら撃ってたし。
 最初の一発を撃った時には、もう二百メートル位離れてたし。

 近接格闘は負ける可能性があると言われ、喜んで近づく訳が無い。
 勝つのであれば、さっさと隠れて動きながらちまちま攻撃魔法撃ち出して消耗を謀ったりする方が良い。
 それに反して近づいていたら、あの竜巻の中に閉じ込められ蒸し焼きとかになってたかも。
 ……と言うか、あの火炎の竜巻の中心に居るだろうヴォーテルポーレスさんは熱くないんだろうか。
 そう考えながら500メートルほど離れた場所から、いつ竜巻が収まるか座って眺めていた。

 高速で回転して周囲の軽い物、小石や枯れた草木を熱し燃やしながら舞い上げて聳え立つ竜巻は。
 五秒ほどで弱まり始め、十秒も経てば跡形も無く消え去っていた。
 その火炎の竜巻を巻き起こしたヴォーテルポーレスさんは、眉間に皺を寄せて苦々しい表情で辺りを見回していた。
 地形は変わっていないが、地に生えていた草などを根こそぎ燃やしているので半径100メートルほど焼け野原。
 渦巻いた熱風の余波で火炎の竜巻が実際にあった場所より、広く傷跡を残している。

 近づかなくて良かったと再認識。
 ヴォーテルポーレスさんは俺が近くに居ない事に対して見回して居るんだろう、さすがにあの火炎の竜巻の領域に入ってたら隠れていてもばれる。
 周囲に水や風を纏わせ体温とか匂いを消してるんだが、あの軽く常温の数倍はあるだろう領域に入れば隠そうとする風や水が逆に位置を知らせる事になる。

 通常なら存在するはずのない物がそこにあるんだから、違和感に気が付かないわけが無い。
 これは前にレテッシュさんに言われた、魔力が小さすぎて逆におかしく感じるのと同じ。
 なんか漫画でもそんなのあったな、気配を消して尾行してたらあっさりばれて、そのばれた理由が『人込みの中にぽっかり開いた空間が、いつまでたっても埋まらないのはおかしい』だったか。
 そんなのと似たような感じになるはず、最初からわかってりゃ合わせられたかもしれんが、いきなり出された居場所が丸わかりになってたはず。
 ヴォーテルポーレスさん的にはダメージ与えつつ居場所を炙り出すと、まぁ離れてる俺には意味が無かったけど。

「……さてと」

 ヴォーテルポーレスさんの領域で戦う必要はありゃございません、ですのでこれでお相手を。
 立ち上がりつつどの方向から攻撃が来ても、叩き落とそうと構えているヴォーテルポーレスさんを捉えつつ移動し始める。
 向けるのは右手の指先、その先に浮かぶのは時計回りに回転する風の矢。
 距離が開いたために、先ほど撃っていた物よりも速度を重視した一撃。
 無論、これを放てば位置はともかく距離は測られる。

 まぁ距離を知られても位置を知られなけりゃ問題ない。
 屋敷の裏手に広がる平原は広い、どっかの球場ドームとかよりも何倍も広い。
 その気になれば一キロ二キロと離れても全く問題が無い、そうなったら攻撃が届かんけど。
 軽く走りながら、ヴォーテルポーレスさんを中心として円周。
 狙いを付け向けた指先に沿って風の矢、行けと念じれば弓矢の何倍もの速度で飛翔する。

 数秒掛けて風の矢はヴォーテルポーレスさんに届いた。

 届いたけど普通に蹴り砕かれた、まだまだ余裕で捌いてたな。
 どのレベルまで捌けるか試してみるかと、右手に並行して浮かべる攻撃魔法群。
 右腕を銃身として、浮かぶ四大元素の攻撃魔法は弾倉に収められた銃弾か。
 向ける指先には当ても無く走り出すヴォーテルポーレスさん、狙いを足元に定めて撃鉄の意思を弾いた。
 音の伝播と並行して攻撃魔法が走り、ヴォーテルポーレスさんの障壁に干渉する。

 障壁が衝撃を殺しきる、だからと言って次も同じではない。
 魔力障壁は言葉そのまま、魔力で形成される無色透明の鎧だ。
 流動する魔力を全身に回して、展開している間キャパシティに収まる物理攻撃を遮る。
 無論無限に展開し続けるものではない、大気中に漂う無色の魔力と干渉してごく僅かに削れ続けるのだ。
 さらに攻撃を受けて衝撃を打ち消した部分は魔力が薄れて強度が下がる、それを補うために新たな魔力を注いで強度を攻撃を受ける前と同じに戻る。

 そしてその減衰した障壁の強度を戻せるのは、魔力補充する間があってこそ。
 注ぎ直す暇なく同じ箇所に何度も撃ち込まれれば、物質の鎧と同じく疲労して破損する。
 つまりは、高速かつ連続した攻撃魔法により、薄れた障壁は限界を超えて攻撃魔法の突破を許した。
 魔力で肉体を強化すると言っても、皮膚が鋼鉄並みに硬くなったりするわけじゃない。
 確かに硬くなるが、骨まで届く斬撃を筋肉で止めたりする程度。

 そこらの剣撃より威力がある下位攻撃魔法を何度も受け、狙い通り右足のふくらはぎに殺到した。
 当たり前に回避行動を取ったものの、弾道修正が掛かったので次々と足の障壁を突き破った。
 その開いた穴の大きさは二センチを超える、それだけの穴が開き筋肉を損傷すれば足首から先はまともに動かないだろう。
 だと言うのにまだ動かすのは意地か、足を踏み込むたびに出血して激痛を生んでいるだろう。
 千切れ掛けの筋肉もその衝撃で切れてまた激痛を生んでいるかもしれない、それでも次の攻撃を受けぬよう動き続ける。

 戦うものにとって当然、勝ちを拾うために抗うのは当たり前。
 それになんとしても俺に勝ちたそうだけど、現実は厳しい。
 俺がレテッシュさんとかに勝てないように、状況的にヴォーテルポーレスさんは俺に勝てない。
 加虐嗜好なんてないし、手っ取り早く終わらせるか。
 ヴォーテルポーレスさんを地面に縫い付けるため、両手を掲げて魔力を加工する。

「……これは負けフラグ?」

 体を斜めに構え、左手は頭の斜め上前方に、右手は逆の斜め上後方に。
 どっかのインフレバトル漫画で巨大なエネルギー弾を作っているようなポーズ、実際はしょぼい細長い石の槍だが。
 これで最後だ! とか、死ねぇ! とか言いながら撃つと同等の攻撃を返され鬩ぎ合いになり、結局撃ち負けそうな。
 とりあえずそんな考えをしまい、真剣に狙いを定める。
 手が滑って心臓を貫きました、なんてアホな真似は絶対にしたくない。

 足を止めてから一つ息を吸って、一瞬で攻撃が到達するイメージを浮かべる。
 狙う先には動きながら怪我を治すヴォーテルポーレスさん、視線はこっちを向いており、隠蔽を解いた俺をしっかり認識している。
 正直縦横無尽に動き回られて、狙いが外れるの危ないのでこっちに集中するよう姿を現した。
 距離は大体500メートル位、魔力全開で駆けても数秒は軽く掛かる。
 その間に仕留める、残念だけど串刺しになってもらう。

 治癒魔法で傷を塞いで駆け出すヴォーテルポーレスさん、俺が掲げる石の槍をしっかり認識してる。
 防ぐ気なのは当然、避けられない速度で飛んでくるために魔力に飽かした障壁で持ちこたえる気か。
 恐らく全力で走り寄ってくるヴォーテルポーレスさんに向け、腕を、空に留まっていた石の槍を開放する。

「あ」

 振り下ろす腕と連動して、石の槍が超高速で遠くに飛んでった。
 失敗した、角度を考えていなかった。
 串刺しにして地面に縫い付けるつもりだったが、地面に突き刺さる角度ではないし、長さも全然足りない。
 もう一度腕を上げて魔力を加工する、先ほどより倍以上の長さ六メートル、一番太い所でも直径三センチほどの両端が非常に長く尖った石の槍。
 もう一度狙いを澄ますのは腹に穴を開けつつ、睨み歯を食いしばって足を踏み込んでくるヴォーテルポーレスさん。

 とりあえずあと200メートルも無いし、一発ずつだと次撃つ前に近寄られる。
 だから同じ大きさの石の槍を五本ほど、これで縫い止める。
 真っ直ぐ見据え、狙いを腹に定めてまず二本目。
 右腕を振り下ろした時には超高速で放たれ、障壁を撃ち抜き腹に二つ目の穴を開ける。
 打ち消そうとしたのか、いくつか作り出したフレイムボールを前方に集中させていたが、関係なく撃ち抜いて貫いた。

「ッが……」

 苦声を漏らし、変わらず踏み込んでくる。
 赤い髪が靡き、拳を固めながら腕を引き絞る。
 それを見ながら三本目、今度も障壁を撃ち抜いて腹を抉る。
 衝撃のためか突進してくる速度が緩むが、止まる気は無く前進してくる。

「ぃッけェ!」

 軽く吐血しながら、号令を出した。
 それに従うのは火球、フレイムボールがそれなりの速度で飛んできたが全て避ける事無く障壁で受け止める。
 火の粉が散りフレイムボールが弾け、そのまま四本目。
 距離の関係でとうとう石の槍が地面に突き刺さり、ヴォーテルポーレスさんを縫い付けた。

「………」

 自分でやったんだがすっげぇ痛そう、腹に三つの穴を開け、四つ目はぐっさり腹を貫き地面に突き刺さってる。
 槍を伝って血が流れ、流石にそれには足を止めざるを得ない、だがそれでも石の槍を圧し折って前進しようとしている。
 いやぁ、それはやらせんけど。

「ッあっがぁ!」

 五本目を受けとうとう悲鳴を上げた、傷の上から斜めに貫かれたらそりゃ痛い。
 だというのにまだ前進しようと言う意思が見える、だから残ってる一本の槍を動かない標的の足に放った。
 左の太股を貫き、完全に地面へと縫い付ける。

「降参は? 死ぬまでやるって言うのは勿論無しですよ。 降参する気が無いと言うなら、気絶するまで撃ち込むしかないんですが」
 
 槍が刺さっている傷は治せない、塞がるべき傷の中に槍が納まってるから塞がらない。
 勿論他の傷は治癒魔法で治せるが、治させる気などこれっぽっちも無い。
 歯を食いしばって俺を見るだけのヴォーテルポーレスさんからは、降参する意思が無い事が丸分かり。
 今度は長くする前の槍を作り出し、右太股へと放つ。
 鋭く撃ち抜かれたために、激しく血が飛び散ったりはしない。

「……まだやらなくちゃいけないんですか」

 口を閉じて睨みつけてくるヴォーテルポーレスさん、その視線には何かの策があるよと言う意識が感じられる。
 精神に作用する魔法は使えねーし、物理的な衝撃で意識を飛ばすしかない。
 顔殴り飛ばしたら早いんだが、なんか策があるらしいから近づきたくない。
 結局じわじわ甚振って意識を無くさせる位しかないか。
 溜息を吐きながら荒削りな石の槍を作り出し、左太股へと撃ち込む。

「降参は?」

 返答はフレイムボール、変わらず障壁が防いで無傷。
 次は長い槍、力無くぶら下げている左腕に上から撃ちこむ。
 ヴォーテルポーレスさんの腕の太さ三分の一以上もある槍を撃ち込み二の腕を固定。

「………」

 それでもまだ攻撃魔法を作り出し、何度も撃ち込んでくるヴォーテルポーレスさん。
 俺の障壁に遮られ火の粉が散り、消えるフレイムボール。
 勿論火の粉をそのままにしておかない、さっきみたいに火炎の竜巻起こされちゃかなわん。
 三十センチほどの水球を作り出して、浮かぶ火の粉を飲み込ませ消火していく。
 そして作業の如く槍を作り出して撃ち込む。

 一本撃ち込むごとに降参の意思を聞き、左足には七本、右足は八本、腹に五本、左腕には四本、そして右腕には五本。
 合計二十九本もその身に石の槍を撃ち込まれて、まだ意識を保ち睨み付けてくるヴォーテルポーレスさん。
 人間ならとっくにショック死しててもおかしくない、魔人だからこそ耐えれたのかすごい精神力。

「……はぁ」

 溜息をまた一つ、あまりにもあれすぎて気が滅入って来た。
 赤毛の美少女が何本もの長い石の槍に突き刺され、動けないよう地面に縫い止められている。
 自分がやったとは言え串刺しの人なんて好き好んで見たくねーよ、こんな手段取るんじゃなかった……。
 後悔しながらそれでもやらないとと、さっさと気絶してもらった方が両方のために良い。

「………」

 とりあえず展開していた石の槍を消し、その場に佇む。
 槍による支えを失って、足元に出来た血溜りに倒れこむヴォーテルポーレスさん。
 荒々しい呼吸で治癒魔法を使い、その傷を塞いでいく。
 治癒魔法では失った血は戻ってこない、間違いなく貧血気味でふらついてる。

「……どう言うつもり?」
「これ以上やったら死ぬと思いまして、そろそろ決着を付けようかと」

 得意な格闘で、そう言って腕を上げる。
 勝つための策がある近接格闘戦を行うのは明らかに悪手だが、串刺しタイムをあれ以上続ける気なんてこれっぽっちも沸かなかった。

 それを聞いたヴォーテルポーレスさんは貧血で意識が薄く、体力も削られているし、それを支えた魔力も消耗しているだろう。
 どう考えても対等な格闘戦じゃないが、地力となる魔力差からそもそも対等ではない。
 大きな差からすごく大きな差になっただけ、それで諦めるほど素直じゃなさそうなヴォーテルポーレスさん。
 ここで諦めてくれねーかなーと言う希望は簡単に打ち砕かれる。

「情けを掛けられて、非常に惨めね……。 でも、それを晴らすためそうした事を後悔させてやるしかないわ」

 ギラギラとした瞳、自身への情けなさで怒りに燃え、それを原動力にして構えるヴォーテルポーレスさん。
 弱弱しかった魔力が急激に膨れ上がっていき、戦いを始める前と同等までに大きくなる。
 感情による魔力の一時的な底上げだと分かるが、全快近くまで戻るとかやべぇだろ……。

「……まぁ、意味は無いですが」

 こっちも魔力を倍以上に漲らせて、踏み込む。
 驚きを見る前にトンっと一秒と掛けず懐に入り込み、無防備な左脇へと右拳を打ち込む。
 軽々と障壁を打ち抜き、拳が左脇腹へと減り込む。
 そのまま流れるように風を切って左のフック、右と同じく拳が減り込み、殴り飛ばした。
 ……ああ、やっぱ最初から殴り合いで終わらせたらよかったなぁ。

 数秒空を飛び、受身も取れずごろごろと地面に転がってようやく止まるヴォーテルポーレスさん。
 飛んで転がった距離は50メートル位か、何とか起き上がりつつ苦しそうに何度も咳き込む。
 それを見ながら駆け出して跳ねる、大げさに動いてその動きを確認させて。

「どりゃ!」

 両足を揃えて地面に足を打ち込む、ゴヅンと僅かに地面が凹んで威力を物語る。
 それを咳をしながらも転がって避けるが、見逃すはずも無く今度は軽く飛んで拳を振り下ろす。
 それも転がって避けて立ち上がり、呼吸を整えながら再度構える。
 だがそれも無駄、自身の最速の倍以上で迫る攻撃を前に、防御すら許されずに拳を打ち込まれる。
 そうして殴り飛ばされれば、また飛んできて追撃を掛けてくる。

 ループだった、何とか立ち上がり構えるも防御する暇なく殴り飛ばされ、追撃が繰るも何とか避けて整えながら立ち上がりまた殴られる。
 僅か一分の間にそれが六度、見る間に体力と魔力が削られ何も出来ず弱っていく。
 そうして思う、本当にすげぇな……と、何度も殴られ苦しげに咳をしながら立ち上がるその姿。
 俺が持っていないタフな精神、尊敬すらしそうな立ち向かう心がどうにも難しい。
 殴られ倒れるを何度も繰り返し、起き上がる速度が見て分かるほど鈍ってきている。

 そこにもう一度同じ事を繰り返す、狙いが腹部だと流石に分かるか防御しようとするも腕をすり抜け一撃。
 一気に肺から息が抜け出し、大きく吹き飛ぶ。
 それに追撃で飛び上がり、空中で腕を引き絞り、魔力を乗せて放つ。
 魔力波という衝撃波になって、また転がって避けようとしていたヴォーテルポーレスさんに当たって体を跳ね上げる。
 そこに止めの落ちながら拳を振り下ろし、激しい音が鳴り拳と一緒にヴォーテルポーレスさんを地面に叩き付けた。

 あったのはミシリと肉が潰れ、骨が軋む感触。
 ヴォーテルポーレスさんは瞼を閉じ、半開きの口と力なく横たわっている。
 これは言い逃れできんだろう、僅かにも身じろぎせず完全に気絶している。

「……はぁ」

 まじで疲れた、戦いなんて肉体的、精神的にも疲れるだけじゃねぇか……。
 こんなのが好きだとかいう奴頭がイかれてんじゃねぇの? そう考えながら治癒魔法を掛けておこうとヴォーテルポーレスさんの腰に左腕を回して起こす。
 腰を持ち上げた事により力無くだらりと上半身が反り、見事な赤髪も地面に流れて汚れていた。
 それを見た後何度も殴ってしまった腹部を見たらすんごい青くなっていた、やり過ぎたか……と右手をかざした瞬間。
 ヴォーテルポーレスさんの頭が跳ね上がり、左腕がするりと俺の脇を通って腰に当てられた。

「──あまぁい」

 驚く暇無く頬に唇が当たりそうな距離まで顔を寄せられ、彼女が囁くように言った時には左脇腹で何かが炸裂した。



[17243] 45話 思い直して考える
Name: BBB◆e494c1dd ID:e6765bff
Date: 2010/09/25 00:50

 爆発、比喩ではなく本当に爆発した。
 抱き上げるアレンと、抱き上げられるエヴェレア。
 腕を伸ばし切らずとも簡単に手が届く距離、それは攻撃にも当て嵌まり。
 エヴェレアが打ち込み発生させたのは燃え上がる爆炎と衝撃波を伴う爆風、それに対して抵抗するアレンの障壁。
 無色透明の魔力障壁がうねり急速に減衰する、限界を超えて消失した障壁を塞ぐ為に魔力が流動する。

「───」

 衝撃が体の中を通り、傷付けられた内臓が出血を起こして内に溢れる。
 爆発の威力で障壁を吹き飛ばし、左脇腹に甚大なダメージを受けたアレン。
 抉られた腹部は全体の四分の一を上回る、皮膚も脂肪も筋肉も内臓も、須らくダメージを負った。
 だが傷口から出血は無い、高熱の為か傷口が焼けて僅かにも出血していない。
 無論体が負ったダメージでアレンに沸き起こるのは激しい痛みに、喉に迫り上がってくる血を吐き出した。

 煙の切れ目にそれを見たエヴェレアは笑う、致命的な一撃を打ち込んだと。
 勝利を得る為の手札を良い位置で切れた、これなら勝てると確信してエヴェレアも吐血した。
 一度咳き込み、口から飛んだ血がアレンの頬に付着する。
 散々殴られた腹部のダメージが今来たのかと、視線を落とせば違った。

 アレンに必殺を打ち込んだ同じ場所、エヴェレアの左脇腹には拳が突き刺さっていた。
 こちらも比喩ではなく、言葉通りに手首まで腹に食い込むアレンの右手があった。
 痛みにもう一度エヴェレアは咳き込む、視線を戻した先にはアレンの顔。
 表情の無い顔の向きは変わらず、黒の瞳だけがエヴェレアを捉えている。

「あ……ぎ」

 晴れてくる煙の中、届かなかったのかとエヴェレアは腕を上げようとして。

「……ッツ」

 意思に従わない腕、だらりと地に落ちる腕と痛みに歯噛みする。
 それでも体を動かそうとして、腹部から走る痛みに体を振るわせる。
 ぬるりと名状しがたい痛みに、急激に気分が悪くなる。
 視界の明が弱まり、部屋の明かりが一つずつ落ちていくように暗くなっていく。
 それはまるで夜空に輝く星を掴もうとする子供、少しでも近づこうとして。



 アルメー、私の──。



 遠くなる世界に手が届く事無く、暗い闇の中に落ちていった。









「………」

 あれは拙い、あれほどまでに深刻だとは予想以上だった。
 必要だとは言え、アレンの課したものが内包しきれるものだったかを再度思案する。

「……拙いですな」

 既に露呈している弱点、精神的な脆弱性。
 本来であれば十三の子供に強要すべき事ではない、未熟な精神と肉体を持って学び、同年代の子らと遊んでいる年頃だ。
 だが、アレンはその子供の標準に当て嵌まらない、どれを取っても特異な存在。

「こんな時でなければ良い事だと思うわ」

 祖父母に命を狙われ、致命傷になり得る攻撃を受ける可能性があるこんな時。
 女に弱い、優しいとそれはそれで中々悪くない。
 だがバグランティトスの男女比率は大きく女に傾いている、家も学園も、ほぼ全てが女ばかり。
 今この時にこのような女に対する扱いは弱点に過ぎない、命を奪われる可能性が極端に高くなるだろう。
 つまり、アレンにとって今最も必要とするべき『非情』を持ち得ていないのが非常に拙い。

 しかし十三の子供に持たせるべきではないもの、だが持たなければ今のように攻撃を簡単に許す。
 生死にかかわる事である以上、絶対に放っては置けない。

「ヘレン殿、それなりの事を課すが宜しいか」
「アレンの為になるのであれば」

 館の二階、廊下の窓から見えるのは裏手に広がる景色。
 それを見るのは二人、青髪をポニーテイルで纏めるレテッシュと、明るい金の髪をストレートで流すヘレン。
 二人は隠蔽魔法、サークルハイドで姿を隠し、裏手の草原で行われている賭けの戦いの結末を眺めていた。
 それを見ていてレテッシュが感情を消した表情で聞き、ヘレンも感情を見せない表情で答える。

「ラアッテ、ヴォーテルポーレスの娘を客室に運べ。 それと……、ヘレン殿の自室で待っていると伝えてくれ」

 レテッシュが一度ヘレンに視線を向ければ、ヘレンはそれに頷く。
 そうしてアレンの自室の隣、ヘレンの自室へと二人は入っていった。






「アレン様、閣下とヘレン様が部屋へ来るようにとお呼びです」

 完全に、今度こそ気を失っているヴォーテルポーレスさんに治癒魔法を掛け、自分にも掛け傷が治った所にラアッテさんが背後に現れた。
 お二方はヘレン様のお部屋でお待ちです、と付け加える。

「……分かりました」

 ヴォーテルポーレスさんを持ち上げようとした所で。

「ミスは私が運ぶように仰せつかっています、アレン様はお二方の元へと」
「……お願いします」

 ぐったりとするヴォーテルポーレスさんを軽やかに持ち上げ、屋敷へと素早く飛んでいく。
 それを見送りながら、一つ溜息を吐いた。
 間違いなくお説教だろう、不注意すぎる事したんだからしょうがないか……。

「アレン様、お怪我は!?」

 とりあえず屋敷へと歩き出したら、キュネイラさんが飛んできた、比喩じゃなくて本当に。
 反動でめくりあがるスカートを抑えながら、着地するその表情は心配して慌てる顔。

「怪我、ある様に見えます?」

 腕を広げて見せ、どこも怪我をしていないと示す。
 服の腹部辺りに穴が開いてしまったが、それ以外の攻撃を受けてないし治癒魔法で全快済み。
 ズボンも衝撃で破けてずり落ちそうだが、まぁ手で押さえればいいか。

「正直に言えば、アレン様が怪我を負うとは思っても見ませんでした……」

 勝つ為に布石を打つとは相当本気だった様です、と嫌々ながらも認めるようなことを言うキュネイラさん。
 不意打ちをした事に対して罵倒するのでは、と思ったがその逆だった事に少し驚いた。

 この賭けのルールは先に気絶したほうが負け、あと暗黙で賭けの履行の為相手を殺さない程度。
 制限時間も戦いの場の範囲も、武器を使うか魔法を使うか、不意打ちや気絶した振りなど一切咎める理由が無い。
 卑怯だと声を上げるなら、前もって細かく決めておかなければいけない。
 決められていないから何をしてもいい、それが通用するかどうかと聞かれれば『通用する』。
 大きく見れば『勝った方が正しい』的なもの、『力』が社会の根底に存在して支えているための事。
 この場合、ヴォーテルポーレスさんが勝った場合にはって事になるが。

 現実には俺は攻撃を耐え切った、意図しない反射的に出た攻撃でヴォーテルポーレスさんの完全に意識を断ち切った。
 爆発する攻撃を腹に受けた俺は、文字通り腹の一部を吹き飛ばされ激痛に呻いた。
 呻いただけで視界が点滅するとか、意識を失うような気配は起こさずにすかさず反撃を叩き込めたのは、これまでに負ってきた怪我のおかげか。
 なんとも嫌なものだが、とりあえずは外野に不意打ちを行ったヴォーテルポーレスさんを責めるような人は居ないという事。
 厳格なルールが定められているならともかく、正々堂々では無い、卑怯だとかこの賭けの戦いで口にすべき事ではない。

 やっぱ止めときゃよかったかなぁと、未だ手に残る感触が消えない。
 破壊的な攻撃を左脇腹に受け、俺が纏う障壁を突破して腹の四分の一ほど抉った。
 その攻撃に対し反射的に打ち出した右拳が、ヴォーテルポーレスさんの左脇腹に減り込んだ。
 比喩ではなく言葉通り、障壁と皮膚と脂肪と筋肉を突き破って内臓を傷付けた。
 生暖かい腹の中、拙いと慌てて引き抜いた右手は血で濡れていた。

 それと同時に吐血、飛んだ血が俺の左頬から首筋に掛けて掛かった。
 僅かに動いた顔と視線でどうなったのか確認しての驚き、必殺の一撃を受け、なお意識を持って反撃を繰り出した。
 確実に意識を刈り取れる物だと確信だったんだろう、完全に勝利を手繰り寄せる手が無くなったことに対しての諦めか。
 全身から完全に力が抜けて、上半身が重力に引かれ仰け反った。
 俺は血で染まる右手、抜け切らない感触を無視して治癒魔法で傷を治した。

 一方の俺の腹、思いっきり抉れていた。
 傷口から血は出ていない、熱の為か焼かれ塞がっている。
 痛みを堪えつつ震える喉で息を大きく吸って、かざした右手で治癒魔法。
 いつ見ても面白いものじゃない、焼け焦げた肉を押し出すように肉が盛り上がって皮膚を作って元通り。
 炭化した部分がぱらぱらと瘡蓋が落ちるように取れ、感じていた痛みも素早く引いて消える。

 何度もしゃれにならん激痛を受けた為に耐性と言うか、痛みに対して意識を失う上限が上がったのか。
 意識喪失による無抵抗に至る確率が下がったのは良い事なんだろう、日頃のフルボッコ訓練も効果があったのか。

「はぁ……」

 溜息しか出ない、やっぱり俺は戦いに向いてねぇよ。

「……アレン様、どうか気を落とされないよう……」

 消沈した俺に、触れるかどうか戸惑う手を出したままキュネイラさん。
 視線を向ければすぐに下ろし、いつも通りに前で手を重ねる。

「別に攻撃を受けたから落ち込んでるんじゃなくて……。 まぁいいや、ちょっと呼ばれてるんでその後にでも」

 始める前に言ってきたあれ、俺の昼食にと持ってきたのは手作りのサンドイッチ。
 練習して味見済み、それなら食べられる味だろう。
 そう、なんか言われるのは確実だからちょっとだけ逃避していた。







 館の玄関を潜り、靴を履き替えて廊下を渡る。
 二階への階段に足を掛けて、二階へと上がる。
 上がりきると階段と水平に伸びる廊下、階段から一番近い扉から三つほど左の母さんの部屋。
 ドアノブを回し、扉を開いて中を見るも誰も居ない。

「キュネイラさん、大事な話のようですんでリビングで待っててもらえますか?」

 当然と言ったように後ろについてきていたキュネイラさん、振り返って目を見るも残念そうな顔。

「……分かりました」

 そう言って一歩引いて踵を返し、階段へと進み降りて行った。
 それを確認して、ドアを閉めて室内へと視線を戻す。

「……アレン、座れ」

 隠蔽が解け、無色透明で完全に景色へと溶け込んでいた二人が現れる。
 二人はベッドに座り、相対するように置かれている椅子を勧めてきた。
 断る理由は全く無い、頷いて進みその椅子へと座る。

「……アレン、今日から訓練の量を倍にする。 残念だが休める暇は無いと思ってくれて良い」
「……すみません」
「そうだな、私は相当な手心を加えていたらしい。 言えば分かると、心を決めてもらえると思っていたようだ」

 行き成りの通達だったが、文句を言えるはずも無い。
 心配していると、真っ直ぐと見つめてくる瞳は、嘘偽りが無い真摯な感情が込められていた。

「今回の行動を見て、早急にアレンを矯正する必要があると認識した」

 母さんは座る足の上に両手を重ね、レテッシュさんは腕組みをして座る。

「アレン、あれほど近づくなと言ったのに何故近づいた? 殴り昏倒させるのは手早い手段と言えようが、早急に事の決着を付ける必要も無かっただろう?」
「……あれ以上攻撃を加えるのは、死んじゃうかなと思ったんで」
「いや、あれはまだ持っていた。 後数発打ち込んだとしても意識は失わなかっただろう、だが治癒を妨害しつつそのままでいれば確実にあの娘は気絶していた」

 気絶した振りをする前にな、と続けて言った。

「自分でしておいてあの姿に居た堪れなくなったか? 可哀想だと思ったか? 高が賭け事と舐めて掛かったか?」
「………」
「今のアレンにとってそんな物は必要ない、むしろ命を危険に晒すものだ」
「そういうものでしょう、あれは」
「そうだな、高が子供同士の賭け事。 非情に徹して決着を付けるほどの物ではないと、だが放って置けば死に掛けない怪我を受けたのは誰だ?」

 表情を消した顔で、鋭い視線を向けてくる。
 そこには表情に無いが、心配する感情が含まれていた。

「女に優しい、実に結構だ。 自身より優れた男に優しくされるのは女にとって理想の一つになるだろう、だがそれを発揮した先ほどの戦いは無駄に身を危険に晒した」

 一つ溜息を吐き立ち上がり、傍に寄ってくるレテッシュさん。

「いいか、アレン。 お前はあの戦いにおいて起こりうる可能性を考えたか? 例えば……、あの娘がアレンの魔力開放を受けて考えが変わったなど」

 例を出したレテッシュさんの端麗な表情が僅かに歪む。

「……いえ」
「あの娘の顔を見ていたか? アレンの打撃を受けているのに笑っていたんだぞ? 勿論殴られて嬉しいなんてものじゃない、女が眼鏡に叶う男を見つけた時の表情だ」

 まじかよ、本当に便利と言うか極悪だな、やっぱ完全に洗脳とかそういうレベルだろ……。
 しかも二段構えか? 通りが良くなるよう予め馴染ませておくみたいで恐ろしい。
 余りにもあっさりと考えを変え、嫌った不意打ち騙まし討ちを行って勝ちを拾いに行くなんざ相当魔人の本能が強いのが分かる。

「それはどうでしょうか? それより前に演習の時に見てるんですし」
「懐疑的だったんだろう、常識的に考えれば強い男など滅多に居ないからな」

 少し笑って肩に手を置いてくる。
 そりゃレテッシュさん辺りになれば世界最強クラスで、凌駕する男なんてどこにも居ないだろ。
 俺だって脇道の小石程度で、魔力的な意味で同等の異性が居ないから一番近いんだろう俺で妥協している感じがする。
 クラスメイト位なら魔力的に上になるけど、それでも圧倒的な差がある。

「……いいか、情けを掛けるなとは言わんが時と場合による事を考えて欲しい。 あの場面では間違いなく掛ける必要は無かった、我々がどれほど頑丈かは分かっているだろう?」
「そりゃあ……、そうですね……」

 腹にでっかい穴空けて目の奥の骨を突付き砕かれても生きてて、百数十メートルはあろうかと言う高さから落ちても死ななかった。
 これで頑丈じゃないって言うほうが無理だ、人間じゃ間違いなくショック死してるほどの怪我だし衝撃だったはず。

「あの程度じゃ死なん、殺すとすればここと、ここと、ここだ」

 そんなタフな魔人とは言えほぼ間違いなく一撃で死に至る急所、レテッシュさんは左人差し指で大きな胸と、通った首筋と、流れる青い髪の下の頭を順次に指す。
 基本的な身体能力からして魔人は人間よりも数段上、相対的に耐久力も高い。
 そこに治癒魔法などが加わるから、敵対する多くの存在にとって厄介な事この上ない。
 腹に大穴が開きました、治癒魔法。 腕や足が切り落とされました、治癒魔法。
 治癒魔法を使わせる暇なく両手足を切り落としたり、まじで即死させないとゾンビも目じゃない位に立ち上がってくる。
 一人の魔人を複数で囲めばいけるかもしれないが、人間と同じように群れて行動し戦術や戦略を駆使するから無理だろう。

「先ほども言ったが、今回の賭け事どころか何も無い日常ですら死に至る因子は潜んでいる。 アレンが態々接近戦を挑んだのは、隠れている死の因子をむき出しにする自殺行為に過ぎない」

 そう言って方から手を離し、目の前で膝を着いてしゃがむ。
 肩から下ろした手は俺の頬に触れ、そのまま髪を撫でた。

「アレン、お前は非情にならなければならない。 無論遊びは遊びとしっかり分別を弁えなければいけないが、そうでない場合は厳しく動かなければならない」

 私がそうして欲しい理由を、アレンは知らなければならない。
 他人事ではないからな、と真っ直ぐに見つけてくる。

「学園の歓迎パーティの事、忘れてはいないな?」
「……ええ、まぁ」
「毒を盛ったウェイター、死んだぞ」

 何事も無いように言った

「正確には自殺だ、自分の首を切り落としてアレンに詫びたよ」
「………」

 それを聞いて俺は何も言えなかった、取り調べて知ってることを吐いてもらう。
 その後には便宜を図る心算だった、それなのに何故自分を殺してまで謝罪したのか。

「毒を盛った理由は『何者か』に家族を攫われ、要求通りに行動しないと家族を殺すと脅されたからだ」
「……その、攫われた家族が殺されたんですか」
「ああ、恐らくは連れ去り所定の場所まで連れて行ってからすぐに殺したのだろう。 死体や血痕が真新しいものではなかった」
「……くそったれめ」
「分かるだろう? 奴らは平民が幾ら死のうとも僅かにも気を止めやしない、道具としてアレンを殺す為に幾らでも打ち込んでくるぞ」

 その話を聞いている母さんは瞼を閉じ、辛そうな顔で何かに耐えるように座っていた。

「学園に奴らの手は大きく食い込んでいる、この前に侵入してアレンを射殺そうとした女もかなり怪しい。 厳重な警備を意図も簡単にすり抜けてきたのもな、緩い場所を初めから知っていたように侵入してきた」
「学園、運営側に手が入り込んでいるって事ですか」

 でなければ警備の緩い場所をついて入って来れる訳が無い。
 多くの貴族の息子や娘が過ごす学園に、易々と暗殺者が入り込むなど許して良い事ではない。
 探知用のアイテムや警備の中には実力者も多い、レテッシュさん位になれば話は別だが、ラアッテさん程度ならば敷地の中ほども入り込めないと言う。
 だというのに意図も簡単に侵入し、生徒が授業や実習を行うエリアまで無傷で入り込んでの襲撃。
 運が良かったとかそんなものを超えた怪しさ、誰かの手引きと言った方がまだ納得できる。

「それでだ、アレン」

 一息区切り、振り返って母さんを見るレテッシュさん。

「ヘレン殿も、申し訳無いですがアレンは学園で過ごすべきではないと、そう思うのですがどうでしょうか」

 それは学園を自主退学するかどうかの問い。

「我々でも十全に危険なものを排除できないと証明されています、このまま通っても再度暗殺や襲撃が行われてもおかしくは無い」

 レテッシュさんは母さんへと向けていた顔を俺へと戻し、両肩に手を置く。

「考える時間は無しだ、今ここで決めて欲しい」
「………」

 唐突、と言ってもこの話は十分にあり得た事。
 学園は危険だ、だから辞めてもっと安全な家に居よう、そう言う話だ。
 身の安全を考えるならそれが最も良い、かなり強い護衛の人たちに尋常な強さではないレテッシュさんが居るからだ。
 家にもマジックアイテムで強化されているらしいし、そこらの砦とかよりも強固かもしれない。

「いや、訂正する。 考える時間を取ろう。 そうだな、一週間位休みを取れ、合同演習も今回は流そう。 最近は休む時間が少なかったからな、ゆっくり休めばいい」

 とんとん拍子で決めていく、そんなレテッシュさんの後ろで母さんは座り真っ直ぐと俺を見ている。

「……そうね、私は──」

 音が消える、続くはずの言葉も消える。
 音を遮ったのはレテッシュさん、座る俺と同じ高さの目線。
 腕を伸ばし、その両手を俺の頬に添える。

「……アレン、分かるな? 今回の事はヘレン殿の言葉も思いも、全て抜きにしてアレンの考えで決めてくれ」

 顔を近づけてくる、視界一杯にレテッシュさんの端整な顔。
 目と鼻の先、レテッシュさんの顔だけしか見れないように。

「アレンが最も優先するのはヘレン殿だと言うのは分かる、だが私はそれを変えて欲しいと思っている。 ヘレン殿ではなく、アレン自身を最優先にして欲しいんだ」

 不等号、レテッシュさんは母さんより俺を優先する。
 だが俺は、自分より母さんを優先するだろう。

「だが、こう言ってもアレンは変えられないだろう?」

 その問いに頷く。

「故に簡単に優先順位を変えてくれるな。 最優先はヘレン殿として、次点は自分自身と決めておいてくれ」

 当然のこと、死ぬ事はそこで終わりである。
 ……意識や記憶があるとは言え、前世で違う世界の人間であった俺も確かに死んでいるんだ。
 神と言っていいような超越者によって転生したと言っても、やはり一度は終わったんだ。
 では二度目、これから何かあり俺が死んだとして、またあの神が現れて楽しませろと言うか?
 恐らくそれはない、初見だからこそ楽しめるもので、二度目三度目となると目新しさなど消え、全知全能っぽい神だからこそ未来を見ず完璧に予測できるだろう。

 こいつはここでこんな行動をしてこんな結果になる、あいつはあそこであんな事を言ってああなる。
 推測や予測が100%の確率で的中する、まるで既に何度も目を通した映画や小説、漫画を読むような感覚ではなかろうか。
 無論どっか別の世界に転生させる事が出来る超越的な存在に、こっちの物差しを当てて計るのは意味が無さそうだが。

「一番と二番、これだけは絶対に変えてくれるな。 相手が可哀想だとか痛そうだからといって、簡単に変えないと約束してくれるな?」
「……約束出来ますけど」
「よし、だったら学園を辞めよう。 現時点で手に入れるモノと失うモノの価値は等価にならない、アレンが命を失えば全て無くなってしまう」
「それはそうですけど……」

 命は大事だ、一理どころか十全の判断。
 命を狙う敵が居る学園に通い続ける、護衛も完全に防ぐ事は出来ない。
 これでまだ学園に通おうなんざ、豪胆か馬鹿なだけ。
 ……でもなぁ。

「いやか? だったら休学にしよう。 そうだな、五十年位訓練に励めば早々やられはしなくなるだろう」

 それは俺が弱いから、そう言って居るようなもの。
 事実だが正面から言われるとちょっと凹む、だが比べる相手が悪すぎるとも思うが。
 結局辞めるか辞めないかの話は一重に俺が情けないからだ、今回の油断によるでかい怪我と、少し前の襲撃。
 前者は痛そうだから早く終わらせようとした俺の考え、後者は暗殺者の攻撃を避け切れなかった俺。
 同じように考えるのはどうかと思うが、結局は俺が弱いが為に避けられなかった事。

 もっとシビアに考え、近寄らず自分のスタンスを貫けば無傷のまま少ない魔力消費で終わっていただろう。
 もっと速く機敏に動く事が出来ていれば、攻撃を受けずに避けきれキュネイラさんが盾になり怪我を負う必要も無かった。
 全くの不徳、脆弱な考えと優秀な身体能力、考え一つといかないが変えれたはずだし、一線級に張れるだけの能力をこの体は持っているはずだ。
 でなければ今生きては居なかったし、こんな状況、公爵家で出会ったあのやばい奴とかレテッシュさんとかキュネイラさんとか、魔人の本能に語りかけるような事もなかった。
 下地はある、だがそれを活かせないのは俺だからだろう。

 意識が転生した俺ではなく魔人、アレン・テーミッシュ・ラ・ボード・アルメーだとしたらどんな男になっていただろうか。
 ……想像できんな。

「それじゃあ……、数十年間休学したとして、今みたいなクラス編成になります?」
「それは分からん」

 まぁそりゃそうだが、関係を作ると言うなら今のクラスは悪くない人たちばかりだ。
 グレンマスことキュネイラさんは置いといて、事重要な国境を長年守り続けるヴォーテルポーレス辺境伯家。
 個人的には好きではない、広大な領地持ちで食料関係の勇、ライグス侯爵家。
 空軍関係で多くの将校を輩出してきたガーテルモーレ伯爵家、最初に感じた通りグレンマス伯爵家とはお隣さん。
 他にもネテンメトイド子爵家やファーティライネン伯爵家など、爵位に見合わず結構な力を持ってる人もちらほら。

 おまけと言ってはなんだが、ヴリュンテルミス公爵家とも面白くは無いが関係が出来た。
 無論こちらに対して害意がなければ、交遊を持って損は無い相手ばかりだ。
 要は今のクラスメイトを放り出して、数十年後に復学した時に同じような交遊を持つ、……利用できるようなクラスメイトが出来るかどうか。
 休学や自主退学したら、ヴリュンテルミスさんの婚約者ライバル話とかも勿論無くなるだろうし。
 逃した魚は大きい状態になったりするのではないかと言う事。

 それをレテッシュさんに伝えてみれば。

「面識が出来ているんだ、人伝で社交界に出れば幾らでも交遊が築ける。 今優先すべき事はそんな事より、アレンの命だ」

 比べる事も無かったか。

「それじゃあ……、休学にして頑張ります」
「そうか、そう言ってくれると思っていた」

 学校を辞める事にはならず、俺は訓練に明け暮れ今よりは強くなり、レテッシュさんの言う命を失う確率が減ると。
 母さん、レテッシュさん、俺と妥協できる内容。
 ……キュネイラさんとかかなり驚きそうだが、申し訳ないが背に腹は変えられない。
 眩しい笑顔を浮かべて喜ぶレテッシュさん、俺が居なくなる事に相当な忌避感を感じてるのか。
 全く持って呪いとか洗脳と言っても良い魔力ポ、優秀な子孫を残していく為とは言え歪んでるよなぁ。

 そうして抱きしめてくるレテッシュさんを引き剥がして、決めた事を母さんに話す俺だった。



[17243] 簡易人物表
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/06/12 03:55

 一部名前が出ていないキャラクターは掲載してません。
 魔力量の順番は下のほうです。
 キャラ掲載は最新話基準ですこと。



『アレン・テーミッシュ・ラ・ボード・アルメー』
:いわゆる主人公、黒目黒髪、学園では1-1、学園入学時は満十三歳、身長160cmほど

『ヘレン・ラテアリア・ラ・ボード・アルメー』
:主人公の母親、ロングストレートの金髪で煌めくような金目、家族愛、昔はかなりの我侭で夫専門ツンデレ、身長155cm

『シュミター』
:アルメー男爵家のお手伝いさん、ヨボヨボ、公爵家のお目付け、故人


『レテッシュ・フレミラスン・リ・ブレンサー・マードル』
:国の陸軍上級大将、蒼色の瞳に深い青髪でお姉さんっぽい、身長170cm、グラマーバインバイン

『ラアッテ』
:アレンとヘレンの護衛隊長、少々切れ長の狐目、群青色のロングヘア、小さな黒いリボンで髪を束ねる、身長158cm

『テレント・ロンド・マーシュリー』
:レテッシュの秘書、髪色は橙

『無情の潔癖者(通り名)』
:ラッテヘルトン公爵家に雇われていた凄腕の傭兵、髪色は淡紅色で毛先が白で青白い瞳、身長140cm台
:自分と所有物に人や切り裂いた相手の返り血すら触れさせないことから『無情の潔癖者』の二つ名、スレンダー


『キエラ・ヘール・レ・レテント・ライグス』
:黄緑色のロングヘアの女性、公爵家から逃げてる途中で立ち寄った町の生き残ってた人、エメラの姉


『エメラ・セテンセス・レ・レテント・ライグス』
:侯爵家次女、肩で切りそろえた青緑色のミドルヘアと言うかおかっぱ、青い瞳、おしとやかな顔付き、同級生、キエラの妹

『ガーテルモーレ』
:山吹色の髪を持つ縦ロールで黄色い瞳、優等生な委員長タイプ、顔も真面目そう、同級生

『キュネイラ・コーレリア・ラ・ギュミナ・グレンマス』
:伯爵家の長女、灰色のロングヘア、優しめな顔だがある意味好戦的、身長162cm、同級生、制約の魔法でアレンに従属

『エヴェレア・レシュエット・ラ・ダトラ・ヴォーテルポーレス』
:辺境伯家、成績次席で新入生代表で挨拶した人、燃えるような赤いロングヘアと同色のつり目、同級生

『ネテンメトイド』
:実力検査演習で同じ四組になったクラスメイト、短め亜麻色の髪

『ファーティライネン』
:実力検査演習で同じ四組になったクラスメイト、赤紫の長髪に薄い青紫の瞳

『ショーティア・デュラミス・メーテル』
:1-1の担任教師、武闘派、いつもしかめっつら、灰色掛かった紫色のロングストレート、切れ長の目


『ネメア・リュテエス・リ・フォンフォティール・ヴリュンテルミス』
:ヴリュンテルミス公爵家長女、水色のロングストレートで紫紺の瞳、身長130センチ、病気の後遺症でこれ以上成長しない

『クラッド・マデュアス・リ・ガルガラン・バティスラ』
:緑髪緑目、身長180ほどの少々いかつい顔、ネメアの許婚兼幼馴染






『魔力量の差』
:レテッシュ≒ヤンデル≒ばあさん>>>越えられない数倍の差>>>ラアッテ>護衛隊>主人公>護衛隊の一部>>>クラスメイトたち>>>母さん>女性平均クラス>親父&男性平均クラス


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