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[17414] 白光焔舞曲 序(TOA)【完結】
Name: 水虫◆21adcc7c ID:ef78e215
Date: 2010/05/31 22:07
 
 預言(スコア)。
 
 それは星の誕生から消滅までの記憶を有する第七音素(セブンスフォニム)を利用し、未来に起こるであろう様々な出来事を見通したものである。
 
 今から二千年以上前の創世暦時代。
 
 ローレライの始祖ユリア・ジュエは、人類に未曾有の大繁栄をもたらすべく、惑星オールドラントが歩むであろう歴史の預言を詠んだ。
 惑星預言(プラネットスコア)と呼ばれるこの特別な預言は、その後の人類の歴史を大きく変える事となる。
 
 惑星預言がもたらすのは未曾有の大繁栄。預言を守る事こそが、約束された未来を掴む最良の方法。
 
 長い年月を経て、預言への敬虔な思いはいつしか強迫観念へと変わり、人類を救うための預言が人々を支配し始めた。
 
 そして、新暦2011年。その不自然な摂理に疑問を覚えた一人の男によって………
 
 世界に小さな焔が灯る。
 
 
 
 
「………………」
 
 長く伸びた鮮やかな朱色の髪を無造作に広げて、少年は寝返りを打つ。
 
 ぼんやりと見開いた翠の瞳が窓を捉え、その先に広がる世界に向けられる。
 
 彼……ルークの住むキムラスカ王国の公爵家であるファブレ家の屋敷は、一般の人々の物より遥かに大きい。しかし、ルークにとってはこの屋敷の中が世界の全て。あまりにも狭い世界だった。
 
「(たりぃ………)」
 
 そう思いながら、ルークは再び目を瞑る。常の習慣として二度寝を決め込もうとして……
 
「いつまでそうやって寝てるつもり? もうお昼近いわよ」
 
 これもまた常の習慣として、呆れたような声がルークの耳に届く。
 
「……るっせーなぁ。どうせ起きたってやる事なんかねーんだし、いくら寝てたっていいだろ」
 
 その声の主に背を向けるように布団を掴んで寝返りを打ったルークに構わず、窓枠に腰掛けていた少女は部屋に踏み込む。
 
「やる事がない、か。それは残念ね。今日は兄さんが来てるのに」
 
「ヴァン師匠(せんせい)が!?」
 
 栗色の長い髪を揺らし、長い前髪で右目を隠した少女……ティアのその言葉に、今まで無気力な態度を崩そうともしなかったルークが弾けるように飛び起きた。
 
 目を爛々と輝かせるルーク。そのあまりの態度の変わり様に、ティアは「はぁ……」と溜め息をついた。
 
「うっおー! 何で!? マジで!? 今日って稽古の日じゃねぇだろ!?」
 
 ルークの剣術の師であるヴァンは、ティアの実の兄でもある。自分の兄がここまで懐かれているという現実は、ティアにとっては嬉しいような嬉しくないような、そんな複雑な気持ちを抱かせる。
 
「ルーク、今日はよっぽど退屈だったのね。いつもはここまではしゃがないじゃない」
 
「う、うっせーな。大体、暇なのはお前だって同じだろーが!」
 
「あなたと一緒にしないで。戦いが無い時でも、やらなきゃいけない仕事なんていくらでもあるのよ」
 
 自分としては改心の嫌味を言ってやったつもりだったのに、ティアに全く平静に返されたルークはつまらなそうに剣を腰に帯びる。
 
「俺だって好きでこんな生活してんじゃねえっつーの」
 
「……そうね、ごめんなさい」
 
「……そこで素直に謝んなよ。調子狂うな」
 
 それだけ言うと、ルークはもう我慢出来ないとばかりにドアノブに手を掛けて……
 
「あっ、兄さんなら会議中だからもうしばらくは会えないわよ」
 
 背中に掛けられた言葉に、額を扉に強く打ち付けた。
 
 
 
 
 所変わって、とある使用人の一室。
 
「くっそーあの女! あれでも本当にヴァン師匠の妹かよ」
 
 『ここに来てるのは秘密だから』と言って再び窓から姿を消したティアに、ルークはぶつぶつと陰口を叩く。
 
「まあまあ、別にティアだって悪気があるわけじゃないだろうし、許してやれよ」
 
 苦笑いでそれを宥める金髪、長身の男……ルークの使用人のガイだ。
 
「あいつ偉そうだし、すぐ俺の事馬鹿にするし、ひでぇ時にはあの変なハンマーぶつけてくるし、うぜー」
 
 自分の言葉など聞こえていないかのようにぶつぶつ呟くルーク。ここ半年で見慣れた光景に、今さらガイは大した感慨を抱かない。
 
「そこでティアの素行を旦那様に言わないあたりがお前の良い所だよ。大体お前、今さらティアに『ルーク様』なんて呼ばれたいのか?」
 
 ガイに言われ、ルークは思い浮かべるように数秒沈黙して………
 
「………キモい」
 
 すごく嫌そうな顔をした。
 
 もちろんティアとて、いつでもルークにあんな態度を取るわけではない。ルークの父であるファブレ公爵や、執事長のラムダスの前ではルークに敬語を使うし、『様』もつけている。
 
「ほどほどにしとけよ? お前にはナタリア様っていう婚約者がいるんだからな」
 
「なっ、何がだよ!? つーかナタリアもうぜー! ガイ、お前も俺の使用人なら何とかしてくれぇ……」
 
「……お前、俺の女性恐怖症知っててそれ言うか? 大体、一使用人の俺がこの国の王女や『白光騎士団』をどうこう出来るわけないだろ」
 
 七年前、敵国マルクトの手によって誘拐されたルークは、その時のショックで全ての記憶を失っていた。
 それからはずっと屋敷で軟禁生活。ルークの世界では話のタネは極端に少ない。こういった会話ももう何度目か。
 
「会議、まだ終わんねぇのかなぁ……」
 
 そんなルークの唯一の趣味が、剣術の稽古。そして、定期的にファブレ邸を訪れてルークに剣の手解きをしているのが、ティアの兄、ヴァン・グランツなのだった。
 
 強く、優しく、カッコいい。おまけに『神託の盾(オラクル)騎士団』の首席総長。ルークにとって、ヴァンは憧れのヒーローだ。
 
「ルーク様!? このような所にいらっしゃいましたか」
 
 公爵家のメイドの一人が、ガイの部屋の扉を開いてルークを見つける(正確にはガイと、庭師のペールの部屋だ)。
 
「(どうせ身分が違うから使用人と話すなとか何とかラムダスに言われてんだろ)」
 
 メイドの動揺やラムダスの説教なんて百も承知でルークはそれを無視する。こんな窮屈な暮らしを強制されて、この上会話まで制限されてたまるか、といった所である。
 
 そんな事より何よりヴァン師匠だ。
 
「会議は終わったって?」
 
「はっ、はい! 旦那様からルーク様をお呼びするようにと仰せつかって参りました!」
 
 急ぎ、走って応接室に向かうルークは、しかしそこで見事に期待を裏切られる。
 
 両親と敬愛する師匠の待つ応接室で告げられたのは、ヴァンとのしばしの別れを告げる言葉だった。
 
 
 
 
「あ~~あ、剣術の稽古、たった一つの楽しみだったってのに………」
 
 ルークが聞かされた話は、ヴァンの所属している『ローレライ教団』の導師イオンが行方不明となり、ヴァンは『神託の盾騎士団』としてそのイオン捜索の任に就き、しばらくの間ここ、首都バチカルを離れるという事だった。
 
「兄さんには兄さんの立場があるんだから、仕方ないでしょう? そもそも『神託の盾』の首席総長を道楽の稽古に呼び付けている普段のあなたが非常識なのよ」
 
 本邸の離れに位置するルークの私室の前の石段に座って肩を落とすルークに、ティアもやや寂しげに呟く。
 
「昔から兄さんは多忙で、実家にもなかなか帰って来れなかったんだから。むしろ今まで定期的にここに通えていたのが奇跡だわ」
 
 それはつまり、ティアもなかなか会う事が出来なかったという事。そして、ヴァンがこの屋敷に来ないという事は、ルークだけでなくティアもヴァンに会えない事を意味していた。
 
 しかし、ルークにそんなティアの心情を察する聡さはない。ただ、ティアの使う『兄さん』という呼称に反応する。
 
「お前、いーよなー。俺もヴァン師匠みたいなカッコいい兄貴が欲しかった」
 
「あなたにだって、素敵なご両親が居るじゃない」
 
「な・に・が、『ご両親』だ。お前、別に父上とは仲良くねーじゃん。大体、こんな屋敷に何年も閉じ込める親のどこが素敵なんだよ。ムカつくっつーの」
 
「……自分の親をそんな風に言うものじゃないわ。もっと大切にしなさい」
 
 石段に座って振り向くような体制でティアを睨むルーク。手摺りに肘でもたれた体制から冷たい目で見下ろすティア。
 
 二人の視線が衝突点でバチバチと火花を散らす。
 
 しかしやがて、「馬鹿らし」と言わんばかりの仕草でルークが視線を外す。
 
「お前、何でそんなに突っ掛かってくんだよ。教育係でも何でもねーくせに」
 
「兄さんもガイも奥様も、皆があなたを甘やかすから、仕方なく私が叱るの。今のままじゃ、成人して軟禁が解けた後に痛い目を見るわよ」
 
 転属して来てからまだ半年程度なのにこうして何度もおせっかいを焼いてくる女騎士に「余計なお世話だっつの」と毒づいて立ち上がろうとした、その時………
 
「っ…痛ぇ……!?」
 
 もはや日常と化した、しかし決して慣れる事などない痛みが頭を突き抜け、ルークは頭を押さえてその場に片膝を着いてしゃがみ込む。
 
「ルーク! また例の頭痛!?」
 
 ティアの声も耳に入らない。誘拐されてから頻繁にルークを襲い続けている原因不明の頭痛。
 
『……ーク、我が……よ。……に……えよ……』
 
「この声……またいつものやつか……!」
 
 そして、幻聴。
 
 頭が割れるように痛む。格別に強い今日のそれを受けて、とうとうルークは倒れこんだ。
 
「(ど、どうしよう……)」
 
 ティアがこの屋敷に来てから約半年。ルークが時々こうして頭痛に苛まれる事は知っていたし、実際に何度か目にしてきた。しかし、ここまでその症状が悪化するのを見たのは初めてだ。
 
「誰か! ルーク様が……!」
 
 叫んだ後に、思い出す。この頭痛は、バチカルの医師に何度見せても対策のわからないものだという事を。
 
「ぐ、ぅぅ……痛ぇ……!!」
 
 倒れたまま、額に汗を滲ませながら苦しげに呻くルーク。
 
「(無駄かも知れないけど……)」
 
 その傍に駆け寄ってしゃがみ込み、ルークの額に手をかざして意識を集中する。
 
「『癒しの力よ』」
 
 治療術を発動させるべく、ティアはその掌に第七音素を集める。しかし、術の発動よりも早く、その異変は起こる。
 
「(これは……!?)」
 
 大気の揺らぎと得体の知れない力の波動。それと同時に、ティアは自らの失態を悟る。
 
 頭を抱えて倒れているルークの体から発せられているものが何か、今この時になってようやく感じ取ったのだ。
 
「(第七音素……!)」
 
 だがそれに気付くも、遅すぎた。
 
 ルークとティア、二人の体を、圧倒的な光量の眩しい光が包み込む。
 
「っーーー………!」
 
 光と、かき消されるような声なき声が途切れた後、そこに二人の姿は無かった。
 
 
 
 
(あとがき)
 一時期TOAのSS読み回っていたのですが、そのあまりのBL物の多さに反発するかのように勢いで書いてしまいました(BL好きの方には失礼な発言なのですが、すいません)。
 
 原作も今二週目やってる最中くらいなので、色々と不行き届きな部分があると思いますが、そういった部分をご指摘頂けると嬉しいです。
 
 前半は基本的に原作沿いに近い流れから、じわじわズレが出てくる形です。一言で言えばスパイスが足りない。
 
 本作品以外にもSS書いてたりするので、おそらく更新は不定期です。
 
 



[17414] 1・『外の世界』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2010/04/01 00:04
 
「……ク!」
 
「(っ……んん……?)」
 
「ルーク! 起きて!」
 
「(!?)」
 
 聞き慣れた声が、聞き慣れない焦ったような口調で呼び掛けてくる。肌に感じる外気の冷たさ、後頭に感じる柔らかさ。
 
「のわっ! なっ、な……!?」
 
 それら全てを同時に感じてルークは一気に覚醒した。目を開けると同時に見えたのは、自分の顔を間近で覗き込んでいる蒼の瞳。
 
 体を起こすとその瞳の主にぶつかってしまいかねなかったので、ルークは斜めに体を捩った後にしゃかしゃかと後退る。
 
「っ……痛て……!」
 
 その拍子に、何故か脇腹に痛みを感じて顔をしかめる。
 
「(あれ? えーと、何だっけ?)」
 
 わけがわからない。全く状況を把握出来ずに、眠る前の事を思い出そうとするも、全く頭が回らない。
 
「急に動かないで。どこか傷めているかも知れないから」
 
 蒼の瞳の主、ティアはそんなルークに構わず、未だにしりもちを着いたような体制のままのルークに近づいてしゃがみ込む。
 
 そのままルークの足首、膝、脇腹、肩、確かめるように次々と触れていく。
 
「だーもう! 何しんだお前は!? いきなりペタペタ触んな!」
 
 ルークからすればたまったものではない。慌ててティアの手を払いのけ、今度は立ってから三メートルほど距離を取る。
 
「それだけ動ければ、大丈夫そうね」
 
「何がだよ! つーか一体何が………」
 
 当然のように状況説明を求めようとしたルークの言葉は、尻すぼみに途切れる。今この時になってようやく、彼の周囲の光景に気付いたからだ。
 
「(何だコレ、木がすげぇいっぱいある)」
 
 屋敷の裏の森とは比べものにならないほどに生い茂る木々、ゴツゴツと石ころが転がっていて無節操に野草が生えている地面。
 
「どこだ、ここ……?」
 
 半信半疑。すでに確信しているとも、未だに何もわかっていないとも取れるルークの呟きに、ティアが気落ちしたように応えた。
 
「……わからない。どこかの渓谷のようだけど」
 
 そこまで言ってから、言葉不足と判断して慌てて付け足す。
 
「で、でも、あそこに海が見えるでしょう? だから川沿いに降って行けば………」
「……海?」
 
 ティアの説明を最後まで聞かずに、ルークはティアが指し示した方に目をやる。
 
「(あ………)」
 
 月の光を受けて咲き誇り夜風に揺れる純白の花畑。そしてその先に広がる、その水面を鏡として月を映す漆黒の……水。
 
「あれが、海なのか………」
 
 「すげぇ、すげぇでっかい水溜まりだ」などとぼんやりと呟くルークに、ティアは言いにくそうに状況の説明を始める。
 
「ごめんなさい」
 
 まずは、謝罪から。
 
「あん?」
 
「あなたが屋敷からこんな所まで飛ばされたのは、私のせいだわ」
 
「はぁ?」
 
 いつも偉そうに説教ばかりしているティアの殊勝な態度とその言葉に、ルークは怪訝に眉根を寄せる。大体、飛ばされたとはどういう事か。
 
「『超振動』。同位体同士の共鳴現象よ」
 
 らしくもなく謝ったかと思えばまたいつものお勉強か、とルークは露骨に嫌そうな顔をするが、当然無視して続ける。
 
「いつもの頭痛を起こして倒れたあなたに、私が治療術を掛けたの。……その時、あなたが第七音素(セブンスフォニム)を放出している事に気付かずに」
 
「わけわかんねー。それと俺たちがこんなトコにいんのと何の関係があんだよ?」
 
「あなたが発していた第七音素の音素(フォニム)振動数と、私の治療術の音素振動数が偶然一致してしまったのよ。……その結果、こんな所まで飛ばされてしまった」
 
「????」
 
「まあ、超振動に関してはまだ解明されてない部分が多いし……あなたにはまだ早いわね」
 
 こんな状況でルークに細かい説明をするのは無駄、とティアは早々に諦める(いずれきっちり教える)。
 
「……今回の事は、完全に私の不注意だわ。ごめんなさい」
 
「……………」
 
 ここまでティアがルークに対して素直に非を認めるのは珍しい、というより初めてだ(今までティアが明らかに悪かった事例が無かったとも言う)。
 
「(な、なんかやりづれぇ……)」
 
 本来なら、普段散々叱られてるティアに、鬼の首でも取ったかのように反撃してやる場面のはずなのに、いつもの憎まれ口すら出てこないのは何故だろうか。
 
「……別に、元々俺は屋敷の外に出たかったんだし、散歩がてらこういうのも悪くねーけどな」
 
 逆に、何でフォローするみたいな言葉が……。
 
「? ……そう。でも、突然こんな事になってしまって、ご両親や兄さん、ガイやナタリア様にも心配を掛けてしまっているだろうし、あまりのんびりしているわけにはいかないわよ?」
 
「………………」
 
「もちろん、責任を持って私があなたをバチカルのお屋敷まで送り届けるけど、散歩がてらというほど気楽な旅にはならないと思うわ。あのお屋敷で暮らしていたあなたが満足出来るような生活は、申し訳ないけどしばらくは望めないだろうし」
 
「……………だーもう! わかったっつーの!」
 
「(やっぱこいつ、うぜー)」
 
 何とも言えない、もどかしいような苛立ちを抱えながら、ルークはそう再認識した。
 
 
 
 
「話を戻すけど、あそこに海が見えるでしょ? 近くに川があるはずだわ。だからまずは川沿いにくだって………」
「海に行くのか!?」
 
 がさがさとやぶ道を歩きながら改めて今後の方針を説明するティアの言葉をまたも遮って、ルークが眼を輝かせる。本当に話を聞かない。
 
「どうしてそうなるの」
 
「だって川と海は繋がってんだろ?」
 
「私が言いたいのは、一度海岸沿いに出てから街道を探しましょうって事。ここがどこかもわからない内は、海まで向かう理由はないわ」
 
 知らない土地で無闇に動き回るのも危険だが、夜の渓谷に留まるのはもっと危険。ティアにとっては、ひとまずあたりをつけて街道を目指すくらいが順当な判断だった。
 
「でもよぉ、飲み水とか……」
「それこそ川の水があるでしょう。それに、海の水は塩辛くて飲めないって聞くわよ?」
 
「そうなのかぁ……ちょっと舐めてみてーなぁ……」
 
 さっきまで不機嫌そうに怒鳴っていたのは誰だっただろうか。今はすっかり初めて触れる世界に好奇心を膨らませているルークである。『わくわく』という擬音まで聞こえてきそうだった。
 
「(先が思いやられるわね)」
 
 ルークに見えないように軽くため息をついて、ティアはルークに言い聞かせる。
 
「今の私たちは相当危険な状況下にあるかも知れないの。屋敷の庭からいきなり飛んできたから手元には武器くらいしかない。さっきは水なら川で飲めばいいと言ったけど、これじゃ煮沸消毒も出来ないわ」
 
「ん? しゃふつ? コップなんかなくても、いざとなりゃそのまま飲みゃいいじゃん」
 
「生水をそのまま飲むとお腹を壊すのよ」
 
 とにかく、最優先で街道に出て最寄りの街や村に行かなければ命すら危うい、とティアは現状を再認識して進む。
 
(がさっ……)
 
「っ!?」
 
 そのティアの斜め前方で、突然茂みが揺れる。後ろから「……何か今、音しなかったか?」と訊ねるルークを軽く後ろ手で制して、ティアは前に進み出た。
 
 今から山道に慣れてないルークを連れて闇雲に逃げるより、少しでも道が拓けたこの場所で倒してしまった方がいいとの判断である。
 
「……少し退がっていて」
 
 ルークに告げたその言葉とほぼ同時、植物系の魔物が二体、茂みから飛び出し、ティアに襲い掛かる。
 
「あれが、魔物……!」
 
 後ろで驚愕するルークの声を耳にしながら、ティアは目の前の敵に集中する。
 
 
 
 
「(すげえ……)」
 
 初めて見るティアの戦闘を目にして、この時ばかりは、ルークも素直に感心した。
 
 ルークの知る、ヴァンやガイの持つ剣の戦いとは全く違う戦い方。
 手にした杖の先に音素を集め、放つ。それは歩幅数歩分ほどで霧散してしまう様から見ても、大した威力が無いのは一目瞭然だ。
 
 しかしティアはその攻撃と軽やかなステップで二体の魔物を一切寄せ付けず、一方的に音素をぶつけ続け、終には倒してしまった。
 
「(ヴァン師匠みたいに力強くもかっこ良くもねーけど………)」
 
 これも一つの強さだと思い知らされる姿だった。
 
「(つーか俺、ビビって全然動けなかった)」
 
 カッコわりー、と心中で自分に毒づいたルークの後ろから……
 
(ザリッ……ザリッ……!)
 
「うおっ!」
 
 蹄が地面を削るような音。反射的に振り向いた先に、赤紫色のサイの魔物の姿。
 
「(俺を狙ってる……!)」
 
 幸い、距離はある。猛然と突進してくる魔物に向けて、ルークは剣を抜いて構えた。
 
 記憶を失ってから、ずっと屋敷に軟禁されていたルーク。ヴァンから剣の教えを受けていたとはいえ、実戦はこれが初めてだった。
 
 ……そして、この場にはそれを理解している人間が一人いる。
 
「! お前!?」
 
 ルークと魔物の間、まるで魔物にたちはだかるようにティアが割って入る。
 
「(……って、オイオイ)」
 
 先ほどまでの動きとはまるで違う。魔物の攻撃を真っ正面から受け止めようとしているかのように、両手で強く杖を構えて足を踏張っている。
 
 華奢なティアがサイの魔物の突進を受け止めようとする姿は、素人目に見ても危険だとはっきりわかる。
 
「(俺のせいかよ……!)」
 
 自分が後ろにいるせいで、ティアは回避を取れないのだとルークは瞬間的に悟る。そして、悟った次の瞬間には行動に移していた。
 
「! っルーク!」
 
「『双牙斬』!」
 
 ティアを押し退けるように飛び出して、ヴァンから教わった剣技を魔物に繰り出す。
 
 斬り下ろした一撃が突進の威力を受け止め、間髪入れずに跳躍と共に斬り上げられた一撃が魔物を両断する。
 
「な、何だ……結構楽勝じゃねーか」
 
「ルーク!」
 
 初めての『斬る』感触に戸惑いを隠せず、しかしそれ以上に助かった事に安堵のため息を零すルークの背に、ティアの叱責が飛んだ。
 
「退がっていてって言ったじゃない! 何であんな無茶な事を……」
 
「そりゃこっちのセリフだっつーの! 何でお前あんな受け止め方しようとしたんだよ!?」
 
「…………………そうね。確かにあの場合、あなたを突き飛ばして攻撃を避けてから、私が魔物に攻撃を加えて注意を惹けば良かったんだわ。……私も少し動揺してたのかも知れないわね」
 
「だからそういう事言ってんじゃねぇーー!!」
 
「大声を出さないで。声に釣られて魔物が集まってくるわよ」
 
 イマイチ噛み合わないティアとの会話に、ルークはガリガリと頭を掻き毟った。
 
 
 
 



[17414] 2・『音律士』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2010/03/29 21:56
 
「いいから、あなたは退がってて。私にはあなたを守る義務と責任があるの」
 
「守るって、さっきもヘマしてただろーが。大体お前、軍人って割りには体弱くねぇ?」
 
「……言い訳するつもりはないわ。でも、例え私が接近戦に弱いとしても、あなたが自分から戦闘に参加するよりリスクが少ないはずよ」
 
「いいから言え」
 
「……………」
 
 先ほどの魔物との戦闘の事で言い合いをするルークとティア。ティアはルークにもう戦闘に参加するなと論じ、ルークはそんなティアを糾弾する。
 
 常からの傲慢で強引なルークの言い草に、ティアは諦めたように自身の能力の説明を始めた。
 
「……私は音律士(クルーナー)。譜歌を歌って味方を支える、後方支援向きの術師なの。詠唱中は術の発動に集中しなければならないから隙が生まれやすいし、予め詠唱を終えていないと瞬発的な発動は出来ない。……単独で誰かを護る事には、あまり向いていない」
 
 言い訳をするみたいで言いたくなかった事を告げたのは、そうして自分の能力をルークに明かしておいた方が、いざという時の判断に役立つと思ったからだ。優先されるのは、ルークの安全なのだから。しかし、ティアは「でも……」と続ける。
 
「私も音律士や譜術士(フォニマー)の欠点はわかっていたわ。だから、兄さんみたいに満足に剣術を扱える体格が無くても戦える体術は心得てる」
 
 言って、腰のベルトに備え付けたナイフを抜いて見せる。
 
「(つってもなぁ……)」
 
 ティアの言いたい事は、ルークにもわかる。剣術の稽古で、師であるヴァンによく教えられたものだ。
 
「(大技は隙が出来やすいから、使う時は状況をよく見ろ)」
 
 ティアの言う譜術だか譜歌だかもそう考えればわかりやすかった。しかし……
 
「お前、さっきだってマジだったじゃねーか」
 
 素早い移動で相手を翻弄して、音素やナイフなどの飛び道具で攻撃する。それが華奢な体格しか持たないティアが身につけた譜歌や譜術以外の戦闘手段なら、どちらにしても単独での護衛には向いていない。何といっても、機動力が命なのだから。
 
「(だからこいつ他の奴らみてーに鎧着てねぇんだな……)」
 
 そんな事をぼんやりと考えながらも、ルークとしてはそういった理屈は二の次。自分が『守られる立場である事』が感情として我慢ならない。
 
「んじゃ俺が前衛に立つから、お前は本職通りに俺のサポートしろ」
 
「だからそれは……!」
「あーもーうるせー! 大体お前がやられちまったら誰が俺を屋敷まで連れて帰るんだよ! 俺はヴァン師匠の弟子だぞ! お前に守られるほど弱くねーっつーの!」
 
「はぁ……。わかったわよもぉ………」
 
 いつもの調子で自分の意見を押し通すルークに、ティアは遂に根負けした。確かにティア一人ならともかく、ルークも守らなければならないなら、二人で力を合わせる方がいいかも知れない。
 
 それ以上に、このわがままな公爵子息は言い出したら聞かないのだ。
 
「(あ………)」
 
 そこでティアは、今まで暗闇で気付かなかったそれ……ルークの前腕に残る浅い切り傷に目を留めた(先ほど魔物を倒した時、角にでも引っ掛けたのだろうか)。
 
 そして治療術を掛けようとして、一度手を止めて、ルークの周囲に意識を集中して“確認”してから、再び術を掛ける。
 
「『癒しの力よ……ファーストエイド』」
 
「のわっ……!?」
 
 暖かな第七音素が傷口を包み、癒す。ルークが驚いて離れた時には、もうそこには滲んだ血だけ。傷は消えていた。
 
「すっげぇ! これが譜歌ってやつか?」
 
「今のは治療術。第七音素(セブンスフォニム)を使った譜術よ」
 
 「歌ってないでしょ」とルークの的外れな質問に応えながら、ティアは先ほど感じた懸念と合わせて、一つの提案をする。
 
「ルーク、これから前衛に立って戦うというなら……いえ、そうじゃなくても、音素(フォニム)の扱い方を覚えて欲しいの」
 
「はあ? 何で俺がそんな事しなくちゃなんねーんだよ」
 
 ティアが先ほど治療術を掛ける前に一度踏み止まった理由。それはあの時のようにルークが第七音素を発していないかどうかを確かめるためだ。
 
「この先あなたが怪我をすれば、私が治療術で治す事になる。その時、突然あなたから第七音素が放出されて、それが治療術の第七音素と共鳴してまた超振動が起こらないとも限らないわ」
 
 別に、第七音素と第七音素がぶつかったからといって確実に超振動が起こるわけではない。むしろ、全ての物質、生物の持つ音素振動数はその全てが異なり、音素振動数が一致する事など普通ならあり得ない。
 
 実際、ティアも知識として知っていても、超振動を実際に見たのはあれがはじめての事。しかし実際に事象として発現してしまった以上、再発する可能性も0ではない。
 
「そんなのお前が気をつければ済む事だろ。今までだってこんな事なかったんだし」
 
 こんな事になってまでティアの説教……という名の勉強を押し付けられそうな流れに、ルークは当然のように嫌そうにそっぽを向く。しかし、今度はティアも譲らない。
 
「超振動は未だその全てが解明されていない未知の力。それも軍事転用目的の研究が進められているほど危険なものよ。こうして飛ばされただけで済んだのだって運がいい方だわ」
 
 正直な所、ティアは再びルークと自分の間で超振動が起こる可能性はあまり危惧していない。それほど、音素振動数の一致とは珍しい現象なのだ。
 
 しかし、ルークに言って聞かせるならこうやって少し脅かすくらいで丁度いい。
 
「それって、ヤバかったらどうなるんだ?」
 
「跡形もなく消滅」
 
「マジかよ………」
 
 実際ティアは、超振動など無関係に、ルークには音素の扱い方を覚えてもらった方がいいと思い始めていた。
 
 もし、今までルークが頭痛の度に第七音素を発していたのだとしたら、そしてこれからも発し続けていくなら、それは超振動ではなくてもとても危険な事だ。
 
 譜術でも、音素の扱い方を間違えれば力は暴走して術者を傷つける。ルークが無意識の内に自身で制御出来ない力を発しているなら、それは今すぐにでも何とかすべきだ。
 
 それに………
 
「……わーったよ。怪我治す度にびくびくすんの何かごめんだしな」
 
「頑張って。もしあなたが自分の第七音素を扱えるようになれば、例の頭痛も無くなるかも知れないわ」
 
「頭痛がって……それホントか!?」
 
「かも知れない、って程度だけどね」
 
 ルークの頭痛と第七音素の放出が関係しているなら、その制御さえ出来れば頭痛も治まるのではないか?
 
 ……もっとも、それだけでは頭痛の際に聞こえるという幻聴の説明にはならないが。
 
「………………」
 
 悪意があったかなど関係ない。危険から遠ざけるために七年間も軟禁していた公爵子息を、自分の過失でどこかもわからない場所に飛ばしてしまったのだ。
 
 ルークを屋敷に送り届ければ、自分は間違いなく罪に問われるだろう。解雇、除名は確実。罪人として捕えられ、極刑に処される可能性も十二分にある。
 
「(だから………)」
 
 無意識に暴走しているかも知れない力の制御を教える事が、自分が、この非常識な公爵子息にしてあげられる……最後の勉強。
 
「(やっぱり、兄さんみたいにはいかなかったな………)」
 
 憧れ、追い掛け続けた背中を思い描いて。その結果足元が見えずにつまづいた自分を、ティアはひどく情けなく感じた。
 
 
 
 
「首都までなら、24000ガルドになるよ」
 
「…………」
 
 さっきまでの大仰な作戦会議は何だったというのか。ルークとティアは、あれから数回程度魔物と遭遇しながら渓谷を川沿いに下って行った所で、丁度休憩していた辻馬車の駆者と遭遇していた。
 
 このまま馬車で首都まで一直線。何とも締まらない話だった。
 
「高い……」
 
「そうか? 安いじゃん。首都に着いたら親父が払うよ」
 
「それじゃダメだよ。前払いじゃないと」
 
 上からティア、ルーク、駆者である。屋敷から出た記憶がないルークはもちろん、ティアも財布は公爵家の私室に置いてきてしまっているため、今の二人には魔物が落とした僅かなガルドしか手元にない。
 
「……………これを」
 
 しばらく思い悩んでいたティアが、首から提げていたペンダントを外し、駆者に手渡す。代金代わり、という意味だった。
 
「……いーのかよ、あんなのやって。たかが24000ガルドだろ?」
 
 ルークは、そのペンダントがティアにとってどういう意味を持つ物なのかは知らない。だが、いつも肌身離さず身につけていた事から漠然と大切な物なのではないか? と感じていた程度である。
 
 ただ、「これなら十分代金代わりになるよ!」とはしゃいでいる駆者を面白くなさそうに睨む。
 
「そういうセリフは、まともな金銭感覚を身につけてから言うものよ。それに、あなたを屋敷に送り届けるには、これが一番確実で安全でしょう?」
 
 割り切った様にそう告げるティアだが、その表情は暗い。少なくとも、夜の闇の中でもわかる程度には。
 
「………せっかく屋敷の外に出られたのに、このまま馬車に乗っておしまいじゃつまんねーんだけど?」
 
「外の世界は、あなたが思っているほど安全じゃないのよ。観光がしたいのなら、成人してからのんびりするといいわ。今よりもっと腕を磨いて、私よりずっと強い護衛を連れて、ね」
 
「っ……あっそ。わかったよ」
 
 相変わらずのティアの態度にカチンときつつも、やっぱりそんなに大事な物でもなかったのかとあっさり納得したルークの目に、岩の根元に咲いた一輪の白い花が映る。
 
 飛ばされてから最初に目覚めた時、これと同じ花が、月明かりの下で海のように咲いていた。
 
「ルーク? 馬車が出発するわよ。早く乗って」
 
「なあ、この花何てぇの? 屋敷には咲いてねーよな」
 
「花?」
 
 駆者と話をつけていたらしいティアに急かされて、丁度いいとばかりに訊いてみる。
 
 普段は花になど大した興味を示さないルークが、何故今この花に興味を抱いたのか、ルーク自身にもよくわかっていない。
 
 それは初めて見た外の世界の景色だったからか、それとも別の理由からか……。
 
「……それはセレニア。夜だけに咲いて光る、花よ」
 
 「行きましょう」と急かされて、ルークはすぐにセレニアから視線を外して馬車に乗り込む。そのまま馬車は首都に向けて街道を進む。
 
 記憶にある人生において初めての大冒険のあまりに呆気ない幕切れにつまらなそうに馬車の中から外の景色を憮然と眺めるルーク。
 
 夜とはいえ、その景色だけでも十分新鮮に感じられたルークはすぐに機嫌を治したが………それでも何故か、あの時見たセレニアの花が瞼の裏に焼き付いて離れなかった。
 
 
 
 
(あとがき)
 調子に乗ってさらに続けてみる。不定期連載くらいならありでしょうか。
 
 



[17414] 3・『林檎』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:e70334fa
Date: 2010/03/29 21:58
 
「マルクトってどーいう事だよ!?」
 
「え? あんた達、首都グランコクマに行きたいんじゃなかったのかい?」
 
 わけわかんねぇ。バチカルに向かってると思って乗った馬車だったのに、何かでっけー橋(初めて見た)を渡った辺りで漆黒の翼とかいう盗賊共を追い回してるマルクトの軍艦(すげーデカくてカッコ良かった)に巻き込まれそうになった。
 
 しかも話を訊いてみりゃ俺たちがいた渓谷はマルクトの領地で、この馬車はマルクトの首都に向かってるって言いやがる(横でティアが『間違えたわ……』なんて言ってやがる)。
 
「俺たちはキムラスカのバチカルに行きたいんだよ!」
 
「? あー……、それじゃ反対だったな。キムラスカに行くなら橋を渡らずに街道を南に下っていけば良かったのに」
 
「ちょっと待て。橋って、さっき漆黒の翼とかいう連中が吹っ飛ばしてたあの橋か?」
 
 そう。さっきの漆黒の翼って呼ばれてた連中の馬車は、マルクトの軍艦から逃げるためだろうけど、ついさっき俺たちが渡った橋を吹っ飛ばしてた。
 
 ……じゃあ、もう引き返せねーじゃん!?
 
「俺たちはこのままマルクトの首都グランコクマに行くが、あんた達はどうする?」
 
「……ここから一番近い街や村はどこですか?」
 
 さっきまで考え込んでたティアが、駆者に向かって冷静に訊く。……ちょっと待て、一番近い街って……。
 
「ここからなら、東のエンゲーブが近いな」
 
「わかりました。なら、私たちはここで降ろして下さい」
 
 ティアのやつが勝手に話進めて、俺たちは二人揃って馬車を降りた。
 
 くそっ! 納得いかねぇ!
 
「あぁー! ムカつく! バチカルに戻るどころか遠ざかったあげく、橋も渡れなくなりましただぁ!? ふざけんなよチキショー!!」
 
 ムカつく気分を紛らわすためにその辺に生えてた木をガシガシ蹴り続ける俺に、ティアが不思議そうに訊いてきた。
 
「……………あなた、馬車でバチカルに直接向かうのは嫌なんじゃなかったの?」
 
「ッ〜〜〜!? それは、その………」
 
 そういや昨日そんな事言ったような気もする。くそっ、何でこいつはそんなどーでもいい事憶えてんだよ。
 
「ふふっ………ありがとう」
 
「……な、何がだよ」
 
 つーか、笑うんじゃねーよ。
 
「……あのペンダントの事なら、気にしなくてもいいわ。別にそれほど大した物じゃないから」
 
「………………」
 
 嘘だ。こいつ普段思った事はズバズバ言うから、嘘ついた時はすぐわかる。
 
「それより、ごめんなさい。馬車に乗る前にちゃんと確認していれば、こんな事にはならなかったのに………。まさか、マルクトまで飛ばされていたなんて思わなくて」
 
 俺が疑ってんのに気付いてんのか気付いてないのか知らねーけど、謝ってはぐらかしやがった。にしても……
 
 だーもう! 何で説教ばっかでうぜーと思ってたやつに素直に謝られるとこんなに落ち着かねーんだよ!
 
「だから! 俺は最初っから屋敷の外の世界を見てーって言ってんだろ! 帰るのが遅れたくらいで謝られる憶えねーっつーの!」
 
「そうね、あなたは散歩がてら帰りたいんだったわよね」
 
 何だよその「はいはい」みてーな、全部わかってますみてーな言い方。やっぱこいつうぜー。
 
「わかったらさっさとそのエンゲーブってトコ行くぞ」
 
「ここがマルクト帝国という事になると、最初に考えていた以上に長くて危険な旅になるわ。エンゲーブで必要な物資を十分に揃えたい所だけど………お金が無いわ」
 
 ……そっか。馬車の事でムカついてて忘れてたけど、ここって……俺を誘拐した敵国なんだよな。しかも、最近は戦争になるかも知れねーくらいヤバい状態みたいだし。
 
「金なんか、魔物を倒して稼げばいいだろ。約束通り、俺様のサポート忘れんなよ」
 
「……わかったわ。でも、あまり無理して前に出ないでね」
 
 またこれか。俺はこいつに心配されるほど弱くねーっつーの。あの渓谷でも結構楽勝だったし。
 
「魔物なんかに俺がやられるかってーの。いいから俺についてこい!」
 
 気合いを入れて東のエンゲーブに歩きだした俺のやる気を………
 
「ルーク、そっちは西よ」
 
「…………………」
 
 ティアの一言が台無しにした。
 
 
 
 
「腹減ったぁ………」
 
 ルークの情けない声に、応えず、私は焚き火の炎を見つめる。
 
 あれから、私たちは魔物と戦いながら街道を東に進んだ。けれど、まだエンゲーブには着かない。
 
 橋を一つ渡った所で、何故か捨て散らかされている道具一式を発見した私たちは、川もある事だからとここで休憩を取る事にした。
 
 そこにあった道具は飯盒や皿など、野営に必要な種々の器物と、米が少々。まるで、突然何かから襲撃を受け、回収する暇もないから仕方なく捨てて行ったような形跡だった。
 
 もしかしたら、マルクト軍に追われていた漆黒の翼という盗賊の持ち物かも知れないと私は推測する。
 
「なぁ〜、まだ出来ねーの?」
 
「……もういいかしら。ルーク、そこのタオルを取って」
 
 ぐつぐつと蓋から蒸気の溢れる飯盒を、私はルークから受け取ったタオルで掴んで火から離す。
 
 川の水を、集めた薪と摩擦熱で起こした炎で煮沸消毒してから、米を研いで炊く。今まであの屋敷で何不自由なく暮らしていたルークには、たかが米を炊くだけの事にこんな手間が掛かる事が信じられないみたい。
 
「塩味がしねぇ………」
 
「仕方ないでしょ。手元に食材が米しかないんだから」
 
 私が作ったのは、海苔も具も塩もないおにぎり。でも、これでも幸運な方だと思う。ここに運良く道具が落ちていなければ、最悪食べ物無しで生水を飲まなければならない所だった。
 
「ごちそうさま」
 
「早っ! よく噛んで食わねーと腹壊すぞ」
 
「平気よ。いつもこうだもの」
 
 兵士としての習慣として手早く食事を済ませた私は、先ほど拾った野営道具をまとめ始める。
 
 本当に盗賊の持ち物だったのか保障はないけれど、普通、一般人が旅をする時は辻馬車に乗ったり護衛を雇ったりする。だから一般人が持ち物をこんな所に放置する事は考えにくい。
 
 良心の呵責や万一の可能性など様々な葛藤を経た後、私は今後の旅を少しでも有利にするためにこの道具一式をもらって行く事に決めた。
 
 ルークがおにぎりを食べ終わり、道具をまとめた私たちは一路、エンゲーブを目指す。
 
 戦闘を繰り返す内に、ルークも魔物との戦いに慣れてきたらしい。持ち上げるつもりはないけれど、兄さんが可愛がるだけあって筋は良い。
 
 私がちゃんと後衛からバックアップすれば、確かに私が肩肘を張って一人で体術戦を続けるよりずっと円滑に戦闘が進められる。
 
 私がやられれば、ルークも無事では済まない。
 
「(頼りにしても、いいのかしら)」
 
 その時私は、そんな風に甘く考えてしまっていた。
 
 …………………
 
「ここがエンゲーブね」
 
「すげぇ……普通の街ってこんな風になってんだな」
 
「街というより、村ね」
 
 『すげぇ』。超振動で屋敷から飛んでから、ルークはもう何回このセリフを使ったのかしら。
 
 本当に、彼の世界は今まであの屋敷の中だけで完結していた。見る者全てが珍しいのだと思う。
 
「なぁ、探検しようぜ! 俺、村って見るの初めてなんだ」
 
「それは構わないけど、まずは宿で部屋を取ってから荷物を置いていきましょう」
 
 さっきまで「たりー」だの「腹減った」だの「もう歩きたくねー」だのと文句を言っていたのは誰だったのか、ルークはウズウズしているのを隠しきれずに足踏みしている。
 
 あれとこれから、街を回る。………嫌な予感しかしない。
 
 宿を探しながら街を歩く最中も、ルークは恥ずかしいくらいに辺りをキョロキョロと見回していた。
 
「おっ、こいつ図鑑の挿し絵で見た事あるぞ」
 
 そしてルークが次に目をつけたのは、比較的小規模の牧場で飼われているらしいブウサギだった。
 
「うへぇ、俺っていつもこんなきったねーの食ってんのか」
 
「嫌な言い方しないで」
 
 私の言葉なんて右から左に聞き流して、ルークは柵の間から手を伸ばしてブウサギに触ろうとして、「ブキッ」という鳴き声と共に鼻を掛けられた。いい気味よ。
 
「………………」
 
 そうよ。確かにこのブウサギが食用なんだって事くらい私だってわかるわ。でも、ブウサギは一部では癒し系のペット……家族の一員としての人気も高い。
 
 わざわざ食べてるなんて口に出して言わないで欲しいわ。こんなに可愛いのに。
 
「ブキッ!」
 
「はあぁ〜……」
 
 私がブウサギに触ろうか、それとも日頃のイメージを壊さないために我慢しようかと悩んでいると……
 
「泥棒だ!!」
 
 どこからか、不穏な単語が聞こえてきた。年輩の男性の怒声だ。
 
「ルーク、一度ここを離れましょう。ここがマルクトである以上、素性を明かさなければならないような面倒事は避けるべきだわ」
 
 ただでさえ私たちは余所者。この街は村人同士の結束が強いように見えるし、疑われる可能性は十分ある。
 
「?」
 
 隣にいるはずのルークから、返事が返って来ない。怪訝に思って振り返れば………
 
「………あれ?」
 
 ルークが、いない。さっきまで隣でブウサギにちょっかいを掛けていたはずなのに。
 
「(まさか………)」
 
 ブウサギに見とれてルークから目を離した間に、見失った? 主観時間ではほんの数秒だったのに、実際はそれなりの時間が経っていたのだろうか?
 
「(探さなきゃ)」
 
 幸い、この村はそんなに大きいわけじゃない。ルークのあの目立つ容姿ならすぐに見つか……
「こいつ、金も払わないでうちの林檎を食いやがったんだ!」
 
「金なら屋敷からまとめて支払うっつってんだろが!」
 
「何が屋敷だ! ふざけやがって。最近の食料倉庫荒らしもこいつじゃないのか?」
 
「誰が食料泥棒なんてセコい真似するかよ! 食い物に困るような生活は送ってねーからなぁ!」
 
「セコいだと!? このエンゲーブじゃ、食料は一番価値のある物なんだぞ!」
 
「だから盗ってねーっつーの! 払えばいいんだろーが払えば。……あ、俺金持ってねぇや」
 
「やっぱり泥棒じゃねーか!」
 
 
「………………」
 
 ……先ほどの泥棒騒ぎの中に、ものすごく聞き覚えのある声が混じっていた気がする。心なしか、口調も似ていたような。
 
「(気のせいよ、気のせいに決まってるわ)」
 
 現実逃避気味にそんな事を考えながら、しかし私の足は声の方に向かっていた。
 
 曲がり角を曲がり、その光景を目にした瞬間、私は額を押さえてうなだれた。
 
 そこにあったのはやはりというか、村の男性二人に引きずられるように連れて行かれている、未だにぎゃあぎゃあと喚いているルーク。
 
 ……一般の買い物の仕方、か。あまりに常識すぎて教え忘れていた。思わぬ所でルークに教え忘れている事がある気がする。……というより、これは七年前から屋敷にいたガイの責任……という事にしておこう。
 
 ルークに買い物をさせるのは無謀と思って路銀を預かっていたのが裏目に出たわ。
 
「……………」
 
 本音を言うと他人のフリを貫きたい所だけど、そういうわけにもいかない。
 
 あれを引き取りに行くのはすごく恥ずかしいけど、放っておくわけにもいかない。
 
 気を許すと回れ右をしたがる足を引きずって、私はルークが連れて行かれた建物に向かうのだった。
 
 
 
 
(あとがき)
 今回、ルークとティア視点を書いてみました。まだ検討の余地あり。
 
 本格的に連載する決意が固まったらその他板に移るつもりですが……その前にタイトル決めないと。
 
 



[17414] 4・『導師イオン』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:4ddb6a25
Date: 2010/03/29 21:52
 
「あんた達うるさいよ! 今、軍のお偉いさんが来てるんだ。おとなしくおしよ!」
 
「ッ!?」
 
 ルークが食料泥棒として連れて行かれて、後を追うようにすぐにその建物……エンゲーブの村長であるローズ夫人邸の開きっ放しの扉に足を向けたティアが凍り付く。
 
「(軍……!?)」
 
 敵国マルクトで食料泥棒として引き立てられただけでも最悪だと思っていたのに、よりによってこのタイミングでマルクトの軍人……しかも“お偉いさん”の前に突き出されている。おまけにルークだ。
 
「すいません、通して下さい」
 
 村の食料を荒らした容疑者に憤慨した……あるいは単なる野次馬として集まった村人数人を掻き分けるように押し退けてティアは渦中の人物の許へと急ぐ。
 
 真っ先にティアの目に入ったのは、鬱陶しそうに自分の腕を掴んでいた男二人を振り払うルーク。そして、マルクトの青い軍服に身を包んだ、長い茶髪と眼鏡が特徴の男性。
 
「何だよ、あんたは?」
 
「私はマルクト軍第三師団所属、ジェイド・カーティス大佐です。あなたは?」
 
 一目でわかるマルクト軍人のその質問に、ティアは素早い動きで手を伸ばし……
 
「俺は痛っ!?」
 
 何も考えずに本名を名乗ろうとしたであろうルークを、その長髪を引っ張る事で止めた。
 
「(奥様に頂いた服を着ていて良かった……)」
 
 今の自分がキムラスカの赤い軍服を着ていない事にやや場違いな安堵を覚えながら、ティアは思考をフル回転させる。
 
「(家名の“ファブレ”は当たり前として……“ルーク”もまずいかも知れない)」
 
 七年間軟禁状態にあり、実質的な影響力が皆無に等しかったルークのファーストネームだが、やはり隠すに越した事は無い。しかし、ここで言葉に詰まるのも非常に不自然だという自覚もあった。
 
 思わず、考えが十分に回らないままに口を開く。
 
「ご迷惑をお掛けしました。私は彼の護衛のティア。彼はわんたろーです」
 
「誰がわん゛……!? 痛ってぇな! さっきから何すんだてめーは!?」
 
 咄嗟に口にした偽名に不満を並べようとするルークの髪を再び引っ張り、黙らせる。
 
「…………わんたろー?」
 
「ええ」
 
 不思議そうに問い返すローズ夫人に、ティアは涼しい顔で肯定してみせる。
 
「……あんた達、漆黒の翼じゃないのか?」
 
「私たちは漆黒の翼ではありません。それに、本物の漆黒の翼はマルクト軍がローテルロー橋の向こうへ追い詰めていたはずです」
 
 ルークを連れて来た男の一人の猜疑心に満ちた詰問に、ティアはジェイドに目をやりながら返す。
 
「ああ、なるほど。先ほどの辻馬車に、あなた達も乗っていたんですね」
 
 ティアの睨んだ通り、漆黒の翼を追い掛けていた軍艦に乗っていたジェイドが容易く肯定。
 
「彼らは漆黒の翼ではないと思いますよ。私が保証します」
 
 そのまま村人たちに説明してくれた、その話の流れに被せるように……
 
「ただの食料泥棒でもないようですしね」
 
「イオン様……」
 
 まだ幼さの残る少年の声が届いた。見れば、ティアの後ろから現れる形で、純白の法衣を纏う緑髪の少年が立っている。
 
「少し気になったので、食料庫を調べさせてもらいました」
 
 ジェイドにイオンと呼ばれたその少年は、ローズ夫人に歩み寄り、“それ”を差し出す。
 
「聖獣チーグルの抜け毛……。イオン様、これは……」
 
「食料庫に落ちていました。おそらく、チーグルが食料庫を荒らしたんでしょう」
 
 イオンとローズ夫人のそのやり取りを聞いた瞬間、今まで容疑者扱いされていながら完全に蚊帳の外に追いやられていたルークが、水を得た魚のように喚き出す。
 
「ほら見ろ! だから泥棒じゃねぇっつったんだよ!」
 
「林檎については弁解出来ないでしょ」
 
「仕方ねぇだろ。金払うなんて知らむっ!?」
 
 そんなルークに冷めた指摘を入れたティアが、また面倒な発言をしそうになったルークの口を手で塞ぎ、そのままルークに林檎を食べられた店主に代金を支払う。
 
「林檎代です。連れがご迷惑をお掛けしました」
 
「あ……いや、こっちも盗賊扱いして悪かったし」
 
 盗賊騒ぎが一応の解決を見た事に安堵する一方で………
 
「(この先ずっとこんな調子なのかしら……)」
 
 ティアは不安な気持ちをより一層強くした。
 
 
 
 
「何だよわんたろーって!」
 
「仕方ないでしょ。咄嗟にそれしか思い浮かばなかったんだもの」
 
「『だもの』じゃねえよ! 大体何でお前は本名で俺はわんたろーなんだ」
 
「ここはマルクトなんだから、あなたの素性が知られたらまずいでしょう?」
 
 ようやく誤解が解けて解放された俺は、早速ティアと口喧嘩を始めた。何で林檎一つでこんな目に遭わなきゃなんねーんだ。
 
 つーか咄嗟にわんたろーって、何かまたこの女がわからなくなった気がする。
 
「……さっき、あのマルクトの大佐が導師イオンって呼んでいたわね。……どういう事かしら?」
 
 ついさっきまで泥棒扱いされてた俺に構わずに、ティアは考え込むみたいに自分の顎に指を当てた。……やっぱムカつく。
 
「導師イオン?」
 
「ローレライ教団最高指導者よ。飛ばされる前に、兄さんから聞いてるはずでしょ?」
 
 当て付けみたいにジト目で呆れやがって。……そういや、ヴァン師匠(せんせい)がしばらく稽古に来てくれなくなるって聞いて、俺へこんでて…………あぁっ!
 
「思い出した! 行方不明になってるって奴か!?」
 
「そうよ。……誘拐されている風にも見えないし………」
 
 ティアは何か難しそうな顔してるけど、そんなのわざわざ考える必要ねーじゃん。
 
「俺、あいつに直接訊いてくる」
 
「やめて! これ以上厄介事に首を突っ込まないで!」
 
 何だよこいつ。自分だって思いっきり気にしてたくせに似合わねーくらい必死に止めやがって。
 
「あいつが行方不明だからってヴァン師匠は帰国しちまうって事だったんだぞ? このまま話も訊かないまんまで納得出来るかっつーの」
 
 珍しく慌てるこいつがちょっと面白かったのもあって、俺は早歩きでさっきの家に戻ろうとして……
 
「『ピコハン』!」
 
 脳天に、ピコピコハンマーの一撃を食らった。
 
 
 
 
 あの後、やっぱり見る物全てにいちいちはしゃぐルークから、今度は目を離さないように気をつけながらの買い物が終わり、私たちは宿で部屋を借りた(ルークが相部屋に文句をつけてたけど、無駄な出費は避けるべきだから一蹴した)。
 
 日持ちのする食料、地図、七年前の記憶喪失以来ルークが続けているという習慣のための日記帳。必要な物を買い込み、明日には早々に旅立つ準備が出来ていた。
 
 マルクトの軍人が停留している村に、いつまでも滞在しているつもりはなかったから。
 
 なのに………
 
「明日、チーグルの森ってトコ行くぞ」
 
 何故ルークは、こんな事を言い出してくれるのだろう。
 
「……念のために訊くけど、何故?」
 
「俺が捕まえて、村の連中に突き出してやる」
 
 やっぱり……。ルークはすごく意地の悪そうな笑顔で胸を張ってる。
 
 買い物の最中は機嫌が良さそうだったけど、それとこれとは話が別なのかしら?
 
 でも………
 
「(チーグル……かぁ………)」
 
 昔、教本の挿し絵で見た事がある。東ルグニカ大陸に生息する草食獣で、ローレライ教団の象徴として親しまれている聖獣。……一度、本物が見てみたかった。出来れば触ってみたかった
 
「し……仕方ないわね。少しだけよ? 日が暮れるようなら諦めるのよ?」
 
「? ……お前、今回はやけにあっさり折れるな。何か軽くどもってるし」
 
「ど、どもってないわよ。だってルーク、どうせ止めたって行くんでしょ? 止めるだけ無駄だわ」
 
 そう、これはあくまでもルークが止めても聞かないからこその妥協。決して、チーグルに会いたいなんて誘惑に負けたわけじゃない。
 
「まあ、うるさく言われなくて済むならいいや。お前もさっさと寝ろ、明日は早えーんだからな」
 
 偉そうにそう言って布団に潜り込んだルークは、何だかんだ言ってもやっぱり初めての旅や実戦で疲れていたのか、あっという間に寝息を立て始めた。……約束していた音素学の勉強、今日は勘弁してあげよう。
 
「寝顔だけ見ると、普通の男の子なのよね……」
 
 何となくルークのほっぺたを指でつついて、私も自分のベッドで眠りに就いた。
 
 
 
 
「『トゥエ レイ ズェ クロア リョ トゥエ ズェ』」
 
 ティアの唇から紡がれる深淵へと誘う旋律。獰猛なはずの魔物が睡魔に包まれ、その動きを止める。
 
 ティアの音律士(クルーナー)としての本領、譜歌である。
 
「はあっ!」
 
 そして動きの止まった魔物を、ヴァン譲りのルークの剣が両断する。
 
「へっ、獣ヤローが舐めてんじゃねーぞ」
 
「調子に乗らないで。一瞬の気の緩みが大怪我や死に繋がる事だってあるのよ」
 
「はいはいわかったってーの。うぜーなぁ」
 
「………………」
 
 お互いの短所を補うルークとティアの連携は、付け焼き刃にしてはかなり上手く行っている方だが、ルークのこういう発言の度にティアは不安を煽られる。
 
 ちなみにルークとティアは昨晩の話し合いの通りに朝食を採ってからすぐエンゲーブを発ち、ここチーグルの森を訪れていた。
 
 しかし………
 
「こんな森の中で野生の動物を見つけるなんて、無謀だったかしら……」
 
 二人の目当てのチーグルは一向に見つかる気配が無い。
 
「とにかく捕まえないと気が済まないんだよ」
 
 この森に辿り着くまでの行程も合わせれば、もう二時間ほど歩き詰めだ。しかし、このままとんぼ返りではルークの気が治まらない。
 
「……ん? あいつは………」
 
 ルークの意地による不毛な散策に終わるかと思われたその時、ルークの視界に白い影が映る。
 
「導師……イオン……?」
 
 ルークより一回りほど幼く見える緑髪の少年。昨日ローズ夫人邸で出会った、導師イオンと呼ばれていた少年。
 
「………あなた方は確か、昨日エンゲーブにいらした……」
 
 視線を向けられていたイオンも、ルークとティアの存在に気付き、歩み寄って声を掛けてきた。
 
 この突然で全く予想外の再会に、ティアも反応が遅れ……
 
「なあ、何でお前こんなトコに居るんだ? ヴァン師匠が行方不明のお前を探してるっつーのに」
 
 ルークの無遠慮にして礼儀知らずな失言を止め損ねた挙げ句………
 
「ッ……ばか! 導師の前で兄さんを師匠なんて呼んだら………あ……」
 
 自爆した。
 
「せんせい……兄さん……ヴァンが、ですか?」
 
 首を傾げるイオンとルークを前に、ティアは困り果てたように冷や汗を流した。
 
 
 
 
「私はキムラスカ軍公爵家直属近衛部隊『白光騎士団』所属、ティア・グランツ中尉であります」
 
「ルーク。ルーク・フォン・ファブレだ」
 
「キムラスカ公爵家の、ルーク……公爵子息の方ですか」
 
 口を滑らせたのが運の尽き。導師イオンはキムラスカ、マルクト両国の仲立ちとなって休戦させている今日の平和の象徴であるという事から、二人はイオンを信用して身分を明かす事にした。そもそも、あの発言の後では遅かれ早かれバレてしまう。正直に事情を話して敵対意識が無い事を示す方がマシだという判断だった。
 
 事実、イオンはそれを聞いても二人に敵意を表す気配は無い。
 
「ルーク……古代イスパニア語で『聖なる焔の光』という意味ですね。いい名前です」
 
「そ……そうか?」
 
 何やら早くも親しげに話しているイオンとルークの姿に、ティアは一抹の不安を覚え……そしてそれは的中する。
 
 
 
 
(あとがき)
 私事でしばらくSS書いてなかったから些か不安が。とりあえずタイトルつけてみました



[17414] 5・『ソーサラーリング』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:4ddb6a25
Date: 2010/04/01 00:19
 
「あのヴァンに妹が居たとは、初めて聞きました」
 
「無理もないと思います。私はキムラスカ軍で、兄は上官に仕事と無関係な話をするような人ではありませんから」
 
 導師イオンがこんな所にいる理由は、どうやらキムラスカとマルクトの間に和平を結ぶためらしい。そして、それを快く思わないローレライ教団の大詠師モースに軟禁されていた所を、マルクトの手によって救い出された(私たちは見なかったけれど、エンゲーブには『導師守護役(フォンマスターガーディアン)』も来ているらしい)。
 
「(兄さんには、この事が知らされていなかったのかしら……?)」
 
 やっぱり、ローレライ教団も一枚岩ではないらしい。……それにしても、両国の和平を願う導師とそれを阻もうとする大詠師、か。
 
「………………」
 
 ……………いや、今私が一番に優先すべきなのはルークを無事に屋敷に連れ帰る事。導師の事は、兄さんに任せよう。
 
 こんな事で迷うから、『白光騎士団』としての自覚が足りないと兄さんにたしなめられるのだ。
 
「それで、そのイオンが何でこんな所にいるんだ?」
 
 紛らわしい言い方で再び質問するルーク。これは何で“チーグルの森に”いるのかという意味だろう。……というよりルーク、イオン様にどんな口を利いてるのよ。
 
「チーグルはローレライ教団の聖獣。だから何故彼らがこんな事をしたのか、知りたいのです」
 
 こんな事……というのは、昨日の食料泥棒の話だろう。それにしても、ローレライ教団最高指導者が直々に村の食料泥棒騒ぎなんて事に足を運ぶなんて……。
 
 ……どこかルークに通じるものを感じたような気がしたけど、気のせいに違い、な……!?
 
「う……」
 
 ルークと話していたイオン様が突然よろめき、手にした錫杖にもたれるように片膝を着いた。
 
「おい、大丈夫か!?」
 
「はあっ……はあっ……大丈夫です。少しダアト式譜術を使いすぎただけで」
 
 隣にいたルークが、イオン様を支えるように腕を掴む。……そうだ。エンゲーブからここまで来るのに、一切魔物に出会わないで済むわけがない。
 
 体が弱いように見えるし、度重なる譜術の行使でイオン様の体に負担が掛かっている。
 
「ったく、ロクに戦えもしねーくせにこんな所に来るんじゃねーよ!」
 
「……すいません。どうしても気になるんです。チーグルは本来賢くておとなしい性格……食料泥棒をするなんて、どう考えてもおかしい。何か事情があるはずなんです」
 
 今回ばかりは、ルークに賛成だわ。今のように衰弱している時に魔物に狙われでもしたら、一溜まりも無い所だった。
 
「イオン様、失礼ですがルークの言う通りです。我々がイオン様をエンゲーブまで送り届けます」
 
「でも、チーグルはローレライ教団の聖獣です。これを見過ごして行くわけにはいきません」
 
 ………やっぱりルークと同類だわ。何故昨日のマルクト軍人や導師守護役がいないのかと思ったけど、今のやり取りで大体わかった。
 
 きっと今の私みたいに反対され、聞き入れてもらえず、“仕方なく”誰にも言わずに一人でここに向かう事にしたのだろう。
 
「ったく……。どーせ目的地は一緒だし……仕方ねー、お前も付いて来い」
 
「……え、いいんですか?」
 
 ……………………え?
 
「ちょ、ちょっとルーク!? 危険な場所にイオン様をお連れするなんて、何を考えているの!」
 
「だってこいつ、村まで送ってもすぐまた一人で来そうじゃん。それにこんな青白い顔で今にも倒れそうなやつほっとくわけにもいかねーだろーが」
 
「う…………」
 
 確かに、この様子では帰れと言って素直に帰ってくれるとは思えない。でも………
 
「だからって、もっと他にやり方が……」
「ありがとう! ルーク殿は優しいんですね」
 
 私の言葉を遮るように、嬉しそうに笑ってルークにお礼を言うイオン様。
 
「だっ、誰が優しいんだよ! アホな事言ってないでさっさと付いて来い!」
 
 わざとらしく顔を背けて、ぶっきらぼうに言って背を向けるルーク。
 
 ルークは普段の態度がああだから、人から褒められる事にあまり慣れていない。
 
「その譜術? とかは使うなよ。お前それでぶっ倒れたんだろ。魔物と戦うのはこっちでやる」
 
「守って下さるんですか。感激です! ルーク殿」
 
「ちっ、ちげーよ! 足手まといだっつってんだよっ! ……それと………」
 
 …………何だか、置いて行かれたような形で、いつの間にか三人でチーグルを探す事が決定してる。
 
「俺の事は呼び捨てでいいからなっ! 行くぞ!」
 
「はい、ルーク!」
 
 背中を向けたまま横顔だけこちらに見せて会話していたルークが、づかづかと大股に歩き出す。
 
「はぁ……」
 
 私はもう半分覚悟を決めてこの重大責任を受け入れ、少し先を歩いていたイオン様に並んだ。
 
「………さすがですね」
 
「? 何がですか」
 
「私は……気付くのに随分時間が掛かりましたから……」
 
 話す声は、前を歩くルークには聞こえないように、あくまでも小声だった。
 
 
 
 
 ローレライ教団の聖獣とか言われるだけあって、イオンはチーグルが寝床にするような木に詳しかった。
 
 ティアが言うには『肉食獣を寄せ付けない花粉を出す木』らしい(つーかこいつ、何でこんなに詳しいんだ)。
 
 そんな風に詳しい奴が二人もいたおかげで、俺たちは今、チーグルの巣のでかい木の前に立ってる。
 
「ここか……」
 
 木の前にエンゲーブの林檎が転がってたし、間違いねー。俺は木の根元の部分から中に入った。チーグルってのは20〜30センチの小っせー魔物らしいけど、普通に人間でも住めそうな広さだ。
 
『みゅう! みゅうみゅうッ!』
 
『みゅみゅう! みゅうー!』
 
 入った途端、昼間なのに薄暗い木の中で、俺たち三人を囲むみたいに魔物の気配が囲んだ。くそっ、チーグルってのは草食じゃなかったのかよ!
 
「待ってください、ルーク。彼らと話をさせてください」
 
「はあっ? 魔物と話なんて出来るわけねーだろ」
 
 剣を抜こうとした俺の左手を押さえるイオンに毒づいてやるが……
 
「いいえ……チーグルは、教団の始祖ユリア・ジュエと契約し、力を貸したと言われているわ。もしかしたら……」
 
 ティアが非現実的な言葉で肯定しやがった。チーグルってそんなに有名なのか? それともやっぱこいつが不自然に詳しいのか?
 
「お前たち、ユリア・ジュエの縁者か?」
 
 俺たちの話に割り込むみたいに、ジジイみたいなしゃがれた声が掛かって来た。声がした方を見たら、紫色の(多分)ジジイの……これがチーグルか…………って、
 
「ホントに喋った!?」
 
「ユリアとの契約で与えられたソーサラーリングの力じゃ」
 
 そこで、狙ったみたいなタイミングで、上にいたらしいチーグルの一匹が日差しを遮ってたデカイ葉っぱをどけた。
 
 結果的に俺たちの周りを取り囲んでたチーグル共の姿がはっきり見えたけど……。
 
「(……何こいつら、超うぜぇ)」
 
 二頭身っつーか下手すりゃ頭の方がでけーし、それ以上に箒みたいなバカでけー耳がうざい。そんな毛むくじゃらがうじゃうじゃうじゃうじゃ……
(トンッ)
 
「んぁ?」
 
 俺がチーグル共のうざさに辟易してると、背中に軽い重み。何だ?
 
「……おっ、おい! お前何やってんだよ!」
 
「ッッ……!? ご、ごめんなさい! 少し意識が………」
 
「はあっ?」
 
 振り返って見たら、俺の背中にぶつかってたのはティアだった。てっきりイオンがまたふらついたのかと思ったら、こいつまで病気かよ。
 
「風邪ですか?」
 
「ちちち違います! 別に何でもありませんから!」
 
「お前、何テンパってんの?」
 
 心配したイオンに焦ったみたいに反論するティアは、確かに元気そうに見える。
 
 ただ、真っ赤な顔でチーグル共を見てる目が若干夢見心地っつーか……まさかな……。
 
「おい魔物、お前エンゲーブで食べ物を盗んだろ?」
 
 とりあえずティアなんかほっといて、俺はさっきの喋るジジイチーグルに話を振った。
 
 話を簡単にするとこんな感じだ。
 
 北の森でこいつらの一匹が火事を起こして、そこに住んでたライガって魔物の女王の住処を焼いちまった。
 
 それでこの森に移って来たライガに食われないために、自分たちの代わりに村の食料を盗んで差し出したらしい。
 
 しかもイオンの奴、そのライガの女王を説得するとか言いだしやがった。何とかリングとチーグル一匹いれば話は出来るらしいけど、会話出来たら説得出来るってもんでもないと思うんだけどな………。
 
「この子が北の森を焼いた我が同胞。これを連れて行って欲しい」
 
 ジジイチーグルがそう言って腹に巻いたリングごと俺たちに突き出してきたのは、他の奴らよりちょっと小せぇ水色のチーグル。
 
 リングを腹に巻き直して、ふわふわ浮いて俺の目の前に出てきた。
 
「ボクはミュウですの。よろしくお願いするですの」
 
「(イラッ)……おい、何かこいつすげームカつくぞ」
 
 『ですの』って何だよ。
 
「ご、ごめんなさいですの」
 
「だーーっ! その喋り方がうっぜーんだよ! 焼いて食うぞコラ!」
 
 俺は目の前でふわふわ浮いてるブタザル(今つけた)をふん捕まえて、その脳天をどついた………
 
「みゅうーーーッ!?」
 
「……………」
 
 その拍子にブタザルが吹き出した炎が、俺の顔面を直撃した。
 
「ルーク、言い忘れてましたが……チーグルは火を吹きます」
 
「ごごごめんなさいですのごめんなさいですのーーっ!」
 
「キサマァ〜〜〜〜!!」
 
「ルーク、ミュウを振り回すのはやめなさい!」
 
 単に食料泥棒の濡れ衣を着せた犯人を村の連中に突き出すはずだった俺の予定は、イオンとブタザルのせいで狂った。
 
 予想以上に面倒な事にはなったけど、俺とティアとイオン、ついでにブタザルは、ライガの女王ってやつの巣に向かう事になった。
 
 
 
 
(あとがき)
 この辺りはティアの背景以外は基本的に原作沿いの流れ。じわじわとずらしては行きますが、やはりスパイスに欠けるかも知れません。
 
 



[17414] 6・『ライガ・クイーン』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:3442f07a
Date: 2010/04/01 00:16
 
「ここですの」
 
 北の森を火事にしたというチーグルの仔、ミュウの道案内によって、私たちはライガの女王の巣にやってきていた。
 
 住み処である北の森を焼かれたライガの女王を説得して、チーグルもエンゲーブの村も助ける。それがイオン様の目的。
 
「…………………」
 
 イオン様には何かお考えがあるのかも知れないけど、やはり無謀な事には変わりない。チーグルが食料を差し出せなくなればチーグル自身が食べられ、チーグルがいなくなれば、おそらくライガはエンゲーブを襲う。
 
「(覚悟を決めないと)」
 
 手にした杖に一層の力を込めて、私はルーク達と共にそこに足を踏み入れる。
 
 樹の幹や枝が生い茂り日陰となった、緑と苔に溢れた森の一画。……そこに、ライガの女王はいた。
 
 赤い獣毛を揺らし、青い角を携え、その巨躯を巣に沈み込ませていた。
 
「あれが、女王ね」
 
「でっけぇ……!」
 
 その大きさと迫力に、ルークは驚愕の声を上げる。……無理もない。私だって、あんな大きなライガは初めて見る。
 
「ミュウ、ライガ・クイーンと話をしてみて下さい」
 
「はいですの!」
 
 イオン様に言われて、ミュウがライガに近寄り、何か話し掛け始めた。
 
 でも…………
 
「ガァアアアーー!!」
 
『っ……!?』
 
 一言二言話し掛けただけで、ライガの女王は凄まじい咆哮を上げた。たまらずミュウがひっくり返る。
 
「卵が孵化するところだから……来るな……と言ってるですの」
 
 卵? ……まずい、確か卵を守るライガは、凶暴性を増しているはず。
 
「ライガさん、すっごく怒ってるですの。……ボクが、ライガさんのお家、火事にしちゃったから」
 
 尻すぼみに小さくなる声で、ミュウが弱々しく告げる。……確かに、ライガたちにとって、チーグルは許す事の出来ない相手だろう。
 
 だけど、ライガの仔供は人を好む。このまま卵が孵化すれば、チーグル族だけの問題じゃなくなる。
 
「ライガ・クイーン! 聞いて下さい!」
 
 イオン様が、普段の穏やかな様子からは考えられない必死さで叫ぶ。
 
「ブタザル! 通訳しろ!」
 
 ルークが、ミュウに通訳を促して叫ぶ。
 
 だけど、もう……。
 
「ライガ・クイーン! あなた方の住み処を焼いたチーグルを許せないのはわかります! だけど……!」
 
「みゅみゅう! みゅうみゅう! みゅみゅみゅーみゅみゅー!」
 
 イオン様の必死の呼び掛けを、ミュウが必死に代弁する。
 
「このままでは、あなたの仔供が人間を食い尽くす事になる! “あなたの娘と同じ人間を”!」
 
「ッ……!?」
 
 イオン様の言葉の意味はよくわからなかったけれど、その必死さに、私はほんの僅かな納得を感じた。
 
「僕の名はイオン! お願いです、この地から立ち去って下さい! でなければ、僕らは……」
「ッオオオオオオーー!!」
 
 聞く耳など持たない。そう言わんばかりに、ライガの再びの咆哮がイオン様の叫びをかき消した。
 
「お、おいブタザル。何て言ってんだ!?」
 
 ルークにも、きっともうわかってる。説得は……無理だという事が。
 
「“お前は違う”って! 殺して、孵化した仔供の餌にするって言ってるですの……!」
 
「っ……!?」
 
 その言葉に衝撃を受けたように、イオン様は茫然と立ち尽くす。
 
「ッガァアアアアーー!!」
 
「みゅうぅーーー!?」
 
 ライガの咆哮が大気を、大樹を震わせ、震えた樹木から落ちてきた巨大な木片がミュウ目がけて落ちてくる。
 
「(まずい!)」
 
 反応が一瞬遅れた! 間に合わない!
 
「はっ!」
 
 しかし、ミュウに直撃するかと思った瞬間、木片はルークの剣に斬り飛ばされる。……よかった。
 
「あ、ありがとうですの……!」
 
「かっ、勘違いすんな。たまたま剣抜いたトコにそれが落ちてきただけだっつーの!」
 
 ……お礼くらい、素直に受け取ればいいのに。なんて、そんな事を言ってる場合じゃない。
 
「導師イオン。ミュウと一緒にお下がりください」
 
 イオン様とライガ・クイーンの間にどんな因縁があるのか、私は知らない。でも………
 
「街や村の近くで繁殖期を迎えたライガは、狩り尽くすのが決まりです」
 
 私は、人間よりライガを優先させるつもりはない。
 
「ここで戦ったら、卵が割れちまうんじゃ……」
 
「……“割れる”んじゃないわ。“割る”のよ」
 
 残酷かも知れない。ルークには酷な判断だとも思う。
 
「……辛いなら、あなたも下がっていて。私一人でやるわ」
 
「…………くそっ!」
 
 それでもルークは、剣を構えて、私の横に並んだ。
 
 
 
 
「『ノクターナルライト』!」
 
 ティアが一閃させた左手から、音素を纏ったナイフが三本飛び、ライガ・クイーンに突き刺さる。
 
「『双牙斬』!」
 
 それを受け、一瞬動きの止まったライガ・クイーンを、ルークの、体ごと叩きつけるような二連斬が薙ぐ。
 
「ぐあっ!?」
 
「ルーク!」
 
 跳び上がるように斬り上げた隙を狙い済ましたかのように、ライガ・クイーンの豪腕が中空のルークを弾き飛ばした。
 
「ガァアッ!」
 
「くっ……!」
 
 そのまま、ティアに向けて紫電を吐き出す。ティアは横っ飛びに、かろうじてこれを躱す。
 
「くそっ……こいつ全然倒れねーぞ!?」
 
 剣を杖代わりにして立ち上がったルークが焦ったように怒鳴る。
 
 ティアの治療術や二人の連携を駆使した攻防を重ねてきたが、消耗するのはルークとティアの方で、ライガ・クイーンの動きはまるで鈍らない。
 
 むしろ、どんどん防戦一方に追い込まれていた。
 
「(分厚い皮膚に守られてる。こっちの攻撃が通らない……!)」
 
 感じた手応えに不利を実感しながら、ティアはそれでも譜歌を詠う。
 
「『トゥエ レイ ズェ クロア リョ トゥエ ズェ』」
 
 『ナイトメア』。悪夢の名を持つ第一音素譜歌がライガ・クイーンを包み込むも、それは僅かな体力を奪い取るだけにしかならない。
 
「『烈破掌』!」
 
 しかし攻撃の手は休めない。ルークの右の掌底がライガ・クイーンの脇腹に叩き込まれ、追い打ちのようにそこから気が破裂する。
 
 今までとは別種の衝撃にぐらついたライガ・クイーンの上方から、跳び上がっていたティアの『ノクターナルライト』……音素を帯びたナイフの投擲が奔り、ライガ・クイーンの額を捉え、血が吹き出す。
 
 しかし………
 
「ッオオオオオオーー!!」
 
 それらの攻撃を受けながらもライガ・クイーンは怯まず、大気に呼び掛けるように再三の咆哮を上げた。
 
 今度は、それまでとは違う。咆哮に震えた大気が第三音素を結晶させ、『風』の属性を持つその音素は、次々と小規模な落雷を呼び起こす。その紫電の一筋が、ルークの肩を捉えた。たまらず、ルークは悲鳴も上げる事が出来ずに昏倒した。
 
「(ルーク……!)」
 
 ティアはすかさず治療術を唱えようとして、しかしライガ・クイーンが倒れたルークを狙っている事に気付いて、すかさず詠唱を切り換える。
 
「『クロア リョ ズェ トゥエ リョ レイ ネゥ リョ ズェ』」
 
 彼女の持つ、二つ目の旋律へと。
 
「ッッ!?」
 
 譜歌の織り成した譜陣と障壁がルークを包み、ライガ・クイーンの攻撃を阻む。文字通り『鉄壁』の防御力を誇る譜歌だが、しかし長くは保たない。
 
 ティアは杖から音弾を次々と浴びせ、ライガ・クイーンの注意をルークから自分に移す。その途中、視界の端で起き上がるルークの姿も確認した。どうやら、一時的に意識を失っていただけらしい。しかし、やはり動きはかなり鈍っている。
 
「(これ以上長引かせたら……勝ち目がなくなる)」
 
 こんな状況になるのを、無理矢理にでも止めなかった落ち度、本来守るべきルークに手傷を負わせてしまっている事、ティアはそれらの考えを、今はきっぱりと捨て去る。
 
 このライガ・クイーンを倒さなければ、ティアも、ルークも、イオンも、最低……エンゲーブの村人や停留していたマルクト軍も、全てが犠牲になる可能性だってある。
 
 とにかく、勝つしかない。
 
「(出来る、かな……)」
 
 試した事はない。しかし、ルークが使うのはティアの兄と同じアルバート流剣術。
 
「ルーク! 双牙斬!」
 
「命令すんな!」
 
 ティアの指示に、常のごとく憎まれ口を叩いたルークが駆ける。ライガ・クイーンの注意はティアに向いている。
 
「(タイミングを合わせる……!)」
 
 今のティアには、敵の攻撃に曝されながら強力な譜歌や譜術を詠唱する技量は無い。使えるとすればそれは、詠唱が短く威力の低い、下級譜術。
 
「『アピアース・ゲイル』!」
 
 ライガ・クイーンの左側……ルークの反対側に回り込みながら、言霊と共に術を発動させる。
 
 同時に、ルークの周囲の空間で、風の性質を持つ第三音素の濃度が急激に高まる。
 
 殺傷能力など無い。対象者に何か影響を与えるような力も無い。無論治療術でもない。ただ大気中の音素濃度を高めるだけの下級譜術。……だが、それで十分だった。
 
「(何だ、これ?)」
 
 自身の周囲で淡く緑に発光するそれらを視認して、しかしルークはそれが何なのかさえわからない。
 
 僅かな動揺は烈迫の気合いの前で霧散し、ルークの目に移るのは、ティアに気を取られて隙だらけのライガ・クイーン。
 
『ルーク! 双牙斬!』
 
 脳裏に浮かんだティアの言葉に……
 
「(エラそーに)」
 
 ご丁寧に心の中で文句を言ってから………
 
「『双牙斬』!」
 
 言わせた通りの剣技を繰り出した。全力の斬り下ろしから、跳び上がる勢いを使っての斬り上げ。いつもと変わらない一連の動作……その終点で、
 
「うおっ!?」
 
 振り上げた剣の先に緑に発光する第三音素が結集し、先ほどのライガ・クイーンのそれよりさらに強力な紫電がバチバチと火花を散らす。
 
「こんっっ……のぉぉーー!!」
 
 未知の現象への戸惑いや動揺、それらを振り払うようにルークは剣を振り下ろす。
 
「『襲爪雷斬』」
 
 ぽそりと呟いたティアの言葉とほぼ同時、落雷にも似たルークの斬撃が、ライガ・クイーンの背中を斬り裂いた。
 
 
 
 
『今のは効いたか……!?』
 
 その時の事は、無我夢中でよく憶えてない。
 
『くっ、まだ動けるなんて……!』
 
 俺が自分でもよくわかってない一撃をライガの女王に食らわせて、勝負が着いたかと思った。でも女王はまだ立ってて、その目は俺でもティアでもない所を見てた。
 
 それがイオンとブタザルだってわかって、そんで、女王ライガの口からバチバチ雷が出てるのが見えて………後はよく憶えてない。
 
 起きてるのか起きてねーのかもわかんねー状態で………何つーか、そう、氷が綺麗だった。
 
 
 
 
(あとがき)
 ライガ・クイーン、原作より強いです。ルークとティアも技とか憶えてて成長気味ですが、クイーンさらに強いです。アニメだとインディグネイションかまされてたし、いいかなと思いました。
 
 他のSSがその他板にあり、少々やりづらく感じていたので、自信がついたわけではないのですがその他板に移動してみます。
 
 



[17414] 7・『導師守護役』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:b29f53ac
Date: 2010/04/02 15:13
 
「今のは効いたか……!?」
 
 雷を纏ったルークの斬撃がライガの女王の背中を斬り裂き、勝負は着いたように思えた。……いや、思いたかった。今の一撃は、今の私たちに出来る最大級の攻撃。これが効かないなら、私たちに勝ち目は無い。何より、もうこっちには余力が残っていない。
 
「くっ、まだ動けるなんて……!」
 
 しかし、その希望的な観測は外れる。ライガの女王は背中に深い傷を受けながらも倒れず、唸り声を上げて踏み止まる。
 
「(何か、来る……!)」
 
 女王が怒りに任せた攻撃を仕掛けてくる気配を感じた私は、常の戦闘の癖として、詠唱時間を稼ぐのに十分な間合いを取った。
 
 ……それが、いけなかった。
 
「(ッ……しまった!)」
 
 女王がその敵意を向けているのは、私でもルークでもなく……イオン様とミュウ。
 
 距離を取ってしまったせいで、カバーが間に合わない。譜歌を詠う時間も無い。
 
「くっ……!」
 
 苦し紛れに投げつけたナイフは、不運にも女王の角に当たって弾かれる。女王の口から迸る紫電が、イオン様を狙っていた。
 
「『クロア リョ ズェ トゥエ リョ……』」
 
 防御のために詠おうとした第二譜歌は当然のように間に合わず、女王から放たれたサンダーブレスが………
 
「う、あぁ……っ!!」
 
 イオン様の前に、まるで庇うように飛び出したルークを襲った。
 
「『レイ ネゥ リョ ズェ』」
 
 私は構わず、譜歌への集中を切らず、発動させた。
 
 『フォースフィールド』の譜陣と障壁がルークとイオン様とミュウを包み込み、女王の追撃から三人を護る。
 
 これも僅かな時間稼ぎに過ぎない。私では気絶したルークを抱えて逃げるのは無理。何とか治療術を掛ける隙を見つけないと。それをあのライガの女王が許してくれるのか。
 
 動揺する心を培ってきた自制心で押さえ込みながら、断片的な分析が頭を駆け巡るけれど……どれも状況の悪さを示すものばかり。
 
 しかし、私が考えをまとめて動き出すよりも早く………
 
「『受けよ 無慈悲なる白銀の抱擁』」
 
 展開した障壁の内側から譜術の詠唱が響き、
 
「『アブソリュート』」
 
 発動した。
 
「ッガァアアアアアアア!!!」
 
「ッ!?」
 
「みゅうぅーーっ!?」
 
 辺り一帯の大気が冷えきり、凍りついた大地から生まれた、巨大な槍にも似た無数の氷の刃が、ライガの女王の全身を貫き、凍りつかせていた。
 
 私たちがあれだけやって倒せなかったライガの女王が、たったの一撃。……誰がこの譜術を使ったのかなんて、考えるまでもない。
 
 これが……ローレライ教団の導師の力……。
 
((パリンッ……!))
 
 氷像と化したライガの女王と、私が展開した障壁が砕けるのは同時だった。
 
「イオン様……!?」
 
 そして、まるで糸の切れた人形のようにイオン様が倒れるのも。
 
「僕は……大丈夫です。力を使い過ぎただけなので……少し休めば、平気です。それより、ルークを……」
 
 仰向けにぐったりと倒れたイオン様は、かろうじて意識を保っているかのように薄く開いた眼で私を見て、そう言った。
 
 ……確かに、譜術の酷使による力の使い過ぎなら、治療術ではどうしようもない。
 
 私はイオン様の体を、近くにあった木の幹に背中を預ける形でもたせかけ、すぐにルークの許に走る。
 
「っ………」
 
 ルークは肩と、丁度ルークがいつも剥き出しにしている腹部に酷い火傷を負っていた。息は……ある。
 
「『癒しの力よ』」
 
 私は残った力を全て治療術の『ファーストエイド』に注ぎ込んで、その傷を塞いでいく。
 
「……………」
 
 もし、ルークがチーグルの森に行くのを止めていたら、こんな怪我を負う事はなかった。こんな危険な目に遭う事はなかった。
 
「(だけど……)」
 
 そうしていたら、イオン様が一人でここに来て、ライガに食べられてしまっていたかも知れない。
 
 なら、ルークを戦わせなかったら? 考えるまでもない。私一人で戦える相手じゃなかった。私は殺され、ルークも死んでいただろう。
 
 いや、結果的にライガの女王を倒したのは、イオン様が無理を押して使った譜術だ。
 
「(ダメね……)」
 
 自分の無力感を痛いほどに噛みしめる。結局私は独力では、自分の過失の責任も、『白光騎士団』としての使命も果たせないという事……。
 
「……………」
 
 傷は塞がった。軽く頭を振って不毛な自責を払い、イオン様の方に目を向けた。やっぱりさっきの時すでに限界だったのか、固く目蓋を閉じて眠りに就いている。
 
 次いで、ライガの巣に目を向ける。聳えた氷の刃の一本が、孵化を控えていたという卵をまとめて割っていた。
 
 これで、チーグルやエンゲーブの事は一安心だけれど、でも……
 
「………どうしよう」
 
 火傷こそ治ったものの、ルークはまだ目覚めていないし、イオン様もそうだ。
 
 私じゃ、二人どころかルーク一人を運ぶ事も出来ない。こんな所でいつまでもじっとしていたら、いつ魔物に襲われるかわからない。
 
 そう考えた、瞬間の事だった。
 
「ッ!?」
 
 私の背後で、巨大な影が動いた。
 
 
 
 
 ……何か、やわらけぇ。うちの布団ってこんなに気持ち良かったっけ?
 
「……………」
 
 いやいや、ちげーし。俺って確かティアと超振動とかでマルクトに飛んで………そうだ、エンゲーブって村の安そうな宿屋で寝たんだよ。
 
「……………」
 
 あれ? じゃあ余計におかしくね? あそこの枕、固くて寝苦しかったし。
 
 ……あーもうどうでもいいや。何か上下に揺れてるこの感じも気持ちいいし、このまま二度寝………………上下に、揺れる?
 
「うおぉ!?」
 
「あ、起きた」
 
 何か異常な気がして目を開けたら、俺の目に入るのは一面黄色だった。上下の揺れはそのまんま。
 
「みゅう! ルークさん起きたですの! お目目パッチリですの!」
 
「起きて早々耳元でうぜー声出すな! このブタザル!」
 
「ルーク! ミュウにひどい事しないで!」
 
 俺の顔の前でふわふわ浮いてたブタザルを反射的にぶん投げて……俺はその勢いで“落ちる”。
 
「いでっ!」
 
「あー! もうっ、イオン様も乗ってるんだからあんまり暴れないでくださいよぉ〜!」
 
 何か高い女の声がして、俺が落ちた体勢から“見上げる”と、そこに……何かあった。
 
 パッと見、全身真っ黄色のぬいぐるみっぽく見えるけど、デカさが半端じゃねえ、縦も横も。
 
 つーか不気味だ。何かボタンみたいな目してるし、歯とかギザギザだし。魔物か? つーか………
 
「イオン!」
 
 その変な怪物にお姫様抱っこされて寝てるのはイオンだった。……ちょっと待て。もしかして俺、今まであれの頭の上で寝てたって事か?
 
「魔物かこのヤロー!」
 
「ルーク落ち着いて! 彼女は味方よ!」
 
 剣を構える俺の手をティアが押さえる(つーか居たのか)。……彼女?
 
「もぉ〜、こーんな可愛いぬいぐるみを捕まえて魔物だなんてひっどいなー」
 
 さっきの、高い女の声がした方を見たら、イオンよりさらにちっせーガキがいた。
 
 黒髪を頭の両側で纏めた、ピンクの服の女の子だ。
 
「誰だよ、お前?」
 
「わたしは『神託の盾(オラクル)騎士団』、『導師守護役(フォンマスター・がるがふるぅ』!」
 
 ………噛みやがった。何なんだよ一体。
 
「彼女は『導師守護役(フォンマスター・ガーディアン)』。簡単に言えば、イオン様の護衛役よ」
 
「アニス・タトリン奏長でーす! アニスちゃんって呼んでくださいね♪」
 
 じれったかったのか、代わりにティアが紹介した。その尻馬に乗る形でアニス? が名乗る。
 
 護衛って事は、イオンを追ってここまで来たのか。
 
 って言うかイオン……イオン? そういえば!
 
「おい! ライガの女王は! 卵はどうなったんだ!?」
 
 全部思い出した。イオンがライガを説得するとか言い出して、失敗して、戦って……途中から記憶が無い。
 
「……女王も卵も、イオン様が譜術で一掃されたわ」
 
「え…………?」
 
 イオンって、あんなフラフラだったのにか? ………ああ、だから今、その不気味なぬいぐるみに抱えられてんのか。
 
「イオン様ってば体弱いのに一人でこんなトコ来るんですもん。導師守護役のわたしの立場からすると困っちゃいますぅ……」
 
 ………つーか、やっぱ卵割れたのか。何か後味悪いな。
 
「ルーク、体はどう? どこか痛む?」
 
 俺が後味の悪い気分になってたら、ティアが俺に手を伸ばしてきた。
 
「うひゃっ! て、テメいきなりどこ触ってんだ!」
 
「あー、そこわたしも触りましたぁ♪ 6パックって感じで♪」
 
 俺の服の腹が出てる部分を、ティアが無遠慮に触って来た。どさくさに紛れてアニスって奴まで妙な事ぬかしやがって。
 
「ルークあなた、ライガの女王の攻撃を受けて気絶したのよ。憶えていないの?」
 
「あぁ?」
 
 気絶……気絶……。いつ食らったっけ? つーか俺、気絶した上にこんな虚弱体質のやつに守られたのか? かっこわりー。
 
「とりあえず、さっきのチーグルの巣ってトコ戻ろうぜ。どーせイオンだって、ちゃんと話つけねえと納得しねーんだろうし」
 
「…………はい、お願いします」
 
「!」
 
 デカい人形に抱えられてたイオンが、いつから起きてたのか知らねーけど、弱々しく笑って応えやがった。
 
 くそっ、譜術ってやつは使うなって言ったのによ。
 
「つーわけだから、お前ら俺について来い!」
 
 イオンの護衛だっていうアニスを加えて、俺たちはまたチーグルの巣に戻る事にした。
 
 イオンはともかく、あのマルクトの軍人は何か胡散臭そうで嫌だったから、イオンともアニスとも森の入り口で別れる。
 
 それでそのまま、バチカルに向かって次の街に進む。
 
 その時俺は、漠然とそんな風に考えていた。
 
 
 
 
(あとがき)
 タルタロスまで書くつもりだったのにどこをどう間違えたのか。自分の文調節の下手さに嘆く今日この頃です。
 
 



[17414] 8・『ミュウ』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/02 22:17
 
「『烈破掌』!」
 
 ルークは、本当にもう何ともないみたい。また一匹魔物を倒してカッコつけてる。
 
「『トゥエ ズェ レイ クロア リョ トゥエ ズェ』」
 
 草陰からこっちを狙っていた魔物に、私は『ナイトメア』を掛ける。睡魔に包まれた魔物をルークが慌てて斬り倒す。少しだけ、体力が戻ってきた。
 
「……あの~、お二人って何者で、イオン様とはどういう関係なんですかぁ? ティアさんはイオン様が起きたら説明してくれるって言ってたんですけどぉ」
 
 それも、今は後ろでイオン様に付きっきりになっているアニスのおかげ。彼女があのトクナガ(かわいい)でルークとイオン様を運び、魔物との戦闘をもこなしてくれたからこそ、私にもまだ余力がある。
 
 彼女にはまだ、チーグルとライガの問題をイオン様と共に解決したという事しか話していない。私の口から話すより、イオン様から言ってもらった方が信憑性も高いと思ったから。
 
「……すいません、アニス。二人の素性は、落ち着いてから僕がきちんと保証します。今は、チーグルの巣に急ぎましょう」
 
 トクナガに抱えられたままアニスと話すイオン様が、「それに……」と続ける。
 
「……ジェイドに少し、提案したい事もありますから」
 
「ほぇ? 大佐にですかぁ?」
 
 大佐……。昨日のマルクト軍人の事よね。彼もここに来ているのかしら。マルクト軍の……ジェイド……。どこかで聞いた事があるような気がする。
 
「おい、何回やってもさっきみてーにバチバチなんねーぞ! あん時お前何やったんだ?」
 
 人が考え事をしているのに、ルークがイライラしたように詰め寄ってきた。気になっていたのなら、無駄な努力を重ねる前に訊けば良かったのに。
 
「あれはFOF(フィールド・オブ・フォニムス)。大気中に存在する高濃度の音素(フォニム)を術技に巻き込んで新たな力を生み出す戦闘技術よ。今のあなた一人で使うのは無理ね」
 
「ふぃ、フィールドおぶ……?」
 
 よくわかっていないようだけど、ルークが音素学に興味を持ち始めたのなら、それは良い傾向だと思う。勉強(座学)にも身が入るかも知れない。
 
「……で、あの人形は何で動いてんだ?」
 
 言ってルークが指差すのは、イオン様を抱える、アニスのトクナガ。けど……
 
「私は人形士(パペッター)じゃないからわからないわ」
 
「使えねーな」
 
「別にあなたに使われたくなんてないわ」
 
「みゅうー! 喧嘩しないでくださいですのー!」
 
「うっせーな、すっこんでろブタザル!」
 
「ミュウを踏みつけないで!」
 
 私たちの言い合いを止めようとしたルミュウを踏みつけるルークにやや怒りを覚え、こちらも強く言い返す。
 
 険悪そうに睨み合う私たちを見かねたのか、アニスが後ろから説明を始めた。
 
「トクナガは譜業の一種で、私の固有音素振動数に反応して巨大化するんです。まあ、武器みたいな物ですから、あんまり気にしないでくださいね」
 
「世の中には変わった武器があるんだなぁ……」
 
 ルークがトクナガを感心したように眺めている姿に毒気を抜かれた私は、チーグルの巣へと先頭を切って歩き出した。
 
 皆よりほんの少し早く巣に着けば、皆に見られずにあのチーグル達を両手いっぱいに抱きしめられる………なんて事は考えていない。
 
 だから………
 
「大佐ー♪」
 
「おや、アニスにイオン様……それに、あなた方は………」
 
 戻ってきたチーグルの巣に、昨日のマルクト軍の大佐がいた事を、残念に思ってなんかいない。
 
 
 
 
「よろしくお願いするですの! ご主人様」
 
 ありえねえ。チーグルの巣に戻ってライガの女王を話したら、ブタザルが一族を一年間追放されるって事になった。
 
 それは別にどーでもいいけど、問題はその後だ。ブタザルは追放されてる間の一年間俺に仕えるとか言いだしやがったんだ(言ったのはジジイチーグルだけど)。
 
「冗談じゃねー! 何であんな危ねー事に巻き込まれた上にこんなうぜーの連れてかなきゃなんねーんだよ!」
 
「……自分から首を突っ込んだって聞いたんですけどぉ」
 
 横で見てたアニスが口出してきやがった。百歩譲って巻き込まれたってのを取り消しても、こんなブタザル連れてく義理なんかねーっつーの。
 
「とにかくやだね。お前らの都合なんて知った事か」
 
「………何言ってるの、ルーク」
 
「うおっ……!?」
 
 何かえらく凄みのある声に振り返ったら、ティアだった。ちょっと俯き気味で、こいつ前髪なげーし表情が読めねぇ。……何かこえーんだけど。
 
「ミュウが可哀想でしょ。是非とも屋敷に連れて帰るべきだわ」
 
「可哀想って、そもそもこいつの自業自得じゃ……」
「連・れ・て・帰るの!」
 
 なっ、何か怖ぇ……。そういやこいつ、屋敷でもしょっちゅうメイド庇って俺にガミガミ言ってたっけ。弱いもんの味方なのか?
 
「………わーったよ! その代わり、そいつの面倒はお前が見ろよな」
 
「望むところよ」
 
「……お前、何かキャラ変わってね?」
 
「何言ってるの、私はいつだって大真面目よ」
 
 ………大真面目だからおかしいんだっつーの。
 
「………って、私はもうあのお屋敷には戻れないじゃない」
 
 木の幹にでこ預けてぶつぶつ言ってるティアの背中がやたら小さく見える。頭でも打ったのか? こいつ。
 
「みゅ? ミュウもついて行っていいんですの? ご主人様!」
 
「……はぁ、もう勝手にしろよ。俺は面倒見ねーからな」
 
 目輝かせんな。耳パタパタさせんな。みゅーみゅー喚くな。うぜーんだよ。
 
「おや、話も一段落したみたいですね。それでは皆さん、一度エンゲーブに戻りましょうか」
 
 ……もう一個うぜーのがこいつだ。イオンならともかく、何で俺を誘拐したマルクトの軍人なんかと一緒にいなきゃなんねーんだよ。
 
「いえ、私たちは先を急ぎますから、エンゲーブまで戻る予定はありません」
 
 丁度俺がそう思ってた時、ティアが復活した。いいぞ、もっと言ってやれ。
 
「待ってください。ルーク、ティア。二人には、まだ話したい事があるんです。もう少し、僕たちに時間を頂けませんか?」
 
 だってのに、ようやく歩けるくらいに回復してたイオンがそれを引き止める。つーかこのガキ、さり気なく俺の本名バラしやがった!
 
「大丈夫です。ジェイドは信用出来る人物ですよ。それに超振動の事も、ちゃんと話しておかなければ無用の誤解を招くかも知れません」
 
「こっ、この裏切り者ーーーッ!!」
 
 お前の見解なんか知るか! 強引に話進めやがって。
 
「……なるほど、例の正体不明の第七音素(セブンスフォニム)の発生源は彼ら、というわけですか」
 
「ジェイドも、お願いします。彼らは僕たちの敵ではありません」
 
 ジェイドとかいうおっさんが眼鏡を軽く光らせて、すぐにイオンがフォローした。
 
「(どーすんだよ、オイ!)」
 
 どうしたらいいかわかんなくてティアの方を向いたら、こいつ結構冷静な顔してやがる。一人で慌ててる俺がバカみてーだ。
 
「ルーク、彼らの話を聞きましょう」
 
「はあっ!?」
 
 敵国だから正体隠せって言ってたのはどこの誰だよ。
 
「今思い出したわ。……ジェイド・カーティス。マルクト皇帝、ピオニー九世陛下の懐刀とまで呼ばれる人物よ。あなたの素性を知れば、軽率に危害を加えたりはしないと思う。和平を目的としているなら、なおさら」
 
 昨日と言ってる事が真逆じゃねーかよ。和平目的とジェイドって名前聞いただけで態度変えやがって。
 
「それに………」
 
「あ?」
 
 まあ、こんだけイオンがべらべら喋っちまった後じゃ、どうするもこうするもねーのかも知れねぇけどさ。
 
「私一人じゃ……あなたを護りきれないもの」
 
「………………」
 
 何か、屋敷から飛んできてから………こいつの態度が違うっつーか……いや、環境が全然違うから当たり前かも知れねーんだけど、とにかく……………何か、調子狂う。
 
「私たちにも、キムラスカ・ランバルディア王国にも、マルクトへの敵対意識はありません。導師イオンのお話を伺わせてください」
 
 運が良かったのか悪かったのかわかんねーけど、俺たちはエンゲーブまで引き返して、イオンやメガネの話を聞く事になった。
 
 くそっ……他人のペースに振り回されてるみたいで何かムカつくぞ。
 
 
 
 
「……ふむ、大体事情は飲み込めました」
 
 エンゲーブの飯屋で晩飯を食いながら事情を話した俺たちに、ジェイドってやつはそう言った。
 
「髪と瞳の色も、キムラスカ王族の特徴と一致していますし、ファブレ公爵のご子息の名前もルークだったはずです。彼らが嘘をついているとは思えません」
 
 そのジェイドに、イオンが必死で説明する、が………
 
「いえ、それは疑ってはいませんよ。エンゲーブに着くまでの戦いを見ていましたが、彼の使う剣術はアルバート流のようです。アニース、ヴァン謡将の剣術はぁ~?」
 
「はーい♪ わたしは剣の流派なんて見ただけじゃわかんないですけど、アルバート流だって聞いてま~す! ついでにティアさんの譜歌も総長のと同じでしたぁ~♪」
 
 こいつら……森からここまでの間にそんな観察してやがったのかよ。
 
「というわけです。ヴァン謡将がバチカルに滞在していたという情報は入っていますし、お二人の素性に関しては特に疑ってはいません。それに、キムラスカからマルクトへの敵対行動にしてはあまりに中途半端だ」
 
 俺たち……っていうかイオンにそう言ったジェイドは、俺をジロジロ眺めた後で、不自然なくらいに明るい笑顔を作る。
 
「いやはや、これはまた災難でしたね。ルーク様」
 
「ルークでいいよ。キモい」
 
 さっきまでメチャクチャ警戒した目で見てたくせにいきなり掌返してんじゃねーっつーの。
 
「そうですか。では………わんたろー」
 
「ルークだっつーの!」
 
 ムカつく呼び方をされた俺はそのあだ名を作った張本人の方を見てみたら、ティアのやつブタザルの方に目を逸らしやがった。
 
 くそっ、どいつもこいつも……!
 
「冗談ですよ。ここで会ったのも何かの縁です。あなた方二人は、我がマルクト軍が責任を持ってバチカルまで送り届けますよ」
 
 …………は?
 
「捕虜としての扱いを受けるつもりはありません」
 
「とんでもない。拘束するつもりも軟禁するつもりも、武器を奪うつもりもありません。ただバチカルに着くまでの間、我がマルクト軍の軍艦『タルタロス』での旅を楽しんで頂くだけですよ」
 
 ティアの念押しに、ジェイドは肩を竦めてあっさりそう言った。すっげーうさんくせーけど……こいつ実はいいやつなのか。
 
「まあまあ♪ お食事も終わった所で一度実際にタルタロスを見に行きませんか? ルーク様☆」
 
「お、おい……!?」
 
 何かよくわかんねーけどいきなりテンションをさらに上げたアニスが俺を引っ張り出して、ティアとブタザルがそんな俺たちについて来て、俺たちはそのまま飯屋を出た。
 
 
「……ジェイド、あれで良かったのでしょうか」
 
「不慮の事故で姿を消した王族を保護して送り届けるというだけでも、和平を進めるのに有効なカードにはなります。これ以上の事を要求するには彼らの信用を得るしかないでしょうが、今はまだ時期尚早です」
 
「……彼らを騙しているようで、心苦しいですね」
 
「別に悪い事をしているわけではないのですから、堂々としていればよろしいのでは?」
 
 
 俺たちがいなくなった後で、ジェイドとイオンがそんな会話をしていた事を、俺は知らない。
 
 
 
 
(あとがき)
 ようやく次からタルタロス。細かい描写で尺を取ってしまうのが悪いくせです。おまけに携帯投稿だから字数に限界があったりします。
 
 



[17414] 9・『タルタロス』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/04 10:50
 
「すっげー! 迫力ー!」
 
「あーん、待ってくださいルークさまぁ☆」
 
「待ってくださいですのー!」
 
「(………まるで子供ね)」
 
 「探検する」と言ってブリッジをはしゃぎ回るルークに、アニスとミュウが引っ付いて走り回る。ちなみにイオンは、体力回復のために休んでいる。
 
「(人の気も知らないで……)」
 
 そんなルークの姿に、ティアは額を押さえて溜め息をついた。ルークとティアがいるのはマルクト軍艦『タルタロス』の上。目的は両国の和平。目指すはキムラスカ王都・バチカル。
 
 しかしティアは、ジェイドの言葉をそのまま鵜呑みにしているわけではなかった。
 
「……『死霊使い(ネクロマンサー)』、ジェイド」
 
 ティアは今さらながら、以前上官であるセシル少将から聞かされた話を思い出していた。
 
 『死霊使い』。戦場で倒した敵兵の死体を持ち帰り、それを死んだ人間の蘇生実験に掛けると噂されるジェイド・カーティスの二つ名。
 
 その話を初めて聞かされた時の失態を恥じるものの、思い出している今も背筋が寒くなっているティアである。
 
 あの何を考えているかわからない笑顔の背景に、薄暗い実験室とか、いくつも並べられてる蝋燭に点る青い炎とか、黒ミサを被った骸骨とか………無念の死を遂げた怨念とか、色々見える気さえしてくる。
 
「ルーク! もうちょっと緊張感を持ちなさい!」
 
「おや、どうやら私たちはまだあまり信用されてないみたいですねぇ」
 
 人の気も知らないで呑気に構えるルークに駆け寄ってその肩を掴みながら注意したその時、突然今一番聞きたくない声を真後ろから掛けられて………
 
「いやあぁーーー!!」
 
「うおぉ!?」
 
 ティアは全速力で回避行動を取っていた。
 
「……大佐、ティアさんに何したんですかぁ?」
 
「心当たりはないのですが、傷つきましたねぇ」
 
 ティアの過剰反応にも、ジェイドは普段と変わらない態度でおどけて見せる。この隙を見せない態度も信用出来ない一因だった。
 
「す、すいません……」
 
「つーか離れろ! 何で俺を盾にしてんだよ!」
 
 咄嗟に盾にしたルークの背中から顔を出して謝るティアに、ルークが怒鳴りつける。どうにも最近の……というより屋敷の外でのティアの挙動に慣れないルークだった。
 
「まあ、私の名がキムラスカ軍人に警戒されるのも仕方ありませんが、これでも一応和平の使者です。ご安心を」
 
「……………」
 
 ジェイドが“表面上は”人が良さそうな笑顔を作った事で、ティアは先ほどの失態を諫めて警戒を強める。
 
 ティアが警戒している事は、“この部隊が本当に和平の使者なのか”という事。
 
 和平目的と称して王都に近づき、イオンやルークを人質に取って奇襲を掛ける。マルクト最新鋭の軍艦であるタルタロスと『死霊使い』の存在が、その推測に信憑性を持たせていた。
 
「(でも………)」
 
 それだけの戦力が必要な事もわかっていた。
 
 ローレライ教団を二分する、導師イオンの改革派と、大詠師モースの保守派。大詠師モースは両国の戦争を望み、イオンの仲裁による和平を妨害しようとしているらしい。『神託の盾(オラクル)』騎士団の襲撃を考慮すれば、確かに相応の戦力は必要だろう。
 
 ティアのジェイド達への見解は、半信半疑。
 
 それでもこの話を受けたのは、素性を知られてしまった事と、自分一人で、緊張状態の敵国からルークを送り届ける自信がなかった事と、こちらの自由が許されている事。そして………。
 
「………………」
 
「お前の方こそ、ちょっと肩肘張り過ぎなんじゃねーの?」
 
「あのね……。マルクトに誘拐されたのはあなたでしょ。本当なら、あなたが一番不信に思うべきなんじゃないかしら?」
 
 あっさり手玉に取られているルークに毒気を抜かれ、ティアは相手の出方を見るつもりで話題を切り出す。どうせこちらの警戒は見抜かれているのだから。
 
「……誘拐? 私はそんな話は知りませんが、どういう事ですか?」
 
「こっちだって知るかよ。七年前にお前らマルクトに誘拐されたせいで、こっちは記憶喪失で言葉から歩き方まで何もかも忘れちまったんだからな」
 
「…………言葉も、歩き方も?」
 
 思ったままに毒づいたルークの言葉に、ジェイドは初めて今までとは全く違う様子で表情を曇らせた。言うなれば、困惑。
 
「………何だよ?」
 
「………いえ、何でもありません。しかしおかしいですね……七年前という事は、すでに現皇帝のピオニー陛下が即位していますから、私が知らないはずはないと思うのですが………」
 
 どういうわけか予想以上の反応を窺えた事で、ティアはやや考えを前向きに変える。ルークの誘拐に関しては、本当に知らないようだった。
 
「ルーク様、お可哀想ですぅ〜。アニスがお慰めしましょうか?」
 
「い、いいよそんなの。どうせ七年も前の話なんだし!」
 
 今までのシリアスな流れをあっさり無視して、アニスがルークに擦り寄った。何とも媚を売るような猫なで声で。
 
「ところで、ティアさんとルーク様ってどういう関係なんですかぁ? 随分仲良さそうに見えますけどぉ〜?」
 
「誰が仲良いんだよ!」
 
 対称的に、横目でティアを見る目はジト目に近い。ルークの素性が知れてからのアニスの態度は、どうにも極端なものだった。
 
 怒鳴って否定したルークから数秒遅れ、ティアもアニスにきちんと説明する。
 
「『白光騎士団』っていうのは、公爵家の人間を守る事が仕事なの。実際、別に仲が良いというわけではないわ」
 
 懇切丁寧にそこまで説明しても、アニスのジト目は戻らない。ルークとティアの二人をじろじろと眺めて………一言。
 
「でも、二人とも白のへそだしでペアルックじゃないですかぁ〜……」
 
「なっ……!?」
 
 思ってもいなかった指摘を受けて、ティアが真っ赤になって狼狽する。別にアニスが言った通りなつもりなど微塵もなかったが、今までも周りからそういう目で見られていたのかと思うといたたまれない。
 
「ち、違うのっ! これはファブレ夫人に頂いたもので、別にルークとお揃いにしたとかじゃ……」
「はぅあ! それってつまり、すでに奥様公認って事!? アニスちゃんショ〜ック!」
 
「だから違うんだってば〜〜!」
 
 人の話も聞かずに暴走を続けるアニスに、ティアは悲痛な叫びをあげる。妙な邪推をされたあげくに、ペアルックなんて恥ずかしい事をしていたと思われては目も当てられない。
 
 しかし、ティアにとっての大問題は、意外な救世主に救われる。
 
「? お前ら何騒いでんだよ。似たような服着てたら何か変なのか?」
 
 “お揃い”という概念を全く知らず、理解も出来ていない、無粋なお坊ちゃまによって。
 
「「………………」」
 
 何とも言えない空気が場に下り、ティアもアニスも押し黙る。しかし、とにかく助かったとティアが再起動を果たし、軽く咳払いをする。
 
「……こほん」
 
 今までのやり取りや、ルークの素性がわかってからの豹変を鑑みて、アニスが何を考えているのか大まかに理解したティアは、釘を差しておく事にした。
 
「アニス。先に言っておくけれど、ルークには許婚がいるのよ。キムラスカ王国の姫殿下、ナタリア様がね」
 
「お、王女さまぁ……!? ……ちっ、コブつきだったか」
 
 ティアの言葉に心底驚いたアニスが、最後の方でぼそりと呟いた言葉は、幻聴だったのだろうか。
 
「……………俺、部屋戻るわ」
 
「え? ちょっと、ルーク!」
 
 突然そんな事を言い出してさっさと歩いて行ってしまうルーク。ティアが止める暇もない。
 
「いやー、青春ですねぇ。私も仕事が残っていますので、そろそろ失礼しますよ」
 
 からかうようにそう言って、ジェイドもその場を跡にする。
 
「……あの反応なら、まだ芽はあるか。でもちょっと性格がなぁ……」
 
「みゅう?」
 
 何やらぶつぶつ呟くアニスと、それを不思議そうに見るミュウ、そしてティアの三人だけがその場に取り残された。
 
 
 
 
(コンコンッ)
 
 私はルークが戻ったであろう一室の扉をノックする。大佐に割り当てられた部屋は二つ。私とルーク。イオン様とアニスの振り分け。
 
 本当なら、キムラスカの王族であるルークやイオン様には相応の部屋を貸し与えるのが礼儀なのかも知れないけど、生憎私は彼らを信用しきったわけじゃない。せめて同室にしてもらわなければ、とても護衛なんて出来ない。
 
「……………」
 
 返事がないのはわざと無視しているのだと何となくわかったから、応えを待たずに扉を開く。やっぱりというか、ルークは寝台で寝転がっていた。
 
「……ナタリア様の事。彼女に話したのが気に障ったのなら謝るわ」
 
「………別にどーでもいいっつーの」
 
 ルークとナタリア様は“親が決めた”許婚同士。キムラスカでは、赤い髪と緑の瞳を持つ者が王位を継ぐという不文律があり、ルーク自身も第三王位継承者である事から、王女であるナタリア様と婚姻してルークが国王となる事が、ほとんど決まっていると言っていい。
 
 生まれた時からそういう生き方が決められていて、しかも一度全ての記憶を失って軟禁される。それはとても不幸な事に思えたし、その事をルークがどう思っているのかを訊いた事はない。
 
 ルークだって、アニスのような子の好意を、自分の意志一つで受け取りたいのかも知れない。
 
 ただ、私の場合はルークの味方ばかりするわけにもいかない。
 
「……ナタリア様の事、嫌いなの?」
 
 詳しい話は知らないけれど、ナタリア様は、幼少の頃にルークからプロポーズを貰い、それを受けたのだという。親に決められたわけでもなく、血筋に縛られたわけでもなく、当人たちの意志のみで。
 
「……嫌いっつーか。あいつ、顔合わせたら説教か昔の話しかしねーしさ。俺は過去なんてどーでもいいっつーのに。うぜー」
 
「それは、あなたが過去を忘れてしまったから言えるセリフよ。ルークだって、次に兄さんに会った時に『誰だ?』って言われたら悲しいでしょう?」
 
「…………………」
 
 記憶を失くした事がルークの重荷になっていないなら、それ自体は良い事だとは思う。でも、それはルークに限っての話。
 
「ナタリア様の気持ちも、わかってあげなさい」
 
「……うっせーな。んな事わかってるっつーの!」
 
「いいえ、わかってないわ。わかっていたら、あなたはそんな言い方をしないはずよ」
 
「俺の気持ちをわかった風な口聞いてんじゃねー!」
 
 
「(このわからず屋……!)」
 
 あまりに突き放した態度を取るルークに、久しぶりに本気で頭に来た私は「なら勝手にすればいいわ」と言い捨てて部屋を出て行こうとした。……その時だった。
 
(ビィー! ビィー! ビィー!)
 
「っ……!?」
 
「な、何だ!?」
 
 私たちを乗せたタルタロスの艦内に、騒がしい警鐘が鳴り響いた。
 
 
 
 
(あとがき)
 夜中に更新。今さらな感もありますが、本作のティアは『神託の盾』ではないので原作の標準コスチュームではありません。『クールレディ』がデフォです。
 
 



[17414] 10・『汚れた手』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/04 20:48
 
《前方20キロ地点上空にグリフィンの大集団です! 総数は不明、約十分後に接触します! 師団長、主砲一斉砲撃の許可を願います》
 
「艦長はキミだ。艦の事は一任する」
 
 突然の警鐘、艦長から伝えられた報告。本来、グリフィンは単独行動を取る種族だ。……何か胸騒ぎがする。
 
「おい! 何があったんだ!」
 
 私が思考を巡らせていると、無意味に高圧的な怒声が私に掛けられた。振り返ってみれば、警鐘を聞いて部屋から飛び出してきたのか、そこにいたのはルーク、とティア。
 
 この礼儀知らずで自分勝手な子供に内心では辟易としつつ、私がいつもの笑顔で部屋に戻るように促そうとしたその時………
 
(ズン……ッ!)
 
 我々の乗っているタルタロスが大きく揺れた。……いや、少々傾いていますね。
 
《グリフィンからライガが降下! 艦体に張りつき、攻撃を加えています!》
 
 ……嫌な予感ほど当たるもの。やはり単なる魔物の群れなどではなかったか。
 
「と、いう事のようです♪」
 
「『と、いう事』じゃねー! 何で軍隊なのに魔物なんかにやられそうになってんだよ!?」
 
 ヒステリーなのかパニック状態なのか、大声でまくしたてるルークの頭をティアが軽く小突いた。保護者同伴で助かります。
 
「そう簡単にやられはしませんよ。敵襲への対象は我々に任せて、ルークは部屋でおとなしく待っていてください」
 
「ほう、それは随分と余裕だな」
 
 うるさい子供を部屋に戻そうと説得した言葉への返事は、ルークとは反対、私の背中から返ってきた。随分と重々しい、凄みのある声で。
 
「『雷雲よ 我が刃となりて敵を貫け』」
 
 まあ、どうせ敵でしょうね。という確信を持って、私はとりあえず振り向き様に譜術を放つ事にした。
 
「『サンダーブレード』」
 
 青白い雷光の刃が槍のように飛び、背後にいた何者かを完璧に捉える。そこにいた幾人かが塵となって消える姿を視界に納めつつも、雷光はそこで“止められていた”。いや、あれは………
 
「伏せなさい!」
 
 私は掛け声と共に床に伏せ、その頭上を“弾き返された”サンダーブレードが通り過ぎる。一瞬だけ後ろに目をやって確認すれば、ルークもティアに突き飛ばされる形で避けていたようだ。
 
「……さすがだな。マルクト帝国軍第三師団師団長、ジェイド・カーティス大佐。いや、『死霊使い(ネクロマンサー)』ジェイド」
 
 私の譜術を弾き返した男が、称賛するように私にそう言う。鬣のような髪、全身を包む黒装束、その巨躯に相応しい大鎌。……ふむ。
 
「そのセリフをそのまま返しましょう。『神託の盾(オラクル)』騎士団六神将、『黒獅子ラルゴ』」
 
 ……やはり『神託の盾』騎士団か。いくら相手が六神将とはいえ、ここまであっさり入り込まれるようでは、ルークに『安心して部屋で待っていて下さい』と言うのも危険、か。……これは、中々面倒だ。
 
「貴公とは、一度手合わせしたいと思っていた」
 
「いやですねぇ。私にはそんな男前な趣味はないんですが」
 
 イオン様とアニスはブリッジ。目の前には六神将。……仕方ない。
 
「ティア、ルークを連れてアニスと合流して下さい。彼女とはいざという時の打ち合わせを済ませてあります」
 
「わかりました」
 
 敢えて、アニスと一緒にブリッジにいるイオン様の名を伏せた私の提案には即答が返り、後ろで駆け出す音がする。相変わらずルークが戸惑ったような声で駄々をこねているのが不安を助長させる。
 
 残ったのは私と、黒獅子ラルゴ。
 
「ふん、お仲間を行かせてよかったのか?」
 
「いえ、正直に言うと足手まといでしてね。あなた相手では“守りながら戦う”のは難しそうだったので」
 
 私の率直な感想に、ラルゴは面白そうに口の端を上げる。……やれやれ、少し見くびられているようだ。
 
「言葉を返しましょうか。あなた一人で、私を殺せるとでも?」
 
 お望み通り、手合わせして差し上げましょう。
 
 
 
 
「(くそっ、何だよこれ……!)」
 
 バチカルまで無事に送ってくれるんじゃなかったのかよ! 魔物が艦に張りついて、兵士が襲ってきて、それで………
 
「(人が……焼け、てた………)」
 
 ジェイドが出した雷で、あのラルゴってやつの周りにいた兵士が、一瞬で塵になった。……人間を、あんなにあっさり……。
 
「ルーク! 急いで!」
 
「っ……わーってるよ!」
 
 俺の前を走ってるティアも、魔物と戦ってる時と変わらない顔してる。これが普通なのか? 外の世界じゃこれが当たり前なのか?
 
「死ねぇ!」
 
「っ……!」
 
 俺がそんな事考えてたら、階段の上に隠れてた敵兵が、前を走ってたティアに不意打ちで斬り掛かった。ティアはそれを杖で受け止めて………
 
「はっ!」
 
 袖口から取り出したナイフで、兜と鎧の隙間から、敵兵の首を斬った。鎧から溢れ出るみたいに血が流れて、そいつは倒れて、動かなくなった。
 
「………ごめんなさい。だけど、今は目の前の事に集中して。……でないとあなたが死ぬわ」
 
 前を向いたまま、俺にそう言ったティアの表情はわからなかった。声からも、何考えてんのか読めなかった。
 
「………あ、ああ」
 
 屋敷で俺がわがまま言ったらすぐ怒って、嫌がってんのに無理矢理勉強させて、母上と仲が良くて、偉そうで………そんなティアが、目の前で当たり前みたいに人を殺すところを見て………初めて、こいつを本気で怖いと思った。
 
 ………人の命を、何だと思ってんだよ。
 
 でも、そんな余裕もすぐに無くなった。
 
「うっ………!?」
 
 ブリッジに出たら、想像もしてなかった光景が広がってたから。
 
 ちょっと前まで普通に俺たちと話してたようなマルクトの軍人と、銀色の鎧を着た連中、それと魔物が、あちこちで戦っていた。
 
 人が人を刺して、魔物が喉に噛み付いて、炎が人を焼いて、血が噴き出して……人が、死んで……。
 
 俺が、自分でももう何考えてんだかわかんなくなって立ち尽くしてたら、少し離れた所でマルクト兵が鳥の魔物に腕を捕まれた。
 
「う、うわあぁぁぁーーー!! 放せっ、このヤローー!!」
 
 俺は叫びながら夢中で跳び上がって、その鳥の魔物を斬り倒す。
 
「た、助かった! ありがとう!」
 
 助けたそいつの言葉も耳に入らない。意味わかんねぇ、もう嫌だ。何で俺がこんな目に遭ってんだよ。さっきまでティアとかアニスとかとくだらねー話で騒いでたのに、何で………。
 
「ルーク! 急いでアニスを探しましょう。このブリッジのどこかにいるはずよ」
 
 かっこわりー。自分じゃ何すりゃいいのか全然わからなくて、俺はティアに言われるままに走った。
 
 逃げるみたいに走って、とにかく魔物だけひたすら斬りまくった。……ティアは違う。邪魔してくる相手は人でも魔物でも見境なく殺してた。
 
 そして、アニスはすぐに見つかった。例のトクナガをデカくして戦ってたから、目立ってたからだ。
 
「てめーらイオン様に指一本でも触れたら、ぶっ潰す!!」
 
 ブリッジの角に陣取って、魔物や兵士をとにかく殴り飛ばして遠ざけてた。多分あの角、トクナガの後ろにイオンがいるんだと思う。……やっぱり、アニスも相手が人間だろうとお構い無しだ。殴り飛ばされた兵士の中には、明らかに死んでるやつもいた。
 
 信じられないっつーか信じたくない光景に、俺はまた固まってた。そして………
 
「(え………)」
 
 後ろから、攻撃される気配を感じて、
 
「(お、おい……?)」
 
 そいつは人間で、剣を振り上げてて、その眼は明らかに俺を殺そうとしてて………
 
「くっ………」
 
 俺は手に持ってた剣で………
 
「来るなぁぁーー!!」
 
 そいつの胸を、貫いていた。ぐったりと力を無くして倒れたそいつの動きが、もう“生き物じゃない”みたいな動きで………俺は怖くなって剣を抜いて離れた。
 
「はあっ……はあっ……はあっ………」
 
 倒れたそいつの下に、水溜まりみたいに血が広がっといく。
 
「俺が、刺し…た………。俺が……殺し、た……?」
 
 誰に訊かなくても、嫌ってほどに強く残る感触に思い知らされる。……俺が、人を、殺した。
 
「(俺は、俺は悪くねぇ! こいつが悪いんだ、こいつが俺を殺そうとしたから、俺は本当は人を殺したくなんてなかったのに……!!)」
 
 怖かった。ほとんど反射だった。『やべぇ!』って思ったらもう剣を突き出してて、何を考える暇もなく、俺はあまりに呆気なく人殺しになっていた。
 
 その事が、心の底から怖かった。でも、怯えてる暇なんかなくて、また次の兵士が俺に襲い掛かって来た。
 
「う、うわ……っ!」
 
 くそっ、体が竦んで動かない。剣振り回したら、また人を殺しちまいそうで縮こまっちまう。
 
「いって……!」
 
 防戦一方になってたら、兵士の剣が俺の顔を掠めた。血が出てくる。ちくしょう! 死ぬのも、怖い……!
 
「ルーク、戦って! でないとあなたが殺されるわ!」
 
 後ろで魔物と戦ってたティアが、ほとんど悲鳴みたいに叫ぶ。わかってる。そんな事わかってる………けど………!
 
「うおぉっ!」
 
 突っ込んでくる。嫌だ。死ぬのも、殺されるのも、嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!!
 
 殺らなきゃ殺られる。わかってるのに、体が動かない。避けられない。
 
「(死、ぬ………?)」
 
 その時思っていたのは、ただ、そんな言葉だった。
 
「っ………!」
 
 目の前に栗色の髪が広がって、それがティアの髪だって気付いた時に、ティアが俺を庇って飛び出して来たんだってわかった。
 
「ティ、ア……?」
 
 俺は腰抜かしたみたいにしりもちついて、ティアがうつ伏せに倒れた。俺に斬り掛かって来た兵士を、後ろから飛び出してきたアニスのトクナガが殴り飛ばす。
 
 俺はそれを、やっぱり腰抜かしたままただ見てて…………
 
「ぐぁ………っ!?」
 
 挙げ句の果てに、グリフィンが俺の両方の二の腕を掴んで飛び上がった。
 
 ………何でだ。ついさっきまで、人を当たり前みたいに殺してるあいつらをおかしいって思ってたのに………今は、俺が救いようのない馬鹿にしか思えないのは………。
 
 
 
 
(あとがき)
 ここら辺からじわじわ原作との違いを出していけたらと思ってます。
 
 



[17414] 11・『魔弾のリグレット』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/06 17:26
 
 私がルークを庇って、あまりに無防備に飛び出したせいで、取り返しの着かない隙を生んだ。
 
「ティア、大丈夫?」
 
「平気よ、掠っただけ」
 
 実際、私がルークの代わりに負ったのは二の腕を浅く捉えただけの掠り傷。でも、その後に隙だらけになった私を助けるために、アニスがトクナガでカバーに入ってくれた。
 
 ……それがいけなかった。
 
「ぐぁ………っ!」
 
 間近でルークのうめき声が聞こえて、顔を上げればもうそこにはいない。グリフィンに捕えられたのだと気付くより早く、“その人”は私の前に降り立っていた。
 
 私のカバーにアニスが飛び出した一瞬の隙に、私たちとイオン様の間に立ちはだかるように………。
 
 後頭でまとめた鮮やかな金髪。如何なる時も揺らぐ事のない覚悟を秘めた青い瞳。両の手に握られた二丁譜銃。
 
「姉さん………!」
 
 嫌な予感は、あった。艦内で私たちを襲って来た男が六神将だとわかった時から、もしかしたら、と。
 
 私が憧れた、兄さんの右腕たる女性。『神託の盾(オラクル)』六神将、『魔弾のリグレット』。
 
 上を見上げれば、グリフィンに捕まったルーク。姉さんの後ろには、イオン様。
 
「姉さん! どうしてこんな………」
「応える必要はない」
 
 私の問いを最後まで聞く事もせず、姉さんは私たちに譜銃を向ける。
 
 そして、一瞬。
 
「くっ……!」
 
「みゅぅーー!?」
 
「イオン様!」
 
 アニスの叫びも虚しく、水色の猛禽類のような魔物が、姉さんの後ろのイオン様を捕えて上空に逃げた。………今、誰かが乗っていた?
 
「……この場は任せる。いざという時の判断はアッシュかラルゴに頼れ」
 
「はっ!」
 
 近くにいた兵士に短くそう言って、姉さんもグリフィンに掴まって飛び上がった。
 
「ルーク!」
 
「イオン様! ルーク様!」
 
 『神託の盾』とマルクト兵の戦闘が続いている戦場から、三匹のグリフィンが離れていく。その背には姉さんと、イオン様と、ルーク。それにあと一人。
 
 まずい……。連れ去られた……。このままではルークがどうされるかわからないし、戦争も止められない。
 
「………けんなよ」
 
「(…………え?)」
 
 私の横から、まるで燻る炎のような呟きが聞こえ……
 
「ざっけんなよ根暗っター!! よくもイオン様と優良物件をーーッ!!」
 
 爆発した。その雄叫びの主はアニス。……この子、こっちが素なのね。今、はっきりと優良物件って言ってたんだけど……。根暗って、何?
 
 隣のアニスの発言に疑問と困惑が止まらない私を………トクナガが抱え込んだ。
 
「(あ、ふかふか……)」
 
 一瞬、状況と失態を忘れてその感触に酔いしれる私は、次の瞬間には、強烈な風圧に見舞われた。トクナガが全速力で走りだしたのだ。
 
「アアアアニスッ!? 一体何を!?」
 
「喋ると舌噛むよーーっ!?」
 
 当然トクナガの上に乗っているアニスがそう言って、トクナガは跳んだ。………タルタロスのブリッジから。
 
「せっ、よっ、ほっ……!」
 
「っ〜〜〜〜〜!?」
 
 走行中の軍艦の装甲を跳ね、そこに張りついたライガ達を弾き飛ばしながら、私たちはどんどん地面に近づいて………そして着地。
 
「「ッ〜〜〜!?」」
 
 ガリガリと地面を削りながら片手と両足で踏み止まるトクナガは、そのふかふかな体を緩衝材にして私たちを衝撃から守る。
 
「グリフィンは………」
 
 着地してすぐにルーク達を乗せたグリフィンの去った空を確認する。……まだ見える。
 
「追いましょう」
 
「とーぜん!」
 
 まだタルタロスでは戦闘が続いているけど、私はルークの、アニスはイオン様の護衛。あっちは大佐に任せる事にする。
 
 私とアニスは、行き先のわからないグリフィンを追って走りだした。
 
 
 
 
「痛ってぇな!」
 
 乱暴に地面に放り投げられる。
 
 鳥みてーな魔物に捕まった俺は、そのままの体勢で妙にでこぼこした地形の場所まで連れて来られた。イオンも一緒だ。……こういう場所、丘って言うんだっけ?
 
「動くな」
 
 金髪の女が、俺が立ち上がるのも待たずにこめかみに銃口を当てる。おもちゃのやつは見た事あるけど、これはおもちゃなはずがない。
 
 人を殺す道具。そしてこいつらは、平気で人を殺しやがる。でも、俺の剣は飛んでる間に腰から外されて奪われてる。
 
「導師イオン。ご同行願いましょうか」
 
「…………はい」
 
 俺に銃口向けたまま、金髪女はイオンにそう言って、イオンは躊躇いがちに頷いた。何が『ご同行』だ。完全に脅迫じゃねーか。
 
 ………俺が、人質の。
 
「………………」
 
 イオンの横には、桃色の髪の女の子がいた。俺の剣を、不気味な人形と一緒に抱き抱えてる。アニスの服を色違いに黒にしたみたいな服着てるから、やっぱりこいつら『神託の盾』なんだ。
 
 そして俺たちは丘を歩き出した。イオンと桃色女が前を歩いて、金髪女が俺に銃口を突き付けたまま後ろから付いて行く形だ。
 
「みゅうぅ………」
 
 イオンに引っ付いてたブタザルは今、俺の肩の上にいる。……いいよなこいつは、多分逃げても何しても無視されるんだろうし。

 
「おい、お前ら! 何でヴァン師匠の部下のくせにこんな事すんだよ!?」
 
「黙っていろ。お前に説明する理由はない」
 
 ごりって音を立てて、また銃口を俺の頭にぶつけてきた。
 
「……………」
 
 タルタロスは、あんな状態だった。ティアは、俺を庇って斬られた。……あいつら、どうなったんだろう。俺たち、どうなるんだろう。
 
 屋敷の外がこんなにヤバい場所だなんて、俺全然知らなかった。
 
「………お前ら、何で軍人なんかになったんだよ?」
 
 巻き込まれただけの俺が、人を殺しちまった。こいつらもティア達も、軍人だったらもっともっと人を殺してきたはずだ。
 
 そんなに人殺しが好きなのか? 俺にはこいつらが全然理解出来ない。
 
「……人を殺すのが怖いか。だったら剣など捨てる事だ。お前の中途半端な力と覚悟の結果が、あれだ」
 
「!!」
 
 こいつらの目的と無関係な質問だからなのか、金髪女は今度はちゃんと応えた。言われた言葉で、俺はタルタロスでの事を責められたみたいな気がした。
 
 ……俺がちゃんと戦ってれば、ティアはあんな事にはならなかった。
 
「お前らが………」
 
 でも、こいつらにそんな事言われたくない。
 
「お前らが襲ってきたせいじゃねーか! 俺のせいにすんな! お前らが襲って来なかったらあんな事には……!」
 
「そうだな」
 
「!?」
 
 俺の罵倒を、金髪女は平然と肯定しやがった。
 
「人を殺して何とも思わない人間などいない。……快楽殺人者のような例外を除けばな。それでも戦うのは、そうするだけの理由と覚悟があるからだ」
 
「………………」
 
 何だこいつ。結局軍人になった理由も、タルタロスを襲った理由も言わねーのかよ。……けど、何かこの偉そうな感じ、すげぇ憶えがあるような気がするんだけど。
 
「貴様のような出来損ないに、理解出来るとも思わないがな」
 
「なっ……!?」
 
 出来損ない。その言葉にいい加減頭に来た俺は、剣はないけど殴り掛かろうとして………
 
「がっ……!」
 
 逆に銃で殴り倒された。くそ、いてぇ……。
 
「ご主人様!」
 
「ルーク!」
 
 俺に乗ってたブタザルと、前を歩いてたイオンが振り返って悲鳴を上げる。
 
 正直、殺られると思ったけど………
 
「死と隣り合わせの状況で、矮小な感情の発露で動く。だから甘いと言うのだ」
 
 結局、引き金が引かれる事はなかった。
 
 
 
 
 その後、リグレットとアリエッタに連行されたルークとイオン、ミュウは、一つの扉の前に連れて来られていた。
 
 ルークを人質に取られたイオンは、少しの間考え込んだ末に、その扉に手をかざし、譜陣を展開した。
 
 ルークには、それが何を意味するのかわかっていない。
 
「(これから、どうなるんだ………)」
 
 リグレットらの狙いも、今、目の前で起きた事の意味もわからない。
 
 もしかしたら、もう自分たちに利用価値は無くなったのではないかと不安に駆られていた。その時………
 
「ッ……うおっ!?」
 
「ちぃ……っ!」
 
 その場にいた誰の視界からも外れた位置、丘の高みから、地を這うように“剣撃が飛んできた”。それはルークとリグレットの間の空間を裂き、二人を僅かな距離と僅かな時間、引き離す。
 
「ッ……『烈破掌』!」
 
 今度はしくじらないとばかりに、ルークはその隙を逃さずにリグレットに右の掌底を叩き込む。それはリグレットの腕に阻まれて胴には届かなかったが、一拍遅れて弾けた気が、リグレットの体を大きく弾き飛ばす。
 
「ファイヤーー!」
 
「きゃああっ!?」
 
 主人の動きを敏感に察した野生のチーグルの吹いた炎がアリエッタを怯ませ、高みから飛び降りた影が素早く彼女の首に刃を向けた。
 
「ガイ様、華麗に参上」
 
「ガイ!」
 
 そこに立っていた姿に、ルークは半ば感動さえ覚えた。
 
 金の短髪と青い瞳を持った長身の男。片刃の剣を振るう幼なじみ兼使用人。ガイ・セシルだった。
 
「この……」
「おっと、動くなよ? この子がどうなっても知らないぜ」
 
 言いながら、ガイはアリエッタが取り落とした剣を蹴って、ルークの方に飛ばした。
 
「これで形勢逆転だ。おとなしくしてもらおうか」
 
 確かに、人質になっていたルークは今や剣を取り戻し、イオンもルークの後ろに移動している。そして、今度は逆にアリエッタが人質になっている。
 
 だが、ルークには一抹の不安があった。ガイは、極度の女性恐怖症なのである。アリエッタの首に剣を向けながらも動きを封じないのは、彼女に触れる事が出来ないからだ。
 
「そこの扉に入れ」
 
 しかし、ガイの脅しはどうやら通じたらしい。リグレットはついさっきイオンが何かの譜術を掛けた扉に向かう。扉が開いた瞬間を見計らって………
 
「オラァ!」
 
「痛っ!!」
 
 女性に触れられないガイの代わりに、ルークがアリエッタを蹴飛ばし、リグレットの背中にぶつけた。
 
 二人の六神将はそのままバランスを崩し、もつれるように倒れ込んだ。
 
「逃げるぞルーク!」
 
「わーってるよ!」
 
 急いで扉を締め、大急ぎで駆け出すルークとガイ。真っ向勝負をして勝てる自信はなかった。逃げるが勝ちだ。
 
 しかし、その時………
 
「みゅ、みゅ、みゅうぅ〜〜〜〜〜……!!」
 
 ミュウが腹に巻いたソーサラーリングが周囲の第二音素を取り込み、ミュウは新たな力に目覚める。
 
「アターーーック!!」
 
 頭突き一閃。ミュウは、扉の上の岩塊をその小さな体で打ち砕く。割れ崩れた岩が扉を塞ぎ、中の二人を閉じ込めてしまった。
 
「これで大丈夫ですの! 急いで逃げるですの!」
 
「ブ、ブタザルお前……こんなに強かったのかよ……?」
 
「今覚えたですの! ソーサラーリングがここの音素(フォニム)を吸い込んで、新たな譜が刻まれたんですの!」
 
 ミュウが今使ったのは譜術の一種だ。ユリアから授けられたソーサラーリングの能力である。
 
 何はともあれ、ミュウの思わぬ覚醒によって十分な足止めは完了した。
 
「ルーク、彼は味方ですか?」
 
「説明は後だ! とにかく急いでタルタロスに戻ろうぜ!」
 
「たる?」
 
「いいから行くぞ!」
 
 ようやく自由になったルークは、力を使って消耗したイオンを強引に背負い、ガイと共に一目散に駆け出した。
 
 
 
 
(あとがき)
 ソーサラーリング、原作では結晶でなきゃダメだったはずですが、本作で微妙に変更がなされてます。
 
 



[17414] 12・『震えながら進む』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/06 20:15
 
 初めて人を殺した時、手が震えて、足が動かなくて、それでも殺さないと殺されるから、戦った。
 
『戦う理由がある。手を汚してでも為さなければならない事がある』
 
 今でも、それが間違っているとは思わない。
 
『相手もこっちを殺すつもりで来ている。彼らも、命を懸ける覚悟は出来ているはず』
 
 それも間違っているとは思わない。軍人である以上、命を懸けるのは当たり前。盗賊に情けを掛けるつもりなんてない。
 
『私は軍人。だからそれが当たり前の心構え』
 
 そんな言葉を、自分に言い聞かせ続けていた気がする。
 
「………………」
 
 ……いつからだろうか。人を殺すという、重いはずの現実。
 
 その気持ちを、容易く切り替えられるようになってしまったのは………。
 
 
 
 
 
「ぐっ、ぬお……!?」
 
 風の譜術を受けて大きく弾き飛ばされたラルゴに向けて、ジェイドは休む事なく次の詠唱を始める。
 
「『全てを灰塵と化せ』」
 
 ジェイドの唱えた炎の譜術は、先の譜術によって狭い艦内に満ちた第三音素を巻き込み、さらに強力な力を生む。
 
 FOFによって変質した周囲の音素(フォニム)の動きを感じ取り、ラルゴが階段を駆け上がる。しかし………
 
「『エクスプロード』!」
 
 高熱の炎と風の膨張の生み出す大爆発が階段を、そしてその上のブリッジへと続く扉までも吹き飛ばす。
 
「ぐぁあ……っ!」
 
 当然のように爆発に巻き込まれたラルゴが、吹き飛ばされた出口から転がり出るように炎から逃れる。
 
 そのラルゴを、カツ、カツと靴音を鳴らしながら炎の中から悠然と進み出てきたジェイドが見下しながら、冷たく微笑む。
 
「『雷雲よ 我が刃となりて敵を貫け』」
 
 ジェイドの詠唱と共に上空に出現した雷撃の剣が……
 
「『サンダーブレード』!」
 
 ラルゴ……の背後に広がる『戦場』に撃ち落とされ、雷剣から炸裂した稲妻が周囲の“敵のみを”一掃する。
 
「さて、勝負ありのようですが………イオン様の姿が見えないところを見ると、試合に勝って勝負に負けた、という事ですかね」
 
 周囲を見渡したジェイドの表情は、叩く軽口とは裏腹に曇っている。艦内にまで敵が入り込んでいた事を考えると、どこかにイオンやルークが隠れているとも考えにくい。
 
 たとえ『神託の盾(オラクル)』を撃退しても、二人を守れなければ意味がない。和平の仲介にすらなれるイオンはもちろん、ルークもだ。
 
 マルクトの領内、しかも和平の使者を乗せた軍艦でキムラスカの王族に死なれでもしたら、もはや停戦どころではない。『神託の盾が殺した』と言ったところで説得力など皆無だろう。
 
「(今は一先ず、制圧が先ですね……)」
 
 そう判断して、右腕に握った槍をラルゴに向けるジェイドに………
 
「フッフッフッ……」
 
 ラルゴが、低い声で愉快そうに笑う。
 
「まだ、勝負はついてなどおらんぞ。『死霊使い(ネクロマンサー)』!」
 
「そういう事だ」
 
 ラルゴの強気な言葉に応えたのは、ジェイドの背後の頭上。梯子の上からの、どこかで聞き憶えのあるような声。
 
「な……っ!?」
 
 突如、ジェイドの全身を高重力にも似た凶悪な圧力が襲う。まとわりつくような光の帯が、ジェイドの全身のフォンスロットを締め付けるように塞ごうとする。
 
「屑が。何一方的にやられてやがる」
 
「言い訳はせん。だが、目的は果たせたのだろう?」
 
 ラルゴと、その傍に降り立った男のそんな会話を耳にしながら、ジェイドは 自分の頭上……完全に真上の死角を見る。手の平サイズ程度の箱から溢れた力がジェイドを抑えつけていた。
 
「(『封印術(アンチフォンスロット)』か!)」
 
 自分のフォンスロットを抑えつけられる感覚に、ジェイドは一つの結論に達する。
 
 『封印術』。人体のフォンスロットを強制的に閉じ、譜術を封じる兵器だが、国家予算の一割弱という莫大な費用がかかるあまりに非効率な対人兵器。
 
 こんな物まで持ち出してきた事に驚愕しつつも、ジェイドは手にした槍を頭上に投擲。『封印術』を破壊した。
 
 中途で破壊したものの、自らのフォンスロットがすでに半分近く閉じられてしまった事を体感しながら、ジェイドは二人から距離を取る。
 
 そこでジェイドは、初めて見た。自分に『封印術』を掛けた相手を。
 
「……ふん、どうした。別にアンタにとっちゃ珍しい事でもないだろうが」
 
 その男、六神将『鮮血のアッシュ』の姿を目にして………
 
「(……ルーク、やはりあなたは……)」
 
 “それを為した”何者かに、強い憎悪と殺意を抱いた。
 
 
 
 
 リグレットとアリエッタ(イオンに名前訊いた)に連れられてきた丘から、十分な距離まで逃げてきた俺たちは、茂みの影に隠れてまず何がどうなってんのか互いに説明しあった。
 
 ガイは父上の命令で俺を探しに来てて、その途中であの鳥の魔物の群れを見つけて、気になって追ってきたらビンゴだったらしい。ジェイドも言ってた第七音素(セブンスフォニム)の収束地点とかで、大体の位置は知ってたみたいだ。何より嬉しいのは、ヴァン師匠が別ルートから来てくれてるって事。仕事なのか俺やティアを迎えに来てんのかは知らねーけど、ここにはイオンもいるから問題ない。
 
 そして、ガイにも俺やイオンのいきさつを話して、すぐにタルタロスに戻るぞって言ったら……
 
「……いや、だったらそのタルタロスに戻っちゃダメだろ」
 
 ガイの奴、いきなりこれだ。
 
「ティアもアニスもジェイドも、まだあそこにいるんだぞ!」
 
「『死霊使い』の名前なら俺だって知ってる。俺たちが心配するような相手じゃないだろ」
 
「でも、敵だって六神将とかって……よくわかんねーけどヤバい連中なんだろ!?」
 
「だからだよ。そんなレベルの戦いに俺たちが行っても、却って足手まといになっちまうんじゃないか? それに、わざわざ導師イオンを『神託の盾』の目の届く所に連れて行ってやる事ないだろ」
 
「っ…………」
 
 ……ガイは、あの光景見てねーからこんな冷静に言えるんだ。人間なんて、本当に簡単に死んじまうんだぞ。
 
「ルーク、今はアニス達を信じましょう。それに、タルタロスは襲撃を受けながらも走行を止めてはいなかった。あれからも移動を続けているはずのタルタロスの位置は、もう僕たちにはわかりません」
 
 ……イオンのやつも、平和の象徴とか言われてたくせに冷静だ。俺は嫌だ。あんな風に人が死んでくの。
 
『人を殺して何とも思わない人間などいない。……快楽殺人者のような例外を除けばな。それでも戦うのは、そうするだけの理由と覚悟があるからだ』
 
 あのリグレットって女が言ってた言葉を、思い出した。あんな事しでかした奴らの言う事なんて聞きたくねーけど、「どうせお前みたいな奴には理解出来ない」みたいな事も言われたし、何か無視するのも逃げてるみてーでムカつくから、ちょっと考えてみる。
 
「………………」
 
 ティアは……ムカつく事も多いけど、冷静に考えたら好きで人殺しするような奴だとかは思わない。
 
 アニスとかジェイドとか、あそこで殺し合いしてた奴ら全員の事なんか全然知らねーけど、全員快楽殺人者なんてあるわけない。
 
 ……俺だって、覚悟とか理由とかよくわかんねーまんま、人を殺した。皆、ホントは人殺しなんかしたくないんだ。
 
「導師イオン。ここではいつ狙われても不思議じゃありません。一先ず最寄りのセントビナーに向かいましょう」
 
 イオンにそう言ったガイは、俺に何か励ますみたいに片目を瞑って茂みの外を親指で指した。もしかしたら、俺が人殺してビビってんのバレてんのかも知れない。
 
「オラ、行くぞ」
 
「ありがとう、ルーク」
 
 まだ弱ってるイオンの手を引いて立たせる。つーかこいつ、あの扉で何してたのか教えてくれねーんだよな。教団の機密がどーとか言って。……俺は人質になってたからあんま突っ込んで訊けないけど。
 
「ルーク、お前さっきまでイオン様おぶって走ってたから疲れたろ、俺が前歩くから、お前はイオン様の…………」
 
 俺に顔だけ向けて茂みからガイが出ようとした時………
 
「き~ん~ぱ~つ~………」
 
 何かやたら気合いの入った声が聞こえて……
 
「見つけたぁぁーー!!」
 
「ぐはあぁっ!?」
 
 助走付きで思いっきりぶち込まれた一撃で、ガイが宙に舞った。
 
「あれ? 人違い?」
 
 殴ったのは、相変わらずトクナガに乗ったアニスだった。……無事だった事に安心する前に呆気に取られた。どんな登場の仕方だよ。
 
「あっ……… きゃわ~~ん☆ 心配しましたルーク様ぁ、ご無事だったんですねぇ。あ、よく見れば後ろにはイオン様も♪」
 
「ルーク! 怪我は、なさそうね」
 
 何かくねくねしだしたアニスの後ろから、ティアも出てきた。……ジェイドは、いない。
 
「………………」
 
 こいつらが人を殺しまくってたの見た後だし、ティアは俺を庇って怪我したから、内心ではちょっと複雑だったけど………
 
「へっ、あんな奴ら煙に巻くくらい楽勝だっつーの」
 
 俺は結局、いつも通りに平気に振る舞う事にした。つーか、意地みたいなもんのせいでそんな態度しか取れなかった。
 
 
 
 
『人を殺すという事は、相手の可能性を奪う事よ。それが身を守るためでも』
 
 わかってる。目の前で人間が倒れて、動かなくなって、“あれ”は、それを何より強く実感させるから。
 
『あなた、それを受け止める事が出来る?』
 
 出来る。……って言うしかなかった。
 
『逃げ出さず、言い訳せず、自分の責任を見つめる事が出来る?』
 
 俺が殺らなかったら、俺を守るためにティアやガイやアニスが殺すんだ。皆だって人殺しなんてしたくないのに、俺だけ逃げるわけにいくかよ。
 
 だって………
 
『私は軍人だもの。あなたとは違う。傷を受けたのはあなたのせいじゃなくて、私が非力だったからよ』
 
 俺のせいで怪我したり、辛い思いされんの、何かすげー、うぜぇ……。
 
「っああああ!!」
 
 俺が振り下ろした剣が、神託の盾兵の首を薙いだ。
 
 
 
 
 ルークとイオン様を見つけた時、ルークを探していたガイとも合流した。話によると、ガイがルーク達を姉さん達から助けてくれたらしい。
 
 それに比べ、白光騎士団なのにルークをまるで守れていない自分に腹が立つ。……そう、私はルークに、人殺しをさせてしまった。
 
 私がその事を気にしていたけど、ルークは別の事を気にしていた。私が、彼を庇って傷を負った事。
 
 ほんのかすり傷だったし、そもそもそれが私の仕事だから、逆にルークがそんな事を気にしていた事に驚いた。
 
『俺も、戦う』
 
『もう決めたんだ。皆に迷惑かけらんねーし、ちゃんと自分の責任も負う』
 
 よほど気にしてしまったのか、これからも人間を相手に戦うと言い出した。私がいくら人を殺す事の重みを突き付けても、頑として譲らなかった。
 
 途中で『神託の盾』の兵士が襲って来た時、ルークは真っ先に飛び出した。そして、言葉通りに躊躇なく人を斬った。
 
「(ルーク、割り切れたのね)」
 
 本当に、馬鹿だった。
 
 私は、他人の心の機微を察するという事が苦手らしい。
 
 その夜、野営で火の番をしていた時、震えながらうなされているルークの姿を見て、打ちのめされるように思い知らされた。
 
 
 
 
(あとがき)
 今回字数ギリギリでちょっと満足に書けませんでした。次話で補足します。
 
 



[17414] 13・『響律符』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/07 16:40
 
「ルークを戦わせるな?」
 
 野営の明けた早朝。私はルークが起きるより先にガイを起こして、昨夜の事を話した。いくら強がっていても、ルークは人を殺す事を怖がってる。
 
 少し前は、私一人でルークの盾になるのは難しかったけれど、今は違う。ルークが無理に戦う必要なんてない。
 
 むしろ私は、不自然に思っていた。屋敷であれほどルークを甘やかしていたガイが、昨日ルークが戦うと言い出した時にはほとんど口を出さなかったから。
 
「俺が言ったところで、ルークは考えを変えないと思うよ。あいつなりに、真剣に考えて口にした言葉だろうからな」
 
 それはわかってる。最終的には、私たちにルークの意思を縛る事は出来ない。
 
「俺は、あいつが自分の意思で決めた事なら、それがどんな事でも止めずに見てるつもりだよ。………たとえそれで、ルークが死ぬ事になってもね」
 
「…………え?」
 
 でも……続けられた言葉に、私は愕然とした。ただの放任主義とは、とても思えない言葉。
 
「なんてね」
 
 そんな風に笑って誤魔化すガイの眼には、さっき一瞬浮かんだような鋭さは欠片もなかった。
 
「(ガイ、あなたは何を考えてるの………?)」
 
 結局、起きたルークにもう一度私の口から説得したけれど………
 
「その話は終わりっつっただろうが。いつまでもうぜーっつーの!」
 
 やっぱりというか、ルークはそうやって私を払いのけた。震えていたくせに、うなされていたくせに、強がって………。
 
 いくら言っても聞かない、頑固で不器用な公爵子息に………
 
「……ばか」
 
 私は一言、そう言っておいた。
 
 
 
 
 俺たちは、ジェイドと打ち合わせしてたっていうアニスの言葉に従って、セントビナーって街に向かった。どうもここにマルクト軍の基地(ベース)があるかららしい。
 
 セントビナーって街は、何か街中に花が咲いてる街で、ミュウのやつがテンション上がっててうぜー。
 
 真っ先にマルクト軍の基地に向かったんだけど、ジェイドは来てなかった。しかもそこの将軍、ジェイドの名前出した途端に感じ悪くなりやがった。近くにいたヒゲが馬鹿なげーじいさんはジェイドがお気に入りみたいだったけど。
 
 いざって時のために、アニスが書いたジェイド宛の手紙をその将軍に預けて、俺たちはこの街でジェイドを待つ事にした。
 
 
 
 
「よっし、ちょっとこの街探検しようぜ。俺あの馬鹿でけぇ木が気になってたんだ!」
 
「え、ル、ルーク!?」
 
 この街で大佐を待つって決めた途端、ルーク様はそんな事を言いながらイオン様を引っ張って走りだした。肩にミュウ乗せて。
 
「ルーク様ぁ☆ 待ってくださーい!」
 
 わたしは例によって可愛い声を出して追い掛ける。って言うかイオン様は体が弱いんだよ、無理矢理連れ出してんじゃねぇぞ。……なんて事も思いながら、当然そんな事は口に出さないわたし。
 
 ホンット、ルーク様ってお子様だよね。記憶喪失だか何だか知らないけど、イオン様のフォローとポイント稼ぎを両立させなきゃいけないわたしの身にもなれと。
 
「あの木はソイルの木って言って、樹齢二千年とまで言われるこの街の象徴なんですよぉ。このセントビナーにしか生えない草花もたくさんあって、それはあのソイルの木が大きく関係してるって言われてます」
 
 そんな不満を押さえ込み、わたしはこんな時のために予習していたセントビナー知識を披露。可愛くて頼れるアニスちゃんをアピールする。
 
「以前この木が枯れそうになった時、他の草花まで枯れそうになったって話から、その説が有力になってるんだ」
 
「(………おい、使用人)」
 
 置いてきぼり食らったかと思ってたガイがちゃっかりついて来てて、余計な発言をする。せっかくのアピールが霞むじゃない!
 
「……ガイ、あなた随分詳しいのね」
 
「卓上旅行が趣味でね」
 
 ちゃっかりティアまで来てるし、本人たち否定してるけど、わたし的にはティアって要注意人物。タルタロスでビビってた腰抜けお坊っちゃんがあんな事言い出したのだって、ティアに庇われた部分が大きいような気もするし。いっその事、ガイとティアをくっつけたらいいかも? ガイって顔整ってるし背高いし、言動が所々気障だし、ティアみたいな恋愛事に疎そうなタイプはコロッと落ちそうな気がする。
 
「ねぇ、ガイとティアってお似合いだよねぇ~?」
 
 軽く探ってみーよう♪
 
「ははは、確かにティアは綺麗だし、しっかり者だと思うけどね」
 
 来た! 期待以上のタラシなセリフ! ウブなティアちゃんさあどうす、る?
 
「ガイ、あなたもう少し発言に気をつけた方がいいわよ。メイドの皆に囲まれるのは、半分以上あなたの責任なんだから」
 
 こっちは予想外。照れるどころかジト目でガイに小言言ってる。
 
「アニスも気をつけるのよ? ガイは軽い気持ちで気障なセリフを使うから、騙されちゃダメ」
 
「……騙すってひどいな。俺は正直な感想をだな」
 
「それを躊躇いなく口にするから気障なのよ」
 
 ………そういえば、ティアもガイもルーク様のお屋敷で仕えてるって話だったっけ。今さらちょっとけしかけたってダメかな。
 
「それにね、アニス」
 
 ティアはわたしの後ろに回ってそっと両肩に手を置いて………
 
「はうあ!?」
 
 ガイに向けて軽く押した。
 
「うっひゃぁあああっ!?」
 
 そしたら、ちょっと近づいただけで、ガイは十歩くらいわたしから距離を取った。………いくら何でも失礼じゃない? 別に使用人なんか狙ってないけど、こんな可愛い女の子が近づいたっていうのに逃げる事ないでしょーが。
 
「ガイは女性恐怖症なのよ」
 
 使用人使えねー! しかもやっぱり、ガイとルーク様でティアの態度が全然違う。ここはやっぱり先手必勝、と思って振り返ったら………ルーク様もイオン様もいなかった。
 
 わたし達の説明もやり取りも完璧そっちのけで、イオン様と一緒に何かソイルの木に掛けられた梯子に登ってる。
 
 ………すっごく馬鹿にされた気分なんですけど。とか思いながら、わたしも追い掛ける。しかもスタートダッシュでティアに負けてるし。
 
「ルーク! 誰の物かもわからないのに乱暴に扱うのはやめなさい」
 
「あ? 俺じゃねーっつーの。元々汚ねーボロ布だったんだ」
 
「それでも踏みつけていい事にはならないでしょ。元の場所に戻しておきなさい」
 
 パッと見だと仲悪そうに見えるんだよねぇ。心配しすぎかな?
 
 イオン様が疲れたみたいで、ルーク様たちはそのまま腰を下ろしては雑談しだす。
 
「『響律符(キャパシティ・コア)』?」
 
「譜石に譜を彫り込んだお守りよ。一般的にはただのアクセサリーに近いけれど、イオン様のそれは………」
 
「ええ、本当の意味での響律符です。身に付ける事で、身体能力や譜力の成長を促進させてくれるお守りですよ」
 
「マジか! それ付けたら、楽してヴァン師匠みたいに強くなれるのか!?」
 
「ダメですイオン様! そんな貴重な物を……!」
 
「いいんです。僕はもう一つ持っていますし、響律符は複数身につけても意味がありませんから」
 
「そーだよ。別にお前が貰うわけじゃねーんだから余計な事言うなっつーの」
 
「『ピコハン』!」
 
 イオン様とルーク様、そしてティアが雑談して、最終的にティアの『ピコハン』がルーク様の頭を小突いた。っていうかイオン様、貴重な響律符をルーク様にあげようとしてるし……。何でわたしよりイオン様の方がポイント稼いでんの?
 
 でも………
 
「痛てて……。で、イオンが持ってる方のはどんなのなんだ?」
 
「僕の響律符は、身体能力向上と、譜術の反動に対する耐性の成長を促進するものです」
 
「あー……、お前虚弱体質だもんな」
 
「ルーク! イオン様に失礼でしょ、謝りなさい」
 
「謝るですの♪」
 
「るっせー、ブタザル!」
 
 ………あんなに楽しそうにしてるイオン様、初めて見た。
 
 
 
 
 その日、ルーク(多分、イオン様もだと思う)の好奇心に合わせてセントビナーの街を歩き回った私たちは、日が暮れてから宿屋を取った。
 
 カーティス大佐の安否もわからない状況で不謹慎だと思わないではないけれど、気にしていても始まらない。無理して強がってるルークの気が少しでも紛れたのなら何よりだと思う事にした。
 
「あ~ん、ルーク様の流れるような赤い美髪がくしゃくしゃぁ~☆」
 
「のわっ!? 勝手に人の髪に櫛通してんじゃねぇよ!」
 
「てへ、すいませ~ん。あんまりお綺麗な髪だったからぁ☆」
 
 今後の相談もあるので、私たちはイオン様に合わせて男性陣の部屋に集まっていた。
 
「べっ、別に綺麗とか、そんな理由で伸ばしてたわけじゃねーよ!」
 
「えー? じゃあどうしてですかぁ?」
 
 だと言うのに、アニスはいつもの調子でルークに媚びている(ナタリア様の事は教えたのに)。注意しようかと思ったけど、正直私も少し気になる。
 
「………笑うなよ?」
 
 恥ずかしそうに目を逸らすルークと対称的に、壁に背中を預けているガイが口元を押さえて震えていた。
 
「ヴァン師匠と……同じ髪型にしたかったんだよ……」
 
「(…………は?)」
 
 私とアニス、イオン様とミュウがどう反応していいのかわからずに固まっていると、ルークは言い訳するように早口でまくし立て始める。
 
「けっ、けど実際にやったらガイとかナタリアとか爆笑しやがって。んで頭来てバッサリ切ろうとしたら母上が『せっかく綺麗なのに勿体ない』って言うからしゃーねぇから前髪だけ整えてたら、それで………!!」
 
 何か色々言っているけど、つまりはガイやナタリア様に笑われたから言いたくなかったのかしら?
 
 それにしても、同じ髪型って………本当に兄さんに憧れてるのね。
 
 そこまで何となく思考を巡らせて、ふと想像してしまった。………兄さんの髪型の、ルーク。
 
『……………ぷ』
 
 私、アニス、ガイ、イオン様まで、同時に小さく吹き出してしまった。先に笑うなと言われていたけど、想像したらあまりにも似合ってなかったから。
 
「わっ、笑うなっつっただろーが!!」
 
「す、すいません……。でも………」
 
「よっ、良かったじゃないですかぁ☆ いっ、今の方が絶対似合ってま……ぷっ!」
 
 顔を真っ赤にして怒鳴るルーク。笑ってしまった事を謝るイオン様。フォローしようとして失敗するアニス。ガイに到っては隠そうともせずに楽しそうに笑ってる。……私は、とりあえず呼吸を落ち着ける事にした。
 
 大体、兄さんがあの髪型にしたり髭を生やしたりしたのは、教団で若輩者に見られたくなかったから。
 
 ルークはもちろん、今でこそ慣れてしまったけど、兄さんだって初めは全然似合ってなかった。初めて髭を生やして実家に帰ってきた時なんて、私は無意識の内に髭剃りを手にしていたくらいだもの。
 
「だーもう、うっせぇー!! お前らなんか知るかっ!!」
 
 皆に笑われて完全に拗ねてしまったルークは、何とも惨めな捨て台詞を残して部屋を飛び出した。……さすがに少し可哀想だったかしら。
 
「今後の方針決めるどころじゃなくなっちまったな」
 
 ガイの言葉に短く頷いて、私はルークの後を追って扉に向かう。
 
「あー! ティアってば傷心のルーク様を慰めてポイント稼ぐつもりー? ティアだって笑ってたくせに~~」
 
 アニスがそんな事を言って私の手を引っ張って止めた。……まあ、確かに私も笑ってしまったけれど、彼女は何か勘違いしている気がする。そもそも、ポイントって何よ。
 
「第七音素(セブンスフォニム)の制御訓練よ」
 
 今までバタバタしてて出来なかったけど、今日こそ始めてもらう。
 
 
 
 
(あとがき)
 いつもこんな作品を読んでくれる皆様、ありがとうございます。
 
 



[17414] 14・『和平への協力』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/08 16:57
 
「めんどくせぇな……」
 
「頭痛を治したいんでしょ? それに、兄さんみたいになりたかったら譜術も使えないとダメだわ」
 
 いじけて逃げ出したルークを捕まえたティアは、アニスが男性陣の部屋に行っていて丁度いいという理由でティアとアニスが借りた部屋に戻っていた。
 
 以前からやるべきだと考えていた、ルークの第七音素(セブンスフォニム)の制御訓練のためである。
 
「………………」
 
 ティアの言葉を、先ほどのからかいの延長かと邪推したルークが露骨に顔をしかめる。無論、ティアにそんな悪意はない。
 
「まずは意識を集中して、大気中の音素(フォニム)を感じ取る事から」
 
「……音素を感じ取る?」
 
「ライガの女王と戦った時、目に見えるくらい高濃度の音素があなたを包んだでしょ。あそこまで濃くなくても、音素はいつも大気中に漂っている。まずはそれを感じるの」
 
 ティアの言葉に不満たらたらな顔をしながら、ルークはとりあえず目を閉じて意識を集中してみる。
 
「……何もわかんねー」
 
「眼で見るわけでも耳で聴くわけでもないわ。全身のフォンスロットで感じ取るの。それと、眼は人体で最大のフォンスロットだから閉じちゃダメ」
 
「???」
 
「口での説明には限界があるわ。まずは音素を感じる。何事もそれからよ」
 
 そう言ってティアはベッドに腰掛け、立ったまま音素を感じようとするルークをじ~~っと見る。ルークからすれば最高に居心地が悪い。
 
「お、お前まじまじ見てんじゃねーよ!」
 
「音素の制御が出来ない人の監督をしてるのよ。目を離せるわけがないでしょう」
 
 そんなルークの気恥ずかしさに全く気付かぬまま、ティアはルークの言葉を一蹴する。
 
「私も姉さんから教わっていた時、最初から上手く出来たわけじゃないわ。あなたも頑張って」
 
「へいへい………って姉さん? お前姉なんかいたのか?」
 
 諦めてティアの視線を我慢しようとするルークは、ティアの何気ない一言に気付いて訊き返す。
 
「肉親というわけじゃなくて、私が勝手にそう呼んでいるだけだけどね。……あなたも会ったでしょう? 『魔弾のリグレット』に」
 
 瞬間、
 
「はぁああ!? リグレットってお前、あいつ!?」
 
 集中どころか、ルークは完全に取り乱した。
 
「姉さんは、兄さんの副官よ。私がキムラスカ軍の士官学校に入る前に、私の故郷に出向いて指導してもらっていたの。戦い方、音素の扱い方、心構え、生き方……本当に色々な事を教わったわ」
 
 懐かしいような、複雑なような表情で語るティアの心境を考慮する余裕は、今のルークにはない(いつも、かも知れない)。
 
「何でそんなやつがイオンを狙ってタルタロス襲ったりすんだよ!」
 
「………私にはローレライ教団の複雑な内部事情まではわからないわ。明日イオン様にも訊いてみましょう」
 
 ルーク以上に困惑しているティアには気付かずに、ルークは納得いかない中にも、一つ納得した事もあった。
 
「(あいつ、誰かに似てると思ったら……ティアに似てんだ)」
 
 引っ掛かっていた事が一つ解けると、他にも気付く事が出てくる。
 
 リグレットがティアに似ている、というよりも………
 
「……お前、もしかしてあいつに憧れて真似してんの?」
 
 ルークが訊いた途端、それまでじ~~っとルークを見ていたティアの視線が露骨に逸らされ、肩が『ギクッ』と揺れた。
 
「人の事笑っといて自分はそれかよ。そういやお前、前に、俺ん家にヴァン師匠が稽古に来てくれるのは非常識、とか言ってたくせに」
 
「わっ、私は別に道楽で来てもらってたわけじゃないもの! それに、あれは兄さんが過保護にするから………!」
 
 常の冷静さはどこに行ったのかというティアの慌てぶりに、ルークはこの機に思う存分文句を言ってやる事に決めた。
 
 普段偉そうに説教したりしているのはティアなのに、ティアも自分と似たような事してたのだとわかれば、ルークも不満の一つも言いたくなるというものだった。
 
 おまけにさっき、髪型を真似しようとしてた過去を笑われた。ティアだって、外見に関わる事ではない、という以外ではほとんど同レベルだ。
 
「へ~、お前って自分の事棚に上げて偉そうに説教したり怒鳴ったり笑ったりするやつなんだ。へ~」
 
「う、うるさい! いいから早く集中しなさい!」
 
 結局、ルークが音素を感じ取るのに、それから一時間の時を要した。
 
 
 
 
「……何か、わかってきた気がする」
 
 始めこそ中々素直にやってくれなかったルークだけど、一度集中しだしてからの飲み込みは早かった。
 
 屋敷から出て、譜歌や譜術といったものを初めて見て、自分も一度FOFを使ったという事実が、彼の興味を惹いたのだと思う。
 
「この音素ってのを自分の中に取り込んで、あの譜術ってやつを使うんだな………」
 
 言葉にして飲み込むように、ルークは呟く。
 
 実際には、取り込んだ音素を譜と結び付けたり、音素振動数を増減させたりともっと複雑だし、そこまで性急に詰め込む事はない。
 
「焦らなくていい。第七音素は他の音素と比べても繊細で扱い辛いの。フォンスロットで感じ取れたなら十分よ。今日はここまでにしましょう」
 
 思ったよりもずっと飲み込みの早いルークに満足して私は今日の訓練を切り上げようとした。けど……
 
「いや、もうちょい。何かコツが掴めそうな気がしてきた………」
 
 当のルークは、少し興奮気味にそう言って、自分の手を見つめている。こういう勉強なら集中出来るタイプなのかも知れない。
 
「(でも、こういう素人の思い込みが一番危険だわ)」
 
 確かにルークが第七音素を取り込んでいくのを感じながら、私はルークを止めようと立ち上がる。生病法は大怪我の元だから。
 
 ―――その時、
 
「ッ!?」
 
 唐突に、私の全身のフォンスロットを寒気が襲う。既視感と危機感を内包したそれは、ルークから感じられるものだった。
 
「(これは……!?)」
 
 忘れるはずもない。バチカルの屋敷からルークと超振動を起こした時にも感じた……『反音(サザンクロス)現象』の気配だった。
 
「ルーク!!」
 
「っ……何だよ、もうちょいだったのに!」
 
 私は咄嗟にルークの手を取り、大声で呼び掛けた。第七音素が霧散していく。
 
「………………」
 
 文句を言ってくるルークに、私は言葉を返さない。……いや、返せない。
 
「(……私は、今、第七音素を使ってなかった………)」
 
 屋敷で起こった事自体、ほとんどあり得ない事象だった。第七音素と第七音素の音素振動数の一致による、共鳴。
 
「(今のは……超振動?)」
 
 あり得ない。超振動は本来、同位体による“共鳴現象”。ここにはルークと、第七音素を使っていなかった私しかいない。
 
「(勘違い?)」
 
 なら、それに越した事はない。いや、そうに違いない。“共鳴現象を一人で起こせるはずがない”んだから。
 
「……………」
 
 そう自分に言い聞かせながら、私は自分の胸に落ちた一抹の不安を拭い去る事が出来なかった。
 
 
 
 
「奴らはこの街に来るはずだ。絶対に通すな!」
 
 一日経ったら、もう神託の盾(オラクル)の連中がセントビナーに来ていた。さすがにマルクトの街であんまり無茶は出来ねーみたいで、街の入り口で張り込むって程度だけど。
 
「(リグレットとアリエッタと……あいつ誰だ?)」
 
 六神将まで三人も来てる(あの鳥仮面のチビも多分そうだろ)。
 
 あいつらの狙いはイオンだし、見つかったらヤバかったんだけど、俺たちは昨日の探検の時に、丁度セントビナーにはあのおばさんが来ていたのを知っていた。
 
 エンゲーブで唯一俺を頭ごなしに食料泥棒呼ばわりしなかった、ローズのおばさん。
 
「いいよ、乗って行きな。ルークさん達には、人知れず村をライガから守ってもらった恩があるからね」
 
 やっぱあのおばさんいいやつだ。俺たちは、ローズおばさんの、食料積んだ馬車に隠れてセントビナーから出る事にした。
 
 アニスが言うには、こうなった以上第二合流地点を目指した方がいいらしい。そもそもジェイドがまだ無事かわからなかったけど…………
 
「ラルゴとアッシュも遅れを取ったってさ。さすがは『死霊使い(ネクロマンサー)』って事なのかな」
 
「地の利が悪かったようだ。何せ敵の陸艦の上だったからな………」
 
 馬車に隠れながら奴らの近くを通り過ぎる時、俺はリグレットと鳥仮面のそんな会話を聞いた。
 
 
 
 
「さて、これからどうするルークさんよ」
 
 セントビナーから離れて、ようやく神託の盾が見えなくなった辺りでローズ夫人の馬車から下ろしてもらった後、ガイが開口一番そう言った。
 
「何が?」
 
「何がって……これからの事だよ。そのジェイドって大佐が生きてるらしいってのは聞いたけど、ぶっちゃけもう状況変わってるだろ」
 
 ガイの言葉の意味がわからないのか、ルークは心底不思議そうに首を傾げてる。私は……ガイの言いたい事は、わかっていた。ただ、眼を逸らしていただけで。
 
「……私たちは、エンゲーブでカーティス大佐に出会って、私たちをバチカルまで送ってくれるという提案を受け入れた。それはきっと、ルークが無事である事が双方にとって都合が良かったからよ」
 
「だーもう! 何が言いてぇんだよ!? わかりやすく喋れ!」
 
 個人的な理想で、自分の責任から眼を逸らしていた私は、だからこそ今、自分の口でルークに告げる。
 
「……私たちは和平の使者でも何でもない。そして、こういう事態になってしまった以上、イオン様たちと行動を共にする方が危険。……そういう事よ」
 
「え………?」
 
 私の言葉に、ルークは思ってもみなかったという風に目を丸くした。……そう、大佐がルークをバチカルまで送ると提案した、ただそれだけの関係。イオン様が神託の盾に狙われていて、マルクト軍の護衛も期待出来ない今、イオン様とアニスとは別れた方が危険は少ない。
 
「……今さらのようですが、お願いします。ルーク、僕たちをキムラスカ国王、インゴベルト陛下へと取り次いで頂きたいのです」
 
 申し訳なさそうに目を伏せて、イオン様はそう言った。……やっぱり、はじめからルークの地位を利用するつもりだったという事。
 
「ホントはもっと信頼関係を築いてから、って思ってたんですけど……逆効果になっちゃいましたね。あんな事に巻き込んじゃいましたし………」
 
 アニスは、申し訳なさ半分、諦め半分といった表情。
 
「どうするルーク? 戦争を止めるのは大事だが、極端な言い方すると、成り行きで一緒にいるだけのお前がやらなきゃいけない事じゃないぜ?」
 
 ガイは昨日と同じ、あくまでもルークに判断を任せている。
 
「……………」
 
 私は、何も言えなかった。しばらくの沈黙の後、ルークは一言、訊ねる。
 
「………イオン、戦争が始まったら、国中があの………タルタロスみたいになるのか?」
 
「………いえ、もっとひどくなります。民間人まで巻き込まれる事になるかも知れません」
 
 背中を向けたルークの表情が、わからない。ただ、またしばらく沈黙があって………
 
「……ったく、しょーがねぇなぁっ!」
 
 あくまでぶっきらぼうに、怒鳴るように言う。
 
「どうせイオンも行き先はバチカルだろ。伯父上にちょっと取り成すくらいならやってやるよ」
 
 自分の発言を言及されたくないのか、ルークはそのままづかづかと歩きだした。「ありがとう、ルーク!」と言いながらイオン様が続いて、「やれやれ」と苦笑しながらガイも続いた。ミュウは無遠慮にルークの頭に乗って……投げられた。
 
「……あれでも、根は優しい人なのよ」
 
 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているアニスの肩を叩いて、私も続いた。
 
 
 
 
(あとがき)書く字数的余裕が。



[17414] 15・『妖獣のアリエッタ』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/09 17:20
 
 バチカルに帰るついでにイオンのお守りと手伝いもしてやる事にした俺たちは、カイツールって砦に向かう事にした。
 
 カイツールは国境の砦で、ここを越えたらもうキムラスカらしい。本当にもうマルクト軍に守ってもらう必要はなかったんだな。
 
 つーか、マルクト軍の護衛をカイツールで待つか? って話になった時にティアが………
 
『……あの時、姉さんは私がマルクトにいたのに驚く素振りすら見せなかった』
 
『兄さんは戦争なんて望むわけがないし、イオン様が和平に尽力している事も知らなかった。……だから、大詠師派の人間がルークの居場所を知ってるはずがない。なのに、彼らは真っ先にルークを連れ去った』
 
『六神将が襲ってくるタイミングや対応が……出来すぎていた』
 
 何かごちゃごちゃ言ってたけど、要するにあのタルタロスに情報の横流ししやがった奴がいるんじゃねーかって疑ってるらしい。
 
 だから念のため、カイツールでジェイドを待ってから、船でキムラスカに向かう事になった。もしジェイドがぞろぞろ兵士を連れて来ても、そいつらと一緒にアクゼリュスからバチカルに向かうのは危険だと。
 
 ったく、キムラスカに着きゃこっちのもんだってのに、めんどくせーやつ。
 
 それで俺たちは今、カイツールに向かうために、フーブラス川って所を渡っていた。
 
 
 
 
「あーうぜー! 靴とか裾とか気持ちわりー」
 
「おいおいルーク、水に足が浸かってる状態ではしゃぐなよ。自然をナメると怖いぜ?」
 
 膝くらいまで水に浸かりながら、ルークがぶちぶちと文句を言ってる。俺は海難救助の資格も持ってるからわかるが、この位の深さ、この位の流れでも人死にが出る事だってある。
 
 それにしても、バチカルから飛び出してから、ルークの坊っちゃんも随分とややこしい事に巻き込まれてるな。
 
「すいません、アニス。僕のために……」
 
「いいんですよぅ。ガイとルーク様がいますから、トクナガがなくても大丈夫☆」
 
 濡れないように譜業人形(どんな音機関なんだろう)に乗せられている導師イオンと、その導師守護役(フォンマスター・ガーディアン)だっていうアニス。
 
 庇護する相手が出来たからか知らないけど、この短い間で、少しルークが変わっている気がする。
 
「ご主人様! 頑張ってくださいですの!」
 
「黙れブタザル! 一人だけふわふわ浮かびやがって、お前も濡れろ!」
 
「みゅう゛~~~っ!?」
 
「ルーク! ミュウに乱暴するのはやめて。可哀想じゃない!」
 
 おっと、こっちにも庇護対象がいたか。健気にルークを応援してたのに、まるで洗濯物みたいに川の中に突っ込まれるチーグルの仔供、ミュウ。そして半年前から屋敷に仕えている、ティア。
 
「(……もうしばらくは、賭けには勝たせてもらえそうにないな)」
 
 賭けという名で、自分の迷いを人任せにする。そんな自分を卑怯だと自覚していても……最近は結構楽しい気分なんだよな。
 
 
 
 
「………誰?」
 
 フーブラス川を渡った僕たちの前に、一人の少女が待ち伏せていたように現れた。
 
 神託の盾(オラクル)六神将、『妖獣のアリエッタ』。
 
「ママの仇は、誰っっ!!」
 
 彼女が悲鳴に近い声で叫ぶ言葉は、導師である僕を連れ去りに来た者の言葉ではなかった。……僕は、それを半ば覚悟していた。
 
「仇……? 何の事だよ?」
 
 ルークの戸惑ったような声が聞こえる。僕は構わず、アリエッタに応える。
 
「……ライガの女王に手を下したのは僕です、アリエッタ。エンゲーブとチーグル族を守るためには、ああするしかなかった」
 
 彼女がホド戦争で両親を亡くした事。ライガの女王が親の代わりに彼女を育てた事。そして、そのライガの女王が、チーグルの森の北に住んでいたらしい事も、僕は知っていた。
 
 チーグルの森にいた女王が、彼女の育ての親だという事も予想していて、だからこそ無茶な説得を試みようとして……そして、失敗し、殺した。
 
「お前が……ママの仇ッ!!」
 
「っ!?」
 
 僕の告白から間を置かず、アリエッタのライガが僕に襲い掛かってくる。それを……
 
「させるかぁーーっ!!」
 
「ぎゃんっ……!」
 
 アニスの駆るトクナガが殴り飛ばす。
 
 アリエッタとアニスは同期で、互いに知らない仲じゃない。……僕が背負うべき、責任なのに。
 
「事情はよくわからないけど、止めさせてもらおうか!」
 
「イオン様、ライガの女王が仇とは……どういう事でしょうか」
 
 事態をわかっていないガイとティアも、僕の前に立って守ってくれる。……“僕が導師イオンだから”。
 
「ママは……ママはアリエッタの弟や妹たちを守ろうとしてただけなのに! どうしてこんな酷い事するの!」
 
 “どうして”。そう訊かれて、僕は即答出来ずに言葉に詰まった。
 
 さっき自分で言ったような立派な理由じゃない。ティアが言っていたように、村人を守るためじゃない。……本当は、僕は……。
 
「どうしてもクソも、殺らなきゃこっちが喰われてたんだよ!」
 
「何言ってもダメですって、ルーク様。こいつ導師守護役外されたの根に持ってて、イオン様の事逆恨みしてますもん」
 
 ルークが言い訳するみたいに怒鳴って、アニスが諦めたように溜め息を吐いた。
 
 ……アニスはそう言うけど、僕には単純にそういう理由だとは思えない。……もしかしたら、彼女は“知っているのかも知れない”とさえ思う。
 
「『歪められし扉よ………』」
 
 アリエッタが最早問答無用とばかりに詠唱を始めようとした時の、一瞬の攻防だった。
 
 アリエッタを守ろうと飛び出したライガの爪をガイが受け止め、アニスが再び殴り飛ばす。ティアの投げたナイフがアリエッタの顔を掠めて、その間に駆け出していたルークの左手が……
 
「っ、あ……!?」
 
 アリエッタの首を掴んだ。魔物の力を借り、譜術を駆使する六神将のアリエッタも、ああなってしまっては華奢な少女に過ぎない。
 
「好き勝手言いやがって。テメェらだってタルタロスで散々人殺ししまくってただろうが!」
 
 どこか震える声で怒鳴るルークの手は、しかしそこから動かない。ルークほどの力があれば、アリエッタを絞め殺す事も、喉を潰す事も出来るはずなのに………。
 
 その躊躇が致命的な隙になるかも知れないと思った僕が叫ぼうとした、その時だった。
 
(ズッ………ン!!)
 
『!?』
 
 突然地震が起こり、大地が震えて、地割れが起きる。それは相当な衝撃で、誰もが動きを取れないでいる、そんな中で………ルークとアリエッタの足下に現れた地割れから、猛毒である瘴気が噴き出した。
 
「ルーク!!」
 
 ティアの叫びが聞こえる。でも、誰も動く事が出来ない。
 
 ルークとアリエッタだけじゃない。誰もが逃げる事も出来ずに瘴気にやられると思った。
 
 ―――瞬間、
 
「ッあああああ!!」
 
 激痛に苦しむような叫びと共に、がむしゃらに振り上げられたルークの両手。そこから………
 
「(な……っ!?)」
 
 青白い光が迸り、まるで爆縮のように力を絡ませ、渦巻かせる。僕のフォンスロットが感じ取るこれは、単純な第七音素(セブンスフォニム)のものとはまるで違う。
 
 地震が収まるのと、ルークが発する光が収まるのは同時だった。……そして、猛然と噴き出していた瘴気すらも、そこには欠片も見つからない。
 
「(瘴気を……中和した?)」
 
 目の前の現実を信じがたいものと捉える僕の斜め前方で、
 
「超、振動……?」
 
 ティアの、茫然とした呟きが聞こえる。
 
「う~、皆だいじょぶ?」
 
「みゅう~~………」
 
 目を回してるアニスとミュウの無邪気さに、少し平静を取り戻す。
 
 でも、やっぱり………
 
「(ルーク、あなたは一体………)」
 
 僕は、アリエッタと共に気を失ってしまっているルークに、不可解な疑問を抱かずにはいられなかった。
 
 
 
 
 手に掛けてる細い首。その気になれば、簡単に折れちまいそうな首。
 
『ママの仇!!』
 
 ……だって、人間の母親が魔物だなんて思わねーじゃんか。
 
『逃げださず、言い訳せず、自分の責任を見つめる事が出来る?』
 
「(………くそっ!)」
 
 腹括って戦うって決めたはずなのに、相手が子供で、母親を俺たちが殺したってわかっただけで、手が止まる。
 
 こいつは俺たちを殺しにきてるってのに。
 
「っ……!」
 
 俺が躊躇ってたら突然地震が起きて、俺の足下の地面がひび割れて、何か気持ち悪い煙が噴き出してきた。
 
 ……そこからは、よく憶えてない。
 
『ルーク、我が魂の片割れよ』
 
 ただ、いつもの幻聴が今までにないくらいはっきり聞こえて、
 
『我が声に応えよ』
 
 いつもより強く、頭が痛くなって、
 
『ローレライの意志よ、響け』
 
 俺は、意識を失っていた。
 
 
 
 
「……ルーク、大丈夫?」
 
「しっつけーな。何ともねーって言ってんだろ」
 
 あの後、瘴気で倒れたアリエッタはライガが背中に乗せて逃げ出し、私たちは、気絶したルークをガイが背負う形で先を急いだ。
 
 あんな所じゃとても安静になんて出来ないし、もし瘴気に冒されたのだとしたら、治療術じゃどうしようもなかったから。
 
 ほどなくして目覚めたルークは、本当に何もなかったかのようにピンピンしている。……でもあの時の現象が、私の中でどうしても引っ掛かっていた。
 
「何か、今までの街と比べてしょっぼいトコだなぁ」
 
 人の気も知らずに、ルークはカイツール砦をつまらなそうに見ている。……もう。
 
「ここは国境を仕切るただの砦。街とは違って当たり前でしょ」
 
「ふーん……。ま、まともな飯とベッドがありゃ、あとは何でもいいや」
 
 当のルークが、事の重大さを全くわかってないのが一番の問題。気を揉むのはいつだって私やガイ………いや、ガイは放任してる。
 
 そのまま少し歩いて、検問所手前の宿屋に入っていった私たちは、そこに…………
 
「……ん? ティア! ルーク! それに、イオン様……!」
 
 私と同じ栗色の髪、蒼い瞳。精悍な顔立ちに髭をたくわえた、大柄な男。白と灰色の教団服に身を包んだその人は………
 
「兄さん!」
「ヴァン師匠!」
 
 今日はここに泊まる事にしていたのか、テーブルで晩ご飯を食べる兄さんに、私とルークは急ぎ足で駆け寄った。
 
 
 
 
(あとがき)
 今回は視点変更多いです。本作ではイオンがアリエッタのママの仇となりました。
 
 



[17414] 16・『ルークの秘密』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/11 09:14
 
「とんだ災難だったな。二人とも」
 
「こんなのどーって事ねーっての! 俺はヴァン師匠の弟子だからな!」
 
 カイツールの宿で再会した兄さん。これまでの経緯を話しながらの夕食を終えて、私とルークは兄さんの部屋に集まっていた。イオン様とアニスとガイは、まだ食堂で話している。
 
 結局、姉さんの不審な行動については兄さんも知らなかったみたい。ただ、『お前も軍人ならわかるだろう』と言われた。
 
 確かに軍属ならば、たとえ意に沿わぬ命令であっても上官の言葉には従うものだけど………私にはどうしても納得出来ない。納得出来ないけど、ここに当の姉さんがいないのだから真意はわからない。
 
 ルークの無邪気な反応にため息を吐きながら、私は少し複雑な気持ちだった。
 
 兄さんの副官である姉さんの行動に対する疑念。それ以上に、自分自身の失態のせいで合わせる顔がない。
 
「ルークを巻き込んだのは私だから、災難なのはルーク一人よ、兄さん」
 
 士官学校に入る前に、姉さんの指導を受けさせてくれた兄さん。私の身を案じて、マルクトではなく兄さんが通っているキムラスカ軍への入団を薦めてくれた兄さん。今思えば、白光騎士団への転属も、兄さんが無関係ではないようにさえ思う。
 
 そこまでして積み重ねてきたものを……私は……。
 
「ん? ガイに聞いていなかったのか。……まあ、これから話す事のためにも、都合が良いかも知れんな」
 
 兄さんは私の言葉に対して、まるで予想外とでも言いたそうな顔をした。……どういう事?
 
「ティア、何か誤解をしているようだが……お前はルークを巻き込んだのではない。“ルークに巻き込まれたのだ”」
 
「え……?」
 
 兄さんの口から語られた言葉は、今までの私の意識とは真逆で……正直、兄さんの考えが全く納得出来なかった。それはルークも同じだったみたいで……
 
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺は何もしてないぞ! いつもの頭痛でぶっ倒れて、起きたらマルクトだったんだ!」
 
 慌てたようにまくし立てる。……確かに超振動は共鳴現象だから、ルークにも原因の一端はあるけれど、それでも引き金を引いたのは私。兄さんはあの時の状況を正確に知らないから勘違いしてるんだわ。
 
「ルークは音素(フォニム)の扱い方も知らなかったし、不用意に治療術を掛けたのは私よ。何より、私は白光騎士団。ルークに責任はないわ、兄さん」
 
 それを聞いても、兄さんは全く表情を変えずに、とんでもない発言を返してきた。
 
「ティア、お前は根本的な誤解をしている。あの超振動は、“ルークが一人で”起こしたものなのだ」
 
 言葉の意味がわからずに返事が出来ない私とルークに構わず、兄さんは続ける。
 
「音素振動数の一致など、そう簡単に起きるわけがなかろう。……今まで隠していたが、ルークは世界でただ一人、単独で超振動を起こせる人間なのだ」
 
 兄さんのその言葉に、私の脳裏に二つの情景が呼び起こされる。
 
 セントビナーの宿でルークと音素制御訓練をした時の違和感。フーブラス川で噴き出した瘴気を中和したルークの力。そのどちらにも、屋敷で感じたものと同じ超振動の気配があった。
 
「無論、ルークが悪いというわけでもない。ルークが超振動を扱える理由は私にもわからん。そしてお前は力の使い方も、その力の存在さえ知らなかったのだ。お前に責任はない」
 
「そ……そっか……」
 
 兄さんに肩に手を置かれてそう言われ、ルークは安心したように息を吐いた。……でも、
 
「(なら、ルークが七年間軟禁されていた本当の理由は………)」
 
 嫌な確信を覚えて、しかしルークがここにいる事が私の口をつぐませる。
 
 “兵器として扱われてきた”。私の、そんな当たっていない方がいい推測を、気付いていないルークの前で確認する事なんてない。代わりに、別の事を口にする。
 
「でも兄さん、やっぱりあれは私が原因よ。ルーク一人で超振動を起こしたようなタイミングじゃ……」
「いいや、あれはルークが起こしたのだ」
 
 それを、有無を言わさぬ口調で兄さんが遮る。どこか凄みすら感じる。……これは…………
 
「お前たちが超振動で飛んだ瞬間を目撃していた人間はいない。それに、もし今回の件をティアの責任にされれば、公爵子息の誘拐未遂の罪を問われて刑に処されるだろう」
 
 ……いつもの、過保護。
 
「………刑、って?」
 
「お前は次期国王が半ば確定している人間だ。それ相応の罪に問われる」
 
 私に刑が下る事を想像すらしていなかったのか、呆然と呟くルークに、兄さんは諭すように言い聞かせる。
 
「お前とて、ティアが屋敷からいなくなるのは嫌だろう。真実がどうかなど最早わからんが、ここは“事故”という事にしておこうではないか」
 
「『ピコハン』!」
 
 ルークを言い包めようとする兄さんの頭に一撃をくわえておく。卑怯よ、兄さんにああ言われてルークが断れるわけないじゃない。
 
「……痛いぞ、ティア」
 
「そんなのダメに決まってるじゃない。何考えてるの兄さん!」
 
 いつもいつも、何て言っても裏から私を特別扱いしようとする兄さんだけど、今回ばかりは度が過ぎている。
 
 大体、ルークは私の事を口うるさくてでしゃばりな新米軍人程度にしか考えていないのに、当人の意思さえねじ曲げようっていうその姿勢が気に入らない。
 
「………………」
 
 そんなやり取りの中、ルークは何だか瞳をおろおろと揺らしながら黙り込んでいる。情緒不安定な人だった。
 
「……わかったよ。ホントに俺のせいかも知れねーしな」
 
 しばらくそうして黙っていたルークが、どこか歯切れ悪くそう言った。
 
「兄さんが余計な事言うから!」
 
「い、いいではないか! ルークはお前が責任を持って守った事だし!」
 
 違う。兄さんは知らないだけ。この旅の中で、ルークに手を汚させたのは、私。
 
「……それに、前より一段と成長したように見えるぞ、ルーク」
 
「っ………」
 
 私に胸ぐらを掴んで揺さ振られながら、兄さんは大人っぽい笑顔でルークに言い放つ。それを受けたルークはといえば、いかにも「感動した」と言わんばかりに目を見開いた。……もう。
 
「慣れぬ旅暮らしで疲れただろう。二人とも、今日はもう休みなさい」
 
 ついに杖に手を掛けた私を前に、兄さんは大人な対応を装って逃げた。
 
「貸しにしとくからな」
 
 兄さんの部屋から出た後、ルークもそう言い捨てて逃げた。……兄さんの顔を潰したくなかったんだと思うけど……
 
「ありがとう」
 
 私はお礼で返した。ズルいとは思うし、現金だとも思うけれど、私には成し遂げたい目標もあったから。
 
 
 
 
「じゃあ、どっちにしろタルタロスはダメだったんだな」
 
「ええ、機関部が大破してしまいましたし、一度襲撃を受けた付近で修理を待つわけにもいきませんから」
 
 一晩明けて昼頃にカイツールにやってきたジェイドと合流して、俺たちはキムラスカに入った。今はカイツール軍港って所に向かってる。そこから船でバチカルを目指すらしい。
 
 つまり、ようやく海に行けるって事だ。
 
 ちなみにジェイドの奴は六神将は追っ払ったけど、タルタロスはセントビナーに預けて来たらしい。全速力で修理しても四日は掛かるらしいから仕方ない。
 
「ま、どうせ船で行くつもりだったしな」
 
「ええ、こうなった以上、少数精鋭の方が却って安全な気もしますから」
 
 タルタロスに乗ってた人間は、八十人以上殺されたみたいだ。……何でジェイドのやつ、何でもない事みたいに語れるんだ?
 
「それより、本当にあなたを信用してもいいのですか? ヴァン・グランツ謡将」
 
 おまけに、ヴァン師匠が神託の盾(オラクル)の首席総長だからって疑ってやがる。ふざけやがって。
 
「おい、ヴァン師匠が戦争なんか起こそうとしてるって言いてーのか?」
 
「待て待てルーク。一度六神将に狙われてんだから、疑うのも仕方ないだろ?」
 
 ジェイドを睨みつける俺を、ガイのやつが愛想笑いしながら止めた。
 
「失礼。確かにあなたがその気になれば、私がカイツールに着く前に独力でイオン様を連れ去る事も可能ですね」
 
 ジェイドはすぐに前言撤回したけど……何かこいつの態度癇に障るんだよな。
 
「それより、和平への協力感謝します。まさかあんな血生臭い事に巻き込んだ後に協力してもらえるとは思いませんでしたよ」
 
「………別に。バチカルに帰るついでだよ、ついで」
 
 ジェイドの(多分)作り笑顔にうんざりして、俺はちょっと歩くペース早めてヴァン師匠に並んだ。ちなみに、イオンとティアとアニスは一番後ろの方で話してる。
 
「まさか、お前が本当に実戦を経験する日が来るとはな。道楽のつもりで教えていたものがお前の身を守ったというのは、教えた側としては嬉しいものだ」
 
「へっ、俺はいつかヴァン師匠みたいになるんだぜ。軟禁なんかされてなきゃ、実戦くらいするってーの」
 
 正直、魔物はともかく、盗賊とかの人間と戦うのは怖い。けど、ヴァン師匠が俺を認めてくれるのは嬉しかった。
 
「………………」
 
 当たり前だけど、ヴァン師匠も盗賊とかを躊躇いなく斬ってた。一応訊いてみたけど、やっぱり殺したいから殺してるわけじゃないとも言ってた。
 
 ヴァン師匠がカッコいいのは、そういう辛い思いしながら、もっと大事なもののために戦ってるからなのかも知れない。
 
 俺は……軟禁が解けたらどうしよう。
 
『逃げ出さず、言い訳せず、自分の責任を見つめる事ができる?』
 
 人殺しは怖いけど、一度戦うって決めた以上、そこから逃げるのもダセー気がするし、それじゃヴァン師匠みたいになれねー気もする。ナタリアと結婚なんて考えたくもない。
 
 俺……今まで屋敷から出たいばっかだったけど、出た後の事何も考えてなかったな……。
 
「ご主人様は強くて優しいですの! ミュウを守ってくれたですの!」
 
 せっかくヴァン師匠と話し始めたのに、ブタザルのやつがヴァン師匠の顔の前までふわふわ浮かんで喚きやがった。
 
「そういえばルーク。このチーグルについて詳しい話を訊いていなかったな。ティアが拾ったのか?」
 
「は? 何で?」
 
 ヴァン師匠の脈絡ない発言に俺は首を捻る。
 
「いや、いかにもティアが好きそうな類の生きもの゛っ!?」
 
 ブタザルの頭を撫でながら俺に応えようとしたヴァン師匠の後ろ頭に、音素(フォニム)の塊がぶつかった。後ろを見たら、ティアのやつが杖振り下ろしてる。
 
「ヴァン師匠に何すんだよ!」
 
 俺が文句つけてもティアは完全無視で、ヴァン師匠の手を引いて少し俺たちの列から離れた。
 
「可愛い物好きなの隠そうとしてるんじゃないですか?」
 
「普段あれだけミュウを構ってたら、誰にでもわかりそうなものですが……」
 
 こっちに背中向けてる兄妹に、アニスとイオンがそんな事を言う。……マジかよ。まさかとは思ってたけど、だって軍人軍人言ってるあいつのイメージと合わなすぎだろ。
 
 ………あ、だから隠そうとしてんのか。
 
「ルークお前、今『ちょっと可愛い』って思ったろ?」
 
「ッッ!? ~~ばっ、誰があんな女に!!」
 
「おや、ガイはミュウの事を言っていたのだと思いましたが……なるほどなるほど」
 
「はっはっは、隠すな隠すな。俺が何年お前の世話役してると思ってんだ?」
 
 ガイとジェイドがわけわかんねー事言い出してムカついたから、俺はイオンとアニスの後ろに逃げた。
 
「はぁ……。こりゃダメっぽいなぁ」
 
「お似合いだと思いますよ」
 
 ………こいつら、嫌いだ。
 
 
 
 
(あとがき)
 ヴァンとティアの日常的な会話の資料が少なすぎるんですよね。本作のティア、お兄ちゃんっ子です。遠慮のなさを滲みださせてます。
 
 



[17414] 17・『コーラル城』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/12 10:27
 
「コーラル城?」
 
「資料によれば、七年前の誘拐の際に、あなたが発見されたのがそこなのよ」
 
 カイツールからカイツール軍港までの距離はそれほど大した距離でもない。途中襲ってくる魔物な盗賊を撃退しながら、ルークたちはその日の内にカイツール軍港に着いていた。
 
 カイツールの責任者であるアルマンダイン伯爵に話を通し、事前にバチカルに伝書鳩を飛ばして、バチカル行きの船が用意出来るのは明日、と話が決まった後の、夕食の席での事だった。
 
「そこに行けば、何かルークの記憶が戻るきっかけになるかも知れない」
 
「ティア、今は戦争を回避する事が重要だ。気持ちはわかるが、無用な危険を冒すべき時ではない」
 
 コーラル城。カイツールの東に位置する、ファブレ公爵家の別荘であると同時に、七年前、攫われたルークが発見されたと言われる場所。そこに着目したティアの言を、ヴァンは一言で切り捨てる。
 
「でもぉ、どっちにしても船が出せるのは明日なんですよぉ?」
 
「危険と言っても、六神将の襲撃の可能性なら、ここでもコーラル城でも変わらないと思いますが」
 
 そんなヴァンの言葉に、アニスとイオンが異を唱える。これほどの護衛がいる状況なら、魔物や盗賊を怖れる必要はない、という見解からだ。
 
「何なら、俺がひとっ走り見て来ようか?」
 
「記憶障害なんだから、ルークが行かなければ意味がないんじゃないかしら」
 
 ガイが折衷案を出して、それにティアが不満を漏らす。一連の流れは……
 
「ご主人様はどうしたいですの?」
 
 という発言の下、皆の視線をルークに向けさせる。
 
「んー……別に俺は昔の記憶なんか無くても困らねーけど」
 
 ルークのその言葉に……
 
「あなたのためじゃないわ。あなたとの大切な思い出を持っている人のために行かないか、と訊いてるのよ」
 
 ティアが相変わらずの調子で言って、密かにルークの機嫌を損ね……
 
「ティア、自覚はなくとも、ルークは記憶を失うほどのショックを受けたのだ。それを当のルーク以外の者のために掘り返せというのは、些か酷ではないか?」
 
 ヴァンの思いやりに溢れる言葉を受けて……
 
「うん、俺やっぱ行かねー」
 
 ルークはあっさりと決断した。
 
「さて、話も終わったようですし、皆さんそろそろ部屋に戻りましょうか。明日からは船旅になりますからねぇ」
 
 一連の流れに完全に我関せずを貫いていたジェイドの言葉で、その場はお開きという形になるのだった。
 
 
 
 
「………………」
 
 刃が食い込んで、肉を裂いていく感触が、手にいつまでも残ってる。
 
「………………」
 
 自分が斬りつけた所から血が噴き出して、目の前の人間が死体に変わる。眼から生き物の感じがしなくなる。
 
「…………くそ」
 
 相手は盗賊。自分たちを殺して金目の物を奪おうとした極悪人。わかっていても、完全に割り切れない。
 
 夜になって目蓋を閉じれば、否が応にも脳裏に蘇り、蝕む。
 
「(……外、出ようかな)」
 
 完全に目が冴えてしまったルークは、どうせ眠れないのだからと、相部屋のガイとイオンを起こさないように部屋を出た。
 
「(……ちょっと気分変えたら、寝れるかも知んねーし)」
 
 宿の出口へと向かう途中で、旅の連れの部屋を何の気なしに見る。
 
「(ヴァン師匠……)」
 
 ヴァンとジェイドの部屋を見て、何となく感傷に浸る。屋敷の中だけという狭い世界で尊敬した師は、やはり屋敷の外の世界でも自分のヒーローなのだと認識する。
 
「………………」
 
 さらに一つ隣の部屋まで進むと、そこはティアとアニスの部屋。
 
「(……コーラル城、だったっけ)」
 
 夕食の時の事を思い出して、ルークは嫌そうに眉をしかめる。
 
『ルークだって、次兄さんに会った時に“誰?”って言われたら悲しいでしょう』
 
『ナタリア様の気持ちも、考えてあげなさい』
 
『あなたのためじゃないわ。あなたとの大切な思い出を持っている人のために行かないか、と訊いてるのよ』
 
 連想的に色々な言葉を思い出して、ルークは苦々しく舌打ちをして、今度こそ宿を出た。
 
「(………海って、空の色で全然違うんだな)」
 
 テトラポットに腰掛けて、漆黒の海を眺めながら、ルークはそんな事を思う。カイツール軍港に着いた時見た青い海、それからしばらくして見た、夕焼けに染まる赤い海、そして、天空に浮かぶ月と譜石の輝きを映す漆黒の海。
 
 カイツール軍港に着いてからすぐに触ってみた海水をもう一度舐めてみる。しょっぱい。
 
「……………ごめん」
 
 一言呟いて立ち上がる。ルークがこんな言葉を使う相手は、せいぜい一人しかいない。
 
 その意味を理解して……
 
「行くのね」
 
「うぉおおっ!?」
 
 ルークの様子を“道具屋の屋根の上から見ていた人物”が声を掛ける。そこに人がいるなどと全く気付いていなかったルークが、たまらず奇声を上げた。
 
「ご、ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったのだけど……」
 
「お、おまっ! 何で起きてんだよ!?」
 
 そこにいた人物……ティアは逆に驚いたように謝り、ルークは当然の疑問をぶつける。何でこんな時間に屋根の上にいるというのか。
 
「あなたと同じよ。私は……この空や海が好きだから……」
 
 敢えて“屋根の上にいた理由だけ”を応えて、ティアは屋根から飛び降りる。その腕の中には、まだ半分寝ているようなミュウもいた。
 
「……お前も来るのかよ」
 
「勘違いしないで。シュザンヌ様やナタリア様のために行くの。それに……ミュウの力も必要でしょ?」
 
「んみゅ……?」
 
 いざという時の火起こし係兼灯り役を任されている小さなチーグルが、微睡みの中で応えた。
 
 
 
 
「今さらのようだけど、本当に良かったの?」
 
「ホント今さらだな。何がだよ?」
 
 コーラル城って所に向かう途中で“砂浜”に寄り道してると、ティアのやつが妙に神妙な顔して訊いてきた。夜でも魔物が多くてうんざりしてるってのに。
 
「夕食の時に、兄さんが言ってた事よ。あなたが七年前に、相当な精神的ショックを受けたという話」
 
 ティアはそこで一度切ってから、また難しそうな顔で喋りだす。
 
「シュザンヌ様に聞いたの。誘拐される前後で、ルークの髪の色が少し変わってるって。昔はもっと色の濃い、紅い色だったそうよ」
 
「へぇ……」
 
 初めて聞いたけど、それが何なんだよ。
 
「そういう事が、精神に極度のショックを受けた人間に起こる事があるんですって。髪の毛の色素が抜けて全部真っ白になったり、あるいは抜け落ちてしまったり。ルークのは、その軽度症状だと言われているわ」
 
 ………………なに?
 
「みゅ? ご主人様、髪の毛なくなっちゃうんですの?」
 
「ふふふふざけんなこのブタザルーーーッ!!」
 
 ティアが言った恐ろしい発言にブタザルが余計なアクセント加えやがったから、砂浜に埋めとく。冗談じゃねぇ、こんな歳でハゲてたまるか。
 
「当時でも髪の色素が少し抜けただけで済んだのだから、髪の毛が抜けたりはしないと思うけど、記憶と一緒にトラウマが呼び起こされる可能性は十分あるわ」
 
「お前……行けって言ったり行くなっつったり、どっちなんだよ」
 
「あなたが考えて決める事よ。私は一人でも行くわ。……ただ、カイツール軍港まであなたを送り戻すならここまでかな、って思っただけ」
 
 …………あーもう、この女やっぱうぜぇ。俺は何にも知らねーんだから、そういうの代わりに判断してくれてもいいじゃねーか。
 
 ……………俺がやる事に口出しされたら、それはそれでムカつくんだろーけど。
 
「行くよ、行きゃいいんだろーが!」
 
「? 誰もそうは言ってないわ。過去と向き合うのが怖いなら、今すぐ帰ってもいいのよ」
 
 ………何でこいつ、ピンポイントで俺を挑発するような言い方ばっかするんだ。しかも無自覚っぽいし。
 
「行くっつってんだろーが!」
 
 つい乗る俺も俺だけど………。
 
 
 
 
「………コーラル城に向かってるみたいだね」
 
 砂浜を歩くルークとティアを、その上空で、グリフィンに乗った二人の男が見下ろしていた。
 
「らしいな」
 
「ホントに良いの? 今なら、あれの同調フォンスロット開くなんて簡単に出来ると思うけど」
 
 一人は鳥を模した仮面をつけた小柄な少年、『烈風のシンク』。
 
「それが必要不可欠ってわけでもないだろうが。あんな出来損ない」
 
「まあ、所詮旧型だしね。大して役に立ちそうにもないってのは同感だけど」
 
 一人は黒の教団服に身を包んだ紅い髪の青年、『鮮血のアッシュ』。いずれも神託の盾(オラクル)騎士団の六神将に名を連ねる者たち。
 
「……まあ、アンタがそれでいいならいいよ。僕にとっちゃどうでもいい事だからね」
 
 その空に二人の会話の意味を知る者は、そこにいる二人しかいない。
 
 
 
 
「何か……不気味なトコだな」
 
「………………」
 
 ルークと一緒に辿り着いたコーラル城は、長年放置されていただけあって古めかしい雰囲気だった。
 
「み゛ゅう゛~~………ティアさん、苦しいですの゛~……!」
 
「ご、ごめんなさいミュウ! 大丈夫?」
 
 ついつい腕に力が入ってしまい、抱いていたミュウを締め付けてしまった。
 
「………………」
 
 どうしよう。何で私は“これ”を想定していなかったの。ルークが悪い。明るいうちに行く事を決断してくれなかったルークが悪い。
 
「ミュウ、火を吹いて」
 
「ファイヤー!」
 
 ミュウに辺りを照らしてもらいながら、私は心の中でルークのせいにして気持ちを誤魔化す。
 
「ル、ルーク? 何か思い出した?」
 
「……いや、全っ然」
 
 早く思い出して。怖いじゃない。ああ、ミュウ、火を切らしちゃダメ。お願いだから暗くしないで!
 
「みゅぅ~……疲れたですのぉ……」
 
「何言ってるの! 頑張ってミュウ! あなたなら出来るわ!」
 
「つーか、何で火ぃ吹きっ放しにする必要あんだよ? 何かありそうな部屋だけ照らせばいいじゃん」
 
 人の気も知らないで呑気な事を言うルークを見れば………
 
「………………」
 
 ルークは、ミュウが出した炎で、いつの間にか松明を作っていた。
 
「………お前、何テンパってんの?」
 
「わ、私は冷静よ」
 
 すごく、まずい。何とか平静を保たないと、私の弱点を、一番知られたくない相手に知られてしまう。
 
「(冷静になるのよ。た、ただの古いお城じゃない。ちょっと暗いくらいで何よ。怖くも何とも………)」
 
 そう、自分に言い聞かせる私の、肩に………
 
(ぴた……)
 
 何かが触れて………
 
「きゃあああぁぁぁーーー!!」
 
 私の中で、何か大切なものが失われた気がした。
 
 
 
 
(あとがき)
 いつも読んでくださる方々、ありがとうございます。
 
 



[17414] 18・『ティアの弱点』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/13 14:21
 
「きゃあああぁぁぁーーー!!」
 
 聞き慣れた声が、聞き慣れない語調で悲鳴を上げた。何かと思って振り返る暇もなく、俺はその……ティアに……抱きつかれてた。
 
「お、おい、おまっ、離れろって!」
 
 わけわかんねぇ。顔がむちゃくちゃ熱い。こいついきなり何やってんの。甘い香りがする。メロンが…………やべ、何かくらくらしてきた。
 
「って! 魔物かよ!」
 
 ティアの後ろ……要するに俺の真っ正面に、この女をビビらせた犯人がいた。さっきまでただの置物かと思ってた石像が動いてる姿が、抱きつかれた時に落とした松明に照らされてる。
 
「離れろバカ! 動けねーだろがっ!」
 
「だめ! だめよ! おばけだけはだめなのよ!」
 
「おばけじゃねーし!? とりあえず今はどけ!」
 
 怖いものから目を背けたいみたいに俺の胸に顔を押しつけたまま、ティアは顔を左右に振りながらぎゅうぅ〜っとさらに強く抱きついてきた。当然俺は剣も抜けない。
 
「アターーック!!」
 
 迫ってくる石人形を、ミュウのやつが譜術の頭突きでよろめかせた。案外役に立つじゃねーか。
 
「おばけじゃ……ない……?」
 
 ようやく恐る恐る顔を上げたティアが、上目遣いに俺にそう訊いて、また頭がくらくらする。何だこれ。
 
「よく見ろっつーの。石人形が動いてるだけ、ゾンビとかそういう魔物でもねーし!」
 
 俺がそう言うと、ティアはゆっくりと後ろを確認して………
 
「来るわよ!」
 
「げふっ!」
 
 スイッチが切り替わったみたいにいつもの口調で言いながら、俺を突き飛ばしやがった。
 
「『アピアース・アクア』」
 
 ティアの譜術で、石人形の周りの音素(フォニム)が目で見えるようになる。俺は、慌ててそれに攻撃を合わせた。もう、FOFの要領はわかってる。
 
「『絶破烈氷撃』!」
 
 俺の掌底が水の音素を帯びて、それが凍りつき、破裂した。
 
 
 
 
「……ダセー」
 
「うるさい!」
 
 バレた。よりによってルークに、私のおばけ嫌いがバレてしまった。
 
 観念して素直に告白した私を、ルークは当然のように呆れ、馬鹿にしている。
 
「(一生の不覚だわ……)」
 
 今まで毅然と振る舞っていた分、恥ずかしいという気持ちと、これから先、おばけ関連でルークに嫌がらせを受け続けるだろう未来への絶望が心中を支配する。
 
(バサバサッ!!)
 
「いやぁっ……!!」
 
 突然、シャンデリアに隠れていたらしいコウモリが羽ばたいて、私は頭を押さえて蹲る。
 
 何より良くないのが、未だに私たちが薄気味悪い空間にいるという事。
 
「大丈夫ですの、ティアさん。ミュウもネズミが苦手だから、恥ずかしくないですの!」
 
(サササッ!)
 
「みゅぅーー!!」
 
 ミュウが私を慰めようとして、その直後に床を走ったネズミに怯えて丸くなった。
 
 同志がいて心強い、と一瞬思ってしまった自分自身がとても悲しい。
 
「………………ほら」
 
「………?」
 
 躊躇いがちに掛けられた声に頭を上げると、ルークが明後日の方を見ながら手を差し伸べていた。
 
「……馬鹿に、しないの?」
 
「……弱いもんいじめしてもつまんねーからな」
 
 自分の無理のあるこじつけが恥ずかしいのか、ルークの顔は少し赤い。
 
『ルークは照れ屋で、素直じゃないから滅多にそれを表に出す事はないけれど、本当はとても優しい良い子なのよ』
 
 随分前に、シュザンヌ様が言っていた言葉を思い出す。単なる親馬鹿なように見えて、あの方は自分の息子を良く理解されている。
 
 無神経だけど、本気で相手が嫌がる事はしない。
 
「………………」
 
 差し伸べられた手は、手を握っていてくれる、という意味なのだと思うけど………
 
「……大丈夫よ。一人で立てるわ」
 
 そこまでは私のプライドが許さなかった。蹲っていた状態から、私はルークの手を無視して立ち上がる。
 
「心配してくれて、ありがとう」
 
「……してねーよ」
 
 罰が悪そうに背中を向けて歩きだしたルークに、私はミュウを連れて続く。
 
「………………」
 
 私は、他人の気持ちを察する事が苦手なのだと思う。ルークが初めて人に手を掛け、その後の強がりを見抜けなかった時に、それは痛いほど痛感した。
 
 ……ルークは、私を気遣って手を差し伸べた。それは、きっと彼にとって随分恥ずかしい行為……なんだと思う。その結果として私がその手を拒めば、ルークは余計に恥ずかしい……かも知れない。
 
「………………」
 
 私のプライドと、ルークのプライド。その折衷案として………
 
「……ん?」
 
 私は、ルークの服の端を指先で摘む事にした。
 
 …………決して、ホントはまだ怖かったわけじゃない。
 
 
 
 
「……雨、止まねーな」
 
「…………………そうね」
 
 あの後、本当に幽霊っぽい奴と戦ったりしたせいで、ティアは完全に俺の背中に隠れて挙動不審になっていた。
 
 コーラル城を調べたら、変な仕掛け扉とか、地下にあった変な音機関とか、どう考えても父上の物じゃないようなのばっかりで、俺から見てもあからさまに怪しかった。
 
 とりあえず地下室の装置に入りっ放しになってた音譜盤(フォン・ディスク)だけ手に入ったから、無駄骨にはならなかったっぽいけど……結局俺は何一つ思い出さなかった。
 
 しまいにゃ雨まで降りだして、おばけに怯えるティアと、ネズミに怯えるブタザルと一緒にこんな不気味な城に足止めだ。超うぜー。
 
 今はブタザルで灯りをつけた、部屋の中を常に視界に収めておける程度の広さの部屋にいるから、少しはティアのやつもマシになってるけど……やっぱ調子狂う。
 
「屋敷に居た頃よくメイドが言ってたあれは? 預言(スコア)がどうこうってやつ。あれでいつ晴れるとかわかんねーの?」
 
「私は………あまり預言は好きじゃないから」
 
 雨が止まない愚痴のつもりで何となく訊いた事に、ティアは少し真剣に応えた。ちなみにブタザルは呑気に寝てる。
 
 ……まあ、俺も預言って詠んでもらった事ねーからピンと来ねーんだけど。
 
「とりあえずもう寝よーぜ。朝になったら晴れてっかも知れねーし」
 
「…………………そうね」
 
 またすげー間を空けてティアが応えた。もしかしなくても……
 
「……お前、怖くて寝れねーとか?」
 
「……ミュウがいるから、平気よ」
 
 さっきまででもう完全に弱点がバレちまったからか、ティアは強がらずにそう言った。
 
「あっそ、じゃあ俺も寝るわ」
 
 ……正直、今のこいつはいつもと全然違うから、どう接していいのかわかんねーし、自分が何言うかもよくわかんねぇような気分になってた俺は、ティアに背中を向けるようにして寝る。
 
 つーか、いい加減素で眠かった。
 
 
 
 
「………………」
 
 情けない。いくら苦手なおばけが相手だからって、ルークに頼りっぱなしだったなんて。
 
 これが兄さんなら百歩譲って妥協出来るけど、よりによってルーク。自分の腑甲斐なさが悔しい。
 
「すぅ……すぅ……」
 
 ルークは寝転がってすぐに寝息を立て始めた。ミュウは元々野生の動物だからまだわかるけど、よくもこんな不気味な所で簡単に寝れるものだと呆れる。
 
「………………」
 
 話す相手がいなくなると、より一層聴覚が鋭敏になる。風の音、ちょっとした衣擦れ、コウモリ、全てが私の恐怖を煽る。
 
 ルークには強がって見せたけど、正直眠れそうにない。だから、このまま寝ないで火の番を続けていようと思う。
 
「……………ふぅ」
 
 暖炉の炎を眺めていると、身近な炎を連想してしまう。つまり、『聖なる焔の光(ルーク)』。寝転がって無造作に広がった朱色の髪を。
 
「(綺麗……)」
 
 羨ましいくらいだった。ルークは極度の精神的ショックを受けたのだから、不謹慎だとは思うけれど……私はファブレ公爵やシュザンヌ様、国王の持つ紅い髪より、ルークの髪の方が好きだった。
 
 最初の頃、こんなに綺麗な髪の持ち主の性格があれで、酷く幻滅した記憶がある。
 
「うっ、うぅ……」
 
 その髪の流れる背中が、小さく震えだす。……そういえば、昼間は盗賊と戦ったんだった。
 
「…………………」
 
 小さい頃、私が眠れない時は、兄さんが手を握って、頭を撫でてくれて、子守唄を詠って寝かしつけてくれていた事を思い出す。
 
 歌の内容は今一つ思い出せないけれど………
 
「………ルーク?」
 
 私に背を向けて眠っていたルークの正面に回り込み、顔を覗き込む。額に汗を浮かべて、いつもの傲慢な彼からは想像もつかないような弱々しい表情を震わせていた。
 
「(私が兄さんを慕うほど、ルークが私に心を開いているとは思わないけど……)」
 
 その左手を、そっと両手で包む。今日の借りが少しでも返せれば……。そんな気持ちからの行動だった。
 
「(あ……っ)」
 
 握った手を、ルークの両手が、すがりつくように握り返す。いつしか、その表情は穏やかなものへと変わっていく。
 
「…………ふふ」
 
 軍人として、戦う事ばかりを磨いてきた自分の手でこんな事が出来たという事が、何だかとても暖かな気持ちにさせてくれる。
 
 横たわって眠るルークに両手を握られている体勢は少し辛かったから、私もルーク同様に寝転がる。
 
「……早く、記憶を取り戻してあげなさいね」
 
 そう呟いた途端、何故か胸に去来した一抹の寂しさは、穏やかな寝顔を見ているうちに消えた。
 
 おばけが怖くて、眠れなかったはずなのに、ルークを寝かしつけるつもりで手を握ったはずなのに……
 
 いつしか私も、そのまま意識を手放していった。
 
 
 
 
「うーわ…………」
 
 朝起きたらティアもルーク様もいなかったから、わたし達は馬車で一直線にコーラル城に向かった。
 
 手分けして城を探す最中で、真っ先に二人を見つけたわたしは、とりあえず呆れてみた。
 
 二人で手を握り合って、見方によっては寄り添ってるようにも見える体勢で寝てるティアとルーク様……いや、もうルークでいいや。
 
 わたしは確かに野心家だけど、それなりに現実主義者でもある。芽のなさそうな玉の輿はスッパリ諦めて、これからはもうちょっとナチュラルに接する事にしよう。
 
「(このまま起こさずに皆を呼んで、からかいのネタ作るのも良いんだけど………)」
 
 どうせなら、弱みを握っとく方が面白いか。わたしは一度入ったその部屋から出て………
 
(ガチャガチャガチャ!!)
 
「あっれ〜? 鍵掛かってるのかなぁ?」
 
 と、鍵なんて掛かってないドアの前でそんな小芝居を打ってみる。
 
 少しして、今の騒がしい音に目を覚ましたらしいティアが出てきた。……ティアはあの現場を見られてないつもりだろうから、わたしがこの話を持ち出した時のティアのリアクションは今から楽しみ♪
 
「皆ー! 二人が見つかりましたよぉー!!」
 
 ルークとティアを連れてカイツール軍港に戻ったわたし達は、そのまま休む間もなくバチカル行きの船に乗り込むのでした。
 
 アニスちゃんの冒険は、まだまだ続く! ……何ちゃって♪
 
 
 
 
(あとがき)
 ややフライング気味なルクティア。まあおばけ限定特殊イベントみたいなものだと思ってください。
 
 



[17414] 19・『憶え無き故郷』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/15 07:58
 
「集中を切らさない! 一瞬の気の緩みがどんな惨事を引き起こすかわからないのよ!」
 
「うっせーな! ちゃんと集中してるっつーの!」
 
「やれやれ……」
 
 バチカルに向かう船の甲板で、ルークとティア、それにグランツ謡将が音素の制御訓練をしている。
 
「あんたも行って教えてやったらどうだい、死霊使い(ネクロマンサー)殿?」
 
「遠慮しておきますよ。私には、第七音素(セブンスフォニム)は使えませんから」
 
 それを遠巻きに眺めていた私に話し掛けてきたガイに、軽く応えておく。
 
 第一〜第六音素までの音素(闇、土、風、水、火、光)は、当然個人差はあれど、扱うのに特別な条件はなく、厳しい訓練さえ積めば誰でも二、三属性は使えるようになる。しかし、第七音素だけは別だ。
 
 先天的な素養を持つ者以外はいくら修練を積んでも扱う事は出来ず、だからこそ扱える者は第七音譜術士(セブンスフォニマー)と呼ばれる特別な術士なのだ。
 
 ……そして、私にはその素養がない。
 
「じゃあ、何でこんな所で三人を眺めてるんだ?」
 
「興味はありますからね。単独で超振動を扱える人間など、前代未聞なので」
 
 しかし、最も気になるのは別の点にある。……何故、グランツ謡将はそれを私たちにあっさりと教えたのか? 和平を結ぼうとしているとはいえ、私はマルクトの人間。……いや、それを言うなら、ダアトの人間に簡単に話すのも不自然だ。
 
「(知られても構わない……さほど重要視していない?)」
 
 一体何を考えているのかわからない。彼が六神将を束ねる立場なだけに、気は抜けない。
 
 コーラル城でティアとルークが見つけたという音譜盤(フォン・ディスク)も、本当ならすぐにでも解析したいが、あれを預けられているのはグランツ謡将。
 
「(私の推測が正しければ、あの音譜盤は……)」
 
 ………だとしたら、やったのはサフィールか。まだあんな馬鹿な事を。
 
「難しそうな顔して、どうしたよ?」
 
「あなたこそ、さっきアニスに飛び付かれた時の反応。普通ではありませんでしたよ?」
 
 そう。先ほどアニスが冗談交じりにガイに飛び付いた時の怯え方は、尋常ではなかった。
 
 どうやら、幼い頃に家族を亡くした際のトラウマが原因だという話だが、話題を逸らすのに丁度良かった。
 
「だよなぁ……。女性は大好きなんだが……」
 
「だそうですよ、アニース」
 
「はーい☆」
 
 丁度ガイの後ろからこっちに歩いてきたアニスをけしかけつつ……
 
「うりうりー♪」
 
「うわぁぁあ!」
 
 私はまた思案に耽る。ガイ、か。彼も一介の使用人にしては不自然な点が多いですからねぇ……。
 
 
 
 
「………これが、バチカル、なんだよな………」
 
 生まれ故郷に帰って来たはずのルークの第一声が、彼の今までの境遇の全てを物語っているような気がする。
 
 全ての記憶を失ってから、一度も屋敷の外に出た事がないルークにとって、故郷の景色すら初めてのもの。
 
「この度は無事のご帰国、おめでとうございます。キムラスカ軍第一師団師団長、ゴールドバーグです」
 
「セシル少将であります」
 
 港で私たちを出迎えてくれたのは、ゴールドバーグ将軍、そして………セシル将軍。
 
「皆は俺が城に連れて行く。いいな?」
 
「………かしこまりました」
 
 ルークがそう言うと、ゴールドバーグ将軍がその場を外し、セシル将軍だけが残った。
 
 白金の髪を後頭で結い上げ、キムラスカ軍の赤い軍服を纏ったその姿は、私の記憶にある通りのものだった。
 
「……ティア、よくルーク様を無事にバチカルまで送り届けたな」
 
「………いいえ」
 
 兄さんが言っていた通りに話が広まっているらしい事に、私は複雑な気持ちになる。後ろでルークが「けっ」と毒づいているのが聞こえた。
 
 私は元々セシル将軍の部隊に所属していたけれど、ファブレ公爵直々の指名によって、白光騎士団に転属した(兄さんの陰謀の気配を感じる)。将軍とはそれ以来会っていないから、役半年ぶりの再会になる。
 
 何度か公爵家の屋敷を訪れてらしたみたいだけど、その度にすれ違って今まで会えずにいた(主にルークに振り回されていたせいで)。
 
「………………」
 
 セシル将軍が私、ルーク、ガイ、イオン様、アニスと視線を巡らせて行き、大佐と目が合った途端、複雑な感情を押し殺すように数瞬、止まる。
 
「こんなトコでいつまでもつっ立ってねーで、早く行こうぜ」
 
 それらのやり取りに全く関心を示さなかったルークによって、私たちは先を促されるのだった。
 
 …………………
 
「すっごーい! この街縦長なんだぁ!」
 
 光の王都・バチカルは、巨大な譜石の落下で出来た大穴の上に、そのまま街を作ったという変わった街。
 
 縦長に下層から上層まで分けられた街の区画を移動する天空客車の上で、アニスが初めてのバチカルにはしゃいでいる。
 
 あの後、セシル将軍も私に後を任せていなくなったから、私はガイと相談して、“わざと遠回りして”城に向かった。
 
 バチカルの街並み、人々、それらをルークに見せるため。……新書を届けたら、ルークはまた軟禁生活が始まるだろうから。途中、少人数でもサーカスの人たちがバチカルを訪れていたのは運が良かった。
 
「(和平の締結……)」
 
 偶然、そして間接的にでもそれに関われている事に、私は気後れにも似た感慨を覚えていた。
 
 
 
 
 陛下とモースが面会しているからと、謁見の間の前で僕たちを阻んだ兵士を……
 
『ど・け』
 
 一蹴。
 
 マルクトに関する脅威を示すように虚偽申告で陛下を惑わすモースを前にして……
 
『伯父上、モースが言ってる事はデタラメだからな!』
 
 国王相手に大喝。
 
 さらに何か言おうとしたモースに対して……
 
『うっせぇ! 戦争起こそうとしてやがるんだろうが! このブタ!』
 
 罵倒。
 
 ルークの礼儀知らずも、あそこまで行くと清々しい。……いや、羨ましいのかも知れない。
 
 ともあれ、ルークのおかげでインゴベルト陛下への取り次ぎも叶い、新書を受け取ってもらう事にも成功した。
 
 まだ、これから国の重鎮たちの間で検討が始まる段階だけど、現時点で僕たちに出来る事はもう何もない。
 
 城を出て、ルークが失踪した事で心配しているだろう公爵夫人を安心させるために、ルークの実家に帰るというルーク、ティア、ガイの言葉に、僕たちもお屋敷にお邪魔する事にした。
 
 
 
 
「父上、ただいま帰りました」
 
「ルーク、ティア、ガイ、グランツ謡将も、無事で何よりだ。使者の方々もごゆるりと」
 
 失踪した息子が帰って来たというのに、ファブレ公爵はそれだけ言って入れ違いに城に向かった。
 
 ……失踪の原因である私が言えた義理じゃないけど、どうしても冷たい態度のように思えた。
 
 その姿に、罪悪感や責任感、兄さんが私を思ってしてくれた事などが激しくせめぎ合った結果として……
 
「(………シュザンヌ様に、真実を話して謝罪しよう)」
 
 私は、そう決めた。
 
「ルークー!」
 
「げ………」
 
 玄関から少し歩くと、柔らかい金髪を肩で揃え、青いドレスを着た碧眼の少女が駆けて来た。
 
「(ナタリア様……)」
 
 城にいなかったから気になっていたけど、こっちに来ていたのね。
 
 ……ナタリア様にも、ちゃんと真実を話しておかないと。
 
「ふぅん、この人がルークの許婚のお姫様?」
 
「ええ」
 
 アニスは、カイツールで船に乗った辺りから、ルークへの態度が自然になった。ようやく、ナタリア様の事をわかってもらえたのかも知れない。
 
「『げ……』とは何ですか! わたくしがどれだけ心配したと思っていますの!」
 
「るっせーな! お前にゃ関係ねーだろーが!」
 
 そんなナタリア様に、露骨に嫌そうな顔を向けるルーク。とりあえず、頭を杖で叩いておいた。
 
「っ〜〜……いってぇな!」
 
「関係ないわけないでしょ。ナタリア様に謝りなさい」
 
 心配を掛けた一番の原因は私だけど、それとルークの態度は関係ない。
 
 ……何が気に入らないのかしら。賢いし、綺麗だし、何より今までバチカルの民に為してきた事の必然として、街の皆に愛されている。……許婚なんて無関係に、素敵な方だと思うのに。
 
「ティア、あなたも災難でしたわね……。どうせルークの事だから謝罪の一つもしていないのでしょう? わたくしが代わって謝罪致しますわ」
 
「いえ、それは……」
 
 誤解です。……そう返すのを遮って、ナタリア様は思い出したように、焦ったように言う。
 
「そんな事よりルーク、一刻も早く伯母様の所へ。あなたがいなくなった事で、あれから毎日そわそわとしておられるの。すぐに顔を見せて差し上げて」
 
「っ……お、おう」
 
 ナタリア様の誤解を解こうか、一瞬迷った私は、ここには他の白光騎士団もいる事に思い至って、駆け出したルークの後を追う事にした。
 
 
 
 
「母上、ただいま帰りました」
 
 母上は元々体が弱かったし……自分で言いたくないけど、結構過保護だ。だから、俺がいなくなったら倒れるくらいしてもおかしくなかった。
 
「おお、ルーク! 無事だったのですね」
 
 部屋の窓からぼんやり外を見てた母上は、入ってきた俺を見た途端、顔色変えて駆け寄ってきた。しかも頭抱きかかえてくるし。
 
「シュザンヌ様」
 
「うおぉっ!?」
 
 いきなり後ろから声がして、そこにティアがいる事に気付いた俺は、今の状態が恥ずかしくなって慌てて飛び退いた。こいつついて来てたのかよ。
 
「私の軽率な行動でルークを危険に曝してしまい、本当に申し訳ありません」
 
「お、おい……!」
 
 片膝着いて頭を下げるティアに、俺は焦ってた。今回の事は事故で通すって事になってたはずなのに!
 
「あの超振動は、おそらく私の治療術が引き金となって発動したものです。全ての責任は、私に………」
 
 頭下げたまま余計な事を次々に話すティアの言葉も聞かず、母上が膝を落として………ティアを抱き締めた。さっき俺にしたみたいに。
 
「知っていますよ。あの時の事は、そこの窓から見ていましたから」
 
「え………」
 
 母上のその言葉にはビビったけど、そういえば俺が頭痛で倒れたのは中庭だから、窓とかから誰かに見られててもおかしくない、のか。
 
「ティアさんが一緒だとわかっていたから、私はルークの無事を信じていられたのです。そして、こうして二人とも無事に戻ってきてくれた。……それだけで、何も言う事はありません」
 
 だから思ったより大丈夫そうだったのか、とか。俺がティアに守られる前提なのが気に入らねーとか。そういうのは、その時は思いつかなかった。
 
 ………潤んだ目を見開いてるティアなんて、初めて見たから。
 
 
 
 
(あとがき)
 作品内でもカイツールからバチカルの間にケセドニアには一応寄ってますが、特に何もなかったのでスルー。サクサク進めました。
 
 



[17414] 20・『明かされる真実』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/15 16:42
 
『ND2000.ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す。其は王族に連なる紅い髪の男児なり。名を聖なる焔の光と称す。彼はキムラスカ・ランバルディアを、新たなる繁栄に導くだろう』
 
 ユリアの預言(スコア)だか何だか知らねーけど、俺の名前が古代イスパニア語で『聖なる焔の光』だってのは、前にイオンから聞いた事がある。
 
『ND2018.ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ、鉱山の街へと向かう。そこで………』
 
 和平条約を結ぶ条件が、瘴気に冒されたマルクトの鉱山の街・アクゼリュスの連中を救う事。しかも預言に詠まれてるからって理由で、俺が親善大使として行かなきゃいけないらしい。
 
 伯父上たちは、英雄がどーとか調子良い事言ってたけど、メンドくせぇーなぁ……。けど、これが成功したら軟禁生活ともおさらばさせてくれるらしいし………
 
『中途半端な気持ちで、和平に協力すると決めたわけではあるまい。なに、私も同行するのだ。不安に思う事もあるまい』
 
 ヴァン師匠にああ言われたら、断れねーし。
 
 結局、俺、ティア、ガイ、ジェイド、そしてヴァン師匠のメンバーで、明日アクゼリュスに向かう事になった。
 
 んで…………
 
「…………………」
 
 様子がおかしいのが、こいつだ。
 
「お前、何難しい顔してんだよ。俺だって瘴気まみれの街に行くのなんか嫌なんだからな」
 
「誰もそんな事言ってないわ」
 
 人の部屋で考え事してるティア。昨日なんかはメイド連中にもちくちゃにされてたくせに、城で親善大使の事聞いてからは妙に黙り込んでいた。
 
 ………ちなみに、ガイが言うには、ティアがメイド達にやたら人気なのは、あいつは俺に正面きって文句言うかららしい。それじゃまるで俺がいじめっ子みてーじゃねぇか。ムカつく。
 
「……ああ、そういやお前、預言は嫌いみてーな事言ってたもんな」
 
「……預言は未来の選択肢の一つよ。理由もなくそれを拒絶するのは、自ら未来の可能性を一つ潰すのと変わらない」
 
「だったら、何が気に入らないんだよ?」
 
 俺の部屋は本館から離れてるから、人に聞かれたくないような考え事だってのは、何となくわかる。……俺ならいいのか? っていうか、多分俺絡みなんだろうな。
 
「あの譜石、途中で欠けていたでしょう? それが引っ掛かってるのよ」
 
 ……こいつ、いつもそんな細かい事ばっか考えてて疲れねーのかな。老けるぞ。
 
「引っ掛かるったって、俺がアクゼリュスに行ったらキムラスカが繁栄するってんなら、別にいいじゃん」
 
「……あなたに関わる問題なのよ。もう少し関心を持ったら?」
 
 ……今日のこいつ、何か変だな。俺たちは和平に協力してるってのに、ちょっと考えすぎじゃね?
 
「……ごめんなさい。杞憂なら、それに越した事はないのだけど……」
 
 まだ全然納得してなさそうなティアは、そのまま逃げるように部屋から出て行った。……変なやつ。
 
 
 
「師匠、話って?」
 
「……うむ」
 
 ティアが部屋から出て行ってしばらくして、そろそろ寝ようかと思ってたら、今度はヴァン師匠が部屋に来た。
 
 明日には出発だってのに、皆何か落ち着かねーな。
 
「大切な話だ。誰にも聞かれるわけにはいかん。だからこそ、お前の部屋に来たのだ」
 
「う……うん」
 
 念を押すように言うヴァン師匠に、俺は座り直して口をつぐむ。騒いじゃまずいんだよな。
 
「お前は………」
 
 ヴァン師匠は言いづらそうにそこで一度止めて、でも今度ははっきりと言い切る。
 
 ………それは、俺には信じられない。いや、信じたくない事実だった。
 
 
 
 
『お前が軟禁されてきたのは、単純にお前の身を案じての事ではない。超振動の力を持つお前を、兵器として飼い殺しにするためだ』
 
 嫌だ。ずっと閉じ込められて、戦争になったら使われるなんて。
 
 和平さえ結べば、俺が兵器扱いされる日なんか来ないよな、って言ったら………
 
『ホド戦争、という戦いを知っているな。ホドはマルクト領土の島で、キムラスカとの戦いの果てに近隣諸島もろとも消滅した。………そして、その戦いの前にも、今回と同じように和平条約が結ばれたのだ。……今回の条約とて、果たしてどの程度の意味があるのか』
 
 俺は耳を塞ぎたくなった。だったら、俺たちが六神将とかに殺されそうになりながらやってきた事は何だったんだよ。しかも、戦争が始まったら、俺は兵器扱いされるんだ。
 
 ビビって、悔しくて、逃げ出したくなってる俺に、ヴァン師匠はさらに言葉を続ける。
 
『……私は元々、そのホドの人間なのだよ。だから、戦争の愚かさ、醜さ、国というものが持つ非情で残酷な部分を、よく知っている』
 
 びっくりした。だからさっきのティアも様子がおかしかったのか、って思って訊いたら、ティアはホドが消滅した後に生まれた子だから、多分ティアがそういう風になってるんなら、それは自分の影響だなって、師匠は苦笑してた。
 
『あの預言が欠けた部分を、私は知っている。……お前がもたらすキムラスカの繁栄とは、すなわちマルクトの災厄を意味する。それがインゴベルト陛下の選択か、大詠師モースの入れ知恵かはわからんが、それが戦争の引き金となる』
 
 ティアが心配してた事が的中してて、俺は言葉を失う。さっきまでティアに考え過ぎだって馬鹿にしてた俺が、マルクトに災厄をもたらすなんて、冗談にしても笑えなかった。
 
『それを知っていたから、私は七年前のあの日、当時から私の弟子だったお前を連れて逃げたのだ。真実を知ったお前から、願いを受けて』
 
 その言葉が、一番驚いた。俺を攫ったのはマルクトじゃなくて、師匠だったんだ。
 
 ……同時に、少しだけ複雑な気分になった。今まで、師匠とガイだけは俺を昔と比べた事無くて、俺はそういう所が好きだった。だから師匠から初めて昔の話を聞かされて、ちょっとナタリアみたいな嫌な感じがした。……いや、説明するのに必要だってのはわかるんだけど。
 
『預言には、お前がアクゼリュスから民を連れ出す事が災厄の鍵になると記されている。だからお前は、街から移動せず、その場で瘴気を中和するのだ』
 
 そんな事出来るのかって思ったし、怖かった。俺の行動一つが、災厄や戦争を呼ぶんだから。
 
 自分でダセーって思う余裕もないくらい不安になってる俺に、そんな不安も笑い飛ばすみたいに、師匠は言った。
 
『お前なら出来る。私もついているし、何より………』
 
 もったいぶったみたいな溜めが、ちょっとおかしくて、楽しかった。
 
『お前は、私の弟子だからな』
 
 嬉しかった。秘密の話の最中じゃなかったら、大声ではしゃいでるトコだ。
 
『私と共に来い、ルーク。キムラスカの兵器としてマルクトを攻めるわけでもなく、マルクトの武器としてキムラスカに牙を剥くのでもなく……神託の盾(オラクル)騎士団に入り、中立の立場から戦いを抑止するために、その力を使うのだ』
 
 俺は今まで勘違いしてた。小さかったんだ、ヴァン師匠を見てる部分が。ヴァン師匠は、俺が思ってた以上にずっと凄くて、カッコいい人だった。
 
 そして俺は、そんなヴァン師匠が認めた唯一の弟子なんだ。
 
『私にはお前が必要だ。これからは弟子でも師でもない。肩を並べて共に戦う、対等の同志として』
 
 誰かに必要だなんて言われたの、初めてだった。………俺は、父上や伯父上より、ヴァン師匠を信じる。
 
『私とお前は同志となり、私とティアは兄妹だ。二度と会えぬわけでもないぞ?』
 
 せっかくいい場面だったのに、師匠は最後に変な茶々を入れた。何でそこでティアが出てくるんだよってツッコんだけど、師匠は笑ってるだけだった。……不思議と師匠には、からかうみたいな口利かれても腹立たないんだよな。
 
「………………」
 
 ずっと閉じ込められっ放しでうんざりしてた屋敷だってのに、いざ二度と戻れないと思うと、不思議と未練が湧くもんだな……。
 
 俺は、荷造りをし直しながらそんな風に思った。元々趣味が剣術の稽古だけだったし、そこまで荷物が大きくなるわけじゃなかった。アルバート流の奥義書と、あとは母上にもらった物とか。……こうして見ると、父上にもらった物って一つも無い。
 
「(母上、か………)」
 
 超振動で飛んでから戻って来るまでの間だけでも結構心配させちまったのに、二度と戻らないとかなったら、悲しむよな……。でも、ここにいたら俺はいつまでも兵器扱い。そんなのごめんだ。
 
 ……ティアとかナタリアもいるし、大丈夫だろ。
 
「………………」
 
 母上のいる部屋の方をしばらく見ていた俺は、気持ちを振り払うように、剣を握る。
 
「(俺は……ヴァン師匠について行く)」
 
 そんな俺の決意を嘲笑うみたいに、次の日俺は出発早々……いや、出発もしない内に、ヴァン師匠と別行動を取る羽目になる。
 
 
 
 
 日々緊張を増すキムラスカとマルクトの関係、各所で突発的な小競り合いすらも起きている現状で、マルクトから和平の使者が遣わされたというのは吉事以外の何物でもございません。
 
 おまけに、その和平の使者を連れて来たのが、ティアと一緒に超振動で姿を消した、ルーク。
 
 記憶を失ってからは、ただ漫然と日々を過ごしていたあのルークが、両国の和平に力を貸している。アルマンダイン伯爵から伝書鳩で届いた手紙を読んだ時は、一瞬記憶が戻ったのかとさえ思いました。……実際会ってみれば、そんな事は全くありませんでしたけれど。
 
 大体、ガイもガイです。ルークを探しに行く前にわたくしに一声掛けろと言ってあったのに。
 
 しかし、良い事とは続くもの。ルークが親善大使としてアクゼリュスに遣わされ、さらにその任を果たせば軟禁まで解ける。
 
 キムラスカ・ランバルディア王国の王女としても、ナタリアというわたくし個人としても、指をくわえて待ってなどいられません。
 
「(……それに、ティアもいる事ですし)」
 
 彼女個人の性格は、決してわたくしの嫌うようなものではありませんし、彼女は、わたくしを悪し様に扱うルークをよく叱咤して、わたくしの味方をしてくれます。
 
 しかし、幼い日に交わした誓い、本質的に惹かれ合っているという自信はあっても、ルークが記憶を失った事も、そして……ティアがとても魅力的な女性である事も事実。
 
 彼が無事にここにいてくれる。それだけで充分なのかも知れません。
 
「(けれど、もう一度聞きたいのです。あの言葉を………)」
 
 とにかく、わたくしは断固としてルーク達について行く事を決めました。しかし、先に船に忍び込んでいようと思っていたら、困った事になっていました。
 
 陸路、海路、その両方に神託の盾が待ち伏せているようです。まったく、どれだけ邪魔をすれば気が済むのかしら。
 
「ママー、お人形さん拾ったー!」
 
「ダメでしょ。それは誰かが落とした物なんだから、自分の物にしたらいけないのよ?」
 
 わたくしが、仕方なく“ルークたちが通るはずのルート”を考えていると、親子の微笑ましい会話が聞こえてきました。
 
「どこかに名前とか書いてな………こ、これは!」
 
 しかし、人形を手にした母親の様子が、突然変わります。顔が真っ青ですわ。
 
「どうかなさいまして?」
 
「ナ、ナナ、ナタリア様!」
 
 半分泣いたような表情で、その方は人形をわたくしに見せてきます。
 
 ………どこかで見たようなぬいぐるみですわ。
 
 
 
 
(あとがき)
 親善大使編スタート。イオンは初めは親善大使組のメンバーじゃなかったはず。……ちょっと記憶に自信が………。
 
 



[17414] 21・『トクナガ』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:4ddb6a25
Date: 2010/04/17 08:31
 
「ではなルーク。アクゼリュスでまた会おう」
 
 親善大使として、さあアクゼリュスに向かおうって時に、バチカルの港だの陸路だのにまた神託の盾(オラクル)と六神将の連中が張り込んでやがった。
 
「(ここにはヴァン師匠もモースもイオンもいるってのに、神託の盾ってホントバラバラだな)」
 
 結局ヴァン師匠とか父上とかモースが脅して追っ払ったんだけど、あの調子じゃいつまた襲ってくるかわかんねーから、俺たちは二手に分かれる事になった。
 
 一つは、船でアクゼリュスに向かうキムラスカの先遣隊……とヴァン師匠の囮部隊。前みたいに空から魔物で攻められた場合、海の上じゃ今度こそ逃げ場がねーから、俺たちは別行動らしい。
 
 んでもう一つが、俺とティアとガイとジェイドの陸路組。あーあ……ヴァン師匠と一緒がよかった。
 
「いつまで不貞腐れてんだよ、ルーク。焦らなくても、ヴァン謡将にならアクゼリュスですぐ会えるさ」
 
「……そーだな」
 
 こいつは今回の旅の意味がわかってねーから、こんな呑気な事が言えるんだ。
 
 俺は何も知らずに首を傾げてるガイを八つ当たりも兼ねて睨む。俺が一つ間違えたら災厄や戦争。それを避けるためには障気の中和。ユリアの預言(スコア)ってのは一度も外れた事がないらしいし……あっ、中和が終わった後にはダアトに亡命もするんだった。
 
 とにかくやる事が色々ありすぎて、ヴァン師匠がいねーと正直不安だ。……いや、でも俺……ヴァン師匠の弟子なんだよな。……あんまビビってられねーか。
 
「よーし行くぞ! お前ら俺についてこーい! ……って、何やってんだよ?」
 
 意気込んで呼び掛けた俺を無視して、ジェイドのやつが鳩なんか飛ばしてやがる。
 
「アクゼリュスはマルクト領の街です。和平を持ちかけた側である我々が、キムラスカ側にばかりリスクを負わせるわけにはいきませんからね」
 
 つまり、ジェイドが今飛ばした鳩は、マルクトに向かったのか? そんな俺の疑問をわかってるみたいに、ジェイドのやつは訊いてもねー事を説明しだす。
 
「アクゼリュスは障気が強くて、マルクトからの救助活動は難しいのですが、タルタロスの譜術障壁ならば、突破も可能だと思いますから。セントビナーから橋を渡って向かってもらうよう、要請を出しておきました」
 
 勿論、インゴベルト陛下に了承は得てあります。とか胡散臭い笑顔で言うジェイドに、俺は生返事で返しておく。だって、救助隊なんか何人いたって関係ねーよ。俺がアクゼリュスの障気を中和するんだから。
 
「六神将……一体何を考えているのかしら。大詠師モースの命ではなく、独自の判断で動いているという事?」
 
 ティアはティアで、やっぱり何か色々考え込んでる。……まあ、リグレットの事姉さんとか呼んでたから、六神将の事が気になるのも仕方ねーのかな。
 
 ……どうでもいいや。俺はアクゼリュスの障気を中和して、戦争も回避して、そんで……ヴァン師匠の所に行く。
 
「さっさと行こーぜ。ヴァン師匠を待たせたくねーからな」
 
 ウダウダやってる三人を急かして、俺が歩き出そうとした時………
 
「す、す、すみません! ルーク・フォン・ファブレ様……でございますか?」
 
「? ……そうだけど」
 
 さっきからこっちの方をチラチラ見てたおばさんが、ビビりながら俺に声掛けてきた。……ナタリアならともかく、軟禁されてた俺の顔なんか広まってるはずないんだけど。
 
「こ、これ! 私の娘が拾った落とし物で! 絶対に渡すようにと申し付けられまして!」
 
 何で俺、こんなめちゃくちゃビビられてんの?
 
「しっ、失礼します!」
 
 俺にぬいぐるみを手渡して、ガバッ! ってくの字に頭下げてから、そのおばさんは逃げ出した。
 
「……何だったんだよ」
 
「見た事もない公爵家の人間相手じゃ、普通は畏縮しちまうもんだって」
 
 ガイの説明に、そんなもんかって頷く。……いや、つーか……
 
「……これ、アニスのトクナガ……だよな?」
 
「おやおや、いつの間にアニスから貰ったのですか?」
 
「………いいなぁ」
 
 この悪趣味なデザインはどう見てもアニスのトクナガだ。ジェイドが言うみたいに貰った憶えもねーし、さりげなく本音が漏れてるティアのセンスは俺にはわかんねー。
 
 ……ただ、トクナガの背中に思いっきり名札で『ルーク・フォン・ファブレ』って書いてる。何の嫌がらせだよ。
 
「失礼」
 
 ジェイドがそのトクナガをひったくって、名札の裏から……手紙?
 
「アニスはいざという時のために、その場で一番メッセージが伝わりやすい味方の名札をトクナガに張りつけておく習慣があるそうです。ここはバチカルだからルークの名前なんでしょう」
 
 歳のわりに妙に強かなアニスの一面を見た気がした。ジェイドはそのまま手紙を読み上げる。
 
『やっほールーク! 可愛いアニスちゃんでーす☆ この手紙が読まれてるって事はぁ、わたし一人じゃ対処出来ない事態になってるって事だと思うんだけど、それってかなりの高確立でイオン様もピンチって事だと思うんだよね。別にお坊っちゃんがどうこうしなくてもいいけど、誰かにこのピンチを知らせてくれると嬉しいかも。……あ、トクナガは後で返してね?
 みんなのアイドル・アニスちゃんより☆』
 
「………………」
 
 鳥肌立った。何にって、アニスの手紙を、表情一つ変えずに、抑揚つけて読み上げるジェイドに。
 
 ……つーかこれ、ふざけた文面だけど……
 
「イオン様とアニス、二人揃って攫われたみたいですねぇ」
 
「冷静に言うなっつーの!」
 
 つーかあいつ、何回攫われりゃ気が済むんだよ!
 
「……もしかして、はじめからそれが目的だったんじゃないかしら」
 
 ティアのやつも、冷静に、どこか納得したみたいに言いだす。
 
「本当に戦争を起こしたいのなら、今みたいに港に待ち伏せるんじゃなくて、私たちがバチカルに着く前にもっと積極的に襲撃する方がずっと効率がいいはずよ」
 
 またこいつはわけわかんねー事を。
 
「タルタロスでイオン様を連れ去った後、すぐに向かった先がシュレーの丘、というのもおかしな話ですしね。本当に和平を妨害したいのなら、さっさとダアトにでも連れ去って再び軟禁すればいい」
 
 ジェイドのやつまで便乗するし………。
 
「なるほど……。なら、連中がさっさと兵を引いたのも、ヴァン謡将やモースの命令だからってだけじゃないのかも知れないな」
 
 ガイまで勝手にわかったみてーな顔しやがって!
 
「だーもう! 俺にもわかるように説明しろっつーの!」
 
「つまり、六神将の本当の狙いは戦争を起こす事ではなく、イオン様本人なのかも知れない、という事よ」
 
「兵を引いたのはヴァン謡将からの命令があったからじゃなくて、すでに目的のイオン様を連れ去ったからじゃないかって事だよ」
 
「推測だけでものを語るのは、あまり好きではないのですがねぇ……」
 
 ………何かガキに言い聞かせてるみたいな言い方がムカつくし、まだごちゃごちゃしててよくわかんねーけど……つまり………
 
「イオンを取り返しゃいいんだな?」
 
 でも、どこに連れてかれたのかわからない。そう思ってたら、ジェイドがトクナガを床に置いて、何か変な模様がトクナガの真下に浮き上がらせる。
 
「な、何やってんだよ?」
 
「トクナガはアニスの音素振動数に反応して動く譜業人形です。つまりこのトクナガ自体が、アニスが私たちに託した最大のメッセージなんですよ」
 
 ジェイドがそう言う中で、トクナガは小さいまんまでゆっくり動いて………一つの方角を向いて止まった。
 
「これも……アニスの音素振動数に反応してるって事なのか? まるでちょっとした探知機だな」
 
「すごい………」
 
 音機関マニアのガイはともかく、ティアまで驚いてるって事は、それだけ凄い物って事だよな?
 
「東……通常の陸路とは真逆ね」
 
「いや、この方角なら俺が知ってる抜け道だろう。ルークを探しに行く時にも使った所だ。……普通に陸路を行くより、こっちの方が早いかもな」
 
 話について行けねぇ。くそっ、ヴァン師匠ならわからない事はちゃんとわかるように教えてくれるのに………。
 
「で、どうしますか? 親善大使殿。本来の目的に沿うなら、イオン様の救出は我々の仕事ではありませんよ?」
 
「…………………」
 
 そっち道の方が早いってのもあって、結局俺たちはセシルに一言伝言してから、その抜け道に向かう事にした。
 
 
 
 
「……………誰かが通った形跡がありますね」
 
 ガイの言っていた抜け道は、バチカル地下の廃工場。それは別にいい。ガイが道筋を知っているなら、なおさら。でも………
 
『……………………』
 
「? 三人とも、どうかしたのですか?」
 
 廃工場の至る所に刻まれた戦闘の跡や、魔物の死骸に突き刺さっている真新しい矢に、とてつもなく嫌な予感がする。
 
「なあ、ティア……もしかしてこの矢……」
 
「……違っている事を祈りましょう」
 
 ガイの問いに希望的観測で返しながら、私の足は動きを早める。……そういえば、ルークが親善大使に任命されたその場でも、結構しつこく食い下がっていた気がする。
 
「あー……じめじめするし、油くせーし、蒸し暑いし、魔物はうようよいるし、早くこんなうぜートコ出よーぜ」
 
 ……ここに長くいるとルークの愚痴も延々続く事だし、先を急ごう。何より………
 
「ネ、ネズミが出そうで怖いですの〜………」
 
「ミュウの弱点はネズミですか。ベタ過ぎて少々残念ですねぇ」
 
「ベタって、あんたなぁ………」
 
 ミュウが可哀想。そんな事を考えていたら………
 
「いやぁああ!!」
 
 聞き覚えのある声の、いやに必死な悲鳴を聞き付けて、私たちは声の先を追った。
 
 そこには……巨大な大蜘蛛の魔物と、それに襲われている………ナタリア様。
 
『っ………!』
 
 私が旋律を紡ぎ、大佐が譜を唱え、ガイが剣から鞘を奔らせ、ルークが全力で飛び掛かる。
 
 数分に渡る攻防を経て、大蜘蛛の魔物はその身を乖離させて消えていった。
 
 
 
 
「…………………」
 
 アクゼリュスの民の危機を見過ごせませんとか、婚約者の晴舞台にわたくしが居合わせなくてどーしますのとか、ナタリアがうぜー事言いだすのは今に始まった事じゃない。
 
「……………………」
 
 勝手な行動を取ってごめんなさいとか謝ってたけど、帰るつもりはないらしい。今からこいつ送り返すのもメンドくせぇから、それはもうこの際どーでもいい。
 
「…………………」
 
 問題はその後、廃工場からようやく抜け出した所だ……。
 
 ………信じられないものを見た。
 
 
 
 
(あとがき)
 トクナガの性能、勝手にオリジナル要素付加させちゃってます。
 
 



[17414] 22・『奪還』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/17 22:45
 
「(雨…………)」
 
 長い梯子を登りきって、ようやく外に出られたと思ったのに、外は雨が降ってて、でも……そんなのすぐにどうでもよくなった。
 
「(あれは………)」
 
 少し離れた先、いくつかの人影が見えて、そこにイオンやアニスが居るのもは見えてたのに、何でか………どこか二の次に思えた。
 
(ドクン……ッ!)
 
 自分でも、何でそんな行動を取ったのかわからない。ただ、気付いたら体が動いてた。
 
「イオンを………」
 
 左手で剣を抜いて、一目散にそいつに向かって走る。紅くて長い髪が、雨に濡れて背中に張りついていた。
 
「返せぇぇーーっ!」
 
 大声で怒鳴ってんだから当たり前だけど、そいつは気付いて、そして俺の剣を自分の剣で受けとめた。
 
「っ………!?」
 
 剣と剣が鍔迫り合う至近距離で……俺は……そいつの顔を見た。
 
「(同じ……顔……?)」
 
 髪や眼の色が同じとか、そういう問題じゃない。“俺と全く同じ顔”が、そこにあった。
 
「っ………お前かぁ!」
 
 忌々しそうに、そいつは剣を横に振り切って、呆気に取られてた俺は無様にすっ転ぶ。
 
「(やべ……っ!)」
 
 完全に体勢が崩れて、やられるって思った、けど………
 
「………………」
 
 そいつは俺に攻撃して来ない。剣を向けもしない。ただ……見下してくる。
 
「行くよ、アッシュ」
 
「………わかってる」
 
 今まで完全に眼中になかったそこに、前にセントビナーで見た鳥仮面のチビがいて、俺と同じ顔のそいつを呼ぶ。
 
 イオンとアニスは、もうそこの馬車の中に放り込まれてるらしくて、姿が見えなかった。
 
「………………」
 
 そいつは一度だけ強く俺を睨みつけて、それきり興味なくなったみたいに背を向けて………さっさと馬車に乗って行っちまった。
 
「………………同じ、顔?」
 
 いつの間にか、皆真後ろまで来てた。ティアが、俺と全く同じ感想を漏らす。
 
「う゛………っ!」
 
 突然、猛烈に胸クソ悪くなって、俺は吐きそうになる。
 
「何だよあいつ……気味わりぃ………」
 
 自分と同じ顔のやつを見るのが、こんなに気持ち悪いもんだなんて思わなかった。
 
「……今のは『鮮血のアッシュ』と『烈風のシンク』。どちらも六神将です」
 
 ジェイドが俺の独り言にぼそっと応えた。どっちが……ってのは訊かなくてもわかる。紅い髪の方がアッシュだろう。
 
「(……六神将?)」
 
 って事は、ヴァン師匠は知ってたのか? 俺と同じ顔したあの野郎を……。
 
「(生き別れた双子の兄貴、とか………?)」
 
 結局、さっさとイオンを追おうってジェイドの提案で、その場ではロクに考える暇もなくなったけど………。
 
 俺の胸の中には、何だか気持ち悪いもやもやが残って、いつまでも離れなかった。
 
 
 
 
 バチカル廃工場を抜けて、あのアニスという導師守護役(フォンマスター・ガーディアン)のぬいぐるみの反応を追うわたくし達は、ケセドニアの西……ザオ砂漠に入りました。
 
 わたくしは最後尾にいましたのでよく確認出来なかったのですが、何だか六神将の一人がルークとそっくりだったそうです。世の中、自分にそっくりな人間が三人はいるという話は本当でしたのね。
 
「何だよこれ。連中、一体どこに向かってるんだ?」
 
 地図を眺めながら、ガイが首を捻っています。ぬいぐるみの指す方向には、ただひたすらに砂、その先には海しかないはずです。
 
「船で海を渡るつもりでしょうか?」
 
「でも、ケセドニアで定期船が出ているのに、わざわざ大陸の端に船を用意するかしら」
 
 わたくしの推測に、ティアは疑問で返します。いたずらに身分を明かしたくないというわたくしの要望に沿って、皆はわたくしに敬語を使いません。
 
「アクゼリュスに向かうなら、まっすぐケセドニアに向かった方がいいですねぇ。どうしますか、ルーク?」
 
 このマルクトの軍人。攫われた導師の行方がわかっていながら平然とこんな発言をするなんて、とんでもない男ですわね。どういう神経をしているのでしょう。
 
「イオンを追う……」
 
「わかりました」
 
 即答したルークに、ジェイドはわざとらしく肩を竦めて見せます。……絶対仲良くなれないタイプですわ。しかも、この猛暑の中で何故一人だけ平然としていますの?
 
「みゅう~……あ、暑いですのぉ~……」
 
「うるせーブタザル……余計暑くなるから黙ってろ……」
 
 ルークとミュウはあの様ですのに。……かく言うわたくしも、少し目眩が……。
 
「ルーク、ミュウは全身がふわふわだから私たちよりも暑いのよ。もう少し優しくしてあげたら?」
 
「ンな事知るか。こいつがいると余計にあちー気がすんだよ」
 
 ………ルークの態度も相変わらずですのね。本当に、記憶を失う前とは、まるで別人ですわ。
 
「そうイライラしなさんな、ルークさんよ。もう少し進んだらオアシスに着く事だしな」
 
「おあしす……って何だよ?」
 
「砂漠でも湧水が出ている、憩いの場所の事よ」
 
「……ふ~ん。まあ、水が飲めるんなら何でもいいや」
 
 ガイとティアも、苦労が絶えませんわね。……まあ、わたくしもルークが記憶を失った当時は、彼の教育に尽力したのですけれど。
 
「………………」
 
 今年のわたくしの生誕預言には、わたくしにとっての大きな転機があると詠まれていました。願わくばそれが両国の平和と、そしてルークにとっての転機でもある事を、願わずにはいられません。
 
 
 …………………
 
 
 オアシスで必要な物資や水を調達したわたくし達は、そのまま休まずに導師イオンの行方を追いました。
 
 オアシスで、「ザーオーいーせーきー!!」と大声で叫んでいた少女がいたという証言も聞けました。
 
 結局、追い付けずじまいで野宿する羽目になったのですけれど、距離が離されてしまうより遥かにマシですわ。
 
「(寒い………)」
 
 ジェイドが日中に警告していた通り、砂漠の一番の怖さは寒暖差にあるようです。わたくしは寝袋の中で身震いを隠せません。
 
 もう少し、焚き火に寄ろうかと身を起こそうと目を開けたら………
 
「(ルーク………)」
 
 どこかぼんやりとした表情で、ルークが焚き火を見つめていました。月の位置から見て、もうルークの寝ずの番の時間はとっくに終わっているはずですのに………。
 
「………起きてんのか」
 
「えっ!? え、ええ……」
 
 突然呼び掛けられて、慌てたような返事をしてしまいます。ルークは舌打ちをして、わたくしから視線を外しました。
 
 ……相変わらず失礼な許婚ですわね。
 
「隣、よろしいかしら?」
 
「何でだよ、寝ろよ」
 
 無視して、隣に座るわたくし。ルークも逃げはしませんでした。
 
「…………………」
 
 沈黙。ルークからの一方的な気まずさは感じるものの、わたくしは特に気にしません。おそらく、わたくしはこの世で一番多くルークに「うぜー」と言われてきた人間。今さらこんな事で物怖じしませんわ。
 
「…………………お前、さ」
 
 昼間はわかりませんでしたが、やはり今のルークは少し様子がおかしいようでした。どこか……そう、小さく見えるのです。
 
「………初めて、人を殺したんだよな?」
 
「………ええ」
 
 そう、確かに日中。砂漠や、砂漠に入る前の平原で、魔物の他にも、盗賊と呼ばれる類の者たちと戦いました。……無論、わたくしも。
 
「ですが……相手は他者から金品や物資を奪って我欲を満たさんとする輩。それにわたくし達の使命や、彼らに命を奪われた人々の事を考えれば、裁きを受けて当然だと思います」
 
 人をこの手に掛けた事は、確かに恐ろしかったですが、それでもわたくしは後悔はしていません。弱き人々を守るため、形は違えど、わたくしは戦い続けるのです。
 
 今までだって、盗賊討伐の手配をした事は何度もあります。自分自身が手を下したというだけで、今さらわたくしの気持ちは揺らぎませんわ。
 
「……怖いんですの?」
 
「何で俺がビビるんだよ。アホらしい」
 
 ルークは、バチカルに戻って来る前にも人を殺めているはず。わたくしの考え過ぎなのでしょうか。
 
「………………剣だから、なのかな」
 
 小さく小さく呟いたルークの言葉は、わたくしの耳には届きませんでした。
 
 
 
 
「………………」
 
 あちぃ、溶ける。アニスがオアシスで喚いてたメッセージに従って、ザオ遺跡って所にやって来た俺たち。
 
 トクナガの反応的に、やつらがこの中にいるのは間違いないらしいし、地下でどっかに繋がってる可能性もまずないらしい(まあ、周り全部砂だしな)。
 
 そんなわけで、俺たちはその遺跡の入り口でやつらを待ち伏せしてる。あっちに人質がいる以上、不意打ちで一気にイオンとアニスを取り返さないとやりづれーしな。
 
 にしてもクソッ、やつらは涼しい地下遺跡で、俺たちは砂漠の炎天下でじ~~っと待ち伏せかよ。
 
「ルーク、ちゃんと気配を消して隠れて」
 
「わーってるよ。あっちーなぁ……」
 
 ナメんなよ。俺はガキの頃からかくれんぼの天才だったんだ。……つっても、不意打ちするのはティアとナタリアとジェイド、つまりは飛び道具専門の奴らだけど。
 
 俺の仕事は、不意打ちで作った隙を生かしてイオンとアニスを奴らから引き離す事。
 
「(出てきた………)」
 
 崩れた石柱の陰に隠れて、遺跡の入り口を見てたら、奴らが出てきた。
 
「(アッシュ、って言ったよな………)」
 
 あいつも一緒だ。前髪を掻き上げてるから昨日よりはマシだけど、やっぱ似てる。
 
「(今はどーでもいっか………)」
 
 昨日会ったアッシュとシンクに加えて、タルタロスで会ったデカイおっさんまでいやがる。イオンは普通だけど……アニスはあれ、後ろで手縛られてるのか?
 
 ……でも、イオンとアニスが歩いてるのは最後尾。引き離すには丁度良さそうに見える。
 
「(………行け!)」
 
 崖の上に隠れてたナタリアが、六神将三人に向けて矢を正確に放つ。三人は驚いてはいるみたいだったけど、難なくそれを弾いた。
 
 続けて、ガイが六神将の正面の岩陰から飛び出して……
 
「『魔神剣』!」
 
 そのまま先制攻撃を掛ける。ガイが地面を走らせて飛ばした剣撃はデカイおっさんに止められたけど、これも陽動だ。
 
「『唸れ烈風 大気の刃よ 斬り刻め』」
 
 ジェイドの詠唱を隠すための……
 
「『タービュランス』!」
 
 イオンとアニスには全く影響を出さずに、六神将を竜巻が飲み込んだ。さらに、俺の横から飛び上がったティアが、奴らを囲む三点にナイフを投げ、それがジェイドの作った風の音素(フォニム)を巻き込んで………
 
「魔を討つ力となれ、『フェイタルサーキュラー』!!」
 
 三角形の陣が、その内側に衝撃波を噴き上げる。
 
 ようやく俺の番。つっても実は相当地味。俺はイオンとアニスの方に全力ダッシュかましながら……
 
「オラ行けぇーー!」
 
 アニスに向けて、トクナガを思い切り投げ渡した。
 
「ふっっ………」
 
 アニスのでこに触れた瞬間、巨大化したトクナガはアニスを左手で脇に抱え込んで………
 
「かぁあぁーーっつ!!」
 
 残る右手で、六神将三人を後ろから殴り飛ばした。
 
 
 
 
(あとがき)
 何だか筆(指)の滑りが良いです。スラスラ書ける。対照的に別作品が絶不調。スムーズに行かずに何度も書き直し。……こっちの前書きに不定期って書いたんですけどねぇ。
 
 



[17414] 23・『アルバート流』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/18 19:06
 
「ふっっかぁぁーーっつ!!」
 
 ナタリア、ガイ、ジェイド、ティアと連続で畳み掛けられて怯んでた六神将が、アニスの後ろからの一撃で無様に殴り飛ばされた。ざまーみろ。
 
「ルーク! 手! 手!」
 
「わーってるよ! 急かすな!」
 
 俺は全速力で駆け寄って、トクナガの脇に抱えられてるアニスの、両手を縛ってた縄を急いで切る。何で助けられてるくせにこいつこんな偉そうなんだよ。
 
 両手が自由になったアニスは、待ってましたって感じでいつもの定位置(トクナガの頭の後ろ辺り)に陣取った。イオンと六神将の間に俺とアニスが立つ形だから、これで人質は取り返したようなもんだ。
 
 おまけに、ティアとジェイドとガイとナタリアで包囲するみたいな陣形。袋叩きにしてやる。
 
「……『死霊使い(ネクロマンサー)』には『封印術(アンチ・フォンスロット)』掛けたはずじゃなかったの?」
 
「掛かり方が甘かった、という事だろうな。……面倒な事になった」
 
「……ちっ、ここは一旦退くぞ」
 
 シンクってチビがジェイドとイオンの方を、デカイおっさんがナタリアを、アッシュがナタリアと俺を見ながら、そんな事を言い合う。
 
 つーかこいつら、ジェイドとティアとアニスの攻撃はまともに食らってたはずなのに、まだまだぴんぴんしてやがる。
 
 けど………
 
「逃がすわけねーだろーが!」
 
 イオンはアニスに任せる事にして、俺は奴らに斬り掛かる。またこんな面倒に巻き込まれてたまるか。ここで叩きのめしてやる。
 
「馬鹿が………っ!」
 
 アッシュが俺の剣を止める。やっぱ、ヴァン師匠の部下だけあって強えみてーだけど……俺はヴァン師匠の弟子だ。
 
「(負けるかよ……!)」
 
 そのまま連続で剣を振るって、俺とアッシュは斬り結ぶ。今まで盗賊とか神託の盾(オラクル)兵とかとも戦ってきたけど……全然違う。
 
「(こいつ……強ぇっ!)」
 
 ヴァン師匠やガイとは、実戦って形で戦った事はないから、ある意味、今まで戦ってきた中で……こいつは一番強い。
 
 けど、それより……
 
「(何だよ、こいつ……)」
 
 初めて戦う相手なのに、異常なほど剣が“噛み合う”。こんなにギリギリの斬り合いしてる最中なのに“気付かされる”ほどの違和感。
 
「(嘘だ………)」
 
 構え、間合いの取り方、呼吸、フェイント……頭では違うって思いたいのに、体に染み付いた感覚が肯定する。
 
「「『瞬迅剣』!」」
 
 俺の左の突きと、アッシュの右の突きがぶつかり、交差して、互いの顔の真横を過ぎる。
 
「(“同じ技”……!?)」
 
「思ったより、いい腕じゃねぇか」
 
 ビビる暇もない、そのまま息も着けない連撃がぶつかり合う。同じ動き、同じ技、違うのは左右の構えの違いくらい、なはずなのに………
 
「くそ……っ!」
 
 速さが違う。重さが違う。鋭さが、キレが、威力が違う。“俺が負けてる”。
 
「(何で………)」
 
 こいつ、間違いなく俺と同じアルバート流だ。なのに、何で俺は驚いてんのに、こいつは全然驚いてねーんだよ。何で……。
 
「俺を見下してんじゃねぇよ!!」
 
 怒鳴って斬り掛かった剣が、
 
「あ………」
 
 弾かれて………
 
「『ネガティブゲイト』!!」
 
「っ……ぐぁああ!?」
 
 次の瞬間、アッシュを、俺ごと紫色の魔空間が呑み込んだ。俺は痛くも痒くもないけど、アッシュには効いてるみたいだ。
 
「ルーク何やってんの!? 早く追い打ち!」
 
「っ……!」
 
 焦ったような声に叱咤されて、初めてさっきのがアニスの譜術だと気付いた。でも、ちょっと俺が反応するのが遅すぎた。
 
 俺が剣を拾った頃には、アッシュは魔空間から抜け出して大きく距離を取っていた。
 
 そして…………
 
「う、わ………」
 
 当然、俺たち同様に戦っていたジェイドたちの戦闘の光景が、アッシュの背中に広がっていた。
 
 丁度、シンクの氷とジェイドの炎が空中でぶつかって………
 
(ボン………ッッ!!)
 
 氷の欠片と、水と、水蒸気が辺りに立ちこめて……何も見えなくなって、煙が晴れた時……そこに六神将の姿はなかった。
 
「…………………」
 
 鮮血のアッシュ。何だよあいつ……。何で俺と同じ顔で……アルバート流が使えるんだ。
 
『お前は、私の弟子だからな』
 
「…………………ヴァン師匠…………」
 
 何がなんだかわかんねぇ……。教えてくれよ……ヴァン師匠………。
 
「………………」
 
 早く、会いたい。ヴァン師匠に会いたい。このもやもやする不安を、吹き飛ばして欲しい。
 
 
 
 
「(予想以上に、強かったな………)」
 
 水煙の中でアッシュを見つけられたのは、運がよかったのか悪かったのか。
 
 状況が状況だったし、感情を抑えきれなかった。八つ裂きにしてやるつもりで斬り掛かったってのに……結局手傷を負わされたのは俺の方。しかもその後、軽々逃げられた。
 
「(俺の十数年間の剣の修行は何だったんだ、って話だよな……)」
 
 いくら相手は六神将だからって、正直ちょっと傷つく。……もしかしなくても、使用人生活のせいで大して成長してないな、俺。
 
「…………………」
 
 それが二日前の事。
 
 今、俺たちはケセドニアからカイツール軍港に向かう船の上にいる。
 
『あのな、お前のドジに付き合わされてこっちがどんだけ迷惑したと思ってんだよ!』
 
『すいません、ルーク。それでも、機密を教えるわけにはいかないんです』
 
 結局ザオ遺跡で何をさせられていたのか教えてくれなかった導師イオンに、ルークは怒鳴り散らしてた。
 
 まあ、俺も気にならないって言ったら嘘になるけど、あれはちょっと周りからひんしゅく買ってたな。
 
 イオン様が、両国の和平に最後まで尽力したいってご立派な理由で俺たちについてくる決断をした後だったから、なおさら。
 
「(………お?)」
 
 そんな事を考えてたら、甲板の端で海を眺めてるルークを見つけた。……あいつ、横暴で礼儀知らずだけど、一つの事を何日も気にするほどねちっこいタイプじゃないはずなんだけど……ちょっと声掛けてみるか。うざがられながら励ましてるミュウがちょっと可哀想だし。
 
「よっ、どうしたルーク。珍しい魚でもいたのか?」
 
「ガイか………」
 
 …………こりゃ、イオン様の事で苛ついてるって顔じゃないな。
 
「……もう、なんか頭ん中ぐちゃぐちゃでメンドくせぇ。早くアクゼリュスに着かねーかなぁ……」
 
 ……なるほど、“そっち”ね。あの大佐殿は、多分気付いてて言わないんだろうなぁ。人が悪いのか、自分の罪から目を逸らしたいのか……。
 
「お前が障気に冒された街に早く行きたがるなんて、ヴァン謡将は偉大だねぇ」
 
「!! ……そ、そうだよ。決まってんだろ!」
 
 ……この反応、何かあるな。いや、それ以前に………
 
『ND2018.ローレライの力を継ぐ若者。人々を引き連れ鉱山の街へと向かう』
 
 七年前のあれは、これを知った上での行動だったのか? だとしたら、これから何かが起こるのか? それとも、すでにこの状況自体が何か起こした結果の産物なのか……。
 
「(どっちにしろ、俺は様子見だな……)」
 
 “ヴァン”の計画、それにルークがどう関わってくるのか、その中でルークがどうなって行くのか、見届けさせてもらうだけだ。
 
 
 
 
「ルーク、イオン様が疲れたそうだから、休憩よ。聞いてなかったの?」
 
「…………え? あ、ああ」
 
 ザオ遺跡で六神将と戦ってから、ルークの様子がおかしい。口数が減って、常に何かを考え込んでいる。表にでる態度は、焦っているか沈んでいるかの二つに一つ。なのに、時間さえあれば超振動の制御訓練を自分から申し出てくる。……元々、自分から言いだすほど熱心じゃなかったはずなのに。
 
 もちろん、勉強熱心なのは悪い事ではないのだけど、今のルークは……どこか危うく見える。理由を訊いても応えてくれないから、こっちも不安になってくる。
 
「(やっぱり、鮮血のアッシュの事……?)」
 
 確かにそっくりだったし、今まで兄さんがその事を一切口にしなかったのも気にはなるけれど、あのずぼらなルークがここまで気にするというのも変な気がする。
 
 もう、ここはデオ峠。ここを越えればアクゼリュスだっていうのに………。
 
「(………私も、同じかな)」
 
 姉さんの行動がわからない。イオン様から話を聞ければ、六神将の狙いもわかるかも知れないけど……。
 
 どちらにしても、戦争を起こそうと画策する派閥があるとすれば、和平の条件であるアクゼリュス救援を邪魔しにくるはず。油断は出来ない。
 
「みゅうぅ……ティアさんもご主人様も、怖い顔してるですの……」
 
「ごめんなさい。大丈夫よ、ミュウ」
 
 こんな小さなチーグルの仔供に心配を掛けるなんて、ダメね。
 
 こういう時だから、私がしっかりしなければならないのに。
 
 イオン様の回復を待って、道々に現れる魔物を倒しながら、私たちはアクゼリュスを目指してザオ峠を抜ける。
 
 ルークと超振動でマルクトに飛んで以降続く旅の連続。皮肉な事に、世界を飛び回りながら魔物と戦う日々は、通常の軍事教練以上に身につくものらしく、私は以前より大きく成長している自分を感じていた。
 
 ……そう、私に戦いを教えてくれた人を思い出していた時だった。
 
『っ………!?』
 
 先頭を歩いていたガイの足下に、無数の亀裂が奔る。一瞬数発放たれた、音弾によって。
 
「ティア、いつまでそんな連中と行動を共にしている。我々の理想を忘れたか?」
 
 デオ峠をアクゼリュス側に下りる私たちを、崖の上から見下ろすように、その人は立っていた。
 
 私が、憧れ目指した、理想の女性。
 
「姉さん……!」
 
 六神将……魔弾のリグレット。
 
 
 
 
(あとがき)
 この際だから、開き直って一部終了まではこっちに集中して突っ走る事にします。
 
 



[17414] 24・『“ルーク”』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/18 22:33
 
「姉さん……!」
 
 どうして………いや、やっぱり、と言った方がいいのかも知れない。……戦争を望む勢力が妨害に来る事は、覚悟していたのだから。
 
 でも、私にはどうしても納得出来なかった。
 
「姉さんこそ、どういうつもりなんですか! イオン様を誘拐したり、和平の使者を襲撃するなんて!」
 
 姉さんは兄さんの片腕。そして同じ理想を求める仲間。その姉さんが、大詠師からの命なんて理由で戦争を起こす事に加担するなんて、私は信じられない。
 
「呪われた預言(スコア)の運命から逃れ、覆すためだ。今はわからなくても、お前にもすぐにわかる。私を信じて、共に来なさい」
 
「……聞けません。今の姉さんの言葉は」
 
 信じたい。その気持ちは強く持っていても、姉さんの言い分は無茶苦茶だった。
 
 毅然と己の意志を貫く生き方を私に教えてくれたのは姉さんなのに……今の姉さんは、説明一つせずに唯々諾々と従う事を私に求めている。
 
 どんな理由があったとしても、到底素直に聞き入れられるものじゃない。
 
「……そんな必要ねーよ」
 
 突然、私と姉さんだけの言葉の応酬に、ルークが口を挟む。
 
「俺とヴァン師匠さえいれば、預言を変えられるんだ! わざわざ逃げる必要なんてねーんだよ!」
 
 預言を変える。ルークの口から、何でそんな言葉が出てきたのかわからない。
 
「(ルーク………?)」
 
 それ以上に、今のルークは、どこか虚勢を張っているように、怯えているに、縋りついているように見えた。
 
「何一つ知らない分際で知った風な口を叩くな。出来損ない」
 
「っ………!!」
 
 姉さんのあまりに辛辣な言葉に、ルークは怒りを堪えきれないように歯を食い縛っている。……おかしい、確かに姉さんは厳しい人だけど、よく知りもしない相手にいきなり出来損ないなんて言う人じゃない。
 
 優しいとか礼儀正しいとかそういう事以前に、無意味な侮蔑で他者を刺激するような行為が、ひどく“らしくない”。
 
「カイツールで待つ。必ず来い、ティア!」
 
 姉さんはそう言い捨てて、背中を向けて去って行った。崖の上にいた姉さんの姿は、一秒と掛からずに私たちの視界から消える。
 
「待ちやがれっ!!」
 
 見た事がないほど怒り狂ったルークが、感情のままに咆えて、来た道を走って引き返して行く。
 
「ルーク! 深追いするな!」
 
「うるせぇ!!」
 
 ガイの制止も全く聞かずに、ルークは行ってしまう。………もう!
 
「待ってルーク! 挑発よ!」
 
 障気に冒されたアクゼリュスを目前に、私はルークを追って峠の山道を走る。
 
 
 
 
「………なあ」
 
「いいですよ。六神将相手にあの二人だけというのもまずいですから」
 
「悪い!」
 
 ジェイドと短いやり取りを交わして、ガイもルークとティアを追って行ってしまった。
 
「んもぉ~~……ルークってばホント単純馬鹿で自分勝手なんだから! もうちょっと自分の立場わきまえろっちゅーの!」
 
 ルークの行動に、アニスが結構本気で怒っている。……でも、僕はその言葉に安易に頷けない。最近のルークの様子はどこかおかしかった。……きっと、薄々何かを感じ取ってしまっているんだ。
 
「ジェイド! あなたもあなたです! どうしてガイの過保護まであっさり許したのです! 今優先すべき事が何なのか、わからないわけではないでしょう!」
 
 ナタリアの言葉も、当然のもの。……だけど、ジェイドも多分気付いている。
 
「とは言っても、ここで彼らがリグレットに殺されてもまずいでしょう。文句ならルークに言ってください」
 
 いつも通りに飄々とそう言うジェイドは、しかし似合わない言葉を続ける。
 
「……本当は私も追いたいところですが、この状況でそれはエゴでしょうからねぇ」
 
 それが、何よりジェイドが真実を知っている事を物語っていた。……だけど、自身も追いたいとまで言うなんて……彼は、何か関係があるのでしょうか。
 
「………今は、僕たちだけでも先を急ぎましょう。ルーク達は必ず戻って来ます」
 
 僕の言葉を、各々が各々の所作で肯定してくれた。僕は再び峠を下り始める。
 
「(………ルーク)」
 
 
『ったく、ろくに戦えもしねーくせに、こんな所に来るんじゃねーよ』
 
『俺の事は呼び捨てでいいからなっ!』
 
『お前、虚弱体質だもんなぁ……』
 
『あのなぁ……アクゼリュスってのは障気まみれのスッゲーヤバいトコなんだぞ? わかってんのか』
 
『イオンを……返せぇ!!』
 
 ……“導師として”しか見られる事のなかった僕に、そんな事は全く無関係に接してくれた、おそらくは僕と同じ境遇の……初めての友達。
 
「(必ず戻って来る……)」
 
 彼が、自分の真実を突き付けられた時、どれほどの衝撃を受けるか……。それでも……
 
「(乗り越え、立ち直る事を信じています)」
 
「みゅうぅ………ミュウもご主人様について行きたかったですのぉ……」
 
 それまで、置いていかれて涙ぐんでいるミュウは、僕が預かっておこう。
 
 
 
 
「(治療術では、無意味ですのね………)」
 
 鉱山の街・アクゼリュス。障気に包まれ、冒されたその街の想像以上の惨状に心を傷めながら、ナタリアは奔走していた。
 
 身動き一つ出来なくなっている者。最早ただ死を待つしかない者。故郷に家族を残している者。そして………すでに死した者。
 
 それら、目を背けたくなるほどに凄惨な状況で、全体の状況を細部に渡っていち早く把握し、救助隊に的確な指示を飛ばしていた。
 
「イオン。無理をなさらなくてよろしいのですよ? ここであなたに体を壊されては、わたくし達も困りますわ」
 
「いえ……ルークが戻るまで、僕が皆の寄る辺にならなければいけません」
 
 何故だか自分の許婚を高く評価しているイオン、その健気な姿に、ナタリアはややの感動を覚える。同時に、こんな時に安い挑発に乗って責務を放棄したルークに一層の不満が募る。
 
「(まったく! 少しは成長したかと思ったわたくしが愚かでしたわ!)」
 
 丁度その時、地上に続く坑道から、二つの人影が現れる。噂をすれば影。赤い髪を揺らして、許婚が歩いてくる。もう一人は、先に到着していたヴァンだ。
 
「ルーク! この大事な時に一体どこまで行ってらしたの! 預言に詠まれた英雄たる自覚があまりにも足りなすぎますわ!」
 
「うっぜーな。俺だって、今の状況見たら自分の馬鹿さ加減くらいわかってるっつーの」
 
 怒りに任せたナタリアの怒声に、いつも通りの口調で、しかし予想外の言葉が飛び出した。ナタリアとイオンが目を丸くする。
 
「俺、全然わかってなかったんだな。こんなにやべぇ状況だってわかってたら、あんな馬鹿な事しなかったのに………」
 
「ルーク………」
 
 自分の行いを本気で悔いている、そんなルークの仕草に、ナタリアは僅か安堵した。ルークは……やはり少しずつ変わってきている。
 
「ここの監督は、さっきジェイドに頼んどいた。イオン、ナタリア、力を貸してくれ」
 
 突然の提案に驚くも、ルークの瞳は見た事がないほど真剣なもの。
 
「俺たち四人の力が、アクゼリュスを救うのに必要なんだ」
 
 イオンとナタリアは、その決意を受け止め、首を縦に振っていた。
 
 
 
 
「何ですの、ここは……?」
 
 坑道の最深部。イオンは、ルークとヴァンの言葉に従い、一つの奇怪な扉の封印を解いた。その先に続くのは、見た事もない音機関群で構成された、広大な空間。
 
「ここで我ら四人の第七音譜術士(セブンスフォニマー)の力を合わせる事で、アクゼリュスの障気を中和する事が出来るのです」
 
「まあっ! それは本当ですの!」
 
 先頭を歩くヴァンの言葉に、ナタリアは両手を合わせて喜ぶ。それが本当なら、ルークが英雄として預言に詠まれていた事も、自分の、大きな転機が訪れるという生誕預言も納得出来る。
 
 ナタリアとは対称的に、ナタリアの隣のイオンは表情に怪訝な色を強め、最後尾を歩くルークは無言。
 
「あれが、パッセージリングか」
 
 広大な空間の終着点に、一つの柱があった。
 
 巨大な音叉を上下に二つ繋げたような、不思議な柱だ。
 
「ねえ、ルー………」
 
 世間知らずなはずのルークが、こんな状況下で不気味なほどに冷静な事を怪訝に思ってナタリアが振り返ろうとした、瞬間……
 
「「っ……!?」」
 
 怖気にも似た凄まじい力の予兆を感じて、ナタリアとイオンが硬直した。それは一拍後に……具現する。
 
(パァアアアーー……ン!!)
 
 パッセージリング、と呼ばれた音叉の柱が、粉々に砕け散る。ルークの構えた剣から放たれた光……否、『音』によって。
 
「くだらねぇ運命に従ってやるのも、これで最後だ」
 
 ルークがそう吐き捨てると同時に、大地が地響きを立てて震えだす。まるで、支えを失ってしまったように。
 
「ルーク!? あなた一体何を……」
 
 あまりに突然の事に悲鳴混じりに詰問しようとしたナタリアは……そこで初めて気付く。そこにいるルークの、髪の色。
 
 薄暗い坑道の中ではわからなかったが、その髪はルークが持つはずの朱色ではなく………『紅』だった。
 
「ッ……お前はっ、ルークではありませんわね!?」
 
 咄嗟に大きく後ろに飛び退いて、ナタリアは弓に矢をつがえて、紅い髪の男に狙いをつける。
 
「“違う”。俺はルークだ、ナタリア」
 
「でたらめを言うな! お前は六神将、鮮血のアッシュでしょう!」
 
 矢を向けられているにも関わらず、ルーク……否、アッシュは剣を収め、ナタリアを見つめる。
 
「何とか言ったら……」
「『いつか俺たちが大人になったら、この国を変えよう』」
 
 敵意に満ちたナタリアの言葉を遮り、アッシュはまるで誓うように、その言葉を口にした。それが、まるで金縛りのようにナタリアの動きを止める。
 
「『貴族以外の人間も、貧しい思いをしないように……』」
 
 一歩。
 
「『戦争が起こらないように……』」
 
 また一歩。アッシュは、ナタリアへの距離を縮めて行く。
 
「『死ぬまで一緒にいて、この国を変えよう』」
 
「っ…………!」
 
 紡がれる言葉が信じられないように、打ちのめされるように、ついにナタリアの弓は力無く下げられた。
 
 それは約束。幼き日に誓った、二人だけの約束。
 
 ナタリアは、動けない。
 
 アッシュ……否、“ルーク”は、ついにナタリアとの距離を無くす。伸ばされた腕に、ナタリアは竦んだように動けない。
 
 嬉しいわけでも、悲しいわけでも無い。ただひたすらに混乱の中で……目の前の全てを現実として受け入れる事が出来ずにいた。
 
「迎えに来た。ナタリア………」
 
 抱擁を受ける中、ナタリアの目には、ただ………懐かしい紅が揺れていた。
 
 
 
 
(あとがき)
 いよいよ第一部も大詰め、というかようやく原作と顕著な差が出てきたといいますか。
 次話はちょっと時間を戻してルークサイドからスタートします。
 
 



[17414] 25・『裏切られた信頼』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/20 10:02
 
「待ちやがれ! 俺が何も知らないってどういう事だ!?」
 
 ふざけやがってふざけやがってふざけやがって!!
 
 あのモースとかいう豚の命令で戦争起こそうとしてた女が、俺に何も知らないだとか、出来損ないだとかぬかしやがって!
 
 俺が……俺が、ヴァン師匠と一緒にアクゼリュスを救うんだ! こんな奴に、何がわかるってんだ!
 
「そうやってムキになって追って来るという事は……もう本当は気付いてるんじゃないのか? 坊や」
 
「知るか! 誰が坊やだテメェ!」
 
 一度は見えなくなったくせに、わざわざ俺の前に姿を現して、なのに逃げやがる。
 
「テメェが知ってる事、全部話せ! でねーとぶっ潰す!」
 
「そうやって不安になっているのがいい証拠、だ!」
 
「うわっ……!?」
 
 尻尾巻いて逃げながら、こうやって時たま振り向いて音弾をぶっ放してくるから、いつまで経っても追い付けしねぇ。クソッ!
 
「待てルーク! 今はあの女を追ってる時じゃない!」
 
「お願いだから止まってルーク! 何かおかしい、これは罠よ!」
 
「うるせぇ! お前らもついて来んじゃねぇ!!」
 
 後ろから、ガイとティアが追っかけて来てる。誰が止まるか。人の気も知らねぇで何が………
 
「(………俺、何であの女をこんなに必死になって追いかけてんだ……?)」
 
 それこそ、どうでもいいはずじゃねえか。あんな女ほっといて、さっさとヴァン師匠とアクゼリュスの障気を中和すりゃいいのに……。
 
「(確かに、滅茶苦茶ムカついたけど……)」
 
 イオンがいねーし全力疾走してるから、来た時に比べたら全然時間掛かってねぇけど……わざわざ登った峠を引き返すなんて面倒くせぇ真似……しかも、俺ってこんなに体力あったのかってくらい走りっぱなしで……。
 
「本当は、気付きたくないだけなんだろう!?」
 
「黙れぇっ!!」
 
 俺が……俺が何に気付きたくないってんだよ!!
 
 
 
 
「(ルーク、何があったの……?)」
 
 速い。元々、足なら私やガイの方が速いけれど、ルークの方が体力がある。ああやって先に走りだされてしまうと、中々追い付けない。
 
 でも、そんな基本的な能力以前に、今のルークは速い。どこか、追い詰められているような必死さを感じる。
 
『俺とヴァン師匠さえいれば、預言は変えられるんだ!』
 
 ……私は、ルークに私たちの理想を話した事はない。なのに、何でルークがあんな言葉を……。
 
「(もしかして、姉さんだけじゃなくて、兄さんも……?)」
 
 兄さんが、私に隠してルークに何か吹き込んだ?
 
 姉さんが兄さんを裏切ったなんて話より、よほど信憑性がある。……だけど、私は何も聞いてない。
 
「(姉さん、兄さん………)」
 
 何か重大な隠し事をされているという不信感。そして今のルークの尋常ではない姿に、私の胸には空恐ろしい暗雲が立ちこめていた。
 
 デオ峠を抜ける。……この先に、一体何が待ち受けているの………?
 
 
 
 
『ッッ………!?』
 
 リグレットを追っ掛けて峠を抜けて、その先もしばらく走り続けた所で……突然デカイ地震が起こった。走ってる最中にいきなり揺れるもんだから、俺は無様にすっ転んじまった(こけたの俺だけだ、クソッ)。
 
「ちぃっ、アッシュのやつ……少し早いぞ!」
 
 リグレットが舌打ちしながら呟いた名前に、俺の中の漠然とした不安がまた大きくなる。……そうだ。あいつに会ってからなんだ………この嫌なもやもや。
 
「ルーク! 上!」
 
「なんっっ……うお!?」
 
 ティアに言われて振り返る……のと同時に、デカイ岩の塊が俺の足下に落ちた。そして、見た。
 
「何だよ、これ……?」
 
 地震どころじゃねぇ。広範囲に地割れがどんどん広がって、デオ峠がどんどん崩れて行く。
 
 何か……やべぇ……。
 
「走れ! 死にたくなかったら走れ!!」
 
 あのリグレットが、焦ったみたいに叫ぶ。多分、ティアに。
 
「立てルーク! このままじゃ岩崩れに飲み込まれる!」
 
 ガイが俺の腕を取って立たせた。ティアも、リグレットも、俺も、ひたすらデオ峠から離れるように走る。
 
 地割れがどんどんこっちに近づいて来る。不思議と、ガイが言うみたいに崩れた岩が迫ってくる事はないけど、俺たちが走って通った足場がどんどんどんどん崩れていく。
 
「うわ……!」
 
 地震で足がもつれてふらついたところで、足場が崩れた。落ちる、そう思った時………
 
「っと!」
 
 ガイが、俺の手首を掴んで助けてくれた。………死ぬかと、思った。運よく、地震は俺が掴んだ所で止まってくれたらしい。
 
「…………う、そ……」
 
 ガイの手を借りて何とか登った俺は、ティアの茫然とした呟きに……振り返る。
 
「あ……………」
 
 そこには、何もなかった。さっきまで俺たちがいた、崩れたはずのデオ峠も、その先にあるはずのアクゼリュスも、何もない。
 
 ただ、桁外れに馬鹿デカイ大穴だけがあった。
 
「……………姉さん、一体何をしたんですかっ!!?」
 
 ……嘘だろ……? あそこには、ヴァン師匠や、イオン達もいたんだぞ………。
 
「(あ………)」
 
 ティアがリグレットを問い詰めてる大声を聞きながら、俺は、何もないと思ったアクゼリュスの空に、三つの影を見つけた。デカイ、鳥の魔物みたいだ。
 
「(誰か……乗ってる)」
 
 その上に人影を見つけた。それは、どんどん近づいてくる。上に乗ってる人間が誰なのか、わかった。
 
「ヴァ………」
 
 真っ先に目についたのは、先頭を飛んでる方の鳥の魔物……グリフィンに乗ってる人。
 
「ヴァン師匠!」
 
 生きててくれた! その事がムチャクチャ嬉しくて思わず叫んだ。……でも、
 
「ナタ、リ………ア?」
 
 その後ろのグリフィンに乗ってる二人を見て、何でか俺は言葉を失う。ナタリアと……………アッシュだ。
 
「よくやってくれたな、リグレット」
 
「はっ」
 
 俺たちの前に降り立ったヴァン師匠の第一声。その意味がわからなかった。
 
「裏切ったのね! 外郭大地を存続させるって言ってたじゃない!!」
 
 ティアの悲鳴も、意味がわからない。……裏切った? ……誰がだよ?
 
「っ………離して!」
 
 ナタリアが、アッシュを突き飛ばしてこっちに逃げてきた。……何で、アッシュとナタリアが一緒にいるんだよ?
 
 ……そうだ。俺、ヴァン師匠に謝らないと……。
 
「ヴァン師匠、ごめん! 俺がさっさとアクゼリュスに行って、障気を中和してたら、こんな事には……!」
 
 訊かなきゃいけない事もあるんだった。
 
「……そうだ、ヴァン師匠。何でアッシュやリグレットと一緒にいるんだ? 何でそいつ俺と同じ顔なんだ?」
 
 やめろ。
 
「何でそいつにアルバート流の剣が使えるんだ。ヴァン師匠の弟子は、俺だけのはずだろ?」
 
 訊くな。頭の中でそんな声が囁くのに、俺の口は堰を切ったように疑問をそのまま出していた。
 
「………自分でも、もう気付いているのだろう?」
 
 リグレットと同じ言葉。ヴァン師匠本人に言われた事で、俺の中でそれは得体の知れない絶望に変わる。
 
『七年前のあの日、当時から私の弟子だったお前を連れて逃げたのだ』
 
 ……やめろ。変な事思い出すな。
 
『お前は、私の弟子だからな』
 
 そうだ、俺はヴァン師匠の弟子なんだ。
 
『シュザンヌ様に聞いたの。誘拐される前後で、ルークの髪の色が変わってるって。前は今より濃い、紅い色だったそうよ』
 
 だから何だっつーんだよ!?
 
『これからは弟子でも師でもない。肩を並べて共に戦う、対等な同志として』
 
 俺は、ヴァン師匠と……一緒に………。
 
「ローレライの力を継ぐ若者としてバチカルを出発した時点で、テメェの役目は終わってんだよ」
 
 黙れアッシュ。テメェなんかに話しかけてねーんだよ……。
 
「同じ顔、“俺が持つ紅い髪”、同じ剣技、全てを知っていたヴァン。いくら劣化野郎でも、いい加減わかってんだろ?」
 
 見下すなクソ野郎………。気味悪い薄笑い浮かべんな。誰が、誰が劣化野郎だ……。
 
「お前は俺の身代わりにすげ替えられたスケープゴート、フォミクリーによって生まれた劣化複写人間………」
 
「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ!!」
 
 黙れ。その先を、言うな……!
 
「ただのレプリカなんだよ!」
 
「っ…………!?」
 
 レプリカって何だよ……。劣化複写人間……って、どういう事だよ。
 
『私にはお前が必要なのだ』
 
「ヴァ、ン……師匠……」
 
 何か言ってくれ。アッシュの言ってる事なんかデタラメだって、言ってくれよ!
 
「さらばだ、出来損ないの『レプリカルーク』」
 
「う、あ………」
 
 ヴァン師匠がくれたのは、俺が一番欲しくない言葉だった。
 
「うあぁぁあぁあぁぁーーーーー!!!」
 
 
 
 
 ルークが絶叫を上げて崩れ落ちる。
 
「どうして! 何で兄さんがこんな事を……!」
 
 ティアが、千々に乱れた心のままに叫ぶ。
 
「「…………………」」
 
 ナタリアは何も言えない。ガイは何も言わない。
 
「ティア、お前にもいずれわかる。この世界に本当に必要なものが、何なのか」
 
 リグレットが、ティアにそう言ってグリフィンに飛び乗る。
 
「……ナタリア、今すぐに解を出せとは言わない。また、迎えに来る」
 
 アッシュは、何も言えずに立ち尽くすナタリアにそう告げて背を向け……
 
「待って! ルーク!」
 
「世界にも家族にも見捨てられた名前なんて、俺はとっくに捨てた。それはそこの出来損ないにくれてやった名前。……俺が“ルーク”を名乗るのは、“あれ”が最後だ」
 
 返すナタリアからの呼び掛けを否定し、グリフィンに飛び乗る。
 
「メシュティアリカ。共に理想を追うならば良し。だが、我が理想を阻むなら、お前とて容赦せん」
 
 聞き慣れない呼び名でティアにそう言ったヴァンが、最後にグリフィンに飛び乗る。
 
「お前はもう用済みだ、ルーク。どこへなりと立ち去るがいい」
 
 崩れ落ちたルークにとどめの宣告を浴びせて、ヴァン達は空に消えていく。
 
 壮大な理想と、恐ろしい野望を抱いて……。
 
 
 
 
(あとがき)
 また次話は少し時間戻してイオンサイドからスタートします。
 
 



[17414] 26・『魔界』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/21 07:06
 
「(もぉ~……、イオン様ったらどこ行っちゃったのかなぁ)」
 
 坑道から、トクナガで病人運んで一往復して戻って来たら、イオン様とナタリアがセットでいなくなってた。
 
 周りにいたマルクトの軍人さんに訊いたら、ルークや総長と一緒に奥に進んだって応えてくれて、それを聞いた大佐が……
 
「……おかしいですねぇ。ルークが追い付いたというわりには、ガイやティアの姿が見えませんし」
 
 ズレてもない眼鏡を押さえながら、そんな事を言った。それよりあのお坊ちゃん、来たんなら遊んでないで手伝えっての。おまけにイオン様まで連れ出してくれちゃって。
 
「わたし、イオン様探して来ますねぇ。こんなトコで倒れられたらマジヤバですしぃ」
 
「私も行きますよ。グランツ謡将とあの三人の組み合わせというのは、正直嫌な予感しかしませんから」
 
 大佐は総長の事、あんまり信じてなさそうだしな~。って言うか、さりげなくイオン様も失礼な認定されてるよ。……まあ、イオン様あれで結構天然入ってるし、しょーがないか。
 
 そんなわけで、わたしと大佐はイオン様やルーク達を探して坑道の奥まで進んで行ったんだけど………
 
「うっわぁ……何これ?」
 
 もう病人なんて一人もいない、坑道の一番奥の扉の先に、なんかすっごい部屋があった。こんな音機関見た事ないよ。
 
「創世歴時代の音機関のようですね。アクゼリュスの下にこんな施設が眠っているとは……」
 
 マルクトの領土なのに大佐も知らなかったんだ、と驚く……のに便乗するみたいに……
 
「むっ……!?」
 
「はぅあっ!」
 
 かなり大きめの地震が起きた。って! こんな坑道の中にいる時に地震とかホントにシャレにならないってば!
 
「イオン様ー!」
 
「アニス!?」
 
 慌ててイオン様の名前呼んで駆け出したら、予想外にすぐ返事が返ってきた。案外近くにいたんですね。
 
「(きゃわ……☆)」
 
 道なりに走って行って真っ先に目に入ったのは、地震だからか抱き合うルークとナタリア。ちっ、ここにティアがいたらもっと面白い事になったのに。……なんて野次馬気分は、次の瞬間には吹き飛んでた。
 
 何故って、イオン様が総長に、首絞められるみたいに捕まえられてたから。
 
「『サンダーブレード』!!」
 
 対応早っ! わたしの脇を縫って、大佐の譜術がぶっ放される。それが……イオン様に直撃。
 
「ぐう……ぅ!」
 
 バリバリ稲妻が広がって、総長は思わず下がった。そんな中で、当然イオン様は無傷。って言うか大佐、このわけわかんない状況でいきなり神託の盾(オラクル)の首席総長に上級譜術とか無茶苦茶やるなぁ……。
 
「のわぁぁ!?」
 
 地震がさらに酷くなる。ってこれもう地震ってレベルじゃないって! ホントに生き埋めになっちゃうかも……!
 
「本来の威力の半分ってところか。死霊使い(ネクロマンサー)殿?」
 
「あ……っ!」
 
 何かルークのくせに気取ったセリフを吐いて、飛んできたグリフィンに飛び乗った。ナタリア抱きかかえたまんまで。総長もおんなじ、もう一匹のグリフィンに乗ってる。
 
「ちょっ、ルーク! わたし達も助けてよー!!」
 
「アニス! ジェイド! 早く僕の傍に!」
 
 ナタリアだけ助けて総長と飛んでったルークにわたしが怒鳴ったけど、無視された。イオン様が焦ったみたいにわたしと大佐を呼ぶ。この部屋、崩れだしてる。本気でヤバい!
 
「ダアト式譜術で、障壁を張ります!」
 
 イオン様が掌を足下に叩きつけるのと同時に、独特の譜陣が何重にも重なってわたし達を包み込んだ。
 
「(……これ、どっちにしろ生き埋めになっちゃうんじゃ………)」
 
 障壁の上に崩れ落ちてくる地面を見ながら、わたしはそんな事を考えていた。
 
 
 
 
「…………なに、これ?」
 
 地震で鉱山が崩れて、わたし達みんな生き埋めになっちゃうのかと思った。……でも、実際には山崩れどころか、わたし達の足下までどんどん崩れていって……わたし達は障壁ごと落下した。
 
 “元”・アクゼリュスの欠片の上で、わたしはこの惨状を目の当たりにする。
 
 マルクトの救援隊の人たち、キムラスカの先遣隊の人たち、そしてアクゼリュスの人たち……崩落に巻き込まれた皆の死体が、あちこちに転がってる。
 
 泥の海、さっきまでのアクゼリュスなんか目じゃないくらい広範囲に広がる障気。そして……泥の海?
 
「……どうやら、ここはアクゼリュスの地下にある世界のようですね」
 
「地下って………地平線が見えるんですけど……」
 
 大佐の本気なのかどうかよくわからない発言に、一応指摘を入れとく。どう見たってここ、アクゼリュスよりデカイもん。
 
「ここは……『魔界(クリフォト)』、です……」
 
「イオン! 横になっててくださいよぉ!」
 
 (多分)アクゼリュス丸ごと消滅させる規模の崩落から身を護るほどの障壁を張ったイオン様は、かなり消耗して立つ事も出来ないでいる。
 
 ……でも、こんなトコでゆっくりなんて出来るわけないし……。
 
「タルタロスに向かいましょう。緊急用の譜術障壁で持ち堪えているはずです。生き残りもいるでしょうし」
 
 大佐のその提案に従って、わたし達は足場伝いにタルタロスに向かい、乗り込んだ。
 
 …………………
 
「話のスケールでかすぎ」
 
 マルクトの軍人十数人と、アクゼリュスの住民十数人。それがタルタロスに乗ってた事で一命を取り留めた……あまりに少ない生き残りだった。
 
 イオン様の話によると、ここは『魔界』。わたし達が今まで暮らしてた大地は『外郭大地』って呼ばれる代物で、実際にはアクゼリュスだけじゃなくて、全世界の下にこんな地獄みたいな世界が存在するらしい。
 
 つまり、わたし達が知らなかっただけで、わたし達が今まで立ってた地面は、セフィロトから噴き上げる記憶粒子(セルパーティクル)の力で“浮いてる”ような代物だったらしい。
 
 ローレライ教団の詠師職以上の人間か、魔界出身の人間しか知らない世界の秘密。……確かにこんな事一般公開しても大混乱を招くだけだろうから、隠すのもわかる。
 
 そして、そのセフィロトを司るパッケージリングっていうやつを超振動で壊しちゃったから、アクゼリュスは消滅しちゃったみたい………。
 
「見損なった、ルークのやつ! バカで非常識ではた迷惑なやつだとは思ってたけど、ここまでとは思ってなかったよ……!!」
 
 どうせ首席総長に騙されたんだと思うけど、今回ばっかりはいつものドジじゃ済ませらんない。大体、何で一言みんなに相談しないわけ?
 
「………アニス、その事……なんですが」
 
 わたしがそんな事を沸々と考えてたら、イオン様が言いにくそうに声を掛けてきた。
 
「アニス、あれはルークではありませんよ。……いや、あれこそがルーク、というべきか」
 
「?? ……大佐、何言ってるのか全然わかんないんですけど……」
 
 ルーク贔屓のイオン様ならともかく、大佐まで変な事を言い出した。
 
 そこから続けられた説明に、わたしは言葉を失う。
 
「…………………」
 
 そんなわたしを、ただ黙って見ている……イオン様には気付かずに。
 
 
 
 
「………………」
 
 泣きそうな、絞りだすような声で、ルークが語った真実。
 
 七年前の誘拐が兄さんの仕業だった事、兄さんに言われ、アクゼリュスの障気を超振動で中和しようとしていた事、ユリアの預言(スコア)を覆して、一緒にダアトに亡命するつもりだった事、だから皆にその事を話せなかった事。
 
「…………………」
 
 兄さんはルークの、自分に対する絶大な信頼を利用した。本当なら、ルークをアクゼリュスと共に消滅させるつもりだったのだろう。だけど、そこに一つの歪みが生じた。
 
「(ルークと、アッシュ………)」
 
 アッシュの姿がルークに見られてしまう事は、兄さんにとっても計算違いだった。……でも、兄さんはルークのその疑心すらも逆手に取って……目的を遂げた。
 
『さらばだ、出来ないのレプリカルーク』
 
 …………ようやくわかった。七年前に『ルーク・フォン・ファブレ』を誘拐した兄さんは、キムラスカの追っ手の目を眩ませる身代わりとして、『今のルーク』を“造った”。超振動を扱える仲間……アッシュ(オリジナルルーク)を手に入れるために。
 
 聞いた事がある。今では禁忌とされている技術……生体フォミクリー。兄さんは禁忌を冒してルークを造った。
 
 ルークの髪が朱色なのは、精神的なショックでも何でもなく、髪の色素が“本物に比べて劣化しているから”。歩き方までわからなくなるほどに重度の記憶障害に陥ったのは……記憶を失ったわけじゃなく、“七年前に生まれたから”。
 
「(………………兄さん、どうして、こんな……)」
 
 信頼してきた、尊敬してきた兄さんの、あまりに酷い裏切り。支えが無くなったように、心に大きな穴が空いていく。
 
 
 
 
「(………ヴァン、お前は何を考えてる?)」
 
 あいつの思想は知っていたはずなのに、今のあいつの目的がまるで見えない。……いや、どんな理由があろうと、街一つとそこにいた全ての人間を消滅させるなんて……。
 
「(………ルークのやつ、何も言わないな)」
 
 ヴァンとの事を話してから、ずっと下向いてだんまりだ。……まあ、それを言ったら誰も何も言えないんだが。
 
「(さすがにショックがデカかったか……)」
 
 自分がレプリカだって真実と、尊敬してた師匠の裏切りを同時に突き付けられたんだもんな。
 
「(ナタリアも、何があったのやら……)」
 
 戻ってくる前から様子がおかしい。まあ、あのやり取りから見て、アッシュが自分の正体をバラしたんだろうけど……。
 
「彼は……“ルーク”は敵ではありませんわ! きっと……きっと何か深い事情があるのです!」
 
 ずっと誰も何も喋らない沈黙を、まくしたてるようなナタリアの言葉が破る。
 
「(………信じたくない気持ちは、わかるけどな)」
 
 それにしたって、今それを言うのはルークにゃキツいぜ。
 
「ヴァンに唆されて、超振動の力を知らずに利用されてしまったに違いありません! アクゼ………」
「いい加減にしなさい!!」
 
 縋るようにアッシュを弁護し続けるナタリアの言葉を、ティアの大喝が遮った。
 
「この崩落した大地を目の前にして、まだそんな事が言えるの? 現実をよく見なさい!」
 
 ここまで感情を顕にするティアは、初めて見る。だけど………
 
「……アッシュはもう、あなたの知っている『ルーク・フォン・ファブレ』じゃないのよ。………兄さんも、姉さんも」
 
 それは真実にうちひしがれたものじゃない。泣き言を言ってるわけでもない。ただ、ナタリアのためを思って叱咤してる。
 
 ………気丈な子だな。彼女だって、本当は泣きたいはずなのに……。
 
「……………何、言ってんだよ。お前ら」
 
 その時、ずっと蹲ってたルークが、下を向いたまま口を開いた。
 
「何で敵の言う事あっさり鵜呑みにしてんだよ……。六神将だぞ? 今までイオン攫ったりタルタロス襲ってきたやつだぞ?」
 
 まるで俺たちを責めるみたいに、ルークはゆっくり顔を上げる。……ヴァンの名前を出さないあたりに、こいつの現実逃避の影が見える。
 
「お前ら馬鹿じゃねぇの!? あんなやつの言う事なんて、デタラメに決まってんじゃねぇか! レプリカだか何だか知らねぇけど、そんなもん信じられるわけねぇだろうがっ!!」
 
 感情のままに怒鳴り散らして、ルークは立ち上がる。
 
「俺はルークだ! ルーク・フォン・ファブレなんだ!!」
 
 背中を向けて、ルークは“逃げ出す”。認めたくない現実と、それを認める仲間から………。
 
 
 
 
(あとがき)
 モーニング更新。一部終了まではこっちに集中するつもりですから、もう二、三話はこのペースです。
 
 



[17414] 27・『ルーク、いじける』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/22 18:29
 
「………ガイ、ナタリア。辛いとは思うけど、今はやるべき事をやりましょう」
 
 逃げ去るルークの背中を見ながら、私は残った二人に行動を促す。ルークも、ナタリアもこんな状態なんだから、私やガイがしっかりしなければいけない。………どんなに辛くても。
 
「……アクゼリュスがこんな事になってしまった以上、和平条約も有耶無耶になった。キムラスカもマルクトも、必ず何らかの動きを見せるはずよ。だから………」
 
 今の彼女には、酷な事だとわかってる。だけど、それが出来るのは彼女しかいない。
 
「ナタリア。すぐにバチカルに戻って、陛下たちに事情を説明、説得して。間違っても、戦争なんて事にならないように」
 
 ルークの行動で逆に頭が冷えたのか、ナタリアは私の提案に迷わず頷いてくれた。
 
「ガイは、ナタリアをバチカルまで護衛して。船で移動するだけだから、大丈夫だと思うけど」
 
「ああ。……でも、君やルークはどうするつもりなんだ?」
 
 ガイが、さっきからの私の口振りに気付いて質問してくる。……そう、私は、ナタリアと一緒にバチカルに戻るつもりはない。
 
「……私は………兄さんを止めないといけない」
 
 白光騎士団として取るべき行動じゃないのはわかってる。だけど……もうそんな場合じゃなくなってしまった。
 
「それに、どうしても気になる事があるの。それがはっきりするまでは、ルークもバチカルに帰すわけにはいかない」
 
 あの時の、アッシュの言葉………
 
『世界にも家族にも見捨てられた名前なんて、俺はとっくに捨てた』
 
 ………私の推測が正しければ、ルークをバチカルには帰せない。
 
「……大丈夫。何があっても、ルークは責任を持って私が守るから」
 
 今は推測を口にしたくない。だけど私の気持ちを汲んでくれたのか、ナタリアとガイは私の勝手な言い分に首を縦に振ってくれた。
 
 ガイもナタリアも、ルークが心配なはずなのに、私に任せてくれた。
 
「また、会いましょう」
 
 二人に短く別れを告げて、私はルークの後を追う。
 
 ………ナタリアは、結局あれから別れるまで、一度もルークを名前で呼ぶ事はなかった。
 
 
 
 
「…………ルーク」
 
 追い付くのに、さほどの時間は掛からなかった。ルークはデオ峠の時とは違い、途中からとぼとぼと俯いて歩いていたから。
 
「……ついて来んな。どうせお前だって、俺が偽物だって言うんだろ……」
 
 嘘つき。本当は心細くて、追い掛けて来て欲しいから歩いていたくせに。
 
「……そんな事、はじめから興味ないわよ」
 
「なんだよそれっ!!」
 
 自分が受けた現実を信じたくないから、八つ当たりで周りに当たり散らす子供。今のルークはまさにそれ。……だんだん腹が立ってきた。今回の事で傷ついているのは、何もルークだけじゃないのに。
 
「ホントは師匠の言う通り、わかってたんだよ! 何かおかしいって! でもっ……信じられるわけねーだろ!!」
 
 振り向いて支離滅裂に言葉を吐き出すルークに、少しだけ怒りが冷める。……落ち着くまで、私の方は言いたい事を我慢しよう。
 
「あーそうだよ! どうせヴァン師匠の言う通り、あいつが『ルーク』で俺はそのレプリカなんだろ! もういいからお前もあっち行けよ! 劣化複写人間だってよ! お前だって気味悪いと思ってんだろーが!?」
 
 前言撤回。今のは許せない。やっぱり黙らせる。
 
(パァンッ!!)
 
「………あ……………」
 
 散々八つ当たりされた分も合わせて、思い切り頬を張ってやった。何が起きたのかわからないみたいに茫然となるルークが……ひどく弱々しく見える。
 
「いい加減にしなさい。レプリカとかオリジナルとか、そんなもの関係ないでしょう。そうやって勝手に周りを否定して、自分の内に逃げ込むの?」
 
 今のルークは、レプリカだって言われただけで、自分の全てを否定してる。それが、心の底から悔しくて、頭に来た。
 
「兄さんに否定されたからって、アッシュに否定されたからって、自暴自棄にならないで」
 
 私には、自分がレプリカだと知った人間の気持ちの全てを知る事は出来ない。だから、今すぐ立ち直れとは言わない。
 
「……気味悪く………ねぇのかよ……」
 
「今までと、何が違うのよ」
 
 ルークが立ち直るまで、何度沈んでも、ひっぱたいてでも引き上げる。
 
 
 
 
「……これから、どこ行くんだ?」
 
「ローレライ教団の領土でもある、パダミヤ大陸よ。確認しなくちゃならない事があるから」
 
 スルスルとじゃがいもの皮を剥きながら、見る影もなく控えめになっているルークに応える。いつか拾ったこの包丁、ものすごく使いやすい。
 
 アクゼリュスが崩落した理由、この世界の本当の構造、ナタリア達の行動、それらを説明している内に日が暮れてしまったから、今日は野宿する事になった。
 
 ガイとナタリアは、もうカイツール軍港からバチカルに向かったかしら。行っていてくれればいいと思う。今の不安定なルークとナタリアを、あまり会わせたくない。
 
「なぁ………」
 
「何?」
 
 こっちから何も言ってないのに食事の準備を手伝うルーク、というのも素直に喜べない。情緒不安定になって、いつも通りに振る舞えていないように見えるから。
 
「俺がバチカルに戻っちゃいけないのって……」
 
 ルークはそこまで言い掛けて……
 
「…………やっぱいいや。今は屋敷に帰りたくねーし、どうでもいい」
 
 投げやりに、あるいは逃げるように質問を撤回した。………多分、「俺がレプリカだからか?」って続けようとしたんだと思うけど……
 
「………………」
 
 私はそれを、軽い気持ちで否定する事が出来ない。実際は、違う。レプリカだからルークをバチカルに帰したくないわけじゃない。
 
 ……だけど、私の危惧がもし当たっていれば、ルークにとっては、それ以上に辛い事になるかも知れないから。
 
「出来たわ。食べましょう」
 
 出来たカレーをよそって、ルークに渡す。……私に料理を教えてくれたのも兄さんだから、私の料理は男の人の料理みたいに大雑把で大味な物になりやすい。
 
「………………」
 
 美味しいとも不味いとも言わずに、ルークはただ黙々とカレーを口に運ぶ。
 
 ……私は元々人を元気づけたりするのは得意じゃないし、いくらしっかりしなければと自分に言い聞かせても、どうしてもそんな気分にもなれない。
 
 こんな時、ミュウやアニスがいてくれたらと思う。
 
「……ヴァン師匠は、元々ホドの人間なんだろ?」
 
 そんな弱気な事を考えていたら、予想外にルークから口を開いた。
 
「……兄さんに聞いたの?」
 
「………うん。で、ティアは魔界(クリフォト)で生まれたんだよな?」
 
 そう、私は魔界(クリフォト)に唯一存在する街……ユリアシティの出身者。さっきも話した事だけど……何だろう。今、何だかドキッとした。
 
「……だったら、イオン達も生きてるかも知れねーんだよな」
 
 そんな事を言いながら、ルークは珍しく私より先に食べ終えて皿を片付け始める。
 
「(何だろう……)」
 
 何で今、ドキッとしたのか、考えようとして……すぐに気付いた。
 
「名前……」
 
「……あ?」
 
「あなた……私に向かってちゃんと名前を使ったの、初めてじゃない?」
 
 さっきルークは、言葉の中に混ぜて、間違いなく『ティア』って呼んだ。
 
「………そーだっけ」
 
「そうよ。いつも『おい』とか『お前』とか『あの女』とか言うじゃない。ルーク」
 
 別に名前で呼んで欲しいと思っていたわけでも、普段からそれを気にしていたわけでもないけど………何だか、少しだけ嬉しかった。
 
 
 
 
「ひえぇぇーー!!」
 
「(ん…………?)」
 
 まだ朝霧の深い、夜と朝の境目のような時間帯。自分が寝ずの番になっていたにも関わらずうとうととしていたルークは、危機感のあるようなないような悲鳴を遠くに聞いて、覚醒する。
 
「……おい、ティア」
 
「……聞こえたわ」
 
 寝ずの番でもなかったにも関わらず、ルークと同様に異変に気付いたティアがむくりと起き上がる。
 
 すでにその手には杖が握られ、臨戦体勢に入っていた。
 
「行ってみましょう」
 
「………いいけど」
 
 寝起きとは思えないほどに素早い切り替えを見せるティアに比べ、起きていた(はずの)ルークは眠たげに目を擦る。それでもティアの提案に逆らわないのは、現在のルークの複雑な心境ゆえ……とも言える。
 
「「っ……!」」
 
 声のした方角に数百メートルほど走ったルークとティアは、多数の人間の気配に気付き、咄嗟に音を殺した。
 
 木の影を縫うように近づいて行くと、そこにはあからさまに盗賊といった風情の男たちに囲まれている、奇妙な格好をした男女の三人組がいた。
 
「(あれは……!)」
 
 ティアはその三人組に見覚えがあった(ルークは忘れていた)。ルークがマルクトからバチカルに帰って来た際に街でパフォーマンスをしていたサーカスの三人だ。
 
 とはいえ、この状況下に置いて、誰が襲われているかというのはあまり重要ではない。
 
「『トゥエ レイ ズェ クロア リョ トゥエ ズェ』」
 
 身を隠したままティアの唇から紡がれる歌声が、悪夢の名を持つ旋律へと形を変え、盗賊たちを強烈な睡魔で包み込み、昏倒させた。
 
「あらん? アタシらの気合いにやられちまったのかネェ?」
 
「……ンなわけねーだろ」
 
 まるで海賊のような帽子を被り、全身桃色の奇抜な衣装を着こなす、色白で妙齢の美女。その女性の頓狂な言葉に呆れながら、ルークが姿を現す。
 
「お、お前! こいつらの仲間か!」
 
「……違う」
 
「………何だか暗い坊やだネ」
 
 三人組の一人である眼帯の男の焦った言葉に、ルークが沈んだ調子のまま応え、そんなルークに妙齢の美女は毒気を抜かれた。
 
「あなた達、サーカスの人たちよね。確か、『暗闇の夢』って言う……」
 
 無用心に出て行ったルークに頭を抱えつつ、三人組に害意はないと判断したティアも姿を現す。
 
 しかし、その判断は…………
 
「そう、流離いのサーカス団・『暗闇の夢』……又の名を……!」
 
 半分当たりで……
 
『義賊・漆黒の翼!』
 
 半分……外れだった。
 
 
 
 
(あとがき)
 今日二回目の更新です。漆黒の翼って原作でもそんなに出番ないからイマイチキャラ掴めてない気がします。
 
 



[17414] 28・『ユリアシティ』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/23 18:45
 
「盗賊っても俺たちゃ義賊!」
 
「預言(スコア)の言いなりになって民を食い潰す施政者から富を奪い、貧しい民に配る正義の味方でゲスよ!」
 
 アクゼリュスの崩落があった南ルグニカ平野から船出したルークとティアは、現在パダミヤ大陸に向けて海上の旅の最中。
 
「……何が義賊だよ。コソ泥がえらそーに」
 
「ちょいと坊や。悪く言われんのは馴れっこだけどネ。文句なら正々堂々と言いナ」
 
 アクゼリュスの崩落を、何事かと駆けつけたらしいノワール、ヨーク、ウルシーの三人組の盗賊団・『漆黒の翼』。
 
 成り行きで彼女らを助けたルークとティアは、その礼としてパダミヤ大陸まで運んでもらっていた。
 
 彼女らの持っていた、五〜六人乗り程度の、水陸両用の小型音機関車によって。
 
「誰が坊やだ! 盗賊に襲われてんのが盗賊だってわかってたら助けなかったっつーの!」
 
「沈んでたかと思ったら喚きだして、忙しい坊やだネェ。何ならアンタだけ海に放り出してやってもいいんだヨ?」
 
 ルークとティアが初めてジェイドやイオン達と出会う少し前に、マルクト軍に追われ、逃走のためにローテルロー橋を爆破したのも彼女らである。
 
「……我が身可愛さにローテルロー橋を破壊して、あなた達の言う貧しい人たちに多大な迷惑を掛けておいて義賊もないものね」
 
『う゛………』
 
 ノワールを半眼で見ながら的確な指摘を入れたティアに、前の運転席と助手席に座るヨークとウルシーも含めた三人が揃って唸った。
 
 ティアは、ノワール達の行為を全面的に肯定するつもりはない。しかし、カイツール軍港でアルマンダイン伯爵に会ってしまう事を危惧したティアは、この申し出を受ける事にした。
 
 詳しい事情は訊かなかったが、預言に対して反発せんとするノワール達に多少の共感を持ってしまったのかも知れない。
 
「(それに………)」
 
 喧嘩腰ではあるかも知れないが、結果的にルークが少し活動的になっているので、それに関しては助かる。ティアはそんな風に考えていた。
 
 
 
 
「ダアトってトコに行くんじゃないのか?」
 
「違う。イオン様の生死もわからない今、兄さんやモースの本拠地であるダアトになんて行けないわ」
 
 あれからしばらくの船旅を経て、パダミヤ大陸、ダアト港付近で下ろしてもらった私たちは、漆黒の翼と別れた。
 
 そこからダアトへと続く道とは反対方向に進み、私たちは谷を登り森を抜け、アラミス湧水洞の中を進んでいた。
 
「……でも、こんなじめじめした洞窟に何かあんのかよ?」
 
「ええ、正確にはこのアラミス湧水洞を抜けた先に、ね」
 
 ルークの疑問は正しい。私が確かめようとしている事は、ローレライ教団の機密に関わる事だし、そのためにダアトを目指すと考えるのは自然な発想だと思う。
 
「ほら、この先よ」
 
 魔物を倒しながら抜けた湧水洞の先に、空が開け、日が差し込み、緑に覆われ、美しい水の流れる景色が広がっている。
 
 ……懐かしい、私の大好きな景色。
 
「……行き止まりじゃん」
 
「…………………」
 
 人が感傷に浸っていると、ルークが風情の欠片もない事をぼやく。……もう少しマシな感想が言えないのかしら。
 
「いいから来て。すぐにわかるから」
 
 でも、今からする事で少し驚かす事が出来そう。沈んだ気持ちがほんの少しだけ弾むのを感じて、私はルークの手を引き、坂を下って一つの場所の前で立ち止まる。
 
 湧水が噴きだすように見える、小さな泉の前。私はそこに、足が濡れるのも構わずに踏み入れた。ルークの手を引いたまま。
 
「っどわぁ!?」
 
 まさかいきなり水に入るとは思ってなかったルークが、バチャン! と勢いよく水に倒れた。
 
 ………普通に入れば上半身は濡れずに済んだはずだったのに。これなら変な悪戯心を出さずに最初から説明してあげればよかったと、今さらのように後悔する。
 
「(まあ、いいかな)」
 
「……何すんだよ」
 
 惨めな呟きを残して身を起こすルークの手を取り、二年半ぶりに“起動”させる。
 
 瞬間………
 
「え……」
 
 吸い込まれるように、吐き出されるように、私たちは全く別の空間の中にいた。
 
 今私たちが立つ譜陣を中心に据えた、広大で薄暗い一室に。
 
「な!? な!? な!?」
 
 慌てふためくルークに、私はタオルを手渡した。
 
「これは『ユリアロード』。実は細かい造りは私たちにもわからないのだけど、創世歴時代の音機関だそうよ」
 
「ここ……どこなんだ?」
 
 私の説明を聞いているのかいないのかわからないルーク。構わず私は説明を続ける。
 
「ユリアロードは、魔界(クリフォト)と外郭大地を繋ぐ光の道。意味がわかる?」
 
 ユリアロードの説明自体が、この場所の説明にも繋がるから。
 
「じゃあ、ここが魔界………?」
 
 アクゼリュス以来元気のないルークに、努めて明るく笑い掛けながら……
 
「そう。私の故郷、ユリアシティよ」
 
 私は、故郷に足を踏み入れた。
 
 
 
 
 故郷、と言っても、私はここがそれほど好きじゃない。
 
 元々私や兄さんは、ホドから落ちてきた余所者だったし、その思想からも浮いた存在だった。
 
 監視者の街・ユリアシティ。ローレライ教団独自の街でありながら、教団員ですらその存在を知る者はごくわずか。忠実に預言を成就させる事で、外郭大地に未曾有の大繁栄をもたらす……それを監視する者たちの住む街。
 
「外に行きましょう」
 
 お祖父様のいる会議室を後回しにして、私は真っ先にルークを建物の外に連れ出す事にした。ユリアロードはいきなり室内に入るから、ここが魔界だという事が掴みにくいと思ったし、何より………私の確認したい事は、ルークのいる所では訊けない。
 
 全身濡れ鼠のルークを連れ歩くのが恥ずかしい事もあって、私は一先ず実家に向かおうと中央施設を飛び出した(私本人もこの街では異端、という理由もある)。
 
 しかしそこで、思いがけなものを目にする。ユリアシティを囲む大滝(外郭大地の海水)を眺める、青い軍服の男性。何より……
 
「!! ごー……しゅー……」
 
 その男性の横にふわふわと浮いていた、私たちの存在に気付いて目の色を変えて飛んでくる……
 
「じー……んー……」
 
 水色のチーグルの仔供・ミュウ。
 
「様ぁぁぁーーー!!」
 
「ぐはぁっ!?」
 
 喜びのあまり譜術まで発動した全力の飛び付きを見舞うミュウと共に、私に手を引かれていたルークがゴロゴロと何回転も転がる。……いいなぁ。
 
「ご主人様ですのぉ……! 会いたかったですのぉ……!」
 
「ミュウ………」
 
 泣きじゃくりながらルークに頬擦りするミュウの名前を、ルークは初めて口にする。戸惑うようにミュウの頭を撫でるルークの姿が、あまりにもらしくなくて、私の方が少し戸惑う。
 
 でも、そんな事より………
 
「ミュウ!!」
 
「みゅうっ!?」
 
 私も居ても立ってもいられず、無遠慮にミュウを抱き寄せてしまった。……今は空気が読めない。
 
「(生きててくれた……!)」
 
 考えられない事じゃなかったけど、可能性としてはほとんどないと思っていた。だけど、ミュウはこうして生きていてくれた。それがイオン様の力だとしたら、他の皆も無事に違いない。
 
「ティ、ティアさん……苦しいですのぉ……!」
 
「あ……ご、ごめんなさい!」
 
 万感の思いで抱きしめてしまった。苦しむミュウに謝って、慌てて解放する。
 
「………ご主人様、どうしたんですの? 悲しいですの?」
 
「あ……いや……」
 
 ルークの異常にいち早く気付いたミュウが、私から解放されてすぐにルークの顔を覗き込む。対するルークは、まるで私に頬を叩かれた直後くらいにまで態度が悪化していた。
 
「(……どう接していいのか、わからないのね)」
 
 その姿に、私もようやく我に帰る。自分がレプリカだと知ってしまったルークと、これまでの仲間……ナタリアのような極端な例じゃなくても、やっぱり気後れしてしまうに違いない。
 
「やれやれ、ここまで見事にスルーされるのも、少々複雑ですねぇ」
 
「あ……ジェイ、ド」
 
 そこで、さっきまでミュウの隣にいたカーティス大佐が肩を竦めてこちらに歩いてきた。……言われた通り、完全にミュウに気を取られていた事が少し恥ずかしい。
 
「いや……そのっ……」
 
 そんな私以上に、ルークは挙動不審で……
 
「……ジェイドも無事で、よかったよ………」
 
「…………………」
 
 とんでもなく不自然なセリフを口にした。言われた大佐も、むしろその表情を険しく歪める。
 
「………まあ、積もる話は後にしましょう。まさかあなた達がここに来るとは予想出来ませんでしたよ。……ティア、あなたはもしや……」
 
「……はい、このユリアシティの市長、テオドーロ・グランツは私の義祖父です」
 
 あからさまに話題を逸らした大佐に、私も合わせる。……大佐たちもナタリア同様、アッシュの正体を知ったのかも知れない。一緒にアクゼリュスにいたのだから、たとえそうでも不思議じゃない。
 
「なるほど……。イオン様とアニスも無事ですよ。ですが、とりあえずはどこかで着替えなさい。そのナリでは風邪を引きます」
 
 こちらもいつになく気遣いのある大佐の言葉に従って、私とルークはミュウを伴い、私と………そして兄さんの実家に向かった。
 
 
 
 
(あとがき)
 予定では次話で一部は終了のつもりです。
 原作ではユリアロードから出た時、記憶粒子(セルパーティクル)が弾いて濡れないってエピソードあったと思いますが、あれってユリアシティ“から”の場合にしか適応されませんよね。理屈的には。
 
 



[17414] 29・『ティアの過去』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/23 18:46
 
 私が生まれたのは、預言(スコア)の遵守を徹底する魔界(クリフォト)の監視者の街・ユリアシティ。
 
 でも兄さんや、私をお腹に宿した母さんは、元々は外郭大地のホドの人間だった。
 
 兄さんは言っていた。ホドの消滅は預言に詠まれていたって。未来を知っていながら、ホドは見殺しにされたんだって、預言を……許さないって。
 
 私自身は、よくわからなかった。周りは皆、ごく当たり前に預言に従う生き方を選んでいたし、私にはホドの記憶は一つもなかったから、特に悲しいとも憎いとも思わなかった。
 
 ただ、嫌いだった。大好きな兄さんを苦しめてるから、私も預言が嫌いになった。
 
 ごく当然のものとして預言に従う生き方をするユリアシティの中で、それを否定する私や兄さんは異端な存在だった。
 
 友達はいなかった。いじめにもあった。そんな私の味方は兄さんとお祖父様、そしてレイラ様。
 
 私たちを引き取ってくれたお祖父様は、決して私たちの思想を認めてはくれなかったけど、それでも私たちを守ってくれた。
 
 レイラ様は、私を頭ごなしに否定しなかった。いじめから守ってくれたし、何度も優しく聞かせるようにユリアと預言について説いた。私はその教えには従えなかったけど、優しいレイラ様は大好きだった。
 
 後で知った事だけど、兄さんの使う譜歌は、ユリアの譜歌と呼ばれる特別なものらしい。ユリアが生み出した譜歌で、通常の譜歌と違って譜術と同等の威力がある。
 
 歌に込められた意味と旋律を理解していないと扱えないそれを私たちが使えるのは、ユリアの子孫だから、と言われている。
 
 事実はわからないし、私も別にどっちでも構わなかった。ユリアに対する興味がなかったから。
 
 ユリアを否定する私たちが、ユリアの譜歌を扱う。それが周りの反感を買い、譜歌を覚えてからはますます孤立していった。
 
 それでも構わなかった。私には兄さんがいたから。でもそんなある日、突然兄さんがローレライ教団に入る事を決めた。
 
 預言を憎んでいたはずの兄さんが、何で教団なんかに入るのか。私は駄々を捏ねるように詰問した。
 
 今思えば、ただ兄さんが外郭大地に行ってしまう事が嫌だっただけだと思う。置いていかれてしまう事が悲しくて仕方なかった。
 
 預言に縛られた世界が間違ってると思うから、だから敢えて教団に入るのだ。内側からこの世界を変えて行くために。
 
 愚図る私に、兄さんはそんな言葉で返した。そしてその日、私は初めてユリアロードを使って、外郭大地に出た。兄さんが、連れて来てくれた。
 
 そして………一瞬で魅せられた。
 
 ごく当たり前の事として魔界の景色しか知らなかった私に、それは鮮烈な感動を与えた。
 
 光溢れる世界、鮮やかな青い空、美しく生い茂る緑、色とりどりの花、土、動物、虫。その全てがあまりにも綺麗だった。
 
 それまでは兄さんが全てだった私の世界が、無限に広がった。理屈も何もなく思った。
 
 この世界を守りたいと。
 
 苦笑しながら宥める兄さんの言葉も聞かずにはしゃぎ回った私は、魔界と外郭の酸素濃度の違いで倒れて、また兄さんに迷惑を掛けた。
 
 外郭に強い憧れを抱いた私に、兄さんは一つの花をくれた。セレニアという花で、この花なら魔界でも咲くだろうって。
 
 私が兄さんの決意を受け入れて送り出してほどなく、神託の盾(オラクル)騎士団で異例の早さで功績を重ねて地位を築いていく兄さんを評価して、ユリアシティの皆が私たち兄弟を見る目も変わってきた。
 
 さすがユリアの子孫だ。ヴァンもようやく我々の役目がわかったか。市長の判断は正しかった。
 
 兄さんの決意も知らずにそんな事を言う彼らが、私は複雑だった。ユリアシティで拒絶を受ける事のなくなった私は、しかし生来の性格やそれまでの経緯、そして兄さんの真意を知っている事から、それらの“見直し”を素直に受け入れられなかった。
 
 大事に育てて、実家の内庭に広がるほどにもなったセレニアの花畑で、私も一つの固い決意をする。
 
 兄さんの理想に、私も力を尽くす事を。
 
 実家に帰って来た兄さんにその事を告げたら、過保護な兄さんは当たり前のように猛反対したけど、私は一歩も引き下がらなかった。
 
 兄さんの理想を何一つ知らない人たちの言葉を、何も知らないフリをして受け入れ、溶け込む。そんな自分が許せない。
 
 いつしか私にとっての兄さんは、ただ依存して甘えるだけ存在から、尊敬し、追い掛ける存在へと変わっていた。
 
 次に帰ってくるまでに、もう一度よく考えておけと言ってまた外郭に戻った兄さんが、次に帰ってきた時、そのあごに髭が生えていた。
 
 似合わないから剃ってとせがむ私に、兄さんは、若く見られて周囲から侮られる苦渋を愚痴のように溢し、私は渋々髭剃りを諦めた。
 
 そしてその時、帰ってきた兄さんは一人ではなかった。金色の髪を後頭で束ねた、とても綺麗な女の人と一緒だった。
 
 それが、魔弾のリグレット。彼女に兄さんの理想、厳しさ、辛さ、あらゆる事を言って聞かされた私は……諦める事はなく、改めて決意を固める。
 
 強くて、綺麗で、気高くて、そして兄さんの右腕。私は彼女に強く憧れ、姉さんと呼び慕った。
 
 そして私は、神託の盾には入らない事を決める。兄さんは姉さんが支えてくれるし、世界を変えるなら、ローレライ教団だけでなく他の国も内側から変える必要がある。
 
 ……それに神託の盾に入れば、兄さんがまた過保護にするに決まっていた。私は兄さんを尊敬しているからこそ、自分の力で兄さんの力になれるようになりたかった。
 
 そう言った私に、兄さんは複雑な顔をしながら、マルクトではなくキムラスカ軍への入隊を薦め、私はキムラスカ軍士官学校への入学を決めた。
 
 ……でも兄さんはやっぱり過保護で、私は士官学校に入る前に、姉さんの個人指導を受ける事になった。
 
 八ヶ月の訓練を受ける日々の中で、私と姉さんはとても仲良くなった。兄さんと姉さんが結婚すれば、本当の姉さんになるのにと常々思っていた。
 
 その後、私は憧れの外郭大地へと足を踏み出し、バチカルの士官学校に入学、一年で卒業した。
 
 兄さんがバチカルの公爵子息に剣術指南をしていて、結構な頻度でこの街の教会で仕事をしているというのは、バチカルに来て初めて知り、年の入った過保護さに流石に呆れた。
 
 士官学校始まって以来の天才、教育過程の歴代最短達成者、なんて持て囃されていたけど、何の事はない。入学する前から一流の教育を受け終わっていただけの事だった。
 
 卒業してすぐに、私はセシル将軍の師団の小隊長に任命された。士官学校の成績以上に、希少な第七音譜術士(セブンスフォニマー)、そして音律士(クルーナー)としての能力を買われた結果らしかった。
 
 軍人といっても、私はマルクトとの交戦経験はなく、魔物や盗賊の討伐がその主な戦闘任務となった。
 
 人も、殺した。それが任務だったから。それでも叶えたい理想があるから。私が軍人だから。
 
 初めは怖かった。足が震えて、力が入らなくて、それでも生きるために戦った。
 
 私の、そんな人間としてある意味正しい恐怖心は、自己を正当化しようとする様々な理屈の中で……いつしか器用に切り替える事が出来るようになってしまった。
 
 そうして功績を重ねていたある日、バチカル付近の街道に大型の魔物が出現し、幾つもの小隊を壊滅させた。セシル将軍と共に部隊を率いて出兵した私は、譜歌によって隊全体を支援し、セシル将軍はその剣を魔物に突き立て、絶命させた。
 
 その功績を認められ、それまで准将だったセシル将軍は少将に昇格し、そして私は、中尉になると同時に白光騎士団へと転属が決まった。
 
 白光騎士団は公爵家を護る近衛部隊であり、そこの子息に剣術を教えていた兄さんが何か吹き込んだんじゃないかと私は邪推しつつも、それを受けた。
 
 そして私は……ルークと出会う。
 
 
 
 
(あとがき)
 今回で一部終了にするつもりが、文の調節が上手く行かずに見送り。次話になります。そのせいで少し短くなってる始末。
 
 



[17414] ♯・『朱の宣誓』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/25 14:49
 
『隠してどうするのですか? 理由も告げずに“バチカルに帰るな”では、ルークも納得しないでしょう』
 
 ルークから一つの可能性を隠そうとする私の意見は、大佐の冷静な断言の前に否定される。
 
 今のルークをさらに追い詰めるような事はしたくない。そう思っていたけど、それはルーク自身の事を考えていない判断だったと気付かされる。
 
 ………やっぱり私は、他者の気持ちを察する事に不慣れみたい。
 
『アクゼリュス崩落は預言に詠まれていた。起こるべくして起きた事なのだよ』
 
 結局ルークも含めた旅の仲間で……ユリアシティの市長でもあるお祖父様に、アクゼリュス以降抱えていた疑問をぶつけた。
 
『定められた事象を起こさねば、来たるべき繁栄も失われてしまう。ティア、いい加減お前も気付きなさい』
 
 アクゼリュスの崩落が、ホドの時と同様に預言に詠まれていたのではないか。そんな私の疑念は、的中してしまった。
 
『ND2018.ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって、街と共に消滅す』
 
 それが、バチカルで詠まれた欠けた第六譜石の本当の預言。
 
 元々、第六譜石はバチカルに落ちたもの。その内容を、インゴベルト陛下やフャブレ公爵が知らなかったはずがない。
 
『世界にも家族にも見捨てられた名前なんて……』
 
 あの時のアッシュの言葉が、その真実を物語っていた。
 
 ルークの肉親さえも、預言を成就させるために、ルークを死なせるつもりだったという事。
 
 ルークをバチカルに帰せない理由が、これだった。預言のために街一つとそこに住む人間全てを見殺しにする人間。ルークが今バチカルに戻れば、預言との相違を埋めるために始末されかねない。
 
「…………………」
 
 アッシュは、おそらく兄さんからその事実を聞かされ、兄さんと共に預言に復讐する道を選んだ。
 
「(なら……ルークは?)」
 
 親に見殺しにされたルークは今、どんな気持ちなのだろう……。
 
 ………そして、どうなってしまうのだろう。
 
 
 
 
「……………そうですか、やはり秘預言(クローズド・スコア)に……」
 
 テオドーロに事実確認をしたルーク、ティア、ジェイド、アニス、ミュウは、ユリアシティ居住区にある宿の一室に戻って来ていた。
 
 アクゼリュス崩落の際、身を護るためにダアト式譜術で体に負担を掛け過ぎた事が原因で寝込んでいたイオンに、テオドーロに確認した事を報告するために。
 
「イオン様は、ご存知なかったようですね」
 
 ベッドから上半身を起こして俯いているイオンに、ジェイドは全く今更な言葉を向けていた。
 
 そもそも、不自然だったからだ。
 
 イオンはローレライ教団の最高位である導師。そもそも導師とは、惑星預言(プラネットスコア)、つまりは秘預言を詠む事が出来る人間が就くとされている。
 
 当然イオンにはそれを知る権限がある。いくらイオンが預言を全肯定するわけではない改革派のトップであるとはいえ、何も知らないというのは不自然だ。
 
 ヴァンやモースらのように、知っていて黙っていたというのも考えにくい、イオンの思想はもちろんだが、イオン本人が本来の役割でもないのにアクゼリュスに赴いているのだから。
 
 ジェイドとティアは、その不審な点に気付いていた。
 
「………はい。申し訳ありません」
 
 僅かな沈黙と躊躇いを経て、しかしイオンは隠さない。その目にあるのは罪悪感か、はたまた別の何かか。
 
「……僕が生まれて、まだ二年ほどしか経っていないんです」
 
 誰もが……否、ジェイド以外の誰もがその言葉を正確に飲み込めないまま、それを待たずにイオンは続ける。
 
「僕は導師イオンの………七番目のレプリカですから」
 
『っ……!?』
 
 ティアが、アニスが、ミュウが、ルークが驚愕に目を見開く中、ジェイドは静かに眼鏡を押さえる。
 
「お前、も………?」
 
 仲間たちと再会してから、ロクに口を開かなかったルークが擦れるように呟き……
 
「二年前って……わたしが導師守護役(フォンマスター・ガーディアン)に就いたのと同じ……」
 
 イオンの守護役として、この中で一番付き合いの長いアニスが、茫然となる。
 
「……はい。アリエッタを含めた当時の導師守護役全員を解任し、入れ替えたのは、オリジナルのイオンがレプリカに摺り替わった事を、悟られないようにするためだったんです」
 
「……七番目、とは?」
 
 周囲の動揺を感じていないはずはないのに冷静に応対するイオンに、ティアも努めて動揺を表さずに問う。彼女にすれば、ルークがレプリカだという事と、兄の裏切りを知らされた時に比べればさしたる衝撃も無い。
 
「詳しい事はわかりません。ただ、当時造られた七人のレプリカの中で、僕は第七音譜術士(セブンスフォニマー)としての能力が最もオリジナルに近かった。……身体的な能力は、かなり劣化していますが」
 
 何に向けてか、穏やかに自嘲するイオンに、今度はジェイドが、こちらは全くの平常で返す。
 
「しかし、ルークは発見された当時歩く事すら出来なかったと聞きます。イオン様は、何故守護役を入れ替えた程度で誤魔化せたのでしょうか?」
 
「専門的な事は僕にもわかりません。ただ、僕は生まれた瞬間から所謂一般教養と呼べる程度の知識は持っていた」
 
 そんなジェイドとイオンの会話の中、それまで極力触れずにいた話題に触れられたルークが、怯えたように身を縮めた。
 
 それを視界に認めたイオンは、自分の言いたい事、訊きたい事のそれ以上を飲み込んで「皆の困惑はわかります。一度気持ちを整理してください」と、退室を促す。ただし………
 
「ルークだけは、残ってもらえますか?」
 
 そう、一言付け足して。
 
 
 
 
「僕は、自分が誰かの代わりなのは嫌だった」
 
 部屋にルークと二人になって僅かな、ルークのための沈黙を経て、イオンは語り出す。
 
「だから僕は、感情を殺した。たとえ嫌でも、“それ”から逃れる事は出来ないと思っていたから……辛いと思わないように、悲しいと思わないように、感情を殺した」
 
 今まで隠していた、言いたくないはずの内心を曝け出すイオンに、ルークは何も応えない、応えられない。
 
「でも、今はそれが無意味な事だと知っています」
 
 ルークとは対称的に、イオンは穏やかな笑みすら浮かべ、今の自分を語る。そこには、先ほど言ったように感情を殺している者には出せない輝きがあった。
 
「それは、あなたのおかげなんです。ルーク」
 
「俺、の……?」
 
 予想もしていなかった言葉に、言われたルークは、二人になってから初めて口を開いた。
 
「僕を、僕という個人を見てくれたのは、ルークが初めてなんです。導師としての僕じゃない、僕を」
 
 戸惑う友達に、イオンは自分が見つけた解を示す。
 
「それだけではありません。あなたは……僕と同じように代替物として造られたはずのあなたは、オリジナルであるアッシュとはまるで違っていた」
 
 今のルークにとっては酷に聞こえるかも知れない言葉を、イオンはルークを肯定するために使う。
 
「わかったんですよ。たとえ何かの代わりに生み出されたのだとしても、どんなに同じ姿をしていても、僕らは……いえ、誰も、オリジナルの代わりになんてならない。ならなくていいという事に」
 
 自分の存在に自信を持てないでいるルークの前で、イオンは満足そうに自分を肯定する。
 
「僕はイオンです。ただし、かつての導師イオンにはなれないし、なりません」
 
 イオンはルークに何一つ応えを求めず、ただ自分の解をルークに見せて、穏やかに微笑んだ。
 
 
 
 
 イオンの真実を知ったアニスの受けた衝撃は、実のところそれほど大きなものではなかった。
 
 複写人間、という存在についてはルークという前例があったために戸惑いは少なかったし、オリジナルのイオンとの交流のなかったアニスには、ルークとナタリアのような複雑な背景はない。
 
 むしろ、解任されてから……つまりはオリジナルイオンの死から、今のイオンに対して嫌悪を抱いている同期、アリエッタの事を気にしているくらいだった。
 
 アニスのフォローは不要と判断したティアは彼女と別れ、再びイオンの部屋を訪ねたが、すでにそこにルークの姿はなく、イオンは寝入っていた。
 
「(……どこに行ったのかしら?)」
 
 ただでさえ不安定になっていたルークに告げられた、イオンの真実。それが一体どんな影響を与えたのか、すでにティアには予想出来なくなっていた。
 
「…………………」
 
 ずっと信じていた大切な兄の、これ以上ない裏切り。そしてそれは、きっとこれで終わりではない。
 
「(私が、兄さんを止める)」
 
 何より優先しなければならない目的、否、使命が出来た。だからティアはこの先、『ルークを守る』という責務をこなす事は出来なかった。
 
「(兄さんの恐ろしい企み、その道具として生み出された命……)」
 
 かと言って、放り出しておける存在でもなかった。
 
 勝手に生み出され、家族に見捨てられ、尊敬していた師には使い捨てられ、今や居場所すら失った少年。ルークも、ティアの兄が生んだ罪の一欠片。
 
「(………ルーク)」
 
 殺されるかも知れないバチカルには帰せない。ティアはルークを、このユリアシティに残して行くつもりだった。そのつもりで、すでに義祖父であるテオドーロにも話を通してある。
 
 義祖父、その決して肯定出来ない生き方と、その愛情の証を思い返して……
 
「(私の家……?)」
 
 ふと気付く。この街でルークが知っている場所など限られているという事に。
 
 
 
 
「………ルーク」
 
 淡く光るセレニアの花畑の前に、朱色の髪を靡かせて、ルークは立っていた。
 
 その背に、ティアは躊躇いがちに声を掛ける。今のルークの気持ちがわからない。何を言ってあげるべきなのかわからない。
 
「俺、さ………」
 
 しかし、ティアが何を言う間もなく、ルークから切り出す。
 
「ヴァン師匠が大好きだった。強くて、優しくて、カッコ良くて、俺に真剣に接してくれて……」
 
 その声に、先ほどまでの怯えたような色は無い。
 
「憧れてた、尊敬してた。……してたっつーか、多分今もしてる」
 
 自分を身代わりの道具として扱った師にそんな言葉を使うルークは、ゆっくりとティアの方に振り返る。
 
「だから、俺はもう一度ヴァン師匠に会う」
 
 誓うように言うルークの胸に去来するのは、尊敬する師と過ごした、かけがえのない思い出。
 
『成長したな、ルーク』
 
『いつか、お前にも剣を握る意味がわかる日が来れば良いがな』
 
『私にはお前が必要なのだ』
 
『お前は、私の弟子だからな』
 
 それは、ティアも同じ。
 
『安心しなさい、ティアはお兄ちゃんが守ってやるから』
 
『軍人になるだと!? 認めん! 認めんぞそんなの!』
 
『私の副官のリグレットだ。お前に世の中の厳しさを教えてくれる』
 
『しし知らんぞ! お前は実力で白光騎士団に選ばれたのだ!』
 
『そう言うなティア。ルークの面倒も見てやってくれ』
 
 
「ナイフ、貸してくれ」
 
 差し出すルークの手に、ティアは無言でナイフを手渡した。
 
 それを受け取ったルークは、
 
「っ………!?」
 
 長い朱の髪を後頭でひとまとめに、バッサリと切る。
 
「見てろよ、いつまでもいじけてねーからな」
 
 変わらなきゃいけない。
 
『ヴァン師匠!』
 
 もう……優しかった日々には、戻れないから。
 
「…………………」
 
 どこか優しい、ティアの微笑みの下で……ルークの手から零れた朱が、光るセレニアの花畑に舞った。
 
 
 
 
(あとがき)
 ここで第一部終了です。予告通りにまた不定期になると思います。



[17414] 1・『新たな旅立ち』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/28 15:28
 
 長かった髪を切ってそのまま部屋に戻ろうとするルークを座らせ、そのまま散髪ケープを被せる。幼い頃に秘密基地にしていた場所の段差が丁度よかった。
 
「もうっ、あの適当に後ろを切っただけのみっともない頭で外に出るつもりだったの? 私が恥ずかしいからやめて」
 
「う、うっせーな。別にいいじゃんか、髪くらい」
 
 チョキチョキとハサミを使いこなして、私はルークが雑に切った髪を整えていく。
 
 横がアンバランスに長いから、少し耳を出すようにして、元々跳ね気味な頭の天辺はあまり手を入れない方が、触角みたいでいいかも知れない。襟足はしっぽみたいに外から内に細長くして……
 
「……うん、可愛い」
 
「は? お前今何つった?」
 
「何でもないわ」
 
 あの綺麗で長い髪を切ってしまった事は少し残念だけど、これはこれでひよこみたいで可愛い。
 
「ほら、動かないで」
 
「ッッ……!?」
 
 前に回って髪を切り始めると、ルークが石みたいに固くなった。……どうしたのかしら? 元気になったかと思ったのに。
 
「ぶわっ! 冷てぇ!」
 
「髪なんて切ってカッコつけて、ホントに子供なんだから」
 
 散髪は終わったから、花畑に水をやるためのホースをルークの頭に掛けて洗い流す。……少し楽しい。
 
「強がったって、あなたが見栄っ張りで考えなしで弱虫な事くらい知ってるのよ。一人でカッコつけないで」
 
「むぐ……ッ……!」
 
 ルークは何か文句を言ってるみたいだけど、私がタオルで顔や頭を拭いているせいで言葉になってない。
 
「ぶはっ! 何だとテメェ!」
 
「ヴァン・グランツは、私の兄さんでもあるのよ? あなた一人の問題じゃないわ」
 
「あ………」
 
 今初めて気付いた。そんな顔でルークは私を見る。自分の事でいっぱいいっぱいだったのはわかるけど、少し不公平に思う。
 
「行きましょう、ルーク」
 
 そう言って手を差し伸べる自分に、何故か全く疑問を持たない。ついさっきまで、ルークをユリアシティに置いて行くつもりだったのに。
 
 兄さんの罪が消えたわけでも、兄さんが考えを改めてくれたわけでも、外郭大地の危機が消えたわけでも、何でもない。
 
 なのに、どこか弾む気持ちと、力が湧くような感覚が、私に溢れていた。
 
「ほらっ!」
 
 呆気に取られたように立ち尽くすルークが焦れったくなって、私は勝手にその手を取って歩きだす。
 
「(兄さんを止める)」
 
 ルークと一緒に。
 
 もう一度胸に刻んだ決意は、不思議と悲壮な影を持たなかった。
 
 
 
 
「ルーク、ティア。気持ちの整理は着きましたか?」
 
「はい、お気遣いありがとうございます」
 
 今は無人の、ユリアシティの会議室で、僕とアニスとジェイド、それにミュウが話し合いをしていると、ルークとティアの二人が戻ってきた。……先ほどまでとは表情が違う。心配は必要なさそうだ。
 
「髪を切ったんですね、ルーク。似合っていますよ」
 
「そっ、そうか……」
 
 どこか赤いひよこのような印象を受けるのは、そっぽを向いて頬を掻いているルークには黙っておこう。
 
「ご主人様、元気になったですの? 髪の毛が重かったんですの?」
 
「ンなわけねーだろが! 俺が髪切ったら悪いのか? あっ?」
 
「ルーク! 心配してくれたミュウが可哀想でしょ!」
 
 (ややストレート気味に)心配してルークの顔を覗き込むミュウをルークは捕まえ、ブンブンと振り回して床に放り捨てた。
 
「みゅう……この痛み、ご主人様が帰ってきたですの……」
 
「キショくわりー事言ってんじゃねぇこのブタザル!!」
 
「やめなさい、ばかっ!」
 
「ッ~~~ってーなこの!」
 
 うつ伏せに倒れたまま恍惚の表情を浮かべるミュウを、ルークがぐにぐにと踏み躙る。そんなルークの脳天を、ティアの『ピコハン』が打った。……何だか懐かしい気がする光景だ。
 
「おや、ようやく完全復活のようですねぇ。持ち前のウザさも健在で安心しました♪」
 
「誰がうぜーんだよ。嫌みなおっさんだな」
 
 出会った当初に比べれば、ジェイドの口調が崩れて来ている。本来はこれが彼の地なのだろう。彼も僕らに気を許し始めている、と好意的に受け取るべきでしょうか。
 
「う~ん……、やっぱこれはこれでウザイですね~♪」
 
「いけませんよ、アニス。ここは我々が大人にならなくては」
 
「ガキ扱いすんなっつーの!」
 
 アニスとジェイドの意気がピッタリ合っている。何か、年齢を越えた友情のようなものを感じる。
 
「ルーク達も戻ったところで、話を戻していいでしょうか」
 
 この、どこか和気藹々とした雰囲気を惜しみながら、僕は話を戻す。大切な、今後の作戦会議に。
 
「ティア、あなたやヴァンの目的は、預言(スコア)に依存しきった世界に自由を取り戻す事だった。……という事でいいんですね」
 
 僕の言葉から前置きもなく、ジェイドがまずティアに切り出した。
 
「……はい。ですが私は、誤解していました。兄の憎しみは、私の想像を遥かに越えていた」
 
 悔しそうに、ティアはそう言う。ティアの義祖父でもあるテオドーロ市長は、「ヴァンは監視者として預言を遂行させただけだ」と言っていたが、ティアに言わせれば、そんなはずはないと言う。
 
「兄が何を考えているかまではわかりませんが、アクゼリュスの崩落だけが目的の全てだとは到底思えません」
 
 ティアは顔を下げない。そんな悲観的な確信と同時に、その瞳にはそれを必ず阻止するという強い決意があった。
 
 ……今度は、僕の懺悔だ。
 
「僕が六神将に二度攫われた時、僕はダアト式封咒を解かされていたんです」
 
「ダアト式、ふうじゅ?」
 
「外郭大地を支えるセフィロトツリー。そのセフィロトツリーを制御するパッセージリング。そして、そのパッセージリングに施された三つの封印の一つが、ダアト式封咒です。ルークは見たと思いますが、シュレーの丘にあったあの扉がそうです」
 
 いかにも「わけわかんねぇ」と言いたげなルークには、後でティアが説明しておいてくれると割り切って、僕は続ける。
 
「ダアト式封咒は、パッセージリングのある神殿の扉を封印し、アルバート式封咒は第5、第8セフィロトからの全セフィロトツリーの一括制御を封印する。そしてセフィロトの制御そのものを封印しているのが、ユリア式封咒です」
 
「だーもう! 全然意味わかんねぇぞ!」
 
「要するに、大地を支えるセフィロトには三重の封印がある、という事よ」
 
 僕の説明に頭を抱えるルークに、ティアが簡略化して説明した。……問題は、ここからだ。
 
「……僕が迂濶でした。ダアト式封咒だけ解いたところで、パッセージリングに何か出来るわけじゃない、そう安易に判断して、彼らの言うままに封印を解いてしまったんです。……まさか、彼らがあんな事を考えているなんて思わなかった」
 
 シュレーの丘ではルークを、ザオ遺跡ではアニスを人質に取られ、アクゼリュスではアッシュの演技に騙された。そんな事は言い訳にならない。
 
「過ぎた事を悔やんでも仕方ありません。今重要なのは、イオン様に封印を解除させた事から考えて、ヴァンの目的はパッセージリングなのではないか、という事です」
 
「そ、それってかなりヤバくないですか? アッシュに超振動使われたらアクゼリュスみたいに一発でおしまいですよぉ」
 
 ジェイドの語る恐ろしい可能性に、アニスはアクゼリュスの恐怖を思い出したのか、身震いする。
 
「マジで……師匠がそんな事を………?」
 
「不確定な推測はあまりしたくはないのですが、今はとにかく情報が少なすぎる。僅かな手掛かりを頼りに行動するしかないのですよ。確かな手掛かりは、彼らがイオン様に封印を解除させたシュレーの丘とザオ遺跡くらいのものです」
 
 呆然と呟くルークに、ジェイドはつまらなそうにそう言って、「人類滅亡なんて、ナンセンスですしねぇ」と肩を竦めた。
 
「ヴァンの目的はわかりませんが、モースの目的ならわかります」
 
 もはや機密なんて言っていられる状態じゃないし、意味もない。僕は持てる情報の全てを提示する。
 
「モースは盲目的に預言を信奉しています。彼が戦争を起こしたがっていた……いえ、起こしたがっている理由は、それが秘預言に詠まれているからだと断言出来ます」
 
 僕は秘預言を詠んだ事はない。だけど、モースが考えていそうな事はわかる。
 
「預言に詠まれてって……そんな理由で街を消したり戦争起こしたりすんのかよ!?」
 
「……これが今の世界の実態よ。預言を人を幸せに導くために使うのではなく、“人が預言に使われている”」
 
 生まれてからずっと軟禁生活を強いられてきたルークが信じられないと言う風に叫んで、ティアが苦々しそうに真実を告げる。
 
 ……わかっている。今のローレライ教団が、そういう存在だという事。
 
「…………………だとすれば、逆にどうにか出来るかも知れませんね」
 
 考え込むように話を聞いていたジェイドが、唐突にそんな事を言い出した。
 
「戦争が起これば、両国の大軍がぶつかる戦場が出来る。そこで戦場を崩落させれば、効率よく両国の戦力を奪えます」
 
 平然と『効率の良い殺し方』を語るジェイドが、ひどく恐ろしく見える。
 
「言い方を変えれば、戦争が起きるまでは戦場となる大地の崩落は起こさない、という事です。なら、まだ食い止められるかも知れません」
 
 確かに、ヴァン達があのまますぐにシュレーの丘やザオ遺跡に向かったのなら、すでに次の崩落が始まっていてもおかしくない。
 
「……私は一度マルクトの首都・グランコクマに戻るつもりです。アクゼリュスの真実を陛下に伝え、戦争の回避を進言。あわよくばシュレーの丘の防衛戦力を配備、といったところでしょうか。アクゼリュスの生き残りや兵たちも、このまま連れ回すわけにもいきませんし」
 
 ジェイドのその判断は、正しいと思う。戦争を防止する事が崩落を思い止まらせられるなら、それが一番いい。何より、ジェイドはマルクトの軍人なのだから。
 
 まだ僅かに残るアクゼリュスのセフィロトツリーの力を、音素活性装置で強めれば、一度だけタルタロスを地上に押し上げる事が出来ると、テオドーロ市長が言っていた。
 
「(情報が少なすぎる、か………)」
 
 でも、僕には他にやるべき事があるように思えた。
 
「………僕は一度ダアトに戻ります。ヴァンやモースのこれからの動向を予測するためにも、可能な限りの情報……機密を探るつもりです」
 
 僕が秘預言を知っていれば、アクゼリュスの崩落も防げたかも知れない。他の大地の崩落を危惧する事もなかったかも知れない。もう同じ過ちを繰り返す事も、後手にばかり回って取り返しのつかない後れを取るわけにはいかない。
 
「私とルークも同行します。兄の本当の目的を、知りたいですから」
 
「とーぜん、アニスちゃんも行きますよ! イオン様の導師守護役(フォンマスター・ガーディアン)なんですから!」
 
「てめーら勝手に決めんな! 仕切んのは俺だ!」
 
「ルークってば、どーせ頭脳労働なんか出来ないんだから素直に言う事聞いてりゃいいのに」
 
「あんだとっ!?」
 
「みゅうぅぅ~~……、喧嘩しないでくださいですのぉ~!」
 
 タルタロスで地上に戻り、グランコクマに向かうというジェイドと別れ、僕とルークとアニスとティア、ミュウの四人と一匹は、ティアが教えてくれたユリアロードという道を通って、外郭大地に帰還した。
 
 僕が、僕として、これからの戦いに身を投じるために。
 
 
 
 
(あとがき)
 まだ説明不足な感もありますが、それは追々。崩落編、スタートします。
 
 



[17414] 2・『その頃、バチカル』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/04/30 08:09
 
「(……さて、どうするか)」
 
 光の王都・バチカル、ファブレ公爵の屋敷の中に設けられた使用人の一室。そのベッドの上に、金髪の青年、ガイ・セシルは仰向けに身を投げ出していた。
 
「(ここしばらくで、随分と状況が変わったな……。七年間ルークの世話しかしてこなかったってのに、せっかちなもんだ)」
 
 アクゼリュス崩落に伴い、ルークとティアと別れたガイは、その時の話し合いの結果として、キムラスカ王女であるナタリアをバチカルまで送り届け、自身は雇い主であるファブレ公爵の屋敷に戻り、虚偽の報告をした。
 
『アクゼリュスは消滅し、ルーク様やティア・グランツ中尉は行方不明になりました。私は、アクゼリュスを救わんと独断で同行なさったナタリア殿下をお救いする事が精一杯でした』
 
 公爵子息が行方不明になったにも関わらず、世話役として同伴を命じられたガイがおめおめと生きて帰る。相応の責を問われる覚悟……あるいは期待を持って報告したガイに、しかしファブレ公爵の返した言葉は………
 
『……そうか。よくナタリア姫をお守りしたな、下がれ』
 
 これだけだった。息子の行方不明にまるで頓着せず、ファブレ公爵は忙しなく城に向かった。
 
「は、ははは………」
 
 乾いたような、晴れやかなような、どちらとも取れる笑いが部屋に響く。
 
 ガイは、彼本来の目的ゆえに求めていた。息子の安否に右往左往する、ファブレ公爵の姿を。
 
「(アクゼリュスはホドと同じだったのか、それとも単純に息子の命すら歯牙にも掛けない冷血野郎なのか……)」
 
 どちらにせよ、自分の目的は最初から破綻していたのだと、ガイは悟る。しかし同時に思う事もあった。
 
「(何か、すっきりしたな)」
 
 この屋敷に来た目的。それは崩れてしまっても、それからの十数年……否、この七年間が、無駄なものだとは思わない。
 
 もう、『賭け』の名を借りて、自らの迷いをルークに委ねる意味も無くなった。
 
 強烈な虚脱感と解放感が、同時にガイの心を支配していく。
 
「ガイ!」
 
 その時、無遠慮にバンッ、と扉を開き、公爵家に仕えるメイドの一人が部屋に飛び込んできた。
 
 明らかに常の状態とは違うガイの様子にも気付かぬ剣幕で、ガイにツカツカと詰め寄る。対するガイは、扉の音で我に帰っていた。
 
「マ、マキッ……ってやめやめやめろ! 俺にあんまり近づくなって!」
 
 ガイは極度の女性恐怖症であり、マキと呼ばれた少女は当然それを知っている。にも関わらず、マキはガイに詰め寄り、その胸ぐらを掴んだ。
 
「ルーク様とティアさんが行方不明ってホント!? 嘘でしょ!」
 
「待て待て待て待て!! 話す! 話すから手を離してくれ!」
 
 マキは、以前公爵の大切な……かどうかはわからないが、高価な壷を割ってしまった事がある。
 
 その時偶然居合わせたティアが、何とか彼女が責任を取らされて辞めさせられないように奔走し、その(ややわかりやすかった)奔走の結果、ルークにマキの失敗がバレ、最終的に……『ルークが壷を割った』という事で事無きを得たのである(事無きと言っても、ルークは叱られた)。
 
 それ以来、彼女はメイドの中でも格別ルークやティアと親しい間柄の人間となっているのである。ガイの嘘に無反応でいられるはずもなかった。
 
「(とは言っても……)」
 
 ガイとしても、簡単に真実は明かせない。黙っておいてくれ、と言えばマキは他言はしないだろうが、ルークとティアが行方不明という事になっているのに、マキがニコニコしてたら周りは不審がるだろう。
 
 結論として、ガイは………
 
「心配いらないよ」
 
 爽やかに、マキに微笑みかける(女性恐怖症でなければ、間違いなく両肩に手を置いている)。
 
「俺が必ず、二人を連れて戻ってくる。だから、そんな悲しい顔をしないでくれ。君の笑顔は綺麗なんだから」
 
 全く自然にそう言うガイには、自分がとんでもなく気障なセリフを口にしている自覚はない。
 
「ガイ………」
 
「心配しなくても、必ず連れ戻すさ。二人も、君の笑顔もね」
 
 追い詰められていた部屋の角からカニのような横歩きでススッと脱出したガイは、二本指をビッと立てて挨拶代わりとし、部屋を後にする。
 
「………さて、と」
 
 旅立つ前にと、ガイは一度中庭に出る。そこには、庭の草花を手入れしている眼鏡の老人の姿があった。
 
「行くのか、ガイ……」
 
「ああ、ルークが心配なんだ。それに、ヴァンの真意も突き止めたい」
 
 正確に心中を悟られている事に、敵わないなと思いながらガイは応える。
 
「(まずは、どこに行くか………)」
 
 別れる時には我を失って暴走していた心配なご主人様を思い、ガイはどこかの旅の空を遠く見上げた。
 
 
 
 
『わたくし、次に会ったら、ルークに謝らなければいけませんわね』
 
『……何をだい?』
 
『……ルークがレプリカだと知って……わたくし、それまで見てきたルークと今のルークが、別人であるかのように見えましたの。彼と過ごした七年間は紛れもない事実なのに、です』
 
 バチカルの城内にある自身の部屋で椅子に座って下を向く王女は、旅の途中で幼なじみの一人と交わした会話に思いを馳せていた。
 
『それだけで、それまで抱いていた懐かしさや愛しさを、ルークに持てなくなったのです。わたくしはずっと、レプリカである彼に、本物であるアッシュの……過去のルークの姿を重ねていたのですね』
 
『……それも仕方ないさ。君はずっと、ルークとアッシュが同一人物だと思ってたんだから』
 
『でもっ! ……彼自身を見ていなかったという事に、変わりありませんわ』
 
 何故、同じ立場であるはずのガイは、あれほど平静でいられたのだろうか? 恋心がなければ、どちらも友人だと簡単に割り切れるのだろうか? と、ナタリアは思う。
 
『きちんと、今度は正面から向き合って、謝りたいのです』
 
「(………ごめんなさい、ルーク)」
 
 少し前の自分の決意に、さらなる罪悪感を重ねて、ナタリアは『二人のルーク』に心の中で深々と頭を下げた。
 
「………………」
 
 彼女はまだ、アクゼリュスの真実を父であるインゴベルト国王に告げていない。しかし、それを伝えなければ、王はアクゼリュスの事を『マルクトが、キムラスカの先遣隊と親善大使一行をアクゼリュスごと消滅させた』と捉えてしまい、それが戦争の引き金となってしまうのだ。
 
 ナタリアはガイとは違う。詳しい事情を何も知らない使用人、では済まされない。国王を説得し、戦争を回避しなければならないのだから。
 
「……ごめんなさい、ルーク」
 
 もう一度、今度は言葉にして謝ったナタリアは、強い意思を持って玉座に向かう。
 
 
 
 
「今……何と言った……ナタリア……?」
 
 玉座で、事実を飲み込めないように茫然と呟くインゴベルトに、ナタリアはもう一度、はっきりと告げる。
 
「七年前、キムラスカが連れ戻ったルークは、フォミクリーで造られたレプリカだったのです。アクゼリュスの消滅はマルクトによる敵対行為ではなく、その際に攫われたオリジナルルーク……神託の盾(オラクル)六神将、『鮮血のアッシュ』の超振動によるものですわ」
 
 この告白が、二人のルークのどちらも傷つけ、居場所を奪う行為になるだろう事を知って、しかしナタリアはそれを告げねばならない。
 
「嘘はいかんなぁ、メリル」
 
 ナタリアがこの部屋に来る前から、しきりにインゴベルトにマルクトへの出陣を促していた大詠師モースが、何故か違う名でナタリアを詰った。
 
「陛下、このような者の戯れ言を聞き入れてはなりませんぞ。こやつは“偽の姫”ですからなぁ」
 
「ッ……無礼者! いかにローレライ教団の大詠師と言えど……」
「かねてより! 私は聖職者として様々な者らの懺悔を聞き届けてきた」
 
 いきなりとんでもない事を言いだすモースに、心底からの怒りを以て怒鳴るナタリア。その言葉すら遮って、モースは悠然と語りだす。
 
「その内の一人に、王室の乳母を勤めた者がいた。彼の者は恐れ多くも、本物のナタリア様が死産であった事を隠すために、生まれたばかりの自分の娘の赤子とすり替えたと言う。その赤子がお前だ、メリル!」
 
「でたらめを……」
「ならば! お前の髪と瞳の色は何とする! キムラスカ王家は代々赤い髪と緑の瞳を持ち、亡き王妃さまは夜のような黒髪。金髪碧眼の子など生まれようはずもないわ!」
 
 聞く側の心の準備も待たず、濁流のように秘めていた真実を語るモースの前に、ついにナタリアも閉口する。
 
「さあ陛下、この者をお捕らください! そしてマルクトに戦を仕掛け、預言(スコア)に詠まれた繁栄をキムラスカ・ランバルディア王国にもたらすのです!」
 
 モースの脇に控えた神託の盾兵が、ナタリアを押さえ付ける。
 
「お父様!」
 
「…………………」
 
 娘の悲痛な叫びを確かに聞きながら、インゴベルトは戸惑うように表情を揺らし、しかし………助けようとはしなかった。
 
 
 
 
「偽の姫とはいえ、あなたも王族として育てられた身。せめて最期は潔く自決なされよ」
 
 突然の事に、頭がついていかなかっただけ。きっとすぐにわかってくれる。自室で軟禁されていたナタリアは、そう信じて待ち続けた。
 
 だが、その応えとして返ってきたのは、目の前にある……毒入りのワイン。
 
「せめて苦しまないようにとの陛下のご配慮だ。ありがたく思いなさい」
 
「そんな! 本当に……本当にお父様がわたくしに死ねと、そう仰っていると言うの!?」
 
 自分が本物の姫ではない、国王の実の娘ではない。そんな真実よりも、今まで親子として過ごしてきた父が、自分に死を促しているという事の方が、ナタリアに遥かに強烈な絶望を与えた。
 
「もう一度! もう一度お父様と話をさせてください! お父様だって、きっと………!」
 
「命乞いは見苦しいぞ、メリル。陛下はもう決断を………」
 
 父との絆を信じ続けようとするナタリアの言葉をまるで聞き入れようとしない内務大臣・アルバインの声を遮って……
 
「見苦しいのはテメェらだ。屑どもが」
 
 心底からの侮蔑と憐れみを込めた声が響いた。アルバインの、真後ろから……。
 
 そして………一閃。
 
「「ぎゃああああぁぁぁ!!」」
 
 アルバインの脇に控えていた二人の兵士の内の一人と、アルバイン本人が血飛沫を上げて倒れた。
 
 その凶刃を握るのは、アルバインの脇に控えていた兵士の一人。
 
「ふん……鎧を借りて正解だったな。汚ねぇ豚の血を浴びずに済んだ」
 
 その口汚く吐き捨てた男がその兜を取ると、そこから溢れるように、鮮血にも似た紅が流れた。
 
「………ルー、ク」
 
「俺はその名を捨てたと言ったはずだ。ナタリア………いや、メリル」
 
 無造作にカチャカチャと鎧を外していくルーク……否、アッシュは、ナタリアを真実の名で呼ぶ。
 
「お前が王女とすり替えられる事も、俺がアクゼリュスで死ぬ事も、これから起きる戦争も、全ては預言に詠まれていた。ただそれだけの理由で、奴らは自ら進んで次々と悲劇を生む」
 
 鎧を外し、黒の軍服を靡かせるアッシュは、愛しい少女に、世界への怒りを吐露する。
 
「俺たちが信じてきたものは、クソ以下のものでしかなかったんだよ。……だが」
 
 憎しみから慈しみへ、その表情は流れるように色を変える。
 
「俺は、お前が王女だからあの約束をしたわけじゃない。そして今も……あの約束を捨てたわけじゃない」
 
 いつかはナタリアを一方的に抱き締めたその手で、アッシュはナタリアに解を求める。
 
「この国を、世界を変えよう。預言の操り人形でしかないこの世界に、自由と安息を取り戻そう。……今度こそ、ずっと一緒だ」
 
 差し伸べられた手を拒む術を、ナタリアは持たなかった。
 
 
 
 
(あとがき)書けない。



[17414] 3・『潜入、ローレライ教団』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/31 18:44
 
「“唸れ烈風”『タービュランス』!」
 
「『雷神剣』!」
 
 僕の言霊に応えた大気が渦巻く刃となって、コウモリの魔物達を斬り裂く。その渦から逃れ、僕に迫ってきた一匹を紫電を帯びたルークの剣が貫き、炭にする。
 
「『仇なす者よ 聖なる刻印を刻め』」
 
「『歪められし扉 今開かれん』」
 
 左右に展開し、詠唱していたティアとアニスの譜術が、挟み込むように巨大な魔物に放たれる。
 
「『エクレールラルム』!」
 
「『ネガティブゲイト』!」
 
 地に描かれた十字から立ち上る光の壁と、空中に出現した赤紫の魔空間がねじ切るように魔物を討ち滅ぼした。
 
「お前! また譜術なんか使いやがって、ぶっ倒れてーのか!?」
 
「大丈夫ですよ。ここ最近旅暮らしをしていたからか、以前に比べれば体力がついてきているのがわかるんです。中級譜術程度なら、ほとんど負担になりません」
 
 怒ったように僕を叱ってくるルークに、僕は苦笑しながら応える。レプリカはオリジナルより能力が劣化すると言っても、成長しないわけじゃない。上質の『響律符(キャパシティコア)』も持っている事だし、いつまでもただのお荷物ではいられない。
 
 実際、ダアト式譜術や禁譜さえ使わなければ、そうそう倒れたりはしないと思う。
 
「導師イオン。確かに譜術なら私たちよりイオン様の方が優れているのはわかりますが、失礼ながら、イオン様は物理的な防御力をほとんど持ち合わせていません。お気を付けください」
 
「ありがとう、ティア。適材適所、ですよね」
 
 ユリアシティからユリアロードを抜け、僕たちはアラミス湧水洞を行く。
 
 「……ったく、虚弱が強がりやがって」と毒づくルーク、「ま、どっかの体力バカもステータス逆なだけだけどねぇ~」とからかうアニス、「どうしてそんな言い方しか出来ないの?」と呆れるティア、「きーたーでーすーのー!」と何やら漲っているミュウ。
 
「………………」
 
 導師の代替品、改革派の飾りの頭、感情を殺し続けた日々。それら過去との違いを、僕は心地よく受けとめていた。
 
 
 
 
 ローレライ教団総本山、ダアト。預言(スコア)を授けるローレライ教団の街なだけあり、その預言への依存はオールドラントでも最たるものであり、酷い者になると、預言に頼らなければ夕食の献立一つ決められない。
 
 そのダアトの宿の一室から、ルークは憮然とした顔で出てきた。
 
「……まさか私が、神託の盾(オラクル)の軍服を着る日が来るとは思わなかったわ」
 
「まあまあ♪ 結構似合ってるし、いいじゃん」
 
「すいません。ここはヴァンやモースの本拠でもありますから、僕とアニスだけでは心許なくて……」
 
 そんなルークより早く、すでにティアは着替え終えていた。黒に近い茶を貴重とした、女性用の響長服である。
 
「あっ、ルーク! ちゃんとウィッグ(付け髪)も着けてって言ったじゃん!」
 
「うるせー、着け方がわかんねぇんだっつーの! 大体、何で俺があの野郎の真似なんてしなくちゃなんねーんだよ!?」
 
 ルークの姿を見た途端にぶーたれるアニスに、逆にルークが不機嫌を露にする。
 
 今のルークは前髪を掻き上げ、黒地に紅の模様を描いた軍服………要するに、格好や髪型までもアッシュそっくりの姿をしていた。
 
 二人の服は、先んじて神託の盾本部に潜入してきたアニスが持ち出した物である。
 
「アクゼリュスでアッシュは、あなたに扮してイオン様とナタリアを騙したと聞くわ。その意趣返しだと思えばいいじゃない」
 
 ティアはルークの手からウィッグをひったくり、背中に回ってそれをルークの髪に付け始める。
 
「…ッッ……け、けどよ………!」
 
「? 何慌ててるの?」
 
 カクカクと抗弁するルークは、その顔をティアに覗き込まれ、固まる。
 
 ルークに言い聞かせる時に、目線を逸らさせないように至近で覗き込む。都合の悪い時にそっぽを向いて生返事を返すルークに対して、この半年でティアに身についたクセだった。
 
「ご主人様、お顔が真っ赤ですの! 耳まで真っ赤ですの!」
 
「余計な事言ってんじゃねぇ! 売り飛ばすぞ!」
 
「ミュウに意地悪しないで!」
 
 アッシュの姿でいつものやり取りを繰り広げるルークとティアとミュウの姿に……
 
「はぁ~……あれじゃ外見一緒でもすぐバレちゃうんじゃないですかぁ?」
 
「は、はは……ルークには、なるべく口数少なくしていてもらいましょうか……」
 
 アニスとイオンは、不安を隠し切れなかった。
 
 
 
 
 一般に開放されているダアト教会の礼拝堂とは違い、教団本部や神託の盾(オラクル)本部には部外者は入れない。
 
「案外簡単に入れるんだな」
 
「ここまでは、ね」
 
 これまで、導師でありながら『真実』をまるで知らなかったイオンは、この先ヴァンやモースらの野望を阻止するために、まずは情報を手に入れる事を考えた。
 
 礼拝堂の奥に安置された、ユリアの第六譜石をイオンが詠んだ後、一行は神託の盾本部を目指す。
 
「僕は二年前にオリジナルの導師イオンの代替品として生み出されたレプリカです。表向きはローレライ教団の最高位ですが、実質的な権限はモースやヴァンが持っています。……当然、神託の盾には僕の命令を優先しない者も多い」
 
「だから前も、導師であるイオン様が軟禁される、なんて無茶な事がまかり通ったんだよ。今回も状況変わってない」
 
 イオンの説明に、アニスが相槌を打つ。もっとも、彼女はイオンが実質的な権限を持っていない理由までは知らなかったが。
 
「モースもヴァンも、僕を野放しにしておくつもりはないでしょう。だから、素早く機密文書や音譜盤(フォンディスク)を集め、持ち出しましょう。あまりぐずぐずはしていられません」
 
「はぅあ! ……機密片っ端から持ち出しって、イオン様ってば大胆!」
 
「フフ……ローレライ教団の最高権力者ですから」
 
 イオンの示した作戦方針に驚嘆するアニスに、イオンは楽しげに、冗談混じりの言葉を返す。
 
「(……イオン、何か変わったな……)」
 
 そんなイオンの姿を見て、ルークはユリアシティでのイオンとの会話を思い出す。
 
 自分と同じレプリカで、ずっと自分が代替品である事に苦しんでいたイオンは、ルークのおかげで自分が代替品ではないと思えるようになったと言った。
 
 そしてそれは、言葉だけのものではない。ルークはそれを強く感じる。
 
「(俺は………)」
 
 自身との違いに、僅か劣等感にも似た気持ちを抱いて、ルークは目を伏せる。
 
「……ルーク?」
 
 そして、そんなルークの異変に気付いたティアが、またその顔を覗き込む。
 
「なっ、何でもねーよ!」
 
 心に僅か落ちた陰は、狼狽の内に消える。ルークは思う、思い返せば、いつだってそうだったと……。
 
「(ティア………)」
 
 今はただ、その感情に振り回されるだけだった。
 
 
 
 
「何でテメェら屑共に話してやんなきゃなんねぇんだ!? あ゛っ? ヴァン師匠の命令でやってんだよ! いいからとっとと消えろ!!」
 
「ひっ、ひいぃっ! すいませんでしたぁー!!」
 
 神託の盾の古い書庫の前で見張りをしていた兵士が、アッシュに扮したルークに怒鳴られて泣きそうになりながら走り去って行く。
 
「ぷっくくく……これ、結構おもしれーなぁ!」
 
「悪趣味……」
 
 最初は嫌がっていたルークも、今はアッシュごっこに味を占めてお腹を抱えて楽しそうに笑っている。……もう、ホントに子供なんだから。
 
「でも、思ってたより全然スムーズにいってるよねぇ」
 
「僕一人ならともかく、六神将のアッシュも一緒ならば、ヴァンやモースの命令だという嘘が通じますから」
 
 アニスやイオン様の言う通り、ここまで一度も神託の盾兵と戦闘になっていない。アッシュとはほとんど面識がないから私には判断がつかないけど、意外にルークの演技が通用しているのかも知れない。
 
「とにかく、急いで文書を集めましょう。六神将に近しい人物に見つかったら、いくら何でも誤魔化せません」
 
 これで兄さんの真意や、それを止める手立てが見つかるのか……。私たちは集められるだけの情報を集めて、神託の盾の本部を“堂々と”後にする。
 
 しかし…………
 
『あ………』
 
 無事に本部から出て、礼拝堂に戻って来た所で、出会ってしまった。
 
「あなた、達………」
 
 桃色の長い髪を揺らす、アニスと同期だという小柄な女の子。六神将……妖獣のアリエッタ。
 
「ママの仇!!」
 
「ま、待てアリエッタ!」
 
 彼女にとって、私たちは育ての親であるライガの女王の仇。アッシュに扮したルークの制止も聞かず、アリエッタは詠唱を始める。
 
「(一般人もいるのに……!)」
 
「“歪められし扉よ 開け”『ネガティブゲイト』!」
 
 咄嗟の回避。
 
 まさに問答無用で放たれた魔空間が、さっきまで私たちがいた場所で唸りを上げる。
 
「根暗ッタ! あんたこんなトコで何ぶちかましてんのよっ!」
 
「アリエッタ、根暗じゃないもん! アニスの意地悪!」
 
 そんなアニスとアリエッタの言い合いを、私たちは黙って見てるわけじゃない。だけど、こんな所で戦えない。……今、彼女は魔物を連れてない。
 
「『魔神拳』!」
 
「きゃあぁ……っ!」
 
 ルークが放った拳撃が地を走り、小柄なアリエッタを弾く。
 
「『トゥエ ズェ レイ クロア リョ トゥエ ズェ』」
 
 その隙を見て、私が『ナイトメア』を謡う。彼女ほどの譜術士(フォニマー)を眠らせる事は出来ないだろうけど、動きを鈍らせるくらいなら……!
 
「イオン様、行きますよ!」
 
「ルーク、急いで!」
 
「お、おう!」
 
 闇の睡魔がアリエッタを包んでいる間に、私たちは礼拝堂を飛び出し、そのまま立ち止まらずに街の外を目指す。
 
 イオン様が一緒になって走っているおかげで、周りの人々は私たちを不審者だとは思っていないようだった。
 
「行くぞブタザル!!」
 
「ご主人様ー! 置いてかないでくださいですのー!」
 
 ルークの大声に応えて、宿の窓からミュウが飛んでくる。
 
 追っ手を警戒しながら、私たちはそのまま逃げるようにダアトを旅立つ。
 
 キムラスカではナタリアが、マルクトではカーティス大佐が、戦争を止めようと動いてくれている。
 
 今度は私たちが………兄さんを止める番。
 
 
 
 
(あとがき)
 これからGW的にちょっとの間更新出来ないと思います。また更新する際には、よろしくお願いします。
 
 



[17414] 4・『砂漠の街で』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/07 11:02
 
 ダアトで機密文書を持ち出した俺たちは、そのままダアト港から船に乗ってパダミヤ大陸を離れた。アリエッタにも会っちまったし、いつまでもあんな所に居られないから。
 
 戦争を止めるのは、マルクトではジェイド、キムラスカではナタリアが頑張ってるから、俺たちの方はパッセージリングに向かう事になった。今はマルクトにもキムラスカにも簡単に定期船なんか出してくれないらしくて、目指すのはそのどちらにも属さない、自治区の流通拠点・ケセドニア……そして、そこから歩きで行けるザオ遺跡だ。
 
 シュレーの丘はジェイドが何とかするとか言ってた気がするし、イオンが封印解いたパッセージリングはこの二つだけだから、単なる消去法。
 
 そして今、俺は一人でケセドニアの街を歩いていた。
 
「ったく、ガキ扱いすんなっつーの……」
 
 ケセドニアとザオ遺跡の間に砂漠があるのは前来た時に知ってるし、あちーのはうぜーけど、夜の寒さも半端じゃない。明日の夜明けと共にまずはオアシスを目指す事にして、今日はこの街で休む事になった。
 
『買い物をするなら、ちゃんと買う物の値段と手持ちの金額を計算する事。使い過ぎちゃダメ。道に迷った時のために、宿の名前も憶えておくのよ』
 
『あめ玉貰っても、知らない人について行っちゃダメだよぉ~~♪』
 
 ティアとアニスのムカつく忠告を思い出して、俺は一人で不機嫌になった。
 
 ちなみにイオンとティアは宿で例の機密文書とかを解読してる(俺にあんなのわかるわけねーし、やだ)。アニスは……あいつどこ行ったんだっけ?
 
「みゅうぅ……ご主人様、暑いですの………」
 
 ……そういや一人じゃなかった。こいつがいたんだった。
 
「うっせーな。大体外出て暑がるくらいならわざわざついてくんなっつーの! 宿でティア達と一緒にいりゃ良かっただろーが!」
 
「ダメですの! ご主人様一人じゃ心配ですの!」
 
 宙に浮くのもつらいのか、俺の肩で洗濯物みてーになってたブタザル。耳元で叫ぶな、やかましいっつの。………つーか、
 
「何で俺がお前みたいな小動物にまで心配されなきゃなんねーんだよ! ケンカ売ってんのか、ああっ!?」
 
「みゅうーーーっ!?」
 
 ブタザルのホウキみてーな両耳を左右に引っ張る俺を、周りの連中が面白そうに見てやがる。ホントに売り飛ばしてやろうか、世にも珍しい喋るチーグル。
 
『ご主人様! 無事で良かったですの!』
 
『ミュウをいじめないで!』
 
 …………やっぱ、売るのはまずいか。
 
 周りの視線がうざくなって、俺はブタザルを片手でひっ掴んで早足にそこから離れた。
 
「(暇だから出てきたけど、この街はもう何回か来てんだよなぁ……)」
 
 超振動でマルクトに飛んで戻ってくる時とか、アクゼリュスに向かう時とか、この街は航路の関係とかで、もう何回か来てるし、そこまで珍しいわけじゃ………
 
「(………ん?)」
 
 そんな事を考えながら歩いてると、食材屋の前に、どっかで見たような背中を見つけた。気になって正面に回ってみたら……
 
「あーっ! お前!?」
 
「ん? やあ、アンタかい。髪切ったんだねぇ」
 
 そいつは、俺が超振動でティアと一緒にタタル渓谷に飛んだ時に、俺たちが乗った馬車の駆者だった。
 
「悪いけど、今は辻馬車は休みだよ。大地震だの戦争だので、仕事どころじゃないからね」
 
「頼まれたって二度と乗るか!」
 
 あん時はこいつの馬車に乗ったせいで遠回りした挙げ句、橋もぶっ壊れて戻れなくなったりで踏んだり蹴ったりだった。………ん? そういやあの時の代金………!
 
「おい!」
 
「な、何だよ……?」
 
「あん時のペンダント! 代金代わりに払ったやつ!」
 
 馬車には乗り損だったのに、代金は帰って来なかった。しかもティアはあの時、手持ちの金が無いからっていつも身につけてたペンダントを渡したんだ。
 
 ……ティアは大した物じゃないとか言ってたけど、ぜってーあれ嘘だし。
 
「ああ、あれなら売ったよ?」
 
「はあっ!? どこの、誰に、幾らで売った!」
 
「グググランコクマの、ライズって細工師だよ! どうしたんだよ一体!?」
 
 売った、とか抜かしやがる駆者のオヤジの胸ぐらを掴んで凄んだら、そんな応えが返ってくる。くそっ、グランコクマって、確かマルクトの首都だよな……。
 
「あれ、そんなに大事な物だったのかい?」
 
「……何でもねーよ。ビビらせて悪かったな」
 
 もう持ってないならこいつに絡んでも仕方ねーし、でも舌打ちだけくれてから俺は背を向ける。
 
「(グランコクマ、かぁ………)」
 
「……ご主人様、どうしたんですの?」
 
「何でもねーっつってんだろうが。それよりお前、さっきの事誰かに言ったら丸刈りにするからな?」
 
「丸刈り……みゅ?」
 
 何か胸に引っ掛かるみたいな気持ちわりぃ気分を残しながら、俺はブタザルの口止めをしながら再び露店を見て回る。
 
 前はガイと回ってたけど、そういやあいつは今ごろどうしてんだろ? ナタリアと違って、城に入る事も出来ないだろうし。
 
「(俺の事……どう思ってんだろ……)」
 
 ティアとかは、俺がレプリカだって知っても何も変わらなかった。でもガイやナタリアは、ティアと違って昔のルーク……アッシュを知ってるはずだ。
 
 自分が知ってるやつが、知らない間に途中ですり替わる。……よくわかんねーけど、やっぱティア達より俺を受け入れがたい……んだよな。
 
 記憶喪失なだけだと思ってたのが、別人だったんだから。……ナタリアはともかく、あの時のガイの顔、まともに見てなかった気がする。
 
「……………」
 
 アッシュのレプリカで、アッシュの身代わりに造られた捨て駒で………『ルーク・フォン・ファブレ』を知ってる人間から見れば、偽物でしかない。
 
「(俺に……何か出来るのか………?)」
 
 ティアの言った通り、俺はカッコつけてただけなのかも知れない、けど………。
 
 
 
 
「………難解、ですね。士官学校に入る前に、ユリアシティの閲覧可能な蔵書は一通り読んだのですが……」
 
「無理もありません。文書のほとんどが、今より遥かに優れた譜業や音機関を生み出した創世歴時代の物ですから」
 
 ダアトから持ち出した機密文書。私とイオン様は、ケセドニアに着いてからずっとその解読に終始していた。
 
 単純に古代イスパニア語で記されている物もあるけど、暗号化されている物も多い。
 
 私は魔界(クリフォト)出身の一介の軍人に過ぎず、イオン様は導師と言えどまだ生まれて二年しか経っていない。この情報を活かすどころか、読み解く事すら難しい。………それでも、かなり貴重な情報には間違いないのだけど。
 
「この街を取り仕切るアスターという商人は、音譜盤(フォンディスク)の解析機を持っているそうです。後で訪ねて見ましょう」
 
 ……でも、本当に私を悩ませるのは、それらの機密文書じゃなかった。ダアトでイオン様が詠んだ、ユリアの第六譜石の預言(スコア)。
 
『ND2000.ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す。其は王族に連なる赤い髪の男児なり。名を聖なる焔の光と称す。彼はキムラスカ・ランバルディアを、新たなる繁栄に導くだろう』
 
『ND2002.栄光を掴む者、自らが生まれた島を滅ぼす。名をホドと称す。こののち、季節が一巡りするまで、キムラスカとマルクトの間に戦乱が続くであろう』
 
『ND2018.ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって街と共に消滅す。しかるのちにルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう。結果キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる』
 
 あの預言を知った今なら、モースの思惑が良くわかる。預言に詠まれた未曾有の繁栄、それを頑なに信じ、成就させるために、預言の通りに世界を動かそうとしている。
 
 インゴベルト陛下がルークをアクゼリュスに送ったのも、キムラスカの勝利と繁栄のため。そしてピオニー九世陛下がダアトからその預言を知らされていなかったのは、未曾有の繁栄に繋がる過程にマルクトの滅亡が詠まれているから。
 
 アクゼリュスの崩落、戦争の始まり、この先の各勢力の動きを予測する情報は、おおよそ私たちの元々の推測通りだった。だから本当の意味で有意義な情報は、戦場となる場所がルグニカ平野だとわかった事くらい。
 
 ……でも、私を迷わせたのは“過去の預言”の方だった。
 
 栄光を掴む者……フォニック語で訳すと、ヴァンデスデルカ。……それは、グランツ家に養子に入る前の、兄さんの本当の名前。
 
「(兄さんが、ホドを消滅させた………?)」
 
 兄さんが、望んでそんな事をしたとは思えない。もしかしたら、兄さんがルークにしようとしたように、騙されて、あるいは恣意的に、ホドを消滅させられたのだとしたら………。
 
 預言に詠まれたという理由で、見捨てられただけではなく、愛する故郷を自身の手で壊させられたのだとしたら………兄さんの憎しみの深さにも納得がいく。
 
「(それに………)」
 
 気になる事は、他にもあった。この預言には………ルーク(レプリカ)の存在が詠まれていない。
 
 それが何を意味するのか………。
 
「(ルーク………)」
 
 考えていたら、だんだん心配になってきた。街に出たいとごねるし、そろそろ旅のはじめの頃のような失敗はしないだろうと思ったから外に出したけれど、やっぱり気になる。
 
「………ティア」
 
 ふと、考え事に耽っていた私に、イオン様の声が掛かる。いけない、まだまだ文書は残っているのに。
 
「気丈に振る舞ってはいますが、ルークも、自身に対する不安が無くなったわけではないと思います」
 
 しかしイオン様は、全く別の事を口にする。まるで心の中を見透かされたかのようなタイミングに、私の心臓はドキッと跳ねる。
 
「自分が偽物だと知ってしまった事で、記憶喪失とされるまでの十年間どころか、この七年のものさえも……つまり、過去の全てを否定された。そして、今や、未来も簡単には認める事は出来ない。……僕たちはレプリカ。まともな人間ですらありませんから」
 
「そんな事……!」
 
「いいんです。事実ですから」
 
 自分やルークの事を悲観的に語るイオン様の言葉を否定しようとする私に、イオン様はしかし穏やかにそれを拒否する。
 
「僕たちはまともな人間じゃない。でも、そんな事は大した問題じゃない……だから、いいんです」
 
 自分の、重いはずの身の上を正面から受け入れて、イオン様はさらに続ける。
 
「ルークは僕と違って、今まで自分がレプリカだとは知らなかった。本当の意味で受け止めるには、まだ時間が必要です」
 
 自分のためじゃなく、ルークのために……。
 
「ルークが今一番必要としているのは、あなただと思いますよ」
 
「っ………!?」
 
 曇り一つない真剣な顔で言われて、反応に詰まる。アニスやガイなら、的外れにからかってるのがわかるから、ふざけた事をと呆れるところだけど、イオン様は違う。
 
 本気で、真心からそれを言っている事がわかるから、どう返せばいいのかわからない。
 
「(家族に、兄さんに見捨てられて、ガイは今はいないし、他に頼る相手がいない……って事よね……?)」
 
 深く訊いてしまえば、それだけ私が困るような妙な確信があったし、どっちにしても私はルークの騎士だから………
 
「は、い……」
 
 とりあえず、肯定で返しておいた。
 
 何だか居心地の悪い空気を感じながら、解読を再開してしばらくすると、街で合流したのか、ルークとミュウ、そしてアニスが帰って来た。
 
「………財布、スられた………」
 
 ルークは、とても情けない顔をしていた。
 
 
 
 
(あとがき)
 GWも明けたしで、更新再開します。
 
 



[17414] 5・『ヴァンの野望』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/09 17:31
 
「相手が盗賊だってわかってるのに、どうやったら騙される事が出来るのか是非聞かせて欲しいわ」
 
「だ、だってあいつらすげー馴れ馴れしく肩とか叩いてきたんだぞ!」
 
「……なおさら怪しいじゃない」
 
 機密文書の解読とミュウはイオン様とアニスに任せて、私とルークは二人、ザオ遺跡に向かっていた。
 
 その理由の一つは、今の私たちの知識では、パッセージリングに着いても何をすればいいかわからない事。あくまでも異変と様子を探りに行く事が目的であり、イオン様に同伴して頂く理由に乏しい。
 
 それに、もし兄さんがパッセージリングを操作している場面に出くわした時には……戦う事にもなるかも知れない。その時、イオン様まで攫われてしまったら、他のパッセージリング……つまりは大陸まで危なくなる。
 
 当然イオン様をお一人にしておくわけにも行かないから、導師守護役(フォンマスター・ガーディアン)のアニスもケセドニアに残ってもらった。
 
「くそっ、あいつら次見つけたらぜってー許さねぇ!」
 
「二の次よ。あなたに渡したお小遣いのために時間を割く気は無いから」
 
「ぐ………」
 
 ルークはケセドニアの自由時間の間に、またあの漆黒の翼の三人組に遭遇したらしい。親しげに接触してきた彼女たちに、あっさりと財布を盗まれたというルークは、昨日からずっとこの調子。
 
 ………元々、ルークには大した金額は持たせてなかったんだけど。
 
「(結局、義賊なんて言っても泥棒は泥棒ね)」
 
 以前は彼女たちの車に乗せてもらったりはしたけれど、やっぱり、いい人というわけではないみたい。
 
「……急ぎましょう。戦争が始まるまでは崩落を起こさないというのは、キムラスカとマルクトの戦力を削ぐ効率からカーティス大佐が考えた推測に過ぎないわ」
 
 ……そう。今この瞬間にも、足下の大地が崩落して魔界(クリフォト)に落ちても不思議じゃない。そんな可能性とは裏腹に、どうしても考えてしまう。
 
 ………兄さんが、これ以上大地を崩落なんてさせないんじゃないか、という希望的観測。パッセージリングの力を使って、何か別の……私たちの本来の夢に沿うような事を考えているんじゃないかという楽観。
 
「………ヴァン師匠、一体何考えてんだろうな……」
 
 図らずも、私はルークと同じ事を考えていた。
 
 
 
 
 砂塵舞う古めかしい遺跡、所々に石柱や石板が不規則に並ぶザオ遺跡。以前は入り口で六神将を待ち伏せたその中を、ルークとティアは進んでいた。
 
「………………」
 
「………………」
 
 自然と、二人の口数は少なくなっていく。進む内に、確信が強くなっていくからだ。
 
「(………いる)」
 
 地下遺跡の奥へと進む道には、当然のように魔物も多くはびこっていた。しかし、それは生きているものだけではない。
 
 真新しい傷をその身に刻んだ亡骸が、そこかしこに横たわっている。
 
 斬撃の跡、譜術の跡、そして譜銃による音弾の破裂痕。
 
 ルークはその傷口に残る太刀筋から、ティアはその音弾の威力から、それぞれ二人の人物を連想していた。
 
「(ヴァン師匠……)」
 
「(姉さん……)」
 
 最低でも、この先にヴァンとリグレットの二人がいる。アクゼリュス崩落から、ユリアシティ、ダアトと遠回りしてしまっていたティアは、このタイミングでヴァン達がザオ遺跡に居る可能性は低いと考えていた。
 
 ヴァンの真意を確かめ、その企みを阻止する願ってもない好機。そう理屈で考える頭とは裏腹に、二人の心は豹変したヴァンやリグレットとの再会を恐れていた。
 
 それでも、ティアの足は早足に遺跡の奥を目指し、それに引かれるようにルークも足を動かす。ここに、既にヴァンが来ていて、大地の崩落、あるいはまだ想定していない何らかの企みがあるのなら、それを決行される前に阻止しなければならない。
 
「「ッ………!?」」
 
 そして……見つけた。地下深く続く大穴に橋のように架かる道を進んだ先、以前シュレーの丘でルークが見た物と同じ扉から二人、姿を現す。
 
「ヴァン師匠!」
「兄さん! 姉さん!」
 
 ルークとティアの叫びを受けて、ヴァンとリグレットは眉を潜める。親愛と信頼で繋がっていた……そして、裏切られた相手。
 
「……お前たちか。こんな所にまで来て、何をしている?」
 
 今まで溜め込んでいたものを吐き出すように、ティアは一気にまくしたてる。
 
「兄さんこそ! 一体何を考えているの!? 預言(スコア)が、それに従う世界が憎いのはわかる! だけど、大地を崩落させて世界が滅んでしまったら、それこそ無意味だわ!」
 
 ティアは、テオドーロが言っていたように、ヴァンが預言の通りに世界を動かすためにアクゼリュスを消滅させたなどとは露ほども思っていない。
 
 アクゼリュスの崩落とパッセージリングの封印解除、そしてヴァンの預言に対する憎しみという三点から、大地の崩落、世界への復讐という最悪の結論を出したに過ぎない。
 
 否定して欲しかった。何か理由があったのだと言って欲しかった。そんなティアの願いは………
 
「それは逆だ、メシュティアリカ。新たな世界に、この世界の人間が生きていては意味がないのだ」
 
「な………っ!?」
 
 最悪の形で、裏切られる。
 
「ダアトで機密文書を持ち出したそうだな。ならばもうわかるだろう。預言に盲従するこの世界がどれほど醜く、愚かなものか」
 
 ヴァンの言葉を継ぐように、今度はリグレットが言葉を紡ぐ。
 
「預言の言いなりにしか生きられない人間などただの人形。“レプリカで代用”すればいい」
 
「レプ、リカ………?」
 
 また口を開いたヴァンの言葉に、今まで竦んで何も言えなかったルークが反応する。
 
 尊敬していた、今でもしている師に拒絶され、否定される事が恐ろしかった。
 
「……第六譜石を、詠んだな? なら、気付いたはずだ」
 
 ルークを、ティアを、ヴァンは見据える。
 
「本来アクゼリュスと共に消滅するはずだった『聖なる焔の光』は、今もなお生きている。ルークも、アッシュもだ」
 
 両手を広げ、まるで自分の計画を誇るように、ヴァンは悠然と告げる。
 
「変わったのだ! 今までただの一度も外れた事がないユリアの預言が、僅かとはいえ覆された! そしてそれは、預言に詠まれていない存在によるもの」
 
 ティアの脳裏に、第六譜石の預言が思い返される。確かにあの預言にはルークの……レプリカの存在が欠落していた。
 
「レプリカこそ、真に人間の自由と尊厳を持つ、その意志で未来を選んでいける新たな人類だ。だから私は、この惑星オールドラントのレプリカをも造り出し、新たなる世界を創造する!」
 
 ルークもティアも言葉を失う、あまりにも巨大で突飛な計画。それを無視して、リグレットは補足するように言う。
 
「預言とは“詠む”ものだ。その意味がわかるか? たとえ人が預言に頼らず、未来を知らず生きていったとしても、そこには確かに星の記憶が存在している。この世界の人類が、真の意味で自由になる事はない」
 
 あくまで感情を見せないヴァンとは違う、まるで言い聞かせるようなリグレットの言葉がティアに向けられる。
 
「私たちは、共に理想を目指したあの頃から何も変わってなどいない。……ティア、一緒に来なさい。共に、預言に縛られたこの世界を………」
 
 しかし、そんなリグレットの言葉を………
 
「リグレット、喋り過ぎだ」
 
 ヴァンが止める。
 
「ティアは、決して我らの理想に賛同せん。それがわかっていたからこそ、今まで我らの真の理想を語らずにいたのだ」
 
 ヴァンのその言葉を肯定するかのように、ティアは杖を二人に向ける。前髪に隠されたその表情はわからない。
 
「違う……。兄さん達がしようとしている事は、世界を預言から解放する事なんかじゃない!」
 
 僅かに潤んだ、しかし決して涙を流さずに、ティアは兄と師を睨みつける。その視線に何を思ってか一度目を伏せたヴァンが再び顔を上げて、見る。
 
 ティアの横で細かく震えながら、しかし剣を構えている、ルークを。
 
「何故お前が、私たちの邪魔をする?」
 
 ルークを見て、しかし何も言わないヴァンに代わるように、リグレットが怪訝そうにルークに問う。
 
「………………」
 
 ルーク自身、何故自分がヴァン達に剣を向けているのかわかっていない。応えられなかった。
 
「私たちが創りだすのは、レプリカの……お前達の世界だ。どこに邪魔をする理由がある?」
 
 剣を、杖を握っていても、ルークとティアはヴァン達二人に呑まれていた。混乱の中で、その事を自覚していた。
 
「この世界に、お前の居場所などどこにもない。キムラスカは『聖なる焔の光』を見捨てた。何より、この世界ではどこまで行ってもお前はアッシュのレプリカ……紛い物に過ぎん」
 
 再び口を開いたヴァンの辛辣に過ぎる言葉が、ルークに突き刺さる。
 
「兄さん! 今の言葉取り消して!」
 
 ティアの叫びもまるで意に介さず、ヴァンの言葉は続く。
 
「お前は生まれてから七年、アッシュの居場所で『ルーク』としての時を過ごし、未来に求められるのは預言に忠実な消滅のみ。一体、どこにお前の居場所などあると言うのだ?」
 
「あ……ぁ……」
 
 レプリカであるルーク、その存在の無意味さを突き付けるように……
 
「それとも、代替品に過ぎない屑のお前を生み出した私に、復讐でもするつもりか? 無駄な事はやめておけ。我らを邪魔立てせず震えていれば、新たな世界の住人の一人として、見逃してやらんでもない」
 
「ぅあぁあああぁぁああーーっ!!」
 
 恐怖、怒り、絶望、悲哀、あらゆる負の感情を振り払うように、ルークは剣を片手にヴァンに突っ込む。あまりに無防備で、あまりに浅慮な突進。
 
「閣下……」
「良い。私がやる」
 
 両手に譜銃を構えるリグレットを片手で制し、ヴァンは右手で腰の剣を抜き放ち、天に掲げる。
 
「待ってルーク!! 迂濶に飛び込まないで!」
 
 ティアの制止も虚しく、ルークは“ヴァンの間合い”に不用意に飛び込んだ。瞬間、ヴァンを中心とした巨大な譜陣が広がる。
 
「愚かだな………」
 
 そう吐き捨てたヴァンは、天に掲げた剣を逆手に持ちかえて、足下に展開された譜陣に突き立てる。
 
 そして………
 
「『星皇蒼破陣』」
 
 陣から立ち上る、第七音素(セブンスフォニム)を含んだ桁外れの衝撃波が、激流に呑まれる木の葉のように、容易くルークの身体を攫った。
 
 
 
 
(あとがき)
 いつも本作品を読んで下さる皆さん、ありがとうございます。
 
 



[17414] 6・『ユリア式封咒』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/10 15:34
 
「ルークっ!!」
 
 一切の抵抗も許されない、絶叫を上げる事すら出来ない、圧倒的な力の奔流に呑み込まれて、ルークの身体はボロ雑巾の様に宙に放り出される。
 
 二、三度地面をバウンドした後、ルークの真下にじわじわと血が広がる。
 
「ほぅ……我が秘奥を受けて、死に損なったか」
 
 全身をズタズタに刻まれてピクリとも動かない、普通なら本当に生きているのかなどわからない姿を見て、しかしヴァンは息を確認もせずにそれを悟る。
 
 レプリカの身体は、元素と音素(フォニム)で構築されているオリジナルの身体と違い、第七音素(セブンスフォニム)のみで構築されているため、たとえ特別な死因でなくとも、死ねば霧散し、屍は残らない。それを知っているからこその即断だった。
 
「………………」
 
 無言で倒れたルークを見るヴァン、抜き身の剣を持ったままの、その一歩を踏み出すより早く……
 
「っ……ティア」
 
 ルークの前に、まるで身を挺して守るかのように、ティアが杖を構えて立ちふさがった。
 
「……………」
 
 ヴァンやリグレットと戦う苦悩が消えたわけもない。先ほどの一撃を思えば、勝ち目など無いどころか、捨て身になったところでルークを守れるはずもない。二人まとめて無駄死にする事は目に見えていた。
 
「……………」
 
 それでも、ティアは立ちはだかった。言葉なく兄を睨み付けて、決してそこを動かないという断固たる決意を漲らせて。
 
「……………」
 
「……………」
 
 刹那にも、永遠にも感じられる異様な空気の中で、兄妹は睨み合い……
 
「……フン」
 
 つまらなそうに剣を鞘に収めるヴァンによって、糸が切れたようにその空気が消える。
 
「……閣下」
 
「捨て置け。この程度の敵、造作も無い」
 
 それきり興味が失せたように立ち去るヴァン。それに続かず、リグレットがティアに向けて言葉を残す。
 
「もう一度良く考えなさい、ティア。この世界に、本当に守る価値などあるのかどうかを……」
 
 リグレットがヴァンを追って立ち去るとほぼ同時、堪え切れなくなったようにティアは両膝を着く。
 
 命の危機に対する、純粋な恐怖。認めたくなかった、大切な人たちの裏切りに対する絶望。その大切な人たちの語る、途方も無い計画。そして眼前から危機が去った安堵。
 
 体を支える力さえ、根こそぎ奪われたようだった。
 
「(ルーク……)」
 
 しかし、傷ついている暇などない。感情を律する事が出来なければ、兵士失格。すぐさま振り返ってしゃがみ込み、ルークの傷を確認する。
 
「(ッ! ………酷い)」
 
 威力が集約されない広範囲攻撃だったからか、内臓に届くほどに深い傷は無いが、それでも相当深い上に、全身を斬り刻まれて血が噴き出している。
 
 流れ出た血が水溜まりのように広がり、砂が血を吸って赤く染まっていく。
 
「(まず、傷口を塞がないと……!)」
 
 一刻も早く傷を塞がなければ、あっという間に失血死だ。
 
「“彼の者を 死の淵より呼び戻せ”『レイズデッド』」
 
 第七音譜術による治療術で、急ぎルークの傷口を塞ぐティア。上級譜術はそれだけ譜力を消費するが、そんな場合でもない。
 
「………………」
 
 長い時間を掛けて、まずは傷口を塞ぎ、止血する。それから遅れたように“内側”を癒し、体力を回復させていく。……しかし、失った血までは戻らない。
 
「く………っ」
 
 全身の傷とダメージを癒したところで、ティアも譜術を解いて荒い息をつく。それだけ深刻な状態だった。
 
「ルーク?」
 
 血中音素を使い過ぎたのか、ティアも全身に力が入らない。揺すっても、ルークが起きる気配は無い。むしろその顔は蒼白なままだ。
 
(カツ……カツ……)
 
「!!」
 
 遺跡の入り口、ティア達が来て、ヴァン達が去った方から、地下洞窟に響いて靴音が響いてくる。
 
 ヴァン達や、神託の盾(オラクル)兵が引き返してきたのか? ティアの脳裏にそんな予感が過ぎる。ルークも、ティアも、とても戦えるような状態ではない。
 
 しかし、その予想は、良い方向に外れる。
 
「……イオン、様?」
 
「! ルーク……一体、何があったんですか?」
 
 現れたのは、ケセドニアで待っているはずのイオン、アニス、ミュウ、そして……
 
「うわっ、スゲー血が出てるでゲス!」
 
「神託の盾にやられたのかよ?」
 
「ひどい事するネェ」
 
 三人組の盗賊、漆黒の翼だった。
 
 
 
 
「アニスが彼らを捕まえたところで、神託の盾が僕を狙って来たんです。そのままなし崩しに彼らの譜業車に乗って、ここまで逃げて来ました」
 
 重体のルークを、アニスと漆黒の翼の三人に預けて、僕とティアはパッセージリングを目指して歩いていた。
 
「……彼女達は、信用出来るのですか?」
 
「確かに彼女達は泥棒ですが、きっと根は気さくで良い方たちだと思いますよ」
 
 漆黒の翼の三人は車に十分な救急道具を積んでいたから、ルークの手当てを任せてきた。僕たちは、パッセージリングの状態を調べておかないといけない。
 
 ……ここにヴァンとリグレットが来たというなら、なおのこと。
 
「……兄さんの目的については、アニスもいる時にお話します。今は、外郭大地の危機に備えましょう」
 
 彼女の様子と、ヴァンに返り討ちにされたルーク、そして外郭大地の危機という言葉から、やはりヴァンの目的は人類の滅亡なんだと僕は悟って、この場での言及は避ける。
 
 アクゼリュスの時に見たような、創世歴時代の音機関に溢れた道を進んだ先に、やはりアクゼリュスの物と同様に、上下に二つ繋げた巨大な音叉……パッセージリングを見つける。
 
「これが………」
 
 正確には、アクゼリュスに来る事のなかったティアが、初めて見るパッセージリングに目を見開く。
 
「あれは………」
 
 アクゼリュスでは、ちゃんと見る暇もなかったパッセージリング。その音叉の上、天井に位置する所に操作盤らしき物が見える。
 
 そこに………
 
「緩やかに、機能停止……?」
 
 このザオ遺跡、そしてシュレーの丘のセフィロトを示すリングの上に、古代イスパニア語でそう書かれていた。
 
 セフィロトの機能を停止するという事は、そこの外郭大地を支える柱が無くなるという事。つまりは、崩落。
 
「………ヴァンは、パッセージリングの操作方法を知っているのでしょうか」
 
 これは、完全に想定外だった。アッシュの超振動でパッセージリングを破壊される可能性は考えていても、ヴァンが自在にパッセージリングを操作出来る可能性は考えていなかった。
 
 ……現に、僕たちがダアトから持ち出した機密文書に、パッセージリングの操作に関する物は無い。
 
 ヴァン達の圧倒的優位、僕たちの圧倒的不利を感じていた、その時………
 
「「っ………!?」」
 
 パッセージリングの正面に縦に据えられた金属板が、突然、まるで本のように開いた。
 
「(ティアに、反応している………?)」
 
 僕が近づいた時には、何の反応も示さなかった。今、ティアが目の前に立って初めて起動した。
 
 それはまるで、制御板のように見える。
 
 ティアやヴァンは、ユリアの譜歌を謡い、ユリアの末裔だと言われている、と聞いた事がある。
 
「まさかこれが、ユリア式封咒………?」
 
 だとしても、僕たちはその制御方法を……知らなかった。
 
 
 
 
「………………」
 
 うなされているルークの額のタオルを、取り替える。
 
 ケセドニアにもオアシスにも、神託の盾が張り込んでいる可能性が高くて、だけど今のルークを連れて遠くに逃げる事は出来なくて、結局私たちは、そのままザオ遺跡で休息を取っていた。
 
 皆はもう眠っている。ルークは、ずっと眠り続けている。
 
「(…………兄さん、姉さん)」
 
 ずっと信じ続けてきた私たちの理想は……虚構のものでしかなかった。私が尊敬して共に歩むと決めた夢は、私が守りたいと願った世界の破滅だった。
 
「………………」
 
 辛い、悲しい、胸にぽっかりと穴が開いたような虚無的な気持ちが全身に満ちていく。
 
 だけど………絶対に弱音は吐かないし、吐けない。
 
「ルーク………」
 
 辛いのは、私だけじゃない。自分の存在全てを否定されたルークは、私以上に苦しいのだから。
 
 私はまだ、兄さん達に必要とされている。そんな兄さん達と戦うからこその辛さもあると思う。でも………
 
『ヴァン師匠! 今日は剣舞やってもらって良いっスか!?』
 
 ……私にはわかる。どんなに蔑まれても、否定されても、ルークは兄さんを嫌いになる事が出来ない。
 
 だからきっと、兄さんに否定されているルークの方が、私以上に辛くて、苦しい。
 
『ルークが今一番必要としているのは、あなただと思いますよ』
 
 だから私が、しっかりしなくちゃいけない。血塗れになって吹き飛ぶルークの姿が、脳裏に焼き付いて離れない。
 
「(どうして………)」
 
 勝手に生み出されて、勝手に身代わりにされて、消滅を望まれて、使い捨てられる。どうして彼が、これほどまでに理不尽な運命を課せられなければならないのか。
 
「師…匠ぇ………」
 
「っ………」
 
 真っ青な顔のままで、寝言で苦しそうに兄さんを呼ぶルークが、痛々しくて仕方ない。
 
 ―――何故か、それが自分の事であるかのように辛くて、苦しかった。
 
「(絶対に、兄さんを止める)」
 
 たとえ、差し違えてでも………。
 
 
 
 
(あとがき)
 本作では治療術の貴重さを際立たせるために(?)アップルグミとかライフボトルとかは普通の栄養剤みたいな扱いでしかなかったりします。
 ユリア式封咒とかも、原作よりちょっと簡潔に……むしろアニメ版よりになってるかもです。
 
 



[17414] 7・『水上の帝都』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:4ddb6a25
Date: 2010/05/12 23:06
 
『何故、お前が私たちの邪魔をする?』
 
 よく、わからなかった。レプリカの世界とか言われても、スケールがデカすぎてピンと来なかったし、本当ならヴァン師匠と戦いたくなんてないはずなのに………。
 
『預言(スコア)の言いなりにしか生きられない人類などただの人形、レプリカで代用すればいい』
 
 預言なんて今まで詠んでもらった事ねーけど、ただ、預言を守るためだけにホドやアクゼリュスが見殺しにされたって言うなら、それは間違ってるとは思う。
 
「(でも、レプリカで代用って、どうなんだ?)」
 
 これは何だか、納得いかない。よくわかんねーけど、感情で納得出来ない。
 
『この世界に、お前の居場所などどこにもない』
 
 ……わかってなかった。いや、多分わかりたくなかったんだ。ずっと“それ”から目を逸らし続けてた。
 
 わからない。自分の事なのに、俺は何もわからない。
 
 一つだけ確かなのは………
 
『代替品でしかない屑のお前……』
 
 俺は本当に……ヴァン師匠に捨てられたって事だけだ………。
 
 
 
 
 俺が起きた時にはもう、イオンやアニスと合流してて、何か知らねーけど漆黒の翼までいた(アニスが財布を取り返してくれたらしい)。
 
 本当ならぶん殴りてーけど、ティアが言うには、またこいつらの譜業車に頼らなきゃいけないって事らしいから仕方ない。
 
 俺が寝てる間にわかったらしいのは、ヴァン師匠がパッセージリングの操作方法がわかる事、ティアがいればパッセージリングは起動するみたいだけど、俺達には操作方法はわからない事、東、西ルグニカ平野とケセドニア周辺はいつ崩落するかわからない事、ダアトから持ち出した機密文書は、やっぱりイオンやティアでもちゃんと解読出来そうもない事、そして………俺たちのこれからの目的地。
 
「(ジェイド・バルフォア博士………)」
 
 パッセージリングについても、機密文書の解読についても、誰か頭の良い協力者が必要だって事になって、それでこの名前が挙がった。
 
 アスターとか言うケセドニアの商人の家で解析した音譜盤(フォンディスク)からわかった、“フォミクリーの発案者”の名前だ。
 
 ファミリーネームが違うし、偶然じゃねーの? って思ったけど……
 
『……ジェイドは、真相を明かす前から僕やルークが何者なのか気付いていたようでした。データから逆算した年齢も一致しますし、僕には偶然とは思えません』
 
『言われてみれば、大佐ってば全然驚いてなかったよね。いくら冷静な軍人って言っても、ちょっと不自然かも……』
 
『……どちらにしても、ルグニカ大陸の危機をピオニー陛下に伝える必要もあるし、もし違ったとしても、大佐なら誰か心当たりがあるんじゃないかしら』
 
 イオンもアニスもティアもそんな感じで、目的地はマルクトの首都・グランコクマになった。戦争が起きるかもって事でまともに船出てねーし、漆黒の翼はいい足代わりだ。
 
 泥棒のこいつらを見逃す代わりに俺たちをグランコクマに運ばせる。ティアに言わせれば、『大事の前の小事』らしい。
 
 グランコクマは戦時には要塞に変わるとか言う話で、近づいて砲撃されてもシャレにならねーから、念のためにちょっと離れた岸から陸に上がり、そのまま陸上歩行でグランコクマに向かった。
 
 グランコクマ手前のテオルの森って所で、漆黒の翼と別れた。何か妙にアニスのやつが仲良くなってたけど、俺としてはせいせいする。
 
 テオルの森についたら、戦時下につき部外者は一切お通し出来ませんとか言われた。結局、ジェイドのやつ全然戦争止めれてねーんじゃんか。
 
 とりあえず、キムラスカの人間の俺やティアが何者なのかは敢えて言わずに、イオンの手紙をジェイドに届けてもらって、迎えを待って、それからグランコクマに入れてもらうってやたら面倒な手順を踏んで、俺たちはジェイドと、マルクトの皇帝に会いに行く。
 
 
 
 
「すっげー………!」
 
 兄さんに半死半生にされてから、心身共に元気がなかったルークだけど、水に溢れるグランコクマの街に、彼本来の好奇心を刺激されたのか、はしゃぎだす。
 
「(でも、本当に綺麗な街………)」
 
 さっき私たちを迎えに来たフリングスという軍人は、少将。本来、カーティス大佐よりも階級は上のはずの人間を使いに出せるなんて、いつかセントビナーで聞いた、大佐は本来なら大将になっていてもおかしくない、という話は事実みたい。
 
「………………」
 
 兄さんに倒されたルークが、目を覚まして最初に言った言葉。
 
『ありがとう、ティア』
 
 今まで、ルークにちゃんと『ありがとう』なんて言われた事は一度もない。ぶっきらぼうな態度や、憎まれ口を叩きながらの感謝でならそれを感じた事は何度もあるけど、ちゃんと言葉にしたのはあれが初めてだった。
 
『怖いんだと、思います』
 
 明らかにおかしいルークの様子を、イオン様はそんな風に評していた。
 
『今のルークにとって、誰かに拒絶されたり、不必要だとされる事は、何よりも恐ろしい事だと思いますから』
 
 まるで、ルークが兄さんに何を言われたのか全てわかっているような言葉。同じ身の上にあるイオン様だからこそわかる事がある、という事だと思う。
 
 その潜在意識が、ルークの態度の軟化の原因だとするなら、私はそれをどう受け止めればいいのだろう。
 
『心の痛みを知らない者に、他者の心を思いやる事は出来ません。きっかけは何であれ、僕はこれをルークの成長だと受け入れますよ』
 
 純粋無垢なイオン様はそう言っていたけど、私には難しい。
 
 国王だろうと使用人だろうと分け隔てなく接する、私はそんなルークの性質を好ましく思っていた……のだと思う。
 
 拒絶されるのを怖れて人の顔を窺うなんて、ルークらしくない。……そうなってしまうのが仕方ないという事も、ルークをそうさせたのが私の兄さんだという事もわかっていても、そう思ってしまうのだから。
 
「…………あれ?」
 
 少し深く考え事に耽っている内に、皆から遅れてしまっていたらしい。
 
 慌てて早足で、ケーキ屋の前でガラス越しにケーキを見ているアニスと、それを苦笑しながら見ているイオン様やフリングス将軍に追い付いて………
 
「………あの、ルークとミュウは?」
 
『あ………』
 
 初めて、ルークとミュウがいなくなっている事に気付いた。
 
 
 
 
「ご主人様、どこ行くですの? 皆さんとはぐれちゃうですの」
 
「うっせーな。あいつらだってガキじゃねぇんだから、俺がいなくたって迷子になんかなんねぇよ」
 
 グランコクマに着いてからあちこち走り回ってたら、いつの間にかティア達がいなくなってた。
 
 ジェイドとか皇帝とかに会ったら、その先何か忙しくなりそうだし、丁度いいから俺はそのまま個人的な用を済ます事にした。
 
 荷物持ちのジャンケンに負けてたから、今はちゃんと金もあるし。……ただ、ブタザルがついて来てんのが余計だった。ティアのやつ、こういう時に限ってブタザルに構ってやがらねぇ。
 
「集合商店……何かいっぱい店があるって事だよな……」
 
 俺は一軒の建物の前で看板を見上げる。
 
 宿屋とか酒場とか回ってみたけどライズって細工師はいなくて、ここに行ったらいるんじゃないかって言われたからだ。
 
「(……意外に小っちぇー店だな)」
 
 大して広くもない一階で、武器防具屋、道具屋、食材屋が皆して自分トコの商品を売ってる感じ、二階は丸々響律符(キャパシティコア)を売ってる。
 
 二階が何なのか確認に来た俺は、そのまま二階から聞き込みを始める。
 
「なあ、ライズって細工師知らねーか?」
 
「存じ上げません。……お客様、当店は響律符をお売りする店でございます。冷やかしは………」
 
 レジの女に訊いたら、知らねーどころか文句言われそうになったけど、その女が俺の左手を見て、言葉を止める。
 
「お客様……すごく、貴重な響律符をお持ちですね。……あの、少しの時間で構いませんので、見せて頂けませんか?」
 
「は? 別にいいけど………」
 
 予想外の事を言いだされたけど、まあ別に減るもんじゃねーし、俺は左手にはめてた銀の腕輪型の響律符を渡した。
 
 ……そういやティアが前に言ってたっけ。一般的な響律符は飾りみたいな物でしかないけど、俺たちのは特別みたいな事。おまけに俺のは、ダアトで一番偉いイオンが持ってたやつだしな。
 
「ご主人様、綺麗な飾りがいっぱいですの! ご主人様も買うですの?」
 
「バーカ。オスのくせに色気づいてんじゃねーっつーの」
 
 返事してから、俺はまた「チーグルが喋ってる!?」とか騒ぎになるのを覚悟した。それは確かに当たったけど………
 
「キャァァーー☆」
 
「みゅっ!?」
 
 俺が予想した騒ぎとは、ちょっと違った。受付の女は、やたらテンションを上げながらミュウを抱き寄せる。
 
「す、す……すごい! この子がお腹に巻いてるリング、これは最早国宝級の響律符ですよっ!」
 
 ……しかも、テンション上げてる理由はミュウじゃなくてソーサラーリングの方だった。
 
「(変なやつ……)」
 
 ライズの事も知らないみたいだったし、俺はブタザルと響律符をひったくって一階に降りる。
 
 そんで、同じように何人かに聞き込んでみたら、階段の下で立ってた青帽子のヒゲ眼鏡がライズだってわかった。
 
 半分くらいダメ元だったのに、本当に見つけられた。軽く感動する。
 
「俺がライズだが、何か用かい?」
 
「っ……おう。前に辻馬車の駆者からペンダント買ったの、あんただろ? 三カラットくらいのスターサファイアがはめ込まれてるやつ」
 
「ああ、それなら確かに俺が買い取った」
 
 俺が聞き込みしてたのが聞こえたのか、ライズの方から話し掛けてきてびっくりする。でも、話が早くて助かった。
 
「あれ、元々俺のなんだよ。買い戻させてくれ」
 
 ホントはティアのだけど、説明すんのめんどくせーし……何でか恥ずかしいし。
 
「……そりゃ構わないけど、こっちも商売だ。色を付けさせてもらうよ。100000ガルドだ」
 
「はあっ!? ふざけんなよオッサン! 俺たちゃ24000ガルドの馬車代であれを渡したんだぞ!」
 
 予定の四倍以上の値段を吹っかけられた俺は、ライズの胸ぐらを掴んで凄む。何だよ十万って!
 
「そっ、そんな事知らないよ。俺だってそれなりの金を払ってこれを買い取ったんだ。このペンダントにはそれだけの値打ちがあるんだよ!」
 
「………くそっ」
 
 嘘ついてる風にも見えねぇ。そういやあの辻馬車の駆者もあの時すげー喜んでたよな。……皆で魔物とか倒しながら貯めた財布にも、十万ガルドなんて入ってねーし。…………ん?
 
『この子がお腹に巻いてるリング、これは最早国宝級の響律符ですよ!?』
 
 さっきの受付女の言葉を思い出して、ブタザルを見る。
 
「みゅっ!? ご主人様、僕を売るつもりですの!?」
 
「いや、お前じゃなくてお前の腹の……」
 
「それもダメですの! ソーサラーリングはチーグル族に代々伝わる秘宝ですの!」
 
 ……ケチくせぇやつ。
 
「………………」
 
 俺はしばらく、どうしようか悩んで……
 
「(………イオン、ごめん)」
 
 自分の左手についてる銀の腕輪を、外した。
 
 
 
 
(あとがき)
 この季節は、気温が不安定で参りますね。皆さんもお身体には気を付けてください。
 
 



[17414] 8・『ばか』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/12 23:05
 
「アクゼリュスの崩落がキムラスカの仕業じゃないか、議会がそう考えているのが原因なんだ」
 
 はぐれてたティア達を拾って、グランコクマの宮殿の謁見の間に行ったら、そこには相変わらず胡散臭そうなジェイドと……何か国王っぽくないやつが玉座に座ってた。話を聞けば、こいつがマルクト皇帝ピオニー九世らしい。
 
 ナタリアくらいの長さの、男のくせにサラサラな金髪。ガイみたいな青い眼。やたら健康的な小麦色の肌。すげー身軽そうな格好。ジェイドと言いこいつと言い、これで四十前だってんだから化け物だ。
 
「けっ、街がやべぇって時に軍人がビビってんのかよ。だっせー」
 
「ははっ、耳が痛いな。だが、下手におべっか使って腹の探り合いをしてくるやつより、貴公のようにはっきりものを言う男の方が、俺は好きだぜ」
 
 アクゼリュス崩落以降、マルクトもキムラスカも極度の緊張状態にあるらしい。しかも、セントビナーの地盤沈下が深刻化してかなりヤバいって話だった。
 
「ルーク、事はそう単純な問題でもないのですよ。もしキムラスカがアクゼリュスを消滅させたのだとしたら、救助隊をセントビナーに派遣する事が、結果的にセントビナーを滅ぼす引き金になるかも知れない」
 
「だーかーら! アクゼリュスの事はアッシュのせいなんだろーが!」
 
 しかも、セントビナーに救助隊を派遣したら、軍隊ごと街を消滅させられるかもってビビって今までぐずぐずしてたらしい。ったく、ジェイドもナタリアも何やってたんだよ。………いや、俺も大した事してねーんだけど。
 
「それも、ジェイドから聞いたさ。ただ、議会のジジイ共は頭が固くてな。今朝ようやく決が取れたんだ」
 
「明朝、私の率いる第三師団でセントビナーの住民救助に向かいます」
 
 ……って、事らしい。ジェイドを探して、グランコクマに着いた途端にこれかよ。パッセージリングはどうすんだよ。
 
「ピオニー陛下、僕たちも、セントビナーの住民救助に協力させて頂けないでしょうか?」
 
 一通りジェイド達の話がまとまったと思ったところで、イオンがそんな事を言いだす。
 
「どっちにしたって大佐の協力は必要なんだから、ただ待ってるよりいいじゃん」
 
「理不尽に居場所を奪われる辛さを、あなたはよく知っているはずよ」
 
「何で俺に言うんだよ!」
 
 しかも、まだ何も言ってねーのにアニスとティアが俺に宥めるみてーに話し掛けて来た。くそっ、さっきいなくなったのが迷子になったと勘違いされて、またガキ扱いされてる気がする。
 
 俺がティア達と言い争ってる間に、イオンがピオニーと話をつけ、俺たちは明日、ジェイドと一緒にセントビナーの救助に向かう事になった。
 
 ……何か納得いかねーけど、こうやって目的持って動いてる内は、自分が何者かとか、俺に居場所なんかあるのかとか、ヴァン師匠がやろうとしてる事は、本当は正しいんじゃないかとか。
 
 そういう余計な事を考えなくて済む。その事だけには、少しだけホッとしていた。
 
 
 
 
「……………」
 
 大佐は明日出発の軍の編成で忙しいらしくて、彼が『ジェイド・バルフォア』なのかを確認する時間も、パッセージリングについての相談もする時間も取る事が出来なかった。
 
 私たちは今日のところは宿で一泊する事になり、今は夕食も済み、各自自室で体を休めている。
 
「(……ミュウに会いに行こうかしら)」
 
 ルークが昼間に迷子になった時、あからさまに何かを隠していたのも気になる(一緒にいたミュウなら何か知ってると思う)し、純粋にミュウと遊びたくもある。………可愛いし。
 
 ……でも、ルークもミュウと遊びたいかも知れない。ピオニー陛下との対談の時は妙に元気が良かったけど、やっぱり辛いはずだし……。
 
「(そういえば、ピオニー陛下とルークって、少し性格が似てるかも……)」
 
 どことなく気が合ってたような気がする。
 
 お風呂上がりに髪を梳きながらそんな事を考えていると………
 
(コンコンッ)
 
 部屋の戸が叩かれる。………誰かしら? アニスが櫛や石鹸を借りに来る、という事はよくあるけど、今日は私とアニスは同室。アニスも今はシャワーを浴びている。とりあえず、「はい」と軽く返事をして扉を開くと………
 
「……ルーク?」
 
 普段は護衛の面からあり得ない組み合わせ、イオン様との相部屋を、今回はわがままで押し通したルークが、そこに立っていた。
 
「? どうかしたの? 超振動の特訓?」
 
「ちっ、ちげーよ!」
 
 ……何だか、様子がおかしい。自分から部屋を訪ねてきたくせに、さっきから不自然なまでに私と目を合わせようとしない。
 
「………ルーク?」
 
 いつもの癖で、隠し事を見抜こうとしてその顔を覗き込もうとしたら……
 
「うおぉっ!?」
 
 三メートルくらい後退って仰け反り、手に持っていた掌サイズの長方形の小箱を背中に回して隠した。……まるでガイみたいな仕草だけど、大体わかった。
 
「背中に、何を隠したの?」
 
 あんな大げさな動きをしなければ、別にルークが持ってる小箱に注視なんてしなかったのに。隠し事の下手な人。
 
「〜〜〜〜〜〜っ!」
 
「?」
 
 その朱色の髪と同じくらいに顔を真っ赤にして、ルークは石みたいに固くなる。
 
「………………」
 
 リボンを巻いた、長方形の小箱。真っ赤な顔。歯切れの悪いルーク。昼間、一人でどこかに姿を消していた。
 
「(まさか………プレゼント?)」
 
 と、そこまで連想して……あり得ない、と自分の空想を笑い飛ばす。プレゼントを渡すルークも、プレゼントを貰う私も、あまりに想像出来ない絵面だった。
 
 ………あ、もしかして。
 
「アニスなら、今はシャワー浴びてるけど?」
 
「何でそこでアニスが出てくんだよっ!?」
 
「ルーク、うるさい。他のお客さんに迷惑でしょ?」
 
 ルークは、さっきまで固まってたとは思えないほど元気よく否定したかと思えば、「う〜〜」と頭を掻き毟って、最終的に廊下の壁に頭を預けて落ち込む。
 
「(…………………ちょっと、かわいい)」
 
 いちいち落ち着かない挙動が、ひよこのようにした髪型と相まって……何となく可愛い。
 
 ……それにしても、アニスにプレゼントなんじゃなかったのかしら?
 
「え〜、と……ルーク?」
 
「………………」
 
 何を間違えたのか、ルークは背中を小さくして落ち込んでいる。……私、何かまずい事言ったかしら。
 
「だーーもうっ!」
 
 沈んでいたルークは、突然吹っ切るように大声を上げて、振り返った。
 
「ん」
 
 一度だけ私の眼を見ると、また明後日の方向を向きながら、持っていた小箱を無造作に私に向ける。
 
「え………?」
 
「ん!」
 
 “ん”しか喋らないルークの真意が掴めない。………受け取れ、という事?
 
「……私に?」
 
「ん」
 
 会話が成立しない。だけど、否定しないという事は……私に、という事だと思う。アニスに渡すはずの物だったら、さっきの質問は否定しなければルークも困るはずだし。
 
「……………拾った」
 
 躊躇いがちに私が受け取るのとほぼ同時に、ルークはボソリとそう呟いて……逃げた。
 
「ちょっ……ルーク!?」
 
 呼び止める暇も無い。振り返った時には、二つ離れたルーク達の部屋の扉がバタンッと大きな音を立てて閉まる。……ものすごいスピードだった。
 
「私……に……?」
 
 まだルークの意図が掴めなかったけど、とりあえず部屋に戻って扉を閉め、鍵を掛けた。
 
「(ルークが、私に……?)」
 
 先ほどと同様、未だに現実味が無い。……さすがに、「拾った」なんて出任せ以下の言葉を信じたわけじゃないけれど。
 
「………………」
 
 本当に私へのプレゼントなのかわからない。言い訳のようにそんな事を思いながら、小箱のリボンを丁寧に解いていく。
 
「(こうやってプレゼントのリボンを解くの、何年ぶりだろ………?)」
 
 シュザンヌ様に服を頂いた時は、メイドの皆に囲まれてあっという間に着替えさせられたし。
 
「………………」
 
 何だか自分でもちょっと大げさに思うくらい慎重にリボンを解いて、そっと箱の蓋を開けると………。
 
「あ………っ!」
 
 そこにあったのは、紫色の大きなスターサファイアがはめ込まれた、ペンダント。見間違うはずも、紛い物であるはずもない、それは間違いなく、ルークと超振動でマルクトに飛んでしまったあの時、タタル渓谷で私が、馬車に乗る代金の代わりに手放した……あのペンダントだった。
 
「…………ルーク」
 
 どうやってペンダントを見つけたのか、とか。そのお金をどうやって用意したのか、とか。どうしてそこまでしてルークが、とか。気になるはずの事はたくさんあるはずなのに、今はそんな事は、全く気にならなかった。
 
「…………ばか」
 
 ……あんな風に逃げられたら、お礼を言う事も出来ないじゃない。
 
「あー、さっぱりしたぁ〜☆ ……あれ、ティア何それ?」
 
 お風呂から上がってきたアニスの声が、背中から掛けられる。アニスの位置からは、私が胸に抱いているペンダントは見えないはずだけど、ベッドの上のリボンと小箱を見れば一目瞭然だというのはわかる。
 
「なになに? プレゼント? はわぁ〜、ティアってばモテモテじゃん☆ 相手誰? ナンパ? まさかルーク?」
 
 よほど興味を引くのか、アニスは目をキラキラさせてまくし立てるみたいに質問を重ねてくる。
 
「………拾い物」
 
「え?」
 
「ただの……拾い物よ」
 
 私はそれだけ応えて、そのまましばらく、ペンダントを握った手を、抱くように胸に当てていた。
 
 
 
 
「渡せましたか?」
 
「…………多分」
 
 顔を真っ赤にしたルークが、廊下から逃げ込むように部屋に入って来た。
 
「……わりぃな。あの響律符(キャパシティ・コア)。お前にもらった物だったのに………」
 
 ルークは、以前ティアがルークを屋敷に送り返すために辻馬車の駆者に渡してしまったというペンダントを取り戻すために、僕があげた響律符を手放してしまった事を申し訳なく思っているらしい。
 
「僕はあれを、ルークの力になれば、と渡しました。それが役に立ったというなら、僕は一向に構いません」
 
 あれから、旅の中で幾つかの響律符も見つけた。あれほど上質の物はないけど、それほど拘る事じゃない。
 
「ティアは喜んでくれましたか?」
 
「知るかよ。顔なんて見てねーし、別に喜ばせようと思って取り戻したんじゃねーし」
 
 俺のせいかも知れねーし、借り作ったまんまだと気持ちワリーし、大体たかが馬車代にあんなの渡すあいつが悪いんだよ。ルークは赤い顔でブツブツとそんな文句を並べる。
 
 ……本当に素直じゃない。今ミュウが寝ていなければ、先ほどの僕への謝罪もあったかどうか。
 
「は、はは……」
 
 まあ、元気になったみたいなら、何よりだと思う。
 
 
 
 
(あとがき)
 ……ほとんど話進んでない。次で一気にセントビナーまでは行きたいトコです。
 
 



[17414] 9・『死神ディスト』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/13 17:53
 
「……ええ、フォミクリーの産みの親は私です。バルフォアというのは、カーティス家に養子に入る前の旧姓ですよ」
 
 セントビナーに向かう装甲艦・タルタロス。いつかルーク達も乗った艦の客室で、ジェイドの告白が静かに響く。
 
「今まで黙っていた事は謝ります。戦争の回避や外郭大地の救出を優先すべき時に、個人的な謝罪と告白で足並みを乱したくなかった」
 
 アスターの屋敷で解析した音譜盤(フォン・ディスク)のデータを書類にした物に目を通しながらそう言うジェイドの目は、普段にはない真剣さがあった。
 
「個人的な、って……」
 
「私がフォミクリーの発案者であろうと、やるべき事に何ら変わりはありませんでしたから」
 
 目だけが真剣なまま、いつもの調子で語るジェイドに少し戸惑ったように呟くアニスに、ジェイドはただただ合理的な応えを返した。
 
『…………………』
 
 場を、沈黙が支配する。ルークも、ティアも、イオンも、アニスも、ついでにミュウも、言いたい事はあるはずなのに、それが口から出てこない。
 
「……ルークも、イオン様も、何か言いたい事があるのではないですか?」
 
「………え?」
 
「私がフォミクリーを生み出さなければ、あなた方が代替品や捨て駒として造られる事もなかった。……殺したいほど憎まれても、不思議には思いません」
 
 告げる時が来たからか、ジェイドは今まで自身の真実を隠していたとは思えないほど、正面から二人のレプリカに向き合っていた。
 
 対する、ルーク……
 
「いや……確かにビビったけど……」
 
 自身の存在に対する悩みが消えたわけではない。ジェイドがフォミクリーを生み出さなければ、こんな苦しみを味わう事もなかったんじゃないか? という気持ちもある。だが……
 
「けっ、生まれてこなきゃ良かったとか思うほど、俺は悲観的なやつじゃねーっつーの」
 
 それでも、生への執着と子供染みた見栄の方が大きかった。
 
「……くす」
 
 そんなルークの姿に、嬉しそうに苦笑するティアを、ルークがいじけた様に睨み、ティアは涼しげな顔で受け流す。
 
 そして、イオン……
 
「少し前の僕なら、自分の生の持つ不条理への怒りを、あなたにぶつけていたかも知れない。ですが、今は違います」
 
 常と変わらぬ微笑みをジェイドに向ける。そんな二人の姿に、誰一人、当人すら気付かぬ内に、ジェイドの重荷が僅かに解けた。
 
 イオンの言葉を合図にしたかのように、懺悔のような空気は払拭される。……真実、さらなる罪を背負っているジェイドだが、それはマルクトの国家機密に障る事と割り切り、敢えてその空気に流された。
 
「星も人もレプリカの、預言(スコア)に縛られない新たな世界、そのためのオリジナル世界の破壊、ですか……。私が禁忌としたフォミクリーでそんな馬鹿げた事を考えられるとはね」
 
 実行可能なのかも含めて書類を検証してみます。そう言ってジェイドは、今の言葉に僅か表情を曇らせたルークやティアも含めた面々を部屋から追い出した。
 
「………………」
 
 ヴァンという復讐鬼。それすらも、自分が生み出した大きな罪だという真実から、目を背けるように。
 
 
 
 
「急いで! お年寄りや女子供を優先して、速やかに避難してください!」
 
 ティアが、
 
「すっご~い! おっきなお人形さん~!」
 
「こっ、こら! これは遊具じゃないんだってば~~っ!」
 
 アニスが、
 
「地震で家財が落ちて来て、足を傷めてしまったのです……」
 
「しっかり、今治療術を掛けます……!」
 
 イオンが、
 
「おー! 若いの、もっと速く飛ばさんかい!」
 
「だぁっ、うっせー! テメェ本当は歩けるだろジジィ!?」
 
「ご主人様、頑張ってくださいですの!」
 
「テメェもうぜー!」
 
 そしてルークが、ジェイド率いる第三師団と共に、セントビナーの住民を次々に街の外に誘導、運びだして行く。
 
 ルーク達が着いた時、キムラスカとの国境に近い要塞の街・セントビナーでは、キムラスカとの応戦準備か、地盤沈下に備えての住民の避難かで意見が割れていた。
 
 ピオニー陛下の勅命という決定的なきっかけを得て、街は堰を切るように大急ぎで避難を開始する。それほど、この街の地盤沈下は深刻化していたのだ。
 
(ズン……ッ!!)
 
『っっ………!!??』
 
 また、一際大きな地震が人々を襲う。
 
「(でも……もうほとんど逃げたよな?)」
 
 街を離れた人間達は、第三師団の兵士の護衛、あるいはタルタロスによって続々と最寄りのエンゲーブに避難して行っていた。
 
 残るのは、「住民より先に逃げられるか!」と強固に主張したマクガヴァン元元帥を含めた軍人達と、老人や女子供を優先的に逃がしたためにまだ残っている若い男衆。後は彼らが自分の足で逃げてくれるだけ、という段になって、ルークは安心したように気を抜いた、まさにその時だった。
 
「ルーク!!」
 
「うぇっ!?」
 
 小さな子供をタルタロスに連れて行って、街に戻ってきたルーク。街の入り口のそこで、何とも珍しいジェイドの叫び、そして………
 
(……ィィィ……ン)
 
 僅かに風を切る音が耳に届いて、ルークは咄嗟に跳び退いた。次の瞬間、
 
「うおおぉ!?」
 
「みゅーーー!?」
 
 さっきまでルークが立っていた場所に何かが着弾し、爆風を受けたルーク(とミュウ)は後ろから突き飛ばされたようにゴロゴロと前回りに数回転して、止まった。
 
「ハーッハッハッハ! 見つけましたよ導師イオン! そしてジェイド!」
 
「何だってんだちきしょう!」
 
 突然の爆撃と耳障りな笑い声にルークが飛び起きると、街の入り口に立ちふさがるように、巨大な音機関が降り立っていた。
 
 ガスタンクのようなまん丸のボディの中心に、黄色い二つの照明(目)と一本線(口)を書いただけの顔を貼りつけ、腕のようにドリルやレーザー砲、チェーンソーやバズーカを生やした、何というか………シンプルな造りの巨大な譜業人形だった。
 
 ルークを爆撃したのは、これに間違いなさそうだったが………
 
「(あれ、か………)」
 
 耳障りな笑い声の主は、さらに上空に居た。フワフワと浮かぶ豪華な椅子(一見して高度な譜業)に座った、僅かに桃色が混じった白髪の男。
 
 無駄に開いた胸元や、悪趣味に咲いている花のような襟だけで、あまりまともな感性ではないと一見してわかる男。
 
「コラ白髪眼鏡! そこのがらくたテメェのか!? いきなり何しやがるっ!」
 
「がらくたではありません! 私の傑作・『カイザーディストRX』! そして篤と聞きなさい。美しき我が名を……。我こそは神託の盾(オラクル)六神将、『薔薇の』……」
 
 怒鳴るルークに、気取った態度で自分の髪を撫でながら名乗ろうとする男を遮って、
 
「鼻たれディストじゃないですか」
 
「薔薇! バーラ! 薔薇! 『薔薇のディスト』様です!」
 
「『死神ディスト』でしょ~」
 
 ジェイドとアニスが、それぞれ違う呼称で男……ディストを呼んだ。
 
「……知り合い、なの?」
 
「まあ、わたしは同じ神託の盾だから。……でも、大佐は?」
 
 怪訝に思って訊ねるティアに、アニスは至極まともな理由で返し、もう一人の知り合いらしいジェイドに眼で訊く。……が、返したのはジェイドではなくディストだった。
 
「そこの陰険ジェイドは、この天才ディスト様のかつての友」
 
「どこのジェイドですか? そんな物好きは」
 
「むっきーー!!」
 
「………アホらし」
 
 そんなディストとジェイドのくだらないやり取りに呆れたルークが、剣を抜く。
 
 しかし、一歩前に進み出たジェイドが、片手でそれを制した。
 
「……ディスト、私が禁忌としたフォミクリーを復活させたのは、お前か?」
 
 とてもかつての友人に向けるものではない、殺意すらも含んだ眼でジェイドはディストを睨む。
 
 対して、ディストは……
 
「ハッ、途中で投げ出したあなたにとやかく言われる筋合いなどありませんね。理解に苦しみますよ……ネビリム先生の事は諦めたくせに、こんなゴミどもは助けようとするんですから」
 
 つまらなそうにジェイドを一瞥するディスト。それが合図だったのか、カイザーディストの銃口が密かに動いた。意識がディストに集中していたために、ルーク達の動きはほんの一瞬遅れ………
 
『うわあぁっ!!』
 
 離れて遠巻きに様子をうかがっていたセントビナーの住民を、爆撃した。
 
(ドクン……ッ)
 
 その光景が、
 
『こんなゴミども……』
 
『お前のような屑……』
 
 ヴァンに捨てられ、ボロ雑巾のように吹き飛ばされた自分と重なり、ルークの理性に亀裂を入れた。
 
「テメエェェェーーー!!」
 
 剣を片手に、ルークは一直線にカイザーディストに駆ける。
 
「“レプリカルーク”ですかっ!」
 
 どこか狂気にも似た喜悦を浮かべて嬉しそうにルークを見たディストの意思を受けて、カイザーディストの左手のドリルが高速で唸りを上げて突き出される。しかし………
 
「ふ……っ!」
 
 突進からさらに加速したルークがそれを掻い潜り、ドリルはルークの後方で地面を削る。そしてルークは、伸びきった左腕の真下。
 
「『通牙連破斬』!」
 
 斬り下ろしから気を込めた掌底、最後に全身の跳躍と共に繰り出される斬撃が、ドリルの左腕を斬り飛ばした。しかし、そこでルークの動きは止まらない。そもそも、譜業人形になど用はなかった。そのままカイザーディストを踏み台にして………
 
「ぶっ潰す!」
 
 常人では考えられない跳躍で、上空で高みの見物をしていたディストに跳び掛かる。
 
「うひゃぁっ!?」
 
 しかし、動揺したディストが譜業椅子で後退しただけで、ルークの剣は虚しく空を切る。ルークは飛べない。一撃目を外せば、上方の敵に攻撃は続かず、ただ落ちるしかない。
 
 そしてそれは、格好の餌食だった。
 
「(ッ!? ……やべ)」
 
 眼下で、カイザーディストのレーザーがルークを狙っている。空中で自由の利かないルークには、回避する術がない。
 
 覚悟を決めてルークが剣を構える。……前に、
 
「『空破特攻弾』!」
 
 アニスの駆るトクナガの、回転しながらの頭突きが炸裂し、巨大なカイザーディストを大きくよろめかせる。照準のズレたレーザーが、見当外れに空を裂く。
 
「『出でよ 敵を蹴散らす激しき水塊』」
 
 ルークの突撃を黙って見ていないのはアニスだけではない。アニスの突撃の間に詠唱を終えたジェイドの譜術が発動し、
 
「『セイントバブル』」
 
 複数の巨大な水弾が、見た目からは考えられない水圧を以てカイザーディストに叩き込まれた。
 
 絶体絶命、隙だらけの危機を凌いで着地する頃には、ルークの頭に上った血も下がっていた。
 
「やれやれ、後先考えずに突っ込む所は相変わらずですねぇ。尻拭いをする側の身にもなってもらいたいものですが」
 
「あぁもう悪かったよ! ドリル落としたからチャラでいいだろ!」
 
 何とも嫌みったらしいジェイドの言葉に、ルークも慌てて謝った。
 
 ティアとイオンは先ほど爆撃された人たちに治療術を施しに向かい、マクガヴァン元元帥らは戦闘の邪魔にならないよう離れていっている。
 
 感情任せに突貫したのはルーク一人だった。
 
「はわぁ~~っ!?」
 
 アニスが爆撃を躱しきれず、爆風にあおられたトクナガが二、三度たたらを踏んで持ちこたえる。
 
 偶然にも、ルークとアニスがカイザーディストを挟み撃ちにする立ち位置だ。
 
「ここからは好きに暴れてください。あなたを囮にして、私もガンガン譜術を叩き込みますから♪」
 
「はーい☆」
 
「ちぇっ、エラそーに」
 
 戦場と化した街に、刻一刻と、崩壊の時が迫っていた。
 
 
(あとがき)
いつも、ありがとうございます



[17414] 10・『アルビオール』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/31 18:45
 
「『受けよ 無慈悲なる白銀の抱擁』」
 
 怪我人の治療に専念していたイオンが、譜術を詠唱し、発動する。
 
「『アブソリュート』」
 
 以前、ライガの女王をも一撃の下に屠った水の属性を持つ禁譜が、辺りに幾つもの氷の柱を出現させる。そこから、零れるように第四音素が一帯に満ちて行く。
 
「“彼の者達を呼び戻す道標となれ”『リジェネレイト』!」
 
 それを待っていたように、大気中の第四音素の力を借りたティアの治療術が発動。譜陣が展開され、その内にある怪我人を癒していく。
 
「“大気に舞し精霊達よ 清浄なる調べを奏でよ”『フェアリーサークル』」
 
 休む間もなく、イオンも治療術を発動する。ディストの無情な爆撃によって傷を受けたのは、致命傷の者も含めて九人。死者が出なかったのは幸いだが、重傷に変わりない。
 
 ティアとイオン、上級の治療術が使える第七音譜術士(セブンスフォニマー)が二人いたからこそ救命が間に合いはしたが、その二人を以てしても、全力を注がねば全員を救う事は出来ない。
 
 必然的に、カイザーディストとの戦闘はルークとアニス、そしてジェイドの三人に預ける形となる。しかし、全く支援が出来ていないわけではなかった。
 
「『絶破烈氷撃』!」
 
「『流舞崩曝波』!」
 
 カイザーディストの懐に飛び込んだルークの右掌から氷が弾け、跳び上がったトクナガの両の豪腕から凄まじい水圧が叩きつけられる。
 
 イオンの使った氷の惑星譜術、そこから溢れた第四音素が、治療術のみならずルーク達の戦闘をも助けていた。
 
「……相変わらず、お前の譜業は水に弱いですねぇ」
 
 バチバチと漏電したように動きを鈍らせていくカイザーディストに、ジェイドがあからさまにため息をつく。
 
 第三音素の電気や第五音素の火を動力にして動くカイザーディストは水に弱い。……その気になればそんな弱点などカバー出来るはずなのだが、ジェイドにとって幼い頃からお馴染みの『カイザーディストシリーズ』は、何故か総じて弱点丸出しだったのだ。
 
「“雷雲よ 我が刃となりて敵を貫け”『サンダーブレード』!」
 
 ジェイドの十八番の上級譜術、巨大な稲妻の剣がカイザーディストに突き刺さる。しかし、腐っても六神将の譜業と呼ぶべきか。畳み掛けるような凄まじい連続攻撃を受けながら、まだカイザーディストは止まらない。
 
「やっば……」
 
 ジェイドに思う存分譜術を振るってもらうために接近戦に専念していたアニスに、カイザーディストの右腕のチェーンソーが迫る。
 
 アニスのトクナガは譜業なだけあってパワーは相当なものだが、巨体ゆえにやや動きが鈍い。避けきれない……と思った矢先に、朱色の影が割って入った。
 
「こんっっのぉ……!」
 
 アニスのカバーに入って飛び込んだルークの剣がチェーンソーを受け止め、凄まじい火花が舞う。
 
「のわっ!?」
 
「きゃう……!」
 
 ただ、重量が違い過ぎる。チェーンソー自体は受け止めたルークだが、そのまま払いのけられるように飛ばされた。トクナガがクッションの代わりになってアニスを衝突のダメージから守り、空中で受け身を取ったルークが着地した地面をザリザリと削る。
 
 その不安定な体勢を狙って放たれたカイザーディストのレーザーを、何とか剣で払いのけるも………
 
(バギンッ……!)
 
 チェーンソーに削られて傷んでいた剣がついに限界を迎え、中途から砕けた。
 
「あなたは私の夢の架け橋になってくれた“完璧な存在”でしたが、生憎ともう用はありませんからねぇ」
 
 丸腰になったルークを一瞥して意味深な言葉を零すディストが、軽く指差す動きに合わせてカイザーディストがルークに猛突進を掛ける。
 
 ジェイドの譜術が、突然猛スピードで動いたカイザーディストに狙いを外され、大地から突き出た岩塊が虚しく宙を切る。アニスもルーク同様バランスを崩し、そもそもトクナガは動きが鈍い。ティアもイオンも怪我人の治療で手一杯。そして、今のルーク自身には武器が無い。
 
『あなたは、自分の力を制御出来るようにならないといけない』
 
 絶対の危機に直面して、しかし不思議なほどルークの頭は冷えていた。
 
『全身のフォンスロットを開いて、大気中の音素(フォニム)を感じ取るの』
 
 迫るカイザーディストの動きは、決して遅くない。そんな中、ルークの頭を幾つもの言葉が過る。
 
『自分の音素振動数と大気中の音素の振動数を感じ取り、取り込み、放って、力を発現させる』
 
 途中で折れた剣の柄を、無造作に放り投げる。
 
『大切なのは集中力よ。特に第七音素(セブンスフォニム)は繊細で扱いが難しいの』
 
 右手を、左手に沿える。反芻するのは、これまでティアと幾度も重ねてきた訓練の全て。
 
『あなたの超振動を、本当の意味であなたのものにするためよ』
 
「やってやる……!」
 
 丸腰の自身にチェーンソーが迫っている。ルークは逃げない、燻るように明滅する『音』を手に、真っ向から立ち向かい……
 
「これでも喰らえ!」
 
 そして、突き出したルークの両手から爆縮にも似た青白い音の奔流が迸る。
 
「(あれは……)」
 
 その光景に、ジェイドは目を見開く。抗う術の無いはずのルークに迫っていたチェーンソーが、ルークの体に触れる事なくバラバラに砕けていく。
 
 そして………
 
「『レイディアント・ハウル』!」
 
 一際大きく青白い音が膨らみ、弾けて、カイザーディストそのものが、跡形もなく粉々に吹き飛んだ。
 
「(超、振動………)」
 
 その場にいた皆……怪我人に力を向けていたイオンやティアまでもが思わず目を奪われる。それほど異質な力の具現だった。
 
「(やはりルーク、あなたは………)」
 
 中でも、ルークの超振動を直接目にするのは初めてとなるジェイドが内心で受けた衝撃は大きい。それを見透かしたように、ディストが笑う。
 
「はーっはっはっはっは! 見ましたかジェイド! これこそ完璧な存在!」
 
 自分の譜業人形が破壊されたというのに、むしろ愉快でたまらないと言いたげに……。
 
「もはやフォミクリーはあなたの手を離れているんですよ。……ま、それも当然ですけどね。あなたが諦めて投げ出した研究に、私はずっと没頭し続けたのですから!」
 
「わけわかんねぇ事ばっか言ってねーで降りて来い! 人形に戦わせるだけでテメェ自身はただの腰抜けかっ!?」
 
 自己陶酔混じりに、自慢気にジェイドに演説するディストにいい加減うんざりして、ルークが割って入るように怒鳴る。まさに、その時………
 
『ッッ!?』
 
 地面が大きく、“ズレた”。地震などという生易しいものではない。セントビナーの建物の重みが手伝ったのか、たった今の戦闘の影響か、セントビナーの街が丸ごと“地表から下にズレていた”。否、ズレていく。
 
「こ、これってまさか………」
 
「崩落が始まったのか!?」
 
 アニスとルークが動揺して叫ぶ。揺れる大地の影響を受けていないのは、宙に浮いているディストとミュウくらいだ。
 
「ふん……導師を攫うのが私の仕事だったのですが、この椅子は一人分の重量にしか耐えられませんし、仕方ありませんねぇ」
 
 崖のように地表が高くなっていく中、ディストがつまらなそうに呟いて、またもジェイドを見る。
 
「もうすぐ、もうすぐ私の研究は完成する! ネビリム先生が蘇るのですよ! ……もし死に損なう事が出来たなら、あなたにも会わせてあげますよ、ジェイド」
 
 そう捨てセリフを残して、ディストは空に消えて行く。しかし、ルーク達はもうそれに構っている余裕はない。
 
「どっ、どうすんだよこれ!? あんな高さ届かねーぞ!」
 
 少しずつ、しかし確実に大地は下降を続けていく。街全体が落ちているため、ルーク達に逃げ場はどこにもない。
 
「アアアアニス! お前らアクゼリュスん時どうやって助かったんだっけ!?」
 
「え~っと、え~~っとぉ……そうだ! イオン様の譜術障壁で!」
 
「それだ! イオン!」
 
 他のセントビナーの住民同様にパニック状態になりながら一つの希望を見いだしたルークとアニスが注目したそこには………
 
「はあっ……はあっ……」
 
「「………………」」
 
 怪我人の治療で既に力を使い果たしたイオンと、ティア。
 
「……私が第二譜歌で障壁を展開します。皆、私の周りに集まって」
 
「なっ、馬っ鹿! お前だってふらふらじゃんか!」
 
「このままじゃどちらにしろ皆死ぬわ。……だったら、一か八かよ」
 
「ダメだっつの! 他に何か方法があるかも知れねーだろが!」
 
 無謀にも既に尽きた力を絞りだそうとするティアと、そんなティアを止めようとするルークの、焦りからくる不毛な言い争いが続く中、一番解決案を提示出来そうなジェイドが黙ったままというのが一同の絶望感を助長させる。
 
「……外郭大地は、ディバイディングラインと呼ばれるセフィロトツリーの浮力の力場に支えられてるの。それを越えると、セントビナーは星の引力のみに作用され、一気に落下速度が加速する。それまでに何とかしないと……」
 
 魔界(クリフォト)出身のティアが、今のセントビナー崩落の危機についての説明をする。
 
 障壁が張れない以上、何とかしてこの落下するセントビナーから脱出しなければならない。しかし、周りは最早絶壁と化した地表に囲まれ、逃げ場は無い。
 
「……みゅぅ、空でも飛ばないと逃げられないですの……」
 
「そうだブタザル! お前が全員引っ張って上まで運べ!」
 
「ルーク、無茶言わないの! やっぱり私が……」
 
「…………ねぇ、あれ何かな?」
 
 ひたすら頭の中で可能性を模索するジェイド、惑星譜術と上級譜術の連発で会話に参加する余裕の無いイオン、不毛な議論にするルーク、ミュウ、ティア、そんな論争の中で、上を見上げていたアニスの口から、心底不思議そうな呟きが漏れる。
 
「………何だ、あれ?」
 
 見上げた、どんどん狭くなる空の中に、太陽を背負った大きな影。一見すると鳥に見えない事もないが、サイズが違い過ぎる。
 
 それはこちらに、近づいているのか、どんどんと大きくなって……
 
「なっ、何あれ!?」
 
「飛んでる……あんな大きな譜業が……」
 
 明らかとなったその正体に、アニスがたまげ、ティアが茫然と呟く。
 
 一対の翼を持ち、青い炎を後方に噴き出してはいても、それは巨大な鉄の塊だった。
 
「あれ……『アルビオール』じゃねぇか!?」
 
「何それ!」
 
「世界初の浮遊音機関で飛晃艇ってやつらしい! ガイのやつに何度も何度も聞かされて覚えちまったんだ」
 
 ルーク判断するところによる『アルビオール』は、そのまま一気に落下中のセントビナーに近づき、巨大なわりには何ともスムーズな動きで着陸した。
 
 ………噂をすれば影、とでも言うべきか。
 
 着陸したアルビオールの中から、駆け寄ったルーク達の前に姿を現したのは………
 
「またとんでもない事に巻き込まれてるみたいだな」
 
 金の短髪、青い瞳の長身の青年。ただし、その身は見慣れぬ作業着に包まれ、額にはゴーグルまで着けている。
 
「ガイ様華麗に再登場! なんてな」
 
「ガイ!」
 
 ルークの幼なじみ兼使用人、ガイ・セシルその人だった。
 
 
 
 
(あとがき)
 原作だとセントビナーが完全に崩落するまで随分余裕がありましたが、本作だと結構スピーディーです。
 
 



[17414] 11・『パッセージコマンダー』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/15 10:15
 
「これが、魔界(クリフォト)……!」
 
「本当に、俺たちは空中で生きてたんだなぁ……」
 
 ルークとガイが、窓に張り付くように赤紫に濁る魔界の空を眺める。
 
 私たちは、脱出不可能かと思われた崩落最中のセントビナーから、飛晃艇という予想外の助っ人によって間一髪脱出した。眼下で、セントビナーが凄まじい音を立てて泥の海に墜落する。
 
 そういえば、ガイはもちろんルークも……いや、私も、海水の滝と結界に囲まれたユリアシティからしか魔界を見た事が無い。……こんな風になってたんだ。
 
「……ねえ、大佐。セントビナー、どうなっちゃうんだろ……」
 
「……アクゼリュスの時ほど大地が砕けているわけではありませんが、どちらにしても魔界は泥の海です。いずれはアクゼリュス同様、沈んでしまうでしょう」
 
「そんな……!」
 
 アクゼリュス崩落に巻き込まれた者として、崩落したセントビナーの事を話すアニスとジェイドの言葉に、マクガヴァン元元帥が悲痛な呟きを漏らした。
 
 ……無理もないと思う。住民を助ける事は出来たけれど、あの街が大切な居場所だった人は山ほどいるのだもの。
 
「……ジェイド、例の機密文書を解読しても、この惨状を打開する手段は見つかりませんか?」
 
 譜術の使い過ぎで体力を消耗したイオン様が、縋るようにカーティス大佐に訊ねる。不可能。私の理性はそう訴えたけど、大佐の返した返事は予想に反して真逆のものだった。
 
「……パッセージリングを操作出来れば、泥の海に大陸を浮かせるくらいは可能かも知れません」
 
「本当か、ジェイド坊!?」
 
「……元帥、そろそろ坊は勘弁して頂きたいのですが」
 
 マクガヴァン元元帥とそんなやり取りをしながらそう言う大佐に、私は疑問を覚える。そもそもパッセージリングを操作する事が出来なかったから、セントビナーの崩落を止める事が出来なかったのに、その仮定に意味があるのかがわからない。
 
 ……もしかして、あの機密文書に実はパッセージリングの操作方法が記してあって、大佐はそれを解読したのかしら。
 
「一先ず、ユリアシティに向かいましょう。セントビナーの人たちを保護してもらう必要があります。……ここからだと、西ですね」
 
「わかりました!」
 
 大佐の言葉に、今まで注目していなかった操縦席から、きびきびとした女の子の声が返る。
 
「アルビオール2号機の専属操縦士、ノエルと言います。以後よろしくお願いします」
 
 私の視線にも気付いたのか、しっかりと前は向いたまま、その子は挨拶してくる。……そんな短いやり取りだけで、素敵な子だとはっきりとわかる。だけど……
 
「………………」
 
 無難な提案をした大佐が、一瞬意味深にルークを見た事に、私は気付いていた。
 
「髪切ったんだな。うん、さっぱりしていいじゃないか」
 
「あ………うん」
 
 そして、そのルークの方は、何とも気まずそうにガイと向かい合っていた。今までは緊急事態でそんな余裕はなかったけど、ルークにとっては複雑な再会のはず。
 
 ……確かに、私やアニスや大佐にとっては、『ルーク』というのはここにいる彼一人。だけど、ガイにとってはそうじゃないのかも知れない。
 
 ルークのそんな不安をわかっているのかいないのか、ガイは一人でペラペラと話しだす。
 
「いや~実際まいったよ。アクゼリュスで別れてから合流場所も決めてなかっただろ? 探そうにも探せなくて、だったら俺にわかる範囲でやってみようって思ってさ。そこで、外郭大地のピンチ救うなら、やっぱりあちこち飛び回れる乗り物が必須って思って、アルビオールの開発中だったシェリダンに向かったんだよ」
 
 確かに、合流場所を決めた憶えはない。そもそも、私やルークの様に兄さんと深い関係がある人間ならともかく、いくらルークの幼なじみとはいえ、一介の使用人に過ぎないガイにこの旅に同行してもらうつもりはなかった。
 
「アクゼリュスの崩落とか、戦争とか、最近地震も酷いしな。シェリダンの職人さん達も俺の話を信じて、快く引き受けてくれたよ。んで、念願のテスト飛行をやってる時に、セントビナーから逃げ出してる大行列を見つけて、話訊いて、ルーク達にたどり着いたってわけだ」
 
「ガイってばそ~んな調子のいい事言っちゃって。ホントは単に遊んでただけなんじゃないのぉ? 何その趣味全開なカッコ」
 
「うぐっ……心底楽しかったのは否定しない」
 
 ルークに気を遣ったのか、アニスがガイに茶々を入れて雰囲気を和らげた。……いや、もしかしたらガイもそのつもりだったのかも知れない。
 
 でも、そんな気遣いや誤魔化しが逆に辛かったのか……
 
「ガイっ、俺……!」
 
 ルークは、下を向いたまま苦しむように言葉を絞りだす。
 
「………“ルーク”じゃ、ないから」
 
 私は、どうしたらいいのかわからなかった。ルークが自分を否定しているのか、それともアッシュと重ねられるのが嫌なのか、わからなかったから。
 
 前者ならもう一度頬を張ってやるところだけど、後者なら止めない方がルークのためかも知れない。
 
「本物のルークはあいつだろうさ。……だけど、俺の親友はここにいる馬鹿の方なんだよ」
 
 真剣な、でも明るい顔で笑いながらそう言ったガイが、軽く握った手の甲でトンッとルークの胸を叩いた。
 
 感極まったように見開かれた瞳を隠そうとしてか、ルークはまた俯いた。だけどそれは、さっきまでのような陰性のものじゃない。
 
「………………」
 
 でも私は、その光景に何とも言い難い違和感を持った。ルークがガイに拒絶されなかったのは素直に喜ぶべきなのだと思うけど、アッシュもルークも、ガイにとっては幼なじみのはず。……それも、“同一人物の”。それなのに、あんな風に簡単にどちらかを選べるものなのかしら。
 
「……マルクトが臨戦体制に入っていたから予想はつくけど、バチカルの状況はどうだった?」
 
 まあ、あれから大分時間が経っているし、何よりアッシュは今やアクゼリュスを滅ぼした明確な敵。ガイなりに解を出したのだろうと判断して、代わりに気になっていた事を口にする。今のルークをまじまじと見ているのも意地が悪いし。
 
「………それが、な」
 
 ついさっきルークに爽やかで熱い言葉を送ったガイは一転、表情を曇らせた。やはり戦争を止める事は出来ていないのか、と考えた私の予想は……さらに悪い形で裏切られる事になる。
 
「俺は城になんて入れないし、ファブレ公爵を問い詰められる立場でもない。だからこれは、市民レベルでの噂でしかないんだが………ナタリアは、失踪したらしい」
 
「はあっ!?」
「え………」
「なっ……!」
 
 予想外に過ぎる言葉に、話を聞いていたアニス、私、ルークの三人は固まる。
 
「何で一国の王女様がいきなり失踪しちゃうわけ!? しかも戦争止めなきゃいけないこの大事な時に!」
 
「俺だって細かい事情はわからないんだよ。確かなのは、港から『プリンセスナタリア号』が消えちまってるって事だけさ」
 
 アニスのもっともな言葉に、ガイも困惑したようにそれだけ返す。
 
「『プリンセスナタリア号』は、ナタリアの私有船よ」
 
「……いや、教えてくれなくても名前で丸わかりだし」
 
 私は事情を知らないだろうアニスに補足したけど、余計なお世話だったみたい。「いやいや……」と言いたげに掌をこちらに向けられた。
 
「……戦争を止めようとするナタリアが、預言(スコア)の通りに戦争を起こす邪魔になったのね。ナタリアは、バチカル市民から国王以上に支持されているから……」
 
 だから、ナタリアはバチカルから姿を消した。……ルークだけじゃなく、実の娘まで預言のためには切り捨てる。
 
 ……そして、それは十中八九ローレライ教団の大詠師モースが絡んでいる。昔も今も変わらない、私や兄さんの理想の天敵。
 
 ……その兄さんとも、道を違えてしまったけれど。
 
「俺も、ナタリアも……本当に国や家族に捨てられちまったんだな……」
 
 いや、俺はそもそも家族ですらないんだっけ……と、自嘲染みた似合わない笑いを浮かべるルーク。
 
「……気になるのはわかりますが、今は何の手掛かりもない個人を探している時間はありませんよ?」
 
「……わかってる。船で逃げれたのだけわかってりゃ十分だ」
 
 こちらを見ないまま厳しい言葉を掛ける大佐に、ルークも気丈にそう応えた。
 
「……ナタリアだって、戦争を止めたいという願いは変わっていないはずよ。こうして同じ道を進む以上、必ずまた会えるわ。ガイのようにね」
 
「あ……うん。……そう、かもな」
 
 会いたいのか会いたくないのか、よくわからない表情でルークは頷いた。
 
「………………」
 
 アルビオールの窓から魔界の空を睨む大佐の表情は、強い険しさを残したままだった。
 
 
 
 
 私たちはユリアシティにマクガヴァン元元帥を含めたセントビナーの住民を預けた後、セントビナーと連鎖的に崩落したシュレーの丘に向かった。
 
 セントビナーの崩落という、預言に詠まれていない事象を前に、お義祖父様はついに預言に従う未来に疑問を持ち、協力を約束してくれた。……こんな事が起こってからわかり合えるなんて、何とも皮肉な話だった。
 
『一度力を失ったセフィロトツリーでは、セントビナーを再び外郭に押し上げる事は不可能でしょう。ですが、泥の海に浮かせるくらいの浮力なら十分出せるはずです』
 
 大佐のその言葉に懸け、私たちはシュレーの丘……パッセージリングの前にまで来た。
 
「はわっ!?」
 
「……やはり、ティアに反応して起動するようですね」
 
 ザオ遺跡の時と同じ。私が制御板の前に立つ事で、パッセージリングは起動する。……私や兄さんがユリアの子孫なんて、今まで眉唾物だと思っていたけど、こうなると、真実なんだと思わざるを得なくなってくる。……でも、起動だけならザオ遺跡でも出来た。
 
「……大佐、これから、どうしましょう?」
 
 問題はここから。肝心の、パッセージリングの操作方法がわからない。私の問いに、大佐は「少々荒っぽいやり方になるのですが」と前置きして、神妙な顔でルークを見た。
 
「ルーク」
 
「あ?」
 
「ディストの譜業を破壊した最後の一撃、あれは超振動ですね?」
 
「……それが何だよ?」
 
 パッセージリングの操作と何の関係があるのか、大佐はルークに質問を重ねる。
 
「超振動を、きちんと制御出来るのですか?」
 
「馬鹿にすんなよ。これでも訓練は続けてんだ」
 
 ルークの返事に、大佐は満足そうに「それは良かった」と笑顔を作り、そして………
 
 …………………
 
「大佐ってば、無茶させるよねぇ~。アクゼリュスのパッセージリング、アッシュの超振動で吹っ飛んだって言うのに」
 
「すみませんねぇ。科学者というものは、冷静に見えてその実かなり大胆な生き物なんですよ」
 
 大佐の考えた方法は、本当に無茶なやり方だった。ルークの超振動の力で、“操作盤を削って、直接文字を入力する”。そしてその無茶を、ルークはやってのけた。
 
「パッセージリングを起動出来るティアと、少し荒っぽいやり方ですが、超振動でそれを操作出来るルークがいれば、外郭大地を救う事も可能でしょう」
 
「これでセントビナーの沈下も防げる。魔界の障気の問題は残ってるけど、とりあえずは一安心だな」
 
 セントビナーの救出と、外郭大地を救える可能性に、皆一様に喜びを表している。
 
「ルーク、お疲れ様」
 
 かく言う私も少し浮かれている。それでも忘れず、一番の功労者に声を掛けた。けど……
 
「………………」
 
 一番はしゃいで、得意気にしそうなルーク当人が、困惑したような気難しい顔をしている。
 
「……ルーク?」
 
「……いや……何でもねぇ」
 
 ? ……変なルーク。
 
 
 
 



[17414] 12・『必要』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:4ddb6a25
Date: 2010/05/15 21:48
 
 剣撃が響き、譜術の風が奔り、譜業の炎が吹き荒れ、悲痛な叫びが木霊し、大地が血に染まる。
 
「何だよ、これっ!?」
 
「……とうとう始まってしまいましたか」
 
 パッセージリングを操作してセントビナーを浮かせ、飛晃艇アルビオールで魔界(クリフォト)から外郭大地に飛び出したルーク達が目にした光景が、それだった。
 
 ルグニカ平野を血に染め、戦乱に包み込み、獣のように噛み合うキムラスカとマルクトの両軍。
 
「戦争が、始まったのね………」
 
 元々、極度の緊張状態にあった両国である。アクゼリュスの消滅というきっかけを経て、さらに、キムラスカの開戦を抑える使命と権力を持っていたナタリアが失踪してしまっているのだ。
 
 大規模な戦争に発展するのは、時間の問題だった。
 
「セントビナーが崩落したってのに、まだ戦争をするつもりなのか」
 
「……おそらく、それすらも預言の一部だと思っている。という事でしょう」
 
 すでに細かな事情まで聞いて把握しているガイが苦々しく呟き、それにジェイドが冷めきった口調で返した。
 
『ルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう。結果、キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる』
 
 それが、ユリアの第六譜石の一節。確かに、キムラスカに奪われたわけではなくても、『崩落によってマルクトは領土を失った』と取れなくもない。
 
「くそっ! 結局止められなかったのかよ!」
 
 ティアと超振動で飛ばされ、初めて屋敷の外の世界に出て、そしてルークが目にしたのは……タルタロスでの凄惨な戦場だった。
 
 それに強烈な拒絶を覚えたからこそ、和平の使者としてイオンに協力する決断をしたルークである。眼下に広がる光景は到底受け入れられるものではなかった。
 
「ヴァンの思惑通りにこのままルグニカ平野が崩落すれば、戦死者どころか全滅です」
 
 イオンが表情を険しくして言う通り、戦争という悲惨な出来事でさえまだ序の口。戦場が崩落すれば、そこには屍しか残らない。
 
「それにエンゲーブもヤバいですよぉ~。戦場のすぐそばじゃないですか、絶対巻き添え食らっちゃいます」
 
「チーグルの森も魔界に落ちちゃうですの……一族の皆も死んじゃいますの……」
 
 とどめとばかりに、ミュウとアニスが揃って抱えた頭をぐりんぐりんと回す。
 
 すでに始まってしまった戦争。崩落の迫るルグニカ平野。いつ戦場に呑まれてもおかしくないエンゲーブの“民間人”……いや、先に避難させたセントビナーの住民の大半もエンゲーブにいる。状況は極めて最悪と言えた。
 
「……何とか、止める方法はないのでしょうか」
 
 キムラスカが軍を退かなければ、マルクトも軍を退けない。そして、キムラスカ国王のインゴベルト六世は戦争を起こせば預言に詠まれた繁栄が訪れると信じている。それを唯一諫める事が出来る可能性を持つナタリアも行方不明。
 
 どう考えても絶望的な状況を前に、半ば無駄と知りつつ溢したイオンの願いに………
 
「止められると思いますよ」
 
 まったく平然と、ジェイドが応えていた。
 
「ホントか!?」
 
「ええ。……と言っても、あなた次第なのですが」
 
 まず不可能だと思われた事を可能だと告げるジェイドの言葉に飛び付いたルークだが、逆に意味深な言葉で返される。
 
「……どういう事ですか?」
 
「簡単な事です。戦場が落ちる前に、“降ろせば”いいんですよ」
 
 怪訝に訊くティアにも、ジェイドはとんでもない事を平然と返す。
 
 ジェイドの案を要約すると、ザオ遺跡のパッセージリングを操作し、セントビナーを浮かせたのと同じ要領でセフィロトの浮力を使って、ルグニカ平野を“ゆっくりと下降させる”という事だった。
 
 ……確かに、超振動で無理矢理パッセージリングを操作出来るルーク任せな方法。
 
「……魔界に落としちまうのか?」
 
「どちらにしろ、このままでは崩落して全員死んでしまいます。ならいっそ、先に下降させてしまうのが最良の事前策です。障気に関する対策もあるにはありますが、今は崩落を防ぐのが先ですから」
 
 この短期間の内にダアトから持ち出した機密文書からそこまでの有力な情報を引き出しているジェイドに、一行が強く頼もしさを感じている中………
 
「(俺が、外郭大地を降ろす………?)」
 
 何千何万という命と、広大な大地の命運を背負わされた若者が、自分の手を頼りなく見つめる。
 
『あなた次第なのですが』
 
 しかし………
 
「(俺にしか、出来ない)」
 
 必要とされている。その事実が、自分を支える新たな拠り所になっているような気がして……ルークは見つめる先にある頼りない掌を、強く握り締めた。
 
 
 
 
 自分の第三師団とタルタロスを使って住民を避難させるというジェイドをエンゲーブで降ろし、ルーク達を乗せたアルビオールはケセドニアに飛ぶ。
 
 外郭大地を降ろすと言っても、そもそも一般の人たちは魔界の存在すら知らない。いきなり地下世界に放り出されれば、大パニックに陥る事は目に見えていた。だからこそ、いざという時に統率が可能な人物に話を通しておく必要がある。
 
 そこで、イオンの出番だった。
 
 中立都市ケセドニアとローレライ教団の間には、非常に密接な協力関係が存在する。ケセドニアを取り仕切る商人であるアスターも、導師であるイオンの話ならば真摯に受け入れてくれるだろう。
 
 その事は、以前イオンがアスターの屋敷を訪れた際に音譜盤(フォンディスク)の解析機を快く使わせてくれた事からも窺える。
 
 結果的にもその判断は正しく。既にザオ砂漠の周辺で大規模な地盤沈下が起こっていた事も手伝って、アスターはイオンの頼みを受け入れた。
 
 『ケセドニアを頼みます』と言い残して。
 
 
 
 
「(……ここで、ヴァン師匠に殺されかけたんだよな)」
 
 俺たちは砂漠を越えて、ザオ遺跡の奥に進んだ。パッセージリングの神殿に入る扉の前で、俺はどうしても思い出しちまう。
 
 ……ヴァン師匠に、切り捨てられた事を。
 
「……これで、戦争も止まんのかな……」
 
「いくら何でも、魔界に降りてまで戦争続けるほど馬鹿じゃないって。バチカルと連絡も取れなくなるから変な“上位命令”も出せなくなるし、一石二鳥!」
 
 俺の独り言に、アニスがピースサイン出しながら無い胸張った。……ったく、こいつは気楽でいいよな。俺はこれから、ルグニカ平野の命運を握らされるってのに……。
 
「ま、どっちにしろほっといたってこのままじゃおしまいなんだ。そんなに肩肘張らずに頑張ってこい!」
 
「ったく、他人事だと思いやがって」
 
 けど、こうやって肩の力を抜いてくれるガイは、実際ありがたい。……俺が『ルークの偽物』だってわかっても俺の方を親友だって言ってくれたのは……正直………嬉しい。
 
「すいません、ルーク。あなたにばかり重荷を背負わせる事になってしまって」
 
「ご主人様偉いですの!」
 
「だーっ、うぜぇ! お前らにまで気ぃ遣われる必要ねぇんだよ!」
 
 ヴァン師匠は俺を用済みだって言ったけど、少なくとも今は、こいつらは、俺を必要としてる。
 
『出来損ないのレプリカルーク』
 
『お前は俺の劣化複写人間……』
 
『この世界にお前の居場所などどこにもない』
 
『どこへなりと立ち去るがいい』
 
「………………」
 
 ……くそっ、何考えてんだ俺は。これじゃ俺がこいつらに縋ってるみてーじゃねーか。だせー。
 
「無理して強がらなくていいのに」
 
「お前に言われたくねー」
 
「? どうして?」
 
 呆れたみたいに肩を竦めたティアに、きっちり言い返しとく。……ティアは、ヴァン師匠の妹だし、ヴァン師匠だってティアを要らないなんて言ってない。
 
 俺だったら、ヴァン師匠が兄貴で、一緒に来いとか言われたら、とても戦う気になんかならねー。
 
 絶対ティアの方が辛いはずなのに、こいつ全然弱音はかねーし。……だから、こいつの方が俺の百倍強がりだ。
 
「さっさと行こーぜ。魔界で野宿なんて冗談じゃねーや」
 
 何となく、誰にも顔を見られたくなくて、俺は先頭を歩いて先に進んだ。
 
 
 
 
『…………………』
 
 ルークの両手から放たれた超振動が、パッセージリングの上方に展開された操作盤に伸び、削っていく。
 
「ツリー上昇……速度三倍……固定……」
 
 決して綺麗ではないフォニック語でセフィロトへの命令を綴り、シュレーの丘のセフィロトを線で結ぶ。
 
「………これで、いいんだよな……?」
 
 ルークが操作盤を削り終えると、ガクンッ! と大地が揺れ、まるでバチカルの天空客車が縦に動いているような僅かな浮遊感が私たちを包んだ。
 
 ザオ遺跡の中からじゃ、外の様子はわからない。……だけど、これは……
 
「成功よ! ルーク!」
 
「そっか………」
 
 力なく両腕を下げたルークの額には、びっしりと汗の珠が浮いていた。顔色も蒼白で、はっきりと疲労の色が見て取れる。
 
 シュレーの丘の時と同じ、皆が飛び跳ねんばかりに喜ぶ中、ルーク一人がそんな余裕を持っていない。
 
「大丈……」
 
 その額の汗を拭おうと、私が一歩を踏み出した……その時、
 
「ッ……ルーク!?」
 
 ルークが突然、両膝を折って前のめりに倒れた。喝采にも似た雰囲気が一変し、私たちはルークに駆け寄る。
 
「おいルーク、大丈夫なのか!」
 
「はあっ……はあっ……いや、超振動って……思ってた以上に疲れるんだな………」
 
 心配そうに声を掛けるガイにそう応えながら、ルークは片手を着いて重々しく体を起こす。
 
「だいじょぶ、ルーク? なんかイオン様みたいだよ?」
 
「お前なあっ!」
 
「……アニス、それはどういう意味でしょうか?」
 
「きゃは☆」
 
 アニスの冗談に反応する元気はあるみたいだけど………やっぱり顔色は悪いままで。
 
「………………」
 
 やっぱり、気になる。ただでさえ超振動は未知の力だし、ルークの体にどれくらい負担が掛かっているかわからない。
 
「………ルーク、本当にただの疲労?」
 
 間近で目を覗き込む。嘘をつけないように、嘘を見極めるように。
 
「は? 何が?」
 
「どこか痛い所はない? 吐き気は? 息苦しさは? 何でもいいから違和感があったら教えて」
 
 慌てたように顔を逸らそうとするルークのほっぺたを両手で押さえた。
 
「みゅ? ご主人様ちょっとお顔の色が良くなったですの!」
 
「きゃぁ~! ティアってばダイタ~ン☆」
 
 でも、そこでアニスがまた妙な勘繰りをして……
 
「なっ!? テメェら何言ってんだよ! アホな事言ってないでさっさと行くぞ!」
 
「あっ……!」
 
 ルークは私の手を振り払って、不自然にギクシャクした動きで足を踏みならして元来た道を引き返して行く。
 
「………………いつも通り、かしら」
 
 小声で小さく呟く。
 
 ………まあ、私の考え過ぎなら、それに越した事はないのだけれど。
 
 
 
 
(あとがき)
 本日は二話投稿。
 
 



[17414] 13・『外郭大地降下作戦』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/16 13:00
 
『エンゲーブの住民救助を手伝います』
 
 ルークさん達をケセドニアに送ってすぐに、私はそう言って一度皆さんと別れた。
 
 最新の軍艦や優秀な軍人さんがいたとしても、セントビナーからの避難した人たちも合わせるんだから、救助が必要な人達は相当な数になるし、アルビオールで空を飛んで行った方が絶対安全だと思ったから。
 
「(が、頑張らなくちゃ!)」
 
 おじいちゃん達が造った、世界初の浮遊音機関の操縦士になれる。それだけでも、とっても凄い事だと思ってたのに、今度は世界を救う旅をする人たちを運ぶ駆者! 正直ものすごいプレッシャーだけど、これは……凄く……誇らしい事でもある。
 
 『身に余る光栄』って、こういう時に感じるんだなって実感した。
 
「これが魔界(クリフォト)、かぁ……」
 
 赤紫の障気で濁った空を見て、少しだけ気持ちが沈んだ。今まで私たちは、こんな世界の上で暮らしていた。そして、そんな状態も続かなくて、大地が次々に魔界に落ちている。
 
 ただアルビオールで皆さんを運ぶ事しか出来ない私だけが、弱音を言うつもりはないけど……
 
「やっぱり、私は青い空の方が好きだな……」
 
 誰にも聞こえないくらい小さく、私は願いを込めて呟いていた。
 
 
 
 
「はーなーせー!」
 
「ルーク暴れんなって! 皆、お前を心配して言ってるんだぞ?」
 
「だーかーら! 大丈夫だっつってんだろーが!」
 
 ケセドニアの広場で皆さんに再会して最初に見た光景が、それだった。
 
 呆れたように肩を竦めるアニスさん、困ったような笑顔で見守っているイオン様、おろおろと宙に浮いているミュウさん、額を押さえてうなだれているティアさん、そして……じたばたと暴れるルークさんと、それを後ろから羽交い締めにして取り押さえているガイさん。
 
「皆さん、ご無事でしたか!」
 
「あっ、ノエル。あなたこそ、大丈夫だった?」
 
「おつかれ様~☆」
 
 軽く駆け寄ると、ティアさんとアニスさんが私に気付く。
 
 私はエンゲーブの人たちをケセドニアに運んだ事を伝え、そしてティアさんからは、大地降下の成功とルークさんの不調、今からケセドニアのお医者さんに診てもらう事を教えてもらい、状況確認をする。
 
 ……でも、腑に落ちない事がある。
 
「あの……それで、何でルークさんは暴れているんですか?」
 
「……ルークは注射が嫌いなのよ」
 
「………………」
 
 恥ずかしそうにそう言ってため息をつくティアさんに、私は返す言葉が見つからずに閉口した。
 
「放せガイ! お前親友とかクサい事言ってたくせに、この裏切り者!」
 
「親友だから心を鬼にして病院に連れてくんだよ。ぜ~んぶお前のためだ」
 
「こいつうぜー! イオン助けろ!」
 
「……ルークってば背低いよね。こうやって見ると」
 
「お前にだけは言われたくねー! 人が気にしてる事を……ッ!」
 
 ガイさんに後ろから羽交い締めにされたルークさんの足が地に着いてない。
 
「(子供……なんですよね……)」
 
 世界を救う旅の一行、なんて信じられないくらい、皆、子供だ。ガイさんを除けば、皆私より年下だと聞いているし。
 
「もうルーク! アンタめんどくさい! がたがた言ってねーでさっさと医者行けボケェ!」
 
「やんのかテメェ!」
 
「おいおいお前ら……ってうおっ!?」
 
 あまりに聞き分けのないルークさんに業を煮やしたのか、アニスさんがトクナガを巨大化させ、そのトクナガにルークさんが背負い投げでガイさんを投げつける。トクナガの豪腕に払いのけられたガイさんがそのまま二、三バウンドした。
 
「『崩襲脚』!」
 
「『双旋牙』!」
 
「ご主人様! ここは街中ですの!」
 
「アニスも落ち着いてください!」
 
 イオン様とミュウさんの制止も聞かずに街中でヒートアップするルークさんとアニスさん。そんな騒ぎを………
 
「『ピコハン』!!」
 
 ティアさんの大喝が、粉砕した。同時にルークさんの頭上に出現したピコピコハンマーがその意識を刈り取り、アニスさんは静まり返る。
 
「あなた達、いい加減にしなさい! ただでさえいきなり魔界に下ろされて皆混乱してる時に、くだらない事で馬鹿騒ぎを起こさないの!」
 
『はいっ!』
 
 その迫力に、何故か何もしていないイオン様やミュウさん、ガイさん……ついでに私も返事してしまう。
 
 ……何だか、ティアさんが今までで一番注目を集めている気がするのは気のせいでしょうか。
 
「………ミュウ」
 
「は、はいですの!」
 
「ルークを運んで。お医者さんに診てもらいましょう」
 
 ティアさんに従って、ミュウさんが、さっきの一撃で気絶しているルークさんをパタパタと運んでいく。
 
 私は慌てて、ティアさんを追い掛けた。
 
「……あの、いいんですか?」
 
「気絶してる内に注射を済ませてあげた方が、いいでしょ?」
 
 ホントは注射くらいちゃんと克服しなきゃダメなんだけど、とぼやくティアさんは、
 
「(……お姉さん)」
 
 そんな感じがした。
 
 
 
 
『“耐用限界に到達”パッセージリングには、確かにそう出ていました』
 
 というイオンの言葉を受けて、
 
『……ノエル、少し魔界の空を飛んでもらえますか?』
 
 合流したジェイドは、そう提案し、魔界の空……正確には、セフィロトツリーの様子を睥睨する。
 
 手にした機密文書と合わせて、思考に耽る事十数分。
 
「……どうやら、外郭大地を支えるパッセージリングが、限界に来ているようです」
 
 と、結論を出した。とはいえ、一同もそろそろ滅多な事ではいちいち動揺しなくなってきている(ルークは別室で安静を命じられているし、ミュウはその付き添いだ)。
 
「それは……兄の仕業で、という事でしょうか?」
 
「……いえ、だとしたら『耐用限界』とは表示されないでしょう。まあ、二千年も前から外郭を支え続けているわけですから、無理もない話ですが」
 
 感情を殺して訊ねるティアに、ジェイドもまた冷静に返す。ジェイドの場合、本当に動揺していないようだった。
 
 曰く、近年頻発する地震も、外郭の亀裂から噴き出す障気も、アクゼリュスなど大地の崩落のみならず、セフィロトの限界にも原因がある、と。
 
「それって、オールドラントの他の大陸も魔界に落ちちゃうって事ですかぁ?」
 
「ええ。それほど余裕はないと考えた方がいいでしょうね」
 
「ヴァンは……その事を知っていたんでしょうか……」
 
「だから、救えない人類の代わりにレプリカ世界を、って事か。……極論過ぎてついていけないぜ」
 
 アニス、ジェイド、イオン、ガイ、それぞれが全人類の危機に思うところを口にする。
 
「魔界の液状化した泥の海と障気の原因は、どうやら地核の振動にあるようです。しかも、地核振動の原因はおそらくプラネットストームに因るもの。おそらく当時はこんな事が起きるとは想定されていなかったのでしょう。……実際、二千年もの間、問題は起こらなかった」
 
 プラネットストームとは、創世歴時代に造り出された惑星燃料機関である。星の中心である地核から発せられる記憶粒子(セルパーティクル)を、ラジエイトゲートから星に巡る音譜帯を突き抜けるほどに吹き付け、アブソーブゲートから地核に帰結させる。これによって無限の音素力(フォンパワー)を世界に巡らせ、オールドラントの譜術、譜業は飛躍的な発展を遂げたのだ。
 
「パッセージリングが限界である以上、外郭大地の全てを魔界に降ろすしかないでしょう。地核の振動に関しては、ここに草案があります」
 
 その平静さの根拠であるのか、ジェイドは分厚くまとめた書類を皆に示すように軽く振った。まったくもって準備のいい男だった。
 
 ただ………
 
「あのような子供に人類の命運を託すのは、些か以上に不安ではありますけどね」
 
 その一言に、あらゆるものへの苛立ちを密かに込めて。
 
 
 
 
 セフィロトの様子以外にも、やっぱり戦争がどうなったのかも気になった俺たちは、とりあえずアルビオールでエンゲーブに降りた。
 
「こほ……」
 
「大丈夫かルーク。お前はアルビオールで休んでていいんだぞ?」
 
「うっせーな。ずっと寝てたからちょっと気持ち悪くなっちまったんだよ」
 
 ケセドニアでの診察だと、ルークは重度の風邪による衰弱状態だって言われた。……そのわりに熱はないみたいなんだが。
 
 住民も避難して、今はマルクトの補給拠点になっていたエンゲーブ。ここで話を聞ければ、両軍の戦況もわかる。
 
「ここに来んのも、久しぶりだな~」
 
「そうね。誰かさんが店のりんごを盗み食いした時以来だわ」
 
「誰が盗み食いした! しゃーねぇだろうが、あん時は金払うなんて知らなかったんだから!」
 
「うっわ、ルークそんなのも知らなかったんだ」
 
「非常識な部分は、あの頃からそれほど変わっていない気もしますがね」
 
「はは……。でも、あれがなければ僕たちとルークがこうして一緒に旅をする事はなかったかも知れませんよ」
 
「ミュウとご主人様の出会いもなかったですの!」
 
 そういえば、ルークとティアはこの村でジェイド達に出会ったんだったか。みんな楽しげに話してる。………何だこの疎外感。
 
「皆さん、楽しそうですね」
 
「ああ、ここは失踪したルークが初めて見た村で、皆と会ったのもここらしいんだよ」
 
 必然的に、俺とノエルが会話に入れなくてあぶれる。ノエルは最初アルビオールに残ろうとしてたけど、もし本当に神託の盾(オラクル)兵とかがアルビオールをどうこうしようとしたら、彼女一人が残ったところでどうしようもないし、誰が来たって彼女がいなくちゃアルビオールは飛べない。むしろ彼女の身の危険が増すだけだから、一緒に来てもらった。
 
 村の入り口をジェイドの口利きであっさり通って、村の拓けた所に来たところで、それは起きる。
 
「ダアト条約を忘れたか! マルクトの連中は捕虜の扱いも知らんのか!」
 
「う、うるさい! キムラスカの捕虜なんか地面に落ちた残飯でも食ってればいいんだ!」
 
 白金の髪を結った、赤い軍服の女将校がマルクト兵を威圧していた。
 
「何事だ!?」
 
 そこにマルクトの将校も出てきて、騒ぎを収めた。……捕虜になったキムラスカ兵との間に起きた諍いらしいが、俺が気になったのは、その女将校。
 
「「………………」」
 
 何故か妙に甘ったるい雰囲気でマルクトとキムラスカの将軍が見つめ合っていたところで、ティアが叫んだ。
 
「セシル将軍!」
 
「!? ティ、ティア! ルーク様!? アクゼリュスで死んだと……!」
 
 今はじめて俺たちの存在に気付いたみたいに、セシル将軍は大慌ての真っ赤な顔でこっちを向いた。
 
 ………雰囲気でわかる。うーん、まさか戦争の様子を見に来てこんな展開になってるとは。
 
「………………」
 
 敵国同士の恋。どうしても考えさせられちまうその光景に、俺はどうしたもんかと腕を組んだ。
 
 
 
 
(あとがき)
 一応、原作を知らない人にも何とかわかるように書こうと心がけてるので、説明的な回は話がなかなか進みませんね。携帯の字数制限も痛いですし。
 
 



[17414] 14・『セシルとフリングス』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/16 20:04
 
「外郭大地……魔界(クリフォト)……。信じられない、と言いたいところですが、実際に大地が崩落し、この障気に包まれた世界が広がっている以上、認めざるを得ませんね」
 
 崩落したルグニカ平野では、前に俺たちとジェイドを引き合わせたフリングスって将軍がマルクトの総大将になってた。
 
 前に俺が食糧泥棒と間違われて連れて来られたローズおばさんの家がマルクト軍の作戦本部みたいになってるらしくて、俺たちはそこに通された。
 
「この状況下……。私はカイツールにいるキムラスカ軍総大将、アルマンダイン伯爵に一時休戦を申し入れるつもりです。それが叶えば、捕虜の交換をしたいと考えています」
 
「助かります。キムラスカもにマルクトにも、これ以上無益な血を流して欲しくないですから」
 
 フリングスの口から出た今後の方針に、イオンが満面の笑顔を作る。死ぬほど胡散臭いセリフなのに、こいつが言うと違和感ないのは何でだろうな……。
 
「……人質交換、ねぇ。賛成はしませんよ? 外郭降下が上手くいった後、キムラスカがおとなしく軍を退く保証などどこにもありませんから」
 
 せっかくいい流れなのに、ジェイドのやつが水差すような事を言いながらセシルを見た。……そういや、セシルって結構優秀だって聞いた事ある。解放するとマルクトにとって不利って事か。……たまに忘れそうになるけど、ジェイドってマルクトの軍人なんだよな。
 
「大佐ならそう言うと思いました。……しかし、彼女は人質向きの人間ではありませんよ」
 
「……アスラン」
 
 ジェイドの言葉に怯まないでフリングスが微笑んだら、セシルが何かボソッと呟いた。……あすらん? 何だそれ。
 
「セシル将軍を、解放してくれるのか?」
 
「……ええ」
 
 いつもはこういう事に口挟まないガイが何故か口挟んで、フリングスが寂しそうに頷いた。……何か変な空気だな。
 
「アルマンダイン伯爵には、僕たちから伝えておきます」
 
「では、我々は席を外しましょうか」
 
 イオンがまた勝手な事を引き受けて、ジェイドがいつもの胡散臭い笑顔で俺たちを追い出す。何で急いで出なきゃなんねーんだ、と思ったけど、セシルとフリングスだけが部屋から動こうとしないのが目に入った。………あっ、もしかしてそういうの……なのか? アスランって、フリングスのファーストネームだったりするのか?
 
 部屋を追い立てられながら、俺は何となくあいつらの事情を理解しつつあった。
 
「あっ、皆さん」
 
 表には、「場違いだから」って最初から屋敷に入ってなかったノエルが待っていた。
 
「あの、大佐……どうしてセシル将軍を残してきたのでしょうか。キムラスカの捕虜が拘束されているという宿に戻ってもらうべきでは………」
 
「ティアにぶっ! もうちょっと空気読もーよ空気☆」
 
 宿を出てすぐのティアの発言に、アニスが呆れてんのか喜んでんのかよくわかんねーポーズでくねった。
 
「(……やっぱ、気付いてなかったのか)」
 
 思った通りっつーか何つーか。……かなり癪だけど、実は……多分…ちょっとは、だから……ティアが鈍くて良かった。
 
 気付いてたら、あんな無造作にペタペタ触ってこねぇだろーし。……でもそれってつまり、全く意識されてないって事で………
 
「(あーっ、くそ! 何考えてんだ俺は!?)」
 
「ル、ルークさん!? どうしたんですか?」
 
 自分で考えた事が死ぬほど情けなくなって頭をかきむしったら、ノエルに心配された。……ほっとけ。
 
「あの二人は、互いに意識していたようです。捕虜としての立場から解放されるとはいえ、やはり別れは辛いのでしょう」
 
「えぇ! 意識しあっ……セ、セシル将軍が!?」
 
 相変わらず言いにくい事をあっさり言ったイオンに、ティアが珍しくテンパる。まるでおばけが絡んだ時みたいだ。
 
「そういやお前の元上官だっけ? だからってそんなビビるような事かよ」
 
「だ、だってセシル将軍は私に軍人の心構えと目的のために向かっていく大志を教えてくれてっ……そのセシル将軍が……!」
 
 よっぽど元々のイメージとかけ離れてたのか、ティアはまだ落ち着かない。………別にいいじゃんか、堅物の女軍人がそんなんなっても。お前の感覚押し付けんなっつーの。
 
「他人の色恋に首をつっこむとロクな事になりませんから。早々に脱出する事にしました♪」
 
「……いい性格してるよ、あんた」
 
 言葉の裏に「邪魔くさい」って意味を込めたジェイドに、ガイが呆れる。
 
「でも、セシル将軍にはセシル家再興って目的があるはずよ。誰かに嫁ぐなんて、考えにくいと思うけど………」
 
「何だよ、別にいいじゃんかそんなの! 俺は応援するぞ!」
 
「……なーんでルークが熱くなってんのかなぁ」
 
 何かさっきから否定的なティアの言葉が癇に障って、俺は思わず大声を張り上げちまった。すかさずアニスからツッコまれる。
 
「ご主人様、優しいですの!」
 
「そうだな。俺も二人を応援するぜ?」
 
「大方誰かと誰かでも重ねているのでしょう。虚しい代償行為ですねぇ」
 
「っ……!?」
 
 ミュウとガイはともかく、ジェイドの発言に俺は焦る。よりによってこのおっさん……もしこれでティアにバレたら絶対殴る。刺し違えてもあのスカした顔面に青タンつけてやる。
 
「???」
 
 ……心配入らなかった。心底安心したけど、妙に力が抜けるのは何でだ……。
 
「(……………………………………………あれ?)」
 
 テンパってて気付かなかったけど、何で俺がジェイドの発言で焦らなきゃなんねーんだ? 誰にも言った事ねーし、自分でも本当にそうなのかイマイチ自信ないってのに。
 
「………………」
 
 口に出せねーから、ジェイドの方をジッと睨んでみる。いつもの三割増しの笑顔で返された。……深く突っこむのやめとこ。
 
(ガチャ……)
 
 何だかんだで屋敷の前で騒いでた俺たちの後ろで、扉が開いてセシルが出てきた。
 
「セシル将軍……」
 
「……ティア、お前はもう軍人ではない、騎士だ。我々に気を回さず、ルーク様をお守りしろ」
 
「ッ……はい」
 
 開口一番のセシルの言葉に、ティアは俯いて唇を噛んだ。そうだ、ジェイドだけじゃない。ティアだって元々軍人だ。どっかで少し流れがズレてたら、戦争に出てたかも知れない。セシルみたいに捕虜になってたかも知れない。…………死んでたかも知れない。
 
「(………だからヴァン師匠は父上に取り入って、ティアを白光騎士団に入れたのか?)」
 
 預言(スコア)通りに起こる戦争。それからティアを守るために、預言に勝ちが詠まれてるキムラスカ軍に入るよう勧めて、戦争から遠ざけるために白光騎士団に転属させて、崩落させるアクゼリュスから、俺を餌にしてティアを引き離して……。
 
「……お前は、私より遥かに大きな使命を背負っているのだろう。恥じる事も、振り返る事もない」
 
「………はい」
 
 何でセシルがティアにこんな話をしてんのか、何でティアがそれを辛そうに聞いてんのか。
 
「……ルーク様、ティアをお願いします」
 
「………は?」
 
「……将軍、それは逆ではないでしょうか?」
 
「そういう意味じゃない」
 
「「???」」
 
 俺がその事を理解するのは、ずっと考え込んで、アルビオールがエンゲーブを出発する頃、ようやくだった。
 
 
 
 
「……………」
 
 カイツールでアルマンダイン伯爵に一時休戦の旨を伝え、私たちはカイツールから少し離れた平野に、アルビオールで停泊していた。
 
 イオン様たちならともかく、マルクト軍の『死霊使い(ネクロマンサー)』がカイツールで休ませてもらうわけにもいかない。
 
 結果的に皆も付き合わせる事にはなったが、まあ皆さん若いので気にしない事にする。
 
「(外郭大地の降下か………)」
 
 アルビオールの中なので寝ずの番など必要ないが、少し目が冴えてしまっていたので、一人艇室の一つでワインを傾ける。
 
「(頭脳労働担当、と言っても……やはり歯痒いものがありますね)」
 
 実際に外郭を降ろすのはルーク。地核振動をどうにかするのも、実質的には専門的な協力者が必要だ。
 
 あんな短慮な子供に頼る、という事に対する純粋な不安。そしてやはり、罪悪感があるのだろう。
 
 私が生み出したフォミクリー、それによって生み出された歪な生命。それにさらなる重荷を背負わせる事に、抵抗がある。
 
 ………と、自分の心情らしきものを客観的に分析して……思ったより人間臭いところがある、と妙なところで自分に感心した。
 
「(まあ、別にやる事自体には何も影響しないのでしょうが)」
 
 外郭降下にルークの力が必要なら利用する。その過程で障害になるものは排除する。犠牲が必要ならそれを強いる。
 
 それらを、私は躊躇いなく遂行するだろう。感情に囚われず、やるべき事をやるだけと正当性を持って……その実まともな人間の半分も感慨を持たずに。
 
「(……ま、別にいいんですけどね)」
 
 結果よければ全て良し。私がどんなつもりであろうと、自らの非道に気付く事すらなかったとしても、最良の結果を目指す上で大した影響力もない。
 
「……………ん?」
 
 ふと、窓の外が妙に明るい事に気付く。遠く、魔界の空を染める明かりの色は、赤。この方向は………カイツールだ。
 
「……やれやれ。老人を夜中に働かせないでもらいたいですね」
 
 何かあった。それを、直感でありながら確信した私は……金属鍋とおたまを持ってアルビオールの中を回る事にした。
 
 
 
 
「ルーク様、ご助力感謝致します」
 
「………いいよ、んな事。それより、こいつら何なんだ?」
 
 アルマンダイン伯爵に、ルークが、人殺した時の“いつもの”根暗モードで返事する。……ったく、やらなきゃやられるんだからいい加減慣れろ……とまで言わないけど割り切りゃいいのに。
 
 真夜中に大佐にメチャメチャ不快な起こされ方をしたわたし達は、火の手が上がってたカイツールの砦に直行した。
 
 着いてみたら、大がつく位の数の盗賊団がカイツールを襲ってたから、わたし達はキムラスカ軍と共闘してこれを孅滅した。
 
 ただ、気になるのは………
 
「こいつら普通の盗賊じゃないねぇ、どーも」
 
 そう、ガイの言う通り。格好は明らかに盗賊っぽかったけど、動きとか統率とかが全然違った。……あれは、軍人の動きだ。
 
「火が放たれたのは、マルクトの捕虜を軟禁している宿舎ですか。……人質交換による一時休戦を妨害しようとしたんですかねぇ」
 
 いつの間に生け捕ったんだか、そもそも今までどこにいたんだか、大佐が盗賊の一人をズルズルと引きずってこっちに歩いてきた。
 
「襲撃者の正体は神託の盾(オラクル)のようです。おそらくモースの手の者でしょう」
 
 ……なるほど。“ちゃんと”戦争を起こして、キムラスカを勝たせるために、モース様が戦場にまで兵士を送りつけてたって事かぁ。
 
「またあのブタかよ! いい加減うぜーぞあの野郎!」
 
 ルークが怒鳴る。確かに、魔界に落ちてモース様から命令なんて受け取れる状況じゃないのに、それでも皆モース様を……預言を狂信してる。
 
 今までティアやイオン様ほど預言否定派じゃなかったけど……わたしも段々怖くなってきた。
 
「……外郭の降下も大事ですが、戦争も放っておけません。何か手を打っておくべきかも知れません」
 
 悲しそうな顔であごに手を当てて考え込むイオン様。
 
「………………」
 
 ……わたしは、どうしたらいいのかな。
 
 
 
 
(あとがき)
 再び日に二度更新。
 
 



[17414] 15・『銀世界の休息』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/17 15:10
 
 外郭の降下も大事だが、どうせならこの世界の危機に直面した状況を活かして、戦争も回避したい。回避すべきだ。
 
 ……だが、外郭大地の滅亡を目論むヴァン、預言(スコア)通りの戦争を望むモース、どちらも神託の盾(オラクル)兵による妨害を企ててくる可能性は高く、実際これまでも後手に後手に回ってきたと言わざるを得ない。
 
 『アテがある』というジェイドやイオンの言葉を頼りにして、ルーク達はアルビオールでその場所を目指していた。
 
「大佐って、奥さんとかいるんですかぁ?」
 
 そんないつもの旅。アルビオールの艦内で、何気なくアニスがジェイドに問い掛ける。
 
「おや、どうしてですか?」
 
「だって大佐って顔もいいし頭いいし大佐だし、年齢的にももう結婚してるのかなぁ~って。アニスちゃん、ルークでハズレ引いちゃってますしぃ☆」
 
 アニスお得意の玉の輿理論。近くでルークが、誰がハズレでいつ引かれたんだっつーの、などとブツブツ文句を言っている。
 
「まあ、残念ながら独身ですが……」
 
「ホントに!?」
 
「そうだとしても、お断りです♪」
 
「ぶーぶー」
 
 はじめから半分以上冗談だったのだろう。ジェイドの爽やかな笑顔での拒否に、アニスは拗ねたように膨れっ面を作る。
 
「っていうか、旦那が誰かに好いた惚れたなんて感情を持つのが想像出来ないよなぁ」
 
 ルークと他愛もない会話に興じていたガイも、少し面白そうな会話に口を挟む。ジェイドという人物のイメージにあまりに似合わない話題、口に出さずとも、ガイの言葉はこの場にいる全員の総意だった。
 
 ルーク、アニス、ミュウ、イオンらが揃って「うんうん」と頷く。さりげなく操縦席のノエルまで同調していた。唯一首を縦に振らなかったのは、人の事は言えないと自重したティアだけ。
 
「……………」
 
 そんな皆の反応にジェイドは、ふむ、とルークをチラリと見て……
 
「失礼ですねぇ。私だって健全な男性ですよ? 人並みに異性への好意くらい持ちますよ」
 
 何故かとても楽しそうな笑顔でそう言った。
 
「マ、マジで!?」
 
「意外だな、ジェイドがそういう発言するってのが」
 
「じゃあじゃあ、どんなタイプが好みなんですかぁ? アニスちゃん頑張って理想の女性になって玉の輿狙いますよぉ☆」
 
 先ほどまでの達観したような白けた空気が一変。何とも珍しい話題に、アニスを筆頭に一同盛り上がって飛び付く。
 
 普通なら少々怯んだり照れたりしてしまいそうな視線を一身に受けて、しかしジェイドは涼しげな表情を崩さずに「そうですねぇ」と眼鏡を押さえて、アニスの質問に応える。
 
「やはり、聡明で理性的な女性でしょうか」
 
 ぴくり、とルークの肩が揺れたのを、ジェイドは面白くて仕方なさそうに見る。
 
「一見すると冷徹とも取れるほど、自分にも他人にも厳しいような……それでいて意外と面倒見がいい」
 
 「まさか……」とでも言いたげに不安な表情を作るルーク。アニスとガイも、何となく気まずい空気が自分たちを包むのを感じ取る。
 
「やはり、自身の実力に誇りや責任を持っている、というのも大切ですね」
 
 イオンとミュウはそこまで聡くない。ただ興味深そうに聞いている。「……マジで?」と言わんばかりに驚いているアニスとガイ、「……どうしよう」と言わんばかりに絶望を背負い始めるルーク。そんな限定的な重苦しい空気に気付いていながら完全無視なジェイドは、やはり平然とした顔のままだ。
 
「前髪が長くて、片目など隠していたりすると……」
「おっ、俺ちょっとトイレ行ってくる!」
 
 とどめとばかりのジェイドのだめ押しが言い切られる前に、ルークが耐えきれないように逃げ出した。
 
 そんなルークの背中を、ジェイドは「くっ、くっ」と喉を鳴らして笑いながら見送る。
 
「……で、どっからどこまでがホントで、どっからどこまでが嘘なんだ?」
 
「心外ですねぇ。もちろん、一から十まで本心ですよ?」
 
「た、大佐……それ軽く犯罪なんじゃ……。さっきまで玉の輿狙ってたわたしが言うのもなんですけど………」
 
「はっはっは、そうかも知れませんねぇ。……まあ、可愛い方ではありませんが……」
 
 ジェイド、ルーク、アニス、ガイだけの間で通じ合っていた、熱いのか冷たいのかわからない盛り上がりに………
 
「?? ……皆、どうしたの?」
 
 ティアはやっぱりついてきていなかった。
 
 
 
 
「ご主人様、雪ですの! ボク雪はじめてですの!」
 
「……うっさい。話し掛けんな」
 
 雪に覆われた銀世界・ケテルブルク。無邪気にはしゃぐミュウとは対称的に、純白の雪の中で真っ黒に染まってる男が一人。
 
 ジェイドの発言からこっち、悩みまくりのルークだ。……セントビナーで再会した時から、変わった雰囲気には気付いてたけど、やっぱりルークのやつティアの事好きだったのか。
 
 ………しかも、何かもうフラれたみたいに落ち込んでる。こいつ、実はあんまり自分に自信持てないタイプだしなぁ。
 
「(あんまり無意味にルークをからかうなよ、って言ってやりたいけど……)」
 
 ジェイドは何考えてるのか全然わからないし、もし本気だったら「やめろ」とは言えないしなぁ。
 
 ……やっぱここは、純粋にルークを応援してやるしかないか。ジェイドが本気だろうとなかろうと。
 
「ケテルブルクってすっご~い! 雪も綺麗だし、高級ホテルに迷路屋敷に温泉に何よりカ・ジ・ノ☆」
 
「この街は貴族の別荘地として有名なんですよ。ピオニー陛下が育った街でもあり、随分と発展に力を注いでおられました」
 
 そんなルークを無視して目を『G(ガルド)』にしているアニスと、そんなアニスと楽しそうに話している張本人のジェイド。
 
「……ルーク、元気ないけど。まだ風邪が治ってないの?」
 
「……………何でもない」
 
 おまけに全然気付いてないティアも、無自覚にルークを追い詰めてる。
 
 へたれのルークに、激にぶのティア。俺にどうやってフォローしろと。
 
「ガイー、カジノは未成年は保護者同伴じゃなきゃ入れないんだって、付き合ってよ!」
 
「え? いや、俺はだな………」
「ペタペタペタペタ☆」
「うわぁあああー! わ、わかった! わかったからくっつくな!」
 
 ………すまん、ルーク。俺は無力だ。
 
 
 
 
 アルビオールでケテルブルクに着いた頃にはもう暗くなっており、イオン達の『アテ』は明日訪ねる事になり、ルークたちはケテルブルクの高級ホテルに泊まる事になった(たまには贅沢しようっという話になって)。
 
 部屋割りはルークとガイ、イオンとジェイド、ティアとノエル、アニスが一人部屋。
 
「……………」
 
 ガイはアニスとカジノ行ったので、今、部屋にはルークしかいない(ミュウもどこかに遊びに行った)。せっかくの休憩だと言うのに、ルークはこの街に着く前のジェイドの爆弾発言が頭から離れなかった。
 
「……ヴァン師匠に憧れてたよな……。もしかして歳上が好きなのか……?」
 
 ルーク本人としては、本当に自分がティアに好意を抱いているのか疑問に思っている、というつもりなようだが、今のルークの悩み方は明らかに深刻だった。
 
 ジェイドの発言に悩んでいる、という事それ自体が、自身のティアへの好意の証明であるという事に思い至らないあたりがルークらしい。
 
「…………だーもうっ! めんどくせぇ!」
 
 大体何で俺が陰険眼鏡やナイフ女の事で頭悩ませなきゃなんねーんだ! と怒鳴りながら、枕を壁に叩きつけるルーク。
 
 誰も見ていないとはいえ、何だか今の自分の姿がひどくカッコ悪いものに思えて、すぐ消沈する。情緒不安定な子供だった。
 
「(ジェイドんトコ、行こうかな……)」
 
 面と向かって確認する勇気などないが、こうして悶々としている事にも耐え切れず、『とりあえず』ジェイドに会いに行こうかと考えるルーク。これら一連の自分の心の動きを、ルークはつかめず、持て余してした。
 
 ルークは覇気のない足取りでとぼとぼと自分たちにあてがわれた部屋を抜け、ジェイドとイオンの部屋を目指す。
 
 王族の遺伝子と容姿を継いでいるはずなのに、今のルークは全くこの華やかな街にそぐわないのは何故だろうか。
 
「みゅー! ご主人様! 助けてくださいですの!」
 
 歩くルークの目線に、廊下の先からミュウが涙目で飛び出してきた。「きゃーチーグルよ!」、「しかも人語を話せるなんて!」などと叫びながら、いかにも上流階級な令嬢二人が追いかけている。
 
「み゛ゅっ!?」
 
 ルークはいつもの事として、出会い頭にミュウに靴底を見舞い、そのまま踏んだ。「あなた何ですの!?」、「なんて野蛮な、まさかそのチーグルの飼い主ではないですよね!」などと文句を言われるも………
 
「うっぜーな、このブタザルは俺の舎弟だよ文句あっか!」
 
 色々と鬱憤が溜っていたルークは、ミュウの耳を掴んでブンブンと振り回し、令嬢たちを追っ払った。あいにくと今は、普段ならそんな素行を諫めるティアもいない。
 
 その事に微かな喪失感を覚えて、また沈む。明らかに重症である。
 
「……おいミュウ、ジェイドは部屋にいんのか?」
 
「舎弟……ミュウは、ご主人様の舎弟ですの……」
 
 何やら感動しているミュウにイラッときたルークは、ミュウを踏んでいた足に体重を込めた。何だかんだでいつもは軽く足で地面に押さえつけられているだけのミュウは「みゅげふっ!?」と呻く。
 
「ジ、ジェイドさんなら、綺麗な女の人とどこかに出かけ……」
「っ!!?」
 
 皆まで聞かず、ルークは駆け出した。ミュウがティアを「綺麗な女の人」などと呼ぶはずがない、そんな事にすら気付かないほどに動転していた。
 
 
 
 
「(か、か……可愛い!)」
 
「ティアさん、幸せそうですね」
 
 ティアさんに相談を受けて、一緒にケテルブルクのホテルの中を歩いている途中で、開けっ放しになっていた客室が一つ見えた。
 
 飛び出してきたそれに、私たちが慌てて中を覗き込んだら………そこには“群れ”とさえ言える数の猫たちが暮らしていた。
 
 その光景にフラフラと吸い寄せられていくティアさん。猫たちが可愛くて仕方ないみたい。
 
 まだ短い付き合いだけど、わかった事がある。ティアさんは、きびきびとした凛々しい軍人である事を自分に課しているみたいだけど、本質的には普通の優しい女の子だ。
 
 隠してるけど、可愛いものが好きみたいだし、よくルークさんを叱ったり諭したりしてるのは、軍人として、なはずないと思う。
 
 部屋の端に、猫に混じって猫の着ぐるみを着た子供がいる事にも気付かずに、ティアさんは猫にもみくちゃにされている。
 
 幸せそうに固まっている背中に『私は猫に群がられているだけ、これは仕方ないこと』と、ティアさんの精一杯の言い訳が見え隠れしてる。
 
「ティアさん、可愛いのはわかりますけど……早くしないと、ルークさん寝ちゃうかも知れませんよ?」
 
「あ……え……うん。そうね……」
 
 全く未練を隠しきれずに、ティアさんは渋々立ち上がる。……もう皆さんにバレてますよ、と教えてあげた方が、ティアさんのためかも知れない。
 
 それにしても、ティアさんが私に、こんな相談をしてくるなんて……
 
「ルークさんと、仲良しなんですね」
 
「今まで何度も言ってきた言葉だけど、別に仲が良いわけじゃないのよ。ただ………」
 
 ティアさんは、首から下げたペンダントをそっと撫でて……
 
「………ちゃんと、お礼はしたいから」
 
 そこにある思い出を慈しむように、穏やかに微笑んだ。
 
 
 
 
(あとがき)
 ねこにんの口調が思い出せなかったので、背景となってもらった次第。まず再登場はしません。
 
 



[17414] 16・『ジェイドの過去』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/18 09:36
 
「はあっ、はあっ、はあっ……!」
 
 雪化粧の施されたケテルブルクの街中によく映える朱が、無我夢中に走り回っていた。
 
「っ………」
 
 ふと、ティアとジェイドが寄り添って歩く姿が、ルークの脳裏に去来し、ルークは苦しそうに下唇を噛む。
 
「くそっ……!」
 
 一も二もなく飛び出したルークだったが、実際ティアとジェイドが二人でいる所に遭遇した時、どうすればいいのかは頭にない。
 
 いや、潜在的には気付いていて、その事に対する恐怖も持っているからこそ、二人の名前を叫ぶ事が出来ないのかも知れない。……とはいえ、そろそろ焦燥が限界に達しようとしていた。
 
「ジェイドーーーー!!」
 
 怒り狂った獣のような咆哮が、ケテルブルクの街に響く。
 
 
 
 
「(………ん?)」
 
 あったけぇ。目が覚める時、一番最初に感じたのはそれだった。
 
「目が覚めましたか?」
 
「………え?」
 
 聞き慣れない声に慌てて周りを見渡したら、俺は知らない部屋のベッドに寝かされていた。譜業式暖房機がガンガン掛けられてて、俺は毛布でぐるぐる巻きだ。
 
「………あんた、誰?」
 
 部屋の中には、近くの椅子に腰掛けている、金髪を後ろで束ねてる眼鏡の女。あとは扉の脇にメイドがいる。
 
「ネフリー・オズボーン。このケテルブルクの知事をしている者で……ジェイド・カーティスの妹です」
 
「あー……ジェイドの妹ね」
 
 俺、何でこんな所で寝てんだっけ? しかも何でジェイドの妹に………ジェイドの妹っ!?
 
「う゛ぇええ!?」
 
 ジェイドの妹!? 何で俺、そんなやつと一緒にいんだ!? そもそもあいつ妹とかいたのか!? ……あれ、そうだ俺、ジェイドがティアと出かけたって聞いて……。
 
「夜のケテルブルクをそんな格好で歩き回るなんて、自殺行為ですよ?」
 
「あ……俺、そっか……」
 
 あのまま街中走り回って、途中から記憶がない。寒さだか何だかでぶっ倒れたのか……。
 
「(どんだけダセーんだよ俺は………!?)」
 
 男と女が二人で出かけたの捜し回ったあげくに勝手にぶっ倒れて、しかもその男の妹に助けられる。…………泣きてぇ。
 
「『ジェイド』と叫んでいたのが耳に入ったので。この街に兄をファーストネームで呼ぶ人物は少ないから、すぐに気付きました。……兄の、旅の仲間の方ですよね?」
 
 ジェイドの妹にそう言われて、俺はこいつが『何で俺を助けてくれたのか』って事に初めて気付いた。
 
 俺が頷いたら、ジェイドの妹は手で軽く示して、メイド達を部屋から締め出した。……どうせならこいつも出てって欲しい。情けなくて顔が上げらんねぇ………。
 
「あなたを見つける少し前に、兄もこの屋敷に立ち寄ったんです。話は大筋聞いています」
 
「っ……!?」
 
 ジェイドが、ティアと、ジェイドの実家に………来た? ……嘘だろ。
 
「……誰か………一緒だったか?」
 
「? はい、女性の方と一緒に」
 
 ………やっぱり、そうなのか。……屋敷から超振動で飛んでから今まで、ずっとティアと一緒にいたのに、俺……全然気付かなかった。
 
「涼しげな雰囲気の、少し厳格な方で……」
 
 …………俺、何やってんだろうな。こんなクソ寒いのに街中走り回って、ぶっ倒れて……。平気なツラしてホテルで寝てりゃ良かったのに……馬鹿みてぇ。
 
「片目を隠した………」
 
 そもそも関係ねーじゃんか……ティアやジェイドが誰と何しようが。何で俺がこんな馬鹿馬鹿しい事しなきゃなんねーんだよ……。
 
「黒髪の神託の盾(オラクル)の方でし……」
「もういい! 黙っ……え?」
 
 ジェイドの妹……ネフリーだっけ、に八つ当たりしそうになったところで、俺は止まった。………黒髪の、神託の盾?
 
「ど、どうしたんですか?」
 
「……いや、その連れって、黒髪って……栗色じゃなくて?」
 
「? 黒髪ですが……」
 
「………俺より一個下じゃなくて?」
 
「………誰の事を言っているのかわかりませんが、彼女はこの街の教会で働いている方ですよ」
 
「……………………」
 
 ………人、違い? ………そういや、誰も『ティアが』ジェイドと出掛けたなんて言ってなかった気がする。前のジェイドの発言から、俺が勝手に連想してた……だけ……?
 
「…………は、は」
 
「……大丈夫ですか?」
 
 色んな意味で力抜けてベッドに沈んだ俺を、ネフリーが気味悪そうに心配してきた。………つーか、
 
「んがぁー!!」
 
「!?」
 
 勘違いだってわかったら、何かさっきとは別の恥ずかしさが湧いてきた。全力で頭をかきむしる俺に、ネフリーがビビってる。……ホント、何やってんだ今日の俺は。
 
「……迷惑かけたな。俺はルーク・フォン・ファブレ。確かにジェイドとは一緒に旅してる」
 
 冷静になって思い返せば、さっきから変人みてーな行動しかしてないと気付いた俺は、かなり無理矢理話題を戻す。でも……
 
「…………レプリカの方、というわけですね」
 
「っ………!」
 
 ネフリーに予想外の返し方をされて、すぐに後悔する。そんな事まで話したのかよ! って内心でジェイドに文句を言ったけど、よく考えたらそれ言わないとアクゼリュス消滅の説明が出来ない。
 
「あなたに、どうしても聞いてもらいたい話があるんです」
 
「………?」
 
 これ以上ないくらいに真剣な顔したネフリーが、俺を見る。………気味悪がられてるわけじゃ、ないか。
 
「……いいよ。もう急ぐ理由無くなったし、助けてもらったし、話くらい聞いてやる」
 
 すげー今さらだけど、こいつジェイドと全然似てねーな。同じ丁寧口調でも全然嫌みじゃねーし。
 
「……………」
 
 ネフリーは、気持ちを整理するみたいに一分くらい黙って、切り出した。
 
「兄が、何故フォミクリーを生み出したのか……についてです」
 
「……………」
 
 俺は黙って聞く。俺がレプリカだって確認してから切り出した話だし、そんなに驚きはなかった。
 
「兄が九歳の時。私が大切にしていた人形を不注意で壊してしまったんです。兄はそれを修復せず、買い直さず、レプリカを造った」
 
「九歳!? そんな頃からそんな事出来たのかよ」
 
 認めるのムカつくけど、やっぱり、天才ってやつなんだな。俺が素直に驚いたら、ネフリーは「そういう意味じゃないんです」と俯いた。
 
「今でこそ優しげにしていますが、当時の兄は悪魔でした。大人でも難しい譜術を使いこなし、害の無い魔物まで残虐に殺して、楽しんでいた。……このシルバーナ大陸が、盗賊などが巣食える環境ではなかった事が、せめてもの救いでした」
 
 途中で「優しくねーよ」と言おうとした俺は、その言葉を呑み込んだ。盗賊が……って、まさか……もしここがこんな寒い場所じゃなかったら、盗賊を“遊びで”殺してたって事かよ……?
 
「……兄には、生き物の死が理解出来なかったんです。そして、その異常な価値観が、悲劇につながった……」
 
 認識が甘かった。今のジェイドなんて、ネフリーから見たら十分“優しい”んだ。
 
「兄には、唯一尊敬する人物がいました。私たちの通っていた私塾の先生をしていた第七音譜術士(セブンスフォニマー)、ネビリム先生。……兄は第七音素(セブンスフォニム)の素養だけはありませんから」
 
 思い出すのも辛い、そんな感じで、ネフリーは自分の顔を手で覆う。
 
「ネビリム先生の言葉なら、兄は受け入れた。少しずつ良い方向に向かっていた。……でも、ネビリム先生は亡くなりました。兄が無理に発動しようとした、第七音譜術の暴走で」
 
 ……何て言ったらいいのかわかんねぇ。こんな話、俺みたいな他人に話していいのかよ。
 
「兄は瀕死のネビリム先生に譜術を掛け、レプリカを造ろうとした。……結果は失敗、ネビリム先生が生き返るはずもなく、生まれたのは姿が同じなだけの………化け物でした」
 
 その言葉が出た時、俺は竦んで、固まった。姿が同じだけの、化け物。……それは、俺も同じなんじゃないのかって、俺も化け物だって言われた気がして。
 
「兄は命が、唯一無二のかけがえのないものだとわかっていなかったんです。あの人形と同じ、造り直せばそれで済むと思っていた。……その後、兄は軍の名家カーティス家に、私は地元のオズボーン子爵に養子に引き取られました。……きっと兄は、ネビリム先生を蘇らせる研究が出来る環境が欲しかったんだと思います」
 
「……でもあいつ、生体フォミクリーは禁忌にしたって言ってたぜ?」
 
「……ピオニー陛下のおかげですよ。兄と陛下は、親友ですから」
 
 それを言う時だけ、ネフリーは少し嬉しそうな顔をした。……でもネビリムって、どっかで聞いた名前のような。
 
「……でも、本当はまだ、兄はネビリム先生を生き返らせたいと思っている気がするんです」
 
「………何でそれを、俺に言うんだよ」
 
 根本的な疑問を、俺はようやくぶつける事が出来た。そんなの言われたら、何か色々気ぃ遣うじゃんか。
 
「………わかりません。兄の罪が生んだレプリカでありながら、兄の仲間として旅をしているあなたに、抑止力になってもらいたかったのかも知れない」
 
「……ま、仲間っつーか、成り行きで一緒にいるだけなんだけどな」
 
 ……ジェイドがまだ、そのネビリム先生を生き返らせたいと思ってるかなんて、俺にはわからない。そもそも、あいつは日頃から何考えてんのかわかんねーし。
 
「俺はあのおっさんの保護者じゃない、抑止力とか言われても知るかよ。結局、あいつの問題じゃんか」
 
 何か、助けてもらったのにこんな事しか言えないのがちょっと気まずくなって、俺はベッドから抜け出した。
 
「………でも、フォミクリーの事で後悔とかしてないんだったら……あいつは今、俺たちと一緒にいないと思う。……うまく言えねーけど」
 
 話も聞いたし、もういいよな? そう一言と断ってから、俺は部屋を出ようとして……
 
「……ありがとうございます。兄を、よろしくお願いします」
 
 何でか、礼を言われた。……よろしくされても知るかって言ってんのに。
 
 
 
 
「……何だか、あんたを捜し回ってる小僧がいたそうじゃないか」
 
 夜もなお白いロニール雪山を窓越しに眺めながら、妙齢の女が呟く。
 
「まあ、何となく想像はつきますが、ちょっと面倒くさい事になりそうですし、放っておきましょう。いやぁ、ちょっとからかい過ぎたかも知れませんねぇ」
 
「あたしの前でその胡散臭い笑顔はやめな。この寒い中、床で寝たくはないだろう?」
 
 おどけた調子で返した男に、女は露骨に顔をしかめて男の胸に爪を立てた。男は気にせず、少しはだけていた毛布を引き上げ女の肌を隠す。
 
「酷いですねぇ。こっちは最近あちこち飛び回って疲れているというのに……」
 
「あたしは強いやつが好きなんだよ。その顔で年齢を言い訳にするんじゃない、仮にも軍人なんだからね」
 
 突き放すようにそう言って、女は毛布をふんだくるように体ごと男に背を向けた。
 
「……ジェイド、あんた少し雰囲気が変わったよ。まあ、変わるなって方が無理かも知れないが」
 
「……そうかも知れませんね。まあ、些細な変化でしょうが」
 
 意図の読めない女の言葉に、男もまた曖昧に応えた。少し強すぎるくらいの力で女の(意外に)細い肩を掴んで、ぐいっと振り向かせる。
 
「………床で寝るかい?」
 
「強い男が好きなそうなので」
 
「……あたしは強い“やつ”って言ったんだよ」
 
 女の言葉に返事する代わりとでも言うように、男は宣言通りの強引な挙措で、その唇を奪った。
 
 
 
 
(あとがき)
 今日は帰ってから二回目の更新、出来るかもです。
 
 



[17414] 17・『降り注ぐ雪の中で』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/19 09:39
 
 純白の銀世界を、音素灯の明かりが鮮やかに染める。月夜になっても、空に負けない美しさを大地に広げる美しいケテルブルク。
 
 ネフリーの屋敷から逃げるように飛び出したルークは、街の片隅にあったベンチに座り、ようやく落ち着いた気持ちでこの景色を眺めていた。
 
 どこかのジェイドの爆弾発言のせいで、しばらくずっと無益な葛藤を続けていたせいで、まるで今はじめてこの街を訪れたような心境であった。
 
「(でも、結局何がどうなったわけでもないんだよな……)」
 
 ジェイドの言葉が冗談なのだとしても、ティアの方はどうなのかわからない。恥ずかしくて情けない暴走を経たルークは、ここに到ってようやく、『ティアの気持ち』という最も重要な事に思い到っていた。
 
「………………」
 
 ティアが、ジェイドを、ガイを、あるいは全く知らない誰かに、特別な感情を持つかも知れない、持っているかも知れない。その想像が、ルークに重たい不安を強いていた。
 
 決して本人は認めようとはしないだろうが、ルークは他人に拒絶される事を、極端に恐れている。相手が特別であればあるほど、その気持ちは比例して大きくもなる。
 
『姿が同じなだけの………化け物でした』
 
「…………………」
 
 ネフリーの言葉が、ルークの頭からこびりついて離れない。実際にそのネビリムのレプリカを見た事がないルークにとって、その“化け物”と自分の何が違うのかなどわからない。
 
 ルークにとって、ネビリムと自分の違いは、『オリジナルが生きているか』、その一点にしかなかった。
 
 ………そう、ネフリーの反応が普通。“嫌われて当たり前”。
 
「………………」
 
 奥から奥から溢れだしてくるそんな負の感情を振り払うように、ルークはブンブンと頭を振った。
 
 前向き、というよりは、『考えたところで自分がレプリカだという事実は変わらない』という現実からの逃避行動に近い。
 
「………ルーク?」
 
 そんな時、背中から掛けられた声は、彼が今、一番聞きたいものであると同時に………
 
「…………ティア」
 
 一番、聞きたくないものでもあった。
 
 
 
 
「……何か用かよ」
 
「ミュウに、いきなり飛び出したって聞いたから……。大佐と一緒じゃないの?」
 
 何気ないティアの一言、それだけで胸がズキリと痛む。
 
「……ジェイドに用かよ。あいつなら俺も知らねーぞ、残念だったな」
 
「……誰もそんな事言ってないでしょ」
 
 そんなルークの口から飛び出すのは、必要以上に険悪な言葉。それが実に幼稚なやきもちだという自覚はない。
 
「こんな遅くにそんな格好で、どこに行ってたのかって訊いてるの。皆が心配するでしょう?」
 
「俺がどこで何をしようが俺の勝手だろ」
 
 全身をがっちり外套で覆ったティアが、腹まで出しているルークに小言を言い、ルークは感情的に反発する。まるで半年前に戻ってしまったかのような光景だったが……それはルークに限った話である。
 
「………あなたがそうやって無駄に強がるのって、拗ねてる時よね。何かあった?」
 
「すっ、拗ねてねぇー!」
 
 他者の心情を察する事を不得手とするティアだが、もう半年以上情緒不安定な……しかもここ最近で立て続けに過酷な現実と直面しているルークの護衛(お守り)を続けているのだ。少しずつ成長しているのは、ルークだけではない。
 
 まあ、『拗ねてるのね』とばか正直に訊ねるあたり、まだまだ不器用と言えるが。
 
「言いたくないなら、別にいいわ。でも、話しもしないで周りに当たり散らすのはやめなさい」
 
「……………」
 
 いつもと変わらない、ティアの説教。それにむっとしつつも、どこか嬉しい自分を、ルークは心の片隅で自覚していた。
 
「………あのさ」
 
 だから、だろうか……
 
「……レプリカって、何なんだろーな」
 
 いつになく素直に、悩みを打ち明けられたのは。
 
「………え?」
 
「……俺はアッシュの代わりに造られた。ファブレ家の本当の息子でも……“ルーク”でもない。いくら綺麗事並べたって、それは変わらないだろ」
 
 ベンチから立ち上がって、向かい合う。ずっと悩んできた、認めざるを得ない真実を口にするルークの言葉に、ティアは黙って耳を傾ける。
 
「……なら、ここにいる俺って何なんだろうって……ちょっと考えてた」
 
 『レプリカって化け物なのかな』、そう言おうとしたルークは、言葉を選んで、変えた。それは慰めが欲しいだけの言葉だと、途中で気付いたから。
 
「私は……最初から“本物のルーク”なんて知らないわ。私が会ったのは、記憶喪失を言い訳にして、勉強から逃げ回って、趣味の剣術ばかりやってて、私の兄さんにべったりの、わがままな男の子だけ」
 
 ティアが何を言いたいのかわからず、しかし欠点をつらつらと並べられたルークの心に、見えないナイフが突き刺さり、軽くうなだれた。
 
「でも、それは私の主観に過ぎない。実際には七年前に攫われた“ルーク”は、“アッシュ”となって、見えない所でその人生を生きてきた」
 
「………うん」
 
 別に欠点を並べた事に悪意はなかったらしく、ティアは真剣な表情のまま続けた。
 
 ティアは“あなたがルークよ”なんて、絶対に言わない。それが、何故だかルークには心地よかった。
 
「あなたという身代わりによって、居場所も絆も失って、別人として神託の盾(オラクル)に入り、今では兄さんの理想に力を貸す六神将の一人。……それでも、彼が“ルーク”である事は変わらない」
 
「……………うん」
 
 言い聞かせる時に、間近でじっとルークの眼を見るティアのくせ。今ばかりは、ルークも眼を逸らさない。ただ、吸い込まれそうな蒼と言葉を受けとめていた。
 
「そして、それはあなたにも言える事よ」
 
「……え?」
 
 ティアが、自分がレプリカだという現実を受け入れさせようとしているのだと思っていたルークは、その言葉に意表を突かれ、間の抜けた声を出す。
 
「あなたがアッシュの身代わりに造られた存在だとしても、あなたがずっと『記憶を失ったルーク』だと思われていたのだとしても、この七年間の記憶や想いは、あなたのものよ」
 
 真剣に、厳しく、ルークを見ていた瞳は、穏やかに、優しく、その色を変えた。
 
 微かな頬笑みを浮かべて、ティアはルークの手を取った。ルークに見せるように、繋いだ手をルークの顔の前にかざす。
 
「ルーク。あなたは、あなただけの人生を歩いている。それを……否定しないで」
 
 月と譜石の光を受けて、淡く輝く雪が降り注ぐ中、手と瞳を合わせた二人を、優しい風が包んだ。
 
「(………ああ)」
 
 ルークの中で、言葉に出来ない何かが変わった。それは一つだったかも知れないし、あるいは全てだったかも知れない。
 
「(………そっか。やっぱり、俺……)」
 
 今のティアの表情は、先ほど一瞬浮かべた頬笑みではない。真剣で厳格な軍人の顔でもない。ただ、優しい。
 
「(……ティアの事が、好きなんだ……)」
 
 見開かれた瞳から、一筋涙が伝った。
 
 
 
 
「………ケーキ?」
 
「そうよ」
 
 ホテルに戻れば、いつまで経っても戻って来ないジェイドに代わり、ガイがイオンの部屋で寝ているという書き置きがあった。
 
 ルークの部屋に誰もいないという状況に、ティアは何となく安心する。
 
「お前が作ったのか? アニスじゃなくて? 何か似合わねーなぁ」
 
「……アニスが作った物じゃなくて悪かったわね。彼女、お菓子は専門外だそうよ。嫌なら食べなくてもいいわ」
 
「誰も食わねーとか言ってねーし!? つーか、何でいきなりケーキ?」
 
 目の前に差し出された、明らかに手作りのケーキを前に、ルークは頭に?を浮かべる。
 
 この旅の一行の料理の腕前は、上手い方からアニス、ティア、ガイ、ジェイド、ルーク、イオンの順だ(ノエルには操縦意外の雑務はさせない)。
 
「………お前、これ渡すために俺探してたのか?」
 
「このペンダントを“拾ってくれた”お礼よ。元々、私の過失が原因で手放す事になった物だから、失っても仕方ないと思っていたの」
 
 薄らと瞳を輝かせて訊ねるルークに、ティアはあくまで淡白にそう返す。義理堅さからくるプレゼントだという事に若干肩を落としつつ、やっぱり貰える事自体は嬉しいのか、ルークはフォークを構えた。
 
「それ、一体どういう物なんだ?」
 
「さあ? 案外、道端で拾った物かも知れないわよ?」
 
 全く今さらな質問をするルークに、ティアは可笑しそうにとぼけて見せた。そのペンダントが“母の形見”だという事など、話すつもりはない。
 
 理由は、特にない。何となく意地悪をしてみたい気分だったのだろう。
 
 憮然とした顔で睨んでくるルークからわざとらしくそっぽを向いて受け流すティア。
 
 ルークの方も、すでに取り戻した物についてそこまで言及するつもりはないのか、ケーキをパクついて現金に喜び始める。
 
「………食べる前に“いただきます”!」
 
 怒られた。
 
 
 
 
 次の日の朝、高級ホテルにチェックインしたくせに、ジェイドは堂々の朝帰りを果たした(結果的に、一部屋分の料金が無駄になった)。
 
 しかも、一人ではなかった。
 
『………………』
 
 メンバーの大半が呆気に取られる中で、その女性は当たり前のような顔をしてジェイドと共に部屋に入ってきた。
 
 女性にしてはやや乱れた髪、通常の物よりやや装飾な多い神託の盾の軍服、腰に帯びた剣、そして左眼を隠す眼帯。その全てが漆黒で彩られた、烏を思わせる女性。いや、その身から滲む威圧感を鑑みるに、女傑と称する方が自然だった。
 
「お久しぶりです。カンタビレ」
 
 誰? と言う言葉が飛び出す前に、イオンが穏やかな笑顔で挨拶する。
 
「神託の盾ってお前、敵じゃねーか!」
 
「カンタビレは強固な導師派、わたし達の味方だって」
 
 若干遅れた、ルークのもっともなツッコミに、アニスが「どうどう」と言う具合に宥める。
 
 どうやらイオンとアニス、そしてジェイドが、このカンタビレという女傑の知り合いらしかった。
 
「導師派だ大詠師派だなんてもんに、あたしは興味ないよ。ヴァンや狸オヤジと仲が悪かったから、勝手にそんな風に言われてたけどね」
 
 そのカンタビレが、アニスのフォローも台無しの身も蓋もない発言で返した。
 
「やっぱり敵じゃねーか!」
 
 ルークのその言葉をまるで意に介さず、カンタビレはイオンに向き直る。
 
「話はそこの死霊使いから聞いたよ。導師のレプリカ、ね……。どうりでおかしいと思ったよ。こそこそヴァンとつるんでたと思ったら、突然改革派の頭、だからね。別人だった……なるほど、言われて見れば、心変わりしたなんて与太話よりその方がずっとしっくりくる」
 
 歯に衣着せない、どころの騒ぎではない。あまりに無遠慮な視線と言葉が、イオンに向けられた。
 
「おいテメェ! 喧嘩売ってんのか」
 
「うるさい小僧だね。誰もあんたに話しちゃいないだろうに」
 
「知るか! さっきからいきなり出てきて言いたい放題抜かしやがって、イオンの味方じゃなかったのかよ!」
 
「あたしは実力で今の地位にまではい上がったんだ。嫌う理由もないが、影武者に据えられただけのやつを敬う理由もないね」
 
「ッんだとババァ!」
 
 必然のように怒鳴り合いになるルークとカンタビレ。しかしルークは、ふと気付いた。
 
 冷徹、厳格、涼しげで理性的な雰囲気、そして隠れた片目。……所々ルークのイメージと違うが……
 
「嘘はついていませんよ?」
 
 ルークに睨まれて、ジェイドはにこやかにそう応えた。紛らわしい言い方をしたのは、100%わざとだろう。
 
「まあ、改めて。あたしは神託の盾騎士団第六師団師団長、カンタビレだ」
 
 何とも険悪なファーストコンタクトであった。



[17414] 18・『消えないもの』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/19 13:29
 
「カンタビレは預言(スコア)に拘らないその思想から、モースに疎まれ、いつもローレライ教団の総本山から遠ざけられているんです。こんなにダアトから離れた教会にいるのも、モースの左遷によるものです」
 
 睨み合い。否、ルークと、ルークからの一方的な眼光を平然と眺めているカンタビレの二人を宥めるように、イオンがカンタビレを紹介する。
 
「けっ、実力で今の地位に~とか偉そうに言ってたくせにそれかよ。だっせー」
 
「あたしはくだらない派閥構想に嫌気が差しただけさ。あれ以上あそこに留まる理由も見いだせなかったしね」
 
 二人とも、良くも悪くも思った事をそのまま口に出すタイプである。噛み合わせが悪ければ、あっという間に口喧嘩に発展する。
 
「……マルクトがイオン様に和平の使者を頼もうとした時、軟禁されてたイオン様との間を手引きしてくれたのもカンタビレなんだよ。口が悪いのはわかるけど、ルークもいちいちつっかからないでよね」
 
 何とも不毛なやり取りに、アニスが呆れて肩を竦ませる。アニスに言わせればどっちもどっちだった。
 
「いい加減、ヴァンやモースの妨害が欝陶しくなってきましたから。彼女に内側から彼らの動きを牽制してもらおうかと」
 
 これ以上拗れないうちに、ジェイドもルークに説明を付け足す。一同はようやく、ジェイドやイオンが言っていた『アテ』が彼女なのだと得心した。……が、例外が二人。
 
「こんなやつにヴァン師匠が止められるかよ!」
 
「確かに……正直言うと、大詠師や首席総長を出し抜くような影響力が、今のあたしにあるとは思えない」
 
 カンタビレに反発を抱くルークと、カンタビレ当人。確かに、カンタビレの統率する第六師団は八千……神託の盾(オラクル)最多の兵数を持つ師団だ。だがこのケテルブルクの教会に左遷されている状態が示すように、今のカンタビレに肩書き通りの権限も統率力もなかった。それでも……
 
「とはいえ、このままただ滅亡を待つつもりはないのでしょう?」
 
 ジェイドは、彼女の力を借りに来た。何でも見透かしたようなジェイドの態度が癇に障ったのか、カンタビレはジェイドをうんざりした顔で睨む。しばらくしてから、「わかったよ……」と諦めたように了承した。
 
「面倒な腹の探り合いだの、セコい情報戦だのは苦手なんだけどね……」
 
 心底嫌そうにぼやくカンタビレに、また不服を並べようとしたルークの襟足をティアが引っ張って止めた。さっきから感情的過ぎる言動ばかり取るルークにいたくご立腹なようだ。
 
 そんなルークを、今度はカンタビレの方から胡散臭げに睥睨する。
 
「……あんた、ルークっていったかい?」
 
「……おう」
 
 出会ってから終始喚きっ放しのルークだが、カンタビレはここまでルークをほとんど相手にしていない。微妙に今までにないタイプだからか、ルークとしては少しやりづらい。
 
「へぇ……」
 
 ルーク、そしてティアを、カンタビレはじろじろと見て、また率直に感想を述べる。
 
「ヴァンの弟子と妹。ローレライの剣士とユリアの子孫、ねぇ……。あんた達がいなきゃ外郭が降ろせないのはわかるけど……何だかねぇ」
 
「………何が、言いたいんでしょうか」
 
 その疑惑の視線の中に私怨にも似た色を見て取って、無用な言い争いを避けようとしていたティアも、返す言葉に僅かな刺を混ぜた。
 
「本当にヴァンと戦う覚悟があるのか、と思ってね。“師匠”だの“止める”だの、生温い事言ってただろ」
 
 覚悟、その言葉が、二人の心に重く響いた。
 
 
 
 
「この近くの山にも、パッセージリングはあるんだろ? 行かなくて良かったのかな」
 
「ロニール雪山には凶暴な魔物が生息していますし、地核変動による地震で雪崩も起きやすい。パッセージリングの場所がわからない状況で闇雲に歩き回るのは危険だから、次に我々が来るまでに捜し当てておく、と言っていましたよ。以前六神将が訪れた際、多数の兵が死亡し、将のラルゴも深手を負ったそうですから」
 
 ケテルブルクの街の入り口で待機している暇な時間に、俺の素朴な疑問に、ジェイドがあっさり応えた。……おいおい、それって。
 
「彼女一人でロニール雪山を歩き回るって事か? そっちの方がよっぽど危険なんじゃないか?」
 
「『足手まといは必要ない』だそうです。身の程知らずな心配は大嫌いな方ですし、任せてしまっていいでしょう。私も命は惜しいですし」
 
 ……ジェイドにここまで言わせるなんて、さすが神託の盾の師団長ってところか。
 
「(…………覚悟、か)」
 
 あのカンタビレは、ヴァンの弟子のルークや、ヴァンの妹のティアに疑惑を持ってたみたいだけど、むしろ一番怪しいのは………俺だ。
 
「(俺……自分で思ってたより卑怯なやつだったんだな)」
 
 自分の目的が空振りだった事がわかって、ヴァンのやり方を許す気がないってのも本心なのに、本当の事は言わずに親友ヅラしてルークと一緒に旅してる。
 
「……ところでルーク、ガイの剣術はアルバート流のようですが、彼もヴァンに剣を教わっていたのですか?」
 
 ………こうやって嫌なタイミングで“ルークに”こんな質問するあたり、ジェイドも薄々感付いてるんだろうな。
 
「はぁ? あんたスゲー軍人とか言われてるくせに、そんな事もわかんねーの?」
 
 ジェイドの質問に、ルークは得意そうに腕を組んでふんぞり返って威張る。……普段は説明される側だから、嬉しいんだな。
 
「俺やヴァン師匠のアルバート流と、ガイのセコい剣術を一緒にすんなっつーの!」
 
 アルバート流は攻撃力に長けた勇敢な剣術だとか、ガイのはチョロチョロ動き回るセコい剣術だとか、重心とか足運びとか全然違うだろ? とか、ルークはジェイドにペラペラと楽しそうに話してる。
 
「(……ルーク、確かにそれは間違っちゃないんだが、そんなのわかるのお前くらいだぞ?)」
 
 正確には、俺の剣術は『アルバート流シグムント派』。ルークの言う通り、アルバート流はパワー重視でシグムント理由はスピード重視の剣なんだが、盾を持たないスタイルは同じだし、シグムント派はアルバート流から派生した剣術だ。俺やルークみたいな同種の剣術の使い手でなきゃ見分けなんてつくわけがない。いくらジェイドだって無理だろ。
 
「……はぁ、私には同じ流派にしか見えませんが」
 
「いっつも後衛でぶつぶつ譜術ばっか唱えてるからジェイドは眼鏡になんだよ」
 
「……ルーク、ジェイドは別に視力が低くて眼鏡を掛けているわけではありませんよ?」
 
 まあ、上手い具合に話が逸れたし、いいか。
 
「じゃあ、何で?」
 
「私の眼が紅いのは、眼に特殊な譜陣を刻んでいるからなんですよ。通常の三倍の音素(フォニム)を取り込んでくれるのですが、その反面制御が難しくてね。この眼鏡はそれを助けるための譜業です」
 
「なんだ、じゃあ別にジェイドの譜術がスゲーのって実力じゃなかったんだな」
 
「まあ、この譜眼を発案して完成させたのも私ですけどね」
 
 ルークとジェイドとイオン様がそんな話をしてる反対側では、ティアとノエルがミュウを挟んで楽しそうに話してる。あの二人、何か仲良くなったみたいだな。
 
 ……それにしても、
 
「アニス、なかなか戻ってこないな」
 
 いざ街から出ようって時に、『はぅあ! わたし忘れ物しちゃった! ちょっと待っててくださいね☆』とか言ってアニスは引き返して行って、まだ戻ってこない。………いや、来たな。
 
「遅れてごめーん! 待たせちゃいました?」
 
「いえいえ、私も今来たところですから」
 
「さっすが大佐、基本がわかってますね☆」
 
「……基本?」
 
 そういえばアニスって、あの歳で軍人なんてしてるって事は、何かわけありだったりするのかな?
 
 
 
 
「………この音譜盤(フォンディスク)に記されていた事ですがね」
 
 魔界(クリフォト)の障気だの泥の海だのを解決するためには、地核の振動を何とかしなきゃいけねーらしい。
 
 そのために、ダアトで持ち出した禁書にある創世歴時代の音機関を復元する。……で、そのための専門家を探す事になったから、とりあえずはこのアルビオールを作ったっているノエルのじいさん達がいるシェリダンに向かう事にした。
 
 今はそこに向かう途中の、アルビオールの中。操縦してるノエル以外がそれぞれ仮眠室で寝てる中、俺は何でかジェイドの部屋に呼び出されていた。
 
「『ルーク・フォン・ファブレ』と、そのレプリカの音素振動数。そして、ローレライの音素振動数が記録されていました」
 
「……俺と、アッシュの?」
 
 つーか、何で俺だけこんなこそこそ呼び出されてんだよ。……まさか、俺の体の事なのか?
 
「以前から不思議だったんですよ。何故あなたが、超振動を使えるのか」
 
「それは、俺がアッシュのレプリカだからだろ?」
 
「私の知る限り、レプリカとはいえ音素振動数は変わってしまいます。ですが、これによると……」
 
 ジェイドは一枚、紙をヒラヒラと俺に見せ付けてくる。………読めねぇ。
 
「アッシュとルーク、そしてローレライは、同じπ(無限)の音素振動数を有する『完全同位体』です。あなた達二人が超振動を使えるのは、おそらくそのためでしょう」
 
 ……そういえば、ディストが俺の事『完璧な存在』とか言ってたっけ。けど、それが何なんだ?
 
「私が禁忌として手放すまでのフォミクリーでは、あなたのような完全同位体の生体レプリカも、イオン様のように生まれると同時に一定の知識を持つレプリカも造る事は出来なかった。癪な話ですが、確かにレプリカ技術は私の手を離れています。明らかに進歩している」
 
 ………思い出した。ネビリムって名前、前にディストが言ってたんだ。幼なじみみたいだし、だったら……ヴァン師匠にレプリカ技術を渡したのは、ディストなのか。………そして、そのレプリカ技術は、ジェイドが知ってるより明らかに進歩してる。
 
「……まだ、ネビリムって先生を生き返らせないと思ってんのか」
 
「…………やはり、ネフリーに話を聞いていましたか。こうも簡単に引っ掛かってくれるとは」
 
 …………え? あっ!
 
「て、てめぇカマ掛けやがったな!」
 
「あなたには知る権利があるので咎めはしませんが、イオン様以外には絶対に話さないようお願いします。私も無益な血を流したくはありませんから」
 
 俺だけ呼んだのはそれでか! つーか、怖ぇ。でも……
 
「……あなたなら、わかるのではないですか? レプリカだろうと、同位体だろうと、決して本人にはなり得ない」
 
 今のジェイドは、いつもと何か違う。何考えてんのかわかんねーっていうより、透明……みたいな。
 
「私はネビリム先生に許しを乞いたいんですよ。……自分が楽になるためにね」
 
 多分これが、ジェイドの『本心』なんだと思う。
 
「そしてそれは叶わない。私は一生、罪に苛まれて生きるんです」
 
「……ネビリム先生を、殺しちまった罪か?」
 
「……命の意味をまるで理解していなかった自分自身、ですかね」
 
 俺は、『ルーク・フォン・ファブレ』のレプリカ以外の何かにはなれない。ジェイドは、先生を殺した罪を消せない。
 
 『真実』と『罪』。背負うものは違っても、どうしようもないものを一生抱えて生きていかなきゃならないのは、俺もジェイドも同じ。
 
「……言っとくけど、慰めねーからな」
 
「その方が助かります」
 
 ちょっとだけ、こいつに近付けたような気がした。
 
 
 
 
(あとがき)
 何だかケテルブルクで妙に話数掛けてしまいました。
 
 



[17414] 19・『シェリダン』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/19 21:34
 
「………何でクリームシチューなんだよ」
 
「文句があるなら食べなくていいわ」
 
「食べるっつーの! 何でお前はそう極端なんだよ!」
 
「好き嫌いするルークが悪いんでしょ?」
 
 アルビオールの中にも、さすがにキッチンまではない。僕たちの使命を考えると不謹慎な気もするけど、こうして皆でワイワイと食べるご飯というのは楽しい。僕にとって、世界を救うという使命と同じくらい、この旅そのものも目的の一つになっている気さえする。
 
「おらブタザル。分けてやるから口開けろ」
 
「ミュウをダシにして嫌いな物を避けないの!」
 
「ははは、ルーク、好き嫌いばかりしてるといつまで経っても背が伸びないぞ?」
 
「ッッ……このヤロー! ちょっと自分がデカいからって……。俺だってもう少ししたら伸びるんだ!」
 
「そーかそーか。じゃあ人参も頑張って食べような~」
 
 ルークとティアとガイは、元々同じ屋敷にいたというだけあって、互いをよく知ってる。
 
「い、いや……俺はブタザルにも人参を食わせてやろうと思って……」
 
「はい、ミュウ。私の人参をあげるわ」
 
「あ~~ん、みゅ♪」
 
「あっ! ブタザルてめっ、ご主人様以外から餌なんかもらうな!」
 
「ご主人様ぶるなら、普段ならもっとミュウに優しくしてあげなさい。とにかく、ミュウはもう人参は十分食べたから、ルークの人参をあげる必要はないわよね」
 
「うっ、う~~……」
 
 ルークが自分のクリームシチューの中の人参をミュウに食べさせようとして、ティアに先を越された。自分の人参をミュウにあげてまでルークの好き嫌いを直そうとするティアは、やっぱり面倒見がいいのだと思う。
 
「あ、あの……ルークさん。良ければ私、人参もらいますよ?」
 
「マジか、ノエル!? なら鶏肉と替えてくれ!」
 
「ダメですよノエル。ここで甘やかしてはルークのためになりません」
 
「……ジェイドが言うと胡散臭いなぁ。あとルーク、何気に鶏肉を所望するな」
 
 ノエルがルークを不憫に思ったのか人参を引き取ろうとして、ジェイドとガイに止められた。
 
「くっそー、どいつもこいつも敵だ! イオン!」
 
 逃げ道を探してか、次の標的に選ばれたのは僕、だけど………
 
「ルーク。僕やあなたは、当番の時はに皆にあまり美味しい食事を作ってあげられません。でもせめて、作ってもらった物を残さず食べるくらいはすべきではないでしょうか」
 
「ぐっ、それは……。つーかお前と一緒にすんな! 俺はあそこまで酷くねー!」
 
 ………確かに、僕の料理の腕は最悪だという自覚はあるけど、それと好き嫌いは話が別だ。
 
「ルークって、ほんっと子供だよねぇ~。普通そこまで嫌がんないでしょ」
 
「お前に言われたくねー! 俺のが四つも歳上なんだぞ!」
 
「行動が子供だって言ってんの。大体ルークって実年齢は七歳でしょ? ティアのショタコン!」
 
「な、何でそこで矛先が私に向くの!?」
 
「「……しょたこん?」」
 
 聞き慣れない単語に、僕とルークは揃って首を傾げる。ティアも言葉の意味自体はわかっていないのか、矛先が向いた事に対する以上の抗弁は続かなかった。
 
「平和ですねぇ。……局所的に」
 
 ジェイドの皮肉が、どこまで本気かわからなかった。
 
 
 
 
 職人の街・シェリダン。造船関係を一手に引き受け、世界中から腕の良い技術者や職人の集まる街であり、アクゼリュスで俺たちと別れたガイが、飛晃艇アルビオールを求めて真っ先に向かった街でもある。
 
 ガイのやつが長期休暇取って帰って来たら、大体いつもここかベルケンドの話ばっかしやがるから覚えちまった。音機関関連の話を延々と。しかも……
 
「なぁ、俺たちも長旅で疲れてるしさ。ちょっとぐらいのんびりしてもいいよな?」
 
 こいつ、今日も観光する気満々だし。……まあ、俺にとっても珍しいのは確かなんだけど、俺はガイほど音機関好きでもねーし。
 
「ここは私の故郷でもありますから、よかったら案内出来ますよ」
 
「時間あったら頼むわ。ガイに任せると無駄話で逆に疲れそうだし」
 
 いいタイミングで名乗り出てくれたノエルの提案に乗りつつ、俺たちは真っ先にこの街の集会所とやらに向かう。
 
 目的は、アルビオールを造ったノエルの爺さん達に、地核振動を止めるための音機関を造ってもらう事。
 
「っ……タマラさん! キャシーさん!」
 
 街に入ってから大して進んでない所で、ノエルが突然小走りする。その先には、何かの建物の前に立ってるばーさんが二人。
 
「おや、ノエルかい。また綺麗になったねぇ」
 
「後ろの子たちが、例の?」
 
 キャシーって呼ばれたおかっぱ頭のばーさんは普通にノエルに挨拶をしただけだったけど、タマラって呼ばれたばーさんの方は俺たちを興味深そうに見てきた。……何だよ?
 
「皆さん、紹介します。こちらが……」
「いや、その前にまず中に入ってもらおうじゃないか。私らだけで自己紹介しても締まらないだろ?」
 
 ばーさんがそう言って、後ろの扉を開けた先は……すでに惨状だった。
 
「なーにが外郭大地じゃ! 世界を救うじゃ! そんな適当な事言って、本当はワシらにアルビオールを見せたくないだけじゃろ!?」
 
「勝手に嘘と決めつけるなこの石頭が! 現にアクゼリュスもルグニカも崩落しとるじゃろーが! まあ、何も無くたってお前らにアルビオールを見せてなんかやらんがな」
 
「何を!? そんな風に心が狭いからあの時単位を落としたんだ!」
 
「心の狭さなど関係あるか! 必要なのは技師の魂だけじゃ!」
 
 ジジィ二人が、近くにある物を投げたり取っ組み合いしたりで、大喧嘩していた。……耳がいてぇ。
 
「……右が祖父です」
 
「えぇ!?」
 
 ノエルが言う右のジジィを見てみる。金髪モヒカンで激眉、おまけに日に焼けてる。……ファンキーなジジィだな。
 
「音機関好きの間じゃ有名なんだよ。シェリダンめ組とベルケンドい組の対立はな」
 
 ガイが自慢気に話す。長々と何か言ってんのを話半分に聞き流してたけど、要するにシェリダンめ組ってジジィ共とベルケンドい組ってジジィ共はライバルらしい。
 
「で、何でめ組はともかく、い組ってのまでいるんだよ。ここシェリダンだぞ」
 
「完成したアルビオールを見に来たそうですよ。でも、今まで私たちが使っていましたから……」
 
 ガイが無駄に長い話してる間にばーさんから事情を聞いたらしいノエルが、応えた。……今まで、ここまで気の利くやつって俺たちのメンバーにいなかったよな。
 
「ア、アッシュ!?」
 
 そろそろジジィ共の喧嘩を止めようかって時に、ノエルのじいさんじゃない方のじいさん、の脇にいた眼鏡じいさん(ややこしい)が、俺を見ていきなり大声を上げて目を見開く。
 
「………アッシュ?」
 
 ベルケンドもシェリダンも、キムラスカの領土だ。なのに何で、俺を見てアッシュなんて間違える?
 
「……失礼」
 
 その挙動不審な動きの理由を俺が考えてる間に、ジェイドがサッと近づいて、そのじいさんの手首を捻り上げて、捕まえる。
 
「どういう事なのか、お話しして頂けますか?」
 
 その冷たい笑顔に、そのじいさんの仲間たちでさえ、少しも動けなくなっちまってた。
 
 
 
 
「ジェイド・バルフォア博士! あんたにワシを責める資格などないはずじゃ!」
 
 スピノザ、というベルケンドの技術者である老人から、色々な話が聞き出せた。
 
 このスピノザはキムラスカの人間でありながら、アッシュの誘拐に一役買い、ルークというレプリカを生み出した。カーティス大佐が禁忌とした生体フォミクリーに手を出し、研究を続けていた。
 
 ……そして、その研究者としての探求心を理由に、言い訳にすらならない抗弁を喚き散らしている。
 
「傷の舐め合いは趣味ではありませんねぇ。罪を冒したからといって、あなたを庇う理由などない」
 
 フォミクリーを生み出し、禁忌とした大佐の罪。禁忌と知りつつフォミクリーに手を出したスピノザ。
 
「んな事どーだっていいんだよ!」
 
 そんな二人の問答に、その罪の証であるレプリカのルークが割って入った。
 
「こいつがレプリカの研究してたって事は、その研究所だか音機関だかをぶっ壊せば、ヴァン師匠の計画だって止められるかも知れねーじゃんか!」
 
「……ヴァン様は二年前にベルケンドを放棄し、ワシらもお払い箱になった。今のワシらは、ディストの監視下で独自に研究を続けとるだけじゃ」
 
 そんなルークの希望を、スピノザの言葉が虚しく砕く。
 
「お前は……やはり……」
 
「レプリカルークだよ。文句あっか!」
 
 躊躇いがちなスピノザに、ルークが“いつもの調子で”返した。
 
「(………ルーク?)」
 
 以前のルークなら、自分がレプリカである事を軽々しく口にする事はなかった。
 
 その事自体が、ルークにとっては外す事の出来ない枷であるはずなのに……今のルークは、それを平然とその事を口にした。
 
「(………変わってきてる)」
 
 まだまだわがままだし、子供だし、考えなしだし、弱虫だけど、ルークは少しずつ変わってる。
 
「二年前……僕が生まれたのと同じ……。何か関係があるんでしょうか?」
 
「推測するにしても、情報が足りません。彼は便利使いされていただけのようですから」
 
 イオン様が考え込むように呟いた言葉に、大佐が短く応えた。……確かに、今の状況で兄さんの企図を正確に把握するのは難しい。
 
「ワシは、ワシは悪くない……。ワシはヴァン様の命令に従っただけじゃ……」
 
 自分を庇うように頭を抱えて自己弁護を並べるスピノザに、私も激しい憤りを覚える。
 
「っいい加減にしなよ。あんた、いい歳して恥ずかしくないわけ? 都合の悪い事ばっか目を背けて言い訳して、ルークだってそこまで酷くないよ!」
 
「……おいコラ」
 
 私より、大佐より、ルークより、誰より早く激しく、アニスがスピノザを罵倒した。ここまで露骨な怒りを表す彼女を、私は初めて見る。今のスピノザの姿が、彼女にとって許せない何かに触れたのかも知れない。
 
「……仲間の罪は、仲間であるワシらも背負う」
 
「安易な逃避に逃げさせやしない。……だから、私らに預けてくれないかい? 償える事なら、何でもするから」
 
 ヘンケンさん、キャシーさん、い組の仲間である二人が、スピノザを守るように、ルークの前に立った。二人の背中の後ろから、啜り泣く声が聞こえる。
 
 スピノザが持ち込んだフォミクリーの研究、彼女たちも無関係だったとは思えない。きっと、何らかの形で関わっていたのだと思う。
 
 罪を冒した仲間を庇って立つ。目の前でそんな姿を見せられて、ルークはどうすればいいのかわからなくなったように私に助けを求めるような目を向けた。
 
 ……でも、この罪は私が裁く罪じゃない。
 
「ならば、力を貸してください、この世界を救うために」
 
 未熟なルークがおろおろとしている間に、もう一人のレプリカであるイオン様の、穏やかな言葉が響いた。
 
「………ホント、イオン様ってばお人好しだよね………」
 
 小さく零れたアニスの言葉が、私には何故か、とても苦しそうに聞こえた。
 
 
 
 
(あとがき)
 最近自分でもびっくりする更新ペース。勢いって大切ですよね。
 
 



[17414] 20・『聖なるもの』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/20 17:02
 
「(私は不完全な失敗作……でも、今は足りないものを補い、完璧な存在になったはず、なのに……)」
 
 息も絶え絶えに走り逃げる、白髪紅眼の女……否、女の姿をした化け物。その行く手に無数の音弾が降り注ぎ、阻んだ。
 
「何故、私は完璧な存在になったはずなのに……私が必要だから、私を解放したのではないの!?」
 
 銃撃に僅か遅れて、金の髪を揺らす魔弾の使い手が回り込んだ。化け物の体からは、止まる事なく血が流れている。
 
「ディストのやつ、閣下にこのような余計な仕事を増やすとは……」
 
「それも仕方あるまい。流石はゲルダ・ネビリムのレプリカ、私以外では手に負えなかっただろうからな」
 
 挟み込むように、悠然と白き衣を纏ったユリアの剣士が追い付いて来た。こちらも無傷、というわけではない。
 
「何故! 私はもう完璧な存在よッ!」
 
「くだらん。どれだけ強大な力を持とうと、お前はレプリカとも言えぬ失敗作だ。完璧な存在などと、笑止」
 
 黒き剣を手に、男は化け物に歩み寄る。
 
「さらばだ。名も無き怪物よ」
 
「やめ――――」
 
 ズブリ、と嫌な音を立てて、剣が化け物を貫いた。そのまま、男の手から溢れた第七音素(セブンスフォニム)が化け物の体を透過し、結晶となって雪の上に落ちる。
 
「わた、シ、は………?」
 
 音素(フォニム)同士の結合が崩壊し、化け物の体はボロボロと崩れ、雪と共に大気に散る。
 
「お疲れ様です。閣下」
 
「ああ……。これでディストも滅多な事では勝手な行動を取るまい」
 
 六神将・ディストは、かつてジェイドと共に恩師・ネビリムを復活させるため、フォミクリーの研究に没頭していた。そして、それは今でも変わらない。
 
 だが、ジェイドはフォミクリーを禁忌とする際に、ネビリムのレプリカ情報をも廃棄していた。それにより、この世に残るゲルダ・ネビリムのレプリカ情報を持つものは、かつての失敗が生み出した化け物一人。
 
 ディストは、ヴァンの理想につき従っているわけではない。単純に利用しあう間柄だ。だからこそ、相応の見返りを用意してやればコントロールも容易い。
 
「……矛盾しているか? 私の生き方は」
 
「……私はそれに解を返せません。誰より、私自身が矛盾の中で生きていますから」
 
 雪の中、預言に縛られた世界で……二人は何を思うのか。
 
 
 
 
 
 魔界(クリフォト)の障気や泥の海は、地核の振動が原因。だから、その振動さえ何とかすれば、地獄みたいな魔界の状況も改善出来て、外郭大地を降ろしても大丈夫になるはず……って事らしい。ジェイドが言うには。
 
 で、じいさん達に造って欲しいのは禁書に書かれた創世歴時代の音機関・『地核振動停止装置』。簡単に言うと、地核振動に同じ振動をぶつけて相殺する物だ。
 
 当然、そのためには地核の振動数を測定しなくちゃならない。俺たちは外郭降下の下準備も兼ねて、次のセフィロトを目指す事にした。
 
 
 
 
「………何か、懐かしいな」
 
 タタル渓谷。ティアと共に超振動で飛ばされ、初めて見た屋敷の外の世界。この旅の始まりの地に、ルークは何とも言えない感慨を抱いて、ため息を零す。
 
 目の前には、あの時のセレニアの花畑が溢れんばかりに広がっていた。
 
「ここから、あなたの旅は始まった。……きっかけは私の過失だったけど」
 
「べっ、別にお前のせいっ……て言うか、あれは俺のせいかも知れねーだろ!」
 
「ふふっ。……そうね、あなたが気にしていないのなら、私も拘る理由はないし」
 
 夜にしか咲かない、閉じたセレニアの前に二人、ルークとティアが立つ。
 
「……あいつら、何で堂々と二人の世界作ってんの?」
 
「……二人の世界?」
 
「思い出の場所らしいな。しばらくそっとしといてやろうぜ」
 
「ご主人様とティアさん、仲良しですの!」
 
「………………」
 
「おや、ノエル。どうしました?」
 
「い、いえ……何でも……!」
 
 アニスが、イオンが、ガイが、ミュウが、ノエルが、ジェイドが、相応の距離を作って二人の背中を見守っていた。
 
「う、上手く言えねーけど、あれで良かったんだよ! 俺……屋敷の外には出たかったし、あのままだったら……わがままなガキのまんまアクゼリュスで死んでただろうし……」
 
「あら、今は違うみたいな言い方ね。自覚があった事にも驚いたけど」
 
「うっ、うっせーな! 一応俺の方がお前より歳上なんだぞ!」
 
「……冗談よ。少しは変わったと思う」
 
 まあ、気を遣った皆が不憫になるほどにいつも通りの二人だったが。
 
 
 
 
「……狙われてますね」
 
 タタル渓谷にあるってパッセージリングを探して歩き回ってたら、突然ジェイドがそんな事を言い出した。魔物ならさっきからうじゃうじゃ出てきてんのに、今さら何だよ。
 
「ルーク、気を付けて! この気配は……普通の魔物じゃないわ」
 
 ティアに言われて、俺は慌てて、訓練の時と同じ要領で全身のフォンスロットを開く。
 
「(風と、光……?)」
 
 第三、六音素の濃度が、さっきまでよりちょっと濃くなってる。確かに、普通の魔物でこんな事にはなら……ッ!?
 
「上です!」
 
 やべぇ、と思うのと同時にイオンの叫び声が聞こえて、俺は咄嗟に前に跳んだ。ジリッ! って焼ける音がして振り返ったら、俺が立ってた場所に光の柱が突き立ってる。あっぶねーな!
 
「あれは……!」
 
「綺麗……」
 
 ガイが、ノエルが、見上げる先に……馬?
 
「あれ、古代イスパニア神話に出てくる『聖なるもの(ユニセロス)』だよ! 売れば五千万ガルドは堅いはず!」
 
「真っ先に出る言葉がそれか!?」
 
 アニスの金汚さにツッコミを入れながら、俺はその魔物を見る。水色の鬣、翼、尾、瞳、それに金色の角まで生えてる白馬。
 
「ヒィーン!」
 
 ユニセロスが咆えたのと同時に、光の弾が幾つも生まれて、俺に一斉に飛んできた。
 
 
 
 
「“業火よ 焔の檻にて焼き尽くせ”『イグニートプリズン』!」
 
「“全てを灰塵と化せ”『エクスプロード』」
 
 ジェイドの炎の柱がユニセロスを焼き包み、イオンの爆炎がその内側を吹き飛ばす。
 
 その大気を焼く高熱の中から………ユニセロスが炎を裂いて飛び出してくる。
 
「うおっ!?」
 
 その突き出された角がルークを襲い、慌てて身を庇った剣に阻まれた。
 
「(何だよこいつ! さっきから俺ばっか狙いやがって……!)」
 
 ジェイドとイオンの強力無比な譜術を受けてなお反撃してきたユニセロスに、思わずルークは後ろに跳び下がって………
 
「いい加減にしやがれ!」
 
 背後にあった岩壁を蹴って、逆撃として跳び掛かった。
 
「『紅蓮襲撃』!」
 
 ジェイドらが撒き散らした第五音素を巻き込んで、燃え盛る蹴撃としてユニセロスを弾き飛ばした……が、
 
「でっ……!?」
 
 苦し紛れに振り回された翼がルークの頬を捉え、殴り飛ばして、さらにユニセロスは飛ばされながらも雷撃の剣をルークに放つ。
 
 その一撃を……
 
「『フォースフィールド』!」
 
 事前に譜歌の詠唱を終えていたティアの障壁が阻んだ。
 
「『獅子戦吼』!」
 
「『超ぱちき』!」
 
 ガイの纏う獅子の闘気と、アニスの駆るトクナガの凶悪な頭突きが食らい付き、両脇からユニセロスを強襲した。大きくよろめき、宙に逃げたユニセロスは………
 
「ま、またかよ!」
 
 またもルーク空中からルークに突進してきた。うんざりとした心境でそれを迎えようと構えるルーク。
 
「『魔狼の咆哮よ』」
 
 そのルークと、今まさに目前に迫っていたユニセロスを……
 
「『ブラッディハウリング』!」
 
 真下から噴出する赤黒い呪いの叫びが呑み込んだ。味方識別(マーキング)によってその一撃を免れたルークとは対称的に、ユニセロスは苦しそうに悲鳴を上げて、今度こそ空を駆けてどこかへ姿を消した。
 
「あ~! 五千万ガルド~!」
 
「ダメですよアニス。聖獣を捕まえて売るなんて」
 
「うぅ~~」
 
 飛び去るユニセロスを未練がましく見送るアニスを、ユニセロスを撃退する一撃を放ったイオンが困ったような笑顔で宥める。
 
「……それにしても、何だかルークを目の敵にしていたようでしたが……」
 
「ルークは人参が嫌いですからね」
 
『………………』
 
「? 何ですか?」
 
 ティアの疑惑の言葉に、こちらも大真面目に応えたイオンに、皆どうリアクションを取ればいいかわからずに固まる。そんな空気を、ミュウが無神経かつ無遠慮に壊した。
 
「ユニセロスさん叫んでたですの、ご主人様から障気を感じるって……」
 
「………障気を?」
 
 ミュウの言葉に、ティアは難しい表情を作る。確かに、第七音譜術士(セブンスフォニマー)は体内に第七音譜を取り込んで第七音譜術を使うため、通常の人間よりも障気を取り込んでしまいやすい。しかしそれはほんの微量な物だし、障気に塗れた魔界にいた事もあるとはいえ、少し妙だ。
 
 大体、それなら同じ第七音譜術士であり、ルークより頻繁に魔界で第七音譜術を使っていたティアやイオンには反応しないのは何故なのか。
 
「まあ、ルークってほとんど悪ガキみたいなもんだし、障気とか出てても不思議じゃないかも☆」
 
「金の亡者に言われたくねーっつーの。俺から障気出てるなら絶対お前からも出てる」
 
「あんだとゴラァ! 箱入りお坊っちゃんに労働の辛さがわかってたまるかっちゅーの!!」
 
「うおっ! バカおまっ、トクナガ使うな!」
 
 しかし、当のルークはアニスと遊んでいるので、周りも深刻に考えるのが馬鹿馬鹿しくなってくる。
 
「………………」
 
 そんな中で、ジェイドは黙って眼鏡を押さえて、何かを考え込んでいた。
 
 
 
 
「ッ………」
 
「ルークさん! っん……きゃっ!?」
 
 タタル渓谷の神殿を発見し、イオンにダアト式封咒を解除してもらい、奥に進んだ先。外郭降下のためにパッセージリングを操作したルークがまたも昏倒し、咄嗟にノエルが支え……ようとして膝をついた。
 
「ルーク!」
 
「おいルーク! 大丈夫か!」
 
「ちょっ、ルーク! またぁ!?」
 
 駆け寄った仲間たちの声を浴びて……
 
「………………ん?」
 
 ルークは、“目を覚ました”。その様子に、ティアは愕然とする。
 
「(意識が、飛んでいた………?)」
 
 訓練の時やカイザーディストを破壊した時のルークは、超振動を使った直後でも比較的大丈夫そうな顔をしていた。
 
 だが、現に今のルークは顔を青ざめさせてか細く呼吸し、倒れている。
 
「……終わったんなら、アルビオールに戻ろうぜ。俺ちょっと疲れた」
 
「……おいおい、ホントに大丈夫なのか?」
 
「おー……」
 
 ノエルに「わりーな」と一言告げて、またルークはふらふらと出口に向かう。周囲の人間に得体の知れない微かな不安を残したまま、しかし状況はそれを待ってはくれない。
 
 来た道を引き返し、神殿から出た、その先に―――
 
「ようやく見つけた。まったく、チョロチョロと目障りに立ち回ってくれたね」
 
 仮面の少年と、
 
「ママを殺して、アリエッタ達の邪魔ばっかりして、もう絶対許さないんだからぁ……!」
 
 獣と戯れる少女と、
 
「待てアリエッタ。まずは話が先だ」
 
 鮮血の剣士と、
 
「ナ、ナ………」
 
 そして…………
 
「ナタリア!?」
 
 かつての王女が、待ち受けていた。
 
 
 
 
(あとがき)
 いつも本作を読んで下さる皆さん、ありがとうございます。
 
 



[17414] 21・『ナタリアの真実』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/21 08:16
 
「ナタ、リア……?」
 
 神殿から姿を現したルーク達は、驚愕する前に呆気に取られる。
 
 外郭大地とそこに住む人間を消滅させようとしているヴァンの仲間であるアッシュ、シンク、アリエッタがここにいるのは、それほどおかしな話ではない。……だが、何故バチカルで失踪したというナタリアが六神将と一緒にいるのか。
 
 だが………
 
「お前、まさか……」
 
 想像出来ない、わけではない。ナタリアは、おそらく戦争を始める邪魔になるからと国を終われ、そして六神将であるアッシュは、彼女にとって幼い頃から将来を誓い合った『本物のルーク』。
 
「……“ナタリア”では、ありませんわ」
 
 その嫌な予感を肯定するかのようなナタリアの厳しい視線が、ルークを打った。
 
「メリル・オークランド。それがわたくしの、“本当の名前”です」
 
「何わけわかんねー事言ってんだ! 何でそいつらと一緒にいるのかって訊いてんだよ!」
 
 他の皆が視線で、空気で、一つの真実に辿り着く中、ルークはナタリアに怒声を飛ばす。
 
「………お父……キムラスカ国王・インゴベルトは、わたくしを偽の王女として始末しようとしたのです。わたくしは処刑の寸前、アッシュの手によって助けられたのです」
 
「偽の……王女……?」
 
 まるで予想していなかった単語に、ガイがぽつりとナタリアの言葉を返した。
 
「……それは、真実でした。亡き王妃の心を傷つけぬため、ばあや……いえ、お祖母様が、死産した王女と自分の娘の子をすり替えたのです。その子供がわたくし。……そして、それは預言(スコア)に詠まれておりました」
 
 ルーク達は、唐突に明かされた真実に口を挟めない。そしてアッシュも、ナタリアの言うに任せて口を挟まない。
 
「わたくしはバダック……『黒獅子ラルゴ』の娘、メリル・オークランド」
 
 その名乗りには、どこか自分に言い聞かせるような響きがあった。
 
「……要するに、今のあなたは敵、という事ですね? ナタリア」
 
 身も蓋も無い、これ以上話すに値しないとでも言うようなジェイドの言葉が、開戦の合図となった。
 
 
 
 
「アニス! イオン様とノエルを!」
 
「りょーかい! 一旦神殿の中に逃げますよ!」
 
 ジェイドの第一声に素早く対応したアニスが、イオンとノエルを連れて神殿の中に逃げ込む。これでは確かに逃げ場はないが、元々イオンやノエルを連れた状況では確実に追い付かれるので逃げの一手は選べない。
 
 撃退する事を前提として、今もっとも安全な場所に避難させる、言わば背水の陣だった。
 
「お待ちになって! ルーク、ティア、ガイ、わたくしは……あなた達とは、戦いたくありません!」
 
「ッ……だったら、何でそいつらの仲間になってんだよ!?」
 
 ジェイドが無理矢理始めた戦いに納得していないナタリアとルークが、必死になって相手に叫ぶ。
 
「ちっ……だから半端な覚悟のやつは連れて来ない方がいいって言ったのに」
 
 対称的に、アッシュやシンク、アリエッタ、そしてジェイドは既に臨戦体制に入っている。
 
 アリエッタはライガに騎乗し、シンクは舌打ちしてイオンを追うべく一直線に神殿に駆け、アッシュも剣を抜いてジェイドに襲い掛かり、ジェイドは右腕から槍を取り出した。それから一呼吸遅れて、ティアやガイも武器を構える。
 
「“雷雲よ……”ッ!?」
 
「生憎、あんたと譜術合戦する気はねぇんだよ」
 
 ジェイドの譜術詠唱より疾く、アッシュの剣がジェイドに襲い掛かる。
 
 譜術詠唱に集中する暇も与えず、ヴァン譲りの豪剣がジェイドを追い詰めていく。
 
「く……っ!」
 
 ジェイドは確かに体術や槍術も一流にこなす生粋の軍人だ。だが、それでも本来は譜術士(フォニマー)なのだ。さすがに近接戦闘ではアッシュに遠く及ばない。完全に防戦一方だ。
 
 しかし、ジェイドは一人ではない。
 
「『真空破斬』!」
 
「ちっ……!」
 
 大気を斬り裂くほどに鋭いガイの居合い斬りが、ジェイドに迫るアッシュの剣を捉え、さすがのアッシュも体勢を大きく崩した。
 
 だが、アッシュとて一人ではない。
 
「『空破爆炎弾』!」
 
 神殿に一直線に走っていたシンクが進路を僅かに変え、全身に炎を纏ってガイに突進する。かろうじて避けたガイの後ろは、イオン達が逃げ込んだ神殿。
 
「ここは任せるよ」
 
「ああ、お前は導師を捕まえておけ」
 
「エラソ……」
 
 すれ違い様、アッシュと短く言葉を交わしたシンクは、そのまま誰が阻む暇もなく、一気に神殿の中に駆け込んだ。
 
「(まずい……!)」
 
 イオンは譜術力ならジェイドをも凌ぐが、その身体能力は到底戦闘に耐え得るものではない。おそらくシンクの拳撃一発耐える事は出来ないだろう。
 
 すぐにシンクの後を追おうとするジェイドだが、今度はアリエッタの操る青き怪鳥・フレスベルグが爪を唸らせ、それを阻む。
 
 これまで互いの思惑から真っ向からぶつかる事の無かった六神将との直接対決の幕が上がる。
 
 
 
 
「ナタリア! 何で六神将なんかの仲間になった!? 父親と許婚がいるからか!」
 
 アリエッタの駆るライガと凌ぎを削りながら、ルークはナタリアを叱責する。
 
 ナタリアの出生の秘密や、アッシュやラルゴの真実を知って……それでも納得出来ない。
 
「目を覚ましてナタリア! あなたは、自分が王女だから国民を大事にしていたわけではないでしょう!」
 
 まだ迷いのあるナタリアの矢を掻い潜りながらティアも叫ぶ。ティア達の知るナタリアは、国民を愛し国民に愛される人物。それは、自身の真心から国民と向かい合っていたからに他ならない。
 
「……このまま、預言に縛られた世界で生き続ける事が、本当に国民を救う事になると思うのですか?」
 
 ナタリアはまだ引き返せる、と判断して無力化しようとしたティアの、接近しての杖の一撃をナタリアは弓で受け止め、再び後方に跳んで距離を取る。
 
「預言をなぞる。ただそれだけのために、愛する娘を奪われる夫婦。その悲しみに耐えられず自ら命を断つ母親。妻と娘を失った悲しみから、世界への復讐を誓う父親。見捨てられる街、大陸、王族。こんな悲劇を、もう繰り返してはいけないのです!」
 
「ふざけんなっ!!」
 
 悲鳴にも似たナタリアの叫びに、ルークがアリエッタをライガごと殴り飛ばして大喝を返した。
 
「それで大陸全部魔界(クリフォト)に落として、人類滅亡させるってのか!? 何が悲劇を繰り返してはいけないだ。イカレ倒すのもいい加減にしやがれ!!」
 
「……救えないのです」
 
 ルークの怒声に、しかしナタリアは悲しそうに目を伏せる。……そして、ヴァンすら語らなかった世界の真実を、続ける。
 
「“メシュティアリカ”。あなたやヴァンの一族であるフェンデ家が代々守ってきたのは、ユリアの譜歌だけではないのです」
 
 その眼はティアから離さず、言葉と共に矢を放つ。僅かに動揺したティアは避けられず、杖でそれを払った。
 
「ユリアの第七譜石。すなわち、消滅預言(ラストジャッジメント・スコア)ですわ」
 
「第七、譜石……?」
 
 魔界で生まれたティアは、ホドでの自分の血族・フェンデ家についてほとんど何も知らない。知っているのはヴァンや自分の過去の名と、ユリアの譜歌を受け継いできたという事だけ。
 
「このオールドラントは、星の記憶によって消滅への一途を辿っている。その運命から逃れる希望を繋ぐため、新たな世界の創造が必要なのです」
 
 その言葉に、ティアは愕然とする。ずっと預言に頼らない未来を目指してきたはずなのに、今まで一度も外れた事の無いユリアの預言……星の記憶が消滅を詠んでいると聞かされ、絶望と恐怖に動きが止まった。
 
 しかし………
 
「違うっ!」
 
 それを即座に吹き散らし、迫る矢を杖で弾いて、ティアは真っ直ぐナタリアへと走る。
 
「ルークの存在で、ユリアの預言は狂い始めた! 本当に第七譜石に消滅が詠まれていたとしても、滅亡なんてしない……させない!」
 
 互いに本気ではなかった攻防を打ち破るように、ティアの杖から一際強い音弾が矢をもはねのけて飛ぶ。それはナタリアの顔の真横を過ぎて、その金の髪を僅かに掠めた。
 
「……ティア、ルーク、ガイ。あなた達とは、戦いたくありません」
 
 悲しみを宿して縋るようなナタリアの眼に、ティアが応える事は決してない。
 
 
 
 
(キィン!)
 
 乾いた金属音が、響く。
 
「……ガイ、ヴァンはお前がこっちに来るなら歓迎すると言っている」
 
「っ……!?」
 
 刃と刃がせめぎ合う至近で、ガイだけに聞こえるようにアッシュは呟く。
 
「お前が俺を気に入らないのはわかるがな。だが、“俺たち”が本当にぶっ潰すべきなのは他にあるんじゃねぇのか?」
 
「一緒にするなよ。俺はお前らの極論には付き合えない」
 
 ガイは言葉で返して、しかし剣では返せない。力任せにアッシュの剣が振り抜かれ、切っ先がガイの肩から血を噴かせた。
 
「俺たちのやり方なら、ホドは蘇るぞ」
 
「レプリカで、な。そんな事、フォミクリー被験者のお前が誰よりよくわかってるはずだろ」
 
 自分の提案を一顧だにせず切って捨てるガイの言葉に沈黙で返したアッシュは、代わりとばかりに剣先を突き付けた。
 
「俺はヴァンほど甘くない。邪魔するなら……お前でも斬るぜ」
 
「……いいさ。俺も“言い訳”が欲しかったところだ」
 
 鋭く強烈な意志と、暗く激しい憎悪が、二人の瞳に宿っていた。
 
 
 
 
「『リミテッド』!」
 
「ぐあっ!?」
 
 ナタリアにばかり気を取られていたルークに、アリエッタの譜術が直撃。真上から降った光の鉄槌が、譜術耐性の低いルークに膝を着かせた。
 
「(くそっ、こいつ弱ぇのかと思ってた……!)」
 
 過去に何度かアリエッタと接触したルークだが、彼女の、イオンほどにも脆そうなその華奢な体力ゆえにそれほどの脅威を覚えた事は無かった。
 
 だが今は、まるで一心同体のようなライガに騎乗する事で、彼女自身の身体能力の低さを見事に補っている。これが彼女本来の戦闘スタイルなのだろう。
 
 しかし、それでも……
 
「(ちきしょう……!)」
 
 ルークは目の前の敵に集中出来ないでいた。普段から傲慢で不遜に振る舞ってはいるが、ルークは仲間たちの中で一番甘い。
 
 それが、自分を許婚だと勘違いしていたとはいえ……幼なじみなら、なおさらだった。
 
『覚悟はあるのか』
 
 以前カンタビレに言われた言葉が、ルークの脳裏で痛烈に響く。
 
「(あ………)」
 
 視界の端、さして離れていない場所で、弓をつがえたナタリアが、距離を詰めてバランスを崩したティアを狙っているのが見えた。
 
「ッ……やめろっ!」
 
 自身も驚くほどの直進スピードで、ルークはナタリアに接近、つがえた矢を斬り飛ばした。ティアはそんなルークに……否、ルークの背後に目を見開き……
 
「『バニシングソロゥ』!」
 
「きゃああああぁっ!」
 
 今まさにルークに食らいつかんとしていたライガをアリエッタごと、杖の先端から譜力を爆発させて吹き飛ばした。
 
 お互い、自分の本来の相手に背後を曝している事に気付いてすぐさま振り返り、背中を合わせた。
 
「ルーク、冷静になって。あれくらい、カバーされなくても防げたわ」
 
「……助けてもらっといてそりゃねーんじゃねーの?」
 
「お互い様でしょ」
 
「可愛くねー……」
 
「結構よ」
 
 背中合わせに、互いに憎まれ口を叩いて、ルークとティアは再び戦いに向かう。
 
 
 
 
(あとがき)
 次回に続く、ですね。複数同時展開のバトルをダレない程度の長さにまとめるのが課題です。
 
 



[17414] 22・『激突』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/21 10:29
 
「っ……………」
 
 首をひねったティアの顔の真横を、矢が髪を撫でて通過する。
 
「(総合的な実力は、おそらくあちらが上……)」
 
 ティアの一番の長所は、攻撃力でも譜術力でも機動力でもなく……分析力だった。
 
「(私たちの中で彼らを凌ぐほどの威力を持つのは、大佐の譜術だけ)」
 
 戦場の動きを掌握し、自身の譜歌と第七音譜術で他を支援し、活かし、全体の流れを引き寄せる、言わば『影の司令塔』。
 
 ティア自身は自分のその天賦の才に気付いていない。
 
「……………」
 
 まるで訓練を重ねた兵士のように譜術を使う間も与えずにジェイドを攻め続けるフレスベルグ。そのフレスベルグに、槍術のみで応戦しているジェイド。
 
 嵐のような剣撃の応酬を続けるガイとアッシュ。執着にも似た興奮状態を見せるガイに比べ、アッシュは乱戦の中でも平静に見える。ガイが劣勢、長くは保たない。
 
 爪牙と俊足、そしてサンダーブレスによってルークを翻弄するライガと、その騎上で強力な譜術を使うアリエッタ。ルークにとって相性のいい相手ではない。
 
 そして、治療術を持つ第七音譜術士(セブンスフォニマー)であるため、フリーにする事が出来ないナタリア。
 
「『シュトルムエッジ』!」
 
「『ノクターナルライト』!」
 
 ティアはナタリアとの攻防を続けながらそれらを見て取る。互いに放った、音素(フォニム)を帯びた三本の矢とナイフが火花を散らして中空でぶつかった。
 
「(各個撃破。そのためには………)」
 
 変わらず襲い来る矢から逃げるように、ティアは後ろへ後ろへとナタリアから距離を取る。矢を掻い潜って攻めようとしていたさっきまでとは違う動きに、ナタリアは僅か疑問を持つが、弓使いの自分にとって距離を開けられる事はむしろ有利だと判断した。
 
「“聖なる槍よ 敵を貫け”」
 
「ッ……!?」
 
 響く詠唱に、矢を躱しながらでも譜術の集中力が保てる距離に逃げたのか、とティアの動きを危惧したナタリアだが、ティアの狙いはわざわざ距離を開け、警戒させたナタリアではない。
 
「『天雷槍』!」
 
 神殿の前でフレスベルグと交戦していたジェイドが、雷を帯びた刺突を繰り出すが、上空に逃れたフレスベルグに届かず空を切る。
 
 フレスベルグが空中を旋回し、急降下でジェイドに襲い掛かろうとした、その時を狙って……
 
「(今!)」
 
 ティアは、詠唱を終えた譜を保ったまま丘を駆け上がり、崖を蹴って跳び上がり……
 
「『ホーリーランス』!」
 
 翼を持つフレスベルグにとってもっとも盲点な上方から、ジェイドのいる下方にもっとも意識を集中する瞬間を狙って、上級譜術を解き放った。
 
「ギィイイィィーーーッ!?」
 
 十にも及ぶ光の槍が、青き怪鳥を貫いた。
 
 
 
 
「フレスーーっ!」
 
 彼女にとっては友達である怪鳥が光槍を受け、宙で動きを失くして墜落する光景に、アリエッタが半狂乱の悲鳴を上げる。
 
「ルーク!」
 
「っ……!?」
 
 その時、何かを呼び掛けるティアの声が届き、ルークはアリエッタの隙を突こうとして……宙で身動きの取れないティアを、ナタリアが狙い撃ちにしようとしている事に気付く。
 
「『魔神拳』!」
 
 ルークの右手が唸りを上げ、拳撃が地を奔り、離れたナタリアを弾き飛ばした。
 
「(いける!)」
 
 攻撃譜術を持たない弓使いのナタリアは、ルークにとっては相性がいい。今、接近して当て身を食らわせれば、簡単に気絶させられる。殺さなくて済む。
 
 そんな衝動に駆られたルークは、『魔神拳』を受けて地に転がったナタリアに向かって走り……
 
「う……っ」
 
 そこに立ちふさがるように割って入ったアッシュと、剣を噛み合わせた。
 
 驚いて目をやった先に、アッシュの相手をしていたはずのガイは、膝を着いた状態から弱々しく立ち上がろうとしていた。
 
「メリルは、俺が守る」
 
 どこまでも清廉な、誓うようなアッシュの言葉が、ルークの全身に鳥肌を立てさせる。
 
 ……カッコ、良かった。
 
「ッ……ふざけんな!」
 
 一瞬よぎったあまりに馬鹿馬鹿しい感慨を、ルークは苛立たしげに怒鳴る事で吹き飛ばす。
 
「テメェらのイカレた計画に巻き込んどいて何が守るだ! どのツラ下げてそんな口叩きやがる!?」
 
「預言(スコア)に縛られた、滅びゆく世界から守るために連れ出したんだよ。俺のレプリカのくせに、そんな事もわからねぇのか」
 
 刃越しに言葉を交わし、次いで剣を振り切ろうとしたルークを嘲笑うように………
 
「ハッ! 勝てるつもりかよ?」
 
 アッシュがそれ以上の力で剣を振り抜く。剣閃に触れたルークの二の腕が裂けた。
 
「笑わせるな。旧型のレプリカってのは、ただでさえオリジナルに比べて能力が劣化する!」
 
「うっ……ッ……!」
 
 ガイより疾く、ルークより重い、まるで暴風雨のような剣の連撃が、ルークを襲い、圧倒していく。
 
「そして、赤ん坊同然の状態から屋敷で軟禁されてきたお前に比べ、俺はずっと六神将になるために戦闘訓練を重ねてきた!」
 
 到底受け切れるものではない。何とか急所こそ庇っているものの、ルークの体は斬撃を受けて傷ついていく。
 
「素質も、経験も、時間も、覚悟も、全て俺が上」
 
 ズンッ、と一際強い踏み込み。そこから振り抜く渾身の一撃。
 
「テメェが俺に、勝てるわけがねぇんだよ!」
 
「ッッ……!?」
 
 ルークは受けて、しかし止められず、しりもちを着くように後ろに倒れた。
 
「どけルーク!!」
 
 立ち上がったガイが、一直線にアッシュに向かって走る。だが、常のガイとは何か違った。
 
 内に秘めた何かを吐き出すかのような激情が全身から滲み出ている。……周りが見えていない。今のガイの眼には、アッシュだけが映っていた。
 
「ガイ!」
 
 危機を知らせようとしたティアの声も耳に入らなかったガイを……
 
「が……っ!」
 
 アリエッタの駆るライガが吐き出した特大のサンダーブレスが、灼いた。
 
「うおおぉぉぉっ!!」
 
「馬鹿がっ!」
 
 怒りのままに、まるで覆いかぶさるような大振りで斬り掛かってくるルーク。その短慮で無防備な行動をアッシュが小さく罵倒して……
 
「死ね」
 
 がら空きのルークの胴体から、刃が“生える”。
 
「(な………っ!?)」
 
 それはアッシュの刃ではない。まるで“背中から貫いたように”ルークの胸から現れたそれは、味方識別(マーキング)によってルークの体を透過する、稲妻の剣。
 
「(ルークの体を、隠れ蓑に使いやがった……!)」
 
「『サンダーブレード』」
 
 熾烈な雷撃が、鮮血を打った。
 
 
 
 
「『メイルシュトローム』!」
 
 真下から噴き出した水の竜巻を、シンクは素早く回避する。
 
「『鷹爪襲撃』!」
 
 その回避を見越しての上方からトクナガによる全体重を乗せた両足蹴り。それすらもシンクは躱す。
 
 ティアやガイどころか、リグレットすらも上回る機動力だった。
 
「邪魔臭いなぁ。あんたは殺しちゃいけないってのにさ」
 
 シンクはつまらなそうにイオンを見て、溜め息をついた。
 
 狭い通路でもお構い無しに譜術を連発してくるシンクに追い込まれるように、イオン達はパッセージリングのある空間にまで逃げ込んで来ていた。
 
「(体力無くても、譜術耐性はあるだろうし……)」
 
 アニスのトクナガの体術に守れながら導師の力で譜術を向けてくるイオンをいい加減うっとうしく思ったシンクは………
 
「“唸れ烈風”『タービュランス』!」
 
「う、ああぁっ!」
 
 イオンに向けて中級譜術を発動。荒れ狂う竜巻に翻弄されたイオンは、乱暴に床に投げ出される。
 
「イオン様! 野郎テメェぶっ殺す!」
 
「こっちの台詞だね。あんたはヴァンのお気に入りじゃないし、殺すよ?」
 
 ノエルとミュウがイオンを介抱し、戦地から離そうとする傍らで、憤激するアニスを馬鹿にするようにシンクが嘲笑った。
 
「『爪竜烈濤打』!」
 
 回転する動きを活かしたトクナガの連撃を軽い足捌きで躱したシンクの、
 
「『臥龍空破』!」
 
 大気ごと突き上げる一撃が、巨体のトクナガをも上方に飛ばした。
 
 ハンドスピードはリーチの差で埋める事が出来ているが、機動力に決定的な差がある。
 
「何でそこまで必死に守るんだか分からないね。あんたは知らないかも知れないけど、そいつもレプリカだよ」
 
「知ってる! だけどそんな事、わたしには関係ないの!」
 
「“仕事だから”? ……ま、確かにそういう意味じゃ相手が誰でも関係ないかもね」
 
「ッ………!」
 
 シンクの辛辣な言葉。その中の何かが逆鱗に触れたのか……
 
「ぶっ潰す!!」
 
 アニスのトクナガが、猛然と駆ける。その巨体の突進を逃げず避けず、真っ向から豪腕を掻い潜ったシンクは……
 
「『双撞掌底破』」
 
 両の手による強烈な掌底で、アニスをトクナガごと軽々と吹き飛ばした。
 
「気に入らないね。導師に祭り上げられたそいつが、実質的に何かしたのか?」
 
「っ……は…う…!」
 
 シンクの機動力なら、トクナガから転げ落ちたアニスを追撃して、あっさり勝負を決める事も可能なはずだ。
 
 だがシンクは、まるで力の差を見せつけるようにアニスを迎撃し続ける。アニスを、あるいはイオンを、全否定するように。
 
「あんたには、関係ない……!」
 
 傷ついた体を奮い立たせてアニスが騎乗したトクナガ。その両の豪腕に、第一音素(ファーストフォニム)が結集していく。
 
「関係ない、か……」
 
 同じく、シンクの両手足にも第三音素(サードフォニム)が結集する。
 
 アニスはトクナガに重さを、シンクは四肢にスピードを乗せて………真っ向からぶつかり合う。
 
「『殺劇舞荒拳』!」
 
 闇を宿したトクナガの豪腕と、
 
「『疾風雷閃舞』!」
 
 風を宿したシンクの体術が、神殿な広大な一室に吹き荒れる。
 
「おおおぉぉーーっ!」
 
「はあぁぁぁーーっ!」
 
 連撃と連撃。衝突を重ねる闇と風が途切れる事なく爆発音を立て続ける。
 
 凄まじい力の拮抗を打ち破ったのは……アニスの気迫。
 
「まだまだまだぁぁーー!!」
 
 連撃のリズムが僅かに外れて、トクナガの下げた右腕に、新たな音素が集約される。それは闇の第一音素ではなく、光の第六音素(シックスフォニム)。
 
「(月………?)」
 
 その輝きに、夜空に浮かぶ月を幻視したシンクを………
 
「『十六夜天舞』!!」
 
 真下から突き上げる月の拳撃が、殴り飛ばした。その顔を隠していた仮面が、乾いた音を立てて地に落ちる。
 
 
 
 
(あとがき)
 一話分で思ったより進みました。多分次でタタル渓谷終了。
 
 



[17414] 23・『仮面の下の』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/21 21:54
 
「イオン、様……?」
 
 イオンの名を呼ぶアニス。だが、彼女が見ているのは今までずっと守ってきた、か弱く心優しい少年ではない。
 
「……随分動揺するんだね。あんた達にとっちゃ珍しくもないだろ、同じ顔の奴が二人いる事なんて」
 
 今の今まで戦っていた、アニスの秘奥義に弾かれて仮面の奥の素顔を曝した、『烈風のシンク』。そう……“イオンと全く同じ素顔を”。
 
「あ、あんた………」
 
 アニスの脳裏に……
 
『僕は導師イオンの、七番目のレプリカですから』
 
 かつて、ユリアシティで自分の身の上を語ったイオンの言葉が蘇る。
 
「あんたも……導師のレプリカ、だったの……?」
 
「……だったら? あんたにとっての導師イオンは、そいつだけなんじゃなかったの?」
 
 守るべき者と同じ姿の存在が、敵として目の前にいる。言い様のない衝撃に、アニスは戦闘中だという事も忘れて動きを止める。
 
 ―――そして、一瞬。
 
「あぐっ……!」
 
 その俊足で間合いを詰めたシンクが、トクナガに乗っていたアニスのみを蹴り飛ばす。
 
 アニスの音素振動数に反応して巨大化していたトクナガが、萎むように元の大きさにまで戻ってしまった。
 
「馬っ鹿じゃないの? ただ仮面外しただけで、今まで戦ってた相手に変わりないってのにさ」
 
 相手の秘奥義までもはねのけ、決定的な一打をも入れたアニスの健闘。その勝負が、あまりに呆気なく着いてしまった。
 
 シンクの言う通り、“ただ素顔を曝しただけで”。
 
「効いてないって言ったら嘘になるけど、そっちほど余裕が無いわけじゃないしね」
 
「ぐ……っ!」
 
 口の端から流れた血をての甲で拭って、シンクは薄笑いを浮かべた。
 
 先ほどの一撃を受けてなお、シンクには十分……とは言えないまでも余裕がある。それに引き換え、アニスは例えトクナガを奪われなくとも、先ほどの秘奥義で力の大半を使い果たしていた。現に、今も譜術一つ使う事が出来ない。
 
「きゃあ……っ!」
 
 無力と化したアニスが、その頬にシンクの裏拳を受け、ふらふらとよろめいて倒れた。
 
「ご苦労様。もう死んでいいよ」
 
 倒れたアニスに悠然と歩み寄りながら、死の宣告を告げるシンク。右の拳に譜を込めて、振りかぶった……その時―――
 
「死なせは、しません………!」
 
「みゅうぅーーー!!」
 
 空飛ぶチーグルを小さな翼として、イオンが二人の間に割って入った。
 
 シンクと、イオン。同じ紋様の巨大な譜陣が二重に展開され、同じ仕草で二人は地に掌を叩きつける。
 
「「『アカシック・トーメント』!!」」
 
 『音』の柱が、混ざり合い、絡み合い、せめぎ合って……弾けた。
 
 
 
 
「が……あ……っ!」
「きゃあぁぁぁっ!?」
 
 ジェイドの『サンダーブレード』の先端をかろうじて柄で受けたアッシュ、そして比較的至近にいたアリエッタが、まとめて凶悪な紫電に呑み込まれた。
 
「こ……の……!」
 
「ぐるる……!」
 
 その激痛と衝撃から、アッシュとライガはギリギリで意識を繋ぎ止めるが、アリエッタは意識を失ってしまった。
 
「“命を照らす光よ ここに来たれ”」
 
「ガイッ!」
 
 ライガのサンダーブレスに灼かれて倒れたガイに、ルークが駆け寄る。その動きを予測していたように………
 
「『ハートレスサークル』!」
 
 ティアの治療術が発動。彼らの足下に展開された譜陣がガイを、駆け寄ったルークごと癒す。
 
「『セヴァードフェイト』!」
 
 休む事なくティアは跳び上がり、アッシュの周囲三点にナイフを投げ刺し………
 
「ぐ……っ!?」
 
 それが描いた三角形の陣内に衝撃が噴き上がり、アッシュを下から吹き飛ばした。
 
 なおも攻撃は止まない。
 
「“大地の咆哮 其は怒れる地龍の爪牙”『グランドダッシャー』!」
 
 ジェイドの譜術が発動し、奔った地割れがアッシュら三人に突き進む。咄嗟に跳び退いた空間を、砕けた岩塊や石槍が埋め尽くす。
 
「メリル、無事か!?」
 
「ええっ、ですが……」
 
 アッシュの呼び掛けに応えたナタリアが、声を曇らせる。数では劣っていたとはいえ、決して戦力では負けていなかったはずなのに、今のアッシュ達は明確な劣勢であった。
 
 近接戦闘でアッシュに敵う者は、この場にいない。ルークもガイも負傷している。だが、ルーク達は別にアッシュに勝つ必要はない。ジェイドに十分な譜術の詠唱時間さえ与えれば、それだけで勝利に繋がるのだから。
 
「皆っ! 大丈夫!?」
 
 だめ押しのように、神殿の中からアニスやイオン達が姿を現した。
 
「(シンクの奴、やられやがったのか……!)」
 
 それを見た瞬間、ライガがアリエッタを乗せたまま、一目散に逃げ出す。こと“引き際”に関して、彼らは優秀な兵士以上の嗅覚を持っているのだ。
 
「………退くぞ、メリル」
 
「ですが、まだシンクが……!」
 
「あいつが無事なら、導師が堂々と出てこれるわけねぇだろうが! やられちまった奴のために、分の悪い戦いを続けて犠牲を出すわけにはいかねぇんだよ!」
 
 まだ仲間としての覚悟や認識の甘いナタリアをアッシュが叱責する。国の内政に尽力してきたナタリアと、軍人としての訓練を重ねてきたアッシュでは、戦場における対応がまるで違うのだ。
 
「むざむざ逃がすと思いますか? もっとも、おとなしく武器を捨てて投降するなら、命まで取ろうとは言いませんが」
 
 結果的に退かず向かわずの中途半端な硬直状態にあるアッシュ達に、ジェイドが槍を向けて降伏を促す。もっとも、それは“一応言ってみた”程度のもので、ナタリアはともかく、アッシュは殺すしかないだろうという推測を前提としたものだが………。
 
 しかし、この状況下で機を見るに敏なのは、やはり人間より魔物である。
 
「ギォオオオォーー!!」
 
「むっ……!?」
 
「きゃ……!」
 
 光槍を受けて息絶えたと思われていた怪鳥・フレスベルグが咆哮を上げて羽ばたき、ジェイドとティアを突き飛ばしてアッシュの許へと飛んだ。
 
 咄嗟にその足を掴んだアッシュとナタリアをぶら下げて、フレスベルグが崖から力なく滑空し、眼下の渓谷へと消えていく。
 
「まっ………待ちやがれ!!」
 
「ル、ルーク! 危ない!」
 
 崖から飛び降りんばかりに身を乗り出すルークの肩を、ティアが慌てて捕まえる。実際、放っておいたら落ちていたかも知れなかった。
 
『お前が俺に、勝てるわけがねぇんだよ!』
 
 全体では、勝つには勝った。だが、オリジナル(アッシュ)とレプリカ(自分)の絶対的な差を、力づくで思い知らされたルークは…………
 
「くそぉおおぉぉーー!!」
 
 その悔しさを吐き出すように、絶叫した。
 
 
 
 
「………イオン様」
 
「……アニス、ですか」
 
 パッセージリングの神殿があった場所は結構高かったし、怪我人もいっぱいいたから、わたし達がアルビオールに戻る頃には日が暮れてた。
 
 今日はこのまま休もうって事になって、夜遅くになった頃。アルビオールからこそこそと抜け出したイオン様を追って、わたしはここに来た。
 
 小川の流れるタタル渓谷の麓。ガラじゃないけど………綺麗なトコだよね。
 
「ダメですよイオン様。黙ってお一人でこんな所に出たら、何かあった時に誰も気付けませんよぉ~」
 
「………すいません」
 
 イオン様は、こっちを見ようともしない。ただ、小川に映った月と譜石を、じ~っと見てる。
 
「……顔はまだ、痛みますか? すいません、女の子なのに」
 
「……何でイオン様が謝るんですか? 顔の怪我治してくれたのだって、イオン様じゃないですか」
 
 テンション上げて元気を分けてあげよう作戦、中止。今やっても絶対超うざい。わたしはちょっと躊躇いがちに、イオン様の隣に腰掛けた。
 
「………………」
 
「………………」
 
 きっ、気まずい。あんな事が、あったばかりだしなぁ……。
 
「………………」
 
 イオン様のダアト式譜術に押し負けたシンクは、そのままパッセージリングの音叉にぶつかって………セフィロトの中に落ちて、死んだ。
 
 結局あいつが何考えて総長の計画に手を貸してたのかとか、導師の身代わりにもされなかった気持ちとか、何にもわからなかった。
 
 シンクは何を思ってたんだろう。でもそれ以上に、自分と同じ導師のレプリカのシンクを手に掛けたイオン様は今、何を思ってるんだろう。
 
「僕は………」
 
 ずっと黙って小川を見てたイオン様が、ようやく、言葉を選ぶように口を開く。
 
「僕は……シンクの事は、何も知りません。顔を合わせたのだって、ザオ遺跡に連れ去られた時が初めてなんです」
 
 心の内を話してくれる。それが嬉しくて、苦しい。
 
「レプリカ、オリジナル、代替品……。本当に大切な事はそんな事じゃないと、わかったはずだったのに………」
 
 わたしには、わかってあげられない苦しみなんだと思う。………ルークに代わりに来てもらえば良かったかな。
 
「……どうして、っ、でしょうか………」
 
 ……わたしがイオン様にしてあげられる事なんて、何も無いもん。
 
「涙が、出るんです……っ。今まで、一度も流した事がなかったのに……!」
 
「………………」
 
 大嫌い。
 
 シンクも、総長も、モース様も、イオン様を泣かせたり、苦しめたりする人みんな……大嫌い。
 
 だから…………
 
「………ごめんなさい、イオン様」
 
「……どうして………アニスが謝るのですか……」
 
 わたしも、大嫌い。
 
 
 
 
(あとがき)
 とりあえず予告通りにタタル渓谷終了です。
 
 



[17414] 24・『真の親善大使』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/22 22:08
 
「コラ返さんか! それはワシらが渡した音素振動計測機じゃろうが!」
 
「うるさいわい! こんな大仕事、お前らなんぞに任せられるか!」
 
「あんた達はアルビオールを作ったじゃないか! また創世歴時代の音機関を横取りする気!?」
 
「先に百勝目をあげるつもりじゃな!?」
 
「え~い、黙れ黙れ黙れ!」
 
「………お祖父ちゃん」
 
 タタル渓谷のパッセージリングから地核の振動数を計測した俺たちは、この情報と禁書で『地核振動停止装置』を造ってもらうためにシェリダンにとんぼ返りした………ら、またジジイ共が喧嘩してやがる。
 
 こないだまで罪滅ぼしがどーとか言ってたくせに、科学者の好奇心って怖ぇ。自分のじーさんのヤンチャっぷりに、ノエルが恥ずかしそうに赤くなってた。
 
 ………つーか、
 
「うっぜぇーーんだよジジイ共!! ぎゃあぎゃあ騒いでんじゃねーっつーの!!」
 
「何をこの青二才が!」
 
「こっちは装置さえ造ってくれりゃどっちでもいいんだよ! くだんねー事で喧嘩してんじゃねぇ!」
 
「くだらんじゃと! 技師のプライドを馬鹿にするなこの赤ひよこ!」
 
「やんのか鶏ジジイ!」
 
 い組とめ組のどっちが装置を造るのかで喧嘩してたジジイ共を止めようとした俺の耳を、ティアが引っ張る。痛ぇ。
 
「何すんだよ!」
 
「あなたが喧嘩に参加してどうするのよ。これ以上話をややこしくしないで」
 
 理不尽だ。俺は喧嘩を止めようとしたのに。
 
「まあ、ルークの言う事にも一理ありますねぇ」
 
 そう思ってたら、珍しくジェイドのやつが俺にフォローを入れた。逆に不気味だ。
 
「私たちはノエルの顔を立ててあなた方を頼ったに過ぎませんし、それが揉め事になるくらいなら、他をあたった方がいいかも知れません。心当たりならいくらでもありますから」
 
 ジェイドのその言葉に、ジジイ共の目の色が、慌てたように変わった。
 
 そんな心当たりがあるなんて初耳だった俺が、後でジェイドに訊いてみたら………
 
「心当たり? ああ、口から出任せに決まっているじゃないですか」
 
 って、胡散臭い笑顔で応えられた。まあ、そのおかげで結局、『地核振動停止装置』はジジイ達全員で仲良く半分に分けて造る事になったみたいだから良かったけど。
 
 地核振動を生み出す装置と、地核振動にも耐えられる丈夫な外装。これを手分けして造るらしい。……で、候補に上がったのが、『タルタロス』。
 
 魔界(クリフォト)に落ちても平気なくらい丈夫な船だから、外装の骨組みには丁度いいらしい。
 
 タルタロスを運んで来たり、装置を造るのにもまだ時間が掛かるから、先に他のパッセージリングを起動させに行こうかって話になったところで、またイオンのやつがとんでもない事を言い出した。
 
「外郭を降ろす前に、うやむやになったキムラスカとマルクトの平和条約を、今度こそ成立させましょう」
 
 外郭大地を降ろす事自体が世界そのものに関わる事だから、それぞれの国の代表にもちゃんと話を通すべきだ。
 
 せっかく外郭を降ろして滅亡から逃れても、その後でまた戦乱が起きるのは悲しいし、愚かな事。
 
 世界の滅亡という危機に直面しているからこそ、長年の敵国同士が手を結ぶ事も出来るはずです。
 
 皮肉な事ですが、ルグニカの大地が魔界に落ちた今ならインゴベルト陛下もわかってくださるかも知れません。
 
 イオンはそう言う。………シンクの事があってから、またイオンはちょっと変わった。
 
 芯が強くなったって言うのか? こういうの。
 
「………………」
 
 導師の代わりにイオンをすげ替えたのに、ヴァン師匠はシンクを六神将として手元に置いていた。………シンクは、俺よりもヴァン師匠に必要とされていた。
 
 …………ちょっと、羨ましい。
 
「(でも………)」
 
 今、俺が一番気掛かりなのは、ヴァン師匠の事じゃなくて、バチカルの事………。
 
 自分がレプリカだって知ってから、ヴァン師匠を止めるって理由を盾にして逃げ続けてたバチカル……叔父上……父上……。俺はとうとう、それに向き合わなくちゃいけなくなった。
 
 
 
 
 平和条約の一方、マルクト皇帝のピオニー陛下の説得は、説得とも呼べないほどあっさり受け入れられた。
 
 元々和平の使者を送って停戦を望んでいたのはピオニー陛下だし、マルクトはキムラスカが攻めてきたから応戦してただけだから、ある意味当然の結果だった。
 
 そして、明日はバチカル……。
 
「ルーク」
 
「………ガイ、か」
 
 停泊しているアルビオールの仮眠室で、ルークはあからさまに何か考え込みながら寝転がってた。
 
「まだ寝てなかったのか。お前最近疲れてるみたいだし、休める時にはしっかり休んどいた方がいいぞ?」
 
「……よく言うよ。俺が寝れてねーのわかってたから来たんだろ」
 
 眠れないのをあっさり認める。ルークがこういう事を正直に話すのは俺くらいだ。他の仲間には強がって中々弱音出さない(バレバレだけど)……特にティアには。
 
「……ナタリアだって、殺されそうになったんだ。俺が行ったらどうなるかなんて、わかりきってんだよな」
 
「……あの時とは状況が違うだろ。インゴベルト陛下だって、そこまで愚かじゃないと思うぜ。そして、ファブレ公爵も王命には逆らわない」
 
 不安に思うのは仕方ない。いくら前からわかってた事とはいえ、実の親……だと思ってた人たちに切り捨てられるのは怖いだろ。………おまけにルークは、ヴァンの事が軽くトラウマになってるはずだ。
 
「公爵だって、お前が憎くてアクゼリュスに送り出したわけじゃないはずさ」
 
「……そんなの、わかるかよ」
 
 ……多分、俺は自分にも言い聞かせてるんだ。ファブレ公爵がルークを本心から捨てたわけじゃないと、思いたい。
 
「(………どっちの意味で、だろうな)」
 
 タタル渓谷でアッシュと戦って、俺は自分自身の奥底の感情を思い知らされたような気がする。
 
 ……やっぱ、いくら理屈や他の感情で取り繕ったところで、それでどうこう出来るもんじゃないらしい。
 
「………………」
 
 タタル渓谷での俺の戦いぶりは、自分で思い返すだけでも明らかにおかしかった。
 
 分の悪さをわかっていながら真っ正面から力任せに打ち合い、アッシュ一人に執着し、挙げ句の果てに周りも見えなくなって、不意打ちとも言えないライガの一撃を食らって無様にダウン。
 
 ルークじゃあるまいし、俺があんな猪突な戦い方するなんて、自分でもびっくりする。
 
「……ルーク、お前、何も訊かないのか?」
 
「? 何がだよ」
 
 ………こいつ、全然疑問に思ってないのか。
 
 あれは……自分と無関係な敵との戦い方でも、『敵になってしまった元幼なじみ』との戦い方でもない。
 
 ジェイドやティアはもちろん、アニスやイオン様だって、いい加減俺に疑問を持ってる頃だろう。
 
 だってのに、こいつときたら………
 
「……いや、お前はいつまでもお前のままでいてくれ」
 
「はあ? ワケわかんね」
 
 ……お前がそんなだから、騙してるこっちも辛いんだよ。馬鹿野郎……。
 
 
 
 
「ジェイド………お前何そのカッコ」
 
「インゴベルト陛下と謁見する前に、つまらない事で足止めを食らいたくはありませんからねぇ」
 
 バチカルの領内に入る前に、ジェイドはいつも着ているマルクトの青い軍服から、茶色の軍服の背中に赤いマントを掛けたような服に着替えた。
 
「カッコいいと思いますよ」
 
「ピオニー陛下の趣味ですよ。私としては、少々恥ずかしいのですが」
 
「あんたが恥ずかしいって言うと、何か気持ち悪いな」
 
「ガーイ? その口縫って差し上げましょうか?」
 
「え、遠慮させてもらうわ」
 
 僕が率直に褒めたらジェイドは謙遜し、それをからかったガイが反撃を受けて身震いした。
 
「………………」
 
「ご主人様、物欲しそうな顔してますの。ご主人様もマントが欲しいですの?」
 
「だっ、誰がそんな顔した! ふざけた事ぬかすと下水に流すぞ!」
 
「ルークって好みちょっと変だよね。腹筋丸出しだし、何この怪獣?」
 
「なんだよっ、カッコいいだろーが!?」
 
『………え?』
 
「……どちらかと言えば……可愛い……♪」
 
 ジェイドをじっと見ていたルークをミュウとアニスがからかい(ミュウは無自覚だれうけど)、ルークの反論に皆が言葉を失う。ティアが小さく何か呟いた気がした。
 
 話題に上っているのは、ルークの服の背中に描かれた怪獣のイラスト。僕は少し考えて………
 
「カッコいいと思いますよ」
 
「だろ?」
 
 正直に応えた。ルークが嬉しそうに胸を張る。多分、皆もルークの心情を慮って緊張を解しているのだと思う。
 
 ちなみにノエルには、アルビオールで待ってもらっている。場合によっては、街中とはいえ危険な事になるかも知れないから。
 
 僕たちはそのままバチカルの縦長の街へ、そしてバチカル王城へと進む。
 
 ここまで来られたのは、一重に『導師』と『公爵子息』の肩書きのおかげだ。マルクトがルークをアクゼリュスで殺害し、それが開戦の引き金となっている事も幸いした。
 
 そして………
 
「……………」
 
 開く、謁見の間の大扉。
 
 その先にいるキムラスカ王・インゴベルト、そしてモース。
 
 この謁見に、越えるべき滅亡の先にある……オールドラントの未来が懸かっている。
 
 
 
 
(あとがき)
 今回はわりと無機的に展開が進んでしまいました。こういう日もある。
 
 



[17414] 25・『シュザンヌ』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/22 22:13
 
「ルグニカ平野は、その魔界(クリフォト)に降下しました。今、魔界のキムラスカ、マルクト両軍は停戦し、民間人も過酷な環境や不安と戦っています」
 
 ここに来るまで正直ビビってたけど、叔父上と顔を合わせてからこれまで、俺が何か喋る機会なんて全くなくて……ちょっとほっとした。情けねーけど。
 
 イオンが叔父上に今までの経緯を説明して、たまにジェイドが補足するくらい。……叔父上はずっと、黙って話を聞いてる。
 
 外郭大地を救うやり方を、イオンは丁寧に叔父上に話していく。
 
「………私に、どうしろと言うのだ」
 
「いけませんぞ陛下!」
 
 外郭大地を救うやり方をイオンが話し終えた所で、叔父上が苦しそうに呟いた。まるで解を求めるみたいなその言い方に、モースが慌てて口を挟む。うぜー。
 
「マルクトは長年の敵国ですぞ! それに、預言(スコア)に詠まれた未曾有の大繁栄が、すぐそこに迫っているではありませんか!」
 
 こいつがずっと、叔父上を唆してたんだって思ってムカついたのと同時に、思った。
 
『変わったのだ! 今までただの一度も外れた事のないユリアの預言が、僅かとはいえ覆された。そしてそれは、預言に詠まれていない存在によるもの』
 
 これは、俺が言わなきゃいけない事だって。
 
「預言はもう、役に立たねーよ。俺が……レプリカが生まれた事で、狂っちまったんだ」
 
 後から考えたら馬鹿な事だと思ったけど、その時、俺は、俺が生まれた事でキムラスカの繁栄が無くなった事に、罪悪感を感じていた。
 
「嘘をつくな! レプリカはアッシュの方だ! 預言は狂ってなどおらん!」
 
「事実です。ヴァンはあなたに、真実を告げてはいなかったようですね」
 
 喚くモースに冷めた眼で言うジェイドを、俺はどこか他人事みたいに見てた。その時、予想外の声が聞こえた。
 
「たとえ預言が狂っていなかったとしても、キムラスカの繁栄は一時のものに過ぎません。ユリアの第七譜石には、この星の滅亡が詠まれています」
 
 ティアだ。自分は一介の軍人に過ぎないからって、こういう時はいつも口を挟まないティアが、何故かそんな事を言っていた。俺を横目に見て……いや、ちょっと睨んでる。
 
 馬鹿な事を考えたのが、見透かされてるみたいだった。……でも、多分それだけじゃない。
 
「ふざけた戯れ言をぬかすな! 始祖ユリアは、我らとこのオールドラントを未曾有の繁栄へと導いてくださるのだ!!」
 
 モースの喚き声を無視して、ティアは真っ直ぐに叔父上を見て、続ける。
 
「人には、自分の意思で未来を選ぶ力があります。預言に従い滅びを待つのではなく、人の力で滅亡の預言を覆す道を、選ぶ事が出来るはずです」
 
 これは、ティアの夢なんだ。ずっと、ヴァン師匠と一緒に追い掛けていると信じてきた、ティア自身の夢。
 
「インゴベルト陛下、僕はあなたに、マルクトとの和平に賛同して頂きたい。大地が魔界に降下した後、世界は混乱を極めるでしょう。だから今こそ、国と国が力を合わせて国民を守らなければならないのです」
 
 そしてイオンが、ティアの言葉を支持するみたいに、具体的な提案をつけて締めた。
 
 その言葉が通じたのか、
 
「…………わかった」
 
「陛下っ!? お考え直しください! このような戯れ言……」
「黙れ!!」
 
 叔父上は首を縦に振ってくれた……だけじゃなくて、未練がましく言い寄るモースに怒鳴りつけた。
 
「戯れ言は貴様の方であろう! 何がキムラスカの勝利だ! 何が繁栄の預言だ!」
 
 叔父上は、今まで溜め込んできたものを吐き出すようにモースを罵りだす。
 
「貴様の言うキムラスカの繁栄を信じて、私はナタリアをも切り捨てたのだぞ! それが何だ! 勝利どころか、ルグニカそのものが崩落してしまったではないか! こんな大事すらも預言出来ぬものなど、最早信用出来ん!」
 
 その言葉が、俺の中の何かを軋ませた。
 
「ナタリアを、娘を返せ! たとえ血の繋がりなどなくとも、あれは私の娘だった! 全て貴様のせいだ! 今すぐ私の視界から消えて失せろ!」
 
 叔父上の言葉に締め出されるように、顔を真っ赤にして怒り狂ったモースが出ていく。……これで、良かったはずだったのに。
 
 戦争も止まる。キムラスカとマルクトも和平を結ぶ。全部上手く行ってた。
 
 なのに、俺は………
 
「……………おい」
 
 堪える事が、出来なかった。
 
「ぐあぁ……っ!?」
 
「!? ……ルーク!」
 
 気付いた時には、俺は叔父上を殴り飛ばしていた。全く歯止めが利かない。
 
「あんたが………」
 
 そのまま、叔父上の胸ぐらを掴んで引き上げる。
 
「あんたがっ! ナタリアを捨てたんだろーが!?」
 
 怯えたような瞳に、至近距離で怒鳴りつける。
 
「さっきから黙って聞いてりゃ、何もかもモースのせいにしやがって! 預言に踊らされてナタリアを殺そうとしたのはあんた自身じゃねぇか!!」
 
 止まらない。
 
「……信じてた相手に裏切られて……偽物だって、不必要だって言われて切り捨てられる気持ちが……あんたにわかるのかよっ!!?」
 
 もう一度振り上げた俺の拳を………
 
「っ……!?」
 
「そのくらいでやめておきなさい」
 
 ジェイドが掴んで、止めていた。それがきっかけなのか、あるいは気持ちを言葉にして吐き出したからなのか、俺はようやく頭に上った血が下がる。
 
「あ…………」
 
 待機していた兵士が駆け寄って来る。
 
「俺…………俺、は…………?」
 
 取り返しのつかない事をした。今までの苦労も、これからの未来も、ティアの夢も、俺が全部台無しにした。
 
 その事に、完全に手遅れになってから気付いた。ジェイドが俺を冷たく見下ろす。兵士が武器を向けてくる。ティア達も武器を構える。
 
「(終わった………)」
 
 何もかも。……そう、思った時だった。
 
「鎮まれ! 武器を収めよ!」
 
 俺の目の前にいる叔父上が、叫んだ。俺がたった今ぶん殴って怒鳴りつけた、叔父上が。
 
「……マルクトとの平和条約の話、改めて約束しよう。会談を設け、必ずマルクトと友好関係を結ぶと」
 
 叔父上のその言葉に、俺たちは呆気に取られる。中でも……
 
「………………」
 
 目を見開いたジェイドが、ある意味一番驚いてたのかも知れない。
 
 
 
 
「ごめん!」
 
 あの後すぐ、一人だけインゴベルト陛下の私室に呼ばれたルークが、城の前で待っていた私たちの所に戻ってきて開口一番頭を下げた。
 
「……謝るという事は、自分の何が悪かったのか、わかっているのよね?」
 
 ルークの気持ちはわかる。インゴベルト陛下のあの言葉は、国王としても父親としても許せないものだった。そして、ナタリアやルークにしかわからない苦悩があるのだとも思う。でも、あの場であんな行動に出るのは、あまりに危険な行為だった。
 
「あなたの感情的な行動で、ようやく掴んだ和平の好機を台無しにするところだったのよ? 反省して」
 
「う゛……だから謝ってんじゃんか」
 
「反省!」
 
「…………ごめん」
 
 ここまで素直に謝るルークというのは、最近でも珍しい。……ちょっとかわいい。
 
「それくらいにしてあげましょう、ティア。結果としてはこれ以上ないものになりましたし、陛下が納得してくれた一因は、間違いなくルークにもあるはずですから」
 
「……そうですね」
 
 いつもルークを甘やかすイオン様はともかく、あまりに予想外な事に、大佐までどこかぼんやりとその言葉を肯定した。……これじゃ、私だけ悪者みたいじゃない。
 
「……ルーク、陛下に呼ばれたのは何の話だったんだ?」
 
「えっ、と……内緒だ」
 
 どこか躊躇うようなガイの質問に、ルークが曖昧に応えた。……彼、何か隠してるみたいだけど、まさか………。
 
「そういや、アニスは?」
 
「アニスなら、『幻の青色ゴルゴンホド揚羽はっけ~ん☆』と言ってどこかに走って行ってしまいましたが……」
 
「あいつ、蝶とか好きなのか? 意外に女の子っぽいトコあるんだなぁ」
 
「『青色ゴルゴンホド揚羽』。売買価格は一匹400万ガルドです」
 
 ルークがイオン様にアニスの事を訊ね、その理由に私とルークが抱いた感慨を、大佐が容赦なく砕く。
 
 もう…人が真剣に考え事してる時に……。
 
「………まあ、こんな街中にいるような蝶ではないと思いますけどね」
 
 大佐の呟きが、微かに耳に届いた。
 
 
 
 
「………………」
 
 空気が重い。いや、別に母上は何も言ってない。俺が、一方的にビビってるだけだ。……いや、母上もビビってるか。死んだと思ってた息子が帰っていきなり、実は七年前からレプリカでした、だもんな……。
 
「顔を上げてください、ルーク」
 
 怖い。その声から感情を読み取れないのが、怖い。
 
「あなたがレプリカだったとしても、この七年間が消えたわけではありません」
 
 声が優しいって安心しても、今度はどんな顔してるかわからないのが怖くて、やっぱり顔が上げられない。
 
「何も変わったものなどありません。あなたも、私の愛しい息子に間違いないのですから」
 
 いや……多分、怖いんじゃない。どんな顔していいのか、わからないだけだ。
 
「生、きて………っ」
 
 顔を上げないままの俺に、母上は構わず抱きついた。
 
「生きていて……っ、くれて……良かった……!」
 
 抱きつかれて、泣きじゃくられて、俺はどうすりゃいいんだよ。
 
「う……う…っ……うあぁぁあああぁーーっ!!」
 
 俺……ホントの息子じゃないのに………。
 
 
 
 
「………………」
 
 父上は城に行ってて、正直ほっとした。イオン達は客室に通したし、ガイやティアは元々この屋敷に部屋がある。
 
 散々泣きじゃくった母上に言われて、メイド達にもみくちゃにされてたティアに母上の部屋に行くように伝えて、俺は久しぶりの自分の部屋のベッドで寝転がっていた。
 
「(もう戻って来ないつもり、だったんだよな……)」
 
 あの時は、ヴァン師匠と一緒にダアトに亡命するつもりで……。その後は、ただ怖くて。
 
「……あまり、嬉しそうには見えないわね」
 
「……窓から入んな。母上の話終わったのかよ」
 
 俺がベッドでごろごろしてたら、ガイやティアが窓から入ってくる。……そんな、退屈でしょうがなかったこの屋敷での感覚が、無茶苦茶大事なものに思える。
 
「……ありがとう、と……これからもよろしく、だったわ」
 
「……すっげー簡単にまとめやがったな」
 
「あなたに詳しく話すつもりはないもの」
 
「何だよそれ……」
 
 ………こいつには、カッコ悪いトコ見せたくねー。けど、今はどうしても態度に出ちまいそうだから、早く出て行って欲しかった。
 
「……シュザンヌ様に話したわ。兄さんの事、アッシュやナタリアの事、大地の降下に、私たちが必要な事」
 
「……何て言ってた?」
 
「『私もしっかりしないと。大きな使命を果たしに行く息子に心配ばかり掛ける母にはなりたくないですから』、だそうよ」
 
「そっか………」
 
 ……これもホントは、俺が話さなきゃいけない事のような気がする。
 
 さっきは叔父上ぶん殴っちまうし、何やってんだよ、俺は……。
 
「………あなたが生きてきた事を否定しないで。そう言ったはずよ」
 
「………………」
 
 ティアは、ちゃんと見てくれてる。その事が嬉しいのもあったけど、いちいち気を遣わせる俺は嫌だった。
 
 ……だって………そんなの、だせーじゃん。
 
 
 
 
(あとがき)
 二部は一部よりもそこそこ長くなると実感する今日この頃です。このペースだと。
 
 



[17414] 26・『ガイラルディア』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/23 09:18
 
「ッッ………!?」
 
 まただ。内臓が鷲掴みにされたみたいな痛みと、肺から酸素を根こそぎ吸い出されるみたいな息苦しさが同時に襲い掛かってくる。
 
「ぐっ……!」
 
 意識が遠くなる。だけど、『来る』ってわかってりゃ、何とか堪えられない事も無い。
 
「(変、だな………)」
 
 訓練してた時や、ディストの譜業人形ぶっ飛ばした時には、超振動使っても、疲れる以上の事は何も無かったのに、最近は超振動使う度にこれだ。
 
『訓練も大事だけど、それで体を壊したら基も子もないわ。……最近のあなた、超振動を使う度に倒れてるじゃない』
 
 ってティアに言われて、最近は訓練してない。最低限の制御は出来てるから大丈夫、とか言ってたけど、それがいけねーんじゃねぇのか? 実は前より制御がへたくそになってるから、こんなに体に負担が掛かってる、とか……?
 
「ルーク、大丈夫?」
 
「……ちょっと疲れた。早くまともなベッドで休みてぇ~~~」
 
 あれから、マルクトのピオニーとそのおまけ共、キムラスカの叔父上や父上、そして中立国の代表としてイオンを連れて、俺たちは魔界(クリフォト)のユリアシティへと行き、そこで無事平和条約は結ばれた。
 
 何でユリアシティ? って思ったけど、イオンが言うには、これから大地を降下させるのが魔界なんだから、国の代表がその目で魔界の現状を理解していた方がいいって事らしい。そんなもんなのかって思った。障気も泥の海もこれから何とかするってのに。
 
 で、シェリダンに戻ってみたら『地核振動停止装置』の完成まであと少し掛かるって言われたから、俺たちは空いた時間で近場の、メジオラ高原のパッセージリングに来ていた。
 
 この扉探すのにだだっ広い高原を数日歩き回って、今、ようやくリングの操作を終えたところだ。
 
「ザレッホ火山に、ロニール雪山に、アブソーブゲートにラジエイトゲート………こんなのが後四つもあんのかよ。たりー」
 
「その前に、タルタロスを地核に沈めて地核振動を止める作業が残っているわ」
 
「あ~……それはお前らに任せるわ。どうせ俺、譜業とかよくわかんねーし」
 
「すぐ投げ出さないの。今回は仕方ないけど、時間があったら最低限は覚えてもらうわよ」
 
 いつものティアの小言を食らいながら、さっさとシェリダンに戻りたかった俺は、神殿の出口に向かう。
 
「ちぇっ、お前は制御盤の前に立つだけだから楽でいいけど、俺、これでも毎回頑張っ……ゴホッ!」
 
 ぶつぶつ溢す愚痴を遮るみたいに、俺は咳き込んだ。誰かが俺の噂してん……
 
「(…………え)」
 
 咳き込んだ時に口を押さえた手を見て、俺は一瞬凍り付いた。
 
「(……血?)」
 
 ベットリと、手袋が血塗れになっている。何で、何でこんな……!?
 
「確かにあなたには負担を掛けていると思うけど、それと勉強嫌いは関係ない事よ。外郭を降ろした後の話なん………ルーク?」
 
 ティアにも、誰にも見られてない。俺は素早く手袋を外して、ポケットに突っ込んだ。
 
「(魔界で引いた風邪、まだ治ってなかったのかよ。どうりで何か最近体がだるいと思った)」
 
 こんなの見られたら、こいつらまた俺を医者に連れて行こうとするに決まってる。それが嫌で、俺は手袋を隠して口元を拭った。
 
「ルーク今、何か隠さなかったぁ?」
 
「かっ、隠してねーし?」
 
「ご主人様、どうして疑問系なんですの?」
 
「ブタザルのくせに難しい言葉使ってんじゃねー!」
 
 アニスの追及をすっとぼけ、うぜーブタザルを踏みつけ、俺は先頭切って神殿から出て行った。
 
『………………』
 
 残り四人が、俺を不安そうに見ている事にも、気付かずに。
 
 
 
 
 シェリダンに戻ってゆっくり寝ようかと思ってたのに、そのシェリダンが見える位置に来た所で、俺たちの目に不吉な物が映る。
 
「何だよ、あの煙!?」
 
「わかりません……が、いい予感がしない事は確かです!」
 
 シェリダンの街から上がる、黒い煙。明らかにやべーその雰囲気に、俺たちは走ってシェリダンに向かう。イオンはトクナガに乗ってる。
 
「ん……?」
 
 でも、街に着くより早く、砂煙を上げてこっちに走ってくる何かが見える。それはどんどん近づいて………
 
「げっ……」
 
 それが何なのかわかって、俺は思わず嫌そうな声を出した。だって、その無駄にファンキーなデザインの譜業車の持ち主って言ったら……
 
「何でお前らがこんな所にいるんだよ!?」
 
「話は後だよ。うだうだ言ってる時間も惜しいんだから、さっさと乗りな!」
 
 義賊気取りの盗賊団・『漆黒の翼』だった。
 
 ………………
 
「ディストが?」
 
「なんでも、ベルケンドの第一音素研究所の責任者がディストらしくてネェ。とうとう感付かれちまったみたいだよ」
 
 ………つーか、何で俺たち素直に漆黒の翼の車に乗ってんだ?
 
「じゃあ、シェリダンが燃えていたのは……」
 
「ディストの譜業がシェリダンの集会所を襲って来たんだよ。連中、タルタロスが地核振動停止装置になってる事には気付いてないらしくてネ。……あ、ジイさん達なら心配入らないよ。ヨークとウルシーが地下シェルターに逃がしてるはずだから」
 
 心配そうなティアに、ノワールのやつが応える。……おいおい、色々おかしいぞ。
 
「何でコソ泥のお前らが俺たちに手ぇ貸すんだよ!?」
 
「……というより、知りすぎてるな。あんた、どこでその情報を手に入れた?」
 
「細かい事をごちゃごちゃと、ケツの穴の小さい男共だネェ。企業秘密に決まってるだろ? 操縦士の娘も、アルビオールも、“完成した地核振動停止装置”も全部タルタロスだ。あんた達は邪魔される前にさっさと行きな!」
 
 俺とガイがそこ突っ込んでも相手にもしやがらねぇ。つーか、準備が全部出来てるって……マジかよ。
 
「……ジェイド、信じていいのでしょうか?」
 
「正直、罠としか思えませんねぇ。まあ、“確かめれば”済む事ですが」
 
 イオンに訊かれて、ジェイドが腕を軽く上げる。なんでも、ジェイドは『コンタミネーション』っていう音素と元素の融合現象を利用して、腕の表面に槍を融合させてるらしい。物質と生物の違いがあるから出来る事らしいけど、それでも普通は精神崩壊を起こしかねないって、前にジェイドが嫌みったらしく言ってた(遠回しに自分を褒めてやがる)。
 
 腕に融合させた槍を具現化させようとするジェイドの手を………
 
「………ん?」
 
 横にいたアニスが、掴んで止めた。
 
「大丈夫、大佐」
 
 何の根拠もねー断言で………
 
「急いで、ノワール!」
 
 アニスはノワールに先を急がせた。
 
 
 
 
「急げい! タルタロスが壊されたら何もかもおしまいじゃぞ!」
 
「うおっ! ホントにじいさんいやがった!」
 
 カイツール港の状況は、本当にノワールって女盗賊の言っていた通りだった。タルタロスに取り付けられたアルビオール、イエモンさん達、多分もうアルビオールにノエルが乗り込んでるんだろう。
 
「つーか、何であんた達ここにいんだよ! じいさん達がいたって神託の盾(オラクル)からタルタロス守るなんて出来ねーんだから、さっさと逃げてろよ!」
 
「港にいた他のもんは全員逃がしたわい! じゃが万が一の時はワシらが職人の意地に懸けてタルタロスを守るつもりじゃった!」
 
「はあ? 馬っ鹿じゃねーの!? そんなもんのために犬死にするつもりかよ!」
 
「職人の魂を舐めるな! ついでに年寄りを馬鹿にするな!」
 
 ルークがいきなりイエモンさんと口喧嘩始めやがった。ルークも不器用なりに心配してるんだろうけど………
 
「ルーク、馬鹿な事やってないでさっさと行くぞ! 口喧嘩で時間潰すのが一番無駄だ!」
 
「お……おう!」
 
 俺はそんなルークの手を引っ張って、皆と一緒にタルタロスに向かって一直線に走る。俺たちがタルタロスに乗って出港さえしちまえば、神託の盾もじいさん達をどうこうする意味を失うんだから、それが一番いいに決まってる。
 
 だが、その時………
 
『っ!?』
 
 俺たちの進む先で、石造りの港の足場に地割れが走り、阻んだ。これは………第二音素(セカンドフォニム)の、上級譜術だ。
 
 敵。その確信を持って振り返った所にいたのは……予想以上の大物だった。
 
「兄さん……!」
 
 誰より早く、ティアがそいつを呼んだ。まさか、こんな所にヴァンが直接出向いてくるなんて……。
 
「お前たちに、地核の振動を止めさせるわけにはいかんのだ」
 
 だが、感傷に浸る時間も、戦ってる時間も無い。ここでヴァンを倒す事よりも、最優先なのは地核振動の停止。ここで時間を食って、もし増援が来てタルタロスを奪われたら、世界は終わりだ。
 
「ルーク、ティア、アニス、イオン様! 早くタルタロスへ! ここは私とガイが食い止めます!」
 
「でも……!」
 
「でもじゃない! 早く行けルーク! そうすりゃ、俺や旦那も尻尾巻いて逃げる事だって出来るんだからな!」
 
 ジェイドの言葉に渋るルークを安心させようと、俺は笑って見せた。……人選に感謝するぜ、ジェイド。
 
「ッ……ルーク、行きましょう!」
 
「ち……っくしょう! 死んだら殺すからな!」
 
 ティアがルークを引っ張って、皆がタルタロスに乗り込む。
 
「無茶言うよな、あいつもさ!」
 
 黙って見てるつもりなんて無かったんだろうヴァンが、剣に手を掛けた瞬間、俺は斬り掛かった。先に仕掛けたってのに、ヴァンはその一撃を軽々止める。
 
 タマラさんとアストンさんが、イエモンさんを引っ張って隠れてくれたのはありがたいな。
 
「もう、馬鹿な事はやめるんだ。こんな事したって、本当のホドは蘇ったりしない」
 
「……貴公の頼みでも、聞けません。“ガイラルディア様”」
 
 アッシュにも勝てなかった俺が、こいつに勝てるとも思えない。だけど……
 
「そうか、だったら……」
 
 ルークが俺にしてくれた事を、俺はこいつにしてやる事が出来なかったんだ。
 
「預かった剣は返すぜ、“ヴァンデスデルカ”!」
 
 ならせめて、全力で止めてやるのが俺の役目だ。
 
 
 
 
(あとがき)
 今さらながら前話について。原作はともかく、本作ではモースはアッシュの方がレプリカだと思ってました。
 預言至上主義のモースが、『ルーク』のレプリカすり替えなんて許すはずないと思ったからですが。原作だとどうだったんでしょうね。何かうやむやになってた気がします。
 
 



[17414] 27・『死霊使い』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/23 22:06
 
 地核振動停止装置となったタルタロスが、シェリダンの港から少しずつ離れて行く。残されたガイとジェイドが、皆の船出を守るべく最強の敵と対峙していた。
 
「ここで私を止めたところで無駄だ。地核の振動を止めさせはしない」
 
「……何故、地核振動にこだわるのですか? 外郭を崩落させて人類を滅ぼすつもりのあなたに、そこまで意味がある事とは思えませんが」
 
「地核振動が激しくなれば、プラネットストームが活性化し、地核に眠るローレライから大量の第七音素(セブンスフォニム)が吐き出される。そして、それがレプリカによる新たな世界の礎となるのだ」
 
 ジェイドの問いに、ヴァンは悠然と応える。本来、フォミクリーは大量の第七音素を必要とする。星のレプリカ世界を造るとすれば、世界中からかき集めても足りはしない。それをどうするのか、今までジェイドが抱えていた疑問が氷解した。
 
「ローレライ……。『ルーク』のレプリカ情報を見た時からもしやとは思っていましたが、実在したのですか」
 
 音素(フォニム)は、一定以上集まると意思を持つと言われる。しかし、第七音素の意識集合体であるローレライは、仮説の上での存在で、まだ誰も確認する事は出来ていない。
 
「そうだ。そしてレプリカ世界を造った後、忌まわしい星の記憶そのものであるローレライを消滅させれば、私の計画は完遂される。人類が本当の自由を勝ち取るのだ」
 
 預言からの解放。レプリカの世界。その野望は以前ルークとティアに語ったものと変わらない。今ヴァンが口にしているのは、その具体案に過ぎない。
 
 当然……
 
「預言を捨てる、それ自体は否定しない。だが、お前のやり方は気に入らない!」
 
「……詭弁は、それで終わりですか?」
 
 ガイやジェイドの応えも変わらない。
 
「皆の手前食い止めるとは言いましたが、あなたを倒さない限り、いつまで経ってもこのイタチごっこが終わりそうにありませんからね」
 
 ジェイドの右腕の体表から、一本の槍が具現化する。
 
「ルークやティアには悪いですが、ここで始末させてもらいます」
 
「ジェイド、俺を忘れてもらっちゃ困るぜ。……俺も、こいつとは無関係ってわけじゃない」
 
「でしょうね。……まあ、それは私も同じですが」
 
 互いに意味深な言葉を交わして、ヴァンに向き合う二人の頭上で……
 
「はーっはっはっはっ!!」
 
 場に全くそぐわない、耳障りな高笑いが響く。見上げればそこには、シェリダンを襲撃していたはずの六神将……死神ディスト。
 
「笑わせてくれますねぇ、ジェイド! 封印術(アンチフォンスロット)で力を封じられた今のあなたが、ヴァンを始末するだなどと!」
 
 優越感と自己顕示欲に塗れたその演説に、ジェイドは不機嫌そうに眉根を寄せて溜め息をつく。
 
「ヴァンはあなたが生み出した化け物を退治し、ネビリム先生のレプリカ情報を手に入れるほどの実力の持ち主なのですよ! マクガヴァン元帥が封印する事しか出来なかった化け物をね! ついに私は、ネビリム先生を……」
「サフィール!!」
 
 まるで夢物語を語るような喜色に溢れた声で、ジェイドの過去の傷をも抉る言葉を並べるディストを、ジェイドが大喝する。昔の……友人だった頃の名前で。
 
「いい加減、馬鹿な幻想に囚われるのはやめなさい。お前がどれだけフォミクリー技術を突き詰めようと………ネビリム先生は戻って来ない」
 
 突き放す。未だに幻想に囚われている幼なじみと、かつての自分自身を。だが、ディストには到底それを受け入れられない。
 
「どうして!? ジェイド、あなたは本当に、諦めてしまうのですか! もう一度ネビリム先生に会いたくはないのですか!?」
 
 恩師ネビリムを復活させ、幼い日のようにまたジェイドやネフリーと交流したい。ディストはその望みのためだけにジェイドを追ってマルクト軍に入り、ジェイドが研究を放棄した後はダアトに亡命してヴァンと手を組んでまで研究を続けてきた。今さら諦めるなどという選択肢は存在しなかった。
 
「“死んだ人間は生き返らない”。誰が、何をしようとだ」
 
「ッッ!? ………あなたは、私が辿り着いた研究の成果を知らないからそんな軟弱な事が言えるんですよ!!」
 
 普段のジェイドなら決してあり得ないほど真摯に響いたその言葉に、ディストは受けた衝撃を誤魔化すように抗弁した。……だが、いつまでもそんな会話を許す状況ではない。
 
「ディスト、いい加減に無駄話をやめて、さっさとタルタロスを追え。ゲルダ・ネビリムのレプリカ情報など、私はいつ破棄しても構わないのだぞ」
 
「むぐぅっ……出でよ! 『カイザーディストXX』」
 
 ヴァンに短く脅しを掛けられ、ディストは中空で自身の造り出した譜業人形を呼び出し、宙に浮かぶ椅子ごとその中に乗り込んだ。
 
 以前の物とは違う。さらに物々しい兵器を搭載し、頭部(?)に取り付けたプロペラによって空をも飛べる最新式のカイザーディスト。
 
「約束は守ってもらいますよ、ヴァン!」
 
「守ってもらいたくば、早く行け。私の気が変わらぬ内にな」
 
 ディストを差し向けたヴァンは、剣を真っ直ぐにジェイドに向ける。
 
「『死霊使い(ネクロマンサー)』ジェイド。フォミクリーを生み出した貴様が、レプリカ世界を目指す私に斬られる事になるとはな。ディストではないが、『封印術』を受けた身で私に挑もうなどと、無謀な」
 
 剣を向けられ、圧倒的な気迫をぶつけられても、ジェイドは怯まず、強気に笑った。
 
「『封印術』、ねぇ。一体………“いつの話ですか?”」
 
 天に掌を向けて……
 
「“旋律の戒めよ”」
 
 詠唱を始め、力が唸りを上げて、
 
「“死霊使いの名の下に具現せよ”」
 
 十重二十重に展開された譜陣が空に広がり、その内側にカイザーディストを封じ込めて………
 
「『ミスティック・ケージ』!」
 
 檻とも、鎖とも、枷とも見える凶悪な旋律が、その内にある全てを圧し潰すように包み込み、握り潰した。
 
「ぎゃぁああああーー!!」
 
 一撃で撃破されたカイザーディストが火を吹いて、その内側にディストを乗せたまま、ふらふらと宙を揺れて海に墜ちる。
 
「ジェイド、あんた……」
 
「……なるほど。既に封印術を解いていたか。ならば、真の実力でこの私を退けられるか、試してみるのも面白かろう」
 
 ガイが、そしてヴァンが、死霊使いの真骨頂を目の当たりにする。……しかし、ジェイドは自分を過大評価するつもりも、ヴァンを過小評価するつもりもなかった。
 
「実力であなたに勝っている、などと思った事はありませんよ。……というわけで、ガイ、頼りにしてますよ?」
 
「……ああ。死に物狂いでやってやる」
 
 ジェイドにはジェイドの、ガイにはガイの、ヴァンとの因縁がある。そして、それに決着をつけたいという想いがある。
 
「こちらも、命懸けで挑ませてもらいますよ」
 
 ジェイドは、掛けた眼鏡を指で掴み……外した。
 
 
 
 
 地核振動停止装置は、地核振動に同規模の振動をぶつけてこれを打ち消す音機関である。
 
 当然、今や地核振動停止装置であるタルタロスは地核に直接沈める必要がある。だが、空を飛べないタルタロスで地核に降りるには、場所を選ぶ必要がある。
 
 つまり、崩落によって外郭に空いた穴。という事になるが、ルグニカやケセドニアのように、その穴の下の魔界(クリフォト)に大地がある場所は当然除外される。
 
 外郭が崩落し、かつ、魔界にも大地が残らずに完全消滅してしまった場所。………すなわち、アクゼリュス。
 
 ガイとジェイドの手によって無事出港したルーク達は、決して速くないタルタロスの移動速度でその場所に向かった。
 
 五日掛けてそこに着いたルークは今、恐る恐る一本のレバーを握っていた。
 
「………………」
 
 五日も経てば、ガイやジェイドの事はもう信じるしかなくなっていた。代わりに、頭脳労働専門のジェイドや譜業マニアのガイが抜けた分、ルークやアニス、イオンは、振動装置の扱い方(の一部)を徹底的に叩き込まれていた。
 
「3……2……1……」
 
 失敗はすなわち、死、そして惑星の滅亡に直結する。とはいえ、さすがに扱いやすく造ってくれてはいたので、てこずったのはルークくらいのものだ。
 
 そして、今まさにその装置を起動させる時……
 
「0!!」
 
 思い切りよく、レバーを引く。中にいるルーク達からは視認出来るはずもないが、虹色に明滅する強大な譜術障壁がタルタロス全体を包み込んでいた。
 
 しかし…………
 
(ビーッ! ビーッ! ビーッ!)
 
 それより一瞬早く、警鐘が鳴り響いていた。
 
「う、うわぁ! お、俺何かミスっちまったのか!?」
 
「落ち着いてください、ルーク! これは侵入者に反応する、タルタロス本来の警鐘装置です!」
 
 自分がレバーを引いた直後の警鐘にパニックに陥るルークを、イオンが努めて冷静に宥めた。実際、別にルークが悪いわけではない。
 
「侵入者って、ここ海の真ん中ですよー!?」
 
「……以前タルタロスが襲撃された時と同じだわ。きっと、グリフィンから飛び移って来たのよ」
 
 頭を抱えてわめくアニスには、ティアが推測を付け足した。
 
 後、ほんの少し早く装置を起動させていれば、譜術障壁が外敵をも阻んでくれた。逆に、もう少し起動を遅らせていれば、万全の状態で侵入者を撃退出来た。
 
 まさに神掛かったタイミングで敵は侵入してきたと言える。
 
 動き出したタルタロスはもう止められない。地核に降り、沈み、そのまま永久に地核振動と同規模の振動を生み出し続ける。
 
 最早ルーク達に出来るのは、地核に降りるタルタロスを見届け、最後のスイッチを押した後に、アルビオールで脱出する事のみ。
 
 つまり、侵入者がいるからと言って今さら止められはしないのだ。
 
『っ………!?』
 
 譜術障壁を展開したタルタロスが、緩やか……とは言えない下降を始める。巨大で非常に乱雑な天空客車、とでも呼ぶべきか。とても侵入者撃退など出来る状態ではない。
 
 タルタロスが地核に達して、その激しい動きが治まるまでの数時間を、針のむしろに座らされた気分で待った。
 
 そして、揺れが止まった瞬間、駆け出す。タルタロスやアルビオールに取り付けられている譜術障壁装置の耐用時間は、決して長くない。ぐずぐずしていたら、アルビオールごと潰れてしまう。
 
 ルークらは、侵入者がいる事を承知の上で、細心の注意を払って、警戒を怠らずにブリッジに駆け出した。
 
「ルーク! 急いで!」
 
「わかってるっつの! でも、どっかに絶対敵がいるんだろ!?」
 
 そう、警戒を怠っていなかったはずの………ティアの………
 
「っ………あ……?」
 
 背中を、凶刃が襲った。ルークの視界を、噴き出した鮮血が埋める。
 
「ティア!!」
 
 膝を着いて崩れ落ちるティアを、ルークは慌てて抱き止めた。背中に合わした手に、べっとりとティアの血がつく。
 
「人の心配なんて、してる場合じゃねぇだろ」
 
 血塗れの剣を片手に下げて、鮮血のアッシュがルーク達を見下していた。
 
 
 
 
(あとがき)
 今回は地核振動停止作戦の説明擬いの文章とか、ヴァンの演説の説明とかが多くて、少し不満な出来になってしまいました。それでも必要なわけですが。
 
 



[17414] 28・『存在を懸けた戦い』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/24 16:32
 
 タルタロスが星の中心に着いて、敵が侵入して来てて、でも早くアルビオールで脱出しないと皆潰れちまう。俺は焦って、ビビって、でもティア達について走った。
 
 タルタロスの中では結局敵は見つからなくて、艦橋にまで来た。俺が必要以上にびくびくしてたんだと思う。先頭を走ってたティアが、俺を急かして振り返った。
 
 ――その時、俺は見た。
 
 振り返ったティアの真後ろに上から飛び降りてきた男が、ティアの背中に剣を振り下ろすのを。
 
 血飛沫が飛んで、ティアは崩れ落ちた。慌てて抱き止めたら、背中に回した手にべっとりと生暖かい血がついた。
 
「人の心配なんて、してる場合じゃねぇだろ」
 
 見下してくる。俺と同じ顔の、俺より紅い髪の男が、俺よりずっと冷たい眼で俺を見下してくる。
 
「テメェもここで、俺に殺されるんだからな」
 
 その声に合わせて、神託の盾(オラクル)の兵士が四人、物陰から現れる。
 
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
 
 腕の中で、ティアが弱々しく動いた。……呼吸が荒くて、浅い。
 
「……まだ生きてんのか。斬られる寸前に前に跳んでたから、浅かったみてぇだな。一応ヴァンの妹なだけある」
 
 言いながら、そいつは剣を振り上げる。俺の抱き止めてる、ティアに向かって……。
 
「させるかぁーー!!」
 
 それを振り下ろすより速く、アニスがトクナガで割って入る。デカい人形の突撃を、そいつは慌てる風もなく後ろに跳んで避けた。
 
 すげー今さらみたいに、俺は遅れて気付く。ようやく頭が追い付いた。
 
 ティアが斬られた。殺されそうになった。俺のオリジナル……鮮血のアッシュに。
 
「ティア!!」
 
「大、丈夫………」
 
 大丈夫なわけねー……。傷もかなり深いし、血の量も半端じゃない。強がって無理矢理作った笑顔が、壊れそうなくらい弱々しい。
 
「イオン………」
 
「はい、すぐに治療術を!」
 
 第七音譜術士(セブンスフォニマー)のイオンに、ティアを預ける。……俺じゃ、助けられないから。
 
「……アニス、イオン達を守ってくれ」
 
「で、でもルーク……」
 
 俺がもたもたしてる間に、アニスは敵兵士を二人ぶっ飛ばしてた。でもまだ二人残ってるし、今のティアやイオン、それにノエルとミュウは無防備だから、守るやつがいる。
 
「(許さねぇ………)」
 
 それなら、俺が守ればいいのかも知れない。……けど俺は、実感が強くなるにつれてじわじわと、凄い勢いで頭が熱くなっていく。
 
「こいつは俺が、ぶっ殺す!」
 
 死なせない。絶対守ってみせる。
 
 
 
 
(ギィンッ!)
 
 問答無用で斬り掛かったルークの剣を、アッシュが容易く受けとめる。
 
 刃越し、ルークの瞳の中で燃える憤怒の焔を見て、アッシュは鼻で笑う。
 
「殺す? お前が俺を?」
 
 その嘲笑から一転、瞳をぎらつかせて、アッシュはルークの腹を蹴って突き飛ばす。
 
 ルークは怯まず再び踏み込んで、力任せにもう一度剣を振り下ろす。それを、当然のようにアッシュは止めた。
 
 ルークの空いた右手と、アッシュの空いた左手が、互いの剣の下を抜けて……
 
「「『烈破掌』!」」
 
 ぶつかりあった二つの掌底の間で気が弾け、二人の体は大きく後退した。
 
 弾かれるように両者突っ込み、嵐のような連撃と連撃が火花を散らす。
 
「「『雷神剣』!」」
 
 刺突と刺突が交叉して、紫電が大気を灼いて雷鳴を呼ぶ。
 
「「『魔王……』」」
 
 互いの裏拳が火を撒いてぶつかり……
 
「「『絶炎煌』!」」
 
 続け様に振り下ろされた斬撃が豪炎を帯びて二人の間で拮抗する。力の余波のように立ち上った炎が二人を包んだ。
 
 大気に飛散した第五音素(フィフスフォニム)を二人の剣が纏い、それが技の属性を変化させ………
 
「「『斬魔飛影斬』!!」」
 
 空を斬り裂く影のように舞った二人の闇の斬撃が、上空数点で月を十字に断つような激突を見せた。
 
 同じ顔、同じ構え、同じ間合い、同じ技、同じ剣術。利き手が逆な事も重なって、二人の戦いはまるで鏡に写したような異様を魅せる剣舞。
 
 互いの技によって中空で弾かれた二人は、地に着く前に受け身を取り、十二分の間合いを取って着地した。
 
 傍目には、完全な互角。そう見えていた光景が、次の瞬間崩れた。
 
「ぐっ………」
 
 ついに耐えきれないように膝を折った、ルークによって。そんなルークに、アッシュは余裕の感情で語り掛ける。
 
「まだわかんねぇのか。お前は俺の劣化複写人間。そして俺より劣るその牙を満足に研く時間も持てなかった。どうやったってテメェが俺に届く事はねぇんだよ」
 
 アッシュのその言葉に、ルークは歯軋りするほどに悔しさを感じる。先ほどまでの拮抗は、別にルークの実力がアッシュに追い付いたわけでもなんでもない。
 
 ティアを傷つけられた怒りのままに、実力の劣るルークがなりふり構わず、必死に全力を振り絞っていたに過ぎないのだ。
 
 そして、それでもアッシュに傷一つつける事叶わず、逆にルークの方が自身の体力を大きく削った。
 
 だが、ルークの心には悔しさ以上の困惑が広がっていた。
 
「(何でこんなに、息が切れるのが早ぇんだ……?)」
 
 ルークは仲間たちの中で最も体力があるし、それを自覚もしていた。いくら激昂して力を出し切ったとはいえ、ここまで早く限界が来るはずがない。
 
「そのてめぇが……」
 
 そんなルークの困惑など関係なく、アッシュは余裕の表情を屈辱に歪めた。
 
「ハンデ付きで俺に勝つ? 舐めるのもいい加減にしやがれ!」
 
「………ハンデ?」
 
 アッシュの怒声。その不可解な言葉に、ルークはおうむ返しに問い返す。全く意味がわからない。
 
「何で俺がお前にハンデなんてくれてやんなきゃなんねーんだよ。ワケわかんねー事言ってんじゃねぇ!」
 
「…………お前、まさか気付いてねぇのか?」
 
 怒鳴り返されて、今度はアッシュが意表を突かれたように目を丸くした。
 
 ―――次いで、嘲う。
 
「………ハッ、こいつはお笑い草だ。全部わかった上でやってんのかと思ったら、何一つ気付いてないただの馬鹿だったとはな」
 
 その瞳に映るのは、失望にも似た侮蔑。意味深なその言葉の意味は、ルークに伝わる事はない。
 
「何で俺がアクゼリュス以降、超振動でパッセージリングを破壊しないのか。疑問に思わなかったのか? わざわざ操作して崩落を待つより、その方がよっぽど手っ取り早いはずだろうが」
 
 確かにそうだ。現に、アクゼリュスは誰が何をする間もなく、あっという間に消滅した。ルークは初めてその事に疑問を持って、しかしその解まではわからない。
 
「……まあ、関係ねぇか。これから死ぬやつにはな」
 
 アッシュは遠く、ルークに向けて剣を突きつける。それはどこか、宣誓にも似ていた。
 
「資質や実力の問題だけじゃねぇ。覚悟も俺の方が上だ」
 
 身に染みて思い知らされた厳然たる事実に、ルークは押し潰されそうになる。
 
「七年前、俺はヴァンに世界の真実を聞かされ、そしてあいつについて行く事を決めた。それまで持っていた全てを捨てて」
 
 今のアッシュの顔には、侮蔑も余裕もない。ただ強烈な意志が漲っていた。
 
「俺が捨てた過去も、未来も、その全てはレプリカであるお前が持っている。お前は俺の、もう一つの可能性だ」
 
 レプリカであるがゆえの無力感に打ちのめされるルークに、しかしその言葉は僅かな亀裂を与えた。
 
「俺は『ルーク』に負けるわけにはいかねぇんだよ。でなきゃ、あの時俺が信じて選択した未来を否定する事になっちまうからな」
 
 その言葉を受けるルーク自身は、今まさに『自分』が否定されていると感じる。
 
「『アッシュ』である事を選んだ俺と、『ルーク』にされたお前。これは未来と、そして存在を懸けた戦いだ!!」
 
 その言葉を合図にするかのように、ルークはまたもアッシュに猛進を掛ける。
 
 ルークは、アッシュの言葉を認める事は出来なかった。
 
「確かに俺は、お前から造り出されたレプリカだ」
 
 先ほどの剣舞よりさらに激しく、ルークはアッシュに連撃を叩き込む。それを上回る速さと力で、アッシュは攻撃を受け止めていく。
 
「お前の身代わりにされたのも、ずっと周りが俺の事をお前だと思ってたのも、事実だ!」
 
 しかし………
 
「ッ………!」
 
 次第に激しさを増して行く剣撃の一つを避けられず、アッシュの頬に血が一筋伝う。
 
「だけどっ!」
 
「屑が!」
 
 『牙連崩襲顎』、『斬影烈昂刺』、『通牙連破斬』、アルバート流の複数の特技を組み合わせた連撃奥義が、止まる事を知らない凄まじい勢いで衝突していく。
 
 今度は………
 
「(馬鹿な……!?)」
 
 アッシュが押されている。受け切れず、躱し切れず、押し切られ、ルークの剣がアッシュの体を斬り裂いていく。
 
「俺には俺だけの記憶が、感情が、想いがある!」
 
 レプリカという異形の命。これまで自身の存在に悩み苦しんできたルークの心に、彼だけの思い出が呼び起こされる。
 
『自分の存在を認めずに感情を殺す事が無意味な事だとわかった。それはルーク、あなたのおかげなんです』
 
『ルークの方が子供じゃん。七歳児のくせにぃ~』
 
『構いませんよ。あなたにはそれを聞く資格がありますから』
 
『本物のルークはあいつだろうさ。だけど俺の親友は、こっちの馬鹿の方なんだよ』
 
『みゅう……ご主人様が帰ってきたですの……』
 
『ルークさんは、立派ですね。……私は、アルビオールで皆さんをお運びする事しか出来ませんから』
 
『あなたも私の愛しい息子に間違いないのです。生きていてくれて……良かった……』
 
『ルーク。あなたは、あなただけの人生を歩いている。それを……否定しないで』
 
 アッシュではない、紛れもなくルークの思い出として……。
 
「雑魚が調子に乗ってんじゃねぇ!」
 
 苛立たしげに振るわれたアッシュの渾身の斬撃。それを受けたルークが、体ごと弾き飛ばされた。
 
 壁に叩きつけられる前に踏み止まったルークの全身から、燃え立つように青白い『音』が迸る。
 
「超振動か……。垂れ流しじゃねぇか、このへたくそが」
 
 自身と同じ力を振るう、ルークのその無様を嘲笑ったアッシュは剣を天に向けて差し上げた。ルークはそれに構わず剣を放り投げ、天高く跳び上がり、重力を味方につけて襲いかかった。
 
「砕け散れ」
 
 アッシュはかざした剣を逆手に持ち換え、地に突き立てる。
 
「『絞牙鳴衝斬』!」
 
 それによって展開された巨大な譜陣から、ルーク同様に超振動が噴き上がった。
 
「(この技……ヴァン師匠の……!)」
 
 以前受けたヴァンの秘奥義に超振動を応用したアッシュの切り札。アッシュこそが本当のヴァンの弟子だと告げるような一撃にルークは驚愕し、そして荒れ狂う『音』に呑まれた。
 
「(終わった……)」
 
 譜陣の中心で勝利を確信した、そのアッシュの頭上に………
 
「な……っ!?」
 
 アッシュの秘奥義で全身を斬り裂かれて血塗れになったルークが姿を現す。強力無比で無駄の無い『音』の奔流の中を突き進んで。
 
「“俺は俺”だ!!」
 
「く………っ!」
 
 渾身の『音』を放出するルークの左掌を、アッシュの剣が受け止めた。
 
 
 
 
(あとがき)
 次話、決着です。
 
 



[17414] 29・『カルマ』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/24 21:40
 
「ルークさんっ!!」
 
「だめですノエル! 余波に巻き込まれる!」
 
「てゆーかタルタロスが壊れちゃうよぉーー!」
 
 暴風のように、嵐のように、竜巻のように艦橋を埋め尽くす青白い『音』に、イオン達が口々に叫ぶ。
 
 無防備なイオンやティア達を狙い、アニスと睨み合っていた神託の盾(オラクル)兵二人が、その余波に巻き込まれて跡形もなく分解された。
 
「(ルーク…………)」
 
 イオンの治療術で一命を取り留めたティアが、かろうじて繋ぎ止めている意識の中で、その幻想的な光景を見ていた。
 
「『レイディアント・ハウル』!!」
 
 燻るように渦巻いていた音の嵐が一際大きく弾け、地核の振動にも耐えられるほどに強化されたタルタロスが悲鳴を上げる。
 
 視界全てを埋め尽くすほどの閃光の中から……
 
「はぅあっ!?」
 
 赤い影が凄まじい勢いで弾き飛ばされ、その勢いのままにタルタロスの砲台に叩きつけられた。光の中から男の足下に繋がるように、摩擦熱による炎が二筋燃えている。
 
「はあっ……はあっ……ク、ソがぁ……!」
 
 砲台を派手に歪めたそこに背を預けているのは、アッシュ。
 
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
 
 晴れた閃光の中心に血塗れで立っているのは、ルーク。
 
 誰の目にも明らかな決着。ルークが……勝ったのだ。
 
「……………」
 
 背中に感じるどろりとした生暖かい感覚。それが自分の血だと理解して、アッシュは苦々しげに舌打ちをした。
 
「は、はは、はははは………」
 
 地核に見えるはずもない空を仰いだアッシュの口から、虚無的な笑いが艦橋に響く。
 
「そういう、事かよ……。まったく、俺は運命ってやつに……とことん嫌われてる、らしい……」
 
 何に向けてかそう言ったアッシュは、吹き飛ばされても決して放さなかった剣を支えにして、弱々しく立ち上がる。
 
「……もう、やめろ。お前の事は大っ嫌いだけど、お前の帰りを待ってるやつもいるんだよ」
 
 決着がついたと判断してか、ルーク本来の甘さが口を突いて出るが、アッシュはそれに反応すらしない。
 
「……俺は、絶対……認めねぇ……!」
 
 アッシュが自分の右掌を見つめ、何か、意識を集中する素振りを見せた瞬間……
 
「!? やめろっ!」
 
 ルークは走っていた。同じ力を扱う者として、アッシュがやろうとしている事を悟ったのだ。
 
「何がなんでも……生き延びてやるつもりだった、のによ……!」
 
「やめろ! だったら何でっ……」
「テメェに情けを食らうくらいなら、死んだ方がマシだ!!」
 
 ルークの言葉は届かず、アッシュは右手に『音』を発生させ、振り上げた。
 
「タダじゃ死なねぇぞ!!」
 
「アッシューーーーーー!!」
 
 超振動を暴走させ、自分やルーク達ごとタルタロスを破壊しようとしたアッシュを………
 
「ッッ……があっ!?」
 
 ルークの『烈破掌』が、吹き飛ばした。重症の体に気の爆発を受けたアッシュの体は、タルタロスから放り出され………
 
「あ………」
 
 地核の底へと落ちていく。
 
「く……そ………」
 
 消え入るような最期の言葉が、ルークの胸に冷たい刃となって突き刺さった。
 
「(お前、そんな生き方しか選べなかったのか……?)」
 
 ルークは自分がレプリカだと知った時、辛かった。キムラスカ王家に見殺しにされた時悲しかった。
 
 それは、自分が失ったものを大切だと思っているからだ。だからこそ、それら全てを自ら捨てるアッシュの生き方は、ルークには理解出来ない。
 
「(散々好き放題やって、勝手に死んじまいやがって……! そんなの卑怯じゃねーか!)」
 
 かつてないほどの後味の悪さを噛み締めるルークの膝が……
 
「…………え?」
 
 唐突に、落ちた。戦いに集中していた事で押さえていた感覚が、ルークの体に戻ってくる。
 
「(痛ぇ……)」
 
 全身に受けた傷が多すぎる。中にはかなり深いものもある。
 
「(寒い……)」
 
 血を流し過ぎている。当然体温も下がっていた。
 
「(意識が、もう……)」
 
 体力が尽きかけていた。己の限界まで力を使い果たしたかつてない死闘に、体が悲鳴を上げている。
 
「ルーク!?」
 
 仲間たちの声をどこか遠くに聞きながら、ルークは前のめりに崩れ落ちた。
 
 全身を襲う痛みの中で………
 
『ルーク、我が魂の片割れよ』
 
 頭の中の鈍痛と……
 
『我を解放してくれ。惑星を巡る、永久回帰の牢獄から……』
 
 声が、いやに強く響いていた。
 
 
 
 
 ルーク達がアッシュを倒し、タルタロスを地核に沈め、アルビオールで外郭大地へと帰還する五日前。……タルタロスが出港したばかりの、シェリダン港。
 
「『秋沙雨』!」
 
 ガイの繰り出す目にも止まらぬ連続突きを、ヴァンは最小限の動きで回避する。逃げるどころか逆に踏み込み、ガイの横腹に『烈破掌』を叩き込んで吹き飛ばした。
 
「“炎帝の怒りを受けよ 吹き荒べ業火”『フレアトルネード』!」
 
 しかし、ガイが稼いだ時間をジェイドは無駄にはしない。譜術の生み出す炎の竜巻が、ヴァンを焼き尽くさんと包み込んだ。
 
「『守護氷槍陣』!」
 
 しかし炎の渦の中、剣を地に突き立てたヴァンの周囲に氷槍が無数に現れ、炎を打ち払う。
 
 それも予想の内とばかりにガイが突っ込み、『弧月閃』を繰り出す。月を斬るような二連斬を、こちらも予想通りとばかりにヴァンが凌いだ。
 
「“氷の刃よ 降り注げ”『アイシクルレイン』!」
 
 ガイとジェイドの二段構えの戦術は変わらない。ヴァンの上空で第四音素(フォースフォニム)が結晶し、詠唱通りに氷の刃が降り注ぐ。
 
「『襲爪雷斬』!」
 
 雷撃を纏った剣を振り上げてそれらを砕いたヴァンは、そのまま雷斬をガイに振り下ろす。ガイは得意の俊足でこれを何とか躱し………
 
「『絶衝氷牙陣』!」
 
 ジェイドが生み出した氷の音素を剣に纏い、地に十字の氷陣を刻む。
 
 それは先ほどヴァンが生んだ氷槍をも砕いて、ヴァンを冷気の衝撃破で吹き飛ばした。……が、
 
「小賢しい!!」
 
 ヴァンは踏み止まり、譜術の詠唱を始める。それは速く、正確で、乱れがない。ガイとジェイドの追撃より早く発動するほどに。
 
「『ホーリーランス』」
 
 数十にも及ぶ光の槍が出現し、それらが一斉にガイに向かって奔った。
 
「(躱し………)」
 
 必死で躱すガイの足を………
 
「(きれな……ッ!?)」
 
 その内の一本が深く掠め、血が噴き出す。最大の長所である機動力を奪われたガイを、薄らぐ視界の中で確認したジェイドは……勝負を急ぐ決意を固める。
 
「“慈悲深き氷嶺にて 凄烈なる棺に眠れ”『フリジットコフィン』!」
 
 地を奔る氷の結晶が、
 
「“全てを灰塵と化せ”『エクスプロード』!」
 
 赤い炎の爆発が、
 
「“聖なる意思よ 我に仇なす敵を討て”『ディバインセイバー』!」
 
 雷撃の譜陣が、一挙怒濤にヴァンを攻め立てる。
 
 そして、ジェイドは残った譜力の全てを、自身の最強の一撃に懸ける。
 
「“天光満つる所我はあり”」
 
 天から地に架けて巨大な譜陣が幾重にも展開される。
 
「“黄泉の門開く所汝あり”」
 
 それは広範囲を攻撃するための陣ではない。外から内へ力を集約させ、さらにそれを幾重にも重ね、力を一点に束ねるためのもの。
 
「“出でよ 神の雷”」
 
 詠唱を終え、言霊によって術が発動する前に……
 
「これで終わりです」
 
 別れの言葉のように一言、呟いて………放つ。
 
「『インディグネイション』!!」
 
 青紫に輝く神雷が、これまでの譜術の比ではない威力を持って、天空からヴァンを貫いた。
 
 港を粉々に半壊させて、紫電がバチバチと迸って大気を灼く中、勝利を確信するジェイドの………目の前で……
 
「なっ、何だ!?」
 
 それら圧倒的な雷の力が、その下から噴き上げるさらなる力によって、砕き散らされた。
 
「『星皇蒼破陣』」
 
 衝撃波と雷が消えた先に、ジェイドが生み出したものとは別の譜陣の中心で片膝を着く、ヴァンの姿。
 
「……大した、ものだな。『死霊使い(ネクロマンサー)』ジェイド……。よもや……」
 
 重そうに自分の体を立ち上がらせたヴァンは、足に一際強く力を込めて、跳躍した。
 
 そして………
 
「よもや、この私が撤退を選ばされるとはな……」
 
 いつの間にか上空に現れていたグリフィンの背中に、一足跳びに跳び乗っていた。
 
「だが、私を退けたところで無駄な事だ。地核振動停止装置は、私の部下たちの手によって破壊される。……この決着はいずれ着けよう。お前たちが、あくまでも私の理想を阻むなら、な」
 
「待て、ヴァン!!」
 
 グリフィンを翻させて、ヴァンは背を向け、姿を消す。ガイはその背中を、何とも複雑な感情で見送る事しか出来なかった。
 
「ジェイド、どうしてみすみす逃がしたんだ! あんたなら、あのグリフィンを狙い撃ち出来たんじゃないのか?」
 
「……無理ですよ。仮に命中させる事が出来たとしても、やられるのは……こちらの方だ」
 
 とどめの一撃を凌がれたとはいえ、圧倒していたのはむしろジェイド。そのジェイドの、不真面目とさえ見える弱気な言葉に、ガイはどういうつもりかと問い詰めようとして………
 
「! ……ジェイド、あんた、まさか……」
 
 気付く。自分の方……いや、どこも見ていないジェイドの瞳の色が、普段の赤から灰色に変わっている事に。
 
「……ヴァンを倒すために、眼鏡を外して譜眼の力を暴走させましたから。これくらいの事は……覚悟の上でした」
 
 光を失ったその眼が今、何を見ているのか……ガイには推し量る事は出来なかった。
 
 
 
 
(あとがき)
 ある意味、この辺が一番書いてて楽しい所なのかも知れない。と思ったりもします。
 
 



[17414] 30・『障気蝕害』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/25 16:43
 
 音機関都市・ベルケンド。地核振動停止装置を地核に沈めた私たちを乗せたアルビオールは、真っ先にその街に向かって飛ぶ。
 
「……………」
 
 あれから二日、アルビオールの仮眠室。治療術でもう傷そのものは塞がっているのに、ルークはまだ目を覚まさない。
 
 失った血や体力を考慮しても、普段のルークから考えれば異常な衰弱ぶりに、最近のルークの不調の事も合わせて、きちんとした医者に診せる事に決まり、そのために、医療技術にも優れたベルケンドが目的地になった。
 
 ヘンケンさん達『ベルケンドい組』に会えれば、大佐たちの行方もわかるかも知れない、という思惑もあった。
 
「う……」
 
「……ルーク?」
 
 苦しそうに呻いたルークに小さく呼び掛けてみるけど、起きたというわけではなかった。
 
「……………」
 
 深手を負った朦朧とした意識の中でも、タルタロスでのルークとアッシュの戦いを、私は憶えてる。
 
『……レプリカって、何なんだろーな。俺はアッシュの身代わりに造られた、いくら綺麗事並べたって、それは変わらないだろ』
 
 自分自身の存在に、ずっと悩み苦しんでいたルークが……
 
『“俺は俺”だ!!』
 
 オリジナルのアッシュに対してそう言えるほど、ルークは不安定だった自己を取り戻した。
 
「(なのに………)」
 
 自分がアッシュとは別の存在だとわかったのに、そのアッシュをその手に掛ける事になった。……私には、それがどんな気持ちなのかわからない。
 
 ただ、その精神的負荷がルークを昏睡状態に陥らせているのかも知れない、という考えと……もう一つ。
 
『こいつはお笑い草だぜ。何で俺がアクゼリュス以降、超振動でパッセージリングを破壊しないのか、疑問に思わなかったのか?』
 
 アッシュの、あの言葉。
 
「………………」
 
 ……何故かしら。こうやってルークの寝顔を見ていれば見ているほど、胸の中に重く不安がのし掛かってくるのは……。
 
 
 
 
 ヴァンを倒すために譜眼を暴走させたジェイドは、その反動で視力を失った。
 
 俺はジェイドを、い組が働いているベルケンドの第一音素研究所に連れて行き、そこのシュウって医者に診せた。
 
 出来る限りの事はしますとは言われたけど、あの様子だと望み薄だ。
 
 それから六日経って、地核振動停止装置を地核に沈める事に成功したルーク達が、ベルケンドにやってきた。
 
 突然別れちまったからどうやって合流したもんか考えてたから、ありがたい偶然だった。何でも、ルークが倒れて目覚めないらしい。
 
 ジェイドの眼が見えなくなった事に、皆も結構ショックを受けてたみたいだけど、こんな状態になってもジェイドはジェイドで、皆に気を遣わせるような態度を取る事は無かった。
 
 そこに……さらに不幸な報せが入る。……悪い事ってのは、続くもんらしい。
 
 
「……障気蝕害(インテルナルオーガン)?」
 
「………はい」
 
 未だに眠ったままのルークの体を検査したシュウ医師が、暗く沈んだ声で俺たちに告げた。
 
「待ってくれよ! 少し前にケセドニアで診てもらった時には、単なる風邪だって言われたんだぞ?」
 
 障気蝕害は、障気を長時間吸収し続けて、臓器に障気が蓄積する病気だ。確かに最初は風邪に似た症状らしいけど、医者に診せたのに風邪に間違われるなんて馬鹿な話があるか!
 
「……それは、彼の体がレプリカだからです」
 
「……コンタミネーション、ですね?」
 
 シュウの言葉を引き継ぐように、ジェイドが口を挟んだ。
 
「同じ属性の音素(フォニム)同士は引かれ合います。レプリカであるルークの体組織は、100%第七音素(セブンスフォニム)で構成されている。……そして障気は、汚染された第七音素」
 
「……その通りです」
 
 ジェイドの説明を肯定して、シュウは続ける。
 
「取り込まれた障気と、彼の内臓そのものが融合してしまっているんです。一般の医療音機関では、ただ衰弱症状だけしか確認出来ないほど密接に。……自覚症状が薄かったというのは、おそらくそのせいでしょう」
 
 シュウの話によれば、内臓そのものが障気と融合していたせいで痛覚が正常に働かず、ルーク自身も気付いていなかったらしいって事だった。……そして、決定的な言葉が告げられた。
 
「……一体何をしてこれほどの障気を取り込んでしまったのかは知りませんが、これ以上その作業を続けるというなら……命の保障は出来ません」
 
「そんなっ、第七音素を取り込んでいるのは……僕たち第七音譜術士(セブンスフォニマー)も同じはずです!」
 
「……取り込んでいる障気の量が桁違いなんです。通常の第七音譜術士の……百倍以上だ」
 
 ルークが、死ぬ。その事実に、同じ第七音譜術士として叫んだイオン様は、返された応えに力なくうなだれた。
 
 ルークとイオン様のしている事の違いは、二つ。一つは超振動、もう一つはパッセージリングの操作。
 
 詳しく話を訊くと、アクゼリュス崩落からすぐ後くらいに、アッシュもここで検査を受けたらしい。アニス達から聞いた、地核の戦いでアッシュが言っていたという言葉と合わせて、多分原因はパッセージリングなんじゃないか、という結論に俺たちは辿り着く。
 
 パッセージリングを操作しなきゃ、外郭大地は降ろせない。でもこれ以上パッセージリングを操作したら、ルークが死ぬかも知れない。
 
 せっかく地核の振動を止めた途端に告げられた重すぎる事実が、俺たちにのしかかっていた。
 
「…………………」
 
 ルークはまだ目を覚まさない。ティアは………終始無言だった。
 
 
 
 
「………………」
 
 病室のベッド。その脇の椅子に座る俺は、何も知らないで眠り続けるルークの寝顔を見ていた。
 
「(こいつが事実を知ったら、どんな顔するんだろうな………)」
 
 皆それぞれ、ルークの様子を気にしてくれてるんだろう。イオン様も、アニスも、ノエルも、しょっちゅう見舞いに来てる。
 
 ただ……ティアとミュウだけは、あの後すぐにいなくなっちまったけど。
 
「………………」
 
 アッシュは、死んだ。地核の戦いで、ルークに倒されて。“あいつの息子”はルークだけになっちまった。
 
「(ある意味、最適だよな………)」
 
 ユリアに詠まれた死の預言(スコア)を覆して、生還した息子。国王を説得し、キムラスカとマルクトに平和条約を結ばせた息子。この先、家族として生きる未来のある息子。
 
 平和条約が結ばれた時から、そんな事が頭にこびりついていた。
 
「(今のお前なら、あいつに絶望を与えるには十分だよな……?)」
 
 おまけに、今回の事でアッシュはいなくなり、ルークはファブレ公爵家の唯一の息子になった。
 
 条件は整い過ぎてる。昔から立ててきた計画よりも、ずっと残酷なシナリオだ。何たって、希望を与えてから絶望に落とすんだから。
 
「(………何てな)」
 
 俺は自嘲気味に笑う。ルークの死が現実的な可能性になって、よくわかった。いくら俺の暗い部分がそんな理屈を並べても………やっぱり、俺はルークが死ぬ事を容認出来ないらしい。
 
 復讐が全てだった俺が、“感情で”そう思えるようになってるのが嬉しかった。
 
 
 
 
「みゅいぃ~んぐっ!!」
 
「頑張って、ミュウ! あなたなら出来るわ!」
 
 グランコクマ行きの船から飛び降りたティアは、ミュウの両足に掴まって海洋上を移動する。
 
 遠く見えるのは、イスパニア半島。元々開拓が進んでいる土地ではないが、大地の降下により今や完全な無人島と化している地である。
 
「……ティアさん、ごめんなさいですの……」
 
「……え?」
 
 しかし、ティアを乗せて飛んでいたミュウが陸地に辿り着く前に一言そう告げ……
 
「きゃっ……!?」
 
 海に落ちた。ソーサラーリングに込められた第三音素(サードフォニム)が不足していたのか、軽量のティア一人を運ぶ事も叶わなかったようだ。
 
 しかし、ミュウが謝ったのは“服を濡らしてしまう事”に対してのみ。ソーサラーリングが、青い輝きを放つ。
 
「スウィーーム!!」
 
「わぷ……っ!?」
 
 ティアに掴まれたままのミュウが、まるで譜業ボートのような凄まじい勢いで水を掻き分け進んで行く。
 
 以前アラミス湧水洞で吸収した高純度の第四音素(フォースフォニム)の力である(ミュウ本人は、元来泳げない)。
 
 高速移動するビート板と化したミュウの力を借りて、ティアはイスパニア半島に上陸した。
 
 
 
 
「ティアさん、服が乾きましたの!」
 
「そう。ありがとう、ミュウ」
 
 目的地であるイスパニア半島……タタル渓谷に踏み込んだティアは、手近な所で泉を見つけ、塩水に浸り切ってしまった服を洗い、ミュウに火を起こして乾かしてくれるよう頼み、自身も泉で身を清めていた。普段ならともかく、今一緒にいるのは魔物のミュウ一匹。何を恥ずかしがる必要があろうか。
 
 赤い服の胸から下に白い服を身につけ、靴を履き、黒い手袋をつけ、ナイフを何本も仕込んだ袖を装着し、杖を握る。準備完了だった。
 
「急ぎましょう。私たちの単独行動で、あまり皆に迷惑は掛けられないわ」
 
「ですの!」
 
 元気良く右手を突き上げるミュウに微かに微笑んで、ティアはタタル渓谷を散策し始める。夜の渓谷で野宿するのは危険なので、日中が勝負だ。
 
 …………………
 
 しかし、捜索は困難を極めた。以前は捜してもいないのに見つかったというのに、それから丸二日ティアが渓谷を捜し歩いても、その痕跡すら見つけられない。
 
 生まれも育ちも魔界(クリフォト)のティアが、それほど自然に慣れていないという事を差し引いても、その発見は難しいものなのだ。
 
 今思えば、あの時はルークの体内に蓄積された障気に反応して、あちらから襲ってきた形だった。“見つける”という行為の難しさを、ティアは身を以て痛感する。
 
「(急がないと………)」
 
 帰りは行きよりも時間が掛かる。焦燥に駆られたティアはその日、日が暮れてもなお渓谷に留まっていた。
 
「ティアさん、もう暗いですの、危ないですの」
 
「ごめんなさい。でも、後少し……」
 
 連日一人で魔物と戦いながら捜索を続け、一人では野宿の番もいない。
 
 満足な睡眠も取れずに疲労を重ねていくティアは、最悪、いつ魔物に後れを取ってもおかしくない。
 
 しかし、夜にまで及ぶ強行な捜索が、ティアに活路を見いだした。
 
「あ………!」
 
 夜の闇に煌めく光を宿したそれの姿を、ティアはさほど高くない空に確認する。暗闇でなければ、恐らく確認出来なかった光だ。
 
 光を追って走る。ようやく見つけた希望を逃がすまいと、ティアは一心不乱にそれを追い掛ける。
 
 そして……ついに見つけた。
 
「………………」
 
 奇しくもそこは、ルークと超振動を起こして目覚めた……セレニアの花畑。夜に淡く光る花の前に、美しい姿を靡かせている。
 
 鬣、翼、瞳、尾に水色の輝きを揺らす白馬。しかしティアの視線は、その額に生える金色の角にのみ注がれていた。
 
「ミュウ、通訳して」
 
「はいですの」
 
 元々、この時のために独断行動に付き合わせたミュウに一言頼んでから、ティアは喋り始める。
 
「“ユニセロス”、お願いがあるの」
 
 あるいは、懇願か。
 
「少しでも、構わない。あなたの角を分けて下さい。………助けたい人が、いるの」
 
 月明かりの下、万病の特効薬と呼ばれる角を求めて、少女は聖獣と相対する。
 
 
 
 
(あとがき)
 ミュウが順調にパワーアップ。面白半分に原作以上にスキル持たせていってます。
 
 



[17414] 31・『求められる十字架』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/29 19:02
 
「障気、蝕害……?」
 
 目覚めたら、知らない街の知らない病室。傍に居たのは、どこか腫れ物に触るように接してくるイオン。
 
 アッシュの事で気を遣っているという雰囲気ではない。まるでルークに接する事を、イオン自身が恐れているような挙動に、ルークはすぐに異変に気付き、問い詰めた。
 
『……皆がいる場で、話します』
 
 どうせ、いつまでも隠しておく事は出来ない。時間の余裕がどれほどあるかもわからない。イオンは躊躇いがちに折れて、そしてベルケンドにいた、ノエルを除いた一同を集めた病室で、全てがルークに告げられた。
 
「でもっ、俺はピンピンしてるぞ!? そんな……障気に冒されてるなんて………」
 
「それはあなたの体質が関係していますが……それでも、障気が体内に入り込む時には相応の痛みを伴っていたはずです。……あなたも、パッセージリングの操作でそれを感じていたのでは?」
 
 告げられた言葉を認めたくなくて抗弁するルークに、ジェイドがひたすら現実を突き付ける。
 
「体が思う通りに動かない事もあったでしょう。自覚はなくとも、衰弱症状は進行していたはずですから」
 
「ッ……それは……!」
 
 淡々と言われて、否定出来ない。ルークにも、思い当たる所があった。それでも感情が、自分の体が重大な病に冒されているという事実を否定したがっている。
 
「……これ以上パッセージリングの操作を続けると、命に関わるそうです」
 
「!? そんな……!」
 
 イオンがつけ加えた一番大事な真実に、ルークが俯いていた顔を弾かれるように上げた。信じられないものを見るような目で、イオンを見る。
 
「(……死ぬ? パッセージリングの操作を続けたら……死ぬ?)」
 
 縋るような眼で、ガイを、アニスを、ジェイドを、イオンを見るルークに、誰も、何も応えない。
 
「(何だよ……その顔……?)」
 
 俯いて表情を隠しているアニス、辛そうな顔で視線を逸らしているガイ、悲しみの宿る瞳で真っ直ぐルークを見ているイオン、ジェイドに到ってはまともにルークの方を向いてすらいない。
 
「(何なんだよ、その顔は……!?)」
 
 ただ、その中に共通した解を見たような気がして、ルークの心が絶望に染まる。それを決定づけるかのように、ジェイドが“死刑宣告”する。
 
「………外郭大地を降下させるためには、パッセージリングを操作しなければなりません。そして、それが出来るのはあなただけだ」
 
「何だよ、それ………」
 
 言い方に気を遣おうと、言っている事は同じ。ルークの中で、脳髄を灼くように何かが弾けた。
 
「要するに、俺に死ねって言ってんのか!? はっきり言えよ! 俺だけしか出来ないなんてわかりきった事言ってねーでよ!!」
 
 怒りのままに咆えるルークだけが別の空間に居るかのように、ルーク以外の全ては静寂に包まれている。
 
「ガイ! アニス! イオン! お前らも何とか言えよ! まさかお前らまで、ジェイドと同じ意見とか言わねーよな!?」
 
 半ば嫌な確信を持っていながら、ルークはベッドから立ち上がって、一縷の希望に縋るように皆にそう言った。応えは………
 
『………………』
 
 ―――沈黙。
 
「……ふざ、けんな………!」
 
 震える声で、ルークは感情を吐き出す。
 
「お前ら皆、ヴァン師匠と同じじゃねーか! やり方が違うだけで、目的のためなら俺の命なんてどうなったっていいってんだろ!!」
 
 信じていた。心の底では、仲間だと思っていた。なのに誰も助けてくれない。誰一人、「もうやめよう」と言ってはくれない。
 
「どいつもこいつもクソったれだ! 俺を利用しやがって、道具みたいに使い捨てようとしやがって!!」
 
 裏切られた。ルークの中で、その気持ちが爆発的に膨れ上がる。そんなルークに、ジェイドの冷たい声が刺すように飛ぶ。
 
「覚悟、していたはずではないのですか?」
 
「………何?」
 
 自分を捨て駒にしようとする男の、安全圏からの偉そうな物言いに、ルークは“キレた”。
 
「人を殺す覚悟を決めた時、同時に命を懸ける覚悟も決めたはずではないのですか? それを、今になって泣き言ですか?」
 
「ッ!? ………テメェ!!」
 
「ルーク!?」
 
 ガイの制止など、聞くわけもない。ルークは思い切り、ジェイドの顔面を殴り飛ばしていた。
 
 勢いよく壁に叩きつけられたジェイドが、口から血を流しながら立ち上がる。
 
「お前はッ……お前は世界のために死ねって言われてないから、そんな事言えるんだ! 死にたくねーから殺す覚悟決めたんじゃ、ねぇ……か………?」
 
 感情のままに喚き散らすルークの言葉は、しかし尻すぼみに小さくなって、消える。立ち上がるジェイドの仕草が、おかしい事に気付いたからだ。
 
 手探りするように壁を触りながら、やけにゆっくりと立ち上がる。ルークの怒鳴り声を頼りに、ようやくルークの方に体を向ける。その不自然な挙動に。
 
「ジェイド、お前まさか……目が………」
 
「ヴァンとの戦いで、少し無理をしましてね。まあ、“覚悟の上”でしたが」
 
 そっと、ジェイドは自分の目に入れたコンタクトを外す。その内側から、光を宿さない灰色が覗いた。
 
「ッ………!?」
 
「軍人でもない人間にそれほどの覚悟を要求するのは冷酷かも知れませんが、ヴァンと戦う事を選んだのはあなただ。違いますか?」
 
 自らの覚悟で光を失い、それで弱音一つ零さないジェイドを前にして、ルークは感情をぶつける先を見失う。
 
「あなたが納得し、外郭の降下を約束してくれるなら、この喉笛を掻き斬っても構いませんよ。どうせこの先、私は戦力にはなりませんから」
 
「う…………」
 
 ルーク一人に覚悟を押しつけているわけではない。しかし、温情の欠片も感じさせないその言葉に……
 
「うぁあああああああああぁぁぁ!!!」
 
 ルークは逃げ出すように部屋を飛び出した。ルークの姿を視認出来ないジェイドと肩がぶつかり、ジェイドはしりもちを着くように倒れた。
 
「………すいません、ジェイド。嫌な役を任せてしまって」
 
「………構いません。今の私には、口を挟むくらいの事しか出来ませんから」
 
 誰かが告げねばならなかった。それを自ら請け負ったジェイドに、イオンは自身の無力を噛みしめながら礼を言う。
 
「……でも、わざわざあんな言い方する必要なかったんじゃないか?」
 
「……私には、ああいう言い方しか出来ませんから」
 
 僅か難色を示すガイに、ジェイドは自嘲気味に笑ってみせる。外郭降下作業をやめるわけにはいかない。偽り、騙さない事だけが、ルークにしてやれる精一杯の誠意だった。
 
「………ルーク、死んじゃうのかな……」
 
 上ずったようなアニスの涙声が、何より重く部屋に響いた。
 
 
 
 
「(くそ………)」
 
 ルークは、第一音素研究所内を騒がしく走って逃げる。そのまま、見知らぬ街へと飛び出す。
 
『ルークってばホンット子供だよねぇ~☆』
 
 ヴァンは自分を、不必要な物として切り捨てた。今の仲間たちは、違うと思っていた。
 
「(くそっ!)」
 
 アッシュではなく、自分が必要とされている。それは間違いではなかった。
 
『俺の親友は、こっちの馬鹿の方なんだよ』
 
 だが、求めていたものは、本当にこんなものだったのだろうか。
 
「(くそっ!!)」
 
 誰でもない『ルーク』として、これ以上ないほど必要とされている。
 
『僕を、僕という個人を見てくれたのは、ルークが初めてなんです』
 
 だが、求めていたものは、本当にこんなものだったのだろうか。
 
『ヴァンと戦う事を決めたのはあなただ。違いますか?』
 
 どうでもいいわけではないかも知れない。何故それを求められるのかもわかっていた。
 
「(俺………)」
 
 それでも、今まで支えにしてきた全てが、ボロボロと崩れていく気がした。
 
『あなたは、あなただけの人生を歩いている。それを………否定しないで』
 
 どうすればいいのか、わからない。
 
「くそぉおおぉおおぉぉ!!」
 
 ルークの悲しい慟哭が、ベルケンドの街に響く。
 
 
 
 
「ノエル………」
 
「………………イオン様」
 
 あの後、ジェイドがシュウ医師に呼ばれ、僕たちは思い思いの場所に散った。
 
 誰にとっても、一人になる必要があると思ったから。でも、宿に戻ろうと歩いていた僕の目に、力なく俯いて歩いていたノエルが映る。その目は潤み、僅かに赤く腫れていた。
 
「…………そこで、ルークさんとすれ違ったんです」
 
「………………」
 
 ノエルは、ルークに体の事を話す時、一人だけ同席する事を頑なに拒んだ。………絶望するルークを見るのが辛かったのだと思う。
 
 だけど、こんな所にいるという事は、きっと辛さを押して第一音素研究所に向かって来ていたのだろうか。
 
「走ってたから、よく見えませんでしたけど………きっと、泣いてました」
 
「………………」
 
 僕は、ノエルに掛けるべき言葉が見つからない。それはきっとノエルも同じで……だからその言葉は、どこか独り言のように聞こえた。
 
「こんな時にっ……ティアさんはどこに行っちゃったんですか………!!」
 
 嗚咽混じりに、消え入るように叫ぶノエルと、それを見ている事しか出来ない僕の、遥か頭上を………
 
「あれは…………」
 
 水色の輝きが駆けた。
 
 
 
 
「勝手な行動を取って、ごめんなさい」
 
「いえ、それより………」
 
 驚いた。ルークの病状を知った後すぐに姿を消していたティアが、まさか“ユニセロスに乗って”戻って来るなんて。
 
「ミュウに通訳をしてもらって、ユニセロスに協力を頼んだんです。……角を、少し削って分けてもらいました」
 
 聖獣ユニセロスの角を煎じて飲めば、万病の特効薬になると言われている。ティアは……これを求めて単独行動に走っていたのか。
 
「ッ……だったら、私に言ってくれたらアルビオールを動かしたのに……!」
 
「……ごめんなさい。でも、私の独断で皆の移動手段を奪うわけにはいかなかったから」
 
 ティアらしくない行動だけど、今回ばかりは事情が違うから、理解出来る。
 
「…………ノエル、あなた泣いているの?」
 
「泣いてません! いいから早くルークさんに会いに行ってください!」
 
「待ってください」
 
 安堵の涙を流しながらティアをルークの許に向かわせようとするノエルを、僕は止めた。
 
「………まず、ユニセロスの角で何とか出来るのか、シュウ医師に確認しにいきましょう」
 
 一筋の希望が断たれてしまう事を、恐れて。
 
 
 
 
(あとがき)
 原作ユニセロスは清浄な場所じゃないと死んでしまう生物ですが、本作では『清浄な所が好き』くらいに思ってください。
 
 



[17414] 32・『焔と天使』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/29 18:55
 
「……こんな所に、いたのね」
 
 ベルケンドの街から僅か離れた森の中、枝に腰掛け、背を樹に預けて、ルークは一人俯いていた。
 
「………………お前こそ、今までどこ行ってたんだよ」
 
「ん…………少し、ね」
 
 タタル渓谷から帰還したティアは、まずイオンの提案に沿って、ユニセロスの角粉を第一音素研究所のシュウ医師に見せた。
 
 万病の特効薬と呼ばれるそれで、本当にルークの障気蝕害(インテルナルオーガン)を治せるかどうか、確認するために。
 
『………今の彼から障気を取り除く、という事は……体の一部をもぎ取る事と同じなんです』
 
 結果は………
 
『同じ器に入れられた水と油を取り分ける事は可能でも、洗剤で混じり合ってしまえば、それも不可能になってしまうんです』
 
 否。ルークの体そのものと融合してしまった障気を取り除く方法は、無い。
 
 『大丈夫』、『もう障気の事なら心配しなくていいわ』、『早とちりするのはあなたの悪い癖よ』、そう言って笑い掛ける事も出来なくなった。
 
「……何で、ここにいるって解った?」
 
「……あなた、嫌な事があったらよく屋敷の裏の林に隠れていたもの。半年前と行動パターンが同じね」
 
 それでもティアは、ここに来た。しかし、ルークはそれを求めていない。
 
「ルー……」
「何も言うな!」
 
 先ほどジェイドから向けられた言葉、仲間たちから向けられた表情。それをまた味わいたくなかった。……誰より、ティアからだけは。
 
 ルークは木の上から飛び降りて、ティアに背を向ける。見つかったなら逃げるだけと言わんばかりのその背中に、ティアは構わず声を掛ける。
 
「…………逃げ出すなら、それもいいと思う」
 
「ッ!?」
 
 挑発のような響きはまるで無い。本当にルークの逃避を許すような、ティアらしくない声色だった。
 
「お前っ、自分が何言ってるかわかってんのか……」
「死にたくないんでしょ?」
 
 困惑したようなルークの声を、ティアが厳しい声で遮る。その口調と内容が、どこか噛み合っていない。
 
「あなたは、あなただけの人生を生きている。自分の事は、自分で決めていいの。世界の命運なんて、あなたが背負うものじゃないでしょ……!」
 
「ッ………簡単に……」
 
 掛け根無しのルークの本心。でも、安易に口にする事の許されないそれをあっさりと代弁するティアに、ルークは思わず反発を示し、振り返る。
 
「簡単に言うなっ! 嫌だで済むなら最初から誰も悩んでねぇんだよ! じゃあ何か? 俺が逃げて、外郭大地は見捨てろって言ってんのか!?」
 
 死を強要される事を恐れていたはずなのに、軽々しくそれを否定したティアに、ルークは怒りを覚える。
 
 ティアが、自分の事を何もわかってくれていないと感じたから。
 
 しかし………
 
「外郭大地も、兄さんも、放っておくつもりはないわ。……私が、止める」
 
 それはルークの勝手な思い込み。ティアとて、わかっていないはずがない。
 
 ルークが感じる世界の重さを、理解出来ないわけがない。
 
「……兄さんを倒して、外郭大地を降ろさせるの。パッセージリングの操作方法を知っているのは、兄さんだけだから」
 
「………それは……」
 
 無理だ。たとえ死んでも、ヴァンが屈するはずがない。ティアのあまりに突飛で無謀な代替案に、思わずルークはそう言おうとして………
 
「…………ティア?」
 
 初めて、気付く。ティアの瞳に、怯えのような感情が揺れている事に。よく見れば、その顔から血の気も引いている。
 
「………………」
 
「………………」
 
 場を、沈黙が支配する。いつも毅然としているティアが、弱さを隠しきれないでいる。それにルークが気付き、ティアも、ルークに気付かれた事を悟った。
 
「(ずりぃ………)」
 
 ルークは奥歯を噛み締めて、そう思った。……きっとティアは、これが自分の命なら、こんな馬鹿な事は言いださない。
 
 そう思ってしまったからこそ……ティアを卑怯だと感じた。
 
 軍人としての仮面がひび割れるほどルークの死に心が揺れているのか、それともルークが以前よりティアの気持ちを読み取れるようになったのか……ルークにとって、どちらでも嬉しかった。
 
「……………俺、やっぱり続けるよ。降下作業」
 
 思っていたよりずっと静かに、ルークは覚悟を固めた。
 
「安易に解を出さないで。……怖くないはず、ないでしょう?」
 
 ……そう、“ルークは”。
 
「………もう、決めたんだ」
 
「(ズルい………)」
 
 見た事がないような穏やかな表情で決意を示すルークの姿に、ティアは心の中で、先ほどのルークと同じ言葉を、同じ意味で呟いていた。
 
「(どうして……そんな簡単に、覚悟を決めてしまうの……?)」
 
 一言。ルークが「死にたくない」と言ってくれれば、ティアは別の手段を選べる。
 
 どこにいるかもわからないヴァンを叩き伏せ、その強靭な意志をへし折り、外郭大地を救わせる。そんな、実現不可能な絵空事を……それでも選ぶ事が出来る。
 
 なのにルークは……ティアにそれを選ばせてくれない。勝手に、一人で………命を捨てる覚悟を決めてしまった。
 
「(ズルい……)」
 
 世界のためなら仕方ない、俺がやる以外方法がない。そんな言葉をルークが使ったら、ティアはルークを止める事が出来た。だが………止められない。ルークは、自分の意志で決断してしまった。
 
「私は……止めない。あなたが自分で選択したなら、私は止められない」
 
「…………うん」
 
 あからさまに俯いて、ティアは表情を隠す。
 
「………でも、認めたわけじゃないわ」
 
「…………う、うん」
 
 ティアの口から零れる声が僅かに上ずって、ルークはあからさまに狼狽する。何か……見ていてはいけない気持ちになって、体ごとグルリと反対を向く。
 
「あなたがその選択をして、それで世界が救われても……私は認めない」
 
 背を向けられた事で、感情が抑えられなくなる。漏れだした感情が、その背中へと一歩一歩を踏み出させる。
 
「……世界中の誰もがあなたを賛美したとしても……私だけは、恨むから」
 
「っ……!?」
 
 表情を隠すように、ティアはルークの背中に自身の額を押しつける。震える両手が、ルークの服を握り締めた。
 
「絶対……っ……恨んでやるから……ッ!!」
 
「………………」
 
 あのティアが、嗚咽を殺してむせび泣いている。ルークはそれに気付いても、決して振り返らない。ただ、背中を貸す。
 
「(お前が、そう言ってくれただけで、十分だから………)」
 
 ティアが押し殺そうとしている感情を、これ以上見てはいけない。ルークは……ティアが誰のために感情を隠そうとしているかを、わかっていたから。
 
「ごめん………」
 
「………………ばか」
 
 二人の気持ちはすれ違う。それでもルークは、その真っ直ぐな想いに救われていた。
 
 
 
 
『………………』
 
「そこで黙んなっつーの! お前らがやれっつってたくせに何だよその反応は?」
 
 ティアと一緒にベルケンドの宿屋戻って来たルークは、いの一番に外郭大地降下作業を続ける旨を俺たちに告げた。
 
 見え見えなくらいに虚勢を張ってるのがわかるけど、それでもルークは、いつも通りに振る舞おうとしてる。
 
「そ、そうなんだ。まあ! ルークって体力バカだし、障気くらいでどうこうなる様に見えないしね!」
 
「……バカは余計だっつーの」
 
 アニスが真っ先に、ちょっと不器用だけど明るく振る舞った。……空気の読める子だな。
 
「(そうだよな………)」
 
 ルークは、自分で命を懸ける覚悟を決めた。他の選択肢も無い。……だったら、一緒にいる俺たちがいちいち障気だの死ぬだの騒いでも、ルークの負担を増やすだけだ。
 
 ……俺たちが気を遣う度に、自分の状態を意識しちまうだろうからな。
 
「……ルーク、シュウ医師から薬を処方してもらいました。痛み……なら、軽減出来るはずです」
 
「……おう」
 
 イオン様には、アニスみたいに急に芝居するのは無理か。今、『痛みだけなら』って言おうとしたし。
 
「………………」
 
 ノエルに到っては、無言だ。彼女、もうちょっと気が利く方だと思ってたんだけど。
 
 ミュウはティアに捕まってる。一番ストレートに感情表現しそうだし、説明が必要だろうな。
 
「少々無責任ではありますが、後の事は若い皆さんにお任せしますよ。私はもう歳ですからねぇ」
 
 ……あんな騒ぎがあった後なのに、あっさりいつもの笑顔を作れるジェイドは、やっぱ異常だ。あいつ自身、失明までしてるってのに。
 
「(さて……俺はどうするか……)」
 
 アニスみたいに接する事は、出来る。……でも、“出来るだけ”だ。
 
 ルークが死を選んだ事に対して、俺は理不尽にも憤ってる。……止めてやらなかったのは俺なのに、だ。
 
 それでも………
 
「賭けは……お前の勝ちだな。ルーク」
 
「は……? 賭け?」
 
 俺の突然の言葉に、ルークは首を傾げる。……仕方ないか。こいつ、賭けの事全然憶えてないみたいだし。
 
「ガ、イ……?」
 
 俺は黙って、ルークの前で肩膝を着いた。自分でも気取ってると思うけど、臣下の礼ってやつだ。
 
「“ガイ”じゃない……。ガイラルディア・ガラン・ガルディオス。それが俺の、本当の名前なんだ」
 
「は? え?」
 
 混乱してるルークと、イオン様やアニスやノエルやミュウとは違って、ジェイドとティアはほとんど反応しない。……やっぱバレてたのか。
 
「……やっぱり、そうだったのね」
 
「自分から言う事にしましたか。このままあなたが何も言わずに行こうとしたら、別れ際に私が全て暴露するつもりでしたが」
 
「……それは勘弁してくれよ。せっかく解が出たってのに、他人の口から話されたんじゃカッコつかないだろ」
 
 ティアとジェイドの言葉に、もうちょっと優柔不断が続いてたら、最低以下の屑に成り下がってたらしい事がわかって、ゾッとする。
 
「だーもうっ、お前らだけで話進めんな! ワケわかんねーよ!」
 
「そーだよ。アニスちゃん達にもわかるようにきっちり説明してよぉ~」
 
 ルークとアニスの不満そうな声に俺が応えようとしたら……
 
「ガルディオス。ファブレ公爵に滅ぼされた、元ホドの伯爵家の名前よ」
 
 ティアが先に口を挟んだ。………ありゃかなり怒ってるな。無理もないけど。
 
「え………?」
 
 まあ、いいか。俺の口から言わなきゃいけない、一番大事な事はこっちだから。
 
「……ルーク。俺は元々、お前を殺すつもりで近づいたんだよ」
 
 いや、一番大事なのは………むしろこの後かな。
 
 
 
 
(あとがき)
 ユニセロスの角が万病の特効薬って設定は攻略本には載ってたんですが、ゲーム本編で明示されてたかどうかはやや自信がありません。
 
 



[17414] 33・『ガイの真実』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/27 17:22
 
「俺の家族を皆殺しにしたお前の父親に、俺と同じ苦しみを味わわせてやる。そのために俺は……バチカルの屋敷に使用人として潜り込んだんだ」
 
 静寂の中で、ガイの声だけが静かに響く。
 
「屋敷に飾ってある剣、あれは父上の剣なんだ。……いつかあの剣で仇を討つ。故郷も家族も失った俺は、その想いで生き抜いて来れた」
 
 アッシュの死、求められる死の覚悟、そして……兄弟同然に育ったガイの真実。ルークの心に負担を掛けすぎている事はわかっていても、ガイは、これ以上真実を偽ったまま一緒に戦う事は出来なかった。
 
 ルークが命を懸けて戦うと決めた今なら、なおさら。
 
「フェンデ家はガルディオスの騎士の家系でさ。ヴァンは俺の守役だった。……ルーク、今のお前と俺みたいな関係だ」
 
「え……っ?」
 
 ガイの言葉に、ルークより早くティアが驚愕を露にする。ガルディオス家とファブレ家の因縁は調べていても、まさか自分たちの家系までが関係していたとは知らなかったのだ。
 
「公爵の屋敷で再会した時から、俺とヴァンはホドの復讐を誓い合っていた。……もっとも、あいつと俺の“復讐”は、まるで違うものだったけどな」
 
「……それを、信用しろとでも?」
 
 次々と吐露されるガイの真実、その中でも極めて当面の状況に左右する一点に、ジェイドが鋭い指摘を飛ばす。
 
 すなわち、“本当にヴァンの仲間ではないのか”?
 
「俺はホドの復讐をしたかっただけだ。……でもあいつのやってる事は、復讐とすら呼べない」
 
「した“かった”?」
 
 自分でも言い訳臭いな、と思いながら言ったガイの言葉を、アニスがジト目で復唱した。
 
 最悪なのは、ガイが今もヴァンの仲間で、ルーク殺害によって外郭降下を阻止する事。次に最悪なのは、ガイがヴァンとは無縁の私怨でルークを殺す事。
 
 もちろん、真相がわかった以上、ティアもアニスもイオンも、そのどちらも容認するつもりはない。
 
「ああ、そんな気はもう無いさ」
 
「……それは、ルークがレプリカだから?」
 
「いや、違う。公爵がルークを実の息子だと思っているなら、与えられる絶望は変わらないからな」
 
 ガイは語り続ける。七年前にヴァンがアッシュを誘拐した時、ルークと入れ替わった事にもすぐ気付いていた事。
 
 アクゼリュスの時、ヴァンやルークの様子がおかしいと気付いていたのに、敢えてそれを放置した事。
 
 そしてそれら全ては、一つの賭けに基づくもの……流れの中でルークを見極めるためだったという事。
 
「賭け………?」
 
「お前は憶えてなくても、俺は憶えてる。……いつかお前が、忠誠に足る人物になったら、剣を預けるってな」
 
 話に、現実に置いていかれたように無言だったルークが漏らした一言に、ガイは自嘲気味に笑って言った。
 
「自分でも情けないよ。無関係な人間を巻き込む復讐に正当性なんて無いって、頭でわかってても、感情は納得してくれなかった。その矛盾した迷いの解を、生まれたばかりのルークに預けてたんだ。『賭け』の名を借りて、今までずっとな」
 
 ようやく、ずっと溜め込んできた全てを吐き出した。ルークとその仲間に抱いていた罪悪を曝け出して、ガイの心は後ろめたさ以上に晴れやかだった。
 
「……それで、ルークが忠誠に足る人物になったと判断したのですか?」
 
「………ああ。少なくとも、俺なんかよりずっと強いやつになったよ。ルークは」
 
 ジェイドの問いに、ガイは穏やかに応える。
 
 心の中に確かな殺意を持ちながら、まるで兄弟のように親密に接してきた男の……随分と綺麗な言葉。
 
 強烈な疑念と、今まで築いてきた信頼、そして、自ら真実を語ったという事実が皆を混乱させる中で、最初に口を開いたのは………ルーク。
 
「俺は……信じる」
 
 誰よりガイに信頼を裏切られてきたはずの、ルークだった。
 
「……俺だって、ヴァン師匠のやった事は許せねーけど……嫌いにはなれねーもん。それに……ガイが本気で俺を殺そうと思ったら、いつでもやれたはずだし………」
 
「……ルーク、自分がその総長に裏切られたの……忘れてない?」
 
 持ち前の甘さか、はたまた大事な人間が傍からいなくなってしまう恐怖を知っているがゆえか。そんなルークの弁護を、アニスの醒めた一言が打った。
 
「……しかしアニス、この七年間、ガイがルークを支え続けてきた事も確かです。たとえその奥に屈折した感情が会ったとしても、その事実は消えません」
 
「………………」
 
 それに対して、イオンはアニスの眼を真っ直ぐに見据えて言った。居心地悪そうに、アニスは視線を逸らす。
 
「……ルークさんが許すって言うなら、私たちが口を挟む事はないと思います」
 
「………いざとなれば、私が護るわ」
 
 ノエルがおずおずとガイ……を庇うルークを支持し、ティアが軽く額を押さえて、ガイを一瞥した。
 
「やれやれ……。まあ、ヴァンのスパイにしては杜撰過ぎますが……皆さん甘いですねぇ」
 
「ご主人様は優しいんですの! それよりもっと寂しがり屋さんなんですの!」
 
「うるっせんだよこのブタザルーーーーッ!!」
 
「みゅぅーーー!?」
 
 ジェイドが呆れ、ミュウが飛び跳ね、そのミュウをルークが投げ飛ばす。
 
 窓の外に景気よく飛んで行ったミュウだが、少ししてから不死鳥のように戻ってきた。
 
「……ルーク、俺に剣を、預けさせてくれるのか?」
 
「やだよそんなの。剣だの騎士だの、うっぜーじゃん」
 
 そんなルークとガイのやり取りを………
 
「(……ホント、甘いよ)」
 
 アニスが、複雑そうな表情で見ていた。
 
 ルークの死という絶望的な未来を知り、光を失ったジェイドをベルケンドに残して……それでも一行は次のパッセージリングを目指す。
 
 
 
 
「(………ジェイドが失明、ね)」
 
 大海原を進む船の上、手摺りに上体を凭れるようにして、一人の女傑が一通の手紙を読んでいた。
 
「(そういう無茶をするやつじゃ、なかったと思うんだけどね……)」
 
 身に纏った神託の盾(オラクル)の軍服、腰に帯びた剣、女性にしては乱れた髪、その全てが漆黒の、烏を思わせる女傑。
 
「(………軍人なら、珍しい事じゃない。むしろ、命があるだけ運が良かったと見るべきか……)」
 
 遠く、“知らぬ仲でもない男”に想いを馳せて、女傑は自身の眼帯を撫でた。
 
「(相手は総長……。自分の罪の始末を、自分でつけたかったのか。……あんたらしくないね、そういうの)」
 
 それだけ、ジェイドにとって特別な事なのか。あるいは、しばらく会わない内にジェイドの心境に変化でもあったのか。彼女には判断がつかない。
 
「(あたしはあたしで、やる事やろうかね)」
 
 小さく、見えてくる。彼女にとっては懐かしいパダミヤ大陸。ローレライ教団総本山……ダアト。
 
 
 
 
「(………また俺、こんな格好してんだな……)」
 
 次のセフィロトのザレッホ火山には、ダアトの教会から入る必要があるらしい。……で、俺たちはまた神託の盾(オラクル)に変装している。
 
 ………つまり俺は、アッシュの姿に。
 
「(………前よりずっと、着心地悪ぃな)」
 
 アッシュから造られたレプリカの俺が、アッシュを殺して、アッシュの格好で、アッシュの居場所に踏み込む。
 
 俺は俺だって、割り切ったつもりだけど……だからこそ、何か嫌だな……こういうの。
 
『ガイ、ノエルとブタザル頼んだぞ?』
 
『ああ、任せとけ。……お前こそ気を付けろよ。未だにヴァンが教団に身を置いてるとは思えないけど、平和条約を仲立ちした俺たちを、モースが良く思ってるはずないからな』
 
 ダアト港のアルビオールに、ガイとノエル、ついでにブタザルも残して行く。
 
 あいつらは前に潜入してないから軍服ねーし、あんまりアルビオールで接近して警戒されてもだし。
 
 そうして俺たちは、第四石碑の丘を抜けて、ダアトに、そして教会に踏み込んだ。途中、また漆黒の翼の連中がサーカスなんてしてやがった。……あいつら、行動がワケわかんねー。
 
 泥棒したり、サーカスしたり、運んでくれたり、ローテルロー橋ぶっ壊したり、何でかベルケンドでは助けてくれたり、行動が全然読めねー。世界がこんな状況だってのに、危機感もあるんだか無いんだか……。
 
「きゃうわっ!?」
 
 そんな事を考えてる内に、俺たちは目的地に着いていた。先頭を歩いてたアニスについて行った教会の図書館で、アニスが大げさに転んで、本棚の一つが“回った”。
 
「……………おい」
 
「あっれ~? こんな所に隠し扉がっ!?」
 
 あっれ~? じゃねーし。何で教会に着いて直行した図書館の本棚に偶然ぶつかって隠し扉が見つかるんだよ。
 
「お前、この通路の事知ってたろ?」
 
「さあっ、急ぎましょうイオン様! 世界があなたを待ってますよ!」
 
 俺がツッコミ入れたら、アニスのやつイオンを引っ張って通路の奥に逃げやがった。
 
「………彼女、少し様子がおかしいわね」
 
「ガイの次はアニスが隠し事かよ……。最近こんなのばっかだな」
 
 イオンとアニスが行った後に、ティアが俺の横に並んで首をひねった。
 
「………………」
 
 あれから、ティアと二人になると気まずいやら照れ臭いやらで落ち着かない。
 
「(だって……まさか泣くと思わなかったしな……)」
 
 自分が死ぬってわかってんのに、頑張ろうって思えるのは………悔しいけど、ティアのおかげだ。
 
 でも……泣かれるとは思わなかったし、今まで、オバケにビビってた時も、母上に抱き締められた時も、目がちょっと潤んだくらいで……ティアが泣いたのは見た事ない。
 
 ………今思えば、あの時も本当に泣いてたのか自信無くなってきた。
 
「(別に、泣いて欲しいわけじゃ……ないしな)」
 
 あれ以来、ティアの様子は前と同じように戻った。……それでいいんだと思う。
 
 気遣われたら、死ぬのが怖くなる気がする。ティアは多分、それもわかってるんだ。
 
「(………そういやティアん家って、元を正せば……ガイん家の騎士なんだよな……)」
 
 ………何か、想像したら嫌な気分になった。ガイが女性恐怖症で良かった、とか思ってる。俺……だせー……。
 
「? 行きましょう、ルーク」
 
 人の気も知らねーで、ティアが呑気な顔して先を促す。
 
 ………いや、知られても困るんだけどな。
 
「……おう、行こう」
 
 次のパッセージリング。俺がまた……障気を吸い込む場所に。
 
 
 
 
(あとがき)
 ベルケンドでわりと尺使ってしまいました。後十話足らずくらいで二部も終わりかなぁ、と。
 
 



[17414] 34・『地獄へ落ちろ』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/28 10:37
 
 アニスが見つけた通路の先には、転移の譜陣が施された空間があった。それを使ってルーク達が転移した先は、大河のように溶岩が流れ、炎が乱れ飛ぶザレッホ火山の内部。
 
 立っているだけでだくだくと汗が噴き出すその空間を進み、見つけたダアト式封咒をイオンが解除した。
 
「大丈夫なのか? イオン」
 
「ええ、大した事はありません」
 
 ルークが気遣わしげにイオンに声を掛ける。以前ならダアト式封咒を解く度に荒い息をついて膝を折っていたのだから、妥当な心配だ。しかし今のイオンは、軽い深呼吸をしただけで息の乱れを整えている。ふらついてもいない。
 
「僕はオリジナルに比べて体力が著しく劣化しているんです。でも、この旅の間に随分成長出来ているみたいですから」
 
 あなたと同じですね。そう言ってイオンは、嬉しそうにルークに笑い掛ける。それを受けて、ルークはバツが悪そうに頬を掻いた。
 
 心からの好意を素直に口にするイオンの性質は、ルークに限らず誰からも好まれる美徳だが、同時に、ルークはこれが少しだけ苦手でもあった。ぶっきらぼうな性格だという事もあるが、何より他人に褒められる事に馴れていないのだ。
 
「いつの間にか、ガイより強くなっていたものね」
 
「でも、大佐が言ってたんだけどさ……」
 
 褒め言葉を上乗せするティア。その流れに水を差すようなタイミングで、少し言いにくそうにアニスが口を挟んだ。
 
「アッシュが言ってたの、理屈的には間違ってないんだって。環境とか経緯とか……素質とか、そういう要素を考えれば、ルークの実力がアッシュを上回るのは不自然なんだって」
 
「……でも、現にルークはアッシュに勝ったわ」
 
 面白くなさそうにアニスを見たティアに、アニスは「大佐が言ったんだってば!」と慌てて弁解した。弁解されて、ティアは初めて自分の目つきが少しキツくなっている事に気付き、慌てる。
 
「実力だけで勝敗が決まるわけじゃないでしょう?」
 
「確かに運とか油断とか色々あるけど、あの時のルークって、力押しでねじ伏せたって感じだったじゃん?」
 
 ティアのもっともな意見に、アニスも腕を組んでもっともな意見を返す。どちらの言い分も、戦闘に於いて間違いではない。
 
「もしかしたらアッシュは、何らかの要因で力が弱ってたんじゃないかって……。心当たりあるみたいだったけど、大佐教えてくんなくてさ」
 
「………あいつ、本調子じゃなかったのか」
 
 フォミクリーの生みの親であるジェイドの代弁だというアニスの言葉に、ルークが複雑な表情を作った。
 
 別に、アッシュに勝った事で優越感を感じていたわけではない。……ただ、ナタリアやシュザンヌ、『ルーク』を大切に思う人たちを思って、表情を歪める。
 
「……行きましょう」
 
 空気が重苦しくなる前に、ティアが先に立って歩きだした。
 
 それに、ルークが、イオンが続く。
 
「………………」
 
 そして、誰にも表情を見られない最後尾を、アニスが歩いた。
 
 
 
 
 それは、本当に唐突な出来事だった。
 
「……………ふぅ」
 
「……大丈夫? ルーク」
 
「ああ、何か薬が効いてるみてーだ」
 
 いつものように、ティアに反応して起動したパッセージリングに、ルークが超振動でメッセージを刻み終える。
 
 ルークの手に付けられた障気の測定装置を覗き込んだイオンが、眉を八の字に曲げる。
 
「……やはり、パッセージリングから異常な数値の障気が流れ込んでいますね」
 
「そっ、そんな顔すんなって! ほら、考え方変えれば、パッセージリング以外でなら超振動使っても大丈夫って事だろっ?」
 
 パッセージリングの作業の後に、皆がルークの傍に駆け寄る。そんな見慣れた光景の中で、唐突にそれは起こった。
 
「! ………アニス?」
 
 皆がルークに駆け寄るタイミングを見計らうように、アニスが猛然と神殿の出口へと疾走を始めていた。
 
 当然、ルーク達も……イオンも置いて。
 
「アニス! どこへ行くの!?」
 
「ごめんっ!!」
 
 ティアの制止に振り返りもせずに、アニスはそのままあっという間に上層へと上って視界から消える。
 
「待っ……ッ……!?」
 
 追い掛けようと足を踏み出したルークの膝が、揺れた。
 
『痛み……なら、軽減出来るはずですから』
 
「(……ちくしょう!)」
 
 痛みを抑えても、肉体の衰弱は止められない。ルークは迫り来る恐怖を振り払うように、心中で忌々しげに吐き捨てた。
 
 
 
 
「はあっ……はあっ……何故、何故キサマがダアトに!?」
 
 ザレッホ火山の火口内部の灼熱の洞穴で、預言(スコア)の遂行による世界の繁栄を信じて疑わない神官、大詠師モースが死に物狂いで逃げる。
 
「田舎暮らしも悪くなかったけど、都会が何だか面白い事になってきたみたいだから、ちょっとね。」
 
 烏を思わせる女傑が剣を振るって、それを追う。
 
 大詠師を守ろうと剣を、槍を、体を張る神託の兵たちが、次々と血を噴き出して倒れていく光景は、まさに悪夢。
 
「ふざけた事をっ……カンタビレ! キサマわかっているのか! これは明確な反逆だぞ!?」
 
「ほぅ、それは大変だ。だったら、目撃者は残さないようにしなくちゃならないね。幸いここは、誰かさんが造ってくれた秘密通路の中だし」
 
「くっ……くそおぉぉぉ!!」
 
 何故ケテルブルクの教会に左遷されたカンタビレがこんな所にいるのか。何故この隠し通路の存在をカンタビレが知っているのか。そして、何故今自分は命を狙われているのか。恐怖と混乱の中、何もわからず………
 
『イオン様は、いつまで経っても見つからない第七譜石の代わりに、ご自分で惑星預言(プラネットスコア)を詠むつもりなんです。モース様と、目的は違いますけど……』
 
 ただモースは、一つの場所を目指して走る。
 
 
 
 
「はあっ……はあっ……はあっ……アニス!!」
 
 ザレッホ火山の洞穴の、パッセージリングの神殿とは別の道の最奥に辿り着く。溶岩の泉の中心、台地のように拓けた場所にある譜石の前に、モースは幼い導師守護役(フォンマスターガーディアン)、アニスの姿を見つけた。
 
 だが、そこにはアニス一人しかいない。
 
「お前一人か!? 導師はどうした! まさかもう惑星預言を詠んでしまったのか!? 譜石は? ちゃんと確保しておるのだろうな!?」
 
 走り続けた事も相まって、息切れ混じりにまくしたてるモースの方に、アニスはゆっくりと振り返る。
 
「イオン様なら、ここには来ません」
 
「何だと!?」
 
 話が違う、と激昂しようとしたモースの背後で………
 
「頭の回転が鈍い男だね。狸オヤジ」
 
 呆れたような声が響いて、モースのすぐ後ろに控えていた神託の盾兵が三人まとめて斬り伏せられた。
 
 モースが振り返れば、そこには黒剣をどろりと血に染めたカンタビレ。
 
「ばっ、馬鹿な! まさか全員……!?」
 
「おちびが一人でここにいる時点で気付きな。あんた、誘き出されたんだよ」
 
 驚愕するモースの言葉を完全に無視して、カンタビレはあごで軽くアニスを指した。
 
 モースはその言葉を聞いているのかいないのか、カンタビレから逃げるようにして橋を渡り、アニスに駆け寄る。
 
「アニス、やつを始末しろ! 惑星預言を手に入れたら、今の任を解いてやってもいいぞ!」
 
 アニスは応えない。ただ、背負ったトクナガを体の前に持ってきて、それを巨大化させた。
 
「ア、アニス……!?」
 
「惑星預言を餌にすれば、預言を崇拝するあんたは導師の後をつけて、絶対自ら足を運ぶ。そして、誘きだしたあんたに腕の立つ“二重尾行”をつければ、逃げ場はないだろ?」
 
 ゆっくりと歩み寄ってくるカンタビレの言葉を肯定するかのように、アニスはゆっくりとトクナガをモースに向けた。
 
 その眼に、表情に、ようやくモースは事態を呑み込んだ。
 
「裏切るのか!? 騙されて多額の借金を抱えていたお前たち家族を保護してやったのは誰だと思ってる! 私は別に、お前に悪事を強要しているわけではない! 預言の成就による世界の繁栄を成し遂げるために必要な事なのだ!」
 
 モースの言葉に、アニスはパンッと両手で自分の頬を叩き、手をどけると同時に………
 
「ごめんなさい、モース様☆」
 
 両の人差し指で自分の頬を指すポーズを取り、ニッコリと微笑んだ。
 
 次の瞬間―――
 
「ぐぎゃあっ!?」
 
 トクナガの左腕が、払うような裏拳でモースを殴り飛ばした。トクナガよりさらに大きな譜石の塊に、その体が激突する。
 
「わたしぃ、欲深くて恩知らずなんですぅ☆」
 
 朗らかで可愛らしい、しかし怖気を誘う笑顔で、アニスのトクナガが近寄ってくる。
 
「わた、私にこんな事をして……お前の両親がただで済むと思っ、て……いるのか!? 何故わからん! 世界を繁栄に導くためには……」
「ンなもん、興味ねぇんだよ」
 
 笑顔から一変、殺意を剥き出してモースを睨むアニスのトクナガが、片手でモースを掴み、溶岩の海に放り投げた。そして……
 
「前から、一度でいいから絶対あんたを直接ぶん殴ってやるって決めてたんだ」
 
 それを追うように、アニス自身がトクナガの背から跳んだ。
 
「わたしと一緒に、地獄に落ちろぉ!!」
 
 トクナガではないアニス本人の拳が、モースの頬を打ち抜いた。
 
 
 
 
(あとがき)
 今回の主役はアニス。ルーク達は完全に蚊帳の外ですね。
 
 



[17414] 35・『さよなら』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/28 18:21
 
「おのれぇえ! スコアを! 預言を蔑ろにする愚か者めぇ゛! 始祖ユリアが天ば………ッ!?」
 
 最期の最期まで、預言による繁栄の未来を疑いもせず、大詠師モースは溶岩に骨まで焼き溶かされて絶命した。
 
「………何で」
 
 その上空。台地の上から伸ばされた手に掴まれる事でぶら下がるアニスは、溶岩への落下を免れていた。
 
「あんたはケテルブルクであたしに言ったね、『けじめを着ける』って。だから力を貸してやったけど、あんたのそれは『逃げ』だろ」
 
 台地の上に仰向けに寝そべり、限界まで伸ばしたカンタビレの右手が、アニスの左手を掴んでいた。そのまま、強引に引き上げる。
 
「あんたがちびじゃなかったらあたしまで巻き添えで御陀仏だよ。ったく、これだから考え無しのガキは嫌いなんだ」
 
「…………………だったら、ほっといてよ」
 
「“だったら”、あたしの目の前で馬鹿やんじゃないよ」
 
 引き上げられたアニスが、俯いたまま苦しそうに声を絞りだす。それに隻眼を向けるカンタビレは、ジト眼だ。
 
「何も知らないくせに………!」
 
「知らないさ。あんたが話さないんだから」
 
 さすがにジェイドの旧知というだけあってか、カンタビレの対応は非常にドライだ。
 
 年齢不相応に成長せざるを得なかったアニスが、本来の小さな子供に見えるほどに。
 
「………モースの命令だったなんて、言い訳出来ないよ。モースを殺したからって、わたしがやった事が消えるわけじゃないもん」
 
「言い訳しないだけあんたはマシだよ。でも、勘違いするんじゃない。過去が消えないのは、あんたが死んだって同じ事だ」
 
 カンタビレはしゃがみ込んでいるアニスの二の腕を掴んで、強引に立たせる。
 
「軍人ったって、やっぱりガキはガキだね。本当に骨のある軍人なら、意味の無い死なんて絶対に選ばないよ」
 
 抱き締めて背中を叩く事はない。涙を拭う事もない。ただ、アニスの頭に手を置いて髪をくしゃくしゃと掻き混ぜる。
 
「これからあんたがどうすればいいかなんてあたしは知らないし、知ってても教えない。自分で考えな」
 
「…………………」
 
 どこかの誰かに似た、しかし僅かにお節介な女性に、アニスは小さく頷く事で返した。
 
 
 
 
『敬愛する導師イオン様、そして共に旅を過ごした皆様へ』
 
 ルーク達がパッセージリングの神殿から出た時、溶岩の河に橋のように架けられた道には、通行を妨害するように無数の岩塊が置かれていた。言うに及ばず、アニスの仕業だ。
 
『突然の事に、さぞ驚かれているものと思います。しかし、これ以上真実を偽ったまま、皆様と一緒に旅を続ける事は出来ませんでした』
 
 それらを押し退けてルーク達が入り口付近に戻った先にあった光景は、血の海に沈む数十に及ぶ神託の盾(オラクル)兵の亡骸と、その上に立つ烏のような女傑・カンタビレ。
 
『わたしの本当の役目は導師守護役(フォンマスターガーディアン)ではなく、大詠師モースの部下でした。わたしの家族は、借金を肩代わりしてくれた大詠師に頭が上がらず、わたしは大詠師にイオン様の動向を逐一報告するよう命じられ、それを実行していました』
 
 わたしの口から話す事は無い。それだけ言ってルーク達を教会に連れ戻したカンタビレは、隠し通路の譜陣を破壊した。二度と誰も踏み込めないように。
 
『タルタロスが襲われたのも、六神将が待ち伏せていたのも、ケセドニアで襲撃を受けたのも、全てわたしが原因です。いつかティアが言っていたスパイの存在。それはわたしだったのです』
 
 そのまま街の宿まで足を運んだルーク達の許に、盗賊団・漆黒の翼のノワールが訪れ、この手紙を渡した。
 
『わたしは、イオン様やティアのような立派な人間ではありません。世界の運命も、人間の意志と自由も、興味はありませんでした。どこか、他人事のように感じていたのです』
 
 手紙は、アニスとは思えない丁寧な言葉使いで綴られていた。
 
『わたしは、自分の周りの事にしか本気で向き合えない人間です。だけど、一緒に旅をしている皆のやってきた事が踏み躙られるのは、耐えられなかった。他でもないわたしが、それを踏み躙っていたのに』
 
 ルークも、ティアも、そしてイオンも、その手紙に言葉を発する事は無い。大方の事実を知っているカンタビレも、当然のように無言。
 
『平和条約が結ばれた今になっても、モースは戦争を起こすために、どんな手段でも使います。それが預言に詠まれているから。そういう男です』
 
 手紙にはアニスのこれまでの、今の、これからへの想いの全てが綴られていた。
 
『外郭の降下が成功したとしても、魔界(クリフォト)に落ちた世界は混迷を極めるでしょう。だからこそ、後の禍根となるモースを野放しには出来ませんでした。わたしは第六師団師団長のカンタビレと、盗賊団・漆黒の翼の手を借りて、モースの暗殺を決意しました。この手紙を皆様が読んでいるという事は、それは決行されたのだと思います』
 
 ティアが下唇を噛む。
 
『それでわたしのした事が許されるとは思いません。許して欲しいとも言いません。それでも、わたしにはこうする以外に出来る事が思い付きませんでした』
 
 ルークが、壁を殴る。
 
『こんな事を言える立場ではない事はわかっていますが、世界を、お願いします』
 
 イオンは、無言だった。
 
『ごめんなさい。そして、さようなら アニス・タトリン』
 
「………………」
 
 静寂に包まれた部屋の中、ノワールが静かに、イオンに歩み寄った。
 
「アタシらが頼まれた仕事は二つ。あの子の両親を安全な場所に“誘拐”する事。それはもう、アタシの部下がやってる。今ごろは海の真ん中さ」
 
 そして、懐からある物を取り出して、イオンに差し出す。
 
「もう一つは、手紙とこれを、あんたに渡す事」
 
「っ………!?」
 
 手渡されたそれに、イオンは息を呑む。それはいつもアニスが、教団服の下に提げている短刀だった。
 
「アニスの、短刀……?」
 
「………別れの贈り物のつもりかしら?」
 
 それが指す意味を、世間知らずのルークと魔界育ちのティアは知らない。カンタビレが呆れながら教える。
 
「女が男に短刀を贈るのは、絶縁を意味するんだよ。そんな事も知らないのかい」
 
「「ッ!?」」
 
 絶縁。その言葉に、ルークとティアはアニスの意志の固さを理解させられる。手紙に書かれた『さよなら』よりなお、固い決意。
 
 最悪―――
 
「死んじゃいないよ」
 
 ルークとティア、そしてイオンの予感を、カンタビレが先んじて断った。しかしそれは、同時に一つの事を意味していた。
 
「………あんた、アニスがこうするって、知ってやがったのか? 何で止めなかったんだ!!」
 
「相変わらずピーピーやかましいねぇ。これがあの子なりのけじめの着け方なんだ。まだ仲間だと思ってんなら、気持ちくらい汲んでやったらどうだい」
 
「ッ……この……」
「やめてください」
 
 アニスの決意も……おそらくは去り際すらも見送ったカンタビレに掴み掛からんばかりに怒るルークを、イオンの静かな声が止めた。
 
「イオン……でもっ!」
 
「やめなさい、ルーク。これ以上私たちといる事の方が、アニスには辛いかも知れないわ」
 
 なおも食い下がろうとして、ティアにまで嗜められ、ルークは悔しそうに歯を食い縛る。
 
「僕は……アニスが何か後ろめたい事を隠している事に、何となく気付いていた」
 
「え………?」
 
 他の全てを置いてきぼりにするように、イオンの言葉だけが静かに響く。
 
「何とか出来たのかも知れない。……でも、何もしなかったのは僕だ」
 
 どこか虚無的で、物悲しい。
 
「一番近くにいたのに、気付いてあげられなかった…………」
 
 自らを嘲うような、イオンの言葉。
 
「アニスがいつから短刀を身につけていなかったのかも………わからないんだ」
 
 氷像のように固まった表情のイオンの眼から、涙が一筋頬を伝った。
 
 
 
 
『わたしは、自分の周りの事にしか本気で向き合えない人間です』
 
 それは、僕も同じだ。ただ与えられた、“導師イオン”であろうとした。ただ自分が苦しまないように。
 
『それでわたしのした事が許されるとは思いません』
 
 僕が軽率にダアト式封咒を解かなければ、アクゼリュスが消滅する事も無かった。咎人なのは僕も同じだ。
 
『許して欲しいとも言いません』
 
 それは嘘だ。許されないとわかっていても、許して欲しくないわけがない。
 
『こんな事を言える立場ではない事もわかっています』
 
 立場なんて関係ない。アクゼリュス消滅のきっかけを作った僕でも、世界を救う力になれているはずだ。
 
「(アニス……僕は逃げません)」
 
 二度と、こんな無力な自分を味わうのは嫌だ。だから、またあなたに会うまでに、強くなります。……本当の、意味で。
 
「お待たせしました」
 
 アルビオールの一室で、一人操縦席に現れなかった僕を待ってか、まだアルビオールは発進していなかった。
 
「……もう、大丈夫なのか?」
 
「はい」
 
 気遣わしげに、ルークが声を掛けてくる。僕は、もはや癖のようになってしまった笑顔で返した。
 
 自分が死に向かっているという時に、僕を気にする。……少しルークが羨ましい。僕の本質は、きっとルークよりずっとズルいから。
 
「急ぎましょう。立ち止まっている時間はありません」
 
 世界を救う旅をやめない。次のセフィロトを制御すれば、後はプラネットストームを司る二つだけ。
 
「ロニール雪山の扉は、あたしが見つけといた。案内は任せときな」
 
 目指すはシルバーナ大陸……ロニール雪山。
 
 アニスに跡を任されたカンタビレを伴って、僕たちは旅を急ぐ。
 
 
 
 
(あとがき)
 ガイの出番のなさが深刻です。見せ場は決めてたんですが、なかなか来ません。
 
 



[17414] 36・『雪山の死闘』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/29 18:58
 
「さみぃ、腹がさみぃ………」
 
「まったくだわ……」
 
「ミュウも寒いですの。ソーサラーリングが冷え冷えで寒いですの……」
 
 シルバーナ大陸、ロニール雪山。アブソーブゲートとラジエイトゲートの二大セフィロトを除けば、ここが最後のパッセージリングだ。
 
 予め扉を見つけていてくれたカンタビレがいるとはいえ、ロニール雪山の極寒と魔物は厳しい。寒さに震える腹だしトリオを見て、カンタビレが溜め息を吐いた。もっとも、全員服の上から分厚い外套を纏ってはいるのだが。
 
「神託の盾(オラクル)騎士団の半分が、ヴァンについて行ったそうですね」
 
「らしいね。六神将まで丸々いなくなって、その再編成で大忙しだったところで、モースのオヤジまで死んだんだ。今は神託の盾(オラクル)が混乱してる方が都合がいいけど、外郭を降ろした後は大忙しだよ」
 
「……何で六神将も兵たちも、ヴァンの無茶苦茶な理想に従うんだろうな」
 
 寒さで口数の減っている腹だしトリオを置いて、イオン、カンタビレ、ガイが話す。
 
「単純なカリスマ性だろ。“あの人について行って死ぬなら本望”みたいに思っちまってるのさ。そこのひよこ坊やも、一歩間違えばそのお仲間だったんじゃないかい?」
 
「誰がひよこだ! ……うぅっ、さぶ………」
 
 カンタビレの毒舌に律儀に反応したルークが震える。イオンが苦笑して、しかしすぐに真剣な顔になって話題を繋げた。
 
「……ですが、六神将はどうなんでしょう」
 
「あいつらにも、それぞれ過去があるからね。ヴァンと同じように、世界をぶち壊したいほど憎むような事があったのかも知れない」
 
「姉さんの……過去……」
 
「………ラルゴだって、預言のせいで娘のナタリアを伯父上たちに取られちまったんだよな……」
 
 イオンの言葉に、それぞれが思い思いに呟く中、ガイが静かに言う。
 
「俺には……わかる気がする」
 
「ガイ……?」
 
「預言の言うなりにホドを見捨てた奴らを許せない。たとえレプリカでも、ホドが甦るなら……ってな。もし七年前にお前が造られなかったら、俺もアッシュみたいに六神将の一人になってたかも知れない」
 
 可能性の話だよ、と笑って、ガイはルークの胸を叩いた。ガイを信じていないわけではないが、ルークとしては僅かに釈然としない気持ちはある。
 
「“俺が”って……俺屋敷では基本、お前と遊んでただけだと思うんだけど……?」
 
「ガイは放任主義だったものね」
 
 ルークの尻馬に乗るように、ティアがじとっとした目でガイを見た。今のルークの不遜で我儘な性格と世間知らずの一端は、“幼少期”を育てたガイにこそ責任がある。
 
「まあ、日々の積み重ねだよ。箱入りで育ったせいもあるだろうけど、お前は良くも悪くも無邪気だったし。けど、敢えてきっかけを挙げるなら………」
 
 都合の悪いティアの言葉をさらっと流したガイは、わざとらしい仕草であごに手を当てる。
 
 逆にルークは決まり悪そうに頭を掻いた。無邪気、とストレートに言われてどう反応しろと言うのか。
 
「『過去ばかり見ていたら前に進めない』、だな」
 
「? 何だよそれ?」
 
「お前が俺に言ったんだよ。『記憶が無くて辛くないか?』って訊いたらな」
 
「……全然憶えてねーや」
 
「ははっ……でも、俺は案外それが真理だと思った。俺は過去の憎悪に囚われてたからな」
 
「青臭いガキの理屈だね」
 
 しみじみと語るガイとルークに、カンタビレが厳しい声で割り込む。
 
「何したって自分の過去と決別なんか出来やしない。過去があっての今だからね」
 
「大切なのは、その過去を抱えた上でどう生きるか、よ。兄さん達は……その道を踏み間違えた」
 
 カンタビレに賛同するようにティアが被せた。「そうだな」と肩を竦めるガイと対称的に、ルークは何やら思い詰めた表情を作った。
 
「……今なら、わかる気がする。俺にも、大切だって思える過去がある」
 
 似合わない言葉を使うルークに、ティアは抑えていた不安が膨らむのを感じた。迫る死を前に、ルークが達観したような心境になっているのかと思って。
 
「過去があるから、今を頑張れるんだよな……」
 
「そして、それが未来に繋がっていく」
 
 命を捨てる覚悟で今に臨むルークに、ティアが言葉を継ぎ足した。たとえ迫る死が絶対なものだとしても、ルークにそれを肯定して欲しくなかったから。
 
「(この気持ちを伝えたら、ルークは止まってくれるかしら……)」
 
 自分で思ったその考えに、ティアは自ら首を振る。それでルークが止まってくれるなら、それでもいい。だけど、ルークは止まらないだろう。却って彼に重荷を背負わせる事になってしまう。
 
 どこか頑強な意志を感じさせる口調で断言したきり黙り込んだティアを、カンタビレは数秒眺めて………
 
「そういう事か。面白い組み合わせだね……」
 
 と、誰にも聞こえないくらい小さく呟いた。
 
「みゅぅ……ぬくいですの………」
 
 ルークの外套の下、剥き出しの腹筋部分で、ミュウは懐炉になっていた。
 
 
 
 
「………………」
 
 カンタビレに案内され、ルーク達はロニール雪山のパッセージリングに辿り着いた。
 
 「嫌な気配がする」と言って神殿の中にはついてこなかったカンタビレを置いて、今ティアに反応して、パッセージリングが起動した。
 
「(まだ死なねぇ、よな………)」
 
 これまでの感覚から、恐る恐るそう思いながら、ルークは天に両手をかざす。そこから奔った超振動が、パッセージリングの操作盤を削ってメッセージを刻んでいく。
 
「ッッ……!?」
 
 何かドロリと重たい音素(フォニム)が体内に流れ込んでくる感覚と、体から生気が抜けていく感覚。内臓が悲鳴を上げ、骨や筋肉が力を失う。
 
 薬で麻痺した感覚の向こうで、薄らぐそれを認識したルークの心を恐怖が覆う。
 
 ローレライの力に反応して、創世歴時代の音機関であるパッセージリングに染み付いた、汚染された第七音素(セブンスフォニム)がルークに吸い寄せられているのだ。
 
 無事メッセージを刻み終え、その恐怖も終わりかと思われた……その時―――
 
『っ!?』
 
 神殿全体に激しい揺れが起こる。タルタロスで地核振動を停止させてからは鳴りを潜めていた地震。
 
「何でだよ! 俺、何かしくじったのか!?」
 
「違う! これは……」
 
 慌てふためくルークを余所に、イオンがパッセージリングの操作盤を睨み付け、次いで茫然と見開いた。
 
「アブソーブゲートから記憶粒子(セルパーティクル)が逆流しています。それも、今まで僕たちが解放してきたセフィロトの力を利用した凄まじい勢いで」
 
「わかるように説明しろ!」
 
「セフィロトが活性化して、また地核が揺れ始めているんです! こんな事が出来るのは、ヴァンだけだ!」
 
 イオンのルークに対する説明を、横でティアも聞いていた。そして、ある可能性に気付いて戦慄する。
 
「地核振動が活性化したら、タルタロスは……」
 
「………当然、破壊されてしまうでしょう」
 
「冗談じゃねーぞ! 俺たちが今まで命懸けでやってきた事が逆に利用されてるってのか!?」
 
 全てのパッセージリングを解放し、連結させ、大地全てを降下させようとしてきたルーク達の行いを逆手に取り、ヴァンは全てのセフィロトを一気に活性化させた。地核がレプリカに必要な第七音素を放出し、タルタロスも破壊出来て、外郭の人間も滅ぼせる。正に一石三鳥の逆転策だった。
 
 しかし、事態はそれだけに止まらない。
 
(ドォオオー……ン!)
 
「今の音は……」
 
 地震とは明らかに違う爆音が、山の内側に位置する神殿内部に響いた。
 
「嫌な予感がする……。戻ろう! もしかしたら、カンタビレに何かあったのかも知れない!」
 
 ガイの言葉に一同首を縦に振って、駆け足で神殿内部を走り、そして扉を抜けて銀世界に飛び出した。
 
「あっちですの! 火の手が上がってるですの!」
 
 ミュウが慌てて指す方を見れば、足場の少ない岸壁のような場所にある神殿の扉より僅か離れた高い所で、火の手……どころではない、火柱が立ち上っていた。
 
 そして、一同がそこに辿り着いた先に見た光景は………
 
「カンタビレ!」
 
「姉さん……!」
 
 リグレットとラルゴ、二人の六神将を前に血を流して膝を着く、カンタビレの姿。ただひたすらに純白に広がる銀世界で、彼女の周りの血色が映えた。
 
「総長の策は成ったようだな」
 
「ああ、もうこれ以上、奴らを泳がせておく必要は無い。全てのダアト式封咒は解けたからな」
 
 ラルゴとリグレットが短くそんなやり取りをする。両者共に、カンタビレにやられたのか無傷ではない。だが、今のカンタビレのような致命傷とはほど遠い浅い傷だった。
 
 同じ神託の盾の師団長同士、その二人を相手にして勝てるほど、大きな実力差などない。
 
「これで………」
 
 立ち上がれないカンタビレに、ラルゴが大鎌を振り上げる。
 
「終わりだ!!」
 
 そして、それが振り下ろされる瞬間――――
 
「っむ!?」
 
 二人の間に割って入ったルークの剣が、大鎌を受け止めていた。自分より明らかな巨体な体躯と得物を持つラルゴの一撃を、真っ正面から止めていた。
 
「はっはっはっ! いつかとは大違いだなぁ小僧! さすがアッシュを倒しただけの事はある!」
 
「殺すなよ、ラルゴ」
 
「言われずとも、わかっている!」
 
 リグレットの念押しが不本意、とばかりに力任せに振りぬかれた大鎌が炎を吹き、ルークを薙ぎ倒すように地に這わせた。
 
 しかしルークも、すぐに飛び起きる。
 
「カンタビレ! お前気付いてたな!? 何で一人で戦ろうとした!」
 
「………あたしはまだあんた達の腕を認めたわけじゃなかったからね。足を引っ張られたくなかっただけさ」
 
「……結果がこれかよ、だせー」
 
 深呼吸してゆっくりと立ち上がるカンタビレ、そしてルークの前に立つラルゴ。
 
 一拍行動が遅れて駆け寄ろうとしたティア達の前には、リグレットが立ちはだかっていた。
 
「姉さん、もうやめてください! こんな事に何の意味があるんですか!」
 
「なら、逆に訊こう。“この世界に何の意味がある”?」
 
 ティアの悲鳴に、リグレットはどこまでも静かに返す。
 
「星の記憶が人の未来を決定するなら、人の意志は何の為にある?」
 
 譜銃の銃口が、ゆっくりとティアに向けられる。
 
「私は、私の感情が星の記憶に踊らされているなど、絶対に認めない。人の意志は、人に委ねられているべきだ」
 
 短い間、それでも姉のように懐いていた。理想の女性と憧れていた。
 
「最早問答は無用。来い、ティア!」
 
 実の妹のように可愛がった。こうなる事をずっと恐れてきた。
 
「……私は負けられない。行きます、姉さん!」
 
 二人の想いはしかし交わらず、戦いを選ぶ。
 
 
 
 
(あとがき)
 今日もモーニング更新を。ラルゴもいるけど主題はティア対リグレットになりそうです。
 
 



[17414] 37・『愛』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/29 16:36
 
「『烈破掌』!」
 
 ルークの右掌が爆圧を生み、大柄なラルゴを後退させる。
 
「ラルゴ! お前がナタリアの実の父親だってのは、本当なのか!?」
 
「そうだ!」
 
 追撃しようと駆けたルークを狙い済ましたかのように、大鎌が大気を裂く。攻撃の予兆を感じて後ろに跳んだルークの服に一線切れ目が入る。
 
「俺は諦めていた。娘は十八年前にキムラスカ王家に奪われ、すでに“我が子メリル”はこの世のどこにもいないと」
 
 ラルゴが振り上げた大鎌の石突きが……
 
「だがっ!!」
 
 ズドンッ! と重い音を立てて、雪を地を穿った。
 
「奴らはそうして俺たち夫婦から奪った子を、戦争の邪魔になるからと殺そうとした! 預言に従って奪った我が子を、預言の邪魔だからと、掌返したように偽物と扱ったのだ!!」
 
 怒り狂うラルゴの咆哮は、まさに二つ名通りの獅子のそれだ。
 
「俺たちの未来を縛る預言も、それに追随する者たちも、俺は決して許すつもりはない! この世界の不条理を砕き、改革してみせる。そして……今度こそ誰にも娘を奪わせはしない!」
 
 烈迫の気合いと共に、大鎌が炎を纏う。それは道を阻むもの全てを薙ぎ払わんと、大気を焼き、裂く。
 
「『火竜爪』!」
 
 それを宙に跳んで躱したルークの蹴撃が炎の音素(フォニム)を帯びて……
 
「『紅蓮蹴撃』!」
 
「ぐ、ぬぉ……!?」
 
 ラルゴの肩を捉えた。文字通りに叩き込まれた炎に、ラルゴが怯む。
 
「お前やナタリアがキムラスカを許せないのはわかった。だけど、それで全人類を滅ぼすっておかしいだろ! 関係ない人間まで皆殺しにしようとしやがって、その方がよっぽど不条理なんじゃねーのかよっ!」
 
 畳み掛けるルークに、ラルゴは大鎌の斬撃で応戦する。膂力はラルゴの方が上だが、素早さにはルークに分がある。
 
「(行ける……!)」
 
 今思い返せば、勝てたのが不思議なほど全てに於いてルークを上回っていたアッシュに比べれば、ラルゴとは相性が良い。
 
 破壊力を手数で埋めるように攻め立てるルークに、防戦一方で反撃に回れないラルゴ。そして、連撃を防ぐラルゴの動きに僅かな隙を見つけ……
 
「(獲った……)」
 
 剣を突き刺そうとしたルークを……
 
「『獅子戦吼』!!」
 
「が……っ!?」
 
 大鎌の動きを無視した体当たり……獅子を象った闘気が小石のように弾き飛ばした。
 
「んなろ……っ!」
 
 踏み止まり、防御に回ろうとしたルークの足が、運悪く深くなっていた雪の中にズブズブと埋まり、その動きを封じた。ラルゴはそれを見逃さない。
 
「『烈火衝閃』!」
 
「『魔王絶炎煌』!」
 
 ルークもみすみす追撃を受けはしない。扇状に広がる炎を、ルークも炎を帯びた裏拳と剣の二連撃で相殺した。弾けるような余波でルークの足下の雪が水へと還る。
 
 技と技の衝突による僅かな膠着から先に脱したのは、ルーク。
 
「『烈破掌』!」
 
「むっ……!?」
 
 再びの『烈破掌』を、ラルゴの手前の“地面に”叩きつける。雪煙が巻き上がって僅か怯んだラルゴの大鎌を、すかさずルークの蹴撃が下から弾いた。
 
 ラルゴが闘気を練る。ルークが剣を振りかぶる。まさに激突、と思われた瞬間―――
 
「っ……かはっ!?」
 
 肺を直接掴まれたような強烈な痛みを伴って、ルークは口から血を吹いた。
 
 放っておいても前のめりに倒れてしまいそうなルークの体を、再び獅子の闘気が吹き飛ばす。
 
 糸の切れた操り人形のように力無く、ルークは雪原に投げ出された。
 
 しかし、本当に痛むのは外側ではなく、内側。
 
「(こんな……時に……っ!)」
 
 薬が切れたのか、それとも『これ以上やると死ぬ』と言われてから二度もパッセージリングを操作した事による限界か。ルークは戦うどころか、立ち上がる事も出来ない。
 
 そのルークを庇うように………
 
「俺を忘れてもらっちゃ困るぜ」
 
 ガイが、静かに立ち塞がった。
 
 
 
 
「『ノクターナルライト』!」
 
「無駄だ!」
 
 音素を纏って放たれたナイフが、譜銃による音弾に容易く撃ち落とされる。
 
「“仇なす者よ 聖なる刻印を刻め”『エクレールラルム』!」
 
 初めからそれは囮、とばかりにティアの光の譜術が発動し、リグレットの足下に十字の聖印が刻まれた。それが上方に力を噴き上げる前に、リグレットは素早く陣から跳び退く。
 
「“詠じる力を助けよ”『スペルエンハンス』」
 
「(詠唱補助か……)」
 
 休む間も無く、ティアは自身に譜術を掛けた。詠唱の際の集中力を一時的に高める譜術である事を、リグレットは即座に看破する。
 
「「“聖なる槍よ 敵を貫け”」」
 
 羽のように軽やかに戦場を舞い、音弾や譜術が飛び交う戦いは、力と激しさに溢れるルークやアッシュの戦いとはまるで異なるものだった。
 
「「『ホーリーランス』!!」」
 
 十にも及ぶ光槍と光槍が中空でぶつかり、太陽のように輝いて弾け、雪のように光を撒く。
 
 ティアが自身に詠唱補助を掛けてなお、同じ譜術が同時に発動し、完全に相殺した。地力はまだリグレットが上という事。しかし………ティアは負けていない。
 
「……残念です、姉さん。あなたなら、わかってくれると思っていたのに」
 
 同じ理想を持つ同志として、信頼していた、憧れていた、尊敬していた。本当の姉のように慕っていた。
 
「私もだ、ティア。お前が理想を捨て、星の記憶に縛られた世界を享受するとはな……」
 
「なら姉さんは! オリジナルの世界に何の未練も無いんですか! 全てを失ってレプリカの世界を造る事が、本当にあなたの願いなんですか!」
 
 ティアは杖に譜力を集中し、左回りに駆ける。
 
「一つの未練も持たない者など、恐らくいないだろう。人は必ず何かに執着する。だが……私を孤独から救って下さったのは閣下だ」
 
 そのティアの動きに合わせて、リグレットも走る。走りながら、二丁譜銃による音弾を連射する。
 
「それを閣下が望むなら、私は世界の滅亡すら厭わない」
 
 必死でそれを躱しながら、ティアは譜力を込めた杖で音弾を弾いた。的を絞らせないよう右に左に跳び交いながら、音弾を払い除けながら、ティアはリグレットに接近していく。
 
「それが姉さんの本心……なら、私は姉さんを軽蔑します」
 
 しかし、リグレットはティアの動きを正確に掴んでいた。常に正面にティアを捉え、眼にも止まらない音弾の速射が冴え渡る。
 
「だって人の意志を謳っておきながら、姉さんには自分の意志が無いもの!」
 
 しかし次の瞬間、ティアは杖の先を雪に埋め………
 
「『バニシングソロゥ』!」
 
 譜力が爆発し、雪煙がリグレットの視界を隠す。その一瞬で左に回り込んだティアの、二発目の『バニシングソロゥ』が、リグレットの体を木の葉のように舞わせた。
 
 しかし………
 
「それは違う」
 
 受けた衝撃に逆らわず、自ら上に跳んで威力を殺していたリグレットは、中空でティアに銃口を向けていた。そして、発砲。
 
「『レイジレーザー』」
 
 集めた音素が光線となって、ティアに襲い掛かる。鋭利な刃と化したそれを躱し切れず、ティアの二の腕から血が噴き出し、雪を紅に染めた。
 
「私は、“あの人”を愛している」
 
「ッ………!?」
 
 その言葉に、痛み以上の衝撃を受けて、ティアは顔をはね上げる。
 
「その為に命を懸ける。それが私の意志よ」
 
 いつか、まだ何も知らなかった自分が無邪気に求めた理想像。その最悪な形での結実に、ティアは言葉を失う。
 
「私の意志が、感情が、想いが、私以外の何かのものだなんて、絶対に認めない」
 
 戦う前に使ったものと似た言葉が、遥かに強い意味を以て繰り返される。
 
「たとえ世界が滅んでも、この想いだけは私のものだ」
 
 ティアの知らない『魔弾のリグレット』が、目の前に立っていた。
 
「可笑しいだろう? 感情を律せよ、それが出来なければ軍人失格だ。お前に繰り返しそう教えてきた私の戦う理由が、これだ」
 
 音弾が、手負いのティアに容赦なく降り注ぐ。ティアはそれを必死で躱し、弾き、逃げる。
 
「でも……人は誰かのためでなければ、命を懸けられない。少なくとも、私はそう」
 
 一方的な攻防が続く。完全に動きを見切られているティアを、いたぶるように音弾が襲う。
 
「『シアリングソロゥ』!」
 
 リグレットの銃口の先から人間大の巨大な火球が飛び、ティアのすぐ横に着弾、爆炎がティアを包み込んだ。
 
「それが……姉さんが兄に味方する理由ですか……」
 
 炎の中から、静かに怒りを湛えた声が零れ……
 
「『シアリングソロゥ』!」
 
 その爆炎をそのまま先と同様の火球へと変えて、撃ち返した。さすがにこれは撃ち落とせず、リグレットは横に走って余波の爆炎からも逃れる。
 
「なら、なおさら私は姉さんを軽蔑します!」
 
 杖を放り捨て、袖に仕込んだナイフの全てを両手に握ったティアが、揺らぐ事無き蒼の瞳でリグレットを射抜く。
 
「ティア………」
 
 それは、リグレットも同様だった。強い意志に怒りを混ぜて、ティアを睨み返す。
 
「命を懸けて誰かを愛する。その意味もわからずに、私の想いを否定するな!」
「違う!!」
 
 自身の命より重いリグレットの言葉を、しかしティアは一拍の間も開けずに大声で否定する。
 
「『ノクターナルライト』!!」
 
 両手に無理矢理掴んだ十数のナイフが、音素を纏ってリグレットに飛来する。同時にティアは、リグレットに向かって一直線に駆け出した。
 
「本当に兄さんが好きなら、姉さんは兄さんの生き方を許してはいけなかった!」
 
 飛来するナイフが、リグレットの連射の前に次々と撃ち落とされていく。
 
 音弾の速射砲を得意とするリグレットに、正面から突っ込む。それは自殺行為であり、普段のティアなら絶対に採らない戦術だった。
 
「兄さんが好きなら……本当に好きなら……破滅に向かう兄さんを止めなきゃいけなかったのよ!!」
 
 遂にナイフが全て撃ち落とされ、ティアの頬を、腕を、足を、音弾が撃ち抜いて……それでもティアは止まらない。
 
「知った風な口を叩くな!」
 
「知ってるもの!!」
 
 リグレットの全く知らないティア。大喝を上げ、気迫を漲らせ、咆哮と共に突き進む……まるで焔。
 
「今の兄さんが、幸せに見えるの!?」
 
「ッ……!?」
 
 “言葉に圧され”、精彩を欠いた音弾はティアの急所を捉え損なう。その譜銃を握る両手が、ついにリグレットの懐に入ったティアに掴み上げられた。
 
「“穢れなき風 我らに仇なす者を包み込まん”!」
 
 詠唱が流れる。周囲から巻き上がった第六音素(シックスフォニム)が天空で渦巻き、それは光の風と結晶する。
 
「『イノセント・シャイン』!!」
 
 一切の穢れを持たない聖なる風が、滝のように降り注ぎ、二人を呑み込んだ。
 
 
 
 
(あとがき)
 イオンとカンタビレの描写が入れられなかったです……。どこに入れても空気読んでない気がして。
 
 



[17414] 38・『懐かしい笑顔』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/30 08:43
 
「カンタビレ?」
 
「導師……もういいよ。ヒヨッ子共に任せてられない」
 
 あたしは導師を押し退けて、立ち上がる。元々戦線から外れるつもりはなかったのに、あのひよこ坊やが突貫した挙げ句、導師が傷を治し始める始末。
 
 予想外に使えるみたいだからそのまま任せてたけど、三対二じゃ分が悪いだろ。
 
「っ……かはっ……!」
 
 なんて事を考えてたら、ひよこ坊やが血を吹いて倒れた。……例の障気蝕害(インテルナルオーガン)か。
 
「あんたに死なれると困るんだよ……!」
 
 ラルゴの前に立ちふさがったガイラルディアの反対側から、あたしは攻撃に転じる。
 
 それから僅か後、二対一で優勢に戦いを運ぶあたし達の戦場……ロニールの雪原に、光が墜ちる。
 
 
 
 
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
 
 雪を地を抉り散らして出来たクレーターの中心に横たわるリグレットを、満身創痍で血塗れのティアが見下ろしている。
 
 ティアの秘奥義は味方識別(マーキング)によって術者であるティアをすり抜け、リグレットのみを光の風に包んだ。
 
「…………愛するからこそ、止める……か……」
 
 力なく横たわるリグレットが、弱々しく口を開く。彼女の譜術耐性も常人のそれではなく、地を抉るほどの光を受けてなお生きていた。彼女自身が、光の音素(フォニム)と適合しているのも一つの要因。
 
「だが……その愛すらも、預言(スコア)という得体の知れない呪縛によって決められていたら、どうする?」
 
「姉さん……人は星の記憶になんて縛られずに、自分の意志で未来を選べる。私は……そう信じています」
 
 漠然とした未来への不安と恐怖に揺れるリグレットの瞳を、揺らぐ事のないティアの瞳が見つめる。
 
「そう………」
 
 自らを嘲うような乾いた笑みが、リグレットの口の端から零れる。
 
「信じる……愛する……無邪気にそう言えれば、良かったのにね……」
 
 悲しい……。聞く者全てにそう思わせるような涙声で、リグレットは呟く。その口調が、軍人としてのものではなくなっている事に、ティアは即座に気付いていた。
 
「もっと、違う形で出逢いたかった………。ヴァンとも、あなたとも………」
 
「姉さん……」
 
 手の甲で目を隠すリグレットを、ティアはごちゃ混ぜになった感情で見守る。
 
 突如――――
 
「!?」
 
 大地が、ロニール雪山が大きく揺れた。それは地核振動とは似て非なるものであり、次いで、大波を思わせる不気味な地響きが皆の耳を震わせる。
 
 見上げた先で、ロニールの峰から白き猛威が、圧倒的な質量を持って押し寄せて来ていた。
 
「雪崩……!?」
 
 彼女らの戦闘……特にティアの『イノセント・シャイン』が山岳を揺るがし、それが連鎖的な崩れを生み、雪崩を呼んだ。
 
「“出でよ 敵を蹴散らす激しき水塊”」
 
「っ……!?」
 
 雪崩に視線を向けたティアの眼下で、突然リグレットが譜の詠唱を始めた。既に戦闘を終えたつもりになっていたティアは、対応が間に合わない。
 
 雪崩が起きているというのに何故? という疑問を抱く暇はなく、ただ……
 
「(やられる……!)」
 
 そう思って身構えたティアの血に濡れた頬を、そっと掌が包んだ。
 
「……あの人は、アブソーブゲートにいるわ」
 
「姉、さん……?」
 
 言葉の意味が呑み込めず、ティアは不透明な声を漏らした。
 
「ヴァンに会いなさい、ティア。……そこで全ての解が出る。私の、あなたの、そして世界の……」
 
「どう、して……?」
 
 雪崩が迫って来る。そんな危機的状況すら置いてきぼりにして、ティアはただリグレットに意識を向けていた。
 
「元気でね……ティア………」
 
「!?」
 
 『セイントバブル』。その言霊と共に、譜術の水がティアを包んだ。それはティアを内包したまま、ダアト式譜術の障壁を展開しようとしているイオンに向けて飛ぶ。
 
 遠ざかるリグレット。水によって揺れる視界の中で、ティアは確かに見た。
 
 姉妹のように過ごした日々の、大好きだった笑顔を。
 
 ―――その全てが、残酷の白に呑み込まれる。
 
「――――――!!」
 
 『姉さん』。叫ぼうとしたそれは言葉にならず、水を揺らすだけに終わった。
 
 
 
 
 ロニール雪山での死闘。それは突然起きた雪崩によって幕を引いた。僕たちはダアト式譜術の障壁ごと山の麓まで押し流され………そのままケテルブルクに引き返した。
 
 ……だが、おそらくラルゴとリグレットは、あれに抗う術は無かったはず。
 
「……………」
 
 重症を負ったティアとカンタビレ、障気蝕害で倒れたルークを回復させるために、昨日今日はケテルブルクから動いていない。ジェイドの妹だという知事のネフリーの世話になっている。
 
「………………」
 
 ヴァンがアブソーブゲートのパッセージリングを操作したという事は、あそこのダアト式封咒は既に解かれている。
 
 僕は解いた憶えは無い。……おそらく、オリジナルの導師イオンが生前に解かされたのだろう。
 
 セフィロトが活性化し、外郭大地の……いや、全世界の存亡の危機だという事はわかっている。だけど、失敗は許されない。
 
 無理を押して死んでしまっては、同時に世界が終わる。……それでも、明日には出発しなければならない。
 
「(明日が決着、か……)」
 
 ティアが聞いたというリグレットの遺言から、ヴァンがアブソーブゲートにいる事はわかった。おそらくラジエイトゲートには、ロニール雪山にいなかったナタリアやアリエッタがいるはずだ。
 
 ……そして、ルークの体ももう限界に来ている。後二回パッセージリングを操作すれば、おそらく外郭の降下を成し遂げる前に力尽きてしまうだろう。……力技になってしまうけど、次のセフィロトを開放したらその場で外郭を降ろすしかない。
 
 ラジエイトゲートか、アブソーブゲートか。外郭の状態を考えたら、ほとんど星の反対側にあるラジエイトゲートに向かう余裕は無い。
 
 つまり、明日向かうのはアブソーブゲート。ヴァンとの決着だ。
 
 
 
 
 決着は、明日。皆それぞれが心の準備を整えている。
 
「(……あいつ、どこ行ったんだ?)」
 
 銀世界ケテルブルクを、ルークは一人歩いていた。カンタビレとイオンはネフリーの屋敷に、ガイとノエルはミュウを連れて広場へ気分転換に行っている中、一番回復の遅かったティアの姿だけが見えなかったからだ(ルークの病状はそもそも回復しない)。
 
「………………」
 
 ロニール雪山の戦い以降元気がなかった。その理由は、いくらルークでもわかる。師であり、姉だと慕っていたリグレットの死が、ティアの心に重くのしかかっているに違いない。
 
「(…………いた)」
 
 街外れの鉄柵に凭れて、ティアはただぼんやりと雪景色を見続けていた。
 
「(……何て声掛ければいいんだよ)」
 
 ティアの心を傷つけず、元気づける。そんな器用な方法をルークは知らない。挙げ句………
 
「……体は大丈夫なの?」
 
「っ!?」
 
 背中を向けられたまま、逆にティアの方から声を掛けられる。どこまでもカッコ良く振る舞えない少年だった。
 
「(気持ちはわかる……)」
 
 なんて安っぽい言葉は言えない。ルークも、アッシュやラルゴを死なせたという重荷を感じてはいるが、それはナタリアを介しての間接的な辛さだからだ。
 
 散々悩みに悩んだ末………
 
「……ティア、辛かったら明日……戦いを抜けてもいいんだぞ?」
 
 恐ろしく直球な言葉が口から飛び出した。ユリア式封咒を解かなければならない以上ティアの存在は欠かせないが、だからと言って戦闘に参加する必然性は無い。
 
「……何言ってるの? そんな事する筈ないでしょ。むしろあなたが抜けるべきだわ。……もう、戦える体じゃないんだから」
 
「そっ、そんなわけにいくかよ!」
 
 が、やはりと言うか、逆に嗜められる。咄嗟に言い返したその言葉が、全ての説得力を失わせていた。
 
 だが、予想に反してティアは眼を伏せる。
 
「……ごめんなさい。心配してくれたのはわかるんだけど……逃げたくないの」
 
「あ……いや、俺こそ無神経で……ごめん」
 
「ふふ……。そんなに殊勝だと、何だかルークじゃないみたい」
 
「何だよそれ! 人が、その……えっと……」
 
 そんな僅かなやり取りの後に、二人顔を見合わせて小さく吹き出した。予定とは違ったが、少しでも元気づけられたなら良かった、とルークは納得する。
 
「(……俺だって、ヴァン師匠を止めたいんだ。妹のティアが黙ってられるわけないよな)」
 
 それでも、ティアに何か出来るなら。そんな想いがルークにはあった。
 
 自分はもう……死んでしまうから……。
 
「……もう一度、ヴァン師匠を説得しよう」
 
 気付けば、ルークはそんな事を言っていた。無責任にも。そんなルークを、ティアは二、三度ぱちくりと見た後で、憮然とした表情を作る。
 
「……あなたがそれを言うのは、卑怯よ」
 
「………え?」
 
 真剣に言ったのに何が卑怯なのか。あたふたと慌てるルークに、ティアは露骨なため息をついて見せた。
 
「……姉さんが言ってたの、兄さんに会いなさいって。……きっと私にとっては善悪の観念以上に意味がある事だから」
 
 結果的にルークの甘言を切り捨てつつ、ティアはさらに強く意志を示す。次いで頬笑んだ。
 
「それに……見てろって言ったのは、あなたじゃない」
 
「? ……俺、そんな事言ったっけ」
 
 自分が言った事なのに、その悉くを忘れているルークに、ティアはほんの少し不満にも似た怒りを抱いた。
 
 一方的に振り回されているようで面白くない。そんな気持ちすら大切に抱き締めて、言葉を続けた。
 
「……ずっと見てるわ。これからも、あなたの事を。……明日も、明後日も、その先も、ずっと……」
 
「ずっと、って、お前………」
 
 祈るように紡いだ言葉。抗弁しようとしたルークの唇を人差し指で押さえて、止めた。
 
「ずっと、見てるから………」
 
 諦めていない。ルーク本人が死を覚悟していても、ティアは諦めていない。
 
 だから、言わない。………これが最期ではないから。
 
 
 
 
(あとがき)
 いよいよ最終戦。ここまで駆け足で来たもんだと思います。
 
 



[17414] 39・『生まれた意味』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/30 18:22
 
「……………」
 
 このアルビオールが完成して、世界中の空を飛んできた。地下世界……魔界(クリフォト)の空だって飛んだ。
 
 ……でも、こんなに幻想的な空は初めて。
 
「(綺麗……)」
 
 プラネットストームの帰結点。世界最大のセフィロトの一つ。空に広がる光の渦が島に吸い込まれていく。島全体に、記憶粒子(セルパーティクル)が雪のように降り注ぐ。
 
 その島に、私はアルビオールを着陸させた。
 
 アブソーブゲート。ここが世界を救う旅の、終点。
 
「いつもの事だけど、こんな所に一人で残す事になって、ノエルには心細い思いをさせるな……」
 
 気配り上手なガイさんが、私に声を掛けてくれる。
 
「この期に及んで、心細いなんてつまらない事まで気に掛けるのかい。随分余裕だね」
 
 そのガイさんに、カンタビレさんが呆れた。まだ短い付き合いだけど、この人の事も嫌いじゃない。
 
「あなたがいなければ、とてもここまで来れませんでした。ありがとう、ノエル」
 
「い、いえそんな……! 頭を上げてください!」
 
 イオン様が、改まって頭を下げてお礼を言った。何て恐れ多い。
 
「ノエルさん来ないんですの? 一緒に行かないんですの?」
 
 ミュウ……。あなたが少し羨ましい。私もミュウも戦いの役には立たないから、少しシンパシーを感じていた。……私もあなたみたいに小さかったら、道具袋に入ってついて行けたのにね……。
 
「何ならブタザル残そうか? 暇潰しの相手くらいにはなるだろ」
 
「みゅーーーっ!?」
 
 ルークさんに頭を掴んで差し出されたミュウが、手足を必死にバタつかせて抵抗してる。
 
「必ず、外郭大地を降ろして戻って来るわ。だから、私たちを信じて待っていて」
 
 ティアさんが頬笑んでそう言ってくれた。僅かな羨望と、それ以上の尊敬の感情で、私はその笑顔を見つめ返した。
 
「信じてます。皆さんが、世界を救って無事に戻って来る事を。……信じて、待ってます」
 
 皆が、アブソーブゲートの神殿に向かって歩いて行く。その背中が、遠ざかって行く。
 
「っ……~~~!」
 
 もう、何度も待つ事は繰り返してきたのに、今だけはこの瞬間が……辛い。
 
 遠ざかる背中を、ただ見送る事が出来なかった。
 
「ルークさん!」
 
 呼び掛けた人と一緒に、皆が振り返る。当然、隣にいるティアさんも。
 
「絶対っ……生きて戻って来てくださいね!」
 
 構わずそう叫んだ私に、ルークさんは目を丸くして、軽く手を上げる仕草で応えた。代わりに、ティアさんが力強く頷いた。
 
 そして、また皆は私に背を向ける。
 
「…………………」
 
 私は、その隣には立てない。それはわかってた。だから……妬む気持ちはほとんど無い。
 
 憧れの人の隣に立つ貴女を、私は素直に尊敬する事が出来る。少し不適切な言い方だけど……任せる事が出来る。
 
「(この旅に同行出来た事、皆さんの翼になれた事……私は誇りに思います)」
 
 次にアルビオールが空を飛ぶ時。それは世界を救った戦いの凱旋になる。そう信じて、また私は……待ち続ける。
 
 
 
 
 アブソーブゲートはプラネットストームを司るセフィロトだ。その神殿は通常の遺跡より遥かに深く、広い。
 
 イオンの懸念通りにダアト式封咒の解かれていた扉を抜け、一行はパッセージリングを目指す。
 
 しかし、その途中で大地を揺るがす大規模な地震が起こり、一行は三つに分断されてしまった。
 
 その、一組。
 
「すいません、カンタビレ。僕を庇ったばかりに………」
 
「構わないよ、どうせあたしの剣じゃヴァンには届かない。開き直って、あんたの譜術をサポートさせてもらう」
 
 ヴァンとの戦いに備えて譜力の消費を避けるイオンを護りながら、カンタビレが遺跡を護る譜業人形を斬り伏せながら下へ下へと突き進んでいく。
 
 落下の際にイオンを庇ったために、ロニール雪山で受けた傷が開き、幾分動きがぎこちない。
 
 しかし、イオンは気軽にその傷を癒すわけにはいかない。ヴァンに対抗するためには十分な余力が必要であり、イオンの譜術の方が、カンタビレの剣術よりも重要だからだ。
 
「……あのヒヨッ子共は、本当にヴァン相手に戦えるのかい。弟子に妹、あのガイラルディアだって、ヴァンの元主なんだろ?」
 
 カンタビレは、このメンバーの中で一番付き合いが浅い。生来の性格も手伝ってか、相互理解もやや心許ない状態だ。
 
 だからこそ、ルーク達の身の上を考えれば、当然のように疑念が生じる。
 
「皆、ヴァンを大切に思っているからこそ止めたいんだと思います。ティアも、ガイも、その覚悟はありますよ」
 
「……ひよこは?」
 
 ティア達の身の上や気持ちを知った上で、イオンは確たる断言で返した。その内に含まれなかったルークの事を、当然カンタビレは言及する。
 
 問われ、イオンは困ったような笑顔を作る。
 
「……ルークは、躊躇ってしまうでしょう。横柄に振る舞っていますが、彼は人一倍優しい。それに、裏切られてなおヴァンを師と慕っています」
 
 そう言って、しかしカンタビレが何か言い返す前に、その笑顔を誇らしげなものへと変えた。
 
「非情に成り切れない。考えも浅はかで無神経。自分に今一つ自信もないし、時々卑屈にもなる。ドジな所もあるから、たくさん失敗もします」
 
「珍しいね、あんたが他人の悪口なんて」
 
 カンタビレの面白そうな声を無視して、「でも」と、イオンは続ける。
 
「誰もが足を止めてしまう所で、一番大事な一歩を踏み出せる。誰もが諦めてしまう困難を、苦しみながら、泣きながら、それでも越えていける………僕の大切な友達です」
 
 一片の陰も持たないような無垢な表情で頬笑むイオンに、カンタビレは僅かに視線を逸らした。……まるで、眩し過ぎるものを見たかのように。
 
 「青臭いね……」と呟いた後で、わざとらしく肩を竦める。
 
「ここまで来たら、信じてやるしかないか……」
 
 そんな女傑を、イオンは頬笑ましそうに見守っていた。
 
 
 
 
「はあっ!」
 
 ルークの剣が、譜業人形を斬り飛ばす。
 
「『ノクターナルライト』!」
 
 ティアの投げたナイフが、クラゲみたいな奇妙な魔物を貫く。
 
「(何か……いつの間にか置いてかれちまった気分だな……)」
 
 互いに背中を預けて戦う二人の姿にそんな感慨を覚えながら、俺もゴーレムを一体斬り倒した。
 
 七年前から「ガイ、ガイ!」って俺の後をついて回ってた。ちょっと前まで何不自由なく屋敷で甘やかされては愚痴たれてた奴が、今はこれだ。
 
 今のルークとティアの姿を見て……何となく寂しい。もうこいつは俺の後をついて来る人間じゃなくて、誰かの隣に立てる人間になったんだって思う。
 
「(……完全に、雛鳥の巣立ちを見送る親鳥の心境だな、これは)」
 
 そんな感慨を抱いて、だからこそ納得いかない。………こいつが、もう少しで死んじまうって事が。
 
「(やっと溜め込んできたものを吐き出して、本当の親友になれると思ってたってのに………)」
 
 何より腹が立つのは、こいつが……どこかで自分の死を受け入れてるように見える事。
 
「(外郭大地なんてほっとけ、って言ってやれないのにこう思うのは、身勝手だよな……)」
 
 だったらせめて、ルークの意志を汲んでやろう。こいつが納得出来る生き方に、最後まで付き合ってやろう。
 
「(ヴァン……悪いが俺は、お前じゃなく、ルークと行く)」
 
 説得が無駄な事は、俺が誰より良く知ってる。ガキの頃から一緒だった……一緒に復讐を誓い合った……そんなヴァンを、俺は倒すと心に決めた。
 
 
 
 
 ルークが、ティアが、ガイが、合流したイオンとカンタビレが、昇降機を降りて行く。
 
 プラネットストームそのものである記憶粒子(セルパーティクル)が降り注ぐ、硝子にも似た建造物に囲まれた神殿。
 
 着いた先に、円形の広場があった。その一画で、巨大な、音機関であろうピアノが音色を奏で続けている。
 
 それが、ルーク達の接近に合わせるように、止んだ。奏者となっていた男が席を立ち上がり、振り返る。
 
「良く来たな」
 
 白い神託の盾(オラクル)の軍服を纏い、その髪を後頭で高く結い上げた……精悍、という言葉が誰より似合う男。
 
「大したものだ。お前はオリジナルのアッシュすら越え、真に人間となった」
 
 ヴァン・グランツ。その大きな手が、一行の中心に立つルークに差し伸べられる。
 
「さあ、私と共に来い、ルーク。共に星の記憶を消滅させ、ユリアの消滅預言(ラストジャッジメントスコア)を覆すのだ」
 
「アッシュが死んだからって、今まで役立たずのレプリカ扱いしていたルークを仲間に誘うってのか? 随分勝手な言い草じゃないか、ヴァンデスデルカ!」
 
 ヴァンのその言葉に、ルークより早くガイが割って入り、怒鳴りつけた。
 
「ガイラルディア様、あなたも同じだ。ホドを見殺しにしたこの世界の愚かしさを、わからぬあなたではあるまい」
 
 ガイの言い分など百も承知、と言わんばかりに、ヴァンはガイをも己の理想に誘う。今度はイオンが応えた。
 
「確かにこの世界は愚かかも知れない。だけど、変わる事が出来るはずです! あなたもわかっているはずだ。世界はユリアの預言から外れて来ている!」
 
「星の記憶は、ルーク一人の歪みなど物ともせぬ。変わるためには、この世界そのものを滅ぼすしかないのだ」
 
 やはりヴァンは怯まない。そのヴァンを、カンタビレが侮蔑を込めて睨む。
 
「誰もあんたについて来やしない。……いい加減気付きな、愚かしいのはあんたも同じだよ」
 
 誰かへの問いに、誰かが応える。これが成り立つ事自体が、ここにいる皆の気持ちが一つである何よりの証明だった。
 
「………メシュティアリカ、お前も同じか?」
 
 ここに来て初めて、ヴァンはティアに眼を向ける。いや、敢えて逃げていたのかも知れない。
 
「……兄さんは、レプリカの世界を創ろうとしているんでしょ」
 
 眼を伏せ、唇を噛んで悲しさを、悔しさを押し殺すティアがヴァンに向けるのは………
 
「だったら! 私のレプリカを造ればいい!」
 
 明確な、拒絶。僅か悲しげに揺れたヴァンの瞳は、しかし次いでルークに眼を向けた時には元の強さを取り戻していた。
 
「ルーク。お前は、ユリアの預言を覆すために生み出され、そしてその存在意義は、オリジナルすら凌駕した。……共に来い、私にはお前が必要なのだ」
 
 いつか言われた、何より嬉しい言葉。無邪気に憧れた虚構の言葉が、今、真実として目の前にある。
 
 ルークはその手を取りたい、抗い難い衝動を……振り払った。
 
「違います」
 
 ルークが、ヴァンにしか使わない言葉遣いで否定する。
 
「あなたが俺をどんな目的で生み出そうと、俺が『ルーク』のレプリカだろうと、関係ない」
 
 左手が背中に回され、剣を掴む。
 
「俺はずっと、自分がレプリカである事に苦しんでいた。偽物でしかない俺が生まれた意味は、何なのか………」
 
 一度閉じた瞳を、強烈な意志と共に開き、ヴァンを見据える。
 
「でも、ホントはそんな事どうでも良かったんだ。俺はここにいる、生きていたい。それだけで良かった。……生きている事に、意味なんて必要無い。レプリカも人間も同じだ」
 
 抜き放たれた剣が、真っ直ぐにヴァンに突き付けられた。
 
「あなたが認めようと認めまいと関係ない! 俺は俺として、ここにいる。生きている!」
 
 憧れていた、尊敬していた、信頼していた。ルークにとっての父であり、師であり、兄であり、英雄でもある存在。
 
「“ヴァン”……覚悟!!」
 
 小っぽけな少年は人間となり、その存在を越えるべき時を迎える。
 
 
 
 
(あとがき)
 これだけの集団戦。タコ殴りに見せないように書く事が課題です。
 



[17414] 40・『栄光を掴む者』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/31 18:47
 
「ヴァン……覚悟!!」
 
 剣を片手に、ルークが走る。それを見て、ヴァンは口の端を歪めて薄笑いを浮かべる。そして、誰より速く師弟の剣が交叉した。先制を仕掛けた、という強い意識の下、ルークの凄まじい連撃がヴァンを襲う。しかし………
 
「(当たらねぇ……!)」
 
 あるいは剣に阻まれ、あるいは空を切り、ルークの剣はヴァンに届かない。逆に……
 
「遅い!」
 
 剣を持たないヴァンの右手が、ルークの胸ぐらを掴み上げた。そして気が破裂する。
 
「『烈破掌』!」
 
「ぐっ……!?」
 
 大きく弾け飛んだルークと入れ替わるように、ガイがヴァンの懐に飛び込んだ。ほんの数秒の攻防。それで、十分……。
 
「“業火よ 焔の檻にて焼き尽くせ”『イグニートプリズン』!」
 
 イオンの言霊が響き、四方から噴き上げる火柱がヴァンを呑む。当然炎に焼かれずにいるガイが、剣を鞘に納め………
 
「『真空破斬』!」
 
 もはや遠慮も容赦も一切なく、大気を巻いて居合い斬りを繰り出した。火柱ごとヴァンを両断したかに見えたその一撃は、しかし硬い金属音と共に止められていた。
 
「舐めるな!」
 
「……っと!」
 
 斬撃を受け止めた状態から、ヴァンはその剛力で剣を振り切った。自身より遥かに強力なそれに抗う事なく、ガイは後方に跳んで………
 
「(右っ……いや、左右か!?)」
 
 ヴァンの左右から挟み込むように、ルークとティアが襲い掛かる。それぞれ、イオンが生んだ音素(フォニム)を纏って………
 
「『紅蓮蹴撃』!」
「『シアリングソロゥ』!」
 
 鷹の爪の如き蹴りと特大の火球が、再びヴァンを焦熱地獄に叩き込んだ。……かに見えた、瞬間――
 
「『守護氷槍陣』!!」
 
「痛っ……!」
 
 地から聳えた無数の氷槍が、炎を貫き掻き消した。それをティアはかろうじて躱し、ルークは避け切れず、肩口に浅くもらった。
 
「心強い仲間がいるな」
 
「ああ、俺は一人じゃない!」
 
 個人の力では、絶対に敵わない。だが、長い旅で培ってきたルーク達の最大の武器は、連携。
 
「“雷雲よ刃となれ”『サンダーブレード』!」
 
「む………っ!」
 
 稲妻の剣がヴァンを襲い、紫電を撒き散らす。命中こそしなかったものの、ヴァンの顔色が変わった。
 
 ルークやガイのような剣士が敵と相対し、譜術士(フォニマー)が大威力の譜術を叩き込む。以前はジェイドが率先して担ってきたその役割を、今はより強力な譜術を扱うイオンが果たしていた。
 
 近接戦闘に重ねて繰り出す譜術攻撃には、さすがのヴァンも隙を見つけられない。
 
「邪魔をするな! レプリカイオン!」
 
 当然、ヴァンは大砲を狙う。イオンの身体強度は並の一般人にも劣る。ヴァンの剣どころか、拳撃一つ耐えられはしない。
 
 ……が、当然それはルーク達も予想の範疇。
 
「っ……貴様!」
 
「初めて見るよ。あんたがそんなに本気になってるツラは」
 
 イオンに斬り掛かったヴァンの剣を、カンタビレの剣が止める。ルーク達と十分に呼吸を合わせられないカンタビレは、イオンの防御に徹する。
 
「『ノクターナルライト』!」
「「『魔神拳(剣)』!!」」
 
 ティアのナイフが、ルークの拳圧が、ガイの剣撃が、風を裂いてヴァンに降り注ぐ。
 
 それら全てを“囮にして”―――
 
「『レイジングミスト』!!」
 
 イオンの譜術が三度ヴァンを襲った。焔の術が、ヴァンの生んだ氷槍の音素と絡み、水と焔の力が同時に発動する。
 
 すなわち……水蒸気爆発。
 
「ぐあああぁぁっ!?」
 
 ティア達三人の攻撃をも吹き散らしてしまったが、それを補って余りある爆発が、ついにヴァンに絶叫を上げさせた。
 
 たまらず後退したヴァンに、勝機と見て、カンタビレも含めた三人の剣士が一斉に襲い掛かる……かと思われたが―――
 
「!? ごぶ……っ!」
 
 障気に体を蝕まれたルークが、血の塊を吹き出して前のめりに倒れた。
 
「「ルーク!?」」
 
 ガイの、ティアの動きが止まる。カンタビレは止まらない。
 
「『墜牙爆炎奏』!」
 
 炎を纏った刺突が一直線に突き進み……
 
「『襲爪雷斬』!」
 
 ヴァンの雷光の剣と噛み合った。爆炎と紫電が二人の間で乱れ飛び、そして―――
 
「ちっ……!」
 
 押し負けたカンタビレが横合いに跳び、逃げた。それに追撃を掛けんと迫るヴァンに、意識を戦いに引き戻したガイが横合いから斬り掛かる。
 
 右からカンタビレが、左からガイが剣撃を重ねた。それでも全く引けを取らないヴァンの唇から……
 
「(これは……)」
 
 ガイの耳に、微かに歌声が届いた。そのヴァンの背後、ティアが跳び上がっている。同時に、イオンもヴァンに狙いをつけた。
 
「“聖なる槍よ 敵を貫け”『ホーリーランス』!」
「“受けよ 無慈悲なる白銀の抱擁”『アブソリュート』!」
 
 十にも及ぶ光の槍が上から降り注ぎ、全てを凍てつかせる氷の刃が下から突き上げる。当然、ガイとカンタビレの剣も迫っている。それら、全てが―――
 
「“堅固たる護り手の調べ”『フォースフィールド』!」
 
 ヴァンの歌ったユリアの譜歌。鉄壁の障壁によって弾かれた。間断なく攻め立てていたティア達の猛攻が、否応なく数瞬止まる。
 
 硝子のように障壁が砕け散ったその瞬間、狙い済ましたかのように……
 
「『ホーリーランス』!」
 
 障壁の内側から、ヴァンの放った十の光槍がカンタビレに飛んだ。
 
「(躱せる!)」
 
 通常の剣士ならば堪らず直撃するであろうその光槍の群れをカンタビレの隻眼が見抜く。縫うように最小の動きでそれを避けるカンタビレの眼に………
 
「っ………」
 
 両手で高く抱え込むように剣を構える、ヴァンが映った。
 
「『光龍槍』!」
 
「ッッ……がっ……!?」
 
 ヴァンの剣先から奔った光の刺突が、譜術の回避のために体勢を崩していたカンタビレの肩口を深々と貫き、その体を大きく後方に吹き飛ばした。
 
 風に攫われたゴミ袋のように転がったカンタビレの肩から血が流れ、水溜まりのようになる。
 
「まずは、一人だ」
 
 低くそう呟いたヴァンは、次いでガイを見据え、そして襲い掛かる。
 
「預言に支配された人類は死滅するしかないのだ」
 
「くっ……うおっ!」
 
 速く、重く、鋭い連撃。速さだけなら僅かに上回るガイだが、とてもではないが勝負にならない。
 
「レプリカ世界という劇薬によって、新たな星の歴史を紡ぐためにな!」
 
 烈迫の気合いと共に振りぬかれた一閃が、咄嗟に飛び退いたガイの胴に……届かず、空を切る。
 
「“歪められし扉よ開け”『ネガティブゲイト』!」
 
「うああぁぁっ!!」
 
 ……が、それすら予測の範疇とばかりに、ヴァンの譜術がガイを捉えた。赤黒い魔空間が、ねじ切るようにガイを傷めつける。
 
「二人目だ……」
 
 それから抜け出すのを待つヴァンではない。とどめを刺すべく振り上げた剣………その軌道を、変える。
 
「ああああぁぁっ!!」
 
 獣のような咆哮と共に上方から振り下ろされた凶刃を、止めるために。
 
「ふーっ……ふーっ……ふーっ………」
 
 凶刃の主は奇襲を止められた後、中空で体を捻り、たたらを踏むように着地した。
 
 青ざめた顔で口の端から血を流し、荒い息をついてヴァンを睨む……ルーク。
 
「……何故だ、ルーク。私が創りだすのはレプリカの……お前の世界だ。預言に縛られたこの傀儡の世界に、自身の命を削るような価値があるとでも言うのか?」
 
 そう言ってルークを見返すヴァンの目は、どこか不透明でその内にある感情は読み取れない。
 
「……俺は、少し前まで屋敷の外の事、何も知りませんでした」
 
 どこか揺れるように、ルークの独白が零れる。先ほどまでの激戦が、嘘のように静まり返っていた。
 
「ティアと超振動でマルクトに飛んで、初めて外の世界に出て、色んな事があった」
 
 誰一人口を挟まない。手を出さない。ただ静かに聞き入る。
 
「泥棒扱いされたし、後味の悪い魔物退治もしちまった。人も殺した。野宿してたら盗賊とか魔物とか襲ってくるし、預言預言って馬鹿みてーに繰り返して、街でも人でもゴミみたいに切り捨てるくそったれが山ほどいた。……うぜーって思う事、いっぱいあったよ」
 
 それまで丁寧だったルークの口調が、少しずつ崩れていく。かつてヴァンと、師弟としての関係を持っていた時のようなそれへと。
 
「でもっ!」
 
 一際大きく、ルークが咆えた。
 
「楽しい事も面白ぇ事も、いっぱいあったんだよ! 全部ぶっ壊していいなんて、俺は思えない!!」
 
 障気に蝕まれる痛みをも吹き飛ばすように、剣をヴァンに差し向ける。
 
「あんたが勝手にこの世界に絶望して、それで全てを壊すなんて、俺が絶対許さねぇ!」
 
 それがルークの意志。次いで、ティアも叫ぶ。
 
「兄さん、こんなやり方しかなかったの? 人は変われるわ! ルークのように!」
 
 そして、最も付き合いの古いガイもヴァンを弾劾する。
 
「俺には、レプリカ世界なんて詭弁にしか聞こえない。お前は新世界の創造っていう大義名分を盾にして、世界に復讐したいだけじゃないのか!?」
 
「それは違う!!」
 
 ルークが、ガイが、再び剣を振ってヴァンに立ち向かう。
 
「どんなに高潔な意思も」
 
 そんな二人の剣を、ヴァンは一歩も下がらず捌く。
 
「どんなに純粋な想いも」
 
 その攻防に割って入れないティアが、譜術の詠唱を始めようとしていた。
 
「星の記憶という得体の知れんものに、選ばされているのかも知れんのだぞ!」
 
「「っ!?」」
 
 爆発のような豪剣と掌底が、ルークとガイを左右に吹き飛ばす。そのまま、ティアの詠唱を阻もうと駆けるヴァンを……
 
「“断罪の剣よ 七光の輝きを持ちて降り注げ”」
 
 真下から聳えた虹色に輝く結晶が包み……
 
「『プリズムソード』!」
 
「ぐっ、おおぉぉっ!」
 
 同色の巨大な剣が、真上からヴァンに襲い掛かる。イオンの禁譜はヴァンの譜術耐性をも貫いて、その左肩に深々と突き刺さった。
 
「全てに終りを……」
 
 その一撃に業を煮やしたのか、ヴァンは剣を天空に向けて高々と構える。
 
「(あれは……!)」
 
 ルークは都合二度、その構えを眼にしている。ヴァンの秘奥義『星皇蒼破陣』。地に描かれた巨大な譜陣は、ルークを、ティアを、ガイを、イオンを、そして手負いのカンタビレをその間合いに取り込んでいる。
 
「滅びよ!」
 
 天に掲げた剣を、ヴァンが逆手に持った瞬間、ルークは力を解放していた。
 
「『レイディアント・ハウル』!」
 
 ルークは自身の左掌に燻る青白い『音』を床の譜陣に叩きつけ、それを粉砕する。
 
「“穢れなき風 我らに仇なすものを包み込まん”『イノセント・シャイン』!」
 
「ぐうっ………!?」
 
 ティアが光の風を呼び、それが天空からヴァンに降り注ぐ。ヴァンはそれを必死で受け止める。
 
「なら、お前のレプリカ世界とやらだって、“選ばされてる”のかも知れないぜ?」
 
 光を受け止め続けるヴァンの剣が、中途から砕け、折れた。そこに、ガイが突っ込む。
 
「『鳳凰天翔駆』」
 
 不死鳥を象る炎の闘気を纏ったガイが斬り掛かる。
 
「(あばよ、ヴァン!)」
 
 勝負が着いたかに見えた、正にその瞬間……
 
「え………?」
 
 一閃の光が、鳳凰もろともガイを斬り伏せていた。
 
 ルーク達には、何が起こったのかわからない。
 
「切り札は、最後まで取っておくものだ」
 
 丸腰だったはずのヴァンの手に、音叉のような柄と鍵のような刀身を持つ、光輝く異形の剣が握られていた。
 
「これが、『ローレライの剣』だ」
 
 驚愕に凍るルーク達を不敵に見据え、ヴァンは異形の剣をかざした。
 
 



[17414] 41・『憧れを超えて』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/31 21:52
 
「『ローレライの、剣』?」
 
 倒れたガイに駆け寄ったルークが、怪訝な声で問い返す。
 
 『ローレライの剣』。かつて、始祖ユリア・ジュエがローレライの力を借りて造ったとされる、第七音素(セブンスフォニム)で構成された譜術武器。
 
 対となる響律符(キャパシティコア)・『ローレライの宝珠』と合わさる事で『鍵』として完成し、ローレライそのものを宿したという。
 
 伝説では、プラネットストームを創造した後、ユリアは『ローレライの鍵』を地核に沈めたと言われている。だが、その片割れが確かに、目の前……ヴァンの手に握られていた。
 
「実在、していたの……?」
 
 その存在すら定かではない宝剣を目の当たりにして、ティアが擦れたような声を出す。
 
「何故、いつ、この剣が私の許に在るのかは、私にもわからん。あるいは、ユリアの血と共に受け継がれてきたのかも知れん」
 
 握りを確かめるように、ヴァンはヒュンヒュンと空を切る。
 
「どういう、意味だ………?」
 
 今一つ不可解なヴァンの言葉に、ルークはガイを肩で支えながら問い返す。
 
「こういう事だ」
 
 ヴァンがそう言った途端……
 
『なっ!?』
 
 パンッ、と、ローレライの剣が雪のような第七音素となって散った。その音素が、ヴァンの右腕に吸い込まれていく。
 
「『コンタミネーション』と呼ばれる融合現象だ。お前たちの仲間のジェイド・カーティスも、これと同じ事をしていたな」
 
 そして再び手を前に向ける頃には、結晶したローレライの剣がヴァンの手に握られている。
 
「遊びは終わりだ」
 
 ガイを肩に担いで歩くルークに、ヴァンが容赦なく斬り掛かる。今のルークに対抗する術はない。
 
「っ……ルーク、俺を置いて逃げろ! お前まで死ぬぞ!」
 
「嫌だ!」
 
 ガイを引きずるように走るルークが、ヴァンから逃げ切れるわけがない。
 
 瞬く間に間合いを詰めたヴァンの頬に……
 
「っ……!」
 
 ティアの投げ放ったナイフが掠め、その前進を一瞬止める。すかさずティアは、ヴァンの周囲三点にナイフに投げ刺し……
 
「『セヴァードフェイト』!」
 
「ぐ……っ!?」
 
 その陣内に噴き上げた衝撃波が、ヴァンの体を上に弾いた。
 
「(もう、余力が無い……)」
 
 常に後方からそれら一連の戦いを見て、加勢してきたイオンが、度重なる上級譜術の連発に自身の限界を感じていた。
 
「(これで、決めます)」
 
 ヴァンの剣術と譜術耐性の前では、並みの譜術では大した意味を為さない。ティアの攻撃で動きが止まったこの一瞬に、イオンは残った力を注ぎ込む。
 
「(何……?)」
 
 急激な音素(フォニム)の高まりを感じて、ヴァンはその方向に目を向ける。
 
 そこには、本来地に描く巨大な譜陣を掌に張りつけるように横に展開する、イオンの姿。
 
「『アカシック・トーメント』!!」
 
 ダアト式譜術による、大砲と呼ぶも生温い絶対的な第七音素が、ヴァンの『星皇蒼破陣』にも匹敵する大威力を以て襲い掛かる。
 
「決まれぇ!」
 
 ルークは限界、カンタビレもガイも戦闘不能、自分にももう余力は無く、比較的万全に近い状態なのはティア一人。
 
 これで倒せなければ、死ぬのはこっち。その覚悟で放ったイオンの『音』の奔流は………
 
「小賢しいっっ!!」
 
 烈迫の気合いと共に薙ぎ払われたローレライの剣によって、両断され、霧散した。
 
「目障りだ!」
 
 獣のように一喝し、その唇から紡ぐヴァンの旋律に、ティアは目を見開く。
 
「(これって………)」
 
 ティアの知らない、ユリアの五番目の旋律。
 
「“魔を灰塵と為す 激しき調べ”『ジャッジメント』!」
 
 眼に映る全ての空間の空から、赤紫の落雷が乱発され、戦場に破壊の渦を撒き散らす。
 
 大気中の第五音素(フィフスフォニム)を連結させて放つ術らしく、その猛威は特定の標的を持たない。
 
「ッ……あっ……!?」
 
 しかし、その落雷の一つがイオンを撃ち、倒した。あるいは一番厄介だった敵を一瞥して、ヴァンはティアに向き直る。
 
「これで残るは、お前たち二人だけだ」
 
 そのティアの斜め後ろには、ガイを離れた場所まで運び終えたルーク。
 
「第七譜石には、人類の滅亡は詠まれていても、星の記憶の消滅は詠まれていない。我が野望の先にあるのは、真の自由だ」
 
「……その為に、全てのものを犠牲にするの?」
 
 向かい合う兄に、震える声でティアが呟く。
 
「……姉さん、泣いてた。兄に会え、私にそう言い残して、死んでいった」
 
「………………」
 
 ずっと大好きだった。親代わりであり、自分を大切に育ててくれた。いつしか尊敬し、憧れる存在にもなった。だからこそ……そんなヴァンのしている事が、悲しくて仕方ない。
 
「人はそこまで愚かじゃないわ。たとえ星の記憶があったとしても、その意志で滅亡を回避する力がある!」
 
「お前は預言の本質を未だに理解していない。ユリアの預言は、どこまでも正確に人類を滅亡に誘う」
 
 互いが互いを大切に思う兄妹の、その理想はすれ違い、交わらない。
 
「私たちは未来を選べると信じている」
 
「私は未来が定められていると知っている」
 
 相容れない。ティアはそう強く感じて、杖を構えた。ヴァンも同様に、剣を差し向ける。
 
 そのヴァンの正面に立つように、まるでティアを護るかのように、ルークが剣を構えた。
 
「「はあっ!」」
 
 アルバートの剣と剣が噛み合う。鍛え上げた力が、研き上げた技が、そして強い想いがぶつかり合う。
 
「くっ……う……!?」
 
「忘れたか? お前に剣を教えたのは、この私だ」
 
 斬撃一つ一つで押し負け、技の一つ一つで上を行かれる。師弟の力量の差が明確に表れていく。
 
「負けねぇ……!」
 
 それでも、傷だらけになりながらも、ルークは気炎を撒き散らす。
 
「今のあんたには、絶対に負けない!」
 
「ほざけ!」
 
 そんなアルバートの師弟の激闘を沸かせるように……
 
「『ヴァ ネゥ ヴァ レイ ヴァ ネゥ ヴァ ズェ レイ』」
 
 魔を灰塵と為す、激しき調べが響き、ヴァンは僅か動きを固くした。
 
 それは、ついさっきまでティアが知らなかったはずのユリアの譜歌。
 
「(あの一撃で、譜の意味と旋律を理解したのか……!)」
 
 赤紫の落雷が再び戦場を蹂躙する。その一つがヴァンを捉え………
 
「ぐあっ!?」
 
「もらった!!」
 
 その隙を突いて、ルークの剣がヴァンの右肩から腹部まで一閃、斬り裂いた。
 
「喰らえっ!!」
 
「いっ……!?」
 
 明らかな深手のそのダメージすらねじ伏せ、ヴァンは咆哮を上げてルークを蹴り飛ばした。
 
 そして再び、天空に向けてローレライの剣を構え、そして地に突き刺す。
 
「『星皇蒼破陣』!!」
 
「うあああぁぁぁ!?」
 
 今度こそ発動した譜陣から立ち上る絶対的な衝撃波がルークを呑み込み、吹き飛ばした。
 
 上空にはね上げられた体が、まるでボロ雑巾のように床に落ちる。
 
「………これまでか」
 
 崩れ落ち、動かないルークに、ヴァンがゆっくりと歩み寄る。そのルークの前に………
 
「……………」
 
 唇を引き結び、激情に震える瞳を湛えて、ティアが身を挺して庇うように立ちはだかった。
 
 ヴァンとて、ルーク達の攻撃を幾度も受けている。相応の傷も負っている。それなのに、倒れない。変わらず圧倒的な存在感を持ってそこに立っている。
 
「(怖い………)」
 
 ただ純粋な恐怖に身を震わせて、それでもティアはそこから動こうとしない。
 
「……いつかと同じだな。戦力を失った味方を庇い、自らをも犠牲にする。軍人としては失格だ」
 
「私はもう……軍人じゃない。“騎士”よ」
 
 ティアのその反論に僅か目を見開いたヴァンは、次いで複雑な表情で返す。
 
「フェンデ家の人間であるお前が、今やガルディオスの仇敵であるファブレの騎士とは、皮肉なものだな」
 
 言って、ティアとヴァン、二人の歌声が紡がれる。ティアは『フォースフィールド』、鉄壁を誇る第二譜歌を発動しようとして、しかし間に合わなかった。
 
「“破邪の天光煌めく 神々の歌声”『グランドクロス』!」
 
「っああああああ!」
 
 ヴァンの第六譜歌。聖なる光の十字架がティアを磔にし、裁いた。
 
「兄、さん…………」
 
 縋るように弱々しく呟いて、ついにティアまでもが崩れ落ちる。
 
「………………」
 
 悲哀と失望の眼差しでそれを見下ろすヴァン。だが―――
 
「ティアから……離れろ………」
 
 そのヴァンに、またしても刃を突き付ける、ルーク。『星皇蒼破陣』によって全身を斬り刻まれ、障気にその身を毒され、それでもルークは立ち上がっていた。
 
 その翠の瞳に燃えるような意志を漲らせて、ヴァンを睨み殺さんばかりに見据えている。
 
「………まだ、立つか」
 
 その言葉にルークは言葉を返さない。しかし、次の瞬間――――
 
「ッッ!?」
 
 言葉の代わりに返されたもの。血が滲むほどに握り込んだルークの拳が、反応する間もなくヴァンを殴り飛ばしていた。
 
 そして、吹き飛ばしたヴァンに向かって、ルークは自ら歩み寄って行く。ティアを巻き添えにしないために。
 
「ずっと、あなたに憧れてた。強くて、優しくて、カッコ良くて、俺にとっては英雄みたいな存在だった」
 
 静かに語りながら歩くルークの全身から、蒸気のように青白い『音』が立ち上る。
 
「失望した……。カッコ悪いよ、ヴァン師匠」
 
「……まだ私を師と呼ぶか。愚か者」
 
 ヴァンも、そのルークに向けて、ローレライの剣を構える。
 
「だって師匠の理想って、初めっから預言には絶対勝てないって前提じゃねーか!」
 
「!?」
 
 その慟哭を受け、ヴァンが僅かに怯む。
 
「俺の憧れてたヴァン・グランツは、どんな相手でも真っ正面からぶっ倒して、不敵に笑ってるような人だ。……こんな、負け犬根性の染み付いた弱虫じゃない!!」
 
 それは憧れを持つ者の勝手な願望なのかも知れない。それでも、ルークはヴァンにそう在って欲しかった。そして、それだけに終わらない。
 
「俺はあなたの様にはならない。預言が絶対の未来だって言うなら、そんなのぶち壊して前に進む!」
 
 ルークの全身から立ち上る『音』が、嵐のように吹き荒れる。
 
「くっ……くく……!」
 
 唐突に、ヴァンが笑った。
 
「ふはははははははははははは!!」
 
 愉快でたまらない。そんな高笑い。
 
「………生意気を、言うようになったな」
 
 どこか優しい。一瞬そんな瞳を見たのは、幻だったのか……。構えたローレライの剣に、大気中の音素が渦を巻いて吸い込まれていく。
 
「決着をつけよう。……さらばだ、ルーク!!」
 
「ヴァン!!」
 
 『反音』の力を持つルークの超振動。『収束』の力を持つヴァンのローレライの剣。二人は駆け、己の存在を懸けた一撃を放つ。
 
「『レイディアント・ハウル』!!」
「『真蒼聖壌破』!!」
 
 全てを断ち切る蒼天の剣と、ローレライの力たる反音の光がぶつかり、アブソーブゲートを震わせる。
 
 
 
 
(あとがき)
 ヴァンの秘奥義(二つ目)は海外版のやつです。設定も違ってはいるんですが、当て字も気になるところ。
 
 



[17414] 42・『その運命は』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/31 22:06
 
 音と音が衝突し、絡み合い、舞い飛び、嵐を呼んで渦を巻く。
 
 超振動を発するルークの両手の先に、海より空よりなお蒼く、ローレライの剣が輝いていた。
 
 惑星を巡るプラネットストーム。それを司るパッセージリングの神殿が、地核振動ではない震えに悲鳴を上げている。
 
「(強ぇ……)」
 
 全身全霊の激突。まるで余裕の無いその衝突の最中、ルークは思う。
 
「(やっぱり……ヴァン師匠はめちゃくちゃ強ぇ)」
 
 満身創痍なのは、度重なる攻撃を受け続けたヴァンも同じ。なのに、ルークがいくら力を込めようと、目の前のローレライの剣は小揺るぎもしない。
 
「(圧されてる……!)」
 
 傷口が開き、血が噴き出す。筋肉が裂けて骨が軋む。衰弱した内臓が悲鳴を上げる。
 
「く……そおぉ……!」
 
 体を支える軸足が揺れ、ルークが死を覚悟した、その時……
 
「え………?」
 
 その肩を、背中を、支えるものがある。
 
「しっかり踏張れよ、ルーク……!」
 
「ガイ!?」
 
 ヴァンに胴を深く薙がれ、もはや戦闘不可能なはずのガイが、後ろからルークを支えていた。
 
「お前一人にカッコつけさせられないからな」
 
 言って、ガイは痛みを押し殺して笑顔を作り、ウインクしてみせる。出血が酷いはずなのに、下手をすれば近づく事も出来ずに余波に呑まれて死んでいたかも知れないのに、ガイはここに、ルークを支えに来たのだ。
 
「ほらっ、泣くのは全部済んでからにしろ!」
 
「ッ……誰が泣くか!」
 
 後ろからは見えないはずの、僅か潤む瞳を見抜かれて、ルークは怒鳴り、前に力を込める。
 
 それでも、ヴァンは圧されない。
 
 変わらぬ窮地に、しかし黒刃が飛ぶ。
 
「ぐ……っ!?」
 
 荒れ狂う破壊の嵐の隙間を縫うように走った漆黒の剣が、ヴァンの軸足に刺さった。
 
「貴様……っ!」
 
「……ったく、ガキが大人を無視して気張るんじゃないよ」
 
 剣の軌道の先で、床に這いつくばったまま、剣を投げたままの姿勢でヴァンを睨むカンタビレ。
 
 それでも、ヴァンは圧されない。
 
 だが、ルークの仲間は誰一人として、勝負を捨ててなどいない。
 
「“消え得ぬ炎を宿せ”『ブレイズエミッター』!」
 
 詠唱と言霊が響き、ルークを淡い炎が包んだ。
 
「……物理強化の譜術、です。今の僕には、これくらいの事しか、出来ないけど………」
 
 カンタビレ同様に伏したまま、イオンがそう言って儚く、穏やかに頬笑んだ。
 
 ルークの筋肉に、一時的に第五音素(フィフスフォニム)の『力』が宿る。今まで以上の力でルークは腕を突き出す。
 
 それでも、ヴァンは圧されない。
 
「“リョ レイ クロア リョ ズェ レイ ヴァ ズェ レイ”」
 
 そして、破壊を撒き散らす戦場に、女神の慈悲たる癒しの旋律が響く。
 
 巨大な譜陣が広がり、その内にある者の傷を、疲労を癒していく。第四譜歌・『リザレクション』。
 
「兄さん、ルークは……いいえ、私たちは負けない!!」
 
 よろめく体を杖で支えて、ティアが毅然とヴァンに言い放った。
 
 回復した力がルークを激しい苦痛から解放し、本来の力を湧かせる。
 
 それでも………
 
「どうした!? こんなものかぁ!!」
 
 それでも、ヴァンは圧されない。皆の力に支えられて、さらなる力で放っているはずのルークの超振動と、ヴァンのローレライの剣の均衡は崩れない。
 
「仲間の力を一身に借り受けて、満身創痍の私一人倒せんのか!!」
 
 否、少しずつルークを圧していく。既に全力かと思われたそこから、ヴァンはさらなる力を絞りだす。
 
「そんなザマで、ユリアの預言を覆すだと? 笑わせるな!!」
 
 怒声と共に降り注ぐ真蒼の刃が、ルークの両手で溢れだす青白い『音』に亀裂を入れた。
 
「見事打ち破って見せよ! その大言が! 覚悟が! 真にお前自身の意志だと言うのなら!!」
 
 蒼剣が、音を貫く。ルークの……そして全ての終焉を意味するその凶刃が………止まった。
 
「(俺…………)」
 
 レプリカとして生まれて、七年間狭い世界に閉じ込められてきて、外の世界を知って、旅をして、戦って………仲間たちに、支えられて………ルークは、はっきりと、強く、自分の気持ちを感じた。
 
「(生まれてきて、良かった………!)」
 
 途端、超振動の青白い反音が、燃え立つような真紅へとその色を変えた。限界を……超える。
 
「これで………っ」
 
 それまでルークを圧倒していたローレライの剣が、ヴァンの最高の斬撃が、押し返される。
 
「終わりだ!!」
 
 破壊の嵐が、止んだ―――――。
 
 
 
 
「………………」
 
 蒼の嵐も、真紅の渦も、焔のように散っていく。
 
 左腕が在った場所からは血が噴き出している。もぎ取られた腕は分解され、大気に解けた。
 
「私の……負けか……」
 
 それでも倒れず、ヴァンはゆっくりと振り返った。すれ違い様、自分の左腕を吹き飛ばし、敗北を与えた弟子が、そこにいるはずだからだ。
 
「ルーク!!」
 
 振り返るより僅か速く、妹が絶叫を上げる。次いで、他の仲間たちもそれぞれルークの名を呼ぶ。
 
 理由はすぐにわかった。
 
「なっ、何だよ……これ………?」
 
 ルークの全身が、まるで陽炎のように不安定に揺れ、透けていたからだ。
 
「い、や……嫌ぁ……!!」
 
 ルークに駆け寄り、泣き叫ぶ妹。自身の無力に悔しそうに歯軋りする元主。絶望を抱えて両手で地を殴る導師のレプリカ。ほんの僅か、憂いに眼を細めた女剣士。
 
 障気蝕害(インテルナルオーガン)で衰弱した体で、限界を超えた力を使った反動。そしてもう一つの理由に、ヴァンは即座に気付いた。
 
「返、して………」
 
 触れたくても、触れられない。触れた瞬間に霧散してしまうかも知れない。そう思わせるほどに儚いルークの姿に、ティアは完全に我を忘れて取り乱す。
 
「ルークを……返してよぉ!!」
 
「ティア……」
 
 あまりに悲痛な妹の姿。その姿に、自身の消滅以上の恐怖を感じている少年。―――ヴァンの逡巡は、数秒だった。
 
「『トゥエ レイ ズェ クロア リョ トゥエ ズェ』」
 
 ティアのものではない歌声が、神殿に響く。
 
「『クロア リョ ズェ トゥエ リョ レイ ネゥ リョ ズェ』」
 
 それは紛れもなく、ヴァンが紡ぐ……ユリアの譜歌。
 
「ヴァン! まだ力が……っ!?」
 
「くっ……もう譜力が……!」
 
 ガイが、イオンが、その行動に身構える。手元に武器を持たないカンタビレは、悔しそうに下唇を噛む。
 
「『ヴァ レイ ズェ トゥエ ネゥ トゥエ リョ トゥエ クロア』」
 
 その譜歌は常の通りに術を発動しない。代わりに、まるで別空間に転移させられたかのように、ユリアの譜陣が眼に映る全てを埋め尽くし、結界となす。
 
「『リョ レイ クロア リョ ズェ レイ ヴァ ズェ レイ』」
 
 隻腕となったヴァンは、ぼたぼたと血を流しながら詠う。詠いながら、ルークに一歩ずつ近寄って行く。
 
「『ヴァ ネゥ ヴァ レイ ヴァ レイ ヴァ ズェ レイ』」
 
 あまりにも明らかな、異常な現象に、ガイ達は慌て、ヴァンを止めようとする。
 
「何だ、この圧迫感は……!?」
 
「体が重い……力が吸い上げられていくようだ……!」
 
 だが、結界の作用か、ティアの譜歌で回復したはずの体は、思うように動いてくれない。
 
 イオンの言葉を肯定するかのように、ヴァンの握るローレライの剣は、セフィロトに溢れる第七音素を根こそぎ吸い上げるように収束していく。
 
「『クロア リョ クロア ネゥ トゥエ レイ クロア リョ ズェ レイ ヴァ』」
 
 そして、ガイは遂にティアと……ルークの前に辿り着く。
 
「兄さん、やめて!!」
 
 ルークの前に両手を広げて立ちはだかるティアを、ヴァンは一顧だにせずに蹴り除けた。
 
「『レイ ヴァ ネゥ クロア トゥエ レイ レイ』」
 
 七番目の譜歌まで詠い終えた時――――
 
「――――――!!」
 
 ヴァンの握るローレライの剣は、ルークの体を貫いていた。
 
 
 
 
 その時何が起きたのか、わかっている人間はほとんどいないだろう。後から推測する事は出来ても、その時その瞬間に事態を理解していたのは、おそらくヴァンただ一人。
 
「(ルーク)」
 
 ヴァンが譜歌を詠い終えると同時に、ルークの体が貫かれ……
 
「(ルーク!!)」
 
 同時に、先の音素の嵐以上の眩ゆさを持つ圧倒的な白光が、全てを覆い隠し………
 
「(ルー………ク……?)」
 
 それが晴れた時、まるで最初から無かったように譜陣の結界も消え去っていた。
 
「師匠!!」
 
 消えかかっていたルークの体は目に見えてわかる現実感を取り戻し、どういうわけかその体には傷一つ無い。逆に、ルークを貫いたはずのヴァンが、力尽きて倒れていた。
 
 仰向けに倒れ、ルークの腕に上体を支えられる、先ほどまでの鬼神のような強さとはかけ離れた姿で。
 
「何度も……言わせるな……。いつまでも私を、師などと呼ぶな……」
 
「師匠! 何で……!」
 
 全てを理解したわけではない。だがルークは直感的に理解していた。自分が―――ヴァンに救われたという事を。
 
「私の……負けだ。……やはり、預言を覆す事が出来るのは……レプリカだという事なのかも知れん、な……」
 
「違う! そうじゃない!」
 
 ルークの問いに応えず、全く別の言葉を返したヴァンに、ルークも応える。―――時間が無い。
 
「だって、俺を造ったのは師匠じゃないか!」
 
「……………!」
 
 ルークの言葉に、虚ろなヴァンの瞳の奥、微かな光が甦る。
 
「レプリカも人間も関係ない。人は……未来を自分の意志で変えていける」
 
「………そうか」
 
 何かに満足した。そんな風に、ヴァンは穏やかな表情を作った。
 
「受け取れ………」
 
 倒れても、決して手放す事の無かったローレライの剣を、既に消えかけている右手を懸命に動かし、ルークに差し出す。
 
「は、はい……」
 
 二、三秒ほど躊躇って、しかしルークはそれを受け取った。
 
 いつの間にかガイが、イオンが、カンタビレが、そしてティアが、ヴァンの周りに集まっている。
 
 ヴァンは、妹であるティアに眼を向けて……
 
「メシュティアリカ……今まで、すまなかったな……」
 
 短い謝罪を、告げた。ヴァンの体が淡く光り、薄らいでいく。音素乖離が、始まっている。
 
「さよなら……大好きな、兄さん……」
 
 上ずった涙声で告げられた、最高の別れの言葉に、ヴァンは、今度こそ未練は無いとばかりに眼を閉じる。
 
「お前たちの覚悟と、未来を……音譜帯の彼方から、見ている、ぞ…………」
 
 その言葉を最期に……雪のように、火の粉のように、ヴァンの体は綻び、解け、消えていった。
 
「う、うぅ………」
 
 形見のように託された、ローレライの剣。その刀身に額を当て、表情を隠して………
 
「うああああああああぁぁぁ!!」
 
 ルークは、号泣した。その後ろ、誰にも見られないその場所で………ティアは止めどなく涙を流した。
 
 
 



[17414] ♭『栄光を継ぐ者』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/05/31 22:01
 
「……ルーク、本当に大丈夫なの?」
 
「大丈夫。……何されたのかよくわかんねーけど、あれから体がすげー楽なんだ」
 
 ルークのその言葉を受けて、ティアがやや重い足取りでアブソーブゲートのパッセージリングの前に立つ。ユリアの遺伝情報に反応して、パッセージリングは起動を始めた。
 
 ヴァンを倒しても、まだルーク達には最重要の仕事が残っている。―――すなわち、外郭大地の降下作業。
 
 アブソーブゲートから外郭大地全てのセフィロトに、第七音素(セブンスフォニム)の波動を送り、降下命令を出す。ラジエイトゲートの解放がまだなせいで、かなり力技にもなる。……それでも、やるしかない。
 
 皆、ヴァンとの死闘で満身創痍。ルークは一見無傷に見えるが、その実一番の深手を負い、力を消耗し、挙げ句消滅までしかけたのだ。とても楽観出来ない。……それでも、やるしかない。
 
「………………」
 
 思い詰めた表情で見つめてくるティアに、ルークは安心させるように笑って見せる。
 
 強がりではない。あの戦いを経て、ルークは何かとても心強いものを手にしたと確信していた。
 
 ……それに、体の不調が嘘のように消えているのも事実だ。
 
 逆に、ティアの不安ももっともだった。ただでさえ、ルークの体は障気に冒されて限界にきていた。そしてルークは、ついさっき体が消滅しかけたのだから。
 
 薄れ揺らぐルーク、大気に霧散して死んでしまったヴァン。それらがティアの心に、トラウマにも似た楔を打ち込んでいた。
 
「絶対成功させる。でなきゃ、ヴァン師匠に笑われちまうもんな」
 
 パッセージリングに向かうその背中が、不思議なくらい大きく見える。
 
「(信じてるから……)」
 
 先ほど、これ以上ないほど取り戻してしまった自分を恥じて、ティアは胸の上のペンダントをぎゅっと握りしめる。
 
 その真後ろに、カンタビレが立った。
 
「………何ですか?」
 
「あんたが妙な真似しないか見張ってるんだよ。今からが一番大事な場面だからね」
 
「……………」
 
 あからさまなその態度に言いたい事が無いわけではなかったが、反論するのは分が悪いと割り切って、ティアはルークの背中に視線を戻す。
 
 ただルークの身を案じているだけではない。この瞬間の成否に、外郭大地全ての命運が懸かっているのだ。
 
「すぅ……はぁ~……」
 
 大きく深呼吸をして、ルークは両手を天に差し上げた。そこから放った超振動が、手始めにアブソーブゲートの固定を示す赤いリングを削り飛ばす。
 
 ここからが、本番だ。
 
「はああぁぁぁ!!」
 
 全力の超振動が放たれ、それがセフィロトを通じて惑星全土に飛んでいく。
 
「頑張れルーク!」
 
「ガイ、集中を乱してはいけません!」
 
「失敗したら、刻むからね?」
 
「制御訓練を思い出して、第七音素(セブンスフォニム)を感じ取って、自分のものにするの!」
 
 仲間たちの言葉をその背に受けながら、ルークは一つの確信を得ていた。
 
「(いける……!)」
 
 今放っている力、まだ出せる力、今伸びている距離。それらから、外郭降下の成功を確信した。しかし―――
 
「!?」
 
 突如、それは起こる。
 
「(ラジエイトゲートのパッセージリングが、起動した……!?)」
 
 封印自体は、ヴァンが前もって解いていたのかも知れない。だがこの期に及んで、自分たちやヴァン以外にパッセージリングを起動させる存在がいる。その事にルークは狼狽を隠せない。
 
 だが、最悪なのはこれからだった。
 
「(!? ……この、感じは……!)」
 
 北から南に伸びていたルークの第七音素、遂に成功する寸前だったのそれを、ラジエイトゲートから伸びてきた第七音素がかき乱す。
 
 緩やかな降下を始めようとしていた大地が、第七音素の乱れで震える。
 
「(この感じ……間違いない……!)」
 
 ルークは、自分の力を妨害するこの波動に憶えがあった。すなわち……超振動。
 
「(アッシュだ……あいつ生きてやがったんだ……!)」
 
 だが、今は四の五のと考えている余裕は無い。まさに外郭を降ろそうというルークの力を、アッシュの超振動が星の反対側からかき乱し、押し返して来ている。
 
「ルーク、どうした!?」
 
「何だい、この揺れは!」
 
 仲間たちに返事する余裕などない。ただ全力で、アッシュの力を押し返す。
 
「(ダメだ……!)」
 
 かろうじて、押し勝てる。だがとても、押し切り、安定した降下をもたらす事は不可能。
 
「ちっ……くしょおッ!」
 
 絶望感と疲労感に包まれて、ルークが憤怒の気炎を上げた……その時―――
 
『剣を抜け―――』
 
「っ………!」
 
 幻聴が聞こえて、ルークは耳を疑う。長年苦しめられていた幻聴の声とは、まるで違う声だった。
 
「ふ……っ!」
 
 しかし、その声に感じた大きな安心感に、ルークは咄嗟に剣を抜き、かざしていた。
 
 そう……『ローレライの剣』。
 
「っ………!?」
 
 それはセフィロトの第七音素を喰らい、ルークの超振動にその力を加算していく。
 
「(よしっ、これなら……!)」
 
 勝機を見いだし、ルークは全力で力を振り絞る。セフィロトを通じて、ルークの超振動がアッシュの超振動を押し返していく。
 
「(もう少し……もう少し……っ!)」
 
 握った剣に力を込める。そのルークの手に、背中から回された手が、まるで力を貸すように重ねられた。
 
 大きくて、強くて、どこか優しい手だった。
 
「(これは…………)」
 
 ルークは、その手を知っている。強くて、優しくて、カッコいい。ずっと憧れていた人の手だった。
 
「(ヴァン師匠―――――!!)」
 
 そして…………世界は本来の場所に降りる。
 
 
 
 
「やった……のか……?」
 
 パッセージリングの操作盤を見上げる。そこには、これまでの全てが実を結んだ事を示す文字が羅列されていた。
 
「ヴァ………!」
 
 見てくれましたか! そんな感情を持って振り返り、師の名を呼ぼうとしたルークの目には………
 
「………………」
 
 仲間たちの姿しか、映らなかった。……あまりにも、当然の事として。
 
「っ……」
 
 ギリッ、と奥歯を軋ませて、ルークはアブソーブゲートとラジエイトゲートを除く、全てのセフィロトを閉じた。……これで、障気が漏れだす事もない。
 
「お疲れ様です、ルーク」
 
 イオンが、労いの言葉を掛けてくる。
 
「体は何ともないのか? かなり辛そうだったけど………!」
 
 ガイが心配してくれる。
 
「何だ。死ぬだの何だの言ってたわりには、ここに来る前より顔色良いじゃないか」
 
 カンタビレが皮肉を言ってきた。
 
 そして………
 
「……………」
 
 ティアが、ゆっくりと近寄ってきて………
 
「…………ばか」
 
 額をルークの胸に軽くぶつけて、そう言った。
 
「帰ろうぜ、俺たちで守った世界にさ」
 
 最後を締め括るようにルークがそう言って、一行は歩きだした…………直後――――
 
「みゅはぁーーっ!」
 
 道具袋の蓋をぶち抜いて、水色の影が飛び出した。
 
「ずっと道具袋から出られなくて息苦しかったですの! 外の空気がおいしいですの!」
 
 言わずと知れたチーグルの仔供・ミュウ。
 
「袋の外で、戦いの音が凄くて怖かったけど、ボク逃げなかったですの! 火を吹いて道具袋に穴を開けたりしなかったですの!」
 
「………………」
 
 忘れ去られていた鬱憤を晴らすように、ミュウは早口でそこまで語って、はたと気付いたようにルークを見る。
 
「……もしかして、全部終わったですの?」
 
「そうよ、ミュウ」
 
 怪訝そうなミュウに、ティアが困ったような笑顔で応えた。ルークは無言。
 
「ご………」
 
 ミュウはうるうるとその瞳を潤ませて……
 
「ご主人様が生きてるですのーーーー!!」
 
 飛び付くようにルークに向かってダイブして……
 
「ちょっとは空気読みやがれ! 最後の最後までうっぜーんだよこのブタザルがーーーっ!!」
 
「みゅーーーー!?」
 
 星になった。
 
 少年たちの、それぞれの想いを乗せた旅は、世界を本来の姿に戻す形で幕を閉じ………これからの未来へと繋がっていく。
 
 
 
 
『やられたね』
 
「うるせぇ! 文句があるならテメェがやれば良かっただろうが!」
 
 その頃、惑星の反対側、ラジエイトゲートで、鮮血のような紅の髪を持つ青年が怒鳴り声を上げていた。
 
『無茶言わないでよ。こうやって形保ってるだけでも、結構難しいんだから』
 
 怒鳴られた何かは、淡く色づく人型の、影。
 
『まあ、焦る必要は無いし。ゆっくりレプリカ情報を集める転機だと思おうよ』
 
「何呑気な事言ってやがる! ヴァンが……ヴァンがやられちまったかも知れねぇんだぞ!?」
 
 そんな鮮血の青年を、金髪碧眼の少女が憂いの眼で見つめていた。
 
「アッシュ……落ち着いてください。シンクに当たっても仕方ありませんわ」
 
「く………っ!」
 
 悔しくて堪らない。そんな表情で拳を握り締める青年。
 
「もしかして、総長……裏切った、ですか……?」
 
『そうかもね』
 
「っ………!」
 
 桃色の髪の少女が途切れ途切れに、不明瞭に呟き、人影が首肯した。青年が再び人影を睨む。
 
『可能性の話だよ。あのヴァンが簡単に負けるとも思えないしね』
 
 肩を竦めてそう応えた人影が明滅し、明確な物質を形作った。
 
 そこに在るのは、深緑の髪と瞳を持つ、少年。
 
「とりあえず、戦力を整えてから出直そうよ。どうせこれから、キムラスカもマルクトもダアトもバタバタするだろうし、付け入る隙なんていくらでもある」
 
 ラジエイトゲートから去ろうとする背中に、アリエッタが恭順の声を投げ掛けた。
 
「仰せのままに……“導師イオン”……」
 
 栄光の遺志は受け継がれ、しかし野望の火は燻る。
 
 
 
 
(あとがき)
 いつも本作を読んで下さる方、感想を下さる方、ありがとうございます。
 本作品も大分長くなってきましたので三部は別口に分ける事にしました。
 ここまでお読み下さった方々に無上の感謝を。オリジナル色が強くなりそうな三部も、よろしくお願いします。
 
 


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