某日某所
ここはどこかの指令所のような部屋。
いや。ようなではなく正しく指令所である。
どこの企業にもあるような大きな部屋のなかの壁一面に設置されたいくつものパネルは最新の情報をすべて表示している。
そして周りの机には,地図や紙媒体の機密文書が至るところに積まれている。
その回りを何人もの白衣を着た研究員が忙しそうに動いている。
「鴉が巣を作りました。繰り返します。鴉が巣を作りました。」
そんな指令室に一人の私服の男が入ってくる。
首には所属を示すカードがぶら下げられている。
この技術局には実に多種多様な人が働いている。そのなかで諜報の分野に携わるものらしい。
まあ、実際のところ上司に打診したらすぐに送られてきたところを見ると、このことは上も重要視しているらしい。
だったら今までなんで放っておいたのかはいろいろ気になるのだが……。
「了解ご苦労。現在より第二級警戒に移行する。交代要員が来たら仮眠室に行ってよし。」
そこの責任者のような白衣を着た男が指示を出す。
それと同時に今まで張り詰めていた空気が弛緩する。
これで出来ることはしたと言うわけか……。
白衣の男は一人心地をつく。
全く。何で一介の研究員が司令官の真似事をしなくちゃいけないのか……。
大きくため息をつくと近くの机の椅子に腰を下ろす。
そして大きく伸びをする。
「どうぞ。」
そう言って机の上にお茶がおかれる。
ふとそっちを見てみると盆にいくつもの湯飲みをのせたラボキーパーの女性がいた。はじめてみる人だけれども、新人さんかな?
「ありがとうございます。」
そう言って男は口をつける。
ん?気のせいかななんだかいつも飲んでいるのとは違うような気がするな……。
まあいれかたを間違えただけか。
そんな些細な疑問を打ち消して、机の上につまれた山のような書類の方に意識を向ける。
ああ……。これを今日中に処理しとかなくちゃいけないのか。
気が滅入るな。
……まあ、いつまでも放っておいても仕方ない。さっさと片付けないと。
そういって研究員は紙媒体にされた調査結果をまとめて報告書を作り始める。
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機密文書DーSー25
本日朝に発生した現象についての報告書
1 時系列経過
発生した内容については資料1-Aから参照すること。
今回発生した重力子、原子核量、放射線指数、その他地球上で観測可能なエネルギーにおいての中心地は、point44f-37-s253D.(point座標については資料93-Gを参照。)
最高級の実験室で計測される数値の34×(10^10)がヨムト秒の単位で計測された。
このことにより、同住居4423号室であることが87%の確率で予測される。
同事象において1フェムト秒の間にわたりマイクロブラックホールが開いた可能性もある。
また、時空間の歪みにより波状的振動が感知されたとのことも指摘されている。
なお周辺には放射線被曝、重力子による異常現象は確認されず。
可能ならば周辺住民に対して健康診断を行うことを提案する。
同住居上空に、事象発生時に蜃気楼のようなもの(資料23ーBを参照。)が発生。一部研究者から第5次元世界接続論(機密書庫資料48ーF以降を参照すること。)による事象ではないかとの指摘あり。
マスメディアに対しては「マルコルニ理論」と提示しておく。
同理論に基づいて調査を開始する。
同事象発生後から同住居内にて数回の破裂音を確認。それにともない振動センサーにて住居人以外の固定周波数を確認。その他にも、室内熱源関知システムが、住居人以外の人形を確認している。
事象発生前後には同住居には来客はおらず、入室も確認されない。
それにもかかわらずに室内には住居人の他に一名の反応がある。
同日同住居入居人により連邦政府言語サーバーにアクセスを確認。
これにより、事象発生後に何らかの理由があり言語データを確認したと思われる。
一番の可能性としては、機密資料48ーF(P76二行目から)内に示されているようにマイクロブラックホールを通過して何者かが出現したものがあげられる。
それから数時間のデータは観測されず。何らかの問題でデータが保存されていなかった可能性もある。他方で管理AIによる意図的な情報規制とも考えられる。
その後一度であるが破裂音発生後に緊急防衛システムが起動した。そのときにとられたログによると対個人鎮圧兵器が使用された模様。
その後システムは解除され関係部署に対してシステム検査のためとの文書が発行されている。
その後大きな混乱は発生せず朝を迎える。同時に鴉の正式配置が終了する。
詳細な調査を開始する。
異次元からの有害物質の侵入の可能性については資料K-32-Fを参照すること。
2 異なる次元からの対象が確認できた場合。
混乱がなかったのは、住居人が説得に成功した、脅威を排除した、もしくは脅威によって排除された。のどれかに分類されると考えられる。
第一に我々にとって利があることは、住居人が説得に成功している場合であり、その場合は人道的に人権を保証すること(衣食住において十分なものとすること。精神的に保全を図ること。)により有利に対象の研究を行うことができると考えられる。場合によっては住居人をも対象にすることを提案する。
また、場合によっては技術提供を行うことなども提案する。
なお、目的としては技術を入手することなので交渉決裂時には非人道的にでも回収する必要性がある。
異次元からの細菌類の侵入の可能性もあるため対バイオテロナノマシンの頒布を完了させる必要がある。
交渉には交渉官の派遣を依頼する。
第二に我々にとってあまり、利が少ないと思われることは既に対象が脅威として排除されている場合である。
排除されていた場合は対象の体細胞を入手することによってクローニングを行った後、研究対象とする。
ただしこの場合は投資される金額に見合わない研究結果となる可能性がある。また、正しい研究結果となるかも不明である。
第三に我々に脅威となる場合は対象が住居人を排除している場合である。
住居人宅には技術局の粋を集めた防衛兵器が標準装備されている。(資料17ーWを参照すること。)
また同住居人が保有する優秀な管理AI(資料78ーDを参照にすること)が住居人の安全を維持している。住居人が排除され対象が存在している場合、必然的にすべての防衛兵器が効果を表さなかったということとなる。
その場合一般の警備部隊では歯が立たない可能性が非常に高い。都市防衛部隊、もしくは「GF」の派遣を検討する必要性もある。
この場合研究対象の確保は諦め鎮圧に当たる必要がある。ただし、あまりにも大きな部隊を動かすことは都市にとってあまりのぞましくはない。「GF」ならば迎撃可能か?要検討。
万が一の場合、視覚に入らない超遠距離からの狙撃がよいと考えられる。ただし、類似兵器も上記住居には搭載されているため学習され回避される恐れもあり。
以上危険性について述べていたが、対話できる可能性が高いことを念頭におく必要性がある。相手が対話を行う姿勢ならば攻撃や、妨害は極力避けるべきであろう。
我々にも、対象関係者にも益があるように説得が成功していた場合は様々な便宜を図ることができる体制を整えることを提案する。
尚とある情報筋によると連邦非加盟諸国。特にコメリカにおいて諜報機関の不審な動きがあるとの情報がある。万が一当情報が掴まれていた場合。対象が「招待」される可能性も否定できない。
その事によって連邦にとって不利益になる可能性も少なくはない。
当情報を知る人間は限りなく少なくすることが必須である。
故にこの情報は機密ランクSに指定する。この情報を確認することができるクラスは、対象部署主任権限以上を持つものとする。
技術局局長、以下管理三役。統括事務局長以下運営三役、人民局局長、以下統計三役。法務局長、以下法務執行三役。その他重要機関長、ないし三役は前項の規定の例外とする。
プロジェクトチーム 担当責任者 グリムジョー=アウスレーゼ
う~ん。こんな感じかな?
手早く現状から推測できるだろう事柄を列挙して報告書を完成させる。
これを提出すればあとは上の判断で動いていくことになる。
基本的に時空研が主導することになるだろうけれども、場合によっては他の課とも協力しなくいちゃいけないな。
作成した報告書を手にもって、椅子から立ち上がって研究課長の部屋へ向かおうとする。
そして扉の方に向かって歩き出して妙な違和感に気付く。
「ん?なんだ……。」
視界がぐらりと揺れる。
立ちくらみのような気持ち悪さを伴って世界が回り始める。
とっさに近くの机にもたれ掛かろうとするがそのまま、床へと倒れこんでしまう。
かなり大きな音をたてて倒れたにも関わらずに、誰も反応しない。
何人も詰めていた研究員は、皆男と同じ状態に陥っていた。
「クッ。」
これは……睡眠薬。さっきのお茶だったのか。
いったい誰が……。
そのまま意識が飛びそうになるが歯を食いしばって耐えようとする。
せめて、緊急を……。
どんどんと体から力が抜けて行く間にもどうにか、男は自らのポケットから出した筒型のものを壁に投げつける。
その筒型のものが壁に当たると同時にそれから煙が発生し、あっという間に部屋中に充満する。
どこかで警報音が聞こえ始める。
その音が男の耳に届いたかわからない。だが男の意識は深いところへと落ちていった。
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チッ。
そんな舌打ちをする微かな音が聞こえてくる。
煙の充満した部屋の床に近いところで寝転がっている研究員から出された音だ。
だがこの部屋で転がっている研究員とは違い意識もハッキリしている。
よく調べてみればこの人間にかかっている認証カードは全くの偽物言うことがわかるだろう。
そしてその研究員は深い煙のなかに身を潜めながらこれからの事を考える。
……全く予想外の事をしてくれるよ。
本来だったら此処の連中がこそこそと始めたことのデータを回収して回収地点までいけばいい簡単な任務だったのに、あの男のお陰で滅茶苦茶だ。
こうなったら、もう安全とは言えないな。任務は失敗。
速やかに対象地点から撤収するしかない。
まだポイント6の研究員の姿をしているが、非常ブザーがなった時点で調べられることは確実。
こっちの足を捕まれないようにしないと。
煙のなかでさっさと着ていた研究員の服をさっさと脱ぎ捨てる。その行動に少しの躊躇もない。すると、そのしたには紺色のボディースーツが姿を見せる。
ボディスーツは潜入者の姿をエロスティックに表している。
……が煙にまぎれてその姿は余り見えない。
「ユニバーサルハイド起動」
その言葉と共に今までそこにいた侵入者の姿が消え失せていく。
辛うじて煙の動きでそこに何かがいると言うことがわかる。だがその動きもほとんど無くなる。
数秒後には一目見ただけではそこに侵入者がいると言う痕跡がなくなっていた。
それを確認した侵入者は音もなくこの部屋唯一の扉の横に隠れる。
そしてすぐに……。
数人の警備服を着た男たちが飛び込んでくる。
その脇を何事もないようにすり抜けてしまう侵入者。
騒ぎが起こっているのに乗じて撤収ポイントまで向かうようである。
案の定煙が充満していることと、研究員が倒れていることに気づいた警備員が館内全体に警報を鳴らし始める。
ここからは時間の勝負だな。
そう独白すると侵入者は音もなく技術局のなかを動き始める。
「緊急事態発生。時空研に侵入者あり。機密情報が漏洩した可能性あり。全職員ならびに研究者に対しレッドコードFを発令する。」
すぐに館内全域に警報が走って警報やら何やらが起動し始める。
すぐ後ろの通路も障壁が降りてきて隔離を始めるため、すぐ近くの通路へと飛び込んでブロックRへ移る。
そのように迂回をしながら目的地へと向かっていく。
館内の警備が強化されると、様々なところにおいて障壁が降りたり検問が張られる。
だがエージェントとしての身体能力をフルに活用して障壁が降りる前に滑り込んだり、ステルス迷彩の効果を遺憾なく発揮して、人や機械の目には写らないように進み続ける。
警戒が強化されている研究棟からなんとか脱出して脱出ポイントである一般解放されている第6展望台へとたどり着く。
が……。
まずいな。
そこにはすでに数人の研究員たちと警備服に身を包んだ男たちで封鎖されていた。
警備服の男たちはもちろん、何故なのかは解らないが白衣姿の研究員たちも思い思いの武器を持っている。
それが小型の電磁投射砲であったりとか、いくつもの小型ミサイルがつまれていると思われるランチャーとか、凶悪そうな機関銃のようなものや……。
正直言ってまだ警備員の持っているスタンロッドや、小銃の方が楽に見えてしまう。
果たしてどうやって脱出するか。
警備員たちは経験を積んでいるだろうが研究員たちは、こういう荒事に対しては全くの素人だろう。
ならば強行突破?いやはや。いくら素人相手でもあれだけの人数を相手に突破して脱出用気球で高速離脱するには危険がありすぎる。
銃器で狙われてしまえばいくら高速離脱できるものといえども撃ち落とされる可能性もある。
そう思ってふと外を眺める。展望台はかなりの高さにあり風を切るおとが聞こえてくる。ちょうどこの下は貯水地のようだ。
脱出プランBが思い浮かぶが出来れば遠慮したいものだ。
それでは、このまま隠れていればどうだろうか。
隠れて、ここの警戒がなくなったときに脱出。なかなかいいのでは?
上司から与えられたこのスーツは最長で40時間はステルスを維持することが可能である。
このまま隠れ続けていれば……。
そんな考えも生まれるがすぐに方針変換を求められる。
「対ステルス看破装置入ります。」
そんな声が聞こえてきたからである。
本国を信頼しないわけではないが何事にも絶対はない。
自分が捕まればこれに関与していることがわかってしまう。
そうすれば相手にうまい口実を与えることとなってしまう。
果たして貯水地へのダイブを行うか、それとも、ここで無理に脱出気球を使うこととするか。
……もう時間はない。
装置が起動されるのも時間の問題だ。
そして音もなく侵入者は柵を乗り越え外へと身を踊らせた。
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「……なぜその事を。」
部屋に沈黙が走る。
俺はリュナの前に立って先輩の変態的な姿を見せないように壁となる。
「なに。技術局は多くの事を知っているんだよ。」
そういいながら先輩は変態的スーツの上に白衣を羽織る。……あまり変わらないが無いよりはましか。
そしてソファーにどさりと座る。そして、手で座るように指示をされる。
まさかこんなに早く出てくるとは……なぜ。
そこまで考えてひとつの考えが浮かぶ。
技術局はリュナに利用価値を見いだしたと言うことか?
異世界からの少女。知識や生活文化、細胞もすべてが研究対象だろう。
どうやって存在を知ったか何てとるに足らない。
今住んでいるのは技術局の実験住居だ。技術局がその気になれば調査するなんて簡単なことだ。
それに、自分達でさえ重力子がどうとかって言うことが分かったんだ。
専門家たちならば調査していてもおかしくはない。
そうなると……。ここで重要なのはどのような形で保護するかと言うことだ。
下手すれば技術局がリュナの身柄を拘束して実験漬けにする可能性だってなくはない。
少なくともリュナの意見が通るようにしなくては……。
覚悟を決めてソファーへと腰を掛ける。リュナも同様にして隣に腰を掛ける。
「わかりました。でも、最終的には本人の意思が尊重されます。そこは、解っておいていただきたいです。」
「ええ。分かっていますよ。さて。異世界からの少女。あなたの名前は?」
そういわれると、不安そうな目でリュナが俺を見てくる。
不安にさせちゃいけないな。
リュナの目を見て頷く。するとリュナは口を開いた。
「私の名前はリュナ。リュナ=ルオフィスです。」
「そうか。それではルオフィスさん。私たちにはあなたを受け入れる準備があります。」
そういわれていくらか考え込むしぐさをするリュナ。
「例えばどのようなことですか?」
「住居の保証、人権の保証、その他様々です。少なくとも住むのに困ることはなくなりますよ。」
「でもそれは、シュウヤがしてくれた難民と言う手続きで保証されるはずです。保証されること自体を条件に出されても、意味がないのでは?」
その質問に先輩はニヤリとして指を組む。
「これは手厳しい。ただ、難民の決定権もこちらが握っているのですよ。別に破棄処分にしても構いませんがね。」
高圧的な態度をとらざるを得ないと言うことか。でも……。ひとつ忘れていることがありますよ先輩。
「難民保護管理官執行規約により今のあなたの言葉のなかに公権力の行使による私意的な介入を窺わせる問言を確認しました。この事は連邦憲章によって禁止されていますがこの事に関してはどのようにお考えでしょうか。」
そういうとため息をつきながら先輩は顔の前で手を振りだす。
「まあ、建前上はということだ。実際としてはどんな手段を使ってでもそこの少女から技術提供をしてもらうと言うことが必要なんだよね……。腹芸は苦手なんだけれどもね……これも予算…っと。来たようだね。」
その言葉と共に扉がノックされて開く。
そこにいるのは一人の若い男だった。スーツを着こなしていて、いわゆるエリート官僚とか言うやつなんだろう。
「こんにちは。あ~あ。勝手に始めないでくださいよ。こっちにも順番って言うものがあるんですから。」
そう言って男は手に持った幾つもの資料をテーブルの上に置いてソファーに腰を掛ける。
「技術局交渉課の新藤です。今回の件についての交渉責任者です。よろしくお願いします。」
なんだか抜けているような雰囲気をさせているけれども、案外こういうやつが油断ならなさそうだな。
「さて。そこの人がハッキリ言っちゃいましたけれども、こちら側としては彼女の意志を尊重しつつ技術提供をしていただきたいと思うんですよ。」
もう隠す必要性はないのだろう。本題をズバリといってくる。
「その為に出せるものはありますか?正直この件で一番の保護権を持つのは自分です。それを引き渡せというならば彼女に対してそれ相応な対応をとっていただく必要性があります。引渡してそれでお終いなんて後味が悪すぎますから。」
その事を伝えると男は大袈裟に否定の形をとる。
「いえいえ。我々は身柄を引き渡せというわけではなく、Give and Takeの関係で居たいのですよ。
……我々は技術を提供していただく代わりに我々の技術を貴方へと提供することが出来ます。」
これだけだったら良さそうだけれども……。
リュナがそれに対して口を開く。
「それは、私を元の世界に戻すことが出来るということ?」
個人でダメなら組織ではどうかって言うことか。
でもいくら技術局でも……。
「それはわかりません。ただこちらの技術、人材その他を提供することは可能です。」
やっぱりな。
「……。」
「住居の方はこちらで指定した場所に住んでいただきますし、この街の治安レベルは最高レベルのものです。正直あなたにとってデメリットはないのではないでしょうか。」
……やっぱりそう来たか。まあ、あっちにとっては俺は必要ない存在。せいぜいおまけ程度だろう。
「……それはすなわちシュウヤの元を離れろということかしら?」
まあ仕方ないだろうな。
「そうです。残念ながらあそこでは安全を保証し切るのは難しいですから。」
「なら答えは簡単よ。私は……。」
次の言葉を固唾を飲んで見守る。
「この件はお断りします。」
な……。てっきり受けるものだと思っていたのにな……。
目の前のスーツの男がその回答を予想していたかのように口を開く。
「それは何故でしょうか。」
「簡単よ。信じられない。ただそれだけね。特に貴方みたいに腹の底で何を考えているか解らない人はね。シュウヤと比べたら天と地ほどの差よ。」
一日でそこまで信じられるか?普通。まあ、信じてもらえているだけいいとするか。
……って言うか、今のことからすると俺って分かりやすいのか?
リュナが言い放つとスーツの男は突然笑い出す。
「ククク。面白い人ですね貴方は。……仕方ありません。和泉さん。」
獲物を見つけたような目をしてこっちへ口を開く。
「なんでしょうか。」
「簡単です。貴方も一緒に来てください。まだ信じられる人が一緒ならばいいでしょう?」
その事にリュナが声を荒らげる。
「な……。シュウヤを巻き込む気?関係ないでしょうシュウヤは。」
それをいともしないようにして受け流す交渉人。
「残念ながら関係ありますね。一番近い保護責任者をこちらに取り込めば必然的にこちらに入らざるを得ません。今の貴方は和泉愁也を拠り所としているだけの人なんですから。」
リュナにたいして俺が足かせになっていると言うわけか。
「和泉さん。確か今貴方は……無職でしたね。ちょうどいいです。技術局にポストを設けましょう。そうですね……。これで行きましょう。」
このままではあまりよろしくない結果になってしまいそうな気が……。
なにも言えない自分が歯がゆい。
「すみませんが何を勝手に決めているのでしょうか。私は何も意志を示していませんよ。」
とりあえずも反論を行うが交渉人は聞く耳を持たない。
「いいのですよ。これは確定事項なのですから。貴方の意思は関係ありません。まあ、もしもどうしてもというならば……仕方ありません。こちらも諦めるとしましょう。ただ……。」
「ただ?」
「言わずともわかるでしょう。こちらは何としても未知の技術を手に入れたいのですよ。何としてもです。」
要するにここで断れば、正規の方法ではない手段に打って出るということか。
そういえば……。こっちにも一応切り札はあるんだっけ?
まあ、だめかもしれないけれども……
「……ところで、先輩。彼女が現れた原因ってわかりましたか?」
そう言って先輩に聞いてみる。
「残念ながらそれは調査中だ。それが何か?」
言外に関係ないと言う意味を持たせているんだろうけれども残念ながら関係ある。
「その資料がこちらにあるとすれば……どうします?」
それを聞いた役人の顔色がほんの一瞬だが変わる。
そりゃそうだ。異世界からの来訪者と関連性がある今までノーマークだったものの存在。
予想外だろう。
「……幾つかの条件を飲んでもらえれば、資料は引渡しましょう。」
あのプログラムがあったところで、世界を越えるとか言うのは詳しい知識がない俺にとってはどうしようもないことだろう。
それに、いくらでもコピーは作れるからな。
「その資料の価値にもよりますね。」
よし。とりあえずは聞いてくれるらしい。あとはどれくらいの価値を持たせるかだな。使い方によっては役に立たないものになっちまうからな。
「彼女が現れたときに動作していたプログラムのデータです。100%関連性があるデータと思われます。」
それを聞いた先輩の顔が百面相のように変化する。
「その根拠は。」
「プログラム中に発生した現象、並びに残ったログのデータからです。」
スーツの男は指を組んで考え始める。そして直ぐに顔を上げる。
「ダメですねお話になりません。もっと他のものがなくては……」
……やっぱりダメか。興味はありそうだけれども、もっと直接的なもので気を引かなくちゃいけなかったか。
こうなったら、こっちの要望は飲んでもらえな……。そういえば……。まだあったな。興味が出そうなものが。
「ならば……。彼女が放った電撃に関するデータも必要ないということですね。」
ポツリと言ってみる。
果たしてこれが使えるかどうか……。
「な……。ちょっと待ってください……。」
そう言うと急に交渉人は黙りこんでしまう。果たして効果はどれほどになるかな……。
「電撃を受けた時のバイタルデータも付けておきましょうか。」
あちらにとってはリュナが持つ技術は研究対象だ。これで釣れるかどうか……。
「……いいでしょう。それでそちらが望むことはなんですか?」
乗った。
喜びをできるだけ顔に出さないようにしながら要求を提示する
「なに。簡単ですよ。リュナに対して絶対に危害を加えないという確約、並びにリュナがこの都市……じゃなくて世界で暮らしていくことが出来る確約。それに付随する各種権限の貸与、もしくは授与……それから。」
これが一番重要だ。
「技術局からの技術提供並びに彼女の帰還に関する協力です。」
「帰還ですか……。」
「残念ながら私個人の力では彼女の帰還についてできることは皆無に近いです。」
「わざわざ金の卵を産む鶏を返すと?」
「いえいえ。金を生む研究になるんですよ。今までに誰もやったことのない分野の問題です。何処にそれがあるかはわかりません。その目標の終着点にリュナの帰還という目的があるだけです。」
「……。」
考え込んでいる考え込んでいる……。さてどうなるか……。
言っている内容はさっきの内容と殆ど変わらない。
だが、リュナの身の安全の保証や対応のされ方がこれで少しは変わったと思う。
「……リュナ=ルオフィスさん。貴方の難民保護認定を受託し、それから技術局時空間研究科第4分室へお迎えします。それから、和泉さん。それでは貴方は今日付けで彼女付きの難民保護管理官兼、時空間研究科第4分室付き研究員に就任させます。リュナ=ルオフィスの補佐を全力で行うこと。その為には我々も協力は惜しみません。」
「それはつまり……。」
「データの方は、迎が来たときに渡してください。それから、管理AIも一緒に連れ出してください。しばらくは戻れないと思うので私物の整理もしておいてください。……私は利を取っただけです。それ以上でも以下でもありません。それでは失礼。」
そう言うとすぐさま立ち上がり部屋から出て行った。
「ねえ。シュウヤ……これって……。」
「……わるい。勝手に交渉の道具に使ってしまったな。」
「いいのよそれは。使えるものは使うって言うのが基本なんだから。聞いている限りだと、そこまで問題がなさそうな内容だったし。」
「フフフッ。仲睦まじきことはよいことで。」
そう言って立ち上がる先輩。そういえばなんでこの人がいるんだ?
先輩の所属は時空間研究科とかいうところじゃなかったはず……。
「なに。たまたま協力が来ていて一番暇だったからだ。」
なんで俺の言いたいことがわかるんだ?先生にしても先輩にしても。
「どうして分かるのかって……。こいつ顔に出やすいからな。あんまり嘘がつけない性格なんだわ。さっきのも顔に出ていたし……。正直見ているこっちがハラハラしたわ。」
最初のセリフを俺に向かっていってあとのセリフをリュナに向かって言う。
「そうなんですか。シュウヤは顔に出やすいのね。……ありがとうございます変態さん。」
その純真無垢であろう言葉は先輩の心を大きく抉った……様に見える。
「ああ……。自己紹介していなかったね。牧原つかさだ。愁也の先輩に当たる。『技術局の常識人』って呼ばれているんだ。よろしく。」
常識人(笑)。まあ技術局自体が変人の巣窟だから……あながち間違いではないと思うけれども……。
脳裏に技術局へ就職していった知り合いが思い浮かぶ。
いつも「俺の右手が……疼いている……。」とか言っていた重機専門のエンジニア。
「我輩のハイスペックチート頭脳でこの世界を……。」とか言っていた演算技師。
「な……。なんで魔法がないんだよ。……これじゃハーレムが……。」とか毎度のように言っていたネットワークエンジニア。
etc.etc.
……みんな優秀なんだけども、やっぱりまともな人居ないかも……。
「……まあ、本当の常識人だったら恥ずかしげもなくそんなかっこはしませんよ。」
「なに!この『超ユニバーサルなステルススーツ MK2』になにか文句があるのか?」
まあ、名前とその体にピッチリ過ぎる形状には……。
今まで羽織っていた白衣を脱ぎ去りボディースーツを露にする。
体の線がバッチリと現れるため意外に筋肉質な体が見てとれる。
リュナが隣で「キャッ」っていいながら顔を指でおおっている。その隙間から蒼い目が見えている気がするのは気のせいだろう。
……多分。
あんなことやこんなことを考えているわけはない……はずだ。
純真無垢なこの子が技術局の魔の手にかかって……。そんな事はさせない。絶対に。
「とにかく、これはどんな環境においても潜入ができると言う優れものなんだぞ。これにどれだけの金が掛かっていると思う?」
どれだけかかっていても、もとは税金なんだよな……。おれ達の。
そんなのに金はかけなくていいですから、もっと普通に使えるのにしませんか?
「……まあいいです。とりあえず今日はもう帰ります。必要書類とかは明日持ってきてもらえるんですか?」
「ああ。そこのところは大丈夫だ。明日の朝10時くらいまでに私物を揃えておいてくれれば、スムーズに行くことができるな。詳細なデータはあとで自宅の方へ送っておこう。」
「分かりました。ああ。あとそれから誰か女性の研究者の方で手が空いている人っていません?出来ればリュナの私物を揃えてしまいたいので。」
納得したようにうなずいてボディスーツに付いているポーチから小型の端末を取り出してそれを振る。
「それならば俺の義妹を呼ぶとしよう。確か撮影が終わればフリーと言っていたからな。」
何でもいいんですけれども、それを出したところが……。少々卑猥なんですけれども……。
そんな思考を打ち切って部屋を出ていこうとする。
「それじゃよろしくお願いします。……あ。そうだ。経費とかって出ます?」
後ろの方はあまりリュナには聞かせられないので小声で聞く。
女の買い物は高いって聞いたことがあるからな。下手すればこれからの食費やらが大変なことに……。
「技術局時空間研究科第4分室の名前で申請すれば経費でおちる。まあ、それ以前に難民登録されているから証明書出せば良いんじゃないか。」
ああ。そうか。だったらきちんとやってもらってから行かないとな。
「ありがとうございます。それでは失礼します。」
そう言ってリュナを伴って部屋を出る。
一歩、二歩歩き始めたとたんに足ががくりと崩れ込む。
隣にいたリュナは驚き声をあげてすぐそばに膝をつく。
「シュウヤ。大丈夫!」
「ああ。大丈夫だ。あんな交渉を行うなんて思ってもいなかったからな。あとになってから怖くなっちまって。」
「もう。心配させないで。」
そう言って笑顔で手をさしのべてくる。その手を握ってしっかりと立ち上がる。
もっと華奢かと思っていたけれども、結構力あるんだな。
この笑顔を見ることができるんなら交渉を頑張ったかいもあるってことだな
そう思いながらしっかりと足をつけ廊下を歩き始めた。