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[18452] マブラヴ ウロボロスの子共達 【二章完結】
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:8faf74cc
Date: 2012/05/23 01:17
このお話は異世界から転生してきた兄弟(姉妹も含む)の物語です。
チートだったりナチュラルに頭おかしかったりします。
オリジナルの設定とか、歴史とか、戦術機とか、もう色々と出てきます。

第一章はソ連。

第二章は日本←今ここ←にみえてやっぱりソ連

第三章はやっと原作入る予定

チェルミナートルとタイフーンと光線級がツボなのは何時もの事。
ハイヒールが素敵にカッコヨス。




[18452] ある光線級の照射「ブースト見てから照射、余裕でした」
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:8faf74cc
Date: 2012/05/20 12:06


 白く冷たい雪がしんしんと降りつもる。
 貧民街の街並みは地面や壁を突き崩し、食い破るように崩壊していた。
 風の音が響く人気のない廃墟となった街道を疎開を強制させ、最後通告を行なう軍の車両が通っていく。
 俺は彼らに見つからないように、街に転がる死体から食べ物や金目の物が無いか探っていた。

 レンガの弊に顔を失い血まみれの男が自らの脇に挟んでいた新聞紙に目をつけると、寝床に使うために持ち帰ることにする。
 雪のせいで冷たく湿った新聞を手に持つと、目線がつい上の端に行ってしまった。

 1983年12月24日
 BETAの侵攻によりEU本部をロンドンへ移転。

 大きな見出しに日本語では無い文字でそう書かれていた。

 その事実に今更ながら深い溜息が出てしまう、息は白く空気中へとすぐに消えていった。まるで、俺の思いを儚いと罵るかのように。

 俺がこの世に生を受けたのは8年程前だ。
 貧しい娼婦の子として、この貧民街に誕生した。まだ年端もいかない娼婦が産んだ子供だ、父親はどこの馬の骨かも解らない男で、母は周りから何度も俺を降ろせと言われたそうだ。
 誰も喜ぶ者のいない裏路地での出産。
 それでも、ただ一人、私の母だけは俺を祝福してくれた。

 その母も数年前に他界することになったが、俺は生まれた時の事を朧気ながら覚えている。
 きっとそこからして異常なのだろう。そもそも、生まれる前から不自然な存在だったのかもしれない。何故なら俺には前世の記憶があったからだ。
 それも未来にある平和な日本。そこからこの世界に転生したのだから。

 始めは色々と戸惑ったが、なによりショックだったのがここがマブラヴの世界だと言うことに驚いた。
 前世では、後輩に強く勧められて何かのネタにでもなるか、と言う軽い気持ちでエセ架空軍事オタの門を叩くことになったが、まさかこんなことになるとは想像だにしなかった。

 だが、アンリミやオルタにしろ原作より20年以上前に生まれるって神様はいたずら好きだ。
 しかも、転生者は俺一人じゃない。
 その中に原作知識を持つ奴はいないが、俺の兄弟たちには皆、前世の記憶があるそうだ。

「何してるのユーリ兄さん、回収作業は順調なの?」

 その内の一人、黒一色のコートと帽子を見に纏った、白い肌に銀の髪の少女が鋭い瞳でこちらを見据えていた。
 とても女の子が着るようなデザインではない彼女の服は全て盗品だ。無論、俺の服もそうなのだが、別に俺の甲斐性が無いとかそんなのじゃない。
 俺たちのような親を失った孤児にとって落ちているモノは全て自分たちのもの。
 始めの内は盗むと言う行為は生前の倫理感による抵抗を感じたが、慣れるのはあっという間、今では生活の一部として定着していた。
 それでも、ここ最近の収入は微々たるものになっている。

「それが、さっぱりなんだよ桜花」
「……そう、やっぱりね」

 彼女は自分の事を桜花と名乗っている。
 本名ではない、転生前の名前だそうだ。どっかの作戦名そのままだが、原作知識のない彼女にとっては「私のためにあるような作戦ね」とかない胸を張っていいそう。

「一度、ホームに帰りましょう」

 それだけ言うと桜花はその場から立ち去ってしまう。
 その仕草からは気品のようなモノを感じ取れる。生前のことはあまり話そうとしないが、いいトコでのお嬢様だったのかもしれない、と勝手に想像を巡らしていた。

 街より数百メートル離れた廃墟の中にある目立たない小さな小屋、ここが俺たちのホームだ。
 中にはすでに数人の男女が各々好き勝手に行動している。

「おう、兄貴おかえり! どうだった!?」

 一つ下のゼロナが俺の戦利品に目を輝かしている。くすんだ金髪をクルクルと巻いて幾つもの小さな髪の円柱を頭にたくさん乗せていた。その悪ガキにしか見えない髪型の良さを俺は理解できない。
 目つきも悪いせいで、このままでは就活に苦労するだろう。

 さて、やはりコイツにも前世がある。
 詳しくは知らないが戦乱の中をR18指定がかなり入るほど自由に生きていたそうだ。
 そのせいか、普段は態度が悪い癖にこういう時の処世術を心得ている。

「パンが二切れ、新聞が一枚、財布もあるが中身は期待薄だ。ホラよ、クーも」
 ゼロナに投渡した後、隅に座る、小さな少女へとパンを投げる。
「ありが……と」
 投げ渡されたパンを大事そうに抱える一番年下の妹。クー。
 青白く短いカールのかかった髪が特徴的な幼女。いつも簡素な服ばかり好んで着ている、そのせいで寒そうだ。
 彼女の前世は断片的で明確ではないが、桜花が彼女のことを知っているらしい。
 ここでは物資は全て、小さいものから順に与えられていく。転生者と言っても所詮は成長期の子供、食料が足りなくなるのは当たり前。ならば、小さいものから順に与えられても問題はない。実際、ゼロナはついでで、クーのためにあるような制度だ。
 それでも、やはり腹は減る。
 ゼロナは俺のなけなしの飯の量が少ないのに不満そうな顔をする。

「嫌なら食わなくてもいい、ゼロナ。俺が食うぞ」
「そんなこたぁ。言ってねーけどよぉ……」

「やはり、食料が少ないな。輸入が停滞しているせいで、満足な支給も届いてないのか」

 黒い髪のアジア系の少女が口を開く。
 長女。それが彼女がいる地位。実質的なトップと言っても問題ない。大人すら上回る殺しの力と技、戦闘センスにおいては右に出るモノはいない異才。
 国連軍から奪ってきたジャケットを羽織っており、その下には豊満な胸がある。

 静紅、彼女は中国からの流れ者として2年前にこの街に訪れた。
 それからしばらくして、俺たちは彼女に吸い寄せられるかのごとく集まったのだ。
 始めは俺が、次にゼロナが転がり込み、クーを拾い、そして桜花が現れた。

 転生者の孤児達による小さなコミュニティー。この街には他のコミュニティーも存在したが、所詮どれも子供がするお粗末なものばかり。
 数週間前のBETAの攻撃により、そのほとんど死ぬか疎開に参加した。
 今でもココに残っているのは俺たち兄弟くらいだろう。
 しかし、兄弟と言っても先の話の通り血の繋がりなど一切ない。長女たる静紅がそう決めたからそう認めたからそう呼んでいるだけ。
 上から、静紅、俺、桜花、ゼロナ、クー。
 実際の精神年齢は桜花がダントツで高いらしいが、クーを除いて肉体に引っ張られているらしく、後はどっこいどっこいだ。
 それでも、なんとなく兄弟と言うシステムは機能していた。

 俺の腹の音を聞くと、小さな油田式のストーブの前に陣取った桜花が首を振る。
「疎開が始まっているもの。……数日もすればまともな食事もできなくなるわ」
「おとなしく疎開を受け入れるってのも手だったかもな」
 俺がため息混じりにそう呟くと静紅が睨みつけてくる。
「疎開したとして、戸籍もないガキ、女が入れるのは孤児院と言う名の色街、男は強制収容所行きだ。まだ、強制徴兵される方がありたがい」
 ありがたいかどうかは微妙だろう、どうせこのご時世、お国のためと言いながら捨駒にでもされて死ぬのがオチだ。
「いや、そうだけど。覚悟はしても腹は減ると言う話」
「ウーリ……食べ……る?」

 クーが小指サイズまで小さくなったパンを俺にくれようとする。クーは俺の事をウーリと呼ぶ、俺の名前はユーリだけど、これはこれでありだ。
「いや、それはクーが食べなよ。俺は腹が減っていた方が思考が回るたちなんだ」

 不満そうな顔をしながらもクーは小さく頷いてリスのようにパンを齧る。
 その微笑ましい行動に「その回る思考を使っていい案は浮かんだかしら?」と桜花が皮肉を返しえくれる。
「ああ……やはり、軍から物資を奪うのは難しいと言う結論に至った」
「だが、やらなければ食事もろくに取ることができない、まったくストレスが貯まる。何より歯痒いのはBETA相手に逃げ回るしかできないことだな。私に戦車の一つでも渡せば100匹は葬ってやるのに……」

 実際にはあり得ない話だが、静紅が本気を出せばそれくらい出来ると思ってしまう。
 冗談だと、軽く笑っていた静紅がいきなりあらぬ方向を睨みつける。

「……これは飛行機か。でかいな。縦横どっちも80mはある。それも2機」
 まるで見てきたかのように正確な大きさまで語る静紅。俺には全然わからないが、そんな音まで聞こえるらしい。
「80m……アントノフ225かしら? その大きさは戦術機空挺輸送機よ。なんでそんなモノが……」
「んなもん、輸送機の役目は物資補給意外にあるかよ!」

 ゼロナがはしゃぎだすが、それをピシャリと桜花が黙らせる。
「そうじゃないわ。戦略的に捨てられたも同然のこの地に、どうして今更輸送機なんかを送る必要があるかって話よ」
「今はそんな事を考えても仕方がない。だが、これはチャンスだな……物資が送られてきたってことは、ここでBETAを抑えるつもりがあると言うことだろう」

 桜花の疑問に答えることはできないが、静紅が酷白な笑顔を浮かべる。
「……確かにそうね」
 そこにいる誰もがこの時、基地を襲うイメージを浮かべていた。

「飛行機……見たい」
 クーがそんな事を言い出すまでは……。


「狙うなら着陸時よ……」何かを悟ったように桜花が呟いた。
「そうだな」と俺も頷く。
「腹減った!」隣でゼロナが蹲っている。
「ひこうき雲って食えそうで食えないよな」とあんぐりと口を開けてパクパクさせる静紅。
 どういう訳かまったりと5人で並ぶように空を見上げていた。

「そうだ。飯が食いたい。明日の朝にでも軍に侵入するか……」
「静紅、あなたはただでさえ低脳で感覚器官のみで生きているような人間なのだから、もう少し考えて行動した方がいいわ」
「桜花のその喋り方ってキモイな……頭でっかちに聞こえる」
「……なんですって」
「あ゛ぁ゛……?」

 ゼロナを挟んで二人が睨み合いを始めてしまう。
 踞ったまま我関せずと嵐を過ぎ去るのを待つゼロナを尻目に、俺は平和的にクーと飛行機を眺めていた。

「ひこーき……………………光った」

 それを見ていた俺は目を見張ってしまう。
 山の隙間から幾つもの光の線が突然前を飛んでいたアントノフ225の翼を貫いたのだ。
 小さな爆発の後、轟音が響き、朱色の炎が黒煙をあげる。
 次の瞬間にはもう一つのアントノフ225も撃ちぬかれていく。今度はほぼ直撃だ。

「嘘だろ……」

 俺の言葉とは真逆にアントノフ225は一気に高度を落としていく。
「……光線級」
 静紅が驚くのも当然だ。すぐそこまでBETAの侵攻を許していたのに、未だ軍が動いている気配が無かったからだ。
 だが、桜花とゼロナは何かを感じ取ったようにその状況を笑っていた。

「いよいよ、私たちに運が向いてきたようね」
「……ああ、また血の匂いが強くなってきやがった。もちろん今から救出作業だよな静姉ぇ」

 ゼロナの問いに静紅は目を細め、唇を吊り上げる。
「無論だ、救出対象は人間じゃなく積み荷の方だがな」

 火事場泥棒を明言した兄弟達は行動を開始していた。
 俺がホームの近くに隠してあった軍用車を走らせ、煙の足元に向かう。
 数分、直撃していたアントノフ225は黒煙を上げて完全に墜落していた。まるで巨大な建物のような飛行機はエンジン爆発こそしていないものの、危険な状態であることには違いない。
 翼が当たった方を桜花とゼロナが、直撃した方を俺と静紅が手分けをして状態を確認する。
 レーザーを当てられた鉄が橙色に変色していた。
 なんとか中には入れたが殆ど瓦解し炎の海と化している。

「こっちの倉庫はダメだな、下手な落ち方したせいで入り口が完全に逝かれていた」
 外部からは分からないが、もしかしたら背に載せた積み荷は無事かもしれない。
 と言ってもそこまで行けるかどうか微妙なので途中で引き返す。
「こっちは大量。リュック入り緊急用のカンパンと米製の合成缶詰。これで一ヶ月は耐えられる」
 静紅は口笛を吹き、背中にのリュックに手を突っ込みカンパンを奪い取る。
 そして、缶詰をナイフで無理矢理開けて、俺の口に数個押し込んだ後、自分も食べだした。
 外に飛び降りるとゼロナがこちらに向かって走ってくる。

「静姉ぇと兄貴、丁度いい! ついて来てくれ、桜花姉ぇが呼んでる!」
 前部を確認しているはずのゼロナが通路の先から呼ぶ声が聞こえる。
 顔を見合わせ俺達はゼロナを追い掛けた。

 前方の比較的無事な飛行機、大きな亀裂がありそこから侵入し、気絶している兵士を無視して奥へと進んで行く。やがて、様々な機器が覆い尽くす管制室にたどり着く。
 衝撃により気絶している人達を尻目に桜花が管制室の机に向かって座っていた。いつになく険しい顔付きだ。

「まずいわ。これを見て、BETAの進行が思っていたより早い、面制圧するかのように派状攻撃を仕掛けてきてる」
 ブラウザに映し出されたここ周辺の地図には赤い点が取り囲むように全身してきていた。
「うわ、真っ赤だな」
「もともと長居する気はない……すぐにでも撤退するさ」
 予想の内だったのだろう、静紅は顔色一つ変えずに命令を下す。

「あのね静紅、そうは言ってもどうやって逃げる気よ。私たちが乗ってきた車じゃ、大したスピードも出ない。軍用車を探したって追いつかれるのは時間の問題よ。……まさか」
「……決まっている。これは戦術機空挺輸送機だろう。なら、ここにある戦術機を奪取すればいい」

 静紅の言葉にそこにいる全員が顔を見合わせ、
 笑った。

「そんなことはさせんぞ。ガキ共……」

 声の方を見ると、扉の後ろに隠れていた男が姿を現した。
 40代後半のアメリカ人、階級は中佐だ。髭がチャーミングなダンディーミドル、街中を歩いていたら十人が十人素通りするだろう。
 太ましいその腕には拳銃が握られ、クーがぶら下がっていた。

「……ごめ、……捕まった」
「いやいや、こっちこそスマンなクー。戻ってこないから勝手に話を進めてしまって」

 静紅が気にしてないと言ったように血のこびり付いた両手を広げ、無造作に近づいていく。

「……貴様ッ!」

 子供だからと侮っていたが、只ならぬ雰囲気を感じ取ったのだろう、中佐は照準を静紅に向ける。
 だが、その時点ですでに静紅の踏み込みは終わっていた。
 「遅い」と彼女が口にした時には向けられた銃を突き上げる掌底で弾き、驚き目を見開く中佐の大事な男のキュッとなる聖域に回し蹴りを入れていた。

 中佐は「ぬおおおお」と叫びながら悶絶し、それを見ていたゼロナと俺はキュッと内股の構えを取った。

「さて、クーを連れてきてありがとう中佐殿。ついでに戦術機の所まで案内してもらおうか」

 静紅は弾いた銃を空中で拾い、そのまま中佐の顔に照準を当てる。

「馬鹿な……貴様らなどッ……にッ!!」

 途中で静紅に蹴りを入れられ壁まで飛ばされるが、見事に絶え反骨精神を見せてくれる中佐。

「チッ……」
「静姉ぇ。拷問なら俺にやらせてくれ」
 舌打ちする静紅に下卑た笑いを浮かべるゼロナが中佐に近づこうとする。

「止めとけゼロナ。そんなの相手にしても時間がなくなるだけだ。どうせ戦術機なら背中に積んでいる大きなコンテナだろ。他に置く場所なんてないさ」
「けど、兄貴よぉ……」

「戦術機、ロボットなら……私……見たよ」
「本当に? でかしたわ。クー案内しなさい」
 桜花がクーを連れ出すように、悶絶し涎を垂らしている中佐を跨ぎ、俺たちは格納庫に向かう。

「馬鹿が……貴様らのような……ガキに、戦術機が扱えるわけ無いだろう……!」
「へー、それじゃ。別に案内して貰っても構わない訳だ。ゼロナ、右足を持て連れて行くぞ」
「拷問♪ 尋問♪」
 上機嫌に中佐の両足をゼロナと静紅が引きずっていく。
「な……何を!? 止め……!」

 ダッシュしていたら、すぐに目的の場所に辿りついた。
 寝転がっている二体の巨人。ここは無事だったようだ。

「これが……戦術機。写真で見たのとは違うな」
 静紅の言うとおり、新聞や雑誌に乗っている無骨なイメージの第一世代ではなく、明らかに第二世代以降の機体だ。

「悩んでても仕方ねぇって。俺はコレに乗るぜ」
 ゼロナが駆け出して行く。
「待てよゼロナ」
「なんだよ兄貴、さっきから、何か俺に文句あんのか!」
 不満そうな声色が帰ってくる。別に止めるわけではないが。

「強化装備を付けとかないと、まともに動かすこともできないっつの」
「……流石だぜ兄貴。そこに痺れる憧れる」
 物分りがいいのは置いといて、変り身の早いことで。

「二度手間になるじゃない。そう言うことは先に言いなさいよ」
 辛辣な桜花の言葉に心が折れそうになる。自分だって忘れてた癖に。

「中佐、聞いてのとおりだ。強化装備は何処にある?」

 静紅がいい笑顔で引っ張ってきた中佐の首根っこを持ち上げる。
 その眼力に中佐は耐えきれず目線チラりと移してしまう。

「あそこか」

 強化装備はすぐ近くのダンボール箱に詰められていた。男女共同で着替える癖が付いているせいで、残念なことに静紅の成長した胸にも未発達のクーにも触肢が動かない。桜花はまぁ、見る所がない。
 旧式のため強化装備は緑色をしていて少し息苦しく感じる。

「そう言えば戦術機適性検査とか訓練なしで動かせるものなのか?」
「検査はともかく、素人が訓練なしなんて、不可能に決まってるじゃない」

 何でそんな当たり前の事を言ってるの? みたいな顔で桜花がこちらを振り向いてくれる。

「だよねー……」
「ええ」

 それだけ言うと桜花は行ってしまった。

「ああ、悪いけど兄貴、多分俺は乗れるぜ。前世じゃもう少しデカイのを主力として日常的にドンパチやってたからな。桜花姉ぇもおそらく似たようなもんだぜ」とゼロナが耳元でささやいた。
「まぁ、なんとかなるだろ」と静紅。
「…………おーかの後ろに乗せてもらう」とクー。
「なるほど……俺も桜花の後ろに」と俺の妥協は静紅によって即却下された。

「とりあえず乗れ。それでダメなら私がのしてやる。私とゼロナはもう一つの方に向かう、中佐はお前が面倒を見ろ」


「のす!」と言う間にコックピットに座っていた。
 後ろに縄で縛り付けた中佐が小さくなって無理な姿勢で詰まっている。
 システムの機動を確認すると、機械的な起動音と共に光が灯っていく。
 意外とシンプルなデザインでボタンはあまりない。

 F─15 Eagle 
 おそらくソレがこの機体の名前。別にマブラヴでは珍しくない二世代機だ。
 その他に英語で様々な文字が流れていく。

「わぉ、英語だ」
 ソ連生まれの俺には少し難しい。
『米軍仕様、まだ生産にも入っていないような試作機ね』
 あちらに向かった二人から網膜東映に通信が届く。
『そんな事はどうでもいいさ。動かせれば…………チッ……ロックが掛かってやがる』
『うがぁ!! セキュリティーとか、死ね!』
「ハハハ! 貴様らの浅はかな考えなど、お見通しだ。何も対処していないと思ったのか!?」

 目の前に静紅の言葉通りにパスワードを入力するような画面が現れた。ちなみに言わずともわかるかな、叫んでいたのはうちの弟、パスワードの存在にキレたのだろう。

『桜花! なんとかしろ!』
『今やってるわ』
「そんな、簡単になんとかなる訳──」
『この程度ならすぐに………なにこれ、ザルセキュリティー。話にならないわ』
 桜花からの回線にもの凄いスピードで動く機械音が紛れている。後ろにいるクーが『おーぁー』と放心している声が聞こえる。

「……桜花って技術士でもやってたのか?」
『似たようなものだけど違うわ。色々と広く手を付けるのが趣味だったのよ。全員のOSを一時的に共有させるわ、しばらく触らないように』
 共有しているおかげで、桜花の画面がこちらに映し出される。
 みるみるパスワードが打ち込まれ、触る隙もないほどのスピードで文字列が埋め込まれて行く。

「嘘だ……ありえん」ちなみに俺の後ろでも若干一名放心していた。

『うぎゃぁ! 数字とか、死ね!』
 言わずもかな。

『……それにしても酷いOS。まともに二足歩行の機械を動かす気があるのか疑わしいわ』
「何を知ったようなことを……!」
 そう言えば原作で武が新OSのXM3を作ったんだっけ。
 後ろが五月蝿いので縄で口を縛ることにした。「むー、むー」と言ったまま、黙ってしまう。いざとなったら放って静紅に助けてもらおう。

「そんな酷い?」
『ええ、今、一から組み直してるところ』
「それ、なんてコーディネーター……」

『時間が掛かりそうか?』あくびを噛み殺して静紅が呟く。
『別に……元々、頭の中にあるのを打ち込むのだからすぐに終わるわよ。ホラ』
 桜花の言葉通り新しく別の画面が開かれた。

『ヒャッハー! 俺様の時代キター──!!』
 言わ(略。調子乗って興奮しまくりの弟。

『時間をかけ過ぎだ。コレくらいしか脳が無い癖に』
『脳筋よりマシね』
『……ほぅ?』
『何?』
 桜花と静紅が通信機を挟み無言の牽制を始める。

 相手にするのは億劫なので「よっこらせ」と機体の動作を確認する。
 無論、全く分からない。
 アクセルとブレーキ、それとハンドルは何処ですか?

 と考えている間にもゼロナが機体を動き出し、他の二人も棺桶から起き上がるようにコンテナから出ていく。
『動きが固てぇし重てぇ……』
『……まるで、鉄製のおもちゃだな』
『OSがOSなら機体も機体ね、これを兵器として活用できてる事に驚きよ』
『ゆれる……気持ち……わるい……』

 実に酷評しくれる、こいつらの要求が高すぎる気もするが。
 桜花がある程度の操作方法を教えてくれたおかげでなんとか歩き出すことに成功する。コンテナから出て辺りを見回し、息をするのを忘れてしまう。

 地響きがなり響き、アントノフ225が揺れていた。
 アントノフ225のどこかが爆発したのかと思ったが、どうにも全体が無理矢理押されているようだ。
 この巨体が押され、解体作業が行われている。

 何に? とは問うまでもないだろう。

『……面倒だな』
『ユーリ兄さんがもたもたしてるからね。センサーを見て…………囲まれてるわ』

 見たくなかったが怖いもの見たさで見てしまう、センサーは嫌と言うほど赤く染まっていた。
『いっ………ぱい』

 無機質な白い肉体、深い緑の前肢、歯を食いしばったような感覚部。
 要撃級。
 その四つの太い足の周りから、さらに小さい戦車級が大量に彷徨いている。

 そして、遠目にも巨体を誇る要塞級。

 一気に緊張感が高まるのを感じた。喉が枯れ、息が詰まりそうになる。操縦桿を持つ腕の筋肉が縮み上がっていく。
 実際にここまで、間近で見るのは始めてだ。

 戦術機の網膜映像から映し出される雪原を埋め尽くす化け物。

「これが…………BETA」







[18452] ある突撃級の増援「倍プッシュだ」
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:8faf74cc
Date: 2011/01/04 02:42


 二機の破壊されたアントノフ225の間から爆音が響いていた。
 三機のイーグルは突撃砲から36㎜砲弾を連射する。
 地面には幾つもの薬莢が転げ落ち、あたり一面エンジンが引火したのか火の海と化し、アントノフ225の周りには大量のBETAが溢れていた。

『全員、ありったけの武器を持ってこい。ジリ貧に持ち込まれたら負けるだけだ。迎え撃ちながら逃走する』
『妥当ね。撤退のタイミングは静紅に任せるわ』
『ヒャッハー、銃を撃てるならどんな環境でも天国だ!!』

 三人共、普通に動かしているのを見て俺は無力感に打ちひしがれそうになる。
 ああ、こんな時に俺ができるのは「みんな頑張れ!」と応援するぐらいだ。
『ユーリ兄さんは置いて行かれたいの?』

 細かいところはコンピューター処理を介在させているおかげか、動くには動かせるが、足が小鹿のようにプルプルと震えていた。
 そもそも、俺が乗っているイーグルだけ背中に長大な砲台を乗せているせで、バランスが取りにくい。
 とりあえず、突撃砲で撃ってみたりはしている。

『避けろ! でかいのが来る!』

 静紅の言葉に全員が反応し横跳びのようにブーストで距離を取る。その瞬間、目の前に巨大な鈎爪が要撃級や戦車級もろとも地面を猛スピードで蹂躙していった。
 壁の役割をしていたアントノフ225はぶち破られ、その外壁は見るのも無残なほど溶けだしていた。
 見ればその正体はすぐに解る。

 強度があるはずの輸送機の翼がスクラップのように踏みにじられ、爆炎が舞いあがっていた。そいつはその上に悠然と立っている。
 十の足を使い、こちらに長く鋭い尾を伸ばし、無機質な瞳がこちらを見ていた。
 この巨大輸送機よりも一回りほど小さいが、それでも戦術機の三倍近い規格外の大きさを誇るBETA。

「要塞級……!」
『来るわ!』

 突き刺さっていた要塞級の尾が真横に薙ぎ払われる。
「クソッ!」
 進行方向にいた桜花と俺は脚力とブーストをフルに使って飛び上った。俺が避けれたことが奇跡的だ。
 横目で見ると尾が通り抜けていったところは、暴虐の限りが尽くされ削り取られ吹き飛ばされていた。


 まぁ、だいたい操縦の把握はできた。問題は山積みながら、多少の戦闘なら支障はないはず。
 そう思っていたのに、要塞級の一撃で、今までギリギリ保っていたバランスが崩れたのだろう、アントノフ225が盛大な轟音を挙げて爆発する。
 ブーストで衝撃を弱めようと努めるが、無駄に勢いがついているせいで、姿勢制御が難しくなる。 

「畜生が! どうにでもなりやがれ!」
「むー! むー!」後ろにいる中佐は涙目になって何かを懇願していた。

 ブーストを地面に向かって連続で放ち、要撃級の感覚器を踏み台にするように着地する。
 そのまま要撃級の胴体に120㎜砲を打ち込んだ。まともに使えそうな武器は最初に持っていたこの突撃砲くらい。
 無駄に重量を取っている背中の砲台はよくわからないマークがつきいて危険な匂いがする。推進力の無駄になるし、廃棄しようかとも考えたが、後ろで「むー、むー」と首を振る中佐がいるので諦めた。

 味方機のマーカー見るとどうにも爆発によって分断されてしまったようだ。桜花とゼロナの機体はかなり後方にある。
 目線の先では小型種が死屍累々と横たわっている。その上に立つ二本のナイフを逆手に持った血塗れの戦術機が要塞級と相対していた。

『ユーリ。丁度いい。この邪魔なデカブツを落とす、援護しろ』
 
 十中八九、そんな無謀なことをしているのは静紅くらいだ。
「マジかよ……」

 冗談ではないのが凄く悲しい事実。要塞級はこちらを敵と見なしたのだろう。
 尻尾を静紅の方に向け。放つ。
 砲弾のような速度で飛び出したそれは、真横にあった要撃級の腕を軽々と吹き飛ばした。

 静紅は体をズラすように避けると、片足を軸に回転し、動いている尾の伸縮する部分に刃を通して行く。
 肉が削げ、色とりどりの鮮血が飛び散り、地面を汚す。

 俺は劣化ウラン貫通芯鉄入り仮帽付被帽徹甲榴弾を使った120㎜砲弾を要塞級の首のつけねに掃射する。
 銃弾は堅い皮膚を無理矢理突き破り、えぐるように血を飛び散らせた。
 だが、痛みなど感じていないかのように要塞級は首を傾げる。
「うげぇ……効いてんのかこれ」

 静紅は縮んでいく尻尾にナイフを二本共突き刺してしがみつく。要塞級は取り付いた虫を掃うために自らの前足に尾を擦り寄せながら引き戻す。
『ッ……!』
 スピードも合間って静紅のイーグルが要塞級の足に直撃しそうになるが、片手をわざと外し体を捻ることによって回避する。
 その予想外の行動にスピードを殺すことができなかった尾の先が足に当たり、自らの強力な酸液が要塞級の足を溶かしてく。
『馬鹿が』

 勢いを付けたまま背後を取った静紅が要塞級の頭上へ回り、頭の上に馬乗りになる、二本のナイフを頭蓋骨の両側に突き立てブチブチと言う音を立てて切開していく。
 サディスティックスな殺し方に神経が途切れた要塞級は足元から力を失い崩れ落ちていった。

 その淀みの無い華麗な動き、間違いない。
「静紅も前世じゃロボ乗りだったんだよな」
 何時の間にか中佐が泡を吹いて気絶していたので気兼ねなく話せる。

『いや、私のところにはそう言うのは無かった』
 冗談は才能だけにして欲しい。

『やっと追いついた、ずりぃぜ。静姉ぇと兄貴だけで殺っちまうなんて、ソイツは俺が狙ってたのによぉ』

 戦車級を潰しながら、ゼロナと桜花のイーグルが現れる。
 別にゼロナが代わって欲しいなら幾らでも代わってやるに。

 四機はそれぞれ背を合わせるような陣形を作り、それぞれの武器でBETAを牽制する。
『北か南、どっちに逃げるつもり? 一度BETAの進行方向とは逆の西に抜けて、その後、反転して北東に出るて言うのも手だけど……』
 BETAは現在、波状に東進している。だが、実際は速度が違うため長く隊列を組める訳がない、いずれ西から東へと縦長に伸びる。
 それに殲滅戦とは違い、同じ方向に逃げながら戦うよりは、この戦域からの撤退の方が優先される。そのため、敵の進行方向とは別の方向に向かった方が効率が良い。

『北だな。南は山が邪魔だ、西は推進剤をできるだけ無駄にしたくない。隊列はいつも通り私、ユーリ、桜花、ゼロナの順だ』
「了解っと」
『ハイハイ』
『ヤフー。シンガリだぁ!』

 俺たちはバラバラのようでどこかで繋がっている。
 血ではない何か。そう言える絆が確かにあった。

 静紅が突破口を開き、桜花がそれを援護し、ゼロナが後ろからトドメを刺しながら追走する。
 つまり、俺はほとんど静紅に付いて行ってるだけ。
 ただ、それだけと笑う事なかれ、静紅の機動は付いていくだけでもやっとだ。それなのに戦場は常に動いている、主にBETAとかBETAとかBETAが。
 突撃級が横から乱入してきたり、要撃級がブローしてきたり、戦車級が足にすがり付いてきたり、闘士級がそこら辺歩いてたり。
 とにかく、数が多くて仕方がない。

『……何とか抜けれそうね』

 一点突破の攻撃により、BETAの数がまばらになってくる。
『いや、どうやら、そう簡単には行かしてくれないようだ』

 静紅の機体を急降下させ要撃級の影に隠れる、その真上を白い光が掠めていった。
 それを見た全員が出来るだけ高度を下げながら移動する。
「忘れてた。光線級かそれも重い方かよ」
『……厄介ね。距離があるわ』
『アレを放っていおいたらこの戦域から抜け出しても狙い撃ちになるな』
『うげぇ。俺、光線級のおみ足って苦手なんだよなぁ』

 そんな事を言っている間にBETA達はまるでモーゼの十戒の海を割るかの如く、重光線級と俺たちの間からいなくなる。

『見え見えだな』
『撃つ気満々って目ね』
『良い足ィ! 良いおみ足ィ! 俺が撃ちてぇ!! 撃ちぬきてぇ!!』

 重光線級から放たれた光が地面に焼け跡を残して過ぎ去っていった。
 何故か発狂している弟はいつもの通りで安心した。

 それは別として重光線級のインターバルは36秒だったはず。
『……狩るぞ!』
 この隙を逃すはずも無く、静紅が何者もいなくなった光線の残した跡を駆け抜けて行く。
 横合いから旋回力のある要撃級が押し寄せるように動くが、後ろから追いかけるゼロナが放つ36㎜弾の餌食になる。

『本当に勘で生きている猪のような生き物ね。せっかく残しておいたOBWまで切っているなんて』

 桜花が呆れたようにため息を付きながら追走している。
 確かに言われてみれば静紅のイーグルの動きは俺のとはまるで違う、本当に人間のような動きをしていた。

「OBW?」
『コンピューター処理を介在させる機体制御システムよ。静紅はコンピューターの補助を受けず、直接操縦することでソレ以上の制御までしているのよ』

「理論的には?」
『可能』
「実際は?」
『不可能に限りなく近いわ』
「…………聞かなかったことにしよう」

 重光線級を守るように要塞級が二体、要撃級が二十体、戦車級は無数に立っていた。
 さらに横合いから要塞級が一体、割り込んでくる。

『ヒョー! デカブツが一人一体ずついるぜぇ』
 合計で要塞級は三体、静紅は先程、一体倒したから数えられていないのだろう。

『横合いからのは無視し、奥の二体は桜花とゼロナに、私とユーリで奥のレーザー属種を狩る』

 全員が頷き、桜花とゼロナがブーストを使い前に出る。
 要塞級の注意を引きつけるためだ。

 二体の要塞級の間、十本の足が混在する場所を俺と静紅が通り抜けていく。

 しかし、そのタイミングで要塞級が尾を後ろに振るう。光線級のインターバルはすでに失われており、重光線級に道を開けるように要撃級が横にズレていく。
 完全に俺たちを狙う統率された動きだ。

「誘い出されたのか……!?」
『だがッ……!』

 静紅のイーグルが空中で要塞級の尾を紙一重で避け、片腕を突き立てて加速する。一瞬前までいた場所に光の線が通っていく。
 そのまま、静紅は重光線級の後ろに着地する、死ぬ間際に何を思ったのか、重光線級が振り向くのとナイフを突き立てられ視力を失うのは同時だった。
 そこからは盾を失ったレーザー属種への一方的な惨殺。
 俺の方は俺の方で要塞級の尻尾を避けるのと、要撃級から逃げるので手一杯。
 とりあえず、光線級を36㎜で二体仕留めた。

『引き上げるぞ』
 レーザー属種を刈り終える頃には二体の要塞級は動きを止めていた。
『あいよー』俺の方に集中していた要塞級の首は銃痕によって原型を留めていなかった、0距離から120㎜砲で脳裏を貫き、嬉しそうに笑うゼロナ。
『チッ……殺し損ねたわ』こちらは半身を完全に失った要塞級が地面にへばり付いている。
 BETAなのに生きているのが不憫に思えた。
 ウチの兄弟はみんな高性能すぎて困る。

 だから、油断していたのかもしれない。
『……ッ!?』
 短い吐息が聞こえたと思ったら、静紅が乗っているイーグルの方腕が無くなっていた。
 それは間違いなくレーザー属種からの攻撃だった。それも長距離からの狙撃。

『……まだいたのか!』
『違うわ…………敵の増援よ!』

 桜花の言葉と共に静かだった南の山が震え出していた。
 突撃級が土煙をあげて真っ直ぐこちらに向かってくる。どうやら地中から迂回していたBETAがこちらに向かっているようだ。

「最悪だ」

 だが、それだけではない。
 東からも動きがあった、爆音が響き、爆撃による面制圧が行われる。
 戦車が砲撃を放ち、ミサイルが飛び、戦術機が突撃していく。

『ソ連軍まで……』
 BETAに対する敵対は同じだが、軍籍を持たない俺たちにとって厄介な存在には違いない。
 桜花の言葉に深い溜息が出る。

 今、雪原を取り巻く、三つ巴の戦闘が始まろうとしていた。

『南東から抜ける。光線級は軍に相手してもらう』
『それはいいが、静姉ぇのイーグルは大丈夫なのか?』
『戦闘に支障は無い、たかが腕が飛んだ程度だ』

 前を走る静紅のイーグルは肩は未だ熱を宿すオレンジと黒の焦げ跡を残していた。直撃コースだったのを咄嗟に避けたのだろう。相変わらず常人離れしている。
『隊列を変えましょう、私が前に出るわ』
『ダメだ、お前はクーを乗せている。隊列は変更しない。前は私とユーリで何とかする』
 そうは言うが、前には静紅のイーグルしかいない。
「ユーリって誰だ? そんな奴いたっけ?」

『自覚が無いようなら一発、ユーリ兄さんに撃ち込んであげましょうか?』
「おしゃー。前は任せろー」

 と言っても残弾も残り少ない。
 ぶっつけ本番で慣れてきた節もあるが、やはり、自分でもまだギコチなさが取れていないのがわかる。

「いっその事、俺もOBWを……」
『馬鹿な事考えてないでしょうね、ユーリ兄さん』

 桜花のドスの効いた声が耳に届いたので最後まで言えず、断念してしまう。
 片腕を失った静紅は先程までの突破力を失い、明らかに失速していた。俺はその反対側をカバーするように立ち回らなくてはいけない。
 ゼロナと桜花からの援護が多くなることで何とか状態を保っているが、このままではあまり長続きしそうにはなかった。
 だが、なにより厄介なのは時折、アラームと共に飛んでくる光線級の攻撃だ。そのせいで、下手に上空へ飛ぶことが出来ない。
 どちらにせよ、状況は刻一刻と悪くなる一方だ。

 どうしようかと戦域を確認してみる。
 BETAは東進していた。南から現れた増援はソ連軍の横合いへと駒を進めている。
 高地から現れたレーザー属種の驚異は平地のソレとは比べものにならなかった。
 自走砲は火達磨になり、戦術機は巨大な穴を開けられていく。普段は障害物となるはずのBETAが存在しないため、一方的に攻撃を加えられる。
 最悪なタイミングで攻撃を開始したソ連軍は出鼻をくじかれて完全に勢いを失っていた。
 先行した突撃級の大群が戦術機を呑み込むように破壊して行く。

『ダメダメだな。アレじゃ、俺たちが逃げる時間も稼げず全滅するぜぇ』

 ゼロナの言うとおり戦域に参加した戦術機は十分を過ぎた頃には半数を失っていた。

『指揮官はいったい何がしたかったのか、これなら今からでも早々に撤退した方が良いに決まってるじゃない』
『……いや、どうやら全くの無能という訳ではなさそうだ』
「それって……」

 南の空から線を描くように航空部隊が現れる。
 これを狙っていたのだろう、光線級の背後へと周り山を遮蔽物とすることで、真後ろの懐に飛び込んだ航空部隊から大量のフレアと共にミサイルが放たれた。光線級は当然の如くミサイルを打ち落そうとするが、その一瞬前にミサイルが分離し散弾が雨のようにBETAの頭上へと降り注いだ。
 小型種とレーザー種に対する攻勢、それもこの段階で。元々平原に直接撃ちこみたかったのだろうが、敵の増援に対して対処せざる負え無くなったのだ。

「成程……」
 航空部隊は直ぐに離脱を計るが生き残ったレーザー種に狙い撃たれ、一機二機と、その翼を奪われて行く。

『あーあー。焼け石に水じゃねぇかー』
『そうでもないわ、さっきまでの攻撃に比べれば確実に数が減っているもの。これで航空部隊が使えるようになった。戦況が変わるわよ。まぁ、地上部隊からしたらもう少し早い対応が欲しかったわね』

 桜花が言った通り、ソ連の地上部隊が息を吹き返したように反撃に移る。
 後方に構えていたのだろう、ヘリ部隊高速で接近し、南の山に向かってAL弾とミサイルを発射する。
 その数はほとんど全弾に近い、まるで山自体が爆発したかのような爆煙があがり、土煙が飛び散っていく。それでも生き残りはいるようで、数本のレーザーが飛び出し、ヘリを墜落させる。
 だが所詮、悪あがきだ。他のヘリが照射位置にミサイルを撃ちこみ、沈黙させていく。

 レーザー級を仕留めたはいいが、地上部隊の損害は酷いものである。
 増援部隊と合流したBETAとの総力戦。航空部隊が補給を終えて戻ってくるまでが勝負となるだろう。

『それより。えらく余裕のようだけど。もうすぐ軍の砲撃エリアに入るわよ』

 そこからはBETAの死骸だけでなく、スクラップと化した戦術機で溢れていた。
 銃撃音や爆発音が引っ切り無しに聞こえる。

 見ると戦術機が一機、今まさに大量の戦車級に押さえ込まれ、装甲を剥がされてやがて沈黙する。

『ああ言う死に方はしたくねぇわ』
「だな」

 同じものを見ていたゼロナと同じ感想が湧いてしまう。
 段々とBETAよりも戦術機の方が多くなってくる。

 そう言えばさっきから何か鳴っているなと思ったら、通信回線だった。

『──ッそこ──ッぉこの部隊だと聞いている! オイッ! 聞いているの……か…………子供? ……それに後ろに居られるのは』
「……あ」

 開いてから思ったけど顔を見られるのってヤバい。相手の方にも回線記録が残るから、逃走しても確実に面が割れてしまう。
 中佐の縄を取っていたのが救いだったろうか。
 桜花が口パクで「馬鹿」と言った後、通信を繋ぐ。

『我々は米軍、第4特殊試験部隊。任務の詳細は言えませんが、基地に向かう途中にBETAの攻撃に合い、仕方なく試験用の機体と兵装を持ち出し、生き残っていた中佐を救出しました。生憎とこれらを他国に奪われる訳にはいきません。機密保持のため、先にあなた方の指揮下に入ることはできないことを謝っておきます』

 相手はまた一瞬面食らったように硬直するが、直ぐに立て直した。

『嘘八百、よく舌が回るぜ』
 ゼロナがケタケタと変わった笑い方をする。

『……待て。今、上層部に話を通す。それまで、俺と共に後退しろ』

 戦術機の一個中隊が前に出て戦線を抑えだす。
 やがて、戦線から少し離れたところに移動する。すでに、航空部隊が補給を終えて戻ってきたおかげで戦線はソ連軍の有利に進んでいた。

『…………は。了解しました。……貴様ら全員、所属を言え』

 先程の男が通信を終えて、こちらに向き直る。
『私は第四特殊部隊。シーズ・リーフィリア、階級は少尉』
 桜花が端的に偽名を述べる。
『同じく、ゼロナ……チッ。ゼロナ・ティーングレイィ少尉だぁ』
 ミスりやがった。始め普通に間違えやがったよこいつ。

『そっちの二人は!』
 詰問口調で言う男。何と言うかこの人、凄く平凡な顔をしている。
 特徴が無いのが特徴みたいな。
『俺は、ユークロフト・ヘッド・バーン』
 適当に頭が破裂しそうな名前を見繕う。
 次は静紅の番だが『…………』何も話そうとしない。

『オイ! 貴様所属を言え!』
『……』
 また、無言。
『………………チッ……もういい。我が隊の指揮官殿は今回行われる予定だった米国の特殊試験に深く関与しており、司令官から末端の整備兵まで全て把握しているそうだ。何が言いたいか分かるな……こそ泥共!』

 周りにいた戦術機が一斉にこちらに銃口を向ける。
 自走砲まで、BETAはあっちだと言うのに、何をしているのだろう。

『あらま……几帳面だこと』
『撃つのはいいけど、撃たれるのは嫌いなんだよなぁ』
「これってピンチじゃね?」

『貴様ら。武装を解除し登降しろ』
 男が嫌な笑顔で登降を促してくる。正直、凄くお断りしたい。
 どうせ、禄に弾も残っていないのだから、捨てても構わないだろうと、突撃砲を捨て、両手を挙げる。
 桜花とゼロナもソレに続く。
 ただ、静紅だけは先程からずっと目をつぶり何も言わず動かなかった。

『早くしろ! 撃たれたいのか!? 俺が温厚な内に登降しろよ!!』

 もうキレてるって。
 銃を静紅のイーグルに向け、手に持った血塗れのナイフまで捨てろと言う。
「しず……」
『…………来る』

 俺が説得しようと名前を呼んだ瞬間、今まで黙っていた静紅が口を開く。
 それと共に地震が起きたかのように地面が大きく揺れた。

 戦場を見ると、地中から幾つもの光線が空に向けて放たれる。
 BETAの増援。否、南の山から出るのを無理だと判断したレーザー属種の生き残りが地中を掘り返しソ連軍の脇腹へと侵攻したのだ。

『ヒャフー!』
 ゼロナが囲んでいた戦術機の注意が逸れた瞬間、近くにいた戦術機の腕をナイフで切り裂き、突撃砲を奪い取り周囲に向かってブチかましていた。
 静紅は相変わらずナイフ一本で真正面にいる戦術機のメインカメラを片手で破壊していく。相手はいきなり攻撃されるとは思わなかったのだろう殆ど無抵抗に破壊される。
 桜花は自らの武器を拾い、両手を広げて広範囲にいる自走砲を一掃していた。
 俺も武器を拾い、軽く撃ち抜く。

『引くぞ!』

 そのまま静紅が一気に離脱を測る。
 だが、『やらせん!』通信が割り込まれ、ソ連の戦術機から放たれた36㎜砲弾が静紅のイーグルを貫いていく。
『……クッ!?』
 流石に近距離からの不意打ちは避け切れず、イーグルは墜落してしまう。
『静姉ぇ!』
『ちょっと、静紅!?』
 ゼロナと桜花が叫ぶ中。

『ハッ! 終りだな……!』
 男が歪んだ笑みを浮かべ120㎜砲の銃口を静紅に向ける。
 そんな中。

 男の後方にいるBETAが再び道を開き、その数十キロ先にいる重光線級と目が合った。
 その大きな瞳の奥に映るのは俺と静紅のイーグル。
 なんで、そんなモノが見えたのかとか、パニックになる頭の中で、何故か冷静さが衝動を掻き乱す。

 重光線級の瞳が光り始める瞬間、俺は背中に合った無用の長物を構えていた。

『ユーリッ!』

 そう、静紅が叫んだ瞬間には全てが動き出していた。
 重光線級はレーザーを、俺は引き金を。

 およそ人が感知できないほど光速で、至近距離にまで届いていたはずのレーザーは、俺が放った弾頭によって”弾かれた”。
 レーザーは弾頭の中心から幾つもの細い光となり、周囲を小さく焼く。

 だが、弾頭は止まらず、そのまま押し返すように重光線級の方へ飛んで行き、重光線級を紙切れのように突き破った。
 光線級が様々な方向から狙い打つがどれも弾かれていく、誰もがその行方を目で追ってしまう、それほどに異質な物体。
 やがて、ソレはBETA達の中心で無音の小さな円を描く。

 音が全て止まる。

『……ッ!!』

 一瞬の静寂の後、誰もが息を呑む。
 この世のモノとは思えないほどの漆黒のドーム状の重力変化がBETAは元より味方の戦術機も構わず、その直径の中にいた全てのモノを消し去ったのだ。
 まるで地獄の門を開くかのようにその中に入るもの全てをこの世から否定して行く。
 今まで血みどろの戦いをしていた戦場は、その一瞬で街を一つ飲み干すような大きな窪みへと姿を変えていた。

 認めたくは無かった。
 それでも、コレが何かは理解出来た。

 重力子崩壊を起こすグレイイレブンを使った兵器。


「…………G……弾」






[18452] ある元中佐のキンテッキー「得意料理はチキンソテーとフライドポテト」
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:8faf74cc
Date: 2011/01/04 02:42



 錆臭く、冷たい床。簡素な勾留所に俺たちは閉じ込められていた。
 腕には手錠を掛けられ、扉はゼロナが蹴ってもビクともしない。脱出はほぼ不可能。

「クー、大丈夫か?」

 あの後、幾分か抵抗をしたが武器を奪われたイーグルは抑えつけられ、ベイルアウトした静紅とゼロナは暴れたが、動けないクーを人質に取られ拘束された。その後、ここに連れてこられるまで色々詰問されたが、相手はまともに答えても信用しようとしない。
 唯一、ありがったことはクーが加速度病に掛かっていたようで軍医が来て対処してくれたことぐらいだ。

「へーき。……もう……大丈夫」

 三角座りでベッドの隅にいたクーがはにかみながら微笑んだ。癒される。
「おい、ユーリ」
 手錠をされても隙あらば暴れ、要注意とされ両手両足を拘束され動けない静紅が俺を手招きする。

「……?」
「お前、クーの事どう思う?」
 小声で耳打ちをしてくる、いつも、開けっぴろけな静紅がこんなことをするのはとても珍しい。
 桜花とゼロナも驚いていた。俺も一応耳打ちで返す。

「どうって、妹だろ」
 静紅は「ふーん、それならいい」と呟いき、盛大に溜息を付いて愚痴を漏らす。
「さて、これからどうなるか……。せめて食い物ぐらいは欲しいな。腹が減った」
「静紅。あなたはいつもお腹が空いているじゃない」
「空腹が満たされないからな。満たされればしばらく腹は減らない、当たり前だろう?」
「太るわよ」
「いいや、太らないさ。そんなに食えるモノが無いからな。太っていると言うのはそれだけ裕福だと言う証拠だ、生憎と私にはそんな金はない」
「なら、その胸の余分な脂肪はいったいどこから来るのかしら?」

 桜花の言葉に挑発するように静紅が反応する。
「なんだ、羨ましいのか貧乳」
「そんな訳ないでしょデカ乳、搾り取るわよ」
「ヤッて見るか? 返り討ちにしてやるぞ」
「両手両足縛られている癖に、一生デカイ口叩ように調教してあげましょうか?」
「知っているか? 戦闘前にあれこれ御託を言う奴は得てして虚勢か負けた時の言い訳しか言わない……」

 二人して睨み合いをし始める。
 基本的にいつもの事なので、巻き込まれないようにクーを連れて二人から距離を取る。

「ウーリ……。これからどうなるの?」
 膝下に座ったクーが覗き込むように俺に質問してくる。

「さぁね、相手の対応しだいかな。……安心しな。もし、死刑とかになりそうだったら、クーだけはなんとしても逃がしてあげるから」
 ソレを聞くと少し驚いた顔を作るがクーはすぐに首を横に振る。
「……そのときは、皆と一緒の方がいい」
「そうか、それもいいね」

 頭を撫でると嬉しそうにクーは笑った。ココしばらくクーのこんな表情は見ていなかったから癒される。
 何故か、他の三人がこちらに注目していた。その目には懐疑的な光しか灯っていない。

「兄貴にソッチ系の趣味が……」
「ロリってレベルじゃないわよ。……ペド」
「言葉では違うと言っても体が反応しているじゃないか」

 随分と好き勝手言ってくれる。だが、胸を張って言い返す。

「妹が好きで何が悪い」
「なら、私は?」
 桜花が手を挙げて質問する。

「好きだよ。けど、桜花は精神年齢が高すぎて、おませんさんにしか見えない」
 頬が赤くなったりはせず、無言の圧力と半眼でこちらを睨まれた。

「桜花姉ぇをおませさんで済ませる兄貴のレベルが高すぎるぜぇ……精神年齢だけならババァッ……!」
 途中で後ろから回し蹴りをくらい、前のめりに倒れるゼロナ。
「乙女の年齢を揶揄する奴は馬などに蹴らせず、私のこの足で地獄へ落とす!」

「乙女かどうかは甚だ疑問だが、相変わらず、腰が入っていて鋭い蹴りだ」
 おもしろ半分で静紅が批評する、ふと、何かを感じたように鉄格子の奥にある扉に視線を向ける。
「……この足音は中佐だ」

 言葉通り、扉を開け入ってきたのはイーグルの後ろで気絶していた中佐だった。
 呆れた表情でこちらを見て忌々しそうに反吐を吐く。

「──……ったく。貴様らはこの状況でも静かにしとれんのか」
「あら、口は言葉と未来を繋ぐためにあるものよ。コミュニケーションを絶やした人間は知識を取りこぼし、想像力を欠如させるわ。それは思考が死ぬことに他ならない、それこそ愚の骨頂よ」

 面白そうに桜花が講釈を垂れ、静紅がそれを笑う。
「桜花の口は災いの元にしか見えんがな」
「……あなたの口も相当なものよ」
「なんだ? さっきの続きでもやるのか?」
「上等ね……」

 二人は睨み合いを始める。
 中佐はソレをみてまた深い溜息をつく。

「それより、金的中佐がどうしてココに? てっきり首ぐらい飛んだものかと……」
「……貴様らのせいでな、それと私はキンッテキーだ。”ン”と”テ”の間に”ッ”をつけろ」
「キンッテキー・フライドチキ──!」
「祖国の味を愚弄するなぁ!」
 ナイスミドルが顔を真赤にして鉄格子に掴み掛かってくる。
 かなり息も荒く、顎に蓄えた髭がフーフーと言っていた。

「キレるなよ、自分の名前の後ろにフライドチキンつけただけじゃねぇか。金的中佐」
 奥でだらしなく座っていたゼロナが小馬鹿にしたように笑う。

「キンテッッ───────ッキーだ! それと、私は中佐ではなくなった」
「ではキンテッキー”元”中佐、私たちの処遇はどうなったんですか?」

 キンテッキーは「そうだったな」と呟くと外にいるMPを呼んできて、鉄格子を開ける。

「腕はそのままで、お前たちはこいつらを連れてこい」とMPに短い命令を下し、こちらに向き直る。
「貴様らの処遇については中将が直々にお話してくださる。絶対に下手な真似はするな!」

 下手な真似と言われてもピンとこない。
「キンテッキー元中佐ー。元中佐のケツにかんちょうするのは下手な真似になりますか?」
「当たり前だ!! 私は中佐ではなくなったが、元など付けるな!」

「馬鹿なことしてないで、とっとと行けっ!」
 後ろから手足を縛られた静紅が俺にドロップキックをかます。無論、自分も体制を取れないので倒れてしまう。

「下手な真似っつーのは、そういうこと言うんじゃねぇの?」
 横たわった静紅と俺を指さしてゼロナが勝手な事を言う。

「ゼロナ。あなたにしては真っ当な意見ね」
「でも……しずくのキック上手だったよ?」
 クーが桜花を見上げるように質問するが、桜花は「そうね」と笑ってごまかしていた。
 横にいたMPは笑いを堪えており、肩を震わすキンテッキー元中佐の姿がどことなく哀れに思える。

「貴様ら全員覚えていろ……」

 その後、無理矢理連行された俺たちは中々に小奇麗な部屋に連れていかれた。
 最低限のモノの他に書棚に綺麗に並べられた本。質素ながら、使用者のセンスが理解できる。
 全体的に整理されキチンと掃除されているが、奥の一角。庶務机には大量の書類が置かれ、ここに住む人間の仕事量を訴えかけていた。

「──来たか」

 庶務机に座っていた男はゆっくりと立ち上がりこちらを見る。
 男の顔には大量の古傷があり、一番濃く残る傷跡のおかげで右目が完全に閉まっていた。オールバックに纏められた白髪、歴戦の勇士として生き残ってきたモノ独特の風格と威厳。
 何より60代と言う人生の後退期に入りながら、その屈強な筋肉は軍人よりも武人としての匂いが強い。

 入った瞬間から久しぶりに静紅がそっち側の笑いをしていた。
 普段見せる得物を追う狩人の目ではなく。
 武人として強敵と相対する時の挑戦的な笑い。
 男も一目見て静紅の本性を見たのだろう、ガラスのように澄んだ狂気的な瞳を開き、唇から笑みを漏らす。

「素晴らしい……その若さでここまでとは」
「おっさんこそ。……年のわりになかなかうまそうだ」
 静紅が蛇のように舌を唇に這いずらせる。完全に血が滾っている。

「静紅、それは後だろ。今は話」
 俺がなだめるように手を前にやって邪魔してみた。その行動に毒気を抜けたように静紅は軽く笑い直す。
「……ああ。そうだったな」

 ソレを見て男はまた不適に笑う。
「──……成程。君たちの中心かそこのユーリと言う少年か」
 自己紹介したこともない人にいきなりそんな事言われても困る。しかも、俺が中心とか、今のは明らかにたまたまだろ。

「思っている以上によく出来ているな。そうだな、人間で言うなら桜花が頭、静紅が腕、ゼロナが足、ユーリが心臓、そして、クー、君は甘さと言ったところか……」

「へぇ……意外とよく見ているのかしら」
 桜花が相手を睨みつけるように見据えていた。

「いや、ありえん。私が頭だろ。どうして腕なんだ」
「静紅は腕っ節が強いからでしょ。そもそも、あなたが立てる作戦はいつも感覚的な要素が多いじゃない」
「あれは論理的な思考で……」

 実際の判断を行うのは静紅だが、作戦を出すのは桜花だ。その意味では直感的に動く静紅は腕で、常に思考し選択を生み出す桜花は頭だ。俺が心臓というのはいささか疑問だが、クーが甘さと言うのは的をいている。

「俺が足ってのはぁ?」
「ゼロナ、あなた自身その性格のせいで分かりにくいけど、私たちの行動を下から支えているのはいつもあなたよ」
 そう言われればなんとなく納得してしまう。ゼロナは攻撃的な性格の割に、援護や情報の回し方が上手い、その意味では確かに足だ。

「まぁ、この話は置いといて、俺たちの処遇について話を聞きたいんだけど」

 俺はそう切り出していた。

「そうだったな。君たちは他国の最重要機密である戦術機を奪取し、さらに無許可で新型爆弾を使用し我が軍に甚大な被害をもたらした、これは、銃殺刑ですら軽い罪だ。しかし、未だ君たちは未成年、情状酌量の余地はあり、なにより我が国の未来を支えるべき才能がある。遠回しな言い方はここまでだ、簡潔に結論を述べよう。……お前たちは軍に入り、私の腕となれ」

 一言また区切り、男は言い放つ。
 
「そうすることで全ての罪を帳消しにしよう」

 *

 彼らが出て行った後、キンテッキーは男と二人っきりとなった。

「流石だなキンテッキー、あの過酷な状況から、よく生き延びた。私は戦友としてとても誇らしい」

 重く低いながらよく通る声が一室に響く。
 一言で言えば厳つい強面の男は手を顔の前で組み笑っていた。
 だが、その言葉にキンテッキーは苦渋に満ちた表情を作ってしまう。
「私はユーリと言う少年の後ろで気絶していただけです……実に情けない」

「そうか、そうだったな。君は今回の事をどう思う?」
「……どこから鑑みてもBETA侵攻の速度を見誤っていた私の失態でしょう。今更、どこにも弁解の余地など残されてはいません」

 厳つい顔の男は少し困ったような顔を作る。
「君は相変わらず生真面目だな。まぁ、そういう所を買っているのだがね、私が言いたいのはそう言うことではない」
「…………と言いますと?」

「彼らのことだよ。イーグルを動かしていたOS、聞けばあの中の桜花と言う少女が即興で作ったそうじゃないか。技術畑出の君から見てどう思った?」
「一言で言えば実にシンプルなOSでした。全ての無駄を省き、ただ、戦術機を動かし戦闘するために特化したOSとも言えばいいでしょうか……、現行のOSに劣る部分も多々見受けられますが、扱い易さと言う点ならば現場で使われるのは彼女の作ったOSです。正直、空恐ろしい。アレが目の前で構成されるのを見ていた今でも信じられません」
 その答えに男は満足そうに頷いた。

「そうか。では、他の三人。彼らが言うには始めて戦術機に乗り戦場に出たそうだ、そして全員の生還した。これについては?」
「話として耳にしただけなら笑い飛ばしたでしょう。フィードバックも禄に無く、アレほどの戦場を生き残るとは。私は立場から熱心な信者でもないのですが、非科学的にも神の寵愛を受けていると言われても納得でるほどです。本当にどこかの国で訓練された工作員と言う訳では無かったのですか?」

「静紅と桜花と言う少女意外の彼らの出生ははっきりしている。避難民からの話ではここ2年程ずっと、彼らはノギンスクで確認されていた。それにここには工作員など来ないさ、ここが落ちれば君たちの合衆国や日本帝国すらも前線となりうるからな、下手な事はできんさ。無論、これが君の自作自演だと言うのなら一本取られた訳だが?」
「まさか……」
「だろうな。君の自室は用意してある、そこで体を休めたまえ」

 それっきり、男は口を開こうとはしなかった。ソレに対して中佐はずっと耐えきれなかった疑問を吐露してしまいそうになる。 
「中将、私は……」
「君には少し特殊な任務を行って貰うが、問題は?」
「ありません……」
 途中で男が言葉を遮ったせいでキンテッキーは言葉を止めざるおえなくなる。

「キンテッキー。例え上層部の命令があれど、あの新型爆弾は実戦では使える状態ではなかった。結果だけを見れば試験機のクライアントも満足している。それに、今回の”事故”は整備兵が取り扱いに失敗し、新型爆弾の暴発によって我が部隊の半数が失われた……悲しい”事故”だ。わかるね?」

「……ハッ、……ですが将兵にはなんとおっしゃるつもりで?」
 死を賭して戦ったと言うのに、ただの事故で済ましてしまうのは批判を買う。

「それは君の考えるところではないな。だが、ここでは唯一、結果を残せるモノだけが正義となるのだよ」
「だからですか……中将。あの子供達を軍に入隊させようとしたのは」

 その言葉に男は口元を緩ませた。

「いや、それだけではないさキンテッキー。私はな……見てしまったのだよ。……私の夢を。……我らがヴォールク連隊の悲願を」

 男には命を賭してでもやりたい事があった。
 そのためには全てを犠牲にしようと、それは必要な犠牲だったと割り切ることができた。
 強い視線から思いを吐き出すように彼は口から漏らす。

「彼らこそが……ハイヴを開く鍵となる」

 ノギンスクが雪に埋まる少し前の事だった。





[18452] あるF4の呟き「第二世代機がナンボのもんじゃい!!」
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:8faf74cc
Date: 2011/01/04 02:43


「お断りします。私たちは軍に入るつもりなどありません」

 そう口を開いたのは桜花だった。
 きっぱりとした態度と相まってその瞳は揺るぎなく、本当に心からそう思っていると感じてしまう。

「なっ……! 貴様は自分の立場を理解しているのか!?」

 キンテッキー元中佐が息を荒くし狼狽している。
 中将も一見動じた様子はないが、その瞳が少し揺らいだのを見逃さない。

 だが、実際は桜花の指は人差し指と中指を少しズラすことで、俺たちに合図を送っていた。
 私に合わせろと。
 主導権を握られたままの一方的な話合いでは面白くない。ある程度引っ掻き回すのも手か。

「俺もパスかな」
「私もだ」

 俺に続いて静紅が面白くなさそうな顔を作る。静紅はこう言う遠回しな化かし合いは好きではないらしい。
 後ろを向いてゼロナに余計な事は言うなよ、と目線を向ける。
「わーってるて。兄貴と姉貴等がダメってなら俺もダメー」
 ゼロナの後ろに隠れていたクーも恐る恐ると顔を出して口を開く。
「…………どーい……です」

 中将は首を軽く振ると机に置いてあった、銃をこちらに向ける。
「……もう一度聞こう。本当に軍に入る気はないと?」

 鋭い眼光を宿し、今度は脅しと殺意を込めて口調を強める。
 揺ぎ無い照準、慣れた手つき、その銃で何人も殺してきたのだろう、黒く、鈍く光る鉄の塊は、人間の心臓を射止めれば必殺の威力を持つはずだ。
 けれど、それを受けても桜花は怯むこと無く睨み返していた。
「ありません」

「何故だね? 君たちにとっても悪い話ではないと思うが? 我々は軍に入ったもの特に有能な人間には食事も与えるし、それなりの給料もだす。いったい何が不満なのかね?」

 中将は子供を諭すように首を横に振る。

「安いんですよ、中将が仰った内容の他に、ある程度色を付けてくれれば納得できます。一つは階級。特例でも何でも構いません、常に少尉レベルの優遇を頂きたい。一つは軍からの独立、私たちだけの小隊を構成し他の指揮から独立し自分たちの考えで行動させてもらいます。最後に脱退の自由、私たちがソ連軍から抜けたくなればいつでも出られるように手配して欲しい」

 銃を向けられながら桜花は笑った。

「これらが認められるならば、私達はあなたの腕となり相応の働きを約束しましょう」

 どれも軍隊としては無茶苦茶な要望。受け入れられるはずがないモノばかり。
 直情的で堅実な軍人たるキンテッキーはコレに対して激怒する。
「き……貴様らは何処までもッ!」
「キンテッキー! ……構わんさ言うだけなら誰にもできる。しかし、随分と吹っかけてきたものだ。君たちにそれほどの価値があるとでも?」

 途中で止められ口をパクパクさせながら、黙ってしまったキンテッキーを尻目に中将は落ち着いた声で銃を下ろす。

「試してみますか?」
 桜花の言葉にこの時、静紅は満面の笑みを浮かべていた。

「あなた方最高の精鋭、一個中隊を用意してもらいたい。私たちが使っていた機体、四機の小隊でソレを撃破してみせましょう。無論、演習でも命を賭けた実戦でも構いません。けれど、これができたなら今言った条件を確約してもらいたい」

 桜花の言葉に中将もまた笑う。

「……おもしろい」

 単純計算で3倍の敵。それも最前線で戦ってきた精鋭。
 何より静紅はここのところ鬱憤が溜まっていたのだろう、凄く嬉しそうだ。

「最初の一つは君たちが勝てば少尉と言う名目を与えよう。二つめも私の直属として軍を分けることも可能だ。だが、最後のは認められんな。それに、実戦は流石に許可できん、貴重な軍備をそんな事に使えんからね。ついでに言えば、残念ながら君たちの使っていた機体は全て米軍の試験機を横流し品でな……整備が難しいのだよ」
「中将……それは」
「構わんさ。桜花、君ならばそれくらいは予想していただろう?」
 中将は試すように聞く。

「さて……どうかしら。でもあの機体がダメなら仕方ないわ、適当なのを用意してくれれば。けれど、その分そちらに譲歩してもらいます。中隊の8割撃破なら前二つを、全滅なら最後まで認める。これでいかがかしら?」
「よかろう」
 キンテッキーが口を挟もうとするが、中将が軽く手を挙げて止めさせる。

「明日、総技演習所でやってもらう。流石に今日いきなりと言う訳にはいかないからね。他に疑問は?」

「この手錠ははずせないのか?」
 ゼロナが見せつけるように腕を挙げる。
「不便だろうが逃げる可能性がある内は解く気はない」

「飯」と静紅。
「用意させよう」

 ふと、クーが俺の裾を引っ張る。
「ウーリ……私は……?」
「クーはお留守番だ。また、吐いたらいけないからな」
 何故かクーは微妙に顔を曇らせる。それに異論を挟んだのは静紅だった。

「いや、連れて行く。桜花の後ろだ。いけるな、クー」
「……うん」

 クーがちょっと嬉しそうなのが悔しい。
 桜花に指さして「なんでだろ?」と聞いてみたが、「自分で考えたら」と言う素っ気ない答えが返ってきた。桜花はクーが乗ることに納得しているようだし謎だ。

「さて、今日は明日に備えてゆっくりするがいい。もし、無様な結果しか残せないようなら……最期の宴になるのだからね」
 中将も人が悪い。随分と趣味の悪い言い方をする。
「おー、怖い」
「ユーリ兄さん。もう少し心を込めて言ったら?」

 また、桜花が半眼で睨んでくる。

「……頼もしい子供達だ。少し頭のネジが飛んでいるようだがね。まぁ……戦場ではそれぐらいが丁度いいのかもしれん」

 本当に中将も人が悪い。


 *


「で、用意された機体が中古のF4とその改修機のバラライカ二機ずつって、完全に足元見られたな」
「相手は今年配備されたばかりの新型アリゲートル十機。それと、どういう訳か整備が難しいと言っていたイーグルが二機……本気出しすぎでしょ、大人気ないわね」

 今朝、ハンガーに置かれた椅子に座り俺たちは自分に与えられた機体に頭を悩ませていた。
 この基地にある数少ない統合仮想情報演習システム、JIVESに乗ってきたゼロナと静紅が呆れたように戻ってくる。整備が完了する昼までは自由に使わして貰えるそうだ。
 と言ってもF4ファントム、人類初の本格的な戦術機と言っても10年以上前の代物だ、そのソ連用に改修されたバラライカも現役で使われているが、相手方のイーグルやアリゲータと言った第二世代機とは運用方法が違いすぎ、ぶっちゃけスピードを始めとした性能差が開きすぎている。
 どう考えても中将は始めから勝たせるつもりなど一切ないのだろう。

「ありゃ、手足の付いてる丈夫なだけの棺桶だぜぇ。前の奴が兵器に思えるぐらだぁ」
「イーグルってのも酷かったが、アレはもっと酷い人型のドン亀だな、ハイヴ攻略兵器が聞いて呆れる。兵装に日本製の長刀があったのが唯一の救いだ。……と愚痴を言っても仕方はないな……いろいろやってみたが、結局、編成は私とユーリの前衛バラライカ、桜花とゼロナの後衛F4が一番しっくりくる」

「そうね」と頷く桜花に思わず「うげぇ」と言ってしまう。
 前に出るのはしんどいんだよ。

「桜花の作ったOSを付けてもアレだからな、もう少しマシにならないのか?」
「無理よ今だって短期決戦に持ち込めるように限界値ギリギリしたのよ。アレ以上はやるなら機体そのもののスペックを替えなくちゃ話にならないわ」

 腰まで届きそうな銀の長い髪を掻き分けながら、桜花が端末を弄り唸る。

「最低でも12機中10機は落としたいわね。正面から戦ったら機体差と数で抑えられどう考えても負けるわ。作戦としてはまず、機体慣れしていない2機のイーグルを狙い、分断して後衛から順に各個撃破していくと言うのが理想ね」
「一人、ノルマで三機ずつ倒せばいいんだろ? 単純なことじゃないか」
「静紅、自分じゃなくて人間を基準に考えなさいよ」
「それはどういう意味だ……?」

「戦いは数だぜ静姉ぇ。相手は精鋭、前線で生き抜いてきた人間だ、雑魚三つ落とすのとは訳が違う」
 ゼロナが珍しく割って入る。

「そういうことよ。でも、さっきのは褒めているのだからあなたは感謝しなさい」
「へぇ……ふざけた理屈をよくもぬけぬけと」
「理屈まで武力でできているあなた程じゃないわ」
「何だと…………」
「何よ…………」
「……」

 また二人で睨み合いを始め、完全に取り残されたゼロナから目線で助けてと連絡が届く。相変わらず仲がいい。

「クーは平気か?」
「…………へー……き」

 近くではベンチで真っ青な顔でクーが寝ている。
 三度までは耐えれたが、それからは桜花の後ろにも乗れずこのありさまだ。

「無茶はしてくれるな」
「……うん……やっぱり、私……足手まとい……」
 しょんぼりとした様子で聞いてくる。
「まぁ、そうだけど、俺はクーの事を足手まといって思ったことはないかな。中将も言っていただろ、クーは甘さだって、甘さの無い人間ってのは家族も他人の区別しない人間だ。クーがいてくれるから俺たちは兄弟でいられる」
「それって……役に立ってるの?」
 首を傾げながらクーは微妙な表情を作る。理解はしているが納得はできないって顔だ。

「役に立っているかどうか、それは個人の主観よ。あなたが満足できないのなら、さらに上を目指せばいいだけの話だわ」
「第一、クーは役に立つ。だからこそ、私は桜花の後ろに乗れと言ったんだ。役に立たないなら、わざわざ無理させてまで乗せるものか。クーは私たちの最終兵器だ」
 争っていた桜花と静紅が乱入してくる。相変わらずクーには甘い。

「え、何ソレ? 初耳だぜ静紅姉ぇ。クーってそんな重要な位置にいたのかぁ!?」
「ああ……そうだ」

 ゼロナが静紅の冗談をマジで信じてる。その視線に否とは言えず静紅が気まずそうに目を逸らす。

「いったい、どんな最終兵器なんだぁ? レーザー級みたいに目からビームとか出せるのかぁ?」
 ゼロナがクーの短く青白い髪をクシャクシャとかき混ぜる。
「……で……でないよー?」混乱しているようで、手で邪魔しようとするが、巧みに躱されクーはされるがままになっていた。
 俺と静紅はそれを面白そうに眺めているだけ。
 見かねた桜花が手をパンパンと叩いて皆の注目を集める。

「さて、いい加減に話を戻しましょう」

 桜花はこれから始まる戦場の構想を語りだした。
 下手な敗北は許されない。自分達の力を示せる者だけが生き残れる。

「相手は第二世代機12機、こっちは旧式三機。正直、俺たちが相打ちに持ち込めれば上等じゃないか?」
「冗談。私はそんな分の悪い勝負はするつもりはないわ」

 桜花が今まで見せた事の無い嬉しげな表情を見せた。

「私たちは勝つ……」

 どんな状況であろうと、生き残ろる道はある。通常では見つからないのなら変えればいい。
 狂気こそが、勝機へと変わる。

「そのための作戦は────」

 ここはそんな世界(最前線)だ。






[18452] あるバラライカのターン「バーサカーソウル発動!」
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:8faf74cc
Date: 2011/01/04 02:43


 演習場は第三演習場。
 元々、重要都市だったが、BETAの侵攻によって被害にあい今では廃墟と化していた。そこを軍の演習場として利用している。
 敷地はBETAのせいで疎開が進み腐るほど余っていた。だが、人が住み慣れた街の廃墟は障害物になるビルも多く、演習場としては申し分ない場所ではある。
 雪が軽く振っているせいで寒さが身に染みるが、それはこの地では冬が近づけばいつもの事だ。

 こんな時はコタツが欲しい。コタツツムリと化して昼寝したい、傍らにはみかんとテレビから流れる笑っていいとも、素晴らしい。最高の贅沢じゃないか。
 ああ、ほうじ茶を飲みながらダラダラしたい。

『ユーリ兄さん。そろそろ現実に戻ってきたら?』
「……戻って来てる。いいから、俺のみかんを返せ、桜花」
『全然、戻ってきてないわね! 後催眠暗示キーでも使用しましょうか!?』
「大丈夫。大丈夫だから俺のコタツ返せって」
『……ユーリ兄さん』
『ウーリ……だいじょーぶ?』
 マジでキレそうな桜花の後ろからのっそりとクーが顔を出す。

「いや冗談だって、クーの方が全然大丈夫に見えないから……」
 乗り物に弱いのだろうか。どちらにせよ、無理はして欲しくない。

『ユーリ。この演習が終わるまで油断するな』
「静紅、相手は今どの辺?」
『街の中心部に接近。隊列は基本的な楔型(アローヘッド)。もうすぐ、第一奇襲ポイントに到着する。準備はどうだ?』
 静紅が最後の確認を取る。ここからはこんなダラついた気持ちもできなくなるだろう。

『問題ないわ』
『こっちもだぜぇ……』
「俺も」

 各々から返ってくる言葉に静紅は満足したように動き出す。
『なら』と小さく呟き。

──『戦闘開始だ』

 辺りに地響きが鳴り響いた。

 *

『ソーカル02より01。チッ……冗談じゃねぇ、隊長! なんで俺たちがあんなガキ共のお守りしなきゃならんのです!? しかも相手はたった4機のF4とバラだっつーじゃないか! 隊長、俺たちはBETAとの戦闘40回以上のベテラン、しかもエースっすよ、ナメられてんですか!?』

 ガラの悪い風貌。目付きの悪いチンピラのような言動、汚く染め周りに跳ねている茶髪、その顔は薬物中毒独特の血の気が失せ、頬は酷くやせこけた表情をしており、目の下に深い隈ができていた。
 上官に対して敬語とも思えない言動を放つ、彼のコールナンバーはソーカル02。
 衛士としての腕を買われ、重犯罪者として戦場に送られていたのを中将が拾ってきたらしい。
 実力主義のこの基地でも隊長に継ぐ腕を持っている。

『01より全機。気を抜くんじゃない。相手は仮にも先の戦場を生き抜いた奴等だ、子供だと侮るな』

 がっしりとした顔つき、ソーカル02とは対照的な鍛え抜かれた肉体と短く刈られた頭。
 30代後半を見せる落ち着き、基地の誰もが信頼と尊敬、そして畏怖を抱く隊長。
 コールナンバーはソーカル01。
 戦士としても衛士としての腕も一流、こんな最果ての前線にいなければ、今頃、昇進街道を走っているような人物だ。

『冗談、よっぽどそのイーグルってのの性能が良かったんでしょ? 乗り心地はどうなんです、02』
『最高だ。アリゲートルがトロく感じるぜぇ。羨ましいか、06』
 馬鹿にしたように男達は笑いあう。
 ソーカル06は優男のような出で立ちをしていた。

『02! あんたは新型の試験だとでも思えばいいじゃない! 私なんか今日の休暇取り上げられたのよ!? 一昨日のBETA襲撃の報告書を書いて碌に寝てないのに、こんなお遊びに付き合わされる私の身にもなりなさい!』

 緑の髪を後ろで縛った、碧眼、20代の前半。
 成長しきった体つきに端正な顔立ちだが、強気な瞳が印象的な女性。
 ソーカル04が声高に喚く。彼女は一昨日の戦闘で自らの機体をスクラップいきにしてしまい。報告書の提出を急がされており、その他にも色々鬱憤が溜まっており今、爆発寸前だった。

『出ていらっしゃい子猫ちゃん達。いたぶって! いたぶって! 一生戦場に出れないくらいPTSDを植えつけてあげるわ!』
『ヒュー。女は怖いね』
 ソーカル05がそう口笛を吹きながら言った後。

 突然、辺りに地響きが鳴り響いた。

 何が起きたのか確認するまでもない。
 真横に合ったビルがこちらに倒れてきたのだ。
『チッ……回避しろ!』
 ソーカル01の叫びと共に回避しようとした前衛、中衛そして後衛の二手に別れてしまう。
 土煙が舞い上がり、視界が悪くなる。
 始めに何かの接近に気づいたのは後衛を努めるソーカル10だった。ビルが崩れる轟音の中、何かの足音が接近する。
 明らかに自分の部隊では無い機体。

『ッ!? て……敵しゅッ……!?』

 彼が銃を構え叫ぼうとした時には、黒い影は二つの瞳を光らせバラライカが上空から長刀を振り下ろしていた。
 コックピットへの直撃。致命的被害、行動不可能と言う文字が出た後も、あまりの事にソーカル10は何が起きたのか把握していなかった。

『10!? クソッ、敵襲だ! こんな見え見えの手に引っかかるなんて!!』

 ソーカル12が振り返りながらソーカル10に襲いかかった敵に銃口を向ける。
 自動照準が狙いを定め、足の遅い旧式のバラライカなら完全に捉えていた。
 まずは、一つめ、と引き金に指をかける。

 だが、自らの機体に背後から衝撃が走り、取り逃がしてしまう。
 ダメージを受けたのスラスターが中破した。

『馬鹿なッ!?』

 後ろにいるのは、倒れたビルの反対側にいる味方機のはずだ。
 震動音センサーは周りに飛んでいる小石のせいで役に立たない。網膜映像で相手を探し出す。

 そして、発見した。倒れてきたビルの隣のビルの後ろに隠れていたのだ。
 だが、その瞳が捉えていたものはF4の銃口だった。一瞬、戦慄が走るのを感じる。
 120㎜砲弾がコックピットの背中に辺り衝撃が響いた。

『……ッ!』

 機体破損。行動不能の文字が浮かび上がる。
 演習だと分かっているのにソーカル12の額からは大量の冷や汗が流れだす。もし、実弾なら彼は確実に死んでいたのだ。

『後衛は距離を取れ! 相手は足が遅い!! 銃撃戦なら敗北はない!!』

 ソーカル01隊長からの通信が入る。
 だが、ソーカル08にはそんな余裕は無かった。
 持っていた盾で必死にバラライカの斬撃を受け止めているのだ。

『距離を取れだッ!? そんな事できればとっくにやってる!!』

 今、ブーストで下がろうとすれば確実に地面へと叩き落とされる。
 それほどまでに接近されていた。
 盾で攻撃を受け流し時間を稼ぐ事で、何とか体制を保っていられるが、一瞬でも体制を崩せばタイムラグが発生し、その瞬間に切りつけられるだろう。
 一撃、二撃と長刀は速くなっている。

『……なんだ! なんだよ! このガキ!? 素人じゃねぇのか!?』

 剣戟の一つ一つが、盾を切り裂いていく。まるで自分の命を削っているかのような錯覚に陥っていた。
 その異様な圧力に耐えきれず、ソーカル08は愚策と分かっていながらも一か八か、後ろへと下がってしまう。

 恐れていたような刀は襲ってこなかった、
 だが、相手に向けたはずの銃口が左腕で掴まれ、無理矢理相手の方へと吸い寄せられる。
 そして、直接コックピットへと衝撃が走る。長刀の柄頭で小突かれたのだ。
 驚愕しながらも、ソーカル08はその衝撃に耐えきれず意識が暗転した。

『アンノウン1へ撃て!!』
 ソーカル01の号令と共にアンノウン1、バラライカへと36㎜砲弾が放たれる。
 だが、アンノウン1はソーガル08のアリゲートルの首を掴み、盾にする事で防いでしまう。
 ソーガル08がペイント弾で色とりどりにメーキングされ、少し遅れてIFF(味方認識システム)が反応する。

『チィッ! 舐めたマネしやがってぇ!!』

 ソーガル02が叫ぶ。
 バラライカは崩れ落ちるソーガル08を盾に撤退を始めていた。
『アンノウン3は……クッ! 逃げられたか! 各自被害状況を報告しろ!』
 前衛、中衛からは無傷だと言う答えが返ってくる。
 だが、後衛の三人からは応答が無い。やられたのだろう。
『ソーガル11、左腕を撃たれました』
 唯一の生残りもこの状態。

 アンノウン1が向かったのは西。あそこは主要都市だったためBETAの被害が大きく、瓦礫の要塞となっている場所だ。
 あの場所は大通りが十字路のように存在する。

『……アンノウン1を追う!! 04、05、07そして11は北から回り込み、敵を炙り出せ! これで目が覚めただろう! 相手はただのガキじゃない! 各自、敵を見かけても絶対に深追いはするな!』
『『了解!!』』

 *

 別働隊として移動していたソーガル04を基点とする四機の戦術機が静かに移動していた。

 最初に異変に気づいたのは後方にいた制圧支援用のアリゲートルに乗るソーカル11。
 自分の真横にある100メートル近い高層ビルの屋上から何かが光ったと思ったが、ソレは突然の轟音にかき消される。

『震音感! 頭上!?』
『なんですって!? 読まれていたの!?』

『ヒャッハァァアアア!!』

 36㎜弾が雨のように地面に突き刺さって行く。 
 直撃はしなかったが突撃砲がダメになる。

『……さっきはよくもッ!』
『11、北よ!』
 ソーカル04の叫びと共に震音センサーに新しくマーキングされる。

『二度も同じ手に乗るか……っ!!』
 飛び出してきたのはバラライカのナイフ、残った銃口をそちらに向けるのと、頭上から飛び降りてきたソイツによって機能停止になるのは同時だった。

「ッ……嘘だ……ろ」

 狙いすましたように現れた二機のバラライカとF4、コールナンバーはアンノウン2、4。
 先程、アンノウン1に逃げられたら、私たちがこっちの道から別働隊が来るのを読み、待機していたのだろう。

『11! やられたの!? 05、07ッ……距離を取って射撃戦に持ち込むわよ!』
『05、了解ッ!!』
『07、了解!』

 性能差で言えばコチラの方が圧倒的に有利なのだ。
 奇襲戦でさえ無ければ負けることなど有り得ない。

 ビルの間を飛び交うように、相手との距離をブーストで開け、突撃砲を打ち鳴らす。
 こうなれば、一方的だ。
 避けるのは上手いが相手の肩や腰に銃弾がカスっていく。

『所詮は一世代機! ま、頑張った方だと思うけどね!!』

 地形には充分注意していた。
 相手は四機、味方が追いかけている二機、そして、ここにいる二機。
 だからこそ気付くのが遅れた。
 後ろから、狙いを付けるアンノウン3に。

『後方ッ!? アンノウン3ッ!』
 そうソーカル05が言ったのは、ソーカル07の後頭部がペイントで赤く染まった時だった。
 視力を失ったソーカル07は足を止めてしまい、狙い撃たれ戦闘不能へと追い込まれてしまう。

『ッ! ハメられた!! 回り込んできていたの!? でもッ』

 両腕に突撃砲を構え、姿勢を低くして36㎜砲弾で狙い打つ。
 相手はビルの影へと隠れてしまうだが、これで牽制にはなるだろう。

『南へ抜けて、味方と合流しましょう!』
『了かッ……後ろ!!』

 アンノウン1、真南から現れたバラライカが長刀を振りかざしていた。
 とっさにソーカル05がソーカル04を庇うように前へ出て、
 そのまま、コックピットを断ち切られた。

『後はこいつを殺れば、半分か……』

 通信機が敵の声まで拾ってくる。
 自分は狙われているのだろうとソーカル04は感じていた。
 長刀が鋭い矛先をこちらに向ける。
 訓練とわかっていても咄嗟に目を背けてしまう。
 だが、その衝撃は何時までたってもやってこなかった。

『遅れた! 大丈夫か、04!』

 現れた01の声にまるで新兵のように04は安堵してしまう。

 *


『あーあ。合流されちまったよ。どうする、静姉ぇ』
 五機のアリゲートルと二機のイーグルが目の前に現れる。

『どうするも何も殲滅するに決まってるだろ』
『調子に乗らないでよ静紅……ここまでで予想してた撃破数は8機よ。まだ5機しか倒していないじゃない』
『それは仕方ないな。思っていったより相手の立て直しが随分と速かった。腐っても精鋭だ』

「で、これからの作戦は?」
『それは……ッ! 決まってないわねッ』

 桜花の方ではすでに戦闘が始まっていた。
 流石に多勢に無勢。完全に位置を把握されている俺たちは分断されていく。

『……ッ 追われる戦闘じゃ勝ち目は無いぜぇ!!』
『なら、戦えばいいだろ』

 俺の方にもイーグルとアリゲートルが一機ずつ現れる。

「おいおい、冗談……」

 突撃砲で追われて、蜘蛛の子を散らすようにその場から退却させられる。
 仲間との距離を開かれ、どうしたものかと考えていた。

『やはり、あの4機の中で一番弱いのはこいつだ。08援護しろ! 一気にしかけ数を減らす!!』

 相手方の通信が開かれてる。圧迫をかけるつもりだろう。
 でも、実際俺があの中では一番弱い。
「うわっ、見破られてるし」
『了解、さっきからよくもやってくれたなお前ら!』

 でも、この声、どっかで聞いたことがある気がする。

『チョロチョロと逃げ回りやがって、落ちろ!!』とか『他の奴等と違い! 逃げ足だけは一流だな!!』とか。

 無茶苦茶な罵詈雑言が後ろから追ってくる。
『貴様ァ! いい加減死ね!!』

 08と呼ばれた男の、これでピンときた。
「ああ……そうか、思い出した。あんた。前の戦闘で静紅を撃とうとした奴か……?」
『あ゛? 確かにそうだ。だが、それも命令だ。俺だってガキを殺すような真似はしたくなかったんだぜ。恨むなよ』

 ユーリの乗っていたバラライカの足が止まる。

「そうか、別に恨んではない。あんたが思ってたより少しばかり良い人だってのも分かった」
『ハッ! やっとやる気になったてか!? けどなぁ、戦場に出てきたんだそれくらいの覚悟は必要なんだよ!!』
 アリゲートルが一気に前へと押し掛かる。

『待て、08ッ! 様子がおかしい……』

 01が叫んだ時すでにアリゲートルは射程内に入っていた。
 ユーリは瞳孔が開いており、まるで得物を狙う鷹のようにギラついている。いつもの彼からは想像できないほど冷徹な瞳でもあった。

「だけど……俺の家族に手ェ出したんだ。それだけで癇に障るんだよ。……悪いけど、許せそうにねェな……」

 ユーリは短く獰猛に言い切る。

──「ぶち殺してやる」と。

 *

 ビル街を駆け抜ける桜花のF4をいたぶるようにイーグルが襲いかかってくる。
 流石にスピードでは話にならない。耐久力でなんとか持ちこたえているが、これではジリ貧だ。

『運が悪かったなぁ、お嬢ちゃん! 俺とタイマンなんてよぉ!!』
 相手は品性の欠片もない。

『俺はドックファイトじゃ負けなしなんだぜ!』
 薬物中毒者特有の血の気の引いた表情。コールナンバーは確か02。

『ハハッ! 見ろよこの機動! どうだぁ凄げぇだろ!!』
 そう言って曲芸のように回転する。馬鹿だ。

『なんとか言えよ! ゴルァ!!』
 ゼロナと別の方向で同じ匂いがする。言葉が通じない面倒なタイプだ。

『俺はッ! この基地でッ! 接近戦ならッ! 一番ッ! 強ぇえんだよッ!!』

 そう言ってナイフを振り回す。
 目は完全にあっちへと逝っているが、決してでたらめないところが面倒だ。突撃砲を盾にしたせいで弾かれてしまう。
「チッ……」いい加減追われる立場も飽きた。一旦距離を取ってナイフを構えてやる。

『何だぁ! 俺とやろうってのかぁ! お嬢ちゃん!! だからぁ俺はこの基地で一番強ぇえってッ……!!』

 ブーストで近づき、首筋にナイフを当ててやる。
 取ったかと思ったが反応速度はなかなかのようで、体制を捻り避けていた。

「御託は済んだかしら? なら次は噛み付いてきなさいよ。……かませ犬」

『手前ェ……! ざけんじゃねぇぞ!! このアマッ!!』

 二本のナイフが幾つも襲いかかってくる。
 動きの鈍い激震では全てを捌ききれず飛び出した形状の肩部や腰が破壊されていく。
 最低限の動きで最高の結果を目指す。

 相手の行動を見きってはいるが、桜花の反応に機体のスピードが追いついてこない。
 それが続くに連れて相手の表情が愉悦へと変わる。

『ハハッ!! やるじゃねぇか!! 同じイーグルなら良い勝負になったかもな!!』

「冗談……イーグルでやっても同じ結果になるわ」

『ハッ! まぁ、当たり前か、俺様に勝てるわきゃねぇからな! トドメをさしてやるッ!!』

 ジリ貧になった時、結局は精神がモノ言う。
 油断。相手が大きく腕を上げた。ソレがミス。

「おーか!」
 吐きそうな顔でクーが声を挙げる。そう、これがチャンスだ。
 BETAを相手にしていたからか、コイツの戦闘方式には一定のリズムとパターンが存在した。

 そして何より、相手のイーグルは新OSに換装されており、前OSとの違いに戸惑が見られたのだ。
 一瞬のラグ、それこそが隙になる。
 激震の腕を挙げて自らナイフを突き刺さし、一気に手繰り寄せる。
『あぁッ!?』

 武器はない。残されたのは腕。
 折り曲げていたソレを一気に解放し、コックピットへと正拳突きを放った。

「──私達の勝利という結果にね!!」
『なあぁあああ!?』

 グシャりと言う鈍い音が響き、イーグルの脇腹に拳の跡が刻まれた。

 *

 三機のアリゲーターが巧みに連携を取り、静紅のバラライカへ射撃を行っていた。
 ビルの障害を使い慣れた感じの三次元的な機動を行う。ソーカル03、06、09おそらく、三機で陽動などをこなしてきたのだろう、交差するような移動は狙いがつけにくい。

『お仲間の方はもうやられたんじゃないのか? アンノウン1。お前も早く落ちろよ!』
 上空から36㎜砲を斉射してくる。
「ッ……」
 咄嗟にビルの影に隠れてやり過ごすが、すぐに両脇から回り込まれる。
 一機を攻撃しようとすると、他の二機が攻撃をしてくるため、静紅は近づけないでいた。

『あんたと同じバラライカに乗ってた、アンノウン2っての、アイツが一番はずれだな。隊長と08相手じゃ数分も持たねぇぜ!』

 わざと急かすような事を言い。ミスを誘う。
 単純だが、それゆえに有効的だ。

「ユーリッ……!」
『それを言うなら、F4乗ってたガキ二匹もだ! 02と04はウチのトップガンだからな!』

「へー」
 別にあいつらはどうでもいい。むしろ、桜花は一度くらいやられた方がいい。

『チッ! このガキ当たらねぇ! もういい弾が勿体無い! 接近戦で一気に決めるぞ!!』
『『了解!!』』

 その言葉に静紅は笑みを浮かべる。
 彼らは今まで静紅が刀しか持っていないのを、まともに使える武器がそれだけなのだと勘違いしていた。
 それに、この基地にそんな武器を使う物好きがいないのも仇となったのだろう。
 刀と言う武器の本当の恐ろしさを知らず、何より、まだ彼らは心の底で静紅を侮っていた。

 故に静紅にとって突っ込んできた三機はまさに飛んで火に入る夏の虫だ。

『は……ッ?』

 そこに真っ当な勝負などそこには存在しなかった。
 一刀の下に倒れていくソーカル03と06。
 もし、中距離戦で距離を取り続けていれば勝てたかもしれない。そう、最後にいた09が思った時には戦術機は止まることを忘れ、吸い込まれるように長刀の餌食となっていた。

 三機の機動は見事だが、それは中距離戦での話。
 長刀が届かない距離だからこそ静紅相手に一方的に攻めていられたのだ。


「数の理に驕ったな……愚者が」

 吐き捨てるかのように呟く、静紅の後ろで機能停止となった三機のアリゲートルが崩れ落ちた。


「移動するか」


 センサーを見ると、少し距離を置いたところで、ゼロナが戦闘を行っていた。
 否、実際行ってみると戦闘ではなかった。寝転ばされたアリゲートルに馬乗りになってF4が一方的な攻撃を繰り返していた。

『ヒャハハハハハ!! やっぱりBETA相手じゃ、つまらねぇな! 奴等はお前みたいに竦まねぇ! 怯まねぇ! 脅えねぇ!』
『なんなの!? なんなのよぉ! こいつッ!!』

 その声は確か04と呼ばれていた女性だ。
 自分が捕り逃した相手をゼロナがいたぶっているのだろう。

『そうだよ! その恐怖に満ちた表情! 最高だぁ!!』
『ヒィッ!! さ、最低ぃ! 止めてぇえ!!』

 相変わらずソッチ系の趣味は理解できない。
 すでに、センサーの類は壊され、顔はほとんどスクラップ状態だ。さらにナイフでわざと判定にならないところから削っていく。
 視界が見えない状態で衝撃だけがコックピットへと伝わっているのは恐怖意外のナニモノでもないだろう。

 声だけでも半狂乱になっているのがわかる、すすり泣く声や息遣いからして、下手をすればPTSDにでもなるかもしれない。

「ゼロナ、手を貸そうか?」
 トドメ的な意味で。
『まさか……こいつは俺の得物だぜぇ』
「ならいい」

『ヒャハッハハッハッ!!』
『誰でもいいから、た……助けてぇええ!!』

 静紅は耳障りな04とゼロナからの通信を切り、ユーリが向かった方向へと急ぐことにした。
 少し嫌な予感がしたのだ、静紅の予感はよく当たる。
 そして、静紅はソレを目撃することになる。

 訓練で死ぬことはあるか? そう聞かれれば彼女は勿論だと答えるだろう。だが、訓練で殺されることはあるか? そう聞かれれば彼女は否だと答える。
 訓練中は事故があっても殺人はない。
 だからこそ、その異様な光景に立ち止まってしまう。

 ペイント弾で血のように染まったイーグル。
 ビルへと叩きつけられ埋もれているアリゲートル、そこへユーリが乗っているであろうバラライカが殴りかかっていた。
 何度も、何度も、コックピットが破壊されようと、その攻撃は止まることを知らなかった。装甲を剥がされたアリゲートルの腕はもげ、さらに衝撃で解体されていく。

 ゼロナのように拷問を目的とした、相手をいたぶる攻撃などではなく、明らかに殺意のある過剰な攻撃。
 その手の行為に一番拒否反応を示すユーリの行動とは思えなかった。

 あそこまで破壊されればパイロットは決して無事では済まないだろう。

「ユーリ!!」

 思わず静紅は叫んでいた。
 ピタリとバラライカは静止する。

『……静紅か』

 そう呟く彼の声はまるで幽霊のようだった。
 けれど、すぐに元の表情へと変わる。

『……ん? ここに静紅がいるって事は俺たちの勝ちだよな?』
「…………恐らくはそうだろう」
 桜花の方は確認していないが、負けたと言うことはないだろう。
『うし、じゃあ。帰ってコタツだ』
「あ……ああ、そうだな」

 思わず頷いてしまったが、そんな物がこの基地にあるはず無い。
 ユーリの姿に戸惑ってしまうが、一呼吸して落ち着きを取り戻す。
 静紅は何があったのかユーリに聞こうと思ったが、理性がそれを留めていた。

『状況終了。全機動けるモノは撤収の準備を始めろ』

 しばらく後、中将直々に通信が入り、私たちの勝利が確定した。





[18452] ある中将のお仕事「私は中将だ。名前はまだない……」
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:8faf74cc
Date: 2012/05/20 12:07



 今回、彼らの実力を見るために行った演習、その結果報告に中将は笑みを隠せなかった。
 愉快な話だ。これ以上ないくらいに。
 数も質も劣る旧世代の戦術機で彼らは三倍の敵を倒した。誰一人欠けること無くだ。
 それもつい先日、戦術機に乗り始めた子供たちと言う。

 とてつもなく異質。正式なトライアル結果ならば戦術機史上の偉業の一つだと言っても過言ではない。
 それほどまでに、彼が今まで積み上げてきた経験から逸脱する結果だった。
 だからこそ、その結果に狂気的な笑みを浮かべて、男は年甲斐なく大きく両腕を広げは興奮し声を荒らげる。

「やはり、私の目に間違いは無かった! 見たか、キンテッキー!! アレだ! あの実力が必要なのだ! ハイヴと言う地獄をくぐり抜けるには並大抵のことではない! 洗練されたエースとてハイヴの中では無意味に散る! 例え抜きん出た実力があろうとも、あそこから生還することさえ難しい! それを克服するには数ではダメなのだ!! 例え一万の戦術機と衛士を用意したとてハイヴは落ちん! 必要なのは衛士の数ではない、衛士の質だ! それも、想像を絶するくらいでないと話にならんのだ!!」

「……確かにそれは思います。ですが、勝手に激震とバラライカのOSを変更させた挙句。私に一言もなく整備途中のイーグルまで持ち出すとは……正気とは思えません。中将……アレは機密の塊だと何度も具申したはずです!」
 キンテッキーは不貞腐れたように鼻を鳴らす。

「だからこそ、今まで君には黙っていたのだ。聞けば反対しただろう?」
 何を当たり前の事を言うと、中将は少し眉を潜めただけで笑い飛ばした。

「当たり前です! アレを私が用意するのにどれほど苦労したか……! ここで、中将が命がけで戦っていたように、私も本国で命をかけていたのですよ!? 裏切り者と罵られようと耐えに耐え! ソレをこんな風に使われるとは……中将、私とてこれでも祖国の軍人と言うのをお忘れなきよう……」

「分かっている、君には苦労させるな。だが、用意していた米軍衛士が全て先の事故で死んでしまったんだ。次のBETA襲撃に備え一機でも多くの戦術機の完熟訓練を行うは必然なのだよ。なにより先の戦闘で半数の戦力を失ったこの基地に、無駄な衛士も戦術機も存在しないのだ……特に力のあるものなら尚の事だよ」

 キンテッキーはバツの悪そうな顔で顔をそむける。
「それは……理解しているつもりです。ですが、あの機体は……」
「……なぁ、キンッテキー……私は最後の最後で賭けに勝利したのだ。……君に米国の次期オルタネイティヴ候補に水面下でかけ合って貰ったと言うのに、持ち帰ってきたのは失敗作の爆弾と試作機がたった四つ。これを聞いたときは正直、絶望したよ。どれも、私の要望からかけ離れている。兵器として確立してないものばかりを押し付けられたと憤慨すらした。もし、君があのまま私の前に出てきて口を開いていたら、この銃で額を撃ち抜いていたかも知れない」

 そう言って銃をキンテッキーに向ける。一瞬、向けられた彼の表情が強ばっていた。
 やはり、この男にスパイの真似事をさせるのはあまりに拙い。だが、米国と唯一と言っていい太いパイプがこの男なのだ。
 中将は深い溜息を吐き、また気分を盛り上げる。

「しかしだ。絶対に爆発などしない、とまで念を押しまでされていた爆弾は見事にBETAを駆逐し私の街を汚染してくれた。確かにこちらの被害も甚大だが、もし、あの数のBETAが進撃していれば恐らく三日と経たず、このノギンスクは陥落していただろう」
「……まさか」
「冗談ではないのだよ。監視衛星の情報ではスルグートからさらに師団規模の増援が来ていたようだ、これらは新型爆弾に巻き込まれて撤退したようだがね……」

 驚きを隠せないキンテッキーが声を挙げる。
 この土地はBETAに対して天然の要害だ。ソ連、ここから真西にあるスルグートハイヴとエキバストゥズハイヴの間には、長いオビ川とエニセイ川が流れており、背後には鬱蒼たる山々が待ち構えている。
 BETAが平地への侵攻を優先させることから、作戦が立てやすいのだ。

「そうか、君は知らなかったな。スルグートハイヴのせいでオビは枯れ果て、エニセイは度重なる戦闘でBETAの死骸によってせき止められている。すでに我々は背水の陣だったのだよ」
「それでも……中将はオルタネイティヴ3の重要人物……やろうと思えば一個師団くらい動かせる立場に……」
「冗談も休み休み言いたまえ。実験に必要なモノは全てマッドサイエンティスト共が研究所ごとアラスカへと持っていった。誰が好き好んでこんな地に残りたがる……私やここに残った彼らような物好きでない限り、命を惜しむ優秀で未来のある衛士は全て逃げられたさ。今、私が動かせるのはせいぜい近辺の前線基地ぐらいだ」

 皮肉を言うように中将は枯れた笑いをする。

「本国からの補給も微々たるもの。国連からの増援などアテにはできない。これからさらに雪が降り積もればさらに補給は減る…………それでも、BETAの侵攻は止まってくれぬのだ。そして、もし……ここが落ちれば他の前線基地も崩壊し、BETAがソ連に食いつくだろう」
「だから、中将はずっと起死回生の一手を探していたのですか……」
「いや、それだけではない。むしろ、その程度の事はどうでもいいとすら考えてしまう。君ならば分かるだろう? 何より私が口惜しいのは……我らがヴォールクの墓標。……仲間たちが眠るミンクスハイヴから遠ざかる事だ……っ!」
「…………中将! そのお気持ちは分かりますが……やはり、反撃の時を……!」

 キンテッキーの言葉に中将は片目を見開き激昂する。

「貴様までそれを言うか! 何がオルタネイティヴ計画か! BETAの思考を理解できぬのは前線にでず、常に確証を得ないと気が済まない科学者と政治家共だけだ! ここにいれば誰でも知っている! BETAはただ我らを殺すだけの存在だ!! そんなものすら分からない奴等を頼りに反撃の時を待てだと!? ふざけるのも大概にしろッ!! このままいけば反撃の時など来ず、利権争いに気が狂った国政を謳う家畜共によって遠からず人類は分断され、BETAに敗北し壊死するだろう!! ……私は……アレを破壊しない限り、戦友達の元へと逝けぬと言うのにッ!!」

 その気迫はすでに一線を退いた人間が放つものではなかった。思わずキンテッキーが一歩退いてしまう。
 けれど、中将の気持ちはキンテッキーには痛いほどよく分かった。
 キンテッキーはパレオゴロス作戦時、一時的に彼が率いるヴォールク連隊へ編入して、共にスルグートハイヴへと突入し、データを地上に持ち帰るために仲間を犠牲にして生き延びた十四人の内の一人なのだ。

「……それすら叶わぬのなら、私はこの地で皆と共に果てるのも良し、そう覚悟を決めていた。しかし結果だけ見れば、まるで、虚数空間に漂う因果情報を無意識に受け取って、よりより良い未来を選択したかのような奇跡に近い……。これは……なんと言ったか、いかん、最近は物忘れが酷い。キンテッキー……覚えているかね?」
「因果量子論……ですか? 確か香月 夕呼とか言う少女が提唱したおとぎばなしでしょう?」
 キンテッキーが怪訝そうな顔をする。

「そう、それだ。だが、もし……そう言う存在があるとするのなら。彼女や彼らのようなモノを言うのかも知れない」
 すぐに冗談だと笑い飛ばす。
 けれど、キンテッキーは固い表情のまま中将を見つめていた。

「仲将。……私はアメリカの軍人です。ですが、同時にヴォールク連隊の一人であったとも思っており、中将の考えも理解しているつもりです。……その上で、私は彼らの意志を無駄にしないためにも、この基地と共に散ることより、一つでも多くのハイヴを落とす事が第一と考えます!」
 キンテッキーは何時になく堂々と言い切った。

「……そうか、いや、そうだな。君はそういう人間だ。だからこそ、私はこんな話をしたのかもしれん」
 何かに納得したように軽く首を振り中将は呟いた。
「…………中将」

 沈黙が部屋に響く。
 時計の音と中将が手元の書類にペンを押し付ける音がやけに大きく感じられる。
 ふと、誰かがドアをノックする。

「スルワルドです」
「入れ」

「失礼します」
 ソーガル01。ワーシリー・スルワルド大尉が入室する。
 中将はキンテッキーに出るように目配せした。それが通じたのだろう、キンテッキーが退出の準備をする。

「私はこれで……」
「ああ、特殊任務の内容は後から報告する」
「ハッ!」
 敬礼をした後、キンテッキーはその部屋から出て行った。
 その後姿を目に留めながらスルワルドは呟いた。

「……キンテッキー元中佐。中将、あの男は信用できるのですか?」
「いきなりだな。君は……」

 やれやれと言ったように肩を軽く挙げる。

「まぁ、信用しているかどうかと聞かれれば否と答える。だが、信頼はしている、そうでなくては話にならんよ。しかし、彼はアメリカ人らしい傲慢さが無くていかん。それが彼の美点とも言えるが、そのせいでせっかくの才能もいかすことができていない」
「……そういう事ではなく」

 何かを言いかけようとしたスルワルドに中将が口を開きその言葉を留める。
「スルワルド。君はソレより別の報告があるだろう?」
「ッ! 申し訳ありません! 直ちに今回の演習についての報告を開始します!」
「そうだ、それでいい」

 スルワルドの報告を始める。
 彼の説明は分り易く、端的だった。だが、ソレならば映像で見ていた中将にも理解できる。
 中将が知りたいのはもっと別の所。

「……君個人として彼らのことをどう思った?」

「化け物としか言いようがありません。中将から戦闘前に頂いた彼らのシミュレーションでの戦績を見なければ、もっと早い段階で敗北していたでしょう。本当にアレが先日、戦術機に乗り始めた子供ですか?」

「そうだ。としか私は言いようがないな、では、アンノウン1、静紅をどう思った?」

「良き戦士になれる。いや、すでに彼女の中では戦士として完成しているのかもしれません。特に戦術機の近接戦闘、その太刀筋においては私が今まで見てきた中でも一二を争うほど強いでしょう」

「アンノウン4、ゼロナ」
「彼は性格とは反比例して、良い中堅です。射撃の精確さもさることながら、立ち回りが常に絶妙でした。余談ですが、ウチの女性兵士が一人が強いショックを受けているようで半日ほど立ち直れないそうです」

「アンノウン3、桜花、そしてクー」
「先の二人に比べれば、彼女の戦術機の腕は並ですね、それでも驚異的なのに変わりはありません。けれど、今回の作戦は彼女が立てようで、見事にしてやられました。さらに、彼女が作ったOSを解析した技術者に言えば、また改良されていたそうです。……クーと言う少女については私からは何も……」

「最後にアンノウン2、ユーリと言う少年の事、君はどう思う?」
「…………正直、最初見たときは一番平凡だと。けれど、認識の誤りでした。恐らくあの四人の中で一番危険な存在でしょう。静紅と言う少女の武術の腕には驚きましたが、あの戦闘時。私はまだ彼女の方が人間らしいと感じてしまいました」

「……なるほど」

「彼らは何か特殊な訓練を積んでいたと言う事は……」

「最低でも、君を倒したユーリと言う少年に関しては確実に無いと言い切れる。街の出身の幾人かが彼を知っている」
「そうで……すか」

「ところで、今回の演習で使った戦術機の整備報告、中将は確認しましたか?」
「いや、まだだ。これから確認するところだが……説明したまえ」
「アンノウン使用機の両バラライカの駆動系はほぼ壊滅。F4は半壊しており、どちらかを崩し一機にした方が良いでしょう。我々の使っていたアリゲートルの内一機は修復不能の全壊。乗っていた衛士も意識不明の重体。他は中・軽傷が合計で八」

「まったく、随分と高くついたな、整備兵達の嘆きが目に浮かぶようだ。……しかし、認め、見極めねばなるまい。彼らの価値を……」

 中将の薄い笑いが室内に響いていた。


 *


 冬将軍の到来により、外では猛吹雪が荒れ狂っている。
 この雪は最低でも一ヶ月ほど、止むことはないだろう。

 戦術機で勝利した俺たち五人に与えられたのは、六人押し詰めることもできる部屋だった。
 始めは人数が減った関係で個室も用意できると言う話だったのだが、寝起きが悪い静紅と一人を嫌がったクーが同室を推奨してきたのだ。
 もともと、ホームで寝食を共にしていた俺たち。今更、同室に抵抗など無く、あっさりと部屋は決められた。

 味気の無く刑務所のようなコンクリートの壁。入り口近くに水回りが集められ、少し奥に行くと三つの二段ベッドが並べられている。

 ちなみに、このベッドの配置には、ある修学旅行のような寝床争奪戦の末、協定が結ばれた。
 これはその一部である。


「せっかくベッドが上下に別れているのだから、静紅とは別がいいわ」
「ほぅ……それは、とても名案だな。桜花」

 桜花の言葉に戦慄したのは、俺だけではない。クーとゼロナも何かを察知したのだろう、向い合って座る桜花と静紅から少し距離をとる。

「じゃあ、静紅が下ね」
「何を言う。言い出したお前が下に行け」
「仮にも姉を名乗っているのだから、妹に譲りなさいよ」
「その姉からの命令だ、し・た・に・い・け」
「い・や・よ」

 本当に子供のような言い争いを毎度のごとく始める。
 どちらも下を嫌がるのは相手より”下”にいるのが精神的に嫌なだけと言う簡潔な理由だろう。

 ちなみに、俺たちの暗黙の了解として幾つかのルールがある。
 一つめ、寝起きの静紅の隣にクーを置いてはいけない。これは寝起きの静紅がとても危険なため、抵抗力の無いクーは最悪死んでしまうかもしれないからだ。
 二つめ、静紅と桜花の間には1メートル以上(だいたいベッド一つ分)の空間を置くこと。これは互いに寝返りと言う名目の元、攻撃を始め自分たちの睡眠の妨害になるため。
 三つめ、桜花と静紅の間にゼロナを置いてはいけない。ある意味、魔の空間と呼べるここは特にカオス、ここにいるとゼロナが見る見るヤツれていくのが観察できる。
 四つめ、クーは一人で寝るのが怖いらしく、隣には誰かいて欲しいらしい。
 最後に、俺とクーを隣にしない。これについては何故か静紅と桜花の間で決められている。どういう意味だと小一時間(ry

 まぁ、なんとなく察しがついたとは思う。
 どちらにせよ、静紅と桜花は引き離さないと精神的化学反応が起こり爆発する。
 けれど、この闘争心溢れる彼女たちは二人とも上がいいそうだ。
 凄く子どもらしい理由。精神年齢〇〇とは思えない。

「姉貴達二人と兄貴が上に行って、俺とクーが下に行けばいいんじゃねぇ?」
 ハードル高けぇなオイ。明らかにゼロナの自分だけ退避しようと言う考えが手にとるようにわかる。
「……話を聞いてなかったの。ゼロナ。私は静紅と同じ段のベッドは嫌だと言ったのよ」
 桜花の言葉に同調した静紅が無言でゼロナを睨みつけ、ゼロナはまた一歩後退する。

「コラ、二人して苛めんなよ。お前ら二人がどっちも譲歩しようとしないからだろ」
「……それはそうだけど」
「チッ……」
 桜花は納得したようだが、静紅は舌打ちする。
「下に静紅、ゼロナ、桜花。上にクーと俺、これでどうだ?」
「論外だ」「ダメね」
「兄貴は俺を殺す気か!?」

 分かってはいたが、一刀の下に斬りふすことになった。

「なら、下に静紅と俺、上にクー、桜花、ゼロナでいいんじゃないか?」
「まぁ、それが妥当よね」
 勝ち誇ったような視線を桜花が静紅に向ける。

「月夜の晩には気をつけろ。今日の私は寝起きが悪い」
 凄くカッコいい表情で桜花に向かってバカなことを言う静紅。

 結局、いつもの鞘に戻ってきた、俺たちの誰もが、その時そう思っていた。
 実際、そうだったのでしかたない。


 深夜、何故かその日はなかなか寝付けずに悶々としていた。この表現だと勘違いする人もいると思う、けれど、思春期の男子でもないのでソッチ系ではないと追記しておく。
 どれほど時間が経ったかはわからないが、誰かが動く気配がする。
 音のする方からして、恐らく静紅だ。トイレかともと思ったがどうやら違う、扉を開けて外に出て行った。

 なんか気になる。
 俺は体を起こすと静紅を追いかけることにした。無論、あいつの超人的感覚にバレないようにするのはとても難しい。
 けれど、それが俺に火をつけた。
 もし、目の前に高い山があればハイヴだろうと登りたくなる。
 高く積み上げられたトランプがあれば、実は兵士級が器用に作ったものでも命を賭けて崩したくなる。
 ヒラヒラと飛ぶ珍しい蝶がいれば、例えそれが要塞級だったとしても捕まえたくなる。

 まさに人間の本能的な行動。それを抑えることは俺にはできなかった。
 足を忍ばせて扉をこっそりと開けて静紅の行き先を確認する。

「ドコに行くのかしら?」
「……わからん。けど、なんで俺の後ろに桜花がいるんだ?」
「そこに私がいるからよ。それよりキチンと確認して、私は静紅の弱みを握りたいの」
「よし、わかった。追跡するぞ」
「ええ」

 アレ? なんか違くね?
 とは思ったが気にしないことにした。そもそも非常時意外にこの時間に彷徨くのは規律違反だし。

 尾行は上手くいっていた、と思っていたのは俺だけだった。
 静紅はある一室に入っていった。近づこうとした俺を桜花が止める。

「……バレてるわ」
「マジで?」
「恐らく……だけど。これは罠ね」
「どうする? ここまで来て帰るのか?」
「……真っ向から行きましょう。罠ならそれはそれで面白いわ」

 近くに行くと、部屋の扉は勝手に開いた。
 大きなガラス張りの部屋。展望台のような場所だ、吹雪で白く濁っているがここからはこの地域を一望できた。
 静紅はそこのベンチに一人で座っていた。入ってきた俺たちの方を向く。

「予想通り二人か……」
「気づいていたの?」
「当たり前だろ。ユーリと桜花が起きているのを確認して出てきたんだ」
 いやいや、こいつの感覚はどうなってんだよ。

「それで、こんな時間に私たちをおびき出すような事をしてどうしたのかしら?」
「話があった。あそこでは盗聴されてるかもしれないからな」
 と言うことは転生に関する話だろうか。

「ここは大丈夫なの?」
「おそらく、としか言いようがないな。監視室にここのデータが無いのを確認したのはお前だろうが」
「……だから、JIVESの練習中にハッキングまでさせたのね……」
 こいつらいつの間にそんな事を……。

「話というのはクーの事だ」
「……クー?」
 静紅の言葉に桜花も微妙な顔を作る。

「……まさか、あの秘密兵器とか言う話が本当だったとか言わなわよね。それなら、イタズラに本気を出しすぎよ」
「流石、察しが良い。ある意味それで間違いない。今日のことで確信した。だから、お前らを呼んだんだ」
 その真剣な静紅の表情に桜花は二の句が継げなくなる。

「クー。あいつには短期予知とも思える能力がある」
「……短期予知?」
 思わず繰り返してしまう。いやいや。
「そんな能力があるのはクーより静紅の方じゃないのか? 前のBETAの侵攻の時だって……」

「違うわね。ユーリ兄さんの言うソレは私も気になっていたのよ。でも、もし、クーが静紅の言うような予知ができると言うのなら、静紅はどうにかしてその予知能力を確認していたはずよ」
「……ああ」
 つまり、クーが予知したのを静紅は何らかの方法によって知ることができた。

「心拍数だ。クー自信には自覚がないだろうが、あいつは何かが起こる数秒前に必ずと言っていいほど心拍数が高鳴っていく。特に私たちや自分に危険が迫るほど早くなる。……私はソレを聞いていただけだ」
「……冗談だろ?」
 確かに静紅の感覚には驚かされることはあった。ほとんど予知と言っていいほどの事だってしていたのも覚えている。
「そもそも。あの状況で心拍数を聞いていられる静紅も凄い」
「生まれつき耳はいい方でな」
 良すぎだ。近くで爆発音を聞いたら鼓膜破れるんじゃないか?

「でも、おかしいわ。今日の事と言うのは? 今回、演習中は私たちに危険なんて無かったはずよ」
「桜花は気付かなかったかもしれんが、分散させられた時。私は混乱に紛れてお前の機体を落とそうとした。クーが反応した時点で止めたがな」
「……なるほど。だからあの時クーが叫んだ訳、やっと納得したわ。そのために自分じゃなく私の後ろに乗せたのね……あんた後で殴らせなさい」
 こいつら俺の預り知らない所でいろいろやってたのか……。

「お前らも後で計測して見れば分かるが、ほとんど間違いないはずだ。色々なパターン性があるが今はいい。……桜花はあいつの前世を知っているのだろ? 一応、確認しておこうと思ってな」
「さぁね、よくわからないわ。一時は一緒にいた事もあるけど、基本的に彼女とは殺しあっていた方が多いから」
 そういえばそんな事を言ってたっけ。
 しかし、考えてみれば別におかしい話でもないのか。原作でも霞がそうなわけだし。

「……ESP」
「超能力ね……30歳を過ぎて童貞なら魔法使いになれると聞くわ。実はクーは30歳なのかしら」
「ソレは違う気がする。でも、ESPっての自体が実際国家レベルで研究されてたはずだから、実在するんだろう」
「へぇ……どっちにしろ確証を得るまで私は何とも言えないわね」
 そこら辺は桜花らしいと言うか、俺もほとんど同じ意見だ。

「まぁ、ソレが分かってどうなる訳でもないしな。クー自信が気づいてないと言うならそれでもいいだろうし。どうして、静紅はこんな話を俺たちにしたんだ?」
「もしクーに何かあってからでは私だけで対処できるかわからんからな。私もクーが自分から気づくまでは何もする気はない。ゼロナはあの性格だ、いつ口を滑らすかわからん。その点お前らなら問題ないと思ったからだ」
「……そうね。話はそれだけかしら?」

「そうだ、お前らの意見を聞きたかったのと、どう言う対応をするのか気になってな」
「……なら、私はもう遅いから寝るわ。あなた達は?」

 桜花の問いに静紅が首を振る。
「先に帰っといてくれ、私はもう少しここにいる。付き合え、ユーリ」
「そう。今度こそお休みなさい……。ありえないとは思うけどバレない内に帰ってきなさいよ」

 それだけ言うと桜花は外へと出て行った。残されたのは俺と静紅。
 静紅の座っているベンチの隣に腰を落ち着ける。
 窓から雪と風の音が響いていた。薄暗く付いた照明ランプが俺たちを照らす。

「で、俺に何か用?」
「……桜花には気をつけろ。アイツはお前の思っているような女じゃない、奴は利益の方に天秤が傾けば簡単に家族なんて切り捨てる。そういう類の人間だ」
「知ってる……だから静紅は嫌ってるんだろ。けど、桜花も根はいい奴だよ、俺は今のところ彼女の天秤が利益の方に揺れたのを見たことが無い」

「それは、これまで利益の重みがあまりに軽すぎだけだ。だが、これからは違う。軍に入った以上、アイツの天秤に見合う利益を持つものが接触する可能性がある」
「でも、もし均等なら多分桜花は俺たちを優先する」

「だが、利益が1グラムでも重ければそちらに行く。あいつは情で測り方を誤るほど人間らしさを残していない」
「……まぁ……その時はその時に考えるよ」

 静紅はその肩まである黒い髪を掻きむしり、深いため息を吐く。
 そして、真剣な表情でこちらを向く。

「私たちに血の繋がりなんてない。いずれ、月日が経てば一緒にいることも無くなるだろう。無論、その時には誰かが死んでいるかもしれない。……それでも、お前は私達の事を兄弟と言い続けるのか?」
「もちろん、血の繋がりなんて些細なことだろ。俺は血なんかよりも心の繋がりを信じてるからさ」

 静紅は微妙な表情を作る。
「馬鹿だな、お前は。そんなモノを信じているのか……」
「信じれるモノがさ……他にないんだよ。金も、法も、力も、神も、どうしてかな? 人が信じているモノの殆どが俺には色褪せて見える。どうしてそんなモノを信じていられるのか? 金なんて使えば無くなる。法なんて守らない人間もいる。力なんてさらに強い力で蹂躙される。神なんて存在の証明もできない希薄なもの、どれも信じきれない。……だから、俺は心の繋がりを信じている」

「心なんて常に変わっていくモノ。……ユーリには悪いが、私が信じているのは自分だけだ」

「そういう静紅だからだよ。桜花は利益を、ゼロナは力を、クーは人を、それぞれ信じているモノが違うからこそ、俺は心の繋がりを信じていられるんだ」

 しばらく考え込んだ後「理解できん」と静紅は切って捨ててくれる。
 また、静寂がおとずれ風の音が大きくなった気がした。

「………………今日の演習中、何があった?」
「別に。……ちょっと嫌な奴がいたから八つ当たりしただけ、静紅には関係ないよ」
「お前は心の繋がりを信じている言った癖に、えらく簡単に嘘をつくな……」
「バレた?」

 二人して窓の外を見て、相手の顔を確認せず話を進める。

「お前がアレほどの事をしたんだ……相手が私達の内、誰かに何かをしたんだろ? 正直に言え……」
「終わったことだよ。本当にただの八つ当たり、静紅が聞いても、どうせ呆れるだけだって」
「それでもだ……」

 しばらく、逃げられないか検討したが、結局このままうやむやにするのは無理だと断念した。
「……はぁ、分かった。相手、あの08とか言うの静紅のイーグルを撃ち落として殺そうとした奴で。それが気に入らなかった」
「…………は? それだけか?」
 静紅が真剣な表情から一転して間の抜けた表情に変わる。
「だから、言ったじゃん。呆れるだけだって」

 外では夜空から雪が流れていた。
 窓の端には雪がつもり、外には小さな光が幾つも輝いている。
 隣を見ると静紅が声を押し殺して笑っていた。

「ほんとに、クッ、ハハッ……馬鹿だ……っッ! ……お前は……」

 珍しいモノを見たが、静紅に笑われると何故か微妙に気恥ずかしくなってしまう。
 黒く艶のある髪を揺らし、瞳から涙を浮かべていた。

「……笑うなよ」
「そんなッ……ことで、重症で病院行きッハハハ……! 相手がッ……災難すぎる……!」
「戦場で会ったなら、殺してたさ……」

 隣でドサッと言う音がしたかと思うと、静紅が横になって腹を抱えていた。
 足をバタつかせて、拳を握ってベンチを叩く。

「クハハハッ……! だめ、だ……ッツボった。……」
「そこまでか? ……そこまでなのか!?」

 その後、しばらく静紅は動かず肩を震わしていた。
 ここまで笑われると思ってなかったせいで、また、えらく恥ずかしい。
 やがて、ゆっくりと静紅が起き上がり、息を整えながら、なんとか話を続ける。


「……はぁッ……はぁッ……あぁ、笑った。……これだけ笑ったのは、ここに生まれて、初めてだ……」

「笑いすぎだろ、自分が死ぬところだったんだぞ」
「そう、言ってくれるな。……戦場では、敵だった人間が……明日は仲間になる……なんてのはよくある。というか、これでも……色々悩んでいたんだ、それが馬鹿みたいに思えてな……」
「へぇ、静紅でも悩むことがあるのが驚きだよ」

「……そうか? 私だって人の子だ……悩むことぐらいある。…………だが、一応礼は言っておくべきだな」
「別にいらない。俺が勝手に八つ当たりしただけだって言ったろ」

「それでもだ。勘違いだって、的外れだっていい。……私のために怒ってくれてありがとう。ユーリ」

 髪を揺らし、いつも強気な瞳が優し気に細まり、頬が少し紅潮していた。
 その表情はいつもの歪んだ笑みではなく、本当に年相応の柔らかい笑顔だった。





[18452] あるキーチ・ガイのスト「DはデュークのD! ……だと思ってた時期もありましたぁ」
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:8faf74cc
Date: 2012/05/20 12:08

 朝、起床ラッパの後。夜更かししたせいで熟睡し起きようとしない静紅をゼロナと俺で叩き起すという、命がけの作業を終えて。
 昨日から言われていた中将の部屋へと行く。
 中将の部屋に入ると中には奥で腰掛ける強面の中将が一人。ダンディーミドルのキンテッキー元中佐が一人と知らない男二人、そして何故かその後ろに隠れている緑のポニーテールをした女性が一人。
 後の三人、どこかで見たことがある組み合わせだと思ったら、ソーガルな人々だ。

「さて、まずは君たちにコレを渡しておこう。……キンテッキー」

 中将の言葉に軽く頷いたキンテッキー元中佐が、俺たちにそれぞれIDカードを渡していく。

「それは、仮のものだ。数日もすれば正式なモノが届く、流石に一日やそこらで作れるほど簡単なモノではなくてな。……といっても、それがあれば、本物と同程度のことは可能だ。今までは入れなかった所でも入場でき、端末からの情報も閲覧もできる、無論、全て少尉待遇での話だ」

 静紅は興味なさげにあくびをしながらIDを眺めている。桜花は器用に指でカードを回して遊んで、ゼロナは何故かソレを蛍光灯の光に当てて透かそうとしていた。
 クーは知らない人がいっぱいいるのが無理らしく、ずっと俺の後ろに隠れていた。顔をそっと出してはすぐに隠れてしまう。
 中将はそんな俺たちを見ても顔色一つ変えずに話を続けていた、隣に立っているキンテッキー元中佐の顔は相変わらず沸点が低い。

「……それに伴ない、君たちには訓練を受けてもらう事になる。だが生憎と、我が基地には優しく教えてくれる教導官などいなくてな。訓練を見ようにも君たちのレベルになるとそれなりの人間でないと話にもならない。そこで、彼らを呼んだ。君たちに敗北したとはいえ、彼らはその道のプロだ、学ぶモノもあるだろう。午前は交代で彼らに基礎を、午後はキンテッキーにJIVESで戦術機の訓練を見てもらう。まさに、英才教育だな」

 ええ、とても子供にやらせるような訓練じゃないですよねー。
 と口走ってしまいそうになったのを堪えた俺は上出来だと思う。

「どう考えても私達のような子供にやらせる内容には聞こえなかったわよ?」

 流石、俺の妹。わざと重箱の隅の藪をつついて器用に蛇を出したがる。

「何、私は君たちにそれだけの期待をしていると受け取って貰っても構わん」
 遠回しにそう受け取れと中将は仰っております。
 相変わらず静紅はつまらなそうに時計の針を眺めている。あれは朝の朝礼で校長先生の話が早く終わらないかな~とか、考えている小学生の顔だ。

「あら、でしたら。訓練以外にもそれなりに気を使ってくださると言うことですね?」
「……君たちが望むなら出来る限りの事は譲歩しよう。細かい話はスルワルド少佐、君から説明してくれ」

 説明は何でも屋のキンテッキー元中佐の仕事かと思ったが、坊主頭の隊長が説明してくれるようだ。
 スルワルド隊長は敬礼して俺たちの方を向き直る。

「ハッ……了解しました! 本来、貴様らは我々の訓練に参加させるべきだ。しかし、貴様らの中には軍隊の”ぐ”の字も知らない奴が多い。それ故の中将のはからいだ」

「クーのことかぁ?」
「お前もだろ」
 ゼロナの呟きに反応する静紅。それも充分ダメ。
 けれど、この隊長はキンテッキー元中佐よりかなりスルースキルが高い。こめかみに血管が軽く浮き出るだけで止まっている。

「自分達がこんな奴等に遅れを取ったと思ったら、泣けてくるわ……」
「……ッらぁ、手前ェ、トゥーニャ! 俺は負けてねぇ! ありゃ何かの間違いだッ!」
「見苦しいわよ、キーチ大尉」
「……んだとぉ!?」

 後ろで好き勝手に喋っている。ソーガルな人々に少佐が振り向いて一睨みする。
 キーチと呼ばれた男は舌打ちを、トゥーニャと呼ばれた女はそっぽを向く。

「先に紹介しておこう。私がソーガル大隊の隊長、スルワルド・へクリナーシャ、階級は少佐だ。後ろにいる女が、トゥーニャ・レクエスト、そこの男がキーチ・D・ガイスト。二人とも階級は大尉、それぞれ中隊を預けている」

「…………別に訓練時以外はトゥーニャと呼んでくれていいわ。若い私は言うほど歳も離れてないしね」
 俺の後ろにいるクーを凝視してそう言うトゥーニャ。

「もういい年の癖に何言ってやがる……ハッ! …………つか何だそこのガキッ その目はァ」
 キーチ・ガイはと言うと、この日この時、その目と目があった瞬間から、ゼロナと睨み合っている。
 お互い似た匂いを嗅ぎとったのだろう、「んだゴラァ!」とか「グラァ!」みたいな感じに不良同士がメンチ切りあっていた。

「スルワルド。すまないが、私は忙しい。以後は君に任せる。これ以降は別の場所でやってもらいたいが構わないか?」
「申し訳ありません、中将! ……これより地下第二講堂に向かう、貴様ら全員ついて来い」

 敬礼した後、ぞろぞろと少佐に付いて行く。
 俺もメンチ切りあったまま固まっているゼロナの首根っこを掴んで引きずって移動する。

 外は雪で埋もれる事が多いこの地方では、こうやって地下で訓練する事が多いらしい。
 広々とした体育館のような場所。音がよく響く。

「さて、貴様らにはこれから簡単な測定をやってもらう。基礎体力は衛士に必要なものの一つだからな……。ついでだ、トゥーニャにキーチ、貴様らも一緒にやれ」

「うぇーぅー」
「ハァ? なんで俺までやらされる事になんすか?」
 あからさまに嫌そうな顔を作る先輩二人。

「なんだ、トゥーニャ、キーチ……貴様等はそこの子供に負けるのが怖いのか?」

 そんな安い挑発に、
「やってやろうじゃないの! 私が天才だって所を見せてあげる!」
「負ける訳ないだろうがァ!」
 乗ってるし。しかも、何か凄いやる気出してる。
 スルワルド体育教師は頷くと軽くスルーしてドコかへ行ってしまう。

「ちょっと、単純すぎない?」
 桜花があからさまに見下した表情をする。
「戦術機で一度負けてるからじゃないか? アレで自尊心を傷つけられたんだろ」
「…………私には低脳の考えることは理解できないわ」
「ちなみにその低脳のラインは?」
「静紅以下の人間、全てね」
 そのハードルは高いのか低いのか。まぁ、静紅は行き当たりばったりな所があるから微妙なところだ。

「まずは簡単に400メートル走から」
 体育教師がタイマーを持って現れた。スルワルド少佐はタンクトップとジャージが似合いそうだ。

 一通り、走って転んで、飛んで撃って、投げて伸びて、ひたすら腹筋を繰り返したりさせられた。
 マラソンでは途中から何故かゼロナとキーチ・ガイが全力疾走をしてぶっ倒れたりした。
 午前中の最後はフル装備でランニング。

「流石に、正規の軍人ともなると。……体力があるわね」
 桜花が汗を垂らしながら俺の隣を走る。
「そうだな。でも、それに食いついている静紅はどうなんだろ?」
「アレは戦闘民族よ。……きっと、死にかけたら強くなる人種なんだわ」

 目の前を悠々と走っていく、トゥーニャと静紅。
 ちなみに先程のマラソンで体力を使い果たしたゼロナとキーチは、這ってでも相手より先に行こうと頑張っている。無駄に凄い執念だ。
 クーはと言うとスタート地点でリュックを背負おうと踏ん張っている。何度も声を出して持ち上げようとしては尻餅をついて、立とうとしては倒れて、ちょっと涙目になってきている。

 隣に来ていたトゥーニャが、そんなクーを指さして言う。
「よく見ときなさい。アレが正しい新兵の姿よ。アナタ達もアレくらい可愛げがあったらいいのに……。尻餅つくクーちゃんが可愛い……」
 桜花と目を合わせて、最後のは聞かなかったことにした。

「貴様ら! 何をダベっている!! そこで倒れているドン亀共もだ! 立て! 最後に全力でダッシュ2本!!」

 スルワルドからの怒声が飛んでくる。
 最後と言う言葉に反応したゼロナとキーチが物凄い速さでホフク前進を始める。

「立てと行っただろうが!!」

 結局、クーを残して全員が終了した。
 静紅は自分が終わった時点でクーの荷物を持って走らせる。
 流石に幼女と呼べるクーに対してスルワルドは叫ばなかった。

 実際はスルワルドがクーを衛士として育てるレベルではないと判断したので、相手にしていなかっただけだ。

 この後、PXに向かう。
 暖かい食事が俺たちを待っている。


 *


 中将は書類に目を通していく。その中に新型爆弾の汚染に関して検証するために数人の視察団の受け入れを要求する文章が存在した。
 問題はソレがソ連内のオルタネイティヴ3派からの要求だと言う事だ。中将とアメリカの関係を知ってるが故の行動だろう。
 いつの間にか小間使いのように書類を運ばされていたキンテッキーが中将の浮かばない顔の理由を察する。

「ヴェルト博士ですか?」
「ああ、厄介な相手だ……」

 オルタネイティヴ第三計画の一角を担う男、故に、断るわけにもいかない。

「あのガマガエル……面倒事を持ってこなければよいがな」

 中将は自分で言った後、ため息を吐いてしまう。それは希望的観測にすぎなかったからだ。
 それを見たキンテッキーが急いで話題を変える。

「ところで中将。……本当に彼らにこの作戦の中核を任せるつもりですか?」
「他に適役がいないだろう。彼らの実力は君も納得している。最悪、私は君と自分自信も数の入れていたのだよ、それに比べれば随分と上等な駒だと思うが?」
「……それは」
 確かにあの実力は魅力的だとキンテッキーも考えていた、自分が操縦するより何倍も上手く戦術機を動かしていたのだ。
 認めざる負えない。

「決行は来年だ……再びこの山の雪が積もりきるまでに戦力を整える。あんなガマガエルにも邪魔などさせるものか……」
 中将の言葉にキンテッキーは苦い顔を作る。

「雪ノ牙作戦(Operation Fang of snow)。中将はその成功率、どの程度だと考えます?」
 キンテッキーの言葉に中将は軽く笑う。

「最も高くて3割だと考えていた。……だが、万全の体制で彼らを投入できれば6割まで持っていけると考える」
「私もです。ですが、失敗すれば二度目はありません」

 フッ、と中将は小さく笑う。それは自嘲の笑みだった。
「成功したとて私の末路は決まっている」
「……それは私もです」

「だからこそ、ハイヴ突入経験のある君に午後からの指南を任せるのだ。彼らを最高の状態に仕上げろ、失敗は許されんぞ」
「わかっています。その際……ヴォールクデータの裏を使わせても良いので?」
「構わん。もし、この作戦に成功させたなら、いずれ彼らの役に立つだろう。どちらにせよここを乗り越えねば話にならんがな……この作戦は我々が費やした4年間の集大成にして、我が人生最後の大博打──」

 一区切りつけ中将は言い放つ。


「我々の目標は甲7号。スルグートハイヴだ」


 物語にはない作戦を。



 *



 広々としたPXに縦長の机が並んでいる。そこで大量の人間が昼食を食べていた。
 ここに来るのはすでに初めてになる。今まではこのPXまで入ることが出来ず、食事は運んできて貰っていた。
 だが、これからは違う、俺たちは臨時として中将から最低限の食費を貰っており、暇なときは金さえあれば何時でもここを利用できる。
 しかし、そこにはむさ苦しい男共が我先にと自らの糧を手に入れるため、カウンターへと詰め寄っていた。
 特に一番左端には今まで見たことが無いよう人口が密集している。

「ここは戦場よ。きちんと整列して自分の番が来るなんて思ってる人間にご飯は食べれないわ」
 一緒に来ていたトゥーニャが腕組をしながら感慨深げに呟いている。

「アレを見ろ。この無法地帯にも少将が決められた遵守すべき血の掟がある。ソレを破ったものは1週間このPXを使うことができなくなるのだ、ソレを心に刻みつけておけ」
 厳しい顔をしたスルワルドが顎を動かしカウンターの上にある紙に注意を促す。
 そこには、大きな赤字でこう書かれていた。

第一条、PX内に諍いを持ち込むべからず、又、PX内での問題であろうと暴力行為はすべからくコレを禁止す。
第二条、無銭飲食には死を。
第三条、一度でも他者の手に入った食事を無断で奪うべからず。
第四条、他者をパシること、コレ弱者の言い訳と心得よ。
第五条、飯にありつけぬ者、決して料理人を恨むべからず。恨むならば己の無力を嘆け。他者に対し見苦しい罵倒を吐く者は懲罰対象として扱う事、コレを忘れる事なかれ。
第六条、飯を食す者。常に食材と料理人への感謝の気持ちを忘れるべからず。
第七条、理由なき残飯の生産はPXを利用する全ての人間への挑戦と心得よ。

「真に強き兵は、うまい飯の奪い合いの中より生まれる、と言うのが少将の自論でな。全盛期ほどではないが、ここのコックは皆、一流の腕を持っている」
 スルワルドの言葉に静紅が反応する。
「へぇ……」

「ケケケ……ガキ共。ここは、手前ェらみたいなガキにはちょっとばかしハードルが高けーぜ。お前らはおとなしくアッチで売ってるチョココロネで我慢しな」
 キーチが指差す方には明らかに活気がない小さな売店で、中年のおばちゃんが暇そうに欠伸している。
 売っているものはタバコに菓子パン、雑誌程度。
 なるほど、昼食にありつけなかった人間への救済処置か。

「ハッ……手前みたいなヤク中野郎こそ泣きながら一口くださいと拝むんじゃねぇの?」
 ゼロナが小馬鹿にしたようにキーチに視線を送る。また、互いに硬直状態が始まった。

「わたし……チョココロネ」
 そんな中、ちょっと迷ってからクーが売店へと走っていく。
「あ! ……じゃあ、私も!」
 ソレを見たトゥーニャが追いかけていった。
「面倒ね、食事なんてお腹には入れば全部同じよ」
 桜花もクーと同じように売店へと向かう。
 クーは群がる人間を嫌がったのだろう。桜花は食事にこだわりなんて持ってなかったから、食べれれば何でもいいのだろう。

「チッ……まぁいい。後で吠え面かかしてやらぁ!」
 三人が行ってしまったので、毒気を抜かれたキーチが舌打ちして人ごみへと向かう。
 人ごみの間を見つけてはすり抜けるように見事な体捌きで奥へ奥へと進んで行った。
「ちくしょっ! 待て!」
 ソレを追いかけるようにゼロナも人ごみへと消えてしまう。

「なら、私も」
 静紅はあろうことか人ごみをよじ登り、肩に手や足を乗せてスイスイとカウンターへ行ってしまった。
 アレはいいのか? とか考えていたら隣でスルワルドのおっさんが笑っている。

「流石に静紅はやるな。では、そろそろ私も行かせてもらうか。……無論、真っ直ぐにな」
 ニヒルな笑みを浮かべたスルワルドが紳士的に両手を広げて、他の人間を掻き分けるように言葉通り真っ直ぐと突き進んで行く。
 PXの近くに医務室がある理由が今わかった。
 暴力などなくても怪我はおこる、なるほど、ここは法の成る無法地帯だ。

 俺も昼食にありつくため人ごみへと突入した。

 人ごみに流されながら、必死に自分の小ささを駆使して、奥へと進んで行く。
 これはキツイ。男達は暴力こそ振るわないも自らのガタイを使い、相手を押しのけようとしている。
 しかも、水面下では肘打ち、足払い、服を引っ張たりなんでもアリだ。暴力ではない事故だそうだ。
 だが、中将が言う真に強き兵は、うまい飯の奪い合いの中より生まれる、と言うのはあながち嘘でもない気がしてくる。
 しばらく奮闘して、やっとの思いでカウンターに辿り着いた。

「次はお前か……」

 その聞き覚えのある声は、
「キンテッキー元中佐?」

「違ァう! ここでは”シェフ”と呼べェ!!」
「「イエス!! シェフッ!!」」

 何故か外野の人間と中で調理している料理人が全員で合唱し、その一帯が異様な熱気で高まっている。
 そこは一番人が密集している左端だった。
 カウンターの奥からキンテッキー元中佐とは思えないほどの覇気が伝わってくる。何時もとは口調まで違って聞こえた。
 長いコック帽、赤いチーフ、白を貴重とした格好がなんとも似合っている。

「さぁ、何が良い!? 今日はこの三つだ!」

 そう言ってカウンターの上にショーウインドウのように並べられた昼食のサンプルが並べられている。
・シェフ特製超おいしいボルシチ
・124種のシェフ特製スパイシー和風カレー
・塩一択シェフのこだわり特製ラーメン

 日本人ならこのメニューがあれば最初に選んでしまうだろう。

「カレー!」
「あい、分かった! 124種のスパイシー和風カレー、一つだ!」
「「イエス! シェフッ!!」」
 キッチンから男たちの叫びが聞こえてくる。キンテッキーシェフも厨房へと消えていく。

「つい反応してしまったが、いったいどんなノリだよ……」
 しばらくして、シェフが帰ってくる。それまでに、何度も俺を押しのけようとしていた大人気ない兵士達とのやり取りは気にしない。

「ホラ、残すんじゃねェぞ」
 シェフ、完全にキャラが変わってるますよねー。
 茶色のルーがかかった、スパイシーな匂いが漂うカレーが俺の前に置かれる。
 俺がカレーの入ったトレーを手に持つと後ろにいる人間が道を開けてくれた。ソレはここに来るまでよく見る光景だった。どうやら暗黙の了解として昼食を手に入れた人間に道を開けると言うのがあるらしい。
 そんなお陰であっさりとレジでお金を払い。クー達を探す。
 食堂の片隅で、菓子パンをかじっているのを発見。すでに、静紅とスルワルドが座っていた。
 とりあえず、近づいて俺も開いている席に座る。

「ゼロナは?」
「まだだ」
 俺の質問に静紅がパスタを食べながら短く返答する。
「大方、キーチと足の引っ張りあいでもしてるんじゃないかしら。あいつら、なんだかんだで仲が良いみたいだしね」
 クロワッサンを食べ終えた桜花が口を開く。
 ゼロナとキーチは似たもの同士と言う事か。なんとなく納得してしまう。

 他の皆が食べているので俺も手を合わせて食事にすることにした。
 こんな出来立ての料理を食べるのは久しぶりかもしれない。特にカレーとかナイスチョイスすぎる。
 軽くかき混ぜてから一口、スプーンですくって口に運ぶ。
 物凄くうまい。辛すぎず、甘すぎず、濃厚でさっぱりしている。

 ふと、目の前に座るスルワルドと目が合う。

「貴様のソレは、まさかシェフの特製シリーズ……」
「そうそう、なんか。キンテッキー元中佐がシェフやっててさ。コレ凄く上手い」
「当たり前でしょ。元中佐はあらゆる国の高級料理店で修行を積んだ猛者よ、そして唯一、このPXでシェフを名乗れる人間でもあるの。そのシェフが作る料理が不味い訳ないじゃない」
 デニッシュを齧りながらトゥーニャが説明してくれる。つまり、キンテッキー元中佐の天職は軍人ではなく料理人と。
 その言葉に興味深げに反応したのは隣でパスタを食べていた静紅だった。

「ユーリ。一口くれ」
 そう言って口を軽く開ける。
 仕方ないのでスプーンですくって口に入れてやる。
 コレって逆あーんじゃね? 男としてどうなんだろ。とか思いながら断る気も起きなかった。

「……確かに、これは……。上手いな……」
「静紅、はしたないわよ。ユーリ兄さんも静紅を甘やかさない方がいいわ」
 ソレを見ていた桜花が呆れたように注意をする。

 前の席ではスルワルドが自分の料理を覗き込むように自問自答を繰り返していた。
「最近の子供はそういう事を普通にするのか……。いや、私はそんなこと一度も……そもそも私は軍人だ。……だから別に行き遅れてなど……ない……だが……だが、しかし……」

 静紅を挟んだもう一つ隣からトゥーニャが俺に小声で話しかけてくる。
「ちょっと! 少佐の前で色恋の話はタブーよ。凄く気にしてるんだから。さっきみたいに見せつけるのなんてもってのほか!」
「どうして?」
「大人には複雑な事情があるの! とにかく絶対ダメだから!」

 トゥーニャが急いでスルワルドにフォローを入れる。どうやら少佐はそう言う浮ついたお話には縁が無いらしい。
 そんな事をやっている内にクーは二つ目のチョココロネに口をつけていた。
「……おいしー」
 なんとも嬉しそうな表情。
 まともな食事を食べさせることのできなかった自分が憎い。
 でも、一時期はクーが料理をしていたことも。

「そういや、桜花の料理って食べた事ないな」
 静紅やゼロナが暇つぶしに作っているのは見たことがある。クーの料理が上手いのも知っている、けれど桜花が料理しているのは見たことがない。

「あら、……私のは……ちょっと、すごいわよ」
 桜花が微笑む、その隣でクーがこっちを見て物凄い勢いで首を横に振っていた。
 その話題を口に出すなと目が語っている。
 だが、何がすごいのか凄く気になってしまう。

「どう、凄いんだ?」
「気になるなら、今度作ってあげるわ」
 クーがこの世の終りみたいな顔を作っていた。そんな大げさな、と思っていた自分を殴りたいと思ったのはそれから数日後だった。

 ちなみに、食事を終えた後、PXを出たところバカ二人を医務室にて発見。
 軽傷のゼロナは無理矢理ベッドから引っぺがして連れて行く。もう一人はスルワルドとトゥーニャが連れていった。

 *

 午後からの訓練ではキンテッキー元中佐の指導の元、JIVESによる訓練が行われる。
 この基地には全部で八つのJIVESが存在するらしい。これはギリギリ中隊規模の演習が行えるレベル、対人戦となると小隊同士でしか行えないのだ。これでは満足な訓練が行えるはずがない。
 けれど、キンテッキー元中佐は前線基地ではこれでもマシな方だと言う。最悪一台も無い所もあるとか。
 前線では実戦が日常的な訓練らしい。実にままならない事だ。

 さて、始めて訓練でやったが、ハイヴ攻略と言うのは存外に難しい、中階層突破できたのが静紅一人。
 最初にやられたのがゼロナ。「さっきの古傷がぁア!!」と叫びながら何を思ったのか自ら突撃級に突っ込んで行った。
 ゼロナがいなくなったせいでバランスを失った後ろから、一人一人とじわじわやられていった。
 静紅は単体で十分ほど戦ったがBETAの物量に押されてダウト。

「どっちにしろF-4が四機だけじゃ。中階層突破が限界だな」

 静紅の言葉に頷いてしまう。確かに次々と湧いてくるBETAを避けながら進もうにも限界があった。
 ドリフトが詰まるほどのBETA郡をどうしろと言うんだ。人間やってできる事とできない事がある。
 せめて、イーグルがあれば俺も中階層行けたかもしれない。

「そういや静紅は銃を撃たないよな」
「……銃は苦手だ。殺意が鈍る」

「刀だけって不安じゃないのか?」
「まさか。私は銃の方が不安だ。いつ動かなくなるかわかったものじゃない。ソレに比べれば、刀は単純な暴力だからこそわかりやすい」
「……うん。よく、わからんと言うのがわかった」
「だろうな」

 静紅は軽く笑う。ふと、桜花とキンテッキー元中佐が何かを言い合っているのが目に映る。
 ゼロナはまた桜花の後ろに乗ってダウンしたクーにつき、休憩時間を思い思いに過ごしていた。
 しかし、彼是、四時間ほどJIVESに乗り込んでいたのだから、次に適当な演習をして終わりだろう。

 と甘い考えをしていたら、もう一周ハイヴ突入をやることになっていた。
 元中佐は鬼か……。

 夜、就寝時間ギリギリにその日の訓練は終了した。
 朝から無茶していたゼロナは途中で力尽き、クーは完全にノックアウトになっている。
 ここ数日で珍しくなくなった桜花にも疲労の色が見える。

「それより、腹が減った」
 そんな中、唯一、静紅だけが晩飯が遅れたことに憤慨していた。
 元気すぎる。こいつの体力は底なしなのか……。
 そんな疲労困憊の中、いい笑顔をしたキンテッキー元中佐が口を開く。

「安心しろ。お前らの晩飯はこの私が責任を持って作ってやる」


 その日の晩飯。
 キンテッキー元中佐のチキンソテーの味は光り輝くほど衝撃的だったと記しておく。








[18452] ある少佐の出番がない「自分の年齢=彼女いない歴の何が悪い!」
Name: 空の間◆c11a1a4e ID:8faf74cc
Date: 2012/05/20 12:08


 その日、いつものように訓練を終えて昼飯を食べに食堂へと向かっていいた。
 狭い廊下の前方では長女と次女が睨み合っている。原因は先程の模擬戦だろう。

「この卑怯者が……」
「あら、戦闘で納得いかないからって私を卑怯者呼ばわりするなんて、静紅、あなたの感覚が鈍ったんじゃないかしら?」
「ハッ……まさか。しかし、お前はあんなことまでして負けたのだから世話ないな」
「元々の身体能力の差を考えなさいよ脳筋。あなたが犬なら、私は高性能なPCなの。あなたが力で勝てるのは当たり前でしょ、それを自慢気に話すのは鬱陶しいわよ」
「負け犬ほどよく吠えたがる」
「あら、私の目の前でも図に乗った犬がはしゃいでるわね……死ねばいいのに」
「ははは……」
「ふふ……」
 静紅と桜花がにらみ合ったまま不気味に笑いあう。
 いつもながらに仲が良い。当たり障りなく無視しながら真っ直ぐ進もうとするが、途中で制服の袖を引っ張られ足が止まってしまう。
 隣で歩いていたはずのクウが急に速度を落としたようだ。
「どうした、クウ?」
 クウはガラスにべったりと張り付いて、昼間だと言うのに吹雪と暗天で視界が塞がれた空の一点を見つめていた。
「わかんない……。でも……」
 首を振るクウの表情は何時もの不安気な顔ではなく、まるで何かに怯えているような印象を受ける。

「嫌な感じ……する」
 つい、静紅と桜花に目配せしてしまう。
 二人とも今まで言いあいしていたと一転して真剣な表情で窓の外を見つめていた。
「んぉ、なに? 雪意外なんかあんの?」
 状況がわかっていないゼロナは俺たちの行動に首を傾げていた。
 静紅が言っていたクウの短期予知とも言える危機感知能力。確証は無いが、静紅の話では本人が気づかない段階だったはずだ、それがクウ自信が訴に対して顕著に現れている、つまり、相当厄介な問題が向かってきているのか。
 一番有り得そうなのは「BETA?」
「……違うと思う。でも……なんか、いや」
 よく見るとクウの肩が微妙に震えていた。
「…………アレは。ヘリだな。こんな天候で無茶な真似を、正気か?」
 腕を組みながら目を細めていた静紅が呟く。
「見えないわ。ドコよ?」
「アレだ。これぐらい気づけ」
 静紅が指を差した先、確かに雪の奥に赤い点滅した光が見える。これでも視力には自信があるつもりなのに注意深く見て本当に小さく光程度にしかわからない。
「私には無理ね。双眼鏡でもないと見えないわ。……面倒事を持ってきそうなら、このまま落ちてくれればいいのに」
 不機嫌を隠そうとせず桜花は盛大にため息を吐く。

「ほんとうにな。訓練だと言って撃ち落としてしまうと言う手もありか……」

 いつの間にか隣に強面の中将が悩ましい表情で立っていた。
「なんで、中将がナチュラルに会話に入ってきてるんですか。というより、今、かなり過激な発言をしましたよね」
「上官にも自由時間くらい与えられているものだ気にすることはない。それより、これは決して過激な発言ではないぞ、むしろ私からすれば穏便な対処だよ。前戦に事故は付き物。それにこの悪天候、敵の強襲と間違えてたまたま味方を撃ち落としてしまっても不思議ではあるまい。そう思わないかね?」
 笑顔で中将は俺の肩をぽんぽんと叩く。
「俺にやれと?」

「……冗談だ。降格は構わんが左遷などされたら面倒この上ない。尤も、私はここ以上の僻地を知らんがね」
 どうにも中将らしくないおどけた物言い、顔は笑っているがその目は殺意にも等しい獰猛な色を宿していた。
「アレに乗っているのはそんなに面倒な相手なの?」
「……面倒だ。ヴェルトというガマガエルが乗っているのだが、私は昔からカエルが大の嫌いでね。……おっと、勘違いしないでもらいたいが”苦手”ではない、”嫌い”なのだ。見ているだけでぶち殺してしまいたくなるくらいな。………………やはり、君の独断やってくれないかね?」
「お断りします」
 やれば軍法会議にでも出席させられてあらぬ疑いまで付けられそうだ。

「見たところ中将はカエルだけでなく、そのヴェルトって人物自体も嫌いそうだが?」
 静紅が茶化すように中将に問いかける。
「ああ、大嫌いだ。技術屋畑の癖にいつも無理難題を押し付けてくる、だが、なにより私が嫌いなのは奴の考え方だ。とにかく常人の神経ならば相容れん存在だろうな。君たちは奴の訪問中は訓練も中止だ、部屋でおとなしくしていてくれ、できるだけ奴には見られたくない。君たちはいろいろと目立つからな、下手をすればモルモットとしてよこせなどとふざけたことを言い出しかねん」
 モルモットという言葉に戦慄したクウが真っ先に何度も頷いたので、この中で文句を付けるような奴はいなかった。

「……滑走路に不時着するみたいよ。失敗しないかしら」
「オーチーロ! オーチーロ!」
 滑走路に不時着しようとするヘリを見て静紅が落ちろコールをする。
「なぁ、兄貴ィ。姉貴らは何で顔も見たことないような奴をそんな嫌ってんだ?」
 ゼロナがまともな事を言い出したのでちょっと驚いてしまう。いつもなら静紅のノリで一緒に落ちろコールに参加しそうなのだが。
「……兄貴達、俺に隠して事とかしてねーよな?」
「鋭いな、ゼロナにしては珍しい。けど、隠し事なんて言い出したらキリがないだろ」
「そりゃそうだが……」
 俺の答えにゼロナは納得いかないと言う表情を作る。
「安心しろ。いつか話すさ、今はまだ確証が持てないから話す事はできないだけだ」
 中将に聞かれないようにゼロナに耳打ちをする。
「……わーったよ」
 この場は一応それでゼロナは納得してくれたようだ。

「まぁ、顔を見る前からこれだけ嫌われていれば、顔を会った後にもっと嫌いになれる。ヴェルトとはそう言う人間だ」と不吉な事を中将は呟いていた。

 *

 ヘリの中では大惨事に陥っていた。風により機体が安定せず滑走路に緊急不時着する予定なのだが。
「君ィ! だから、僕は何度も危ないと言ったんダ! 僕が死ねばどう責任を取るつもりダイ!? 僕が死ぬというのは人類の今後の発展に大きな損失を与えるのダヨ!?」
 片言の語尾を括りつけた男は毒づいていた。ギョロリとした目玉、太く長い唇、髪は大きく後ろに後退し、決して若くないその体には幾重もの皺が刻まれている。
 身なりはだらしなく、小柄な体に白衣を纏い、ただ叫んでいた。 
「お静かにしてくださいヴェルト博士! 舌を噛みますよ!」
 パイロットは何度も無茶だと言ったが「大丈夫だ」「やれ」と命令したのはヴェルト自身だ。しかし、土壇場でその危険性を理解したのだろう着陸間際になってからヴェルトは怖くなり「止めろ」と言い出したのだ。
 挙句の果てには責任をパイロットに擦り付けようと口汚く罵っている。他の乗組員達はなんとかヴェルトを抑えつけて一刻も早い安全な着陸を望んでいた。
 そんな中、奥に座る男はただその騒ぎを見守りながら誰にも気付かれないように独りごちる。
「人類の未来へと繋げるオルタネイティヴ第三計画……まさか、こんな男がその一角とは随分と情けない話だな」
 灰色の帽子を深く被りやれやれと首を振っていた。
 彼の自慢のコートでもこの寒さは堪え、いつもより多く着込んでいる。
「今更ながら家にマフラーを忘れたのが痛かったか……。いや、こんなことならばやはり、無理をしてでも息子の出産に向かえばよかった」

 周りが騒がしいため、無意味に呟くその存在感はとても希薄だが、一見すると溶け込んでいるようにも見える。
 けれど、それは厳しい訓練によって意図的にしているものだ。
 その肝が座っているようにみえるのは職業柄からだろう。だが後悔をしていない訳ではない。今回の仕事を終えて真っ直ぐに帰ればよかったと彼はそう考えていた。
 統一中華戦線の帰りにちょっとした噂を小耳に挟み、好奇心に負け仕事を一つ請け負ってしまった。そこまではまだ良かったのに、このヴェルトという男に接近して無理矢理に乗り込んだのが失敗だった。
「無茶をした結果がこの様とは、人生は儘ならない」


 結局、墜落こそしなかったが強行着陸のためヘリのフーレームがところどころ歪んでしまっていた。この暴風の中でたったそれだけで済んだのはパイロットの腕が高かったのと奇跡としか言いようがなかった。
 その様子を二階の建物から見ていた少年達は盛大にブーイングをしていたようだが。彼はソレを見て軽く手を振り替えし、少しだけ頬を緩めてしまう。
「……随分と歓迎されているようだ」
 無論それは皮肉にすぎない。歓迎などされているはずがないのだから。

「見てみなさイ! やはり僕の言ったとおりだロ!? 僕はネ、運がイインダ! しかし、防寒着を着ても偉く寒いナ。おい、そこの君。上着を一枚とってきてクレ」
 この男の直接下で働くのは並々ならぬ苦労をする。それでもヴェルトというこの男、人間としては最悪だが、人体学者としては天才だ。
 遺伝子や脳を始め人間のあらゆる細胞を弄り特殊な素体を生み出しBETAにも負けない強化された兵隊を作る。それが彼の仕事。倫理的には最低、戦時中でもなければ違法行為に当たることを平気で行っている。
 しかし、その技術は様々な場所で生かされ、功績を得ているのも事実だ。そうでなくては今の地位に収まっていることもできない、確かに彼は自分で言っていたように人類の発展に貢献しているのだ。

「ヴェルトさん、どうもありがとうございました。帰りはご一緒できませんが、またどこかでお逢いしましょう」
「おお、左近君。そうか、君はここで別れるんだったネ。残念だヨ」
 ギョロリとした大きな目で一度こちらを見て、好々爺のように笑うスヴェルト。内心ではそんな事を欠片も思っていないだろう、本当に形ばかりの挨拶だ。

 トランクをヘリから取り出しさっさと退散する。
「彼に支払った代金は決して安いモノではなかったのだがね。はてさて、仕事とは言えその価値がここにあるのかな?」
 一際強い風と雪が彼のコートを揺らす、目標はすでに定めていた。
 予定の場所に立っていると、しばらくしてソ連の兵隊が数人こちらに向かってくる。

「おや、これはこれは。御健勝のようで何よりですな、キンテッキー元中佐」

「ええ、お久しぶりですね。……鎧衣 左近殿」

 *

 久しぶりに正式に与えられた午後からの休暇。
 けれど、遊びにいくような場所もなく。部屋から出るなという命令が下っていた。

「これってどう考えても休暇という名前の監禁だよな。……パス」
 ベッドの上で俺達はくつろいでいた。
 手に持つのはトランプ、競技種目はポーカー。そして、現在、俺の手の中はブタなので戦略的撤退しか行えない。
 ちなみに人数が少ないので少し変則的なルールになっている。

「そうだな、と言ってもこの周辺にまともな施設なんて残ってないだろ。私も降りる、パスだ」
 いち早く静紅は手に持つトランプは裏側にして捨て、だらんと寝っ転がる。

「立地が悪いからこそ、なんとかBETAの侵攻を防げているのよ。いつ奪われるかわからい土地で商売しても儲からないわ。それより、私達が行って楽しい娯楽施設なんてあるのかしら? ビットよ」
 自信満々に桜花は掛金を前に出す。掛金はかなり高めになっている。
 ビットの以後はパスが出来ないのでコールかレイズしかできない。

「エンジェリーパブとかどーよ? レイズ」
 トランプを捨てながらゼロナがにやつく。

「……えんじぇりー? ……おいしぃ?」
 クーはビットつまり、桜花とクーの一騎打ちだ。
「アレはアレでゴニョゴニョでおいしいかどうかその人次第だ。つまり、こういう事するとこ」
 からかうように静紅が寝転びながらクーに抱きつく。

「静紅、クーにくだらないこと吹き込むなよ」
「姉としての性教育も兼ねたスキンシップだ。…………うぉ」
 トランプを覗き込んだ静紅が絶句していた。よほど強いカードなのだろうか。
 二人がカードを表に向ける。

「……全員、ブタとはね。今日は付いていないのかも」
「そうね、そんな日もあるわよ」
「飽きた」
 静紅がダルそうに呟く。
「私もよ」

 それが終りの合図になった。すでにトランプで知っている遊びはやり尽くした。桜花のどこから仕入れてきたか解らないようなゲームも一通りやって結局ポーカーに戻ってきたのだが、この有様だ。
「…………ぅん」
 見るとクーがウトウトと船をこいでいた。
「暇過ぎて起きてるのがつれー」
 ゼロナもバタバタと四肢を動かして、「人のベッドで暴れんな」と静紅にエルボで沈められ沈黙する。

 そんな中、桜花は自分の机へと向かっていく。
 壁に備え付けられた机に座り桜花は無駄に大きく重いパソコンを起動させる。整備で使わなくなったものを貰ったらしいが、液晶は白黒で画面の中では素人には理解出来ないような言葉の羅列が並んでいる。

「今思えば、こんなんでよく戦術機なんて作れたよな」
「カラー液晶なんて飾りだわ、一般人にはそれが解らないのよ。見ていたってつまらないでしょ。ユーリ兄さんもおとなしく寝ていれば?」
「……そうするか」

 ベッドに戻ろうとするとちょうど部屋にノック音が響く。

「誰かしら?」
「私だ。……キンテッキーだ」
 元中佐がここに来るなんて珍しい。扉を開けるとそこにはキンテッキー元中佐ともう一人、男がいた。
 どこかで見たことがあるような。

「……見ない顔だが、誰だソイツ?」
 だらしなく座っていた静紅が不躾に男を指差し、キンテッキー元中佐に尋ねる。
「先程のヘリでヴェルト博士と一緒に来られた。こちら、鎧衣 左近殿だ」
「鎧衣……左近?」
 聞き覚えがあると思ったら原作の登場人物ですよね。若いから解らなかった。

「尤も、ヴェルト博士とは関係がないのだがね」
 こちらを見わたして驚いたような顔を向ける左近さん。
「彼らが? 少々、若すぎるのではありませんか?」
「実力と容姿は必ずしも一致するものではありませんよ」

 ヘリという言葉で気を悪くした静紅が不機嫌そうな顔で見つめている。
「元中佐。さっさと要件を言ったらどうだ」
「静紅、貴様は上官に敬語を使えと言っているだろう。まぁいい……そこで寝ている二人も起こしてくれ」

 俺がクーを起こそうとすると何故か静紅に首根っこが引っ張られた。
「何をする」
「お前はあっちだ」
 親指を立てて後ろにいるゼロナを指名しているようだ。

「……釈明を要求する」
「認めん」

 取り敢えず腹いせにゼロナをクロスチョップで起こすことにした。

 椅子に腰をかけた二人の大人とベッドに転がる三人の子供、一人は自分の机でパソコンを弄っている。
「さて、先程も紹介したが二人ほど寝ていたので仕切り直す。こちら鎧衣 左近殿だ。お前らに会わせたのはいずれこの人の力が必要になるときが来るかもしれんと思ってな。……ここからはもしもの話だ、初春にある作戦が失敗すれば中将の地位はかなり危うくなるだろう。もし、身の危険を感じたならば彼に助けを求めろ、決して悪いようにはしないはずだ」
「つまり亡命しろってこと? 仮にも日本は仮想敵国でしょ?」
 桜花がパソコンを弄りながらそんな質問をする。
「そう思っているのは一部のお偉い方だけだ。今、この状況でBETA以上の敵がいるものか」
「それもそうね」と桜花はパソコンに戻ってしまう。

「んー……よく、わかんない」
 クーが正座して難しい顔をしていた。
「今は頭の片隅に置いておくだけでいい」

「これを持って日本大使館にでも逃げ込めば後はなんとかしよう」
 そう言ってそれぞれにカードIDを渡される。静紅はそれを片手で回して遊びだす。
「ま……、使う時がくればいいけどな」

 俺と静紅以外、他の三人の反応も薄い。
「おお、そうだ。親愛の印にお土産をあげよう。中華で手に入れたモアイ像だ」
 左近さんが話を切り替えてトランクの中から手のひらサイズの木彫りモアイを取り出し渡してくれる。
「どっからどう見ても、安物のパチもんじゃないですか……」
「ハハハ、子供にはまだこの良さが解らないかね?」
「あ、下に値段が書いてある。……二百円、しかも日本製かよ」
「私の手作りだ。昔、とある中国人に売ったのだがたまたま市場で見つけて買い取ってしまったのだよ」
「静紅、あげる」
「いらん、他には何かないのか?」

 左近さんはトランクをあさり何か探している。
「……そうは言っても、お土産になりそうなモノといえば。息子のために買ってきたガラガラとか……」
 様々なモノがトランクから顔を見せるが「碌なものがないですね……」
「そんなことは……」
「待て! ……ソレは」
 唐突にトランクを探っていた左近さんを静紅が静止する。

「……これかね?」
「そうだ!」
 左近さんが取り出したのは黒い鞘に入れられた小太刀だった。
「悪いが、これは子供にあげれるようなモノではなくてね……」
「見せろ!」
 叫びながら小太刀をしまおうとする左近さんに静紅が飛びかかる。
「……む! な、なに!?」
 とっさに一度目の蹴りを受け止めるが二度目の攻防であっさりと静紅に奪い取られる。無防備な相手に襲いかかるなんて珍しい。いつもならせめて相手が構えるまで待つのに。

 静紅は小太刀を奪い取るとゆっくりと鞘から刀身を引き抜く。その刀は遠目にも美しい剃りと波紋が見えた。
「…………間違いない」
「返し給え! それは我が国の宝刀──」
 狼狽する左近さんを無視して静紅はその名を呟く。

「皆琉威神楽……私の小太刀だ」



 *


 パソコンに向かっていた桜花が手を動かしながら静紅に批判的な目を向ける。
「……ちょっと、静紅。強盗は見えない所でやりなさい。バレたら犯罪よ」
 バレなくても犯罪ですけどね。
「強盗じゃない。私が中国で無くした落とし物を届けてもらっただけだ」
 それを聞いた左近さんが顎に手を当てて困ったような表情を作る。
「君はそれがどう言う刀か知っていて言っているのかね?」
「知らん。親父にくれと言ったらくれた物だ」

 毅然とした態度で語る静紅にクーが感慨深気に呟きながら首を捻る。
「……静紅に親って…………いたの?」
 微妙なラインだが「まぁ、本人が言うからにはいるんだろ」

「お前たちの中で私がどういう位置づけにいるか解った気がする」
 そう言いながら顔をしかめた静紅が俺の背中をつま先で踏んできた。変な趣味に目覚めていないので普通に圧迫感が気持ちイイくない。
「ごめ、なさい」
 隣で小さく怯えて俺の代わりにクーが謝りだす。どっちにしろ寝起きは別として静紅がクーに対して冗談でも暴力を振るうことはないのだが。

「静紅君。もしや、君の父君は草梛 陣という名前ではないのかね?」
 いきなり引き締まった表情を作る左近さん。
「……なんだ、親父を知ってるのか?」
「ああ、知っているとも。成程…………そうか。中華で失われたと思っていた御神刀が見つかる訳だ」
「御神刀ってコレ、そんなに高価なモノなんですか?」
 恐る恐る触れようとすると静紅に手で弾かれた。

「値段など付けれんよ。……ふむ、そうだな。例え最新戦術機の一個連隊と交換だと言われても断るだろう」
「静紅。……おとなしく返しとけ」
「断る」
 後ろにいた静紅と取っ組み合いになったが俺が勝てるはずもなく、いつの間にかうつ伏せで固められていた。
 見かねた左近さんが割って入る。

「その小太刀は我が国では由緒正しき家柄にのみ許される一品だ。君が草梛 陣の娘であるというのなら確かに持つことが許されるだろう。しかし、それが本当かどうかは解らない以上渡すことはできない」
 静紅はムッとしたような表情を作る。
「なら、どうすれば認められる?」
「物が物だけに私の一存では少し難しいな。それこそ、現当主代理の静音様か将軍に直接伺わねば…」
 その言葉に静紅が反応する。
「静音? 家の人間かは解らないがアレが死ぬ寸前に軍の通信でそんな名前の婆さんと話した覚えがある。三年ほど前だったが親父が怯えていたので覚えてるぞ」
 左近さんは口を開けたまましばらく思考を停止していた。
「……………そういえば以前、静音様に孫がいると聞き及んでいたが……まさかな。キンテッキー元中佐、少し日本への確認を取ってきてよろしいですかな?」

「どうぞ、私の部屋にあるモノを使ってください、記録は残りますが盗聴などの心配はありません」
「申し訳ない、静紅君、共に来てくれるか?」
「……わかった」

 三人はそのまま出ていってしまう。
 そのやりとりに呆然としていたゼロナが口を開く。
「なぁ、兄貴。静紅姉ぇっていいトコ出のお嬢さんだったのか?」
「……話を聞いてる限りだとそうみたいだな」
「マジかよ。おしとやかな静紅姉ぇ……」
「まさに悪夢の前兆だな」

 しばらくして三人が帰ってくる。
 小太刀が静紅の手にある所を見ると間違いないようだ。

「草梛 静紅になったのか?」
「……戻っただけだ」

 静紅はそう短く呟いた。

「左近さん、草梛ってどういう家系なの?」
「かつて、草梛は我が国における五摂家にも匹敵した旧家だ。しかし”草梛家の当主たる者、常に戦の最前線に立つべし”と言う家訓により五摂家への席を断った。それ故、当時の将軍の怒りを買い、家系の存続は危機的状況になったが、それでも家長は元より小間使いに至るまで決して屈しようとしない草梛家の姿勢に対し、先に折れたのは将軍と周りにいる将官達だった。将軍はその姿に感服し草梛家は気高き武家の最高峰として認め自らの宝刀の片割れ、皆琉威神楽を送ったと言われている。それから草梛家からは将軍の側仕えや斯衛軍の高官を多く排出しており、その影響力は今でも根深く存在している。特に近年では紅蓮大将に武神とまで言わしめた静紅君の父上、草梛 陣によりその地位は高くなっていた」
 口早に捲し立てると左近さんは口を閉じてしまう。
 つまり、静紅はさる偉い人の娘と。

「アレ? でも、おかしいだろ。なんでそんな人間が中国にいたんだ?」
「だから言ったはずだよ、ユーリ君。”草梛家の当主たる者、常に戦の最前線に立つべし”相手がどんな敵だろうと、周りがどんな状況であろうと、自分が持っている武器がどれほど脆弱だとしても彼らには関係ない。草梛の人間にとっては強敵との”戦に勝つ”こそが全てなのだよ」
「へぇ……」
 原作で見たときより左近さんの態度が固いのは若いからだろうか。
「つまり根っからの戦闘民族という訳ね。間違いなく静紅の家系じゃない」
 茶化すように桜花が言う、けれど、静紅の表情は優れなかった。

「……どうだね、静紅君、今すぐにでも日本に来ないか?」

 唐突な左近さんの誘いに静紅が初めて少し動揺した。
 今まで正確に響いていた桜花のタイピングの音に僅かな乱れが生じる。ゼロナとクーは左近さんを睨みつけていた。
 そんな周りを無視して左近さんはさらに言葉を連ねる。
「草梛家は今、当主不在だ。静音様意外に陣殿に連なる縁者もいない、その静音様もすでに歳だ。そう長くはないだろう。皆琉威神楽は静音様が自らの最後に将軍に返上するために探し出したものだ。本来ならまかり間違っても他人の手には入ることはない。だが、それが正統な後継者に渡るのならば誰も文句は言う人間はおるまいよ、ただし、逆に言えば皆琉威神楽を持つには草梛家の正統後継者として認められなくてはいけない」

「…………成程。一理ある訳だ、だが……」
 考え込むような態度を示したが、一瞬、後ろにいたはずの静紅が逆手に構えた小太刀を左近さんの喉元に向けていた。
「そんな、面倒な事をせずともこうしてしまえば誰も語るものはいるまい。私は別に地位や名誉などいらん、欲しいのはこの小太刀そのものだ」
 左近さんの背筋に冷や汗が流れていく。
「日本に来ることは君に取って悪いことだとは思わんが? 紅蓮大将と陣殿は既知の中だった目をかけて貰えるやもしれん。今の年齢からならば斯衛の士官学校に入ることもできる。むしろ、君は本気でこんなところに骨を埋めるつもりかね?」
「…………冗談、いずれは──」
「いずれは出て行くつもりならば、なぜ今ではダメなのか!? 君はただこのぬるま湯につかっていたいだけではないのか!?」
「…………ッ!」

 歯切れ悪く静紅が言いよどみ、そこに助けを出したのはキンテッキー元中佐だった。
「左近殿、今はその辺にしませんか? いきなりの事で静紅も戸惑っているようですし、あなたが出るまで三日ほどあります。何も今直ぐ答えを出すこともないでしょう?」
「……失敬。どうにも最近は仕事疲れが出ているのか正急になっていかんですな」
 無意味なから笑いを浮かべゆっくりと小太刀を押し戻す左近さん。
「今日のところは引き上げさせて貰いましょう。静紅君、皆琉威神威はとりあえず預けておくよ。私が出るまでに答えを決めておいて欲しい」

 そう言って左近さんが出て行った後、静紅は物思いに耽っていた。
 誰も喋る気配がなく静かになった部屋に意外なところから後押しが出てくる。

「行けばいいんじゃない。静紅。日本はあなたの故郷でしょうが」
「おいおい、桜花姉ぇ! 本気かよ、いくら桜花姉ぇが静紅姉ぇの事嫌いだからって──!」
「ダメ!」
 威圧的に立ち上がろうとしたゼロナの口をクーが抑える。置きっぱなしだたトランプが飛び散ってしまう。

「ゼロナは少し黙っていなさい。これは静紅自身の問題でしょ。いい機会じゃない、兄弟ごっこもほどほどにしたら?」
「何だと桜花姉ぇ! それ以上言うんじゃねぇ! 離しやがれクー!!」
 あっさりと妹を振りきりゼロナが叫び声をあげる。ゼロナは珍しく本気でキレていた、気持ちは解らないではないが俺も取り押さえておく。
「決めるのは静紅よ、私たちがどうこう言う問題ではないわ」
「ふざっけんなァ!! 兄貴も何で止めねぇんだよ!?」
「落ち着けゼロナ、桜花も煽るな」
「けどよ! 兄貴! 今パッと現れたような変な親父に静紅姉ぇが!!」
「落ち着けって……何も行くと決まった訳じゃない」
 ゼロナは何事か叫んでいたが、何とかなだめながらしばらく抑えつけていたら意気消沈して黙ってしまう。

「けどキンテッキー元中佐はどうなんです。この時期に静紅に抜けられたら痛いんじゃないですか?」
 隅の方に腕を組んで立っていたキンテッキー元中佐に聞いてみる。
「正直に言えば痛い、作戦の成功率は格段に下がるだろう。だが、君たちには脱退の自由が約束されており私にはソレを止める権限はない。いや、なにより、彼女の将来を考えるのなら日本に向かった方が良いに決まっている」
 確かに中将がいなくなれば軍の下っ端としていつ切り捨てられるか解らないような場所より、日本に行く方がずっと安定した生活を遅れるはずだ。
 静紅はどこかボーと立ち上がると、ふらふらと歩いていく。
「……元中佐、悪いが少し出てくる」
「…………認めよう。だがBー2区画には近づくな、ヴェルト博士がいる」
「ああ」

 足取り重く静紅が出て行ってしまう。 
 ゼロナの足を抑えていたクーが俺を見つめる。
「ウーリ……追わないの?」
「……今はそっとしておいた方がいい」

 ゼロナが俺を振りほどいて扉へと向かう。
「……チッ! 俺も出てくる! 構わねぇよな元中佐!」
「好きにしろ。……では私も仕事があるので退出するが、一応、君たちも覚悟をしておいた方がいいかもしれんぞ」
「……わかってるよ」

 扉が閉まる音がよく響く。二人が出て行った後の部屋は静かなものだった。隣に座っていたクーが俺に近づいてくる。
「……ねぇ、ウーリ」
「どうした?」
「静紅…………行っちゃうの?」
「かもしれない、クーは……」
 言いかけて止めた、クーが俯いていたからだ。
「嫌、一緒に、いたい」
「そう……だよな。桜花はその辺どう思ってる?」

 何も言わずパソコンを弄っている桜花に問いかける。
「言ったでしょ。これは静紅の問題で選ぶのも静紅よ」
「わかってる癖に、そうやって誤魔化す」
「仕方ないわ。そういう性分なんだから……」
「そう……だよな」

 再びパソコンに戻った桜花のタイピングの音が部屋にむなしく響いていた。

 *


「ゥフフフ、お久しぶりデスネ。中将ー」
「できれば、貴様などに会いたく無かったのだがな。ヴェルト博士」

 不気味な笑いと共にヴェルトがその分厚い唇を開く、嫌味ったらしく伸びた片言に中将は嫌悪感を隠そうともせず手を顔の前に組み座っていた。
「私もデスヨ。ですが、こちらも仕事でネ。爆発したんでショ? アレが。先方からその結果を採集してくるようにせっつかれマシタヨ。デモ、まさか自国の領土でそんなモノが爆発していたとはネ」
「…………それで、その仕事とやらをさっさと済まして帰ってもらえないだろうか」
「無茶を言わんでクレ、爆発後の研究が三日やそこらで終わるとでモ? 最低でも一ヶ月はかかるヨ」
 すぐに愛想などを捨てたヴェルトに中将は盛大に舌打ちをする。

「おお、そう言えバ。面白い子供たちを拾ったそうだネ、中将」
「何のことだ?」
 さも、初めて聞いたとばかりに驚く中将。
「マタマタ、そうやって知らばっくれるテ」
「補給も儘ならない我が軍に新兵を雇う余裕などない。第一、素人の子供なんぞ拾ってどうする、役に立つものか」
「……ま、そう言うなら、いいケド。あまり我々をナメない方がイイ、君の暴挙を許しているのは”我々”がその能力を高く評価しているからだヨ。害になると解ればそう長くはソコに座っていは居られマイ」

「ご忠告痛み入る、だが、ありがた迷惑だ、ヴェルト」
「ゥフフフ、相も変わらず本当に生意気ダネ、中将」

 二人はまるで親の敵でもあるかのように互いに睨み合っていた。先に視線を外したのはヴェルトの方だった。

「おっと……こんな事をしていても無意味ダネ。僕は三日後に帰るヨ、まだあっちの研究が残っているんでネ。ある程度終わったら後は後発の人間に任せるツモリダ」
「それは朗報だ」
「ムゥフフフフフ……」

 人間の唇から出たとは思えないような笑い方をしてヴェルトは退出していった。
 一人になった中将は何も言わず立ち上がり周囲を軽く歩いていく。そして、ロッカーの前に立つと何かを考えたかのように呻き声をあげる。

「情報が漏れている。あの八方美人めが……!」
 握りこぶしを叩きつけてロッカーを叩き壊した。

 一方、退出したヴェルトの方も荒れていた。
「どう言う事ダ! あの態度! どうして奴は、まだ僕と同等なんダイ!!」
 扉の前で待っていた部下を何度も蹴り、杖で殴り、殴打する。
「落ち着いてくださいヴェルト博士!」
「殺してヤル! いつか! 絶対! この手で殺してヤル!」

 ヴェルトのギョロリとした瞳の奥に異様なまでにどす黒い感情が篭っていた。


 *


 地下二階の射撃訓練場、薄暗い部屋の中、ゼロナは両手に持つ銃で黒い人型にある白い円の中心へと向けて銃弾を撃ち込んでいく。

「クソッ! クソッ! クソがッ!!」
 手に持つ銃が火を吹き、衝撃が腕から肩に掛けて響いて、引き金を引くたびに定期的に轟音が鼓膜から腹の底へと響く。換気が不純分な部屋には硝煙の匂いが充満しきっていた。
 いつもなら銃を握り撃ち放っていれば気が晴れるというのに、幾ら撃とうとも一向にゼロナの気は晴れなかった。
「チクショウメェ!!」

 白い円の中心に幾つも穴が開く。だが、カチッカチッと金属を叩く音がし、気づかないうちに銃は弾切れを起こし、その引き金を何度も引いていたのだ。
 こんなくだらないミスを犯したのはそれこそ新兵をやっていた頃の記憶くらいだ。
 ただ、記憶と言ってもゼロナは静紅やユーリ達と違い、クーと同じ後から記憶が入ってきたタイプで、日常生活の記憶はあまりないし、誰と戦っていたのかも朧気にしか覚えていない。むしろ何度も反復させられた戦い方や攻撃方法の方が脳に染み付いている。
 それがどんなものかなんてゼロナは今まで禄に考えてもこなかった。そのことが枷となり精神の発達は通常の子供よりも少し高いレベルで落ち着いていた。
 しかし、今回の事でその枷が完全に飛んでしまい、ゼロナの思考は混沌としていた。
 ゼロナは静紅なら日本に行くなどと言われてもきっぱりと断ると思っていた。けれど、実際は違った、間違いなく静紅は迷っていたのだ。
 しかも、その後の桜花の辛辣な言葉と何故か動ことうしないユーリ。ゼロナにとってその全てが腹立たしくて仕方がなかった。
「ああああッ! 何だってんだよ! クソが!!」
 苛立を隠さずゼロナは叫び声を上げて、銃を投げ捨ててしまう。

「おい、クソガキ! 武器ってのはもっと大切に扱え! ……つか、なんだこの部屋は臭っせぇな! 中毒死でもしてぇのか馬鹿が!」
 怒鳴り声をあげて入って来たのはキーチだった、むせ返るような匂いに耐えきれず照明をつけて換気をする。
「あ゛ぁ゛? ……なんだ、ヤク中ハゲ」
「ハゲじゃねぇ! って…………なんだ手前、ひでぇ顔だな、オイ」
 ドスを効かせた声にキーチは怯えもせず神妙な顔をする。
「うるせぇ……」
「……そーかよ」

 ため息混じりにそう呟き、キーチは何も言わず自分の銃を持ってきて、ゼロナの後ろにあったベンチでメンテナンスを始めた。
 それを見たゼロナが不快そうな顔をする。 
「オイ、そんなもん。ここでヤルなよ」
「いいんだよ、別に。銃なんざ衛士の俺らにとっちゃおもちゃ見てえなもんだ」
 迷いないキーチの太い指で銃が手早く部品に分解されていく。
「……陸軍に聞かれたら殺されるぞ」
「構わねぇよ。この銃も俺らが使ってもおもちゃ見てぇなもんだ、けど、本職の奴等が使えばそれなりの武器になる。逆もまた然りって具合だ……もっとも、相手がBETAじゃなかったらの話だがな」
「んな事、知るか……ヤク中がまともなこと言ってんじゃねぇよ」
「俺だって年がら年中、発狂してらんねぇんだ。あの糞博士が来たせいでこっちも上がったりだぜ」
「……」

 ゼロナは何も答えずまた弾を込めて撃ち始める。キーチは轟音の中でなんとか聞こえる声でしゃべりだした。
「人間も武器も同じだ。個々人にあった場所があって、そこにパズルみてぇにはまっていく。だけどなぁ、どこにでもいるんだよ。俺やお前みてえに綺麗にまらねぇピースがな」
「手前ぇが社会不適合者だってのは知ってるが、俺まで巻き込むんじゃねぇ」
 それを聞くとキーチは軽く笑う。

「かもな。けど、俺はお前らを初めて見たとき、ゼロナ、お前の顔を見てハッとしたぜ。こいつはこのパズルにハマっていないってな」
 怒りの篭ったゼロナの瞳がキーチを睨みつける。
「どう言う意味だ……!」
「聞いたままの意味だぜ。お前は一番ちっこいのを抜いてあいつらの中で唯一、普通のガキだ。まぁ、ちっとばかし性格はアレだがな」
 真面目な表情でキーチはゼロナを見つめ返す。
 しばらくにらみ合っていたが、目を逸らしたゼロナは舌打ちしてまた銃を撃ちだした。

「気づいてるだろ? 才能っつーのかねぇ。静紅嬢ちゃんの剣技は一流だってのに未だ日に日に上達してる。桜花嬢ちゃんはなんでも卒なくこなして限界が見えない。あのユーリとか言うあんちゃんだって、最初は禄にできない事をたった数日訓練しただけで平気な顔でやっちまうようになる。どいつもこいつもとんでもねぇガキだ。ああ言うのは見たらなんとなくだが、解っちまうんだよ」
「なっ……!!」
 ゼロナは目を大きく開き口を引き攣らせながらも、すぐに体制を整えて何とか撃ち続ける。

「けど、お前だけは成長していない。いや、お前はこうやって暇が出来ればここで練習しているようだが、それでも奴等の成長速度に対応できていない。後、数年もこの調子でいけば確実にお前がアイツらの足を引っ張るぜ」
「……うるせぇ! んなこたぁわかってんだよ!! だったら、どうしろってんだよ!! ドイツもコイツも!!」
 苛立が募るとさらに精確差が失っていく。白い円に収まらないモノも幾つか出てくる。

「やめちまえよ。兄弟なんて……」
 撃ち放った弾丸が完全に的からズレていった。

「……何だと?」
 今度は間違いなく殺意が宿る視線でキーチを睨みつけていた。

「だから、やめちまえよ。あそこにいたってお前が苦しいだけだろ」
「黙れよ!! お前に何が解るってんだ!! いい加減な事言ってんじゃねぇよ!!」
「……解んだよ。…………俺とお前は似てるからなぁ」
 その時のキーチにいつもの覇気はなく、ゼロナの瞳には本当に小さく映った。

「似てるだぁ! ふざけんな! 俺とお前は違う! お前がどんな人生を過ごしたかんて知りたくもねぇが、俺は絶対にお前みたいにはならねぇ!!」
「馬鹿言うな。俺だって好き好んでこんな自分を目指した訳じゃねぇよ」
 あざ笑うようにキーチは皮肉で返す。誰もが想像していた未来を目指して歩いていく、けれどそこに辿りつける人間はほんの一握りだ。その中には最初から絶対に届かない未来も存在する。

「足を引っ張ろうがなんだろうが関係ねぇ! いつか、静紅姉ぇにも、兄貴にも、桜花姉ぇにだって勝ちてぇんだよ!!」
「俺も昔はそうだった。人以上の努力もしたし、ソイツらに負けねぇような無理もした。けど、現実はそんなに甘くねぇんだ」
 これでも、ゼロナは前世でそれなりに場数を踏んできたし本当の”天才”というのを見続けてきた。それだけにキーチの言葉を否定できなかった。

「辞めちまえよ努力なんざ。お前の腕なら、今のままでも生きていくことぐらいできる。無理に生き急ぐこたぁねぇよ」
 宥めるような目でキーチがそう呟く。

「……ッ! っざけんじゃんぇえええ!! 俺は兄貴たちと一緒にいたいんだ!! それだけだ! だが、それだけのためなら何だってしてやる!! 努力だろうが!  BETAだろうが!! 相手がなんだろうが関係ねぇ! 邪魔する奴は全部まとめて、ぶっ殺してやらぁ!!」

 叫んだ後、銃を置いてそのままゼロナが飛び出してく。
 足早に訓練場から出て行くゼロナの後ろ姿を見てキーチは口元を緩めて呟いた。

「無鉄砲だなぁ、オイ。……これだからガキは嫌いなんだよ」

 一服しようとタバコを取り出そうとすると、別方向の扉をコンコンと叩く音が響き、キーチはそちらに目を向ける。
「なら、なーんでこんな事やってんのかしらねー」
 ニヤついた表情でトゥーニャが腕を組みをして立っていた。
「……盗み聞きとは趣味が悪いぜぇ。トゥーニャ」
「盗み聞きじゃないわよ。たまたま、通りかかったら何かあんたらが珍しく真面目そうな話してたから気を使ってあげただけよ、少しは感謝したらどうなの?」
 その恩義せがましい言い方にキーチは片耳を小指でほじくりながら聞き流す。それを見て「不潔ー」とトゥーニャは顔を顰めるが、すぐに話題を戻し少し嬉しそうな表情を作った。

「けど、まぁ。久しぶりに教官らしい事してたじゃない」
「どっからどう見たら、そう見えんだよ。馬鹿みたいなガキを馬鹿にしてただけだぜ。第一、俺は教官なんて二度とゴメンだ……特にお前みたいなじゃじゃ馬娘の面倒とかはな……」
「そんなんだから、三人でローテーションにするよう中将が気を使ってくれたんでしょーが。ホントならあんた一人で良かったのにさ」
「ハッ、何を言うかと思えば。そういやテメエ、昔の教官に対してその口の聞き方はどうなんだぁ? オイ、小娘」
 半ば笑いながらキーチは威嚇する。
「ふふん! 今は階級が同じで大尉でしょうが、同階級に敬語を使えなんて習ってませんよ、ガイスト教官?」
「チッ……これだからガキは少しは年上を敬えってんだ。教官ってのも止めろ。気持ち悪りぃ」
 キーチはすぐに拗ねたように背を向けてしまう。
「はいはい、うやまってますよーっと……」

 トゥーニャはすたすたと入ってくるとゼロナが使っていた場所を見てため息を付く。
「あーあ。このままにして行っちゃたよ。何で怒らないのかなー? 私の時なら平手打ちと体罰くらいはしたんじゃないですか?」
「後、食事抜きだな。だが、アレは俺の生徒じゃねぇ、だから罰を与える必要もねーんだ」
 トゥーニャはゼロナの使っていた銃を取って幾つか点検して不備のあるところを調整していく、その間に銃を組み立て終えたキーチはタバコに火を付けていた。
「ちょっと、ここは火気厳禁よ」
「チッ……固てーこと言うなって」
 トゥーニャを挑発するようにキーチは煙を床に向かってはく。

「吸わなきゃ、やってられねぇ時もあるんだよ。特に昔を思い出しちまうとなぁ……」
 キョトンとした目でトゥーニャが見ていたがすぐにゼロナの使っていた銃の点検に戻ってしまう。
「なにセンチメンタリズム気取ってるのよ。オッサンがグレても可愛くなんてないわよ」
「うっせ」


 *


 刀を振り、一人殺して、
 首を捻り、一人殺して、
 銃を撃ち、一人殺して、
 拳を握り、一人殺して、
 殺して、殺して、殺し続ける。

 その先にこそ”自分”がある。”自分”が求めた”戦”がある。”戦”こそが”自分”を”私”にしてくれた。
 私が立つことを許されるのは自分が死したから。私が息を吸うことを許されるのは自分が人を殺してきたから。
 私が刀を振るうことを許されるのは自分が刀を振るってきたから。私が名を名乗ることを許されるのは自分がそれまで死ぬことが無かったから。

 私は誰でもない自分だ。
 そして、今の私の名は、過去の自分の名でもあった。

「草梛 静紅」

 名はその体を表す。
 生まれ変わったとしてこんな偶然などありえない。前世も今も変わらず私と自分は”草梛 静紅”であり続けた。
 かつて、自分は”草梛 静紅”であるために向かってくる者を全て殺し続けた。自分にとってはその名は誰にも譲れないもので、更なる戦へと向かうためにはその名は必須だった。
 名を名乗るために殺し殺し殺し続け、その末に自分は殺された。

 殺された。その一言で片付ければ案外単純で楽に思える。しかし、自分は私を真正面から殺せるほどの人間を求めていた。
 そのために、自分は一万を越す名を奪い続けた。ひたすらに奪い続けた。
 自分の全てはその一戦のため。
 だが、私の全ては何だ?

 自分が尤も嫌いだったはずの私のような生き方。
 それを嫌おうとせず、むしろ好んでしまった私。

 私は弱くなった。精神的にも、肉体的にも。
 何故? とは問うまでもない、出会ったからだ、弟に、妹に、守るべきものに。彼らと離れること、ただそれだけが辛い。
 本当なら一緒に行きたいが、それは無理だと先に念を押されていた。
 一人だけでも関係ない、自分は日本に行けという。冗談じゃない、私は彼らと離れたくないという。

 矛盾。
 私も自分も同じ存在であるのに、出てくる答えは対照的になってしまう。

 この地に残ればそれなりの戦ができる、けれど、それは私の望むものとは性質が違う。
 日本という地には憧れもある、草梛の名にも思い入れがあり、皆琉威神楽は手放したくない。
 そもそも、いずれはこのソ連から脱退するつもりだった。

 なら、何故、今ではダメなのか……。
 決まっている。
 日本には彼らがいないからだ。

 自分はソレを糞みたいな感情だと罵る。私はソレを大切な感情だと愛惜しむ。
 結局は堂々巡り。
 明確な答えなどありはしない、どちらを選んでもきっと私は後悔する。

 ふと、誰かがここに来るのが聞こえた。
 足音は小さい。

「……クーか」

 座禅していた足を解くと雪が大量に落ちていった。肩や頭にもずっしりとした感覚があったので払いのける。
 服はいつの間にか雪でびしょびしょに濡れていた。軽く背筋が震える。
 上を見るとそこには天井などあろうはずがなく、強い風が吹き荒れ、大粒の雪がふり注ぐ空は今も曇っていた。
 そうこうしている内にクーがここまで登ってきてしまう。
 兵舎の屋上、普段は雪に覆われているせいでほとんど使う人がいない場所だ。ここなら誰にも見つからないと思っていたのだが。

「しずく、めっけ」
「…………見つかった、っと」
 こちらに指を差して宣言するクー。手を上げて降参のポーズを取るとクーははにかんで笑っている。
 調子にのっていると静紅は耳に雪が入ってしまい顔をしかめてしまう。笑っていたクーの表情は一気に心配そうな顔に変化していた。

「……かぜ、引くよ?」
「平気だ、そんなにヤワじゃない」
 そうは言うが、指で上手く雪が取れず溶けて奥へと入ってしまう。静紅の耳は少し聞き取りにくくなっていた。
「……ぅん、そっか。……ねぇ、しずくは日本にいくの?」
 あまり答えたくない内容の質問をあっさりとクーはしてくれる。
 静紅自身、未だに迷っているので答えなど出せるはずがない。
「どうだろうね。クーはどう思う? 私はここに残るべきか、日本に行くべきか」
「わかんない。……でも、クーはしずくとも皆で一緒にいたい。しずくがいないと……皆、いなくなっちゃう気がするから」
「…………そっか」
 クーの言葉で気がついてしまう。今の自分は彼女となんら変わりがないと。
 結局、今の状況に甘えたいだけだったのかもしれない。
「そうだよな……」
 自分でも言っていたじゃないか。私達は血が繋がっていない、いずれ離れ離れになる。それが早いか遅いかの違いだけ。
 ユーリに出会ってから長かったようで実は短い。
「2年……だもんな」

 いずれ崩れるのなら、私がそこにいても変わりはしない。
 だから。
 もう、兄弟ごっこは終りにしよう。


「クー、決めたよ。私は日本に行く」


──そして、当主となってお前たちを草梛家の、私の本当の兄弟にする。
 せめて、私達が崩れないようその名で縛るために。



 静紅はその時、さっきの雪で片耳が上手く機能せず、クーが入ってきた扉の後ろ。歯を食いしばって立っているゼロナの姿に気づかなかった。
 たった、それだけのこと。
 だが、それがどんな運命を辿ることになるか、この時の静紅に想像できるはずもかった。






[18452] ある衛士の質問「合成食材はおやつに入りますか?」
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:8faf74cc
Date: 2012/05/20 12:09



「へぇ。静紅、日本に行くんだ」
「…………」
 静紅は俺を見て何故か目を丸くしていた。というか、静紅だけでなくそこにいる全員が俺の顔を目を丸くして覗き込んできた。

「……ユーリ兄さん。熱でもあるんじゃないの? それとも、静紅の話を聞いてなかったとか?」
「ウーリ……大丈夫?」
「兄貴! 二泊三日の旅行に行くとかそういうんじゃねぇんだぜ!? わかってるのか!?」

 いつもの俺たちの部屋のベッド上会議、弟と姉妹達に懐疑的な視線を送られていた。
「……何でそんなに詰め寄ってくる?」
「いや、何と言うか。こう、私の自意識過剰かもしれないが、てっきりお前が一番反対するかと思ってな……」
 静紅の言葉に俺意外の全員が一斉に首を縦に振る。
「別にこれから一生会えないってわけじゃないんだし、静紅が決めたんなら俺は応援するよ」

「お前、誰だ!?」
「重症ね、これは」
「ウーリ。……頭が……」
「兄貴ィ……現実逃避は止めようぜ……」

 散々な言われようだ。普段、俺がどう思われているかわかった気がする。
「お前ら失礼だな。俺がそんな理解の無い人間だと思ってたのか?」
 全員で顔を見合わせて「だってなー」とか言う。心配そうな顔をするクーには悪いが正常だ。

「そりゃ。俺だって気持ち的には一緒にいたい、でも、いつか一度は離れなきゃいけない時もある。まぁ、今がその時期かって言われたら少し首を捻るが、静紅の選んだ答えなら俺は否定できない」
「いい子ちゃんぶってるわね。ユーリ兄さん」
「茶化すなよ、桜花」

 クーとゼロナは不満そうな顔をしている。
「兄貴がなんと言おうが、俺は反対だぜ! だいたい、静紅姉ぇも俺たちよりそんな小太刀の方が大事なのかよ!」
「……馬鹿なことを言うな、ゼロナ。確かにコレは価値のある一品だが、私に取って本当に大切なモノはお前たちだ、ソレに比肩するモノなど未だ私は知らない」
「……なら、何でだよ!?」
「ソレが必要だと感じたからだ」
 冷静かつ端的に答える静紅とは対照的に、ゼロナは納得できない様子で震えていた。

「二人ともそういう時は力尽くでいいのよ。ただし、生身だと静紅に有利すぎるから、戦術機のシミュレーターで決着を付けるってのはどう?」
 桜花の提案に静紅は同意する。
「成程、万が一にも負けることがあるならば、まだその時期ではないってことか……いいだろう。力尽くねねじ伏せるのは得意だ」
「ぜってぇ負けねぇ……」

 血気盛んに二人は睨み合う。
 クーはとてとてとゼロナの方に向かっていくと。「ゼロナ……がんば」と両手をグーにして顔の前に出して応援する。
 三人はそのまま出ていってしまい、桜花と俺だけ取り残される。

「さて、ユーリ兄さんはどっちに賭ける?」
「静紅」
「……そうよね、やっぱり。賭けにもならないわ」
 幾らゼロナの射撃の腕がいいとはいえ、静紅の機動は異常だし近づけば数秒も持たないだろう。

「ところで、俺たちここから出るなって中将に言われてなかったけ」
「え? あぁ…………気にしたら負けよ」
 取り繕いながら桜花は出て行った。
「今、完全に忘れてたよな」

 *


『この蛆虫がッ! 何度言えば解るんだ! あぁ!? 照準を合わせる前に撃つなんざ新兵でもやらねぇミスだ! 貴様は動く糞か! いや、動かんだけ糞の方が上等だぁ! 理解しろ! 貴様が撃った無駄弾は貴様の糞みたいな命の何万倍も重いんだよ!!』

 シミュレーターの中ではキーチが何かを喚いていた、ここまで怒声が聞こえてくる。
「平和ねー」
「いつも通りですね。そうえば、トゥーニャ隊長。ウチは訓練しなくていいんですか?」
 トゥーニャの後ろで副官がそう呟く。
「いいの、いいの。アッチはアッチ、ウチはウチ」
 訓練のゆるいトゥーニャの部隊は常にあんな口調で叱るキーチの部隊からは白い目で見られているが、隊長であるトゥーニャはあまり気にしていなかった。
 経験の浅い兵はほとんどキーチの部隊に再編されており、トゥーニャの部隊は自身がそこまで手の焼く必要がないからだ。彼女が指揮するのは機動と突破力を重視した部隊、損耗率が高いが功績は他の部隊より頭一つ飛び出していた。
 防備を一手に預かるスルワルドの部隊ほどではないけれども、精鋭が揃っている。だから、個人の実力よりは団結力の方が重要で、部隊内のコミュニケーション作りに徹していた。
 
『またぁ! また、貴様は同じミスを繰り返す!! 貴様の脳は飾りかぁ!? 使わねえならそんなもんはトイレに流して始末しとけ糞が!! 次! あぁ!? 今度は遅すぎる!! 死にてぇのかこの薄鈍い糞がぁ!!!』

 キーチがまた叱責している、トゥーニャからすれば懐かしい叫び声だと、つい、笑ってしまった。
「あはは、訓練兵じゃあるまいに、あんなにキレちゃってかわいそー」
 キーチに自覚はないが、アレで面倒見が良くなかったらとっくに後ろから刺されてもおかしくない。

「ん? …………へぇ」
 トゥーニャの視線の先、そこには静紅とゼロナ、そしてクーがいた。けれど、いつもの和気あいあいとした表情ではない。

「あ、トゥーニャ隊長が負けたガキじゃないですか?」
「うるさいわよ」
 生意気な副官を無視してキーチが乗っているシミュレーターに近づき、中に対して通信を入れる。

『チッ。誰だ? って、なんだぁ……トゥーニャ?』
「ちょっと、出てきなさいよ。面白いもの見れるかもよ」
『ふざけんじゃねぇ! 今は演習中だ! 邪魔するなら失せろ!』
「いいじゃない。二時間もぶっ通しでしょ、休憩がてらにさ。そっちの子もいっぱいいっぱいじゃない」
『…………チッ。各機、十分ほど休憩だ』
 その様子を見て、少し考えこんでからキーチは渋々とそう通告する、別の通信からは「ほっ」と息をする声が聞こえてきた。
『その間に自分の動き見直しとけウジ虫共!!』
 元気な返事を聞いた後、シミュレーターからキーチは降りてくる。
「……で、なんだってんだ?」
 トゥーニャは三歩ほど後ろに下がる。
「なんか汗くさいわよ、ハゲ」
「ハゲてねぇ!」
「まぁいいわ。ほら、アレ」

 自分の後ろに向けて親指を立てるトゥーニャの姿に気が付き、キーチは覗き見るように首をあげる。
 そこには降りてきた衛士を退かせシミュレーターに乗り込もうとするゼロナと静紅の姿があった。

「…………成程、早速ってか」
 けれど、降りてきた衛士に止められ揉めていた。
 使用権限がある部隊は今はキーチの所だけなので仕方無いといえば仕方が無い。
「……ったく、しゃあねぇな」
 キーチはトゥーニャをどかすと揉めている衛士と二人に声をかける。

「なんだぁ、お前ら。何しに来た」
「キーチ隊長! いいところに! こいつらが未だ我々が訓練中なのにシミュレーターを使わせろと……」
「ほぅ、そうか。お前はそんなに訓練に勤しみたかったのか、気づいてやれなくてスマンなぁ。安心しろ、後でたっぷり遊んでやる」
 にこやかに衛士の肩を叩くと、そのまま相手も引きつった笑みを浮かべて敬礼し、そのまま立ち去らせる。
 今度は二人に向き直り、声を荒げた。
「それと、ガキ共、本来こいつはお前らのおもちゃじゃねぇんだ! あんま勝手な事してんじゃねぇぞ!」
 実際、実力さえあればここの軍規は緩いから問題ないが、他の場所に行くと問題にならないはずがない。
「……だがまぁ、しばらくの間、俺らは休憩してる、その間は好きに使っても構わねぇぜ」

「ああ、感謝する」
 そんな事、全く思っていないなと解る表情で静紅が呟き隣のシミュレーターに乗り込んでしまう。キーチの叫び声に静紅の後ろに隠れていたクーはおろおろとしてしまう。
「……悪いな」
 いつもとは逆に意気消沈していたゼロナ。その姿を見て、キーチは声をかける。
「オイ、ゼロナ!」
「……なんだぁ?」

 威圧感をむき出しにした表情、トゲトゲしい雰囲気が漂っていた。
「……歯ぁ食いしばれぇ!」
 キーチはそう言い終える前にゼロナの頬を殴り飛ばす。
 床に転げ落ちゼロナは地面に叩きつけられる。
「何すんだッ! 手前!」

「ボケッとすんじゃねぇ…………。男だろ」
 起き上がったゼロナに対して、さらに首根っこを持ち上げて顔を近づけキーチは睨みつける。

「手前で決めた事だ。何があっても負けんじゃねぇぞ」
「……言われなくてもそのつもりだ」

 ゼロナはキーチを蹴り、手をほどき飛び降りてJIVESに乗り込んでいった。
「…………」

 無表情で立ち尽くすキーチに真面目な顔で近づいてきたトゥーニャが言う。
「……今の股間に──」
「何も言うな……!」

 ふと、キーチは自分の足の裾を誰かが掴んでいるのを感じ、目を向ける。
 そこには、ゼロナに追い出されここまで戻ってきたクーが両手を顔の前でグーにして立っていた。
「がんば」
「…………うるせぇ」
 そのままキーチは崩れ落ちた。

「ハイハイ。あのハゲオジさん怖いから。クーちゃんはこっちに行っとこうねー」
 トゥーニャがクーを抱いて中のモニターが解る場所にまで連れて行く。そこには、すでにユーリと桜花がスタンバイしており真剣な表情でモニターを眺めていた。

「始まった?」
「まだよ」
 モニターを弄っているユーリに変わって桜花が答える。そこには結構な人だかりができて、全員の視線がモニターに集中していた。
 ちなみに、その大半がトゥーニャの部隊だ。

「ほら、どけどけー野郎どもー。上官命令だー」
「横暴だー」とか「職権乱用だー」とかブーイングの中、足で器用に道を作ってモニターの前に陣取るトゥーニャ。
「……さて、どうなることやら。ね、クーちゃんはどっちに勝って欲しい?」
 抱いているクーに対して聞く。
「ゼロナ」とゼロナが映るモニターを指さしてはっきりと言うクー。
「へぇ……」
 てっきり中立の立場をとると思っていたのでトゥーニャはその物言い驚いてしまう。
「どうして?」
「ゼロナが負けたら……。しずくがいっちゃう」

 それだけでは良く解らかったけれど。
「……エロイ意味で?」とは流石に聞けないのでトゥーニャは口をつぐんでいた。

 *


 電子音が低い音程で鳴り響く。
 
『ゼロナ。ハンデだ、戦場はそっちで選べ』
「そりゃどうも」

 ゼロナが選んだのは市街地、ソ連では一般的なデータの演習場だ。
 障害物も多く身の隠し安いこの場所なら、静紅の機動を抑えれるかもしれないと踏んだのだ。 
 互いに機体は同条件のF-4ファントム、武装は静紅が長刀を基本に申し訳程度に突撃砲を持っている、一見すると砲撃支援用の装備にも見えるが、静紅は常にその装備で最前衛で行動している。対照的にゼロナは長距離狙撃用の支援突撃砲を主に銃撃戦に持ち込む算段だ。

『……そういえば、お前とこうして向きあうのも出会った時以来か』
「ああ、そういやそうだったけ……」

 兄貴に連れられソイツに初めて会った。
 黒い髪に不遜な態度。およそガキとは思えないほど傲慢で俺を見下していた。
 兄貴が女だてらに強いと自慢していたので、どんな女かと思って会ってみれば納得がいかなかった。
 だから、わざと突っかかり襲いかかった。同年代のガキでは負け知らずだったし、よく解らない記憶のおかげで大人とも張り合う事くらいはできた。
 けれど、そいつにはどれも通じなかった。
 始めの数秒で攻撃が何度も空を切り、当たったと思った次の瞬間には何故か俺がぶっ飛ばされていた。
 今となっては馬鹿な事をしたとも思うが、後悔などない。むしろ、そんな出会い方の方が正しいと思えたほどだった。
 尊敬する敵として、目指すべき敵として、倒すべき敵として。

「今ここであの時のリベンジさせてもらわなきゃなぁ」
『それは楽しみだ』

 視界が下から一気に明るくなる。
 神経を研ぎ澄まし、緊張を振りほどく。
 機体の状況を確認、良好。不備、なし。システムは正常に稼働している。
 元々、一騎打ちなので小細工はなし、相手はすでに視界に捉えていた。

 一度大きく深呼吸をして肺に酸素を取り込む。

「──さぁ、始めるぜぇ……!! オープンコンバットってかぁ!!──」

 初動から機体を加速させ、ゼロナは目前に存在するF-4に向かって突っ込んでいった。


 *



 始めはゆっくりと腰のブスースターに薄く青い炎が灯る。ゼロナの乗るF-4が体を縮め重心を低く保つ。
 初動にて疾駆した。金属のバネを弾くように腰のブーストが一斉に火を吹かし、コンクリートの地面に硝煙を撒き散らし焼き尽くす。
 F-4が最高速度で背の高いビルの間を跳ねるように駆け抜ける。

「……馬鹿ね、いきなり真正面から突っ込むなんて」
 画面を見ていた桜花がそう呟く。
「策もなしなら自殺行為だな」
 ゼロナの装備は中距離から遠距離に特化されている、わざわざ自分の得意とする距離を捨て静紅の得意とする距離、つまり近接戦闘に持ち込んだとて勝ち目はない。
 もし、仮に奇襲だとしても、お世辞にも上手いものだとは言えない。
 その相手が静紅ならば尚更だ。

 相対する静紅はただ毅然と立っていた。
 特に武器を構えるでもなく、片手にぶらりと長刀を下げ反対の片足を軽く前に出しているだけだ。

『初手は譲ってやるつもりだったが』

 加速を掛けながらゼロナは片手を突き出しで突撃砲を構え120㎜砲弾を撃ち出した。
「……ラァア!!」
 静紅はソレを機体を少しズラすだけで躱し、前へと進む。
『侮られたモノだな!』
 静紅が動く。
 その行為は一気に二つのF-4の距離を縮めた。
 数瞬で高速する鉄塊と化した静紅のF-4との交差は一瞬だった。
 ゼロナの目の前にはおよそ人間は不可能なスピードで長刀が振り下ろされ、咄嗟に攻撃を止め回避するが、避け切れず肩部が叩き切られる。

「まさか、……侮ってなんかねぇよッ!」
 ゼロナは背中にマウントされた突撃砲二つを同時に発射する。
 銃痕が地面を削りながら静紅を追うが、後ろにも目があるかのように蛇行するような動きでF-4は的確に避けていった。
 だが、本当の狙いは別にある。
 攻撃が成功し慢心した隙。力の差があることは初めからわかっていたのだ、だから自らの装甲を削り、隙を作り一撃で仕留める以外に勝利はない。
 それが静紅が回避し着地する瞬間。
 機体を旋回させ、ゼロナは120㎜砲弾を敵のコックピットに向け渾身の一撃を放つ。

『なら、私は期待しすぎたか?』

 あろうことかその銃弾は静紅の振るった長刀によって、あっさりと真っ二つに切り捨てられたのだ。
 回転を抑えられ勢いを失った二つの銃弾はF-4の装甲に弾かれる。

 それを見ていたモニターの前の観衆は呆然としていた。
 銃弾を斬るなんて芸当。
「静紅ならいつかやると思ってた」
「実際、やる奴は馬鹿としか言いようがないわよ。失敗して死んだらまさに笑いものだもの。……むしろ、失敗したら一生笑ってやるつもりだったのに」

 結局、接近戦に持ち込んで被害を受けたのはゼロナのみ、残弾も減らしたことによって状況は悪くなっただけだ。


『もう、少し……楽しませてみろ』
 静紅は再び足を止めて挑発をする。

「ふざけんな! 道楽気分かよ……ッ!!」
 36㎜砲弾に変え静紅へと斉射する。
 しかし、銃口から吠える炎は市街地を破壊すれど巧みな静紅の機動に翻弄され当たらない。
 静紅の影がビルの上空へと消え、急いでセンサーにて場所を特定する。静紅が向かったそこは廃墟のようなビルばかりで足場が悪く接近戦には向かない場所だ。
 下からでは狙い撃つのも難しい、ゼロナも静紅がいるはずの近くのビルへと登っていく。
 屋上に付き周りを見る。
 ほんの数瞬、何が起こったか解らずゼロナの思考が停止してしまった。
 かなり近く、センサーで反応しているはずの所には静紅は存在しなかったのだ。

『違うな』
「……下っ!?」
 震音をセンサーが反応したので銃を地面へと向けるがそこには何もなく、ただ、自ら立っているビルには上からでは解らないような巨大な穴が開いていたのだ。

『道楽にも届いていない。そう言っているんだ』
 警報が鳴るとともに背後から現れたF-4に蹴り落とされ、空中へと放り出される。
 咄嗟のことにブーストを吹かし重力に抵抗するが、元々の重量があるF-4には速度を殺し切れない。さらに、ビルの上からからは追撃とばかりに静紅は長刀を下に向けて突っ込んできた。
「なろォッ!!」
 追ってこようとする静紅へと目がけて突撃砲を放つがそれも軽く空中で避けられる。だが、静紅も攻撃の姿勢を解き追撃を断念せざる負えなくなる。
 ゼロナは残った腕でビルを殴りつける、落下が止まるわけではないが、ビルの鉄筋を削りながら腕は自然と上に行き地面に足から着陸する。
 けれど、その無防備な姿を静紅が狙わないわけがない。
 直感的に破壊されるのも覚悟で突撃砲を静紅のいるはずの方向に向ける。 
 突撃砲に衝撃が走る、だがそれほど大きなモノではない。見ると突撃砲のフロントサイトに短刀が突き刺さっていた。
「……クソッ!」
 すぐに使えなくなったと判断して放棄する。
 けれど、次の瞬間飛び込んできた静紅のF-4に反応できず、上段から振るわれた長刀で肩から腰に掛けて切り裂かれる。
 斬りつけられながらバックステップで距離を取ることで下にいくほど傷は浅い。装甲を切りつけられただけで操縦には支障がない。
 けれど、それに追随するように一定の距離で静紅が追いかけ、長刀を振るってくる。

『ホラ、逃げろ逃げろ』
「……ッ!!」
 ギリギリで避けれる程度の攻撃で嬲るようにゼロナの装甲が削られていく。
 突撃砲を手にしようとすれば直前で間に刃が走り、ナイフを取り出そうとすれば根っこから切り落とされてしまう。

「ちくしょぉ! 何でッ!? 何でだよッ!!」
 まさに手も足もでない。まるで、自分が行動しよとする一歩先が読まれているかのように攻撃を繰り出してくる。
『恐れただろう?』
 進退きわまり、捨て身で突進をしようとすれば軽々と避けられてしまう。
『私を』

 無防備を晒した背後からビルの壁へと蹴りつけられ、カエルのようにへばり付かされる。
「…………ガッ!!」
 その衝撃で脳みそが揺れ動かされた。
『恐れを抱いた人間の行動は見飽きたんだ。……もう、気がすんだだろ。終りにしよう』 

 あまりにも一方的な戦闘。
 両者には絶望的なほどに力の差が存在した。
「ちくしょぉおおおおお!!」
 それでも、叫びながら残っていた武装をゼロナは探していた。
 残っているのは背にある突撃砲が一つと、腕の短刀が一本、そして発煙弾。一瞬ゼロナは目を疑ったが確かに対人用の兵器がソコに存在した。
 迷う暇などなくソレを地面に落とす。
 やけに周りが静かでカランと言う音が耳に響く。
 静紅はF-4から落ちたソレを目で追っていた。
 思考などせず、ソレがこの戦闘で異物だと感じ、一度めに落下してソレが二度めの地面に着地する前にはゼロナのF-4を蹴り距離を取ろうとする。
 静紅の反応は速かった、けれど、F-4は重くブーストを使って下がろうとするが間に合わない。
 発煙弾が空気の抜けるような音と共に大量の煙を吐き出した。

 ゼロナは背後にいるはずの静紅を逃がすまいと背中の突撃砲を撃ち放つ。
 静紅は今まで突撃砲の発射口を見て銃弾の位置を読んでいた。しかし、白い煙で覆われたその先から飛んでくる銃弾には反応できず、咄嗟に片腕を盾にして防ぐ。
 静紅の利き腕は36㎜砲弾に蝕まれ、F-4の厚い装甲が破れ精密な機械がはじけ飛んでいく。持っていた長刀は地に落ちてしまう。

『……ッチィ!』
 この戦いで初めて静紅が悪態をついた。
 ゼロナは地面に突き刺さった長刀の音に反応すると、そう遠くないソレを感覚だけで探しだし、そのまま静紅が逃げたであろう方向に切っ先を向け突っ込んだ。
「ヒャァァアアハァァアアアアアア!!!」

 その時、静紅は過ちを二つ犯していた、一つは距離を取るためにゼロナを背後にしていた事。一つは戦闘中に発煙弾など用いた事のないゼロナが何故そんなモノを持っていたか、という答えに歯ぎしりをしていた事。
 どちらにせよ、結果は変わらない。
 静紅は後ろから長刀で貫かれていた。


 モニターの前、唐突な逆転劇にゼロナに賭けていた男たちは立ち上がって叫んでいた。
 その中で相変わらず兄妹は二人の戦いを冷めた目で観察していた。
「……桜花だろ、あの発煙弾なんて入れたの」
「勝負前に入れたのだから問題ないわ。そもそも、一対一は静紅の土俵よ、せめてあの感覚を狂わすような攻撃じゃないと話にならないわ」
「あー」
「……で、この状況からユーリ兄さんはどっちが勝つと思う?」

 画面には距離を取った場所にF-4が二つが立っている。
 一つはゼロナのそこら中に傷や汚れを残したボロボロのF-4。長刀を放棄して突撃砲を構えている。
 一つは、先程、肩を長刀で貫かれ両腕を失いながらもなんとか距離を取った静紅のF-4。
 見比べるまでもない。
「静紅だ」


『今のはなかなか面白かった……』
 通信から聞こえてくる声は笑っていた。
 だが、ゼロナは勝利を確信していた故に呆れてしまう。
「おいおい、静紅姉ぇ……攻撃するための腕がなくなったんだぜぇ。……そんな状態で俺に勝てると思ってんのかよ」
 そう、腕がなくては武器も持てず、移動するだけしかできない。
 つまり、後は逃げ纏うことしかできないのだ。

『あまり舐めたことを言うな。…………たかが”腕”がなくなった程度だろ』
 そのまま静紅は両腕の残骸をパージして丸腰になる。
「本気かよ……」

『ああ、丁度いいハンデだろう? ……これからは少し本気を出す』
 凍りつくような圧力がゼロナを襲う。
 それと同時に弾丸のように静紅が駆け出した。
 ゼロナは突撃砲を手に持ち、構えてから狙いを定める。
『本来、人間同士なら走る時にも腕でスピードを稼げる。だが、走るだけならば、銃を構えたまま走る戦術機はただの重しだ。流線型の飛行機のような形で飛んだ方が速いに決まっているだろう』

 そう言いながら静紅のF-4は飛び上がり、腰を低くして空中でビルの壁を走るかのように勢いをつける。

「冗談……!?」
 一気に距離を縮め、ゼロナのF-4へと向かって飛び降りる。

『そもそも”腕”というのは猿の前足が発達したものでしかない。何のためにか、無論、他の動物を効率的に殺すためだ』
 ゼロナは回避しようとするが、空中で変則的な機動をして静紅が追ってくる。

『”腕”などなくても獣には牙がある。獣でなくとも足がある、心があり、頭がある』
 そして、ゼロナのF-4突出された胸部、静紅はそこに足をかけ空中で静止した。
 そこからは、ゼロナは何があったのか理解できなかった。

『別に私がいなくともお前たちはやっていけるさ……。ほら、足だけだってこんなにも戦えるんだからな』

 気づけばゼロナのF-4は崩れ落ちていき、容赦なくコックピット部分を静紅が踏みつぶしていた。
 その数瞬で呆然とゼロナは敗北という事実を突きつけられていた。


 ゼロナのF-4が戦闘不能と判断され勝敗は決した。けれど、その圧倒的な攻撃にモニターの前にいた誰もが唖然として、その最後に疑問を抱かずにはいられなかった。
「…………桜花、今、何があった?」
 ユーリの目から見ても静紅の攻撃は理解できなかった。唯一、わかっていそうなのは静紅本人と桜花くらいだ。
「ユーリ兄さんはどれくらい見えた?」
「静紅がゼロナのF-4に乗った、そしたらゼロナのF-4が崩れ落ちたくらいにしか……」
「……多分だけど、静紅がゼロナのF-4を足で後ろに押したのよ、一点集中で」
「でも、それだけじゃ倒れないだろ?」
「そうね、だから静紅はF-4の軸をずらして無理矢理ゼロナのF-4にあるOBWが反応させたのよ。まず、後ろに向けて倒そうとしたのに反応したOBWが逆向きの力で押し返してくるからソレを逆手にとって勢いをつけさせて前倒しにさせる。ゼロナのF-4は安定させるために重心を低くして一度手をつこうとしたの、けれど、体を斜めにしたF-4を静紅はさらに足で押し込んだ。中腰から立とうとする時に押されたら倒れそうになるでしょ。それをあの一瞬に戦術機でやったのよ。元々、バランス感覚が人間より鈍い戦術機ならでは、と言いたいところだけど、見た目ほど簡単じゃないわ」

「…………流石、静紅は格が違った」
 クーはゼロナの敗北にぐったりしていた。
 「ぅ~」と唸っている、期待させただけに落差が激しいのだろう。

 いつの間にかそこには結構な人数の観客がおり、その戦いを観戦していた。
 賭けをして負けた者は嘆き、勝った者は喜んでいる。
 そんな中、少し離れた場所にあるゼロナのシミュレーターからは声を押し殺して嘆くような音がしていた。

「…………なぁ、桜花。俺は兄として、いや、兄弟としてあいつらに何ができるんだろうな?」
「さぁ……そういうのは自分で考えるから価値があるのよ。私に聞けば何でも答えが返ってくるなんて思わないでよね」
「……そう、だよな」

 湧き上がる兵士の中、俺たちは何も言わずにいた。

 ただ、それを見ていた彼らだけではない。
 少し離れた場所、たまたま通りかかったヴェルト博士がその様子を覗いていたのだ。

「……中将。やっぱり、面白いものを拾っているんじゃないカ」

 黒い笑みを浮かべたその瞳の先には、ぐったりとしているクーの姿が存在した。



[18452] あるトゥーニャの言い訳「男のロリコンは犯罪だけど、女のロリコンはただのレズだから!」
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:8faf74cc
Date: 2011/01/04 02:40


 始めはゆっくりと腰のブスースターに薄く青い炎が灯る。ゼロナの乗るF-4が体を縮め重心を低く保つ。
 初動にて疾駆した。金属のバネを弾くように腰のブーストが一斉に火を吹かし、コンクリートの地面に硝煙を撒き散らし焼き尽くす。
 F-4が最高速度で背の高いビルの間を跳ねるように駆け抜ける。

「……馬鹿ね、いきなり真正面から突っ込むなんて」
 画面を見ていた桜花がそう呟く。
「策もなしなら自殺行為だな」
 ゼロナの装備は中距離から遠距離に特化されている、わざわざ自分の得意とする距離を捨て静紅の得意とする距離、つまり近接戦闘に持ち込んだとて勝ち目はない。
 もし、仮に奇襲だとしても、お世辞にも上手いものだとは言えない。
 その相手が静紅ならば尚更だ。

 相対する静紅はただ毅然と立っていた。
 特に武器を構えるでもなく、片手にぶらりと長刀を下げ反対の片足を軽く前に出しているだけだ。

『初手は譲ってやるつもりだったが』

 加速を掛けながらゼロナは片手を突き出しで突撃砲を構え120㎜砲弾を撃ち出した。
「……ラァア!!」
 静紅はソレを機体を少しズラすだけで躱し、前へと進む。
『侮られたモノだな!』
 静紅が動く。
 その行為は一気に二つのF-4の距離を縮めた。
 数瞬で高速する鉄塊と化した静紅のF-4との交差は一瞬だった。
 ゼロナの目の前にはおよそ人間は不可能なスピードで長刀が振り下ろされ、咄嗟に攻撃を止め回避するが、避け切れず肩部が叩き切られる。

「まさか、……侮ってなんかねぇよッ!」
 ゼロナは背中にマウントされた突撃砲二つを同時に発射する。
 銃痕が地面を削りながら静紅を追うが、後ろにも目があるかのように蛇行するような動きでF-4は的確に避けていった。
 だが、本当の狙いは別にある。
 攻撃が成功し慢心した隙。力の差があることは初めからわかっていたのだ、だから自らの装甲を削り、隙を作り一撃で仕留める以外に勝利はない。
 それが静紅が回避し着地する瞬間。
 機体を旋回させ、ゼロナは120㎜砲弾を敵のコックピットに向け渾身の一撃を放つ。

『なら、私は期待しすぎたか?』

 あろうことかその銃弾は静紅の振るった長刀によって、あっさりと真っ二つに切り捨てられたのだ。
 回転を抑えられ勢いを失った二つの銃弾はF-4の装甲に弾かれる。

 それを見ていたモニターの前の観衆は呆然としていた。
 銃弾を斬るなんて芸当。
「静紅ならいつかやると思ってた」
「実際、やる奴は馬鹿としか言いようがないわよ。失敗して死んだらまさに笑いものだもの。……むしろ、失敗したら一生笑ってやるつもりだったのに」

 結局、接近戦に持ち込んで被害を受けたのはゼロナのみ、残弾も減らしたことによって状況は悪くなっただけだ。


『もう、少し……楽しませてみろ』
 静紅は再び足を止めて挑発をする。

「ふざけんな! 道楽気分かよ……ッ!!」
 36㎜砲弾に変え静紅へと斉射する。
 しかし、銃口から吠える炎は市街地を破壊すれど巧みな静紅の機動に翻弄され当たらない。
 静紅の影がビルの上空へと消え、急いでセンサーにて場所を特定する。静紅が向かったそこは廃墟のようなビルばかりで足場が悪く接近戦には向かない場所だ。
 下からでは狙い撃つのも難しい、ゼロナも静紅がいるはずの近くのビルへと登っていく。
 屋上に付き周りを見る。
 ほんの数瞬、何が起こったか解らずゼロナの思考が停止してしまった。
 かなり近く、センサーで反応しているはずの所には静紅は存在しなかったのだ。

『違うな』
「……下っ!?」
 震音をセンサーが反応したので銃を地面へと向けるがそこには何もなく、ただ、自ら立っているビルには上からでは解らないような巨大な穴が開いていたのだ。

『道楽にも届いていない。そう言っているんだ』
 警報が鳴るとともに背後から現れたF-4に蹴り落とされ、空中へと放り出される。
 咄嗟のことにブーストを吹かし重力に抵抗するが、元々の重量があるF-4には速度を殺し切れない。さらに、ビルの上からからは追撃とばかりに静紅は長刀を下に向けて突っ込んできた。
「なろォッ!!」
 追ってこようとする静紅へと目がけて突撃砲を放つがそれも軽く空中で避けられる。だが、静紅も攻撃の姿勢を解き追撃を断念せざる負えなくなる。
 ゼロナは残った腕でビルを殴りつける、落下が止まるわけではないが、ビルの鉄筋を削りながら腕は自然と上に行き地面に足から着陸する。
 けれど、その無防備な姿を静紅が狙わないわけがない。
 直感的に破壊されるのも覚悟で突撃砲を静紅のいるはずの方向に向ける。 
 突撃砲に衝撃が走る、だがそれほど大きなモノではない。見ると突撃砲のフロントサイトに短刀が突き刺さっていた。
「……クソッ!」
 すぐに使えなくなったと判断して放棄する。
 けれど、次の瞬間飛び込んできた静紅のF-4に反応できず、上段から振るわれた長刀で肩から腰に掛けて切り裂かれる。
 斬りつけられながらバックステップで距離を取ることで下にいくほど傷は浅い。装甲を切りつけられただけで操縦には支障がない。
 けれど、それに追随するように一定の距離で静紅が追いかけ、長刀を振るってくる。

『ホラ、逃げろ逃げろ』
「……ッ!!」
 ギリギリで避けれる程度の攻撃で嬲るようにゼロナの装甲が削られていく。
 突撃砲を手にしようとすれば直前で間に刃が走り、ナイフを取り出そうとすれば根っこから切り落とされてしまう。

「ちくしょぉ! 何でッ!? 何でだよッ!!」
 まさに手も足もでない。まるで、自分が行動しよとする一歩先が読まれているかのように攻撃を繰り出してくる。
『恐れただろう?』
 進退きわまり、捨て身で突進をしようとすれば軽々と避けられてしまう。
『私を』

 無防備を晒した背後からビルの壁へと蹴りつけられ、カエルのようにへばり付かされる。
「…………ガッ!!」
 その衝撃で脳みそが揺れ動かされた。
『恐れを抱いた人間の行動は見飽きたんだ。……もう、気がすんだだろ。終りにしよう』 

 あまりにも一方的な戦闘。
 両者には絶望的なほどに力の差が存在した。
「ちくしょぉおおおおお!!」
 それでも、叫びながら残っていた武装をゼロナは探していた。
 残っているのは背にある突撃砲が一つと、腕の短刀が一本、そして発煙弾。一瞬ゼロナは目を疑ったが確かに対人用の兵器がソコに存在した。
 迷う暇などなくソレを地面に落とす。
 やけに周りが静かでカランと言う音が耳に響く。
 静紅はF-4から落ちたソレを目で追っていた。
 思考などせず、ソレがこの戦闘で異物だと感じ、一度めに落下してソレが二度めの地面に着地する前にはゼロナのF-4を蹴り距離を取ろうとする。
 静紅の反応は速かった、けれど、F-4は重くブーストを使って下がろうとするが間に合わない。
 発煙弾が空気の抜けるような音と共に大量の煙を吐き出した。

 ゼロナは背後にいるはずの静紅を逃がすまいと背中の突撃砲を撃ち放つ。
 静紅は今まで突撃砲の発射口を見て銃弾の位置を読んでいた。しかし、白い煙で覆われたその先から飛んでくる銃弾には反応できず、咄嗟に片腕を盾にして防ぐ。
 静紅の利き腕は36㎜砲弾に蝕まれ、F-4の厚い装甲が破れ精密な機械がはじけ飛んでいく。持っていた長刀は地に落ちてしまう。

『……ッチィ!』
 この戦いで初めて静紅が悪態をついた。
 ゼロナは地面に突き刺さった長刀の音に反応すると、そう遠くないソレを感覚だけで探しだし、そのまま静紅が逃げたであろう方向に切っ先を向け突っ込んだ。
「ヒャァァアアハァァアアアアアア!!!」

 その時、静紅は過ちを二つ犯していた、一つは距離を取るためにゼロナを背後にしていた事。一つは戦闘中に発煙弾など用いた事のないゼロナが何故そんなモノを持っていたか、という答えに歯ぎしりをしていた事。
 どちらにせよ、結果は変わらない。
 静紅は後ろから長刀で貫かれていた。


 モニターの前、唐突な逆転劇にゼロナに賭けていた男たちは立ち上がって叫んでいた。
 その中で相変わらず兄妹は二人の戦いを冷めた目で観察していた。
「……桜花だろ、あの発煙弾なんて入れたの」
「勝負前に入れたのだから問題ないわ。そもそも、一対一は静紅の土俵よ、せめてあの感覚を狂わすような攻撃じゃないと話にならないわ」
「あー」
「……で、この状況からユーリ兄さんはどっちが勝つと思う?」

 画面には距離を取った場所にF-4が二つが立っている。
 一つはゼロナのそこら中に傷や汚れを残したボロボロのF-4。長刀を放棄して突撃砲を構えている。
 一つは、先程、肩を長刀で貫かれ両腕を失いながらもなんとか距離を取った静紅のF-4。
 見比べるまでもない。
「静紅だ」


『今のはなかなか面白かった……』
 通信から聞こえてくる声は笑っていた。
 だが、ゼロナは勝利を確信していた故に呆れてしまう。
「おいおい、静紅姉ぇ……攻撃するための腕がなくなったんだぜぇ。……そんな状態で俺に勝てると思ってんのかよ」
 そう、腕がなくては武器も持てず、移動するだけしかできない。
 つまり、後は逃げ纏うことしかできないのだ。

『あまり舐めたことを言うな。…………たかが”腕”がなくなった程度だろ』
 そのまま静紅は両腕の残骸をパージして丸腰になる。
「本気かよ……」

『ああ、丁度いいハンデだろう? ……これからは少し本気を出す』
 凍りつくような圧力がゼロナを襲う。
 それと同時に弾丸のように静紅が駆け出した。
 ゼロナは突撃砲を手に持ち、構えてから狙いを定める。
『本来、人間同士なら走る時にも腕でスピードを稼げる。だが、走るだけならば、銃を構えたまま走る戦術機はただの重しだ。流線型の飛行機のような形で飛んだ方が速いに決まっているだろう』

 そう言いながら静紅のF-4は飛び上がり、腰を低くして空中でビルの壁を走るかのように勢いをつける。

「冗談……!?」
 一気に距離を縮め、ゼロナのF-4へと向かって飛び降りる。

『そもそも”腕”というのは猿の前足が発達したものでしかない。何のためにか、無論、他の動物を効率的に殺すためだ』
 ゼロナは回避しようとするが、空中で変則的な機動をして静紅が追ってくる。

『”腕”などなくても獣には牙がある。獣でなくとも足がある、心があり、頭がある』
 そして、ゼロナのF-4突出された胸部、静紅はそこに足をかけ空中で静止した。
 そこからは、ゼロナは何があったのか理解できなかった。

『別に私がいなくともお前たちはやっていけるさ……。ほら、足だけだってこんなにも戦えるんだからな』

 気づけばゼロナのF-4は崩れ落ちていき、容赦なくコックピット部分を静紅が踏みつぶしていた。
 その数瞬で呆然とゼロナは敗北という事実を突きつけられていた。


 ゼロナのF-4が戦闘不能と判断され勝敗は決した。けれど、その圧倒的な攻撃にモニターの前にいた誰もが唖然として、その最後に疑問を抱かずにはいられなかった。
「…………桜花、今、何があった?」
 ユーリの目から見ても静紅の攻撃は理解できなかった。唯一、わかっていそうなのは静紅本人と桜花くらいだ。
「ユーリ兄さんはどれくらい見えた?」
「静紅がゼロナのF-4に乗った、そしたらゼロナのF-4が崩れ落ちたくらいにしか……」
「……多分だけど、静紅がゼロナのF-4を足で後ろに押したのよ、一点集中で」
「でも、それだけじゃ倒れないだろ?」
「そうね、だから静紅はF-4の軸をずらして無理矢理ゼロナのF-4にあるOBWが反応させたのよ。まず、後ろに向けて倒そうとしたのに反応したOBWが逆向きの力で押し返してくるからソレを逆手にとって勢いをつけさせて前倒しにさせる。ゼロナのF-4は安定させるために重心を低くして一度手をつこうとしたの、けれど、体を斜めにしたF-4を静紅はさらに足で押し込んだ。中腰から立とうとする時に押されたら倒れそうになるでしょ。それをあの一瞬に戦術機でやったのよ。元々、バランス感覚が人間より鈍い戦術機ならでは、と言いたいところだけど、見た目ほど簡単じゃないわ」

「…………流石、静紅は格が違った」
 クーはゼロナの敗北にぐったりしていた。
 「ぅ~」と唸っている、期待させただけに落差が激しいのだろう。

 いつの間にかそこには結構な人数の観客がおり、その戦いを観戦していた。
 賭けをして負けた者は嘆き、勝った者は喜んでいる。
 そんな中、少し離れた場所にあるゼロナのシミュレーターからは声を押し殺して嘆くような音がしていた。

「…………なぁ、桜花。俺は兄として、いや、兄弟としてあいつらに何ができるんだろうな?」
「さぁ……そういうのは自分で考えるから価値があるのよ。私に聞けば何でも答えが返ってくるなんて思わないでよね」
「……そう、だよな」

 湧き上がる兵士の中、俺たちは何も言わずにいた。

 ただ、それを見ていた彼らだけではない。
 少し離れた場所、たまたま通りかかったヴェルト博士がその様子を覗いていたのだ。

「……中将。やっぱり、面白いものを拾っているんじゃないカ」

 黒い笑みを浮かべたその瞳の先には、ぐったりとしているクーの姿が存在した。



[18452] ある暇なBETA「そろそろ出番ですね」
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:8faf74cc
Date: 2011/01/04 02:39



 意固地になったゼロナをなんとか説得しようとしている間に静紅が出立する日はすぐに来てしまった。
 予報通りこの時期には珍しく雪はあまり降っていない。
 中将の一計によってヴェルト博士はここからまったく逆方向にある、あまり使われていない滑走路から出立することになっている。
 そのせいか、つき合いのあった衛士や整備兵あまり口のきいたことのない陸軍の人間まで結構な人数がいた。
 すでに酒盛りを初めお祭り気分の人間も多い。

「こうして見ると、ホントに行くんだなって実感がわくなー……」
「……悪いな。後のこと、できるだけ頼んだ」
「任せとけってのは言いがたいが、初めから俺はできることはやるつもりだって。……しっかし予想外に盛大な送り出しだな」
 俺は辺りを見回して人の多さに呆れ、コートを着た静紅は「そうだな」とはにかんでいた。
 兵装の入った木箱の上に座っていたトゥーニャが笑う。
「ウチは花が少ないからね。静紅ちゃんは着痩せするタイプだし、これからを期待する野郎どもとか、私の部隊でも結構人気あったのよ。でも、まさかアレが静紅ちゃんが日本に行くかどうかの戦いだたなんて、知ってればゼロナを応援したのになぁ。でも、私が応援したって勝てなかったかなーアレは」

 そのゼロナと言えばいまだに隅っこで小さくなっている、今回の敗北がかなり効いているようだ。静紅はバツが悪そうにそちらに視線を送る。
「ありゃ……今はそっとしておくしかねぇ。まぁ、時間がたてばなんとでもなるだろう、つかそんなこと勝負に勝ったお前が気にすんじゃねぇよ」
 頭をかきながら近づいてきたキーチがため息をつきながらそう呟く、すでに酒が入っているようで顔が赤い。
「言われなくてもそんなことはわかっている。あまりにうじうじしているから、もう一発殴ってやろうかと思っただけだ……」
「ハイハイ、やめときなさい。静紅、なんでも暴力で解決しようとするのはあなたの悪いくせよ」
 こんな時まで座り込んでパソコンを動かしている桜花が諭すように言う。
「……そうだな」
「なによ、偉く素直ね」
「こんなときまでお前と言い争う気にはなれんだけだ」
「殊勝な心がけじゃない、いつまでもその心を忘れないことね」
「……調子にのるな、お前も少しは姉を敬うことを覚えろ」
「まぁ、なんて馬鹿なお姉さまだこと、おつむは大丈夫ですの? オホホ」
「今直ぐ止めろ、真顔と棒読みでオホホとか言うな気持ち悪い」

 そのままそっぽを向く静紅。おなじみのメンバー以外にもいろいろな人に話しかけられている。
 でも、さっきから静紅のコートの後ろに全員、一度は目が行ってしまう。
 そこには手を離すまいと静紅のコートの後ろにピッタリとくっつくクーの姿があった。流石に静紅も引っ剥がす気になれずギリギリまでこうさせといてやろうという結論に至ったらしい。

「……しずく」
「どうした、クー?」
 静紅の背中に顔を埋めながら泣きそうな声で名前を呼ぶ。
「やっぱり……いっちゃ、ヤダ」
 静紅は軽く息を吐いて手を後ろに回し、クーを捕まえる。
「大丈夫だ、また、すぐに会える。……その時は今度こそずっといっしょにいてやるから」
「……ほんと?」
「本当だ。私はこういう事で嘘はつかん」
「……ぜったい?」
「絶対だ。だから、そろそろ離してくれないか?」
「…………ヤダ」
「……そうか、なら好きにするといい」

 トゥーニャがその後ろからくっつこうとして静紅に阻まれ、諦めてこっちに帰ってくる。
「だけど、よく中将が許可したわよね。あの人、自分が手に入れたモノを他人に譲るなんてこと絶対しない人なのに」
「脱退の許可は初めに約束したから?」
 俺はそう聞くがトゥーニャは難しい顔をした。
「それはそうだけど、中将ならそんなものを握りつぶすくらいはするわよ。特にアンタ達は気に入られてたからね」
「噂をすれば」
 見ると中将を先頭に左近さんとキンテッキー元中佐、スルワルドがこちらに向かって歩いてくる。

「結構な人数が揃っているな。ウチの基地は暇人ばかりか……」
 スルワルドが首を横に振りながらそんなことを言う。
「いいじゃないか。しばらくすればそうも言ってられない状況になるのだから」
 キンテッキー元中佐がそれを嗜める。
「しかし、随分と派手なお見送りですな。こうまでしていただくと、私も嬉しい限りですよ」
 左近さんが冗談交じりに、いや、冗談を言うが、全員で無視をする。
 中将は静紅の前に立つとじっと見つめていた。

「あっちに行っても、好きにやるがいい……」
「……そうさせてもらうつもりだ」

 短い会話だったが二人とも何か思うところがあったのだろう、唇を釣り上げ静紅は不敵に笑う。中将はそれを見て盛大に笑い飛ばした。
 その横でトゥーニャがスルワルドが首に下げているカメラを指差す。
「少佐ー、そのカメラって……」
「ああ、ウチの母が何か趣味の一つでも作れと送ってきてのだが、今まで禄に使わんかってな。丁度いい機会だから、お前たちを取ってやろうと思って持ってきた訳だ」
「少佐にしては凄い気がききますね」
「……どう言う意味かな?」
「いえいえ、それよりちょっと貸してください」
 トゥーニャはスルワルドからカメラを取り上げる。
「ッちょっと待て……!」
「へー、ポラロイドカメラ、SX-70ですか、良いもの使ってますね」
「……そう、なのか?」
「わからないならいいです。ユーリ君、君ら撮ってあげるから皆で集まりなよ」
 あたふたするスルワルドを放り出してトゥーニャが笑いながら言う。

「いいの?」
「いいって、いいって。どうせ私のじゃないし」
「こら、待て」
 スルワルドがトゥーニャの後ろで何か言っているが本気で取り返そうとしない辺り別に構わないらしい。
 座ってパソコンを弄っていた桜花を連れて、隅でのを描いていたゼロナを引っ張り、静紅を回収がてらにクーも連れてくる。
 これで五人揃った。
 少し離れた所には俺たちの住んでいる兵舎が見える場所をバックにトゥーニャがそれぞれ一人ひとりを真ん中にして五枚の写真を撮ってれた。
 写真はその場で現像されて俺達に配られる。
「結構、綺麗に取れてる……」
 取ってもらったトゥーニャの写真を見て関心してしまう。
「私こう見えても昔はカメラマンになりたかったのよ。だから、勉強は一応してる訳、感謝したらどうかね。私は天才だから、もしかすると、後の世に語られるスーパーカメラマンに撮ってもらったんだから」
「その時にはすでに人類が滅びてるかもしれないな」
「む……、静紅ちゃんはほんと生意気だなー」
 トゥーニャは年甲斐もなく頬を膨らませる、意外と子どもっぽい行動が様になっていた。
「許せ、そういう性分だ」
「…………わかった、でも許すのは今回だけだから。”次”は許さない」
「……ああ」

 そこにいる全員で自主的に参加する奴で一枚とって撮影会は終わる。
 だんだんと出立の時間が近づいてきているのは全員が知っていた。
 静紅と桜花は軽く睨み合う。数秒の間、どちらも喋ろうとしなかった。先に口を開いたのは桜花だった。
「馬鹿ね」
 その言葉は罵倒。
「悪いな……馬鹿で」
 いつものようで、
「本当に馬鹿」
 どこか違う、悲しげな雰囲気をもつ罵倒。
「何度も言うな五月蝿い」
 そのまま背を向けようとした静紅に桜花がパソコンから取り出したフロッピーディスクを投げ渡す。
「……持って行きなさい。馬鹿には必要なものでしょ」
「悪いな」

 桜花はそのまま静紅に背を向けてしまう。フロッピーディスクをポケットに入れて何も言わず後ろを向こうとした静紅の足が止まる。
 また、背中にはクーが張り付いていた。きつく顔を埋め、手を離さないように回している。
「……やくそく」
 震えるか細い声が響く。
「守るさ」
「……ぜったい、だよ」
 途切れ途切れの息遣い。
「当たり前だ。私はクーとの約束は破らない」
「…………ぅん、じゃあ、しずくがギュッとして」
「……わかった」
 ゆっくりと手を離したクーは泣いていた。静紅はその目から流れる涙を自分の指で拭き、自らクーをゆっくりと抱きしめた。
 どれほどたっただろうかクーが小さく「ありがと……」と言い手をあてる。
 静紅は少し名残惜しそうにクーを離し、その顔を見る、クーは涙を流しながら笑っていた。

 最後に静紅はゼロナと俺の方に視線を向ける。

「……おい、愚弟共!」
 その目は一転して睨みつけているようで、優しげで、笑っていた。
「愚弟……って俺もか」
「……んだよッ!」
 俺は苦笑してしまい、ゼロナは反抗的に叫ぶ。

「しっかりやれ。……私の弟だろう?」
 それだけ言い残すと静紅はコートを翻して自分が乗りこむ飛行機へと向かう。
 ゼロナは俯き黙っていた。
「……いいのか、ゼロナ。何も言わなくて」
「言えねぇよ……だってさァ、兄貴ィ。今……何か言ったら結局行かないでくれって言っちまいそうなんだよ。負けちまったからぁ……俺は……」
 涙を流しながら、ゼロナはそう嘆いていた。息を殺して、なんとか自分を抑えようとしていた。
「……そうか、なら、そう言ってやれよ」
「…………クソッ! 静姉ぇ! 次はゼッテー負けねええええ!!!」

 絶叫にも近いゼロナの叫び。それに答え、静紅は後ろ姿のまま手をあげる。
 そのままゼロナはしゃがみ込んでしまった。その頭を軽くポンポンと叩き、俺は一歩前へ進み声をあげる。

「静紅!」
 呼ばれ静紅は顔だけこちらに向けた。

「行ってこい……!!」
 届くはずのない距離で拳を軽く突き出した。

「……ああ。行ってくる!!」
 静紅も真似するかのように拳を突き出してくれた。
 そのまま、アントノフに乗りたくさんの人に見送られ静紅は行ってしまった。

 *


 所変わって先程とはまったく別の方向にある滑走路。

「……見送りはないのカイ?」
「みたいですね……」
「何故ダイ?」
「ハイ、ヴェルト博士は嫌われていますからね」
「……エ?」
 仰天しているヴェルトに対し副官が仰天してしまう。
「……え? まさか、お気づきにならなかったので?」
「何故ダイ!? 何故、この僕が嫌われるんんダイ!? 僕はこの世界を救う計画の一翼を担っているのダヨ!? 奴等はむしろ僕を褒め称えるべきじゃないのカネ!?」
「いえ……あ、ハイ。ソウデスネ」
 それ以外には人に嫌われるような事ばかりしているからだとは流石に言えない。

「ふむ、不満はあるが、今回は面白いモノを見つけタ。退屈だったが中将のお膝元なら仕方がない我慢シヨウ」
「あぁ……胃が痛い」
「それはイカン! すぐにでも解剖して改造してあげようカネ!?」
「け、結構です!!」
「任せたまえ、鉄の臓器を埋め込んであげヨウ! そうすれば消化などせずとも生きていケル!」
「そんな事したら死にます!!」
 ヴェルトを乗せたヘリはアラスカに向けて飛んでいった。

 *

 中将が使っているいつもの執務室。
「疫病神のカエルも去ったが、静紅も行ってしまった……」
「中将がそう仕向けたのではないですか。皆琉威神楽を見つかったという報告をした時、すでにシナリオを描いたのでしょう?」
 キンテッキーは中将が壊したロッカーを直していた。

「それはそうだ。しかし、正直、私はここに残ると思っていたよ。自分が描いたシナリオ通りに進むのはつまらんだろう、己の予想を凌駕するアドリブがあるからこそ人間は他人と付き合う事に価値を見いだせるのだ」
「それが作戦の失敗に繋がるものだとしてもですか?」
 キンテッキーの言葉に中将は眉を潜めた。

「……それは確かに困るな」
「でしたら、今回はこれで良かったのでは? 下手をすれば五人全員連れていかれる可能性も……」
「それは無いな。だからこそ、私は一人だけ軍からの脱退を認めたのだ。元々、私が認めたのは一年以降の脱退自由だ、それを帳消しにするのは一人だけ」
「まさに詐欺ですね。交渉にきた桜花も呆れていましたよ」
「ハハハ…………自分のソレが他と同じだと考え、疑問を抱かずサインした彼女のミスさ。もっとも、偽造なのだから法的な拘束力はないのだがね。……ああ、気になるのはあのカエルが何も言わず立ち去った事だな。面倒な事を考えていなければいいが……。カエルといえばキンテッキーあのカエルが彼らの事を知っていたぞ、この事をどう説明する?」
「ソレは私を疑っているので?」
 いつの間にかキンテッキーの背後に回っていた中将がドスの効いた声を出す。
「ああ……そうだ。私の満足いく答えが出ない場合その首を落とす……」

「……情報というのは完璧に隠蔽してもそこに人間がいる以上流れてしまうものです。確証はありませんが左近に流すときに漏れたのでしょう。私から直接に彼への接触できなかったため、ある程度は仕方がない範囲だと私は考えます」
「つまり、部下の失態と?」
「いえ、それは違います。彼らの仕事は完璧でした。問題があるとすれば選んだ相手、彼が来るときヴェルト博士と共に来ました、おそらくその時、与太話程度にしたのではないかと」
「……なるほど、確かに精確な情報を得たという顔ではなかったな」
 中将はそのままゆっくりと自分の席へと向かっていく。

「ところで……中将は静紅が帰ってくると、本気で思っているのですか?」
「無論だ。アレは私と同じ、戦に愛された人間だ。血の匂いが強いところに現れる。いや……なにより、私がそう仕向けたからな」
「…………そう、ですか」
 納得できないと言った表情でキンテッキーはロッカーの修理を終えて机の前に立つ。

「キンテッキー、雪ノ牙作戦、最後の調整を行え。そして、その日までに彼ら三人で最下層を突破させろ。これは命令だ」
「……ハッ! 了解しました!」





[18452] ある坊主のアレ「ふもっふ!」
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:8faf74cc
Date: 2011/01/04 02:39

 深い山の奥地、湿りけのある澄んだ空気に薄い霧、地面は落ち葉で覆われ踏むたびに音がなる。
 針葉樹の木々が木漏れ日を地面に落としていた。草梛の本家に向かっているのだが。
「おい、左近。いったいどこまで歩かせる気だ」
 山の麓の街を抜け静紅が森に入って、かれこれ三時間ほど経っていた。とっくの昔に人家は消えとてもではないが常人の住む環境とは思えない自然が立ち並んでいる。

「なに、もうすぐ、もうすぐのはずだ」
 すでに、左近のその言葉を聴くのも十を越している。
「……まさか、迷った訳ではないよな?」
「し、失敬な。それこそまさかだ」
 そうは言うが左近の声色は上擦っていた。それで信じろという方が難しい。
「これでも、何度もお邪魔したことがある。あぁ、二度ほど遭難した事があるが気にする必要などないよ。たまたま、道を踏み外して迷っただけだから問題ない」
「先程からずっと道など見えないが?」
 草木を分けて崖かと思うところをよじ登ってきた。それが道だと言えるのか。
「きっと、それは……気のせいではないのかね」
 結論は出た。
「そうか、迷ったのか」
「身も蓋もない事を……」
「私に言う前に、いい年なのだから不甲斐なさを感じたらどうだ?」
 うむむと唸る左近。

「しかし、熊でも出そうな森だな」
「熊ならいるさ。昔、君の父上が御健在の頃に熊鍋を食わせてもらった事があるのだがね。アレはなかなかに美味かった」
 その時の事を思い出したようにいい顔をする左近。
「食ってみたい……一頭くらい土産に狩って帰るというのも手か」
「…………何を夕餉の買い物に行く主婦のようなセリフを言っているのかね。頼むから市販のモノにしといてくれ」
 自分の胸くらいまでの背しかない少女を嗜める左近。

「あっちから出てきたら話は別だ……ホラ、後ろの茂み」
「……ん?」
 茂みの奥にある巨大な影が怪しく動く。
 その姿は間違いなく。
「ア、アレは……」
 あまりの異様さに驚く左近。
「…………熊……というより阿呆だな」
 呆れ果てる静紅。

 着ぐるみの熊。
 頭が大きく、ふわふわの作り物の毛で覆われた全身、つぶらな瞳に丸っこい造形、テーマパークにでもいそうなキャラクターモノが二足歩行で腕を組み立っている。
 微動だにせず、こちらを注視しており、首を傾げたかと思うと、全速力で走ってくる。

「うわ……シュールすぎる」
 馴れたように障害物を飛び越えあっという間に近づいてきた。
 敵意があれば撃退しようかと身構える、不審者相手に気を使う必要などない。
 けれど、至近距離まで来てその着ぐるみの動きが止まる。無言で見下ろす巨体、着ぐるみで水増しされているとはいえ軽く2mは超えている身長。何より動きが素人のソレではない。
「……静紅嬢か」
「あ?」
 名前を呼ばれて、つい、間抜けな表情を晒してしまう。
 だが、無論、静紅の記憶に熊の着ぐるみを着た人間と接触した覚えはない、ファーストコンタクトのはずだ。
 むしろ、こんな変人が知り合いにいるのなら忘れることはないだろう。

「その声、もしやと思いましたが……やはり、直雅様ですか」
 そう言いながら左近が着ぐるみの前に出る。左近に言われ着ぐるみは頭を取る。

「如何にも。拙僧の名は武蔵坊主直雅。出家して数年、色々あって今は草梛の家で世話になっているタダ飯喰らいでござろうな。世が末ならば人を救わんとせぬこの身もまた悪僧よ」
 剃り上げられた頭、七福神の布袋神のように長い耳、柔和な表情とは正反対に鍛えられた肉体は念仏を唱えるだけの坊主とは一線を画していた。
「然るに、懐かしい顔を見させて頂いた。本当に生きておられたとは……流石は陣の娘というべきですかな、いや、この武蔵坊主は信じておりましたぞ、静紅嬢が生きておられると、しかし、年甲斐もなく興奮と感動が隠せませんわ。……ほんに美しくなられて、遠い日に拝見した静音様の映し鏡のようですな」
 口早に語る武蔵坊の言葉に連れ静紅の脳裏に当時の状況が浮かび上がってくる。

「……思い出したぞ、お前。……確か幼少の頃、私を散々からかい倒し虐待してくれた腐れ坊主じゃないか」
「ハハハッ、これはこれは、そんなことまで覚えておりますかな。いやはや。それもまた懐かしい話ですな、ですが、アレは拙僧なりのスキンシップでござろう」
 どこかおどけた様子で武蔵坊は豪快に笑う。
 当時、ハイハイをしていた頃から静紅の遊び相手を買って出ていた武蔵坊は成長が早く物心ついたばかりから様々な遊びと称した修行を行っていた。

「どこの世界に幼児に自分が極めた武道の型を教える坊主がいる!」
「今、この世界、静紅嬢の目の前に」
「直雅様……そのようなことまでしておられたのですか……」
 左近が武蔵坊から一歩離れていく。
「うむ、まさに水を吸い込むスポンジのような吸収されては、拙僧も本気にならなくてはなるまいて、それより左近殿、直雅はよして欲しい、武蔵坊の名の方が性にあっている故な」
「……わかりました。ところで、先程から気になっていたのですが、そのお洒落な衣装は?」
 左近が世辞も混ぜて武蔵坊に問う、武蔵坊はよくぞ聞いてくれましたと目を見開き不敵に笑う。

「これか? 最新式の機械化歩兵装備を考案してみたは良いが、何故か技術部に一蹴されましてな。なれば自分で作ろうと思い至り……」
「そのザマと……もういいから、家に案内しろ。私達は迷った」
「着てみてびっくり、なかなか、便利で使い心地も悪くない出来ですぞと……。説明の途中だのに、静紅嬢の頼みとくればこの武蔵坊、動かぬ訳にはまいりませぬな、どうぞついて来て下され」
 笑いながらきた道を戻っていく武蔵坊、静紅と左近はソレについて行った。

 *

「……寺か?」
 山の頂上付近に長大な面積を持つ木造の寺と道場と家が一体化したような場所だ。過度な装飾は無いものの丁寧な造りになっており、制作者の上品さが伺える。

「否、これこそが草梛の家ですぞ。かつて一人の修道者としてこの地に参り、こんな山の奥地に自らの修行場を作ったのです。その頃は本当に小さな山小屋一つで己の生活の全てをまかなっておられたのでしょう。そんな彼を慕って様々な人がここに訪れるようになり、やがて、彼らは一人の修道者のために自らの手で家を建て始めたのでございます。修道者は驚いて止めさそうとしたのですが、様々な人達の長い根気のある説得についに折れ、何があったかこの地に骨を埋める覚悟をしたと、それからはトントン拍子、宮大工まで呼び込みこの家は作られたと耳にする始末。その後に彼の孫が時の帝の護衛を仕ったおり、草梛の名を貰い受け、それ以来、ここは草梛邸と称されておる訳ですよ」
「長い、三行で纏めろ」
「ここに人が住み。
周りの人が家を建て。
草梛の名前を名乗りました。と、こんなところで如何な」
 静紅は軽く考えると軽く頷く。
「要点は抑えているので合格だな」
「ハハハ、それはまた有りがたき事でございまするな」
 軽く武蔵坊は笑い飛ばす、けれど、左近は少し参っていた。

「静紅君、流石にその物言いは失礼にあたるぞ」
「何、気になさるな左近殿、静紅嬢は昔からこの塩梅であるからな。むしろ、草梛の名を継ぐものならばこれくらい剛胆不敵で無くては務まりませぬ。今でこそ静音様も丸くなられたが現役の時にはそこれこそ歯牙にもかけぬ物言いでしたぞ」
「そんなものですか……」
 武蔵坊は「左様」とだけ言って、また笑いだした。
 門を潜り、長い廊下を歩いて行き、武蔵坊は自室の前で立ち止まる。
「このままの姿で静音様に会うには気が引ける、着替えてくるのでしばし待たれよ。興味があるなら覗かれても良いが……」
「覗く訳ないだろ、早く行け」
 今までずっと熊の着ぐるみの顔を持っていた姿は耐え難いモノだった。
 そのやりとりを見て左近は後ろで笑っており、武蔵坊は顎に手をあて少し考える仕草をする。

「駄弁を弄した、そこの部屋に静紅嬢の着替がある。毎年、静音様が取り寄せていたモノ。どれでも良いから着てさし上げては如何かな?」
「……わかった。貴様らこそ覗くなよ」

「委細承知、ご緩りとなされ」
「ハハハ、そんな事をすれば妻に殺されかねませんな」と左近が苦笑いをする。

 静紅は武蔵坊の指さした部屋の襖を開き入る。
 あまり広くはない部屋、箪笥の上には鞘に収まった刀が置かれ、天幕には丁寧な木彫りが施されている。武家造りの部屋には吹き抜けがあり、外には山が一望できるようになっていた。
 中央にある机には老女が一人座っていた。手入れの行き届いた長く漆黒の髪、老いを感じさせないピンと伸びた背筋、静紅を見て目を見開くがすぐに深く刻まれた皺を緩め笑う。
 すくっと立ち上がると静紅を手招きする。
 静紅は無言で近づいていく。
 何も言わず老女は静紅の肩に軽く手をあてた。

「大きくなったわね。こうして会うのは久しぶりかしら……いいえ、あの頃はまだ小さかったから私のことを覚えているはずもないわよね」
 老いたとは思えないほど若々しい声。
「静音……婆様」
「はい、草梛 静音ってのは私の名前ですよ。聞いてなかったのかい。……説明もせんまま寄越すなんて、あの悪戯小僧は何時になっても成長しなくていけないわね」
 優しげな表情で静音と名乗った老女は笑った。

「そこに」と呟き、静音は隣の部屋から掛けてあった着物を一枚持ってくる。
 サイズは少し大きめだが問題ない範囲のもので、しばらく、静紅は静音のするがままにされた。

「……血は争えないということかしらね。布越しにもわかるわ。まだ、こんな年端もいかん癖にとっくに人殺しも終えて、筋肉の付き方も戦士のソレ」
「わかるのか?」
「わからないと思ったのですか。人を多く殺した人間ほど死に近づいていく、そして、死は人を変えてしまう、私は戦場でずっとソレを見てきたのですから。……それにしても随分と肉体に酷使をさせてきたのね、それほどBETAとの戦いは厄介だったの?」
「いや、そうしないと守れないモノもあったから」
「……そう」
 合間に話を入れながら静紅の着付けが終わる。
「直坊も左近も客間にいるはずよ、共に向かいましょう」
 静音の言葉に静紅は黙って頷いた。

 客室に入ると和尚のような格好をした武蔵坊と左近がしれっと茶を飲んでいた。
 入ってきた二人に気がつくと、静音に頭を下げる。

「お久しぶりです静音様、しかし……」
 左近が後ろにいる静紅に目を向け、武蔵坊が言葉を繋げる。
「これはまた、馬子にも衣装……いや、孫にもと言ったところですな。よくお似合いですぞ、静紅嬢。しかし、着物姿が随分と板についておられようにお見受けいたすが、はて、嬢はその手の着物を着たことがおありでしたかな?」
「七五三だとかぬかして嫌がる私に何をしたのか、貴様は忘れたというのか?」
「ハッハッハッ、失敬、失敬。そんなこともござったな、年をとると物忘れが酷くていかん。それより、静音様、静紅嬢は何時まで立っておられるのですか、ささ、そこに座っておられい、今、茶を入れてこよう」
 そう言い残し武蔵坊は席を立つ。
 左近は積んであった座布団を取り静音と静紅に席を進める。長方形のあまり大きくはない黒塗りされた上品な机に茶を入れて帰ってきた武蔵坊も合わせ四人がそれぞれ辺に沿って座り話し始める。
 初めはたわい無い話を、次に静紅の話、やがて話に煮詰まると静音はふっと真面目な表情を作る。

「今年はここ数年で稀に見る明るい時期かしらね。先駆として春に榊の小僧に娘が生まれ、先月、煌武院家の跡継ぎがお生まれになられた。静紅さんがここに帰ってこられ、確か、左近にも子供が生まれると聞きましたが?」
「ええ、現在7ヶ月です。……それとお忘れではないでしょうがもう一人、御剣家にも」
 御剣という言葉が出た瞬間、静音の顔は曇ってしまう。
「…………あぁ、そうだったね。しきたりとは言え酷いことをする。物心つく前に親元を離れさせられるとは」
「いやいや、静音様。そう言う抜け道が用意されただけ、今はまだマシというものでござろう」
「それでも口惜しい事には代わりはないわ。……私が現役ならばウチで引き取る事もできたのですが、流石に老い先短い私には荷が重い一件でしたね」
 そう呟く静音に場の雰囲気が悪くなる。
 尤も、先程から自分には関係の無くなった話を始めて手持ち無沙汰になっていた静紅は武蔵坊が持ってきた茶菓子を一人で食べていた。

 そんな中、今度は左近が口を開く。
「しかし、冥夜様と共に御剣家にかの一振り、皆琉神威が渡ったのも何かの縁でしょうかな」
「然り、静音様の代で絶えるかと思い皆琉威神楽を探させていたというに、まさか、次期当主まで見つけてくるとは素晴らしい偶然」
 武蔵坊は喜んでいるが静音の顔は先程から暗いままだった。
「偶然……ね。私はそれなりに長く生きているのだけれど”縁”という言葉はどうも好きになれないのですよ」
「ほぅ、初耳ですな」
 武蔵坊は興味を持ったという風に静音に聞くが静音は無言のまま答えようとしなかった。
 代わりに真逆に座っていた静紅が声を出す。

「この件に関しては縁よりも裏があると思うがな、あまりに偶然が重なりすぎている。一つや二つならまだいい、三つとなると偶然ではない、人間が選んだ必然だとした方が現実味がある」
「ほぅ……そんな風に物事を見れるのは昔からだが、口に出して言うようになるとは嬢も成長したのですな」
「五月蝿いぞ、武蔵坊」
 拗ねたように言う静紅に武蔵坊は笑い、左近は少し考え込み、静音はただ微笑んでいた。

「キナ臭い話は後にして、少し話を戻しましょう。左近、あなたの子は確か息子でしたよね、いずれ今年生まれた子らと学び舎を共にすることもあるかもしれないわよね」
「いえ、平和な時世なれば恐れ多くも共に学ばす事もあったでしょうが、戦時下ではそうもいきませんでしょうな」
「誠に心苦しき事か、されど、げに心苦しきは子供に戦う術しか教えれぬこと……いや、拙僧らが争う事しか学んでこなんだからか。それとて、こうして生まれてくる子らの話を聞くと新たな時代への伊吹を感じずにおられませんな」
「直坊、あんたはまだ若いでしょうに……」
 割ってい入った武蔵坊の言葉に静音は呆れたように言う、直坊というのは武蔵坊が幼少の頃より静音にそう呼ばれていたからだ。
「静音様、人前で直坊はやめて下されと何度も申しておりましょう」
「ふふ、武蔵坊なんてあんたには似合わないのですよ。いい加減、臍を曲げてないで荷物を纏めて実家に帰ったらいかが?」
「たとえ静音様の言とはいえ、それはできませぬな」と誤魔化すように笑った。
 有耶無耶になった空気の中、静音が静紅に目を向ける。

「ところで静紅さん。あなた、ここに戻ってきたという事は何か目的があったのではなくて?」
「勿論、この家の当主になるためだ」
 即答した静紅の答えに静音は始めて眉を潜めるが、すぐに柔和な表情に戻る。
「嘘ね。いえ、それはあなたにとって目的ではなく過程でしかないでしょう?」
 あまりに見透かされているようで静紅は少し笑ってしまう。
「……確かに。……私の目的は私の兄弟達をこの家に招き入れることだ」

 その時、左近以外の家の空気が凍りついた。

「……武蔵坊。静紅さんに兄弟なんていたかしら?」
「い、いえ、せ、拙僧は存じあげてはおりませぬぞ」
 背後に凶悪な気を纏ったかのような静音に武蔵坊が声を上ずらせてしまう。
「そうよね、静紅さん。仮に、もし、仮にだけれど兄弟は何人いるのかしら?」
「ユーリ、ゼロナ、クー、後ついでに桜花の四人」
 静紅は空気を読まずさらっと答える。
 静音はお茶を全て飲み干し、湯のみを机に置く。
「そう…………四人」
 コトンと音がしたかと思うと、静音の持っていた湯のみが手品のように真っ二つに割れていた。
「あの馬鹿息子は外に出て何をしているのかと思えば……! ああ、今からでも墓ごと骨を木っ端微塵に叩き切ってしまうべきかしら……!」
 あまりに強大な威圧感を放ち阿修羅のような表情をした静音の左近と武蔵坊は震え上がり、流石の静紅も腰を浮かせ何時でも逃げれるように身構えていた。
「静音様! 落ち着いてください、今、名前の上がった彼らと静紅君の血は繋がってません」
 左近の咄嗟の一言に静音からたちまち威圧感が消える。
「……あら、そうなの? 嫌だわ、兄弟なんて言われて少し早とちりしてしまったようね、御免なさい」
 静音の変貌にそこにいた全員がほっとため息をつく。

「それで、その子達と静紅さんはどういう関係なのかしら?」
「それは……」と静紅はユーリ達のことを話し始める。
 しばらく静紅の話に耳を傾けていた静音はやがて、大きなため息をついた。

「難しいわね。特に他国の人間を草梛の家に養子にするのは並大抵のことではないわよ。血筋が全て、とは言わないけれど今のこの国には静紅さんのしようとしていることを他国からの侵略だとまで言う輩も少なからずいるわ」
「第一、静紅嬢が当主になったとして養子縁組はできても義弟妹を迎えることはできませぬぞ」
「それはわかっている。だから、静音婆様が健在の内に日本に帰って来たのだ」
 迷いなく静紅はそう告げる。
「なるほど、可愛い孫の頼み、この老骨を鞭打ってでも出来る限りの事はしてやりたい。とはいえ、お家に関わる事でこの私が一見もせずに動くと思っているのですか?」
「動かぬなら力尽くで動かすだけのこと。始めから無理は百も承知。だが、この件に関して私は一歩足りとて引くことはしない、他でもないそのために私はここに来たのだから」
 静紅は強い意志と思いを込めて静音を睨みつける。

「ハハハ!! その意気やよし! ウム、拙僧はてっきり静紅嬢がどこの馬の骨とも知れぬ餓鬼に誑かされているのかと心配したが、目が曇っておったのは拙僧の方よ! 面白い! 元より破戒を好むこの武蔵坊主、微力ながら手を尽くさせてもらいますぞ」
 大笑をしながら自らの胸をたたき武蔵坊は立ち上がる、けれど静音はソレを手で制した。 
「直坊は黙ってなさい。私は静紅さんと話しているのよ」
 その瞳は全てを見通すように静紅に問いかける。
「静紅さん。あなたが言うその子らは、あなたにとって本当に必要な存在なのかしら?」
「必要だからここにいる」

「あなたが自らの肉体、その命を浪費してまで守る価値があるのかしら?」
「無ければ誰がやるものか」

「それほどまでに大切ならば、何故、ノギンスクに置いてきたのですか? あそこはBETAとの最前線、子供が生きていけるほど生やさしい環境じゃないはずです」
「奴らがそんな簡単に死ぬたまか、戦況を切り裂く思いが力となり、戦場の機微を判断し逃げ出せる頭脳があり、撤退まで時間を稼ぐ足もいる。なにより、それを纏める心がある限り、奴らがBETAに遅れを取ることなどそうそう無い。何せ、私の姉弟達だ」

 その答えに静音は目を閉じて考え込む。
「……なるほど、真に欲するは名の連なりですか」

 どれくらい経っただろうか、静音が目を見開く。

「よろしい。この身はすでに引退し死を待つ身、このまま静かに余生を散らすつもりでした。けれど、孫のため最後に一花咲かせるのも一興。とはいえ、静紅の仕事を奪ってしまうのは慮外なこと……」

 立ち上がった静音は威勢よく声をあげる。
「武蔵坊! 戦の準備を!」
「承知!」
 
 手を拳に合わせ、武蔵坊は不敵に笑い、静音は流し目で正座をしていた左近に問いかける。
「……左近、あなたはどちらにつく?」
「無論、勝つ方に」
 静音はその答えに満足そうな笑みを浮かべ、静紅に向き直る。

「静紅さん、……参りましょうか」
「何処に?」

 帯を翻し襖を開く静音、挿し込む光が年老いたはずの彼女を夢想の中で若返らせる。

「征夷大将軍。かの御方の御前にですよ」




[18452] ある闘士級のジレンマ「うずうず」
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:8faf74cc
Date: 2011/01/04 02:39


 静紅が日本に発ってはや二ヶ月が過ぎた。最初は静紅の抜けた精神的な穴は大きく、全員が戸惑っていたが時間がたてば人間は慣れてしまうもの。
 善くも悪くも静紅がいなくなり目に見えて変わった者はいなかった。ただ、それぞれ基地の人との付き合いが多くなり常に一緒にいることが少なくなったのは少し懸念材料だ。

 休憩時や自由時間になると桜花は時折いずこかへと雲隠れしたりすることが多くなったし。一番落ち込んでいたゼロナも今はなんとか立ち直した代わりに、嫌っていたキーチとよくつるむようになった。それ自体は問題ないのだが、薬物や危ない遊びに手を出させないように注意しないといけない。クーは静紅が抜けたことで三人の内、常に誰かと一緒にいないと気が済まなくなったようで、誰かの後ろをウロウロとしていることが多い。
 そんな中、俺は最近、暇なときは常にどこかの衛士訓練に顔を出していた。
 今まで自主的に訓練なんてしたことなかったのに、静紅がいなくなった事で一番変わったのは他でもない自分だったのかもしれない。

 尤も、基礎体力作りも終り俺たちの生活の中で時間を使っているのがJIVESによるハイヴ攻略訓練だから、自由に使える時間がそんなにある訳でもない。
 静紅がいなくなった事で早朝から訓練が可能になり四時間ハイヴ攻略訓練、午後すぎから座学などの基礎演習、そして寝る前にまた四時間訓練、両方共に終わればキンテッキー元中佐が飯を作ってくれるのが役得だ。

 ここまで訓練ばかりしておいて、なんでさらに訓練をすのるかと言うとその理由の一つとして、この基地には他にやることがないのだ。遊びに行こうにも外には廃墟が広がっており、この基地から一番近くの街まで車で七時間かかる、街にはたまに休暇で行く程度だ。それくらいソ連の土地は広い。
 それ以外の理由としては単純に技術不足だからだ。

 ソレを実感させられる当のハイヴのシミュレーター演習といえば。
 当初は静紅の驚異的な突破力を失った事で短時間での侵攻は難しくなった。だから新しく俺が前に出てゼロナと桜花が両隣の後ろからソレをサポートするという陣形にした、この陣形は思ったより全体的な安定感が生まれ、一ヶ月くらいで時間をかければ静紅がいた頃の記録を上回るようになった。

 けれど、そこで新たな問題が浮上してきた。時間をかけることによって、BETAとの接敵回数が増え物理的にどうやっても燃料と銃弾が持たなくなったのだ。桜花がキンテッキー中佐と整備班を総動員して戦術機の燃料節約技術と増設を検討し日々少しずつシミュレーターに反映されていたものの、どう考えても焼け石に水でついに匙を投げられてしまった。
 それからと言うもの俺達もできるだけ跳躍ユニットを使わず足で走るように務め、さらに侵攻スピードを速める訓練をしているのだが、ハイヴの最下層に到達したくらいで予備燃料も無くなり、喜び勇んで近寄ってくる戦車級になぶり殺しされる毎日が続いていた。
 それを脱出するためには前衛たる俺の突破力を上げる以外に方法はないのだが。

「だいたい、最新鋭機つってもアリゲートル三機でハイヴ攻略しようってのが土台無理な話だろ」
 今日、三度目の戦車級に美味しく頂かれた俺はそう悪態をついてしまう。
 シミュレーターから出て元中佐の用意してくれたスペシャルドリンクなるものを飲みながら四人でベンチに座る。この手の名前で学園スポーツ青春漫画に出てくるマネージャーが作ればゲロマズイのだろうが、作ってる人が元中佐なので安心して飲める。というか普通に甘くて上手い。

「まさに、それが出来たら苦労してないって奴だよなぁ」
 ケラケラと笑いながらゼロナが言うが、実際、こんな事を実機と実戦でやったらまさに地獄への片道切符だ。
「……アリゲートルの限界ってとこかしらね。静紅がいればギリギリ中枢部に到達できるかもってとこだけど、その中枢部は未だ人類の踏み込んだことのない未知の領域。まるで地獄で宝探しでもしているかのようだわ」

 桜花の言うとおり、ヴォールクデータのハイヴは大きく四層に別れている。上層、中層、下層、最下層層の四つだ、歴史上、ヴォールク部隊全体の侵攻では中層までしか到達しなかったとされている。
 だが、キンテッキー元中佐が持ってきたのが裏データと呼ばれる、ただ一機のエースが最下層まで到達した時の戦闘記録が残されており、それを元にこの基地で独自にシミュレーションが作られていた。
 何故そんなモノがあるのかは知らないし、その精度がどれほどのものかは実際ハイヴに入ってみないと解らない。そもそも、下層より下は情報が少ないためシミュレーションを始めるたびにランダムで変更されていく仕様になっているのだ。この仕様で厄介なのが頭の中で今自分が何処にいるかを考えなければいけないこと、それを考えていないとあらぬ方向へと抜けてしまうことが結構起こり得る。

 だが、実際のハイヴ攻略にはそれだけではなく。地上にもBETAは存在し、さらに最奥には中枢部と呼ばれる場所が存在する。データ上には中枢部は存在せずBETAの発生部や供給タンクとなる場所が存在すると予測されており、シミュレーターはそこで撤退を指示するだけで特に何も無い、完全に未知の領域となっている。
 ぶっちゃけると、今はまだ発見されていない大広間(メインホール)にある反応炉とアトリエの事なのだが、流石にこのことは兄弟姉妹くらいにしか話していない。


「そもそも、このヴォールクデータって、当時フェイズ2だったミンスクハイヴのものなのよね」
 そう言いつつ桜花がため息をつく。
 ヴォールクデータは1978年、今から6年前に行われたパレオロゴス作戦、北大西洋条約機構(NATO)軍とワルシャワ条約機構(WTO)軍の大規模反攻作戦だ、戦術機が少なかったとはいえ大兵力には違いない。
「ついでに言うと、このデータは二ヶ月の間引きで差し引かれた数でもある訳で、実際に同じフェイズ2のハイヴでも入ればもっと酷いことになっているはず」
 自分で言ってて泣きそうになる。

 話を聞いて心配そうにしているクウの頭を撫でる、最近では酔いもマシになり自分で戦術機に乗ろうとしているのだが実戦に出せるレベルには程遠い、クーはまだまだ訓練中だ。
 ただ、クーがまともに戦闘へ参加することはないだろう。本人に向かって直接言うことはないがクーには戦闘センスというか、本来なら人間に誰でも備わっている攻撃を行うという根本的な才能がないのだ。
 訓練させているのは自ら戦術機を動かさせる事で慣れさす意味合いでしか無い。今から必死で訓練したって並の衛士に追いつくこともないだろう。
 ただ、短期予知、最近ではBETAとの戦闘で桜花がクーの強化装備に細工して秘密裏に心音を計るようにしている。これを上手く使えるようになればサポートとして役に立ってくれるはずなのだが、クー自身に自覚させた方が良いのかという問題もあり桜花と検討中。
 一応、ゼロナにも固く口止めするよう約束しえ伝えたが、感づいていたようで「そーなのかー」と反応は小さかった。

 そんなゼロナだが、今は隣でストローをくわえながら器用に喋る。
「隣近所のスルグートさんはギリギリフェイズ3で止まってるけど、山向こうのエキバストゥズさんは今年に入ってフェイズ5に到達と、やっぱオリジナルハイヴに近い方が成長速いのかねぇ。なぁ、兄貴はどう思う?」
「そうだな、直接支援を受けているのと一年ってのは意外と長いってことか。つか、ゼロナがそんな事を気にするなんて珍しいな」
「おいおい、兄貴。俺だってちったぁ考えてんだぜ。確か再来週くらいから二ヶ月かけてミンスクの間引きが始まんだろ?」
「そうだ。だから最近、国連の北極海方面が出入りしてるだろ。行ったことないけどノバヤゼムリャ島も似たような状況だそうだ」
 ノバヤゼムリャ島はソ連領土の北方にあるそれなりに大きな島だ。

「ノバヤゼムリャ……元核実験場が今では主要防御地区の一つになってるとはねぇ」
「カラ海を挟んでいるから防御に適しているんだ、兵糧が届かなければあっという間に孤立するような場所だがな」
「ソレを言ったらこの基地ほどじゃねぇだろ。ここはあそこが無けりゃ直接空輸しなきゃ時間が掛かりすぎる」
「違いない」
 兵糧がアラスカから一旦、海路でノバヤゼムリャ島に運ばれこっちに送ってくれるようになっているため重要な土地ではある。
 さらに言えば、この基地は最前線の中でもさらに突出しており、地形を無視されればいつBETAに包囲されてもおかしくない場所だ。

 それを防いでいるのがこの基地特有の後方以外の三方の山を全てを巨大な塹壕に見立て、山全体が砲撃による剣山のごとく配備されており、対BETA城砦基地として地下に深く広がった構造になっているためだ。
 実際にこれまでBETAの侵攻を十回以上も耐えている難攻不落と言ってよい基地だ。
 けれど、他の基地はその限りでなく雪が止みBETAの侵攻が増えるに連れ後退を余儀なくされていた。その結果として、この基地はじりじりと追い詰められているのだ。
 それをこの作戦で巻き返しを計れればなんて中将は考えているのかもしれないが、そう簡単ではないはずだ。
 そこで思考を止め、午前中最後のシミュレータに向かう。

「さて、もう一回チャレンジしてみますか」
 ゴミ箱へと紙コップを握りつぶし投げると、見事にゴミ箱の中へと落下していく。
「ナイスシュー」
 ゼロナそう言いながら投げ入れ、クーも真似して二人とも綺麗にゴミ箱へと入れる。

「何よ、こんなの簡単じゃない」
 クーが入れたのを見て自信満々に桜花が振りかぶって投げる。だが、ゴミ箱の淵に当たり紙コップは地面に転がった。
 桜花は振りかぶった体制のまま止まってしまう。

「…………今のはちょっと失敗したのよ!」
 そう言い訳してわざわざ地面に落ちた紙コップを取ってくる。
「その場で捨てればいいのに……」
「ユーリ兄さんは黙ってて!」
 今度は大きく深呼吸してから振りかぶって投げる。また、ゴミ箱の淵で弾かれる。

「へー、桜花姉ぇってノーコンなんだ。意外だな、なんでも卒なくこなすもんだと……」
「黙りなさい、ゼロナ」
 桜花に睨みつけられゼロナが言葉の途中で慌てて口を閉じる。
 そして、桜花はもう一度拾ってきて投げて案の定、失敗した。

「フフフ……ゴミ箱の分際でよくも私をこれだけ馬鹿にしてくれたわね」
「悪いのはゴミ箱じゃなくて桜花の腕だけどな」
 その後、五回目に無事ゴミ箱に入ったが、この後に投げやすい紙コップなんて馬鹿なモノを作る人間がいるとは、その時は露程にも考えはしなかった。

 *

 午後にはミンスクハイヴ間引き作戦のために大規模な国連軍の戦術機や戦闘機が格納庫に搬入されていた。
 C-5輸送機によって次々と運び込まれてくる。どれも国連のマーク付いており、普段は使われていない格納庫へと収められていく。
 俺達はその光景を高台からボーと眺めていた。特にやることもなく全員が暇なので運び込まれてくる戦術機の鑑賞会と洒落込んでいるのだ。

「つっても中華の殲撃8型にバラライカ、どれもF-4(ファントム)の変換機種ばっかだな」
 珍しいところでチボラシェカやアリゲートルと言ったところだ、けれど、この基地には元々数機存在しているので見飽きている。
「それはそうでしょ。米国のイーグルは先月発表されたばかり、仮に国連へ譲渡したとしてもこんな危険な作戦に投入するとは思えないわ」

 そんな中、明らかに毛色の違う戦術機が運び込まれる。それまでのゴツゴツとした戦術機とは対照的な細身の体躯をし機動力に優れている第二世代機。
「トムキャット、どうせ米国海兵隊のお下がりでしょうね」
 チボラシェカやアリゲートルも第二世代機ではあるがその運用思想が根本から違う。二年くらい前に出てきた長距離誘導兵器を用いる事を前提とした一撃離脱戦法を得意とする米国海兵隊に多く使われている機体だ。

「知ってるぜぇ。海兵隊ってアレだろ、サー、イエッサーって奴だろぉ?」
 ゼロナの茶々にクーが反応して稚拙な敬礼をする。
「……さー」
 全然なっていない所が可愛い。でも、これだけは間違えてはいけない。
「クー、敬礼は左だ」
「右で合ってるわよ、ユーリ兄さん」
 後ろから桜花の冷たい視線と共に辛辣な言葉に貫かれた。
「……ケアレスミスだ」

 ふとバツが悪くなり下を見ると国連軍の衛士らしき人間と目が合ってしまう。
「オイ! 何だぁ!? 何でこんな所にガキがいんだよ!!」

 何か叫んできたので、すぐに目を反らす事にした。
「面倒臭い事に巻き込まれそうだから戦術機鑑賞はこれくらいにしとくか」
「どうせ、帰りには大半がスクラップになるだろうしなぁ。来週あたりが見納めだろ」
 ゼロナにもその声が聞こえていたのだろう、去り際という事でわざと聞こえるような声で笑いながら言う。

「あまりしょうもない挑発しないでよ。クーも私も面倒事はゴメンだわ」
「さー……」
 まだ、海兵隊ごっこをやっているクーの頭を撫でて連れて行く。
「そうだ、戦術機の鑑賞会のついでだからアレのお披露目もやっておこうかしら、ついて来て」と呟いた桜花がいい顔で笑う。
 桜花は中将に軽く挨拶してくると言って執務室に入り、しばらくして中将と共に帰ってくる。
 そして、この基地の最下層に近い俺たちのIDではいけないはずの場所へと桜花が連れていってくれた。その間、一切の質問に答えてくれず「来たら解る」の一点張りだ。

「……まぁ、こんなこったろうとは思ってた」

 そこには、アリゲートルの”ような”白い戦術機が作られていた。
 けれどその戦術機にはおよそ装甲と呼べるほとんどのモノが付いておらず、上半身の機械部がむき出しになっている。しかも、肩部は小さく腰の重心はかなり高い、さらに、ハイヒールのような長いつま先によく見れば戦車のような車輪が付いている。

 明らかにアリゲートル、いや戦術機と呼ぶには無理がある代物だ。しかも、先頭の一つ以外、まだ組まれてもおらずバラバラになっている。
「どうだ、中々のものだろう? アリゲートルを改修したものだ、と言っても原型はほとんど残っていないがね」
 中将はこちらを見て笑いながら言うが、乗ってみなくてはその性能なんて解ったものじゃない。

「コックピットとエンジン部、それと跳躍ユニットにはイーグルの部品を流用してるわ。流石にエンジンは米国の方が幾らも進んでいるようね、それ以外にも使える部分はだいたい使ってるわ」
「バレたらやばくね?」
「元中佐の首が飛ぶわね、リアルな意味で……一応、合意の上よ」
 素晴らしくにこやかな笑みで自らの首に手刀をあてて桜花は微笑んだ。

「さて、この機体の特徴だけど、重心を高くしたのはで常に前へと曲げている状態を維持させ、踵部分に付いてる車輪を上手く使うための措置よ。そもそも、常に下方へと向かってるハイヴ内を歩いて行くというのが非効率的なのよ。ローラースケートで坂を下るのと歩いて降りるのとではスピードも違ってくるでしょ。一応、自分でそれなりのスピードを制御できるようになっていて後方への移動へも可能になってるわ。要求される技術レベルと危険は増すけど燃料無くなったら死ぬんだからリスクとしては仕方ないわ、なんとか慣れてちょうだい」
「慣れろって……」
 移動方法がもはや別物だし。
「ローラースケートって面白れぇよなー」
「……ろーらー、すけーと」
 クーはアリゲートルもどきの足元をじっと見つめて考え込んでいる。

「そして、肩についてるあの重い荷物は無駄。実戦を考えるのなら空気抵抗がありすぎるのよ。腰部も削ったし、邪魔な装甲部分は全て排除した。その代わりに跳躍ユニットと膝に補助輪を付けたわ。理論的にある程度の加速が付ければ完全に体制が安定するように計算している、そのため、常に高速戦闘が要求されるわ。雪の上でもある程度の使用も可能なのはすでに試験実証済みよ。兵装については普段の手持ちと背中の兵装、弾薬が膝と腰、それと予備として跳躍ユニットに入ってるわ、ナイフは腕に二本カタール式に収納している、これも跳躍ユニットに上部にカタールが付いている。弾薬に関してはF-4の約2倍、飛行での巡航速度はイーグルの1.2倍、徒歩では約2倍以上になるわ。ちなみにOSもソレに連れてかなり変えてあるから反応も速くなっているはずよ」
 おそらくこれが桜花の出した答えなのだろう、アリゲートルの改修、残っていたイーグルの部品を使い、自らの転生前の技術を駆使して機体の性能を上げてハイヴを力尽くで攻略する力技。
 元より圧倒的に数で劣る軍隊が勝つための方法は一つ、奇襲で大将を取る。
 つまりは短時間での反応炉の撃破。

「私が自ら主導で改修した戦術機であり、この雪の牙作戦で私達が使う特攻用ハイヴ攻略戦術機。仮名称は──」

 なんとなく俺はさっきからついに来る日が来たのかって感じだった。今までハイヴ突入の訓練をしてきたのだ、実際に突入しない訳がない。
 おそらく国連の間引き作戦終了後、BETAの数が少なくなりできれば撤退する国連軍をBETAが追撃する。

 その隙を付き、スルグートハイヴに突入するための機体。


「──ファングスティル」







[18452] ある大量のBETA「出番キター!! これで、勝つ…………(゚Д゚)ハァ?」
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:8faf74cc
Date: 2011/01/04 02:38


 間引き作戦も明後日に迫った頃。米軍から流用している部品もあるため、人目を避け夜間にファングスティルの起動テストを行っていた。
 始めは新しいOSと姿勢制御方法に戸惑ったが、桜花の言っていた通り慣れてみれば普通の戦術機よりも楽だ。走行方法が歩く、という動作よりは滑ると言った感じでスピード感がある。

 足腰はしっかりしており、胴体は安定しているし、機体の形だけ見れば後の時代に誕生する第三世代機にも見れる。コンセプトとしては近いものもあるのだが、どう考えても一般の衛士の技量や整備性は度外視されているため、後、数年は量産は無理だろう。

 その他にも問題が多く、ある程度スピードを出しながら120mmの突撃砲を撃つだけで体制がぐらつきそうになったりする。これは俺が未熟なせいだが、接近戦の練習でカタールの刃にドローンを当てるのを失敗して腕に当たり、まさかプラモのようなドローンの装甲に負けて腕の方が壊れるとは。
 それほどまでに装甲の弱さは折り紙付き、むしろ折り紙すら付いておらず剥き出しというのは勘弁して欲しい。正直、脆弱なはずの間接部の方が丈夫にできているではと疑問に思えるほどだ。
 ある程度までの衝撃や爆発の残骸、豪雨などの環境の変化には問題ないと桜花は言っていたが、実際に戦場に出れば外装などほとんどない背後から36mm砲の流れ弾が怖くて仕方がない。

 しかも、これは兵器であって戦う目標が存在するのだ。そう、BETAという数の暴力が。
「まともに敵の攻撃が当たったら一発だろ……コレ」
『そこら辺は個人の技量でなんとかなる範囲じゃない。やってやれない事はないでしょう?』
 通信の先から桜花が発破を掛けてくれる。
 確かに急斜面だったとはいえ、かなりの速度が出ていた割に思っていたより燃料が余分に残っている。これならば、ハイヴ内での補給も少なくてすむ。

「機動だけなら好調っと。とはいえ、実戦で使ってみないと……。明後日の間引き作戦にでも参加できないかな?」
『ユーリ兄さんが自分でかけ合ってみたら? 私もデータを取りたいし、トゥーニャの部隊が出るなら連れてってくれるかもしれないわよ』
「しっかし、妙な気分だな。戦場に自ら進んで行くなんて」
『普通はそうよ。ただ、相手がBETAであるだけある意味幸せなのかもね。例えどんな死に方であっても人類のためと言えるんだから。月並みだけど、人間同士の戦争はいつだって悲惨で醜いものよ』
「流石、年の甲ってか」
『妹に何を言ってるのかしら、ユーリ兄さん』

 軽く怒った風に言う桜花、冗談の類であるのは口調から聞いて取れる。
 それはともかく、装甲の事さえ忘れればファングスティルは悪くない機体だ。しかも、さっきからだんだんと戦術機の動きが良くなってきている気がする。
「なぁ、このOSって何? OBWとも以前桜花の作った制御装置とも違うみたいだし。なんか、自分が動いていないに動いている気がする。なんか俺がやりたい事を先に戦術機がしてくれるみたいな奇妙な一体感があるんだが」
『LLS(エルツーシステム)以前即興で作ってたOSの一応の完成形と言ったところかしら。思考制御と反応速度に重点を置き、搭乗者の思考をトレースして戦術機へと命令を送る、言ってしまえばそれだけのOSなのよね。けど、CPUの性能がもっと良いモノにならユーリ兄さんの言う人間でない物質との完全な一体感ってのも感じれたはずなんだけど。使えば使うほどトレース率も上がってくる、まぁ、現状ではせいぜい20%くらいが限界よ』

 しみじみと桜花がそんな事を呟く。
「ちなみに100%とかなったらどうなるんだ?」
『そこを降りたら自分の体の動かし方を忘れてショック死するか、二度と立てなるかもしれないわね』
「……400%を超えたら泡になったり」
『冗談よ、100%になっても脳に障害が残るだけで死にはしないでしょうし、そこに100%を超える数値は存在しない。そもそも、そこまで技術が発展したらとっくに人間が体を捨てる時期になっているわよ』
 尻すぼみになっていく桜花の声に通信の先から少し感傷の色が見えた気がした
 急にいたたまれなくなりデータの収集を終えて戻ると打診する。

 雪上に赤い光が灯り、基地の地下へと続くハッチが開かれた。この基地にはハイヴじみた地下構造が存在し各地にこのような隠された出入り口があり、戦術機や戦車はおろか航空機の滑走路が存在するらしい。しかし、そのあまりにも数が多く全てを把握しているのは中将だけだと言われている。
 もしその噂が本当だったとしたら。
「中将だけが知ってても意味ないだろ……」

 基地に戻ると、ファングスティルを格納庫に立たせ、梯子を下りて桜花の所へと向かう。交代でキンテッキー元中佐を始め整備班の人たちがファングスティルの調整へと入る。
 近くには夜も遅くなったのに心配してついてきたクーと、一人だけ仲間はずれは嫌だと言ってついて来たゼロナが並んでベンチに眠っていた。
 暖房の近くで二人とも一応毛布にくるまってはいるが、ここの環境はそんなに良くないし凍傷の心配もある。

「こんな所で寝てたら風邪ひくぞ」
「そう思うなら、ゼロナを起こして部屋に連れて行ってあげたらいいじゃない」
「桜花はどうするんだ?」
「明後日、出るつもりなら調整は完璧にしておくべきでしょ。それに、後ろの二機も組み立てないといけないしね」

 大きく手を伸ばし、柔軟しながら桜花は自らのパソコンへと向かう。

「それよりユーリ兄さん。ファングスティルに関してどう思った?」
「機動力は他と比べるまでもないな、けど特筆するのはその一点のみ。武装はナイフっぽいカタールと突撃砲という最低限のモノだし、やっぱり、どんなに銃弾を増やしても火力不足は否めないな。下手にかさばる重火力のモノは持ち前の機動力を殺すだけだし、長刀を使った格闘戦なんて望める訳もない、なんにしてもネックになるのがあの装甲だろ……。今さらどうなるモノでもないだろうけど、実際にBETAが密集するハイヴの攻略を考えるなら、もう少しなんとかならないのか?」
「……重量を上げると帰りが大変なのよ。できるだけ検討してみるけど、あまり期待しない方がいいわ」
「頼む」

 俺は軽く欠伸をして辺りを見回す。整備するために金属と金属がぶつかる音や、鉄と油の匂いが充満する格納庫の中の空気をよくするために換気扇が回される音が響く。
 こんな状況の中、よくクーとゼロナは寝ていられるなと思い、足を動かそうとする。
 ふと、格納庫の奥にあるF-4に目がいった。

「なぁ、桜花。アレ……」
 見た目は普通のF-4なのだが、よく見ると武装が違う。

「中将専用の機体……だそうよ。ブースターや関節部、管制制御などの重要な箇所をチューニングさせた以外、そのほとんどが初期生産のモノらしいわ。すでに生産中止なってる部品もあるし、そんな機体を他に誰も使いたがらないから中将専用のF-4と言う訳」
「だから、格納庫の置物になってる訳か」
 腕にはナイフではなく無骨なパイルバンカーが付いていたり、珍しいのでちょっと乗ってみたいかなと思える所もあったが、指揮官がそんな機体でほいほいと戦場に出られては困る。

「そういうことね。整備はされてるから、平和になればいつかその足で博物館にでも向かうんじゃないかしら」
「平和になれば……な」
 もし、平和になるとしても、まだ先の話だ。

「今は目の前の敵を倒すとことに専念するか……」

 中将に言えばあまりにもあっさりとOKが出て、明後日へと日付が変わる。
 第一回目の間引き作戦が開始された。二か月間かけて合計二十回の攻撃をハイヴ目がけて仕掛けられる。できればこれでソ連としては前線を押し戻したいのだろう。
 ハイヴ攻略に戦力を温存したい中将はトゥーニャの中隊ともう一つの大隊を国連軍の指揮官に預けている。
 とは言いつつも中将子飼いのトゥーニャの中隊は暗黙の了解としてある程度の自由を認めさせたそう、一人くらいなら捻じ込んでも問題はないらしい。

『という訳で、ウチの中隊にユーリ君が一人でいるのよ!』
 チボラシュカで戦闘を走るトゥーニャがにへらと笑いながら叫ぶ。
 トゥーニャの中隊は全員、チボラシュカに機種変換し終えて全員が迷彩色に染まっていた。
 その中で白を基調とした異彩なファングスティルはかなり目立っていた。国連の主力軍とは距離があるから問題ないはずだと思いたい。

『調子はどうかな? まぁ、大破しても天才の私がコックピットだけでも拾って帰ってあげるから、命の保証は別として安心しなさい』
「……いったい何を安心しろと」
『気にしない気にしない。そもそも、一か月の徹夜で回収した戦術機って私なら怖くて乗れないよ』
 トゥーニャは完全に馬鹿にしたように笑っている。
 実戦証明を求める彼女らしい言い方だ。
 機能の高い新しいモノより、信頼性のある今のモノを。トゥーニャだけでなく前線では常にそういう風潮が強い。
 この場合、実際に生き死にが掛っているのだから慎重な方が正しい。ユーリもどちらかと言うとトゥーニャと同意見だ、桜花が作製したモノでもなかったら絶対にごめんだった。

『無いとは思うけど私たちの仕事の邪魔はしないようにね』
「しないって」
『あー、また。いつも言ってるでしょ、敬語使え敬語』
 不満げに言うトゥーニャ、その声をアラートが留める。

『隊長、そろそろ遊びの時間は終わりのようですね』
 トゥーニャの部隊の一人がそう呟く。

『みたいね、それじゃあ、野郎共。まだまだこれからだって時に、こんなつまらない戦闘で死ぬんじゃないよ!』
 それぞれから全くバラバラに返答が返ってくる。やる気のないような声も混じっていたが、その瞳は一様にギラついていた。
 前方に見える土煙が近づきBETAの姿を目視できる。


『接敵!!』


 トゥーニャの掛け声と共に中隊が一丸となってBETAへと突っ込んで行く。
 そこら中から爆炎が上がり一瞬で大地は戦場と化した。轟音が雪を蹴飛ばし、戦術機がBETAを殺し、BETAが戦術機を喰らう。

 約四時間の戦闘の末、撤退を開始する。
 その日、初日の戦闘で第一軍の戦術機が五分の一が大破、人員は約三分の一が死亡もしくは行方不明となった。
 この作戦に始めて参加する新兵の誰一人として死の八分を超えられたモノはいなかったとされる。

 忽然と聳え立つミンスクの墓前に血を流した数多の兵士達。
 彼らの血潮が染み込んだ大地を踏みにじりながら大規模な人類とBETAの攻防が開始する。


 *


 青白い髪をした少女が一人座っていた。
 軽く縛られた肩へと流れるツインテールに端正な顔立ち。白雪のような肌。薄く桃色をした唇。
 しかし、髪と同じ色のその瞳には生気が無く。何もない白い壁を見つめていた。
 何もない部屋。白一色に染められた常人ならば気が狂いそうな部屋の中、彼女は座っている。それが、彼女の部屋。逆にこの自分の部屋でないと彼女は一秒たりとも精神は気を休める事ができなかった。

 そんな、落ち着きを乱すものが現れる。
 扉を開く音共に黒と赤の色をした男が入ってきた。

「気分はどうダイ、トリア」
 トリアと呼ばれた彼女は空虚に見えた瞳だけでその男を見つめ返す。
 ヴェルトはいつも通り白衣を着ていた。それなのに、トリアにとってヴェルトと言う男は黒と赤の間だった。
 何者も拒絶する黒、何者にも興味を示す赤。
 それらが混ざり合い。この男独特の色を作り出す。その色がトリアは嫌いではなった。

「問題ありません。マスター」
 まるで自分の体をモノのようにトリアは言う。実際にトリアは自分の体を動かさない間の代替物としか認識していない、いや、させられていない。

「そうカイ。トリア、今回はお仕事の話ダ。受けてくれるカネ?」
「勿論です」
 丁寧な口調だが、どこか生気のない返答。
 まるで人形のように顔は動かず、一見しただけでは感情も見てとれない。
 けれど、ヴェルトはその返答に唇を釣り上げ、ほほ笑んだ。

「いいねェ、戦争ダヨ、殺しダヨ。興奮するだろウ?」
 ヴェルトの言葉に眉ひとつ動かさずトリアが口を開く。
「相手はBETAですか?」
「いや……違ウ、人間ダヨ。憎い憎い憎い憎い! 憎い! あの男! 今すぐにでも殺してやりたいのを僕はずっと我慢しているんダヨ!!」

 ヴェルトは興奮したようにその大きな目を見開いてく。けれど、膨らみすぎた風船が一気に萎んでいくようにその興奮は冷たいモノへと変わる。
「それももう少しダ…………モルモットの実験にも丁度いい機会だからネ。人間相手の方が読みやすいだろウ」
 再びヴェルトの脳裏に憎むべき男の惨殺死体が描かれ狂ったような笑みを浮かべる。
 そして、前回行った時に見つけた青白い髪の少女。全員が全員ESP能力者ではないが、生まれつきその色をしている人間は高確率で特殊な現象が発症させる事ができる。一説にはESP能力が髪の色素を変化されると言われているが確証はない。
 それでも、ヴェルトにとっては関係なかった、力が無いのなら発症するように促せばいい。

「丁度、材料が底を付いたからネ。新しい材料を調達しに行こうカ」
「了解しました。マスター」

 笑いながらそう呟くヴェルトがアラスカから飛び立つのは、その日から数日後だった。




 *

 Pixvにファングスティルのラフ画、初投稿。



[18452] ── Operation Fang of Snow ──
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:8faf74cc
Date: 2011/01/04 02:38


「これより、最終ブリーフィングを始めよう」
 中将が自ら重苦しい声を一室に響かせる。
 当初の予定では2ヶ月間の攻撃を予想していたが思いのほかBETAの攻撃が激しく。まだ、一カ月と少し経ったばかりだというのに、おそらく次の戦闘で国連軍の火力はほぼ失われると予想される。
 さらに、これ以上の国連からの増援は期待できない。
 つまり、次が最後の攻撃となる。故に、こちらも動かざるおえなくなった。

「今回、トゥーニャに代わり、スルワルド、お前の部隊をハイヴ前面に押し出し道を開く、前線で全体の指揮を取れ」
「了解しました」
 スルワルドは敬礼をして答える。

「えー。私の仕事は終わりって事ですか? 中将」
 反対に座っていたトゥーニャが不満そうに声を鳴らす。
 今までハイヴの目前で戦い続けたトゥーニャの中隊はすでに小隊規模にまで減っている。もはや、前線でまともに戦えるレベルではない。
 だが、この一か月の戦績は中隊で倒したBETAの数が五桁に近づき、トゥーニャ個人でも四桁を越している。
 普通ならばとっくに勲章ものだ。

「なんだ、トゥーニャ。私と一緒に留守番は不満か?」
「そんなことはないですけど……」
 中将の皮肉にため息を吐いてトゥーニャはつまらなそうな顔をする。

「ならば、防備は私とトゥーニャ、他はこの基地を動かす最低限の人員だけだ。今回の戦闘で戦車や航空機、この基地にある全ての兵装を命一杯使う」
 隣に座っていたゼロナが眉をひそめる。
「この基地の防備はどうすんだ? 戦術機も無しでここの守りは……」
 その言葉に中将が高らかに笑う。
「覚えておくといい。戦術機は機動力で攻める騎兵だ、守備には向かん。撤退戦ならまだしも、身動きの取りにくい防衛戦には戦術機よりも、まだ戦車やヘリの方が役に立つ」
「……へー」

 確かに、戦術機の開発思考はハイヴ攻略のためだ。しかし、考えればBETAに敗北を続けているこの状況でよくもまぁそんなモノを作っていられる余裕があるなと感心してしまう。
 だが、反対に攻め場合に戦術機が最も役に立つのが──。

「ハイヴ攻略部隊、これは全体から選抜する12人の中隊で行う」
「中隊……ですか?」
 スルワルドが怪訝そうな顔をし、全員が不安気な表情をする。

「そうだ。大隊を送り込んでも戦端が伸び足手まといが増えるだけで役に立たない。故に、中隊規模でハイヴへと突入する。今から言うメンバーはこの後、少し残れ」
 中将は静かに名前を上げていく。
「キンテッキー、キーチ、ユーリ、桜花……──」
 12人、最後まで名前が呼ばれた瞬間、ゼロナが叫び、立ち上がる。
「どういう事だよ、中将! なんで俺の名前が無いんだ!?」

 そう、12人の中、ゼロナの名前は最後まで上がらなかったのだ。
 確かに今まで俺達は小隊での練習をしていたのに、一人置いていくというのはどうにも解せない。
 中将は冷たい目でゼロナを眺める。
「なんで……か。本来ならお前にも行ってもらいたい所だが、どこの馬鹿かは知らんが、運用試験という名目でファングスティルが一機中破させた奴がいてな。部品がギリギリしか無かったので2機しか間に合わなかったのだ。予定していた3機編成が根本から否定された訳だ。怨むならそいつを怨め」

 そこにいた全員が俺に冷たい目線を送ってくれる。
「丁度いいじゃないか。ゼロナはクーの面倒を見ててくれよ」
「……兄貴ィ」
 明らかに恨みがましそうな顔でゼロナが縋りついてくる。
「……ウーリー」
 反対側にはクーがくっついてくる。
 目線でトゥーニャになんとか説得してもらうように頼む、親指を立てて了承するとトゥーニャは猫なで声を出しクーに近づく。
「仕方ないよ。クーちゃんは危ないから私と一緒にお留守番仲間してようねー」

 キーチが呆れたように煙草をポケットから取り出す。
「……ったく、ここは何時からガキの託児所になっちまったんだよ。用の無い奴はとっとと出て行きやがれ」
 ゼロナに対して手で追い払うような仕草をする。

「ムー」とトゥーニャの拘束から必死に逃れようとするクーと、ゼロナは舌打ちをして出て行ってしまう。
 中将とスルワルド、そして名前を呼ばれた12人のみがその場に残される。

「まるでお通夜ね」
 名前を呼ばれた半数以上が黙りこくり、一様に暗い顔をしていた。中隊でハイヴ突入するという事を理解すれば当然とも言える。
 ここにいる大半がほぼ確実に死ぬかもしれないのだ。
 正直、ゼロナとクーをそんな場所にやるのは気が引けた。結果的にはこれで良かったのかもしれない。
「さて、諸君らは我が基地でも有数の実力を持つ衛士だ。強いては君たちにこの任務に参加するか、参加しないか、その自由を与えよう」

 口を開いた中将が奇妙な事を言い出した。
「意思確認ってことかしら?」
「そういう事だ」
 中将の頷きにキーチが真っ先に口を開く。
「俺は中将に恩がある。まだ、その恩を返しちゃいねぇからな、抜ける気はねーぜ」
 二人ほどキーチの部下から選ばれた衛士が「キーチ隊長が行くなら私も」と追随する。

 続いてキンテッキー元中佐が呟く。
「ヴォールクの悲願を達成せぬ限り私は死ねませんな」
 残されたメンバーも渋々と言ったように頷いていく。

「貴様らはどうだ? ユーリ、桜花」
「あら? 私たちにもあったの、てっきり拒否権は無いモノと思ってたのだけれど……私は別にどちらでも構わないわ。ユーリ兄さんが選んで」
「桜花を危険な場所に連れていくってのが引っ掛かるが、いい加減あの不愉快な建造物と睨めっこしてても埒が明かない。どうせならこの一回で終わってほしいが……そうもいかないだろうな」

 結局、人類が勝利するためにはハイヴは攻略しなければいけない。
 それが遅いか早いかの違いだ。

「よろしい。では、作戦の概要を説明てもらう。スルワルド」
 副官のように中将の背後に控えていたスルワルドが説明を始める。
「ハッ……、これから甲7号スルグートハイヴ攻略作戦。通称、雪ノ牙作戦の説明する……」



 その後、しばらくスルワルド少佐の説明が続き、やがて、説明を終えると一息つく。

「──こんなところだ。実際のハイヴ内での戦闘指揮はキンテッキー元中佐に取って貰う」

 また重苦しい空気が流れていた。今度は雰囲気が少し違っている。
「……この作戦考えた奴ぁ誰だよ?」
 キーチの囁きに、中将はキンテッキー元中佐を、キンテッキー元中佐は桜花を、桜花は中将を指差す。
 つまりはその三人が考えたという事だろう。
 勿論、キーチは何も言えず頭を抱え、俺は桜花に目を向けてしまう。
「お前は何やってんだよ……」
「私は中将に頼まれて中将達の現行案に多少色を付けただけよ」としれっと答える。

「チッ……やってやるさ! どんな無茶だろうがやってやるさ!」
 キーチは声を荒らげてそう言う。
「その意気だ」と元中佐が呟き、一気に緩んだ空気が締まっていく。
 中将が大きく息を吐き、神経を集中させる。

「よろしい。貴様ら、例え死んだとしてヴァルキュリアが空へ連れていってくれるなどと考えるな。どうせ、この時代、ヴァルハラは満員御礼だろうからな。諸君らが向かうは地の底ニヴルヘル、その果てだ……!」

 重く力強い声が響く。
 誰もが中将の言葉に耳を傾けていた。

「命を燃やせ! 燃えつきようが立ち上がり任務を遂げろ! 目標を達成するまでその足を止める事を許さん! 己が全てでこの世よりあの不愉快な墓石をたたき潰せ!! そしてこの地に帰ってこい!! 任務を達成したのならば生死は問わん!!」

 数人が最後の一言で苦笑してしまう、誰もが中将の生き方を知っているからだ。中将は本当なら自分自身で動きたいのだろう、手が震えていた怯えとは程遠い震えだ。
それを見た衛士達がうなずきだす。
「了解しました」
「任せてください」と口々に語る。誰もが不安を抱えながら強がっていた。


 ふと、中将がスルワルドに目を向ける。
「そう言えば、スルワルド。貴様には朗報があるらしいな」
「……何の事でしょう?」
「隠すな、隠すな。君の母上から聞いている。ついに春が来たと泣いて喜んでいたぞ」
 その言葉に誰もが戦慄を覚えた。
「不能なのに?」と呟いたスルワルドの部隊だった衛士が殴り飛ばされる。

「少佐に死亡フラグが……」
「まさか、その手のモノとは無縁な少佐が、そんなことある訳ないじゃない」
 小声で桜花に聞くがあっさりと否定される。

「からかわないで下さい、中将。この作戦が成功すればしばらく時間ができるので、お見合いをしないかという話が来ただけです」

「相手はどんな人なんです?」
 キーチのニヤ付いた質問にスルワルドはポケットから写真を一枚取り出す。
「持ち歩いてんのかよ。いいご趣味ですねぇ……どれどれ」
 写真を覗いた瞬間にキーチが凍りつく。
「なに? どんな人なのよ」
 桜花がキーチを退け俺は写真を拝見する。そこに写っていたのは20代かと思えるほど若々しい人だった。

「えー……」
「なんだ? 何か文句があるのかユーリ。ちなみに相手は40代の子連れだ」
「40? しかもバツ一?」

 何かの間違いではないだろうか、そもそも50代になってお見合いってと思ったが口にはしない。今度は桜花が大きく頷く。
「ただの死亡フラグね」
「お見合いで?」
「少佐の恋は今がまさに人生の絶頂じゃない。お見合い写真ってのは一見して相手を想像するくらいの時期が一番なのよ。実際会ってみたら萎えるものよ」
「……酷い事言うなー。俺はてっきり破局フラグかと」
 あんな美人は少佐にはありえない。

「お前ら勝手な事ばかり言うんじゃない!! たかが、お見合いじゃないか! それぐらいなんとでもなる!」
 叫ぶスルワルドに対して中将が笑う。
「ハハハッ……。強がるなスルワルド、貴様にとってBETAよりも女の方が厄介な敵なのだろう?」
「……それは!」
 息を詰まらせたスルワルドは全員から笑われていた。

 結局、その場はそのままお流れとなり、俺は桜花と共に自室へと戻る。
 その間、ずっと疑問に思っていた事を口にした。


「なぁ、桜花。お前だろゼロナをこの作戦から外したの」
「……どうして、そう思うのかしら?」
「ファングスティルが無くともアリゲートルにでも乗せればいい。そもそも、中隊なのだからわざわざゼロナを外す意味がないしな」
 桜花は黙ったまま先を促す。
「中将なら、実力として申し分ないのだから間違いなくゼロナを使っていたはずだ。何を思ったのかは大体想像できるが、無理言ってお前が外させたんじゃないか?」
「……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないわね」
 そう呟く桜花は口元をゆるめた。

 誤魔化されたが、この時、もう少し問い詰めていればとも思う。
 おそらくそれが俺の失敗だった。


 *

 深い地の底。
 白い二機のファングスティルと、十機のアリゲートルがゆっくりと前進する。
 駆動音が洞窟に反響し、耳に響く。

 やがて目的の場所に到達し全員が足を止める。
 後は合図を待つだけだ。この先には本格的な横坑があり、ハイヴが広がっている。
 ノイズ混じりの通信の先から音が聞こえた。
 息を飲んでしまう。


──『これより、Operation Fang of Snowを開始する』──

 盛大に爆音が響き、地響きが起こりハイヴが揺れる。それと共に12機の戦術機が本格的にハイヴへと突入する。
 ヴォールクの亡霊がBETAに対し静かに唸りを上げ、その牙を剥き出しにしていた。



 *

 pixvにクーと中将を2枚追加。




[18452]
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:8faf74cc
Date: 2011/01/04 02:37


 

 スルワルドが自ら語った、作戦の第一段階。まずは地上部隊、つまり国連と我々が敵を引き付ける。

 決して容易いことではない。
 ハイヴ付近に展開したスルワルドの部隊は各自様々な方向にエレメントとなって分かれ、肉塊の波をそれぞれ後退をしながら受け流していく。
 地表にはおびただしい数のBETAが溢れかえり、光線級が制空権を支配していた。
 その禍々しい光の線にミサイルが焼かれ、射程圏外ギリギリのヘリが焼かれ地面に叩きつけられる。通信の先から、よく知る仲間達の声が次々と途絶えていく。
 爆音は止まる事を知らず、地面は水面を弾くかのようにBETA諸共えぐられていく。
 自分たちはおとりなのだ。
 死地はどちらも同じ、地上も地下も戦場だ。
 一度だけBETAの波状攻撃に対し奥深くまで亀裂を入れる。ハイヴのゲート(入口)の確保、けれどここから入るのは補給部隊のみ、本命は別の所からだった。

 * 

 地下200m付近。
 削り取られたように作られた空洞を進む12機の戦術機。
「これが……」
 地面には地下水が流れ、湿った空気が冷え込ませ、うす暗く光がほとんど感じられない。

『BETAが自ら侵攻するために掘った穴だ。この先は偽装横坑(スリーパー・ドリフト)に繋がっている。ここら辺は山地が多かったせいかBETAにとって地上は侵攻しにくかったのだろう。奴らの地下からの侵攻が多かった分、こういう抜け道も用意されているという訳だ』
 ユーリの呟きにキンテッキーが周りを注意深く観察しながら言う。
 偽装横坑とはBETAがハイヴの拡張とともに不要と判断され、閉ざされた横坑(ドリフト)の事だ。そこから突然BETAが現れる事もあるが、まさか逆に利用することになるとは思わなかった。

「よく見つけたな……こんなもの」
 戦術機が一機ようやく通れるような穴を隊列を組んで移動していく。
『俺達だって4年間何もしてこなかった訳じゃねぇんだ。作戦の一つや二つは用意してんだよ』
 後方にいたキーチが笑いながら言う。今はシラフだが薬剤らしきものが隣に置かれていた。
『調査したのはキーチではないのだがな……』とキンテッキーが横やりを入れる。

『地上ではスルワルド少佐の部隊が展開を終えて戦闘に入っている。この時、補給部隊とその護衛がハイヴへと侵攻してるはずよ。しばらくしたら一旦後退してBETAを爆雷源へと導き、第一波を殲滅させ、再び攻撃を再開すると共に私たちがハイヴへと侵入する。ハイヴ内で先に補給部隊と合流し外部から最後の補給を受けて、彼らはそのまま私たちが通ってきた道を通り撤退してもらい。入れ替わりに私たちは中枢部へと侵攻を開始する』

 一ヶ月間でBETAの全体量何%を殲滅できたかが勝負の鍵ともいえる。
 そして、この作戦は時間をかけ過ぎれば他のハイヴからBETAが侵攻してきて、ヴォールクの二の舞になることも充分考えられる。
 そうなれば元の木阿弥。この作戦に中将が後方から持ってきた部隊も多い、戦力を失ったばかりのソ連戦線はBETAに侵攻され一気に瓦解するだろう。
 物量が圧倒的なBETAに対して長期作戦は禁物なのだ。

 だから、なんとしてもこの場でスルグートハイヴを落とす必要がある。
『道が開けてきた、そろそろBETAもこちらに気づいた頃かもしれん。注意しろ』
 先頭を走るキンテッキーの言葉に全員が頷く。
 洞窟の壁が段々と広がるに連れてハイヴらしい濃い緑色の壁へと変わっていく。
 間違いなくここはハイヴへと続いている、一歩進むたびに緊張感が増す。
 しばらくの沈黙の後、キンテッキーが声を上げる。

『来るぞ……!』
 いきなり目の前に現れたのは要撃級。
 まだこちらには気づいなかったのか横腹を剥き出しにしていた。数発の銃弾が要撃級を貫き、血肉を飛ばす。
 それを皮切りに細々とBETAが現れ始める。

「……敵地には違いないって事か!」
 要撃級、突撃級、戦車級、曲がりくねったこの道では突撃級はモノの数ではない、ただの障害物だ。
 主に群がろうとする戦車級を蹴散らしながら俺は前へと出る。
 スティルファングの仕事は先頭より先に出て行う陽動。敵の目を引き付け、動きを鈍くさせるのが仕事だ。
 今も一体、俺を追いかけようと旋回しようとした要撃級がキーチのアリゲートルに踏み台にされ36mm砲弾で貫かれる。

 ここにいる誰もがある程度以上の技量を持っているおかげか、それなりの連帯感が存在し、中隊として安定していた。
 どれほど進んだだろう。かなりの数のBETAをやり過ごし前へと進んでいた。。

『ユーリ! そこの角で一旦止まれ!!』
 キンテッキーの声にユーリが反応してスピードを緩め、突撃級の背部にナイフを突き立て停止した。
 その先を見てユーリは一瞬思考を失う。

「……行き止まり?」
 そこには道がなく、周りと同じハイヴの壁によって道が塞がれていたのだ。

『どけ! こじ開ける! その間、私の後ろを守ってくれ!』
 後ろから追ってきたキンテッキーがその壁を一通り観察し中心に腕を突き立てる。その腕からはナイフではなくドリルのようなモノがハイヴの壁を削っていく。
 その無防備な後姿を円陣になり追ってきたBETAに対して攻撃を加える。

『おいおい! 元中佐ァ! どうすんだ!? そんなちっぽけな穴開けたって意味ないぜぇ!?』
 焦りながらキーチが叫ぶのも仕方がない。
 今まで通り過ぎてきたBETAが全て反転して襲ってくるとしたらもの凄い数になる。
 予想通り、地面いっぱいに蠢く影がこちらへと向かっていた。

『元中佐! まだなの!?』
 桜花の叫び声と共に放たれる銃弾も空しくBETAへと飲みこまれていく。
 操縦桿を握る手に汗が出てくる。逃げる場所などない。このままだと追い詰められ押しつぶされるだけだ。
『もう少しだ!! なんとか抑えてくれ!』

 その表情は決して優れた者ではない。けれど、信じるしかなかった。
『もう少しって言われてもね!』
 すでに目の前にBETAが近づいてきている。
「俺が前に出て引き付ける!」
『馬鹿野郎! どこに引き付けるってんだよ!!』
 キーチがユーリに対して苛立ちを隠そうとせずどなり声を上げる。確かにそれほど広くない通路がBETAで溢れかえりまともに移動できるスペースもない。

「どこって、知るかよ! でも、やるしかないだろ!」
『案も無しに勝手なこと言ってんじゃねぇ!! 死にてぇのか! クソ餓鬼!!』
「黙れ!! 死にたくないから! 足掻くんだろうが!!」

 口汚く罵り合いながらも互いの意見を押し付け合う。
 仲裁に入ったのは桜花だった。流石にすぐそこまで迫ってくるBETAに対して焦燥感を感じないはずがなくいつもの余裕が見られない。
『二人とも落ち着きなさい! ユーリ兄さん、今は相手の動きを止めることに集中して!』
「ッ……悪い!」
 BETAの前線がこちらと接触する。
 始めはそれなりの間隔があるが後、数十秒もすれば本隊とも言える数えきれないBETAの波が押し寄せてくる。
「元中佐! まだかよ!」
 必死に突撃砲を撃つが一向に足止めした気分にはなれず、BETAが一斉に押し寄せてきた。

『ッ! 終わったぞ!! 壁の隅に退避しろ!! 爆発する!!』
 キンテッキーのその言葉にBETAの大群を避けて横合いの壁に取りつき突撃級や盾の後ろに位置どる。

 爆音が洞窟の中に響き渡る。爆発には指向性を持たせており爆発は横にはあまりこない、前と後ろがもろに爆風と熱を喰らう。
 機体に衝撃が走る。乱れた気流を煙が示す。
 爆発は今まで塞いでいた壁をあっさりと突き破り、後ろから迫っていたBETA群を一挙に弾き飛ばした。
 S-11、戦術核に匹敵する高性能爆弾。キンテッキーの使ったのはソレだ、ドリルで壁に穴を開けてそこにS-11を入れるという特殊兵装、ハイヴ攻略戦以外では滅多に役に立つ事が無いため、ほとんど知られていない武装だ。
 実際、ミンスク以降はハイヴ攻略作戦が無かったためほとんど生産されていない。

『……なんとか間に合ったか』
 キンテッキーの声にそれぞれ返答が返ってくる。全員無傷とは言えないものの作戦遂行には問題がない。

「だが……これでも、まだ。ハイヴに入っていないんだな」
 今のはほんの前哨戦。
『ああ、……これからだ』
 キーチの声が遠く感じた。
 深い地の底。
 白い二機のファングスティルと、十機のアリゲートルがゆっくりと前進する。
 駆動音が洞窟に反響し、耳に響く。

 やがて目的の場所に到達し全員が足を止める。
 後は合図を待つだけだ。この先には本格的な横坑があり、ハイヴが広がっている。
 ノイズ混じりの通信の先から音が聞こえた。
 息を飲んでしまう。


──『これより、Operation Fang of Snowを開始する』──

 盛大に爆音が響き、地響きが起こりハイヴが揺れる。それと共に12機の戦術機が本格的にハイヴへと突入する。
 ヴォールクの亡霊がBETAに対し静かに唸りを上げ、その牙を剥き出しにしていた。


 *


 地上には随所の基地から集められたソ連軍と国連軍がBETAに対し防戦を敷いていた。
 スルワルドは前線で戦いながら戦況を確認する。
 と言っても前には数えるのも馬鹿らしくなるほどのBETA群、後ろにはソレに抵抗しようとする自軍。恐ろしいほどに単純明快だ。
 それ故に解る。
 そう長くは持たず戦線は撤退をしなければ、戦線は瓦解し被害が増える一方だ。
 前線の指揮を任されてるとはいえ、ほとんどお飾りに近い。詳細な作戦はすでに決定しているしCPには実戦をくぐり抜けてきた有能な指揮官見習いも多いからだ。
 むしろ、そのおかげで前線に立って直接自分の部隊を指揮していても得に問題もない訳だが。

『こちらCP、少佐、補給部隊がハイヴへと突入しました!』
「よし! 引き上げだ! 一時的にハイヴの入口を死守しながら、後退を開始しB地点にまで誘導する!!」
 スルワルドが行うのは命令を叫ぶだけ、だが、それだけで士気が全く違ってくる。
 通信の先からは威勢の良い声と共にコールナンバーと『了解!』と言う言葉が続く。

「私が後ろに付く! 抜かるなよ!」

 スルワルドはBETAに対する撤退戦には慣れている。いや、スルワルドにとってBETAとの戦闘のほとんどが敗北だ。
 戦場には奇跡などなく。昔から親しくしていた飛行機からの転換した衛士仲間が死にゆく中、自らを鍛えぬく事で生き抜いた。
 撤退に次ぐ撤退、敗北を味わい唇を噛み切り血を飲んだのも指の数だけでは足りない。

 しかし、だからこそスルワルドは撤退戦、防衛戦には絶対の自信があった。指揮も必要としないし、後ろから味方を押す訳でもない、それでも、スルワルドの部隊が撤退戦で失った人員は驚くほど少なかった。
 守りに徹し、逃げるのが上手い。そういう将が一番兵を無駄死にさせる事が無いのだとスルワルドは考えている。それは自らの仲間や部下を失いながらも、必死に技術を伸ばし続け戦術を考え抜いた末に生みだした経験の産物だともいえるのかもしれない。
 そしてその思考を徹底的に刻み込んだのが自分の部隊だ。
 言ってしまえば効率的に銃を撃ち尽くし、BETAから逃げる。生き残るための部隊。
 それだけに鮮やかな撤退は類を見ないものだった。

 撤退を開始して1時間ほど、ハーメルンの笛吹き男のように地平線の果てまで軍団規模のBETAが追ってくる。
 かなりハイヴからは遠ざかったが、観測班からの報告では未だにハイヴからBETAが現れているらしい。
 一か月前からかなりの数を減らしていたはずなのに、いったいハイヴ内にはどれほどの数が存在するのか想像もつかなかった。

『隊長! 用意が完了しました。ハイヴ侵攻部隊も無事です』

 スルワルドは「よし」と一度頷き、ゆっくりとその言葉を口にする。

──「これより、Operation Fang of Snowを開始する」

 それは全ての兵に伝わった。

 その言葉と共に山の中腹部にあらかじめ仕掛けられていたガス爆発が起こる。
 始めは小さく、けれど斜面を下るに連れ雪の波は段々と勢いが増していき、地面へと叩きつけられる頃には巨大な雪崩へと変化していた。
 地表にいたBETAを飲み込み、雪が喰らう。戦車級は飲み込まれ、要塞級ですら足を掬われて雪に押しつぶされる。
 それは一つや二つではなく、連続して行われ、侵攻してきた光線級を狙い行われていた。
 BETAが雪に呑まれていく。
 だが、それだけでは終わらない。

 雪に交じり、随所で巨大な爆発が起きる、地面に埋めていた地雷が爆発したのだ。
 雪崩の勢いだけではBETAを殺しきれないと判断した中将が用意した地雷源にBETAはさらなる圧迫され、その数を減らしていく。だが、またさらに地面が下へと落ちていく。

 爆発した地雷の下には巨大な地下空洞が存在し、その地表部分を崩し崩落させているのだ。
 突撃級が逃げようとするがアリ地獄のように地下へと呑まれていく。光線級がレーザー照射を行おうとするが目前へと滑りこんできた要撃級のため止めざるおえなくなり、そのまま滑り落ちていく。
 直径7kmにも及ぶ三段階式の巨大な落とし穴。地響きと共に地獄の門が開いたかのようにBETAは落ちていく。
 これほど大規模な作戦を用いて殲滅しようとも全体の数十分の一でしかない。

 静かになった地表には先行し取り残された突撃級を36mm砲で沈黙させるとスルワルドを声を荒らげる。


「墓穴としては少し小さすぎたか……。まあいい、攻勢に転じ戦線を押し返すぞ! 全軍突撃用意!!」

 通信の先から割れんばかりの歓声と雄たけびが響き、横合いにある山の反対側に機能を停止させ待ち伏せをしていた戦術機連隊が飛び出し、光線級を沈黙させた事によって待機していたヘリや航空機が姿を見せる。

 次の策はあるが、これほど大きいものは他にない。残りは子供だましばかりだ。
 そして今、見えるのが中将が集めてきた最後のにして最大の兵力。
 もはや後続は存在しない。

「進軍せよ! この作戦で奴らに蝕まれたスルグートを解放する!!」

 まるで濃霧のような軍隊が白い山を包み。ハイヴから溢れだし地面を埋め尽くす無限とも思えるBETAへと攻撃を開始する。
 戦闘機から爆撃が飛び、生き残った光線級がレーザーを飛ばす。
 戦車が火を吹き、突撃級が踏みつぶしながら進行し。
 戦術機が切り裂き、要撃級が叩き潰す。

 両軍共に大兵力を用いた泥沼の戦争が始まった。





[18452] 赤く染まる雪
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:8faf74cc
Date: 2011/01/04 02:37


 ここ数日の間、基地内はずっと変わらずに第二種警戒態勢を取っていた。
「留守番組みは暇だねー」
 トゥーニャは昼間から衛士装備を身につけ、ブリヌイを食べながら悦に浸っていた。ブリヌイと言うのはロシアのお菓子で、クレープのようなものだ。
 キンテッキーがおらず厨房の人間がほとんど出払ってしまったせいで、昼食がコレになってしまった。
 合成食材とはいえトゥーニャのお手製で味には多少自身がある。
「おいし……」
「でしょ」
 隣に座るクーがパクついている。元々、小食のクーはこれくらいの方がいいのだろう。
 けれど軍人たるトゥーニャには昼食としては少し物足りなかった。もう少し食べたいという欲求を抑えて、ふと、地平線の向こうを見る。

「今頃、ユーリ君達はハイヴの中か……」
「……」
 トゥーニャの言葉にクーが俯いてしまう。下手に慰める訳にはいかないし、大丈夫だとは言いにくい。
「心配だね」
「……うん」
 俯いたまま、クーは頭を揺らした。

「しっかし、ゼロナの奴はどこにいったのかな? せっかく昼食作ってやったっていうのに……いらないなら私が食べようか」
 クーがこちらを向いて首を横に振る。
 ダメという事なのだろう、確かに少し大人げない気もしたのでトゥーニャは食べるのをあきらめた。
「冗談だよ、冗談」

 笑いながらトゥーニャはそう呟く。
 ユーリ達が出て行った後、ゼロナは雲隠れしてしまった。クー曰くこの基地内にはいるのだろうけれど姿を見せないようだ。
 どうせ拗ねているのだろうと暇つぶしがてらトゥーニャはゼロナの捜索をクーと共に行っていた。
 だが、トゥーニャ自身は別にゼロナは見つからなくてもよいかなとか思っている、そもそも、トゥーニャはゼロナが苦手なのでこのまま見つからずクーとダラダラしてる方が良いとすら考えていた。

 ふと、クーが立ち止ったまま天井の一点を見つめている。不思議に思いトゥーニャもそこを良く見てみるが、鉄製の天井がある以外、別段変ったものは何もない。
「どうしたの?」
「…………また、嫌な感じ」
「嫌な感じ?」
 トゥーニャはもう一度、その方向を見つめて眉をひそめた。
 その時、基地内の突然に警報が鳴り響く。

『第一種戦闘配備……繰り返す、第一種戦闘配備。衛士は戦術機に搭乗し各自、次の指令を待て!』
「…………これって……偶然……だよね」
 トゥーニャは驚いてクーを見下ろしていた。

「と、とにかく、クーちゃんは自分の部屋に向かって、私は行かなきゃ」
 ここからユーリ達の部屋まであまり距離はないのでトゥーニャは問題ないと判断したのだ。幸いここら辺は警備が固い、よほどの事でない限り侵入は許さないはずだ。
 クーが頷くのを確認すると共に、トゥーニャは駆け出していた。
 自分の銃を取り出して、弾倉を確認する。

 しばらくすると銃声が聞こえてきた、廊下の壁に隠れていた自分の副官に声をかける。
「隊長!」
「状況は?」
「それが……駐屯していた国連軍の兵士が突然ハンガーに現れて……。申し訳ありません、リタがやられました」
 リタと言うのは生き残っていたトゥーニャの部隊の一人だ。
「……そう。これで、私の中隊の生き残りは私とあんただけになったてことね」
 驚きはしたが冷静さは失わない。
「ハイ……」
 しかし、表面上は取り繕っていてもトゥーニャの心の中にある感情は抑えきれるものではなかった。
「……ハンガーまで急ぐわよ。邪魔する奴は誰であっても容赦しない」
「了解しました」
 すでに各地で銃撃戦が始まっているらしい。トゥーニャはクーを一人残してきた事に躊躇いを覚えるが、今更戻るような時間は無かった。

 *

 中将は大きなため息をつく。
「ただちに作戦の指揮権を譲渡せよ……か。馬鹿な事を言う。しかも、答える前からすでに攻撃を加えてくるとは……この手口は間違いなくヴェルトだな……。50年……半世紀もの付き合いだが、実に御苦労な事だ。相変わらず嫌なタイミングで邪魔をしてくれる」
 ヴェルトにとってBETAへの攻撃も興味の対象ではないのだろう、いや、所詮研究材料の一つくらいにしか理解していないのだ。

「すでに敵、国連軍仕様のトムキャットが12機が展開しており、駐在していた国連軍の一部がこちらに攻撃を仕掛けてきています」
 副官の一人が中将の元へと歩み寄る。

「現戦力で抵抗していますが、基地内に入られており、地上部隊もそう長くは持たないでしょう。前線から増援を呼びますか?」
「不要だ。むしろ、絶対に前線へと知らせるな。我らが足を引っ張ってどうする」
「ですが、この基地が持ちません」
「それならば、それで構わん。第一、この距離で援軍が来たとしても間に合わんだろう」
「……それは」
 戦闘機なら間に合うかもしれないが、あちらにの戦力を削ってまで来させる訳にはいかない。

「いいか、この作戦の邪魔をすることは何人たりとも許さん。例え味方であってもだ」
 中将は立ち上がりゆっくりと歩きだす。
「どこへ?」
「私が出る。残っている戦術機にもすぐに出るように言っておけ」
 とはいってもスクラップ行きがほとんどで、五体満足の機体など本当に極少数だ。しかし、副官は頷くしかなかった、こうなった中将を止めても無駄だからだ。
「了解しました。ご武運を……」
「ああ」

 地下へと降りて衛士装備へと着替えF-4へと近づく。ここは隔離されているお陰か敵勢力もまだ到達していない。
 整備士が中将に気づくと敬礼をし、それに答えるように中将は敬礼する。

「私のF-4は動かせるか?」
「勿論です。いつでも出撃可能ですよ」
「ならば、出るとするか」

 まるで、少し散歩をしてくると言った風に軽く笑い戦術機へと乗り込む。
 ゆっくりとF-4を乗せていた床が動きだし、地上へと昇っていく。
 戦術機のコックピットの中、中将が無表情な瞳でセンサーに映る12機の戦術機を見下ろしていた。

「いい加減しつこい男は好みじゃないのでね。そろそろ終わりにさせようじゃないか。……ヴェルト」

 もはや因縁と呼べるほど生易しい仲ではない。互いが互いを憎み、煙たがる。
 そのような私怨に貴重な戦力を用いなくてはならない事に中将は顔を歪めた。

 F-4の瞳に赤い光が灯り、暗闇から一気に解放される。
 腰部の跳躍ユニットに熱が入りゆっくりと加速していく。雪を砂塵のごとく巻き上げ、加速する。その先にはこちらに狙いを付けている国連軍カラーの戦術機。

『旧式が一機? 無謀な……投降しろ』
 サウンドオンリーで短い声が聞こえてくる。若い男の声だ、だが相手に対しては興味がなかった。
「トムキャット……気に入らん、第三計画もろとも米国に尻尾を振るつもりか……。だが、丁度いい。スルグートに散ろうとする戦士達への手向けにしてやろう。……尤も、貴様らの血がそれほど上等な供物になるとは思えんがな!」

 駆け出すと同時にF-4は盾を正面に構える。
 銃弾が装甲を削っていく、元々、性能に差があるのだ彼らのような異常者でない限り機動力で勝てるはずがない。
『……なっ!』
「突き崩す!」

 いつまでも銃撃をしようとしている一機に真正面からナイフすら使いにくい接近戦へと移行させ、肘で組み伏せ身動きを取れなくする。だが、格闘戦などする気はない。
『クッ! 何のつもりッ──』
 トムキャットのわき腹に軽く拳を充て、一瞬遅れてパイルバンカーがコックピットの真下を貫いた。
 悲鳴が短く響き、部品が血のように砕け散り、あっさりとその力を失う。
 相手が死んだ瞬間に中将は死んだ敵を冷徹な瞳で見下ろしていた。

「……死ぬ時ぐらい静かに死ねないのか……。やはり言葉を交わす価値すらないヴェルトの人形だな」
 パイルバンカーの切っ先には血が付いており、それを振り払うと次の標的へと目を向ける。
 ハンガーの先にいる二機のトムキャット。

「次はもう少しマシな相手だと良いが……この分では期待するのも無駄というものか」
 跳躍で上空へと上がり、遠巻きから120mm砲を撃ち放つ。トムキャットには当たらず近くの火薬庫へと突き刺さり爆炎をあげる。
 補給の確保などさせる気はない。

『な……何だ!?』
「コソ泥共が……他人の家に入ってきて『何だ』とは随分な言いようだな! 恥を痴れ愚物!!」
 中将のF-4がトムキャットの目の前へと落下してくる。
 二機編成の間を取るように陣取ったせいで相手は下手に撃つ事ができない。
『02、引け! ソイツは!』
 兵糧を確保しようとしていたトムキャットへと36mm砲弾を掃射する。叫びも空しく頭から胸へと穴が開き沈黙した。
 それをただ見るだけしかできなかったもう一機のトムキャットがナイフで突撃をしてくる。

『ッ……中将ォ!』
「仲間を殺されて激昂する……意外だな。ヴェルトはそんなモノを戦場に送ってきたのか、……いや、未完成の粗悪品と言ったところか」
 もはや突撃砲を撃てはいいものを冷静な判断ができないようだ。これではヴェルトが専門としている単一強化兵士もタカが知れているとほくそ笑む。

『ふざけるなッ!!』
「戦士としては嫌いではないが……隙だらけだ!」
 叫ぼうとした間に中将が盾でナイフごと突進しトムキャットを付き飛ばす。
 同時に銃口を向け。
『クソッ! まだッ……──』
 撃つ。
 まるで本当に生きているかのように横ばいに倒れた戦術機が跳ね上がる。

「ヒヨッコがあまり戦場で遊ぶもんじゃない。……間違って踏みつぶしてしまうからな」
 もはや、息絶え声など聞こえないはずの相手に向かい、いい笑顔で中将は呟いた。
「おしい事をした。後、数十年もすれば良い鶏肉になれただろうに……」

 ふと通信機から嫌な声が響く。
『おやおや、少しみない間に僕の手駒が二つも消えていたとは、流石だネ。……中将』
「ヴェルトか」
 忌々しさを隠さず殺気を込めて中将は呟く。
『僕ダヨ。他に誰かいるのカイ?』
「確かにな、この不愉快極まりないしゃべり方は貴様以外にありえない。まさに、耳触りだ」
『それは僕もダヨ。安物とは言え、それなりに苦労して作った作品を壊さないで貰いたイネ。すでに、ソ連のお偉い方からは正式に君の行動は軍法会議にかけられるようになってイルヨ。君は随分とこの作戦に入れ込んでるみたいダカラネ、わざわざ内陸からの部隊を取り上げたのが失敗だったんじゃないカイ?』
「まさか、成功か失敗かはまだ決まっていない。それとも何だ心配しているのか? この私を?」
『笑わせないでクレ、気持ち悪イ、吐き気がスルヨ、オゾマシイ、君のような生物が僕と同じ空気を吸って二酸化炭素を吐きだすと思うだけで鳥肌が立ツ』
「なら死ね」
『死ぬのは君だよ』

 8機のトムキャットがヴェルトの命令により中将を囲んでいた。
「この程度で私を殺すつもりとは、舐められたモノだ。ヴェルト、私は貴様を死なせはしないさ……」
『僕も同じ事を言おうと思っていたヨ』

 結局、ヴェルトと中将は本質的な所で似ているのだ。
 どちらも負けず嫌いで勝たなければ気が済まない。平和な世なら良いライバルとでも言えたかもしれないが、時代が二人を捻じ曲げた。
 一人は全てを拒絶し、一人は全てを利用する。
 自分の世界に没頭し他者の存在を否定し研究する事で、新たな生物の誕生を目指した男。
 BETAによって自分の世界が崩落してしまった末。取り換えすのではなく、奪った分だけ奪わなければ気が済まない、復讐鬼へとなり果てた男。
 ソレを遮る中将と言う男が、
 ソレの邪魔するヴェルトと言う男が、
 互いに憎くて仕方なかったのだ。

「貴様は私の手で八つ裂きにしてやる……」
『君は僕の手で解剖してあげヨウ……』

 射殺すような眼で互いを睨みつける。

「ヴェルトォ!!」
『中将!!』

 *


 ハイヴ地下500m付近。

 下層付近の横坑、そこに彼らの姿はあった。元は中隊だったのに今ではその数を半分に減らしながらもここに到達していた。
 残りの公定は約四分の一、最後の補給も終わり、これから最下層への広間(ホール)へと侵入することろだ。

『各機、状況は?』
 キンテッキーの言葉に全員が披露困憊といった表情で答える。ユーリもある程度予想はしていたが、後ろも前も左右も上下すらBETAに埋め尽くされた魔境、それを高速で突破するという作戦は通常の戦闘より何倍も精神的苦痛を強いていた。
 シミュレーターで何度も繰り返したはずの動きすらも重く感じる。
 重力が肉体を痛めつけ、死の恐怖が全身に浸透していた。

 ハイヴの訓練をし続けていたユーリですらそうなのだ。キーチを含めハイヴに入るのが始めての人間にとって、もはや死んだ方が楽なのではないかとすら考えるものもいた、それでも、立つのは仲間の足を引っ張らないようにするためだ。
 自分が死ねば隊列が乱れ、侵攻に支障が起きる。
 それでは、死んでいった者たちに申し訳がたたない。
 なにより前に行く少年が戦っているというのに、彼が生まれる前から戦術機を動かしてきたモノの意地。衛士としての自尊心が、衛士達を死の底ギリギリから引っ張りあげていた。

『来るぜぇ……ワラワラとなぁ!』
 キーチの言葉と共に先行する突撃級の軍隊が現れる。
 相手の数を計測する機器はすでに誰も見ていなかった。しばらく前からずっと”計測不能”だからだ。
『一瞬の休憩だったわね、もう少しゆっくりしたかったのだけれど……』
 余裕そうな軽口を叩く桜花の表情は決して明るいものではなかった。

「いいさ、その分。早く終わる。こんな所、長くはいたくない」
 それはユーリの本音だった。できるのなら一分一秒でも早くここから脱出したい、生きたいと思う人間なら誰でも当たり前の事だ。
 突撃級を避けながらスティルファングを蛇行に動かし、全員が広間へと辿り着く。

『確かにな……ハッハー! こりゃあ、また随分と歓迎されてるみたいだぜ!!』
 一瞬、巨大なBETAかと錯覚するほどのBETA群が津波のように押し寄せる。
 それだけでなく床、天井、壁、あらゆる場所にBETAが犇めいていた。
 広間とはいえ、ここまで数が多いのはすでに四つ目だ。

『一気に跳躍し飛び越える!! 遅れるな!!』

 六機の戦術機が一斉に速度を上げて、一直線に飛び出す。
 まるで蛇のように動き、落下してくるBETAを避けていく。こちらへ巨大な手を伸ばすようにBETAの波がさらに高さを増し、通り抜けれる幅が狭くなる。
 落下してくる敵と前から来る敵のみに銃を向けながら進むが、その物量に全員が対処しきれる訳もなく、落ちざまに攻撃してくる戦車級がキーチのアリゲートルに張り付いた。

『ッ!! 邪魔すんじゃねぇ!!』
 隊列を微妙に変化させて落ちてくる突撃級へと戦車級を叩きつけて地面へ落下させる。
 だが、それだけで終わるはずがなく、キーチの後ろにいた戦術機が戦車級に足を引っ張られていた。それを桜花が撃ち払う。
 互いに互いをカバーする事でなんとか保っているが、先頭の一人はソレを全て自分で補っている。
 当たればほぼ即死と言う状況の中、先頭にいるユーリは背後以外の全てに全神経を集中させたいた。

 だが、ユーリがわざわざファングスティルの機動を殺して、隊列を作っているのはキーチには解っていた。
 足を引っ張ろうとしなくても、すでに、機体と実力で劣っているのだ。
 投薬し、神経が研ぎ澄まされている分、一度気づいてしまえばキーチにはそれが痛いほど理解できてしまう。
『餓鬼の癖に……』

 嫉妬もある。恐れもある。だが、何よりキーチは年端もいかない子供をこんな場所まで連れてきた事を後悔していた。
 けれど殿を務める桜花もそうだが、彼らがいなければここまで来る前に死んでいたとしてもおかしくない場面がいくつもあった。
 自分の力の無さがただ口惜しく感じたのは今に始まった事ではないにしてもキーチの精神をすり減らすには充分な理由だった。
 キーチはキンテッキーに秘匿回線を繋ぐ。

 そろそろ、頃合いだと踏んだから。中将にも命令されていないその行動、出撃前にユーリと桜花を除く中隊全員に了承は取っていた。
 だが、その通信が終わる前に桜花が悲鳴を上げる。

『……ャッ!?』
 見ると桜花のスティルファングが戦車級に掴まれ高度を落としてしまっている。
『どけッ! 俺がいく!』
 キーチは自ら高度を下げて、桜花の機体へと近づきナイフと突撃砲で戦車級を破壊しようとした。
 だが、それが致命的なミスとなり、頭上から一斉に降りてくるBETAに対応できなくなってしまう。
 BETAに取りつかれて重力の鎖に縛られ落ちていくように、BETAが蠢く海へと足が付いていた。

「桜花!!」
 それを見たユーリはたまらず反転していた。他の人間はともかくユーリにとって桜花は絶対に死なせる訳にはいかない人間だ。
 動揺してしまうのも仕方がない。
 けど、ギリギリのところでキーチが立て直し、桜花を引っ張りあげる。

『ありがと……大丈夫よ、ユーリ兄さん』
 通信の先からはそう聞こえてくる。
 だが、桜花のスティルファングはもはや戦える状況ではない。腰から先は失われ、腕がほとんどもげている。助けあげたキーチのアリゲートルだって片腕を失っていた。
『……腕が切れたか……まぁいい。おい! 餓鬼! ……持っていけ』
 キーチは桜花の乗っていたスティルファングをユーリに手渡す。
「もっていけって……ッ」
 文句を言おうとしたが、不意にキーチのアリゲートルに付き飛ばされる。BETAをいなしながらも何とか状況を整えるが、その間にキーチは隊列へと戻っていった。
 一瞬、見捨てられたのかとも考えた。その時はそれほどまでに思考が鈍っていたのだろう。
 だから、これから何が起こるのか理解していなかった。

『お望み通り、お前はとっとと帰れってことだよ』
 キーチがそう言い残し器用に前へと出る。
「はぁ!? 何をっ!!」

 今まで黙っていたキンテッキーが口を開く。
『出撃前に決めていた事だ。お前達二人は途中で地上へと向かわせる。これから貴様の任務は我々のハイヴ攻略と言う偉業の形跡を地上へと持ち帰ることになる』
「……ソレって」

『邪魔だからとっとと失せろつってんだよ!! お前がその機体で本気だしゃ、ここからでも地上に戻るくらいできるだろ!!』
「……キーチ」
『勘違いすんじゃねぇぞ! ここは俺達の死に場所だってんだ!! そんなトコに餓鬼がいられちゃ迷惑なんだよ!! 人類史上初のハイヴ落としで歴史に部隊名を残した時に、餓鬼の名前があったら笑われちまうからな!! お前らはここで除隊だ!!』
 勿論、本心ではないのはその顔から見てとれた。他の生き残っていた二人も納得しているようで、この状況で肩をすくめて笑っている。

『随分と勝手なことね……中将は知っているのかしら?』
『まさか、私の独断だ』
 桜花の問いに真っ向から中佐は反論した。
『この作戦で直接の部隊指揮は私に一任されている。……行け。このハイヴは我々の獲物だ、他の誰にも渡す気はない』

 すでに4人のアリゲートルは広間の端へと到達していた。BETAがそこに密集するように集まり、もはや追える状況ではなくなってしまう。
「中佐……」
『”元”だ、バカモノ。お前達が言いだしたことだろうに……』

 通信はまだ届いていた。
 だが、進むたびにノイズが酷くなり、声が聞こえにくくなる。
「行くぞ……桜花」
 答えは聞かずに横坑へと戻り、桜花をコックピットに入れるとユーリは地上を目指す。

『──おい餓鬼…も!』
 キーチの叫び声が響く。

『死ぬん…ゃ…ぇぞ!ッ──────』
 それ以降、完全に通信が途切れてしまった。
 

 *


 その頃、地上部隊はその戦力の大半を失いながらもBETAと一歩も引かない戦闘を繰り返していた。
 もはや地面には血で濡れていない所などなく、肉塊と鉄屑で山のように埋め尽くされている。
 血まみれになっていない戦術機などなく、一様にソ連独特の迷彩色が赤黒く染め上がっていた。

 スルワルドはとめどなく現れるBETAの物量に空恐ろしさを感じながらも、決してここで引く訳にはいかなかった。
 突撃砲などとっくに撃ち尽くし、ナイフのみで戦闘を行う。
 共に立つほとんど衛士が死を覚悟していた。

『こちらCP……少佐、悪い知らせです』
「何だ……」
 正直、聞きたくはないが、立場上聞かなければならない。
『たった今、国連軍とソ連軍の上層部が正式に撤退命令を決定しました』

 本来なら悪い知らせではない、だが、この知らせはつまりハイヴの攻略を正式に諦めると言う事だ。
「中将の命令ではないな……」
 聞いていた衛士の中から戸惑いの色が生まれる。
 スルワルドは顔を軽く俯かせ、ハイヴを睨みつける。

「……”ふざけるな”だ」
『は?』
「”ふざけるな”と返してやれ!! 未だハイヴの中で戦っている者がいると言うのに、どうして引くことなどできる!! 逃げたい奴は逃げるがいい! だがな、ハイヴ内からの発信が確認されている以上、私はここを一歩も引く気はない!!」
 通信の先から苦笑が聞こえる。
『……了解しました。ふざけるなと返信します』
 付き合いの長いオペレーターだが、戦場で冗談を聞いたのは始めてた。

『いいですねぇ。隊長……お付き合いさせて貰いますよ』
『女の上を死に場所にしたかったんですが、こういうのも悪くないですな』
 国連軍の衛士が撤退を始める中、自分の部隊を中心にもの好きな部隊が集まってくる。そのほとんどが基地にいた者達だった。
 チボラシュカ、アリゲートル、バラライカ、F-4、どれも見覚えのある機体ばかり。

「……馬鹿共が」
『結局、我々は中将の元に集まった馬鹿ばかりと言う所ですからね。薄っぺらい撤退命令など聞けませんよ』
『そうそう、今さら逃げるつもりなら、とっくにアラスカにでも行ってるつーの』

 もはや、碌な兵装も残っていない。
 戦力は一気に減った。
 それでも、戦い続けなければいけない。

「全機、攻撃を開始せよ!! 足を止めるな! 全て燃やしつくせ!!」

 集まった戦力を結集させて襲ってくるBETAを粉砕し殺し壊されていく。
 即席で集まった者ばかり、チームワークなどほとんどない。
 それでも奇妙な連帯感が包み込む。
 一機、また一機と減っていく。

『こちらCP! ……少佐、また悪い知らせですよ』
「今度は何だ!」
『雪崩に押しつぶしたBETAの生き残りが撤退する戦術機部隊を攻撃、それを抜けた旅団規模のBETAが背後から向かってきています』
 まさか、とは想像していたが本当に生きているとは、馬鹿らしくなるほどにしぶとい相手だ。
「今は前のBETAに集中する!」
 部隊を分けるような余裕もなければ、反転する訳にもいかない。
 元からそれで手一杯なのだ。


『──なら、後ろのBETAは私がやっても問題ないな……少佐』
 唐突に割り込んできた通信に耳を疑う。
「お前……!」

 一機のアントノフが山の向こうから現れる。
 日本の旗が掲げられたソレから入った通信。

「……本当に帰ってくるとはな」

 アントノフがゆっくりと旋回し積み荷が落とされる。
 それはF-4のようだが、まるで違う、82年に出された瑞鶴にも近いが、ソレにしては足が大きい。何よりF-4にしては背が高く腕が長い、そして、全身が紅葉のように赤く染められていた。

 その中で黒い髪の少女は目下にいるBETAに目を移し、笑う。
 軽く引き抜いた刀で重力と共に一刀の元に要塞級を斬り伏せ、さらにブーストでさらに奥へと突っ込んで行く。
 赤く染め上げれた鉄塊が吠える。


『草薙 静紅! 戦術機の名は火鶴!! これより先は私が相手をしよう!!』

 戦鬼が一人、雪の大地へと舞い戻ってきた。





[18452] 夢と生死の過去と拳銃
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:8faf74cc
Date: 2011/01/04 02:37

 

 トゥーニャは国連軍の軍隊を抑えながら、ハンガーへと向かっていた。
 その途中、向かいにある兵舎に小さく蹲っている人影を見つけてしまう。

「アイツ、あんなところに……あんたは先に行っといて! 私はやる事ができた!」
 副官の答えも聞かないままトゥーニャはその方向へと走り始める。
「ちょっと、隊長!?」
 副官が後ろで叫んでいたが気にしない。
「……ったく、もー」と言っていたような気がするが言いたいのはトゥーニャも同じだった。

 素早く階段を駆け上がり、隣の兵舎へと続く通路を走り抜ける。
 そして、角を曲がったその先。
 無造作に置かれた荷物の間にそいつはいた。

「ゼロナ! あんた、ここで何してんの!」
「……トゥーニャ?」
 不貞腐れた表情で目だけで睨みつけてくる。

「何してんのって聞いてんの……まさか、第一種警戒態勢の放送聞いてなかったんじゃないだろうね!」
 トゥーニャが触れようとすると、ゼロナの腕に弾かれる。
「知るか! 俺の事は放っておいて人間相手に勝手に撃ちあってりゃいいだろ!」
「…………あんた、本気で言ってんの?」
 手を止めたトゥーニャの表情が険しくなる。

「当たり前だろ! どうせ、俺が行ったって何も変わりはしねぇんだ! 静姉ぇの時も! 兄貴と桜花の時も! 結局、皆、俺を置いてどっか行っちまうんだ!!」
「……だから、ユーリ君達の時は何も言わなかったのね」
「だってそうだろ! どうせ必死こいて頭下げたって兄貴達は絶対に俺を連れてってくれなかっただろうさ!!」

 トゥーニャは無表情にそれを聞いていた。
「…………で、言いたい事はそれだけなの?」
 冷めきった目でそう呟き、無理やりゼロナの襟元を掴み上げる。

「餓鬼がうじうじしているのを見ると腹が立つわ! そんなところで何時までも閉じこもって隠れているから置いていかれるのよ!!」
「……ッ! お前に何がわかる!」
「わかる訳ないわね! 私が知ってるのは今のあんたはどうしようもなく醜ってことだけ! 皆戦ってる! ……戦場ではね! 戦う人間は兵士! 戦えない人間は肉塊! 戦わない人間はゴミなのよ! 戦時中まであんたみたいな餓鬼に優しくメンタル整えてくれる教官はもういないのよ!! そのまま腐ってるだけの役に立たない生ゴミは戦場から消えなさい!!」
「…………うるせぇ……」
「何よ言い返せないの!?」
「うるせぇっつってんだよ!!」
 払いのけようとした手を掴んでトゥーニャは顔を近づける。
「いいえ、言うわ。この際だから言ってやる! 私はあんたが嫌い! でもね、そうやってうじうじしてるあんたは殺したくなるほど大嫌いなのよ!!」
 面と向かってそこまで言われたゼロナは流石にたじろいでしまう。

「失敗したのならやり直せばいい、大切なら取り戻せばいい。生きている限りはそれができる…………けど、あんたは今、それで本当に生きてるつもり?」
「……ッ」
 ゼロナが俯いてしまう。
 だが、その答えは以外なところから帰ってくる。


「生きているサ、命ある限り人は生き続けねばならないカラネ」

 人を見下しているかのように混沌とした瞳でこちらを眺めるその男。
「……あんた!」
 直接面識のないゼロナはキョトンとしているがトゥーニャにとっては忘れることもできない人間だった。
「ヴェルト!」
「やぁ、中将の雌犬。相変わらず躾がなっていないネ。あまりキャンキャンと騒ぐから何事かと思って来てしまったヨ」
「そうか、……これもお前の仕業か!!」
「まぁ、8割8分は私だろウ」
 ヴェルトの後ろには国連軍の兵士たちが待ち構えていた。

「丁度いいネ、クーと言う少女の所に案内してくれないカイ?」
 銃を向けてそう脅してくる。

「おい爺! クーに何をするつもりだ!!」
「君には関係ないヨ」
「関係ねぇはずないだろうが!!」

 動こうとしたゼロナの足がヴェルトによって撃ち抜かれる。

「おっと、間違えて引き金を引いてしまったヨ。イケない、実にイケない。でも、安心したまえ、私は狂科学者(マッドサイエンティスト)だ今すぐにでも解剖してあげヨウ」

「っざけんじゃ……ッ!」
 再び叫ぼうとしたゼロナを抱えてトゥーニャが後ろへと走り出す。
「喋るんじゃないよ!」
 銃を放ちながら、背後の壁へと逃げるその手際は見事なものでヴェルトが思わず感心してしまったほどだ。

「トリア。殺さず捕えてクレ、中将の目の前で犯しながらじわじわと殺してあげヨウ」
 トゥーニャが放った銃が顔の隣を掠めても特に慌てた様子もなくそう呟く。
 ヴェルトの後ろから女性が一人歩いてくる。

 それを見た瞬間に物陰にいたトゥーニャの目が自然と見開かれた。
 目の前にいる女性、その雰囲気は変わっているが自分が見間違いなどするはずがない。

 銃を持つ手が震えてしまう。
 かつて、失ったはずの親友。

「トリア……!?」

 掠れた声が口から漏れ出す。
 青白い髪の少女、あの時からまるで変わっていないその姿は亡霊にすら思える。
 その桃色の唇から吐息が零れる。

「…………誰?」
「私だよ……トゥーニャよ! トリア……生きていたんだ……」

 戦場である事も忘れて顔を出して近づこうとして足を止めてしまう。
 トリアの胸にあるその部隊章、トゥーニャも詳しく知る訳ではないが中将が注意するようにと見せてくれた書類の中に存在したモノ。
「……第三計画……直属部隊」
「トゥーニャ?」

 疑問を口にしながらも、トリアが銃をこちらに向けていた。
「……なんで……!」
 トゥーニャも反射的に銃を手に狙いをつける。
 指が震えながらも狙いはトリアの胸へと向いている。
 そのまま引き金を引けば──。

「待ちたマエ」

 唐突に響いた声に動きが硬直する
「マスター?」
 嫌みったらしい声、ニタニタと笑いながらそのヴェルトが歩いてくる。

「どうだい、中々、良くできているだろウ?」
「ふざけるな! ヴェルト! 貴様と言う男は死人まで弄んで!!」
 銃を向けるとその躊躇わずトリアがその射線上に入ってくる。

「死人を弄ブ? ああ、トリアの事か。……そうか、先ほどの死生観で言えばまさしく死人に見えるノカ」
「見えるも何も、トリアは死んだの! 趣味の悪い呼び方までさせて、あんた何さまのつもりよ!」
「生きているだロウ? 君の目の前にいるのが、ト・リ・ア・ダ!」
 不気味な笑みを浮かべてヴェルトは笑う。

「バイオ技術によるクローン細胞と人工臓器、その9割が偽物で、脳細胞を弄り尽くし君の記憶も倫理感も全て排除したとしてもダ! そこにあるのは間違いなく君がトリアと呼んでいたモノに違いナイ!」
 心底おかしいと言ったようにヴェルトは笑っていた。絶望するかのようなトゥーニャの表情を見てさらに傑作だと笑う。

「ふざけるなぁああああ!!!」
 トゥーニャは激昂して叫び物陰から飛び出し、銃を引く引き金に力が籠る。
 トリアも再び銃をトゥーニャに向け。


 ゼロナの叫び声と共に銃声が一発だけ鳴り響いた。


 *

 目が覚める。
 机を飛び上がるように起きる。長い机に座る生徒達が一斉にこちらを向く。
 珍しく起きた私に先生が一度目を止めるがすぐに黒板へと目を移す。

「トゥーニャ……どうしたの? あなたがこの授業で起きるなんて珍しいじゃない」
 隣に座っていたトリアがシャーペンを唇に当て驚いたように尋ねてくる。
 それと共に彼女の綺麗な銀の髪が揺れ動いた。

「え……ああ、うん……なんか、変な夢を見てた」
「へぇ、どんなの?」
 顔を近づかせてトリアは興味深げに耳を澄ます。

「うーん、でっかいロボットに乗って良く解んない生き物と戦ってるの」
「……なにそれ、トゥーニャ。また、何か日本のアニメに影響されたの?」
 話を聞いてキョトンとしていたトリアはいきなりクスクスと笑う、とても丁寧な仕草で思わず同じ女なのに見惚れてしまう。

「違う……と思うんだけどなぁ」
 また、力が抜けるとともにトゥーニャはうつ伏せの姿勢になる。
「それよりトゥーニャ、就職どうするの? もうそろそろ大学卒業しちゃうんだよ?」
「……そうなんだよね、まぁ、私ほどの天才なら引く手数多だし、心配するような事はないわよ」
「天才って、あなたいつもそんな事を言ってるけど、もうすぐ卒業だよ……」
「…………それはそーだけどさ」
 ふと、何故か頭の中に自然とその言葉が浮かんだ。

「……日本に行ってみたいかな」
「日本? アニメを見に?」
「ううん、違うわよ。…………でも、なんでだろ、なんか無償に行きたくなってきた」
 口にすればするほどその思いは強くなる。

「決めた、日本に行って、クーちゃんに会いに行く」
「クーちゃん?」
「……というか、なんで日本にいるって思ったのかな?」
「ねぇ、そのクーちゃんって誰よ……」
 トリアの言葉に頭が真っ白になってしまう。

「……誰って……アレ? 誰……だっけ?」
「…………トゥーニャあなた大丈夫? さっきから変よ?」
「トリア、大丈夫、落ちついて……!」
「あなたが落ちついてよ、それも変な夢のせい?」
「……そう、かもしれない」
 何故か気落ちしたようにため息をついてしまう。
 けど、日本に行くという思いつきはその程度では諦められなかった。

「夢……っていえばさ。……もし、だよ」
「ん?」
「もし、さ。トリアが私をどうしても殺さなくちゃいけない状況になったら、拳銃で私を撃てる?」
「拳銃で? 無理よ。私、握ったこともないもの」
「いや、そうじゃないって、いざとなったら私を殺せるかってこと……」
 怪訝な顔をしながらもトリアは真剣に悩んでくれる。生真面目で優しい優等生らしい。
「……やっぱり無理かな。親友だもん。……そういうトゥーニャはどうなのよ、私を撃つの?」
「うーん…………多分、撃つかな。私、リアリストだから」

「リアリストって、訳のわからないアニメにすぐ影響されたり、夢を見てはしゃぐあなたの何処かリアリストなの?」
「…………それはさー」
 いきなり、全身が重くなる。

「……アレ?」
「どうしたの? トゥーニャ」
「体が…………ぇ?」
 唐突に全身から力が抜けて眠くなる。うつ伏せになり、目が虚ろになってしまう。

 夢。

 夢だ。

 これから見るのは夢だ。

 違う、今まで見てたのが夢なんだ。

 霞む目で自分の腹を抑えていた手を見る。

「…………赤い? ……ッ!」

 痛みがはっきりと意識を覚醒させる。
 全身が鎖に縛られたように動かない。

「そう…か………全然、ダメじゃん…………、私、撃てなかった」

 溢れだす血が地面へと垂れていく、それは結果。原因はトリアに対して銃を構えながら私は撃つことができなかった。
 軍人になった時、トリアが死んだと思った時、いずれも甘さを捨てたつもりだったのに。

 ゼロナはと思って辺りを探したが誰もいない。ゼロナも、トリアも、ヴェルトも、国連の兵士も。
 あれからどうなったのだろうか。だんだんと考えるのも億劫になる。

「…………ずる……い」
 朦朧とした意識の中、平和に過ごしてる夢を思いだしその言葉が漏れた。
 そこにはBETAなんかいなくて、私とは違う私が戦争とは無縁な生活をしていた。
 羨ましい。
 彼女はきっと人を殺す事も知らない、身近な人が毎日のように死んでいく生活もしらない。
 しかも、それがどんなに幸せな事か、まったく理解していなかった。
 何気ない日常といいつつ平和を謳歌する。

「……そんな、夢なら……いつまでも。……………いつまでも……見ていたい」

 咳込み血が地面へと零れ落ちた。
 今まで散々、人間が死ぬところを見てきたせいで解ってしまう。
 完全に致死量だ。
 なんとも呆気ない最後。天才などと自分を誤魔化していても結局この程度、本当の天才というのは彼らのことだと自嘲してしまう。

 後数分、という所で最後に何かしたい……そう思ってしまう。
 体はほとんど動かない、手の指はなんとか動く。
「……ッ」

 窓の外、偶然にも空へと飛びたつ輸送機が目についた。そこには第三計画直属部隊のマークがついている、おそらく乗っているのはヴェルトだ。
 ダイイングメッセージ、自分の血で犯人を示す。読んだこともないはずの漫画から思いついた。
 今さら何故そんなものをとは思ったが、おもしろいかもしれないと指を動かす。
 ヴェルトはクーを探していた、もしかしたらアレに乗っているのかもしれない。
 なら、これはきっと無駄な事じゃない。

 血で示す。
 指が震え、全身から熱が失われていく。
 一文字、訓練学校でトリアと笑っている自分がいた。

 一文字、教官として現れたキーチに対して噛み付く自分がいた。

 一文字、悔しくて自分を天才だと言い張り努力する自分がいた。

 一文字、トリアがいなくなって泣き晴らそうとする自分がいた。

 一文字、この基地に着任してそうそう敬礼する自分がいた。

 一文字、あの騒がしい兄弟達と基地で写真を撮る自分がいた。

 最後の一文字を書こうとしたところで、気付いてしまう。

「なんだ……。……ッ!」
 比べる必要はなかった。
 これからの事とか、心配ではあるし、まだ花の20代、心残りがない訳がない。
 できれば結婚したかったとか、静紅が行った日本へクーちゃんを連れていってやりたいとかいろいろあるが。

 それでも、羨ましくなどなかった。

 自分が今まで生きてきた。その答え。
 平和でない世界、決して裕福に贅沢をしてきた訳じゃない、それでも自分は随分と頑張ってきた。
 その人生は──

「意外、と…………悪く……はッ ……なかった……、かな…………」

 そう思ったら全身から一気に全身から力が抜けてしまった。
 壁に背中を預けたまま冷たくなる。目ももう開く気力もない。
 そのまま、トゥーニャの意識は遠くへと消えていった。








[18452] 崩落の代償
Name: 空の間◆6b6ef5d2 ID:c24c2ca8
Date: 2012/05/20 12:15


 八機のトムキャットの銃口がF-4を追いかける。
 第三計画直属の部隊と銘うっているが、実際はヴェルトの実験による生き残りの寄せ集めだ。

 リーディングの研究はBETAとの戦闘以外にも、極秘に人間同士の戦いに備えて研究されており大量の被験者が存在する、特に脳波を弄るESP系統を扱う特殊衛士の製造の過程で大半が死んだり人間らしさを失った中、生き残った人間に戦闘訓練を施しただけの失敗作でもある。
 
 だが、失敗作とはいえ、それなりに他人の思考を読むことが出来る。
 さらに元々は八対一、しかも相手は旧型だ、本来なら数の優勢もあり、負けるわけがない。
 しかし、すでに三機がなすすべなくやられていた。

「……何よコイツ!?」
 思考を読むなどというレベルではない、こちらが読もうともしていないのに相手が押し付けようとしてくる。
 F-4を包み込むような巨大で異様な漆黒の渦の中で薄く何かが漂っていた。
 それが自分の方へと一斉に伸びてきて心臓を締め付けていく。今までに感じた事のない不愉快でおぞましい感覚。
 操縦桿を握る手が震え、全身に鳥肌が立つ。

『なんだ、貴様。……怯えているじゃないか…………可哀そうに。今、楽にしてやろう』

 凍りつくような低く冷たい声が頭の中に響く。
「あぁっああああああああああああ!!」
 なんとか叫びをあげたのが最後。
 それと共に目の前に現れた漆黒の渦に飲み込まれていった。

 *

 中将は今のトムキャットを一機しとめて確信していた。
「なまじ思考を読めるせいで、殺意に敏感すぎる……。これではESP兵も役に立たんな、戦争を知らぬヴェルトのような技術者が作るからこんな失敗作が生まれるのだ」
 
『そんな古臭い機体でよくも!!』
 背後から一機がナイフで接近戦を挑んでくる。
「機体の性能も生かせないのに大口を叩くなみっともない」
 中将は引き付けてから人差し指と中指の間に挟み込んで地面へと押しつける。

『なっ!』
「いいか、人形。次に生まれ変わる事があれば覚えておけ……人間同士の殺し合いで尤も必要なのは機体性能でも火力でもない」
 そのまま、パイルバンカーを押し付け。
「命をすり潰す覚悟だ」
 打ち放つ。
 残りは四機。どいつもこいつも動きを読むと言う一点以外せいぜい一般兵に毛が生えた程度。さらに威圧されて動きが鈍っており、おせじにも動きが良いとは言えず、中将の敵ではなかった。


『そろそろ、終わりにしようカ……中将』
 再びヴェルトからの通信が入る。
「なんのつもりだ……ヴェルト」
『何、僕の目的は達成したからネ。手駒も少なくなったようだし、この基地ごと君を爆破してあげようと思っただけだヨ。遺体は探して拾ってあげるから安心して逝きタマエ』
「ふざけた事を!! そんな真似させると思っているのか!?」
『なら、君に止めれるのカイ? 僕を? 無理ダネ、不可能ダ、あり得ナイ』

「そうでもないな……。見つけたぞ……ヴェルト。爆破させると言っていた割には随分とゆっくりしているじゃないか」
 管制室、中将のF-4はすでにヴェルトを視認していた。
『見える所にいるんダ。そうでないとつまらないダロウ? 爆破というのはウ・ソ、本命はコチラダヨ』
 ヴェルトの後ろにいる国連軍の兵士がクーとゼロナを人質にとっていた。
「……何の真似だ?」
『見えないカイ? 君が攻撃すればこの子らを殺ソウ』
 ヴェルトは勘違いしていた、中将がクーを生かしていた理由が自分と同じだと思っていたのだ。
 それだけの価値が存在すると本気で思い込んでいた。

「クク……ハッハハハ!! ヴェルト! 私がそんなモノで躊躇すると思っているのなら貴様は本当におめでたいな!! 最初に言っていたとおり爆破するか、通信や画像でやらなかった事をあの世で後悔していろ!!」
 中将が銃口をそちらへと向ける。
『馬鹿ナ! 人質に当たるゾ! この外道メ!!』

 その引き金に手をかけ。
「……お前が言うな!」
 撃つ。建物に銃痕が付き吹き飛ばしていく。
 だが、途中で横から飛び出してきたチボラシュカが銃口が大きくはずれる。
 それはトゥーニャが乗っていた機体だ。

「どういうつもりだトゥーニャ!? 貴様はまだ……」
 始めはトゥーニャが甘さを見せたのかと思ったが、動きが全く違う。
「ッ! 誰だ貴様!」

 乗っていたのはトリアだった。その瞳にはらしからぬ激情が見て取れる。
『マスターに手を出させはしない……!』
「ッ! ……哀れな……ヴェルトの玩具が!」
 トリアのチボラシュカが中将のF-4に抱き着くように取り付き自らのブーストを吹かす。

『今だ!!』
 叫ぶトリアの思考をそこにいた全員が理解し中将へと近づいていく。
「舐めるな!」
 あがくように中将のパイルバンカーの先がトリアの機体に向けられる。
 だが、腕ごとトムキャットに捕まれ、さらに、銃を持つ反対の手も抑えられ、両腕さらに全身、五機の戦術機に歯がい締めにされる。
 そのまま全員が一斉にブーストを上げ、中将を担いでそのまま空中へと上がっていく。
「ええい!! 欝陶しい!!」

 中将はなんとか抜け出そうとするが多勢に無勢、されるがままに高度を取られてしまう。
『早く切り落として!』

 余裕の無いトリアの声が届いたようにトムキャットの一機がナイフでF-4の腰部についた跳躍ユニットを切り飛ばす。
「何をッ!?」
『跳躍ユニットを失った戦術機が高度から落とされたらどうなるか……あなたなら解るわよね』
 中将は一瞬だけ思考を鈍らせた。だが、すぐに自分がおかれた状況を理解する。
「イカロスの物真似をさせる気か!」
 F-4が装甲を剥がされながら天へと昇っていく。

『ヒャハハハ! いいじゃないかそのまま死に賜えヨ、中将! 屍だけでも回収して解剖して核分子まで崩壊させてあげるカラ』
 ウ゛ェルトの喧しい声に歯軋りをしながら中将はなんとか助かろうと足掻く。

「ふざけるな! 私が! この私がこんな死に様を曝してなるものか!」
 パイルバンカーを動作させ一機は振り落とすがソレが限界。すでに落ちたら死ぬ高さだ。
『君に相応しい死に方じゃないカ! 名無し!』
 かつてそう呼ばれた一兵士の名をウ゛ェルトが呼ぶ。
「黙れウ゛ェルト! 私は中将だ! ソレ以上でもなくソレ以下でもない!」

『重力に引かれて死になさい!』
 トリアが手を離そうとした瞬間。光の暴力がトムキャットを二機纏めて貫いた。

『光線級!?』
「BETAだと……! ハハッ! まだだ! まだ、死ねん!」
 縋り付くようにトリアの足にしがみつくF-4、その執念にトリアは空恐ろしさまで感じてしまう。
『生き足掻くな老兵、見苦しいわよ!』
「語るなよ雑兵! 私は死ねんのだよ!! 貴様には見えるだろう! 私の生きる理由が!!」
 恐慌してしまいそうなほど悍ましい黒がトリアの足から登ってくる。殺意の塊、否、死んで逝った者達の憎悪、中将が背負ってきた部下達の死に様。
 それらが形を無しまるで死に神のようにトリアへと襲い掛かる。色が明確な形をなすほどの強い感情。今まで感じたことのない恐怖にかられながら咄嗟にマウントしていた突撃砲を手に持ち替え足元へと向けて放つ。

『知らないわよ! 早く死になさい!!』
「ッ! それができたら苦労はせん!」
 もはや嘆願に近い悲鳴。しかし、なかなかF-4は離れようとしない。
 死に神達はトリアの足元へと迫ってくる。
『早く!』
「私には責任がある!!」
 よじ登ってくる殺気と迫ってくるだろうBETAの抑圧が思考を嫌な方向へと誘導する。
 胸を締め付けられるように黒い手が押し寄せ、首筋に纏わり付く。息も絶え絶えにトリアは悲鳴をあげる。

『早く落ちなさい!!』

「ウ゛ォールクの!」
 その言葉と共にF-4の片腕が吹き飛ぶ。トリアは愉悦の表情を浮かべる。
 だが、一向に殺気は消えようとしない。むしろ、顔を覆いつくすように全身を締め付ける。
『落ちてよ!!』
「ノギンスクの!」
 片腕となった中将の機体はすでに鉄屑と化し、残っている腕で必死にしがみついているに過ぎない。
 額に汗を感じながらトリアの衛士としての感覚が銃口をゆるがす。

『これで!!』

「散って行った戦友達の……!」
 叫び声とトリアの指が連動し火薬を爆発させ、回転しながら飛び出した120㎜砲の銃弾が中将の残っていた腕ごと足を吹き飛ばした。

--想いを未だ遂げるという責任がある

 鉄の塊と化し黒い煙を上げながら中将のF-4が空中へと投げ出された。
 それと同時にトリアの視界から死に神達が消えて逝った。

 *


 上下左右を埋め尽くすBETAの群れ。
 薄暗い化け物達の本拠地の中、ただ一機、戦術機が猛スピードで駆けていた。
 BETAはその数は多いがほとんどがこちらに対応できていない、元々、最前列をマークする突撃級は旋回能力が低く後から追ってくる敵に対して無防備だし、なんとか、横を向こうとする要撃級は突撃級に邪魔され動きを制限されている。
 充分な広さがある広間ならともかく進行中の横坑にいるBETAがファングスティルに対抗する事はできなかった。

『………………ユー……リ』

「桜花?」
「え? ……どうしたのユーリ兄さん。何かあった!?」
「……いや、誰かに呼ばれた気がしたんだが」
 それは音だったのかすら判断できない脆弱な感覚。

「気のせいじゃないかしら」
「……そうだな」
 キンテッキー達と別れて以後、かなり時間は経っているがコックピット内は静かなもので、ユーリの膝に座る桜花が思い出したようにふと口を開く。

「それよりもユーリ兄さん、この機体はね、元中佐の要請で私や他の機体よりかなり通信能力が向上してるわ。五分間に一度、登録された機体から定期的に網膜投影の画像などのデータが送られているの」
 迫りくるBETAに対応しながらユーリは桜花に目を向ける。
「それって……」
「今、更新されているのは元中佐の機体だけ。そして、場所は予定されていた中枢部よりもさらに深い、ちょうど地下1000m付近よ」
「1000m!? ……もうフェイズ4レベルじゃないか」
「ええ、そして……そこが一つの到達点にして終着点」

 ユーリは桜花の言い方に妙な引っかかりを覚えた。
「終着点? 反応炉が?」
「……ええ、そう。元中佐が取った戦術、私達を逃がした本当の理由。彼らの機体はすべて帰還と言う選択肢を取り払った”カミカゼ”仕様なのよ」
「そうか、そう言うことかよ……ックソ! けど、こっちも一杯一杯だ。もうすぐ、地上に出れるはずだってのに……」

 ファングスティルの跳躍ユニットの燃料が空になっていた。
 足の駆動輪とは別の燃料だがそちらもあまり残っていない。
「元々ギリギリだもの」
「桜花! しっかり捕まってろ! 飛ばしていく!」
「ちょっと! ユーリ兄さん!!」
 桜花の訴えを無視して加速を上げてスピードに乗る。
 時には突撃級にナイフを刺して振り落とされないように、そのまま乗ったり、踏みつけて加速したりしてとにかく先を目指す。
 やがて、奥に光が見える。

「外!」

 だが、周りに集まっていたBETAの大群にその間はあまりにも狭かった。
 ギリギリのところを避けながら光の下へと向かう。

「ダメ!」
 桜花の叫び声、外、その先には要塞級が待ち構えていたのだ。
 だが、今更どうにもならない。
 一瞬、目をつぶったが衝撃は襲ってこず、むしろ引っ張られるようにファングスティルが持ち上げられる。

『随分と無茶をしたな……ユーリ』

 通信の先から聞きなれた声が聞こえてきた。
 要塞級は真っ二つに割れ、その下には見慣れない赤い戦術機が存在した。

「……静紅」


 *


 ハイヴ内を二機のアリゲートルが走っていた。中隊だったはずの十二機はすでにそこまで減っていた。
「ヒャハッハアッハハ! どうします? 元中佐ぁ! 弾も空っぽ、推進剤も後、残りわずかですぜぇ!」
「武装が無くとも気合があるだろう!? 怖気づいたのか、キーチ?」

 周りには無数のBETA。
「クハハ!! …………冗談じゃねぇ、怖くてしかたねぇよ。シラフでいられるあんたらは異常だ。尊敬するぜ、俺も昔はそれでもできたんだが、一度、溺れちまったからなぁ……もう無理だ」
「無理なモノは諦めろ。諦めて私の後を守っていろ、これでも信頼しているんだから」

 キンテッキーはナイフを両手に持ち切り裂いて、片手を失ったキーチは血まみれの機体をさらに奥へと進めていく。
「確かに、確かに。そういえば、元中佐、あんたとはあんま話した事なかったけかぁ」
「ああ、正直、私は貴様と気が合いそうになかったからな」

 すでに傷ついていない所など皆無。
「そうだなぁ、戦場で気があっちまうって事は日常じゃあ、気が合わねぇって事ねぇ」
「ならば、もう少し話ておけば良かった。……私達の日常は戦場だ」

 たって歩くのもやっとな機体。
「ハハアッハハ!! そりゃ、違げぇねぇや! ……この日常もこれで最後にして欲しいがねぇ」
「そうだな……これで終わりにして貰いたい」

 見えるのは広間に群がる尋常ではない数のBETA郡。
 これらが侵攻すればノギンスクなど一たまりも無いだろう。
「怖えぇなぁ! 怖えぇよ!! 死ぬのはこんなに怖えぇんだよ!! 死んだら今まで俺に託されたモノ全部無駄にしちまうんだからなぁ!!」
 言葉とは裏腹にキーチの表情は獰猛に笑っていた。それはキンテッキーも同じことだった。
「ああ、そうだ。もうすぐだ。もうすぐ、手が届く。何百人! いや、何千人! 否、何万と言う屍を積み中将が用意してくれた道だ! 盛大に行くぞ!!」

 二匹の獣が咆える。無数に存在するBETAの足音に掻き消されながらもその咆哮は止まらない。
 過去の英霊達が積み重ね、未来へと紡ぎ出すための音程無きレクイエム。

 BETAにナイフを突き刺し、自らを押し上げる。
 踏み台にし、掴み、蹴り、
 上へ、上へ、上へ、上へ、上へ、上へ、上へ、上へ、上へ、上へ、上へ。
 目前に迫る巨大な壁と化した大群を突破する唯一の方法。
 あれらを貫くほどの牙は残っていない、それでも、乗り越えるだけの気力が存在する。彼らの咆哮は命尽きるまで止まらない。
 頂上、真下には蠢くBETA達。その先。

「おい、元中佐……見ろよ」
「ああ……隔壁だ」

 BETAが埋め尽くす広間のさらに奥、大きく道を塞ぐ壁。そこは、血を逆流させないための弁の役割を果たすかのように閉ざされていた。
 普通なら絶望にも似た感覚に陥るかもしれない。
 だが、キーチは興奮を押さえられない。それは初めてBETAが守りに徹している姿だったのだから。
「ハハハハッ!! 大事に閉まってるてぇー事はだ! その先に触れられたくないモノがあるってことだよなぁ!!」
「そう言うことだ、しかし、どうやって抉じ開けるか……私のコレでは時間が掛かりすぎる」

 キンテッキーは軽く腕を上げるような仕草をさせる。
 そこには、ハイヴに入る時に使ったドリルのようなモノが存在した。
「……必要ねぇよ、そんなモン。俺が先行して体当たりする。一通り試して無理ならそのまま自爆って寸法だ」
「怖い怖いと言っていた割にはあっさりと命を投げうるのだな」
「馬ッッ鹿じゃねぇの! 俺は命を投げるんじゃねぇ。あんたに預けてんだ! ここに入ったときから、ずっと!!」
「…………そうか」

 キンテッキーも解っていた、あの隔壁が他の壁よりも脆い事などありえない。もし開けれるとしたらソレはS-11による自爆か自らの手に持つソレぐらいだろう。そして、もっとも確実な方法が接触して自爆する、言ってしまえばキーチを踏み台にすること。
 キーチは片手を前に突き出し、空中で最後の突撃する姿勢に入る。

「さぁ! 命令しろ!! 俺に! 死んで来いと!! 今までそうして来たように!!」
 数秒の思考の末、キンテッキーは息を大きく吸う。

「……ならば、キーチ・D・ガイスト大尉!! 私の侵攻を阻害するあの邪魔な障害を食い破れ!!」
「ヒャハハッ!! 上出来だ! 了解した!! 一命に賭してでもって柄じゃあねぇがな!!」

 体をほぼ直立にして爆撃機のように頭から加速をつける。
 BETAの頭上ギリギリを掠め通り、一気に距離を詰めていく。
 今まで経験してきた中でキーチがもっとも自分の思考と戦術機の動きが同調した瞬間でもあった。
 狙いは構造上もっとも弱いであろう隔壁の中心、そこに最高速と共に体当たりをかます。
 ナイフを捨て、腕に抱えるように戦術核を持ちだす。

「ブチ抜いてやるぜぇ!! ヒャッハァァァァァアア!!」

 さらに腕を前に出し、S-11を頭から中心部に叩きつける。
 数瞬後、キーチのアリゲートルが隔壁へとぶつかり、爆散する。

 粉塵が舞い散り、機械の破片と近くにいたBETAの血肉が吹き飛んでいく、ハイヴを揺るがすような轟音が響き、閃光と共に一人の男が散っていった。


 爆煙で閉ざされていた視界の奥を確認してキンテッキーは唖然としていた。
「……ッ! アレだけの爆発で開いたのがたった一機通れるかどうかとは……だが、無駄死にでは無かった!」

 滑り込むように横坑へと侵入し、走り抜ける。
 武器に弾などなく、補給など無い。
 機体はすでに限界を超えており、動いているほうが不思議なほどだ。

「辿り着いたぞ……」

 それでも、キンテッキーはそこにいた。
 大広間。
 ハイヴの最深部。
 まるで聖域のように波打つ壁の中心。

「辿り着いたぞ……私は!」

 堂々とそびえる丸い卵のようなソレ。
 後に反応炉と呼ばれるモノにして、ハイヴの中枢、否、心臓にして脳。
 鼓動するかのように青緑色の光を放ち、神聖とすら思えるその場所。

「辿り着いたぞ……BETA!!」

 キンテッキーはもはや残り少なくなったブーストを惜しげもなく使いソレへと接近する。
 後や別の入り口からBETAが押し寄せてくる。
 だが、遅い。すでに、キンテッキーには追いつけない。

「十年間貴様らと殺しあってきた!! ずっと敗北に堪え!! 燃え逝く街に固唾を呑んで見守り!! 散り逝く人に嘆き悲しんできた!!」

 すでに射程圏内に捕らえていた。

「戦友達の死を見取りながら、無力感に襲われながら私だけがむざむざと生き残ってきた!!」

 一度、地面に地を付きさらに奥へと進む。

「その全てはこのためだ!!」

 一撃、反応炉から放たれた何かに腕が吹き飛ばされた。
 機体が揺れ動く、だが、これしきの事でもはや止まる必要など無い。

「──ヴォールクの亡霊が生み出した道!」

 また一撃、今度は膝から吹き飛ばされた。 
 キンテッキーの叫びに答えるようにアリゲートルの全身が軋みながらもさらに加速を上げる。

「──ノギンスクの英霊が生み出したチャンス!」

 次々と棒のようなモノが反応炉から放たれる。
 それすらも、今のキンテッキーには無駄な足掻きに思えた。

「──そして私の命!! 貴様らに全てくれてやる!! 受け取れ!!! これが人類の! 人間の牙だ!! ────」

 ハイヴの最奥。
 アリゲートルが一際激しい閃光に包まれた。



 その変化は地上からでも観測できた。
 ハイヴの地表構造物(モニュメント)の先から爆煙が上がったのだ。
 スルワルドはその様子を呆然と眺めていた。

「……ハイヴが…………やったのか?」
 そこにいた誰もが言葉を失う。
 そこにた兵の大半が腹の底から湧き上がる歓声に酔いしれた。
 耳が痛くなるほどに響く。

「見ていますか……中将……」
 スルワルドは一人、そう呟いた。

 *


 落ちていくF-4の中。
 中将は必死に自らの生きる方法を探していた。
 しかし、残り数十秒も無くもはや風前の灯と言っても過言ではない。
 このままでは地表に叩きつけられ自らは死ぬだろう。

「チッ……! まさか、この私があんな素人共に言い様にされるとは……老いたか……!!」
 悪態を付きながら計器を弄る。
 そして、手を止めた。

「……」
 スルワルドから基地を経由し送られてきた画像を目にしたからだ。

「……そうか、逝ったか。逝ったのか……。ククッ……あの人が来た時に気付くべきだったのかもしれん。ずっと私を、呼んでいたのは……」
 思わず笑ってしまう。これほどの歓喜は他にはない。

「そう、急かすなよ馬鹿者共め」
 生き足掻き続けた故に生まれたこの数十秒。

「ああ、いい加減に利子が溜まっているのでな。私もそっちに逝くさ」
 決して無駄では無かった。これまでさまざまな人間を出し抜き、生んだまほらばのたった数十秒と言う短い時間。

「どうやら……また世代が変わっていたのか、道理で……」

 それが、この男の全てだった。
 男は笑う。半世紀を共にしてきた敵達に。

「……ハハハ!! クソ野郎のヴェルト! そしてBETA! 残念だったな!! これで私の勝ち逃げだ!!」

 そして、また一つ大地へと散っていった。






[18452] そして、来るその先へ
Name: 空の間◆6b6ef5d2 ID:c24c2ca8
Date: 2011/01/04 02:36

 戦術機から降りると全身から空気を取り込む、地に足を付けて立ち上がる。
「大丈夫だったか? 桜花……」
「ええ」
 先に下りていた疲労の色が見える桜花に声をかけた。
 そこはハイヴから少し離れた仮設基地。ここが強襲されていれば今回の作戦は一たまりもなく終わっていたと言う急所だ。
 故に見つかりにくい場所に作られ、BETAもそう易々と入ってこれない。
 桜花は機体を降りるとすぐに整備へと入った。
「少しは休んだらどうだ?」
「そうはいかないわ、ここにいるほとんどがこの機体のことを知らない。私にしか調整できない部分も結構あるしね。次の出撃が何時か解らないから、私がやれる事をやっておきたいの」
「……そうか」

 先ほど、ハイヴの地表構造物から爆煙が上がった事によりBETAは撤退を開始した。
 気になるのはBETAが撤退した場所だ。
「他ハイヴではなく、自分のハイヴ内に撤退って桜花はどう思う?」
「……ユーリ兄さんも気になっていたの? ……私見だからあまり言いたくはないけど、中枢部を完全には破壊できなかったんじゃないかしら。それこそ、修復の時間を稼ぐために自らの守りを固めたのよ」
「正直、俺もそう思う」
 反応炉を完全に破壊すればBETAへのエネルギー供給が止まり、BETAは他ハイヴへと移らざるおえないのだ。そうではなく、守りに入ったと言うことはまだエネルギーの供給が可能と言うことだろう。
 基地内ではすでに祝勝気分だったが、あまり諸手を挙げて喜べる状況ではなかった。

 桜花に整備を任せて少し外の空気を吸いにいく。
 外は夕日に染まり、茜色をしていた。

「おや、そこにおられるのは、ユーリ殿とお見受けいたすが?」
 後からそんな声が掛けられる。振り向くと背丈が2mを超えようかという戦場にはそぐわない服装をした男が立っていた。
「坊主?」
「いかにも、拙僧は武蔵坊、此度の戦に静紅譲を運んできた立役者でもござる」
 いけしゃあしゃあとそんな事を言う坊主。

「静紅を?」
「うむ。成程、静紅譲は見る目もある。若いのに随分と体を苛めているではないか」
「……」
 非常に胡散臭そうな目で見ていると相手も思うところがあったのだろう、自らの顔を片手で隠しもう片方の手をこちらに向ける。
「何やら警戒されておるか? まぁ、知らないおじさんに声を掛けられても無視せよと最近の大人は教鞭を振るうらしいから、無理もないやもしれん。しかし、拙僧は決して怪しいモノではござらん」
「充分に怪しいだろ……」
「ハハハ、面と向かってそう言われては返す言葉もない」
 心底面白いと言った風に笑い飛ばす坊主。

 しかし、その笑い声は桜花の言葉によって遮られた。
「ユーリ兄さん! ちょっと来て!」
「どうした!?」
 切羽詰まったような桜花の声にすぐに足が動いた。

「……基地が……ノギンスクがBETAに攻撃されている」
 桜花の声に愕然としてしまう。
「それって……」
「わざとこちらに情報を送ってなかったのよ! 守備隊はほとんど壊滅してる!」
「……嘘……だろ。あそこにはゼロナもクーもいるんだ!!」

 冗談なら良かった、しかし、ファングスティルが受け取った衛星からのデータはそうではなかった。

「……すぐに向かう!」
「どうやってよ!」
「コイツで! なんとかするしかないだろう!?」
 ファングスティルを指差して俺は叫ぶ。
「無理よ! ただでさえ、パーツの消耗が激しいのよ、燃料も持たないわ!」

 二人してにらみ合っていると先ほどまで一緒に居た坊主がこちらへと近寄って来る。
「おやおや、何やらお困りのご様子。ここで会ったのも何かの縁。拙僧で良ければ微力ながら力を貸しますぞ?」
「あんたに何ができるっていうのかしら?」

 桜花が威圧的に問いかける。言葉とは裏腹に関係ないものは口を出すなと言っていた。しかし、坊主はそんなもの何処吹く風と顎をなでる。
「そうですな。……お急ぎとあらば、運んで差し上げましょう。すでに、拙僧が預かるアントノフは調整が完了しておりますゆえ」

 その言葉に俺達はキョトンとしてしまう。
「なんで、あなたはそこまで気を使ってくれるのかしら?」
「ハハハ! 静紅譲にお主らに会ったときは便宜を計ってやれと言われましてな、嬢の頼みとあれば断る訳にはいかんのです」
「だったら頼む! 今は少しでも時間が惜しい!!」
 仁部も遠慮もなく俺はその提案に飛びついた。

「承知した。静紅譲は戦場にいる故、今から戻って貰っても間に合わん。二人を乗せて向かいましょう」

 ファングスティルを武蔵坊のアントノフに乗せて空へと上る。
 ほとんどの部隊がBETAの追撃へと出て行く中、反対方向へと飛び立つその影は目立っていた。
 飛行中、アントノフの中にいた整備士と共に桜花がファングスティルに簡単に弄っている。

 俺は仮眠を取れといわれたがとてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。
 隣でアントノフを運転するパイロットスーツに着替えた武蔵坊を見る。

「飛ばします故、3時間ほどですな。光線級の有無もあるため低空飛行でギリギリまでは飛んでいきますが、その後は御自分でなんとかしてくだされ」
「ああ、助かった……けど、いいのか? コレは軍のものじゃ……」
「軍のものではなく、これは草薙の所有物でございまする」
「草薙……ってことは静紅の?」
 武蔵坊は少し眉をひそめ難しい顔をする。

「条件付で当主名代として認められたため、まぁ、そうとも言えますな。そういえば、お主が静紅嬢の認めた義兄弟の長兄でござろう?」
「……そうだ」
 そこまで知っているのならわざわざ答えなくても良い気がして数秒の間は黙っていたが、すぐに失礼だと判断して頷く。

「ふむふむ、結構。男たるものそうでなくてはいかん。しばし、休養を取ったらどうか? 聞けば君はその歳でハイヴからの生還者だと……。流石に静紅嬢に弟と呼ばれるだけの価値がある」
「休養……? そんな気分じゃない」
「しかし、それでは肝心な時に……」
「できない……終わるまで、眠る事も倒れる事もできない。ゼロナとクーの無事を確認しないと……」
 武蔵坊はその様子を見て静紅の姿と重なっていた。

「精神の異常な発達故か、肉体がソレに追いついていない……そんな事を続けていれば、いつか、体を壊すやもしれんぞ」
「今はまだ平気だ。平気なうちになんとかしときたいんだ」
「ハハハハ!! うむ、見事哉! されど、拙僧が言えた義理ではないが、養生はしなさい。君は後の世に必要な人間の一人やもしれんからな」
 武蔵坊が軽く手をユーリの前に持ってくる。

「……ッ! ……」
「すまぬな。しかし、お主には休みも必要だ」

 そこから、ユーリは気づけば意識を失っていた。
 いや、運転していたはずの武蔵坊に無理やり眠らされたのだ。
 目が覚めたのはノギンスクのすぐ近く。やってきた桜花によって叩き起こされた。
 すぐにファングスティルのコックピットへと乗り込み、状況を確認する。

『ユーリ兄さん。思っていたよりも基地の状況は悪いわ。でも確認されたBETAは少数、何者かが迎撃していたようで進入されてそれほど時間も経っていない。どうやら、飛行機を使うために光線級を倒していた、それに時間を掛けていたようね』
 今まで整備と共にずっと状況把握を行っていた桜花が説明してくれた。
「……何者かって……」
『おそらく、駐屯していた国連軍。正確な情報は行ってみなければ解らないわ。味方のマークがついているからと言っても油断しないで』
「…………了解」
『気をつけて……』
 珍しく桜花が弱気になっていた。自分で動けないのがそれほど心配なのだろう。
「ああ、行って来る」

 アントノフの上にある棺桶の扉が開きファングスティルが飛び出した。
 空気抵抗を機体全体に受けながら跳躍ユニットを使い地表スレスレで軌道に乗る。
 地面にはBETAと国連軍のトムキャットの残骸があった。
 疑問に思いながらも一直線に煙が出ている基地へと向かう。

「……ッ!! こんな!」
 基地は半壊していた。基地の施設内には遠めにも銃撃戦を行い人間同士が殺しあったような後があり、それを抹消するかのように破壊されていた。
 BETAに壊されたものもあるが、明らかに人為的なものが多い。

「誰がこんなことを!」
 施設の背後。
 まだ生きていた突撃級がこちらへと向く。

「静かにしろ!」
 突撃砲を抜くと同時に撃ち放つ。
 二発の銃弾が双頭を貫いた。

「誰かいるか!? クーは!? どこにいる、ゼロナ!」
 通信からは何も帰ってこない、生きている人間を探し必死になって廃墟と化した基地内を探す。
 自分達が暮らしていた兵舎、ハンガー、司令塔。どこにもいない。
 それどころか、死骸な無い事に一々安堵を覚えた。

 ハイヴの中だってこれほど息苦しい思いをしたことはない、ユーリの目は血走り、自らの視線にある動くもの全てに敏感に反応した。
 そんな中、廊下の壁に横たわる真新しい死骸が目に入った。
 良く知っている顔だ。

「…………トゥーニャ」
 苦虫を潰したようにユーリが呟いた。
 しかし、その死骸の指先を見た瞬間、思考が弾けた。
『ヴェルト、輸送機、クー、北西』
 最後に向かうほど字はまばらになっていた。それでも読めないことはなく。彼女の指が不自然な方向に向いていたのに注視してしまい。同時に何があったか、大体把握してしまった。

「……そうか、そう言う事かよ!!」
 ユーリは怒りを込めた瞳で指差す方向へとファングスティルを動かす。
 甘かった、クーの能力、そんなモノのためにここまでする奴がいるとは思わなかったのだ。
 雪の上を滑るように加速を上げて、進んでいく。
 その途中で手足を失い燃えつきたF-4が落ちていた。形などほとんど残っていない、それでも、珍しい型だったので覚えている。

「……中将……まで」
 戦術機があの状態では中は助からないだろう。
 せめて生死の確認をとも思ったが、少しでも時間が惜しいと言う時にそんなことをしている暇はなかった。
 すぐに見ない振りをしてユーリは雪の上を走り抜ける。

 あの基地にはそれなりに世話になった。
 中将、キンテッキー、スルワルド、トゥーニャ、キーチ、他にも顔見知りがほとんどだ。

 ふと、キンテッキーからファングスティルに最後に送られてきた画像を見る。
 反応炉。
 そこに辿り着くための犠牲と思えば随分と安い出費に見える。しかし、決して容易ではない。
 数多の命の末にできた道だ。
 その邪魔をし、あまつさえその隙を付いてクーをさらう。

「上等だ……皆殺しにしてやる!!」

 限界までスロットルを回しながらユーリはそう短く吼えた。
 走り抜ける。山を飛び越えて、滑り降り、谷を飛び、連続で跳躍する。
 やがて、ユーリの目に黒い点が見えた。

「見つけたぞ!!」

 牙が吼えた。

 *

 その、声は輸送機に乗っていたトリアに聞こえていた。
 本来、トリアの能力ではこんな遠く離れて感じるはずがない。しかし、敵から押し付けられるような敵意の塊、それ自体には身に覚えがありすぎた。

「……嘘でしょ……この感覚、……中将!?」
 思わず窓から身を乗り出して確認する。
 だが、すぐに自分の勘違いだと気づく。
 もっと別の何か。
 中将の背負ってきたモノより厄介な。

「…………何よ……ソレ」
 黒く染まった空が追ってくる。
 見たくは無かった。
 感じなければ良かった。
 そう思えるほどの憎悪。

 生き残っていたもう一人が腰が抜けたように座っていた。

「……私のトムキャットを用意して! すぐに出るわよ!」
 レーダーにはたった一機しか反応が無い。

「で、でも」
「もうすぐ海へと出る! そこまで持たせるの、あんなモノ、絶対にマスターに近づけてはダメよ!」
 トリアは死の恐怖よりも植えつけられた忠誠心が勝っていた。
 自分達が戦術機で出ればその分、重量が減り、早く進む事ができる。
 勝率は決して低くない。

 自分達の命を投げ売ればだ。

 渋々と言ったようにもう一人も頷く。
 自分達は元々、捨て駒なのだ。ならば、その役目を全うするだけだ。

「命を賭けてアレを止める」

 トリアが乗るトムキャットが地表へと降り立った。
 二機のトムキャットが輸送機とは全く反対方向に逆走する。

 ソレは猛スピードで近づいてくる白い戦術機。
 しかし、その白は赤い血で迷彩色のように塗装され、二人の恐怖を一層駆り立てた。

「行かせない!」
 それでも、虚勢を張り叫ぶ。
 二機が同時にトムキャットのミサイルの正射する。
 ファングスティルはそれを軽く移動するだけで避け、さらにこちらへと近づいてくる。

「……ッ!」
 予想はしていたが、ああまで簡単に避けられるとは思っても見なかった。
『はぁああ!! 食らえ!!』
 両機のトムキャットが一斉に突撃砲でファングスティルに相対する。
 互いに少し距離を取りクロスを描くように銃弾を放った。しかし、姿勢を低くしてファングスティルが通り抜ける。

 そして、味方機と接触した。
 トリアには足が当たっただけに見えた。たったそれだけで、味方のトムキャットにあるコックピットがファングスティルの爪先についていたナイフによって切り裂かれた。

「……冗談でしょ?」

 崩れ落ちていくトムキャットを呆然と見ながら、トリアは通り過ぎようとするファングスティルを追いかける。
 それがまずかった、反転しようとした瞬間に距離を詰められて、そのまま、カタールのようなナイフで腰から切り裂かれる。

「こんな……!!」
 トリアが驚いたのは自分自身にだった。
 本当なら自ら飛びつこうとしたのに、咄嗟にコックピットを守っていたのは生きようとする意志だった。
 腕で守られていたためスティルファングはコックピットではなく腰を攻撃したのだ。

 *

 スティルファングの中でユーリは悪態をつく。
「チッ! ……やり損ねた!」

 無力化しただけで充分だとも思うが、後を考えると確実にトドメを刺しておきたかった。
 それでも、トドメを刺すという時間の無駄よりも、早く輸送機に追いつく方がユーリにとって重要だったのだ。
 輸送機に向けてユーリは走り出していた。

 もはや、一刻の猶予もなかった。
 この先には海がある。
 戦術機は海中では運用できない。
 特にファングスティルはその設計上、無駄が省かれ、耐水性の弱さは折り紙つきだ。

「急げ! 急いでくれ!」
 ユーリは祈るように全身を前へと進める。
 輸送機はすでに海上へと向かおうとしていた。
 追いつくには今しかない。

 加速を全開にして走り抜ける。
 地面にある雪が舞い、風と雪が空を切った。
 輸送機が海上へと入りさらに高度を上げる。
 ユーリは岸辺まで来ると両足に力を込め跳躍ユニットを真下へと向けて飛び立った。

「いッけえええええええ!」

 ファングスティルが輸送機に向けて一直線に飛び上がる。
 推進剤には余裕があり、高度も問題ない。

 空中でファングスティルが右手を伸ばす。
 輸送機に手が届こうとしたその瞬間。
 肘から打ち抜かれた。

 撃ったのはトリアだ。
 胴体も動かせない状態で遠距離射撃を行っていた。

「ッ!」
 トドメを刺さなかった事への後悔をしながらもう片方の手を伸ばす。
 どれほど、射撃の腕があろうと、飛び上がっている戦術機を打ち抜くのは不可能だ。

 だが、今度は跳躍ユニットが打ち抜かれる。

「……なんて腕だよ!!」

 腕ではない、そもそもトリアは目で狙ってなどいなかった。
 恐怖の塊たるその中心を狙っていたのだ。
 大きな的があり、その中心に吸い込まれるように銃弾が入っていく。
 そのイメージが土壇場でトリアの射撃センスを開花させていた。

 片方の跳躍ユニットを失ったファングスティルは尚も輸送機にしがみ付こうとする。
 叫びながらユーリはその手を必死に伸ばした。

 動かない両足でバランスを取りながら、全神経を自らの能力に集中させ、トリアは引き金を引く。

──「届けぇ!!」
   「落ちろぉ!!!」──

 互いの咆哮が空中でぶつかり合った。


 *


 エピローグ


 *


『今回の戦争で我々は数多の戦友と有限たる資源を多く失った。しかし、かつてヴォールクの成した偉業を乗り越えるように数多くの英雄が鬼籍へと入り、我々は初めてハイヴへの中枢部の攻撃と言う歴史的勝利と呼べるモノを得た! このことから────』

 ソ連を代表する全く知らない人間の演説が流れていく、しかし、桜花にはそんなもの全くの価値もない。
 流れてくる演説よりも捜索隊からの報告の重要だった。
「……そう、見つからなかった」
 隣に静紅が立ち目の前にある海を眺めていた。
 その表情は見たことも無いくらい歪んでいる。
「あの先の島にクーとゼロナがいるんだろ」
「おそらく、だけどね」
「なら、行く」

 静紅の声に桜花があざ笑うように言う。
「冗談でしょ、あそこには第三計画の支部があるだけよ、もうアラスカに飛んでるかもしれないわ」
「だったら、全て火の海に変えて草の根一本も残らないように焼き尽くすだけだ……」
 その目は冗談などではなく本気の目だった。

「五年よ」
「……?」
 桜花が口にした言葉に静紅が固まった。
「五年待ちなさい。私が第三計画ごとクーもゼロナも取り返す、そしてユーリ兄さんを見つけ出すわ」
「……そうか……しかし、少し長いな。五年は……その間、クーとゼロナが無事でいられるとは限らない」
「あなたのやり方では後が大変なのよ」
 再び水平線を見ていた静紅は何かを思ったように呟く。

「……わかった。五年待とう……それでダメなら、私がやる」
「ええ」
 ソレっきり二人は自然と離れていった。
 二人では姉妹として成り立たないからだ、五人いなければ意味が無い。
 彼らはそう言う集まりだから。

 桜花はふと、先にいる人間に目が行く。
「おや、英雄様じゃないですか」
 そこにいたのはスルワルドだった。最後まで戦線を保ち続けたスルワルドの隊は全員が勲章を貰い、その指揮官たる男は生ける英雄とされていた。
 実際はていのいい宣伝目的のプロパガンダだ。

「……こんな物が勝利か」
「そう言えば、少佐は負け戦ばかり体験してきたそうね。どう、BETAに対して初勝利の感想は?」
 皮肉が詰まった言い方をし、スルワルドは眉を潜める。

「……英雄も、勝利も、敗北も……どれも最悪だ」
「戦争なんてそんなものよ、むしろ、今までやっていたノギンスクの防衛線が一番の勝利だったのかもしれないわね」
「…………確かにな」

 スルワルドは乾いた笑いを上げる。桜花はそんなスルワルドに一枚の紙を渡す。
 受け取って中身を軽く見たスルワルドはため息をついた。
「……お前も行くのか」
「ええ、ここにはもう用はないから」
「そうか……お前達が来てから夢を見ていたような気分だった」

「そう、もう……夢は……醒めたのかしら?」
「…………ああ」

 その戦いは確かに歴史に残るものだった。しかし、その役者のほとんどが消え、語るものも少ない。ソ連軍により捻じ曲がった報道が発表され、事実を知るものは何も言わない。

 スルワルドは別の基地に移り新たに軍を率い。
 静紅は日本へと帰り、本格的に草薙を継ぎ。
 桜花はその後、静紅と日本に向かいその足で姿を消した。

 時は流れ、生き残った者達はそれぞれの道を歩み始めていた。

 *


「ちょっと、気をつけて引っ張り上げなさいよ!」
 威勢のいい声が船に響く。作業班達は手を凍らせながらそれを海中から引き上げる。
 中央では金髪の女性がその指揮をとっていた。
 執事風のような格好をした初老の男が彼女に近寄ってくる。

「コックピットは見つかりましたが、ダメですなこれは。中身は天然の冷凍庫、とてもじゃないですが人間は生きれません」
「……そう、別に構わないわ。これだけの拾い物をしたんだから、わざわざ日本から北海を目指した価値は会ったってことね」
 ない胸を張り金髪の女性が笑う。

「英国に帰って早く研究したいわ。……でもアレ、イーグルとか言う新型のパーツでしょ? トムキャットにアリゲートル、まるで寄せ集めね」
「そうですな。装甲もほとんど削られて、一体何を作りたかったのかさっぱりです」
「衛士が生きてればなんか聞き出せたのだけども……仕方ないわね。まぁ、これで、海にダイブするような馬鹿の顔も少し見てみたい気もするけど」

「社長!」
「何よ!?」
 氷付けのコックピットを調べていた一人が慌てて金髪の女性を叫ぶ。
「生きてます!」
「魚が?」
 地面に落ちてきた魚介類を見て女性は笑う。

「違いますよ! この衛士! 生きてますよ!」
「……まさか」
 今度こそ、女性の表情が固まっていた。
 また時代は移り変わっていく。


 第一章 了








[18452] 外伝、キーチ・D・ガイスト
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:b904f84c
Date: 2011/01/10 05:18

 昔の話だ。戦術機が戦場に出てすぐの頃。
 当時は今よりも状況が悪かったかもしれない。光線級の登場に伴う航空迎撃機の衰退、古参のパイロットは人型の機械へと乗り換えとなった。まだ、新人だった俺には乗りなれない空よりも、地上で戦うパイロットの方に才能があった……とはいえ、完熟訓練も済まさず出撃した第一線で生き残ったのは奇跡でしかなかった。

 その頃の戦術機は兵器として確立していなかった。確かに戦車を上回る機動性を持ち、航空機のように光線級に狙い撃ちされずとも、BETAの圧倒的な物量の前には何十億円の壁も薄い皮のように切り裂かれていく。
 さらに、その薄い皮たる戦術機は仮想敵国たる米国に頼らざる負えず。決して安価な物ではなく、整備も禄に儘ならない事も一度や二度では無かった。
 新兵の顔は毎日変わり、数ヶ月も続く戦友は少なかった。
 出撃するたびに死を覚悟し、遺書を書くのが趣味になり、ダンボール箱一杯に遺書を書き直した頃ぐらいだろうか。
 俺に転機が訪れた。

「自分が子供の世話……ですか?」
 二十歳にも満たない新兵共の教官、確かに学生時代に教育関連の授業は受けていたし免許も所持していたが、使う機会など無いと思っていた。
「そう、次期新設部隊の教育実験、その教官を君に任せたいのだヨ」

 男はカエルのようなギョロギョロとした瞳でこちらを観察していた。
 街中で出会えば十中八九不審者として通報していただろうが、相手は技術屋畑の高官だという。
「………」
 だが、手に持ったその紙にYesと書けば、いつ死ぬかわからないような地獄の中から解放される。
 俺にとって、それは間違いなく釈迦が救いをもたらす蜘蛛の糸だった。


 それから、数か月、一年の大半が雪に埋もれる大地。
 遠く戦線から離れた場所に俺は降り立った。

 血と油の匂いがしない大地に立ったのは何時以来だろうか、そんな考えを軽くした後、施設に目を向けた。
 軍人の俺から見ても一瞬、目をそらしたくなるほどその施設は異様だった。
 高い刑務所のような壁、その上の鉄格子にはおそらく高電圧が通っている。区画がやたらと分けられ、その度に警備員が配置されている。その他にも見たことない施設がチラホラとあれば、前線にでも持っていけばいいのに戦術機が倉庫に並べられている。

「……随分と金をかけてるんですね」
「まぁ、第三計画の主要基地だからネ、外見だけでもまともにしようと必死なのサ」
「第三計画……?」
「対BETA国際平和計画……なんてのはどうかネ?」
 笑いながらそういう男の目は言葉ほど笑っていなかった。

「なにせ、君に見てもらう子達は、まさに人類の未来を救う可能性を秘めた卵なのだヨ」
「人類の……未来ですか?」
 何を馬鹿なと笑ってしまう。
 だってそうだろう? 子供には未来を託す、ということは、すでに俺の未来は無いに等しいのだ。


 さて、本題で俺の仕事たる、未来の卵たちとのファーストコンタクトは最悪だった。
 どうして、ガキってのはああも生意気なんだ? 力もない癖に高圧的で、どこからそんな自信が湧いてくるのか理解しがたい。
「おい、おっさん!」
「おっさんじゃない。教官だ」
 俺の背が高いせいもあるが、腹に届くか届かない位のガキ共。
 奇妙なことに男と女が半々。
 全体的に青白い髪のガキが半分、後は黒や茶や金色、瞳の色はもうバラバラ、肌も白、黄、茶、黒まで人種差別など鼻で笑えるほど多種多様なガキども、ここはどこのサラダボールかと突っ込みたいほどだ。

「おっさんだろ? おっさん!」
 中でも一番に生意気なガキが、このトゥーニャというガキだった。
 様々なガキの色の中で、同じロシア系というのが気に入らない。ただ、リーダー気質があるのか、幾つかあるガキのグループの一つで頭を張っている。
 そのせいで、男勝りで生意気なガキだ。

「なんだ?」
「何時になったらあの、ロボットに乗れるんだよ!」
「……さぁな。とりあえず、お前らがしっかり体を作って訓練に耐えられるようになってからだ。いいから、言われた通り走ってろ。あとお前、敬語使え。訓練追加させるぞ」
「へー、やれるもんならやってみなー!」

 訓練を受けさせるに当たって、クライアントから体罰をできるだけ与えないようにとの依頼があった。
 ぶっちゃけ、こちらから、あのガキ共に直接的な暴力は禁じられているとも言ってもいい。さらに、訓練時間の他にも実験と称する俺が触れられない時間が多々有り、訓練内容すらもほとんど決められており、彼らがまともに訓練などできるような環境ではなかった。

「なんだって、こんな博愛主義なんだ……クソッ!!」

 初めて紹介された時もあのトゥーニャとか言うガキは生意気だった。
 殴ろうかと思った事も一度や二度ではない。

「教官……」
 声がしたと思ったら足に抵抗がある。
「今度は何だ!?」
 ズボンを引っ張っていたのはトゥーニャの後ろをいつも付いていたトリアという少女だった。
 トゥーニャとは打って変わって、こいつはまるで覇気がない。優しいと言えば聞こえはいいが、戦場に立てるような性格ではない。
「……なんでも……ない……です」
 小さな消え入るような声。見ていてイライラし、何かを言おうとするが、その前に邪魔が入る。

「トリアをいじめるな!」
 背後からの下手くそな脛蹴りを片手で受け止める。蹴りの主は他でもないトゥーニャ。
 だが、後ろからトゥーニャの一味ともいえるガキ共が突進してくる。

「……クソガキ共がッ! 甘いんだよ、BETAと比べればカスにも等しいぜ!」
 受け流し、軽く後ろから押してやるだけで、ガキ共は体制を崩し転ばせる。
 軍人として話にもならない。

「後、十年は訓練して出直してくるんだな」

 本当にこんな訓練でいいのか。
 年齢が低いとはいえ、こんな調子では戦場に出た瞬間に間違いなくあいつらは死ぬ。
 その施設に入り三か月は思い悩んだ。
 しかし、こいつらが戦場に出るのは、まだ先のはずだ。そう考えていた。
 ここの生活にも慣れてきたある日。

「実機での練習ですか?」
「そう、できれば来年までに彼らを使えるようにできないカネ?」
「使えるように……とは、どういう意味で……ですか?」
「そうだね……BETAとの実戦に耐えれる程度にはなってもらわないと話にならない」
 戦場を舐めているのか実戦を知らないのか。話にならないのはそちらの方だ。

「無理です。あの子達の年齢を差し引いても訓練時間が足りません。万全を期すなら後三年は……」
「ダメだネ。せいぜい、一年と半年……それ以上は待てないヨ」
 聞く耳を持たないように、男は首を横に振る。

「待てない……って。それは……」
「……すでに次の世代は完成しているからネ。彼らにはその護衛をしてもらう」
 男の言葉に耳を疑ったが、それよりも「次の世代……?」という言葉が気になった。

「……君はあまり機械を弄ったりしないのかい?」
 急に話を変えるように男はコチラを舐め回すように見る。
「戦術機の整備程度ですが……」
「ああ、それならば、分かるだろウ? 新しいバージョンをアップすれば不必要なモノは削除していくものダ」
 その言葉に一瞬、カッとなってしまう。
「彼らは機械ではありません、人です!」
「だからこそだヨ。だが、彼らは本来とは別の形で力を見せなければいけない、違うかネ?」
 役に立たなくなったから、即刻捨てると言われるよりはマシだが。

「護衛なら、別で雇えばいいでしょう」
「彼らの任務には様々な機密保持が関わってくル。できるだけ、内部の人間だけで済ませタイ」
「……」
 そう言われれば下官の俺には何も言う事は出来なかった。
「これからは彼らの時間は、ほぼ全ての時間と訓練内容を君に任せようと思う」
 完全に軍隊に染めろと言っているのだ。
 少し俺は頭を悩ました。しかし、答えは直ぐに出た。

「……了解しました。一年半で使えるモノに仕上げます」

 どちらにせよ、今の時代、彼らがBETAと戦う以上、生き残る道はコレしか無い。

 頭の中でBETAとの戦闘を思い出す。
 一年半。
 それだけでは充分とは言えないだろう。どれだけ、厳しくしても時間が足りない。
 それならば。
「まぁ…………せいぜい嫌われるだけ嫌われてやるか」

 俺はそうほくそ笑んでいた。
 殴った。蹴った。張った。踏んだ。切った。髪を掴み上げた。単語として機能しているであろう暴力という暴力は大方、指導の名のもとに叩き込んだ。
 俺の知る限りの言葉で罵った。
 徹底的に。
 嫌われる事には慣れていた。

 ガキ共が意気消沈していく中、一番抵抗したのがトゥーニャだった。
 俺が殴ってはトゥーニャが殴り返そうとして、俺が殴る。
 俺が蹴ってはトゥーニャが蹴り返そうとして、俺が蹴る。
 実際、ガキ共の中でトゥーニャはそっちの才能があったのは確かだ。
 自分で自分を天才だ。などとふざけたことを言いながら、コチラに向かってくる。
 一方的な暴力も一年も続けば、慣れてきたのだろう。トゥーニャの反撃が一度当たった。

 その頃には戦術機の操縦もひと通り終えて、全員がそこそこマシな顔つきをしていた。憎むような目で睨みつけてくる奴がいれば、怯えながらも目線だけ死んでいない奴。
 だが、まだ、足りない。
 新兵はすぐに死ぬ。どれほど訓練していようが、否応なく。
 この中で生き残るのはほんの一握りだ、それでも、一人でも多く、一秒でも長く生きて欲しい。
 その時こそ、コイツらがこの施設を出て、血塗れながらに美しい世界を見れる瞬間なのだから。

 残り半年で。簡単な初陣を用意し、二人ほど減ったが戦場も教えた。
 場慣れできるように下準備もし、後は彼らの気力と運次第とも言える所まできた。
 約束の一年半。
 分かってはいたが、彼らは俺の手から離れていった。


 すぐにまた、前線まで飛ばされるのか、そう考えていたのだが、あの男は俺の前に現れてこう言った。

「君に面白いモノを見せてあげよう」

 何故かその時、異様な悪寒に襲われた。
 連れて行かれたのは司令室。モニターには戦術機同士が今まさに戦おうとしている。
 その数は30以上もある。

「これは……演習ですか?」
「そう、視えるかね?」

 戦術機の発砲を見た瞬間にその考えは否定された。実砲、中にペイント弾ではなく弾丸が込められている。
 演習などではない。
 そして、その動きには見覚えがあった。

「何を……何をしているんだ! これは!」

 トゥーニャ、トリア、そしてガキ共。
 目の前で一機。コックピットを銃痕を残し、動きが止まった。
 中の様子が別のモニターに映しだされる。それは間違いなく自分の育てたガキの一人だった。

「被験体07は特に優秀なのだが、それと同等に殺り合えるという事は、君が育てた子供達は随分と優秀なようだ」
 人間同士で殺し合っている。
 何故、こんな事を。

「彼らの相手しているのは、遺伝子や肉体を改造して作った、強化兵士だよ。どうだい? まさに、新しい兵器だとは思わないカイ?」

 モニターの中、俺が育てたガキ共を殺している奴らの顔が映しだされていた。
 年齢層は様々だが、その中に一人、特に飛び抜けている奴がいた。被験体07と呼ばれた短い金髪を切りそろえた目付きの悪いガキ。乗っている機体が複座とは言え、俺が育てたガキよりも、さらに幼い癖にそいつが一番、動きが良かった。
 機動制御だけなら、俺と同等かそれ以上。
 その事実がさらに俺を苛立たせる。

「なんでこんな事を……!」
「実践だヨ! 実際に人間を殺せる兵士! 短期間の実習に効率の良い兵士の育成システム! その証明サ!!」
 狂気に魅入られたように笑っていた。
 この男は。
 ヴェルトは。
 俺が育てたガキが殺されている。今、ここで。

「すぐに止めさせろ!!」

 相手はBETAでもない。
 同じ人間に殺されるなんて。

「無理ダ。演習などでは測れない、命を掛けた証明こそお偉いの説得には必要なのだヨ」
「最初からか……ッ!」
 あのガキ共は生贄として作られた。俺と同じで未来など無かった。
 ヴェルトの襟元を掴み上げる。

「最初から殺す気だったんだな!! あいつらを!!」
「キーチ君、君は予想外に働いてくれたヨ。どうだい、これからも私の研究を……」

 ヴェルトがそれ以上、何かを口にする前に俺の腕が動いていた。
「ふざッけるなァ!!」

 その顔を殴っていた。

 おそらく、これが二度目の人生の転機。
 随分と後年だが、まさに転落人生。
 それでも、後悔は無かった。

 気絶したヴェルトを放り出し、混乱する司令部にいるMPを昏睡させ、俺は自分の戦術機へと向い演習場へと飛び出していた。
 その時、殺せなかったのが唯一の失敗。
 結局、助けれたのはトゥーニャ、一人。
 ヴェルトの凶行は一時、軍部でも問題にはなり、ヴェルトは一時的な降格と研究対象の一部受け渡しせざるおえなかった。
 そのお陰で、トゥーニャはヴェルトの元から出る事が出来た。

 だが、それと俺の問題は別。上官への暴力行為と基地内での反抗。
 罪状だけ見れば死刑も覚悟したが、腕を買われて囚人兵として前線へと戻らされただけだった。

 そこで、すぐに死ねれば良かったのに、悪運が俺に味方していた。
 本当に死ぬかと思ったのは数えきれないほどあるが、驚愕する事にどんな戦場でも生き残ってしまったのだ。
 やがて、俺が逃げないと分かると監視が薄れ、緊張が溶けた俺は堕落し酒と薬に溺れるようになった。 
 どうせ、自分は一人だ。

 もう、戦場で遺書を書くことはなかった。


 何度目かの出撃か、などとは覚えていない。また、部隊が自分以外全て死に絶え、酒に澱水していた時だ。
 気づけば、誰かが俺の前に立っていた。

「何やってんのよ……おっさん」
「バカヤロウ。教官だっつってんだろ……」
 目眩を起こしながら、相手をぼんやりと見ていた。誰かと話しをしたのも久しぶりだったのかもしれない。
「はいはい、教官、教官ね。ホラ、ペンもって」
「あぁ?」
「いいから」
 馴れ馴れしいその態度に腹が立ったが、また問題を起こしてMPを呼ばれるのが面倒なので、そのまま流されるようにペンを握った。

 その時、何か書いた気がするが、ほとんど覚えていない。
 しかし、二日酔いが覚め、爆睡から目覚めた時には、見たこともない前線の基地へと移動させられていた。
 横に立つ、かつて、腰にも届かなかった少女は、たった数年で随分と大人になっていた。

「トゥーニャ……?」
「あんたキーチ少尉。私、中尉。私の方が上官、イェイ!」
「……はぁ?」

 状況をよく飲み込めず、俺は目の前にいる人間に度肝を抜かれた。

「よく来たな」
 それが、中将との始めての会話だったのだから。

 基地に来てから生活がガラリと変わった。不摂生だとトゥーニャがいちいち文句を言うので、仕方なく自分の生活を見直したのだ。トゥーニャには何故か逆らえなかった。
 だが、唯一、体に染み付いた酒と薬だけは止める事はできなかった。

 それでも、意外な事に中将の元では昇進もでき、部隊を率いる事も許され、戦績を残せばトゥーニャと同じ階級にまで上がった。
 悪くない生活だった。
 決して長くは続かない事はわかっていたが、それでも、悪くないと思えた。

 そして、BETAの進行が始まり、街を疎開し終えた頃。彼らがこの基地へと足を踏み入れた。

 5人のガキ。
 始めて見た瞬間に違和感を覚えた。

 そして、記憶の中から掘り起こされる。
 金髪。そう、トリアを殺したヴェルトの所でモニターから見たガキ。

 ゼロナ。被験体07。

 最初はヴェルトのスパイかと考えて、できるだけ、そのガキに付き纏った。
 だが、実際、ヴェルトの来訪と共にその考えは変わった。ゼロナがヴェルトと接触する事はなく、全く別の事で悩んでいた。
 あの時見た、機械みたいな目をしたガキが、随分と変わったモノだ。


 だから、最後の心残りになってしまった。
 基地に残してきたあいつらは大丈夫なのだろうかと。

 死に際に考えたのはそんなくだらない事だと。
 自分らしくないと自嘲してしまう。

 だから、集中する。
 戦術機がまるで、手足のように動く。
 目の前に迫る、ハイヴの扉、尤も弱い中央へと銃を撃ち込む、足りない、ナイフを突き立てる、足りない。
 勢いを付けた一撃も傷を付けた程度。

 死に場所だ。
 そう感じた。

 馬鹿みたいに長い走馬灯ももう終わりだ。

 さぁ、終わりにしよう。
 この苦しみからも。悪運からも解放される。
 せめて、華々しく。自分らしく。愚かしく。クソみたいに。



「ブチ抜いてやるぜぇ!! ヒャッハァァァァァアア!!」


 道を開く。
 手に抱えるように取り出した戦術核、指向性を持たせ、叩きつけた。

 光に包まれる。熱いなどと考える暇もなく。
 視界が消え、意識が途絶えた。







[18452] あるssの人物紹介 第一章の
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:8faf74cc
Date: 2011/01/04 02:49
 簡単な人物紹介。
※ここまでのネタバレを含むこともあります。


ユーリ
 ぶっちゃけキャラ的には一番てきとーじゃないかと思う。
 オールラウンダーのロリコン疑惑持ち。
 家族依存症。
 生年月日。1975年、2月1日
 現在、8歳……若いな。
 身長、約135cm

静紅
 黒髪セミロングの女剣士。
 超人的な聴力の持ち主、広域からの振動を受け取る事ができ、尚且つそれを聞き分けることが出来る時点でどっかおかしい。
 リーダシップも取れ、自らの流派を持っているらしい。
 姉妹のなかでは桜花と仲が悪い。前世からの因縁があるとかないとか。
 生年月日。1974年、7月17日
 現在、9歳。
 身長、約140cm

桜花
 静紅とは対象的な銀髪ロングヘア参謀。
 戦略、魔改造担当。何回目かの輪廻をさ迷っているらしい、精神的には一番年上そりゃもうダントツ、エルフ顔負け。肉体的には三番目と言っている。
 絶対的な知識量↑と料理の腕が凄い↓。
 やっぱり、静紅が嫌い。
 生年月日。?年 ?月?日
 年齢不詳、現在、推定8歳頃。
 身長、約120cm

ゼロナ
 金髪クルクルヘア(ドリルではない)
 中堅。変なドラッグを使ってる訳でもないのに思考がおかしい(昔はちょっと使ってたけどね)。姉二人に挟まれるのが苦手。拷問とか好き。
 生年月日。1976年 6月 26日
 現在、7歳
 身長、約125cm

クー
 青白い髪の短髪、未来予知できるESP少女。
 自分に力が無いことを悔み、他の兄弟に負い目を感じている。
 前世の記憶が存在するようだが、未だろくすっぽ目覚めていない。
 喋るのが苦手。人ごみなんかも苦手。怖い顔も苦手。これから頑張る。
 好きなものはチェーンソー。うん……チェーンソー。
 生年月日。1977年 7月 7日
 現在、6歳
 身長、約105cm

キンテッキー元中佐
 世が世ならば料理への道へと走っていただろう人物。
 思っていることがすぐに顔にでてしまう実直な性格ではあるが、
 技術士官でもあり、パイロットとしての腕もそれなり、料理のウデは一流、実は作中もっとも万能の人。
 現在、46歳
 身長、約180cm

中将
 名もなき中将。
 ミンスクハイヴを落とすために色々考えています。戦略、戦術的にも優秀な指揮官、しかしながら、完璧主義者で何事にも固執しすぎるのが唯一の欠点。
 レトロなアンティークを集めるのが趣味で実家はおされ戦士。
 部下に手を出す事はないが女性関係はだらしなくこの年で若い愛人も多いとか。
 現在、67歳
 身長、約195cm

スルワルド・へクリナーシャ少佐
 ソーガルな隊長。
 元々、ソ連空軍の若きエースパイロットだったが、レーザー級の登場で一転、愛機を失い戦術機に命をかけることになる。
 命をかけすぎて訓練漬けの日々で周りが見えず、気づけば軍隊では希少種な上級魔術士(ハイ・ウィザード)……古い部下の中には、少佐は不能ではないか? と言う囁きもある不遇の人。
 戦術機の腕は一流。指揮官としても優秀、中将を信望している。
 現在、53歳
 身長、約190cm

トゥーニャ・レクエスト大尉
 元ソーガルな人々1
 薄い緑色のポニテ。
 若き天才。それを鼻にかけてることがよくある。クーのような妹が欲しいらしく一緒にいたがる。かの演習以来ゼロナに対して強いトラウマを持ってしまう(実際は昔からのトラウマを引きずってるよこの人)。
 基本的に面倒見の良い姉御肌だが、精神的に幼い一面も。元々は第二世代ESP被験者、そっち方面には才能ほとんどない。
 現在、23歳
 身長、約170cm

キーチ・D・ガイスト大尉
 元ソーガルな人々2
 こっちは完全な薬中。
 負けを認めることが嫌い。生意気なガキが嫌い。なにより、ゼロナが嫌い。
 元教官としての名残か、自分より上の人間以外にはかなり見下した態度を取り、罵声を浴びせることも多い。
 ハゲと言うとキレながら否定する。
 現在、41歳
 身長、約200cm

その他のソーガルなモブ
 多すぎるため以下略


ヴェルト
 博士。オルタネイティヴ第三計画の一角を担う。
 実験だいすきの元苛められっ子が捻くれてひねくれ過ぎてなんか真っすぐ変な方向に育ってしまった。
 他人が嫌い、基本的に自分以外の人類なんて滅びてしまえとか思ってる。
 現在、66歳
 身長、約150cm

トリア
 改造人間1号。
 第三計画の第二世代ESP発現体、死にかけていた所をヴェルトに助けて貰った事があり、ヴェルトをマスターと呼びそれなりに尊敬している。洗脳により忠誠心を植えつけられてる。
 トゥーニャとは同期で親友だったが、度重ねる人体実験により自我の半分を失い、その頃の記憶を失っている。
 現在、23歳
 身長、160cm






[18452] 第二章 ファーストコンタクト
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:88376832
Date: 2012/05/23 00:44
 暗闇の中、口を開く。

「話相手が欲しい」
 感じたの孤独。

「誰でもいい」
 長い。長い。長い。孤独。

「誰でもいいけれど。誰に与えられたモノでも、誰かから与えられたモノでもない。せめて、誰にも奪われない、誰かから奪わなくていい」
 手を伸ばしても何にも触れられない。そんな中、望んだのは。

「そんな、家族みたいな話相手が欲しい」
 だから、ソレは自らの体を千切る。
 千切れた腕は語らない。足も動かない。心臓は鼓動もしない。頭は考えられない。心はもう、思わない。
 ソレは死んだ。

 だが、千切れた四肢は新しい世界へと滴り落ちていった。
 まるで、呪いのように。
 染み付いていく。


 そう……ところで、”ソレ”は誰だ?


 *



 アントノフから地面へと降り立つ。
 大地を踏みしめた、そこは異郷の故郷。

「日本よ! 私は帰ってきた!」
 両腕を上げて、この感動を体全体で表現する。夏の湿気が蒸し暑く、太陽が照らし出していた。

 後ろに立つ、元上司の執事が生暖かい目でこちらを見ている。
「つい、二ヶ月前にも同じ事をやったでしょうに……」
「それは言わない約束だろう?」

 やれやれと肩を揺らしたかと思うと、執事は丁寧に帽子を取り軽く礼をする。
「荷物の方は好きに使って貰って構いません。お嬢様からの門出祝いです」
「しっかし、本当に貰ってもいいのか?」
「ええ、勿論です。お嬢様の言をそのままお伝えしますと『あんたなんてもう、ウチにはいらないからお払い箱よ! 勝手に出ていけばいいわ!! ばーか!』要約しますと。『行ってほしくないけど、仕方ないのでコレを送ります。お気をつけて』になります」
 老人が女声を出してくねらす姿は見ていて楽しいものではない。

「いやいや、後半、無理がありすぎるだろ。データは?」
「すでに取り終えているので必要ありません。ですが、環境次第ですので、湿気が強い日本で使いづらいと思ったら言ってください」
 アフターケアでもしてくれるのだろうか。

 初老に入った髭を摩り、鷹揚に執事は人付きの良さそうな顔で笑う。
「溶鉱炉の放りこみ、屑鉄として再利用しますので」
「せめて改修しろよ、執事」
「ハハハ、実際問題。貴方以外に使い物にならない玩具ですので、何時までもウチにあっても邪魔なんですなぁ。お払い箱になるなら、せめて、元の主の場所へ、というお嬢様の配慮です」
「……それはどうも、感謝はしてる。けど、いい加減、あの人もお嬢様って歳じゃないだろ」
 始めて会った頃が一番若かった、のは当然の話だ。アレから7年も経っている。

「いえいえ、お嬢様は典型的なお姉さんのツンデレタイプ。年上の男性は苦手な癖に、年下相手には素直になれない体質で、さらに最近では目を付けていた相手には高飛びされて……」
「婚期を逃していい加減に三十路も近くなる訳だ」
「まぁ、私はそんな事、全ッ然、気にしてないんですけどね。むしろ、笑えますから、結婚できるまでは、お嬢様と呼び続けますよ」
「あんた、最低の執事だな……ッ!」
「おや、失敬な。私は執事としては優秀だと自負しております。まぁ、遺伝子レベルで人間として最低の部類とは自認しておりますがね」

 互いに笑いあう。お互い年の離れた悪友のような印象を持っている。
「じゃあな、エセ執事」
「ええ、さようなら。道化」

 それっきり、荷物を下ろした執事はアントノフに乗り込むと風を撒き散らせて、空へと飛び上がっていく。

「……しっかし、貰ったはいいが、置くとこなんてねぇよ」
 目の前でトラックに載せられている愛機、ファングスティルを見て、ユーリはそう呟くしか無かった。
「しばらく、この基地に置いといてもらうしかない……か」

 時は1990年、夏。
 カシュガルからBETAの東進が本格的に開始された頃だった。


 *



「お待ちください! これ以上先に許可無しには……!」
 侍女が必死に止めようと、抱き抱えるように女の腰にしがみつこうとして、軽くあしらわれる。

「別にいいだろう? 所詮はまだ、征夷大将軍にも任命されていない小娘だ。しきたりや何だので縛るには少し早いだろう。……それと、私の後ろに回るんじゃない、危ないだろ」
 こけそうになった侍女を後ろから掴み上げる。
「そのような言い方は不敬です」
「不敬? 敬ってないんだから、仕方ないだろ」
 男のような言葉を使い、女は長く黒い髪を後ろで無造作に縛り、下には斯衛の赤の軍服を着ながら、その上にさらに白を基調とした端に行くほど淡い赤に染まった衣を羽織っていた。
 軍服は羽織るために一部「着にくい」の一言で改造されている。しかも、胸が無造作に開けられ、下には白いシャツが見えており、仮にも正規の軍人とは思えない服装だった。
 しかし、その堂々とした歩き方や仕草には気品が備わっており、派手な服装を着こなしているようにもみえた。

 地面にヘタリこんだ侍女を放って、女は足早に進みながらも、湧きでてくる侍女達を巧みに避けていく。
 さらに、奥に行こうとした時、少女が立ち塞がるように立つ。

「ん? 久しぶりだな。真耶」
「貴方もお元気そうで……ご一報くださればこんな騒ぎにならずとも良かったのに……」
「そういうな」
 女が素通りしようとした所で真耶が、蹴りを入れようとする。
「ですから!」
 だが、それも片手であっさりと受け止められ、そのまま、引っ張られるようにして先に進んでいく。

「はいはい、相変わらず固いぞ。……頭も動きもな」
「あ……ちょっ……お待ちください……!」
 必死にスカートの中を隠そうとして、片足で歩かされる。

「残念ながら、今日、私は急いでいる。だから、その要求は受け入れられない」
 文句を漏らす真耶を掴みながら、意地の悪い顔でそう呟き、麩に手をかける。
「その先は……! せめて、帯刀をお止めくだ……!」
 真耶が静止しようとするが、女は止まらなかった。
「悠陽、入るぞ」

 無作法に入ってきた、女に対し。
 書物に目を通していた、煌武院家の息女が顔を上げ、驚いたような嬉しそうな顔をする。
「静紅! 帰ってきたのですね!」
「アラビアへの出兵も、ひとまず落ち着いたんで、ちょっとした野暮用でな」

 まるで、自分の部屋のように、押入れを勝手に開けて座布団を取り出して。縁側の庭が見える位置に陣取るように腰をおろす。
 悠陽は真耶に軽く目線で合図をすると、真耶は不満気な顔をしながらも軽くお辞儀をして廊下の侍女達に下がるように言う。
 静かになった部屋。
「おかえりなさい、静紅」
「……ただいま、悠陽」
「今日はまた、一段と強引な訪問ですね。あちらでもそのような態度で?」
「まさか。少しは自重しているさ。……少なくとも外交問題にはならない程度には」
 呆れたように悠陽が首を振る。
 悠陽は身内以外でここまで明け透けに対応してくれる静紅の事を気に入っていたが、己の立場というものもある。

「草梛家の当主といえど、そなたの立場が危ういのは理解しているでしょう?」
「現状なら今のお前よりはよく知っているよ。だが、お前が欲した”刀”はその程度で曲がる者で良いのか?」
「……まさか、でも、”刀”の前に”鞘”が壊れてしまっては持ち歩くことも叶わないでしょう」

 少し頭を持ち上げて静紅は一考する。
「そうだな…………まぁ、次からは気をつけよう。私もお前の立場を危うくするのは本意ではない」
「……私はそなたの話をしていたのですけれど」
「どちらでも同じさ、私は地位には興味がない。欲しかったのは家そのものだ。だが、足りない。家があろうと、そこに住む人間がいなくては意味がない」
「それで、野暮用……ですか」
「そうなんだよ。やっとさ……やっと一人……帝都に付くのはまだ少し先かな……」
 真耶が入ってきて、二人にお茶を置いていく。
 軽くお茶を啜り悠陽が尋ねる。
「そんなに……楽しみなのですか?」
 悠陽の言葉に意外そうな顔をする静紅。
「……楽しそうだったか?」

 クスリと笑い、悠陽が頷く。
「ええ……そなたは、何時も彼者達の事を話す時、私に見せたことの無いような顔で笑います。それは……少しだけ妬けますね」
「へぇ……自分の顔を確認できんが、何、お前が妬く程の相手でもないさ」
「なら、私と彼者達、どちらがそなたにとって大切なのですか?」

「聞きたいか?」と質問に茶を片手に意地の悪い顔で返す静紅。
「……いいえ、聞きたくなどありません。答えなど何時も同じなのですから」
「それでも、言っておこう。私はお前より、幾億の金より、この国の未来より、人類全てよりも、私の兄弟を優先する」

 含みのある笑みの中で唯一、瞳だけが静紅が本気であると物語っていた。 
「……それほどの力がありながら、一国より一人を重んじる。それでこそ、まさに、妖刀に相応しい輝きなのでしょうね」
「宝刀の一族に産まれし傾国の妖刀……昔、紅蓮に言われた奴か。確かにな、いつか持ち主をも斬るかもしれんぞ」
「そう、けれど、この乱世を断ち切るためには、貴方のような強い刀が私には必要なのです。……私は、まだ、貴方を使うには未熟ですか?」

 その質問に静紅は軽く、悠陽を見る。
 幾ら大人びていると言っても、悠陽はまだ、二桁にもいかない子供。仕える相手としては未熟すぎる。
「……まだまだ。そうだな……この国を背負えるようになれば、考えてやる。それまでは、私が誰かに仕える事はないさ」
「その言葉、忘れないでください」
「覚えていたら。存外に忘れないかもな」

 静紅のいい加減な返事に膨れっ面をする悠陽。
「……もう、きちんと覚えていてください!」
「はいはい…………っと。五月蝿いのが来るから、今日はこの辺で帰るか」
 静紅が立ち上がるのを見て、悠陽が一変して名残惜しそうな顔をする。
「もう……行くのですか?」
「まぁ、そう、拗ねるな。今日はお前の顔を見に来ただけだ。それに、しばらくは日本にいるから、今度はもう少し時間を取れるようにする」
 悠陽に耳打ちするかのように小さく「冥夜の件もな」と付け加える。
 すると、また、悠陽は華が咲くような微笑みをする。
「……ありがとうございます」

 静紅は軽く手を振り「じゃあな」と、庭園の方へと向かう。
 悠陽も静紅が出て行った方向に手を振り、見えなくなると書物へと目を写した。

 二行ほど黙読を進めた後、また、ドタドタという足音が聞こえる。

「邪魔をしますぞ、悠陽様!」
 麩を開けて入ってきたのは、一国の大将であり、無現鬼道流の高弟、紅蓮醍三郎。
 慌ただしさからして、静紅を追ってきたのは予想しやすい。
「どうなされたので?」
「いえ……ここに、静紅の阿呆が来ませんでしたか!?」
 紅蓮の唯でさえ大きな声に怒気が孕んでいる。
 精神修行も終えた紅蓮をこうも度々、怒らす事ができるのは彼女くらいだろう。

「先程、出ていかれましたが、彼女がまた何かしたのですか?」
「それが……あやつ、帰った後に自分の弟子に後処理を任せた上。こちらの軍部にも顔を出さず、いずこかへ行ってしまったようで」
「あら、まぁ。でも、その程度なら……」
 いつものことと言おうとして、口を閉じる。
「……その弟子が問題……。いえ、このような事をお耳に入れる事はありませんでしたな。ここにいないとなれば、草梛家の道場でしょう……お手を煩わしました」
「そう……静紅の事、よしなにお願いします」
「承知!」

 紅蓮はそれだけ言うと部屋から出て行った。
 代わりに真耶が入ってくる。

「お茶を入れてきたのですが……」
「ありがとう、真耶さん。けれど、紅蓮は帰ってしまわれたわ。二人で飲みましょう」
 気を使われたのだと、真耶は心の中で恥じるが、折角の好意を無駄にはできなかった。
「……はい」
 一服付き、空を見上げる。
 夏の日差しが山々を照らし、澄んだ蒼穹が天を埋め尽くしていた。
 セミの鳴き声と風鈴の音が何処かから聞こえる。

「ここも彼女が帰ってくると随分と賑やかに感じるわね」
「確かに……」
「できれば、次のお茶は冷たいのがいいかしら」
「承知しました」


 *


 木。木。木。森。
 山。山。山。

「山々…………フフ……ハハハ!! レッツハイキング!!」

 明らかにハイキングコースから外れた一角で、ユーリは叫んでいた。その声に驚いた鳥が頭上を飛んでいく。

「住所はここら辺で間違い無い…………はず。つか、なんだよ」

 数ヶ月前にアメリカの新型戦術機のトライアルで会った時に、静紅から貰った大雑把な地図を広げる。
 土地、山、川、そして”ここら辺”と書かれた住所が◯で囲まれていた。
「住所あったって、こんな田舎じゃ意味ねぇだろ!!」

 地図を地面に叩きつけると、その真下、蛇が目の前を通過していった。
 欧州軍での野外サバイバル訓練を思い出す。ソ連でもよく食料が足りない時はやっていたことだ。
「……今日は野宿も覚悟するか」

 何時も付けているポーチに手を伸ばし、サバイバルナイフを取り出し、口に加える。
 しゃがみ込むと同時に蛇の尾を掴み、もう片方の手で胴を掴み、一気に頭まで滑らせて抑えつけ、顔を近づけるようにしてナイフの一撃で頭骨を破壊する。
 自分の顔に付いた血を軽く拭きとり、まだ逃げようとする蛇を黙らせて、皮を剥ぐ。

 皮を剥いでいる途中、背後に足音が聞こえた。
 何かと思って息を殺し身を隠す。
 注意深くそちらを確認すると、子供が一人、コチラに向かって歩いていた。
 野生の生き物と違い安堵してしまう。流石に大型生物には出会いたくない。

 しかし、その顔は何処かで見たことがあるような……。
 そんな、事を考えている内に少年は近づいてくる、まだ、こちらには気づいていないようだ。
 さて、人間とのコミュニケーションは第一印象が重要だ。
 できるだけ好印象を持たれるように行動しなければいけない。
 そう思って。

 背後に忍び寄り、関節を決めて首筋にナイフを突きつけていた。
「アレ? ……ちょっと、間違ったかな?」
 流石にナイフは危ないので少年が気づく前に後ろへと投げ捨てる。
「ちょっとじゃねぇ! なにやってんだよ、あんた!」

 しかし、これはこれで。
「なぁ、少年。聞いてくれ、俺はちょっと道に迷ってしまったんだよ」
「いいから、離せよ!」
「聞いてくれるのか少年。よし、わかった話そうじゃないか、ああ、それとあまり暴れると肩が抜けるぞ」
 説得が少年は功を成したのか、軽く腕に力を入れると、黙ってくれる。

「俺は怪しい人間じゃない」
「嘘だ!」
「そんなことない。怪しい人間じゃない善良な俺は、草梛さん家という所を探してるんだが、心当たりはない?」
 草梛という言葉に少年が反応する。

「……道場に何の用だよ」
「道場?」
 言われてみれば、少年の格好は袴と竹刀らしきモノが袋に詰められ、落ちていた。
「ここは草梛の土地で、近場の家っていったら道場だろ! それで、何の用だよ!」
「だろ、とか言われても……知らんがな。……まぁ、野暮用で姉を訪ねてきたんだが」
「姉?」
「そ、草梛 静紅って名前。知ってる?」
「…………」
 流石に固められた相手に対して言うのは気が引けるか。
「知ってるって言ってくれたら、手を放すぞ?」
「知ってる」

 パッと両手を離すと同時に少年が襲いかかってくる。
 回し蹴りなんて大ぶりな技が当たる訳も無く。少し、距離を取る。

「足……短いね」
「まだ、背が小さいだけだ! これから大きくなるんだよ!」
「ショタをアピールしようと、その気が無い俺には通用しないぞ!」
 流石にまだ、その手の知識は無いようで、少年は頭にクエッションマークを浮かべている。
 だが、それより、俺が拾い上げたモノに目が行っていた。
 皮をはいでアルビノの肉塊と化し、頭を潰された蛇。

「食う?」
「く、食わねーよ!」
 動揺しながらも威勢よく言う少年。
「ホレ」
 軽く近づけようとすると少年は一歩、逃げる。
 また、一歩近づくと一歩逃げる。
 少し、おもしろいが、いい加減に先へと進みたい。

「……わかった。もうやらないから、草梛さん家を教えてくれよ」
「付いて来い」
 案外、いい子なのかもしれない。
 顔もそこそこイケメンになりそうだし。

「お前、大きくなったら女誑しになりそうだな」
「ならねーよ!!」
 冗談で言った言葉なのに、結構本気で返された。

 山道をさらに三十分位も歩かされた頃だろうか。
 大きな屋根と、何処からか続いていた石段が見える。

「そこの階段は帝都に直通してる、この山の唯一の道。あんたみたいに裏から登ってくる人もいるけど、始めて来る人は皆こっちから来る」
 帝都には離陸出来なかったので仕方がない。
「でも、あんた運が良かったな。昔は月に一度くらいの頻度で遭難したらしいぜ」
「そうなんですか」
「……」
「……」
 予想以上に気まずい雰囲気が流れる。
 別に意図してやった訳ではないが、小学生くらいの子供って皆こう言うギャグが好きなんだって思ってた。

「……ところで、あんた衛士なのか?」
 気まずい雰囲気を変えるためか、少年が話題を変える。
「ん? んー、まぁ、戦術機には乗ったことあるけど」

 少年は目を輝かせてこちらに聞いてくる。
「やっぱり! どこの機体!? 激震か!? それとも、イーグル!?」
「どっちも乗った事あるな……」
「本当か!? 乗り心地はどうだった!?」
 そう言って質問攻めをしてくる少年を見て、子供らしいところもあるのだなと思ってしまう。

「そうか、少年も男の子だったのか……もしかして、少年は衛士になりたいのか?」
「もちろん! 衛士は俺の憧れだもん!」
「ふーん。憧れねぇ……。だから、そうやって道場に通ってるわけ?」
「ああ、そうさ」
 元気よく答える少年。
 道場という事は、少年以外にもそういう志を持った人間が来ているのだろう。
 そうやって、少年とダベっているウチに石畳の階段もようやく終わりが見えてきた。

 門を抜けると少年が指を指す。
「あっちに真っ直ぐ行ったら、草梛の本邸があるから、あんたみたいな来客はそっち。俺はあっちの道場に用があるから」
「ありがとさん。頑張れよ、少年」
 軽く手を振って、別れを告げる。

 向かう途中に振り返って、少年は言う。
「ずっと、言おうと思ってたけど少年じゃないタケルだ! シロガネ タケル!」
「へぇ……タケルか、いい名前だな。俺はユーリだ」

 「じゃあな」と走り去っていく少年の後ろ姿を見て考える。
 道理で見覚えがあるはずだ。

「シロガネ タケル…………ねぇ」

 その名前が意味してること。異世界からきた未来の英雄。
 そして、モノガタリの主人公。


「将来、女誑し確定じゃねーか恋愛原子核め。……しっかし、これは一体どうなってるのやら」


 軽く頭をかき、ユーリはそのまま、草梛家の本邸へと足を向けた。
 ふと、手に持っているモノを思い出して悩む。
 皮を剥がされて、30分以上熱中の山で持ち歩かれていた蛇。
 勿体無いので、取り敢えず切り取った頭の部分を齧ってみた。

 生ぬるく、プチュッとした食感がある。そう言えばまともに血抜きもしていない。
 これは……。

「すごく…………なまい」

 ふと、視線を感じて脇にある建物の方を見てみると。
 縁側を歩いていた老婆と目があう。老婆は実に優しい目でコチラをみていた。


「塩か醤油でも持ってきましょうか?」

 変わった人だなと思いつつも咀嚼して「……醤油をお願いします」と言っていた。






 *
 PIXIVに静紅投稿



[18452] 草梛さんち
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:88376832
Date: 2011/03/31 14:07




 帰ってきた静紅と目が合う。
「で? ……お前は一体、何をやっているんだ?」
「流石に生で食べると病気になるかもしれないので、炙ってから食べたら? ……と言われたので、庭の落ち葉を集めて燃やしてる。静紅も食べる?」
 串刺しにされた蛇を見て、静紅は軽く頷く。
「醤油しか無いのか……。服を着替えて塩を取ってくるから、待ってろ」

 その後、何年かぶりに二人で食事をした。
 食い終わった静紅は軽い下着の上からギリギリ見えない程度に着物を着崩し、扇子で自分を仰いでいる。
 軒下の日の当たらない場所で、柱を背もたれに軽く片膝を立てて座り、焚き火の残り火を見ている姿は何処か絵になった。

 俺はと言うと、静紅が用意してくれた桶に水を入れて涼んでいた。
 すでに太陽は今日の勤めを終えて帰宅を始めているが、まだまだ、夏の日差しらしい暑さが残っている。

「一応、この7年間のお前の事は聞いている。欧州では色々やったそうじゃないか、なんでも記憶を無くしてたんだって?」
 からかうような口調、久しぶりに見た静紅の表情はずっと前から変わらないモノだった。
「そうなんだよ。記憶喪失って始めてでさ、マジ自分が誰かわからねーんだよな」
 記憶が無いせいで、ずっと意味が分からない喪失感を感じていた。拾われた所が劣悪な場所だったら、どうなっていたことやら。

「今は大丈夫なのか?」
「医者には問題無いって言われてる。……けど、元々、脳になんか異常があったらしくてさ、人並み以上に長生きはできないと言われたよ」
「あー……頭が悪いのか」
 何かに納得したように静紅はしきりに頷く。
 甚だ不本意だが、スルーして先程の疑問を聞いてみる。


「それよかさ……。さっき会ったんだけど、何でお前の家に白銀 タケルがいるんだ?」
「ん? 白銀がどうかしたのか?」
 キョトンとした目でこちらを見てくる。
「だって、あいつは……」
 横浜でBETAに捕まって殺される予定だった。なんて言える訳がない。

 言わずとも静紅は何かを汲み取ったのか呟くように言う。
「……あぁ、お前の言っていたアレか……白銀は登場人物だったのか?」
「主人公」
「ふーん……道理で人より才覚が秀でている訳だ。……だがなぁ、ユーリ。私はお前がその話をした時も言っただろ。……お前がその原作ってのをなぞりたいのなら、私達を殺して自殺すればいい。だが、違うだろ? 私達はそれぞれ生きたいように生きる。例え、それで世界が滅んだとして、結局、それはこの世界の運命だっただけの事──」
「人が一人、変わったところで世界は何も変わらない……だろ。お前の持論だったな」
 だが、実際、世界を変えれる人間もいるのは確かだ。彼はその一人なのだから。

「ちなみに、白銀は静音婆様の弟子の孫だ。その選択に私がどうこう言うモノじゃない」
 静音っていうと、さっき会った老婆を思い出す。アレが静紅の祖母か。
「そういや、草梛の家って道場なのか?」
「元はそうだ。まぁ、今は託児所替わりだがな。2年ほど前に教育基本法が全面的に改正された時、斯衛の中にも戦術機専門の教育機関を作ろうって動きがあって、帝都から少し離れたウチにも十八番が回ってきたんだ。それまでは、私と静音婆様と武蔵坊で切り盛りしてたのに、最近では下の下宿から保護者とか教導隊の連中まできやがる」
 気だるそうに静紅は言う。

「あまり乗り気じゃないんだな」
「当たり前だ。私が人に教えるなんて柄じゃないのは知ってるだろ? 第一…………体ができてない奴も多くて、手加減しなきゃ本気で死ぬし。悪いとは思っているが、ここの仕事はほとんど静音婆様に任せきりだ。私はここしばらく海外の遠征に従事してるよ」
 愚痴を言うように、ため息を漏らす。

 海外に出ているのは、俺たちを探すためか? とか聞けないので、別の方面からせめて見る。
「どれも、お前らしいな……でも、実際、不特定多数の才能無い弟子を取って、戦場に出て死ぬのを見るのが嫌なだけだじゃないのか?」
「……それもあるかもな。だが、才能云々は兎も角……どれだけ強くて、才能があろうとも死ぬ奴は死ぬさ、無論、私も含めてな。その時、要は死んだ後のために、何かを残す気にはなれない。無意味とも言わないが、少なくとも今の私の生き方ではないさ」
 何処か遠い目をして言う、手に持つ扇子を閉めて、転ぶように体制を崩し、縁側に寝転ぶ。

「相変わらず刹那的な生き方が好きだな、静紅は……」
「性分だろ。それも、一度死んだくらいじゃ治らいないくらい重症のな」
 苦笑交じりに静紅が言う。

「いやいや、人間なんてそんなもんだろ。一度死んだくらいじゃ、生き方なんてそうそう変わらないって事だよ」
「……かもな。まぁ、その手の話は桜花の方が詳しいだろ」
 確かに人生経験なら、全く敵わない妹。

「そう言えば、その桜花はどうしてる?」
「……さぁな。アメリカにいるってくらいしか、わからない」
「わからない?」
 その言い方が気になった。普通は知らないとかじゃいのかと。

「私も八方手を尽くした。桜花の足取りは情報省でも追えなかったんだ。一ヶ月に一度くらい連絡を取るが、前に直接顔を見たのはいつだったか」
「……あんまり会ってないんだな」
 あまり、言われたくない事なのか静紅はバツの悪そうな顔を作る。

「私とあいつだけじゃ、ダメなんだよ。嫌いじゃないんだが……どうしてか、会ったら喧嘩ばっかりだ」
「そういう所も変わらないな」
「人間なんてそんなもんなんだろう?」
 一転して、茶化すような静紅の言葉に笑ってしまう。
「自分で言うなよ」

「……そう言えば、桜花の奴。来月辺りに帝都の大学に顔を出すって言ってたぞ。もしかしたら、お前がいるって知ったら飛んでくるかもしれん」
「まさか、でも、こっちから連絡取れないのか?」
「帝都まで行かないと無理だな、国際線なんてウチには無い」
 あたりを見回すと草木が生い茂っている、携帯があれば圏外を確認できるだろう。
「山奥だもんな」
「元々、修道者の建てたモノだから、予備施設なんてほとんど無かったんだ。だが、見た目はこれでも、先代……親父達が改装したらしくてな。緊急時は帝都の防衛基地や避難所としても使えるようになっている。実際、この山は昔に何度か合戦に使われているしな」
「基地……か」

 戦車の一台はおろか、迎撃用の砲台も見えない。山を天然の壁に見立てても人間同士の戦闘に向いているとは思わない。
 しかし、BETAとの戦闘ならば、充分に迎撃準備を整え、下の基地と共同して作戦を練れる指揮官がいるなら、そこそこ有利な戦場なのかもしれない。
「じゃあ、戦術機の格納庫はあるのか?」
「このすぐ裏手に山を削って作った戦術機用の格納庫があるな。あまり使われていないが、地下からも入れるようになっている」
 いざとなれば、帝都からの脱出用にも使えると。まぁ、日本海側に逃げても仕方がないけれど。
 そうじゃなくて。

「戦術機、一機分位のスペースはある?」
「あるけど、お前、自分の戦術機でもあるのか?」
「一応、こっちの子会社で用意された試作機って事になってる」
 付随された資料をそのまま言うように伝える。 
「ふーん、豪勢なことだな。下の基地か……明日にでも取りに行かせてもいいが、機密とかじゃ無いのか?」
「そんなもん、置いてくるわけないだろ。それに、あそことは縁切りされたよ」
「じゃあ、今は無職か」

 痛いところを突かれる。
「……2年くらいなら遊んで暮らせる金はあるけど」
「物価が一定ならな」
「それを言うなよ」
 世界的に大暴落こそしてないが、物価は常に安定していない。日本はまだ、マシな方なのだが、世界的に見ればどこもかしこも崖っぷちもいい所だ。
 何時、金が紙になるか分かったものじゃない。

「戦争してるんだから、仕方がないさ」
「今度……国連にでも志願してみるか。履歴書ってコンビニで売ってるの?」
「そもそも、近くにコンビニなんて無いから。帝都に行けば雑貨店にでも売ってるだろ」

 呆れたように扇子で帝都の方角を指す静紅。
 立ち上がって、体を伸ばす。空は夕日が沈みかけて赤みが増している。

「今日から、しばらく泊まっていくんだよな?」
「ああ」

「なら、おかえりだ」
「はじめてなのに……ただいまになるのか?」

 静紅は笑みを浮かべて「気にするな」と言って、中へと入っていく。
 手元にあるタオルで足を拭いて、俺も続いた。


 中では数人の子供が、正座して座っていた。
 指をさして、静紅に小声で何してるのか聞いてみる。

「精神修行だろ。私もたまに外の滝でやるが、肩こりの解消に効くぞ。やりたいのか?」
「いや、また今度にする。というか……肩こり解消って、明らかに目的が違うだろ」
「まぁ、精神を研ぎ澄ましたって、実戦に役に立つなんて考えた事もないからな。そもそも、雑念を無くすなんて、できて当たり前みたいなもんだろ?」

 笑い出した静紅の後ろから、警策を持ち忍び寄った坊主が肩を叩こうとする。だが、静紅に軽く手を当てられ止められてしまう。
「修行が足りんな、武蔵坊」
「ふむ……確かに。しかし、嬢、あまり子供たちの気がそれる真似をしてほしく無いですな」
「何を言う……この程度で気を乱すなど話にならん。そんな奴は斯衛でも使えんだろう、とっとと荷物を纏めて帰った方が良いのではないか」
 見下すように言う静紅。顔とか悪役っぽい。
 静紅が後ろに立つだけで、その威圧感に震え出す子もいる。

「嬢、それ以上は……」
「……邪魔をした。ユーリ……行こう」
 全員の背中から、ほっと息を付くのがわかる。
 武蔵坊とは軽く目線で挨拶をして、足早に去る静紅に俺もついていき、少し離れた廊下で並んで歩く。

「恨まれ役ってのも面倒だな」
「……わかるのか?」
「まー。なんとなく、静紅が本気じゃ無いってのは」
「それはへこむな。お前に言われるなんて……私もまだまだか」
 静紅は憎まれ口を言いながらも、その表情は嬉しそうだった。

「ウチの仕来りみたいなモノでな。当主は厳格に、ただ武の道を極めよる事に従事する姿勢を弟子に見せなくてはならんのだ」
「偉そうにしてるのが当主の仕事ってか」
「そう、下に人間が居ると面倒事が増えるんだ。ちなみに今日のは軽いほうだ、普段はもっと恨まれる事をやってる。……ガキどもの間では私は鬼か悪魔だよ」
 白銀さん家の武君が、最初に静紅の名前を聞いた時に変な顔をしたのはこれが理由なのか。

「お前の事だから、もっと、破天荒な事ばっかりしてんのかと思ってた」
「こう見えて、私は仕事とプライベートは分けるタイプなんだ」
 静紅の場合、どれが仕事でどれがプライベートなのか間違っていないか心配だ。

「だとしたら、俺と居るのはよろしく無いんじゃないのか?」
「私のイメージとお前達、どちらが優先だと言ったら、比べるまでもなくお前たち兄弟だよ」
「告白されたのかと思った」
「してほしいのか?」
「してくれるん?」

 無表情で。
「アイシテルヨ、弟」
「オレモダヨ、姉」
 ものすっごい片言。

「……何をしてるんですか、貴方達は……」
 通りかかった静音さんに飽きられてた。


 夕ご飯は、二十人位の子供と大人が広間に集まり、軽く紹介されて、家中の人、全員で食べる。中にはタケルもいた。
 新鮮な山の幸で、味はともかく、随分と静かな食事だった。
 というか、子供たちは皆、目に見えて緊張している。そのせいか、礼儀作法とか無駄に綺麗。
 俺はというと、生まれ変わってこのかた箸を使った食事を滅多にした事がなく、震える箸で突付くと焼き魚の骨と肉が混ざっていく。
 途中から、面倒になって、骨ごと食べた。しばらくカルシウムには事欠かないはずだ。
 和食の白いご飯と味噌汁は久しく忘れていた味だった。

 食事を終えると、静音さんに開いている部屋に案内される。

「改めて、自己紹介させてもらいましょう。私は草梛 静音。前当主を努めていた者で、静紅の祖母です」
「これはどうも、ユーリです。家名は母が忘れろと言ったので覚えていません。一応、英国での身元はユーリ・サイファリス、サイファリスの苗字は便宜上の名です」
「ご丁寧にどうも。でも……失礼ながら、貴方の事は少し調べさせてもらいました。英国にいたころの印象とは随分と違うんですね」
「人生色々ありましたからね。性格の一つや二つ変わりますよ」

 静音は落ち着いた雰囲気で、お茶を飲みながら淡々と話をしている。
「似てますね静紅と貴方は……」
「そうですか?」
 似てないとはよく言われたけど、似ていると言っていたのは他に一人、桜花くらいだろう。

「本当は数日、様子を観るつもりでした。しかし、始めて見たときから、静紅が貴方を弟と言う理由がなんとなくわかりましたよ。貴方達は根っこの所が一緒なのですね」
「……わかるもんなんですか?」
「私も長い間、戦場で血を浴びてきましたから。貴方のような人間と戈を交えたことがあります。それらに共通していることと言えば、誰も彼も戦闘を楽しんでいる。自分の命よりも楽しむ事が何よりも重要で、生きることに終着しない」

「死ぬのは嫌ですよ……」
「その言葉が本音ならば良いのですが。私は貴方と静紅が死に急いでるようにしか見えないのよ、死んでいないのは貴方達の技量が他者より隔絶してるから、結果的に生き残ってしまっている」
「そんなつもりないですけど、四十、過ぎたら死に場所でも探したくなるんですかね」
 二人して軽く苦笑する。

「まだ、十五過ぎたばかりの小僧や小娘には早いわよね……。でも、実体験としては、貴方や静紅のような人間は自分で思うように死ねないモノよ、私がそうであるようにね」
 寂しそうな表情を作る静音。

「BETAの侵攻によって多くの戦友、強敵が死んでいったわ。この歳になると顔ばかり広くなるの、でも、皆、私の半分も生きずに死んでいく。とんだ、矛盾だと思わない? 私達のような自分の死に場所を探す人間が生き残って、自分の居場所を守ろうとする人間が死んでいく」
「……戦場が恋しいんですか?」
 的外れな質問、だが、それは常人ならばの話。
「ええ、そうね。血なのかしら…………いえ、これはもう呪いよ、草梛の血という呪いね。死ぬのなら床で死ぬよりも戦場で強者と戦い死にたい……。ここ最近はずっとそんな事ばかり考えてるわ」

「……それじゃあ」
「持って一年。私はそう見てるわ」
 静音が伝えたい事。会ってすぐの俺に何故その事を話すのか。
「……俺はもっぱら近場で使える武器といえば剣くらいで、刀を扱った事が無いんですが」
「勘違いしないで、貴方の気持ちは嬉しいけれど、私が頼みたいのは後の……そう、静紅の事」
「静紅の?」

「あの子は孤高よ、私のことも自分を生んだ人間の母親、それ位にしか見てない、むしろ強者としての興味の方が強いのでしょうね。歳の近い親友だっていないわ、態度だけ馴々しくしてる癖に、誰に対しても心を開こうとしない。でも、貴方は違う……本当に貴方達は兄弟だった」

 言われるでもなく「頼まれなくても、二度と離しませんよ」
「……ありがとう。でも、それだと、嫁をもらいに来た婿ね。…………そうだ、いっその事、貰ってくれないかしら?」
「貰うも何も、静紅は元から俺のです」
 目線で俺の兄弟ですと強く訴える。

「嫁によ……なんて、ごめんなさい、これもまだ、早いわよね。……あの子も女としての魅力といえば、私に似て見た目だけだから心配なのよ。……ちなみに、関係ない話だけど草梛の女って皆、胸が大きいのよ」
「遺伝って素晴らしい」
「自分の娘が欲しくなったかしら?」
「ちょっと」
「貴方も悪ねぇ」
「お代官様ほどでは……」
 二人で小芝居して、苦笑してしまう。静紅が老年したらこんな感じなんだろう。

「……まぁ、笑えない冗談はコレくらいにして」
 和んだ空気を、静音さんが軽く咳払いして、場を整える。

「貴方、これから、どうするのかしら?」
「しばらく、こっちに泊まらせて貰えたらな……と考えてるんですが」
「それは当主の静紅が良いと言うのなら問題は無いわ。そうではなくて、仕事の話です。よければ、軍への推薦状くらい書きますけど?」

 しばらく、帝都の観光でもしてようって腹積もりで、働く気は無かったのだけれども、こう言われると断りにくいく、つい気のない返事をしてしまう。
「はぁ……それはありがたいんです……でも、帝国軍ではなくて、国連に行くつもりなんで」
「あら、そうなの、残念だわ。まぁ、帝国軍ほどでは無いけれどそっちにも伝手があるから安心して」
 それはありがたい、ありがたいんだけれども。
「その時になったら、お願いできますか」

 やんわりとだが、断られたと思ったのか、静音さんの表情が曇る。
「ええ……ごめんなさいね、変な言い方になってしまったわ。年を取ると、どうも性急になりすぎていけないわね」
「そんな事ないですよ」
「まぁ……なにか困った事があれば言ってください、相談に乗りますから」
「ありがとうございます」
 座ったまま頭を下げた静音さんにつられて、俺も頭を下げる。

「それでは……ずっと、気が張っていたでしょう。ごゆるりと寛いでください」
 確かに、結構、長旅だったので疲れていた。
 その日は、特にすることもなくなったので、夕食の後に静紅が軽く説明してくれた通り、押入れから出した布団に入ることにした。


 草梛家の朝は早い。
 当主たる、静紅の朝は遅い。
 家中で唯一、姿を見せなかった当主を除いての食事は昨日とは違い、随分と賑やかだった。

「ターケールーくーんー。あーそーぼーぜー」
 朝食を食べた後、道場で子供達が集まっている中、隅っこに座っているタケルに声をかける。
 あからさまに嫌そうな顔を返された。

「俺、今から剣の稽古なんだけど……」
「こんな早くから、大変だね。まぁ、気にすんなよ」
「気にするわ! 武蔵坊に怒られるから嫌だって言ってんだ!」
「あぁ、それなら問題ないって。ちゃんと、許可貰ったから」
「嘘つけ! そんな簡単に許してくれるわけないだろ!」

 噂をすればというか、道場に巨大な影が指す。
 柔和な表情とは裏腹に鍛えられた筋肉と頭髪により、荘厳な雰囲気を醸し出している。

「何事かな?」
「おー、丁度良い所に。武蔵坊、こいつ借りてくけど、いいよね?」
「だから、無理だって!!」

 慌てるタケルが叫ぶのと、武蔵坊が口を開くのはほとんど一緒だった。
「どうぞどうぞ」
「ほら、無理だっ……えぇ!?」

「あぁ、ユーリ殿、下には伝えておりますが、帰りは地下を使いなされ。タケル、お前はユーリ殿が森で迷わぬよう見張っておれば良い。まぁ、後学にはなろうて……」
「じゃ、行ってくる」
 驚き固まってるタケルを誘拐するように脇に抱え、武蔵坊に略式の敬礼する。
 すると、坊主は合掌で答えてくれた。

 門を出ると、驚愕から立ち直ったタケルが暴れだす。
「下ろせって自分で歩ける!」
「はいはい」

 手を離すと、重力によって落下していく。
 暴れていたこともあり、タケルは上手く着地できず地べたに這い蹲る。

「おいおい、受身くらいとれよ。普段の稽古が泣いてるぞ」
「いきなり落とすからだろ!」
 すぐに起き上がり、付いてくる。
「うわー、責任転嫁だ。それが許されるのは十代までだよ、社会に出たらお前、逆に責任転嫁される立場になるんだぞ」
「何の話だよ……そりゃ」
 呆れているタケル。

「世知辛い世の中についてかな、所でタケルは何か他の子どもらと上手くなじめて無い気がするんだけど」
 タケルは少ない遊び時間も、一人で座ったままだった。
「……別にそんなことねぇよ」
「いじめられっ子は皆そういうよな」
「虐められてなんかねぇ!」

「そうだよね、友達がいないだけだもんね!」
「…………ッ」
 真っ赤になって何か言いたげだが、返す言葉が見つからない、まだまだ子供のようだ。

「パッと見だけど周りの子供、貴族のボンボンとか旧家の跡とりとかそんなばっかなんじゃねぇの?」
「……ちゃんと、普通の家の子供もいる」
「で、貴族のお坊ちゃんにおべっか使ってると。ガキのうちから大変だね。タケルはそれができないから、はみられた訳ね」
「……」
 何も言わないという事はだいたい当たってるのだろう。

「嫌になったりしないのか?」
「……衛士になるのが夢だって言っただろ。ここが一番の近道なんだ」
「そっかそかー、良いねぇ。夢のある子供は一途で、まぁ、だからこそ連れてきた訳だが」
「そういや、何処に行くんだよ。まだ、聞いてないぞ」
「下の基地に置いてきた俺の戦術機を取りに行くんだよ、何時までも目の届かない所に置いておきたくないからな」

 それを聞いた瞬間、今までが嘘のようにタケルの足が早くなる。
「何してんだ! 置いてくぞ!」
 いきなりモチベーションがかなり高くなって興奮している。
「はいはい、そんな慌てんなよ。走ったらこけるぞ……俺が」
「お前がかよ!」

 俺は戦争から離れて一時的な平和を満喫していた。


 *


 ソ連領、イルクーツク基地。
 バイカル湖付近の地形を生かした防衛作戦により、エキバストゥズ及び、スルグートハイヴから侵攻してくる実質的なソ連の最前線として、BETAからの迎撃に当たっていた。
 迫り来るBETAの数は軍団規模と予想され、自然豊富な湖の周りには即席で要塞が築かれ、川を隔てるようにBETA迎撃用の設置型の大砲が戦車と交互に並び、轟音を奏でてBETAを迎撃していた。
 川を掘り下げた堤防は、突撃級の骸によって溢れかえり、ソレを踏みつぶす、要撃級の侵攻により、赤く染まっていた。

 この戦いは有利に進んでいる。
 戦術機の側面からの攻撃により、光線級、重光線級と要撃級の切り離しに成功、戦術機による光線級の殲滅後、航空部隊による活躍もあり、類稀に見る勝利と言える戦いだった。
 
『やりましたね、スルワルド大佐』
 CPから、通信が入る。
 BETAの掃討作戦、すでに数えれるレベルにまで減ったBETAを対岸の部隊と挟撃して殲滅すれば、終了だろう。
 油断さえしなければ、これほど楽な戦闘はない。
「ああ……だが、この戦いでも随分と死んだな」
『お言葉ですが、我が隊の重傷者、戦死者は五名。戦場の規模に対して……奇跡的な数字ですよ』

 来年には六十路に入る、スルワルドの髪には白髪が混じりだしていた。
 自ら老いたと思いながら、尚、最前線で指揮を取っている。
 ふと、視線の端に、奇妙な部隊が入る。黒いMiGタイプと思われる戦術機を先頭に銃撃戦を行っていた。

「……あの部隊」

 当初、光線級への突破口を開き、左翼に位置する光線級を殲滅していた部隊。
 あの部隊が無ければ、自分の隊の被害はかなり増えていただろう。

『国連の……第三計画からの特殊試験部隊と聞いています』

 六年前、中将の独断により行われた雪の牙作戦の後。急ぎ国連軍、ソ連軍は再び甲7号スルグートハイヴの攻略を始めた。後になって知ったのだが、第三計画もこれに加わり、甘い蜜だけすおうとした。熟練の衛士の後ろにリーディング能力者を乗せての傍聴任務。
 一時的にハイヴの心臓部とも言える反応炉と、資源の宝庫たるアトリエを27分間確保するも、北上してきたBETAの侵攻とハイヴ内での戦闘の激化により反応炉の破棄を決定、戦略核によるハイヴ爆破によって世界で始めてのハイヴ攻略を達成した。

 同時に第三計画のリーディングは成功したのだが、能力者の半数が脳障害を起こすか、その場で絶命している。
 成果として「BETAにも思考が存在する」という事の証明しかできなかった。

 唐突な作戦による準備不足という声がある一方で、第三計画自体に懐疑的な意見が増えてきている。
 そのせいか、第三計画もこんな点数稼ぎのような真似をしなければ、維持をするのも難しい状況なのだろう。
 皮肉な事だが、それに救われたのは確かだ。

「…………そうか、あの先頭にいる戦術機は私の記憶に無いモノだが、アレは?」
『今年、ロールアウトした、MiG-31ブラーミャリサ……恐らく、その改修機だと思います、気になりますか?』
「少しな……」

 たった一機による陽動と殲滅をこなすブラーミャリサの動きは、まるで彼らを連想させるようだった。





[18452] ある技術士官の叫び「壊すなよ! 絶対、壊すなよ!」
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:88376832
Date: 2011/03/31 14:07



 基地に行くと門の前にいる憲兵に許可証のゲストIDと、欧州での認識票を見せて中に入れさせてもらう。
 すでに、軍関係者ではなくなったので軽い身体検査もされた。
 タケルの方も草梛の弟子と言えば、身体検査と身分証明だけであっさりと通してくれる。武蔵坊か静音さんが手を回してくれたのだろう。
 間違っても静紅はそんな事しない。

「お待ちしておりました」
 中に入ると、案内兼見張りの人が丁寧に対応してくれる。
 女の人だ。細身の二十歳を過ぎくらいの年齢だが、階級章は中尉、日本人らしい黒髪を肩のあたりで短く切り揃えていた。
 美人というよりは童顔だが、整った顔つきをしている。
 昨日、基地内を案内してくれた人で少し安心した。問題があるとすれば、名前を覚えなかったことくらいだろうか。

「どうも、お世話になります」
 西欧で上官に対して敬語を使うようにとたたき込まれたおかげで、普通にそんな言葉がでてくる。
「こちらこそ、よろしくお願いします。ユーリ・サファリス大尉」
「やめてください。俺はもう大尉じゃないですよ、ただの無職です」
 ニヒルっぽく口元を歪めて格好良く決めてみる。
「……ポ」

 わざとらしく体をくねらせる佐倉中尉。
「いやいや、その反応はおかしい! 絶対おかしいだろ!!」
 隣で懐疑的な目で見ていたタケルが叫ぶ。

「これが大人の世界だタケル」
「まぁ、私はただのショタコンなので、そっちの可愛い僕も充分に射程圏内ですどね。むしろ、ストライクかも」
 中尉は自分の性癖を恥ずかしげも無く披露し、タケルを誘惑しようとする。

「……変態だ」
「変態じゃありません、私は廃れた大人の姿勢に嘆き、低年齢層の夢見る男児の魅力に気づいてしまっただけです。そう、言うなれば現代社会の加害者!」
「清々しいほどの開き直り。仮にも帝国の軍人がどうなんですソレ」

「……あぁ、自己紹介がまだだったわよね、初めまして、佐倉 玲奈よ。階級は中尉……ってこれは言っても仕方ないわよね。あなたは?」
 完全に無視された。
 それは、もう、普通に無視して、タケルの視点まで腰を下ろし、自分は何も知りませんよと言った風に聞く佐倉中尉。
 何もしてないけど、名前を言わせたタケルのナイスフォローに心のなかでグッジョブと送る。

「……白銀 タケル」
「タケル君か……全く含むことは何も無いんだけど。猛るって漢字って盛ると似てますよね」
「は?」
 まだ習っていない難しい漢字が思いつかないのか、困惑するタケル。

「そっちの猛るじゃなくて武人の武って書いてタケルですよ。そもそも、猛ると盛るじゃ皿しか同じ部分がありませんよ」
「ケアレスミスですよケアレスミス。気にしないで……さぁ、戦術機の格納庫に向かいましょう」
 誤魔化すように強引に話を切り、歩き出す佐倉中尉。
 納得行かないような顔をしながらも、戦術機を見れるのが嬉しいのか、すぐにご機嫌な顔をしてタケルは佐倉中尉に付いていく。

 歩きながらタケルは初めて見る機材や、設備にいちいち首を傾げ、俺に説明を求めてくる。
 使い方とか何をするものかくらいはわかるけど。

「なんで、ほとんど答えられないんだよ……あんた、本当に衛士だったのか?」
「歩兵用の設備は訓練校以来ほとんど触ってないからなぁ。それに、欧米諸国と日本じゃ細かい設備とかが違ってくるんだよ」
 俺の言い訳に呆れたような顔をするタケルと佐倉中尉。

「それはちょっと言い訳としても苦しいですよ。確かに規格の違いはあるかもしれませんが、ここはどちらかというと欧米の基地を参考にして作られたと聞きます。私も実際見たわけではないので確証はありませんが、それほど大きな違いあるとは思いにくいです」
 疑るような視線が痛い。

「あんた、本当に軍人だったのか?」
 タケルの中での俺のランクがどんどんと下がっている気がする。

「本当だって」
「それは間違いありません。アジアでは海外に跳び回ってる草梛のお嬢さんが有名ですが、あちらの……欧州諸国の軍関係者で実験部隊のユーリ・サファリス大尉と言えば知らない人はいないくらいですよ。実際、退役する時に泣いて惜しまれ、各国の軍隊からのオファーを断ったとか聞きましたし……」
「え……大尉?」
 驚きと羨望の眼差しを感じる。

「どうしたのかなー? タケルくーん。ちょっと、すごーい、あこがれちゃうなーとか思ったりしたー?」
「……何かの間違いだろ」
「残念ながら本当ですよ。そうじゃなかったら、門前払いしてます」
 酷い言われようだ。

「でも、こんなのが大尉って……」
 こんなのって言われた。

「性格はもっと他人に冷たい方だって聞いてたんですけどね。私もイメージと違ってがっかりです」
 がっかりって言われた。

「俺はとても傷つきましたー。貴方達の辛辣な言葉に俺のぴゅあな心は深い傷を負いましたー」
「へー」
「そうですか」
 一瞥しただけで、先へと歩き出してしまう。
 今回の相手はスルースキルが高すぎた。

 落ち込んでいる間に、格納庫の前へと辿りつく。
 タケルはキョロキョロと見回して、頬を紅潮させている。
 撃震ばかりの中に陽炎が数機。
 その隅の方に明らかに一機、毛色が違う戦術機が立っていた。

「おー、あったあった。なんか弄ったりしました?」
「整備の確認はしたと報告を受けています、無論、あちらが用意してくれたマニュアル通りですので安心してください。しかし、ユーリさん。改めて見ても、変わった機体ですね。整備兵達があなたがいなかったら、ぜひ解体したかった、と言ってましたよ」
 通りすがりの整備兵と目が合うとグッと親指を立ててくれる。
「今日、取りに来てよかった」

「…………」
 タケルは目を丸くして見上げていた。
 俺にとっては毎日を過ごしてきた愛機なので、今更、見るものなんてないんだけど。

 ファングスティルはソ連にいた頃より幾分も骨太になっている。問題点だった装甲はそれなりに改修され、タイフーンの開発技術の転用により機動力もソ連にいた頃より、少し遅い程度にまで取り戻した。
 武装の追加と推進力の航続距離が伸びた事により、全体的な性能は上がっている。一方でワンオフの問題として換えが聞かない部品も多い、目下としてそれが一番の問題点なのだろう。

「どうだ、タケル。俺の愛機は美人だろ」
「……ああ。カッケー」
 案外、素直でちょっとビックリした。

「そういえば、この機体をベースに欧州と日本で戦術機の共同開発が行われていると聞きましたが、こちらに持ってきて良かったんですか?」
「良いって言ってたから、多分、大丈夫なんでしょ。そもそも、ベースにしたと言うよりは、踏み台にして新しい戦術機を作った。とか言ってましたし」

「西欧ではタイフーン、日本での生産名は不知火でしたっけ。五年も前の話ですけど両国とも随分と思い切った事をしましたね、最初は驚きましたよ」
「イーグルに後押しされたのも大きいけど、西欧もBETAの侵攻が激しくなって焦ってたし、実戦経験の乏しい日本も発に行き詰まった感があったからね。渡りに船だったんだろ」

 国内純産機を作りたいと言う日本の耀光計画。一刻でも早く主力機が欲しい西欧諸国のESTSF計画。その二つを纏め上げて、一つの計画へと変更する。元々、水面下での接触はあったとはいえ、最初は反対の方が多かった。
 まぁ、一番の障害だった米国といえば、その頃、G弾の方にご執心だったのか強く反対せず、不気味に沈黙を保っていた。
 とかなんとか、そういう背景事情もあるが。

 この結果の大半はウチの雇い主が暴れまわった結果だとは言えない。
 そして、記憶がぶっ飛んでいたとはいえ、その一端が自分にあるだなんて、記憶戻ってから自分のしてきたことに驚愕したくらいだ。

「すでに、形としては完成してるから、残りの拡張性で各国の風土やアレンジで詰めていく設計らしい。少なくとも開発陣は第三世代機だって言いはってる。実際、先行量産型をウチの部隊でも使ってたけど、それくらいの性能はあると思うよ」
「次期主力機としては申し分ないですね。そういえば、共同トライアルでイーグル十機をたった一機で倒したって話ですから、その衛士の腕もあったのでしょうが……」
「あ、ちなみにソレやったの俺」
 匿名それも急遽セッティングされた追加行事みたいなモノだったので、正式な記録に残ってはいない。
 人づてに聞くか、素人がとった映像でも見たのだろう。

 こちらを向いて固まっているタケル、まぁ、無理もない。
「……どうした、タケル。遠慮などいらない、さぁ、褒めてもいいんだぞ」

「世の中の不条理が目の前にいる」
「タケル君。人はそれを受け入れて大人になって行くのよ」
 期待とは裏腹に二人の生ぬるい視線が送られてくる。

「なんだよー。のり悪いな。はぁ……褒めてくれたら乗せてやろうかなとか思ってたのに……」
「ワー、ユーリサンッテ、スゴカッタンデスネ」
 敬語なのに、すごく棒読み。
 つい笑ってしまう。
「案外、現金だな。タケルは、安心しろどうせ帰る時は乗せてってやるから」
「すげぇ。今、始めて普通に尊敬できた!」
 何に感動してるんだ、ソレ。

「私も今、初めてユーリさんがまともな人に見えました」
「佐倉中尉にだけは言われたくないです」
 互いに口元が笑っているので冗談だとはわかる。


「ところで、ユーリさん。折角、この基地まで来たのだから。どうです、少し遊んでいきませんか?」
「遊ぶ?」
「ええ、ウチの部隊の連中が、その機体とあなたに興味があるんですよ」
 今までのおちゃらけた仕草が消え、まるで今までが演技でもしていたという風に、佐倉中尉が肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべる。

「これは…………タケルの貞操が危ない……!」
「どうしてそうなる!」
 失望したという目でみてくるタケル。
「冗談だってそんな怒るなよ。それで、佐倉中尉、模擬戦でもするんですか?」

「ええ、生憎とここにある陽炎は中途半端な二個小隊分しかないですけどね。すでに準備は全部こちらでやっています。……まさか、逃げたりしないですよね」
 挑発の定型文のような言葉。
 だから、執拗に欧州での話を聞いてきたのかと、軽くため息をつく。

 ここで断れば、ファングスティルの発展型たる不知火がロールアウトされたとき、どんな曰くをつけられるかわかったものじゃない。
 すでに、縁切りしたとはいえ、自分も関わっていたプロジェクト。
 会社には恩もあれば、無理を言った引け目も借りもある。ここで精算できるとは思わないが、だからといって、わざわざ、避ける理由も思いつかない。

「いいですよ。その代わり、こちらから少し注文をつけてもいいですか?」
「ええ、私のできる範囲でなら」
「じゃあ、まず、タケルの強化装備を用意してくれませんか」
 予想外の事だったのだろう、佐倉中尉は少しの間、眉をひそめるが、すぐに頷いてくれる。

「タケル君のですか? ……サイズ的に訓練生用のでかまわないのなら用意できますが……」
「それでいいです」
 タケルはどういう事か理解しておらず、呆然としている。

「それと、どうせなら、中隊で来たらどうです? その方が練習通りにできるでしょう」
 どうせ、宣伝するのなら、分かりやすい方がいい。
 挑発仕返され、佐倉中尉は眉を寄せながらも不適に微笑む。

「生意気だね…………あまり、ガキが粋がるもんじゃないよ……ッ!」
 こっちの方が本性なのだろう、その姿は随分と様になっている。
 きっと、今までは演技だったのだと……。

「相手があんたらみたいな人間相手に訓練しかしたことの無い相手じゃ、粋がる必要も無いな」
「いい度胸だ……もし、あんたが負けたら、今夜一晩、タケル君は返さないから、そのつもりでいなさい!」
 思ったけど、勘違いだった。

「なぁ、ユーリ、これって、どういう事なんだ?」
 佐倉中尉の叫びに不安そうな顔をしたタケルが聞いてくる。
「ん? タケルをコイツに乗せて俺が模擬戦をしてやるってんだ、もっと喜べよ」
「…………それは、本当なのかよ!」
「嘘ついてどうする」
「……本当……なのか」
 何かを確かめるように頷くタケルは、何だかんだ言いつつ嬉しそうだった。

「で、負けたら俺が一晩どうのってアレは何なんだ?」
「あー。負けても、タケルの貞操が失われるってだけの話だから」
「……貞操って何?」
「別に体の何かが変わる訳じゃない。ただ、失って始めてわかるモノさ。まぁ、負ける気は無いし大丈夫だって」
 ちょっと、格好良く言ってみた。
 タケルは物凄く疑わしいという表情でこちらを見ている。

「中尉、俺の預けていた強化装備は?」
「あちらにありますよ。タケル君のは用意してきますから、私と一緒に着替えましょう」
「……ユーリ」
 何かを訴えるような目で見てくるタケル。別に役得じゃん、とか言いたかったけど、思春期の少年にも色々あるのだろう。

「こっちからのお願いですし、そこまで迷惑をかけられかません。タケルのは、俺がやりますから、持ってきてもらえるだけでいいですよ」
「…………チッ」
 舌打ちしやがりましたよこの人。



 *



「気分はどうだイ」
 ガラス越しには無機質な瞳がコチラを見ていた。

「…………最悪だ」
 口から出たのはそんな言葉。
 しかし、ある程度は的を射ている。
 全身に吸盤のような管、口には酸素マスクみたいなモノを付けられ、よく分からない液体に浸からされた後だ。

 全身の感覚が痺れており、自分で歩く事も敵わない。意識こそはっきりしているが、それだけに、頭痛が脳を支配する。
 これを最悪な気分と言わず、何といえば良いのか。

「今回は良いデータが取れタヨ」
「……ッ」
 バイカル湖での戦闘の事だ。
「おやおや、随分と機嫌が悪いようだネ」
「うるせぇなぁ。約束だ……クーに会わせろ。殺すぞ」
 感覚がまだ、戻っていない腕で、体に付く吸盤のような管を引きぬく。

「……分かっているヨ。君も心配性だネ」
 こんな人間の手元に置いとかなくちゃいけなのだから、心配もする。
 まだ、まともに動けないと思っていたのだろう。油断しているヴェルトの後ろは隙だった。
 その首筋に手を触れる。

「桜花姉ぇが言ってた、念には念を入れるものだってな、何度でも言うぜぇ。クーに何かしたら、テメェを含めてここにいる全員の細首を引きちぎる」
「…………全く。ドイツもコイツも一々、気にさわル。……承知しているヨ、彼女には手を出さなイ」

 ため息を漏らし、信用のおけない言葉で、忌々しげに言うヴェルト。
「付いて来たマエ」

 協力関係。
 それが、今のゼロナとヴェルトの力関係。

 ここ数年、次期第四計画とも呼べる米国からのG弾主流派の圧力が強まっている。
 追い打ちをかけるように第三計画の研究者との不調和や、何年も続く秘密裏な非人道的行為という名目により、ヴェルトは国連から資金と時間の大幅な削減を食らっていた。

 だが、時期が悪く、第三計画を抱えるソ連の問題はここ数年の間、第三計画を支持するのは難しい状況だった。

 スルグート攻略以後、戦力の大半がハイヴ攻略によって水泡となったソ連は、早急に戦線を維持できる戦力を欲していた。
 ソ連はハイヴ内の資源や情報を売り出す事によって資金を集め。
 米国を始め、日本やオーストラリアなどから、戦術機、戦車を買いあさり、戦力の立て直しに成功するも、防衛のためには広大な戦線を維持しなければいけない。

 そんな中、ソ連が取った政策は国際交流だった。
 ハイヴ跡地に基地を建築し、西シベリア低地を復興させると共に、ウラル山脈を挟んだヴェリスクハイヴに対し、イギリスやスウェーデンを始めとした西欧諸国との同盟関係を発展させて二方面からの包囲網をしき詰める。
 同時に、エキバストゥズハイヴに対して、領土奪還を果たした実績を元に新設されたばかりの、統一中華戦線との共同防衛を計った。
 奇しくもソ連全体の戦力が低下したために、ユーラシア大陸全域に国際的な外交をせざるおえなかったのだ。

 だが、その煽りをくらう人間もいる。
 その最たる例が先程から言っている、第三計画だろう。
 ハイヴ内において、成果を上げられなかったヴェルトを容認するはずのソ連は、米国に強く出ることができずにいた。

 特に、89年に入り、次期オルタネィティヴ計画に米国がG弾を用いた戦略を提示したが、秘密裏とは言え、一度G弾を使っており、領土の奪還よりも領土防衛に重きを置こうとするソ連の中にはこの計画を推奨する人間も多く存在した。
 ソ連にとって自領だけの事を考えるのなら、他国にあるハイヴの排除は喜んで受け入れただろうが、ここに来て、国際的な有り方が足を引っ張る。ソ連はBETAからの防衛のため西欧諸国と統一中華戦線の足並みを乱す事もできなかったのだ。

 妥協案として、米国が提示したのは第四計画が決まり次第、第三計画の予算を次期オルタネィティヴ計画へと回すというものをだった。そして、ソ連はそれを受け入れてしまう。
 それは第四計画の決定が第三計画の打ち切りを意味していた。
 つまり、第三計画の続行は長くて一年。
 今、米国が押し進めているG弾を使った戦略が第四計画に決まってしまえばその時点で、締結と撤収をさせられる。

 さらに、追い打ちをかけるように第三計画の中での派閥が、ヴェルトを放任してはくれなかった。時間が無くなり予算を派閥で奪い合ったのだ。
 偶然とも呼べる不運の連続が結果として、ヴェルトの研究は、何か分かりやすい成果無しには継続は不可能なほどに追い詰められていた。

 信用できる兵も、金もままならず、手元の私兵と研究成果を見せるしか無い。


 遠からず失脚するであろうヴェルトをゼロナは見ているだけで良かったのだ。
 幽閉されているクーの事を除いては。

 追い詰められたヴェルトが、能力的に珍しいクーに手を出さなかったのは、一重にG元素という別の研究対象があったからだ。
 未だ、興味深いモルモットとしてクーを捕らえているのがその証拠。
 だから、ゼロナはヴェルトに交渉を持ちかけた。

 クーの安全と身柄が確保されている限り、研究に協力しヴェルトの手先となって、戦術機に乗るという単純な交渉。
 ヴェルトはそれを呑んだ。
 それは、強化兵の実験に使えると思ったからだ。強化兵はその運用目的から個人としては能力が高いが、直接の指揮を取れる人間がいなければ能力を生かしきれない。
 だが、指揮官用などという高度な戦術眼を持つ兵を作り上げるのは実戦経験無しには不可能だった。
 そして、ヴェルトにとって、なによりも、その指揮官は絶対に裏切らないようにしなければいけない。

 最初からクーという首輪がついているゼロナは渡りに船であった。
 こうして、二人の協力関係が生まれた。


 尤も、それが、正しいか正しく無いのかは、別の話だった。







[18452] 模擬戦(略)
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:88376832
Date: 2011/03/31 14:07


 去年から着ている強化装備は日本と英国の共同で作られた最新式の物で、頸部のプロテクターや、ヘッドセットなど、第三世代機を扱うために必要なデータリンクシステムの補助機能を兼ね備えた仕様になっていた。
 特殊保護皮膜のカラーリングは何処の軍にも所属しない白色。
 隣にいるタケルは例の訓練生用の少し旧式の強化装備。

「タケル。苦しくはないか?」
 やたら緊張しているタケルに、軽く背中を叩いてやる。
「だ……大丈夫だ。問題ない」
 肌色の強化装備が恥ずかしいとか、そんな問題ではなく、背筋や腕の筋肉が傍目からもガチガチだった。

「まぁ、お前が動かす訳じゃないんだ。観戦気分でいいんだよ。……あ、そう言えば、お前の朝飯抜いてないな」
「朝飯? そりゃ……」
 白いご飯と、味噌汁、煮物。精進料理のようなメニューを思い出す。
 どれも、消化に良いものだし、胃に残ってない限り戻したりはしないだろう。

「んー、できるだけ吐かないようにしてくれ。管制ユニットの変えもしばらくできねぇから、汚されたら嫌だしな」
「吐かねぇよ!」
 確か、こいつ耐G訓練とか何とかが凄く高かった気がする。でも、心配だから、ゴミ袋は持っていく。

 再び、先ほどの所に戻ると、佐倉中尉が立っていた。タケルの強化装備を視姦……もとい、ガン見している。
「……訓練兵の強化装備をデザインした人の株が今、私の中でもの凄く上がっています」
「中尉は冷静にダメな発言をしますね」
「ちなみに、ユーリさんの株は昨日から大暴落しています」
「早く売りに出してください」
「誰も買いませんよ」
「それは酷い……」

 終始にこやかに微笑む佐倉中尉、帝国の標準装備に着替えていた。
 スティルファングを見上げる、そう言えば、まだ、模擬戦用の装備に変えた覚えはない。

「今から模擬戦用の装備に変えるんですか?」
「まさか、昨日の内に模擬刀とペイント弾に変え終わってますよ。ウチの方も準備はだいたい終わっていますので、オペレーターの支持に従って演習場へと向かってください。ちなみに、今日はウチの隊の隊長、帝都に呼び出しくらってるので、私が指揮を取らせてもらいます」
「そうなんですか……どうぞ、お手柔らかに」
 最初からやる気満々だったと、文句は勝った後に言う方が良いか。そう考えて、手を出す。
「ええ、こちらこそ」
 言葉だけは丁寧に佐倉中尉と握手をした。

「タケル……行くぞ」
「……ああ」

 スティルファングのコックピットに二人で乗るのは桜花以来だ。
 今のタケルと桜花が同じくらいの背丈だった。いつもより、手狭に感じるのは当たり前だが、体が成長しているためか思ったよりもキツイ。
 演習場へと着くと、タケルのヘッドセットに網膜投影を行うように、設定を少し弄る。
 視界に映しだされるのは、演習用の壊れた街。

 しかし、その高さは十八メートルという高さからの姿だ。

「……見えるか? これが、戦術機の視点だ」

 短く感嘆する声が聞こえる。
 興奮しているのか、言葉は返ってこない。

「タケル。お前は何で戦術機に乗りたいんだ?」
「そりゃ…………BETAから日本を守るため」
「人並みの答えだな。悪いとは言わないが、お前が守る日本とは何だ? 人か? 政治か? 文化か? 領土か?」
「……全部」
「傲慢だな。人を守るのは国の仕事だ。政治を守るのは為政者が為すべき事。文化を守るのは人の生き方だ。そして、領土を守るのが軍人の役目。その全てを守るなんて、そんな万能な人間は存在しなければ……なれもしない」

 どんな英雄にだって、そんな事は成し遂げられなかった。
 そして、これからも。
「けど! 俺は!」

「聞け。タケル。戦術機の視野は人より広く大きい、つまり、それだけ多くの人を救う事ができる」
 こちらを向くタケルが何を考えているのかなどわからい。

「でもな、人間一人に日本全てを見渡す事などできるはずがない。そして、どう逆立ちしたって、目に見えるモノ全てを救える、なんて事もできっこないんだ。それこそ、どんなに強い力を持っていようとな……。だから、見定めろお前の大切なモノを……。そして、絶対にその大切なモノから目を離すな……」
「大切な……モノ?」
「そうだ、お前にもあるだろ……大切なモノ」
 無言で頷くタケルは、何かを思い出しているようだった。

 これから、コイツが何をするのかも知るはずがない。未来は確実に変化している。そして、常に不確定に変革していく。
 もしかしたら、いつか、俺とタケルが道を違えた時には、二人で殺し合う日が来るかもしれないのだ。
 その時にせめて、戦いがいのある相手には成長して欲しい

 タケルはゆっくりと口を開く。
「…………ユーリにもあるのか? 大切なモノ」
「あぁ……けど、俺は一度、全部、失っちまったからな」
 まずは、取り戻さなくてはいけない。そのためには、時間もかかる、何よりそれを行使できるだけのコネと力が必要だった。
 第三計画に匹敵する政治的な力を持つ存在のコネ。
 そして、奪い返せるだけの戦力。
 まだ、どちらも足りない。

「俺はあいつらを取り戻すまで、誰にも、何にも……負けはしない」

 その言葉が宣戦布告のようにタケルの耳に届くと同時に、演習開始のブザーが鳴り響いた。
 

「敵が誰であろうと。全て叩き伏せる!」

 地面をスティルファングが滑走する。足の裏にある駆動輪が高速で回転し、跳躍ユニットが地面と水平に火を吹く。
 戦術機の開発が進んだ今でも、トップスピードと瞬発力は他の追随を許さない。
 体制を低く、より速く。
 機体に異常なGが掛かり、タケルが軽く呻きだす。最初はそんなモノだろと、思いながらも注意を促す。

「戦術機に乗るときの基本だ。どんな時でも、必ず目だけは開いておけ。…………見ようとしなければ、何も見えないぞ」

 網膜投影も目が閉じていてはその機能を果たさない。
 衛士の中にはBETAの恐怖から逃れようと目を閉じる者もいる。だが、それでは守りたいモノも、救いたいモノも、殺したいモノも、眼を閉じていては何も見ることはできない。
 どんな戦場でも、目を開け敵を見るというのは最低限の戦いだ。

「わか……った」
 苦しそうにしながらもタケルは頷く。
 さらに、スピードを上げる。
 見えるのは、人類がその足では到達できない高速の世界。流れるようにビルが通り過ぎ、空気がのトンネルを抜けていく。
 奥からは敵機が見える。
 十二機。固まっている所を見ると、分散してやられるのを恐れたんだろう。

 両翼に一個小隊ずつ、正面に一個小隊。鶴翼参陣、古くから使われている鶴翼の陣を戦術機風に中隊規模で行えるようにした陣形。

 鶴翼の陣の弱点として、包囲しようとするため、どうしても、一つ一つの壁が薄くなってしまう。
 そして、大将が陣取るであろう中央を潰せば、機能する事が難しい。しかし、普通、大将がいるはずのそこには、撃震が立っている。おそらく、機動力の無い撃震を囮に、両翼の陽炎で囲み四方からの攻撃で一気に潰すという作戦だろう。

 十二機の戦術機の銃口が火を吹く。この距離からならば、致命傷にはならないが、ペイント弾で汚されるのはかなわない。
 タケルが目を開けているのを確認して、トップスピードへと到達させる。

「いいぞ、タケル。だが、これからが本番、これが、戦術機の戦い方だ! 驚いて目を回すなよ!」

 空中へと飛び出し、左右のビルを蹴るように移動する。
 両腕に持った、突撃砲で左の陣を横薙ぎにして動揺を誘う。
 すると、開いている右の陣が銃を放ちながら飛び出してくる。中央の陣、唯一、防御主体の撃震で構成された小隊がそれに続く。

 崩れた訳じゃない。
 右翼の陽炎はスティルファングの背後に回ろうとしているのだろう。
 悪くない戦法。
 機動力さえ殺してしまえば、圧倒的な数で押しつぶす事は容易い。

 しかし、戦術機において、第一世代と二世代の性能差は大きい。どうしても、連携をとる時に一世代機が一歩遅れる。
 空中から、右翼と中央の間へと飛び込み、ドリフトをするような音をたてて、地面へと滑りながら背後を取って、ペイント弾を放つ。
 狙うのは陽炎。
 先に陽炎の八機を仕留めてさえしまえば、動きの鈍い撃震は敵ではない。
 しかし、銃弾を撃ち込めたのはたった二機だけで、すぐにカバーが入る。

 立て直しの早さなどから、随分と訓練を積んでいることがわかる。

「……すげぇ」
 Gに慣れてきたタケルが、そう呟く。

「あ、でも、基本、戦いは数だから。間違っても勝てない敵に向かって、こんな戦い方するなよ。模擬戦だから、こんな状況でもやってるが、実戦でやるのはただの馬鹿だ」
 バックステップで滑るように、距離をとる。
 同じように、突っ込めば今度は対処してくるだろう。
「じゃあ……どうするんだ……」
「そりゃ、逃げるんだよ。ひたすらにな」

 納得がいかないのか、「むぅ」と俯いてしまう。
 戦闘は一旦、形を潜めていた。
 互いに距離をとった事で、ファングスティルのスピードを緩める。

 少し余裕がでてきたのだろう、タケルが聞いてくる。
「なぁ、ユーリってどれくらいの時間、戦術機に乗ってるんだ?」
「搭乗期間の事か……そうだな」
 ソ連にいた頃からずっと戦場にいるから。逆算すると。
「だいたい、六年くらいか」
「……六年」

 それが短いと感じるか、長いと感じるか人をそれぞれだろう。
 タケルにとっては自分と同じくらいの年齢だ。
 長く感じないはずはない。

「そう言えば、俺が初めて戦術機に乗ったのはお前と同じくらいの歳だった」
 その言葉にタケルは驚いたような表情をする。

「焦る必要はないさ。お前は人には無い才能がある」
「才能?」
 俺だけでなく静紅も言っていたのだから、間違い無い。
「それって……どんな!?」
「……女誑しの才能だよ」
「はぁ!?」

 からかわれてタケルが憤慨しているのが分かる。
 余裕がないというか、タケルはいつも切羽詰まっている感じがする。

「冗談だ。才能なんて、人に言われても信じきれあないだろ。自分で見つけて磨いていく内に使い方を覚えるんだ。だから、お前が自分で見つけるまで俺は教えない。まぁ、見つけた時に話したって大した意味も無いかもしれないけどな」
「なんだよそれ!!」
「怒るな怒るな。短気なのはまだまだ、精神修行が足りない証拠だぞ。一介の衛士で留まるならそれでもいいが。それ以上、指揮官を目指すなら、どんな時でも部下に動揺を見せない練習をしとけ」
 少し卑怯な言い方だが、タケルは何も言えなくなる。

「次、行くぞ」
 追いかけてくるのは、たった、一機の陽炎。他の九機は後方に下がっている。
 間違っても独断で専行してきたのではないだろう。
 何かの作戦か。

 銃が届く距離までくると、陽炎は銃を捨て抜刀すて、手招きをするよう、右手を動かす。
 誘っている。
 相手は恐らく佐倉中尉。普段なら、こんな挑発に乗ることは無い。
 だが、今、ここで、大将を取れるのなら、楽なモノだ。

 銃をマウントし、腰部にある跳躍ユニットの一部がはずれ、左手で羽の間に収まっていた剣を抜く。
 スーパーカーボン製の剣、半分より先くらいから両刃になっており、手元の方は片刃で跳躍ユニットにマウントできるようになっている。
 ほぼ、同じ型の剣が逆の跳躍ユニットにもついている。74式の長刀より短く軽いのが特徴で、上手く使えば要塞級も倒せるが、取り回しが早いため通常は要撃級や戦車級相手に使う事が多い。

 最初は跳躍ユニットの大型に伴い、戦車級から保護するために作られたはずが「武器にもなるんなら、武器にもしちゃえ」なんて適当な理由で付けられた近接戦闘武器。
 勿論、取った後は制御の仕方が少し変わる。特に片方だけ取ると比重が変化し、バランスの取り方が微妙に変わるため、初見で制御するのはちょっと難しい。
 何度も乗って使っているので自分が使う分には問題が無い。
 流石にその感じをタケルが理解できるとは思えないが、少し動きが変わったのくらいは感じ取っているようだ。
 やはり、才能はある。

 わざと、重心のバランスをずらし、機体を不安定させる。
 陽炎が上段に構え、ファングスティルは中段から居合のような姿勢を取る。

 互いに最高速度での衝突。
 模擬戦とはいえ、ぶつかればただ事では済まない。

 それでも、先にスピードを緩めた方が負ける。
 衛士としての意地もあるが、それ以上に経験がそう語っていた。

 *

 一瞬。
 タケルの目に映っていたのは、陽炎の動き。
 機体が揺れたかと思うと、両断する勢いで上段からの一刀が繰り出された。完璧なタイミング。しかし、スティルファングは地面を蹴り上げる事で瞬間的に機体本来のトップスピードを超える。

 陽炎の衛士にとって予想外の事だったのだろう、自分の上段が当たる前にスティルファングから繰り出される中段からの剣が陽炎を襲う。
 胴を狙っている、そう判断するや否や腕を手前に寄せ刀を防御へと寄せた。
 そのまま、火花を散らしぶつかり合った二つの刃物。陽炎の刀によってスティルファングの剣は止められていた。
 見えたのはそこまで。

 次の瞬間には、すでに、目の前には敵がおらずタケルは、慌てて後ろを振り向く。

「……え」

 タケルにとって予想外の光景。
 そこには、陽炎が倒れこむ姿が存在した。
 何故、と疑問が浮かぶ。左手の剣は確実に陽炎の刀によって止められていた。

「そっちじゃない」
 ユーリの言葉にタケルはハッとする。
 右腕にはカタールのような武器が出ていたのだ。最初から、左手の剣はフェイク止められるのは覚悟の上で、本命は右腕のカタール、あの一瞬で胴体を刺したのだろう。
 構え方からしても相手は決して弱くなかったはずだ。少なくとも今のタケルよりも格上の相手。

「ユーリって……何者なんだ?」
 思わずタケルの口からそんな言葉が漏れていた。

「お前は何者だ……? ね。常套句ではあるけど、答え憎い質問だよな…………」
 言われてみて、確かに頷いてしまう。けれど、何かを考えた後、ユーリは笑いながら言う。

「そうだなぁ、強いて言うなら。元、歴戦の大尉様って奴かな」

 残りの九機は、指揮を取る者がやられたわりに粘ったが、数が減っていき、やがて、タイムアップを待たず全滅した。


 *


 扉を開けて、中に入る。
 鼻につく薬品匂い。清潔に保たれた部屋は、その白さによって逆に、中に居る人間の精神を蝕んでいそうな恐ろしさを孕んでいる。
 そんな中、まるで戦術機の管制装置のような椅子に座る女。
 目は開いているのに、その瞳は何処にも焦点が合っていない。
 青白い髪は二本に纏められ、髪の他にも細い管のようなモノが垂れている。

「起きろ……仕事だ」
「…………もう?」

 かつて、自分の命を奪おうとした相手。少なくとも、あの時、ゼロナの意識を刈り取るだけの技術を持っていた女。
 だが、そのゼロナから見ても、見るに忍びない姿になっていた。
 目の下には隈ができ、押せば今にも崩れていきそうな表情をしている。その容姿も相まって、儚げとも見え、何年も入院している太陽の知らない患者よりも白い肌をしている。
 薬物の影響か元からそういう造りだったのか、その体は六年前、初めて会った頃から、成長は止まっている。
 か細い声が響く。薄い唇が動いて言葉を紡ぎ出す。

「……トゥーニャ……は?」
 的外れな言葉。
「…………今は大学の講義でも受けているんじゃねぇのか」
 だが、それはすでに、何度も行った会話だった。
 ノギンスクから帰ってから、ずっと、目覚めの言葉は何時もその名前を呟く。

 記憶が無くともショックだったのか、最初、腹が立って「お前が殺しただろ」とか言ってしまったら、小一時間暴れだした。そのため、咄嗟に口に出した言葉だったが、経験上、何故かこれが一番安定する。

 その姿はもはや戦える用には見えない。
 医学関係には素人な自分から見てもわかるほど、トリアはすでに、壊れかけていた。
 ヴェルトが与えていた洗脳は意識と記憶を混濁させ、寝ている間に全く別のモノが混ざっている。しばらく、経てば持ち直すが、何時間もそのままの事もある。

「そっか……大学か」
 今回は妙に機嫌が良い。
 いい夢でも見ていたのだろう、嬉しそうに微笑む。一瞬だけ見せる笑顔、これが、本来の彼女の姿だったのだろう。
 だが、ゼロナは関係無い事だと振り払う。
 トリアは仕事を為す上で、必要なパートナーだった、それ以上の情を持たせてはいけない。

「仕事だ。行けるか?」
 らしくない、できるだけ優しい声で話しかける。
 だが、答えは返ってこない。
「…………行きたいなぁ」
 まるで、こちらを見ていなかった。そもそも、何がトリアの目に映っているのかも理解し難いほどに虚ろだ。

「聞こえなかったのか、仕事だっつってんだ!」
 叫び声に驚いたのか、目を見開いて、ゼロナの方を向いて首をかしげる。
「いぁ……大丈夫。ぅん……いえ、何も……問題ありません」

 やっと、エンジンが掛かってきたのか、それとも、薬が効いてきたのか。
 人形のような仕草と、抑揚の無い声が響く。

「私は……大丈夫です。すみません、ゼロナ。命令を……」
 ヴェルトが未だに、トリアを生かしているのは、かろうじて、まだ、使えると認識しているからだ。
 そして、トリアもそれに答えようとしていた。
 哀れな生き方。
 洗脳というのはヴェルトの技術をもってしても、よほど意志の弱い人間や、アイディンティティが確立できていない子供くらいにしか効かないらしい。
 トリアは幼い頃に洗脳を受けて以来、ずっと不安定に保ってきた。だが、トリアは初期の強化兵として、かなり無茶な仕様にしたらしく、とっくの昔に耐久年数を超えているらしい。
 もはや、その症状が治る事も無ければ、バイオ技術で肉体を取り替える事もできないらしい。

 それでも、動いているのは精神力の賜物だ。生きようとする意志と、ヴェルトへの忠誠。
 正気を保とうとする狂気の果てに、トリアは動いていた。


「いつも通り、ウラルを超えた先での間引きだとよ」
「了解しました」
 感情の無い声でそう言う。

「……帰ってきて早々にこれだぜぇ。クーの顔を見れたから構わないが……ったく人使いの荒い野郎だ」
「マスターの悪口は止めてください」
 この時だけ、ヴェルトを養護する時だけは何故か感情が入る。ゼロナにとって実に理解しがたく、苛立つ事だった。

「……ハッ…………何でもいいが、俺の足を引っ張んじゃねぇぞ」
「貴方こそ…………。でも、あまり無茶をしない方が……」
 また、急に弱気になる。
 トリアはまるで、二重人格のようにコロコロと性格が変わる。
「うっせぇなぁ。お前は俺の後ろで、照準を合わせときゃいいんだよ!」

 ゼロナが乗っていたMiG-31ブラーミャリサは、その仕様とは違い、対人を意識した設定と武装を持っているため。管制ユニットが複座式になっており、ゼロナの後ろにトリアが座っている。
 別に動かそうと思えば、ゼロナ一人で動かす事は可能だった。照準だって複座で賄うほどではないが、問題無く動かせる。

 むしろ、何時、動けなくなるか解らないトリアを乗せるよりは、他の人間を乗せるか自分でやった方が安全だろう。何より、出撃前に面倒事を起こす可能性もあるのだ。
 それでも、ゼロナは戦術機を動かす時、トリアを後ろに乗せていた。

 最初はトゥーニャの親友で、ヴェルトに使われる哀れな人形を使い潰してやるつもりでゼロナはトリアという枷を背負っていた。
 しかし、ヴェルトに盲従するトリアの姿にイラつきながらも、例え偽物であろうと他者のために命を削る。やっている事こそ、愚かしく滑稽でも、ゼロナはトリアの有り方が嫌いではなかった。








[18452] 集う人々
Name: 空の間◆2bcbad2f ID:c24c2ca8
Date: 2011/03/31 14:08


「そこそこ、上等な出来だったな」
 ファングスティルから降りて軽く伸びをする。
 実際は勝利したとはいえ、内心ではヒヤヒヤする場面がいくつもあった。
 相手の実力もなかなか高かったので、新型の面目躍如といった所だろう。

「どうだ、タケル。初めて戦術機に乗った感想は」
 地面に立ったというのに、興奮が未だ続いているタケルに聞いてみる。
「……なんか、こう、凄かった」
 表現できないものを言葉にするように、タケルは手探りで伝えようとしてくれる。
「そうか」
 でも、もう少しボブギャラリーも鍛えた方がいいのかもしれない。

 戦術機から降りた佐倉中尉がこちらへと歩いてきた。その姿は一目でわかるほどに肩を落としている。

「……イイ勝負デシタネ。次モ、ヨロシクオ願イシマス……」
 見るからに棒読みです的な声と態度。
「ってんなわけあるかー!!」
 しかも逆ギレするし。

「これで勝ったと思うなよ! 私を倒しても第二、第三の私がいずれお前を倒すんだからなー!」
「意味が分かりません」
 負けたのがそんなに悔しいのか、中尉はかなり憤っていた。

「まぁ、俺たちは特に整備も必要なさそうなので、このままこいつを引き取らせてもらいます」
「いいわよ、帰れー帰れー」
 塩までまきやがった。

「うわっ……大人げない」
「でも、タケル君は置いてけー」
 そういってタケルに抱きつく中尉、もう好き勝手しすぎだろこの人。
 中隊の人たちが急いでこちらに来てくれる。

「は、離れろ!」
 タケルもかなり焦っている。
「ほら、遊んでないで行くぞタケル」

 五人がかりで佐倉中尉をタケルから離すと、宇宙人の写真で見たようなぶら下がり姿勢で、真剣な表情を作る。
「いつでもきなさい。また、返り討ちにしてあげるわよ」
 何処までも自由人だった。
「負けた人が言う台詞じゃ無いですよね、それ」


 *

 スティルファングを草梛の敷地にある基地へと移動させて、基地の周りを軽く案内してもらった後に草梛の家に帰って来ると、門の所で静紅が仁王立ちをしていた。
 その表情はかなりイライラしている。
「タケルと遊んできたのか……」
「遊んでた訳じゃないけど、主に遊んでた」

 正直に言うと、後ろにいたタケルが忍足で逃げようとしたので、逃さないように腕を握っておく。
 なんとか、振りほどこうと頑張るタケルを見て、呆れたように静紅が呟く。

「折角の非番なんだ、次は私も連れていけ」
 一緒に連れていかなかったので拗ねているのか、でも、こちらにも言い分がある。
「寝てたじゃん、静紅」
「起こせよ……」
 静音さんに聞いたけど、相変わらず静紅は寝相というか、寝起きが悪いらしい。

「それ朝からかなり体力使うんだけど」
「いい運動になるだろ」
「……わかったよ」

 渋々、頷く俺に「よし」と静紅が嬉しそうに笑う。
 それが意外だったのか、タケルが少し驚いた表情を作る。目ざとくそれを見つけた静紅は黙ってはいない。

「ところで、お前ら、随分、仲が良くなったんだな」
「だろ、タケルのモノは俺のモノ、俺のモノは俺のモノって言ってくれるくらい。まぁ、それくらいの仲だ」
「なんだよそれ!」
 ジャイアニズムな発言にタケルが反応する。
 一方、自分で聞いといて静紅はあまり興味がなさげに首を傾げる。

「随分と一方的な搾取なんだな」
「中学生が小学生を弄るのは、学年別の教育というヒエラルキーにおいて当たり前の事だろ」
「……お前は中学生でなければ、白銀も小学生じゃない。第一、産まれた歳の長さでヒエラルキーを決められるのなら、今頃ジジババの天下だろうが」
 そう言えば、静紅は実力主義だった。
 自分の力に絶対の自信があるから、そう思えるのだろうけど。冗談でも虐めたり、虐められたりしてるのを見ると腹が立つらしい。主に、両方に対してだが。

「日本は年功序列の気が強いけどね」
「いずれ、変わるさ。BETAという脅威から身を守るため、古い仕来りに縛られて動けなくなる前にな」
「おいおい、”刀”がそんな事を言っていいのか?」
 草梛家の伝統として、征夷大将軍の側仕えとなり、その身を守る役職を任せられている。それが比喩的に刀と言われている。
 一応、当主たる静紅がその役なのだが。
「未だ持ち主がいない刀だから、何も問題ない」

 持てる刀は征夷大将軍一人に付き、生涯、一本だけ。
 現征夷大将軍はすでに、静紅の父親を刀として持ちながら失って久しい。故に、草薙家の当主たる静紅は次代の征夷大将軍に仕える事になっている。

「そういや、次の征夷大将軍って……」
「順当に行けば煌武院 悠陽だな。……ちなみに、ここにいるガキどもは大半が悠陽と同じくらいの歳かそれより下の人間だ、何でかわかるか白銀」
 いきなり話を振られたタケルは慌てて、姿勢を正す。

「はい! わかりません!」
 元気の良い返事と答えが返ってくる。
「……タケル。少しは悩もうぜ」
 小声で「うるせぇ」とか言いやがった。

「別にいいさ、覚えておけば……。悠陽に近い年齢の人間が多いのは、一生を捧げさせるためだ。悠陽が征夷大将軍になった暁には、草梛の門下としてその命を懸けて将軍を守れるようにな」

 低い声を出す静紅の威圧感にタケルが怯えている。
「もういい、修行に戻れ」
 流石に静紅がそういったら、手を離すしかない。
 しかし、今の話を聞いて思ったのが。

「……草梛家って、下手したら日本、乗っ取れるんじゃね?」
「そんなこと、やろうと思えば誰にでもできるだろ」
 できねぇよ。
「まぁ、うちに限ってはそんなこと無いと思う……家の事を言うのは好きではないが、代々、草梛の当主は権力を嫌ってきたからな。静音婆様に聞いた話で何時の時代の当主か忘れたが、草梛の当主が謀反を企てたと噂された事があったらしい。だが、その当主は公衆の面前で『日本を征服して書類に埋まるよりも、諸外国と無謀な戦争して死体に埋もれる方が幸せだ』って当時の征夷大将軍に直訴したほどだ。遺伝とは思いたくも無いのだが、先祖代々そんな感じでな」
「不敬だー」
 直訴した内容って、要約すると、面倒だから、政務を任せているって言っているような物だ。
「それに古くから家族ぐるみの仲だからな、そこそこの信頼関係はあるんだ。中には守っていた刀が保護対象に惚れて駆け落ちした、なんて話もある」

 そう言う静紅は、笑っていた。
「それは、立派な家系だな」
「だろ」
 この後、久しぶりに道場での剣の修行に付き合わされ、肉体的疲労は一気に上昇した。



 *


 それから数日後。
 その日は帝都に静紅とタケルを連れて観光に来ていた。
 よく晴れた日で、太陽がサンサンと輝き、俺のやる気を削っていく。
 上機嫌の静紅とは対照的に、相変わらずタケルは目に見えて緊張している。軍人やっているためか、一般人よりも背が高い俺と静紅に挟まれ、タケルは両親と一緒にお出かけしている子供にも見えないこともない。

 帝都には商店街やビルが並んでいる。その割に自然も多く、京都らしい風景も見れる。
 公園に差し掛かった所で、少し大きめの遊具があった。
 タケルはそれを興味津々に眺めている。この手の遊び場は近くに無かったので珍しいのだろう。

「タケルもまだまだ、お子様だなー」
 そうは言っても、子供を狙って作られた遊び場だ。興味が引かれなくて、なんのための遊具か。

「べ……別に興味なんてねぇよ!」
 どもりながら、そんなことを言うタケル。
 この年頃の微妙な采配なのか、遊具で遊ぶのは子供っぽい事らしく、手放しで遊ぶのは気恥ずかしいことなのだろう。

「ふーん、そうかそうか。静紅、少し疲れたからここで休んでいかないか?」
「お前がそうしたいなら、好きにすればいいさ。私は元々、案内役だ。ここら辺は腐るほど来ている」

 戸惑うタケルを放って、静紅と公園のベンチへと腰をかける。
 タケルは最初、こちらへと寄ってきて一緒に座っていたが、同じ歳の子供達が遊んでいるのを見てうずうずしだす。

「行ってこいよ、タケル。目の届く所にいれば、好きにしてていいから」
 そう言うと、何かが吹っ切れたように、遊具へと突進していった。

「早熟だと思っていたが、まだまだ、子供なんだな」
 手を頬に当てて猫背で眺めていた静紅が呟く。
 いつもの和服ではなく、薄いシャツとジャンパー、そして、ジーパンという私服だ。

「あんな歳から戦争してた俺らの方がおかしいんだろ」
「まぁ、普通はそうだろうなぁ」

 タケルがあっさりと子供達の輪の中へと入るのを見て、なぜか手元にはいない弟と妹の姿を思い出してしまう。
「あいつら……どうしてるかな」
 静紅にも何かが伝わったのか、憂いた顔をする。
「わからん。ヴェルトの所にいるというのは確実だ。場所がわかっているのに攻撃できないなんて、もどかしい……お前が来なければ痺れを切らして戦争してたかもな」
 冗談なのか本気なのか取れない言葉を静紅は言う。

「この前、話たけど桜花が頑張ってるみたいだし、俺も別方向からアプローチしてみる」
「……私はどうにも、そう言うのは苦手だ」
「そうだな」

 会話が途絶えると、見ているだけというのは案外暇だった。
 そういえば、喉が渇いた。

「何か飲み物を買ってくる、タケルを見といてくれ」
「わかった」
「静紅は何かリクエストあるか?」
「粗茶でいい」

 むしろ、そんなものがあるか疑問なんだが。
 公園の外に少し行った所に自販機を発見する。財布から小銭を出して、商品を確認すると。
「粗茶……粗茶っと。まぁ、あるわけがないよな…………って、あったし」

『そぉい! 粗茶!』

 何を全力でアピールしているのか、この会社、いくら食料産業が衰退しているからって、いろいろ投げすぎだろう。
 ペットポトルを買って、静紅の元へと戻る。

 静紅は暇だったのか、かなり眠そうにしていた。
 お茶を渡すと、一気に飲み干して近くのゴミ箱へと投げ捨てる。相変わらず放物線を描いて綺麗に入っていく。
 俺は買ってきたオレンジジュースをちびちびと飲みながらタケルを観察していた。

 セミの鳴き声が夏の暑さを訴える中、日陰になっているこのベンチは風が吹くたびに木漏れ日が形を変える。
 日差しの下とは大違いに涼しく、心地良さに負けたのか、何時の間にか静紅は無防備に眠っていた。
 頭を俺の肩にもたれ掛かるように置いている。

 疲れも貯まっていたのだろう、起こすのには苦労するが、たまにはこういうのも良いかもしれないと、そのまま静紅を寝かしておく事にした。

 再びタケルに目を向けると、何か毛色の違う子供が一人、混じっていた。
 日本人離れした紫っぽい髪。
 それがポニーテールにされ、揺れている。

「……まさか」

 見れば見るほど予想は現実に近づいていく。
 トドメにタケルが「こっちだメイヤー!」とか叫んでくれる。

「すごい偶然……」
 もしかして、これが恋愛原子核の本領なのかと、しばし唖然としてしまう。
 目を離していた「あっ」という間に随分と仲が良くなったようだ。
 しばらく、観察していたが問題ないようなので見なかったことにする。やがて、夕日が暮れ他の子供達はみんな帰ってしまい、タケルと冥夜は二人っきりになり砂場で遊び出した。
 本当はこんな時間までいるつもりは無かったのだが、静紅が寝てしまった事と、タケルが夢中になって遊んでいるので、俺はただタケルの方をぼーと見ていた。

 そんな時間になって、ようやく静紅が目を覚ます。
「……妙な奴らに囲まれてるな」
 どうやら、気配のようなモノを感じ取ったらしい。静紅が立ち上がろうとするのを手を引っ張って止める。

「あの子のおつきだろ」
 冥夜を指さしてやると静紅は少し驚いたように目を見開く。
「悠陽……いや、違う」
「御剣 冥夜」
 その名前に「あー」と頷く。
「アレがそうなのか……どうりで似てる訳だ」

 静紅が感じたという気配は大方、過保護な御剣家が後ろから見守っているのだろう。
 しばらく眺めていた静紅が立ち上がる。
「外の奴と少し話してくる」
「大丈夫なのか?」
「御剣とは知らん中でも無いし、不干渉を決めている訳でも無い。問題ないだろ」
「ないないづくしだな」
 護衛だとしても、悠陽と姉妹だと言うことを教えなければいい訳だ。
 静紅が行くのを見届けると、俺はタケルの観察を続ける。耳を澄ませば、こんな会話が聞こえてきた。

「俺、大きくなったら衛士になるんだ」
「衛士? タケルもか? 私も日本を守る衛士になるつもりだ!」
「お前も!? じゃあ、一緒だな!」
「うん!」

 タケルも随分と生き生きとしていて仲むつまじい会話で微笑ましい。だが、戦術機に乗って人類を守る衛士が子供の憧れだとしても、兵士になりたいと喜びながら子供が言い出すのは、見ていてあまり気持ちいいものじゃない。
 お前が言うなとは自分でも思ったけど、こればっかりはしょうがない。

「じゃあ、いつか一緒にBETAと戦おう!」
「うん……でも、大丈夫かな」
「大丈夫だ! 俺が守ってやる!」
「本当に?」
「日本もお前も守れる、俺はそんな衛士になる!」

 結局、タケルはそういう道を行くらしい。
 未来の英雄様は、俺とは違って目に見えるモノ全部救わないと気が済まないたちなのだろう。
 俺の言葉も、ここまで無視されるといっそ清々しくて笑ってしまう。

 しばらくすると、静紅が戻ってくる。
「あちらも、そろそろ引き上げるらしい。私たちも帰ろう」
「そうだな」

 二人の仲を引き裂く気は無いが、恋愛原子核が通常運転していれば、また会えるだろう。

 俺は呼ぶように声をあげる。

「タケル」


「そういえば。お前、純夏はどうしたんだ」なんてこのタイミングで聞いたら修羅場になりそうなので止めておく。
 御剣さんちのお目付け役が冥夜を呼びに来たことで、二人は別れを惜しみながら手を振る。

「またね」
「ああ、またな!」

 流石にこの歳で結婚の約束なんてしなかった。
「正直、そういうイベントかと期待したのになぁ」
「馬鹿言ってないで、帰るぞ」

 静紅に言われて、タケルは去っていく冥夜を見送りながら、こちらへと向かってくる。
「タケル、お前って地元に幼なじみとかいないの?」
「純夏か?」
 いないわけないか。
「……お前、衛士になって海外派兵とかしても現地妻を作ったりするなよ」
「は?」
 意味がわからないで首を傾げるタケル、静紅に頭を軽く叩かれた。
「ガキに馬鹿な事を教えるな」
「情操教育だよ」
 その日の夜はタケルと少し男同士の話あいをしたのも良い思いでだ。


 *

 さて、そんなこともあり、月日が流れるのは早いもので。
 草梛家でお世話になって、彼是、二週間が経ってしまった。
 やたった事と言えば、下の基地で模擬戦して、帝都でラーメン食べて、寝て、食べて、静紅や家中の人とスキンシップを計ったり、タケルと遊んだり……。
 結果を待っている身としては焦っても仕方ないけれど、そろそろ、真面目に活動を始めないと。

「日本の平和な雰囲気に飲まれそうだ」
 後、十年もすればBETAに蹂躙され、国土の半分を失いかけるなんて誰も想像していない。
 草梛家にいる子供たちに聞いてみたけど、衛士を目指す人間も防衛する気はあれども、国外で戦う気はあまり無いという。
 そりゃまぁ、領土を守るための戦いしかしないって言うのは、貴族の有り方としては間違って無い訳だが。
 彼らとは根本的に相容れない。

 そもそも、日本の旧家は家名を守るために家族を蔑ろにする事もあると聞く。親同士が決めた本人の望まない結婚や無理に家業を就かせようとする行為。
 きっと、それだろう、家の重圧に人が耐え切れていない、それが肌にあわない。
 何が言いたいかと言うと。
 静紅が草梛の養子にならないか、と言う話を持ちかけてきた。

 そのくらい予想はしていた。
 静紅がわざわざ、日本へと経った理由も理解していたし、サファリスという偽名を使うのも大なり小なりの、リスクが関わってくるというのもわかる。
 さらに、日本の名家である草梛の家に入れば出世しやすいとか嬉しい特典が色々ついてくる。

 しかしだ。
 正直、気乗りがしない。

 静紅と同じ名字を名乗れるのは嬉しいけど、言ってしまえば個人的に目星いメリットはその程度で、地位は努力すれば手に入る。草梛に拘らなくても他の名前でも特に問題ない。
 そういや、ふと思ったが……ユーリ・草梛ってちょっと……芸名見たい。

「コネはいくら有っても良いんだが……」
 メリットにはその分のリスクがついてくる。
 そのリスクが今は致命的すぎた。
 一応、保留にはして貰った。静紅には悪いが最悪の手段として使う事も考慮に置いておかなければならない、かもしれない。
 個人としてはそんな形で名を連ねるなんて死んでも御免被るが、もしも、それが、兄弟の命ならば話は別だ。
 静紅がいるのでそんな状況にはならないとは思うが、何事にも万が一という事がある。
 しかし、その万が一という事が本当に起こりうるのが現実だ、億が一という可能性で精子から人が生まれるのだから、存外に普通の事なのかもしれない。
 そこまで、考えてやっと体が起き出す。昼寝をした後だったので、思考が纏まってくる。

「さて、いい加減、本気で動きますか」
 帝都大学には静紅に頼んで草梛の名で連絡を入れておいた。

 香月 夕呼。
 先月より、大学へ何度か出入りしているらしい。
 そろそろ、接触を持っても良い頃合いだろう。

 彼女が作り上げる第四計画によって第三計画を接収させる。それが、俺の目的。
 一応、ヴェルトがゼロナとクーを匿っている事は確認した。
 穏便に住むならそれも良し。
 もし、抵抗するというのなら、六年前の借りを返させて貰うまでだ。

「待っていろ。すぐに捕まえてやる」

 未だ目に見えぬ敵へと向かい手を伸ばした。
 手を伸ばした先には空があり、そこには小さく航空機がとんでいた。


 物語は再び緩やかに動き出す。

 場所は少し離れ、上空から大型の航空機が滑走路へと降り立った。
 しばらくすると、中にいる人間が降りてくる。

 がたいの良い男や長身の女が降りる中。その半分にも満たない背丈の少女が大地に足を着けた。
 腰まで届きそうな銀の髪を上下左右に四つに分けて括り、色白の肌は白人の中にいても透き通って見える。
 時代錯誤の薄い黒と白のゴシック調の服を着こなし、日傘を指している。

 少女が空を見上げる。
 その先には目を焼き尽くすような輝きを見せる星が存在した。
 その輝きを見て、ため息をつく。

「太陽は苦手だわ。鬱陶しいし、いつか、ぶっ壊してやろうかしら」

 そう、独り言を呟いた少女は、六年前からまるで変わらない姿をしていた。
”桜花”と呼ばれる少女が日本へと降り立った。





[18452] 女狐二匹
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:88376832
Date: 2011/03/31 14:10



 帝都大学。
 日本において大きな権威を持つ征夷大将軍のお膝元、帝都に立つ国営の大学。
 設備、資料の豊富さも言うに及ばず、日本各地から天才と呼ばれる優秀な人種が集まり、その規模は日本に及ばず世界に通用する大きさを誇る。

「本当なら俺には縁が無い所なんだけどな」

 これまで勉強なんてほとんどやってこなかったし、西欧でも中卒程度の授業しか受けていない。
 ただ、唯一、言語だけなら、ソ連、欧州、日本と住んでいた経験から話せるグローバル的な現状だが、それで入れるような優しい大学ではない。
 
 そんな所に何で俺が言うかと言うとだ。
 一つしかない。
「夕呼先生……ね」

 史実では世界を救ったオルタネイティヴ第四計画、その主任。
 別に世界を救うとかには興味がないが、俺たちが暮らす時に地球が滅んでたりしていたら目も当てられない。
 第五計画の船に乗ってどこかの惑星に行くというのもありだが、正直それはそれであまり面白くない。

 第四計画に係わるのは、第一にヴェルトからゼロナとクーを奪還する事、第二にオリジナルハイヴの排除、第三に平行世界の実状と俺たちが転成した理由の究明。
 これくらいが関の山だろう。

 わざわざ静音さんに軍部への紹介状を書いてもらい、香月博士の護衛につくように手筈を整えてもらった。
 一応、過去の戦績から国連軍の末席には入っているが、所属は無く、緊急時に小尉待遇で近場の国連軍基地のカバーに入る事になっている。
 本当は自力でなんとかしたかったのだが、流石に難しかった。
 本来、未だに第四計画の候補にも上がっていない香月博士の護衛などいらない訳で、博士も護衛を雇うくらいなら助手か研究資金に変わっているだろう。

 むしろ、ポッと出てわいたような人間をそんなポストに入れれる静音さんの力が怖いくらいだ、権力を持っていないはずの草薙さん家が一体何をしたのか想像もつかない。しかし、課程はどうあれ、結局、静音さんに甘える形になって、本当に申し訳無い気持ちでこれからあの人に足を向けて寝ることができない。

 そんな訳で安月給ながら、国連からお給金を貰えるようになり、香月博士の護衛と相成った。
 これが正式な配置という訳では無いので、香月博士が第四計画に就任できなかったり、博士が必要ないと判断したら別の部署へと飛ばされるという欠点もある。

 どうなるにせよ、結果を残せば問題はない。

「さてさて、御拝謁ってのを願おうか」
「誰にかしら?」

 後ろから声をかけられた。その音は懐かしく耳に心地よく入っていくる。
 驚いて振り返った。
 まず、目の前に立っていた人間に驚かされた。それは、これから会おうとしていた相手だった香月 夕呼。
 珍しいスミレ色をした髪に白衣を纏い、短く切られた髪は肩の辺りで揃えられている。
 想像していたよりも、若い。
 何より、史実と違い、この若さですでに博士号を取得したという。

 だが、声をかけた主ではない。
 その隣にちょこんと立ち、場違いなゴシックロリータな服を着ている少女。
 六年ぶりに会う妹。
「桜花……!」
「久しぶりね、お兄ちゃん!」
 嬉しそうな顔で抱きついてくる桜花。
 予想外の呼び方とスキンシップだったが、これはこれで良い妹だ。

「会いたかったよ。私、凄く寂しかったの」
 頭でも打ったのだろうか、(注、桜花)とでも入れないと解らないくらい、わざとらしい演技と口調。
 でも、可愛いのでこの桜花をもう少し堪能できるのならと、俺も乗ってみる。
「兄ちゃんも桜花と会いたかったよ」
 テレビとかの演出なら周りに花が咲きそうなくらい顔を近づけて、桜花は頬を赤めらせる。

 その様子を隣に立っている香月博士はかなり白い目でこちらを見ていた。
 
「もう、ずっと一緒だよお兄ちゃん!」
「もちろんさ」

 大学には勿論、人が出入りしておりなま暖かい視線が集まってくる。
 公衆の面前で羞恥プレイだが、兄弟愛を見せびらかしていると思えば問題ない。ただ一つ、精神的にすごく恥ずかしい事を除けば。

「……なんか知らないけど、私はもう行くわよ」

 呆れたように呟いて、香月博士は通り過ぎようとする。

「あ、ちょっと待ってください。俺はあなたに用があって来たんです」
「はぁ? 私の知り合いにシスコンなんていないわよ」
 明らかに警戒した表情で、睨みつけてくる。好感度表があるのなら初対面の印象はマイナスだろう。

「自己紹介が遅れました、あなたの護衛を努めることになったユーリ・サイファリスです」
「あぁ、そういえば、なんかそういうのもあったわね」
 面倒そうに頭をかく香月博士。好感度が0,1くらい上がった気がする。
 それを見ていた桜花が見事な横槍をいれてくれる。

「お兄ちゃん。私よりそんな女がいいの?」

 さも自分は純情だぞと主張しそうな仕草と泣きそうな表情で、手を口に当てて震える声を出す桜花。
「そんな訳ないだろう、桜花が一番だよ」

 そう言った瞬間に香月博士の口元が歪むのが見える。
「ちょっと、護衛がそれでいいのかしら?」
「仕事は仕事です、失っても代わりはありますが、家族の代わりは無いでしょう。勿論、手を抜くなんて事はないので安心してください」
「そう、期待してないけど、ヨロシク」

 香月博士は俺をジロジロと見た後、桜花を睨みつける。
「家族……ねぇ、あんたにもそんなのがいたのね」
 なぜか香月博士は桜花に旧知の仲のように話しかけた。
 しかし、桜花は「お兄ちゃん、おばさんが睨んでくるよ。怖い」と怯えたように俺の後ろに隠れてしまう、俺の使用方法は主に盾ですねわかります。

「おばさん」と言う言葉に反応した香月博士がかなり鋭い目つきでこちらを睨んくる。視線で人が殺せるかもしれないくらいの威圧感。
 俺の後ろで桜花がどんな顔をしているのか、多分、悪役顔負けの表情を笑みを作っているに違いない。
 しかし、流石に同世代の女性におばさんはないわ。
 悪いのは十中八九桜花なのだが、ここは流れ的に、模範的なお兄ちゃんを演じて妹の味方をする。

「うちの妹を虐めないでください。大人げないですよ、香月博士」
 かなり苛ついているようで、香月博士のこめかみが動いている。
 しかし、それも一瞬、すぐにサディスティックな喜悦の色に変わる。

「へぇ、あんた、そいつの前じゃ、猫をかぶって可愛い子ぶってる訳?」
 どうやら、桜花の事をカミングアウトすることで憂さ晴らしをしようという腹づもりらしい。

「そんなことないもん!」
 桜花が「もん」だって、静紅が聴いたら爆笑するだろう。しかし、幼い容姿と相まって、一見するだけなら本当に可愛い。
 そして、俺もどちらかというと悪のりしてしまうほうだ。

「何を言ってるんですか、香月博士、桜花はいつも可愛いですよ」
 でも、嘘は言ってない。
 自分の目論見が外れたことでテンションが下がる香月博士は舌打ちをして、こちらを見る。
「……それで、あんたは護衛だったかしら?」
 値踏みするように眺め、馬鹿にするようにあざ笑う。
 状況が硬直したと解ると、すぐに攻撃対象を俺に変更したのだろう。

「あんたなんかに務まるの?」
 随分と率直に言ってくれる。
「何かご不満な点でも?」
「あなた、若いじゃない、実戦の経験は?」
「欧州で衛士として5年ほど、無論、陸上での対人訓練も受けています。後、できるだけ護衛対象の香月博士に近い年齢の俺が選ばれた、という事も考慮に入れて頂きたく思います」

「ちなみに、お兄ちゃんは西欧の某戦術機の開発メーカーの試験衛士だったのよね」
 無邪気を装った桜花の言葉に香月博士はめざとく反応する。

「へぇ……それは欧州が私のバックについてくれるってことかしら?」
「いえ、縁切りされているので、俺が関わる事であちらが香月博士の研究を直接支援する事はありません」
「直接……ね」
 いくら天才といえど、資金無しに研究を進められる訳ではない。
 第四計画が正式に決まれば日本や国連から援助を貰えるが、それでも潤沢とは言えず、国家レベルの研究を一人でしようというのだ、資金は幾らっても足りる事はない。

「もちろん香月博士が個人で話す時に俺が手引きと口添えすることもできない訳じゃないです」
「面白そうな話ね、でも、少し場所が悪いわ。ついてきなさい」

 言葉通りついていこうとしたところで急に止められる。

「なんで、あなたまで着いてくるのかしら、桜花」
「私、ずっとお兄ちゃんと一緒にいたい!」
 後ろから抱きついてくる桜花が何を考えているのかは、わからないけれど、何か考えが合ってのことだろう。
「香月博士は俺と桜花の仲を引き裂くって言うんですか!?」

 呆れたような顔で渋々と頷く香月博士。
「……もう、好きにしなさい」

 香月博士に連れられ帝都大学内にある小さな客室に通された。
 高級品のソファーは学校側の物品なのか、ふかふかで座り心地がよい。

「さて、さっきの話の続きだけど……」
「最近、彼氏にふられた博士の旧友の話でしたね」
「まりもの話なんて一度もしてないでしょ」
 ふられたんだ。
「……そもそも、まりもに彼氏っているの?」
「そもそも、そのまりもさんって誰ですか?」
「……」
「……」
 客室に沈黙が落ちる。
 桜花は俺の隣でちびちびと出されたコーヒーを飲んでいた。

「…………まず」
 小さな声だったのに周りが静かで桜花の悪態はよく響いた。
「安物ね」という追撃に香月博士の目がさらに険しくなる。
 夏場だと言うのに、ただでさえ寒い部屋の気温がさらに低下したようだ。

 桜花が周りの空気を読めない訳ではないはずなので、意図的に作り出した空気を自ら打ち砕く。
「私、お兄ちゃんが入れたコーヒー飲みたいなぁ」
 遠回しに席を外せと言ってるのだろう。
「しかたがないなー。香月さん、少し、給湯室をお借りしてもよろしいですか?」
「……さっさと行けば」
 目が怖い。
 すでに香月博士と桜花が視線だけでにらみ合っていた。どちらも、理屈を捏ねるタイプの人間なのでリアルファイトには突入しないだろうが、
 俺は桜花が飲んでいたコップを持って部屋から出る。

 中では一体何が行われていたのか。
 三分ほど席を外し、その場にいなかった俺に知る由は無い。

 しかし、戻ってきた時に喜色満面の桜花と超が付きそうなほどの不機嫌さを醸しだす香月博士の姿を見れば、戦況は自ずと理解できた。
 香月博士は俺が入ってきたのを見ると舌打ちして、桜花に目線で合図をする。

「ごめんねお兄ちゃん。私、ちょっと用事ができちゃった」

 そう言うと、俺の手に持っていたコーヒーを俺の手ごと握って、一口飲んで微笑んだ。

「私の好きな味を覚えててくれたんだ、おいしかったよ」

 その顔は彼女の素に近かったからだろうか、今まで演技をしていた桜花の作った笑顔の中で一番可愛かった。
 いや、数多の輪廻転生を繰り返してきた桜花にとって、演技をしなければ生きていけない環境も多く存在しただろう。もしかしたら、これこそ桜花の本当の演技かもしれない。
 その後、桜花はあっという間に退室し、客室には俺と香月博士が残される。
 香月博士も先程の桜花の姿を訝しげに見ており、振り返ると目が合ってしまう。

「あんた、ちょっとそのコーヒー寄越しなさい」
 一瞬だけ躊躇ったが「どうぞ」と手渡しする。
 彼女もまた一口だけコーヒーを飲むと、顔をしかめた。

「………………何これ甘すぎるわよ……しかも、ぬるい。何あいつ、コーヒーの味もわからないの?」
 それはそうだ、砂糖三杯にミルクが四分の一くらいを占めている。
「桜花は酒の味もコーヒーの味もわかってますよ。ただ、猫舌で甘党なだけです」
「体と同じで味覚がガキって事かしら?」
 小馬鹿にしたように言う香月博士。

「かもしれませんね。そういえば、香月博士は何時、桜花と会ったんですか?」
 ふと、気になって聞いてみる。知っていれば桜花に引きあわせて貰っていたかもしれない。
「さぁ? 二年前くらいだったかしらね……そう言えば、あいつ、会った頃からこれっぽっちも成長してないわね」
 違う。
 最後に見た六年前から全く成長していない、いや、それは俺が知っている範囲だけで、もしかしたら、もっと前から体が成長してないのかもしれない。
 だとしたら……。

「桜花って一体、何なんでしょうね?」
「ちょっと……あんた、あいつの兄貴なんでしょ?」
「それは勿論ですよ」

 香月博士は今日、何度目かの呆れたようなため息をつく。
「……どうだかね……それより、あんた、その敬語止めなさいよ。あんたに言われると、なんか、馬鹿にされてる気がするわ」
 これはまた酷い言われようだ。
「あんたあんたって俺の名前はユーリです。ちなみに、妹はあいつじゃありません桜花ですよ」
「はいはい、ユーリ確かサイファリスだったかしら? それと桜花ね。……どっちも偽名なのかしら?」
 流石にカタカナの名前と日本風の言葉が兄弟だというのは疑問に思ったらしい。

「俺のは一応、本名だな。まぁ、偽名と言われればそこまでだけどね。桜花はどうだか知らないけど」
 身内の事をあまり言いたくは無いので、敬語を止めてはぐらかすように言う。
「……まぁ、桜花のことはもういいわ。どうも話す気も無いみたいだしね。それより、サイファリス、さっきの話に戻るんだけど」
「まりもさんと俺の合コンの話「そのネタはもういいわ」
 かぎかっこが終わる前にばっさりと切り捨てられる。

「知っていると思うけど、元ウチの会社と日本の会社は戦術機の共同開発に乗り出し、日本と西欧諸国の一部では同盟とは言わなくてもそれに近い関係を保ってる。それは、アメリカの独走を防ぐと共に、BETAの侵略行為をユーラシア大陸の東西で抑える事が目的だ」
「それで?」
 何を当たり前の事を言っているという風な顔をして香月博士は先を進める。

「今の状況を保つために、西欧諸国は他の案が上がればそれを指示する予定だった。けど、予想外に第四計画はアメリカ案が長引かされ、さらに、今、その勢力が力をつけつつある」
「……話だけなら聞いたことあるわ。でも、あんなのが、まさか、通る訳ないじゃない」
「ところがどっこい。これが、かなりヤバい。新型爆弾が実用化したから、このまま行けば、アメリカのゴリ押しで通るかもしれない」
「………冗談でしょ?」
 流石に驚いている。

「勿論、反発する国は多い。ウチの国と元会社もその口、だけど、情勢的にかなり厳しくてね。そこで、対抗馬が欲しい訳だ。でも、何も焦ってるのはウチだけじゃない、日本もかなり焦ってる。その証拠に、ほら、香月さんの論文が発表されて一ヶ月も経ってないのに、貴方はすでに応用量子物理研究室の一員だ。しかも、博士号まで貰ってる」

 心当たりがあるのか、香月博士の頬が緩む。きっと、よろしくない事を考えてるのだろう。
「……確かに、かなり急かされてるわね」
「なりふり構っていられないんだよ。特にユーラシア大陸ではBETAとの戦闘が激しくて、一刻を争う状況になってる、せめて自国を守れるのならって言う国も少なからずいたりするんだよ。無論、元本社の近くにある国にも……ね」
「面白い話だわ……でも、貴方はそんな情報どこから集めてきたのかしら。確か、その本社とは縁切りされたって言ってなかった?」
「会社との縁は切ったけど、個人の縁は中々切れないらしい。それに、日本にも情報通の知り合いもいるし、存外に日頃の行いがいいのかも」
 先程までは不機嫌だった香月博士の顔に愉悦が浮かぶ。

「それが全部、本当だとしたら。貴方の仕事も、満更お茶くみで終わりそうにないわね。最悪、BETA戦争の中で第三次世界大戦が勃発しかねないわ」
「まぁ、それも香月さんの努力次第ですけどね」
「言ってくれるじゃない……でも、まだ大切な事を聞いてないわ」
「何か?」
「あんたは何で、私の所に来た訳?」
 香月博士は近くの机から、書類を引っ張りだして机の上にぶちまける。
 広げられた上辺だけ見てもわかる、全て俺の経歴だ。驚く事にソ連にいた頃の写真まである。

「欧州の英雄さん」
 気のないような事を言っていたけれど、どうにもこの手の女は人を化かすのが好きなようで。
「俺が仕事より家族を優先するってのはさっき言ったと思うけど。ウチの兄弟って、さぁ、全員で多分、”七人”いるんだ」
「へぇ、大家族なのね」
 随分と驚いている、聞いていた情報と違うのかもしれない。

「血の繋がりじゃないけどね。ちなみに多分っていうのは、残り二人には会った事がないから。そもそも、存在も怪しい」
「はぁ? 会った事が無いのに兄弟?」
 あからさまに眉を顰める香月博士。

「まぁ、その二人はいずれ会ってから決めようと思うけど。問題は別、この写真」
 ソ連にいた頃の写真を指さして、端っこにいじけた姿で写っているゼロナと、静紅の後ろにしがみついているクーを見せる。
 静紅と俺がメインに写っている所を見ると、スルワルド少佐が撮った試しどりの写真だろう。この写真は始めてみたが少し懐かしい。

「俺の弟と妹」
「妹は可愛いけど、あんたとその弟はこんな時から随分と生意気そうな面ね」
 折角指で隠していたのに、ニヤニヤとした表情で意地悪く言う。

「今、二人は第三計画のヴェルトの所にいる。それも、研究対象として」
「ふぅん。だいたい、読めたわ。二人を第四計画で接収させようって事かしら? けど、あんた解ってるの? この二人が研究対象だっていうのなら、ヴェルト博士のモルモットから私のモルモットに変わるだけよ。私が彼よりも非人道的な行為をしないとでも思っているのかしら?」
 冷徹な目でそう言う香月博士。

「だから、こうして博士に会いに来てるって訳だ。俺は正直、何が第四計画になろうとどうでもいいと思ってる。だけど、二人が手元に帰って来て、博士が二人に手を出さないと誓うのなら、俺は博士の手足となり博士を守ろう」
 数秒の沈黙。
 考え合わせたように。
「……いいわ、最高に面白いじゃない」
 何が琴線に触れたのか、香月博士は笑いだす。

「私は研究を完遂させる、貴方は弟と妹の二人を救う。口約束で構わないわ、互いに互いの目的が成就するまでは絶対に裏切らない、いいかしら?」
「ああ、俺は香月博士が裏切らない限り、絶対に裏切る事はない」
「契約成立ね。……博士なんて、まだ実感薄いし、私の事は夕呼でいいわ」
 手を出して握手を求めてくる。

「よろしく、夕呼。俺もユーリでいい」
「そう、よろしくね。ユーリ」

 夕呼が笑った姿は、随分と打算的な笑いだった。

「……さて、まず、一番始めの問題なんだけど」
 手がやたらと強く握られている。「……え?」振りほどくのは簡単だが、下手をすれば怪我をさせてしまうかもしれない。
「とりあえず、ユーリ! あんたの妹の変わりにあんたを殴らせなさい!」

 思いっきり左フックを食らわされた。桜花の事で、よほど、腹に据え兼ねていたらしい。
 素人のパンチながら、恨みの籠もった拳は中々に痛かった。





[18452] 亀裂
Name: 空の間◆2bcbad2f ID:c24c2ca8
Date: 2011/03/31 14:10



 香月博士と仕事の打ち合わせを終えて、大学の外へと出ると、後ろから声をかけられる。
「今度こそ、久しぶりね、ユーリ兄さん」

 わざわざ言いなおさなくてもいいのに、ゴスロリ服を着た桜花が近寄ってきて、そう呟いた。
 良く見知った桜花の仕草、記憶の中にある妹と完全に一致する。
「ああ、久しぶりだな、桜花。大きく……はなってないけど。綺麗になった」
「お世辞でも嬉しいわ。でも、それは静紅にも言ったのかしら?」
 からかうようにそう聞いてくる桜花。静紅には言えない。というより、言えなかった。
「…………そう、それもユーリ兄さんらしいわね」
 沈黙で答えたのに対して桜花は苦笑した。

「その服は?」
「兄さんが好きかと思ってね、どう、似合ってるかしら?」
 いたずらが成功した子供のように微笑む桜花。
「確かにとても似合ってるよ……」
 短く「ありがと」と返してくれる。

「でも、かなり厚着みたいだけど、熱中症とか大丈夫なのか?」
 日差しがきつい夏の中、黒をメインとした服装。元々、桜花はそれほど体が丈夫な方ではないはずだ。
「心配しないで、あの頃と違ってかなり安定しているから無茶が効くの。ある程度なら自分で体温の調整もできるわ」

 なにそれ、すごい。
「そうなのか……。そういえば、あんまり小言とかは言いたくはないんだけど、夕呼の事に関しても少しいたずらが過ぎたんじゃないか?」
 乗った俺も悪いのだけれど。予想よりも桜花の苦言が多かったのを思い出す。

「あら、そうでもないわよ……って、いきなり呼び捨て……別にいいけど」
 驚いたように目を見開く桜花。ため息をついたかと思うと、言葉を続ける。

「兄さん。勘違いしてるかもしれないから言っておくと、私も香月夕呼の事を気に入ってるわ、というより私は才能のある人間が好きなのよ。特に知恵者ってのは、大好物ね。彼女も後、十年もすれば美味しくなりそうだわ」
 甘味を前に舌なめずりするように、桜花は笑う。

「美味しそう……ねー」
「兄さんも解るでしょ。一人で将棋や囲碁を打ってもつまらない、同じ盤上にこれる人間がいないってのは、私達打ち手にとって負けるより嫌な事なのよ」
 解らないことはない。
「BETAがいるじゃん」
「あれは一定の打ち方しかしてこない劣悪なCPUよ…………少なくとも今のところわね」
 何か思うところがあるのか、最後は尻すぼな答え。

「何で夕呼なんだ?」
「才能があるからよ。そうとしか言いようが無いわ。だから、今日も布石を置いておいたのよ。兄さんが彼女にネタバレしたかは知らないけれど、私にとって必要な事だったの」
「必要?」
 久しぶりに見る真剣な眼差し、よほど、知られたくない何かのために嘘を嘘で隠しているような。

「そう、結局ね……人を騙すってのは、人を信用させる事なのよ」
「今回の事で夕呼が何か信じたのか?」
「ええ、彼女は私が演技をしていることを知っているけど、ユーリ兄さんは気づいていないと信じた。第一印象ってのは何もしなければ案外、後を引くの。香月夕呼から兄さんの評価は多少使える人材で、兄弟に執着が強く、比較的扱いやすい人間と考えたはずよ」
 自分でいうのはなんだけど。
「だいたい合ってのか……な?」
「その、だいたいって所がミソなのよ。人を騙す時のコツっていうのは、真実に嘘を混ぜるのよ」
「よく言われるよな」
「そう、99%のブラフで油断させて、1%の嘘を致死性になるよう研ぎ澄ますことで確実に相手の息を止めるの」

 桜花は嬉しそうに笑いながら、自分の手で軽く首を斬るジェスチャーをする。
 しかし、その目が笑っていない。
「でもその1%は急所でもあるの、後生大事に守らなくちゃいけない。もし、バレる事があれば嘘も本当も縺れた紐が解けるように全部一つになってしまう。……そして、一本になってしまった紐は、簡単に切れてしまうのよ」
 それを暴く可能性がある相手というのが夕呼先生という事だろうか。

「珍しいっていうか、桜花がそこまで言う相手って……せいぜい静紅くらいじゃないか?」
 肩を落とし、一気にテンションが下がった桜花がジト目でコチラを睨んでくる。
「……アレとは比べないで、ベクトルが全く違うわよ。静紅は駒よ、ただし、不条理な強さを持ってるゲームのバランスを崩すようなツマラナイ駒。一回や二回くらいなら付き合うのもいいかもしれない。……でも、流石に飽きてるの」
 つまらなそうに鼻を鳴らして桜花は呟いた。
 桜花と静紅は前世で殺し合っているというのは聞いた事がある。

「飽きてる……って、静紅はその事を覚えているのか?」
「まさか、覚えてたら、あの娘すぐにでも私を殺しに来るわ。互いに随分と醜い戦いで血を流し合ったもの。……一番酷かったのはアイツが私の育てた兵を殺し尽くした時ね、いい加減に腹が立っていた時期でね、報復にアイツの民族とか関わった人間、全て歴史から焼き討ちにしてやったわ」
「……俺はその時のことを知らないからなんとも言えない」
「私も若かったのよ」
 幼い容姿の桜花が言うと、少し可笑しくて笑ってしまう。

「ねぇ、ユーリ兄さん。人が死ねばどうなると思う?」
 桜花の質問はある意味、俺達の本質に近いものだった。
「……神様ってのがいるとは考えて無かったし、死ねば何もなくなるんだって思ってた。でも、俺の経験上、不思議なことに別の世界に輪廻転生したな」
「私も多分、最初に死ぬ前は私達はそう思ってた。けれどね、少なくとも私達は一度、死ぬと言う経験を味わいながら、こうして生きながらえた」
 おそらくそれは、自然の摂理に反した事だろう。

「生きながらえたと言うのは正確では無いわね。記憶を継承したとでも言うべきかしら。どちらにせよ、私は一時期だけど生まれ変わったときに、それまでの記憶なんて全て無くなってしまえばいい、そう思ってたの。今でもたまに思うわ、大切な記憶だからこそ、その身体が消えた時に同時に無くなっていて欲しかった、嫌な記憶だから二度と思い出したくなかった。きっと、兄さんもどちらかがあるでしょ?」
「……」
「静紅もゼロナもクーもそう、記憶にある前世がどんなモノかは知らないけれど。どんなモノであれ、前世の記憶なんて無い方がいいわ。前世に縛られるなんて未練でしかないもの」
 何度も繰り返した事がある桜花の言葉、それはきっと長年の間、ずっと切望し続けた事なのだろう。

「…………確かにな、俺は前世の自分も世界も嫌いだった。でも、ソレがあったから俺はお前たちと出会って家族になれた。そう考えたら、満更に悪い物じゃない」
「兄さんらしい詭弁ね。他の人が言うなら黙って聞き流すけど、兄さんが言うならそういう考え方、私は好きよ」
 桜花は足を速める。夕暮れが影を伸ばしていた。
 交差点に車が並び、青信号が点滅する。

「人生を謳歌せよ」

 振り向いて、桜花がそう呟いた。
「なんだそれ?」
「昔、私の好きだった人が言った言葉よ。桜の花の如き、短い命だとしても、己が人生の全霊をかけて謳歌せよ。確かそんな感じだったかしら、発音から解ると思うけど私の名前の由来でもあるわ」
「何それ、始めて聞いたんだけど……」
 桜花が日本語だとは知っていたけれど、その名前に由来が合ったなんて知らなかった。
 特に好きだった人って、桜花にはまだ早いお兄ちゃんそんな事、許しません。
「教えない……だって、教える必要なんて無いから」
 意味深に桜花はそう笑っていた。

「私、この近くのホテルに泊まってるから。何か用が合ったら連絡して」
「静紅の所には泊まらないのか?」
「……兄さんがいるから少し迷ったけど、ごめんなさい。あそこは苦手なの」
「…………そか、じゃあ、またな」
「ええ、また」


 *


 目の前のカエルを殴り飛ばしたい衝動をゼロナは必死で抑えつけていた。
「おい……なんだよコイツァ!」
 机に命令書を叩きつける。
 それは作戦などというモノではなかった。

「前のBETAとの戦闘はまだいい! だが、アメ公の基地を攻めるなんて! テメェは俺らにテロリストにでもなれってのかぁ!?」

 ヴェルトの表情は珍しく笑っていなかった。
「テロリスト……か。僕も本当はこんな行為はしたくなかっタ。全く、奴は敵に回すと最悪な人間ダ」
 イラついた面持ちでヴェルトはコメカミを抑え、瞳孔が開ききり、明らかに憔悴している。
「……」
「本当に……! クソッ……! 何故、誰も理解しない! 何故、誰も理解出来ないんダ!! ドイツもコイツもクソ、愚物共がッ!! 頭の中に脳が入ってないんじゃないのカ!?」
 最近、研究者の出入りが少なくなっている。
 おそらく、この男が座る席ももうすぐ無くなるだろう、自分が失脚するというストレスで狂ったのか。
 ヴェルトは息を荒げながら、何処を見るでなくギョロギョロと不気味に目を動かしている。

「…………そうだ……そう、これは……彼女との戦争だよ。君も知りたくはないかい。世界の裏側ってのを」
 ヴェルトの瞳には狂気が取り巻いていた。
「……裏側だァ? そんなもの……」
 訝しげに睨みつけるゼロナの顔を見て、やっといつもの歪んだ笑みを浮かべ、ヴェルトは言葉を続ける。

「興味がナイ? それは知らないからダ。知れば君はきっと、さらに知りたくなル。底なしの知的好奇心、そういうものが君にもあるだろウ」
「ハッ……二度も言わすな興味が──」言葉の途中でヴェルトが口を挟む。
「君たち兄弟に関わる事だとしてもかイ?」
 ゼロナは目を見開き、さらに強い表情でヴェルトを睨んでいた。

「ほら、知りたくなっただろウ」
 人を小馬鹿にしたようにヴェルトは薄気味悪く笑っていた。

 その不気味な表情が忘れられず、ずっと、不安が付き纏っていた。そんな、不安を感じ取ったのだろうか、寝台に寝ているクーが口を開く。

「行っちゃダメ……ゼロナ」
 か細い声。
 最近、熱を出す事が多く、寝込みがちだと言うクー。信用のおける軍医に見てもらったが、症状はただの風邪だと言う。気分が悪くなるのはきっとこんな所にいるせいだとゼロナは思っていたが、常に監視としてヴェルトのESP兵が心を読むせいで計画を練るどころか、連れ出す事もできない。
 会える時間も制限がある上、ひたすらに助けを待つしかない自分に歯がゆい思いをしながらも、ゼロナは妹に苦笑いを返す。

「何だ、クー。手前、俺を心配でもしてんのか?」
 軽く頭を撫でて、安心させようとする。昔、風邪を引いた時にユーリがやっていたことを今はゼロナがやっていた。
「行っちゃったら……ゼロナ……きっと、後悔する」
 熱のせいでクーの顔は赤い、だが、いつもより、その表情は重い。
「後悔? ……んなもん、ずっとしてるっつーの。馬ッ鹿みてぇにな……だが、存外に悪い後悔ばっかじゃねぇさ」
 複雑そうな顔をして、クーがゼロナの袖を強く握る。

「……私は、いい。……ゼロナは一人で逃げて」
「できるかっつーの。んな事して、俺はどうやって姉貴らの前に出ろってんだ? マジで殺されるからなぁ」
 ゼロナの冗談に思い出したようにクーが笑う。

「きっと、大丈夫だよ。……静紅はきっと怒るけど、ウーリが助けてくれる」
 目を見開いてゼロナは心の中で舌打ちをする。
「…………そうだ……な」
 ゼロナは残っていた戦闘記録の状況からほぼ確実にユーリが死んでいると考えていた。
 だが、それを口にだして、クーに伝える事はせずにいたのは、自分でもユーリが死んでいると思えないのか、思いたくないのか、思考を放棄する事で堪えていたのだ。
 そこを無邪気に触られるのは神経を逆撫でされるようで、急に行き場の無い憤りが殺意となり、周りの人間に対して威嚇するように放たれる。
 しかし、それをすぐに抑えて、クーに笑いかける。
「でも、やっぱりダメだ。お前、今日、またニンジンとピクルス残しただろ。そんな奴一人だけ残して他の所にゃ行けねぇよ」
「…………ボルシチにパプリカとニンジンを入れるのが悪い」
 クーは拗ねたように頬を膨らます。

「元中佐が作ったのは普通に食ってたろうが……」
「あの人の料理はおいしかった。ここのは嫌い。冷たいし、おいしくない」
 比べるのも馬鹿らしいほど、ここの施設の食事は本当に最低限の行為としか見られていない。
「我侭言ってないで、ちゃんと食えよ。でないと大きくなれねぇぞ」
 それも、ゼロナの本心ではない。兄がそういっていたから、自分もいわなくてはいけない。そう言う考えがあるのだ。
 そんな考えを見通したようにクーが言う。

「……ゼロナ。無理してウーリの真似しなくてもいいよ」
「真似なんて……してねぇよ。第一、真似してどうすんだって話だ。俺は俺だからな」
「なら……」
 言葉を切るようにゼロナが音を重ねる。
「だから、俺はお前を守ってやるんだ。俺は俺であり、兄貴の弟で、お前の兄貴だ。少しばかりらしい事でもしねぇと忘れたのか?」
「そんなこと無い……」
「だったら、お前はまずその風邪を直せって、自分のことを心配しろ、俺の心配はその後だ」

 クーは何も言えず蹲りそうになるのを抑えて相手の名前を搾り出す。
「ゼロナ……」
「大丈夫だ、何も心配いらねぇよ。じゃあ、行って来る」
 目を合わせようとせずに、部屋から出て行ってしまう。
 一人だけ残されたクーは寂しげにその後姿を見ているしかなかった。

 部屋から出てきたゼロナを待っていたのは、数人のMPとトリア。
 トリアの意識ははっきりしており、まどろみの無い瞳がゼロナを射抜く。
「もういいの?」
「ああ、充分だ。手前こそ自分の調整はどうなった」
「問題ないわ」
 決まり文句を返すように答える。しかし、事前に行われた身体検査では異常値を示す赤色が大半を占めているはずだ、ゼロナもそれを理解していながら聞く。
 ここで、何も答えなければトリアを放ってゼロナだけで出ていただろう。ゼロナが聞いた調整とは、数学的な統計ではなく、覚悟と精神力の問題。
 例えそれがまやかしだろうが、自分が信じている以上、それは信念に違いない。
 だから、ゼロナは返すように短く返答する「そうか」と。


 数日の後、作戦が決行された。
 目的は基地内にあるデータの収集。
「……ったく。マジだったのかよ」
 あまりにも特殊な状況が幾つも重なっている。アメリカ軍の基地は非公式だったが、小規模ながら確かにソ連領内に存在した。
 通信は妨害し、状況証拠を残さないよう細心の注意を払った。
 この作戦が成功し、ヴェルトがソ連の本部から白を切りきれば、闇から闇の中へと消え去るだろう。

 戦術機の中、ゼロナは自ら指揮する中隊へと無線を入れる。

「殲滅戦だ。相手はノーマル、まさか遅れを取るクズはいねぇな。敵対勢力を無力化し、内部の協力者と共に司令部を制圧、データ奪取の後に証拠を全て排除する」

 寸分違わず「了解」という無機質な言葉が返ってくる。
 乗るのは強化兵と、ESP被験者がそれぞれツーマンセルになり旧式のF-4に乗っている。

 塗装は白一色に染められ、吹雪に溶けるように敵から見えないよう細工され、外部には特殊仕様のステルス装甲を纏っている。
 しばらくすると、辺りにジャミングが発生し、通信が妨害される。
 しかし、こちらの連携が乱れる要素ではない。

 後に乗るESP兵が直接通信とコマンドポストの役割を担っている。
 吹雪により視界が、ジャミングによりレーダーが奪われた中、こと、情報戦に限りESP被験者に勝るモノなどありはしない。
 唯一、対抗できる自動迎撃システムは協力者により無効化され、抵抗も薄く、小隊が戦術機の格納庫を占拠し、起動しようとする戦術機を全て爆破していく。

 武器庫に引火した炎が雪を照らし、基地の周りが明るく照らしだす。
「なんで、こんなもんが……」

 残っていた戦術機を破壊しながら、基地の全貌を確認する。
 その基地はまるで前世で見た対人型兵器の要塞を思い出す。さらに、BETAへの防衛ではなく、人間を仮想敵として意識した設備も多く見られた。
 何より、無駄の省かれたその構造は外見だけ見ても、まさに戦術機との戦いのために作られた基地といえる。
 ゼロナはこの基地を設計した人間に恐ろしさを覚えた。今回のような奇襲でもなければ、こうも簡単に落ちる事は無かっただろう。むしろ、大量の犠牲を払わなかったかもしれない。

 動揺を表に出さないよう、一息つき、ゼロナは内部へと侵入を試みる。

「……A班、付いて来い。中に入るぜぇ」
 小隊での破壊活動をしながら、最深部へと向かう。司令室は地下にあり、防護壁に守られている。
 内部ではすでに先行していた歩兵部隊がほとんどの兵士を殲滅していた。

「案外、いい手際だな……」
「当たり前。強化兵士は本来、性能が似たり寄ったりの戦術機に乗るより、性能差が如実に現される肉体をメインに殺しあう使用方法が適切なのよ」
 降りてきたトリアが銃を抱えて言う。

「ハッ……肉体の性能差に適切な使用法ね」
 まるで、自分の肉体すらも道具のように言うトリアに、ゼロナは嘲笑で返す。
「んなもん、誰が決めたのかねぇ…………。そういや、こっちじゃダイナマイトってのは、元々、岩盤を砕くために作られたんだっけか?」
「…………何がいいたいの?」

「より多くの生物を殺し、安くすぐに手に入るってのが素晴らしい兵器の基準だってのなら。きっと強化人間ってのもBETAと変わらねぇな」
「ふざけないで……私達はBETAとは違うわ」
 茶化すようなゼロナの台詞にトリアは怒りをあらわにして、まだ息をしていた整備士に銃弾を打ち込み、足早に奥へと進んでいく。
「そりゃ、図体がデカイだけで上等な生き物だとはいわねぇけどな……」
 トリアが撃った無駄弾の痕を流し見して、追いかけることにした。

 制圧しながら奥へと向かう。
 どんな複雑なセキュリティーも解き方を知る人間と、思考を読める人間が一人ずついれば、何の意味も持たない。
 奪ったIDを差し込み、8桁のパスワードを打ち込みトリアは瞬く間に認証システムを通過する。
「便利なもんだな。ESPって奴は」
「……知らないから言える言葉ね。他人の頭の中を除くのって、凄く気持ち悪いの」
「んな事くらい、聞くだけなら聞いたことあらぁ。特にテメェみたいな後付はそうらしいな」
 トリアのように人工的にリーディングを行えるようにした人間は、最悪の場合、リーディング中に死に至る事もある。

「…………才能はあったらしいけどね」
 無ければハイヴにリーディングを行ったその例に漏れず、トリアもとっくに死んでいたはずだ。
 尤も、ソレを行った事で、ただでさえ短かった寿命が縮んだのは確かだろう。

「お前の生き方って嫌いじゃねぇが……俺がやるなら死んだ方がマシだな」
「死んだ方がましマシなんて生き方があるなら、その人は生きていないわ」
 ゼロナの脳内でトゥーニャの言葉がよみがえる。あの時、自分が問われた事と同様のことを返すように口を開く。

「だったら、お前は生きてるのかよ……」
「私は生きてる…………約束したから……ずっと、一緒にいるってトゥーニャと」
 リーディングにより記憶が浮上してきたのだろうか、シラフの時には決して口にしなかった言葉を口にする。
 脳に激痛を感じ、トリアはすぐに頭を抑えだす。

「……テメェ」
 情緒が不安定になる予兆。こんな所で精神異常をきたし暴れられれば殺すか放っていくしかない。
 ゼロナはゆっくりと銃口をトリアへと向ける、だが、トリアはポケットから薬を取り出し、飲み込む。
 数秒ほどで、息を整え、大きく息を吸い込む。
「…………大丈夫。まだ、持つわ。私は大丈夫」
 自分に言い聞かせるように、トリアは呻く。
 その様子を一瞥して、ゼロナは吐き捨てるように言う。
「急ぐぞ」

 作戦の失敗は許されない。
「……ええ」
 何より、それが今の一番、優先される事だ。
 だから「ありがとう」と言ったトリアの言葉をゼロナは聞き流す事しかできなかった。


 ゼロナ達がたどり着いたのは最奥にある研究施設。
 学者の脳をリーディングしようとその研究成果を得られる訳ではない。それゆえ、データと言う形で奪う必要がある。
 逃げようとしていた学者を捕虜にして、トリアがリーディングをしセキュリティーを突破する。

 データを自らの端末に吸い取らせる途中で、さらに奥にあるファイルを開く。
「……世界の裏側……ねぇ」
 ゼロナにはヴェルトからの閲覧許可が出ていた。
 画面が出たファイルにゼロナは頭をひねる。

「………………はぁ? ……な、なんだよ……コレ」
 だが、ゼロナが学術的なことなど理解できるはずがないし、暗号化されたものも多く読めないものすらある。だから、ゼロナが見たのはある人間が残した記録。
 懐かしい異物、見覚えがある文体。そもそも、地球上の何処の国にを探しても無いはずの。そう、かつてゼロナがいた世界の言葉だった。
 そして、それを知っている人間など自分以外の他に一人しかいない。

「嘘…………だろ」

 故に、呆然とその文字の羅列を食い入るように見ていた。
 読み返したくなる衝動と、目を背けたくなる文章。文字を理解する度に激情が走り、全てを読み終わったとき。

「ふざッ………けるなぁあああああああああ!!」

 頭に血が上り、端末を殴りつけていた。
 その奇行にトリアが驚いたような表情を向ける。だが、そんなものにゼロナは見向きもせず、憤りをぶつけるように声を荒げる。

「どういう……ッどういうことだよ!! これは裏切りだッ!!」
 銃を端末へと何度も打ち込む。
 止めようとするトリアすら抑えきれず、何度も何度も銃弾を乱射する。
 その憤りが全て一点へと集中するように。


「全部! 全部あんたが仕組んだって事かよッ!! ──桜花姉ぇええええ!!」

 その名を叫んでいた。


「…………」
 視覚も聴覚も一瞬、動く事を放棄し、気力を失ったように一気に虚脱感が襲ってくる。
 自分の身体がどうなってるのかも解らない。
 だが、その間にも、一つの紐解けるように脳の中で嘘も本当も崩れていく。

「…………ハッ。……ヒャハハハッ」

 そして、それが引き金になったのだろう。理性と感情の狭間で砕け、おぼろげだった記憶が一気に蘇る。
 思い出したくも無い前世の記憶。ずっと、忘れたままでいるはずだった記憶が、爆発するように自分を塗り替えていく。
 狂気、正義、自我、それらが書き換えられ自分が自分でありながら、他人になっていくような感覚。

 記憶の中の自分と、今の自分。
 自分が何と戦っていたのか、敵は誰だったのか思い出せば思い出すほど、おかしくておかしくて、笑いが止まらなかった。
 歓喜に涙が流れ出し、愉悦に歪んだ笑いが止まらない。

「ハハハハ八ハハはククハッハハッハはハッハはハッハはハハハハハハアッハハはハハハハアアはハハハハッハはハハアッハハははあはハハハハハハハは!!!」




 なにせ、大量虐殺者の自分が家族を守るなどと戯言を考えていたのだから。









[18452] 本性
Name: 空の間◆2bcbad2f ID:c24c2ca8
Date: 2011/03/31 14:09


 怯えた表情でこちらを見ている。
 迷うことなく。殺す。

 怒りに震え殺意をこちらに向けている。
 構う必要もない。殺す。

 絶望を胸に逃げようとしている。
 殺す。
 銃弾が続く限り殺した。爆弾が無くなるまで破壊尽くした。

 敵を殺した。味方も殺した。
 そして、殺された。なんてことは無い、胸を打ち抜かれて死んだ。

 因果応報とはまさにこの事だろう。
 十五万四千二十八人。
 自分で数えただけでその数字。正確な数値ならもっと多いはずだ。
 部隊で言えばさらにその倍、軍隊で数えればその倍くらいの人間が死んだし、殺した。

 兵士、少年兵、機械化兵……民間人、主婦、コック、整備士……殺した事のない種類の人間を探す方が難しかった。

 何故こんなに人を殺した? ……やりたいからやった。もしくは、やらなければ、俺が死んでいた。
 理解はできるが納得はできない、自問自答は無意味に終わる。

 物心ついた時から戦争をし、二十歳になる頃に突然、戦争が終わった。納得できなかった、負けたということを認めたくなかった。
 自分はまだ戦える。
 俺はまだ、人を殺せる。
 なのに、何故? 気づけば、再び戦争の口火を切っていた。

 戦争の目的など教えられていなかったし、考えもしなかった。ただ、戦わなければ殺される、そんな人生だった。そうでない人生なんて受け入れられなかったのだ。
 だから、殺す以外の事を知らなかった。

 仲良くした人間も明日になれば死ぬ。
 生き方を教えてくれた兵士も明日になれば死ぬ。
 ほのかに好きだったかもしれない女も明日になれば死ぬ。
 毎日。毎日、人が死んでいく。
 だから、俺も殺した。

 それが前世。
 断片的にしか思い出せなかったのは、戦いに明け暮れその間の事を忘れきってしまったからだ。
 まるで……。

「…………強化兵士そのものじゃねぇか」

 殺すために生き、殺されるために死ぬ。自らの意志を持たず、ただ、黙々と戦争を行う。
 馬鹿みたいに人を殺すだけの人生。限りなく無意味で、限りなく迷惑な、それこそBETAと何が違う。
 そんな記憶を刻みつけられる不快感、だが、同時に解放感があった。

「面白れぇ……!!」

 自分は生まれる前から、そういう存在なのだと。
 誰かのためではなく、自分のために殺し尽くす存在。

 名はその存在を現す。
 奇跡か偶然か必然か。記憶の中の自分の名前と今の名前は合致する。

 かつて虐殺者としての汚名を欲しいままにした兵士。
 時に怯えながら、震えながら、絶望の混じる声で呼ばれた。
 そう、名前は……。

「俺の名はゼロナ・サディアストスだッ!!!」

 生まれ変わった獣のような遠吠えで高らかに宣言した。
 途端に笑いが堪えきれず、室内を木霊する。

 一連の動作を奇異の目で見ていたトリアは、ゼロナの豹変とも呼べる姿に驚愕していた。いや、正しくはトリアが見ていたゼロナが豹変したのだ。
 リーディングで見たその色は、今まで静けさを保っていた青に近い色を失い、血のように赤く染まっていた。

「ゼロナ……あなた……」
「黙れ、殺すぞ」
 声をかけようとした瞬間、銃口を向けられる。
 あまりにも予想外でトリアの背筋に冷たいものが走る。

「何を……ッ!」
「んー? テメェはこの状況を一目見てわかんねぇくらい馬鹿だったのかぁ?」

 見下すように嘲る歪んだ笑み。
「銃を向ければ、やることつったら一つだろうが」
「……裏切る気?」
「裏切る? ヒャハハッ!! いいねぇ、裏切るのも面白そうだ、お前等、強化人間ってのは痛みを極限まで抑えられて、恐怖する事が無くなったもんな。どんな声で鳴くのか気になってたんだ」
 トリアはリーディングでゼロナが嘘を言っていないことをすぐに見抜く。

「あなたの妹はどうすつもり……」
「問題はそれなんだよなぁ」
 交渉の余地はあると、トリアは安堵の吐息をつく。
 だが、次の一瞬に全身が凍り付いた。


「なぁ、どんな風にクーを殺せば。兄貴が俺を殺しにくると思う?」

「……何を言って……ッ!」
 言葉を途中で遮るように暴発音が鳴り、銃弾がトリアのツインテールの髪飾りを吹き飛ばす。
 反応できなかった、油断していた訳では無い。トリアはゼロナの心に少しでも動揺や引き金を引こうという意志があれば、銃を撃つつもりだった。
 だが、ゼロナは躊躇も行動するという意志すら見せず、まるで、銃を撃つのが当たり前のような落ち着きで引き金を引いていた。

「あぁ、悪い。手が滑っちまった、でも、これでその薬漬けの頭の中もさっぱりしただろ?」

 詫びれた様子も無く、平然とそう言ってのける。
 睨みつけるトリアに対して、舌打ちしてゼロナは銃を上げる。
「チッ……データの採取が終わっちまった」
 つまらなそうに、そう呟く。見れば、データの吸い取りを終わったディスクが出てくる。
「……今のは」
「冗談だ冗談。テメェの体をまだ味わってねぇから、殺しゃしねぇよ」
 さらにトリアの視線は厳しくなる。

「どうやら、私はあなたと言う人間を見誤っていたようです。元々、言葉使いは荒かったですが、もう少し、思慮がある人間だと思っていました」
 急に丁寧語で話し出すトリア、寝起きでもなければヴェルトくらいにしか使わないはずの言葉。
 それだけ、精神的な距離をとっているとでも言いたいのだろう。
「テメェに何が解る。えぇ……何も見ようとしなかったテメェが、見誤っただ? あんまり、笑わせんじゃねぇよ。ジャンク品が」

 ジャンク品という言葉にトリアは全身全霊をかけた殺意をゼロナに向ける。その表情を向けられてゼロナの顔に愉悦が浮かぶ。

「少しはいい顔になったじゃねぇか。だが、とっととソレ回収したらどうよ、あんまりゆっくりしてらんねーんだろ」
 トリアは足早に端末に近づいてディスクを回収する。
「……この事はマスターに報告させて貰います」
「好きにしなジャンク。俺も好きにさせて貰うからなぁ」

 扉の外に出ようと後ろを向いていたゼロナにトリアが銃口を向ける。

「訂正しなさい。私はトリアだ……ジャンクじゃない」
「……はいはい。壊れかけの割に随分と人間らしい、お前はトリアだよ。これでいいんだろ、遊んでねぇで、とっとと行こうぜ」

 意にも介さない態度でゼロナは扉から外に出ていってしまう、「……ッ」激高する感情を意志で抑えつけて、トリアはゼロナの後を追った。

 だが、この時、トリアはまだ気づいていなかった。中将との戦闘以来、不必要な感情を抑制していたトリアにとって、久しく忘れていた”怒り”という感情ということを。


 トリアとゼロナは自らのF-4に戻り、全体の把握をする。
 自分の中隊の人数が二機も減っている。
「……なんだぁ? ヘマしすぎだろ。おい、状況を説明しやがれ」

 ゼロナは後ろに座るトリアに視線を送る。「わかってるわ」と不機嫌そうに、トリアは頷いて隊の通信と自らのリーディングを広範囲に行う。
 集めた情報を一つに纏める。

「……これは、アメリカの新型?」
 どうやらその新型にコチラの兵がやられたらしい。
「なんだそれ……ったく、あちらさんも新型をこんな基地に運んで何がしたかったのかね」

 言葉では呆れているように言うが、ゼロナの口元はつり上がっていた。

「ま……戦争以外に使い道なんざねぇがな」

 機動したF-4を操り基地の外部へと飛び出す。そして、すぐさま、その機体を発見する。

「あぁ? たった一機だと?」
 初めて見る形の機体。
 そもそも、それが戦術機と言うべきかどうか怪しい。四つ足で地面を高速で滑るように走り、背中にマウントしている兵装で銃を乱射する。その銃も異様、通常よりも一回り大きく、砲芯が長いものと短いものがセットになっている。
 短い方は連射が効き、長い方はかなりの威力がある。BETAの小型と大型で銃を使い分けるつもりだったのだろう。

 味方のF-4の背後を取ると、前足にある爪のような三本のナイフで切り裂くように腰部に傷を付ける。
 そのデザインも規格も、人型であるはずの戦術機から大きく外れていた。

「まるで、犬じゃねぇか!」

 こんなものを設計するのはゼロナが知っている中で、等しく一人しかいない。
 桜花。
 おそらくこの基地の設計も、あの機体も、全て彼女の知識から作られたものだろう。

「だが、まぁ。ヘッタクソな操縦だ」
「ヘタクソ? アレが?」
 今もまさに味方の一機が落とされた言うのに、ゼロナの異様な落ち着きにトリアは不安を隠せない。

「見ればわかるだろ、スピードと馬力に振り回されて狙いきれてねぇ、アレじゃあ何のための四つ足で地べたに這い蹲ってんのかわかんねぇぜ。もう少し衛士を選べってんだ」

 ゼロナは再び味方のF-4に切りかかろうとする、その新型を”味方ごと”撃ち抜いた。
 襲おうとしていた新型も襲われようとしていたF-4も、装甲に穴を開ける。

「……ゼロナ!」
「騒ぐなよ。どーせ、今のを食らってたら致命傷だった。ほっといても死ぬしかねぇんだし、有効活用って奴だろ」
 トリアは頭に血が上るのを抑え、何とか自制しようとする。

「それでも、他のやり方があったでしょう」
「かもなぁ。だが、それがどうかしたのか? 隙だらけの敵がいて、その前に背後をさらした無様な部下がいた。それを撃たないって道理がどこにある」

 結果的に撃ち抜かれた新型は右腕が壊れ、その最たる機動力を奪われていた。

「結果が全て……なんて思っちゃいねぇが、結果も出せねぇ屑が課程がどうとか、やり方をどうたら、なんてほざくのは、甘え以外の何物でもねぇんだよ」

 片腕を失いバランスを崩したせいで、上手く立ち上がれず這うように動こうとする新型を横から蹴り上げる。
 機体は生きているが、動こうとしない。
 衝撃で中の人間が失神したようだ。

「文句があるならテメェでやりゃよかったんだ。……まぁ、できるかは知らねーがな。……この新型、土産には丁度いい、持って返るぞ。生き残ってる奴、誰でもいいから落とした腕を持ってこい」
 新型を持ち上げるとゼロナ達は脱出ポイントへと向かう。
 その行為に文句を言う人間はいなかった。


 F-4を回収した航空機が飛び立っていく。
 ゼロナは機体から降りると、航空機の窓から基地の様子を眺めていた。
 この作戦の最終段階の様子をその目で確認するためだ。近くにはトリアもいる。

「……あなた、さっきから変よ」
「なんだぁ、褒めてるのか?」
「貶してるの」
 馬鹿にしたように返すゼロナの言葉にトリアは呆れ混じりに返す。続けてずっと気になっていた事を言う。

「地下で見たあの記録のせいよね……」
「まぁーそうだと言えるし、そうでもないとも言える。どっちにしろ、アレは切っ掛けにすぎねぇ。結局、俺は俺だ……ソレは今も昔も変わる事がねぇ事実だ」
「…………あなたが何を言いたいか、わからないわ」
「お得意のリーディングでもやったらどうだ? 才能があんだろ」
 腕を組むように壁にもたれ掛かっていたトリアに、ゼロナが近づいていく。
 顔が近づき、キスすら届きそうな距離。確かに接触すればリーディングはし易い、だが、近すぎる。

「……何?」
「忘れたのか……俺はまだ、テメェの身体を味わってねぇ」
 トリアは突き放すようにゼロナの腹を殴る。

「あまり、調子に乗らないで……!」
「そんな大層なモンでもねぇだろーが。テメェの裸なんざ、あの研究所にいれば見たことある。元々、その身体も生殖機能なんて有って無いようなもんじゃねぇか」
 トリアの右腕がゼロナの頬を弾き飛ばす。


「それでも、私は処女よ!」 
「ハハハヒャハハ!! 良いねぇ……女はそうじゃなくちゃ! 地面に叩きつけ! 殴って! 犯して! 屈服させる!! テメェみたいな女を快楽と屈辱を感じさせるのが最高におもしれぇらしいんだよ!!」
 驚いたように見ていたトリアが殺意の篭った視線を送る。
「下衆の思考よ……ッ! それがあなたの本性って事かしら!?」
「だとしたら?」

 ゼロナの言葉にトリアが目を伏せる。
「……最ッ低。近寄らないで」
「二度も言わせんじゃねぇ。無理矢理、犯さねぇと意味ねぇんだよ」
 今にも泣きそうな声で、ポツリ、ポツリと漏らす。

「……あなたには義理がある、感謝もしてる……。だから、もし、あなたがこういう事を迫ってきたら……こんな身体一つで繋ぎ止めれるなら、断る気なんて無かった…………」
「だったらいいじゃねぇか」
「嫌。今のあなたはゼロナじゃない。……少なくとも、私の知ってるあなたじゃない」

 逃げようとするトリアの腕を掴み、壁に押し付ける。
「いつもそうだ。俺の欲しいモンは無理矢理じゃねぇと、手にはいらねぇんだよ」

 キスをしようと顔を寄せて、ゼロナが見たのはトリア涙で歪んだ表情だった。
「…………止めて……舌を噛んで死ぬわよ」
 弱弱しく睨み付けるトリアの姿。
 どれくらいだろうか、トリアの目から流れ出した涙が、雫となって地面に落ちていく。

「はぁ…………なんか知らんが、萎えた」
 ため息を付いて、窓の外を眺める。
「勘違いしてるよーだから。もう一回、言っとくぜ。俺は俺だ。お前が知ってる俺は、俺以外の何者でもねぇんだよ」
 トリアは蹲って、何も答えようとせず、胸を隠しながら出て行ってしまう。
 その姿は、強化兵士であり後天的ESP被験者でもなく。
「まるっきり……女じゃねぇか」

 ため息を付いて、再び、外の吹雪の山を見て、腕時計に目を落とす。
 時刻としては丁度良い時間だ。秒針が動く度に口で秒読みしていく、やがて、数字が一桁に到達した。
「9……8……7……6……5……4」
 予定通りなら、このカウントが終わると同時に証拠が隠滅される。

「……3……2……1」
 そこにある何もかもを吹き飛ばすような爆弾。

「ドーン」
 カウントが終わると同時に基地が黒い球体に包まれた。
 爆弾とは思えない爆発、重力場が狂い、静かに中の物体が消えていく。

 G弾。
 アメリカのBETA戦略に使われる最新技術。その二度目の使用は人間に向けられてのものだった。

 これで、作戦は終了した。
 筋書きは簡単だ。
 アメリカがソ連の態度に腹を立てて、秘密裏にG弾を使おうとした。しかし、G弾は”不慮の事故”により基地の上空で誘暴してしまう。
 不幸な事に基地は爆発に巻き込まれ全てが無くなってしまう。
 重力場によって消された場所だ、火薬や残骸での証拠どころか、肉一遍も残らない。

 これで国内でG弾を使うということがどう言うことか理解した人間もいるだろう。おそらく、ソ連からG弾に関わる派閥は一掃される。
 しかし、所詮はヴェルトの悪足掻きだ。せいぜい、第四計画の採決を延ばす程度にしかならない。

「別に……もう、どうでもいい事なんだがな」
 歪んだ笑みを浮かべて、巨大な穴と化した跡地を見る。
 この作戦はこれで、幕が閉じた。

 だが、こうして歴史には残らないであろう事件が幕を開く事になるのだった。




 *



 夕暮れの中。
 ふと、伝え忘れた事があって、別れたばかりだが、俺は桜花を追いかけていた。
 夕飯に遅れる訳にはいかないので、少し急いで探す。都心と言えど、桜花が泊まりそうなホテルは少ない。
 やはり、と言うか、予感が的中したと言うか。
 ホテルのロビー-で桜花を見つけた。声をかけようと思ったが、電話中なので少し待つ事にする。
 別に聞き耳をたてるとかそう言うんじゃない。

「ふざけないで……あんた達、何やってたの?」
 何時に無く重い口調。

「低脳な蛆虫共が! 一々、私の指示を仰がないと糞も流せないの!?」
 何か桜花の口から凄い言葉が出た。
 ゴスロリ少女が突然、大声でそんな事を言い出したので周りの客がドン引きしてる。

「いい!? 私が二度言う前にあなたは我が物顔で座ってる豚共を締め上げなさい! 縛り上げても構わないわ! ……はぁ!? 別にあんな趣味で作ったモノなんてどうでもいいの! それより、せっかく生かしてやっていたって言うのに、愚かにも私に喧嘩を吹っかけて、顔に泥を塗って逃げていったド畜生の蝦蟇蛙よ、あいつについた首を刎ねて膾切りにしてやらないと、いい加減に気がすまないわ!」
 桜花の後に殺意のオーラが見える。

「だから!? そんなもの、どうでもいいわよ! 邪魔するモノは女子供関係ないわ、殺しなさい! 少し手荒でも構わないか……ら…………」
 たまたま、振り返った桜花と目が合ってしまった。
 なんか、急にテンションが急降下して、桜花の目から光が失われて無表情になる。

「…………」
 互いに無言のまま、まだ電話先で何かを言っている受話器が元の場所に戻される。ロビーは静まり返っており、ガチャンという音がやけに響いた。

「お兄ちゃん?」
 甘えた笑顔で桜花が抱きついてきた。
「いやいや! 流石に無理があるから!」
 無論、受け止めたが。




[18452] 支えるべきモノ
Name: 空の間◆8e1627f9 ID:c24c2ca8
Date: 2011/03/31 14:09

 人は古来より仮面を被って生きてきた。
 他人に好かれようと思うのなら、その人物の好きそうな仮面を被る事によって、気を引こうとする。
 それは大小あろうと、現代まで続いている。
 最も顕著な仮面は立場、特に軍隊では否応無く仮面を付けられる。上官に対して敬礼と、命令の服従、仮面を付けるのを徹底させる事により、規則を正し、自制を覚えさせる。
 だが、それは、人の一面でしかない。
 敬語で話す下士官の中には、無能な上官とあざ笑っているものもいるだろう。
 それを本性と言う人間もいるだろうが、それは違う。表に出すのは馬鹿でしかないし、その下士官が全ての人間に対してあざ笑っているのでもない。
 もし、この下士官の姿が、本性というのなら、それは受け取り手の捉え方、見方によって幾らでも変化してしまう。
 そうではない、本性とは個人の中で普遍的なモノでなくてはいけない。

「つまり! 私が少しばかり汚い言葉を使う事も”時たま”あるかもしれないけれど……それは、相手に落ち度があるときだけ! いつもは、兄さんの知ってるお淑やかで気品に満ちた物言いをしているの!」
 どんな窮地に陥ろうと心のどこかではいつも慌てず、落ち着いた思考が出来る桜花のここまで焦っている姿を見たのは初めてかもしれない。というか、自分で「お淑やか」とか「気品に満ちた」とか相当に切羽つまってるな。

「……うん、わかった、きっとそうだねー」
「信じてない! 今の間と、その言い方は絶対に信じてない! もういい! 忘れて! 見なかったことにして、記憶の片隅にも残らないようにデリートして!」
「わかってるよー」
 桜花の貴重な焦燥シーンとして脳内フォルダに保存しておこう。と思ったのだが。

「…………絶対だからね」
 潤んだ瞳で睨んでくる桜花の姿を見て、脳内マウスがドコかへ飛んでいく。
 流石に大切な妹に涙を流させる訳にはいかない。

「今日、俺は桜花と最後に会ったのは、交差点の所。そのまま、真っ直ぐ家に帰った。……それでいいだろ」
「……ありがと」
 視覚的にも、精神的にも随分と小さくなってしまった桜花。
 気を取り直したように咳を一つついて尋ねてくる。

「そういえば、兄さんは何の用だったの?」
「あー……なんか、そんな話をする雰囲気でも無いし。明日にしないか?」
 桜花は少し頬を引きつらせるも、すぐに、真剣な表情を見せる。
「……いいわよ。丁度、私も兄さんに話ができたところなの。……静紅も連れて来て、このホテルにもう一度来てくれるかしら? 時間は何時でもいいけれど。どうせあの娘が休日の朝に起きるなんてしないでしょうし、兄さんも香月裕子の所に顔を出すつもりなんでしょう。何か問題があれば帰れるけど、夕方からでいいかしら?」

 流石に付き合いが長いだけあって、こちらの事情も良く知っている。
「すまないな……そのくらいの時間なら多分、大丈夫だと思う」
「謝る必要なんてないわよ。私も少しやることができたから……」
 さっき電話越しに話をしていた事だろうか。

「さっきの物騒な話か……?」
 先ほどの事を思い出して桜花は少しムッとした表情を作るが、クイクイと手招きして俺を近づけさせる。そして、胸倉を掴むと、耳元に口を近づけて俺が聞こえるギリギリの声で呟いた。
「私の作った基地が吹っ飛んだの……G弾でね」

 それだけ言うと、あっさりと手を離す。
「それって……!」
「流石に兄さんにもそれ以上は言えないわ……少なくとも今は……ね」
 何故、そんなものが爆発したのか。
 誰がやったのか、恐らくすでに目星が付いているのだろう。桜花の瞳はすでに臨戦態勢に入っていた。

「明日。もう一つ状況が動けば、兄さんに話す事ができるかもしれないわ」
「……そうか」
「兄さん、そろそろ急がないと夕食に遅れるんじゃないのかしら?」
「ああ……そうだった」
 草那家の夕食は定時に決まっている、連絡の一つも入れずにそこに顔を出さないのは居候として申し訳ない。

「俺は帰るけど、桜花。……あまり、人に恨まれるような事はするもんじゃないぞ」
「ほどほどにしとくわよ」
 クスと上品に笑って、桜花は手を振ってくれる。



 ユーリの帰った姿を確認して、桜花がポツリと漏らす。
「ほどほどに……ね……」
 一度、部屋に戻り着替えてから、先ほど、連絡を一方的に切ってしまったので、こちらからかけ直す。
『ハイ、もしもーし』
 間延びした口調でフランクに話す女の声。
「私よ」
『どうもー、あれ? 桜花様じゃん』
 出た人間が前とは違う、とは言っても桜花にとって見知った仲の一人だ。

「……あなた、と言う事は、あの変態はもう動きだしたと思っていいのかしら?」
『ええ、さっき「桜花様に何かあったのではないかー!?」って大声で騒いでましたよー。何かあったんですか?』
 電話の先からの声は笑いながら言う。

「ちょっとしたアクシデントよ、別に問題ないわ。それより、馬鹿に仕事するように伝えなさい」
『はいはい……わかってますよー……っていうか、もう、やらせてますしー』
「ならいいわ。今回の一件、何か進展はあったかしら?」
『特にコレといってはですねー。G弾の入手ルートと戦術機、部品、火薬、どれも上手く隠蔽されてますよー。まー、私がパッと見たとこ、臭い臭いですぃーけどね。証拠でっちあげてやってもいいですが、これは叩けば埃が落ちてきますよー。今日くらいに一回、突っついてみますかー?』
「そう、お願い。できなくても、いいけれど、今週中に終わらせるわよ。部隊の用意も済ませておいて」
『ラジャー』

「ついでにウチの鼠捕りもするわ……まぁ、ある程度は目星が付いてるけど、そっちからの方が早いかもね。……あなたは仕事を終えてきたばっかりだけど、任せてもいいかしら?」
『大丈夫ですぃー。私、しばらく暇でしたしー。仲間を売る奴はファラリスの牡牛の中で死ぬべきですよねー』
「そうね、私は明後日にはそっちに行くわ。それまでには、政治家連中は纏めておくよう変態に伝えなさい」
『あいあい』
「……ああ、それと。お仕置きの覚悟はしとくよう、言っといてちょうだい」
『ご褒美の間違いじゃないんですかー?』
「あなたも一緒にしてあげようかしら?」
『やー……また今度にしますねー』
「そう、残念」
『んじゃまー。こっちも進展したら連絡入れますよー』
「ええ」
『ばいばーい』と気の抜けた声で一方的に通信が切られる。


「………………すぃーって何よ? 流行ってるのかしら?」
 桜花は部屋に戻りながら先ほどの変な言い方に、首を傾けた。


 *


「うん……そっちの方がゼロナらしいよ」

 戻ってきて早々に体調の回復したクーに会ったゼロナだが、その思いがけないクーの言葉に目を丸くしてしまう。
「そんなもんか?」
 色々な意味を込めてゼロナは呟いていた。もう少し、何か言われるものだと思っていたのだけれど、あまりにもあっさりと妹は受け入れていたようだ。成長が見られない胸も背も関係ないが、クーはある意味、大物なのかもしれない。とゼロナは思ってしまう。

「なんていうか……こー……昔に戻ったみたい。自由にやってたゼロナは何時もそんな感じに笑ってた。……気がする?」
 最後が疑問系なのが意味不明だが、言われてみれば、何にも縛られず兄弟達に囲まれていた子供の頃の気分と似ている。
 何時の間にか、追い求めるあまりにそんな事もわからなくなっていたらしい。
 目を閉じて大きく息を吸い、ゆっくりと吐く、深呼吸をしてもう一度、目を開く。

「あぁ……そうだな。……そうだったな、こんな感じだ」
 言われて初めて、世界が変わって見える。
 薄暗く不快なだけの白い部屋がこれはこれで、面白いと思うし、匂うだけで苛立つ薬品の香りが何かの嗜虐心を煽ってくれる。
 不条理に無秩序に非効率的に生きる感覚が異常に楽しく感じた。

「しっかし、後悔するとか言ってたけど、コレの事だったのかぁ?」
「……さぁ? でも、違うよ。それより、これから……何する?」
「んー、それだよ。まー、今すぐにやる事って奴がなけりゃ。出てった所で行くトコもねぇしなぁ」
 特に思案が無いのだ。無料で銃が撃てて、人を殺せる場所なんてココ以外に知らないし、今更、普通の生き方なんて出来るわけもない。

 むしろ、壊れていくヴェルトとトリアを観察している方が面白いかもしれない。

「なぁ……兄貴は生きてるんだよな」
「うん」
 何の迷いも無くクーは頷く。

「なら、賭けをしてみっか。お前と俺でさぁ」
「賭け?」
「そう、もし、兄貴が生きてたらお前の勝ち。死んでたら俺の勝ち」
 賭けの提案にクーがふくれっ面をして、手元にあったゼロナの髪の束の一つを握って上下に振りだす。
「いーきーてーるーのー!」

 記憶が戻るまではそんな無責任な言葉、信じるに値しなかっただろう。だが、記憶が戻ってから、妙に他の兄弟が生きているという意識が浮上してくる。
「そうだな。何か知らんが、今は俺もそう思う。だからこそお前が有利な賭けしてやってるんだ…………ってか、引っ張るんじゃねぇよ! これ、セットすんの時間かかってんだぞ!」
「このクルクルは……ダサい」

「殺したろか、このクソチビィ!」
 生意気なことを言うクーのこめかみを両手の拳骨で挟み込むようにして、グリグリと痛めつける。
「チビじゃないー! チビじゃないもん!」
 痛みでさらに暴れだすクー、セットしていた髪がほどけていく。クーが暴れる度に髪が解けていき、それに腹を立てたゼロナはクーへの力を強める。まさに、不のスパイラルが発生していた。

 先にそれに気づいたクーが手を離す。だが、ゼロナは止めなかった。
「離したー! 手ー離したよー!」
「ヒャハハ! だったら、心置きなくできる訳だろ!」
「ぬわー!」

 そこで、ゼロナが力を緩め、解放されたクーがゼロナにつられて笑いだす。内気な性格は相変わらずだが、ここ数年でクーは随分と言葉を話すようになった。今日みたいに調子の良い時には、少し生意気なくらいだ。
 昔なら、クーは何か唸るだけで「止めて」とも言わなかったし、ユーリか静紅が乱入してきて有耶無耶になってしまっただろう。けれど、二人共、ここにはいない。

「……やっぱ、ガキの頃とはちげぇよな」
「何が?」
「そりゃ……色々だろ」
「そんなことない、ゼロナ言ってたじゃん。俺は俺だって……それとおんなじ。ウーリはウーリだし、静紅は静紅、桜花は桜花で、誰も変わってないよ」
 何所まで考えて、クーがそう言ったのかは解らない。
 だが、確かに会ってこそ無いが、他の誰かになっているなんて事はないだろう。

「ハハッ……そりゃそうだ」
 だから、変わったとしたのなら。
 それは、自分だ。

 それでも。
「俺は俺だ」
「うん、ゼロナはゼロナ」
 ゼロナは呆れたようにクーの頬をつねり、左右に引っ張る。

「真似スンナ」
「真似スンナー」
 頬を引っ張られながら、鸚鵡返しのようにクーが返す。

「……ユーリ」
 ゼロナは一言一言をしっかりと注意深く発音する。
「……ウーリ」
 クーも真似をしてやるが、何故かこうなる。

「……何で、テメェは兄貴の名前をいつも間違えんだよ」
「ウーリはウーリだよ」
 間違えた発音をこれ見よがしに無い胸を張って言う。もう、どうでも良くなってしまい、投げやりにゼロナは返す。
「はいはい、ウーリ兄貴ですねー」
「違うー。ウーリ!」
 しかし、何が気に触ったのか、クーはやり直しを要求してくる。

「だから、そう言ってるだろ……」
「発音が違うの! ウーリ! なんていうかー……こー……下げる感じ?」
 インスピレーションを表現しようとしているのか、両手を上げてがくんと振り下ろす。そして、自分の表現に納得がいった芸術家のような顔をする。
「どぅ? わかった?」
「いんや、わかるかよ。そんな、やりきったーっつー顔しても。間違ってんのはお前だからな」

 クーはムッとした表情で無言のまま、ゼロナの髪を掴み上下に振り出す。
「だから、髪に触るのは止めろっつってんだろ!」

 取っ組み合いになりそうだったが、突然の訪問者にゼロナの動きが止まる。
 室内に入ってきたのはトリア。クーは人見知りをして、それまでのテンションが嘘のようにゼロナの後に隠れてしまう。

「あぁ……テメェが入ってくるなんて珍しいな。何か、用なのかよ?」
 何時もなら、ゼロナが出て行くまでトリアは入ってこず、外で待っているだけだった。
「仕事よ……」
「そうか……っと。悪いな。クー、また、来るぜ」
「……うん」
 クーは短く頷き、それを確認してゼロナはクーの部屋からトリアと出て行く。


 いつもより、心なしか廊下を歩くトリアの足が速い。最初は気のせいだと思って、少し意識をして足を速める。
 だが、また、トリアの足が速くなる。それが数度、繰り返されれば駆け足にも近くなる。

「おい……」
「…………何?」
 短く不機嫌そうな返答。

「それはこっちの台詞だぜ、テメェは何をそんな急いでんだ?」
「別に……急いでなどいない」
「どこがだよ。駆け足で歩いているのに急いでないなんて、ついに体感で速度を計る感覚も狂ったのか?」
 振り向いてトリアはゼロナを睨みつける。

「…………狂ってるのはあなたでしょ。妹を殺そうなんて言ってたのに、アレも冗談だったのね」
「冗談だぁ?」
 嫌みったらしくゼロナが聞き返す。

「……だって、あなたあの娘と随分と仲良くしてたじゃない」
「ハッ……大切なモノってなぁ。他人に奪われるのは我慢ならねぇが、自分で壊す分には、案外、納得できるモンなんだぜ」

 その答えにトリアは眉をひそめる。
「やっぱり、私はあなたを理解できない」
「はいはい、端から理解しようとしねぇ奴に何言っても無駄なんだよなぁ」

 トリアはボタンを押してエレベーターへと入っていく、中は密室で他に誰もいない。
「……それでも、あの娘は大切なのよね」
「当たり前。例え、もう一度、生まれ変わったって俺達は兄弟である事にはちげぇねーんだよ。それはそれ、これはこれみたいな?」
 ゼロナは手すりに乗り、壁を背もたれに立っている。

「…………そう……少しだけ、羨ましいわ」
 中央に立ち、頭上にある階数の描かれた電灯を凝視しながらトリアは呟いた。
「何だクーに妬いたのか?」
「誰が」
「テメェが」
「馬鹿言わないで、大切な人がいるって所よ」
 からかうような答えに嘆息して、トリアはゼロナの方を見る。その目は随分と冷ややかなものだった。

「随分とらしい事を言うようになったじゃねぇか。兵士に大切な人がいるモノかよ……ああ、お前にはマスターとやらがいたな」
「……それは」
「なんなら、俺が殺してやろうか? お前のマスターを」
 植えつけられた忠誠心がゼロナの行動を妨害しろと命令する。
 脊髄反射でもしたかのように、胸ポケットに入っていた拳銃に手を伸ばす。

「遅せぇって」
 拳銃を取る前にトリアの腕ごと蹴り上げ、ゼロナはそのままトリアの首根っこを抑さえつけた。
 地面にトリアが持っていた資料の束が落ちていく。
「……クッ!」
「おいおい、いい加減、それで本気だってんならテメェの身体能力の低下はヤバイだろ。……あぁ……それとも、俺を誘ってんのか?」
 日に日に動きが鈍っていく事を自分でも理解しているトリアにとって、ゼロナの言葉は図星であり屈辱的だった。

「ふざけないで、私はまだ、戦えるわ!」
「この状況でねぇ。俺がこのままお前の首の骨を折ればテメェは死ぬってのに、それでも戦えるってのか? お前はゾンビかってんだ」
 トリアは両腕をゼロナの首元に回し、引き付け唇を咽喉元に近づける。自然とゼロナが握っているトリアの首元への圧迫も強くなり、息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。
「首の骨を……折られる前に……あなたの首を噛み千切ってやるわ」
 ソレが出来たとしても死なば諸共と言う所だろう。互いの息遣いすら解る距離で、睨み合うように視線を交える。

 異変はそこで起きた。

「ッ……」
 急に視界が暗くなり、地響きが起こる。エレベーターの内部にある電灯が切れ、エレベーターが停止した。
 トリアはその拍子にゼロナの拘束から逃れ、咳き込みながら、新鮮な空気を補充する。

「停電……か?」
 何度かボタンを押してゼロナは動かないことを確認していた。一方、座り込んでしまったトリアは呼吸を整えて冷静に今の状況を把握する。
「…………かもしれないわ。5分もすれば予備電源が動くはずよ」
「はぁ……んな事なら、もう少しゆっくりすりゃ良かった」

 刺々しいゼロナの物言いに対して、不機嫌そうに座っていたトリアがゼロナに噛み付く。
「何? 私のせいだって言うの?」
 ゼロナは向かい合うように反対側の壁に腰をかける。

「言ってねー。けど、8割はテメェのせいだな」
「嘘。せいぜい、3割よ。残り7割は停電のせいだから」
「いいや、6割、停電は2割、仕事を持ってきたヴェルトが2割」
「じゃあ、4割」
「……もう、何割とかどうでもいい、お前が悪い」
「……何ソレ……もう、滅茶苦茶よ。馬鹿みたいね」
 慣れてきた視界のせいで、相手の顔が仄かにしか確認できない。そんな暗い闇の中、ゼロナの瞳に映っていたトリアは笑っていた。

「トリア……テメェ、笑えたんだな」
 キョトンとして、トリアは首を傾げる。どうやら、無意識だったらしい。

「笑うって感情が、もう、解らないけれど。今は少しだけ気分がいいかな……おかしいわよね、さっきはすぐにでも殺してやろうかとも思ったのに」
「感情の抑制機能だろ、一時的に高ぶってもすぐに落ち着くようにされてんだよ」
「そうかもね……でも、違うかもしれない」
「はぁ? どっちなんだよ」

 トリアは何時に無く寂しげに口ずさむ。
「私にも解らないの。リーディングをする度にね、他人の記憶と感情を受け取って『あぁ……これが、愛や憎しみなんだ』って感じるとね、私の身体が記憶の中から、何かがその感情を掘り起こそうとするのよ」

 そう、強化兵士と人工ESPが両立しなかった理由。
 どれだけ人間の感情を殺そうとも、リーディングを行う事により、自分の足りない感情を補う、もしくは錯覚してしまうのだ。
 それだけなら良いが、最悪の場合にはリーディングが暴走するか、拒絶反応により自我が崩壊する。
 この実験はかなり早い段階で打ち切られたが、その殆どが若くして死んでいる。今でも、自我を確立して生き残っている人間といえば、トリアくらいだ。

「正直言うとね、リーディングする度に記憶が戻ってくるのが怖い」
「だったら、止めちまえよ。言えば、何時でも下ろしてやるぜ」
 きっと、全てを思い出せば壊れてしまうから。

「馬鹿ね。……できる訳無いじゃない」
「また、マスターか……」
 ゼロナは少しイラついてしまう。しかし、返ってきたのはある意味では予想外の言葉。
「違うわ、確かにマスターには感謝してる。昔、演習の”事故”で死にかけてた私を助けてくれた上に”トゥーニャを生かしてくれた”んだもの」
 記憶がかなり食い違っている。暗示と洗脳の賜物だが、記憶が戻れば、ただの矛盾として処理されてしまうだろう。

「でも、今は少し違う……大切なモノが見つかりそうなの。戦術機に乗って、戦ってる時だけ感じれる良くわからない感覚。なんていうか、それは守られてるのとも、信頼されてるのとも違う、言葉にしにくい懐かしい感覚でね……こー……どういえばいいのかな、とにかく誰をリーディングしてもわからなかった感覚なの」

 口で表現しにくいのか、手で表そうとする。その仕草はついさっき見たクーと何処か似ており、ゼロナはハッと思い出す。もしかしたら、トゥーニャがクーを可愛がっていたのは、クーを通して、トリアの幼い頃の姿を見ていたのかもしれない。
 今更、そんな事が解ってもどうなる訳でもないのだが。

「もし、それがわかれば、私は記憶が戻っても、きっと、私でいられるかもしれないの。だから、今、私は戦術機から降りる訳にはいかない」

 結局、戦術機に乗るのは記憶を取り戻したいからだ、そう言うことだろう。
 だとしたら。そんなモノ、思い出す必要などない。
 そんな良くわからない感覚で自分のしてきた事、全てが受け入れられるなんてのはありえないのだから。

「……くだらねぇ」

 トリアの顔が冷や水を打ったように止まる。
「……え?」
 予備電源が入ったのか、それとも電気が復旧したのか、電灯が点滅し、相手の顔が露になる。

「馬鹿はテメェだ……何かと思えば、そんな理由で戦争してたのかよ」
「そんな理由って……」
 ゼロナは立ち上がって、トリアを一瞥する。

「決めた。次は俺、一人で出る」
「な……何でよ!」
 慌てたトリアはゼロナに掴みかかろうとするが、軽く往なされて地面に手を付いてしまう。

「今のでわからねぇのか? ……足手まといなんだよ」
 エレベーターが動き出し、基地全体に電力が完全に回復する。
「でも、どうして……!」
 それは、今までも変わらなかったはずだ。だからこそ、聞かずにはいられなかった。
 目的の階にやっと付いたエレベーターの扉が開く。

「テメェに興味が失せた。ソレだけだ」
 ゼロナはそのまま、エレベーターの中から出て行ってしまう。
 残されたトリアは、手すりに手をかけてなんとか立ち上がろうとする。

「……どう、してよ」
 だが、今まで、張り詰めていた力が抜けていまったのか。全身に力が入らない。
 トリアは、そのままの意味で気力だけで立っていたのだ。それが否定された今、彼女に支えとなるものはない。

 ”何か”落ちる音がしたと思い、振り返ったゼロナの目に映ったのは。

「トリアッ!!」

 横向きに倒れ付し、息を荒くしているトリアの姿だった。





[18452] 三者三様
Name: 空の間◆d48efd35 ID:c24c2ca8
Date: 2011/03/31 14:04

「ハハハ……ヤラレタ。これで、もう、終わっタ。全部、終わってしまっタ」

 あまりの呆気なさ。
 自分がしてきたのは何だったのか。ここまでした理由は……。

 先ほどの停電。
 あれは自然に発生したモノではない。外部からのハッキングによって起こされたモノだった。やったのは十中八九、彼女の手の人間。

 どれほどの情報が流れたのかは解らない。だが、致命的な一線を見逃してくれるほど甘い相手ではないはずだ。すでに、内通者とも連絡が取れない。
 彼女を一瞬でも出し抜いたと考え、油断したのがいけなかったのか。
 今思えば、どれを選んだにせよ結果は変わらなかったのかもしれない。自分は最後の博打に失敗したのだ。
 この後の展開は馬鹿でもわかる、社会的にも肉体的にも確実に抹殺されるだろう。一度でも裏切った自分を彼女は許しはしない。

「化け物メ……!」

 吐き捨てるようにヴェルトは言う。
 その睨みつける目はもはや、ドコも見ていない。だが、その視線の先にはソイツがいた。

『だから、言っただろ。お前に人は救えないと』
「死んだ人間が僕に意見するのカ」

 自分こそが人類を救うメシアになるはずだった。だから、今までどんなことをしようと許されてきた。
 しかし、それはもはや過去の遺物と化し、自らに牙を向く事となる。

「ふざけるナ……! まだ……まだだよ……僕はマダ!」
『お前はいつもそうだ。他人を認めようとせず、現状すら見る事ができない。お前のしてきた事は所詮、遊びの時間を終えた後も、駄々をこねて遊んでいるガキがやっているお人形さんごっこにすぎないんだよ』

 これは幻聴だ。
 本来、聞こえないはずの声。

「君に何がわかル! 僕の研究は現代医学の進歩に貢献し、新たな可能性を見出してきタ!」
『結果論だな。それは、お前の目的の副産物にすぎない、それを誇らしげに語るのはお門違いだ』

 答えるのも馬鹿馬鹿しいはずの言葉のはずなのに、返答してしまう。

「それでも、僕は人を救ってきタ! この身を汚しテ! 他の研究者が嫌がるような研究も耐えてやったんダ!」
『よく言う。誰よりも楽しんでいた癖に』

 そんな事は誰よりも自分がわかっていたことなのに。図星をつかれて、激昂してしまう。

「僕の研究は人類を救おうとシテ……!」
『まだ、気づかないのか? お前が救いたいのは人間なんかじゃない。お前の研究で救われていたのは何時だってお前だけだ。自己中心的で傲慢、研究にしか興味を持てない精神破綻者。自分と言う人間すら見えず、他人からの評価を認めようとしない。そんな人間が俗物でもなければ、知恵者であるはずもない。ただの愚者、それが、お前だ』

 我慢が限界に達し、辺りにあるモノ全てに破壊衝動が芽生える。

「もういいヨ! 黙レ!」
『最後くらい善人でいたいなど、傲慢以外の何者でもない。ヴェルト、お前は根っからの悪人だ』

 座っていた椅子を蹴飛ばし、声が聞こえるほうに机の上に積んでいた書類を投げ捨てる。
「黙れと言っタ!! 失セロ!! 中将ォッ!!」
『言われずとも消えるさ。どうせ、すぐにお前もこちらに来るのだからな』

 もはや、ヴェルト以外に誰もいなくなった部屋。書類の散らばる床に膝をついた。
 そして、地面を素手で叩きつける。
 今、己の全てが奪われようとしているのに、無力感。

「畜生……ッ!!」

 自分は天才だったはずだ。
 それが何故こんな事になる。何故、ここまで追い詰められなくてはいけない。
 思考が停止する。何者かの足音が近づいてくる。

「う……」
 無作法に中に入ってくる少年。煩いと叫ぼうとして、声を止めてしまう。
「おい! ヴェルト……トリアがッ!!」
 まだ、ソレがいた。
 絶対に触れてはいけない彼女の逆鱗。

「……ククッ……ハハハ!! 僕は……運が良いんだ……!」

 近づいてきて、いきなり胸倉へと掴みかかってくる。
「あぁ? 何、言ってるんだ。そんな事よりトリアが倒れたんだよ。どうにかしろ!」
「トリアはいつもの寝台かイ?」
 どうにかしろとは随分と無茶を言う。彼女はもはや、そう言うレベルの問題ではない。

「…………そうだ」
「一応、診断はしよウ」
「あ……あぁ」
 少しでもこいつの機嫌を取っておくのも悪くは無い。打算的な笑みを浮かべ、ヴェルトは再び歩き出す。


 トリアのいる研究室に足を進め、数時間かけて診察と記録を取る。
 薬物の投与により現状は乗り切ったが。結果は言うまでも無いだろう。
「僕としてはトリアは立っているのも不思議なくらいに症状が進んでいル。今回はなんとか落ち着いたけどネ」
「テメェなら治せるだろ……!」

「勘違いしているようだが、僕らは医師では無イ。人間を壊し追求するのがやり方でね、元々、直すのは専門では無いのだヨ。……といっても、最新の医学は取り入れているから、人体改造などの話ならば他のどの病院にも負けないはずダ」
「だから……何だ……!?」
 殺気を込めた視線。

「彼女が強化兵士になってから14回のクローンへの肉体変換を行っタ。尤も身体能力の高くなる十代後半から成長を止めてはいるが、それは外見だけ、中身、特に神経系はもはや朽ち果てているといっても過言じゃなイ。人間の身体能力を上げるというのは簡単な事ではないのだヨ、本来の努力に見合ったリスクが存在スル。そして……強化兵士というのはネ、寿命をすり減らして戦う兵士の事なんダ」
「……それが何だってんだよ!」
「いずれ、来ると君にも言っていたはずダ。もう、トリアは何時、死んでもおかしくなイ」

 わかっていたはずなのに、何時か必ずその日は来る。目の前にその時がくると、誰もが怯えてしまうのだ。
 死ぬとはそう言う事なのだろう。

「……どうにかならないのかよ」
「一つだけ、存在するけど、お勧めできないヨ」
 ヴェルトの瞳が怪しく光る。

「今、問題になってるのは肉体の劣化ダ。もう一度、クローンの肉体に変えれば生きる可能性も無い訳ではナイ」
「それって……」
「だが、それはできナイ」
「……何でだよ!」
「僕は数日中に第三計画から外されるダロウ。そうなれば、この施設を使う事もでき無くなる、施設が無ければトリアの肉体を変えるなんて事はデキナイ。それに、できたとして、トリアの神経はもはや使い物にならないだろウ。前回、成功して動いていた事がどれだけの奇跡か君には解らないダロウネ。今回、成功したとして、立つ事はおろか、植物状態になれば良いほうだと思った方がイイヨ。……君はソレでも彼女に生きる事を許容させるのかイ?」

「……」
 寝台には落ち着いて寝息を立てているトリアがいる。
 薬の投与によって、今は静かに眠っていた。
「まぁ、放っておけば、トリアは死ぬだろウネ。しばらくすれば目を覚ますかもしれないが、持って一週間。まぁ……僕はもう、大して彼女に興味がないカラ。生かすのなら、それ相応のリスクを君が背負わなくてはいけナイヨ」
「ふざけるな……植物状態で生きているって言えるのかよ」

「僕の意見は変わらない。人は死ぬまで生きねばならないのだヨ。まぁ、好きに悩めばいいサ。別に強要はしない……」
 ヴェルトはそう言うと、出て行ってしまう。静かな吐息をたてるトリアと苛立ちを隠そうとしないゼロナ。

「……クソがッ!!」
 命一杯、壁を殴りつける。だが、コンクリートの壁はビクともしない。
 苛立たしい。クーの言っていた後悔というのはコレの事だったのだろうか。どちらを選んでも結果は見えている。
 戦争で死ぬのならまだ理解できる。だが、こんな死に方は認められない。
 そうだ。どうせ、死ぬのなら自分の手で奪うべきではないか。ここで、殺してしまえば、全てを自分の物にできる。

 ゼロナは腰にぶら下がっている銃へと手を伸ばす。
 銃を握り、その先をゆっくりとトリアへと向ける。

「うるさい」
 小さな声が漏れ出す。気のせいかと思い、トリアの顔を見ると、目が開いていた。
「トリア…………。お前、起きてたのかよ」
 慌てて銃を持った手を隠してしまう。
「起きたのは、さっき……ごめんなさい。気を使わせたかしら?」
「……誰が」
「あなたが」
「馬鹿言うじゃねぇ……」
 その様子がおかしくて、トリアはクスリと笑う。

「ねぇ……私って、死ぬの?」
「…………あぁ。ヴェルトの野郎はそう言ってた」
「そっか、マスターが言うなら、きっと、そうなんだね」
 苛立つ。
 そんな簡単に割り切ったような言葉が、そのヴェルトに対して信頼しきった口調がゼロナを苛立たせる。

「テメェ、何で、そんな冷静なんだよ」
「だって、手も足も動かないもの。指の感覚も……意識しないとわからない……。もう、全身がボロボロだったのは自分が一番知ってたから」

「そこまで、する必要があったのか……」
「きっと、あったはずなんだよ。……大切な思い出が……ねぇ。ゼロナは知ってる? トゥーニャって人」
 無事かと思っていたが、トリアの記憶の混濁はすでに始まっていた。

 ヴェルトが植えつけたトゥーニャに関する項目が剥がれ落ちているのかもしれない。
「夢の中で会う、私の友達。なんか、懐かしい感じの女の子」
「……」

「結構、いい加減なんだけど、正義感が強いっていうか、困ってる人がいたらなんだかんだ文句を言いながら助けちゃうの。後、面倒見がよくてね、小さい子とか好きみたい」
「……」

「でも、難しい事とか、できない事があると、いっつも『自分は天才だー』って言だして努力するの。その大概が空回りしちゃうんだけどね……」
「……」

「ねぇ、もしかしたら、私、小さい頃に会ってるのかな?」
「……」

「知ってるんでしょ?」
「……」

「……ゼロナは……知ってるんでしょ?」
「少しだけならな……」

「ねぇ……記憶はもう戻らなくていいからさ。聞かせて欲しい。……トゥーニャの事、そしてあなたの事。もうね、頭の中がぐちゃぐちゃで昔の事なんて、ほとんど思い出せない……。だから、最後に聞いておきたいの」

「ふざけるな」

 認められない。

 *

 剣で、銃で、爆発で、戦争で死ぬのならば幾らでも納得できる。

 *

 そんな死に方は今まで、何度も腐るほど見てきた。

 *

 だが。

「アレは俺の女だ……! まだ、抱いてもねぇのに、こんなクソつまんねぇ理由で奪われてたまるかッ!」

 ヴェルトの私室でそう訴えるゼロナを尻目に、その表情はさらに歪んでいた。
 首根っこを抑えられながら、笑いが止まらないといったように、ヴェルトは腹を抱えてあふれ出してくる愉悦の衝動を堪える。

「イイネェ! これは愛って奴なのかな!? そう……そうでなくちゃ、面白くナイ!!」


 *


 ホテルに入り、ロビーに桜花の事を聞いたら、桜花が泊まっている部屋へと案内された。 
 部屋の中へと入ると、昨日とは違い薄いタンクトップのシャツにジーパン姿の桜花が椅子に座り、モノクロ画面のパソコンを弄っている。一般家庭にパソコンの普及していないが、桜花の使う型はかなり近代のモノに近い。
 ただ、ディスプレイが三台ほど繋がれており、全てデスクトップに予備のキーボードが一台、ハードディスクは横に五列ほど並んでいる。そこそこ広い筈の部屋は、よくわからない電子機器に半分ほど埋め尽くされていた。

 間借りしているだけのホテルに、一体どうやって持ち込んだのか。
 そんな事に頭を悩ましていると、手を止めて、桜花がこちらへと視線を移す。

「来たわね、兄さん。……それと、久しぶりかしら、静紅」
「あぁ、そうだ。特に感動も無いがな、こうして顔を突き合わせるのも何時振りだったか」
「さぁ? 忘れたわ。できる事なら、あなたの顔は五人揃ってから最後に見たかったわ」
「奇遇だな。私もだ」
 早速、挨拶を交わす二人。

「けん──」
「喧嘩するほど仲が良いなんて抜かすなよ」「喧嘩するほど仲が良いとか寒いことを言わないでね、兄さん」
 ほぼ同時に振り向いて睨みをきかせてくれる。
 だが、言葉の内容がほとんど同じだと悟ると、すぐに、睨み合いに戻ってしまう。
 静紅は桜花の胸を見て「フッ」と笑う。

「相も変わらず成長の無い背と胸だな」
「だまりなさい、そんな、無駄な贅肉をこしらえて、あなた良く恥かしげも無く往来を歩けるわね」
 成長が無い事を受け入れてはいても、桜花はソレを諸に言われるのは嫌らしい。

「無いよりは有る方が男は喜ぶだろう? お前こそ、その無乳で良く男と間違われないな」
「愚かね、これは機能美なの。人類の技術が発達したら人工授精と試験管ベビーが主流になって授乳も他のモノに頼るようになり、進化の果てに女の胸なんて必要なくなるわ」
 桜花の予想では、人類全員がつるぺったんになるのか……。それは、少し寂しいな。というか、もはやそれは進化じゃなくて退化じゃないんだろうか。
「それも、その時まで人類が生きてたら……の話だな。もし仮にそれが現実となってもお前には関係ないだろ」
 互いにそこまでで決着が付いたのか、桜花はディスプレイに目を移し、静紅はその後にあるベッドに腰掛ける。

「私のベッド汚さないでよ。ああ、兄さんもどこかそこら辺に座って」
 目配せで桜花は椅子へと案内してくれる。
 早速、昨日の続きを聞いてみることにした。

「で、桜花。進展はあったのか?」
「ええ、そこそこ上手くやったみたいだわ。証拠の裏づけも取れたし、形成は逆転。後、二、三日もすれば、ヴェルトは丸裸になるわ。ソ連の上層部にも非公式とはいえすでに話はつけたから、四日後、正式にヴェルトを国連が呼んでそこで査問会よ。……と言っても、これは形だけね、来たらその場で黙らせるし、この時点ですでに彼の第三計画の肩書きは失われるわ」
「早いな……もう、そこまで……」
「情報戦においても電撃戦は有効なのよ」
 よほど統率され巨大な情報網を持つ組織でも無ければ、こんなことはできないはずだ。

「ゼロナとクーは?」
「どさくさに紛れて私の手の者が連れてくる。これが本来ならベストなんでしょうね」

「そうじゃないから、私達を呼んだ……だろ?」
 後にいた静紅が笑いながら言う。
「ええ、これはヴェルトが大人しく諦めてやってきたらの話。どこにでも、諦めの悪い人間ってのは居るものなの」
「それで、どうするんだ?」

 桜花はソ連のマップをデスクトップに開く。
「先にこちらが攻撃されたとはいえ、攻撃された基地は少し訳ありなのよ。流石に私達が直接出れば戦争になりかねない。だから、初撃はソ連軍にしてもらうわ、私達はあくまで、もしもの時の救援」
「双方の戦力は?」
「ヴェルトがいる基地にある戦術機は全部で42。乗っているのは試験用の強化兵士とESP被験者がそれぞれ二名ずつ。できる事なら、生かしたまま確保したいわね。陸上兵器はいいとこ50、航空兵器は30程度ね。……こっちはソ連の出方によるけどせいぜい一個大隊って所と、私の中隊そして、あなた達。ソレくらいかしら」
「となると。また、搦め手か。好きだな、お前も」
 静紅が呆れたように言うが、かなり制限された状況だ。直接やれば被害が出る。
 だが、桜花から返って来たのは耳を疑う言葉だった。

「馬鹿ね。搦め手を使うなら、あんたなんか呼ばないわよ」
「え?」
 これには流石に驚いてしまう。静紅も少なからず驚愕していた。

「彼我の戦力差を見る前にヴェルトはソ連を敵に回すの。こっちは圧倒的有利じゃない、いざとなれば兵糧攻めと波状攻撃でなんとでもなるわよ。でも、問題はクーとゼロナの確保、私達の目的はそっちでしょ。もし、ソ連軍や国連軍に二人が確保されれば、サンプルとして第三計画に持っていかれるかもしれない、ヴェルトがいなくなっても第三計画自体が無くなる訳じゃないしね。腹が立つことに、まだ、所有権はあっちにあるのよ」
「手を打てないのか?」

「やるだけはやるけど、微妙ね。……私が今までヴェルトに手を出しかねていた理由も、まだ、解決してないわ。できれば、先にこっちを優先して足元を磐石にしたかったのだけれど。理由をあちらが作ってくれた以上、みすみす好機を逃すつもりなんてないわ」
 つまり、やるのなら、自分達でやらなければいけない。そう言うことだろう。
 桜花はヴェルトがいる基地の上空写真を出す。そこには、びっしりと相手が出てくるであろう戦術の予想が書かれていた。

「四日後よ、ソ連に家族旅行にでかけましょう」
 桜花は微笑んでいた。

「久しぶりに二人に会えるのか……楽しみだな」
 クーとゼロナ、どうしているのだろうか。

「久しぶり……といえば、人間同士ってのも久しぶりだ」

 二人とも、心なしか嬉しそうに心を弾ませていた。


 *


「ふーん。じゃあ、あんた、桜花と一緒にソ連に里帰りと洒落込むわけ。いいわねー、羨ましいわ」
 書類の山に埋もれながら、不機嫌そうな顔でコーヒーを啜りながら夕呼は言う。
 その目は書類から離れようとしない。

「……悪いと思ってる。けど、一刻でも早く、クーとゼロナを取り戻したいんだ」
「それで、早速、契約を破棄したいとでも言いたいのかしら? 別に私としてはそれほど期待してた訳でもないし、違約金代わりに少しお土産を持って帰ってきてくれたら、それでいいんだけどね」
 コーヒーの飲み終わったマグカップを置いて、流し目で夕呼はこちらを見る。

「いやいや、一度、乗りかかった船から降りるつもりはないから。そっちさえ、良ければ、最後まで付き合うつもりなんだけど」
「あんた馬鹿ねー。それとも、最初っから桜花とあんたで仕組んだ企みなのかしら?」
 胡散臭いと目が言ってる。こちらを疑っているのだろう。

「どっちにしろ、帰って来た時にしばらく匿って欲しいからね……。それと、桜花はアレで親しい人を使った企みはあまりしないタイプだよ」
「ふぅん、そう思ってるのはあんただけかもね。気をつけた方がいいわよ、あんた。気づいた時には、すでにあいつの歯車にされてる……なんて、あまり笑えないわ」
 射殺すような視線で夕呼はこちらを睨んでくる。「まさか」とも笑って返す、が、桜花が本気になったらそれくらいはするだろう。

「まぁ、あいつの事は別にいいの。文句を言い出したらキリが無いしね。それより、あんたに頼みたいのはコッチ」
 手元に分厚い資料が投げ捨てられる。
「これは……ヴェルトの研究の資料?」
「そうよ、あんたには彼の研究の一部を秘密裏に入手してきて欲しいの」
「なんでまた……」
 無事に第四計画へと承認されたなら、予定通り第三計画の接収も可能だろう。その中にはヴェルトの残した研究も入っている。
 今、わざわざ危険を犯してまで手に入れるほど必要なモノなのか。下手をすれば、この件が裏目に出る事もある。何より、ヴェルトの研究にそこまでの価値があるのか。

「ヴェルト博士……。生物学者と科学者、畑違いと言ってしまえばそこまでだけどね。……彼は確かに天才よ。尤も、同じだけの労力と時間とお金を渡せば、私ならそれ以上の成果を果たしてみせるわ……」
「負けず嫌いだなー」
「悪いかしら? 学者なんてのはね、常に、誰よりも先にいて、初めて認められるの。他者よりも短時間で高性能なモノを作り上げるのが天才の仕事、それを地道に性能を上げていくのは凡人が頭を悩ませればいいのよ」
「なんだ、結局、自分は天才だと言いたい訳かー」

「遠まわしに言えば、そうかもしれないわ。ただ、ここからが本題。私が何で彼をヴェルト博士と呼ぶか解る?」
「……少なくとも認めてる。認めるべき点があるから……?」

「そう、正解よ。彼の研究成果の中で、特に注目すべきなのは、八割以上の肉体変換技術と、G元素からの反応炉内に存在する液体、擬似ODL精製方法と使用方法の確立。特に後者は短期間での成果を上げているわ」
「なんか凄いのは解るけど、パッとこないな……」
 ODLって言えば、最後の最後に00ユニットの足かせになった記憶がある。確かにそれを人類が作れるのなら凄いと思うが、反応炉無しで何処までの効果が出せるのか未知数でもある。

「あんたが聞いてもそんなもんよねー。別にそれだけなら時間、資源、道具さえ揃っていれば難しい話じゃないの。ソ連がハイヴ落として以来、G元素の研究は活発になってるしね、私からすれば下手にG元素なんてのに手を出したのが失敗なのよ。でも、人間の肉体を機械化しながら、脳のバランスを保たせると言う技術。あれは彼にしかできない。その一点のみなら、彼はまさに天才よ、例え、私が同じ方法を10年間掛けて試したとしてできるかどうか。正直、あの施術と調整は芸術の域ね」
「それほど……」

 プライドの高い夕呼がここまで言うのだから、ヴェルトも第三計画の一角を占めるだけのことはあるのだろう。
 夕呼は量子電脳を、ヴェルトは良質な”器”を作る才能があると言うことだ。
 ヴェルトの事は昔に会っただけだが、性格の不一致で、二人が一緒に肩を並べて研究などできないだろうが。

「天才は二人もいらないわ。欲しいのは素体と技術よ」

 資料の付箋が張っていた場所を夕呼が開けて、コチラへと向ける。
「できる事なら、このトリアって娘を保護して頂戴。生きているなら、それに越したことは無いわ」
 ヴェルトの私兵の中でもかなりの古株、ESP兵と呼ばれる人間の生き残り。
「00ユニットに使うのか?」
「ええ、そうよ。自らの肉体を失っても生きようとする意思。そして、実戦を生き抜いてきた実績。性格は温厚で従順、大分、弄られたようだけど、時間をかければ充分に矯正できる範囲。彼女はどれをとっても申し分ないわ。あんたが別口で持ってきた資料を見た限り、神経系はかなり逝ってるみたいだけど、研究の完成までの間なら持たせる自身はあるわ」

 情報ではゼロナがわざわざ後に乗せているらしい。そして、ノギンスクから脱出した一人であり、あの時、俺を撃ち抜いたスナイパー。
「まだ、こいつには借りを返してないんだが、一応、出来る範囲でやってみる」
「ええ、ついででいいわよ、少し劣ってばしまうけど素体候補なんて他に幾らでもいるから」
 急にニコニコと夕呼は微笑み出す。

「それよりも…………おかしいわね。私は一言も00ユニットと言う言葉を使った事は無いの……。どうして、あなたはそんな言葉を知っているのかしら?」
 自分の表情が凍り付くのが解る。
 ミスった。これは、ヤバイ。
「……それは、論文を見たときに──」
「ダウト。論文には、”生物根拠0生体反応0のBETAをリーディング可能な機械”としか書いて無いわ。さぁ、いい加減、どういう事なのか白状してもらえるかしら?」

 即効でばっさりと切り捨てられる。どうやら言い逃れは難しいらしい。
 その日、なんとか先延ばしにしようと、ソ連から帰ってきたら言うという血判状を書かされた。
 特に関係の無い余談だが、笑顔とは本来、他者を威嚇するためのものだと言うのを、今日、初めて実感した。




[18452] 故郷の雪
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:88376832
Date: 2011/03/31 14:13


 寒い。
 チラチラと雪まで降っている。ここはどんな極寒の地だよみたいな。
 海には氷が張っている。

「俺の夏が迷子になってしまった……」
「避暑地にしては少し殺風景だけど、私としてはこれくらいが丁度いいわね」

 軍用ヘリの中。向かい座る桜花。
 その服は厚手のコートでも、ゴスロリでもなく、真っ当な軍服だった。
 しかし、よく見れば、階級章は付けられていないし、日本軍でもロシア軍でも、ましてやアメリカ軍の軍服でもない。いや、おそらく一応は一番近いのはアメリカ軍の軍服なのだが、まるで、よく出来たコスプレを見ているような違和感がある。それでも、何故かポケットの位置や着やすさが機能的に見えるのが桜花クオリティー。

「避暑地にするなら普通もっと南だろう。しかし、なんだって蛙野郎はこんな辺鄙な所で研究してるんだ?」

 わざわざ、桜花の対角線上に位置取り行儀が悪く椅子に腰をかけている静紅。
 日本の斯衛軍の赤服に派手な羽織りに長刀を一本、立てかけている。武装はおそらくソレのみ。相変わらずの銃嫌いらしい。
 ちなみに、俺は普通に国連の軍服。
 こうして見れば、自分たちにも立場というモノがあるのだと実感してしまう。

「引き篭もりたいのよヴェルトは、他者を見たくない。感じたくない。知りたくない。だから、自分の研究所に容易く人が入れないような所に作った。あそこはね、自分を外界から守るには好条件なのよ」
 辛辣に桜花は語る。

「ふん、理解できないな。近しい者同士、シンパシーでも感じるのか?」
「まさか、それもあなたの悪い癖よ静紅。何でもかんでも一緒くたにして、切り捨ててしまう。だから、数学ができないのよ」
「近代の戦争になればなるほど数学の存在は不可欠になってくる。敵の数がどうの、砲の射程がどうの、本当に苛立たしい事だ……敵を全員切ればそれで終わりだろうに。机上で戦争をする輩はご丁寧に敵の数を数えて多ければ恐れ、射程から近づかれればまた恐れる、そんなに怖いのなら何時までも机にしがみついていればいいのだ。わざわざ前に出て何がしたいのか、ほとほと理解に苦しむ」

 その視線は桜花に向いている。
 要訳すると「お前は何時ものように後ろから見ていればいい。戦場に出る必要は無い」と言ってる訳だが。

「将が前に出る時代なんて、とっくに終わっている。けど、前を行かない者に後ろから続く事も出来ない。それもまた事実なのよ。まぁ、今回は私が直接手を下す事は少ないから、指揮も他の者に任せるつもり。なんなら、私の中隊の指揮、あなた達どちらかやりたいかしら?」

「冗談。足手まといを連れて戦場を歩くのはこりごりだ」
 即答する静紅、一人の方が動き易い、要はそういう事だろう。
「俺も遠慮する。顔も知らない奴にいきなり命令に従ってくれって? ムリムリ、俺にそんな度量は無いよ」
 少しどんな人間がいるのか見ておくのもいいかもと思ったが、変な詮索をする気も無い。

「兄さんの度量云々は置いといて、まぁそうよね、能力だけで選んだから、ちょっと気難しい人も多いし纏めるのに苦労するのよ。手綱は付けてるけど、まだ実力的には足を引っ張りかねない。一度、私以外の指揮官の元で経験を積ませつのも良いかと思ったのだけれど、兄さんにそんな事を押し付ける訳にもいかないわ。今回は何処までできるか、私は見学させてもら事にする……もう、あなた達について行ける自信も無いし、私は私でやることがあるしね」
 何処か寂しそうに桜花はため息をつく。
「よく言う……だが。良き兵は良き戦場にて生まれ、死ぬ。私もお前も、死ぬのはソコだ」

 呪いを呟くように、静紅は桜花に呟く。
 自重するような瞳で桜花は静紅を睨みつけ、苦笑する。

「……そうね、これでもデスクワーク派だと自負しているのだけれど。最後はなんだかんだでいつもソコで死ぬわ。もはや業と言っても差し支え無いのかしら」


「しかし、まぁ、人生何があるか解らないんだし、長生きするに越した事は無いよ」
 生きるの死ぬのなんて、今しがた考えても仕方がない。
 静紅も桜花も一瞬、俺の言葉にキョトンとした後、笑い出す。

「私はあまり、長く生きるのは嫌だったんだがな……お前にそう言われると意地でも死ねんさ」
「ええ、本当に。そういう生き方も悪くないと思うわ。まぁ、私は静紅の死に顔に線香をぶち撒けるまで死ぬ気はないわね」

「そういう事なら桜花、遺体の心配はいらん。死後、私が跡形なく切り刻んでやる」
「ちょっと、それはスプラッタすぎるわね。少し訂正するわ、あなたの遺体は私が責任を持って、手のひらサイズまで圧縮してあげる」
 なんか、もう、一気に子供の喧嘩と言ってる事が変わらなくなってしまった。


 手持ち無沙汰になり、窓の外を見ると、少し離れた場所に基地が見えた。
 かなり巨大な軍事基地。

「へぇ、結構な所だな」
 同じ方向に座っていた静紅が目を向ける。
「……どうだか、あまり金がかかってなさそうだ。攻めてみれば案外、張り子の虎だった……なんて事もあるかもな」

「残念なことに静紅の方が正しいかもしれないわね。元々、この辺りの基地はソ連からアラスカへ持ち逃げしてきた機器の寄せ集めで作られたの、だから、性能でいえば二線級、三線級のモノばかり。でも、それにしては中々、上手くできている方よ。BETAとの戦域が最も広いソ連にとって、こちらの軍事力にあまり力を避けないのを考慮に入れると、決して悪いモノじゃないわ。というか、静紅は基地を城か何かと勘違いしている節があるのよ。基地はあくまで拠点なの、守る事を考慮に入れているとは言え、その本懐は拠点として補給をし兵を休息させ、何より補給線を確保させる事、戦略目的が未だソ連本領にある間は……」
「そんなものは最低条件だろ。守れなければ維持もできない。攻めれなければ意味もない。そして、攻めなければ勝てん」

 途中で横槍を入れられたせいで、不機嫌そうな顔をして桜花は皮肉を言う。
「……昔から思っていたのだけれど、静紅の性格は守りに向かないわね」
「悪いか?」
「タチがね」


 深くため息を付いて、桜花は外を見る。
 そうこう言っている間に基地へとヘリが着陸しようとしていた。

「……ねぇ、兄さん。あなたが、もし、ヴェルトの立場ならどうする?」
 それは無意味な仮定の話。
「詰んでる将棋を続けるほど暇じゃないから、とっとと逃げ出すか……どうしても、って言うのなら盤をひっくり返すかな」
「それもまた、らしいわね……でも、ヴェルトには出来ない選択よ。静紅、あなたなら、どう?」

「そうだな…………」
 静紅は獰猛に笑う。そして、今までもそうであったように。

「攻撃だ。徹底的に……攻めに出る」
「タイミングは?」

 だから、それは偶然だった。

「今、この瞬間にでも」

 基地の端から響く、爆発音。鳴り響くサイレンの音が混ざり、混沌の戦場を呼び起こす。
 様々な場所から戦闘の狼煙が天へと伸びる。予めに爆弾でも仕掛けられていたのか、かなり近い場所でも爆発が起こる。
 ヘリの機動が少しズレてなんとか、基地へと着陸した。

「随分と気の早い事ね……せっかちな男はウザイだけよ」
「構わんさ。向こうが死にたいと言うのだ、聞き入れてやるのが大人の対応というものだろう」

 燃え盛る地面へと、ヘリから何事も無いと言う風に降りいく二人。俺もすぐに後を追う。
 すぐ頭上をミサイルが通って行った。もの凄いスピードで飛んでいったソレは、真後ろの建物が爆発し、爆風でヘリが傾き、地面にパラパラと飛ばされた残骸が落ちていく。

「中々、派手ね。あなた、好きなんじゃない? こう言う攻め方」
「まぁ、そうだな。嫌いではない。自分でする気にはならんがな」

 燃料に引火したのが、乗っていたヘリが後ろで爆発する。
 離れていなかれば、巻き込まれていたかもしれない。

「うわー、怖いな。でも、なんか、丁度いい感じの温度になったかも」
「そうか? 私はまだ少しぬるいな。それで、私の火鶴は何処にある?」
「あっちよ。ここは好きになさい。あぁ、兄さんのファングスティルは調整中だから待ってね」
 桜花の指差す方向へと視線を向ける。

「出番無しか……余りのとか無いの?」
「残念ながら余剰な戦力を持ってこれるほど潤沢ではないし、権限もないの」

「悪いなユーリ。先に行かせてもらう。安心しろ、お前の望みどおり極寒のこの地を数日限定で熱砂に変えてやる」
 冗談半分で笑いながら、静紅は俺たちに背を向けた。俺はそんな事を望んでいるなんて一言も言っていないけど、本気で言ったら本当にやりかねない。
「ほどほどになー」

 二人で残され、とりあえず一番、安全そうな場所へと向かう事にした。
 案内役だったはずの人間は、最初の爆風ですでに亡き人になってしまっていたし、下手をすれば敵と判断されて撃たれかねないからだ。
 歩く途中で、何気ないと言った風に桜花は呟く。

「ところで、兄さん。このタイミングで攻撃してくるであろう人間を私はヴェルトの私兵の中で一人だけしか知らないの」
「奇遇だな。俺も少しばかりこのやり口には覚えがある」

「ええ……本当に奇遇」
「これは……何か面倒な事になりそうだな」

「……そう……ね。ねぇ、もし、仮によ。私たちの想像通りだったとして……静紅に勝てるかしら?」
「…………さぁ?」
 計らずとも六年前の巻き戻しがここで行われようとしているのかもしれない。


 *


 最初にそれに気付いたのは、奇襲を仕掛けていた強化兵士の後ろに乗るESP被験者だった。
 能力的には後世代に劣る彼女だが、戦場にいる期間は他の誰よりも長かった。だからこそだろうか、真っ先に身の危険を感じた。リーディングなどではない、戦場で培われた危機感知能力。
 言ってしまえば一種の勘のようなモノ、普通ならその程度の事では彼女は動じないはずだった。だが、まるで、目の前で銃口を付きつけられているかのような圧迫感。
 全身が小刻みに震えだし、息が詰まりそうな感覚、何に対してか解らない、だが、本能が今すぐにでもここから離れろと命じていた。

「逃げてッ!」

 気付いた時にはそう叫んでいた。
 意志を持たない強化兵士はその通りに動こうとするが、”何”から逃げなければいけないのか理解できない。
 何故なら、彼女から行われたプロジェクションの内容があまりにも曖昧だったのだ。まるで、幽鬼でも見たかのような恐怖心。その曖昧すぎる意図に混乱したのは決して彼のせいではない。
 だが、結果としてそれが決定的な隙となってしまったのは、ある意味、不幸な事なのだろう。

 目前。 
 網膜投影に映しだされたのは刃の切っ先だった。同時にそれが彼女の見た最後の光景になった。
 巨大な刀が幻想から現実へと押し入るように、網膜投影を貫き管制ユニットへと押し入り、強化兵士もろともESP兵の体を切り、潰した。
 無造作に投擲されたような刀が複座型管制ユニットを縦に切り裂く、傍目から見れば戦術機の胸に刀が突き刺さっていた。
 片手間でやったかのような一撃。

「愚鈍だな……反吐がでる鈍さだ」

 刀を投擲した本人。ゆるりとした動きで無造作に沈黙した機体に近づき、自ら投げた刀を引きぬく。
 静紅は管制ユニットの中で独りごちていた。
 燃え盛る地面よりも、尚、赤い機体。瑞鶴、それにしては上半身が細く、無骨差が失われている。だが、その上半身に比例して足が大きく長くなっている。
 まるで、短距離を走り抜ける事に特化したような機体。
 何より不気味なのはその機体は万全の状態でありながら、銃火器を装備していない事だ。その手にある長刀一つのみ。
 しかも、その長刀は通常の74式接近戦闘長刀よりも、ずっと長い。

 火鶴。瑞鶴を発展改良させていく過程で産まれた不良品、近接戦闘のみに特化され、それ以外の尽くを排除した最高の欠損機。

 およそ遠距離武器というモノが一つも無く、本来であれば瑞鶴の影に隠れ、歴史の中へと消えていくはずだろう失敗作。だが、アジア以外でもその姿を知る者は多い。
 事実、基地で戦闘行為を行っていた幾つかの機体が、そちらに視線を送った瞬間に動きが止まる。
 将が個人の武勇を競う事が失われた戦場で、尚、輝く刀。

 草梛 静紅の愛機。
 ただ、それだけである事が、その名を高めていた。

「まぁいい……楽しませて貰おうか」

 その脚力を持って、火鶴は一気に速度を上げ、その足で地上を駆け抜ける。三方から敵機が銃を放つ、それを避けるように蛇行し、時に直線に、時に迂遠に、それでも猛スピードで銃弾の雨の中を走り抜けていく。
 他の戦術機より頭一つ大きい火鶴、さらに、その身長より長い一振りの刀を手にしていた。
 狙いを一つに絞り、その獲物の目の前で飛び上がり、速度を落とさず刀を振るう。

 近づかれたESP兵は咄嗟に銃をクロスにして受け止めようとする。
 上段からの一閃。
 銃の腹に刀が当たり火花を散らす。それが、自らの失態と理解したのはその時だった。

「反応はよし」

 上から下へ。
 本来、受け止められるはずだった刃は銃を切り裂き、その全てを無慈悲に一刀の元に両断した。

「だが、対応が悪い。それも劣悪だ」

 二つに別けられたのは件の特殊仕様のF-4、その衛士諸共声も上げれず四散する。
 また、ゆっくりと次の獲物へと狙いを付ける。
 蛇に睨みつけられた蛙のように、ESP兵の中に動揺が伝染した。


「同情しようじゃないか。貴様等は少しばかり、深入りしすぎ、私の目の前に立ったにすぎない」

 恐怖にかられたESP兵の思考に強化兵士の一人が同調してしまう、無造作に跳躍ユニットに火を吹かせてその赤い機体へと銃を乱射する。
 その目に狂気を取り付かせ、唯、己の恐怖の根源を取り除こうと片手にナイフを取る。

「ウ゛ウ゛うウィアアァ! あ゛ア゛アアアアアッ!!」

 抑えつけられていた感情が爆発したかのようにそのF-4は火鶴へと疾駆する。
 無謀にも思える突貫。
 だが、一撃を避ければ。避けさえすれば、勝てる。強化兵士とESP兵、二人の思考が、その時今までに無い同調をしていた。恐怖という感情が二人の集中力を高め、意志を統一していたのだ。
 ESP兵は静紅の考えをリーディングし、強化兵士へとプロジェクションを行う。見え見えの攻撃ならば、強化兵士の底上げされた反射能力で避けれない理由はない。

「だから、劣悪だと言うのだ。二度も言わせるな」

 その時、ESP兵が”見た”のは。
 二つの死の線、二種類の死。そのまま行けばナイフを振るう前に断ち切られ、逃れようとすると断ち切られる。
 その時、すぐに理解した。
 間合いに入ってしまった瞬間に自分達はすでに彼女の中で詰んでいるのだと。
 絶対の自信。どれだけ速く相手が動こうと、その全てを捉えきるという己の力への確信と自負。心情だけではない、今にも接触しようとする二機の間には圧倒的な力の差があった。
 勝てない。
 前提が間違えていたのだ、その一撃は何処へ逃げようと、どう受け止めようとも、確実に死ぬ。
 そう悟った瞬間に、そのESP兵は思考する事を放棄した。それは自己を防衛しようとする最後の逃げ道だった。

 せめて、痛く無いようにと。
 唐突に繋がりを断ち切られた強化兵士は、戸惑う暇もなく、刃に飲まれた。


「そんな事だから、みっともない死に様を晒す。ほら、同情してやるから……もっと私を楽しませてみろ」


 戦場を全てを飲み込むような存在感。それほどまでに異彩を放ち、支配する存在。
 無論の事、少し離れた場所でゼロナはその異変を感じ取っていた。眼に見える変化はすでに起こっている。
 数秒事に自らの部下が破壊され、マーカーが消えていくのだ。

「……おいおぃ。んだよ……こりゃ」

 あまりに常識はずれ。
 一機、二機、と面白いように戦力を減らされていく。仮にも自分が引き連れいる部隊は第三計画直属の精鋭だ、それがここまであっさり落とされていくなんてのはありえない。

「トリアァ!!」

 咄嗟にいつも後ろにいたはずの女の名前を呼んでしまう。状況把握は彼女の十八番だったから、しかし、すぐに返答が無い理由を思い出すと舌打ちしてしまう。
 死の予感。
 ゼロナの中で危険信号が鳴り響いていた。同時にその原因に興味が惹かれるが、いらぬ好奇心だと自制する。
 元々これ以上は戦闘行為を続けてはいけないと、引き際だと察していたのだ。長引かせれば敵が増える、この作戦の本来の目的、増援を送ってこれないように滑走路と通信施設を壊す事。
 これはすでに終えた。
 これで空は閉ざされた、例え急ピッチで復旧させようと大幅な制限はされるはずだ。
 ここにくる陸路のトンネルは別働隊に爆破させた、これで雪でも降って閉ざされれば陸からの支援物資は届かない。
 まさに陸の孤島。
 どちらにせよ、一週間という条件の間ならば、充分に時間は稼げるだろう。

「ッ……全機、引くぞ。せいぜい、その逃げ足でせいぜい惹きつけろや」

 言葉と同時に散らばっていた戦力が集結し、撤退を開始する。
 邪魔は入ったが、大方、作戦通りに事は進んでいた。

 だが、やはり、その邪魔は簡単に逃がしてくれる気はない。
『無理です! コイツ! 赤い奴が!! 振りきれません!!』

 ESP兵からの連絡。
 運の悪い事に、目を付けられ逃げ回っている。隊列から離れた二機。

「ふぅん、そうか。近くにいるのは……C4、それとC6かぁ……」

『助けッ! 助けて!!』 

 必死に逃げようとしているのだろう。
 自分で操縦している訳ではないのに、声には恐怖の色が見え隠れしている。
 そのESP兵は弱者だった。
 本来、戦闘を補佐するはずのがESP兵の役割、それを忘れ「助けて」と泣き叫ぶ。
 ゼロナは完璧主義者でなければ、軍規を気にするような人間ではない、それでも、自らの部下にそのような輩がいるという事実。それがゼロナを苛立たせた。

「喧しいんだよ。助かりたけりゃ自分で勝手に助かってみろや。C4、C6”命令”だ。その赤い奴にできるだけ接近し、自爆しろ」

 だからと言って、そんな”命令”が許される筈もない。
 戦闘行為以外の意志を除外された番号で呼ばれる強化兵士、その絶対の命令権限。それが、どんな不条理だろうと指定された人間が”命令”と言うと喜んで従ってしまう。

 一方で、感情こそ表に出そうとしない輩が多いESP兵だが、強化兵士とは違いれっきとした感情を有している。
 だからこそ、複座の管制ユニットの後ろに乗るESP兵の恐慌は限界を超えていた。

『……嫌! 嫌! 死にたくない!!』
『どうして! 私まで……ッ! 隊長! 命令の! 命令の撤回を!!』
 自爆を命令された強化兵士の後ろに乗るESP兵の二人が絶望に打ち拉がれたような声で叫ぶ。前者はC4、後者はC6の相方。

「悪くねぇ悲鳴だが……屑に付き合っているほど暇じゃねぇ。全員、コイツら二人からのリンクを切れ、通信もだ」
 ただ、冷徹にゼロナは盤上のゲームでもするかのように駒を動かす。
 駒を動かす時に最も効率良く。最も犠牲を出さず。そして、最も残酷な行為。

 スケープゴート。
 要は囮だ。単純な戦術であるからこそ、避けにくく対処し辛い。
 結果だけ言えば、二人の犠牲で逃げる時間が稼げるだろう。むしろ、そうしなければ、撤退をするまでにさらに追われ、五機は落とされているはずだ。
 その行為は決して無駄ではないし、間違っていない。

 だから、今まさに一機目の前で自爆を行った同志を見た、ESP兵の一人が唯一、繋がっているゼロナの通信へと助けを叫ぶ。
 まるで、地獄からアラクネの糸を掴もうと必死に情に訴えかけるように。

『お願いします隊長! 私は隊長の事を尊敬しているんです! 私はもっと貴方の部隊にいたいんです!! 貴方の元にいる事が何よりの誇りなんです!! だから……隊長の元でッ!! 戦いたいんです!!』
 そのESP兵は長い間、ゼロナに付き従っていた一人だった。
 それ故に顔も名前も把握している。
「あぁ? そうか。クク……ハハハ、俺を尊敬……ね。そうだな……テメェは禄に能力もなくどうしようもない屑共の中では見所のある方だった。能力こそ最低だが、成績も優秀、命令にも従順、実に惜しいな。だが、だからこそ、無駄死には嫌だろぉ? いいぜ、存分に誇れ! そして死ねや。……それで死ねないなら何度でも連れてってやる」

 絶句したのか、諦めたのか、そのESP兵は言葉を失う。
 接近する静紅に怯えながらも、絞り出すような声で息をする。

『…………先に……行きます』
「許可する。テメェの恨み言ならあっちで聞いてやってもいい」
 それまでの馬鹿にした笑いを止め、至って真面目な表情でゼロナは言う。

『光栄です……。ご武運を』

 それが最後の言葉となり、その存在がこの世から消えた。
 だが、本命の相手。
 赤い機体はそれほどダメージを受けたような事も無く追跡を再開する。二機共、至近距離で爆発したのを確認したが、一体どんな対処をしたのか。並の相手とは格が違う。

「……クソッ割りに合わねぇ。本当に何だ、コイツ……静姉ぇみたいな凄腕しやがって、クソが!!」


 *


「逃げていくわね」
「あ……静紅、追いかけるつもりなんだ。律儀だよな、そういうとこ」
「相手からすると迷惑千万ね。でも……どう思う、兄さん」
「んー……十中八九、罠。静紅も知ってて追いかけてるんだろ」
「そうじゃないわよ。その罠で静紅を仕留めれるかってこと」
「……さぁ?」

「さっきからそればっかりね……。それにしても、静紅、器用な真似するわね」
「ちょっと羨ましいなぁ、帰りにスキーかスノボーできるところに寄っていかない?」
「いいわね、それ」


 *


 基地から撤退し、雪上をスキーでもするように滑り抜けていく団体。
 さらに、それを追跡するソ連軍の小隊と、火鶴。

「オイオイオイ……そりゃ、ねぇだろうが。無茶苦茶だぜぇ」
 コックピットの中で、ゼロナが呟く。
 今、乗っている特殊仕様のF-4はこれでも、雪上用の装備だ。同様の装備をしているソ連軍の中隊が追いついてくるってのは予想通り、まだ理解できる。

 だが、雪上用の装備でも無く、”多目的追加装甲”の上に乗って追いかけてくるなんて正気の沙汰じゃない。
 しかも、長刀を下段に構えている。すれ違い様にまた、一機落とされる。

「戦術機でスノボー……ったぁ、何処までもぶっ飛んでやがる!」

 バランスを取るのが難しいなどというレベルではなく「パッと思いついたからやってみっましたー」でできる訳がないのだ。それ用に調整もしていない、盾で坂を滑り降りるなんて馬鹿げた話、聞いた事もない。
 だが、二人。ゼロナの中で二人、それができる該当人物が当てはまった。そして、機体の色を見た瞬間にすぐ、片方が消去され、個人が固定されていた。
 
「ハハ……ハハハ!! ヤッタ! いいぜぇ! もぉおおお! 間違いねぇ……静紅姉ぇだ! 絶対、静紅姉ぇ……!」


 それは久しぶりに会う、姉への狂喜だったのか、それとも、強敵に対する感激だったのか。
 どっちにしろ、ゼロナは気分が高揚するのを抑えきれなかった。

 滑りながらの銃撃戦では、こちらの方が部がある。それでも、残りの部下はたった七機にまで減らされていた。
 貴重な戦力が半数以上失われたのは失態と言う他ない。だが、敵の損害はそれ以上のはずだ。

 最後の山を跳躍ユニットで駆け上る、その先に並ぶのは、無け無しの戦車部隊。
 計四十二両の横一列に並んだ戦車部隊の砲撃。中隊規模の敵を殲滅するには充分な火力を秘めている。

 山頂へと登り切った敵戦術機部隊に対して、砲撃を仕掛ける。
 噴火するように山の形が変形していく。

 それが、開戦の狼煙となった。
 戦車の砲撃による轟音。そして、巻き上がった雪や土の粒により視界が見えにくくなっている。小さい雪崩が幾つも起き、次第に大きく飲み込んでいく。
 だが、それこそが、ゼロナにとって最も有利な自分の戦場。
 ゼロナが乗るのは特殊仕様、潜入型に特化したF-4。そのステルス機能と雪の中に溶けるような色、そして、自分にはまだ、七機の手駒がいる。
 静紅が乗るのは火鶴。瑞鶴の発展型。ソ連軍の中隊は先程の砲撃を予期していなかったのだろう、その殆どが戦闘不能へと陥っていた。
 火鶴は盾を砲撃に向けて、防ぎながらまるで爆風の上を滑るように、空中を飛んでいた。
 その火鶴には未だに一つのカスリ傷すら付いていない。だが、これから集中砲火を浴びながら、八機の敵と戦いを強いられる。

 ゼロナは卑怯などとは考えていなかった。
 その感情は称賛にも近い。敵は一機で一軍。むしろ、まだまだ、戦力が足りないくらいだと。

 それでも、まるでに童心に帰ったように笑っていた。
 久しく忘れていた強者へと挑む感覚。自分の腕が何処まで上がったのか知りたいのだ。己の牙はまだ折れてなどいないと、否、むしろ鋭く固くなった。その証明のために。
 あの時の、何もできなかった己の、ノギンスクでの後悔を拭うために。

「ヒャはハッハハァ!!! 言ったよなぁ! 俺はぁ! 次はゼッテェ負けねぇって!」


 何度でも。
 立ち向かう。


「さぁ!! 六年前の続きだッ!! 悪いなぁ!! またリベンジマッチに付き合って貰うぜッ!! 静紅姉ぇえええ!!!」


 自分たちが兄弟というのは変わらない。
 例え、死のうと。
 例え、殺されようと。
 例え、どれほどの後悔に身を打ち拉がれようと。
 それは変わらない。






[18452] 盤上戦技
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:88376832
Date: 2011/04/03 16:01



「ゼロナはアレで人の意表を付くのが上手いのよ。それも、私とは違って計算し尽くした上でっていうタイプじゃなくて、攻撃されたく無い場所への奇襲や、取らなければいけない場所を瞬時に判断できる、要は相手の隙を見つけるのが得意なタイプなの」
「へぇ、それはちょっと意外だな」
「そりゃそうでしょうね。静紅がそういうのあまり好きじゃなかったし、BETA相手にはあまり有効な手段じゃないから見えなかっただけ。多分、静紅や私よりも戦場の中での視野は広いわ。私は元々、力仕事しながらって言うのはどうしても性に合わないし、静紅はアレで味方の損害とか見て見ぬ振りをする事とか多いし、何より大概の事が一人でできてしまう」
「でも、視野が広いって、静紅よりも?」

「大隊規模同士で自分たちが手を出さないって言う限定した状況で戦えば、ゼロナに軍杯が上がるんじゃないかしら」
「じゃあ、指揮官に向いているのか?」
「んー、これまた性格を除けばの話ね……この二人に共通することとして、自分勝手だから部下が付いてこれないのよ。静紅はなんかそこら辺、カリスマみたいなモノがあるから、付いてくる人間も多い。けど、ゼロナは趣味に走りやすい、それも静紅と違ってその趣味が許せないって意見が大半なのよね、まぁ、戦時中ならそれもある程度は許容されるんでしょうけど……」
「桜花はその手の趣味はないの?」
「私が指揮する軍での規律は絶対。それで解るわよね、非効率な事は避けるたちなのよ。まぁ、それでも、目に余るような事をする相手なら…………って、ちょっと、何言わせるのよ」

「恥ずかしがるような内容でも無いんだけど……そもそも、なんかわざとらしい」
「……最近、私の知的クールキャラが兄さんの中で崩壊していっている気がするのは気のせいかしら?」
「桜花はおませで可愛いって」

「昔よりも哀れみのパーセンゲージが増えている!?」
「思ってた」
「しかも過去形!? ……まぁいいわ、よくないけれども。いい加減に話を戻すけども! もし、仮によ手足のように使える奇特な部下がゼロナにいるのなら」
「静紅にも勝てる……と」

 *



 違和感。
 強烈な既視感。首を傾げたのは一瞬。正面からを劣化ウラン貫通芯入り高速徹甲弾を乱射し、向かってくるF-4。

 攻撃の方法、動きの癖、静紅は直ぐに思い至る。
 そこにいる敵が何者なのか。

「……あぁ……ゼロナ。お前か」

 その言語に現された感情に焦燥や驚愕の色は無い。まるで、そこにいるのが当たり前だというように穏やかな言葉。
 戦車からの迫撃砲が闊歩する空中での戦闘。
 爆風が鳴り響き、視界が限定されるている上に、相手から距離を取ると一斉に狙い撃ちをされてしまう。決して御し易い戦場ではない。
 だが。
 だからこそ、そんな状況の中で静紅は笑っていた。

『久しぶりだなぁ……静紅姉ぇ!』
 通信が繋げられ、相手の声が聞こえる。
「そうだな。最後にあったのが、随分と昔のように思える」

 高速でぶつかり合うが、交差は一瞬、ゼロナの乗るF-4のナイフを防ぎ火鶴は地面に着地し、互いに雪を撒き散らすように斜面を滑り降りていく。
 そんな状態であろうと、追加装甲の上で器用にバランスを取っている。

『ッ……チッタァ……驚いたらどうなんだよ!! このアマァ!!』
 火鶴は蛇行しながら、速度を落とさず駆け抜けていく。周囲には戦車からの砲撃を受けながら、合間を縫うようにF-4が一定の距離から突撃砲を静紅に向けて放っていた。
 静紅の狙いは明白だ。戦車を先に壊すか追いぬき、両隊の連携を断つ事。
 それ故に、スピードはどんどんと上げていく。それをさせじと八機のF-4が次々に襲いかかる。火鶴はその全てをいなし、躱す。

「何を言ってる。この六年の間に呆けたか? 別に驚く事なんて無いだろ、親、兄弟に知らずの内に戦場で会い、殺し会う事もある。意見が違う、立場が違う、所属する軍が違うというのはつまりそういう事だ。あぁ……今更だろうが一応、聞いておいてやる、私と殺り合う気だと取って間違いないんだな?」

 急激に接近するF-4。ほぼ同じスピードで並走し、静紅の間合いの外、太刀の一撃が届かない場所から突撃砲を構える。
 それは攻撃意志が存在するという事。

『ハハハ!! 姉貴の方こそ呆けちまったんじゃねぇのか!! 俺が銃をあんたに向けて構えている!! それが答えで、それ以上の返答があるかっつーの!!』

 静紅は接近をしようとするが、ゼロナはそれをよしとせず、ギリギリの間合いを取って、撃ち放つ。
「いや、何。兄弟同士での殺し合いはユーリが五月蝿いだろうからな。もし、何かの冗談で死んでしまったというのなら笑い話では済まなせれられない、それにこれでも、私はお前を心配していたんだ」

 何も無いはずの前へと飛び上がった火鶴は追加装甲を手で抑えて斜めにする。全くの予想通りの場所へと来た戦車からの砲撃を追加装甲で横から叩き、反らす。
 火鶴への直撃コースだったその軌道は歪み、ゼロナの眼と鼻の先の地面へと着弾した。

『……ッ!』

 先程からずっとESP兵から静紅の思考のプロダクションが行われてこない。それどころか、断片すら読み取れないと送ってくる。
 どうやら、こちらのESP兵がいることを知って、何か細工をしたか、それとも、読み取らせないように何重の事を同時に思考をしているのか。もしくは、何も意識して考えないようにしているのか。
 バファイット素子を使っていると言われた方がまだ安心できる。それとも、まさか、断片すら読み取れないということは、ただ本能のままに体を動かして、心を無意識にでも保っているのかもしれない。
 実際できるかどうかはともかく。やってやれない事はなさそうだというのが恐ろしい。

『チッ……どれも笑えねぇよなぁ……』

 飛んできた砲撃を叩き反らすという、荒業、否、もはや神業とも思えるその一撃にゼロナは反応をしていた。
 いや、反応していたというよりも、むしろ、わざわざ当たりに行った静紅が何かをすると踏んでいて、すでに回避をしていたのだ。

 今度こそ、ゼロナは爆風を突き破るように空中にいる静紅へと攻勢に出る。その距離はすでに、銃を不要とする距離。故にナイフを火鶴に向け、一気に伸ばす。
 爆風でF-4を失ったであろう相手への一撃。倒したと思った相手から油断した所への一撃。そうそう避けれるはずがない。

『何しに来たか、知らねぇが! お呼びじゃねぇんだよ! テメェは今更、どの面ァ下げてここに来やがったッ!!』
 それでも、疑問を抱いた言葉を紡いだのはある確信があったからだろうか。
 相手がこの女でなければ。
 自分が生き残る事すら、無意識の内に計算にいれていたのだとしたら。

「随分な言い草だな。だが、それを言われると心苦しいのも事実」
 その心の中を知る由はない。
 だが、現実として突き出したナイフはあろうことか、火鶴が伸ばした指の間に挟まれてしまう。
 そのまま、懐へと引き寄せられ、空中で地面へと頭から投げ飛ばされる。異様な衝撃が管制ユニットに走る。

「私とて再びお前たちと会えるのを一日千秋の思いで待ち焦がれたのだぞ」

 高速で走っている状態の今、地面へと叩きつけられれば摩擦によって、胴体と泣き別れすることになるだろう。もしかしたら、地面が雪だから助かるかもしれないが、転がり落ちて人工の雪だるまになりかねない。地面に手を伸ばし、片腕を犠牲にし、一回転して体制をなんとか整える。
 雪に飲まれ、遥か後方へと転がっていく右腕。接続を無理矢理はがされたコードの類が放電し、異様な音をたてる。

「何しに来たなどと、私の口から言わせるな恥ずかしい。クーとお前を迎えに来たんだ。それとも、アレか? お前は私たちの事を、もう、兄弟だと思わないとでも?」

 対処を一秒でも遅れていたら、全身が破壊されていてもおかしくはなかった。そうなれば、待っているのは確実な敗北。
 それでも、ゼロナの戦意は一遍足りとも衰えていない。
 むしろ、心の底では笑っていた。

『まさか……! だけど、俺はここでやることを見つけた、悪いがあんたと一緒に行く気はねぇ!!』
「ほぉ……そうか、なら、クーだけでも渡せ。百歩、譲歩してそれでも尚、口惜しいがこの一件から私は引いてやる」

 火鶴は鷹揚に手のひらを返した腕を伸ばす仕草をする。
 それは、ある意味での最終警告。もしも、断ればその全て、つまりゼロナがやりたいと言っている事、モノ、全てを排除してでも取り返しに来るという意味だ。
 そうなれば完全に敵となる。今度こそ、本気で殺しに来る。
 一瞬、揺らぎそうになる決心をゼロナは奮い立たせる。

『ッ! ……そいつも無理な話ってもんだぜ! 引く気もなけりゃ、渡す気もねぇ! あんたにゃここで死んでもらう!!』

 今まで援護しかさせていなかった部隊に、二機編成での一撃離脱での連続攻撃を行わせる。
 その全てを受け流す静紅に対し、隙を窺う。
「アレもダメ、これもダメ。少し見ない内に反抗期に入ったのか。まったく、しょうがない。無論、手加減はしてやるつもりだが、あの時のような道楽や遊戯だと思うな。少しばかり怪我しても泣くんじゃないぞ、ゼロナ」

 だが、そんな簡単に見せるような隙はなく、細かいフェイントを入れてくるせいでどうしても読みづらい。
 再び、飛びかかろうと体制を整える。
『ッざけんじゃねぇえええええ!! 何時までも舐め腐りやがってッ!!』


 だが、一瞬、静紅がブレたと感じると、対象を失った。いや、正確には視界の外へと逃げられた。探したのは数秒、すぐに相手は見つかる。「ヤバい」そう思った瞬間には目の前の空中に、両手で上段に刀を振り下ろそうとする静紅がいた。
 ナイフで受け止めれたのはほんの偶然。静紅の狙いがもう片方の腕だったからの過ぎない。そして、何より相手がコチラを殺さないように手加減をしていたからだ。

 しかし、それで危機が去った訳ではない。むしろ現在進行形で行われている。
 まるで頭上から押し潰そうとするように、火鶴が跳躍ユニットを全開にして、スピードに拍車を懸けてジリジリと鍔迫り合いの状況を作り上げていた。

「威勢ばかり良く吼えるなよ。それでも私の弟か、お前は何時もそう、叫べば戦況が変わるとでも? 口の聞き方、身の程、そして恥を痴れ」

 言葉の度に圧力が強くなりナイフの柄にヒビが入り、ゆっくりと静紅の刀が侵食する。
 その重厚に耐えようと必死に堪えるが、耐え切れずF-4の片足が地面に付き、速度が一気に落とされる。
 重圧がさらに増して、ナイフが折れて腕が霧されてしまうのも時間の問題になってしまいかねない。

『身の程なら知ってらァ!! 俺は俺だ! 知っているからって、止まる気はねぇ!!』

 間一髪、横合いから撃つ強化兵士の攻撃を回避するために、火鶴はF-4を飛び越した。
 だが、間違いなくこちらのペースに入ろうとしている。
 着地の瞬間
 戦術機同士の戦いにおいてこれほど解りやすい隙はない。それを誰もが理解し、実行していた。今まで散漫だった砲撃が一転に絞られ、これでもかと言うほど砲弾が叩き込まれ爆発が連続して起こる。

「お前のそういう所は嫌いじゃないがな。おいおい、これでも私は愚弟にも優しい姉だ。お前がやりたい事は好きにして構わんと思っている。だが、自殺などは止めておけ、死ぬのならせめて私の手でやってやる。どうした? 優しいだろ? 泣いて喜べ」

 これで仕留めれるとはゼロナも考えていなかったが、火鶴は頭上に現れる。ギリギリで地面を蹴り上げて、また爆風に乗って空中に飛んでいたのだろう。
 それよりも、その正気を疑うような言葉。
 確かに状況を考えれば、すでに落ちぶれたヴェルトに肩入れするというゼロナの行為は自殺にも等しい。そして、少しズレていたとしても、ソレが静紅にできる最大限の優しさである事には代わりがない。敵対する相手の意志まで尊重しようと言うのだ、常時の静紅を知る人間が聞けば耳を疑うようなレベルだろう。
 そう、敵対するならば、全てを殺し尽くす。
 それが本来の静紅。

『ハッ……そりゃ、随分と魅力的だなぁ!!』

 けれど、同時にそれは裏を返せば、それだけ静紅に余裕があるという事。
 ゼロナにとって、未だに敵であることすら認められていないという事だ。

『だが! 気に入らねぇんだよ!! そのスカした態度も! 戦場に立っている癖に誰にも自分は殺せないっつー傲慢さも! 何よりそれを体現してるその馬鹿げた力が!!』

 無理矢理自分の思考を読ませて、八機が空中にいる火鶴に向かって、完璧な連携で一斉に襲いかかる。

「羨望の視線は鬱陶しい、弱者の嫉妬は見苦しい、思っていても男ならそんな弱音を口にするな。……戦術機の腕だけは少しばかり成長したようだが、まだまだ子供だな」
『ガキで悪いか!! 実力じゃ敵わないのも! 意地張ってるのも知ってる! だがな、それでも引けねぇっつってんだよ!!』

 次々と襲いかかるF-4の攻撃を全ていなした上、火鶴は不用意に突っ込んだ一機に狙いを定められ、カバーに入る間も無く、その両足が断ち切られた。
 足を切り飛ばされ生きている跳躍ユニットで、地面への不時着に務めるも、頭上から火鶴に踏みつけられ頭から地面に叩きつけられる。
 まるで、露払いをするような勢いで一機、二機とF-4が落ちていく。
 ゼロナとて、戦力の低下を黙って見ている訳ではない。何度も、何度も、襲いかかり、その全てが避けられる。
 やがて、接近を許した戦車部隊にも被害が出始めた。
 BETAとは全く違う恐ろしさ、物量の恐ろしさとは全く逆の、人間の限界を体現したような化物の一旦に触れた感覚。


「相変わらず、怖がりだな。お前は……」
 静紅の言葉で始めて自分が操縦桿を握る手が震えていた事に気付かされる。
 数では始めから圧倒していたはずだ。それなのに、今では味方の数も数えるほどしかいなくなった。

『怖い? あぁ、そうか、恐怖……か。怖い怖い怖い……ヒャハハハ!! どうしようもなく怖えぇなぁ!!』

 しかして、その犠牲は全て無駄だったのか。
 その答えは否だ。
 火鶴の跳躍ユニットにあるエネルギーは確実に減っていた。F-4と瑞鶴を比べれば、個々の性能や運動性を向上させた瑞鶴だが、結果として稼働時間を減衰させてしまう、そして、瑞鶴をチューニングした火鶴はさらにその稼働時間を縮めていた。
 八機のF-4と追いかけっこを繰り返していた火鶴にとって、跳躍ユニットの消費が激しいのは言うまでもない。
 そしてここに来て、温存しようという腹なのか、今までのように全てを避けきるという事が少なくなった。それだけに、火鶴は確かにその身にダメージを蓄積し始める。
 つまり、火鶴の限界が近づいていた。

『あんたを殺せると思ったらよぉ!!』

 静紅には勝てない。だが、火鶴になら勝てる。
 どれだけ強かろうと、機体性能に足を引っ張られててしまえば、結果として、死ぬ。

 戦車が燃え盛る、雪の上に佇む赤い機体。
 どこまで追い詰められようと、尚も傲慢に。

「あぁ……それだ。やっとマシな顔つきになったな。少しは楽しめそうじゃないか」

 その労力を、犠牲を、全て無駄とあざ笑うように。
 ゆっくりと、刀を構える。

「逃げるなよ。貴様ら全員、私の獲物だ」


 握るナイフの一撃に全てをかける。
 それは、軍としての意地を賭け、最後の命令を下す。

『”命令”だ! 全員、ソイツを押さえつけろ!!』

 四方から飛び出したのは数機、ただ、忠実にその命令に従う。
 足を奪われながらも飛びつこうとする機体。腕を飛ばされながらも、突っ込んでいく機体。踏みつけられ、砲身を折られても、前進する戦車。機体を壊されながらも、その身でと外に出て行く強化兵士。
 まるで、屍が動き出すように、無残に切り裂かれながら、戦姫の元へと向かう。

「いいぞ、死にぞこない共! もっと、もっと来い!!」

 斬られ、切断され、断ち切られ、両断され、切開され、捌かれ、打ち切られ、小刻みにされる。
 何度も、何度も、刀が振り下ろされ、その度に命が消し飛んでく。
 足を掴もうとし、突き刺され。
 胴体に体当たりしようとし、切り捨てられ。
 その刀を止めようと、手を伸ばそうと切除される。
 最初に辿り着いたのは、火鶴の背後をとっていた戦車だった。次に生き残ったF-4に腕が抑えらつける。

 火鶴が振り払おうと腕を上げる。
 それは完璧な隙。気づいていようが、誰にも止められる訳がない。

『──食いちぎってやらぁああああああアアア!!!!!』

 咆哮を上げて、ゼロナはそのナイフに全身全霊を懸け、突進する。
 死角からの一撃。
 確かに、ソレは火鶴の胸に突き刺さった。
 戦術機にとっての致命傷である場所。『勝った』そう思える瞬間。

「私が、お前の事を見ていないとでも思ったのか……?」

 ナイフが折れ、ゼロナの表情が恐怖に引きつり。
 頭上から長刀が振り下ろされた。



 *


「それで静紅に勝てるか? ないわね…………それこそ程度によるけど、それで殺せるのなら、私が苦労したりなんてしないわ」
「マジか……」

「取れないクイーンに、いくらルークやビショップを向かわせても意味が無いでしょ。元々、ゲームが成立していないの。あの娘に本当に勝つもりがあるのなら、そもそも盤上に上がらせない事よ」
「何か他に方法は無いの?」
「あるわよ。ゲームの勝利条件を先に達成する……要はキングを取ってしまう、元々、極論すれば戦争というのは外交の一種なのだから戦略目的を達成する事が一番重要。古来より城、国、基地、それ等、敵の拠点を奪い尽くしたり、王、将軍、司令官、要人を殺し尽くせば、それで勝ちなの。だから、どんな強いクイーンやポーンがいても無視してキングさえ取ってしまえば問題が無いの」
「成程」
「まぁ、そんな事しなくても。必勝の手というのはね、キングを取るまでもない、盤に駒を置く前に相手に負けさせる……これが最良よ」

「……は? んー…………あ、あー、つまり、それはアレか。将棋を打とうと言ってきたじいちゃん(仮)に毒の入ったお茶を飲ませて昏倒させて不戦勝を貰うとか、そういった類の手か」
「矛を交えるなんてナンセンスだわ。相手が己と向かい合って座った瞬間にチェックメイトよ。真剣勝負の戦いは出会った瞬間から始まっているものなの」

「言い方は格好いいのに、もはや今まで言ってたチェスや将棋を全否定してるな……。なんか程度の差はあれ、二人の間でゲームは成立しない事が理解できた。……でも、その理論からすると、今、その盤上にはクイーンしかいない訳だ」

「そうね、取れれば勝ちね。取、れ、れ、ば」
「もはや、盤をひっくり返したくなるな」
「昔、それやったわ。……盤を壊した後でもクイーンだけが立ってたけどね」
「…………笑えねー」

「そうね、静紅と長く付き合ってる身として言わせてもらうのなら。相手が個人であり、同じ条件下で勝てるであろう人間を、今まで私は片手で数えるほどしか知らない。そして、その殆どに運が良ければと付いてくるわ」
「数で押せば、どれくらいの損害が出ると思う?」
「さぁ? それこそ、戦場の良し悪しによるでしょうね。何千と一人で殺したかと思えば、一人も殺せず銃弾に当たって意外とポックリいくかもしれない。己に無限の可能性があるという事は、相手にだって無限の可能性とやらは存在する。何事も絶対に無いという事は無いものよ」

「それこそ、神のみぞ知る……か」


 *


 白銀の山へ、薄い線の足跡を残しながら去っていく。
 その様子を静紅は、少し離れた場所から見ていた。火鶴はその胸にナイフが突き刺さり、機能が停止している。

「負けた……か。だが、悪くない一撃……」
 もう一度、目を瞑り思い出す。
 あの時、静紅はゼロナに一撃に反応していた。それでも、避けれるような攻撃ではなかっただけの事。タイミングといい、踏み込みといい、文句の無い一閃。
 結果として静紅はナイフを受けながら、反撃するという暴挙をせざるおえなかったが、少しでもズレて管制ユニットに当たっていれば自分は死んでいただろう。

「いや、いい一撃だった」

 ゼロナがやられると、部隊は命令を中止してゼロナを担いで撤退を始めだした。
 おそらく、最初からそういう指示を上のモノから出されていたのだろう。結果として相討ちになってしまったが、静紅の中で勝敗は決していた。
 あのまま続いていれば自分は火鶴を失った殺されていたはずだ。それで、ゼロナが納得するとは思っていなかったが、結果として自分は命拾いしていた。

 静紅は管制ユニットから這いでて、動けそうな機体を捜したが見つからず。結局、基地に救難信号を出して待っている間、去っていくF-4の様子を眺め続ける。

「……敗残兵は何時の時代も惨めなモノだな」

 自嘲するような口調とは裏腹にその表情は穏やかだった。
 それは、勝者への畏敬の念か、成長した弟の姿を見た姉か、それとも、更なる強者への渇望だったのか。
 未だ彼女の心の内を知る者はいない。





[18452] 余興
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:88376832
Date: 2011/05/22 01:43

 世の中にはバランスというモノが存在する。
 決して崩れない黄金比で保っているモノが存在すれば、危うく片方へと落ちてしまいそうなギリギリのバランスを保つモノもある。
 何が言いたいかというとだ。
 今、現在、桜花の機嫌が物凄く良い、それに反比例するように静紅の機嫌はとてつもなく悪い。

「私は確かに”ここは”好きにしていいと言ったけど、まさか、追撃した挙句、負け恥を晒した上におめおめと返ってくる馬鹿がいたとはねー」
「五月蝿いぞ。別に恥を晒したとは思っていない」
 鬱陶しそうに、静紅は手で蠅を払うような仕草をする。しかし、その程度で桜花が止まるわけがない。むしろ、今こそとと言った感じで畳みかける。

「本当に愚かとしか言いようがないわ、どんな形であれ敗北なんて恥以外の何物でもないでしょ。逃げることもできたはずなのに、どうせくだらない誇りとやらが邪魔したのでしょ」
「敗戦を嫌うお前らしいがな、それが良い戦場であれば、敗戦もまた寛美な酒となる。誇りがくだらないという貴様には、何度死のうが理解できんだろうな」
 桜花は静紅の言葉を聞いて更に頬を歪める。その目は決して笑っていない。

「あら、そういうモノがあるのは理解しているわ。でも、一機駆けなんて時代遅れも甚だしい行いを実際やった何処かの自己陶酔した酔いどれが、替えのきかなくなった高価な玩具を壊した事に、私は腹を立てているの。解る? 理解できた? できないのなら死んで頂戴」
「ああ、うん、把握した。火鶴は私のモノだ、どう扱おうとお前に文句を言われる筋合いはない。でだ、お前が乗るはずだった戦術機があるはずだろ。それをよこせ」
 臆面も無く言う静紅に、この返しには予想外だったのが、桜花も顔をしかめる。
「自分の言った事を反芻して、あなた、もう一回、死んできたら?」

「だからその足を寄こせと言ってるんだ。お前、阿呆か? それとも、長く生き過ぎて痴呆にでもなったか?」
「……ねぇ、それが人にモノを頼む態度なのかしら? それと、私、年齢関係の事で冗談言われるの嫌いなの。本気で殺すわよ」
「やれるのか?」
「やってみせようかしら?」
「面白い、やってみろ。お前らしい悪質で卑怯な手でな」
「獣は所詮、狩られるためにいることを教えてあげる」

 立ち上がった二人の間に威圧感がひしひしと湧き出て、こちらまで伝わってくる。流石にこれ以上はまずい。この二人の間には雨降って地が固まるなんてことはなく、そのまま地割れでも起きてしまいそうな勢いだ。
「ハイハイ、まぁ、そこら辺にしといて、いい加減に話を進めない?」

「……チッ」
「楽しみは後にとって置くことにするわ。けど、静紅、あなた自分が負けたって事がどういうことか理解しているの?」

「お前にとやかく言われる覚えはないがな」
「随分と甘えた事を言うのね。単独で突っ込んで負けて帰る、あなただってその意味くらいわかってるでしょ?」
「敵には相応の損害を与えたから、問題が無いだろ」
 間髪入れずに静紅が否定するも、桜花は止まらない。

「問題が無い? 馬鹿言わないで。当初も言ったけど、ゼロナとクーの確保が最優先でしょ。それ以外の戦果は何の意味も無いの」
 確かに桜花の言うとおり、目的がそこであるが故に、どれほどの敵を倒したとしても無意味。いや、厳密に言えば基地を攻め安くなり、確保できる可能性が増えるのだから、決して無意味ではないのだが。その行為自体で何か得するという事はない。

「第一、あなた罠だとわかってて突っ込んだでしょ」
「弟がせっかく用意してくれたディナーだ、食い散らかさないでなんとするよ」
「迷惑な客ね、お呼びでないって言われなかった?」
「言われたが、何か?」
「どうやら私はゼロナにどうしてキチンととどめを指さなかった事を懇切丁寧に怒らなければならないようね」

 半分冗談で言う桜花を尻目に静紅は目を細める。
「ゼロナは私たちと共に来る気は無いと言っていた。なんだか知らんがここでやりたい事があるらしい。一応、クーを寄こせと脅したが、断られた上に、逃げられたよ。私はゼロナが自分で決めた事なら私はソレを優先してやるつもりでいる。要は、クーさえ確保できれば、私はここから身を引くつもりだ。流石に何時までもわけのわからん輩に預けているというのは締りが悪い……まぁ、約束もあるしな」

 静紅の発言に桜花はあからさまに不機嫌そうな顔をする。
「ゼロナを見捨てるって事?」
「もう、独り立ちした奴を見捨てるとは言わんよ。……桜花は二人に関して過保護がすぎる、縛り付けるだけが人との接し方じゃない」
 心当たりがあるのか、舌打ちをして桜花は顔を背け悪態をつく。
「あなたがそれを言う? 縛り付けておかないと何処までも行ってしまう向こう見ずな輩が多いからでしょうが……」

 言わんとすることはわかるが、ゼロナに関しては気になっていたので、俺も無難に静紅へと聞いてみる。
「そんなに成長してた?」
「見違えたとまでは言わないが、及第点を与えれたから、こう言ってるんだ」

 要は静紅は静紅なりの根拠があってそう言っている訳かと、納得するも、それが全て正しいとも思えない。

「ちなみにソレは、ゼロナを見てそう感じたから? それとも、静紅を倒したから……?」
 仮にも静紅が負けを認めた以上、相手の事を認めない訳がない。それが目を曇らせているのではないか。

「嫌な聞かれ方だな……まぁ、強いて言うなら両方だ。未熟な部分はあるが、それはそれでらしい奴らしい」
 何時ものように自信満々に言う静紅、その言葉に迷いが無い。そこまで言われると、ゼロナがどんな風に成長したのかさらに興味が湧く。
 だが、意外というかある意味、必然というか、不満を漏らしたのは桜花だ。

「だとしても、ここに残って何が出来るって言うの? 責任者であるヴェルトはすでに失脚しているし、残るのはテロリストの汚名だけよ。私はそんなことを続けている人間を一人前とは到底、認められないわね」
 実を取る桜花の価値観から言えば、無意味に思えるのも仕方がない。そして、それは一般的にも正しい道である。
「そうか? 一時の感情かもしれんが、そこまで、できたら充分だと思うがね。なにより、自分で戦場を選んだだけ幾分か上等だ」
 大衆に聞けば、静紅の考えを支持するモノは少ないだろう。静紅は放任主義的な基質があるとはいえ、その考え方は決して間違いではないと思う。ただ、先程も言ったように納得できない節もある。

「短絡的な思考の停止ね、頭の中にお花畑でも咲いてるのかしら? 私が正論であなたを解くのはいつもの事だけど、あなたの論点はいつもズレているわ。ゼロナとクーにはせめて、真っ当な生き方をしてほしいの」

 静紅は「正論じゃなくて、屁理屈だろう」と突っ込みをいれるが、俺としては桜花がいきなりマトモな事を言い出したのでつい、口を挟んでしまう。
「真っ当って、正義か悪とか? そういうの?」
 それを聞いて、静紅が笑いだした。
「やめとけやめとけ、お前には似合わん。自分でも信じてないモノを他人に信じこませるなんてできやしない」
 睨むような視線を桜花が送ってくる。

「何言ってるのよ。私が言いたいのは何が損で、何が得か、どうすれば、真っ当な利益を稼げるかと言う話」
「あー、今、凄く納得がいった」
「ま、そりゃそうか……」
 俺も静紅も桜花の答えに口を揃えて頷いてしまう。
「そういうあからさまな対応は逆に腹が立つわね」と拗ねてジト目で睨んでくる桜花は諦めたようにため息をついて言葉を続ける。

「どっちにしろ、私は私でやることがあるから現場の判断に任せるしか無いのだけれど……兄さんは、ゼロナに会ったらどうするつもり?」
「とりあえず説得して、無理だったら。その時に考える」
 終始不機嫌そうな桜花だったが、苦々しい表情を作る。

「……そう、でも、はっきりと、結論を出しておいた方がいいわね。ゼロナはクーを渡す気は無いと言ったのでしょ。だったら、次も守衛に出てくる可能性が高いわ……そして、ゼロナはここを離れる気は無いとも言ったのでしょ。なら、こちらから攻め込めば、すでに後が無い状況になる。そうなれば、死ぬ気でくるわよ、敵として……ね」
「そうなったら、なったで、首根っこ引っ張って連れて帰るか、ダメなら勝手に逃げてもらうさ」

 俺の答えに桜花は眉を顰める。
「そこに殺すという選択肢を加えないのが、兄さんらしい……けれど、それは答えを先延ばしにしているだけ、私はそれを悪い事だとは言えない。でも……もしも……ゼロナが兄さんに”殺される”事を望んだとしたら?」
 それを桜花がどういう気持ちで聞いたのか理解出来ないけれど、桜花だけではなく、静紅もこちらを注視していた。
 殺される事を望む。そんな人間がいるのだろうか、そして、ゼロナがそんな望みをするとは思えない。
 だけど、仮にそうなったとしても答えは決まっている。

「…………受け入れるよ」
「逆に兄さんを”殺す”事を望んだら?」
 さっきよりも、コチラの方がずっと現実味がある。
「それも、多分、受け入れる」
 流石に無駄な犠牲というのは嫌だ。けれども、本当にソレが必要だと願うのなら、もし、ソレでゼロナが幸福になれると言うのなら渋る必要などない。

 そんな感情を悟ったのか、桜花は悲しげな表情をして、少しの間、沈黙を続けていたが、またゆっくりと口を開く。
「…………そう。じゃあ、こう言うのは卑怯なんだろうけど。ユーリ兄さん、もし、ゼロナにユーリ兄さんが殺されるような事があれば、私はゼロナを殺さないでいる自信が無いわ。いえ、他の誰であったとしても変わらない、私の全てを懸けて兄さんが残そうと願うもの全てを徹頭徹尾に全身全霊で叩き潰し戸籍から人間関係までこの世から無くしてしまうかもしれない」
 つまり、結果は変わらない、そう言いたいのだろう。だから、そうなった時に俺が死ぬ意味も無いと。

「それは……怖いな」
「そうだな、桜花の言う事にも一理ある」
 同調したのは意外にも静紅だった。実際、ここには三人しかいないのだから、俺の他に、桜花に同調できるとしたら静紅だけなのだが。
 さっきから口を開けば目の敵にされてる気がする。

「もしゼロナと殺し合いになったのなら、手加減などはするなよ。桜花の過保護とは別に、何かと言うとお前は甘い。ゼロナと私はこと、戦闘という分野において近しい部分があるから、なんとなく解る、どんな形であろうと向かい合ったからには手加減されたくない。やるなら、本気で殺し合いたい……と」
「えー、さっき静紅手加減したんじゃないの?」
「私は本気で殺さないようにやっていたんだ。殺すつもりは私には無かったし、殺されるつもりも無かった。……少しばかりヘマはしたがな」

 二人が真剣に睨んでくるので、渋々と頷く。
「……わかった、わかった。でも、まぁ、そんな事にならないって、そのために桜花も動いてるんだろ?」

 そういうと少しバツの悪そうな顔をして、桜花は答える。
「ええ、まぁ、そうだけど。何事も上手くやろうとすればするほど、上手くいかないモノなのよね」


 部屋にノック音が響く。途端に静かになり、扉へと注目が集まり、男が一人、入ってくる。

「調度良かった、紹介するわ。彼が今回の突撃部隊を指揮し──」
 桜花は入ってきた男に近づき、演技と解るように大げさに手を振るい、演技口調で続ける。

「五十を過ぎてを見事に童貞を卒業し、バツイチの妻を撃墜したスルワルド。スルワルド・へクリナーシャ大佐よ」

 かつてノギンスクで見た、頃より少し老けているが、それは間違いなく。
「おー……スルワルド少佐」
「貴様らも壮健そうで畳重。しかし、残念な事に、言葉遣いも態度も相変わらずだとは……階級章を見ろ。少佐じゃない大佐だ」

 桜花の紹介に頬を引き攣らせながらもオトナの対応をする。久しぶりに会った俺とは違い静紅は最初から知っていたのか、からかい半分に桜花の戯言に付け足す。
「撃墜された……の間違いだろ」
「何それ、どういう事?」
 静紅は無言で桜花に促す。
「兄さん、ノギンスクでのブリーフィングを覚えているかしら? あの時のお見合い写真」

 死亡フラグとか破局フラグとかの。
「あぁ、あの美人さん。え……まさか」
「いいえ、残念ながらそうじゃないわ。大佐が結婚したのは……」
 桜花は少し言い辛そうにわざとらしく小首を傾げ、静紅はただにやにやと笑っている。

「そのお見合い相手の”娘”よ」
「……はぁ?」
 どうしてそうなった。

「大人には色々あるのだ……!」
 そう語るスルワルド元少佐に目を向けると、哀愁ただよう表情でため息を付いていた。

「そもそも、彼女は若い頃に子供を産んでるの、けれど娘が産まれてすぐ父親は病で倒れずっと独り身で育ててきた。しかし、娘さんが結婚して、自分も久方振りにそういう家庭を持ちたいって思ったらしくて、試しにお見合いをやってみたらしいの。始めはお見合い相手の彼女と大佐、そこそこ上手くやってたのよ。でも、娘さんがその夫と離婚してしまって、スルワルド大佐はそれを慰めたら。娘フラグが立ってしまった、それがいけなかった。まさに修羅場。大佐がモテ期という、人生の佳境での初経験にあたふたしている内に、お見合い相手の娘に襲われ純血を奪われた挙句に既成事実を作られてしまったわけ。そんでもって、あれよあれよという間に、なるようになってしまったのが事の顛末」
 ちなみに現在でも、お見合い相手と娘は冷戦状態、と桜花が洗いざらい語ってくれた。

「男にとって結婚は人生の墓場だと聞くが、大佐にとっては修羅場だった訳だ」
 半笑いになりながら静紅が茶々を入れる。

「…………まぁ、その、アレだ、昇進とついでに御結婚おめでとうございます。スルワルド元少佐」
 敬礼。
「大佐と呼べ! 後、慰めのような言葉で敬礼をするんじゃない!」
 焦燥しきった顔でしがらみを振り払うように言うスルワルド。

「でも、実際、どうなんです。その年齢で家族を持った感想は?」
「……家にいるより戦場に立った方がまだ気が楽だ。休暇の度に憂鬱になる」
 普通に本音を漏らしたよ。よっぽど大変なんだな。

 流石にこれ以上聞くのは憚れるので、小声にして桜花に聞いてみる。
「といっても、大佐とお見合い相手って別々に暮らしているんだろ。そんなに会うこと無いんじゃ……」
「それが出来たら大佐がこんなに苦労してないでしょ。……例のお見合い相手が大佐の部下なのよ」
「……うわぉ」

「毎日、大佐の出勤時間に合わせてやってくるし、食事の時もさりげなく隣に座ったり、大佐が休暇を取る日には必ずといって良いほど彼女も休暇を重ねるわ。中々にいじらしいと思わない?」
「一歩、間違えればヤンデレだな」
「彼女に会った事があるけど、すでに、その域だと思うわよ。相手が娘じゃなかったら……確実に殺ってるわね」
 怖ぇ。
「そもそも、なんで大佐はその娘さんと結婚したんだ、順当に考えればお見合い相手じゃないの? やっぱり若い方が良かったとか?」

「一度でも関係を持ってしまったのなら最後まで責任を持つべきだ。それができねば、男としても指揮官としても最低だろう」
 聞こえていたのか、大佐が俯いたまま震えた声で答えてくれる。

「言ってる事は間違いじゃないんだけれど。まるっきり処女童貞の理屈よね」
「ぶっちゃけ、最初から受け入れなければ良かっただけの話なんだがな。二人ともに惚れてるって言うくらいなら、親子丼にでもなんでもすればいいじゃないか」
 飽きれたように漏らす女性陣二人。静紅の後半は論外だけどな。

「どっちにしろ、大佐は女に対して弱すぎだよね。その娘さん、今はランクアップして奥さんなんでしょ。好きなんですか?」
「これでも、私は妻を愛している。だが、家に帰る度に事細かに彼女との関係を聞いてくるんだ。ただの部下だと何度も言ったが妻は「そぅなんだ」って笑って返してくれる! にこやかに! まさに怖気が走るとはこの事だ、その恐ろしさはBETAの比でない。……夜の営みに来たと思ったら「私と母さん、どっちが気持ちいい?」なんて聞いてくる! 私は彼女とは一度として関係を持ったことなどないというのに……」
 頭を抱えて、胃を抑え出す大佐。
 そういえば昔より大佐の白髪が増えたなぁ。ノギンスクにいた頃からは想像できない贅沢な悩みだ。
「というか、そんなに嫌なら離婚すればいいのに」
「嫌ではないのだ。むしろ、十中八九は満足している。だが、だからこそ、辛い」

「あぁ、大佐は女に弱いんじゃなくて、ただ単に女に対するメンタルが弱いんじゃね?」
「……もういい、言うな」

「大佐が戦場での指揮を家庭で取れればいいのだけれど。無理なら、この色恋はもうどうしようもないわよ」
 桜花がバッサリと切り捨ててしまう。しかし、どうしようもないって、見も蓋も無いな。
「破局が先か、大佐が死ぬのが先か」
 感慨深げに静紅が呟く。

「貴様ら! 好き勝手に不吉なことばかりいうんじゃない!」
「何よ、大佐が憔悴していたから、元気づけてあげようとしたのに」
 不満そうに桜花が言う。
「どこがだ! 特にお前は傷を抉る真似しかしていないだろうが!! 今更ながら元中佐の苦労が身に染みる……。あぁ、もういい。今後の作戦について教えておく」
 スルワルド大佐は大きく深呼吸をして、一気に頭を冷やし、風格ある軍人の顔へと変わる。

「今回、敵の奇襲にて我が基地の滑走路及び陸路を封じられてしまった。食事の心配は無いが、復旧には時間が係る上、兵装の補給、特に戦術機は厳しいモノとなるだろう。よって、明後日、この基地を放棄し全軍を持ってヴェルトの研究施設を奪取する」

「随分と気前の良いけど、全軍……って」
 大丈夫なのかと聞いてみる。
「正直に言えば、全軍といっても、予定の二分の一の戦力しかない。それでも、あちらよりは多いのだがな」

「随分と減ったわね」
「……今回の奇襲もあるが。元より数が予定より少ないのは上層部による私に対する当て付けだろうな」
 皮肉げに呟く大佐、立場上、色々と苦労があるのだろう。
「まぁ、私たちからすれば、都合がいいわ。余計な邪魔が入らないという事でしょ」

「そうだ、以後、作戦が始まれば我々は貴様らに対して不干渉を貫く。何か必要なモノがあちらにあるのなら、さっさと盗みだす事だな。貴様らの腕が落ち、ノロマな行動をするようなら私は知ったことではない」
 それが、大佐という立場での最低限の譲歩という事だろう。

「ちなみに、スルワルド大佐はここに何しに来たんです?」
「私か? ……私は中将の墓標を汚した輩の掃除だ」


 *


「クソッ……ふざけるなよ! 戦力の八割奪われて、結局、仕留めきなかったなんて最悪だ! 惨敗じゃねぇか……ッ!」
 先の戦いはゼロナにとって、敗北かいいとこ痛み分けでしかない。そのストレスを吐き出すように、切り裂かれ内部から電子機器が漏れ出している自らの強行偵察用のF-4の足の装甲に拳を叩きつける。
 生き残った古参のESP兵はたったの数人。中でも精鋭と呼べる中隊を掻き集めたというのにこのザマだと悪態をつく。
 部下の一人が、ゼロナに声をかける。
「ですが、相手にも相応のダメージが……」
 実際、少数で行った奇襲は基地への攻撃と戦術機の破壊をあわせ、それなりの成果を上げている。

「関係ねぇんだよ、んなこたぁ! 意味がねぇだろうがッ!! 勝たなきゃなぁ!! 部下を犠牲にしてまで、見逃してもらって、それで喜んでんじゃねぇ!! みっともねぇんだよ! 俺も! お前らも!!」
「……それは」
 言葉を濁すESP兵に近づき、ゼロナはその胸ぐらを掴む。
「つーかよぉ。お前らはなんでトドメ差してこなかった、千載一遇……いや最後のチャンスだったかもしれなかったんだぞ。お前、もう一度、アレが来たら止めれる自信が、あんのか?」

「正直、難しいです。ですが、あの時、博士の命令に従ったのは強化兵士であり、我々には決定権が与えられていませんでしたので……」
 その言葉に皮肉げにゼロナは口元を歪める。
「あぁ…………そらそうか。所詮、人形は与えられた命令しか動けねぇよな……」

 言葉を引き継いだのはもう一人のESP兵。
「少し言葉が過ぎるんじゃないですか……最近のあなたはおかしいですよ。少なくとも、部下に犠牲を強いるような戦い方はしなかったはずです」
 ゼロナは虫でも観察するような目で見る。

「ハッ……どいつもこいつも、ESP能力者って奴は知ったような口を聞いてくれるぜ。……お前らさぁ……他人の中を鵜呑みにして、それで満足しちゃってるんだろ。自分以外の他人と距離を取ってる癖に、自分は全部知っているぞって気になっている。だから、現実がどうあるかなんて見ちゃいない、幻想にすがり付いて他人の本心を否定する事しかしない」
 それはESPという能力全てに対する懐疑にも等しい言葉。同時に心労の吐露でもあったのかもしれない。

「ずっと思ってたんだよ。お前ら人の心は知ることができても、自分の心は何も知らねぇんだろ」

 明らかに動揺する己の部下を見て、ゼロナはただ、愉悦に浸っていた。他者の弱みを握りつぶすよう、心の奥底を抉り取る。それが快感に思えて仕方がない。
 同時に理解していた。愉悦に浸ることによってしか、この行き場のない憤りの矛先を振るっているにすぎないのだと。

「そんなことだから、はいはいと二つ返事で、ヴェルトの犬にもなれるし、考えることを放棄して、はなから他人の考えの中に答えを探す。そりゃ、そうした方が楽だからなぁ、自分で考えるのなんて馬鹿らしいとでも思ってるんじゃねぇ?」

 誰しも一度は考えた事がある思考の透視、本来ならば絵空事の話であった。しかし、ESPを持つ人間にはそれができてしまう。そして、彼らとて結果として他者の考えを盗み見てしまった事は一度や二度ではない。
 だからこそ、否定できない。
 だからこそ、そこを抉る。

「つかさ、そんな人間が本当に生きている価値があると思ってんのか?」

 その存在を否定する。
 その矛先は己にも突き刺さると知っていながら。顔を背ける人間に対して、尚、追い打ちをかける。

「ねぇよなぁ! お前らは実験以外に誰からも必要とされたことなんてねぇもんなぁ……知ってるか? お前らがあっちの研究所でなんて呼ばれてるか」
 あっちというのは第三計画、正規の研究所の事だ。ESP兵の中の何人かはずっと黙って思考を読んでいたのだろう。
 スケープゴートとも思える一人が前に出て、口を開く。
「……知りません」
 その言葉を聞き出した時。ゼロナは思考を読まれていると知りながらも、口を開く。

「”番外”だよ。現在、5世代、200くらいあるESP被験者の番号。その中にお前らの名前を現す言葉は一文字たりともありはしねぇ、子孫を残すことは愚かリーディングもプロダクションも半端にしか使えない失敗作の寄せ集め。3年前に送られてきた廃棄処分予定だったのがお前らだ」
「ッ……今更何を……それを救ったのはあなたじゃないか!」
 その程度の事は思考を読めばすぐに分かっていたのだろう、ゼロナは戦闘時のためにバッフワイト素子など利用していなかったし、知ろうと思えばすぐにでもできた。
 だからこそ。

「勘違いしてるつってんだ、俺は俺の手足が欲しかっただけだ、別に誰でも良かっただよ使える人間ならな。ハハッ、だが違うな。今は……その能面みたいな面が信頼していたモノや善意だと思っていたモノに踏みにじられ、汚され、堕ちていく。お前らのそんな表情が見たかった。そういう意味ではテメェらが必要なのかねぇ……」

 生き残ったESP兵は数人しかいない。素人を補充したとして、きちんと統率できるかも疑問が残る。正直、場慣れしていないESP能力者を乗せる位なら強化兵士に間接的に命令を出した方がまだ役に立つ。しかし、それで多少は足しにはなっても、戦力の差を埋める事はできない。
 ゼロナは彼らを一瞥する。それぞれが全く別の事を考え、こちらに視線を向けてくる。睨みつけるモノ、恐れるモノ、訝しげに顔をしかめるモノ、どれも年端のいかない少年や少女。
 二十も生きている人間はそこにはいない、しかし、そこに誰一人として子供もいない。
 使い捨ての兵であるために、肉体と精神のピークを十代に近づけられ、不自然な成長を遂げてしまったモノばかり。

 睨み付ける一人の襟首を掴み上げ、ゼロナは笑う。
「あぁ……お前ら、本当にダメだな……そんなに殺したいのなら、どうしてやらない? ムカツクんだろ? 腹が立つんだろ? 何で懐に入ってるその銃を俺に向けない」
 首を絞める腕に手が置かれる。
「私たちは人形でも……失敗作でもない。……あなたの部下だ、どんな形であれ……あなたに必要とされている限り……」

「アホじゃね、お前は自己犠牲に陶酔し、結局誰かに依存しようとしているだけだ。なまじ心が読めるってんで、他人のために生きてる気になりたいだけなんだろ? 正直、鬱陶しいんだよ! そんな生き方してる奴はなぁ!」
「それでも……! 私たちは他の生き方を知らない! あなたとは違う! ここから逃げ出せたあなたとは!」

 外界からの情報が無い彼らにとって、研究者達の手から離れ、外を見たことがあるゼロナという存在は英雄にも等しい快挙を成し遂げた人間だった。
 そして、例え任務であったとはいえ、部隊として始めて外に出たのはゼロナがいたからだ。
 それ以外の運命など無かったし、知らなかった。だからこそ、付いていくしかない。

「死ぬとわかってても、殺されるとわかってても、付いていくしか無いんです!」
「結局、自分じゃ立って歩くこともできない。だから、テメェらは人形だっつってんだよ……。ハッ……イラつくなぁ! まぁ、それもこれで終わりか」

 近日中に政府軍とも呼べる正式な軍が攻め行ってくるだろう。
 奇襲で数を減らせたといっても、ひっくり返すには程遠い。一時的に戦線を構築できたとして、そう何日も持てるとは思わない。
 仮に投降したとして、研究所に逆戻りか、処分されるか、それとも、何処かの前線に懲罰部隊として送られるか。
 どれも結果は見え透いている。

「なら、どうする? お前ら……どうやって死にたいんだ?」

 元より彼らが生き残る道なども何処にも存在しない。
 遅いか早いかの違いもない、どう足掻こうがモルモットは籠から逃げ出すことはできないのだから。

「……最後まで! あなたの部隊として! 死んでいった同胞と共に!」
 真ん中にいた兵士が叫ぶと同時にそこにいる全員が一斉に敬礼をする。

「そうか……そりゃ、最低の選択肢だな」
「私たちにとっての最良です!」

「ッ……あっそ……好きに死ねや」
 振り向いたゼロナの後ろからは、一糸乱れぬ了解を示す言葉が響いた。


 *


 地下。
 白い部屋。
 薄暗い消灯が揺れ動く。

「…………いいの?」

 そこには青白く輝く髪の少女が見守る中、同じ色をした女性が寝台に寝ている。
 二人以外には誰もいない。
 本来なら、別々の場所に存在し、会う事すらない二人。それには接触することなく、終わりを告げるはずだった。

「死んじゃうよ……」

 少女は寝ているはずの女性へと声をかける。
 まるで独り言のように一方通行の言葉を、届かないはずのその耳へと入れる。

「うん……同じ」

 しかし、口を開かずとも、伝わってしまう。
 双方向の会話が成立している。

「…………行けば死んじゃう」

 その上で、さも当然といった風に動けない女性に少女は言う。それが起こるのが運命であるかのように確信を持って。

「それでも……行くの?」

 少女は言葉の最後に小さく名前を呼ぶ、トリアと。
 反応は無い。答えるモノは誰もいない。

「そっか……なら、急がなくちゃ。……もう、始まるよ」


 ゆっくりと。
 ゆっくりと歯車が狂い出す。
 それでも、尚、止まる事を知らず、回り続ける。




[18452] 研究成果
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:88376832
Date: 2011/05/22 01:53

 そこにいるのは百人にも満たない、整列していようと着ているのは軍服ではなく、病人用の白い服を着ている人間が大半だ。
 ゼロナはそれらを眺めし、鼻で笑った。

「お前らはすべからく屑だ」

 その最初の言葉に度肝を抜かれるモノも入れば、ただ、無関心に眺めるモノもいる。

「社会にすら属せず、飼い犬にすらなれず。ただ死ぬ。無意味に。無価値に。無情だなどと誰にも言われず、滅びていく。なぜなら、救われる理由も、救う理由も無いからだ」

 悠然とゼロナはそう呟く。
 それは決して的外れなどではない。ヴェルトの研究として第三計画に流れるモノもいる一方で、意志を持たない強化兵士は最後まで使い潰されるだろう。
 しかし、無闇に思考を読み取るESP能力者を放逐する事はしない。
 研究所にモルモットとして送られるか、処分されるか二つに一つ。放逐し人権を持たせ外に出すような事はソ連の政府は決してしない。

「これから行うのはBETAとの戦争でもなけりゃ、国のためでもねぇ。むしろ、その真逆だ。害悪にしかならないテロリズム、犯罪者でありつまるところ国逆でしかねぇ。世の中、全部纏めて敵になっちまってんだ」
 もし、万に一つ。
 生き残る可能性があるとするならば。

「お前ら、何故、俺を裏切らない?」

 指揮官を殺し、ひたすらに逃走する。広大なソ連の大地で身を隠しさえできれば、生き残る可能性は存在する。
 それこそ、避難民に混じり、国外に逃亡できれば最高だ。

「逃げる場所なんて知らない」先頭にいる少女が呟く。「博士がここにいる」後ろに立つ軍服を着る男が言う。「私たちにとって、指揮官であるあなたが降伏を選ばないからです」ゼロナの隊にいた男が口を開く。
 その発想がゼロナをただ苛立たせる。

「屑共がッ!! どいつもこいつも! その隷属を求める思考こそがお前らを屑にしているというのに何故気づかねぇ!!」
 結局、死ぬまで誰かに付き従わなければ、生きることすらできない。
 彼らはそう育てられてきたのだ。そう生まれてきたのだ。即席の戦士として、軍閥に存在する死兵の更に盾となるべく大量生産された戦士の模造品達。

「だが、いいだろう!! 理解できねぇが、妥協してやる!! そこまでして俺の兵でありたいのなら何者にも屈するな!! 俺の命令はおろか、この死すらも!! 俺のエゴでお前らを殺してやる!!」

 故にその価値をもたらすのは戦闘行為のみである。
 常人が抱く幸福も、家族に対する感情さえも持っていない。そも、遺伝子的な家族というモノ以外存在しないのだ。

「砲撃により全てを蹂躙され、這い蹲りながらも生きながらえて見せろ!! 撤退すべき場所などありはしない!! 前進する拠点など存在しない!! それでも尚、この戦場の先を見れたのならば、俺の兵として認めてやる」

 上から見下ろすように、ゼロナはそこに立つ強化兵士に言葉をかける。
 現在、戦闘行為を行える兵士の数はあまりにも少ない。ヴェルトの下にいた兵士の殆どがその胸に造反を抱き、ESP兵にそれを読み取られ殺された。
 この基地を動かす最低限の兵しかいない。しかも、それは恐怖によって従えた兵士だ。何時、裏切るかも解らない。
 圧倒的に不利な戦況。

「喜べ! このマゾヒスト共がッ!! 打ち砕く頭蓋骨には、限りがねぇ!! 叩き潰す敵は星の数ほど存在する!!」

 だからこそ、ゼロナにとって、これほど愉快な事はなかった。

「しかし、奴らはお前らを討ち滅ぼそうと! 奪い尽くそうとする!! 何も持っていないお前達に対してだ!! 愚かだよなぁ! どこまでも! 自分らで作っておいて、役に立たねぇと解ったら捨てちまう! 信じられねぇ屑っぷりだ! お前達に負けねぇくらいのな! けれど、価値の無いお前達は何も持っていないからこそ意味がある。あぁ、奪う価値すらねぇという意味がある、それが本来のお前らだ。だが、それじゃつまらねぇ。ありきたりだ。屑は屑らしくしなくちゃいけねぇ」

 冷淡に微笑しながら、ゼロナが呟く。

「奪え」
 その意味が解ったモノは口元を歪める。

「武器も! 戦力も! 思考も! 意地も! 誇りも! 幸福も! 酔狂も! 女も! 男も! 権利も! 快楽も! 奴らはその全部もっている!! もっていながら更に欲している!! あぁ……俺も持っている! 羨ましいだろう! 妬ましいだろう! ならば殺して奪いとれ!!」

 ESP能力を使いゼロナの思考を垣間見たモノの中には恐怖に顔を引き攣らせながらも、その魅力に抗えず瞳に力が入るモノもいる。
 感情というモノを誰よりも知っていながら、感じた事がない。それが、ヴェルトが作り上げた失敗作たる所以。

「俺は一片足りともお前達に与えたりしねぇ! これは俺のための俺だけのものだ!! 奪いたくば俺を殺せぇ!! 全て殺して奪い取ってみせろ! まさかこの後に及んで綺麗事を言える屑はいねぇだろう! 人間は奪い奪われるために生きてるんだ!! 暴力とはそのために存在し!! お前達は奪うために生まれてきた! 生まれる前からここまでお前らはそういうモノを目指して作られたんだ!!」

 中にはESP能力を暴走させ、その溢れださんとする欲求の感情を転写させてしまうモノまで出てくる。
 無言ながら、異様な空気が漂い出す。

「ならば! 見せてやらなくちゃなぁ! この闘争に価値があると! お前達は失敗作などではないと! 生まれながらにして持ったその力で全てをその証明すらも蹂躙し強奪しつくせ!! 誰よりもその一点のみでは優れていると!! その一点こそが生まれた理由だと!!」

 元来、欲求などの感情を抑えつけられていたESP能力者達、そして、完璧な洗脳が終了していない一部の強化兵士。
 彼らは心の中で、何かに手を伸ばしていた。

「俺が許可し! 俺が命令する! 誰でもない俺のために!! だが、お前達はお前達のために奪え!!」
 渇望していたのだ。
 何も無いが故に、見えるモノ全てを欲していた。

「だがな、奴らは必死になって守ろうとするぞ。きっとお前達を戦車で引きちられ! 銃でその腸を撃ち抜かれ! 耳からナイフで鼓膜まで斬り裂かれる! お前達はこれ以上無いほど完璧に砕かれるだろう! 敗北をその身に植えつけられ、絶望の底へと叩き落とされる」

 感情が浮きだしてきた能力者達が一瞬にして思考回路が入れ替わる、憎しみ、憎悪へと。

「歓喜しろ! その時こそ! 意志無き兵たるお前達が、奪うだけでなく、初めて人となれる瞬間だ!!」

 その言葉は誰にとっても意味が不明なものだった。しかし、同時に言い知れぬ高揚感が支配する。

「その時、俺は理解できねぇだろうなぁ!! お前達も理解できねぇ!! それでいい、いや、そうでなくちゃいけねぇ!! 誰にも! 何者にも! 1ミリたりとも俺たちを理で屈する事を許すんじゃねぇ!! そんなくだらねぇ理屈まで奪いつくせ!!」

 力こそが至上であると、そう考えるゼロナだからこそ。
 全てを奪う事は正統な行為であり、不当なのはそれらを守る事なのだと知っている。
 元より誰のモノでもない、人が勝手に自分のモノだと明言したに過ぎない。故により強者、BETAという存在に奪われることになる。
 奪われたモノを嘆くのならば、奪い返せばいい。

「ただ殺せ!! 力尽くで! 獣の如く! 俺たちはその為に生を受けた事を思い出せ!! 闘争こそ俺であり! お前達だ!」

 そこにいる全員がただ、叫んでいた。
 まるで、ゼロナという狂人に感染するように、その目を血走らせて、殺意に歪ませる。いや、実際、ゼロナの思考を無意識にリーディングしていたモノは狂気に囚われていた。
 壁を震わすような雄叫びは、手を振り上げたゼロナの指示で一斉に静まり帰る。

「命令だぁ……人形共。殺そうとする者すべて殺し、尊き命すら、生まれてきた理由すらも全て……」

 そこに存在する戦うモノ全ての敬礼が一糸乱れずに音を立てた。その瞳を誰もが血走らせ、手を震わせていた。

「強奪し嬲り犯し抉り縛り千切り殺し破壊し蹂躙し唾棄し軽蔑し渇望し絶望し狂喜し、死して尚! ありとあらゆる悪逆の限りを知るがいいッ!!!」

 静寂は一瞬。
 再び天上まで届くかという叫び声が反響し、狂った歯車が回り続ける。
 誰も止める間も無く。延々と。


 *


 朝日が登り出す。暗闇だった世界が、光を取り戻すように視界が晴れていく。
 目に映るのは白銀に埋もれた山々。快晴ではないとはいえ、少しの薄暗さと反比例して、日に照らされた場所は美しく光る。
 山を削り取られて作られた中規模程度の基地。静けさが支配していたのは数秒、最初に響いたのは空を高速で突き抜けるような高音、次に連続する爆発音、そして耳をつんざくような発砲音が鳴り響く。
 地面は抉れ、溶けきらない雪が空へと昇る。

「始まったな」
 ユーリが双眼鏡で眺めていた距離を、少し離れた場所で、裸眼で確認していた静紅が言う。
「じゃあ、俺たちも行くか」

 正面からの攻撃はスルワルド大佐が行っている。誘いこむような隙すらなく、徹底的に防備を固めながら前進していく、相変わらず手堅い布陣だ。
 攻撃の積極性に欠けるとはいえ、アレをまともに突破するのは自殺行為にも等しい。それがゆっくりとはいえ、前進してくるのだから、相手もたまったものではないだろう。
「そういえば、昨日、聞いたんだが大佐。今度、子供が生まれるんだってさ」
「え? ……あの人、どんだけ死亡フラグ立てるの好きなの?」
 静紅の言葉でいきなり心配になってきたが、作戦としては単純、スルワルド大佐が全面での陽動をしている間に、研究所の背後へと回り強襲、潜入経路を確保し、クーとゼロナを連れ出す。暇があれば、夕呼の言っていた素体の入手と、資料の奪取を行う。
 時間的に考えれば、突入から攻勢へと転じた大佐が施設確保するまでの時間しかない。

 雪の上でのハイキングを終えて、ブーストを点火させる。
「上からの侵入になるが、対空砲火には気をつけろ」
「はいはい、そんなモノまで出してくるとは、ここは本当に研究所なのかねー」
 上へと上へと、雪の山を駆け上る。
 重力が押し返すように、全身を圧迫し、空気抵抗のせいで期待が揺れ、手が震え出す。
 強化装備の上から肺が圧迫されるような感覚が起きる。

「空気ッ……薄い!」

 山頂を越えて、一瞬の静止の後、地面へと足を付けて滑り出す。
 ほぼ同時に両サイドから、桜花が用意していた別働隊が動く。前方にスルワルドが率いる本隊、背後にユーリと静紅、さらに両サイドから桜花の私兵部隊。殲滅を重視した包囲戦となっていた。

「思ったよりも動きが早いな」
 静紅のその言葉は桜花の私兵か、それとも研究所の兵士に対して言われたものなのか、ユーリは一寸迷うが、すぐに後者であると断定する。
 研究所とは名ばかりの基地から、多量の砲撃が三方に飛ばされる。

 固定砲台、戦車が砲撃の雨を振らせ。研究所から現れた戦術機の部隊が両サイドへと散らばっていく。

「まぁ、このくらいの挨拶は来なければ話にならんか。……いるぞ」

 静紅の声に反応するかのように、雪の中から白いF-4が姿を現す。
 例のステルス装甲で待ち伏せていたのだ。
 三方全てに一小隊ずつ配置されており、背後から銃弾を乱射する。その行動には驚かされた。
 だが。

『助け……ハハ……ッ助けてくれ! ッハハハh! 助けヒャハハhhhhhhhhhhaaaaaaaaaaa』
 奇妙な笑い声。
「何だそれ……」

 狙いもきちんとつけれていないのか、ぶれまくって明後日の方向へと銃弾が飛んでいく。
 まともに訓練を行っているとは思えない、さらに、奇声を上げて無警戒に突撃してくる。

 何もかもが酷い。
 静紅が飛び上がり、一気に距離を詰め、連携から外れた一体を切り裂き、確実に一撃で沈黙させる。

「ブラフでも何でもない本物のアマチュアだ……」
 手を下した静紅は吐き捨てるように呟く。

「しかし、まぁ、今の声……薬で狂ってたのか?」
「それにしてもお粗末すぎる。……腕も、命の扱い方も、その割に気迫だけは一人前だった。気をつけろ……妙だ」

 静紅に言われるまでもなく。
 無茶苦茶な機動で突進してくる、二機のF-4。
『ガガガがらgdぁAAAAAAAAAAAA!!!』
「投降の呼びかけはスルワルド大佐がやったらしいけど……こりゃ、聞かんわな」

 一方的に送られてくる呂律の回らない奇声に碧々しながら、距離を詰める。
 瞬間、左翼から強襲していた山が爆発した。ただの爆発ならその辺でも起きている、それは巨大な爆炎を上げていた。
 その衝撃で山が形を変えている。

 明らかに過剰な攻撃意志、死ぬ事も考慮しない特攻。そして、先程の爆発。

「おいおい……」
「ユーリ! こいつら神風だ! 下手に近づくな! やるなら、衛士を確実に殺せ!!」

 静紅に指示される間でもなく、すれ違い様にコックピットをナイフで貫く。
 神風といえど、衛士が下手なので、そのタイミングすらも判断できていないらしい。

 少し離れた場所で、味方からの支援砲撃の誤射によって最後のF-4の頭が吹き飛ぶ。
 一歩二歩と歩き、静紅の方へと跳躍ユニットで飛び出す。

『けぇええええeeeeeeeeeeeeeee!!!』
「静紅!」

 一瞬、静紅は刀に手を置いたが、間に合わないと判断して後ろへと飛ぶ。
 そして、そのF-4は目の前で一切の躊躇もなく自爆した。だが、それと同時、残り二機が連鎖的に起爆する。

「ッ……!」

 爆風が地面を抉り、煙を撒き散らし、熱気が雪を溶かす。やがて、三つの巨大なクレーターが生まれる。
 少し遅れて、右翼の山も爆発し、その衝撃がここまで届く。
 まるで、山が震えて揺れたかのような爆発。

「……無事か!? 静紅!」
 なんとか、耐えたがファングスティルのバイナルが一部、故障を示す赤になっている。静紅の方は最初に倒した一機が間近で爆発したために手ひどくやられている。
「あぁ……だが……跳躍ユニットがやられた」
 桜花から預かってきたイーグル、全身が焼けたようなダメージを追っているが、静紅が言ったように跳躍ユニットの片方が完全に破壊されている。爆風で飛んできたF-4の破片に当たったのだろう。
 慣れていない機体のためか、反応が遅れたのが失態だった。

「戻るか?」
 今回の作戦は、高高度からの急降下に近い事だ、跳躍ユニットを失えば墜落するしかない。
「問題ない……とは言いがたいが、自分で撒いた種だ、なんとかしよう」
「無理はするなよ」
「ああ」

 煙の晴れきっていない坂を蛇行するように滑り降りる。
 爆発により一時的に止まっていた砲台が再び動き出す。今まで、左右を抑えていたはずの砲撃も全てがこちらに向く。

「また来るぞ!」
 そういう静紅の表情には先程までの余裕はない。
 接近するに連れて、攻撃は激しくなる。しかも、誘導するように攻撃を繰り返す。
 その先には見からに色が変わった雪がある。そこに誤射が入り、明らかに桁違いの爆発が起こる。

「地雷原!?」
「飛ぶぞ!」
 静紅が言った瞬間には、ファングスティルの腰を落とし、一気に足を伸ばしていた。

「ハハッ! 随分と凝った歓迎だな! やはり、戦争はこうでなくては!」
 余裕の無さが、逆に静紅の琴線に触れたのだろう、何時も以上にテンションが高い。
 高速で飛んでいるはずなのに、後ろでは大気を揺るがすような爆発が連続で起こっている。

「ちょっ……マジあぶねぇ!」
「そういえば、ユーリや桜花がたまに言うマジって、何時の時代のだ?」
 いきなり、そんな事を言い出してきた。
「2000年! 時代の先取りだろ!」
「へぇ……マジか」

 静紅が乗るイーグルは時折、地面に着地しながら跳躍ユニット一つで追いついてくる。明らかに時速ではこちらの方が速いのに、この違いはなんなんだろうか。
「使い方が違うくね?」
「マジだ」
「気に入ったのか」
「別に……そういう訳じゃない」

 ミサイルが幾つも後ろから追いかけてきては、爆風に飲まれて暴発する。これを火薬の量で測るのならが最早どんな具合なのか想像もできない。
 しかし懐まで飛び込んでしまえば、砲撃は弱まってくる。そして、人間を防ぐ用に作られた防壁を飛び越えた。

 地雷原を抜けると、そこは研究所だった。
 いや、どちらかと言うなら基地と言った方が正しい。むしろ、研究所にしては物騒なモノが多すぎる。

「さてさて、ここまで来たのは言いけど」
 問題はここから。
 防衛に出ていた戦術機がわらわらと現れてこちらに向かい、襲いかかってくる。
 かなり雑多な構成でトムキャットやF-4を始め、チボラシェカ。懐かしのアリゲートルまで。だが、驚きべき事にそれら、全てが完璧に連携を取っていた。

「少し数が多いな、どっちがいい?」
「どっちでもいいけど……ゼロナはどっちだと思う?」

「外」静紅が即答した。「内」俺も同時に答えていた。

「……決まったな。行け。私はここに現れるまで暇潰しでもして待つとしようか」
「いいのか?」
「内にゼロナがいなければ、とっととクーを攫って戻ってこい。私はアイツの生き方は否定しない……だが、それだけに、ここで会ってしまえば殺さない理由がない」
 先の戦闘で、静紅はゼロナを敵として認めた、そういうことなのだろう。

「……了解っと」

 そう言って次の行動を取ろうとした時。
 網膜投影に見慣れないモノが浮かぶ。赤い、薄い文字。

「…………なんだこれ?」

 脳に響くような音が耳を貫く。
 見覚えがある。

「後催眠暗示……? 通常回線に割り込んだのか!?」
 静紅が訝しげに言う。
 あちらにも同じモノが表示されているのだろう。
 ひたすらに嫌悪感が湧く文字の羅列が頭の中に染みこんでいくような感じがする。

「回線を切るぞ、ユーリ。どうせ、この後は一人だ。構わないだろう?」
「あぁ、静紅、気をつけろ」
「お前もな」

 通信を切る。
 この後催眠暗示、ソ連軍用の秘匿回線にあったモノ流用し、通常回線でジャックし流したのだろう。
 しかし、何の目的で行ったのか。


 *


 スルワルドが前面に展開させていた部隊にも、通信回線から後催眠暗示が流れていた。

『……各自、回線を切れ。今後の指揮はハンドシグナルで行う。慣れていないモノは、邪魔にならんようにしろ。いいな』

 了解という言葉が連続して返ってくる。
 対BETAを意識して作られているためか、戦術機という兵器はシステム面での弱さが目立つ。
 後催眠暗示など、混乱した兵士くらいにしか効果はないのだが、それでも、視覚的や聴覚の阻害を受けるのが厄介だ。何より、こんな嫌らしいものを作るのは、あの基地でヴェルトくらいのもの、そして、奴はひねくれていても脳科学の天才だった。

 後方から爆発が起こる。
 それが、何を意味するか、スルワルドはすぐに理解した。どうやったのかは解らないが、今の後催眠暗示で暴走させられた兵士がいたのだろう。結果として仲間割れのような事が起きてしまう。
 暴走した味方を排除するように命令し、すぐに陣形を立て直す。

『仕掛けてくるな……』
 これ意外のタイミングは無いだろう。
 戦術機のハンドシグナルで部下に後方に向ける部隊と、前方の敵を抑えるように命令する。

 スルワルドはアリゲートルの中でほくそ笑む。
『悪いな二人とも、どうやらこちらが当たりだったようだ』

 イルクーツク基地で見た黒いブラーミャリサ。それに付き従うように十一機のブラーミャリサ。
 横から、猛スピードで突撃してくる。

『丁度いい。私も貴様らとはやり合ってみたかった』


「いいねぇ。何処の誰だか知らねぇが、上手い具合にやってくれるじゃねぇか!」
 ゼロナはブラーミャリサの中で独りごちる。
 先程、仕掛けた後催眠暗示、アレは元々、ゼロナが攻撃した基地にいる兵に対して行った研究の一部だ。それはきちんと作動し、後方に置かれていた基地の駐屯軍は暴走している。それを見事な手際で抑え、尚且つ、前面の敵を抑えている。

 通信機能が遮断された中でスルワルドは見事に指揮を取り待ち構えていた。

『来い、相手をしてやる!!』
「だが、その状態でESP兵に勝てるかねぇ!!」

 陣形が整いきる前にブラーミャリサを突っ込ませ、風穴を開ける。
 傷口が開くように、次々と突入し、未だ完全に混乱が解けていない戦術機部隊を破壊していく。

 けれど、決して一筋縄で行く相手ではない。
 数の理を持って確実にゼロナを囲むようにすり減らそうとする。

『奇襲に頼るのはいい! だが! 詰めが甘いぞ!』
「連携を断ち切れ! ハンドシグナルなんて腕をもぎ取りゃなんとでもなる!」

 ゼロナは一直線にスルワルドへと突撃砲を放つ。
 回避行動をとりながら、味方機に指示を出し、ゼロナの背後へと回らせる。

「鬱陶しいんだよ!!」
 さらにゼロナはブラーミャリサの速度を上げ、ナイフを逆手に握る。
『突出しすぎだ、馬鹿者め』

 スルワルドの指示で両脇からゼロナに向けて、射撃が行われる。
 だが、それは追いかけてきた僚機のブラーミャリサの盾によって防がれてしまい。
 さらに、その一瞬、閃光弾が辺りを包む。機を窺っていたESP兵が最高のタイミングで行ったそれは、動きを止めるのには充分な効果を持っていた。

「悪りぃなぁ。一手、こっちが速ぇんだ」
 そう、同じ指揮を取るにしてもハンドシグナルと思考による制御では明らかに後者の方が速い。
 それだけに一つ。何か一つでも、ゼロナに有利な悪条件が重なれば。
『……チッ!』

 数という形勢は逆転し、勝利は確定してしまう。

「ヒャハッ!」
 ブラーミャリサから突き出されたナイフが、アリゲートルへと襲いかかり、腹部を突き刺し、抉り取る。
『舐めるな!』

 アリゲートルは下半身がやられただけ、スルワルドはナイフを取り出し、ブラーミャリサを組み伏せるように突き刺そうとする。
 しかし、その手はゼロナの後ろにいた強化兵士の銃撃によって吹き飛ばされてしまう。

「落ちろよ劣等種」
『ッ! こんな所で──死ねるモノかッ!!』
 呻くような音で、見下すような声がスルワルドの脳内に響き顔面から地面へと蹴り飛ばされ、連続した音共に無慈悲に銃弾が叩き込まれた。







[18452] 暗明の道
Name: 空の間◆b8ee2595 ID:88376832
Date: 2011/09/06 23:43

 将を取るという、目的を果たしたブラーミャリサが引いていく。
 ソ連防衛を繰り返してきたスルワルドの直属部隊といえど、その中心がやられたことで、少なからず動揺をしてしまい、またとない迎撃のチャンスを逃してしまう。

 小隊が再度の攻撃に気を付け、副官が戦場でありながら、スルワルドの乗っていた機体へと飛び乗る。外部からのベイルアウトの指令を出し、救出作業を行う。その行動は冷静さも見えるが、焦りが無い訳ではない。
 ゆっくりと空気が吐き出され、金属が軋む音と共に管制ユニットが開かれる。
 中は血が飛び散り、一瞬、血の気が引く。特に右側が酷く、腕と足がほとんど形を残していない。
「大佐!」
「……ぁあ。馬鹿者が……だから、爪が甘いと言ったんだ」

 その言葉は助けに来た副官に向けられたものではなく、曲がりなりにも、教え子であった者への叱責だった。
 とはいえ、致命傷が無かったのは、運が良かっただけだ。しかし、機体の中で起きた衝撃と爆発も、とっさにスルワルドは腕と足を犠牲にして堪え忍んでいた。

「……立て直すぞ、各自状況を報告」
 奇襲が終わった事で、妨害の必要がなくなり、回復したばかりの無線で全軍に告げた。
「大佐! その体では!」
 未だ交戦を続けようとする、上官に向かい副官が叫びをあげる。
 致死性では無いといっても、どれも決して予断を許すような傷ではない。突然失われた半身に対して、痛みなど想像絶するものになっているはずだ。

「安心しろ。たかが、右手と足が飛んだ程度だ。指揮は取れる」
「程度って……! 無理です!」
 半ば泣きそうな声で訴えかける副官の肩を借りて、なんとか、彼女の機体へと乗り移る。

「無理かどうかは現場の指揮官である私が判断することだ。この傷のせいで貴様等が私を足手まといだと思うのなら、このまま撃ち殺すがいい」
「……そんな事!」
「できないのなら、命令に従い。私の手足に戻れ。私は、まだ、一つとして己の手足を失った覚えはない」

 今回の奇襲を持ってしても、スルワルドの部隊は未だに殆どやられていない。やられた大半は現地の駐屯軍から引き抜いたのと、一部混成軍として従軍していた者ばかり。スルワルドが戦場で培い育ててきた手足〈部隊〉は、まだ動いていた。

「奇襲で小指を一本くらい折られた程度で動揺するな。まずは、先程の敵を追いながら後方の憂いを断ち、その後に進軍を再会する。良いな」
 その答えに否などない。
「……了解しました」
 すでに行動に移す部隊を後目に、苦虫をつぶすような顔で副官は答える。
「ですが、応急処置はします。構いませんね。その傷で戦場に立たれては気が気でなりません」
 それは軍人ではなく、女の顔であり、スルワルドは先程の副官ほどではないにしろ顔をしかめてしまう。
「…………任せよう」

『大佐はそこで副官殿とイチャイチャしながら、どっしり構えて見ていてください。俺らはあなたの手足ですからね、そうそうやられたりはしません』
『そうそう、奥さんには黙っといてあげますから、帰ったら上物のウォッカ期待してますよ』
 生暖かい目で見る数人の部下から、冷やかしが入る。

「阿呆共め、行け! だが、深追いはするな」

『了解』と口々に一斉に返ってくる。
 スルワルドは残っている部隊を指揮し、後方の駐留部隊の混乱を取り除く事に従事していく。
 そこから、そう時間は経たなかったが、戦場は移り変わる。

 研究所の配管から泥のような液体が流れ始める。
 敵の侵入を防ぐようにそれは地下への入り口を塞ぐように固まりだし、やがて、戦術機が通れるような入り口は全て閉ざされてしまう。
 さらには、山頂に仕掛けられていた爆弾により、雪崩と共に土砂崩れ発生し、近づいていた部隊を飲み込みながら、研究所の周囲を埋め尽くしていく。

「穴にこもったと見るべきか……」

 その様子を遠くからモニターで見ていたスルワルドは深くため息をつく。
 孤立無援のヴェルトが、籠城などという策を取るとは思えない。補給線を断たれた今、こうして時間稼ぎをするのは、両者にとって最悪の現状だ。

 想定外だったのは、地下からの通路が情報よりも多い事か、追撃に出た部隊がすでに三つも発見している。撤退した部隊が入った穴はすぐに塞がれ、一つはダミーですでに埋められてしまっていた。
 ヴェルトが独自に増やしたのか、それとも、上が情報を渡さなかったのか、どちらにせよ、ここから逃げたとて、ヴェルトを始め研究所内の人間に行く先などない。
 ならば、ヴェルトは死ぬのが惜しくなり、諦めきれず遮二無二、足掻いているとも考えられる。

「もしくは、死に場所として、自ら墓穴を掘ったと見るべきか……」

 それこそまさかだ。
 あのヴェルトが、そんな殊勝な真似をするとは思えない。

「二手に別れ、一手は別の道を探せ。奇襲部隊が使った地下通路を始め、何処かに研究所へと繋がる道があるはずだ。もう一手は最悪の事態に備え、基地に戻り長期戦の準備をさせろ」

 どうなるにせよ、結果は変わらない。
 すでにユーリと静紅は研究所内へと入ったようだし、桜花は姿を見せないが何かをしているのだろう。
 後は、毒が回るのをゆっくりと待てば良い。

「…………ところで」
 今まで、ずっと触れないようにしてきたが、治療をし終わったはずの副官が何故か背中から離れようとしない。
 それどころか、自分の体を押し付けるようにくっついてくる。
「何をしているんだ?」
「傷が冷えては良く有りませんので温めています。それより、一時的に戦線は膠着しました、きちんとした治療を受けてください。でないと離れません」
 しれっとした態度で言う副官に、流石にスルワルドは折れる。
「……そうだな、すまんが手を貸してくれ」

「よろこんで。あなたが望むなら、私があなたの手となり、足となります。…………公私共にね」
 スルワルドを支えるように立つ副官は笑顔で答える。その笑顔に何故か、スルワルドは背筋に冷たいものを感じていた。

 *

 時間は少し戻る。
 指揮官をやって間もないというのに、切り裂いたはずの戦線にカバーが入る。撤退を妨げるように逃走経路を確保していた機体が撃破されていく。
 ゼロナは後方を確認しながら、悪態をついた。
 確かに指揮をしていた機体は撃破したはずだ。大将を取り、初めは混乱していた部隊が、すぐに統率された動きが見えだしゼロナ達の追撃を行ってくる。

「ッ……立て直しがはえぇ。しくじったか!?」

 対象を撃破してから、ゼロナはすぐに撤退を始めた。
 通信機器を持って、
 同時に進行していた別部隊が指揮車の破壊には成功し、合流し未だ撹乱している後方部隊とスルワルドが指揮していた部隊の間を通り抜けるように全速で駆け抜けていく。

「いや……どっか、俺の考え方が古いのか」
 前世の感覚がはっきりしたおかげか、戦争の有り方の違いに意識が向く。
 それこそ、前世の戦争といえば、大将を取る=勝利、という将棋やチェスのような明確なルールが存在した。それは長期化した戦争に明確な終りを定めるためだという条約的なモノだ。
 詳しい事はゼロナ自身も禄に覚えていないが、その価値基準のせいでどうにもこの世界の指揮官というモノが厄介に思えてならない。
 どちらにせよ、指揮官を失って動く部隊は本来の力など出せないものだ。その指揮官が有能であればあるほど、それは顕著に現れる。
 軍隊の動きと、合図を送る姿から、相手の指揮官はかなりできるとゼロナは感じていた。
 だからこそゼロナは自分の考えが古いと断じ、出した答えは「指揮官は無能であり、指揮は出していたのは別の存在だった」という結論に至る。
 けれど、撃破した戦術機の周囲にいる部隊の密集具合を見て、どちらか判断がつかなくなる。あの攻撃でもし、生きていたとしてまともに指揮を取れる人間などいるとは思えない。

「けどまぁ、どうしょうもねぇ。このまま引くぞ」
 もう一度、反転して襲撃しようかと脳裏に浮かぶが、敵部隊の配置から不可能だと判断し、なんとか包囲を突破した後はゼロナは研究所へと続く地下通路へと向かった。
 ノギンスクの基地ほどではないが、この研究所にはそういう抜け道が多数存在する。本来ならば、現在襲い来る駐屯基地とその部隊を盾に、研究成果を別経路へと逃がすための通路や、逆に基地へと逃れるための通路などがある。
 とはいえ、どれも半端な出来で今まで殆ど使われた事がないモノばかりだ。
 山道のような場所、崖に隠れて見えない天然の大きな洞窟のような場所へ一列に入り、そのまま通路を爆破し、天井を崩して追手の侵入を防ぐ。

 道中、研究所内からの通信で後催眠暗示に掛かっていたはずの駐留部隊が状態を立て直したのを確認する。
 どうやら、力技で抑えつけたのではなく、後催眠暗示を解くという一般的かつ時間が係るはずの方法で解かれていた。
 予定よりもかなり早い。
「おいおい、もう対処されちまってるのかよ。これだから、野郎の作るもんは半端なんだってーの」

 舌打ちをしながら、全体の戦域情報を取得していく。
 予想通り、山中を超えた部隊が数機。予想よりも少ないが、敵戦力が少ないに越したことはない。
 とはいえ五機も研究所内に入り込まれている。

「誰だか知らねぇが……虎穴に突っ込むのは身の程知らずな馬鹿か勇者って相場が決まってんだよなぁ。まぁ、どっちも虎に食われる事に違げぇねんだよ」
 研究所内はそれほど広大ではない。一応、その性質上、ある程度までの巨大な荷物の運搬が効くようには作られているが、まともに戦闘を行えるような大きさの通路は少ない。
 制限された狭所での戦闘、数で押せば、潰すのはそう難しい話ではないはずだ。

 研究所の制御室に通信を繋ぎゼロナは合図を出す。
「誘導して、各個撃破する。外にいる連中を中に入れろ、次に行くぞ」
 その言葉は、ESP兵を通し、連鎖するように戦場へと広がっていく。ゼロナは一手、次の段階へと戦場を移行させた。

 入り口を覆う、凝固したゲルは早々に壊される事はない。
 その上に雪崩と土砂で固められたおかげで、土と雪で掘り返そうとすれば、難航するだろう。

 一時的にだが、戦力比は一変した。
 ここからが勝負。
 いや、個人的な意地の張りあいだ。
 写しだされた映像の一つ、白の細いフォルムをした戦術機。細部は変わっているが、忘れるはずもなく、見間違えるはずもない。
 ファングスティル。

 そんな、”欠陥品”に未だ乗るのは一人しかいない。

「テメェらは他の奴をやれ。アレは……アレだけは俺の獲物だ」

 対照的な色をした、ブラーミャリサが疾駆する。
 前後にいた機体が席を譲るように他の道へと消えて行く。

 逸る気持ちを抑えながら高速で通路を駆け抜ける、途中で部下を追い抜きながら、さらに速度を上げる。

 随分と長い時間を待ち望み、溜めに溜め込んだ思いが爆発するように、ゼロナの体を激昂させた。
 目前。白い戦術機。

「……捉えたぜぇ」

 その引き金に指を押し込んだ。


 *


 研究所地下内は見たことない迎撃システムや滅茶苦茶とも思える機械が乱雑に積み上げられていた。
 仮にも研究所であるはずの地下の通路は狭いが、幾つかのブロックはかなり広く作られている。通路を抜けた先、目の前には戦術機の格納庫とは思えないほどの空間が広がっていた。

「凄乃皇があった格納庫かよ……」

 実物を見たことは無いが、それほどに大きい。
 一体、何に使うためのモノなのか。

 とはいえ、人間大を基準にしているので、戦術機を降りて徒歩で中を確認したいところだが。

「そう、簡単にはいかないよな」

 銃撃は正確に今まで立っていた場所に重ねられ、壁を貫く。それは手荒い挨拶みたいなモノなのだろう。
 その証拠に追撃はない。
 しかも、敵は一機。
 桜花の情報にあった、第三計画の部隊証をつけた黒いブラーミャリサ。
 確証はなかったが、確信があった。その戦術機に乗っている衛士が誰なのか。

「……ゼロナ」
『こうして面と向かって会うのは本当に久しぶりだなぁ。兄貴』
 すぐに通信が繋がる。
 送られてくる映像に映った、顔を見た瞬間に頬が緩んでしまう。それは懐かしさからか、それとも、もっと別の何かだったのか。

「でかくなったな。静紅はそうでもなかったらしいが……見違えた」
『そりゃ、あれから何年も経ってんだ、成長くらいするっての。何時までも、ガキじゃねぇんだ』
「そうは言っても、まだ、未成年だろ」
『体の話なら、俺らはそうじゃない、そうだったらこうして生きてねーし』
「……そうだな。もう子供じゃいられないか」
『静姉ぇから聞いたろ、お互い……引けねぇモノがあるんだ。もぅ……遅せぇんだよ……』
 時間は有限である、食品に賞味期限があるように、人の思いや感情にも賞味期限があるのだとしたら。
「俺は……間に合わなかったのか?」
『さぁ? んあこたぁ知らねぇよ桜花姉ぇにでも聞いてくれや。今は、ちぃと手荒だが”これ”以上の話合いはねぇよな』
 そう言って、こちらにブラーミャリサは突撃砲を向ける。

「……そうか」
 そういう事ならば、仕方がない。互いに銃を向けたまま、膠着する。
 立っていたのはどれほどだろうか、発砲音が響くと同時に互いに動き出していた。

 初速にして最速。
 距離は一瞬にして零へと変わる。銃を撃ち、両者共に前に出ていた。
 ファングスティルは腕部に取り付けらたカタールで、ブラーミャリサは手に持ったナイフで。
 互いの喉元を抉り取るように前へと突き出していた。

 銃を捨て、両腕で持つナイフをぶつけ合う。
「そういう割には……お前、随分と嬉しそうな顔してるじゃないか。まるで、俺と戦いたがってるみたいだ」
『ハッ……そりゃそうだろ、こんなに楽しみなことはねぇ。なにせ、生まれて初めて決定的な敗北を刻み付けてくれた男と殺り合うんだ……疼かねぇはずがねぇ!?』
 触れ合う度に火花が散り、金属が鳴る音と、スラスターの轟音が響き。地下全体が揺れるような高ぶりを見せる。
 本来、高機動を売りにするはずの二つの機体が互いに足を止めて、インボクサー同士のぶつかり合いのように内へ内へと機体をぶつけ合う。

 一瞬のタイムロス、ファングスティルのナイフを弾き飛ばされ、言葉の続きが出なくなる。
 追撃を受けながらも、距離を取り構えを直す。

「おいおい、ゆっくり話もできないじゃん……ッ」
 聞く耳を持たないようにゼロナはさらに突っ込んでくる。
『兄貴が言えば俺は聞くさ。……あの世でなぁ!!』
 足を地面に抑えつけ踏ん張るも、突進の勢いを殺しきれず、そのまま押し付けられるように壁へと叩きつけられた。
「ッ! それだとゼロナが死んでるように聞こえるんだが……」

『……こまけぇことはいいんだよ!!』
 一瞬、距離を取り、ブラーミャリサは高く上げた足でファングスティルの頭を壁に蹴りつける。
 そのまま、首ごと持ち上げるように持ちあげられ、つま先にあるチェーンソーが唸り声を上げて装甲を削り始める。

『つか、何だよ! この様ァ! 手ぇ抜いてんじゃねぇ! ブッ殺すぞ!!』
「…………手を抜いてるか、かもしれない」
『ッざけんじゃねぇ!! つまんねぇことしてんじゃねぇよ!! ちげーだろぉが! あんたは! そうじゃないだろ!! 何、悟ったような口聞いてんだ! 俺はそんな言葉聞きてぇんじゃねぇんだよ!!』
 ブラーミャリサの締め付けるような足にさらに力が増し、甲高い音が鳴り響く。

「これでも、色々と考えた。……桜花にも静紅にも言われて……一応、覚悟したつもりだったんだが。やっぱり、向き合ってみてわかった。弟を殺すことなんて俺にはできそうにない」
『…………できそうにない? それじゃダメだろぉが、俺を殺す気でやれよ。出会った時みたいにさぁ、日和ってんじゃねぇぞ、そうじゃねぇと意味がねぇんだよ。俺がずっとやりたかったのは、こんなもんじゃねぇんだ。なぁ、俺はどうしても兄貴と本気でやり合いてぇんだよ。兄貴なら……わかってくれるだろ?』
 懇願するようにゼロナは必死言う。
 まるで、自分を殺すことを説得するような口ぶりだ。
 けれど、やはり手は動こうとしない。
「…………悪いな。やっぱ、俺はお前を殺せない」

 ブラーミャリサが後ずさるように距離を取る、裏切られたかのような絶望した表情でゼロナは一瞬、気落ちしたように下を向く。
 だが、そのまま、薄く笑い始めた。
『……ク……ッハ! ……ハッ! ハ! そうかよ! 結局、これしかねぇってことかよ……。俺だけじゃねぇ、後悔すんのは全員か……俺を殺そうとすらできなくなった、あんたが悪いんだ。もし、俺を殺すんなら、今だぜ……』
 ゼロナの何か思いつめたような目に、背筋が凍ってしまう。
 睨み合ったのは数秒。

『……仕方ねぇな。おい……屑ども聞こえるか? ……”命令”だ!』
 ゼロナが権限の持つ全ての通信を開く、まるで、何かを宣言するかのように、断ち切るような顔で。

「何を……」
 取り返しの付かない命令を発する。

『被験体20312……クーを殺せ!!』

「何を言っている!! ゼロナァアアアア!!」
 ゼロナの言葉をかき消すように、駆け出していた。
 無防備に立っていたブラーミャリサを殴り飛ばす。ぐらつきながらもブラーミャサはすぐに立て直し、構えを取る。

「ゼロナ! お前! 今、何を言ったのかわかってるのか!?」
『わかってるさぁ! この基地にいる、ESP兵、強化兵、皆、クーを殺しに行っちまったぜ!!』
「…………そうか、そこまでか」
『……ヒャハッ! そうだよ……ずっと、あんたと殺し合いたかったんだ!! やっと本気でやれるだろぉ! 兄貴ィ!! 俺を殺して助けに行かなきゃ……クーは間違いなく死ぬぜぇ』
「あぁ……そうか」
 結局、それ以外の道は無かったのかもしれない。
 いや、他の道はあった。ただ、それを選べなかっただけだ。

「ゼロナ、悪いな」
『ぁん?』

 自ら、ゼロナは戻る道を断ち一人で歩き始めたのだ、もはや、どちらも選ぶ事はもはや不可能になった。
 ならば。

「俺はお前を殺して、クーを助けに行く」
『……そうこなくっちゃ』


 *

 狭い坑道の中でも、ゼロナからの通信はすでに耳に届いていた。
「そう……やっぱり、ゼロナはそういう道を通るのね」

 だから、独りごちるように呟く。
 何処かでわかっていた事だった、あの二人の手綱は無理矢理でも誰かが握っておかなければ、勝手に飛び出していくと。

「……とはいえ、今回は私に非があるか」

 まさか、あの文章が見つかるとは思って無かった、見つかったとしても解読なんてできないはずだった。
 輪廻を繰り返す中で言語を覚えるのは慣れ、様々な言語を習得した。自分の頭の中にある、凡そ、一億種以上ある言語の中で四人の兄弟に関係の無関係かつ、縁遠いはずの文字。
 それ故に油断していたのだ。
 奇蹟など起こりはしないと。

 あり得ない、なんて事は無かった。ゼロナがこういう行動を取った以上、見たという事だろう。結局、引き金を引き、台無しにしたのは自分だ。
 それはもう取り戻す事ができないとしても、最悪の事態は防がねばならない。

「行くわよ。邪魔するモノは誰であろうと全て排除しなさい」

 桜花の元へと強化装備を付けた兵士が何処からとも無く現れる。その数は一人や二人ではない、合流しているのはざっと見ても百人単位。
 地上の戦術機同士の戦いを陽動として、地下からの使われていない坑道を探し当て、時に無理矢理に掘り進め、桜花は進行していた。
 桜花にとって、静紅もユーリも己の戦術機部隊も、ゼロナの目を引きつける大きな囮でしかない。

「……最優先はクーの確保。そして、基地から持ち出された”核”の奪取」

 返答は無い。
 その代わりに、何処までも静かに、何処までも素早く、実に訓練された動きで奥へと進んでいく。
 残ったのは護衛の数人のみ、桜花は気にした様子もなく歩みを進める。

「ヴェルト、いい加減。ここで、全てを清算してあげる」

 その奥にいる暗闇を見つめ、この大地に立つ、もう一人の裏切り者に向け、呪いかけるように呟いた。





[18452] 暗中模索
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:88376832
Date: 2011/09/07 09:06


 静紅も、桜花も誰かの下に付くような人間じゃない。
 頭として立ち、人を従える人間だ。
 二人が同時に同じ誰かの下にいるなんて、まず、あり得ない。生まれ持ってのライターと爆薬を手に持つなんてのは馬鹿か自殺志願者のする事だ。少なくとも真っ当な人間のすることではない。

 ただの偶然と流していたのか、当時は大して疑問も抱かなかったし、どうでもよかった。だが、今になり、兄弟という有り様はゼロナにとって異様に写った。
 兄弟全員が揃っていたのは子供の頃の一瞬、そんな人生の半分にも満たない時間を、自分は何をぐだぐだと長引かせようとしているのか。それどころか、未だに利益も、権利も、全てを放棄して、無条件に相手を信じている。
 あり得ない。
 ユーリとクーを除いて、ゼロナを含めて兄弟の中にそれほど殊勝な人間はいないはずだ。
 ”己”のために生き、”己”のために死ぬ。
 それこそが、静紅であり、桜花であり、ゼロナという人間の生き方だ。

 故に、理解できない。
 だからこそ。
 これほどにないほど、素晴らしく。

「なんてぇ、壊しがいのあるモノ何だろうなァ!! 兄貴ィ!!」

 静紅と戦った時より、それ以上の興奮がゼロナの中で急速に広がっていく。
 ブラミャリサのスピードを最大限にまで高め、ファングスティルを追い抜かし、突撃砲を放つ。
『楽しいか?』
「あぁ、最高だ……けど、静紅姉ぇはこんなもんじゃなかったぜ」

 スタミナなど無視した高速戦闘。撃ちあう銃弾が遅くなるように感覚が研ぎ澄まされていく。
『……そうかよ。だったら、後悔などするな』
 あからさまな挑発にユーリはため息を付きながらも、撃ち返してくる。
「そりゃ、無理な話だ。……この先、どうやったって後悔しねぇ道なんてありゃしねぇよ!!」

 ゼロナが何をそんなに固執しているのかはわからない。
 けれど、やってはいけないことをした。その落とし前は付けなければいけない。
『確かに。思っていたよりも大人になったなゼロナ……それとも、俺がガキのままでいたかったのか』

 ファングスティルが回転するように、速度を落としながら距離を取る。
 二機の間には巨大な鉄骨が入り銃撃が鉄骨に弾かれてしまう、互いに相手の姿の半分以上が見えなくなった。
 そこからの判断はほぼ同時、頭上へと飛び、制空権を得ようとするのはどちらも同じだ。

 突撃砲の狙いをブラーミャリサに定めるファングスティル。
『どちらにせよ……もう、止まれないんだな』

 同じように、ブラーミャリサもファングスティルに銃口を定めていた。
「あぁ! 俺も! 兄貴も!!」

 互いの発砲音が一発にも思えるほどのタイミングで火薬に火がつき、高速で回転させながら銃弾が突き出される。装弾筒付翼安定徹甲弾、その一撃は強固な装甲を持つ大型種ですら貫く威力を有する。
 ゼロナの放った弾丸はファングスティルの胸部の端へと削りとるように打ち込まれ、ユーリの放った弾丸はブラーミャリサの肩を撃ち抜いていた。

「ハッ! ……こんなちんたらしてて間にあうのかよ兄貴!! また、間に合わねぇぜ!!」
 細い鉄骨の上に滑るようにして飛び乗り、左右に逃げ場の無い一直線上に向かい合い、ナイフを手にブラーミャリサは走り抜ける。
『……挑発には乗るが、自分の首を締め上げて喜ぶなよ』

 一撃を避けるために上空へと飛ぶファングスティル、それまで均等のとれていた鉄骨が大きく揺れ始めた。
 ユーリの立つ場所が揺れ幅の最高まで来るタイミングで滑る降りるように、ブラーミャリサを蹴り下ろす。振り向きざまに蹴られ、体制を取れず鉄骨に叩きつけられるブラーミャリサ。
 ご丁寧につま先についたナイフで、先程、撃ちぬいた腕にトドメを指していた。
 さらに、追撃とばかりに上空から、背部にマウントされた銃口をゼロナに向けて炸裂させる。
 逃げるようにブラーミャリサは鉄骨から飛び降りる。

「ハーーヒャァアアアア! やっぱ、兄貴は最高だな!! けど、これならどうだ!?」

 ゼロナは上空めがけ、無茶苦茶に銃弾をばらまく。
 その真意をユーリはすぐに理解する。頭上に存在した蛍光灯が全て破壊され、巨大なガラスの破片が飛び散っていく。それだけでなく、雨のように水が降り注ぐ、火を使った灯りを消すためと、暗闇の中でさらに視界を悪くするための手法だ。
 視界には薄い非常用ランプの小さな灯りのみが鈍く光り、ユーリの視界から、ブラーミャリサの姿が消えた。

『……小細工ばかりだな!』
 研究所の一部、光を消すと同時にゼロナがジャミングが強く発生させていた。センサーの類が効力を失い、通信もかろうじて目の前の存在の声が届くというレベル、そう言う状況を生み出したのだ。
 偶然でこの部屋に誘導した訳じゃない。

「兄貴と殺り合うんだ! これくらいの用意はしてる!!」

 闇に紛れるようにブラーミャリサの赤い瞳の光が、暗闇の中で揺れる。
 ユーリがその一撃に反応できたのは、偶然。
 なんとなくゼロナならここに来る、という曖昧な感覚でそこにカタールを置いていたにすぎない、故にその手は簡単に弾かれ、次の押収に耐えるために距離を取ろうと動き始める。
 ナイフでの接近戦。
 多少なりとも暗視が効くため、近づけば解り、カタールとナイフがぶつかり合い火花が散る度に、相手の姿がはっきりと目に映る。

『こういう悪戯ばかりが好きなお前らしいがな! もう悪戯の種は尽きたか!?』
 地面に水が弾く音の中に、微かに水を弾く音とエンジン音が反響した。ユーリはそれを聞き分け、ゼロナのいる位置を確認し、突撃砲を放つ。

「流石! けどよぉ、動きが鈍ってるぜぇ!!」

 弾かれ上がった、水玉に歪み映るのは、二つの影。
 胸部へと突きつけたブラーミャリサのナイフがファングスティルの腕によって手首が遮られ、そのまま、ファングスティルの腕からカタールが飛び出してくる。

「この腕の礼だァ!!」
 振り切られる前に、動くなくなった左腕を投げ捨てるように遠心力によって殴りつけ、そのまま、片腕をベイルアウトする。

『……ッ!』
 カタールは腕の半ばほどに突き刺さっており、引き抜くには時間がかかると判断したユーリはそのまま、もう一つの腕をブラーミャリサに突き出す。
 感覚での勝負でなら己の方に分があると見たゼロナは咄嗟にしゃがんでいた。
 ファングスティルの突き出した腕はブラーミャリサの頭上で空気を貫いている。
 ユーリが見せた、完全な隙。

「貰ったァァ!!」
 その管制官に向かい、ゼロナは渾身の力を持ってナイフを突き立てる。
 確かに貫いた。
 完璧な一撃だ、避ける事もできないはずの攻撃に手応えを感じ、喜びを感じたのは一瞬。

『返してやるよ……この腕』
 皮肉な事に、貫いたものはゼロナが捨てたブラーミャリサの腕だった。

「……しまっ!?」
 言い終える前に頭上で振り抜いたはずのカタールがブラーミャリサ目掛けて振り下ろされる。
 寸分違わず肩口を切り裂くように、深く叩きつけらえれる。
 そのダメージのせいで、突き出していた腕が動かなくなり、なんとか引いて立て直そうとするが、ファングスティルから逃れる事ができず、足を取られ肩で吹き飛ばされるように地面に叩きつけられる。

『本当は、こんな終わり方なんてしたくはなかったんだ』
「──ガッ!」
 衝撃は一瞬、何度も打ち合ったおかげで傷がついたカタールの刃が管制官に向けられる。

『……ゼロナ。もういいだろ、戻って来い。俺はお前達と一緒にいたい。……一人でも欠けるのは嫌なんだよ』
 圧倒的有意に立ったからこその懇願に近い布告。
 その言葉はゼロナの心を揺さぶるには充分だった。

 あの頃はただ、五人で共に飯を食らい、寝床を並べ、戦い抜いた。そんな何気ない生だったはずなのに。
 前世とは比べ物にならない、幸福を貰った。前世とは比べ物にならない、喜びを知った。前世とは比べ物にならないほど、この生は素晴らしいものだった。

 今でも無造作に差し伸べられた手を覚えている。
 その手は前世に欲しながらも手に入れなかった全てを与えてくれた。
 ただ、だからこそ。

 その意志を曲げる事を、誰より、何よりも己が許せない。

「…………悪いなぁ……兄貴。ここまでくりゃ、意地なんだよ……それすら捨てちまったら、俺には何も残らねぇ」
『……どうしてもか?』
「ああ……その代わり十秒くれるか?」
『好きにしろ』

 苦笑しながらもゼロナはその残り少なくなったブラーミャリサの機能を使い、ジャミングを解いて通信を入れる。

「……屑ども、聞こえるか? 聞こえてなくても構わない。聞け。現在、行っている全ての命令を……」
 すでに、約束の時間は稼いでいた。だから、己の役目に終りを告げる。
「解除する」
 これより、通信を聞いてた兵士の殆どが戦闘を止めるだろう。
 だが、これで終わればきっと、待っているのは全員の死だけだ。

「新しい”命令”だ! この先、死ぬも、生きるも、全て自分勝手に好きにしろ!」
 返す言葉を待たず、通信を切る。

『それで良かったのか?』
「……あぁ。思い残す事なんて腐るほどあるが、兄貴に殺されるなら悪くねぇ」
『なぁ、ゼロナ。お前は結局、何がしたかったんだ?』

「さてね……最初はただ、あんたを待ってた。けど、ここに守りたい奴ができた」
『女か……らしくもないが、納得はいく』
「いい女だったぜ、でも、まだヤッてねぇんだよなぁ……惜しいっちゃ、今はソレが一番か」

 元々、彼女ありきでの作戦だった。だから、もし、彼女が自分の後ろに乗っていたら、また、違った結果になったのかもしれない。
 ゼロナは無意識に後ろへと目を泳がせていた。

 それを見て、そんな事かと、ユーリは大きくため息をはく。
『だったら、最後までお前が守ってやれ』
「…………はぁ?」
 戯けたことを言うユーリにゼロナは呆けたような表情を作る。
 カタールをしまい、ファングスティルはブラーミャリサから距離を取って、そのまま、後ずさっていく。

『俺たちを捨てて、そいつを選んだんだろ、お前は……。だったら、もう、二度と俺の目の前に出てくるな。……次は無いぞ』

 脅しつけるようにユーリは恫喝すると、そのまま、ファングスティルを動かし、隔壁を銃撃で壊し通路の奥へと消えていった。
 あまりにあっさりとした引き際に呆然と見送ってしまったゼロナだが、その顔が醜く歪む。
 その表情はもはや、憤怒を通り越して、憎悪にも近い。
「おい、何を言ってやがんだ……ふざっけんじゃねぇぇえええ!!」

 動かなくなった管制官に両腕を目一杯に叩きつける。

 結局、自分は兄にも姉にも、真っ当な敵としてすらも認められてなどいない。そんな暗雲とした思いが、ゼロナの中で渦巻いていた。
 ここは戦場だ。今、ここで殺されるのならば納得がいった。なのに、憧れた兄と姉に歯牙にもかけられず、むざむざと手玉に取られるその姿は、出会った頃と何も代わりはしない。
 情けをかけられ、意地すらも奪われたのだ。
 何度生まれ変わろうと、例え兄弟であろうと、こんな屈辱が許せるはずがない。

「終われるか……! こんな終わり方……絶対に認めねぇ!!」

 一人、玩具を取り上げられた子供のように管制官の中で足掻き苦しむように、ゼロナは心の底から吼える。
「勝ちたい」と。
 その叫びを聞いていたのも、また一人だけだった。


 *


 ファングスティルを一応は安全と思える場所に放置し、ユーリは一人、研究所の奥へと向かっていた。無駄に通路とセキュリティーは多いが、この研究所事態、まともに守るような構造にはなっていないようだ。
 さらに、ゼロナの命令により兵士達がクーの所に向かっていたせいで、セキュリティーがほとんど無効化されている上、後ろから何者かに殺されているようで、そこら中に死体が溢れ返っている。
 死体の方向が道しるべのように続いており、彼らの向かった先を追いかけていた。

「……誰だか知らないが、随分と派手にやったな」

 仮にも相手は強化兵士だ、報告程度でしか知らないが、人間の倍の筋力をしている上、身体能力や反応速度が異常だとも聞く。
 ぶっちゃけた所はどうか知らないけれど、素人よりは厄介なのは間違いないはず。それを随分と一方的に惨殺している。しかも、撃ちぬく場所が的確だ。
 やったのは、恐らく桜花の私兵だろう。

 腕があるのは確かなようだが、出撃前にチラッと見て、正直、仲良くなれそうに無いタイプの人間ばかりだった。
 無茶苦茶に敵愾心を持って睨みつけられたし、静紅が桜花のモノだし、あからさまに喧嘩を買いますよと言った風に挑発してたけど、結局、桜花に一喝されて乗ってこなかったのは高評価だけど。
 あの人ら、地上で半分以上、やられてた。
 何人くらい残ったのだろうか。

「まぁ……少しでもクーの生還率を上げてくれたから感謝」

 エレベーターでさらに地下へと降りていく。
 結論から言えば、迷った。

 地下に進むほど、死体が多くなり、もはやどっちかどっちかなどわからない。
 しかも、時折、撃ちあう音とか聞こえる。
 ゼロナに場所を聴きだしておくんだったと、後悔しながらも、廊下で妙な感覚に襲われる。とりあえず近場の部屋に入って、落ち着かせようとするのだが。

「…………何だこれ」
 耳鳴りがするように、頭に何かが響く。まるで、耳の周りを虫が飛んでいくような不快感。
 そう言えば、こんな感覚が前にも何処かであったなと、もしかして、覚醒フラグか何かキタコレ?
 とか、馬鹿な事を考えつつも、その感覚を頼りに部屋の中を探しまわる。

 すぐに理由が判明した。
 ロッカーに少女が入って震えていた、髪の色とか、もう間違いなくESPの人だ。
 おそらくゼロナの命令に従わされてたけど、戻ってみると銃声に怯えて隠れていたのだろう。

「……で、入ってきた俺にESP能力で不快感を与えて出ていかせようとしたと」
 ガタガタ震える滑舌の悪い少女から聴きだしたというよりも、俺の予想に、頷くくらいしかしてくれない。
 どうしたものか。
 流石にこの歳の少女を殺すのは忍びない。

「なぁ、お前、クーの所、向かってたって事は居場所知ってるんだよな?」
 小動物のようにビクッと反応する。
 知っていると見て、間違いないだろう。

「案内しろ。このままいても、殺されるだけだろ。怖いのなら、その間は守ってやるし、クーを見つけて手が開いてたら助けてもいい」
 手を引いて立ち上がらせ、その返答を待つ、しばらくしてESP少女は震えながらも頷いた。
 片手で抱えるようにESP少女を持ち上げると、すぐに外へと出る。

「どっちだ?」
 一瞬、戸惑たようにキョロキョロとするも、恐る恐ると言った感じで指を指してくれる。
 その方向を確認すると、俺は走りだす(ロリコン)

 ふと、何故か、誰かにロリコンだとか性犯罪者とか言われた気がするが、気のせいだろう。
「気のせいだよね?」
 ESP少女がブンブンと首を立てに振ってくれた。
 なんか焦ってるような気もするが、きっと気のせいだ。

 途中でなんか強化装備付けた怪しい人達とか居たけれど、スルーしてESP少女の指示する方向へと向かう。
 それからどれくらい走っただろうか。かなり奥に来たが、未だにクーは見つからない。
「まだ?」
 何も言わずコクリと頷くESP少女。正直、このESP少女が本当にクーの所に案内してくれてるのとかは微妙だけど、何も手がかり無しの状態よりはマシだ。
 できるだけ戦闘を避けてるとはいえ、流石に走りっぱなしでは体力が持たない。
「……後、どれくらいよ?」
 両手を出して、こちらに向けてくれる。
 さっきから、ずっとソレばっかだ。恐らく、まだ遠いのだろう。

「この研究所どんだけ広いんだ!?」
 そう叫びながら走りだすと、指の数字がどんどんと減っていく。十から九に、九から八に。
 やがて両手がグーになる。
 歩幅で十歩、それ以上を現せないからずっと両手で十のままだった。このESP少女の単位はどう考えてもおかしいんだが。
 目線の先にある、扉を見た。

「……ここか?」
 ESP少女が頷いてくれる。
 近づいて開こうとするが、ビクともしない。
 そこだけセキュリティーが別枠なようで、開いておらず暗証番号を入れなくてはいけないようだ。
 適当に打ち込むがエラーの赤いランプが点滅する。

「……クソッ!」
 扉を叩きつけるも、この先にいるという事は、ここを通れる人間しかクーの元へとは行けない。となると、クーが無事にいる確立はそこそこ高いのではないか。
 そんな計算事をしていると、ESP少女が手を伸ばして番号を打ち込んでいく。

「は? ……お前、知ってるの?」
 そう言っている内に、ピーという音が響き、緑のランプが点灯して扉が開く。
 呆然としている俺に、ESP少女がドヤ顔でVサインまで送ってくれる。色々と疑問に思いながらも、親指を出してグッとして、奥へと向かう。

 中は薄暗く、奇妙な青い照明に照らしだされている。
 光が照らしだされる。懐かしく男が座っていた。無意識とも言えるレベルで銃口をその頭へと向ける。
 ふてぶてしくも蛙のような顔がこちらに振り向いた。

「こうして会うのは始めてだネ。ユーリ君と言ったカ?」
「……ヴェルト」

 白衣をだらりと伸ばし、コーヒーを口に含みながら、笑う。

「クーは何処だ?」
「そう、急かさずとも、ここにイル」

 ヴェルトはノックをするように後ろにある、巨大な試験管のような円柱の物体を叩く。培養液のようなモノに付けられ、クーの顔だけが小さな小窓から覗いていた。
「今すぐに出せ」
「出そうと思えば出せル……が、この子をこのまま放置して出せば十中八九、死ぬヨ?」
 手に持っていた、少女を手から落として、その胸ぐらを掴み上げる。

「どういう事だ! お前! クーに何をした!!」
「勘違いしないでくれヨ、僕は何もしちゃいなイ。これは生まれつき……いや、判断が非常に難しいが、後天的だろうネ。どうして、今までこんな素晴らしい研究材料を放っておいたのカ、彼を無視してでもやりたかったと自分を殴りたい程サ」
 ヴェルトの言葉はどうにも要領を得ない。

「おそらく、君のもう一人いる妹の方が良く知ってるんじゃないカ?」
「……桜花が? 未来予知の事か?」
 ヴェルトは目を細めて、こちらを見る。
「ホゥ、君はそう言う風に見た訳カ。……だが、違うヨ。この子のソレはそんな甘っちょろいモノじゃ無イ……因果律量子論……聞いた事はないかネ?」

 どうして、今、その言葉が現れるのか。

「正直、僕も眉唾程度でしか調べてなかったがネ。要は平行世界の話、多世界解釈という奴サ」
 ポケットからヴェルトはサイコロを取り出し、目の前まで見せつけるように持つ。
「何が出ると思うかネ?」
「……知るか」
「いいから、答えてみなヨ」
「三だ」
 適当な数字を言うと、ヴェルトはサイコロを転がす。地面に落ちたサイコロは一の赤い面を出していた。

「今、サイコロを転がして出たのは一ダ。けれど、他に六通りの世界が確立として分岐していル。ただ、サイコロを振っただけで世界は六通りにも分かれる訳ダ」
「……それが何だ」
「君はもしこのサイコロの目を当てようと思ったら、どうする?」
「そんな事できないからやらん」
 ヴェルトは声を殺して笑う。
「捻くれた答えダ。私は大好きだが、今はそうじゃなイ。まぁ、結論から言ってしまえば実にツマラナイ。サイコロを振った世界に限りなく近い世界で出た目を見て、統計すればよい……それだけだヨ」

 一瞬、理解できなかったが、まさかと思い至る。
「彼女が見てるのは未来なんかじゃなイ。様々な並行世界、その数ある中で限りなく起こるであろう可能性を見ている訳ダ」
「……それが、なんで、こんな事に繋がるんだ!」
「人間の脳と言う奴は一体、何処までの事柄を処理できるか、君は知っているかネ? 一般的に人間の脳は一生で使うのは、たった三分の一だと言ウ。そして、ESPというのはその三分の一を超えた脳の特殊な機能を使って行われる。けれど、実際、脳を機能させるには大量のエネルギーが必要なのダ。考えても見給え、多種多様な並行世界の観測という無茶苦茶を人間一人の脳で行ったとして、果たしてどれくらい脳に負荷を与えると思ウ? そして、そのエネルギーは何処から持ってクル?」
 動悸が早くなる。
 もし、ヴェルトが言うことが本当なのだとしたら。
 まるでソレは。

「答えは実に簡単ダ、他の不必要な機能を削ればいい。そうだね、我々学者内では普通のESP能力者は人よりも二十分の一ほど多く脳を活用していると言われていル。その位と思うだろうが、ESP体現者が短命な理由の一つだと言えばそこそこの危機感が沸かないかネ? さて、前知識はこれくらいで、本題は彼女だ。……ざっと、計算してみた所、驚くことに彼女が能力を使う時、脳全体の凡そ二分の一以上を使っている」
 それは多いのか少ないのか、実際に詳しい事を知らない俺からすれば似たようなモノなのだが。
 全ての確立された世界を見たとしたなら、それは一体どれほどの情報量になるのか想像できない。もし、それを処理しようとするのなら。

「……あぁ、憎たらしい事ダ。忌まわしい事ダ。けれど、僕は認めヨウ。……この少女により、次期オルタネイティヴ第四計画とも言われる、香月 夕呼が提唱する因果律量子論は証明されタ。もし、量子電脳なんてモノを作るならば、これ以上の”参考資料”は無いだろうネ。これだけ丁寧に説明したんだ君がどんな馬鹿だって、もう、わかるだろウ?」
 含みのあるような表情で、ヴェルトは笑いだす。

「この子の存在そのモノが”天然の量子電脳”だからダヨ!」

 思わずヴェルトの首を絞めようとしていた手が離れてしまう。ESP少女が心配そうに俺の足の後ろに隠れて、こちらの顔を伺っていた。
「今まで、この力は殆ど使われてなかったのは彼女自身がセーブしていたみたいんだネ。けれど、ここ数日で、彼女は何度も意識を失っていル。脳の処理に肉体が追いついていなイ。だが、何故、今になって、こうして力を使い続けているのか、そう、まるで、見たくないモノを見てしまったが故に、そうならない平行世界を探している、そのために過剰な負担が体にかかっていのかもしれなイ。全ては推測の域を出ないが、あながち外れてはいないと思うヨ」
 ヴェルトはクーが寝る

「まぁ、実情としては現在こうして、擬似ODLを使い、脳の処理速度を無理矢理にでも落としてエネルギーを蓄えさせなくては、衰弱死する所までいっていいたのだヨ。まぁ、コレも現状維持が精一杯ダ。このまま、外に出ても精精一年くらいか、脳と体のどちらが先に限界に達するのかは見物だが……僕としても貴重な研究材料がむざむざ死ぬのを黙ってみている気は無い訳ダ」

 得意気に話すヴェルトが凄くウザイ。物凄く殴りたい。

「それで、お前は何が言いたいんだ」
「取引をしようじゃないカ。君がこの少女と僕を連れて逃げてクレ、そうすれば、僕は全力でこの子を救う事を誓オウ」
「…………はぁ?」
 何を言っているんだこの蛙。
「知っていると思うが、僕は脳科学とそれに付随する肉体管理においては誰よりも知識と技術があると自負していル。もし、彼女を助けだしたとして君が頼るのは香月 夕呼ではないかネ? だが、残念な事に、彼女は物理化学の権威だ機械を生かす事ができても、生物を生かす事はできなイ。再び彼女が立つのは果たして人間の体か、ソレトモ」
 00ユニットとしてか。
 冗談じゃない。

「……どうして、俺何だ?」
「君の事は色々と聞かされていてネ。本当なら、彼が地上で戦っている間にソ連からは逃げるつもりだったのだがネ、直前でこの子が倒れて渋々ながら、見ていたのだが、どうにも興が乗りすぎたようで逃げる時を逸してしまたようダ。……それに、あの女も君には甘いと聞ク」
 眼の前の男を信じるか、信じないか。
 正直、これっぽっちも信用できない。そもそも、クーが倒れたのだってヴェルトが何かをしたからかもしれない。けれど、クーを救うには実際、夕呼先生よりもヴェルトの方が確立は高いのではないか。

「どうかネ? 悪い取引では無いと思うが、君は彼女を救える、私は知的好奇心を満たせル」
 どうすることが、一番良いのか。
 そんな事はわからない。ESP少女が心配そうにこちらを見て、きつく手が握りしめられる。その姿が昔のクーを見ているようで、懐かしく疎ましい。
「……」


「迷う必要なんて無いわ」
 その答えを出したのは第三者だった。
 背後、扉を開け放ち、コートを羽織るように着て、アサルトライフルをヴェルトへと向け桜花が立っていた。





[18452] 変革しはじめる乱入者
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:88376832
Date: 2011/09/09 10:03


「残念な事にねヴェルト、お前如きが幾ら足掻いたって誰かを救うなんて事できやしない。知的好奇心も結構だけど、まずは身の程を知りなさい……その子はお前の手には余るモノよ」

 歯噛みするように頬を引きつらせたヴェルトの顔に深い皺が刻まれていく。
 入ってきたのは二人、その後ろには静紅もいた。何があったのか不満そうな顔で、微妙に怪我しているのも珍しい。

 桜花はヴェルトを一瞥すると、俺と俺の足元にいるESP少女に目を向ける。
「テン、こっちにいらっしゃい」
 一瞬、誰の名前が呼ばれたのか分からなかったが、動き出したのは俺の足元で震えていたESP少女だった。
 とてとてと桜花の元へと歩いて行く。
 こうして見ると背の低い桜花よりも、ESP少女はさらに一回り小さい。下手をすればESP幼女だ。

「誘導ご苦労様。何だかんだ言って兄さんは小児嗜好だから、毒電波でも流して震えたら簡単に釣れたでしょ?」
 テンと呼ばれたESP少女は大きく頷いてくれる。
 嬉しそうに良く出来ましたとテンの頭を撫でる桜花とは対照的に、静紅とヴェルトからは白けた目が送られてきた。
「ちょ……そんな目で俺を見るなよ!」

「……それは君のモノだったのか、道理で僕の知らない。研究材料だった訳ダ」
 全員に無視された上、白けながらもヴェルトはテンを睨みつける。
 この蛙嫌いだ。

「そうよ、対ESP体現者用に能力を向上させた諜報特化第五世代型能力者……この五ヶ月の間、ずっとこの研究所で預かって貰ってたの。お前の動きは最初から最後までこの子が教えてくれたおかげで、手に取るようにわかったわ」

 お前って、桜花からのヴェルトの嫌われっぷりがよくわかる。それにしても、馬鹿にしたような桜花の挑発に、ヴェルトは震えながら目を見開く。
「……あり得なイ! 停電の後、ESP体現者のリーディング能力で裏切る可能性のある者は全て処置したはずだ! 何度も! この戦いの前もダ!」
 処置という言葉で、山頂で戦った意味不明な言葉を発する彼らを思い出す。
 何をしたか考えただけで胸糞が悪くなる。
 やれやれと首を振る桜花。
「言ったでしょ対ESP能力者用の能力を向上させたって、何も難しい事はしてないのよ。この子は相手のリーディングをプロダクションで上書きすることができるだけ。仕組みさえわかれば対処の仕様はあるけどね。初見じゃどれほど経験を積んだESP能力者だって、その気になったこの子の思考を読み取る事なんてできっこない。そもそも、この子が何をしたかもわからないんじゃなかしら」

 心の中をESP体現者で覗き見させ、裏切るかどうかの確認をしていたために、自分の研究を逆手に取られたヴェルトは苛立ちを隠そうとせず、恨みが篭った目でテンを睨みつける。
「……成程、よく出来たスパイという訳カ」
「そう、この子は優秀なの。……お前などより遙かにね」
 まるで自分の事のように言う桜花、その手元にいるテンと目が合った。
 その色素の薄い瞳からは、何を考えているのか読み取ることなどできない。クーの無事を確認したからか、静紅は暇そうに欠伸をしており、こちらの視線に気付くとすぐ隣までやってくる。

「ゼロナとは?」
「……会ったよ」
「そうか……殺したのか?」
「いや……。その傷は?」
「敵が撤退しだしたから中に入ったんだが……桜花のソレとちょっとな」
 短い会話だったが、互いに何となく言いたいことはわかった。
 桜花がここにどうやってきたのかはわからないが、そこそこの人数で来て、静紅とかち合って揉め事を起こしたといったところだろう。
 この場所に俺が先に付いたのは、そのためか。けど、静紅に怪我をさせるとは、中々やるな。

 完全に渦中の人と化した桜花が、ヴェルトと睨み合う。

「さて、ヴェルト。取り敢えずお前が調べたクーのデータ。今・すぐに・全て出しなさい」
「断ると言ったラ?」
 銃声が反響した。
 ヴェルトの足元の床がめり込み、薄く煙が上がっている。流石にいきなり撃たれるとは思っていなかったのか、ヴェルトの額から冷や汗が流れだす。

「ちょ……跳弾したらどうするのかネ!?」
「聞こえなかった? 今・すぐによ、動かないというのなら、私がやるけれど?」

 顔色一つ変えずに桜花は銃口をヴェルトへと向ける。命の危険を感じ取ったのか、ヴェルトはそそくさと動き始めた。
 近場にある端末を弄り、幾つかの映像が出てくる。
「……これダ」
「静紅」
 首を軽く振り、ヴェルトを見張るように指示する。
 面倒臭そうにしながらも、静紅はヴェルトの側に行き、桜花の側にいたテンは俺の元へ、桜花は端末を確認する。

「バックアップは?」
「……僕はそんなモノには頼らない主義ダ」
「そう言えばそうだったわね」
 桜花は物凄いスピードで目を通していく。ものの一分もかからない内に自ら操作し、同じくらいの時間で何かを打ち終える。
 そして、桜花がヴェルトを睨みつけた。

「やっぱり……お前がこの子にESP能力活性させる薬物を打ち込んだのが原因じゃない」
「ち……違ウ。それは倒れた彼女の能力が不安定に暴走していたから。一時的な措置として……」
「火に油を注いで鎮火する訳が無いでしょうが。どうせ、珍しいから限界まで搾り出したかったんでしょう」
 小さな体躯の桜花から発する声は低く、その目には一切の感情が見られない。
 それだけに有無を言わさない迫力があった。
 その標的とされているヴェルトは顔面が蒼白になり、冷や汗が溢れ出している。

「お前には三つの罪がある。一つ、私を裏切った事」
 
 ライフルがヴェルトの頭から、体を触れるか触れないかの位置をゆっくりと移動する。
 まるで死刑囚に判決を下すかのように。

「一つ、兄さんを騙そうとした事」

 淡々と言いながら、銃口は体を辿り、ヴェルトの足へと向け。

「最後の一つ……生まれてきた事」

 問答無用にヴェルトの太ももを撃ちぬいた。
「アァ!? ──ッガア!」

 血を流しながら、ヴェルトは地面へと倒れ伏し痛みに這いつくばって転げまわる。

 取り敢えず足元にいたテンの目を手で塞いでおく。別に少女といないいないばぁしたいとかそういうんじゃないから。
 テンも特に嫌がらる様子も無いところを見ると、桜花に調教……もとい訓練されているのかもしれない。

 銃口で転がるヴェルトのこめかみを抑えつける桜花。
 よほど上手く体重をかけているのか、頭から上をヴェルトは動かせないように固まっていた。

「ねぇ、喉を潰された負け犬のように鳴いて許しを乞いながら、四肢を断たれ駆逐される豚のごとく靴の裏を舐めなさい」

 取り敢えず耳も塞いでおく事にした。しかし、この桜花ノリノリだな。
 一方のヴェルトはこの状況でなんとか自分が生還できる方法を考えているようだ。呻き声を上げながら、桜花の足元へ顔を近づけていく。
 桜花もそれをわかっているようで、その顔を蹴り飛ばし、頭の上から踏み潰すように足を置いて体重を乗せる。
「やはり、気色悪いわね、私の靴の裏にあなたの雑菌が感染ったらどうしてくれるのかしら? それより……お前、盗み出した”核”を何処へやったの?」

 傷の痛みで呼吸が荒くなっているヴェルトをつま先で踏みながら、口を割らせようとする桜花。
 隣にいる静紅は腕を組んで飽きれたように見ていた。野次らないところを見ると、よほどヴェルトの事が頭に来ているらしい。
 だが、ここに来て静紅が微妙な表情を作る。あらぬ方向を見て、目を瞑った。

「……おい、桜花」
「何よ?」
 桜花は静紅の呼びかけに答えるが、一歩遅れて桜花の持っていた通信機が音を立てる。
 これからという所で邪魔をされて、静紅にごめんと言い、不機嫌そうに桜花は巨大な電話のようなモノを耳に当てる。
「……何? どうかしたの?」

 最初、訝しげな仕草をしていた桜花が時がつれる度に驚愕していく。
「…………はぁ? 何を言ってるの? 冗談でしょう? ここは、後方の後方よ!」

 桜花が戦場で焦りを感じていた。よほど予定外の事が起こったとしか思えない。
 妙な胸騒ぎが起こる。

「どうして、BETAがこの戦場に現れるの!?」
 その叫び声はそこにいた全員に戦慄を与えた。
 BETAの進行はソ連の防衛ラインにより押しとどめられているはずであり、ここはもはや太平洋に近いユーラシアの端っこだ。
 その間にはソ連軍の基地や都市が存在する。
 ここ数日でソ連の防衛線が抜けられたなどという通信は来ていないし、むしろBETAの数は減少傾向だった。何より、例え仮にBETAが大群で強襲してきたといえど数日やそこらで進行できる距離ではない。
 ではどうやって。
 その疑問は桜花の言葉によってすぐに氷解する。

「じゃあ!? 何!? カシュガルから地下を掘り進んで、尚且つ防衛線に引っかからず隠密行動しながら、ピンポイントでこの基地を急襲したと!?」

 代わりに様々な疑問が沸き起こる。どうして、この段階でBETAが戦略的行動を起こせるのか。どうして、BETAがこの基地へと向かってくるのか。
 桜花はデコに指を軽く当てて、数秒考える仕草を取る。
 たったそれだけで落ち着いたようで、いつもの口調に戻っていく。

「…………わかった、すぐに引くわ。全軍に撤退準備をさせて。持ってきてる戦力は出し惜しみしてもしょうがないわ、半分をスルワルド大佐の援護にもう半分をこっちに回しなさい」

 それだけ言うと一方的に切り、全員の視線が集まる中、先程の端末へと向かう。

「聞いてたわね。BETAが進行してきたわ、規模はそこまで多くない、とはいえ、進行速度が速くもう間もなくこの基地に到着する。それまでに、静紅はウチのモノに案内させるからクーを連れて地下から出てちょうだい」
 キーボードを操作しながら、桜花は命令する。
「あ、それ開けて大丈夫なのか?」
 言うが早いか、クーの入っていた機械が音を立てて開いてしまう。
 桜花はクーの体に触れてその状態を確認すると、自分の着ていたコートをクーに着せる。

「問題ないわ。クーの症状は一時的なモノよ、兄さんがヴェルトから何を聞いたか知らないけれど、放っておいても今すぐ命に関わるようなモノじゃない。でもできるだけ万全の状態でいた方が都合がいいのも事実、静紅、この子自身には辛いけれど起きている方が自分の能力を制御できるわ。いい? 目を覚ましたらできるだけ気をしっかり持たせるようにして……もしも、手に負えない時はこれを打ちなさい。後は外にいるウチのスタッフに任せればいいから」

 桜花が懐から取り出したケースを開けて小さな注射器を見せ、閉じると静紅に渡す。
 そっと触れるように静紅はクーを片手で抱きかかえ、桜花を睨みつけた。
「……承諾した。だが、引き渡した後、クーに何かあったらただじゃおかないぞ」
「それはお互い様よ。せいぜい、道中には気をつけることね」
 胸元から拳銃を取り出して静紅へと投げる。手を伸ばし静紅はキャッチする。
「片手じゃ使えないでしょ。お得意のソレは……」

 鼻で笑い静紅はジャケットのポケットへと入れる、と同時に片手で腰に付いていた刀を引き抜き、桜花の目の前にいたヴェルトの前髪を切り裂いてみせた。
 よそ見をしていたヴェルトは自分が何をされたかわからないようで、前髪の切れた紙を呆然と眺め自分の目を疑っていた。
「BETAで無ければ問題ないが。念のため借りておく」

 すぐに静紅は外へと走っていった。
 桜花は部屋を見回すとヴェルトに目が行く。
「テン、来なさい。こいつから無理矢理、”核”の場所を吐かせる。多少、荒くしても問題ないわ」
 髪ごとヴェルトの頭を持ち上げ、目玉にライフルを付きつける。銃口の後ろからテンが覗き込むようにヴェルトの頭に手を伸ばす。
「ァ!? 止めろ……来るな!?」
 それまで何事も無いようにしていたヴェルトがテンに触れられそうになった瞬間、強烈に身を捩り拒否反応を起こす。
 小柄なせいか桜花の力では抑えつけるのにも限界があるようだ。

「兄さん! 見てないで、こいつを抑えのを手伝って!」
「わかった」
 叫び声を上げるヴェルトを桜花と抑えつけながら、さっきから気になっていた事を聞く。

「なぁ、”核”って何? 核爆弾?」
「……84年。ソ連領にて始めて攻略したスルグートハイヴ内での調査が行われたわ。その時、27分間、反応炉を確保した。けれど、BETAの増援によりハイヴ内での戦闘の激化にともない反応炉の破壊を決定。というあの後にあった事の顛末くらいは知っているでしょ」
「ああ」
「ソ連軍は破壊した反応炉を調べに調べたのよ。そして、反応炉が停止して尚、稼働している部分を発見した」
「それが……」
「そう後に反応炉の”核”である事が判明した。要は反応炉自体に命令を与える脳の部分だったの。ソ連は第三計画のため、これを徹底的に調査する事を決定した、とはいえ、取り出してそのままではいずれ停止してしまうのは目に見えていた。何とか、反応炉の真似事をできないかと検討されて、上手くやったのがヴェルトの擬似ODLの精製技術。……私はその辺、評価していたのだけどね。その後、第三計画が失速しだして、”核”の解析も殆どできずブラックボックスばかり、その内部に入っている情報も殆どが読み取れない。要は大して使い道が無かったから、ソ連は次期第四計画推進派にスケープゴートとして”核”を売りにだしたのよ。コレは結構最近の話よ」
 一体その”核”にはどれほどの値段が付けられたのか。

「……まぁ、買ったのが私。かなりふっかけられたけど、ソ連が急速に軍と施設を復興した所を見ると、採算は取れているでしょう。その後、現物を保管していた基地をコイツに襲われた」
「採算……って。……なぁ、それより、BETAはその”核”に引き寄せられてるんじゃないのか?」
「さて、それはどうか知らないけれど。可能性としては充分に考えられるわね。だからこうして、”核”の場所を聞いているのよ」
 テンが両手を上げてオワタのポーズを取る。一方、何かされていたヴェルトは生きも絶え絶えと言った風に痙攣しており、意識はあるようだが、ヴェルトは色々と見苦しい姿になっていた。

「もはや精神攻撃だな」
「力なんてのはどんなベクトルであれ、使いようによって幾らでも攻撃的になるものよ。それより、テン、場所は掴めたわね?」
 テンは大きく頷いた。

「じゃあ、もうコレはいらないわね」
 桜花はヴェルトに向けていたライフルの引き金に指をかける。
「待テ! ……お願いダ、タ、タスケテクレ!」
 まだ、命乞いをするだけの精神力があったのかと微妙に関心してしまう。生き汚いとでも言えばいいのか、諦めが悪いとでも言えばいいのか。
 桜花の指に力が籠り、銃声が鳴り響こうとしたその瞬間。

 巨大な地震が建物全体を襲った。
 何かが研究所にぶつかったのだろう。その何かなどは言うまでもないが。
 さらに防衛基準体制(デフコン)1を知らせる警報が鳴り響く。アナウンスをする人間がいないためか、きちんとした命令が出されていないため事務的な音ばかりが鳴り響く。BETAの襲撃が予想されるこの地域一帯に発令されているのだろう。

「おいおい、生まれて始めてデフコン1なんて聞いたんだけど」
「敵に攻められてから警報鳴らすなんて、無能ここに極まれりと言ったところなんでしょうけどね……ちょ」
 未だに小さな地響きが続いており、桜花はバランスを崩したテンに巻き込まれて体制を崩してしまう。テンの上に桜花が馬乗りになるような、エロゲでよく見るシーンが展開されていた。割と下世話に言うのなら、少女同士の百合シーンとなる訳だ。
 その時、ヴェルトが自分の足に何か注射器見たいなモノを打っているのに気づかなかったのも仕方がない。
 おそらく、鎮痛剤か麻薬の類だ。
「どけェ!」
 気付いた時にはヴェルトは俺の拘束を跳ね除けて、出口へと走っていた。別に俺がよそ見していて、警戒してなかったからとかそいうんじゃない。
「兄さん!」
「ごめんなさい。よそ見してました」
 咎めるような桜花の口調につい謝ってしまう。「チッ」と舌打ちをした桜花はテンを抱えたままヴェルトへとライフルを狙い撃つ。
 「ヒィ」と微妙な悲鳴を上げて、頭を抱えるが走る足をヴェルトは止めようとしない。地面の振動せいか、上手く狙えず桜花の放った銃弾はあらぬ方向へ飛んでいた。

「兄さん捕まえて!」
 言われるまでもなく斜線上に入らないように追いかけてた訳だが、思ってたよりも逃げ足の早いようで、外に出るとすでに曲がり角を曲がっていた。
「……逃げられた」
「これだからマッドサイエンティスト系のキャラは面倒なのよ……! とっとと死に腐ればいいのに!」
 ここに静紅がいればお前が言うな的な事くらいは言っただろう。

「どうする、追いかけるか?」
「……時間が惜しいわ。今は放っておきましょう」
 苦渋の判断だったのか、かなり嫌そうな顔でヴェルトの出ていった扉を見ている。未だに微弱な振動が繰り返されており、それがBETAの到来を告げていた。

「それよりも、”核”の回収が優先よ。テン、案内しなさい。兄さんも付き合って……」
 走りだしたテンを追いかけるように、二人で付いていくが子供の足なので思ったよりも遅い。取り敢えず連れてきた時のようにテンを抱えて、走りだす。

「しっかし、なんでそんな”核”ってのに拘るんだ? ……と、こっちか」
 テンの指差す逆方向へと向かおうとして、慌てて方向転換する。
 ”核”が貴重だとは言っても、ソ連の研究者達が調べてもまともに解析できなかったものだ。言ってしまえば、使い道のわからないモノに命をかけてまで取り返す意義がわからない。
「……今回の事で余計に欲しくなったわ。……兄さんはここ最近、BETAは時折、奇妙な事を起こすのを知っているかしら?」
「そういえば、一度、欧州で戦ってる時、変なタイミングで撤退したことがあるな……」
「そう、明らかにBETAは戦略とも思えるモノを打ち出してきてる。……切っ掛けはおそらく、スルグートハイヴよ」
 確かに、原作で佐渡島ハイヴを攻略した後、BETAは戦略と呼べるモノを使い始めた。とすらならば、すでに、BETAは人類撲滅に本腰を入れてきたと言うことだろうか。
 どちらにせよ、かなり原作とのズレがある。

「ハイヴを落としたことで……人類はBETAの敵とみなされいた?」
「確証はないし、私の勘のようなものだけどね。……今は情報収集の段階といった所かしら」
「情報収集? どうやって?」
 横浜みたいにハイヴを与える訳でもなく、鑑純夏のような情報を吸い取れる00ユニットがいる訳でもない。

「単純よ。横浜ハイヴってのと同じ、餌を与えてその中から情報を採取して、折を見て餌を奪い返す」
「……餌って」
「”核”じゃないかしら?」
 笑顔で言うその表情がちょっと怖い。
 聞いてくるのも言外に「ソレ以外に何かある?」みたいな顔をしている。

「実際、今になって奪い返そうとしているのだから。どうにも……タイミングが偶然とは思えないのよ」
「そういえば、ここ数年、いくらでも取り返す機会はあった訳だしな……」
「だから、来ることはないと考えてたのだけれどね。まぁ、どれも仮定の話なのよ……でも、もし、そうだとするなら掘削用機械というには…………少し、人間臭いわ」
 テンの指示に従いながら廊下を歩いている途中。
 桜花が俺の服を掴み、人差し指を唇にあて無言で隠れるように指示する。かなり先の方に動いている物体があった。

「……おいおい」
 白いキノコのような頭。黄色い剥き出しに並べられた歯茎。
 その筋肉は異様に発達しており、人間のような胴体を持っている一方で、突撃級のような足を持つ。
 みんなのトラウマ。

「兵士……級……」

 息を吐くような声で呟いていた。1995年以降に登場したはずのソレが、5年も早い今の段階で現れて、地面に頭をぶつけるように何かを食らっているのだ。
 桜花とテンが見つめ合い何かを頷き合い、桜花が手話で迂回する旨を伝えてくれる。
 そのまま兵士級を迂回する道を行く。
 もし、あそこでアイツを倒しても奥から敵が来ているのでは命が幾つあっても足りない。

「もう、こんな所まで入ってきてるとはね。今のBETA、兄さん知ってるの?」
「兵士級……対人探知能力がすげぇ高い。本当ならもっと後に出てくるべき、人間の再利用BETA」
 簡単に説明すると「へぇ」とだけ桜花は呟き、また何かを考えだす。
「……テン、いいかしら?」
 何を聞いてたのかは良く分からないが、テンは頷く。
 そして、桜花はテンのデコに自分のデコをくっつけた。数秒の間じっとしていたが、すぐに桜花が動き始める。

「何をしてるんだ?」
「……プロダクションで”核”の位置を教えてもらっただけよ。悪いけど兄さん、ここからは別行動にしましょう。兄さんはこのままテンを連れて、ファングスティルを置いてきた格納庫に向かって、あそこはBETAが進行してきたはずの方角とは反対だから、まだ大丈夫なはず。その後はできるだけBETAの注意を引きつけながら、脱出ルートを探してそのまま外へ向かって。……おそらく、ゼロナも戦術機が逃げれるような道を残しているはずよ」
「…………桜花は?」
「私はこのまま”核”のある場所へと向かうわ。持ち出すのが不可能な時は破壊する」
「大丈夫なのか?」
「さてね……でも、先にウチの部隊を分散させて強化兵士の駆逐に向かわせたのは失敗だったわね。けど、すでに収集してるし、後からそいつらと合流するから、そこまで危険でもないわ。ぶっちゃけたところを言うと、テンは言わずもがな、戦術機に乗ってない兄さんなんて足手まといなのよ」
 実際、戦場の場数で言えば圧倒的に桜花の方が多いのだから、生き残るすべも知っているのだろう。
「……わかった、気をつけて」
「ええ、また地上で会いましょう」
「了解っと……」

 そのまま、桜花とは別の道を走りだした。


 *


「ねぇ、BETAだって」
「……知るか、馬鹿が……それより、テメェなんで、ここにいるんだよ。体はどうなったんだ?」
「こうして動いている。……それ以上に何かあるの?」
「ハッ…………どれくらい持つって聞いてんだよ」
「さぁ? マスターから正確には聞いてないけど、動かなければ一週間。それなりの行動をするのなら、何時でも止まる覚悟はしておけって……」

「野郎、半端な仕事しやがって。つか、いくらそこに座ってたって、乗せる気はねぇって言っただろうが……出てけ」
「馬鹿はあなたでしょ。基本ツーマンセルの部隊ばかりのウチで、その機体が複座以外の設定なんてされてないわよ。それに、BETAが溢れ出してるこの研究所に私だけ置いて行く気かしら?」
「……操縦桿は握らせねぇ」
「別にいいわよ。ここに座ってるのが、一番落ち着くから座ってるだけだもの」
「ッ……何、笑ってやがんだ、気味わりぃ」

「嬉しいから笑ってるだけよ。………………ねぇ、ありがとうとごめん、どっちがいい?」
「どっちもごめんだ」
「じゃあ、ありがとう」
「何でそうなる」
「ゼロナがごめんって謝ったから、私がありがとうって言ったのよ」
「俺は謝ってなんてねぇ、頭どうかしちまったんじゃねぇのか、トリア」
「それを言うなら、お互い様かもね」
「テメェと意見があうなんて、明日は雪だな」
「ええ、雪ね」

「つかよ、テメェら何でいるわけ? 俺、好きにしろっつったよなぁ? それとも、アレか積年の恨みとかなんとかで殺しに来た口か?」
 ゼロナの動かす機体の周囲には、六機のブラーミャリサと十二機のF-4が付き添っていた。

『現在、命令が出されていないので。好きにしているだけですが?』
『というか、隊長が俺らの前進んでるだけですよ。別について行ってるとかそういうんじゃないで』
『そうそれ、たまたま、隊長が近くに立ってるだけです』

 通信機から送られてくるわざとらしい言い訳にゼロナは頭をかきむしる。
「あぁ、もう……うぜぇなぁ、頭おかしいのはテメェ等もかよ。意味不明だし、どんだけマゾなんだよ死んどけ、むしろ、撃ちぬくぞ」
 座席の後ろで笑うトリアを横目にダルそうにゼロナは呟いた。
 その機体は、桜花の基地を襲撃した折に鹵獲した。四足で大地に立つ、背中にマウントされているのは四つの砲台を持ち、まるで羽ように大きな跳躍ユニットが後方へと伸びている、犬のような形をした戦術機。

「YF-21試作D型、設計した人間の趣味丸出しの機体よね。あの時の指揮官も、よく戦場に出す気になったものだわ」
「面白いじゃねぇか、どうせ、玩具感覚で作ったもんだろうがな。這いつくばって生きる分には問題ねぇだろ」

「それもそうね。設定も終わったし……行きましょうか」
「テメェは見てるだけだがな」
「ゼロナが落とされそうになったら手を出すかも」
「邪魔はすんじゃねぇぞ……テメェらもな」

 強化兵士からは通信機から、ESP兵からはプロダクションで一斉に答えが返ってくる。

 ゆっくりとソレは動き出した。
 終着に向けて。






 *
 *
 *





 今回のボツタイトル
ある兵士級のつぶらな瞳「 ●    ●  <今、目があいましたよね? 感想お願いします」





[18452] 掴んだ手
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:88376832
Date: 2011/11/28 17:00


 記憶、そこにいた私は、ずっと誰かの後ろを歩いていきた。
 かすかに顔を覚えている程度の父は優しく堅実であったが、熱烈な社会主義者で、人は全て平等であり、生まれた瞬間から自らの役職が決まっているのだと信じて疑わない人だった。
 だから、政府がESP被験者として私を指名した時、父は諸手を上げて私を送りだした。
 その時の私はちょっとしたお出かけ気分で、また、すぐに家に帰れると思っていたのだ。

 けれど、連れていかれた先はまるで刑務所のような所だった。
 毎日、決められた時間に起きて、決められた事を決められた用にやらされ、失敗すると殴られる。私はすぐに帰りたいと泣いた。
 その時、同じ部屋に五人程いたが、私を気にかけてくれる子は誰も居なかった。
 別に責める気は無い、皆、自分のことで精一杯だったのだ。

 それからしばらくして、同じ部屋の一人が急に居なくなった。何かの検査と言われ、連れだされた後、帰ってこなかったのだ。
 四人で寝た部屋はやたらと怖くて、皆、震えていた。
 どうして、あの子は帰ってこなかったのか。当時は理由なんて想像も出来なかった。どこか遠い怖い所へと連れていかれたくらいにしか考えれなかった。
 おそらく研究で使い物にならなくなったのだ、廃棄されたのか資料とされたのか調べようがなかった。少なくとも、親の元へ帰ったなどという事はないはずだ。

 けれど。
 与えられた番号すらも覚えていないその子には悪いが、私にとってその子が居なくなったのは一つの転機だった。
 もし、彼女がそのまま、ずっと同じ部屋にいれば、私の人生は遠からず終わっていただろう。

 居なくなった子の代わりに入ってきた少女は名をトゥーニャと名乗った。陰鬱とした施設の中で、彼女だけは何時も明るく破茶滅茶で、凄く笑顔が眩しく楽しそうに笑う、その姿が私は好きでたまらなかったのだ。
 私にとって、彼女は光だった。けれど、同時に、その光はすぐに陰りを見せるのだろうと、私を含め誰もが予想していたのは仕方がない。
 眩しい光に影は近づくことなどできない。遠目に見ていた彼らは、ここでの生活を知れば、彼女もおとなしくなり、その顔から笑顔も消えるだろうと。

 その予想は見事に裏切られた。
 殴られようと、痛みつけられようと、薬を打たれようと、トゥーニャは笑って私の手を握ってくれた。
 どうして、その手を差し伸べられたのが私だったのだろう。ただ、隣のベッドだったというだけで。

 やがて、ずっと下ばかり見ていた私達は、彼女のおかげで笑うことを思い出し、どれだけ辛く痛い検査や訓練の後でも、彼女のいる部屋に帰ると思わず笑みが溢れた。
 だから自然と彼女の周りに人が集まるのは当然の事だった。
 そして、そんな日を繰り返す内に、幾つかの年月が流れ。
 私たちはの時間に軍事訓練というモノが割り込み、その人が現れた。
 キーチ先生。

 第一印象を一言で語るのならば。
 顔が怖かった。

 その仕草一つ一つ取っても何処か威圧感みたいなものを感じたし、好きになれそうにない。
 そんな私の表情を読み取ったのか、一番最初に会った時、トゥーニャはキーチ先生の脛に飛び蹴りを食らわしていた。そんな事をされて物凄く怒るのかと思って震えていたけど、キーチ先生は飽きれたみたいにトゥーニャを持ち上げて鼻で笑っただけだった。

 きっと、それが切っ掛けになったのだ。
 馬鹿にされたと思ったトゥーニャは事ある事にキーチ先生に立ち向かっていった。
 訓練でボロボロになろうとも、立てるのなら取り敢えず戦う。それくらいの勢いでトゥーニャはキーチ先生に遊ばれていた。
 けれど、そのおかげかトゥーニャは体術の訓練では誰よりも優秀な成績を収めていた。
 ただ、肝心のESP訓練の方はあまり得意じゃなかったようで、私が何度もやり方を教えた事がある。

 結局、最後まで私があまり喋りかけれなかったせいで、事務的なことしか話せなかった。それでも数ヶ月も見てれば、キーチ先生は思ってたよりも、怖い人ではないというのはわかった。

 そう長くはない平凡とは言えないけれど、穏やかに感じられた日々は程なく終わる。
 ある日を境にキーチ先生はキーチ教官になってしまう。
 今、思えばアレは教官なりに私たちを生かそうと思ってやったことなのだろうけれど、当時の私たちにとって先生が豹変したとしか思えなかったのだ。
 訓練が一気に厳しくなり、時間があれば延々と走らされた。
 白兵戦の訓練、戦術機の訓練、座学、ESP能力の訓練、総復習、そして夜になれば疲れはてて泥のように眠る。

 おそらく先生の豹変に一番ショックだったのはトゥーニャだったのだろう。
 先生が厳しくなり暴力を振るう対象となったのはトゥーニャであり、最も、彼女が苛烈に攻めを受けた。
 初日には誰もが呆然とし、トゥーニャは気絶するまで殴られた。その夜、彼女が泣いているのを見たのは、それが最初で最後だった。
 先生と呼び口答えすれば、頬を叩かれ、訂正させれた。
 それでも、何度殴られても一人だけ、教官と呼ぶことを否定し最後まで意地になり、抵抗していたのはやっぱりトゥーニャだけだ。
 例え、連帯責任になろうと、その一線だけは絶対に譲ろうとしなかった。
 無論、その事で色々と言われたが、大半の子はトゥーニャがその呼び方を変えない事を喜んでいた。勿論、追加で無理矢理走らされたり、痛い目に見るのは嫌だったが、理不尽に屈しようとしなかったトゥーニャは私たちに英雄のようなモノにも思えたのだ。

 そんな何時終わるか解らない耐え忍ぶ日々が長く続いた。
 辛い日々が終わったのは、教官が訓練終了の合図をした時だ。その日、唐突に訓練期間が終了した事を告げられる。

 誰もが喜んだ。この地獄が終わるのだと。
 そして、何も言わず去っていく、何処か辛そうなキーチ教官の後ろ姿をトゥーニャと二人で見送った。今にも追いかけていきそうなトゥーニャが何処か遠くへ行ってしまいそうで、その手を強く握りしめた。

 もし、この時、私がその手を離していれば。
 トゥーニャの後ろを押してあげる勇気があれば。
 行ってきたらと一言、告げれていれば。
 きっと、私たちの運命はもう少し変わった形をしていたのかもしれない。

 教官との別れは同時に、私とトゥーニャの別れでもあったのだ。
 私とESP訓練の成績が良かったほんの数人だけ、研究所の別棟に割り振られた一室に連れていかれた。命令だったので、逆らえなかったといえばそれだけだ。寝室もそれまでとは別のモノになり、個室になり、夜はとても寂しくなった。
 けれど、別ればかりではない。
 新しい出会いも会った。
 例のごとく、第一印象は悪かった。
 金髪の髪、キーチ教官に勝るとも劣らない目付きの悪い瞳。子供というよりさらに幼い、戦術機よりも自転車を乗る方が先ではないかと思われるような年頃の少年。

 ただ、無言でこちらを睨む彼はただ「07」とだけ呼ばれていた。
 当時としては比較的ESP能力の高かった私は彼のパートナーとして呼ばれたのだ。

 数回の機動実験で「07」と私の親和性が高いと判断されたのか、実戦を想定した訓練を行う事になった。いや、少なくとも私が聞かされていたのはそういうモノだった。

 無人で動く戦術機を破壊しろと。

 今まで、そういう自動操縦なんて聞いたことが無かったのでおかしいとは思ったけれど、命令に逆らう事などできない。
 私はただ、素直に従った。
 途中で何か良く分からない戦術機が乱入して、中断となった。
 その時は気づかないようにしていただけだ。いや、何処かで理解していた。
 戦術機を破壊する間際に送られてくる強い断末魔のような感情。リーディングなどしなくてもわかる、どれも、感じ慣れたモノだ。
 そんなはずがないと言う思いを否定するように、殺した後も強い感情は私の心の中で暴れだす。
 決定的だったのはキーチ教官の姿を見た時だった、その手の中にはトゥーニャがいた。私は二人に目を合わせることすらできず、隠れるように急いで自分の部屋へと逃げ出していた。

 撃ったのは「07」だ。けれど、私がこの手で狙いを定めた。
 皆を殺したのは私だ。
 そして、トゥーニャを傷つけたのも私だ。

 その日の夜。
「07」と呼ばれていた少年が私の前に現れた。「一緒に逃げよう」と。
 ヴェルトは今、留守にしており、警備が緩んでいる。逃げるのならば今がチャンスだと。出
 会ってずっと、機械のような少年だと思っていたが、彼は自らの意志を隠していただけだった。
 私は手を伸ばした。

 けれど、その脳裏に描かれたのはトゥーニャの姿だった。
 彼女の感情は、微かながらに、まだ、この基地に残り私はそれを感じていた。
 トゥーニャは重症を負っていたが確かに生きていた。けれど、一緒に逃げれるような体ではない。
 まだ、トゥーニャがこの研究所にいるというだけで、私の手は動きを止めた。だから、私は彼女を見捨てるという選択肢は選べなかったのだ。

 もし、ここで、彼の手を取っていたならば。
 また、別の私がいたのかもしれない。

 だが、そんな未来はありはしない。
 あの時の私には別の選択肢など無かったし、今でもこの選択に後悔などない。
 研究所へと帰ってきたヴェルトに私は様々な詰問された後、ヴェルトに契約を持ちだされたのだ。

 私は二つ、契約を結んだ。
 重症を負っていたトゥーニャを助け、以後、トゥーニャには関わらない事。
 現在、行われている「07」の捜索を打ち切る事。

 代償として、私は自分の肉体と記憶を、人生をヴェルトへと差し出した。

 私は私を助けようとしてくれた人に感謝がしたかった。不甲斐ない自分のせいで、迷惑を掛けたことに謝罪がしたかっただけだ。
 今思えば、すぐにでも破られそうな穴ばかりの契約、けれど、マスターは何故か守ってくれた。だから守ってくれている間は私は彼の命令に従った。

 そこからしばらく、うっすらとしか記憶が無い。
 思い出そうとすれば明確に思い出せるが、思い出そうとしない限りまるで思い出せない。
 マスターが命令すれば、私が実行する。その繰り返し、永遠とも思える隷属の生活、きっと、そこには自らが思い出すようなモノはないから。
 それがひび割れたのはノギンスクの時だ。私をここで使い捨てるつもりだったのか、マスターは契約を破った。
 その頃から私は記憶と理性が流れだしてくる。

 ゆっくりと長い時間を懸けて、後悔と懺悔が延々と支配する。
 見ないように、聞かないように、思い出さないように、私はずっと逃げていた。
 トゥーニャを殺したのが他でもない私だと。
 彼女だけじゃない。
 逃げ出そうとした同胞、敵、命令ならば全て殺してきた。なまじESP能力が高いせいでその断末魔は鮮明に描かれてきた、それまで、なんとも無かったそれが私にその罪を訴えかけてくる。

 そして、最後の最後で私は逃げる事ができなかった。
 過去に捕まった。
 狂うほどの後悔と、死にゆく未来、そして、何もできない現在。

 こんな人間に一体、どれほどの価値があったのだろうか。
 伸ばされた手を拒んできたのは、結局、自分自身が助けられる価値のない人間だと知っていたからかもしれない。

 このまま、朽ち果てるのを待っていた。
 暗闇の中、何処までも落ちて行く。きっとこれは夢だ。夢の中、私は死に行く。

 生きていも仕方がない。
 もう、私の居場所など何処にもないのだから。

 だというのに。
 誰かが、私に手を差し伸べてくれていた。遠くから、私に向かって、必死に手を伸ばしてくれる。
 どうして、彼女は私にこうして構ってくれたのだろう。
 どうして、私は自ら殺した彼女の手を、恥じらいもなく手を取ることができるのだろう。
 どうして、恨まれて当然だというのに。彼女は私に向かって、微笑みかけてくれるのだろう。

──どんなことがあっても、親友だから、一緒に行こう。トリア

 そう言って、私の背中を押してくれる。
 どうして、彼女はいつも、私のできなかったことをこうして簡単にやってのけてしまうのだろう。
 私は彼女の名前を呼ぼうと、口を開く。

「トゥーニャ」

 世界が暗転する。
 いや、その言葉を発した瞬間に目が醒めたのだ。何時もと変わらない無機質な部屋。

「驚いタ……起きたのかネ。もう、無理だと思っていたが、君の生命力には存外にも驚かされル」
 すぐ側にヴェルトが立っていた。
 私はゆっくりと自分の足取りを確認しながら、地面に立ち、自らの私物が置いてある場所へと行く。

「……容態はどうだイ?」
「…………問題ありません」

 衣服の中から、そっと拳銃を取り出し、セーフティーを外しながら照準をヴェルトへと向けた。
 ヴェルトは振り向くが、別に驚いたような表情はせず歩き出す。

「今、丁度、最後の調整を終えタ。好きに撃ちたまえヨ。君には唯一その権利があル」
「……どうして」
 そんな事を言う。

「人間の情というのは良く分からなイ、長く使えば使うほど、ソレは深くなるらしイ。そして、僕にも愛着があるモノが幾つかあル……もっとも、人型をしているのは君くらいのモノだがネ」
「何を言っている……!」

 違う。私の知る、ヴェルトという人間はそんな人間ではないはずだ。最後まで生き汚く足掻く、最低な人間だ。

「君は実に傑作だっタ……長い間、僕は人間を切り裂き弄り回してきたが、施術を施した中で随一と言っても良イ。その君に殺されるのならば、きっと、そういうモノなのだろウ」
「意味が……わからない!」
「君がそこに立った事で、私の最後の研究は達成されタ」
「…………」
「まぁ、今、調べているコレも中々に興味深いが、少しばかり僕の手にあまりそうダ……どちらにせよ、間に合いそうになイ。君に殺されるか、彼女に殺されるか、またはBETAに殺されるかの違いだろうネ」

 どうして、こんな何かに取り憑かれたような、諦めたような表情をしているのだ。
 ESPで読める感情も異様に穏やかで気持ちが悪い。

「これまで、好き勝手にしてきたくせに! 何を今になって!」
「勘違いしないでクレ。別に僕は君に謝罪したい訳ではなイ……ただ、君にならば殺されても良いと言ったんダ。僕の研究で生きる君の精神が安定するならば、彼女などにやられるよりも、百倍は、殺される価値があル」
「……だったら、撃てと命令したら!?」

「冗談じゃなイ。自殺などまっぴらだヨ、君が撃たないのであれば時間の無駄だネ。施術は成功したとはいえ君の体は動かなければ一週間。無理にでも行動をするのなら、何時でも止まる覚悟はしておく方がイイ」
「どっちにしろ長くはない……」
「植物状態で良いのなら、金銭次第では幾らでも生かせるガ?」
「それを生きていると言えるのならばですがね」
「生きているさ、人間は死ぬまで生きなければならなイ。例え、それがどんな形であってもダ……」
 ヴェルトはただ笑っていた。

「それより、あまり話をしている時間はないヨ。下には彼女が、横合いからはBETAまでいル。君ならばゼロナの居る位置がわかるだろう……向かうといい、逃げるも戦うも君次第ダ。もはや、僕に君を縛るモノは残されていなイ」
「あなたは……どうするつもり?」
「……ただ滅びを待つというのは僕の美学に反すル。……ならば、足掻くよ何処までも醜くネ」
「あなた一人で何ができると言うんですか……」
「怨敵の居場所くらい想像がつくサ、後はその場次第。それほど問題はない。何より…………僕は運が良いんダ」
 まるで、己の最後を悟ったかのような顔。
 同情はない。
 感傷もまたない。
 ヴェルトはどうしようもない最低の人間だ。それでも。
「…………さようなら。マスター」

 親に捨てられたも等しい私が、己の父と呼べる存在はキーチ教官か彼ぐらいだった。


 時は戻る。
 機体のシステムはオールグリーン。新しい素体にも元からの問題以外、特に問題は見られない。
 他愛ない言葉を紡いでいたその先を戦場へと向ける。
「それもそうね。設定も終わったし……行きましょうか」
「テメェは見てるだけだがな」
 憎まれ口を叩く彼は何処か嬉しそうだった。
「ゼロナが落とされそうになったら手を出すかも」
 だって、やっと、その手を取れたのだから。
「邪魔はすんじゃねぇぞ……テメェらもな」

 何を言われようと、死ぬ時まで、きっとこの手は離さない。



[18452] ゼロナ
Name: 空の間◆39a5bf8b ID:88376832
Date: 2012/05/23 00:44

「右」
 ファングスティルに乗り込んで逃走していると、テンが道を教えてくれる。
 図面しか見たこと無い俺よりも、この基地に長いこといるテンの方が詳しいので文句も言わず従っているが。

「よく考えたら、今まで声聞いた事なくて、すごい驚いたんだけど、喋れたんだ」
(いえ、喋れたっていうか自分、口で言う方が苦手なんっす……基本、無口キャラなんで……)
「思ってたより体育会系な口調だった!?」
(ウチの組織は実力主義の縦社会ッスから。自分みたいのは先輩には媚びへつらって敬語使わないとやってけないんスよ)
「……世知辛いなぁ」
「うい」
 無表情なのは素なのか、簡単な返答を返してくれる。

「というか、プロダクションって、もっとこう、色とかを送るんじゃないのか?」
(一概にESP能力と言っても色々あるッス。対BETAを専門にしてるのは大概そっちの方面の能力伸ばしてるッスよ。ウチは対人用ッスからリーディングとプロダクションでのコミュ能力……俗に言うテレパシスなんかの能力が高いッス)
「へぇ……その口調は?」

(この喋り方は桜花様に…………強いられているんだ! ……ス)
「強いられているのっすか……」
 なら仕方がないな。
 己の異様な説得力に満足したのか渋い顔でテンも頷く。この子も割と苦労しているのだろう、主に桜花の趣味的な意味で。

 親交を深めるのはいい事なんだけど、流石に桜花の組織やらなんやらに関する話は上辺しか聞けない。
「桜花の方は大丈夫だろうか」
(たぶん問題な……)

 思考を閉ざし、跳ねるように顔を起こしたテンが真正面を注視する。
 何事かと思い、前を見る。戦術機が三機は通れるような巨大な搬入路、一方通行の見た目は巨大なトンネルが続いてるだけだ。
(……何か来るッス)
「そんなニュータイプみたいな……ッ」
 もう、嫌な予感しかしない。
 機影は六機。正面。咄嗟に道を開ければ、まるで特攻してくるかのようなスピードですり抜けていった。
 機体はブラーミャリサ。
 まず、間違いなくESP兵の残党。どういうつもりかは知らないが、撃ってくるなら撃ち返すしかない。

「……この期に及んで面倒な奴らだな!」
(まだ!)
 後へと振り返ろうとしたが、テンの声に反応して、咄嗟に横へと回避行動を取った。
 銃弾が掠め、壁に肩の装甲が触れ、摩擦で火を鳴らす。

『だったら、あんたが殺してみればいい! そうだろ! 兄貴ィ!!』
 その事態を予測するように犬のような四足の戦術機の腹から手が伸び、地面にファングスティルを叩きつける。
 引きずられた装甲が地面を削り、引きちぎられた配線の光熱が薄暗いトンネルを照らす。

 YFー21試作D型。
 桜花が酔狂と冗談で作ったゲテモノ。だが、製作者を考えればそのパイロットの人選は決して間違いなどではないだろう。

 その声、その顔、死兵の如き覚悟。
「おいおい……俺はちゃんと言ったよな……二度と目の前に出てくるな……って」
 スラスターを稼働させ、失速させる。
『あぁ! あぁ! 言ったともさ!! ちゃんと聞いていたぜぇ! この耳で!!』 
 同時に地面を蹴りあげ、勢いのままに、両腕で抑え、頭突きと共にその体躯を天井へと叩き付けた。

 その先にいる男を睨みつけながら。
「………………お前は……そんなに死にたいのか?」
『そうだよ、死にてぇ、殺されてぇ! 何よりあんたに……!!』

 何が何でも。
『勝ちてぇんだよ!!』
 それが、生まれてきた意味なのだとしたら。
 どんな幸福も、どんな覚悟も、どんな運命も、どんな正義も、どんな絆も。

 踏みにじり、進める。

「…………それが、お前の望みなのか」
『あぁ、俺はそのためにここにいる』
「そうか」

 はじけ飛ぶように互いの距離が離れていく。
 それは決して遠くなく、近くもなく止まる。
 開いた間合いを互いに埋める事もなく、等距離を保ち、戦術機二つが飛ぶには狭いはずの場所を並走した。
 高熱、高音と共に戦術機を動かす轟音が響き続ける。

 鼓膜が破れそうな静寂。
 正面を行く搬入路の道が一気に真上へと伸びていく。

 急な方向転換。
 同時に。

『ゼロナ!』
(ユーリさん!)

 互いの意志が激突した。


 獅子の如くその強靭な後ろ足で加速するYFー21試作D型。
 頑強なはずの壁を蹴り、機械仕掛けの爪で引き裂こうと手が伸びてくる。

 その一瞬先が頭の中に描かれ、案の定、突き出したカタールと爪とが拮抗した。
 先の先。
 こちらが突き出そうと意識した瞬間の出来事。

「嫁を見せびらかすには、少しばかりやり方がやんちゃが過ぎるんじゃないか?」
 ゼロナの後ろに座る女、顔は見えないが間違いなくESP能力者。

『それだけ、いい女なんだよ……まぁ、勝手な事ばっかするのが玉に瑕だがなぁ、羨ましいだろ?』
「羨ましい? まさか……俺にだって………………俺に…………だって…………あれ?」
 俺の運命の相手はいずこ。
 後ろを見ると、テンが恥ずかしそうに目をそむけていた。
『兄貴は相変わらずしょんべんクセェガキばっか連れ回す性癖は変わってねぇなぁ!』
「いやいや、ないない。コレはない、コレはそんなんじゃない!」
(いやん)
 お前は黙れ、いや、喋ってはないんだけどさ。

 言葉尻と同時に突撃砲を打ち出すが、攻撃的な意識を持てば即座に反応される。
 タイムラグすらも感じさせない。

「……厄介だな」
(相手のESP能力者の対応はできるだけやってるッスよ。ただ、どうにもこっちのネタが割れてるみたいっす……ッ)
 一瞬の隙を抉るようなタイミング。
 流石にそれだけでやられる気はしないが。

「一枚上手を行かれてる訳か」
 相手のアドバンテージとしては大きい。
 意識が絡み取られるような感覚。これが、これこそが、ゼロナが戦ってきたやり方。
 ツーマンセル。
 二つの頭を持つ、一つの生き物。
 それも勘が良いだけでもない、技術もある。

 手負いの獣。
 殺さなければ殺される。
 そんな当たり前の事を久しぶりに思い出す。

「ちょっとゾクゾクしてきたな」
(なにそれこわい)


 *


「ゼロナ、動きが変わったわ!」
「わかってらァ!」
 スティルファングが動くスピードの緩急が大きく、視界がブレ始める。

「トリア、さっさと掴みきれ!」
 ゼロナの額に冷や汗が走る、自分一人でやるなどという言葉はココにいたってもはや何の意味もなかった。
 勝てるならば、何でもやる。
 だというのに。

「やってるわよ! でも、何よコレ! 私が読まれてるって言うの!?」
 ここというタイミングに照準がズラされる。
 それが先程から何度も繰り返されていた。
「冗談じゃないわよ。何世代だか知らないけど!」


 トップスピードを維持し、基地内を駆け抜ける二機の戦術機。
 バックを取っているのはYFー21試作D型だが、それは取らされていると言ってもよい。
 背面にある突撃砲の攻撃を躱しながら、追い抜き様に切り落とそうとするが、後少しの所で距離を取られてしまう。


 単純なスペックならばYFー21試作D型の方が速い。
 だというのに、追いつけない。
 常に先を行くのは、ファングスティル。

「逃げてんじゃねぇよ! 兄貴ィ!!」
『悪いな。狭いのが好きじゃないんだ』
 視界が流れるような速度で動く中。
 障害物を轢き潰し、弾き、出力を上げ追いかける。
 地下深く。
 少しでも操作を誤れば、壁に、地面に、叩き落される。そんな機動を制限された檻の中での高速戦闘。

「ちょこまかと動くな!」
 高速で動きまわる敵と己との間を計算し、トリアの経験に裏打ちされた感覚で狙いを付け、YFー21試作D型の背面砲口が火を噴く。
 無造作にバラ撒くブラフと一撃の本命。

 腹部へと届くはずだった本命はカタールによって弾かれていった。
 避けるのではなく、弾き落とされた。
「……またッ!」
 最初から誘われていた、でもなければ、そんな芸当ができるはずもない。
 歯ぎしりを堪えきれず、その胸の内は何処までも熱く煮えたぎっていた。

「二度も……ッ……お前は……!」
 ESPの感覚が尤も研ぎ澄まされていた全盛期とも言える四年前の感覚。
 命を削り、そこへと近づけていく。

「お前はまたァ!!」
 忌まわしい白い戦術機の記憶。

「トリア!」
 恫喝のようなゼロナの一声。
 睨みつけるような視線に、冷水を浴びせられたかのように、頭が一気に冷えていく。
「……ごめんなさい。大丈夫よ」
 大きく息を吸い、感覚を伸ばしていく。
 熱くなればなるほど、相手に感覚を読まれる。
 冷徹に己を殺し。
 狙い撃つ。

 トリガーへと指に力を入れた瞬間。
 感覚に乱れが生じた。
「……BETA!」

 地上付近に群がるBETAの群れ。
 搬入路を塞ぐように落ちてくる。銃を乱射すると同時に避けながら、一気に押し通る。
 食い荒らされた地下格納庫、白と赤い異物が幾つも紛れ込んでいる。

「チッ……邪魔くせぇんだよォ!!」

 無造作に銃弾を横凪に流し、肉壁を赤く染めてあげていく。
 デジャヴ。
 先を行く、静紅とユーリのイーグルが前を霞んでいった。後ろから支え、追いかけていた。ただ、何も考えず、それだけで良かったその時の感覚。
 それで、良かったのに。

「……もう、おせぇ」
 BETAの隙間へとファングスティルが消えてしまう。
 粘りつくようなBETAの視線が鬱陶しい。「ゼロナ!」自分の足を引っ張るように、しがらみが自らを縛っていく。
「おせぇんだよ!!」

 撃ち払う、二度と現れないように。自らの歩みを遮らせないために。
「ゼロナ!!」
「うるせぇ! 黙れ!」
 拒絶する。絡み付いてくるな。纏わりつくな。
 記憶も、感情も、立場も、全てが己の足を引っ張り引きずり降ろそうとする。

「何してるの、雑魚を相手にしてる暇なんてないでしょ!」
「ッ……俺は!」
 トリアの言葉に耳を貸そうともせず、ゼロナはひたすらに銃を撃ちまくっていた。

 だから、その場所が危険と知っていながら、トリアは前に座るゼロナへと手を伸ばす。
「何を──!?」
 無理矢理その口を閉ざす。
「逃げないでよ……ゼロナ! 私を……一人にしないで……!」
 殲滅されたBETAの中央。
 制止していたのはほんの数秒。
「…………悪い」
「勝つんでしょ」
「ああ」

 新しく入ってきたBETAの頭上を駆け、スティルファングを追う。
 通路の先にスティルファングの影を見つける。
 トリアのナビゲートによって、横合いから囲むように、迂回してきたブラーミャリサが到着した。

「チェックメイトだ! 兄貴ィ!」
『……ああ、終わりにしよう。ゼロナ』


 *


 半透明のカプセルの中に入れられた手のひらにも満たない。小さな球。
 人間で言うのなら脳に当たるであろう部分。

「……随分と手間をかけさせられたモノね」
 安全装置を解除していき、それに手を伸ばす。

「それから手を離したまエ」
「…………尻尾巻いて逃げ出したと思ってたのに。今更、何の用かしらヴェルト」
 拳銃は振り向いた桜花の眉間に狙いを定められていた。

「聞きたい事が残っていてネ」
「私が答えるとでも?」
「答えないのならば、殺すまでだヨ。僕は科学者として君が心底嫌いダ」
「奇遇ね。私もあなたが嫌いだわ」

「それだよ。調べる前から全て知っているかのような態度、君には凡そ知的好奇心というモノが感じられない」
「……」
「全ては机上の論理通りに事を運ばせる。すでに一度、確信して、その上で、焼きまわしをしていル」
「……」
「同族嫌悪だヨ。僕が言えた義理では無いが、君は、君の目はまるで人類全てに対してモルモットでも見ているかのようダ」
「……だからどうしたと言うのかしら」

「トリア、あれは君が仕組んだ事なのかイ?」
「何のことか知らないけど……私に他人の玩具で遊ぶ趣味は無いわ」
「……」
「あぁ、でも。……あなたにも血が分かたれた姪を愛するくらいの度量があったのは中々に見物だったわよ」
「冗談はやめたまえヨ。私に家族など」
「知らないふりはやめておきなさい。あの子のDNA調べた時にでも知ったんでしょ。間違いなくあの子はあなたの姉の娘よ。裏を取ろうと思えば簡単に取れたわ」
「……ッ」

「どうせ、切り開いてから気づいたんでしょ。身元くらい確認しておけば良かったのに。よく似ていたわよね」
「……君は」
「あなた達、昔から大好きだって言ってたわよね、あの子の事を」
「君は」
「あぁ、わかるわよ。モルモットの血統なんてどれも変わらないモノよね」
「貴様はッ!」
「私があの子を親元から研究所へと送ったとか、そう言う話なら止めてよね。まだ、その時、私にそんな権限があるはず無いじゃない」
「貴様はァッ!!」
「やはり、あなたのような者に救われるモノなどいない。始めて出会った時、ガキの頃から何一つ変わっていないわね……小心者のヴェルトくん」

 銃声が響く。

「忘れたのかしら?」
「……ぁ」
「あなた達に銃の撃ち方を教えたのは私なのよ」
「…………ァ助け……テ、まだ」
 リロード。
 響く、響く、響く、響く、響く、響く。
 足が消える。

「ひざまずけ、惨めな死骸を晒しなさい。せめて無様に脳髄から一寸足りの知識が抜けないレベルでぐちゃぐちゃにしてあげる」
「ァ! ウ……許し……違う! ……こんな」
 リロード。
 また、響く、響く、響く、響く、響く、響く。
 腕が消える。

「所詮は人間という事かしら、誰も彼も、裏切り者としては一流だったわ」
「どうしてッ……ッあの時……僕はッ……同等……だったはずなのに!!」
 リロード。
 また、響き、響く、響く、響く、響く、響いた。
 消えていく。

「私の手駒として生きていれば誰一人として殺す気など無かったのに、馬鹿な子達」
「イヤ! 終わ……りたクッ……ナイ! こんな所ッ……でェ……僕ハッ!」

 リロード。
 また、銃声が響いた。連続して。
 今度は存在が消える。


「それ程までに遊びたりないのなら、あの世で中将とでも遊んでなさい」

 もう、銃声は響かない。

「本当はもっと惨たらしく殺してやろうと思っていたのだけれども……良かったわね……私が苛立っていて…………」



 *




 白く冷たい雪がしんしんと降りつもる。
 紅蓮の炎が雪を溶かし、形あるモノは全てが崩れ去っていく。

 地面が爆発し、中から二機の戦術機が飛び出した。

「ゼロナ、あなたの兄さんってのは……本当に人間なの!?」
 冷や汗混じりにトリアが口を開く。
「ッハッハ! さてねぇ……だが、やっとらしくなったんだ!」
 遅れて出てきた四機のブラーミャリサが、たった一機を取り囲むように展開する。
 だが、そのどれも無傷ではない。それどころか、動くのにも精一杯な機体の方が多い。
 地上への直通の搬入路の間。咄嗟に参戦した子飼いの部下を使いながらも、たった数分にも満たない時間で三機が落とされ、圧倒的に優位な立場は消え去っていた。
 だが、さらに状況はファングスティルの動きにより刻一刻と悪くなる。

『もう、満足しただろゼロナ。逃げるのなら、追うつもりはない』
「……だってよぉ、どうするトリア? 好きにしてもいいとよ」
 怖い。死ぬのも戦うのも。
 だが。
「答えなんて決まってるじゃない」
 生き足掻く限り。
「「死ぬまで戦う!」」
 声が重なった。

『……そう、だよな。それが望みなら……俺も本気で相手する』

 まるで、心が叩きつけられるような感覚、素面のゼロナですら戦術機越しに感じる異様な威圧感。
「トリアァ!!」
「ダメ! 近すぎて何も見えない……!」

 ただ、大きな意志の塊が動いている。それは憎悪にも、憤怒にも、絶望にも等しい。
 直接それを見たトリアの額から吹き出るような汗が流れる。
「ッ…………テメェそれで戦えんのか!?」
「……大丈夫! 大丈夫だから」
 そうは言うが操縦桿を握る手は震え、荒い息と共に、薄い血の匂いまでする。
 無理をしているのは見え見えだった。
「ここが…………ずっと、探してた、私だけの居場所なのよ……!」

 贖罪と共にずっと求め続けた、死に場所。他の何処かにはない。他の誰かに渡す気もない。
 汚辱に塗れ、壊し壊れ続けて。
 やっと。
「やっと、手が届いたんだから!」

 睨みつけるその目には、未だに絶望へと至らない。
 暗闇を掻き分けるようにトリアは不要となった目を閉じ、ただ一点へと全神経を集中させる。
 己は彼の一部だ。
 最後まで。

 満身創痍なのはトリアだけではない、神経を磨り潰してきたゼロナ。実践に耐え切れるだけの実証を積んでいない機体。
 飛ぶための羽根は折れ、戦うための牙を失おうとも。

「だったら、立てよ……ポンコツ」
 どれも不十分、問題だらけ、廃棄物同然だったモノたち。
 だがそれがいい、それで最高だ。

「終わらせようぜ」
 語りかけるようなゼロナの言葉。
「……ええ」
 重なっていく。

「一撃だァ……それで」
 自分たちの矛盾すらも。
 それが一本の線であるかのように。

「…………全部」

 そこにある全てが同期するように影が動き出す。
 一つ。突撃砲の音が鳴る。
 一つ。刃が通る。
 一つ。また、突撃砲が鳴る。
 一つ。叩きつけられるように地面へと潰れる。

 ファングスティルは流れるような動作で、全てがそうあって当たり前だというように押し付ける。
 舞うような美しさすら感じられ、血が滾っていく。

「終わらせてやらァアァアア!!」

 両足を地に付け、大地を駆け巡る。エンジンをこれでもかと吹かし、限界すら乗り越え、食らいつく。
 向けられた刃。
 その先の先を読み、もっと先へ。
 巨大な塊の中心を抉る。

──「アァアアア゛アア゛ァアァアア゛アア!!」

 その咆哮は誰のモノだったのか。
 彼らは生まれ落ちてからずっと獣として生きてきた。論理よりも感情を優先し、抗う獣として、彼らは叫び続けた。

 敵の一閃。
 体制の低い腰をさらに落とし、背中の砲を叩きつけるようにゼロ距離で放つ。
 衝撃と爆炎。装甲がひしゃげ、全身が痺れを感じる。

 相手の損害は腕一本。
 だが、後ろへと回られる。
 読み合い。神経をすりつぶすように。相手の行動を、次の一手を、ただ速く、何よりも速く。
 脳髄が引きちぎられるような感覚と共に。
 相手の先の先の先の先を──。

 カタールがこちらへと飛んでくる。

 シンプルにして不可避に変化する、ただ一太刀。

 ならば。
 その手を伸ばす。
 互いに直撃のコース、今更、逸らす事などない。
 ただ、相手よりも速く、一秒でも一瞬でも、先に叩きつぶす。
 そして。
 確かにその手は。届いた。

「取っタァアアア!!」
『……ッ!』

 喜びは一瞬。
 半身が砕け散っていく感覚に、耐え切れず横目で確認してしまう。
 目の前にすら浮かび上がる血液。
 言い知れぬ喪失感。
 それでも、涙を飲み、吠えながら、刃を突き立て──。


──突き立てられる。


 肩部が損傷し、それまでの勢いが嘘のように消えて、前のめりに崩れ落ちていく。

「まだ! まだァ!! 終われるかァアアアア!!」
 壊れた肘を地面に付き、頭をあげる。
 動け。
 動き続けろ。
 それに答えるように、獣は暴れるように再び立ち上がろうと面を上げる。

『──もういい』
 言葉と共に衝撃が届く。
 頭を腕の無い肩から叩き上げられ、無防備な腹部を晒してしまった。
 睨みつけられた視線が体の隅々にまで響く。

 殺意。
 もはや為す術のない完全無欠の敗北。
 それが、何故か無性に心地よい。
 ゼロナは頭上から涙がこぼれ落ちてきた気がした。
 動力部へとナイフが突き刺さる。

「……………ぁ」

 出会った時からその本質は何も変わっていない。家族だの何だのと、ずっと誰よりも人間らしくあろうとしていた。
 そうでなかったから、何よりもソレを大切にしてきた。
 壊れているのは同じはずだったのに。

「……俺は……」
 己の欲しかったモノを全部持ってた。
 そんな。

「あんたを超えてみたかった」
 それだけだったのかもしれない。

『……ゼロナ』

 最期の一瞬。そこにあるだろう白い戦術機へと。
 伸ばした手は。

「少しは届いたのかねぇ……」

 それは偶然だったのか、後ろに座るトリアの手に掴まれていた。ベルトが切れ、前のめりに倒れるトリアの頬に触れる。
 軽く握り返した手は、冷たく。
 それでも何処か暖かい。

『届いたさ』
 彼女がここにあろうとしたように、自分もここにいる。
 求めていたモノとは違うかもしれない、でも、それでも抗い続けた軌跡に嘘はない。

「…………そうかよ……」
『お前が弟だったのは、俺の誇りだ』

 兄弟達と共にいた時間も。
 できそこないと共にいた時間も。
 今ほどまでに平穏で充実した時間など無かった。

「なら……泣くんじゃぇよ」
 それは誰にたいしての言葉だったのか、小さな水滴が流れ、足の上にこぼれ落ちた。
『あぁ』
 届く声もまばらになり。

『すまない』

 ゆっくり後ずさるように離れていくスティルファング。

 獣が断末魔を上げるように燃える地面へと屈していった。
 炎が走り、限界まで達した熱が連鎖的に爆発を起こしていく。





「…………もし……次があるってんなら……また」









 雪が嫌いになった。
 大地を覆う炎は雪を溶かし、水滴に変えていく。
 それほど儚い存在でありながら、世界の端々は白銀に染まっていた。

「……ゼロナ」

 手が震え、口から血が出る程に歯を噛み締めていた。


──『家族? はぁ? んだよ、そりゃギャグ?』               ──『なぁ、兄貴、俺は』

      『ヒャッハー! 俺様の時代キター!!』── 『…………クソッ! 静姉ぇ! 次はゼッテー負けねええええ!!!』

 炎が伸び、燃えていく。

『出会った時みたいにさぁ、日和ってんじゃねぇぞ、そうじゃねぇと意味がねぇんだよ。俺がずっとやりたかったのは、こんなもんじゃねぇんだ!』

        『────被験体20312……クーを殺せェ!!』

『ここまでくりゃ、意地なんだよ……それすら捨てちまったら、俺には何も残らねぇ』

       ──『勝ちてぇんだよ!!』──


 脳裏に走るその記憶の少なさ、たった二年と半年、もっと、長いと感じていた時間はまたたく間に消えていく。
 ただ、もう一度。
 最後に一度だけ。
 その声を聞きたかった。


「ゼロナァ!!」


           「俺の兄貴になってくれよ……──」



 幻聴にも似たその音にハッとして頭をあげる。
 目に映るのは一際、大きな爆発。
 その概観すら確認できなくなる程の爆炎。


「ゼェロッ! ナァアアァァァアアアアァアァァアアアア!!!」


 頬が引きつり、我慢していた全てが耐え切れなくなる程、体の外へと溢れだしていく。
 ただ、無造作にずっと手を伸ばし続けていた弟の名を、絶えず叫び続けていた。




[18452] 決別と共に
Name: 空の間◆6b6ef5d2 ID:88376832
Date: 2012/05/23 18:03

 涼やかな風が流れ、静かに山がざわめいていた。
 気付けば、夏の終わりが近づいている。緑の草木に薄く枯葉が混じり出す。
 ソ連から帰ってきてからというもの、何となく何もやる気がしなかった。後処理とか全部、静紅に押し付けてしまっていて、ダメ人間一直線の生活を送っていた。
 手持ち無沙汰になると、また、ここに足を運んでしまっていた。四角い石の上に座ってぼーっとする。
 隣には自分の座高と同じくらいの石。

 その下にはゼロナと、一緒に乗っていた女パイロットが埋まっている。

 ゼロナをソ連に残してくるのはどうしても憚れたので、話し合って静紅の家の裏山に小さい墓を作った。
 生きていればいらないと言っただろうが、何もしてやれないのは嫌だった。

 この手で殺したんだとしても。
「線香くらいはやったって構わないだろ」
 届かない声で答えの無い返事を待つ。
 返事は、無い。
 線香を箱から取り出して、ライターで火をつけて墓前に置く。
 揺れ動く煙。微かに香る線香独特の匂いが流れていった。

 どれくらいそうしていただろうか、地面についていた手から蟻が一匹、肘の所まで登ってきていた。
 指で摘んで地面に下ろしてやる。
 蟻は地面の上をちょこまかと動き、逃げていった。なんとはなしに目で追ってると、下駄を履いたつま先があった。

「また、ここにいたか」
 そう言ってずかずかと歩いてくる静紅に、軽く蹴りを入れられた。

「いつまでそうしている」
「わかんね……」
「……ゼロナ自身が望んだ死だ。いい加減、お前が受け入れてやらなくてどうする」
「それは……わかってるんだよ」
 こうなる事を何処かで予想していたと言う静紅はあっさりとその事実を受け入れいていた。

「誇ってやれ、戦士として戦い抜き、死んだんだ」
「でもさ、でもさ、でもさー……俺は、ゼロナに戦士じゃなく家族としていて欲しかったんだよ」
 両手をばたつかせて抗議の声を上げても虚しく響いてしまう。
「……それを選んだのはゼロナ自身だ。結局、戦う事でしか自分を受け入れれない人種なんだろう」
 そこには静紅自身も含まれているからこその意見だろう。

「…………それって……静紅も俺の前に立つって事?」
「どうだろうな……少なくとも、今のお前にその価値は感じない」
「静紅はさ……」
「何だ?」
「……いや、何でもない」

 薄く笑う静紅が空を見上げる。
「……自身に生きる場所があるのなら、死に場所なんてのも何処にでもある」
「それは……」
「”死”は私が求めるモノではない。私が求めるのは”戦”だけだ。戦場で生きる私が死ぬのは、戦場以外に無い。ゼロナや桜花のようにはならんさ」

「…………それも……そうだな。まぁ、桜花は死んでないけどね」
「いや、桜花はずっと死に続けている。恒久的な死を求めてな」
「……そう言えば桜花は生まれ変わっているんじゃなく。死に続けているっていつか言ってたっけ」
「ん? …………それは記憶にないな。私がそれを聞いたのはいつだ?」
「あれ? ……あの時、静紅いたっけ?」
 何か奇妙な話しになってきた。

 頭を回して何事か整理していく。その結果。
「…………まぁ、いっか」
「そうだな」
 諦めてしまう。

 だって、その桜花はソ連からずっと雲隠れしていたのだから。

 あの後、ゼロナとの後に起こった事を掻い摘んで言うなら。
 静紅と合流しスルワルド大佐の本体と接触、地表付近に出てきたBETAの殲滅と研究所の破棄と共に、基地へと撤退。

 数日の篭城の後は、ぶっちゃけBETAが出てきた事によって重い腰を動かしたソ連の物量無双だった。
 人海戦術による輸送路の確保と包囲殲滅。末端のBETAだったとはいえその物量に匹敵する戦術機を用意している所は流石大国の貫禄があった。
 生まれ故郷とはいえ、自分の祖国だとは思えないけど。

 余談だが、研究所から逃げきった何人かのESP兵が行方不明者として扱われていた。
 もしかしたら、それ自体が桜花の差金だったのか、今となってはわからない。

 いつの間にか基地に帰っていた桜花一味は何事か色々な所に手を回し、食事も禄にせず桜花自身が仕事に没頭していた。
 無事、ソ連を出る時に「兄さんたちは先に帰っといて、私は後始末して帰るから」と、有無を言わさぬ様子に違和感はあった。
 テンもスティルファングを降りた後は怯えた様子で、逃げるように何処かへ行ってしまったし。

 嫌な予感というのは当たるもので、あれから桜花からの連絡は途絶え、日本で俺が心当たりのあった場所の殆どが引き払われ、人事も変えられていた。
 まるで、最初から自分がいなかったかのように。

「今思えば、あれが桜花なりの責任の取り方……だったのかもしれない」
「……逃げただけだろ。アイツは自分の感知できん事が起きると、昔から逃避する悪癖があったしな」
「あー、あったあった。けど、それは自分のできる範囲をよく知ってるんだろうね。だから、それ以上に決して手を伸ばそうとしない」
「敵を知り、己を知れば……か、難儀なモノだな。だが、知りすぎるのが必ずしも正しいとは限らない。……もしかしたら、今回……桜花の奴が誰よりもショックを受けているのかもしれんな」
「ありえる。ああ見えて根が真面目だし……」

 ポケットからクシャクシャになった小さな写真を取り出す。
「……それ、まだ持っていたのか」
「ああ」
 汚れているし、今にも千切れそうな場所もある。

 ノギンスクで静紅が去る時に撮った一枚。
 兄弟、全員が肩を並べて揃っていた。あの一瞬。

「俺の……宝物だ……記憶が無くなってもコレだけは手放せなかった」
「だったら、もう少し大切にしたらどうだ」
「肌身離さず持ってるモノだから仕方がないんだよ」
「……」
「うん、やっぱり……五人だな」
「何がだ?」
「静紅、俺、桜花、クーそしてゼロナ。増えもしないし、減りもしない……俺達は五人だ」
「……ああ」

 子供の時ならどこへでも行けるような気がしていた、ソレが例え空の先だったのだとしても。
 ただ、今、線香の煙が昇る空は、何処か遠く感じた。

 大きく一息、静紅は息を吐く。
 約束の刻限が迫っていた。

「時間か。私は……そろそろ行ってくる」
「ああ、もう、そんな時間だったのか」
 静紅の手には収納された刀と、腰には皆琉威神楽、例の小太刀が差されている。
「何か別れの言葉はあるか?」
「……俺からも……お世話になったと」
「ああ、わかった」

 ふらりと山の中へと静紅は消えていった。


「……行ったか」
「行きましたな」

「……」
「……」

 なんか後ろに坊主がいた。
「いつからいたの?」
「先ほどより気配を消しておりましたが何か?」
「いや、何かいるなーとは思ってたんだよ。ホント」
「ハッハッハッそりゃ、結構」
 そう言って武蔵坊は笑ってみせる、しかし、その顔は何処か憂いでいた。

「武蔵坊はさ……これで良かったのか?」
「良いも悪いもござらん。これが草薙という一族の生き方なれば、それを座して見届けるのも、また我らが勤めでありましょう」

 正しい、間違い、良い、悪い、物事を判断する正負の先。
「……そう言うのもあるのか」
「然り」


 *


 草木を分けて歩みを進める。一歩進む事に強烈な敵意が増していく事に、異様な程、心臓が高鳴っていた。
 知らず、静紅の頬は釣り上がり、犬歯が牙の如くむき出しになる。
 その小さな相貌を目に映すと同時に、押し殺すように、研ぎ澄ました闘気が己に集中する。

「来ましたか……」
「えぇ、ここに」

 草木の鳴る音、鳥が囀り、滝が呼ぶ。風は枯れ始めの葉を散らしていく。

「……ユーリの奴があなたにはお世話になった……と。……静音婆様」
 老いて尚、その剣気は衰えず研ぎすまされている。
 ピンと伸ばされた背を向け言葉を放つ。

「そうですか……あの子もあなたには苦労しそうですね」
「それはお互い様なの問題ありません。ですが……よろしいので?」
「良いも悪いも無いでしょう」
「……無用の問いでしたか」

 互いに向き合い敵の顔をはっきりと見る。
「ええ、草薙は蛇を斬り生まれた刀です……その身は呪いを受け、代々、血に飢えている。抑えなさい、さもなくば……剥き出しの刃は自らの大切なものすら傷つけてしまうかもしれません」
「…………ご忠告痛み入ります」

「本来、ここには陣の馬鹿息子がいるはずだったのですが、いないものは仕方ないでしょう。それでも……いえ、違うわね。私は……今、あなたがいてくれた事にこそ感謝しています」
 鞘に手をかけ、ゆっくりと静音は刃を引き抜いていく。
 その動作一つ取っても、何十年と積み重ねた境地にあり見惚れてしまう。

「草薙家十二代当主。我流、草薙 静音」
 名乗りの一つ一つに重みが混じり、草木が乱れもなくざわつき始める。
「十四代当主予定。静紅」

 刃が鳴いている、抑え切れないと。
「いざ」
 堪えるように構えを取る。

   「尋常に」

 心地良い殺気が身を包む。


「「推して参る」」


 交差する白刃が高速の斬撃と化して、風を切り裂いた。



──「武蔵坊は静音様が好きなんだよね。死んで欲しくはないんじゃないの?」
──「それはそうでござるが、なればこそ……でしょうな」

 夕日が沈みゆく中。
 煌めく刃は影を落とす。二つの影は舞踏のようにめまぐるしく近づいては離れてを繰り返す。



──「私が恋心を抱いた静音様は戦っている時が何よりも美しゅうござった」


 赤い線。飛び散る鮮血が夕暮れに輝く橙色の雑草を汚す。
 二人の間を舞い散ろうとした大樹の葉が細切れに切り裂かれた。
 死ぬ間際にこそ輝くツルギの技。死を感じるが故に、刃はさらに鋭く、さらに強く、光りを放つ。


──「病に倒れる御姿なぞ見たくは無いのですよ。先程、静紅嬢が言っていたように、あの人の死に場所は戦場こそがふさわしい」


 生まれてから、死ぬその際すらも、骨の髄まで武人。
 全身のバネを使い、足腰に力を入れ、老女は大地を蹴り飛ばす。風を追い抜くかのように俊敏に、引き抜くは神技にも等しい一太刀。


──「俺は……自分から死にに行こうとする奴が理解できない」
──「それは拙僧とて同じです。が、死は絶対の最後では無い、死の先を見ていればこそ……」

 斬。

 赤と共に二の腕から先が飛んでいく。
 されど片手で刃を持ち替え、突きを放つ。
 老いて力が入らずとも、流れるようにその体は動いていくれる。


 最後の一閃。

──「死という運命すらも超えて、人は進む事ができるのやもしれぬ」


 赤々と腹に突き刺さった刃を血が滴っていく。
 老いたとは理由にもならない。
 幼い頃より天才とされ、若き頃には剣聖とまで呼ばれるようになった。それでも、敗北は始めてではない。
 息子に一度、そして今、孫にも。

「見事……です。強く、なりましたね……静紅」

 老女の手から力が抜け、刀が落ちていく。
 それは始めての感覚だった。武人として死んでも手離す事ができないと思っていたのに、自然と手から離れていった。

「本当に、強く……なった…………。ですが、不甲斐、ない…………身で……申し訳ありません……」

 冷たくなっていく体で抱きしめる。
 張り詰められ今にも爆発しそうな静紅の精神を全身で抑えるように。

「あなたは…………もはや、私ではッ……満たされませんか」
 夕日は沈んでいく。

 口元から血が滴り、尚、赤く彩る。

「強く……ありなさい。……静紅。……決して、……己に負けぬように」

 静紅の手が震えた。
 刀を握る拳がいつもより重い。

 感情を押し殺す。
 誰にも見せないために、誰よりも強くあるために。
 喜、惑、驚、悲、哀、烈、楽。

 ゼロナが死んでから、様々な押し殺していた感情が浮き立つように表層へと上ぼっていく。
 それでも涙は流さない。


「………………ありがとう…………ございました」



 *


「……で、何であんたがここに居るのかしら」

 ソファーにうつ伏せになるように埋もれる少女を眺めて、夕呼はため息をつかずにはいられなかった。
「傷心旅行中よ。話しかけないで」

 コーヒーを置ける程度に机の書類を片付け、椅子に座る。
「ここは私のラボよ。陰気なのはごめんなんだけど」

「……もうアレよ。私、やっぱ基本的に人類って嫌いなのよ、次はストレス解消に滅ぼしてやる事にするわ」
「馬鹿なこと言ってるけど、あんたもその人類でしょうが……」
「だいたいは、ね……そうなんだけど。……はぁ…………なんかもぅ……面倒臭くなったわー。ちょっと、ここで死んでやろうかしら」

「自殺なら他所でやってよね。掃除するの誰だと思ってるの? それに、あんたが死んだら私の立場が最悪じゃない」
「馬鹿ね。だから、ここでするんじゃない」
「命懸けてまで嫌がらせするんじゃないわよ。絶対に止めて」
「絶対にとまで言われたら、命を懸けてでもやり遂げたくなるわね」

 見れば何処から出したのか、自分の眉間に銃口を向けていた。

「ちょっ……! 待ちなさい! 冗談でしょ!?」

 そのままトリガーがひかれ。
 カチッと、鉄が叩きつける音がした。

「ええ、冗談よ」
 席を立ってしまった事が凄く恥ずかしくなる。
「……もう、死になさい! ここでもいいから! むしろ私がやるわ!」
「どうぞどうぞ」
 銃を床に滑らせ、回転しながら無骨な黒い塊が椅子のローラーにぶつかる。

「…………なんなのよ、あんた」
 相手にするのすら馬鹿らしくなり、眉間に指を当てて、椅子に座りこんでしまう。
 眼の前にいる元凶を見て、大きくため息をついた。

「いったい、何の用があるのかしら。桜花」
「察しがよくて助かるわね。……兄さんにしばらく合わせる顔がないから、直接あなたに預けておくわ」
 そう言って、桜花は手元にある鞄から大きなファイルを放り投げる。
 ドテドテと地面に落ちたソレを拾い上げて、軽く目を通した。

「何よコレ……」
「ヴェルトの研究。トリアに関するモノと擬似ODLの精製方法。それとは別にクーの事、あの子は兄さんとあなたに預けるわ」
「はぁ? ……何であんたがこんなモノを私に渡すのよ」
 どんな裏があるかわかったものじゃない。
 それにヴェルトの研究について、一応の報告程度だが、いくらかはユーリから聞いていた。

「安心して。ソレに関して読ませて貰ったけど、たいしたモノでも無かったわ……どれも時間さえかければ得られるモノばかりだわ」
「そうじゃなくて! どうしてあんたが私を助けるような真似をするのか聞いてるのよ!」
「因果律量子理論の検証はもう、終えたんでしょう?」
「……あんたにせっつかれて不本意に、だけれどもね」
「だったら、第四計画の座はあなた達に譲るわよ」
「だから、何で……」

「別に……私にとって人類なんてどうでも良かったの。何処で、誰が、死のうが、生きようが、私にはまるで関係ない……。ただ、崩れてはいけない均衡が崩れた……後はどうなるかなんて予想がついてしまう。ぶっちゃけ……やる気が失せたわ。あなたに協力する気なんてさらさら無かったんだけど、兄さんがやりたいっていうんだから好きにすればいい」
「……ソ連の事は話半分に聞いてたけど正直意外ね。あんたがそれ程までに彼らに執着してたなんて」
 随分と人間らしい。
 こちらで用意したルートで事の顛末は聞いていたが、正直、意外な事ばかりだった。

「この先、どれだけ技術が発展し、どれほどの技術の粋を集め、万金を対価にしようと、一度失った他者の命だけは決して取り戻す事はできない。だから、命の対価は天秤では測れないのよ」
「どうして、ソレを知っていながらあんたは身内の生死にしか興味を抱けないのかしら」
「親しい人が死んだら、悲しみもするし、涙も流す。でもね、ソレは私を変える事はない。私を変えるのは何時だって私が家族と求めた相手だけ」
 なら、今の桜花は変わったのだろうか。
 いや、疑問を抱くまでもない。確かに、これ程まで人間らしさを晒け出した彼女を見たことが無かった。

「もう、飲む! 飲むしかないわ!」
 そう言って、鞄からワイン瓶を取り出し、多用ナイフで手際よくコルクをキュポンと開く。
「ちょ……それドン・ペリ」
 夕呼の止める間もなく桜花はワイン瓶をラッパ飲みしていく。
 半分程で机に叩きつけるように、ぐだーと突っ伏した。

「酒なんてどれも一緒なのよ……どうせ、私は酔えないんだから」
「なら私に寄越しなさいよ。禄に味も分からないんでしょ」
「嫌よ。未成年にはあげない。一気飲みも良い子は真似しちゃダメ、絶対」
「何、いきなり正論を出してるのよ。見た目からして確実にアウトの癖に……」

「なによ見た目がロリだからって……ロ……リ…………ロリか……そう、きっとそう! みんな私の見た目がロリなのが悪いのよ!」
「その発想は無かったわ。ついに頭がいったの?」
「違うわ! ゼロナがいったのも! 胸が無いのも! 兄さんが靡かないのも! 全部、この幼い見た目が悪いのよ!」
「もう完全に酔ってるわね……というか、靡かないのはあんたがギャグキャラとして定着してるからじゃないの?」
「え? なにそれメタい。というか私はヒロイン枠よ」
「ふーん」
 呆れ混じりに夕呼は相手をしていても仕方がないと判断して、先程、渡されたファイルに目を通していく。
 ぐだぐだと愚痴をこぼしながら、二本目の酒瓶を取り出した桜花が大きくため息をついた。


「ねぇ……もし、運命というモノがあるとしたら。香月夕呼……あなたはどうする?」
「運命?」
 突然、真面目な表情で聞いてきた桜花に対して夕呼は訝しげな表情を作る。

「歴史はたった一つに定まっており、未来を知り未来を変えようとする事すらも、何者かに定められた普遍の一つだとすれば……今を生きるという行為すら……」
「無意味ね。そんな事を考えるのは……。例え何者に干渉されていたとして、その未来は自ら選びとるのは自分自身なんだから」
「……なら、どうしてこんな未来になるのかしらね。過去の私は細心の注意を払って、長い月日を掛けて、ただ一つを願っていたのに。……ほんの少しの小石に躓いてた事によって、描いていた未来はこんなにも歪んでしまった」

 虚ろな瞳。先程も言っていたように酔っているような顔つきでもない。空を見上げるように、ただ呆然とつぶやいていた。
「意外だわ……あんたみたいなのでも後悔するものなのね」
「するわよ、後悔くらい。あの時こうしていれば良かった、そういう後悔があるから、次は同じ間違いをしないように人は成長する。後ろを見ながらでも、先へ進める」
「それが人の成長の全てみたいに言わないでよ。痛みが無くても学習はできる」

「そうね、けれど、人は……痛みがあるから……生きていられる。本当に追い詰められた時……死にたいという欲求を痛みに対する恐怖で乗り越えられる。でも、もし、これすらも失ってしまえば……私は本当に人ですら無くなってしまうかもしれない」
「痛みを感じるから人というのは違うでしょ。人の定義はそんなものじゃないわ」

 何も映そうとしない瞳が夕呼の方へと向く。
「なら……あなたが今から作ろうとするモノは人なのかしら?」
「…………それを決めるのは私じゃない。周りが何を言おうと、自分を何者かと定めるのは自分自身にしかできないものよ」

「月並みでごもっともなご意見どうも。でも、あれよね……」
「何よ」
「他人に意見されるのって、なんかへこむわー」
「それは、あんたの性格がひねくれてるだけじゃない」
 ソファーから垂れ落ちるように地面へと転がっていく桜花。

「帰る」
 四つん這いの状態からゆっくりと立ち上がったかと思うと、桜花は出口の方へとふらふら歩いて行く。
 複雑な感情を抱きながらも、夕呼はその背中を視線で追っていた。
 ふと桜花の足が止まる。

「……そうだ、言い忘れてたわ。兄さんに伝えといて」
「何よ」

 何の感情も篭らない瞳を揺れ動かし、やがて呟いた。

「これから先、無意識の内にクーは因果を観測し最善の未来を見つづけ選び続ける。もし、彼女の観測の結果、因果が入り乱れ、白銀武が2001年10月22日に現れる事があったならば……」


 ただ、現実としてそうあるのが当たり前だというように断言する。


「クーの最善は……白銀武の因果によって拒絶される」





 *



 エピローグ



 *


 夢を見る。
 長い夢を──何度も、何度も、繰り返す、何度も、何度も、同じ事を、何度も、何度も、やがて少しずつ変わっていく。

 まほろばの夢を何度も描き直す。
 終わらない夢は時に悪夢として、何時か、何時かは、と救いを求める。

 彼女の望みは、ただ一つ。


 好きな人と結ばれたいという愛情。

 彼は彼女に気付けない。その度に、彼女の夢が何度も何度も繰り返される。
 まるで時の牢獄。悪気のない地獄に彼は苦しみながら、彼女は奇跡しか認めない。

「…………」

 彼が彼女に辿り着く。
 奇跡は起きた。
 無数の失敗を露わにして。
 首を捻る。
 これは最善なのだろうか、この未来が最善なのだろうか。

「…………」

 違う、これではない。
 彼女の最善は自分の最善ではない。目指す未来が違う。
 また、夢を見る。

「…………」

 どれくらい夢を見ただろうか。
 夢は大きな可能性の枝葉が集合体として、遠く離れれば離れる程に球体のようになり、小さな球体が幾つも集まり、また大きな枝葉を作る。
 目を凝らすとだんだんと見える範囲が増えていく。
 でも、頑張ると、痛い。夢に溺れそうになってしまう。

「…………」

 そう言えば、前に夢から醒めたのは何時だったのだろうか。
 思い出せない。

「…………」

 頭の中に変な人が映る。
 この人は……誰だっけ? 夢の中で探す。見つからない。いない。何処にも。
 でも、知っている。
 元きた夢を戻っていく。

「…………」

 そうだ、失敗したんだ。

「…………」

 ウーリ……静紅……桜花……ゼロナ
 最善は……ダメだった。手遅れだった。もっと前じゃないとそれはダメだった、だから、彼女の真似をして最善のため、ウーリをループさせようとして……。
 失敗した。
 色々と条件が足りなかったみたいだ。

「……て……」

 どうしようかと迷ってると、急に引っ張られる。ちょっと痛い。でも、あったかい。
 夢が霞んでいく。

「…………きて」

 眼の前が白くなって、色が消える。
 瞼の隙間から色が漏れだす。
 眩しい。
 光だった。

「起きて……」

 ずっと呼ばれてた。優しげに呟くその声に目が覚めた。

「……クー」

 頭がぼーっとする。
 体中がベトベトで少し肌寒い。でも、すぐに毛布を掛けてくれる。
 暖かくなると、今度は大きなあくびが出た。

「朝だよ、クー」

 寝ぼけ眼で見た部屋は知らない場所だったのに、何処かでも見た事がある気がする。
 きっと、夢でみたんだ。でも、これは夢じゃない。

「んー、おは……よう……ウーリ」


 夢はいつかさめる。
 起きてしまえば夢はすぐに忘れてしまう。


「ああ、おはよう。そして、ただいま。ついでにおかえりだ」

「………………うん」


 夢を忘れるのは少し寂しいけど、また、明日も夢を見る。
 昨日よりはいい夢を見れるかもしれない。きっと、今日はいい日だから。




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