白く冷たい雪がしんしんと降りつもる。
貧民街の街並みは地面や壁を突き崩し、食い破るように崩壊していた。
風の音が響く人気のない廃墟となった街道を疎開を強制させ、最後通告を行なう軍の車両が通っていく。
俺は彼らに見つからないように、街に転がる死体から食べ物や金目の物が無いか探っていた。
レンガの弊に顔を失い血まみれの男が自らの脇に挟んでいた新聞紙に目をつけると、寝床に使うために持ち帰ることにする。
雪のせいで冷たく湿った新聞を手に持つと、目線がつい上の端に行ってしまった。
1983年12月24日
BETAの侵攻によりEU本部をロンドンへ移転。
大きな見出しに日本語では無い文字でそう書かれていた。
その事実に今更ながら深い溜息が出てしまう、息は白く空気中へとすぐに消えていった。まるで、俺の思いを儚いと罵るかのように。
俺がこの世に生を受けたのは8年程前だ。
貧しい娼婦の子として、この貧民街に誕生した。まだ年端もいかない娼婦が産んだ子供だ、父親はどこの馬の骨かも解らない男で、母は周りから何度も俺を降ろせと言われたそうだ。
誰も喜ぶ者のいない裏路地での出産。
それでも、ただ一人、私の母だけは俺を祝福してくれた。
その母も数年前に他界することになったが、俺は生まれた時の事を朧気ながら覚えている。
きっとそこからして異常なのだろう。そもそも、生まれる前から不自然な存在だったのかもしれない。何故なら俺には前世の記憶があったからだ。
それも未来にある平和な日本。そこからこの世界に転生したのだから。
始めは色々と戸惑ったが、なによりショックだったのがここがマブラヴの世界だと言うことに驚いた。
前世では、後輩に強く勧められて何かのネタにでもなるか、と言う軽い気持ちでエセ架空軍事オタの門を叩くことになったが、まさかこんなことになるとは想像だにしなかった。
だが、アンリミやオルタにしろ原作より20年以上前に生まれるって神様はいたずら好きだ。
しかも、転生者は俺一人じゃない。
その中に原作知識を持つ奴はいないが、俺の兄弟たちには皆、前世の記憶があるそうだ。
「何してるのユーリ兄さん、回収作業は順調なの?」
その内の一人、黒一色のコートと帽子を見に纏った、白い肌に銀の髪の少女が鋭い瞳でこちらを見据えていた。
とても女の子が着るようなデザインではない彼女の服は全て盗品だ。無論、俺の服もそうなのだが、別に俺の甲斐性が無いとかそんなのじゃない。
俺たちのような親を失った孤児にとって落ちているモノは全て自分たちのもの。
始めの内は盗むと言う行為は生前の倫理感による抵抗を感じたが、慣れるのはあっという間、今では生活の一部として定着していた。
それでも、ここ最近の収入は微々たるものになっている。
「それが、さっぱりなんだよ桜花」
「……そう、やっぱりね」
彼女は自分の事を桜花と名乗っている。
本名ではない、転生前の名前だそうだ。どっかの作戦名そのままだが、原作知識のない彼女にとっては「私のためにあるような作戦ね」とかない胸を張っていいそう。
「一度、ホームに帰りましょう」
それだけ言うと桜花はその場から立ち去ってしまう。
その仕草からは気品のようなモノを感じ取れる。生前のことはあまり話そうとしないが、いいトコでのお嬢様だったのかもしれない、と勝手に想像を巡らしていた。
街より数百メートル離れた廃墟の中にある目立たない小さな小屋、ここが俺たちのホームだ。
中にはすでに数人の男女が各々好き勝手に行動している。
「おう、兄貴おかえり! どうだった!?」
一つ下のゼロナが俺の戦利品に目を輝かしている。くすんだ金髪をクルクルと巻いて幾つもの小さな髪の円柱を頭にたくさん乗せていた。その悪ガキにしか見えない髪型の良さを俺は理解できない。
目つきも悪いせいで、このままでは就活に苦労するだろう。
さて、やはりコイツにも前世がある。
詳しくは知らないが戦乱の中をR18指定がかなり入るほど自由に生きていたそうだ。
そのせいか、普段は態度が悪い癖にこういう時の処世術を心得ている。
「パンが二切れ、新聞が一枚、財布もあるが中身は期待薄だ。ホラよ、クーも」
ゼロナに投渡した後、隅に座る、小さな少女へとパンを投げる。
「ありが……と」
投げ渡されたパンを大事そうに抱える一番年下の妹。クー。
青白く短いカールのかかった髪が特徴的な幼女。いつも簡素な服ばかり好んで着ている、そのせいで寒そうだ。
彼女の前世は断片的で明確ではないが、桜花が彼女のことを知っているらしい。
ここでは物資は全て、小さいものから順に与えられていく。転生者と言っても所詮は成長期の子供、食料が足りなくなるのは当たり前。ならば、小さいものから順に与えられても問題はない。実際、ゼロナはついでで、クーのためにあるような制度だ。
それでも、やはり腹は減る。
ゼロナは俺のなけなしの飯の量が少ないのに不満そうな顔をする。
「嫌なら食わなくてもいい、ゼロナ。俺が食うぞ」
「そんなこたぁ。言ってねーけどよぉ……」
「やはり、食料が少ないな。輸入が停滞しているせいで、満足な支給も届いてないのか」
黒い髪のアジア系の少女が口を開く。
長女。それが彼女がいる地位。実質的なトップと言っても問題ない。大人すら上回る殺しの力と技、戦闘センスにおいては右に出るモノはいない異才。
国連軍から奪ってきたジャケットを羽織っており、その下には豊満な胸がある。
静紅、彼女は中国からの流れ者として2年前にこの街に訪れた。
それからしばらくして、俺たちは彼女に吸い寄せられるかのごとく集まったのだ。
始めは俺が、次にゼロナが転がり込み、クーを拾い、そして桜花が現れた。
転生者の孤児達による小さなコミュニティー。この街には他のコミュニティーも存在したが、所詮どれも子供がするお粗末なものばかり。
数週間前のBETAの攻撃により、そのほとんど死ぬか疎開に参加した。
今でもココに残っているのは俺たち兄弟くらいだろう。
しかし、兄弟と言っても先の話の通り血の繋がりなど一切ない。長女たる静紅がそう決めたからそう認めたからそう呼んでいるだけ。
上から、静紅、俺、桜花、ゼロナ、クー。
実際の精神年齢は桜花がダントツで高いらしいが、クーを除いて肉体に引っ張られているらしく、後はどっこいどっこいだ。
それでも、なんとなく兄弟と言うシステムは機能していた。
俺の腹の音を聞くと、小さな油田式のストーブの前に陣取った桜花が首を振る。
「疎開が始まっているもの。……数日もすればまともな食事もできなくなるわ」
「おとなしく疎開を受け入れるってのも手だったかもな」
俺がため息混じりにそう呟くと静紅が睨みつけてくる。
「疎開したとして、戸籍もないガキ、女が入れるのは孤児院と言う名の色街、男は強制収容所行きだ。まだ、強制徴兵される方がありたがい」
ありがたいかどうかは微妙だろう、どうせこのご時世、お国のためと言いながら捨駒にでもされて死ぬのがオチだ。
「いや、そうだけど。覚悟はしても腹は減ると言う話」
「ウーリ……食べ……る?」
クーが小指サイズまで小さくなったパンを俺にくれようとする。クーは俺の事をウーリと呼ぶ、俺の名前はユーリだけど、これはこれでありだ。
「いや、それはクーが食べなよ。俺は腹が減っていた方が思考が回るたちなんだ」
不満そうな顔をしながらもクーは小さく頷いてリスのようにパンを齧る。
その微笑ましい行動に「その回る思考を使っていい案は浮かんだかしら?」と桜花が皮肉を返しえくれる。
「ああ……やはり、軍から物資を奪うのは難しいと言う結論に至った」
「だが、やらなければ食事もろくに取ることができない、まったくストレスが貯まる。何より歯痒いのはBETA相手に逃げ回るしかできないことだな。私に戦車の一つでも渡せば100匹は葬ってやるのに……」
実際にはあり得ない話だが、静紅が本気を出せばそれくらい出来ると思ってしまう。
冗談だと、軽く笑っていた静紅がいきなりあらぬ方向を睨みつける。
「……これは飛行機か。でかいな。縦横どっちも80mはある。それも2機」
まるで見てきたかのように正確な大きさまで語る静紅。俺には全然わからないが、そんな音まで聞こえるらしい。
「80m……アントノフ225かしら? その大きさは戦術機空挺輸送機よ。なんでそんなモノが……」
「んなもん、輸送機の役目は物資補給意外にあるかよ!」
ゼロナがはしゃぎだすが、それをピシャリと桜花が黙らせる。
「そうじゃないわ。戦略的に捨てられたも同然のこの地に、どうして今更輸送機なんかを送る必要があるかって話よ」
「今はそんな事を考えても仕方がない。だが、これはチャンスだな……物資が送られてきたってことは、ここでBETAを抑えるつもりがあると言うことだろう」
桜花の疑問に答えることはできないが、静紅が酷白な笑顔を浮かべる。
「……確かにそうね」
そこにいる誰もがこの時、基地を襲うイメージを浮かべていた。
「飛行機……見たい」
クーがそんな事を言い出すまでは……。
「狙うなら着陸時よ……」何かを悟ったように桜花が呟いた。
「そうだな」と俺も頷く。
「腹減った!」隣でゼロナが蹲っている。
「ひこうき雲って食えそうで食えないよな」とあんぐりと口を開けてパクパクさせる静紅。
どういう訳かまったりと5人で並ぶように空を見上げていた。
「そうだ。飯が食いたい。明日の朝にでも軍に侵入するか……」
「静紅、あなたはただでさえ低脳で感覚器官のみで生きているような人間なのだから、もう少し考えて行動した方がいいわ」
「桜花のその喋り方ってキモイな……頭でっかちに聞こえる」
「……なんですって」
「あ゛ぁ゛……?」
ゼロナを挟んで二人が睨み合いを始めてしまう。
踞ったまま我関せずと嵐を過ぎ去るのを待つゼロナを尻目に、俺は平和的にクーと飛行機を眺めていた。
「ひこーき……………………光った」
それを見ていた俺は目を見張ってしまう。
山の隙間から幾つもの光の線が突然前を飛んでいたアントノフ225の翼を貫いたのだ。
小さな爆発の後、轟音が響き、朱色の炎が黒煙をあげる。
次の瞬間にはもう一つのアントノフ225も撃ちぬかれていく。今度はほぼ直撃だ。
「嘘だろ……」
俺の言葉とは真逆にアントノフ225は一気に高度を落としていく。
「……光線級」
静紅が驚くのも当然だ。すぐそこまでBETAの侵攻を許していたのに、未だ軍が動いている気配が無かったからだ。
だが、桜花とゼロナは何かを感じ取ったようにその状況を笑っていた。
「いよいよ、私たちに運が向いてきたようね」
「……ああ、また血の匂いが強くなってきやがった。もちろん今から救出作業だよな静姉ぇ」
ゼロナの問いに静紅は目を細め、唇を吊り上げる。
「無論だ、救出対象は人間じゃなく積み荷の方だがな」
火事場泥棒を明言した兄弟達は行動を開始していた。
俺がホームの近くに隠してあった軍用車を走らせ、煙の足元に向かう。
数分、直撃していたアントノフ225は黒煙を上げて完全に墜落していた。まるで巨大な建物のような飛行機はエンジン爆発こそしていないものの、危険な状態であることには違いない。
翼が当たった方を桜花とゼロナが、直撃した方を俺と静紅が手分けをして状態を確認する。
レーザーを当てられた鉄が橙色に変色していた。
なんとか中には入れたが殆ど瓦解し炎の海と化している。
「こっちの倉庫はダメだな、下手な落ち方したせいで入り口が完全に逝かれていた」
外部からは分からないが、もしかしたら背に載せた積み荷は無事かもしれない。
と言ってもそこまで行けるかどうか微妙なので途中で引き返す。
「こっちは大量。リュック入り緊急用のカンパンと米製の合成缶詰。これで一ヶ月は耐えられる」
静紅は口笛を吹き、背中にのリュックに手を突っ込みカンパンを奪い取る。
そして、缶詰をナイフで無理矢理開けて、俺の口に数個押し込んだ後、自分も食べだした。
外に飛び降りるとゼロナがこちらに向かって走ってくる。
「静姉ぇと兄貴、丁度いい! ついて来てくれ、桜花姉ぇが呼んでる!」
前部を確認しているはずのゼロナが通路の先から呼ぶ声が聞こえる。
顔を見合わせ俺達はゼロナを追い掛けた。
前方の比較的無事な飛行機、大きな亀裂がありそこから侵入し、気絶している兵士を無視して奥へと進んで行く。やがて、様々な機器が覆い尽くす管制室にたどり着く。
衝撃により気絶している人達を尻目に桜花が管制室の机に向かって座っていた。いつになく険しい顔付きだ。
「まずいわ。これを見て、BETAの進行が思っていたより早い、面制圧するかのように派状攻撃を仕掛けてきてる」
ブラウザに映し出されたここ周辺の地図には赤い点が取り囲むように全身してきていた。
「うわ、真っ赤だな」
「もともと長居する気はない……すぐにでも撤退するさ」
予想の内だったのだろう、静紅は顔色一つ変えずに命令を下す。
「あのね静紅、そうは言ってもどうやって逃げる気よ。私たちが乗ってきた車じゃ、大したスピードも出ない。軍用車を探したって追いつかれるのは時間の問題よ。……まさか」
「……決まっている。これは戦術機空挺輸送機だろう。なら、ここにある戦術機を奪取すればいい」
静紅の言葉にそこにいる全員が顔を見合わせ、
笑った。
「そんなことはさせんぞ。ガキ共……」
声の方を見ると、扉の後ろに隠れていた男が姿を現した。
40代後半のアメリカ人、階級は中佐だ。髭がチャーミングなダンディーミドル、街中を歩いていたら十人が十人素通りするだろう。
太ましいその腕には拳銃が握られ、クーがぶら下がっていた。
「……ごめ、……捕まった」
「いやいや、こっちこそスマンなクー。戻ってこないから勝手に話を進めてしまって」
静紅が気にしてないと言ったように血のこびり付いた両手を広げ、無造作に近づいていく。
「……貴様ッ!」
子供だからと侮っていたが、只ならぬ雰囲気を感じ取ったのだろう、中佐は照準を静紅に向ける。
だが、その時点ですでに静紅の踏み込みは終わっていた。
「遅い」と彼女が口にした時には向けられた銃を突き上げる掌底で弾き、驚き目を見開く中佐の大事な男のキュッとなる聖域に回し蹴りを入れていた。
中佐は「ぬおおおお」と叫びながら悶絶し、それを見ていたゼロナと俺はキュッと内股の構えを取った。
「さて、クーを連れてきてありがとう中佐殿。ついでに戦術機の所まで案内してもらおうか」
静紅は弾いた銃を空中で拾い、そのまま中佐の顔に照準を当てる。
「馬鹿な……貴様らなどッ……にッ!!」
途中で静紅に蹴りを入れられ壁まで飛ばされるが、見事に絶え反骨精神を見せてくれる中佐。
「チッ……」
「静姉ぇ。拷問なら俺にやらせてくれ」
舌打ちする静紅に下卑た笑いを浮かべるゼロナが中佐に近づこうとする。
「止めとけゼロナ。そんなの相手にしても時間がなくなるだけだ。どうせ戦術機なら背中に積んでいる大きなコンテナだろ。他に置く場所なんてないさ」
「けど、兄貴よぉ……」
「戦術機、ロボットなら……私……見たよ」
「本当に? でかしたわ。クー案内しなさい」
桜花がクーを連れ出すように、悶絶し涎を垂らしている中佐を跨ぎ、俺たちは格納庫に向かう。
「馬鹿が……貴様らのような……ガキに、戦術機が扱えるわけ無いだろう……!」
「へー、それじゃ。別に案内して貰っても構わない訳だ。ゼロナ、右足を持て連れて行くぞ」
「拷問♪ 尋問♪」
上機嫌に中佐の両足をゼロナと静紅が引きずっていく。
「な……何を!? 止め……!」
ダッシュしていたら、すぐに目的の場所に辿りついた。
寝転がっている二体の巨人。ここは無事だったようだ。
「これが……戦術機。写真で見たのとは違うな」
静紅の言うとおり、新聞や雑誌に乗っている無骨なイメージの第一世代ではなく、明らかに第二世代以降の機体だ。
「悩んでても仕方ねぇって。俺はコレに乗るぜ」
ゼロナが駆け出して行く。
「待てよゼロナ」
「なんだよ兄貴、さっきから、何か俺に文句あんのか!」
不満そうな声色が帰ってくる。別に止めるわけではないが。
「強化装備を付けとかないと、まともに動かすこともできないっつの」
「……流石だぜ兄貴。そこに痺れる憧れる」
物分りがいいのは置いといて、変り身の早いことで。
「二度手間になるじゃない。そう言うことは先に言いなさいよ」
辛辣な桜花の言葉に心が折れそうになる。自分だって忘れてた癖に。
「中佐、聞いてのとおりだ。強化装備は何処にある?」
静紅がいい笑顔で引っ張ってきた中佐の首根っこを持ち上げる。
その眼力に中佐は耐えきれず目線チラりと移してしまう。
「あそこか」
強化装備はすぐ近くのダンボール箱に詰められていた。男女共同で着替える癖が付いているせいで、残念なことに静紅の成長した胸にも未発達のクーにも触肢が動かない。桜花はまぁ、見る所がない。
旧式のため強化装備は緑色をしていて少し息苦しく感じる。
「そう言えば戦術機適性検査とか訓練なしで動かせるものなのか?」
「検査はともかく、素人が訓練なしなんて、不可能に決まってるじゃない」
何でそんな当たり前の事を言ってるの? みたいな顔で桜花がこちらを振り向いてくれる。
「だよねー……」
「ええ」
それだけ言うと桜花は行ってしまった。
「ああ、悪いけど兄貴、多分俺は乗れるぜ。前世じゃもう少しデカイのを主力として日常的にドンパチやってたからな。桜花姉ぇもおそらく似たようなもんだぜ」とゼロナが耳元でささやいた。
「まぁ、なんとかなるだろ」と静紅。
「…………おーかの後ろに乗せてもらう」とクー。
「なるほど……俺も桜花の後ろに」と俺の妥協は静紅によって即却下された。
「とりあえず乗れ。それでダメなら私がのしてやる。私とゼロナはもう一つの方に向かう、中佐はお前が面倒を見ろ」
「のす!」と言う間にコックピットに座っていた。
後ろに縄で縛り付けた中佐が小さくなって無理な姿勢で詰まっている。
システムの機動を確認すると、機械的な起動音と共に光が灯っていく。
意外とシンプルなデザインでボタンはあまりない。
F─15 Eagle
おそらくソレがこの機体の名前。別にマブラヴでは珍しくない二世代機だ。
その他に英語で様々な文字が流れていく。
「わぉ、英語だ」
ソ連生まれの俺には少し難しい。
『米軍仕様、まだ生産にも入っていないような試作機ね』
あちらに向かった二人から網膜東映に通信が届く。
『そんな事はどうでもいいさ。動かせれば…………チッ……ロックが掛かってやがる』
『うがぁ!! セキュリティーとか、死ね!』
「ハハハ! 貴様らの浅はかな考えなど、お見通しだ。何も対処していないと思ったのか!?」
目の前に静紅の言葉通りにパスワードを入力するような画面が現れた。ちなみに言わずともわかるかな、叫んでいたのはうちの弟、パスワードの存在にキレたのだろう。
『桜花! なんとかしろ!』
『今やってるわ』
「そんな、簡単になんとかなる訳──」
『この程度ならすぐに………なにこれ、ザルセキュリティー。話にならないわ』
桜花からの回線にもの凄いスピードで動く機械音が紛れている。後ろにいるクーが『おーぁー』と放心している声が聞こえる。
「……桜花って技術士でもやってたのか?」
『似たようなものだけど違うわ。色々と広く手を付けるのが趣味だったのよ。全員のOSを一時的に共有させるわ、しばらく触らないように』
共有しているおかげで、桜花の画面がこちらに映し出される。
みるみるパスワードが打ち込まれ、触る隙もないほどのスピードで文字列が埋め込まれて行く。
「嘘だ……ありえん」ちなみに俺の後ろでも若干一名放心していた。
『うぎゃぁ! 数字とか、死ね!』
言わずもかな。
『……それにしても酷いOS。まともに二足歩行の機械を動かす気があるのか疑わしいわ』
「何を知ったようなことを……!」
そう言えば原作で武が新OSのXM3を作ったんだっけ。
後ろが五月蝿いので縄で口を縛ることにした。「むー、むー」と言ったまま、黙ってしまう。いざとなったら放って静紅に助けてもらおう。
「そんな酷い?」
『ええ、今、一から組み直してるところ』
「それ、なんてコーディネーター……」
『時間が掛かりそうか?』あくびを噛み殺して静紅が呟く。
『別に……元々、頭の中にあるのを打ち込むのだからすぐに終わるわよ。ホラ』
桜花の言葉通り新しく別の画面が開かれた。
『ヒャッハー! 俺様の時代キター──!!』
言わ(略。調子乗って興奮しまくりの弟。
『時間をかけ過ぎだ。コレくらいしか脳が無い癖に』
『脳筋よりマシね』
『……ほぅ?』
『何?』
桜花と静紅が通信機を挟み無言の牽制を始める。
相手にするのは億劫なので「よっこらせ」と機体の動作を確認する。
無論、全く分からない。
アクセルとブレーキ、それとハンドルは何処ですか?
と考えている間にもゼロナが機体を動き出し、他の二人も棺桶から起き上がるようにコンテナから出ていく。
『動きが固てぇし重てぇ……』
『……まるで、鉄製のおもちゃだな』
『OSがOSなら機体も機体ね、これを兵器として活用できてる事に驚きよ』
『ゆれる……気持ち……わるい……』
実に酷評しくれる、こいつらの要求が高すぎる気もするが。
桜花がある程度の操作方法を教えてくれたおかげでなんとか歩き出すことに成功する。コンテナから出て辺りを見回し、息をするのを忘れてしまう。
地響きがなり響き、アントノフ225が揺れていた。
アントノフ225のどこかが爆発したのかと思ったが、どうにも全体が無理矢理押されているようだ。
この巨体が押され、解体作業が行われている。
何に? とは問うまでもないだろう。
『……面倒だな』
『ユーリ兄さんがもたもたしてるからね。センサーを見て…………囲まれてるわ』
見たくなかったが怖いもの見たさで見てしまう、センサーは嫌と言うほど赤く染まっていた。
『いっ………ぱい』
無機質な白い肉体、深い緑の前肢、歯を食いしばったような感覚部。
要撃級。
その四つの太い足の周りから、さらに小さい戦車級が大量に彷徨いている。
そして、遠目にも巨体を誇る要塞級。
一気に緊張感が高まるのを感じた。喉が枯れ、息が詰まりそうになる。操縦桿を持つ腕の筋肉が縮み上がっていく。
実際にここまで、間近で見るのは始めてだ。
戦術機の網膜映像から映し出される雪原を埋め尽くす化け物。
「これが…………BETA」