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[18480] 【ネタ】今宵の虎徹は血に飢えている【恋姫無双×装甲悪鬼村正】
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:ad17056c
Date: 2010/05/20 21:32
彼は自分の幸運に感謝していたはずだった。
やたら身なりの良い二人組が彼らの視界に入ったからだ。
二人とも武装はしている。
遠くから見ても、男の方は腕が立ちそうではある。
が、女連れという点は致命的だ。
しかもこちらの存在に未だ気付いていない。
何やら二人で言い争いのようなものをしているのだ。
隙だらけ、といえる。

金や装飾品はそう持っているようには見えないが、あの剣や鎧は質が良さそうだ。
売ればしばらくの食い扶持は得られるだろうし、この動乱の世を考えれば、自分達で使うという手も有りだろう。

そんなことを考えていたのだ。先程までは。
しかし。
悪い予感が拭えない。
近づくにつれ、その予感は膨らんでいる。
あの男の異様な雰囲気はなんだ?
あの女もどこか普通の人間とは違った空気を纏っている。
もしかしたら、自分はとんでもないものの尾を踏もうとしているのでは?

「アニキ、どうしたんですか?早いとこやっちまいましょう!」

小声で部下が話しかけてくる。
そうだ。部下達の手前、獲物を見逃すことなどあり得ない。
荒くれ者のリーダーで有り続ける為には、力を示すことが必要なのだから。
そうして、彼は相手を威圧するように——自分を鼓舞するように——力強い声を出した。

「おい!そこのお前!!」









「これはどういう状況だ?」
「…あてにもよく分からないよ、おにーさん」


あの瞬間、確かに神は——光は現れたはずだった。

最愛の存在である光への想い、それ以外の全てを切り捨てて辿り着いた結末。
親王殿下、署長、そして村正…彼らの想いを振り切り、六波羅最強の武者をも乗り切って成した神降ろし。
自分はそれを茶々丸と共に眺めていたはずだった。

だがしかし。

「ここはどこだ、茶々丸」
「それも分からないよ、どっか遠くに飛ばされたみたいだねー」

能天気なその声に苛立を覚え、首根っこを強く掴む。

「イタタタタタ!!相棒への暴力反対!!!」
「誰が相棒だ」

じたばたと暴れる茶々丸をそのままに、景明は考える。
神下ろしは成った。
あとは光がその存在に打ち勝ち、飲み込めむだけだった。
そうすれば、光は生きることができる。
期待感と、ある種の達成感を感じながらそれを眺めていたはずだった。

そして、「神」が目がくらむほどに眩い輝きを発したと次に瞬間。
二人は荒野にいた。

「まるで神隠しだな」
「神だけに…ってこと?い…痛い!ほ…本当に首がもげる!!へるぷみー!!!」

いつまでもこうしていては埒があかない。
いい加減五月蝿くなってきたので茶々丸を離す。

「おにーさん、もう少し優しくあてへ接してくれても…」
「うるさい、道具は道具らしく身分を弁えろ」
「あ…」

頬を染める茶々丸。
そうだ、あてはこの人の「道具」なんだ。
万感の想いで胸が満たされる。

「おにーさんと一緒なら、あてはなんでもいいよー!!」

そう言って、抱きつく。
しかし。
ひょい、と景明は身体を動かす。
勢い余った茶々丸は地面と抱擁することになる。

「イタ!!…躱された!?この状況でこの乙女の抱擁を躱すかふつー!!」
「……」

しかし、景明は反応しない。
どこかあらぬ方向に視線を向け、目を細めている。
その様子に、茶々丸も冷静になる。

「おにーさん、誰か近づいてくるね」
「あぁ。とりあえずはこれで事態は動くだろう」

この選択を、後に二人は深く後悔することになる。
しかしこの時点でそれを察することは不可能であった。
それはそうだろう。
自分達がいるのがまさか、数千年前の中国・・・・・・・であると気付けというのは酷だ。
結果として。

「おい!そこのお前!!」

縁は結ばれ、存在が時代に固定される。
こうして二人は、容易に元の時代に帰還することはできなくなったのである。








ーーーーーーあとがきーーーーーーーーーーーー

装甲悪鬼村正大好きです!
中でも茶々丸が圧倒的に好きです!

恋姫無双の華琳はどことなく光に雰囲気似てる。
そんなちょっとした思いつきでこんな妄想が生まれました。
時間旅行ネタなんてSS書いてくれと言っているようなもんでしょう!


誰かこんな話書いてくれないかなー
自分で書くのは面倒くさいですw



4/30  指摘があった誤字、茶々丸の自称を修正。陛下の「あて」を間違うとは、これは恥ずかしいw
4/30  さらに誤字修正。すみませんorz



[18480] 第一編 悪鬼来訪-1
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:ad17056c
Date: 2010/05/05 20:15
馬に乗って近づき、声をかけてきたのは妙な格好をした二人組だった。
中華風の服装に、黄色いスカーフのようなものを首に巻いている。
古めかしい防具を纏い、曲刀を帯刀している。

広大な荒野という風景、珍妙な格好の人物。

「どうやらここが大和でないことは確かなようだな」
「うん、古代中国っぽい」
「場所どころか時間まで遡ったのか?」
「さすがにいくら中華の貧民層でも、こんなちゃちな武装した人間なんて今の時代いないんじゃないかな〜」
「ふん。まぁ重力を操る陰義シノギを持つ劔冑つるぎがあるくらいだ、その大元のような存在であれば時空を歪めることくらいはできてもおかしくはない…か」
「あてもそう思うよ。でもだとすると、ちょっとまずい事態になったかも…」

どういうことだ、と茶々丸に尋ねようとした景明の目前に、刀が突きつけられる。

「何をごちゃごちゃと訳も分からねぇ事を!状況が分かっていねぇのか!?」

二人組のうちの片割れが威圧する。
無論、この程度の人間に遅れをとる景明ではない。
生身で兜割りすら成す景明だ。
武者でもない人間二人を相手にすることなど雑作もない。
しかし。

「おっと、刀には手をかけるなよ…おい!」
「へい!」
「うわ、何すんのさ!!」

茶々丸が一人の男に拘束される。
背後から羽交い締めにされ、景明から離すように引きずられる。

「へっへ…お前が腕を立つのは分かっているさ。でもこういう状況はどうかな?」
「さすがアニキ!…おい、女の命が惜しければ金目のものを置いていけ」

優位を疑っていない男達は愉悦の表情を浮かべる。
人質がいるのだ。
いくら腕が立っても、この状況では手は出せまい。

女も幼いが、よく見れば整った顔立ちをしている。
しばらく女も抱いていない。
そっちの方でも充分に楽しめそうだ。
金目のものを売り払って、その金で美味い飯を食べ、良い宿を取り、女を抱く。
目前の幸福を想像して笑いが止まらない。

だが気になるのは、この状況でも男が全く焦った様子を見せない事。
何かまだ切り札があるというのか?
この状況をひっくり返されるだけの。

「しかし、ここが古代中華だとして、言葉が通じているのはなぜだ?」
「いやーーー殺されるーーーーーー」
「そもそもなぜ俺たちだけが飛ばされた?」
「おにーさーーーん、たすけてーーーー」
「戻る方法も見当がつかないが…」
「おーーかーーさーーれーーるーー」


相変わらず分けの分からない事を呟いている男。
女はただ騒いでいるだけだ。
だが、どことなく女にも余裕が見えるのは何故であろうか?
先程感じていた悪寒が再びよぎり、男は早いうちに「仕事」を終える事にした。
そして刀を振りかぶろうとした次の瞬間。




「いい加減遊ぶのはやめろ、茶々丸」
「いえっさー」

次の瞬間、茶々丸を羽交い締めにしていた男は宙を舞った。
投げ飛ばされたのだ、と気付いた次の瞬間には。

男の首は胴体から離れていた。



「!!…野郎!!!!」

慌てて振り上げた刀に力を入れる。
しかし、その刀が振り下ろされる事はなかった。

男の首もまた、宙を舞っていたのだから。


「ア…アニキ!!……ぎゃあああああああ!!!!」

リーダー格である男の首もはねられ、焦って逃げようとした男の背中が景明に斬りつけられる。
もんどり打って倒れ込む。
血液が沸騰しそうな痛みに悶える。

そしてその首に刀が当てられた。


「先程とは立場が逆になったな。死にたくなければ、こちらの要求に応えてもらおう」









その光景を、余さず見ていた者達がいた。

「華琳さま…あの者達は何者でしょうか?」
「流れの武芸者…にも見えないわね。どこかの武将かもしれない」

呆然としながら華琳に話しかけた秋蘭は、今度はその華琳の表情に驚愕する。
口にせずとも、その胸の内は明白だ。
すなわち、あの二人が欲しい、と。

「華琳様、どうします?ひっとらえて連れてきましょうか?」

興奮した様を隠さず春蘭が言う。
強者を見たがゆえの高揚だろう。
今にも彼らに向かって駆け出しそうである。

「華琳様、あの者達は危険です。」
「分かっているわ。でもね、秋蘭」

華琳は楽しげな表情で続ける。
あのような者達を御し得ずして、いわんや中華の統一をや、と。









ーーーーあとがきーーーーーーーーー

予想以上に好意的な感想を頂けたので、調子に乗って続きを書いてみました。

いやでもね、プロットすら作ってないんですよ?
話の最後すら考えていない状態…
奈良原さんの文章は真似すら難しいですし。
ほんと私には無理です…

まぁチラ裏ですし、しばらくは思うがままに書いてみます。
なんとか書けそうなら、プロットも作ってしっかり書きます。
無理そうならすんなりあきらめますw

だから期待しないで下さいwww

5/1 指摘のあったルビのミスを修正しました。



[18480] 第一編 悪鬼来訪-2
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:ad17056c
Date: 2010/05/05 20:15
後漢の魏王、曹孟徳。
「治世の能臣、乱世の奸雄」と評されたその英雄は、現代においてもあまりにも有名な存在である。

血筋や品行に関係なく、才能ある人材を積極的に登用し、奇襲・伏兵などを用いながら連戦連勝し勢力を拡大させたその手腕。
また詩人としても高く評価されるなど、文武に飛び抜けた才を持つその人物を、景明も当然知っていた。

ただし、曹操を知っているとは言っても、その知識は書物によったものでかなり浅い。
己も武芸者の端くれ。
確かに三国時代の戦については学びはした。
だが、この時代は現代の世界における最強の兵器、劔冑が現れる以前での時代ある。

劔冑をまとった武者が戦場を駆けるようになって以降、戦は激変した。
戦術はもちろん、戦略さえ。
故に、劔冑を用いずに行う戦から学び得ることは少ない。
だからこそ、三国時代を描いた書物も、またそれに関連する兵書についても、景明はそこまで詳しく読んだわけではなかった。

「確かに俺の三国時代の知識は深くない、が…」
「ん?どーしたのお兄さん」



三人組の男を片付けた後、近づいてきた人物達。
物盗り達の首を落としているその間中、二人に注がれていた視線の存在には、景明も、そして茶々丸も気付いていた。

そして彼らは声をかけてきた。
その中でも一番身分が高いと思われる人物が名乗りを挙げた。

陳留の州牧、曹孟徳と。

覇気の溢れる声色。
苛烈さを秘めた瞳。
一分の隙も無い佇まい。

どれをとっても、後世に伝わる人物像が大げさなものではなかった、ということを感じさせる。
まさしく乱世の英雄、曹操その人である。
しかし…





「いや…曹操は小柄な人物ということは知識に有るが…まさかあの容姿で男、というわけでもあるまい?」

そう、曹孟徳と名乗ったその人物の容姿は、どう見ても少女のそれであったのである。
初め当然、同姓同名の別人物だと考えた。
しかし、脇に控える二人が夏侯惇、夏侯淵を名乗り、いよいよ別人とは考えにくくなってきた。

そして何より彼女が曹操自身であると確信させるのは、その覇気である。
神々しささえ感じさせるその雰囲気は、彼の最愛の存在——湊斗光にも通ずる。
それほどのカリスマを持つ人物が、同じ時代にそう多くいるとは思えない。

やはり、彼女はあの曹操なのであろう。

しかし、そうなると…

「曹操や夏候兄弟が、男性だというのは後世の捏造か?」
「まぁ遥か昔の事だし、中華は大和以上に男尊女卑の傾向が強いからね。それもありえなくはないけど、もしくは…」
「そもそもここが我々の世界の過去ではない、ということか?」
「うん。空想上では、平行世界とか異世界とか、そう呼ばれるとこかな。あてらの言葉が通じることといい、出来の悪い物語の中にいるみたいだからこっちが本命かも」
「時間旅行だけでも厄介この上ないが、その上異世界だと?未だに信じられん」

眉間に皺を寄せる景明。
そしてふと、何かに気付いたかの用に茶々丸に視線を移す。

「ん、どうしたのおにーさん?あてのことをそんなに熱く見つめて…ま!まさか!!こんなとこではダメだよ!!!いくらあてだって、ついこの前初めてしたばかりで、ろ、露出なんてレベルの高いプレーはちょっと…でもおにーさんならあてが嫌がってもどうせお構いなしだし、御堂あるじが望む事ならあても頑張って…いたたたたた!!!!」
「何を言っている。頭を潰すぞ」
「警告は行動する前にするもんだよ!もうすでにアイアンクローしながら言う言葉じゃないって!!ぎゃー本当に痛い、のーもあばいおれんす!!」

しばらくこめかみを締め付けられた後、ようやく開放された茶々丸はさめざめと涙を流す。

「うぅ…異世界にきてまでもあての扱いは変わらないのね…告白までしたのに…」
「道具に過ぎんお前が何を言う。そもそも普通の人間より頑丈だろう」
「いくらリビングアーマーでも痛いもんは痛いって!だからもうアイアンクローは勘弁して下さい」
「さて。…これからする質問の返答次第では先程以上の苦痛を味あわせる事になるが」

へ?と茶々丸は景明を見る。

「この事態…もしや、貴様が俺に見せている夢では有るまいな?」




夢の操作。
これについて、茶々丸には前科がある。
正しく言えば光が行った事では有るのだが。

以前夢を操られた事に関しては、不問にしている。
頭の中を覗き見られるなど快く思うわけが無いが…
それは光の行った事であったから、景明は気にしなかったのだ。
己の存在は光のためだけにある。
光の行動に関しては、景明は心から全肯定できるからだ。

だが、それはあくまで光であればの話。
己の道具である茶々丸が行えば話は別だ。

この状況が現実であると思うより、夢であると考えた方が遥かにまともだ。
景明はそう考え、詰問したのだ。
だが、茶々丸は慌てて強く否定する。

「いやいやいや!!そんな事はしないって!!!」
「本当か?」
「天地天命に、いや御姫に誓ってもいいよ!」

ならば。

「これが夢なら覚めれば良い。だが本当に異世界に来ているというなら…どうすれば、光の元に、還る事ができる…?」
「おにーさん…」

ほとんど表情を崩す事のない、景明が沈痛な面持ちを見せる。
そう、景明は光が全てなのだ。

光の命を救う為に。
光を守る為に。

その他の大事なモノを全て捨てて、神降ろしを為した。
そして目標の達成は、景明の目前に迫ったところで、その手をすり抜けたのだ。

否、すり抜けたかどうかさえわからない。
光が助かったのか、そうでないのか。
結果すらわからないまま、この状況に陥った。

その事実はいかに景明を苦しめるものか。



「おにーさん、今はまだわからないけど…こっちに来たってことは還る方法もあるはずだよ」
「その方法にあてはあるのか?」
「今は未だ。でも必ず見つけ出す、あきらめるわけにはいかないもんね」
「無論。」
「とりあえずいろいろと状況を把握して、それから情報収集しないと…そう考えると、あの子の誘い、受けた方がいいんじゃない?」
「曹操の仲間になれ、と?」

そう。
彼女は自分たちの名乗りを挙げた後、自分たちの素性を問いただし—―もちろん、適当に答えただけだが——他勢力に属している武将ではないとみるや、誘いをかけてきたのだ。
いかに唯才是挙とはいえ、大胆な事だ。

「客将、という扱いならいいんじゃないかな。かなりあてらの実力を買ってるみたいだし。まぁ、あてに関してはなんかそれ以外の視線も感じたけど…」
「客将か。それで曹操は納得するのか?」
「うん、まぁその辺の交渉は、堀越公方であるあてど−んとに任せて!」
「激しく不安だが…」

どちらにしろ、このままこの荒野にいても何も出来ない。
とりあえずは人里へ向かい、情報を集めなければならないだろう。
曹操という権力者の傍であれば、何かと行動はとりやすい。

「わかった。お前に任せる」
「任された!おにーさんはどーんと大船に乗ったつもりでいて」
「失敗すればどうなるかは分かっているのだろう?」
「うぅ…命かけて交渉してきます。」

曹操達はやや離れた所で待機している。
二人で相談をしたい、ということで時間を作ったのだ。
こちらの様子をうかがいながら待っている彼女達の元へ、茶々丸と共に向かう。

金神に飛ばされた先の異世界。
古代の英雄、曹操との出会い。

この物語をも超える奇妙な事象が、自身を翻弄してきた劔冑を巡る運命につながるものになるとは、この時の景明は想像だにしていなかったのである。




ーーーあとがきーーーーーーーーーー

更新しました。
うーん…初っぱなから難産過ぎる…
本当は曹操との会話も書いていたんですが、自分で書いていて違和感がかなりあったので削りました。
こりゃ恋姫無双やり直す必要があるかな

各話が短すぎるので、後々ある程度量がたまったらつなげて編集し直すかもしれません。



[18480] 第一編 悪鬼来訪-3
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:ad17056c
Date: 2010/05/08 21:22
山陽郡昌邑。
古代中国の地名を聞いても、浮かんでくる知識なぞ到底無く。
ただ分かるのは、ここが曹操の治める地の一つであるということだ。

文明の水準は現代とは比べ物にならないほどに低いが、どことなく活気がある。
欧米諸国という外患、六波羅という内憂に悩まされていた大和の民は、皆どことなく憔悴した感情を持っていた。
社会全体にある種の閉塞感、諦念のような靄がかかっていたのだ。

この地の民は、そういった感情にはないように思える。
明日の生をも保証されぬ戦乱の世であるのにも関わらず、生気に満ちている。
自分達の力で道を切り開いていこうとする気概が、そこには確かにある。

そしてその民全てが、曹操に最大限の敬意を払っているのである。
道行く曹操の隊に頭を垂れるその姿には、負の感情は一片すらなく。
心から敬い、従っているのだ。
それは最早、陶酔に近い。

この点だけを見ても、曹操の異常な優秀さを知る事ができる。
景明の政治の経験は、内政の真似事をしたくらいである。
その程度の知識ではあったが、この状況がどれほど異常なことかは察せられる。

上に対する者への妬みや僻み、そういった感情を持つ気になれないほどの覇気。
悪魔的なほどの魅力。
西洋の言葉を使えば、まさにカリスマ、そういった存在である。

そして、そういった人物の周りには、往々にして優れた人物が集うもの
である。
優れた指導者には、優れた腹心。
曹操においてもそれは例外でない。

随伴していた夏侯惇、淵の姉妹の能力からもそれは判然としている。
そしてその中でも、曹操の描く宏図を最も理解し、その覇業を支える腹心中の腹心、それが荀彧である。

夏姉妹と比して曹操の元に参じてからの日は浅いが、その知略・忠誠をもって絶大な信頼を得ている。
後世においても名を残す名参謀である彼女の能力は疑うべくも無い。
しかし。


「なんであんたみたいなケダモノが!!あぁ、男ってだけでも最悪なのに、その暗い雰囲気はどうにかならないの!?こっちまで不幸になりそうだわ!!」

能力と人格は比例しない。
六波羅の面々を思い出しながら、景明は改めて実感していた。

「なんか歓迎されてないみたいだねー」

茶々丸が不機嫌そうに言う。
自分の御堂を悪く言われて良いように思う劔冑などない。
目障りなら消す。

「あ、茶々丸。あなたはいいのよ。問題はこのケダモノよ!」
「いやおにーさんがケダモノなのはあてとしても否定できないけど…」
「ほらやっぱり!あんたこの子に何したのよ!変態!ケダモノ!!鬼!!!」

ここまで面と向かって罵倒されることもそう経験はない。
これはあからさまに喧嘩を売られているのか。
対応に困る…が、参謀がこの態度では客将として受け入れられるのも不可能だろう。
ならばここを出るだけだ。
曹操がそれを許すとは思えないが、そうであれば押しとおるのみ。
夏侯惇の武がいかに優れていようとも、ここの兵がいかに精強であったとしても、止められるはずが無い。
武者の前に、人間がいかに集ろうが為す術は無い、それが現実だ。

刀に手をかけようとしたところで、曹操が口を出す。

「桂花!…今すぐ謝罪しなさい」
「ですが華琳さま!」
「この者達は私が請うて来てもらった人材よ。それとも、あなたは私の命が聞けないと?」
「い、いえ!…決してそのような……く…湊斗と足利、すまなかったわ」
「私からも謝罪させてもらうわ。この者は、過去の心傷があって、男性相手にはどうしても拒否感が出てしまうの」

それでよく軍師など勤まるものだ、と皮肉が出そうになったが、抑える。
自分の心証などどうでも良い。
重要なのは、光の元に戻る事。
そのために最も良い状況を作る為にも、ここは引くべきだ。
出奔はいつでもできる。

「謝罪など必要ない。その者がどう思おうが、俺は俺ですべき事をするだけだ」
「そう、感謝するわ」

平然としている曹操。
それとは逆に、あからさまに怒気を内に抱える荀彧。
曹操の手前、先程のような言はもはやあるまいが。

「偉そうに…!それで、湊斗とやら、それだけの口上を垂れるんですもの、それだけ使える人間なんでしょうね?」
「……」

先日も似たようなやり取りをしたことを思い出す。
ふと、戯れを思いつく。

「無視しないでよ!!あんたがどれだけ使えるかどうか分からなければどうしようもないでしょ!!!」
「お言葉ですが…小官は答えようのない問いに答える手間を省いたに過ぎません」
「…なんですって?」
「この湊斗の有為無為は働きによって明らかとなる事。口舌での証明は致しかねます」

急な語調の変更。
尊大な態度も相まって強烈な皮肉を感じさせているだろう。

「仮に為し得たとしても、かの曹孟徳の名参謀どのにご納得頂けるとは思えません。それゆえ、返答を遠慮致しました。」

以前、四公方の前で言い放った者と寸分違わぬ言葉。
大鳥獅子吼が正確にその意を受け取ったことと同様、荀彧もまたその言葉に理解が及ぶ。

「…つまりあなたはこう言いたいわけ?知恵の足りない質問はするな、と」
「ご賢察、感服仕りました。荀彧さま。」

静寂が満ちる。
六波羅の面々と同じように、曹操やその配下達は唖然としている。
唯一異なるのは、どうも話の流れが分かっていないさそうな夏侯惇だけか。

荀彧は俯いていて、その表情は見えない。
怒りを押し殺しているのだろうか?
獅子吼の場合は、刀を抜いた。
そしてその後、景明を高く評価するようになった。
荀彧の場合はどうだろう?

しばしの沈黙の後…

「私とした事が…けだものに一本取られるなんて…」

激昂すると思っていたのだが。
荀彧の反応は、景明が想像したものとは異なっていた。

「華琳さま!この二人に与える職務、私に選ばせて頂けないでしょうか?華琳さまの覇道の助けとなるよう、この荀文若が二人の能力を寸分違わず見定めてみせます!」
「いいわ、桂花。あなたに任せましょう」

如何なる人格を持っていても、やはり後世にも伝わる知謀を有した人物だということか。
自分の感情を押し込め、自分の過を認める。
それができる人物だ。
景明もまた、この少女の判断力を見誤っていたことを知る。

「それにしても…面白い、面白いわね湊斗景明。」
「……」
「これまで私の配下にはいなかった種類の人間よ、あなた。足利茶々丸も外見や言動とはまた違った冷徹な一面を確かに感じる」
「えー、あても…?」
「二人とも何か確固とした目的があることは分かる。今回私の元へ来たのが、その目的の為だと言う事も」
「……」
「でもその目的が何であるにしろ、私は貴方達の力も使って、私の覇道を行くわ。もしその道中、貴方達が私の道と異なる道を選ぶのであれば…」

そこで曹操は言葉を切り、景明達を見る。
鋭い瞳に更なる覇気が宿る。

「それを許されたくば、この曹孟徳を凌駕してみせることね。」
「御意。」








ーーーーあとがきーーーーーーーーーー

短くてすみません…茶々丸も空気ですし。

原作ではここで449が好きになりました。
ぶっちゃけこのやりとりが書きたかっただけですw




[18480] 第一編 悪鬼来訪-4(5/9 加筆)
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:ad17056c
Date: 2010/05/09 19:08
景明と茶々丸には、城内の奥まった一室があてがわれた。
しばらくはここに滞在し、もし腰を据えるつもりがあるのなら、その時は城下に屋敷でも構えれば良い、と言われている。

与えられた部屋の広さ、調度品の質、そして夕餉の品目。
客将という立場を考慮しても、かなり厚遇されていると感じさせられる。
この待遇に見合う働きをしろ、そう言外に告げられているのだろう。

城内の案内や設備の説明を受け終え、ようやく茶々丸と景明は二人のみになる。
景明は茶々丸に目配せをする。

「…うん、周囲には誰もいないよ。この時代に盗聴器があるわけでもないだろうし」
「そうか。まぁ聞かれて困る事もそうはないが」

自分たちの話の内容を盗み聞きした者がいたとしても、理解できずに終わるだろう。
異世界から来て、そこに還る方法を探しているなどといった与太話は、普通の人間は一笑に付すことで片付ける。

「これからの方針を決める。何か還る手段で思いつくことはあるか?」
「まず一つは、あてらをこっちに送り込んだ存在に出会う事。大和の地下深くに眠っているも金神をどう覚醒させるか。あの爆弾並みのエネルギーを生み出すのはかなり難しいと思う」
「そもそもこの時代に金神は存在するのか?」
「金神自体は存在するんじゃないかな。宙から飛来したのが仏教の伝承によると650万年前、それが誇張だとしても数万年前だと言われてる。まぁあの教授へんたいが正しければ、の話だけど。」

そこまで言ってから茶々丸は目をつむる。

「ただ——この世界に来てから、あの声・・・が聞こえない。もしかしたら活動状態に入っていないのかもしれないし、そもそもこの世界には大和の列島すらない可能性だってある」

そうだ、ここは異世界なのだ。
金神どころか、大和の存在すらない可能性だってある。

「どちらにしろ確認が必要だな」
「うん。まずは大和に関する情報収集からだね。それと平行してこの世界の情報も集めないと」
「なかなか妙な世界のようだからな」
「そだね、もしかしたら元の世界に戻る手段も普通に有るかもしれないし!」

明るく言う茶々丸。
景明は無言。
しばらく二人は見つめ合った後——ため息を吐いた。

「どちらも可能性が低いな」
「うん、自分で言ってて情けねーっす」
「他に手段はないのか?」
「…あとは、もしかしたらこれが一番可能性が高いかもしれない事が一つ。」
「それは?」
「御姫があてらを探しにくるって可能性」
「––––––––––––」

それは——景明は考えもしなかったことだった。
そうだ、光の目的は父に己の存在を認められ、愛される事。
そのために世界を敵に回したのだ。
目的を達成するためならば、是が非でも自分を追ってくるだろう。

「光もこちらに来れるのか?」
「普通に考えたら難しいと思うんだけど…なにせ御姫の事だから、気合いでなんとかしちゃいそう。問題は、あの後御姫が金神から主導権を奪えているかどうかだね」
「あの後か…」

神を引きずり出しただけでは意味がない。
あの後、光は…どうなったのだろうか?

「そう考えると、とりあえず還る手段を探しながら、御姫がおにーさんを見つけやすいように派手に動いた方が良いんじゃない?」
「武功を上げろと?」
「うん、歴史が変わって曹操が中華統一しちゃうくらい!三国を統一した曹操、その勢力の中でも最も活躍した武将、湊人!って感じで」
「面倒だな。本当に意味が有るのか?」
「たぶん。まぁなにせあても異世界に飛んだのはさすがに初めてだからよく分からないけど」
「どちらにしろ今は情報が少な過ぎる。それが必要ならうまくやってやる」
「おっし!なんかあても気合い入ってきた!!三国志で活躍できるなんて興奮しちゃうよね!?」
「…別にしないが」
「…うん、おにーさんならそう言うと思った」

とほほ、とわざわざ口に出して言う茶々丸。
景明は口端をつり上げながら言う。

「まぁ、伝説の将達と競えるのは、武人の端くれとして楽しみな面も有るがな」
「うん…たとえば、あの夏侯惇とか?おにーさんなら楽勝だよね?」

茶々丸も悪戯に笑う。

「さぁな。戦ってみなければわからないが、興味はある。なにせあの有名な夏侯惇だ、さぞ堂々とした戦いをするのだろう。もちろん普段の振る舞いもな。まさか盗み聞きなぞ、下卑た真似をする人物では有るまい?」
「うわーさすがにあてはそこまで言えねー…と、いうわけだからそろそろ出てきた方が良いよ、これ以上の暴言聞きたくなければ」
「…………」

しばしの沈黙の後。
そっと扉が開き、顔を真っ赤にした春蘭が入ってきた。

「…なぜ私だとわかった!?」
「ん、なんつーか気配みたいなもんで?」

茶々丸が答えを濁す。

「それにしても、曹操の一の武将たる者が、盗み聞きとはな」
「そーだそーだ、プライバシーの侵害だ!」
「ぷらいばしー?…えーい、そんなことはどうでもいい!!お前達が怪しいから悪いんだ!!!」
「なんだその論理の飛躍は…」
「湊斗!お前私と勝負しろ!!」
「…なぜそうなる?」
「私には難しい事は分からん…が、武が嘘をつかない事だけは知っている」
「つまり死合うことで俺の人となりを測ると?」
「そうだ!!」
「…おにーさん、なんか『仕合う』の漢字が違う気がするよ…」

胸を張って仕合を求める春蘭。
景明は思わずため息を吐く。
自身の無知を認め、武に生きるその姿勢は買うが…
いささか行き過ぎではないだろうか。

「先程、荀彧に対して言った言葉をそのままもう一度言えば良いのか?」
「…ん?あぁ、さっきのやりとりは私にはさっぱりだったからついでに説明してくれると助かるぞ」
「……」
「…雷蝶以上の脳筋だわこれ…」










訓練場で春蘭が騒ぎが起こしていると連絡が入り、それがどうやら新しく招いた客将に対してだということがわかり、華琳は秋欄と桂花を伴って春蘭の元へと向かった。

そこには、大剣を構えようとする春蘭と、それに対峙する景明がいた。
茶々丸は距離をおいて二人を見ている。

「春蘭、これはどういうこと?」
「か、華琳様!…いえ、私が直々にこの者の実力を測ってみようと思いまして」
「ちょっと春蘭!あの変態と茶々丸のことは私が引き受けるってさっき言ったでしょ!」
「ん?あれはそういう内容の会話だったのか?私にはよくわからなかった」
「あれくらいわかりなさいよ!」
「うるさい!そもそも武の方はてんでダメな桂花に実力なんて測れるのか?」
「そりゃわざわざ自分で戦わなくても、戦働きを与えてみれば分かるわよ!」
「そこまで待つ必要はない。私が今測ってやると言っているのだ!」
「あーもう!!…華琳様!」

自分では説得不可能と思ったのか、桂花は華琳へ視線を向ける。
二人の言い争いを何か考えながら眺めていた彼女であったが、景明の実力はやはり気になるのだろう。
桂花の思惑とは別の言葉を口にする。

「正直、春蘭相手にどこまでやれるのか興味はあるわ。でも、湊斗?あなたはいいの?」

そこで華琳は景明に話を振る。
景明は腕を組み、仁王立ちしている。
その表情からは何も読み取れない。

「小官の考えは先程の通りです。しかし…ことさらに求められるのならば、断る理由はありません」

それに、と続ける。

「小官も、いささか興味があります。武芸に生きる者としては、強者との手合わせは何よりの馳走です。」
「…そう。なら、問題ないわね。」

曹操が認めたことで、いよいよ景明は夏侯惇と仕合う事になった。
冷静に考えてみれば、この世界の武将の実力を測る良い機会である。
大和の剣士達と比べてどの程度の実力なのか。
もちろん、装甲さえしてしまえば敗北はまずあるまいが…
そうやすやすと、切り札を場に出すつもりはない。
この世界も飛び抜けた実力を持つ夏侯惇を下す事ができれば、普段の戦は装甲せずに充分こなせるだろう。

客将になって早々と面白い事になった。
魏の猛将、夏侯惇。
その器、こちらも測らせてもらおう。








一定の距離をとり、仕合が始まる。

春蘭が選んだ武器は、己の本来の武器に近い、大きな木刀であった。
対して景明は、やや小振りの木刀である。
この時代の中華に、もちろん日本刀が存在するはずがなく、従って日本刀と同じような木刀も存在しない。
が、双手刀の使い手が存在しないわけではないため、野太刀のような形状の木刀が数少ないながら存在した。
景明はそれを選んだ。
重心が大きく違うため振り抜きにくいが、それは向こうも同じだろう。

さて。どのように勝つか。
相手がどのような剣術を使うのか想像すらできない。
だが、あの大刀を上段に構えている以上、威力を重視した戦法なのだろう。
なるほど、確かにその手段は悪くない。
こちらの細い木刀でその太刀をうければ、一合のみで折れてしまうだろう。
つまり、太刀を太刀でうけることができない、ということだ。

逆にこちらの一撃を向こうは受けることが出来る。
あの大剣に見合った力があるのならば、弾き返されてこちらの体勢が崩れると言う事もあり得る。
女子の力でそれは想像しにくいが…性別を理由に相手の実力を下に見るような愚は犯さない。

例え女子でも、飛び抜けた実力を持つ者はいる。
…自分の最も近くに、その最たる例がいたのだから。

故に、景明は選択する。
中段の構えから左足を一歩踏み出し、刀を挙げる。
——八相の構え。
防御に秀で、また相手の仕掛けによって攻撃へと変わる攻防一体の構えである。
夏侯惇がどんな攻撃を仕掛けてくるか分からない事もある。
ここは、相手に先手をとらせ、その技に対応した上で勝負を決める、「後の先」にて迎え撃つ。


景明を威圧しながら徐々に距離を詰める春蘭。

——そして、自分の太刀の間合いの直前に景明を捉えると。
一瞬の間に間合いを詰め、切り伏せた。

驚異的な一閃を、左足を引きつつ身体をひねり、躱す。
その回避の動作と同時に、刀を振り下ろす。
その軌道は大刀を振り下ろした春蘭の小手へと向かう。

卓越した剣士による、完璧なタイミングのカウンター。
回避不可能なそれを——春蘭は、大きく後ろに跳んで・・・・・・・・・躱した。


再び両者の間合いが開く。






景明は驚愕していた。
夏侯惇の異常さに。

最初の太刀の鋭さはもちろんだが、その後の回避。
己の完璧なタイミングの太刀を、目視してから・・・・・・跳躍し、躱した。
驚異的な反応速度である。

しかも、こちらはただの人間ではない。
劔冑の仕手は運動能力の増幅という恩恵を受ける。
普通の人間ではまず有り得ない動作速度のはずだ。

それを。
あの夏侯惇は。
純粋な本人の運動能力で、こちらを凌駕しているのだ。
これを異常と言わずして何と言う。







春蘭もまた、驚愕していた。

見た事のない構え、独特の間。
流れるような動きで攻防が一体化しており、そのつなぎ目が見えない。
あと少しでも反応が遅ければ、前腕を打ち据えられていただろう。
事実、完璧に躱しきる事はできず、わずかに服にかすった。
剣を振る速度こそ春蘭に劣るが、その技量はこれまで相手をしてきたどの強敵達よりも優っている。

そして何より。
春蘭には、景明の行動が全く読めないのだ。

いかに優れた戦士であっても、準備動作やクセというものがある。
眼球運動、筋肉の緊張、呼吸のズレ…
これまで春蘭は無意識のうちに、そういった情報から相手の行動を読んでいた。
それが全く通用しない。
完璧に己を律している。
…というよりも、完璧に己を消している。

まるで無我。

春蘭には、景明の姿が蜃気楼のように朧げに見える気がしていた。
普段なら猪突猛進に攻める春蘭であったが、この相手にはそれは通用しない。
力で圧倒しても、それ以上に技量で圧倒される。
強引に行けば、敗北は必至だ。






またも開いた間合い。

春蘭は、先程のようにすんなりと間合いを詰めてくることはしない。
単純な力攻めでは御し得ないと思ったのか。
じわり、じわり、と地面を足の裏で擦って近づいてくる。
姿勢も、重心も崩す事がない。
通常、歩行の速度は遅くなれば遅くなるほど制御しにくくなる。
歩法の技術もそこまで重視されていないだろうに…それを為せる。
姿勢制御の能力も、一流なのだろう。

構えは上段のままだが、先程よりもやや位置が下がっている。
威力よりも、技を繰り出す速さを重視することにしたか。
先程の斬撃よりも更に速くなるのならば、それを躱す事は至難の業となる。
ならばこちらは、さらに小さな動作で、技が繰り出される前を制する。

中段構え。
刃先を相手の喉に合わせる。

上段から刀が振り下ろされるその前に、最小の動作で喉を突く。
人体の急所である喉を突けば、いかな木刀でも死に至る。
そのためさらに刃先を下げ、胸部を狙う。
鎖骨が折れる程度は勘弁してもらおう。

景明は、春蘭と同じように擦り足で静かに間合いを詰めていく。
敵の間合い掌握を乱し、己のみ間合いを奪う。
技術に関してはこちらに分が有る。




高まっていく緊張。
否、緊張しているのは自分だけだ、と春蘭は思う。
自分と対峙する湊斗からはそんな感情は一切感じられない。
——本当にこいつは人間か。
疑いそうになるほど、湊斗の存在が薄い。

もちろん、自分も緊張を表に出したりはしない。
呼吸の乱れや余計な筋肉の収縮は敗北に直結する。

だが…それを抑えようとする意思自体は消す事は不可能なはずだ。

湊斗からは何の意思も見えない。

緊張しているのか。
余裕なのか。
集中しているのか。
攻めてこようとしているのか。
受けようとしているのか。
——そもそも、勝利を求めているのか。

ただそこにあるだけ。
そんな存在から何を読み取れというのか。

決して後手に回ってはならない。
気がついた時には、既に手遅れという窮地に立たされる可能性が高い。
故に、先手を取る。
相手が何をしてこようと躱す事の出来ない、最速の一撃を叩き込み、勝敗を決する。
幸い、武器の長さから、間合いはこちらの方が広い。
湊斗の間合いに入るまでに仕掛けられるのだ。

慎重に間合いを詰めていく。
湊斗も同じ速度で徐々に詰めてくる。

(…しまった!!)

——もう少しで間合いに入る、その瞬間に、湊斗が止まった。
そしてその直後に前進し間合いに入る。
一呼吸にも満たぬ間合いのズレ。
そこに生じる隙。
それを突かれては間違いなく負ける。

「——ええい、儘よ!」

ここに至って迷う意味はない。
最速の一撃を叩き込む!












「武器を折られては続ける事ができない。俺の負けだ」
「…何を言うか!お前の一撃は確かに私の胸を突いた、真剣ならばそこで決着がついている!」
「仮定は無意味。今回の仕合は木刀を用いてのものだったのだから、それで決着をつけることができなかった者の負けだろう」
「いや!私の負けだ!!」


どちらが勝ったかではなく、負けたかで言い争う二人。
仕合の後の余韻も台無しだわ、そう苦笑しながら華琳が声をかける。

「——二人とも、いいものを見せてもらったわ」

ここまでの勝負を、華琳は見た事がなかった。
春蘭に迫る武将との勝負は見た事があるが、それはもっと単純な力の争いであった。
ここまでの緊張感を持った勝負が、そうそうあるはずがない。

「とりあえずこの場は引き分けとしましょう」
「…華琳様がそうおっしゃるのなら…」



春蘭の斬撃が届く前に、景明の突きが放たれた。
その突きに対し春蘭は驚異的な速度で反応した。
避けきる事は出来ず衝撃が胸部に届いたが、大きな衝撃ではなく、そのため春蘭の斬撃は止まらなかった。
景明もその斬撃を避けきることが出来ず、刀で受けるしかできなかった。
そして当然、景明の刀は折れたのだった。


「…湊斗!」
「……?」
「私の真名、貴様に預ける。これから私のことは、春蘭と呼べ!」


それに驚いたのは桂花である。

「その変態に真名を許すなんて!」
「ふん、これほどの研ぎ澄まされた武を持つ者が悪い人間であるはずがないだろう!武人でない桂花には分からないだろうが。」

春蘭は、純粋に感心していたのだ、景明の技量に。
あれほどの武は、並大抵の努力で身に付く者ではない。
豊かな才能、絶えまぬ鍛錬、多くの実戦経験…
そのどれが欠けても、あれほどの境地に立つ事は出来ぬ。

が、桂花とは違う意味で、その評価を理解していない人間がいた。
景明である。

「盛り上がっている所悪いが、真名とはなんだ?」





先程の戦い方、見た事のない甲冑、そして常識の欠如。
そう言えばあの二人にあったとき、流星を追ってあの場にいったのではなかったか?
華琳はある種の確信を持って言う。

「ねぇ湊斗。あなた、天の御使いじゃない?」






ーーーあとがきーーーーーーーー

これから戦闘シーンが増えるだろう、ということで無理矢理春蘭vs景明さんに持っていき、練習がてらに書いてみました。
村正の雰囲気を出そうと頑張りましたが…撃沈です。
私は剣術に関しては完全に素人なので、突っ込みどころ満載だと思います。
どなたか詳しい方、感想板で指摘して頂けると助かります。



※すぐにご指摘を受けたので、先の後→後の先に修正しました。
 悪党◆9c63fa87様、ありがとうございました。

※5/9に加筆しました。



[18480] 第一編 悪鬼来訪-5
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:ad17056c
Date: 2010/05/14 22:22
——世が混沌に覆われし時、天よりの使者が流星とともに現れ、太平へと導く。

占い師、管路の予言は瞬く間に中華大陸全土へと広まった。
明日の生をも確信できぬ戦乱の世において、救世主願望が民衆の間で高まることは当然のことであった。
そしてその後、各地で天の御使いの噂があがった。
もちろんその多くは偽者と思われたが、中には信憑性のある噂もあった。

白く輝く服を身に纏い、各地で黄巾の賊を成敗して回る御使いの噂。
名門、袁家に降り立った、類稀なる武力を持った御使いの噂。

民衆達は、御使いを手に入れた者こそがこの天下を平定するのでは、と囁いているという。
それを皇帝やその側近の宦官達が面白く思うはずがない。
彼らも彼らで、躍起になって天の御使いを探しているという。



「あてらが天の御使い!?いや、清廉なあてはともかくこのおにーさんが天使ってこたーありえないでしょ。どちらかというと悪魔だよ、悪魔。いや鬼、悪鬼だねー。性豪悪鬼」
「最後のは何なんだ」

自身が天使という存在からかけ離れたものだとは理解している。
光のためならば世界のすべてを敵に回す。
殺し尽くせと言うなら殺し尽くす。
そんな存在が天使だとは、どんな皮肉か。

「…それにしても、予言などという眉唾ものを随分と信じるのだな」

そう、それが疑問だ。
いくら未開の文明とはいえ、予言や占いといった物を、民衆だけでなく皇帝をはじめとした指導者も信じている…
景明の常識から考えて、ありえないことのように思えた。

「力のある占い師の予言であれば、かなり信頼できるのよ。事実、占いを元に行動の指針を決める権力者はかなり多いもの」

そしてそれは私も例外ではない、と曹操は続ける。

「ただ…占いは完全ではないし、運命が定まっていると言うわけではないわ。予言が覆えされたり、占い師が驚愕するような事象が起きたりするもの。とはいえ、やはり能動的に動かなければ大抵は占いの通りの結果になるのだから、流れを読む参考にはなるわ」
「…へぇ〜。おにーさん、どうやらあてらの常識は参考にならないみたいだね」
「あぁ。」

占い師と言う人間は特殊な力を持った人間なのだろうか。
真打が持つ陰義のように。
事実はどうかは分からないが興味はある。
自分たちがこの地に来る事を予言できたほどの者であれば、帰還できるかどうかも知っていよう。

「その占い師というものに会ってみたいものだな。」
「管路は難しいけれども…許邵になら会わせられるわ」
「それも占い師なのか?」
「占い師と言うよりも、人物批評家ね。ただ、人物のその先を言い当てる力はかなりのものよ。」
「会えるよう取りはからって欲しいのだが。」

断られれば出奔する。

「えぇ。そのうちに会わせるわ。その代わり、貴方達には今後天の御使いとして行動してもらうわ」

断られはしなかったが、面倒なことを押し付けられそうである。

「…具体的には何をしたら良い?」
「別に特には求めない。あなたを天の御使いとして、その存在自体を利用させてもらう。具体的なことはこれから桂花と相談して決めるわ」

そこで茶々丸が口を挟む。

「あてらとしては、あまり行動が制限されても困るんだけど」
「——えぇ。可能な限り、貴方達には自由を保障するわ。」
「そう。じゃ、あては出奔しまーす!」
「「「はぁ!?」」」

その場にいたもの達が声を挙げる。
景明も茶々丸の意図が掴めず、頭の中で茶々丸に問いかける。
感覚共有の陰義を持つ茶々丸が相手ならば、容易に行えることだ。

(どういうつもりだ?)
(うん、ちょっとあまり立場が固定されちゃうと後々動きにくくなりそうだから、今のうちに用事を済ませておこうと思って)
(用事?)
(うん。この世界に大和があるかどうか。金神がいるかどうか。ちょっと確認してくる。)
(…わかった。だがそういうことは事前に言え)
(ごめんなさーい)

「ちょっとの期間だけ、あて行きたい所があるんだ。おにーさんはココに残るし、あても用事が済んだら戻ってくるから」
「…わかったわ。まぁ湊斗がいれば天の御使いとしての役割は果たせるでしょうし、ね。ただ残念ね…」
「ん?」
「いえ、今晩にでも、可愛がってあげようと思っていたのに」

固まる茶々丸。

「ど…どういうこと?」
「あら。あなたは嫌?私は気に入った者であれば、男だろうが女だろうが区別しないもの」
「い、いやいやいや!あてはおちんちんとかちゃんと好きだ!そんな特殊な嗜好は持っていないって!!」
「あら残念ね。湊斗がいるからかしら?」

そう言って華琳は景明に目を向ける。
景明の口端が吊り上がっている。
この状況を面白がっているようだ。
茶々丸は助けを求めるように景明を見る。

「そう、あてはおにーさんのものだから!そうだよね、おにーさん?」
「別に俺は構わないが」
「ぎゃー、全然助けにならねー!!」









——そして一方…







「おーほっほっほっほ!素晴らしい、素晴らしいですわ!!」
「そうでしょう。麿は最強の武人ですもの」
「それに強いだけでなく華麗で美しい、というのが何より素晴らしいですわ!」
「…あら。あなた、美しいものを見分ける目は持っているようね。」
「美しいものは美しいものを知る。当然でしょう?」
「そうね。おーほっほっほっほ!」
「おーほっほっほっほ!」

(厄介なのが二人に増えた…頭が痛い…)





——遠く隔てた地にも、天の御使いは降り立っている。
曹操、袁紹、さらに劉備。
3人の英雄の元に降り立った天よりの使者は、この中華大陸の地に何をもたらすか。







––これは、英雄の物語ではない。

英雄を志す者は無用である








ーーーあとがきーーーーーーーーー
今回短くてすみません。
とりあえずここまでで導入部終了。


これからプロット書いてみて、いけそうなら今後も続けます。
その際にはこれまで投稿した分も改訂すると思います。
チラ裏からもうつるかもしれません。

でもこれくらいの僅かな文章量書くだけでもかなり苦労したので、難しいかも。
続ける確率は30%くらいです。



[18480] 第二編 歳在甲子-1
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:ad17056c
Date: 2010/05/19 15:01
「ま…待ってくれ!!あんたそれでも人間かよ!?」
「ならば首謀者、張角のことを話せ。」
「そ…それは……ぎゃあぁぁぁぁ!!!」


景明が魏陣営に参加したのとほぼ同時期に増え始めた謎の暴徒達。
何の予兆もなく暴れ、その度に春蘭や景明たちによって鎮圧されていく。
彼らの共通点は、各々が黄色い布を身につけているという、一点のみ。
桂花が調べたところによると、ここ陳留だけでなく、大陸各地の諸候達も同じように暴徒達に手を焼いているという。

——黄巾党の乱。

思わず呟いた景明に、それも天の知識かと華琳が問う。
肯定しながらも、深い知識はないと続ける景明。
分かるのは首謀者が張角という名前であるくらいだ。
古代中華の歴史など概略的な知識しかない。
深い知識を持つのは歴史家くらいではないか。
意外に博識な茶々丸であればもう少し踏み込んだ知識があるかもしれないが…
今はここにはいない。

黄巾党の目的は、以前として不明である。
目的も、さらには首魁の正体も不明。
情報の足りぬ相手に対して行うもの。
それは古今東西において決まっている。

捕虜への、拷問である。




景明は血糊のついた刀をそのままに、男を見下ろす。
足下では、捕虜の男が半ばで断たれた腕を抑え、絶叫をあげながらのたうち回っている。

客将である景明がわざわざ直接拷問を行っている理由。
それは、ここでの"尋問"が生温かったからであった。
もちろん、景明も当初は尋問に口を出すつもりはなかった。
だが、拷問とも呼べぬ優しいそれを目の当たりにするにつれ、苛つきを感じ始め、果てに「捕虜達が何も喋らぬ」と報告を上げようとしたところで堪忍袋の緒が切れたのだった。
そもそも、この時代は現代に比べ、人権など全く考慮されていなかったはずで、古代中華と言えば残虐な拷問方法などいくらでもあったはずだ。
それが、どうやらこの世界では違うらしい。
ずいぶんと優しい世界だ。
まるで誰かの夢が、そのまま形になったかのような。



「痛ぇ、いてぇよ!!俺の…俺の腕が!!!!」
「さて、喋る気になったか?」
「こんな仕打ちを受けて誰が!!……!?」

最初に指を一本ずつ切り落とし、そして腕を断ち切った。
こうまで痛めつけても、男は喋らない。
統制のとれていない蜂起の割に、随分と忠誠心が高い。
だが、これならどうか。

一閃。
男の首がずれ落ち、乾いた音を立てて床を転がる。
一泊遅れて吹き出る血。
その飛び散った赤は景明の顔をも汚すが、それを拭う事もせずに景明は続けた。
さながら悪鬼のように笑いながら。

「情報を得られぬ捕虜など、食わす分だけ無駄なことだ。さて、次は誰の番だ?」


目前に迫った死を前に、折れぬ者などそう多くはない。





















「首謀者の張角は、旅芸人だそうだ」
「…桂花、それは確かなの?」
「はい。"尋問"の結果から得られた情報を受け、黄巾の蜂起があった陳留周辺のいくつかの村にも調査の兵を向かわせましたが…大半の村で三人組の旅芸人の目撃例がありました。」

桂花の報告に李衣が続く。

「ボクが見た張角という旅芸人さんも、女の子三人組の一人でした。」

これでほぼ確定か。
首謀者が旅芸人とは。
身分を偽るにしても、もう少しやり方があるのではないだろうか?

「…その旅芸人の張角という娘が、黄巾党の首魁の張角と言う事で、間違いはなさそうね」
「彼女の目的は何なのでしょうか?」
「そうね、正体が分かっただけでも前進ではあるけれど…。可能ならば、張角の目的が知りたいわね」
「そうだな。さすがに本人はただ歌っているだけで、まわりが暴走しているだけ、ということはないだろうからな」

それが真実だとは、この場の誰にも予想できない。

「まぁどのみち叩き潰す事に変わりはないわ。都から軍令も届いた事だし」

そう、これまでの討伐は華琳自身が出る事もなく、部隊も中規模なものが精々であった。
力は落としていても朝廷は朝廷。
建前が必要だと言う事だろう。
どこぞの朝廷と似たような状況だ。

何はともあれ、これで華琳自身が大群を率いることが可能になったわけだ。

「春蘭、兵の準備は終わった?」
「いえ、最後の物資搬入が明朝になります。」
「そう。ならそれまで兵は休めておいて」
「はっ」

次々と指示を出す華琳。
そして最後に、景明へと告げる。

「湊斗景明。あなたは私の本隊で、副将をつとめてもらうわ」
「御意」

しかし、それに口を挟む者がいた。
桂花である。

「華琳様!そんな悪辣な男を戦時に華琳様のお傍に置くなど!!」
「——桂花。戦時に人を好き嫌いで判断する無能を軍師としているわけではないわよ。」
「いえ、好き嫌いでは!確かにこの男のことは嫌いですが、使える者であることは承知しております。しかし、あの捕虜への扱いを見れば、この者が正道を歩む者でないことは一目瞭然!こんな男を側に置けば、華琳様の輝かしい覇道に傷がつきます!!」

景明も、そこまで言われれば皮肉の一つでも返したくなる。

「軍師殿。私の"尋問"の結果、張角の正体が判明し、こちらから攻める事ができるようになりました。もしそうでなければ、攻めの時期を逸し、乱を悪戯に長引かせる事になることになっていたでしょう。その結果、何の罪もない民の財や命がさらに失われることになります。あなたにとって、賊の命と民の命、どちらが重要なものなのですか?」
「ぐっ…」

言い返せない桂花。
正論だと思っているのだろう。
その様子に心のうちで笑う。

景明は本心からの言葉を言っているわけではない。
民が死のうが生きようが、賊がどうしようが全くどうでもいい、というのが景明の本心だ。
光意外の事象、しかも異世界の人間の事など心の底からどうでもよい。
曹操へ食と宿の分の義理を果たす程度で良い、と思っていたのだ。
先日までは。







それは、曹操達と共に城下に出た時だった。
ある占い師が景明をみて、こう言ったのだ。

「流れに身を任せよ。そうでなければ身の破滅」と。

曹操を一目見ただけで乱世の奸雄と評したことから、この占い師の腕は確かなのだろう。
不可思議な事象が多いこの世界において、予言や占いはバカにできない。
詳しいことを追求する景明に、その占い師はこう答えたのだ。

「この世界から消えたくなくば、大局を変えるな」

その言を景明はこう解釈した。

「この世界から脱出したければ、歴史を変えろ」

確か、この三国志の時代は魏・呉・蜀のいずれもが統一を成し遂げられなかったはずだ。
ならば、景明がそれに大幅に介入し、曹操に中華統一を成し遂げさせれば…この妙な世界から抜け出せるのではないか?

そもそもこの世界が自分のいた世界の過去であるかどうかは分からないが、一つの今後の指針にはなる。
未来にいる光が、
「曹操は腹心、湊斗景明の力をかりて天下統一を成し遂げた」
などという伝承を聞けば、この時代に景明が存在する事を知る事も出来る。
いずれにせよ、今は行動の選択肢がそうないのだから、しばらくは様子を見ながら曹操の覇道の手助けをしていれば良いだろう。



そしてその日から、景明はこれまでより若干積極的に曹操の手助けをするようになったのだった。





「桂花。私は、この世界を太平へと導く。どんな手段を使ってでも、使えるものは全て使って成し遂げる覚悟が有るわ。」
「ですが…」
「覇王へと至る為には、清濁併せ呑む度量が必要、そうは思わない?桂花」
「…はい…」

そこで、ここまで黙っていた春蘭が口を挟む。

「もういいだろう、桂花。華琳様の決めた事に口を挟むな」
「!?…そもそもなんであなたが冷静なのよ!この手の事はあんたも嫌いなことでしょうが!」
「まぁ確かに拷問というのは清らかな行いではないが。それが華琳様のためとなるのならば、何も問題はない」
「う…でも…」
「それに言っただろう、私は剣を合わせた者ならその人となりはある程度わかる。あれほどの技量は、純粋に自分を研鑽できるものでないと至れない。剣にそこまで打ち込める人間が、ただ悪辣なだけであるものか」


魏の陣営での景明の評判は悪い。
突然現れた将がいきなり主君の側近となっているのだ。
妬みの混じった視線が集るのは仕方のない事だろう。
桂花も似たようなものではあるが、見た目が幼い少女のものであるということからその視線を和らげていた。
対して、景明はただでさえ男である上、暗い、何を考えているのか分からない、と評される表情から、余計に反感を買っていた。
あの秋蘭などは、普段の言動からは伺わせないが、景明の事をかなり警戒している。
背後から弓で狙撃されないか…などという余計な心配をしなければならないほどに。
景明の部隊の直接部下についた者達の中で悪く言う者は、意外なことにほとんど存在しなかったのだが。

その部下達と、主君である華琳を除いて、景明に負の感情を頂いていないのは、この春蘭くらいであった。



「私も軍師です。清い事だけでは勝てないことは理解しています。ですが、もし今回の拷問が他に漏れれば、華琳様の名声に傷がつきます。」
「その点は安心して良い。今回、あの"尋問"の場にいた捕虜は全て処分した。」
「なっ…」

徹底している。
悪魔じみた徹底さだ。
これでは何も言い返すことはできない。

「桂花。私は覇道を歩むわ。例えその道が、おびただしい血に濡れたものであっても、ね。その先に太平の世があるのならば」

——天下布武を成す。
どこか光に似た少女の、光に似た目的。
その道を助ける事が、景明には光に対する贖罪のように感じられていた。








ーーーあとがきーーーーーー

更新再開。
改訂は後回しにしてとりあえず終わりまで書こうかと。
プロットは作りましたが、実際に執筆に使っている時間は短いので文章の完成度はかなり低いです。
一通り書き終わったらじっくり改訂してその他板に上げます。
もう少しまともな文章を読みたい方はその時まで待って頂けるとうれしいですm(__)m



[18480] 第二編 歳在甲子-2
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:ad17056c
Date: 2010/05/20 21:29
首魁の張角が旅芸人ということもあってか、黄巾の蜂起には統一性がない。
場所も点々としている上、そのタイミングも規則性がない。
ゆえに、本拠地と思われる場所も不明。

その状態では大軍を編成したところで攻め入る事は出来ないが、尋問の結果一つの重要な情報を得た。
即ち、物資の集積場である。
黄巾党は、略奪したものを一カ所に集め、その後全体に行き渡るよう配る、という手順を踏んでいた。
その集積場でさえ固定されたものではなく、しばらく経つとまた別の拠点へと移すということである。

その徹底した管理体制は、統制のとれていない蜂起から考えると奇怪に映る。
——つまり。
首謀者がいる場所は、その集積場以外に考えにくい。

そう判断した華琳の指示を受けた桂花が、最近の蜂起が起きた場所のほぼ中間地点となる砦に黄巾の大隊が駐留していることを突き止めた。
ただし、黄巾は拠点を変える直前らしく、移動の準備を行っているということだった。
それを聞いた華琳の決断はまさに稲妻の如し。
直ちに軍を編成した華琳は、秋蘭と李衣を先遣隊に指名し、出発させた。
まずは少数の兵をもって砦に到達し、敵をそこに縛り付ける必要があった。
必要以上の戦闘は控え、牽制に留めるよう指示を出す。

相手も砦という優位性を手放し、野戦を選択するということはまずないだろう。
物資を守る必要もある。
相手は必然的に篭城せざるを得ない。
強固な砦というわけではないが、篭城する相手に勝利を収める為には時間がかかる。
ならば、先遣隊はあくまで牽制に留め、本隊の到着をもって圧倒的な戦力差で攻める。
幸い、すでに出兵の準備は整っている。
出発は秋蘭たちとほぼ同時に行うことが出来る。

それほど到着に時間がかかる事はないだろう。
後は、首謀者が逃げ出さないよう手を打っておくのみ。

万全の準備を整え、戦へと望む。
華琳の目は、勝利のみを映していた。




















「お三方!…曹操の軍がこの砦に向かっています!」
「…数はどれくらいなの?」
「迫っている軍は少数ですが、その後方から曹操自身が率いる本隊が…こちらは万を超える軍勢とのこと!」
「そう。とりあえず下がりなさい」
「はっ!」

そして報告を上げた男が退出する。
まず声を上げたのは最も背の高い少女であった。

「れ、れんほーちゃん!なんでこんなことに!!」
「私達の活動が朝廷に目を付けられたらしくてね。大陸中に黄巾党の討伐命令が回っているのよ」
「…はぁ?わたし達、何もしてないわよ!」
「周りの連中がね…」

——天和、地和、人和。
またの名を、張角、張宝、張梁。
黄巾党の首魁とされる彼女達は、その知らせを受け大いに焦っていた。
精強で有名な曹操の軍が相手では、数は多けれど、烏合の衆である黄巾党に勝ち目は少ない。

そもそも、彼女達はただ歌いたいだけだった。
それがなぜこんなことに…
姉さんのせいだ!ちーちゃんのせいだ!…と責任のなすりつけ合いを行うが、それで事態が改善されるわけもなく。
3人の中で最も冷静な人和が提案する。

「私達ではどうしようもないわ…"ご主人様"に御伺いしましょう」
「うん、そうだね!」
「ご主人様なら絶対なんとかしてくれるよー!」

——ご主人様。
売れない旅芸人に過ぎなかった自分たちを、ここまで導いてくれた人。
彼の言う事を聞くと、全てがうまくいった。
容姿は冴えない。
身長も低いし、武力もない。
背中に大きな切り傷があって、伽を行う時も少し引く。
でも、あの人の言う事は素晴らしい結果をもたらす。
これまで失敗したことなんて一度もなかった。
これまでがそうなのだから、今回の危機もご主人様ならきっと何とかしてくれるはず。

そして3人は、"ご主人様"の元へと向かう。




















「秋蘭、状況は?」
「はっ。敵は砦にて篭城しております。散発的な戦闘は起こっていますが、双方共にほとんど被害は出ておりません。」
「わかったわ。秋蘭、あなたは左翼、李衣は右翼に回って。春蘭が先鋒を務めるからその補助を。門を突破した後はあなたたちも攻城に回って!」
「はっ!」
「わかりました!」
「湊斗、あなたは私とともに春蘭に続いて。あなたの剣舞、存分に見せなさい」
「御意。」

(剣舞。そう評されるような剣技を身につけた覚えはないが…)

ただ殺す為の剣。
己の剣はあくまでそれに過ぎぬ。
だが、戦場で求められる剣とは、まさにそれだ。
銃火器が発達していないこの時代、技量が高ければまさに一騎当千の役割を果たせるだろう。
弓矢にだけ注意を払えば良い。
その弓矢とて、この鎧を貫く強度があるとは思えぬ故、首より上に向かってくるものに注意を払えば良い。
劔冑の仕手として、強化された能力であればそれも容易い。

(この戦場で、装甲せずにどれだけの働きができるか。それを測る)

装甲さえすれば、対空の概念のないこの時代、制空権を完全に掌握し無双の働きができるであろう。
が、今は茶々丸もいない上…この程度の相手に使うほど易々と切り札は切ったりしない。
それにいくら無双とはいえ、これだけの人数を相手にするのであれば熱量不足に陥る危険もある。
ある程度は生身で戦い、いざという機会で装甲すべきだろう。
後々必要になってくるそのタイミングを見極める為にも、今回の戦で生身でどこまでやれるかを把握しておく必要がある。

——いずれにしろ、戦場で行う事はただ一つ。
獅子には肉を、狗には骨を。

「敵兵には、死を。」







春蘭は思う。
この男には感情がないのか、と。
もちろん、戦場にて今更恐怖を覚えるようなことは春蘭にもない。
兵達は別としても、将ともなれば大多数の者はそんな感情とは無縁だ。
だが、高揚は抑えられない。
命のやり取りをする興奮。
武功を立てるという名誉欲。
そういった感情が昂る事で、恐怖心を麻痺させる。

だが、湊斗景明。
この男は違う。

まるで作業をするかの如く。
そう、この男は淡々と事務作業を進めるかのように、刀を振るう。
そして多くの死を生み出す。

その技量は春蘭をしても目を見張るほどの卓越したものだ。
だが、この男の強さはそれが本質ではない。
一切の感情に動かされる事なく、ただ自分の技量を振るう。
その無我の境地こそが、この強さの根源なのだと、直接対峙した春蘭は知っている。

あれだけ淡々と殺される兵士はたまらない。
事実、景明が近づくと敵兵は逃げ出そうとする。
殺している人数こそは景明よりも春蘭が上回るだろう。
だが、春蘭が対峙する敵は及び腰にはなるものの向かってくる。
得体の知れない恐怖が、戦意を喪失させるのだろうか。

——そして、景明の戦いを視界に入れる事で、その技術をわずかでも吸収しようとした春蘭だからこそ気付いた。
景明は、前方の敵と戦いながら、後方にも注意を払っている。
それはどういうことか。
後方から、自陣から矢でも飛んでくるという事か。
つまりは。
湊斗景明は、自軍を、曹操を、桂花を、秋蘭を、春蘭を。
全く信用していないという事に他ならない。








天秤は、明らかに曹操側に傾いていた。
門を突破した後は、さらに加速する。
雪崩のように突撃する曹操軍に対し、黄巾党は一気に崩れていった。
元々が烏合の衆、自軍の負けが見え始めた頃には脱走する兵も相次いだ。

曹操軍は完膚なきまでに黄巾党を叩き潰し。
首謀者である張角を捕らえたのだった。









ーーーあとがきーーーーーーー

戦を書くのは難しいです。
景明の戦いの描写は次に回します。
早めの更新ですがその分質は落ちてるかもしれません。
誤字などありましたらご指摘御願いします。



[18480] 第二編 歳在甲子-3
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:ad17056c
Date: 2010/05/23 00:17
槍が眼前に迫る。
だがその速度は凡庸なものに過ぎず、脅威にはなり得ない。
充分に余裕をもって躱し、懐に入る。
槍と刀では有効範囲に大きな差が存在するが、それはこうして一歩踏み込むことで解消する。
いや、差をなくすどころか、こちらが絶対的な優位に立てる。
槍が"斬る"武器ではなく"突く"武器である以上、距離を殺せばほぼ無力化できるのだから。
一歩踏み込んだ勢いそのままに、敵兵の喉笛を斬る。
血飛沫をあげながら倒れ込む敵兵を盾に、次の標的へと向かう。

(——余計な警戒、だったか?)

敵兵を次々と斬りながら景明は思う。
そう、景明はこの世界の兵士の力量をかなり高く見積もっていたのだ。
理由は、剣を合わせた春蘭の力である。
並外れた運動能力、反応速度を彼女が見せた為に、この世界の人間は総じて能力が高いのではないかと予想していたのだ。
いかに名のある武将とはいえ、女子の身で景明に拮抗する能力を見せる、というのは異常なことである。
無論、これまでにも景明に迫る、もしくは上回る女子もいた。
光を筆頭に、統、瑞陽、茶々丸…
劔冑と人間のハーフである茶々丸は例外としても、彼女達は女子の身でありながら景明に優るとも劣らなかった者達だ。
だが、彼女達は景明に対して、技量や速さで対抗していたのだ。
力ではいくら彼女達でも景明に回る事はできない。
そこには男女の絶対差が確かに存在した。

だが春蘭、彼女は違った。
彼女は、力の面でも景明を上回っていたのだから。
そんな信じがたい事実を前に、ならばこの世界の男の能力はどれだけ自分と差があるのか…という懸念があったのだ。

それも、どうやら杞憂で済んだようである。
この兵達の中に、春蘭を超える能力の持ち主はいない。
それどころか、景明の動きに追随して来れる水準の兵さえいない。
己の剣峰がまた一人敵兵の命を刈り取ったとき、ようやく景明はそれを確信するに至ったのだった。

兵達に指示を出しながら、攻勢を強めていく。
そして、春蘭の隊が首魁・張角を確保したことでこの戦の幕は閉じたのだった。





















「この度の戦働き、ご苦労だったわ」
「「「有り難きお言葉!!」」」


華琳が景明達に言う。
春蘭、秋蘭、桂花はその言葉の前にすぐに頭を下げる。
李衣は照れながら笑っている。
「えへへ…」
と嬉しそうに笑いながら、その表情はどこか誇らしげだ。
そんな中、無表情で佇む存在に華琳は視線を移す。
湊斗景明である。

「湊斗も、期待通りの働きね。今後も頼りにさせてもらうわ」
「ありがとうございます」

そう、この戦で湊斗を近くに置いたのは、彼の実力を見る為だった。
その結果は上々。
斬った敵兵の数は春蘭に及ばずとも、かなりの活躍だった。
彼の本来の土俵は多対一ではなく、一対一でのものなのだろう。
春蘭に戦果が一歩及ばなかったのは、先鋒とそうでない者の差以外に、そういった理由もありそうだった。
だが各局面での安定さは春蘭を上回る。
期待する結果を寸分違わずに出す、計算に入れやすい戦力である。

そして今回、普段景明に預けている兵も華琳の隊に入れた事で分かった事もある。
それはその兵達の練度の高さ。
景明の指示を受けながら本当によく動く。
確かに、なかなか濃い密度の訓練を行っているという報告は受けていたが。
人望が集りにくそうな性格ながら、集団を統率することにも秀でているようだ。
部隊指揮の面でもかなり期待できるだろう。

得難い人材である事に間違いはない。
あとは…衝突せずに、使い続けられるかどうか。
こちらを信頼していないのは目に見えて分かる。
辛うじて心を開いているように見えるのは春蘭に対してくらいか。
それも、秋蘭や桂花に比べるとマシ、程度ではあるが。
彼の目的に私達が邪魔だと思えば、出奔をためらうことはないだろう。
いや、出奔される程度であればまだ良い。
最悪、あの剣戟にこちらがさらされる可能性すらある。

それは避けなければならない。
かといって、あの性格からして容易く自分たちに信頼を寄せるようになるとは思えない。
当面は彼の目的を探り、利害の調整をしていくことを考えた方が良いだろう。

とりあえず今は、目先の事を処理しなければ。



「さて、首魁をとらえたとはいえ、まだ賊の大部分は野に放たれているままだわ。その処遇を決めましょう」

その言を受け、華琳が答える。

「華琳様、投降を促す布告を張角に出させてはいかがでしょうか」
「そうね。旅芸人だけあって人望はかなりのもの、ということ。張角の言に従う者は多いかもしれないわね」
「はい。またもし従わなくても、指導者のいない賊など脅威になり得ません。もう一、二戦して大きな勝利を治め、改めて投降を促せば諦めもつくでしょう」
「えぇ。とりあえずまずは、張角と話をしてみるわ。黄巾党の目的や張角に代わる指導者の存在を聞き出して、具体的な対応を決めましょう。」

いくら烏合の衆といえど、賊全てを相手にしていてはキリがない。
今回は首魁の張角を生きたまま捕らえる事に成功している。
ならば張角の存在を最大限活かす方法をとるべきだろう。
投降した賊の処遇については、朝廷との兼ね合いも有るが…優秀な者は兵として召し抱えても良い。
そうと決まれば、早速行動だ。
まだ完全に鎮圧できていない以上、こうしている間にまた蜂起が起こる可能性がある。

「それでは今から私が直接張角に会うわ。桂花はついてきなさい。春蘭、秋蘭、李衣は兵を休ませておいて。まだ蜂起の可能性は残っているから、何か有ればすぐに報告させる事。」
「「「はっ…」」」
「そして湊斗。あなたは私達についてきなさい。」

その言の意味に、皆は思い当たる。
…いざとなれば、そういった"尋問"も辞さないという事か、と。





















「だからぁ〜私はただ歌ってただけなんです。それなのに周りが暴走しちゃって…」
「さっきからそればかりね、あなたは。そんな言い草が通用すると思って?」

黄巾党の首魁、張角。
彼女と会話続けるうちに、華琳は頭を抱えたくなってきた。
何を聞いても、私にはよく分からないと答える。
その割に、どうやって部隊を指揮していたか、蜂起の計画を立てていたのは誰だ、という具体的な話に及ぶと全て自分がやったことだと言う。
全く掴めない。
誰かを庇立てしているのかと思い、他の旅芸人二人のことを聞くと、自分の妹達だという。

会話を全てそのまま受け止めれば、この張角はとても大勢力を率いる事のできる器の人間ではない。
仮にこちらを謀っているとして、その意味がよくわからない。
妹達を庇うだけであれば素直に従った方が良いものを。
矛盾だらけで整理できない。

だが、捕虜達はこの張角が間違いなく首魁の張角であると認めている。
やはり謀られているのか。

「…張角。この曹孟徳はあなたのその言をそのまま受け入れるような阿呆ではないわ。」
「本当の事なんですよ〜」
「ならばどんな仕打ちを受けてもその言は変わらないはずね。…湊斗!」








張角が本当のことを喋りたくなるようにせよ。
手段は問わないが、後々利用するため五体満足にしておくこと。

それが景明が与えられた指示だった。
こちらを拷問の専門家だとでも思っているのだろうか?
まぁ、できる限りのことはやってみせようか。

景明は張角の前に出るとその身体の側面を蹴りつけた。

「きゃあ!!!」

倒れ込む張角。
かなり加減したものであったのに、である。
全く鍛えていない人間だという事が分かる。

続いて倒れ込む張角の髪をわしづかみにし、顔を上げさせる。

「い…痛…な、なにするんですか…!?」
「さて。どうするかは今後のあなたの態度によって決まりますよ、張角殿。本当のことを喋ってください。」
「私は嘘を言ってなんか…きゃっ!!」

頬を張る。
その後も、傷にならない程度の暴行を加えるが、張角は言を変えない。
意外と手間がかかるが、それも仕方のないことだ。
この程度の身体の痛みで口を割る者もそうはいない。

堪え難い苦痛、死への恐怖。

そういったものがなければ人間の意思の砕く事はできないのだから。
しかし、身体へ損傷を与える事は禁止されている。
ならば別の方法をとるしかあるまい。

兵に捕虜を5人ほど連れてくるよう指示を出す。
そしてその捕虜に拷問をかける。

「ぎゃあぁぁぁ!!ちょ…張角様…助けて…」

そう、張角本人を傷つけられないのならば、それ以外の人間を見せしめにすれば良い。

「やめてあげて!!どうしてこんなに酷い事を…」
「張角殿。あなたが本当の事を話せば彼らをこのような目に遭わせる必要もないんですが」
「だから私は嘘なんかついてないって言ってるじゃない!!」

この期に及んでこの言い草。
そこまで意思の強い人間には見えないのだが、このままでは埒があかぬ。
景明は華琳に視線を移す。

「張角は、身体さえ無事であればそれでいい、という事でありましたね?」
「えぇ。」
「…ならば、荀彧。お前は外に出ろ」
「なんでよ!?」
「…いいのか?これからお前の過去の記憶を抉るような事が行われるが」
「…どういうこと?」
「身体的な損傷が与えられないのであれば、その精神に打撃を与える。そうまで言えば何が行われるか見当はつくだろう?」
「!!」

これから行われる事、それはたしかに桂花にも見当がつく。
そしてそれを想像したとき、桂花の身体は固まる。
心的外傷、と呼ばれるそれは容易に克服できるものではないのだ。

「桂花、無理する事はないわ、外しなさい」
「…はい、申し訳、ございません、華琳様。」

ゆっくりと退出していく桂花。
景明にだけ聞こえる声で、去り際に一言を残す。

「…最低ね、変態」

その罵倒にも力がなかった事から、桂花に余裕がない事が知れた。
だから、景明も敢えて何も答えなかった。

そのまま退出していく桂花。




そして景明は兵に指示を出す。


「——張角を犯せ」









ーーーあとがきーーーーーーー

なんか内容が最低過ぎるw
すみません…
まぁレ○プは村正のデフォですからこれくらいは許して下さいw



[18480] 第二編 歳在甲子-4 ※15禁相当
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:ad17056c
Date: 2010/05/24 20:55
命令を受けた兵士も。
陵辱の運命を告げられた張角も。
景明の言を受け固まる。

初めに正気を取り戻したのは、捕虜達だった。

「てめぇ!!張角様に何するつもりだ!!!」
「ふざけんな!ただじゃおかねぇぞ!!」

五体満足な人間はいないというのに。
自らの身体から流れ出る血潮すらその瞬間は忘れ、怒号を飛ばす。

「拘束された負け犬ども。吠える以外に何が出来る」

それは本人達も理解しているだろう。
つまりこれは懇願なのだ。
己の命すらかけての哀願。
それほどまでに、この張角への忠誠心が高いのだろう。

——いや、違う。

張角が汚されるのが許せないのではない。
こいつらの視線には明らかに羨望が混じっているのだから。

「黙っていろ。後でお前達も参加させてやる。」

つまりはそれで黙る。
簡単な事だ。

「ちょ…ちょっと待ってよ!それだけは許して!!」

張角は必死に声を挙げる。

「なんでも話すって言ってるじゃない!全部本当の事を言ってるんだよ!!信じて!!!」
「それで信じれるのならばこんな手間はかけていませんよ。あなたが演技をしているか、もしくは首謀者が他にいるか。今我々が見ているあなたでは、あの集団を統率する事は出来ないのですから」
「だから全部私がやったことって言ってるじゃない…。」

そこで華琳が口を挟む。

「では張角。どのようにしてあの集団を編成したの?」
「私達が歌っていたら勝手にファンが集って…」
「あなた、そして黄巾党の目的は?」
「私はただ皆に私の歌を聴いてもらいたかっただけ!」
「では張角。蜂起の指揮は誰が行っていたの?物資を集める指示は?行動を取り仕切っていた指導者は誰?」
「それは…私が…」
「ただ歌いたいだけのあなたが何故そのような事を?」
「…………」

そう。
その点が矛盾をしているのだ。
真の目的を隠しているのか、張角を利用する他の首謀者の存在が有るのか。
いずれにしろ、この張角は全てを語ってはいないのだ。
嘘をついているようには見えないのが気にかかるところではあるが。
それだけ卓越した演技能力があるという事か。
旅芸人ということもあり、その可能性は高い。
ならば。

「…湊斗の命令通り、この女を犯しなさい。」

華琳自身が兵に改めて指示する。
その言に張角は瞬間的に反応する。

「お願いやめて!!ねぇ、私"まだ"なの。初めては愛しい人と、と決めてるの!!あなたも女なら、それがどういうことかわかるでしょう!」
「えぇ。死をも上回る屈辱ね。けれども、あなたはその屈辱を受けてでも口を割らないと決めているのでしょう?」
「違う!!本当の事言ってるって言ってるじゃない!!なんで信じてくれないのぉ…」

泣き出す張角。
これが演技なら大したものだ。
だがもしそれが本心であれば…
華琳の心中に小さな迷いが生じる。

これから行うことはまさに鬼畜の所業。
だが、それも覇道のため。
もし湊斗が自らの欲望の為に張角を犯すのであれば許しはしないだろう。
だが、この男はきわめて冷静に、効果的な手段を選んでいるのに過ぎない。
自分の手で張角を犯すのではなく、この場にいる兵の中でも最も容姿が劣っている者に声をかけたのもそれが理由だろう。

湊斗が迷いなく手を打っていこうとしているのだ。
自らも感情に左右されて口を出す事はしてはならない。

これで張角が口を割ればそれで良し。
もしそれでも割らなければ…自らの手で、殺す。
地獄のような仕打ちを受けながら屈しない相手に、生き恥を与えるような真似を華琳はしたくなかった。
例え張角を利用する事ができなくなり、黄巾の制圧に時間がかかる事になるとしても。
これはある意味勝負なのだ。
これで口を割らなければ、張角の勝ち。
己の敗北を認め、彼女の尊厳を守ってやろうではないか。

だが、事態は華琳の思わぬ方向に転がる事になる。







「どうした、早くやれ」

命令された兵士は、戸惑いながら張角に近づく。
張角は半狂乱で、見るからに痛々しい。
またこの場には華琳という陶酔する自らの主君もいれば、尊敬する直接の上官である景明もいる。
こんな状況で事が成せるかどうか不安であった彼。
だが、張角に触れ、その服を剥いでいくにつれ、徐々に昂る己を自覚した。
そこに景明から声がかかる。

「わざわざ濡らしてやる必要はない。…そのまま突っ込んでやれ」

その瞬間に彼の理性は薄れ、本能のままに張角を襲う。
泣き叫んで抵抗する張角だが、鍛錬も積んでいない女の力では男性兵士に抗うことはできない。
上から力で押さえつけ、そして。

——そこで彼は一つの事実に気付き、冷静さを取り戻した。
下半身を包む熱さはそのままに、その事実を報告する。

「湊斗様。…この女、初物なんかではありません。娼婦のごとく、こなれています。」
「何だと?」

それまで泣いていた張角の表情が固まる。

「…なんだ、これだけ騒いでおいて。大した演技だ」

これでは犯しても、精神に致命傷を与えるまではいかないか。
次の手を考えねばなるまい。
…そう考えた景明であったが、張角の様子がおかしい事に気付く。

「え?…どういうこと…?」
「?…何を言っている?その身は何人もの男を銜え込んできたのだろう?」
「嘘…私はこれまで男を受け入れてなんか…」
「湊斗様。間違いありません。この女、大した淫売です」

張角を貫く兵士が続ける。
そこで張角の身は固まる。
複雑に絡められた糸が解きほぐされ。
断たれていた記憶の線は理解の円を形成する。

その瞬間、張角の瞳は大きく見開かれた。






「あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」





















「ねぇ、ご主人様!お姉ちゃんうまくやってるかなぁ?」
「あぁ、大丈夫だろう。今回の蜂起は全部自分でやったってことにしてある」

俺の記憶も消しているしな。

「でも、姉さんはどこか抜けてるから…心配ね」
「まぁ何かあればその時に考える。俺の言う事聞いてりゃ間違いないだろ?人和」

寝具の上で語るは、小さな男と二人の女。
女は、張角の妹達である。
そして男は…

「どちらにしろ、あの男だけは許さねぇ…」

復讐の感情に満ちた呟きを漏らす。
逆恨みであることは理解している。
そもそも、はじめに手を出したのは自分たちだったのだから。

だが理性と感情は別だ。
敬愛する兄貴分と、どこか憎めない弟分、その双方を殺され。
自らもまた深い傷を負わされたその相手。
虫けらのように二人を殺した。
痛みで気を失った自身が助かったのも、単なる偶然。
奴にとっては、こちらの命など関心になかったのだ。
文字通り、生きようが死のうが、どうでもよかったのだ。
そんな相手に、二人は殺された。
許すことが出来ない。
必ず殺してやる。
…その手段は手に入れた。
彼の兄貴分が所持していた一冊の書。
そこにはありとあらゆる知識が書かれていた。
人心を操る、妖術についてさえ。

正面から戦いを挑んでは、あの男に勝つ事は出来ない。
自分とは圧倒的な力の差がある。
その上、こちらの命をなんとも思っていない男だ。
そんな男に自分が対抗できるはずがない。

しかし、この「太平要術の書」さえあればどうとでもなる。
張三姉妹を虜とし、黄巾党という大勢力を作り上げた。
これで奴にも対抗できる。
そう思っていた矢先の曹操軍の攻勢。
全く、忌々しい。

天和を囮に、自らと地和、人和は一般兵を装って脱出した。
こちらの事をしゃべらないよう天和に術はかけてきたが。

大半の術は、術者と離れると効果が薄れる。
張三姉妹の歌の魅力を上昇させ、兵達の忠誠心をあげる程度であればともかく。
事実と大きく異なる記憶を保たせ続けるのは難しいだろう。

いずれ、自分たちの存在はバレる。
ならば暫くは身を隠すしかないだろう。
そしてまた時期がくれば、その時は。

曹操もろとも、打ち破ってやる。
最上の苦痛を与えて、殺す。
曹操は徹底して陵辱し、洗脳し、自らのペットにする。

その情景を想像し、男——チビと呼ばれる小男は、暗く嗤った。







ーーーーあとがきーーーーーーー

これくらいならXXX板にいかなくても大丈夫だよね…?
ご主人様の正体、まさかの小物w
色々予想してた皆さん、ごめんなさい。



[18480] 第二編 歳在甲子-5
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:ad17056c
Date: 2010/05/24 21:12
張角が取り乱し、気を失ったために尋問は中断された。
そのまま叩き起こして続ける事も出来たが、どうも様子がおかしかったためにそれは控えられた。

張角が気がついたと連絡が入り、華琳と桂花、景明が話を聞きにいくと、驚愕の事実が判明した。
張角を操っていた何者かこそが黄巾党の真の首魁だという。
彼女をはじめ、旅芸人の3人はあくまで旅芸人に過ぎないという話は、当然華琳達は信じられなかった。
景明としては、銀星号の精神汚染のようなものか、と思い当たったために半分信じてはいたが。
だとしてもこの状況だ。
この場を逃れようとでたらめを述べているのではないかと思うのは当然だろう。
だが、その真の首魁がなんらかの本のようなものを持っていて、それで色んな人を操っている、と張角が述べたとき、華琳の顔が変わった。

「太平要術の書…」

その書物は、妖術をはじめとした様々な知が記されたものだという。
その存在を先日まで探していた華琳としては、張角の言に信用性が出てきたと思わざるを得ない。
その首魁の正体を問いつめたが、それだけが霞をかかったかのように思い出せないと張角は言う。
強力な暗示がかかっているのではないかと桂花が述べる。
それを解く手段は現状ない。
仙人級の人間や医聖と呼ばれる華陀という人物であれば解けるかもしれないとのことだが、生憎すぐに呼べるような人間ではない。

結局、首魁の正体は掴めない。
景明や桂花はその事実に苛立を覚えていたが、華琳が持った感情はそれだけではなかった。

「張角…それがもし、事実だとしたら。あなたは今どうしたい…?」

張角が黄巾の一味であった事は事実。
しかし、それは操られてのことであり、ある種の冤罪のようなものでこんな仕打ちを受けたのである。
華琳はそんな張角にかなりの情がうつっていた。

仕打ちを受けた分に相応しい財を望めば与えよう。
…死を望んでも、自分の責任をもって与えよう。
そして私への復讐を望めば。
今はその願いを果たす事はできないが、天下統一を為した後に、この身を差し出す事も厭わない。
そういったことを張角に伝える華琳。
桂花が騒いでいるが、これだけは譲れない。
自分の過ちを認めない人間などに、自分がなるつもりはなかった。
そして張角の望みは…

「…妹を…妹達を助けて下さい!!」

この曹孟徳の名に賭けて、為すべきことが確定した。





















「黄巾党の残党は、青州にて結集しているようです。その数は非戦闘員を含めると100万を超えます!」
「…まだそれだけの勢力が?」
「はい!30万人ほどの兵もいるようです」
「それだけの兵を集めるなら…指導者が必要ね。やはり張角は嘘を述べているわけではないようね」

30万の兵。
それが完全に体勢を整えてしまっては厄介だ。

「黄巾の兵全てと正面からぶつかっては、こちらの損耗も多くなるわ。今回は黄巾の首魁である妖術使いを打倒する事に集中する。桂花、策を説明して」
「はい!…今回、青州に集っているのは、黄巾党のほぼ全勢力と思われるわ。それを叩きつぶされれば黄巾は終わったも同然。こちらが大群を差し向ければ、全力で抵抗してくるはずよ。つまり、その妖術使いも直接指揮せざるを得ない。前回のように誰かを囮に逃げる事はできないはずよ。」

その桂花の言葉に、秋蘭がうなずく。
春蘭はよく分かっていないようだが、とにかくこれが黄巾の戦いの天王山である事は分かっているのだろう、高揚した表情を見せている。

「そこで、大軍をもって引きつけているうちに。少数の兵を持って敵の本陣に侵入し、首魁を討つわ」
「華琳様!その役目、是非この私に!」

言い終わるがいなや、春蘭が勇ましく名乗りを上げる。
しかし華琳は首を振る。

「いいえ、春蘭。敵を打ち破る必要はないとはいえ、相手にするのは30万の兵。全力でいかなければこちらが瓦解するわ。あなたには私とともに軍の指揮にあたってもらいます。それに、首魁を討つ役目を任せる人物は決めてあるわ。湊斗!」

華琳が呼ぶと、後方で佇んでいた景明が前に出てくる。

「手段は問わない。私達が兵とぶつかっている間に首魁を探し、その首級をあげなさい。」
「了解した。」
「任務の性質上、多くの兵は同行できないわ。あなたの兵の中から使える人間を20人ほど選抜しなさい。問題ないわね?」
「あぁ。むしろ多いくらいだ」

不敵に笑う。
この世界の兵の…いや、黄巾の兵の実力はすでにわかっている。
よほどの失態を犯さなければ、心配はない。
春蘭も、湊斗であれば確かに自分よりも適任だと分かっているのだろう、既に身を引いていた。

「えぇ。あなたにこの任務の失敗などありえないでしょうけど。率いる兵が僅かなのだから、優秀な人材を連れて行くことは必要よ。秋蘭、あの3人は待機してる?」
「はっ。すぐに呼び寄せられます」
「この場に連れてきなさい」

命じられた秋蘭が部屋から去る。
そして1分もたたぬうちに戻ってきた時には、3人の女を連れてきていた。

「さて、3人とも。湊斗に名乗りなさい。」

「楽進と申します。」
「李典や。よろしゅう。」
「于禁なの。よろしくですの」

3人がそれぞれ礼をして、名乗り上げる。
景明が見た事のない者達ばかりだ。

「この3人は、黄巾党に対していた義勇軍の将達よ。前回の討伐での働きを見て、我が陣営に加わってもらうことにしたの。3人ともかなりの能力の持ち主よ。今回は彼女達を使いなさい。いいわね?3人とも」
「はっ!」
「にーさんが隊長ってことやね。強そうやし問題あらへん!」
「了解ですの」

3人とも外見は幼い少女のものであるが、特にこの世界では外見に能力は左右されないことを景明は分かっている。
事実、それぞれの立ち振る舞いは自身に満ちたそれだ。
使える事に間違いはない。
ならば有り難く使わせてもらおう。


——使える道具は、多いに越したことはないのだから。





















「何!?曹操の軍がここに向かっているだと!」
「はい、ご主人様。前回を上回るほどの大軍勢だということです」
「くそっ…早過ぎる…!」

思わず頭を抱える。
これでは身代わりの指導者を立てる事も、身を隠す暇もない。

「ご主人様ぁ〜どうしますか?」
「…うるせぇ!黙ってろ!!」
「ひぃっ…ごめんなさい…」

苛々する。
俺は太平要術の書を手に入れたんだ!
選ばれた人間なんだ!!
それがなんでこんなことに…!

…まぁいい、勝てば良いんだ。
そう、勝てば全てがうまくいく!
兵力ではこっちが上回っているはずだ。
それに曹操の軍は今叩き潰しておかないと、後々もと脅威になる可能性だってある。
叩き潰すなら、全軍を集結した今しかない。
兵の質も、錬度は劣るがそれは別の手段で補える。
俺の力がある限り、兵にはその意思に関係なく死兵となって戦わせることが出来るのだから。

…そう考えれば、必要以上に恐れる必要はない。
前回のような奇襲ではないのだ。
圧倒的な数で押しつぶしてやる。

「「きゃっ!」」

不安そうな顔で怯える張姉妹を引き倒す。
そしてその身体を蹂躙しながら、チビは思う。
——女、財、権力。
手にしたそれらを、何一つとして手放してなるものか、と。





ーーーーーあとがきーーーーーー

次回で第二編は終了です。
茶々丸と雷蝶ファンの皆様は申し訳ございません、もう少々御待ち下さい!



[18480] 第二編 歳在甲子-6
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:ad17056c
Date: 2010/05/25 02:46
「華琳様!賊達は拠点の砦の前で陣を張っています!」
「でしょうね。数で大きく優っているのに篭城する意味なんてないもの。野戦を選択するのは当然…けれども」

各隊の指揮官と思われる人物は見当たっても、全軍の指導者らしき人物がいない。
これは華琳の予想通りのことだった。
張角から聞いた人物像から、自らが決戦の舞台に上がるような性根はしていない、と判断していたからだ。
自らは安全な拠点に籠り、安全な場所から戦況を伺い…もし不利と見れば自分だけでも逃げ仰せる。
そういった反吐が出る人種であろう。

「——この乱世。正道ではなく、計略によって昇る道もあるでしょう。それは私も否定しない…」

けれども、と華琳は続ける。

「大志も持たずに世を乱す者は、ただの悪漢!この曹孟徳が、完膚なきまでに叩きのめしてみせる!行くわよ、春蘭、秋蘭、桂花!!」
「「「はっ!!」」」

曹孟徳。
知勇を備えた、三国志における英雄。
彼女が歴史の表舞台へと上がる戦いが、今切って落とされた。









「矢を惜しむな!!ありったけの鉄の雨を浴びせてやれ!!」

秋蘭が率いる弓隊が立て続けに矢を放つ。
自身が弓の名手である秋蘭の部隊の錬度は抜けている。
まして、妖術によって恐怖心を失っている敵兵達は、その矢を避けようともしない。
動く的に過ぎぬ彼らに矢を当てる事は訓練よりも容易な事であった。

しかし、恐怖心がないということは前進を止めぬということでもある。
味方がいくら命を落とそうがその行軍速度に些かの衰えもない。

そして遂に、一方的に矢を浴びせられる距離ではなくなった。
その瞬間に躍り出る兵達。
春蘭、李衣の部隊である。

「さぁ行け!敵は操られて死兵となっている!!致命傷を与えても油断するな。我らの勇猛さで、賊達を正気に戻してやるのだ!死をもってでもな!!」
「みんな、行くよ!!!」

圧倒的な武をもって突撃していく二つの部隊。
いくら相手が死兵であろうが、元々の技量に大きな差がある。
その上、敵兵は妖術によって恐怖心をなくしたかわりに冷静な判断力を失っている。
まさに烏合の衆。
そんな者達に遅れをとることなど、曹操の兵として許されない。

曹操軍と黄巾党の決戦は、曹操軍が圧倒する形で幕を開けた。










「うわ〜すごい勢いやなぁ。こりゃ曹操様、自力で野戦を制してしまうんやないか?」
「さすが曹操様ですの!」

李典と于禁が曹操軍の勢いを見て唸る。
こうして離れてみると、改めてその精強さが分かる。
錬度も士気も並外れたものだ。

「けど、もしここで勝利を収めても、首魁をとれなきゃ乱は続く」

楽進が口を挟み、そして冷静に続ける。

「それに、この勢いのまま戦い続けられるはずもない」
「そうですの。向こうは死兵、こちらは人間ですもの」
「あの兵力差や。一度押し込まれはじめるときついやろうしな」
「我々の作戦に命運がかかっている、ということだ。そうですよね、隊長殿?」

そこで話を振られた景明が、普段通り無表情で答える。

「分かっているのならば話は早い。——于禁、手筈通りにやれ。」
「了解なの」
「…さて。これから我々も参戦するわけだが。いけるな?張角」

景明の背後にいた張角は呼ばれた瞬間、びくっと肩を震わせた。

「は…はい」

あの仕打ちを指示した張本人だ。
景明に対して恐怖心を抱かない方がおかしい。
それは理解しているし、武の心得の全くない張角に戦場で冷静さを求めるのが酷だということもわかっている。
だが、それでは困るのだ。
この戦の終結には、この娘の存在が必要なのだから。

「どうした?お前を操っていた術士を倒し、妹達を救い出すのだろう?お前達の人生を蹂躙した、悪魔を八つ裂きにしたいのだろう?」

その言葉に、強い意志が戻る。
恐怖を克服するのに、怒りと復讐の感情は最も有効だ。

「そう。絶対にあいつは、許さないんだから!!待っててね、地和ちゃん、人和ちゃん…」

心が安定した様子を見て、景明は再び于禁に視線を移す。

「成否は問わん。とにかく敵の目を惹き付けろ」
「わかっているの!でも…」

成功させても、構わないのでしょう?と続ける于禁に、景明は笑う。

「無論。己の有能さを証明してみせろ」





















「張宝様!張梁様!伏兵が我らの陣に!!兵糧を狙われています!!!」

その報を、伝令兵の視界に映らぬ張姉妹の背後で聞きながら、チビは舌打ちした。

(なんだと!?クソ、ただでさえ兵数に比べ兵糧が少ないというのに!)

的確にこちらの弱点を突いてくる。
だがこれが敵の本命の策だろう。
これを防げれば敵は打つ手が大きく限られるはずだ。
張宝に指示を出させる。

「拠点周囲の兵を回して!兵糧を死守しなさい!!」
「はっ!!」

ここが正念場だ。










「いいか貴様らっ!この戦の勝敗は貴様らにかかっている!!兵器に過ぎぬ貴様らには感涙ものの役目なの!見事その任を果たし、貴様らが我が軍で最高の兵器である事を証明しなさい!」

干禁に発破をかけられる景明の部下達。
その数20名。
つまり、景明は選抜した兵士の全てを、この干禁に預けたのだった。

「今奇襲が成功した時点で作戦はほぼ成功しているの!でもこの兵糧を焼ききれれば戦況はもっと有利に傾くの!指示された事しか出来ぬ無能でないと証明したいなら、期待された以上の成果を出しなさい!!」

幼い少女が述べる言葉ではない。
外見とのギャップは滑稽にさえ映る。
しかし、20名の兵達全員が、干禁の指示を完璧にこなそうとしていた。
元々、華琳や桂花のような少女達に指示されてきたのだ、今更である。
その上、彼らは景明に鍛え上げられた者達だった。
結果が全て。
与えられた任務を、いかなる手段をもってしても達成する。
その意識を強く植えつけられた彼らにとって、干禁の言葉に疑問を挟む余地はない。
そして同時に、彼らの上官である景明に認められたい、という気持ちもあった。
能力を正当に評価する上官であったから。
ゆえに彼らは、最高の結果を求めて奮闘する。





















干禁達が敵兵の目を引きつけている間に、景明達は拠点へと侵入する。
無論、幾度も敵兵との遭遇があったが、声をあげる間も与えずに全て景明が斬り捨てていた。
張角の護衛の任を与えられていた李典と楽進だが、ほとんど自分たちの出番がない。
景明のその卓越した技量に目を見張っていた。

「かなり手薄だな」
「沙和が頑張ってくれとるんやろな」
「うん、この分だとすぐに奥まで辿り着けそうだ」

李典と楽進がそう会話しながら景明に従って行く。
張角は二人に挟まれる形で、無言で歩んでいく。

そして最奥の部屋の手前。

「貴様ら、ここは通さねぇぞ!」
「ちーほーちゃんとれんほーちゃんは俺たちが守るんだ!!」



「さすがにここは兵が多いな…」

砦の最奥。
さすがにここまで進めば侵入した事にも気付かれている。
敵兵が彼らの首魁を守るために布陣していた。

「時間がかかると逃亡される可能性があるな…」
「隊長!ほなここは私達にまかせて!こんなこともあろうかと…」

そう言うと李典はどこから取り出したのか、筒のようなものを持つ。

「これでどーや!」

その筒から、大きな網が発射される。
そしてその網が敵兵達を拘束する。

「くそ!なんだこりゃ!!」
「絡まって抜けられねぇ!」
「いて!おめぇ俺を蹴るんじゃねぇ!」

混乱する敵兵達。
たしかに幾ばくかの間は無力化できそうだ。

「まだ敵兵は集ってくるやろうしな!ここは私と凪に任せて!」
「うん。隊長は張角と先に進んで」
「…そうか。任せた。」

あっさりと言うと、景明は張角を抱きかかえて一気に扉へと向かっていった。
それを見送った李典が思わず言う。

「えらいあっさりしとんなー」
「それだけ信頼されている…と思っておこう。」
「そやな、それにこれくらいせななめられそうやし」

そう言って二人は、向かってくる兵達に備えるのだった。










「ちーほーちゃん!れんほーちゃん!」

扉の中に入ると、部屋の中央部で二人の少女が倒れているのが目に入った。
張角の反応から見るに、あれが張姉妹なのだろう。
駆け出そうとする張角を景明は後ろから掴む。

「何するんですか!?ちーほーちゃんとれんほーちゃんが!」

それに答えず景明は視線を前に向けたまま、口を開く。

「こそこそしていないで出てきたらどうだ?妖術使い」
「…へっ…誰が来たかと思えば、お前か!」

倒れている張姉妹の近くの柱の影から出てきた人影。
その男の顔を見て、景明の目は少し見開かれた。

「ほう…お前は。どこかで見た事のある顔だな」
「てめぇ!アニキとデブをやってくれたことを覚えてねぇのか!!!」
「ん?…あぁ、あの時の三人組の一人か。生きていたのか」

その言に男は震えている。
怒りの震えだろうか。
黄巾党の首魁が、思った以上の小物であったことに景明は嘆息する。

「これほどの賊を率いる者だ、少しは腕の立つ者かと思っていたのだが…刀の錆にもならんな」
「!!てめぇ…」

怒りが頂点に達したのか。
今にも血液が噴き出しそうなほど、瞳が充血している。

「まぁいい。さっさと終わらせよう」
「止まれ!…それ以上近づけば、この二人を殺す!!」

そう言って男は倒れている張宝の首に剣をあてる。
景明は歩みを止めた。
張三姉妹は全員無事に連れ戻すよう曹操に言われている。
面倒な事だが。

「…また人質か。進歩しないのだな」
「なんとでも言ってろ!だがあの時とは違うぜ。こいつらはあの時の女と違って、抵抗する力はないからな!俺でもすぐに殺せる」
「……で、要求はなんだ?」

忌々しいことだが、隙を見せるまでは膠着状態か。

「とりあえず刀を捨てて、ゆっくりと歩いてこい」

言われて、刀を捨てる。
そしてゆっくりと歩を進める。

男が何をするつもりかは知らないが、あの程度の男であれば刀などなくとも一瞬で勝負はつけられる。
あの剣が女の首から離れた瞬間に殺してやろう。

そう考える景明に、後ろから声がかかった。

「湊斗さん!ダメです!!」

五月蝿い女だ。
お前などに心配されるような己ではない。

「止まれ」

距離にして10尺を少し過ぎるほどか。
ここでは男の剣が己に届く事はない。
何をしようというのか…

「湊斗さん!ダメです!!その男には妖術があるんですから!!」
「へっ…もう遅いぜ!この距離の暗示なら絶対だ!!てめぇは俺に従え!!!」


——無言で佇む景明。
その様子を見て、チビはニヤリと笑う。

「よし、その場で跪け」

その言葉の通り、景明はその場に屈んだ。

「くくく…ははははは!!!やったぞ!これでお前も俺の人形だ!!」

その様子に張角が絶望の表情を見せる。

「ははは…とりあえずは曹操達を追っ払ってもらおうか。てめぇはその後でゆっくりと殺してやる。さぁ立て!」

そして無表情で立つ景明。

「あぁそうだ、てめぇは今からでも八つ裂きにしてやりてぇ。曹操達のところに行くまでに一度俺に斬らせろ」

そう言ってチビは景明の元へと向かう。
その手には剣を持って。

「殺してしまってはまずいからな。苦痛だけを味合わせるにはどこがいいか…そうだな、その目だ!そのむかつく目を抉りとってやろう!!」

笑いながら剣を上げるチビ。
その後に訪れる凄惨な情景を想像して、張角は目をつむった。
その瞬間。

「ぐえっ…」

景明の手は、チビの首を掴んでいた。

「な…なんで…!?」
「…くく…はーはっはっはっは!!」

首を掴んだまま、景明は狂笑する。
確信はあった。
劔冑と縁を結んでいる自分は、あらゆる外部からの攻撃の耐性がある。
距離が離れただけで薄れる暗示程度に、自分が支配されるはずなどなかった。
それにしても、なんと弱々しい暗示か。
この程度でこの俺を操ろうとは。
全てを捨て去り一つを選んだ、この俺を支配しようとは!!

「ぐっ…だがこの距離なら!てめぇは俺に従え!!」
「無駄だ」
「な…なぜ…」

愕然とするチビ。
そして何かに気付いたかのように口を開く。

「…この感覚…てめぇ、"既に精神を侵されてやがるな"!?」
「…ほう」

そうか。
銀星号の卵。
愛おしい光のそれが、景明の現在の精神を守る役割も果たしたのか。
己と光。
その二人の精神が、こんな小物に破られることなど有り得なかったのだ。

「さて、遊びはここまでだ。今度はきっちりと殺してやる」
「ま…待ってくれ!黄巾党は解散させる!!これまで貯めた財もやる!!!だから見逃してくれ!!!」
「生憎と。黄巾党はそこの張角が解散させる。お前達が貯めた財は言われずとも持っていく。そして何より…」

「この俺の心を、光への想いを汚そうとしたお前を、生かしておくはずがないだろう」


掴んだ手にそのまま力を込める。
短いうめき声と、頸骨が折れる鈍い音が響き。

黄巾の首魁…と評するには余りに矮小な存在であったその男は、ここでその生を終えたのだった。








ーーーーーーーーあとがきーーーーーーーーーーーー

このスピードで更新とか何考えてんだ俺は…w
かなり雑な出来で申し訳ございません。
それだけ早く終わらせたかったんですw

とりあえずこれで黄巾編は終わりです。
なんか曹操陣営の色んな人に景明の影響が出始めてます…春蘭…www
張角達の処遇をはじめとしたこの戦の以後の話は次話の冒頭にて。

第三編からはいよいよ雷蝶様や茶々丸閣下の出番が!?
ということで作者のテンションも上がっています。
はっきりいってプロット上ここまでプロローグみたいなもので、次からが本番。
気合い入れて執筆します。

読者の方々、特に感想を書いて下さる方、本当にありがとうございます。
感想は力になります。これからもよろしくお願いします。



[18480] 第三編 延焼拡大-1
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:ad17056c
Date: 2010/05/26 01:04
袁家の重鎮、顔良。
彼女は今、浮かれない顔をしながら主君の元へと向かっていた。
それは、彼女の主君が知れば確実に不機嫌になるであろう情報を伝えに行かなければならないからである。
不機嫌になれば、そのとばっちりを受けるのは確実に自分なのだ。
ため息の一つもつきたくなる。

だが、これだけの重要な情報を伝えないわけにはいかない。
彼女の主君は、名門袁家を統べる人物なのだから。
そんな人物に対し、故意に情報を隠せば……別に問題にもならなそうなのが逆に怖い。
しかし、例えそうだとしても、情報の伝達が遅れる事で対応が遅れれば、結局その後始末は自分に回ってくるのだ。
どちらにしろ苦労をするはめになるのなら、早いうちに片付けてしまおう。
そう思い、主君の部屋の扉を開く。

「麗羽様。斗詩です。早急に御伝えしたい事が…」

しかし斗詩は、それ以上の言葉を続けることが出来なかった。
その目に映った情景があまりに奇異であったために、固まってしまったのだ。
その硬直は、麗羽が斗詩の存在に気付いて声をかけるまで続いた。

「あら、斗詩さん。どうなさったの?」
「…それよりも、麗羽様こそ…何をなさっているのですか…?」

伝えるべき事も後回しにして、そう問いたくなった彼女を責める事はできないだろう。
一体どこの誰が、この情景を見て冷静でいられるか。
自分の主君が、鏡の前で、全裸でポーズをとっているなどという情景に対して。

「あぁ、これはモーニングビューティタイムという、美しさを保つ天の国の習慣ですわよ。雷蝶さんが私に教えて下さったのですわ」

斗詩は、無言で扉を閉じた。





















曹操、黄巾の本隊を打ち破り、功績第一位とされる。
その報はすぐに大陸中を駆け巡り、曹操の名は飛躍的に高まる事になった。
黄巾の蜂起には、陳留のみならず中華全体が悩まされていた。
それは諸候や兵士のみならず、最も苦しめられていた何も力を持たぬ民衆も含まれる。
そのため、それを治めた曹操の名は民衆にまで余す事なく知られる事となったのだ。
民衆は曹操を乱世に現れた英雄と持て囃し。
彼女こそが統一を成し遂げる覇者だと讃えた。

その報告を受けた麗羽の反応は、斗詩の予想通りのものだった。

「なんですって!あのぐるぐる小娘が!?」

(あんたの髪だってぐるぐるじゃん…)

斗詩のみならずこの場にいる護衛兵までもが等しく思った事である。
だが、それを口にする者はもちろんいない。

「この中華を統一するのに最もふさわしい、美しい存在は誰!?」
「それはもちろん、華麗でお美しい、麗羽様でございます…」

疲れたように斗詩が言う。

「そうに決まってますわ!それをあのおチビの華琳さんが…そう!そうだわ!斗詩さん、私達も賊を鎮圧しにいきましょう!!」
「いえ、だから黄巾の蜂起は曹操さんが鎮圧されたと…」
「ええい、なぜ賊退治がこの袁紹に任されんかったんですの!?」
「『賊退治など華麗でもない仕事は、他の連中に任せておけば良いのですわ!』と言って断ったの麗羽様じゃないですか…」
「……」

沈黙が生じる。
その空気を破ったのは、斗詩と双璧を成す重鎮、猪々子であった。

「麗羽様〜。でも曹操、朝廷とはなんか揉めたらしいですよー」
「どういうことですの?猪々子さん、説明して下さい」
「黄巾党の首魁の張角の首を出さずに、なんか匿ってるらしいですよ」
「…華琳さんは、何を考えているのかしら?」
「黄巾党の真の首魁は別にいて、張角達は妖術で操られていただけ、と述べて朝廷の使者にはその男の首を渡しただけで突っぱねた、ということらしいです」

斗詩は猪々子の言を補足しながら考えていた。
いくら力をなくしたとはいえ、朝廷の要求を突っぱねるとは恐ろしい事をする。
しかもその理由が、張角は妖術で操られていただけ、などというあまりにも信じられないものである。
これは叛意ありととられても仕方のないくらいの行動だと思っていた。

だが、彼女の主君は異なる受け取り方をしたようだった。

「あら、それならしょうがないですわね」

思わずこけそうになる斗詩。

「れ、麗羽様…」
「妖術などで人を操るなど畜生にも劣る所業。そしてそれに操られていた者達を裁くなんて、美しくないではありませんか」
「……」

器が大きい、と言えば良いのか。
何とかと天才は紙一重、ということなのか。
判断に苦しむ斗詩であったが、これが彼女の主君の美点であるとも思っていた。
だが、さすがに麗羽の次の言には驚愕せざるを得なかった。

「私も、最近の朝廷の行いは美しくない、と思っていたところでしてよ。ここは連合を組んで、朝廷の行いを正すべきですわ」
「麗羽様!いくらなんでもそれは…」
「いえ、斗詩さん。董卓さんが都の政の中枢を担ってから、文官の統制がとれず、彼らのやりたい放題になっていますわ。例え董卓さん自身に直接の過はなくとも、それは事実ですわ」
「…それは…そうですが…」

完全な正論である。
これには斗詩も反論できない。
これまでの麗羽であれば考えられぬような、政治の機微の察知。
ここ数ヶ月で、彼女の主君は大きく変わったのだ。
間違いなく良い方向に。
だがそれとこれとは話は別である。

「しかし、力は衰えたとはいえ、朝廷に刃を向けるのは…」
「朝廷そのものに反旗を翻すのではなく、あくまで朝廷を乗っ取り、悪政を働く董卓を討つ、という名目であれば問題はないのではありませんか?」
「それは…そうですが…官軍はまだ強大さを保っています!」
「それなら、華琳さんだけでなく、諸候に参加を促せば良いのですわ。皆さん天下を狙っておりますもの。この機会、我先にと参戦してくるでしょう」
「う…」
「もういいじゃねぇか、斗詩。麗羽様が決めたなら、あたいらはそれに従うまでだ」
「…そうですね…わかりました、麗羽様。反董卓連合を組みましょう!」
「えぇ、そうと決めれば、早速手配なさい。行動は華麗に、美しく、迅速に、ですわ!」

数ヶ月前の麗羽であれば、決してこのような効果的な策など思いつくはずがなかった。
それどころか、具体的な指示を出した事すらほとんどなかった。
それがこの変わりようである。

彼女を変えたのは一人の男の存在。
今川雷蝶と名乗る、天の御使いであった。

彼は、麗羽に言ったのだった。
最も美しい存在であるためには、その行動も全て美しくなければならない。
そして行動の美しさは、何より結果を伴わなければならない。
過程がいくら美しくとも、結果が出なければ。
水墨画についた一点の汚れのように、全てを台無しにしてしまうのだと。
そして結果を出すためには…美しさを保つためには、あらゆる努力が必要だと。

その言葉を聞いた時、麗羽は天啓を受けたかのように変わった。
その日から、麗羽は彼をまるで自分の師のように扱い、彼の武や知を吸収していったのだった。

そう、天の御使いと言えば気になる噂があった。
それを麗羽に伝えねば、と斗詩は口を開く。

「そう言えば麗羽様、曹操さんのことでもう一つ気になる噂がありまして…」
「?何ですの?」
「なんでも、曹操さんの所にも天の御使いがいるとか。名を、湊斗景明というようです。」
「なんですって!?…でも言われてみれば、雷蝶さんと名前の響きが似ておりますわね」
「えぇ、同郷の方かもしれません」
「雷蝶の知り合いなのかもしれねぇな…」
「…直接雷蝶さんに聞いてみましょうか。斗詩、雷蝶さんを呼んできなさい。まだ朝も早いですから、お部屋にいらっしゃるでしょう」
「わかりました」

そして斗詩は、雷蝶を呼びに行くこととなった。







そして斗詩は雷蝶の部屋の前につく。

——今川雷蝶。
圧倒的な武を誇る、天の御使い。
個人の武のみならず、戦の知識も余人に並ばせない。
さらに、誰よりも美しく、そして華麗である(麗羽談)
少々変わった所があるが、彼が麗羽を良い方向に導いていることに疑いはない。
斗詩や猪々子でも変えられなかった麗羽を、たった数ヶ月でここまでの人物へと導いた彼は、斗詩にとってまさしく天の御使いに違いなかった。

そして、そんな天の御使いが、曹操の陣営にもいる。
激動の予感を感じなら、斗詩は雷蝶の部屋に入った。

「雷蝶様。斗詩です。麗羽様がお呼び…」

視界に入るは、鏡の前で、全裸でポーズをとる、一人の男。

「あら斗詩さん、どうしたのかしら?」

斗詩は無言で扉を閉めた。







ーーーーーーーーあとがきーーーーーーーーー

やっと雷蝶さん登場です!
ファンの皆様、お待たせ致しました。

この第三編はかなり長くなる予定なので、もしかしたら後々一話の分量を増やすかもしれません。





[18480] 第三編 延焼拡大-2
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:ad17056c
Date: 2010/05/26 21:48
その日、華琳の前に三人の使者が現れた。
三人組の使者——というと先日の朝廷の使者が思い出され、警戒する面々であったが、現れたのが別の使者達であることにどこかほっとした空気が流れた。
しかし、二人が名乗った瞬間、華琳は思わず眉をひそめた。

「お初にお目にかかります、曹孟徳殿。私は顔良と申します」
「あたいは文醜!我が主、袁本初より言伝を預かり、何皮の地よりやって参りました!」
「あまり聞きたくない名ね…。で、麗羽は何と?」

袁紹とは古くから親交があり、真名の交換すらすませてはいるが…
率直に言って、あまり関わりたくない人物である。
彼女に関わると、大抵面倒ごとが生じるのがわかっているからだ。
だが今回は袁家の双璧と言われる二人の将が来ているのだ。
話を聞かずに追い返す事などできない。
そもそもこの二人を派遣するということは、そう軽い用件でもないだろう。
そう身構えた華琳であったが、二人からその内容を聞くと驚きを禁じ得なかった。

「…反董卓連合。袁術、公孫賛、西方の馬騰まで…よくもまぁ、有名どころの名前を並べたものね」
「董卓の都に、都の民は嘆き、恨みの声は天高くまで届いていると聞いております。先日も、董卓の命で官の大粛正があったとか…」

反董卓連合の目的——建前を述べる顔良と文醜。
だがそれを華琳は止める。

「持って回った言い方は良しなさい。そもそもその大粛正も、都で悪事を働いていた文官を粛正しただけと聞いているわよ?」
「…よく知っていらっしゃる。」
「もういいじゃねぇか斗詩。こう言われる事は予想してたろ?麗羽様の言伝をそのまま伝えればいいじゃねぇか」
「いや…さすがにあれは…」
「遠慮せずに言いなさい。麗羽の言が多少無礼だったからと言って、今更頭に来りはしないわ」
「では御伝えします…文ちゃん、お願い」
「おう!…『これは後の覇者を決める戦いですわ。我こそは、と思う者は続々と参戦を表明しております。もし華琳さんが覇権を望むのなら、いらっしゃい。そうでないのなら、そんな小物はこの華麗な連合軍には必要ありませんわ!おーほっほっほっほ!』」

わざわざ口調を真似て言う文醜。
そのまま言うなんて!…と慌てる顔良や、怒りの表情を浮かべる桂花や春蘭に対し、当の華琳は冷静さを保っていた。
あの麗羽が、ここまで言うようになるとは。
言い方は相変わらずではあるが、うまくこの曹孟徳の心を突いている。
ここまで言われて引き下がる華琳ではない。
この天下を治めるのに相応しい人間は一体誰なのか、分からせてやる。

「桂花。参戦にあたっての懸念はある?」
「…いえ。この勢力であれば、官軍を打ち破る事も問題ないでしょう。朝廷へ弓を引く、というのも建前が董卓の討伐である以上問題になりません。元々先日の黄巾の件で現政権には睨まれていますし…さらに、これだけの英傑が一挙に集う機会など、この先あるとは思えません。ここで大きな手柄を立てれば、華琳様の名前は諸候の間に一気に広がります」
「聞いていたわね、顔良、文醜。麗羽に伝えなさい。曹操はその同盟に参加する、と。そしてこう付け加えなさい。天下統一を制すは、この曹孟徳以外に有り得ない、と。」
「ありがとうございます。…後半の言伝も、必ず。」

頭を下げる顔良と文醜。
そこで華琳は、もう一つ気になっていた事を問う。

「それで、顔良、文醜。…名乗りも上げぬ、その後ろの男は誰なの?」






















「つ…強過ぎる…」
「隊長にはかなわへんわ〜」
「三人掛かりでも歯が立たないですの!」

肩で息をする三人を無表情に見下ろして、景明は立っていた。
この世界に来てからも、身体がなまらない程度には修練を行っていたが。
ここまで長時間で、かつ濃い内容のものはこれまでしてこなかった。
部隊を預けられたために雑務が多く時間が取れなかった事もあるが、脅威と感じる敵がいなかったため、というのが大きな理由だ。

それが今日、このように部下を使ってまで修練している理由。

呂布。

後世においても、天下無双の武と伝えられる猛将。
その存在こそが、景明を駆り立てる理由であった。





それは先日に遡る。






黄巾党を降伏させた後。
朝廷からの使者が華琳達の元に現れた。

「…すまんな。みんな疲れとるのに集めたりして。すぐ済ますから、堪忍してな」

そう言って現れたのは一人の女武将。
この女も相当の手馴れである事がわかる。
その将に向かって、華琳が問う。

「あなたが何進将軍の名代?」
「や、ウチやない。ウチは名代の副官や。」

そう首を振る張遼に、春蘭がどこか面白くなさそうに言う。

「なんだ。将軍が直々にというのではないのか」
「あいつが外に出るわけないやろ。クソ十常侍どもの牽制で忙しいんやから」

朝廷内も一枚岩ではないらしい。
まぁ当然か。
六波羅の面々を思い出す。
権力の集中した場所にいる人間立ちが、一枚岩である事など有り得ない。

そんなことを考えていた時に、それは現れた。

「呂布様のおなりですぞー!!」
「……」

…なんだこいつは。
いや、呂布といえば景明も聞いた事がある。
三国志における最強の武将。
景明の時代にまでその勇が伝わっているのだ、飛び抜けた力を持っているのだろう。
だが、それにしても。

(なんだ、この圧倒的な迫力は…)

「曹操殿、こちらへ…」

呂布の傍に付き従う少女が華琳を呼び寄せる。
だが、景明はそんな様子がほとんど目に入らない。
呂布の一挙手一投足を見逃すまいと緊張する。
そこから視線を移した瞬間に、あるいは自分が斬り捨てられたとしても、全く驚かない。
それほどの強者の風格。

(雷蝶をも上回る…光、以上、かもしれん…)


「何!?張角の首級がないとはどういうことか、と呂布殿は仰せなのです!」
「張角はあくまで真の首魁によって操られていた傀儡に過ぎません。そのため、彼女達は賊を統率していたどころか、その首魁によって陵辱すら受けておりました。この度はその首魁の首をもって、張角らの処分をお許し頂けないでしょうか。」

そう言って頭を下げる張角。
言っている事は全て本当の事だが…当然のように受け入れられるものではない。

「そんなデタラメな話を信じると思ったのか!なぜ張角を匿う!?それは朝廷に叛意があると…」
「ちんきゅ。」

そこで初めて呂布が口を開く。

「…嘘は言っていない。」
「で、ですが…文官どもが信じるかどうか…!」
「ちんきゅ。」
「…はい…」

どうやら呂布は華琳の言を信じたようだ。
…口数が少なすぎ、その人となりが全く掴めない。

「わかりました、曹操殿。貴公の言を信じます。」
「はっ。ありがとうございます。」
「…今日、貴公に伝える本題は別なのです。貴公の此度の働きを称え、西園八校尉が一人に任命するという陛下のお達しを伝えに来た。と仰せなのです!」
「謹んで御受け致します。」


結局その後、呂布達が去るまで、景明はその姿から目を離す事ができなかった。
桂花達が華琳の怒気を沈めようとする中、景明は一人呟いた。

「何なのだ、あれは…」
「飛将軍、呂布。その強さは人智を超えているという。」

その呟きに答えた者がいた。
春蘭だ。
景明は春蘭に問う。

「そうか。その強さはどれほどのものなのだ?」
「中央に現れた黄巾党の半分、約三万は、呂布一人が倒したそうだ」
「なんだと?」

三万の兵を破る。
そんなことは、少なくとも景明の世界で為せる者はいなかった。
もちろん、装甲した武者であれば可能である。
装甲した状態であれば、銀星号は光はその数十、百倍の人間を殺して来た。
だが生身であればいかなる者でも不可能だ。
景明の知る中でも最も実力の抜けた、かの柳生常闇斉であっても不可能であろう。

つまり、生身でありながら武者レベルの武を有している、ということだ。
"兜割り"という、魔剣を持っているとしても…景明には分が悪いだろう。
光と会う前に命を落とすなど許されない。
呂布との戦闘は極力避け、もし対峙する場合には装甲する必要がある。
つまりは、己の最も使える道具である、茶々丸の帰還が必須だということだ。

それまでは、少しでも己の身を鍛える必要があるだろう。






そう考えて部下を使って訓練したのだが…
相手にならない。
これでは茶々丸か、春蘭あたりと一騎打ちをした方がまだ身になるだろう。

現段階では、呂布との戦闘は極力避けるしかない。
例え対峙しても、打倒するのではなく生き残ることに全力を傾けるべきか。
そう冷静に計算を働かせる景明に、李典が声をかける。

「隊長、華琳様達がこっちに歩いて来てるで。何やろ?」
「見かけない方々も一緒ですの!」
「…何?」

城からこの訓練場にゆっくりと歩いてくる華琳。
それは良い。
華琳に付き従う春蘭、秋蘭、桂花。
それも良い。
その後に続く二人の女性——見かけない顔だが、新しく加わった将か…どこぞの使者か何かだろうか。
だが、それすらどうでも良い事だ。
その後ろに続く大柄な人物に、景明は驚愕を覚えていたのだから。



「…今川、雷蝶…」







ーーーーあとがきーーーーーーーー

雷蝶の人気にふいたw
これで茶々丸が登場した時にはどうなることか…



[18480] 第三編 延焼拡大-3
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:ad17056c
Date: 2010/06/03 14:15
「久しぶりね、湊斗景明」

驚愕は一瞬。
お互いの間合いの外で立ち止まった彼が声をかけて来た時には、景明は落ち着きを取り戻していた。

「お久しぶりです中将閣下。ご壮健そうで何より」
「えぇ——おかげさまでね」

対峙する二人。
それ以上の言葉はない。
お互いの一挙手一投足を逃すまいと警戒し、緊張が高まっていく。
それに慌てたのは斗詩である。

「雷蝶さん、今日は私達は使者として来ているので…荒事は…」
「でもよ斗詩!あたいは雷蝶の気持ち分かるぜ!国を滅ぼされそうになった相手だぜ?」
「「「!?」」」

その猪々子の言葉に、曹操をはじめ魏の将達が驚愕する。

「安心なさい、斗詩さん。私もこの場でこの者を討つつもりはないわ。…どうやら茶々丸もいないようですし。湊斗、茶々丸はどこ?」
「今、この場にはいない」
「そう、残念ね。」

雷蝶は表情こそは厳しいが、どこか余裕のある表情をしている。
そのどこにも敗残の将の傷跡はうかがえない。
確かに、あの戦いの後、景明と茶々丸は雷蝶の生死は確認していなかった。
だが、それでも致命傷に近いダメージは確実に与えたはずである。
このような無傷の状態のままでいられるとは考えがたい。
つまり——劔冑。
そう、確か銘は膝丸といったか。
あの劔冑の存在が、雷蝶の治癒能力を向上させたのだろう。
いくら縁が結ばれているとはいえ、世界を隔ててその能力が発揮されるとは考えがたい。
つまり…雷蝶は、劔冑ごとこの世界に来たということだ。
自分と同じように。

…この状況はまずい。

ここでもし戦闘になれば…景明は為す術もなく敗れ去るだろう。
この場は曹操の地であり、将も兵も充分にいるが…武者相手に人間が何人群れようが意味はない。
ここで雷蝶が景明を殺そうと決意したその瞬間に、己の命は終わる。
だが、と景明は視線を雷蝶の周囲に走らせる。
…雷蝶も、この場に劔冑を持って来ていないのではないか?
確か彼の劔冑の待機状態は馬の姿だったはず。
気配を断つような隠密行動に優れた類でもなかったはずであるから、もしこの場にあればその気配がこうまでしないということはありえないのではないか。

「それにしても湊斗。あなた達が天の御使いなんて笑えるわね。その『天の国』を滅ぼそうとしたのはどこの誰かしら?」
「…湊斗、その話は本当なの?」

曹操が問う。
それに対し景明は——嗤った。

「くっくっく…」

天の国を滅ぼそうとした。
『滅ぼそうとした』か。
つまりは、雷蝶は知らないのだ。
あの後鋳造爆弾が落とされた事も、そのエネルギーを光が喰らった事も。
地下から『神』が現れた事も。
——そして世界が終わる事も。

「何がおかしいの?あんた」
「くく…いや、少し訂正させてもらおう。滅ぼそうとしたのではない。…滅ぼしたのだ」
「…何ですって?あんた、お父様の国を…大和をどうしたっていうのよ?」
「直接手を下したわけではないがな。あの後、進駐軍が鋳造爆弾——信じられぬ威力を持った新兵器を投入してな。六波羅は瓦解した。」

その後の光や神のことは言わなくても良いだろう。
神のことなど信じるはずがない。
己でさえも半信半疑であったのだから。

雷蝶の目は景明を強く睨みつけている。
握られた拳には強く力が入り、今にも飛びかかってきそうな予感がする。
だが雷蝶はその場から動かない。

「どうした、かかって来ないのか?」
「…えぇ。麿も流石に生身で劔冑を断つような化け物を相手にするつもりはないわ」
「装甲すれば良いではないか」
「あーもう、うるさいわね!あんたらにやられて膝丸の傷がまだ癒えてないからしたくともできないのよ!……あ」
「そうか。それは好都合」

今この場で雷蝶を殺しておくか?
生身同士なら、条件は五分。
一対一では向こうに分があるとしても…こちらには曹操達がいる。
いや、だが彼女達が手を貸すだろうか?
どうやら雷蝶も使者として来ているようであるし、使者を斬り捨てるような真似を彼女が許すはずがない。
もちろん自分だけが戦うのであれば許可など必要あるまいが。
強制的に戦わせるようなことは出来ない以上、曹操や春蘭の助力は期待できまい。
自分の配下の兵士達も同様だ。
命令が違えば曹操の命を優先するだろう。

ならばあえて戦う必要もあるまい。
搦め手を用いるのならともかく、正面から戦えば難敵である。
六波羅最強の名は伊達ではないことは、充分に分かっていた。

「ええい、とにかく!…あんたと一緒に茶々丸も斬らないと、麿の気は済まないもの。いずれ決着をつけるわ。首を洗って待ってなさい」
「了解した。それまで閣下もお美しくあられるよう…」
「あら…相変わらず口だけは上手いのね。けれども麿が美しいのは当然のことですからね。おーほっほっほっほっほ!」





















「湊斗!天の国を滅ぼしたってどういうことよ!?」
「そのままの意味だ。」
「まさか本当に…華琳様、やはりこの男は危険すぎます!」

今川雷蝶という天の御使いと、二人の使者が帰っていった後、桂花は景明を詰問していた。
この数ヶ月の働きで、この男の有能さは桂花も認めている。
何をやらせても水準以上に働く。
確かに認めよう、得難い人材である。
だがそれと同時につきまとう不安感。
この男は、容易に裏切る。
有能さを知ったが為に、なおさら景明が敵に回った場合の恐ろしさがわかる。
そして先程の今川なる者の言。
国を滅ぼしたような者を抱えるのは、あまりに危険過ぎる。

けれど、華琳様の答えは変わらない。
使いこなしてみせる、と。
その自信と覇気は、華琳様の最も好ましい部分。
でも今回ばかりは、それが悪い方向に転がってしまうのではないか。
そんな不安感に苛まされる。
春蘭はダメだ。景明に最も友好的な将である。
秋蘭は自分と同じように警戒しているものの、彼の働きを見て徐々にそれを解きつつある。
自分しかいない。
——そうだ。
万が一、湊斗が裏切るような姿勢を見せたならば。
それを御せるのは自分だけなのだ。
武で対抗する事は出来ない。
ならばあらゆる策を立てておく。

湊斗景明。
天の御使い。
桂花と同じように華琳の陣営に属しながらも、その存在こそが。
己の一番の敵となるのではないか、桂花はそう感じていた。








ーーーーーあとがきーーーーーーーーーー

景明と雷蝶の邂逅でしたが、ちょっと拍子抜けな内容。
まぁ今回は顔見せみたいなものです。
本番は茶々丸との合流後。

そして桂花の心情。
ある種のフラグが立った様子。
華琳は空気ですが、この後の連合で活躍してもらいましょう。



[18480] 第三編 延焼拡大-4
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:ad17056c
Date: 2010/06/11 15:47
反董卓連合の軍議は、諸候の名乗りから始まった。
袁紹、袁術、孫策、曹操、公孫賛…
歴史に名を残すことになる英雄達は、後世の評価に恥じぬ覇気を各々が持っている。
しかし、その中でも、注目を集めたのは袁紹、曹操、そして公孫賛の客将、劉備の三者であった。
その理由は唯一つ。
その者達が手中にする、天の御使いなる者達であった。

「さて、あなたが湊斗さん?なんでも雷蝶さんと同郷の方らしいですけど」

袁紹がそう景明に声をかける。
景明は相変わらず無表情のまま、それに答える。

「あぁ、相違ない」

そうですの、と言って袁紹は視線を外す。
大方の事情は雷蝶から聞いているのだろう。
敢えてここで問いただす事もないということか。

その雷蝶はと言えば、無言でこちらを睨んでいる。
腸が煮えくり返るかの如き内心は隠せてはいないものの…この場で仕掛けてくる気もなさそうだ。
確かにこの場で仕掛けようものならこの連合は瓦解するが、そんなことは自分たちにはどうでも良いはずなのだ。
だが、雷蝶は袁紹の臣下であるかのように振る舞っている。
一体何の思惑があるのか。
景明には理解が出来ないが、案外本気で中華統一に手を貸すつもりなのかもしれない。
結局、憶測はできても確信を持つ事はできない。
直接問い詰めることでもしない限り、その真意を計る事は難しいだろう。
ならばこの場で考えても仕方がない。
景明もまた、袁紹と雷蝶から視線を外した。
もちろん、警戒は怠らないが。
そうして視線を移した先には、一人の男がいた。
その男に向け、袁紹が声をかける。

「それで…ええと、本郷さんでしたわね?あなたも彼らと同郷の方ですの?」

北郷一刀と名乗ったその男。
彼もまた、"天の御使い"であるという。
知った顔ではないが、なるほど、確かにその名を聞けば大和の民であろうことは知れる。
まだかなり若い…学生、程度の年齢であろうか?

「あぁ、うん。名前の感じからしても、たぶん同じ『天の国』…『日出ずる国』から来たんじゃないかなぁ?二人とも見た事ある人じゃないけど」
「あら、雅な呼び方ですこと。それにしてもあんた、我が国の民でありながら、麿のことを知らないと?」
「え?…うーん、やっぱりみたことないよ。えぇと、雷蝶さんは有名人かなにかなの?」
「……」
「…くく…どうやら雷蝶、思ったよりもお前の顔は売れていないらしいな」
「うるさいわね!…もし戻れたら、学校教育の見直しもしないといけないわ」

怒りに震える雷蝶。
それにしても、六波羅の四公方である今川雷蝶の顔も知らないとは…よほど知識のない者だ。
着ている服は学生服の一種であるようだが…遊び呆けて何も学んでいない類の者なのだろうか。
どちらにしろ、自分や雷蝶に比肩する能力の持ち主ではないだろう。
六波羅の関係者でないのならば、武者であるはずもない。
三国志演技の主役である劉備の勢力に降り立った者であるため警戒したが…これなら特別注意する必要もあるまい。

「どうやらこの三人が天の御使いであることに間違いはなさそうですわね。つまり…この私と、華琳さん、そして…劉備、さんでしたわね?この三人の誰かが中華を統一することになるということですわ」

挑発的に華琳を見る袁紹。
華琳は面白そうに笑みを浮かべ、応える。

「いくら天の御使いを手に入れても、上に立つ者の器量がなければ宝の持ち腐れ。覇道を進むは、この曹孟徳意外に有り得ないわ」
「相変わらず、小さいのに自信だけは大きくおありなのね、華琳さんは。この大陸を制するは、華麗で美しい、この袁本初ですわ」
「自信だけはある、その言葉、あなたにそのまま返すわ」

お互いが自信に満ちた表情で対する。

「わ…私達だって負けないよ!苦しんでいる人たちを助けるためにも、私達も頑張るんだから!」
「へぇ…劉備といったかしら?その御使いは湊斗やそこの今川のように武に優れた者には見えないけれど?」
「そうですわ、同じ天の国の使者といえど…雷蝶さんの美しさには足下にも及びませんわ」
「う…」

そこに袁術が口を挟む。

「むー、妾じゃ、天の御使いなどいなくても、妾が一番なのじゃ!」
「なんて空気の読めなさ!さすが美羽さま!!」
「そうじゃろう!」

袁術の言葉で弛緩する空気。
毒気を抜かれたように、袁紹と曹操は冷静になる。

「…まぁ、誰が覇者となるかはいずれ分かる事ですわ。今は軍議を進めましょうか」
「えぇ」

しかし指揮体系も明確にならない急造の軍に、細かい作戦が成り立つ筈もなく。
進軍順だけ定め、戦においては各勢力の裁量に任せる事となったのだが。
その進軍順について、それまで口を挟まなかった孫策が意見を出してきた。

「先鋒は、劉備殿の軍に任せてはどう?」
「え!?」

その意見には皆が驚く。
誰がどう見ても、劉備の軍はこの中では最も脆弱な勢力であり、先鋒を務めるに充分な戦力を有していないのは明らかであったからだ。

「孫策さん、理由を聞いてもよろしいかしら?」
「えぇ。袁紹殿、あなたは先程言ったわね。天の御使いを有する三者のいずれかが覇者になるのでは、と。確かに、あなたのところの今川さんや、曹操殿の湊斗さんが類稀な武を有する事はわかるわ。相対せずとも伝わってくるその武、それを持つのが男となればこの世界では有り得ぬことだとわかる。でも、劉備殿のところの北郷さんにはそれが感じられない」
「で、でも!ご主人様は戦えなくても、すごい人なんだよ!!」

ご主人様?…と首を傾げつつも孫策は続ける。

「ならそれを証明してみると良い。打ってつけの舞台ではないか。劉備殿、あなたが本当に天に選ばれし者ならば、この程度の戦場で脱落するはずもあるまい?」
「そ…それは…」

孫策の言葉に言い返せぬ劉備。
天の御使いを有する勢力が覇道を成す。
それは、天の御使いを持たぬ勢力にとっては当然面白くない話だ。
その中でも特に、居並ぶ勢力の中で劣る劉備に矛先が向くのも当然であった。
このまま軍議を進めると、袁術が先鋒に立候補し、そして実際の戦いは自分たちに押し付けられる、そういった事を予想した思惑もあって、孫策は劉備にそれを押し付ける事にした。

「誰か反対の意見はございまして?…えぇ、なら劉備さんに先鋒はお任せしましょうか」
「…わかりました…」

厄介な役目を押し付けられた劉備。
高潔な意思はあっても、この場の諸候と比べると経験に劣る劉備にはそれを覆すことができなかった。

斯くして、先鋒は劉備が務めることが決定する。


そしてこの事が、一人の大英雄を生み出す要因となったのである。





















「桃香様!私達だけで汜水関を落とすというのは、本当ですか!?」
「えぇ…朱里ちゃん、どう?私達だけでどうにかできるかな?」
「…いいえ…どんな策を立てようと、兵力も物資もあまりにも少なすぎます」
「そうだよね…。パイパイちゃんに頼むとしても、そんなに多くは無理だろうし」
「はい公孫賛さんにも、余裕はあまりないと思います。」

頭を悩ませる桃香と朱里。
そこに一刀が声をかける。
だったら、あるところから借りればいいじゃないか、と。





「兵と物資を貸せ、ですって?」
「うん。私達だけじゃどうしても足りないんだ。孫策さんにああまで言われたけど、やっぱりこればっかりはどうしようもないんです」
「いかに私が多くの物資や兵を持っているとしても、それを貴方達に与える必要がどこにあって?」

袁紹に掛け合うものの、返答は当然予想されたものだった。
しかしここで一刀が口を挟む。

「いや、袁紹さんはこの連合でも一番の英雄だしさ。俺たちは一番弱小な勢力だから、やっぱり袁紹さんに助けてもらいたいんだよ。何より袁紹さんは華麗で美しいし。」
「ちょ…ちょっと!」

こいつは何を言っているのだろう、そういった目で一刀を見つめる桃香。
——が、しかし。

「あなた、天の御使いだけあって、雷蝶さんと同じように美しきものとは何かよくお知りのようですわね」
「もちろん。いや、俺じゃなくても袁紹さんの美しさは自明の理だよ」
「おーほっほっほ!当然ね。…いいわ、劉備さん。北郷さんの目に免じて、あなたに兵と物資を貸してさしあげますわ」
「本当に!?ありがとうございます!!」

喜ぶ桃香。
うまくいった、と北郷も内心手を叩いている。

「あ、でもね劉備さん」
「はい、何でしょうか?」
「これは大きな貸しですわよ。そのことは、よく覚えておいて下さいね」









ーーーあとがきーーーーーーーーーーーーーーー

さすがにこれ以上更新が遅くなるのも…と思い投稿。
短いですがこれでご容赦下さい。

さて、劉備&一刀勢力の出番がやってきました。
景明さんや雷蝶さんには劣りますが、この一刀君も普通の一刀ではありません。
次話でそれも明らかになります。
それではまた。



[18480] 第三編 延焼拡大-5
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:e7360b50
Date: 2010/06/14 02:47
「うん、これで何とかなりそうだね!」
「はい、桃香さま。ですが兵力に劣ることに変わりはないので、正攻法では難しいと思います。」
「そうだよね。ご主人様はどう思う?…ご主人様?」

そこでようやく問われていることに気付く。
慌てて返答する一刀。
汜水関は…確か、"前の時"は華雄を誘き出して、愛紗が一騎打ちで下したんだったよな。
今回もそれで大丈夫だろう。

「ん?あ、あぁ。そうだな、どうにかして頭を誘い出せると良いんだけど」
「はい、ご主人様の言う通りですね。汜水関の将は勇名を馳せる華雄将軍で…」

後は朱里に任せておけば"前回"と同じ策がとられるだろう。
一刀の関心は、目前の先頭とは別にあった。
この世界は、"前の"世界とは違う。
それは分かっていたはずだった。
自分が務めていた劉備のポジションに、"桃香"という存在がいたから。
だがそうとは分かっていても、自分と同じ、日本から来た天の御使いが他に2人いる。
その事実は一刀をかなり迷わせていた。
もしあの2人が自分と同じ時代から来たとしたら、三国志の知識を持っているはずだ。
それぞれが曹操や袁紹を勝たせるため、未来知識を利用するだろう。
そうなれば、歴史は大きく変わっていく。
自分の最大のアドバンテージである知識が役に立たなくなる…それが恐ろしい。
無論、未来知識という反則技がなくても、桃香や愛紗をはじめとした仲間たちと力を合わせれば何でもできる、という自信はある。
以前の自分とは違う。
力はなくとも、その志と覚悟は桃香たちにも劣らない。
けれども。
先ほどの天の御使いたちは、自分のようなただの日本人にはどうしても見えなかったのだ。
格好も、戦国時代の武士のような出で立ちであったし、何よりその雰囲気が違う。
今の一刀になら分かる。
あれは多くの人を斬ってきた者が纏うものだ。
そんな人間、一刀の時代の日本には、少なくとも一刀の周りには存在しなかった。
未来知識と、抜き出た武。
それが合わさった時、どのような力を生み、それがどれほどの影響をこの世界に与えるのか。
一刀には全く予想がつかなかったのである。

(あまり気は進まないけど、貂蝉に会うしかないよな。あいつなら色々知ってそうだし。後は…白装束か)

マッチョなオカマと厄介な妖術道士たち。
嫌な選択肢を思い浮かべ、一刀はため息をついた。





















「さて、劉備のお手並み拝見、といったところかしら」
「先鋒を譲っても良かったのか?」
「えぇ。虎牢関も残っているし、そもそも今回の戦いは洛陽での働きが重要。董卓を討ち取ることができた者が、覇道へ一歩先んじることができるわ」
「そうか」

一番槍を預かる名誉…中華の将にとって、武士にとってのそれほど重要なものではないらしい。
そうであるならば実利をとるのみ。
だからこその、弱小勢力への押し付け、か。

「湊斗。あなたは劉備をどう見た?」
「…さて。一見しただけでは、ただの小娘のようにしか見えんが。『天の知識』から言えば…曹操、お前にとって大きな障害になるだろうな」
「へぇ。なら、いくら寡兵とはいえ関一つ落とせない人物ではない、ということね。桂花。劉備はどんな策をとると思う?」
「はっ。あの兵力で篭城戦は無理があります。敵兵を誘き出すことがまずは第一」
「けれど、それは敵も分かっているでしょう」
「はい。敵将の華雄将軍は誇り高く、またその矜持に恥じぬ武の持ち主。しかしあるいはそこが、突き崩す点かもしれません。…春蘭が相手だと思えば、いくらでもやりようが考えられる。そういうことです」
「…ちょっと待て。なぜそこで私の名前が出てくる。」
「武は立つけれど知能は足りない。猪突猛進とはよく言ったものだわ」
「だ…誰が猪だ!」
「ふふ…確かに春蘭なら、挑発でもされればすぐに飛び出していきそうね」
「華琳さままで…」

肩を落とす春蘭。
それを見て優しく笑う華琳と秋蘭。

「華琳さま。どうやら劉備が行動を起こすみたいです」
「えぇ。あれは…確か、関羽。」

劉備軍がゆっくりと、そして堂々と進軍し、関の前に陣を張る。
そして、一人の将が先頭に立つ。
美しく、そして有能そうな武将であったこともあり、華琳はその名を覚えていた。
劉備の一の将、関羽。
その関羽が、敵将である華雄の挑発を始める。

「…さすがに、あれで出てくるような将はいないのではないか?」

景明がぽつりと口にする。
安い挑発だ、あれではさすがに…例え雷蝶でも乗るまい。

「甘いわね湊斗。春蘭だったらあれくらいでも充分よ」
「桂花!だからなぜ私の話になる!」
「まぁ、とりあえず見てみましょう。春蘭も熱くならないで」
「はい…」

華琳に言われては大人しくしているしかない。
戦況を見守りながら、春蘭は敵将である華雄を内心応援していた。

(頼むからそんな挑発に乗るなよ、出てくるんじゃないぞ。出てくるようでは猪武者であると表明しているようなものだぞ。いいか、出てくるなよ)

――しかし。

「敵将、関より出てきました!」
「兵が後に続き、劉備軍に突撃しています!!」
(あぁ!)

春蘭の内心に関わらず、華雄は突撃していく。
その様子を見て、華琳が言う。

「どうやらあなたの予想があたったようね、桂花」
「はい。猪武者に対しては、あの程度の挑発で充分です」
「えぇ。華雄は武はともかくとして、知のほうはかなり足りないみたいね」

(なぜ私がこんな思いをしなければならないのだ…)

華雄に対する評が、そのまま自分に当てはまるように感じ、春蘭は肩を落とした。








――――――――あとがき――――――――――――――――

この一刀君、二週目、正確に言えば無印恋姫→真恋姫の一刀君でした。
覚悟やら何やらは原作よりもありそうですが、他の2人に比べると見劣りしますね。
それにしても短すぎてすみません。
更新ペース上げるんでご容赦を。

6/14 誤字をいろいろ修正



[18480] 第三編 延焼拡大-6
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:e44b41a0
Date: 2010/06/14 02:44
汜水関の守将、驍騎校尉華雄。
董卓配下の並み居る将の中でも、その武勇は名高い。
彼女が現在の地位にまで上り詰めたのは、その武以外にない。
策謀が渦を巻くこの時代に、ほぼ戦功のみで上り詰めたことに対し揶揄の声も聞く。
しかし華雄本人は、その事を己の矜持とし、逆に誇りとしていた。

猪武者。無鉄砲。向こう見ずな野蛮人。

どのように言われようと、弱者の妬みを意に介することはない。
が、しかし。
自分と同じように武に生きる将から、『臆病者』と罵られること。
これは断じて許せるものではなった。
安い挑発ということは分かっている。
自分の任がこの汜水関にて敵軍の足止めであることも分かっている。
自分が時間をかければかけるほど、董卓たちに時間が生まれることも分かっている。
戦場にて、時間の価値は金塊にも勝る。
戦の準備を行うにしろ、逃走するにしろ、董卓たちに今最も必要なのは時間なのだ。
それも分かっている。

分かっている、が。
そもそも、あの連中を殲滅さえしてしまえばそれで良いのではないか?
連合の兵は大兵力なれど、先鋒として向かってきている劉備軍は寡兵。
自軍はその数倍の兵力があるのだから、押し潰してしまえば良い。

背後で煩く張遼が小言を言っているが、聞こえぬ。
我が軍には、臆病者はいらぬのだ。
だから向かおう。
己が鍛えし兵達とともに、己が矜持を守るための戦いへと。







「本当にこれで華雄が出てくるんですか?流石に自軍有利の状況をあえて捨ててくるとは思えないのですが…」
「あぁ、敵軍の将が華雄なら、出てくるよ。そこは天の御使いの言葉ってことで信じてもらえないかな?」
「ご主人様がそうおっしゃるのであれば…」
「うん、まぁもし出てこなかったら、二人が立てた作戦で行こう」

軍の大部分を袁紹軍に押し付ける。
二人の作戦に待ったをかけたのは一刀だった。
兵力に劣る自軍だ、袁紹軍を巻き込むというのはなるほど良い策だろう。
だが、それでは汜水関一番乗りの功名をとられることになる。
前の世界と違い、袁紹はそこまで愚かなようには見えない。
兵や物資のことも『貸し』だと言われている。
その袁紹に戦功まで奪われては…まずい。
幸い、今の状況は『前回』と相違ない。
だが戦が進むにつれ、大きく状況も変わっていくだろう。
ならば、効果的に戦功を上げるなら今、だ。

――華雄を討ち、寡兵にて汜水関を落とす。

それを為すことで劉備の、自分たちの勢力の名を響かせることができる。
自分に武はない。
鍛えているとはいえ、足手纏いにならない程度が関の山。
ならば残るこの知と心で、この天下をとる。
誰もが平和に暮らせる、優しい世界を。
その劉備達の高潔な志を叶える為、自分のできることは全てやる。



「あわわ、ご主人様、本当に華雄が出てきました!」
「な、言っただろう?手筈通り、愛紗と星に合図を送ってくれ。」
「わかりました!」

怒涛の勢いで迫る華雄軍。
それを眺める二人の将。
関羽と趙雲である。

「ふむ、本当に出てきたか。流石は主。先見の明は恐ろしいものがあるな」
「それにしても、華雄というのは本当に愚かだな。何か考えあってのことか?」
「さて。だがこれが主のいうようにただの猪突であるのならば、作戦はうまくいきそうだな」
「あぁ。ならば手筈通り、まずは一当てといこうか」


「勇敢なる兵士達よ!恐れるな!勇気を示せ!」
「皆が持つ力…その全てを振り絞り、勝利の栄光を勝ち取るために!」
「我らに勝利を!」
『勝利を!!』
「我らに栄光を!」
『栄光を!!』
「「全軍、抜刀せよ!」」
『おぉーーー』






















「華将軍!敵軍後退していきます!」
「思ったよりも歯ごたえはあったが…このまま押し切れそうだな。突き崩すぞ!」

あれだけ挑発しておいて、この程度か。
確かに寡兵にしては良く粘る。
良き将に率いられている証拠だが、それだけだ。
今にも突き崩せるだろう。
そしてそのまま、連合の本隊を叩いてやる。

「敵軍、陣が崩れました!中央、突破します!!」
「良し。深追いしすぎるな。眼前の敵兵よりも、先の本隊を叩くことを頭に入れろ!」
「はっ!……将軍!前方が矢の斉射を受けています!!」
「ちっ、左右に散ったのも作戦か。」
「そのようです。背走の姿勢を見せていた兵達が反転してきます!…前方より新たな援軍!」
「慌しいな。これでは乱戦になる。…仕方がない、とりあえずは目前の邪魔者を蹴散らすぞ!」
「敵後方部隊の一部が東へ!退路が…!」
「陽動だ!!派手に動いているだけで兵数は僅かだ。無視せよ」
「しかし、前線の兵士達の間に動揺が走っております」
「それを何とかするのが貴様ら仕官の役割だろう!何とかしろ!…それにしても、何といやらしい敵だろうか」

正面からぶつかれば、まず負けることのない兵力差がある。
乱戦になってしまったが、このまま戦闘を続けても押し潰せるだろう。
だが、余計な消耗を強いられることになる。
劉備の軍だけを破れば良いのではない。
むしろ本番は後に率いる袁紹や曹操の軍だ。
ならば一度引くか?
いや、出ておいて何も為さずに戻るなど恥以外の何者でもない。
せめて首級のひとつでも挙げてから。
体勢を立て直すのはそれからでも良いだろう。

しかし、華雄が冷静に考察を進められたのはそこまでだった。
ある言葉が、その耳に入ったからだ。

「いたぞ!あれが敵将の華雄だ!!」
「お、凄いけど、関羽様のほうが上だな!」
「趙雲さまにも劣るんじゃないか?」

一瞬で血が昇る。
そしてそこに。

「華雄は何処か!?腰抜けでないと証明したくば、この関雲長と一騎討ちを果たしてみろ!!」

いい度胸だ。
散々舐めた挑発を繰り返した報い、直接受けさせてやる!





「どうやらうまくいったみたいだね、ご主人様」
「そうみたいだな。後は愛紗次第だ…」
「愛紗ちゃんが心配?」
「そりゃあな。華雄に愛紗が劣るとはまったく思わないけれど、それでも万一はあるから」
「うん。でも愛紗ちゃんがご主人様を信じて作戦に従ったように、ご主人様は愛紗ちゃんを信じてあげないと!」
「あぁ、わかってる。…朱里、雛里!華雄を討ち取った後の敵兵の動きは…退く、よな?」
「はい、一度体制を立て直すはずです」
「華雄に並び立つ将もいないようですし、即応できずに混乱する可能性もあります」
「よし。予定通り追撃戦の準備をするぞ。砦に篭られたら厄介だからな。細かな支持は二人に任せる!」
「「了解です!」」


斯くして戦況は、一刀の思惑通りに進んでいた。
にも関わらず、一刀の脳裏には漠然とした不安がよぎる。
それが単なる思い過ごしでなかった事は、直後に知れることとなる。

――痛恨の思いと共に。






――――――――あとがき―――――――――――――――――――

ようやく戦が始まりました。
景明さんや雷蝶さんの活躍はしばらくお待ちを。
茶々丸陛下はあと2~3話お待ちください。



[18480] 第三編 延焼拡大-7
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:ad17056c
Date: 2010/06/15 05:31
「手出しは無用!劉備様一の臣、関雲長が華雄を討つ!」
「言ってくれるな。こちらも手出し無用だ!この身の程知らずには、私が直接思い知らせてくれる!!」

有り難い。
まさか、これほど兵力が上回っているのに、将自ら一騎打ちを名乗り出るとは。
華雄の猪突に助けられる。
いや、恐ろしきは、この人となりを完璧に見切った北郷一刀か。
会った事もない人物の性格を把握し、その弱みを突く。
まさに天の御使いらしい冴えた采配に、愛紗は一刀の評価をまた修正せざるを得なくなった。
後は、自分次第だ。
自分がここで華雄を下せれば、戦の勝利は間近。
寡兵で敵を打ち破った桃香さまの名は一気に高まる。
それは、自分たちの理想の世の実現に一歩近づくという事に相違ない。

自分の目の前に、敵将・華雄が躍り出て来たのを見て、愛紗は己の愛刀である青龍偃月刀を握り直す。
高らかに名乗りを挙げながら、冷静に相手を見る。

華雄が握るは、戦斧・金剛爆斧。
その巨大な獲物は、明らかに威力ではこちらに勝る。
重ければ重いほど、その武器を扱うために力も技量も必要となるが、猛将と名高い華雄だ、そのどちらも充分有しているだろう。
己の愛刀も八十二斤に迫る重さの大剣であるが、さすがに打ち合いでは武が悪い。
…となれば、持久戦に持ち込まれてはまずい。
一合。
神速の一撃を持って、打倒する。

——気力が満ちる。

それは相手も同じようで、お互いの気がぶつかり合い戦気が満ちる。
華雄は戦斧を上段に担ぎ、こちらを見据えている。
…すぐに飛び込んでくると思ったが。
指揮官としてはともかく、こと直接戦うことにおいては冷静さは欠かないか。

華雄は動かない。
愛紗も正眼に構えたまま、動かない。

戦場の中で、この場だけが不思議な静けさに支配される。
周囲の喧噪も、戦の情勢も、この時ばかりは忘却の彼方へと捨て去られる。
全ての感覚を相手の一挙手一投足に集中して注ぐ。

今、世界には、己と敵の二人しか存在しない。


奇妙な静寂を破ったのは––愛紗だった。
じり、と距離を詰める。
華雄はそれを視界に治めながら、眉一つ動かさない。

当然だ。
膠着状態が続けば続くほど、不利になるは愛紗。
華雄は、目の前の相手の打倒に長い時間をかけても構わない。
だが愛紗は違う。
時間を使えば使うほど、戦況が自軍の不利へと傾くのだ。
この猛将を、"なるべく早く"打倒しなければならないのだ。

だが、どうする?
じり、と摺り足で距離を縮めながら愛紗は考える。
お互いの間合いは、ほぼ同距離。
このまま距離を縮め、間合いに入った所で仕掛けて—華雄のそれよりも速く、一撃を入れられるかどうか。
勇名轟く華雄だ、その一撃の速度は己を上回るか、そうでなくとも同等だろう。
それに、相手には自分が取れぬ選択肢もある。
即ち、こちらの一撃を、その武器で受けるということが。
確かにあの上段の構えでは、受けの動作は遅れる。
が、その武器の重量もあって、振り下ろす速度はかなりのものになるだろう。
つまりは。
こちらの一撃がもし、斬り上げたり、突くようなものであれば、即座にたたき落とされる可能性が高い。
そしてその後に訪れる致命的な隙を逃す阿呆ではないだろう。

——ならば。

愛紗は、正眼に構えていた己の愛刀を、ゆっくりと持ち上げていく。
そして、華雄と同じように上段に構える。
それを見た華雄は初めて表情が動く。

「ほう、私と剣速を競うか」

絶対の自信があるのだろう、面白そうに華雄は言う。
そう、そこだ。
自分が突くべき華雄の隙は、その自信。
この場で言葉が出るというのは、心の隙の表れだ。
言葉は呼吸を伴う。
息を吸いながら、まともな言葉を発する事は出来ない。
呼吸は動作を読む一番の材料である。
それを読まれないよう、立ち会いの際にはお互いに呼吸を隠す。
言葉を発する、というのはそれを放棄するという事だ。

つまりは過信。
こちらの力量を侮っている。
己の技量に対する絶対の自信が、相手の技量を見誤らせている。
その目の曇りこそが、愛紗の突くべき隙だ。

自分がもし呂布のように、天下にその武勇が知られた存在であれば。
華雄はこうも隙を見せなかっただろう。
いずれ、この名を天下に轟かせてみせるが。
今は己の無名さに感謝しようではないか。

そしてお互いの距離が、三丈ほど(約7m)に近づく。
まだ一歩の踏み込みでは間合いに入らぬ距離。
そこで愛紗は一気に距離を縮めた。

「来たな…!!」

華雄はそれを迎え撃つ。
愛紗の速さは、自分の想定内。
この程度の速度であれば余裕がある。
間合いに入る瞬間を見定めて斬り捨ててくれる!

だがそれこそが、愛紗の狙いであった。
所詮は自分より劣る将。
その侮りが、愛紗の速度の限界を見誤らせる。

そうして、次の一歩を。
愛紗は"今度こそ本気で"、強く地を蹴った。
急激に加速する身体。

「何っ!?」
「遅い!!」

一瞬の遅れ。
瞬きの時間にも満たぬそれこそが、華雄を致命へと誘う。
その戦斧を振り下ろす前に、愛紗の刀が届く。
過信への後悔もできぬ間に。
華雄の意識は鮮血とともに途切れた。

「敵将、華雄!関雲長が討ち取ったり〜!!」

決闘の間は、時にすれば数秒にも満たぬ。
後世において、酒が冷める前に討ち取ったと伝えられるこの一戦。
それが薄氷の勝利であった事は、愛紗のみが知る。





















「ご主人様!愛紗さんがやってくれました!!」
「よし!桃香今だ!!」
「うん!…みんな!敵は将を失って混乱している。この戦は私達の勝ち戦だよ!!一気に勝負を決めよう、全軍突撃!!」
『うおおおおおおおおお』

消沈する敵兵は、勢いを増す攻勢に、後退していく。
追撃戦となれば、いくら数に勝る相手でも容易に御せる。

「よし、朱里。手筈通りに頼む」
「はい!諸候にも合図を送ります!」

先鋒の役目は果たした。
敵将を打ち破り、敵兵を敗走させている。
戦局は決した。
砦には後詰めの部隊もほぼいないことが分かっている。
張遼などの主立った部隊はすでに虎牢関に向かっている事を一刀は知っていた。

後続の連合軍がこのまま進軍すれば、汜水関はすぐに落ちる。
道を切り開けば進軍する約束であったから、これも問題はないだろう。
先鋒の役割は十二分に果たした。
ほぼ自分たちの勢力だけで落としたのだ。
前の世界よりも大きな戦果。
自分自身に武がなくとも、こうしてより良い結果を引き寄せることが出来る。
自分にもできることはたくさんある。

こうして自信を新たにしていた一刀。
その気分が続くのは、後に一報が入るまでであった。


「趙将軍、流れ矢を受け負傷!」





















「華琳様!敵軍敗走していきます。進軍の合図も出ました!」
「…えぇ。軍を進めなさい。慌てる必要はないわ。」
「はっ!」

桂花に指示を与える華琳。
戦局の決まった戦では大した武功は挙げられぬ。
戦の後始末に躍起になるより、この後に待つ、より大きな戦いに備える。
それにしても…

「劉備、ね。どうやら口だけの者ではないようね」

此度の働きにより、劉備の名は広まるだろう。
英雄の誕生。
今は雛に過ぎなくとも、いずれは大きな敵となるだろう。
その予感に、なぜか華琳は頬を緩める。
強敵の出現。
悪くはない、悪くないではないか。
その者が大望を持つ者であれば尚更だ。

「劉備も天の御使いの加護を受けていたわね。湊斗、あなたから見て劉備はどうだった?」
「さて」
「何を言っても構わないわ。正直な所を言いなさい」
「…志だけでは成し遂げられぬ。結局意思を押し通したければ力が必要だ」

新田雄飛、岡部弾正、そして、村正…
懐かしい顔が頭に浮かぶ。
力なき故に、その志を成せなかったもの。

「そう。あなたには私と劉備、どちらが覇者に相応しいと思う?」
「相応しい、などというものはない。勝ったものが覇者となる、それだけだろう」


そうだ、結局この世は力が全て。
意思を通したければ、勝ち続けるのみ。
そこに善悪はないのだ。

どうやら村正、今更ではあるが、お前の善悪相殺の理は正しかったようだ。
戦は続いている。
こうしている間にも、数多くの命が失われている。
その光景を見ながら、景明は皮肉気に笑った。









ーーーーーーーあとがきーーーーーーーーーーーーー

景明さんが空気なので無理矢理入れました。
次は虎牢関戦、いよいよ閣下が…!



[18480] 第三編 延焼拡大-8
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:e7360b50
Date: 2010/06/15 05:43
「あっれぇ~…姫ぇ、なんか虎牢関の奴ら、外に布陣してるみたいなんですけどー」
「外に?篭城もせず?…軍路に沿わないなんて、何か策でもあるのかしら?」
「敵の将は飛将軍呂布。天下無双と名高い彼女を活かすためには篭城戦よりも野戦だとは思いますが…流石にちょっと軽率なんじゃないかな?」

文醜が面白がるように言い、袁紹訝しみ、顔良が考える。
それほど解せぬ布陣であった。
まさか、先日の華雄のような蛮勇が理由ではないだろう。

その3人に声をかけるものがいた。
天の御使い―――今川雷蝶である。

「天下無双…ね。その呂布というのは、それほど優れた将なのかしら?」
「はい。その武は比肩する者なし、と。黄巾の賊3万を一人で蹴散らしたという話もあります。」

顔良のその言葉に、雷蝶は驚きを見せる。

「3万…何その化け物は。でも面白いわね。麗羽さん、その呂布とやら、この私に任せていただけないかしら?」
「えぇ。私からも頼むつもりでしたわ。呂布の相手、ぜひお願いしますわ。」
「うふふ。そうね、後世にも伝わるその武、麿が計りましょう。この戦場に満ちる気配はまさしく決戦のそれ。この血の滾り、いい気分よ」







――そして曹操陣営では。

「虎牢関の防衛に当たっている部隊が、城外に布陣したようです。」
「虎牢関から出て?……またか。馬鹿か、奴らは」
「ふむ……桂花。あなたはどう見る?」
「はっ。…さすがに華雄と同じようにただ突撃をするということはないでしょう。本体を晒して敵の目を惹きつけ、伏兵を利用する…というのが定番です。」

その桂花の言葉に秋蘭が補足し、春蘭が続ける。

「なるほど……崖の両側に伏兵を配置し、突出してきた敵に斉射するか。そうなれば混乱は必至だな」
「となれば、別働隊を崖の上に派遣し、伏兵を殲滅するしか無いな。ならば私が…」

しかしそれを華琳が制する。

「待ちなさい、春蘭。敵の狙いはそのようなものでは無いわ」
「は…そうなのですか…?」
「えぇ。風に靡く軍旗に充溢している決意。…それがわからないかしら?」

その言の意味を読み取る秋蘭。

「ふむ…華琳様は敵が決戦を望んでいると?」
「そうよ。敵は飛将軍呂布、そして驍将と讃えられる張文遠。……その二人の旗に、決戦への渇望が見て取れる」

しかし桂花は、軍師の立場からそれに疑問を呈す。

「しかし華琳様。お言葉ですが…今の状況では伏兵を使って我らの戦力と戦意を削ぎ、時機を見て連合軍の本陣を急襲して袁紹の首級をあげるか、兵を纏めて退却するしか方法はないかと…」
「軍略として見るのならば桂花の言う通りでしょう。」

だが、と華琳は続ける。

「桂花。孟徳の片腕ならば、事象ではなく敵の魂をも見抜いてみせなさい」
「魂…ですか」
「そう。二人の気高い魂。そしてそこから導き出される軍略。どちらか一方を見ただけですべてを見抜いたと思うのは早計でしょう。……敵はおそらく、堂々たる決戦を行い、連合に痛手を与えた後で悠々と退却を敢行するはずよ」

その華琳の言葉にまさか、と春蘭はいう。

「いくらなんでもこの兵数差で、しかも虎牢関に拠ることも無く、決戦したあとで退却出来るなどと…本気で考えているのでしょうか?」
「えぇ。…湊斗、あなたはどう思う?」
「…『常識』で計れば、春蘭や荀彧の言う通りだろう。だが、今回の相手は、常識外の相手なのだろう?」
「そうか…呂布なら、あるいは」

飛将軍呂布。
雑兵とはいえ、三万もの兵を蹴散らす武勇はいかほどか。
その技量に興味は沸くが。
己の命と天秤にかけてまで刀を合わせるつもりは無い。
この命は、魏のためにあるのでも、己のためにあるのでもない。
ただ、光のためだけに使われるものだからだ。

「さぁ春蘭。秋蘭。軍を動かしなさい。」









――先鋒、劉備陣営では。

「敵軍、突撃を開始しました!」
「くっ…本陣からの指示はないのか?」

朱里の言葉に答える本郷の声は、どこか覇気が欠けている。

「はい!この戦いにおいても、それぞれの陣に戦術は一任すると!」
「そうか…桃香、どうする?」
「どうするって言っても…とにかく迎撃体制を整えるしか!」

指導者である桃香と一刀、そのどちらもが焦りに支配されている。
この戦に集中し切れていないのは明らか。
軍師の二人も、どことなく精彩を欠いている。
――このまま戦いになってはまずい。
愛紗は強く声をかける。

「ご主人様!桃香様!…今は目の前の戦に集中してください!」
「「で、でも…」」
「星はあの程度でくたばるような人間ではない!それに!!あなたたちの目標は、味方一人の怪我で諦める様な、そんな小さなものではないはずだ!」
「!…そうだ、よな。こんなところを見られたら、後で星に笑われる。…桃香、部隊の配置を!」
「うん、そうだね、ご主人様!ごめんみんな。雛里ちゃん、朱里ちゃん、陣はどうする?」
「まずは雁行の陣を敷きましょう!」
「その後は敵の動きに合わせて陣を変えます!本隊の合図に注意しておいてください!」
「よし…桃香。号令を頼む!」
「うん!みんな、この戦いに勝てば落葉は目と鼻の先だよ!勝って、洛陽に行って、困っている人たちを助けよう!これまでこの戦で命を落としたり、怪我をしたりした仲間たちのためにも!!」
『応!』
「全軍前進!」
『応っ!!』





















やや受身となった連合は、最初は呂布軍に押されるものの、徐々に押し返していく。
傾きかけた天秤を一度元に戻せば、後は数に勝る連合が有利となる。
諸侯が連合の勝利を確信し始めたとき、"それ"は訪れた。

「呂布だー!呂布が現れたぞーー!!」
「ぐあ、相手にならねぇ」
「化けもんだ!!」

劣勢を挽回しようと、呂布自らが討って出てきたのだ。

「ちっ…鈴々!我ら二人で呂布を止めるぞ!」
「分かったのだ!」

鬼神のごとき進撃を止めようと、愛紗と鈴々がその前に出る。

「ここから先は通さん!」
「先へ行きたければ、鈴々たちを倒してみるのだ!」
「…ふふ」

二人を前にして静かに笑う呂布。

「何がおかしいのだ!?」
「…二人がかりなら止められると思った?」
「何!?」

一閃。
呂布の持つ方天画戟が振られる。
それを受けただけで、二人はその衝撃に飛ばされる。

「ぐう!なんだこの力は!?」
「うわ、こいつ、鈴々よりも力があるのだ!!」

わずか一合にして悟る。
二人がかりであっても、この呂布には到底及ばないのだと。

ならば、決死の覚悟で止めるのみ。

しかし、そう決意する二人と呂布の間に、一人の男が立った。
その名を――今川雷蝶。

「あんた達は下がってなさい」
「なっ!あなたは今川殿!?…しかし呂布にここを通しては!!」
「呂布の相手は麿がするわ」
「こいつはとんでもなく強いのだ!3人がかりで戦うのだ!」
「…この今川雷蝶が、そんな真似をしたとあっては、お父様にも顔向けできなくなるわ。いいからあなた達は下がりなさい。…劉備の本隊もあまりいい状況ではなさそうよ?」

そう言われ、視線を移すと。
確かに押される自軍の姿が見える。

「くっ…分かった!この場は頼む!行くぞ、鈴々!!」
「後で加勢に来るのだ、それまで頑張って!」

そう言って二人は去る。
残ったのは、雷蝶と呂布、二人の武神のみ。

「お前…強い」
「あら。さすがにいい目をお持ちね」
「でも…私は負けない」
「さて。天下無双とやらの実力、見せてもらいましょうか」

瞬間に斬りかかる。
反応する呂布。
切り結んだそこから伝わる力は…わずかに雷蝶が勝る!

「く…!」

たまらず引く呂布。
それを追って踏み込もうとした雷蝶の足元に、呂布の方天画戟が迫る。
飛び退く雷蝶。

速度は…呂布が上!

「さすがね。…それにしても、力で上回って速度に劣る。誰かさんとの戦いを思い出すわ、忌々しい」
「…お前、本当に強い…今までで一番」
「ありがと。呂布、あなたに最初に土をつけるのがこの麿であることを光栄に思いなさい」
「恋は負けない…誰が相手であっても!」

再び斬り結ぶ両者。
いや、斬り結ぶという表現は正しくないだろう。
刀を武器とする雷蝶に対して、呂布の方天画戟は単戟。
その間合いは刀と大きく異なる。
本来、相手の武器と合わせるのも困難なものだ。

(悔しいけれど、技量も麿を上回りそうね)

冷静に悟る雷蝶。
己が勝るは力のみ。
その上、武器の特質上、力で呂布に勝ってもそう有利にはならない。
このまま打ち合っては、心鉄が曲がってしまう。
切れ味はともかく、刀は武器としての強度はそう高いものではない。

つまり己が勝るのはその剣速のみ。
体捌きなどの俊敏性、そういった「速さ」は呂布が勝るとしても。
単純な動作の速さは力と比例する。
武器の重さの影響もあり、単純な一撃の速度は上回る。

だがそれがどれほどの優位をもたらすか。
総合力に劣る雷蝶は徐々に押される自身を感じ取っていた。

「…お前は強い。…けど恋はもっと強い」
「うるさいわね!そういうことは麿を倒してから囀りなさい!」

(屈辱だわ…純粋な技量で、麿が遅れをとるとは…)

勝敗は容易には決しない。
だが、いずれ迎える決着がどういったものであるかは、お互いが理解していた。








「雷蝶、六波羅最強の武者でも及ばず、か」
「まずいわね。まさか呂布がこれほどとは…」

呂布の武を見つめる景明と華琳。
苦い顔をしながら、華琳が景明に問う。

「あなたが助勢しても、難しそう?」
「あぁ。武者は…天の国の兵は基本は一対一に特化している。二対一になったところでそう状況は変わらない」

むしろお互いに足を引っ張り合う可能性すらある。
大和の戦は、基本的には一対一が多面で展開するものだ。
もしあの呂布を妥当するとするならば、更なる個の力が必要だ。
つまりは――本来の、『武者』の力だ。

「茶々丸…どこをほっつき歩いている」
「呼んだ?おにーさん」

驚愕して振り返る。

「うわ、珍しい。おにーさんが驚いてるよ」
「茶々丸、貴様…一体何をしていた」
「ありゃ?言ってたでしょ、大和に行くって」
「それにしても遅すぎる」
「ごみん。いろいろ調べるのに時間がかかったんだよー」
「まぁいい、罰はいつでも与えられる」
「折檻決定!?」

騒ぐ茶々丸を横目に、曹操に言う。

「どうやら問題は解決した。」
「…どういうこと?まさか茶々丸はあなたやあの今川よりも強い、と?そうは見えないけど」
「あぁ、そうではない。…本当の天の国の戦い方を、見せてやろうと思ってな」
「?」
「茶々丸!」
「いえっさー。そういえばおにーさん、なんか見知った顔がいるね」
「あぁ。奴もこの世界に来ていたらしい」
「ふーん、でも"あてらの姿"を見たら問答無用で斬りかかってきそうじゃない?あいつ」
「奴は今装甲することができない。生身で武者に挑むほど馬鹿ではあるまい?」

二人の会話は、曹操には理解不能である。
それは軍師である桂花も同じだった。

「ちょっと、わけのわからないこと言ってないで。あの呂布を何とかできるなら、早く何とかしなさいよ!」
「あぁ。…すぐに済むことだ。茶々丸!」
「うん!…おにーさん呼んで!あての銘を!!」





―――――――――あとがき―――――――――――――――

皆さん、お待たせしました。
この話は後々改訂する可能性ありですが、日本勝利記念にとりあえず投稿します。



[18480] 第三編 延焼拡大-9
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:ad17056c
Date: 2010/06/18 23:39
武者とは、如何なる者なりや?
——真打剱冑を纏い戦う者なり。

劔冑とは、如何なる物なりや?
——魂が宿る鎧、最強の兵器なり。

では、劔冑において真打なる物とは?
——鍛冶師の魂を心鉄として完成する、業物なり。

では、虎徹なる劔冑は真打ではあらざるか。
——然り。そも鍛治師によって打たれた物でなく、劔冑と称することも躊躇われる。

では、虎徹は武器ではないのか。
——否。その性能は劔冑と同等。

虎徹は劔冑に劣るか。
——否。数打とは比較にならず、数々の業物に迫るものである。

虎徹を駆る者は、武者と呼べるか。
——否。虎徹が劔冑の定義から外れるものなれば、それを纏う者も武者の定義より外れる事は自明。

では、虎徹を纏う湊斗景明は、武者に劣るか。
——否。虎徹を纏った湊斗景明は、六波羅最強の武者である今川雷蝶を打倒したほどの使い手なれば。

つまり。
数打に迫る兵器すら存在しないこの世界において、虎徹を駆る湊斗景明は武の頂点に立つ。
たとえその相手が、天下無双と称され、またそれに恥じぬ力量を備えた呂布であっても。
ただでさえ、武者と人間には絶対的な差があるのだ。
そしてその武者の中でも、最強の存在の一角を担う今川雷蝶。
かの者を打倒したその武はまさに比肩する者なし。

「獅子には肉を」

だからこそ、湊斗景明は確信している。
己の勝利を疑っていない。
いや、これから始まるは、闘争ですらない。
絶対的強者の、弱者への蹂躙。
戦場を、戦場ですらなくし、ただの狩り場へと変えるその所業はまさしく悪鬼。

「狗には骨を」

だが、それすら今更のことだ。
ただ一つの目的、それ以外の全てを捨てた己に、何の痛痒が存在するか。
——今は、目的の達成の道すら見えぬ。
だが、かと言って何も為さずにいれるほど余裕のある人間ではない。
だから曹操に力を貸している。
そこに一縷の望みでもあれば、それを成す。
元の世界にいた時と何一つ変わらぬ。
神の覚醒と世界移動と。
そのどちらが馬鹿馬鹿しいかなど、論ずるつもりはない。

「龍には無垢なる魂を」

そしてその過程の中で。
障害となるべき物があったなら。
如何なる手段を用いてでもそれを排除する。
だから今は呼ぶのだ。
その銘を。
己の最高の道具である、その至高の一振りの銘を。


「今宵の虎徹は——血に飢えている」





















戦場に突如響いた爆音。
それは、辺りに響く剣戟の音や、兵達の叫びをも超えて彼の耳へと届いた。
呂布も同じ音が聞こえたのだろう、音の出所を見つめる目には疑問が映っている。

——疑問。そう、疑問だ。
この世界の人間に、あの音が——自身があまりにも聞き慣れたあの音が如何なるものであるかなど、わかるはずがない。
この世界ではない、『彼ら』の元の世界。
その主力兵器——劔冑の備える、一つの装置。
武者に宙を舞う力を与える、その機構。
戦場に響いたその音は、合当理が立てる音に相違なかった。

「——————は?」

宙を舞う劔冑。
その姿に誰もが目を奪われている隙に。
彼、今川雷蝶はその場から離脱した。
憎き怨敵。
その姿を目にするだけで怒りが身体を駆け巡る。
だが今アレに対峙するわけにはいかない。
己の劔冑、膝丸は未だに修復を終えていない。
この反董卓の戦が終わる頃には使える程度になっていようが、今はまだこの戦場に持って来てすらいない。
ならば今は耐える時。
人間が武者に対する愚かさを、余りにも知るが故に。

激情を内に秘めながら撤退する雷蝶。
そして同時に憐憫の情を覚える。
希有な武を有する呂布、彼女の行く末が決定されたものとなったのだから。





けたたましい音とともに、一筋の光が天へと昇っていく。
まるで、龍が昇るが如き力強さと速さをもって空へと。
その光景を、戦場にいた誰もが動きを止め、見つめる。
一体何が起きたのか。
動きを止めた敵を斬ろう、と誰かが気付くよりも早く。
昇竜は、流星へと姿を変えた。
即ち…超高度からの、落下。

それを見つめながら、最も早く己を取り戻したのは、呂布であった。
いや、取り戻さざるを得なかった、と言うべきか。
その流星が、他ならぬ彼女の頭上へと迫って来ていたのだから。

その流星を武器で受け止めるは不可能。
己の方天画戟は瞬時の間も持たずに破壊され、流星の衝撃を身に受ける事となろう。
回避しかあるまい。
例え、その流星が自分を追跡していることを理解していても。

瞬時の判断でその場から去る呂布。
しかし流星は空中で方向を修正しながら彼女を追う。
そして、流星はついに接地し、爆音と、局地的な地震と、土砂の雨とを降らせたのだった。

余りの出来事に皆動きを止めて見つめる事しかできない。
——土砂の雨が止まり、砂の煙が晴れる。
そしてそこには、異形の戦士。
人の型をとりながら、あきらかに人間の領域を超えたその威風。
絡繰のようで、生物のようでもある。
全身に施された紋様は虎のそれのようである。
アレの前に立てば、人間などまさしく虎の前の狐。
およそ人が敵う相手ではない、と理解したとある兵士が呟いた言葉が分かりやすくそれを形容する。
即ち、化け物、と。
そしてその"化け物"の視線の先には、飛将軍・呂布が倒れ伏していたのだった。





『おにーさん、まだ息があるみたいだよ』
「…躱されたからな。だとしてもかなりの衝撃だった筈だが…」
『まぁ、激突の前に減速せざるを得なかったからね。あての装甲じゃ、あのままの速度で地面に衝突したら多少のダメージは受けちまうし』
「超高度からの攻撃など、人間相手に行う攻撃ではないからな。こんな戦闘とも呼べぬ児戯で傷を負うなど馬鹿らしい」
『おにーさん、あてのことを心配してくれてるんだね!やっぱ愛だよ、愛』
「戯け。道具を愛するなど、そんな妙な性癖は持たぬわ」
『散々あてを女として使ってきたあげくその言い様…納得できねぇっす…うぅ…』

取るに足らぬ会話を続ける景明と茶々丸。
絶対的強者たる余裕。
当然だ。ここに至って、余裕や驕りが敗北につながる可能性すら皆無。
武者と人間にはそれだけ差がある。
まして、ここは遥か昔の文明レベルに過ぎぬ世界。
碌に重火器すら発達していないこの世界において、人間は武者の前ではあまりに脆弱に過ぎた。

景明の目の前で呂布が動き出す。
武器を支えに、立ち上がろうとしている。
天下無双の武を有する呂布と言えど、武者が相手では巨像の前の蟻に過ぎぬ。
景明はゆっくりと歩き出す。
蟻を潰すために。

しかしその前に一人の人間が立ちはだかる。
張遼である。

「恋!あんたは下がり!!」
「ダメ、霞。これには、敵わない。」
「分かっとる!こんな化けもんに敵う奴がおるか!!」
「なら…」
「だから恋、あんただけはこの場から逃げて、月ちゃんに伝えるんや。逃げろ、てな」

その言葉に呂布は目を見開く。

「でも、霞は…」
「ええんや。月達に必要なのは、ウチよりも恋や。後の事は、頼む…」
「霞…」

ぐっと、涙を堪えて頷く。
恋にも分かっているのだ。
この化け物を前に皆が生還することなど、不可能な事だ。
まして勝利する事など千度機会があっても敵わぬ事だろう。
だから霞に謝ってから、呂布はすぐに離脱するつもりだった。
彼女の背後には、ねねもいて、その先には月や詠、それに多くの仲間がいるのだから。

だが、しかし。

その時間は与えられなかった。

ごめん、と言おうとしたその瞬間に、血飛沫とともに張遼の首が断たれ。
その直後には己の意識が消失したのだから。





「さて、これで呂布は倒したが」
『うん、まぁ後は勝手にやってても敗戦はないでしょ』
「連合も、そこまでの無能の集まりではあるまい?」
『まぁね。向こうは戦意喪失してるみたいだし。無理もないか。…で、どうする?おにーさん。ここでやめとく?』
「——いや。何せ久方ぶりの装甲だ。勘を取り戻しておく必要があるだろう。それに…」
『それに?』
「今川雷蝶。奴はここで潰しておく必要がある。」

一度打倒したとはいえ、六波羅最強の武者である今川雷蝶。
実際に、再び戦えば軍配がどちらに上がるか知れたものではない。
ならば、彼の者を排除するのであればこの機会しかあるまい。
装甲した武者と、装甲できない仕手。
この圧倒的な差があるうちに叩いておかなければ、面倒な事になるだろう。

「茶々丸。雷蝶の居場所はわかるか?」
『うーん、こうも人間が多いとね。劔冑を持っていれば一発で分かるんだけど』
「…まぁ良い。この戦が終わった後に袁紹の陣営に向かえば済む事だ。とりあえずさっさとこの戦を終わらせるぞ」
『りょうかい!じゃあ、あの邪魔な砦をぶっ壊しちゃおうか!』
「あぁ。」

再び合当理に火を入れる。
その様子を見て周囲の兵士達が怖じ気づく。
薄ら笑いでそれを見ながら、景明は爆音とともに、砦へと向かう。
進路途中の兵士達を、切り伏せながら。


——そして、半刻も立たぬうちに。
連合の諸候達が目にしたのは、死屍累々と評すべき夥しい数の屍と。
崩れ落ちる虎牢関の姿であった。







ーーーーーあとがきーーーーーーーーーーー

虎徹無双。
無双すぎて描写することがないくらい…書きにくいことこの上なし。
でもいくら呂布でも武者、それも劔冑の中でもスピードで飛び抜ける虎徹相手ではこんなもんでしょう。

あと2〜3話で第三編も終わります。
そこからは話が恋姫原作とは大きく乖離する予定です。

それではまた。



[18480] 第三編 延焼拡大-10
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:ad17056c
Date: 2010/06/21 13:37
「バ…バケモンに張遼さまと呂布さまがやられたぞ!」

湊斗景明と足利茶々丸——装甲悪鬼による蹂躙。
それを連合、呂布軍双方の兵士は呆然と眺めるしかなかった。
理解の範疇におさまる光景ではない。
その反応は当然のことだった。

そして、その凶刃に二人の将が倒れされ。
次に訪れたのは、恐慌であった。

我先にと逃げ出す兵士達。
生への渇望。
未知なるものへの恐怖。
指揮官不在の混乱。
それは最早、軍としての態を成していない。

一方の連合軍の兵士達もまた、混乱する敵兵に追撃することも満足にできていなかった。
信じられぬ光景を前に、混乱していたのは彼らの指揮官達も同じだったのだから。






「何なの…何なのよあれは!?」

取り乱す桂花。
口にはせずとも、その心境は春蘭や秋蘭も同じ。
戦場で自失するなどという、普段であれば絶対に犯さない愚行を晒している。

その中で、最も早く自身を取り戻したのは…やはり彼女達の主君であった。

「あれが何なのか、今考えてもわかるはずもない。今、はっきりとしているのは、敵軍が総崩れして退却しようとしているという事よ。追撃の合図を出しなさい!」
「……はっ!」

春蘭がその命に従う。
本来、策を進言するはずの桂花は未だに思考を止めている。

「桂花!」
「…か…華琳様!しかし、あんなものが現れた以上、最早これは通常の戦闘とは…」
「えぇ。でも、私達が打倒すべき敵は?あれを何とかしろと言っているわけではないのよ?」
「それは、そうですが…」
「ならあなたは、あの湊斗——天の御使いに全てを任せて良いと?人の争いを人の力で修めず、天に任せると?」
「…そうですね…このままでは、董卓を打ち破ったのは連合軍ではなく、天の御使いただ一人の功績になります…」
「えぇ。私達はただ傍観するためにこの連合に参加したのではないわ」
「はい。いくらあの湊斗が我が陣営のものとはいえ、このままでは華琳様の名が高まる事はありません…幸い、他の陣営もまだ積極的に動き出せていない今、ここで私達がいち早く追撃を仕掛ければ…」
「そう。頭が回ってきた?」
「はい!無様を晒して申し訳ございませんでした!」
「桂花。どんな状況にも冷静に対処なさい。…それが例え、人智を超えた事象であったとしても」

そう言いながら、同時に華琳は心の内で思う。
あのようなものが存在する以上、武功がどれだけの意味を持つか。
どんな人間であってもあれと対峙する事は不可能。
天命に背くことができぬように。
ならばあの異形の戦士は天の意思。
人の身では、それに抗う事などできぬのではないか、と…










「ご主人様!天にはあのような…あのようなものが存在するのですか!?」
「さすがに鈴々でもあれには敵わないのだ!」

混乱する彼女達。
部下の中には、同じ天の御使いなら同じものを出してくれ、という声も聞こえる。
だが、混乱しているのは彼も同じなのだ。
なぜなら、彼は知っている。
あの存在が、この世界はもちろん、天の国——一刀の生まれ育った、未来の日本においても存在するはずのないものであるという事を。

(なんだよあれは!?まるで漫画かゲームのロボットじゃないか!)

有り得ない。
確かにこの世界は、『前の世界』と異なっている部分が多いという事はわかっていた。
その最たるが、『一刀と同じ』天の御使いが複数存在する事。
だが、同じように未来知識を持っている人間がいたとしても、勝てると思っていた。
自身の『前の世界』での経験、知識、そして桃香を始めとした仲間達の力があれば、と。

だが、それが甘い…胸焼けするような甘い考えであったと気付かされた。
そもそも、前提条件が違っていたのだ。
『自分と同じ』天の御使いであるという、それが。
あのロボットと比べれば、不思議な力を使う白装束達の存在など、赤子に等しい。
一刀にこそわかる脅威がある。
高速で空を飛べる、というその存在の脅威が。
航空戦力が全く存在しないこの時代において、それがどれほど絶対的なものであるかということが。
——あんなものに、どうやって打ち勝てと?


しかし一刀の驚愕と絶望は長くは続かなかった。
それ以上の感情に、塗りつぶされる事になったから。
それは…

「…霞!恋!!…あああああああああああぁぁぁぁ!!!!!」

愛しい存在が目の前で散っていく。
『この世界』では知古ではなくとも、『前の世界』から記憶の続く一刀にとってはその存在の大切さは変わらない。
だからこそ彼は、膨大な哀しみによって心を押し流される。
複雑に絡まる感情は、強固な一へと変わっていく。
それは怒り。
命を奪った敵への、純粋な怒り。

このまま一刀は復讐鬼へと相成る筈であった。
そして、敵わぬ相手に一方的に返り討ちにあう筈であった。

が、天は——いや、因果はそれを許さなかった。

失う大切な存在は、二人だけではなかったからだ。
そして、それは、他ならぬ一刀の責によって起こることであったからである。
それに気づくはまだ先。
今はただ、心を焼き尽くすような怒りをその視線に込め、悪鬼を睨み続ける事しかできなかった。











「…今川雷蝶、どこへ消えた?」
『袁紹の陣営にもいないみたいだね。あの野郎、逃げたかな…』

己が生み出した阿鼻叫喚の光景を横目に、景明が言う。
そう、この戦に参戦していた今川雷蝶は、その存在を完全に隠していた。
いかに六波羅最強の武者と言えど、武者に生身で対するは愚の極地。
だからこそ、正しい判断ではあるが…全く忌々しい。

「今回の機会を逃した事で、劔冑の修復が終わるとしたら…厄介だな」
『うん…まぁおにーさんとあてなら勝てるって!一度勝ってるんだし楽勝だよ!!』
「苦戦どころか奇跡に等しい勝ちであった事は記憶に新しいが」
『…ま、まぁ大丈夫だって!』
「呂布より先に、雷蝶を潰すべきだったか」

身を隠した者一人を戦場で見つけ出す事は困難だ。
若干の悔いが残るが…どうしようもない事だろう。

『あ、でもおにーさん、そんな事よりももっと大事なことがあるよ!』
「何?」

劔冑に比肩するものがこの世界に存在しない以上、湊斗景明にとっての脅威は今川雷蝶以外に存在しない。
その雷蝶を、『そんな事』で片付けられる事は…

「大和で何か見つけたか?」
『ううん。やっぱりこの世界には金神もいなかった。でも、だからあての感覚はすごくクリアになってるんだ。特に、今完全に劔冑と成ったことで、他の劔冑の存在が何となく感じられる。』
「膝丸、といったか…雷蝶の劔冑、その在処がわかったのか?」
『いや、流石にあてでも細かい場所とかはわからない。何となく、存在を感じられるだけで。…それでね、おにーさん。この世界にあてが感じられる劔冑の存在は3つ』
「何だと?」
『うん、あて以外に3つ、劔冑が存在する。』

その一つは雷蝶の持つ膝丸であろう。
では残りの二つは?

「あと二人、武者がこの世界に来ていると?」
『うん。あてが感じられるのは劔冑の存在だけだから、仕手がいるかどうかはわからないんだけど。それで、その二つの劔冑なんだけど、何となく馴染みある感覚なんだわ』
「つまり、お前の知る劔冑だということか」
『うん。…あても色々な劔冑を見てきているけど、馴染みあると感じるまでに接した劔冑はそう多くない。まぁまず考えられるのは六波羅の連中の誰か。もしくは…』
「…まさか…」




——銀星号。
























反董卓連合は、あっけないほどにその目的を達成した。
虎牢関を突破した連合軍は、すぐさまに洛陽を包囲。
董卓の首を要求したが、その時には既に董卓は洛陽を脱出。
無血開城となった。

洛陽に乗り込んだのは袁紹。
皇帝陛下を、董卓の手よりお助けする——その功績により、袁紹はさらに勢力を拡大。
また、連合の中でも高い功績を挙げた曹操、劉備の陣営も力をつけていく。

袁紹、曹操、劉備。

この三者が英雄と持て囃される中、人々の間にもう一つの話題が上っていた。

曰く、董卓軍の名だたる将を破ったのは全てその者が成した。
曰く、単独で虎牢関を破壊し尽くした。
曰く、流星の如く空を翔ける。

天の御使い、その伽話のような存在を、人々は口々に語る。
その存在がこの中華にいかなる影響を与えるか。
自分たちの苦しみを救ってくれるのでは?
人々は楽しそうに語る。

だが、装甲悪鬼を実際に目にした人間達は、一つ確信している事があった。
あれは決して、天の御使いなどではない。
地獄よりの使者、世界に乱を呼ぶ悪鬼であると。







——これは、英雄の物語ではない。

       装甲悪鬼の物語である——
       














ーーーーーーーあとがきーーーーーーーーーーーーーーー

ようやくプロローグ終了…みたいな流れですねw
とりあえずキリがいいので、書き貯めのためにしばらく休みます。
やっぱり書き貯めておかないと文章の量も質もすごく落ちるという事を痛感しました。
たぶん1〜2週間後には更新再開できると思います。

よろしくお願いします。



[18480] 第四編 覚醒-1
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:e44b41a0
Date: 2010/07/02 11:10
望みを果たす為には、代償が必要だ。
それは時には財産であったり、時間であったり…命であったりする。
そして望みが大きければ大きいほど、より大きな代償が必要となる。

分かっている――分かっていた筈だった。
分かった上で、覚悟を決めたつもりだった。

それでも、それを成したいと思った。
争いを無くし、苦しむ人々を救う。
皆が安心して生きていける世界へと。
それは自分だけでなく、桃香や愛紗、鈴々をはじめとした仲間たちの願い。
その高潔な夢を叶える為に――戦争にも参加した。
争いを嫌いながら争いに参加する、その矛盾さえも、その志のために飲み込んだ。
戦争は、大勢の人間の命を奪う。
数を別にすれば、戦争はいつだって敵味方関係なく命を奪う。
分かっていた筈だった。

恋達は命を落とした。
霞も恋も、「前の世界」では大事な仲間であった。
その記憶が一刀に痛痒をもたらす。
だが、それにも耐えた。
この苦しみは己のみのものだ。
今の仲間たちにとっては、ただ敵将が倒れたという事実でしかなかったのだから。
自分さえ耐えられれば、良い。

もちろん忘れてはいけない。
勇ましく、また陽気な霞の姿も。
動物に囲まれて柔らかく笑う恋の姿も。

大事な記憶だ。
優しい、少女たちの姿。
それを犠牲にしてまでも歩んでいる道なのだと、思っていなければ。
その苦しみさえ感じなくなったならば自分は畜生に落ちる。

だから耐えていた。
それでも成したい志があったから。
通したい義があったから。

分かっている。分かっている。…だが!

これは…これはあんまりではないか!


一刀の意識は真っ白に染まっている。
だが、己の聴覚はその機能を失わない。
受け入れがたいその言葉を、否応にもなく伝える。

「深い矢傷から病が入り込み、全身痙攣を起こしています。今は…一時的に痙攣こそ穏やかですが…次に意識を失えば、再び目覚めることは難しいでしょう」

――星。
彼女の命が、今宵で尽きるという事実を。










「おや、皆お揃いでいらしたのですか?床についたままで申し訳ない」

口調こそ、普段通りに近い。
だが、その姿は…
これが星なのか、信じ難くなるほどの―――
皆が衝撃を受ける中、なんとか桃香が声を発する。
「…星ちゃん…」
「…自分の体のことです。分かっております。桃香様、申し訳ございませんが、この趙子龍の道は、ここまでのようです」
「あぁ…星…星!!」

一刀はその場に崩れ落ちる。
堰を切ったかのように涙が落ちる。
星の姿を見られない。
嗚咽で言葉を発することもできない。

「主…」
「ご主人様…」

何故なのだろう。
自分には前の世界の記憶がある。
今度は、もっとうまくやれる。
そう思って行動していた。
それなのに、何故。
こうも大切な人が次々と命を落とすのか。

「主…参戦したばかりのこの身に、そこまでの情を示してくださるか」
「そ…そんなのは関係ない!星は…星は大切な仲間だ…」
「そうだよ星ちゃん!一緒に頑張ろう!!星ちゃんなら…病にだって勝てるよ!!」

桃香の瞳からも涙が溢れ続けている。
一刀と桃香のその姿を見て、星は柔らかく笑った。

「主…桃香様…共に過ごした時間が僅かであったが…そこまでこの身を想ってくださる。その深い情、その姿こそが、皆を惹きつけるのでしょうな…」

そう言いながら、何かに耐えるような表情をする星。
痙攣しようとする身体を抑えているのだろうか。
傷から発生する病。
一刀は現代の知識から、その病がおそらく破傷風と呼ばれるものだと知っていた。
だが、知っているだけではどうにもならない。
医者でもなんでもない、ただの学生であった一刀にはその治療法なども分からないのだから。
自分の無力さを噛み締める。
何が前の世界よりもうまくやれる、だ。
自分の行動が変化をもたらし、その代償が、星の命だ。
思い上がっていた自分に殺意を覚える。

「この趙子龍、ここで命を落としても、主達に組した事に微塵の悔いなど有りませぬ。…その厚き義、そのために戦えたこと、誇りに思います」

呼吸をすることも難しい病状で、星は続ける。
大切な何かを伝えようと。

「趙子龍は、病に倒れるのではなく、矢傷に倒れるのでもない。義のためにこの命を使った、それのみです。…だから、そのような、自分を責める顔はしなさるな、主」
「…星……」
「だから…その情を…苦しんでいる全ての民に分けてあげて下さい。我らの志を成すこと、それが最大の望みです」
「うん、星ちゃん、皆が安心して暮らせる世界にするよ、絶対に!だから、だから星ちゃんも一緒に!」
「…桃香さま。…情けないことですが…実は先ほどから、身体の感覚がどんどん失われておりましてな…どうやら…冥府の門は…近いようです…」
「星ちゃん!」「星!」

苦痛に侵されているのだろう、星は一瞬表情を歪めて瞼を閉じる。
もう一度開かれた瞳には、穏やかさが見て取れる。
その暖かな視線が――星の生の終わりが近いのだと、感じさせる。

「…自分の認めた、主に看取られて死を迎える。…将にとって…これに勝る終わりはない……主、桃香様。お二人の栄光を…祈っております…」

星の瞼がゆっくりと閉じられる。
そしてその瞼は、二度と開かれることはなかった。





















「…湊斗、あなたの今後について、話があるわ」
「丁度良い。こちらからも話があったところだ」

そう言って曹操の前に立つ。
視線を周囲に向けると、荀彧を始めとした側近が控えている。
皆表情が堅い。
特に荀彧などはその視線に恐怖が浮かんでいる。

装甲した武者の力を見れば、当然のことか。
恐怖の対象は己だけでなく、茶々丸も含まれている。
鎧に変化する人間など存在するはずもないため、怪生のものとも思われているのだろう。

「戦で見せたあれは、あなたの…天の国の戦い方なの?」
「そうだ」
「では、天の御使いは皆あのような甲冑を持っていると?」
「皆が持っているわけではない。あの北郷という者が武者かどうかは分からないが…少なくとも、今川雷蝶、奴は武者だ。今は修復中のようだが、それが終われば使ってくるだろう」

その言葉に動揺を見せる荀彧。

「あ…あんた以外にもあんなのがいるなんて…!どうにもならないじゃない!」

然り。
人の身で武者に対することなど不可能である。
厳密に言えば、熱量という弱点もあるため万単位の人海戦術で長期戦に持ち込まれればあるいは可能性もあるだろうが…
態々そのようなことを伝えるつもりはない。

「…そう。茶々丸、あなたはあの、何といったかしら?武者?」
「あてみたいなのは、剱冑って呼ばれてるよ。まぁあては剱冑の中でも特別だけど」
「剱冑、ね。湊斗、剱冑の使用は剱冑に対する時以外、使用を禁じるわ」

そうか、の一言と共に認めようとした景明であったが、茶々丸が不満そうに言う。

「あてのアイデンティティー否定かよ!理由は?」
「アイデン…?理由は、そうね。天下の統一は人の手で行わなければならないからよ。」
「どういう事?」
「私の目指すのは、刹那の平和ではないわ。恒久…とまではいかなくとも、長い間太平の世を継続する体制を作ることを考えている。それはもちろん、私の死後も。だから、ただ天下を統一すれば良いというわけではないわ」
「う~ん、でも既にあてらの力使ってるじゃん」
「今までのあなたたちは、人間の力の範疇を大きく逸脱してなかったから。あくまで天は御旗、天の御使いは後見人に近い立場と考えることもできた。でも、剱冑、あれは別。あんな力を使って統一すれば、それは人の力ではなく天の力によって統一したと人々は考える。なら、その力が失われれば再び世が乱れるは必然。もしあなた達が恒久的に力を貸してくれるのならば問題はないけど、そうではないでしょう?」

そう言って景明に視線を向ける。
景明は軽く頷く。

「無論」
「ならやはり、剱冑の使用は控えてもらうわ。ただ、もし今川雷蝶、かの者が剱冑を使ってきたのなら別。その時は剱冑を使って対処して」
「その剱冑のことだが、こちらからも話がある。…茶々丸。」
「うん。剱冑なんだけどね、あてと、雷蝶の膝丸とは別に、あと2本この世界に来てるんだわこれが」
「何ですって!?」
「それがどこにあるかはあてにも分からないんだけど。…でもそう遠くはない、少なくともこの大陸のどこかにはいるはず」
「あのような常軌を逸した力が、あと二つ…」

呆然とする曹操。
それを見て、一呼吸を置いてから景明が口を開く。

「そこでこちらから提案だ。曹操、配下を使って剱冑の情報を集めてもらいたい」
「…それが、あなたの"目的"?」
「直接的な目的そのものではないが、それに繋がることであることは確かだ。だから普段は茶々丸と共に、自らも捜索にあたる。有事の際には力を貸すが…」
「断れば出奔するのでしょうね」
「然り。まぁ、これはそちらにとっても悪い話ではあるまい?剱冑の存在は強力だ、それをこちらが何とかするというのであれば返答は決まっているだろう」
「…そうね。分かったわ。各地に放っている間者に伝え、情報を集めさせるわ。あなた達にも普段の行動の自由を与えるわ。…桂花!」
「はっ!」
「これまで湊斗が勤めてきた軍務に代わりをあてて。…後は、情報の伝達の方法ね。」
「各地の間者の数を増やしましょう。もし湊斗に伝えることがあれば、現地の者に伝えさせれば良いでしょう」
「そうね。ただそれだと、湊斗、あなた達の行動を各地の"目"が見ることになるけど…構わないかしら?」
「監視を受けるのは不快だが…特に見られて困ることもない。それで良い。剱冑の情報があれば伝えてくれ」

2本の剱冑。
それがどの剱冑であるかは分からない。
六波羅の四公方のものかもしれない。
茶々丸や雷蝶がいることを考えれば、それが自然。
いや、茶々丸が接したことのある剱冑、という条件であれば村正である可能性すらある。
銀星号である確証などない。

――だが、不思議と景明には予感があった。
剱冑の一本は、間違いなく銀星号であると。
そしてその事こそが、己がこの世界へと降り立った意味なのではないかと。




















「まだ目覚めぬか。」
「はい。依然として眠り続けています。」

ここは彼女、孫策の屋敷である。
袁術の陣営で肩身の狭い思いをする彼女ではあったが、客将としての扱いは一応受けている。
仕える際に貰い受けた屋敷に、孫策は自身の手勢でも尤も手馴れの者数名にこの屋敷を警護させている。
その屋敷の中でも、最も奥に位置する一室。
孫策の寝室の隣に位置するこの部屋にその少女はいた。
孫策の目にその少女が映る。
少女は眠り続けていて、静かな呼吸を繰り返すのみ。

「病、というわけではないのだろう?」
「はい。完全に健康で、病の兆候も、傷の跡もありません」
「では何故目覚めぬ」
「私にもさっぱり…」
「良い拾い物をしたと思っていたが…これでは無駄骨だったか?」

眠り続ける少女を見つけたのは、孫策である。
流星と共に現れたこの少女を、孫策は天の御使いではないかと思い、連れて帰った。
これが孫家隆盛への切欠になるのではないかと期待していたが、孫策の意に反し少女は眠り続けていたのだった。

「まぁ、もう少しだけ様子を見ましょう。唐突に現れたように、唐突に目覚めることも有るでしょうから」

孫策は知らない。
この少女が、湊斗光という名であることを。
孫策は知らない。
湊斗景明が、どれほどこの少女を想っているか。
――孫策は知らない。

光が"穏やかに眠り続けている"、その事実がどれほど驚愕をもたらすことであるか。

それを知る人物、湊斗景明は未だ遠く。
両者の邂逅には今しばらくの時が必要であった。






ーーーーーーあとがきーーーーーーーーーーーーー

星さんファンの皆さん、申し訳ございません!
いや、私も星は大好きですし、SS上で動かせやすいキャラなので重宝したかったのですが。
ここでの重要キャラの死はどうしても必要だったので…

彼女の分まで、一刀達には活躍してもらいましょう。



[18480] 第四編 覚醒-2
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:169ed93c
Date: 2010/08/28 02:28
馬上独特の不安定さ。
それを感じさせぬ洗練された一振りを弾き返し、その隙を突いて斬り付ける。
必殺のタイミングと思われたそれはしかし、相手の女には違ったようだった。
あろうことか、大きく体を捻ることで、それを回避したのだ。
落馬の気配もなく、すぐに体勢を立て直す。

「くっ…やるじゃない」

思わず笑みを浮かべ呟くは、異界の剣士、今川雷蝶である。
彼が切り結ぶ相手は、白馬に跨る一人の女。
類い稀な馬術をもって雷蝶と対するこの女、その名を公孫讚といった。






華北の巨人とも呼ばれるほどに力を持った袁紹の勢力に押された公孫讚は、この地、幽洲の易京へと追い立てられた。
正史においては難攻不落と称されたこの易京も、余りに速い袁紹の侵攻速度に間に合わず、築城途中の態を晒している。
もはやこれまでと見たか、公孫讚は籠城を諦め、手勢と共に討って出てきたのだった。

公孫讚の軍では、彼女自身を始めとして、優秀な者は皆白馬に跨っている。
そしてその白馬の将達の馬上戦の巧みさは、他の追随を許さない。

それを迎え討つ袁紹軍の最前線の将は文醜。
優秀な将である彼女も、その騎馬隊には苦戦を余儀なくされていた。
…とは言え、包囲を敷く袁紹軍と討って出てきた公孫讚軍には、圧倒的な戦力差がある。
一時的に押されたとしても結末は変わらぬということは、将はもちろん一兵卒までもが確信していることだ。

だが、この戦はただ勝てば良いというものではないのだ。
文醜は後方の本陣へちらりと視線を移す。
ここから姿を視認することはできないが、そこには彼女の主君である袁紹がいるはずだ。
文醜はその主君から、この戦をなるべく早く(そして華麗に)終結させることを求められていた。

その理由は、破竹の勢いで力をつける曹操の存在があった。
現在はまだ、袁紹と曹操の間には埋めがたい戦力差がある。
兵数でいえば、袁紹のそれは曹操のそれの十倍に勝る。
だが、曹操は黄巾党の蜂起を鎮圧したことで朝廷の信を受け、またその賊を己の軍へと組み込むことで拡大を続けていた。
対応を誤れば、いずれはこの中華の一大勢力となって袁紹にたちはだかるだろう。
さらに袁紹は、個人的に曹操に対して強い競争心を有している。
どちらにしろ、袁紹と曹操の衝突は避けられぬことと思われた。

だからこそ、この戦は早さが重要なのだ。
公孫讚の勢力さえ打ち破れば、黄河以北の地は全て袁紹の地となる。
華北を平定することで後顧の憂いを無くし、一刻も早く南進を開始しなければならない。
それが遅れれば遅れるほど、曹操は力をつけ、難敵へと化していくのだから。

そして文醜は再び前方に目を向ける。
依然として苦戦はしているものの、徐々に押し込み始めている。
後は、公孫讚の首さえとれれば一気に崩壊させることができるだろう。
部下に指示を与えながら、文醜の目は公孫讚と、それに対する男――今川雷蝶へと向けられていた。


今川雷蝶は、目の前の敵将を賞賛する思いと共に、己への腑甲斐なさを覚えていた。
剣の技術では、目前の女――公孫讚を、雷蝶が大きく上回っている。
にも関わらず、一進一退の攻防を繰り広げている理由はただ一つ、騎乗技術であった。

無論、雷蝶とて足利に連なる者、馬術も馬上戦も充分に訓練し、経験している。
だがそれはあくまで遥か未来の大和の騎乗技術である。
それは鐙をはじめとした各種の補助具を馬が身に付けていることが前提である。
それらを用いずに騎乗を行う場合、常に自身の両足で馬体を挟み、バランスをとらなければならない。
まして、その上武器を振るうとなれば、その度にバランスが崩れ落馬の危機に陥る。
それは雷蝶も例外ではなく、四苦八苦しながら戦闘しているのが現状である。

それに比べ、敵の騎馬隊の馬上戦のなんと洗練されたことか。
中でも自分に相対する女、公孫讚に至っては馬を己の一部かのように操っている。

(くやしいけれど、馬上戦は麿よりもずっと美しいわね)

己の不利を認めるとともに、だが雷蝶は、馬上戦をやめるという選択肢を決してとろうとはしなかった。
馬を降りれば、相手が馬上にあるとはいえ容易に打ち破ることができるだろう。
馬を降りずとも、その剣で公孫讚ではなく馬体を狙い、彼女を地上へ引きずり降ろすこともできる。
まして、装甲さえしてしまえば、瞬く間にこの戦場を制圧する事ができるだろう。

だが彼はいずれの手段をとることもない。
その理由は、彼の表情を伺えば察することができるだろう。
まさに苦戦中にも関わらず、その目は輝き、口角は笑みを形成していたのだから。

「雷蝶、やっぱあんたは根っからの武人なんだよ」

この場に茶々丸がいれば、そう言ったかもしれない。
そしてそういった自分を、雷蝶は自覚していた。
楽しい、楽しいのだ。
こうして一人の武人として、戦に挑むのが。
血が湧き、肉が踊る。
精神が高揚すると同時に洗練され、平時では味わえない集中を感じる。
六波羅の重鎮として暗躍をしていては味わえぬその感覚に酔う自分を、確かに自覚していた。

(茶々丸、癪だけどあんたの言う通りかもね)

この世界にきて、袁家に拾われ、そして大和に戻るのが容易ではないと知った時。
はじめは、袁家を乗っ取ってこの地を統一し、それをもって自身の有能さを亡き父に証明するつもりだった。
しかしその気持ちは徐々に薄れ、今ではほとんど消え去っている。
そんな自分自身に疑問を抱いていたが、その理由がはっきりと知ることができた。
袁家の異常なまでの心地好さもあったが、それ以上に、ただ強者との戦いに没頭したいという欲が強くなっていたのだ。
切っ掛けはいつだったか。
呂布に遅れをとったときだったかもしれない。
湊人から六波羅の滅亡を聞いたときからかもしれない。
この世界に辿り着いた時からかもしれない。
…あるいは、それ以前から。

いずれにしろ、雷蝶の中から迷いは消えた。

「おーほっほっほっほ」

自身との戦闘中に距離が開いた途端、笑いだした敵将を見て公孫讚は何を思っただろうか。
狂ったかと思われたかもしれない。
それも良い、確かに自分は変わったのだから。
晴天の如く澄み渡った心を感じながら、雷蝶は吠える。

「六波羅の将でもない、天の使いでもない。麿は、ただの一人の武人として――今川雷蝶、参る!」




















「おにーさん、とりあえずどこに向かう?」
「剱胄の存在する場所…方角もわからないか?」
「うん、ごみん。あてには漠然と存在を感じられるだけで、場所は全然わからない。近付けばわかるかもしれないけど」

少女――足利茶々丸の言を受け、景明は考え込む。
この広大な中華の地をあてもなく彷徨っては、見つけられるものも見つけられなくなる。
あるいは、装甲した状態で大陸中を飛び回れば、こちらの存在を認識して接触してくるかもしれないが…
危険であると同時に、相手任せの消極策である。
そんな策を景明はとるつもりはなかった。

「ならば、もう一人の天の御使い、奴の元に向かってみるか」
「え、誰?」
「そうか、お前は知らないのだったな。劉備の元にいる、北郷一刀という男だ。仕手であるようには見えなかったが…大和の人間であることには間違いなさそうだった。」

言いながら、その男を思い出す。
少年、といえる年齢でありながら、存在感のある者。
どこか、以前景明が殺めた新田雄飛に似た雰囲気を持っている。
殺しを重ねた武人には到底持てぬ純粋さをみるに、武者ではないだろうと判断していたが…

「へぇ、北郷かぁ。あては聞いたことないけど、六波羅の武者かなぁ?」
「そうではなさそうだったが、あるいはそれも擬態だった可能性もある」
「うん、まぁ劉備といえば三國志演義の主人公だし、そこに武者がいてもおかしくないかな」

こうして、景明達の目的地は定まった。
そしてそれが…




「くっ…ここはどこなの…?…御堂…」

因縁の邂逅を果たす場所になるとは、まだ誰も知らない。








――――――――あとがき――――――――
遅れましてすみません。
PCがお亡くなりになられたため携帯での投稿です。
内容が短い、改行や句読点などがおかしいなどありますがご理解下さい。



[18480] 第四編 覚醒-3(9/12加筆修正)
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:7a623933
Date: 2010/09/12 16:33
「捨てられる」


確固たる意志を伴ったその声が、耳に残っている。


「得ることの難しさに比べれば…捨てることなど!」


違う。
そうではない。
そうもたやすく捨てることができる人間ならば、これまでの彼の苦しみは存在していなかった。

人としての倫理観。
自らに課した責任感。
…家族への情。

そのどれをも捨てることができず、迷い、それでも血反吐に染まりながら歩み続けた。
それが湊人景明という人間であったはずだ。

それを捨て去るのならば。
それはこれまでの道を否定することと同じ。
だから、そんなことは決して受け入れられない…!




そうして村正は立ち上がった。
景明に突き放された後、暫くの間その場を動けなかった。
自失していたのはどれくらいの時間であったか。

景明や茶々丸が何をしようとしているのかは分からない。
だが、事が起こってしまえば取り返しのつかないものになる、という予感がする。
なんとしても止めなければならない。

全ての迷いを持たず、一つの目的を達成するために動く、そんなものは最早人とは言えない。
それは機械と相違ないのだ。

景明を元に戻せるのは自分しかいない。
先ほどは失敗したが、今度は強引に洗脳してでも事を成す。

――やむを得ないのだ。
手段は選んでいられない。
先代村正の持つ精神汚染、この三世村正も同等の力がある。
私の、この私だけの御堂を取り戻すのだ!

そうして二人を追うため駆け出そうとした彼女の目に、あるものが飛び込んできた。

「――――えっ?」

巨大な気球から落とされた何か。
それが巨大なエネルギーを発して。
気付いたときには強烈な閃光と轟音、衝撃に五感を奪われていた。

気を失う寸前の村正が見たものは何であったか。
何か巨大な、この世あらざるものが宙に浮かんで…















少年は、ひたすらに剣を振るう。
一心不乱に、黙々と。

その太刀筋は、洗練されたものとは言い難い。
その剣速は、凡庸の域を脱しない。
それらを補う工夫があるわけでもなければ、戦わずして引かせる気迫に満ちているわけでもない。

剣を振るうその少年の実力が知れる。
そしてそれは少年本人も、充分に自覚していた。
かと言って、この素振りはその弱さを克服するための鍛練ではない。
いくら鍛練をしようと、この世界で英傑とされる将達の足元にも及ぶことはできないのだから。
せいぜいが、平均的な一兵卒の実力に迫れるかどうかといったところ。
だからこそ少年は己の武を磨くつもりで素振りを行っているわけではなかった。

ではなぜ少年はこうも剣を振るい続けるのか。
実のところ、はっきりとした目的があるわけではなかった。
ただ、少年は何かをしなければ落ち着くことができなかった。
迷いに乱された己の心は、常に負の感情に支配されている。
じっとしていては、その感情に囚われてしまう。
だから、何かに集中することで、それを忘れようとしていた。
それが少年にとっては剣であっただけの話。
事実、こうして半刻ほど剣を振るい続けることで徐々に冷静さを取り戻し、己を見つめることができている。
雑念を払い、己の内面に埋没する。
故にこの素振りは鍛練ではなく、座禅に近い性質を持っていた。



そのまま剣を振るい続けて数刻ほど経ったであろうか。
流れ落ちた汗が前腕を伝い、掌から剣柄を滑らせた。
握り直そうとして気付く。
指が思うように動かない。
これは少し休んだほうがいいだろう。
意識していなかったが、呼吸もかなり荒くなっている。
木陰に歩み寄り、腰を下ろす。

「体力ないなぁ、俺…」

少年――北郷一刀は、そう呟いて苦笑した。
もし"元の世界"の基準で考えるならば、充分に体力はあるほうだろう。
真剣に競技スポーツに取り組んでいる者以外には劣らないだろう。
だが、"この世界"は違う。
交通機関が馬以外全く存在していないと言える状況では、嫌でも基礎体力はつく。
実際、この世界において一刀は、兵士どころか農民に近い水準程度でしかない。
それでも"前の世界"よりはマシなはずだが、その程度の差が大局に影響することなどまず有り得ない。
一刀は、この世界では弱すぎる存在なのだ。

もしこの場に愛紗あたりがいれば、強く否定するだろう。
武は自分たちの領分であり、一刀は天の御使いとして、進むべき道を示してくれればいいのだ、と。
だがその天道を示す、ことさえも必要なのか疑わざるをえない。
確かに"前の世界"では、一刀はその役割を担っていた。
皆の御旗となり、天の知識を用いて不利を覆し、類い稀な才能を持つ将達を導いた。
そこまでの力が自身にあったかどうかはともかく、結果を見ればそれを果たしたと言えるだろう。
だが、"この世界"ではどうか。

まず、自身以外の天の御使いの存在。
それにより、今の状況は"正史"からも"前の世界"からも乖離した。
自身が皆を導く前提となる、天の知識が通用しなくなったのだ。

そして何より、桃香の存在。
前の世界では存在しなかった、正史における劉備の役割を担った少女。
彼女がいる以上、皆を纏め、進むべき道を示す事は彼女の仕事であろう。
実際、桃香は己よりも遥かに人をひきつける魅力に溢れている。
その眩しさはまさに太陽の如し。
一度は、彼女となら前の世界よりもさらに良い優しい世界を作れると思った。
桃香の人望と自身の天の知識。
それさえあれば、うまくいく、そう思っていた。


しかし現実は――
――かつての仲間二人、そして星の死。


(何が、まずかったんだろうか…)

原因は、己の力不足でも失策でもないように思える。
どうあがこうがあのロボットを止めることなどできるはずがないし、流れ矢を読むことなど不可能だ。

では、なぜ三人は命を落としたのだろう。
必然だったのか。
必要な犠牲だったとでもいうのか。
"前の世界"でも、命を落とす者は多くいた。
ただ自分の周りの大切な人間を失わずに済んだだけで、何万にも及ぶ犠牲を伴った。

そこで一刀は身震いする。

もしかすると、自分は偽りの覚悟を持っていたのではないかと。
自分の指示で、命を奪う覚悟はした。
だがその命は――不特定多数の誰かのものであり、己の周りの大切な命は、数に入っていなかったのではないか。
ならば、己の目指していたものは"皆が幸せな世界"などではなく、"己とその周りにとって幸せな世界"なのではないか。
ならばそれは、賊や独裁者のそれと、いかほどの差があるのか――

目眩を覚えながら一刀は首を振る。

(違う!だからと言って、今の苦しんでいる人たちを見捨てていいわけじゃない!)

三人の――特に星の死が、未だに一刀を囚えている。
こうしていると、次々と負の方向へと思考が進む。
それを頭から追い出し、目標を改める。
しかし――

(何かを得るためには、何かを失わなければならないのか。失うことが、こんなに耐え難いものなのか…)

思考の迷路へと迷い込む。
だから一刀は気付かなかった。
己の背後の気配に。
故に、突然かけられた言葉に、文字通り飛び上がってしまった。

「ごめんなさい、ちょっと尋ねたいのだけれど…」
「うわぁ!」
「きゃっ!」

その余りの反応に、声をかけたほうも驚いたようだ。
勢い良く振り向く一刀。
そこには一人の少女がいた。
恥ずかしい真似をしたのを誤魔化すように頭を掻く一刀。

「驚かせてすみません」
「いや、こちらこそ…」

改めて少女を見る一刀。
整った顔立ちだが、それよりも目立つのは褐色の肌。
輝くような白い髪も相まって、神秘的な雰囲気を持っている。
あまり見たことがない顔だ、と思う。
…見たことがない、顔?

「あの、道に迷って…ここが何処か、教えて欲しいのだけれど…」

ここはどこか。
劉備や一刀、愛紗を始めとした首脳陣が羽を休める本拠地。
怪しい者が入らぬよう、衛兵が警備している。
見たこともない者が、道に迷って入れる場所ではないのだ。

途端に緊張が走る一刀。
間者か。
あるいは白装束の手先か。
自分を狙ってきた者ではないかもしれない。
もしそうなら、声をかける事などしないだろう。
桃香が目的だろうか?
どのみち一刀の手には余る。
なんとか愛紗に伝えなければ…
いつでも逃げられるよう、周囲に目を配り、体勢をを整えながら口を開く。

「迷った、ってどこに行こうと思ってたんだ?」

一刀の様子から、警戒されていることがわかったのだろう、少女が慌てて言葉を紡ぐ。

「ごめんなさい、あなたの土地に勝手に入って!でも私は下手人ではないわ、気付いたらこの森にいたの!」

(…気付いたらここにいた?どういうことだ?)

「ごめん、申し訳ないけど信用できない。ここは普通の人が入れる所じゃないんだ。後で話を聞くから、とりあえず両手を挙げてゆっくり近づいてきてほしい。」

少女は暫く俊巡していたようだったが、程なくして従った。
一刀はこの時気付いていなかった。


彼女が、人あらざるものであることに。
彼女が、一刀の迷いの答えを持つ者であることに。



それを一刀が知るには、まだ幾許かの時が必要であった。






――――あとがき―――――――

携帯による投稿だと文章量がよくわかりません。
短いですかね?

※導入部を加筆しました。



[18480] 第四編 覚醒-4
Name: ぬー◆eda86ea1 ID:2d81fc30
Date: 2010/09/15 18:48
「おぉ、久しぶりじゃな。遠路で疲れているじゃろう、大したもてなしはできぬがゆっくりしていってくれ」
「うむ。ありがたい。お言葉に甘えさせてもらおう」
「そちらの生活はどうじゃ?」
「領主様は変わったみたいじゃがの。税も変わらず、何も生活は変わっとらんよ」

ここはとある辺境の村。
そこで一人の老人が古い友人を迎えていた。
お互いの近況を報告しあいながら、話は弾む。
遠方より友来たる、これに勝る喜びなし。

だが、やはりこの乱れた世の影響か。
自然と暗い話題が多くなり、愚痴をかわすようになる。


「戦働きのために若い者は連れていかれての」
「そうか。わしらの村も同じじゃ。つい一月ほど前に、息子も徴兵されていったよ」
「…そうか。確かお主の息子は晩婚ではなかったか?」
「うむ、まだ娘も小さいのに不憫じゃ…」

できることなら自分が代わってやりたかった、そう続ける。

「今は義娘と孫娘はわしと暮らしておる。息子が帰ってくるまでは守ってやらんとな。」
「今は出かけておるのか?」
「二人で買い出しに行っておる。」

すると、扉の向こうから明るい子供の声が聞こえてくる。

「噂をすれば、じゃな。お前さんに紹介しよう」



扉が開く。
若い女と幼い娘が立っていた。

「あら、お義父さん。お客様?」
「あぁ、わしの古い友人でな。遥々幽州から来てくれたんじゃ」
「まぁ、それなら精一杯おもてなししないと!…丁度いい果物が手に入ったんですよ。召し上がっていって下さいね」
「かたじけない」

女がばたばたと台所へと向かう。

「挨拶もろくにせず、慌ただしいことじゃ。…すまんな、後で落ち着いてからゆっくりと挨拶させよう」
「なに、元気でよいことじゃ。それで、あちらが孫娘かの?」
「うむ。…何しとるんじゃ、はよ入ってこい」

小さな娘は扉から入ってこず、それどころか背を向けて外を見ている。

「じーじ!来て!」

何やら気を引くものがあるらしい。
まだ齢四つの子であるが故に、何にでも興味を持つ。
どうやら空を見ているようだから、大方珍しい鳥でも見つけたのだろう。

「どうしたんじゃ?」

そう言って老人は外へと向かう。




扉の外へ出ると、孫娘が袖をひっぱりながら空を指差す。
そこには――

「なんじゃ、あれは?」

――銀色の光。
山の向こう側から光が走っている。
一瞬流星かとも思ったが、いつまでも消えずに空を駆けている。

「きれい…」

孫娘は夢中になって眺めていたが、老人は嫌な予感を感じていた。
不可解な現象、それは神々しいものではなく、どちらかといえば禍々しいものを感じる。

「なんだあれは?」

老人の気配にただならぬものを感じたか、友人も出て来ていた。
銀の光を見つめるその表情は固い。
老人と同じように悪寒を覚えているのだろうか。

やはり、あれは吉兆などではない。
かと言って、流星のようなありふれた自然現象でもない。

――なぜなら、今、まさに、その光が近づいてくるではないか!

「いかん!すぐに家に入るんじゃ!」






――そしてその地は、地獄と化した。





















「また村が滅ぼされた、ですって?」
「はい、麗羽さま。先日と同じような有様です。民は女子供関わらず皆殺し、家屋は倒壊し、火の手が上がっていました。まさに壊滅、です」

斗詩のその報告を聞き、麗羽の表情は不機嫌そうに歪む。

「賊の仕業にしても、余りにも非道な行いですわね」
「あぁ、こりゃ許せねぇ!」

文醜もまた怒りを顕にする。
黄巾党の残党がまだ燻っていたか、根絶やしにしてくれる!
そう気勢をあげる二人に、しかし斗詩は待ったをかける。

「…斗詩さん、いくら戦が控えているとはいえ、この華北の地での狼藉を放っておくつもりは、私にはありませんよ。」
「はい、その気持ちは私も同じです。ですが…」

おかしいのです、そう斗詩は続ける。

「報告によると、金銭や作物などには一切手を付けられず、また若い女性の死体にも、強姦の跡があるものは全くなかったということです。単なる賊の仕業とも思えません。まるで、破壊それ自体を目的としたような…」
「……」

確かに、奇妙である。

「あとは、今回の村には一人生き残りがおりまして…」
「重要な人物じゃありませんか!斗詩さん、今すぐにその人間を連れてきなさい!」
「いえ。…すみません、見つけだされたのが幼い娘でして、しかも発見時には既に虫の息。街に連れ戻している間に息を引き取ったということです。」
「そんな…」

手がかりが消え失せる。
文字通り皆殺し、目撃者すらもこれでいなくなったということだ。

「ですが、その娘が最後に気になる言葉を残しています。『銀色の光が空からやってきて、村をむちゃくちゃにした』と。」



「…空から来た、銀色の光、ですって…?」



そこで初めて発言した男に、視線が集まる。
――今川雷蝶。
天の御使いに相応しく、常に余裕を崩さない彼が、珍しく動揺した表情をしている。

「雷蝶さん、何かお分かりになりまして?」

そのただならぬ様子に、麗羽が尋ねる。

「いえ…ちょっと考えさせて」

そう濁して答えると、雷蝶は目を閉じて押し黙った。
さすがにその様子から無理に聞き出すことはできず、麗羽は文醜、斗詩と対応を協議することにした。



自分に話し掛ける者がいなくなると、雷蝶は思考の海に没頭した。

(完膚なきまでに破壊された村、空から来た銀色の光…)



空からきた圧倒的な力が、全てを破壊し、殺戮する。

それは何人たりとも比肩することのできない圧倒的な速度で蹂躙を尽くす。

まさに災厄といえる存在。

雷蝶には、心当たりが一つある。




――銀星号。




正体不明の最強の武者。
大和の民も、六波羅の兵士も多くの者がその犠牲となっている。
あまりにも化け物じみた所業の数々に、存在が疑われたこともあった。

――しかし、銀星号は実在する。

まさにあの時、補陀落の城で、雷蝶はその目で見たのだ。
銀色の凶星を。

(あいつまで、この世界に来てるということ…?)

まさか。
そんなことがあるものか、とかぶりを振る。
だが、どうしてもその可能性を捨てきれない。

(思えば、この世界に来ている麿にしろ、湊斗にしろ、茶々丸にしろ…あの時補陀落にいた者ばかり)

それも戦いの後で、お互いにかなり近い位置にいたはずだ。
それが偶然ではないとすると…

(そもそも、この世界に来ているのが三人だけとは限らないじゃないの…!)

銀星号がきている可能性も、充分に考えられる。

(でも、あの場には多くの者がいた。それらが皆、この世界に来ているはずがない。それならもっとこの世界は無茶苦茶になっているはずだもの!)

ならばこの世界に来ている者の共通点はなんなのだろうか。

(あーもう、全然わからないわ!せめて銀星号の仕手が誰かわかれば…)




そこで雷蝶は閃く。
自分と、湊斗と、茶々丸と。
この世界に降り立った三人は、"神の御使い"とされている。
ならば、銀星号の仕手も同じように、神の御使いとして扱われているのではないか。

そして、その考えに合致するように、一人の人物が浮かび上がるのだ。



――北郷一刀。



(虫も殺さないような顔をして、あいつが銀星号の仕手…!?)

殺戮を行えるような者には全く見えない。
だが、それが擬態だとしたら…?
だからこそ、大和でも、六波羅に捕捉されず行動できていたのでは…?
そもそも、あの時補陀落にいた者がこの世界に来ているのだとしたら、ただの学生があの戦場にいたはずがないではないか!


ある種の確信を持つに至る雷蝶。
目蓋を開き、未だに方針を決めかねている三人に声をかける。



「劉備を攻めましょう。そこに、その破壊者も現われるわ。きっとね」



















「おや、戻って来ましたか」

一人の導士の目の前に、少年が立つ。

「それで、どうでした?"あれ"の力は」
「…すさまじい力だ。俺でも恐怖を覚えるほどに」
「ふふっ…あなたがそこまで言うのですから、相当なものなのでしょうね」
「……」

少年は眉をひそめるが、反論はしない。

「あれほどの力、うまく操れればこの外史を終わらせることも容易なこと」
「しかし、あれを操れるのか…?」
「操れるか、ではなく操るのですよ。通常の手段で遅れを取った、ならば鬼札を用いるしかないでしょう」

それともあの屈辱をもう忘れたのですか、そう導士は問う。

「真逆…!北郷一刀、奴は絶対に許さぬ…」

そうでしょう、そう言いながら導士は少年の肩に手を掛ける。
それを欝陶しそうに振り払いながら少年は言う。

「わかっている。此度の機会を得られたこと自体が僥幸。今度は失敗らぬ!」
「えぇ。だからこそ万全を期さなければ。だから今は、"あれ"を操ること、それに精を注いで下さい。」
「…わかっている。"あれ"をどこで使うのが最適か、そのための情報収集と誘導は任せていいのだな?」
「えぇ。そちらは人海戦術でどうにでもなりますから」

そう言うと、いつのまにか導士の背後に白装束を纏った人間が現れた。

「まぁそちらは任せて下さい。…もしかしたら、その機会は意外と近いのかもしれませんが」

そう言って導士――干吉は少年――左慈に微笑んだ。










―――――あとがき―――――――

だいぶ話が進んできました。
次回は久しぶりに主役組の二人が出てきます。
そしていよいよこの物語も中盤です、後は一気に書き上げたいなぁ…


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