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[18509] 魔導師・長谷川千雨 (ネギま!×リリカルなのは)一応完結
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/08/21 01:38
10.05.16 第01話~第07話 改訂、第08話~第11話&閑話投稿
10.05.21 第03話再改訂(一部、以前の文章に戻しました)、第12話~第13話投稿
10.06.03 第14話投稿
10.07.16 第13話~第14話改訂、第15話~第16話投稿
10.08.04 第17話~第19話投稿、一応完結
10.08.21 第13話~第19話改訂

前書き追記
 何故か好評なので、気になった所を書き直して再開。
 一応、修学旅行編までは頑張ります、気長に待ってて下さい。
 感想や某通信さんの所で感想読んだ時は汗顔&紅顔モノでした、みなさんありがとうございます。

 閑話に関しては、この馬鹿はこんな風に解釈している位に思って、あまり真剣に受け取らないでくれると助かります。

あとがきについて
 各本編の後ろに内容の説明や色々な設定を書いていますが、基本的に作者のボヤキなので読まなくても特に問題ありません。
 作品のみ楽しみたい方は読み飛ばして下さい。

第03話の改訂について
 話の辻褄を合せる為に、第03話を以前のものに戻しました。
 詳しい事は第03話の後書きをご覧下さい

アロンダイトの台詞について
 アロンダイトのみ台詞を「」ではなく【】で括ることにしました。
 『』にしなかったのは、思念会話で使うからです。

細かい書き直しについて
 表現的におかしかったり、誤字がある箇所は更新時に変えていくつもりです。

魔法について
 魔法名内にある“・”を取り除きました。
 但し、バージョン違いの魔法については、基となる魔法と区別する為に“魔法名・効果”の様に使用しています。

ジュエルシードのナンバリングについて
 番号をアラビア数字からローマ数字に換えました。

以上




[18509] 第01話「それは不思議な出会い?……勘弁してくれ」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/08/04 23:54
 長谷川千雨が“それ”を見つけたのはただの偶然だった。
 人によってはそれを必然だと言うかもしないが、常識人を自任する彼女としては“ああいった存在”と関わるのは必然だろうが偶然だろうが勘弁して
欲しいと思う。
 大体、何かと規格外れなクラスメイト達や、二年生の三学期からクラス担任として赴任してきた担任教師だけでもう限界近いというのに、何故ピンポイント
で自分に関わるのか。
 こういった“存在”は、普通もう少し若いというか幼い外見の連中の所に行くべきなのだ。
 具体的に言えば双子とか本屋とか綾瀬とかサボり魔の金髪とか……いや、金髪はどっちかというとライバルポジションだろうか?


 ――――――そういう風に長谷川千雨は感慨に耽っていた……麻帆良学園都市上空1000mの地点で。



第01話「それは不思議な出会い?……勘弁してくれ」



 そうして一人高空に身を置きながら麻帆良の街の明かりを無感動に眺めていると、千雨に話しかける言葉が響く。

【マスター、ジュエルシードの反応確認しました。
 ……マスター?】

 可憐な声だ、アニメ業界に声優として名乗りを上げれば、瞬く間に売れっ子になるであろう事間違い無しな感じの声。
 マスターと呼ばれた少女=長谷川千雨は、その声に対してそんな風に思いながらも面倒臭そうに言葉を返す。

「ん?ああ、それじゃあちゃっちゃと封印をかますか。これで何個目だっけ?」
【都合3個目になりますね、全部で9個だったので残りは6個という事になります】
「面倒な話だよなぁ、ここいらにいる魔法使いに丸投げできればいいんだけどな」
【以前にも説明した通り、この次元世界で構築されている魔法技術や体質的な問題がある以上、ジュエルシードの封印はおろかワタシの起動すら不可能だと
思いますよ?】
「そうだっけなー、プレシアとかいうオバサンも困った事してくれたもんだよ。
 はぁ……何だって私がこんな目に遭わなきゃならないんだ……」

 そうぼやきはしたが、千雨とてやるべき事、やらなくてはいけない事は知悉していた。
 彼女は標的となるジュエルシードの周辺に結界を敷設する用意をしながら、全く同じタイミングでこの異常な状況について思いを巡らせた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 話は終業式、あの悪夢の様な“学年トップおめでとうパーティー”の日まで遡る。
 新学期から正式に教師として採用された事で気分が昂っていたのだろう、バニーのコスプレをしていた千雨を強引にパーティーへ引っ張り出したネギ・
スプリングフィールドは、どのような手段に依るものか――今では暴発魔法によるものだと千雨も理解しているが――、千雨の服を吹き飛ばしてくれた。
 一応、謝ってはきたもののやはり子供なのだろう、時間が経過すると他のノーテンキなクラスメイト達と一緒にパーティーに興じていた。
 しかし、そんなネギとは反対に千雨はパーティー会場に到着する寸前の「ま、いいか」等という、感情を抱いた事を後悔し……いや、ありていに言えば
腹を立てていた。
 パーティーに出る事になったのは最早諦めている、しかし何が悲しくて衆目に珠の肌を曝さなければならないのか!
 何とかコスプレイヤーという事は隠せたから良かったものの、一歩間違えば千雨がひた隠しにしてきたネットアイドル“ちう”としての顔が暴露される
ところだったのだ。
 実際、あの場には“噂拡散能力者”とも言うべき早乙女ハルナや、麻帆良パパラッチという異名を持つ朝倉和美がいたので本当に助かった。
 ちなみに吹き飛ばされたコスプレに使った作成時間も地味に痛い……。(材料費に関してはあの後、弁償に来た)

 そんなこんなで、パーティーに饗されていた美味い料理を腹立ち紛れに平らげると、丁度パーティーが一段落する頃合いだった。
 元々、参加意欲に乏しかった千雨は丁度良い頃合いとばかりに「風邪をひきたくないから」と、あながち嘘とも言えない言い訳をして寮へ戻ることにした。

 クラスの中で背が高い部類に入る長瀬楓から借りたブレザーを素肌に羽織っただけ……という、あまり人目につきたくない格好をしていた千雨は、人目
を避ける様に歩いていると、ふと誰かに呼ばれた様な気がした。
 振り返っても周囲には誰もいない、変質者か?とも思ったが此処は女子寮近辺、治安という観点から見ると麻帆良でも屈指と言っても良い場所だろう。
 ……まぁ、近辺だからこそ“いる”可能性も無きにしも非ずだが。
 寮まではそこまで離れていない、というかパーティー会場自体寮のすぐ近くだった。
 意を決した千雨は声を掛けることにした。後から考えれば、あのパーティーに出たせいで幾分感情の箍が外れかかっていたのだろう、普段の自分なら
「気のせい」として無視していた筈だから……。

「おい、誰かいるのか?」

 しかし、千雨の言葉に応える言葉は無かった、その代わり。

「……っ!」

 千雨は己の心臓の辺り、胸の奥に何とも言い難い衝撃を受ける。
 特に痛みらしい痛みは無いが、これまで経験した事が無いくせにどこか懐かしい感覚だった為、千雨は戸惑っていた。
 胸元を押さえて何度か深呼吸をしたが、何とも言えない感覚は消えない。いや、より一層強く確りと自覚する。
 その感覚が告げるのだ、「あの声は気のせいではない」と。

 千雨がその感覚を頼りに周囲を見渡すと、路肩に置いてあるプランターがやけに気になった。
 もう一度、周囲を見渡して人目を確認すると、おもむろにプランターへと歩み寄る。
 そのプランターには元々何がしかの植物が植えられていたのだろう、今やそれは枯れ萎びており、元がどういった植物だったのか判らなくなっていた。
 千雨はそのプランターをジロジロと眺めていたが、おもむろに手を掛けると「よっ」とばかりに脇にどける。
 そこにはペンダントが1つ落ちていた。
 千雨は躊躇無くそのペンダントを拾い上げると、何事も無かったかのように寮の扉を潜って行った。



 あれから部屋に帰宅した千雨は、拾ってきたペンダントをパソコンデスクの上に置いて観察していた。
 ペンダントは至ってシンプルな物だ、何かの動物の革紐に直径1cm位の青い珠が付いている。
 珠は見た所、宝石とかそういった代物ではないらしい。
 とは言っても、灯りに透かして見ても光が通らなかったから、そう思っただけであるが。
 貴重品ではないらしいのでとりあえずは安堵した千雨だったが、明日辺り改めて交番にでも届けようと思い直す。
 いくら宝石とかではないとはいえ、誰かの持ち物かもしれないと思ったからだ。
 そう考えると、何故躊躇せずにこれを持ち帰ったのか不思議でならない。
 普段の自分なら、厄介事を極力避ける為に速攻で交番か寮監にでも渡して……いや、見なかった事にして放置している可能性が一番大きい。
 不可思議な自分の行動に頭を捻りはしたが、ただの気紛れだろうと思い直し、さて風呂にでも行くかと考え始めたその時、千雨一人しかいないはずの
室内に可憐な声が響き渡った。

【あの……申し訳ありませんが】

 千雨は最初、空耳だと思った。だが声はそんな千雨の思いを無視して再び語りかけてくる。

【もしもし?長谷川さん?長谷川千雨さん?】
「誰だっ!」

 名指しをされた事で流石に空耳ではないと理解したのだろう、千雨は立ち上がると周囲を見渡す。
 しかし、室内には千雨以外、人間は一人として存在していない。
 千雨は人が隠れられそうな場所を虱潰しにしていくが、人はおろか悪戯の形跡すら見つける事ができなかった。
 息を切らせ、生来から少し目つきの鋭い眦をさらに吊り上げている千雨に、例の声が三度語りかけてくる。

【落ち着いて下さい。ワタシはここです】

 その声はパソコンデスクの上、より正確に言うならパソコンデスクの上に置いていたペンダントから出ていた。






「…………は?」

 ――――数瞬、千雨の意識は飛んでいたようだ。
 そんな千雨を他所に、一瞬キラリと瞬いたペンダントは話し始める。

【初めまして、長谷川千雨さん。まずは自己紹介からさせて頂きます。
 ワタシの名はアロンダイト。

 デバイス様式はミッドチルダ式魔法の使用を前提としたインテリジェントデバイスです。
 本機は基本的にスタンドアロンの魔導師による使用を前提に設計されています。
 又、魔法を習った事が無い、魔法を知らないという方でも安心してお使い頂ける様に、魔法や教育用ソフトも基本的なものから各種専門分野の物まで
取り揃えております。
 それにより各個人に最適化された教育プログラムを構築いたしますので、例え魔法の事を何一つ知らないズブの素人でも、二~三年も経つ頃には管理局
の教導官とガチで戦えるまで鍛え上げる事が可能です。
 さらに!各種メンテナンス及び修理や調整は深刻な破損でない限り、デバイス側が自動で行うという安心設計!これならハードに弱いというアナタでも安心!
 しかも!「あーちょっといいか?」……なんでしょうか?】

 自己紹介という名の売り口上を絶好調で垂れ流しているペンダント――ペンダント嬢?曰く、アロンダイト――の言葉を一旦遮った千雨は、些か呆然と
しているようだった。
 一つ深々と溜め息をついた千雨は、おもむろにキッチンから菜箸を持って来ると、それを使ってアロンダイトの革紐を掴んで持ち上げる。腰が引けている
辺り、何ともヘタレっぽい。
 しかし、それに対して抗議の声が上がる。言わずと知れたアロンダイト嬢だ。

【酷ッ!
 何ですかこの汚物っぽい扱い!これでもミッドチルダでは希少な部品を数多く使用した超高性能機なんですよ!
 製作においては採算とか度外視で作られた位で、製作者の雇用主なんて請求書見て卒倒した位なんですから!】
「うるせぇ!騒いでんじゃねぇ!汚物の方が騒がないだけまだマシだ!
 ていうか悪戯にしても凝り過ぎだろうが!何考えてやがんだ!誰の仕業だ?超か?それとも葉加瀬のヤツか!」
【悪戯ですって?せっかく見つけたマスター候補の方にそんな事するはずないじゃないですか】

 「ふう、やれやれだぜ」といった感じのアロンダイトの言葉に固まる千雨。
 今この珠っコロは何と言った?ますたー候補?誰が?何の?
 状況から考えると誰=自分が、何=この珠っコロの、マスター=御主人様候補……笑えない、あまりにも馬鹿らしくて笑えない冗談だ。
 何が悲しくて珠っコロの御主人様になんてならなくてはいけないのか。少なくとも長谷川千雨という人間はそういった非常識な世界から離れていたいと
いう人種なのだ。
 そういったイベントは他のクラスメイトにでもくれてやる!
 そう思ってアロンダイトを窓の外に捨てようと、菜箸片手に窓を開けた瞬間、長谷川千雨は窓の外、正確には女子寮の外を跳ね回る奇妙なモノを見た。

 カラカラ……パタン

 何だアレは?真っ黒でギョロリとした目玉を持った巨大な――それこそ軽自動車位の大きさの――毛玉が、盛大に騒音を立てながら跳ね回って道路を
破壊していた。
 しかも、よくよく考えてみると何処からも騒いでいる声が聞こえない。
 異常だ、何が異常って、この状況とこの騒音で麻帆良の生徒が騒ぎ出さないというこの状況こそが異常だった。
 そっと部屋のドアを開けて寮内の雰囲気を伺ってみるが、いつも通りにそこそこ騒然としている。
 ただ、ああいった存在を確認しての騒ぎではなく、あくまでも「いつも通りの騒ぎ」というのが不気味だ。
 千雨は顔を真っ青にしながら部屋に戻る。

「な、何だこの状況?おかしいだろう、何で誰も騒いだり逃げようとしたりしねーんだよ……!」
【あー、もう動き出しましたかー】

 千雨の疑問とは違う形の答えを出したのは、菜箸の先から落ちて床の上に転がっているアロンダイトだった。
 その言葉に千雨はギョッとして床に落ちている珠っコロを見る。そんな千雨の視線を感じたのか、アロンダイトはきらりと光ると、さっきまでのやり
取りが無かったかの様に、淡々と話し始める。
 自分がここに来た意味。千雨が自分を拾った理由。そしてこれからやるべき事を。

【千雨さん、アレはジュエルシードという古代の遺物――ロストロギアと言います――が周囲の魔力素や雑念を吸収し、増幅した事によって暴走した姿です】
「ジュエル……シード?」
【はい、何処の誰が何の目的を持って作ったのか分かりませんが、ただ二つ確実な事があります。
 アレを放置しておくと確実に被害が出る事。そして止められるのは千雨さん、貴女とワタシ…いえ我々をおいて他にはいないという事】
「被害って……さっき見たような道路を壊したりとか?」
【いえいえ、あれはただ暴れているだけです。
 話によるとジュエルシードは願望器の機能も有していると言われていますが、制御が極めて困難な事から、まず失敗し暴走するものと思われています。
 ただ確実なのは、ジュエルシードは周囲に存在する魔力素と雑念を吸い上げて増幅する特性を有している、という事。
 そして、その特性は封印状態でない限り止めることは困難です】
「止まんなきゃどうなるんだ?」
【魔力素の吸収と増幅が極限にまで達したジュエルシードは、最終的に次元震を引き起こしながら崩壊します。
 ジュエルシード1つの崩壊で引き起こされる被害は、この次元世界で言う所の戦術核と同様でしょう。
 最悪なのは、複数個のジュエルシードが同時連鎖崩壊をした場合です……】
「どうなるんだよ」
【次元干渉の共鳴作用が発生し、次元世界そのものが崩壊します】
「警察とか自衛隊……」
【無駄です。モノにも依りますが、基本的に想念体で構成されたジェルシードの暴走体に対して質量兵器は意味を成しません。
 まぁ、既存の質量体で構成されているのなら別ですが、それでも決定打にはなりませんね。
 一応、核兵器ならある程度は影響あるでしょうが、それだと本末転倒ですし。
 それと同様、この世界の魔法もあまり有効ではありません】
「おい、ちょっと待て」
【……はい?】

 今、千雨は聞き捨てならない言葉を聞いた。
 何だっけ、質量兵器の有用性?違う。核兵器の問題?それも違う。そうそう魔法だ魔法、そういえばコイツも魔法がどうとか言ってたっけ、ハッハッハ。

「まほを?」
【発音がおかしいですよ?千雨さん、魔法です。この世界の魔法は具体的には精霊魔法と言うべきでしょうが】

 ポクポクポク……チーン。

「ふざけんな!妙ちきりんな爆弾の次は魔法ってか?ふざけんのもいい加減にしやがれ!」
【ふむ、お疑いですね?千雨さん。
 まぁ、この次元世界では魔法は隠蔽されているようですし、しょうがない事でしょう。
 ならばもう一度窓を開けてみてください、そろそろこの近辺にいる魔法使いが出張って来る頃です。
 但しそっと、そして少しですよ?一応、見つからないと思いますが何事も用心が肝要ですからね】

 厭らしい笑みを含んだアロンダイトの言葉に従うのは癪に触ったが、好奇心も疼く。結果的に千雨はこの世界の真実、その一端を知る事になった。

 薄く窓を開けたその向こうでは、千雨の常識ではありえない戦いが繰り広げられている。
 軽自動車サイズの毛玉と戦っているのは、千雨も時々見かける教師や、同年代の少年少女達だった。
 ある者は刀を始めとする刃物を振り回し。またある者は銃器をぶっ放していた。
 そして、あぁ何という事か!そいつ等の中には“箒に跨って飛びまわり、指先から火の玉なんぞ出しているヤツ”までいるのだ!

 カラカラ……パタン

 千雨の顔色は真っ青を通り越して、まるで紙の様に白くなっていた。
 銃や段平まではまだ許容できた。(いや、流石に銃刀法の事を考えると忸怩たるものはあるが)
 しかし、あれは止めだ。いくらなんでも“杖に跨って飛びまわり、指先から火の玉を出す”人間を見てしまった以上、魔法は無い等と抗弁できはしなかった。
 何だろう、今日は人生最悪と言ってもいい日なのかもしれない。
 三年生になっても子供先生との縁は切れず、その子供先生に秘密を知られた上に裸に剥かれ、挙句の果てに知りたくも無い秘密まで知ってしまった。
 しかし、そうなると裸に剥かれた事も魔法絡みなのだろうか?十歳児の教師というだけでも世間の常識に反しているクセに、その上魔法使い等という
ふざけた設定も加わるのか……いや、正確には“魔法使いだから十歳児でも教師になれた”という事なのか?
 なんて事だ、知らない間に自分の日常は魔法使いどもに侵食されていたらしい。
 腹が痛い、胃がシクシク痛み始めてきた。何と言うか誰彼構わず殴りたい気分だ。
 千雨はベッドに倒れこんだ、もう色々と限界っぽい。布団をひっかぶって眠りたかったが、アロンダイトは許してくれなかった。

【千雨さん、あれがこの次元世界における魔法です。
 この世界の魔法は基本的に精霊に命令し、嘆願する事で効果を発揮します。しかし、暴走体に対してはそここそがネックになるんですよ。
 精霊というのは自然界に満ちている各種属性に変換された魔力素とも言えます。魔法として行使される以上、術者の魔力も加わるので純粋なそれとは
言い難いですが、あまり差異はないでしょう。
 さて、そこで先程のジュエルシードの解説を思い出してほしいのですが……】
「ああ、魔力素を吸収するってヤツか?」

 アロンダイトの言葉に、ベッドの上の千雨は投げやりに答える。

【はい、要するにこの世界の魔法では暴走体を止めるどころか、暴走を助長する可能性があるという事です】
「で?お前が使う魔法はどこがどう違うんだよ」
【ワタシ、というかミッドチルダ式――俗にミッド式と言います――やベルカ式といった魔法は、この世界の魔法――これからは精霊魔法と呼称します
――と違って、一旦魔力素を取り込んだ後に魔力へ変換、然る後に魔法として放出する方法を採っているんです。
 この方式の魔法にはリンカーコアという特殊な魔法器官が必要になります。これは実体が無い器官なんですが、この器官には周辺空間の魔力素を収集
して魔力に変換し取り込む機能があるんですよ。
 そしてこの方法で使用された魔法だと、暴走体は吸収ができないんです】
「へぇー、結構な事じゃないか。そのミッド式だかベルカ式だかいう魔法、アイツ等に教えてやれよ、それで万事解決じゃねぇか」

 ベッドに寝っ転がった千雨は雑誌を広げながら、面倒臭そうにアロンダイトに意見する。
 しかし、そんな千雨にアロンダイトは残念そうに返す。

【それが、そうはいかないんです】
「なんでだよ、ケチケチしないで教えてやれば良いじゃないか」
【先程も言いましたが、ワタシの世界の魔法にはリンカーコアが必要不可欠です。
 ただ、残念な事にこの世界の魔法使い達からはそれが確認出来ませんでした。
 魔法使い及び一般人を全て含めて、ワタシが今まで探索した中でリンカーコアを保持していた人物は、この麻帆良学園都市で唯一人……】
「……おい、止めろ」

 アロンダイトの言葉に不穏なものを感じた千雨は雑誌を放り投げて、ベッドの上を後退る。
 しかし、彼女は止めなかった。

【そう!それは貴女です!長谷川千雨さん、いえマイ・マスターーーーーーーーーーー!】
「ふざけんなーーーーーーーーーーー!」

 千雨は絶叫した。冗談じゃない、候補とかほざいていたが、ほぼキメ打ちじゃないか。
 やはり今日は人生最悪の日に違いない、これというのもあのガキの所為だ。
 あのガキに引っ張られてパーティーに出なければ、裸を曝す事も無かった。
 恥ずかしい格好を見られたくなくて、人目を避けて歩かなければ、目の前にある変なペンダントを拾う事も無かった。
 千雨は金輪際あのガキに心は許すまい、と心に決めた。
 しかし、聞いてしまった以上、知らぬ振りも出来ない。
 ジュエルシードの話が本当かどうか判然としないが、放っておける事でもなかった。
 何よりも、窓の外の騒音が耐え難いレベルになって来たし、……気の所為か悲鳴が聞こえてくる。
 重い重い溜め息をついた千雨は、アロンダイトを睨みつけながら話し始めた。

「で?どうすんだよ。協力するかどうかは別として、私は魔法なんて使えないぞ」
【その辺はご安心を、インテリジェントデバイスは伊達ではありません。
 祈願型プログラムによる的確なサポートによって、千雨さんが望む魔法をオートで組み上げてみせますとも!】
「なんだそりゃ?」
【こういった魔法が使いたい、と考える事で基本的な魔法なら自動的にワタシが発動させるんですよ、便利でしょ?】
「それって私がいる意味あんのか?」

 あって当然な千雨の疑問にアロンダイトは、何を当然の事を……と言いたげな様子で、千雨がいる事の必要性を説く。

【ありますよ。ワタシは単独では魔力素の蓄積や保存はできても変換はできませんし、どういった魔法が適切か……そういった刹那の判断はやはり人間の
方が優れているんですよ。
 それに、機械ではどうあがいても人には勝てないんです】
「そんなものかねぇ……」
【そんなものです、その辺は追々分かると思いますよ?
 まぁ、できる事なら千雨さんご自身で組み上げられるのが一番なのですが、流石に今からでは無理ですし。
 あの程度の暴走体ならデフォルトの魔法で対応できると思います】
「組み上げるって……ええと魔法を自分で作れるって事か?」
【はい、その辺の事は明日から追々。
 それでは千雨さん、認証を行うため起動呪文の詠唱を開始します。
 それから初期起動と同時に、バリアジャケットの構築も行いますので、そちらのデザインイメージングもよろしくお願いしますね】
「バリアジャケット?」
【魔導師の身体を守護する、フィールドタイプの防御呪文です。
 フィールド、ジャケット、リアクティブアーマー+インナーと、4層から構成される防御層を構築します。
 これを着用する事で、大気や温度等の劣悪な環境だけでなく、魔法や物理的な衝撃などからも着用者を保護する事が出来るんですよ。
 これは以降、ワタシを起動することで自動的に着用されるようになるので安心して下さい】
「それってデザインは何時でも変更できるのか!?」
【?はい、多少手間は掛かりますが問題なく】

 これはコスプレイヤーである千雨にとって、数少ない朗報だった。
 何しろ上手くいけば、以降のコスプレに掛かる衣装代や作る手間がかなり軽減できるからだ。
 そしてアロンダイト主導の下、起動呪文が紡がれていく。

【それではワタシに続いて唱えてください。
 “我、使命を受けし者也”】
「“我、使命を受けし者也”」
【“契約に従い、その力を我に与えよ”】
「“契約に従い、その力を我に与えよ”」
【“月は水面に、陽(ひ)は天空(そら)に”】
「“月は水面に、陽(ひ)は天空(そら)に”」
【“そして、不滅の勇気はこの胸に!!”】
「“そして、不滅の勇気はこの胸に”」
【“この手に魔法を!!”】
「“この手に魔法を”」
【「――――――――――アロンダイト、セット・アップ」!】

【Stanby ready, setup.】

 気合の入ったアロンダイトとは違い、千雨の詠唱は力無い物だったが、詠唱とそこに込められた魔力は間違いも問題も無いものだった。
 瞬間、千雨の部屋が眩い光に満たされる。
 しかし、その光は瞬きほどの時間の後に淡雪の様に消え去っていく。
 光が無くなった後に立っているのは、黒を基調にしたバリアジャケットに身を包んだ千雨だった。

 眩さで閉じていた目蓋を開いた千雨は、早速姿見に新しい衣装を映してみる。
 すると、そこには新しい自分がいた。

 バリアジャケットの基本はイメージしていたビブリオルーランルージュの物を使っているらしい。
 色は前述の通り、基本は黒。所々に赤でラインが引かれており、それが適度なアクセントになっていた。
 本来ミニだったはずのスカートは、足首まであるロングのプリーツスカートになっている、これは防御力を重視した結果だろう。
 元々あったはずの悪魔の尻尾に似たパーツは、先端に金属パーツが付いている飾り紐に置き換わった。
 ノースリーブのセーラー服はそのままだが、両腕には二の腕の途中まである黒い手袋が嵌められている。
 手の甲から肘までを硬質の流麗な手甲が覆っているのは、手に持っているアロンダイトを落とさない為の防具なのだろう。
 そのアロンダイトも大きく様変わりしていた、直径1cm程だった本体は今や10倍近いサイズになり、千雨の身長よりも少し短い杖の先端に嵌っている。
 髪型は動く際の邪魔にならないように、という配慮からなのかポニーテイルになっており、バリアジャケットと同色のリボンで纏められていた。

「おおー、流石にまんまとはいかないけど、これはこれでアリな気がするな」
【気に入って頂けましたか?】
「うん悪くないよ、後は普通のビブリオルーランルージュに……」
【なれますよ?】
「何っ?」
【今回はこの後、戦闘が予想されるのでこういった形になっていますが、マスターの指示通りのデザインにする事も可能です。
 ただ、あくまでもマスターのイメージに添う形になるので、若干変化する可能性は残りますね】
「いやいや、これってお前を拾って唯一良かった事なんじゃないか?」
【相変わらず酷いですねぇ。
 まぁ、良いです。マスターの評価はこれからきっと鰻登りに上昇する事間違いありませんから!
 それから今後は、ワタシの名前とセットアップのキーワードでこの状態に移行します。
 で、どうしましょうか。このコスはHPにうPします?】

「は?」

 今、さりげなく不穏な台詞を聞いた気がする……。
 この珠っコロは今何と言った?

「おい、お前まさか……」
【いやー、流石は我がマスターです!ネットというごく限られた世界とはいえ、あれだけのシンパを持つとは。
 ワタシもマスターのデバイスとして鼻高々ですよー】
「ハ、ハハハハハハハ……。
 わ、私のプライバシーって……」
【あ、大丈夫ですよ、マスターのセキュリティは一般レベルとしては破格のレベルです。
 あのレベルのセキュリティを突破できるのは、生半可な腕では難しいですよ。
 しかし、流石はワタシのマスターとなるべき方です、天から二物も三物も与えられているんですねぇ……】

 ひた隠しにしてきた秘密があっさりと判明して項垂れる千雨だったが、アロンダイトはお構いなしに褒め称えていた。
 そうやって、一通り喋くりまくったアロンダイトは千雨に改めて話しかける。

【それはそうとマスター?
 時間が無いのでそろそろ封印作業に移りたいんですが】
「ん?あぁ、そういやそんな事も言ってたっけかな。
 分かったよ、やるよ、やればいいんだろ……ってちょっと待て!」
【どうかされましたか?】
「眼鏡!眼鏡はどこにやった!」
【ああ、あれでしたら危険なので、一時的に位相空間に収納しています】
「ば、馬鹿っ!アレがないと私は……っ」

 と、顔をおさえてワタワタと慌てる千雨。そんなマスターにアロンダイトは不思議そうに尋ねてくる。

【マスター?】
「いいから眼鏡を戻せっ!」
【分かりました。
 しかし、特に視力が悪いわけでもないのに、何故眼鏡を?
 一応、戦闘も予想されますから視界を遮る要素は極力排除した方がいいと思うのですが】

 一瞬で戻された眼鏡の感触に落ち着きを取り戻した千雨は、アロンダイトに言い訳じみた言葉を返す。

「い、いいだろ!コイツがないと落ち着かないんだよ」
【しかし、ネットアイドルとしての画像には眼鏡をかけているモノはありませんでしたよ?
 それに眼鏡を掛けない方が可愛いし、普段のマスターと印象が直接繋がらないので、ある意味安全だと思うんですが】
「アレはいいんだよ、目の前に人がいないんだから。
 それに元々人目に付く気は無いからな、多分眼鏡を付けてても大丈夫だろ。
 あ、そうだ。封印しに行くっていってもこの格好で寮の中をほっつき歩くのは無理だぞ。どうするんだよ?」
【そうですねー、幻術魔法をかけた後に出ましょうか。
 流石に結界を展開すると、魔法使い達にバレかねませんし】
「結界って?」
【条件を特定して、その条件に合う対象だけを位相をずらした空間に隔離する技法です。
 この中なら、元の空間に被害を及ぼす事が無いので全力全壊の戦闘行為が可能になります】
「ちょっと待て、今何かさらりと変な事言わなかったか?
 まぁいいや、バレない手段があるのなら丁度いい。そいつを使ってさっさと済ませるぞ」
【了解です】

 そうして千雨は窓を開いて、非日常の世界へと文字通り飛び込んで……いや、落ちていくのだった。
 物理的に、上から下へ。



――――――――――――――――――――――――――――



「あの時ってさ……」
【はい?】

 結界に向かって逆さまになって降下している最中、唐突に千雨が話し出した。
 多分、考え事をしている最中に思わず出てきた独り言だったのだろうが、アロンダイトは特に気にもせずに言葉を返す。

「いや、お前と初めて会った日の事だけど。
 よくもまぁ、窓から飛び出せたもんだなと思ってさ」
【あぁ、あの時ですか。
 ワタシも吃驚しましたよー、飛行魔法とか教えてなかったのに、何も言わずにいきなり飛び出すんですもん。
 何とかプリセットしていた魔法が間に合ったから良かったですけど】

 感慨深げに返すアロンダイトに、千雨も遠い過去を見ているようなぼんやりとした表情で続く。

「あの時のはアレだよ、初めて見た魔法使いが飛んでたからな。
 飛べるもんだと思ってたんだろ。
 ま、それ以上にテンパってたんだと思うよ……あの日は色々とあったからなぁ……」
【そうみたいですねー。
 ワタシはマスターから聞いただけですけど、凄い所ですよねこの土地】
「そうは言うけど、お前の故郷だってどっこいだろ?
 流石に特殊能力持ちだからって、十代前半で警察関連に就職できるとかありえねぇよ」
【そこら辺は魔法が一般的かどうかが関わっているんでしょうね。
 けど、一応あっちでは法律関係は遵守してますよ?……多分】

 学園長・近衛近右衛門や関東魔法協会を揶揄するようなアロンダイトの言葉に、千雨は「ハッ」と馬鹿にしたような笑いを浮かべると、吐き捨てるように
話し始める。

「まさか、学園都市全体に≪認識阻害≫の結界を張っているとはな。
 無駄に手間を掛けてくれるから、こっちの仕事にも一苦労だよ」
【結界の影響で探策魔法の効きが悪いんですよねー、お陰で暴走寸前にならないと探知できませんし……。
 けどマスターは流石です、このペースは普通じゃ考えられませんよ。
 魔法の修得も凄いペースで進んでいますし、普通の魔導師のレベルじゃありませんね】

 アロンダイトの賞賛に何故か千雨は渋面を浮かべていた。
 確かにジュエルシードの回収は今の所は順調だ、魔法の修得ペースも普通の魔導師と比べると早いのだろう……多分。
 しかし、物事には別の側面もある。
 ジュエルシードの探索と封印については、春休みという時期と運が味方しただけ。
 魔導師としての修練。これは偏にアロンダイトが熱心……というか、やらないと煩いので頭の隅で相手していたら、いつの間にかマルチタスクなる魔導師
にとって必須のスキルを修得していたり、数式やプログラミングに似通った所があるミッド式の魔法が殊の外自分に合っていた、というのがあるのだろう。
 しかし、あと数日で授業が再開される。
 そうなると今までの様にジュエルシードの探索に時間をかけられなくなるだろう、魔法で自分のダミーが作れると良いのだが、生憎とそんな魔法はない
らしい。
 一応、使い魔を創って探索に用いる事も案として出はしたが、ミッド式のそれは千雨の倫理観と照らし合わせると無理なものだったし、アロンダイトも
駆け出しの魔導師に使い魔は負担が大きいと賛成はしなかった。

「結界がどうにもならないのなら、探策魔法をどうにかするしかないだろう。
 とりあえず、明日からはジュエルシードの探索を一旦中止して、探策魔法の見直しと改良を始めた方が良いだろうな」
【ですね。少なくとも励起状態になる前に発見できれば、ある程度の時間的余裕はできるはずですから、その方向で組んでみましょう。
 マスター、そろそろ目標の暴走体が……確認しました、今度の憑依対象は鳥ですね。
 飛ばれると厄介です、砲撃魔法で一旦行動不能状態にした後で封印作業に移りましょう】

 千雨はアロンダイトの言葉に頷く。
 背中にあった小悪魔の翼が一瞬で大きく広ってブレーキがかかる。
 ブレーキがかかったその勢いを利用してその身をくるりと反転させると、千雨は地面に足を向けて静止した。

 眼下500mの位置にいるグライダーサイズの暴走体を見ると、結界に囚われている事に気が付いていないのか、のんびりと羽根を繕っている。
 結界の周囲に配置しているサーチャーに気を配ったが、未だ魔法使い達は気が付いていないようだ。
 サーチャーを結界外に配置するようになったのは、二回目の封印作業からである。千雨は自覚していないが、彼女が暴走体を封印する際の魔力はかなりの
ものらしく、結界を敷設していたとしても魔法使い達の結界だか警戒網に引っかかってしまうらしい。
 初めて封印をやり終えて結界を解いた時、目の前にウルスラの制服を着た魔法使いがいて驚いた事は記憶に新しい。
 その時は何とか魔法が間に合って助かったものの、それからの封印作業時に展開する結界の周辺にはサーチャーを配置し、バリアジャケットにもフェイス
ガード――内側がディスプレイになっている――を追加していた。

 そういった確認作業を終えた千雨は、右手に携えていた杖状態のアロンダイトを標的に向ける。するとアロンダイトも心得ているのか、その身を次に使う
魔法に合わせて変形させていく。
 普段の、いかにもな杖らしい形を崩すと、次第に新しい姿を現していく。

 それは最早、杖とは言えなかった。
 新しいアロンダイトの姿に一番近い表現は“未来的なフォルムの対物狙撃銃”もしくは“バスターランチャー”というのが一番近いだろう。但し、銃身
は倍以上太く引き金も付いてはいない。
 アロンダイト本体はショルダーストックに似たパーツの中に組み込まれている。

 千雨は変形が終わったアロンダイトをくるっと回して小脇に抱える。
 しっかりと相棒を構えると、その筒先は眼下の標的に向けられた。

【マスター、シューティングモードへの変形。問題なく完了しました。】
「よし、発射前にもう一度確認だ。
 射程や威力に問題ないよな?この間みたいに標的の10cm手前で魔力霧散とかないよな?」
【大丈夫です、マスターが命じられた通り。
 様々なケースを想定してシミュレーションとデバッグを繰り返しました。
 マスターの魔力とのマッチングを優先した所、デフォルト状態と比較して射程は20%、威力は14%の増加を確認しています】
「よし、じゃあいくぞ。
 タイミングはそっち、トリガーはこっちだ。
 魔法使いの連中がいつ気付くか分かったもんじゃないからな、一発で決めるぞ!」 
【了解ですマスター。
 では直射型砲撃魔法<ブラストカノン>カウント開始します】

 アロンダイトのカウントダウンの開始と同時に、スタンバイしていた<ブラストカノン>の術式に千雨の魔力が注がれる。
 <ブラストカノン>の発動補助の魔法陣が千雨の足元に、魔法の弾道補正と収束そしてデバイス保護の為の環状魔法陣がアロンダイトの銃身を取り巻く
ように出現した。
 高まり続ける千雨の魔力がアロンダイトに注がれていく、それに伴って足元と銃身の魔法陣が凄まじい勢いで回り始める。
 そして、カウント0と同時にアロンダイトの内部で術式通りに処理された魔力は、雷と同じスピードと威力をもってジュエルシードの暴走体を貫いていく。
 千雨の魔力に貫かれた暴走体は、一瞬その身を震わせたかと思うと、次の瞬間、光の柱を聳え立たせて消えていくのだった。

 <ブラストカノン>を撃ち終わった千雨は、油断無く標的の周囲を探索した。
 ジュエルシードの暴走体の反応……なし。
 麻帆良の魔法使いが接近する様子……今の所、なし。
 目に見える被害…………なし。

 そこまで、確認した千雨は溜めていた息を盛大に吐いた。
 結界の中、しかも魔力ダメージなので特に何が壊れるということはないはずなのだが、魔法を撃った後はいつもこんな調子だ。
 暴走体を仕留め損なっていないか、何か壊れていないか、そして……何かを犠牲にしていないか。
 アロンダイトとの会話が如何に乱暴な口調だろうと、魔導師としての才能に溢れていようと、結局の所、長谷川千雨は臆病だ。
 そりゃあ喧嘩を売られれば買ってしまう迂闊な所はあるが、そういった事にならない様に頭を使ったりもする。
 あえて言うとすれば、ネットの世界でライバルのHPを炎上させたりもするが、それだって相手が目の前にいないからできる所業なのだ。

 だから被害が出ないように気をつけるし、魔法使い達どころか人がいない山奥でも結界を使用する。

 そうやって周囲の探索を終えた千雨は暴走体が存在していた場所へと向かった。
 程なく到着した場所には、宿主だろうと思われる小鳥が魔力ダメージで倒れている。そして妖しく輝く、青い八面体の宝石が千雨の目の前に浮かんでいた。
 これこそが、ジュエルシード。千雨が巻き込まれている最も厄介な面倒事の種である。

【ジュエルシードNo.ⅩⅨ。封印します】

 アロンダイトのその言葉と共に宙に浮いていたジュエルシードは、万が一の用心の為、個別に用意した封印用の位相空間に取り込まれる。
 それを確認した千雨は、再び周囲のサーチャーに意識を向けると、学園の方から時々見かけるウルスラの魔法使いが使い魔に乗って飛来してきているの
が分かる。
 他にも数人いるようだが、特に注目するべき魔法使いはいない。
 千雨は結界の解除を時限式に設定しなおすと、自分とアロンダイトを包むように幻術魔法を施して、一足先に結界を抜ける。
 学園を包む結界に良い感情を持っていない千雨は魔法使い達から逃げ続けていた。



――――――――――――――――――――――――――――



 いつからだろう、長谷川千雨は人と会う時は眼鏡をつけるようになった。
 別に目が悪い訳ではない。特別に良いとは言わないが、ネット関連の事を趣味にしている割には視力は良い方だろう。
 なのに、千雨は眼鏡をかけ続ける。
 それは過去に遠因がある、子供らしい他愛のない話。
 千雨は幼い頃は活発で友達とよく遊ぶ少女だった。そして“素直で嘘をつかない少女だった”。
 幼い頃、人は夢見がちな事を言う。

 例えば、あそこの洋館にはお化けが出る。
 例えば、図書館に大きな蜥蜴がいる。
 例えば、学園長の正体はぬらりひょんだ。

 そんな他愛のない、罪の無い事だ。
 いつしか、子供達はそんな事を言わなくなった。
 他愛のない話よりも最近見たTVのヒーローや絵本の話。
 そんな時、千雨は言った。

「人がバイクより早く走れるのはおかしい」
「パンチで人が飛ぶのもおかしい」
「学園長のあの頭はどう考えても変だ」

 いつしか千雨は子供達の輪から締め出されていた。
 子供達曰く。

「千雨ちゃんはうそつきだ」
「格好良いからいいじゃん」
「学園長のじいちゃんに関しては確かに変だけど、フリーザ様の親戚なんじゃない?」
「あっちいこ」

 そうして千雨は一人きりになった。
 先生達は千雨を叱った、親にも話した。
 千雨は親にも叱られた。
 彼等曰く。

「あら、車より早く走れる人もいるわよ?」
「努力したからできるのよ」
「そうね、学園長先生は変ね。けどそれは言わない約束よ」
「いい加減にしないとごはんを抜きますよ!」

 幼い頃の千雨は別に嘘はついていなかった。
 ただ彼女は正直だっただけだ。
 道を歩いているとバイクを追い抜く学生がいた。
 暴れている学生を止めていた人が学生達の喧嘩に巻き込まれて飛んで行った。
 学園長のあの頭はどう考えてもおかしい。
 そう、彼女は“見た事や感じた事を嘘偽りなく正直に言った”ただそれだけの事なのだ。
 けれども、彼女以外の人間はそれをおかしいと思わない。否、“おかしいと認識する事ができなかった”のだ。

 この麻帆良学園都市には秘密がある。それはこの都市を運営しているのが魔法使い達だということ。
 彼等、魔法使いは都市を運営するにあたって、ほんの少し魔法を使っていた。
 例えば、人を助けるため。
 或いは、人を罰するため。
 そして、魔法を隠すためにある魔法が使われていた。
 その名も≪認識阻害≫。
 不可思議な事、異常な事、奇妙な事。そういった不思議な事を“よくある事”と錯覚させる、ある意味非常に性質が悪い魔法である。
 
 そうして千雨は非常識な事が嫌いになった。
 そうして千雨は人と顔を合わせるのが怖くなった。

 そんな長谷川千雨はアロンダイトと出会って世界の真実を知り、魔法使い達が嫌いになった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――

長~いあとがき
 改めて、はじめましてGSZといいます。
 じつはとあるクロスSS板でSSを書いていたんですが、去年末に一応の終わりを迎えたので新しいネタをと思って色々と考えていたらこんなん出来ました。
 書いてて思ってたんですけど、千雨は何と言うか書きやすい感じがしますね、3-Aでは読者に感性が近いからだろうかとも思うんですがどうなんですかね?

 そういえばこの回の冒頭、千雨が巻き込まれた“学年トップ~”ですけど、あれは流石に酷いだろうと思いました。
 基本ネギは善意で動いているつもりなんでしょうけど、他人にとっては迷惑だったり、失礼だったりするんでしょうね。

あとがき追記
 意外と感想で好評だったので、修学旅行編までは続きます。
 それに合わせて色々と書き直し、何処を書き直したのかは各話のあとがきを読んでくれれば分かるかと。
 (細々とした修正までは、あとがきに書いていませんが)
 多分、少しは良くなったと……思いたいです。

 一応千雨とアロンダイトのこのSSにおける設定は以下の通り
・長谷川千雨
  ネギま!世界で唯一?リンカーコアを所持している少女。その為、アロンダイトの相棒になってしまう、一番不幸な人物。
  性格等はネギま!本編とあまり変化はない。但し、学年トップおめでとうパーティーに出た所為で非日常の世界に踏み込む破目になった為、原作前半
 よりも若干ネギ嫌い度が高い。
  しかし、そこは千雨である。困っていたりしていると何とはなしに助けてしまう。
  戦闘スタイルとしては、彼の管理局の白い悪魔と同様の遠距離砲撃型。これは千雨の資質以上に肉体能力的に選ばざるをえなかった。
  魔導師としての能力は魔力タンクが大きく、空戦能力が高い(フェイトには劣るレベル)、ランクは現在A、種別的には砲撃と結界に関しての適正が高い。
  特殊な能力としては、演算能力や魔法の制御に関してずば抜けた能力があり――同じ魔法を使っても千雨の方が消費魔力が少なく、威力が高くなる――、
 所有するレアスキルの関係でマルチタスクの分割量も新人魔導師にはありえない数を誇っているが、戦闘時等の緊張状態でしかフル活用できない。
  リンカーコアも魔力変換効率が高く、とあるレアスキルを所有している。
  アロンダイトの見立てでは、レアスキルの補正込みでSSまでいく可能性があるらしい。


・アロンダイト
  オリジナルデバイス。設定としてはバルディッシュのプロトタイプとしてリニスが製作したという事になる。
  子煩悩なリニスが作製した為、かなりの高性能機になっているが、性格・性能共フェイトとはあまり相性が良くなかったので時の庭園の宝物庫に
 保管されていた。
  リリカルなのは終盤で時の庭園が崩壊した際、ジュエルシードと共にネギま!世界に漂着する。
  かなりおしゃべりな性格で、千雨を辟易とさせる。しかし、基本スタンスはマスター至上主義の少々危険なデバイス。
  インテリジェントデバイスなだけあって、コンピュータ操作等は千雨以上にこなす。単独でまほネットにも接続可能な為、この世界の事情にかなり
 精通している。
  自分の性能を十全に引き出してくれる存在の千雨をやたら大事にしており、理想のマスターになってもらうべく日夜努力して
 いる。
  ジュエルシードを内部に格納する事で様々な拡張機能が付与されるとかどうとか……。
  今現在の目的は千雨を立派な魔導師にする事と、散逸したジュエルシードの回収。

バリアジャケットのデザインについて
  本文中にあった通り、基本はビブリオルーランルージュ。
  但し、本来ミニだったスカートはロングのプリーツスカートに、長さは大体ブラスター時のなのはさんと同程度。
  腕には黒の長手袋と手甲を嵌め、足元は足の甲にプレートが付いたショートブーツを履いています。
  顔に付いているフェイスガードは、某運命の黒剣士さんが初登場シーンに付けていたヤツに似た感じの物です。
  小悪魔の尻尾は飾り紐に、小悪魔の翼は飛行魔法時に飛行呪文として展開されます、最大時は身体を覆う程度。
  因みに翼は展開時に斬撃呪文として使用できます。

アロンダイトの能力
  祈願型プログラム搭載型インテリジェントデバイス。
  基本射程は中~遠。
  ミッドチルダにおける基本的な魔法は完全に網羅している。
  各種教育用ソフトウェア搭載、これにより単独で使用者のスキルアップが行える。
  魔力の蓄積機構が内蔵されている為、簡単な魔法なら単独で1~3回ほどは発動可能。
  (但し、設定により攻撃的な魔法は使えない。防御・探索・通信程度)
  魔法の構築の手助けができる。(シミュレーション・デバッグ等)
  ・形態(秘密の形態が一つあるがネタバレになるので……)
   スタンバイモード  ……アクセサリー状態。攻撃的な魔法以外のサポートが可能。
               (この状態の時に攻撃魔法を使用する場合、呪文を唱える必要がある)
   デバイスモード   ……セットアップした直後の状態。普通はこの状態で使用する、外見は所謂“魔法使いの杖”。
   シューティングモード……遠距離砲撃や強力な魔法を使う際の状態。外見はバスターランチャーかVSBR。
               基本的に<ブラストカノン>はこの状態で撃つ。



[18509] 第02話「魔導師と魔法使い……麻帆良に関するいろんなこと」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/08/21 01:40
 “麻帆良学園都市には魔法使いが住んでいる”
 いや、これは正確ではないだろう。“麻帆良学園都市は魔法使いに支配されている”というのが事実として正しい表現に違いない。
 長谷川千雨はクラスメイトの双子と一緒に街を行く自分の……否、自分達の担任教師にして魔法使いであるネギ・スプリングフィールド(10)を遠目
に見ながらそう思っていた。
 実の所、千雨はネギから「自分は魔法使いだ」と教えられた訳ではない。
 この世界の真実――の一端――を知り、事実を検証する事でその事実に辿り着いただけの話だった。


 ――――――そんな事を理解したとしても、わずか数ヶ月前までの平凡な、だけど心安らぐ日々は戻らないのだと思い直して、長谷川千雨は重い重い
溜め息をついていた。



第02話「魔導師と魔法使い……麻帆良に関するいろんなこと」



 長谷川千雨はこの世界で唯一の魔導師だ。
 本当に唯一かどうか分からないし、正直勘弁して欲しい事柄だが、相棒を自称するアロンダイトの言葉によると、一応そういう事になっているらしい。
 千雨は平穏な日常を愛するごく一般的な――というには少々語弊がある――少女だった。
 春休みの一日前までは。
 あの日、アロンダイトに合わなければ。
 あの日、パーティーに出なければ。
 遠いここではない何処かで、とある女性に悲劇が訪れなければ。

 春休みの前日。
 アロンダイトと出合ったあの日。
 ジュエルシードNo.ⅩⅤの封印作業を終えた千雨はこうなってしまった事情を聞いた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



【流石ですマスター!
 初めての魔法行使でジュエルシードの暴走体を抑えて封印までしてのけるとは!
 ワタシの目に狂いはありませんね!】

 興奮して、待機状態のままはしゃぎまくるアロンダイト。
 それに対して、椅子に座り込んでいる千雨のテンションは限りなく低かった。

【おや、どうなさったんですか?マスター。
 元気がありませんね】
「お前な……、この状況でどうやったら元気が出るんだよ」
【え?普通こういう時って興奮しません?】
「あのな、私はウチのクラスの連中と違ってこういった事は遠慮したいんだ。
 分かるか?私は平穏無事な人生を過ごしたいんだよ」

 力なく自分なりの人生観を述べる千雨にアロンダイトは話しかける。

【そうは言いますが、マスターの魔導師としての適正はかなりのものですよ?
 ミッドチルダだったらエリートコース間違いなしの逸材です。
 それに、マスターならアレの危険性は十分理解できたと思うのですが】

 最後に付け加えられたアロンダイトの言葉に、千雨は渋面を浮かべると背凭れにその身を預けてアロンダイトに言葉を返す。

「まぁな、アレが尋常なモノじゃないってのは封印した瞬間に理解できたよ……。
 理解したし、封印もやるけどさ、なんだってあんなモノがここいらにあるんだ?」
【あまり楽しい話ではありませんし、ワタシなりの推論も入りますがお聞きになりますか?】
「毒を喰らわばってヤツだ、聞かなかったら気になってしょうがないだろ。いいから話せ」
【事の始まりは数年前に遡ります……】

  ・
  ・
  ・

 そうして語られた話は、プレシア・テスタロッサという女性魔導師の悲劇だった。
 新型魔力炉の開発という仕事上の重圧や、所属していた組織上層部からの無茶で無謀な指令の数々に追われる日々。
 稼動実験による事故で実の娘を亡くしたプレシアは、それが原因となって精神の均衡を崩す事になる。
(この事故の主な原因は、実験時に行われた安全基準をほぼ無視した上層部からの命令だった。
 この事故に関する限りプレシアは被害者だったらしい。
 しかし、上層部の陰謀やら何やらで結局の所、責任はプレシア一人に押し付けられる事になる)
 その後、様々な経緯を経て彼女は「娘を蘇らせる」ために死者蘇生の秘術を求めて、忘れられし都アルハザードを目指す事を決意する。
 そのための力としてジュエルシードを収集するも、管理局と呼ばれる治安組織の介入によりジュエルシードは全て集まらなかった。
 しかし、彼女は世界や次元そのものに甚大な被害を与えることも顧みず、管理局が突入した際に魔力炉を暴走させてアルハザードへの航行を強行。
 だが管理局が突入した際の戦闘で航行も阻止されると、娘の亡骸と共に虚数空間へと落ちていった。

  ・
  ・
  ・

【その結果、私と収集されていたジュエルシードがこの世界に漂着したんですよ】
「その……プレシアさんだっけ?
 結局どうなったんだよ」
【さぁ?次元断層にある虚数空間に落ちた以上、死亡していると考えるのが一般的でしょうね】

 と、あまりにもあっさりとしたアロンダイトの物言いに千雨の方が慌てる。

「ちょ、おい!
 仮にもお前のマスターだったんだろ?その言い方は薄情過ぎないか?」

 しかし、対するアロンダイトはその勘違いを訂正する。

【あぁ、そういうことですね?
 安心して下さい、プレシア・テスタロッサはワタシのマスターではありません。
 一応、関係性としてはワタシの製作者が彼女の使い魔で、前のマスター候補がプレシア・テスタロッサの娘だった。
 そんな所です】
「……え?」
【まぁ、もっとも彼女の娘とは相性の関係でワタシはお蔵入りになっちゃったんですけどね】
「いや、ちょっと待て。
 何か変じゃないか?」
【え?何かおかしい所がありましたか?】

 千雨の疑問にアロンダイトは不思議そうに問い返す。

「いや、だってお前。娘さん死んだんだろう?
 ならなんで、お前のマスター候補になるんだよ」
【…………あぁ、そういえばフェイトの事は言っていませんでしたね。
 プレシアにはもう一人の娘がいたんです、それがフェイト・テスタロッサ。
 マスターの前のマスター候補だった方です】

 新しく登場してきた人物に千雨は困惑した、それはそうだろう。
 愛娘を亡くして狂った人物に、実はもう一人娘がいましたと聞かされたら何故狂ったのか、という疑問が出てくる。
 いや、片方を亡くしてそうなる可能性が無いとは言い切れない――何と言っても千雨は親になった経験も、子供を亡くした経験も無いのだから――が、
もう一人いたというのなら、そこまで酷くなるとは思えないのだ。

「じゃあどうしてプレシアさんは狂ったんだ?まだフェイトがいたのならそこまで酷い事になるとは思わないんだけど?」
【さぁ、人間の情動というのは、ワタシたちデバイスにとって理解できない事柄の一つですからね】
「まぁ、それもそうか。
 多分、そのプレシアさんは並外れて情が深かったんだろうな。
 しかし、そうなるとそのフェイトだったか?その娘はどうなったんだ。
 やっぱりプレシアさんと一緒に虚数空間に落ちていったのか?」
【いえ、彼女の魔力反応は時の庭園の方にありましたから、それは無いと思います。
 多分、管理局に保護されたんじゃないですかね、一応は人道的な組織という謳い文句ですし。
 フェイトも魔導師として高いスキルを持っていましたから、司法取引で管理局入りしているかもしれませんよ?】
「へぇ、そんなに凄かったのか?そのフェイトって娘」
【ええ、何と言ってもリニスが手ずから育て上げましたからね。
 あの年代の魔導師としては破格と言っても良いでしょう】

 また新しい名前が出てきた、しかし話の流れからこのリニスとかいうのがプレシアの使い魔なのだろうと当りをつける。

「で、どうしてそんな凄い娘と相性悪かったんだ?
 やっぱ性格か?」
【失礼ですね、確かに彼女は寡黙な……というか大人しい娘でしたけど、そんな事は別に問題ではありませんよ。
 単に運用面の問題ですね。
 彼女は高速戦闘をメインにした近~中距離型の魔導師だったんです。
 片やワタシはオーソドックスなミッド式。
 得意な領域が合わない以上、ワタシが彼女のデバイスになったとしても遠からず交換していたでしょうね】
「近~中っていう事は接近戦もするって事だよな。
 ミッドの魔導師ってヤツは、俗に言う魔法使いとは違うのか?」
【そうですね、基本的に魔導師というのは“魔力”を用いて“魔法”を使用する人物の総称になります。
 後、個々に専門としている分野を前置詞として置く場合もあります。例として挙げるならば、“砲撃魔法”を専門とする者は“砲撃魔導師”、“結界
魔法”を専門とする者は“結界魔導師”という具合ですね。
 ワタシが見たところマスターは潜在的な肉体的能力もそこそこありそうですけど、どちらかというと砲撃魔導師としての素質が高いように見受けられます】
「まぁ……そうだろうな」

 そう言って千雨が思い浮かべたのは、人間の限界とか常識とか、そんな――千雨としては――大事な何かをどこかに忘れてきたようなクラスメイト達の
姿だった。
 いくら潜在的に高い素質を持っているとは言われても、あんな動きはできないだろう。というよりも、やりたくないというのが正直な所だ。

「しかし、魔法使いなんていう連中が本当にいるなんてな。
 未だに信じ難いよ」
【まぁ、しょうがありませんよ。
 ただでさえ隠蔽されているのに、この街をとり囲む様に意識操作系の結界が敷設されていますからね。
 多分、ちょっとやそっとの不可思議を見ても、普通の事だと認識してしまうと思いますよ?】



「………………………………」

 アロンダイトの言葉に千雨はしばらく反応できなかった。
 しかし、次の瞬間。革紐を引っ掴むとアロンダイトを目の前に持ってくる。

「何だと?」
【マ、マスター?
 い、いきなり何を。というか怖いです!】
「いいから言え!
 さっき何て言いやがった!」

 そう喚いて、アロンダイトを前後に振り回す千雨。
 対するアロンダイトは慌てたように、さっき言った言葉を繰り返す。

【ま、魔法が隠蔽されている上に、都市全域に渡って≪認識阻害≫の結界が敷設されていますぅ!
 こ、この結界がある以上、ある程度の異常は異常と認識できないんですーーーー】

 アロンダイトがそう言った途端、千雨の動きがピタリと止まる。
 それは電池が切れた玩具を彷彿とさせるモノだったが、アロンダイトはそこに嵐の前の静けさと同じ雰囲気を感じた。

【あ、あの。マスター?】
「く、くくくくくく……」

 全く動かなくなった千雨を不安に思ったのか、アロンダイトが声を掛けると、返って来たのは不吉な響きの哂い声だった。

「そうかそうか、そういう事だったのか。
 私があんな目に遭ったのは、魔法使いどもが作った結界が原因だったのか」
【あ、あのぅ……】
「………………結界を敷け」
【は?】
「………………いいから結界を敷け、な?」
【は、はぃ………………】

 そう命じて再び押し黙った千雨は、結界を敷設し終えたアロンダイトをパソコンデスクの上に置くと………………。


 全てが終わり、春休み初日の朝に目覚めた千雨が、真っ赤になった目を瞬かせながら一番最初に思った事は……

 「結界は殊の外便利な魔法だ」というものだった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



『しかし、マスターにあんな過去があるとは思いもしませんでした』
『私だって、あの原因が魔法使いどもの敷設した結界の所為なんて思いもしなかったさ』
『恐らく、不完全とはいえリンカーコアが稼動してたんでしょうね。
 リンカーコアで生成していた魔力である程度レジストしていたんですよ』
『だろうな、けどまぁそう考えると色々と凄い結界だよ。
 ≪侵入者感知≫に≪認識阻害≫、あと何でか分からないけど≪魔力抑制≫。
 電力を利用しているとはいえ、かなりの強度を持った結界だな。こいつを編み出したヤツはある意味天才なんじゃないか?』
『ですね、恐らく最大の焦点は“世界樹”と“図書館島”の≪認識阻害≫、それから何かに対する≪魔力抑制≫に合わせているんでしょうけど、それにした
ところで破格の強度なのは間違いありません』
『強度としてはどれ位だろうな、結界破壊効果のある魔法なら壊せるか?』
『現在のマスターでは無理ですね、魔力量・スキル共に難しいでしょう。
 一応、魔力量だけならカートリッジシステムという裏技もありますけど、あまりお勧めできません』
『あー、カートリッジっていうとベルカのシステムか。
 ドーピングっぽいからそれはパスだな、第一どうやって搭載するんだよ。
 次元断層があるから、向こうとは連絡や転移は無理なんだろう?』

 オープンカフェでノートパソコンを広げてネットを楽しみつつ、マルチタスクを利用してアロンダイトと精神リンクで訓練と結界についての考察をして
いると、目の前をメイド服を着た絡繰茶々丸が買い物籠を片手に通り過ぎていった。
 よくよく考えると、あのロボも異常の一つに違いない。
 何しろ、麻帆良の外では自律二足歩行でヒーヒー言っている大企業を尻目に、あのレベルのモノをいくら異常な街とはいえ一大学の工学部が作り上げた
というのは無茶振りが過ぎるだろう。
 しかも、彼女からは魔力らしい力が出ている感じがする。

『なぁ、アレって魔力だよな』
『ええ、確かにあのガイノイドからは魔力特有の波動が感知できますね。
 ミッド式とは違いますが、ごく初期の魔力炉……いえ、魔力蓄積装置に近いものを積んでいるようです』
『へー、とすると開発者が魔法関連の関係者という事だよな。
 時々、超や葉加瀬辺りがメンテしてるのを見かけるけど、あいつ等が関係してるのか?
 魔法とかいうのなら超の方がありえそうな話だけど』
『そのお二方の名前は始めて会った日にも聞きましたが、どのような人物なのですか?』
『あぁ、麻帆良でも有数の天才でな、二人とも大学の工学部で研究をしている……要するにマッドサイエンティストってヤツだよ。
 それと、あの“超包子”の経営者らしい。
 一応、お前は気を付けとけよ?バラされたら私が封印作業で苦労する事になるんだからな。
 そういや、ミッドではああいった技術はどうだったんだ?』
『基本的に魔法と科学が融合していたので、あまり発達はしていませんでしたね。
 それにああいった存在を作るのなら、使い魔を作った方が早いです、運用も柔軟にできますし』
『人工魂魄だっけ?
 そいつを動物じゃなくて、ああいった人型の駆動するモノに放り込んだらどうなるか興味はあるな』

 翌日から新学期が始まろうという時期、千雨はアロンダイトとあれほど忌避していたはずの非日常に浸りきっていた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 所変わって、ここは麻帆良学園都市と関東魔法協会を取り仕切る人物がいる部屋。
 といっても、おどろおどろしい雰囲気のアジト等ではない、どちらかというと日当たりが良い部屋だ。
 この部屋こそ麻帆良学園都市の学園長にして、関東魔法協会の理事長。近衛近右衛門の執務室だった。

 しかし今、この場には部屋にあまりそぐわない、緊張した雰囲気が漂っている。

 ここには、この街でも有数の実力を有する魔法使い達が集って会議を開いていた。議題は……

「というわけで、忙しい中お主等に集まってもらったのは他でもない。
 春休みに入ってから時折出現する魔獣と、謎の魔法使いに関してじゃ。
 誰か、これ等に関して何らかの情報をもっとらんかの」

 近右衛門の議案に手を掲げたのは、黒人の中年男性である。
 それを見て近右衛門が頷くと、中年男性……ガンドルフィーニが立ち上がって話し始める。

「皆さんも知っている事ですが、確認の為にもう一度報告します。
 魔獣が初めて目撃された日の事ですが。我々魔法先生や魔法生徒達の第一次戦闘の後、第二次戦闘の為に魔獣がいた場所に急行した魔法生徒“高音・D・
グッドマン”が先程学園長が言った人物を目撃した一人目となります。
 その後、この謎の人物は魔獣が出現する所に必ず現れては姿を眩ますという事を繰り返しています」

 そこまで言うと、ガンドルフィーニは着席する。次いで学園長が話を続ける。

「皆の衆、資料の4P目を開いてくれるか。
 その人物、いや少女がこの魔獣騒動に関する情報を一番知っておる人物じゃろう」

 室内に頁を捲る音が響く。
 そこにいる全ての目が見たのは一枚のイラストだった。顔の上半分を仮面で覆い、ノースリーブの黒いセーラーに同色のロングスカート、肘までの手甲
を嵌めたその右手に杖を携えたその少女は、なるほど魔法使いと言っても間違いは無いだろう。
 
「この少女は一回目の目撃時から、一貫してこちらの呼び掛けを無視し続けておる。
 魔獣が現れたと思ったら、代わりにこの少女が現れて姿を消す。その繰り返し。
 少女を発見しても、その顔は仮面に隠されておって人物の特定は極めて困難じゃ、そこで、今後に関して皆の衆の意見を聞きたい」

 そう言う近右衛門の言葉に言葉を上げたのは、そろそろ中年になろうかという魔法先生だった。

「考えるまでも無いでしょう。
 姿を隠してコソコソするという事は後ろ暗い事をしていると宣言している様なものではありませんか?
 発見次第拘束するべきです」

 そんな人物に他の魔法先生が声を上げる。優しげな感じの人物だ。

「ちょっと待って下さい。
 一概に発見すると言ってもどうするんですか、僕達にはあの少女も魔獣も発見する術そのものが無いんですよ?
 それに、問題は魔獣の方でしょう。
 戦闘時の映像を拝見しましたが、あの魔獣には僕達の魔法も気も通用していないじゃないですか。
 あの魔獣をどうにかする手段を構築する事が最初にすべき事なんじゃないですか?」
「瀬流彦先生、だからこそあの少女を捕らえるんですよ。
 少女があの魔獣を捕まえているか退治しているのなら改めて協力を申し出て、操っているのならそのまま拘束して罰すればいいんです」
「倉田先生。ですから、その拘束自体どうやって行うというんですか。
 第一、僕達が“立派な魔法使い(マギステル・マギ)”を目指すというのなら最初は話し合いから始めるべきです」

 いささか乱暴な方法を論ずる倉田という人物に、瀬流彦という青年が窘める様に話す。

「そう、正にその“立派な魔法使い”が問題なのだよ瀬流彦先生。
 この街には現在サウザンドマスターのご子息が“立派な魔法使い”になるべく修行に来ているというではないか、そんな重要人物がいるというのに、
正体不明の魔法使いや謎の魔獣の跳梁を許す訳にはいかないでしょう。
 大体、話し合いを持とうとする我々の手を振り払い続けているのは彼女だ。
 それから、拘束が難しいというのならこういうのはどうかね?
 次に魔獣が出現した場合、我々は遠巻きに傍観しておくのだよ。そして例の娘が現れたら我等全員で拘束するというのは?」
「乱暴過ぎます!
 彼女はこの都市の生徒かもしれないんですよ?
 それに何かの事情があって我々の事を恐れているのかも知れないじゃないですか。」
「ふん、生徒かどうか分かったものじゃないだろう。
 さっき言った事だが、後ろめたく無いのなら堂々と姿を曝す筈だ、それをしないという事は後ろめたい事情があるという事だよ。
 我々を恐れているという事だって、我々と接触する事で何らかの罪が露見する事を恐れているという事なのだろう。
 いや、もしかするとあの賞金首の仲間かもしれんな。
 我々が困っているのを見計らって取り引きを持ちかけてくる気なのかもしれん」




「ほう、なかなか面白い意見じゃないか?
 三流どころか屑にもなれない魔法使いにしては中々面白い事を言う。
 いっその事、漫才師にでも転職してはどうだ?今からでも遅くないぞ」


 春の陽気を湛えていた筈の学園長室に氷雪が舞った。
 室内にいる人々は、一人残らず同じ方向に目を向ける。

 そこには二人の少女が立っていた。
 一人はメイド服に身を包み奇妙な耳飾りを着けた少女。いや、少女の姿を模したガイノイド“絡繰茶々丸”である。
 そうしてもう一人、倉田に言葉を投げかけた少女。
 美しい少女だった。
 背を流れる髪は月光の雫を溶かし込んだような金。
 吸い込まれそうな魅力を湛えた瞳は、サファイアの様に青く煌いている。
 シルクの様な肌はきめ細かく、どこまでも白く艶やかだ。
 その身を包むゴシック調のドレスも相俟って最高級のビスクドールの様な少女は、見る人に緊張と陶酔を与える存在だった。
 だが、この部屋にいる魔法使い達は、そんな外見的な事で動きを止めたりはしなかった。
 そんな事とは関係なく彼等は動きを少女に“止められた”
 人は言う、“童姿の闇の魔王”と。
 人は言う、“悪しき音信”と。
 人は言う、“禍音の使徒”と。
 そう、彼女こそ“不死の魔法使い”にして“闇の福音”、最強の悪の魔法使いたる吸血鬼“エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル”だった。
 
 人々が注視する中、エヴァンジェリンは従者を引き連れて学園長室に入ると、近右衛門の手にある資料を掻っ攫って読み始める。
 誰も注意しない、先刻まで言葉を荒げていた倉田も、窘めていた瀬流彦も、そしてこの場における最高権力者であるはずの近右衛門でさえ。

 室内の目を集めながら資料を読み終えると、エヴァンジェリンは面白そうに口を歪める。
 そんな彼女に近右衛門が質問を飛ばした。

「エヴァンジェリン、何か分かったのかの?」

 そう問いかけてきた近右衛門を呆れたような目で見ると、エヴァンジェリンはソファに腰掛ける。
 すると、そう間を置かずに茶々丸の手で淹れられた緑茶が主の前に饗される。
 エヴァンジェリンはその茶をゆっくりと心から味わう様に飲み干すと、面白そうな口調で話し始めた。

「ジジイ、お前はこの件どう見ている?」
「ワシの見立てかね?
 そうじゃな、合成魔獣を誤って解き放ってしまった魔法使いが、フリーの魔法使いに依頼して狩っておる。
 そんな所じゃと睨んでおるんじゃが、その様子じゃ違うか」
「当たり前だ馬鹿者。
 何処の世界に全ての種類の≪魔法の射手≫を吸収する魔獣がいる。
 いたら、あっちの世界で戦争が始まっているだろうが」
「では、お主の見解はどうなんじゃ?」
「魔獣の方は分からん。
 ただ、小娘の方は見当がつく」
「何じゃと!」

 室内がざわめきに包まれる、自分達が全力を挙げても分からなかった謎の人物に関する情報を話そうというのだ、興味が沸かないわけが無かった。

「それで、その少女は何者なのかね?」
「正体までは分からんよ、ただこの小娘が使っている術は私が知らない全く新しい術式だ。
 そうしてもう一つ、コイツはお前ら魔法使いに頼ろうとしていない、いや嫌っていると言ってもいいだろう」
「どういう事じゃ?ワシ等が嫌われているとは……」
「さてな、ただコイツはお前らという存在を知りながらも頼ろうとしていない。
 自分一人で片をつけるつもりだ。
 魔獣の特性に関係しているのかもしれん」
「魔獣の特性……魔法の吸収かね?」
「うむ、そこを踏まえると、こう考えるのが自然だろうな。
 おそらくこの小娘は特殊能力者なのだろうさ、その特性故に貴様等魔法使いを嫌い、この魔獣を狩る事になった」

 エヴァンジェリンがそこまで言うと、我慢できないと言わんばかりの怒声が響いた。

「馬鹿な事を言うな!
 我々が人に嫌われるだと?貴様ではあるまいし、そのような事があるはずがなかろう!」

 声を挙げたのは倉田だった。
 エヴァンジェリンは声を荒げて言い募る倉田を無視すると、茶々丸を引き連れて学園長室の扉へと向かう。
 そうして彼女が学園長室を出ると、扉が独りでに閉じ始める。
 扉が閉じるまでの僅かな間、エヴァンジェリンの言葉が室内に衝き込まれた。

「ふん、正邪など見る側が変わればどうとでもなる物事の一側面に過ぎん。
 それすら理解せずにガキどもを教え導こうなど呆れ果ててものを言う気も起きん、ジジイいい加減教育方針を見直すんだな」

 学園長室の扉が閉じると、室内には安堵の吐息が満ちた。
 いかに学園に封印され、極限まで魔力を抑えられているとしても、エヴァンジェリンが強者である事は間違いようの無い事実だ。
 そしてエヴァンジェリンは……600年もの間、人を狩りそして人に狩られて来た彼女は、人というものを理解していた。
 この部屋にいる誰よりも。
 その彼女が言った言葉。

「魔法使いは嫌われている」

 その言葉が楔になっていたのだろうか、その後の会議はさしたる進展を見せる事も無く、解散するという結果に終わった。


 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき
 色々とヘイト臭い回ですが、視点が千雨なのでしょうがないのかな?逃げか……
 それはそれとして、全てが終わり~の所で何があったかというと位相空間内の自室を事実上廃墟にしてしまったのです。
 実際問題、千雨の幼少時は想像すら出来ない位、鬱々としてたんだと思う。

 それから今回以降ですが『』は精神リンクによる思念会話と思って下さい。

書き直しについて
 感想を読むと倉田先生について結構な批判が……orz
 個人的にはこれ位なら許容範囲かと思ったんですが、とりあえず言葉を少しソフトに&らしい理由もつけてみました。
 とはいえこういったキャラを作ること自体が批判の対象なんだろうな~、と思ったりもするんですが。



[18509] 第03話「いま、そこにある非常識……進路に関する疑問」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/08/04 22:35

 春休みが終了した。
 これまでの人生で一番忙しい春休みを体験する破目になった長谷川千雨は、非日常の住人になって初めての新学期を迎える事となった。
 様々な学校行事が終わり、今現在は2-A改め3-Aの教室でHRの真っ最中である。
 教壇には、千雨が非日常に浸る破目になった原因その一が笑顔を浮かべつつ話をしている。
 

 ――――――千雨は、そんな担任教師をやる気無さそうに見ながら、首から下げている原因その二と精神リンクを介して駄弁っていた。



第03話「いま、そこにある非常識……進路に関する疑問」



『いやー、聞いてはいましたけどマスターのご学友って凄いですねー』
『言うな、私だって再確認して軽く凹んでるんだ……』

 そう、千雨は気が重かった。
 二年生の最終日までは普通の感覚で付いていけないと思っていたクラスメイト達だったが、リンカーコアが正常に稼動し始めて魔力という新しい感覚や
概念を得た千雨は、クラスメイト達を別のベクトルでも見る事が出来るようになっていた。
 例えばすぐ前の席に座っている近衛木乃香だが、信じられない事にとんでもない量の魔力を垂れ流しにしている。
 その近衛をストーカー宜しく監視している桜咲刹那や、ニンニン言っている長瀬楓、中武研部長の古菲や、モデルにしか見えない龍宮真名といった麻帆良
四天王も良く分からない力を纏っていた。
 しかし、千雨をして一番ショックだったのは、ノリの良さや足の速さ程度の違いこそあれ、自分と同じ常識組だと思っていた春日美空や明石裕奈が魔力
持ちという事実だった。
 そして一番重要な事実がこのクラスにはあった、それは……

『しかし、驚きましたね。結界の焦点がマスターのクラスのあんな可愛らしい方に向いているとは……』
『まぁな、私も驚きだよ……おかげで尻尾を出しそうだった』

 そう、アロンダイトの呆れた様な言葉の通り、この麻帆良の結界における力の一つ≪魔力抑制≫によって抑制されている対象が分かったのだ。
 実際、千雨も初めて見た時は信じられなかった。何度、目蓋をこすって見直そうとしたか分からなかった位だ。

『まさかマクダウェルだとはなぁ……。私としちゃあ、世界樹か図書館島辺りにある何かに対してやってるもんだとばっかり思ってたからな』
『ですね、そうなるとあの方はこの街で囚人宜しく封印されているという事なんでしょうかね?』
『ん?どういう事だ……って、ああそうか。街中の電力使うような結界を使ってアイツ一人を抑制しているって事は、そういった対応をしないといけない
って事だもんな。
 しかし、そうなるとアイツは魔法使いの一人って事になるのか』
『ええ、それもこの世界においては屈指の実力者なんでしょうね。
 可能性としては、罪を犯したといっても年齢的や状況的に責任を問うわけにもいかない、しかし相応の実力もあるので野放しにもできない、ならば保護
観察や情操教育と同時に警備等の社会貢献をさせる事で減刑をさせているんじゃないかと』

 アロンダイトの言葉に千雨は溜め息をつきたくなった。
 このクラスは異常だ、強大な魔力を持つ学園長の孫に財閥の娘、とんでもない天才二人に、この非常識な学園都市でも有数の武を誇る連中、しかも
そいつらとタメを張るような運動能力を持つヤツがひのふのみ……。
 止めに世界屈指の実力を持つ元犯罪者ときた。
 これだけの人材を集めておいて“すごい偶然ですね”と言えるのなら言ってみろ。コントだったら周りから一斉に突っ込みが入る事間違いなしだと
千雨は思う。
 となると、次に考えるのは何故集められたのか……。

 普通に考えると“そういった”人材を育てる為の選抜クラス……という可能性、実際はこれこそが一番大きそうだが、これは早々に違うと判明した。
 朝の全校集会の際に他のクラスを確認した所、他のクラスにも一人ないし二人の魔力持ちが確認できたからだ。
 選抜クラスというのなら、現在3-Aにいる一般人とこの連中を入れ替えているはずである。
 特に図書館組や椎名以外のチア、先月までの自分等は普通に考えると“そういった”人材にはなりえないだろう。
 しかし、現実にはその他の“異常な”一般人同様このクラスに組み込まれてしまっている。
 ということであるのなら選抜クラスという線は無いはずだ。

 そうなると、“誰か――もしくは何か――の為に集められた”クラスという可能性。
 ありえそうだ、そうなると問題はその“誰”がどいつを指すかという話なのだが……候補は数人いる。
 近衛や雪広あやかという如何にもな連中もいるが、千雨が一番怪しいと感じているのは、担任のネギ・スプリングフィールドである。
 一番最後に合流した、という事もあるが一番大きいのは彼の年齢だ。
 いくらこの麻帆良学園がエスカレーター式で、他校への進学が少ないとはいえ皆無ではない以上、進路相談の可能性がある。しかも、中学から高校という
ある意味人生の岐路と言ってもいい時期だ。そんな大切な時期に、いくら天才とはいえ生徒よりも歳若い子供を担任にするというのはいくらなんでも酷過ぎ
る話だろう。
 しかも、年齢や国籍を考えると義務教育や教員免許の問題。労働基準法や児童福祉法などの問題まで出てくる。
 これだけの横車を押しているのだ、あの子供教師の赴任にはそれなりの理由があるのだろう。
 そう、どういう目的があるのか分からないが、彼等魔法使いはネギの為に自分達を集めたのだ。

 といった事をつらつらと考えている千雨に、隣の席の綾瀬夕映が話しかけてくる。

「長谷川さん、身体測定が始まるですよ?」
「ん?ああ悪い。しかし、妙に騒がしくないか?」

 夕映に返事をした千雨は、先程までの考え事を一旦別の領域に移して続行し、メインの思考を現実に合わせる。
 多重同時思考(マルチタスク)が出来るとはいえ、未だ未熟な千雨は「ここら辺はもう少し訓練しないとなぁ……」と思いを巡らせつつ、先程までの
――現実側の――ログを漁る……溜め息が出そうになった。
 それはそれとして、夕映に対してする必要が無い質問をすると、反応良く答えが返ってくる。 

「ああ、それでしたらアレです。ネギ先生がまたもや弄られそうな発言をしていたからですよ」
「懲りねぇなぁ、まぁ十歳だからしょうがないといえばそれまでなんだけどさ」

 と言いながら制服を脱いで測定の準備を始める。
 隣の夕映を初め、周囲の少女達も同じ様に下着姿になっていく。年齢相応な下着の少女がいるかと思えば、サラシを巻いている少女もいる、そして年齢
ではなく外見相応の……いや言うまい。なにか那波千鶴辺りから妙な視線を感じた千雨は、その辺の思考を中断すると、自分の席から教室全体を眺め回す。
 既に教室の前の方では、いち早く準備を終えたクラスメイト達が測定を始めているのか、悲喜交々な嬌声が上がっている。
 千雨も測定を早めに済ませようと思い、身体測定のデータを書き込む用紙とペンを片手に向かおうとしたその時、どういう話の流れなのか、他愛ない
雑談が“桜通りの吸血鬼”なる噂話にシフトし、さらにチュパカプラなるUMAの話へと変化していった。
 千雨はどうせ変質者か何かが噂の元だろうとマトモに取り合わなかったが、意外な人物が会話に混じってきた。
 千雨達がこのクラスで最も注意している人物……エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルである。
 おそらく警備担当の魔法使いとして、夜歩きしないようにとの警告なのだろう、事件について楽観視しているらしい神楽坂明日菜に警告じみた事を
言っていた。
 お姫様の様な外見にそぐわない悪役じみた警告だったが……。

 そんな中、廊下の方から騒ぐ声が聞こえてきた。この声は血が苦手なのに何故か保健委員になっている和泉亜子のものだ。
 漏れ聞こえてくる会話を聞いていると、どうもクラスメイトの佐々木まき絵が保健室に担ぎ込まれたらしい。
 どうせ貧血か何かだろうと当たりをつけながら、騒ぎを無視して測定を続けていると、神楽坂を始めとする数人のクラスメイトが教室の扉や窓を全開に
開け放つのだった。

「連中には恥じらいってモンがないのか……」

 羞恥心という言葉とは程遠いクラスメイト達の行動に頭痛を覚えながら、千雨は桜通りの事件について思考を巡らせた。
 噂の元ネタに興味はないが、最近の事件に関して言うのであれば、ジュエルシードが起こした事件である可能性も否定できないのだ。
 今の所、千雨が対応したジュエルシードは全て暴走状態だった。しかし、アロンダイトの話だと暴走状態の前でもある程度の活動期――一応、励起状態
と呼んでいる――はあるらしい。
 その状態ならば、強力な魔力をぶつけなくても封印は可能な為、千雨はその状態の時に対応したいと考えていた。
 一応、昨日仕上がった新型の探策魔法なら理論上は励起状態でも感知可能なので、今日辺り桜通りを探策してみるかと心にメモすると、騒いでいる他の
クラスメイト達を尻目に測定を済ませていくのだった。



 新学期早々、3-Aになって初めての一日はいつも通りの騒ぎで終始した。
 保健室で寝ていた佐々木も大した事はなかったらしく、昼過ぎには仲が良い連中と下校したらしい。

 そんな中、千雨はいつも通り一人寮への帰路についていた。
 途中の生協で安売りの清涼飲料や食品を買い込んだ後、今日の目当てである桜通りへ足を向ける。
 件の噂では、例の吸血鬼が出没するのは夕方や夜間であるらしい、ならば今の時刻はとりあえず安心という事だ。
 千雨は並木道に設置されたベンチに腰掛けると、周囲をそれとなく見回す。
 下校時という事もあるのか、周囲にはそれなりの人目があった、3-Aではないが花見をしている連中すらいる始末だ。
 これでは魔法の発動は無理だと悟った千雨は内心、舌打ちをする。
 実の所、千雨が扱うミッドチルダ式の魔法にはとある欠点があった。
 魔法を発動する際、魔法行使者――要するに千雨――の足元に魔法陣と呼ばれる光の紋様が発生するのだ。魔力素を固定することで、魔法発動を助ける
この図式はそれなりの大きさがあり非常に目立つ為、人目につく場所での発動は憚られたのである。

『おい、この辺に魔法発動にいい場所はあるか?』
『難しいですね、周囲から魔力波動は感知できませんから励起状態以上のジュエルシードは無いはずですが、この場所が魔法使いの監視下にないとも言い
切れません』
『だよな、噂になっている位だ。連中が監視していないと考えるのは楽観が過ぎるだろうな。
 だけど、これ以上寮で魔法行使するのも不安だしなぁ……。
 しょうがねえ、ここから離れるぞ。帰りながら良い場所がないか探してみよう』
『了解です』

 千雨は自分の活動範囲の狭さに苛立ちを覚えながら桜通りを後にした。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 事が動いたのは、千雨が寮の食堂で夕食を終え、自室に戻っている最中の事だった。
 唐突にアロンダイトから警告が発せられる。

『マスター!』
『あーくそ!予想通りじゃねぇか。
 桜通りだな?』
『はい、桜通りでジュエルシードの暴走体が発現しました。
 それと同時期に桜通りから離脱する魔力反応を二つ確認しています。恐らく彼等が使用した魔法が原因で、一気に暴走状態へ移行したものと考えられます』
『ヤリ逃げかよ、碌でもねぇな。
 まぁいい、魔法使いどもは?』
『未だ到着していません、今すぐに行けば比較的楽に離脱できる可能性があります』
『よし、じゃあ急ぐぞ』

 そう言うやいなや、人目に付かない程度の速さで玄関へ向かうと、外出用のスニーカーを突っかけるように履いて寮を飛び出して行くのだった。



 その数分後、桜通りにはバリアジャケットに身を包んだ千雨の姿があった。
 桜通りを包むように結界とサーチャーは敷設している。
 結界に覆われて普段と趣きを変えた桜通りを見回すと、魔法戦闘があったのだろう、残留魔力がそこかしこに残っていた。

「こりゃまた凄いな、吸血鬼ってヤツは魔法も使えるのか?」
【どうでしょうね、魔法を使える者同士が争った事は間違いないと思われますが……】
「まぁ、そこら辺は麻帆良の魔法使いに任せるさ、こっちはこっちで忙しいしな。
 ジュエルシードの反応はどうだ?」
【並木の右手中央辺りから出ています。
 移動はしていませんが、魔力反応を出している範囲が少しずつ広がっています。
 放っておくと、一両日中には麻帆良中に広がる事は間違いありませんね】
「いつもながら厄介だな、サーチャーはどうだ?」
【魔法使いも近付いて来ている様です、魔力量から見て恐らく戦闘の痕跡を隠蔽する為のメンバーでしょう】
「じゃあ、あんまり悠長にしてられないな。
 行くぞ」
【了解ですマスター】

 千雨はアロンダイトの誘導に従って歩を進める、すると幾らもしない内に暴走体を見つける事ができた。
 並木の中の木を宿主にした暴走体なのだろう。捻れ変質したそれは最早、木とは呼べない怪物と成り果てていた。
 元々あった小さな洞は巨大化し、目や口といった感じになっている。
 枝や地面の上に出ている根はザワザワと蠢いており、表面の木肌は不気味な動きを見せ付けていた。恐らく異常成長した根を広げているのだろう、この
根の成長が魔力反応の拡大化と比例している事は間違いない。
 となると、一刻の猶予もないだろう、早目に封印しないと千雨では手に負えなくなる可能性がでてくる。

「こりゃあヤバイな、ジュエルシードの反応は?」
【眼前の樹木状の暴走体全体から反応があります、一度完全に暴走状態を解除しない限り特定は難しいでしょう】
「要するにいつも通りって事か。
 ま、動かないだけまだマシってヤツだな、やるぞアロンダイト」
【了解しました、<ブラストカノン>レディ】
「撃っ、うわっ!」

 <ブラストカノン>を撃とうとした瞬間、慌てて横っ飛びに跳ねる。
 そのまま空中に逃れると、その後を追う様に地面から鋭い槍に似た何かが飛び出して来ていた。
 何かは千雨の後を追う様に次々に飛び出してくる、千雨はその攻撃から逃げながらアロンダイトに話しかける。

「何だ?」
【宿主の地下構造体を利用した攻撃です】
「根っこって事か……、じゃあ上空から仕掛けるぞ」
【駄目です】
「どうしてだよ、ある程度は距離を取らないとヤバイだろ」
【擬似魔法能力による結界が張られています、今の状態だとあの暴走体以上の高さには上がれません】
「はぁ?」
【加えて結界外部のサーチャーとの接続が切れました、結界外の探策ができません】
「サーチャーは放っておけ、今は封印だけ考えるぞ。
 とは言っても、<ブラストカノン>は足を止めないと撃てないし……<ブラストショット>である程度弱らせるしかないか。
 ある程度、自己修復に回せば攻撃も緩くなるだろ!」

 千雨の号令の元、デバイスモードのアロンダイトから<ブラストショット>と呼ばれる6つの黒い光球が奔る。
 それは、周囲五方向そして天頂から暴走体へ殺到すると、数本の枝を砕き折り、幹にも浅くない傷を負わせた。
 暴走体はその攻撃を受けると、痛みを感じているのか幹全体を捩り、不気味な唸り声を上げる。

「いよっし!何とかいけそうじゃねえか、この調子で潰すぞ」
【了解!】

 それから数度か千雨と暴走体の攻防が続いた。
 しかし、ここで戦いは新たな展開を見せる。
 動きが鈍くなってきた暴走体に念の為と放った<ブラストショット>が見えない壁に弾かれたのである。

「何だ!?弾かれたぞオイ!」
【フィールドタイプの障壁です。
 同時に周囲の魔力素の消失を確認。結界同様、ジュエルシードの魔力素吸収能力を利用した擬似魔法能力だと推測されます】
「どうする?」
【危険ではありますが<ブラストカノン>の使用しかないでしょう。
 見た所、障壁の展開中は暴走体も攻撃は出来ない様です。一旦<ブラストショット>で障壁を発生させた後、解除までの三十秒間の間に<ブラストカノン>
のチャージを終了させ、障壁ごと撃ち抜くのです】
「それしかないか……」
【但し、暴走体は学習能力を備えている可能性が高いと思われます。
 封印のチャンスは多くて二回ですが、できうる事なら一回で仕留めるべきです】
「そいつはキツイな、今でもけっこうリソースギリギリなんだけど?」
【そこで提案です】
「何だよ」

 アロンダイトの言葉に一抹の不安を感じながらも千雨は言葉を返す。

【結界を消去しましょう】
「やっぱそうなるか、確認するけどそれしかないのか?」
【はい、今の所マスターが振り分けているリソースは大まかに以下の通りです。
 飛行魔法制御:2、結界制御及び知覚:2、戦闘行動:4、その他:1。
 この内、一番放棄しても問題無いのは結界に関するリソースになります】
「よし、じゃあ結界制御を時限式にセットして掛けっ放しにするのはどうだ?」
【そうなると結界の状況知覚ができなくなりますが?】
「いきなり解除するよりかはいくらかマシだ、一般人に見られる訳にもいかねーしな」
【了解です、ではリソースを消費しない時間で暴走体の結界内部に時限式結界を構築し直します。
 暴走体の障壁解除予想時間は三十秒、時限式結界の維持時間は四十秒の予定。
 次の<ブラストショット>射出と同時に結界の破棄と構築、直後に<ブラストカノン>のチャージを開始します。
 宜しいですか?】
「ああ、そいつで問題ない」
【ではマスターの<ブラストショット>射出をトリガーとします】
「よし!いくぞ!」
【了解】

 直後、アロンダイトから黒い光球が射出される、その勢いはこれまでの比ではなく閃光と言っても良い程だ。
 光球はこれまでの様に分散着弾しなかった、全ての光球はほとんど同じ箇所に着弾して暴走体の障壁を歪ませる。
 着弾と同時に暴走体の結界外に展開していた千雨の結界が解除された……この時点で五秒経過。
 アロンダイトの本体が煌き、暴走体の結界内に新たな時限式結界が構築される……十秒経過。
 次いで<ブラストカノン>の魔法式が千雨とアロンダイトの内を奔る。
 アロンダイト変形開始。千雨、回せるだけの思考を<ブラストカノン>の術式制御に振り向ける。
 アロンダイト変形完了。千雨、<ブラストカノン>発動補助の魔法陣構築。
 環状魔法陣はデバイス保護と魔力収束の魔法陣のみを展開。今回の対象は近距離の為、弾道補正の環状魔法陣は省略する。
 千雨、シューティングモードのアロンダイトを保持。魔法の設定により体勢を固定、フィールド魔法により保護を行う。
 <ブラストカノン>チャージ開始、暴走体の障壁消滅開始……残り十秒。
 チャージ終了まで残り三秒。暴走体の障壁完全消滅、千雨の足元数箇所で隆起発生。

(話と違うじゃねーか!)

 千雨、心の中で毒づく。同時にチャージ完了。<ブラストカノン>射出……着弾まで一秒。
 千雨の足元に敷設していた<ブラストカノン>の魔法陣に暴走体の攻撃接触。
 が、同時に<ブラストカノン>が暴走体に着弾。魔法陣の表面を滑りながら本体側に地下構造体は引き摺られる。

 全てが終わった瞬間、立ち上った光の柱の中にジュエルシードが浮かんでいた。


「やれやれ、何とか終わったな……」
【はい、色々とギリギリでしたが、上手くいって良かったです】
「よし、封印しろ」
【了解、ジュエルシードNo.ⅩⅣ封印します】

 アロンダイトの宣言と共にジュエルシードは封印され、やれやれ今夜の災難も何とか切り抜けたかと千雨は息をついた。


 しかし、この夜。千雨の災難は未だ終わりを告げてはいなかったのである、新たな災難は

「エルデン・クルデン・フラグメン!“炎の精霊7頭 集い来たりて 敵を射て”───≪魔法の射手・連弾・炎の7矢≫!!」

 という力ある言葉と共に、背後から飛来する炎の力を纏った≪魔法の射手≫だった!
 その≪魔法の射手≫が切っ掛けだったのか、千雨がいる場所に次々と風の雷の光の、ありとあらゆる≪魔法の射手≫が降り注ぐ。
 時間にしてどれ位だろう、一分はなかったはずのその時間、足元以外の全ての方位から打ち込まれた≪魔法の射手≫はゆうに100を越えていた。
 流石にそれだけの≪魔法の射手≫を打ち込むと、それなりの被害が出るもので周囲は土煙に包まれている。
 そんな惨状に怯えたのか、十数人いた襲撃者の一人である麻帆良学園の魔法使い、年配の山崎教諭は震える声でこの襲撃を主導した倉田教諭に話しかけた。

「く、倉田君。ここまでする必要はなかったんじゃないかね?」
「何を言っているんですか、山崎先生。あのような得体の知れない魔法使いなど、発見次第拘束すべきです。
 それを今まで放置していた事自体ありえない話ですよ」
「全くですな。しかもあの様な扮装をしている事自体、我々“善き魔法使い”を愚弄するものです!」
「大沢先生、しかしですな…………ぶべらっ!」

 倉田を始めとする他の魔法先生達を嗜めようとしていた山崎だったが、そんな彼の努力は無駄に終わってしまった。
 もうもうと立ち上る土煙から閃光の様な速度で飛び出してきた“1発”の黒い光球によって、彼の意識は魔力ごと根こそぎ奪われたからである。




「……やってくれたな、てめえら!」

 山崎が気を失った後、土煙の中から少女の怒声が響き渡った。

 麻帆良の魔法使い達は、その時に吹いた一陣の風に感謝しただろうか、それとも恨んだだろうか。
 風に吹かれた土煙はその姿を消し、そこにいる少女を彼等の視線に曝した。
 そこには資料にあった通りの少女がいた。
 黒のノースリーブセーラーとロングのプリーツスカートには赤のラインがアクセントとして走り。
 両腕には貴婦人が嵌める様な手袋、その上にある手甲は硬質だが美しい輝きを宿している。
 顔を隠すのは黒のフェイスガード。

 の、はずだった。かつて美しくその身を飾っていた衣装は土に汚れ、罅割れ、破れ、欠けていた。
 顔だけは守ろうと死守したのだろう、土埃に汚れただけのフェイスガードから僅かに覗く口元は怒りに歪んでいる。
 
 そんなボロボロな彼女を見た倉田は自信を持ったのか、意気高々に声を上げる。

「ふん、大層な口を利くが最早ボロボロではないか!
 粋がるのも大概にして此方に降るのだ、今なら寛大な扱いを考えんでもないぞ?」
「おい、寝言は寝て言えよオッサン。
 加害者はてめえらでこっちは被害者だ、あんまり舐めた口利いてるんじゃねぇ」

 声の様子から察して目の前の魔法使いは中学生位だろうと感じた倉田は、苛立ちを隠そうともしない声で話を続ける。

「なんて口の利き方だ、親の顔が見たいものだな」
「ふん、安心しな。オッサン達の親より万倍マシな面しているさ」
「……………………」
「……………………」

 千雨と倉田、双方の意見はどこまで行っても平行線だった。いや、それは正しくないだろう、二人ともお互いに歩み寄ろうという意志が無いだけだ。
 そんな緊張状態を打ち破ったのはどちらだったのだろう。倉田達が再び≪魔法の射手≫を唱えようとした次の瞬間、彼等の内の五人が背後から飛来した
<ブラストショット>の餌食となって昏倒する。
 そんな仲間達に驚く時間が彼等にあっただろうか、始動キーも唱え終らない内に千雨がアロンダイトを振りかぶると、彼女の周辺に再び<ブラスト
ショット>の魔力弾が6つ発生する。
 そのまま千雨は魔法使いの詠唱の終了を待たずに<ブラストショット>を射出。
 見たこともない魔法に慌てた魔法使い達には、≪魔法の射手≫を遥かに上回る速度と機動で飛来するその魔法を避ける余裕は無かった。
 そんな彼等は最後の頼みとする魔力障壁に魔力を注ぎ込んだが、千雨が放った魔弾は彼等の盾を易々と貫き、彼等の魔力と意識を刈り取って行く。
 ようやく彼等の呪文が完成したのか、残った魔法使い四人は四種類三十二発の≪魔法の射手≫を千雨に向かって撃ち出す。
 避ける事も防ぐ事も叶わない、全方位からの全力攻撃だ。倉田達は目の前にいる正体不明の魔法使いの敗北を幻視した。

 しかし彼等は忘れていた。最初に彼等は、今以上の攻撃を彼女に加えていた……という事実を。

 ≪魔法の射手≫が撃ちだされた瞬間、千雨の足元に魔法陣が現れ、凄まじい勢いで回転を始めた。
 同時にリンカーコアも最大出力で魔力を生成して、片っ端からフィールド型防御魔法に注ぎ込む。
 防壁は千雨一人がギリギリ入る程度の範囲、その範囲に桜通り一帯の魔力素を集中させる。それは最早、魔力のみならず物質的な硬度さえ持った障壁
となっていた。
 そんな千雨の砦に魔法使い達の≪魔法の射手≫が叩き込まれる。

 ≪魔法の射手≫が着弾してどれ位経っただろう、着弾によって立ち上った土煙を、魔法使い達が魔法の風で吹き散らした時。
 彼等の意識は闇に落ちていった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 魔法使い達との戦闘というある意味最悪な接近遭遇を何とか潜り抜けた千雨は、寮近くのコンビニのトイレで身体を休めていた。

「くそっ!何だって言うんだあの連中、マトモじゃねぇぞ」
【魔法使い達の中でも強硬派の集団だと思うのですが、彼等は何か妙なイデオロギーでもあるんですかね】
「確か自分達の事を善き魔法使い、とか言ってたよな、いい大人がそういう事を口にするってどうなんだ?」
【確かに会話ログにそれらしい言葉がありますが、彼等の世界ではとりたてて異常な文言ではないのでしょう。
 マスターに関しては、ジュエルシードの封印作業時に度々目撃されていますから、それが問題視されたんでしょうか】
「ジュエルシードの事が公に出来ない以上、麻帆良の魔法使い達は敵と認識した方が良いのか?」
【どうでしょうね。いっその事、彼等の手を借りるのも一つの手ですよ?】
「それはパス。
 私は平穏な生活を取り戻したいんだ、ジュエルシードの回収が終わったら私は日常を満喫するって決めているんだよ」
【左様ですか】
「何だよ、何か言いたげだなおい」
【いいえ?別に何でもありません。
 ただ、この都市で日常と嘯いても空々しいと思うのですが。
 それともマスターは外部進学を考えておられるんですか?】

 アロンダイトの言葉に千雨は返す言葉が出なかった。
 確かにコイツの言う通り、非日常から逃げ出す最も有効な手段は、ここ麻帆良学園都市から出る事である。
 そうすれば少なくとも、魔法使いや結界といった事象からは距離を取る事が出来る。
 この学園都市が日本国内にある以上、進学する際に麻帆良外の学校を選択する事も可能なはずだ……多分。

 しかし、ここまで考えた時、千雨の脳裏にとある可能性が浮かび上がってきた。

「…………ん……あれ?」
【どうされました?マスター】
「重要な事に今更気が付いた……」

 千雨は真っ青になって呟いた。

【は?】
「何で進学する時、そのまま此処に残る事を選択したんだ?
 小学校であんな目にあったのなら普通は別の学区に移るだろう……」
【親御さんの希望とか】
「いや、成績がある程度あれば外部の進学校の受験位はさせてくれるだろ?
 別の街に移るとか、麻帆良から出るとか、そういう選択肢がスッパリ抜けてたんだよ……。
 今更ながらに恐ろしいぜ、自分でも気が付かない内に進学先を決めてたんだ」
【下手な洗脳よりも性質が悪いですね……】
「それもこれもあのクラスに集める為だったんだろうな……。
 こうなるとますます魔法使いに係わり合いたく無くなってきたな」
【ですね、私も空恐ろしくなってきました。
 そうなると、あの担任教師に係わるのも極力避けるべきでしょうね】
「ああ、そうなると魔力感知を妨害する魔法を恒常的に掛け続ける必要が出てくるな」
【少々、マスターの負担が増える事になりますが宜しいのですか?】
「しょうがないだろう、下手に目を付けられて魔法使いに捕捉されるよりかはいくらかマシだ。
 新手の訓練だとでも考えておくよ」
【了解しました、それでは現時点より魔力認識阻害魔法<マギリングハイド>をマスターの体表に展開します】
「ん、っとキツイな……。
 これってフィールド型の幻術魔法になるんだよな?」
【はい、潜入工作員が使用する魔法が元になっています。
 幻術魔法には珍しく、長時間の使用を念頭に組まれているので今の様な状況にはうってつけですね。
 この魔法を発展させ複合し変化させる事で、魔力結合阻害空間<アンチマギリンクフィールド>の術式になるのではないかと言われています】
「へぇ、そんな事まで研究されていたんだ」
【犯罪者も魔法を使いますからね。
 AMFが実用化されれば、魔法を使わないでもいい重要施設の防護に役立つという発想ですよ】
「なるほどね、じゃあ帰るか……っく」
【マスター、大丈夫ですか?】

 便座から立ち上がった瞬間、受けたダメージと<マギリングハイド>の負荷で顔を顰めた千雨に、アロンダイトが気遣わしげな声を掛ける。
 そんなアロンダイトに千雨は不機嫌な声で答えた。

「ああ、何とかな。
 今夜は魔法を使ったからな、一晩眠れば普通に誤魔化せるだろうさ」
【<マギリングハイド>は適時最適化の処理を行う様にしますね】
「頼んだ、じゃあ帰るか」

 そうアロンダイトに告げた千雨はトイレから出ると、コンビニへの義理で安いスナック菓子を購入し、寮への道を辿っていった。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

長~いあとがき
 よく考えてみたら出てきた怖い疑問。
 千雨は小学生で苛められ(ハブられ)てたのに何故この地に残ったのか……で、出た答えがこの思考誘導。
 自分で思いついてゾッとした。

書き直した点について
 感想を読んでいると色々と言われたので、ちょっとソフトに&ネギま!らしく修正。
 ……とはいえ異性がいる中での≪武装解除≫は、女子中学生の千雨にとっては洒落にならない魔法だと思ったので、テンパって戦闘に突入。
 一応彼等は取り押さえようとしていただけですが……≪武装解除≫は女性に使っちゃいけないと思うんだ。
 リリカル世界とネギま!世界の常識が食い違う話ですね。
 しかし、書き直してコンビニのトイレのシーンを読み直したら、千雨の「マトモじゃない」発言は笑えてしまった。
 後、もう一つ勘違いのネタとしてエヴァンジェリンという存在についての考察があります。ネギま!世界のエヴァは知っての通り吸血鬼ですが、そんな
存在や種を知らない千雨とアロンダイトは当然の事ながら彼女を普通の人間と認識しています。

≪武装解除≫について
 一応このSSではバリアジャケットを着用して、「千雨が油断」していない限り無効にしています。
 バリアジャケット未着用時の場合は、レジストに全力を傾ければ何とか無効化できる感じ。

千雨の魔力光について
 これ、実はパクティオーカードの色調を参考にしました。
 一応、青や銀といった他の候補もあったんですが、ちょっとありえねー位の反則級レアスキルを持っているので、それなら魔力光も特殊なもので良いかな
と思いました。
 色のイメージとしてはリインフォースの<デアボリックエミッション>を思い浮かべてくれれば良いかと。

倉田センセを再度戻した件について……orz
 感想を読んで再び確認すると……うわああああああああああああああああ
 という感じでした、やっぱり軸がブレると碌でもない結果になるね。
 倉田というアンチというかヘイトというか、そんなキャラを何故出したかとうのは、偏に私が臆病だからですね。
 腹を決めた人なら、ガンドルフィーニ辺りにやらせるんでしょうけど、そこまでの度胸がないんです。
 で、度胸がないから感想にビビって、こんな無様を曝すという悪循環。
 ソフトにするか以前に戻すか考えて、再度読み直してみると。麻帆良大橋でのカタルシスや、近右衛門との交渉や千雨のスタンスに齟齬が出てくる……ので、
倉田先生には反面教師になって貰う事に……。
 ヘイトはいかんという感想をくれた方には申し訳ありませんが、このSSでは大体これ位のヘイトが出ると納得して読んで下さい。





[18509] 第04話「子ネコとガイノイド……と、オコジョ妖精」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/08/04 22:35

 始業式の翌日、つまり本格的に中学三年生の日常が始まった日。
 ≪魔法の射手≫で受けた傷の痛みと、魔力隠蔽の魔法でだるい身体を引き摺りながら登校してきた長谷川千雨は、校舎の玄関口で奇妙な光景を目にしていた。
 クラスメイトの一人であるところの神楽坂明日菜に担がれた、担任教師のネギ・スプリングフィールドである。
 いや、年齢からするとそうおかしい光景ではないのかもしれないが、彼の立場を考えるとあの扱いはどうなのだろう。
 半泣きだし……。


 ――――――そんなクラスメイトや担任教師を見た千雨は、今日は休んでおくべきだったか?と呆然と思うのだった。



第04話「子ネコとガイノイド……と、オコジョ妖精」



 その日の授業中、ネギは開始から終了十分前の今まで上の空だった。
 玄関口での出来事から、何か学校絡みでトラブルを抱えているのだろうと千雨は推察したが、授業時間が進むにつれネギの様子はますますおかしく
なっていく。
 ぼうっとしながら授業をしているかと思えば、教卓にあごを乗せて、はあ、とアンニュイな溜め息をつく。
 そんな担任教師の様子を見てクラス中がざわめき始める、正直授業になっていない。

「な、何かネギ先生の様子がおかしくない?」
「う、うん。ボーっとした目でわたしたちを見て」
「あんなため息ばかり……」
「ちょっと、ちょっと、これってもしかしてこないだの?」
「あー、あのパートナー探してるってゆー」
「ネギ先生王子説事件!?」
「じゃあ、まだ探してるの?」
「えーうそー」

 周囲から漏れ聞こえてくる声に、千雨は呆れていた。自分が知らない間にあの子供教師はまたぞろ騒動を起こしていたらしい。
 漏れ聞こえてくる話を組み立ててみると、どうやら先生は某国の王子で、麻帆良で教師をしているのは人生のパートナー=王妃を探す為だとかどうとか
……なんともお馬鹿な設定だった。
 いやいや、それってどこのマンガだよ、十歳で教師ってだけでも無茶なのに王子とかありえねぇだろ、設定詰め込みすぎだ。しかも魔法使いとかいう
隠しパラメーターまであるし。
 千雨はいつもの如く、心の中でクラスメイト達に突っ込みを入れていた。
 
 ザワザワと騒ぎがだんだんと大きくなるが、ネギはまったく気づいていない。

「セ、センセー。読み終わりましたけど」
「えっ!? あ、はい。ご苦労様です。和泉さん」

 指定された範囲の英文を朗読し終えた和泉亜子の言葉に、あわててそう返事するネギだったが、誰が見ても聞いていなかった事が丸分かりな反応だ。
 いいんちょ辺りは違う意見かもしれないが……。
 長々と朗読させられた和泉はいい面の皮である、いや彼女自身はどうもそれどころではないようだが……というか何故赤くなる。
 呆れる千雨を他所に、ネギは授業とは関係ない質問を和泉にする。

「えーと。あの、和泉さん。つかぬことをお伺いしますが……やっぱり、やっぱり皆さんくらいの年の方が、あの……パートナーを選ぶとして、十歳の
年下の男の子なんていうのはいやでしょうか?」
「なっ!?」
「ええええー!」

 担任自ら授業を放棄したその質問にクラス中が沸きあがる。

「そ、そんなセンセ。ややわ急に……ウ、ウチ困ります。まだ中三になったばっかやし……で、でもあのその……今は特にその、そういう特定の男子は
いないって言うか」

 あわあわと和泉が返事をする。
 はあ、とネギはその言葉にうなずくと、今度は宮崎のどかに矛先を向けた。

「宮崎さんはどうでしょう?」
「へっ……ひ、ひゃはいっ。
 えと……あう、あああのっ、わっわたっ私はーーーあのーーー」

 テンパっているのか周囲をワタワタと見回し、どもりながらも答えを返すのどか。
 そんな彼女の姿に、早乙女ハルナや朝倉和美といった連中の目が光る。
 あと、何故か隣の綾瀬夕映が拳を握って必死に宮崎を見ていた。
 騒ぎは加速度的に大きくなっていく、よくも隣のクラスから苦情が出ないものだと感心する。

 そういった騒ぎの最中、返事をしようとしいるのどかを押し退けてアグレッシブに主張する生徒が一人。
 我等がいいんちょこと雪広あやかその人である。

「わ……わわ、私はーーあの、オオ、オケッ……」
「はい、ネギ先生っ!」

 そのままぼうっとしているネギに、手を上げアピール。

「は、はい。いいんちょさん」
「わたくしは超OKですわ!!」
「ネギ先生、ここで耳寄り情報。
 ウチのクラスは特にノーテンキなのが多いから大体……」

 そんな委員長を押しのけて、朝倉が3-Aの恋人事情を説明しはじめる。
 千雨はもう勘弁してくれと心の底から思った。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 最早、誰にも止められない勢いにまで加速した騒ぎと、未だにぼんやりしながら教室から出て行くネギを千雨は冷めた目で見ていた。

「何だかなぁ、アイツ仕事する気あるのか?」
『さぁ、どうでしょう。
 パートナーというのがなにを指すのか分かりませんが、あまり褒められた行為ではない事は確かですね』
『つうかさ、給料貰ってるんだから、やる事やれって感じだよ。
 そういや、朝方から様子が変だったよな。学校に来たくなさそうだったのを神楽坂に無理矢理連行されて来ていたみたいだし』
『例のガイノイド……絡繰茶々丸でしたか、彼女に挨拶されていた時に怯えていましたね。
 彼女に苛められでもしたのでしょうか』
『いや、それは無いんじゃないか?
 絡繰って存在自体はアレだけど、行動としてはマトモな部類に入るからな』
『そうなんですか?人間よりも行動がまともなガイノイドというのは何か間違っていると思わないでもないですが……』
『というか、なんで私がネギ先生の心配をしてるんだ?おかしいだろ。
 話変えるぞ。とりあえず、探策魔法からだ、魔法陣の発生は抑えることが出来ないんだよな?』

 いつの間にかネギの心配をしている事に気が付いた千雨は、憮然となって無理矢理に話題を変える。

『はい、ミッドと麻帆良の違いが如実に現れた不具合ですね。
 あちらでは社会的に魔法が認知されているので、危険なものでない限り魔法の発動は許容されるんですよ。
 まぁ、魔導師自体が簡単に魔法を使用しない傾向にあるというのもありますが』
『ほとんどの魔法が戦闘に使えるしな、基本鉄火場でしか使用しないんだろうさ。
 そうなると結界敷設後か、人目が無い場所でないと使えないな』
『そうですね。ただ、広域探策魔法は結界内で行っても意味はあまりないでしょう』
『分かってるって、麻帆良全域を結界で覆えれば話は早いんだろーけどな』
『愚痴っていてもしょうがありません、ここは前向きに行きましょう。
 結界を広域に敷設できない以上、広域探策はマスターの自室か人目がない場所という事になります』
『そろそろ寮はヤバそうな気がする、できればどっか良い場所を探そう』
『了解です。
 そうなると候補地は限られますね』
『あぁ、一番の安全牌は麻帆良外縁部の森。次点が教会の裏手辺り……。
 この間の桜通りの時にできれば良かったんだけどな、あの連中さえ出てこなけりゃ何とかなったんだよ……くそ』
『とりあえずその中でマスターの生活圏と被るのは教会裏手になります。
 外縁部の森は少々離れすぎていますから、マスターが疑われる原因になりかねません』
『やっぱそうなるか……教会の裏手も正直遠慮したい所なんだけどな、こればっかりは自業自得だと諦めるか』
『マスター、やはりある程度の生活圏拡大を行うべきでは?』
『やるべきなんだろうけどな……、基本的に私はインドア派なんだよ。
 あまり日に焼けたくもないし……いや分かってはいるんだ、とりあえず外縁部まで足を伸ばしても奇妙に思われなくなれば、その分魔法行使に適した
場所が見つかるっていうのはな。
 しかし、どうにも踏ん切りがつかないというか……』
『しかし、このまま対症療法的に対応していると、昨晩の様に魔法使い達に捕捉されかねませんよ?』

 アロンダイトの言葉に千雨は渋面を浮かべた、ジュエルシードを回収している千雨がなるべく避けようとしている事柄の一つに“魔法使い達との接触”
が挙げられる。
 アロンダイトと出会って、ジュエルシードを回収し封印する事に関しては否定も拒絶もしない事を決めていた。何故なら人命に係わったり、災害に類する
話なので、やらないと酷い事になるのが分かっているからだ。
 しかし、魔法使い達との接触は違う、彼等と接触を持つとジュエルシードの封印が全て完了しても魔法を始めとする裏の事情に係わる事になりかねない。
 それだけは到底許容できなかった、千雨はこれ以上非常識な世界に係わるつもりは毛頭ないのだ。
 千雨はジュエルシードの封印が終了したら、余程の事がない限りバリアジャケット以外の魔法は使わないようにしようと心に決めていた。

 ジュエルシードは日常を破壊しかねない要因だから封印する。
 非日常と係わり合いになりたくないから、魔法使いとの接触はしないようにする。
 この二つが、アロンダイトと出会った千雨が決めた事だった。
 千雨の唯一つの目的、“以前の日常を取り戻す”ただそれだけの為に。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 今日の授業が全てつつがなく――というわけにはいかないが――終了し、学生寮に戻った千雨を待ち受けていたのは、クラスの有志主催の“ネギ先生を
元気づける会”なる怪しげなイベントへの強制参加だった。
 会場は何を考えているのか、女子寮にある大浴場・涼風。参加者は全員水着着用を義務付けられていた、参加意欲が日本海溝よりも低い千雨は学校指定
の水着である。
 驚いた事に、この馬鹿げたイベントにはクラスメイトのほぼ全てが参加していた、しかも殆どが自前の水着着用だ。
 もう何をどう突っ込んでいいものやら、千雨はせめて何事も無く早く終わるように念じながら浴槽の片隅に腰を落ち着けた。

 そうこうする内に、このイベントの主賓であるネギが長瀬楓と大河内アキラに抱えられて来た。何やら頭には袋が被せられている為、傍目には拉致されて
来たようにも見える。
 まぁ、実際そう違いは無いのだろうが……。
 長瀬と大河内は浴場に到着するやいなや、袋を被せたままのネギを浴槽に放り込む……というか投げ込んだ。
 ちなみに服は脱がされている。一応クラスメイトが群れている辺りに放り込まれているので、死ぬ事は無いだろう。

 浴槽に放り込まれたネギは、あれよあれよという間にクラスメイトに集られる。
 クラスメイトの群れの中から色々と洒落にならない言葉が飛び出しているが、千雨は心の平穏の為に無視を決め込んだ。

『マスター、あれは俗に言う逆セクハラというものでは?』
『無視しとけ、ネギ先生がPTSD患ったって私は係わり合いになるつもりは無いからな。
 てーか、これが原因でウェールズに帰ってくれねーものかね……
 ん?』
『マスター?』
『いや、何か変な感じがしたんだが』

 千雨が不意に感じた奇妙な感覚を確認しようと意識をこらそうとしたその時、浴場内に黄色い悲鳴が響き渡った。

『何だ?またネギ先生の暴発魔法か?』
『いえ、どうやら違うようです……何ですかね?
 あのけったいな生き物は』

 よく見ると浴場のそこかしこで裸のクラスメイト達が右往左往している、湯気ではっきりとはしないが何かを追いかけているようだ。
 しばらく傍観していると、その集団は脱衣所へと向かって行く。
 その時、このイベントに参加していなかった明日菜が制服姿のまま浴場に現れた。
 追いかけられていた謎生物は明日菜を見つけると彼女に飛び掛って行ったがそこはそれ、麻帆良四天王と肩を並べる程の身体能力を持つ女だけのことはある。
 近くにある洗面器をやおらに掴み取ると、その謎生物に向けて思い切り振り回した。
 明日菜が振り回した洗面器は謎生物を弾き飛ばしたが、彼女も無傷ではなかった。明日菜の制服のボタンが全て弾け飛んだのだ。

「うわ、係わりたくねぇー」

 湯気の中に消えていく謎生物を見ながら千雨は心の底から呟いた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 明くる日、千雨が登校していると、傍らを物凄いスピードでネギと明日菜、少し遅れて近衛木乃香が駆け抜けていった。
 よくよく見るとネギの右肩には、白い物体が付属している。
 しかし、最近思うのだが、ネギ先生は魔法を隠すつもりはあるのだろうか?あの異常な運動能力を持つ明日菜も大概だが、それに付いて行ける十歳と
いうのも凄いを通り越して異常だと思う、果たして彼にその自覚はあるのだろうか。
 騒ぎになっていないから結界が働いているのだろうが、あまりにも杜撰すぎる。
 そんなふうに考えている千雨にアロンダイトが語りかけてきた。

『マスター』
『どうした?ジュエルシードの反応でもあったか』
『いえ、今の所それらしい反応はありません。
 それよりもネギ先生の肩に乗っていた生物ですが』
『ん?あれ生き物だったのか……って、教師が学校にペット持ち込むなよ』
『いえ、あれは昨日浴場で騒ぎを起こした魔法生物です。
 恐らくこちら側の使い魔なのでしょう』
『え……マジか?』
『はい、身体的特徴や魔力波動も間違いなく一致していますから、まず間違いないでしょう』
『おいおい、あんなセクハラ生物を女子校に持ち込むなって、安心して学生生活送れねぇだろう。
 いや、もしかしてそれが目的なのか?』
『どういう事ですか?マスター』
『いや、ネギ先生の暴発魔法だけどさ、実は巧妙にカモフラージュした確信犯とかありえなくないか?』
『え?いや、流石にそれは、多分……無いんじゃないでしょうか』

 千雨とアロンダイトは、あまりにも失礼な想像をしながらネギの背中を見送った。



 その翌日の放課後、探策魔法を使用する場所を探して千雨は麻帆良をうろついていた。
 とりあえずの目的地にしているのは、次点として候補に挙がった麻帆良教会の裏手である。
 あの近辺は宗教施設ということもあってかなり閑静な場所だ、目的に沿う可能性は高い。
 時折休憩を挟みながら教会への道をそぞろ歩いていると、存外気分が晴れている事に気が付いた。
 たまにこうして歩くのも悪くないかと、川沿いにある桜や何気ない麻帆良の景色を携帯で撮りながら歩く。
 麻帆良女子中等部から一時間も歩かない場所にその教会はあった。
 西洋建築がメインになっている麻帆良学園都市に相応しく、教会はヨーロッパ風の荘厳なものだ。

 千雨はふぅと息を吐くと、教会の周辺を見渡す。
 周囲には目立った建造物は無く人気も少ない、普通に見たら文句無しの立地だ。後は魔法的な仕掛けがあるかどうかである。
 教会に近付く前に<マギリングハイド>が正常に働いている事を確認すると、千雨は改めて周囲を探索していく。
 慎重に周囲を探査していった結果、魔力素はそこそこ高いものの問題はないと感じた。

「ここなら何とかいけそうだな」
【はい、早速裏手に回って探策魔法を試してみますか?】
「そうだな……いや、今日の所は止めておこう。
 明日が休みだから時間がある日に回そう、発見次第封印したいしな」
【了解です、では今日は寮へ帰りますか?】
「いや、ちょっと裏の森を確認しておく、もしかしたら何か不具合があるかもしれない」


 そうして教会の裏手に行くと、そこは猫だまりになっていた……。
 そこにいるのは野良なのだろう、そこそこ薄汚れてはいるものの十匹前後の猫が教会裏の陽だまりで思い思いに寛いでいた。
 千雨は猫を特に嫌っているわけではないので、猫達がいる陽だまりを迂回して森に入り込む。
 そのまま五分程だろうか、森の中を歩き回った千雨が教会裏に戻ろうとすると、裏庭には何故か茶々丸がいた。
 何をしているのか、そう思って森の中の樹にその身を隠して覗き込んで見てみると、どうやら先程の猫達に餌をやっていたらしい。
 なるほど、あの猫達は絡繰が来る事を見越して集まっていたのかと千雨は理解した。
 そう思って出て行こうとした足はすぐにまた止まった、何故かネギと明日菜が教会の建物に隠れて此方を覗き込んでいるのだ。

「何してるんだ?あいつら」
【さぁ、可能性としては街で見かけた絡繰茶々丸を追ってきたは良いものの声を掛け損ねている。といった所でしょうか】
「かなぁ……というか先生の仕事はいいのか?
 放課後だからって仕事が無くなる訳じゃないだろうに」
【その辺はサポートが付いているのかもしれませんね】
「いや、その辺で十歳扱いされてもこっちが困るんだよ。
 どうせならその人員を担当教師にしてくれって話だろうが」
【おや、ネギ先生達が出てきましたよ】
「ん?何か様子が変だな」

 千雨の言葉の通り、教会の影から出てきたネギと明日菜は普段と様子が違っていた。何と言うか妙に緊張している。
 茶々丸はそんな二人を見ると、足元にじゃれついていた猫を森へと放した。
 猫達が周囲からいなくなると、二人は茶々丸と話し始める。
 切れ切れに聞こえてくるその話しの内容に依ると、ネギはやはり厄介事に巻き込まれていたらしい。
 ネギとトラブったのは絡繰が言うマスターなる人物、絡繰はその仲間といった立場にあるようだ。
 恐らく絡繰の主はそれなりの腕を持った魔法使いか何かなのだろう、もしかしたら噂の吸血鬼かもしれない。
 主の方は打倒し難いと感じたネギ達は、先に絡繰を倒そうとここに来たのだろう。
 まぁ、戦いという視点で言うのならまず間違いの無い選択ではあるのだが、それなら何故ここに神楽坂がいるんだ?
 あいつも魔法使いというオチなのだろうか、しかしアイツからは特にそういった力は感じなかったんだが……。
 そういう風に千雨が考え込んでいる最中に戦闘が始まったのか、ネギの詠唱らしき声が聞こえてくる。

「行きます!契約執行十秒間 ネギの従者『神楽坂明日菜』!」
【マスター、神楽坂明日菜の身体にネギ先生から魔力が注がれていきます。
 ブースト系の魔法で神楽坂明日菜の運動能力を強化したようです、魔力障壁も確認しました】

 千雨はアロンダイトの報告で何が起こっているのかを知った。麻帆良の魔法使い達の目的、そしてネギ先生が教え子になにをしたのかも。

「こいつがパートナーってヤツか!
 ふざけやがって、麻帆良の魔法使いども、ウチのクラスの連中をあのガキの手駒にするつもりだ」

 そんな中、事態は次の状況へ移行した。
 明日菜が稼いだ時間を利用して、ネギが魔法の詠唱をしていたのだ。

【マスター、高密度魔力を感知。
 誘導精霊弾≪魔法の射手≫と思われます】
「威力はどんな感じだ!」
【昨晩の≪魔法の射手≫の平均を1とすると凡そ2。
 弾数は11です】
「あのガキ、絡繰を壊すつもりか?!
 <マギリングハイド>解除!<ラウンドシールド>間に合うか?」
【やってみます】

 千雨は移動と同時にアロンダイトを起動、自身もバリアジャケットとフェイスガードを身に纏う。
 しかし、そんな千雨の横をいち早く駆け抜ける小さい影があった。
 千雨はその気配に気を取られて、茶々丸を救う為の僅かな時間を失う。

「≪魔法の射手・連弾・光の11矢≫!」

 そうして千雨が再び走り出したその時、千雨の足を止めた影が茶々丸の前に躍り出し……ネギの魔法に被弾した。


 茶々丸のカメラアイが見たのは、数日前ここに放した白い子猫だった。
 初めて会った時、その子猫は事故に遭ったのか、左後肢を引き摺っていた。
 時折、猫達の事で世話になっている獣医に手当てして貰った所、何とか普通に生きていける程度に回復した為、ここに放したのだ。
 その子猫が、目の前で力なく横たわっていた。
 ≪魔法の射手≫による傷が原因なのか、白い毛並みがゆっくりと血の紅に染まっていく。


 そんな時だった、森の中から黒いセーラーに身を包み、フェイスガードで顔を隠した少女が飛び出してきた。

「貴女は……」

 呆然とした様子の茶々丸の声が裏庭に響いた、その声にネギ達はどんな感情を抱いただろう。
 様々な感情があっただろう。しかし、最も大きく感じている感情は安堵だった。
 絡繰茶々丸を壊(殺)さなくて済んだという安堵。
 咎人にならなくて済んだという安堵。
 そうしてそんな感情が過ぎ去った後、襲ってきたのは後悔だった。
 教え子を、クラスメイトを殺そうとしていたという後悔。
 そのクラスメイトを庇った子猫を傷付けたという後悔。

 そんな重苦しい空気を、その場にいる者全員が聞いた事が無い声が打ち破った。


「ここから離れろ」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



『マスター、ジュエルシードの反応です』

 アロンダイトの言葉に千雨は念話で答える。

『今の魔法か』
『はい、先程計測した数値を換算すると、猫の体組織では耐えられないはずです』
『まぁな、あれだけの攻撃を子猫に耐えろってのが無理な話さ』
『はい、恐らくほとんどの魔力はジュエルシードが吸収したのでしょう』
『暴走は確実だな』
『はい、しかも寸前までの願望をベースにする為、ネギ先生と神楽坂明日菜が危険に曝される可能性が高いと思われます』
『余計な事をしてくれるよな、このタイプは初めてだけど、どうなるんだ?』
『データがありませんから確実な事は言えませんが、行動に関する指向性がある分、強力になるものと思われます』
『くそっ、人に恨みでもあんのかあのガキ……
 アロンダイト、私の声に変調を効かせろ、パターンは任せる。』
『どうするんですか?』
『邪魔な連中を逃がすんだよ』
『了解です、どうぞ』



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 僕が放った≪魔法の射手≫は、茶々丸さんを襲いはしなかった。
 だけど、その代わりに、さっきまでここにいた子猫に当たってしまった。
 子猫は力なく横たわっていてピクリとも動かない。
 ま、まさか死んでしまったんだろうか。
 茶々丸さんや明日菜さんも動きを止めている。誰もが息を呑む中、森の中から飛び出してきた女の子の声が辺りに響いた。

「ここから離れろ」
「え?」
「聞こえなかったのか、ここから離れろと言ったんだ」

 綺麗な声だった、木乃香さんが時々見ているアニメーションに出てくるキャラクターの声に似ている綺麗な声。
 だけどその声が紡ぐ言葉は、顔の上半分を覆っている仮面も相俟って、どこまでも固く冷たかった。

「どういう事よ、その前にその子猫を病院に連れて行かなきゃいけないでしょう」

 アスナさんが女の子に話しかける。
 だけど、女の子の言葉は冷たいままだった。

「うるせぇ、口答えするんじゃねーよ。
 こっちは親切で言ってやってんだ、さっさと行け」
「ちょっと!何よその言い方、理由位教えてくれたっていいでしょ」

 そう言ってアスナさんは動かない子猫に手を伸ばしたけど、女の子はその手を持っている杖で遮る。

「危ないじゃない!」
「危ねーのはお前だ。
 さっさとその子猫から離れろ」

 女の子はそう言うと、持っていた杖を両手に持ち直すと、倒れている子猫を睨みつける。
 僕達や茶々丸さんを完全に無視して。
 そんな中、今まで黙っていた茶々丸さんが女の子に話しかけた。

「その子猫が、貴女の敵……なのですか?」
「別に敵ってワケじゃねーよ、けどアンタは知っているみてーだな。
 ならアンタ等がいてもしょうがない事位は理解しているだろ?
 理解したのなら、そこで突っ立っている連中も連れて行ってくれ。さっきも言ったけど邪魔だからな」

 女の子の言葉に頷く茶々丸さん。
 彼女は足元に放っていたスーパーのレジ袋を持つと、アスナさんを促して僕の方へ歩いてくる。
 息を呑んで身構えていると、茶々丸さんから意外な言葉が飛び出てきた。

「ネギ先生、一先ずここから離れましょう」
「え?」
「ど、どういう事よ?茶々丸さん!」
「此処にいると彼女の邪魔になりますので。理由は十分に離れた場所でお教えします」

 僕とアスナさんは、茶々丸さんの真摯な言葉と態度に思わず首を縦に振っていた。
 けれどそれは遅かったのかもしれない。切羽詰った女の子の声が響いたかと思ったら、凄まじい魔力が辺りに撒き散らされていく。
 咆哮と魔力の元を探ると、やはりと言うべきだろうか。僕の魔法を茶々丸さんの代わりに受けた子猫から出ているものだった。
 けれど、僕達が見る事が出来たのはそこまで。
 女の子が魔法を使ったのだろう、女の子と子猫の姿が不意に消えてしまったのだ。

「え?あれ?
 どういう事?なんであの子と子猫が消えちゃってるのよ!」

 アスナさんはキョロキョロと周囲を見回している、かくいう僕も驚いている。
 多分、転移魔法だと思うのだけど、どうやったのか全く分からない。
 茶々丸さんを見ると珍しく驚いているようだ、けれどもそれはそんなに長い事ではなかった。
 普段通りの表情に戻ると、さっきの女の子との約束通り、僕等を連れて教会の裏庭から離れていく。



 そうして教会から少し離れた場所にある公園のベンチに僕達は腰を落ち着けた。

「茶々丸さん、さっき言ってた理由って?」

 開口一番、アスナさんが茶々丸さんに質問をした、どこまでもシンプルで必要な質問。
 質問をされた茶々丸さんは、少し考え込んだ後、約束どおり理由を語り始めた。

「ネギ先生や一般の方は知らない情報ですが、この麻帆良では春休み以降、正体不明の魔獣と魔法使いが出没しています」
「その正体不明の魔法使いが……」
「はい、先程の少女です」
「じゃ、じゃあ魔獣というのは?」
「先程の少女が出没する時と前後して出現する、“あらゆる≪魔法の射手≫を吸収する”魔獣です」
「え?」

 僕は驚いた、茶々丸さんが言う魔獣なんて聞いた事も見た事も無いからだ。

「じゃ、じゃあそんな魔獣をどうやって退治するんですか?
 あ、もしかして気が弱点とか」
「いえ、残念ながらそれらしきモノは発見されておりません。
 報告書によると、気による攻撃もそれ程効果は無いようです。
 ただ同時期に出現する彼女が消えた後には、魔獣もまた消えていますので、彼女が関係している事は間違いないかと」
「だったら大変じゃないですか!あの子を助けないと!」

 そう言って教会にとって返そうとした僕だけど、茶々丸さんに肩を掴んで止められた。
 茶々丸さんの手を振り解こうと暴れたけれども、彼女の手は少しも揺るがない。
 そんな僕に茶々丸さんは噛んで含める様に話しを続ける。

「落ち着いてくださいネギ先生。
 先程にも言った通り、彼女が介入する事で魔獣がいなくなるという事は、彼女にはその手段があるという事です。
 それに魔獣に対して有効な攻撃手段を持たない私達がいると最悪、彼女の邪魔になりかねません」
「あ……。そ、そうですね」

 茶々丸さんの言葉は確かに正しかった。あらゆる≪魔法の射手≫が効かないという事は、最悪の場合、僕達が使う殆どの魔法が効かないという可能性もあるのだ。
 そう思って、恐らく戦闘が始まっているだろう教会の方を見ていると、アスナさんが少し不機嫌そうに話し始める。

「だけど、あんな言い方しなくても良かったんじゃないの?
 口答えするんじゃねーとか、いきなり言われたって納得できないわよ」
「関係しているかどうか判断はできかねますが、マスターのお話だと、彼女は魔法使いに対して隔意を持っている可能性があるそうです」
「え?」
「ちょっとまってよ茶々丸さん、魔法使いってアレでしょう?色々と人の為になる事をしているんでしょう?」

 そうだ、それこそが“立派な魔法使い(マギステル・マギ)”。
 僕や他の魔法使い達が目指している到達点の一つ、僕達は世の為人の為に魔法を使う事を本分としている。
 ならば何故あの女の子は僕達を嫌っているんだろう。

「一応はそういう事になっています。
 ただマスターは先日とある場所でこう仰いました、“正邪など見る側が変わればどうとでもなる物事の一側面にすぎない”と。
 それではネギ先生、マスターのお世話がありますので私はこれで失礼させてもらいます」

 そこまで言うと、もう言う事は無いと思ったのか、茶々丸さんは背中と足からロケットを噴射して飛び去って行った。
 僕は、僕とアスナさんは、飛び去っていく茶々丸さんを止める事も出来ず、ただ見送る事しかできないでいた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 子猫が暴走を始めた事を確認した千雨は、教会の裏庭全体を覆うように探策魔法と結界魔法を発動させる。
 内心の苛立ちを抑えながら、目の前にいる軽トラを上回る体躯の巨大な肉食獣型暴走体を睨みつけていた。

「くそ、この間受けた傷も治りきっていないっていうのに……ムカつく」
【マスター、落ち着いて下さい】
「分かってる、サーチャーと結界強度は万全だな?」
【はい、サーチャーは教会を中心とする半径1kmをカバーしています】
「よし」

 暴走体は、己を囲う様に発生した奇妙な空間に苛立ちを覚えたのか、せわしなく周囲を見回している。
 対する千雨は、数種類の魔法を脳裏に準備しつつ暴走体を油断無く睨みつける。

 千雨と暴走体の間にチリチリとした緊張が漂う。
 そんな中、暴走体が唐突に動いた、向かった先は千雨ではなく結界の壁面である。あくまでも標的は茶々丸の敵という事なのだろう。
 とんでもない轟音が結界内に響き渡る。
 音は結界内の空気までも揺り動した、直接攻撃を受けたわけではない千雨でさえも身体が揺れた事を自覚する程だ。

「ちょ、おい!これは洒落にならねーよ!」
【これは、流石に予想外ですね……。
 下手をすると結界が持たなくなる可能性がありますよ】
「やべーな、悠長に睨み合いなんてしている場合じゃないぞ。
 例のヤツを使って一発で決める。
 暴走体はこっちで相手する、設置場所は分かるな?任せるぞ!」
【了解、設置場所はフェイスガードに表示します】

 千雨は飛行魔法<エアリアルフィン>を発動させるやいなや、<ブラストショット>を射出して暴走体の意識を結界から逸らす。
 暴走体の周囲、攻撃が当たるかどうかという空間を、ツバメに匹敵するスピードで千雨が翔ける。
 己の爪が届くかどうかという微妙な距離を飛び回る存在に苛立ったのか、身体を撓ませた暴走体は、宿主を髣髴とさせる動きで千雨に襲い掛かっていく。
 一撃でもまともに当たってしまったら、即座に戦闘不能に追い込まれるだろう巨大な爪の一撃を、千雨は急激な方向転換で辛うじて回避する。
 空振りしてこちらに背を向ける暴走体の背面に向けて<ブラストショット>を撃ち込む千雨だったが、その目論見は敢え無く崩れ去った。
 何と暴走体は“結界の壁面を蹴り付けて”ジャンプし、別の壁面へとその身を躍らせたのである。

「何だありゃ?ふざけやがって、こっちを馬鹿にしてんのか!
 アロンダイト、結界の損耗と仕掛けの仕込みはどうなってる」
【幸い結界壁面に対しての破損は最初の一撃以外、あまり見受けられません。
 設置は6つまで完了しました】
「時間差発動は?」
【計算済みです】
「よし、なら後4つ仕掛けてくれ、仕掛けが終わったらすぐに起動。
 直後に仕留めるぞ」
【分かりました、設置終了後に仕掛けの起動と<ブラストカノン>の発動準備に移行します】
「頼んだ」

 そう言うと、千雨は三度目の<ブラストショット>を撃ち込みながら、仕掛けに追い込むべく空を翔る。
 仕込みが終わったのか、千雨が持つアロンダイトがデバイスモードからシューティングモードへと変形を遂げた。
 千雨もそれを確認したのだろう、暴走体が自分を追っている事を確認すると、仕上げにかかるべく結界の中で最も破損が激しい箇所―暴走体が最初に
突撃した壁面―に向かって飛翔する。
 暴走体もこれから向かう先がどういった所か分かっているのだろう。限界まで身体を撓ませると、千雨ごと結界を粉砕せんと、溜めに溜めた全身のバネ
を一気に解放して地面を蹴りつけた。

 暴走体はその白い体躯を必殺の砲弾と変えて、千雨と結界の綻びへと突っ込んでいく。
 対する千雨は、アロンダイトを小脇に抱えると、左手を暴走体に向けて防御魔法<ラウンドシールド>を展開する。
 誰が見ても無謀な行為だった。先の突進の威力を目の当たりにしたのなら、誰も今の千雨の様な行動は取るはずがない。
 しかし、左手を掲げる千雨の口には不敵な笑いが浮かんでいた。

 そう、千雨には勝算があった。
 それは暴走体の衝動であり。
 彼―暴走体―が置かれている状況であり。
 何よりも千雨が逃げながら打ってきた布石の存在だ。

 それは、一瞬の出来事だった。
 暴走体の突撃は、千雨が構えた<ラウンドシールド>を打ち破り、脆くなった結界の綻びに彼女を叩きつける事で結界の崩壊を決定的にした。
 暴走体の攻撃により吹き飛ばされた千雨は、まるで交通事故に遭ったかの様に地面を転がり滑ってようやく止まった。
 結界が解除され、打ち倒された千雨が伏せる教会の裏手に静寂が漂う。

 しかし、暴走体が勝った訳ではなかった。戦いは未だ続いていたのだ。


 暴走体は初め、己の身に何が起きたのか把握できなかっただろう、彼の本能では今頃、奇妙な空間を飛び出して自由になっていたはずなのだから。
 しかし、彼は今奇妙な黒い光輪に身体を縛り付けられて、その身を拘束されていた。

 そう、その光輪こそ千雨の布石、捕獲系魔法<レストリクトロック>だった。

 <レストリクトロック>は暴走体の身体を突撃した時の姿勢の状態で、空中に拘束していた。
 暴走体は拘束を逃れようともがくが、その身体は限界まで伸びた状態で固定されている為、全力を出す事は叶わない。
 だが、対峙する千雨も無事ではなかった。
 暴走体との接触で吹き飛ばされた時に緩衝材として利用した結界は破壊され、その身を覆うバリアジャケットも今は殆ど機能していない。
 ジャケットの上層部分ともいえるセーラーの上着は破壊されて、インナーが露出している。
 最終的な防御機構でもある<リアクターパージ>まで使用した証左だ。
 暴走体を罠に掛ける為に自身と結界の脆くなった部分を的として利用したのだ、ある程度の危険は承知していたので、いくつか保険は用意していたが
その殆どを突破された。
 苦笑を浮かべた千雨は、身体を襲う痛みを堪えながら立ち上がると、アロンダイトを構えて暴走体に話しかける。

「そうそう簡単に逃がさねーよ、その為に七面倒くせー手順を踏んだし結界だって潰したんだ、大人しく封印されとけ」
【マスター、魔法使いが接近中です、封印作業を急いでください】
「分かった、って訳だ。
 個人的にはテメーの気持ちも分からんでもないけどな、こっちの事情もある。
 やるぞアロンダイト」
【了解、<ブラストカノン>】
「っ撃てーーーーーーー」

 千雨のコマンドと共に漆黒の魔力光が麻帆良の空を引き裂き、暴走体の魔力を根こそぎ吹き飛ばしていった。

 <ブラストカノン>の余剰魔力が教会の裏手に薄靄を作る。
 そんな中、千雨は宿主から弾き出され、空中に浮かび上がったジュエルシードの封印を完了させて周囲を見回す。
 そう時を置かずに目当てのものは見つけることが出来た。

 今回の宿主だった子猫である。

 暴走体からの復元過程で治癒しないかと期待していたが、結局のところ傷付いたままだった。
 アロンダイトは何も言って来ない、千雨は子猫を左手に抱えると、自身に幻術魔法を施してその場を後にするのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 千雨が姿を消して立ち去った数分後、二人の魔法使いが教会の裏手に来た。
 片割れは先日の会議で発言していた瀬流彦という魔法先生だ。

「神多羅木先生、どうやら例の魔法使いがこの辺りで魔法を使っていたみたいですね、残留魔力が一致しましたよ。
 それと何故かは分かりませんが、ネギ君の魔力も検知されました」
「彼の魔力が?彼の勤務地である麻帆良女子中等部とはそれなりに離れいてるじゃないか、それが何故こんな所に?」
「さぁ、もしかしたら魔法の練習をしに来ていたのかもしれませんね」
「だと良いんだがな」

 サングラスと口元を覆う髭が特徴的な神多羅木という教師は、銜えタバコをもみ消すと、教会の近くにある茂みに向かって指を弾く。
 それが彼の魔法だったのだろう、神多羅木の手元から生み出されたカマイタチが茂みを刈り取ると、一匹のオコジョがガタガタ震えていた。

「ん?神多羅木先生。アレってオコジョ妖精ですよ」
「みたいだな。おい、一つ聞きたい事があるんだが?」

 神多羅木の言葉にガタガタ震えていたオコジョ妖精が必死に頷く。

「へ、へい、何でござんしょ!
 アッシに分かる事なら何でも答えさせてもらいやす!」
「手間が省けたじゃないか瀬流彦先生、ここで何があったか彼から聞ければかなりの進展が見込めそうだ」
「そうですね。
 ええと、それじゃあ君の名前から聞かせてもらえるかな?」
「へい!アッシの名はアルベール・カモミールと言いやす!
 ケチなオコジョ妖精でさぁ」

 瀬流彦の質問に対して前足で揉み手をしながら媚びへつらって答えるカモミール。
 対する魔法先生二人は苦笑を浮かべるが。しかし仕事は仕事である、ここで何事が起きていたのか話を聞く事を怠りはしなかった。

「じゃあ、ここで何が起きていたのか教えてくれるかな?」

 その瀬流彦の質問に、カモの小さいが狡賢さでは人と比肩……いや、凌駕するだろう脳味噌がフル回転した。
 まず、闇の福音の従者を襲った事は教えないほうが良いだろうと判断した。
 麻帆良の魔法使い達がどれ位把握しているか分からないが、建前上はこの学園の生徒である以上、教師であるネギが生徒を襲ったという事がバレるのは
ヤバイだろう。
 襲撃を提案したのはカモ自身だったが、それは人に見つからない事を前提とした話だった。
 そうなると、ネギとの関係も知られる訳にはいかない。
 だとすると話す事は一つに限られる、あの黒い魔法使いの事だ。目の前にいる魔法使い達の興味もそっちに向いているらしいので誤魔化すには丁度
良いだろう。

「いやーアッシがここで昼寝をしているとですね?何やら騒いでいる音が聞こえるじゃねぇですか。
 うるせえなぁ、何事だ?と思って目を開けると、そこには化け物と戦っている黒い魔法使いがいたんスよ!
 アッシはこの通り、タダのオコジョ妖精ですから戦いの力にはなってやれねぇ。だもんでですね、この茂みから応援していたんですよ。
 そうするとその魔法使い、化け物のヤツを見た事も無い魔法で空中に縛り付けると、これまた見た事もねぇ魔法でフッ飛ばしやがったんでさぁ。
 で、ですね。その化け物がいなくなった場所を見ると、そこに子猫が転がっていたって寸法です」
「子猫?」

 瀬流彦がそう言って周囲を見回すがそれらしい動物はいない、神多羅木はカモに言葉を返す。

「いないじゃないか」
「いえ、それがですね、あの黒いヤツが連れて行っちまって……けどほら!この血の跡が証拠ですよ。
 調べてもらえりゃあ、この血が猫の血だって判りますよ」
「猫があんな魔獣にねぇ……」

 信じ難いのか、神多羅木と瀬流彦は地面に広がる血痕を覗き込んで疑問を口に出す。
 そんな神多羅木にカモはとっておきの情報を教える。

「いや、本当ですって神多羅木の旦那!
 黒いヤツが化け物だったソイツに魔法をぶっ放すと、その化け物からこれっ位の宝石が飛び出してきて子猫に戻ったんでさぁ」

 そう言うとカモは前脚を使ってジュエルシードの大きさを示す。

「それは初耳だな。どんな宝石だった?」
「色は青かったッス。
 形は四角錘を上下に二つ合わせたような形で、中にVって刻印されてましたよ。
 それから独りでに空中に浮かぶし、凄い魔力もビンビンに感じやしたね」

 聞いた事が無い新しい情報に、神多羅木と瀬流彦は釘付けになった、カモの狙い通りである。

「ふむ、ところでその宝石はどうなった?
 消えてなくなったわけじゃあないだろう」
「え?ああ、そうですそうです!それ言うの忘れてやした。
 その宝石ですけど、黒いヤツが言うにはどうも“ジュエルシード”っていうらしいですよ。
 ヤツはそれを集めている風でした。アイツが封印~とか言うと、持っていた喋る杖に吸い込まれていくのを、この目でしっかりと見届けさせてもらい
やしたから」

 カモがそこまで言うと瀬流彦は興奮した様に神多羅木と話し始める。

「すごいですよ神多羅木先生!
 今まで全くの謎だった魔法使いの目的とか、魔獣の正体とか、かなり分かったんじゃないですか?」
「そうだな、かなりの進展と言っていいだろう。
 あー、アルベール・カモミールとかいったか、悪いが今の話を学園長にもう一度話してくれないか?」
「え”」

 神多羅木の言葉にカモは固まる。
 実はこのアルベール・カモミールというオコジョ妖精、刑務所を脱獄してきた下着ドロの前科持ちだった。
 元々イギリスの方で活動していたのだが。その昔、罠にかかっていた所を幼い時分のネギに助けてもらって以来、彼を兄貴と呼んで慕っていた。
 そんな兄貴とも慕うネギが魔法使いの試練で日本に行くと聞いたカモは、マギステル・マギ候補生の使い魔になれば追っ手も手出しできないだろうと
考えて刑務所を脱獄。
 その後。日本へ密入国を果たすと、麻帆良学園都市に不法侵入を敢行して、ネギと再会したのである。
 そういう状況の自分がこの街の支配者と会う……、洒落にならないピンチである――実の所、これは考えすぎなのだが――、カモは何としてでも回避
しようと口を動かす。

「い、いえ!
 この学園の学園長といえば、アッシにとっては雲上人も同然!アッシ如きが会うワケにはいきやせん、どうぞ勘弁しておくんなせぇ!」
「え?いや、そこまで畏まる人物じゃあ……」
「いえいえ、本当に勘弁して下せぇ!
 じゃ、あっしはこれで、御免なすって!」

 そう言うが早いか、カモは凄まじい勢いで森の中へと飛び込んで行きその身を眩ませた。
 残された形の瀬流彦はどうしたものかと呆然としていたが、神多羅木は新しい煙草に火を灯しながら小さく呟いていた

「意外と気が合いそうな気がするんだがな……」

 そう言った後に吹き出した紫煙は、麻帆良の青空に薄れて消えていくのだった。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき
 いろいろと新しいキャラクターが出てくる回。カモは書き易いなー
 マギステル・マギに憧れ目指すネギですが、個人的には狙ってなるものではなくて、いつの間にかなっているのが正しい成り方なんだろうなと思います。
 後、今回出てきた魔法先生二人は漢字の変更が一々面倒だった……

 実はネギの魔法を受けるのは、最初に書いた時は千雨だったりします(当然シールドで)。
 けれども千雨だと話が転がりそうになかったのでぬこに急遽変更しました。ごめんよぬこ。

書き直した点について
 教会裏における対暴走体シーンを書き直しました、千雨が吹き飛ばされたシーンを追加しただけですけど。
 多分これで、どういう事が起きてたのか分かる……はず。




[18509] 第05話「使い魔の作り方……その時、他の人達は」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/08/04 22:37

 目の前には瀕死の子猫がいる。
 獣医に連れて行っても苦しみを長引かせるだけで、恐らく結果は変わらないだろうという状態の子猫だ。
 ただ、ここ麻帆良学園都市には公にはされていないが、魔法使いなる存在が生活している。
 恐らく連中なら何とかできるだろう、連中でもどうにも出来なければそれはこの子猫の運が悪かったという話である。
 ところで、この子猫を見ている長谷川千雨という少女、実は魔導師なる存在だ。
 魔法使いとどう違うのか、と聞かれたら千雨はこう答える「まぁ、似た様なモンだよ」と。
 しかし、千雨の相棒であり彼女の魔導の杖たるアロンダイトは、それを聞くと憤慨して、長々と二つの魔法の違いを説明するだろう。
 混乱しているが、つまり何が言いたいかというと……


 ――――――何であの時、この子猫を拾って来ちゃったんだろう、という事だった。



第05話「使い魔の作り方……その時、他の人達は」



 一応、不慣れというか苦手なりに治癒魔法を掛けてはみたものの、はっきり言って無駄以外の何ものでもなかった。
 あの時―教会の裏手から逃げる時だが―、この子猫を裏庭に置いておけば、もしかしたら魔法使いが助けたかもしれない。
 しかし、千雨は連れてくる事、魔法使いに委ねない事を選択した。
 千雨は先程までの自分の心情を思い返してみる、そうしてみるとある感情が浮かんできた。

 嫌だった。そう、千雨は嫌だったのだ。

 自分の今までの人生を歪めて、これからも歪めようとしている。
 クラスメイトの人生を歪めようとしている。
 ネギの人生を歪めようとしている。
 そんな魔法使い達に、自分が係わった命を扱われる事が嫌だったのだ。

【マスター、理解なさっているとは思いますが……】
「分かってるよ、無駄だって言いたいんだろ」
【いえ、本当にこの猫を助ける気はあるんですか?】
「どうだろうな、教会から連れ出した時は、ただ連中に弄られるのが嫌だったから衝動的に連れてきちまった様な気がする。
 けどさ、私がこうして下手な治癒魔法を掛け続けたって、結局は同じ事なんだよ……。
 結局、殺しちまって、寮の裏庭辺りに人知れず埋めてさ、その内忘れちまうんだろうな」

 千雨はそう言いながらも治癒魔法を掛ける手は止めなかった。血止め程度の効果しかなくても掛け続けていた。
 脂汗を流し、リンカーコアの過剰稼動による痛みを感じながらも千雨は魔法を掛け続けた。

【マスター、一つ提案があるんですけど】
「何だよ?」
【この猫、使い魔にしませんか?】
「何、馬鹿な事言ってんだ。
 それじゃあ本末転倒だろうが、私は使い捨ての道具の為にこんな事してるんじゃないんだ。
 そんな事の為に、こんなきつい思いしてたまるか。
 それに使い魔を持つ事はお前も否定的だったろ」
【否定的だったのは、あの時点のマスターには無理があると判断したからです。
 マスターがこの存在を背負い続ける気があるのなら手段はあります】
「背負い続ける?言ってみろ」
【使い魔の使用目的を目的達成から別のものにしておくのです】
「どういう意味だ」
【以前も説明しましたが、普通の使い魔は一定の目的を達成する為に作成されます。
 しかし、この達成すべき目的を使い捨てのものではないものにすればいいんですよ】
「……なるほど、そういう事か」
【どうでしょうか、できうる事なら子猫の治癒を諦めるか、使い魔にするか……どちらかを選択して頂きたいのですが】

 千雨はアロンダイトの言葉に治癒魔法を掛けながら、他の思考領域でしばらく考え込んだ。
 実際の所、千雨はアロンダイトが何故こんな事を言い出したのか分かっている。
 教会裏の戦闘からそろそろ二時間が経とうとしている、千雨はあの場所から離脱して自室に戻るやいなや、今まで治癒魔法を掛け続けていたのだ。
 千雨自身、限界をとっくに越えている事は理解している、このまま治癒魔法を掛け続けても意味が無い事も。
 確かに決断するべき頃合いなのだろう。
 そう考えて千雨は苦笑した、決断もへったくれも、もうとっくに決めていたからだ。
 死なせる位なら拾っては来ない、治癒魔法を掛け続ける事だって早々に諦めていた事だろう、そもそも拾わずにあの場に放置して、善き魔法使いを自称
する連中の善意とやらに期待していたはずだ。
 ならば千雨はコイツを助けると決めていたという事だ、だから千雨は怪我の進行を可能な限り抑える為、子猫を封時結界の中で眠らせると、相棒に言った。

「やるぞ、アロンダイト。
 コイツを私の使い魔にする、コイツが嫌がろうがどうしようがな」
【了解ですマスター。
 人工魂魄の設定はどうしましょうか?】
「そうだな、サポート系が良いだろう。
 治癒・移動・探索・防御ここいらをメインに据える、戦闘は自衛が出来れば十分だ」
【人型形態への移行は?】
「とりあえずアリで。
 猫じゃあ入れないところもあるだろうしな」
【名前はどうしましょうか?
 一応、メスなのでそれなりの名前を付けてあげた方がいいですよ?】
「え?面倒だな……それじゃあ、ええと」

 そうして部屋を見回す千雨。

「じゃあゴゴティー」
【それは紅茶、しかも清涼飲料水の銘柄です】
「えー?じゃあええとMac」
【それはファーストフードですか、それとも次の購入予定機種ですか、第一男性名です】
「ああ、そうそう新型が出ててさぁ」
【で?】
「分かったよ真面目にやりゃあいいんだろ。
 しょうがねーな……」

 そう言うと千雨はパソコンの電源を入れる。

【マスター、一体何を始めるんですか?】
「いや、お前が色々とうるさいからさぁ、他の連中に聞いてみようかと思ってな?」

 そうして千雨が開いたのは、自身が運営しているネットアイドルちうのHPサイト“ちうのホームページ”であった。
 前回、アロンダイトを利用して新しいコスを発表したのでその評判を確認しようと思ったが、思い直してチャットルームにカーソルを合わせる。
 要するに他力本願というヤツだ。

     ・
     ・
     ・

>>ちうさんが入室しました
ちう>やっほーみんな元気だったー?
すーぱー火星人>あ、ちうたんだ。おひさー最近チャットに来てくれなかったから心配してたよー
ぱるぱる>うんうん、ただこの間の新作は凄かったよね、凄く似合っててビックリしちゃった
ちう>えーそうかなー、本当だったらうれしいなー
ぱるぱる>本当だって、ちうちゃんに嘘つくわけないよ
すーぱー火星人>だね、すごい腕上げたよね
ちう>えーと、実はあのコスってお友達に手伝ってもらったんだー
マグマ大臣>え、ホントに?あの新作、服飾学校に行っている友達に見せたらビックリしてたよ。もしかしてプロの人?
ちう>ううん、学校は違うんだけどね、コスの生地を買いに行った時に意気投合しちゃってー
すーぱー火星人>へー凄いね、それじゃあちうたんのネトアの女王の地位は安泰だね
ちう>えーそんなことないよー、わたしなんかより綺麗な子いっぱいいるってー

     ・
     ・
     ・

 千雨はニヤつきながらチャットを続けている、とても人には見せられない表情だ。
 最早、当初の目的を忘れていると言っても過言ではないだろう。
 そんな千雨にアロンダイトの冷ややかな声が浴びせられる。

【マスター、名前の件はどうなりました?】
「あ……。
 いや、忘れてねえって、チャットすんの久しぶりだったからさ、な?
 ほら、今聞いた」

     ・
     ・
     ・

ちう>あ、そうそう。そういえばそのお友達が、子猫を飼うことになっちゃって、名前をちうにつけて欲しいって言われちゃった
すーぱー火星人>へーどんな猫?
ちう>かわいーよー、ミックスだけど真っ白いメスでね、ぽわぽわしてるの。全快したら新作と一緒にうpするね
マグマ大臣>え?全快って病気なの?そのぬこ
ちう>ううん、小学生だと思うんだけど、酷い事して怪我させてたの
ぱるぱる>そりゃひどいね
ちう>だけど、私の部屋ってパソコンとかあるからお友達に里親になってもらったんだよね

     ・
     ・
     ・

【マスター、あの子を飼わないつもりですか】
「ンなワケねーだろうが。
 使い魔にする以上、面倒はきっちり見るって」

     ・
     ・
     ・

マグマ大臣>元気になるといいね
ちう>うん。でね、わたしってペットとか飼った事ないからいい名前が思いつかないんだー
ちう>そこでみんなにいい名前を考えて欲しいんだけど、お願いしていいかな?
ぱるぱる>いーよー、まーかせて
マグマ大臣>うん、ぬこは好きだからね皆でいい名前を考えよう
すーぱー火星人>ところで制限時間とかある?
ちう>ごめん実はあんまり余裕がないんだー、だからはやくしないとタマになっちゃうw
すーぱー火星人>じゃあ、急がないとね、ちうたんの希望は?
ちう>え?えーと幸せになってはしいかなー。あ、後長生きして欲しいかも
ぱるぱる>おーけー、じゃあやろーども頑張って考えるぞー
マグマ大臣>おー
すーぱー火星人>いえー
ちう>がんばってー

     ・
     ・
     ・

「これならいいヤツが1つ位出るだろう」
【こんな経緯は教えられませんね……】
「そうか?いい話じゃね?」

 それから約五分後。

     ・
     ・
     ・

マグマ大臣>じゃあいい頃合いだね、一人ずついってみようか
ぱるぱる>じゃあ僕からー。和風&拾った時期ということで、「さくら」で
マグマ大臣>おー良いですな。確かに綺麗な名前だよねそれは
マグマ大臣>では次は拙者が。純白のぬこという話だったからね、中国語で月という意味の「ユエ」はどうだろう

     ・
     ・
     ・

「ブッ!」
【どうかしましたか?マスター】
「いや、ユエって綾瀬の名前だ……
 こいつのだけは却下だな」
【しょうがありませんね】

     ・
     ・
     ・

ぱるぱる>うぬ、それも中々捨てがたいな、しかも何気にマニアックだw
すーぱー火星人>全くもってwああっ、気が付いたら僕が最後じゃないかw
マグマ大臣>がんばれー
ぱるぱる>ひゅーひゅー
すーぱー火星人>むうまあ頑張るがねwとりあえず僕はケルト神話から月の女神を引っ張り出してきたw
ぱるぱる>おー
マグマ大臣>こっちもいい加減マニアックだw
すーぱー火星人>うるさいねwほんとうは「アリアンロッド」って名前なんだけど長すぎるから「アリア」というのを考えた

     ・
     ・
     ・

「こいつにするか」
【はい?】
「アリアだよ、覚えやすいし、あまり無さげな名前だからな。
 大体ユエは駄目だし、さくらは日本人なら女の子に付けそうな名前だろ」
【むう、そうなると確かに一択ですね】
「じゃあ、返事するぞ」

     ・
     ・
     ・

ちう>みんなありがとー、全部すごい綺麗な名前で迷っちゃったけど
ちう>名前は、すーぱー火星人さんの「アリア」にさせてもらいまーす、この子との2ショット&新作たのしみにしててね
ぱるぱる>おちたーw
マグマ大臣>がーんw
すーぱー火星人>やったーw
ちう>それじゃあ、お友達に教えてくるね?あと、今日はお友達の家でお泊り会なので今日はもう来れないんだ、ごめんねみんな
ぱるぱる>そうなんだ。友達によろしくねー
すーぱー火星人>アリアにもよろしくー
マグマ大臣>新作とアリアの2ショット楽しみにしてるね

     ・
     ・
     ・

「よし、というわけで何とか最難関は突破だ。
 後は人工魂魄だけど……どうするんだ?」
【ここから先はお任せ下さい。
 マスターが就寝している間に準備を済ませます。
 今日はリンカーコアやお身体を酷使されましたから十分にお休みになって下さい。
 人工魂魄の組み込みと調整は明日、マスターが起床されてから行います】

 千雨はアロンダイトに言われて、初めて自分が疲労困憊している事に気が付いた。
 ここは相手の言う事が正しいと判断した千雨は、シャワーを浴びてベッドに潜り込む。
 布団に包まれた千雨が起きていたのは一瞬の事で、気が付く間もなく意識は闇の中へと落ちていった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ネギや神楽坂明日菜と別れた絡繰茶々丸は、自宅に帰る前にさっきまでいた教会へと向かっていた。
 彼女のセンサーで確認した限り、既に戦闘が終了している事が分かったからだ。
 戦闘がどういう結果に終わっていようと、出来うる限りの情報を収集してマスターに報告する事になっている。
 これはエヴァンジェリンからの命令であり、主をサポートするという茶々丸自身の存在意義にも係わる事だからだ。

 エヴァンジェリンは、茶々丸が先刻会った魔法使いを警戒している。
 彼女の計画に係わる可能性を危惧しているのだ。
 とは言っても、いざ戦うとなれば負けるつもりはない。ただ勝つのが楽かどうか、それを知りたいのだろう。
 ならば、闇の福音の従者である自分はその判断の助けとなる情報を集めるのが役目だ、だからこうして空を行っている。

 あの子猫や、口が悪い魔法使いの少女が気がかりだというエラーは無視した。



 教会の裏手には四人程の魔法使いが到着していた。
 茶々丸は比較的近くにいる瀬流彦先生に近付いていく。

「お疲れ様です、瀬流彦先生」
「やあ、茶々丸君。どうしたんだい?」
「いえ、先日議題にあがった人物の件で何か判明している事があったら教えていただきたいと思いまして」
「珍しいね、君達が気にかけるなんて」
「マスターが新しい術式にいたく興味を持たれているので」
「ちょっと待ってね、話して良いか聞いてくるからさ」
「お手数をおかけします」

 瀬流彦はそう言い置くと神多羅木先生の方へと歩いて行く、許可を取っているらしい瀬流彦を横目に茶々丸はセンサーポッドを展開させると、現場周辺の探査を開始した。
 GPSと連動させて周囲一帯の熱反応を探査する。あの子猫と少女を示す熱源反応は無い……。

 神多羅木から、ある程度の事を話す許可を得た瀬流彦が戻って来た時、珍しい事に茶々丸は落ち込んでいるようだった。

「ど、どうしたんだい?何だか落ち込んでいるようだけど」
「いえ、気のせいでしょう。
 それよりも情報は教えてもらえますか?」
「うん、いいよ。
 君達もこの麻帆良を守って貰っている大切な人材だしね。
 ただ、ガンドルフィーニ先生には気付かれないように」
「了解しました。
 マスターにもその様に伝えておきます」
「うん、ありがとう。一応、学園長にも報告書を提出するから、詳しい事はそっちを確認してくれるかな」
「はい」

 そうして茶々丸は情報を手に帰宅していった。


 数時間後、麻帆良におけるエヴァンジェリンの住処であるログハウスでは夕食時を迎えていた。
 もっとも、住人の中で食事を摂る事が出来るのは主であるエヴァンジェリンと初代従者であるチャチャゼロだけである。
 そのチャチャゼロも、エヴァンジェリンからの魔力供給が無い限り動く事は叶わないので、実質エヴァンジェリン一人だけが食事を摂っていた。
 そうした食事が終わり、茶々丸に食後の茶を用意させていたエヴァンジェリンが語り始める。

「今日のジジイの話だが、どうも桜通りの件を感づかれた様だ……釘を刺してきおった。
 分かってはいたが、やはり次の満月までは派手に動けん。
 まぁ、もっとも坊やが動けば此方もそれなりの対処はするがな……」

 そこまで言ったエヴァンジェリンは従者の様子がおかしい事に気付いた。

「どうした、茶々丸。
 あれから何かあったのか?」
「はい。マスターと別れた後、ネギ先生とそのパートナーを相手に一時的に戦闘状態に入りました」
「契約者は誰だ」
「神楽坂明日菜です」
「ほう、ヤツがパートナーになったか。
 丁度良い、坊やの血を頂くついでにこの間の借りも返してくれる……待て、茶々丸。一時的と言ったな、戦闘中に何かあったのか?」

 エヴァンジェリンは茶々丸の言葉の中にあった瑕疵を指摘する。
 それに対して茶々丸は遅滞無く答えを返す。

「はい、例の魔法使いと魔獣が戦闘中に出現しました」
「何だと?
 説明しろ、茶々丸」
「ネギ先生との戦闘中に、私を庇って付近に生息していた子猫がネギ先生の≪魔法の射手≫を受けてしまいました。
 その直後に魔法使いが現れて私とネギ先生、それから神楽坂さんに撤退するように宣告されましたが、その最中に先刻の子猫が魔獣に変化、戦闘に突入
するかと思われましたが、魔法使いと魔獣は私達の視界から消失しました。
 その後、ネギ先生と神楽坂さんを付近の公園にお連れして春休み以降の事件を説明。
 教会裏に情報収集するべく戻ってみると、戦闘は終了していた様で神多羅木・瀬流彦両魔法先生他二名が調査に来ていました。
 両者から情報を収集した所、魔法使いはその場――教会裏です――で戦闘を継続、魔獣を撃破した後に素体となっていたらしい子猫を回収して姿を眩ませた
そうです。
 詳細な情報は報告書にして提出するという話でしたから、数日中には学園長に届くものと思われます。
 また、付近で戦闘を目撃したオコジョ妖精がいたそうです」

 茶々丸の報告を受けたエヴァンジェリンは、ティーカップをソーサーに戻すと暫く思考に没頭する。
 考えが纏まったのか、残った紅茶を飲み干すと、エヴァンジェリンは推察を語り始めた。

「ふむ、思うにそのオコジョ妖精は坊やの助言者だな、今朝それらしいオコジョを見かけたからまず間違い無いだろう。
 それと例の魔法使いだが……茶々丸、何か気が付いた事はないか?」
「魔法使いに、ですか?」
「ああ、どんな些細な事でも構わん」
「分かりました、メモリ内に残っている画像データから推察すると身長はおよそ160cm前半と思われます。
 また、纏っていた服装から魔力反応を検知しました、所持していた杖は100cm程で情報にあった通りです。
 会話はしましたが、声自体は魔法により変質させているようです。
 画像データ自体は超かハカセに依頼すれば閲覧は可能です」
「ふむ、それは……そうだな、二人はどこにいる?
 どちらかが研究室なら今日の内に確認したい」
「分かりました…………、お二人共まだ研究室にいらっしゃいます」
「よし、連絡を入れておけ、すぐに向かうぞ」
「承知しました」



 ログハウスでの会話から十数分後、エヴァンジェリンと茶々丸は麻帆良大学の工学部研究室に来ていた。
 そんな研究室の一室で、超鈴音と葉加瀬聡美は異様な盛り上がりを見せている。
 茶々丸の記憶データに残っていた、魔法使いと魔獣が消失する瞬間までの一連の画像を見たからである。

「超さん!超さん!凄いですよコレ!
 どうやっているのかさっぱりです!」
「うーむむ、コレは以前見せてもらったゲートによる転移とも違うようネ。
 しかも、この術者の足元に出ている魔法陣、コレも全く見た事がないヨ」

 科学者――頭に狂と付くタイプ――二人の目は不穏な光を灯している。
 実はこの二人、とある事情から魔法という存在を知っていた。
 エヴァンジェリンとはその事情から知り合い、従者である絡繰茶々丸のボディ及び動作制御ソフトウェアの制作に携わったという間柄である。

「周囲に対してホログラムか何か投影してるんでしょうかね?」
「いや、それだと咆哮が途切れた説明がつかないヨ。
 音響効果による消音という手もあるが、ぶっちゃけ無意味ネ。
 エヴァンジェリンは魔法使いとしての立場から見てどう考えていル?」

 超がエヴァンジェリンに意見を求める。確かに魔法という知識に関する事なら、彼女以上に詳しい人物はそういないだろう。
 エヴァンジェリンは巨大なディスプレイに映された一連の映像を見ながら自身の知識と照らし合わせていた。

「そうだな、私自身コイツが使っている魔法や魔法陣は見た事がない。
 映像から見ると、恐らく閉鎖型の結界を展開したんだろうが、展開前の映像や状況から見ても結界の仕掛けが分からん。
 第一、このレベルの魔法の詠唱に必要な始動キーすら唱えていないしな」
「アナタでも無理かネ」
「無理だな、遅延呪文という手もあるが解除キーは唱えていないし、何よりそんな感じがしない。
 直に見れば何か分かったかもしれないが……歯痒いな」
「あ、アレはどうですかね」
「アレとは何かねハカセ?」
「アレですよ、魔法使いの従者が持っているアーティファクト。
 アーティファクトなら何とかできるんじゃないですか?」
「ふむ、可能性としては“無限抱擁”や“天狗之隠蓑”に代表される結界型だな。
 しかし、それは無いだろう」
「え、どうしてですか?
 アーティファクトなら呪文詠唱の問題はクリアできますよ?」
「特殊なアーティファクトは起動の際に特殊な行為が必要になるのさ、有名所で言えば魔法世界の騎士団でも採用されている“オソウジダイスキ”という
箒型アーティファクトは掃く様な仕草で広範囲型の≪武装解除≫が使える。
 強力なアーティファクトにはそれに応じたデメリットもあるということだ」
「そうですかー、いい所を突いたと思ったんですけど」

 アハハーと笑いを浮かべる葉加瀬、しかしエヴァンジェリンはそんな彼女に笑いを浮かべながら言葉をかける。

「が、しかしアーティファクトという視点は面白いなハカセ」
「どういう事かネ」
「コイツの魔法体系には興味があるがそれは置いておこう、とりあえずコイツがこの時点で何をやったかだが、さっき言ったように魔法を使用して結界を張ったというのが私の結論だ。
 恐らく自分と魔獣のみを対象として閉鎖型結界に入ったんだろう」
「呪文の問題はどうなるネ」
「そこがネックだったが、ハカセのお蔭で憶測だが一応の結論が出た。
 それこそがコイツのアーティファクトの能力だ……いや、コイツ独自の理論によるマジックアイテムかもしれんがな」
「それって……呪文詠唱を代行するアーティファクトって事ですか?!」
「ああ、全ての呪文に対応している訳ではなく、何種類かの魔法を任意発動するか、いくつかの魔法を発動寸前の状態でストックする様になっているんだろう」

 エヴァンジェリンの言葉に反応したのは葉加瀬だった、超も驚いていたが、より顕著に反応したのは彼女だ。

「凄いですよ超さん!彼女のアーティファクトを解析させてもらえたら茶々丸でも魔法を使えるようになる可能性があります!」
「ウム!確かに彼女の協力を得る事ができれば茶々丸を魔法少女にする事も可能ネ!」
「え……、あの超、ハカセ……」

 些か不穏な台詞を吐いた二人のマッドサイエンティストに声をかける茶々丸だったが、当然の如く無視されてしまう。
 研究室の中では超と葉加瀬が興奮して魔法使い=千雨の捕獲計画が練られていた、超はどうだか分からないが魔法の工学的応用を目指している葉加瀬は
恐らく本気だろう。
 そんな彼女達を他所にエヴァンジェリンの目はディスプレイに映されている少女に注がれていた。

「今、分かるのはコイツが麻帆良の魔法使いの仲間ではないという事実だが。……フン、その内シッポを掴んでくれる」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 翌日、学園長・近衛近右衛門は学園長室で憂鬱な溜め息をついていた。
 最近起きている2つの事件で後手に回っている事がありありと理解できているからである。
 片方の事件、所謂“桜通りの吸血鬼”については、ある程度のコントロールが可能なのでまだ大丈夫だが、問題はもう一つの事件。
 今朝方、朝一で報告書が提出された“魔獣事件”改め“ジュエルシード事件”である。
 近右衛門は報告書を読み終わった時、思わず貧血を起こしそうになった。
 事件現場にあった足跡から、今回の魔獣の大きさは小さく見積もっても軽自動車サイズ、しかも目撃者の証言を信じるなら元となった生き物は子猫
だという話だ。
 その変化をなしえたのが“ジュエルシード”という未知の宝石型マジックアイテム。
 宝石にはVの刻印がされていたという、ならば同様の物が複数……最悪刻印の意味がアルファベットだった場合、20個以上ある事になるのだ。
 全く冗談にならない状況だ、“ジュエルシード”がどういった状況で魔獣と化すのか、どうやってそれを制するのか、自分達にはその情報が無い。
 しかも、それを知っていると思しき魔法使いを四日前の事件の際、桜通りの事件を隠蔽する為に出ていたチームが捕縛しようとして返り討ちに遭った
のである。
 彼等は向うから襲いかかって来たと言っていたが、数人から此方側が先に手を出したという証言が取れている。
 幸い、彼等は手加減されたのか、大きな怪我は特に無かった。しかし体内の魔力がかなり減衰しており、翌日の夕方まで碌に動く事が出来なくなっていた。

 報告書通りならこの魔法使いは、我々に対して何も言わず、ただ“ジュエルシード”を封印する為に活動していたのだろう。
 しかし、そんな存在に対して我々は捕縛目的とはいえ、先制攻撃を加えてしまった。これでは我々に対して隔意を持つなと言っても無理な話だ。
 なるべくなら此方に引き込みたい人材だったが、良くて中立位にしかならないだろうという予想がついてしまう。
 魔獣を生み出す宝石とそれを集めているらしい未知の魔法を使う魔法使い、これらがネギという少年の成長やこの街にどういった影響を与えるのか……
近右衛門には良い予想を立てることが出来なかった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 昼食時を過ぎた寮内。
 ネギが居候している明日菜と近衛木乃香の部屋では、新しく居候になったカモがネギと明日菜を相手にエヴァンジェリン対策会議を開いていた。
 ちなみに木乃香は図書館探検部の部活動で不在である。

「ええっ!あの茶々丸ってロボを逃がした?
 何考えているんですか!アイツら昨日まで油断してたけど、兄貴に姐さんっていうパートナーがいるって分かったらその油断がなくなっちまいますよ!」
「で、でも茶々丸さんは僕の生徒なんだよ?カモ君。
 それにあ、あの子猫を……僕、殺しちゃったかも……」
「そういえばあの猫どうなったんだろ……何か凄く大きい怪物になってたけど」
「あ、そういえばあの件は教えてませんでしたね、兄貴あの子猫なら多分大丈夫っスよ」
「え?どういう事?カモ君」

 不思議そうに聞いてくるネギにカモは昨日、ネギと明日菜が教会裏を立ち去った後の事について全て話した。

「ってえワケで、あの黒い姐さんが何か凄ェ魔法使ったかと思ったら元に戻ってたんでさぁ。
 で、その黒い姐さんはボロボロの状態にも係わらず怪我してる子猫を拾い上げると、何処へともなく去って行く……。
 クゥーーッ。漢の中の漢!いや娘さんだから女の中の女って事ですかね!」

 カモが身振り手振りを交えながら興奮気味に話し終わると、ネギと明日菜は感歎と安堵の溜め息をついた。

「へぇー凄いわね、あの娘ってば口だけじゃなかったんだ。
 それにアレね、その娘ってアレみたいじゃない?マギ……マ…マ?」
「マギステル・マギ……立派な魔法使いってヤツですかい?姐さん。
 そうですねえ、きっとあんなお方がそうなるんでしょうねぇ……。
 って、そうじゃねぇでしょう!お二人ともちいとばっかり危機感が足りませんよ!
 あのエヴァンジェリンって女、15年前まで魔法界じゃあ600万ドルの賞金首ですぜ?
 確かに女子供を殺ったって記録はありませんけどね、闇の世界でも恐れられている極悪人なんですよ!!」

 そう言うやカモはネギのパソコンを操作すると、まほネット内にあるエヴァンジェリンが賞金首時代だった時の手配書を表示する。その画像には確かに
話題になっているクラスメイトの写真と、600万ドルという賞金額が記載されていた。

「ちょっと!何でそんなのがウチのクラスで中学生してるのよ?」
「や、そいつは分からねーけど……。
 とにかく連中が今襲ってきたらヤバイッスよ!最悪カタギの衆に迷惑がかかるかも……」
「え”っ、マジで?」

 明日菜とカモが話している最中、ネギはただ悩んでいた。
 いくら相手が吸血鬼とはいえ、自分の問題に教え子を巻き込み、問題解決の為に教え子に魔法という名の暴力を振るおうとした事を。
 しかも、その教え子達が自分を襲う為にこの寮内にいる一般人を巻き込むかもしれない……。
 正に八方塞、どう動いても被害が出る事は間違い無い状況だ。
 特に明日菜を巻き込んだ事と茶々丸を襲った事がネギを追い詰めていた。
 人の為に頑張る事を善しとする魔法使いとして、教え子を守り導く教師として、やってはいけない事をやってしまったのではないか?そこに昨日会った
魔法使いの少女の事を聞いたネギは自分が情けなくなってしまい……。


 気が付くと寮を飛び出していた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 千雨が目覚めたのは日が高くなった時間である。
 久しぶりに十時間以上眠っていた計算になるが、目覚めそのものは快適なものだった。
 今日は何をしようか等と考えていると、アロンダイトが話しかけてきた。

【おはようございますマスター】
「ああ、おはよ」
【調子が良いみたいですね、脈拍・脳波・リンカーコアの状態全て問題ないレベルで落ち着いています】
「うん、久しぶりに熟睡したお陰かね、何か異様に気分が良いよ」
【でしたらちょうど良いですね、人工魂魄の組み込みと第一次調整を行いましょう】
「ああ、そういえばそれがあったな。
 じゃあさっさと済ませるか!」

 そうして決意を込めつつ千雨がカーテンを開くと、そこには杖に跨って凄い速さで飛んでいくネギの後姿があった……。
 起きぬけに見た光景に千雨は膝から崩れ落ち、早くもベッドが恋しくなった。

【マ、マスター?どうしたんですか!いきなり脳波が乱れましたよ!】
「いや、飛べるのは分かっちゃいたんだけどさあ……、家出するんならせめて飛んで行くんじゃねえよ。
 そんなんだからてめーらは嫌いなんだ……」
【ネギ先生ですか……】

 ある意味、お約束ともいえる担任教師の行動にアロンダイトも絶句した。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき
 というわけで命名アリア……ではなくチャットはやった事が無いので別のSSを参考にしました。
 あとここに出ているすーぱー火星人とぱるぱるは当然ヤツ等です、ただちうの正体には気が付いていません。
 ちなみにマグマ大臣はただの一般人、モブです。最初は朝倉にしようかとも思いましたが、さすがに千雨が気の毒なので……。

 マッド二人は書きやすかった。
 後、彼女達との会話でアロンダイトの事を、アーティファクトではなくマジックアイテムかもしれないという憶測をする役を超からエヴァンジェリン
に変えたのは、その方がより“らしい”からです。



[18509] 第06話「停電麻帆良探索行……千雨吼える」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/08/04 22:37

 麻帆良学園都市が停電の闇に包まれる中、長谷川千雨は麻帆良の空を翔けていた。
 この都市の電力が停止するという事は言葉通り以上の意味を持っている。
 学園都市を覆う≪侵入者感知≫と≪認識阻害≫、そして≪魔力抑制≫の多重結界の機能低下や停止をも意味しているのだ。
 ならばこそ千雨はこの時を逃す事は考えなかった。
 今日ならば広域探策魔法を使用しても、結界の代わりに外縁部の警備から手を抜けない麻帆良の魔法使い達は此方に来る事はない、例え来る事があっても
大幅に遅れるだろう。
 しかも一般人の目も極端に少なくなる。
 この日を逃すと、再び魔法使い達の襲来を警戒しながら封印作業を行う破目になりかねない。
 少なくとも今日中に探策は終わらせる!


 ――――――そういう風に思いながら長谷川千雨は飛翔していた、時間という怪物に追われながら。



第06話「停電麻帆良探索行……千雨吼える」



 使い魔の最終調整や新型広域探索魔法の組み上げで、週末を丸々潰してしまった千雨は目の下に濃い隈を作って登校していた。
 寝不足で意識は朦朧としていたが、教室の喧騒が幸いしてか眠る事はなかった。

『マスター、今日は休んだ方が良かったんじゃないですか?』
『良いんだよ、別に熱がある訳でもねーし』

 アロンダイトの心配そうな言葉に千雨は何でもないかのように応えると、口元を手で覆いながら欠伸を押し殺す。
 目を瞬かせながら、授業の始まりを待っていると元気な声が教室に響き渡った。
 担任のネギ・スプリングフィールドである。

「おはようございます!
 エヴァンジェリンさんいますか!」
『元気だなぁ、おい。しかもマクダウェルを名指しかよ』
『魔法関連の連絡事項ですかね?』
『え?それは無いんじゃないか?たしかネギ先生って外縁部の警備は担当してなかったよな』
『そういえばそうですね、じゃあ最近サボリ気味なのを注意するとか』
『いや、アイツのサボリって前からだから今更だろ』

 千雨とアロンダイトがそんな事を話し合っている間に、ネギは教室からいなくなっていた。

『て、おい。いつの間にかいなくなっちまってるぞ』
『授業放棄でしょうか?』
『いや、ちょっと待てよ。それって教師がやっちゃって良いのか?
 帰るにしろ休むにしろ連絡してからにしろよ……』

 唖然とする千雨を他所に、ネギ不在のまま今日の授業は滞りなく進んでいった。



 その日、千雨は自室に戻ると半ば呆然としながらHPの更新作業をしていた。
 日記にはその日のニュースに関する所感を書き込んでいたが、別の思考領域では今日、担任がやらかしたとんでもない事件が渦巻いている。

「信じられねえ……あのガキ、結局仕事放り出しやがった。
 しかも誰も問題視していないって何の冗談だよ……」
【というよりもネギ先生がいなくても問題なく回せるのが凄いですよ】
「超とかいいんちょとか無駄に有能過ぎんだよ。
 ああいった上位陣がいるから子供先生なんていう無茶がまかり通るんだ、あそこら辺がいなくなったらどうにもならねぇぞ。
 と、今日の更新はこんな所か。
 アロンダイト、アリアの状態はどうだ?」
【今の所は安定しています。ただ明日には間に合いませんね】
「そいつはしょうがないだろ、調整に凝っていたら色々とピーキーな感じになっちまったからな。
 最悪、修学旅行前までに終われば御の字だよ」
【それは間違いなく間に合います】
「アリアの件はそれでいいだろう。
 けど、明日の停電はこっちから仕掛けるぞ。停電って事は結界が止まる、そうなれば麻帆良の魔法使いは外縁部の警備に出張るしかなくなるはずだ。
 その隙を突いて広域探索魔法を使用してジュエルシードの位置を1つでも多く把握する、明日を逃したら次は半年後になっちまうからな。手早くやるぞ」
【分かっています、停電と同時に広域探策魔法を展開。数回に分けて行えば麻帆良全域を探策できるでしょう】
「私は明日使う探索魔法の見直しをする、エリアの割り振りは任せたからな」
【了解です】



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 翌日、授業が終わって放課後を迎えた麻帆良学園都市はお祭り騒ぎの様相を呈していた。
 別にイベントがある訳ではない、今日は麻帆良で年二回の全体メンテナンスの日なのだ。午後八時から深夜零時までの四時間、一斉メンテナンスの際に
医療施設等のごく一部を除いた麻帆良全域で送電が停止する、……要するに停電である。
 生協では停電SALEと称して、蝋燭や懐中電灯用の電池を始めとする様々な商品が売りに出されている。
 千雨は停電の最中に用事がある為、特に必要では無かったが、一応カモフラージュを兼ねて適当に電池や飲み物を買い込んで帰宅した。

「やれやれ、とりあえずは八時まで待つ事になるのか」
【マスター、一応エリアの割り振りが完了しました。
 確認をお願いします】
「ん?ああ、分かった表示してくれ」
【了解】

 千雨の指示に従って中空に表示された麻帆良の地図は大まかに5色に色分けされていた。
 可能性がある順に赤→橙→茶→紫→青となっている。これは今まで暴走体が発現した区域を分析して弾き出した結果だった。
 それを元に、未発現のジュエルシードがあるだろう場所を円で囲っている。
 近い順から学生寮近辺、女子校エリア、そして麻帆良大橋となっていた。この3箇所で広域探策魔法を発動させれば暴走状態になる前のジュエルシードが
見つかる可能性が高い。
 反面、外縁部に複数あった場合かなり危険な状態になる訳だが、こればかりはどうにもならないので都市部にある事を願うしかないだろう。

「何とか3つまで絞れたか……、連中がこっちに来ない事を願うしかないってのは情けないけどな」
【仕方がありません、組織の力というものは侮れませんから。
 それにこの地の魔法使いに託すにはジュエルシードは危険すぎます】
「まーな、実際の所、善いとか悪いとか連中が何を考えてんのかサッパリだしな。
 上手い事、情報を手に入れる事が出来れば話は違って来るんだろうけど、面倒事は正直遠慮したいし……。
 いや、もういい、ここはジュエルシードの封印だけを考えよう。

 手順を確認するぞ、まずセットアップを終わらせた後に吹き抜けを利用して3階のトイレから寮を脱出。
 屋上まで上がって、そこで学生寮近辺に対してエリアサーチ、確認後に女子校エリア、麻帆良大橋の順でサーチと確認を行う。
 状態がヤバそうだったら即封印、そうでなかったら場所の確認に留める……こんな所か?」
【妥当だと思います、残りは後4個ですからここは慎重にした方が良いでしょう】




「―――ちらは放送部です、これより学園内は停電となります。
 学園生徒の皆さんは極力外出を控えるようにしてください――――ザッ……」

 そうして時間は経過し、学園は闇に包まれた。

 そんな中、禁止されている外出を敢行しようとする生徒がいた。
 バリアジャケットを纏った千雨だ、幻術魔法で周囲からの認識を誤魔化しながら部屋を抜け出すと、当初の予定から一時間三十分遅れで3階の共同
トイレの窓から寮を脱出する。
 当初、千雨は停電直後に動くつもりだったのだが、麻帆良という土地柄を忘れていた。
 寮内の生徒達は停電というイベントに興奮したのか、寮内を徘徊する生徒が多かったのだ。
 千雨は寮内が落ち着くまで待って動いたが、その所為で時間的にかなり厳しくなっている。
 移動し魔法を発動して結果を確認する、この一連のプロセスをこなすだけでかなりギリギリなのだ。
 そんな状況下、寮の影を利用しながら屋上へ向かっていると、凄まじい……それこそ怖気を覚える程の魔力を千雨は感じた。
 一瞬、<エアリアルフィン>の制御を失いそうになったが、寮の壁面に手を添えることで何とか持ち直す。

「な、何だこの魔力は?
 普通じゃねーぞ!」
【魔導師で言うとかなりの高ランクに……いえ、計測は無意味ですね。
 マスターここは気にしないようにしましょう】
「そ、そうだな。
 時間はそんなにあるわけじゃねーし、この魔力の主がこっちに来てから考えりゃ良いんだ。
 私達はジュエルシードの探索を最優先にするぞ」
【了解ですマスター】

 突如現れた強大な魔力に意識を向けた千雨だったが、アロンダイトの言葉で何とか本来の目的に向かう事にする。
 女子寮の屋根に到着した千雨はすぐさま上がる事はせず、目から上だけを覗かせて屋根に誰も居ない事を確認した。

「まー居たとしてもさっきのアレに向かっただろうけどな……よし、誰も居ないな」
【内部の重要人物は寮内から警護しているという事でしょうか?】
「可能性は高いな、あるいは何処からでも急行できるようにしている可能性もある。
 多分、予備戦力位は用意しているだろうし」

 千雨はアロンダイトと警備に関する考察をしながら屋上に上がる。
 そうして、女子寮の中央付近に来た千雨がデバイスモードのアロンダイトを一振りすると、千雨を中心とした漆黒の魔法陣が展開された。
 その魔法陣は美しかった、魔法を数値や公式で表現するミッドチルダ式らしく整ったものだったが、エヴァンジェリンの様に優れた魔法使いが見れば
其処彼処に千雨の人柄が滲み出ている事が分かる。
 しかし、そのある種の揺らぎこそが魔法が個人技能であるという証左なのだろう、揺らぎが不要と言うのなら工業製品(デフォルト)を使えば良いのだ。
 だが、千雨はそれ――出来合い――では満足できなかった、満足できず手を加え、全く別の術式へと変換してしまったのだ。
 それこそが千雨が魔導師として確かな資質を持つ証なのだろう。非日常を嫌いながら一々身体を動かす彼女だが、イザとなれば非日常の力を振るう事に
躊躇は無い。

【マスター、広域探索魔法<ワイドエリアサーチⅡ>術式安定しています】
「よし、初めて展開するから心配だったが何とかいけそうだな。
 アロンダイト、探索素子の配置は任せる……発動!」
【了解、<ワイドエリアサーチⅡ>発動します】

 千雨のコマンドで足元に現れていた魔法陣は女子寮上空10mの地点に複写転移すると、女子寮を覆う程のサイズまで拡大する。
 拡大が終了すると魔法陣から掌サイズの光球――これが探索素子というものだろう――が無数に飛び出し、女子寮を中心とする学生寮エリアに飛び散っていく。
 光球は様々な場所に降り立つと、その場で魔法陣を展開して探策を行った結果を千雨とアロンダイトに送っては、次々に消滅していく。

 女子寮の屋上で千雨はアロンダイトを構えたまま動きを止めていた。
 足元では魔法陣がゆったりと回転を続けている。
 そうして数分経った頃、閉じていた千雨の目蓋が開かれる。

「ここいらには無いみたいだな」
【はい、小さな魔力反応は確認しましたが、休眠状態及び励起状態のジュエルシードの反応はありませんでした】

 自分の探索結果がアロンダイトのそれと違っていない事を確認した千雨が、次の探索ポイントに向かおうとした時、視界の端に見覚えがある人影が
引っかかった。

「よし、じゃあ次の女子校エリアに……ん?何だありゃ?
 ネギ先生とマクダウェルに絡繰……か?
 へー、さっきからあった魔力ってマクダウェルのヤツだったのか、確かにアレなら世界屈指っていうのも頷けるな」
【結界が停止した影響で抑制されていた魔力も戻ったんでしょうね】
「ふーん、じゃあネギ先生がトラブってたのってマクダウェルの方だったのか。
 ま、いいや。アロンダイト次に行くぞ」
【了解……っマスター!】

 女子寮の屋根から飛び立とうとしていた千雨にアロンダイトから警告が発せられる。

「待てっ!」
「!」

 突如かけられた声に一般人に見つかったか?と警戒しつつ声の主を見た千雨はそこに予想外の人物を見い出す。
 千雨の前に立つ人物、それはクラスメイトである桜咲刹那だった。彼女は身の丈程もあろうかという野太刀を構えて此方を警戒している。

「おい、その刀は何のつもりだ?さk……」
『マスター!』

 思わず桜咲と呼びそうになった千雨だが、アロンダイトの警告で辛うじて抑えることが出来た。

「っと。
 もう一度聞くぞ、いきなり刀突きつけるっていうのはどういう了見だ?事と次第によっちゃあこっちにも考えがあるぞ」
「それを言うのは此方だ!貴様、此処で何をしていた」
「てめえにそれを言う必要はねーけどな。
 あえて言うとすれば探しモンだよ、別にテロを仕掛けてるわけじゃねーから、安心して大人しく外縁部の警備にでも戻ってろ」
「探し物だと?それが貴様の目的か。
 いや、貴様には春休みから頻発している事件に関しても聞きたい事がある。
 大人しく付いて来てもらおうか」

『面倒だな……アロンダイト、桜咲の周囲の空間に<レストリクトロック>を二重に設置しろ、上空も忘れるなよ』
『了解』

「あ?何でてめえの言う事をこっちが聞かなきゃならないんだ?
 てめえはその前に言う事とやる事があるだろうが。
 第一、この間のオッサン連中からしてムカつくんだよ、どいつもこいつも人の事を犯罪者みたいに扱いやがって!」

 前に立っているのが見知った顔という事もあるのか、千雨の言葉は段々とヒートアップしてきた。
 苛ついているのが傍目にも分かるほどだ。
 もしかしたら春休みからこっち、鬱積していたものが爆発しているのかもしれない。

「人の事を犯罪者扱いする前にてめえらはどうなんだよ、その段平はホンモンだろーが。
 そんなアブねーもの人に向けてんじゃねー!私だったら何とかなるかもしれないけどな、怪我したらゴメンじゃすまねーんだぞ、そこん所分かってんのか!
 第一、銃刀法はどうなってんだ?おい、ここは日本だぞ!
 未成年だからって刀ァ振り回して良いって事にゃあなってねーんだよ!
 ムカつくぜ!いっそのこと1つ位、暴走体をそのままにしてやりゃコイツ等の目ぇ醒めるんじゃねーか?
 あーくそ!なんで私がこんな目に遭わなきゃならねーんだ!
 私はフツーの生活がしたいんだよ!それをどいつもこいつもどいつもこいつも邪魔しやがって!てめえら魔法使いってーのは私に何か恨みでもあんのかーーーーーーーーー!」

 千雨の憤りは際限が無かった、アロンダイトはそんな千雨を見ながら焦っていた。
 このままでは≪認識阻害≫の事を初めて知った時と同じ様な状況になりかねない、何としてでも止めなければならなかった。
 そして、千雨と対峙していたはずの刹那は戸惑っていた。春休みから麻帆良に出没していた魔法使いを捕捉したのは良いものの、話をしている内に突然
激昂しはじめたのだ。
 話そのものは一々もっともな事なのだが、裏に係わる者としては今更な話でもある。
 刹那が聞いていた話の内容から予想していた人物像は、若年ながらも優れた魔法使いだろうというものだったのだが。目の前にいるのは、ままならない
状況に苛立ち、ヒステリーを起こしている少女にしか見えない。

 そうこうしている内に千雨の動きがピタリと停止した、不気味な沈黙が辺りを支配する。

『あ、あのうマスター?』
「あ?ああ、もーいいや。
 さっさと次に行くぞ、コイツ等とツラ付き合わせていてもムカつくだけだしな。
 上手くすりゃ今日で面倒事は済ませられるんだ」
「な!」

 いきなりやさぐれた物言いをしはじめた千雨に刹那は驚き、捕縛しようとその身を踏み出そうとした瞬間、彼女は不穏な気配を感じてその動きを止めた。
 そんな刹那に千雨が感心した様に言葉を掛ける。

(<レストリクトロック>に勘付いたか)
「へぇ……良い勘しているな。
 一応、警告しといてやるよ。
 お前の周囲には捕獲用の魔法を設置している、別に怪我とかはしねーけど触れたが最後、ちょっとやそっとじゃあ抜け出せなくなる類の魔法だ。
 とりあえずそのままにしてりゃあ引っかかる事はねーから安心しろ。大体1時間かそこらで効果は終わる。
 じゃあな」

 そう言い置くと千雨は背の翼をばさりと打ち鳴らして次の目的地、女子校エリアへとその身を翻した。




 残された刹那は唖然としていた、先程まで対峙していた人物に曰く言い難い印象を覚えたからだ。
 喧嘩腰で話していたと思ったら、いきなり理不尽な自分の境遇に激昂し、かと思うといつの間にか他人――刹那――を罠に掛けている……どこまでが
演技で何処までが素なのか分からないのだ。
 ただ、彼女の目的が“木乃香お嬢様”では無かった事が刹那に安心を齎していた。
 自分に気取られないように罠を張るあの手腕は、総毛立つ程際立ったものだ。あれ程の腕を持つ相手を敵に回すというのは正直考えたくはなかった。

「それはそれとして此処から出なければ」

 そう呟いた刹那は、懐から人の形に似た一枚の紙を取り出す。
 ≪式神≫を作り出す為の“身代わりの紙型”だ。
 刹那がその紙型を指先で挟み真言を唱えると、空中に刹那をディフォルメしたような≪式神≫が現れた。

 「行け」という刹那の命に従って前方に飛んだ≪式神≫は、先に魔法使いが言った通り捕獲魔法の黒い光輪に囚われる。

「これは、確かに何もなかったはずなのに……」

 刹那は裏の世界に入ってそれなりになる、しかしそんな彼女をしても今見た様な魔法は全く見た事が無いものだった。
 我知らずに息を呑んだ刹那は、新たに≪式神≫を5体作り出すと“前”後左右と上空に向けて放つ。
 結果、全て捕獲される結果に終わった、刹那は術者の周到さに舌を巻く。術者は自分が飛ぶ可能性や、一層目の魔法を突破する可能性を考慮して多層の
捕獲魔法を設置していたのだ。
 最初の人形が掛かった事で安心していたら、次の層の魔法に掛かっていた事は間違いないだろう。刹那はこの人物に対して恐れを感じ始めていた。
 刹那は三度式を打つと、再び前方へ飛ばす。今度の式は無事、術者がいた場所まで辿り着いた。
 溜め息をついて捕獲魔法の檻から抜けた刹那は、学園長に連絡を入れるべく携帯を取り出した。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 麻帆良学園学園長・近衛近右衛門は数人のスタッフと共に学園長室で学園外縁部の防衛指示を出していた。
 そんな近右衛門の携帯から着信音が鳴り響く、ディスプレイを確認すると女子寮を警護していた桜咲刹那からだった。
 何がしか問題があったのかと携帯を開いて耳に当てる。

「どうかしたのかね、桜咲君」
「はい、先程女子寮屋上で例の魔法使いと接触しました」
「何じゃと!彼女が出たという事は……」
「いえ、魔獣は出ていません」
「どういうことかの、彼女が出るという事は魔獣が出る時が殆ど、というかその時にしか出ておらんのだが」
「それが、あの魔法使いは女子寮屋上で何がしかの魔法を使っていました。
 詳細は分からないのですが、一時は女子寮を覆う程の魔法陣を展開する程の魔法です」
「何か被害は出とるのかね?」
「いえ、特には。ただ彼女は“探し物”をしていると言っていました」

 刹那の言葉に近右衛門はジュエルシードの事だと当りをつけた。
 麻帆良の魔法使い達が外縁部の防衛に力を注がなければならない、この日を狙って探索に動いたのだろう。
 そうなると件の魔法使いは麻帆良結界の概要を把握しているという事になる、近右衛門の額に冷汗が滴り落ちた。

「ふむ、それで彼女はどうしたのかね?」
「それが……申し訳ありません、場所が場所だったのでつい強い態度を取ってしまいまして。
 それで態度を硬化させてしまったのか……“どいつもこいつも人の事を犯罪者みたいに扱う”と怒らせて、逃げられてしまいました。
 後、“上手くすれば今日で面倒事は済ませられる”とも」

 刹那の報告を聞いた近右衛門は身体から力が抜けていった。
 彼女の生い立ちや役目を考えると、致し方ないとはいえ拗れた関係がますます修復困難になってしまっている。
 しかし、悪い報告だけではなかった。最後の情報はジュエルシードによる騒動が今夜で収束する可能性がある事を示唆しているのではないだろうか。
 近右衛門はこれからどうすれば件の魔法使いとの関係を修復できるかを考えていた。
 ネギ・スプリングフィールドという将来のマギステル・マギを育てる以上、強い手札はいくらあっても足りる事は無いのだ。
 最悪、敵対されないように立ち回らなければならない。
 ならば、僅かずつでも彼女にある借りや引け目を無くしていくしかないだろう。
 近右衛門は先が見えない交渉に思いを馳せて重い溜め息をついた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 刹那と近右衛門が携帯で話している頃、千雨は女子校エリアを後にしていた。
 女子校エリアでの収穫は学生寮と同様0だった、残るはこれから向かう麻帆良大橋を中心とする麻帆良湖である。
 刹那とのいざこざや、探索結果の確認で予想外の時間を食ってしまった千雨は焦燥を感じていた、停電の終了まで残り十分を切っている。
 しかも遠目で判然としないが、麻帆良大橋で2つの強大な魔力反応がぶつかりあっている、記憶を探るとやり合っているのはネギ先生とマクダウェルの
様な気がする。
 兎にも角にも急いで探索魔法を使わなければならない、もしも麻帆良湖周辺にあった場合、二人の魔力の激突に影響を受けたジュエルシードが暴走状態
に移行する可能性が出てくる、それだけは避けなければならなかった。

「勘弁してくれよ、何だっていつもいつもこんなギリギリなんだ?」
【マスター、二人の魔力反応が上昇しています。
 ≪魔法の射手≫を越える魔法が使われる可能性大です】
「んな!マジか?」
【はい、ネギ・スプリングフィールド及びエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル両名の周囲に魔力変換された魔力素が収束されていきます、今現在
までに観測された精霊魔法では最大級の収束率です】
「やめねーんだろうなー、もう帰ってねむりてー」
【マスターガンバです、上手くすれば明日から薔薇色のネットライフが待っていますよ】

 アロンダイトが慰めるように話しかけた瞬間、闇の姫君から黒い吹雪が、英雄の子から雷の嵐がお互いに向けて撃ち放たれた!
 そして千雨は悲鳴を上げた。

「あの馬鹿共撃ちやがった!
 やり合うんならせめて女子校エリアでやれってんだ!」




 両者の闘いは辛うじてネギ・スプリングフィールドの勝利という結果で幕を下ろした。
 麻帆良湖に落下しそうになったエヴァンジェリンを助けたのはネギで、二人の間はそれなりに改善されたようだった。


 しかし、話はここで終わらなかった。
 気が付いたのはエヴァンジェリンの従者・絡繰茶々丸である。

「マスター、あの魔法使いが接近して来ます」
「何だと?」
「え、どうしたんですか?茶々丸さん」
「この間、教会裏で会った魔法使いが高速で接近中です」
「あの時の黒い姐さんが?」
「何だって今頃?」

 四人と一匹が話していると、麻帆良側から漆黒の翼を広げた人影が接近してくる。
 その影は瞬く間にネギ達の十数m先に降り立つと、足元を覆っているショートブーツから煙をたなびかせてネギ達のすぐ近くまで滑って来た。
 ネギ達は何か自分達に用事でもあるのかと思って待ち受けていたが、魔法使いの少女はその場にいる全員を無視すると、麻帆良大橋の欄干に走り寄る。
 少女は一瞬止まったかと思うとガクリと膝をつく。頭を振り、拳を道路に叩き付けながら誰かと何がしか話しをしている様だが、距離が離れていたり
橋を渡る風が邪魔しているせいでネギには聞く事ができない。
 心配になったネギや明日菜。少女に興味があるエヴァンジェリンと主に付いている茶々丸、あとネギの肩に乗っているカモが少女に近付いていく。

「あ、あのう。何かあったんですか?困っていることがあるのなら相談にのりますけど……」
「そうそう。この間は私達が助けてもらったんだし!」

 対する少女は何も言わない、肩が瘧に罹っている様にブルブルと震えている。
 そんな少女にエヴァンジェリンが話しかける。

「察するに、また魔獣が出る。という事か?」

 少女の震えがピタリと止まる。
 え?という感じでエヴァンジェリンの方を向く一行。

「何、この間の教会裏の件を何度も見て、魔獣の特性を鑑みれば予想はつく。
 あの魔獣は周囲の魔力を喰って成長する類のモノだろう……とな、この間の教会裏の件は坊やの≪魔法の射手≫が引き金になったのだろう。
 で、今回は何だ?≪こおる大地≫か?≪捕縛結界≫か?それとも≪仮契約≫か?
 フフフ、まぁ別に私と坊やの魔力だけじゃない、この麻帆良に潜り込もうとする連中とそれを阻止しようとする連中の魔力、今夜はそれが渾然一体と
なって荒れ狂っているからな、何処で発現しようとおかしくはないさ」
「ど、どういう事よエヴァンジェリン」
「分からんのか?要するにコイツはしくじったという事さ。
 今まで何処で何をしていたか分からんがな、私と坊やがここで戦う前に此処に来るべきだったというそれだけの話だ」

 心底楽しそうな笑いを浮かべるエヴァンジェリン、周囲の人間は何も言えなかった。
 特にネギは、自分がこの橋を戦場に設定したせいで目の前の少女を追い詰めているのだと知って青くなっている。

 しかし、そんな一行を他所に少女は立ち上がった。

「うるせー」
「何だと?」
「うるせーっつてんだよ金髪ロリが。
 まだしくじっちゃいねー、何も始まってねーし終わってもいねーんだ、てめえの尺度で勝手に物事決めてんじゃねー。
 てめえとガキのちゃちな魔法位で暴走してるようなヤツに負けてやるわけにはいかねーんだ」

 少女の啖呵にエヴァンジェリンは言い返そうとしたが、何かに気が付いたのか口の端を吊り上げると少女に背を向けて麻帆良に向けて歩き出す、茶々丸
は少女の背に深々とお辞儀をすると主の後を追った。

 数m程離れたエヴァンジェリンは、未だ少女の近くにいるネギ達に声を上げる。

「おい、ぼーや!何をしている、早くこっちに来い!」

 エヴァンジェリンの言葉に気が付いたのはカモだった。

「黒い姐さん……お願いしやす!
 兄貴!明日菜の姐さん!此処から離れよう、俺達がいたら姐さんの邪魔になっちまうんだよ!」

 カモの言葉にネギと明日菜も気が付いた。そうだ、自分達がこの場にいたところで何ができるわけでもない。
 エヴァンジェリンの言葉を信じるなら、魔獣に力を与えこそすれ、倒す手伝いなどできないのだと。

「ごめん!手伝えれば良かったんだけど私達じゃ……ゴメン!」

 明日菜がそう言いながら頭を下げると、少女は気にするなとでも言いたそうにシッシッと手を振る。
 今では明日菜も、その犬を追い遣る様な仕草が少女の照れを隠す為のものだと分かっている、明日菜はもう一度振り返るとエヴァンジェリン達がいる
場所へ走って行った。

「すいません、僕が此処で戦おうなんて思わなければ……」

 ネギがそう言いながら自己嫌悪に押しつぶさそうになっていると、頭に凄い痛みが走った。
 故郷でスタン翁に貰っていたのと同じ拳骨だった、久しぶりに受けたその痛みにネギは頭を抱える。

「~~~~~~~~っ」
「~~~~~~~~っ」

 ネギが抱えていた頭を上げると、少女は手甲がない手袋だけの右手を押さえて悶絶していた。
 暫くすると少女は立ち上がると、右手に手甲を再構築しながら不機嫌そうな声を隠しもせずに話し出す。

「ジュエルシードが暴走するのは別にてめえだけの所為じゃねーだろ。
 それにアンタが此処でアイツと闘おうと決めたのはアンタなりの理由があったからで、ソイツを責めようとは思わねーよ。
 ここにジュエルシードが落ちてたのもただの偶然で、アンタやアイツには何も係わりが無い事なんだ、だから……うん、気にすんな。
 それでも気になるってんならさっきの拳骨でチャラにしといてやる。
 気が済んだか?気が済んだらさっさと離れとけ、邪魔になるからな」

 そう言って、さっき明日菜にしたようにシッシッと手を振る。
 ネギはまだ何か言いたそうにしていたが、少女が最早こちらを見ていないと分かったのか、深々と頭を下げると皆がいる場所へ父の形見の杖を持って
駆けて行く。


 ネギが少女と話している最中、茶々丸は珍しく主に質問をした。

「マスター、少々伺いたいことが」
「何だ?」
「あの時、何故何も言わずに離れられたのですか?」
「ん?ああ、あの時か」

 茶々丸の質問を聞いたエヴァンジェリンは、人が悪い笑みを口元に浮かべると面白そうに話し始める。

「あの小娘、ガクガク震えていたのさ。
 ぼーや達には分からなかっただろうがな。
 アイツはこれから闘う相手の強さを知っている。
 何しろ、私と坊やを含めた麻帆良全ての魔法使いと闘おうというのだ。
 勝てる見込みなど一割あるかどうか……いや、ゼロではないというレベルの話だ。
 だがあの娘は、敵に己一人しか抗する事ができない事を知っている。
 だから足が震えようと。
 拳が震えようと。
 絶望に挫けそうだとしても。
 己一人しか立ち向かえないというのなら、魂を奮わせて立たなければならない。
 いや、あの娘は魂を奮わせて立つ事を選択した。

 義務として闘うのではなく、権利として闘う事を選択したのだ。

 まぁ、何が言いたいかというとだな、弱い小物の臆病な小娘が己を奮い立たせている所に水を掛けるほど無粋じゃない、という事さ」

 薄笑いを浮かべながら紡ぐエヴァンジェリンの言葉に茶々丸は頷くと、己の中で要約した感想を述べる。

「要するにマスターはあの方を気に入られたのですね?」
「んなっ、何を聞いていた茶々丸!私はあんな小物の小娘どうとも思っておらんわ!」
「え?私もそういう風に聞こえちゃったけど。
 なんと言うか、無理してるのが丸見えなのが可愛い……的な?」
「私もそう解釈しました」
「ちッ違う!そんな事は言った覚えは無い!」
「どうかしたんですか?」
「煩い!さっさとここから離れるぞ!」

 ネギを怒鳴りつけるエヴァンジェリンの顔は耳まで真っ赤に染まっていた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ネギやエヴェンジェリン達が去った麻帆良大橋に立つのは千雨一人しかいない。
 立っている場所は橋のほぼ真ん中、エヴァンジェリンが手配してくれたのか、本来であれば車が行き来しているだろうこの橋の上には千雨一人きりだった。

【マスター、格好良かったですよ】
「うるせえ」
【マスターのデバイスになれて良かったです】
「死亡フラグ立ててんじゃねー、反応あったのは3つ、あと1つ残ってるんだからな。
 しかも、お前が壊れたらジュエルシードの封印できねーだろうが」
【はっはっは、何を言うんですか私はまだ壊れるつもりはありませんよ。
 マスターが一人前の魔導師になるまで死んでもついていきますとも】
「こえーなあ、まぁ生まれたばっかりのアリアを死なせるワケにもいかねーしな、死んでも喰らいついて仕留めてやるさ」
【マスター、死亡フラグ立てちゃ駄目ですよ】
「ふん、私だって死ぬつもりはサラサラねーよ。ファンの連中に新作見せるって約束してたからな」
【でしたね】

 千雨はアロンダイトと何気ない会話を交わしていた。
 傍から見ると随分と余裕があるように見える、しかし観察眼がある者なら気付くだろう。
 スカートのプリーツが小刻みに震えている事を。
 アロンダイトの石突が大橋のアスファルトを小刻みに叩いていることを。
 そして、声に微かな震えが、畏れが潜んでいる事を。

【すいませんマスター】
「いきなり何だよ、気色悪いな」
【いえ、もしかしたらマスター以外にもマスターになれる人がいたかもしれないと思って】
「ふん、今更だな、らしくないんじゃないか?」
【そうですか?でもマスターをマスターにしちゃって悪い事したかなーと思ったりもするんですよ?少しだけ】
「少しだけかよ……お前はやっぱ碌でもねーデバイスだよ」
【えへへ、すいません。
 でもあれですね、エヴァンジェリンってやっぱり可愛いですよ】
「え?マジか?ありゃあ悪党だろ。
 私みたいなか弱い一般人捕まえて苛めるわ脅すわ、とんでもねーよ」
【うーん、結構気を使ってくれてるみたいですけどね】
「どこがだよ」
【いろいろですよ、気付いてました?マスターに責任は無いって言ってくれたんですよ?】
「は?ありゃあ追い詰めてただけだろ」
【マスターは駄目駄目ですねぇ】
「うわ、すっげえ馬鹿にされた気分だ…………そろそろ来そうだな」
【ええ】
「あーくそ、死にたくねー、逃げてー」
【逃げますか?】
「ンなワケいくか。
 一応、麻帆良は気に入ってるんだ、壊されるわけにはいかねーんだよ」
【おや、麻帆良は嫌いだったんじゃありませんか?】
「勘違いすんな、私が嫌いなのは魔法使いどもだ。
 この街は好きなんだよ」
【じゃあ守らないといけませんね】
「あったりまえだ!
 やるぞ!アロンダイト!」
【Yes My Master!】




―――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
 というわけで今回の暴走体はとんでもない事になりましたw
 女子寮の叫びと大橋における千雨の啖呵は結構好きな場面になりました。
 後、エヴェンジェリンが弄られるシーンとか。

 それから何故千雨が部屋の窓から出なかったかというと、外を魔法使いが巡回しているかもしれないと警戒したからです。
 (もしくは何かの拍子に窓から出るところを見られるかもしれない)
 あと、刹那がいきなり切りかかるのを修正、刀を構えて声を上げるだけに留めました。まぁ、素人さんにとってはこれでもドキドキものですけどねw


震えていた理由
 アロンダイトから暴走体三体同時暴走という事を聞いたから+本能で暴走体の力を感じ取って怯えていた、というのが理由。
 本文内に書くとテンポが良くないと感じて削除しました。
 言い訳だな……要精進ということですね。


ジュエルシード暴走体について
 やはりエヴァ編におけるクライマックスというと大橋は外せないだろうと思って舞台は麻帆良湖に。
 となると、リリカルなのは終盤のあの戦いも組み込みたいと、複数同時暴走を組み込む事になりました。
 で、暴走体の正体ですがリリカルなのは終盤でフェイト一人で暴走させた際の状況がアレでしたので、アレに匹敵する位のモノはないかと、ジュエル
シードの設定や当時の状況を考えたら千雨vs麻帆良+侵入者という状況に、どんなイジメだw




[18509] 第07話「決戦!麻帆良大橋……どうしてこうなった」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/08/21 01:42
 麻帆良学園都市でどれ程の人々がその光景を目撃しただろう。
 麻帆良湖の水面が一際輝いたと思った瞬間、水面と天空を繋ぐ水の階が出来上がっていた。
 水の階は、麻帆良湖の水を天空に引き摺り上げ、瞬く間に麻帆良湖の水位を落としていく。
 2m程湖の水位が落ちた頃だろうか、唐突に水の階は天空に吸い上げられる。同時に水位の低下も止まった。

 しかし、怪異はそれで終わりはしなかった。
 天空に吸い上げられた夥しい量の水は何処にも行くことは無く、一箇所に固まっていた。
 その姿はさながら1個の巨大な卵だ、直径は100m位だろうか。
 無論それと同様の容器に吸い上げられた水が収まる訳がない、圧縮されているのだ。麻帆良湖全体の水位を2m下げるだけの水が直径100mの球体に。
 それを成した力こそネギの、エヴァンジェリンの、そして麻帆良外縁部で戦っていた者達の魔力だった。
 そう、この球体と戦うという事は英雄の子と、闇の福音と、数えるのも馬鹿らしくなるほどの魔法使い達と戦うという事に他ならない。
 その球体は凍っていた、その球体は雷を帯びていた。その凍気こそ闇の福音、その雷こそ英雄の子、その魔力の証だった。

 立ち向かうのはただ一人と一機だけ。
 一月前までただの一般人だった少女と、お蔵入りしていたインテリジェントデバイス。
 捻くれ者とお調子者。
 この世界でただ一人の魔導師とその相棒。
 震える足と拳を押さえつけ、ガタガタ鳴りそうになる歯を食いしばり、泣きそうになる目を凝らして立ち向かう。
 魂を奮わせて、ただ一機の相棒と一緒に立ち向かうのは。
 たった一人の、この世界に生きるただ一人の少女だった。


 冴え冴えと降りしきる月光を浴び、大好きな街の灯りを背に受けて。
 長谷川千雨とアロンダイトは麻帆良の魔法使い達に立ち向かう。



第07話「決戦!麻帆良大橋……どうしてこうなった」



 時間は遡る。
 近衛近右衛門は学園長室で空に浮かぶ巨大な怪異が出現した時、ただ呆然と見ていた。
 しかし、学園長室でいち早く現実に立ち返ったのも彼だった。
 最初に考えたのは隠蔽に関する処理だ。
 実際問題、あんなモノは一般人には到底見せられるものではない、≪認識阻害≫のキャパシティを完全に凌駕している。
 ならば一刻も早い原因の破壊が必要になる、そう決断して麻帆良に住んでいる全ての魔法使いに怪異への対応をさせるべく行動を起こそうとしたその時、
学園長室にある据え置きの電話が鳴り響いた。
 この非常時にと苛立ちを感じながら受話器を耳に当てると、相手はこの麻帆良において最強の人物、今晩の主役の一人、エヴァンジェリンだった。
 エヴァンジェリンは、電話が通じるやいなや近右衛門に警告する。

[じじい、あの怪異に手を出させるな]
「どういう事じゃ?」
[あのバケモノは私達の魔力を糧にする、私達が使う魔法はヤツの力になりこそすれ脅威になる事は無い]
「何じゃと!そ、それではあの水の球を創っておるのは……」
[その通り、私やぼーやそして今夜、麻帆良外縁部で戦闘をしていた連中の魔力さ]
「…………どうすればいい。魔法が通じない、いや糧にすらする怪物にワシ等は何ができる」
[フン、耄碌したのか?
 麻帆良大橋に舞台を作ってやれ、貴様ならそれができるはずだ。
 それから安心しろ、主役の小娘はとっくに舞台に上がっている。
 私はこれから用事があるのでな、ぼーやと神楽坂明日菜はそちらに向かわせる。
 小娘とバケモノの闘いをぼーやに見せてやれ、良い勉強になるだろうさ]

 そこまで告げると、エヴァンジェリンは近右衛門の返事も待たずに電話を切った。
 近右衛門は暫く呆然としていたが、すぐさま我に返ると麻帆良大橋の両端に交通規制を敷き、関係各所に連絡を取る。
 その上で、学園都市の防衛を担っている魔法使い達に怪異に対する攻撃の厳禁を命じた後、≪眠りの雲≫を使用できる使い手にはそれを使用した火消し
――記憶操作――に回ってもらう。
 学園都市首脳部は俄かに慌しさに包まれた。



 近右衛門との話を終わらせたエヴァンジェリンは、公衆電話に受話器を戻すと茶々丸の腕から飛び降りた。
 目の前には先刻まで闘っていた少年と少女+αがいる、緊張している様子の彼等を見たエヴァンジェリンが口を開く。

「というワケだ。ぼーやそれに神楽坂明日菜、貴様等はこれから学園長室に直行しろ。
 分かっているだろうが、戦闘に参加する事は当然ながら止めておけ。
 まぁ、どうしてもあの小娘の足を引っ張りたい、というのなら止めはせんがな」
「それは分かったけど、アンタ達はどうするのよ」

 明日菜の言葉にエヴァンジェリンはニヤリと口元だけで笑うと、どこまでも傲慢に答えを返す。

「私達は野暮用がある、ここからは別行動だ。
 あの小娘には誰に対して大口を叩いたか分からせてやらんとな、行くぞ茶々丸」
「ハイ、マスター。
 それではネギ先生、アスナさんお気をつけて」

 そうしてエヴァンジェリン主従は共に夜の中へ消えていった。
 残されたネギと明日菜も頷き合うと、学園長室への道をひた走る。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 麻帆良大橋では闘いが始まっていた。いや、それは闘いとは言えないのかもしれない。
 暴走体は千雨が持つアロンダイトに封印されている5つのジュエルシードを取り込もうと、水でできた腕を伸ばしているだけなのだ。
 そうだ、それは闘いとは言えない、それは捕食者と獲物の関係だった。
 だが、その獲物には牙と爪があった、魔法という名の牙と爪を振り翳して捕食者の腕を傷付ける。
 その獲物には翼があった、知恵という名の翼をもって捕食者の攻撃をギリギリで回避し、捕食者に魔法の楔を打ち込む。

 しかし、捕食者は何の痛痒も感じない。
 当然だ、何故ならその身を作っているのはただの水に過ぎないのだから。しかも眼下の麻帆良湖全域の水位を2m下げる程にまで取り込んだその身の
強度は鋼鉄にも勝るだろう。
 そして、その身に蓄えた魔力は膨大だった、麻帆良全域で戦っていた魔法使い達の……況や闇の福音と英雄の子の魔力まで取り込んでいるのだ。
 獲物との戦力差は歴然としていた。
 当然だ、だからこそ捕食者と獲物という関係なのだ。

 だが、獲物には捕食者にないものがあった。
 それは意地だ。
 それは意志だ。
 そして麻帆良を守ると、日常を守るという自分と相棒の誓約だった。
 獲物は……千雨は誓約を基に権利を行使した、眼前の敵を倒すと、何よりも大事な日常を取り戻すと。
 だから闘う。自分は獲物ではない、自分こそこの世界で唯一人、眼前の怪物を打倒出来る存在だと、長谷川千雨こそ怪物の天敵だと名乗りを上げる為に!

 足が震える、アロンダイトを握る手に汗が滲む、怖くて目に涙が滲む、心が恐怖に竦む。
 千雨は自分を叱咤する。
 足が上手く動かないなら翼を使え!魔法で翔けろ!
 アロンダイトを持つ手が滑りそうなら両手で構えろ!
 目に涙が滲む?そんなの子供の頃から我慢してきた事だ!その悔しさを敵にぶつけてやれ!
 心が竦む?今更だ、そんなのあの金髪に啖呵切った時から承知してた事。女子寮で感じた怖気に比べたらこんなデカブツ何てことあるものか!
 日常を失くす恐怖に比べたら何て事はない!

 千雨は恐怖を意地で叩き潰し、それを意志に変え、魔法をバケモノに叩き込み続けた。




 闘いが始まって一体どれ程の時が過ぎただろう、千雨は肩で息をし、髪は乱れて肌に張り付いていた。
 その身を包んでいたバリアジャケットもボロボロだった、辛うじて<リアクターパージ>を使っていないというレベルだ。

「さーてどの位叩き込んだ?」
【<ショット>は計258、<カノン>は計12、<フィン>に依る斬撃はカウントしていません】
「結構いったな、けどまぁ色々反則だよなぁ」
【そうでもありませんよ、対象の質量は最初期よりも28%程低下しています、善戦している方かと思いますが】
「まーな、回復行動が分かったのは結構大きかったよ。
 けど<ロック>が効かないのはまいった。溜めが作れればある程度は目があるんだけど……」
【水ですもんね】
「水だなぁ……、けどまぁ愚痴っててもしょうがねー、もう少し削ればっ…!」

 千雨とアロンダイトは暴走体の周囲を回避しながら攻撃を加えてきたが、段々と暴走体の攻撃は的確になっていた。
 それに対して、千雨は体力の低下に従って判断ミスが見られる様になってきている。

 千雨は焦っていた。火力不足と体力の低下を危惧しているのだ。
 今はまだ何とか均衡が保たれている、しかしこれはかなり不味い状況だという事は千雨もアロンダイトも理解していた。
 暴走体には基本的に体力という制限がない、しかし此方にはその制限が存在している、しかもそろそろ限界が近い制限だ。

「しかしまぁ、そろそろ博打を打つしかないか……」
【博打?マスターどうする気です?】
「どうすると言われてもな、このままだとジリ貧だろ。だから博打さ」
【賛成できかねます】
「で?どうするよ、このままなぶり殺しにされるか?私は嫌だぞ。
 このクソったれな水の塊を叩き落して封印してやらなきゃ気が済まねー」
【とりあえず聞きますけど、何するつもりです?】
「実は昨日出来たばっかりの術式なんだけどな、デバッグとか終わってないんだよ。
 とりあえず送るぞ…………どうだ?」
【は?正気ですかマスター!】

 千雨の得意そうな言葉とは裏腹に、アロンダイトが零した言葉は千雨の正気を危惧するものだった。

「けど決まれば、ほぼ一撃で落とせるはずだ」
【いや、確かにそれはそうですけど!アレを使う事になるんですよ?危険すぎます!
 制御に失敗したらどうするんですか!】
「どっちにしろやらねーと、どうしようもねーだろうが!
 それとも何か!お前は私が信じられねーのか!
 言っとくけど私はお前だからこんな事を頼んでるんだぞ!」

【!】

「お前じゃねーと出来ねーんだよ、協力してくれ……相棒」
【…………はぁ、しょうがありませんねぇ。
 分かりました、こんな事は今回だけですよ?
 けど、この術式だとかなりの溜めとしっかりした足場が必要になります、それはどうするんですか】
「ヤツの回復行動中を狙う、私等が離れたら追ってくるか回復するかの2択だから楽なもんだよ」
【博打過ぎます】

 そう千雨がアロンダイトに窘められていると、麻帆良中央公園からとてつもない速さで飛来してきた物体が<プロテクション>に弾かれた。
 何事かと飛んできた物体を見ると、一台の携帯電話と緩衝材らしき残骸が麻帆良湖へ落下していく所だった。

【何事ですか!】
「分からねー、けど。とりあえず誰か話をしたがってるみたいだからな、気分転換といこうぜ」

 そう言うと、千雨は携帯に向けて加速し、掴み取る。
 携帯のディスプレイを見ると、表示されているのは見覚えがない番号だった。
 訝しく思いながら水面スレスレでターンしつつ通話ボタンを押して耳に当てると、通話先は何やら工事でもしているのかとんでもない騒音が響いていた。
 もっとも、こちら側でも巨大な水の腕が千雨を追って来ているのだが。

[オオ、ようやく繋がったヨ!ヤアヤア初めまして私、超包子のオーナー超鈴音いうネ]
「超?てめえいきなり何のつもりだ!」
[オヤ?私の事、知てるカ?]
(しまった!)
『マスター迂闊過ぎです』
[まぁ今はとりあえず置いとくヨ、それよりも時間稼いであげようカ?]
「なんの事だ」
[いやー、この闘い最初から見せてもらてたけど、そろそろ大きいの使いたくないカと思てネ]
「で?てめえの目的は何だ」
[別に大した事でないネ、現時点でアナタが使える最大最強の魔法見せて欲しいだけヨ]
「それだけか?」
[“今”の所はこれだけネ。で、どれ位稼いで欲しイ?]
「……一分」
[毎度アリ、超包子は客の期待を裏切らないヨ]

 超のおどけたような台詞と共に通話は終了した。
 千雨は用済みになった携帯を捨てようかと思ったが、気を取り直して懐に入れる。
 そして千雨はそのまま降下を続けて、大橋の中央に降り立った。

 それから程なく麻帆良中央公園から空を引き裂いて何かが飛んでくると暴走体に叩き込まれる、音はその後から付いてきた。
 おそらくこれが超の援護というヤツなのだろう。
 超の攻撃は暴走体の下部を一部削り取って麻帆良湖にその身をぶちまけた。

【マスター、良いんですか?】
「何が」
【超鈴音との取り引きの件です】
「力貸してくれるって言っているんだ、有難く借りておくさ。
 それよりもぶっつけ本番だけど行けるな?」
【誰に聞いているんですか。
 マスターが組んだ魔法をワタシがサポートするんですよ?
 失敗する要因なんて何一つありません】
「よし、やるぞ!」
【了解!】



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 時間は再び遡る。
 場所は麻帆良中央公園。常日頃、路面電車屋台・超包子が営業している場所に程近い場所。
 そこに見慣れない大型トレーラーが2台鎮座していた。トレーラーの傍らには簡易型のシェルターが設置されており、中にある机の上には、様々な
コンピュータや観測・記録機器が並べられている。
 トレーラーの片方は電源車なのだろう、唸るような音が断続的に続いていた。
 そんな中で忙しく動き回っているのは、超鈴音と葉加瀬聡美というたった二人の少女だけだった。

「凄いですね。魔法という事もあるんでしょうが、慣性の法則とか航空力学とか完全に無視した機動ですよ」
「最小旋回角も30度切ってるヨ。
 しかも殆どタイムロス無しの加減速、イヤー物理学学ぶのが馬鹿らしくなてくるネ」

 千雨の動きに感歎の声を上げている彼女達に、別の少女が声をかけてくる。

「超鈴音、葉加瀬聡美」
「オ、エヴァンジェリン。やっと来たか、待ちくたびれたヨ」
「フン、何やら楽しそうにしていただろうに。
 そこまでのものだったか?」
「未だデータ収集の段階ネ、しかし見るだけでもこの魔法使いが異端だと確信できるヨ」
「まあいい、話はデータが纏まってから聞こう。
 それよりも聞いていたモノは持って来たか?」
「バッチリね。
 アッチのトレーラーに積み込んであるヨ。
 試作段階だから、どれ位耐えられるか分からないけど時間稼ぎ位なら何とかできるヨ」
「しかし、よくもまぁおあつらえ向きのモノがあったものだな、ええ?超鈴音」

 訝しげなエヴァンジェリンの言葉に超と葉加瀬はニヤリと不気味な笑みを浮かべると、同時に口を開いた。

「何、こんな事もあろうカと前々から用意してたヨ!」
「こんな事もあろうかと前々から準備していたんですよ!」

 そう言って笑い合う二人のマッドサイエンティストの異様な興奮具合に、エヴァンジェリンは若干引く。

「そ、そうか。無駄にならなくてなによりだな」
「フフフフ。イヤイヤ、エヴァンジェリンには感謝してるヨ。
 科学者たる者、一度は言いたい台詞No1だからネ」
「全くです、そのついでに茶々丸の新装備の実験データまで取れるんですから言う事なしですよ!」
「ハカセ、準備の方は任せるヨ。
 それとエヴァンジェリン、茶々丸に一つやって欲しい事があるけどよろしいカ?」
「必要な事なのだろう?構わん茶々丸手伝ってやれ」
「分かりました。
 超、何をすればいいんですか?」
「こいつをあの魔法使いに投げ付けて欲しいヨ」

 そう言って超は、茶々丸の掌にジュースの缶位のカプセルを乗せる。

「これは……携帯電話ですか?」
「援護するにしろ連絡は必要だロ?
 とりあえず展開している対物理障壁の実験も兼ねるから、思いっきり投げ付けてくれると助かるネ」
「え……あの、超、良いのですか?」
「大丈夫ヨ、何度かあの魔獣の攻撃を防いでいた事は確認済みネ」
「しかし……」
「構わん、やれ茶々丸。
 私もヤツの対物理障壁というものが見たい」
「分かりました」

 主の許可を受けた茶々丸は麻帆良大橋と魔獣と闘う魔法使いをその視界に捉える。
 カプセルを右手に持つと、大きく振りかぶり、理想的な遠投フォームで魔法使いに投げ付けた。
 茶々丸の手から放たれたカプセルは、人の手で成されるそれを大きく越える速さで魔法使いに到達する、そして誰もが魔法使いに直撃するかと思われた
瞬間、魔法使いとカプセルの間に突如出現した魔力障壁らしい魔法陣に阻まれる。
 魔法陣にぶつかったカプセルは、その衝撃を余さず吸収して分解した。
 超はその光景をモニターで余さず確認しながら、携帯電話を取り出すとパネルを見もせずに投げ付けた携帯の電話番号をコールしていた。



 魔法使いとの通話を終えた超は葉加瀬を手伝うべく準備を始める。
 そして、超と葉加瀬の操作で電源車ではない方の大型トレーラーの荷台が展開していく。
 そこに鎮座しているものは異形の砲台だった。
 3つある砲門をそれぞれ構成する二本のレールは、あたかも魔獣を仕留めんとするバリスタの巨大な矢にも見える。
 しかし、それは矢ではない、それこそが魔獣へ打ち込まれる必殺の弾丸を打ち出す弓なのだ。
 この超科学で作られた弓こそ、超がエヴァンジェリンに以前から話していた茶々丸専用兵装の試作品。

 その名も、超包子謹製・二00二試式超包子超電磁連続投射砲(チャオパオジープロトガトリングレールガン)であった。

「今回は対象が巨大な液体である事を勘案して、光学兵装ではなく質量兵装にしたネ」
「麻帆良湖全域2m分の質量と魔力障壁を貫けるかどうかは分かりませんが、用意できる最大火力の質量兵装です」
「シミュレーター上で確認したスペックでは砲弾初速5150m/秒、投射速度6/分、着弾分布50mmネ。
 ただ今回は街中で使用する事を考慮して、砲弾速度をある程度落とす事にしたヨ」
「使用する弾頭は、120mmタングステン徹甲弾頭、戦車砲の物を流用してます、残念ながら障壁貫通効果処理は間に合いませんでした。
 一応、砲弾は12発用意してきましたが、砲身や機関部が持つかどうかが問題ですね」
「照準は茶々丸のセンサー等を流用する事にしたヨ。
 よし、準備完了ネ!茶々丸後は頼むヨ!」
「了解しました。
 超電磁連続投射砲チャージ開始します、危険ですので退避を勧告します」

 茶々丸の言葉と共に電源車と超電磁投射砲本体から凄まじい音が響き渡った。
 エヴァンジェリンや超、ハカセ達は観測機器を並べている簡易シェルターに入り、イヤーカバーを装着する。
 三人が装着したイヤーカバーに茶々丸の静かな声が響く。

「超電磁連続投射砲、第一射カウント開始します。
 4,3,2,1
 発射」

 刹那、振動がシェルターを襲ったかと思った次の瞬間。
 一連なりの轟音が辺りに響き渡った。
 打ち出された砲弾は音の速さを容易く凌駕し、空気の壁を貫き引き裂きながら、魔獣が回復の為に湖に伸ばした回復用エレベータと魔獣本体の接続部に
殺到した。
 砲弾は狙いを外す事無く、魔獣の下部に到達。その質量と速度によって生み出された破滅的な威力を余す所無く発揮する。
 打ち出された砲弾の4発中2発は、魔獣の障壁に砕かれ麻帆良湖に破片を撒き散らした。
 3発目は、魔獣の障壁を打ち砕き本体に接触するも、膨大な圧力に抗しきれず圧壊。
 そして第一射、最後の砲弾は……

「~~~っ!効果ハ?
 魔獣に効果はあったカ!」
「やりました!超さん!回復用エレベーター及び下部構造体約二割消滅!」
「好!茶々丸、機関部急速冷却!
 第一砲身廃棄、第二砲身準備!次弾四発発射するヨ!」

 超の指示を受けた茶々丸は、4発の砲弾を刹那の内に撃ち出した為に再使用が不可能なまでに歪んだ砲身を、接続部ごと爆発ボルトで吹き飛ばす。

「了解です、機関部冷却開始。第二砲身、次弾弾装セット」

 茶々丸の冷静なオペレーションに従ってレールシリンダーが回転し、次の砲身が機関部にセットされ、新しい弾装が装填される。

「第二砲身ロック完了、弾装内全弾チャンバー内に装填されました、電磁レールチャージ開始。
 マスター、投射対象に異変が……僅かな形状の変化が確認できます」

 茶々丸の機械仕掛けの目に魔獣の異変が写る。
 巨大な卵そのものだった魔獣は、その中心に巨体に比べるとずいぶんと小さな口……いや、穴を開けた。
 それに気が付いたのはエヴァンジェリンだった。
 興味深くモニターを眺めていた彼女の魔法使いとしての感性、そして吸血鬼の肉体が、あの虚ろな穴に自分と同じ、怖気を払う様な脅威を感じていた。
 エヴァンジェリンは超を押し退けると、通信用のマイクを引っ掴んで己が従者に命令を下した。

「茶々丸!今すぐあの穴に叩き込め!
 ヤツに撃たせるな!」
「ハイ、マスター。
 超電磁連続投射砲、第二射カウント省略、発射します」

 エヴァンジェリンの命の下、茶々丸がチャージ半ばで撃ち出した第二射の砲弾は両者の中間で弾け飛んだ。
 結果、エヴァンジェリンの指示は正しかったのだろう。
 第二射が数秒でも遅かったら、エヴァンジェリンや茶々丸はともかく、超と葉加瀬は重傷を負っていたに違いない。
 エヴァンジェリンはモニターを睨みつけながら歯軋りをして怨嗟の声を上げた。

「私の≪闇の吹雪≫と坊やの≪雷の暴風≫を融合し増幅させた呪文だと?
 ふざけおって、結界さえなければこの手で跡形もなく潰してくれたものを!
 茶々丸!第三射はどうした!」
「アイヤー、エヴァンジェリンさん、さっきの第二射がキツかったネ。
 連射機構が不具合起こしたヨ」
「あの辺は構造的にどうしても脆弱になりますからねー」
「な、何だと!
 では次に喰らったら一溜りもないではないか!」
「マアマア、エヴァンジェリンさん落ち着くヨ。
 ようやく主役の準備が整ったみたいだよ、ハカセ!」
「だいじょーぶです、さっきから全観測機器フル回転してます」

 超の言葉を聞いたエヴァンジェリンは麻帆良大橋を監視しているモニターに視線を向けた、そこには一人の少女が映し出されている。
 ボロボロの装束、乱れた髪の毛、傷ついていない場所など一つとしてない、疲れている様がありありと見て取れる程だ。
 それでも少女は立っていた。闇の福音に、この自分に啖呵を切ったあの時と同じ様に、震える身体でひたすらに懸命に。
 顔を覆う仮面で表情は分からなくとも、決意は伝わってくる……。

「……決めるつもりネ」
「ああ、これからヤツが使う魔法がヤツの切り札。
 最大最強の魔法だ!」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 学園長室では、ネギと明日菜、そして近右衛門が大型スクリーンで麻帆良大橋の決戦をまんじりともせずに見続けていた。
 ネギや明日菜は純粋に少女の勝利を願いひたすら、声も出さずに見つめていた。

 近右衛門は……近右衛門も確かに少女の勝利を願っていた、しかし彼はそれ以上にこの事態が無事終息する事を願っていた。
 この事態は自分のミスでもあった、彼女に関する情報……彼女がジュエルシードを集めているだけの存在である。という事を全ての魔法使いに周知して
いなかった為に、結果として桜咲刹那という忠義一徹な少女との諍いを起こしてしまい、少女の探索時間を削ってしまったのだ。
 あの諍いさえなかったら、ネギとエヴァンジェリンの戦闘が始まる前に少女はジュエルシードの探索を終わらせ、封印を行っていた可能性が高い。
 返す返すも痛恨のミスだった。
 スクリーンの中の少女は一人奮戦していた。エヴァンジェリンの言を信じるなら、今彼女が対峙しているのは麻帆良に住むほぼ全ての魔法使いと同義の存在だった。
 そんな絶望と言うのもおこがましい状況に少女を叩き落した原因の一つは間違いなく自分なのだ。
 近右衛門は己が無能に憤っていた。


 戦闘が始まってどれほど経っただろうか、少女の装束はボロボロになり、身体は傷だらけだった。
 画面を通しても少女の気力体力魔力が限界近い事は誰の目にも明白だった、ネギは背けたくなる目を必死に凝らして少女の闘いを見ていた。
 そんな時、隣で一緒に闘いを見ていた明日菜が立ち上がった。

「ネギ、行くわよ!」
「え?」
「助けに行くのよ、あの子を!」

 明日菜は目から涙を流していた、悲しみではない憤りだ、明日菜は憤りが昂じて涙を流していた。
 それは、自分が何も出来ない憤り、自分達だけ安全な所にいる憤り、そして、少女一人に立ち向かわせている憤りだ。
 そんな、色んな憤りが明日菜の心をグチャグチャにかき回して、彼女に涙を流させていた。
 だから彼女は怒った、ここでバカみたいに画面を見ている自分にも他にやれることがあるはずだと。
 魔法が使えなくても、少女の直接の力にならなくったって何かできるはずだと!

「こんな所でバカみたいにTV見てる場合じゃないのよ!」
「で、でも明日菜さん、あの魔獣に魔法は……」
「だったらアンタは諦めるの?魔法が使えなきゃしょうがないとか言って諦めるの?
 私は嫌よ、魔法が使えなくったってあの子の力になる何かがあるはずよ!」
「!」

 明日菜の言葉にネギはショックを受けた、彼女の言葉は言っている言葉こそ違っていたが、故郷の校長先生が言っていた言葉と同じものだったのだ。
 そうだ、魔法が使えなくても彼女の力になれるはずだ!
 そんなネギの脳裏に先刻エヴァンジェリンが言った言葉が蘇る。

「学園長先生、お願いがあります」

 そしてネギは魔法を使った、ほんのささいな……ほんとうの魔法を。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 超達の超電磁連続投射砲が潰れた時、麻帆良大橋に一人佇む千雨は、頭上に浮かぶ絶望を睨みつけていた。
 あの中にある3つのジュエルシード、あれを封印しないとこの麻帆良に朝は来ない。
 それは千雨にとって許容できる事ではなかった、千雨が好きな日常は当たり前の様に朝が来る日々なのだ。
 それをあんな水の塊に、千雨が大嫌いな魔法使い達の力の塊に奪われてたまるか!

 傷ついた身体の痛みを無視し、震え噛み合わない歯を無理矢理食いしばると、千雨はアロンダイトに命を下す。

「アロンダイト、バーストモードセット!」
【Yes My Master!
 Burst Mode setup!】

 千雨とアロンダイト、両者の承認が下った事で、アロンダイトに組み込まれていた最後の変形機構のロックが解除された。
 砲身を構成していた部分は4枚のパーツに別れて本体から離れていき、アロンダイト本体はその中心に移動する。
 シューティングモード時に機関部だった部分は、千雨の右腕を覆う巨大な籠手と化していく。
 4枚のパーツはそのまま新しいデバイスに構成される。
 1つは長大な柄に。
 1つは頑健な鍔に。
 1つは強固な刀身に。
 最後の1つは優美な飾り紐に。
 新しいアロンダイトは剣だった、千雨の身を遥かに超す刀身、固く強固な柄と鍔、流麗にたなびく飾り紐。
 この剣を持ってすれば斬れないものは何も無いだろうと思わせる剣だった。
 ただ、その剣には無いものがあった、敵を切り裂き打倒する刃、それだけがなかった。

【マスター、デバイス構築終了しました】
「よし……、やるぞアロンダイト……ブレード……」

 千雨は躊躇した、コレの制御をしくじれば自滅どころの話ではない、自分はおろか□□が無くなるのだ。
 考えまいとしていた最悪の事態が千雨の脳裏を支配する、頭の片隅に浮かんだ小さな不安は瞬く間に千雨を支配した。
 怖い、嫌だ、何で私が、どうして私が、どうして、何でこんな目に!
 涙が……溢れた、これまでどんなに痛くても我慢してきた涙が。

 魔法使い達が敷いた結界の影響で、友達から締め出されて一人ぼっちになった時にも泣かなかった。
 アリアの素体でもある猫の暴走体の突撃を受けて、身体がバラバラになりそうになっても立ち上がれた。
 桜咲に刀を突きつけられても、エヴァンジェリンに揶揄されても強がれた。
 だけどもう止められない、止める事は出来なかった。
 けれど、声だけは上げなかった。
 それはきっと最後の一葉だ、声を上げてしまったらもう闘えない、取り返しがつかなくなる。
 身体が萎えそうになる、逃げたい、死にたくない……。
 そんな千雨にアロンダイトが励ますように話しかけてきた。

【マスター、ワタシね、マスターのデバイスになれて良かったです。
 マスターは捻くれ者で、人嫌いで、臆病で、オタクですけどワタシにとっては最高のマスターです。
 だから大丈夫です、マスターならあんな水玉真っ二つですよ!
 それにマスターだけじゃありません、私だっています、誰が離れようと私だけはマスターの傍に居ます。
 だからマスター……】
『いい』
【え?】
『大丈夫だ、もう……ホントに』

 アロンダイトにはそれが彼女の強がりだと分かった、分かったからもう何も言えなくなった。
 そんな時、懐に入れていた携帯が着信を知らせた。
 それは無意識の行為だっただろう、何の気なしにしてしまった日常の反射行為に過ぎなかったはずだ。
 しかし、だけど、それ――日常――こそが千雨を助けたのだろう。
 ふと、携帯を開き耳に当てるとクラスメイトの声が聞こえてきた。

「後ろを見ると良いヨ」

 その声に誘われて背後を振り返る、深夜をとっくに過ぎた麻帆良の暗かった街並みは………………


 あたたかい、光に包まれていた。


 暗いはずの麻帆良の街は蝋燭の光に包まれていた、歓声が聞こえる、魔法使い達が自分を応援する声が聞こえる。
 言葉無く、その光を見続ける千雨の耳に超鈴音の声が届く。

「今まで一人で戦わせてしまって済まなかたネ。
 けど、少なくとも、もう一人ではないヨ。
 私がいる、ハカセがいる、茶々丸も、ネギ坊主も明日菜さんだている。
 まぁ捻くれてるけどエヴァンジェリンだていい人ヨ。
 いつだて頼ってくれれば助けるヨ、アナタが正体を明かしたくないなら別に詮索しようとも思わない。
 ただアナタの後ろには私たちがいる、私たちがアナタを応援してる、それだけは覚えていて欲しいヨ。
 それだけ……」
「あり…が…と……」
「え?」
「もう、大丈夫だから……もう、一人でも大丈夫だから」
「ちょ、ちょと待って、その声ははs……」

 千雨の目から涙が溢れていた、さっきまでの悲痛なものではなく、受け入れられた、受け入れることが出来る、そんな事を感じて流れる涙だった。
 仮面は、千雨の顔を覆っていた仮面はいつの間にかなくなっていた。
 すっ、と一つ深呼吸をする、涙はまだ流れていたけれど笑みが自然に零れた、相棒を強く、強く握りなおす。
 大好きな麻帆良の街に背を向ける。
 敵を……いや、ただの力の塊を前に心は安堵していた。
 帰る場所がある。
 帰っていい場所がある。
 友達ができた。
 頼ってくれと言ってくれる友達ができた。
 ならば何を恐れる。
 何を懼れる必要がある。
 友達は言った「最大最強の魔法が見たい」と。
 ならば見せてやろうじゃないか!長谷川千雨とアロンダイトの最強の魔法を!

「悪かったなアロンダイト」
【いえ、気にしてません。
 機械では人に勝てないって分かってましたからね】
「すねるなよ」
【すねてません】
「すねてるじゃないか」
【すねてないって言っているでしょう】
「まぁいいや、大丈夫か?」
【誰に言っているんですか、ワタシはマスターのデバイスですよ?】
「そりゃそうだ。
 じゃあ行くぞ。アロンダイト、ブレード・セット」
【了解、ジュエルシードNo.ⅩⅣ,ⅩⅤ,ⅩⅨブレードセット】
「ブーストチャンバー・セット」
【ジュエルシードNo.Ⅴブーストチャンバーセット】
「イグニッショントリガー・セット」
【ジュエルシードNo.Ⅱイグニッショントリガー・セット。
 全ジュエルシード状態安定。
 バーストモードアロンダイト・ジュエルブレード固定完了です】


 失われていたアロンダイトの刃が煌く、どこまでも青く透き通るその刃は、最高級のサファイアでも届かない至高の輝きをその身に宿していた。
 その青は蒼穹。
 その青は海原。
 その青こそ夜明けの光だった。


「やるぞアロンダイト!こいつで仕留める!」
【了解です!マスター!】
「イグニッショントリガー、直射型砲撃魔法<デイブレイクバスター>セット!」
【イグニッションスペル<デイブレイクバスター>セット】
「ブーストチャンバー、MAX!」
【スペルブーストマキシマム。
 ジュエルブレードオプション、障壁貫通・広域化・範囲設定を選択。
 暴走体内、ジュエルシードNo.Ⅵ・ⅩⅠ・ⅩⅡロック完了、いつでもいけます】
「っ撃てーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」



 その時、真夜中の麻帆良大橋に夜明けと見紛う程の光が生まれた。
 熱は無く、音も無く、唐突に生まれた光は生まれた時と同じ様に静かに消え去った。
 そして、麻帆良大橋に浮かんでいた巨大な水の卵は粒子一つ残さずに消えていた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 所変わってここは麻帆良大学の工学部、超と葉加瀬の研究室。
 超と葉加瀬は今夜手に入れた魔法使い=千雨のデータに狂喜乱舞していた。
 ざっと上げるだけでも飛行魔法、通常魔法、大型魔法、そして最後の魔法とワケがわからないものだらけなのだ。
 ついでに、三種類のありえない変形を遂げる謎のマジックアイテムだかアーティファクトの杖もある。
 要するに手が足りないという状況だった。

「いやーこの間から同じ事ばっかりですけど、凄いですね超さん!
 何から手をつけて良いものやらさっぱりですよー」

 あはははーと笑う葉加瀬。

「イヤー確かにその通りネ。
 参っタ参っタ」

 ハッハッハッと笑う超。
 そんな二人にエヴァンジェリンが声を上げる。

「おい、貴様等さっさとデータを纏めんか!」

 苛つきながらそう言うエヴァンジェリンに超は諭すように話しかける。

「とは言ってもナ、実際どこから手を付けるべきか……明日、本人に来てもらうカ?」
「ああ、そういえばあれには驚きましたねー」
「あの長谷川千雨が魔法使いだったとはな……何時から魔法を使えるようになっていたかは分からんが、先刻まで隠しおおせるとは……フン、ぼーやに爪
の垢でも飲ませたい位だよ」
「ネギ先生の隠蔽能力の低さは凄いですからね」
「しょうがないヨ、まだまだ子供だからネ。
 それはともかく、エヴァンジェリンさんレポートは早くても二~三日は必要ネ。
 後、長谷川サンの件は私に一任してくれると助かるネ」
「ん?どういう事だ、締め上げて吐かせれば良いだけだろうに」
「エヴァンジェリンさん、どういう経緯があるのか分からないガ彼女は魔法使いにいい感情もてないヨ。
 それなのに無理矢理吐かせたらもう修復不可能ネ。
 下手すると学園長の二の舞いヨ?
 レポートと同時に長谷川サンの調査も進めておくから、今日は帰って休んだ方がよろしヨ。
 先生にサボらないって約束したんだロ?」
「んなっ!何故…………茶~々~ま~る~」

 怒り狂うエヴァンジェリンの声と戸惑う茶々丸の声、研究室特有の音や匂いを感じながら、超鈴音は新しく出来た友人に今朝はどういう風に声をかけようか、
と普通の女子中学生の様な事柄で頭を悩ませていた。



 全てが終わった時、千雨は麻帆良大橋に仰向けに倒れていた。
 そんな千雨の所に、まるで粉雪のように三つのジュエルシードが降りて来る。
 千雨は面倒臭そうにデバイスモードに戻ったアロンダイトを向けて封印を行った。

「これで残り一つだな……」
【はい……】
「あー死ぬかと思った……」
【壊れるかと思いました……】
「けどまぁ、ジュエルブレードもモノになりそうじゃないか?」
【ええ、完璧に作動するなんて思いもしませんでしたけどね。
 けど、本当に無茶なシステムですねー。
 イグニッショントリガーに設定した魔法をブーストチャンバーで増幅させて、ブレードで拡散・収束・斬撃・放出とか様々な効果を持たせるっていうんですから。
 多分マスターみたいに演算能力や魔法の制御に関する能力がズバ抜けていないと自滅しちゃいますよ】
「かもなぁ……っと、そろそろ帰るか」
【そうですねー、マスター明日は学校どうします?】
「行くに決まってんだろ、私は目立つのは嫌なんだ」
【そうですか、ごく一部の業界では有名人になっちゃいましたけど、しょうがありませんよね】
「何だと?」
【あれ?マスター気が付いていないんですか?
 ほら、さっきマスターが泣いてた時に麻帆良の都市部で応援してくれてたじゃないですか、魔法使いの皆さんが】
「…………え”?」
【ついでにあの時、マスターが情緒不安定になっていたのでフェイスガードが取れちゃってましたけど】

 呆然と立ち尽くす千雨の手からアロンダイトが零れ落ちたが、千雨がそれに気付く事はしばらくなかった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――

長~いあとがき
 一応これで吸血鬼編というか麻帆良大橋決戦編は終了。
 書き溜めた分を一気に放出した為、修学旅行編はいつになるか不明……というか皆さんの感想で不評だったら此処で切ろうかと……へタレですいませんw

 一応、リリカルなのはでもジュエルシードでパワーアップという話はあったらしいですね、こんなちゃちいモノでは無いと思いますが。
 それから新型魔法<デイブレイクバスター>はどんな事が起きているのか詳細は決めてません、ただ≪断罪の剣≫の様に相転移はさせていないと思います。


書き直しについて
 感想を読んでいると色々矛盾点がある事に気が付きました、gkbrものですw
 特に07話終盤で正体がバレたのにエヴァンジェリンと葉加瀬が知らなかったのは汗顔ものの大失敗……後は読み直して気になった所をチョコチョコ
変更してます。
 流石に丸々書き直しは無かったから良かったけど、ここまで書き直すことになるとは思わなかった。

 感想にあった結界を何故張っていないかという問いに対する答えですが、これは単純に暴走体が強力過ぎたからです。もしくは他のリソースを優先した
というのもあります。(要するに普段、結界に使っていたリソースを防御や飛行制御に回したわけです)


ジュエルシード暴走体について2
 (前話の続き)でまぁ、苛めるならとことんやったるわいと考えて、作り出したのが麻帆良湖全域2m分の水を圧縮した直径100mの水の球。最初は
竜(西洋のドラゴン)を形作らせようかとも考えたけど、陳腐になりそうだし意味が無いので没。
 不気味さを求めて第五使徒さまっぽい感じに。
 後は、麻帆良湖がある限り水は補充できるので、回復等の描写はなかったけど暴走体の回復速度を上回る攻撃をしないと打倒できないというイヤらしい
相手になった。
 又、複数の暴走体である以上、放って置くと連鎖崩壊で世界自体がヤバイから、千雨は逃げるに逃げれない状況に陥ったワケです。


二00二試式超包子超電磁連続投射砲(チャオパオジープロトガトリングレールガン)について。
 色々と間違えている所はあると思いますが、突っ込まないでくれると嬉しいです。
 後、活躍シーンを追加したのは、投稿して読み直した際に「コレは“連続”とは言えないだろjk」とか落ち込んだからw
 けど、レールシリンダーが回って砲身交換というギミックは捨てたくなかった、ではどうするかと考えたのが今回の新システム。
「一度の射撃で連続砲撃して、砲身がオシャカになったら砲身を爆発ボルトで吹っ飛ばして、新しい砲身を取り付けてやればいいじゃない」というあまり
にもコスト度外視&バカっぽいシステムだったりしますw
 後、オリジナル設定ですが電連砲の体たらくを反省した超が、威力と動き易さを兼ね備えた支援システムとして構築したのが、かの二一三0式超包子
衛星支援(チャオパオジーサテライトサポート)システム「空とび猫(アル・イスカンダリア)」だったりするのがこのSSでの設定です。
 けど、こういった大仰なシステムの兵器は描写が楽しくなるね、いつかまたこういった武器は出してみたい。


ネギが使った「ほんのささいな……ほんとうの魔法」について
 エヴァンジェリンと近右衛門の会話中に出てきた、「麻帆良外縁部で戦闘をしていた連中の魔力」という情報を明日菜との会話後に思い出したネギが、
その情報で麻帆良にいる魔法使い達の存在を確信し、彼等に千雨の応援を嘆願した。
 というのが、「ほんのささいな……ほんとうの魔法」です。
 このSS内であまりいい扱いをしなかった(というかできなかった)ネギと明日菜に、何とか活躍シーンを作れないかと思って捻り出したエピソード。
 ネギに魔法以外の精神的な成長を促したかった、というのもあるのかもしれない。
 というか、このエピソード書いている時に思ったのは、明日菜はいいキャラだなあという……w
 実は、書いている内に明日菜が勝手に動いてくれたから、このエピソードがここまで良い物になったと言っても過言ではありません。
 一応、3-Aの魔法&裏仕事関係者は応援に参加していません。
 何故かというと、あのクラスの仕込みをネギに知られたくない為です、とは言っても後は龍宮と桜咲位なものですけどね。
 後、美空と葉加瀬と超もネギは知りません。


千雨のレアスキル
 ジュエルシードの制御及び感応能力。
 要するにコレがあるから千雨はバーストモード・ジュエルブレードが使用できるワケです。またこの能力は千雨のメンタルと密接な関係があるので気が
弱くなると途端に不安定になる=暴走しやすくなる、という諸刃の剣。
 今回は超やネギの頑張りで精神が安定したので現状最大能力が発揮できた。
 あとレアスキルが限定的だと言われる方がいましたが、千雨のスペック自体が優秀である事に加えて、ジュエルシード自体が強力&非常識な物質なので
あえて限定しました。


アロンダイトの最終形態について
 ジュエルシードを利用するのは最初から決まっていたが、どう利用するか、どんな能力にするのか、というのは決まっていなかった。
 とりあえず考えていたのは、ジュエルシードをコアとしたブラスタービットと、単純な威力増幅のどちらかというもの。
 しかし、よくよく考えるとビットはなのはさんでもかなり無理した状態での形態だし、テクノロジー的に無理がある、しかも学祭の超と被るというw
 威力増幅は単純に面白くないし、描写がつまらないというか……個人的に趣味ではなかったので没。
 最後に出てきたのが形状は剣だけど使用用途はあくまでも杖というバーストモード。本当に金に糸目をつけずに作ったんだなぁと思う能力ですねw
 けど、書いてて思ったのは本当に無茶なシステムという事です、上記の様なレアスキル持ちでないと精々、ブーストまでしか利用できないけど、それ
でも破格の能力です。
 後、カートリッジシステムは搭載しない事は決めていたので、それに代わる強力(過ぎる)システムとして考案したのですよ。
 というかこのシステムだと、カートリッジは本当に誤差でしかなくなるな。
 まぁ、最凶最悪の形態は考えていなくも無いんですけど……核バズーカならぬジュエルシードバズーカとか……世界がヤバイから出しませんけどねw

 バーストモード   ……アロンダイト最大最強の最終形態。外見は巨大な剣状の杖。
             位相空間に封印しているジュエルシードを刃や増幅機関として利用する形態。
             基本的に斬撃武器ではなく、あくまでも杖(砲身)として使用する形態。
             あのプレシアさんですら、暴走させる事でしか利用できなかったジュエルシードを、
            千雨は上記のレアスキルのお陰で最低3個からいける。
             詳細な能力は本文にある通り、実は他にもできる事があるかもしれない。
             修学旅行編が出たら出すかもしれないけど期待しないで下さいw
             あとどれ位デカイかというと、柄を含めた基本刀身だけで千雨と同じ程度。
             ブレードを構築した場合、構築に使用するジュエルシードの数で変わってくる。
             今回の様に3個だと刃部分が千雨の1.5倍位のサイズになる。

アロンダイトのネタについて。
 名前は皆さんご存知の“湖の騎士”ランスロットの物を使わせてもらっています。
 バルディッシュの試作品という事で斧系から何かないかなーとか探したんですが中々ピンと来るヤツが無い、でリリカルなのはをA’sまで見ていると
レヴァンティンとか出てきた……バルの試作品&お蔵入りしてたヤツだし別に斧に拘る事なくね?
 と思った途端、杖→VSBR or バスターランチャー→?という変形過程が思い浮かびました。
 で次に?を何にするか、槍はRHさんやストラーダに被る、ハンマーは伯爵様。そこでここはバルディッシュと同じ血が流れている事を暗示するという
事で剣になりました。
 じゃあ名前は剣の物、ジュエルシードを最終形態で利用するから青をイメージするヤツ……という事でアロンダイトにw



[18509] 閑話 「ネギま!とリリカルなのはの魔法」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/08/04 22:40
閑話 「ネギま!とリリカルなのはの魔法」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/05/16 01:06

 注意!この話は本編ストーリーとは関係ありません
    読むのは自己責任で、怒っちゃ駄目ですよ?
    色々と独自設定があるらしい。


    今ならまだ間に合います



    後悔するなよ!面白くないぞ!(言い訳)



「ますたー、今回はストーリーは進まないのか?」
「まあそうだな、今回は私が使うミッドチルダ式魔法……ミッド式と、ネギ先生やマクダウェルが使う精霊魔法について簡単に説明する回だ」
「簡単とは言ってもGSZが書いていますからグダグダになる事は目に見えていますけどね」
「じゃあ始めるぞ」



閑話 「ネギま!とリリカルなのはの魔法」



1.魔力の違い
「まず最初はこれだな、コイツの所為で私がいらん迷惑を被り、色々と妙な知り合いが出来る事になった」
「まあまあ、おかげでワタシやアリアがマスターの下に来れたワケですし」
「そうだな、話を進めるぞますたー」
「へいへい、じゃあまずは精霊魔法の魔力から説明するか。
 基本的に精霊魔法で言う所の魔力というのは、精神力だな。
 ただ、ここで終わらないのが精霊魔法の厄介な所で、精霊魔法はこれ以外に周辺魔力素を使用するんだ」
「しゅーへん魔力素?」
「カモは大気のエネルギーと言っていましたが、要するにネギ先生達が呪文で言う所の精霊というものです。
 術者の精神に感応するエネルギーとも言えます」
「だな、ネギ先生達は自分の魔力と、魔法という術理で操った周辺魔力素を魔法として行使するんだよ。
 その結果、魔法は確かに自分の魔力を使っているのに、実際の攻撃は自分の周囲にある周辺魔力素のエネルギーを使う事になるんだ」
「要するにネギ達の魔法は魔力素頼みという事か?」
「とりあえずはそれで間違いありません、この後に色々とありますがそれは後にしましょう」


「次は私が使うミッドチルダ式魔法の魔力だ」
「こちらはワタシが第1話で簡単に説明しましたが、ここではもう少し詳しくいきましょう」
「アリアは聞いていないからな、よろしく頼む」
「ミッド式で魔力というと、これは簡単なんだよ、要は大気中に漫然と満ちている魔力素という原素をリンカーコアによって吸収、エネルギーとして加工したものなんだ」
「リンカーコア?」
「マスターの中にある魔力器官の事です、ミッド式やベルカ式魔法には必須の魔力器官で魔法を使う者は須らく体内に所持しています」
「吸収した魔力はどうなるんだ?」
「ある程度は魔導師の体内に蓄積できますけど、限界以上は溜め込めません。
 又、魔法を発動する事である程度消費されますが、使っても全てが消滅するという訳ではなく、余剰分が周囲に霧散したり、魔導師やデバイスに残留する部分もあるんです。
 ちなみに、ワタシが第1話でマスターを探し出したり、マスターにプランターの影から感応して拾って貰ったのは、この残留魔力を使用して魔法を行使したからです」
「らしいな、それはそれとして。
 こうしてリンカーコアで加工した魔力だと暴走体は吸収が出来ないんだ、だから精霊魔法では対応できない暴走体でもミッド式は対応できる」
「そうなるとますたーが使うミッド式の方が精霊魔法よりも優れているのか?」
「そうならないのがこの世の世知辛い所だな」
「?」
「その辺は次の章に移りましょう」



2.魔法の違い
「まずは簡単なミッド式から行こう」
「簡単なのか?」
「説明がですよ、処理自体はミッド式の方が難しいと自負しております」
「まあ一長一短だな」
「?」
「ミッドチルダにおける魔法というのは、魔力を消費して発動される現象の総称を指すんです。
 基本的には高度にシステム化された“超科学”と言うのが正しいのかもしれません」
「魔法なのに科学なのか?」
「マスターの世界の偉い人が言っていた格言に、“高度に発達した科学は魔法と変わりない”というものがありますからね。
 昔の人が現代の道具を見たら、魔法としか思えないような道具があるでしょう?」
「うむ、すいどーや湯沸かし器とかだな」
「まあそんなところだ。
 ミッド式というのはミッドチルダで開発された魔法の体系で、効果範囲と汎用性に重点を置いている。
 魔法の構成は数式や物理学のそれに近い、然るべき工程を経る事が出来れば機械でも使用できる、これは前の章でもアロンダイトが言ってただろ。
 だから超と葉加瀬が企んでいる絡繰茶々丸魔法少女化計画は、あのボディに収まる魔力炉とミッド式魔法を処理できるプログラムさえ完成すれば可能だ。

 ミッド式の魔法は、遠~近距離攻撃、防御、補助など多種多様な魔法が揃っていて、操作性が高い。
 精霊魔法にはない、“非殺傷設定”という対象を傷付けない魔法の行使方法があるのも特徴だな。
 戦闘では射撃・砲撃など距離をとった攻撃が主体だ」
「また、精霊魔法には無い特徴として魔法陣がありますね」
「あの足の下に出る丸いのか?」
「そう、それだ。
 そいつのお陰で秘密裏な使用ができないのがミッド式のネックだな」
「一応、役目があるから一概に無駄とは言えないんですけどねw
 この魔法陣は魔力素を固定することで、魔法発動を助ける図式なんですよ。
 使用する魔法の属している体系によって浮かび上がる紋様が、そして使用者によってその紋様の色が異なります。
 マスターはミッドチルダ式なので、黒い二重の正方形を中心に配置した真円形です。
 それと、ある程度の物理的な影響力を持っているので、足場としても使用する事が出来ます、シールド系防御魔法を展開する際にも盾面にこの紋様が描かれますね、ちなみにこの特性のお陰で桜通りでは助かっています」
「あーあの時な、下手したら串刺しだ。
 洒落にならねーよ」
「一応、精霊魔法にも魔法陣が出るときはありますが、ほとんどが足場として空中に作るか、大規模儀式として魔法を発動させる為の補助として使っています。
 後は例外として、パートナー契約の際にも魔法陣が発生するようです」


「次は精霊魔法だな」
「精霊魔法はミッド式と違ってあまり数学的な要素はない」
「マスターは文系だと表現していましたね」
「正確には“周辺魔力素に対する感応召喚法”だと思っている」
「かんのーしょーかんほー?」
「要するに精霊魔法はロジカル(論理)じゃなくてパッション(感情)なんだよ。
 どれだけ論理立てて魔法を組み上げるか、よりもどれだけ周辺魔力素に感応するかが重要なんだ。
 そうでないとネギ先生の暴発魔法が説明できない」
「ぼーはつ?」
「ああ、アリアは知りませんでしたね。
 ネギ先生はクシャミや感情の爆発・混乱等で魔力の抑制が一時的にできなくなるんですよ。
 その際に突風を起こしたり、酷い時は≪武装解除≫が自動的に発動するんです」
「でまぁ、この感応というのが厄介でな、その場の気分で威力が増減するんだよ」
「……何だそれは」
「例を出すとだな、実はお前が起き出す前に、呪いが解けたマクダウェルとネギ先生が戦った事があるんだよ」
「……何だ、その子猫と飢えた虎の様なマッチメイクは」
「言いえて妙ですね」
「で、どっちが勝ったかというと……」
「エバンジェリンだろう、考えるまでも無い馬鹿馬鹿しい話だ」
「いや、これが呆れた事に勝ったのはネギ先生らしい」
「何だと?」
「本当らしいですよ」
「ここが感応による修正の結果なんだろう。
 遊び半分だったマクダウェルは周辺魔力素への感応値が低くかった、対するネギ先生は何が何でも勝つという感情と、クシャミによる暴発で感応値の著しい増大が起きた。
 結果、ネギ先生が勝利するという椿事が起きたのさ。
 私が精霊魔法の魔力が精神力と言った意味が分かるだろう?」
「納得はできないが理解はした」
「まあそんなモンだと考えておけ」
「次に行きますよ~」



3.特徴
「次は特徴、精霊魔法からいくか」
「ますたー、精霊魔法のとくちょーというとやはり≪武装解除≫か?」
「……ちげえよ、精霊魔法の特徴はだな、周辺魔力素の変換使用という事が上げられる」
「変換しよー?」
「はい、彼等は基本的に四大元素に光と闇を加えた六系統に魔力素を変換して使用する傾向が見られます」
「何故そんな事をする、変換時の魔力が無駄になるだろう」
「いや、その魔力自体は周辺魔力素を使っているからあまり自覚が無いんだよ。
 で、何故変換するのかと言うとだな。
 “その方がイメージし易いから”だ」
「イメージ?」
「感応し易いと言い換えてもいいでしょう、とにかく“こういう魔法!”と周辺魔力素にイメージを伝える事が肝要なんですよ」
「例えば≪魔法の射手≫を例に取れば、風や水なら縛ることが出来る、光なら純粋に破壊力を求めるという具合だな」
「しかしますたー、ネギやエバンジェリンは雷や氷といった六系統以外の変換をしていたぞ?」
「ああ、それは風と水の上位変換だ。
 雷は衝撃・感電効果、氷は貫通・氷結効果を狙っているんだろう」
「魔力素の変換に関しては精霊魔法の発祥経緯にも影響されているんでしょうね。
 基本的に精霊魔法の源流として知られているのは“ケルト文化”・“錬金術”・“アニミズム”が考えられています。
 これ等は自然界にある元素を精霊として捉えたり、意志があると捉える考え方です。
 風は伝達、火は破壊、水は癒し、土は豊饒という具合にそれぞれに様々な特徴を与えられました。
 そして精霊魔法の変換システムはそれに応じて発達していったんでしょう」

「後はそうだな、実際考えたくない事柄だが“意志持つ精霊”という物が挙げられるな」
「待てますたー、精霊とは周辺魔力素の事ではなかったのか?」
「残念ながら違うんだ、精霊魔法には直接的な魔法以外にも特殊な魔法がある。
 それらに時折出てくるのが“意志持つ精霊”もしくは“自動精霊”という存在だ」
「特徴的なのは、エヴァンジェリンが受けていた≪登校地獄≫に使用された呪いの精霊、≪仮契約≫に使用される契約の精霊ですね」
「こいつらは正しくファンタジーの存在だ。
 ミッド式ではどうやろうが再現不可能な現象を起こすからな、もう精霊魔法独自の物だとして納得するしかない。
 詳しくは9話を読むように、どれだけ無茶な事をやっているか分かるはずだ」


「マスターの精神的平穏の為にミッド式の特徴に行きましょう」
「うむ、ミッド式のとくちょーはアリアも分かる。
 デバイスとマルチタスクだな」
「そう、ミッド式の魔法は数学や物理学を基礎として発達した所為で、ファジーな使い方が出来ないという弱点があるけど、その代わりに精霊魔法とは一線を画す道具と思考体系ができた。
 それが……」
「ワタシ達各種デバイスです。
 ワタシ達には色々なタイプがありますが、ここはワタシを始めとするインテリジェントデバイスの説明をしましょう。
 インテリジェントデバイスはAIを搭載する事で意思を持った機種です、デバイスに判断力と行動力を持たせる事で単独での魔法発動を可能とし、精神面からも所有者を支えます。
 それから、所有者が使用する魔法の詠唱の代行もできます、これは殆どのデバイスが有する能力ですね。
 しかし所有者が未熟だと逆に振り回されてしまうため、上級魔導師向けでもあります。ある意味、人間の「相棒」を得る事と同様の利点と欠点を持っていますね。
 魔法の発動体としての能力に主眼が置かれているので構造自体は華奢と言っていいでしょう、けどネギ先生が使うような杖とは比べ物にならない強度を持っています」
「まほーは好きに使えるのか?」
「基本的にはマスターの了承が必要です、ただ緊急時にはオートで発動するようにデバイスに設定された魔法もあります。
 それらの使用魔力は、残留魔力やマスターの蓄積魔力を使わせていただいています」
「防御魔法は基本的にそうなっているな、後はスタンバイモードで可能な限り周辺に対する警戒をしてもらっている」
「このデバイスシステムは、周辺魔力素に対する感応召喚を行う精霊魔法には決して真似出来ないシステムだ」
「確かに、機械は魔力素に対してアプローチができないからな。
 だが一つ聞きたい、ちゃちゃまるはどうなるのだ?確か結界解除とか魔法を感知しているびょーしゃがあったと思う」
「ああ、あれは例外だ。
 絡繰は体内に初期の魔力蓄積装置に近いものを搭載しているらしいからな、その絡みでエヴァやら超辺りが何かやらかしたんだろう、少なくとも魔法を使う事はありえねーよ」
「結界にしろ≪魔法の射手≫にしろエヴァンジェリンの協力があれば検証は可能ですし。
 エネルギー変換された後ですからね、ある程度以上の技術があれば対応は可能ですよ」
「なるほど、解除・感知はできても発生はできないのか」
「一応、前にも書いている通り、ミッド式なら使用できる可能性はある。
 精霊魔法の場合は、感応能力や後述するイメージ伝達能力が影響してくるから一概には言えないけど、体内に蓄積される残留魔力や、人との関係が絡繰のAIに影響を与えたらどう転ぶか分からねー」

「では次はマルチタスクだな」
「こいつは読んで字の如く、同時並列思考又は多重同時思考というヤツだ。
 AをしながらBを考え、Cの領域でABとは全く関係ない話しを他人とする、これは魔導師には必須のスキルだ」
「何故だますたー」
「簡単だ、思考領域が増えればその分余裕が出来る。
 余裕が出来ればその分、様々な事―撃つ事、避ける事、状況を把握する事―に思考を割ける。
 特に射撃・砲撃戦を主体とする私の様にオーソドックスな魔導師は、誘導弾の誘導管制に最低一つ思考領域を占有されるからな、どうしても必須になるのさ。
 ただこのマルチタスクだが、どうも精霊魔法の使い手も無自覚だが使用している節がある」
「≪魔法の射手≫ですね?」
「そう、あれはある程度術者の意思を反映する節がある、無自覚領域で誘導操作している可能性があるんだ。
 実際問題、優れた兵士とかも持っている可能性はあるんだけどな。
 要するにミッドでは、そういう思考能力の修得や追加をシステマチックに構築しているんだ」



4.発動体
「次は発動体の話です」
「ここは簡単だからなミッド式からいこう」
「デバイスだろう?」
「違います、誤解されがちですが、デバイスというのはあくまでも所有者の補助が主目的です、魔導師はデバイスが無くても魔法を使用できます」
「ではミッド式、というかまどーしのはつどーたいはなんなのだ?」
「それはリンカーコアだよ、魔導師はそれ単体で魔法を使用するユニットなんだ」


「次は精霊魔法ですね」
「これは杖や指輪だろう」
「とりあえず正解」
「む、とりあえずとはどういう事だ、ますたー。
 ネギは魔法を使うときは杖か指輪を使っているぞ」
「精霊魔法に関しては例外があるんだよ。
 実はエヴァンジェリンなんだけど、アイツは発動体を使用しない。後は魔法世界の竜とかも、発動体無しで魔法的能力を使用する事が知られている」
「というと?」
「推察ですがエヴァンジェリンや竜は、人間よりも周辺魔力素に対するイメージ伝達能力が高いんでしょう、その為に精霊魔法を使用する際に発動体を必要としないんです。
 また、その体質もあって彼等は優れた魔法使いとしての資質を持っています」
「まーここら辺も、迫害の理由なんだろうな。
 それから、何故人間が発動体を必要とするかというと、これは周辺魔力素に対するイメージ伝達装置として使っているんだ。
 エヴァンジェリン達は種族として獲得して(自覚して)いるからいらないけど。ネギ先生達はもっていないか、自覚できないから発動体を使用するという理屈だな。
 私としては自覚出来ていないに票を入れるけどな」
「それは何故だ、ますたー」
「簡単だよ、ネギ先生の暴発魔法がその証拠。
 これは無意識領域での魔法発動なんだけど、発動体無しでも発動しているんだ……いや、所持しているだけでも大丈夫というのなら違ってくるんだけど……」
「あ、マスターが過去のトラウマを思い出していますね、次にいきますよー」


5.固有スキル
「これはネギ先生達の分からいきましょう、マスターに比べると幾分大人しい項目ですし」
「これはレアスキルの事だな?」
「それも含みます、ネギ先生達の固有スキルというのは基本的に種族特性や、修行後に能力を得る力と言えるでしょう」
「種族特性は分かるが、次が良く分からないぞアロンダイト」
「修行後に能力を得る力というのは、読んで字の如く“努力すると報われる能力”です。
 たとえばアリア、貴女は普通の野生動物以上の身体能力を持っていますが、長瀬楓の様に影分身できますか?」
「馬鹿にしているのか、出来るわけが無かろう」
「そう、普通はどんなに頑張っても、自分と同じ姿を持ち、独自に思考・会話し、武器や“気”を操る存在なんて、かなりハイレベルな魔法でも使わない限り無理です。
 魔法と同様に感応召喚法で説明できなくはないですが、彼女は魔法は使用しません。
 故に、彼女は“影分身という能力を修行の末に獲得”したんです」
「なるほど、そうなると各個人の資質にさゆーされるな」
「ええ、そうなります。
 GSZは今の所、書く気はありませんが、学祭におけるウルティマホラで出て来た気の使い手とかは、長瀬さんに比べたら資質としてはかなり下に位置するでしょう」
「では次、種族特性だな」
「これは本当に簡単です、エヴァンジェリンの様な吸血鬼や、桜咲刹那の様なハーフが所有する種族としての能力ですね。
 この能力は種族として強くなる事で高まっていきます。
 桜咲さんはあまりこの能力を磨いていないので、飛行能力や気の扱いが上手いという程度ですけど……」
「エバンジェリンは凄いな」
「ええ、600年の積み重ねは伊達ではありません、あまりにも多いので自分で調べて下さい」


「次はマスターの固有スキルです」
「とりあえず自分で言っているのは、魔力タンクが大きく、くーせん能力が高い、リンカーコアの変換こーりつが高い、演算のーりょくやまほーの制御に関してずば抜けた能力がある、マルチタスクの分割量も多い……位かこれだけでも腹一杯という感じだ」
「ですね、ですがマスターが秘密にしているスキルはこんなもの可愛く感じる程ですよ」
「だな、聞いた時は耳を疑った」
「マスターのレアスキルは“ジュエルシード感応・制御能力”です。
 これは文字通り、ジュエルシードの状態を把握・制御するという無茶過ぎる能力です」
「しかし、これがないとバーストモードを使いこなせないだろう」
「まあ、そうなんですけど。
 GSZは麻帆良大橋編を書いてた時、ジュエルシードがどんだけ無茶なロストロギアか自覚せずに書いたせいで、後で知って吹いたそうです」
「どうも当初はただの魔力のこーみつどけっしょーたいだと思い込んでたらしい。
 しかし、その後に改めて調べると、それどころではなかった。
 1個の全威力の何万分の一のはつどーで、しょーきぼ次元震を起こすと知ってしまったからだ」
「けれどマスターはこれ等を複数同時制御します。
 無茶です、本当に正気の沙汰ではありません」
「エバンジェリンが恐れる所以だな」
「もうGSZは開き直ってマスターの感性は少々ずれている事にしたそうです」



「とりあえず、今回はこれで終わりです」
「多分、次回はない、ネタもないしな」
「ここが間違っているとかは感想に書き込んでください」
「ただし、“どう違うか”も書いてくれると助かるとヘタレな事をぬかしている」
「まー、一番良いのは馬鹿な事を言っていたなと、流してくれると助かります」
「それではまた本編で会おう」
「お疲れ様でしたー…………マスター、帰りますよ」





[18509] 第08話「決戦翌日えとせとら……使い魔さんいらっしゃい」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/08/04 22:43

 ぴんぽーーーーーーーーん

 と惰眠を妨げる音が聞こえる。
 うるせえ、少しは静かにしていられないのか、と思いながら身体を覆う柔らかな布を頭まで引き上げる。
 これで少しはマシになるだろう……ZZZZZZ

 ぴんぽーーーーーーーーん

 また鳴りやがった、どこのどいつだ?
 と、思った所で、これはインターフォンの呼び出しではないか?という当たり前の事に思い至る。
 ここ最近では殆ど聞いた事が無いから存在自体忘れていたらしい……。
 等と考えていたら、いきなりドタバタと何やら動き回る音が聞こえてきた。
 いい加減、ムカついてきたので掛け布団を跳ね上げて、

 ――――――泣きすぎて痛くなった頭を抱えながら起き上がると、そこには新しい同居人(?)がいた。



第08話「決戦翌日えとせとら……使い魔さんいらっしゃい」



 麻帆良大橋における一大決戦を終えた日の朝、千雨は新たな戦いを繰り広げていた。
 閉じそうになる目蓋を懸命に開き、痛くてだるい身体を引き摺りながらひたすら歩く。
 眠くて、痛くて、だるかった。
 眠いのは疲労が主な原因。
 痛いのもだるいのも……まぁ要するに、今現在千雨の身体を襲っている不具合の殆どは、真夜中に麻帆良大橋で暴走体と一戦やらかした事が原因だった。

「あー、だりぃ」
『マスター、やっぱり休んだ方が良くないですか?』
『かもしれねぇけど。何かさ、ここで休んだら負けたような気がするんだよ』
『は?負けたって何にですか。マスターって別に皆勤は狙ってませんよね?』
『いや、確かに狙ってねーけど、ほら……何て言えば良いんだろうな』

 そういう風に首から下げているスタンバイモードのアロンダイトと思念会話を交わしながら、千雨はゾンビ(ロメロ系)の様な足取りで前に進んでいた。 
 周囲はいつも通り、学園生徒で溢れている。
 走っている生徒、歩いている生徒、中には徹夜明けなのか千雨と同じゾンビのような生徒もいた。
 そんな中、千雨は奇妙な感覚を覚えていた。妙な視線を複数感じるのだ、眠気と疲労の所為で反応するのも億劫なので無視しているが、寮を出てから
ずっと続いている感覚だった。

『鬱陶しいな、何だ?』
『どうかしましたか?マスター』
『妙な視線を感じる』
『視線?』
『ああ、寮を出てからずっとだ』
『ストーカーですかね?』
『いや、違うだろう。何て言うか粘着質な感じはしないからな……っていうか増えてる気がする』
『増えてるって視線がですか?』
『ああ、何だろうなこの感じは、本気で鬱陶しくなってくる』
『もしかしたら魔法使いかもしれませんね』
『そういやバレたんだっけ……ていうと監視か』
『無いものとして考えましょう、仕掛けてきたら相応の対応をすれば良いんですよ』
『それしかないか、とりあえず防御魔法の発動は任せる、今日は攻性行動は無理っぽいからな、戦闘は回避する方向で動くぞ』
『了解です』

 そうして、朝方から感じる謎の視線に対する対処を決めた千雨は、ややもすると途切れそうになる意識に活を入れながら校舎に向かうのだった。


 そんな千雨の10m程後方、学園生徒に紛れて千雨をじっと見つめる二人の女生徒がいた、一人は千雨と同じく麻帆良女子中等部の制服に身を
包んだ小柄な赤毛の少女、もう一人は女子中等部の比較的近くにある聖ウルスラ女子高等学校の制服を着た気が強そうな金髪の少女だった。
 赤毛の少女が金髪の少女に語りかける。

「お姉様、あの人が長谷川千雨さんです。
 確かネギ先生が担任をされている3-Aの生徒だと聞いています」
「ネギ先生の?そうなると彼女はネギ先生をサポートする為に学園側が配置した生徒、という事になるのかしら。
 ……いえ、それならそうと魔獣事件の時に学園側から通達があったはず、それに倉田先生の件が説明できないし。
 という事は、彼女は学園長も与り知らない存在だという事になるわね」
「そうなると本国からの?」
「いいや、それは穿ち過ぎというものだよ、佐倉さん」

 背後から不意にかけられた言葉に佐倉愛衣は驚いて振り向くが、高音・D・グッドマンは前を向いたままだった。

「その声は龍宮さんかしら?」
「ああ、おはよう高音さん。
 昨日は活躍したみたいだね」
「貴女程ではないわ、おはよう龍宮さん」

 そう言いながら振り向いた高音の前に立っているのは、とてもミドルティーンには見えない大人びた褐色の肌の少女、龍宮真名だった。
 そんな彼女を見て固まっていた愛衣に高音が窘める様に声をかける。

「メイ、挨拶はどうしたの?」
「あ、はい!お、おはようございます龍宮さん」
「おはよう佐倉さん」

 姉と慕う高音の言葉に慌てて挨拶をする愛衣に、真名は微かな笑みを瞳に宿しながら挨拶を返す。
 そんな真名に高音は先の言葉の意味を問いかける。

「そういえば穿ち過ぎというのはどういう事かしら」
「言葉通りだよ高音さん、彼女とは中等部に入学して以来、二年間ずっと同じクラスだったんだ。
 裏に関わっている人間かどうか位は分かる」
「じゃあ学園長先生からの、彼女に手出し無用という内容のメールはどういう理由かご存知?」
「その通りの意味だろう、倉田先生みたいに先走られて、魔法使いに対する態度をこれ以上硬化させられると困る……という判断なんじゃないか?
 もしかしたら直接交渉するつもりなのかもしれないけどね」
「学園長先生がですか?」

 愛衣が真名の予想に驚いたような声を上げる。
 そんな愛衣に真名は、何でもないと言うような口調で返す。

「春休みから始まった魔獣事件は、麻帆良湖の事例を除いて彼女が一人で解決したんだ、しかもあの時に見せた最後の魔法。
 懐に引き入れたいというのは誰しも思う事なんじゃないのか?」
「確かにそれは考えられます。しかし、そうなると頼もしい味方が一人増えるという事、喜ばしい事です」
「さて、そう上手くいくかな?」

 頼もしい味方が一人増えると喜ぶ高音は、笑いを含んだ真名の否定的な言葉に形の良い眉を顰める。

「どういう意味ですか、龍宮さん」
「どういうも何も、そう上手くいかないだろうと思うからさ。
 初期の魔獣事件の頃から顕著だったけどね、長谷川は必要以上に裏から距離を取る傾向がある。
 そこに倉田先生の事件だ、魔法使いとはあまり係わりたくないと思っているんじゃないかな」

 高音は真名の説明に返す言葉が無かった、確かに高音は二度程、魔法使いの時の彼女と出会っていたが、いずれも会話は成立しなかった、しかも二回目
に遭った時にはごついフェイスガードで表情どころか目さえも隠すという警戒ぶりだったのである。
 それに、漏れ聞いた話によると、倉田先生は魔獣と戦った後の彼女を取り囲み、投降を迫ったという。
 結果、彼は学園長に釈明をしたにも関わらず、本国へ強制送還される羽目になった。

「確かに、倉田先生の件は遺憾の極みです。だからこそ学園長先生は倉田先生を本国へ送還し、彼女と直接対話して誤解を解きたいと思っているのでは?」
「かもね、だから仲間になるとか過剰な期待は止めておいた方が良いと思う、中立になれば御の字位に思って放置しておく事をお勧めするよ」

 そう言うと、真名は二人の魔法使いの前から立ち去って行く。颯爽という言葉が似合う彼女の後ろ姿を見ていた高音と愛衣は、何がそこまで彼女――千雨――を
頑なにさせるのかという疑問に答えを見つける事が出来なかった。


 そして登校する生徒の中には、当然ながらネギ・スプリングフィールドと神楽坂明日菜そしてアルベール・カモミールの姿もあった。
 普段なら近衛木乃香も同じ時刻に登校しているのだが、今日は日直という事もあって先に寮を出ていた。
 二人はいつも通り、通学路を走って登校していた、そんな二人にカモは学園長から届いたメールについての話題を振る。

「ところで兄貴、メールにあった長谷川千雨っていう嬢ちゃんが、あの黒い姐さんだったのかい?」
「え?うんそうだよ、昨日仮面が取れた時はびっくりして何も言えなかったけど、確かに長谷川さんだった」
「じゃあどうして私達にまで隠してたのよ、魔法使いというのなら仲間なんでしょ?」
「あ、それは多分、僕の修行の妨げになるんじゃないかと考えての行動だったんだと思います。
 学園長先生から送られてきたメールに、麻帆良の魔法使いについても書かれていましたから」
「え、どういう事?じゃあアンタ仲間外れにされてたって事?」
「いえ、そうではなくて、安易に他の魔法使いに頼る事はさせたくなかったそうです。
 それに、なるべく魔法使いではない人達と力を合わせて頑張ってほしかったからとか……」
「まー修行である以上、なるべく自分の器量の範囲で頑張れって事なんじゃねーですかね。
 それに、魔法使いを自分で見つけるのも修行の内って事なんじゃないっスか?」
「なるほどね、そうなるとこれからは他の魔法使いの人達も修行の協力をしてくれるの?」
「多分そういう事にはならないと思います。
 これは修行ですから、僕一人の力ではどうしようもなくなるまで手は出して来ないと思いますよ?」
「ま、兄貴の器量で協力を要請する分には、個々の魔法使いの裁量に任されると思うけどな」
「じゃあ、あの時の応援は、他の魔法使いの人達が協力してもいいと思ったからしてくれたって事?」
「そうなりますね、それに魔法を使えない僕達にはアレ位しかしてやれる事が無かったのも事実です」

 そう呟いたネギの歩みは段々と鈍くなり、普通に歩く程度にまでそのスピードが落ちる。
 明日菜もネギに足に合わせて普通に歩き出した。

「長谷川、泣いてたね……」
「はい……」
「多分、凄ぇキツかったんだろうさ。バケモンの特性上、俺達に頼る事はできねぇからな。
 これまでたった一人であんなバケモンと戦ってきたんだ……」

 二人と一匹の周辺は鬱々とした空気に包まれた、最早朝の清々しい空気などどこにもない。
 ネギは昨日まで、この麻帆良にいた真祖の吸血鬼エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと戦っていたが、最悪の場合は学園長や他の魔法使いが何らか
の手を打つ可能性があった。
 しかし千雨の場合はそうではない、学園長を始めとする魔法使いは千雨の件には誰一人係わることはできないのだ。
 魔法を使えば敵の力になり、結果千雨を苦しめる事に繋がる……ネギと違って誰一人、協力を得ることは許されなかった。
 だからこそ、あの時千雨は泣いたのだろう。一人ではないと、誰かと繋がっているのだと……そう実感したから。
 明日菜は溜め息をつき、ネギは小さく鼻を啜った。カモは何処から取り出したのか、ティッシュを取り出して洟をかんだ。

「決めた!」
「え?何を決めたんですか?アスナさん」
「決まってるでしょ、長谷川の友達になるのよ、よく考えたらアイツ教室でも孤立しがちだし、そういうのって何だかイヤなのよ」
「いいんじゃねぇですか?あれ程の手練の姐さんが協力してくれたら兄貴の修行にも弾みがつくってもんですよ!」
(しかも上手く行けば、あの姐さんと兄貴の仮契約で二重にウホウホ!おおっコイツは何としても仲間に引き入れねぇと!)
「駄目だよ、カモ君。学園長先生からのメールにもあったじゃないか、長谷川さんと魔法使いとして接触するのは厳禁だって」
「そうよ、カモ。私はフツーの友達になるって決めたの、魔法とかはナシ」
「う……でやしたね」
(けどまぁ、今は取り入る事を最優先にしといた方が無難か、しかしまぁいつかはきっと……ウエッヘッヘッヘ)

 ネギと明日菜に釘を刺されてたじろぐカモだったが、それ位でこのオコジョ妖精が懲りるはずもなく、心の中では元気に皮算用をしていた。
 カモがそんな事を考えていると露ほども考えていない二人は俄かに元気を取り戻すと、さっきまでの鬱々とした空気を吹き飛ばすように走り始めるのだった。

「じゃあ行くわよネギ!付いてきなさい!」
「はい!」



 3-Aの教室では桜咲刹那という少女が自分の席で頭を抱えていた、悩む原因となったのは今朝方学園長から届いたメールである。
 そのメールには刹那にとって驚くべき事が書いてあったのだ。

 話は昨夜遅い時刻まで遡る、学園長・近衛近右衛門の孫娘・近衛木乃香を始め、学園生徒を守る為に女子学生寮に詰めていた刹那は停電の予定時間が
ある程度経った頃、女子寮の大浴場から強大な魔の気配を感じた。
 学園長から今夜起きるであろう闘いの件を聞いていた刹那は、この気配こそ“闇の福音”と呼ばれるエヴァンジェリン本来の力かと、恐怖とそれを上回る
感歎の念を抑えることが出来なかった。
 暫くすると、闘いの場を動かすのだろう、ネギ先生と共にエヴァンジェリンの気配が女子寮から次第に離れていくのを感じる。

 問題はこのすぐ後に発生した、エヴァンジェリンの移動に前後して、新たな気配が刹那の意識に触れてきたのだ。
 その気配はネギ先生と同様かそれ以上の脅威と言っても差し支えないものだった、現れたのは自分のいる建造物――女子寮――の屋上。
 詰めていた部屋の窓から屋上を見上げると、月光が冴え冴えと光る夜空をバックに、漆黒の巨大な魔法陣が女子寮を覆う様に展開されているではないか、
刹那はすぐさま待機部屋を抜け出すと、可能な限りのショートカットを駆使して寮内を駆け抜け、屋上に到達した。

 そこにいるのは漆黒の装束に身を包んだ少女だった。

 先刻まであった魔法陣は嘘の様に消えてなくなっている、何が起こったか判然とはしないが学園の支配下に無い魔法使いが大規模な魔法を使用した事
には変わりない。

 刹那は動いた、夕凪を八双に構え意気を込めて鋭い声を上げる。

 その後、魔法使いから裏に棲む者としてはいささか見当外れな糾弾を受けたり、罠に掛けられた上に逃亡を許したものの無傷で切り抜ける事が……いや、
見逃されたのだ、あの魔法使いに。しかし、その夜はそれでは済まなかった。
 停電が終了し、麻帆良の街に光が蘇ったその時、刹那は信じられない物を見た。

 麻帆良湖に浮かぶ巨大な水の怪異。
 それと戦っているのは、先程刹那が斬りかかろうとした魔法使いだけだった。
 闘いの終盤に齎された情報で、怪異が春休みから出没していた魔獣の複合体である事を刹那は知った。
 魔法使いが僅かに遅れて魔獣の出現を止める事が出来なかった事。
 そして、今回の魔獣の絶望的なその正体までも。

 結局、様々な事があって魔獣は無事討ち果たす事ができた、しかし刹那は安堵する事ができなかった。
 今朝方届いた学園長からのメールで知った魔法使いの正体と、手出し無用という通達。
 最後の闘いをさせてしまった自分の行為を詫びようにも接触を取ることが出来ない、しかし詫びない事にはどうにも落ち着くことが出来ない……そんな
思考の迷宮で迷っている刹那の前にふわりと食欲を誘う匂いが漂ってくる。
 ふと顔をあげるとそこには、刹那のクラスメイトでもある四葉五月が蒸かしたての肉まんが入った蒸篭を手に、にこにこと笑顔を浮かべていた。

「何か悩み事でもあるんですか?」

 そう言いながら持っていた蒸篭から1つ肉まんを取り出すと袋に入れて、刹那の前にぽんと置く。
 食べろという事だろうか?訝しげな表情を浮かべながら五月の顔を見たが、彼女はいつも通りの笑顔を浮かべている。

「試作品ですから御代はいりません」
「あ、いえ!そうではなくて…………あの、……いただきます」

 とりあえず断って、袋の中の肉まんを口に運ぶ。
 ふわりと柔らかく暖かい、だけどしっかりした歯応えを持つ皮に包まれた餡が、刹那の口内に玉葱と椎茸で味を付けた豚肉の滋味豊かな味わいを残して
は、皮に吸い取られて胃の腑に落ちていく。
 一口目は少しだけ、その後は瞬く間に刹那の口内に消えていき、気が付くと刹那はそこそこ大きな肉まんを平らげていた。
 そんな彼女に五月が話しかけてくる。

「落ち着きましたか?」
「え?あ、はい」

 そう応えると、五月は「それはよかったです」と言い置いて刹那の傍から離れていく。
 そんな彼女を刹那は思わず呼び止めた。
 「なんでしょう」と気負いもなく尋ねてくる五月に刹那は「例え話なんですが……」と話しを切り出す。

「あの、ですね……とても大事な用事がある人をそうと知らずに足止めしてしまって、結果その大事な用事に遅れさせてしまって、多大な迷惑をそのある人
にかけてしまい詫びたいんですけど。何ていうのか……そう、仕事の上司からそのある人とは話してはいけないと言われてしまった場合、その足止めをして
しまって詫びたい人はどうすれば良いと思いますか?」

 刹那のあまり例え話になっていない、とりとめのない話しを静かに聞いていた五月は一つ頷くと「要は、詫びたい人がいるけど、それが出来ない場合は
どうしたら良いか。という事ですね?」と刹那に尋ねる。

「ええ、そうです」

 五月は暫く考えると「その上司の方はその詫びたい人にとってどういう人物なのですか?」とまた尋ねる。

「ええと、ですね。恩人です」

 刹那の言葉に頷くと「ではその方はとても厳しいですか?それと人の意見を聞かない方ですか?」と刹那に聞いてくる。

「いえ、厳しいというよりも一歩下がった位置から見守る様な方です、あと理があるのなら他の方の意見を聞くことも……

 あっ、そうか…………ありがとうございます四葉さん!」

 とても簡単な何かに気が付いたのか、刹那は五月に頭を下げると教室から出て行く。
 五月はそんな刹那を見送ると、小さく「ガンバレ」と呟いて他のクラスメイトの所へと歩いていくのだった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 麻帆良学園学園長・近衛近右衛門は先刻届いたメールに必要最低限の短い返事を入力して返信すると、好々爺そのものの笑顔を浮かべる。

「桜咲君からあのようなメールが届くとはのう、災いが転じてくれると助かるんじゃが……」

 と呟きながら、手元にあるとある女生徒に関する資料を手に取る。
 途端に近右衛門の表情が曇った。
 これは今日未明に作製を指示し、つい先程届けられた資料だ。
 この数頁の資料には、春休みから麻帆良を騒がせていた、とある女生徒の簡単な情報が掲載されている。
 資料の表紙には大きく赤い判子で極秘と打たれていた。

 資料の名は「3-A・長谷川千雨に関する第一次報告書」

 資料を捲ると、そこには長谷川千雨という少女のこれまでの人生が記されていた。
 何処で生まれ、何処で育ち、どんな家族構成で、どの様な交友関係を持っているか……そういった事が事細かに書かれていた。
 だが、この資料には魔法使い達が知りたい事は何一つ記されてはいない。

 即ち、長谷川千雨がどのようにして、あの様な超常の力を手に入れたのか……。

 当然だ、その様な事がたかだか数時間で調べられるのなら、魔法はとっくに全世界に知れ渡っていただろう。
 そして近右衛門がこの資料を紐解いているのは、そんな事を調べる為ではなかった。

 彼は知りたかったのだ、長谷川千雨という少女が何故、自分達魔法使いから逃げるのか、何故嫌うのか。

 そして近い内に行うだろう彼女との対話で、少しでも有利になるよう彼女の人となりを知ろうと思って紐解いているのだった。
 だが、先にも述べた様に、通り一遍で調べた情報にそこまで大層な情報はなかった。
 この報告書を調べた際に使った主な資料は、公的な資料でしかない。
 これ以上の事は地道な聞き取り作業になってくる、次の報告書は早くても今夜になるだろう。
 さて、彼女とはどう接するべきか……そんな事を思案しながら近右衛門は日常の執務をこなしていく。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 その日、千雨は三時限目を迎える事無く早退する事になった。
 体力や気力の問題が一番大きかったが、精神的に千雨を追い詰めたのはクラスにいる魔法使いを始めとする裏に係わる連中の視線や意識だった。
 露骨に此方を伺う者、無視する者、ちらちらと伺う者、そういった複数の意識が自分に向いている事が千雨には我慢ならなかったのだ。
 イライラして余計に体力や気力を消耗した千雨は、二時限目の現国で“鬼”の二つ名を生徒達から拝領している新田先生から心配されるに至って早退を
決意した。
 幸い事情を知るネギ先生も先日――春休み前のあの日――の様に纏わり付く事も無く、普通に早退を許可してくれた。気を利かせたのかタクシーを呼ぼう
かとも言ってくれたが、それは断って帰宅の途につく。

 千雨は朝方を上回るだるい身体を引き摺って、学園都市内を走る列車に暫く揺られ、寮近くの生協で栄養ドリンクと各種サプリメント、おかゆ等の消化
効率がいいレトルト食品、それから何故か子猫用のペットフードを数種類買い込んで女子寮へ消えていった。

 女子寮の自室へ到着した千雨は制服を脱ぐと、それをハンガーに吊るしてパジャマ代わりのスウェットに身を包む。
 買い込んで来た様々な物を適当に色んな所に放り込むと、千雨は栄養ドリンクを喇叭飲みして深々と息を吐く……。
 鬱になった……おかしいだろ、私はつい数ヶ月前までは普通の女子中学生――ネット関連は除くが――だったはずなのに、何だってこんな状況になってるんだ?
 いや、まぁ分かってはいるのだ、直接的な原因は自分の相棒であるアロンダイトやジュエルシードだという事は。
 しかし、この麻帆良に住み着いている魔法使い達も何割かはその原因に寄与しているのは間違い無いのだ。
 そして、とうとう連中に自分の正体がバレてしまった、おそらく数日内に接触を計ってくるだろう。
 千雨はベットに横たわりながら、ぼやき始めた。

「あ”ーどうすっかなー」
【何がですか?マスター】
「いやぁ連中と数日中に話し合う事になるだろ?だからどうするかなーって」
【別に話しても良いんじゃないでしょうか、ミッド式ににしろジュエルシードにしろ彼等にはどうにもできない物ですし】
「けどなー連中の考え方が分からない以上、楽観はできねーだろう。
 イヤだぞ?ジュエルシードを研究用に提出しろとか言われて、提出させられた挙句。
 そいつが暴走したらプレシアさんが勤めていた会社みたく、私らに責任おっかぶせてくるとか……」
【可能性は無きにしも非ずですけど……多分大丈夫だと思いますよ?】
「なんだよ、ヤケに自身あり気じゃないか?」
【フフフフフ、証拠というか根拠がありますからね】
「え?何だよ、私知らないぞ?」
【あれ?マスターつい数時間前の話ですよ?覚えていないんですか?】

 「信じられねー」という感じのアロンダイトの言葉だった。
 千雨は本気で気が付いていないのか、疲労で思考能力が衰えているのか、訝しげな表情を浮かべている。

【ふぅ、しょうがありませんね。
 駄目駄目なマスターの為に私がその時の映像を見せて上げましょう。
 ハイビジョン画像なんて相手にならない画質ですよ!マスターだって感涙モノです!】

 千雨はひたすらテンションを上げていくアロンダイトの言葉に不安を掻き立てられていく。
 こんな状況はいつかどこかで経験した筈、そう確か春休み前だった…………
 そして、アロンダイトは千雨が止める間もあろうかというタイミングで、千雨の脳裏にアロンダイトが言う所の証拠というか根拠の画像を“再生”した。


 闇に包まれた橋の上で仮面をつけた少女が巨大な剣を片手に携帯を持っている。
 声も無く泣きじゃくっていた少女は、何かを告げられたのか、ふっと背後を振り返ると、そこには…………

 暖かな光に包まれた街があった。

 声が聞こえる、携帯から少女を励ます友人の声が、光に包まれた街から少女を応援する魔法使い達の声が。
 少女の面を隠していた仮面は淡雪の様に消えて無くなっていく。
 涙に濡れてはいたが、微笑みを浮かべていた少女は美しかった。
 そして…………


 絶叫が千雨の部屋に響き渡った。


「う、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
【どうですか!これ程の映像そうそう撮れませんよ!映画でやったら賞を取れる事間違いなしですよ!
 とりあえずちうバージョンで流してみましたが、実際の映像のノーマルマスターバージョンもありますよ、見てみます?】

 鼻息荒く絶好調で得意気なアロンダイトを他所に、千雨は胸元から上を真っ赤にしたかと思うと、ベットの中に潜り込んで布団を引っかぶるとその中でまだ叫び続けていた。
 恥ずかしかった、自分を客観的に見る事はホームページに自分の画像をUPする為、ある程度耐性を持ってはいたが、この動画は卑怯である。
 泣き顔である為に被写体の素が余す所無く出てしまっているのだ。千雨の脳裏にあの時の感情がまざまざと蘇る。
 苦しかったこと、悲し
かったこと、救われた事で安堵し、そして……友人ができて嬉しかったこと。

 しかも、そんな感情を掻き立てられる映像を編集して、音楽まで付けていやがったのだ。恥ずかしい事この上なかった。

 千雨は布団から真っ赤な顔を出すと、パソコンデスクの上にあるアロンダイトに怒鳴る。

「てってめえ!そのふざけた動画を消せ、消去しろ!」

 マスターである千雨の命令だったが、アロンダイトの答えは明確だった。

【いやです、というか出来ません、拒否します】

 そんなアロンダイトの言葉に、千雨はパクパクと数回口を開け閉めすると、ブルブル震えながら話しかける。

「へえ、理由を聞かせてもらおうじゃないか?」
【いいでしょう、この映像を始めとする……】
「オイ待て、始めとする?」
【ええ、始めとするマスターお宝画像&動画集は、ジュエルシードの封印術式に組み込んでありますから、消去は無理です】
「何だと?」
【ですので、消去したが最後、封印を解かれたジュエルシードは途端に暴走を始め…………】

 滔々と語られるアロンダイトの言葉を千雨は最早聞いてはいない、再び頭まで布団を被るとベットに横になった。
 掛け布団が微かに震え、嗚咽が漏れていた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 その日の放課後、馴染みのオープンカフェでエヴァンジェリン達と午後の一時を過ごしたネギと明日菜+カモは、女子寮への道を二人で歩いていた。

「そいうえばアスナさん、長谷川さんの好きなお菓子とか知ってますか?」
「長谷川の好きなお菓子?特には知らないわね。
 朝も言ったけど、アイツっていつもクラスの輪から離れている感じがするから、個人的に親しいのっていないんじゃないかしら」
「一匹狼ってヤツですかね」
「そうですか……」
「どうしたのよいきなり、そんな事を聞いてくるなんて」
「いえ、お見舞いに行こうかと思いまして」
「そういえばキツそうだったもんね、けど今は寝てるんじゃない?」
「あ、そうですね……けど夜に行くのも悪いですし……」
「それだったらドアにある曇り硝子を確かめればいいんスよ兄貴」
「え?どういう事?」
「ホラ、寮のドアって一部が曇り硝子になってるじゃない、あそこから灯りが漏れてるかどうかで在不在が分かるのよ。
 寝てるのなら暗いままだから、その時は諦めれば良いの」
「あの硝子ってそういう理由だったんですか?僕あれはてっきりデザインの一つだとばかり……」
「で、見舞いの品はどうするんだい兄貴」
「うーん」
「そうね、疲れてたみたいだからスポーツドリンクのペットボトルか果物とかが良いんじゃない?」
「そうですね、それだったら間違いはないでしょうし」

 千雨の交友関係の極端な狭さに不安を覚えながらも、ネギと明日菜は生協に立ち寄ると、数種類の果物を買い込んで千雨の部屋に向かうのだった。


 ネギと明日菜は、一旦自室に戻って荷物を置くと、そのまま千雨の部屋へと向かう。
 ドアの曇り硝子を確認すると、幸い起きているようだ。
 備え付けのインターフォンを鳴らすが出てくる気配がない、再び押してみるが同様だった。
 ネギが試しにノブを捻ると鍵は掛かっていないらしく、ドアはゆっくりと開いていく。

「ちょ、ちょっとネギ!勝手に人の部屋のドア開けちゃ駄目でしょ!」
「え、あっ!」

 明日菜の言葉に我に返るネギだったが、そんな彼の足元をすり抜けてカモが内部に侵入した。

「あ、こら!エロガモ何してるのよ!」
「いや、不在かどうか確かめるだけッスよ姐さん……ゲフゥッ」

 明日菜の静止に振り返りつつそう言葉を返すカモだったが、再び前を見た彼は身体の左側から襲う強烈なフックで壁際に吹き飛ばされた。
 錐揉み回転をしながらドア横の壁に叩き付けられたカモは、血の跡を残しながらスローモーションで床へと落ちていく。

「カモ君?」
「ちょっと、エロガモ!大丈夫?」

 床でヒクヒクと痙攣を繰り返すカモを心配して駆け寄るネギと明日菜の背に、ぶっきらぼうだが透明感のある幼い声がかけられる。

「室内への無断しんにゅー、貴様等犯罪者か……」
「誰が犯罪者よ!」

 そう言って振り返る明日菜の前にいるのは、見覚えのない少女だった。
 年齢は十歳位だろうか、どことなく千雨に似た顔立ちの少女は、鋲や鎖が付いたゴシック調の白いドレスを纏っている。
 髪の毛は艶のある白のボブカット、瞳は琥珀色をしていた。
 そして何よりも目に付くのは、少女の頭頂部にある三角形のネコミミを模したアクセサリーと、スカートの影から見え隠れするバシンバシンと動く白い
尻尾だった。

「……ってアンタだれ?」
「貴様、犯罪者のくせにおーへーだな、まあいい名前くらいは教えてやる、アリアだ。
 で、貴様等の名前はなんという、犯罪者AとBそれからC」
「だから犯罪者じゃ……まぁいいわ、私は神楽坂明日菜、こっちはネギ、それからアンタにふっとばされたのはカモよ。
 長谷川は居ないの?っていうかアンタ長谷川の知り合い?」
「はせがわ?うむ、まぁ知り合いといえば知り合いだ。
 で、貴様等は何故ふほーしんにゅーをした、事と次第によっては、はせがわにいいつけるぞ」

 とてつもなく偉そうな態度のアリアと名乗る少女に、明日菜は金髪の吸血鬼を思い浮かべた。
 アリアと名乗る少女に応えたのはネギである。

「あ、いえ!僕たち長谷川さんのお見舞いに来たんです」
「嘘をつくな、お見舞いに来た人間はふほーしんにゅーはしない、勝手に入るとしてもいしゃか大人がいるはずだ」
「あう、そ、それは……」

 あくまでも正論を吐くアリアにネギは返す言葉を失う。

「ちょっと待ってよ、私達は確かにお見舞いに来たの、中に入ったのはコイツが入っちゃったからで……」
「ドアは確実に閉まっていた、そのカモなる生き物が入る隙間などないはずだ。
 語るに落ちたな……む、しばしまて」

 糾弾を続けようとしていたらしいアリアは、ネコミミをひくりと動かすと、部屋の中へ走っていった。
 数分も経たない内に、部屋の奥からアリアが再びネギ達の前に出てくる。

「待たせたな、あすな、ネギ、カモ。
 ますたーの許可が下りた、入るがいい」

 そう言うと、アリアはネギ達を見る事無く室内に戻っていく。
 いきなり態度を変えたアリアに戸惑いを覚えたものの、元から部屋に居た人物から入室の許可をとりつけたネギ達は、恐る恐る千雨の部屋に入って行く。
 千雨の部屋は春休み前と比べると驚くほど様変わりしていた、かつて床をうねる様に這っていたケーブルは綺麗に整理され、個人スタジオやコスプレ関連
の……所謂“ちう”関連のものもきちんと偽装されている。
 ジャンクフードのゴミやペットボトルの空き容器等も綺麗に片付けられていた。
 恐ろしい程に掃除が行き届いているのである。ネギ達の部屋も寮の中では木乃香の手腕もあって綺麗な方に分類されているのだが、この部屋はそんな
レベルではなかった。

「な、何これ……」
「凄いですね……」
「…………」
「何を突っ立っている、そこらにあるクッションに腰掛けておけ。
 ますたー、早くおきるがいい、きゃくだ」

 呆然と立ち尽くしているネギ達と未だベッドの中に居る千雨に、アリアが声をかける。
 ネギ達は言われた通り、室内にあるクッションに腰を下ろす。
 そうして千雨もベットから抜け出してくる。その姿はやはり寝起きだったのか、パジャマ代わりのスウェットにカーディガンを羽織ったものだった、
ただその目は赤く充血して

「どうも……、お見舞いだそうで」

 声はガラガラに掠れていた。

「ちょ、ちょっと長谷川アンタ大丈夫なの?教室に居た時よりも酷いじゃない……」
「気にするな、あすな。ますたーがこんなじょーたいになっているのは、アロンダイトのせいだ。
 ほら、ますたー。温めのみるくてぃーを淹れたから飲むが良い。
 一応、きゃくだから貴様等も飲め」

 そう言って室内にいる者達にミルクティーを注いだマグカップを配り歩く。
 渡されたマグカップは千雨に合わせたのだろうか、紅茶としては少し温めに淹れられている。
 紅茶党のネギとしては残念だと思いながら、その液体を口にした途端、その動きが止まった。

「え、何これ美味過ぎ!」
「こ、こいつぁスゲぇ!」
「はい!温かったからあまり期待してませんでしたが、凄く美味いです!
 これって何処の茶葉を使っているんですか!?」
「何を言っている、ますたーはちゅーがくせいだぞ?そんな金があるわけなかろう、ふつーのてぃーばっぐだ」

 憮然としながらアリアが応える、ネギ達は驚いた様に手元にあるマグカップの中にある液体を見る。
 え?これがティーバッグ?という顔だ。

「何だ貴様等、これが市販品のてぃーばっぐだと何か不都合でもあるというのか」
「え?あ、いえ、市販品のティーバッグでこれだけ美味い紅茶が飲めるなんて思ってませんでしたから」
「貴様は固定観念に囚われすぎだな、ネギ。
 こーちゃの葉は何も高ければ良いというものではあるまい。
 まぁ、確かに高価であれば手間がかかったじょーしつな葉が手に入るのは間違いないが、それだけでは美味いちゃを淹れ事はできない。
 要はバランスだ、葉,水,温度,匂い,フレーバー,淹れ方、そして淹れる者の心配り、それらが適度なバランスを取った時、その場においてベストの
ものが得られるのだ」

 天上の真理を説く様な口振りで、紅茶の淹れ方に関する話をネギにするアリア。
 ネギはそんなアリアに質問する。

「は、はぁ……って、これを淹れたのはアリアさんなんですか?」
「他に誰が居る、元々はますたーに淹れていたんだが貴様等が来たからな、ますたーが欲しくなったら淹れ直しだ」

 ネギの疑問にアリアは忌々しげに答える。

「す、すいません……」
「ちょっと長谷川、あの子、何?」
「え?ああ、アリアの事?」
「うん、あんな子、寮では見た事無いし……アンタに似てるって事は妹とか?」
「私は一人っ子だよ、アリアは……まぁお前等は知ってるから良いか。
 私の使い魔だ」
「へぇ、使い魔ってええええええええええええ」
「うるせぇな、何だよアリアが使い魔だと何かおかしいのか?」
「だってネギの使い魔(ペット)ってコレよ?」

 と言って明日菜が千雨の眼前に突き出したのはカモだった。千雨はカモから顔を背けながら憮然として応える。

「いや、ネギ先生の使い魔がどうとか関係ねーだろう」
「だってコイツ、人の下着で寝床作るわ、性格親父だわ、部屋の中で煙草吸うわ…………アリアちゃんと代えてくれない?」
「ふざけんな」
「全くだ、アリアをそんな変質者と一緒にしないでもらおう」

 カモはさめざめと泣き崩れた。

「酷ぇ、酷ぇよ姐さん方」
「第一、結果的とはいえ前のアリアを殺そうとしたれんちゅーの所にアリアが行く事などありえん。アリアはマゾではないのだ」
「え、どういう事?私達アリアちゃんとは初対面よね?」

 とネギに問いかける明日菜。
 ネギは戸惑いながらも明日菜に頷く。

「まぁ、この姿ではしょーがあるまい。貴様等と最初にあった時はただの子猫だったからな。
 ますたーのお陰でアリアはきゅーしにいっしょーを得たのだ、だからアリアはますたーが死ぬ時までいっしょにいるし、ますたーが死ぬ時に共に死ぬのだ」

 えっへんとない胸を張って言うアリアの言葉に、ネギも明日菜もそしてカモでさえも言葉を失った。
 当然の様に話したが、その言葉が誇りと本心から出たものだと二人と一匹には理解できたからだ、そして前のアリアが何だったのかという事さえも理解した。

「も、もしかしてあの時の子猫?」
「うむ、貴様等がちゃちゃまるを壊そうとした時にネギの魔法を受けてしまったのが前のアリアだ。
 あの後、ますたーの使い魔になる事で生き残り、生まれ変わる事ができたのだ。
 ああ、言っておくがますたーの使い魔になったのは私の意志だ、きょーせーとかそんな事は特にないからな」
「あの、もしかして獣人だったんですか?」
「じゅーじんとはなんだ?アリアはネコだ、いやネコだったと言うべきだろう。
 詳しい事はますたーかアロンダイトに聞け」

 そこまで言うとアリアは見舞い品の果物を持って台所へ姿を消す、ネギ達の視線は千雨一人に集中した。
 千雨は居心地悪そうに身を捩ると溜め息をつきながら座りなおす。

「で、何が聞きたいんだ?」
「アリアちゃんの事よ!死ぬとかどうとかどういう意味よ!」
「うるせぇな、しょうがないだろそういうものなんだから。」
「どういう事ですか?」
「私が使っている魔法はネギ先生達が使っている魔法とは系統が違うんですよ、だから使い魔の成り立ちからして違うんです。
 あまり気持の良い話じゃないから言いたくないんですけど、それでも良かったら話します。どうしますか?」

 千雨の言葉にネギ達は頷きで答えを返す。
 面倒臭そうに頭を掻くと、千雨はミルクティーを一口飲んで口を開いた。

「私が使う系統の使い魔ですけどね、実は一種の人造生物の総称なんです。
 基本的には元々存在した動物を素体として、死亡直前あるいは直後の体に人工魂魄を憑依させる事で造り出します。
 その際、主である魔法使いと使い魔の間には契約が結ばれます、本来は一定の目的を達成する為に作成,設定される事から往々にして使い捨てられる
傾向にあるんですけど、アリアと私の場合はちょっと変わった契約を結んでいます。
 で、契約が結ばれ、使い魔として成立した後は、契約者の魔力を消費して存在を維持する事になるんです。
 それから、素体となった動物の記憶を多少なりと引き継ぐ場合もあります、アリアはこのタイプですね。
 あと、神楽坂が聞いた事は契約に関する事だから、教えるつもりは無い。
 以上、何か質問は?」

 淡々と使い魔の説明をした千雨の言葉に激昂する存在がいた、唯一の目撃者であるカモだ。

「じゃ、じゃあてめえ!あの時子猫を連れて行ったのはそんな事する為だってーのか?
 ざけんじゃねーぞ!」

 全身の毛を逆立て、尻尾を倍以上に膨らませたカモが千雨を糾弾するが、彼に反論したのは千雨ではなかった。

【勘違いしてもらっては困ります、あの時点のマスターはアリアを救うつもりはあっても、使い魔を所有するつもりはありませんでしたよ。
 治癒系統の魔法が苦手なマスターがアリアを救うには、使い魔とするしか手段はありませんでした。
 救う手段がそれしかなかったから、そうしただけの話です】
「だっ誰だ、どこにいやがる!」
【ふぅ、口の使い方がなっていない使い魔ですね、少しはウチのアリアを……あの子も大概悪いですね。
 ワタシはここです、パソコンデスクの上にいます】

 そうしてネギ達がパソコンデスクを見るが、特に変わった物はなかった。
 怪訝そうなネギ達を見た千雨が、パソコンデスクの上から一つのペンダントを持ってくる。
 千雨の動きを追っていたネギ達が、まさかという顔でそのペンダントを見ると、タイミングを計った様にペンダント=アロンダイトが話し始めた。

【初めまして、ワタシの名はアロンダイト。マイマスター・長谷川千雨の魔導の杖たるインテリジェントデバイスです。
 どれほどの付き合いになるかは分かりませんが、マスターやアリア共々これからもよろしく。
 ネギ・スプリングフィールド、神楽坂明日菜、それから…………カモ】
「うをおおおおおい!」
【しょうがないでしょう、貴方の正式名称は聞いていないのですから。
 他に聞いた呼称としてはエロガモというのがありましたが、もしかしてそちらが正式名称なのですか?】
「え、いや、それは確かに違うけど……じゃねぇ!俺っちの名はアルベール・カモミール、由緒正しいオコジョ妖精でもそのオコジョありとまで言われた
漢の中の漢でい!」
【……まぁ良いでしょう、ではこれからはあなたの事はカモミールと呼称します】

 アロンダイトとカモの話が終わったのを見計らったのか、明日菜が話しかけてくる。

「アンタ今、杖って言わなかった?」
【ええ、言いましたけど。それがどうかしたんですか?】
「いや、長谷川の杖ってアレでしょ?魔法使いが持ってた様な……あれ?大きい銃だったような、けど最後には綺麗で大っきな剣だったような……あれ?」
「長谷川さん、あの……」
「何ですかネギ先生」
「その、アロンダイトさんの説明をしてくれると助かるんですけど」

 千雨は再び溜め息をつくが、ここでアロンダイトに任せるとある事ない事言いかねない。

『お前は黙ってろよ』
『致命的な間違いでない限りは黙っています』

「要するに、特殊なマジックアイテムの杖だと思って下さい。
 インテリジェントの通り知性をもった存在で、登録した主の相談に乗ったり戦術サポートをしたりしてくれます。
 まぁ要するにカモミールのマトモな思考部分とネギ先生の杖が合わさったものだと思って下さい。
 後は使う魔法に応じた形態に変形する事で魔法の発動をスムーズにします。
 杖の状態だと汎用性のある魔法や比較的弱い攻撃魔法、銃の形態だと攻撃的な魔法や遠距離攻撃魔法といった具合ですね」
「となると剣の形態は……」
「アレは特別な形態です、普通は使いませんし使いたいとも思いません」
「え?どうしてよ、凄かったじゃない。
 それに綺麗で格好良いし」
「…………あのな、神楽坂。
 何処の世界に水が飲みたいからって、ナイアガラの滝の真下や大津波の真正面に行くヤツがいるんだ。
 普通、水が飲みたけりゃ蛇口の下にコップを置くもんだろうが」
「ええと、制御が難しい形態だという事ですか?」
「まぁ、そう思ってくれれば間違いはありません」

 そうして会話に華を咲かせていると、台所からアリアが戻ってきた。

「ますたー、明日のゆーしょくからはアリアが食事を用意するから帰宅とちゅーで材料を買ってきてほしい」
「え?面倒だろ、食堂で良くないか?」
「何を言う、ますたーはちゅーがくせいなのだから、なるべくせっせーを覚えるべきだ。
 それにただでさえ生活が不規則だからな、食生活位は改善しなといけない。
 それはともかく果物を切ってきた、ますたーと貴様等食うがいい」
「いやまて、お前昼前に出来たばっかりだろうが、何でそんなに所帯臭いんだ」
「そんなもの、ますたーが知らないのなら残る可能性は一つだけだ」
「アロンダイトてめえか!」
【だってしょうがないでしょう、マスターは魔法やパソコン関連はともかく、そっち関係の能力はあまりないんですから。
 ワタシが動けない以上、アリアに任せるしかありません】
「やけに調整が面倒で細々してると思ったら……」

 頭痛を堪えて頭を抱えていると、背後から何かしゃくりあげる声が聞こえてくる。
 嫌な予感を胸に千雨が恐る恐る振り返ると、そこには身体を震わせ涙を必死で押し殺しているアリアがいた。

「ますたーは…ありっ……ありあが…きらいなの……か?」
「え?」

 周囲を見回すと、あわあわしているネギ、うさぎさんリンゴを口に運びながら「あーあ」という表情をしている明日菜、カモはニヤニヤしている。
 千雨は焦った、目の前にいるのは昔の自分と同じ顔をした少女だ、それが泣き出す一歩手前で我慢している。
 どうする、いったいどうしたらいい、焦る困る周りは当てにならない上に観戦モードだ、くそっこいつら人が困っている所を笑いやがって!

「てっ、てめーら全員出て行けーーーーーーーーーーーーー」
「ちょっと!何すんのよ長谷川!」
「わわわわわ」
「うぇっへっへっへ、姐さん何も照れなくったって」
「うるせーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 人口(?)密度がいきなり半分になった千雨の部屋では、千雨に膝枕をしてもらっているアリアが眠りについていた。
 眠っているアリアの頬には涙の跡が残っている、かなり盛大に泣き喚いたようで、まだ時折しゃくりあげている。
 膝枕をしている千雨も疲れ果てている様に見えたが、アリアの背を優しく「ぽんぽん」と叩いてあやす様は、実の姉妹に見えるほど微笑ましい。

「はぁ、疲れた……何だってこんな事で私が苦労するんだ?」
【まあいいじゃないですか、アリアもこれで少しは安定するでしょうし、これから少しずつ情操教育をしていきましょう】
「あのな、主にお前が原因なんだぞ、そこら辺自覚あるのか?】
【ええ、当然です。アリアにはワタシがしたくても出来ない事を代わりにやってもらうんですから】
「いや、お前それちっとも分かってねー」

 そう相棒に愚痴を言いながら綺麗に切り分けられている果物を口に運ぶ。
 もう夕方になるが、食事に行く気力は無かった。まぁ目の前にある切り分けた果物の山や、買い置きのインスタント食品もあるから別に良いか等と考えて
いると、またもやインターフォンが鳴った、本日三度目である。
 今日は妙に人が来るなと思いながら、起こさない様にアリアの頭をゆっくり膝からクッションに移して玄関に向かう。
 曇り硝子を見るとどうやら来客は一人だけらしい、少し安堵した千雨がドアを開けるとそこには予想もしない人物がいた。

「いきなり来てしまいすいません、昨日の事で話したい事があって来ました」

 そこにいたのは昨日、女子寮屋上で対峙したリアル女剣客・桜咲刹那だった。


 アリアをベットに移した後、千雨は刹那とガラステーブルを挟んで差し向かいに座った。テーブルの上にある皿にはまだかなり果物が残っている。

「まぁ、食えというか食っていけ」
「え?あの……」
「一人じゃ食い切れねーんだよ、残すとウチの使い魔がまた泣きかねねーから残すわけにはいかねーんだ」
「は、はぁ。それでは失礼して……あ、これはお見舞いです」

 そう言うと刹那は、持って来ていた紙袋を千雨に手渡す。中身は超包子謹製の冷めても美味しい点心デザート各種盛りだ。
 そうして二人して黙々と果物を平らげていく。ネギの給料から出したのだろうか、本当に様々な果物が山盛りに盛られている。
 大体、半分位減った所で二人の手は完全に止まった。

「す、すいませんこれ以上は……」
「ああ、いいよ助かった……これ少し包むからさ、龍宮辺りに持ってってくれないか?」
「はぁ、それ位なら……はっ!
 そうではありません!」
「うるせえ、騒ぐな!アリアが起きちまうだろうが!」

 本来の目的を思い出して、思わず大声を出した刹那を千雨は小声で窘める。
 注意された刹那は慌てて口を噤むと、千雨と一緒にベットの方を窺う。
 幸いアリアは熟睡しているようで、起き出す気配はなかった。

「す、すいません」
「で?何だよ、昨日の事って……あぁそうか、悪かったな見当外れなことで怒鳴っちまって」
「いえ、そうではなくて」
「……じゃあ<レストリクトロック>が一時間以上継続してたのか?だったら……」
「ですから詫びるのは此方なんです」
「え、どういう事だ?」
「ですから、私が屋上で長谷川さんを足止めしなければ、麻帆良湖での戦闘が無かったかもしれないと……」
「良く分からねーな、桜咲。アンタは寮の警備を担当してたんだろう、なら何を詫びる必要があるんだ?」
「え?それは当然でしょう。長谷川さんがあの様な怪物の対処をしていたのに、私が邪魔をしたせいで麻帆良湖での戦闘が起きてしまったんですよ?」
「だからそこら辺が分からねーって言っているんだ。
 とりあえず、確認の為に聞くぞ?桜咲、アンタあの時点で私の目的ってヤツを知ってたか?」
「いえ、それを知ったのは麻帆良湖での戦闘が終盤にさしかかった頃でした」

 どこまでも真摯に答える刹那、対する千雨は溜め息をつきながら話しを続ける。

「じゃあお前には何ら落ち度はねーよ、あるとすれば渡すべき情報を渡していなかったアンタの上司だろ。
 いいか?桜咲、アンタは上司から言われた通りに学生寮近辺の警備をしていたんだろう?そこに正体不明の魔法使いが、何やら妙な魔法を使っていたら
調べるのは当たり前だ、なら何を詫びる必要がある。
 それに麻帆良湖で暴走体が現れたのはマクダウェルが言ってたように私がドジったからだ。
 まぁ、巡り合わせが悪かったってヤツかもな。
 確実に言えるのは、アンタが気に病む事じゃねーって事だよ」

 そう言って千雨は手をヒラヒラ振る、色々と面倒になって来たのかもしれない。
 そんな千雨を見ながら刹那はテーブルから身体一つ分下がると、両手をついてまだ言い募る。

「いえ、ですが私があの時引き止めなければ間に合ったのも事実。
 是非何がしかのお詫びを!」

 聞き分けがない刹那を持て余した千雨はアロンダイトに相談をもちかけた、ちなみに手元ではタッパーに果物を詰め込んでいる。

『あーもー面倒ーだなーこいつは』
『何か用事でも言いつけてはどうです?』
『つってもなぁ、下手に繋がりを作りたくねーし……ああ、そういや明日アレがあったな』
『アレですか?』

「分かったよ、じゃあ明日買い物に付き合ってくれ」
「は?明日の買い物ですか?」
「ああ、実は食材を買い込もうかと思っているんだけど、これまで食堂だったからどういうのを買えばいいのか分からねーし、それに私は非力だからさ
荷物持ちがいてくれると助かるんだよ」
「そういう事でしたら、しかし私は食材の目利きとかはできませんよ?」
「そうか……、そうなると誰かを引き込むか。
 まぁいい明日は荷物持ちを頼む、それでチャラにしよう」
「は、はぁ……それではこれで」

 幾分釈然としない表情を浮かべながら腰を上げた刹那だったが、まだ部屋を出る事は許されなかった。

「まて、桜咲コイツを忘れるんじゃない」

 と言いつつ千雨は玄関を出ようとする刹那にタッパーに詰めた果物を押し付けた。
 押し付けられた刹那は一瞬キョトンとした表情をしたものの、観念したのかタッパーを受け取って千雨の部屋を辞して行くのだった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――

長~いあとがき
 麻帆良大橋決戦翌日の色々な人達の話。
 正体がバレた千雨は色んな視線に曝されるのは間違いないのだが、千雨にとってはそれが逆にストレスの種になる。
 軽い対人恐怖症だしね、そこら辺は未だ学園側・超側共に知らない事実です。
 知っているのは千雨陣営だけという。
 後は以前からちょくちょく書いていたアリアが満を持して登場するでゴザルの巻。

色々な人達について
 高音さん&愛衣コンビ。この二人は典型的(?)な魔法生徒として出演してもらいました、愛衣はともかく高音さんの台詞回しはこれで良いのか今だに
迷っています。もし違っていたら感想で指摘していただければその内訂正したいです。
 お嬢っぽく書くといいんちょと被るんだよなぁ……。
 龍宮さん。この人は原作でも一人別格な雰囲気を放っている特別な人ですねw
 格好良く書けただろうか、素で格好良いから本当に不安になるキャラだな、とりあえずこの人は独特な立ち位置の人です。
 そういえばこの人は学園中の女生徒からVDAYのチョコを貰いまくっているんじゃなかろうか。(上からも下からも)
 ネギ&明日菜。まぁこいつらはいつも通り、基本善意で動く人ですね。
 それとこのSS独自(?)の展開。ネギがこの学園にいる他の魔法使いを認識した事、いやまぁ別になにが変わるって訳じゃあないんですがw修学旅行
で瀬流彦とやりとりがあるかも。
 後、カモは元気に皮算用中w明日菜はもう、勝手に動いてくれるので助かりますw
 刹那。鬱々しておりますwまぁこういう(分かりきった事で悩む)のも彼女の魅力だと思うわけですがどうでしょう。
 少しバカっぽくしすぎたかな?
 さっちゃんと肉まん。どうだろうこんな感じかな?
 多分、こんな(答えは自分の中にあるみたいな)感じで色んな人達の迷いを救ってきたんだと思うんですがどうなんだろう。
 あと肉まんの描写はこんな所で良いんだろうか。しかし、食い物の描写は難しい……。池波先生は本当に凄いと思います。

近右衛門について
 とりあえずちゃんと考えていますという描写。
 嫌われていたら仲間になるもへったくれもありませんしw実はこの報告書の時点である程度のヒントは出ているんですよ。

アロンダイトがひどいw
 いや、本当に酷い奴だwその画像&動画集はあったら私も欲しい。
 ええと、今までの話で格好良いところとかお馬鹿な所とかは大体網羅されてますw
 非日常の世界に落ちていくところとか、教会裏戦とか。あとはバリアジャケット装着シーンは合成捏造バンクで。
 とはいえアロンダイト自身は極めて真面目にマスターの記録を撮っているのですが、千雨にとっては羞恥プレイそのものだったりします。

アリアについて
 満を持して登場した白ゴスロリ千雨のアリア。どうでしたか皆さんこんな感じですけどw
 偉そうだけど基本は従者、マスターに拒絶されると容易く泣きまくるという、ある意味作者泣かせ?
 能力的には治癒,移動,探索,防御が得意な後方支援系の使い魔です。
 一応、自己防衛程度の魔法と格闘術は使えますが、初期の古菲にすら軽く捻られる程度。(そして泣く)
 本文中にもありましたがアロンダイトの願いを受けて出来た使い魔なので、家事万能,甘え下手というかなりハイスペックな娘さんです。
 口が悪いのは千雨とアロンダイトの影響であろうと思われます。
 ちなみに千雨との契約内容は“どちらかが死ぬまで一緒にいる”です、これだとアリアは外的要因以外は千雨が死なない限り死ぬ事はありません。
 千雨はこの契約については(恥ずかしいから)話さないように厳命しています。

刹那のお詫び
 千雨にとっては見当違いの話しだったというオチ。但し、先に近右衛門から刹那に千雨の目的について連絡が来ていた場合は怒ったはず。




[18509] 第09話「非日常との個人面談……長谷川レポート」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/08/04 22:44

 長谷川千雨はこの部屋に来るのは初めてだった。
 いや、麻帆良学園はとんでもないマンモス校だから、むしろ行った事が無い場所の方が多いだろう。
 しかし、ここだけは違う。普通の――千雨はある意味“普通”ではないが――生徒には絶対に縁が無い場所なのだ。
 周囲は趣味が良い洋風の調度品で揃えられている。
 目の前にいる老人は、外見を別にすれば人が良さそうな雰囲気を放っている……実際、良いのかもしれないが、千雨にとってはどうにも胡散臭さが拭えない。

 何とも場違いだ。

 ――――――そう思いながら長谷川千雨は、日当たりの良い学園長室で目の前にある緑茶と羊羹をじっと見ていた。



第09話「非日常との個人面談……長谷川レポート」



 翌日の放課後、麻帆良学園中等部三年生は来週から始まる修学旅行に備える為、部活動は半ば休止状態になった。
 そんな中、桜咲刹那は前日にした長谷川千雨と買い物をするという約束を果たす為、生協の前で所在無げに佇んでいた。
 生協前のベンチでカモフラージュ用の文庫本を広げて時間を潰していると、待ち合わせをしていた千雨が、食材の目利き役らしい人影を連れて此方に
近付いてくる。
 千雨と共に来た人物を見て刹那は固まった。
 連れて来た人物は一人ではなく二人だったのだ、しかも予想だにしない人物である。
 片方は緑色のロングヘアから奇妙な耳飾りが突き出ている人物……ガイノイド――――――絡繰茶々丸。
 そしてもう一人、此方が問題の人物。
 小学生と見紛う程の小柄な体躯、サラサラと風に靡く金の髪、自信に溢れた青い瞳、その絵本から飛び出てきたお姫様の様なその人物こそ、麻帆良最強
の代名詞――――――“闇の福音”エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだった。

「よう、待たせたな」
「は、長谷川さん。それは良いんですけど何故エヴァンジェリンさんが……?」
「まぁ、コイツ等には頼みたい事があってさ、そのついでに食材の見分け方を教えてもらおうか……とな」
「あの、エヴァンジェリンさんはよろしいのですか?」

 聞かれたエヴァンジェリンは、そう質問してくる刹那を横目で見た後、ズカズカと生協の中へ入って行く、茶々丸はその後ろを守る様について行く。
 エヴァンジェリンはどことなく不機嫌そうだった。

「交換条件で色々言われるだろうけどな。安心しろ桜咲、アンタには危害はねーからさ、行こうぜ」
「はぁ……」

 そう言って千雨と刹那が潜った生協のメインゲートの上には“修学旅行SALE”と大きな横断幕が張られていた。


 それから数十分後、生協の食材コーナーで生鮮食品や保存の効く食材を買い込んだ一行は、エレベーターで千雨の部屋がある階層へと向かっていた。

「いや、しかしマグダウェルに食材の目利きが出来るなんて初めて知ったな」
「ええ、私も驚きました」
「私の家事に関するスキルは、ほぼマスターからの直伝です」
「へー、人は見かけによらないもんだな」
「うるさい、いい加減私達に頼みたい事とやらを言え長谷川千雨」
「その辺は私の部屋に入ってからにしようぜ、アンタに話す事も私が頼む事もあんまり人に聞かれたくない事だしな」
「ちっ」

 エヴァンジェリンの舌打ちが合図だったのか、目的階に到着したエレベーターの扉が開く。
 それから暫く――とは言っても今までの道程からすればごく短い――歩くと千雨の部屋の前に到着した。
 千雨はドアを開けるとおもむろに室内へ声をかける。

「ただいまー、アリアー客三人連れて来たからー」
「了解だますたー、掃除は完璧手抜かりはない、入ってもらえ」

 昨日泣き喚いた事など忘れたかの様なアリアの答えが玄関先に響く。

「というわけだ、狭い部屋だけど入ってくれ」

 と言って千雨は一番に上がりこむ。

「ふん」

 と言いながら二番目に入ってくるのはエヴァンジェリン。
 三番目に、

「失礼します」

 と茶々丸が入り。
 最後に刹那が

「え、と。お邪魔します」

 と、遠慮がちにおずおずと入る。


 中は昨日同様、綺麗に掃除されていた。
 昨日、刹那はその様子に圧倒されたが、エヴァンジェリン主従には余裕があった。

「まぁ、及第点というところか。
 いささか余裕が見られないが、その内こなれてくるだろうさ」
「清掃という観点からみれば、ほぼ満点かと」
「まぁそう言うな、何しろ動けるようになってまだ二日。これから色々と学んでいく所なんだ」

 そういう風にエヴァンジェリンが辛口の採点をしていると、台所から小柄な白い人影が現れる。

「色々と失礼な奴等だ、まあいい貴様等はきゃくだ、ちゃを淹れて来たから飲め。……む、お前はもしやちゃちゃまるか?」
「はい、茶々丸は私ですが……貴女は?」
「うむ、この姿では初めてになるな、ますたー・はせがわちさめの使い魔アリアだ、お前には前のアリアがとても世話になった。改めて礼を言わせて貰う」

 と言って頭を垂れる白ゴスの使い魔。
 対する茶々丸は、いきなり礼を言われて戸惑っていた。しかしそれは当然だろう、目の前の少女には見覚えが無かったし、“前の”と言われても何の事
だかさっぱりなのだ。
 口火を切ったのはエヴァンジェリンだった。

「おい、どういう意味だ長谷川千雨、説明しろ」
「まぁ約束だしな、とりあえず座れよマクダウェル。茶が冷めるだろ、絡繰と桜咲もだ荷物はアリアに任せとけ」

 その言葉通り、アリアはパンパンに膨らんだ買い物袋を一つずつ台所に持ち込むと、テキパキと収納していく。
 その間に千雨はアリアやアロンダイトについての説明をした、昨日ネギ達にしていた説明とほぼ同じである。

「なるほど、貴様の魔法がマトモなものではないと理解はしていたがそこまでとはな、で私に頼みたい事というのは何だ?
 言っておくが悪い魔法使いに頼むのだ、タダで済むと思うな」
「修学旅行中にアリアの面倒を見て欲しいんだよ。
 下手にペットショップに預けるワケにもいかないし、かといっていい歳して自分たちの事を、善き魔法使いとか言ってる連中に預けるのも不安でさ、
家事はこの通り普通以上にこなせるから、修学旅行中に手伝い位はさせても構わない。但し妙な事はするなよ?」
「ふむ……まぁその位なら構うまい、引き受けてやる……いや、ちょっと待て貴様、何故私が修学旅行に行けないと決め付ける」
「え?お前って元犯罪者だからこの街の結界で≪魔力抑制≫受けてんだろ、普通そんなヤツは出せないんじゃねーの?
 刑務所から刑期が終わっていない受刑者を出すようなモンだろ。
 しかし、太っ腹だな、何か要求されるのかと思ったよ」
「見縊るな、この間の麻帆良湖の借りもまだ返しきれておらんわ。
 貴様の特殊な系統でしか対応できない以上、あの借りはとてつもなくデカイ物なんだよ……。
 そういえば一つ聞きたかったんだが、アレをあのまま放置しておくとどうなったのだ?」

 エヴァンジェリンの質問には刹那も興味を覚えたのか、居住いを正して話を聞く。

「ん?まぁ本当かどうかは分からないんだけどな、ジュエルシード1つ分の被害は戦術核位だと思ってくれ。
 実際は小規模次元震と言うのが正しいんだけど……」
「核ですか!?」
「貴様、ふざけているのか?掌に乗る程の宝石にそれ程の力があるわけがないだろう」
「とはいってもな……アロンダイト、数分位だったら出せるよな」
【はい、あまりお勧めできませんが】
「まぁ、百聞は一見に何とやらだ一番安定しているヤツを見せてやれ」
【分かりました。
 No.Ⅱ put-out】

 アロンダイトの言葉の直後に、千雨の前にジュエルシードが一つ飛び出してくる。
 千雨はそれを親指と人差し指でつまむと、エヴァンジェリンの目の前に突き出す。

「こいつがジュエルシード。
 アンタ達が魔獣と呼んでいたヤツのコアだ。コイツは通常、鉱石と同じ形質を備えているが、実際は次元干渉エネルギー結晶体というのが正しい。
 一般的には“望みを叶える宝石”とか言われてたみたいだけどな、制御が極めて困難で基本的には暴走するモノなんだ。
 こいつはアンタも知っている通り、周囲の魔力素や雑念を吸収,増幅して暴走する。
 1個だけなら麻帆良とその周辺地域が吹っ飛ぶ程度で終わるんだけど、最悪なのはこいつが同時連鎖崩壊した場合だ。
 同時連鎖崩壊を引き起こした場合、次元干渉の共鳴作用が発生して世界規模の次元震が発生する。
 ……多分、地球が無くなる程度は間違いないと思うんだけど、実際はどれ位の災害が起きるかは分からねー。
 実験のしようもないしな」

 千雨の淡々とした説明をエヴァンジェリンは聞いていたが、反応はできなかった、目の前にある恐ろしい程の魔力を秘めた物質。
 “宝石の種”等と呼んでいたが、そんな可愛いモノではないという事を見た瞬間に理解したからだ。
 これは津波や地震、火山の噴火などと同じモノだ、人の手にあっていいモノではない。
 それを掌で弄ぶ目の前の小娘が恐ろしかった、脅威を知らずに弄んでいるのならまだ救いはある、しかし目の前のこの小娘は“それがどういったもの
であるか”という事を誰よりも理解して、それでもなお弄んでいるのだ。
 室内に充満していたプレッシャーが緩む、見ると千雨の掌の中にあったジュエルシードが無くなっている、恐らくアロンダイトが格納したのだろう。
 エヴァンジェリンは内心安堵の吐息をついて、千雨に語りかける。

「それで、貴様はソイツを集めてどうするつもりだ?」
「あん?別に、どうもしねーよ。
 集めてたのだって放っておくとあぶねーからだし。
 停電の日に桜咲に言った様に、私はふつーに暮したいんだよ、……あのクラスに居る以上は無理っぽいけどな」
「ははは」

 苦々しげな千雨の言葉に刹那は苦笑を漏らす。

「笑い事じゃねーだろ桜咲。
 学園側が何考えてるか分からねーけど、私等があの……いや、いいや何でもない。
 とにかく私はジュエルシード以外の事で魔法使うつもりはねーから、そこら辺は学園側に説明しといてくれ」
「え、どういう事ですか?」
「お前みたいに警備員になるつもりもねーし……まあ、そう言ってたって伝えてくれりゃあいいよ」

 千雨が色々と言葉を濁しつつ、刹那に自分のスタンスを説明していると台所からアリアが出てくる。

「ますたー、今日のゆーしょくはどうするんだ」
「え?お前が作るんだろ、昨日言ってたじゃないか」
「違う、ちゃちゃまるとエバンジェリンとさくらざきは食って行くのかと聞いているのだ。というかさくらざき、お前は食って行くが良い」
「え……ど、どうしてですか?」
「どうしてもなにも、きのー来たのに満足なもてなしができなかったからな、だから食っていけ」

 アリアの言葉を聞いて刹那は千雨を見たが、どうも口出しする気はないようだ。

「は、はぁ。お願いします」
「うむ、ちゃちゃまるとエバンジェリンはどうする」
「ちょっと待て、貴様さっきから私を茶々丸の後に呼ぶとはどういう了見だ?」
「それは当然だろう、ちゃちゃまるには前のアリアが世話になったからな、全く世話になっていないエバンジェリンとはゆーせん順位がとーぜん違う」

 何時の間にか金と白のロリの間に冷ややかな空気が漂っていた。
 金の従者はおろおろしていたが、白の主が仲裁に乗り出した。

「マクダウェル、何を生後二日にムキになってんだ、広い心で許してやれよ。
 それとアリア、マクダウェルには来週からしばらく厄介になるんだから、そこら辺勘案しろ。
 ついでに絡繰はマクダウェルの従者だからな、マクダウェルが言う様に絡繰を後にしておけ、お前だって絡繰を困らせたくねーだろ」
「む、それは確かにますたーの言う通りだな、済まなかったエバンジェリン。
 それとちゃちゃまる、これからはエバンジェリンの後に呼ぶ事になるが決してお前を軽く見るものではない事をここに言っておく。
 それで、ゆーしょくはどうするのだエバンジェリン。
 お前達がいるのなら鍋ができるので凄く助かるのだが」
「何、鍋だと?」

 エヴァンジェリンはアリアの言葉に、帰ると言おうとした口を噤んだ。
 彼女は現在、実質一人暮らしである、そうなると鍋をする機会は極端に少なくなる、一人でできなくもないが、そうなると鍋の魅力というものは半減
するだろう。
 鍋は基本多人数で食うもの、大量の具材で旨味や出汁をふんだんに出して好きなものを食う、これこそが鍋の王道にして基本である、しかし一人だと
それが途端に難しくなるのだ、やろうとすれば大量の無駄が出る事になりかねない。
 何よりもつまらない。
 だから人がいる時を逃してはならない。ついでに言うと、これから季節的に鍋物が難しくなるというのもある。
 そういう訳でエヴァンジェリンはご相伴にあずかる事になった。

「茶々丸手伝ってやれ」
「ハイ、マスター」
「おお、ちゃちゃまるが手伝ってくれるか」
「ハイ、よろしくお願いしますアリアさん」
「おい待て子猫、何鍋をするつもりだ」
「む、そういえば言ってなかったな。貴様達が良い魚を買ってきてくれたから味噌仕立ての海鮮鍋だ、期待しておくが良い」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 所変わって此処は超鈴音と葉加瀬聡美の研究室。
 彼女達は超包子のテイクアウト点心をつまみながら千雨の調査資料を眺めていた。

「超さん、長谷川さんが魔法使いというのは分かりましたが、どこにもあちらの世界との接点がありませんよ?」
「全くヨ、彼女が麻帆良に来たのは小学校の入学と同時、それまでは首都圏にある幼稚園かよてたみたいネ。
 あえて魔法に関わった言うのなら、この麻帆良学園入学こそがその始まりヨ」

 資料を何度も読み返したが本当に何も出ない。

「ふーム、困たネ……ン?」
「どうかしました?超さん」
「イヤ、今年の身体測定のデータだガ、これおかしくないかネ?ハカセ」

 と言いながら一つのデータを指差す超。
 そこには「裸眼視力(左/右):(1.2/1.2)」と書かれてあった。

「視力がどうかしたんですか?」
「ハカセ、この長谷川サンの写真見ると違和感がはきりするヨ」

 と言いつつ葉加瀬に千雨の写真を渡す、超は今までの資料にあった千雨の写真を並べ始めた。

「ああっ!眼鏡ーーーーーーーー」
「その通りヨ!」

 そう言った超の背後には夥しい量の千雨の写真が時系列順に並べられている、麻帆良に来る一年前からごく最近まで。

「視力1.2いう事は別に眼鏡無くても困る事ないネ、それでも敢えてしなくてはいけない理由……それは!」
「それは?何ですか超さん!」
「今から考えるヨ」

 ガクリと葉加瀬の身体から力が抜ける。
 そんな彼女を見ながら超は笑う。

「イヤイヤ、恐らくコレは重要なヒントだヨ。
 ハカセ、この時系列順に並べた写真見るネ、どの写真見ても眼鏡かけてるヨ。
 授業中も、体育時間も、プールの時間もネ」
「私もつけてますけど、条件が違いますしね」
「サテ、時系列を順に見ていくネ、と言うか一目瞭然ヨ。
 長谷川サンが眼鏡付け始めたの小学一年生後半から、この時期に何かあたのは確実ネ」
「そうですね、というか長谷川さん、この頃から不機嫌そうな顔してたんですねー」
「アイヤー、可愛い盛りの女の子が勿体無いネ…………ン、ンンンンンンンンン?」

 小学一年生時の運動会の写真を見ていた超は、何かに気が付いたのか、そこから写真の時系列を遡っていく。
 葉加瀬もそれに釣られて一緒に動くが、超の意図は分からない様だ。

「どうかしたんですか?超さん」

 葉加瀬の質問に答える為か、数枚の写真をピックアップして持ってくる。

「ハカセこれ見て感想聞かせて欲しいヨ」

 イヤそうな顔で超はそう言うと、ピックアップして来た写真を並べる。大体、小学校入学直前から小学一年生後半までの各種行事分だ。
 葉加瀬は並べられた写真を見ていくと、その表情を曇らせていく。

「これは、イジメというヤツでしょうか?」
「おそらくネ、周囲にはその自覚は無かただろうが、時間が進むにつれ段々孤立していてるヨ」

 そう、各種行事の写真を見ると千雨が孤立していく様は如実に分かった。
 食事は集団から離れた所で食うし、グループ構成はクラス委員長らしき人物と同じ班、何より笑顔の写真が後半に行くに従って確実に減っていっているのだ。
 また、集団で写っている写真にしても中心には絶対にいない、ほとんど端に寄っている。個人や偶然写っている写真は俯いているかそっぽを向いていた。
 超と葉加瀬は息を呑んだ。これは紛う事なき、無自覚なイジメの現場写真だった。

「こ、これは……流石に堪りませんね」
「うむ、ごく普通の子供なら耐えられるものではないヨ」
「けど、これは長谷川さんが魔法を使える原因とは言えませんよ?」
「その通り、これは長谷川サンが周囲から孤立していたという証拠にはなても、魔法に係わったという証拠にはならないネ。
 しかし、この孤立の謎を解明できれば長谷川サンの懐に一歩近付く事ができるヨ」
「そうなると、やはり麻帆良入りが一つの転機なんでしょうねー、小学生以前は笑顔が多いですし」
「麻帆良入り……カ、小学校入学直後はそれなりに友達いたみたいネ、その友達も次第に離れていてる……麻帆良にあて他にないモノ……ハカセ、麻帆良
に来て一番驚いたの何か覚えてるカ?」
「え?麻帆良で最初に驚いた事ですか?やっぱり世界樹ですかねー、あの大きさには素直に感動しましたよ。
 後は図書館島の蔵書量とか充実した研究施設でしょうかー」
「どこからでも見えるしナ、恐らく長谷川サンもそうだったはずヨ……ちょと待つヨロシ」

 そう断ると超は携帯を操作して、何人かの人物と数分ずつ話しをする。
 それらの会話が終了すると、超はホワイトボードに三人の名前と、いくつかの事柄を書き込んで行った。

「とりあえず他の意見として五月と古(クー)と龍宮サンに話聞いてみたヨ」
「それがその箇条書きですか。
 ええと五月さんは、世界樹,おおらかな人達,元気な校風。
 古さんは、世界樹,強者の数,美味いメシ。
 龍宮さんが、世界樹,魔法使いの多さ,麻帆良結界。
 流石に全員、世界樹は入れますねー、けど龍宮さんの結界ってアレですか?」
「その通りネ、アレよエヴァンジェリンの力を削ぎ落とし、麻帆良全域を囲むように侵入者感知の警戒網を張り、非常識に対する認識を緩和する結界。
 まあ一種の防犯装置ネ、だけどこれ程の結界は普通は存在しないというかありえないヨ。
 過去の都市設計にある結界いうのは、せいぜい都市全体の運気を向上させたり、霊体の侵入を阻害する程度のものネ。
 しかし、五月のおおらかな人達や元気な校風は彼女らしいナ」
「ええ、後の御二方がちょっときな臭いですけど」
「なあハカセ、この事例を見て何か感じないカ?」
「え?どこかおかしいですか?超さん」
「いや、フと思ったヨ、これは“過ぎる”と言う文言が抜けてるのではないカとな」
「“過ぎる”……ですか?」
「ウム、要するに“おおらか過ぎる人達”,“元気過ぎる校風”,“多過ぎる強者”そして」
「“魔法使いが多過ぎる”ですか」
「その通り、これこそが認識に対する結界の力なのだろうナ。外の世界と比べて明らかに過剰な存在を普通と認識させてるヨ」

 その超の言葉に何か思いついたのか、しばらく考え込んだ葉加瀬がふと口を開く。

「あの、超さん。もしかしてコレじゃあないですか?」
「コレとは何だねハカセ」
「いえ、ですから長谷川さんが孤立した理由ですよ。
 私の憶測ですけど、この≪認識阻害≫が彼女に対して正常に働いていなかったら?」
「普通に考えると、これまで生きてきた外の常識に引っ張られるナ」
「ええ、そうなると“麻帆良の常識を認識している”友達との会話で齟齬が生まれてきます、その結果がこの状態なのでは?」
「なるほど、外の世界では明らかな異常なのに、この街ではごく当たり前と捉えられている事例は枚挙に暇がないネ」
「はい、その差異を事ある毎に指摘していたとしたら……いえ、子供の心理として当然していたはずです」
「煙たがれるナ、そして孤立する。
 この写真の状況から考えると彼女はこう思ったはずネ、自分はおかしくない周囲が異常なんだト。
 そして、この眼鏡こそ周囲と自分を隔てる“常識”の壁に他ならないヨ」

 千雨の過去をそこまで推察していた二人は、千雨の過去と現在に慄然とした。
 この麻帆良で唯一人、周囲と違う“常識”を抱えて生きているのだ。
 それは、麻帆良という名の世界と真っ向から対峙しているという事に他ならない。

「この状況で八年ですか……凄まじい精神力ですね」
「そうだネ、普通はストレスで潰れてるヨ(まア、だからこそああして吐き出しているんだろうナ……不憫ヨ千雨サン)、恐らく千雨サンは役者や客では
なく、傍観者となる事で自分を守ったんだろうナ。
 でもこれでようやく目処がついたヨ」
「目処ですか?」
「ウム。何故、長谷川千雨が魔法使いを忌避するか……その理由こそコレね。
 ≪認識阻害≫による数年分のトラウマ、それが原因の対人恐怖症、コレに違いないヨ!
 恐らく彼女は魔法使いになた時、結界に関する情報を入手したヨ。自分を今まで苦しめてきた、イヤ現在進行形で苦しめている結界の情報をネ。
 誰が何の目的で張っているのか、その存在と目的まで確実にネ」
「となると関東魔法協会には……」
「入らない可能性は極めて大きいネ、良くて中立だろうナ。
 第一、魔法使いの方が遠慮する可能性もあるヨ。
 何と言っても、ある意味自分達の罪を見せ付けられる事に他ならないからネ」
「そうですね、この事情を知って仲間にしようというのは虫が良すぎますよ。
 しかし、そうなると魔法を知ったのは何時頃になるんでしょうか?」
「私の考えだと中等部以降ネ、もし初等部で結界の件知ったら麻帆良から出てるヨ。
 そうなると魔法に接触したのは早くて二年前、最悪この一年以内という事ネ」
「それは……凄い才能ですね、ネギ先生を上回るんじゃないですか?」
「そこら辺はどうか分からないケド、教えた魔法使いは尋常じゃないヨ。
 エヴァンジェリン始め、学園の魔法使いの目を盗んで千雨サンという種を拾い、気付かれないように育て上げた。
 恐ろしい程の手腕ネ」
「その人はまだ麻帆良にいるんでしょうか」
「どうかナ、私はもういない思てるヨ。
 いたのなら麻帆良湖の騒動はもっと静かに終わってたし、千雨サンの正体もばれてなかたネ。

 ハカセ、とりあえず今回はここで止めるヨ、魔法に関しては千雨サンから直接聞いた方が早いしネ」
「そうですね、とりあえずここまでの推論をレポートにしましょうか、エヴァンジェリンさんには連絡しておきますか?」
「明日でいいだロ、今日はあまり頭使いたい気分じゃないヨ」
「分かりました、それより超さん逃げずにレポート作製手伝って下さい。私もあまり良い気分じゃないんですから」
「了解ネ、ハカセ」

 そして、その日の超と葉加瀬の研究室は、珍しい事に休日前にも関わらず日が変わる前にその灯を落としていた。



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 翌日、千雨は昨日夕食を共にした刹那の案内で、とある扉の前に来ていた。
 いつも開いている教室の扉とはどこか違う、両開きのその扉の向うは、この麻帆良学園都市を総括する学園長・近衛近右衛門の執務室だった。
 千雨の前に立つ刹那が扉を叩く重厚な音が響く。
 我知らず生唾を飲み込んだ千雨は、その扉が開く様を他人事の様に見ていた。

 千雨を案内して来た刹那を退出させると、部屋の主である近右衛門は千雨を応接セットへ誘う。
 ふわふわしたソファは千雨にとって、些か落ち着かないものだったが何とか腰を下ろす。
 対面に腰を下ろした近右衛門は、好々爺そのものの笑みを浮かべながら話を切り出した。

「初めまして、じゃな長谷川君。知っているとは思うが、ワシは麻帆良学園の学園長を勤めておる近衛近右衛門という者じゃ。
 君には先日来、この麻帆良で起きた騒動を止めていてもらっていた事について、本当に感謝しておる。
 しかも、桜通りではワシらの仲間が一部とはいえ、お主に酷い事をしてしもうた、この件についてはいくら詫びても詫び切れん」

 そう言って頭を垂れる近右衛門。しかし、頭を垂れると彼の異常性は否応なしに千雨の目に入ってくるので、返って千雨は苦々しく思う。

『なんだこりゃ、もしかしてギャグでやってんのか』
『いえ、普通に真面目な謝罪なんじゃないですか?結果ギャグになっているだけで』

「いえ、礼とか謝罪とか言われても困ります、私はやらなければならない事をやっただけですから」
「ほ、それはどういう意味かね?できれば教えてもらえると助かるんじゃが」
「いいですけど、その前に春休みからの事件について、学園長先生が知っている事を簡単で良いですから教えてもらえますか?」
「事件の原因がジュエルシードなるマジックアイテムで、コレが魔力を吸収して暴走……結果事件が起き、君がその事件を解決しながらジュエルシードを
収集している、という辺りかの」
「そうですか、……私がジュエルシードを集めていたのは単純に言えば危険だからです。
 どう危険かというと、暴走が臨界に達すると戦術核並の破壊を齎すとだけ聞いています」
「核並とな?」
「ええ、ですのでジュエルシードを回収した後は、魔力が及ばない位相空間に封印する事にしています」
「ふうむ、では何故君だけが暴走したジュエルシードを倒し、封印できるのかね?ワシ等には無理なのかね?」
「ええと、なんと言いますか非常に信じ難い話なんですが、私が使う魔法はこの世界の魔法とは違うものなんです」
「というと魔法世界の新技術という事かの?」
「は?魔法……世界?何ですかそれは?」
「魔法世界の事は知らなかったのかね?簡単に言うとじゃな、この世界と繋がっている魔法が公的に知られている世界だと思ってくれれば間違いは無い」
「はぁ……

『ミッドとは違うよな?』
『ええ、間違ってもミッドには≪武装解除≫の様な性犯罪一歩手前の魔法はありません』

 いえ、そことは違う全く別の世界です。
 私に魔法を教えてくれた人はミッドチルダと言っていました」
「ほう、ミッドチルダとな?それで君に魔法を教えてくれた人物について詳しく教えてくれないかね?」
「名前はプレシア・テスタロッサと名乗ってました、本名かどうかは分かりません。
 波打った長い黒髪の綺麗な人でしたね、年齢は大体三十代だったと思います」
「プレシア・テスタロッサ……それで、その人物は今何処に?」
「さぁ、私に一通りの事を教えるとふっといなくなってましたから。
 で、プレシア先生が言うには魔法に要する魔力の成り立ちから違うそうで、全くの別物だそうです」
「魔力から?というと、どう違うのかね」
「あの、学園長先生……これは先生方が聞いてもしょうがない事なんですが?」
「いや、悪いとは思うんじゃがこれも仕事での、ワシ等が使えんと言うのなら、その理由を調べんとならんのじゃよ」
「はぁ……、そういう事でしたら。
 先生方が使う魔法ですが、プレシア先生は精霊魔法と呼んでいました。理由は精霊魔法は基本的に精霊に呼びかけて、その力を行使するからだとか。
 それと比べてプレシア先生が使うミッドチルダ式魔法は純粋魔力を使用する魔法なんです。
 先生方もご存知の通りジュエルシードの特性には、周辺魔力素を吸収し増幅するというものがあります、この特性こそが精霊魔法が効かない理由です」
「その魔力素が、ワシ等が魔法で使う精霊というわけじゃな?」
「はい、恐らくは。
 ですから、私が使うミッド式の様に純粋魔力でないと対応は難しいと思います。
 それから先生方がミッド式を使えない理由ですが、これは体質的な問題です。
 ミッド式の魔法を利用するには、リンカーコアという特殊な魔力器官が必須なんです。
 私にはそれがあったので使えるんですけど、先生方を始め、殆どの人には無かったとプレシア先生は言っていました」
「それは見るだけで分かるものなのかね?」
「さあ、その辺の事は聞いていませんから。
 リンカーコア自体、実体がないらしいので何らかの魔法を使って調べたのかもしれません」
「ふむ、なるほどのう。
 もしや、こちらで対応できるかもと思っておったのじゃが……、そういう事なら諦めるしかあるまい。
 そういえば事件は麻帆良近辺でのみ起きておったんじゃが、理由は知っておるかね?」
「知りません。けど、もしかしたらプレシア先生はその辺の事情を調べる為に来たのかもしれませんね」
「というと、君の先生が麻帆良に来たのはジュエルシードの収集や調査が目的で、見つける事が出来なかった代わりに、君という魔法使いを育ててイザと
言う時の為に備えた……という事になるのかのう」
「かもしれません、後は自分の技術を教えたかったのかもしれませんね」
「なるほど、魔法使いとして教師として見習うべきじゃな」
「そういえば、プレシア先生から聞いた話では麻帆良にある可能性があるのは9つ、内8つは封印済みですから残りは1つです。
 一応、停電の日に麻帆良市街へ探索術式を展開しましたが、市街に反応はありませんでした。
 残り1つは麻帆良外縁部にある可能性が高いんですけど……あの騒ぎでも暴走しなかった事を考えると元から無かったか……」
「何者かが持ち去った……という事じゃな?」
「はい、ジュエルシードそのものは、魔力を吸収できない場合、ただの結晶体にすぎませんから、持ち去った人物はその手の手段を構築できる可能性が
高いと思います。
 持ち去られた場合、その人物はジュエルシードが魔法か魔力を吸収した瞬間を目撃したんでしょう。
 何らかのアイテムとして利用するか、魔力蓄積装置として利用するつもりかもしれません。使った途端ドカンですけど」
「なるほどのう、では昨晩の警備を担当しておった者達に聞いておこう、何か情報があったら桜咲君を通じて連絡を入れる様に手配をしておくが良いかね」
「それはこちらとしても助かりますが、良いんですか?」
「何、君には散々迷惑をかけておるからの、これ位は軽いものじゃよ」

 そう言って近右衛門はふぉふぉふぉと笑い声を上げる。
 そんな近右衛門に千雨は思い出したかのように話しかける。

「学園長先生に一つお願いしたい事があるんですけど」
「何じゃね?」
「一応、念の為に修学旅行中を利用して外縁部の探索を私の使い魔にさせるつもりなんですけど、その際に魔法を使う許可を頂けませんか?」
「ほう、君の使い魔かね、良かろう許可は出しておく。
 しかし、どういった使い魔なのかそれだけでも教えておいてもらえんかのう」
「素体は白猫ですけど、普段は十歳位の少女です。
 一応、修学旅行中はマクダウェルに世話を見てもらうようにしていますので、その辺の事はお気遣い無く」
「あい分かった。来週からの修学旅行を楽しんできなさい」
「ありがとうございます、それではこれで失礼します」

 そう言うと千雨は近右衛門の執務室から退出した。
 これが千雨と近右衛門の公式的な一回目の会話の全てである。



 千雨が退出した学園長室では数名の魔法先生が集合していた。無論、近右衛門もいる。

「さて、どうじゃな皆の衆。あれが長谷川千雨君じゃ」

 近右衛門の言葉に答えたのは眼鏡をかけた三十代の痩せ型の男だった。

「いや、とても中学生とは思えませんね、ウチの娘とは大違いですよ」
「明石教授の娘さんは元気ですからねー」

 と言ったのはかなりの肥満体の男性、どことなく布袋さまを連想させるような風体だ。

「しかし、彼女との会話から新しい情報もまた得られたのでないですか?弐集院先生」
「ジュエルシードの危険性、ミッドチルダ式魔法、そしてプレシア・テスタロッサですか」

 そして新しい情報に瀬流彦と、凛とした佇まいの女性が反応する。
 そんな女性に尼僧服の女性が問いかけた。

「刀子先生はどう思われます?」
「シスター、そうですね……プレシア・テスタロッサ以外は一応信じられます。
 実際にこの目で見ましたから」
「だな、しかし、プレシア・テスタロッサに関しても、そう一概に否定が出来ないのも事実だ」
「我々の目を盗んで、あれほどの魔法を個人で修得する事は困難だからな」

 葛葉刀子の言葉に補足を加えたのは神多羅木とガンドルフィーニだ。
 魔法先生達の会話が一段落したのを見計らって、近右衛門が声を上げる。

「弐集院先生、どこかと思念会話をしていた気配はあったかね?」
「いえ、特には。ただ、彼女は自分の周囲に何らかの魔法障壁を展開しているのか、詳しいデータが取れませんでした」
「瀬流彦先生、彼女の周辺調査の結果はどうなっておる」
「今の所、特に問題はありません。
 ただ、交友関係というか友人は少ないようです」
「ガンドルフィーニ先生、彼女のこれまでの素行は?」
「良くも悪くも普通です、問題があるとすれば夜更かしと早退位ですが、許容範囲内でしょう。
 遅刻はほぼゼロ、欠席もあまりありません」
「葛葉先生、彼女の成績はどうかね」
「平均よりも少し低い程度です。ただ理数系に関しては、時折難しい問題を解いています」
「どの様な問題かね?」
「数学教師が面白半分に小テストで入れた京都大の入試問題です、一応少々いじって出したそうですが、解けたのは彼女を含めると例の二人だけだったそうです」
「ほほう、それは大したもんじゃな。しかし、特殊な魔法を使える以外は普通の学生という事になるのう」

 首を捻る近右衛門にガンドルフィーニが話しかける。

「学園長、何故魔法協会に勧誘しなかったのですか?」
「未だ、彼女が此方を警戒しておるからじゃよ。
 考えてもみるがよい、今日明かした情報は彼女の損にならない情報だけじゃ。
 ジュエルシードに関してはワシ等に下手に手を出させないように釘を刺したに過ぎん。
 魔法に関しては、あるかどうかも分からない器官を理由に触りを教えただけ、しかも残るジュエルシードの件を持ち出して自身に保険をかけるという
事までしおった。
 プレシア・テスタロッサに関しては言うまでもあるまい、実在するかどうかも怪しい人物じゃからな、彼女の痛手にはならん。
 顧みると此方は、ジュエルシードの探索協力と使い魔の活動の黙認、エヴァンジェリンとの交流も許可させられてしもうた。
 とんでもないわい」

 近右衛門のぼやきに魔法先生達は乾いた笑いしか出せなかった。



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 学園長室で麻帆良を代表する魔法使いと話した翌日。
 修学旅行を明日に控えた日曜日に千雨は、アリアと連れ立ってエヴァンジェリン邸へと赴いた。
 学生寮に住んでいないエヴァンジェリンの邸宅は学園都市郊外に位置していた。
 森の中にあり、近くに川が流れるという周囲に自然が溢れるログハウス調のその家は、まるで海外のドラマか絵本に出てきそうな佇まいである。

「中々いい家に住んでるんだな」
「ますたー、ここがエバンジェリンの家か?」
「らしいな、生徒名簿だとここで絡繰のヤツと一緒に住んでいるらしい」
【魔力さえあれば結界が張られているんでしょうけどね】
「まーいいさ、ふつーに入れるっていうのはな」

 そう言いつつ千雨はドア横に吊るされている呼び出し用のカウベルを鳴らす。
 からんころんと軽やかなカウベルの余韻が終わるかどうかという頃合いに、ドアが内側から開かれる。
 開いたドアの向うに現れたのは、着物の上にエプロンを着けたエヴァンジェリンの従者・茶々丸だった。

「いらっしゃいませ皆さん、マスターがお待ちです」
「おじゃましまーす」

 エヴァンジェリン邸の中はちょっとした人形屋敷だった、目の前に人形、テーブルの上にも、ソファの上にも、床の上にも、とにかく人形だらけだ。
 しかし、何らかの均衡が保たれているのか、不思議と散らかっているという印象は受けない。
 態とそう配置しているのが分かる、その証拠に人が動く生活動線は十分以上に確保している上、目に騒がしくない様な配置がされているのだ。

「ふむ、これがよゆーというものか、確かにアリアにはよゆーが無かったのかもしれない」

 アリアはエヴァンジェリン邸内部を見回して一人頷いている。
 そんなアリアをからかう様な声が頭上から響いてくる、この家の家主エヴァンジェリンだ。

「ふん、そう一朝一夕に理解できれば苦労はせん、せいぜい散らかして主に怒られるがいい」
「む、アリアのますたーは努力を認めるいいますたーだ、戯言はよすがいい」
「だったら良いがな。お前達、今は手が離せん、そこらのソファに好きに掛けて待っていろ」

 エヴァンジェリンはそう言うと、再び頭を引っ込める。
 家主の許可が出たので、千雨とアリアは比較的空いているソファに並んで腰掛ける。
 周囲にはエヴァンジェリンの物なのだろう、人形がふんだんに置かれている。
 そんな中、アリアの耳がひくりと動く。
 何を思ったのか、アリアは座っていたソファから飛び降りると、ソファの下に手を突っ込んだ。
 引き出した手には一体の木製の人形がぶら下がっていた。
 茶々丸をディフォルメした様なその人形は「ケケケ」と、不気味な笑い声を上げている。
 千雨は、拾ってきた人形を抱き上げてソファに戻ってきたアリアから、心持ち距離をとりつつ話しかける。

「おい、何だよアリアその……人殺しそうな人形は」
「分からん、魔力が篭っているからエバンジェリンの人形であることは間違いなかろうが……」
【ばっちいのは拾っちゃ駄目ですよ、アリア】
「それは違うアロンダイト。見るがいい、何度もしゅーりした跡が見えるであろう、恐らくエバンジェリンの使い魔だ」
「ケケケ、良クワカッテンジャネーカ。テメーガキノクセニ見所アンゼ」
「当たり前だ、アリアはますたーの使い魔なのだからな、戦闘は苦手だがじゅーぶん役に立つのだ」
「マーイイ、テメーノ名ヲ言イナ」
「ふむ、ここは貴様が名乗るべきだがよかろう。ますたー・はせがわちさめの使い魔アリアだ」
「オレサマハ“闇ノ福音”ノ従者・チャチャゼロダ、ヨク覚エトケ」
「うむ、これで我等の間に友誼はなった、アリアとチャチャゼロはこれで友だ」
「エ……オイ待テ、何故ソーナル」
「姉さん、お友達が出来たのですね、良かった。
 アリアさん、こんな姉さんですが末永くお付き合い下さい」

 アリアの物言いに突っ込みを入れるチャチャゼロだったが、千雨達にアイスティーを配り終えた茶々丸が袂でそっと目元を拭きながらアリアに話しかける。
 どうも一緒に夕食の準備をしてから仲良くなったらしい。
 そして友人でもある茶々丸から頼まれて嬉しかったのか、アリアは満面の笑顔で茶々丸に答える。

「任せるが良い、ますたーが死なない限り、外的要因以外でアリアは死なないからな、永くつきあってやる」
「待テ妹ヨ、ソレハオカシイ。トイウカアリア、テメーモ黙レ」

 動けていればビシッと突っ込みを入れたのだろうが、動けない為に声だけである。
 そんな状況が混沌としてきた所に、家主が降りてきた。

「騒がしいぞ貴様等、もう少し静かにできんのか」
「遅かったな、何してたんだ?」

 二階から降りてきた家主に千雨が声をかけるが、どういう訳か当のエヴァンジェリンは千雨を見ると微妙な表情を浮かべて顔を背ける。

「……何でもない、呪いに関する考察をしていただけだ」
「呪い?麻帆良結界の≪魔力抑制≫とは違うのか?」
「それとは別のヤツだ」
「マスターはネギ先生の父親・サウザンドマスターによって≪登校地獄≫という魔法をかけられて十四年間中学生をされています、今年で十五年目です」
「は?……十五年?ちょっと待て、マクダウェルお前何歳なんだ?」
「大体600前後だ、詳しい年齢は覚えておらん」
「…………ちょっと待て、え?600?いや、ありえねえだろう。生物学的にどうなんだよ」
「ちゃちゃまる本当なのか?」
「マスターはそう仰っています」
「アー、御主人ガ言ッテルノハ本当ダ、大体中世ノ辺リカラ生キテルゼ」
「待て、長谷川千雨そうなるとお前は私をどう見ていたのだ」
「え?……あーそりゃあトンデモ犯罪を起こした犯罪者って所かな。
 けど状況的倫理的に刑に処する訳にもいかず、能力的に放逐する訳にもいかずで、この街で服役がてら社会復帰のリハビリ受けてる…………って感じ?
 てーか600年生きられる生物って何だよ」
【マスター、竜種なら十分ありえますけど】
「私は真祖の吸血鬼だ、ドラゴンなんぞと一緒にするな」
「え?マジ?」
「ハイ、本当です。マスターは魔力源として、血液を摂取される時があります」
「マジダゼ長谷川、オメーモ気ヲツケンダナー。ケケケ」

 千雨は頭を抱えて蹲り、くそ今日は第二の春休み前日かと心の中で愚痴る。
 そんな千雨をエヴァンジェリンは薄ら笑いを浮かべて見下ろしていた。

「ふん、魔法を受け入れた以上、これ位序の口だ。
 大体、貴様と貴様が所持しているジュエルシードが一番の非常識……いや、異常なのだと自覚しろ。
 まぁいい、長谷川千雨それとアロンダイト、昨日じじいとどういう話しをしてきたか、話してみろ」
「え?別にいいだろ、ふつーに話してただけだよ」
「うるさい、私の秘密を知ったんだ、今度は貴様の情報を渡せ」
「待て、お前の秘密って勝手にそっちでバラしたんだろうが」
【まあいいじゃないですかマスター、あれ位はお茶のみ話の延長ですし】
「……あーもう勝手にしろ」

『アロンダイト、例の映像や画像は絶対漏らすなよ?』
『分かりました……個人的には見て欲しいですけどね』

 そうしてアロンダイトは千雨と学園長のやり取りを、空間モニターに映し出しながら仔細漏らさずエヴァンジェリン邸で披露した。

「ほほう、ミッド式にリンカーコアか、中々興味深い話じゃないか?
 アロンダイト、リンカーコアの所有者はこの麻帆良学園都市内では間違いなく長谷川千雨だけなのか」
【ええ、それは間違いなく】
「長谷川千雨、ミッド式で私の呪いを解除できるか?」
「え?無理だろ、ミッド式はどちらかというと理系なんだよ、だからそういうファジーな系統の魔法は発達していないんだ。
 桜通りでいくつか呪文を聞いたけど、精霊魔法って文系っていうか周辺魔力素への感応召喚法だろ?
 根本から違うしなぁ、まぁ、お前の状態や呪いが数式で表せる事ができれば不可能ではないと思うんだけど……。
 てーかさ、お前みたいに600年生きてきた吸血鬼にも解けない呪いを掛ける魔法使いって何なんだよ」
「あの時は罠にかかって平常心を無くしていたんだよ、そこに術式が無茶苦茶な魔法をバカ魔力にモノを言わせて掛けてきたんだ。
 普通の呪いならとっくに解析して解いている」

『レジストに失敗したって事か。停電の時とかに学校フッ飛ばさないだけ自重してるって事だな』
『どういう事です?マスター』
『いや、≪登校地獄≫って名前からして、麻帆良学園への出席に設定されてるんだろ?じゃあそれが無くなったら呪いそのものが成立しないじゃないか
……って、あれ?』

「なあ、マクダウェル。お前が呪いを受けたのって麻帆良だったのか?」
「何故そんな事を聞く」
「いや、お前に≪魔力抑制≫が掛かっているのは結界関連で分かるんだけどさ、≪登校地獄≫は名前からして麻帆良近辺で掛けてないとおかしいだろ、
どんな呪いなんだ?
 やっぱりサボったりすると身体に痛みが走るとか?」
「そんなところだ。後、呪いは麻帆良湖々畔で受けた、温情のつもりか編入は中学だったがな」

『となるとやっぱり設定は麻帆良学園そのものか』
『ああ、さっき言ってた事分かりました、麻帆良学園という場所を壊せば“登校する学校が無くなりますもんね”』
『うん、そう。だから良く我慢したなーって思ってさ』

「警備員もやってたよな、昼間にシフトが回ってきたらどうするんだ、痛みに耐えて仕事しろとかないよな?」
「≪侵入者感知≫の魔法が自動的に知らせるんだよ、その仕事の時だけ≪登校地獄≫はキャンセルされる」
「それっておかしくないか?」
「何がだ」
「これから言うのは私見だから話半……いや一分位で聞いてくれ。
 この呪いだけど、麻帆良結界と妙に繋がっているのが気に掛かる。
 聞いた話だと先に掛かっていたのは≪登校地獄≫だろ、そこに≪侵入者感知≫と≪魔力抑制≫がどうして組み込まれるんだ?
 いや、警備員している以上、そうなるのかもしれないけど、精霊魔法の呪いって上書きとか更新が可能なのか?」
「え?いや、どうだろうな、あの時は気が動転していて呪文も何も覚えておらん。
 ただ一般的に呪いの上書きは、元の呪いを上書き魔力が上回れば可能だが、元々の呪いが奴だからな……不可能だろう」
「お前も気付くだろうしな。
 大体この麻帆良結界からして意味不明なんだよ、≪侵入者感知≫と≪認識阻害≫はまだ分かるけど≪魔力抑制≫が腑に落ちないんだ。
 結界として意味が無いだろ、それでもあえて組み込むというのなら≪魔力抑制≫をして魔力を隠す必要がある人物が元からいたか、来る予定があった。
もしくは、≪魔力抑制≫を使って誰かを抑え込む予定が無いと意味が通らないだろ?」
【そうですよね、意味分かりませんよ】
「マクダウェル、最近っていうかここ数年、休みの日とか麻帆良の外に出てみようとした事はあるか?」
「バカか貴様、呪いで出られないと言っているだろうが!」

 千雨の質問に激昂するエヴァンジェリンだが、当の千雨はあまり気にしていない。

「おかしくないか?休みって“登校する必要ないだろ”?
 そうなると≪登校地獄≫と≪侵入者感知≫と≪魔力抑制≫それに≪封鎖結界≫みたいに四重に呪文が掛かっている事になるぞ?
 それともあれか?≪登校地獄≫って基本的に対象の魔力を抑えた上で特定領域に束縛して、対象が特定領域を出たり特定時刻に指定位置にいないと罰則
を与えるっていう術式なのか?体調天候休日関係なし?」
「確かにそういう術になるな、それから体調や天候、それに休日は勘案される。
 それと同一クラスで三年経った際、魔法関係者以外のクラスメイトの記憶操作が自動で行われる」
「マジ?そんなただでさえ無茶苦茶フレキシブルな術式を麻帆良結界とリンクさせるって無茶だろ!
 確かここの麻帆良結界って、電気とかを利用したかなり大掛かりなものだから、他の呪文とリンクさせるのならそれなりに仕掛を弄る必要があるはず
なんだよ。
 それともボタン一つで抑制対象を変えることができるとか?」
「いえ、それはありません≪魔力抑制≫は確かにマスターお一人に向けられています」
「なあ……もしかしてペテンに掛けられてるんじゃないか?」
「どういう意味だ、事と次第によっては縊り殺すぞ」
「いや、だってどう考えてもおかしいだろ。
 ≪登校地獄≫っていうただでさえ訳が分からないトンデモ術式を、麻帆良結界の術式に組み込むなんて無茶すぎるって。
 ≪登校地獄≫の発動条件を麻帆良結界の反応に合わせて変化させているんだぞ?
 そりゃあ≪侵入者感知≫と≪魔力抑制≫は発動しているだろうけどさ、それは≪侵入者感知≫にお前に連絡しろって術式を加えるだけでいいだけだろ、
≪登校地獄≫を組み込むよりは余程簡単じゃないか?」
「と、というと……」
「可能性だけどな」

 ぶるぶる震えるエヴァンジェリンに千雨はあっさりと告げる、他人事なのでどこまでも無責任である。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――

長~いあとがき
 背景にすらネギが出てこない回。
 色々と面倒な話しをする回、脳味噌がウニになりそうでした、そして色々とフラグが立つ回でもあります。
 おかしい……本来エヴァンジェリンの封印を解くつもりはなかったんですけど?いつの間にかこんな展開に……w
 呪いに関して千雨が色々と考察するんですけど、これはネギま!の魔法を知らない彼女だから出来る事ではないかと思います。
 第一、呪いの精霊というのが彼女には理解できないでしょうねw
 無理矢理に考えれば、人工魂魄とか人工知能として納得するんでしょうが……

鍋ぱーてぃーの話。
 食材選びに何故エヴァ主従を選んだかというと、アリアと茶々丸の絡みを描きたかったというのがあります。
 何故、鍋シーンを作らなかったかというと、止め処も無く書き続けているだろうから。
 恐らくエヴァンジェリンは鍋奉行。600年の経験的にかなり煩いのではなかろうかと思う。
 子猫時代の影響でアリアは茶々丸が好きです。
 後はジュエルシード(と千雨の感性)がどんだけヤバイかという説明。
 実際問題、全威力の何万分の一の発動で小規模次元震を起こすそうだから、どんだけヤバイ代物か分かろうというもの。
 鍋くいてぇ

超と葉加瀬の長谷川レポート作製の話
 鬱になりそうな話だ、でこれはよく考えたら現在進行形の話でもある訳です
 これで超と葉加瀬は認識阻害という一つ目のハードルを越えた、後は思考誘導と3-A組み込みですね
 しかし、二人を認識阻害という答えに持って行くまでが難しかった、この二人だから簡単に分かるかもしれないが、それやるとつまらないし。
 というか、異常を異常と感じ取れないというこの状況が難しすぎる
 実は葉加瀬との会話があって、答えに辿り着く経緯は自分でも書いていて面白かったです。

千雨と学園長(隠れている人達)
 女子中学生とぬらりひょんの化かし合い。
 一応、情報量の多さで千雨の勝ちというかうーん、ちょっと学園長が弱すぎた?
 けど弱味がある以上、強くも出れないのですよ。
 ここで魔法の師としてプレシアを出したのは呼び出された時にアロンダイトと話し合って決めています、入れる所が見当たらなかったのでここで補足。
 後、何故プレシアさんかというと、既に死亡している人&情報すらない、ある程度の知識がある、という事から。
 魔法先生達が何処にいたかというと、学園長室のロフトに潜んでいました。
 学園長と先生達の会話は大人ってこんなものよねという感じでw

千雨パーティー&マクダウェル一家
 バリアジャケットで変身は一度やってみたかったネタw
 えーと、登場人物おおすぎね?(汗)
 アリアとチャチャゼロはセットで考えたいかなーとか思ったり、できれば面白い組み合わせになると良いかな。
 千雨、エヴァンジェリンの正体を知るの巻。普通は吸血鬼とか考えないよねw
 けど、エヴァンジェリンにしてみれば千雨の(精神というか感性の)方が遥かに異常だったりする
 呪いとミッド式は明白に相反するものですから千雨には基本解けません。
 あ、最後に震えているのは怒りでです。

没にした話
 実はエヴァンジェリンの呪いに関する話には没になった展開が3つばかりあります、簡単に言うと次の様な物。
 1.エヴァンジェリンに探査魔法をかけた結果、あまりの意味不明さに目がしぱしぱするアリアと頭が痛くなる千雨。
 2.刑期を勤めたら?と軽く話す千雨。
 3.話を聞く内に出てきた呪いの精霊という存在にブチ切れる千雨。
 結局3パターン共、うまく続かないので没になりました。

呪い談義・≪登校地獄≫&麻帆良結界
 実際、訳が分からん術式です。原作中のエヴァンジェリンの言葉を借りるならば魔力抑制,特定領域束縛,特定時間束縛,記憶操作(記憶操作に関して
は状況からの予想)を体調,休暇,天候,結界侵入者を勘案して適時調整している、しかも一部は(稼動済みの)結界とリンクしている上に、記憶操作に
関しては呪いに無関係な他人に影響するという非常識な呪文です。
 なのでこのSSでは≪登校地獄≫自体は消滅しており、エヴァンジェリンを縛るのは麻帆良結界の≪魔力抑制≫とエヴァンジェリンの思い込みだけという
事になります、というかそれで勘弁して下さい。
 記憶操作は魔法先生が総出でやっているとかw
 ただ、テクノロジーの発展と共に麻帆良結界も高効率になっているので、エヴァンジェリンの魔力自体は削られたままです。
 ていうかですね、文中でも書いている通り結界の≪魔力抑制≫が分からないんですよ、もしかしたら図書館島地下のアルビレオを対象にしていたかも
しれないと思いましたが、三巻で茶々丸がハッキングした際に明言している&魔力解放時のエヴァンジェリンが図書館島地下の彼に気が付いていないので
違うだろうと結論付けました。
 で考え付いたのがエヴァンジェリンをペテンにかける為の仕掛け。
 エヴァンジェリンが麻帆良に来た当初≪魔力抑制≫は発動していなかったんだよ!(ナ、ナンダッテー)というこのSS独自の事実を捏造してみました、
時系列としては以下の通り。

1.エヴァ、ナギに呪われる。
2.≪魔力抑制≫結界完成。
3.三~六年?経過して呪い終了。エヴァ魔力の抑制が継続していた為、呪いが続いていると錯覚。
4.実存している≪登校地獄≫を研究するも解呪は成功せず。(元々掛かっていないから)
5.現在に至る。ただ、3はもう少し長かったのかもしれません。

 この仕掛けを思いついたのは、回想シーンにおけるナギの始動キーと麻帆良結界(特に≪魔力抑制≫)です。
 ナギの始動キーって確か三巻の回想シーン以外では出ていないと思うんですよ(というか「マンマンテロテロ」とか、あそこ以外で読んだ覚えがない…
…)、もしかしたらアレは強大な魔力をブラフにしたペテンだったのではなかろうかと思ったのが最初。
 次に、麻帆良結界を考えていた時に≪魔力抑制≫で一体何を抑制しているのかを考えて躓いた、後は本文中や上記で書いた通りですね。

 けどまた捏造するなと怒られるかなあ



[18509] 第10話「修学旅行へいこう!……きてぃ京都へいく」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/08/04 22:45

 長谷川千雨がこの部屋に来たのは二度目である。
 昨日は目の前の老人と比較的穏やかな話し合いがもたれた、内容は物騒だったが。
 しかし、今日は少々事情が違っていた、自分の他に数人?の同席者がいるのだ。
 猫の姿をした自分の使い魔。
 クラスメイトが作り上げた同級生。
 600年生きている同級生。
 昨日、穏やかな雰囲気を出していた老人は、四六の蝦蟇よろしく脂汗を流していた。
 千雨は帰りたくなった。

 ――――――私が悪いのか?



第10話「修学旅行へいこう!……きてぃ京都へいく」



「マスター、周囲に動体反応及び盗聴等の反応ありません」

 学園長室周辺の反応を探る為に展開していた、絡繰茶々丸のセンサーポッドが音を立てて元に戻る。
 その報告を受けた茶々丸の主たる吸血鬼の少女、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは秀麗なその面に華やかな笑みを浮かべて、麻帆良学園学園長
・近衛近右衛門に話しかける……ちなみに目は少しも笑っていなかった。

「さて、じじい。言い訳を聞いてやる、精々囀るがいい」
「い、いや、これはしょうがなかったんじゃよ。
 今は取り下げられているとはいえ、お主は600万$の賞金首、そう簡単に放免とする訳にもいかんじゃろう?
 もう少し時期を見計らって話すつもりだったんじゃ。
 それに、お主に文句の付けようのない功績を上げさせる事で、本国の老人どもの口を閉ざすつもりだったんじゃよ」

 近衛近右衛門の言葉を聞いたエヴァンジェリンは「フン」と鼻を鳴らして、呆れた様な目を向ける。

「あの連中が私を認めるなど、天地がひっくり返えろうとあるわけなかろうが」
「しかしのう……」
「うるさい、とにかく私は今年の修学旅行には参加すると決めたからな、魔力が抑制されていようが知った事か」
「本国にどう説明するかのう……」
「何、ちょうどいい言い訳が出来たではないか、私の封印解除も京都行きの理由もな」
「ひょ?何の事じゃ」

 ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべるエヴァンジェリンに近右衛門は首を傾げるが、千雨は背中に怖気が走った。

「おい、マクダウェルお前……」
「良い勘してるじゃないか、ええ?千雨」
「お前……人の事何だと思ってやがる、自分で解いた事にすりゃあいいじゃねえか。
 他人に迷惑かけてんじゃねーよ」
「私は悪い魔法使いだからな、他人に迷惑をかけるのが仕事なのさ」

 千雨は苦情を口にするが、当のエヴァンジェリンは全く意にも介していない。
 視線を感じた千雨がチラリとその先を見ると、不自然に視線を逸らす近右衛門がいた。

『駄目だ、味方がいねえ……つーか、魔法使いってーのはこんなんばっかりか』
『どうですかねえ、どうも彼女がヒエラルキー的に麻帆良の最上位にいるようですから』
『まーな、停電の時に思い知ってるんだけどさ』
『ますたー、エバンジェリンはますたーより強いのか?』
『あー、強いんじゃねーかな』
『しかし、エバンジェリンの魔力はますたーよりかなり少ない』
『それだけならな、永い事生きている吸血鬼ってーのがネックなんだよ。長い時間を過ごしたって事は、その分引き出しも多いって事だからな』
『経験は馬鹿に出来ませんからね』
『なるほど、確かにボス猫は須らく長い事生きていたからな、理解できる』

 精神リンクを利用して膝の上にいるアリアや胸元にいるアロンダイトと千雨が駄弁っていると、隣に座っているエヴァンジェリンが剣呑な視線を千雨に
向けてくる。

「おい、貴様達何をゴチャゴチャと話している」
「え?お前聞こえるのか?」
「ほほう、聞かれて困る事を話していたわけか?」     / 以下、精神リンクを利用したマルチタスク会話
「違う、アリアの質問に答えていただけだ」        / 『精神リンクが漏れてんのか?』
「そこの子猫と?」                   / 『どうでしょうかね、読心とかできるのかも』
「晩飯の事でな」                    / 『面倒な相手だな、おい』
「フン、まあいい。                   / 『試してみましょうか?』
 面倒事が一つ片付いた記念だ、今日は私が奢ってやる」  / 『変な事するなよ?』
「どういう了見だ?これ以上の面倒は勘弁して欲しいん   / 『アリア、エヴァンジェリンと茶々丸はどちらが上ですか?』
 だけどな」                      / 『何を聞くかと思えば、ちゃちゃまるに決まっておろう』
「別に他意はない、久しぶりに麻帆良から出れるからな   / 『…………』『…………』
、その記念だ」                     / 『会話内容は漏れていませんね』
「ああそーかい、で私はお前を解き放った協力者になっ   / 『かな?しかしまぁ、マクダウェルの前ではやらない方が
た記念日ってか?勘弁してくれよ」            / いいかもな』
「しかし、このゴチャゴチャした感覚はどうにかならん   / 『了解だ、ますたー』
のか」                         / 『承知しました』
「ああ、フィールド魔法がお前の感覚に触っているんだ   / マルチタスク会話終了
ろ、ちょっと鈍らせれば良いじゃないか」
「ふざけるな、引くのは貴様だろうが」
「……分かったよ、これで良いか?」

 千雨は精神リンクに依る会話を終わらせて、エヴァンジェリンの様子を見る。
 エヴァンジェリンは暫く千雨をじっと見た後、ぷいと顔を背けた。

「じじい、本国の連中には私が自力で≪登校地獄≫の一部解除を成したとでも伝えておけ」
「よいのか?」
「これ以上コイツに借りを作るわけにもいかんからな。
 それに魔力の抑制は未だ続いているんだ、連中にはそれで納得させろ。
 それ位はやってもらうぞ?」
「わかっておる、先の予定だったものが前倒しされただけじゃしな、何とかなるじゃろう。
 長谷川君の件もなるべく連絡は遅らせるよう取り計らおう」
「ありがとうございます」
「当たり前だ、あの連中にジュエルシードを与えたら大戦どころの話ではなくなるぞ。
 それから礼を言う必要は無いぞ千雨、じじいは当然の事をしているだけだ」
「え?どういう事だよ」
「簡単に言うと、あっちの世界は冷戦の真っ只中なのさ、とは言ってもこっちの世界の冷戦より幾分緩やかなモノだがな。
 そんな所にジュエルシードなんて物を放り込んでみろ、瞬く間にバランスは崩れて開戦だ。
 しかも、貴様等が言う魔力素がこちらよりも豊富な上に、竜種を始めとするバケモノの宝庫だからな。
 古竜なんぞにジュエルシードが憑依したら、手が付けられなくなる事請け合いだ」

 その時に千雨が思い浮かべたのは、日本が世界に誇る怪獣王だった。
 確かに、アレにジュエルシードが憑依したら勝てる気はしないので、エヴァンジェリン達が言う“本国の連中”には接触しないようにしようと心に誓う。

「しかしますたー、エバンジェリンがしゅーがくりょこーに行くとなると、アリアはどうすれば良いのだ?
 付いて行ってもいいのなら是非とも行きたいのだが」
「それがあるんだよなあ……」

 膝の上のアリアの言葉にしばし考え込んだ千雨だったが、それとは別の話題が学園長から飛び出した。

「おお、そうじゃ長谷川君に連絡する事があったんじゃ」
「はい?」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 修学旅行当日、千雨は集合時間の十分前にJR大宮駅へ到着した。
 荷物は1つ、着替えやサブノートを入れたリュックだけだ、千雨は麻帆良から乗ってきたJRを降りると、集合場所へと足早に向かった。
 集合場所は修学旅行へ行く麻帆良学園中等部の生徒でごった返しており、その喧騒たるや普段の教室での騒ぎが大人しいと思える程だ。
 千雨は深呼吸を一つすると、覚悟を決めてその集団の中へ切り込んで行った。

 そうしてスケジュールに決められた集合時間。
 集合場所には殆どのクラスメイトが揃っていたが、今この場にいないのはエヴァンジェリンと茶々丸の二人だけだ。
 
『マスター、エヴァンジェリンが来ていませんよ?』
『トイレか何かじゃねーのか?昨日はあれだけはしゃいでいたからな、来ないって事はねーだろ』
『しかし、麻帆良からの電車はさっきの分を逃すと集合時間に間に合いません』
『出発時間に間に合えば問題ないだろ、放っとけ……しかし、うるせーな』
『どちらかと言うと、マスターが枯れすぎている気がしますけどね』
『連中に合わせる位なら喜んで化石になってやるよ』

 そんな中、時間になった事もあって、ネギが点呼を取るように大声で指示を出していた。
 ネギの指示の下、各班毎に点呼が終了した頃を見計らって、麻帆良学園三年の生徒達は次々と乗り込みホームへと向かって行った。

 3-Aの生徒達は、先に乗り込んだネギの指示に従って次々に新幹線に乗り込んでいく。
 班毎に凡そ4~6人という構成になっている、ごく簡単に班の内実を述べるなら以下の様になる。
 一班……チア(柿崎美砂、釘宮円、椎名桜子)&鳴滝(風香、史伽)姉妹
 二班……超包子(超鈴音、古菲、葉加瀬聡美、四葉五月)、長瀬楓、春日美空
 三班……雪広あやか、朝倉和美、那波千鶴、村上夏美、ザジ・レイニーデイ
 四班……佐々木まき絵、明石裕菜、和泉亜子、大河内アキラ、龍宮真名
 五班……神楽坂明日菜&図書館探険組(近衛木乃香、綾瀬夕映、早乙女ハルナ、宮崎のどか)
 そして六班は……

 各班を指定車両へ誘導していたネギは、残り一つの班が未だ未搭乗である事に気が付いた。
 そんなネギに一人の生徒が語りかけて来る。

「ネギ先生」
「あ、桜咲さん……と長谷川さんですね?
 どうかしましたか?」
「いえ、私が六班の班長だったんですが、エヴァンジェリンさんと絡繰さんの二名がけっ……」

「いいや、参加するぞ刹那」

 刹那の言葉を遮ったその声に、話していた二人……即ち、ネギと刹那が振り向くと、そこには予想通りの人物が、ここにはいない筈の人物が、その従者
と共に佇んでいた。
 驚いたのか、口を空しく開閉しているネギと目を見張る刹那の間を抜けて、エヴァンジェリンと茶々丸が車内に乗り込んだ。
 そうして3-Aの指定車両のドアの前に立つと、ネギ達の方へ振り返ってニヤリと笑みを浮かべる。

「ん?どうした二人とも、鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をして。
 ククク、そんなに私がいるのが驚きか?」
「エ、エヴァンジェリンさん。
 どうして此処に……」
「おっと、その件はそこまでだ。
 一応ここは“人”が通る通路だからな、話は今夜にでも聞いてやろう」

 言外に他の一般人の事を指したエヴァンジェリンの言葉に、ネギと刹那はうろたえ、エヴァンジェリンに問いかける機を失った。

「申し訳ありません、準備に手間取り電車に乗り遅れました。
 ネギ先生、それと桜咲さん、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル及び絡繰茶々丸、ただ今到着しました」

 そう言うと、茶々丸は二人分の荷物を搭載したキャスターを引きながら主の後を追って行く。

 担任の少年と教え子の少女は、車両のドアを潜る本来いないはずの少女達を見送っていた。



 十五年度・麻帆良女子中等部の修学旅行が始まる。



 東京駅で京都へ向かうひかり213号に乗り換えた3-Aの生徒達は、動き出した車内で思い思いに過ごしている。
 車窓からの風景を眺める者、友人と語らう者、本を読む者、仲間達とゲームに興じる者達。
 そんな中、千雨は携帯プレイヤーで音楽を聞きながら車窓の景色を眺め、別の思考領域ではアロンダイトが展開するシミュレーション空間で訓練をしていた。

『マスター、これでパターンD-3終了しました。次からはパターンEへ移行できますが』
『んー、もう少し詰めれるかもしれないな。……D-3のシチュエーション変えてみるか?』
『分かりました、とりあえず今日中にシチュエーションパターンプログラムを組み上げますので、今日はこれ位で終わりましょうか』
『そうだな、そういや新しい魔法なんだけどさ……』

 千雨は日課の戦闘訓練に一区切りすると、その思考領域を新型魔法の開発に振り分ける。
 しかし、別の思考領域では荷物の中にあるパソコン雑誌を取り出しながら、思考会話でアロンダイトと雑談に興じていた。
 普通に外から見ていると、雑誌を見ながら暇そうにしている様にしか見えない。

『ああ、分かった。
 しかし、アリアはやけに静かだな?』
『麻帆良外に出るのは初めてですからね、眠れなかったんでしょう』
『どこぞの吸血鬼も同様みたいだけどな……』
『良いじゃないですか、外見相応に可愛らしくて』
『ま、いいんだけどさ、修学旅行前には終わらせたかったよな……』
『ええ、けどアリアが間に合ったのは僥倖でした。
 夜間に探索を頼めますからね』
『深入りしないように言っとかないとな』
『そうですね。
 逃げに徹すればそうそう捕まらないとは思いますが、相手の情報は分かりませんから注意は払うべきでしょう』
『しかも、またネギ先生絡みで何かあるみたいだしな』
『学園長は明言しませんでしたけどね』
『できるわけねーだろ、あそこには私がいたんだぞ?』
『まあそうですね』
『けど例の術者が絡んで来る可能性はあるな……』

 そんな事を話しながら、千雨は昨日の夕方の出来事を思い返していた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



「関西の術者が持ち去った……ですか?」
「うむ、目撃した者の証言じゃと、眼鏡を掛けた長い黒髪の女だったそうじゃ。
 戦闘の際に符術を使っておったから、恐らく間違いはあるまい」
「はぁ……あの、符術とか関西とか言われても分からないのですが」
「それは私が後で説明してやる。
 じじい、一応あっちで騒動が起きても私は手を出さんからな、あまり期待するな」
「分かっておる、どっちかというとお願いしたい位じゃよ。
 しかし、ネギ君の話を聞く位はしてくれんかのう」
「……ま、その時に考えるさ」

 その時、不満気な声が会話に割り込んできた。

「ますたー、アリアの話はどうなった?」
「そうだな……とりあえず後で相談しよう、多分良い方法が見つかるさ」
「長谷川君、その子を連れて行きたいのなら許可を出すが?」
「え?いえ、結構です。
 一応、学校行事ですから部外者というか……ペットを連れて行くわけにもいきませんから」
「ふむ、そうかね?
 とりあえず、一筆書いておくから持っておきなさい」

 そう言って懐から透かしが入った名刺を取り出すと、筆ペンで名刺の裏にさっと草書体で何やら記し、千雨に差し出す。
 流石にそういう事をされると、受け取らざるを得なくなった。

「すいません」                     / 『何か仕掛とかあるんじゃねーだろうな?』
「ふぉっふぉっ、別に構わんよ。             / 『みょーな匂いを感じるぞ、ますたー』
 ワシはちょちょいと書いただけじゃしな」        / 『後で確認しましょう』

 千雨が名刺を受け取った所を見たエヴァンジェリンは、ソファから立ち上がって扉に向かいながら近右衛門に言い放つ

「とりあえず貰っておけ、じじいのお墨付きなんぞそうそう貰える物ではないからな。
 じじい、本国の連中に対する件は任せたからな……ああ、それと関西の連中にも連絡しておけ。
 坊や関連の事には手は出さんが、“私や私の身内に手を出したら”どうなるか分からんとな。
 行くぞ茶々丸、千雨」
「ハイ、マスター。それでは学園長先生、失礼いたします」
「ええと、名刺ありがとうございました、失礼します」
「うむ、修学旅行を楽しんできなさい」

 そうして、千雨達とエヴァンジェリン達は学園長室、いや休日の麻帆良学園から離れてエヴァンジェリンが宣言した通り、食事へ向かうのだった。



 学園前からタクシーに乗り込んだ一行は、麻帆良教会に程近いこじんまりとしたレストランに到着した。
 レストランとは銘打たれているが、外見からはそうは見えない洒落た佇まいの洋館だ。
 エヴァンジェリンに先導されてレストランに入ると、物静かなウェイトレスが一行を奥にある個室に通してくれる。
 個室に行くまでの食堂部分にあるテーブルは3つ、食事をしている客も僅かだったが、淡い光に染め上げられた室内は静かで穏やかな空気を纏っていた。

 質素だが、さりげない贅沢をしている個室に通された千雨は、恐る恐るエヴァンジェリンに問いかけた。

「お、おい。ここ高いんじゃないのか?」
「気にするな、私の行きつけだ。
 ただ最近は色々と立て込んでいたからな、顔見せついでに来たんだよ」
「へー」
「お前は気にせず出された料理を楽しめ、今日は私も煩い事は言わん。
 何しろここ最近では最も喜ばしい祝いの席だからな」
「ああそーかい、じゃあ無作法にならない程度に楽しませてもらうよ」
「ふん、いい心がけだ。
 そういえば例の件を教える約束だったな、料理が来るまでの食前酒代わりだ、聞かせてやろう」

 そうしてエヴァンジェリンが語ったのは、東西の裏組織の確執とそれぞれの魔法と組織の概要、そして起こりうる騒動の予告だった。
 講義の間に、千雨、エヴァンジェリン、アリア(人型)三人分の食事が運ばれ、食事も始まった。

「……というワケでな、またしてもあの坊やの周囲では騒動が起きる可能性があるのさ」
「ふーん、大変だな」
【そうなると今回は近衛木乃香が絡んで来るのでしょうか?】
「まあ、そうなるだろうな。
 アイツはただでさえ極東屈指の魔力量を誇る上に、関西呪術協会の長の一人娘。
 ついでにじじいの孫だ、極東の裏社会における重要人物の一人と言っても過言ではない。
 恐らく西の過激派辺りがちょっかいをかけて来るだろう。
 ン?どうした千雨、そんな顔をしていると美味い食事が勿体無いぞ?」

 迂闊にも修学旅行で起こるであろう騒動に思いを馳せてしまい、渋面を浮かべた千雨に、エヴァンジェリンはからかう様に声をかける。

「いやさ普通、修学旅行って楽しいもんだろ。
 何だって、行く前からこんな殺伐とした話になっているんだ?」
「そんなもの、あのクラスに組み込まれた時に決まっていたさ。
 分かっているんだろう?」
「さーな、何の事を言ってるのかさっぱりだ」
「ふん、韜晦するのは止せ。
 昨日、刹那に言いかけた事で貴様が何がしかの確信を得ている事は承知している。
 言っておくが茶々丸がいる以上、貴様の反応から嘘かどうかは明白だぞ?」

 エヴァンジェリンのその言葉に千雨は思わず身体を動かしてしまう。そしてそれは、図らずも目の前の吸血姫の言葉を肯定する事と同義だった。
 そんな千雨の初心な反応をエヴァンジェリンは喉の奥で笑うと、目の前にある食事を一口、口に運んで咀嚼する。
 千雨は、一瞬前の自分の反応を苦々しく思いながら、舌打ちをしてグラスに注がれているミネラルウォーターを一口飲み下す。

「本当かどうかは確信はしてないけどな。
 ウチのクラスの連中が、何がしかの目的の為に集められたんじゃないのか、って思いはしてる」
「なるほどな、貴様が学園の連中から逃げ回ったのはそこら辺が原因か。
 さしずめ貴様はその感覚を買われて組み込まれたんだろうさ」
「感覚?」
「ああ、貴様のその感覚は魔法を使う能力よりもある意味貴重だ。
 この街の≪認識阻害≫に影響されない確固たる自己及び周辺認識能力と、私の呪いを看破した論理的推論を基にした思考能力。
 これは助言者や賢者として得難い資質だろう」
「買い被りだなマクダウェル。
 私はただの常識人だよ」

 弱々しい千雨の反論を聞いたエヴァンジェリンは、残り一口だったメインディッシュを食べ終えて食器をテーブルに戻すと、哂いながら千雨に現実と
いうものを言って聞かせる。

「は!次元干渉エネルギー結晶体という、伝説級の代物を扱う貴様が常識を口にするか。
 いいか?千雨、常識人というのはな、“この街でバカ騒ぎしている連中”の事を指すのさ。
 ≪認識阻害≫に影響され、普通の肉体でバカ騒ぎをしている連中をな!
 いい加減自覚しろ、貴様はこの麻帆良……いや、この世界や魔法世界を見渡しても片手の指に入る程の危険人物だという事をな」
「おいおい、人を伝説級の賞金首と一緒にするな」
「ますたー、それは説得力がないとアリアは思う」
「え?何でお前からそんな事言われるんだ?」
「だってますたーはエバンジェリンとふつーに話しているぞ?
 ふつーの人間は、萎縮してエバンジェリンとなんて話せないはずだ」
「相変わらず失礼な子猫だな。
 千雨、いい加減ちゃんと躾けろ」
「600年も殺人人形――チャチャゼロ――と一緒にいるおめーに言われたくねーよ」

 エヴァンジェリンの言葉に思わず言い返した千雨に、隣で料理を頬張るアリアと胸元のアロンダイトが再び言い募る。

「ほらみろ、ますたーは凄いのだから自覚するべきだ」
【そうですね、マスターはそこら辺の自覚が薄いと思います】
「アロンダイト!てめえまで裏切るのか!」
【それは違います】
「そう、それは違う、これは諫言というものだ。
 ますたーには自己をきちんと自覚して把握して欲しいのだ」
「どういう事だよ……」
「要するに、今の貴様は今日の昼までの私と同じという事だ。
 自分に何が出来て、何が出来ないのか。
 何処までの事が出来て、何処まで無理が効くのか。
 そういった事をきちんと把握できていれば、それは如何に生き抜くか……という事に繋がる。
 自分というものを自覚しろ、長谷川千雨。
 貴様は理解して次元干渉エネルギー結晶体を弄び、多分という仮定の話ではあるが、星を潰せると嘯く存在なんだよ」

 目の前の600年生きて来た少女の言葉に、千雨は言い返す事が出来なかった。
 実際、彼女は自分がどれ程の事が出来るか把握していなかったからだ。

 自分と茶々丸以外の連中から浴びせられた集中砲火で、すっかり拗ねてしまった千雨は無言で目の前の料理を片付けながら、不意にあの大橋での事を
思い出していた。
 思えばあの時も……最後の魔法を使った時も、無自覚にコントロールできる安全域を把握してコントロールしていた様に思う。
 そこまで考えて、食事をする千雨の手は止まった。

 おいおい待てよ、私は誰だ?決まっている、長谷川千雨だ。
 麻帆良学園女子中等部・3-A、出席番号25番、1989年2月2日生まれ。
 両親はごく普通のサラリーマンとパートを頑張る奥様だ、決して殺人剣を修得していたり世界的なパティシエなんかじゃない……ましてや伝説の傭兵
夫婦なんて事もありえねえ……って何言ってんだ私は。
 ネットではNo1ネットアイドルを張ってたりもするが、あくまでもネット上の事である。
 最近できた特技は……まぁ異常ではあるが、それにしたところで目の前の吸血鬼や担任に勝てるとか思ってはいない、ミッドでも常識の範囲に収まる
レベルだ……多分。

 おーけーおーけー、私は普通だ、何も問題なっしんぐ、修学旅行でアリアに諸悪の根源を見つけてもらって封印すれば、それから以降は可愛いアリアと
一緒のハッピーな一般人ライフが待っている。
 子供教師と目の前の吸血鬼を始めとする魔法使い共や3-Aの連中から距離を取りさえすれば、そうそう面倒には巻き込まれないはずだ。

 千雨は自分に言い聞かせていた。
 そんな主を横目に見ながら、アリアはナプキンで口元を拭いつつ自分と立場を同じくする仲間に語りかける。

「アロンダイト、ますたーは存外頑固だ」
【そうですね、まあ≪認識阻害≫をレジストしてきた副作用のようなものでしょう。
 自己を確りと確立するという事は、頑迷になる可能性が高いですから】
「アリアの意見は少し違う」
「ほう、どう違うのだ?子猫」

 アリアの言葉にエヴァンジェリンが反応する、この子猫の言葉には力があると感じたのだ。
 それが元からのものなのか、それとも千雨とアロンダイトによって植え付けられた人工魂魄という代物の所為なのかは分からないが……。

「ますたーは異常だ。魔法を使いこなし、自分よりも強いというエバンジェリンと普通に話し、このえもんを騙る。
 ふつーの人にそんな事は出来ない、恐らくますたーは自分が異端であると心の底では自覚しているのだ。
 ますたーの異端は自分や世界を滅ぼしかねない異端だからな。
 そんな異常な異端である自分を恐れるあまり、ますたーはふつーに憧れているのだろう」
【ああ、それはあるかもしれませんね。
 恐らく大橋でバーストモードを使いこなした際に自覚したんでしょう】
「バーストモードとは何だ」
【秘密です、貴女に話しても良いとマスターが判断されたら自分から話すでしょう】
「しかし、意外だな。
 エバンジェリンはますたーが好きなのか?」
「馬鹿を言うな、私はな臆病な小物がびくびくしながら歩くのを見て楽しんでいるだけだ。
 ま、感謝はしているさ、大手を振って麻帆良から出かける事ができるのだからな」

 エヴァンジェリンはワインの芳醇な香りを楽しみながら、十四年振りの外界を自分に齎した目の前の少女を眺めていた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 新幹線が東京駅を出て一時間半が経った頃、車内は混沌としていた。
 殆どの生徒が思い思いに席を移り、楽しげに会話を弾ませている。
 千雨の隣にいた桜咲刹那も、今は何処かに姿を消している。
 雑誌を一通り読み終えた千雨が、携帯プレイヤーを止めて欠伸を押し殺していると、隣に人の気配を感じた。
 ふとその気配に目を向けると、そこには超鈴音がニコニコと笑顔を浮かべながら千雨を見ている。

 心持ち窓側に身体を寄せた千雨は、眼鏡越しに超を見る。

「イヤー、長谷川サン京都楽しみだネ」
「お前なら自費でいくらでも行けるだろ」
「イヤイヤ、皆で行くのと一人で行くのはやはり違うヨ」
「そうか?私は一人の方がまだ良いよ、好きな時間に好きな場所に行けるしな」
「長谷川サンは……」

 千雨は、なおも言葉を言い募ろうとする超の前に左手を翳した。
 その掌に思わず超も口を噤む。
 超が言葉を止めたのを認めた千雨は翳した左手を下ろす。

「で、何をしに来た超。
 生憎だけど、お前が得をする情報もお前が損になる情報も私は持っちゃいねーぞ」
「千雨サン、何を言ってるね私はただ貴女と話しをしに来ただけヨ。
 例えば……そう、何故エヴァンジェリンがここにいるのか~とかネ」
「そういう事は本人に聞いてくれ、他人に教えると殺されかねねーからな。
 それにな……『何だ?』」

 千雨が超に苛立ちをぶつけようとしたその時、千雨の背筋に魔法が起動する時に感じる独特の感覚が走った。

『妙な魔力反応がありますね』
『マクダウェルに動きは?』
『ありません』
『じゃあ無視しとけ』
『了解です』

 すかさず、アロンダイトにエヴァンジェリンの動向を確認させたが、反対側の車窓に張り付いて景色を見ている彼女に動きはない。
 致命的なものならエヴァンジェリンは動くだろうと感じている千雨は、身体に入った力を僅かに抜く。

「どしたネ」
「別に何でもねーよ、てーか自分の席に……」

 千雨が最後の言葉を言う事はなかった、何故ならその時、車両内に3-Aの生徒達の悲鳴が響き渡ったからだ。

「キャーーーーーーーーーーーーーーーー」
「カ、カエルーーーーーーーー?」

 そう、車両内にカエルの集団が突如として出現したのだ。
 小さくて緑色のニクイヤツ。
 所謂アマガエルというヤツである、ここでトノサマカエルとかヤドクカエルが出ないだけまだマシなのだろうか。
 様々な所から出現している、お菓子の袋、弁当箱、水筒など。
 椅子の影とかならともかく、どうしてそんな所からというラインナップだ。

「これはどうした事かネ」
「さーな、知りたきゃネギ先生かマクダウェルにでも聞いてくれ」
「おや、千雨サンは知らないカ?」
「特に知りたいとも思わねーな」

 周囲の喧騒は酷くなる一方だ、千雨は座席毎に備えられている嘔吐用のエチケットバックを取り出すと、手近にいるカエルをヒョイヒョイと放り込む、
本物ではない事は僅かに感じる魔力から明白なので玩具感覚だった。
 通路付近では、ネギや古菲を始めとする元気が良い連中が中心になって、カエルを掻き集めている。
 隣の超も、千雨と同じく義理程度にカエルを捕獲していた。「造形が甘いネ」とか言っているが千雨は無視した。

 やがて一通り回収が終わったのか、車両内の騒ぎは沈静化していった。
 いいんちょが点呼を取る中、千雨と超は捕まえたカエルを古菲が持っている大判のゴミ袋にエチケットバック毎放り込む。
 エヴァンジェリンはこの騒ぎでも動かなかったらしい、茶々丸が捉えたカエルを放り込んでいた。
 千雨が席に戻りながら「関西の連中の仕業だろうか」等と考えていると、その脇をネギが風の様に駆け抜けて行った。
 彼の前を飛んでいるのはもしやツバメだろうか?隠匿もヘッタクレもないなと思いながら千雨は溜め息をつきながら席に着いた。
 横の席にはあいも変わらず笑顔の超が腰掛けている。

「で?何が聞きたいんだよ、他人の事以外で私に答えられる事なら話してやるから、さっさと聞いて自分の席に戻れ」
「アイヤー、千雨サン冷たいネ。
 もーちょっと愛想良くしないと友達出来ないヨ」
「余計なお世話だ、この間のアレは確かに助かったけどな。
 で、本当に何の用なんだ?」
「うむ、千雨サンとちゃんと友達になろうと思てネ」
「は?」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――

長~いあとがき
 今回は京都・奈良へ行ける事が確定したエヴァンジェリンがはしゃぐ回であり、千雨の異常性とかを知らしめる回です。
 とりあえずネギ達の出番は少なかったというか、千雨達とエヴァンジェリンの会話で半分近く使ってしまいました。
 後、今回初めて導入したマルチタスク会話、読み難いかもしれませんね。
 原作とは違い千雨が六班、ザジが三班という風に入れ替えました。これは話の展開上こちらが楽だろうと思ったからです。
 没になった展開として超が千雨のトラウマを抉って、千雨が鬱になるというのがありましたが、話が矛盾するので削除。
 それと、アリアが一緒に新幹線に乗って3-Aの娘さん達に大人気、カモ「ギギギ……」というシチュも考えたんですが、それをすると第四話で言って
いた事と矛盾するんでこれも削除しました

学園長について
 今回一番気の毒な人、自業自得ですけどねw
 少なくとも数年来のプレッシャーからは解放されたんじゃなかろうか。
 それはそれとして、今回千雨に渡した名刺は居場所を学園長に報せる呪符になっています。

エヴァンジェリンについて
 いじめっ子というか彼女にとっては感じた事を普通に話しているんですよね。
 実際、麻帆良で常識人というと普通のモブキャラとか、3-Aで言うと……両手で余ってしまいますが。
 後、エヴァンジェリンは千雨に対して色々と勘違いしています、逃げていた理由は当たっているけど組み込まれた理由が間違えているとか。
 多分、学園側は成績から推察した論理的思考=電子精霊使いの能力をこそ買っていたんでしょうが、エヴァンジェリンはそれとは別の能力を先に知った
所為で勘違いしたのです。
 後、エヴァンジェリンがしつこく繰り返しているのは、本文中でも言っている様に自覚を促しているんです。
 多分、親切心とか老婆心でw
 エヴァンジェリンにとって千雨達の精神リンクによる思念会話は癇に障る感じがするという設定です。
 (何か話しているのは分かるけど聞き取れないという感じ)

アリアについて
 舌鋒が鋭いw
 普通のマスコットにするつもりだったんだけどなぁ……
 本来はここまで鋭くするつもりはなかったんですけど。
 アリアに組み込んでいる人工魂魄は、千雨のリンカーコアをコピーしたヤツが基になっているんで、千雨の事は何となく理解出来てしまうんです。
 とりあえず現在アリアはチャチャゼロとエヴァ邸で留守番中。

関西の呪術者
 皆さん予想通りのあのお姉さんですw

超鈴音について
 頑張って友達になろうと奮戦中。

賢者の資質
 前回のアレで論理的か?と言われると凄く困るんですが、とりあえずそういう事にしておいて下さい……オネガイシマスorz
 認識阻害ですが、実はある程度効いているらしいのですが、エヴァンジェリンの勘違いもあると思って下さい。
 



[18509] 第11話「京都迷惑観光案内……温泉と猿っぽいなにか」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/08/04 22:46

 長谷川千雨は脱衣所で服……否、下着を必死に抑えていた。
 周りに誰もいなければ、魔法で叩きのめしていたのだが、周囲には自分の他に三人のクラスメイトがいた。
 その内二人は自分と同じ様に必死だが、最後の一機……いや、一人のみ鋼の手足で猿に似た何かを叩きのめしている。
 が、多勢に無勢とはこういう時に使うのだろう、とうとう自分達の中で最も荒事に向かない少女が裸に剥かれた。
 その瞬間、段平を引っ下げた剣客少女が激昂しながら、猿に似たエロ生物に斬りかかろうとするが、何を考えているのか、担任教師がそれを妨害、あまつ
さえ裸に剥かれた剣客少女のあられもない姿を見る事になる。


 ――――――ああ、この子供はこういった星の下に生まれたんだなあと、長谷川千雨は思い知った。



第11話「京都迷惑観光案内……温泉と猿っぽいなにか」



 道中些細(?)なハプニングはあったものの、3-Aを始めとする麻帆良学園女子中等部の生徒達は無事、京都駅に辿り着いた。
 今日はこのまま京都でも指折りの観光スポット“清水寺”に赴いて観光をした後、宿泊施設“ホテル嵐山”へと向かう事になっている。
 

 そうして第一の目的地・清水寺。
 ここには、京都を一望できる様に作られた能舞台で有名な清水の舞台がある。
 本堂の一角では、神社仏閣仏像マニアと早乙女ハルナから言われている――そして実際その通りの――綾瀬夕映が、ネギを相手にこの地の解説をしていた。
 周囲は新緑の季節に相応しく、青々とした緑の木々が風に揺れて涼しげな音を立てている。

「良い風だ……」

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは、清水の舞台から京都の町を眺めては感慨に耽っていた。
 これから数日間、この古都を十分に満喫できるのかと思うと、これまで麻帆良に封じられてきた苛立ちも薄れてくるというものだ。
 しかも、もう自分をあの地に縛る忌々しい呪縛は無い、これからは夏休み、秋の連休、冬休みと四季折々の古都を満喫できる。
 そんな主に、従者である絡繰茶々丸が控え目に話しかけてくる。

「マスター、良いところですね」
「うむ、次は夏。
 祗園祭りの折に来るとしよう。茶々丸、今から宿と料亭に予約を入れておけ」
「ハイ、マスター」

 幸せそうな主の言葉に遅滞無く答える従者は、どことなく嬉しそうだ。


 そんな主従から数m離れた場所で、千雨と超鈴音は色々と益体もない話をしていた。

「しかし、千雨サンも色々と大変ネ」
「どういう意味だよ」
「千雨サンが、エヴァンジェリンの≪登校地獄≫解呪に一役買ったんだロ?」
「何でそう思うんだよ、あっちの事をある程度知ってりゃ、マクダウェルの件は自ずと知る事になるだろ」
「さっき、新幹線内で千雨サン“他人に教えると殺される”言ってたヨ。
 これは取りも直さず“他人に教えたら、エヴァンジェリンに殺されかねない様な呪いに関する秘密”を知ってるいう事ネ」

 超の言葉に千雨は思わず口を押さえる。
 そんな千雨を横目に見た超はカラカラと笑うと、視線を巡らせてエヴァンジェリン主従をその視界に納めた。
 彼女達は清水寺の御本尊である観音像を眺めていた。
 観音像の静かな微笑みや、精緻な造形を堪能しているエヴァンジェリンと、彼女の背後で静かに佇む自分の被造物――娘――を見ながら、自分の隣で
同じ様に彼女達を見ているだろう新しい友人に語りかける。

「いや、感謝してるのヨ、千雨サン。
 茶々丸が起動して早二年と約一ヶ月、あそこまで幸せそうな様子は初めて見たヨ」
「え、絡繰がか?
 言っちゃ何だけどアイツってロボだろ、感情とかあるのか?」
「サテ、どうだろうな。
 茶々丸のAIを開発したのは確かに私ダガ、エヴァンジェリンの協力の下で組み込んだ動力源や、茶々丸が築いた他者との関係で、あの子のAIがどう
いった成長を遂げるのか……それは私にも分からないネ」
「無責任だなぁ、おい」
「イヤイヤ、千雨サンこれは斯くあって欲しいと思う願望ヨ。
 自分の被造物がどれほどの成長を見せるのか、どこまで行けるのか、最後まで見届けたい……科学者としての夢の一つネ」
「夢ねえ、麻帆良最強頭脳がらしくもないな。
 今の段階で現行のテクノロジーをブッちぎってんじゃねーか、そこら辺で満足しとけよ」

 そう言いながら、千雨は移動を始めたクラスメイトの後を辿っていく、隣で話している超も同時に動いた。
 千雨達の目の前を進む彼女達は何が楽しいのか、やけにはしゃいでいる。
 清水寺から順路に従って歩いていく。
 千雨と超は並んで歩いているが別段、会話をするわけでもなく、木漏れ日が斑模様を描く参道をただ歩いていた。
 そろそろ順路の先に縁結びで有名な地主神社が見えてくる辺りで千雨はポツリと零す。

「ま、そういった感情は、私も分からんでもないけどな」
「ほう、千雨サンも何か育ててるカ?」
「まーそんな所だ……あいつら何やってんだ?」

 千雨と超が進む先……地主神社から悲鳴が聞こえてくる。
 別段破壊音も聞こえないし大丈夫だろ……と思った千雨は、知らず知らずの内に自分の思考が裏寄りになっている事を感じて、眉を顰める。
 そんな気持を押し隠しながら地主神社の社殿の前に到着すると、社殿前にポッカリと開いた落とし穴に、雪広あやかと佐々木まき絵が嵌り込んでいた。
 落とし穴の中には、またもアマガエルが詰まっている。
 新幹線の時と同じ術者の仕掛けなのか、幸い本物ではなかった。
 もしも本物だったら、いいんちょと佐々木の修学旅行の思い出には、トラウマレベルの酷い一ページが刻まれていただろう。

「何考えてんだろうな?」
「イヤー、この相手の考えは分からないネ。
 カエルに何か思い入れでもあるのかもしれないヨ」
「つうか、とんでもねー営業妨害だな。
 ……あれ?何でマクダウェルがお参りしてんだ?」
「誰か想い人でもいるのではないカ?」
「アイツに?……マクダウェルの眼鏡に適うって、どんだけハイスペックなんだよ」
「さて、どうだろうナ?
 意外とチャランポランな人物かもしれないネ」
「ねーよ」

 恋愛という物にあまり興味がない千雨と超はそのまま社殿を素通りして、順路を巡って行く。
 次はそれぞれ御利益が違うという三筋の水で有名な音羽の滝だ。
 この滝で齎される御利益は、健康と学業それから縁結びである。
 生憎、その全てに――今の所――興味が無い千雨は、縁結びの滝に殺到するクラスメイト達を冷めた目で眺めていた。

「迷惑だよなあ、アイツ等。
 おい超、絡繰のヤツが滝壷に入っていってるけど……て綾瀬もかよ」
「ああ、大丈夫だよ千雨サン。
 滝の水をお持ち帰りしたい人は、あそこで水を入れる為の容器を買って持ち帰れるネ」
「へーあんな商売が成り立つ……ああ、病人へのお土産って事か?」
「多分そんなところネ。
 オヤ、何かおかしくないカ?千雨サン」

 超の言葉に、前方へその視線を向けた千雨は、そこに信じられないモノを見た。
 音羽の滝の前で女子中学生が酔い潰れているのだ。
 その無惨な屍を曝しているのは誰あろう、3-Aの生徒の約3分の1、十人もの生徒達だ。
 酔い潰れている生徒は縁結びの水に殺到していた連中なので、その水に何か仕込まれていたのだろう。
 茶々丸から何がしかの報告を受けたネギが音羽の滝の上に上がって何かしている事から、これも新幹線から続いている騒動の一端なのだろうかと千雨は
推察した。

 酔い潰れたクラスメイト達を音羽の滝に程近い休憩所に詰め込んだ千雨達は、酔い潰れた連中の介護をしたり、疲れを癒していた。
 ネギは引率責任者の新田先生に、慌てながらも何者かの悪戯で、3-Aの生徒達が誤って飲酒した事を連絡していた。
 幸い証拠となる酒樽が音羽の滝に設置されたままだったり、学年でも指折りの優等生――いいんちょや宮崎――すらダウンしていたので、新田先生は
疑う事も無く理解を示し、音羽の滝の管理所に悪戯の報告に行った。

 忙しく動き回るネギ達を見ながら、千雨は緑茶と三色団子を楽しんでいた。
 ちなみに隣に座っている超は抹茶プリンを口に運んでいる。

「何なんだろうな、この悪戯仕掛けているヤツの目的って」
「麻帆良の修学旅行生を追い出したいのではないカ?」
「どうだろう、それにしてはやり方が甘すぎだろ?
 音羽の滝にしたって、追い出したいのなら酒じゃなくて下剤なりなんなり、他の薬物の方が確実だろうし」
「だろうし?」
「何だってウチのクラスが狙い打ちされるんだよ。
 新幹線でも神社でも、さっきだってそうだ、被害にあったのはウチのクラスだけだろうが。
 じゃあ、近衛を狙っているのか?といえば、それにしてはやっている事が意味不明だ」
「その通りネ、千雨サン。犯人は何がしかの目的を持って私達を狙い打ちにしてるヨ。
 その目的が近衛サンか、この旅行の中止かは分からないけどネ。
 多分、今までの動きはその前準備ではないカ?
 一連の悪戯で誰が率先して動いてるか、誰が問題を解決してるか……それを調べてるヨ」
「それって、藪蛇とか言わないか?」
「収支として考えるとプラスになると思たんだロ」
「まーいいんだけどな、私に絡んでこねーなら放置だ」
「オヤ、千雨サンらしくないネ。
 ネギ坊主を助けるものとばかり思てたヨ」

 超の意外そうな言葉に、千雨は串に残った最後のヨモギ団子を頬張りながら、面倒臭そうに答えを返す。

「んな余裕ねーよ。
 こっちはこっちで、やらなきゃならねー事が出来たんだ」
「というとコッチでもアレが出るのかね?」
「あれ程のヤツはもう無いと思うけどな。
 せいぜい教会裏辺りのヤツだろ、おめーは修学旅行をマクダウェル辺りと楽しんでろ。
 アイツが動かない限り、そう酷い事にはならないだろうしな。
 今の所はせいぜい修学旅行を楽しむさ」

 千雨はそう嘯くと、酔い潰れた連中をバスに運び込むべく立ち上がった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 修学旅行一日目の行程が終了した麻帆良学園の修学旅行生は、修学旅行中の宿泊施設“ホテル嵐山”に到着した。
 酔い潰れて眠ってしまった生徒達をそれぞれの班部屋に放り込むと、ネギとカモはホテルのロビーで今回の騒動について話し合っていた。

「兄貴、やっぱりあの刹那って奴の仕業に違いねーって!」
「うーん、そうなのかなぁ……確かにこっちを見てたけど」

 新幹線で親書を取り戻してからこっち、カモは桜咲刹那を関西のスパイではないかと疑っていた。
 切り裂かれていた≪式神≫の紙型しかり、奇妙な言動や、しきりに此方を窺う態度……と、怪しい点が多々あるのだ。
 そういった事もあって、ネギも刹那を無条件に信じる事ができないでいると、学級委員の雪広あやかが酔い潰れてダウンしている為に、代行をしている
神楽坂明日菜が近付いて来る。

「ネギ、とりあえず酔い潰れたみんなは寝かせてきたけど、一体何があったのよ?」

 明日菜の言葉にネギが躊躇しながらも説明すると、明日菜はまたもや魔法関連の厄介事かと呆れていた。

「すいませんアスナさん」
「どーせまた助けて欲しいって言うんでしょ?
 事情を知っちゃったしね、ちょっとだけなら助けてあげるわよ」
「ア、アスナさん、ありがとうございます」
「そうだ姐さん、桜咲刹那って奴が関西のスパイらしいんだよ!
 何か知らないっスか?」
「ええ~~~っ!桜咲さんが?
 うーん、昔、木乃香に幼馴染だって話は聞いたけど……あの二人が話している所って見た事がないのよね」
「何だって?姐さん!
 このか姉さんと幼馴染っていうと……」

 とカモが考え込む横で、明日菜の言葉に何か思い至ったのか、ネギが自分の荷物から生徒名簿を引っ張り出してくる。

「こ、これ見て下さい!
 名簿に京都って書いてあります!」
「やっぱり!奴は京都の出身だったんだな!
 ってー事は間違い無ェ!兄貴やっぱり奴は関西の回し者さ!」
「うーん、ちょっと突っ走り過ぎじゃない?」

 なにやらヒートアップするカモと青くなるネギに明日菜は一抹の不安を覚えていた。
 その後、通り掛かったしずな先生から入浴するように勧められたネギは、明日菜と夜の自由時間に続きを話し合おうという事にしてお風呂へと向かうのだった。



 ちょうどその頃、ネギ達の話題に上がっていた刹那が班長を務める六班の部屋では、エヴァンジェリンが浴衣に着替えた後、座椅子に腰掛けてのんびり
としていた。
 従者の茶々丸は茶の差配を済ませると、荷物の整理や制服の手入れを始め、千雨はサブノートでブログの更新分の下書きをしている。
 そんな中、窓際の椅子に浴衣姿で腰掛けていた刹那は、落ち着かない気分を味わっていた。
 麻帆良に封じられているはずのエヴァンジェリンが、何故かここにいるからだ。
 新幹線から降りて直に学園長へメールを送ったが、返って来たメールには特に気にしないようにという旨が記されていた。
 そうは言われたもののどうしても気になった刹那は、木乃香の護衛の傍らそれとなく気を配っていたが、確かにエヴァンジェリンは特に何をするでもなく、
新緑の京都を楽しんでいるように見えた。
 そんな刹那に声が掛かる。

「おい刹那、いい加減落ち着けんのか、さっきからそわそわと」

 エヴァンジェリンだ、言葉の端々に不機嫌な様子が見え隠れしている。

「す、すいません。ですが……」

 謝りながらも問い質そうとする刹那の言葉を視線で遮ると、エヴァンジェリンは部屋にある時計を確認して座椅子から立ち上がる。

「刹那、少し早いが風呂に行くぞ、貴様も付き合え」
「え?あ、はい。あの長谷川さんと茶々丸さんは……」
「茶々丸、千雨。私は少し刹那と話がある、風呂には時間通りに来い」
「ハイ、マスター」
「ん?ああ」

 勝手に他人の行動を決めるエヴァンジェリンだったが、特に反対意見も出なかった為、その通りに話が進んでいく。


 そうして入浴の準備を整えると、二人は旅館が誇る露天風呂へと向かう。
 先に準備を終え、風呂場へ入ったのは和服というものの扱いに慣れている刹那の方だった。
 エヴァンジェリンは浴衣の畳み方が分からないのか、刹那が畳んだ浴衣をチラチラと見ながら見様見真似で畳んでいる。
 何とか満足いく様に畳めたエヴァンジェリンが下着を脱いで、その華奢な身体にバスタオルを巻き、いざ露天!と内心小躍りしながら扉を開けると、
そこには予想だにしない状況が待っていた。

 今、正に湯殿に落ちようとしている岩隗。
 首と急所を押さえられ、涙目になっている全裸のネギ。
 ネギの首と急所を押さえている、こちらも全裸の刹那。
 そして≪武装解除≫で吹き飛ばされたのだろう、長大な野太刀が、扉を開け放ったエヴァンジェリンの目前数mmの位置に刃を向けて突き立つ。

 風が露天風呂の湯気を吹き払った。
 刹那は自分が押さえ込んでいる相手が誰か理解したのだろう、慌てて離れると、ネギの頭上から糾弾して来る相手に言葉を返していたが、不意に風呂場
に充満した恐ろしい程の鬼気に振り向き身構える。

 そこには少女がいた、長い金の髪は湯殿の湯気でしっとりと濡れ、小さく華奢なその身体は、脱衣所から漏れる灯りでぼうと光っているようにも見える。
 そんな美しい表現で表される少女だったが、今そこにいるのは鬼に他ならなかった。

「ぼうや、刹那……この刀は一体どういう了見だ?
 これはアレか?私ともう一度戦いたいという挑戦状代わりか?」
「ひっ……!」
「エ、エヴァンジェリンさん?ちょっと待って下さい!その夕凪は確かに私の物ですが……」
「安心しろ、貴様等には有利な事に、今の私は最弱状態のままだ。
 が、まあ貴様等如き今の私でも十分過ぎるがな……」

 停電の時にあった強大な魔力こそありはしなかったが、ゆっくりと歩いてくるその姿は、正に伝説の魔王と呼ぶに相応しいものだ。
 茶々丸が千雨と共にこの場に来るまで、まだ暫くの時間が必要だった。

 理不尽大魔王ここに降臨す。



「あれ?長谷川に茶々丸さんじゃない、どうしたのよこんな所で」

 露天風呂の入り口で鉢合わせした二人に声をかけたのは明日菜の方だった。

「いや、私等は風呂に入りに来たんだけど……」
「え?もう五班の入浴時間よ?」
「そんなはずないだろ」

 と千雨が言いながら、携帯で時間を確認すると、一応はまだ六班の入浴時間だ。
 千雨の携帯を見せて貰った明日菜が、失敗した~という顔をする。

「ごめん長谷川、茶々丸さん出直すね」
「いや、確かにまだウチの班の時間だけど……まあいいんじゃねーか?確か五班って図書館組の二人がダウンしていたし。
 別に一緒でも構わねーだろ」

 そう言って茶々丸の方を見ると、彼女も構わないと頷き返す。

「てワケだ、さっさと入ろうぜ」

 話が纏まったところで千雨が入り口の扉を潜る、そんな千雨の背にはんなりとした声がかけられた。

「あ、そや千雨ちゃん」
「何?」
「あんな、せ……桜咲さんはお風呂終わったん?」
「桜咲なら先に入ってる、何でもマクダウェルが話があるとかでな。
 私らはマクダウェルに頼まれて遅らせたんだよ」
「そうなん」

 一人頷く木乃香を見て、話は終わりだと感じた千雨は風呂に入るべく浴衣を脱ぎ始める。

 明日菜はそんな千雨を横目に、茶々丸に近付いて

「ねえ茶々丸さん。
 そういえばエヴァンジェリンって麻帆良出ちゃって大丈夫なの?」

 と囁くような声で、今朝から気になっていた事を尋ねる。
 聞かれた茶々丸は、ネギのパートナーである事から明かしても大丈夫だろうと判断したのか、単純な事実のみを簡潔に答えた。

「ハイ、魔力自体は回復しておりませんが、麻帆良外への外出は可能になりました」
「そうなんだ、良かったじゃない」
「ハイ、マスターも今回の修学旅行へ参加できて喜んでおられるようです」

 明日菜の言葉に、茶々丸もどこか嬉しそうに言葉を返す。

 扉一枚隔てた向こう側でどんな事が起きているのか、明日菜達は知らない。



 脱衣所と一枚の扉で隔てられた露天風呂は惨劇の巷になって……いなかった。
 が、それがネギと刹那とカモにとって良かったのか、と問われれば首を傾げなければならないだろう。
 何故ならネギ達は今、エヴァンジェリンの目の前(石畳の上)で正座をさせられ、説教を受けていたからだ。
 エヴァンジェリンは、彼等の前で仁王立ちになって見下ろしている。

「貴様等、私が十四年ぶりの旅行を楽しんでいるというのに、一々邪魔をするとはどういうつもりだ?」
「す、すいません」
「申し訳ありません。
 しかしエヴァンジェリンさん、何故貴女が此処に?学園長が何かされたのですか?」
「そ、そうだぜ!アンタ確か≪登校地獄≫のせいで麻帆良から出られないって…………」

 カモの質問は尻すぼみになっていく、≪登校地獄≫と口に出した瞬間、目の前の真祖の機嫌が目に見えて悪くなったのだ。

「じじいはなにもしておらん、少なくとも呪いに関してはな……。
 朝方から気になっているようだから教えてやる、呪いの一部解呪が成功したんだよ」
「ええっ!じゃあ僕を襲った理由って!」
「アレは別に間違いではない、貴様の血を利用すれば呪いの完全解呪は可能だったのだ。
 第一、今回の一部解呪にしたところで偶然の要素が大きい、魔力も抑制されたままだしな」
「そ、そうだったんですか」
「それよりも何をこんな所でやり合っている。
 アレはどうするつもりだ」

 そう言うとエヴァンジェリンは、細く華奢な線を描く顎で刹那が上下に両断した岩隗を指し示す。
 途端に刹那の顔が紅潮した。

「あ、アレは僕が修理しておきます」
「当然だ。
 それと貴様達、ここは麻帆良の外だと自覚しろ。
 あの街では多少の異常は受け流されるが、ここではそんな甘えは通用せん」
「は、はい」
「申し訳ありません」
「スンマセン。
 け、けどコイツ!この桜咲刹那ってヤローは関西呪術協会のスパイなんじゃねーんですかい!?」

 エヴァンジェリンの言葉に謝りつつも、カモはその短い前足を振り回して刹那を糾弾する。
 当然、刹那はそれに反論をする。

「な、違います!
 私は敵ではありません!」
「一応は坊やの味方、という事になるな」
「え?」
「へ?」

 刹那の反論をエヴァンジェリンが補足する事で、ネギ達の疑いが見当違いのモノだという事が明らかになった為、ネギとカモ両者の動きが止まった正に
その時、脱衣所から木乃香の悲鳴が響き渡った。


 木乃香の悲鳴を聞きつけたネギと刹那が脱衣所で見たのは……
 ファンシーなフォルムの猿っぽい何かに下着を剥かれようとしている明日菜と木乃香と千雨、そして淡々と迎撃する茶々丸だった。

 結局、猿モドキは刹那と茶々丸の働きで駆逐はできたものの、色々と面倒な問題も残していった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 一連の騒動が終息した後、千雨は温泉で身体を温めると、脇目も振らずに班部屋へと戻っていた。
 アロンダイトやアリアと今後の事で相談する為だ。

『木乃香さんと桜咲さんは妙な関係ですね』
『護衛なのに、護衛対象から逃げるのは本末転倒だとアリアは思う』
『桜咲は近衛の護衛で、近衛に知られるな~とでも言われてんじゃねーの?』
『デメリットしかない様に思えるんですが』
『だよな、さぞ桜咲は苦労してるだろーさ』
『そうなると、ますたーのクラスにこのかがいるのは矛盾している。
 護衛するのなら、トラブルからは可能な限り離すべきだ』
『まーな、3-Aの設立条件からしておかしくなるんだけど……そこら辺は複雑な事情でもあるんだろ』
『設立じょーけん?何の事だますたー』
『マスターは、ネギ先生のパートナー候補を3-Aに集めたのだと考えているんですよ』
『変なのが多過ぎるからな、そう考えないと不自然だ』
『なるほど、そうなるとこのかの護衛と、3-Aの組み込みは別の意志が働いているのではないか?』
『かもしれないな。桜咲を送り込んだ誰かと、3-Aに近衛を組み込んだ誰かは別なんだろ』
『そうなると、その両者は誰と誰なんでしょうか』
『ふつーに考えると、組み込みはこのえもんか、本国のれんちゅーではないか?』
『で、送り込んだのは近衛の親族になる……って、身内のゴタゴタかよ』
『親と祖父で教育方針が違っている、ということですか』
『いや、そうじゃねーだろ。
 親は近衛に魔法を教えたくないけど、学園長の意向に逆らえないという所じゃないか?』
『だから、3-Aにいるのか。
 ……ますたー、このかの親は関西の責任者だろう、それが他の組織の言いなりというのはどうなんだ?』
『さあ、魔法使いのメンタリティとかあまり理解したくねーしな、しかも身内の話だ。
 あまり他人が口を挟む事じゃねーだろ、個人的には教えた方が良いだろうとは思うけどな。
 学園長辺りはそう望んでいるんじゃないかな』
『どういう意味ですか?』
『トラブルの結果、魔法の事を認識すれば護衛もし易くなるし、先生の手駒になる可能性もあるだろう』
『腹黒だな、このえもんは』
『組織の親玉なんてそんなモンだろ。
 それにそれなりのメリットも見込めるしな』
『メリットですか?』
『護衛のし易さ、ネギ先生との個人的コネクション、何より優秀な魔法使い候補が一人誕生する。
 ざっと考えてこんな所だな。
 さて、アイツ等の件はここまでにしよう。
 アリア、麻帆良の方はどうだった?』

 千雨は木乃香と刹那の問題を打ち切り、本来の問題に話題を移す。

『外縁部にはやはり反応は無かった、恐らく麻帆良にはもう無いだろう。
 この件に関する限り、このえもんのじょーほーは正しいとアリアは判断する』
『となると、やっぱりこっちにあるのか、……面倒だな』
『はい、探索範囲が麻帆良とは段違いです』
『しかも≪認識阻害≫されていないしな。
 できる限り範囲を絞るべきなんだけど、その範囲自体どう絞るか……』
『エヴァンジェリンに相談してみては?』
『それしかないか、アリア今から跳べるか』
『次元跳躍ではないからだいじょーぶだ』
『よし、結界敷設後に跳んでくれ』
『りょーかいだ、ますたー』
「さて、やるぞアロンダイト<ラウンドガーダー>展開」
【了解、<ラウンドガーダー>展開します】

 千雨が自分の周辺域のみに結界を敷設する魔法、<ラウンドガーダー>を展開すると

『ますたー、今から<トランスポーター>を発動する』
『よし、いいぞ』

 アリアの転移魔法<トランスポーター>が発動し、遥か麻帆良と嵐山の空間を繋げる魔法陣が千雨の眼前に現れた。
 千雨の前の魔法陣はゆっくりと回転を続けていたかと思うと、淡い輝きを放って消滅する。
 同時に千雨の<ラウンドガーダー>も終了すると、そこには尻尾をくねらせている子猫がちょこんと座っていた。

「この距離の転移は初めてだからな、身体に不具合とかないか?」
「そうだな……よそーより魔力のしょーもーが多い位だが、それもそーていの範囲内だ」
「とりあえず大事をとって、今日の探索は止めておこう。
 どっちにしろ範囲の絞込みがあるからな」
「うむ、りょーかいだ、ますたー」

 麻帆良から京都という長距離を瞬きの間に踏破した事で、アリアに何か不具合が出ていないか確認していると、部屋の扉が開いてエヴァンジェリンと
茶々丸が戻ってきた。
 千雨の膝の上にいるアリアを見たエヴァンジェリンは、向かい側に腰を下ろすと興味深げに千雨に話しかける。

「ほう、子猫を呼び寄せたか……いや、ここに漂う魔力の香りに子猫の様子……まさか子猫自身が麻帆良から跳んで来たのか?」
「分かるのか?」
「私は吸血鬼だぞ?魂の色や周囲に満ちる魔力の質でこれ位の事は分かるさ」

 流石は吸血鬼といった所だろうか、千雨には分からない感覚があるらしい。
 しかし、千雨にはエヴァンジェリンに聞くべき事があった。

「マクダウェル、知恵を借りたいんだけどいいか?」
「例の件か……話してみろ、内容如何によっては考えんでもない」

 この国独自の文化を愛する彼女にとって、この地でジュエルシードが暴走する事は許容できる事ではなかった。
 そんなエヴァンジェリンを前に、千雨は溜め息をつきながら状況を簡潔に説明する。

「悪いな。
 最後のジュエルシードだけど、やっぱり麻帆良には無かった。
 関西に来ている可能性が高い」
「なるほど、関西という事は分かるが、範囲が絞り込めないか」
「そう、麻帆良位なら何とか探索は可能なんだけどな、流石に一地方一県の探索を修学旅行中に一般人に気付かれず、となると無理がある。
 しかも移動する可能性があるから性質が悪い」
「確かにな……千雨、猶予はどれ位ある?」
「分からない、持っている術者が魔力素を遮る事が出来れば、かなりの猶予があるはずなんだけど……」
「手段を講じていなければ、いつ暴走してもおかしくない、か」

 部屋を深刻な沈黙が満たす、いかに困難な仕事かが二人を始め、部屋にいる者達には十分に分かったからだ。
 エヴァンジェリンは舌打ちをすると、別の方向性を示唆する。

「これは、どちらかというと術者を探した方が早いかもしれんな」
「けど、どうするんだよ。
 分かっているのは、眼鏡を掛けた長い黒髪の女符術師ってだけだ、この京都だけで長い黒髪の女が何人いると思うんだ」
「まだ絞り込める要素はある」
「…………関西呪術協会か?」
「そう、基本的に土着の技術集団である陰陽師は、術者同士の繋がりが強い。
 ならば連中に確認を取れば、術者の居所はかなり絞り込めるはずだ」
「なるほど、協会内にいる女の術者で、最近姿を眩ませている奴でも十分いけるな。
 ……ちょっと待てマクダウェル、確か関西ってお前達と仲が悪いんじゃなかったか?」
「じじいに裏から手を回させる。
 今の関西の長はじじいの身内で融和派だからな、可能性があるとすればその辺だろう。
 最悪、この地で核並の災害が起きるとすれば、連中も嫌とは言うまい」
「信じるかな……」
「この間の映像を見せれば否は言えんだろうさ。
 第一、この地の霊脈の守護者を自任する連中だ、断る事は考えられんな」

 そう言いながらエヴァンジェリンは、茶々丸から通話状態になっている携帯電話を受け取った。

 彼女はハイテク(電子機器)の扱いに慣れていなかった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 麻帆良学園女子中等部の修学旅行二日目は、奈良において班別行動の日となっている。

 一応、そういう事になっているが、千雨だけが班とは別行動を取る事になった。
 ジュエルシードを持ち去った符術師の情報を得る為に単身、関西呪術協会へ赴く為である。

 賑やかな朝食が終わった後、千雨はロビーでエヴァンジェリンと今後の件について話していた。

「マクダウェル、場所はこのメモの通りで良いんだな?」
「ああ、私は付いて行けんが、貴様なら一人でも大丈夫だろう。
 近衛詠春に会ったら、じじいの名刺を渡せ、それが割符代わりになる筈だ」
「分かった。
 しかし、あの時に受け取った名刺がこんな時に役立つとはね」

 そう言いながら千雨は、先日渡された近右衛門の名刺を眺める。
 透かしで麻帆良学園のエンブレムが描かれた立派な物だが、何がしかの魔法がかかっている事は知っていた。

「……ところでネギ先生にはどう説明する?」
「そうだな、坊やには個人的な用事があるとでも話しておくさ。
 どうせ、近衛の護衛で五班から離れる事はできんだろうしな」

 不意に出て来た話題に、千雨は訝しげに尋ねる。

「どういう事だよ、アイツの護衛って桜咲の仕事じゃなかったのか?」
「昨夜だがな、一度誘拐されたらしい。
 坊やと神楽坂明日菜の手を借りて奪還には成功したらしいが、犯人には逃げられたそうだ。
 で、帰って来た刹那から、今日は五班と同行したいと持ちかけられたんだよ」
「となると、近衛の護衛にネギ先生達も参加するって事か?」
「そうなるな、魔法使い以前に教師としての仕事だと思っているんだろう」
「じゃあ、昨日の騒動は近衛絡みだった訳か……」
「ああ、図らずも昨日超鈴音が言っていた事が的中した訳だ」
「そうなるか……っておい!アレが聞こえてたのか?」

 エヴァンジェリンがボソリと零した言葉に千雨は慌てたが、エヴァンジェリンはニヤニヤと笑いながら千雨を弄り始める。

「ん?ああ聞こえた。
 色々と好き勝手言ってくれたものだな?ええおい」
「あれ位、大目に見ろよ。
 第一、肝心な所は話していないんだから良いだろ?」
「……まあいい、それよりも総本山に行くのなら制服は止めておけ。
 連中に悟られる可能性があるからな」
「ああそうか、分かった、適当に服を見繕って行くさ」

 千雨とエヴァンジェリンが話し終えるのと時を同じくして、背後では何やら歓声が上がっていた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――

長~いあとがき
 修学旅行一日目終了。
 とりあえずエヴァンジェリン主従が来ていると話しは色々と変わりますねw
 次回は千雨単独行、急を要する事案なので奈良には行けません。
 どうなるのかは次回を楽しみにして下さい。

超との会話について
 色々と裏に係わる事を話していないか?と思われるでしょうが、千雨は超が魔法関連の知識を持っているだろうと思って話しています。
 というか、麻帆良大橋戦で知られたと理解しているので、ここら辺に関しては諦めているんでしょう。

音羽の滝に関するネギの対応について
 とりあえず少し成長した証しというかそんな感じです。
 新田先生もあんな状況で飲んだとしたら、中止とまでは言わないと思いますがどうなんでしょう?最近は予想もしない反応があるからなあ……。
 翌朝、説教は食らうかもしれないけど、そこまでガチガチな規制派では無いと信じたい。
 まあ泥酔した連中の中には、敢えて飲んでいた連中もいたと思いますがw
 後は、生徒の安全の為にも報せるべきだと思います、急性アルコール中毒とか怖いしね。

エヴァンジェリンの怒りについて
 やっと来れた修学旅行、ここ十四年はTVでしか見ていなかった温泉に入れるとワクワクしていたのに、これでは怒るのではなかろうかと思い書きました。
 ちょっとあっさり風味かもしれませんね。
 あと、刹那がエヴァンジェリンを置いて先に入浴しましたが作劇上の都合です、納得できない場合は浴衣を畳むのに梃子摺っていたエヴァンジェリンが
先に行かせたと思ってください。

入浴順について
 原作でもしずな先生から早く入るようにと言われて、入っていたネギと鉢合わせたのは刹那(五班)だった事から、番号が大きい班から入浴しているのか?と思い、その通りに話しを変更しました。
 で、後は明日菜達と一緒に千雨達を投入したのは、刹那と木乃香の関係を知らせる為ですね。
 明日菜達が入浴時間を勘違いしたのは、部屋にある時計が狂っていたとか、そんな感じです。

近衛家に関する話
 感想を読んで間違いに気付きました、ありがたや。
 で、色々と訂正しつつ話を追加しています。
 けど、他組織の身内をトップに据えた関西呪術協会の考えが良く分かりません。
 設定では「近衛家」という家柄に原因があった様なのですが、少なくとも近右衛門が死ぬか引退するまで近衛家の人間は中枢に入れるべきではないと
思います。
 というか、何故近右衛門が関東に行ったのかが分からないんですよね。
 普通に考えると西洋魔法に魅せられた、というところでしょうが。案外、相坂さよに惚れて逐電したとか……
 (で、黒い方向に考えると、さよが成仏できないのは近右衛門が縛ってるせいだったり……)

アリアの転移魔法について
 何故、結界を張ったのに転移できたかというと、精神リンクで千雨と繋がっていたからです。
 A’sでも強装結界内に、なのはとフェイトを送り込んでいたので、何がしかの抜け道があれば可能だと解釈しました。
 ちなみに、アリアは次元間移動も出来ますが一日一往復程度、恐らくこのSSではしないと思います。

エヴァンジェリンが何故解呪に関して嘘をついたのか
 有体に言えば、見栄ですね。
 実は解けている事に気付いていなかった、とはどうしても言えませんしね。
 彼女にとってプライドは大事なものでしょうから。

何故、エヴァンジェリンが協力的なのか?
 冒頭や地文で書いている通り、京都や奈良を破壊されない為です。
 設定にも彼女は“日本の景色が好き”と明言されているので、恐らく協力はするだろうと考えました。



[18509] 第12話「京都鴨川探索行……天ヶ崎千草の事情」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/08/04 22:47

 長谷川千雨は関西呪術協会から帰る途中、京都駅をアリアと手を繋いでぶらついていた。
 班別行動をしているエヴァンジェリン達がホテルに戻るまで、まだある程度の時間があったからだ。

 そろそろ、嵐山へ向かおうと、列車が来るホームへと向かう。
 向かい側のホームには他の学校の修学旅行生なのだろう、麻帆良の臙脂色とは違う茶系のブレザーを着た中学生の集団が嬌声を上げていた。
 麻帆良と同じく国際色豊かな学校なのか、五人の少女達には二人程金髪の少女が混じっている。
 そんな少女達に、千雨の視線は我知らず惹き付けられ、少女達の視線もまた千雨に惹き付けられた。
 正確にはその中の三人だ。
 背が低い、ショートカットの何処か子狸を思わせる少女。
 一行の中心人物なのか、松葉杖を突いているが明るい笑顔を浮かべているサイドテールの少女。

 ――――――そして千雨が一番強く惹き付けられ、そして惹き付けているのは、長い金の髪を腰の辺りで纏めた、赤い瞳の穏やかな少女だった。



第12話「京都鴨川探索行……天ヶ崎千草の事情」



 クラスメイト達が奈良方面で楽しんでいる頃、長谷川千雨は京都郊外にある関西呪術協会の総本山へ赴いていた。
 傍らに子猫形態のアリアを連れた彼女は、いつもの制服姿ではない。
 制服を基にして、スーツ風にデザインを弄ったバリアジャケットを着用しているのだ、これに<マギリングハイド>を組み合わせれば、防御や対魔力探査
に関しては問題無い。
 心配なのは補導されないかという恐れだが、そちらに関しては化粧で工夫しているので、まず大丈夫だろう。
 ここら辺は、日頃コスプレしていた経験が生きている、自分を偽る事を苦にしていないので自然体でいられるのだ。

 千雨の目の前には竹林に囲まれ、延々と鳥居が連なる参道があった、ここから先は普通の場所とは違うのだと言外に主張しているのだろう。
 麻帆良とは違う手段で、非日常の異界を構築しているのだ。
 なるほど、昨夜エヴァンジェリンが言っていた、“この地の霊脈の守護者を自任する連中”というのはこういう所から来ているのかと千雨は納得した。
 千雨が待っていると、鳥居の奥から一人の巫女が現れた。
 アリアを傍にある茂みに放して、女性を待つ。
 育ちが良さそうなその女性は、千雨の前で立ち止まると、深々とお辞儀をして話しかけてくる。

「長谷川様ですね?符丁をこちらに」

 千雨は懐から割符代わりの名刺を取り出して、女性に預ける。
 預かった女性は、受け取った名刺を手に何やら呟いたかと思うと、何かを確認したのだろう一つ頷く。

「失礼いたしました。
 少々歩きますが、此方へどうぞ」

 女性はそう言って名刺を返すと、千雨を先導する様に鳥居が連なる参道へと歩を進める。

 千雨は、参道のやや右寄りを進む女性の後を辿るように歩いていた。
 鳥居の周囲は背が高い、青々とした竹が取り囲んでおり、空さえも殆ど見える事はない。
 ただ、暗いという訳ではなく、ある程度の明るさは確保されている。
 鳥居の朱と竹の緑、石畳と石灯籠の白、そしてざあざあと鳴る竹の音が支配する参道を、千雨は延々と歩いていた。
 道はほぼ一本道、脇道や休憩所もあるのだが、ややもすると迷ってしまいそうな錯覚を千雨は覚える。

『これは、中々厄介だな』
『どうかされましたか?マスター』
『ん?ああ、結界だよ』
『魔力は感知できませんよ?』
『アロンダイト、その結界とは違う、魔力を使うのならアリアが感知している。
 これは、視覚じょーほーの錯覚を基にした対人結界だ』
『それはまた回りくどいですね、何が目的なんでしょうか』
『多分、意識に隙を作る為だろう、それに宗教施設としての舞台装置も兼ねているんじゃないかな』
『舞台そーち?』
『ああ、ここから先は神様がいる場所だ、異界なんだと、ここを進む参拝者の心に畏れを沁み込ませるのさ』
『しんみょーな気分にさせるという事か』
『まあそういう事だ、後は単調な景色を繰り返す事で緊張感や判断力を削いでいるんだ。
 多分、魔力を流して効果を増幅させる事も出来るんだろうな』
『マスター、終点のようです』

 アロンダイトの言葉に顔を上げると、そこには大きな山門があった。
 山門には≪視覚阻害≫の結界でも張っているのか、門の向うはぼんやりとしていて判然としない。
 女性に導かれて、山門を潜った先には、壮麗な景色が広がっていた。
 広い参道の両側には、京都では散った筈の桜が咲き誇り、参道には大きな朱色の鳥居が聳え立っている。
 周囲には呪術協会の者達なのだろう、仕事をしている人々がちらほらと見受けられる。
 さらに、呪術協会の本拠地にして近衛家の邸宅なのか、山の斜面に立ち並ぶ平安時代風の屋敷群が見えた。

 それから、暫く歩いた後、千雨は屋敷内にある和風の応接室へ通された。
 緑茶と和菓子を出されて、暫く待って欲しいと言われた千雨は、出された物を口にしながら何をするでもなくただ待つ。
 外界から遮断された屋敷は、人の気配も無く静かに保たれていた。
 庭に面した障子は開け放たれ、落ち着いた日本庭園が広がっている。
 マクダウェルが好きそうだな、等と益体もない事を考えていると、不意に廊下から足音が響いてきた。

『来たか、さっさと済ませて帰りたいところだな』
『向うの出方次第ですけどね』

 話し終わった時を見計らった様なタイミングで、問題の男性が庭に面した廊下から、室内に入ってきた。
 男性は三十代から四十代といった所だろうか、痩せて顔色は悪いが姿勢は良い。
 千雨の前に着くと、狩衣を捌いて彼女の正面に腰を下ろす。

「待たせてしまい申し訳ない、君が関東魔法協会・近衛理事の言っていた長谷川君だね?
 私は近衛詠春、関西呪術協会の長を務めている」

 これが近衛の父親かと内心で思いながら、千雨は別の思考領域を使って目の前の男性に対応する。

「この度は、勝手なお願いを聞いて頂き、ありがとうございます。
 長谷川千雨です、これが一応証明になると思いますが」

 最近、加速度的に裏側の知り合いが増えるなぁ、と千雨は忸怩たる思いを感じていたが、ジュエルシードを暴走させる訳にもいかない。
 ままならない、そんな現在の状況に軽い苛立ちを感じながら、千雨は目の前の男に近右衛門の名刺を渡つつ言葉を返した。
 名刺を受け取った詠春は一つ頷くと、千雨に名刺を返して話し始める。

「いや、聞いた話では大事になる話だからね、私達が力になれるのなら幸いだ」
「早速ですが調査の結果を窺っても?」
「これだよ、聞いた話が本当なら我々も手を貸すべきなんだろうが……」

 千雨は渡された資料を捲りながら、耳に届く苦渋を滲ませた詠春の声に気付かない振りをする、今更聞いてもしょうがない事だからだ。

「いえ、この資料を見せて頂いただけでも大助かりです。
 近衛会長、一番怪しいのは、やはりこの天ヶ崎という女性なのですか?」
「そうだね、麻帆良の大停電が起きる数日前から今日まで姿が見えない、目撃された容姿にも一致する。
 ……そして動機も、ある。」

 千雨は詠春の言葉にふと目を上げる。

『個人的に関係ありそうですね』
『ああ、けど知ったこっちゃねーよ』

 内心、鼻を鳴らしながら資料を一枚一枚、アロンダイトに見える様に確認する。
 資料に掲載されていたのは、天ヶ崎を含めて数名だった。
 他の連中が怪しくないと言えば嘘になるが、やはり怪しさという点で言えば天ヶ崎が頭一つ飛び抜けている。

「近衛会長、陰陽道に関する質問なんですが、聞いても良いでしょうか」
「何かな?流石に詳しい術は分からないが、出来るだけ答えよう」
「ありがとうございます。
 聞きたい事は一つです、陰陽道には“魔力を遮断する術”はありますか?」
「魔力を遮断する……かね?」
「はい、それの有る無しで猶予期間が決まります」
「可能性で言えば“ある”だろうね。
 私は生粋の術者ではないから明言はできないんだが、陰陽道には霊脈を鎮めたり化生を封印する術がある。
 その辺の術を応用すれば、可能性はあるだろう」
「そうですか……ところで、この天ヶ崎という女性がいる場所は見当も付いていないんでしょうか」
「情けない事にね。
 いくつか隠れ家らしき場所は押さえたが、本人は見つからず仕舞いだ。
 彼女を探そうにも、任せる事が出来る術者は各地を飛び回っているんだよ」
「何かあったのですか?」
「詳細は言えないが、こんな時に限って仕事が多発していてね。
 今、この地にいるのは見習いか、一線を退いて久しい者だけなんだ……荒事などとても勤まらないんだよ」
「では……」
「遺憾だが、君に一任せざるをえないな。
 この件に関する限り、関西呪術協会の管轄内において君の行動に制限を掛けない事は確約しよう。
 活動中の術者にも周知徹底させておく」
「ありがとうございます、それではこれで」

 資料のコピーを終わらせ、自由行動の確約を貰った千雨は資料を詠春の方へと押しやる。
 そんな千雨の行動に驚いたのは詠春だった。
 何しろ、千雨は資料を渡した後、一度ゆっくりと通して見ただけなのだ。
 実際はアロンダイトが記録しているのだが、詠春はそうとは知らない。
 しかし、止めはしなかった、彼女が急いでいるのも分かるし、当の詠春自身も急いで欲しいと思っていたからだ。

「いや、礼を言うのはこちらだよ。
 君が無事、勤めを果たす事を祈っている」

 詠春の言葉に押される様にして、千雨は関西呪術協会から京の街へと出て行った。


 関西呪術協会を離れ、京都駅に戻った千雨は、人間形態になったアリアを連れて昼食を摂っていた。
 食事は朝方、茶々丸に聞いた値段以上に美味いと評判の蕎麦屋だ。
 ちなみに食事代は、近衛詠春からタクシー代として貰っていた分の残り――とは言っても大半が残っているが――である。
 千雨は天ザル定、アリアはにしんそばを食いながら、これからの善後策を話し合う。

『さて、これで目星は付いたワケだが……』
『次はどうやって探し出すか、ですね』
『探索まほーを掛けるにしても、見た事もない相手は特定ふかのーだしな』
『潜伏場所を調べるとしても、本名で使う程、間抜けじゃねーだろうし』
『使ってたら、呪術協会が特定しているでしょうしね』
『警視庁の顔認証システムが稼動していたら、利用できるんだけどな』
『ますたー、それは犯罪だ』
『今更だろ、それに使えねーんじゃ、絵に描いた餅だ』
『手詰まり感がありますね』
『ああ、魔力素を遮断している可能性があるのは助かったけどな。
 正直、どうにもならねー。
 ジュエルシードが剥き出しなら探索魔法に引っかかるんだけど、それだと暴走の危険が増す。
 魔力素遮断してたら私の探索魔法には引っかからないしな』
『ますたー、資料を熟読してはどうだろうか』
『それしかないか、アロンダイト』
『なんでしょうか?』
『コンビニのコピーサービスに資料のデータを放り込んどけ』
『了解しました、二部で宜しいですか?』
『そうだな、一応マクダウェルにも見せる事を考えると、そっちが良いだろう』

 その後は食事に集中する、千雨は納得できる味に満足を覚えた。

「ごちそうさん」
「ごちそーさま。
 ますたー、にしんそばは中々だったぞ」
「そうか、明日辺り食ってみるかな」

 何だか、アリアが食事を作る様になって以来、食事に執着するようになっている気がする。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 嵯峨嵐山駅構内の物陰でバリアジャケットを解除してホテルに戻った千雨は、ロビーで悶え転がるネギを目撃したが、係わり合いになるのは
遠慮したかったので、無視して班部屋へと戻って行った。

『何だありゃ』
『顔面が紅潮し、僅かながら発熱していましたから、病気なんじゃないですか?』
『妙な病気じゃねーだろうな、嫌だぞあんなのが大量発生するとか』

 笑いを含んだアロンダイトの言葉に、千雨は嫌そうな顔で応える。
 そんな主の言葉にアロンダイトは呆れた様な呟きを漏らした。

『…………マスター』
『何だよ?』
『いえ、何でもありません』

 千雨は部屋に戻ると中にはエヴァンジェリンと茶々丸がいた。

「ただいま」
【今帰りましたー】
「おかえりなさいませ、長谷川さん、アロンダイトさん」
「収穫はあったか?」

 戻ってきた千雨に応えたのは茶々丸だけ、エヴァンジェリンは単刀直入に用件を聞いてくる。
 千雨は、そんなエヴァンジェリンの前に、コピーした資料を置く。
 エヴァンジェリンは、その資料を当然の様に受け取って捲り始める。
 その後ろでは、子猫状態のアリアが転移してきていた。

「一応な、とりあえず目星はついた。
 今から目的とかを絞ろうと思っている……桜咲は近衛の護衛か?」
「ああ、神楽坂明日菜と一緒に付いている」
「へー。そういえばロビーでネギ先生が悶えて転がってたけど、ありゃあどうしたんだ?」
「何を言っている?」
「いや、だからさ。
 帰って来る途中のロビーで、ネギ先生を見かけたんだけど、顔を真っ赤にして悶えたり、ゴロゴロ転がったりしてたんだよ。
 アロンダイトが言うには微熱があるって言ってたし、どうしたんだろうなって」
「茶々丸、何か知っているか?」
「いえ、生憎と……」
「魔法使いだけがなる病気とかじゃねーよな?」
「そんなものあるわけがなかろう……まぁ心当たりがないとは言わんが」
「え?やっぱりそんな病気あるのか?」
「何を勘違いしとる、私は坊やが“そう”なる原因に心当たりがあると言っているのだ」

 エヴァンジェリンのその言葉に、千雨は暫し首を傾げていたが、何かに思い至ったのか「ああ」と頷く。

「なるほど、となると相手は本屋か」
「そうなるな。五班で坊やに惚れていて、告白しようなどと考えるのはアイツ位だ」
「へー、頑張ってるじゃねーか。
 今頃、いいんちょとか佐々木辺りが焦ってるんじゃねーか?」
「まあそんな所だろう。
 ……千雨、やはり一番怪しいのはこの天ヶ崎という女か?」
「ん?ああ、そうだな。アリバイ,動機,能力,目撃情報……そこら辺を考えたらソイツが一番怪しいよ」
「なるほどな、目的は復讐か。
 ありきたりだが納得はできる、関西は動かんのか?」
【はい、ですが正確には、動いている所為で手が回らないという状態です。
 仕事が多発しているとかで、総本山の術者も殆ど出払っていました。
 近衛会長が言うには、総本山にいるのは仕事を任せるには未熟な術者か、引退した人達だけだそうですよ。
 事件の隠匿程度でしたら可能でしょうけど、探索や攻性行動は無理でしょうね】
「となると天ヶ崎が事を起こすのは京都だな」
「……仕事は囮って事か?」
「そうなるな、連中が管理している場所には、強力な化生や悪霊が封印されている場合が多い。
 そうでなくともデリケートな霊地が殆どだからな、この件が終わるまでは離れる事は適わんだろう。
 大体、総本山の戦力が出払う位に仕事が多発する事自体、何がしかの意思が働いているという証左だ」
「となると、天ヶ崎は表に出ている顔って事か……」
「ふふん、中々分かる様になってきたじゃないか。
 そうとも、これだけの仕掛けだ、協力者はそれなりにいるだろうさ」
「てー事は、匿われている可能性もあるのか……面倒だな」

 そう言いながら千雨が舌打ちをしていると、外にいた刹那が部屋に戻ってきた。

「ただ今、戻りました。
 長谷川さん戻ってらしたんですか?」
「おかえり、ついさっきな。
 そういえばマクダウェルに聞いたんだけど、昨日は大変だったらしいな」
「はい、まさかあの様な強行手段に出るとは思っていなかったので……。
 長谷川さん、その資料は?」

 同じ資料を千雨とエヴァンジェリンが持っているのを見て興味をそそられたのか、刹那が千雨に訊ねる。

「ん?ああコッチの厄介事だよ、見るか?」
「え、いいんですか?」
「別にいいんじゃねーか?特に秘密にする事じゃねーし。
 アンタなら一般人には教えねーだろ」

 そう言うと、千雨は手にしていた資料を刹那の方に押しやる。

「それは、確かにするつもりはありませんが……、では失礼します」

 刹那は目の前に押し遣られた資料を手に取ると、パラパラと捲っていく。
 しかし、その動きはとある頁で唐突に止まった。

「は、長谷川さん、この資料にある人物は……」
「あん?私が出張っているんだ、例の件だよ。
 麻帆良からジュエルシードを持ち去った可能性がある連中だ」

 震える声で尋ねてくる刹那に、千雨はお茶菓子を口に運びながら軽い調子で答える。

「どうした刹那、顔見知りでもいたか?」

 刹那の声に何か感じたのか、エヴァンジェリンが聞いてくる。
 その言葉に刹那は頷くと、写真が載っている頁を広げてテーブルに乗せた。

「この女、天ヶ崎千草こそ、昨晩お嬢様を攫おうとした下手人です」
「ほう」
「何か、妙な事になってんなあ」

 刹那が告げた事実にエヴァンジェリンはニヤリと笑みを浮かべ、千雨は面倒な事になりそうな予感を感じて、溜め息をついた。


「……というワケで、昨日は何とか撃退出来たんですが」
「ふーん、となると天ヶ崎の目的は近衛って事か。
 ジュエルシードは変わった宝石とでも思っているのかな?」
【可能性はありますね。
 部外者である以上、ジュエルシードの詳細は分かりませんし】
「だったら助かるんだけどな…………いや、意外とヤバイかもしれない」
「どういう意味だ、千雨」
「今日この資料を貰う時に学園長からある程度、ジュエルシードの詳細が漏れたはずだ。
 少なくとも暴走体の情報と、放っとくと核並の被害が出る事は漏れたと考えるべきだろう。
 で、近衛の親父さんは私に協会員の情報を流し、行動の自由を許可する為にこの辺の情報を幹部連中には漏らしたはずだ。
 最悪、天ヶ崎に情報の一部が漏れていると考えた方が良いだろう」
「なるほど最悪、暴走させる可能性が出て来たワケか」

 千雨の予想に、エヴァンジェリンも考え込む。
 千雨は考え込んだエヴァンジェリンを他所に、刹那に話しかけた。

「そういえば桜咲。
 天ヶ崎は近衛を攫った後、京都駅に行ったんだよな?」
「ええ、その場でお嬢様を取り戻したので、連中は空へ逃走しましたが……」
「そうなると、奴は何処に行くつもりだったんだ?
 京都駅って事は何処かに移動するのは間違いない、けど県外はありえねえ、他の術者と鉢合わせになる可能性があるからな」
「そうだな、奴の目的は京都……しかも京都市周辺に限られるはずだ」
「あの、何故県外はありえないのですか?」

 刹那は呪術協会の現状を知らない為、千雨とエヴァンジェリンの会話が見えてこない。
 そんな彼女に解説をしたのは茶々丸だった。

「現在、関西呪術協会は京都以外の霊地に対する処置で人手が極端に少なくなっています。
 マスターと長谷川さんは、恐らく天ヶ崎千草と協力者による撹乱工作だろうと予想されました。
 以上の事から、天ヶ崎千草の目的及び潜伏先は京都市内及び周辺と考えられます」
「そんな事まで……あの時、捕まえていれば!」
「終わった事はもういいよ、重要なのはこれからだ。
 昨晩の話を聞いた限りでは、天ヶ崎の目的は協会の実権を掌握する事らしいけど、ジュエルシードの情報が奴に流れたら、正直どう転ぶか分からない。
 最悪、麻帆良に臨界寸前まで魔力を込めたジュエルシードを持ち込む可能性だってある」
「しかし天ヶ崎もジュエルシードの使用にはある程度、躊躇するはずだ」
【エヴァンジェリン、理由を窺っても?】
「昨晩の行動だよ、奴は近衛木乃香を使って“協会の実権を掌握する事”を目的としていた。
 そんな時にジュエルシードなんぞ使ってみろ、掌握できる物も掌握できなくなる。
 しかも、1個しかない以上、使ってしまったが最後だろうしな。
 アレはあくまでも、鬼札もしくはブラフとして持っておくべき代物だ。
 明確に追い詰められていない以上、最初に切る事はないだろう」

 アロンダイトの言葉に、エヴァンジェリンが答えを返す。

「まー、今の所はそう思うしかないか……」
「そうだな、物があちらにある以上、選択肢は向うが選ぶ事になる。
 私達は奴のミスを見逃さないようにして、勝ちを拾わなければならん」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ホテルでエヴァンジェリン達と会話をした数時間後、千雨はアリアを連れて探索に出ていた。
 探索地は鴨川流域である、市内に潜伏しているとすれば、複数の逃走手段を得られる河川沿いが妥当だろうと考えられたのだ。
 京都に流れる大きな河川は二つ、嵐山近辺を流れる桂川とその反対、京都の東……清水寺近辺を流れる鴨川だ。
 桂川は麻帆良学園修学旅行生が宿泊している嵐山が近くにある為、可能性がより大きいのは鴨川だろうという結論に基いて探索に出たのである。

 千雨は漆黒のバリアジャケットとフェイスガードで身を覆い、子猫状態のアリアを抱えて飛んでいた。
 足元を飾る京都の夜景は、どこか艶やかで秘密めいた色を帯びている。

「今日行った呪術協会の総本山が、京都の北東。
 嵐山が京都の西、天ヶ崎はそこから近衛を攫って京都駅へ逃走した。
 そこから、市内ではなく京都駅の大階段へ向かったという事は、奈良方面のJRに乗り継ぐつもりだったと考えていいだろう」
【そうですね、最後に飛んで逃げたのは、恐らく撹乱目的でしょうから】
「そーなると、天ヶ崎の潜伏先はきょーと市内のとーなんという事になるのか?」
「まあ、その辺が一番可能性があるだろう。
 郊外だと正直、手が回らないし、ここは絞ってやるだけだ」
【今回は偵察が主目的になりますね】
「まあな、桜咲が言うには月詠とかいうスゴ腕が護衛に付いているらしいから、私じゃ近付けない」
「ますたー、目的は天ヶ崎の背後なのか?」
「とりあえずはな、そいつらを近衛の親父さんの方で抑えてもらえりゃあ、天ヶ崎の片手位は縛れるだろ」
【後は、実行部隊の確認です。
 今の所は主犯と護衛しか確認できていませんから、バックアップや他の護衛が確認できれば、木乃香さんの護衛もやり易くなるはずですよ】
「上手くすれば罠に掛けれるし、関西の連中に簡単な探索を頼んで後々急襲とかできるだろうしな……と、ここら辺か?」

 千雨は空中で停止すると、雑居ビルの屋上に降り立つ。
 フェイスガード内には京都市東南域の地図が表示されており、円がいくつか描かれていた、その中の一つが明滅している。
 空中で千雨の手が何かを叩くように踊る。それに呼応したのか、明滅している円が拡大されると、千雨の唇に会心の笑みが浮かぶ。

「よし、ドンピシャだ。アリア、頼む」
「りょーかいだ、ますたー」

 アリアはその足元に魔法陣を展開して、探索魔法を構築していく。



 時間は少し遡る。
 千雨がホテルに着いた頃、天ヶ崎一味は鴨川に程近い、とある町屋に潜伏していた。
 呪術協会内にいる協力者の伝手で用意してもらった、隠れ家の一つである。
 そこで天ヶ崎千草は年代物の黒電話で誰かと連絡を取っていた。

「ええ、ほんまに助かりました。
 何しろウチが用意しとった隠れ家が殆ど押さえられとって、どうにも身動きが取れへん状況やったさかい……ええ、分かっとります、それは重々。
 ……は?関東の術者どすか?たしか子供の魔法使いが一人に、従者の小娘が一人、後はお嬢様の護衛の神鳴流が一人どしたが。
 ……確かにあの時、妙な宝石は拾うたけど……何やて?あ、いえ。流石にそれはありえへんでしょう、あんなちんまい宝石が……へぇ、一応は気を付け
ときます。
 そうどすか、その宝石の件でもう一人魔法使いが……ええ、しっかと心に留めときます。
 事が済んだ暁にまた……。

 ふぅ、色々と厄介な事になってきおったなあ」

 今まで使っていた受話器を置くと、千草は溜め息混じりに不満を零した。
 昨日はもう少しで目標が達成できそうだったのに、魔法使いとその従者の意外な手強さに敗北を喫してしまった。
 用意していた呪符も、大掛かりなものは粗方使ってしまった為。今日は一日中、呪符の作製と治癒(それと眼鏡の修理)で潰れてしまっている、これから
再度襲撃を行うには手札が少な過ぎた。
 穏便な手段を取る時間が取れない。昨日の奪還――というか誘拐――が成功していれば、関西全域に散らばっている術者が帰る前にお嬢様の仕込みが
終わっていたはずなのだ。
 しかし、奪還が明後日以降に縺れ込むとなると、仕事を終えた術者が戻って来る事も考えられる。
 いくつか策を用意してはいたが、それも隠れ家毎押さえられている、ここまで来るともう最後の手段を採らなくてはどうにもならないだろう。
 千草としてもこの手段だけは避けたかったが、時間や人手が無い以上贅沢は言えない。
 最後の手段に要する儀式に合致する日は明日を置いて他にない、そうなると明日中にお嬢様を押さえる必要がある。
 幸い、支援者から助っ人が来る、そいつがどれだけ使えるか分からないが、期待するしかなかった。

 そこまで考えた時、ふとさっきの電話で聞いた全く新しい情報を思い出した。
 麻帆良で見つけた小さな宝石を懐から出すと、それをマジマジと眺める。
 千草が見つけた時は青い宝石だったが、今は千草特製の呪力封じの呪符で丁寧に包んでいる。
 どういう仕掛でそうなっているのかは分からないが、この宝石は周囲の呪力を吸い取っていたのだ。
 最初の頃は珍しさから観察していた千草だったが、際限なく呪力を吸い込むそれをいつしか不気味に感じて、封を施していた。
 そんな宝石を千草はジッと見つめるが、

「こんなんが核並の被害を齎すとか……あらしまへんな」

 と、そう一人呟いて、服の袂にそっと忍ばせた。
 しかし、千草はとうとう気がつかなかった、巌を穿つ水滴の様に、崖を削り取る穏やかな波の様に、呪力封じの呪符が少しづつ侵食されている事に。
 ジュエルシードは封印の中で煌々と青い光を灯していた。


 数時間後、天ヶ崎千草への援護として一行の前に現れたのは、白髪の小柄な少年だった。
 名乗った名は“フェイト・アーウェルンクス”外見で分かっていたが、やはり外国人……即ち西洋魔術師だ。
 彼が到着した時、千草は支援者への不義理と知りつつも、断ろうと思った。
 しかし、フェイトの人形じみた目を見た時、その意志を表す事は千草には出来なかった。

 恐ろしかったのだ。

 千草は裏の世界に入って、それなりに修羅場を潜ってきた。
 人を殺した事もあるし、殺されそうになった事もある。逆もまた然りだ。
 そんな世界にいても、あれ程の恐怖はついぞ感じた事はなかった。
 あえて一番近い事柄を挙げるとすれば、裏の世界に入る前……かつての大戦の最中、両親が目の前で殺された時だろうか。
 だから、拒否する事はできず、受け入れる事となった。
 支援者からの話によると、イスタンブールの魔法協会から研修で来ているという事だったが、本当かどうか分かったものではない。
 しかし、時間も人手も限られた今の状況、千草には毒だろうと何だろうと、助けになるものは飲み込まなければならない。
 そうでなければ、今まで自分が積み重ねてきた時間と血……いや、あらゆるものが無駄になるのだ。

(まあ、新入りが何を考えていようが時間がない以上、取れる手段は限られとる。ここは腹を括るしかあらへんな……)

 千草は覚悟を決めていた。


 夜半、そろそろ月が天頂に差し掛かろうという頃、呪符を作る千草に話しかける人物がいた。
 今日の夕刻、支援者から助っ人として送り込まれた西洋魔術師・フェイトだ。
 彼は、その人形めいた容姿に似合わない、困惑した表情を浮かべていた。
 そんな表情を浮かべる事もできるのかと、千草はそう思いながら、軽い調子でフェイトに応える。

「おや、新入り……どないしたん」
「何か魔法を使いましたか?」
「はあ?あんた、ウチがなにしとるか見えへんのか?
 こんな所で魔法なんぞ使うかい…………ちょっと待ちい、誰かが何ぞしたんか?」
「分からない、ついさっき、この周辺に奇妙な魔力が働いたから、あなたが結界でも張ったのかと思っていたけど。
 違うというのなら……」
「融和派の日和見連中か関東の連中、という事やな?
 ウチが気付かずアンタも分からないという事は、関東からの助っ人と考えた方がええんやろな」
「多分、そう考えた方が納得できると思う」
「厄介な時に……新入り、術者の場所は分かるか?」
「大体は」
「ふむ……、そしたら月詠はんを連れて…」
「いえ、一人で大丈夫です。
 二人は、あなたの護衛に残しておいた方が良いでしょう」
「そ、そうか?じゃあ一人でもええんやな?」
「ええ」

 フェイトは千草の確認に短く返すと、いつの間にか廊下に出来ていた水溜りを使って、その身を別の場所へと移すのだった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 アリアが何度目かの探索魔法を使用した時、微かな反応があった。
 ジュエルシードとは断定できない程、微かな反応だったが、ようやく見つけた手掛かりだ。
 アリアは、反応があった場所を取り囲む様に探索魔法を使う、隠密性を重視しジュエルシードを探す為に調整した魔法だ、そう簡単に察知されない自信
がアリアにはあった。
 そうして、魔法を展開し探索を開始すると程なく確信は得られた。
 ジュエルシードの反応を察知したのだ、未だ励起状態にもなっていない休眠状態だったが間違いは無い。
 続いて潜伏先の情報を得るべく、次の探索魔法を準備しようとしたその時、アリアの野生に訴えるものがあった。
 アリアはその声に従った、無様に服が汚れる事も怪我をする事も厭わず、全力で左へと大事なますたーの前にその身を投げ出したのだ。
 来るだろう痛みを堪える為にぎゅっと目を瞑る。

 しかし、痛みは来ない、おそるおそる目蓋を開いたアリアの前には、大好きな大切なマスターの華奢な背中があった。

 足元には赤い飛沫が広がっていた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき
 ええと、一番最初の文で出した娘達はまぁゴニョゴニョ……カメオ出演かもしれないのであまり騒がないように!
 感想書いてくれたり、応援してくれた人達へのせめてもの感謝の気持です
 今回は呪術協会の現状という話ですね、原作でも総本山を落とされたり、石にされたり、鬼とか召喚されたりと散々な呪術協会ですが、とりあえずこんな
状況なら無理もないかなという舞台設計をしてみました。
 後は千草さん側の話を入れてみましたけど、どうかな?

関西呪術協会について
 ええと、千本鳥居とかああいう幻想的な風景が好きなので長めに書いちゃいました。
 あと、協会の建造物群はどう表現すべきなんだろう?
 桜とか、膨大な建物とかは千雨的には無駄の極みとしか感じないんだろうなあ。
 後、呪術協会の場所についてですが、五巻の諸語釈義に嵯峨野、嵐山付近と書かれていましたが、このSSでは東北(鬼門)に配置しました。
 個人的には、此処に置いて京都の霊的守護を担っていると考えた方がらしかったからです。

詠春について
 色々と手を回してくれたのは、近右衛門からの助言があったからです。
 実際問題、京都には色々と洒落にならないのが封印されてる気がするし、地脈的に見ても世界樹に匹敵してそうな気がするし。
 後、タクシー代は修学旅行を潰してしまったお詫びも兼ねて、多目に渡しています。
 実際、ほぼ潰れるので……

千草さんについて
 ええと、原作では色々と極端な人ですよねw
 最初は木乃香を操ってどうにかしようとしていたのに、それが失敗するといきなりスクナに方向転換という……
 で、多分用意していた策が悉く使えない状態になったので、最終手段のスクナ復活へ~という流れを入れてみました。

フェイトについて
 修学旅行編の難題の一つ。
 こいつが何を考えて行動していたのかが分からないんですよね、能力的,組織的にスクナを手に入れるメリットはほぼ無いし、この頃のネギは敵に
ならないから排除するとか考えられないし。
 まあ上手い事、考えついたら組み込みたいですね。
 後、千雨達がここで彼に遭うのは、修学旅行編を書く時には決定してました。




[18509] 第13話「京都月夜諸々話……月下落涙」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/08/21 01:46

 長谷川千雨は別に痛い事は好きではない、どちらかと言うと嫌いだ……否、大嫌いだ。
 長谷川千雨は勢いで行動する事がままある、勢いで行動してはいつも後悔するのだが。
 で、まあ何が言いたいかというと。長谷川千雨は現在、凄く痛い思いをした後で、自分の腕の中でわんわんと泣きじゃくっている、幼い自分を見て凄く
後悔している真っ最中だった。


 ――――――だけど、しょうがないじゃないか、私が嫌だったんだ、生まれて一月も経たない自分の□を、自分の盾にしたり、痛い思いをさせるなんて。



第13話「京都月夜諸々話……月下落涙」



 精神リンクを通じて最初に感じたのは脅威だった、そして次に恐怖、最後に決意を感じた。
 アロンダイトを通じて周囲を警戒していた別の思考領域では、魔力素の集中と次元境界線の歪みを感知していた。
 身体は勝手に動いた、自分の前に出ようとする小さなアリアを押し退け、最大出力で<ラウンドシールド>を展開する。

 肩を殴り飛ばされるような衝撃のすぐ後に、展開した<ラウンドシールド>は粉微塵に砕かれ、脇腹には灼熱を伴った凄まじい痛みが迸った。
 転移してきた術者の攻撃が自分――千雨――の脇腹を抉ったのだと気が付いたのは、倒れそうになった身体をアロンダイトで支えた時だった。
 アロンダイトのサポートによって辛うじて倒れないでいられたが、脇腹からの痛みは息をするのも辛い程だ。
 そんな時だった、いやに冷静な……だけど聞いてるだけで腹が立つ声が聞こえてきたのは。

「へえ、僕の障壁突破≪石の槍≫を浴びてその程度のダメージなんだ。
 その服はアーティファクト……いや、単体で障壁として機能するのか、実に興味深いね」
「てっ手前ェ……は、何で魔法使いが天ヶ崎の……」
「それに答える義務も気も僕には無い。
 大体、察しはついているけど、君の目的と背後関係を吐いてもらうよ」

 そう言うと、白髪の少年は千雨との間にあった数mの距離を瞬時に詰めて、無造作に拳を振るう。
 次の瞬間、ネギと大差無いその身体からとは思えない程の衝撃が千雨を貫く。
 辛うじてアロンダイトで受けたものの、アリアを巻き込んで雑居ビルの屋上をフェンス際まで弾き飛ばされる。
 落ちなかったのは運が良いからだろうか、普通に考えると良いと言えるのだろうが、千雨にはそうは思えなかった。

 少年が目の前にいるからだ。

 千雨はアロンダイトを頼りに立ち上がる、ここでこの少年に倒され捕まる訳にはいかない。
 情報は渡っているかもしれないが、ジュエルシードの詳細を知られる訳にはいかないし、封印もしなくてはならないのだ。

「ざ、残念だけど……そうしてやる義理も気もねーな」        / 『アリア、無事か?』
「それを決めるのは君じゃない。                  / 『ますたー、何故だ!どうしてますたーがアリアを庇う!』
 それに、その傷でそんな事を言っても説得力がないと思うよ?」   / 『それだけ言えれば大丈夫だな、愚痴は後だ、転移の準備をしておけ、タイミングとトリガーは任せる。
「生憎とな、私は天邪鬼なんだよ、それに……」           /  アロンダイト、<ロック>の設置を頼む。持続は考えるな、強度重視で二秒も持たせりゃ十分だ』
「それに?」                           / 『了解』『……りょーかいだ、ますたー』
「ここまで虚仮にされて……黙ってる程、人間出来ちゃいねーんだ!」 / 『頼んだぞ……っつ!』

 千雨の叫びと同時に<ブラストショット>が牙を剥いた。
 得意の六方向完全同調攻撃だ、千雨は誘導弾を操作する領域とは別の領域を使って、<ブラストショット>を複数同時に準備し、傍らのアリアを抱え
ながら<エアリアルフィン>を起動して身体を僅かに浮かせる。

「闇の≪魔法の射手≫?
 無詠唱でこのスピードは中々だけど、六発程度ではね……何?」

 フェイトは<ブラストショット>に対して、さして脅威は感じていなかった、彼が常時展開している多重障壁ならば≪魔法の射手≫の十や二十は物の数
ではないからだ。
 だが着弾した瞬間、人形の様な彼の顔に戸惑いが浮かぶ。
 障壁はちゃんと働いた、数枚ほど破壊されたのは意外だったが、それさえも想定の範囲内だ。
 しかし、フェイトが戸惑ったのは別の要因、障壁の破壊と同時に起きた現象だった。

 自分の魔力が大幅に削られていたのだ、確かに闇の≪魔法の射手≫は副次能力として精神ダメージを与えるが、ここまで顕著ではない。
 いや、障壁で防いだ以上≪魔法の射手≫の副次能力は効力を発揮しないはず。
 侮っていた、目の前の魔法使いが放ったのは≪魔法の射手≫ではなかったのだ、恐らく何らかのアーティファクトの能力か、オリジナルスペルなのだろう。
 フェイトは、目の前の少女を侮ってはならないと心に留めた。

 対峙している千雨も、少年に対する評価を変えていた。
 ただの敵という認識は甘すぎる、目の前の相手はとてつもなくヤバイ相手だ。
 少なくとも、封印解除時のマクダウェル並と考えなければ痛い目を見るだろう。

『このガキ、障壁何枚張ってんだ?
 ミッド式じゃないから分かりにくいな』
『全部で二十枚程度でしょうかね、全周囲に対して複数の魔力場を確認しました。
 マスター、<ロック>の設置は完了しました、掛からなかった分は離脱後に自動破棄されます』
『障壁貫通は面倒なんだよな、かと言って<カノン>は当たる気しねーし、反則だよなあこんなの』
『ますたー、準備はおーけーだ。
 転移場所は班部屋、タイミングは次の攻撃の着弾と同時にする』
『分かった』
「相談は終わり?
 残念だけど君は逃がすと後々面倒になりかねない、この件が終わるまで退場してもらうよ」
「生憎だな、こっちはテメーの思惑通りに動くつもりはねーんだ」
「君程度の腕で、僕から逃げられると思っているのなら、それは思い上がりというものだね」
「思い上がってるのはテメーだろ?悪いが帰らせてもらう、夜更かしは美容の大敵だからな!」

 千雨の意志に応じてアロンダイトが<ブラストショット>を連続して発動させる、個別に誘導される黒い魔弾は完全に別の軌道を辿りながらフェイトの顔を
目掛けて殺到した。


「やはり≪魔法の射手≫じゃない、彼女のオリジナルスペルか」

 フェイトは<ブラストショット>の軌道を見て判断する、魔弾の軌道は視界にあるだけでも実に八通り、完全に別の軌道を辿っていた。
 熟達の魔法使いなら、ある程度その軌道を操れるのが≪魔法の射手≫という魔法だが、それにしたところで、これ程まで野放図な軌道を描く事はない、
恐らく死角にある残りの魔弾も同様だろう。
 かの歌劇で謳われる魔弾の様なこの魔法をかわす事は、少女の視界の中にいる以上は不可能だとフェイトは判断した。
 しかし、受け止めるのは論外だ。
 喰らった際に削れる魔力の減衰は許容範囲内とはいえオリジナルスペルである以上、副次効果を付与されている可能性が無いとは言い切れない。
 目の前の少女が、他に隠し玉を持っていないとも限らない。
 ならばどうするか、分かりきった当然の話。
 避けるは適わず。
 止めるは論外。
 ならば、求める答えは一つだけ、やるべき事は一つだけ。

 ――――当方ニ迎撃ノ準備有リ!


 その日、千雨はまた一つ非常識を目撃した。
 馬鹿馬鹿しい事に、少年はぶつかる瞬間の魔力弾に合わせて≪魔法の射手≫を打ち込んで、これを相殺していたのだ!

『非常識ここに極まれりだよなあ……』
『まあ、そうですね』
『転移を実行するぞ、ますたー』
『頼む』

 千雨は最後の置き土産とばかりに、残った魔力弾を全方位から同時に突っ込ませる。
 当然ながらフェイトはその悉くを迎撃し、消し飛ばした。

 しかし、全てが終わったその時、雑居ビルの屋上には彼一人しかいなかった。
 春の夜に相応しい涼やかな風が、彼の髪を弄って去っていく。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ホテル嵐山の六班の班部屋では、エヴァンジェリンが備え付けのTVで、朝倉和美主催のイベント“(略)ラブラブキッス!?大作戦”なる映像を
呆れた様に見ていた。
 主催は朝倉となっていたが、恐らくネギの使い魔である小動物が絡んでいるのだろうと彼女は確信している。
 そうなると、あの朝倉に魔法がバレたのだろう。
 一大事ではあるが、この状況から察すると朝倉は協力する方向に動いたらしい。

「ふん、暢気なものだな」
「しかしマスター、彼女達は裏やジュエルシードの件は知らされていないのですから仕方がないのでは?」
「それにしても、という話だ。
 恐らくあの小動物は、坊やのパートナーを増やす事で戦力の増強と小銭稼ぎを目論んでいるんだろう」
「そうなると目的は、長瀬さんか古(クー)さんでしょうか」
「小動物の目的はその辺だろうさ、後は相性的なモノを見て誰か目当てにしているヤツがいるのかもしれん。
 それと六班が参加を見送った時の朝倉の感じから見ると、千雨辺りも狙っていた可能性があるな。
 ゲームに託けて仮契約をすれば、じじいからの禁則には触れないと思っているんだろうが。
 ま……やったが最後、アイツが坊や側に靡く事は無くなるだろうよ」
「そうなのですか?」
「ああ、超鈴音から渡された千雨に関するレポートと、この間の会話から考えると間違いないだろう。
 アイツはじじいがあのクラスを設立した理由を、ほぼ完璧に近い形で理解している」
「ネギ先生のパートナー候補及び、成長の為の……マスター」
「帰ったか」

 エヴァンジェリンが覚えのある魔力に振り返ると、応接セットが設置されている窓辺の床に、見覚えがある魔法陣が浮かび上がっている。
 白く輝く魔法陣の光が消え失せると、そこには傷を負った少女と人の姿になっている使い魔がいた。

「しくじったか、失態だな」
「うるせえ、アホみたいに強い奴がいたんだよ……くっ」
「動くなますたー、今から<フィジカルヒール>をかける」
「桜咲さんが仰っていた、月詠という剣士でしょうか」
【ちがいます、恐らくエヴァンジェリン達と同じ西洋魔術師です】
「何?どういう事だ、天ヶ崎は西洋魔術師に恨みがあるのではなかったのか?」
【支援者とのしがらみかもしれませんね、実際かなりの凄腕です。
 桜咲さんが戻って来たら映像を見せましょう】

 アロンダイトとエヴァンジェリンの会話が続く間も、アリアによる治療は続けられていた。
 お互い無言だが、双方何か言いたい事があるのは分かっている。
 ただ、言い出す切っ掛けが掴めないでいた。

 一言、口に出す事できっと止まらなくなるだろうから。
 だから、アリアは黙って治癒魔法を掛け続けた、泣きたいココロをじっと堪えて。


 千雨達が帰還を果たして数十分経った頃、イベントはネギを含めた全ての参加者の捕縛という結果をもって終了した。
 ちなみに勝利者は大方の予想を裏切り、宮崎のどかという大人しい少女であった。
 イベントの最中、ネギの影武者――実は失敗作を含めた身代わりの紙型――が出現するというトラブルがあったものの、大方においてさしたる問題も
なく終わる事となる。
 千雨はエヴァンジェリンの説明によって、このイベントの意味と朝倉が魔法に係わる事になった事を知り、頭が痛くなった。



 参加者とネギがロビーで正座をさせられていた頃、千雨はアリアを伴って温泉に赴いていた。
 本来なら、刹那に情報を教えている最中なのだが。ネギがロビーで正座をしている為、彼の代わりに明日菜と警護をしているので、暫く時間ができたのだ。
 探索行でかいた汗や血を流したかったという事情もある。

 真夜中の露天風呂は、常とは違う雰囲気に彩られていた。
 暗い照明と、掛け流しの湯が流れる音は耳と目に心地良く、先程までの緊張した精神を優しく解き解していく。
 自分とアリアの身体を綺麗に洗い上げた千雨は、使い魔を抱く様にして一緒に湯船に浸かった。
 人型のアリアは小柄で、千雨の腕の中にすらすっぽりと収まるサイズだ。
 千雨は湯気にけぶる月を見上げながらアリアに語り始める。

「アリア、怒ってるか?」

 アリアからの答えは暫く無かった、千雨はただ待った。
 じっと、急かさず、言葉も出さず。
 アリアは、静かに波打つ水面を見つめながらポツリと零した、いつもの調子で。

「怒ってなどおらん、ただ……」
「ただ?」
「…………ただ、悲しかったのだ」
「悲しかったって?」
「ますたー、アリアはますたーの使い魔だ。
 ますたーがどういう意図でアリアを使い魔にしたのかは当然知っている。
 アリアの中にはコピーとはいえ、ますたーのリンカーコアがあるからな、ますたーの事は誰よりも理解しているつもりだ。
 そして誰よりもますたーを信頼している、守りたいとも思っている。
 その力はますたーとアロンダイトから貰った、十全に使えるし、十全以上に使うだろう。
 だけど……だけどっ!
 あれはっ!あれは無いではないか!ますたーに助けてもらう為にアリアはますたーの使い魔になったのではない!
 アリアは……ますだーを……まずだー…………」

 とうとう、泣き出してしまったアリアをぎゅっと抱きしめ、アリアの濡れた頭に頬を乗せて、千雨はゆっくりと話し出した。

「そうだな、うん。
 今日の件については、私が全面的に悪いんだろうな。
 たださ、私だってお前を助けたいんだよ、痛い思いをさせたくないし、幸せになって欲しいとも思う。
 私の都合で、私のエゴで、お前の人生っていうか運命を狂わせてしまって、悪いと、申し訳ないと思うから。
 魔法使いの連中を嫌っている当の本人が、奴等と同じ事をしてるんだ笑い話にもならねーよ。
 だけどさ、お前に幸せになってもらいたいのは本当の気持ちだ。
 贖罪とか、罪悪感だとか、そんなつまんねー気持ちじゃない。
 お前とさ、アロンダイトと一緒の生活は……うん、嫌いじゃねーんだ。
 どっちかというと楽しいよ、ここまで楽しいのは麻帆良に来て暫くぶりだな。
 メシは美味いし、部屋は綺麗だし、なにより……さ、独りじゃ…ねーしな。
 うん、そうだとも私は今、幸せなんだよ。
 だから、アリア」

 アリアは自分を抱きしめる腕に微かな震えを認めて、泣きじゃくりながらただ頷いた。
 言葉は返せなかった、口を開くと嗚咽しか出せないから、大好きなますたーを困らせてしまうから。

「もう邪魔はしない、アリアにできる精一杯で私を助けてくれ、私が死ぬまで……死んでも一緒にいるから。
 こんなんで釣り合うか分からねーけど、これが私にできる精一杯だからさ。
 魔法とか妙な世界に係わっちまったから、そう長く生きられないかもしれねーけど。
 私の、長谷川千雨の精一杯でお前を幸せにしてやる。

 だから――――― 一緒に生きよう、アリア」


 アリアは大声で泣いた、
 うれしくて、
 しあわせで、
 言葉にできないから、
 猫だった時の様に、
 人の様に、
 ただ泣いていた。


 その光景を見るものは誰もいない、ただ二人だけ、静かに時だけが過ぎて行った。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



【エヴァンジェリン、盗み聞きは感心しませんよ】
「何の事だ?」
【…………】
「…………」

 千雨とアリアの会話を何とはなしに聞いていたエヴァンジェリンに、アロンダイトの声がかけられたが、彼女は何処吹く風と気にもしなかった。

 瞳が妙に潤んでいるようだが気のせいだろう。

 アロンダイト自身も精神リンクで聞いていたので強くも言えなかったのだが……。

【まあいいでしょう、そろそろ桜咲さんも戻って来る頃合いですしね。
 茶々丸、申し訳ないんですが部屋の灯りを暗くしてもらえませんか?】
「分かりました」
「アロンダイト、何をするつもりだ?」
【戦闘時の映像を空間モニターに投影します、暗い方が見やすいだろうと思うので】

 アロンダイトの言葉を受けた茶々丸は室内灯を暗めに設定する。

「結局、連中は発見できたのか?」
【出来た、と言えるでしょうね。とっくに逃げているでしょうが。
 アリアの探索魔法でジュエルシードの反応は探知できました。
 幸いな事に未だ休眠状態でしたから、余程大規模な魔力の集積体に触れない限り、暴走まではいかないでしょう】
「貴様等が言う規模とやらがどの程度を指すのかが分からんがな」

 エヴァンジェリンが魔法使いと魔導師の間にある認識の齟齬を指摘する。

【そうですね、停電時の貴女の“本気の”魔力なら十分でしょう】
「そうなると些か限られてくるな」
【ええ、ですのでジュエルシードに関しては、そこまで重要視しなくても良いと思いますよ?】
「しかし、アロンダイトさん。
 大橋の件もあるので楽観もできないのでは」
【……そうでしたね、何らかのアクシデントで暴走状態に移行しないとも限りません。
 安易な思い込みは禁物でした。
 ……おや?どうやら、お仕置は終わりの様ですね】

 アロンダイトの言う通り、部屋の外から大勢の人が動く気配がする。
 それから数分後、ネギが解放されたのを確認したのか、刹那が部屋に戻ってきた。

「遅くなりました……長谷川さんは?」
「千雨なら子猫と風呂に行っている、もう暫くすれば戻って来るだろう。
 報告自体はコイツさえいれば十分だからな、始めろアロンダイト」
【エヴァンジェリン、もう少し丁寧に言えないんですか?
 桜咲さん、今から空間モニターに探索時に起きた映像を写します。
 映像には天ヶ崎千草の仲間の一人が出てきますので、明日以降その人物に気を付けて下さい。
 始めます】

 アロンダイトの言葉と共に空間モニターに投影されたのは、白髪の少年との戦闘の一部始終だった。
 転移直後、予告無し詠唱無しの魔法攻撃。
 近接戦闘能力。
 多重障壁。
 そして<ブラストショット>を打ち落とす技量。
 その映像は、裏の世界に係わってそれなりの歳月を経てきた刹那にとっても、驚愕を覚える物だった。

「これは、本当にあった事なのですか?」
【おや、疑うんですか?
 一応、言わせて貰いますけど、マスターは最初の攻撃で脇腹に軽くない怪我を負ったんですよ?
 バリアジャケットの防御力と<ラウンドシールド>の展開が間に合わなかったら、腹部に大穴が開いていた所です】
「あ、いえ、あまりにも……あまりにも卓絶した技量だったもので」
「全盛期の近衛詠春ならこれ位は出来ただろうがな、問題はコイツが魔法使いだという事だ」
「マスター、それは……」
「まだ隠し玉があるという事さ、少なくともこれで終わりという事はあるまい」
【そうですね、非常に優れた魔法使いと言えるでしょう。
 アリアの隠密型探索魔法を感知した以上、魔力の探知に関してもそれなりの技量があるはずです】
「そうなると、少々厄介かもしれんな」
「現在、確認されている天ヶ崎千草の勢力は以下の通りとなります。
 符術師  ……天ヶ崎千草
 神鳴流剣士……月詠
 魔法使い ……白髪の少年
 脅威度という点で鑑みれば、間違いなく魔法使いの少年が最大かと」
「そうですね、ジュエルシードを持つ天ヶ崎も危険度では侮れませんが、こと戦闘という点に限ればその少年は極めて危険だと思います」
【それに、その三人で全てかと言われると、そうとは言い切れませんから……】
「刹那、このガキの情報を近衛詠春に流せ」
「は?どういう事ですか?」
「分からんのか、このガキは転移が出来るんだぞ?
 しかもこれ程の腕だ、他人を運べないという事はあるまい。
 昨晩の誘拐騒ぎでコイツが出て来なかった以上、コイツは今日から合流した増援と考えるのが妥当だろう。
 では、どこからの増援だ?」
「協会内部……という事ですか」
「そうなるだろうな、今の関西が組織的に動けないとしても、外部からの魔法使いを見逃すほど腑抜けてはおるまい。
 なら残るは内部、このガキを天ヶ崎の増援に回した根があるはずだ、ソイツから残りの一味の手掛かりが掴めるかもしれん。
 後、ある程度は、協会内が安全になるだろうさ」
「分かりました、ではすぐにでも」

 そう言うと、刹那は携帯を取り出して詠春に連絡を取り始めた。

「……夜分遅くに申し訳ありません、ご無沙汰しております桜咲です。
 ……はい、実はこの様な時分に連絡を差し上げたのは、天ヶ崎一味の件についてです。
 ……いえ、これは木乃香お嬢様にも関係がありまして。
 実は一昨日、不覚にも天ヶ崎一味にお嬢様が攫われかけてしまいまして、この件に関する処分は旅行が無事終わった後に如何様にも。
 ……いえ、まだ魔法に関しては……は、ありがとうございます。
 それと、その天ヶ崎一味の件なのですが、内一名の容姿と能力が明らかになったので長に調査をして頂きたく。
 ……はい、恐らくは協会内の者の手引きかと。
 年は十代前半、身長は高く見積もっても130程、白髪でどこか人形めいた少年です。
 恐らく土系統を得意とする西洋魔術師で、詳細は不明ですが転移を使用します、近接戦闘もかなりの腕前と見受けました。
 はい、よろしくおねがいします」

 刹那が通話を終えようとした時、横から延びた手が刹那の携帯を奪い取った。

「……あっ、エヴァンジェリンさん何を!」
「うるさい。
 ああ、近衛詠春か、私だ。
 いい加減、娘に裏の事を教えたらどうだ?貴様の希望だか母親の遺言だかは分からんがな、一昨日の件は多分にそれが影響している筈だ。
 分かっているのか?貴様の我儘で娘を始め、赤の他人まで迷惑を被っているんだ、誰とは言わんがな。
 その辺の所をよく考えておけ…………む、これではないのか?」
「マスター、このキーを押せば通話を終われます」
「わ、分かっとる!」

 ぷつ
 茶々丸のサポートで、通話を終わらせた携帯を刹那に放って返すと、エヴァンジェリンは持ち込んだワインで喉を潤した。

「刹那、明日にでも近衛木乃香に裏の件を教えておけ」
「え、ですが……」
「ちょうど良い頃合いだろうさ。
 それとも何か?貴様はあのガキから、近衛木乃香を今までのやり方で守れるというのか?
 そう思っているとすれば、私はお前を買い被っていた、という事になるな」

 刹那はエヴァンジェリンから言われた事で、改めて事の重大さを認識した。
 確かに、転移魔法を操る魔法使いの存在は、警備の困難を格段に上昇させるだろう。
 今までの様に、ある程度離れた場所から見守るなど、攫ってくれと言っているも同然だ。
 近付いて守るとしても、パニックを起こされてしまっては自分も木乃香も危険だろう。
 最低でもどういった危険があるのか、何故狙われるのか、そういった事柄を教えておかなければ守る事もままならない。
 しかし……

「ですが、エヴァンジェリンさん……」
「私が言えるのはここまでだ、後は貴様の好きにしろ。
 本来、私にとって近衛木乃香の事なんぞ関係無いのだからな」

 刹那がエヴァンジェリンに抗弁しようとするが、その機先を制する様にエヴァンジェリンは刹那を突き放す。
 突き放された刹那は困惑した、強制されれば、理をもって説得されれば、容易く折れて木乃香に説明できただろう。
 しかし、エヴァンジェリンは最後の一押しをしないまま、刹那を突き放した。
 やるべき事は分かっている、魔法を始めとする裏の事情を説明するべきだ。
 しかし、それを邪魔するものが桜咲刹那という少女には存在した、木乃香に普通の生活を送らせたい、魔法に係わらせたくないという感情が。
 そして自分の秘密を知られたくないという想いが。
 刹那はその夜、中々寝付く事ができなかった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 翌日、修学旅行三日目は班毎の自由行動が許された日だった。
 が、千雨が所属する六班は、木乃香の護衛やジュエルシード関連の事情もあり、五班――正確には木乃香――と同行する事が決定している。
 そんな状況に不満を漏らす人物がいた、おそらく3-A……いや、麻帆良女子中等部三年生で最もこの日を楽しみにしていた人物。
 ……そう、エヴァンジェリンである。

「全くもって不愉快だ!」
「しょーがねーだろ、天ヶ崎が狙っている以上、近衛に張り付いておくのが一番好都合なんだから。
 まあ、人目があれば奴等もそうそう無茶はしてこねーだろうし。
 とりあえず神楽坂辺りに目的地とか聞いて、上手い事お目当ての観光地を滑り込ませればいいんじゃないか?」
「ちっ、それしかないか……茶々丸、神楽坂明日菜は何処にいる」

 主の質問に茶々丸はセンサーポッドを展開させて、目的とする人物の音声を探し出す。

「少々お待ちを……。
 ネギ先生、桜咲さん、朝倉さんと一緒に湯上り休憩処方面にいらっしゃいます」
「よし、行くぞ」
「ハイ、マスター」


 そうして、千雨達が茶々丸の案内で湯上り休憩処に到着すると、そこには茶々丸が言っていた三人に加えて、オコジョ妖精のカモがいた。
 なにやら明日菜は巨大なハリセンを手に喜んでいる。

「なあ、マクダウェル。
 神楽坂の奴なにハリセン振り回して喜んでるんだ?」
「知らん……ん?」

 千雨の質問に不機嫌そうに答えていたエヴァンジェリンだったが、明日菜が持つハリセンに目を留めると、いきなり走り出した。

「お、おい。」

 千雨は、いきなり走り出したエヴァンジェリンに声を掛けるが、彼女は聞いちゃいなかった。

「何を、しとるかーーーーーーーーーー」

 明日菜の方に走り出したエヴァンジェリンは途中で跳躍すると、履いていたスリッパを空中で手にするや、思い切り明日菜の頭をはたいた。

 すぱーーーーーーーーーん、と明日菜の頭で小気味の良い音を響かせたエヴァンジェリンは、着地するやその場にいたネギ達を凄まじい目つきで睨み付ける。
 叩かれた被害者の明日菜は、スリッパで叩かれたとは思えない様な痛みに悶絶したが、涙目になりながら立ち上がると、加害者のエヴァンジェリンに
抗議の声を上げた。

「な、いきなり何すんのよ!」
「うるさい!“何をする”はこっちの台詞だ!
 刹那、貴様がいながら人払いも掛けずにこんな所でアーティファクトを出させるとはどういうつもりだ!」
「え、いえ私はアーティファクトについてはあまり詳しくなくて……カモさんの説明を聞いていたら」

 目を吊り上げ、白皙の美貌を紅潮させながら怒るエヴァンジェリンの恐ろしい剣幕に、刹那は戸惑いながらも言い訳を試みる。
 言い訳が功を奏したのか、エヴァンジェリンの視線が刹那からネギの近くにいるカモに向けられた。

「ほう……昨日の下らん企み事に続いて、またも貴様か小動物。
 私が初日にしてやった警告をよもやここまで蔑ろにするとはな、どうやら余程死にたいらしい」

 殺気すら含んだエヴァンジェリンの言葉に、当のカモはおろかネギ達までも震え上がった。

「スッ、スンマセーーーーーン。
 調子こいてましたーーーーー、姐さん勘弁しt……」

 びしゃっ……というか、ぐちゃっ……というか、何か液体が詰まった袋を壁に叩き付けた様な音が休憩処に響き渡る。
 千雨を始めその場にいた少女達とネギは、精神衛生上その時の記憶を削除した。



 千雨達は人目につく湯上り休憩処から、人払いの結界を張った六班の班部屋に場所を移すと、今後の事について手短に話し合う事にした。
 ちなみに、ネギ、刹那、カモはアーティファクトと昨日の紙型の件により正座をさせられている。

「……というワケで我々六班は、遺憾ながら貴様達五班と行動を共にせねばならなくなった」
「え……と、このかの護衛をしてくれるっていう事?」

 忌々しげに本日の六班の予定を告げるエヴァンジェリンの言葉に明日菜が質問をする。
 しかし、期待混じりのそれに対して、千雨は言い難そうにしながらもきちんと答えた。

「違う、マクダウェルと絡繰はどうか分からねーけど、私はあくまでも天ヶ崎が持っているジュエルシードの回収が目的だ。
 近衛とどちらを取るかと言われたら……悪いけどジュエルシードを取らなきゃならない。
 一応、手が空いたら手助けするのは吝かじゃないんだけどな」

 そんな千雨の言葉に、朝倉が異を唱える。

「千雨ちゃん、それはちょっと冷たいんじゃない?」
「しょうがねーだろうが、放っとくとヤバイんだから。
 まあ、天ヶ崎を確保するのが一番楽だから、結果的に手伝う事になるとは思うけど……」

 千雨はそう言って口を濁すと、話題を変える様に刹那に話しかける。

「そういや桜咲、白髪のガキの情報は手に入ったのか?」
「はい、その件でしたら今朝方、長の方から天ヶ崎の支援者を数名捕縛したという連絡と共に、情報を教えて頂きました。
 名はフェイト・アーウェルンクス。
 イスタンブールの魔法協会から研修として派遣されたという事ですが、それ以上の事は記憶を改竄されているようで……。
 実働としては天ヶ崎千草、月詠、フェイト・アーウェルンクス、それから犬上小太郎という狗族の少年がいるそうです」
「まあそんな所だろうさ、イスタンブール云々に関しては欺瞞情報と見た方が良いかもしれんな。
 ところで、近衛詠春は近衛木乃香の件については何も言わなかったのか?」
「そ、それが……私に任せると」
「ふん、近衛詠春め面倒を避けたか」
「あ、あの。エヴァちゃん?」

 今までの会話から何がしかの疑問を抱いたのか、朝倉が恐る恐るエヴァンジェリンに話しかけてくる。

「何だ、話なら手短にしろ」
「ええと、さっきから言っているフェイトとかっていう人物は、どういう存在なわけ?」
「有体に言えば、敵の最大戦力だ。
 昨日の夜、千雨が戦闘をして逃げ帰ってきた」
「ええっ、長谷川が負けたって、そのフェイトって奴そんなに強いの?」

 エヴァンジェリンの説明に明日菜が驚いた様な声を上げた。
 そんな心底驚いているという感じの明日菜に、千雨がぶっきらぼうな説明を始める。

「神楽坂、言っとくけどな、多分私は桜咲どころかネギ先生にだって勝てないぞ?」
「え?何でよ、この間あんなでっかいの相手に勝っちゃったじゃない」
「あんなの、ただの力の塊に力押しで勝っただけの話だ。
 どう足掻いた所で私はまだ駆け出しの素人魔導師だからな、戦術とか技術を駆使されたらどうにもなんねーんだよ」
「待て、千雨。
 貴様、駆け出しの素人とはどういう意味だ」

 不意に出てきた聞き捨てならない単語に、エヴァンジェリンが反応する。
 しかし、それに対する千雨の答えはどこまでも簡潔だった。

「どういうもこういうも、私が魔法を使うようになったのって、春休みからなんだよ。
 いや、正確には春休み前日からって事になるのか?」
【まあ、そうですね】


 六班の班部屋に静寂が満ちる、班部屋にいる者達――一部除く――の心は今一つになっていた。

 ――――――――曰く、んな馬鹿な!



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 室内が静まり返ってどれ程経っただろうか、この中で長谷川千雨という少女の魔法使いとしての部分に関して最も情報が少ない人物から質問が飛び出す。

「あ、あのさ、千雨ちゃん。
 千雨ちゃんが素人なのってそんなにおかしい事なの?」
「え?いや、どうなんだろうな。
 マクダウェルやネギ先生達の様な魔法使いにおける素人が、どんな存在を指すのか分からないからなあ。
 私が素人なのってそんなにおかしいのか?」

 周囲のあまりな反応にうろたえた当の本人からの質問に、エヴァンジェリンが額を抑えながらその疑問に答える。

「はっきり言ってやろう。
 おかしい、というより異常だ!」
「そ、そうですよ!
 一ヶ月というと、初心者用の魔法を習っている最中ですよ、それなのにあんな……」

 千雨の言葉に激昂するエヴァンジェリンと、絶句するネギ。

「いや……純粋に一ヶ月って訳じゃないんだけどな。
 魔法を使う前に、あー一年位?勉強してたんだよ……、さっきも言っただろ?魔法を使うようになったって。
 使う為の勉強はそれなりにしてたんだよ、それに……ああホラ、テスタロッサ先生もいたからな!」

 二人の魔法使いが驚く様に、慌てて言い訳じみた嘘をつく千雨。
 その言葉に返したのは正座をしたままの刹那だった、彼女も驚いている表情を隠しきれていない。

「いえ長谷川さん、それにしても凄いですよ。
 実質一年とはいえ、あれ程の魔法を使えるというのは本当に驚きです」
「千雨ちゃんってそんなに凄いの?」
「凄いわよ!
 この間なんか、麻帆良大橋でとんでもない魔法を使って大っきな怪物をやっつけちゃったんだから!」
「怪物って……何それ?」

 明日菜から出て来たトンデモ情報に食い付いたのは朝倉だった。
 そんな彼女の疑問に答えたのは、カモだ。

「ジュエルシードっていうマジックアイテムが暴走して生まれた怪物を、長谷川の姐さんが倒したんだよ。
 麻帆良大橋で出てきたのは湖の水で出来た怪物だったんだけど、姐さんはそれを一発で消しちまったのさ」
「そんなに凄かったの?たかが水でしょ?」
「イイエ、たかがとは言えません。
 具体的には、麻帆良湖全域の水位を2m35cm下げる程の水量を圧縮した、直径100mの水の球体をほぼ一撃で消滅させました。
 控え目に評したとしても、驚嘆に値する魔法です」
「……え?麻帆良湖全域の水2m分を直径100mの球状に圧縮って……そんな事できるわけないじゃん」

 頭の中で単純に計算したのだろう、朝倉は乾いた笑いを上げながら「またまた」という感じで手を振る。
 しかし、茶々丸は冷酷に現実を告げた。

「イエ、間違いありません。
 私の記憶データからの概算ですが、まず間違い無いかと」
「魔法ならではって事だね。
 けど直径100mかー、単純に容積のみで考えても……」
「あまり意味が無い事だ、気にするな。
 ただしアレに関して言うのならそれだけでは済まん、その身に纏う魔力がある以上、普通に直径100mの水の球を消すのとは話が変わってくるのさ。
 私達があれ位の物を消滅させる攻撃を行うとなると、高位の広範囲殲滅呪文が必要になるだろう」

 朝倉の質問にエヴァンジェリンは不機嫌そうに答える。
 新しい言葉に明日菜が傍らにいるネギに質問した。

「アンタはその広範囲なんとか呪文って使えるの?」
「とんでもありません、高位の攻撃魔法っていうのは本当に限られた魔法使いしか修得していないんですよ。
 魔法学校では基本的な魔法しか教えてもらえませんし……。広範囲魔法ともなれば、それはもう秘伝とか奥義とかそういうレベルになるんです」
「ネギ先生達が使う魔法ってどうやって修得するんです?」
「ええと、僕は魔法学校でふ、普通に習いましたけど……」

 千雨の質問にネギはしどろもどろになりながら答えた、流石に禁を犯して修得したとは言えない。
 そこでネギはこの場にいるもう一人の魔法使いを見る。
 ネギの視線を受けたエヴァンジェリンは自分達の魔法の修得方法を語った。

「基本的には学習と繰り返しだな。
 一番最初は初級者用の呪文に習熟する事で、魔力や精霊という力をきちんと把握する事から始めるんだよ。
 一人前の魔法使いになっても練習は必須だ。
 呪文自体の修得は学習で何とかなるが、呪文行使に伴う魔力消費の軽減等のカスタマイズをしないと、呪文を真の意味で己が物にしたとは言えん」
「ふうん、どっちかというと職人的なものなんだな……」

 エヴァンジェリンの答えに千雨は感想を漏らす。

「そうだな、魔法の種類や数を修得するのも重要だが、より大事なのは先に言った様にいかに習熟するかだ。
 初級の魔法である≪魔法の射手≫でも習熟し、十分な魔力があれば、かなりの威力が見込める。
 現に坊やの父親、ナギ・スプリングフィールドはサウザンドマスターとも呼ばれる有名な英雄だったが、空で使える魔法なんて片手で数える程だった。
 アイツは大魔力や業績の派手さで目立っているが、実際の所は戦闘巧者なんだよ。
 戦闘に必要な魔法を絞り込み、その魔法を極限まで習熟して使いこなす、出来ない事とかは仲間に丸投げという感じだったしな。
 しかし、そうなると千雨が素人と言うのもあながち間違いではないか」
「どういう事でしょうか、エヴァンジェリンさん」
「分からんか?
 私が知っている千雨の戦闘は2つ3つだが、使用している魔法はかなり絞り込まれている。
 坊やの≪雷の暴風≫や私の≪闇の吹雪≫と同程度の威力がある遠距離魔法。
 ≪魔法の射手≫と威力は同等だが、比べ物にならない誘導性を持った光球。
 副次能力として斬撃能力を持つ高速・高機動の飛行魔法。
 かなりの強度を持つ魔法障壁と、盾の様に使う防御魔法。
 そして、大橋で暴走体相手に使った大規模殲滅魔法。
 後は結界や細かい小技を色々と揃えているようだがな、覚えている魔法の数自体は坊やとどっこいだろうさ」
【そうですね。
 貴女達がマスターの事を熟練の魔法使いと勘違いしたのは、恐らくシステムの違いからでしょう。
 精霊魔法と違って、ミッドチルダ式の魔法はシステム化が進んでいますから、魔法の修得が比較的容易なんですよ。
 魔力の把握に関しては魔力変換器官リンカーコアの存在や、私を始めとするデバイスの補助もあります。
 魔法の使用や習熟にしても、理論ありきなので、あまり感覚任せではないという事が原因なんじゃないですか?】
「け、けどよう、あれだけの事ができて素人って言うのも簡単に納得は出来ねえと思うんだけど……」

 ある程度、納得したエヴァンジェリンの言葉にカモが言葉を返す。

「実力と実績は別物という事だ。
 忘れるなよ?坊やとて一応は“私に勝った”という実績を持っているんだ……経緯はどうあれ、な。
 千雨にしてもそうだ、あの麻帆良湖における戦闘にしたところで暴走体は戦術を駆使してきた訳ではない、ただその巨大さと魔力の大きさにモノを
言わせて単純に殴って来ただけに過ぎん。
 まあ、それにしたところで最後の魔法が規格外だというのは否めないのだが……。
 千雨、あの大規模殲滅魔法だが、理論としてはどの様な現象が起きたのだ?」
「え?いや、特に何をどうしたって訳じゃねーけど。
 ただ、空間を隔離した後で大魔力を叩き込んだだけだよ」

 エヴァンジェリンからの質問に千雨は言葉を濁す。

「ほう……」

 視線を逸らしてそろそろ温くなりかけているお茶を啜る千雨と、それをねめつける様に見るエヴァンジェリン。
 彼女の様子から、全く信じていない事はありありと見て取れる。
 実際、反応消滅魔導砲<デイブレイクバスター>の詳細は他人に言える事ではないので、誤魔化す事しか千雨には出来なかった。
 急速に悪くなっていく室内の空気を慮ったのか、朝倉が慌てて話題をすり替える。

「ええと、そうなるとミッド式だっけ?
 そっちの方が魔法としては優れているって事なの?」
【いえ、それは違います。
 確かに修得という点で見ればミッド式の方が優れているでしょうが、利用できるかどうかは個人の資質……先程言ったリンカーコアの有無や性能に左右
されますから、その点で論じるなら特別な資質にあまり左右されない精霊魔法の方が優れているでしょう。
 基本的に精霊魔法を修得する場合、自身の魔力が把握できて、周辺魔力素……精霊に対してある程度の感応能力があれば使えるはずですからね。
 それにマスターがあれ程の魔法を使用できるのは、偏に魔導師としての資質に恵まれていた、という事に尽きます】
「魔導師?魔法使いじゃなくて?」
【ミッド式では魔法使いを魔導師と呼ぶんですよ。
 マスターが精霊魔法の使い手としてどれ程の資質を有しているかは分かりませんが、魔導師としては破格と評しても良い才能を有しています】
「具体的には?」
【そうですね、高性能のリンカーコアを有し、演算能力や魔力の運用資質に関して優れているという点が挙げられます】
「演算って、数学が得意って事?」
【そうなります、ミッド式の魔法は基本的に数学や物理学が基礎になっているんですよ。
 ミッドチルダ式の魔法の構成や制御などは、この世界の理数系に該当するので、ミッドチルダとこちらの世界の数学や物理学にほとんど差異がないのは
僥倖でした、今現在のマスターの理数系における学力は麻帆良でもトップクラスだと自負しています。
 後、マスターはコンピュータープログラミングに関しても造詣が深いので、その辺も一役買っているんでしょうね】
「へー、となるとネギ先生達が使う魔法とは全くの別物なんだ」
「そうだな。
 ミッド式という魔法形態は、リンカーコアを有した上で数式として表した魔法を理解し、運用できる魔力を扱えれば凡そ発動するんだろう。
 それこそ、1ヶ月前まで理論を修得しているとはいえ、魔法を使っていなかった唯の素人だった人間でも≪闇の吹雪≫レベルが使える……という具合にな。

 しかし、千雨の……いや、ミッド式の脅威はそんな所ではない。
 コイツ等の魔法の恐ろしい所はな、“使う魔法の殆どが無詠唱に近い”という事なのさ」
「あ!」

 エヴァンジェリンの指摘に刹那が声を上げる。
 停電の時の事や、昨晩見た戦闘時の映像を思い出したのだろう。

「そういえば……、確かに長谷川さんの呪文の名前はともかく、詠唱は聞いたことがありません」
「それってそんなにおかしい事なの?」

 呟くように話す刹那の言葉に疑問を呈する明日菜、そんな彼女にネギが魔法使いとしての常識から説明をする。

「はい、僕達の魔法は呪文を詠唱する事で、周囲に存在する精霊を操って発動するんですよ。
 その精霊を操る為の呪文の詠唱をせずに魔法を使用するという行為はかなりの高等技法で、手を使わずに自転車で曲乗りをこなすという事に近いと思います。
 一応、熟練の魔法使いなら≪魔法の射手≫クラスの魔法を無詠唱で使えますけど、それ以上の魔法となると不可能に近いですよ」


 エヴァンジェリンの指摘やネギ達の騒ぎに、千雨は居心地が悪い思いをしていた。
 彼等に対して隠し事をしているからだ。
 しかし、千雨にはその隠し事を明かすという選択肢は無い。
 自分の数少ない優位性が脅かされるからである。
 別にエヴァンジェリンを始めとする魔法使い達と事を構えるつもりは千雨にはない、放って置いてくれればそれで良いと思っているのだ。
 千雨が望むのは平穏であり、普通の日常なのだから。
 ただ、彼等のメンタリティや思考形態に未だ理解が及ばない千雨にとって、自分の手の内や優位性を曝け出す事は避けたい事なのだ。


 長谷川千雨にとって、彼等魔法使いは未だ心許せる存在では無かった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――

長~いあとがき
 千雨逃げ帰るの巻。
 実は本文中で言っていますが、千雨はそこまで強くありません。
 マルチタスクとアロンダイトのお陰で、色々と小細工できたり、魔力ダメージという特殊な攻撃方法があるから何とかなっているだけです。
 まあ、成長速度が無茶苦茶というのも確かにありますが。
 実は逃げる際の転移ミスで、前回の前文で出てきた連中の所に間違って転移して、繋がりを作るという案もあったりしました。

vsフェイトに関して
 普通に考えて、現時点の千雨ではコイツには勝てません。
 勝てるのってエヴァンジェリンかジュエルブレード起動した千雨位ですが。エヴァは封印で、千雨に至っては起動やら何やらで時間を食うので現実的ではありません。
 まあ超遠距離からの狙撃という手はありますが、こういったクロスレンジではどう足掻いても勝てませんね。
 一応、<レストリクトロック>の存在はばれていません、彼が確認したのは<ショット><シールド><転移>、特殊素材の服(<バリアジャケット>)といった所です。

ラブラブキッス!?大作戦について
 ええと、普通に考えてヤバイ話ですね、特に紙型がヤバイです。
 カモは簡易型の認識阻害結界を張っていたと信じたい、もしかしたら瀬流彦先生が張ってたのかもしれませんが。
 後、これで千雨が従者になっていた場合、文中にあった通り学園側には付かなくなる可能性大ですね。
 実際、良い気分はしていないでしょう。
 しかし、仮に誰かの従者になっていたら、どんなアーティファクトが出たのか興味はあります。
 アロンダイトやアリアがいる以上、力の王錫はありえないしなあ……というか多分碌でもないヤツが出てくると思う。

アリアとの話について
 ええと、アリアは千雨の為に生きる自分に誇りを持っているワケなんですが、当の千雨がそれをさせてくれなかったという……。
 まあ要するに千雨に自分の存在意義を否定されてしまった、……というワケです。
 で、千雨はどう考えていたのかというと……、多分アリアに対して母性だか庇護欲じみたものを感じているんだと思います。
 だから咄嗟に庇ってしまったワケですね。
 文中でも言ってた様に、アリアやアロンダイトと一緒にいる日々は千雨にとっては、本当に久しぶりの幸せな時間なので、本当に大切にしたいんだと思います。

 つうか、これってすごいたらしなんじゃ。

その時のアロンダイトさん
 ええ、録音録画バッチリです。

現在のジュエルシードの状態
 呪符で封印されているので、実際は不明です。

木乃香に魔法の事を教えるか否かについて
 これはネギま!のSSにおいてかなり題材になる話題の一つですね。
 個人的には詠春の考えも理解できなくもないんですが、彼女の資質的,立場的に無理がある話ですから、どちらかと言うと教えるべきだと思います。
 そしてまたもや悩むせっちゃん、エヴァンジェリンは弄るだけ弄って放置。
 ドSと思うも良し、刹那の事を考えてるんだなあとニヤニヤするも良し。
 こういった話をする為にフェイトを出したというのもあります、文中でもあった様にアイツがいるだけで護衛の難易度が跳ね上がりますから。

エヴァンジェリンの秘匿意識について
 魔女狩り時代の件もあるから、それなりに高いと思います。
 そんな彼女からするとネギの甘さとかはイライラするものがあるのかもしれませんが、原作ではそこら辺言われてないんですよね。
 まあこのSSでは人目は気にすると思って下さい。

実は素人の千雨
 実はこれもミッド式の強み、リリカルなのはの作中でもそうでしたが、なのはさんは凄まじい勢いで成長していきます。
 本人の資質もあったのでしょうが、恐らくミッド式の高度にシステム化された育成システムも関係しているんだと思う。
 で、実はここでも千雨は保険をかけてます。台詞中を見ると魔法を“使うようになった”という風に言っています、本当は“使えるようになった”と
言うべきでしょうが、そうなるとプレシアという存在との齟齬が出てくるのでこういう言い回しになりました。

千雨が魔法使いに対して妙に協力的な件
 時折、感想板で上がる話ですが、作者としてはきちんと距離を測っているつもりです。
 魔法使いに正体を知られた以上、ある程度の接触は止むを得ないという感じですね。
 それに、別段協力的でもありませんし……立場としては龍宮に近いのかもしれません。
 まあ、後は組織の力は侮れないという事は知っていますし、実体験で……。
 千雨としては、敬して遠ざける、故あれば協力し利用するという感じでしょうか。

改訂について
 皆さんからの要望が意外と多かったので、魔法使い達の会話を追加しました。
 千雨は色々、嘘をついたりはぐらかしたりと綱渡りを続けておりますが、何とか誤魔化そうと頑張っています。
 エヴァには多分見抜かれているだろうけど。
 実力と実績に関して言うと、魔法世界ではネギの方が圧倒的に評価されています。
 これは学園長が情報を暈したりしているというのがありますが、何よりも大きいのはジュエルシードの危険性が理解されていないというのが大きいですね。
 今の所、千雨は殆ど無名の存在と言っても間違いないでしょう。
 後はやはり“闇の福音”そして“英雄の子”というネームバリューです。

広範囲殲滅魔法について
 6巻を改めて読むと、150F(約46m)四方の≪おわるせかい≫でスクナを殲滅しているので、麻帆良大橋で千雨がぶちかました<バスター>がどれ程凄いか分かります。

<デイブレイクバスター>について
 ええとさらりと書いちゃいましたが、これこそが<デイブレイクバスター>の正体、設定範囲内に閉じ込めた対象に反物質をぶつけて反応消滅させようという魔法。
 ぶっちゃけて言うと個人運用のアルカンシェルですね、アロンダイトとジュエルシードという規格外のアイテムを持っているからこそできる事です。
 普通に範囲設定を使用せずにブッ放すと、本家と同様の効果範囲と被害を発揮します。
 おかげでこの魔法は、設定的に非殺傷設定が出来なくなったという些か困った設定がつきました。
 千雨とアロンダイトは反応消滅魔導砲と称していますが、正確には反物質生成魔法というのが正しいのかもしれません。
 一応、反物質は粒子加速器で発生できる事は証明されているので、エネルギーさえ何とかなればミッド式で再現は可能と判断した次第。
 ちなみに反応消滅した際に発生するγ線等のあれやこれやは、範囲設定に伴う障壁で完全にシャットアウト、発生する膨大なエネルギーは空間歪曲で発生する次元断層にポイします。



[18509] 第14話「京都時代劇村始末……意外に根深い認識阻害」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/08/21 01:48

「無様だ……」

 千雨は結界を見下ろしながら苦々しく呟いた。
 魔法の隠匿を優先したとはいえ、何の力も無い近衛木乃香を危機に陥れ。
 その身は癒されたものの、少女を護る為に体を張った桜咲刹那に傷を負わせてしまった。
 危機に陥れ、傷付けたのは千雨ではない。
 しかし、千雨が魔法の隠匿を優先しなければ、敵対する少年に怯えなければ。
 彼女達は傷付かなかったのかもしれない。
 かもしかを言い出したら限がない事は千雨にだって分かっている。


 ――――――だが、思わずにはいられなかった、考えずにはいられなかった。



第14話「京都時代劇村始末……意外に根深い認識阻害」



 桜咲刹那は緊張していた、最近は色々と緊張してばかりだが、今以上となると修学旅行初日の浴場位しか思い浮かばない。
 目の前にいるのは、己が身を賭して守ると心に誓った幼馴染の少女。
 これから自分は、この少女に世界の真実を告げなければならないのだ。
 自分にもっと力があれば、その必要はなかったかもしれない。
 修学旅行先が別の場所――例えば海外――だったのなら、今の様な状況になっていなかったのかもしれない。

 だけど、全ては架空の、仮定の話。

 現実には、これから対する敵と比して己が力はあまりにも弱く、この地は敵の掌の中と言っても等しい場所だ。
 ならば、出来る限りの事をしなくてはならない、己が手で少女を守る為に。


 近衛木乃香は緊張していた、目の前にいる幼馴染の少女から話があると言われ、二人きりになってから、そろそろ五分が経過しようとしている。
 彼女は、木乃香が幼い頃に初めて出来た大切な友達だった。
 しかし、その繋がりは一旦途切れてしまった、父の意向で木乃香が麻帆良学園に入ってしまったからだ。
 木乃香が中等部に進学した頃、その繋がりは再び結ばれるかに見えたが、何故か彼女は自分に近付こうとはしなかった。
 悲しかった、以前と同じ様に話せない事が。
 苦しかった、彼女が自分の傍にいない事が。
 分からなかった、何故彼女が自分に近付こうとしないのか。

 もしかして自分は、知らず知らずの内に彼女に何か取り返しがつかない酷い事をしてしまったのだろうか。
 嫌われたままは厭だった、昔と同じ様に話したかった……。

 そんな時、彼女から話があると、二人きりで話したいと言われた。


 刹那と木乃香は、二人きりで六班の班部屋で向かい合って座っていた。
 刹那以外の班員は、全員私服に着替えてホテルのロビーにいる、木乃香以外の五班も同様のはずだ。
 そんな中、何故この二人だけ此処にいるのか……。その原因は刹那と木乃香、双方にあった。
 この修学旅行中、関西の呪術者にその身を狙われている木乃香と、彼女を守る役目を負っている刹那。
 しかし、木乃香はその事実を知らず、刹那は知らせまいとしていた。

 ――――――――木乃香に魔法の事を知られないようにする。

 それは彼女の父・詠春の願いであり、刹那の願いでもあったからだ。
 魔法を知る事……それは即ち世界の裏側を知る事に繋がる、裏側の世界は表側と比して格段に死が近い世界だ。
 だからこそ、刹那は、詠春は、木乃香を関わらせまいと思い願った。
 しかし、それは元より叶わない願いだったのかもしれない。

 近衛家という彼女の生い立ち故に。
 魔力という彼女の資質故に。
 祖父の、親の立場故に。

 木乃香はいずれ裏の世界に関わる事になっただろう。
 何れか一つだけなら、親の願いは……刹那の願いは叶ったのかもしれない。
 しかし、彼女は……木乃香は全てを手にして生まれてきた。

 近衛という家に生まれ。
 生まれつき強大な魔力をその身に宿し。
 関東と関西の長の血を享けて育ってきた。

 全てを手にして生まれてきた木乃香は、それ故に狙われる事にもなった。
 家故に、立場故に、そして身に宿す魔力故に。
 今までは詠春の力が、麻帆良という揺り籠が、刹那という刃が彼女を守ってきた。
 しかし今、詠春の力は削がれ、揺り籠は遠く、刹那の力では及ばない敵の存在が明らかになった。

 もう隠し通す事はできない、黙っていたらそれこそ木乃香に危害が及ぶ事になるだろう。
 刹那は、一つ深呼吸をすると閉じそうになる口を無理矢理開いた。

「お嬢様、不躾な願いにも関わらずご足労頂き、ありがとうございます」
「え?ううん、ええんよ。
 せっちゃんがウチに話があるいうから……」
「その話ですが、これより話す事は基本的に他言無用の話です、宜しいですか?」

 何時に無い刹那の様子に、木乃香は息を呑んだ。
 これから刹那が話す事は重大な話だと、木乃香は感じとったのだ。

「う、うん。分かった、人には話したらいかん事なんやね?」
「はい、それでは話させてもらいます。
 このかお嬢様、実はこの世界には“魔法”というものが存在します。
 手品やイカサマの類ではない、“本物の魔法”です。
 箒や杖に乗って空を飛び、薬を使わず手術もする事無く人を癒し、そして手から雷や炎を出して人を傷付ける。
 そういう“魔法”です」

 刹那はそこで言葉を切った、木乃香が話しに付いて来ているか確認する為だ。
 そっと表情を窺うと、困惑はしているもののまだ大丈夫な様に見える。
 刹那は言葉を続けた。

「そして、お嬢様。
 お嬢様にはその“魔法”を使う資質があるのです、それも並外れた資質が」
「ウチに、魔法使いの資質が?」

 実感が無いのだろう、自分の両手を見ながら呆然と呟いている。

「信じられないのも仕方がありません、ですが…」
「ううん、せっちゃんが教えてくれた事やから信じる。
 けど何で?何で今そんな事言うん?」
「そ、それは」

 木乃香の純粋な問いに、刹那は数瞬口篭った。
 しかし、それは仕方が無い事だろう、自分の力不足を明かさなければならないのだ。
 幼い頃に川で溺れてからこの方、木乃香を守る為だけに生きて来た刹那にとって、それは苦痛に他ならなかった。
 だが、これは言わなくてはならない事だ、そうしないと魔法の事を教えた意味がなくなる。

「それは?」
「実は、お嬢様はとある魔法使いに狙われているのです」
「それって、あの着ぐるみのお姉さんの事?」
「はい、あの女の名は天ヶ崎千草、陰陽道を良くする符術師です。
 あの女だけならまだ何とかできたでしょう、しかし昨晩、強力な術者の存在が明らかになりました。
 その術者はかなりの手練です、私でも対抗する事が出来るか……」

 刹那はそこまで言うと俯き、口惜しそうに唇を噛み締める。

「申し訳ありません、私にもっと力があればお嬢様はまだ普通に暮せていたというのに」

 そう言いながら頭を垂れた刹那の頭に、「えい」という声と一緒に軽い衝撃が走った。
 恐る恐る頭を上げると、そこには頬を栗鼠の様に膨らませた木乃香がいた、膨らんでいる頬は恐らく怒っているぞという意志表示なのだろう。

「え、あの……お嬢様?」
「せっちゃん、質問してもええ?」
「あ、はい」
「せっちゃんはウチの事を守ってくれてたん?」
「私が麻帆良に来てから以降でしたら、主に私が護衛の任に付かせて頂いていました」
「ずっと?」
「はい、魔法の事を知られる訳にはいきませんでしたから、隠密裏に」
「魔法を知られる訳にはいかん……て、どういう事?」
「魔法の事を知るという事は、その分世界の裏側に近付く事に他なりません。
 そうなると、お嬢様の身に危険が及ぶ可能性が大きくなります。
 お嬢様のお父上の詠春様はそれを危惧されて、なるべく魔法の事をお嬢様に気取られない様に、と」
「じゃ、じゃあ。せっちゃんがウチの事を避けてたのって……」
「申し訳ありません、お嬢様を傷付けていると分かってはいましたが、私はこの通り剣しか使えない武骨者。
 お側近くで護衛しながら、お嬢様に魔法の事を隠し通せる自信がなかったのです。
 それに私も、お嬢様には平穏な生活を送って頂きたかったのも事実。
 お嬢様がお心を痛めていた事に対する責めは、この旅行が無事終了した後に受ける所存です」
「じゃあ、せっちゃんはウチの事を嫌っとる訳やないん?」
「滅相もありません!私がお嬢様から嫌われる事はあっても、私から嫌うなどと!」

 木乃香からの質問に勢い込んで答えた刹那は、目の前の少女の瞳が濡れている事に、今更ながらに気が付いた。

「お、お嬢様?どうかしたのですか?」

 狼狽しながら尋ねてくる刹那に、木乃香は首を振ってその意志を伝えると、ポケットからハンカチを取り出して溢れそうになっていた涙を拭き取った。

「何でもない、何でもないんよ。
 けどなせっちゃん、それはちょっと水臭いんとちゃうやろか」
「水臭い……ですか?」
「そや、いくら身の危険があるゆうたかて、基本的にはウチの問題や。
 魔法を習うにしろ習わないにしろ、な。
 そりゃあウチの事が心配いうんは分かるよ?ウチはアスナやせっちゃんみたいにしっかりしとらんしな。
 どっちかとゆーたらボケボケや。
 けどな、だからというて、せっちゃんや他の護衛の人に全部丸投げして平気でおられるほど厚かましくはない。
 せっちゃん。せっちゃんがウチの立場で、ウチがせっちゃんの立場やったらどう思う?
 そりゃあ守っとる方はええがな、全部知って理解して守ればええんやから。
 けどな、今のウチみたいに、実は斯く斯くしかじかと説明されて、それで守られとった方は平気でおられると思うんか?
 自分が普通に暮す為に、一番大事な幼馴染の友達が苦労しとったと知ったら、守られとった方にしてみればどう思うか想像した事あるんか?
 ウチは自分が情けない。ウチが普通に暮らす為に、せっちゃんに苦労を掛けとったのに、今の今まで知らんかった。
 せっちゃんが仲良くしてくれんいうてウジウジしとるだけやった」

 刹那は木乃香の言葉に頭を殴られた様な衝撃を受けた。
 確かに、護衛対象に事情を教えずに護る側は全てを理解しているから良いだろう。
 しかし、何も知らされずに護衛となった友人から、距離を取られた護衛対象はどう思うだろうか。
 その友人が、自分が預かり知らない自分の事情で、自分を守っていたとしたら……。
 本当の理由を隠し、長からの命を言い訳にして、自分はどれ程、目の前の幼馴染を苦しめていたのだろう。
 自分が言った事を刹那が理解したと見て取った木乃香は、そこで言葉を止めると座布団から降りて、両手をつき刹那をジッと見るや、徐に頭を垂れた。

「お、お嬢様?」
「せっちゃん、今まで本当にごめんなさい、それと……ありがとな」
「いいえ、謝らなければならないのは私の方です、お嬢様のお心も考えずに、自分の思い込みだけで勝手に守っている気になっていたのですから」

 木乃香の面を上げさせると、刹那も自らの不明を詫びた。

「ううん、せっちゃんが謝る事あらへん、さっきはあないな事言うたけど、嬉しいいう気持も確かにあったんよ。
 大事にしてくれる、幼い頃約束してくれたみたいにウチの事を助けてくれてる、そういう事も分かったから本当に嬉しかったんよ」
「は、あああの……ありがとう、ございます」

 晴れやかな笑顔を浮かべながら笑いかける木乃香に、刹那は顔を赤くして恐縮した。
 刹那の顔から熱が引いたのを見計らったのか、木乃香はその居住いを正すと、神妙な面持ちで再び刹那に語りかける。

「ところで、せっちゃんの話やとウチの護衛自体は続ける事になるんよね?」
「はい、ご迷惑かとは思いますが、お嬢様の安全の事もあり……」
「ああちゃうねん、それは分かるんよ。
 ウチはそっち関係の話は何も知らんから、せっちゃんの言う通りにする。
 けどな、あの……その……せっちゃん?」
「はい、何でしょうかお嬢様」

 頬を淡く染めて、上目遣いに自分を見て話しかけた木乃香に、刹那は勢い込んで返事を返す。

「ウチは、ウチはせっちゃんの事を大事な友達やと、そう思うてもええの?」

「―――――――は?」

 それから暫く、桜咲刹那は動く事ができなかった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 千雨やエヴァンジェリン達がロビーで暇を潰していると、私服に着替えた木乃香と制服のベストを脱いだだけの刹那がロビーにやって来た、雰囲気から
察すると魔法に関する説明は無事に終わったらしい。
 彼女達は千雨達から少し離れた場所で会話をしている。見ていると、部屋に入る前よりも少し距離が縮まっている感がした。

「上手い具合に纏まったみたいだな」
「元々、幼馴染らしいからな、余計な隠し事がなければそうそう拗れる事はないだろう」
「こっちは天ヶ崎に集中できるから助かるんだけどな、そういえば観光地巡りはどうなったんだ?」
「神楽坂明日菜は坊やと一緒に総本山に行くらしい、他の班員に言えと言いおった」

 ギリギリと歯を軋ませる吸血鬼。
 千雨とは別の意味で、エヴァンジェリンという存在に頓着しない人物がいたらしい。
 五班の班長である彼女がいないとなると、班行動を主導する人物がいない。六班の班長である刹那はどうかと問われれば、短い付き合いの千雨から見ても
彼女には班行動を主導する様な雰囲気は感じられない。
 どちらかというと、指示を受けて動く方が彼女には合っている様に思えるのだ。
 明日菜がいなくなった場合、五班と六班の集団を引っ張って行くのは早乙女ハルナや綾瀬夕映辺りになるだろう。一応、茶々丸という存在を従えている
エヴァンジェリンならそういった事に慣れていだろうが、恐らく動く事は無いだろう。
 結果、先に挙げた図書館組の二人が先導する事になる可能性が高い、そうなると護衛に不向きな場所へ行く事になりかねないのではなかろうか。

「まあ、綾瀬辺りを巻き込めば、お前好みの観光地に行けるだろうさ」
「刹那が近衛木乃香の警護をする以上、なるべく人がいる辺りを選ばねばならんのが癪に障る」
「マスター、嵐山を一通り巡った後に、仁和寺から龍安寺、最後に金閣寺へと行ってはどうでしょうか」

 苛立たしげに不満を口にするエヴァンジェリンに、茶々丸が妥当な線の観光地をピックアップする。
 エヴァンジェリンはそのチョイスにそこそこ納得したのか、腕を組んで頷いていた。

「その辺が妥当か」
「そういえば、ネギ先生が総本山に行くとなると神楽坂はもう姿を眩ませたのか?」
「さあな、坊やは裏口から出て行った様だが……」
「神楽坂さんは早乙女さんに捕まった様ですね」

 茶々丸の言葉に、ロビーへ視線を向けると早乙女ハルナに話しかけられている明日菜がいた。
 どうやら抜け出そうとして失敗したらしい。
 ハルナは木乃香を見つけると、他の五班メンバーと共に近付いていく。

「じゃあ行くか」

 千雨はエヴァンジェリン達に声をかけると面倒臭そうに腰を上げた。


 千雨達が大堰川に架かる橋に辿り着くと、そこにはネギが人待ち顔で佇んでいる。
 そんなネギに気軽に声を掛けたのはハルナだった。
 振り向いたネギは一瞬驚いたものの、その場にいる全員の服装を褒めちぎった、流石は紳士の国出身者。

 結局、千雨達はネギと連れ立って嵐山を散策する事になった。
 小一時間程、嵐山の土産物屋を冷やかしながら歩いていると、ゲームセンターを見つけたハルナが一行を引きずり込む。
 京都に来た記念のプリクラを撮ろうという事らしい。
 それぞれ二人ないし三人でプリクラを撮っていたが、ハルナが妙にニヤけていた。
 ちなみに千雨とエヴァンジェリン主従は、そんな彼女達を離れた所から観察していた。
 プリクラを撮り終えたのか、ハルナが千雨達の方に近付いてくる。

「長谷川やエヴァちゃんって、プリクラとか撮らないの?」
「あんまそういうのに興味ないからな。
 私等の事は良いからあっちで遊んで来いよ」

 そう言いながら、綾瀬達の方を指し示すと、夕映達は多人数で遊ぶ大型のゲーム筐体に集まっていた。
 その筐体のロゴを見たハルナは目を輝かせると、

「おっと、そういえばアレも目的の一つだったんだっけ、ゆえー私も入る!」

 と言って仲間達の方へと向かって行った。
 かなりの人気ゲームらしく、他校の学生達もちらほら見える、中にはこの陽気にニット帽を被っている少年もいる。
 歳相応に慌しい彼女達の動きに千雨は溜め息をつくと、自分の隣にいる主従に目を向ける。
 エヴァンジェリンの私服姿は二度程見ているが、どうもこの吸血鬼、ゴシックとかフリルとかレースといった装いが好みらしい、今着ている服も
ゴスロリ系の白いワンピースと同色のベレー帽、足元のみ真紅のエナメル靴という風体だ。
 ただ、京都の景観を損なわない様なデザインで纏めている辺りは、流石というべきだろうか。
 その容姿も相俟って、外国から来たお嬢様とかお姫様の様な雰囲気を醸し出していた。
 その従者の茶々丸はエヴァンジェリンの見立てなのか、黒のシックなワンピースに黒い逆十字のワンポイントが入った真紅のタイを結んでいる。
 茶々丸の穏やかで静謐な雰囲気に合った装いだと言えるだろう。
 ちなみに千雨はシンプルにスリムジーンズとカットソー、上にパーカーを羽織るという地味な出で立ちだったが、そこはそれ、ネットとはいえアイドルを
張っている自負がある、カットソーやパーカーこそあまり目立たないが、ジーンズは知る人ぞ知るというタイプのビンテージ物、幅広ベルトのバックルに
至っては一品物のシルバーアクセを流用していた、我等が長谷川千雨も女の子という事なのだろう。


 ハルナ達は、新幹線内で遊んでいたカードゲームを利用したゲームに興じている。
 彼女達がゲームに熱中している隙をついたのか、ネギと明日菜は姿を眩ませていた。
 千雨はゲームに興じているハルナ達を少し離れた場所から眺めつつ、エヴァンジェリンに話しかける。
 ゲームセンターは様々な音で溢れている為、アロンダイトも気兼ねなく会話に参加した。

「ネギ先生達は上手い事出れたみたいだな」
「荷物が一つくっついているがな」
「え?」
【宮崎さんですよマスター】
「おいおい、どうするんだよ。仮契約しているっていってもアイツは一般人なんだろ?」
「どうするも何も、諦めるしかあるまい。
 今から追いかけたとしても裏の事を説明できない以上、宮崎のどかを引き戻す事は困難だ。
 天ヶ崎千草がちょっかいを掛けて来ない事を祈るしかあるまいよ」
「天ヶ崎が仕掛けないという事はありえない以上、宮崎の裏入りは確定って事か」
【学園長はこの事を予想していたんでしょうか?】
「さてな、じじいが考えていたのは良い所、坊やと神楽坂明日菜のスキルアップに、近衛木乃香と刹那の関係修復及び魔法バレ辺りまでだろう。
 小動物の仮契約の件は正直予想外だったろうがな。少なくとも天ヶ崎千草の様な存在はありうると承知していた筈だ」
「というと、何がどうあろうと3-Aの修学旅行は京都になってたワケか」
「そうなります、一応希望ではハワイが有力でしたが」

 肯定する茶々丸の言葉に千雨は溜め息をついた、正直ここまで良い様に振り回されると怒る気も失せてこようというものだ。
 怒りは確かにあるが、ぶつけようがないので、フラストレーションばかりが積もっていく。
 そうして話していると、夕映やハルナもいい加減ゲームに飽きたのだろう、刹那と木乃香を連れて千雨達がいる所に近付いてきた。

「ねえ長谷川、ネギ先生達がどこに行ったか知らない?」
「さあな、本屋と神楽坂もいねーし、三人で土産物屋でも覗いているんじゃねーかな。
 そういやお前等これからどうするんだ?マクダウェルが言うには金閣寺まで寺社巡りをしたいとか言ってるけど」
「な!千雨、いきなり何を言い出す!」

 自分の希望をぶちまけた千雨にエヴァンジェリンは驚いたが、残りの一行はというと

「んー、まあ良いんじゃない?午前中はコッチが引っ張り回してたんだし、午後は付き合うよ。
 良いよね夕映」
「どちらかと言うと、望む所です」
「お嬢様はどうなさいますか?」
「ウチは別にかまへんよ」
「じゃあそれで決まりだな」
「ネギ先生達の意見は聞かないですか?」
「いねーヤツの意見なんぞ聞いていられるか。
 というか、不安なら本屋に携帯で聞いたらどうだ?」 / 『アロンダイト、総本山に向かっている連中に対する携帯のラインを切っておけ』
「それもそうですね」                / 『了解です』

 千雨は夕映に携帯で確認を取る様に言う傍ら、アロンダイトにハッキングを指示する。
 命じられたアロンダイトは、その指示を即座に終わらせた。
 そうとは知らずに携帯でのどかに連絡を取ろうとしていた夕映だったが、それは当然の如く……

「…………電源を切っているです」
「ほほう」

 という結果に終わった。
 そんな夕映の報告にハルナは瞳を輝かせる、今この少女の脳内でどんな場面が展開されているのか、それは誰にも分からない。
 千雨はそんな二人を横目に自分の携帯を取り出す。

「じゃあ、ネギ先生の方に連絡入れてみるよ」

 そう言いながら天気予報に繋げて、簡単な芝居をしておく。
 ネギは急な仕事が入って離れなくてはならなくなり、明日菜とのどかは行きがかり上、付いて行く事になったという設定だ。
 携帯を閉じて、そうハルナと夕映に説明すると、簡単に納得していた。
 いや、ちょっと簡単に信用しすぎだお前等と、千雨は思わなくもなかったが、これはこれで楽なので余計な事を言う事はなかった。
 木乃香に関しては刹那が何やら耳打ちしていたので、あっちで説明したのだろう。


 その後、七人は近場にある町屋を改造した料理屋で昼食を済ませると、エヴァンジェリンの希望通り寺社巡りに行こうと歩き出す……否、行こうとした
その時。
 刹那と木乃香に向けて攻撃が浴びせられた。
 自分はもとより、木乃香に対する攻撃をも防ぎ切った刹那は木乃香の手を取ると唐突に走り出した。
 急に走り出した刹那に驚いた木乃香だったが、今朝方受けた話が功を奏したのだろう、現状を理解すると刹那について行く。
 そして、残された者達の内、事情を知らない側……所謂、表の人間である夕映とハルナは、いきなり走り出した刹那と木乃香に何事かと思いはしたものの、
彼女達も刹那達の後を追って走り出した。

『マスター、鉄製の刺突武器による攻撃です』
『魔法じゃないのか……すると月詠か犬上ってヤツだな、攻撃位置は分かるか』
『術的な手段で視認が困難になっています、迷彩の痕跡は分かりますが、移動速度が早いので場所の特定はできませんね』
『<オプティックハイド>に近い魔法か……術式の解析は続けておけ』
『了解です』

 千雨はいきなり走り出した刹那達とその後を追う夕映達を見ながらアロンダイトに命じると、傍らにいるエヴァンジェリンと茶々丸に話しかける。

「で、お前等はどうする?
 一応、天ヶ崎が来る可能性があるから私も行くけど」
「私も行こう、正直面倒だがじじいや近衛詠春に貸しを作るのも面白い。
 それに此処で後顧の憂いを失くせば、残り少ないとはいえ旅行が楽しめるからな」
「じゃあ決まりだな、アロンダイトここら辺で襲撃に向かない場所ってどこら辺がある?」
【そうですね、天竜寺は反対方向ですから可能性としてはシネマ村でしょうか】
「じゃあ、とりあえずそこに行くか」

 そう言うと、千雨は近くの大通りに出て、通り掛かったタクシーを停めるとエヴァンジェリン達と共に乗り込んだ。


 そうして到着した太秦シネマ村。
 千雨達はタクシーを使った為に少々大回りになったが、予想は外れていなかったらしく、シネマ村の正門前には息を切らせているハルナと夕映がいた。
 シネマ村の少し手前でタクシーを降りた三人は、小走りに二人に近付く。

「おい、桜咲達は?」
「先に入場しましたです、壁を跳び越して……」
「は?」
「いえ、ですから桜咲さんは、このかさんを抱きかかえてこの壁を跳び越して入ってしまったです、こう……ぽーーんという感じで」

 千雨はシネマ村の外壁を“見上げ”た。
 少なくとも人が跳び越して良い高さではなかった、これを跳び越すというのはアメコミの蜘蛛男とか日本の改造人間位にしか許されないのではないだろうか。
 傍らにいる夕映とハルナを横目に見てみる、彼女達は刹那が木乃香と二人きりで入って行った事を訝しく思ってはいても、壁を跳び越した事に関しては
あまり深刻に捉えていない様だった。
 もしかしたら≪認識阻害≫という魔法は千雨の想像以上にヤバイ代物なのかもしれない。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 太秦のシネマ村は、ある意味異界だった。
 時代劇で使用するセットを利用した観光名所という事もあり、従業員はもとより客も時代劇に出てくる様な扮装をしている。
 この扮装はシネマ村の“売り”の一つなのか、そこそこの客が扮装をしていた。
 そんな普通とは違うお祭りじみた空気の中、千雨達も扮装して刹那と木乃香を探して歩き回っていたのだが、いつの間にやら刹那と木乃香が楽しんでいる
様子を覗き見ていた。

「……で、なんで私等はここで出歯亀宜しく覗きなんぞする破目になってんだ?」

 と愚痴を零したのは巫女姿の千雨だった。普段の彼女とは違い、その長い髪は一部のみ結ったあとは纏めずに流すというスタイルにしている。
 そんな愚痴に同意を示したのは、同じ様な巫女服に身を包んだ夕映だ。

「全くです」
「あの、あまりこういった事は良くないのでは……」

 夕映の言葉に応える訳ではないだろうが、ごくまっとうな意見を述べたのは矢絣の袴で大正時代の女学生姿に扮している茶々丸である。
 ちなみにエヴァンジェリンは豪奢な西陣織の振袖に身を包んでいたが、その姿を見た時に千雨が思ったのは「七五三?」という些か失礼なものだった。

「いやいや、こんないいもの見逃す手は無いって。
 しかしあの二人は怪しすぎるね」

 面倒になって来た千雨が刹那達の所に行こうとしたその時、

「確かにあの二人はアヤしいね~~~~」

 と背後から声が掛けられる、驚いて背後を振り返ってみると、そこには声を掛けてきた朝倉を始めとした三班のメンバーが勢ぞろいしていた。
 しかも全員、扮装をしている。
 素浪人の格好をした朝倉と武芸者に扮しているハルナが、二人の仲について話していると、町娘の格好の村上夏美が何事か起きていると言いながら、
刹那達がいる方向を指差す。
 その指差す先に視線を向けると、黒子が操る馬車から一人の少女が降りて来る所だった。
 刹那の様子をから、何やら好ましくない知り合いかと察した千雨とエヴァンジェリンは、事態の推移を見守る事にした。

 見栄えの良い関係者が時代劇の扮装をしている事に加え、シネマ村という場所も関係しているのだろう、両者の会話はシネマ村で行われる即興劇という
事で落ち着いたようだ。
 しかし、この場にいる3-A――千雨とエヴァンジェリン主従とごく一部を除く――関係者は、刹那と木乃香を軸にしたアブノーマルな恋愛事情として
捉えているらしい。
 しかもいつの間にか、刹那達の助太刀をするという流れにまでなってしまった。
 千雨は馬鹿馬鹿しいと思うものの、少女が別れ際に放った異様な雰囲気と、エヴァンジェリンの「ほう」という何処か感心した様な声に嫌な予感を覚えていた。


「なあ、マクダウェル」
「何だ千雨」
「あれって間違っても芝居とかじゃねーよな」
「そうだな、アレが芝居というのなら表の技術も馬鹿に出来んな」

 二人が話しているその先では、月詠と呼ばれている少女が呼び出した≪式神≫と戦っている3-Aの少女達がいる。
 千雨は思う、連中はあの不思議物体に疑問を抱かないのだろうか……茶々丸と同様のロボットだったとしてもかなり無理のある話しだと思うのだが、
彼女達は何の疑問もなく騒動自体を楽しんでいる、何とも逞しい事だ。
 そんな彼女達とは別に、橋の中央付近では刹那と月詠の戦闘が始まっていた。
 刹那の野太刀と月詠の二刀が火花を散らし、風を断ちながら斬撃を交し合っている。
 生半な剣腕では、彼女達が繰り広げる剣の旋風の中には入ることはおろか、近付く事さえできないだろう。
 それほどの、剣撃の密度、速度、そして苛烈さがあった。
 唐竹、袈裟、逆袈裟、切上、払い、そして突き、左右を変え、虚実を交え、緩急をつけながら剣と殺意を交し合う。
 刹那の白い面は焦燥と怒りで赤く染まり、月詠はその面を喜悦と興奮で淡く染めていた。

「なるほど、戦闘狂というヤツか」
「……勘弁してくれよ、そんなのマンガだけで腹一杯だ」
「今から覚悟しておく事だな、お前ならいずれその内会う事になる」
「はあ?んなワケあるか、私は人に迷惑掛けた事はねーぞ」

 千雨はそう言ったが、エヴァンジェリンはといえばそんな彼女に憐れむ様な眼差しを向けた後、「ハン」と鼻で笑って橋の方へと視線を戻した。
 そんな吸血鬼の様子に千雨は苛つきを覚えたが、姿が見えない木乃香が心配になって周囲を見回す。

「どうした」
「そういえば近衛は何処にいるんだ?」
「ん?近衛木乃香なら坊やと一緒にさっき抜け出した所だが……」
「そうか……あれ?総本山に行っているネギ先生がどうしてここにいるんだよ」
「恐らく紙型だろう、ぼうやにしては魔力が少なすぎたからな」
「紙型って陰陽道のヤツだよな、器用なもんだ。
 それじゃあ私はそろそろ行ってくるよ」
「恐らくアーウェルンクスも此方に出張っている筈だ、せいぜい気をつけることだな」
「分かってるって、そっちも気をつけとけよ」

 そうエヴァンジェリンに警告すると、千雨は人々の中にその姿を紛らわせていった。

「フン、ただの素人が私を心配するか、茶々丸索敵はしっかりしておけよ」
「ハイ、マスター」

 エヴァンジェリンは千雨が姿を眩ませた方を横目で見やりながら、薄い笑みを口元に浮かべていた。


 刹那が戦っている日本橋に近い路地裏、千雨はそこで巫女から魔導師の姿に変わっていた。

【マスター、どうしますか?】
「あーどうすっかな、正直アイツの視界内に入りたくないんだよな……」
【上空から狙撃でもしましょうか】
「それしかねーかな、『アリア、何処にいる?』」
「ここだ、ますたー」
「うをっ!」

 背後から聞こえてきたアリアの声に千雨は飛び上がった。
 ドキドキと鼓動を打つ胸を押さえながら振り向くと、そこには目を真ん丸に見開いた子猫状態のアリアがいる。

「ど、どうしたのだますたー、驚いたぞ」
「驚いたのはこっちだ、今まで何処にいたんだ?」
「うむ、ますたー達の少し後ろを付いていっていた。
 で、どうするのだ?
 ありあとしてはアーウェルンクスに意趣返しをしたいのだが」
「そうだよなー、アイツの澄ましたツラに一発叩き込んでやりたいのは私も一緒だ。
 一旦上空に転移して<オプティックハイド>を展開、ネギ先生達を捕捉した後に<カノン>を準備、ヤツを見つけたら叩き込んだ後に再度転移する、
こんな所かな。
 二回目の転移とネギ先生の捕捉はアリアに任せる」
「りょーかいだますたー」
【ではこれより200m上空に転移します】
「よし、やるぞ」

 千雨がデバイス状態のアロンダイトを振るうと足元に黒く輝く魔法陣が展開される。
 そして魔法陣が一際輝いたその後、千雨とアリアの身はシネマ村の200m上空にあった。
 アロンダイトは千雨の指示を受ける前に自身をシューティングモードへと変えていた、<オプティックハイド>を展開しアロンダイトを小脇に抱えた千雨
は眼下に広がるシネマ村を一望する。

「ではネギとこのか、それから天ヶ崎達の探索を始める」
「いや、ちょっと待て、城の屋根に誰かいないか?」
【望遠映像をフェイスガードに表示します】

 表示された映像は、シネマ村にある城の屋根の上の光景だった。
 忍者の格好をしたネギと、お姫様の格好をした木乃香は屋根の端に追い詰められている。
 追い手はファンシーな着ぐるみっぽい≪式神≫と弓を構えた悪魔、フェイト・アーウェルンクス、そして長い黒髪の女……天ヶ崎千草だった。

「お、天ヶ崎も来ていたか……つうかネギ先生と近衛は何であんな所にいるんだ?」
「城の中に追い込まれて、そのまま追い詰められたのだろう」
【それが一番ありそうですね、天ヶ崎はジュエルシードを持っているんでしょうか】
「どうだろうな、可能性としては高いと思うけど近くにヤツがいるんだよな」
【無理はしない方が良いかもしれませんね】
「けどなあ、近衛をこのまんま見捨てるっていうのも」
「うむ、ますたーのひょーばんが悪くなるのは避けたいな」
【では彼等だけ結界で隔離しますか?精霊魔法の転移魔法がミッド式の結界と干渉するか検証もできますし】
「そうだな、よく考えたら人目もある以上、魔法攻撃は出来ねーしな。
 ここは奴等を結界で隔離してネギ先生達の撤退を支援しよう、悪いなアリア」
「気にするな、ますたー。
 では、アリアはこのか達の後を追って、安全を確認しよう」
「じゃあって、おい!」

 その時、バリアジャケット越しでも分かる程の突風がシネマ村を襲った。
 風に煽られた木乃香が屋根の上で蹈鞴を踏む。
 その動きに反応したのか、悪魔が構えた弓からその巨大さに見合った矢が疾風の速さで放たれた。
 ネギが木乃香を護ろうと彼女の前に飛び出したが、魔力で構成されたその身体は盾になれる筈もなく。
 矢は木乃香を襲った。

 しかし、矢は木乃香を貫く事はなかった、それは矢が外れた訳でも千雨が魔法を使ったからでもない。
 木乃香の守護役たる刹那が、その身を盾にして幼馴染の少女を護ったからだ。
 だが、小柄な彼女の身体では矢の勢いを止める事はできなかったのだろう、城の屋根から地上へとその身を落としていく。
 落ちていく刹那を見て、真っ先に動いたのは千雨でも、ましてやエヴァンジェリンでもなかった。
 彼女を助ける為にその身を投げ出したのは、刹那に助けられた木乃香だった。
 それは考えあっての行動ではないだろう。
 大事な友達を助けたいという一心。
 幼馴染の少女を死なせたく無いという一念。
 自分の身を顧みない、そんな無私の心からの行動だった。
 だからこそ、奇跡は起きたのかもしれない。

 落ちる刹那に木乃香が追い着き、その身体を抱きしめた時、木乃香の身体から爆発的な魔力が迸った。
 その魔力は傷付いた刹那の身を瞬く間に癒し、地面に叩きつけられる筈だった二人の身体を、優しく受け止める。

 千雨はその間、一歩も動けず、一言も声を出す事が出来なかった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 刹那と木乃香がシネマ村を脱出した時、千雨とアロンダイトは天守閣を覆う結界の中にいた、眼下には此方を見上げている千草とフェイトがいる。
 どうやらミッド式の結界は精霊魔法の転移にある程度は有効らしい、そうでなければフェイト達はとっくに脱出しているだろう。

「この結界は君の仕業だね」
「そうだと言ったら?」
「昨日言った事を実行させてもらうまでだよ」

 千雨とフェイト、二人の間には一触即発の空気が漂っている。
 しかし、そんな空気をかき回す存在がいた、千雨の目的……ジュエルシードを持っていると思われる人物、天ヶ崎千草だ。
 彼女は……

「ちょいと待ちい。
 あんたが欲しがってるのってコレとちゃうか?」

 懐から出した指先に挟んだモノを掲げて、声を上げた。
 それは掌に収まるほど小さい物だった、陰陽道のものであろう呪符に包まれてはいるが、ジュエルシードと見てまず間違いないだろう。
 口を噤んだ千雨を目にした千草は、我が意を得たりと笑みを浮かべる。

「やっぱりそうか。
 話を聞いた時は信じられんかったけど、こうしてあんたみたいな魔法使いが動いているとなると、まんざら嘘という訳でもないみたいやな」

 千雨は、そう言って含み笑いをする千草の正面、反対側の屋根に降り立った。

「じゃあ分かってんだろ、ソイツを放っとくとどうなるか」
「ええ、聞いとります。
 けどウチはこの通り、ちゃあんと制御できとる。なら別にアンタに渡す必要もあらへんのと違うか?」
「おいおい、いい大人がガキみたいな事言うなよ。
 犠牲になるのがアンタ一人なら私はこんな事はしてねーっての、今頃は修学旅行を満喫してるし、昨日だってそこのガキに魔法を食らったりもしてねーよ。
 我儘も大概にして、ソイツを渡してくれねーかな」

 千雨はシューティングモードのアロンダイトを小脇に抱えながら、油断無く反対側に立つ千草達を見た。

「それは?」

 そう疑問の声を上げたのは、一人話題に取り残されているフェイトだった。
 千雨は内心舌打ちをするものの、千草の口を止める事は叶わない。

「とある所で拾うた宝石や、どうも珍しいものみたいでな。
 あの小娘はコレを集めているみたいなんよ」
「ふうん、少し見せてもらっても?」
「ええで、けど封は剥がさん様に気を付けてな」
「分かってる」

 そう言うフェイトに、千草はあまりにもぞんざいにジュエルシードを放った。
 受け取ったフェイトはそれをジロジロと見回すが、魔力封じの封印をされている為か良くは分からないらしい。
 彼はジュエルシードを千草に手渡すと、唐突に千雨を指差した。
 そして彼の口から溢れ出たのは古典ギリシア語で唱えられる必殺の呪文だった。

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァン……」

 フェイトは自身の呪文詠唱速度に絶対の自信があっただろう、しかし彼の前に立つのは彼等が知る“魔法使い”ではなかった。
 彼の詠唱に被さるように、冷たい宣告が結界の中に響く。

「遅えよ、<ブラストカノン>……シュート!」

 千雨が持つアロンダイトの筒先から漆黒の奔流があふれ出す、それは閃光の速さで千草とフェイトに襲い掛かった。
 フェイトの目が見開かれる、彼が展開している障壁に激突した<ブラストカノン>と呼ばれた魔法は、彼の護りたる障壁を次々と打ち破り、魔力を削り
取りながら、じわりじわりと迫って来る。
 フェイトは≪石化の邪眼≫の詠唱を中断し、障壁を前方に集め魔力を注ぎながら呼び出していたルビカンテに千雨を襲わせる。


『マスター、左後方より魔力で構成された自律型精霊≪式神≫が迫っています』
『<ショット>で迎撃する、余ったヤツは消してアーウェルンクスに勘違いさせるぞ』
『私達の他にいると思わせるんですね』
『その通り、天ヶ崎はどうしてる?』
『事前に作製して周辺に配置していた≪式神≫に庇われています、流石に本職と言う所でしょうか。
 <ブラストショット>発射します』
『やれ』
『了解』


 千雨の背後から迫っていたルビカンテは主の指示通り、魔法使いの背後から奇襲をかけた。
 魔法使いの背後から襲撃するという簡単な指示だったが、彼の最速で行われるそれは対する者にとって簡単に対処できる程、温いものではなかった。
 主の魔力で構成されているとはいえ、その巨腕と持っている分厚い鉈じみた剣は見掛け倒しではない。
 巨腕でその剣を振るえば、その辺にある岩など簡単に砕く事は可能だ。
 同時に彼の背にある翼も、彼を疾風の速さで運ぶヘルメスの靴だった。

 しかし、彼の腕は振るわれる事はなかった。
 彼の翼は二度と風を切る事は無かった。

 彼は何一つ失敗はしていない、彼に血肉があれば、彼の身体が魔力で構成された仮初のものでなければ、或いは魔導師の少女に一太刀なりとも浴びせて
いたのかもしれない。
 しかし今、彼の巨腕は消し飛ばされ。
 雄雄しい翼は千千の破片に変わり。
 逞しい足は切り裂き抉られた。
 そして、彼の存在は消え去った。

 それをなしたのは少女の相棒が撃ち出し、少女が操った黒い6つの光球だった。


 <ブラストカノン>を撃ち終わった時、千雨の前にいるのは千草とフェイトだけだった。
 千草の≪式神≫は耐え切れずに消滅したようだ、千草は化物を見る様な目で千雨を見ている。
 対する千雨も、ダメージを受けた様に見えない二人に対して苛立ちを感じていた。

「な、何なんやアンタ!
 呪符や呪文の詠唱も無しにあれ程の魔法を使うなんて、非常識やないか!」
「いや、多分彼女が持っている銃の様な物がその秘密だろうね。
 恐らく、幾つかの魔法を発動寸前の状態でストックできるアーティファクトかマジックアイテムなんだろう」
「で、どうするんだ?
 私としてはソイツを渡してくれれば、これ以上やる気はないんだけどな」

 千雨は内心の緊張や焦りを悟られない様、勤めて軽い口調で話していた。
 千雨がこの場で目標にしているのは2つ。
 刹那達の撤退を支援する。そして、なるべくならここでジュエルシードを回収する、という事だけだった。

『<カノン>はそこそこ有効みたいですね』
『ああ、呪文が必要な魔法を使うのなら確実にカウンターが取れるのは大きい。
 後はヤツが無詠唱でどれ位の事ができるか、だけだな……っ!』

 精霊魔法に対するミッド式の優位性を確信し、<ブラストカノン>が効いた事による油断だろうか。
 千雨が安堵の吐息をついたその時、目の前にいたフェイトの姿が千雨の視界から掻き消える。
 転移か?と千雨が思った直後、臓腑を抉る様な一撃が炸裂した。
 殴られた、と千雨が理解したのは、身体をくの字に曲げて屋根から中空に突き飛ばされた後だった。

「がっ……は!」
『マスター!』

 混乱する頭で、展開していた<エアリアルフィン>を辛くも制御した千雨は、結界の壁面への衝突を回避する。
 頭を振り、咳き込みながら城へと顔を向けると、輝く指先を突きつける死神がいた。
 彼は無表情のまま感傷も躊躇もなく、滑らかな詠唱を続ける。

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト
 小さき王 八つ足の蜥蜴 邪眼の主よ
 その光 我が手に宿し 災いなる眼差しで射よ ≪石化の邪眼≫」

 詠唱が終わった次の瞬間、フェイトの指先から揃えた二本の指と同じ幅の光線が<ブラストカノン>と遜色無い速さで千雨に伸びた。
 千雨はその魔法にかつてない恐怖を感じた、目前にまで迫ったそれを避ける為に殆どの思考を<エアリアルフィン>に振り向けて結界内の空を翔る。
 縦に横に、正に縦横無尽、疾風迅雷とはこの事かと思わせるような機動だ、その動きは千雨が操る<ブラストショット>に匹敵するだろう。
 ≪石化の邪眼≫の照射が終了するまでは一秒も無かっただろう、しかし千雨にとってその一秒はかつて無い程長い一秒だった。
 千雨は殴られた腹部を押さえながら、息を荒げて屋根の上にいるフェイトを睨みつける。
 睨まれているフェイトは何も感じていないのか、能面の様な無表情で千雨を見ていた。

「驚いたよ、あの状況であれを避けるなんて。
 けどこの状況で援護が来なかったという事は、ルビカンテを倒したのは信じ難いけど君の様だね、どうやったかは分からないけどまったくもって興味深いよ」
「ふざけんなよ、女の腹を殴った上でとんでもねー魔法をぶっ放しやがって。
 驚いたの一言で済ませるんじゃねーぞ」

 そう言った千雨は、≪石化の邪眼≫が掠めた城の一部に視線を遣る。
 そこには石と化した建造物があった、あれこそが≪石化の邪眼≫という魔法の効果なのだろう。
 実に洒落にならない効果である、もしかしたら耐えることが出来るかもしれないが楽観は禁物だ。
 しかも此処は城よりも高い場所。もしも石化してしまったら、落下して砕け散ってしまい即死亡のコンボが決まってしまう。
 昨晩、温泉でアリアに早死にするかもと言っていたが、流石に二十四時間も経たない内にこんな状況に陥るなんて思いもしなかった。
 そんな中、フェイトが先手を打った。
 詠唱をしていては千雨にカウンターを喰らう事は先の例で分かっているからだろう、無詠唱の≪魔法の射手≫を使ってくる。
 フェイトの視線に沿う様に、腕程もありそうな石筍が凄まじい勢いで千雨に襲い掛かる。そんな中、千雨は精神リンクでアロンダイトと善後策を探っていた。

『正直、あの石にする魔法は洒落にならねーぞ』
『恐らく状態変化を誘発する魔法でしょう、研究されていたベルカ式に似たような魔法があったと思いますが』
『くそっ、ジュエルシードはすぐそこにあるっていうのに!』
『彼を抑えるのと同時に、天ヶ崎からジュエルシードを奪取する為には手が足りません。
 私としては撤退をお勧めしたいのですが』
『どうするかな……アリア、桜咲達は撤退したか?』
『だいじょーぶだ、今にじょーえきから地下鉄に乗り換えたのを確認した、追跡もない、月詠はエバンジェリン達が抑えてくれていたから助かった』
『よし、ここで撤退する。
 念の為に結界は維持したまま、シネマ村を脱出したら結界は解除する』
『了解です』
『分かった、アリアはシネマ村の前で待っている』

 ≪魔法の射手≫はミッド式の誘導弾と違って精密では無いものの、それなりの誘導性はある。
 千雨はその悉くを避け、或いは<ラウンドシールド>で受け、時には<ブラストショット>で打ち落とす。
 城の周囲を旋回し、≪魔法の射手≫を避けながら千草を狙って<ブラストショット>を打ち込むものの、全てフェイトに打ち落とされる。

「ああ、くそっ!しつっこいな」
『マスター、城の中から転移しましょう』
『そうだな<ショット>を1発、窓に打ち込んでそこから入るぞ』
『了解です』

 周囲に漂う<ブラストショット>の1つを物理干渉可能の状態にして城の下層にある窓枠に打ち込む、黒い光球が当たった窓枠は容易く破壊されて大穴が開く。
 千雨は開いた大穴に飛び込むと、即座に転移魔法を発動させる、目的とするのは予め目を付けていたシネマ村のデッドスペースだ。
 フェイトが来るまではまだ暫くの猶予がある、千雨は上にいる二人に向けて攻撃をしたい誘惑に駆られたが、何とか堪えると結界の中からその姿を消した。


 転移魔法で結界外への転移を果たした千雨は、その姿をすぐさま巫女服に変えるとシネマ村の人ごみの中にその姿を紛れ込ませた。
 芝居の名を借りた日本橋の騒動は終息したらしく、観光客はそれなりに散らばっている。
 千雨は懐から携帯を取り出すと、エヴァンジェリンと一緒にいるであろう茶々丸に連絡を取った。

「もしもし?」
[はい、絡繰です。
 長谷川さん、何か御用でしょうか]
「ああ、アンタ等何処にいるんだ?」
[ただ今、マスターと共にシネマ村を出た所ですが]
「じゃあちょっと待っててくれるか?私も今から出るからさ」
[分かりました、マスターにもそう伝えます]

『マスター宜しいのですか?』
『何がだよ』
『エヴァンジェリンからまたイヤミを言われますよ?』
『今更だろ、それに事実だしな。
 しかし、アーウェルンクスは正直計算外だな、悉く予想が外されていく……』
『そうですね、<カノン>で一気に貫けないとなると、開発中の魔法かバーストモード位しか活路が見出せません』
『つうか、おかしいだろ。
 あの歳であれだけの魔法使うとか、魔法使いってーのはあんなのばっかりか』
『もしかするとエヴァンジェリンの同類かもしれませんね』
『真祖の吸血鬼とやらか?
 あんなのがマクダウェル以外にいるとか考えたくねーな』

 アロンダイトと話し合いながら着替えていた千雨は、フェイトに殴られた腹部に薄っすらと残る痣に舌打ちをした。
 バリアジャケットのお陰でこの程度で済み、アリアに治癒をしてもらえば恐らく残る事はないだろうが、年頃の少女にとって許せる事ではない。
 次に会う時にはきっと目にモノ見せてやると心に誓って、千雨は城に掛けていた結界を解除しながらシネマ村を後にした。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――

長~いあとがき
 木乃香に魔法をバラす場面でえらい筆が止まってしまった……しかも長い上にグダグダだし。
 実際、原作ではいつの間にか終わっている話なので難しかったです。
 で、後はなるべくイヤミったらしくならない様に、ちゃんと二人の関係が落ち着く様に書いたつもり。
 実際問題、大事な友人が自分の生活を護る為に犠牲になっているとしたら……書いていると、木乃香が勝手に刹那から離れて行きそうになるので大変でした。
 いいよね!女の子同士の友情っぽい何かって!
 後はまぁ、木乃香の京都弁はこんなんで良いんだろうかと思ったり。


何故か仕切ってしまっている件について
 どうなんでしょうね、書いていたらいつの間にか千雨が仕切っていました。
 此処ら辺が面倒見が良いという所以なのだろうか、提案した後には色々と手を回したり小芝居打ったりしてましたけど。
 三人のファッションに関しては……勘弁してつかあさい、女子の服とか詳しくないんですよう。
 千雨は結構ミニスカートを穿いていますけど、個人的にはこういったボーイッシュな感じのヤツも似合うのではなかろうかと思うのですよ、顔つきとか格好良い系だしね。
 後は夏休み編の描写を見る限り、普段はラフ&地味っぽい感じで纏めているんだろうかと想像してみました。


シネマ村の騒動について
 エヴァンジェリンがいる以上、来る可能性は低いと思いますが、こういった流れで来ることになりました。
 ここで考えたのが≪認識阻害≫の意外な副作用?です、原作でもシネマ村を跳び越した刹那を見ても夕映やハルナはそこまで問題視せず、日本橋においても
3-Aの少女達はあまり異常を認識していません。まあ夕映は軽く疑問に思っていたみたいですがw
 おそらく“麻帆良の常識”に引っ張られていると考えられます。


結界について
 ええとですね、このSSにおいて個人で行使する精霊魔法の転移では、ミッド式の結界は抜けないとしています。
 何故かと言うと、ミッド式の結界は位相をずらした世界に特定対象を隔離する技術だからです、この結界から転移で脱出をする場合、次元転移という視点が
必要になるという設定です。
 (位相空間Xという地点から現実世界Yへ移動する際には、位相空間Xを現実空間Xに置き換える技術が必要、と言っても良いかもしてません)
 というか、ネギま!原作では結界内から転移で脱出するシーンがないんですよね。
 ネギま!の転移は遠距離移動法なので、位相とかを移動する場合は儀式魔法が必要になるんじゃないかと思います。(地球→魔法世界の様に)
 それからこの結界は魔力障壁の有無で対象を区切りました、月詠さんがハブられているのはその為です。
 ……そういえばミッド式の結界って個人で区切れるんだろうか?区切れてたら千草さんだけ隔離するんだけど、流石に便利過ぎるしなあ。


vsフェイト2回戦
 またもや逃げ出す千雨。
 何とかしたいんだけどなあ……基本コイツの相手はネギだから倒す訳にもいかないんですよね、倒したら倒したで齟齬が出て来るでしょうし。
 地に足を着けている場合、彼には勝てないだろうと思います。逆に言うと空戦ならまだ目はあるんじゃないかと。
 しかし、今回はちょっと良い所が見れましたね。
 ミッド式の強み、詠唱速度の速さとマルチタスクで一矢報いたという感じでしょうか。
 これはA’s第一話でなのはさんがシールド2枚使っていたので、リソースに余裕があれば出来るのではないだろうかと思ってこんな展開を書いてみました。
 これがあるお陰で千雨と戦う場合、フェイトは遅延呪文や無詠唱,格闘をメインに据えないといけなくなるので、彼にとっても面倒な相手という事になるの……かな?
 フェイトにミッド式に近い空戦能力があると、この前提は脆くも崩れるんですけど。


魔法の複数使用について
 上でも書いていますが、このSSにおいてミッド式はリソースに余裕がある限り複数の魔法が使用できます。
 これは魔法を一種のプログラムとして捉えるミッド式ならではの運用形態です、ネギま!でも“闇の魔法”はこれに近いものがありますが、ミッド式はあれよりも
システマチックに構築されているという設定ですね。


マルチタスクについて
 一応、今の千雨はマルチタスク8つが可能という設定、1つの魔法に1つの領域を指定している状態。
 但し全開で使用できるのは、戦闘時等の緊迫した状況のみです、普段は3~4という所でしょうか、それでも多過ぎですが。
 (ちなみに普段の振り分けは、日常、魔法関連、アロンダイトを利用したネットorアリアとのおしゃべり、予備という感じです)
 今回のフェイト戦では<カノン>と<ショット>に1つづつ、アロンダイトとのリンクで1つ、<エアリアルフィン>制御で1つ、残りは結界とサーチャー&予備2です。
 だから無理をすれば、あと2つの魔法行使が可能となります。
 ちなみにバーストモード時はデバイスと(全ての)ジュエルシード制御に1つづつ取られるという設定です。
 (思考領域が多い原因はこれ――ジュエルシード制御の為――だったりします、必要だから進化するという必然性ですね)
 後、このマルチタスクがある所為で、“いどのえにっき”は千雨に対して対応できなくなる可能性があります。
 (若しくは一番表層に近い思考が出て来るのかもしれません。まかり間違って魔法関連の思考が流れたら、ワケが分からない数式がズラリとw)


何故、封じたままにしないのか
 ジュエルシードを暴走させる可能性を無くしたかったからです。
 まあ、その所為で総本山が襲撃されるので痛し痒しなんですけど、一般人がいる場所で暴走体(in千草orフェイト)を出す訳にもいかないので、仕方がないですね。



[18509] 第15話「京都魔法四方山話……3-A裏社会事情」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/09/01 05:24
 長谷川千雨は目の前にある建造物群を見る。
 昨日来た時も静かなものだったが、今感じている静けさとは異なるものだった。
 例えるなら、西部劇で出てくるゴーストタウンというものに近い。
 生ある者の息吹が感じられないのだ。
 千雨達の周囲を遅咲きの桜の花弁が夜風に乗って舞い散っていく。
 千雨が使うミッド式の魔法は霊感というものにあまり重きを置かないのだが、そんな彼女にも感じられた。


 ――――――何か、とてつもない事が起きかけているという不安を。



第15話「京都魔法四方山話……3-A裏社会事情」



 千雨が自分の使い魔や、エヴァンジェリン達と合流したのはシネマ村正門前である。
 遠隔操作で天守閣を覆っていた結界を解除した千雨は、正門前にいる人影がエヴァンジェリンと茶々丸のみだという事を訝しく思った。
 その表情で心中を察したのだろう、人間以上の気配りを見せた茶々丸が説明をしてくれる。

「早乙女さんと綾瀬さんは、朝倉さんと共にタクシーに乗り込んで桜咲さんを追跡していきました。
 朝倉さんの携帯はGPSナビが付いているタイプでしたので、発信機代わりの携帯を桜咲さんか近衛さんの荷物に忍び込ませていたものと推察されます。
 また、朝倉さん以外の三班の班員は京都観光に向かわれました」

 千雨は茶々丸の推察に感心し、犯罪じみた朝倉の行動に閉口した。
 朝倉の別行動に関していいんちょ辺りが意見しただろうが、報道部の活動とか適当にでっち上げて言い包めたのだろう、彼女の口の上手さは寡聞にして
聞いた事は無いが、“麻帆良パパラッチ”という異名を持っているにも関わらず、これまで問題らしい問題を起こしていないのだ、推して知るべきだろう。

 そんな事を考えていると、白い子猫が此方に駆けてくる。
 その姿を認めた千雨が左手を差し出すと、アリアはその腕を伝って千雨の肩へと軽やかに駆け上った。
 駆け上ったアリアは、小声で刹那達の動向を報告する。

「ますたー、さくらざきとこのかは出町柳までの切符をこーにゅーしていた、恐らく総本山に向かうつもりだろう」
「そっか、ありがとな」
「気にするな、此方には特に危険は無かったからな。
 しかし、アーウェルンクスは厄介な相手だな、今一攻略が思いつかん」
【そうですね。
 接近戦は論外で、距離を取って攻撃するとしてもあの障壁が目障りです】
「けど、やり合う以上どうにかするしかねーだろ。
 アイツが天ヶ崎に張り付いている限り、ジュエルシードの回収は覚束ねーんだから」

 そこまで話し合うと、千雨は気を取り直す様に眼鏡の位置を直した。
 千雨達の会話が終わるのを待っていたのか、近くのコンビニで購入したと思しきブランド物のアイスを食い終わったエヴァンジェリンが千雨に話しかけてくる。

「なるほど、またも回収は出来なかったか」
「まーな、アーウェルンクスがいなけりゃどうにか出来たと思うんだけど……全くもって厄介な相手だよ。
 そういや昨日も思ったけど、あの瞬間移動は何なんだ?
 聞いた話だと魔法には詠唱が必要なんだろ?」
「ん?ああ“瞬動術”の事か」
「瞬動術?」
「瞬動術というのは厳密には魔法では無い、端的に言うなら魔力や気を用いた歩法や移動術の事だ。
 具体的には、足に魔力や気を集中させて地面を蹴る事で、短距離間……大体3~7mを超高速で移動できるのさ。
 自身への魔力供給による身体強化の応用だからな、呪文は不要だ。
 後は虚空瞬動という空中版の瞬動術もある。
 これは宙を蹴る事で瞬動ができる瞬動術の高等技術だ、空中で方向転換が可能になるから通常の瞬動の弱点“一度入ると方向転換ができない”という点が
解消される。
 ただし、虚空瞬動で空を飛ぶ事は出来ない、あくまでも歩法だからな……一応、飛ぶ為には魔法やそれなりの技法が必要になる。
 まあ我々の世界における基本技法の一つだよ」
「おい、ちょっと待てマクダウェル、“気”って何だ“気”って。
 まさかマンガとかであるアレとか言わねーよな?」

 瞬動術についての説明の中、エヴァンジェリンが零した不吉な単語に千雨が食いつく。
 嫌そうな表情を浮べる千雨を見たエヴァンジェリンは、何でも無い事の様に説明を始めた。

「そうだな、まあマンガに出てくるアレという解釈で構うまい。
 気というのは基本的に人間の体内に秘められた生命エネルギーの事を指すんだが、これは魔力と違って厳しい修練によって自然と体得できるものだ、
だから魔法の世界に携わらない一般人であっても使える者がいる、古菲や長瀬楓はその代表例だ、神楽坂明日菜や大河内アキラも自覚はしていないだろう
が使用しているはずだ。
 それからマンガに出てくるアレとは言ったが実際にはあれ程なんでもアリではない、基本的には自身の身体機能の強化、≪魔法の射手≫クラスの気弾放出
、瞬動術や分身の術等の特殊な体術の利用を可能とする能力と言い換えてもいいかもしれんな」
「へー、古菲や神楽坂がねえ……まあ今更っちゃあ今更の話だな。
 けど、瞬動術とやらで空を自由に飛べないとなると、アーウェルンクスのヤツとやり合う場合は空戦と誘導弾をメインに据えた方がいいって事か」

 最早突っ込む気力さえ無くした千雨は、話を戻す事にした。

【そうなりますね、誘導弾にしたところで障壁を貫く為の一工夫は必要でしょうが、精霊魔法に高速飛行魔法が無いのは数少ないアドバンテージでしょう】
「我々の飛行魔法にも高速、高機動の魔法が無いわけではないが、貴様等の魔法と比べると確かに劣っていると言わざるをえないな」
「ああ、やっぱりあるんだ?」
「まあな、ただミッド式と違って急加速や急減速、それから高機動……それぞれが別の魔法として成り立っている、それぞれを必要に応じて飛行中に使用
する事になっているんだよ、習熟すれば無詠唱でも使えるだろうがタイムラグや魔力の無駄が出る事は否めないだろう。
 その辺り、ミッド式はどうなっているんだ?」
「そうだな、ミッド式だと単純な飛行魔法については、初級の最後くらいの魔法らしいんだ、多分そこら辺は精霊魔法でも同じだと思うけど……。
 私が言う飛行魔法は高々度高速飛行魔法の事を言うんだよ、これにはある程度の空間把握能力や空を飛んだり不意のトラブルに対応する為の各種安全
措置、後は必要な魔力の安定維持とか、様々な能力や意識が必要になる。
 この所為で、ミッドでは所定の訓練や適性試験をクリアしないとこの魔法を取得することが出来ないんだけど、私の場合そうも言っていられなかったし
、ここはミッドでもないしな、まあそれはそれとしてミッド式の飛行魔法か……確かにマクダウェルが言う通り、ある程度はパッケージとして一纏めに
されているな。
 私の場合は、基本の高々度飛行魔法とセットで起動するように設定している<エアリアルフィン>が飛行魔法の補助をしているんだよ」
「飛行時における機動や速度を補っているという事か?」
「まあそうなるかな、速度はそれ程でもないけど機動性の上昇と魔力刃の形成をしているんだ」
【一応、アレ以上の高機動魔法はあるにはありますけどね】

 千雨の答えにエヴァンジェリンは麻帆良大橋における戦闘を思い出した。確かにあの時、千雨の黒い翼に触れた魔獣の触手は切り裂かれていた、千雨の
言葉を信用するなら、碌な訓練も受けていないという話なので、千雨なりに一つでも手数を増やそうという苦肉の策なのだろう。

 そこまで話した所でエヴァンジェリンは歩き始めながら話題の転換を行った、主な話題は映像でしか見ていない存在……フェイトの事だ。
 エヴァンジェリンは当初の予定通り仁和寺に向かっているらしい、千雨はその後を追いながら話についていく。
 千雨達の会話は周囲の喧騒に紛れて特に気にされる事もない。

「しかし、アレがフェイト・アーウェルンクスか、中々に興味深い存在だな」
「興味深いっつーか意味不明だよ。
 見た所、天ヶ崎よりも腕は上なのに何だって手を貸してるんだ?」
「貴様達が言っていた様にしがらみというヤツじゃないのか?」
「にしては強すぎだろーが、絶対おかし過ぎだって。
 ゲームだったら、Lv設定間違ってるんじゃねーかってクレーム出す所だよ」
「ふん、現実などそんなモノだ。
 人生は準備不足の連続だからな、いつだって手持ちのカードで戦うしかないのさ」
「至言だなァおい」
「実体験さ、貴様とてそうだろうが。
 今朝は坊や達の手前ああは言ったがな、やはり貴様は異常だよ。
 数回程実戦を経たとはいえ、碌な訓練も無しにあれ程の暴走体と戦って勝利し、アーウェルンクスの様な化け物と戦って二回も生き延びるんだからな、
十分異常と評してしかるべきだろう。
 ま、それはともかく、フェイト・アーウェルンクスの目的だが……何やらキナ臭いな」
「何だよ、不穏な事言うなよな、お前って色々知ってるからそういう事言うと洒落に聞こえねーんだからさ」
【いえ、マスター。恐らくエヴァンジェリンは洒落では言っていないと思いますよ】

 エヴァンジェリンの人物評に眉を顰める千雨に、アロンダイトが小声で意見を述べる。

「え?どういう事だよ」
「どう言うもこう言うもアロンダイトが言う通りさ。
 あくまでも可能性の一つだが、アイツはもしかすると……ムグッ」
「だから言うんじゃねーって」

 滔々と語るエヴァンジェリンの声を遮るように、千雨は彼女の口を両手で塞ぐ。
 いきなり口を塞がれたエヴァンジェリンは顔を赤くして暴れるが、体格の違いと体勢のせいか振りほどく事ができない。

【エヴァンジェリン、マスターをあまり脅さないで下さい】
「全くだ、いい加減その性格を直さねーと……ひゃあっ!」

 エヴァンジェリンの口を塞ぎながら話していた千雨が、いきなり飛び退く。
 何があったのか、口に触れていた右手を左手で庇いながら、顔を赤くしてエヴァンジェリンを見ていた。
 対するエヴァンジェリンは嗜虐的な笑みを浮かべて千雨を見ている、血の様に赤い舌で唇をペロリと舐める仕草が不思議と似合うのは、彼女が吸血鬼
だという事に起因しているのだろうか。

「ふん、私の性格について貴様にどうこう言われる筋合いは無い。
 しかし、中々可愛い声を出すじゃないか?」

 くつくつと笑いながら千雨をからかうエヴァンジェリンに、千雨は苦々しげな表情を浮かべて不平を漏らす。

「だからって人の掌舐めたり指噛んだりしてんじゃねーよ」
「フン、それ位でピーピー喚くな。
 第一、結界で区切られたせいで貴様等の戦闘が見れなかったのだ、これ位の悪戯は可愛いものだろうが」
「しかし、エバンジェリン。
 シネマ村には弱い≪認識阻害≫の結界が張ってあったとはいえ、確か魔法には隠匿すべしという不文律が無かったか?ネギや天ヶ崎を見ていると言ってて
空しい気がしなくもないが。
 その点を鑑みれば、ますたーが結界を敷いた事は当然の措置だったはずだ」

 エヴァンジェリンの言葉にアリアが疑問を呈する。
 そこでエヴァンジェリンは不意をつかれた様な表情を浮かべ、次いで苦々しい表情を浮かべた。

「確かにな、子猫の言う通りだ。
 よくよく考えてみればこの騒動はおかしな事だらけだ」
「おかしな事って、魔法絡みって事か?」
「違う、“騒動を起こす場所”がおかしいと言っている」

 エヴァンジェリンの言葉に、千雨はこの修学旅行が始まってからの騒動を思い返す。

 ――新幹線内で起きた蛙騒動
 ――地主神社における落とし穴
 ――音羽の滝では、縁結びの水に酒が混入されていた
 ――終電間際のJRを使った近衛木乃香誘拐
 ――シネマ村で先程まで起きていた騒動

 千雨の背に冷たい汗が流れた。
 なんて事だ、よくよく考えてみると全国区のニュースになりかねない事件がゴロゴロしているではないか。
 特に新幹線とJR占拠、そしてシネマ村がヤバイ。海外ではそうでもないが、この日本で電車……況や日本が世界に誇る新幹線でこの様な騒動が起きた
場合、絶対にニュースになるはずだ、特に新幹線内で蛙の大量発生が起きたというのなら新幹線は停車し、3-Aが乗車していた車両と、蛙が出てきた
菓子類を販売していた会社や工場は徹底的な調査が行われるだろう、修学旅行は中止にはならないだろうが、様々な弊害が出てくる事に違いは無い。
 そしてJR占拠だ。聞いた話だと天ヶ崎は、JR嵯峨嵐山駅と京都駅に人払いの結界を敷いた上で、終電間際の電車を一便使って嵯峨嵐山駅から京都駅
まで逃げたらしい。
 そうなると、帰宅途中の勤め人等にもある程度の影響があったはずである、しかも天ヶ崎は京都駅の大階段で大規模な火炎魔法を使用した上、ネギ先生
達と戦闘に及んだという。
 さっきまでいたシネマ村では最悪の場合、人死にが出る所だった。
 あわやの所で木乃香の潜在能力が解放されて事無きを得たが、最悪の場合女子中学生二名の墜落死という事態になっていたのだ。
 その場合、現在ネギ先生が届けているらしい親書などトイレットペーパーにさえ劣る代物に成り果て、東と西の関係は修復不可能な状況に陥るだろう。
 そして、生徒を死なせたネギは立派な魔法使い候補としては失格の烙印を押され、この状況で修学旅行を強行した学園長も何らかのペナルティを被る事
になるはずだ。

 今の所ニュースになっていないのは、関東と関西の魔法使い達が情報操作に奔走した結果なのだろうが、全くもって洒落にならない状況だった。
 人目を気にせずに魔法を使うのは、ネギ先生位だろうと高を括っていた千雨だったが、もしかして間違いなのかと不安になってエヴァンジェリンに話しかける。

「なあマクダウェル、魔法使いってあんまり隠蔽に気を使わねーの?」
「そんながワケあるか、他はどうか知らんが私には命が係っている時期があったからな、例え使う事になっても一般人に知られるようなヘマはせん。
 他の魔法使いにしたところで、そうそう使いはせんだろうしな。
 貴様は坊やの事を言っているんだろうが、あれは育てた連中の不手際だ、なまじ才能があるだけに技術ばかり詰め込みおって……」
【感応能力は高いのに何故か制御能力が低いですからね。
 普通なら感情の揺れ幅やアクシデントによって周辺が過剰に反応する以上、制御方法の習得を優先するべきですよ】
「だな、あれ位の年齢なら、先に制御方法を完全に修めるべきだろう、そうすれば効率的な運用にも繋がるだろうし。
 ……って、今話しているのはネギ先生の事じゃねーんだよ、天ヶ崎の事なんだマクダウェル」
「それこそまさかだ、連中はこの国に根を張ってあっち関連の事を取り仕切っていたんだぞ?
 隠匿、隠蔽に関しては私達以上に……なる程、近代以前ならともかく、この情報化社会であれ程派手な騒ぎを連中が起こすのはおかしいと考えるべきか。
 千雨、お前は天ヶ崎千草という女をどう見た?」
「え?そうだな、敢えて言うとすれば自信家って所かな。
 どこから来る自信か分からないけど、ジュエルシードを制御できるとかほざけるんだ、かなりのものだよ。
 後は……そうだなぁ、意外と間抜けって所か?」
【そうですね、初日の騒ぎにした所で、囮を用意もせずに逃げ道を一つだけに絞るとか、普通では考えられません】
「ハイ、あの場合は電車よりも足が付き難く、逃走経路の自由度が高い自動車を利用するのがセオリーです。
 ステルス状態になれる能力もあるので、それをすれば桜咲さん達にはほぼ対処は不可能かと」

 千雨の言葉にアロンダイトと茶々丸の解説が続く、それは天ヶ崎の初日における行動の不可解さに起因していた。
 警備の目を盗んで木乃香を誘拐したものの、ホテルを脱出した後の天ヶ崎の行動が不可解なのだ。
 目立つ格好――猿の着ぐるみ――で逃亡した為、渡月橋にいたネギに捕捉される、その後の逃亡手段に電車を利用した所為で、ネギ達に木乃香を奪還
される等、色々とおかしい点がある。
 車を利用すれば渡月橋でネギに捕捉はされなかっただろうし、その上で隠身術等の気配を希薄にする術を使えば発見自体もかなり困難になるのだ。
 隠身術を使える事は先刻、木乃香と刹那が襲撃された時に月詠が使用していたので、本職の陰陽師である天ヶ崎が使えないはずがない。
 そうなると、ある答えが出てくる。

「もしかして学園長の仕込みなのか?」
「何故そう思う、貴様が言う通りヤツが間抜けなだけかもしれんぞ」
「いや、だってさあ……私みたいな素人でも考えるような事をしないプロってどうなんだよ。
 今頃のドラマでもないぞ、こんな間抜けな計画。まるで取り返されるのが前提の様な動きだろ?
 修学旅行に同行している魔法使いの確認なら、昼間の騒動で大概判明してるだろうし。成功が見込める以上、危ない橋はできるだけ減らすべきだ。
 それに、逃亡中の着ぐるみも意味不明だ、いくら着込んでいれば身体能力が増幅されるっていっても限度ってものがあるだろーが、TPOってもの
考えろって話だよ」
「正確には着ぐるみではなく≪式神≫だそうですが」
「いや絡繰、ここは≪式神≫云々じゃねーだろ。
 ああいった事をする以上、目立つ事はできるだけ避けて、ネギ先生達の初動を少しでも遅らせるべきなんだよ。
 近衛の身体に発信機でも仕込んでいない限り、嵐山近辺から逃げおおせればネギ先生達には打てる手は無くなるんだ。

 けど、学園長の仕込みだっていうのならジュエルシードを返さなかった理由が浮かばないんだよな……、そうなるとやっぱり素でああいう事してたのか?」
「ますたー、信じ難いがそう思うしか無いのではないか?」
「いや案外、天ヶ崎千草すら操られている可能性もあるな」
「隠匿に関する認識を歪まされているという事ですか?マスター」
「うむ、そう考えなければ、これまでの体たらくの説明がつかない。
 裏の仕事を引き受け、隠密を旨とし、符術を良くする陰陽師であるにも関わらず、ここまで派手な騒動を繰り返しているのだ。
 本来ならもっと形振り構わないか、手を引いて然るべきだろう、しかし奴等は昨日仕掛けてこなかった。
 呪術協会が介入していた事と昼間奈良に行っていたという事もあるだろうが、それにしたところで動きが鈍いと言わざるを得ないな」
「そうなると、桜咲と近衛が総本山に逃げ込んだとしても、あまり楽観視できないって事か……」
「そうなるだろうな、天ヶ崎千草が何を企んでいるか分かった訳ではないが、さっきの件から見ても近衛木乃香を諦めたとは思えない。
 組織掌握とは別に、あの娘の身柄を利用して何かを企んでいるという事なんだろう。

 ま、恐らく仕掛けるとしても今夜か明日になるだろう、じじいに連絡して近衛詠春に注意する様に繋ぎは取っておいてやる。
 千雨、貴様も覚悟を決めておくんだな」

 天ヶ崎が西洋魔術師に対する復讐の為にどういった手段を考えているのか、エヴァンジェリンでさえも理解はもとより把握さえもしていなかったが、
明後日には京都から立ち去る以上、今日明日までには全て終わるだろうという事は二人とも理解していた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



「オヤ、エヴァンジェリンに千雨サンじゃないか、奇遇ネ」

 千雨達が夕日に映える金閣寺を出た時に迎えてくれた声は、特徴的な響きを有していた。
 吃驚する千雨を他所にその人物に応えたのは、一行の中で最も尊大な人物だった。

「超鈴音、貴様が何故此処にいる」
「ワタシが此処にいてはおかしいのかな?エヴァンジェリン」
「貴様達二班は神戸で中華三昧のはずだろうが、この時間この場所にいる事自体ありえないだろう。
 しかも他の班員はどうした」
「ワタシが此処にいるのは本当に唯の偶然ネ。
 神戸観光にしたって本来、五月やハカセに達人の味を経験して欲しかったからヨ。
 ワタシは京都の味の研究の為に残ったというだけの話ネ」

 エヴァンジェリンの詰問を超はのらりくらりとかわしていく。
 実際、“超包子”という会社を運営しているこの少女なら、これ位の事はするのではないかという予想が立ってしまうのが恐ろしい。

「イヤ~、日本料理には中華に無い視点が色々とあって勉強になるのだヨ。
 薄味で繊細ながらも、しっかりとした味わいがあって本当に美味かったネ」

 それから暫く、超は昼食時に食した京料理のアレコレを千雨とエヴァンジェリンに語って聞かせた。
 どうも、修学旅行前に予約を入れていたらしく、昼食は有名な老舗料亭だったらしい……羨ましい話である。
 ちなみに、神戸中華街に行った連中も聞く所によると、それなりの場所で食事を楽しんでいるそうだ。
 「どれ位昼飯にかけてんだよ」とふてくされ気味に千雨が聞くと、聞かれた当人は笑いながら「それは野暮というものヨ、千雨サン」と返されてしまった。

「そういう、千雨サン達はどうしたネ、班長であるはずの桜咲サンの姿が見えない様だけど?」
「アイツは用事があるとかで別行動だよ、今頃は近衛の実家に着いている頃じゃねーかな」
「ほほう、となるとあの二人の仲は修復したのかナ?」
「全てとはいかないが刹那に説明をさせたからな。
 近衛木乃香の周辺で守護する事については、ほとんど障害は無くなったと見て差し支えあるまい」
「オヤ、バラしたのか。
 思い切った事したネ、エヴァンジェリン」
「何、じじい辺りにしてみれば思惑通りという所だろうさ。
 父親の近衛詠春が甘すぎただけなんだよ。坊やと同居している以上、夏までにはバレていたはずだしな」
「そうだネ、ネギ坊主の隠匿に関する意識は目を覆わんばかりヨ。
 多分、一般常識よりも魔法使いとしての常識を優先しているのが原因なんだろうけどナ」
「そこら辺は他の連中もあまり変わらん、……なあ千雨」
「あ?ああもういーよ、その辺の事は魔法使いに期待しないようにしたから。
 好きにすれば良いんだよ、世間にバレして本国とやらに強制送還されようが、魔法を封じられようが私の知った事じゃねーしな」

 エヴァンジェリンのからかう様な言葉に、千雨はやさぐれた様に答える。
 実際、千雨はこの修学旅行中に周囲で起きた“常識”を疑う様な魔法使い達の行動には呆れていたのだ。
 まともだと思っていた桜咲は近衛木乃香という要素が入るだけで、容易くその枠を踏み越える事が修学旅行初日や、ついさっき起きた騒動で分かったし、
ネギやその使い魔のカモに至っては麻帆良とほとんど変わらない行動を取っている、いやカモに関して言えば悪化しているとも言えるだろう。
 何しろ何も知らない一般人を巻き込んで、大量の仮契約を目論んでいたのだから。
 成功したのは宮崎のどか一人とはいえ、魔法がバレる危険があった事には変わりが無い。
 彼等、魔法使いが言う“魔法の秘匿”という事について一番真摯に取り組んでいるのが、隣を歩く悪い魔法使いにして吸血鬼の少女だというのは、何か
悪い冗談じみた現実だと千雨は思った。

「千雨、言っておくが魔法がバレたからといって魔法を封じられるという事は無いぞ」
「え?じゃあどうするんだよ、そいつら全員刑務所にブチ込むのか?」
「イエ、魔法を世間にバラした魔法使いは、罪状に応じた期間オコジョにされてオコジョ収容所行きというのが基本的な罰則となっています」
「はぁ?何だよそれ、意味分からねーよ。
 どうしてそこにオコジョが出て来るんだ?」

 突然出てきた不思議な罰則に、千雨は素っ頓狂な声を上げた。

「さあな、昔からの仕来りなんだろうさ」
「恐らく収監コストの軽減ではないかナ?人とオコジョでは必要な土地も経費も桁違いだヨ」
「てーかさ、そんなヌルイ罰則だから甘えが出て来るんじゃねーのか?」
「とはいえ人に害を及ぼした訳でも無いからネ。ある意味、見せしめの屈辱刑という観点があるのではないカ?」
「そうなるとネギ先生とかどうなるんだ?
 聞いた話じゃあ神楽坂とか朝倉は魔法とは無関係だったろ、後はそれらしい騒動を頻繁に起こしているし」
「一応、魔法とバレなければ良いらしいネ。
 それからバレたとしても、相手から秘匿の言質が取れればOKらしいヨ?」
「うわ何だよそれ、ふざけてんな」
「ま、ヤツ等の意識などそんな所だ。
 基本的に魔法があるからな、見られたとしても記憶を弄れば問題は無いし、麻帆良なら結界の影響で誤魔化す事も容易いのさ。
 大体、さっきも言ったが一般人でも神楽坂明日菜の様な無自覚に気を使っているケースがあるからな、ある程度の肉体強化位ではバレないという事もある」

 千雨は魔法使いの刑罰に関するいい加減さに頭痛がしてきた、特にオコジョの刑に関しては意味が解らなさ過ぎる。
 確かに超が言う様に一種の屈辱刑という観点や、コスト面の問題もあるのかもしれない。
 しかし、どうにも納得できなかった。その気持は八年もの間、魔法使い達に謀られてきた事に根ざしているのだろう。
 彼等に一般人を謀る自覚があろうがなかろうがそれは大した問題ではない、いや彼等としては良かれと思って張っていた結界なのだろう、しかし結果
として自分の様な被害者がいた事も一面の真実なのだ、平均80年生きるであろう人の人生の10分の1近くをこんな状況にしておいて、当の本人達が
受ける刑罰がそんな馬鹿げた物だというのは納得ができない、罪というものの重さをもう少し自覚するべきなのではないだろうか。

 しかし、そこまで考えて千雨は思い直した、よくよく考えてみると麻帆良の魔法使い達は自分の事情については知らないのだ。
 彼等としては、道路工事の最中に通行禁止の立て看板を置いて工事をしていたにも関わらず、盲目の歩行者が入って来た様なものなのかもしれない。
 ミクロ側からはマクロな物の欠点は見易いが、マクロ側からはミクロな物自体が見えない事は多々ある事だ。
 しかもミクロ側はごく稀な少数派と来ている、これで気付けというのはかなりきついのかもしれない。
 千雨はそういう風に理解はしたが、だからといって納得できるほど彼女は達観はしていなかったし、大人でもなかった。
 どれほど魔法を操ろうと、力を持っていようと、未だ子供と言っても差し支えがない年齢の少女なのだ。
 だからこそ千雨はこう思った。

『理解はした、けど納得なんぞできるか!』
『まぁそうですね、ごく真っ当な反応だと思います』

 ぶるぶると震える千雨を小さな魔法使いは呆れるように眺め、知人以上友人未満のクラスメイトは苦笑しながら見ていた。
 未だ春の気配を残す京都の街並みは、夕日が沈んでいく速度と比例してゆっくりと暗い色に染まっていく。

 逢魔ヶ時の訪れである。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



「そうだ、連中に残された時間が二日もない以上、総本山であろうが急襲してくる可能性が高い、近衛詠春にはその事をしっかりと伝えておけ。
 「総本山の守護結界を過信するな」とな、それからウチのクラスの小娘共は未熟者の術者辺りを護衛につけて山から下ろせ。
 ……何?もう遅いから泊まらせるつもりだっただと?
 じじい、あの坊やは何だ?3-Aの担任で魔法使いだろうが、教師としては実家であるならともかく、修学旅行中にその家とは無関係な生徒が外泊する
事は看過できんだろうし。魔法使いとしても関西呪術協会総本山という、西の裏を統括する様な場所に一般人を泊まらせる事など許可できるのか?
 しかもこれから荒事が起きるであろう場所にだ、それでも留め置くというのなら少なくとも二~三人の魔法バレは覚悟するんだな。
 いや、魔法バレや怪我位で済めば御の字という所だろうさ、貴様も望んでいる事だろうしな。
 だがいいか?シネマ村では危うく貴様の孫娘や刹那が死ぬ所だったんだ、この件はそういったケースだと自覚しておけ。
 それから敵の首魁の天ヶ崎千草はともかく、フェイト・アーウェルンクス……奴は今現在の坊やでは手に余る、事によると近衛詠春でさえも危ない様な
相手だ、しかも奴等の手元にはジュエルシードがある。
 ……そうだ、天ヶ崎は情報を仕入れている、恐らく協会内の協力者からの情報提供だろう。しかし、これに関しては仕方が無いだろうさ、千雨の自由行動
を得る為に必要な情報流出だったからな。
 ……そうだな、なるべく早く近衛詠春に繋ぎを取れ、それからフェイト・アーウェルンクスに関する情報も調べておけ。
 私の勘だがな、恐らく奴は魔法世界の人間だ……ああ、最悪本国の連中が食い込んで来ている可能性がある。
 それから近衛木乃香と刹那は総本山に残しておけ、あいつらは餌として奴等の目の前にぶら下げておく。下手に戻すと一般人に被害が出かねんからな、
少なくともこのホテルに連中を来させる訳にはいかん。
 ……フン、貴様がそう言うのなら好きにするが良いさ、小娘共の命の保証は出来んがな」

 そこまで言うと、エヴァンジェリンは不要になった携帯を茶々丸に向かって放り投げる。
 機械仕掛けの従者は主の行動を予期していたのか、全く危げの無い仕草で受け取って通話を終了させた。
 エヴァンジェリンは従者の方を見向きもせずに、室内にいるクラスメイト達に話し始める。

「駄目だな、じじいでは話にならん。
 五班の連中と朝倉はそのまま本山に留め置くとほざきおった、責任は自分が取るとさ」

 そう言い放って和菓子を口に運ぶ、昼間の観光中に購入した高級和菓子だった。

「ネギ坊主の修行という観点で見ているのではないカ?」

 そう言ったのは先程まで茶々丸のメンテナンスを行っていた超である。

「いや、あんなあぶねー奴がいるのに修行はねーだろ。
 ネギ先生以外の魔法使いって瀬流彦先生とかマクダウェル位しかいないじゃないか、しかもマクダウェルは魔法使えねーし」

 茶々丸が淹れてくれた玉露を啜りながら千雨が口にした事実に、エヴァンジェリンは渋面を浮かべた。

「ン?そんなに危ない敵がいるのかねエヴァンジェリン」
「ああ、フェイト・アーウェルンクスとかいう魔法使いが助っ人として合流している、千雨の話では石化魔法まで使いこなすらしい。
 千雨との戦闘記録を見る限り、初手から殺しに掛かる様な手合いだよ」
「ほほう、そんな高等魔法を使いこなす肝の据わった助っ人を入れるという事は、相手方は本腰を入れていると見るべきかナ?」
「どうだろうな、奴等が本気なら初日の夜で全ては決していた筈だ。
 しかし、現実はこの体たらく……奇妙な齟齬を感じる」
【最初は予定通りの修行だったのが、途中からずれて来たというのはどうでしょう】
「ン、この声は誰アルか?」
【ああ、初めまして超鈴音さん。
 ワタシはマスター・長谷川千雨のデバイス・アロンダイトです、アリア共々宜しくお願いします】

 聞き覚えがない声に超が戸惑っていると、千雨の胸元にあるペンダントトップから可憐な声が響いて来る。
 超は珍しく呆けた様な顔を暫く曝していたが、再起動したのか千雨の胸元――アロンダイト――と千雨の顔をマジマジと見比べた。

「な、何だよ……人の胸元ジロジロ見るんじゃねーよ」

 そう言って浴衣の胸元を押さえて身を竦ませると、千雨は顔を赤らめて弱々しく抗議する。
 その千雨の仕草に一瞬室内の空気が凝固した、数瞬の後、茶々丸とアリアを除く他の面々は一斉に千雨から顔を逸らすと、口々に声を上げ始めた。

「……ンンッ。確かに同性とはいえそれは失礼に当たるんじゃないか?超鈴音」
「……ア、アア。その通りだたねエヴァンジェリン。ジロジロ見て悪かたネ、千雨サン」
【いやいや、これはいきなり会話に参加した私も悪いでしょう、マスターからの紹介を待つべきでした】

 不気味な事に、反省という言葉とは縁遠そうな面々が反省じみた事やそれを促す様な事を口にしていた。
 奇妙な空気が室内に充満する中、千雨は部屋の隅にある座布団の上で丸まっているアリアを呼び寄せると超に紹介する。

「まあ、お前には色々バレてるからな、紹介しとくよ。
 この宝石みたいなのが私の相棒のアロンダイト、コイツはインテリジェントデバイスっていうタイプのデバイスで色々と手助けしてくれる。
 それからこの子はアリアっていう私の使い魔だ、一応私のサポート全般をしてくれる。基本的には探査・治癒・移動・防御辺りだけどな」
「さっきから気になっていたのだガ、アロンダイトさんはアーティファクトでは無いのカ?」
【違います、ワタシはミッドチルダという別の次元世界で作製された、魔導師が魔法を使う際の補助として用いる道具です。
 ほぼ単一機能特化型のアーティファクトとは違って色々な機能があるんですよ】
「次元世界?」
「どっか別の星とでも理解しておけば間違いねーよ、解ったからってホイホイ行けるものじゃねーしな」
「(となると千雨サンは何とか行けるいう事ネ……)なる程、そうなると千雨サンは魔法使いではなく魔導師という事になるのかナ?」
「まあそうなるな。けど、あんまり違いは無いから魔法使いと同じ様なモノと考えてもらって構わないよ」
【本当は色々と違うんですけどね。
 一応、この世界の科学技術の埒外にある技術を使用する者、という点では共通していますから、そういった意味では同じなんですけど……】
「フムフム、千雨サン」
「何だよ」
「麻帆良に帰ったら色々聞いても宜しいカ?」
「あー、気が向いたらな」

 知的好奇心で瞳を煌かせている超の言葉に千雨がウンザリした様に応えると、六班の班部屋にノックの音が響いた。
 新しい玉露を淹れ終えた茶々丸が対応に出ると、そこにいたのは桜咲刹那以外の麻帆良四天王の残り三名である。
 緊張気味な彼女達の表情を見た千雨は嫌な予感がしてしょうがなかった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 時間は少しばかり遡る。

 ホテル嵐山のロビーに“ゴッドファーザー・愛のテーマ”の着メロが鳴り響く、着メロ故の宿命か本来の哀切な響きとは違う些か軽薄な響きの音だったが
、そのメロディはかの名曲に違い無いだろう。
 サビの部分を繰り返そうとする携帯の着メロを途中で打ち切り、通話に応じたのは3-Aが誇るバカレンジャーのバカブルーにして麻帆良四天王の一人・長瀬楓だった。

「お、ゴッドファーザー・愛のテーマアルね?」

 そんな彼女にポテトをつまみながら近付くのは、同じくバカレンジャーのバカイエローにして麻帆良四天王の古菲である。
 楓は古菲の手元にあるポテトの袋から中身を失敬しつつ、通話相手に応対する。

「長瀬でござる……おや?バカリーダー?」

 電話の相手は、バカレンジャーのリーダー・バカブラックとして知られる綾瀬夕映だった。
 電話の先にいる夕映はどうやらかなり焦っている様だ、楓はまずは落ち着かせようと殊更穏やかな言葉で話しかける。

「む……?どうした夕映殿、まずは落ち着くでござるよ落ち着いて……。
 ふむ……、ふむ……山の中?
 ほう……ふむ……つまり

 助けが必要、という事でござるかな?リーダー」

 不敵な楓の台詞が聞こえたのか、背後を通り掛かった龍宮真名が歩みを止めた。

「どうかしたか、楓?」
「おや、真名。
 今帰りでござったか」
「ああ、USJまで行ったは良いが、明石達が予定を過ぎても帰ろうとしなかったからね、お陰でかなり遅くなってしまったよ。
 で、本当に何かあったのかい?」
「実は夕映殿からSOSが入ったでござるよ」
「何と!それは一大事ネ、すぐに助けに行くアルよ!」

 楓の言葉に反応した古菲が脊髄反射的にホテルの玄関へ向かおうとするが、真名に肩を捕まれてその歩みを止められる。

「ム、何で邪魔するカ」
「まあ待ちなよ古菲、行くって一体何処に?
 それからどんな相手かも分からないんだよ?」
「う、そういえばその辺聞いていなかったアルね。
 楓!早く教えるアル!」

 真名に窘められた古菲は恥ずかしさを誤魔化す為か、夕映との通話を終えた楓に詰め寄った。

「古菲、まあ落ち着くでござるよ。
 夕映殿の話では木乃香殿の実家にて何やら不可思議なトラブルが起きてしまい、今は山の中で一人潜伏しているらしい」
「不可思議って、どう不可思議なんだい?
 綾瀬はその辺何も言わなかったのか?」
「いや、説明は受けたでござるが、どうにも要領を得ないもので……。
 夕映殿が言うには和美殿を始め、ハルナ殿やのどか殿が石になってしまったとか……恐らく何かの見間違いだろうとは思うのでござるが、あの夕映殿の
言葉である以上、ただの悪戯とは思えないのでござるよ」

 どこか戸惑う様な楓の言葉に真名は考え込んだ。
 綾瀬達が巻き込まれた騒動は、恐らく魔法絡みの厄介事だろう。
 しかも相手は高位魔法とされる石化魔法を操る魔法使い、はっきり言ってかなりの難事に違いない。
 こんな騒動に、裏の知識を有さない目の前の二人を巻き込んでも良いものか数瞬躊躇したが、この二人なら放って置いても自力で総本山に向かうだろう
という事は真名にも分かる、それだけの行動力を有している少女達だ。
 ならば、この修学旅行に同行している最強クラスの戦力も巻き込むとしよう。
 あの三人の力を借りる事ができれば、まず負ける事はありえない。

 一人は今、力を失っているとはいえ最強の名を今も欲しいままにする真祖の吸血姫。
 一人はその従者、その身は機械仕掛けとはいえ麻帆良でも最高クラスの近接戦闘能力を誇っている。
 そうして最後の一人は、春休みから俄かに名を上げた異能の魔法使い。

 真名は楓と古菲に向き直ると、提案をした

「こういった事に詳しい専門家がいるんだが」

 と。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 結論から言うと千雨の予感は当たった、大当たりと言っても良いだろう。

 総本山急襲。

 つい先程まで話題にしていた事が現実となってクラスメイト達の身に降りかかったのだ、知らせを受けたのは楓。
 連絡を受けた際、古菲と真名がその場に偶然いたのは僥倖と言えるのだろうか。
 夕映からのSOSに応えて、すぐにホテルから抜け出そうとした古菲を真名が止め、此処に来たのだという。
 彼女が知る限り魔法に関する最高のオーソリティと、最近麻帆良で名を上げた一人の魔法使いに手を借りようとしたのだ。

 即ち、“闇の福音”エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと長谷川千雨に。

 六班の班部屋には超もいたが、真名は意にも介さずに事情を説明した。
 途中、学園長からエヴァンジェリンに連絡が入ったが、内容を察した彼女は「後で連絡する」の一言で切って捨てた。
 全ての説明が終わった時、超は自班の部屋から荷物を持ち込んで来た。
 彼女が言うには「こんな事もあろうかと」用意していた物らしい。
 トランクの中では、ウレタンクッションに保護された茶々丸用の装備が鈍い光を湛えている。
 中に収められているのは金属製のトンファーだ。
 そのトンファーは、大口径の自動拳銃と杭を組み合わせた様な形をしていた、普通のトンファーは殴打武器として使うのだろうが、この武器は違う。
 これは、殴り“抉る”事を主眼においた武器だった。
 超はトンファーと共に収められていたCDを持ち込んできたノートパソコンにセットすると、ケーブルを用いて茶々丸と接続、使用法をインストールしていく。
 そうして、これは科学者としての性なのか、頼まれてもいないのにトンファーに関する各種情報の説明を始めた。

「トンファーの打突部分とステークには障壁貫通処理を施したタングステンカーバイトが使用されてるネ、殆どの魔法使いや妖物に対して有効と見て良いヨ。
 それから、このトリガーを引けばこの杭打ち機構が……」

 室内にいる者達は、全員がニコニコと笑みを浮かべながら茶々丸の装備を整える超を見ていた。
 その視線に気付いたのか、不思議そうな表情で超が尋ねる。

「ン?どしたネ。
 何かおかしな所でもあったカ?一応、装備自体のデザインはプロに頼んだからそれなりの物だと自負しているのだガ」

 そんな彼女に尋ねたのは千雨だった。

「いやお前さ、確か新幹線に乗る時ってそんな荷物持ってなかったよな……」
「……オオ、そいう事ネ。
 説明は至極簡単ヨ、新幹線の件で何やら騒動が起きそうだと予想できたからネ、麻帆良の研究室から急遽送って貰ったヨ。
 イヤー、作れる時に作っておいて正解だたヨ、まさか此処で使う事になるとは思てもいなかったネ」
「あーそうかよ」

 超の言葉に対して疲れた様に言葉を返していると、いきなり古菲が驚いた様な声を上げた。

「茶々丸って人ではなかたアルか!」
「いや、驚きでござるな」
「驚くトコそこかよ!
 見りゃあ分かるだろ!」

 あまりにも基本的な事に驚く二人に思わず突っ込む千雨。
 それはそうだろう、耳の複合センサーは変わったアクセサリーと強弁できるかもしれないが、人工物むき出しの首筋や関節部分は言い訳できない。
 実際、千雨は麻帆良にいる頃から茶々丸の関節部分を見て、彼女が人工物であると理解していたから、古菲達が今更の様に気付いた事に驚きを覚えていた。
 千雨としては、彼女達が茶々丸の事を受け入れているのは“知ってても気にしていない”のだと思っていたからだ。
 そんな千雨を慰める様に声をかけたのは、驚かれた当人の茶々丸だった。

「千雨さん、ここは麻帆良ではありませんから」
「いや、そりゃあそうなんだけどさあ……」
「諦めろ、あの結界はそういったものなんだと貴様も承知していただろう」

 従者とは違い、呆れる様に言う主の吸血姫。
 千雨は心の中で忸怩たる思いを噛み締めながら、部屋に入り込んできた客人達をねめつける。
 自分達に電話内容を説明している楓。(先程の龍宮の説明は簡単なものだったので、これは質問に答える形になっている)
 茶々丸に淹れて貰った玉露を楽しみつつ、和菓子を勝手に食べている真名。
 そして茶々丸のトンファーをチラチラ見ている古菲。と、それぞれに好き勝手に動いている。

「そういえば真名、どしてこの部屋に来たアルか?
 確かに茶々丸がロボットなのは驚きだたアルが」
「ん?ああ、言っていなかったか。
 エヴァンジェリンと長谷川は魔法使いなんだよ、だから力を貸してもらおうかと思ってね」
「へー魔法使いアルかー

 ……ってえええええええええええええええええええエヴァンジェリンと長谷川は魔法使いだたアルか?」
「それは真でござるか真名」
「こんな事で嘘ついてもしょうがないだろう、事実だよ」
「おい龍宮、人の秘密勝手にバラしてんじゃねーよ」
「どちらにしろ今日にはバレる秘密だろ?
 早いか遅いかの違いだよ。しかし、改めて口に出しても長谷川が魔法使いというのは違和感があるな」

 そう言ってハッハッハと笑う真名、そこには人の秘密を勝手に暴露した後ろめたさとか申し訳なさの様な感情は見て取れなかった。

「うるせーよ、そういうテメーはどうなんだよ、確か実家は神社だったよな?」
「そいつは裏社会では名うての傭兵だ、狙撃手・戦闘者としては世界でも有数の実力者だろう」
「そんなのが何だって、ウチのクラスなんかで中学生をしてるんだよ」
「そういう年齢だからに決まっているだろう」

 千雨の愚痴に真名は「何をバカな事を」という感じの口調で応じる。
 そんな真名に色々と言い返したい千雨だったが、楓から事の次第を聞き終えたエヴァンジェリンの声がその機先を制した。

「なる程、此方は数手遅れたという事だな。
 天ヶ崎千草はフェイト・アーウェルンクスを使って近衛木乃香の拉致に成功したという訳だ、しかし奴の目的が未だに分からん。
 関西の術者が明日にも戻って来るというこの時に、あの小娘を拉致したとして何をする、何が出来るというのだ?」

 エヴァンジェリンのその疑問に答えたのは、意外にも茶々丸の装備の確認をし終えた超だった。

「アア、その件だけどなエヴァンジェリン。
 確かネギ坊主の父親と木乃香サンの父親が、十何年か前に京都で鬼神を封じたいう話があったはずヨ。
 その封印を解き、召喚するのに木乃香サンの魔力を利用しようと思ったのではないカ?」
「鬼神召喚だと?
 確か今日の月齢は満月には程遠い筈だぞ、そんな時に儀式魔法を敢行したところで……いや待て、確か今日は!」

 超の言葉を一度否定したエヴァンジェリンだったが、何か引っかかる物があったのだろうか、窓に駆け寄ると京都の夜空を見上げる。

「アイヤー、ネギ坊主とコノカの父親そんなに強いアルか、一度手合せしたいアルね」
「クー、確かネギ先生の父親は死んでいる……というか行方不明だったはずだ」
「何と、そだったカ……それは残念ネ」

 益体も無い事を話す古菲達を放って、夜空を見上げていたエヴァンジェリンは何やら呟いていたが、考えていた事に確信が持てたのか、盛大な舌打ちをした。

「チッ!この私ともあろうものが月齢にばかり気を取られすぎていたか!」
「どういう事だよマクダウェル」
「惑星だ、詳しい事を省略して端的に言えば、今夜の惑星位置は大規模召喚にもってこいの配列になっている。
 この配置に加え、近衛木乃香の魔力を利用できれば、超が言う鬼神の召喚……いや、支配すら単身でも可能になるはずだ。
 しかも天ヶ崎千草の技量なら、自分の式として括る事も可能だろう。一番のネックである召喚はクリアできるからな、その後の維持も近衛木乃香の魔力
を利用すれば、ほぼ完全に可能と言っても差し支えあるまい」
「おい、ちょっと待てよ、そんな魔法をジュエルシードのすぐ傍でやろうってーのか?冗談じゃねーぞ!」

 エヴァンジェリンの言葉に千雨は真っ青になる、しかしエヴァンジェリンの言葉はそれで終わりではなかった。

「ヤバイな、この間の麻帆良大橋どころの話ではなくなるぞ。
 何しろ天体規模の魔力運用だ、集束される魔力はあの夜を遥かに上回る、しかもすぐ傍にはおあつらえ向きに“願望”持ちの人間と魔力の集積体たる
鬼神までいる。
 千雨、総本山まで跳べるか?」
「問題ない任せろ。
 龍宮、長瀬、古菲、十分後に出るぞ!靴とか道具とか用意して来い!」
「茶々丸、じじいに連絡を取れ!麻帆良結界を停止させる!」
「ハイ、マスター」

 いきなり慌しく動き出した魔法使い達に煽られる様に真名達も動き出した、出来る限りの準備をする為に自分達の班部屋へと戻って行く。
 そんな中、超は携帯を手にすると何処かに連絡を取り何やら確認を取ると、眉間に皺を寄せて何やら数式を呟きながら着替えている千雨に向き直る。

「千雨サン、一つ頼んでも宜しいカ?」
「何だよ、今忙しいんだ手短にしてくれるか」
「麻帆良まで一度戻りたいのだガ」
「はぁ?この忙しい時に何を……何か理由があるのか?」
「茶々丸の特殊兵装を取りに行きたいのヨ、ちょっと大きいから宅配便では送れなかったネ」
「ますたー、アリアが行こう。
 ついでにチャチャゼロも連れて来る」

 千雨はアリアの意見を聞き、自分が総本山まで転移する際の魔力消費等を計算していく……結果。

「頼めるかアリア」
「任せろ、エバンジェリン何か持って来るものはあるか」
「そうだな、チャチャゼロに聞いてヤツの得物も持って来てくれ」
「分かった、行くぞ超」
「うむ、宜しく頼むヨ、アリアさん」

 次の瞬間、アリアと共に超は麻帆良へと跳んだ。
 傍らではエヴァンジェリンが学園長と交渉をしている。

「じじい、麻帆良結界を止めろ!」

 開口一番の言葉がこれである、この言葉に当然近衛近右衛門は理由を尋ねた。

[ど、どういう事じゃ。
 ワシとしては長谷川君に向かって貰おうと思っておったんじゃが]
「話がそれ所ではなくなって来たんだよ。
 天ヶ崎千草の目的が分かった、総本山に封印されている鬼神の召喚だ」
[何じゃと、そんな事は木乃香の魔力を使っても……まさか!]
「その通り、惑星配置を利用した大規模召喚儀式魔法だ。
 最近では廃れてしまった技法・知識とはいえ、この私ともあろう者が月齢にばかり気を取られてついさっきまで気付きもしなかった。
 ヤツの目的は鬼神を召喚して自分の式にする事だったのさ」
[なんと……]
「此方からは私と茶々丸、千雨、龍宮真名、長瀬楓、古菲が増援として出る」
[ちょっと待つんじゃ、長谷川君と龍宮君はともかく後の二人は一般人ではないか]

 近右衛門の言葉に、エヴァンジェリンの機嫌は一気に悪化した。

「貴様……あのクラスに放り込んでおいて今更そんな事をほざくか。
 奴等は貴様が総本山に留め置いた綾瀬夕映から救援要請を受けたのだ、貴様に止める権利なぞ無い。
 無論、私にもな。奴等を止める事が出来るのは奴等自身だけだろうさ。
 それに忘れているようだがな、天ヶ崎千草の手にはジュエルシードがあるんだぞ?」
[う……]
「天体規模の魔力運用と鬼神、そして貴様達魔法使いに恨みを持つ陰陽師の傍にだ。
 面白くなりそうじゃないか、ええ?
 いいか?この件を無事終息させるには麻帆良結界の解除が不可欠だ。
 千雨は鬼神とジュエルシードに向かわなければならんし、龍宮達は天ヶ崎千草の相手をしている坊や達の援護と綾瀬夕映の探索をせねばならん。
 そうなるとフェイト・アーウェルンクスを止める札が無くなる、直に見ていないから確かな事は言えんが、ヤツの戦闘能力は龍宮と同等かそれ以上だ。
 全開状態の私でなければ対応は難しかろう」
[長谷川君では無理かね]
「ヤツとフェイト・アーウェルンクスは噛み合わない、例え倒せたとしてもかなり時間を食うだろうさ。
 この状況下で時間がどれ程貴重か分からん貴様ではあるまい。
 それにさっき言った通り、千雨には鬼神とジュエルシードのみに専念してもらわなければならん、これは決定事項だ」
[……承知した、但し時間は三十分後から今夜零時までじゃ、これだけは譲れん]
「フン、まあ良かろう。
 それだけあればどうとでもなる、私達が出ている事に関しては瀬流彦に細工させておけ」
[分かった。
 ……エヴァンジェリン]
「何だじじい」
[木乃香を、いや子供達を宜しく頼む]
「偽善だな。
 そんな事をほざく位なら最初からこんなクラスを作らなければいいんだ。
 まあいい、卒業までの短い付き合いだ、気が向いたら助けてやるさ」

 エヴァンジェリンはそう嘯くと、茶々丸に向かって用済みの携帯を放って渡した。
 それと同時に準備を終えた龍宮達が六班の班部屋に戻って来る。
 先程とあまり服装は変わらないが、それぞれに荷物を持ったり、片手に部屋の玄関で脱ぐ筈の靴を手にしていた。
 エヴァンジェリンと茶々丸も靴を持って来て、部屋の中央に身を寄せる。
 千雨は首から提げたペンダントから、アロンダイト本体を静かに外す。
 そうして一つ息を吸い込むとアロンダイトに命じた。

「アロンダイト セットアップ」
【Stand by ready, setup.】

 室内にアロンダイトの声が響いた次の瞬間、千雨はいつものバリアジャケットとフェイスガードに身を包んでいた。
 次の瞬間、古菲の驚きの声が上がる。

「長谷川が変身したアル!」
「変わり身でもこうはいかんでござるな、いやはや見事と言う他ないでござるよ」
「うるせえ、今から跳ぶからな、抵抗とかするなよ!」

 フェイスガードの下を赤く染めた千雨は<トランスポーター>を起動、本山の山門前まで六班の班部屋にいた全ての少女達を運んでみせた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 関西呪術協会の総本山の入り口である山門には、昨日の様な≪視覚阻害≫は掛けられておらず、舞い散る桜の花弁や連なる様に立ち並ぶ建造物が見て取れた。
 建造物にはまばらに明かりが灯っていたが、人の気配は驚くほど希薄だ。

 いっそのこと全く無いと表現しても良い程の希薄さである。

 そんな中、山門の前に漆黒の魔法陣が現れた、真円と二つ正方形を組み合わせたタイプの通常では見られない特異な形の物である。
 その魔法陣が一際輝いて、光と共に魔法陣が消えた時、その場には六人の少女達が立っていた。
 一番最初に動き出したのは黒いセーラーに身を包んだ少女……千雨だ。
 右手に携えた杖を構えもせずに周囲を睥睨する、山門を見た彼女は眉を顰めた。

「マクダウェル、結界が破られてる。
 ≪視覚阻害≫・≪認識阻害≫・≪侵入者探知≫全部ひっくるめて破られてる、多分アーウェルンクスの仕業だ」
「そうか……しかし今のがミッド式の転移なのか、何も媒体を使わないとはな」
「媒体?お前等の転移って何か使うのか?」
「ああ、私は影を使っている。
 他には水や鏡が有名所だな、精霊と同じだよ、映す(写す)物や姿を模す物という意味合いから来ているのだろうな」
「ふうん、まあミッド式の転移は座標軸の移動以外の意味合いは無いから、そこら辺は魔法の成り立ちの違いから来てるんだろ」
「魔力の消費は問題無いか?」
「まあこれ位の短距離転移なら特に問題無いよ」
「これが短距離だと?」
「え?ああマクダウェル、早いトコ先生や綾瀬達を探そうぜ。
 遭難とかされたら面倒だしさ」

 エヴァンジェリンの苛立った様な声に、千雨は慌てて話を逸らした。エヴァンジェリンも現状を鑑みて追及の手を緩める。
 そんな時、古菲の驚く声が上がった。

「こ、此処は何処アルかーーーーーーー!」
「ほほう、京都市街はあちらでござるか、正に魔法という事でござるなあ」
「全く……、一回の転移で八十万も使っている私が馬鹿みたいに思えるな」

 自分が一度の転移で被る損害と、目の前のクラスメイトがとる気軽な態度に凄まじい格差を感じた真名は、ただ嘆息するのみだった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき
 遅くなりましたが15話です、またもや最終決戦がとんでもない事になりそうですがどうでしょうか。
 実際問題、シネマ村以降は描かれていない話なので妙に時間がかかってしまいました。
 そういえば、スクナの召喚儀式に関する話なんですが、最初は月齢に関連した話にしようかと思ったんですけど、該当巻の6巻を読んでみると月は三日月
……どうするよと思った所、昔読んだサイレントメビウスが頭をよぎりました、元来陰陽師は暦に関する事も司っていたそうだし、それなら天体と魔法儀式
に関する知識に詳しくてもおかしい事は無いか、と思った時こんな無茶な話が思いつきました。

天ヶ崎さんの計画
 要するに木乃香お嬢様の力を利用してスクナゲットだぜ!+α的な話です。
 原作読んでて凄~く疑問に思ったのは、千草さんが「これで関東の連中をいてこましたるんや!」(色々と間違いアリ)とスクナの召喚直後に言って
いましたが、あの巨体でどーやって関東まで行くんだ?というものでした。
 どう考えても一般人の目についちゃうし、最悪自衛隊や米軍が出てくるよね、どーすんのよ千草さん。
 と考えた時、思いついたのが+αの部分、これは17話で明らかになりますのでお楽しみに。

魔法使いと魔導師の距離感
 魔法使いにとって転移という魔法はかなりの高等技術です、ゲーム等でも長距離を一瞬で踏破する魔法は高Lvと相場が決まっています。
 さて、魔法使いと魔導師の転移の違いですが、これは本文中でも言っている様に精霊を利用して門を作るか、自身の魔力を利用して座標間を移動するかの
違いだと考えています。
 距離感に関しては、両者の活動領域の違いが顕著に出ている点ですね。
 基本限られた世界(旧&新世界)で活動する魔法使いと、次元を渡りながら活動する事もある魔導師では自ずと距離に対する認識の齟齬が出て来ます。





[18509] 第16話「京都魔法大戦……夜桜決戦」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/08/21 01:53

 長谷川千雨は目の前に聳え立つ光の柱を見て嘆息していた。
 またか、またこんなシンドイ状況なのか、と。
 天と湖を繋ぐ光の柱を見てみると、そこには淡く輝く二面四手の巨大な人影があった。
 見える限り、大きさとしては麻帆良大橋の魔獣の半分にも届かないが、人型というのが影響しているのだろう、何とも言えない威圧感がある。
 しかも、封印されていると思しき巨岩からは上半身しか出ていない、全身が出てしまったら50m以上になるだろう事は想像に難くなかった。
 召喚した女性は、アレを利用して西洋魔術師に対抗すると言っている。
 千雨は思う。


 ――――――魔法使い達の言う秘匿って、一般人の言うそれとは違うのだろうか?……と。



第16話「京都魔法大戦……夜桜決戦」



 千雨達が転移によって総本山へ到着した頃、ネギ達は天ヶ崎千草が召喚した鬼達に包囲されていた。
 ネギ、明日菜、刹那、そしてカモを十重二十重に囲い込むその群れは正に百鬼夜行。
 様々な妖怪や魑魅魍魎が群れをなしている。

 三人は、互いの背を庇う様に預け合いながら周囲の怪物達と向かい合う。
 周囲を怪物に取り囲まれた三人の表情はそれぞれ強張っていた、特に素人と言っても過言ではない明日菜の顔色は青褪めてさえいた。
 しかし、それは仕方がない事だろう、いかに常人離れした身体能力を誇るとはいえ、ネギが来るまでは只の女子中学生として普通に暮らしていた少女なのだ。
 そんな少女にいきなり闘えと武器を渡したところでどうなるものでもない。
 周りにいる怪物達は、笑い声すら上げてネギと少女達を見ている。
 そんな中、カモが時間稼ぎをしたいとネギに乞うた事で事態が動いた。
 ネギが時間稼ぎに選択した魔法。それは魔法の矢で敵を射る魔法でも、雷で敵を焼き尽くす魔法でもなかった。

 ≪風花旋風・風障壁≫

 己の周囲に竜巻を発生させて身を護る、防御系の魔法だ。
 竜巻は狙い通りネギ達三人を怪物達から覆い隠し、束の間の安息を齎した。
 そしてこの魔法こそ、ネギ達にとって思いもよらない効果を生み出した魔法だったのである。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



「おい、ありゃあ何だ?」

 空中に佇んでいる千雨は、ネギ達を探し出す為に探索魔法<ワイドエリアサーチⅡ>を発動しようかと考えた時、総本山の裏手にある森に異変を認めた。
 森から天空に伸びあがる風の柱、竜巻が突如として発生したのだ。
 天候的にも竜巻が発生するはずがない、となるとアレは人為的なものとなる。
 しかし、竜巻など人の手で起こせる筈も無い、起こせるとすればそれは普通の人ではありえない。
 だが、千雨達が探しているのは正にその“普通ではない”人物だった。

 齢十にして千雨達の担任教師となった少年。
 彼は魔法使いの子供だった、それも彼の者達の世界では英雄とも称される男の息子。
 父親譲りの素質を有する次代の“マギステル・マギ”候補。
 立派な魔法使いになるべく育てられ、自らもそうなろうとしている子供。

 そう、千雨達が探しているネギ・スプリングフィールドという少年は、魔法使いという“普通ではない”少年だった。

「アロンダイトあれって!」
【はい、ネギ先生の魔力反応を感知しました。
 竜巻の中心にある無風地帯にいる様です、恐らく桜咲さんと神楽坂さんも同様でしょう】

 アロンダイトの報告を聞いた千雨は携帯を開いて本日二度目のコールをする。

「絡繰、聞こえるか?」
[ハイ、大丈夫です]
「ネギ先生達を見つけた、竜巻が見えるか?」
[イエ、生憎と森に遮られて視界が通っていません]
【マスター、ワタシの方からGPSを使用して誘導しましょうか?】
「そうだな、そっちの方が話は早いかもしれない。
 絡繰、今からアロンダイトがアンタの携帯にGPSデータを送信する、ソイツを使って龍宮達をナビゲートしてくれるか?
 私達は先行する」
[了解です、GPSデータ確認しました。
 龍宮さんと古菲さんの誘導はお任せ下さい]
「マクダウェルはどうした?」
[マスターは結界の解除に伴う魔力の回復を確認した後、影を使ったゲートを使用して合流されるそうです]
「分かった、じゃあ先に行っている」
[御武運を]

 茶々丸からの声を最後に、千雨は携帯の通話を終わらせると、竜巻の元へ向かうべく漆黒の翼を打ち振るう。
 通常の飛翔体にはありえない、急激な加速を見せ付けて千雨は少女達の視界から消え去った。



 そんな少女を地上から見つめる二対の視線がある。
 ギターケースを担いだ龍宮真名と茶々丸からトンファーを借り受けた古菲だ。
 ちなみに長瀬楓は総本山に入った後、綾瀬夕映の救出をする為に別行動を取っている。
 千雨が飛ぶ姿はそれぞれに別の思いを抱かせた。

「アイヤー、長谷川凄く早いアルな。
 教えて貰えたら私でも飛べる様になるかネ?」

 単純に驚く者。

「どうだろうね、どっちかというとクーは戦士系だから無理なんじゃないか?
 それよりも急ぐぞ」

 自分が為すべき役割を淡々とこなす者。

 少女達は、黒い流星の後を追う様にその歩みを早める。



 千雨が竜巻に向かって飛翔を始めたその時、竜巻を突き破った≪雷の暴風≫が、十数体の怪物達を吹き飛ばしていく。
 その魔法の余波なのか、辺りに広がった爆煙の中から杖に跨った小柄な人影が空中へと飛び出して行った。
 それを見た千雨はアロンダイトと思念通話で手早く相談をする。

『飛んで行ったのってネギ先生か?』
『はい、映像と状況から見て間違いないでしょう、カモミールも同行しているようです。
 マスター、先程の竜巻発生地点から多数の生体反応を感知、しかし人ではありません。
 神楽坂さんと桜咲さんもいます』
『どういう事だ?ネギ先生の性格からして神楽坂達を見捨てる事はありえねーだろう』
『恐らく木乃香さんを連れた天ヶ崎を追ったのではないでしょうか。
 神楽坂さん達以外の生体反応は、天ヶ崎が召喚した足止めの召喚生物と見れば説明はつきます』
『なるほどな、じゃあここはネギ先生を追うのが正解って事か』
『はい、天ヶ崎が召喚を始める前に何とか……マスター、下方から召喚生物が複数飛んで来ています』
『対応が早いな……何だありゃ?鴉天狗ってヤツか』
『さて、データが無いので何とも言えませんが、外見から推察する限り空戦能力はマスターには及びませんね』
『よし、じゃあ神楽坂達をちょいと手伝っていくか』
『本気ですか?マスター』
『いや、だってお前下見てみろよ、いくら神楽坂と桜咲が常人離れしてるからって、アレを放置して行くって人としてどうよ』

 そう言って千雨が足元に視線を向けると、そこには怪異の集団に包囲されている二人の少女達がいた。
 千雨を見つけたのか、明日菜が上を見て何やら叫んでいる。

『とりあえず援軍が近付いている事位は教えてやろう』
『分かりました、但しリミットはそう長くありません』
「大丈夫さ、二~三発撃ち込んだらネギ先生を追う」

 千雨はそう口に出すや否や、<ブラストショット>で此方に向かって来る烏族の剣士達を次々に撃墜しながら急降下していく。
 空における戦いはあまりにも一方的だった。
 あくまでも物理法則に縛られる烏族達と、それらの殆どを無視してしまう千雨とでは、立っている足場そのものが違っているからだ。
 彼等が振るう剣の寸前で飛翔速度をMAXから0にし、その逆を行って距離を取る、その間隙を縫う様に<ブラストショット>の魔力弾が烏族の剣士達
に襲い掛かってはこれを撃墜していく。
 結果、一分と経たずに空で千雨に襲い掛かる烏族はいなくなった。

 千雨はアロンダイトを一つ振ると、明日菜と刹那の傍に降り立つ。
 周囲の怪物達は千雨を警戒しているのか、積極的に攻めて来る様子は見えない。
 そんな状況の中、千雨達は小声で話し始める

「よう、無事か」
「何とかね」
「助かりました、長谷川さん」

 千雨の問いに、明日菜と刹那は弾む息を整えながら返す。
 戦闘は未だ序盤なのだろう、周囲を取り囲む怪物達は召喚当初からそれ程減った様には見えない。

「天ヶ崎はネギ先生が向かった方向にいるのか?」
「はい、フェイト・アーウェルンクスも同行しています」
「このかも連れてかれちゃってる!」
「分かった、神楽坂。良いニュースと悪いニュース、どちらを先に聞きたい?」
「え?えーと良いニュース!」
「もうすぐ此処に助っ人が来る、それまで粘ってろ。
 悪い方は、私はここから離れなきゃならん」
「え、どうしてよ!」
「ジュエルシード関連ですね?」
「正解だ、天ヶ崎は近衛を利用して大規模召喚魔法をやるつもりらしい。
 私には良く分からないんだが、惑星配列を利用した魔力運用がどうとかマクダウェルが言ってた。
 ヤバ過ぎるらしいんでな、お前等を見捨てるみたいで後味は悪いんだが、助っ人が来るまで何とか粘ってくれ」
「分かりました、此方は何とかしてみせます」
「頑張ってね。……って、そういえば千雨ちゃん!」
「何だよ」
「あのさ、魔法で服とか作れるの?」
「え?ああバリアジャケットの事なら、そう言っても間違いじゃねーな」

 そう言った千雨の言葉に、明日菜の顔が希望に輝いた。

「お願い!パンツ作って!」
「え?
 いや、ちょっと待て神楽坂、何でそうなるんだよ」

 意味不明な明日菜の頼みに千雨は訝しげな声を上げるが、その疑問に答えたのは刹那だった。

「どうも明日菜さんは服を石にされてしまったみたいなんです」
「はあ?」
【アーウェルンクスの≪武装解除≫じゃないですか?マスター】
「ああ、そういう事か。
 あいも変わらずセクハラ紛いの魔法だよなあ……アロンダイト、神楽坂に合うパンツタイプのバリアジャケットを着せてやれ」
【了解ですマスター】

 千雨の指示を受けたアロンダイトは、ストックされていたデザインの中から無難なタイプの物を明日菜のサイズに修正すると、バリアジャケットの構築
を行う。
 一瞬、明日菜の身体が光ったかと思った次の瞬間、彼女の身体は今までとは違う服に包まれていた。

【神楽坂さん、マスターのリソースを削る事を避ける為に掛けっ放しになります。
 過剰なダメージを受けると修復ができません、そうなると元の服装に戻ってしまいますから、注意して下さい】

 そのバリアジャケットの基本は黒と赤のツートンカラーからなるライダースーツだった、両腕にはせめてもの防具なのか銀色のプロテクターが装備されて
おり、足元は装甲付きのショートブーツで固められている。

「わ、凄い!軽くて動きやすーい」
「便利ですね」
【お似合いですよ神楽坂さん】

 純粋に喜ぶ明日菜と感心する刹那、アロンダイトは普通に褒めていた。
 千雨は喜んでいるなら別に良いかと、デザインの基礎になった素材――ゲーム――に関しては特に何も言わなかった。

「それじゃあな、助っ人が来るまで頑張ってろ」
「分かりました」
「分かった、それとこの服ありがとね千雨ちゃん」

 千雨は二人に声を掛けると、再び天空に舞い上り、ネギの後を追って飛び去って行く。
 残された明日菜と刹那は、数瞬だけ飛び去る千雨を見た後、視線を眼前の脅威に戻す。
 その視線に心なしか怪物達が怯む、二人の目にある力強い光に押されたのかもしれない。
 明日菜と刹那には戦いが始まった当初の怯えや緊張は微塵も無い、千雨の言葉で孤立無援では無いと分かったからだ。
 もう少し頑張れば応援が来る、その言葉が希望となって彼女達の力になった。

「さて、これでおしり見られる心配も無くなったし、助っ人も来るらしいし……行こうか刹那さん!」
「ハイ!」

 少女達はそれぞれの得物を手に、怪物達を倒すべく群れの中へ突き進んで行く。




 満天の星が夜空に瞬き、桜の花弁が夜風に舞う木々の上を、千雨は音に迫る速さで飛んでいた。
 しかしどういう訳か、先行しているはずのネギの姿は見えない。

「そろそろネギ先生が見えても良い頃合いの筈だけど」
【いませんね、もしかしたら途中で追い越した可能性もありますが】
「魔力反応は感知できないか?」
【難しいですね。
 先程から目的地らしい湖から大規模な魔力反応を感知しました、恐らく天ヶ崎の召喚魔法が発動したものと思われます。
 それに伴って、この周辺一帯の魔力反応が乱れています】
「始まったか、間に合わなかったな……アーウェルンクスのヤツはいるか?」
【います。
 天ヶ崎の後ろに控えていますね、今から望遠映像を回します】

 千雨の顔を覆うフェイスガードにアロンダイトから送られてきた望遠映像のウィンドウが表示される。
 映像の中には、湖畔から突き出た祭壇の上で儀式を執り行う天ヶ崎とそれを見守るフェイト。
 そして供物の様に天ヶ崎の目の前に横たわる木乃香がいた。

「よし、此処から天ヶ崎に対して狙撃を試みる。
 上手くすれば儀式の中止を狙えるからな」
【了解です】

 千雨はその場に静止すると、変形済みのアロンダイトを祭壇に向けて<ブラストカノン>の準備を進める。
 アロンダイトのサポートで照準を修正、さらに距離や魔力密度による修正を施す。
 アロンダイトを取り巻く環状魔法陣は常よりも一つ多い、射程延長の為の追加プログラムによるものだった。

【<ブラストカノン・エクステンション>】
「撃てッ!」

 千雨のコマンドと共にアロンダイトの先端から漆黒の光が迸って行く。
 祭壇に佇む二人の魔法使いは未だ気付かない、千雨が放った魔法が祭壇に到達し、天ヶ崎に的中する事を確信したその時……<ブラストカノン>は消し
飛んだ。

「何だとっ!」
【魔力障壁です。
 申し訳ありません、儀式で集束する魔力流に紛れていて探知が遅れました。
 祭壇を取り巻く様に高密度の魔力障壁が展開されています。
 あれ程の出力だと、障壁貫通効果を持たない通常攻撃による遠隔攻撃は、ほぼ無効化されてしまうでしょう】
「この魔力流だ、探知が遅れてもしょうがねーか。
 けど、これで連中に気付かれちまったな」
【はい、アーウェルンクスも此方に気付いた様です。
 ……マスター、ネギ先生を発見。湖上を飛行して祭壇へ向かっています】
「何だって今頃来てるんだ?」
【さあ、どうも森の中から接近していたみたいですね】
「ああくそっ!こっちも行くぞ!
 アーウェルンクスはネギ先生に任せて、こっちは天ヶ崎だ!」
【了解です】

 千雨は、背から伸びる黒い魔力の翼をばさりと一つ振るわせると、祭壇へ向かってまっしぐらに空を翔る。
 目指すは事件の主犯、天ヶ崎千草。その手の内にあるジュエルシードだ。
 アロンダイトをデバイスモードへと戻して湖上の祭壇へ目を向けると、此方を警戒するフェイトと目が合った。
 内心、あっち(ネギ先生の方)を向けと吐き捨てながら<ブラストショット>を発動すると、弾体を護衛よろしく周囲に漂わせる。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 湖を高速で翔け抜けるネギにも、千雨が放った<ブラストカノン>が障壁に散る所が見えた。
 ネギと共にいるカモにもだ、彼は此処に千雨が来た事に勝算を感じていた。
 確かに千雨の魔法は防がれたが対する敵も自由に動けるのは一人、朝方エヴァンジェリンが言っていた白髪の少年=フェイト・アーウェルンクスただ
一人なのだ。
 これなら此方は木乃香奪還に専念出来る。

「やったぜ兄貴、長谷川の姐さんが来てくれたんだ!」
「うん!
 けどカモ君、多分長谷川さんはジュエルシードの封印に来たんだと思う」
「なるほど、確か天ヶ崎のヤツが持っているってぇ話だったからな。
 つうとどうするよ?
 俺達はこのか姉さんを助けなきゃならねェのに」
「僕達はフェイトを抑えよう、幸い天ヶ崎っていう人は儀式で動けないみたいだ、それに彼を無力化しない限り、このかさんを助ける時にどんな邪魔を
されるか分からない」
「そうだな、兄貴が考えている方法で何とかフェイトのヤツを無力化できれば長谷川の姐さんの手助けにもなるはずだ」
「じゃあ行くよ!」
「応ともさ!」

 阿吽の呼吸とでも言うべきだろうか、ネギとカモは手早く相談を終えると呪文を唱えて飛翔速度を更に上げる。
 しかし、彼等が相対するのは只の木石ではない、意志を持ち目的を持つ“敵”なのだ。ならばこそ目的を遂げる為、敵対者を止める為に手段を講じるのは
彼等にとって当然の権利だった。
 ネギの目に小さく写るフェイトの傍に異形の存在が現れる、先程天ヶ崎が鬼達を呼び出した際にフェイトの傍に居た彼の≪式神≫だ。
 フェイトの指示だろう、その≪式神≫は大槍を手にネギに対して突撃して来た。
 悪魔じみたそのフォルムはネギの心の内にある心理的外傷を僅かに引っ掻いたが、彼はそれを強引に無視して自身の身体に契約執行を命じる、同時に
最大加速の飛翔をもって突撃。

 一瞬の交錯。

 敵に打ち勝ち、さらに前へと進んだのはネギだった、フェイトが呼び出した≪式神≫は魔力の欠片となって霧散する。
 内心の驚愕を抑えながら前を見据えるカモの耳にネギの詠唱が聞こえてきた。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル 吹け、一陣の風! ≪風花・風塵乱舞≫!」

 ネギの意志と魔力に呼応した周囲の精霊達が彼が紡いだ術式に則って動く。魔力を与えられた精霊達は水を巻き上げ、細かい破片にして周囲に撒き散らす。
 それはネギの目論見通り、霧のカーテンとなって彼の身を覆い隠した。
 その霧の中、ネギは三つの魔法を行使する。

 ――自身のダミーを作る≪風精召還、剣を執る戦友≫
 ――再び行う自身への契約執行
 ――そして……

 数秒後、ネギの目の前にはフェイト・アーウェルンクスの白けた表情があった。
 自分の存在を誤認させる為の≪風精召喚≫。
 自身の身体能力を底上げした契約執行。
 そして、その上がった身体能力と魔力を込めて打ち込んだ拳。
 しかし、ネギの全身全霊を込めた攻撃を、目の前にいる少年はその全てを指一本動かさず、障壁だけで受け止めてみせた。
 正に格というものが違うのだろう、今朝方エヴァンジェリン達に聞いた彼の評価は正しかった。

「明らかな実力差のある相手に何故、態々慣れない接近戦を選択したの?
 サウザンドマスターの息子が……、やはりただの子供か」

 だが、それは当のネギとて承知していた事、総本山の浴場で彼に気圧された記憶は未だに鮮明なままだ。
 あの長谷川千雨とて逃げ帰るしかなかった相手、単純な攻撃で未熟な自分が立ち向かえるはずがないとネギは十分に理解していた。

「期待ハズレだよ」

 ……だからこそ最後の一手、心の内に秘めた必勝の策を

「ひっかかったね?」

 ネギは笑顔を浮かべて

「?」

 ――解放した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ほう、中々やるじゃないかぼーや」

 傍に己が従者を侍らせながら吸血姫は笑みを浮かべる。
 桜舞い散る総本山の一角、彼女は従者に酌をさせながら小振りな水晶玉に映る祭壇の状況を愉しんでいた。
 従者は視界の端に映る水晶玉の映像を見ながら主に問いかける。

「これは、零距離で発動させる事で魔法障壁を無力化させたのでしょうか」
「うむ、いかに魔力障壁が堅牢だろうと零距離である以上、その効果は最低ラインにまで落ちるだろう。
 しかもアーウェルンクスは自分から坊やを捕まえているから、ほぼ障壁は無くなったと見て構うまい。
 おまけに発動させる魔法自体、遅延呪文であらかじめ唱えておくという周到さだ。
 あれならばそこそこの拘束時間が稼げるだろう」
「では、これでこの件は落着という事でしょうか」
「さてな、私の経験からするとそう上手くいかないのが面倒事の面倒たる所以だ……気が付いているか?茶々丸」

 杯に満たされていた酒を飲み干したエヴァンジェリンは、立ち上がりながら空を見上げる。

「ハイ、魔力反応が落ち着きました」
「間に合わなかったか……遅かったな、超鈴音」

 気配の方も見ずに声をかけるエヴァンジェリンの言う通り、そこには自身を遥かに越える大きさのコンテナの傍らに立つ少女と、彼女達を連れて来た子猫、
そしてエヴァンジェリンの始めての従者たる殺戮人形が宙に浮いて哂っていた。

「イヤ、待たせて悪かたネ、エヴァンジェリン」

 往年の力を取り戻した吸血鬼に揶揄された少女は全く悪びれる事も無くそう応えた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 長谷川千雨は目の前の光景を呆然と“見上げ”ていた。

「おいおい、マジかよ」
【マスター、間違いありません。
 召喚はほぼ終了したと思って良いでしょう】
「くそう、魔法使いってーのは私に恨みでもあるのか?
 何だってこう事態をややこしくするんだ」

 そう、鬼神の召喚を止めようと千雨が祭壇に突入した時、タイミング悪くネギの≪風花・風塵乱舞≫が炸裂したのだ。
 周囲を満たした霧で一瞬彼女の姿を見失ったのが仇になったのだろう、千雨は寸での所で天ヶ崎の召喚を止める事ができなかった。

「長谷川さん!このかさんは……」

 フェイトの動きを封じたネギが、疲労から来る荒い息遣いを隠しもせずに千雨の傍に駆け寄って話しかけてくる。

「あー、何て言うかな……」

 千雨は言葉を濁しながら前を見る様に促す。
 促され、大鬼神を見上げたネギは驚き硬直した。

「こ……これは!?」
「ネギ先生の父親と近衛の父親が十何年前に封印したとかいう鬼神らしい。
 マクダウェルが言うには、天ヶ崎のヤツは惑星配列と近衛の魔力を利用した召喚魔法を企んだ……つーか成功しかかっているな」
【ネギ先生、アレを魔法で攻撃するのはやめて下さいね】
「え、ですが……あ、ジュエルシードですか」
「ああ、今の所、ギリギリで暴走はしていないっぽいけどな。
 何かのきっかけで励起状態に移行したら暴走まではあっという間だよ。

 あんまりやりたくねーけどデカブツと天ヶ崎は私に任せておけ、ネギ先生はキツイだろうけど……」
「はい!」

 ネギは千雨の言葉の意味を理解して振り返る、そこにはネギの拘束魔法を打ち破ったフェイトが静かに佇んでいた。



 千雨が飛び立ったのだろう、ネギは自分の背後に確かにあった人の気配が遠ざかるのを感じる。
 昼からの連続戦闘、そして夜に入ってからの魔法の使用によってネギの魔力は枯渇寸前だ。
 しかし、ここで弱音を吐くわけにはいかない、この世界で唯一ジュエルシードに対抗できる少女が心置きなく目の前の鬼神と戦える様に自分が目の前の
難敵を食い止めなくてはならない。
 この難敵は正直ネギの手に余る、今のネギにとって正にエヴァンジェリンと同等の存在と言えるだろう。
 だが、だからこそ、ここで引く訳にはいかなかった、ここで自分が引いたら千雨の勝ち目は無くなる、彼女が天ヶ崎からジュエルシードを奪還するまで
ネギはそれこそ石に噛り付いてでもフェイトを足止めしなくてはならないのだ。
 そんなネギにカモが念話で話しかける。

『兄貴、正直あのガキと今の兄貴が一人で戦うのはキツ過ぎる、姐さんと刹那の姉さんをカードで召喚しよう』
『え、だけど……』
『今は長谷川の姐さんを孤立させる訳にはいかねーだろう!
 あの大鬼がジュエルシードにとり憑かれっちまったら、この間以上のヤバイ状況になっちまうよ。
 オレッチの予感だけど、長谷川の姐さんが大橋で使ったあの魔法はかなりヤバイ代物だ、またアレを使わせる訳にはいかねーんだ』
『……分かった、そうだね。今は長谷川さんを助けてこのかさんも助け出さなきゃ!』

「善戦だったけれど……残念だったね、ネギ君」

 静かにそう言いながらフェイトはゆっくりと祭壇へと近付いてくる、その歩みには遅滞も焦燥も無く、端正な彼の顔からは苛立ちはおろか、どの様な感情も
読み取る事はできなかった。

「殺しはしない……けれど、自ら向かってきたという事は、相応の傷を負う覚悟はあるという事だよね」

 何の気負いも無く言葉を紡いでいく敵を前にして、ネギは荒い息を懸命に整える、使える魔力は数回分。
 息を整え少しでも魔力を回復させようと努めるが、彼の心臓は強敵というには強すぎる相手を前にして落ち着く事は無かった。

「魔力はともかく体力は限界か……よく頑張ったよネギ君」
「今だ!兄貴!」

 魔法を放つべく右手を掲げたフェイトの機先を制する様にカモが声を上げる。
 その声と同時に後ろに回していたネギの手から、二枚の仮契約カードが宙に飛ぶ。

「召喚!!ネギの従者!
 ――神楽坂 明日菜!
 ――桜咲 刹那!」

 仮契約カードはネギのコマンドに応じて、ネギの従者たる二人の少女を少年の傍に召喚する。
 呼び出された少女達はネギを護る様にフェイトの目の前に立ち塞がった。

「ネギ!大丈夫?」
「は、はい僕は何とか。
 けどすいません、このかさんを……」
「分かってる!
 ……って、ぎゃああああああああああああ~何よアレ~~~~~~」
「あ、姐さん落ち着いて!」

 ネギに応えた明日菜が思わず背後を振り向いた時、そこに聳え立つ巨大な存在に初めて気が付いたのだろう。
 悲鳴というか驚愕の叫びを上げる彼女にカモが声をかけていた。
 そんなネギ達の耳に些かも動揺していない声が聞こえてくる。

「……それで、どうするの?」

 ネギの援軍たる二人の少女は、フェイトにとって特に気にする存在ではなかったのだろう。
 あっさりとそう告げると、淀みない声で必殺の呪文を詠唱する。
 詠唱を止めるべくカモが焦って指示を出すが、当然の如くそれは間に合う事は無い。

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト
 小さき王 八つ足の蜥蜴 邪眼の主よ
 時を奪う 毒の吐息を ≪石の息吹≫」

 呪文が完成すると同時に、湖の上に設置されていた祭壇に白い煙幕が発生する。
 それは魔法使いが呪文を行使して発生させた煙である、只の煙であろうはずが無かった。

 ≪石の息吹≫に支配された祭壇からネギ達は辛うじて抜け出る事が出来た、祭壇の上は未だ煙に支配されている為、フェイトは未だネギ達に気付いては
いないだろうが、煙が晴れたら此方に来る事は想像に難くない。
 このかと千雨の件さえなければ一旦退却する事も考えられただろうが、生憎とどちらも解決していない以上、ネギ達は此処に立ち止まらなければならないのだ。
 そんな中、明日菜がネギに声をかける。

「ネギ、そういえば千雨ちゃんコッチに来ていないの?」
「長谷川さんは天ヶ崎さんと鬼神の方を引き受けてくれています」

 ネギの言葉に遥か先に聳え立つ巨体を見ると、確かに物理法則を嘲笑うかのような動きで飛んでいる人影が見える。
 効いているのかどうか分からない魔法を打ち込んでは、巨腕を掻い潜り死角から再び魔法を打ち込むという事を続けていた。
 そんな無駄ともいえる行為を続ける少女を見て、明日菜は辛そうにその表情を歪める。

「相変わらずキツイわね……」
「ああ、けどジュエルシードが絡んでいる以上しょうがねえよ。
 第一、あの魔力容量だと兄貴の魔法でも効くかどうか……それにこのか姉さんを助けようにもあの高さじゃあな。
 せめて真祖の姐さんさえいてくれりゃあ、このかねえさんの事を頼めたんだろうけど……」
「魔力の方はまだ封印されてるんだっけ?」
「はい、そう聞いています」

 ネギ達の会話を聞きながら、刹那は空を翔ける千雨と大岩から今にもその身を抜け出さんとする両面宿儺を仰ぎ見る。

 伝説の大鬼神と戦う千雨を見て、刹那は麻帆良大橋における最後の戦いを思い出していた。
 あの麻帆良中の魔法使いの力の具現たる魔獣を前に、怯えながら泣きながら彼女は戦い抜いた。
 昨日の東大寺における宮崎のどかの行動を思い出す。
 あの引っ込み思案の少女が、何の力も無い少女が、その心の内に秘める想いだけを頼りに、想い人へ己が想いを告げた時の事を。
 そして今日、シネマ村で天守閣から落ちる自分と共に落ちた木乃香の事を思い出した。
 普通に考えれば、落ちる自分を助ける為に木乃香がその身を投げ出すなど、意味が無い行為であるどころか無駄な行為と取られてもおかしくない。
 だが、木乃香はそんな事は考えていなかった、自分に何がしかの力があると刹那から聞いてはいただろう。
 しかし自覚も無いその力に頼る事は無く、ただただ“大事な友達を失いたくない”という、その一心でその身を刹那に重ねたのだ。

 刹那は想った、長谷川千雨の勇姿を、宮崎のどかの勇気を、そして大事な幼馴染――このか――の想いを。

 桜咲刹那は決意を胸に声を上げる。

「ネギ先生、明日菜さん。
 お嬢様は私が救い出します、お二人は今すぐ逃げて下さい!」
「え!?」
「ど、どういう事よ刹那さん」

 刹那は両面宿儺を見やると再び話し始める。

「お嬢様は千草と共にあの巨人の肩の所にいます、私なら……私ならあそこに行けますから」
「で、でもあんな高い所まで一体どうやって」

 刹那の言葉に、疑問を口にする明日菜。
 しかしそれは当然の問いだろう。未だ膝から上しか顕現してないとはいえ、その身の丈は既に40mをゆうに越えている。
 空でも飛べない限り、辿り着くのは容易な事ではあるまい。
 そんな意味を持つ明日菜の問いに刹那は顔を背けながら答えを返す。

「私、お二人にも……いえ、このかお嬢様にも秘密にしておいた事があります……。
 この姿を見られたら、もう……お別れしなくてはなりません」
「え……」

 いきなり始まった別れの言葉にネギと明日菜は言葉を失う。
 刹那の言葉は続く、

「でも、今なら……あなた達なら……」

 言葉に続いてその身体に力を込める。
 風に乗って総本山を漂っていた桜の花弁がネギ達の周りで舞い踊る、その数は徐々に増えていく。
 鬼神が放つ青白い魔力光に照らされたその花弁は、雪景色の様にも見える程周囲を染め抜いていた。

「見られたとしても、悔いはありません!」

 その時、ネギと明日菜は刹那の背に華が咲き誇るのを見た。
 桜の様に華やかに開き。
 牡丹の様に絢爛と咲く。
 初雪の様に真っ白なその翼は、まるで桜の花弁の様に羽根を撒き散らしながら大きく広がった。

 一瞬、時が止まった。

 少なくともネギと明日菜、そしてカモはそう感じた、それ程までに美しい翼だったのだ。
 しかし、そんな美しい翼を持つ刹那は、恥じ入る様な悲し気な表情で話しを続ける。

「これこそが私の正体……、私と明日菜さんが先程まで戦っていた烏族と人の間に産まれた忌み子、奴等と同じ……いいえ、奴等にさえ疎まれる程の化け物なのです。
 でも、誤解しないで下さい、私がお嬢様を護りたいという気持は本当です!
 ……今まで秘密にしていたのは……この醜い姿をお嬢様に知られて嫌われるのが怖かった……。
 私はっ……うひゃあっ」

 いきなり素っ頓狂な声を上げた刹那は、そんな声を上げさせた感触を受けた所を慌てて見る。
 そこには翼の生え際を指で撫でながら確認する明日菜がいた。
 呆然としながら、たださせるがままにしていると、彼女は風切り羽根を撫でる、翼に顔を埋める、匂いを嗅ぐと己が好奇心の赴くままに刹那の翼を堪能していた。

「あ、あの明日菜さん?」

 流石に不安になってきたのか、恐る恐る話しかけると、イヤに爽やかな笑顔を浮かべた明日菜がそこにいた。

「あのさ刹那さん」
「は、はい何でしょうか明日菜さん」
「刹那さんって、このかの幼馴染で中学の入学以来ずっと見守っていたのよね?
 だったらあの娘が人の事を外見でどうこう言う様な、これ位の事で誰かを嫌いになったりする様な子だと思う?」

 明日菜のその言葉にさっきまで思い返していた木乃香の笑顔を思い出す。
 刹那の顔に自然と笑顔が戻る。

「そうですね、私としたことがこんな事で二年間も立ち止まっていたなんて……」
「そーゆー事、行って頂戴刹那さん!
 私達が援護するから!いいわね、ネギ!」
「あ、ハイ!」

 明日菜とネギの言葉に背を押されたのか、刹那が飛び立とうとしたその時、≪石の息吹≫が作り出す霧の向うからフェイトが悠然と歩いて来た。

「……そこにいたのか」

 飛び立つ事を一瞬躊躇した刹那だったが、

「ネギ先生、明日菜さん……このちゃんのために頑張ってくれてありがとうございます」

 そう言い残して木乃香を、誰よりも大事な友達を助ける為に飛び立った。



 飛び立つ刹那にフェイトは思わず指を向ける、しかしそれは安易な動きだったのだろう、すかさず放たれたネギの≪魔法の矢≫でその腕は弾かれた。
 瞬く間に己の射程外へと飛び去る刹那を見ているフェイトを前に、ネギと明日菜は進退窮まっていた。
 この場におけるネギ達の近接戦と遠距離戦双方の最強戦力は、視線の先にいる大鬼と救うべき少女の下にいる。此方には魔力が切れかかっている見習い
魔法使いと、身体能力こそズバ抜けてはいるものの戦闘そのものに関しては素人の少女。
 対する相手はというと、見かけこそネギと同年齢だが明らかに格上の魔法使いだ。
 普通に考えるなら何も考えずに逃げ出す場面だろう、しかし二人は踏み止まった。
 相手が自分達を逃がす様な性格ではないという事……確かにそれもある、しかしそれだけではなかった。
 自分達は約束したのだ、この難敵を足止めすると……援護をすると!
 そんなネギ達の決意を待っていたのか、ネギ達の耳にいるはずがない人物の声が響いてきた。

『……坊や、聞こえるか?』
「こ、この声って!」
『フフッ、貴様の戦い中々愉しませてもらった。
 貴様は限界だと決め付けているようだが。何、そこからが本当の頑張り所というヤツだ。
 お前があの男の息子だというのなら意地を見せてみろ』
「ああ!姐さん!」
『一分少々持ち堪える事ができたなら後は私が引き受けてやる。
 後の事は気にするな、細かい事は何も考えずにガキはガキらしく闇雲に突っ込んでみろ、意外と何とかなるかもしれんぞ?』

 そこまで言うと、エヴァンジェリンの念話はふつりと切れた。

「いやー真祖の姐さん、兄貴は色々とギリギリなんスが……」

 ネギの肩にいるカモは小声でボソボソと現状を口にする。
 しかし、今のやり取りはネギと明日菜にほんの少しの余裕と大きな希望を与えた。
 一分と少し持ち堪える事ができれば、戦況は覆る!
 身体の隅々にまで行き渡る様な深呼吸と、久しぶりに落ち着いた鼓動で落ち着きを取り戻したネギは、力を取り戻した双眸で明日菜に頷いてみせる。
 視線を受けた明日菜も力強い眼差しで頷き返す。

「ネギっ!」
「はい、アスナさん……いきます!」
「任せなさい!」

 対するフェイトは何処までも静謐だった、ネギの決意も明日菜の頑張りも無駄な行為とただ歩み寄ってくる。

「来るのかい?
 ……なら、相手になろう」

 フェイトのその台詞が合図だったのか、事態は加速しながら展開していく。
 ネギの≪契約執行≫による魔力が明日菜の身体能力を強化し、その身を護る魔法障壁を付与する。
 明日菜は魔力で強化された脚力をもってフェイトに打ちかかる、振りかぶるのは彼女のアーティファクト“ハマノツルギ”だ、外見は巨大なハリセン…
…とはいえ、その構成素材は通常ハリセンの材料として知られる紙ではない、詳しい事は不明ながら金属質の輝きを有している、殴られたら「痛い」では
済まない剣呑なハリセンだった。
 しかもそれを振るうのは魔力で身体能力を強化した明日菜だ、生半可な相手では反応する事さえ不可能だろう。
 だが、相手はフェイト・アーウェルンクスだった。
 長谷川千雨の<ブラストショット>を迎撃してのける規格外の化け物なのだ、いかに早かろうと素人の少女が打ちかかる打撃など受けるまでもない、
瞬間移動じみた瞬動で明日菜の背後に回り込むと、僅かばかりの躊躇いすら見せずに魔力を込めた蹴りを繰り出す。
 辛うじて反応できたのだろう、振り向き身体の前面で受け止めた明日菜だったが、ネギの横を吹っ飛んだ後、桟橋に叩き付けられる。
 フェイトの蹴りにはどれ程の威力が込められていたのか、明日菜が叩きつけられた桟橋の構造材は数枚に渡って破壊された。
 しかし蹴りを受けた明日菜は、ネギの≪契約執行≫と千雨に掛けて貰っていたバリアジャケットのお陰でほぼ無傷のままだ、その代償だろうか、バリア
ジャケットは殆ど機能停止寸前の状態にまで陥る。

 明日菜を蹴り飛ばしたフェイトはそこで止まる事は無かった。
 再度の瞬動、思わず明日菜へと振り向いたネギの背後に移動した彼は、無防備なネギの背中に情け容赦の無い左ストレートを打ち込む、フェイトのそれと
比してあまりにも脆弱なネギの魔力障壁は容易く打ち破られ、彼の拳の直撃を許してしまう。
 フェイトの拳の直撃を受けたネギは、彼の狙い通りなのだろう、立ち上がりかけていた明日菜にぶつかって共に桟橋の上を跳ね回っていく。

「あたたた……」
「つ、つええ、野郎半端ないっスよ兄貴……」

 そんな明日菜の呻きとカモの言葉が終わるかどうかというタイミングで再びフェイトが飛び込んで来る、今度は両の拳による連撃だった。
 絶える事無く、息つく間も無く打ち込まれるその連撃は、まるで暴風雨さながらだ。
 明日菜が刹那や古菲並に格闘技を修めていれば打開はできたのかもしれない、しかし現実はどこまでも過酷だった。
 裏の世界に足を踏み入れて間もない、ただ運動能力が優れているだけの少女と魔法使い見習いの少年にとって、フェイトの攻撃を受け止めているだけでも
賞賛に値するだろう、しかし限界というものは何事にも存在する。
 それはネギと明日菜の防御にも言える事だった、天井知らずに回転を上げていくフェイトの拳打を捌き切れなかったのは二人のどちらだったのだろう、
嵐の如きフェイトの乱打は肘打ちで二人をまとめて跳ね飛ばした事で終わりを迎えた。
 だが、拳打の終わりは攻撃の終わりではない。フェイトにとっては締めの一手への布石であり、ネギ達にとっては絶体絶命のピンチだった。
 ネギ達と距離を取ったフェイトは、右手指先に妖しい光を灯しながら5m近い高さまで跳躍する。
 そして始まる致死の呪文詠唱。
 そうフェイト・アーウェルンクスは拳法家ではない、彼は魔法使いなのだ。
 ならば、この間合いこそ彼の本領を発揮する絶対の間合い。
 敵に絶望を、己に勝利を齎す必勝の間合いだった。

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト
 小さき王 八つ足の蜥蜴 邪眼の主よ
 その光 我が手に宿し 災いなる眼差しで射よ ≪石化の邪眼≫!」

 呪文の完成と共にフェイトの右手から必殺の光芒が迸る。

 ネギはフェイトの呪文をただ見ている事しか出来なかった、避けるには体勢が悪過ぎ、防ぐ呪文も知らなかったからだ。
 そんな彼を抱きしめる人がいた、日本に来てから初めて知り合った少女。
 どことなく姉の面影を見ることが出来る、ネギにとって初めてできた従者の少女。
 乱暴で怒ると怖い、だけどどこまでも優しい少女。

 光が過ぎ去った場所は例外無く、その性質を石に変えた。
 湖の水も、桟橋の構造材も……しかし、その中で変わらない者がいた。

「アスナさん!」
「やはり、魔力完全無効化能力か?
 まずは君からだ、神楽坂明日菜!」

 明日菜に対して何がしかの危機感を覚えたのか、空中から降りる勢いを利用して疾風の速さでフェイトが襲いかかる。
 離れて見ているネギにも分かる程、拳に凶悪なまでの魔力が込められている。
 自身への強化につぎ込んだ魔力なのだろう、あれで殴られたら人など一たまりもあるまい。

 あんなモノを人に使うというのか!そう思った瞬間、ネギの思考が白熱した。

 明日菜の身体にフェイトの拳が突き刺さったと思えた瞬間、今まで無表情だったフェイトの仮面じみた顔に初めて表情らしきものが浮かんだ。

 驚愕、それとも呆然だろうか、もしかしたら唖然かもしれない……彼の内に生まれたのはいずれの感情だろうか。しかし、どの感情だろうと目の前に
ある結果は変わらない。

 即ち、“フェイト・アーウェルンクス渾身の一撃を、ネギ・スプリングフィールドが受け止めた”という結果は変わらないのだ。

 普段は温厚なその顔に、珍しく怒りの表情を浮かべた少年は、歯を食いしばりながら自身の魔力を搾り出していく。
 フェイトの拳を止めたネギの手は、フェイトの動きを封じ続ける。
 全身の力をフェイトを捕まえた左手に籠めながらネギは明日菜に話しかけた。

「ア、アスナさん……大丈夫、ですか?」
「うんネギ、こっちは無事……」

 ≪石化の邪眼≫を受けた事で耐久力の限界を迎えたのだろう、明日菜の身体を包んでいたバリアジャケットは魔力の粒子となって散り、元々着ていた
私服が露わになる。
 魔力の粒子が舞い散る中、明日菜はその両手でハマノツルギをしっかりと握り締め

「けどまぁ、悪戯の過ぎるガキには……おしおきよっ!」

 フェイトの顔面に向けて振り抜いた!
 ネギによって動きを止められていたフェイトにとって、それを避ける事は無理な話だった。
 明日菜が振り抜いたハマノツルギは障壁に受け止められた為、フェイトの顔面を捉える事は無かったが、難攻不落の城砦の如き障壁を消し飛ばす。

(障壁が!)

 自身の護りの要でもある魔力障壁の消失にらしくもなく動揺したのか、フェイトの動きがほんの数瞬止まる。
 その瞬間を、ネギは見逃さなかった。

「ぅおおおおおおおおおおおおおっ!」

 刹那が永劫にまで引き伸ばされた時間の中、ネギはこれまでの人生で上げた事が無い声を、咆哮を、雄叫びを上げた。
 半ばまで石化が完了した右の拳を固く硬く握り締め、本当の限界まで振り絞った魔力を右の拳、その拳先へと集中させる。
 そしてエヴァンジェリンが言う様に、この後の事等何一つ考えず、この刹那に、その小さな拳に、全てを託して振り切った。


 空気を割るような重い音がフェイトの左頬から響く。


 引き伸ばされた時間の中、ネギの視界に殴られ歪んだフェイトの顔が映った。
 殴られ、捻った首を元に戻した少年――フェイト――が、目の前にいる少年――ネギ――を初めて“見た”。

「……身体に直接拳を入れられたのは……初めてだよ、ネギ・スプリングフィールド」

 フェイトの拳が閃光の速度でネギに迫る。
 しかし、彼の拳がネギに届く事は無かった、それはフェイトの拳を止めた存在がいたからだ。
 ネギは……体力と魔力を全て使い果たし、最早倒れる寸前。
 明日菜は……ネギと離れてしまっている。
 ならば誰が止めたのか、誰にあの拳を止める事ができたのか。


「……ほう、ならばこれが二度目となるわけだ」


 桜の花弁に混じって黒い花弁が舞う、きいきいと鳴く花弁は風ではなく己が意志で空に舞う。
 それは花弁ではなかった、そしてそれは鳥ではなく、獣でもない。
 それは蝙蝠と呼ばれる、夜の眷属の使い魔として広く知られる姿をとっていた。
 彼等は次第に一つ所に寄り集まってある姿を形作る。
 彼等の主を、夜に咲く絢爛豪華たる闇の女王を。


(これは、吸血鬼のスキル?)


 集いながら次第に人の姿を模していく黒い使い魔達を見て、フェイトは今から顕現する存在を警戒していた。
 全身よりも先に形作られた両の腕は自分よりも細く繊細な作りをしている。しかし、そこに籠められた力の強大な事、ややもすれば背後の鬼神すらも
凌駕するだろう。
 その腕の一つ、冷たい感触を与える左手が自分の右手を止めている。
 そしてもう片方の腕、つい先程実体化が終了した右腕は掌の感触を確認する様に小指から順に握り込むと、小さな拳を生み出した。
 闇の中に開いた青い瞳が笑った事をフェイトは理解しただろうか。
 障壁が強引に破られた際に起きる光輪を見た直後、彼の視界に映る光景は瞬動並の速さで後ろから前へと流れていく。
 殴られた、と理解したのはその身が桟橋に叩きつけられた後だった、先のネギと明日菜を彷彿とさせるような軌道を辿ってフェイトは転がり跳ねる。
 その身体を止める事に成功したのは、先刻まで近衛木乃香を横たえていた石造りの祭壇にぶつかった時だった。


 闇色の人形の中から繊細な美声が響く、それはただ美しいだけではない、内に秘めた強大な力すら聞く者に実感させる声だ。

「予告通り一分、まあ良く頑張ったと言ってやろうじゃないか、ぼーや」

 そんな言葉と共に、蝙蝠達が弾かれた様に離れていく。
 そこには麻帆良学園の制服の上に漆黒のマントを羽織り、とんがり帽子を被って腕組みしているいるエヴァンジェリンがいた。

「エ、エヴァンジェリンさん!」
「ふん、良い具合にボロボロじゃないか?」
「な、何よ!しょうがないじゃない!あのフェイトっていうの強すぎるんだから!」

 見下ろしながら揶揄するエヴァンジェリンの言葉に思わず反論する明日菜だったが、そんな言葉がエヴァンジェリンに響くわけがない。

「うるさい、裏の世界に自ら踏み込んだ者がそれ位の事でギャーギャー抜かすな」

 尊大に明日菜に告げるエヴァンジェリン、そんな彼女に愚痴を零す存在がいた。

「オイ御主人、俺ノ出番取ッテンジャネーヨ」

 そこにいるのは茶々丸をディフォルメした様な木製の人形……エヴァンジェリンの初代従者チャチャゼロだった。
 両手に剣呑な武器を携えた彼女(?)は、愚痴を零しながらも従者らしく周辺の警戒をしている。

「ふん、あのガキがあれ位でくたばる様な玉か、いいから貴様は周囲を警戒しろ。
 ゲートの気配があれば構わん、殺ってしまえ」
「任セロ御主人、ドンナヤツダロウト殺ッテヤンヨ」

 久しぶりに動けるのが楽しいのか、両手の刃物を振り回しながら「ケケケ」と哂うチャチャゼロを見てドン引く明日菜。
 そんな彼女とネギにエヴァンジェリンが声をかける。

「ぼーや、それと神楽坂明日菜。貴様等は岸に向かえ、あのガキは私とチャチャゼロで潰す」
「え、でも……」
「魔力切れの魔法使いなんぞ足手まとい以外の何者でもない、これに懲りたら魔力の運用や制御をしっかりする事だな」

 ネギはエヴァンジェリンの厳しい物言いに何も言えなかった。確かに魔法を行使できない今の自分は、すこしばかり知識があるただの子供にすぎない。
 そんな存在がこの場で出来る事など無かった。
 悔しさに唇を噛み締めるネギを心配そうに見る明日菜だったが、エヴァンジェリンの言う事も分かるので反論する事もできない。

「ま、それは理由の一つに過ぎん、最大の理由はアレだ」

 そう言うとエヴァンジェリンは、ほぼ全身が出てしまっている両面宿儺に視線を向ける。

「天ヶ崎がジュエルシードを所有している以上、私達が手を出す訳にはいかん。
 最悪、ジュエルシードが鬼神にとり憑いて暴走した場合、こんな場所では数秒と持たんしな」
「エヴァンジェリンさんはジュエルシードが暴走すると考えているんですか?」
「かなり高い確率でな、こういった時は起きて欲しくない事が起きるものさ。
 本来はこういった事にならない様に手を打つのが肝要なのだが……ま、今更だな。
 ……来るぞ、チャチャゼロ」
「アイサー御主人」

 気軽そうな声がガラリとその雰囲気を変えた。
 エヴァンジェリンとチャチャゼロの鬼気に周囲の風さえその動きを止める、その雰囲気に呑まれたネギや明日菜も背中合わせになって周囲を見回す。
 そんな中、いち早くチャチャゼロが動いた。
 自分の身の丈程もあるグルカナイフを不自然な動きを見せる水溜りに躊躇無く振り下ろす。
 が、どういう事か水溜りからうねる様にいくつもの腕が伸びると、振り下ろされたグルカナイフを絡め取る。

「チッ、水妖陣カヨ!」

 絡め取られたナイフを何の躊躇いも無く手放すと、どこから出したのか波打つ刀身が特徴的なクリスナイフで水妖陣から伸びる腕を片っ端から切り捨て
破壊する。
 クリスナイフには何がしかの力があったのかもしれない、腕は全てただの水になって飛び散って桟橋をしどしどに濡らしていく。

「フン、水妖陣の欠片を利用してゲートを絞らせないつもりか」

 フェイトの考えを読んだのか、不敵な笑いを浮かべたエヴァンジェリンが吐き捨てる。
 それが聞こえた訳でもないだろうが、相変わらず感情を読ませない平坦な声が辺りに響き渡った。

「読まれているのなら態々乗る必要も無いか、初めまして……かな?“人形遣い”エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」
「その通り、悪名高き“闇の福音”さ。
 貴様は確かフェイト・アーウェルンクスだったか?何処の手の者か私の知った事ではないが、貴様も真っ当な人間には見えんな」

 声の発生源へ振り向くと、そこには湖の上に佇むフェイトがいた。
 構えもせず、力みもない、極めて自然な立ち姿だ。
 距離はギリギリエヴァンジェリンの間合いの外、しかも足元は水である上、風に舞う花弁があるので、糸を使っても見つかる可能性が高いだろう。
 手が無い事も無いが、エヴァンジェリンにとっては正直面倒……というよりジュエルシードが存在するこの場において、これ以上の魔法行使を躊躇う
気持ちがあった。
 そんな気持ちを感じたのか、フェイトの姿が次第にぼやけていく。

「麻帆良の切り札が相手では分が悪いか、今回は此方が引くとしよう」
「ほう……貴様、天ヶ崎千草の助っ人ではなかったのか?」
「別に、彼女に協力したのは彼女の知識に用があったからだよ、それが手に入った以上は此処にいる必要もない」

 そこまで言った所で何がしかの魔法が解けたのだろう、フェイトの身体は一塊の水に戻って湖の中へと落ちていった。
 エヴァンジェリンとチャチャゼロ、そしてネギ達の周囲から先程までの緊張感が拭い去られていく。
 どうやら言葉通り、フェイトはこの地から去ったらしい。

「幻像か……いや、あの動きからすると、まあいい。
 ぼうや、それから神楽坂明日菜さっさと岸に戻るぞ」
「え?エヴァちゃん、もういいの?」
「ヤツならもう逃げた、これから追うにしても正直面倒だ。
 捕まえた所で本体ではないだろうしな、放っておけ」
「だけどさ……」

 未だに不満気な明日菜にチャチャゼロが哂いながら声をかけてくる。

「ケケケ、ドーセ今ノオ前等ニハ、追ウ手段モ倒セル腕モネーンダ、気ニスルダケ無駄ッテモンダゼ。
 後ノ事ハジジイ共大人ニ任セトキャアイーンダヨ」
「わ、分かってるわよ!私達がアイツに敵わない事位……だけど悔しいじゃない」
「悔しいのならそう思わなくてもいいだけの力をつける事だ。
 ただ言っておくが、生半可な力ではあのガキに勝てん事位は覚えておけ」
「そんなに強いんですか?」
「オ前、アノガキト殺リ合ッタノナラソレ位判レヨ。
 ソンナ事言ッテイル時点デ、ヤツ以下ッテ事ジャネーカ」

 ネギの質問にチャチャゼロは無情な答えを返す。
 そんな中、ネギ達の背後……祭壇の方から嵐の様に猛り狂う魔力が溢れ出した、同時に耳を劈く咆哮が夜空に響き渡る。
 

 世界を震わせるその咆哮こそ、京都魔法大戦、最後の幕が上がる号砲だった。


 その咆哮は世界を震わせた。
 祭壇は粉微塵に砕け散り。
 湖の水は一瞬で沸騰する。
 つい先刻まで鬼神を封じていた大岩に至っては、存在そのものから失われた。

 エヴァンジェリンとネギはこの時、本当に理解した、長谷川千雨が恐れていたモノを。
 この世界の震えこそあの少女が恐れていたモノ。

 ―――――これこそが“次元震”というものなのだと。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき
 今回は“京都魔法大戦”の前編です、一応ネギ対フェイトをメインに据えた話になります。
 もしかしたら要らない話なのかもしれませんが、千雨ばかり書くのも何だか贔屓してるみたいで……というか、フェイトとスクナ両方を相手取るとか
無茶振りが過ぎるかなと思いましたので、こうなりました。
 エヴァンジェリンの活躍が少ないのは……すいません、マジ難しいのでこんな感じの活躍が自分的には精一杯なんです。

vsフェイトについて
 ほぼ原作通りの展開ですが、色々といじっています、楽しんで頂けたら幸いですが……。
 後、エヴァンジェリンの参戦&決着についてもこんな感じで纏めました、これはフェイトにとってメリットが無いから退却したに過ぎません。

フェイトの目的について
 このSSの独自設定ですが、前話に出ていた惑星配列を利用した魔力運用技術の習得が主目的となっています。
 なので、千草さんが召喚を完遂出来たらいつでも退却できる、という状況にしました

刹那のカミングアウトについて
 軽いかな、でもこれが今の自分の精一杯なんです。
 後、簡単に納得しすぎかとも思わなくもないですが、三日目の日中に木乃香とある程度の関係修復ができたのでこんな感じにしました。

たつみーとクーとかえでについて
 ええとファンの皆さんすいません、彼女達はサブなのでぶっちゃけ活躍シーンはありません。
 というか無理に入れると散漫になってしまうので、こんな扱いになってしまいました。

後編について
 何とか7月中、遅くても8月には投稿します、多分。
 ラカン的強さ表8千のスクナ(暴走ジュエルシード風)と戦う破目になってしまった千雨がどうするのか……頑張って書きたいと思います。



[18509] 第17話「京都魔法大戦……天ヶ崎千草鬼神変」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/08/21 01:57

 長谷川千雨は怒っていた。
 いや実の所、長谷川千雨はいつも怒っているのだ。
 それはクラスメイト達の常識の無さだったり、魔法使い達の変な常識だったり、それはもう様々な事で怒っている。
 しかし、その怒りはいつも心の内に秘していたし、人に知られない様に処理もしていた。
 だが、今はもう無理だ、我慢とか辛抱とかそんな可愛気のある事は無理だった。
 はっきりと言えば千雨は今、怒っていた、短いこれまでの人生で覚えが無いほど怒り狂っていた。


 ――――――あえて簡素に表現するのならば、長谷川千雨はキレていた。



第17話「京都魔法大戦……天ヶ崎千草鬼神変」



 あのうっとおしいフェイト・アーウェルンクスを担任に任せた千雨は、自分がこれから相対する事になったさらなる難物を前に愚痴を零していた。

「まさかシューティングゲームの主人公キャラの気分をリアルで味わえるとは……」
【人生何があるか分かりませんねえ……】

 目の前には二面四手の巨大な人影が聳え立っている。
 未だ完全に封印が解けていないのだろう、腰から下は封印に使用していたと思しき巨岩の中に埋まったままだ。
 身体比率からアロンダイトが予測した身長はおおよそ60m。
 機動戦士ガン○ムに出てくる巨大MAビ○ザムとほぼ同程度の高さがある事になるとはアロンダイトの言である。
 ガ○ダムとかビグ○ムとか言われても、今時のオタクである千雨には分からない(何しろ生まれる前の話である)、一応Wとかは嗜みとして知っては
いるものの、その大元となる作品についてはチェックしていない。
 千雨自身、鬼神の大きさは怪獣王辺りかと、いささか麻痺している頭の片隅で適当に推測していた。
 そんな千雨の耳に今回の騒動の元凶……もとい、実行犯である天ヶ崎千草のいささかハイテンションな声が聞こえてきた。

「このかお嬢様の力でこいつを完全に制御可能な今、もう何も怖いもんはありまへんえ!
 明日、到着するとかいう応援も蹴散らしたる!
 そしてこの力があれば、いよいよ東に巣食う西洋魔術師に一泡吹かせてやれますわ!
 アッハハハハハハハハハ」

 得意絶頂な天ヶ崎の狂笑にドン引く千雨、心なしか腰が引けていた。

「うわー、係わりたくねー」
【召喚の際に利用した魔力で一種の酩酊状態になっているんでしょうかね、言っている事が無茶苦茶ですよ】
「だよなあ、第一あんなデカブツどうやって関東まで運ぶつもりだよ、下手したら自衛隊やら米軍やら飛んで来るだろうに。
 つうか近衛のヤツほとんど素っ裸じゃねーか、京都から麻帆良まで近衛に延々ストリップさせるってーのは流石に気の毒じゃねーか?」
【ええ、何とか助け出してあげたい所ですね】
「全くだ、誘拐犯から解放されたと思ったら、自分のヌードが全世界に出回っていた……なんて自殺モノだぜ」

 身体を覆い隠すのは、バスタオル大の薄布と足袋のみという、外出には全くもって不向きで些かマニアックな格好の木乃香を見て、千雨は気の毒そうに呟く。
 もしかしたら春休み前日の事を思い出していたのかもしれない。
 そんな千雨にアロンダイトが不意に問いかける。

【そういえば色々と破綻気味というか正気を疑いかねない計画ですが、気が付いていますか?マスター】
「気が付くって何にだよ」
【魔法の存在を世間に暴露するのが彼女の目的なら、あの巨体はうってつけです】
「……おお!」

 アロンダイトの言葉に驚く千雨。
 なるほど、あの巨体で麻帆良へ乗り込んで、あの街の魔法使い達と派手にやらかせば魔法使いにとってはかなりのダメージになるだろう、少なくとも
オコジョになる連中は学園長を筆頭にかなりの数に上るはずだ。
 学園長が一般社会に対してどれ程の権力を有しているか千雨には分からないが、あの巨体が相手では仮にマスコミを抑えても必ずどこからか漏れる、
秘密にできるはずがないのだ。
 巨大ロボットという可能性も、あの巨体を前にしては説得力が無くなるだろう。
 そうなると今まで行ってきた計画の齟齬も理解できる、天ヶ崎には元々魔法を隠蔽する気がなかった……否、むしろ積極的に暴露しようとしていたのだ
、それが功を奏さなかったのはターゲットたる自分達が“≪認識阻害≫に慣れきった麻帆良学園生徒だった”という事情と、天ヶ崎が陰陽師として育んで
来た自身のモラルに中途半端に縛られていたり、魔法使いとして正常な認識を持っていたフェイトの働きがあったからだろう。

「なるほどなあ、私達は魔法を隠匿するものとばかり思っていたから勘違いしていたんだ」
【はい、正に逆転の発想というヤツですね】
「しかし、これでヤツの目的の一つはほぼ完遂したんだ、大人しくジュエルシード返してもらえねーものかね」
【無理じゃないですか?】
「だよなー何かハイになっちまっているし……今、すっげえ全能感を味わっているんだろうなぁ……」

 「ハア……」と溜め息をつく千雨、しかし一縷の希望を求めて天ヶ崎が陣取っている両面宿儺の肩辺りまで上昇する。


 封印から抜け出すべく両面宿儺を操っている千草の方も、飛んで来る人影を視認していた。
 その人影を千草は覚えていた。忘れもしない、シネマ村で一瞬とはいえ自分を脅かした少女だ。
 祭壇にいた助っ人の西洋魔術師はもう一人の敵、サウザンドマスターの息子と戦っているらしい。
 敵の足止めもできないとは全くもって役に立たないガキだ、やはり西洋魔術師は当てにならないという事か、と千草は自分勝手に決め付け、此方に
近付いて来る少女をねめつける。
 その目は手に入れつつある強大な力に酔い、己を見失いかけている事がありありと分かる程濁っていた。
 それはあまり人付き合いをしない千雨にも分かる程だ、それだけでどれ程危険な状況か分かろうというものである。

 そうして千雨と千草は再び対峙した。

「よう、御機嫌じゃねーか」
「ふん、おのれか。
 おのれの様な小娘には用はない、さっさと尻尾巻いて東に帰り。
 そして東の魔法使い共にこの事を教えるんや、大鬼神・両面宿儺を従えた世界最強の陰陽師・天ヶ崎千草が近い内にアイサツに窺うとな」

 千草は、目の前にいる千雨を路傍の石でも見るような目で見下ろしながら、メッセンジャーになれと言い放つ。
 しかし当の千雨とて目的があってこの場にいるのだ、それを果たさない内に離れるわけにはいかない。
 千雨はデバイスモードのアロンダイトで軽く肩を叩きながら千草に話しかける。

「いや、コッチとしてもそんなのとヤリ合うのは遠慮したいんだけどな。
 悪い事言わねーからさ、大人しくジュエルシード返しちゃくれねーか?
 第一、そんなデカブツ持ってるんだ、あんな石っコロどうだっていーだろ」

 宥める様な口調で千草に話しかける千雨、口調は穏やかだがフェイスガードに覆われた額には青筋が浮いている。
 それが理解できるのか、千草はそれなりに整った顔にニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて、豊満なその胸元から封印に包まれたジュエルシードを取り
出し、千雨の前で弄んでみせた。
 ジュエルシードを我が物の様に弄ぶ千草の仕草に、千雨は知らず苛立ちを募らせる。

『……のアマ、コッチが手出しできないと知って好き放題しやがって』
『危険ですね、ジュエルシードの反応が私にも感知可能です』
『てーと、封印が解けかけてるって事か……マジでヤバイぞ』
「昼も言うたけどな、制御できてるモンを敵と分かる相手に何で渡さなならんの。
 顔を洗って出直して来るんやな」
「……言っておくけどな、ソイツはアンタが思う程容易い代物じゃないんだぞ。
 しかも此処には魔力の大規模集積体でもある鬼神がいる、洒落じゃ済まされないんだ。
 頼むからさ、大人しく渡してくれねーか」

 千雨は千草を刺激しない様、慣れない言葉遣いで千草に語りかける。
 そんな態度に気を良くしたのか、千草の顔に満足気な笑みが浮かぶ、そして何やら思いついたのか、唇を笑いの形に歪めると目の前の少女に向かって
猫撫で声で語りかけてきた。

「そうやなあ、そこまで言うのなら考えたってもよろしおすえ」
「何だと?」

 千草の言葉に千雨が反応する。
 怪訝な様子を隠しもしない千雨に千草はゆっくりと頷いた後、言い聞かせる様に話し始めた。

「アンタがそこまで言うのなら返したってもエエ言うたんや。
 けどなお嬢ちゃん、人に頼み事するのにその仮面は何や、それに言い方いうものがあるやろ。
 それから、ウチは魔法をぶっ放された謝罪もまァだ聞いてへん気がするんやけどなあ?」

 千草の笑みが深くなる、対照的に千雨はフェイスガードの下、眉間に深い皺を寄せていた。
 そう、千草はジュエルシードが欲しければ、顔を隠しているフェイスガードを取り、自分にへりくだって謝罪しろと千雨に要求しているのである。

 千雨は千草のその言葉を理解できた、確かに自分の物言いやフェイスガードは人にモノを頼むには不適切なものだろう。
 しかし、そう「しかし」だ、千草が持つジュエルシードは元々麻帆良外縁部にあったものである、それが何故彼女の手の内にあるかと問い詰めれば些か
彼女にとって不都合な事情が判明するはずである。
 だが、千雨は警察や検察でも、ましてや裁判官でもない、第一そんなモノが役に立つ状況でもない。
 千雨は彼女が外縁部で何をしていたとしても興味は無かったし、ジュエルシードさえ渡してくれれば、夕映からのSOSがない限り裏の事になど関わら
なかっただろうという事は想像に難くない。(まぁ、実際にはどうなるか分からないが)
 だが、彼女は最初に要求をした際、千雨に否と返した。
 新幹線や清水寺近辺で騒動を起こし、その夜には未遂とはいえ誘拐事件を主導する、シネマ村でクラスメイトを巻き込み、ついには近衛木乃香を拉致し
……その挙句、鬼神を召喚するという暴挙に及んだ。
 そんな相手からへりくだれと言われたのである、千雨は怒りと屈辱でブルブルとその細い身体を震わせた。
 しかし、自分が頭を下げるだけで最悪の状況を回避できるのならば下げるべきだろう、それは分かる、理解できるし千雨の理性はするべきだと判じている。
 だが、千雨の感情は猛烈な反発を覚えていた。千雨はかなり理性的な面がある反面、気が短い……要するに堪え性がないのだ。
 それは彼女の攻撃性や、≪認識阻害≫に対する反発性、そして麻帆良の魔法使い達に対する警戒ぶりにも現れているのだろう。
 思わず反発しようとした彼女に話しかける存在があった、この一月余りの間片時も離れなかった彼女の相棒である。

『マスター、ここはあえて相手の言い分を呑んでみてはどうでしょう』
『ああ、分かってるさ……私が我慢する事でジュエルシードを手に入れる事ができるんならするべきだっていう事はな』
『なら……』
『けどな!ヤツの言い様は盗っ人猛々しいってヤツだろうが!
 偶然拾ったモノぶら下げて偉っらそうにしやがって……』
『マスター』
『……分かってるって』

 心中で暴れまわる感情を歯を軋らせて懸命に抑えた千雨は、アロンダイトをスタンバイモードへと戻し、正体と表情を押し隠す為に着けていたフェイス
ガードも解除する。

 今まで仮面の下を見る事が無かった千草は、始めて見る少女の怒りの表情を見て、その心の内にゾクゾクと震えるような快楽を覚えた。
 顔は眼鏡に覆われ、その表情も怒りと屈辱で歪んではいるものの、その顔立ちが並の少女を凌駕している事は二十年以上女をやっている千草には簡単に
看破できた、そんな西洋魔術師の少女が激情を堪えながら今から自分に懇願するのだ、千草にとってはどうでもいいたった一つの石コロの為に。
 懇願した後に自分が放つ言葉にこの少女がどんな反応をするのか……千草は零れそうになる笑いを堪えるのに必死だった。

 千雨は薄ら笑いを浮かべる千草を見ないようにしながら、頭を下げて重い口を無理矢理開く。

「さ、さっきはいきなり攻撃をしてしまい申し訳ありませんでした。
 ……天ヶ崎さんが持たれているその宝石は、魔力を吸収するととても危険な状態になるので渡してもらえませんか」

 拳を握り、身体を震わせてそう言う千雨を見ていた千草は、とうの昔に決めていた結論を、その顔に嘲笑を浮かべながら千雨に告げた。


「まっぴら御免や」


 千草の言葉を理解できなかったのか、千雨は俯けていた顔を上げると、数瞬呆けた顔で千草を見返す。
 その時を狙っていたのか、四つある両面宿儺の拳……人一人簡単に潰せそうな巨大なそれをあまりにも無造作に上から下へと振り下ろす、それは千草の
言葉で呆然とする千雨の身体を容易く捉えた。
 巨腕の一撃は静止していた千雨を外す事無く打ち据え、その細身の身体を湖面に叩き付ける。
 どれほどの力で千雨を殴りつけたのか、湖に数mにも及ぶ高さの水柱が立ち上がった。
 
 その水柱が落ち着き、湖も静けさを取り戻す。
 そんな中、千草の口から抑えきれなくなった哄笑が溢れ出した。

「ック、アッハハハハハハハハハッアーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……
 あーおかし、馬鹿なガキやなあ、ウチがアンタ等西洋魔術師に何か譲ると本気で思うとったんか?」

 自分の言葉を信じ、懇願した千雨を千草は愚かと嘲笑する。
 笑いの発作が治まったのか千草に穏やかな表情が戻る。しかし、それも長くは続かない。
 笑顔が消え、無表情の仮面が取れた後に表れたのは、憤怒と憎悪にまみれた顔だ。
 そして千草の紅に彩られた唇からは、怨嗟に満ち満ちた言葉が溢れ出した。
 
「フン、お前等西洋魔術師に小石一つ、塵一つ、ウチの物だろうと何だろうと……何一つ渡してたまるか!
 アンタ達のイザコザのとばっちりで、ウチ等陰陽師はえらい迷惑を被ったんや!
 昔、コイツが解放されかかった時もそうや!アンタ等の敵の所為でウチのおとうはんもおかあはんも殺されたんや!
 ウチの家系が鬼神の封を護っとるからって、封印を解呪できるからって!

 ならやったろうやないか!アンタ等の思う通り解放したる!この両面宿儺で破壊の限りを尽くしたる!
 麻帆良の地を草木一本、小石一つ、水の欠片一滴すらない呪われた地に変えたるわ!
 手始めにサウザンドマスターの息子とかいうガキと京都に来とる麻帆良のガキ共からや!どいつもこいつも捻り潰したる!」

 激昂し、興奮するままに己が欲望を吐き出す千草、そんな彼女の背後から静かな声が響く。

「天ヶ崎千草、確かに手前ェの境遇には同情するべきかもな。
 けどそいつはやり過ぎだ……、何も知らない普通の人間を巻き込むっていうのはな。
 それをやっちまったらアンタの両親を殺した連中と同類になっちまうんじゃねーか?」

 声の主は千雨だった、両面宿儺に殴られたダメージなのか、身に纏っていたバリアジャケットはその殆どの機能を停止していた。
 最終防御機構であるリアクターパージすら使用されていた為、漆黒のレオタードタイプのインナーだけの状態になってしまっている。

 千雨の問い掛けに千草は振り向きながら忌々し気に答える、その目には最早正気の光は見て取れなかった。

「生きとったんか、ゴキブリ並にしぶといガキやなァ」
「オバサンと違って日頃の行いが良いからな、神様だって適齢期過ぎたバーサンより女子中学生の方を応援するだろうさ」

 千雨の言葉に千草は押し黙った、千雨もさらに何かを言い募ろうとはせず、スタンバイモードのままのアロンダイトを天空に放り上げた。
 桜舞う月夜に蒼い彗星が舞い上がる、月光と両面宿儺の魔力光に照らされた彗星は海原の様なその青をさらに際立たせて煌き輝く。
 少女の口からあの日以来紡がれなかった契約の言葉が溢れ出した。

「“我、使命を受けし者也”
 “契約に従い、その力を我に与えよ”
 “月は水面に、陽(ひ)は天空(そら)に”
 “数多の絆は魂に”
 “不滅の勇気はこの胸に!”

 ――――――――――アロンダイト・バースト!セット・アップ!」
【Yes My Master
 Burst Mode Arondait setup.】


 天空に舞った彗星が蒼い雷と化して少女の身体に降り注ぐ。
 機能の半ばまで失ったバリアジャケットは、その姿を新しくして生まれ変わる。
 新しく腰部から大腿部に装甲を施されているものの基本は変わらない。
 だが、大きく変わった所は他にもある、両手の甲に一つずつNo.XIとXVの、胸元にもNo.Vのジュエルシードがあしらわれており、今まで常に顔を隠していた
フェイスガードと眼鏡も取り払われ、その素顔を露にしていた。
 そしてアロンダイトもあの時の姿、蒼穹の刃持つ大剣へとその身を変えている。
 頭上に掲げたアロンダイトを振り下ろした千雨は、眼前にいる陰陽師と大鬼神を見据えると怒りを欠片も隠さない声で必倒の誓いを宣誓する。

「天ヶ崎、手前ェの野望毎そのデカブツも叩き潰してやる!」
「吼えたな小娘が!ウチの怨念!ウチの執念!ウチのこの命!そのデカイ出刃包丁で潰せる言うならやってみい!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ッけえええええええええええええええええええええええええええええええええ!」

 両面宿儺の巨大な拳と、千雨が振り翳すアロンダイトから打ち出された漆黒の魔力光がぶつかり合い、爆発が起きる。

 その炸裂音こそ、飛騨の大鬼神として知られる両面宿儺を御する陰陽師・天ヶ崎千草と、異世界の魔法を操る少女・長谷川千雨の最初にして最後の
決戦の火蓋だった。

 しかし、二人とアロンダイトは気付いていなかった、天ヶ崎千草の胸元から妖しくも美しい青い光が漏れている事に。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



「アイヤー、千雨サン切れちゃったヨ」
「うぅむ、ますたーがここまで怒り狂うのは初めて見るな……」
「ですがアリアさん、鬼神に殴られたダメージは大丈夫なんでしょうか」

 偵察機から送られて来る映像を見た超とアリアは、怒りのままに戦闘を繰り広げる千雨を見ながらぼそりと呟く。
 両面宿儺に殴られた際のダメージの心配をしているのは、超の手助けを受けながら新型装備のチェックを受けている茶々丸だけである。

「む、そうだな……ますたーはその辺に関してはだいじょーぶだろう。
 恐らくアロンダイトがぼーぎょまほーをオートではつどーさせただろうしな、単純な物理こーげき一発ではますたーのぼーぎょを貫く事はほぼ不可能に
近いはずだ。
 第一、基本的にますたーはおくびょーだからな、しょーさんが無い場合、余程のじじょーが無い限り無茶な戦いは挑むまい」
「そうなのカ?そうなると、麻帆良大橋の時は最後に使った魔法があったから挑めたのかナ?」

 アリアの答えに超はかつての一大決戦の件を持ち出す。
 それに対するアリアの答えは簡潔だった。

「知らん、だがその時の経緯はアロンダイトから聞いているから、凡その予想はつく。
 あの時は単純に世界の危機だったから戦いを挑んだのだろう」


「…………ハ?
 世界の危機、アルか?嘘や冗談を言っているワケでは……」

 突如出現したファンタジー感溢れる言葉に珍しく超が戸惑う、しかしその言葉を補填する者がいる。
 以前、話を聞いた事がある茶々丸だ。

「超、それはありません。
 修学旅行前に長谷川さんとアロンダイトさんから窺った話でも、同様の事を仰っていました。
 説明されていた時点における長谷川さんの声や瞳孔の反応から分析しても、虚偽を告げている可能性は殆ど0に近いと考えられます」
「どういう事だろうネ、いくら魔法が絡んだ存在とはいえ高々100m程の球体ヨ?
 それだけの存在が世界を破壊するなど殆ど考えられないヨ」
「ジュエルシードが絡まなければな。
 あの時は複数のジュエルシードがぼーそーしていたのだ、連鎖ほーかいの可能性がある以上しょーがあるまい。
 これ以上詳しい事が知りたければ、ますたーかアロンダイトに聞け。
 それよりも準備はまだ終わらんのか、超」
「ちょうど終わった所ネ」
「……ところで超、これは一体何だ?」

 呆れた様に言うアリアの視線の先には、麻帆良から超が持ち込んだ特殊装備を取り付けられた茶々丸がいた。
 全身を白銀に輝く甲冑に覆われ、その背中には可変翼付きのバックパック、両手には茶々丸の背丈を越える程の長大な騎馬槍が携えられている。
 ただ、その騎馬槍は先端に砲口が開いており、基部にはバックパックから数本のガンベルトが接続されていた。

「うむ、よくぞ聞いてくれたネ!
 これこそ茶々丸の空戦対応オプションユニットと多機能戦闘銃槍――マルチプルガンランス――ヨ。
 茶々丸は通常時でも魔力ジェットで飛行は可能なのだが流石に長時間は無理だからネ、その為に飛行ユニットを別に用意したヨ。
 最大飛行時間は一時間、瞬間最高速度は約300m/秒……所謂亜音速まで可能ネ。但し最高速度を出した場合、十秒程インターバルが必要になるヨ。
 そしてこの多機能戦闘銃槍は通常弾頭を始めとする各種弾頭が使用可能ネ。
 また、普通にライフルとして使用するだけでなく突撃槍としても使用できる上、弾薬を連続炸裂させる事によってダメージを大幅に強化できるヨ」
「超、弾頭は……」
「当然、槍の部分も含めて障壁貫通効果処理済みヨ、ああそれと弾数に関しては異空間弾装を利用しているから心配無用ネ。
 結界弾についても新型を使っているから、データ取りの為に何回か試射してくれると助かるアル。
 それから茶々丸、大事な事だから言っとくネ、亜音速チャージを使うのは一回のみに止めるヨ。
 今のボディはそれなりの強度を持てはいるけど、流石に音速に耐える程では無いネ。
 二回以上使ったらボディがどうなるか保証できないから、本当に使っては駄目アルヨ?」
「了解しました超」

 些か過剰とも取られかねない程の警告をする超に、茶々丸はいつもと変わらない調子で返答を返す。
 そんな自分の娘とでも言うべき存在に、心配気な眼差しを向けていた超だったが、現状を思い返すとアリアへと顔を向ける。

「アリアさん、茶々丸の準備は万事オーケーヨ」
「りょーかいした、ちゃちゃまる、今から湖まで転移する。
 その後、アリアはますたーの指揮下に入るからそこで離れる事になるだろうが無事を祈る」
「ハイ、アリアさんもお気を付けて」

「うむ、では行くぞ!」

 超が見送る中、白い使い魔と白銀の鎧を纏った従者が主達がいる戦場へと舞い降りる。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 とうとう始まった千雨と千草の戦いは未だに続いていた。
 傍から見ると巨象と小鳥の戦いに見えるその戦いだったが、意外にも状況は拮抗している。
 千雨は両面宿儺に殴られたら大ダメージ確定という状況は、以前と何ら変わっていない。
 しかし、千草にしてもそれは殆ど変わらないのだ、彼女とて千雨の魔法を一撃でも喰らったら落ちかねないので両面宿儺に防御させなければならない。
そして、その為に両面宿儺による攻撃が遅れてしまうのだ。

 しかも、アロンダイトは今現在バーストモードになっている。
 バーストモードには、使用する魔法にジュエルブレードで設定した効果を付与する能力がある、只の直射型砲撃魔法を広域型にしたり、誘導操作型に
すらできるという法外な能力が。

 そうして現在、千雨がジュエルブレードに設定している効果は炎撃付与、炸裂、そして障壁貫通だった。
 千雨が打ち込む<ブラストカノン>は鬼神として生来持っている魔力障壁を貫き、着弾した後に炸裂炎上してダメージを増やし再生を阻害するという
効果が付与されているのだ。
 しかし、両面宿儺の身体にある着弾痕は胸から下に限られていた、それは……

「くそっ!近衛のヤツさえいなきゃあ、天ヶ崎に直接叩き込んでやるのに!」

 そう、千雨は木乃香に魔法が当たる事を懸念して、胸から上への攻撃を躊躇っていた。
 千雨は物理ダメージをキャンセルした魔法を放つ事も出来る。しかし、ダメージが無いという事は痛みが無いという事ではない。
 魔力攻撃でもそれなりの痛みを伴うのだ、千雨はそれをアロンダイトから聞いて知っていた、そしてだからこそ躊躇う。
 この騒動の中心人物とはいえ、木乃香自身に責任は無い、というよりも犠牲者という立場の少女だ、そんな相手に身体的ダメージは無いとはいえ、痛み
を与えるという行動は千雨には無理だった。

 そういう経緯から両者の戦いは拮抗していた。

 そんな中、アロンダイトから千雨に報告が出される。

【マスター、桟橋の方から桜咲さんが飛んで来ます】
「…………は?
 あいつ魔法使いだったのか?」

 両面宿儺の攻撃を回避しつつ、相棒から聞いた普通ではありえない「飛んで来る」という表現に戸惑った千雨だったが、そういった技術がある事を知って
いた為、報告にあった人物もそういった人種だったのかと思い直す。
 しかし、アロンダイトの答えは違うものだった。

【いえ、自前の“翼”で飛翔しています。
 形状や身体比サイズから見て、先程戦闘をした“鴉天狗”に近いかと】
「え?ああもういい、桜咲で間違い無いんだな?」
【はい、それは間違い無く。
 翼以外の身体的特徴は記録していた桜咲さんの物と一致しています】

 色々と面倒になってきた千雨は、疑問を一時的に棚上げして刹那と合流するべく両面宿儺から一旦距離を取る。
 千雨の思惑を理解したのか、翼をはためかせた刹那が千雨の隣に並び立つ。

「長谷川さん、大丈夫です……え、と……長谷…川……さん?ですよね?」
「あ?私以外の誰に見えるってんだよ」

 訝しげな刹那の声に千雨は不機嫌そうに返す。

「あ、いえ、すいません長谷川さんの素顔を見たのって初めてだったので」
【あ……】
「何…だと?」

 顔を赤らめつつ刹那が告げた言葉は、千雨とアロンダイトにそれぞれの反応を齎した。
 片や訝し気な疑問の声、そして片や隠し事がバレてしまった声。
 不意に訪れた間が過ぎ去っていく。
 バッと音がしそうな位の速さで顔を抑えると、千雨の身体がワナワナと震え始める。

「アロンダイト……手前ェ」
【いえ、マスターこれはしょうがないんです!
 フェイスガードにしろ眼鏡にしろ、タイムラグや危険性を考えると外しておいた方がいいんです!】
「ッチ!まあいい。
 桜咲、何しに来た」

 千雨の言葉に刹那は赤らめていた顔を引き締めると、この戦場に来た意味を告げた。
 己が手で大事な友達を救い出すと。
 そんな少女に千雨は羨ましげな、苛立たしげな、何とも言い難い視線を向けたが不意に背けて両面宿儺を見据えると、ぶっきらぼうに問いかけた。

「……桜咲、近衛は任せてもいいんだな?」
「え?あ、はい!お嬢様は私に任せて下さい。
 けど、あの……長谷川さん、私のこの姿について何も言われないんですか?」

 不穏な雰囲気から始まった主従の会話から一転、千雨から飛び出した質問に答えた刹那は、自身の身体について何も疑問がないのかと聞く。
 その刹那の言葉に千雨は不思議そうな表情を浮かべる。

「ああ、そこら辺の事情や常識はよく知らねーからな。
 まぁアレだろ?マクダウェルのご同輩って事だろ、話をしたきゃ後で聞いてやるから、今は目の前の事に集中しとけ。
 私が仕掛けるから、アンタはその後に近衛を救出しろ。
 救出したらマクダウェル辺りと合流しておけ、この辺にいたらどうなるか分からねーからな」
「分かりました、長谷川さん……ありがとうございます」
「気にするな、何だったら今度何か奢ってくれ、そいつでチャラにしようじゃねーか。

 じゃあ……行くぞっ!」
「はいっ!」

 黒い翼と白い翼をはためかせた少女達は両面宿儺に、そこに囚われている少女を救う為に空を翔け抜ける。
 千雨は飛びながらジュエルブレードの設定変更を始めた。

 ―――イグニッショントリガー……<ブラストカノン・マルチバースト>、<レストリクトロック>
 ―――ブーストチャンバー  ……MAX
 ―――ジュエルブレード   ……効果重複、誘導操作

「両面宿儺の動きを止める、やれるなアロンダイト」
【計算上は問題ありません】
「よし、<ブラストカノン・マルチバースト>!」
【Fire】

 千雨は後方を飛翔する刹那の進路を邪魔しないように外れながら、新しいバージョンの<ブラストカノン>を撃ち放つ。
 横一文字に振り抜いたアロンダイトの軌跡をなぞる様に<ブラストカノン>の魔力光が4つ、空を切り裂き飛翔する。4つの魔犬じみたその魔法は両面
宿儺の魔力障壁を強引に食い破り、全ての腕に喰らいつく。
 しかし、この時に撃った<ブラストカノン>は通常のものではなかった。イグニッショントリガーに設定したもう一つの魔法、そしてジュエルブレード
で設定した効果重複により、魔法が着弾した瞬間<レストリクトロック>が発動し、飛騨の大鬼神の4つの腕を縛り上げた。

「な、何やと!何やあの黒い帯は!」

 両面宿儺の腕を縛り上げた黒い魔力光の帯に驚く千草だったが、そんな彼女に対して声を上げる少女が一人いた。

 ―――それは近衛木乃香の守護者

「天ヶ崎千草!」

 ―――白い翼持つ剣士

「!?
 お前は!」

 ―――京都神鳴流・桜咲刹那

「天ヶ崎千草、お嬢様を返してもらうぞ!」

 右手に携えた夕凪に、必倒の意を込めた白い翼を持つ木乃香の守護者、桜咲刹那が空を翔る。
 鳥の様に。
 疾風の様に。
 風を切り裂き、白い羽根を撒き散らし、桜の花弁を風に巻き込みながら空を飛翔(と)ぶ。

 相対する千草は焦った、両面宿儺の力を使おうにも全ての腕は拘束されて使えない状態。いや、そもそも力を使うにはあまりにも近過ぎる。

「くっ……猿鬼!熊鬼!」

 結果、千草が打った手は、自分が最も慣れ親しんだ、最も信頼する手段……自分の≪式神≫たる猿鬼と熊鬼を召喚する事だった。
 そのヌイグルミの様な姿とは裏腹に、人を害する凶悪な力を秘めた≪式神≫は天ヶ崎を護る為、あるいは襲撃者たる刹那を倒す為、鋭い爪を振り上げるが
、対する相手は神鳴流剣士たる刹那である。
 元より魔を相手取る事に特化した神鳴流、相手となるのが陰陽師の≪式神≫でもその威は些かも減じる事はない。


 鎧袖一触、正にその例えに相応しく刹那は2体の≪式神≫を切り捨て、木乃香を救い出した。


 刹那は視線のみで千雨に謝を述べると、両腕で木乃香を護る様に抱え直してエヴァンジェリンやネギ達が待つ岸辺へとその身を向ける。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 刹那が木乃香を奪還した時と前後して、両面宿儺を縛り付けていた<レストリクトロック>もその効力を失った。
 アロンダイトのスペックを最大限利用した捕獲魔法といえども、積み重ねてきた歳月と神秘にはそこまで長い拘束時間は稼げなかったのだろう。

「大体、十秒かそこらか……ギリギリといった所か?」
【はい、ポイントは確認していますが、出来うる事ならもう少し余裕が欲しい所です】
「けどこれで近衛というアドバンテージも無くなった事だし、これからは両面宿儺を達磨にした後で天ヶ崎を集中して狙うぞ」
【了解です、バーストモードの設定を変更します。
 イグニッショントリガーを<ブラストカノン・マルチバースト>のみに、ブーストチャンバーはMAXのまま、ジュエルブレード は障壁貫通・斬撃・炸裂を選択、
全ジュエルシード状態安定、問題ありません】

 しかし、事が起きたのはそんな希望が見えた時だった。
 千雨の感覚に触れて来たとある感覚があった、それは過去に一度だけ感じた感覚、麻帆良大橋で感じた“あの”絶望感だった。

 ―――ジュエルシードが暴走を始める。

 千雨は己が感覚に従った、視線は両面宿儺に据えたまま後ろ向きに距離を取る。

【マスター、どうしたんですか?】
「ヤバイ、暴走が始まる!」

 千雨の声と時を同じくして両面宿儺の肩から青い閃光が迸った。

【ジュエルシードの反応はまだ……そんな!励起状態を飛び越えてこんな状態にまで?】
「私達はつくづく天ヶ崎を見誤っていたって事さ!
 あいつの目的、あいつの技量、そして……西洋魔術師に対するあいつの怨念や執念の根深さってヤツをな!」

 悔悟の念を覚えながら静止した千雨は、4つの巨腕を天空に伸ばす大鬼神を見た。
 いや、正確には鬼神の掌中で妖しく輝く青い人影……ジュエルシードに侵食された天ヶ崎千草を見る。
 千雨が見る中、鬼神と天ヶ崎千草は生まれ変わろうとしていた。
 次元干渉エネルギー結晶体へと変じてしまった千草の身体は、両手足の先から魔力光の粒子となって解けて崩れ、次第に両面宿儺と同化していく。

 同化していくに従い両面宿儺の身体は、今までの朧な肉体を捨て、確たる肉体を得ていく。
 逞しいその肉体は赤褐色の色を帯び、所々に焔が走っている。
 4つある拳には青白い雷が煌き、時折周囲にその暴虐の証したる雷の鎚を振り下ろしていた。
 そうして最後の一粒が同化する。
 その一粒こそ天ヶ崎千草の望み、彼女そのものだったのだろう。
 今まで木の虚の様に鬼の面にポッカリと空いていた4つの眼窩、そこに光が灯る。
 焔の様に燃え盛る憎悪の光が。
 雷の様に苛烈な憤怒の光が。
 嵐の様に荒れ狂う悲しみの光が。
 そして、氷の様に凍りついた絶望の光が。

 2つある鬼の面にある2つの顎が開く、……瞬間、世界が震えた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



「何でやっ!何でこうもウチのやる事に邪魔が入るんやっ!」

 刹那に木乃香を奪還された千草は両面宿儺の上で膝をつき、拳を叩きつけながら声を上げた。
 憎悪の、憤怒の、悲しみの、そして絶望の声を上げた。
 自分がやっている事が決して褒められる様な事ではない事は重々承知している。
 それでもなお、やらずにはいられなかった。
 関東にいる魔法使い達に恨みを吐き出さずにはいられなかった。
 両親の仇を、大戦の時に巻き込まれて死んでいった同胞の仇をとらずにはいられなかった。

 裏から身を引き、只の女として生きる道も確かにあった、そうすれば幾許かの幸せは手に入れる事ができただろう。
 けれど、そうするには千草には才がありすぎた。
 陰陽師として、そして鬼神の封を司る家の者としての才に溢れていた。
 そして、何より彼女は両親が大好きだったのだ。
 陰陽師の師としては厳しかったとしても、不器用に家族を守ってくれる父が。
 巫女として鬼神を封じていた、どこまでも優しく、暖かい母が。
 長の娘を利用しようとも、全て終わった後に切り捨てられようとも。
 千草にはこれしかなかったし、これしかないと思い込んでもいた。

 涙を流し、歯を食い縛る千草の視界に小さな包みが入った。
 他ならぬ千草自身の手によって封じられていたジュエルシードだ、不完全ながらも魔力の吸収を阻害している封は辛うじてその役を果たしていた。
 そんな封に、はたりはたりと千草の涙が零れて染みていく、憎悪の、憤怒の、悲しみの、絶望の、悔悟の涙が染み込んでいく。
 千草は目の前の宝石に関する話を聞いていた、曰く魔力を吸収して災厄を齎す宝石―――という。

 失敗した計画ならいっその事と震え、怯える指で封に手をかける。
 ほんの一動作、肘から先…いや、手首をほんの少し捻るだけで封は解かれる。
 千草が意を決して封を解かんとしたその時。
 はらり、と桜の花弁が千草の手の甲に舞い落ちる。

 父と、母と、そして自分が大好きな桜の花。

 千草の動きが止まる。
 両面宿儺の周囲を桜の花弁が夜風に舞っていた、呆然とその景色を見ていた千草は苦笑して夜空を見上げた。

 青い、妖しい光が千草の手の内から迸る。
 天ヶ崎千草の意識はその時を最後に途絶した。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき
 京都魔法大戦・中編をお送りしました。
 いかがだったでしょうか、千草さんの事情とか色々捏造しましたけど、原作でも此処ら辺さらりと流されてしまっているので捏造せざるを得ない部分でした。
 捏造しないと原作とほぼ変わらない展開になりますから、SS書く意味がないというか面白くないだろうと考えてこうしました。
 今回はいきなりバーストモードでいきましたが、これは展開的に初っ端から飛ばした方が面白いだろうというというのと、トリを決めていたからという
事があります、それにこの状況では躊躇はしないでしょうし。
 後はなのはの9話みたいに新しい起動呪文を出すのも面白いかなと思ったんですよ、“我が心に”の辺りはちょっと流れがキツイですが……orz

 話的にも今回は珍しく戦闘メインだった所為か、場面の移り変わりが激しいですね。読み難かったかもしれませんがそこは見逃してくれると助かります。


天ヶ崎千草の目的+α部分について
 というわけで千草さんの本当の目的は、魔法の暴露と世界樹の破壊に加え、関東魔法協会協会員の一斉オコジョ化による復讐というものでした。
 実際、この計画が成功した場合、関東魔法協会及び西洋魔術師は多大なダメージを負い、新世界から旧世界への干渉はかなり制限される事になるはずです。
 後は社会的にかなりデカイ騒動になる事は間違いありません。

千草さんの事情について
 原作では大戦によって両親が死んだのが原因とされていましたが、このSSではこの通り鬼神を解放しようとした西洋魔術師に両親を殺された事が主な原因としました。
 多分、戦争に出て死んだのなら、あれ程の事態は引き起こさないだろうというのが私の考えです。
 一応、裏に関わる以上そこら辺の事は理解するでしょうしね。

新しい起動呪文について
 流れが悪かった辺りをちょっと変えました。
 それから両手&胸元についたジュエルシード(No.Ⅴ・ⅩⅠ・ⅩⅤ)ですが、大橋編において節目の話で出てくるジュエルシードだったりします。




[18509] 第18話「京都魔法大戦……両面宿儺退治顛末」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/08/21 02:02

 オッハローーーーーー
 みんな元気だった?
 昨日は更新出来なくてごめんね。
 修学旅行の最中にひょんな事から友達の家に泊まる事になっちゃって、その所為で更新とかできなかったんだー
 一応、ちうはホテルに帰ろうって言ったんだよ?
 だけど友達の家の人達が、ご馳走とか色々と準備しちゃってて帰れなかったんだよね。
 しかも、友達の親戚のオバサンが酔って暴れ始めちゃってホント大変だったよー(疲)
 けどまあ、その友達の家で探していたモノをもらえたし、結果としては良かったのかな?
 とりあえず京都で過ごす夜も今日で終わり、明日にはようやく帰れるよ……


                                  ――――――ちうのHP:4月○×日の日記より抜粋



第18話「京都魔法大戦……両面宿儺退治顛末」



「こ、こいつが次元震ってヤツか……」
【はい、未だ前触れの様なものですが。
 前触れでこの規模だと、最悪連鎖崩壊した時と然程変わらない被害があるかと】
「流石、伝説の大鬼神サマって事か、洒落にならねーな。
 アロンダイト、<デイブレイクバスター>の準備をしておけ、最悪アレで片をつける」
【了解です、マスター】

 千雨とアロンダイトの打ち合わせが終わった丁度その時、茶々丸と共に転移して来たアリアが猫の姿に変わりつつ千雨の左肩にしがみつく。

「ますたー、遅くなった」
「いや、来てくれて助かった。
 アリア、防御は任せる。それからコアの探索を頼む」
「りょーかいだ」
「長谷川さん、私は今回遊撃として参戦します。
 前回と違って、大ダメージは与えられませんので牽制程度とお考え下さい」
「分かった、正直ヤバイ状況だからな、無茶はするなよ」
「ハイ、承知しております。
 それではまた後で」

 千雨の言葉に茶々丸はそういい残して、千雨達からその身を離して行く。
 恐らく、標的の分散を狙っての行動だろう。
 そうして千雨達と茶々丸がそれぞれに準備を整えたその時、両面宿儺がその身を包む閃光と共に最後の変化を果たした。

 再びその姿を変えた両面宿儺は、その大きさを人と同じサイズにまで縮めていた。
 その身を包む装束は焔と嵐で彩られ、2本に減じたその腕は雷を纏い、そして何処までも冷たく無表情な氷の瞳を持つその姿は正に天ヶ崎千草のものだった。

「……げ、縮みやがった」
【マスター、魔力量変動していません。
 姿形こそ天ヶ崎千草ですが、あれは鬼神です】
「アロンダイト、確かに魔力量で見たら確かにそうだが、あれは天ヶ崎と鬼神それとジュエルシードのこんごー体だ」
「え?ちょっと待てそれじゃあ天ヶ崎のヤツは」
「死んではおらん」
「じゃあ<バスター>は使えねーじゃねーか!
 けど、あの魔力量を吹っ飛ばすだけの魔力砲撃となると」
【ですね、最悪の場合は使用しないといけないでしょうが……】
「人殺しにはなりたくねーな。
 アロンダイト、ジュエルブレードの設定を一部変更だ、斬撃を誘導操作に変更しろ」
【了解……ッ<ラウンドシールド+>!】
「何っ!」

 会話の最中にアロンダイトが<ラウンドシールド+>を発動する、何事かと驚き見るとそこには、ジュエルシードと両面宿儺の力を取り込み鬼神と
一体化した千草の姿があった。
 焔の羽衣を纏い、暴風の速度で千雨の目の前に現れた千草は、雷で煌く拳を千雨の前に展開された防御壁に叩き込んだ。
 アロンダイトの<ラウンドシールド+>が辛うじて間に合ったのは、昨日から二度に亘って交戦したフェイトの情報があっての事だろう、彼の瞬動と
いう移動術のデータが無かったら、この一撃で勝負は決していたはずである。
 しかし、それは直撃を防いだというただそれだけの事だった。
 攻撃を受けた千雨達はそのまま恐ろしい程のスピードで湖に叩きつけられ、数回水面を跳ねて湖岸まで吹き飛ばされる。
 湖から湖岸まで続く水柱を見る千草の目はあまりにも冷たく、淡々としていた。
 だが、その千草の背中に豪雨にも似た勢いで鉛玉が撃ち込まれる。
 千草の周囲に展開されている魔力障壁は悉く無視され、着弾したその衝撃により、攻撃を受けた千草はバランスを崩す。
 だが千草は何事も無かった様に振り向く、そこには何の気負いも感情も見て取れない、しかしそれは襲撃者たる少女とて同じだった。
 何の感慨も無くそこに佇むのは、マルチプルガンランスを携えた茶々丸である。
 ターゲットの被害状況をさっと見て取った茶々丸は、手元とOS内のセレクターを操作して弾種を変更、戦闘モードのリミッターを全て解除する。

「通常弾頭ではこの程度ですか、弾種を徹甲炸裂弾に変更します」

 そうして再び降り始まる鉛弾の集中豪雨、サブが付かないマシンガンどころか、小隊支援火器に手が届きそうな程の威力を持つ攻撃が千草の身体に降り注ぐ。
 数秒の掃射で大型車両が破壊可能な攻撃だった、しかし理外の存在というのは伊達では無いのだろう。
 茶々丸による攻撃は千草の身体を確かに破壊した。しかし撃ち抜かれ、炸裂した弾丸によって破壊された肉体は、その身に内包した魔力によって破壊
される端から再生されていく。
 そんな状況を、茶々丸の機械仕掛けの感覚器官は冷徹に把握していた。

「対象の肉体的損耗ほぼ皆無、魔力的損害凡そ0.05%。
 マスター、当初の予定通り、牽制を作戦の主目的にします」
『よし、結界弾の使用は私の連絡を待ってから行え、それまでは意地でも落とされるな』
「了解」

 自分の攻撃による僅かな効果を恥じる事無く正確に報告し、主であるエヴァンジェリンからの指示に遅滞無く応えた。
 そんな茶々丸に左腕の肘から先が欠けたまま、無事な右腕に焔を纏わせた千草が殴りかかる。
 これ以上無い必殺のタイミングだった、しかし茶々丸は魔力ジェットの推力を身体の各部に仕込まれたスラスターを利用して一瞬でゼロにすると、千草
の攻撃をアクロバティックな動きで回避してみせる。
 さらに、そのままスラスターの向きを調節してマルチプルガンランスの引き金を引き絞る。
 撃ち出された弾丸の大半は夜空に消えていったが、数割は再び千草の身体を食い破った。
 茶々丸はそのまま湖面スレスレまで降下した後、再び魔力ジェットを吹かして次の攻撃ポイントへと向かう。

 茶々丸の攻撃を受けて、仰け反ったその隙を狙ったのか、千草の頭上から長大な野太刀を振り翳した少女が挑みかかる。

「おおおっ!」

 野太刀で切り込んだのは桜咲刹那だった。
 しかし、受けるのは鬼神と化した千草である、彼女は再生を終えた左腕に半ば物質化した魔力障壁を発生させて刹那の剣戟を受けきる。
 些かもダメージを与える事が出来ていない事を感じた刹那は、お返しと繰り出された拳を避けながら距離を取った。

(くっ、何だあの感触は、斬れるというイメージが全く持てない)

 刹那は魔力障壁に斬りつけた時の感触に苦い無力感を受ける、痺れる両手で夕凪を握り直し、改めて千草を見た。
 刹那は天ヶ崎千草という陰陽師とは数回邂逅している、その全ての時において彼女は感情を剥き出しにしていたが、今の鬼神と融合したと思しき存在
からは、微かな揺らぎすら感じる事が出来なかった。
 そんな存在を前に我知らず息を呑んだ刹那に、音無き声が届く。

『刹那、聞こえるか』
「エヴァンジェリンさん?はい、大丈夫です」
『それは天ヶ崎千草なのか?』
「はい、憶測になりますが、鬼神とジュエルシードの力を取り込んだのではないでしょうか。
 微かに天ヶ崎のモノと思しき気を感じます」
『なるほど、千雨の言う通り、奇しくも“望みを叶えた”というワケか……貴様は身体に何か変調を感じるか?』
「?いえ、特別に感じる変調はありません」
『そういう事か……刹那、放出系の技は使うな、気は自身と得物の強化のみに止め、足止めと牽制に専念しておけ』
「それはどういう……いえ、分かりました。
 足止めと牽制に専念します」
『茶々丸と連携しろ、こっちは千雨に何やら秘策があるようだからな、そいつに乗ってみるつもりだ』
「長谷川さんに?分かりました」

 エヴァンジェリンからの念話はそこで途切れた。
 千雨がどの様な秘策を用いるのか、そんな事は刹那は知らない。しかし、次元震から逃げる事が叶わない以上、ここで目の前にいる千草を倒さない限り、
大事な幼馴染を救う事は叶わないという事は違え様の無い事実だ、ならばその秘策がどの様な物であれ達成するまで時を稼ぐ事は当然の理。
 刹那は己が身と夕凪に気を巡らせると、千草の動きを封じるべく戦いの場へとその身を投じるのだった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 時間はほんの少しばかり遡る。
 鬼神とジュエルシードの力を取り込んだ千草によって殴られた千雨は、ネギ達が避難していた湖岸に程近い場所に飛ばされていた。

「ゲホッ、カハッ。
 クソッ、馬鹿力で殴り飛ばしやがって!アリア、アロンダイト、大丈夫か?」
「何とかな、アロンダイトの<ラウンドシールド+>が無かったらしょーじきヤバかったはずだ」
【機能には何ら不備はありません】
「しかし、どうする?
 天ヶ崎がまだ生きているいじょー<バスター>は使えまい」
【そうですね、アレは特性上どうしても非殺傷設定が付加できませんから】
「開発中のヤツを使おう、正直必要量の魔力が集まるか不安だけど、アレなら何とかなるだろう」

 嘆息しながら次善の策を挙げる千雨に、周囲を見渡したアリアが無念そうに答える。

「だめだますたー、しゅーへんの魔力量ではじょーけんに合う量の魔力素が贖えない」
「マジかよ……」
【ジュエルシードが暴走状態で稼動している以上、周辺にある魔力素は食い尽くされますからね。
 しかもあれ程の規模で発動している場合、最悪1km圏内の魔力素はかなり薄くなっているでしょう】

 続くアロンダイトの報告に千雨は歯を食い縛り、アロンダイトをきつく握りしめる。
 主のそんな様子にアロンダイトとアリアは声をかける事ができないでいた。

「…………しょうがねー<バスター>を使うぞ」
「ますたー……」
【いいんですか?】
「良いも悪いもねーだろう、アイツを暴走状態のまま放っておいてみろ、明日までには大規模次元震を起こす事は間違い無いだろうが」
【それは、そうですが……】

 その時だった、まるでお通夜の様な千雨達の背後から尊大な、美しいソプラノの声が響いたのは。

「千雨、その言い草だと魔力を集める事が出来れば何とか出来るんだな?」

 その声に思わず振り向いた千雨達の視線の先にいたのは、彼女達が知っている吸血姫の少女とその従者だった。
 どこまでも誇り高いその少女は、背後にネギと明日菜そして木乃香を連れている。
 だが、エヴァンジェリンを始めとする明日菜、そして木乃香といった少女達は千雨を見て目を丸くしていた。

「え?……あんた誰?ってそれを持っているって事は……えええええええええええ?」
「ち、千雨……か?」
「え?あのセーラー着てる娘って千雨ちゃんなん?」
「!」
「?」
「……しまっ!」
「ケケケ」

 驚くクラスメイト達に、自分の身に何が足りていないのか思い出した千雨は、空いている左手で顔を隠すと少女達から顔を背ける。
(ネギは知っていたので特に驚く事は無かったが、彼の肩にいるカモは唖然としていた)

「アロンダイト、眼鏡だ!フェイスガードでも可!」
【えー、もう良いじゃないですかー此処まで来たら開き直りましょーよ】
「うるせえ、さっさとしやがれ!」
【しょうがありませんねぇ】

 アロンダイトの渋々といた感じの返事と共に、羞恥で赤く染まった千雨の顔は再び無骨なフェイスガードに覆われる。
 そんな千雨の行動に不満の声を上げたのは明日菜と木乃香だった。
 ちなみにエヴァンジェリンは千雨の事情を知っているので黙っている。

「あ、何で隠すのよ千雨ちゃん、勿体無いじゃない」
「そやなぁ、そんなん無い方がかわええと思うえ」
「うるせえ、今はそんな事言ってる場合じゃねーだろう。
 それよりもマクダウェル、さっき言ってたのはどういう意味だ?」
「貴様が思っている事と同じさ、私ならこの周辺を魔力で満たす事が出来る」
【エヴァンジェリン、それは本当ですか?】

 千雨とアロンダイトの質問に、エヴァンジェリンはニヤリと笑うと、何でも無い事の様に答えを口にする。

「ああ、要は天ヶ崎千草と同じ事をすれば良いだけの事だ」
「……そうか!惑星配列を利用した儀式魔法だな?」
「ま、そういう事だ。この方法ならかなりの魔力を集める事ができるはずだ」
「だけど、どうするんですか?
 今、湖の周辺で儀式をしたらあの……魔獣だと思うんですが、アレに魔力を吸われてしまうんじゃあ……」

 エヴァンジェリンが示したプランにネギが疑問を呈する、だがこれはジュエルシードの特性を知る者ならあって当然の疑問だろう。
 そう、ジュエルシードにはネギやエヴァンジェリン達、魔法使いにとって厄介な特性を有しているのだ。

 ―――曰く、ジュエルシードは周辺に存在する魔法や魔力を吸収する。

 この特性こそネギやエヴァンジェリンが参戦できない理由だった、この特性の前には実力の有無や魔力量の多寡は関係無い。
 いや、なまじ魔力が多く、強大な魔法を操る事が出来る者程、この特性を前にしては戦う事ができないのだ。
 魔力が多ければ、扱う魔法が強大であればある程、ジュエルシードは力を増し次元震へと至る時間が短くなる。

 だからこそネギは問うたのだろう、しかし、問われたのは齢600を数える大魔法使い。
 魔法使いの世界では知らぬ者とていない“不死の魔法使い”エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだった。
 それ位の事は想定内と言う様に笑みを浮かべている。

「なに、それならヤツの魔力吸収能力の効果範囲外で儀式をすればいいだけの事。
 アリア、ヤツの能力の有効半径はどれ位だ?」
「大体、半径1km圏内だな」
「フン、相も変わらず馬鹿げた話だ。が、麻帆良の時に比べれば大人しい方か。
 千雨、貴様が使おうとしていた魔法はどれ位の射程がある」
「魔力の減衰が激しい魔法だから、通常ならいい所100~200mってところかな」
「ちょっと、全然足りないじゃない!」
「慌てるな神楽坂明日菜、千雨は通常と言っただろうが。……なるほどな」
「凄い……」

 千雨の言葉で何かを確信したのか、エヴァンジェリンはサファイアの刀身を持つアロンダイトを見て納得し、ネギは驚きの表情をその顔に出していた。

『不味ったな、ギリギリ1kmって言えば良かった』
『多分、痛し痒しだと思うぞますたー』
『そうですね、まあ肝の部分はバレていませんからいいんじゃないですか?』

「という訳だ千雨、私とチャチャゼロを連れて条件に合う場所に連れて行け」
「分かったよ……危ないからネギ先生達は湖に近付かない様にしていて下さい。
 じゃあ行くぞマクダウェル、アリア頼む」
「りょーかいだますたー」

 アリアのその言葉が終わると同時に、千雨達とエヴァンジェリン達はネギ達の目の前から消え去った。
 ミッド式の転移魔法を初めて見た面々は唖然としていたが、その中でも裏に詳しいメンバーの一人であるカモがネギに話しかける。

「そういや兄貴、さっき長谷川の姐さんの魔法で何か驚いてたけど一体何に驚いてたんだ?」
「そうよ、1km以上離れないといけないのに、使う予定の魔法がそれより短い距離しか使えないんじゃ意味無いじゃない」
「そやなあ、千雨ちゃん数学とか得意やから、そこら辺間違えるとは考え難いんやけど……」

 カモの一言を手始めに飛び出した疑問に、ネギは「多分ですけど」と断りを入れて説明を始めた。

「アスナさん、アロンダイトさんの剣形態の説明を聞いた時の事を覚えていますか?」
「え?うん、確かとんでもなく扱いが難しいとかどうとか」
「そうです、その理由がさっきの話しで分かりました」
「ど、どういう事だい兄貴……」

 ネギのただならぬ様子に、カモを始め明日菜や木乃香でさえも息を呑んで聞き耳を立てた。
 そんな様子に気が付いているのか、ネギは淡々と自身の推察を述べる。

「恐らくアロンダイトさんのあの形態は、魔法の各種能力を任意に変更する為の形態なんだと思う」
「……え?
 すまねえ兄貴、どうも俺ッチの聞き違いか変な事が聞こえちまったんだけど……」
「聞き違いじゃないよカモ君」
「え?…………な、何じゃそりゃあああああああああああああああああああ」

 森の中にカモに絶叫が響き渡った、魔法にさほど詳しくない明日菜や木乃香は良く分かっていない様でキョトンとしている。

「え?何、そこまで驚く事なの?」
「はい、僕達の常識では考えられない能力です。
 本来、魔法の呪文にはある程度決められた能力が設定されているんです、それは効果だったり射程距離だったり。
 僕達魔法使いはその呪文の各種能力を元に戦術を組み立てたり、対応を決めたりします。
 けどアロンダイトさんの様な能力があると……」
「そっか、本来届かない場所から攻撃が来たり、変な効果が付いたりしたら、その戦術とかも組み立てられないもんね」
「そうです、だけど長谷川さんはアロンダイトさんを使ってその設定を適時変更できる。
 多分その気になれば僕達魔法使いでは対応できないと思います」
「け、けど兄貴。
 長谷川の姐さんはフェイトのヤツに負けたんじゃ……」
「多分、得意とする間合いの問題だよ。
 カモ君だって今朝聞いてたよね、長谷川さんが魔法の勉強を始めたのはここ一年の事。
 魔法の使用に関して言えば二ヶ月にも満たないんだ、だから長谷川さんは得意な距離と苦手な距離の差が極端なんだよ」
「そうか、フェイトの野郎は正しい意味でのオールラウンダーだから、初心者と言ってもいい長谷川の姐さんは接近されたら逃げるしかないのか……。
 というより、よくぞ逃げ切ったと言うべきかもな」

 感心する様な、呆れる様な感想をカモが述べたその時、ネギ達の頭上から淡く輝く光が降り注いできた。
 そして夜空を仰ぎ見たネギ達は、長谷川千雨の新しい魔法を驚きをもって目撃する事になる。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 関西呪術協会総本山の一角にある湖の上空1000mの地点で、長谷川千雨はこういった状況に慣れつつある自分に些か不安を感じていた。

(なんだかなぁ、何時の間に私はこんな状況で平常心を保てる様になったんだ?)

 目の前では、クラスメイトの一人にして、魔法を始めとする裏社会において超有名人らしい少女が長々と呪文を唱えている。
 彼女が使う魔法と、千雨が使う魔法は根本的に違う物なので、彼女が唱える呪文を覚えようという気は全く無かった。
 しかし、汗をかいた彼女の美貌に月光の様な魔力光が煌く様は、見ていてかなり目の保養になる。この幻想的な光景を見る事ができるのは中々無い特権
というヤツだろう、そんな益体もない事を考えているとアロンダイトが話しかけてくる。

【マスター、エヴァンジェリンの儀式魔法がそろそろ終了します、そろそろ集束の準備を……】
「分かった、こっちはバグ取りやらで手が回らないから集束のサポート頼んだぞ」
【了解です】
「集束……開始!」

 千雨のコマンドと共に、足元に展開されている魔法陣へ魔力が集中していく。
 星々の魔力はエヴァンジェリンが儀式によって用意した通り道を辿って、千雨達の遥か頭上にある、いと高い所から降り注いで来る。
 その光景は正に流星雨……いや、その力強さや輝きは彗星の大軍勢と言っても過言ではないだろう。
 天空から降り注ぐ虹の如き魔力の雨。京都市近辺に住む者が夜空を見上げていたら、その壮麗な光景に目を奪われているに違いない。
 事実、この場にいる全ての者達はこの光景に魅入られていた。
 ネギも、エヴァンジェリンも、明日菜も、総本山にいる全ての者達がこの光景に魂を奪われた。
 その流星とも、彗星とも見紛う程の魔力線は次々に千雨の下へと集束されていく。
 集束される魔力は瞬く間にその大きさを増していく、集め始めた当初は数cmだった魔力塊は今や千雨の身長すら上回り、加速度的にさらなる成長を
続けていた。
 そんな光景に不安を覚えたのか、正気を取り戻したエヴァンジェリンが千雨をじっと見る。
 千雨は呪文を唱えず、ただ瞑目しながら集中している、そして呪文の代わりなのか足元の魔法陣が凄まじい勢いで回転を始めた。
 千雨の口が開かれ小声で何やら呟き始める、その声は当然エヴァンジェリンの耳にも届いた。しかし、届いた声にはエヴァンジェリンが慣れ親しんだ
呪文の欠片すら無かった。
 しかしそれは当然だろう、千雨が使うのは異世界の魔法だ。魔法の成り立ちも、魔力そのものから違う魔法の術式を理解する事などできるはずもない。
 千雨の口から数列が流れる、複雑怪奇なその数式は呪文であって呪文では無かった。
 実行中の魔法をその場で修正しながら構成を見直しているのだ、フェイスガードの中には複数のウィンドウが展開され、その全てに実行中の魔法の数式
が残像すら残す勢いでスクロールしていく。
 魔法の実行に先立ってシミュレーション空間で魔法そのものをシミュレートし、問題があった箇所を即座に修正、再度シミュレート、千雨はバースト
モードの制御と魔法の為に使用している2つの思考領域以外の6つ全てを使ってこの処理を行っていた。

 そんな中、エヴァンジェリンの脳裏に従者から警告の声が届く。

『マスター、天ヶ崎がそちらに気付きました』
「何だと?ヤツはどうしてる」
『マスターと長谷川さんの方へ顔を向けています』

 一瞬にも満たない間、敵がするであろう行動を予想したエヴァンジェリンは、刹那に対しても念話を繋げて指示を出す。

「チッ、面倒な……此方になにか放つつもりか。
 茶々丸、刹那、お前達はこれまで通り足止めを優先しろ、此方への攻撃は無視して構わん」
『了解』
『分かりました』

 エヴァンジェリンは念話を継続しながら主の許に控えているアリアを呼ぶ。

「アリア、ヤツが何か企んでいるらしい。
 恐らく此方への直接攻撃だろうとは思うが、貴様の方でも対抗する準備を整えておけ」
「分かった」
「しかし凄まじいな、いくら惑星配列を利用した儀式で魔力の通り道を用意したとはいえ、こうして目にすると呆れ果てて物が言えん」
「本来は使用済みの魔力素や、しゅーへん魔力素をしゅーそくするものだから此処までのしゅーそくは行わん。
 実際、本来の設定でいけばもうしゅーそくは終わっている筈だ」
「大魔法故のジレンマというヤツだな、後どれ位で撃てる?」
「そうだな、一分以上はかからないはずだ」
「聞こえたな?後一分だ、それまで何としても足止めしろ。
 茶々丸、此方の攻撃を始める前に連絡を入れる……そうだ、結界弾の使用準備をしておけ」

 エヴァンジェリンの指示に二人の少女から期待通りの返事が来る。

 ―――京都の騒乱に終止符を打つ星々の輝きは未だ成長を続けていた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 千草の足止めをしている刹那は、エヴァンジェリンからの指示を聞いて萎えそうだった体に活を入れ、気を巡らせて茶々丸に声を掛けた。

「後一分!茶々丸さん、そちらは大丈夫ですか?」
「ハイ、残弾も蓄積魔力も未だ十分な数値を示しています」

 刹那の問いに茶々丸は淡々と答える、しかしそれはある一面においてのみ正確な答えだった。
 千草の攻撃はどれ程苛烈だったのか、茶々丸の全身を包んでいた鎧は傷だらけになり、左腕は肘から先が欠けていた、左足の太股にも抉った様な傷跡が
残っている。
 傷を負っているのは刹那とて同じだったが、身体のパーツの取替えが効き、身体の保全にある意味無頓着な茶々丸の方が結果としてかなり大きな被害を
被っていた。

 気を利用した斬撃が有効なら、と刹那は千草の攻撃を避け、歯噛みしながら考える。
 しかし、それは今考えてもしょうがない事だった、今考えるのは如何にして眼前の敵の足を止めるか、如何にして一分もの時間を持たせるかだった。

 そんな時、千草の動きが唐突に止まった。
 両手を広げ、目を半ばまで閉じる、まるでこれから呪文でも唱えるかの様な所作だ。
 千草の唇から不気味な響きの真言が漏れる。
 ほんの一言の真言、それが齎した現象は奇怪なものだった。
 千草の周囲を取り囲む様に召喚陣が発動する、無数の2m級のもの、そして数こそ4つと少ないが直径5m以上もある大型のものからは、怖気が止まらない
程の魔力が漏れ出している。
 召喚陣から、召喚対象が徐々にその姿を現す。
 2mのものからは無数の烏族を始めとする飛翔が可能な魔物達、そして5mの大型魔法陣から出てきたのは人型をしていなかった。
 それは腕だ。全長数十mにも及ぶ巨大な腕。
 刹那はその腕に見覚えがあった……そう、両面宿儺の4つの腕、千草は自分と融合したはずの鬼神の腕を召喚したのだ。

 巨腕に只ならぬ脅威を感じ取った刹那と茶々丸が動く、しかしそれを予期して喚んでいたのだろう。
 魔物達が刹那と茶々丸に襲い掛かる。
 一体毎の強さはそれ程でもない、すれ違いに撫で斬りにして斬って捨てる位の強さしかない魔物達、しかしこの場においては数こそが問題だった。
 正に雲霞の如くと表現してもいい程の魔物の群れ。
 全周囲から十重二十重になって襲い来るその脅威は、刹那と茶々丸の前進を、攻撃を、全て受け止めていた。

 刹那と茶々丸がどうする事もできずにいるその先で4つの腕の先にある手が開く、掌を向ける先は遥か天空の彼方に生まれた虹の煌きを纏う巨大な黒真珠。
 己に対する脅威を感じ取ったのだろう、それぞれの腕に法外なまでの魔力が集う。
 それは炎に。
 それは雷に。
 それは嵐に。
 そしてそれは氷へとその姿を変え、暴虐の力となって撃ち放たれた。
 4つの魔法……いや4つの力を込めた魔力が天空に煌く黒真珠に到達し、爆煙の華が夜空に咲き誇る。

「長谷川さん!」
「マスター!」

 翼持つ少女と機械仕掛けの少女の叫びが響く。
 そんな少女達に声が届く、どこまでも尊大な彼女の声にはどこか不機嫌そうな響きが潜んでいた。

「案ずるな私はここだ、それよりも茶々丸、刹那、今からこの辺にいる雑魚共を一掃するぞ」
「どういう事でしょうか、マスターはこの場では魔法を使えないはずでは……」
「フン、余計な事に気を回すな、貴様は私が作った隙を余す事無く利用して結界弾を天ヶ崎に撃ち込め」

 従者の声に応えたのはゲートを利用して転移して来たエヴァンジェリンだった、傍らには初代従者のチャチャゼロまでいる。
 不機嫌そうな彼女に反抗する愚を知悉している茶々丸はただ黙って頷く。
 しかし、そんな事を知らない少女もまた此処にいる、刹那はエヴァンジェリンに問いかけた。

「エヴァンジェリンさん、長谷川さんは大丈夫なんでしょうか」

 刹那の疑問にエヴァンジェリンは鼻を鳴らすと、不機嫌そうな声で刹那に話し始める。

「刹那、私もそうだが、貴様も千雨というヤツをとことんまで見誤っていたんだろうよ」
「え?それはどういう……」
「ま、黙って見ているがいいさ、すぐに分かる」
「ヨー御主人、コノ辺ニイル雑魚ドモ殺ッチマッテイーンダヨナ?」
「構わん、だが離れすぎるなよ、貴様とてアレには巻き込まれたくはないだろう」
「……アーマァナ、イクラ死ヌ事ハネーッツテモアレハ遠慮シテーゼ」
「刹那、貴様もだ、いいな?離れ過ぎていたら死ぬ事は無いといっても遠慮なく見捨てる」
「え?あ、はい。分かりました」
「よし、では久しぶりに暴れさせてもらおうじゃないか」

 刹那の返事を聞いたエヴァンジェリンは、満足気に頷くと自らの周囲に殺戮の嵐を巻き起こす。


 エヴァンジェリン達が転移して来てから、そう時を置かずに周囲に群がる魔物達は駆逐され尽していた。

「分かった、私が手伝ってやったんだ、外すなよ?
 茶々丸、天ヶ崎の動きを止めてやれ」

 エヴァンジェリンは千雨との念話を終えると、茶々丸に結界弾使用の指示を出した。

「分かりました、これより亜音速チャージを敢行した後、ゼロ距離で結界弾を使用します」
「行け」
「了解」

 エヴァンジェリンの許可を受けた茶々丸はマルチプルガンランスを小脇に抱え込むと、古の騎槍兵を遥かに凌ぐ速度で突撃を敢行する。
 超が作り上げた新型の空戦ユニットは瞬時の加速で、茶々丸を亜音速で移動させる。
 一秒間に300mという移動速度は瞬動どころの話しではない、しかもその速度で突撃して来るのは絡繰茶々丸だ。
 茶々丸は避けるどころか気付きもしていない千草の腹部にランスを叩き込むと、そのまま上空に進路を取る。

 空戦ユニットがチャージによるインターバルで停止すると、茶々丸は躊躇無くユニットをパージ。
 次いで茶々丸は落下を開始する前に千草に刺さったままのランスの手放す、茶々丸が落ちながら見る先では予め選択していた結界弾を炸裂させたランス
を中心に結界が形成されていた。
 茶々丸は自前の魔力ジェットを吹かせて主の許へと飛翔していく。

 結界弾に依って空に縫い付けられた千草を残して。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 時間はエヴァンジェリンが転移する直前、つまり千草が千雨に対して攻撃をする前に巻き戻る。
 魔力を集束する千雨達を撃破せんと千草が魔力を放とうとしていた、その魔力にいち早く気付いてのはアリアとアロンダイトである、警告を出そうと
するアロンダイトを押し止めてアリアが動いた。

【マスター、天ヶ崎から……】
「アロンダイト、あれはアリアが止める。
 ますたーは魔法の制御にしゅーちゅーさせておけ」
【ですがアリア、あれ程の魔法はマスターでも受けきれるかどうか……】
「全くだな、貴様にあれ程の攻撃を受け切れるのか?」
「くどいぞアロンダイト、それからエバンジェリン、だからこそアリアがいるのだ。
 アリアはアリアのますたーと約束したのだ、アリアにできる精一杯でますたーを助けると」

 それは一日前の約束だった、月光に照らされた中で誓ったマスターと自分の大事な約束。
 アリアはその誓約を果たす為にただ一人、千雨の魔法を護る為に千草が放った魔力の前に立ち塞がった。
 そんなアリアにアロンダイトが声を掛ける。

【…………分かりました、信じていますよアリア】
「任せろ、アリアはますたーと共に死ぬと決めているし、ますたーにもっと美味しい物を作ってやらねばならんからな、こんな所で死んでやるつもりは
サラサラ無い」
【そうでしたね、では言い直しましょう。
 マスターの使い魔の誇りに賭けて必ず止めてみせなさい】

 アリアはその言葉には何も返さず、サムズアップを掲げて自身が発動できる最大規模の防御魔法を展開しようとする。
 デバイスを持たない為、ある程度ランクが高い魔法になると詠唱が必要になるのか、アリアの口から呪文が零れ出す。

「守護する城砦 光を纏いて不屈の鋼と化せ 全てを阻む 不壊なる城壁 来たれ我等が前に……<アダマスウォール>!」

 アリアの防御魔法が展開する、それは虹の色彩を持つ巨大な盾だった。
 魔法の名の通り金剛石の輝きを帯びるその魔法は、千雨達とその魔法を庇って余りある大きさだ。
 その強度と範囲はエヴァンジェリンにとってみても感歎に値するものだった。

「ほう、言うだけの事はあるな。
 アロンダイト、何だったら手伝ってやっても構わんぞ?」
【要らぬお世話ですよエヴァンジェリン】
「ソウダゼ御主人、従者ニハ従者ノ誇リッテモノガアル」

 エヴァンジェリンは自分の軽口に対する従者とデバイスの言葉に満足した。
 元より手助けするつもりなど無い、誇りの重さは誰よりも承知している、だからこそ裏の世界でこれ程までに畏怖されているのだ。
 誇りのみでは生きてはいけないが、誇りがあってこそ生きる意味がある。
 エヴァンジェリンは誇りと共に生きてきたし、これからも生きていくだろう。

「ふん、まあいい私はこれから下の連中と合流する、事のついでにヤツの足止めもしておいてやる、千雨にも教えておけ。
 行くぞチャチャゼロ」
「アイサー御主人」

 そうしてエヴェンジェリン達が転移した直後、とうとう城壁に魔力が到達した、1000mという距離を踏破したはずのその魔力には些かも減衰した
様子など見られない。
 防御魔法を展開するアリアの額に汗が滲む、城壁を破壊しようとする魔力に抗する為、防御魔法に魔力を注ぎ込んでいるのだ。
 震える細腕に力を籠めながら、魔力を注ぎ込む、攻撃の余波なのかアリアのドレスが端から千切れて消え去っていく。 
 だが、その瞳には悲壮感は欠片も無い、その瞳には歓喜があった。
 主である千雨の役に立つ、あの時の誓いを果たす、そして共に生きる、その事に例え様の無い喜びを感じていた。

 数秒にも満たない……しかし、とてつもなく長く濃密な攻防の果てにアリアは千草からの攻撃に耐え切った。
 金剛石の城壁はひび割れ欠けて、アリアのドレスもボロボロだった。
 だが……いや、だからこそアリアの胸は誇りと悦びに満ち溢れていた。
 誓いを果たした、主を護れたのだ、それに比べればドレスの1つや2つどうという事はない。
 アリアは魔力の過剰使用で倒れそうになるのをちょっぴり我慢して、振り返って千雨の魔法を見る。

「完成…したか、流石はアリアのます…たーだ……」

 天空に浮かぶ月と見紛う程の大きさにまで成長した、虹を纏う黒真珠を認めたアリアは、そこで始めて自分に意識を放棄する事を許可した。
 闇に落ちる意識の片隅で千雨に褒められた気がしたアリアは、満面の笑みを浮かべて眠りに落ちていった。



 魔力を使い果たし、意識を失ったアリアを左手で抱えた千雨は、微笑んでいた。
 その顔を覆う物は何も無い、こんな時位は素顔でいるべきだと思ったのだ。

「良く頑張ったなアリア、凄かったぞ。
 ……アロンダイト」

 アリアを起こさない様に小声で褒めた千雨はアロンダイトに声を掛けた。

【はい、マスター】

 掛けられたアロンダイトも承知していたのだろう、何も言われずともネギ達がいる場所へアリアを転送で送り出す。

「さて、いい加減終わりにしようか」
【そうですね、そろそろ終わらせないとマスターの美容にも良くありませんし】
「マクダウェル、聞こえるか」
『ああ』
「今からぶちかます、桜咲と絡繰を連れて退避してくれ」
『分かった、私が手伝ってやったんだ、外すなよ?』
「分かってるって」

 千雨の答えに満足したのかエヴァンジェリンとの念話が途切れる。
 それから暫く経った頃、アロンダイトが観測結果を報告して来た。

【マスター、天ヶ崎の動きが静止しました。
 周囲で重力子の変動を感知、会話にあった結界弾と思われます。
 又、エヴァンジェリン他三名の退避を確認】
「よし、行くぞ!
 イグニッショントリガー、集束砲撃魔法<プラネットブレイカー>セット!」
【イグニッションスペル<プラネットブレイカー>セット】
「ブーストチャンバー、MAX!」
【スペルブーストマキシマム。
 ジュエルブレードオプション、障壁貫通,射程延長,デバイス保護を選択。
 ジュエルシードNo.Ⅲロック完了、いつでもいけます】

「コイツでこの騒動とはオサラバだ!喰らえッ<プラネットぉ……ブレイカーあああああああああッ>!」

 千雨が叫びと共にアロンダイトを振り下ろす、同時に両手と胸元にあるジュエルシードも眩く輝いた。
 千雨の処理能力を超えた魔力を制御する為に一時的なプロセッサとしてジュエルシードを利用しているのだろう。

 夜空に浮かぶ黒真珠から数え切れない程の魔力線が黒真珠と湖を結びつける、その魔力線が湖を埋め尽くすかと思った次の瞬間、
轟音と共に視界を埋め尽くす程の巨大な漆黒の魔力光が湖に降り注ぐ。
 当然ながらそれは結界弾に囚われた千草を逃す事無く呑み込み、湖の水を夜空の彼方へと放り上げた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 その光景は総本山にいる全ての者が見ていた。


 湖に程近い野原では、友人を救う為に山中を駆け巡っていた楓と救われた夕映が、そして楓に押さえ込まれた少年が湖に降り注ぐ黒光を呆然と見ていた。

「な、なんやアレ!あんなん起きるとか聞いてへんで!」
「いやはや、事実は小説よりも奇なりとは申すでござるが……」
「い、一体あの地では何事が起きてるですか」

 奇想天外な光景に三人が三人共驚いていた。
 そんな中、出自からか最も冷静な判断力を維持していた楓から二人に提案が出される。

「行ってみるでござるか?」
「いいんですか?」
「気になると顔に書いているでござるよ夕映殿」
「な!」
「行く!俺も行くで!」
「ふむ、ならばもう暴れないと約束できるでござるか?コタロー殿」
「う……分かった!
 俺も男や、負けた以上言う事は聞いたる!」

 楓の出した条件に一瞬躊躇したものの、小太郎という少年は承知する。
 小太郎の返事に満足したのか、楓は些かの逡巡も見せずに彼を解放した。
 夕映は小太郎がまた暴れ出すかと身構えたが、先の言葉に偽りは無かったのだろう。

 湖に向かいながら「暴れると思った」という夕映の言葉に、小太郎は「負けた以上、勝者の言葉には従う」と再び言葉にする。
 潔いというか馬鹿というか、そんな小太郎に夕映は何やら感じ取ったのか、半ば呆れる様な様子だった。
 そしてそんな二人の後ろから付いて行っている楓は、二人の様子を微笑ましい視線で見ていた。


 明日菜と刹那を送り出した後、森の中を流れる沢のただ中で月詠や怪物達と戦っていた真名と古菲の闘争も終焉を迎えていた。

「おおー、凄いアルなー」
(アレは話に聞くエヴァンジェリンの魔法ではないな、とすると……やれやれ、精々敵対しないように気を付けるしかないという事か)
「ほわー、えらい魔法を使う方がいるんやねー」
「こりゃあ凄まじいのう、今の時代にもこれ程の術を使いこなすバケモンがいるとは」
「頭、愉しそうですな」
「おう、あんなんがいるって分かったら、もったいのうて引退なんぞまだまだでけへんわい」

 部下の問いに頭と呼ばれた大鬼は豪放磊落に笑って応える、彼等の身体は既に半分方消えていたが特段痛みは感じていないのだろう、まるで見事な花火
でも見ているように天空から降り注ぐ魔法を眺めていた。

「今回はこれで終いか。
 鉄砲使いのお嬢に大陸の拳法使い、今度の戦はお前さん達のお陰で楽しめた、土産話もぎょーさんできたしな。
 次に会う事があったら酒でも呑みたい所や。
 あと、お前さん等はまだまだ強くなる、これからも精進するんやで」
「ほななー」
「気い付けて帰るんやでー」

 周囲を舞う桜の花弁に紛れる様に消えて行く怪物達、どこまでも陽気な彼等の去り際に真名と古菲も苦笑を浮べていた。
 残るは神鳴流の剣鬼たる二刀使いの少女・月詠だけだったが、その月詠も……

「残るはお前だけだが、どうするんだい?」
「そうですねー、あの様子やと依頼人さんも失敗されたみたいやし、ウチもこれでお暇させてもらいますー。
 拳銃使いのお姉さん、センパイによろしゅー伝えて下さい」

 何の気負いも無く真名達に背を向けると、楽し気なステップを踏みながら立ち去って行った。
 月詠の気配が十分以上遠ざかった事を確信した真名は、小さく吐息をつくと湖へとその足を向ける。
 古菲もその後を追いながら真名に話しかける、思い切り暴れる事が出来たからか常よりも機嫌が良さそうだ。

「あの人達(?)いい人達だたアルなー」
「あの手の連中はお前とは気が合いそうだしな、……しかし私達は未成年なんだが」
「ほら、早く行くアルよ真名」

 ある意味失礼な真名の言葉を気にしていないのか、それとも聞いていなかったのか、古菲は湖に向かう小道に一足早く向かっていた。
 古菲の声に、真名も歳相応に見える笑顔を浮べて湖への道をひた走って行く。


 そして、湖の畔。
 ネギ達も眼前に降り注ぐ圧倒的な魔法に言葉を失っていた。

「す、すっごーい」
「ほえー、千雨ちゃん無茶苦茶やー」
「ええ、私も長谷川さんの秘策がこれ程までの物だとは思いもしませんでした……」
「エ、エヴァンジェリンさん……」
「何だぼーや」
「これ程の魔法を使ってしまって、長谷川さんは大丈夫なんでしょうか」
「さあな、千雨のヤツは大丈夫だと踏んだんだろう。
 だが、この魔法でさえ大橋で使った殲滅魔法には及ばない筈だ」
「え?」
「どういう事ですか?エヴァンジェリンさん」

 エヴァンジェリンの言葉にネギと刹那が疑問の声を上げる、エヴァンジェリンは苛付いた様な表情を浮べると面倒臭そうに話し始める。

「ついさっきの話だ、千雨は最初<バスター>と呼ばれる魔法を使う事を躊躇していた」
「その<バスター>ってーのが大橋の魔法なんスか?」
「恐らくな、だが千雨は天ヶ崎が生きている事から今使っている魔法に変えることにしたのさ」
「それで、何でこの魔法があの<バスター>とかいう魔法よりも凄くないのよ?」
「分からんのか?千雨は天ヶ崎が死んでいた場合<バスター>を使っていた可能性があるって事だ」
「それって、もしかして……」
「ほう、流石にぼーやは分かったか。
 その通り、天体規模の魔力を掻き集めて使うこの魔法を<バスター>は凌駕している可能性があるのさ」
「そんな、仮にも両面宿儺ですよ?それを自分一人の魔力でなんて」
「そここそが<バスター>の肝なんだろうさ、おそらくあの魔法を前にしたら如何なる防御も耐久力も意味を持たないだろう。
 神楽坂明日菜、貴様の魔力完全無効化すらもな」
「ど、どういう事ですか?」
「煩い。
 ぼーや、人に聞けば何でも教えてもらえると思うな、少しはその賢しい頭を働かせて自分で考える事だ」

 エヴァンジェリンはネギの言葉を切って捨てると、忌々しげに目の前に降り注ぐ魔力光を睨みつけていた。

(最初に聞いた時は眉唾物だったが、限定的だとしても太陰道を魔法に取り込むとはな……今の状態を打開する為にも研究を再開してみるか。
 しかし<バスター>の術式は分からず終いか……。
 が、まあいい、封印された状態では到底使えないだろうしな、あの魔法の謎解きは丁度良い暇潰しになるだろうさ。)



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 どれ程の時間降り注いだのだろうか……漆黒の魔力光が吹き散らす様に消え去り、湖に静けさが戻った時、総本山はもとより京都市一円にいたるまで、
霧雨が音も無く過ぎ去っていった。
 


 <プラネットブレイカー>を撃った後に出た残留魔力の靄が夜風に吹き散らされる、その中にいた千雨は極度の疲労と魔力の消耗からか肩で息をしている。

「ハアッ、ハアッ、こっこれで決まっただろ……」
【まだです、急いでジュエルシードの制御を取り戻さないと、本格的な次元震が発生します】
「何ィ?こっちはもう殆ど空っ欠なんだぞ?」
【しかし、もう猶予がありません】
「あーくそっ!こうなりゃヤケだ!
 ジュエルシードは……あそこか、行くぞアロンダイト!」
【了解です、マスター】

 ジュエルシードの所在は探知魔法を使うまでも無く直ぐに判明した、何しろ膨大な次元干渉エネルギーを放出し続けているのだ。
 恐らく魔法使いではないただの一般人だろうと、近くにいたらこの異常には感付くだろう。
 千雨は魔力不足で消滅寸前の<エアリアルフィン>で風に煽られながらも何とか祭壇まで辿り着くと、足をもつれさせて転倒しつつも何とかジュエル
シードの数m前まで辿り着いた。
 しかし、目の前のジュエルシードからは空間を揺るがす程の次元干渉エネルギーが地鳴りの様な音と共に放散されている、今にも次元震が発生しても
おかしくない状態だ。
 次元干渉エネルギーは物理的な圧力を伴って千雨の歩みを阻む。

「くうっ、圧力がキツイな……アロンダイト、バーストモードを解除してデバイスモードになってろ」
【ですが……】
「連鎖崩壊をさせる訳にはいかねーだろう、それに今は少しでも思考領域を確保しときたい」
【分かりました】

 千雨の言葉を受けたアロンダイトは杖状のデバイスモードへとその姿を変化させた。
 同時に千雨のバリアジャケットも通常の物へと変換される
 杖になったアロンダイトを突きながら、千雨は一歩、また一歩と蝸牛にも似た速さでジュエルシードに近付いていく。
 噴き出す膨大なエネルギーで千雨のバリアジャケットが次第に千切れていく、髪の毛をポニーテイルにしていたリボンもいつしか吹き飛ばされていた。
 懸命に伸ばした右手の先にジュエルシードがある、掴めるまであと10cm、あと5cm……
 そうしてジュエルシードに手が届こうとしたその時、あいも変わらず悪戯好きな運命の女神とやらがまたしても悪戯を仕掛けてきた。
 次元干渉エネルギーのごく短時間の放散、それは疲れ切った千雨の足元を掬い上げ転倒させるには十分な力だ。
 が、千雨とてただで転びはしなかった。

「舐め……てんじゃねーぞッ!」

 転びそうになったその刹那、千雨はアロンダイトの石突きで舞台を殴りつけると、その身体を前に押し出した。
 千雨は精一杯伸ばした左手で輝きを放つジュエルシードを掴み取ると、そのまま舞台に転倒する。
 確保したジュエルシードを手放さない様に胸元に抱え込んでいた為、ろくに受け身も取れないままその身を舞台の床へとしたたかにぶつける。
 思わず呻き声を上げる千雨だったが、ジュエルシードを手放す事は無かった。

 ジュエルシードは千雨の手の中で未だ暴走状態のままだった、千雨の手の内にあってもその放散されるエネルギーによって触れる事すら困難な状況だ。
 千雨は展開可能な思考領域全てを使って、手の中にあるジュエルシードへと強制アクセスを開始する。
 周囲の時間を置き去りにして千雨の主観時間は限り無い加速を始める。断崖を侵食する波の様な、巌を穿つ水滴の様な数えるのも馬鹿らしい程のトライ
&エラーの末、蜘蛛の糸よりも細く頼りないコアへのラインに辿り着いた。

「止まれ!
 止まれ!止まれ!止まれ!止まれ!止まれ!止まれ!止まれ!止まれ!止まれ!止まれ!止まれ!……」

 アロンダイトのサポートも無く、魔力はジュエルシードへアクセスした時に意識を保つだけで精一杯の状態だ。
 途切れそうになる意識を懸命に繋げながら、千雨はジュエルシードのコアへ停止命令を送り続ける。
 ジュエルシードへ強制アクセスを始めてどれ位の時間が経過しただろうか、一分……一時間……千雨の感覚では永劫にも等しい時間だったのかもしれない、
もしかしたらほんの一刹那だったのかもしれない。

「止まれぇえええええええええええええええええっ!」


 結局、永遠にも等しい刹那の攻防の末、千雨はジュエルシードの暴走を止める事に成功した。
 ジュエルシードの活動休止を認めた千雨は、精根尽き果てたのか意識を失って祭壇に横たわっている。
 強い輝きを放っていたジュエルシードが静かに千雨の手の中で佇むその様子は、まるで親の許に辿り着いた迷い子にも似ていた。


 ―――そうして、京都における騒動は一先ずの終わりを迎えたのである。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき
 京都魔法大戦・後編です。
 実はこれ中編と一繋がりでした、ですが一旦書き上げて容量を確認したら60KB以上あったので、読み易くなるように30KB辺りで区切りました。
 ですのであとがき自体は中編の方で殆ど書き尽くしています、以下は読み直して追加した分ですねw

 今回の戦闘は茶々丸のみならず刹那や“魔法使い”のエヴァンジェリンまで参加するという、私にしては大々的なものになりました。
 これは対ジュエルシード戦がこれでラストという事もありますが、<ブレイカー>を使用する為に必要な手順だったという事もあります。


反省点について
 鬼神千草さんの脅威度をあまり表現しきれなかったのが心残りです、出来うる事ならなのは本編みたいにスピーディな戦闘を書きたかったんですけど、
中々思うように表現できませんねぇ。(嘆)
 見直してみて、良い表現ができそうなら、その内に改訂したいと思います。

<プラネットブレイカー>について
 とうとう出ました、みんな大好き集束魔力砲wです。
 一応、大橋編でも出そうかとは思ったのですが、<バスター>を思いついてしまったのであっさりとお蔵入りになりました。
 で、どうせ出すのなら思いっきり派出に演出しようと、こんな形で出す事になりました。多分、惑星配列云々が出た時点で予想した人はいたでしょうけど。
 ここまで大出力の集束砲は恐らくもう無い筈です、今回これだけ大規模になったのは、状況に依る所が大きいですから。
 恐らくこれと同規模となると、魔法世界か墓守の宮殿突入時位しか考えられませんね……やりませんけど。
 後ジュエルブレードの設定でデバイス保護を入れたのは、普通に撃つと壊れるからです。

ちょっと改訂
 <ブレイカー>で驚くネギやエヴァンジェリン達を追加しました




[18509] 第19話「修学旅行からかえろう!……千雨麻帆良へかえる」
Name: GSZ◆8090c4d2 ID:ac1a16d1
Date: 2010/08/21 02:03

 長谷川千雨が目を覚ましたのは、関西呪術協会総本山の一室だった。
 障子の向うから何やら騒いでいる声が聞こえる。
 声からするとネギ先生と桜咲らしい。
 いつもながら騒がしいと思いながら布団を被りなおすが、騒いでいる連中は雪達磨式に増えていく。
 少しは静かにできないのかと思いながら身体を起こすと、自分の傍に誰かがいる。
 視線を移すと、そこには猫の姿をした自分の使い魔がくるりと丸まって眠っていた。
 ああ、これでようやくハッピーな一般人ライフに戻れるのだ。


 ――――――長谷川千雨は微笑みを浮べながらそう思っていた。



第19話「修学旅行からかえろう!……千雨麻帆良へかえる」



「マスター、空間変動の終息を確認。
 千雨さんがジュエルシードの封印に成功した様です」
「ケケケ、ヤルジャネーカアノガキ」
「当然だ、そうでなくては私が手助けしてやった意味が無い」

 エヴァンジェリン達は湖だった窪地の上を飛びながら祭壇へと向かっていた。
 ゲートを使用しなかったのは、茶々丸が言っていた空間変動と周囲の精霊の状態が不安定だという事が大きい。
 恐らくジュエルシードの暴走と、千雨に聞いた次元震の前触れが関係しているのだろう。
 だからこそ彼女達はゲートを使わずに、態々空を飛んで祭壇へと向かっていたのである。

「シカシ、ナギノ息子モ悪運ダケハ無駄ニ強イナ」
「姉さん、それはもしかして木乃香さんとの仮契約の事ですか?」
「マーナ、ソレモアルッチャアルガ今晩ノ件シカリ、一連ノ騒動シカリサ……イロイロト都合良過ギダロ」
「じじいの仕込みだよ、半分……いや切っ掛けを与えたに過ぎないだろうがな」
「しかしフェイト・アーウェルンクスの件には関わっていないのでは?」
「ククッ、アレとジュエルシードに関しては恐らく想定外だったに違いない、総本山急襲の時も慌てふためいていたしな。
 昼前にゲーセンで言った通り、予見していたのは魔法バレ辺りだろう。
 近衛木乃香の性格と嗜好から鑑みると、バレたらなし崩しに仮契約をする事は想像に難くないからな」

 エヴァンジェリンが木乃香の事について話している最中、茶々丸が千雨発見の報告をする。

「マスター、長谷川さんを発見。
 死んではいませんが身動きする様子がありません」
「ケケケ、半殺シ位ノ目ニアッテンジャネーカ?」
「それから湖底にも熱源反応を感知、マスター」
「どうした茶々丸」
「湖底から感知された熱源ですが、サイズから見て子供のものです」
「どういう事だ?まあいい、お前はそのガキを救出しておけ」
「分かりました」
「イイノカ?御主人」
「しょうがあるまいよ、無関係の子供を死なせる訳にもいかんだろう……いや待て、何故此処に子供がいる」

 茶々丸に子供の救出を指示したエヴァンジェリンだったが、状況的に不可解な部分がある事に気が付いたのだろう。
 祭壇へと降下しながら状況の齟齬に思いを馳せる。

「……そうだな、やはり確保しておけ。
 状況的にはいささか不鮮明ではあるが、放って置く事もできんだろう」
「ハイ、マスター」

 エヴァンジェリンは再度、確保の指示を茶々丸へ与える。
 命令を受けた茶々丸は、魔力ジェットを吹かして薄靄が漂う、湖だった窪地へ突入して行く。
 残ったエヴァンジェリンとチャチャゼロは動く者がいない祭壇をまっすぐに進む、目的の人物と物はすぐに見つかった。

「オ、イヤガッタゼ」
「なるほど、確かに封印を完遂した様だな」
「ドースル?今ノウチニ殺ットクカ」

 チャチャゼロが戯れに口にするがエヴァンジェリンは特に何も言いはしない、戯言だと理解しているからだ。
 「ツマンネーナ」と刃物を振り回しながらぼやく従者を放置し、気絶して倒れ伏している千雨を観察する。
 完全破壊されたのか、それとも魔力が途切れた所為なのか、バリアジャケットは解除されており、その身に纏っているのは麻帆良学園中等部の制服に
なっている。
 見た所目立つ外傷は無い、傷自体あるにはあるが殆ど軽傷と言っても良いものだろう、ミッド式の防御魔法やその運用技術には正直目を見張るものが
あるとエヴァンジェリンは感じた。
 そして、別れる前までその身に満ちていた魔力が殆ど失われているのを見て取ったエヴァンジェリンは、我知らずに安堵の息を吐く。

「なるほど、ただの疲労か……チャチャゼロ、アロンダイトは見つかったか」
「ヌカリハネーゼ」
【エヴァンジェリン、チャチャゼロ感謝します】
「要らぬ謝辞だ、此方としても先に状況は把握したかったからな、それに……」

 従者からスタンバイ状態のアロンダイトを受け取ったエヴァンジェリンは、湖岸から走り寄ってくるネギや少女達を見てニヤリと笑い、その華奢な肩を
竦めながら言った。

「流石に死体を見せる訳にもいかんだろう?」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 翌朝、千雨が目覚めたのは見覚えが無い立派な和室だった。
 枕元にはバリアジャケットを着用する前に着ていた制服が丁寧に畳まれて置かれており、アロンダイトもそこにいる。
 障子の向うにいるのは超以外の連中かと霞掛かった頭で考え、連中がいなくなってから転移を使ってホテルに戻ろうと思い、再び布団の中へ潜り込む。

 しかし、至福の時間というものは短いからこそ尊ばれるのだろう。

 千雨の時間もまた、騒がしい闖入者によって破壊されてしまった。
 千雨の眠りを妨げたのは、ある意味お約束というものなのか、明日菜と木乃香、それから刹那である。それと廊下を隔てた庭の辺りには図書館組や朝倉
、古菲を始めとする助っ人連中が集まって何やら話している。

「……ちゃん、千雨ちゃん!早く起きて、ホテルに帰るわよっ!」
「う……せぇ」

 覚醒を促す明日菜の言葉に、千雨は呻き声で何か答えた。
 聞こえていないのか、それとも気にしていないのか、明日菜は千雨の呻き声を無視して実力行使に移行する。
 即ち。

「起きな……さいっ!」

 という言葉と共に掛け布団を剥ぎ取ったのだ。
 流石にここまでされると千雨も起きざるをえない。
 うつ伏せになって眼鏡を手探りで探し当てると、顔を俯かせたまま顔の定位置に掛ける。
 心の中で安堵の吐息を一つついて敷布団の上にペタンと腰を下ろす。
 ふわふわと漏れ出る欠伸を掌で隠しながら横目でアリアを見ると、此方も目が覚めてしまったのだろう丸まっていた身体をぐぃーっと伸ばしている。
 もう少し寝かせてやりたかったと思いながら、寝起きで少々悪くなっている目付きで明日菜を見ると、流石に強引過ぎたかと思っているのだろう、バツ
が悪そうにしていた。
 制服の上に置かれているアロンダイトを首から提げながら

「で、何だよ……ていうか此処は何処だ?」

 と今更の様に場所を気にする千雨、そんな千雨に説明したのはこの場に最も縁が深い人物だった。

「ここはウチの実家や、千雨ちゃん」
「てーと総本山か」
「はい、長谷川さん昨晩はお疲れ様でした」

 そう言って深々と頭を下げる刹那に、千雨は修学旅行前と同じ様にヒラヒラと手を振りながら「気にするな」と気だるげに言う。

「どっちかってーと、お疲れなのはアンタの方だろう、シネマ村から延々騒動の渦中にいたんだし。
 こっちも色々と助けてもらったしな。
 ふぁ……そういや、何だってそんなに慌ててるんだよ」

 そう欠伸まじりに言った千雨の言葉に現状を思い出したのか、明日菜が怒涛の勢いで説明をはじめる。
 曰く、自分達がホテルにいない事を誤魔化す為に飛ばしていた身代わりの紙型が大暴れしているとかどうとか。

「はー、そいつはまた災難だな」
「そうなのよ、だからほらっ千雨ちゃんも急いで!」
「え?何でそうなるんだ?」
「だから紙型が……」
「私等、助っ人にはあまり関係ないだろそれ、聞いた所だと五班の連中+桜咲と朝倉、後はネギ先生位なんじゃねーか?」
「じゃあ千雨ちゃん達はどうやったのよ」
「私等はマクダウェルの伝手で学園長を経由して瀬流彦先生に細工してもらった」
「あ……そうなんだ」
「ああ、だからさ助っ人連中は私が一緒に後で戻るから、お前等はネギ先生達と後から帰って来ればいいだろ」

 不思議な物言いをする千雨に明日菜達は一様に首を傾げる。

「あの、長谷川さん」
「何だよ桜咲」
「私たちより後に帰って、私達の到着が後になるというのはどういう事ですか?」
「?……ああ、そういう事な。助っ人連中は<トランスポーター>で六班の班部屋から直接来たんだよ、だから帰りもそうする」
「え?<トランスポーター>ってあのビュッって消えるヤツでしょ?ズルイっ私達も送ってよ!」
「そやなぁ、千雨ちゃん、ウチもいっぺんアレ体験してみたいんやけど」
「いや待て、お前等のグループには綾瀬とか早乙女がいるだろ、それともバレてんのか?」
「う、それは……バレてないけど」
「じゃあ駄目だろ、まぁ助っ人に来てた古菲と長瀬は今回の事でバレちまったけど、そこら辺は状況的にしょうがなかったしな。
 古菲達はお前等について行くとか言ったらそうしてやれ、少なくとも私は後から行くからな」
「分かりました、それでは先に行かせてもらいます」

 一応とはいえ、話し合いの結果が出た事を感じた刹那が明日菜と木乃香を促して千雨がいる部屋から退出していった。
 室内に一人きりになった千雨は寝巻き代わりの浴衣を脱いで畳んだ後、制服に袖を通しながら、アロンダイトとアリアに精神リンクで話しかける。

『お前等大丈夫か?』
『はい、ワタシは全機能オールグリーン、昨晩暴走したジュエルシードNo.Ⅲは封印して位相空間に隔離しています』
『アリアは少し疲れ気味だ、しかしリンカーコアや魔力量には特に問題は無い』
『マスターのリンカーコアも特に問題はありません、昨晩受けた傷は関西の魔法使いの方々が治癒してくれました』
『そうか、まぁ何とか丸く収まったって所か』
『あー、一概にそうとも言えないんですけどね』
『何かあったのか?』
『ええまあ』
『?』
『?』

 珍しく歯切れが悪いアロンダイトの言葉に、千雨とアリアは揃って首を傾げた。
 制服へ着替え終え、何時もの様に項の辺りで髪の毛を纏めていると、障子の向うから足音が聞こえて来た。

「起きているか千雨」

 問いかけて来たのはエヴァンジェリンである、千雨は返事をする代わりにアリアを抱き上げて障子を開いた。
 開いた先にいたのは予想通りマクダウェル主従である、ちなみに動けないチャチャゼロは修理が完了している茶々丸が抱えている。

「よう、早いじゃないかマクダウェル」
「貴様が寝過ぎているだけだ」
「そういえば、私が送るのはお前等だけか?」
「ん?いや後は超鈴音と龍宮だけだ、古菲と長瀬は坊や達と同行した。
 何だ人数が変わると不都合でもあるのか?」
「いや、別に無いけどアイツ等も物好きだよな、一々交通機関乗り継ぐのも面倒だろうに」
「いえ、ホテルの近くまでは呪術協会が車で送ってくれるそうです」
「へー、大層な待遇じゃないか、お前もそうした方が良かったんじゃないか?」

 と、エヴァンジェリンに振ると、金髪の吸血鬼は馬鹿にする様に鼻で笑って

「あんなガキどもと同乗したら落ち着くものも落ち着かんだろうが」

 一刀両断にしてくれた。
 しかし、エヴァンジェリンはそこで雰囲気を変えると「ちょっと来い」と千雨を促して廊下を進み始める。
 訝しく思った千雨だったが、何がしかの用事だろうと考えて後をついて歩く。



 建物の中を暫く歩いて辿り着いたのは、周囲を格子で囲われた一室だった。
 不気味な事に部屋を囲う格子には一分の隙も無い程、御札が貼り付けられている。
 何かを警護しているのか、部屋の周囲には緊張した面持ちの巫女さん達が十人近く控えていた。

『これからは念話で話せ』
『巫女さん達に聞かせたくないって事か?』
『そんな所だ。
 貴様を連れて来たのは、この部屋の中にいるガキを見てもらう為だ』
『?おいおい、私は医者じゃねーぞ』
『戯言はいい、とりあえず見ろ』
『分かったよ』

 という千雨の返事が終わるかどうかというタイミングで襖が一枚分開く。
 部屋は十畳程の小奇麗な和室だった、文机や各種電化製品がさり気なく配置されており、普通の生活を送れる様な配慮がなされている。

 そこには小柄な少女が一人、昏々と眠り続けていた。
 歳の頃は六歳程だろうか、白い肌と黒髪のコントラストが印象的な少女だ。
 整った顔立ちから、親は将来が楽しみでならないだろう。

 ふとそこまで思ったところで千雨は奇妙な既視感に襲われた。
 何がどうという訳ではないが、ごく最近この少女に会った事がある様な気がしたのだ。
 しかし、いくら見ても、記憶を掘り起こしても、目の前の少女に会った覚えなど千雨には無い。

『うーん、どっかで見た様な気はするんだけどなぁ……』
『そうだな、アリアもなんだかごく最近見た気がする』
『アリアもか?というと魔法絡みって事になるんだよな?』
『ええ、魔法に絡んでいるといえばその通りですね』
『アロンダイト、お前この子供の事知ってるのか?』
『はい、この少女は昨日マスターが<プラネットブレイカー>を撃ち込んだ中心部から、茶々丸によって救出されました』


『………………はい?』
『ですから、本来天ヶ崎千草が倒れているべき場所に、この少女が倒れていたそうです。
 魔力をほぼ全て喪失した状態で』
『と、言うと……』
『はい、マスターが考えられている通りかと』

 アロンダイトに現実を告げられて千雨が次にぼやいたのは、些か的外れな言葉だった。

『バーサンからガキにねぇ……一体、何時の時代の魔女っ娘モノだよ』



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



「まー、憶測だけど説明出来ない事は無い」

 千雨がそう言ったのは、ホテル嵐山にて遅いバイキング形式の朝食を摂っている時だった。
 千雨の周囲には、エヴァンジェリンを始めとする魔法使い達と、その従者の少女達+αが輪になっている。
 しかし、このグループは担任であるネギを別とすれば修学旅行における五班と六班のメンバーだったので、特におかしく思われる事は無かった。
 ちなみに夕映とハルナは、エヴァンジェリンが簡単な暗示をかけて別のテーブルへ行かせており、刹那もごく弱い≪認識阻害≫の結界を張っているので
一般人に盗み聞きされる事はまず無い。

 そんな普通とは言い難い朝食の席で話題に上がったのは、二十歳近く若返った天ヶ崎の事だった。
 昨晩の騒動に参加した連中の中で今朝まで彼女の状態を知らなかったのは、気絶していた千雨だけだったらしい。
 彼女の変貌に関してはジュエルシードが少なからず関わっていたので、最も知識を有している千雨に質問の矛先が向いたのは当然の成り行きというものだろう。

「多分、ジュエルシードが願望器として偶然働いたんだろう。
 結果として天ヶ崎が最も幸福を感じていた年齢まで退行しちまったんじゃねーかな、時間遡行か肉体変異か……どうやったか理屈は分からねーけどな」
「となると記憶や感情は……」
「あれ程の変貌だ、かなりの確率で失われているんじゃないか?」

 この集団の中では少数派たる+αの一人、朝倉の質問に何でも無い事の様に答える。
 千草に関する質問が一応終わったと思ったのだろう、次は刹那が質問して来た。

「長谷川さん、両面宿儺は結局どうなったんですか?」
「多分消滅したんだと思う。
 天ヶ崎と融合した時点で肉体は失われていたし、多分あの時点で魔力素……ネギ先生達が言う所の精霊に近い存在になっていたはずだ。
 そこに非殺傷設定にした集束砲を叩き込んだからな、物理干渉時よりも致命的だったはずだ」
「集束砲……ですか?」
【はい、正確には集束砲撃魔法<プラネットブレイカー>というのが正式な名称となります。
 集束砲撃魔法というのは簡単に説明すれば、術者自らの魔力のみならず、周囲に散らばった魔力を集めて放つ魔法です。
 ネギ先生やエヴァンジェリンの魔法に近いとも言えますね。
 周辺魔力素の量によっては術者自身の魔力の残量がわずかでも――一応、トリガーを引くための最小限の魔力は必要ですが――強力な砲撃を放つ事が
可能になります。
 本来なら両面宿儺召喚とジュエルシードの暴走があった為、周辺魔力素は限りなく疎に近い状態でしたが、エヴァンジェリンの協力のお陰で撃破可能な
魔力量が贖えたんですよ、まあ逆に言えばあれ程の大規模大威力の集束砲は普通に考えると不可能という事です。
 ちなみに非殺傷設定というのは、純粋魔力攻撃設定というのが正式名称で、魔力ダメージのみを与える攻撃の事を言います、ミッドチルダにおいて魔法
は兵器の代替技術としての側面もありますから、対象を無力化する技術の一つとしてこういった技法が確立されたんですよ】

 アロンダイトの長々とした説明の内容に魔法使い達と刹那は呆れ、他の少女達は首を捻った。
 魔法使いでも少女でもないカモが気になる事があったのか、質問をする。

「ちょっと待ってくれねーか?
 何だってそんな攻撃をしたんだ?普通にぶっ飛ばせば良かっただろ」
【天ヶ崎が融合した時点でアリアがサーチを行った所、彼女自身の生存が確認されたからです。
 それから、対物破壊設定を有効にしていたら、天ヶ崎千草は原子核も残さず消滅していたでしょうし、湖があった場所には底すらも見えない大穴が
開いていましたよ。
 ……それともカモミール、貴方はマスターを殺人者にしたかったんですか?】
「え?いやいや、そいつは違うって!」

 ちくりと皮肉を混ぜた説明をするアロンダイトに、カモは慌てて否定する。

【まあ、それは一つの理由に過ぎません。
 一番大きいのはあの時点で一番効果的な攻撃方法だったからです。
 貴方方も知っている通り、ジュエルシードは魔力素を吸収して暴走するという特性を有しています。
 そうなった場合、大出力の魔力をぶつける事で吸収した魔力を消し飛ばし、強制停止状態にするのが手っ取り早いんですよ】
「けど今回はそうならなかったじゃない、それはどうしてなの?」

 次に質問して来たのは明日菜だった、確かにアロンダイトが言う様に<プラネットブレイカー>をぶつけたにもかかわらず暴走は終息しなかった、その
疑問は当然と言えるだろう。

「考えられるのは吸収した魔力素が膨大すぎたという可能性だな。
 簡単に上げるだけでもあの一帯の魔力素、それから両面宿儺自身の魔力素、そして天ヶ崎の執念。これだけのものを吸収していたんだ。
 大体、両面宿儺がどれ程の魔力素を有しているか知らねーけど、半端な量じゃ無かったはずだ」
「けど、あれだけ凄い魔法だったのよ?」
「まあそうだな、私としてもアレでどうにもできなかったとか考えたくない、多分いけてたはずだ。
 他の可能性としてはジュエルシードの状態が次の段階に移行したって辺りか」
「次の段階?」
「要するに暴走状態が極限にまで達した次の段階……次元震を引き起こしながら崩壊する状態って事だよ。
 次元震の予兆も起きてたし、どちらかというとこっちの方が可能性としては高いかな」
「ちょっと、大丈夫なの?」

 焼き魚を頬張りながら、あまりにも気軽に言う千雨に明日菜の疑惑の視線が突き刺さる。
 が、当の千雨は特に気にせずに話しを続けていく。

「大丈夫だろ、崩壊はごく初期の状態だった上、崩壊自体も何とか止めて封印できたし。
 さっき班部屋で9個全部の封印状態を手に取って確認したしな」

 明日菜は千雨の言葉に、先程六班の班部屋で起きた騒ぎはこれかと納得した。
 確かにあんな危険物をポンポン出されたら騒ぎの一つも起きようというものである。

「ま、これでジュエルシードの封印は全部完了したんだ、これからこんな事は起きないから安心しろ」
「本当でしょうね?」
「ネギ先生絡みの件については保証できないけどな」
「えううううっ、は、長谷川さんどういう意味ですかー?」

 いきなり名指しで危険物扱いされた少年は、自分の生徒に抗議の声を上げる。

「いや、どういうもこういうも今回の騒動に関しては半分方ネギ先生が原因でしょう?」
「どうしてですか?」
「いや、学業の一環である修学旅行に何で魔法使いの仕事を持ち込むんですか。
 新幹線があるんだから前日にでも京都に行って、さっさと親書を渡しておけば教師の仕事に専念できたんじゃないですか?」
「あ!」
「まあ日帰りがキツイというのなら、土曜日の午後から行くという選択肢もありますけど」
「あーまあ、そういえばそうよね。
 けどちうちゃん、それはちょっとキツくない?」
「事実だろ?
 ネギ先生、今更な事ですから気にしないで下さい、それに私にとってはある程度のメリットはありましたから、実際の所は助かりましたけどね。

 それから朝倉、私をちうと呼ぶな」

 と意外な事に糾弾というか疑問をぶつけられていた最中に、当の千雨から感謝の言葉を述べられる。

「へ?どういう事でしょうか?」

 半ば涙目になっていたネギは不思議に思ったのか千雨に問いかける、しかしその答えは意外な所からやって来た。
 朝食を食べ終えたエヴァンジェリンからである。

「天ヶ崎千草だよ坊や。
 あの女が坊や達にちょっかいを出してくれたおかげで、千雨は警戒すべき対象を絞れたんだ。
 もしも坊やが先に親書を渡してしまった場合、天ヶ崎千草は手を出し辛くなる、魔法使いが京都に来れる大義名分が出来てしまっているからな。
 結果、天ヶ崎千草は潜伏してしまい、ジュエルシードの暴走が起きた場合、千雨が間に合わない可能性も出てくるというワケだ」
「は、はあ……結局、僕がしたことは良かったんでしょうか悪かったんでしょうか」

 エヴァンジェリンの説明に納得しながらも、自分の行動の結果次第で、生徒達に火の粉が降りかかる可能性が低くなったと知らされたネギは不安になって尋ねた。

「良かったとも言えるし、悪かったとも言えるな」
「?」
「ちょっと、どっちなのよ」

 エヴァンジェリンの簡潔な物言いに首を傾げるネギと明日菜に、千雨が溜め息と共に説明をする。

「世の中そう簡単に二極化出来ないって事ですよ、ネギ先生。
 例えばこのプリンですけど、カラメルの部分が好きなヤツと本体の部分が好きなヤツがいる。けど、その二種類の人間しかいないかというとそうでは
ないでしょう?
 本体とカラメルを軽く混ぜ合わせて食うのが好きなヤツがいるかもしれないし、生クリームを追加して食うのが好きだというヤツもいるでしょう、人の
価値感は普遍的なものではありえませんからね。
 この騒動に巻き込まれた連中にしたところで、結果的に良かったと思う連中もある程度は嫌な思いをしただろうし、悪かったと思う連中もちょっと位は
良い思いをしたはずです、結果的な収支として良いか悪いか人それぞれという事ですよ。

 ネギ先生はどうでしたか?」

 千雨はそう言って、カラメルを絡めたプリンの最後の一口をぱくりと口に入れた。

 うん、やはりプリンはこうして食うのが一番だ。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 朝食を食べ終えた千雨は今日は一日、班部屋でまったりとしていようと思っていたが、当然ながらそういうワケにはいかなかった。
 古都大好きな金髪の少女に引き摺られて、京都観光に付き合わされる羽目になったのだ。
 ちなみに五班の連中と朝倉も同行する事になった、エヴァンジェリンの言によると総本山にも行くらしいので、報告書代わりのCDが完成している事を
確認して、それも持って行く事にする。


 京都観光は主導したエヴァンジェリンの趣味だろう、寺社仏閣を巡る旅になった。
 東寺を皮切りに西本願寺、二条城、京都御所、と巡る間に京都出身の木乃香と刹那が薦める隠れスポットにも行き、最後に下鳴神社へ辿り着く。
 そこから高野川をボートで遡り、川沿いにある老舗料亭で昼食を摂るというコースだった。
 ちなみに諸経費は関西呪術協会持ちらしい、昨晩エヴァンジェリンが近衛詠春に報酬として強要したそうだ、流石は悪の魔法使いという所か。

「本当は川床を試したかったのだがな、それは夏の楽しみだ」

 そう言ってクックックと笑うエヴァンジェリン、恐らく夏もたかるつもりだろう。


 一通り観光を終えた一行は総本山の外れにあるとある場所で、呪術協会の長であり木乃香の父親でもある近衛詠春と数時間ぶりに会っていた。
 一行の会話から、これからネギ先生の父親の別荘に行く事になると知った千雨は、集団から一歩下がって歩く。
 しかし、どういうワケかエヴァンジェリン主従や近衛詠春、そしてネギもすぐ傍を歩いている。
 招待した本人が案内しなくて良いのか?と千雨は思ったが、脇道は特に見えない一本道なので迷う事は無いと思っているのだろう。

 嫌な予感を覚えながら歩く千雨の傍らで、詠春とエヴァンジェリンの会話が始まった。

「あの少女ですが、天ヶ崎千草の幼少時を知る人物に確認させた所……」
「そっくりだったか」
「ええ、瓜二つだそうですよ」
「千雨が言うにはジュエルシードが願望器として稼動した結果、肉体的な退行がなされたらしい。
 自分が幸せだった頃に戻ったんだろうさ」
「そうですか」

 気のせいか安堵する様な表情を見せる詠春だったが、鈍い音と共にその顔は顰められた。
 見るとエヴァンジェリンのつま先が彼の脛から離れているところだった、どうやらエヴァンジェリンが蹴り付けたらしい。
 思わず痛みを想像してしまい千雨も知らず顔を顰める。

「貴様、何を腑抜けた顔を曝している。
 天ヶ崎千草が若返ろうがどうしようが、それで貴様等の行為のツケで不幸になった連中がいなくなるワケではないぞ」
「それは重々承知していますよ、いくら若かったとはいえ、自分達の後始末の拙さで様々な人々に今も迷惑を掛けてしまっている、その事は理解しています。
 彼女については記憶の有無を確認した後、再度協議する事になるでしょう」
「フン……まあいい、アイツをどう扱うかは貴様等の管轄だ、好きにするがいいさ。
 そういえば千雨、渡すものがあったのではないか?」
「え?ああ、そうだった。
 ええと、昨晩の戦闘で天ヶ崎との会話内容が入っています。
 一応会話内容から、ある程度彼女の動機とか目的が判明しますけど」

 唐突に話を振られた千雨は、慌てて腰のベルトポーチから無地のCDを取り出して詠春に差し出す。
 詠春は差し出されたCDを受け取るとスーツのポケットに仕舞い込み、千雨に申し訳無さそうな顔を向けて話しかける。

「君には色々と迷惑を掛けてしまったね、修学旅行の時間もかなり使わせてしまった」
「いえ、此方にも原因がある事でしたし、目的も果たす事ができましたから気にしないで下さい」
「そう言ってもらえると助かるよ、今回の件に対するお礼は改めてさせてもらうからそのつもりで」
「はあ、それはどうも」

 一刻も早く会話を打ち切りたかったのか、千雨は固辞する事も無く軽い気持ちで受け取ることにした。

『マスターよろしいんですか?』
『多分、菓子折りか何かだろ、処分に困ったらマクダウェル辺りにくれてやるさ』

 そんな事をアロンダイトと話す傍らで、ネギが昨日戦った同年代の少年の事を尋ねる。

「あ、あの長さん……小太郎くんは……」
「それ程重くはないだろうが、それなりの処罰は与えないとならないだろうね」

 ネギの問いかけを切っ掛けにしてか、話題は他の襲撃者達の件に移っていく。

「神鳴流剣士の月詠は仕事として引き受けただけですので、此方でどうこうする訳にはいきません。
 せいぜい神鳴流に対して意見するのが関の山でしょう」
「宗家はともかく、あそこの連中は傭兵みたいなものだからな。
 というか貴様、実家の女共に意見できるのか?」
「や、まあ頑張りますよハハハハハ……」

 訝し気なエヴァンジェリンからの疑問に、詠春は何処となく虚ろな表情で答える。
 恐らく思い出したくない過去でも去来しているのだろう。

「それよりも問題はフェイト・アーウェルンクスだ。
 あの後、じじいからも連絡が無い所をみると、めぼしい情報は出ておるまい?」
「ええ、残念ながら。
 あの者に関しては、昨晩は私も不覚をとってしまいました」
「全くだ、“紅き翼”のサムライマスターともあろう者が不意打ちで一発リタイアとはな。
 ……しかしアレが相手では、今の貴様には少し荷が勝ちすぎたか」
「それは……いえ、そうですね、つくずく鍛錬不足を痛感しましたよ。
 貴女は戦ったのでしょう?何か掴みませんでしたか?」
「さてな、私が戦ったのは分身体に過ぎなかったが、ヤツの動きにはどこか人工的なモノを感じた。
 少なくともヒトではあるまい。
 とりあえず調査は続けろ、何処でどう繋がるか分からんからな」
「分かっています……ところで彼の目的ですが」
「ん?ああ、恐らく昨日言った通りで間違いはあるまい、ヤツの目的は天体規模の魔力運用技術だよ。
 私達、西洋魔法使いもそれなりに知識はあるが、今でも実用レベルで天体や地脈の魔力を運用している陰陽師には及ぶ所ではないからな。
 手に入れた知識を何がしかの大規模魔法儀式に応用するつもりだろう」
「そう、ですか……」

 詠春はエヴァンジェリンの言葉に一頻り考え込む、自分達がとり逃した少年が何を企むのか……状況から考えるとエヴァンジェリンの予想通りである
可能性が一番高いだろう、しかし問題はその儀式で何を為そうというのか、そこまで考えて思考を止めた。
 ただ考えるだけでも今は情報が少なすぎる、憶測に憶測を重ねてもどうにもならない事は過去の出来事で理解していた。
 今はより多くの情報を集めるべきだ、詠春はそう自分に言い聞かせて顔を上げて前を見据える。



 詠春と合流して五分程歩いた頃だろうか、少年と少女達の目にネギの父親、ナギ・スプリングフィールドの別荘が見えた。
 案内して来た詠春の言では、十年の間に草木が茂ってしまったらしく、別荘は何処か隠れ家じみた様相を呈している。
 建物そのものは、コンクリートむき出しの三階建ての建物だったが、天辺に天文台があるのが特徴的だった。

「どうぞ、ネギ君」

 懐から鍵を取り出した詠春が扉を開く。
 まず主賓であるネギが招き入れられ、その後に少女達が次々に入っていった。
 別荘内は三階までの吹き抜けが空間の殆どを占めており、窓から入る光が明るく柔らかい雰囲気を演出していた。
 吹き抜けになっているエリアの一面の壁には、天井まで届く巨大な本棚が据え付けられている。
 本棚の両側を挟む様に二階と三階が作られているが、各階層の天井は結構高い。
 階層自体は三階建てだが、実質は四~五階建て位の高さがあるだろう。
 ネギを先頭に別荘の中に入って行った少女達は三々五々に別荘内を歩き回っている、特に図書館探検部の面々は吹き抜けを支配する巨大な本棚に見入って
いた、本棚には英語を始めとする各言語版の古い洋書が多数を占めているらしい。
 そういった書物に特に興味が無い千雨は、室内をぐるりと見回した後、邪魔にならない様に食卓らしいテーブルに並べられている椅子の一つに腰掛けて、
少女達が楽しんでいる様をぼんやりと眺めていた。

『モダンな造りの家ですねマスター』
『そうか?』
『不機嫌そうですね、どうかされましたか?』
『ん?ああ、特に不機嫌ってワケじゃねーけどな……やっぱり此処は魔法使いの隠れ家だったんだなーって思ったんだよ』
『そうなんですか?』
『ああ、基本的に空を飛べないと利用し難い造りになってるだろ』
『え?』
『ほら、本棚なんてその最たるモノだ。
 梯子があるっていっても下から数段分しか取れねーし、そもそも梯子が届かねー所まで置いてるじゃねーか。
 多分、本棚の裏側にある階段側からも取れる様になってるんだろうけど、だったらそっち側からのみ取れる様にしておくべきだろ。
 下手に地震とかあったら大惨事だぞ』
『そういえば確かに意味不明な部分が多々ありますね』

 下から見えない位置にある、本棚の写真とか置き時計とか……

『本も多分魔法関係の物が殆どだろうしな、隠匿云々言うのならそんな所に一般人入れてんじゃねーって思うわけだよ。
 けどまぁ、連中がどうなろうが知った事じゃねーし、ジュエルシードを全て封印した以上、私が魔法を使う必要も無いし、これからは連中とは関わら
ないでフツーに暮らすさ』
『そうだといいですねえ』

 せいせいしたという風に言う千雨に応えたアロンダイトの口調はどこか予言じみていたが、春先から続いていた懸念事項を解決したばかりで浮かれていた
千雨は、その言葉を気にする事は無かった。



 おかしい、何で私はこんな所で近衛の父親の昔語りなんて聞いているんだ?

 椅子の上でアロンダイトを介したネットを利用して、今日のネタを探していた千雨は、何故か明日菜達と共に詠春に呼ばれて行った三階の一角で、彼の
昔話につき合わされていた。
 概要としては二十年前に終結した大戦――恐らく魔法世界での話だろう――とやらでネギ先生の父親と共に戦ったらしい事。
 そしてネギ先生の父親=ナギがその大戦における活躍で英雄サウザンドマスターと呼ばれる様になったという事。
 今回の騒動の原因がその大戦の負の遺産だという事。
 最後にナギ・スプリングフィールドが今現在、生死不明だという事だった。

『戦争で活躍した英雄の息子ですかー、これはまた凄い設定が付きましたねぇ』
『そうだな、色々と恨みを買ってそうじゃないか?』
『まあ、英雄なんてそんなものですよ』
『ネギ先生には他を巻き込まない様に頑張って欲しい所だな』

 願望交じりに千雨がそう返した所で、一通りの話が終わった事を見越したのか、朝倉が記念撮影をするべく乗りこんで来た。
 エヴァンジェリンは渋ったが、悲しいかな昨晩までならともかく小学生並に落ちた彼女の肉体能力では、朝倉に抗う事はできようはずもなかった。
 一応、修学旅行の記念撮影という話だったので、千雨も参加する事になる。


 五班と六班、それとネギが合同で入る事になった記念写真はそれなりに賑やかな物になった。



 明けて翌日、修学旅行に来ていた麻帆良学園生徒は京都駅のホームに勢揃いしていた。
 彼女達はこれから新幹線に乗り込み、午前中に麻帆良学園に到着後、学園駅で解散する事になっている。
 周辺で騒ぐクラスメイト達を眺めやりながらミネラルウォーターを飲んでいると、千雨は不意に視線を感じた、顔を動かさないままアロンダイトを介して
視線を辿る。
 視線の主は容易く判明した、何しろすぐ隣にいる人物だ。

「何か用か?綾瀬」

 前を向いたまま夕映に話しかける、周囲はクラスメイトの少女達が姦しく騒いでいる為、普通に話しているだけでは聞き取られる事はない。

「……別に、何でも無いです」

 話し掛けられた夕映は一瞬何か言い掛けはしたが、その言葉を飲み込んで千雨に向けていた視線を引き剥がす。

「そうか」

 千雨は気にするでもなくリュックからパソコン雑誌を取り出すと、パラパラと捲り始めた。
 夕映の意識を横顔にチクチクと感じながら、千雨は雑誌を読みつつアロンダイトに確認をとる。

『アイツの前では魔法使ってなかったよな?』
『ええ、ですが祭壇でマスターが気絶していた際、その場に彼女もいましたから訝しく思っているのかもしれませんね』

 確かに古菲達の様な他の助っ人と違って、運動能力は一般人レベルである千雨がその場にいるのは不自然だろう。

『寝てる間にそんな事があったのか?』
『ええ、後は犬上小太郎と思しき人物もいました』
『そこら辺はどうだって良い、早乙女には見られていないよな』
『はい、それは間違いなく、四日目にも変わった所は見受けられませんでしたから、特に気にしなくても宜しいかと』
『記憶操作系の魔法とかあったっけ?』
『ミッド、ベルカ共にありませんね』
『じゃあ一から作るか、シラを切り通すしかないのか……』
『ですね、まあ綾瀬さんも決定的な証拠はありませんから、気にしなくても良いのでは?』
『そうだなこれから先、魔法を人前で使う予定も無いし使わない以上、バレる可能性はねーだろう』
『はい、基本的にミッド式の魔法は日常生活にどうしても必要という訳ではありませんし、普通の生活を続ける分にはバレる事は無いでしょう』
『バレるとしてもネギ先生の方がありえそうだけどな』
『それはそうですが、言わぬが花というものですよマスター』

 雑誌を読む千雨の耳にネギ先生が転ぶ音が聞こえたのはそんな時である。
 麻帆良学園の修学旅行は最後までドタバタと忙しなかった。


 東京へ向かう新幹線の中、3-Aが乗り込んでいる車両は行きとは全く違う様相を呈していた。
 殆どが眠り込んでいるのだ、起きているごく僅かな少女達も眠り姫達を起こさない様に努めて静かにしている。
 殆どは四泊五日の修学旅行を楽しんだツケが回って来たのだろうが、中には公にできない事情で眠りこけている少女達もいた。
 主に五班と六班の少女達だ、特に心身共に疲れ切っていた千雨は座席に着くと同時に意識を落としてしまった。


 明日からは再び、騒がしくもつまらない何時もの日常に戻るのだろう、長谷川千雨が春休みから恋焦がれていた日常へ。

 長谷川千雨は昏々と眠り続ける。
 日常を夢見て。
 平穏を夢見て。
 同居人達や新しく作る事ができた友人達との未来を夢見て。

 魔導師・長谷川千雨は微笑みを浮べながらまどろんでいた。


                                   ――――――――― fin …………多分

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

後書き
 これにて魔導師・長谷川千雨は一応の終わりです、稚拙な拙作に今までお付き合い頂き本当にありがとうございました。
 色々と後悔や間違いもありますが、宣言通りに修学旅行編まで書き上げる事が出来たのは本当に嬉しいです。
 現時点ではこれ以降、書くかどうかは本当に不明です。
 七巻以降を改めて読んで、面白い展開が思いつくようなら書くかもしれませんが……多分難しいでしょうねw
 書くとしても多分かなりの期間が開くと思うので期待しないで下さい。

 それでは、またいつかどこかで。



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