長谷川千雨が“それ”を見つけたのはただの偶然だった。
人によってはそれを必然だと言うかもしないが、常識人を自任する彼女としては“ああいった存在”と関わるのは必然だろうが偶然だろうが勘弁して
欲しいと思う。
大体、何かと規格外れなクラスメイト達や、二年生の三学期からクラス担任として赴任してきた担任教師だけでもう限界近いというのに、何故ピンポイント
で自分に関わるのか。
こういった“存在”は、普通もう少し若いというか幼い外見の連中の所に行くべきなのだ。
具体的に言えば双子とか本屋とか綾瀬とかサボり魔の金髪とか……いや、金髪はどっちかというとライバルポジションだろうか?
――――――そういう風に長谷川千雨は感慨に耽っていた……麻帆良学園都市上空1000mの地点で。
第01話「それは不思議な出会い?……勘弁してくれ」
そうして一人高空に身を置きながら麻帆良の街の明かりを無感動に眺めていると、千雨に話しかける言葉が響く。
【マスター、ジュエルシードの反応確認しました。
……マスター?】
可憐な声だ、アニメ業界に声優として名乗りを上げれば、瞬く間に売れっ子になるであろう事間違い無しな感じの声。
マスターと呼ばれた少女=長谷川千雨は、その声に対してそんな風に思いながらも面倒臭そうに言葉を返す。
「ん?ああ、それじゃあちゃっちゃと封印をかますか。これで何個目だっけ?」
【都合3個目になりますね、全部で9個だったので残りは6個という事になります】
「面倒な話だよなぁ、ここいらにいる魔法使いに丸投げできればいいんだけどな」
【以前にも説明した通り、この次元世界で構築されている魔法技術や体質的な問題がある以上、ジュエルシードの封印はおろかワタシの起動すら不可能だと
思いますよ?】
「そうだっけなー、プレシアとかいうオバサンも困った事してくれたもんだよ。
はぁ……何だって私がこんな目に遭わなきゃならないんだ……」
そうぼやきはしたが、千雨とてやるべき事、やらなくてはいけない事は知悉していた。
彼女は標的となるジュエルシードの周辺に結界を敷設する用意をしながら、全く同じタイミングでこの異常な状況について思いを巡らせた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
話は終業式、あの悪夢の様な“学年トップおめでとうパーティー”の日まで遡る。
新学期から正式に教師として採用された事で気分が昂っていたのだろう、バニーのコスプレをしていた千雨を強引にパーティーへ引っ張り出したネギ・
スプリングフィールドは、どのような手段に依るものか――今では暴発魔法によるものだと千雨も理解しているが――、千雨の服を吹き飛ばしてくれた。
一応、謝ってはきたもののやはり子供なのだろう、時間が経過すると他のノーテンキなクラスメイト達と一緒にパーティーに興じていた。
しかし、そんなネギとは反対に千雨はパーティー会場に到着する寸前の「ま、いいか」等という、感情を抱いた事を後悔し……いや、ありていに言えば
腹を立てていた。
パーティーに出る事になったのは最早諦めている、しかし何が悲しくて衆目に珠の肌を曝さなければならないのか!
何とかコスプレイヤーという事は隠せたから良かったものの、一歩間違えば千雨がひた隠しにしてきたネットアイドル“ちう”としての顔が暴露される
ところだったのだ。
実際、あの場には“噂拡散能力者”とも言うべき早乙女ハルナや、麻帆良パパラッチという異名を持つ朝倉和美がいたので本当に助かった。
ちなみに吹き飛ばされたコスプレに使った作成時間も地味に痛い……。(材料費に関してはあの後、弁償に来た)
そんなこんなで、パーティーに饗されていた美味い料理を腹立ち紛れに平らげると、丁度パーティーが一段落する頃合いだった。
元々、参加意欲に乏しかった千雨は丁度良い頃合いとばかりに「風邪をひきたくないから」と、あながち嘘とも言えない言い訳をして寮へ戻ることにした。
クラスの中で背が高い部類に入る長瀬楓から借りたブレザーを素肌に羽織っただけ……という、あまり人目につきたくない格好をしていた千雨は、人目
を避ける様に歩いていると、ふと誰かに呼ばれた様な気がした。
振り返っても周囲には誰もいない、変質者か?とも思ったが此処は女子寮近辺、治安という観点から見ると麻帆良でも屈指と言っても良い場所だろう。
……まぁ、近辺だからこそ“いる”可能性も無きにしも非ずだが。
寮まではそこまで離れていない、というかパーティー会場自体寮のすぐ近くだった。
意を決した千雨は声を掛けることにした。後から考えれば、あのパーティーに出たせいで幾分感情の箍が外れかかっていたのだろう、普段の自分なら
「気のせい」として無視していた筈だから……。
「おい、誰かいるのか?」
しかし、千雨の言葉に応える言葉は無かった、その代わり。
「……っ!」
千雨は己の心臓の辺り、胸の奥に何とも言い難い衝撃を受ける。
特に痛みらしい痛みは無いが、これまで経験した事が無いくせにどこか懐かしい感覚だった為、千雨は戸惑っていた。
胸元を押さえて何度か深呼吸をしたが、何とも言えない感覚は消えない。いや、より一層強く確りと自覚する。
その感覚が告げるのだ、「あの声は気のせいではない」と。
千雨がその感覚を頼りに周囲を見渡すと、路肩に置いてあるプランターがやけに気になった。
もう一度、周囲を見渡して人目を確認すると、おもむろにプランターへと歩み寄る。
そのプランターには元々何がしかの植物が植えられていたのだろう、今やそれは枯れ萎びており、元がどういった植物だったのか判らなくなっていた。
千雨はそのプランターをジロジロと眺めていたが、おもむろに手を掛けると「よっ」とばかりに脇にどける。
そこにはペンダントが1つ落ちていた。
千雨は躊躇無くそのペンダントを拾い上げると、何事も無かったかのように寮の扉を潜って行った。
あれから部屋に帰宅した千雨は、拾ってきたペンダントをパソコンデスクの上に置いて観察していた。
ペンダントは至ってシンプルな物だ、何かの動物の革紐に直径1cm位の青い珠が付いている。
珠は見た所、宝石とかそういった代物ではないらしい。
とは言っても、灯りに透かして見ても光が通らなかったから、そう思っただけであるが。
貴重品ではないらしいのでとりあえずは安堵した千雨だったが、明日辺り改めて交番にでも届けようと思い直す。
いくら宝石とかではないとはいえ、誰かの持ち物かもしれないと思ったからだ。
そう考えると、何故躊躇せずにこれを持ち帰ったのか不思議でならない。
普段の自分なら、厄介事を極力避ける為に速攻で交番か寮監にでも渡して……いや、見なかった事にして放置している可能性が一番大きい。
不可思議な自分の行動に頭を捻りはしたが、ただの気紛れだろうと思い直し、さて風呂にでも行くかと考え始めたその時、千雨一人しかいないはずの
室内に可憐な声が響き渡った。
【あの……申し訳ありませんが】
千雨は最初、空耳だと思った。だが声はそんな千雨の思いを無視して再び語りかけてくる。
【もしもし?長谷川さん?長谷川千雨さん?】
「誰だっ!」
名指しをされた事で流石に空耳ではないと理解したのだろう、千雨は立ち上がると周囲を見渡す。
しかし、室内には千雨以外、人間は一人として存在していない。
千雨は人が隠れられそうな場所を虱潰しにしていくが、人はおろか悪戯の形跡すら見つける事ができなかった。
息を切らせ、生来から少し目つきの鋭い眦をさらに吊り上げている千雨に、例の声が三度語りかけてくる。
【落ち着いて下さい。ワタシはここです】
その声はパソコンデスクの上、より正確に言うならパソコンデスクの上に置いていたペンダントから出ていた。
「…………は?」
――――数瞬、千雨の意識は飛んでいたようだ。
そんな千雨を他所に、一瞬キラリと瞬いたペンダントは話し始める。
【初めまして、長谷川千雨さん。まずは自己紹介からさせて頂きます。
ワタシの名はアロンダイト。
デバイス様式はミッドチルダ式魔法の使用を前提としたインテリジェントデバイスです。
本機は基本的にスタンドアロンの魔導師による使用を前提に設計されています。
又、魔法を習った事が無い、魔法を知らないという方でも安心してお使い頂ける様に、魔法や教育用ソフトも基本的なものから各種専門分野の物まで
取り揃えております。
それにより各個人に最適化された教育プログラムを構築いたしますので、例え魔法の事を何一つ知らないズブの素人でも、二~三年も経つ頃には管理局
の教導官とガチで戦えるまで鍛え上げる事が可能です。
さらに!各種メンテナンス及び修理や調整は深刻な破損でない限り、デバイス側が自動で行うという安心設計!これならハードに弱いというアナタでも安心!
しかも!「あーちょっといいか?」……なんでしょうか?】
自己紹介という名の売り口上を絶好調で垂れ流しているペンダント――ペンダント嬢?曰く、アロンダイト――の言葉を一旦遮った千雨は、些か呆然と
しているようだった。
一つ深々と溜め息をついた千雨は、おもむろにキッチンから菜箸を持って来ると、それを使ってアロンダイトの革紐を掴んで持ち上げる。腰が引けている
辺り、何ともヘタレっぽい。
しかし、それに対して抗議の声が上がる。言わずと知れたアロンダイト嬢だ。
【酷ッ!
何ですかこの汚物っぽい扱い!これでもミッドチルダでは希少な部品を数多く使用した超高性能機なんですよ!
製作においては採算とか度外視で作られた位で、製作者の雇用主なんて請求書見て卒倒した位なんですから!】
「うるせぇ!騒いでんじゃねぇ!汚物の方が騒がないだけまだマシだ!
ていうか悪戯にしても凝り過ぎだろうが!何考えてやがんだ!誰の仕業だ?超か?それとも葉加瀬のヤツか!」
【悪戯ですって?せっかく見つけたマスター候補の方にそんな事するはずないじゃないですか】
「ふう、やれやれだぜ」といった感じのアロンダイトの言葉に固まる千雨。
今この珠っコロは何と言った?ますたー候補?誰が?何の?
状況から考えると誰=自分が、何=この珠っコロの、マスター=御主人様候補……笑えない、あまりにも馬鹿らしくて笑えない冗談だ。
何が悲しくて珠っコロの御主人様になんてならなくてはいけないのか。少なくとも長谷川千雨という人間はそういった非常識な世界から離れていたいと
いう人種なのだ。
そういったイベントは他のクラスメイトにでもくれてやる!
そう思ってアロンダイトを窓の外に捨てようと、菜箸片手に窓を開けた瞬間、長谷川千雨は窓の外、正確には女子寮の外を跳ね回る奇妙なモノを見た。
カラカラ……パタン
何だアレは?真っ黒でギョロリとした目玉を持った巨大な――それこそ軽自動車位の大きさの――毛玉が、盛大に騒音を立てながら跳ね回って道路を
破壊していた。
しかも、よくよく考えてみると何処からも騒いでいる声が聞こえない。
異常だ、何が異常って、この状況とこの騒音で麻帆良の生徒が騒ぎ出さないというこの状況こそが異常だった。
そっと部屋のドアを開けて寮内の雰囲気を伺ってみるが、いつも通りにそこそこ騒然としている。
ただ、ああいった存在を確認しての騒ぎではなく、あくまでも「いつも通りの騒ぎ」というのが不気味だ。
千雨は顔を真っ青にしながら部屋に戻る。
「な、何だこの状況?おかしいだろう、何で誰も騒いだり逃げようとしたりしねーんだよ……!」
【あー、もう動き出しましたかー】
千雨の疑問とは違う形の答えを出したのは、菜箸の先から落ちて床の上に転がっているアロンダイトだった。
その言葉に千雨はギョッとして床に落ちている珠っコロを見る。そんな千雨の視線を感じたのか、アロンダイトはきらりと光ると、さっきまでのやり
取りが無かったかの様に、淡々と話し始める。
自分がここに来た意味。千雨が自分を拾った理由。そしてこれからやるべき事を。
【千雨さん、アレはジュエルシードという古代の遺物――ロストロギアと言います――が周囲の魔力素や雑念を吸収し、増幅した事によって暴走した姿です】
「ジュエル……シード?」
【はい、何処の誰が何の目的を持って作ったのか分かりませんが、ただ二つ確実な事があります。
アレを放置しておくと確実に被害が出る事。そして止められるのは千雨さん、貴女とワタシ…いえ我々をおいて他にはいないという事】
「被害って……さっき見たような道路を壊したりとか?」
【いえいえ、あれはただ暴れているだけです。
話によるとジュエルシードは願望器の機能も有していると言われていますが、制御が極めて困難な事から、まず失敗し暴走するものと思われています。
ただ確実なのは、ジュエルシードは周囲に存在する魔力素と雑念を吸い上げて増幅する特性を有している、という事。
そして、その特性は封印状態でない限り止めることは困難です】
「止まんなきゃどうなるんだ?」
【魔力素の吸収と増幅が極限にまで達したジュエルシードは、最終的に次元震を引き起こしながら崩壊します。
ジュエルシード1つの崩壊で引き起こされる被害は、この次元世界で言う所の戦術核と同様でしょう。
最悪なのは、複数個のジュエルシードが同時連鎖崩壊をした場合です……】
「どうなるんだよ」
【次元干渉の共鳴作用が発生し、次元世界そのものが崩壊します】
「警察とか自衛隊……」
【無駄です。モノにも依りますが、基本的に想念体で構成されたジェルシードの暴走体に対して質量兵器は意味を成しません。
まぁ、既存の質量体で構成されているのなら別ですが、それでも決定打にはなりませんね。
一応、核兵器ならある程度は影響あるでしょうが、それだと本末転倒ですし。
それと同様、この世界の魔法もあまり有効ではありません】
「おい、ちょっと待て」
【……はい?】
今、千雨は聞き捨てならない言葉を聞いた。
何だっけ、質量兵器の有用性?違う。核兵器の問題?それも違う。そうそう魔法だ魔法、そういえばコイツも魔法がどうとか言ってたっけ、ハッハッハ。
「まほを?」
【発音がおかしいですよ?千雨さん、魔法です。この世界の魔法は具体的には精霊魔法と言うべきでしょうが】
ポクポクポク……チーン。
「ふざけんな!妙ちきりんな爆弾の次は魔法ってか?ふざけんのもいい加減にしやがれ!」
【ふむ、お疑いですね?千雨さん。
まぁ、この次元世界では魔法は隠蔽されているようですし、しょうがない事でしょう。
ならばもう一度窓を開けてみてください、そろそろこの近辺にいる魔法使いが出張って来る頃です。
但しそっと、そして少しですよ?一応、見つからないと思いますが何事も用心が肝要ですからね】
厭らしい笑みを含んだアロンダイトの言葉に従うのは癪に触ったが、好奇心も疼く。結果的に千雨はこの世界の真実、その一端を知る事になった。
薄く窓を開けたその向こうでは、千雨の常識ではありえない戦いが繰り広げられている。
軽自動車サイズの毛玉と戦っているのは、千雨も時々見かける教師や、同年代の少年少女達だった。
ある者は刀を始めとする刃物を振り回し。またある者は銃器をぶっ放していた。
そして、あぁ何という事か!そいつ等の中には“箒に跨って飛びまわり、指先から火の玉なんぞ出しているヤツ”までいるのだ!
カラカラ……パタン
千雨の顔色は真っ青を通り越して、まるで紙の様に白くなっていた。
銃や段平まではまだ許容できた。(いや、流石に銃刀法の事を考えると忸怩たるものはあるが)
しかし、あれは止めだ。いくらなんでも“杖に跨って飛びまわり、指先から火の玉を出す”人間を見てしまった以上、魔法は無い等と抗弁できはしなかった。
何だろう、今日は人生最悪と言ってもいい日なのかもしれない。
三年生になっても子供先生との縁は切れず、その子供先生に秘密を知られた上に裸に剥かれ、挙句の果てに知りたくも無い秘密まで知ってしまった。
しかし、そうなると裸に剥かれた事も魔法絡みなのだろうか?十歳児の教師というだけでも世間の常識に反しているクセに、その上魔法使い等という
ふざけた設定も加わるのか……いや、正確には“魔法使いだから十歳児でも教師になれた”という事なのか?
なんて事だ、知らない間に自分の日常は魔法使いどもに侵食されていたらしい。
腹が痛い、胃がシクシク痛み始めてきた。何と言うか誰彼構わず殴りたい気分だ。
千雨はベッドに倒れこんだ、もう色々と限界っぽい。布団をひっかぶって眠りたかったが、アロンダイトは許してくれなかった。
【千雨さん、あれがこの次元世界における魔法です。
この世界の魔法は基本的に精霊に命令し、嘆願する事で効果を発揮します。しかし、暴走体に対してはそここそがネックになるんですよ。
精霊というのは自然界に満ちている各種属性に変換された魔力素とも言えます。魔法として行使される以上、術者の魔力も加わるので純粋なそれとは
言い難いですが、あまり差異はないでしょう。
さて、そこで先程のジュエルシードの解説を思い出してほしいのですが……】
「ああ、魔力素を吸収するってヤツか?」
アロンダイトの言葉に、ベッドの上の千雨は投げやりに答える。
【はい、要するにこの世界の魔法では暴走体を止めるどころか、暴走を助長する可能性があるという事です】
「で?お前が使う魔法はどこがどう違うんだよ」
【ワタシ、というかミッドチルダ式――俗にミッド式と言います――やベルカ式といった魔法は、この世界の魔法――これからは精霊魔法と呼称します
――と違って、一旦魔力素を取り込んだ後に魔力へ変換、然る後に魔法として放出する方法を採っているんです。
この方式の魔法にはリンカーコアという特殊な魔法器官が必要になります。これは実体が無い器官なんですが、この器官には周辺空間の魔力素を収集
して魔力に変換し取り込む機能があるんですよ。
そしてこの方法で使用された魔法だと、暴走体は吸収ができないんです】
「へぇー、結構な事じゃないか。そのミッド式だかベルカ式だかいう魔法、アイツ等に教えてやれよ、それで万事解決じゃねぇか」
ベッドに寝っ転がった千雨は雑誌を広げながら、面倒臭そうにアロンダイトに意見する。
しかし、そんな千雨にアロンダイトは残念そうに返す。
【それが、そうはいかないんです】
「なんでだよ、ケチケチしないで教えてやれば良いじゃないか」
【先程も言いましたが、ワタシの世界の魔法にはリンカーコアが必要不可欠です。
ただ、残念な事にこの世界の魔法使い達からはそれが確認出来ませんでした。
魔法使い及び一般人を全て含めて、ワタシが今まで探索した中でリンカーコアを保持していた人物は、この麻帆良学園都市で唯一人……】
「……おい、止めろ」
アロンダイトの言葉に不穏なものを感じた千雨は雑誌を放り投げて、ベッドの上を後退る。
しかし、彼女は止めなかった。
【そう!それは貴女です!長谷川千雨さん、いえマイ・マスターーーーーーーーーーー!】
「ふざけんなーーーーーーーーーーー!」
千雨は絶叫した。冗談じゃない、候補とかほざいていたが、ほぼキメ打ちじゃないか。
やはり今日は人生最悪の日に違いない、これというのもあのガキの所為だ。
あのガキに引っ張られてパーティーに出なければ、裸を曝す事も無かった。
恥ずかしい格好を見られたくなくて、人目を避けて歩かなければ、目の前にある変なペンダントを拾う事も無かった。
千雨は金輪際あのガキに心は許すまい、と心に決めた。
しかし、聞いてしまった以上、知らぬ振りも出来ない。
ジュエルシードの話が本当かどうか判然としないが、放っておける事でもなかった。
何よりも、窓の外の騒音が耐え難いレベルになって来たし、……気の所為か悲鳴が聞こえてくる。
重い重い溜め息をついた千雨は、アロンダイトを睨みつけながら話し始めた。
「で?どうすんだよ。協力するかどうかは別として、私は魔法なんて使えないぞ」
【その辺はご安心を、インテリジェントデバイスは伊達ではありません。
祈願型プログラムによる的確なサポートによって、千雨さんが望む魔法をオートで組み上げてみせますとも!】
「なんだそりゃ?」
【こういった魔法が使いたい、と考える事で基本的な魔法なら自動的にワタシが発動させるんですよ、便利でしょ?】
「それって私がいる意味あんのか?」
あって当然な千雨の疑問にアロンダイトは、何を当然の事を……と言いたげな様子で、千雨がいる事の必要性を説く。
【ありますよ。ワタシは単独では魔力素の蓄積や保存はできても変換はできませんし、どういった魔法が適切か……そういった刹那の判断はやはり人間の
方が優れているんですよ。
それに、機械ではどうあがいても人には勝てないんです】
「そんなものかねぇ……」
【そんなものです、その辺は追々分かると思いますよ?
まぁ、できる事なら千雨さんご自身で組み上げられるのが一番なのですが、流石に今からでは無理ですし。
あの程度の暴走体ならデフォルトの魔法で対応できると思います】
「組み上げるって……ええと魔法を自分で作れるって事か?」
【はい、その辺の事は明日から追々。
それでは千雨さん、認証を行うため起動呪文の詠唱を開始します。
それから初期起動と同時に、バリアジャケットの構築も行いますので、そちらのデザインイメージングもよろしくお願いしますね】
「バリアジャケット?」
【魔導師の身体を守護する、フィールドタイプの防御呪文です。
フィールド、ジャケット、リアクティブアーマー+インナーと、4層から構成される防御層を構築します。
これを着用する事で、大気や温度等の劣悪な環境だけでなく、魔法や物理的な衝撃などからも着用者を保護する事が出来るんですよ。
これは以降、ワタシを起動することで自動的に着用されるようになるので安心して下さい】
「それってデザインは何時でも変更できるのか!?」
【?はい、多少手間は掛かりますが問題なく】
これはコスプレイヤーである千雨にとって、数少ない朗報だった。
何しろ上手くいけば、以降のコスプレに掛かる衣装代や作る手間がかなり軽減できるからだ。
そしてアロンダイト主導の下、起動呪文が紡がれていく。
【それではワタシに続いて唱えてください。
“我、使命を受けし者也”】
「“我、使命を受けし者也”」
【“契約に従い、その力を我に与えよ”】
「“契約に従い、その力を我に与えよ”」
【“月は水面に、陽(ひ)は天空(そら)に”】
「“月は水面に、陽(ひ)は天空(そら)に”」
【“そして、不滅の勇気はこの胸に!!”】
「“そして、不滅の勇気はこの胸に”」
【“この手に魔法を!!”】
「“この手に魔法を”」
【「――――――――――アロンダイト、セット・アップ」!】
【Stanby ready, setup.】
気合の入ったアロンダイトとは違い、千雨の詠唱は力無い物だったが、詠唱とそこに込められた魔力は間違いも問題も無いものだった。
瞬間、千雨の部屋が眩い光に満たされる。
しかし、その光は瞬きほどの時間の後に淡雪の様に消え去っていく。
光が無くなった後に立っているのは、黒を基調にしたバリアジャケットに身を包んだ千雨だった。
眩さで閉じていた目蓋を開いた千雨は、早速姿見に新しい衣装を映してみる。
すると、そこには新しい自分がいた。
バリアジャケットの基本はイメージしていたビブリオルーランルージュの物を使っているらしい。
色は前述の通り、基本は黒。所々に赤でラインが引かれており、それが適度なアクセントになっていた。
本来ミニだったはずのスカートは、足首まであるロングのプリーツスカートになっている、これは防御力を重視した結果だろう。
元々あったはずの悪魔の尻尾に似たパーツは、先端に金属パーツが付いている飾り紐に置き換わった。
ノースリーブのセーラー服はそのままだが、両腕には二の腕の途中まである黒い手袋が嵌められている。
手の甲から肘までを硬質の流麗な手甲が覆っているのは、手に持っているアロンダイトを落とさない為の防具なのだろう。
そのアロンダイトも大きく様変わりしていた、直径1cm程だった本体は今や10倍近いサイズになり、千雨の身長よりも少し短い杖の先端に嵌っている。
髪型は動く際の邪魔にならないように、という配慮からなのかポニーテイルになっており、バリアジャケットと同色のリボンで纏められていた。
「おおー、流石にまんまとはいかないけど、これはこれでアリな気がするな」
【気に入って頂けましたか?】
「うん悪くないよ、後は普通のビブリオルーランルージュに……」
【なれますよ?】
「何っ?」
【今回はこの後、戦闘が予想されるのでこういった形になっていますが、マスターの指示通りのデザインにする事も可能です。
ただ、あくまでもマスターのイメージに添う形になるので、若干変化する可能性は残りますね】
「いやいや、これってお前を拾って唯一良かった事なんじゃないか?」
【相変わらず酷いですねぇ。
まぁ、良いです。マスターの評価はこれからきっと鰻登りに上昇する事間違いありませんから!
それから今後は、ワタシの名前とセットアップのキーワードでこの状態に移行します。
で、どうしましょうか。このコスはHPにうPします?】
「は?」
今、さりげなく不穏な台詞を聞いた気がする……。
この珠っコロは今何と言った?
「おい、お前まさか……」
【いやー、流石は我がマスターです!ネットというごく限られた世界とはいえ、あれだけのシンパを持つとは。
ワタシもマスターのデバイスとして鼻高々ですよー】
「ハ、ハハハハハハハ……。
わ、私のプライバシーって……」
【あ、大丈夫ですよ、マスターのセキュリティは一般レベルとしては破格のレベルです。
あのレベルのセキュリティを突破できるのは、生半可な腕では難しいですよ。
しかし、流石はワタシのマスターとなるべき方です、天から二物も三物も与えられているんですねぇ……】
ひた隠しにしてきた秘密があっさりと判明して項垂れる千雨だったが、アロンダイトはお構いなしに褒め称えていた。
そうやって、一通り喋くりまくったアロンダイトは千雨に改めて話しかける。
【それはそうとマスター?
時間が無いのでそろそろ封印作業に移りたいんですが】
「ん?あぁ、そういやそんな事も言ってたっけかな。
分かったよ、やるよ、やればいいんだろ……ってちょっと待て!」
【どうかされましたか?】
「眼鏡!眼鏡はどこにやった!」
【ああ、あれでしたら危険なので、一時的に位相空間に収納しています】
「ば、馬鹿っ!アレがないと私は……っ」
と、顔をおさえてワタワタと慌てる千雨。そんなマスターにアロンダイトは不思議そうに尋ねてくる。
【マスター?】
「いいから眼鏡を戻せっ!」
【分かりました。
しかし、特に視力が悪いわけでもないのに、何故眼鏡を?
一応、戦闘も予想されますから視界を遮る要素は極力排除した方がいいと思うのですが】
一瞬で戻された眼鏡の感触に落ち着きを取り戻した千雨は、アロンダイトに言い訳じみた言葉を返す。
「い、いいだろ!コイツがないと落ち着かないんだよ」
【しかし、ネットアイドルとしての画像には眼鏡をかけているモノはありませんでしたよ?
それに眼鏡を掛けない方が可愛いし、普段のマスターと印象が直接繋がらないので、ある意味安全だと思うんですが】
「アレはいいんだよ、目の前に人がいないんだから。
それに元々人目に付く気は無いからな、多分眼鏡を付けてても大丈夫だろ。
あ、そうだ。封印しに行くっていってもこの格好で寮の中をほっつき歩くのは無理だぞ。どうするんだよ?」
【そうですねー、幻術魔法をかけた後に出ましょうか。
流石に結界を展開すると、魔法使い達にバレかねませんし】
「結界って?」
【条件を特定して、その条件に合う対象だけを位相をずらした空間に隔離する技法です。
この中なら、元の空間に被害を及ぼす事が無いので全力全壊の戦闘行為が可能になります】
「ちょっと待て、今何かさらりと変な事言わなかったか?
まぁいいや、バレない手段があるのなら丁度いい。そいつを使ってさっさと済ませるぞ」
【了解です】
そうして千雨は窓を開いて、非日常の世界へと文字通り飛び込んで……いや、落ちていくのだった。
物理的に、上から下へ。
――――――――――――――――――――――――――――
「あの時ってさ……」
【はい?】
結界に向かって逆さまになって降下している最中、唐突に千雨が話し出した。
多分、考え事をしている最中に思わず出てきた独り言だったのだろうが、アロンダイトは特に気にもせずに言葉を返す。
「いや、お前と初めて会った日の事だけど。
よくもまぁ、窓から飛び出せたもんだなと思ってさ」
【あぁ、あの時ですか。
ワタシも吃驚しましたよー、飛行魔法とか教えてなかったのに、何も言わずにいきなり飛び出すんですもん。
何とかプリセットしていた魔法が間に合ったから良かったですけど】
感慨深げに返すアロンダイトに、千雨も遠い過去を見ているようなぼんやりとした表情で続く。
「あの時のはアレだよ、初めて見た魔法使いが飛んでたからな。
飛べるもんだと思ってたんだろ。
ま、それ以上にテンパってたんだと思うよ……あの日は色々とあったからなぁ……」
【そうみたいですねー。
ワタシはマスターから聞いただけですけど、凄い所ですよねこの土地】
「そうは言うけど、お前の故郷だってどっこいだろ?
流石に特殊能力持ちだからって、十代前半で警察関連に就職できるとかありえねぇよ」
【そこら辺は魔法が一般的かどうかが関わっているんでしょうね。
けど、一応あっちでは法律関係は遵守してますよ?……多分】
学園長・近衛近右衛門や関東魔法協会を揶揄するようなアロンダイトの言葉に、千雨は「ハッ」と馬鹿にしたような笑いを浮かべると、吐き捨てるように
話し始める。
「まさか、学園都市全体に≪認識阻害≫の結界を張っているとはな。
無駄に手間を掛けてくれるから、こっちの仕事にも一苦労だよ」
【結界の影響で探策魔法の効きが悪いんですよねー、お陰で暴走寸前にならないと探知できませんし……。
けどマスターは流石です、このペースは普通じゃ考えられませんよ。
魔法の修得も凄いペースで進んでいますし、普通の魔導師のレベルじゃありませんね】
アロンダイトの賞賛に何故か千雨は渋面を浮かべていた。
確かにジュエルシードの回収は今の所は順調だ、魔法の修得ペースも普通の魔導師と比べると早いのだろう……多分。
しかし、物事には別の側面もある。
ジュエルシードの探索と封印については、春休みという時期と運が味方しただけ。
魔導師としての修練。これは偏にアロンダイトが熱心……というか、やらないと煩いので頭の隅で相手していたら、いつの間にかマルチタスクなる魔導師
にとって必須のスキルを修得していたり、数式やプログラミングに似通った所があるミッド式の魔法が殊の外自分に合っていた、というのがあるのだろう。
しかし、あと数日で授業が再開される。
そうなると今までの様にジュエルシードの探索に時間をかけられなくなるだろう、魔法で自分のダミーが作れると良いのだが、生憎とそんな魔法はない
らしい。
一応、使い魔を創って探索に用いる事も案として出はしたが、ミッド式のそれは千雨の倫理観と照らし合わせると無理なものだったし、アロンダイトも
駆け出しの魔導師に使い魔は負担が大きいと賛成はしなかった。
「結界がどうにもならないのなら、探策魔法をどうにかするしかないだろう。
とりあえず、明日からはジュエルシードの探索を一旦中止して、探策魔法の見直しと改良を始めた方が良いだろうな」
【ですね。少なくとも励起状態になる前に発見できれば、ある程度の時間的余裕はできるはずですから、その方向で組んでみましょう。
マスター、そろそろ目標の暴走体が……確認しました、今度の憑依対象は鳥ですね。
飛ばれると厄介です、砲撃魔法で一旦行動不能状態にした後で封印作業に移りましょう】
千雨はアロンダイトの言葉に頷く。
背中にあった小悪魔の翼が一瞬で大きく広ってブレーキがかかる。
ブレーキがかかったその勢いを利用してその身をくるりと反転させると、千雨は地面に足を向けて静止した。
眼下500mの位置にいるグライダーサイズの暴走体を見ると、結界に囚われている事に気が付いていないのか、のんびりと羽根を繕っている。
結界の周囲に配置しているサーチャーに気を配ったが、未だ魔法使い達は気が付いていないようだ。
サーチャーを結界外に配置するようになったのは、二回目の封印作業からである。千雨は自覚していないが、彼女が暴走体を封印する際の魔力はかなりの
ものらしく、結界を敷設していたとしても魔法使い達の結界だか警戒網に引っかかってしまうらしい。
初めて封印をやり終えて結界を解いた時、目の前にウルスラの制服を着た魔法使いがいて驚いた事は記憶に新しい。
その時は何とか魔法が間に合って助かったものの、それからの封印作業時に展開する結界の周辺にはサーチャーを配置し、バリアジャケットにもフェイス
ガード――内側がディスプレイになっている――を追加していた。
そういった確認作業を終えた千雨は、右手に携えていた杖状態のアロンダイトを標的に向ける。するとアロンダイトも心得ているのか、その身を次に使う
魔法に合わせて変形させていく。
普段の、いかにもな杖らしい形を崩すと、次第に新しい姿を現していく。
それは最早、杖とは言えなかった。
新しいアロンダイトの姿に一番近い表現は“未来的なフォルムの対物狙撃銃”もしくは“バスターランチャー”というのが一番近いだろう。但し、銃身
は倍以上太く引き金も付いてはいない。
アロンダイト本体はショルダーストックに似たパーツの中に組み込まれている。
千雨は変形が終わったアロンダイトをくるっと回して小脇に抱える。
しっかりと相棒を構えると、その筒先は眼下の標的に向けられた。
【マスター、シューティングモードへの変形。問題なく完了しました。】
「よし、発射前にもう一度確認だ。
射程や威力に問題ないよな?この間みたいに標的の10cm手前で魔力霧散とかないよな?」
【大丈夫です、マスターが命じられた通り。
様々なケースを想定してシミュレーションとデバッグを繰り返しました。
マスターの魔力とのマッチングを優先した所、デフォルト状態と比較して射程は20%、威力は14%の増加を確認しています】
「よし、じゃあいくぞ。
タイミングはそっち、トリガーはこっちだ。
魔法使いの連中がいつ気付くか分かったもんじゃないからな、一発で決めるぞ!」
【了解ですマスター。
では直射型砲撃魔法<ブラストカノン>カウント開始します】
アロンダイトのカウントダウンの開始と同時に、スタンバイしていた<ブラストカノン>の術式に千雨の魔力が注がれる。
<ブラストカノン>の発動補助の魔法陣が千雨の足元に、魔法の弾道補正と収束そしてデバイス保護の為の環状魔法陣がアロンダイトの銃身を取り巻く
ように出現した。
高まり続ける千雨の魔力がアロンダイトに注がれていく、それに伴って足元と銃身の魔法陣が凄まじい勢いで回り始める。
そして、カウント0と同時にアロンダイトの内部で術式通りに処理された魔力は、雷と同じスピードと威力をもってジュエルシードの暴走体を貫いていく。
千雨の魔力に貫かれた暴走体は、一瞬その身を震わせたかと思うと、次の瞬間、光の柱を聳え立たせて消えていくのだった。
<ブラストカノン>を撃ち終わった千雨は、油断無く標的の周囲を探索した。
ジュエルシードの暴走体の反応……なし。
麻帆良の魔法使いが接近する様子……今の所、なし。
目に見える被害…………なし。
そこまで、確認した千雨は溜めていた息を盛大に吐いた。
結界の中、しかも魔力ダメージなので特に何が壊れるということはないはずなのだが、魔法を撃った後はいつもこんな調子だ。
暴走体を仕留め損なっていないか、何か壊れていないか、そして……何かを犠牲にしていないか。
アロンダイトとの会話が如何に乱暴な口調だろうと、魔導師としての才能に溢れていようと、結局の所、長谷川千雨は臆病だ。
そりゃあ喧嘩を売られれば買ってしまう迂闊な所はあるが、そういった事にならない様に頭を使ったりもする。
あえて言うとすれば、ネットの世界でライバルのHPを炎上させたりもするが、それだって相手が目の前にいないからできる所業なのだ。
だから被害が出ないように気をつけるし、魔法使い達どころか人がいない山奥でも結界を使用する。
そうやって周囲の探索を終えた千雨は暴走体が存在していた場所へと向かった。
程なく到着した場所には、宿主だろうと思われる小鳥が魔力ダメージで倒れている。そして妖しく輝く、青い八面体の宝石が千雨の目の前に浮かんでいた。
これこそが、ジュエルシード。千雨が巻き込まれている最も厄介な面倒事の種である。
【ジュエルシードNo.ⅩⅨ。封印します】
アロンダイトのその言葉と共に宙に浮いていたジュエルシードは、万が一の用心の為、個別に用意した封印用の位相空間に取り込まれる。
それを確認した千雨は、再び周囲のサーチャーに意識を向けると、学園の方から時々見かけるウルスラの魔法使いが使い魔に乗って飛来してきているの
が分かる。
他にも数人いるようだが、特に注目するべき魔法使いはいない。
千雨は結界の解除を時限式に設定しなおすと、自分とアロンダイトを包むように幻術魔法を施して、一足先に結界を抜ける。
学園を包む結界に良い感情を持っていない千雨は魔法使い達から逃げ続けていた。
――――――――――――――――――――――――――――
いつからだろう、長谷川千雨は人と会う時は眼鏡をつけるようになった。
別に目が悪い訳ではない。特別に良いとは言わないが、ネット関連の事を趣味にしている割には視力は良い方だろう。
なのに、千雨は眼鏡をかけ続ける。
それは過去に遠因がある、子供らしい他愛のない話。
千雨は幼い頃は活発で友達とよく遊ぶ少女だった。そして“素直で嘘をつかない少女だった”。
幼い頃、人は夢見がちな事を言う。
例えば、あそこの洋館にはお化けが出る。
例えば、図書館に大きな蜥蜴がいる。
例えば、学園長の正体はぬらりひょんだ。
そんな他愛のない、罪の無い事だ。
いつしか、子供達はそんな事を言わなくなった。
他愛のない話よりも最近見たTVのヒーローや絵本の話。
そんな時、千雨は言った。
「人がバイクより早く走れるのはおかしい」
「パンチで人が飛ぶのもおかしい」
「学園長のあの頭はどう考えても変だ」
いつしか千雨は子供達の輪から締め出されていた。
子供達曰く。
「千雨ちゃんはうそつきだ」
「格好良いからいいじゃん」
「学園長のじいちゃんに関しては確かに変だけど、フリーザ様の親戚なんじゃない?」
「あっちいこ」
そうして千雨は一人きりになった。
先生達は千雨を叱った、親にも話した。
千雨は親にも叱られた。
彼等曰く。
「あら、車より早く走れる人もいるわよ?」
「努力したからできるのよ」
「そうね、学園長先生は変ね。けどそれは言わない約束よ」
「いい加減にしないとごはんを抜きますよ!」
幼い頃の千雨は別に嘘はついていなかった。
ただ彼女は正直だっただけだ。
道を歩いているとバイクを追い抜く学生がいた。
暴れている学生を止めていた人が学生達の喧嘩に巻き込まれて飛んで行った。
学園長のあの頭はどう考えてもおかしい。
そう、彼女は“見た事や感じた事を嘘偽りなく正直に言った”ただそれだけの事なのだ。
けれども、彼女以外の人間はそれをおかしいと思わない。否、“おかしいと認識する事ができなかった”のだ。
この麻帆良学園都市には秘密がある。それはこの都市を運営しているのが魔法使い達だということ。
彼等、魔法使いは都市を運営するにあたって、ほんの少し魔法を使っていた。
例えば、人を助けるため。
或いは、人を罰するため。
そして、魔法を隠すためにある魔法が使われていた。
その名も≪認識阻害≫。
不可思議な事、異常な事、奇妙な事。そういった不思議な事を“よくある事”と錯覚させる、ある意味非常に性質が悪い魔法である。
そうして千雨は非常識な事が嫌いになった。
そうして千雨は人と顔を合わせるのが怖くなった。
そんな長谷川千雨はアロンダイトと出会って世界の真実を知り、魔法使い達が嫌いになった。
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長~いあとがき
改めて、はじめましてGSZといいます。
じつはとあるクロスSS板でSSを書いていたんですが、去年末に一応の終わりを迎えたので新しいネタをと思って色々と考えていたらこんなん出来ました。
書いてて思ってたんですけど、千雨は何と言うか書きやすい感じがしますね、3-Aでは読者に感性が近いからだろうかとも思うんですがどうなんですかね?
そういえばこの回の冒頭、千雨が巻き込まれた“学年トップ~”ですけど、あれは流石に酷いだろうと思いました。
基本ネギは善意で動いているつもりなんでしょうけど、他人にとっては迷惑だったり、失礼だったりするんでしょうね。
あとがき追記
意外と感想で好評だったので、修学旅行編までは続きます。
それに合わせて色々と書き直し、何処を書き直したのかは各話のあとがきを読んでくれれば分かるかと。
(細々とした修正までは、あとがきに書いていませんが)
多分、少しは良くなったと……思いたいです。
一応千雨とアロンダイトのこのSSにおける設定は以下の通り
・長谷川千雨
ネギま!世界で唯一?リンカーコアを所持している少女。その為、アロンダイトの相棒になってしまう、一番不幸な人物。
性格等はネギま!本編とあまり変化はない。但し、学年トップおめでとうパーティーに出た所為で非日常の世界に踏み込む破目になった為、原作前半
よりも若干ネギ嫌い度が高い。
しかし、そこは千雨である。困っていたりしていると何とはなしに助けてしまう。
戦闘スタイルとしては、彼の管理局の白い悪魔と同様の遠距離砲撃型。これは千雨の資質以上に肉体能力的に選ばざるをえなかった。
魔導師としての能力は魔力タンクが大きく、空戦能力が高い(フェイトには劣るレベル)、ランクは現在A、種別的には砲撃と結界に関しての適正が高い。
特殊な能力としては、演算能力や魔法の制御に関してずば抜けた能力があり――同じ魔法を使っても千雨の方が消費魔力が少なく、威力が高くなる――、
所有するレアスキルの関係でマルチタスクの分割量も新人魔導師にはありえない数を誇っているが、戦闘時等の緊張状態でしかフル活用できない。
リンカーコアも魔力変換効率が高く、とあるレアスキルを所有している。
アロンダイトの見立てでは、レアスキルの補正込みでSSまでいく可能性があるらしい。
・アロンダイト
オリジナルデバイス。設定としてはバルディッシュのプロトタイプとしてリニスが製作したという事になる。
子煩悩なリニスが作製した為、かなりの高性能機になっているが、性格・性能共フェイトとはあまり相性が良くなかったので時の庭園の宝物庫に
保管されていた。
リリカルなのは終盤で時の庭園が崩壊した際、ジュエルシードと共にネギま!世界に漂着する。
かなりおしゃべりな性格で、千雨を辟易とさせる。しかし、基本スタンスはマスター至上主義の少々危険なデバイス。
インテリジェントデバイスなだけあって、コンピュータ操作等は千雨以上にこなす。単独でまほネットにも接続可能な為、この世界の事情にかなり
精通している。
自分の性能を十全に引き出してくれる存在の千雨をやたら大事にしており、理想のマスターになってもらうべく日夜努力して
いる。
ジュエルシードを内部に格納する事で様々な拡張機能が付与されるとかどうとか……。
今現在の目的は千雨を立派な魔導師にする事と、散逸したジュエルシードの回収。
バリアジャケットのデザインについて
本文中にあった通り、基本はビブリオルーランルージュ。
但し、本来ミニだったスカートはロングのプリーツスカートに、長さは大体ブラスター時のなのはさんと同程度。
腕には黒の長手袋と手甲を嵌め、足元は足の甲にプレートが付いたショートブーツを履いています。
顔に付いているフェイスガードは、某運命の黒剣士さんが初登場シーンに付けていたヤツに似た感じの物です。
小悪魔の尻尾は飾り紐に、小悪魔の翼は飛行魔法時に飛行呪文として展開されます、最大時は身体を覆う程度。
因みに翼は展開時に斬撃呪文として使用できます。
アロンダイトの能力
祈願型プログラム搭載型インテリジェントデバイス。
基本射程は中~遠。
ミッドチルダにおける基本的な魔法は完全に網羅している。
各種教育用ソフトウェア搭載、これにより単独で使用者のスキルアップが行える。
魔力の蓄積機構が内蔵されている為、簡単な魔法なら単独で1~3回ほどは発動可能。
(但し、設定により攻撃的な魔法は使えない。防御・探索・通信程度)
魔法の構築の手助けができる。(シミュレーション・デバッグ等)
・形態(秘密の形態が一つあるがネタバレになるので……)
スタンバイモード ……アクセサリー状態。攻撃的な魔法以外のサポートが可能。
(この状態の時に攻撃魔法を使用する場合、呪文を唱える必要がある)
デバイスモード ……セットアップした直後の状態。普通はこの状態で使用する、外見は所謂“魔法使いの杖”。
シューティングモード……遠距離砲撃や強力な魔法を使う際の状態。外見はバスターランチャーかVSBR。
基本的に<ブラストカノン>はこの状態で撃つ。