俺は、転生者だ。
とは言っても、実感はあまり無い。
なぜなら、前世の記憶は殆ど思い出せないからだ。知識はあるが、名前も、両親も、どんな生き方をしたかすら覚えていない。
そんなものは転生者でも何でもないかもしれないが、一応転生者だ。
転生者なら前世の知識を生かしてナンタラカンタラとか神に授かった力ウンヌンとかあるだろうと思うかもしれんが、俺は生憎そんなものはない。
いや、前世の知識くらいならある。
だが、それを生かすなんてことはできない。その理由はなんてことない、俺が臆病だからだ。
最悪・・・・・・頭のおかしい奴として何もしないまま殺される。中世ヨーロッパの魔女狩りのように。
話を戻そう。
俺が転生したのは、昔の中国・・・・・所謂、三国志の時代だ。
これで他の転生者ならば勇士を集めて立ち上がる・・・・とか、国に抜擢されて重臣扱い・・・・とかになるのだろうか。
生憎と『俺』に歴史の知識はあまり無かった。それ以前に若くして死んだのかもしれないと思うくらいの知識しかなかったのだ。
それに、俺は知識を扱って上へと登る・・・・その『過程』が怖かった。
俺が生まれたのは、変哲もない単なる村の、農家・・・・・といったら金を持っていそうだが、生憎と全く持っていない貧乏な農民の子供としてだった。
子供の頃は、父が仕事をして母がそれを手伝って・・・・といった具合で、領主がそこまで横暴じゃ無かったこともあってか、まぁ野たれ死ぬ事は無いと思えた。
大変なのは、その後。
父が死んだのだ。流行り病などではなく、過労。結構な歳を食っていた父は、母が病で倒れたので人一倍働いた所為で、過労死した。
呆気ない最後だった。
父は死に、母は病。よく聞く状況、と言えば簡単だが・・・・・実際になれば、恐ろしい程負担となる。
更に、俺にはまだ幼い弟と妹がいた。上である弟でも、まだ八歳だ。15の俺とはとても離れていた。
俺は、畑仕事だけでは養えないと悟り、ちょうど徴兵されたこともあって、そのまま兵士として働いている。
兵士は、金は貰える。
だが・・・・命は保証できない、そんな仕事。この時代に保険などある筈も無く、死ねばそれで終わり。俺は死に、恐らく家族も飢えるだろう・・・・・。
なら、死ななければ良い。
死なない為にも訓練をするのだ。軍の将である元譲将軍はスパルタだが、従えば確実に強くなれる。
こんな時・・・・・・・『神から力を貰った転生者』という存在が、酷く羨ましくなる。
「何を辛気臭い顔をしているんだ?」
考え込んでいれば、目の前にいる男に声をかけられて顔を上げる。
「いや・・・・・・次の戦は、乗り切れるかと不安でな。」
これは本当の事だ。前の戦は乗り切れた。生き残れた。だが、次はどうだ?その次はどうだ・・・と、いつ死ぬかなんて分からない。
もしかしたら病気で死ぬかもしれない。衛生状態だとて、そこまで良いわけではないのだ。
「はっはっは!なんだそんなことか!大丈夫さ、惇様に鍛えられてるんだ。そう易々と死んでたまるものか。」
「そうそう。それに、夏候将軍は正に一騎当千さ。恐れる事は無い。」
目の前の男とは違う男達が、励ましてくれる。
こいつらは、戦場で協力し合って知り合った、戦友というやつだ。
お互いの名前は知らない。知る必要も無いのだ。いつ死ぬか分からないから。
「まぁ、そう不安がるな・・・・・・・ほら、飲め。」
最後の男が、酒を注いでくれた。
酒と言っても上等なものではない。安い安い・・・・・アルコールが殆ど入って無い、水のような酒だ。
だが、酒で酔えないなら気分で酔えば良いのだ。酔いたいなら、酔った気分になれば良い。
「あぁ・・・・・・ありがとう。」
人が死んだ時、悲しむ時間を短縮するには・・・・・『忘れること』だ。
だから、俺達は名前を知らない。
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「・・・・・・・・・・・」
黄巾党・・・・といったか、黄色い布を頭に巻いた集団。
そいつらとの戦闘が終わり、俺達の間にあるのは静寂のみ。
「・・・・・・・・・馬鹿な奴だ・・・・・・」
沈黙を破ったのは、俺。
俺達五人は、四人となった。一人の男が、大将首を狙って突撃していったのだ。
死んだのは、先日まで俺の目の前に“居た”男だった。
「そういってやるな。出世したいのは、儂だって同じだ。」
そういったのは、比較的歳をとった男。やはり、年老いたとは言ってもこの男にも出世欲というのはあるのだろう。
臆病な俺には、分からないことだった。
「・・・・まぁ、分かっちゃいたことなんだがな。やっぱり知り合いがいなくなるってのは・・・・・・寂しいもんだな。」
俺に年の近い男が、そう言った。
寂しい、と。
悲しくはないのか、と聞いた。
「そりゃぁ、悲しかったさ。だが、もう忘れた。このご時世だ・・・・・・よくある事なんだ。今までいたやつが、いなくなった。ただそれだけだよ。」
「俺はまだ忘れられない・・・・・・お前より歳をくっているというのにな。」
「フン・・・・歳なんて関係無いぞ、儂とてまだ悲しいんじゃ。明日には、『忘れる』。」
忘れるしかないのか。
俺も、忘れられるんだろうか。
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兵舎。俺の横には、酒の椀が三つ。
俺と目の前の男は、酒を飲み交わしていた。
「なぁ・・・・・・・・・・」
「なんだ?」
「俺は、どうにも・・・・・・忘れられそうにない。」
「それは、仕方が無い。俺も・・・・・・忘れられそうにないな。」
老いた男と、若い男はいない。いるのは俺と、大分前に酒を注いでくれた男のみ。
武将に斬られた。
言ってみれば、ただそれだけ。
今回にお偉いさん同士で結成された、『反董卓同盟』。それは単なる、責任の押し付け合いと手柄の取り合いだった。
お偉いさん方の欲しいモノは董卓を倒した際に皇帝に認められる『地位』、董卓を倒したという『名声』、董卓軍と戦った際の、董卓軍の『人材』だった。
ウチの孟徳様が欲しいモノは、主に『人材』。手に入れた者は『張遼』。確かにあの張遼は欲しい人材だろう。失ったモノは『単なる兵士』だけだったのだ。それはもう嬉しかっただろう、あの人材狂いの孟徳様は。
しかし俺は・・・・・・・兵士は本当に捨て駒なのだと、感じた。
兵士は替えが効く。将は替えが効かない。
その通りだ。
だが、俺の前世は『個人尊重』に重きを置いていた・・・・・筈。その感性を持っている俺には・・・・どうにも納得し難い。
だが過ぎた事を言っても後の祭り。しかし、コイツくらいは。
「なぁ・・・・・・・・・・」
「なんだ?」
「お前は、まだ死ぬなよ。」
「何を難しいことを・・・・・・・まぁ、すぐには死なんさ。」
「そうか。なら良い。」
「・・・・・・・お前も、まだ死ぬなよ?」
「あぁ。まだ、死なんさ。俺には家族がいるんだ。」
「俺もさ。姉と親父が俺の帰りを待っている。だが、俺はこの仕事を止めるわけにはいかん。」
「そうだな。だから、早く平和になって・・・・・家に帰りたいものだ。」
「帰ったら、そうだな・・・・・・・畑でも耕して、やっぱり農民に戻るだろうよ。」
「俺もかねぇ・・・・・なんだ、結構似てる境遇だな俺達。」
「そんなもんだよ、今の世の中。」
お互いの境遇に驚いて見せた俺に、男は肩を竦めておどけて見せた。
やっぱり、男の名前は知らない。
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酒を俺は飲んでいた。
俺の目の前には、椀が四つ。
トクトクトク・・・・・と、自分で酒を注いで飲んだ。
注いでくれる相手は、もういない。
「・・・・・・・・・もう・・・・俺は、誰と酒を飲めば良いんだよ・・・・・・・阿呆共・・・」
結局、俺は忘れられなかった。
その時、外から声が聞こえた。
「おい、聞いたか?」
「あぁ、賊だろ?まだあの黄色い巾着共が残ってたらしいじゃないか。それで・・・・・・」
***********************
「弁明を、聞こうかしら?」
荘厳な部屋、立派な玉座。
並び立つ将達。
そんな中で曹孟徳は、目の前で縛られている男に問うた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
だが、男は沈黙を保つ。
そんな男の姿に、夏候元譲は頭に血が上る想いで言葉を吐きだした。
「おい貴様!華淋様が聞いているのだ!早く答えんか!!」
その言葉を聞いた所為かどうかは定かではないが、男はようやく口を開いて言葉を紡いだ。
「・・・・・・・・八当たりだ」
「・・・・・・・・・・・・なんですって?」
八当たりだ、と男は再度言った。
「・・・・・貴方は、八当たりでこの曹孟徳に剣を向けたというの?」
「あぁ・・・・・・・そうだな、そうなるな。」
「なっ・・・・・・・・!!き、貴様ぁ・・・・!言うに事欠いて、八当たりだと!?許せん!その首、叩き切ってくれるわ!!!」
「落ち着きなさい、春蘭。」
「華淋様・・・・!し、しかし・・・・・」
「落ち着きなさい、と言ったのよ?聞こえないのかしら。」
「は、はっ・・・・・・!申し訳ございません。」
男は、また沈黙を保っていた。
そして、機を見て口を開いた。
「俺に対するしがらみが消えた。だから、俺はそのしがらみが消えた事に対する八当たりを、お前にぶつけたのだ。曹操。」
「・・・・・・しがらみ?」
「お前にはあまり関係は無い。ただ、そこの重要そうな武将に友人が斬られた。取りこぼした賊が俺の村を焼いた。ただそれだけだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
男の目を向けられた張遼は、居心地が悪そうにしていたが、そんな事に曹操も男も関係が無かった。
「俺にも、仕方が無いことだと分かっている。有用な武将が増えれば軍は強くなるから、兵を捨てて将をとる。俺とて、お前の立場ならそうするさ。戦場で兵士が死ぬのは、当たり前だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「賊を取りこぼした事も分かる。あれだけ大規模な人数の集団だ。十人二十人、退治しそこなっても仕方が無いし、それが賊となって狙いやすい俺の村を襲うのも仕方が無い。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「だが、感情と理性ってのは別物でな。賊に村が襲われて、曹操は救援に行かなかったと聞いて。俺は、いつの間にか剣を持ってお前を殺そうとしていた。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そして、無様にも捕まって。今こうしているのね。」
「そうだ。その通りだ、曹操。だがな、俺の怒りはもう冷めた。八当たりというのは後で後悔するものだが・・・・・・駄目だな、後悔できない。怒りが覚めても、お前に傷をつけたいと思うよ。」
「そう。なら、貴方は反逆罪としてここで首を落とすわ。」
「構わん。それなら仕方が無い・・・・・・・・・反逆したのは俺で、剣を向けたのも俺で、『忘れることもできない』のも俺だからだ。」
「・・・・・・覚悟が出来ているようね。惜しいわ、貴方は中々骨がありそうだったのに。」
「何があったとしても、もうお前に仕える事は出来なさそうだ。まぁ、こんな臆病者の感情に流されやすい、弱い男の事なんて忘れてくれれば良い。」
「忘れる事は無い。私は覇王よ。覇道は、全てを背負い、進んでいくもの。」
「そうか・・・・・・なら、我儘を言わせてもらおう。“お前は早く天下を統一すべきだ。手段を選ばず、迅速に”。『忘れるな』。」
「なぜ、とは聞かないわ。そして、応、とも答えない。私は誰の指図も受けずに、私が決めた道を征くのだから。」
「そんなことだから、俺のような人間が出るのだ。お前は、我儘な『少女』だな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・私の、絶を。」
男は、目を閉じずに曹操を見据える。
そしてこう言い放った。
「『忘れるな!』お前は、英雄だ!英雄は、『世界を平和にしなければならない!』俺のような凡人を踏み越え!薙ぎ倒し!時には同じ英雄を斬り捨てて!前へと進め!『忘れるな!』」
男は最後の叫びを最後に、首が転がった。
コロコロと転がった、意外に軽い・・・・・だが、重い首を掲げ、宣言。
「私に逆らうものは、この曹孟徳に逆らうものは。いずれこのようになるでしょう。それは、重臣であっても、敵であっても、例外は・・・・・・無い。」
静かに、しかし威厳を醸し出した恐ろしい覇王の宣言。
その宣言を聞いて、重臣達は頭を垂れて退室する。
そして覇王は、誰もいなくなった部屋の中で・・・・・・・『少女』は、呟いた。
「・・・・・・・・・・・・分かっているわよ。そんな事は、とっくの昔に。」
男の首を持つ手が、震える。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・重い・・・・・・・」
戦乱の世。終わらせたるは仁の将。
しかし、そこに至るまでは、英傑達が様々な思いを交差させた・・・・・戦場である。
後書き
バケモノの生涯が書けないからって何書いてるんだろうか、私は・・・・