ざわ、と。
突如現れた場違いな闖入者に、寝起きの盗賊団から困惑のどよめきが起こる。
その騒音を、オーケストラの指揮者が演奏を止めるかのように片手をあげて制すのは、今にもハチ切れそうな青筋を浮かべて、素敵な笑みをみせる小娘、アリア。
「皆様、大変ご盛況なところ申し訳ございませんが、パーティーもお開きの時間と相成りましたようで。つきましては──盗んだモン置いて、とっととケツ捲りやがれ、クソッタレ」
彼女はそう吐き捨て、首に全ての指を真っ直ぐに伸ばした左手を、米神に右手で作った銃を突き付ける。ゲルマニア式の、ファック・ユーのジェスチャーだ。
並居る狼の群れへの、大胆不敵な喧嘩上等。
盗賊団の面々は、一瞬、鳩が豆鉄砲を喰らったように呆け。
「ぶはっ」
と、一斉に爆弾が弾けたかのように抱腹絶倒する。
何処から湧いたのか、何者なのかは知らないが。一見して、何の変哲もない旅人らしき格好をした小娘の二人組だ。
それが五十人からいる男共に喧嘩を売るというのだから、傍目には滑稽と映るのも無理はない。
そもそも、この場にいる殆どの者は、彼女らが、自分達を捕まえに来ただとか、盗品を取り戻しに来ただとか、そんなことは思っちゃいなかった。
むしろ、彼女らの格好と器量からして、盗賊団の誰かが気を利かせて街から呼んだ、芸者か何かの余興と思って拍手をする者までいるという始末。
「へへ、面白い姉ちゃんだなぁ」
そんな中、ふらりふらり、と。
死神を芸者と勘違いしている呑気な賊の一人が、誘蛾灯に吸い寄せられる夏の虫のように、ロッテの方へと近づいていく。
「なんとまあ、見たこともねえような上玉じゃねえか。へっへ、どうだい、まずは俺といっぱ──」
「去ね」
鼻の下をだらりと伸ばした、品のない男がロッテの髪に触ろうとした瞬間。
全速前進中の馬車が正面衝突したような音と共に。
まるで、艦砲射撃を直に喰らった歩兵かのように、男が弾け飛んだ。
伸身の新月面が描く放物線は冥土への架け橋。
男の身体は、縦方向の捻りを七回転半加えた後、廃屋の石壁を盛大にぶち破るというG難度の着地を決める。
しかし、十点満点をつける者はおらず。あまりにもあまりな光景に、あたりはしん、と静まり返り、埃の舞い散る音だけがやけに大きく響いた。
『あ~、ひっでえ。拳骨一発で人間ぶち撒けるんだもんなぁ』
「いやいや、しぶとく生きておるようじゃぞ。割と本気で殴ったはずなのじゃが」
『死後硬直ってやつじゃねえの?』
鈍っておるわ、と、ぐるんぐるん肩を回すロッテ。この世の全てに嫌気がさしたような声をあげるのは地下水。
彼の言うとおり、大の字にひっくり返った男の身体はひくひくと痙攣し、その様は解剖直後の蛙の姿を思わせた。
「さて……。いくら貴方達が可哀相な頭の持ち主でも、これで冗談じゃあないってことは理解できたでしょう?」
だから、さっさと消え失せろ、と。
茫然唖然と立ち尽くす男達に、アリアはもう一度、警告を発した。
戦闘狂でも、ましてや快楽殺人者でもない彼女としては、余計な戦いなど望んではおらず、相も変らぬ義姉の化物ぶりに、賊達が尻尾を巻いてくれた方が有難いのだった。
「て、てめえ……っ!」
しかし、賊達とて、仲間が一人やられたくらいで引き下がるわけもない。
アリアの一声で、彼らのほぼ全員が、申し合わせたようにヒカリモノを抜き放ち、体を落として臨戦態勢に入る。
腰の引けている者もいるにはいたが、相手はたった二人きりの娘っ子。
ここで引いては、裏稼業に身を置く男のメンツが廃るというもので、逃げ出したりする者は一人もいやしなかった。
「ちっ、やっぱり、そう都合よくは行かないか。しゃあない、じゃ、ロッテ、頼むわ」
「応……って、おい。まさか、お主、何もせぬつもりか?」
「いえ、私は固まっているお嬢様の方を何とかするわ。雑魚のお掃除はよろしくってこと」
「なるほど。諒解じゃ」
アリアとロッテは、役割分担について短く打ち合わせると、五十四名引く事一名の賊と正面から向かい合う。
長剣、短剣、ナイフ、鎌……大小様々な刃物を手に、猫背でじりじり、と摺り足で間合いを詰める男達。
両の手にベネディクト社製連射式手弓を携え、隙を窺うアリア。首を左右にコキリコキリと鳴らしながら、ゆらりと構えるロッテ。
嵐の前の静けさ。
両者の殺気が混じり合い、緊迫した空気がチリチリと肌を刺激する。
誰かがごくりと唾を飲んだ。握る手と曲げた背に汗が滲む。足が鉛のように重い。腸が氷水を浴びせたように冷える。
いつ何時激突してもおかしくない──そんな静寂の刻をぶち破ったのは。
「ふくく……ふはは……あっーはっははは!」
何がツボに嵌ったのか、富士頭に手をやってのけ反り、さも可笑しそうに笑うマルグリッドだ。
「ツイてる、ツイてるよ。く、あはははっ、ほんっとうに、近頃のあたいはツキ女だねえ!」
「あ、姉御……。やっぱり、アレって」
「そうさ! 忘れるもんか! あの小憎たらしいビチクソ娘の顔をさあっ!」
狂笑するマルグリッドに、ジローがおそるおそる声を掛けると、彼女は喜んでいるのか、怒っているのか分からないような複雑な表情で、煙管の杖をアリアの方へと突き付けた。
マルグリッドにとって、アリアは祖国を追いだされる原因となった仇敵。
かつては、見た目とは裏腹に高い身体能力と、予想外の飛び道具によって打ちまかされたけれど。
もし次があるならば、熨斗を付けて借りを返してやるのに、と爪を噛む毎日だったのだ。
当然、その顔を忘れるわけがない。
「知り合いか?」
「さあ……? あんた、誰?」
だが、相手もそうとは限らない。
ロッテが問うが、アリアは小首を傾げて、マルグリッドへと問いを受け流す。
「ぐ、ぬ、ぎ、ぎ、どこまでも腹の立つっ! すぐに思いださせてやるよぉっ! 【飛行魔法】≪フライ≫!」
その惚けた態度に、マルグリッドの頭に昇った血が沸点に達する。
もはや我慢ならぬ! と、文字通り、一直線に目標目がけてかっ飛んでいく──!
風を切り、みるみるうちにアリアとの距離を詰めるマルグリッド。
風のメイジである彼女の飛行速度は、ハヤブサと形容しても大げさではないほどに速い。
「と、思ったけどね、やっぱ、もう死になっ! 【風刃】≪エア・カッター≫!」
と、マルグリッドはその勢いのまま、上空から金属製の煙管杖をブン間して不可視の刃を飛ばす。
ドットスペルながら、殺傷力においては中々に優れた魔法だ。生身でそれをまともに喰らえば、胴と脚は泣きわかれになってしまうだろう。
「しょっ」
そんなものは喰らっていられない、とアリアは寸での所で横っ跳び。その凶刃を軽やかに躱してみせる。
目標を失った風の刃は、十分の三秒前まで、彼女が居た場所に鋭い爪痕を残し、砂埃を巻きあげた。
アリアは砂塵に目を細めながらも、キッ、と上空を睨みつけ、反撃の手弓を構える、が。
いない──?
「そこだッ! 脳漿ぶち撒けなっ!」
「っは?!」
後方から声。振り返った瞬間、アリアは頭から仰け反るようにして吹っ飛んだ。
【風刃】≪エアカッター≫はただの目くらまし。本命は、再度【飛行魔法】≪フライ≫を唱えての後方上空からの殴打。
上空からの落下速度に、マルグリッドの体重を乗じた金属製の煙管杖は、人間の頭蓋程度、簡単に砕く破壊力を持っていた。
人間一人を壊すのに、派手な魔法など不要なのだ、と証明するような一撃。平民だろうが、貴族だろうが、これを喰らって立ち上がれるような人間はおるまい。
が、着地したマルグリッドは少しの気も緩めた素振りも見せず、倒れたアリアを鋭い目つきで見据えた。
「獣じゃあないんだ。寝たフリはヤメな」
マルグリッドが吐き捨てるように言うと、大の字で地に伏せていたアリアの身体がぴくん、と動く。
ほっ、という掛け声とともに、ハンドスプリングの要領で身を起こすと、親指で片鼻を抑え、フンッ、と鼻血を抜いてみせた。
「……やってくれるわね、名無しの誰かさん」
流血はしつつも平然と言うアリアに、マルグリッドはそうこなくちゃ、と歪な笑みを見せた。
「おお~……」
一区切り、というところで、一般人から見れば、あまりにハイレベルな攻防に、感心したような声を漏らす男達。
マルグリッドは、横目でぎろり、とそれを睨みつけた。
「オラ! お前達はソッチのクソブロンドをやるんだよ! さっさとしな!」
「へ、へいっ!」
その声と共に、足の止まっていた賊達もまた、雪崩れ込むようにしてロッテの方へと突っ込んでいく。
「おい、どうするんじゃ? 協力ぷれいと行くか?」
「いいえ、それには及ばないわ。あんたは予定通り、その他大勢を。こいつは私の方で何とかする」
理解った、とロッテが頷き、二人の姉妹は其々の分担を分断しようと散開する。
しかしまずい、とアリアは舌を打つ。
賊達の後方、放心したように座り込んでいるエレオノールの事だ。
彼女を放っておくわけにはいかない。危害を加えられる事も勿論まずいが、盾にでも取られると、こちらには為す術がない。
「ド……地下水」
『……なんだよ』
「あんた、杖の代わりって出来る? いや、最悪、乗っ取ってもいいのだけれど……」
『使うのがメイジなら、即席の杖役くらいは出来るけどよ、姐さんには関係なっ、ちょ、何、えっ?』
マルグリッドとのにらみ合いの最中、アリアは視線を向けずに腰の地下水へと確認を取ると、すらり、と地下水を鞘から抜き放つ。
「へえ、そのボロはインテリジェンスナイフってやつかい。だが、ソレでどうするつもりだい? 白兵戦にでも持ち込もうって腹かい?」
「ふん…………。こうする、つもりよっ!」
マルグリッドの問いに、アリアはくるりと背を向けて、ぶん、と思い切り地下水を投擲した。
『いっ、いっ、い゛やあああああっ!』
投げられた地下水は悲鳴を上げながら、100メイルを超える距離を、レーザービームのように飛んでいき──
丁度、へたり込むエレオノールの眼前の樽に突き刺さる。ワイン樽は流血し、ナイスピッチ、とアリアが小さな声で呟いた。
「エレノアっ!」
「は、はひっ?!」
アリアが鋭く名を呼ぶと、ぼぅっとしていたエレオノールは、ハッとしたような表情を見せた。
「ソレは杖になるわ! 自分の身は自分で守って頂戴っ! 逃げてもいいからっ!」
「……えっ、あっ」
「こういう時こそ、貴族の誇りを見せなさいっ!」
「わっ、わ、、わかっているわよ! 逃げるわけないでしょ! 指図しないでくれるかしら!」
発破を掛けられ、エレオノールはまだふらふらとしながらも、地下水を握って立ち上がる。
その様子を見て、アリアはふ、と唇の端を釣り上げて、マルグリッドの方へと再び向き直った。
「お待たせしたわね。で、私に何か用なんだって?」
「ああ……デカイ、とてもデカイ借りを返させてもらいたくてねぇ」
「そう。何の事かわからないけれど、手短に願うわ。こう見えても、忙しい身なのよ」
「あっははは! そう言わずに、じっくり、ねっぷりと楽しもうじゃないかっ!」
その言葉を合図。駆け出し、コッキングするアリア、飛び退き、詠唱するマルグリッド。
ここに、因縁の対決、開戦──
ж
「あ、【土壁】≪アースウォール≫!」
「ぐえっ!」
エレオノールが土の壁を作りだすと、彼女を捕まえようと、突進してきたマルグリッドの片腕、ジローが壁にぶつかり、潰れた蛙のような悲鳴をあげる。
戦いが始まった後、エレオノールの捕縛へと向かってきたのは、総勢五十五名(一人は初っ端に戦闘不能となったが)の盗賊団のうち、ジロー以下、四名の賊だけだった。
他は皆、派手なパフォーマンスを行った、ロッテやアリアの排除へと向かっている。
無駄に芝居掛った登場の演出は、敵戦力の大部分を、エレオノールではなく、自分達に引きつける、という、彼女らの狙いだったのだろう。
「ほ、ほんとに使えたわ……。アンタ、見た目はオンボロだけど、魔法具≪マジックアイテム≫だったのね」
『ケェッ、俺が杖代わりとはよ。感謝して使えよ、お嬢様』
「な、なによ、この駄犬……じゃなかった、駄剣!」
ナイフの分際で横柄な地下水に、エレオノールが甲高い声をあげる。
地下水はエレオノールの精神を乗っ取りはしなかった。
なぜなら、彼が恐れる義姉妹のうちの一人、アリアが『最悪、乗っ取ってもいいのだけれど……』と発言したから。
つまりそれは言外に、「杖代わりが出来るなら乗っ取りはするな」という事を命じられたも同然であり、彼はそれを律儀に守っているのだ。
実際、ラインメイジであるエレオノールを乗っ取ってしまえば、あの忌々しい義姉妹に対抗は出来なくても、逃げ出す事は出来そうなものなのだが……。
憐れ地下水は、もはや、彼女らに反抗する事など考えられない程に調教(?)されてしまっていた。
「畜生! この餓鬼め!」
そんなやり取りをしているうちに、ジローが岩壁に打ちつけた頭を抑えながら立ち上がり、半ば破れかぶれに短刀を振りまわし始める。
「きゃっ?!」
気押されるようにして、エレオノールは尻もちをついた。
魔法でのやり合いはいくらか経験のあるエレオノールだけれど、組み打ちの訓練などしたことのない彼女にとっては、こんな雑な刀さばきでも、十分な脅威と映ってしまうのだ。
『ぼさっ、とすんな、! 【錬金】だっ! まずは武器を破壊しろ!』
手元の地下水はそれを見かねたのか、鋭く檄を飛ばす。
「れっ、【錬金】!」
地下水に言われるがまま、エレオノールは口早に【錬金】のルーンを紡ぎ、彼を振る。
一瞬にして、鉄の短刀が土くれとなり、ジローは慌ててそれを投げ捨て、後ろへ飛び退った。
「ぐ、お前らっ、手伝いやがれっ! 相手はメイジだ、こうなりゃ、矢を放っても構わねえ!」
魔法での反撃に、少しだけ頭が冷えたジローは、一人では分が悪い、と援軍を頼む。
「へいっ」
それを受け、三人の三下達は、手にしていたナイフや剣などを鞘にしまい、長弓やクロスボウなどの間合いの遠い獲物に持ち換えた。
メイジ対策、というやつだ。
弓系の武器はメイジを相手にするには格好の獲物だ。特にクロスボウは、魔法の障壁すらも貫通するという凶悪な破壊力を持つ、対メイジ用武器である。
装填が遅いのが問題だが、その殺傷力は、森林地帯のゲリラ戦において、樹上に潜んだ平民のクロスボウ部隊が、無策で飛び込んだメイジの分隊をいくつも全滅させたという記録もある程(最終的には、森ごと火の魔法で焼き払われたというが)。
「な、なんか物騒なモノ持ち出して来たわよ?!」
『この程度でうろたえるなよ、お嬢様。弓が怖いのは狙撃手の位置が分からない時だけだぜ』
「で、つ、次はっ? どうすればっ?」
『殺す気なら出力最大で連中の足場に【石の茨】≪ストーン・スパイク≫! 殺す気ないならもっかい【錬金】で足場を深くまで砂に変えなっ!』
「えぇと……土を砂に! 【錬金】!」
エレオノールは迷わず非殺傷の策を選択し、もう一度【錬金】を唱える。
「く、くそっ、なんだこりゃあ!」
すると、固い土が流れる砂に変わり、それは蟻地獄のように、男達を引き込んでいく。
こうなっては、弓系の武器も片無し。正確な狙いを付けられるわけもない。
苦し紛れに発射された矢が数本、天に向かってする小便のような軌跡を描き、見当違いの方向へと飛んでいった。
『お次は【土壁】≪アース・ウォール≫だ! 連中を壁の中に閉じ込めろ!』
「私もそう思ったところよ! 【土壁】≪アース・ウォール≫!」
流砂によって、ジロー達がほぼ一か所に集まったところに、エレオノールが得意の【土壁】を唱える。
もりもりっ、と。
焦ったように罵倒を続ける彼らの四方を囲むように、頑丈な土の絶壁が大地からせりあがる。
「う、うおおぉおっ?!」
賊達の驚愕と共に、それはにょきにょきと一点に向かって伸び、一片およそ5メイルの、ピラミッド状の牢獄と成ったところで成長を止めた。
脱獄不能な土の牢獄は、弓矢も刃物も、彼らの声すらも通さない。
ジロー(+三下)対エレオノールの勝負は、エレオノールに軍配があがった。
「やった……」
ややもして、エレオノールはふぅ、と短く安堵の息を吐き、地下水は、手間がかかるぜ、と溜息を吐く。
「へへ、やっぱり、私、結構やれるじゃない」
『おいおい、俺のおかげだろう?』
「だっ、駄剣でも、少しは役に立つことがあるみたいね?」
『ペッ』
「……さ、こうしてる暇はないわ。あの平民達を助けにいかない……と?」
極度のストレスと、魔法の連発でかなりの精神力を消耗しつつも、やっといつもの調子が出てきたエレオノール。
残る賊は五十名。
いくらなんでもあの平民達には荷が重い。私が倒さないと、と、彼女は、新たな戦場を求めて視線を動かす。
と。
何か大きなモノが、物凄いスピードでエレオノールの真横を飛んで行き、彼女の短いブロンドを揺らした。
「え?」
思わずエレオノールは、その行き先を確認する。
謎の飛行物体は、彼女がついさっき造ったばかりの、土の四角錐に高速のままぶつかり、喧しい衝突音をさせて停止する。
何だろう、と遠巻きにソレを凝視すると、円盤型ではない、歪なオブジェのようなそれが、ギ、ギ、と壊れた魔法人形≪アルヴィー≫のように動き、エレオノールは思わず「ヒッ」と叫んで、右手の地下水を取り落とした。
「た、たす……て……」
よくよく見れば、それは、賊の一人であろう男。助けを求めているのか、震える手をこちらに伸ばしているようだ。
「ひっ、ヒト?! どっ、どうなってんの、これ?」
正体が人間と分かって、余計に顔を引き攣らせるエレオノール。
『戦場を見りゃわかる。いや、この場合、一方的過ぎて、戦場と称していいものかどうか、俺にはわからんがね』
地面に転がった地下水の言葉を受け、エレオノールはもう一度、壊れかけの男の飛んできた方向へと視線を動かした。
そこには、二十数人の男達に囲まれる、平民姉──ロッテの姿があった。
野良メイジと名乗っていたはずの彼女だが、その手に杖は握られていないように見える。
杖を持たぬ女メイジ一人と、武装した男達の集団。
なるほど、これでは確かに、戦場というより、処刑場とでも称したほうがいいだろう。地下水の言うとおり、一方的な蹂躙となるのは目に見えている。
そこで、ハッ、とエレオノールが何かに気づいたように、O型に開いた口へ右手をやった。
「そ、そういえば、アンタ、あの平民の杖じゃなかった?」
『……あぁ、そういう事になってたんだっけか』
何てこと、とエレオノールは頭を抱える。
自分に杖を渡してしまったばっかりに、ロッテはピンチに陥っているのだ、と彼女は思ったのだ。
「は、早く助けに──」
『待った、待った! やめときな! 下手したら巻き添えになっちまうぜ』
急いでロッテの方へ向かおうとするエレオノールを止める地下水。
「言ってる場合?!」
『……勘違いしてるみたいだが、蹂躙されるのは、賊共の方だぜ』
「はあ?」
『まあ見てろ。大姐さんの〝化物〟ぶりをな』
「おおおぉっ!」
ロッテを取り囲む男の一人が、勇ましく雄叫びをあげながら、彼女へ向けて、手にした凶器を振りおろす。
「ふん」
しかし、ロッテはつまらなそうに指先一つでそれを白刃取り。
そうしてつまんだ斧を、男ごと持ち上げ──まるで石ころで水切り遊びをするかのように、それをサイドスローで放り投げた。
「ひっぎいいぃっ!?」
投げ捨てられた男は、悲鳴をあげながら、空中でぐんぐんと加速。
慣性の法則を無視したかのような、超低空飛行のまま、廃村の外、森の中に消えていった。
ロッテはその行方を見届けることもなく、残りの男達に向き直り、うんざりとしたように口を開く。
「これでやっと半分、か……。もうヤメにせぬか。これ以上やっても、時間と労力の無駄じゃぞ」
「ざっ、ざけんなっ! この化物め! てめぇに何人やられたと思っていやがるんだ!」
たじろぎ、ガクガクと身を震わせながらも、安いメンツでなんとかそこに留まるオノレと残りの男達。
孤高のライオンに噛みつこうとするネズミの小隊。野生の獣から見れば、それはさぞかし滑稽なものだろう。
つくづく人間とは難儀なモノよの、とロッテは嘆息した。
「距離をつめるなっ! 散開して、飛び道具で仕留めるんだっ!」
オノレの号令で、賊達は、エレオノールに対してやったように、遠距離からの攻撃を試みようと武器を持ち換える。
「えぇい、散らかるな! 面倒臭い! はぁ、こうなれば纏めて……。しかし、アレの見ている前でアレは、のう」
ロッテはそこで、地下水の制止を振り切って、こちらに近づいてきているエレオノールの方をチラリと一瞥した。
「何をごちゃごちゃと! 今だ、撃て、お前ら撃てっ」
「まあ、バレないようなモノを使えば良い、か。丁度、一昼夜走り通しで、腹も減っていたところよ──」
ロッテがそう口にした途端。
風もないのに、長い長いブロンドがざわざわと生き物のようにうねり。蒼穹の瞳が、灼熱の紅蓮へと変わる。むき出した犬歯が、まるで肉食獣のそれのように、肥大する。
「な」
声を上げたのは賊達よりもやや遠方で走っていたエレオノール。
オノレ達は、その異様な光景に、攻撃を仕掛けるどころか、声をあげることも出来ないほどに圧倒され、死にかけの金魚のごとく、口をぱくぱくとさせた。
「〝命を運びし風よ、啜れ、貪れ、卑しくしゃぶれ〟」
その姿を嘲笑うかのように、ロッテは流麗にナニカの詩を刻みながら、妖艶な蟲惑の舞を舞いはじめる。
「〝紅き血の祝杯上げ、蒼き魂を呑み干せ。透き通る黄金の糧、一縷も残すことなく〟」
「はぐ……っ?」
その舞が進むとともに、周りの賊達が、性質の悪い毒にアテられたかのごとく、一人、二人と、力なく地にへたり込んでいく。
その様子を血のように紅い瞳で睥睨しながら、ロッテは舞い。詠い。嗤う。
【吸血】
周囲の人間や亜人などから生命力を吸いあげ、自身の腹を満たすという、高位の吸血鬼のみが使える先住(精霊)魔法。
牙が抜けて直接血を吸う事が出来なかったり、体力的に人間を襲うのが厳しくなってしまったような、老齢の吸血鬼が好んで使うという。
それを聞いて私は安心した。年若い吸血鬼がこんなものを使うのは無粋が過ぎる。麗らかで艶やかな吸血鬼が、汚れを知らぬ少女の首筋に妖しく舌を這わせるというところに浪漫というものがあるというのに。
(著 メッゾ・デ・モルト 編集、加筆 オールド・オスマン トリステイン版・青い雲と白い空の漂流記、第五章第三節、吸血鬼のアトリエに招かれて、より抜粋)
「ちょっとまて……。ありゃ、どうみても人間じゃあ……。おっ、おい! クソ娘! お前、一体、何を、何処のバケモノを連れて来やがった!」
たった一人のナニカによって、五十人の部下達がいとも簡単に蹴散らされていく。
広場の北側、少し小高くなった丘の上。
アリアと交戦しつつも、それとなく全体の戦況を覗っていたマルグリッドは、ブロンドのバケモノによってひき起こされていく理不尽な事態に、歯ぎしりをたてて問う。
純真無垢(?)なエレオノールはどうだからしらないが、人生経験が豊富なマルグリッドの目は誤魔化せなかったらしい。
まあ、精霊魔法を使うか否かの前に、無手で人間を砲弾のように飛ばすのだから、普通はそこに考えが及ぶだろうが。
「ただの、姉、よっ!」
対して、アリアに余所を気にかける余裕はない。弓を射かけながらに答えを返す。
「いっけぇ!」
投擲選手のような気合とともに、狙いと寸分狂わぬ、ひどく正確なヘッドショットがマルグリッドを襲う。
「どうする……。ずらかるにしても、あの馬鹿共をどうやって……」
しかし、マルグリッドは、それを躱そうとするそぶりもみせず、顎に手をやったまま、動こうともしない。
当たる!
と、思った瞬間、マルグリッドの姿が揺らめき、まるで陽炎のようにフッ、と消える。
「〝また〟っ……」
「【爆風】≪ウィンド・ブレイク≫!」
瞬間移動か、錯覚か。
アリアが残念な結果に舌を打つ暇もなく、斜め後ろから、〝別〟のマルグリッドの声。
それとともに、周囲を根こそぎ薙ぎ払ってしまうような、嵐の奔流がアリアを襲う。
「ぐ、ぬぅううぅっ!」
一般の家屋ならば、簡単に吹き飛ばしてしまう程の威力のそれを、アリアは人間離れした強靭な足腰でふんばり、持ちこたえてみせる。
しかし、それは悪手。
隙だらけで動けなくなっているアリア。マルグリッドは蚊の鳴くような小声で【風刃】≪エア・カッター≫を唱える。
無数の嘘の中に、一つだけ本物を紛れ込ませるように、嵐の中に必殺の刃を混ぜ込んだのだ。
「……っ!」
が、アリアは微細な風の動きの異常を読んだのか、それともまったくのカンか。
刃が彼女を切り刻む間際で、身体を半身に捻り、それを躱した。
「クソ、無駄に鋭い……っ?」
惜しい、と指を鳴らしたマルグリッドが、数本の矢に射抜かれ、またも、煙のように消えうせた。
「あっははは! また外れぇ! 当たらないねえ!」
そしてまた〝別〟のマルグリッドが、右斜め前方でアリアを嘲笑う。
──そう、今、アリアの眼前には、〝複数〟のマルグリッドが存在しているのだ。
「随分とイライラとさせるモグラ叩きね。屋台ごとぶち壊しくたくなってきたわ」
「やれるもんならやってみな! が、この数じゃあ、少し不安だね。どれ、もういっちょ、マラ・ユビキタス・デル・ウィンデ!」
マルグリッドがルーンを紡ぐと、減らしたはずのマルグリッド達が、またもその数をぞろぞろと増やしていく。
その様子に辟易としたように、アリアは眉間に皺を寄せ、血の入り混じった唾を吐き捨てた。
【虚像】≪ミラージュ≫という、風のライン・スペルだ。
風系統の最高位魔法として有名な【偏在】≪ユビキタス≫は、実体を持つ分身を作りあげるという反則級の極技だが、その下位互換として、実体を持たない分身を作りあげるのが、この【虚像】≪ミラージュ≫である。
少々小難しい理屈を付ければ、大気密度の意図的な操作により、光を思うがままに屈折させ、蜃気楼現象を起こす、とかそんな感じの魔法である(厳密に言うと、科学的には説明が付かない、ファンタジックでスピリチュアルな要素が入るのだが)。なので、自分以外のものも〝虚像〟として、映す事が出来る。
ただし、【虚像】は【偏在】と違って、実物とまったく同じ動きをするだけの映像にすぎない。つまり、実在しないモノを映し出すことは不可能である。
なので、この魔法は、目くらましや囮として使うことくらいしかできない。そしてそれは、卑怯で臆病な魔法、ということで、貴族はあまり好んでは使わない。
「しかし、いつまでもお前に構っている場合じゃあ、ないね」
「あら、じっくり、ねっぷりと楽しむのじゃあなかったかしら?」
「事情が変わったのさ。これでも、一団を率いる長なんでね。何をおいても、子分を助けるのが親分というものだろ?」
「コソ泥の分際で、一丁前に仁義を説くとは笑わせてくれるじゃない。それほど心配なら、盗んだ品は諦めて、薄汚いのをつれて失せなさいよ。そうすれば、私も、あんたの言うバケモノも、追ったりはしないわよ?」
「そういうワケにもいかないのがツライところさ。こっちもオマンマ食わなきゃ生きてけないんでねえ」
「大人しく背を向ければいいモノを……」
「ま、つうことでさ。そろそろ死んでおくれよ、【風刃】≪エア・カッター≫!」
「お断りっ!」
アリアの提案に頷くことなく、マルグリッドは何度目かになるかわからない風の刃を飛ばす。
後方から来たそれを、アリアは側転で躱すが、しかし、風の刃は太腿を掠り、旅着の下に紅い筋を作った。
「ああぁ! しつこい、本っ当にしつこいねえ、このクソゴキブリが!」
マルグリッドは苛々としたように頭を掻き毟る。
アリアはそれに応えるどころではない。魔法の的とならぬように、足を止めることなく、高速で思考を回す。
(やはり、このドッペルゲンガーもどきはただの幻、それは確定。よって、攻撃は無意味、けれど、実体のある攻撃を放つのも本体だけ。さしずめ、〝ブンシンのジュツ〟といったところ、ね。魔法の出所からホンモノを特定するのはそう難しい事じゃない。でも、こう入れ替わり、立ち替わりされると……!)
常に足を動かしているアリアほどではないが、マルグリッドもまたかなりの運動量だった。
一回魔法を撃てば、虚像と何度も何度も交錯するように動きまわり、どれが本体か分からないようにカモフラージュしているのだ。マルグリッド自身が、この魔法の弱点を分かっているのだろう。
「そぉら、もう一丁! ラナ・デル・ウィンデ!」
(しかし、あてずっぽうは駄目。確信の持てない攻撃じゃ、もしホンモノに当選したところで、簡単に止められてしまう。それどころか、外した場合、死角にホンモノが潜んでいたりすれば、致命的な隙になりえる。……まさにジリ貧、ね。状況の打破には、かなりの荒技が必要かも)
【風槌】≪エア・ハンマー≫をバックステップでいなしつつ、さらにアリアは考える。
実はすでに何回かは、本体に矢なり、蹴りなりがマルグリッドの本体へと届いていた。
しかし、外れても次に対応できるように撃った中途半端な攻撃は、どれもマルグリッドの見事な体技によって弾かれてしまったのだった。
「クソっ! 逃げ回るしか能がないのかいっ!」
(残りの矢弾は、左が十五、右が十七の、合わせて三十二、か。これだけあれば、全弾使っての〝アレ〟をやる事は可能。しかし、もしそれでしくじってしまえば、おそらく次はない。今アチラさんがさほど積極的に攻めてこないのは、この手弓を警戒しているからに他ならない。撃ち尽くしてしまえば、再装填などされないよう、勝負を決める手に転じてくるはず。ただでさえ、急いでいるようだし、ね。けれど、このままじゃ、埒が明かないのも事実。と、なれば……最善手は……!)
そこまで考えて、アリアは突然に足を止めた。
「そうね、たしかに、これ以上逃げ回る意味はないわ」
「ほぉ、ようやく死んでくれる気になったんだね?」
「いえ、殺してあげる気になったのよ。いい加減、名前も知らない人に付き合うのはうんざり」
「そうかい、あたいの方は、ずっとブッ殺してやる気マンマンなんだけどねえ!」
四方に散らばったマルグリッドが、凄惨な表情で、大きな魔法なのだろう、長めの詠唱を開始する。
しかし肩で息をするアリアはその場から動く事なく、二丁の手弓を見せつけるように、大仰に両手を突き出して構えた。
「これが、貴女に躱せるかしら……っ!」
そう言い放つか否かのタイミングで。
アリアは西部劇のヒーローのように。
否。それを遥かに凌ぐ、達人級の手弓捌きで、神速の早撃ちを放つ。
360度全方位高速射撃術──。
目にも止まらぬ速さで生き物のように動く両の腕。十分の一秒単位で弾かれるトリガー。
ゲリラ豪雨のような矢の大群は、瞬きをする間もなく、八方にまき散らされる。それでいて、無駄な射撃は一本たりともなく。全ての矢の軌道は、逃げ道を塞ぐかのように配置されていた。
アリアの腕もさることながら、ベネディクト工房印のオーダメイド手弓の性能もまた異常。
威力は未だ並みのクロスボウやマスケット銃には及ばないものの、悪ノリしたシュペー卿(リューネブルグ公爵)の魔法による改造を含めた、改良に次ぐ改良によって、〝場違いな工芸品〟と取られてもおかしくはないほどの連射を可能にしていたのだ!
「んなっ!?」
予想だに出来ない、あまりにも苛烈な反撃に、マルグリッドは慌てて詠唱を破棄し、転がるようにしてその場に伏せた。
伏せる刹那、自分の形をした虚像が次々に頭を撃ち抜かれて消えていくのが目に入り、彼女のすらっと伸びた鼻筋に、冷たい汗が伝う。
「……どう、かしら?」
時間にしてわずかに十秒。されど十秒。怒涛の攻撃がようやく止む。
嵐の中心となっていたアリアは祈るように呟きながら、首を回して辺りを見渡す。
彼女自身、あれだけ連射した矢のどれが当たったか、当たっていないかなど、把握してはいないのだ。
「…………ふぅっ」
それに応えるかのように、息を付く音が聞こえ、アリアは咄嗟に身構える。
視線の先には、派手なデザインの外套に付着した土を手で払いながら、むくりと起き上がるマルグリッド。
その数はたったの一人。虚像の群れは先の乱射攻撃によって全て蹴散らされたようだ。しかし、本体を倒せなくては意味は無い、意味がないのだ。
「……流石、やってくれるじゃあないか。一発はちゃあんとあたいに届いていたよ。〝コイツ〟が無けりゃ、ね」
そう言ってマルグリッドは、外套をたくしあげてみせる。
その下には、無数の鉄板を縫い付けたベストのようなモノ。ブリガンティと言われる、平民の傭兵が好んで付ける鎧の一種である。
何も矢を使うのはアリアだけではない。衛兵や傭兵だって使うし、マルグリッドの同業者、競合相手だって使う。
一度毒矢にやられたマルグリッドは、それ以来、同じ轍を踏まぬために、常にこれを身に着けるという習慣を付けていたのだ。
まさに経験が生きた、というやつだろう。
「くっ」
アリアから見れば歯ぎしりをしてしまうような結果に、彼女は悔しげに顔を歪める。
それならもう一度、と素早く腰帯から矢を抜き出し、手弓の弾倉≪ボックス≫に新たな矢を投入しようとする。
「させるかっ、【風槌】≪エア・ハンマー≫!」
「ごふっ」
しかし、マルグリッドはソレを許すほどお人よしではない。
アリアが装填をしようとする隙に、すかさず風の槌を叩きこむ。
腹部に痛烈な一撃を受けてブッ飛ばされたアリアは、手にしていた矢束も落としてしまう。
「うぐ……」
「【風槍】エア・スピアー!」
ゴロゴロと無様に地面を転がるアリア。それでも何とか起き上がり、もう一度矢を装填しようとしたところで、待っていました、とマルグリッドの追撃が襲う。
「ぐぎっ」
見えない槍にも、アリアは反射的に体を反らす。
が、躱しきれなかった槍が、その肩を深く抉り、火山の噴火のように、派手に鮮血が飛び散った。
アリアはたまらず膝をつく。
遠くで誰かの甲高い悲鳴が聞こえた。
(コレを喰らうってこたぁ、さっきの無茶な射撃で体力も限界、かぁ? それに、反撃もせず、しつこく矢の入れ替えをしようとしてるってことは、当然、さっきの乱射で弾倉はカラ、だろ? ま、あれだけ滅茶苦茶に連射すりゃ、全弾を撃ち尽くすまでは止まらないだろう。……が、もし矢を入れ替えられて、またさっきのが来たら、今度は無事で済むかどうかわかったもんじゃあない。なら、あらたに【虚像】を創るよか、息をつくヒマも与えず、コイツで一気に決めるべき!)
しかし、それでも、マルグリッドに油断はない。
次にすべき行動の判断に至るまでの思考を一秒以内で纏めると、マルグリッドはトドメ用のルーンを手短に紡ぎ──
「【魔法剣】≪ブレイド≫!」
──突撃する!
【魔法剣】≪ブレイド≫を持った無傷の自分と、傷付き、ふらつく、無手の仇敵。
その仇敵は、こちらの突進に構える事も出来ず、頭を垂れて蹲っている。
この状況なら、多少の危険を冒そうが、これが最も確実で、勝負が早い、とマルグリッドは判断したのだ。
(貰った!)
目標まであと3メイル。
軋る魔法の刃。依然として動かない仇敵。爆発的に噴出する脳内物質。
ここではじめて、マルグリッドは勝ちを確信した。
してしまった。
「やっぱり、最後は自分でキメにくるわよね?」
そこで、アリアは突然、ぐりん、と俯けていた顔をあげた。そのダークブラウンの瞳には不屈の光が力強く灯っている。
(こけおどしだっ!)
マルグリッドは、構わず、アリアのドタマ目がけて魔法の刃を振りおろす!
──ざしゅ。
肉を裂き、骨を貫く音が辺りに響く。
「ぐっ……」
其れは、見事に貫通していた。
右手の、掌から甲を完全にぶち抜いていた。
「……おい、もう弾切れのはずじゃあ、なかったのかい?」
「騙し合いは得意ではなかったのかしら、愚者の金ペテン師さん?」
マルグリッドは、焼けるような右手の痛みと、急速に廻っていく卑毒に脂汗を掻きながらも、気丈な笑みをみせて問う。アリアは膝をついたままに肩をすくめて見せる。
勝負を制したのはアリア。
マルグリッドの右手を撃ち抜いたのは、三十二発目の矢弾。
アリアが乱れ撃ちに使用した矢弾は、計三十一発。つまり、一発だけはわざと残していたのである。
それからの彼女の行動は罠。
執拗に矢を装填しようとしていたのは、マルグリッドに弾切れのサインを送るため。
風の槌や風の槍を喰らってみせたのは、ここが決め時、とマルグリッドに思わせるため。
最後の突進にマルグリッドの思考がたどり着くように仕向けたのだ。それがアリアの考えついた最善手。
もっとも、これはアリアとマルグリッド、二人の思考がよく似かよっているからこその結果なのだが。
「おま、覚えて……!」
「職業柄、一度相対した人の顔と名前は絶対に忘れないのよね、私。まあ、名前の方は、聞いてないから、本当に知らないんだけど、さ」
目を見開くマルグリッド。アリアはにやり、と口角をあげた。
「く、くくっ……。どこまでもムカつくねぇ、お前は……。あぁ、クソ、ふらつきやがる」
「おかしいわね。そのカエルの毒、割と即効性のはずなんだけど……。あぁ、前に喰らわせたのと同じ系統だから、か。ま、どちらにせよ、早いとこ、医者にでも見せたほうがいいんじゃないかしら?」
他人事のように言うアリアに、マルグリッドは悔しげに舌を打つ。
「このビチクソが……」
「ほら、急がないと。廃村らしく、随分と静かになっちゃったみたいだし?」
彼女らの決着が付くと同様に、ロッテ達の方もケリがついたのだろう。
少し前までは聞こえていた喧騒の音は、すっかりと消えうせてしまっていた。
マルグリッドは広場の方を一瞥して、もう一度舌を打つ。
「馬鹿共め……。簡単にやられちまいやがって。クソ、口惜しいが、ここは引くしかなさそうだね」
「えぇ、是非、そうして頂戴?」
「グッ……。だっ、だがねぇ! 覚えておきな! お前をぶっ殺すのは、このマルグリッド様だってことをね!」
捨て台詞のような名乗りとともに、マルグリッドは風のように飛び去る。
アリアがそれを追う事はない。
盗賊を捕まえる事に興味はないし、何より、その体力も気力も、残っちゃいなかったのである。
「行ったかぁ……」
マルグリッドの後ろ姿が明け方の薄闇に消えるのを確認すると同時に、彼女は地面に大の字になって寝ころんだ。
血を失い過ぎたせいか、それとも、戦いで神経をすり減らしすぎたせいか、はたまた、単に体力が尽きたのか、頭がぼぅっとして眠い。
「あ~、しんど……」
彼女はそうぼやくと、眠気に抗うことなくうっすらと目を閉じる。
ふやけた視界の端に、こちらへ大急ぎで駆けてくる、短いブロンドと、長いブロンドがぼんやりと見えたような気がした。
ж
ごとん、ごとん。
慣れ親しんだ揺れが、母の胎内にいるかのごとく心地よい。
さらりとした金色のブラシが顔をなで、アリアはむずむずと鼻を動かした。
「あ!」
耳元にいたのだろう誰かが、素っ頓狂な声をあげる。
うるさいなぁ、と思いつつ、アリアはじわりと瞼を開けた。
「……ここは?」
アリアは仰向けの態勢のまま、やけにデジャビュのする天井を眺めて言う。
「馬車よ。アンタ達の馬車の中」
誰ともなしの問いに、アリアのすぐ傍らに着座した、金色ブラシの少女、いや、エレオノールが簡潔な答えを示す。
それに対して、アリアは辺りをきょろきょろとしたあと、ああ、そうか、と安堵の息を吐いた。
「貴女もよく無事だったわね、エレノア。やられちゃいないかと心配していたのよ?」
「それはこっちの科白でしょ! 死んじゃったのかと思ったわよ!」
「えっ?」
眉を吊り上げて顔を紅潮させるエレオノールの言葉を受けて、そんなにヒドいやられようだったかしら、とアリアはここではじめて、自らの状態を確認する。
肩口から腰の部分に大仰な包帯は巻いてあったが、痛みはなかったし、それ以外の異常は見当たらない。
「何よ、なんでもないじゃないの」
「無神経の鈍間め」
「はぁっ?」
首を傾げて惚けるアリアに、御者台で手綱を取るロッテは振り向きもせず、呆れたように言う。
「……右鎖骨骨折、右六番・両八番ろっ骨骨折、左九番ろっ骨にヒビ、鼻骨骨折、内側々副靱帯損傷、右肩部に深い裂傷、出血多量によるショック症状、極度の全身疲労。それでもって、丸一日目を覚まさないときた。さしもの妾も、治すのには随分と苦労したものじゃ。礼くらいは言ってほしいものじゃのう?」
「げ……」
あまり想像したくない己の有様を想像して、アリアはげんなりとした。
「でも、さすが、〝水のスクウェア〟って感じよね。秘薬も無しに、重傷者をあっという間に治してしまうなんて」
「はい?」
「ん? だから、【治癒】≪ヒーリング≫のことよ。あの廃村の位置を特定した【遠見】や、賊を一掃した【眠りの雲】≪スリープクラウド≫も凄かったけど、やっぱり水属性は癒しが本分なのねぇ」
「治してくれたのは非常に、有難いのだけれど、賊を一掃、ねえ?」
ロッテに尊敬の眼差しを向けるエレオノール。
アリアは「よくバレなかったものね、この面倒臭がり」と内心で毒づきながら、ロッテの背を、じとり、と睨む。当の本人は居心地悪そうに口笛を吹いていた。
ちなみに、アリアを治したのは、例のごとく、【再生】だし、エレオノールの位置はそのニオイを辿っただけのことである。
「……で。最初の質問に戻るけど、ここ、何処よ? 地理的な意味で」
「ガリアじゃ。国境沿いに、トリステインとガリア間の関所に戻っておる途中じゃな」
いい判断、とアリアは頷く。あの廃村が盗賊の巣となっていたという事は、一応、関所の役人に伝えておいたほうがいいだろう。
「あ、そういえば、あの連中はどうしたの?」
「それがな、お前が取り逃がしたあの年増がの」
「ちょっと待った。取り逃がしたってのは聞こえが悪いわね。リリースしてあげたのよ。私達の目的は盗賊の退治じゃなかったんだし」
「まあ、それはどちらでも良いが。その女頭目が、嵐の魔法で手下共をどこかに吹き飛ばして、いや、運び去って、の方がよいか、この場合」
「は? いや、いや、一寸無理があるでしょ……。五十人以上居たのよ、あいつら。それを一気に運ぶって。何よ、その極大奥義か天変地異みたいな魔法は?」
胡散臭そうに問い返すアリアに、今度は馬車の隅っこ、小さな本棚の上に安置されていた地下水が答える。
『極大の魔法じゃあないぜ。ありゃ、風のトライアングル・スペル、【大嵐】≪エア・ストーム≫だな。敵を倒すのが目的ってより、相手陣形を引っかき回すとか、フネの航行を妨害するだとか、そんな目的でつかわれる戦術級の魔法だよ」
「ふぅん……。でも、おかしいわね、そんな大逸れた魔法を使っていたような記憶がないのだけれど」
『魔法っていうのは、その時の精神状態で威力が上がり下がりするし、気の持ちようだけでドットがラインになったりもするってのも良くある話さ。あのアマも、姐さんに追い詰められて、かなり精神が昂ぶっていたんじゃねえ?』
となると、マルグリッドは、昨日アリアとやり合った時よりも格段に強くなってしまっている可能性もあるという事。
しかも、彼女の捨て台詞からして、どう考えても、リベンジする気満々だろう。
うわ、逃がさなきゃ良かった、とアリアはちょっと後悔した。まあ、実際は、逃がすしかなかったのだが。
「さて。こちらも聞きたいことがあるのじゃがな」
「ん、どうぞ」
「一度、トリステインへ戻るか、それとも、このままガリアへ進むか。どちらじゃ?」
現状、最も重要であろう問題についての質問に、エレオノールは、ぴくっ、と体を震わせた。
「他の盗品に関しては、関所の役人に匿名で報告するだけでいいわね。そうすれば、シュルピス方面にもすぐに伝わるはず。わざわざ届けてやる必要はないわ」
落としたり盗まれたりしたモノやカネを役人や本人に届ければ、一割は謝礼で貰える、とか、そういう優しい法律や慣習はどの国にもない。
個人的に謝礼を出す人はそれなりに居るだろうが、大体が届け損になるくらいの微かなモノで済まされるのが普通だ。
しかも、その中身が減っていたりすると、届けた人もしつこく事情を聞かれる事になり、最悪疑われることもある。
「妾らであの盗品を全部運ぶというのは、物理的にも無理じゃしな。取りに行きたい奴は取りに行けば良い、というだけじゃ」
「……あ。そういえば、まさかとは思うけど、他の盗品までこの馬車に積んでないでしょうね?」
「安心せい、そんなことはしておらん。盗品捌きなどというみっともない真似、まっとうな商人のやることではないじゃろうしの」
「そう、よかったわ」
「じゃが、議論すべきは、そこではないじゃろ?」
ロッテが今度はちゃんと振り返り、じろり、とアリアを睨みつける。
「そうね。問題は、この子をどうするか、という事でしょう」
アリアは不安そうにエレオノールに目をやって、観念したように嘆息する。
「わ、私はっ!」
「ちょっと、その前に。〝エレノア〟に言わなきゃいけないことがあるのよ」
「な、なにっ?!」
「ごめんなさい」
アリアは突然、エレオノールに向かって頭を下げる。
「へっ?」
「シュルピスでは少し言い過ぎたから。次に会ったら、一番に謝ろうと思っていてね」
それは、商人としてするような種類のものではなく、まるで友人同士のような謝罪。
「あぁ……。アレは、効いたわね」
「許してくれるかしら?」
「ダメ! と言いたいところだけど。いいわ、特別に許してあげる!」
「そう? ふふ、良かった。これで胸の閊えがとれたわ」
「その代わりといっちゃなんだけ」
エレオノールが何か言いかけたところで、アリアはそれを唇に人差し指で遮る。
「そして、ここからは、〝ヴァリエール公爵令嬢〟として、お話したいことなのですが」
「ん、ぐ」
急に改まったように変わるアリアの態度と雰囲気に、エレオノールは言葉に詰まってしまう。
「これからの方針として、私共としては出来るだけ早く、貴女をヴァリエール領にお送りするのが最善と思っています」
「ろっ、ロマリアに連れて行ってくれるなら、手間賃や謝礼も、実家にある私の持ち物やお小遣いから上乗せをするわ! 多分だけど、1,000、いえ、2,000エキューくらいには」
「ええ、まあ、厭らしいようですが、当然、お金の事もあります。ロマリアまでの運賃と考えれば、2,000も上乗せをしてくれるというのは、相当に破格で魅力的な提案かもしれません。郊外なら農園付きの家くらい買えちゃう額ですし」
「じゃあ!」
「しかし、もっと問題なのは、公爵家のご令嬢を国外に連れ出している、なんてことが先方に知れれば、非常にまずいということです。……既に一度は出てしまっていますけど。ま、それはさておき、貴女に何かあっては貴女だけの問題ではなくなってしまいますからね。こちらのクビは物理的に飛んでしまうでしょうし、最悪、国際的な問題にもなりかねません」
アリアが提示したのは、今すぐトリステインに戻るということ。
それは、ごく当たり前の判断だろう。エレオノールが言うとおり、報奨金に多少色が付くとしても、あまりにハイリスクローリターン過ぎる。
「なら、私が公爵家の娘だと、いえ、貴族だバレないようにする、とか……。ほら、そうすれば、私に何かあったって、ただの行方不明で済む話じゃない。その事でアンタ達に迷惑なんてかけないわ」
「何かあったら褒賞金自体が貰えなくなってしまいますね」
「う~……。だったら、危険が及ばないように、旅先では、アンタの指示を仰ぐ事にする。出来るだけ勝手な行動は取らない。それならどう?」
「ふむ。しかし、そうなると、普段の言動だけでなく、生活基準も変えなければいけないでしょうね。湯を張った風呂や、豪勢な馳走、寝心地のいいベッドなんて、平民の旅人には無縁ですから」
「要らない、そんなの要らないから!」
「仮に、私共姉妹の一員ということで通すとしても、仕事もしないのというのは傍目から見ればおかしいですし。すぐにバレてしまいますよ」
「なんでもやるわ! ドンと来いよ!」
諭すように、否定的な発言を繰り返すアリア。エレオノールはそれを悉く強気な姿勢で否定する。
アリアとロッテは、ふぅ、と揃って嘆息し、顔を見合わせた。
「なあ、どうしてそこまでしてロマリアなんぞに行きたいのじゃ? 差別主義者と生臭坊主の巣窟じゃぞ、あそこは。いいところといえば、チーズと景勝くらいなもんじゃろうに」
「あら、交易商としてみれば、ロマリアほど重要な地域もそうはないわよ。でも、その理由は私も気になるわね」
「それは──」
姉妹二人に問われ、エレオノールは、マルグリッドにも話した家出の理由をアリア達に話す。
アリアとロッテは時折相槌を打ちながらそれを聞いていたが、話が進むにつれ、その頻度も少なくなり。
「ふぅん……。妹のために、のう」
「放蕩の理由としては随分と美しいわね。ご立派過ぎる気もするけど」
話が終わるころには興味がなくなったのか、ロッテは欠伸をかき、アリアはくりくりと前髪をいじっていた。
「あの……。それなら一肌脱いでやろう、とか、ないの?」
「う~ん、私のように卑しい人間からすると、そういう聖人のような理由に共感しにくいというか」
「かっ、家族を思いやるのは当然のコトで」
「こやつには家族などおらんからの。そんなことを言われてもわかるまいて」
「えっ、えっ?」
「自分のため、がない決意というのはちょっと信じられないというか。自分の誇りのため、とか、自分の意思を通すため、のついでに結果的に他人のためになる、というのなら、理解できるのだけど?」
つまり、アリア達の言いたい事は。
婉曲的に、建前はいいから本音を言え、と言っているのだ。
エレオノールもそれを察したのだろう。
しばらく黙りこんだ後、ぼそり、ぼそり、と心の内を漏らし始める。
「…………のよ」
「ん?」
「だって。お父様もお母様も、口を開けば、カトレアは、ルイズは、って! 私の事なんて、どうでもいいのよ!」
感情を爆発させるエレオノール。
「ルイズは、まぁ、いいわ、生まれたばかりだもの、仕方ない。でも、カトレアは別! あの子はずるいのよ。特別何をしているわけでもないのに、みんなに褒めてもらえたり、心配してもらえたり。私なんて、いくら勉強しようが、魔法を練習しようが、気にも掛けてもらえないのに!」
アリアとロッテは、ただそれを黙って聞いていた。
「そうよ、私がライン・メイジに昇格したときも! ちょっとカトレアが『気分が』と言った途端、みんなそっちに掛りきり! 三日も経ってから、『そういえば』ですって! 馬鹿にするんじゃないわよ!」
ふっきれたように捲し立てるエレオノール。一息ついたところで、アリアが確認のために口を開く。
「つまり、カトレア? の病気さえ治れば、皆、自分を正当に評価してくれるはず、ということ?」
「そうよ、悪い?! まあ、妹が憎いわけじゃないわ。ただ、対等なラインに立ちたいのよ、単純にね!」
「ふ、くくく」
「そこ! 何かおかしい!?」
たまらない、とばかりに噴き出すロッテ。エレオノールは真っ赤な顔でそれを睨みつける。
「いや、じつに餓鬼んちょらしい理由で、逆に納得できたぞ、妾は」
「うるさい! ここまで話したんだから、絶対連れて行きなさいよ! 無理やり送り返そうっていうなら、アンタ達が私を誘拐した犯人だ、っていうんだから!」
「それは困るのう。では、こちらも、もしロマリアに向かう途中で何かあっても、お主に同伴を強要されて、ということにしなくてはいかんな」
「そうね、『全ての責任は私にあります』と、念書でも書いてもらいましょうか」
「え?」
予想外に風向きが変わった事に、あれ? と首を捻るエレオノール。
アリアとロッテは、悪戯が成功して喜ぶワルガキのように、にたにたと笑っている。
「ガリアに入る前にね。私達の間で、条件次第じゃ、ロマリアに連れて行ってやるくらいならいいか、っていう話になっていたのよ。まあ、貴女を勝手に助けて連れてきたのは私達だし、ロマリアまでは道すがらだし、今回みたいな危険はそうそうないでしょうし、旅費を立て替えるくらいなら、ってね。とはいっても、ここで本音を出せないようなら、本当にヴァリエール領まで強制送還だったでしょうけど」
アリアが意地悪そうに肩を竦め、種を明かす。
彼女らがエレオノールの頼みを聞く事は、最初からある程度決められていたのである。
「なっ、な、何よそれ?! 条件って?」
「ほれ、お主さっき、自腹を切って褒賞に上乗せするといったじゃろう? それに、旅先じゃ妾やアリアの指示に従うし、ベッドも、風呂も、ご馳走も要らないとも言ったのう。加えて、雑用見習いの扱いでも甘受すると承諾しておったし。何でもやるのじゃろ?」
「そ、それは少し、狡くない?」
「ふふ、自分の言った事には責任を持たなきゃね。土のメイジがいれば色々と便利でしょうし、せいぜい役に立ってもらうわよ」
ただ、ワガママを聞く気はなかったし、こちらを信用してくれないのであれば、それはやめておこう、とも決めていたのだが。
嵌められたような格好になったエレオノールはむぅ、と唸る。
しかし、次には、嬉しそうな表情へところりと変わる。
「で、でも、連れて行ってはくれるのね?」
「妾に二言はないぞ。ロマリアまでの送迎については、任せておくがよい。ほれ、〝妾の作品〟の〝たいたにっく〟に乗ったつもりで」
「そのフネ、木端微塵になって墜落してたわよね?」
どうやら、ロッテの〝作品〟のジャンルはかなり多岐に渡っているらしい。
少し呆れたようなエレオノールの前に、少女にしてはやけに日焼けしてごつごつとした手が差しだされる。
その手の先を視線で追うと、艶笑を浮かべるアリアの顔。
誘われるかのように、エレオノールもまた、シミ一つない白磁の手を、おずおずと差しだした。
「これからよろしく、〝エレノア〟」
「え、ええ!」
二人の少女の手と手ががっしりと結ばれる。
やけに眩しく感じられる、旅路の先に昇る陽に向けて、ロッテは勢いよく手綱を振るう。
不揃いな三人を乗せた馬車は、小気味のいいスピードで、新世界の大地を走りだした。
アリアのメモ書き トリステイン編 結果
二人から三人の商店へ?
(スゥ以下切り捨て。1エキュー未満は切り上げ)
評価 げっとばっかーず
道程 ケルン→オルベ→ゲルマニア北西部→ハノーファー→トリステイン北東部→トリスタニア→トリステイン中南部(バンシュ)→シュルピス→ガリア側国境付近
今回の費用 なし(国境を渡っても、荷を持ってさえいなければ、手持ち現金に関税等はかからない)
マルグリッド達は他の荷から税を纏めて払った様子で、私達の荷は少しも減っていなかった。そこらへんは結構ラッキーだったかも?
今回の収益 営業外収益・特別利益(特別損失取り返し) 1,356エキュー
★今回の利益(=収益-費用) 1,356エキュー
資産 固定資産 乗物
ペルシュロン種馬×2
中古大型幌馬車(固定化済み)
(その他、消耗品や生活雑貨などは再販が不可として費用に計上するものとする)
商品
(ト)バンシュ産 レース生地
(ト)バンシュ産 レース地テーブルクロス
(ト)バンシュ産 レース地カーテン、ベッドシーツ
(ト)トリステイン中央部産 ブドウ酒(安物銘柄)
(ト)レールダム産 ガラス食器
(ト)アストン領産 高級ワイン
(ト)ブリュッセル産 彫刻家具(チェスト、スツール、食器棚)
(ト)シュルピス産 高級瓶詰め蜂蜜
(ト)エルヴィス・ヴィトンのハンドバッグ、旅行鞄など革製品
計・1,356エキュー(商品単価は最も新しく取得された時の評価基準、先入先出の原則にのっとる)
現金 10エキュー(小切手、期限到来後債利札など通貨代用証券を含む)
有価証券(社債、公債) なし
負債 なし
★資本(=資産-負債) 1,366エキュー
★目標達成率 1,364エキュー/30,000エキュー(4,53%) 報奨金とかはアテにせず、これは商売で稼がないと意味が無いわね
★ユニーク品(用途不明、価値不明のお宝?)
①地下水 インテリジェンスナイフ どうせならエレノアに使わせようかな?
②モット伯の紹介状 記念に持っておこう
③エレオノールの指揮棒 万年樹という魔法素材を使った最高級杖 推定150~200エキュー
今回はトリステイン編〆+GW中ということでワード文書40枚オーバー。
正直、やり過ぎた(いつもは20~25枚程度)。
次回からは通常の文量に戻して、ガリア編に入るかと思われます。