夕日が照りつけ、赤く映える歩道で俺はうーん、と伸びをした。
家に帰るために道を上機嫌で歩き、そんな俺の手に持っているのは半年振りに引っ張り出した青色のスポーツバッグ。
ようやく大学受験が終わり、今まで我慢していた趣味のスケートを解禁して、意気揚々とスケート場に乗り込んだのが今日の午前中。
久々の楽しさについ熱が入って、結局日が暮れかけるまで没頭してしまった。
いきなり一日中運動をして、体中が痛い。明日は確実に筋肉痛だろう。
それでも俺の気分は晴れやかだった。
「それにしても、いきなり一回転半成功するとは思わなかったな」
半年もやっていなかったから腕が鈍るのは覚悟していたのだが、意外にも身体はちゃんと動きを覚えていたようだ。
「次の目標は二回転かな」
そう言いつつ、横を向いて夕日を見つめる。
光が町中を赤く染め上げ、すぐそばの車道では朱に染まった車が前から後ろへ通り過ぎていく。
何の変哲も無いいつもの光景が、なんとなく綺麗だと思えるのは、受験が終わって肩の荷が外れたからだろうか。
ドゴン!
その時、いきなり前方から聞こえてきた大きな音に、俺はビクリと顔を前に向けた。
「なッ!?」
見ると、大型トラックが歩道に乗り上げ、真っ直ぐにこちらへ猛スピードで走ってきていた。
突然のことに思考が追いつかず、それでもトラックは全くスピードを緩めずに、棒立ちになっている俺に向かって爆走してくる。
そして、何も考えることが出来ない内に、俺はトラックに突き飛ばされ意識を失った。
『ほう、魂は悪くない。それに”知っている”な。器になりえる存在として合格だ。これにするとしよう』
暗転する視界の中、俺はそんな声を聞いた気がした。
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瞼の間から差し込む光で、俺は目を覚ました。ゆっくりと瞼を開けると、そこには栗色の髪をした女性の顔。
その女性は俺が目を覚ましたのを確認すると優しく微笑んできた。どう見ても外国人の、中々綺麗な人だ。
この人は俺の母親だ。
――――ん?
なぜ俺はこの人のことを母親なんて思ったんだろう?確実に一度も見たこともない女性だ。
なのに、なぜか本能みたいなものが、この人物は母親だといっている。
一体どうなっているんだ?
取りあえず体を起こそうとするが、なぜか体がうまく動かない。
何か言いようのない不安感が溢れ出てきた。
……待て、取りあえず状況を確認しよう。
何で俺はこの人を母だと認識した?そしてここはどこだ?
俺は交通事故に遭って意識を失ったはずだが、どう見ても俺が今いる部屋は病院の一角じゃない。今俺が寝ているベッドは、四方が柵で仕切られていて、まるで赤ん坊を寝かせるような……
そう思い首を捻って周りを見ようとする。
頭を右に向けると、俺の隣で金髪の赤ん坊が眠っていた。
未だ訳がわからず混乱していると、女性が手を伸ばして俺の頭を撫で始めた。そうされていると何だか心が落ち着いてくる。そこまできて、俺は一つの可能性に思い当たった。
――もしかして、俺は生まれ変わって赤ん坊になったのか?
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俺が奇妙な状況におかれてから数日が経って、段々と今の俺の状態がわかってきた。
やはり俺は前世の記憶を持ったまま、生まれ変わったらしい。
生まれ変わってからある程度成長して、自我が生まれると共に”俺”が覚醒したようだ。
初めて見た女性を母だと思ったのは、今までの成長の過程で無意識にそう思っていたんだろう。実際母親のようだし。
じゃあ隣に居る赤ん坊は俺の双子なんだろうか?
おむつを代える時に確認したら、俺は男で、もう一人は女の子だったから、二卵性双生児なんだろうけど。
ちなみに父親(本能で何となくわかった)は、金髪碧眼の男性だった。年は多分30代前半くらいだろう。
両親共に頻繁に俺達の顔を見に来て、俺が笑顔を送ると、向こうも幸せそうな笑みを返してきて、そうすると体の奥から嬉しさや安心感が込み上げてくる。
その度に、俺は赤ん坊になってしまったんだと再認識した。
俺のことを『グラム』と呼びかけてくるから、それが俺の名前なんだと思う。
それに、この家にはメイド服を着た使用人らしき人がたくさん居て、ベッドの上からでも忙しなく働いているのが見える。
本物のメイドなんて初めて見たし、よく見ると部屋の飾りも高級そうだ。どこの国の大富豪だろうか?
当然だが、その人たちが何を言っているのかわからない。少なくとも英語ではない。
しかし、自我覚醒前の経験があってか、ちゃんと言葉自体は聞き取れるし、『おはよう』や『おやすみ』など、簡単な言葉なら分かった。
これなら、こちらの言語を理解できるようになるまで、そんなに時間はかからないかも知れない。
しかし、本当に転生なんてものがあったんだな。
今まで意識や魂なんて、所詮電気信号の塊だと思っていた自分にとっては、未だにこの状況に納得できない。
もし前世の俺が、『俺は前世の記憶を持っている!!』なんて言う奴に会ったら、多分黄色い救急車を呼んでいた。
というかもう一回人生やり直す事になるんだよなこれ。
ある程度成長したら日本に行ってみたいな。
いきなり俺が死んで、親はやはり悲しんでいるだろう。悪いことをしてしまった。
その日の昼下がりに、両親が俺達が居る部屋に入ってきて、父親は俺を、母親は女の子を抱え上げた。
見ると、目の前にモノクルをかけた、金髪で40前位の男性が立っていて、俺と女の子を見て目を細めている。
……どこかで見たことあるなこの人。
その男性と両親は何か話した後、父親は俺を指し示した。
どうやらこの男性に俺の事を紹介するらしい。父親は口を開くとこう言った。
――グラム・ルシッド・ラ・フェール・ド・モンモランシ――
それが俺のフルネームらしい。
長い。第一にそう思った。
それにしても『ラ・フェール・ド・モンモランシ』か。
”ゼロの使い魔”にもその家名が出てきてたな。という事はここはフランスなのか?
フランスでは、まだ貴族制の名残がいくらか残っているらしいし、この家は昔貴族だったんだろうか。
俺がそんな事を考えていると、次に母親が娘を指し示してこう言った。
――モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ――
……はい?
今までの思考が完全に吹っ飛んだ。
目の前にいる女の子の名前が、俺の記憶の中のとあるキャラクターと、完全に一致していたからだ。
何かの偶然か?いや、そんなことあるのか?普通……
確認するように、俺はモンモランシーと呼ばれた女の子を見た。
当の本人は、綺麗な金髪を揺らして、母親の腕の中で寝息を立てている。
それに、目の前の男性、アニメでしか覚えがないが、確かにこの人は……。
疑念が胸いっぱいに広がっていく。
俺の様子がおかしいと分かったのか、父親が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。だが俺はそれどころじゃない。
視線を落とすと、ついに父親の腰にささった“アレ”を見つけてしまった。
あの黒光りする指揮棒のようなものを。
思わずその棒を手に取ると、父親は一瞬驚いたがすぐに笑顔に戻った。
そして俺の手からその棒をとり、何事か呟いてから杖を振ると、どこからともなく水が現れ、俺の目の前に球体となってふわふわと浮かびだした。
……何だか俺の中の常識が、ガタガタと音を立てて崩れていくのを聞いた気がした。
2010.06.07 初回投稿
2010.06.19 誤字修正
2010.06.27 文体修正