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[19490] だいじなだいじなわたしのぱんつ(H×H 転生 一応TS)
Name: 褐色さん◆799f532f ID:996a066c
Date: 2011/10/20 22:42
はじめまして,褐色さんと名乗っているものです。

自分の読みたい小説がないなら自分で書けばいいじゃないかの精神で,筆をとらせていただきました。
前向きにネガティブをテーマに据えた作品です。
よろしければ目を通していってください。

軽い注意については題名の括弧にあるとおりです。

では拙作,『だいじなだいじなわたしのぱんつ』をよろしくお願いします。



[19490] 第1話 報われた苦労の結果は?
Name: 褐色さん◆799f532f ID:640fa46e
Date: 2011/10/06 22:29
いやー困りました。ホント困りました。

もちろん大事なことなので二回言いますよ?


「…ハァハァ。なぁ,もういいだろ?もう俺さ,もう我慢できねぇよ。もうマジで…ひひ,ひひひ」

「ちっ,したねぇな,見えるとこには痕のこすなよ?大事な大事な人質様だ」

「んーー!んっーーー!」


ただいまぜっさん誘拐され中です。

手足はしばられていて痛いですし,手拭いかまされて息苦しいです。

そのうえたったいまから貞操の危機という状況まで追加されそうです。

この世界の治安が悪いことは知っていたはずなのですがやっぱり知識と経験は別物ということですね。

さすがハンター×ハンター。転生してきたわたしにも容赦ありません。

さて,ここはやっぱりあれですね。みんな大好き現実逃避,これしかないでしょう。

思い起こすはわたしの今世。尺はながめに生まれたころから。

天井のしみを数えてれば終わるってよくいいますし,ぼーっとしてれば,そこまでのダメージは受けないはず。

…うけないと,いいなぁ…。

もと男なもので,貞操の危機っていまいち実感わかないのですよね。

まぁなにはともあれ,回想はいりますね。





わたしがここハンター×ハンターの世界にきてしまってからはや16年,憑依とかじゃなくてちゃんと赤ん坊から始めたので
いまでは現実でいうところの高校のようなところに通っています。

2歳くらいまでは前世の記憶に赤ん坊の脳みそが釣りあわなかったのか,その頃のことは今ではいろいろとうろ覚えですけど,
ちゃんと前世の記憶を意識できるようになってからは前との違いにとまどったものです。

背の丈が低いので見える景色がなにかと新鮮でしたし,前世と違って今回は女の子だったことなどなど,例をあげればきりもありません。

いやなつかしい。



幸いなことに生まれたおうちはそれなりに,いやかなり裕福だったようで,生活に不自由を感じたことはありませんでした。

まわりにはメイドさんはもちろん,わたし専属の執事さんまでいる始末。

まぁ,お仕事で忙しい両親とはめったに会うことはできませんでしたが,使用人のみんながいたので特にさびしく思うこともありませんでしたし。



そのかわりに,といってはなんですがしつけはずいぶんと厳しくつけられました。

そりゃ人からみたらちょっといいとこのお嬢様ですからね。

ふと”おれ”とか言っちゃったときのメイド長のあの目と声は今でも忘れられません…。

ふだんはちょっときつめの口調でもこちらを想ってくれてるいことがわかる,わたしの大好きなおばあちゃんでしたのに,
一瞬でわたしが世界で一番悪いことしているような気持ちにさせてくれるあの眼はいつ思い出してもあばばばbbb…



…っと,いけませんね。とりみだしました。

おかげさまでいまでは頭の中でも一人称が“わたし”で固定されるくらいまで女の子女の子させてもらっています。

もと男としてはせめて僕っ子で…くらいの矜持があったはずなのですが,すっかり叩き潰されちゃいました。

よかったのやらわるかったのやら。



ちなみにこの世界がハンター×ハンターのものであるとわかったのは5歳のころです。

なにゆえって,いやね?

はやったのですよ。

ハンターごっこが。

幼稚園の子たちの間で。

幼稚園とはいえ,すでにおしとやかさをかねそろえ始めたお嬢様がたとはちがって,男の子たちはたとえお坊ちゃんだろうと男の子なのですよね。

最初はハンター?猟師?くらいにおもっていたのですが,元気にあそんでいるのをなんとなしに眺めていたら,
やれ俺はブラックリストハンターになって賞金首がどうのとか,やれ僕はグルメハンターになっておいしいものをみんなにとか
ハンターの定義がどうにもデジャブを感じるようなものばかりでした。

ネテロ会長という名前が出て来たときにとっさに,ちょっとまってください!と言って
いろいろと問い詰めてしまっても仕方ないと思うのです。

あまりに迫りすぎて,気の弱い子が泣き出してしまったときはさすがにあわてましたけど。

…あのときはごめんなさい。あの子,元気かなぁ,



そんなこんなで家に帰ってからもいろいろと調べた結果,あぁやっぱりここはあの世界なんだなぁと。

地名なんかを調べてみるとうろ覚えの知識と一致するものばかり。

ヨークシンとかはさすがにそのころでも聞いたこともありましたけど,
まさか転生先が漫画のなかとは思ってなかったので普通にスルーしていました。



さて,この世界の治安が世紀末的とはいわずともかなり悪いのは皆さんご存じのはず。

なにせ,おおっぴらに暗殺で生計が立てられる人々がいるのですからいわずもがな,ですよね。

そこで,わたしがお嬢様のお稽古のひとつとして,なにか武術を教えてほしいと頼み込んだところ,
なんとお家の敷地の中に道場が建ちました。

お金持ってすごいですね。



道場ではなんだか有名らしい武術家さんに,なんだかテコンドーともカポエラともつかない足技主体な武術を教わっています。

どうせならほんとうは心源流がよかったのですが,お父様のご友人なのだとか。

こればかりはどうにもしようがありません。



ときおり訪ねてくるほかの門下生との組み手からすると,わたしの強さはおおむね中の下から中の中といったところですか。

どうやらわたしに武術の才能はあまりないようです。



しかしそこで忘れてはいけないもう一つ。

習得してしまえば,へたな武術の達人にだって余裕で無双できるであろう,それこそがこの世界を特殊たらしめる“念”の存在です。

そんな“念”の修行ですが,やはり初めは“オーラ”を感じることができないとどうしようもないということで,あいた時間をひたすら黙想にあてることにしました。

怪しまれるといけないので,座禅などはせず,イスにこしかけひたすら集中,しゅうちゅう,シュウチュウ…。

見えないなにかを感じるために意識を静めつづけました。



そんな小さなことから始めた修行ですが,それから10年ほどたったいまでは基本の錬や絶にくわえ応用の周とか円とかその他もろもろ全部完璧で
発の“とある少年の黒歴史(エターナルフォースブリザード)”で相手は死ぬから私はこの世で最強になった。

スイーツ(笑)。

…いやここはオリ主(笑)のほうがいいかな?



本当に最強(笑)ならよかったのですが現実はそう甘くはありませんでした。

師匠なし,修行方法もあいまいでうまくいくはずもなく,最近になってようやっとなんか体のまわりに薄いもやがみえるような,
みえないような…くらいにまでなりました。

某ビフォーアフターとは正反対な意味で劇的な変化量ですね。



逆に10年もの間あきらめなかったわたしにびっくりです。

よくがんばりましたわたし。

すごいぞつよいぞかっこいい!

…自画自賛ってむなしくなりますね。



まぁこんなかんじで“念”のほうの才能は武術以上に乏しいようです。

せっかくこの世界に来たというのに…残念で仕方ありません。

ですがこのまま根気よく修行をつづければきっともう10年で錬,
さらに10年で発くらいはできるようになるでしょう。

いまからどんな念能力をつくろうか楽しみです。

ある程度身を守れてかつ日常生活がたのしくなるような,そんな能力がいいですね。

ビスケさんのように美容や健康に全力で挑むのもおもしろいかもしれませんし,
シズクちゃんのような便利な道具をつくるのも想像力がかきたてられます。



そもそもわたしの系統ってなんなのでしょう?

おもしろい能力をつくるならやっぱり具現化系とか操作系ですよね。

あ,放出系の瞬間移動なんてのもすてがたいです。

でも強化系はいただけません。

能力つかってもせいぜい殴る蹴るくらいでしょうしどうせ。

ちょっとたかのぞみですが,もし,本当にもし特質系とかだったらどうしましょう?

ほぼなんだってできるともいわんばかりのチート系統。

あぁ,まずいです。ゆめが無限にひろが―――――






―――――ゾクッ。

―――――え?


「…ハァハァ,…へへへ,なぁ嬢ちゃん,やわらけぇなぁ。ひひ,やわらけぇよぉ,嬢ちゃんのおっぱい。」


―――――なに,これ。うそ。なんで?まだハジマッテなかったの?
あんなにいっぱいカンガエテタノニ?


「…どうだ?なぁ嬢ちゃんどうだ?…気持ちいいか?…気持ちいいんだろう?」

「ひぅっ。ひゅ。」


―――――やめて,やめてやめてやめてやめて!さわらないで!さわっちゃやだ!
うそでしょ!?なんで,なんでこんなにキモチワルイノ!?イキガウマクデキナイ!


「あぁ,いいぜ。ホントいい。ほら,おなかもすべすべだ。」

「―――――っ!」


―――――ゾワッ


やだよきいてない。きいてないよ。

直接,ただ直接,肌に触れられただけなのに,服の上からよりも何倍も,何十倍も何百倍もキモチワルイ。

いやそれだけじゃない。

いまさらになってわたしのなかのわずかな“男”に押さえつけられていた“女の本能”が警告をあげる。

シャツをたぐられるだけで意識が騒ぐ。

からだを視姦されるだけで心が叫ぶ。

ただひたすらに,コワイ。


「…おい,さっさと終わらせろ。やっこさんがいつ金もってくっかわかんねぇんだ。」

「ちっ,わかったよ。…って,おいおい,おもらししてんじゃねえか。ひひっ,そうかぁそうかぁ,そんなにこわいのかぁ。
なぁ嬢ちゃん?安心していいぜ?おれぁ仲間内じゃテクニシャンでとおってんだ。へへ,だいじょうぶ。すぐに気持ち良くなれるからなぁ。」

「…ひゅぐ,ひう,うぅぅ。」

とうとう目から涙があふれてきた。

鼻水もたれているのがわかる。

もう顔はいろんな液でぐしゃぐしゃだろう。

男にいわれて初めて気がついたがいつの間にか失禁までしているらしく,腰のあたりがつめたい。

からだがふるえる。

鳥肌が立つ。

自分のからだ,目の前の男,今の状況,世界のすべてがわたしのことを虐める。


「ハァハァ。それじゃあ,そろそろ…,いいよなぁ…?」


男がわたしのスカートをまくりあげて,とうとう下着に指をかけた。

息が詰まる。

男が唾をのんだ音がはっきりと聞こえる。

“外側”。服の上からさわられただけで,寒気をおぼえた。

“表面”。はだに直接ふれられただけで,恐怖にふるえた

あと残っているのは“内側”だけ。

“外”と“表面”であれだけのことがあった。

ならばもし,“内”まで犯されたのなら,はたしてわたしはどうなるのだろうか?

そう思った。考えてしまった。想像して,しまった。

いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだキモチワルイキモチワルイ
キモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイ
キモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイコワイ
コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ
コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ
コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ

―――――そんなこと,ぜったいに,許可しない(ユルサナイ)。



―――――“■■■■■■■■■■■■■(ガールズサンクチュアリ)”



「…あぁ?なんだぁ?」


ふとわたしの頭にことばが響いた。


「く,そ,なんだこれ。さげらんねぇ。…おい!なんか切るもん貸してくれ!」

「あ?なんでだよ。」

「いいからなんかあんだろ?はさみとかカッターとかよ!」

「ったく,それが人にもの頼むたいどかよ…ほらよ果物ナイフだ。これでいいだろ?」

「ああサンキュ」


わたしの下着に男がナイフの刃をたてる。


―――――ペキッ


「あぁ?」

「は?」


ナイフが折れた。


「おいなんだこれ?」

「しらねぇよ!なんか,なんかねぇのか他にぃ!」


男たちが刃物をさがしてばたばたしている。

どうしてかはわからないのだけれど,わたしの下着はやたらに堅いらしい,…です。

ならばわたしの内側はだいじょうぶでしょうか。

そしてこれ以上にこわいことはもうおこらないでしょうか。

なんだか眠くなってきました。

瞳がおもい。

意識がとおく―――――





…ふと目覚めると,わたしは車の座席で横になっていました。

体をおこすと,肩にかかっていた黒くてわたしには一回りばかりおおきな服がおちそうになります。

そのしたには下着以外になにもきていません。

あれ?なにがあったのでしたっけ。


「お目覚めですか?お嬢様。」

「ひゃっ!」


びっくりしました。この泰然とした雰囲気のおじいさんは確か…


「お父様つきの執事さん?」

「さようでございます。お久し振りでございます,お嬢様。御無事で何よりでございます。」

「………。」


…おもいだしました。わたし,襲われかけたのでしたっけ。いまさらになってまたからだが震えてきました。

がたがたがた。

あのあとどうなったのでしょうか。

わたしは,わたしは…


「…あっ」

「だいじょうぶでございます。お嬢さまはなにもされてはおりません。」


執事さんがわたしのことを抱きしめてくれました。

あたまをなでてくれました。

わたしは執事さんのむねを借りて,ずっとずっと泣き続けました。





事の顛末は,後日,執事さんから聞くことができました。

なんでも,執事さんが身代金を渡すふりをして犯人たちを単身にて強襲,執事さんを老人とあなどっていた男たちは一瞬で御用になったのだとか。

そのとき部屋に横たわるわたしはほとんど裸だったのですが,…なんというかその,“いたした”形跡はなく,
まわりには折れたナイフやはたまた,弾の切れたライフルなどが転がっていたそうです。

それはいったいどういうことでしょうか?


「…お嬢様は“念”というものをご存じでしょうか」

「びくっ!」


え?え?どうしてそこでそんな話がでてくるのですか?


「“念”とは一部の人間が修行の末に使えるようになる一種の超能力でございます。さまざまな超常的に現象を引き起こすことができ,
私がお見受けする限りお嬢様はあのとき“念”を使って身を守っていたように思えます。」

「へ,へぇー。そうなのですか。執事さんもその,ね,ねん?っていうの,使えるのですか。」

「はい。屋敷にはあと数名ほど念能力者が仕えております。
そのうちの一人が,お嬢様つきの執事と交代であたらしく就くことになりました。
お嬢様の執事としての仕事にくわえ,今後おなじようなことがおこらないようにボディガードとして,
そして“念”の指導者としてお嬢様にお仕えすることになります。」

「はぁ,そうなのですか。」

「いくら自らの危機により感情がたかぶったとはいえ,なんの知識もなしに“念”を使って見せたのです。きっとすばらしい念能力者になれることでしょう。」

「………。」


いえません!10年まえからこっそり修行していたとかいえませんから!

うう,執事さんの期待をはらんだまなざしがまぶしいです。

というか,いたのですね。お屋敷に念能力者。

うっかり錬でも成功させようものならいろいろとややこしことになるところでした。

よかったのやら悪かったのやら。

それにしても“念”で身を守った,ですか。

となるとあの時,頭に響いた言葉はもしかして念能力?

無意識につくってしまったのでしょうか。

むむむ…ちょっと集中してみれば…あったあったこれでしょうねたぶん。

ええっと能力の内容はっと―――



“わたしのぱんつは鉄壁ぱんつ(ガールズサンクチュアリ)”強化系

・この能力は使用者がどのような状態でも常時発動する。

・この能力が発動した場合,能力者のぱんつは能力者本人と能力者が心から許した相手以外おろすことはできない。

・ぱんつおよびその周辺部は危害が加えられそうになったとき,必要に応じて硬をおこない,ありとあらえるものからいっさい影響を受けない。



――え,なんですかこれ。

つまりあれですか,ぱんつをはいている限り腰回りだけは最強の防御をほこると,そういうことですか。

ちょっとまって,え?

こんなんじゃ戦闘はおろか日常生活でも使えませんよ?

守れるのはわたしの貞操だけってそんな…

いや確かにだいじではあるのですが,貞操以前に心臓でもさされたらあっけなく死んじゃいますよね…これ

そしてなにより能力名がひどすぎます…。

うぅ,うらみますよ,無意識のわたし…。

新執事さんとかにどうやって説明すればいいんですか…

わたしはやですよ?“念”の初授業でその,…ぱんつぱんつって,連呼するの


「…どうしてこうなったorz」


久し振りに敬語いがいの言葉をしゃべった気がします。

厳しくしつけられたとはいえこればかりは仕方がないのです。

仕方がないのですってば!

だからそんな目を向けないでくださいメイド長!

ここはお庭で,わたしはつぶやいただけですよ!?

なんでお屋敷のなかからその目を向けるのですか!?

地獄耳とかそんなレベルじゃ…はぁ。


「すいません,以後気をつけます。」


遠くの窓にみえるメイド長に頭を下げると,彼女は“よろしい”とでもいうように微笑んで去って行きましたとさ。

…はぁ



[19490] 第2話 新たなる道への目覚め
Name: 褐色さん◆799f532f ID:640fa46e
Date: 2011/10/06 22:29
みなさんきいてください。新しい能力ができました!

新しい能力ができました!

やっぱり大事なことなので二回言いますよ。

どのようなものをつくろうか悩み続けてはや三日ほど。

この三日間ほとんど眠れていませんでした。

…ふふふ,あーでもないこうでもないと試行錯誤しましたが閃いてしまえばあとは一瞬です。

もうわたしすごい!

天才ですわたし!

寝不足でテンションがひどいことになっていますがそんなの知ったこっちゃありません!

いやっふーいえぃいえぃ♪



あの事件から苦節三年。

新執事さん,もとい執事くんのもとで毎日きびしい修行に耐えきった成果がついに実った
のです!

本当に厳しかったです…もうね,あなた本当にわたしの使用人かと,わたしのいえに忠誠とか誓っているのではないのかと,
なんど問い詰めたくなったことか…



いや,半分は自業自得というかなんというかわたしにも責任があるのですけれど…

本能で念に目覚めたと思われている手前,たいていのことは
同じく理論よりも本能で理解するだろうとか思われているのですよね。

理論型と本能型で習得の仕方が全く違う。

なんでも念とはそういうものなのだとか。

ちょいと見本をみせられて,体の内からグワッと引きだす感じで,とかいわれてもわかるわけないでしょう!

組み手していればかってに目覚めるだろうとか買いかぶりもはなはだしいです!



それでも修行の筋は通っているので,すでに風化しかけている前世の記憶で
理論的な部分を補完しつつがんばったところ,まぁそれなりに成長しました。

いまでは一部を除いてとりあえず一通りのことはできるようになりました。

オーラを感じるのに10年もかかったのが信じられないですが,
やっぱり教えてくれる人がいるかいないかでは大分違うようですね。



と,いうわけで,新能力発表前にちょっとだけいまわたしのできることと,
修行の過程でわかったことをおさらいしてみますか。

それにこの能力の発動にはちょっとだけ下準備が必要ですし。

その下準備というのが…


「さぁ,執事くん。わたしを・・ってください。」

「へ?」

「あれ?聞こえませんでした?この・・でわたしのことを・・・・てくださいっていったのですよ!
やり方はお任せしますから,ほらはやくはやく。ハリーハリー。」

「は,はぁ…」


こちらは執事くんにお任せして,わたしの意識は内へ内へ…

ものごとの節目節目に過去を思い起こして反省することは大切ですからね。

さて,おさらい開始ですよ。





念の修行で一番はじめに行ったのは“錬”の体得でした。

能力のできた時点で自然と“纏”はできるようになっていたので,一段飛ばしての開始です。

これはなんだかんだで結構簡単にできました。

なにせ執事さんの見本と「もやもやを,こう,ぎゅっとして,ばっと!」ってアドバイスはともかく,
腰回りにほかのなによりもまさる最高のお手本があるのですから,からだ全体がぱんつと同じ条件になるように
と考えればこれがなかなかいい感じでした。



え?からだ全体がぱんつと同じっていやじゃないか?ですって?

いやまぁ,たしかに最初は“I am the bone of my panty.(体はぱんつでできている。)”みたいでいやでした。

ショーツ,パンティ,ドロワーズ,スパッツ,かぼちゃにくまさんetcetc…
ありとあらゆるぱんつが存在する無限の荒野をつくりだすのですね。

わかりたくありません。とか考えて鬱になったりもしました。



ですけど,しだいにどうでもよくなったというか,自分のぱんつでもできていることがわたしにできないのが悔しいというか…

そう,気がつけばわたしのぱんつはわたしの貞操の守護者であると同時に,
わたしの念の修行における最大の好敵手(ライバル)になっていたのです!

…いまふりかえるとだいぶアホの子ですね,わたし。

…え~,おほんっ。

これはあれです。

きびしい修行であたまがちょっとだけゆるくなっていたってことでひとつ…だめですか?

だめですよね…

えと,いいのです。そのおかげですんなり修行が進んだのですから。

結果よければっていいますしだから終わったことだからはやく本気だったあのころの記憶は消えろわたしがんばれわたし。



と,つぎに“絶”のほうですが,最初に言いましょう,わたしには永遠に不可能だとわかりました。

なぜって,ここでも出張ってくるのがわたしの念能力もといわたしのぱんつ。

わたしの念能力はわたしが“どのような状態”であろうと“常時”発動するものなので,
いくら絶をしようとぱんつだけはオーラをまとうのをやめてはくれません。

けっか出来上がるのが“異様に目立つぱんつ”です。

存在感が限りなく薄くなるのに,腰回りだけそのままなので,相対的にぱんつがめだつ,ということです。

ためしに絶状態で何人かの使用人に話しかけてみたところ,みなそろって
わたしの目や顔でなく腰回りを凝視しながら会話に応じてくれました。

…これなんて罰ゲーム?



あと “凝”とその他応用技の数々はいろいろと試した結果,これらは可もなく不可もないといったところですか。

“凝”はそれなりに叩き込まれましたが、その他は触り程度にしか行っていません。

執事くんいわく、まずは基本がしっかりしてからとのことです。



最後は“発”および水見式の結果とわたしの念能力に対する執事くんの見解考察です。

“発”じたいは“錬”とおなじですんなり成功しましたね。

まぁすでに能力もちな手前、当然といえば当然ですけど。



そしてみなさんおまちかねの水見式ですけれど,始める前はわたしもまだ期待していたのですよ。

突発的に作ってしまった能力は強化系でしたけど,わたしの系統は放出や変化のどちらかなのではないかってですね。

隣り合った系統ならば間違いが起こってしまっても仕方がありません,
というよりまだ,変幻自在のバンジーガムとかみたいな能力にあこがれていたのです。

強化系で殴り合いとか本気で勘弁してください,みたいな感じですか。

ですがそんな期待や祈りもむなしくコップからはお水があふれ出しました。

何度もやりました。

いつまでもやりました。

しかしお水の色は変わらず,味も変わらず…

わたしの目からもお水があふれてきましたよっと…

あれ?おかしいな。こっちのお水はしょっぱいや。

…はぁ



べ,べつに悔しくなんてありません。

あれです,無人島とかで一番やくにたつのは強化系ですもん。

わたしが一滴のお水でみんなを救うのですから。

変化も放出も操作も役に立たない中,わたしは無人島のヒーローですから。

濾過したお水に不純物うかべる具現化なんて不届き者はわたしの命令でリンチにしてやるのですよ。



…そんなわけでわたしの系統は強化系で本決まりです。

―――ちょっと執事くんやっぱりってなんですかやっぱりってわかっていたのなら教えてくださいよ。

え?教えたけどわたしが信じなかったんだ,ですか?

…ふっ,これが若さゆえの…いえ,なんでもありません。なんでもありませんったら!―――

なんてこともありましたが,おおむね何事もなくおわりましたね。



そのあと,執事くんが教えてくれたのですが,わたしのように本能で能力を作ってしまった人は,
その作った能力自体や,作った時の状況に縛られて,一から新しい能力を作るのが難しくなってしまうそうです。

まったく違うものもできなくはないのですが,うまく使いこなすのに
相当の労力をそいで修行しなければいけなくなるとか。

執事くんもこのタイプでむかし結構苦労したのだと,話してくれました。



それをふまえた上で,話は冒頭に戻り,わたしの苦悩の日々が始まります。

まずまっさきに考えたのは,能力の効果をぱんつだけでなくブラやほかの衣服にも転用できるようにするものでした。

これなら実用的にも見栄え的にも申し分なかったのですが,
あの事件のわたしが念に目覚めたあの瞬間,わたしはすでにブラも衣服もはぎとられた後だったのです。

そんなわけでこの案はボツ。

というよりも作ろうとしても作れませんでした。

制約なしに衣服まで絶対防御とかやろうとしたらふつうにチートすぎてメモリが足りません。



またいくつか考えてうまくいきそうだったのが,能力の効果をぱんつを“はく”以外の方法でも
発揮させるようにするものです。

ぱんつを“にぎって”相手にパンチで威力はふだんの何倍か。

ぱんつを膝に“かぶせれば”とび膝蹴りの攻撃力もアップ。

あげくぱんつを“かぶれば”どんなヘルメットにもまけない最高の兜とかす…

…って,わたしはどこの変態さんですかっ!

見栄えとか世間体とか以前にふつうに御用になりかねませんっ!

なまじ今の能力との関連付けという点ではなんだかうまく作れてしまいそうなのが,またたちが悪かったりします。

むしろこれも徹夜で寝ぼけて朦朧とした意識で危うく作ってしまうところでした。

一度設定するとリセットはできませんからね。いやはやくわばらくわばら…



ほかにも,ぱんつからカウンターで念弾→攻撃するためにスカートめくらなきゃ。不採用。

全身タイツ型ぱんつを具現化&着用→いやそれもうぱんつじゃないよね。不採用。

心ゆるしてなきゃパンチラしてもぱんつみえない→スカートでも戦えます。採用。

おもらししても地下深くに転送,ぱんつよごれない→そーえばあの時失禁しましたっけ。採用。

人間砲弾ただし弾頭はぱんつ→わたしはえびになりたい…不採用。

…などなど様々な案がうかんでは消えうかんでは消え,なかなか決めることができませんでした。

むしろ時間がたつにつれて考えが突飛になってきて,最初のころには全否定した物でも
“なんかこれでもいっかな…”とか思っちゃってかなりきけんな状態です。



…まぁ,こまかくて変な能力はノリでちょこちょこ作っているのですが…

メモリちいちゃいから気にしない気にしない。



さておき,そこでふと,わたしの頭に言葉が響きました。

―――思い出しなさいと。

―――恐怖にふるえていたあの時を。

―――初めて念を使ったあの時を。

―――わたしの念の原点にしてすべてにかかわるあの瞬間を。



―――そう。あの時,わたしは,“手足を縛りあげられていた”…!



もうね,ひらめいた瞬間ね,ビビっときましたよビビっと!

興奮でハイになった頭が,これがわたしの新能力だって,ひっきりなしに叫んでいるのです。

そしてそのまま思いついたままに,ひらめいたままに,本能のままに作り上げたのがこの…





「…拘束された箇所およびその周辺を硬で守ってくれるまさに絶対防御,
“束縛された安全地帯(レディースシェルター)”なんです!わかりましたか?執事くん!」

「…お嬢さま,なんだかテンション高いですね」

「ふふふ,悩みぬいた末に最高の一手を思いついたのですから当然です!あぁもう!いまわたしはすごーく気分がいいです。
これがうわさに聞く徹夜明け,もとい三徹明けのテンションというやつですね!?いやっふーいえぃいえぃ♪」

「…お嬢さまがこわれた」


そんなことしていたら準備がおわったみたいですね。

いい感じに全身が拘束されています。

技術はないですがしっかりと動けないようにぐるぐる巻きにされていますね。


「…お嬢さま,言われたとおりに縛りあげましたが,どうですか?どこかきつかったりしませんか?」

「…むしろ締め付けられているほうが,守ってもらっているようで,いい…ほふぅ…」

「………。」


っと,なんだかうっとりしている場合じゃありませんね。いまは能力の性能テストの真っ最中なのですから。


「よし。それじゃあ執事くん,用意もできたことですし,わたしのこと思い切りなぐってくれませんか?」

「………。」

「あ,忘れていました。さるぐつわも付けてください。頭部の条件がそれなので。
…あ,はひはとうほあいあふ(ありがとうございます)。」

「………………。」


うん?なんだか執事くん,両手握ってぷるぷる震えてますけどどうしたのでしょう?


「…お嬢さま。」

「はひ?」

「…これはもしかしてぼくのせいですか?ぼくの修行があまりにつらかったからお嬢さまは,お嬢さまは…っ」

「…?」


執事くんの様子がなんだか…って,うわなんか執事くんの右手にすごい量のオーラがががggg…


「ほ,まっ(ちょ,まっ)。」

「…いまのいままで気付けなかったぼくを許してください。あやまる資格がないのはわかっていますが,それでも言わせてください。
本当にごめんなさい。…でもだいじょうぶです。いまからぼくがこの拳で…」

「…(パクパク)」


ちょ,ちょっと待ってまだあがるのですか!?

これ明らかにただの硬とかじゃなくてゴンくんのジャンケン,グーみたいな念能力ですよね!?

たしか執事くんの能力は悲しみに応じてオーラの量が増減する能力だったはず。

というかいくらなんでも強すぎです!

何がそんなに悲しいのですか執事くん!


「お嬢さまを,正気にもどしてさしあげます!おおぉぉおりゃああぁぁ!!」

「―――――っ。」


―――ドガンッ!!


なぐられた瞬間から世界が勢いよく回転しています。

そのうえ執事くんがあっという間にとおくに離れていきました。

そしてそのままバウンドを一回,二回,三回してからごろごろ~…目,目が回ります。


「…っは。だ,だいじょうぶですかお嬢さま~!」


我に返った執事くんがこちらに走り寄ってきますが,だいじょうぶではありません。

たしかに意外なことにあれだけのオーラで殴られたのにどこにも痛みは感じませんし,
すごい勢いで飛んだはずなのに特にGもかかりませんでした。

…思ったよりずっと性能高いですね,これ。

ですが,視覚的に目が回って,回って,あぁ意識が,遠く―――





「…う,うぅ。」

「あ,お嬢さま!よかった目が覚めたんですね!」

「…あ~,えと,ここは?」

「ここはって,お嬢さまのお部屋じゃないですか。お嬢さま,あれから丸一日ねむっていたんですよ?
…はい,紅茶です。やけどしないように」

「あぁ,はい。ありがとうございます。」


…ふぅ。紅茶が美味しい。

なんて,一息ついたらさっぱりと目が覚めました。

………いろいろな意味で


「…あぁ~,やってしまいました。」

「お,お嬢さま,大丈夫ですか?」


だからだいじょうぶじゃありませんよ,もう…

いまなら,執事くんがあの時,どうしてああなってしまったのか理解できます。

…“わたしをしばって”,“わたしをなぐって”。

あぁもうほんとに我ながらなんてことを言ってしまったのでしょうか。

ふつうに変態さんじゃないですか,あきらかにMな人ですって。



しかも,あたらしい能力もへんなテンションでつくっちゃってくれちゃって…

縛られなきゃ発動できないっていうのにどうやって自発的に使えというのですか…

自分で自分を縛る?

どんな高等プレイですかそれ…

でも作っちゃった以上,習得しないといけませんよねぇ。

自己捕縛術。

あと縄抜けの術も。


「…はぁ。」

「お,お嬢さま?」

「すいません。しばらく一人にさせてくれませんか?」

「あ,はい。わかりました。」


執事くんがいそいそと退出していきます。

これでお部屋にはわたし一人きり。

…ふつうにへこみますね…。

まだ執事くんと話していたほうがよかったですかね。



それにしても,自己捕縛術ですか。

なんだか響きがシュールなことばです。

よし,ちょっとやってみましょう。

もうやけくそですよやけくそ。


「―――とりあえず,ぐるぐるーっと巻きつけて,腰にとおして,ここにはあとで腕を入れるから―――。」


そうして,こうして。おぉ,だんだん動けなくなってきました。

進めば進むほど動けなくなりつつ,先を予想しながら巻いていく。

なかなかどうしてパズルみたいで楽しいです。


―――――コンコン


ノックですか?

まぁちょっと早いですけど十中八九執事くんでしょうね。

あの子,あれで心配症なところがありますし。

執事くん相手ならいまのままでいいでしょう。

どうせちょっと前にさんざん醜態をさらしたのです。

もうなにをしたっていまさらですよね。


「どうぞ」

「失礼いたします。」


―――メイド長,だと…っ!?

どうして,どうしてよりにもよってこのタイミングっ!

ちょっと楽しいとか思って,すこしだけ笑みをうかべてしまった,いまっ!

あぁそんなことよりも,ま,まずいです。あの目が,あの目がぁぁ!


「お嬢様。」

「びくっ!」

「お召し物の替えをお持ちいたしました。こちらに置いておきますので。」

「へ?」

「それでは失礼いたしました。」


…あの目がなかった?

いや,むしろこれは――――スルー,された。


「まって!まってくださいメイド長!っとと,うわっ」


―――ずべしっ


ベッドから落ちてしまいました。

そういえばわたし,縛られていて今はうまく動けないのでしたっけ…


「…うぅ,メイド長のおに,きちく~。」


地べたをはいつつ呪詛をはきます。

スルーって,スルーって!

ふつうに叱られたほうが何十倍も楽なのに!?



…すべては,すべてはこの能力のせいです。

この能力をつくった過去のわたしのせいです。

そう!いまのわたしは何一つ悪くはありません!

だから思い切り罵りましょう。過去の自分の…

「―――ばっかやろー!」

…ふぅ,ちょっとすっきり。



[19490] 第3話 ある青年の魂の叫び
Name: 褐色さん◆799f532f ID:640fa46e
Date: 2011/10/06 22:30
「いま,お嬢さまがなにより手に入れなければいけないのは“目”です。」

「はい?」


“束縛された安全(ガールズシェルター)”を習得してから半年ほどたったある日の修行前,
執事くんがいきなりそんなことを言い出しました。


「“め”って,“目”ですか?顔についてる二つある?」

「はい。その“目”です。」

「…?」


意味がわからないです。

この子はいったいなにを言っているのでしょう?


「そんな目で見ないでください。ちゃんと説明しますから。
“目”というのはつまり相手を見極めるための“目”のことです。」

「…見極める,ですか。」

「失礼ですが,お嬢さまの強さというのはひどく中途半端です。
幼少のころより続けている武術も,念をつかって戦う技術も,どちらもせいぜい人並み程度。
能力も守るばかりで攻めるには向かず,そのうえ守るにしても能力の使用にはどうしてもタイムラグがしょうじます。」

「まぁ,たしかにそうですね。」

「もし,お嬢さまがなんらかの危機に陥り,敵と相まみえたとき,お嬢さまは判断を下さなくてはなりません。
その敵に自分は勝つことができるのか。勝てないならば逃げることはできるのか。
はたまた逃げることすら難しく,能力を使って助けを待つしかできないのか。
それが一瞬でできなければ,さいあく能力発動前に殺されてしまいます。
そしてその判断を下すために必要不可欠なのが,相手の力量を見極める“目”というわけです。」

「…おぉ,なるほどです。」





わたしもこの半年間なにもしていなかったわけではありません。

能力を使う上での課題だった,自らを拘束する技術もだいぶんあがりました。

というか,この件に関してはどうやらあふれんばかりの才能をひめていたみたいなのですよね。わたし。

お父様の書斎で,人を縛るすべについて書かれた本を見つけてからはあっという間でした。

そ,その,ちょっとえっちな感じの本だったので,最初は抵抗もありましたけど,
やってみるとなんかすらすら上達するので実は楽しんでもいたり…

本をみながら執事くんでも縛ってみれば,たいがい一度で成功して縛り方も頭に入りましたし,
自分を縛るためのアレンジも結構すらすら思いつきました。

暇をみつけては練習したりいろいろな縛り方を試したりしていたので,いまでは3秒もあれば他人を,
5秒もあれば自身だって縛り上げて見せまし,もちろん縄抜けも完璧です。

むしろこの手のちゃんとした縛り方だと,ふつうの人じゃほどけないので自分で抜けられないと悲惨なことになります。

能力のおかげで縄を切ることもできませんしね。



こんなかんじで日々上達してきた捕縄術ですが,それでも戦闘中に5秒間も時間をかせいで片手間でできるほど簡単でもありません。

いままで気付きませんでしたけど,執事くんの言うとおり“目”の強化はわたしにとっての必修科目のようですね。





「とはいえ,どうすれば“目”の修行ができるのでしょうか?」

「そのことについては,僕に考えがあります。“目”を鍛えるならば実際に色々な人をみてみるのが一番です。
そして,こんなことにおあつらえ向きなのがまさに,あそこですよ。わかりませんか?お嬢さま。」

「…わかりません。どこですか?」

「ふふふ,わかりませんか。ならばおしえて差し上げます!
何千,何万もの人々があつまる,天下に名高き武道家たちのメッカ!それこそ天空闘技場です!」

「………。」


…好きなのですね。天空闘技場。

その後しばらく,血沸き肉踊る男のロマンと格闘技についての演説がお屋敷に響き渡るのでした。まる。





「…40階でしょうか?」

「いえ,たしかに強く見えますが動きに無駄が目立ちます。20階程度です。」

「あ,勝負ついた。へぇ,ほんとに20階です。」


むむむ,どこのだれかは知りませんけど,ふがいないですよ。

にしても,執事くんの評価がはずれません。さすがです。


「じゃあお嬢さま。あっちの筋肉ムキムキの黒人選手はどうです?」

「うゎすごい筋肉です。…でもなんか鈍そうなので10階くらいとか。」

「当たりです。ちょっと簡単でしたか。
…なら今度は右端でやってる,銀髪でネコみたいな顔したあの男の子は?」


右端の男の子…と,あれですかね?


「って,男の子ってほんとに男の子じゃないですか。5,6歳くらいですか?
そもそも勝てないように思いますけど。」

「いえ,あれで彼,なかなか強いですよ。30階はかたい。」

「そんなうそです!…って勝ちましたね。一瞬で。おぉ40階ですか。すごい…。」


そんなわけで今わたしたちは天空闘技場の一階で絶賛観戦中もとい修行中です。

修行方法はいたって簡単。

執事くんが適当に指示した人物が,勝つか負けるか,また何階に振り分けられるか予想する,というものです。

いやこれがなかなか難しいのです。

そろそろ一時間経ちますが的中率は2割5分といったところですか。



それにしてもいきなり天空闘技場なんて言われた時にはびっくりしましたが,出場するわけじゃなかったのですね。

よかったよかった。

わたしは別にMとかじゃあないので痛いのは普通にきらいですし,こわいです。

このことを執事くんに伝えた時は,は?みたいな顔されましたけど,まったく失礼しちゃいます。

執事くんはわたしをなんだと思っているのでしょうか?



でも,執事くんって修行をつけてくれる分にはすごく優秀なのですよね。

この修行だって,言ってしまえば簡単ですけど,なかなか思いつくものでもない気がします。

とはいえ,さすがに飽きが入ってきました。

選手のみなさんも一階だけあって強さがばらばらなもので見ごたえのある試合なんてほとんどありません。

しかも制限時間が3分なので面白くなりそうな試合もすぐに打ち切られてしまいます。

これには一階の観客席がまばらなのにも納得できるというものです。


「…ふぁ」


とと,あくびが出てしまいました。気をつけないと。


「おや,さすがに疲れてしまいましたか?ならすこし早いですけど移動しましょうか。」

「はい?こんどはどこにいくのです?」

「200階です。せっかく来たんですから,念能力者どうしのしあいも見ていかないと。」


あれ?200階の試合も観戦できるのですか?


「えと,試合当日でチケットとかだいじょぶなのですか?」

「大丈夫もなにも僕の出場する試合ですから,いくらでも優遇できますって。お嬢さまは一番迫力のあるS席でみられますよ。」


…え?ぼくってぼくって,執事くんですか?ボクさんとかじゃなくて?


「ちょ,ちょっと待ってください!執事くんって200階クラスの闘士だったのですか?いつのまに?」

「あれ,いってませんでしたっけ。僕が執事になってお嬢さまにつく前は天空闘技場のファイトマネーで生計立てていまして。
この旦那さまに仕えるきっかけもここでの試合がたまたま目についてスカウトされたんです。
200階の登録が消えちゃうのももったいないので,許可を得て休みの日なんかたまに出場しにきてたんですよ?」

「…そ,そうだったのですか。」


ま,まったく知りませんでした。

そもそも執事くんがわたしつきになったのって3,4年まえですよね。

ってことは相当な古株じゃないですか。実は執事くんってすごい人なのでしょうか。

まぁ,それも試合とか観客の様子を見ればわかりますか。

わたしの予想だとたぶん中堅あたりの実力者くらいじゃないですかね。きっと。





―――おおおぉぉぉぉ!

「………。」

…って,放心している場合じゃありません!

いま執事くんの試合直前なのですが,もりあがりが半端ないです!

ふつうに人気闘士じゃないですか!

だれですか中堅所とかいっていたの!

いや,わたしですね。すいません予想外すぎてテンパってますわたし。


――それでは,両コーナーより選手の入場です!

――おおおぉぉぉぉぉ!


執事くんが出てきました。

服装もいつもの執事服じゃなくってゆったりした長ズボンにタンクトップですか。

細身にみえて実は筋肉質なのでタンクトップがにあっています。

なかなかカッコいいですね。



それに対して相手の方は…なんていうか,長いです。

背の丈はゆうに2mごえですね。

下手したら250cmいっているのではないでしょうか。

日本人の平均くらいの身長の執事くんと比べると,さらに大きさがきわだちます。

それに腕も妙に長いですね。力を抜けば膝まで届きそうです。

体格的にはずいぶん差がありますけど,だいじょうぶでしょうか。

よし,ここは一つ―――


「執事くーん!がんばってくださーい!」


あ,執事くんちょっとびっくりしましたね。

そのまま苦笑しながら手をあげてこたえてくれました。様になっています。

へへ,頑張って大声出したかいがありました。

相手選手がすごい勢いで執事くんのことにらんでいますけど,気にしない気にしない。


――両選手,準備はよろしいでしょうか。
ルールは制限時間無制限,相手選手をノックダウンまたは10ポイント先取した方が勝利となります。


お,始まりますね。


――それでは,両者かまえて………ファイッ!


いきなり相手選手が突っ込んできました。

そしてその両腕がオーラで包まれたと思ったら…

…気持ち悪っ!腕がぐにゃんぐにゃんと鞭みたいにしなってまがって…

四方八方から攻めていますが,執事くんはなんとかしのいでいますね。

…私なら無理です。体術的にも,なにより生理的にあれは受け付けません。

それにしても,あれも念能力でしょうか。強化か変化あたりですかね。


「なんじゃあ,ありゃ!」

「む,あれはまさか…」

「なっ!お前さん,しってるのか!?」

「あぁ,聞いたことがある…」


お,これは運がいいですね。

どうやら近くにテ○ーマンがいるみたいです。

…雷○のほうが今は通じるのでしょうか?

わたし雷○って誰のことか知らないので何とも言えないのですが。

っと,今へんな電波がきましたけど,聞き逃すわけにはいけません。


「なんでも,あれがあの男の能力らしい。
もともと長いリーチで相手を翻弄する戦い方をするのだが,念でその腕撃の威力とトリッキーさをさらに高めたのだろう。
200階にあがってきたのは比較的最近だが,ここでの戦いにも慣れてきた実力者だ。」

「ってこたぁ,こりゃこのままあのひょろなげぇ野郎の勝ちってわけか。
へへ,5万Jも賭けたんだ。そうじゃなきゃ困るぜ。」

「いや,それはちがうな。」


ん?執事くんが負けるみたいな話に一瞬むっときましたけど。どういうことでしょう?


「あれは,あせっている。」

「あぁ?」

「やつは知っているのだろう。自分の闘っている相手がどんな人物なのかを。
その実力はフロアマスターにも匹敵するといわれている古参の闘士。
その能力から“叫びの呪言師”とも呼ばれる対戦相手のことを。」


…二つ名キター!!

え?え!?執事くんってそんなに有名人さんなのですか?

それにしても厨二くさいですね。

どこから出てきたのですかその名前…。

執事くんの能力って悲しみの感情がオーラの量に影響するものだけのはずでしたが。


「“叫びの呪言師”は特定の言葉を叫ぶことでその力を何倍にも高めることができるんだ。
だからやつは能力を使われる前に勝負を決めようとしている。」

「な,そんな野郎だったのかよ。…おいっ!距離が開いたぞ!」

「く,くるぞ,呪言師の“叫び”が!」


いままで一方的に攻められていた執事くんがいきなり攻撃をいなして,相手の体勢を崩します。

その隙におおきくバックステップをしたと思ったら,その場で足を肩幅に開いた構えをとりました。

つ,ついにわたしの知らない執事くんの能力が見られるのですね。

そして執事くんは大きく息を吸って――――




《―――クリリンのことかーーー!!!》




ゴゥっと目にみえない圧力のようなものが会場中に広がりました。

…え?えーーー!?

なにがえー!?っていうかえーーー!?

な,なんで?なんでその言葉が今でてくるのです!?


「なっ,“クリリンノコトカ”,だと!?最大出力の呪言じゃないか!」

「そ,そんなにすげぇのか?」

「あぁ,彼の呪言では“ハカッタナシャア”と同レベルのものだ。
ふだん格下相手に使う“スコシアタマヒヤソウカ”や“ソノゲンソウヲブッコワス”とは比べ物にならない。」

「…おいおいマジかよ。」


………マジかよはわたしのセリフだとおもうのですが…





それからの試合は一方的,というより一瞬でした。

あまりの迫力に腰の引けた相手に,執事くんが一撃。それでノックダウン。試合終了です。

そして今,わたしは勝者インタビューのおわった執事くんの控室に向かっています。

まさかという疑念と,そんなわけないという理性がまじりあって頭が破裂しそうです。

“もしかして執事くんはわたしと同じ境遇なのでしょうか?”

さりげなく,あくまでさりげなく確かめなければ。


「―――執事くん!」

「あ,お嬢さま。どうでしたか?ぼくの試合は」

「え,あ,その…か,カッコよかったです。」

「はは,ありがとうございます。」


ま,まずいです。何も考えないで突貫してしまいました。

ど,どう聞きましょう?おちつけ,おちつくのですわたし。


「そ,そうです!執事くんいつの間に新しい能力なんて作っていたのですか?いきなり叫ぶからびっくりしました。」

「あぁ,あれですか。」


よ,よし!この質問なら自然と“叫び”の内容につなげられる。

と,内心わたしが喜んでいると,


「いいですか?お嬢さま。ぼくはなにも新しい能力なんて作っていません。使ったのはお嬢さまの知っている僕の能力,“悲拳被顕(ヒケンヒケン)”ですよ。」

「え?でもそれならどうして…」

「あの言葉は,幼少のころぼくを育ててくれたうえに,念の指導をしてくれた師匠が話してくれた物語の中のセリフなんです。
…あれを口に出すと死んでしまった師匠を思い出して,すこし悲しい気持ちになるんですよ。」

「あ,そうだったのですか…。」


師匠さん,ですか…。

そっかそれならその師匠さんが私と同じ,“転生者”だったのでしょうか?

死んでしまっているならもう確かめることもできません…。

一度あってみたかったですね…。

なんて思っていると,唐突に執事くんがニヤリとわらいました。

え?なんで?


「でも,それだけじゃありません。あれはカモフラージュです。」

「かもふらーじゅ?」

「ぼくは本来,能力を使う上であんな予備動作を必要としません。
でも相手にそう思わせておけば,いざという時,いきなり能力をつかって相手の虚をつけるでしょう。」

「…言われてみれば,そのとおりです。」

「いいですか?ここの闘士たちにはわかっていないものも多いのですが,念での戦いは基本的に“騙し合い”です。
自らの底をぜったいに見せてはいけません。能力の詳細を知られているだけで勝てる見込みがぐんと下がりますからね。
確実に勝てるタイミングを計って奥の手を使う。相手が隠す奥の手に警戒する。それが大切なんです。わかりましたか?」

「へぇ,勉強になります。」


執事くん,そんなことまで考えて,わたしを天空闘技場に連れてきてくれたのですね。

ほんとうに念の指導者としては優秀です。


「はは,まぁこれ全部,師匠の受け売りなんですけどね。」

「いい師匠さんじゃないですか。ちなみにその師匠さん,ほかにはどんなお話を?」

「実になる話はこれくらいですよ。ほかはだいたい奇想天外な物語ばかりです。
強化系と放出系に特化した人たちが願いをかなえてくれるボールを探す話ですとか,
すべての念を消し去る右手を持つ特質系の青年の話,
ある少年が父親を捜すためにハンターを目指す話もありました。」


なんかこの世界風にアレンジしてありますけど,ドラ○ンボールに禁書○録にハンター×ハンターでしょうか。

どれもこれもなつかしいですね。もう20年近く前の話ですし,ほとんど覚えていません。

今度くわしく話してもらうのもいいかも…

…ってハンター×ハンターですか!?


「し,執事くん!そのハンターをめざす少年の話,もっと詳しくお願いします!」

「え?あ,はい。主人公はたしか,ゴンくんだったかな?ハンター試験でゾルディック家の子と仲良くなったり,
ヨークシンでマフィアのいざこざに巻き込まれたりします。
ほかに比べて現実みたいだったのでよく覚えているんです。」

「そ,そうなのですか…」

知っています!

執事くん原作のこと知っています!

でもまさか,これからおこる本当のことだとは思いませんよねぇ。

まぁ,原作にかかわるつもりは毛頭ないので関係ないといえばそれまでですけど,さすがに驚きますって。

だんだん師匠さんのイメージがよくわからなくなってきました。


「…な,なんか今日は疲れてしまいました。もう帰りませんか?」

「そうですね。もういい時間ですし。お疲れ様ですお嬢さま。」

「はい,お疲れ様です。」


はぁ,今日は新事実がおおくてさすがに疲れてしまいました。

帰ったらベッドに直行ですね。

ゆっくり休んでまた明日考えましょう。


「あ。そうだ一つ思い出しました。」

「ん?なにをですか?」

「師匠の言葉です。」


うぅ,まだ何かあるのですか。


「なんでも自身を転生者だとかトリッパーだとか名乗ったり,原作がどう,ハンター×ハンターがどうとかいってるやつにはかかわるな。
絶対に厄介事にまきこまれる。とのことです。一生に一度会うか会わないかくらいらしいですけど,お嬢さまも気を付けてくださいね?」

「…は,はい。…ありがとうございます。」


…いえない。

…わたしがまさにその人だなんて口が裂けても言えない,です。



[19490] 第4話 彼にしか扱えない武器
Name: 褐色さん◆799f532f ID:640fa46e
Date: 2011/10/06 22:31
最近お屋敷の警備がなんだかものものしいのはなんでなのでしょうか。

昼間の間はそれほどでもないのですが,夜になると,ちょっと探せばいつでも警備員の姿が目に入るようになっています。

そのうえ,使用人のみなさんの様子が,なんというかピリピリしているというか。

常に何かに警戒しているようなのですよね。

私には心配させないようにとでも言われているのか,体裁だけは今までどおりなのですが,正直言ってばればれです。


「と,いうわけで,どうしてでしょうか?執事くん?」

「は,は。なんのことですかね。」


またしらを切るつもりですか。


「お屋敷の警備員さん,最近妙に忙しそうですが。」

「…さて,ぼくにはわかりかねますが。」

「…むぅ。」


このことを聞くのももう何回目でしょうか。

いつまでたってもだれに聞いても知らぬ存ぜぬで通されてしまいます。

正直あきらめる以外にどうしろと。



そしてこの話をごまかすためか,執事くんの修行がいつもよりずっとずっとつらい内容になっています。

今までは厳しくも,わたしに無理な負担がかからないような絶妙なあんばいで行われていたのだとここ最近痛感しています。

執事というか使用人の一人として,またこんな形とはいえ弟子をとっている人間としては
大問題なことにも感じますが,それだけ事態がせっぱつまっているのかもしれません。

わたしとしてはいつもどおりに戻るのをいまかいまかと待っているしかできないみたいです。

いやになります。



それと,修行がつらいと感じるようになったからか,このところある疑問がうかんできました。

すなわち,“わたしはどうして念の修行をさせられているのでしょうか”。

まがりなりにもわたしはお嬢さまであり,べつだん強くなる必要などかけらもありません。

鍛えるとしても護身術程度がせいぜいで,幼いころから続けている武術で及第点。

念に関しては,纏もできれば一般人に比べてずっと頑丈になるので十分すぎるほどのはずです。

だというのに執事くんは,実践を意識してわたしを天空闘技場にまでつれていったりと明らかに度が過ぎています。

いや,実は本人が行きたかっただけということも否定しきれませんが…。

さておき,念で新しいことができるようになるのがうれしくて全く考えたことがなかったのですが,一度考え始めるとその疑問が頭から離れません。



そして浮かぶ疑問はなにも念や修行にかかわることだけではありません。

本来,今のわたしが修行以外にすべきこと,していたであろうことを考えても大きな疑問が浮かんできます。



先ほども言いましたが,まがりなりにもわたしはお嬢さまなのです。

お金持ちのお嬢さまが,自らの家に絶対に求められるはずの“政略結婚のこま”という役割について,わたしはついぞ聞いていません。

気がつけば,わたしも18歳も半ばになりました。

本来ならば,婚約者でも紹介されてもいい時期でしょう。

好きでもない相手と結婚するということも,いささか抵抗はありますが,
この年まで養ってもらった家のためだとおもえば納得もしますし,ちゃんと受け入れようとも思っています。

思い起こせばちょっと昔,といっても2年くらい前までは,お見合いとまではいかずとも
他の良家の御子息と顔を合わせるような催しもそこそこの頻度で行われていました。

興味がなかったので意識していませんでしたが,それもいつの間にかぱったりとやみ,いまでは修行に明け暮れる日々です。

いくらなんでも,さまざま環境とわたしのしていることがかみ合っていません。



と,いってもこれらのことすべてがわたしの考えすぎているだけという可能性も高いのですけどね。

修行に関しては,楽しんでやっているわたしに執事くんが合わせていてくれているだけ。

結婚については18,19ならまだ遅すぎるというわけでありません。

いまはお相手を選考中。

そう考えれば,一応どちらもつじつまは合います。

もしその通りなら,深刻ぶって執事くんやメイド長なんかに聞いても恥をかくだけなので,これらのことは特に誰にも話していません。

やはりつらくなった修行のせいでイライラが募っているのでしょう。

どうにも最近,突拍子のないことを考えがちです。

ひとまず疑問は置いといて,お屋敷の雰囲気がおちついても気になるようでしたら…


「――誰かに相談でもしてみますか。」

「ほらお嬢さま,しゃべっている暇があったら円習得のために集中しましょうね。50cmも広がらないんじゃ,ただのちょっとおっきな錬ですよ。」

「…はぁい。」

…はぁ,どうにかしてストレス発散しないと気がめいってしまいますよ。





苦手な円の修行もとうにおわり今は夜,草木の眠る丑三つ時。

月明かりと,ランプの明かりを頼りにお父様の書斎を物色中です。

ストレスを発散する効率的な方法は人それぞれかと思います。

暴れる。食べる。遊ぶ。寝る。わたしの場合は…


「…縛る,といったところですか。」


正確には趣味にはしる,ですかね。



前回お借りした人を縛るすべについて書かれた本はほぼすべてマスターしましたし,
自分縛りのタイムアタックにも飽きてきたので,新しい資料を探しています。

事後承諾でお父様に本を借りるむねを伝えた時,お父様はわたしの手のなかにある本を見て,あからさまに安堵のため息をはきました。

きっとわたしには見られたくのない,その手の本がまだあったのでしょう。

あの時の本は一通り見てすぐに見つかるような表に置いてあったので,今回は人目を盗んで隠し棚とかがないかを探します。

気分はまるで宝探しです。いえ,わたしにとっては宝でもあながち間違っていませんか。


「ふんふ~ん。ここらへんとかちょっと怪しいですよね~。」


部屋の隅に裸婦の胸像が置いてあったのでいじってみます。

こういうのってよくドラマやゲームでは目がボタンになっていたり首が回ったりしますよね。

試してみますが…


「…なにも起こりません。まぁそう簡単にはいかないですよね。」


ほかにボタンになりそうなところはっと―――


「…乳首。…まぁ違うとはおもいますが念のため。そーれポチっとな。」


カチャン。そんな音がまっくらな部屋に響きます。


「………うそやん。」


…おもわず,へんな関西弁臭い言葉が出てしまいました。うそやん。

それはないですよお父様…

でもなんて言うか,えー,正直ドン引きです。

心の中でなんとかフォローしようかと思いましたが無理でした。

これを作らされた人もかわいそうに…

でもギミック的に今のわたしにとっては当たりな気がします。

いまので開いたらしい胸像の台座部分を物色します。

えっちな本は,どこですかってね。


「……なんか普通に機密っぽい報告書がでてきました。暗殺がどうとか書いてあります。」


え?こういうのってもっと厳重に暗号つきの金庫とか,幾重にもつらなる仕掛けをといてはじめて開く隠し部屋とかにあるものではないのでしょうか。

それが乳首ボタンひとつって…もしかして真面目な侵入者なら見向きもしませんか?乳首。



それにしても,うちも暗殺依頼とかしていたのですね…あまり気分はよくないですが。

とはいえ所詮は他人事なので,ふーんくらいの感慨しかありません。

どこか遠くでは今も戦争でたくさんの人が死んでいるんだよとでも言われた程度の気分です。

こんなものを見ていてもしょうがない,と元あった通りにしまっておこうとしたとき,ふとある文字に目がつきました。


「……幻影,旅団?」


その文字を見た瞬間,ずいぶん遠い記憶がうっすらとよみがえってきます。

幻影旅団。

ハンター×ハンターに登場するキャラクターたち。

ヨークシンのドリームオークションを襲撃してその出品を強奪するも,
クラピカくんをはじめとした人々に組織として手痛い出血を強いられる。…だったはず。



すでに細かい内容はうろ覚えです。

大まかな結果しか思い出せません。

それでも,どれだけ危険な方々かは簡単に予想できます。



「…うわぁ。お父様も何を考えているのでしょうか…。」


懐かしい単語につられて,すらすらと報告書を読み進めていきます。

どうやら暗殺者を雇い始めたのがすでに3年も昔の話のようです。

きっかけは…なにか盗まれたみたいですね。

何が盗られたのか書いてないのはあまりよろしくない代物だったからでしょうか。

暗殺がうまくいかないのに痺れを切らしたのか,大きく動きすぎて2年程まえには幻影旅団をつけ狙ってとしているのが周囲にばれたりもしています。

それからはおそらく意地とプライドですかね。

なんどか尻尾をつかんで襲撃しているようですがことごとく失敗しているようです。

…この暗殺者さんたち,もしかして無能ですか?



というか,わたしに縁談が来ない理由もこれだったりしません?

2年前といえば,お見合いもどきがなくなり始めた時期とも重なります。

そりゃ,凶悪なことで有名な組織にちょっかい出してる所の娘と,縁を持ちたいとはおもいませんよねぇ。

今のところ放っておかれているのは単に面倒だからといったところでしょうか。

あの人たちからすればこちらの無能さんたちなんてそこらのハエと大差なさそうですし。


「…おろ,これが最新の報告書ですか。えっと“偵察任務失敗。逃走時,ターゲットから本邸への襲撃を示唆される”」


………あれ?本邸ってここじゃありませんか?

もしかしてもしかしなくても,わたしたち幻影旅団に狙われていません?

…うそやん!?これこそほんとにうそやん!?




――――ドンっ!




うわなんか今すごい音がしましたね。

場所はお屋敷の外,正門のあたりでしょうか。

…まさか,ね。


「…野性児っぽい大男。」


窓から外をのぞいてみると,門が粉々に崩されていて,脳みそまで筋肉でできているんじゃないかと思うような巨漢がいました。

たしか旅団にいましたね。あんな人。

クラピカくんに殺されちゃう人でしたっけ。

名前はもう忘れました。


「うぅ,生涯原作のげの字にも関わらない予定だったのに…。
だれですか,勝手にわたしの死亡フラグ立てたの。」


時間がもったいないのでさっさと窓の近くから離れて,ぐちぐちいいながらも自分のことをしばりしばり。

執事くんと合流したいですが,お屋敷のなかで旅団の人と遭遇したくもありません。

わざわざ自分の部屋を抜け出している時に襲撃を食らいますか。

今頃わたしのことを探しているのでしょうね,執事くん。

いまのうちに丁寧に丁寧に“束縛された安全地帯(レディースシェルター)”の準備をしていきます。



おおきな音がお屋敷の中からも聞こえてくるようになりました。

わかっていましたけどいくらなんでも早くありません?

そら急げわたしがんばれわたし。


「……ほれでよひ(これでよし)」


さて,準備はできました。

あとはだれかが来るのを待つばかり。

使用人の誰かが運び出してくれればいいのですが,誰かが暴れる音がもうかなり部屋の近くまで来ているので望み薄ですかね…。


「―――そらよっと!」


バギンと音をたてて部屋の扉がひしゃげられました。

その先にいるのは,返り血なのかところどころ赤く染まった大男…




―――――返り血?


「お,なんかありそうな部屋だな。」


―――――血?血って…だれの,血?


大男はまだこちらに気づいていません。

けれど,いまはそれどころじゃありません。

よく考えてください。

この人たちどうしてここにきたのでしょう?

何をしにここにきたのでしょう?

ここにきたのはうっとおしい暗殺者の依頼人にいいかげん腹をすえかねて,です。

だからここで彼らがするのは…


「―――――ひなほろひ(皆殺し)。」

「あ?」


思わずつぶやいてしまったせいで,気づかれてしまいました。

けれどわたしはそれとは別のことでひどい後悔にさいなまれます。

わたしはいいです。能力があります。

わたしの発にはそれこそオーラを切るとか,そういったことに特化した能力相手でなければ無敵です。

しかし,この屋敷でも念を使えるのはほんの一握り,旅団に抵抗できる人などほとんどいません。


「…なんだぁこりゃ?オーラ?」


ここに来るまでに,こいつは何人の使用人を殺したのでしょう?

いったい誰が殺されたのでしょう?

ここの使用人は両親にかまってもらえなかったわたしにとってみな家族。

物心ついたころから世話してもらっている老婆もいます。

最近なかよくなった若い子もいます。

それをこいつは,みんなみんなみんな…


「なんかしばられてっけど,まぁいいか。」


大男はわたしの頭に手をかけます。

そしてそのまま,握りつぶそうとしてきました。


「…あぁ?」


この大男の手も赤く汚れています。

ここまでの使用人たちもこうやって殺してきたのでしょうか。

非力な使用人たちはこいつから逃げる以外に生きるすべはなかったはずです。

しかし,彼らはわたしをおいて逃げることができません。

わたしを探している最中にこいつとはち合わせてしまった子がどれだけいたでしょうか。


「…かてぇ。念か?」


わたしはこんなところでうだうだしている場合ではなかったのです。

能力のおかげでわたしが殺されることはありません。

しかし能力のせいでどうにも親しい人たちが犠牲になったようです。

なんという皮肉でしょうか。


「ったく,なんで俺がこんなめんどくせぇこと…」


大男は何をおもったかわたしの足をつかみ…


「…やんなきゃなんねぇんだよ!」


思い切り壁にむかって叩きつけました。

壁には大穴があいたけれど,その程度でどうにかなるほどわたしはやわではありません。


「へぇ,これでも無傷かよ。すげぇなおい。」


やわではありませんが動けない以上どうしようもないのです。

わたしは悔しさにはがみしながら,あきらめて放っておかれるようになるまで待つしかないでしょうか。


「―――お嬢さま!!」

「…ん!」


いまの音を聞きつけたのでしょう。執事くんが来てくれました。

能力もすでに発動済みなのか,かなりのオーラをまとっています。

これなら…


「貴様!何をしている!」

「お,強そうなやつが来たじゃねぇか。こちとらこんな退屈な仕事押し付けられてイライラしてたんだ。
おら全力でかかってこいよ。…さもなきゃこの女,殺しちまうぜ?」

「―っ!お嬢さまから手をはなせぇー!」


執事くんがオーラをさらにおおきくして右手に集中し,渾身の一撃を見舞おうといっきに距離を詰めてきます。


「そんなにこいつが大事なら,くれてやる!」


すでに執事くんは拳をあてることのできる距離までちかづいています。

しかしそれにたいして大男はおもむろに,持っていたままだったわたしのことを振りかぶり,迫りくる執事くんの拳にむかって振りぬきました。



―――――ドガン



「がっ!」

「ひふじふん!(執事くん!)」


わたしの体と執事くんの拳がぶつかるのを感じた直後,
ぶれる視界のなかで執事くんが向かいの壁に叩きつけられて,ずるずると崩れ落ちていきます。


「―――ほんな…(そんな…)」


そのまま,執事くんはぴくりとも動きません。


「おいおい,一発かよ。だらしねぇ。
まぁつっても,あいつが弱かったって言うよりも,こいつがすげぇってこったろうな。」


そう言って大男はわたしのことを肩にかつぎます。


「そういや,団長が念のこめられたなんちゃらナイフってのを愛用してたっけか。
さながらこいつぁ,“念を発する棍棒”ってところか?
はっ,ただのめんどくせぇ野暮用かとおもいきや,とんだ土産ができたもんだぜ。」

「へ?」


呆然としているわたしに向かってそんなことをのたまいました。

土産って,もしかしてまた誘拐されるのですか?

しかも今度はそもそも人として扱われていない感じがします。

とうぜん素直に連れて行かれるわけにはいきません。


「ほ,ほっと,はなひ…(ちょ,ちょっと,はなし…)」

「うるせぇよ。だまってろ。」

「ひっ」


抵抗しようとすると,思い切り殺気を向けられました。

恐怖で体がこわばります。

危害を加えられることがないとわかっていても,ただただ怖くて何もできません。

そのまま,大男はお屋敷の外に向かって歩き出しました。

幸か不幸か,途中で人と出くわさず,あらたに被害が出ることはありませんでしたが,
止められることもなくわたしはお屋敷から離れていきます。

わたしはただ震えて,遠ざかるお屋敷を見ていることしかできませんでした。

小さくなっていくお屋敷は,とても静かでした。


























あとがき
超展開乙,そういわれても反論できない。そんな話。
原作にかかわるための必須イベントでした。
ちょっと無理があったかもだけど,なんとかする。



[19490] 第5話 後いくつ寝ると
Name: 褐色さん◆799f532f ID:dfa621b9
Date: 2011/10/06 22:31
赤くて,朱くて,紅くて,緋い。

あたりは見渡す限りに鮮やかで,アカという一つの原色で染まっている。


赤いのは空。

地上の異変を周辺に示すように,その夜空の黒にアカを映している。


朱いのは炎。

集落で一番大きな建物が,放たれていた火で燃えあがり黒い煙を上げ,その中身を吐き出している。


紅いのは血。

吐き出されてきたのはぜい弱な女や子供などの非戦闘者。

それらはためらいもなくふるわれる暴力にその命を失っていく。

そのうちの一つ,わたしでちぎり飛ばされて上半身のなくなった子供の体から噴き出る血液は,
普段の切り傷などで見慣れた赤黒い静脈血ではなく,見とれるほどきれいで純粋なアカいもの。


緋いのは目。

一人の男が,なにごとかを叫びながら手に持った刀剣をこちらに向けてふるう。

太刀筋も振るう早さもなかなかに洗練されていて,
それが剣舞であったなら素直に感心し楽しむことができたかもしれない。

しかし,相当の修練をつんで至ったと思われる剣は,念という超常の能力のまえでは何の役にも立たない。

わたしが一度無造作に振るわれただけで男の剣は腕ごとひしゃげた。

もういちどわたしが振り上げられたときに,男がわたしたちを睨みながらつぶやいたのは
女の名前らしき単語と謝罪の言葉だった。

男は死んだが,憎悪にそまり光を失った男の目はそれでもなお,宝石のようにアカく美しかった。



わたしでひとが殺されるのはなにも今回が初めてではない,
わたしはすでになんどか彼の仕事場に連行されて彼の獲物として活躍している。

とはいえ今回の相手は宝石展の警備員でも豪商のボディガードでもなく,緋い目をもつ少数民族。

求められるのはスマートな盗みを演出するための効率のよさではなく,その目を緋く染めるための残虐性。

その場はまるで絵にかいたような地獄だった。

本物の地獄よりもよっぽど地獄らしい地獄だった。

そんな地獄を贅沢にも特等席で観ることのできたおかげで,
わたしの心は屋敷を連れ出されて以来ようやく再起動の憂き目をみた。

よほどの衝撃でなければもう二度と動くことのないはずだったのに,
あまりなできごとに再起動せざるを得なくなってしまった。

見て見ぬふりをできる限度を超えてしまったのだ。



再起動した心の底に狂気よりもさきに敷かれたのは,あきらめ。

もういいや,という。

人殺しの集団の一部だろうがなんだろうがもうそれでいいや,というあきらめ。

たった今わたしは自らの心を守るために,入ってしまった郷に従うことを選択した。

ふさぎこむのはもうやめにしよう,標的の建物の間取り図をみんなで一緒にかこんで喧々囂々とお宝までの道順を議論するのも,
彼と一緒に邪魔する奴らをなぎ倒すのもきっと楽しいに違いないと,そう考えることにした。



ふと遠い遠い森の中にある少年がだれにも気づかれずに逃げていくのを見る。

その米粒より小さな背中に希望を見ながら,わたしはこれからの愉快な日々を思って
むりやりに心を躍らせることにしたのだ。



―――――――――――――



「…ば,ばけものだー!」

「く,くるな!くるんじゃねぇよぉ!」

「くそっ,おいお前ら!うだうだ言ってる暇があんならもっと撃てやぁ!」


目標のお屋敷の入ってすぐにある大きなホールに悲鳴が響きます。

今日の獲物はとある絵画で,わたし達のお役目は警備をひきつける囮役です。

わたし達が思う存分暴れている間に,ほかの人たちがささっといただいてしまう。

そんな感じ。



それにしてもいやはや,事態はさながらパニック映画ですかね。

いや,相手が銃弾をものともしない怪物なら,むしろそれはB級ホラーかもしれません。

見慣れていると逆にギャグのように感じるとことかがそっくりです。

そう思いませんか?ウボォーさん。


「おらおらどうしたぁ!?」


…アイコンタクト失敗です。

やれやれですね,みたいな目線をむけていたのですが,
ウボォーさんなんだかハイになって全然こっち見ていませんでした。


「ッハ!なんもできねぇザコはすっこんでろや!おらぁ!」

「――ぅがっ。」

「ん~♪」


煽るのに飽きたらしいウボォーさんが警備員の集団に一気にちかづいて
先頭にいた一人をわたしで打ちすえました。

打たれた男は何メートルも吹き飛んで壁にひびをつくっています。

うんうん。ナイスショットです。思わず感嘆の声が漏れてしまいます。


「…ぅ,うぁ,あ…」

「ひぃ,たたすけて…」

「うあー!あ,あああー!!」


そしてそこから始まるウボォーさん無双。

もはや警備員の皆さんに抵抗できるはずもなく,逃げ出すものもいれば恐怖でうごけなくなるもの,
半乱狂で銃を乱射するものなど壊滅状態です。

手近なところからどんどんなぎ倒されていきます。

このままならあと数分もしないうちにお仕事終了ですかね。

いやー今回も楽なものでし…って,後ろから何か来る!!


「――んっ!!」

「おうっ!」

ブォン!と,わたしの上げた警告の声に応えたウボォーさんが,わたしの目線を追って背後を薙ぎ払います。

それを紙一重でかわしてわたし達から距離をとるスーツ姿の男が一人。

その手にはオーラで包まれたコンバットナイフをさげています。

念能力者,ですね。


「ッチ。気づくなよ。」

「おぉ!ちったぁ骨のありそうなやつがいるじゃねえか!」

「うるせえな死ね。」


スーツの男は腰を折り身を低くしてこちらに走り寄ってきます。

その身のこなしは素早く,男がかすんで見えるほど。

しかしウボォーさんはわたしを振り回して男をナイフの刃が届く距離まで近づけさせません。

その一撃一撃は,ウボォーさんの膂力と私自身のまとうオーラもあり,
牽制にもかかわらず軽く大木をなぎ倒せるほどの威力を有します。

けれど男はナイフでわたしをいなしつつ,つかずはなれずの距離を保っています。

本来ならば,いなしたところで無傷で済むようなやわな攻撃などではないのですが,
男のナイフの刀身からは時折うすいオーラの膜が生じ,衝撃は膜でへだたれた男自身には届きません。



これが男の念能力なのでしょう。

防御用の変化系の能力といったところでしょうか。


「このやろうっ!いい加減にあたれ,や!!」


いつまでもいなされ続けたウボォーさんは焦れたようにそう大声を上げると,
大きくわたしを掲げ,男に向けて振りおろしました。

それは今までとは違う全力の一撃。

一見隙だらけに見えても,その隙を突かれるまえに生じた風圧で相手は吹き飛ぶという凶悪な代物。

だというのに,それすらも男はオーラの膜でもっていなしてしまい,
全力を奮った直後で数瞬の膠着を強いられているウボォーさんのふところに潜り込んできました。

そしてそのナイフをウボォーさんの心臓に突き立てる寸前,男は顔に会心の笑みを浮かべました。

これがわたし達の罠とも知らずに,です。


「――んぃい!」

―――ゴスッ

「ぐっ!」


突然の真後ろからの衝撃が,男の顔を驚愕の色に染めました。

衝撃の原因は,わたしの頭突き。

もちろんわたしは全身を荒縄で拘束されていますが,それでも腰は曲げることができます。

というか自由に曲げられるように工夫して縛ったのは私自身ですからね。

この程度ならば制約に反することもありません。



意表をつかれた男はその直後,硬直の解けたウボォーさんの蹴りをまともにうけ,
壁に激突し,大きな音をたててその壁を瓦礫の山に変えました。

ふふ,ざま見ろってんです。



「―うわぁ,またずいぶんと暴れたみたいだねぇ。」

「まったく,ザコ共をこっちに逃がすんじゃないよ。おかげで手間がふえたじゃないか。」

「がはは,何言ってやがる。大した手間じゃないだろうが。」


ちょうどよく獲物を抱えたマチさんとシャルナークさんがやってきました。

無事,目標も確保できたようですね。


「まぁいいさ。ほら,さっさと帰るよ。」

「おうよ!」

「んー。」


さてと,今日のお仕事もこれで終わりです。

お疲れ様です。ウボォーさん。


「ん?あぁ。」


ぽんぽんとウボォーさんはわたしを軽く叩いてくれました。

アイコンタクト,成功です。





「マチさん,マチさん,窓の外みてください。お月さまが奇麗ですよ。」

「そうかい。」

「マチさん,マチさん,聞いてください。今日は警備に念能力者がいたのですよ。」

「そうかい。」

「マチさん,マチさん。盗ってきた絵,なんかオーラがこもっていません?」

「そうかい。」

「マチさん,マチさん。しりとりしましょう?“しりとり”。はいマチさん“り”ですよ“り”。」

「リュウゼツラン。」

「…うぅー。」

「…。」


うぅなんだかマチさんが冷たいです…。

今は車でホテルまで移動中なのですが,ウボォーさんは助手席で寝ちゃってるし,
運転してるシャルさんとはあんまり仲良くないので,となりのマチさんだけが頼りなのです。


「…うぅーーーっ。」

「…わかった。わかったよ。降参だ。だからそんな声出すんじゃないよ。」

「やたっ。」


ふふ,マチさんはなんだかんだ言っても,結局は折れて相手をしてくれるので好きです。


「…ただねぇ,お前それ,仕事もおわったし,縄をといたらどうだい?」

「なっ,マチさんがわたしのアイデンティティを否定するなんて!」

「でも,さっきは普通に歩いていたじゃないか。」

「歩くときはちゃんとほどきますよ。下半身だけ。」

「…食事のときは?」

「上半身だけ。」

「…そうかい。」


基本的に縄を解くのは必要な時だけです。

歩行,食事のほかには,物を書くときとか修行のときとか。

解くだけなら今では一瞬でできますし。

縛るほうは相変わらず数秒かかりますけど。

まぁそれでも全身の縄を解くことはしません。

片手間で作った能力で,縛られている間は糞便や垢などで汚れないようにもしているので,
トイレにも行かないでいいしお風呂にも入る必要がありませんからね。

それはわたしが旅団にかかわるようになってからずっとです。


「そうだ!マチさんも一回縛られてみればいいのです!
きっとマチさんにもこのよさがわかりますよ!」

「…たのむからやめくれ。」

「いやいや,遠慮なんてしなくていいですよ?」

「…これのどこが遠慮してるようにみえるんだい?」


冷や汗をかいている様子のマチさんに,にじりにじりと近づいていきます。

といってもスキンシップみたいなものですけど。

嫌われたくもありませんし,さすがに本気じゃやりませんよ。

まぁ,なんだかんだでマチさんが満更でもなさそうな反応してくたらそれはそれで…


「それじゃあまず基本の―――」

「―――ねえ,もう少し静かにできないの?」

「…はーい。」


いいところでシャルさんの制止が入りました。

あのままおふざけのノリで強引にいけば案外いけたかもしれないのに,もったいないです。



…それにしても相変わらず,シャルさんの言葉には棘があります。

もちろん理由はわかっていて,わたしのことが嫌いとか気に入らない,
というわけではなく,旅団員としての当然の警戒だと思われます。

わたしは正規の団員とはちがって,旅団にかかわるきっかけに団長の意思が関係していません。

だって最初はウボォーさんがどこかから拾ってきた,ただの“道具”でしたから。

お屋敷を離れたばかりの“道具”状態のわたしなら問題なかったのですが,
あるお仕事が終わってから急に元気になっちゃったのですよ,わたし。

そのお仕事とはクルタ虐殺。

緋の目を盗りにいったときでしたね。

おかげでなし崩しで正式な団員ではないとはいえ,
新たな“人員”が旅団の一部に組み込まれることになってしまい,
急に態度が変わったこともあり何か企んでいるのではと,
旅団の一部の人たちには警戒されるようになってしまいました。

シャルさんとか,パクノダさん,フェイタンさんあたりですね。



とはいえそれも昔の話。

時間という万能薬はたいていのことは解決してくれます。

旅団に組み込まれてからこれまでの数年間,ふつうに準旅団員というかウボォーさんの武器をやっていたので,
ここまであからさまなのは今ではシャルさんくらいなのですけど…。

フェイタンさんですら,わたしにたいしての評価を“無関心”というところまで引き上げてくれているのにです。


「ねぇシャルさん。シャルさんってやっぱりまだわたしのこと信用してないです?」

「ノーコメントで。」

「…そですか。」


ノーコメントって即答するのは否定と同義でしょうに…。

まぁ,それでも仕事は普通にまかせてくれるので,
わたしがいままで旅団に貢献してきたのは認めていてくれているのではないでしょうか。

くれていれば,いいなぁ…。



それならばわたしは胸を張って言えるのです。

わたしは盗賊団,殺人集団,蜘蛛,幻影旅団の一部であると。



なんて物憂げにまた窓の外を眺めていたら,夜空を一筋,きれいに輝く流れ星が横切りました。


「うわぁ,マチさん,マチさん,いま流れ星がありましたよ?いっしょに願い事しません?」

「わたしはいいよ。」

「むぅ,淡白な…あ,また!」


もうマチさんなんて放っておいて願い事です願い事。

願い事なら常日頃からこういうときのために考えていたのですから,あとは唱えるだけなのです。

それはわたしの,あの日から続く,唯一無二の願い事…。







「―――どうかあの子が,早くわたしを――――」


―――――殺しに来てくれますように―――――


いつか見たあの小さな背中に希望をいだいて,わたしはそう願うのでした。


「ねぇ?クラピカくん。」







[19490] 第6話 前向きにネガティブでいこう
Name: 褐色さん◆799f532f ID:996a066c
Date: 2011/10/06 22:31
月日が流れるのは早いものですね。

お屋敷で修業がてら半ニート生活をしていた時と比べて,
お仕事をするようになってからは本当にあっという間に時間が流れていきました。

そんなわたしの今回のお仕事はオークションの受付嬢です。オークションの受付嬢です。

大事なことなので二回言いました。

なにが大事なのかって?

そりゃあ,このヨークシン・シティの地下競売(アンダーグラウンドオークション)は
わたしが一日千秋のおもいで待ち続けた原作イベントですもの。

もうテンションなんかウナギ登りです!


ちなみに今はオークションの開催される前の会場準備の段階です。

奥の方からはかすかにドタバタと慌ただしい音が聞こえてきます。


「ってなわけで,しばりしばーり…」


上機嫌に自作の歌を口ずさみながら,手錠がかかってうまく動かせない手を使って,腰から下を拘束していきます。

受付のテーブルでお客さんからは見えなくなるような箇所を縛るのがミソです。

これはいつぞやから決めた,いつなんたる時でも体の一部は拘束しておくという自分ルールを守るために,ですね。

しかも,手錠をつけることで難易度を上げる縛りプレイ。

ちなみに今のは,テレビゲームとかで言うところのみずからに制限を課して遊ぶ縛りプレイと,
単純な意味での縛るプレイをかけた高等ギャグなのです。

ふふ,わたしやっぱりセンスあるなーなんて考えていたら,
エントランスの端にあるスタッフオンリーと書かれた扉からフランクリンさんとノブナガが出てきました。


「あっ,フランクリンさん。そっちの準備はどうですか?」

「ああ,こっちはだいたいおわった。今はシズクがゴミを片付けてるとこだ。」

「そっかよかったです。もうそろそろ時間だからちょっと心配だったのですよ。
おつかれさまです,フランクリンさん。あとノブナガ,襟についてますよ。」

「あァ?なにがだ?」

「返り血,です。」


うわ,やっちまったなァとノブナガがうだうだいっています。

フランクリンさん&ノブナガペアとウボォーさん&シャルさんペアおよびシズクちゃんは
会場にいたスタッフや警備員のお片づけが今回の分担です。


それにしてもノブナガはフランクリンさんと違って直接切りかかるのだから,お片付けが終わってから着替えればいいのに…

どうしてスーツに着替えてからはじめたのでしょうね。


「まったく,ノブナガはやっぱりダメダメですねぇ。
そしてそんなダメダメさんよりわたしのほうがウボォーさんの相棒の座にふさわしいと思うのですが,どうです?ノブナガ?」

「…またそれかよ。あァあァそうだなァ。オメェがウボーのアイボウダゼー。」

「あ!またそうやってけむに巻くつもりですね!たまには真面目に答えてみろってんです。」


うがーっと,がなってみても,ノブナガはおうおうわかったわかったと相手にしてくれません。

まぁこのやり取りも,もはやお約束なのですけどね。


最初は旅団の一員として認めてもらうために始めたこの問答ですが,そのうち楽しくなってきて,
今では本心からノブナガはわたしのライバルです。

ノブナガの方がどう思っているかはこの際関係ありません。


「おいノブナガ,そんなことしてないで着替えてこい。そろそろ時間だ。」

「あァ,わかったよ。」


フランクリンさんに言われて,ノブナガはまた裏に戻って行きました。

気がつけば,もう奥からのドタバタも聞こえなくなりましたし,
別行動だったウボォーさんたちもあらかた終わったのでしょう。


そうとなれば,お縛りのつづきを急がねばいけませんね。

細めの荒縄をー,こっちにまわしー,あっちにとおしー,ここをくぐらせてー,って手錠にひっかかったー!


「さて,そろそろ客が集まってくるころだろう。オレもフェイタンと合流してくる。あとは打ち合わせ通りだ。オークションが始まったら,一人もここからだすな。」

「りょーかいです!」


元気よく答えたわたしのあたまを,フランクリンさんのおおきな手のひらがぽんと叩いてくれました。

その手は大きすぎて,なでるというよりやさしく包まれるようで結構ここちいいものでした。


さぁこれから,本格的にお仕事です。

今回の仕事はなんだか子供のころに眺めていたアリジゴクの巣を思い出します。

これから地下/巣の中に向かうヒト/アリたちは全て死んでしまいます。

そしてわたしはそれを上から眺め,なんとかはい出ようとするアリをつついて巣に戻す。

そんなお仕事。


…わたしは自分が罪を犯していることを自覚しています。

ですがそれに歓心こそすれ,忌諱はありません。

なぜなら,わたしが犯した罪が大きければ大きいほど,
わたしに下される罰はきっととても大きなものになるのでしょうから。


…さてと,そんなわけで今日もお仕事,がんばっていきましょう!


「あぁ,あとひとつ伝えておきたいんだが…。」

「なんです?」


せっかくやる気を出したのに,歩きだしていたフランクリンさんがふっと振り返って水を差します。

むぅ。どうしたのでしょうか。


「…能力の準備のときに,あまり,にやにやしないほうがいい。さすがに少し気色悪い。」

「…え”。」




―――――――――――




いまは9月のあたま,残暑厳しいとはいえ,日が暮れてしまえばだいぶすごしやすい季節になりました。

そんな秋の夜長をわたしたち旅団は悠々自適に気球でわたっていきます。


一仕事終えた後のこの時間はやっぱり格別…

…といければよかったのですが,現実には困惑といらだちの混じったなんともいえない沈黙に,気球のなかの空気が最悪です。

オークション会場にて,お客さま方にフランクリンさん特製の念弾をご購入していただき,金庫からその代金を受け取る予定でしたが,
まさかの文無し,すなわち金庫の中にはオークションに出品されるはずの品が何一つありませんでした。

別行動で金庫にむかっていたマチさんフェイタンさんにつれられて金庫の中を覗いた時は,もう一同茫然としてしました。

その段になってようやく,あぁどっかの念能力者がなんかやったのでしたっけ,
と役に立たないうろ覚え原作知識が浮かび上がったものです。


そんなわけで,ただいま団長の指示待ちなわけですが――


「―――オレ達の中に配信者(ユダ)がいるぜ。」


電話で団長と話していたウボォーさんのこの言葉が響いた瞬間,
それまでギスギスしていた空気が凍りつきました。


はっ,とだれかの息をのむ音が響きます。

…ごめんなさい。見栄張りました。息をのんだのわたしです…。

だれかとかいってすいませんでした。

いやですね?今,いつもの定位置であるウボォーさんの隣にいるのですが,
ウボォーさんから怒気っていうかなんていうかとにかく攻撃的なオーラが垂れ流しになっていてすごく怖いのですもの。

いまにも暴れだしそうな猛獣の籠の中にいればだれだっておびえるでしょう?

というより平気な顔しているほかの団員の人たちの方がおかしいのです。

ビクッとしたわたしおかしくない。

だからシャルさん,そんな目でこっちみないで!


「―――おう,じゃあな。―――お前ら団長の声きこえてたか?」


うわ,馬鹿なことしていたら聞き逃しちゃいました。

いつの間にかウボォーさん普段通りになっているし,団長に説得されたのですかね。

それはさておき,こういうときこそ,いでよわたしのうろ覚え知識!

このあと原作ではたしか…


「えっと,陰獣相手にケンカですよね?」

「そのまえに,いくらか雑魚ちらしだな。そのへんはオレ適当にやっからお前ら手ェ出すなよ。」

「好きにするといいね。」

「見てるだけだとヒマそうだから,はやく終わらせてね?」


ふぅ,知ったかぶり成功です。ちょっと間違っていたけど許容範囲でよかったです。

フェイタンさんとシズクちゃんがうまく流してくれました。


「それにしても,陰獣ですかー。ねぇマチさん,陰なんとかっていうとなんかエッチな言葉っぽくありません?」

「…陰茎とか女陰とかのことが言いたいのかい?」

「………っ!。」

「…自分からふっておいて顔赤くするんじゃないよ。」

「…え,えへへ。」


くっそう。マチさんが赤面しながら,何言ってるんだい!とかって反応を期待していたのに何たる失態ですか!

…考えてみれば幼いころからスラムみたいなところにいる子が,
この程度で赤面するほどのうぶなわけがないのですよねぇ。

自分で埋めた地雷を自分でふんづけたような気分です。

あぁ恥ずかしい…。


「…はぁ。」


マチさんのあきれ顔から目をそむけ,地上をみおろすと,
黒塗りの車やいかにもな顔した黒服さん達がわたわたと右往左往しているのが分かります。

ふと思い立って,クラピカくんいるかなーと探してみましたが,
あの印象的な金髪も民族衣装も見つけられませんでした。

ざんねん,ですね。




―――――――――――




ドンっという銃声にしては重い音を合図に,ウボォーさんによる対黒服さん殲滅戦が開始されました。

わたしは残りの団員の人たちと一緒に高台から観戦中です。


と,そのとき,わたしの着ていた薄手のポンチョのすそがくいくいってひかれました。


「ん?シズクちゃん,どうしたのです?」

「いや,一緒にたたかわないのかなって。」

「あ~…。」


言われてみれば,いつもウボォーさんとセットのわたしがここに残っているのはおかしい,…のでしょうか?

何となく,ウボォーさんのオレ1人でやるって発言に従っていただけなのですが…

…考え始めたらなんだかウズウズしてきました。

あぁ!もういいや!乱入しちゃいましょう!


「わ,わたしもちょっといってきます!」

「ん,そっか。いってらっしゃい。」


そういうとわたしは,高台から会場へとつづく崖を走りおります。

と,半分くらい駆け下りたときに,奥のほうからバズーカをかついで走ってくるハゲさんが目に入りました。

こういうときほど私の出番です!


「っとう!」


崖のなかほどから,地面をけって大ジャンプ!

目標はあのハゲさんがバズーカを放つだろう位置のちょっと手前で,ウボォーさんの楯になるように。

風ではいていたミニスカートがひるがえりますが,どうせぱんつは見えないのだから気にしません。

異様な乱入者に,一部の黒服さんたちが一瞬こっちに目を向けますが,
ウボォーさんのほうが脅威と感じたのかすぐに視線をはずします。

そんなものは放っておいて,空中でいちど上半身パージ!
アーンド全身拘束!仕上げにさるぐつわをかんで完全防備です!

そしてそのまま狙い通りの位置に着地した瞬間,
すでに放たれていていたバズーカの弾がわたしに直撃しました。

その衝撃にわたしは吹き飛ばされますが――


「おう,きたのか。」

「ん!」


ぱしっと,その先にいたウボォーさんが受け止めてくれました。


「――やったか!?」


けむりの向こうからお約束の言葉が聞こえます。

いやぁ,こんな仕事をしているとちょくちょく聞くことができるのですが,何度聞いてもにやにやしてしまいますね。

ウボォーさんのほうを見てみると,とてもいい笑顔をしていました。


そんなウボォーさんがおもむろにわたしの足をつかんで,ぶんっと一振り。

すると爆煙がはれて,驚愕の表情をうかべた黒服さん達が茫然と立っているのが見えるようになりました。


「う,うわあああぁああぁぁぁ!」

「に,にげろぉ!!」


一瞬の静寂のあと,我に返った黒服さん達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出しました。


「はっ,1人も逃がさねェよ!」

「んうー!」


もちろんそのまま逃がすほど,わたしたちは甘くはありません。

あっという間に追いつくと,ウボォーさんはわたしを振り回します。

この攻撃で相手を狙うことなどありません。ただひたすらに集団につっこんで適当に振り回すだけ。

そもそも,獲物にあてる必要などないのです。

ウボォーさんの怪力とわたしの念にかかれば,振りぬいたあとの衝撃だけで体がバラバラになりますし,
真芯でなんか当てた日には体重100 kgはこえていそうな大男が数十メートルは飛んでいきます。

念能力者相手じゃなければいつものことですが,相変わらず圧倒的です。


―――ギイィィィン!


ん?

ひと段落ついて,さぁ次に行こうかと一息ついた時にその妙な音は聞こえました。

すると,いままで蹂躙を続けていたウボォーさんが立ち止ります。


「っち,遠くからこそこそと―」


あぁ狙撃でもされたのでしょうか,
ってウボォーさんちょっともしかしてなんでわたしを振りかぶるのいや待ってそんな―――


「―むかつくんだよっ!」

「ん!んんーーー!」


――なげたーーー!

唐突に空を飛ぶ羽目になった私ですが,その速さが半端じゃありません!

ぐんぐんと数キロさきの岩山がせまってきて,その上の狙撃主に向かっていきます。

しょうがない覚悟を決めますか,岩山にいるのは4人,
いくらわたしが単品じゃいまいち強くないといってもどうにかなります。
たぶん。

そのまま一直線に飛んだわたしは見事にそのうちの1人のお腹にあたまから激突しました。

骨と内臓のつぶれる音があたまに響きます。

まずは1人。


「なっ,お,おんなぁ!?」


残りの人が驚いている間に,下半身の拘束をパージ,
自由になった両足を大股にひらいてぐるんと振り回しその勢いで立ち上がります。

次は反射的に拳銃をかまえようとしている男を目標に,
倒れそうなほどの前かがみで走り寄り,最初の激突で離れてしまった距離を詰めます。


「う,とまれ!」

「ふっ。」


制止の声とともに男は銃を撃ちますが,拘束されたままの上半身とあたまにはじかれて銃弾は明後日の方へ。

その様子を鼻で笑ってやりながら,最後の一歩を大きく左足で踏み込み,
これを軸足に男の側頭部めがけてハイキックを入れました。

蹴飛ばされた男は白目をむき,口から唾液を垂らしながら,
わたしのねらった通りに仲間の元へと飛んでいき,そのうちの1人にぶつかりました。

ぶつけられた方の男は体勢を崩し,わたしはそれに追いつくと右足をおおきく上に振り上げて―――


「っぐふ!」


―――こんしんのかかと落とし!これで3人。のこりは1人です!


ですが,そう意気込んで,のこった1人の方へ顔を向けようとしたその時,
そこに立っていたのは,ただのマフィアのチンピラではありませんでした。


…念,能力者?銃を捨てて構えをとっています。

あれは心源流の構えだったはず,です。

能力者にしてはなんだか練がたよりないのですが…。


「変態でもみるような眼ぇすんなよ。どおせ銃弾程度じゃどうにもなんねぇんだろ?」

「…まぁ。」


さるぐつわをはずして,話に応じます。

いまいち相手がつかみきれません。


「なぁ嬢ちゃん,お前あれだ。心源流のお偉い師範代様に雰囲気がそっくりだわ。」

「…それが,どうかしましたか?」


男は勝手に語りだします。


「俺はなぁ,強かったんだわ。すごく。ものすごく。けどそいつにゃ勝てなかった。
それが悔しくってなぁ。はらいせに稽古で同門のやつ殺しちゃったんだわ。」

「…はぁ。」

「そしたらな,死ぬ瞬間だかけそいつの雰囲気も師範代にそっくりになってやがんの。
目の前で人が死んだのはあん時が初めてだったっけなぁ」

「…。」

「それから俺ぁ,破門されてひとを殺す仕事に就いた。
なんにんもなんにんも人殺して,最近何となく,つかめるようになってきたんだわ。」


何となく理解しました。

心源流の修行で下地があるときに念に触れて,それから独学で修業したってことですかね。

師匠なしで,修行方法がぶっ飛んでいますけど。

おかげでまとっているオーラがむちゃくちゃです。


「…それで?」

「いやなぁ?」


会話しながら,上半身の拘束もはずし,両腕を体の前にまわしてポケットから取り出した手錠をかけます。


「生きてる時からそんな雰囲気の奴を殺せば,なんかつかめる気,しねぇか!?」

「知ったこっちゃありませんね!」


そういった男は,体を低くして,こちらにタックルを仕掛けてきます。

いろいろな相手と戦ってきたえられた私の目は,この男が厄介な相手だと判断していました。

この人に何かきっかけを与えると,きっと本能で能力を作りだすに違いない。

それはそれはやっかいないやらしい能力を。そう,かつてのわたしのように!

だからすぐに終わらせます!


「せいっ!」


タックルを横に飛んで避けると男に向けて後ろ回し蹴りを放ちます。

しかし,この大ぶりな蹴りを男はさして目を向けることもなくバックステップでよけてしまいました。

ですがこれでいいのです。

少しでも距離ができればあとはやることが一つだけ。


「ウボォーさんお借りしますね!“戯破壊拳(ピックパンインパクト)”」

「んなっ!が,あぁーーーー!」


手錠のかかった両手を,気合いをこめて思い切り地面にたたきつけます。

するとわたし達の乗っていた岩山の一角が崩れおち,男もこれに巻き込まれて,眼下に落ちて行きました。


きっと死んではいないでしょうけど,とりあえずこれでしばらくは大丈夫でしょう。

気絶とかしていなくても,登ってくるのが大変でしょうし。


「それにしてもうーん。“戯破壊拳(ピックパンインパクト)”,やっぱりいまいちたらないなぁ。」


ウボォーさんの技の一つに“超破壊拳(ビッグバンインパクト)”というものがあるのですが,
実はこれ,ただ念をこめて殴るだけのシンプルなものなんでよ。

それを技として確立することで威力の向上を図っているのですが,
わたしも手に念をこめるくらいのことはできます。

というよりも拘束さえすれば,自らのオーラ量に関わらず結構な量な念をこめることができるので,
それに名前を付けて“超破壊拳(ビッグバンインパクト)”のまねごと,すなわち今回の“戯破壊拳(ピックパンインパクト)”にしてみたのですが,
いまいち威力が上がりませんでした。


だいたい本家の半分かそれよりちょっと多いくらいでしょうか。

うーん,借り物であるという意識が強かったせいかもしれませんね。


「とと,そうだ!ウボォーさん!」


“超破壊拳(ビッグバンインパクト)”で思い出しました!

まったくあの人は人のことをあんなぞんざいにぶん投げてくれやがりまして!

いったいどうしてくれましょう!

ウボォーさんはウボォーさんであのあと陰獣と戦っているはず…


「…あれ?いない?」


岩山の端に立ち,わたしがもといた箇所に目を向けてみますが,
視線のさきにウボォーさんの戦っている姿はありません。

その周辺には黒服さん達の死体がわんさか転がっているので場所を間違えてもいないはずです。


「…あれ?あれれ?旅団のみんなも?」


そして,その場にはウボォーさんはともかく他の仲間たちも誰一人見当たりません。

凝までして必死に探しても見つからないこの状況に,いやな予感がもくもくと這い上がってきます。

…これは,まさか……


「…おいて,かれちゃいました…?」


ヒューと生温かい風が吹き抜けていく中,わたしは“わたし泣かない,だって強い子だもん”,
とどこかで聞いたようなフレーズをリピートして心の汗をごまかすことしかできませんでした。



[19490] 第7話 虹の根元へ
Name: 褐色さん◆799f532f ID:996a066c
Date: 2011/10/06 22:31
とある廃ビル,長年放置されて立てつけの悪くなった扉を,軽い体当たりで開いてまずは一言…。


「…ただいま戻りましたー。」


その奥に広がっているのは廃材の高く積まれた大きなお部屋,
すなわちわたしたち幻影旅団の臨時アジトです。

ぱっと見る限り,ここにいたのはパクノダさんとコルトピさんと団長の三人だけでした。


「もー,他のみなさんはどこに行ったのですか?ちょっと文句言ってやらないといけないのです。」

「あら?あなたウボォーと一緒にさらわれたんじゃないの?」

「え?さらわれた?」


代表してパクノダさんが応えてくれましたが,何やら聞き捨てならない言葉が出てきました。


「えぇ,陰獣と戦ったあと鎖を使う能力者に連れ去られたそうよ?
あなたに関しては何も言っていなかったからてっきり一緒だとおもってたわ。」

「…わたしはさらわれてなんかいません。」

「そうなの?それとシャルたちなら,そのさらわれたウボォーを助けにいってるわね。」

「……。」


それにしてもうわー,シャルさん達,わたしの存在は完全無視ですかー…。

もしかして素で忘れていたりしませんよね?

確かにウボォーさんを誘拐された緊急事態ですが,一言くらい気にしてくれたっていいと思うのですよ。

それはそうとして,鎖の念といえばクラピカくんでしょうか?


「ところであなた,ウボォーと一緒じゃなかったなら今までどこに行ってたのよ。」

「えっと,ウボォーさんがさらわれる直前に偶然みなさんとはぐれたのですが…,
…え,あー,そのあとはその……ご,です。」

「?。ごめんなさい,最後のあたり聞こえなかったわ。」

「だから…迷子,です。」


それをきいたパクノダさんは,ぽかんと言った体で固まってしまいました。


「…迷子って,シャル達がいちど戻ってきたのですら4時間近く前よ?その間ずっと?」

「…だって,だって仕方ないじゃないですか!
車の運転はできないので町はずれの荒野からは歩いて帰って!
お金も持っていないのでタクシーも拾えず!
移動の足はみなさんに頼っていたのでアジトのちゃんとした場所も覚えていない!
それにこんな廃ビルが意外と都心部に近いこんな場所にあるなんて誰が考え付くものですか!
もっと離れたところかと思って歩き回って!…歩き回って!………はぁ,はぁ。」

「ちょ,ちょっと,落ち着きなさい。」


い,息が続きません。

もっと言ってやりたいことがたくさん,ホントにたくさんありますが,
パクノダさんに言っても仕方がないことはわかっています。

それにしても本当に大変でした。

時間を知るすべはなかったのでただひたすらにさまよった記憶しかありませんが4時間って…。

…尋常じゃありませんね…。

いざ明確な時間を知らされると疲れがどっと押し寄せてきました。

迎えに来てくれるかもという淡い期待を持ってあの岩山で結構な時間を待っていたので,
4時間全てさまよっていたわけではないでしょうが…。


「ちなみに,シャルさんたち,あとどれくらいで戻ってきますかね?」

「さぁ?でも出て行ってから結構立つしそろそろじゃない?」


そーですかー,と返事をしながら今後のことを考えます。

正確なタイミングやなりゆきは覚えていないけれど,
原作で言うところのこのヨークシン編の間にウボォーさんはクラピカくんと戦って,負けます。

そしてクラピカくんにわたしの夢をかなえてもらうためには,
その場に居合わせるのが一番手っ取り早いと考えています。

だからヨークシンでは一時たりともウボォーさんから離れないようにしようと思っていたのですが,
こんな初めのころからつまずいてしまいました。

でもその決闘はもっと終盤だった気がするようなしないような…


とりあえず,みなさんがかえってくるのを待つしかなさそうですね。

そしたら今度こそウボォーさんから離れないように気をつけましょう。

また投げられてりしたらたまりませんし,いっそわたしの縄をウボォーさんの腕にくくってやりますか。


と,なんだか外からがやがやと話し声が聞こえてきました。


「――おう,団長!今戻ったぜ!」

「あっ,フィンクスさん,それにみなさんもおかえりなさい。」

「あれ?お前なんでいるの?」

「ちょ,それはいくらなんでもひどいです!」


ウボォーさん奪回部隊が戻ってきました。

でも,肝心のウボォーさんがいないようですが,どうしたのでしょう?

あ,シャルさんもいない。

それに気づいた団長が怪訝そうに尋ねます。


「マチ,ウボォーはどうした。」

「あぁ,ウボォーなら助けた後すぐに鎖野郎とケリを付けるって言って出てったよ。
あとそれにシャルもついてった。大したことじゃないから好きにさせといたけど,問題あるかい?」

「いや,いい。お前たち良くやってくれた。なにかあるか?なにもなければ,あとは適当に休んでくれ。」


え?話を聞く限りウボォーさんがクラピカくんの所にお礼参りに行ったってことですか?

ま,まずいです,決闘イベントがこんなに早かったなんて!


「は,はい!わたしもウボォーさんと一緒に戦ってきたいです!!」

「…そうか,お前がいたか。まぁいい,いってこい。」

「やった!ねぇマチさん,ウボォーさんたちどこにいるのかわかりますか?」

「ん,いまシャルの携帯にかけてみるからちょっと待ってな。」

「わかりました!」


よし,団長の了承は得ました。

少し焦りもしましたが気づけばゴールまでもう少し,さぁもうひと踏ん張りがんばらなきゃですね。


「おい,きいたぞ?」

「ん?なんですか,フィンクスさん。」

「4時間も迷子になってたんだって?はっ,お前やっぱアホだなぁ。」

「なっ!」


がっはっはとフィンクスさんが笑いながら話しかけてきました。

アイコンタクト,パクノダさんへ…失敗。ついっと目線をそらされてしまいました。

フィンクスさんはちょくちょく人をからかってくるので教えたくなかったのに!


「お前1人でいったらまた迷子になるんじゃねぇか?」

「もう,失礼ですね!そんなことありません!」


それからもフィンクスさんのからかいはつづき,そこに話を聞きつけた一部の人たちもいれて,
マチさんの電話が終わるまでみんなでわたしをネタにわいわいと談笑していました。

もう,悔しいやら恥ずかしいやら楽しいやら大変でしたよ…



―――でも後で気が付いたのですが,わたしがこの人たちと話すのは,この時が最後,だったのですよね―――





―――――――――





「シャルさーん,ウボォーさんは?」

「ウボォーならもういったよ。」

「え。」


シャルさんは,とあるボロアパートの一室にいました。

なんでも鎖野郎ことクラピカくんの居場所を特定するためにPCが必要だったので,適当なところに押し入ったそうです。

かわいそうなことに,ここの元の住人は玄関あたりにころがってすでに息を引き取っていました。

ご愁傷様です。


「安心しなよ,君が来るのはわかってたからね,
やりあう場所の候補を幾つかここで決めておいてもらったから,そこを全部回ればどっかにはいると思うよ。」

「おぉさすがシャルさん。抜け目はありませんね!」

「………まぁね。」


カタカタとPCを操作して,簡単な地図をプリントアウトしてくれました。

それを受け取ってそれではいざ出陣です!


「…ちょっと,いいかな。」

「?。なんです?」


意気揚々と出ようとしていたわたしに,なんだか暗い顔をしたシャルさんが近づいてきます。


「いや,なんだか妙な胸騒ぎがしてね。
ウボォーに限ってやられるようなことはないだろうけど,少し不安なんだ。だから,さ…。」

「…え?」


シャルさんはトンとわたしの頭に手を置き,少しかがんで目線を合わせてから続けます。


「君には期待してる。もし万が一のことがあったら,ウボォーのこと,頼んでもいいかな。」

「……。」


…そんなシャルさんの初めて聞く言葉に,初めて見る態度に,思わず固まってしまいました。

旅団に入ってから早いく年,絶対にわたしに対する警戒を解くことがなかったシャルさんが,
わたしに大切な仲間を預けるようなことをしています。

今この瞬間,この人はどのような気持ちなのでしょうか。

疑問に思いますが,わたしには人の心は読めません。


「…そんなもの応えるまでもありません。そう,思いませんか?」

「…そうだね。」

「じゃあ,がんばって。」

「もちろんです!」


そしてわたしは声援を背中に受けて,ボロアパートの窓から深夜の街に繰り出します。


…人の気持ちは読むことのできないわたしですが,自身の心ならさすがにわかります。

今このときわたしの心は,ひどく冷めていました。

わたしのことを信頼するなんて,シャルさんも思いのほかバカだったのですね。

冷めた心を抱えながら,教えられた町はずれの荒野に向かいます。

この先で,クラピカくんはウボォーさんと戦っていることでしょう。

そこは,わたしにとっての虹の根元。すばらしい宝物があることを祈って。





―――――――――





わたしが目的の場所に着いた時,もうすでに二人の戦闘ははじまっていました。

それを岩山の陰から,こっそりと伺います。

わたしは絶が苦手ですが,目の前の相手だけに集中している二人がわたしに気付く様子はありません。

戦況はほぼ互角,それかウボォーさんよりでしょうか。

クラピカくんは強力な鎖でウボォーさんを牽制し,
ウボォーさんはそれを避けつつクラピカくんに力強い拳を叩きこみます。

しかし,この拳は防がれて決定打にはならず,
しかも防がれた際に砕けたはずの腕はふと気がつけば無傷になっています。

牽制,避ける,衝突,防ぐ。

両者が次第に本気になり,一撃一撃の威力が上がっていきつつ,だいたいそんなことが繰り返し続くこの闘争。

一見するだけならばどちらが勝つかは紙一重なこの状況ですが,
わたしはクラピカくんが結果的に勝利を収めることを知っています。

だからわたしはこのまま見学を続けて,決着がついてから,
ウボォーさんの仇!とでも叫びつつクラピカくんに殴りかかればいい。

強敵との激闘直後の気の立っているクラピカくん相手に能力なしで殴りかかればきっとうまくいくはずです。



―――だからウボォーギン,お前は死ね。



「あ,ウボォーさんつかまった。」


どちらかがおこした目くらましの土煙が晴れたとき,そこにいたのは鎖で拘束されるウボォーさんでした。

どうやら,捕獲されたウボォーさんは強制的に絶状態になっているようで,鎖から逃れることは難しそうです。

あぁ,これは積みましたね。ほらやっぱりクラピカくんが勝ちました。


「とと,そうとわかれば能力を解いておかねばいけません。」


もうこうなってしまえば,わたしの出番までもうあまり時間はありません。

クラピカくんがウボォーさん相手に問答をしている間に,自らを締め付ける荒縄を解いていきます。

やろうと思えば一瞬で解けますが,最後くらいゆっくりと楽しみながら縄を解いていくのが風情というものです。

死刑台に上る直前には皆,刹那の自由を得られるのです。


「…よし,これでさい―――っあ,ああぁーーーー!!」


―――え?

最後に手首から縄を抜いた瞬間,わたしの口から意図しない大きな声が飛び出て,あたりに響き渡りました。

え?な,体が,勝手に!!?


「あ,あ,あああああ,ああああああぁあぁああぁーーー!」


わたしの体はわたしの意思を完全に無視して唐突に岩陰を飛び出し,
奇声をあげながら全力でとらわれたウボォーギンのもとへ突進します。

そのまま驚くほどの速さで二人に迫ると,
今まさにクラピカからウボォーギンの心臓へと放たれようとしていた小指の鎖を握りしめることで止め,
状況の変化にひるんだクラピカを殴りとばしました。


「っぐ!な,なんだお前は!」

「うるさい!だまってろ!!」


クラピカはかろうじて急所への打撃は防ぎましたが,
勝利を確信した直後に現れた新手を前に,戸惑いを隠せない様子です。

わたしの口から出る罵倒を聞き,警戒したまま様子をうかがっています。

そして,その後もわたしの体は,のどは,わたしの意思をおいてけぼりに動き続けます。


「よかった。よかった,ウボォー…。
本当に,間に合わないかと思った…。間に合って,よかった…。」

「…?。あいつじゃねェな。お前,シャルか?」

「…うん,そう。こいつじゃない,オレだ,シャルナークだ。くそ!こいつは,くそ!!」


……シャル,ナーク。

操作系能力者。相手に特別なアンテナを差すことでその体の自由を奪う能力を持つ旅団員。

いつアンテナを差したかなんて決まっている。


「こいつは裏切り者だ,ウボォー。
こいつはずっと隠れて見てたんだ,ウボォーのことを見殺しにしようとしてたんだ…!」

「…。」

「あぶなかった。こいつの能力のせいで操作がはねつけられてたんだ…!
もう少しで間に合わないところだった。なんでこいつが能力を解いたのかは知らないけど,本当に危なかった…!」

「そうか。」


ここに向かう直前だ,アンテナを差したのは。

ウボォーギンのもとに向かうわたしに声をかけるふりをして,
信頼しているように見せかけて,頭に触れた,あのときだ。

ふざけるな。


「くそ!こいつは殺す。あとで苦しめながら殺してやる!
拷問はフェイタンに任せ…,ってウボォー?なにしてんの?」

「いや,こいつはオレが始末する。」

「え,ちょ,まってウボォー,頭にはアンテ―――っつ,ぅ,が…。」


シャルナークがわたし口を動かしている途中で,
ウボォーギンはおれの頭をその大きな手でわしづかみにした。

ぺきっと音がどこからか聞こえてきたかと思うと,
体の自由と,さりげなく感じていなかった痛覚がよみがえる。

ウボォーギンはそのまま,片手でおれの体を持ち上げた。

頭蓋のきしむ音が頭に響く。万力のように締め付けられて意識が飛びそうだ。


「が,や,めろ…。…はな…せ。」

「あん?戻ったのか?まぁいい,お前は俺が殺してやる。それがお前を拾ってきたオレのケジメだ。」

「…っな!」


おい,おい,まて,ふざけるな!

おれは殺されるのか!?ここで!?殺されるのか!!?

この下衆のくさった手であっけなく握りつぶされるだと!?

ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな!!!



―――こいつに,こいつらなんかに,殺されてなんかやるものか!!!



「…おい!」

「あ?」


きしむ痛みを無理やり抑えつけて,怒鳴りつける。

目をあわせて,最後に一言いわせろという意思を伝える。

意図を正しく理解したらしいウボォーギンは加える力を少し緩めた。…馬鹿が。


「もう5年も前のことです。あの地獄のなかで,あなたはわたしをさらいましたよね。
いまでも鮮明に覚えています。多くの仲間が殺されました。」

「あぁ。」


この状況は半ば積んでいる。


「それから無理やり,あなた達の仕事につきあわされてきました。
わたしのこの珍しい力でもって。」

「あぁ。」


おれの力ではもう,この手を振り払うことはできない。


「わたしは一族の唯一の生き残りです。だから一族の血を残すために今まで耐えてきました。」

「あ?」


ウボォーギンが怪訝な顔を向ける。こいつはなにをいっているのか?と。


「それも今日までというのも侘しいですけど,まぁあきらめましょう。…だけど,いいのですか?」

「…。」


そんなものかまいやしない。この短い言葉の中に,布石は積んだ。

あとは決定的な言葉を放つだけ。


「これじゃ頭蓋と一緒に潰れます。あなた達の大好きな,わたしの,緋の目が!!」

「…あ?」

「…っ!!!その手を離せ!」


おれが最後の言葉が響いた直後,いままで様子見に徹していたクラピカが動いた。

事態が思うように動いたことに思わず口の端が上がるのが分かる。


「これ以上,私の同胞を殺させたりはしない!」

「なっ,なんだいきなり!」


クラピカはおれをつかむウボォーギンの腕めがけて中指からのびる鎖をふるう。

それをウボォーギンはすんでのところで避けるが,おれから手を離してしまった。

結果崩れ落ちそうになったおれの体は,駆け付けたクラピカに抱えられ,
おれごとクラピカはウボォーギンから距離をとった。


「…だいじょうぶか?」

「……。」


クラピカはウボォーギンを警戒しながら,両手で顔をかくしたおれに声をかけた。

まだだ,まだ終わっていない。

おれの勝利条件はウボォーギンに殺される前にクラピカに殺されること。

ここからさらにたたみかける。


「…ふ,ふふ。」

「…どうし――ぐっ!」


とりあえず目の前のクラピカの顔面に頭突きをお見舞いしてやる。

ひるんでいる間に後ろに下がった。

クラピカともウボォーギンとも同程度の距離が開くように。

あぁクラピカ,せっかくの美系が鼻血のせいで台無しじゃないか。


「な,なにを…?」

「ふ,ふふ,ははは!まさかこんなにうまくいくとは思いませんでしたぁ!」

「…っ!」


クラピカがわたしの目を見て,驚愕の表情を浮かべている。

そこにはなんの変哲もない,ふつうの黒い瞳孔が踊っている。


「あはは,気づいちゃいましたぁ?そう!わたしは緋の目なんて持っていないし,
ましてやクルタ族なんて弱小マイナー民族の生き残りでもありません!」

「っく!」

「もうあなたってホントに馬鹿なんですねぇ。
緋の目緋の目緋の目緋の目って,そんなに赤い目が好きならうさぎさんでもプレゼントしてあげましょうかぁ?」


クラピカはみるみるうちに憤怒の形相をみせ,その目だけでなく顔全体を真っ赤に染める。

そうだ,もっと怒れ。

おれはお前を全力で煽る。焚きつける。挑発する。

だから早くその怒りをおれにぶつけてこい!


「そんなんだから,わたしみたいなのに利用されるのですよぉ?
まったく,そもそもあなた以外に生き残りなんかいるわけないじゃないですかぁ。
なんせ,わたしが全部殺したのですもの!」

「,な,あああぁぁぁ!」


よし,かかった!

クラピカが怒りにまかせて近づいてくるのを,おれは不遜な笑みを浮かべつつ自然体で受け止め―――


「――てめぇの相手はオレだろうが!!」

「なっ!」

「…え?」


え?な,ウボォーギンがクラピカに殴りかかった!?

完全に意識がおれに向いていたクラピカは,
何とか防いだものの踏ん張ることができず,荒野の大地を転がっていく。


「…な,なんで?」

「お前はオレが殺す。あいつの片づけが終わるまでおとなしくしてろよ。」

「―――。」


絶句。

ウボォーギン,お前はまだおれの邪魔をするのか。

そしてウボォーギンはさらにクラピカへと追撃に向かう。

そして再度始まるウボォーギンvs.クラピカの構図だが,
明らかにクラピカの動きが疲労で鈍くなっている。

このままでは早いうちにクラピカがまける。殺される。


「…っ!たすけなきゃ…!」


焦燥に駆られたおれはとにかく立ち上がり,攻防を続ける二人に走り寄る。

くわえて走りながら,どこからともなく取り出したロープで丁寧に上半身を拘束していく。

この状況でおれの念能力が的確かどうかなど関係ない。おれにはこれしかないのだから!


「おぅら!」

「…っは。」


クラピカがウボォーギンの拳を避けきれずに体勢を崩した。

ここぞとばかりにウボォーギンはその拳に信じられないほどのオーラを集めるのがわかる。

まずい,“超破壊拳(ビックバンインパクト)”がくるか!

さらに手錠もとりだす。

倒れそうなクラピカの胴をウボォーギンはアッパーの形で狙っている。

おれはそこに割り入ろうとがむしゃらに飛び込んだ。

これを,受けきれば,きっと,おれの,勝ち!


「――これで最後だ!“超破壊拳(ビックバンインパクト)”!」

「…っ,“束縛された安全地帯(レディースシェルター)”!」

「うっ,ぐぁ!!」



―――ドンっ!!



“超破壊拳(ビックバンインパクト)”は,クラピカを押しのけたおれの胸をとらえた,
その時発せられた音はとてもじゃないがヒトの体同士がぶつかったときに出ていい音ではないように聞こえた。

否,そう感じる暇もなくおれの意識はふっと短い眠りについた。

そして,この場の幕は降りる―――。





――――――――





…目が覚めるとビュンビュンと自身が風を切っている音が絶え間なく聞こえました。

あたりを見回すと,そこは夜空のど真ん中です。

さて,どうしてわたしがこんな所にいるかというと,
“超破壊拳(ビックバンインパクト)”をもろにくらったわたしの体は,
アッパー気味に打ち上げられたこともあり,ロープの尾を引きながら高く早く宙を走っている,
ということです。

予想通りとはいえ,着地前に意識が戻ってよかったですね。

それはまるで,先刻ウボォーギンに投げられた時のように,
いやむしろ今の方がずっと早く遠くへ風を切って飛んでいるようです。


そこでふと思い出します。

クラピカをかばうまでは本当に時間が引き延ばされたように感じました。

そしてその長い長い時間の中でわたしは一つの奇策を講じたのです。

この奇策が成っていれば,クラピカもろともあの場を逃れることができるはずでした。

わたしは自身の後ろでたなびくロープの先を確認します。

ロープの先には手錠がくくられ,その手錠のクラピカの腕がはまっていました。

腕に引っ張られたクラピカくん自身もちゃんと付いてます。

さらに後ろを見ても,すでにウボォーさんは見えませんでした。


よかった,です。
成功しましたね。


“超破壊拳(ビックバンインパクト)”にこめられたオーラをみて,
もしかしてまた空を飛ぶ羽目になるかもしれないと感じたわたしは,
とっさにそれを逃走手段にすることにしました。

わたしと疲弊したクラピカくんじゃウボォーさんには到底かなわないと感じたのもあります。

だから,あの一瞬のなかで,自身につながるロープでくくった手錠をクラピカくんにはめたのです。

…ロープや手錠はわたしの能力の支配下なのでどんな威力でも壊れることはありませんが,
クラピカくんの腕が引きちぎれないかだけが心配でした。

…みるかぎり意識もありそうですし,大丈夫なようですね。

本当によかったです。



わたしたちはまだまだ,中空を走り続けます。

っと,今気がついたのですが,着地はどうしましょう…?

わたしは能力があればなんとかなるのですが,クラピカくんは…最悪ミンチ?

うわ,まずい,…けどまぁクラピカくんのことですから自分で何とかしてくれるはず…?

…たぶん,きっと,おそらく…。

ちょっと不安になってきましたね。

あぁそれならいっそ今のうちに―――


「クラピカくーん?きこえますー?」

「…あぁ,目が覚めたのか。」

「えぇ今さっき。ところでちょっとお願いがあるのですよ。」

「なんだ,この状況のことなら私にはどうにもできないぞ。」

「…あははー。まぁそれは後で考えることとして…。」


もうどうにでもなれと言った具合の雰囲気をしたクラピカくんの,
その赤くない目を見つめてわたしは言います。



「ちょっと今すぐ,わたしのことを―――。」



―――殺してみてはくれませんか?



[19490] 幕間  彼の彼女のハンター×ハンター
Name: 褐色さん◆799f532f ID:996a066c
Date: 2011/10/20 01:28
とある古臭いビジネスホテルの扉が力まかせに閉じられる。

ドンっという音が深夜の暗い廊下に響いた。


「クソがッ!」


低く抑えられた罵倒。

扉にいらだちをぶつけた張本人である金髪の少年クラピカは,
普段の冷静な彼を知るものならば想像もしないような言葉,声で,うちの怒りを吐き出す。


「クッ!本当に,どれだけ,私を,私たちを…!」

「ちょ,ちょっとクラピカ,ねぇ,落ち着きなさい?」

「これが,落ち着いてなど…!」


いくらか遅れて出てきたセンリツがなだめてはいるが,完全に血が上っているクラピカは息を荒げて意味をなさない悪態をつくばかり。

センリツは困ったようにいましがたクラピカが叩きつけた扉を見やる。

正確にはその奥に居座る珍客の存在を,である。


フェイメ・ネームドエイチ,それが昨晩クラピカが連れ帰った女の名であることが,その女の物言いと容姿からわかっていた。

性風俗業界を一手に牛耳るネームドエイチグループの総裁令嬢,それが彼女の一般的な肩書きである,いや“あった”。

クラピカ自身がハンターサイトを介して知りえた情報によると,
このグループの総裁を代々世襲してきたネームドエイチ家は,5年前に一族惨殺事件を経て一度途絶えていたらしい。

その影響の大きさから市場の混乱をふせぐために,
もはや他人とでもいうべき程の親戚が総裁の座を継ぐことで即座に体制は立て直され,一般には公開されていなかった事実であった。

彼女,フェイメ・ネームドエイチもこの際に死亡したものとされている。

ところが,彼女は生存していた。クラピカと暗い因縁をもつ幻影旅団の一員として。


激昂するクラピカに対し,センリツはおもむろにフルートを取り出し,たおやかな旋律を奏でだす。


「ハッ,あ,…あ,あぁ。」

「ふう,“野の春”,一晩もたたずにもう一度吹くことになるとはね。
あの大男と戦う前にも奏でたけれど,やっぱり落ち着けたかしら?」

「あぁ,すまない。一族を侮辱されて,少し,我を忘れてしまったようだ。」

「…まぁ,あれはさすがに同情するわ。」


センリツの言葉で思い起こしたのか,クラピカはうつむきその細い両手を強く握った。

ざらりとその右手にまきつく念の鎖が音を立てる。


クラピカの怒りは,彼が連れ帰ったフェイメ・ネームドエイチによるものである。

話はさかのぼるが,クラピカはウボォーギンとの戦闘を逃れた後,
ともにいる拘束された女を連れ,ひとまず旅団員を追うマフィアから彼女をかくまった。

場所はクラピカ個人が手配した,彼自身の所属するノストラードファミリーの拠点とは別のビジネスホテルである。

これは彼女の命を救うためなどではなく,
マフィアンコミュニティーに引き渡す前に自ら尋問を行い,旅団の情報を得ることが目的であった。

コミュニティーによって全てのことが片付けられてしまうことは,
幻影旅団への復讐を自らの手でなしたいクラピカにとってよろしくないからだ。

そのために,事情を知り,かつ心情を察することのできる有用な能力をもつセンリツにだけ彼女の存在を教え,
無理を言って協力してもらっている。

旅団の情報は秘密裏に通じているヒソカからも得られるが,多いに越したことはない。


そして尋問が始まる。

フェイメは当初,打てば響くように簡単に問いに答えていた。

彼女自身の経歴や能力,団員のひととなりや力関係,役割など多くのことを明かし,
次は団員の能力をといったところで彼女はふと何かを思い出したかのような顔をする。

そして“これが終わるとマフィアに引き渡されるのか?”とクラピカに尋ねた。

不意な問いに沈黙してしまったクラピカを見て肯定ととったのか,
彼女は打って変わって質問を受け付けなくなり,クラピカを煽り始める。


内容は主にクラピカの出身であるクルタ族に関するもの。

その虐殺に参加していたと話す彼女は,その民族のいかに脆弱だったかを語り,
その目に価値がつけられながら隠れるだけの知恵がなかった阿呆を嗤い,
みずから殺した人物の特徴や名をならべ侮辱し,えぐった宝がどれだけ美しかったかを論じた。

クラピカは何度も手を上げかけ,暴力によって彼女の口を閉じさせようとしたが,これはセンリツにとめられる。

それでも彼女の口は止まることなく,我慢の限界を越えようとしてたクラピカをセンリツが一度廊下にに出るように諭したのであった。


「ねぇ,クラピカ,彼女の心音について聞いてほしいことがあるの。」

「…きこう。」

「あの子の心音はあなたの民族の話を始めてからはずっとvivace,活発ではずんでいるわ。
これは大きな期待を表す音。そしてあなたが怒りをあらわにするとさらに大きく,わたしがそれを止めるともとの早さにもどるの。
まるで当てが外れた,とでも言いたげにね。」

「彼女は危害を加えられることを望んでいるというのか?」

「えぇ。おそらくあの子への暴力は彼女にとって何らかの利があるはずよ。」

「…そういえば,彼女を連れ帰る途中に笑顔で殺してくれと言われたな。
なにか危害を加えられることで発動する能力でもあるのかも知れない,ということか。」


クラピカの憶測にセンリツが,そういうこと,と返す。

センリツはあれほどの暴言をはいたフェイメが痛い目を見るのに同情するほどのお人よしではない。

暴走しそうになるクラピカを止めていたのはひとえにそのためだった。


「センリツ,君に協力を仰いで正解だった。
しかし,それならばマフィアに引き渡すことをほのめかす方が尋問には有効か。
彼女はそれをあからさまに嫌がっていた。」

「あ,クラピカ,そのことなのだけれど…」


センリツは部屋を出る直前にフェイメに呼び止められ,一つ,わけのわからない脅迫を受けていた。


「“4人のピエロのサーカスにマフィアのみなさんを招待しなきゃ”って言われたの。
ちょっとやけっぱちな感じにね。」

「っ…!」

「―心当たりは…あるみたいね。」


それはクラピカがヒソカと内通していることを周囲に話すということであると,彼は受け取った。

4人は4番,ピエロはヒソカ,かろうじて明言はしていないが暗喩が簡単すぎて,
それを聞いたセンリツに不信感を持たせることをまったく考慮していない。

なぜ知っているのか,という思いがクラピカの頭を支配する。

ヒソカが取引を反故にしたのか,自分は罠にはめられたのか,すくなくともクラピカはフェイメを容易に外には出せなくなった。


「…あの子は“チケットはわたししか持っていないから大変”,とも言っていたわ。
…ねぇクラピカ,あなた今ものすごく動揺しているわ。混乱と憤りとあとは…負い目,かしら?
…心音がはねた,図星ね。ねぇ,クラピカ,あなたは何を隠しているの?」

「そ,それは…」


これはフェイメ以外に秘密を知る者はいないということを示したいのであろう。

目を泳がせ狼狽するクラピカ。

しかしここで,ピルルルルルと乾いた電子音が響き,クラピカの携帯が主に電話が来たことを伝える。


「かまわないわ。」

「…あ,あぁ。」


目でセンリツに問いかけてから,クラピカは通話を始める。


「もしもし…あぁ,…あぁわかった。すぐに戻る。」

「どなた?」

「スクワラだ,用件はわからないがボスがお呼びらしい。わたしは一度もどる。…彼女のことを頼んでいいだろうか?」

「えぇ,そのかわり帰ってきたら,教えてくれるわよね。」

「…あぁ。」

「うん,嘘ではないわ。話したくないけど話さざるを得ない,というところかしら。」

「…まぁ,そんなものだ。」


そういうとクラピカは背を向けて,暗い廊下に消えていった。


その後センリツは半ばわからないだろうとあきらめながらも,いくつかのことをフェイメに尋ねる。

先ほどの言葉はどういう意味なのか,
初対面のはずであるのになぜクラピカの隠し事を知っているのか,どうやって弱みを握ったのか。

それにニヤニヤとした笑いとともに返ってきた答えは,予想通り意味の不明な一言のみ。



“ハンター×ハンター”



それはセンリツの聞いた彼女の戯れ言,受けた問いへの的確な回答。





―――――――――――





「…えぇ,…ええわかったわ,ありがとうお疲れ様。」


パクノダはシャルナークと電話越しに話していた。

それをウボォーギン,シャルナークをのぞいた他の団員たちはかたずをのんで見守る。


「…それじゃあまたあとで。」

「シャル,なんだって?」

「無事,ウボォーと合流したそうよ。
ウボォーに怪我はなし,けど鎖野郎は逃がしてしまったといっていたわ。」

「そっか。」


電話を終えたパクノダに皆を代表してシズクが事の次第を尋ねた。

帰ってきた答えにたまらず安堵の息をもらす者もいれば,興味なさげに自前のトランプをいじるものもいる。
反応は様々だ。


「で,あの嬢ちゃんは結局どうだったんだ?」

「…裏切ったことで確定だそうよ。
…最後には鎖野郎をかばうようなこともしたらしいわ。」

「おいおい,まじかよ。」

「ふん,やぱりころしておくべきだたね。」

「…そう,ね。」


信じられないというふうにうそぶくフィンクスに,フェイタンが思い出したかのように愚痴をはさむ。

裏切られたウボォーギンの安否がわかった後に,話題をさらうのはもちろん裏切った本人のことであるのは想像に難くない。

かつてのアジトの代わりとなったこぎれいなアパートの一室には,住人達のいらだちや困惑などで重苦しい空気が立ち込めていた。


「ったく,あいつにゃそんな度胸はねぇとおもったんだがなぁ。」

「…ちっ,胸糞わりぃなくそっ。
そもそもぜってぇに裏切ることがわかってるやつを団員に加えるとかおかしいって何度も言ったはずだぞオレは。
そんでことが起こったあとになって信じられねェだ?頭わいてんじぇねぇか!?」

「やめろ,ノブナガ。これは俺のミスだ。」

「けどよ,団長…。」

「いいから,やめろ。」


頭の言葉をうけ,ノブナガは浮いた腰を落ち着けた。

そのいかにも不満げな様子にヒソカがクックッと笑いをもらしたがノブナガのとがった眼光をうけ肩をすくめる。


「そもそも,彼女はいったい何なんだい?そもそも団員じゃないんだろう◇」

「彼女は5年前,唐突にウボォーが拾ってきた能力者だ。
パクノダが見た思想からみて,裏切る気はあっても裏切ることはないと判断したのと,
実際ウボォーの戦力が目に見えて上がったのもあって黙認していたのだが…,…どうやら間違っていたようだ。」

「いえ団長,あの子のあの概念を聞いたのだもの。その判断は妥当だったわ。
いわばこれはイレギュラー,ミスなんかじゃない。」

「ねぇパクノダ。なんかよくわかんないんだけど。」


パクノダの擁護に古いメンバーの何人かが同意を示すなか,シズクが首を傾げ尋ねる。


「ん,そういえばあいつが入ってきたときにはまだいなかったね。」

「うん。だから裏切る気はあってもーとか概念ーとか言われても,さっぱり。」

「どれから話したものかしら…。
…昔,あの子が旅団としてふるまうようになってから,一度わたしが頭の中をのぞいたことがあったの。」

「え,あれって仲間に使うこともあったんだ。」


意外だといった具合のシズクにパクノダは,あのころはまだわからなかったのよと苦笑してみせ,さらに続ける。


「あの子はね,助けを求めていたの。」

「助け?」

「そう。」


シズクはなおも怪訝に思う。

シズクからみた彼女はいつも自由奔放だった。

どの団員とも対等に話しかけ,かわいがられることもあれば邪険にされることも気にせず,
盗みを楽しみ,殺戮に沸き,手に入れた宝に目を輝かせる。

そんな,典型的な団員であるとシズクは認識していた。


「無邪気にふるまうその心中は,絶望と諦観でうまっていたわ。
でもそれが振り切れちゃって逆に状況を楽しんですらいたの。
ほら,監禁された被害者が犯人のこと好きになっちゃったりするってきかないかしら?」

「?。しらないや。」

「まぁ,それはともかく,あの無邪気さは一周まわって本心でもあったのよ。
戦闘面においてはウボォーのこともかなり信頼していたようだしね。」

「うん,それで,助けって?」

「そう,せかさないの。」


パクノダの口は重い。

一言一言に哀れみがあふれており,なかなか核心に迫らなかった。


「でもそれは心の一層目,薄皮はさんだ心の底にあるのはつらい,苦しい,どうして自分がっていう怨嗟と,
私達への恨みとか怒り,贖罪の願望,それからちょっとばかりの希望。
贖罪と希望がなければ典型的な復讐狂いとおんなじね。」

「…。」

「で,その希望っていうのが,いつか誰かが,それこそ白馬の王子様のような存在が,
いつか自分を助けて断罪してくれるんだっていうまったく根拠のない自信。
ちなみに王子様は金髪で女顔の優男だったわ。」

「そうだったんだ。」


いままで仲間だと思っていた相手の予想外の心中にシズクはある程度のショックを受ける。

だが彼女はその衝撃をいとも簡単に受け流し,納得した。あぁそういうことかと。

そして同時に,まだ疑問の全てが解決していないことに気づいた。


「でもそれならなんですぐに放り出さなかったの?」

「…それは―――」

「そこからは俺が話そう。」

「団長?」


話ずらそうにしていたパクノダを見かねたのか,クロロがその後を継ぐ。

その顔はパクノダとはうって変わって,さげすむような,興味深げな,自嘲気味な,
いくつかの感情が混ざったシニカルな笑みが浮かんでいる。


「彼女には二面性がある。今を楽しむ彼女と憎む彼女だ。
だが彼女はそのさらに深層の思想をもち,そこで彼女は彼女自身ではなく,完全な傍観者であることを願っていた。」

「どういうこと?」

「つまりは二重人格。詳しい経緯はわからないが,彼女は表にはでない心中にもう一人の人格を作ったようだ。
それは歳も性格も生まれもそして性別さえも異なるまったくの別人。
そしてその人格,まぁ便宜上“彼”としようか,彼は現実を現実と受け止めるのをやめ,
世界を小説かコミックのような創作上のものであると認識している。
さしずめ表に出ている人格“フェイメ”は,彼の読む物語の主人公であり,彼自信は根幹でありながらただの読者であろうとした。」

「よくわからないや。」


クロロの大仰な説明にシズクは理解しようとするのをあきらめてしまう。

そこに呆れたフィンクスが助け船を出す。


「ようはあいつの頭ん中に何もしようとしない男がいて,
そいつに引っ張られてあいつは自分から動くってことができなくなってたんだと。」

「あ,なるほど。」

「まぁ実際裏切ったんだから,動けないってのはオレらの憶測だったんだろうなけどな。」


シズクはやっと合点がいったという風にうなずいた。


「まぁ端折りすぎだけど間違っていはいないわね。
その思考形態から,私たちはあの子が自発的に裏切ることはないって確信していた。
とはいえ念のため定期的に“見て”はいたのだけど…。
あの子いつからか虚実の区別がつかなくなってきているようで,考えていることがよくわからないのよ。
でたこともないはずのハンター試験の記憶を見つけた時はさすがに驚いたわ。」

「…本来ならば,本意がはかれなくなった時点でオレが切るように言うべきだったか。」

「っは,悪いのはあの気違い女だろ。団長のせいじゃねぇよ。
んなことより明日のオークションでも暴れんだろ?
あんなのほっといて,そっちの話しようぜ。」

「…そうだな。明日は―――」


ノブナガの言葉をうけ,話題は簡単に明日の仕事に関することに移る。

たしかに彼女の転身は驚くべきことではあったが,その程度でウボォーギンがやられたわけでもなく,
いくらかの情報がマフィアに渡ったとしても,大きな力を持つ彼らにとってはたいしたことではなかったからだ。

実害はせいぜいアジトを移動しなければならなかったことぐらいだろうか。


彼女にとっては決死の裏切りであったのだろう行動が,旅団にとってはなんということはなかったということに,
パクノダはさらに憐憫の思いを強めた。

初めて彼女の深層心理まで読んだ時,
すなわち彼女に対する感情を警戒から哀れみに変えた,その時のことを思い出す。

彼女は,彼は,世界に表題をつけてまで現実を物語だと無理やりに認識していた。



“ハンター×ハンター”



それはパクノダが見た彼の妄想であり,彼女の悲痛をつづる物語。





―――――――――――





「タカド様,申し訳ありませんが,こちらでしばしお待ちください。」

「あれ,まだ誰もいませんね。ちょっと早かったかな。」

「他の方々も,間もなくいらっしゃるでしょう。」


とある高級ホテルの一室に,若い黒服の案内によってタカドと呼ばれる細身の青年と,その同伴である老婆が通される。

青年はワイシャツにスラックスをはき,片手にスーツの上着を抱えており,
老婆の方はシンプルで飾り気のない使い古された使用人服を着用している。

青年は部屋の中央に用意されたソファの端に腰かけ,老婆はそのななめ後ろに控えた。


「いやしかし,精強で知られる天空闘技場の245Fフロアマスターであるあなたに,今回の暗殺チームへの参加が依頼されるとは…。
いやはや十老頭のこの件に関する気概がうかがえるというものです。」

「まぁ,相手こそかの悪名高い幻影旅団ですからねぇ。
それに,今回呼ばれたのはアマチュアとはいえ賞金首(ブラックリスト)ハンターとしてのいくらかの実績があったからでしょう。
フロアマスターはきっと関係ありませんよ。」

「またまた,ご謙遜を…。
実は私もあなた,カラム=タカドのファンなんですよ。
それこそあなたが“叫びの呪言師”なんて呼ばれる以前からずっと楽しませていただいていまして…,
…あの,良ければのちほどサインなど…。」

「えぇ,かまいません。」


タカドの気さくな返事に,若い黒服は,ありがとうございます!と興奮に頬を染める。

そして一通りの用は済んだのだろう,今度はタカドの従卒であると思われる老婆に顔を向けた。


「それでは,お付きの方には別室を用意しておりますので…」

「いや,彼女は僕の仕事の助手だ。同席させてもらいますよ。」

「…この方が,ですか?」


黒服はいかにも怪訝そうに,ぶしつけなまなざしを老婆にぶつける。

一応口には出さないが,その目はこいつがとても役に立つようには思えないとありありと語っていた。


「は,は,まぁ気にしないで―――」

「―ッ!申し訳ありません!では失礼いたします!」


タカドもそれを理解しているのであろう,苦笑をもらしながら適当に言って下がらせようとしたさなか,
使用人は突然顔を青ざめると勢いのよい謝罪を残し,退室していった。

タカドはこれに面食らうが,一拍置いてからとがめるような視線で連れを見やる。


「彼,一般人ですよ。念までつかって脅してもしょうがないでしょう。メイド長。」

「おおやけではそう呼んではいけないと,いつも言っているはずですが。」

「…っ。ごめん,なさい。…つい,くせで。」


タカドはうやうやしい態度をとるメイド長,いや元メイド長を軽く非難するが,
彼女の目がタカドを射抜いた瞬間タカドの心に言い知れないうしろめたさが生まれ,つい謝ってしまった。

これは彼女の,目を合わせた相手の罪悪感をコントロールする操作系能力によるものであるが,
能力を向けられるとわかっていてもタカドは彼女のことをメイド長と呼ぶのを変えることはなかった。


彼がメイド長という呼称を改めないのには理由がある。

彼女と同等である彼自身が,かつて従者であったことを忘れないようにするためだ。


彼は5年前まで,ネームドエイチ家という富豪に雇われた,ただの執事兼ボディガードであった。

しかし,この家は幻影旅団という盗賊達によって皆殺しにされてしまう。

その際,頭に血が上りまっとうな戦闘ができなかった彼自身は,仕える主の目の前でみすみす醜態をさらすはめになる。

意識不明,瀕死の状態だった彼を助けたのは,たまたま難を逃れた当時のメイド長であり,
病院にて処置を受けることにより一命は取り留めたが,昏睡したタカドの意識が戻るのにはひと月もの時間がかかった。

そして意識を取り戻した彼は,仕えていた主の死を聞き,メイド長とともに復讐を誓う。

しかし,いくら錯乱していたとはいえ,自らを一瞬でのしてしまう相手,しかもそのレベルが複数人で徒党を組んでいる。

そんな相手に現状で勝てると思うほど彼らは愚かではなかった。


個人の力には限界があると考えた彼はまず権力を求める。

彼にとって一番手っ取り早く権力を得る方法,それが天空闘技場においてのフロアマスターであった。

この職には莫大な名誉はもちろん,格闘家には不釣り合いな大きな権力も付随していた。


いままで彼にとって片手間だった闘技場での活動に本腰をいれてかかり,
いく年かかけてにフロアマスターに上り詰めると,次に彼はメイド長の補佐のもと,旅団に対抗する組織作りを始める。

常に挑戦者に狙われるフロアマスターという地位を維持しつつ,
その名声でもってプロ,アマ問わずに賞金首の確保とその補助を行うハンターを集め,自ら先陣を切って実績を上げていった。

こうして少しずつ研がれた爪は,マフィアの取りまとめといわれる十老頭にも認めらるほどとなる。


ふとしたメイド長とのやりとりにより,タカドはそんな決意を思い返していた。


「それにしても,一時間前はさすがに早すぎましたか。
裏側の人たちって,だいたい自分勝手だから結構待ちそうだなぁ。」

「じっとしていられないとヨークシンについてすぐにここに向かったのはお前です。
…そもそもその“クラピカ”というのは本当に現れるのですか?」

「っとと,メイド長!?それは!」

「安心しなさい。いまは盗聴も監視もありません。」

「…そうですか。まぁ十中八九くると思いますよ。」


自信にあふれた言葉にメイド長は目を細めるが,何も言わない。

そもそも彼らは5年もの間,雌伏の時を送っていたが,
幻影旅団にひとあてできるだけの戦力を集めることも,情報や策を練ることも,ある程度前にすでに終わっている。

ならばなぜ,すぐに旅団にたいして攻勢をかけなかったのか。

それはタカドの主張する未来予知が原因だった。


タカドが最初に既視感を覚えたのは,天空闘技場の自室でみた,
緋の目という美しい眼球をもつ民族:クルタが幻影旅団によって襲われたというニュースを見たときであった。

このときはどこかで聞いたような話だなと感じただけであったが,そう時をおかずに天空闘技場190Fクラス突破の最年少記録が破られる。
この少年の名がキルア。

首をかしげる。

いくらか時をおいて今度はピエロ風の化粧をした闘士が200Fで暴れ始める。
この男の名がヒソカ。

眉根を寄せる。

彼にとってどれも,師のおとぎ話で聞いたことがあうような人物の特徴や名ばかりであった。


いくつもの要因が重なってようやく疑問を持つようになったタカドは,“物語”当初の焦点であるハンター試験を受けるようになる。

一度目,二度目の受験で1次試験中盤には辞退するなか,
もう最後にしようとした三度目の受験において,“主人公=ゴン少年”を見つける。

興奮を抑えながら4次試験まで“物語”通りであることを確認したえタカドは,
ゴン少年一派に極力聞き耳を立てる程度以上の関わりを持つことなく,そのまま試験を辞退した。


ここにいたりタカドは己の師匠が未来予知の念能力を持っていたことを確信する。

その能力の存在を隠しながらも,師匠はいくつものおとぎ話というダミーに混ぜて,自分に貴重な情報を残してくれていたのだと。

タカドはこれをメイド長に明かし,計画に組み込むことを決定した。

クルタの生き残り“クラピカ”に近づき,場合によっては力添えし,彼の行動によって旅団に出血が強いられたところを叩く。

外部組織からの暗殺チームへの参加は旅団以前に,
今この段階で“物語”通りの意思を持った“クラピカ”が存在することを確かめるのが最大の目的であった


「まぁ,こないならこないで,計画を立て直してまたのぞめばいい。
お嬢様の仇をとる。これに時間の制限なんてないんですから。」

「…それもそうですか。」


めったに表情を変えないメイド長が納得したのかしていないのか,タカドにはわからなかったが,追及は終わった。

あと,一時間もたたないうちにおのずと正否がわかることに関心を向けても仕方がない。


タカドは虚空に目を向け,自らの師であり,兄であり,父であった男の姿を思い起こす。

彼にとっての唯一の家族にあらためて,万感の思いとともに強い強い感謝を贈った。

これでお嬢様に報いることができる,と。



“ハンター×ハンター”



それはカラム=高戸(タカド)に師匠と呼ばれた男の知識,青年が姓とともに受け継いだ武器。



[19490] 第8話 望まざる秋の夜長 前編
Name: 褐色さん◆799f532f ID:996a066c
Date: 2011/11/07 00:11
「…ヒマです。」


クラピカくんにつれられて,ちゃっちい場末なビジネスホテルに転がされたかと思えば,昨晩おこなわれた尋問以降ずっとほっとかれているのです。

小さな窓から見える外の景色はすすけたビルの壁だけで,夜の帳もおりきっています。

時間にして午後の6時。かれこれ放置されて早15,6時間ですか?

いやね,途中まではセンリツさんも同じ部屋にいて,邪険ながらも話相手には困らなかったのですが,昼ごろにかかってきた電話を期にどっかにいってしまいました。

その電話から漏れ聞こえた声はたぶんクラピカくんのものだったような気がします。

でもって聞き取れた内容,というか単語は“ボスの護衛”と“暗殺チーム”,“指示”くらいのもので何となく状況がわかったようなわからないような…

ようはたぶんクラピカくんに暗殺チームへの参加,センリツさんにボスの護衛が命じられたってことだと思いますが,どうなんでしょ。


その後センリツさんは,わたしにここから逃げ出す意思がないことを口頭で確認すると,さっさと部屋から出て行きました。

…自由に動けるわたしを放って,ですが。


「…いやまぁ確かに心音とかで確信してるんでしょうけど,もうすこしなんとかないんでしょうか。手足縛るとか。
…うぅむ,いやはや,教えてあげたわたしの能力をかんがみている結果なのか…,それともわざと逃がして泳がせるつもりですかね?」


泳がせるにしたってもう少し疑問を持たせないようにうまくやるでしょうに,クラピカくん達の考えていることはいまいちわかりません。


そう,考えていることがわからないって言えば,昨晩の尋問の件もそうです。

せっかく荒縄全部ほどいて“束縛された安全地帯(レディースシェルター)”を解除していたのに,いくらハッパをかけても拳ひとつくれませんでした。

もうちょっとな場面もいくらかあったのにセンリツさんが全部とめちゃうし。

空気,というかわたしの内心くらい読んでくださいよセンリツさん,なんて何回思ったっことですか。

センリツさんの能力ならわたしがいくらでも甘んじて殴られようとしていることくらいわかっていたでしょうに。

むしろ,一発でもオーラ付きで感情的に殴られれば死んじゃえるように,
いつでもどの箇所でも“絶”状態になれるように構えていたのですが,それも無駄になってしまいました。

っと,細かいことをいえば,どの箇所でもというのはウソでしたね。

もう一個の能力“わたしのぱんつは鉄壁ぱんつ(ガールズサンクチュアリ)”があるので,ぱんつ周りだけはたとえ殴られても死ねなかったですが,
さすがにクラピカくんもそんなピンポイントな変態さんじゃありませんし,まぁ関係ないですか。


とはいえいざ数年ぶりに全ての縄をほどいてみると,この“わたしのぱんつは鉄壁ぱんつ”,
いままで“束縛された安全地帯”の陰に隠れて意識していなかったせいもあってか,とんでもなく強力に見えてきました…。

…片手間で作った,排泄物とか垢とかを無視できる能力にかまけて,実は旅団にさらわれて以来はいてるぱんつ変えてないのですよねぇ。

ウン年単位で相当量のオーラをこめ続けた物体X=ぱんつ…。

やってることは愛用品を操る操作系能力者と同じです。そりゃ強力にもなりますか…。


というか,よく見るとホントにすごいですねわたしのぱんつ。

たぶんわたしが心残りとかのこして死んだら,きっとこのぱんつに何かしら死者の念とかかかるにちがいないってくらいオーラため込んでいますよ。

そしてできあがるのは,はたから見れば呪いのぱんつ。

きっと火にくべても燃えなかったり,捨てても戻ってきたり,はいたら二度と脱げなくなったり,宿っている意識に体を奪われたりするのでしょうねぇ。


…って,いやいやよく考えましょう,中古のぱんつはく人なんかいませんって。

そもそも無難に死ねた時点で心残りとか有りようがないですし。

…いまいち思考が吹っ飛んでます。

なんだかんだ言ってもこの事態に結構動揺しているのかもしれませんね,わたし。


ちなみにこの事態というのはクラピカくんに放置されて絶賛ニートな今…,
ではなくて,ウボォーギンvsクラピカ戦という目的を果たす絶好の機械を逃したこと,です。

なにしろここ数年,焦点をそこだけに絞って作戦を立てていましたから,
正直チャンスを逃してみすみす生き残ってしまっている現在,わたしが何をすればいいのかとんと見当がついません。

次点の策で,クラピカくん本人が目の前にいる間はただ単純に挑発すればいいと思っていたのに,これも完全に不発です。

そんでもっていざいくらかは自由に動けるようになってみると,どうするのが一番目標にたどり着く近道なのかさっぱりです。

センリツさんに対して答えた逃げる気はないという意思だって,つきつめればようは,
頭の中が空っぽでとても逃げようなんてことは考えられない,検討できるだけの余裕がないっていう考えに基づいていますし。

本当にこれからわたし,どうしたものでしょうか。


「なんだかなぁ…っととと。」


そうしてとりとめもなくぼうっとしていると,いきなり部屋に備え付けの電話がルルルと音を立てました。

フロントからですけど,何でしょう?


「はい。もしもし?」

「失礼いたします。お客様宛にお電話をいただいたのですが,お取次してもかまわないでしょうか?」

「えっと,どなたからですか?」

「クラピカと名乗る女性でございます。」


おや,クラピカくんですか。

そういえばわたしは携帯持っていないので,連絡取るならホテルを介するしかありませんか。

というか女性って…。いやたしかに中世的な声かもですが,さすがにちょっとかわいそうですね。


「ええ,かまいません。繋いでください。」

「かしこまりました。」


さてさてどんな用事でしょうね?

今のわたしの扱いをセンリツさんに聞いて,逃げ出してないか確認するとかでしょうか?

そんなことを考えているうちに,ぷつんと電話の切り替わる音がかすかに聞こえました。


「…っと,つながりましたか。もしもし,どうしたんですかクラピカくん?ちなみにわたしはちゃんとお部屋でごろごろしていますよー?」

「………。」

「あれ?もしもーし?クラピカくん?」


…クラピカくんいっこうに声を聞かせてくれないのですが。

やっぱり電話は声が聞けないと相手の様子が分からないからあまり好きではありませんね。


「おーい,なんなのですか?だまっていちゃわからないですって。」

「…私も,ね。」

「―へっ?」


長い長い沈黙の後聞こえてきた声は,ちょっと低めだけれどフロントさんの言うとおり完全な女性のもので,クラピカくんのものとは似ても似つかぬ声でした。

いきなりの予想の範疇ををこえる出来事に,おもわず変な声が漏れてしまいます。

…というか,この声はもしかして―――


「実のところ半信半疑だったの。だってまさかあなたの王子様が実在するとは思わないでしょう?それも名前まで正確に一致するなんて。」

「――パクノダ,さん?」

「ええ,昨晩ぶりね。元気だったかしら?」


その挨拶はあまりにもいつも通りで,そのありえなさにひゅぅっと息がひきつります。

どうして,なぜ,ここがわかった,パクノダ,クラピカ,どうして名前を…

ほうけていた思考にいくつもの要素が浮かんではきえ,浮かんではきえ…,
最後に何よりもつよく残ったのは『また,旅団か』という呆れと怯え,ただそれだけです。


「ど,どうして…?」

「それは何に対しての質問なのかしらね?今あなたに電話をかけていること?
私がクラピカという名を騙ったこと?それとも貴女の王子様が実在するって所からかしら?」

「え,あ,う…。」


そんなの決まっているでしょう,それらすべてがわからなくて混乱しているのです!

そして,混乱のあまり口が回らずわたしの意思はなにひとつ伝えられません。

遠くから耳にはいってくる雑音が煩わしい。

そもそも王子様ってなんのことですか。


「まぁ,そっちにはまだみたいだし,それまで順番に教えてあげるわ。」

「…え?」

「今朝シャルにね,鎖野郎をうつした携帯電話の写真を見せてもらったの。みてからしばらくはあっけにとられたわ。
なにしろ前々から見えていたあなたの王子様にそっくりなんですもの。
…今思えばシャルやウボォーは特徴をある程度言葉で聞いただけだからとっさに気づかなかったのかしらね。」

「お,王子様?」

「…あなたが助けに来てくれると思っていた金髪の男の子よ。」


あっ,クラピカくんのことですか。

あまりそう考えてはいなかったけれど,たしかに他人様から見ればわたしの白馬の王子様ですか。

ああ,もう,クラピカくんとの最初の接触で決着をつける気だったから,
記憶とか見られるのにまったく頓着していなかったのが裏目に出ました。

詳しいあらすじはいい具合にうろ覚えだったのに甘えて,記憶をのぞかれるのをこばみもしなかったのですから,強く覚えていたことについては筒抜けです。

そんな無駄なことが頭をかけます。本当に考えなきゃいけないのはわたしが今これからどうすればいいかのはずなのに。

頭の中を切り替えようとしても,外の音の煩わしさは消えてくれずにむしろどんどん大きくなっていきます。


「それであなたの王子様の名前は“クラピカ”だったから?
シャルがハンターサイトで調べてみたら,出てきた顔写真が鎖野郎の容姿とどんぴしゃり。
ついでに今ヨークシンに“クラピカ”名義でホテルをとってる客が見つかったから,
わざわざ出向きながらダメもとで電話をかけてみたのだけれど…。」

「……。」

「まさかあなた本人につながるとはね。正直,鎖野郎にすらたどり着かないと思っていたわ。」


…とりあえず,事情は把握しました。

ただたんにわたしだけが知っていたはずのことがパクノダにももれていて,その因果が回ってきたというだけのことです。

こんな状況想定なんかしていませんでした,本当にわたしは今どうすればいい?

わたしを邪魔する大きな雑音は,さらに近づき小さな振動すら伴い始めます。

うっとおしいことこの上ないです。


「さて,ネタばらしはこんな所かしら?わざわざながながと説明してあげていたし,そろそろだと思うのだけど…。」

「そ,そうです!さっきから“まだ”とか“そろそろ”とか,それっていったいどうゆうこと―――」


いましがたの会話に不自然な言葉を追及しようとしたなかば,ふと感じた悪寒に言葉を途中で止めてしまいます。

安っぽい言い方をすれば,なにかとても嫌な予感がした,そんな感じです。

…さっき,パクノダはこちらに出向く,すなわちここに向かっていると言ってはいませんでしたっけ?

そして何よりさっきからずっと部屋の外,廊下側から漏れ響き,わたしを邪魔する煩わしい音。

しだいに大きく,しだいに強く,時折小さな揺れまで一緒におこりながら近づいてくる,そんな音。

…音の響きからしてもうすぐそこまで音源が近づいているのが分かります。

この明らかに平常のものではない状況を,どこかで経験したことがある気がしました。


「それくらいは自分で考えたらどうかしら?もっとも―――」


そうして不自然に黙りこくってしまったわたしのことは関係ないとでも言うように,パクノダは話の続きを始めます。

そして話の合間にもったいぶったタメを作り,そのタメに重なるように外の異音も部屋の前で一時やんで…


「―もう正解を発表するころでしょうけど。」


バギンと音をたてて部屋の扉がひしゃげられました。

その先にいるのは,返り血なのかところどころ赤く染まった大男…,すなわちウボォーギン。

パクノダの台詞をさえぎるように現れたウボォーギンの様子をきっかけに,一度のまたたきの間,あの時,
かつてお屋敷で初めてウボォーギンと対面した時の映像が,さっと目の前を通って行ったように感じました。

力の抜けた手から電話が滑り落ち,ガシャンという音が静かになった部屋に響きます。


「…っ!」

「…。あぁ,ったく,手間かけさせや――」


相手が動く前に,腹に力を込めます。

そしてわたしはウボォーギンが何かを最後まで言いきる前に,ただがむしゃらに背を向けて窓を突き破り,夜の街へと逃げ出しました。

ホテルをでてすぐ目の前のビルの壁を蹴り,まずは上へ。

何段か排気口や窓の手すりを踏み台にして一気に屋上まで飛び出ると,そのまま屋上づたいに隣のビルへ,
そしてまた隣の屋根へと,とにかく元の場所から離れることだけを意識して全速力で駆け跳びます。


最初に屋上にたどり着く寸前に眼下をのぞきましたが,一瞬だけ見えたのは割れた窓からこちらを見上げて,
困ったような面倒そうな,無表情としかめつらの間のような顔を浮かべるウボォーギンの姿でした。

逃げる獲物を追うものにしては,のんびりしているように見えましたが,だからと言って速度を緩めることはできません。

ウボォーギンのあの巨体に似合わぬ足の速さは,5年間もの時間を共に過ごしたわたしが一番知っているのです。

…ほら,次の屋上にとびつつ後ろをみれば,スタートダッシュで離したはずの距離なんて無意味だというようにぴったりと後ろを追いついてきます。

足をさらに速めなければいけません,能力のために道具を取り出す時間すらおしい,まして発動の条件など揃える余裕なんてありません。


「はっ,は。くそ,わたしは,ホントバカ,です,か…!」


逃げながら頭を占めるのは後悔ばかりです。

そもそもパクノダが,あの旅団が,RPGのちゃっちい中ボスよろしくあんなに無意味に冥土の土産な演説なんかしてくれるわけがなかったのです…!

わざわざ色々と教えてくれたのはわたしの意識を向けさせるため,ウボォーギンがわたしのもとにたどり着くまでの時間かせぎだったのでしょう。

わたしがいたのは予想外みたいなことも言っていたから,ちゃんと計画立って行われていたわけではないのは明白です。

たまたまわたしがいたから念のために向かわせていたウボォーギンを急がせたといったところですか。

というか,そもそもそれを隠そうともしない言葉をちょくちょく混ぜていましたし。

わたし相手なら,そんな小細工なしでも捕まえられるという自信の表れですか?

あながち間違っていないのが悔しいですね。

現にこのまま屋根や屋上を駆けて,直線的に逃げていても遠くないうちにつかまっていまいそうです。


「っふ,は。どこに,逃げれば…?」


とにもかくにも,1人ではウボォーギンをまくことはできないと判断します。

そしていまわたしが頼れるのは,いやむしろ,わたしが知っているこの状況に巻き込めるであろう人物はただ一人,クラピカくんだけです。

ここまで追い詰められた段になってようやっと指針が浮かびました。

とにかく,クラピカくんのいる場所に行けばいいのです。

それでどうなるかはわからないけれど,あとは野となれ山となれ,そもそもそれ以外の選択はわたしに存在しません。


「…クラピカ,は,っは,暗殺チー,ムに。」


そう,確信はないですがクラピカくんは対旅団の暗殺チームに参加するはずです。

そんな大仰な集まりがあるのは,当然守られる対象であるオークションの開催会場。

旅団内の襲撃計画にあったおかげで今日のオークションが行われる場所を覚えていたことに,自分をほめたくなってきました。

その会場とはセメタリービル。幸いなことに今の進行方向からは外れていません。

とりあえず一度,次のビルの谷間に落ちて視界から外れてから方向転換を,それ!っと――


「―――うっひゃぁ!」


うわ,たったいま頭すれすれをなにかかすりました!

直後に聞こえた金属をこすり合わせたような異音に思わず頭上を見上げれば,
ビル壁のコンクリートに鉄の管,…ですか?とにかく何か棒状のものが突き刺さっていました。

あっぶないです!あのまま走ってたら直撃の上,串刺し磔は免れないところでした!

…なんてほうけて足を止めてる場合じゃありません。

とにかく,あとはまっすぐセメタリ―ビルへとまた全速で走りだします。


それにしても,あぁもう,ウボォーギンにしてはなんも言わずに淡々と追いかけてくるなとか思ってはいましたけど,いまのは完全に不意打ちでした。

後ろを気にしてみれば,ウボォーギンは変わらずこちらを追ってきていてある程度距離が詰まっているうえ,さらにずっと後ろにパクノダらしき影も見えます。

ですが,まだ何とか大丈夫,なにもなければクラピカくんの元へたどり着ける…ってまたなんか飛んできましたね!

気にかけていた分早く気がつけたそれを危なげによけて,ひたすらに屋根を跳び,壁をけり,とにかく逃げ続けます。


その後,永遠にも感じられるほどの,けれど実際にはそう長くない距離を,
時折また飛んでくる障害物を避けながらも駆け続け,現在ようやく目的地まであと100メートルといったところにまで来ました。

ここからは,セメタリービルの敷地内にある小さな森林を横切ります。

後ろのウボォーギンは,投てき運動のおかげで速さが鈍っていたようなのが不幸中の幸いでした。

建物の屋根から山なりに跳び,きれいに手入れされた木々の中へと飛びこんで着地するとまずは一息,林の中に紛れてしまえば少しは見つかりづらいはずです。


「…はっ,は,っとと,さてクラピカくんは――あれ?」


気力を出すために目的を再確認しようとした口がまたも,止まってしまいました。

原因は森の中をこちらへと向かってくる,人影…。

もしかしてあの特徴的な衣装と金髪はクラピカくん本人じゃないですか?


「あっ,ホントにクラピカくんです。…おーい,どうしてこんな所まで―」

「それは!私の台詞だ!!」

「―う,が,っくぅ…!」


クラピカくんは早足でそばまで近づいて来たかとおもうと,わたしの言葉をさえぎり襟首を締めあげます。

あぁそうだ,忘れていた,そんなにフレンドリーな間柄ではなかったのでした。

とはいえ,いまはそんなことをしている場合ではないというのに…!


「…うっ,はな,して。」

「断る…!発信器で動向を探ってはいたが,貴様はなぜここに来た!なにを考えている!?」

「…っ。」


あえて言えばここに来たのはあまり何も考えず安直に行動した結果ですが。

…それにしても発信器,ですか。

念能力が幅を利かせるこの世界じゃ逆に気づけない,なんとも便利な文明の利器でございますね。


「…そん,な,ことより,…ウボォー,…旅団,が…!」

「―なに…?」

「―あん,なんで鎖野郎までいやがるんだ?…まぁ手間が省けたっていや省けたか?」


ここに来る,と伝えようとした矢先に,大地を踏みぬく衝撃とともにウボォーギンが空を覆う木の葉を突き破って現れました。

クラピカくんが一瞬緊張に体をこわばらせるも,すぐにわたしを後ろに放り投げ,鎖のまきついた右腕をかまえます


その緊迫した空気に当てられて,わたしはごくりと唾を飲みます。

わたしの人生における旅団との最後の対峙が,いま始まろうとしていました。



[19490] 第8話 望まざる秋の夜長 後編
Name: 褐色さん◆799f532f ID:996a066c
Date: 2011/11/08 01:04
「おい鎖野郎,今はとりあえずお前に用はねぇんだ。そいつをよこしてくんねぇか?」

「断る。…わたしにはお前達がどんな関係なのかを計りきれていない。よって軽々しく貴様の意に沿うようなことはできない。」

「…そうかよ。まぁんなこったろうだとは思ってたがな。」


よっしナイスですクラピカくん!

どうにも不承不承といった感じですが,わたしを引き渡すつもりはないようですね。

とはいえ,この張りつめた空気を動かすきっかけにはなりたくはないので,容易に動くこともできません。

しかし,このままにらみ合いが続くかと思われた所でがさがさと奥の茂みがかき分けられ,もう1人の悪役が登場しました。


「あぁパクノダ。やっときたのか。」

「えぇ。まったく,意外と速いから追いつくのに苦労したわ。…あら,王子様もいたのね。」

「…貴様も旅団ということか?」

「そんなところよ。」

「ならば,死んでもらう!」


よほど苛立っていたのか,交渉などの手順をすべて投げ出し,クラピカくんが中指から延びる鎖を振るいます。

その鎖の向かう先はパクノダ,ですがウボォーギンがパクノダの前に躍り出て,鎖は交差したその両腕にたたきこまれました。

大量の念を込められた鎖の一撃にウボォーギンは何メートルもはじきとばされ,数ある樹木をなぎ倒してからやっと制止します。

そして改めてクラピカくんがパクノダに鎖を向けようとした時,ウボォーギンに守られていたその陰で,パクノダは具現化したリボルバー銃を構えていました。


「“記憶弾(メモリーボム)”」

「う,がぁ,ああ,あああぁぁぁ…あぁ…。」

「なっ!クラピカくん!?」


数発,パクノダの構えた銃から放たれた念の弾丸は,腹の底に響くような重い音を従えながら,
迎撃に動いた鎖をすり抜け,全てまっすぐにクラピカのひたいへと吸い込まれて行きました。

弾丸の直撃したはずのひたいに外傷はありません。

しかし間をおかずにその咽喉の奥底から絶望と悲壮のうめきが漏れ出したかと思うと,クラピカくんは膝をついてうずくまります。


「そ,そんな,どうして…?あれはただ記憶を見せるだけの能力だったはずでは…?」

「私はあなたの前で“記憶弾”を使った覚えもなかったのだけど,そんなことも知っていたの。
…その子には私の記憶を打ちこんであげただけよ?例のクルタのお仕事のね。」

「…クルタのお仕事?」

「あなたも覚えているでしょう?あの連中をわざと怒らせるのは苦労したわよね。」

「なっ…。」


かつて体験したこの世の地獄を思い返します。

あれのおかげで今のわたしがあると同時に,あれのおかげで今のクラピカくんも成り立っているはず。

とはいえ,あの地獄をつきつけられた結果できあがったわたしと違い,
クラピカくんはあの地獄から逃げ出して1人生き残ってしまったことが,強い強い負い目になっているのだと考えられます。

復讐の真理とは,他人の名誉や無念のためではありません。

それは自分のため,大切な人を守れなかった自分の罪悪感をぬぐうために人は復讐に走るのです。

そしてクラピカくんはいま,かつて自身が逃げ出して直視しなかった自らの罪を,打ちこまれた弾丸の数だけ無理やりに反芻させられているということ。


「クラピカくん,クラピカくん!しっかりしてください!」

「無駄よ。ある程度の時間をかけて細部まで見てもらえるように設定してあるわ。
…“記憶弾”をこんなふうに使ったのは初めてだったけれど,思いのほか有用なのかしら?」


パクノダは,まぁ使いどころが難しそうねとつぶやきながら,手元から銃を消してしまいました。

その様子にわたしはまるで,もう勝負は終わったとでも宣言されたかのように感じました。

クラピカくんは,焦点の合わない目を大きく見開きなにもない地面を見つめ,いくら呼びかけてもわたしの声が聞こえていないようです。

口からは絶えず意味をなさない言葉の羅列がもれ,その丸まった小さな背中にも,垂れ下がった両腕にも,力は欠片も入っていません。


「―ってぇ…。くそ,やっぱあの鎖はきっついな。」

「あら,ウボォー戻ってきたの。お疲れ様。」

「おう。…んじゃ,あとはあいつだけか。」

「…殺すの?団長は生かして連れて来いって言ってたわよ?」

「気が向いたらとも言ってただろーが。
団長はよくわかんねぇあいつなんかよりマフィアの占い娘のほうに興味津々って感じだったぜ。
別に殺したってかまわねぇだろ。」

「…そうね。」


はじきとばされていたウボォーギンが林の奥から悠然と戻ってきました。

そしてパクノダへの返事もそこそこに,わたしを見つめて向かってきます。

あ,あぁ,逃げなくてはいけません。

腰の引けた状態ながらも必死に立ちあがった瞬間,ふとある疑問が頭をよぎりました。…逃げるって,どこに?

頼みの綱のクラピカくんはだめ,ひとりでは逃げ切れない,…またも考えがまとまりません。

その間にもウボォーギンは淡々とわたしのもとに近づいてきます。


「なぁおい。」

「か,っひゅ…!」

「………。いや,やっぱなんでもねぇわ。首ひねるのが一番手っ取り早いか?」


とうとうなにもできないまま,無表情のウボォーギンは大きな指をわたしの首にのばします。

あぁ,だめだ。

緊張でうまく息が吸えない,無意識に足が引きずられ後ずさる,わたしの意識とからだの動きがかみ合わない。

とうとう,首に,手が触れる――


「――お嬢様から手をはなせ。」

「お?」


直前,わたしの真後ろ,セメタリ―ビルのある方向から,静かな青年の声が響きました。

その声に強いデジャブを感じるとともに,大きな不安と小さな期待が心にしみだします。


「だれだ,てめぇ?」

「…覚えてないのか。まぁいっそお前はどうでもいい。…お嬢様っ!」

「は,…い?」

「ご安心ください。今度は,助けます。命に代えても,必ずっ!!」

「あぁ,いきなり何わけわかんねぇこと,ぐぅっ…!」


久しく呼ばれていなかった呼び方に思わず反応した直後,真後ろの気配,オーラが爆発的に増えてウボォーギンに跳びかかりました。

ウボォーギンはそれを腕でくらい,苦悶の表情をうかべながら数メートルにわたって両足で地面にふた筋の線を引きます。

ウボォーギンに代わって目の前に躍り出た青年は,わたしに一べつをくれるとすぐさまウボォーギンへと追撃をかけに突進していきます。


「…え?まさか,執事,くん…?そんな,うそです…。」

「私もございますが,それでも嘘だとお思いですか?」

「め,メイド長…!?」

「えぇ,お久しぶりでございます。お嬢様。」


闇からしみだしたように,いつの間にか隣には使用人服に身を包んだ老婆がたたずんでいました。

やや離れた場所でウボォーギンとの本格的な戦闘に入ったスーツの青年も,となりの老婆も,
それはかつての日常にあふれていた顔,もう二度と見ることはできないと思っていたはずの顔です。


「ど,どうして…?」

「説明は後ほどに。
私はまずこの“クラピカ”をどうにかしますが,少々時間がかかります。
そのあいだ,お嬢様はあの鷲鼻の女の相手をお願いいたします。」

「え!?そ,そんな!いきなりなんで―――」

「お願いいたします。」

「っ…!は,はい!」


なにがなにやらわかりません,わかりませんけどメイド長に目を射抜かれたらなんだか無性に言うことを聞かないのはとんでもなく悪いことのように感じました。

その懐かしい感覚にすら感動してしまいながらも,はいと言ってしまった以上,こちらに注意を向けてくるパクノダ相手に時間稼ぎをしなければいけません。

ウボォーギンの方は執事君とどつきあっているので,ひとまず放置でいいのでしょう。


「では“クラピカ”,こちらを見なさい。…“お天道様のまなざし(エルダーアイズ)”」


メイド長がクラピカくんの顔を上げさせて目を合わせ,ぼそりと何かをつぶやくのを背に,パクノダへと向き直ります。

執事君たちが現れたことも,メイド長のクラピカくんに対する行動も,全部理解不能な状況です。

説明を後回しにされてわけがわからず動かなきゃいけないのは不本意ですが,今はパクノダを抑えなければ。

かつてメイド長がこんな風に無茶をいうときは,だいたい何とかなっていたはずです。

「あの男の子とおばあさん。彼らがここにくるように,あなたが采配を整えたのかしら?」

「さぁ,どうでしょう。“それくらい自分で考えたらどうかしら?”でしたっけ?わたしは正解発表なんてしませんけど。」

「まったく,どちらにしろこんな隠し札をもっていたなんて,今日はあなたに驚かされてばかりね。」

「はい。わたしも知りませんでしたし,驚いています。」

「…正解を教える気はなかったんじゃないの?」

「あぁ,それはうそです。」

「…そう。」


わたしとパクノダがほんのわずかな会話する間にも,少し離れた場所ではウボォーギンと執事君が強化系同士,一か所に踏ん張って殴り合いの応酬をしているのが目の端に映ります。

殴り合いといってもどちらも決定打になる一撃は当てられず当てさせず,しかし避けようともせず,
相手の拳に自らの拳を合わせ打ち,相手の上段蹴りは打ち払ってふところに入ろうとする,とんでもないほどのインファイト。

とにかく相手の力をさらなる力でねじ伏せようとする双方は,互いに一歩も引こうとはしません。


「…さて,そんなことはどうでもいいの。あなたに話があるわ。」

「なんです?」

「さっき聞いていたかもしれないけど,実は団長に可能ならあなたを連れ帰れって言われているのよ。
あなたの未来視の能力に興味を持ったんですって。」

「…ふぅん。」

「団長の盗んだ能力は元の能力者が死ぬと使えなくなる。能力さえ渡せば命まで奪うことはないわ。」

「わたしがおとなしく従うとでも?」

「私と違ってウボォーがあなたを殺すつもりなのはわかっているでしょう?
今ならまだ間に合うわ。ウボォーがあの男の子を倒してもどってくる前に一緒に帰るといいなさい。
そうすればウボォーは私が説得する。」

「…まるで執事君が負けるとでも言っているようですね。」

「だってそうでしょう?」

「…。」


ウボォー達に目を向けるパクノダにつられて,わたしもそちらを改めて確かめます。

とんでもない量の念が込められた拳同士のぶつかる音が,空気を震わせています。

二人の体には目立って変化はありませんが,二人の立つ地面は足から伝わる力を逃すことができずに,瓦礫をとばしながら大穴をあけるばかりです。

一見脳筋としか思えない闘いも理解ある者が見れば,幾度ものフェイントや牽制,読み合いが行われているのが分かるはずです。

けれど同じタイプの強さをもつ両人だからこそ,その苛烈さは留まるところを知りませ,…ん?

…いや,よく見ると執事君の方のオーラが弱まってきたように感じます。

その顔に疲労は見えずともにがくしかめられており,何かしらの異変が生じたでしょうか。

対してウボォーギンはかつてない好敵手を前に,実にうれしそうな顔でさらにオーラの出力を底上げしていきます。

純粋な力勝負である手前,その力の源であるオーラの減少は勝敗に大きく影響するはずです。

まだ一応互角に戦っていますが,パクノダの言うとおりこのままでは危ないのでは…?


「さぁ,私は色よい返答を期待しているのだけど。」

「…執事君は負けません。」

「そんなことは聞いていないわ。
勘違いされても困るけど,連れ帰る話はしょせん団長の気まぐれだし,別段殺すのをためらうわけでもないの。
…次にYes以外の返事をするならば―」

「…。」


パクノダがまた銃を具現化し,それをゆっくりとあげていきます。

縄で縛るだけの時間はありませんし,わたしごときがヘタに動いてもパクノダには確実に撃ち抜かれます。

おそらくできるのはあらかじめ後ろ手に取り出していた手錠をはめて,胸か頭を守るだけ。

脳にむかう思考停止をもたらす“記憶弾”か,心臓に向かう直接的な死をもたらす実弾かの二者択一。


「―あなたを撃つしかないのだけど。」

「…クソ食らえ,です!」


答えた刹那,夜闇に残像を引きつつ動く銃身に対して,手錠をはめたわたしの手首がとっさに守るのは,頭。

なんだかんだ言っても,パクノダは団長に従い,“記憶弾”を使ってわたしを無傷で連れ帰ることを選択するかと思ったから。

ダンと女性が使う銃にしては重い音が響いた時,わたしの腕に弾が当たった衝撃が,…走りませんでした。

賭けに外れたことに脳内で絶望が走ります。…しかし不可解なことに,衝撃を感じないのは無防備なはずの心臓も同じです。

そっと顔の前を覆う腕を下ろしてみると,見えたのは煙を上げながらわたしの胸の数センチ先に浮かぶ銃弾と,それをとめる,細い鎖。


「…鎖?クラピカ,くん?」

「あとは私が引き受けよう。」

「…王子様にはもうご退場願ったと思ったのだけど。」

「王子とは何のことかはわからないが…。私が王子だというのならば,あいにくと主役が死ぬことはない。」


すっと前にでたクラピカくんは,わたしを一度睨みつけたかと思うとすぐにパクノダに向き直り,頭上に掲げた鎖を振り下ろしました。

パクノダはそれを後ろに跳んでよけ,クラピカくんはさらにそれを追っていってしまいました。


ひとまずパクノダの脅威が去って気の抜けたわたしのそばに,メイド長がひょいと現れます。

あぁそうだ,はらはらしたとはいえちゃんと時間稼ぎを成功させたのですから,色々とわからないことを聞かなければ。


「メイド長,どうやってクラピカくんを?」

「罪悪感を縮小させました。私の念能力です。」

「え?罪悪感の縮小?そもそもメイド長って念を使えたのですか?それにしてはまとうオーラ量がすごく少ないですよ?」

「オーラは生命力と同義です。歳をとれば減少しますが能力を使う分には問題ありません。
私はお屋敷に勤めていたころから変わらずに念が使えます。能力は目を合わせた相手の罪悪感の操作です。
信頼関係のない能力者相手だと,操作に少々時間が必要です。
最後に,“クラピカ”はお嬢様を敵視していたので,自失から助け出したことの見返りにお嬢様より旅団の排除を優先させました。
…以上でよろしいでしょうか。」

「…うわぁ。」


…一息で聞いてもいない疑問の答えまで並べ立てられました。

それにしてもメイド長が念能力者なのは全然気づきませんでした。

今考えればかつてのお屋敷でのしつけって,全部能力使ってたんじゃないでしょうか…。

…いや,これをそれ以上考えるのはよしましょう。


「そ,それで,メイド長たちはどうしてここに?」

「旅団の暗殺に関して,“クラピカ”に用があったので探していたのです。
…まさか,探し当てたところでお嬢様がいらっしゃるとは。改めてお久しぶりでございます。
…またお会いできて本当にうれしく思います。」

「え,あ,…はい。」


その声には万感の思いがこもっており,彼女が普段表に出さない笑顔を浮かべていることが,さらにわたしの受け取る印象を深くします。

メイド長が向けてくる絶対の親愛が後ろめたいです。

わたしはそんなふうに想われていい人間ではないというのに。

おもわずメイド長から目をそらします。

するとずれた視界の中に,おもむろにウボォーギンと戦う執事君が現れました。

その様子は先ほど以上にオーラ量が減少しており,そのためかちょっと前まで繰り広げていた一か所に留まってのパワーファイトはなりを潜め,下がりながらの防戦一方です。


「…タカドめ,喜んでやがります。相変わらず阿呆ですね。」

「え?」


わたしにつられて執事君に目を向けたメイド長から小さな罵倒が漏れ聞こえました。

タカドは執事君の本名だったはず。


「メイド長,執事君が喜んでるってまずくないですか?
確か執事君の能力の“悲拳被顕(ヒケンヒケン)”って悲しい時にオーラが増える代わりに,嬉しいときにオーラが減っちゃうはずじゃ…。」

「その通りです。」

「な,ならどうして!?」

「おおかた,かつて一蹴された相手と同等に戦えるのが嬉しいといったところでしょうか。
もしくは時間がたってお嬢様が生きていたことに実感がわいてきたか,あとはその両方か…。」

「そ,そんな。」


これまでの執事君のオーラの減少は目に見えるほど激しいです。

いくばくかの期待を込めて,別の場所でパクノダと対峙するクラピカくんを見ますが,
あちらはあちらで互いに銃と鎖を警戒して大きな動きがなく,執事君の助けに回れそうではありません。

オーラの少ないメイド長に戦わせるのは論外です。

そこまで考えてからわたしが参戦するしかないと言う結論にいたり,手錠のかかったままの両手を握りしめて一歩踏み出したその瞬間のこと。

とうとう執事君はウボォーギンのえぐるようなボディへの一撃をよけ損なってしまいます。

体に加えられたその猛威を表すように,何度も地でバウンドしながらわたし達の足もとちかくまで転がされてきました。


「ぐっ,うぅ…。」

「執事君!しっかりしてください!」

「…か,はっ,おじょう,さま,申し訳…」


私の顔を見て安心してしまったからでしょうか,もとよりしぼみかけだったオーラがさらに小さくなってしまいました。

これならまだわたしのほうが強そうです。


「…おい,てめぇ。最初はなかなかやるかと思ったのに,なんだその有様はよ。」

「…うる,さい。だまれ…!」

「執事君,無理しないでください。」


倒れていた執事君はその両足に力を込め,ウボォーギンから守るようにわたしの前に立ちふさがりました。

けれどもう,だめかもしれません。

執事君がまともでいたときに共闘できれば,まだ目はあったかもしれませんが,わたし一人ではウボォーギン相手ではどうにもなりません。


「っは,何にらみつけてやがる。雑魚が何したって威嚇にもなんねぇよ。」

「…お嬢様,逃げてください。ここは僕が…」

「え,でもそんな…。」

「黙りなさいタカド。自分の能力に振り回されたうえ,ありふれた自己犠牲でさらにうかれてどうします。
どうせ自分が主人公か何かと勘違いしているのでしょう。虫唾が走ります。」

「め,メイド長?」


ウボォーギンが悠々と近づいてくる中,執事君へメイド長の容赦ない罵倒が飛びました。

そのいきなりのことに思わずわたしは戸惑ってしまいます。

それはウボォーギンも同じのようで,見るからに戦闘に耐えない老婆が割り入ってきたことに足を止め,困惑を隠せないようでした。


「いいですかタカド,よく聞きなさい。
お嬢様は逃げられません。いくらお前が時間を稼ごうと,絶対に追い詰められ殺されます。
無残に辱められ,四肢をさかれ,どぶの底に捨てられます。
タカド,それがなぜだか分りますか?それはお前が弱いからです。それはお前が守りきれないからです。
そしてお前はあの時のようにお嬢様を失う。全てお前自身の責任です。お嬢様が死ぬのは全てお前のせいです。」

「メイド長!そ,そんな言い方しなくても…」


間に割って入って弱っている執事君への負担を和らげようとしましたが,言葉半ばに腰が引けてしまいました。

それほどにメイド長の叱責は鬼気迫るものであり,その目は不自然なほどオーラにあふれ爛々と輝いています。


「お嬢様もお静かに。…ではタカド,今の言葉を理解しましたか?
――そう,理解したのなら,その一部にでも罪を感じたなら,私の目を見ろ!!
そしてその莫大な罪と悲観に溺れて勝て!タカド!!」

「…は,い…っ。もちろん,です…っ。」


メイド長と執事君が目を合わせるとたちまちにしぼみかけていた執事君のオーラが息を吹き返し,それは強い光となって漏れ出します。

それはウボォーギンの全力をしのぐほどの,かつて見たことがない強力なオーラ。

しかしその強大な力とうらはらに,執事君の顔は醜く皺でゆがみ唇をかみしめ,強く握りしめたその手は血の気が引いていました。


「おぉ,やればできんじゃねぇか!」

「…死ね。」

「はっ,さっきまで負け犬だったくせに吠えやがる!俺はなぁ,そういう勘違い野郎を返り打ちにすんのが―」


ウボォーギンはバックステップで執事君から距離をとると,その場にあった一本の立木の力任せに引き抜き―


「―一番好きなんだよ!」


執事君にむかって投げつけまいた。

執事君は迫りくる巨大な体積を上に跳ぶことで避けましたが,それこそがウボォーギンの狙いだったのでしょう,
先回りして跳んでいたウボォーギンが空中で身動きの取れない執事君の背に,組んだ両手を振りおろしました。

執事君は地面にたたきつけられ,あたりに地響きがとどろきます。


「そんな,執事君!」

「ざまぁねぇな。単純なオーラ量に胡坐かいてっから,そうなるんだ,よっと!」

「…。」


地面にうずくまる執事君に着地したウボォーギンがさらに詰め寄ります。


「これでぇ…,なっ!」

「…終わりだ,か?」


ウボォーギンがその右手に念を込め,おそらく“超破壊拳(ビックバンインパクト)”を放とうとした寸前,
その腕は素早く起き上がった執事君に手首をつかまれ止められました。

執事君はあれほどの威力の攻撃を食らったというのに,服こそボロボロですが体に致命的な傷はほとんど見当たりません。

執事君がウボォーギンの手首を締め上げるメキメキという嫌な音が,離れた私にも聞こえてきました。


「離せ,ごらぁ!」

「いやですよ。ふぅ,…僕はもうこの悲しみをもらしはしない。ヘタな優位で浮かれることもない。…一撃で,殺す。」

「くそ,やめっ,がっは…!」


執事君はもう一方の拳に正視できないほどの光を放つオーラを込め,捕まえていたウボォーギンの胴めがけ突き出しました。

またも空気を震わす衝撃があたりに響き,吹き荒れる乱雑な風におもわず目をつむり顔をそむけてしまいます。


「ウボォーっ!」


悲痛の混じるパクノダの声を聞きかろうじて目をあけると,目に入ったのはなおも執事君の手からぶら下がるウボォーギン。

…しかしその腹から下は,最初から何もなかったかのように痕跡一つ残さず消失していました。


「…パク,…逃げ,ろ…。」

「く,ぅ。…えぇ,…っ。」

「クラピカ追いなさい!」

「っ!言われなくとも,追う…っ!」


もはや明らかに手遅れなウボォーギンの言葉に,パクノダは苦々しい返答を返すと,
交戦していたクラピカを捨て置いて,ためらうことなくこの場を離脱します。

ウボォーギンのやられたことに気を取られて反応の遅れたクラピカも,メイド長の叱責をうけたことでパクノダを追って闇に消えて行きました。


そしてこの場に残ったのはわたしと執事君とメイド長に,命の消えかけた旅団の11番だけ,です。


「…まさ,か,こんな野郎に,…な。」

「まだ生きているのか,ゴキブリみたいなしぶとさだな。もしかして旅団全員そんな感じか?」

「…うっ,せ。死ね。…あと仲間に,手ぇ出してみろ,殺すぞ。」


もう必要はないと言うように,執事君はウボォーギンの腕をはなし,彼を地面に打ち捨てました。

かろうじて肺やのどが残っているのか,ウボォーギンは口から血を吐きながらも執事君に場当たり的な呪詛を吐き続けます。

…うん?目が執事君からわたしに移りましたか?


「…なにか?」

「考えてみりゃ,…がふ,…お前に,殺されたようなもんだ,な,こりゃ。」

「…まぁ,そですね。」


わたしを追ってここにきて,わたしの執事君に殺されたのですから,そう言えなくもありません。

さんざんわたしを振り回してきたのです。じつに清々します。


「お前が裏切っ,たら,…俺が殺して,やらなきゃと,思ってなんだが,なぁ。」

「…余計なお世話です。」


お前に殺されるのだけはまっぴらごめんです。

やはり長くは持たないらしく,しだいに声が小さく,息が細くなっていきます。


「まぁ,なんだかんだ言って,…お前と仕事すん,のは,楽しかったわ。…なぁ?」

「…お前と一緒にしないでください!わたしはそんな風に思ったことなんてありません!」


同意を求めないでください。お前の腐った感性なんか知りません。

目をあけるだけの力がなくなったのかそっと瞼をおとしながら,なおも言葉を続けます。


「相変わらず,うっせぇな。…まぁいい,こっちにきたら,また,殺してやるよ。………じゃあな,相棒。」

「………っ!?」


相棒,その言葉を最後にウボォーギンはその薄汚い生涯を終えました。

相棒,相棒!?ふざけないでください!

わたしがこの男の相棒だなんて,この男の犯罪の片棒を担いでいたなんて断じて認めません!

かつて旅団のなかで,ウボォーギンの相棒を自称していたのは,団員が絶対にそれを否定するのを知っていたからです!

否定されて,自らがウボォーギンの相棒でないことを確認するために言っていたのです!

それを,ウボォーギン本人が認めてしまうなんて,こんな悪趣味な話はありません!

それではまるでわたしがこの男と同程度の存在であるかのようではないですか!


「そんなこと,今まで一度も言わなかったのに!こいつは死に際でさえ何をバカなことを!
どうしてそんな見当はずれな,見当,はずれ,な…?」

「…お嬢様?」


執事君が心配そうな顔を向けていますが,そんなこと気にするだけの余裕がありません。

…待って,そう待ってください?本当に見当はずれなのでしょうか?

わたしは5年もまえから開き直ってはいませんでしたか?

旅団でのお仕事を嬉々として手伝っていませんでしたか?

時折,本気でウボォーギンの相棒を自称してはいませんでしたか?

…そうだ,執事君やメイド長と再開してしまった驚きのせいで,
または,ウボォーギンというわたしにとっての旅団の象徴が死んだ解放感のせいで,大事なことを忘れてしまっていました。

わたしは,大きな大きなたくさんのたくさんの罪を犯していたのです。

そう,わたしは…


「――死ななければ,いけないのでした…。」

「お,お嬢様,いきなり何を!?」


自殺なんかじゃ生ぬるい,誰かに殺してもらわねばいけません。

わたしの罪を知る人に,無残に,凄惨に,残虐に,苦しめられながら殺されなくてはいけません。

でもわたしの被害者筆頭のクラピカくんは,この場にはいない。

でも,もう耐えられないのです。

さっきの,ウボォーギンのせいで,罪深い自分を自覚してしまいました。

今すぐ誰かに殺してほしい,罪を償わせてほしい。


「もう,旅団でなければだれでもいい。執事君,わたしを今すぐ殺してください…。」

「…え?なっ…?」


わたしは傍らに立つ執事君の胸にすがりつきます。

わたしよりちょっと背の高い執事君の胸元からその顔を必死に見上げ,泣いてしまいそうな目で懇願します。

それでも執事君は妙な表情で困惑するばかりでまともな返事をくれません。


「だいじょうぶです。決して化けて出たりとかもしません。だから早く,わたしを…っ!」

「そんなお嬢様,どうして…。」

「…タカド,お嬢様をこちらへ。」

「え?あ,はい。」

「…あ。」


わたしは執事君から引きはがされ,へたり込みます。

そんなわたしの目の前にメイド長がしゃがんで,その皺の刻まれた手を頬にそえて,わたしの顔を上げさせました。

無表情のメイド長の,しかし優しい瞳に目が釘づけになります。


「…フェイメお嬢様,三度目になりますが,お久しぶりでございます。」

「…はい。」

「この5年間,お嬢様に何があったかはわかりません。ですがその様子だと,
いろいろとつらいことがあったのでしょう?さまざまな罪を重ねてきたのでしょう?」

「はい,はいっ!そうなのです!だから…っ!」

「でも,大丈夫です。」

「…え?」


やっとわかってくれる人がいたと感じた矢先に,またもメイド長はわけのわからないことを言います。

しかし,その言葉はわたしの内に染みわたりました。

なにが大丈夫なのかはさっぱりですが,でもがんじがらめだった心がちょっと軽くなった気がします。


「あなたは悪くありません。私が保証しましょう。」

「で,でも…」

「昔から私はウソをつきません,そうでしょう?」

「…。」

「もう一度言いましょう,フェイメお嬢様,あなたはなにも悪くありません。
全部しょうがなかったのです。さぁ,そんなことよりも一緒に帰りましょう。
新しいお家で,あなたの好きなものをふるまって差し上げますよ。」

「……。」


たしかに,たしかにしょうがなかったのです。

わたしは無理やりさらわれて,無理やり武器にされて,だから旅団に協力するしかなかったのかもしれません。

もしかして本当に,メイド長の言うとおり,わたしは悪くない…?


「…それなら,わたし,…シチューが食べたいです。…鮭の入った,あったかいシチュー。作って,くれますか…?」

「えぇ,もちろんです。さぁお嬢様,淑女がそんなところに座っていてはいけませんよ?ほら,手を貸しますから立ち上がってください。」


否定されるかもしれないと意を決して口にした質問に,メイド長は笑ってこたえてくれました。

あぁ,わたしは許してもらえるのですね,帰ったらまた執事君やメイド長と暮らせるのですね。

実に懐かしく感じる本物の嬉しさを胸に,わたしは差し出されるその手を――――



――――全力で打ち払った。



え?

からだの一部,腕から先が勝手に動いてメイド長の手は明後日の方向にはじかれました。

ありとあらゆることがあった今日のそれでも一番の驚きに,わたしの目の前も,意識も,すべてが真っ白になって―――


「なっ,お嬢様!?そんな,たしかに“お天道様のまなざし(エルダーアイズ)”は…!…なっ,ぐぅ!」


―――おれの意識が染め上げる。


「メイド長!」


おれが顔面を殴りとばしてやったメイド長のもとに執事が駆け付け容体をみる。

洗脳じみた能力の腹いせに,それなりの力で殴ってやったから結構危ないと思うんだが,執事の表情を見る限り大事ないのか?気絶はしてるけど。


「お嬢様,どうして!?」

「どうして,どうしてねぇ?お前さっきっからそれバッカな。」

「なっ。」


絶句する執事をよそにとんとんっとその場ではねて,体の調子を確かめてみる。

あぁ,まだこいつの物心つく前とか,こいつが切羽詰まってる時とかに半分でてきて助けたりとかはしてたけど,やっぱこいつの補助なしで動かしてみると違和感バリバリだわ。

こっち来てからは見てるばっかでちゃんと1人で体動かしたことないから,だいたいひぃふぅ…,23,4年ぶりか?

そりゃなまるよなぁ。


「あぁ,そんで,どうしてって説明だっけな。あー…。」

「……。」


あんまり態度が変わったせいか執事はぽかんと口をあけて茫然自失だ。

それも仕方ないかね。

さて,それじゃあいっちょ演説かましてやりますか。


「なぁおい,モブ執事よ。」

「は?」

「まずおれはな,理不尽なBad ENDが嫌いだ。悪役にさらわれて,その悪役に何もできないまま殺される。そんなのはクソ食らえだ。
次におれはな,ご都合主義のHappy ENDが嫌いだ。たまたま助けてくれた知り合いが特殊な力で今までの悩みもきれいさっぱり消してくれるとか,ねぇよ。」

「…お前誰だ。旅団の操作系か?」


執事はやっぱり追いつけていないらしく,おれをシャルナークなんかと勘違いしてやがる。

ったく,おれはあのキンパとちがってこいつを助けてやってるってのに,これだから物語ってもんが分かってない奴はいけない。


「ちげーよバカ。あの腹黒と一緒にすんな。それと人の話を途中で遮るんじゃねぇよ。えぇっとどこまで話したんだっけか?」

「…。」

「あぁそうだそうだ,…おれはな,物語の本質を突くTrue ENDってのが大好きだ。
そしてこの“フェイメ・ネームドエイチ”の物語はクラピカに殺されてクルタの罪を償うことこそが,まごうことなきTrue END!
それがなんだこいつ,モブのババアの能力に引っ掛かりやがって,おれが助けてやんなかったらどんなクソENDに突入してたんだか…。」


相変わらず執事は黙ったままだが,その沈黙は先ほどまでのあっけにとられたものではなく,警戒によるものだ。

こちらを睨んで,おれのことを見定めようとしているのが分かる。


「とはいえなぁ,こいつはいつもチャンス逃すし,クラピカもどっかいっちまったしなんか警戒してて手ぇ出してくんねぇし,
いまいち納得いかねぇけどもう正直お前でいいわ。モブ執事。」

「…なんのことだ。」

「こいつに罰を与えるキャラだよ。一応こいつの知り合いだし,主人のために涙ながら主人を切る執事。ウン,そんなのもまぁTrue ENDのうちだろ。」


もう物語も終盤だ。

いつもいつも失敗する体たらくなこいつの代わりに,舞台で踊ってやりますか。


「てなわけで,う”ぅん,ごほんごほん。あー,あ,あー…。…こんなものですか?…それじゃ最期の幕引き,お願いしますね。執事君?」



[19490] 能力設定集
Name: 褐色さん◆799f532f ID:640fa46e
Date: 2011/10/19 22:14
能力設定集。

主人公(フェイメ・ネームドエイチ)と執事くん(カラム=高戸)の能力の詳細です。
あくまで補足ですので,読まなくても大丈夫ですけど。





主人公の強化系能力①

“わたしのぱんつは鉄壁ぱんつ(ガールズサンクチュアリ)”

・この能力は使用者がどのような状態でも常時発動する。
・この能力が発動した場合,能力者のぱんつは能力者本人と能力者が心から許した相手以外おろすことはできない。
・ぱんつおよびその周辺部は危害が加えられそうになったとき,必要に応じて硬をおこない,ありとあらえるものからいっさい影響を受けない。
以上1話より
・ぱんつは能力者本人と能力者が心から許した相手以外,パンチラしても見えることはない。
↑2話にてさりげなく追加

補足
ぱんつというあまりに限定的な発動条件が制約となるので,かなり強力な硬を纏感覚で維持できる。
ぱんつとは能力者本人がぱんつと認識した物を指す。



主人公の強化系能力②

“束縛された安全地帯(レディースシェルター)”

・能力者が拘束された場合,拘束された箇所およびその周辺を硬でおおう。
・体の半分以上が拘束された状態でさるぐつわをはめると,頭部にも能力が発動する。
以上2話より


補足
本人が拘束され動けなくなることが制約となるので,非常に強力な硬,および堅を纏感覚で維持できる。



主人公の放出系能力

“わたしのぱんつは純白ぱんつ(ガールズシークレット)”

・ガールズサンクチュアリ発動中,排泄物を地中に転送する。
・レディースシェルター発動中,垢や汗などを地中に転送する。
以上2話にてさりげなく作成

補足
発動対象の限定的すぎることが制約になるうえに,念に目覚めた時,失禁していたことが関連付けされている。
そのためほとんどメモリを食わない。




主人公の強化系能力(?)

“戯破壊拳(ピックパンインパクト)”

・弱体板“超破壊拳(ビックバンインパクト)”
・念によるやや高威力物理攻撃
以上第6話より

“束縛された安全地帯(レディースシェルター)”を手元にかけて,気合い入れて殴るだけ。
念は心技体の心部分が結果に大きく影響する。よって打撃に名前を付けただけで何となく強そうに感じ,実際それなりに威力が上がる。
正確には能力ではなく技。






執事くんの強化系能力

“悲拳被顕(ヒケンヒケン)”

・悲しみの感情におうじてオーラ量が増減する。
・悲しいと感じていると増えるし,嬉しいと感じていると減る。
上がり幅がおおきいが,反面,下がるときも一気に下がる。
以上3話より

補足
叫びは一種の自己暗示。
師匠の殺されたとき本能的に作成したという設定があるが,たぶん本編では触れられることはない。



やっぱり念能力はシンプルでなんぼだと思うんだ。
ほんとは主人公も執事くん位にしたかったけど,いつの間にやらごてごてと。
…どうしてこうなったorz


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