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[19683] 【完結】僕と兄貴と銀河天使と (現実→ギャラクシーエンジェル)
Name: HIGU◆bf3e553d ID:4f1e9adc
Date: 2014/05/16 01:27
この物語を端的言うならば、オリ主成長モノです。
ゲーム版原作のシリアスな世界観で揉まれていく主人公(笑)の話です。


コンセプトは
『お菓子とお酒の話におつまみのチーズが入ってくる』
です。一見よさそうですが、いろいろと変なところもある。
そんなコンセプトです。
チーズはお菓子よりも、お酒と相性が良いわけですので
ヒロインとかはちょっと……という話です。
大体第1部の二十話くらいまで主人公はうざいことに定評があります


続編も始まってます。よろしければどうぞ。


ハーメルンとのマルチ始めました。
誤字修正の理由付けです。



[19683] 第一話 『第1章日常世界』から『第7章現代ファンタジー』の構成でした。
Name: HIGU◆bf3e553d ID:4f1e9adc
Date: 2014/05/16 00:58



第一話 『第1章日常世界』から『第7章現代ファンタジー』の構成でした。





やあ!俺は 蒼龍 刹那
日本人みたいな名前だけど 母親はイギリス人で
髪の毛は金色 目の色は青。身長は188cmの18歳
あんまり大きな声じゃ言えないけど、俺実はトリッパーってやつなんだ。
死んだ時に神様に会って、ちょっと力を貰って転生した俺は、いろんな世界を回って平和を維持している。
具体的には自分のことしか考えない、自己中心な厨二的オリ主を倒すのが俺の役目さ!
どんなやつでも俺の闘気を圧縮して打ち出す技 「神破断滅弾」で一撃だぜ!
まあ、昔俺が未熟だった頃は、たくさん失敗したけどな。そのせいであいつも………。
おっと、今話すことじゃなかったな。忘れてくれ。
でも最近悩みがあるんだ、妹分の幼馴染と、近所のお姉さんがどーも仲が悪そーなんだ。
朝起こしにくる時とか、昼の弁当の時とかいつも争っている。 
昔は仲良かったのにどうしたのだろうか?
他にも、クラスメイトとかに俺がお礼を言ったりする時、笑って「ありがとな」っていうと急に皆よそよそしくなるんだ。
本当にどうしたんだろうな?
おおっと!出動の連絡だ! やっぱり俺は今日も闘わないとな!戦場がオレを呼んでるぜ!!
TTOJ(Trippers Team Of Justice)の切り込み隊長 SETUNA SORYU として!!
























14歳の時の「僕の来世帳」 第4章最強系 候補7 より(通称黒歴史ノート)抜粋 






「ああああああ!! もういっそ誰か僕を殺してくれ!!」


えーと、始めまして、絶賛絶叫中の僕は大田達也 19歳
どこにでもあるような名前と、何所にでもいそうな外見の持ち主だ
身長170cm 体重75kg 黒髪に茶色の目、若干猫背ぎみ。
体格はいいけど特にスポーツをやっていたわけではないので、べつに喧嘩とかに強いわけでもない。
彼女いない暦14年。これだけはゆずれない、人生=じゃないのだ。

さて僕のことを長々と語ってもつまらないし、現状を説明すると────


「えーと、今度は人外とのハーフ系か………なになに………「やめろぉ!!」


えーと、引越しを友達に手伝ってもらったのが運の尽き、仕舞ってあったブツを発見されて僕の目の前で読まれている。
何とか阻止しようとしているのだが、さすがに3人で押さえつけられたら勝てるわけがないだろ。
四対一とか卑怯だろう、常識的に考えて。


「悪魔と天使のハーフの父親と、世界一の魔法使いである母親を持つ俺の名前は『闇の番人』ラザフォード=N=カイザー………英語とドイツ語のごっちゃかよ………うわー。しかもラザフォードって苗字だぞ」


もう止めてくれええぇ!!












「ああ………酷い目にあった」


あいつらが帰って2時間後。あいつらが一通りからかって引越しの手伝いも終わらせて帰ったあと。
僕は4畳半の和室で仰向けに倒れていた。きっと今鏡を見たら、ハイライトの消えた目が見えると思う。

経験のある人はわかるかもしれないけど黒歴史ノートは暴露されると本当にきついね。
親にベッドの下に隠してあるアレなものを机に出されるのより精神的に来るものがあるよ。


「畜生………僕が何をしたって言うのだ」


あんなやつらもう、友達と呼ぶものか!!
でも、あれ? 僕ってそうするともう友達がいないような……
ええい! そんなことどうでもいい! 今は荒んだこの心を癒すべくゲームをするぞ。


「さて………昨日インストを終えたばかりの奴でもやるかね」


さっきは言わなかったが、僕はいわゆるオタクと呼ばれる人種だ。
人種ってなにさ。みたいな方もいるかもしれないが、僕はそう思うから割愛する。
僕は、アニメとかラノベより、ギャルゲーのほうが好きで、ほとんどコレにお金をつぎ込んでいる。

生まれて始めてやったギャルゲーはGalaxy Angelシリーズだ。
僕の一番のお気に入りで、今でもついついやってしまう作品だ。

何よりも好きだ!! みたいなヒロインはいないけど、一部の例外を除いてはどのキャラクターも嫌いじゃない。

シグルト・ジーダマイアとかぐらいだね、嫌いなの。あとその参謀。
エオニアだって、彼なりの考えがあったのだと思うし、レゾムだってどこか憎みきれない馬鹿さがある。

ついつい語ってしまったが、実を言うと僕はこんなにもGAが好きなのに『Ⅱ』をやってないのだ。
なんというか、ストーリーは知っているけど、手をつけていないのだ。
理由は笑っちゃうような物だけど、自分で攻撃できるモードがあるのがどうも気に入らない。
やっぱり、タクトの指揮下で指示によって動く戦闘にあこがれるのだ。

とまあ建前はそういう事にしている。本当のところは

「エンジェルと肩を並べて戦える主人公に嫉妬して感情移入できない気がする。だよね………やっぱり」

そう、やっぱり僕も男の子である、年齢=彼女いない暦ではない(ココ重要)が、それでもやっぱりそういう感情はあるのだ。

え? ゲームのキャラクター相手に何言っちゃっているの?だって?
ふっ………今世界中の人間の1割を敵に回したようだな………。
え?多すぎだと?いやいやきっとそんな事ないよ。コレぐらいが妥当な割合だよ。たぶん

まあいいや、ともかく僕はいわゆるオリ主みたいな存在になるのにすごく憧れていたのだ。
主人公になるより主人公の友達になりたい。RPGでも主人公は喋るほうが好きだったし。だからこそのあのノートだしね。


さて、こんな話おいといて………ってあれ?
ゲームを起動しようとしたPCの画面を見ると、ディスプレイいっぱいに黒い背景に白地でメッセージが書かれていた。


────おめでとうございます。あなたは別に選ばれたわけではないけど、こちらの一身上の都合により、転生してもらいます

「何だ? これ? 」


おいおいおいおい、テンプレだよ。この後画面に吸い込まれるか意識が真っ暗になるのだろ? きっと。
やべーよ! オリ主だよ! オリ異世界か? それともどっかの作者が書く二次創作か? うおー!テンション上がってきた!!

『能力を差し上げます。なにかはおのずと解るでしょう。では5秒後に開始します。5,4,3,2』

「お!? 続きが出た! おおー!!」


そのとき僕はその能力にすごく期待していた………
でもまさかあんな能力を貰うなんて思いもしなかったのだ………




みたいなこと言うと最強形じゃなくなるから決して言わないぜ!
さあ、カウントが0になるぞ!


『1,0 いってらっしゃい もう戻って来られないけどね』


その文字を僕が読みきった瞬間。昔のコントみたいに床がぱっかり割れて僕は落ちていった。
















やあ! 僕は太田達也だったものさ、今の僕の名前はタクト・マイヤーズ そう、ギャラクシーエンジェルの主人公さ!!

彼みたいな柔軟な発想が出来るかわからないけど、今の僕は原作知識を持っているからね………子供のうちから勉強すればなんとか代役くらいは出来るだろ。レスターもいるし。

さーて、早くエオニアクーデター始めないかなー。エンジェル隊は皆僕のものだぜ!!



















なんて展開にはなるわけもなく
普通に僕は転生した。まあ憑依じゃなくて転生って言っていたものね。
現在の僕の名前は


「ラクレット、お父さんが呼んでいるから来なさーい」

「はーい」


今呼ばれた通り僕『太田達也』の名前は ラクレット ラクレット・ヴァルターって名前になった。
確かスイスか、フランスだかのチーズの名前だった気がするのだけどまあ気にしてもしょうがないのでいいや。
髪の色と目の色は限りなく黒に近い青です。普通に黒に見えるけど、よく見るとダークブルーってやつ。本当に濃い色だけど。
ちなみに家族ではこの色は母さん似だ。父さんや兄さん達は、薄いブルーだ。そして、家族みな美形だ。僕は前世の顔ほぼまんまだ。理不尽である。



僕の住む星は辺境であるクリオム星系にある星で、
特に名前はないというえらい田舎な星だ。便宜上、クリオム星系第11星というらしい。エリアならぬ、プラネット11ですね。
星の大きさもわりかし小さい、と言っても前の世界の月と同じくらいだけど。
重力とかそういうのは、ゲームだからなのか知らないけど、皇国内では共通だそうだ。
まあ重力発生装置があるのだしその辺を使っているのだとは思う。




さて、ここでちょっとこの世界について説明しておこうと思う。
まず、トランスバール皇国には3種類の星がある。皇国の直轄星(通称直轄星)と、皇国貴族領星(貴族星)、そして、現地政府の自治権の認められている星(自治星)の3つだ。

直轄星は、その名の通り皇国の直轄領で、トランスバール本星を中心に、全体の4割ほどだ、辺境に行けば行くほど少ない。

貴族星は貴族の領地でおおよそ全体の3割ほど。だいたいが直轄星を囲むように存在している。

最後の自治星も3割ほどで、コレは基本的に辺境の星となる。
まあ自治と言っても、軍の規模とか、中央への上納金の額とか決まっているから、属国みたいなものだね。

僕の住むクリオム星系第11星は、当然自治星となっている。


ともかく、これから僕はどうしようかと悩んでいたら母さんに呼ばれたのだ。いや、父さんか。
何で悩んでいるかというとこれからの介入予定についてだ。
そもそもこの世界には先ほど軽く述べたとおり貴族制というものがある。
こんな辺境にすんでいる人物はよほどの努力をしない限り、中央で何かを成すなんてことは出来ないのだ。
まあ、軍の士官学校に通うくらいならそこそこのお金さえあればいけるんだけどね………基本的に慢性的人材不足だし。


問題なのはどのような兵科に行くかだ。普通に考えて、原作介入には指揮官とかになるのが一番なのだろうけど。
自分レスターみたいに優秀な人物でもないのだ。士官学校にいってもモブの1人で終わりかねない。そもそも年齢も違うし。


かといって、既存の紋章機の………例えば『カンフーファイター』のパイロットになって、代わりにエンジェル隊入りしたとする。
そうした場合ヒロイン達の誰かとは会えないし、原作から離れすぎるし、何より自分に適正があるかどうかもわからないのだ。

何気にこの世界って、市民Aからの原作介入が難しいのである。まあ、前例というか二次創作が少ないのも原因なのだろうけど。
リリカルな世界とか少年魔法先生の世界みたいに、前例が山ほど確立されているわけじゃないからね。



「で、何か用事?父さん?」

「ああ、今日でラクレットも5歳になるからね。ちょっと見せたいものがあるんだ。ちょっとついてきてくれないか?」

そういえば、今日は僕の5歳の誕生日だった。
そう言って歩き出す我が父の背を僕は歩いて追いかける。


さて、歩いている間暇だからこんどは僕の生活について少し説明しておこうか。
この星の生活水準だけど、結構高い、イメージして欲しいのは、地球の現代でヨーロッパのほうの田舎暮らしだ。
水は湧き水だけど、電気はあるし、ガスもある。普通に地球と同じだ。
まあ、惑星間移動とかが出来るからね………田舎でも大して差はないのかね。

家族構成は両親と兄二人だ。最も兄さん達は今学校のため別の星に行っていて、年末くらいにしか帰ってこないけど。
上のエメンタール兄さんは、クリオム星系の本星にある学校に通っている。僕の9歳年上で、いま14歳のはず。やっていることは普通の勉強らしい。将来は家を継ぐから、いずれは農業関連の勉強をしたいといっていた。帰ってきている時は、ガールフレンドと通信をしているのをよく見る。まあ……普通の人だ。

下のカマンベール兄さんは、7歳上。12歳ですでに、トランスバール本星の大学院で研究をしている。何かロストテクノロジーの研究をしているらしいが、詳しくは解らない。「ロストテクノロジー研究の若き天才」とか呼ばれていた。いずれはどこかの研究所で働きたいらしい
ロストテクノロジー研究の総本山の白き月の巫女は、まだ男性ではなれないらしいので、皇国立の研究所に行くのだろう。 
こっちは結構な変わり者で、よく独り言をつぶやいていたりしている。何言ってるかわからないけど。


両親の職業だけど、父さんはなんとこの星の総督だ。と言っても名前だけでやっていることはたいしたことはなく、会社でいうと、日本の企業の海外支店長みたいな役目らしい。何でそんなことやってるかというと、昔々ご先祖様がなんかこの星の開拓をしたんだと。

クリオム星系は星系でひとつのまとまりなっていて、エメンタール兄さんが行っている星に国会があり、そこで決めた内容に従うというのがそれぞれの惑星の役目みたいな感じである。
イメージ的には、農業用プラントの代表者(名前だけで権力は無い)みたいな感じかな?
第11星は、住民のほとんどが農業に携わっているから。まあ祭りの時とか何かあるとき以外は普通に、執務室でなんかやっているだけだけどさ。ちなみに家の畑は別の人が管理してくれている。

母さんはいわゆる専業主婦に近い。たまに父さんの仕事を手伝ってはいるけど基本的にはそうだ。使用人とかいても、家事が好きな母は自分でやるのだ。本人曰く昔は周りの者がやってくれたから、覚えるのに苦労したそうだ。

ちなみに、アニメとかエロゲとかによくいる年齢不詳の母親じゃあない。でもなぜか父親は無駄に外見が若い。14の子供がいるくせに、20台くらいにしか見えない。どうよ、それ?

家はまあ、田舎ならこんなもんだろうってぐらいには広い。100m四方くらいの土地に家が建っている。回りは皆畑で、最寄りの町まで農作業車で30分。お隣さんまで歩いて30分。
代々総督なだけはある。まあ、名前だけで基本的に権力持たないのだけど。貴族じゃないからね。

しかも上の兄さんが後継ぐから、僕は好きなものになっていいそうだ。この辺は感謝だね。


「父さん、見せたいものって何?」

「ああ、ヴァルターの家が代々受け継いできたもので、裏山の洞穴の奥にあるものさ」

「代々受け継いできたもの?」


おいおい、なんか面白そうなものじゃないか。コレはオリ主パワー覚醒アイテム入手イベントか!
魔王……失礼、魔砲少女のところのデバイス見たいな感じの。


「ああ、なんでも、ご先祖様が使っていたものらしく、『意志ではなく、その友により、この翼は動かされん』っていわれていてね」


その時僕はティン! と来たね、オリ紋章機きた!! って。コレで僕が乗れて覚醒イベントですね解ります。


「へー、どんなのなの?」

「それは見てからのお楽しみさ」











(おいおいおいおい、なんだよこれ………)

裏山の洞窟についた僕は、父さんの案内で奥に進んだ。
中はひんやりしていて、そんなに奥まで深くも無く、懐中電灯があれば余裕で見渡せるくらいだった。
1分ほど歩いたら少し開けた場所に出た。

そこにあったのは、青色の装甲を持つ、僕の主観からすれば巨大な戦闘機のような形のモノだった。


「驚いたか、これはな、我が家に伝わる、ロストテクノロジーかも知れないものだ」


というか、すごくマイナーだと思うが、これは某エロゲに出てくる攻速天使に少し似てる。
アレは装甲が赤いが、それを丸々黒色っぽい青に変えたものだ。僕の髪と同じ色だ。
うん、ぶっちゃけ紋章機っぽいもんねあれ。翼あるし。
両手は、装甲と一体のジャベリンではなく、剣のようなものを握っている。


「これに乗れるものが現れた場合、その者に授けよ。と代々言われていてな、俺も5歳の時にやったがうんともすんといわなかった。もちろんエメンタール達も試してみたけど、動かせなかったんだ。二人ともたいして気にしなかったけどな」

「つまり、僕が動かせたら、あれ、僕のになるの?」

「そうだ、100年以上前に来た調査団も、この洞窟から出すことが出来なくてな、動かせたらやるといわれてしまったよ。この梯子を上って中に入ってみろ。そして座席に座って両手でレバーを握る。それで動いたらお前のものだ」


この洞窟入り口は狭いけど、『ソレ』がおいてあるところはホールみたいな吹き抜けになっている。
この上のから吊り上げようとしても、ソレ自体が固定されていて起動しないと動かないそうだ。

にしても、うんともすんともいわないとかいうのから考えて、オリ紋章機か………いや、それとも漫画版かな?確か2つくらい別のもの正式名称不明みたいのがあったし。
まあいいや、今わかることでもないし。


「じゃあ、乗ってみるね」

僕はそう言って、設置されている梯子を上りコックピットに入る。
中は……座席が浮いている細長い箱ッといった感じだ。座席が浮いている球体の紋章機のコックピットとはデザインが違う。紋章機じゃないのかな?
あまり気にせず座席についた僕は、手汗をズボンで拭ってから、深呼吸して操縦レバーと思うそれを握った。





















そして僕は、『ソレ』を起動させることに成功した。








────────────────────
オリ主がうざいのは仕様です。



[19683] 第二話 しかしながらピーマンは好物です
Name: HIGU◆bf3e553d ID:4f1e9adc
Date: 2014/05/17 12:33



第二話 しかしながらピーマンは好物です






はいはい、どうも主人公のラクレットです。
機体をあっさり動かせるようになった僕は、現在7歳です。
アレからすでに、2年たっているんだよねー。
最近では、機体を実家の上空で飛ばしたり、許可とって近くの小惑星帯で訓練したりしています。
しかも、僕の機体は変形するのだ!!戦闘形態と移動形態のふたつに!!
戦闘形態でも速度はカンフーファイター並で、装甲はハッピートリガーより少し弱い程度、さらに燃費は物凄く良い。
移動形態は攻撃がほとんど出来ないけど、カンフーファイターより少し速く飛べる。というチート性能!!
すごく順調な、僕のオリ主ライフ!!
このまま原作まで突っ走るぜ!!





































今回は別に嘘は言っていない。

僕は、機体を動かせることがわかった後に、とりあえず白き月に報告しようと思って、ちょっとしたコネクションを持っている兄に頼んだ。
ぶっちゃけると、シャトヤーン様を見たかったって言うのもあったのだけれど。


今まで説明してなかったから言うけど、僕が生まれたのは、皇国暦398年 解りやすく言うと、ヴァニラの一個上になる。
だから、僕が5歳になったのは原作開始9年前、だいたいシャトヤーン様がシヴァ皇子を出産したくらいになるのかな。占領と同時に妃になっていたからね。

それはともかく、そういう理由で、謁見は難しいかなと思っていたのだけど、案外半年後にあっさり謁見することになった。やっぱ、紋章機? っていうのは大きいね。



「ここが、白き月か………外から見た以上にでかいな………とても人工の天体だとは思えない」


今僕は白き月の謁見の間に向かって案内されている。家から、トランスバール本星にある白き月までいろいろ経由しなければいけないから4日かかる。子供が一人で行くのには少し長い旅程だと思ったのだけど、両親は別に僕一人で行くことを許可してくれた。まあ、カマンベール兄さんみたいにもっとしっかりしている人もいるしね………。

それで、白き月の港についてから、移動用の乗り物(名称がわからない、エレベーターみたいになっているから暫定的にそう呼ぶことにする。) に乗って移動して。さらにその後今20分ほど歩いている。


「ええ、とても驚いたでしょう?ここにはたくさんのロストテクノロジーがあってね、私や貴方のお兄さんはそれを研究しているの」


僕を案内してくれているのは、兄さんの知り合いというか、大学時代同じカリキュラムをとっていたらしい、タルトさん(25歳)だ。

僕の口調が若干大人びすぎているのにも特に気にしない良い人だ。大抵の人は驚くものなのだけど。
まあ、直接聞いてみたら「君のお兄さんで慣れているよ。だって、6歳で私と同じ大学に入ったんだよ?」 だそうだ。 なるほど、確かにそうだね。


「さて、この扉の先に、白き月の聖母シャトヤーン様がいらっしゃるから。決して粗相の無い様にね」

「はい。ありがとうございます」

僕が、扉に近づくとブゥゥゥンという音とともに緑色の光があふれて、扉は開いた。 無駄に凝った自動ドアだと思う。
そのまま中に入ると、そこには

「貴方が、ラクレット・ヴァルター君ですね。私が白き月の聖母シャトヤーンです」


僕が始めて見る原作キャラがいた。正直見惚れてしばらく声が出なかった。皇帝が戦争をしてまで妃にしたのも解った気がした。









まあ、どんなことを話したかは詳しくは省くけど、

許可はするから、緊急時になったら力を貸して欲しい。

てことを言われただけ。 僕も元からそのつもりだったし、僕の機体についていた、『名刺サイズの発信機』を渡した。(どーせ、使わないからね………、この後、市販の民間用つけたし)

コレで、9年後に白き月からエルシオールが出る時、シャトヤーン様がルフト准将に渡してくれれば良い。

一応将来何かあって脱出しなければいけないときが来たら、それがある場所へ駆けつけます。みたいなことを言っておいた。さすがに黒き月の事は言わなかったけど軽くほのめかしておいた。

無理でも僕の機体所持の許可のために契約書を書いてもらったからそれでいいし。

あと、「将来は白き月の近衛隊に入ってくれるとありがたいのですが」て言われたけど、まあそれは、僕が大きくなってからということでお茶を濁した。
なんせ、これからかなり体制が変わるからね。

さて、一応僕の機体は、分類的に金持ちの持つ小型の宇宙船舶扱いになった。
速度は戦闘機を余裕で越えるのにね。

何でそんなことになったかというと、シャトヤーン様の許可が出たからもあるけど、何よりの理由は。


この機体  「武装がない」  のだ。


腕みたいな部分が剣を握っているだけで、レールガンも、レーザーも、ミサイルも、フライヤーも、アンカークローも、ナノマシンもない。それどころか一般的な火器管制システムすらない。

剣にしたって、僕が乗って『クロノストリングエンジン』を動かして初めて使える。(剣の周りに、エネルギーが展開されて青白く輝く)

要するに燃費がいいのは、剣しか武器がついてないからなのだ。

そして、戦闘機が持つ剣は、皇国の法において兵器ではなく、装飾品になるのだ。船につける飾り扱いである。実際に切れるにもかかわらずに。

つまりは、所持はシャトヤーン様に、使用は皇国に認められたのだ。
だから、一応税金を払っとけばそれでいいのである。














「よし!! 行くぞ!!」

そう言って僕は、左右のレバーを握る。頭上に天使の輪の様な『天使環(エンジェルリング)』が展開する。

『Human-brain and Artificial-brain Linking Organization System』 通称 『H.A.L.Oシステム』が起動し、僕の精神と機体のシステムがリンクする。

『クロノストリングエンジン』から、エネルギーが全身と機体にめぐるのが解る。

戦闘形態で離陸した後、機体を移動形態に切り替える。
今僕がいるのは、スペースデブリの集積場の入り口だ。と言ってもただの小惑星帯だけど。

ここはよく僕が訓練に使う場所だ。決められた曜日の決められた時間以外は無人なので、誤射の心配がないのだ。

さっきも言ったが僕の機体は、弾薬が全く搭載できない。
だから訓練中の武器代でお金がかかることもないし、燃料も『クロノストリングエンジン』から発生するエネルギーなので、『短時間で大量に消費する』といった戦闘行動でもしない限り問題ない。

パーツの劣化とかは当初心配していたが、ナノマシンによる修理をしてくれる会社があるのでそこに頼んでいる。本業は宇宙ヨットの整備などの会社だ。ちなみにその費用は親が出してくれている。

と言ってもこの訓練自体二ヶ月に一回くらいだし、たいした事はしないから、半年に一回で済んでいる。
出力も、自分のテンションで引き出せる3割くらいでしか動かさないことにしているし。

上下左右、直角に曲がったり、回転したり。時には機体を90度傾け縦にして。
とにかく進む、このゴミの山の中。さっき軽く言ったけど僕がやっているのは訓練だ。

『クロノストリングエンジン』を使っての高速移動で、障害物のすれすれを通ったり。それを慣性飛行でやったり。戦闘形態に切り替えて、自分より大きなデブリに近づいて切りつけたり。要は近接戦の練習だ。

この訓練は、もう1年以上続けているけれども、正直あんまり上達した感じはしない。機体の操縦自体はかなり簡単だった。まあ、乗れるか、乗れないかの問題がメインだったと言うのもあるし、ミルフィ-ルートですらミルフィーはエースだけど機体の腕はそこまでじゃない、といった旨の事を言われてたんだから。

もちろん上達した部分もある。僕は最初からどうやって動かすのが理想的なのかがなんとなく解った。けれど、どうやって攻撃すればいいのかよくわからなかったのだ。とりあえず両手についている剣で、いろいろ切りつけていると、なんとなく最適な使い方が解ったのだ。他にも、慣性飛行やら、そういう普通に動かす以上のやつは、何度かやってみてコツを掴む必要があるのだ。


あと、一回だけ全力で動かしたけど、別に普通に小惑星のなかを潜り抜けることが出来た。
なんかよくわからないけど、周囲の状況が頭に伝わってくるのだ。そういえば、機体というより、『H.A.L.Oシステム』には予知能力があったからそれか、または僕のオリ主補正のどっちかだろうと思う。


そんな感じで、この小惑星帯の9割くらい進んだところで、自分の集中力が最大になったのを感じた。
目の前にあるのは、直径80メートルくらいの星だ。
僕は自分の集中力を解き放ち叫んだ。


「今だ!! コネクティドゥ……ウィル!!」


僕のその言葉に反応して既に戦闘形態になっている僕の機体の両手の剣がよりいっそう輝く。

両手に持つ剣を合わせてより一つの大きな剣へと変える。
そのまま星の中心よりやや上部に突っ込むと剣が流れるような動きで、何度も星を切りつける。その剣の太刀筋は剣術のとある型の模倣に過ぎないが、それでもこの程度の物を砕くのには十分だ。
その勢いのまま、星の上半分を貫通して、僕は小惑星帯を抜けたのであった。


僕の機体につけられていた名前は 『エタニティーソード』 だったのだ。

特殊兵装は この、機体自体にプログラムされてある剣術の型どおりに高速で剣を振る『コネクティドウィル』


なんというか…すごく、ソゥユートを思い出す名前だ(破壊神? 誰それ? )。特に特殊兵装が。

名前にしたって、あれは The Spirit of Eternity Swordだったし。
まあ、名付けた人が同じく転生者だったとか、偶然だとかそんな理由だろうけど、気にしてもしょうがないので、深く考えないことにする。

























そんなこんなで、たまに訓練とかしているけど、原作に対しては布石を打っといただけで介入はしなかった。

あ、一応言っておくと、僕は6歳から普通に学校に通っている。そのうち飛び級でもしようと思っているけど、忙しくなるのである程度操縦の訓練をしてからにしようと思っているからね。


そんな生活がしばらく続き、僕が9歳になってしばらくした頃、エオニア皇子がクーデターを起こした。毎日のように戦況が入ってくる劇場型事件の様なものであり、皇国民の注目を集めた事件だった。
最も、2週間ほどで、ジーダマイヤが裏切ったことで早々に決着はついたけど。


そんなことより問題だったのは、国外追放になったエオニア皇子の映像を見たときだ。
彼の後ろには、もちろんシェリーだと思われる人がいた、だけどそれだけじゃなくてその横に


僕の下の兄 カマンベール・ヴァルターがいたのだ。





[19683] 第三話 ハーレム野郎?誰だ、それは?  byカマンベール
Name: HIGU◆36fc980e ID:731bb480
Date: 2014/05/17 13:25




第三話 ハーレム野郎?誰だ、それは?  byカマンベール









いきなりだが、俺には前世というものが二つある。
一つ目は、ただただ過ごしていた平和な人生。
もう一つは、自分の出来ることを最大限にした、戦いの日々。

自己紹介が遅れたな。俺の名前は カマンベール。 
カマンベール・ヴァルター だ。

3回目の人生を送っている、しがない技術者志望の人間さ。












俺がまだ、転生というものを信じていなかった頃の話だ。俺は朝起きたらいつも通り会社に行った。

その途中のフリ-ウェイで起こしてしまった交通事故であっさり死んだ。

俺は留学して最新医療を学べる大学の医学部に入るために渡米した。でもいろいろあって、コンピューターにはまって、必死に勉強しなおして某巨大企業に入った。
日本と違って、比較的簡単に学部を変えられたから楽だった記憶がある。

まあそんなこんなで、就職してから自分の好きな仕事が出来るという、人生でも有数の幸せな時間を過ごしていた俺だが。

さっきも言ったようにあっさり死んでしまった。

まあ、短いけど充実した人生だったな って思って目を閉じて気がついたら。



もう一回生まれた。
名前も姿も生まれた場所も時代も全然違ったけど、前の『俺』の記憶があったのだ。

その世界の歴史はどうやら俺の知っているものとは全然違くて、宇宙人?と戦争をしているらしい。
しかも人類は圧倒的に劣勢だそうだ。
俺が生まれたのはそこそこ由緒正しい家で、両親は二人とも軍人だった。
だったというのは、俺が15になる時に、死んでしまったからだ。
俺は思った、こんな前世の記憶を持つなんて変なガキでも育ててくれた両親。

そんな両親が命をかけた守った国を守りたいと。

他の人から見れば、たいした物でもないことかもしれないし、何より世間的には民のために戦う家に生まれたのだ。

そんなの当たり前だといわれるかもしれなかったけど、俺は確かにそう思ったのだ。
だから俺は、技術廠に入った。
先ほども言ったが、俺は頭が良い、だからだと思うが特に何かはいわれなかった。

そこで俺は、現在主力として使われている、二足歩行のロボットを、どうにかして強くする研究を始めた。

無人操縦の時の効率運用のためのAIを組んだり、無人操縦の時に後方から同時にかつ迅速に指揮を送ることの出来るシステムも作った。

他にも、普通にOSの改善をしてみたりとかもかした。

結果的にそれがどれだけの人の役に立ったかはわからない。でも俺は精一杯やれたはずだ。

人類の運命をかけたある大きな作戦が終わってしばらくした後に、俺の作ったシステムが正式に国の軍で使われるように決まったのを俺が聞いた時にはすでに俺は、持病で余命わずかだったから。

俺は二回目も人生を送れたことに感謝して、そのまま死んでいった。
なのに!!























「だからき~ぷおんすま~いる、てんしのしんふぉ~に~」

「うっせーぞ、ラクレット!! 通信つないでいきなり歌いだすな!」


さらにもう一度転生してしまったのである。
今度生まれたのは、物凄く文明の進んだ世界だ。
皇国自体は400年くらいしか歴史は無いけど、地球なんてのはもう地図にすら載ってない(元々無かった可能性もあるが)

人類が宇宙に出てからすでに何万年もたっているそうだ。
俺は、なんか金持ちの家の次男に生まれた。両親は普通に優しいし、兄貴はすごく普通な人だし、弟は普通におかしい。
そんな極平凡な家に生まれたが、俺が5歳の時に我が家の伝統ということで、戦闘機を見せられた。

この世界は、結構技術が発展しているけど、旧暦という時代はもっと発展していて、クロノクエイクという災害が起こって、文明が衰退したそうだ。

その戦闘機は、どうやらその時代の産物らしい。うんともすんとも動かないから、我が家の所有物になっているけど。
それを見たとき俺は強く思った、「素晴しいと」 こんなにも優れた機械があるなら自分も見てみたい!!どういうシステムで動かしているのか気になる!!
俺はその時それを強く願った、それ以来俺は、ロストテクノロジーを解析して理解する能力を持っている。
頭の中で声がしたのだから、そういうことなのだと思う。まるで決められたことのようにそう思えたのだ。

実際に乗ってみたら戦闘機は動かなかったが、当たり前だ。
俺は技術者で研究者だ。

その後俺は両親に頼んで、本星の博物館に連れて行ってもらったときに、学者先生に頼み込んで本星の大学に進むことが出来た。

この辺は運の要素も強かったが、もし出来なかったら、自分で論文を書いて送るつもりだったから結局変わらなかっただろうけど。

まあ、ともかく今12歳の俺は、去年占領された白き月のことで今一層盛んな、ロストテクノロジーの研究に力を入れていた。

そんな中、確か5歳になった弟から連絡があったのだ。
弟はなんか変だ。なんというか、俺と似ている感じがするからすごく変なのだと思う。

まあともかく、連絡してきて、いきなり歌い始めるとは、よほどいいことでもあったのか?


「で、どうしたんだ?いきなり歌いだしてご機嫌じゃねーか」

「うん、実は僕、紋章機のパイロットになったんだ! やべーよ、オリ主的覚醒だよ!! 」

「オリ主ってなんだよ………。にしても紋章機って………あああれか。あの戦闘機動かせたのか? 」


そっか、あれ紋章機っていうのか、知らなかった。ラクレットは時々良くわからないけど名前を知っていたりするからな………

何でかと聞くと「原作知識によるチートだ!」って訳解らないことを言うからスルーしてるけど。でも基本的に後で調べるとあっているから侮れないというか。


「おう、それでだけどさ、一応家の物になっているわけだけど、ロストテクノロジーだし一度くらいは白き月に報告とかすべきかなーと思ってさ。ロストテクノロジーなら兄さん詳しいでしょ?」


「なるほど、それで俺にか。一応白き月にいる知り合いに聞いてみるから、明日のこの時間に連絡しろ」

「了解したぜ!」


そう言って、ラクレットは通信を切った。いいねーすごく人生楽しそうだ。
まあ、そういう俺も結構楽しんではいるのだけど………


「もう、50年以上生きているのだがな………彼女が欲しいぜ」


俺が、仕事というか、好きなものにのめりこみすぎる傾向のためか、今まで彼女が出来たことがない。
最初の人生では、魔法使い一歩手前だったし。前の人生でも、兄貴にはいた婚約者も、俺は体が弱くていなかったし。

もっとも、俺は付き合っても仕事にのめり込むのは変わらないだろうから、仕事についてこられるくらい頭の良い女が理想だな。

欲を言うなら、さらに可愛い感じがいいな。
まあ、そんなの早々いないだろうけど。


「さてと………………………あ、こちらカマンベール・ヴァルターですが研究員のタルトさんは……」
















あれからしばらくたったが、どうやらラクレットは白き月の聖母シャトヤーン様に謁見することになったそうだ。

まあ、そんなことも関係なく、研究に没頭していた俺は、彼の接近に気付けなかったのは当然といえるだろう。



「えーと、この前発見された自身の体を構成する物質を一時的の他のものに変換することができる機械だけど………ふむふむコールドスリープ中に用いられていたのか」


その日俺は、いつものように、自分のやりたいように研究をしていた。
俺は、ロストテクノロジーがどのように使われていたのかを推測したり、それをどのような形で発展させるかみたいな研究をしている。

前世の影響で軍事転用の方向に発想が行きがちになっているから、今の主流とは違うこともあり、やや日陰者な俺は、自分の研究室にずっと篭っているようなものだ。


だから、少し前から周りが慌しかったり、上司が自分のデスクや、研究室の清掃に余念がない様子に気付けなかったのである。

そういうわけで後から知ったのだが、その日はある人物が査察に来る日だったそうだ。


「うーん、運用するためには、実際にコレを使用したであろう物を見てみないと使い方が解らないな」

「お前が、カマンベール・ヴァルターか?」


俺は、名前が呼ばれたので顔を上げると、軽く180cmを超える、英雄の彫刻のような男が立っていた。
着ている服はいかにも高貴なものが着そうなもので、しかも後ろに付き人のような女性と黒服のSPまでいる。貴族か何かだろう。俺はそうあたりをつけた。


「はい、そうですが………。えーと、どちらさまで?」

「余は、エオニア・トランスバールだ。お前は、ロストテクノロジーの軍事運用について研究しているようだな。しかもなかなか優秀だといわれている」


エオニア・トランスバール
確か、現皇王の甥っ子で、王位継承権は存在しない人物だった気がする。
にしても何で俺なんかのことを知っているのだ?


「もったいないお言葉です。皇子」

「謙遜せずとも良い。お前の作った、『レーザー銃に対する防弾シールド発生装置の小型化』はコストはかかるが、大変素晴しいものだと思う」


ああそれか、最近発掘された、エネルギーを歪曲させる装置を使ってみたやつだ。


「さて、いきなりの本題だが、我の下に来ないか? お前のような男こそ、余が理想とする皇国にふさわしい男だ」

「はぁ?………失礼。私がですか?」


いきなりの言葉に少々無礼な物言いになってしまった。反省反省。


「そうだ、カマンベール、余はロストテクノロジーを使えば、皇国の領土拡大などはたやすいと常々思っておる。それは、研究をしているお前が一番わかるであろう?」

「ええ、正直規格外なものや良くわからない物も多いですが、概ねその通りかと」


そうだ、ロストテクノロジーは正直 最初の人生で見た青い狸の秘密道具と同じレベルだ、ほとんど覚えていないけど。もう、40年以上前だからな。仕方ないけど少し寂しいな。
ともかく、そういった物を利用していけば、未だに難航している皇国の版図拡大のための調査船派遣をする船を建造できるであろうし。未だに消えない宇宙海賊の撲滅にも近づくであろう。


「しかしながら、白き月を占領しても直轄領にしただけで何も変えないとは。全くもって理解不能だ……それどころか聖母の為とは……呆れて物も言えぬ」


そう言うとエオニア皇子は俺の前まで来て俺の顔を見る。座っている俺とは(立っても155cmしかないが)物凄い身長差だ。
なんだよ、今まだ13になってないのだ。別にそこまで低いわけでもないだろう。にしても本当に綺麗な人だな、髪も長いし女性のような印象を受ける。


「白き月は、現在女性の研究者しか受け入れていない。その理不尽に思うところがないわけでもないであろう? もっとも数年すれば、そこそこの数の男性研究者がいけるように成るであろう。今は、少しでも臣民の人気を取らないと、占領が理由でただでさえ低い支持率が目も当てられないことになってしまう」


そうだ、俺だって最高の環境に行きたい、なによりこんな研究所に俺がいるのは年齢のこともあるが、きっと俺が男だからだ。まあ、研究の内容も、あまり受け入れられてはいないが
研究者を性別で差別するなと何度思ったことか。


「もう一度言う、余と共に来い。正しい形に皇国を戻すのだ」


その言葉に俺は、また自分の中で何かが変わったのを感じた。
よくある、この人のために、何かをしたいとか、カリスマに飲まれたとか。
そういうのじゃなくて、もっと単純にただ自分によくわからない何かが語り掛けてきたような感覚を覚えた。そう










こいつについていけば、面白いことが出来そうだ。







といった具合の助言が。
我ながら打算的すぎるが。ともかく俺は

「この非才なる身にかけて」


と返し、彼の前に跪いたのであった。
忠誠とかそんなの全くなくただ自分の欲望のために。
それが、俺の人生のいやもしかしたら銀河の分岐点だったのかもしれない。



[19683] 第四話 前世のバーゲンセール
Name: HIGU◆36fc980e ID:731bb480
Date: 2014/05/17 14:55



第四話 前世のバーゲンセール




それは、久しぶりにエメンタール兄さんが、家に帰ってきた時だった。
僕はその時9歳、エメンタール兄さんは18歳で、ハイスクールの休暇を利用した帰省の時だった。直接来たわけじゃなく、首都星でやってたアイドルのコンサートに参加してきたらしい。
遠回りなのに……よほどのファンなんだろうね、僕は興味ないけど。

兄さんが家に帰ってきたあたりでクーデターが始まったらしい、2週間くらいで鎮圧されてたけど。何気なくテレビを二人で見ていた時、エオニア廃皇子国外追放 というテロップを見て ようやくエオニアが出て行ったなーと 考えていた時だった。

画面が切り替わり、写真の右後ろ、エオニアの背後にいるシェリーの、横にいる家の兄貴に気がついたのは!!


────なんでアイツがシェリーの横に!!


奇しくも、エメンタール兄さんとタイミングと台詞がかぶってしまった。
すぐに執務室にいる父さんのところに兄さんが走っていって、僕は画面を保存した後、録画を始めて急いで母さんのところに行った。
僕と兄さんはほとんど同時に母さん達を連れて戻ってきた。兄さんが父さん達に説明しながら動画を見せている間、僕は兄さんの研究室に連絡を入れてみた。

すると、クーデターが始まる頃から、自分で休暇を入れていたらしい。よって全く知らなかったそうで、今ニュース見て研究所でも騒ぎになっているそうだ。
無論、兄さん個人に繋いでみたけど、反応は無かった。父さんと母さん達のほうを見ると、ショックで茫然自失としていた。







それからしばらくのことはあまり思い出したくない。ものすごい徒労感と疲労感がこみあげて来るからだ。
母さんはショックで気絶してそのまま寝込んでしまった。父さんは確認の為だ。と言ってトランスバール本星に行った。兄さんも、僕に母さんを任せると父さんについていった。


別に、僕は転生していたから精神年齢が高いからよかったけど、普通の子供ならどう考えてもトラウマものだろ。
だからそれを受け取ったのは僕が一番初めだった


「母さん!!兄さんから手紙が来ている!!」


いつもの太陽がちょうど真上に昇ったときくらいに来る郵便配達のおじさんから受け取ったのは、カマンベール兄さんからの手紙だったのだ。
後から知ったことだけど、クーデターが始まってすぐに別の星を経由して送っていたらしい。この時代は、手紙は小包みたいなのがメインで郵便はそこまで送られない。通信が便利すぎるからね………





兄さんからの手紙にかいてあったのは、


5年位前からエオニアと会っていて、たまに使えそうなロストテクノロジーの軍事転用が出来れば報告したりしていたらしい。
自分は、今のままじゃ、満足に自分のやりたいように研究が出来ない。
だからエオニアに付いて行けば、自分の好きなことが出来そうだから自分は付いたのだと。
それと、自分の名前を出さないことを条件にしてもらっているから、家族には迷惑をかけるつもりは無いとも書いてあった。
後は両親と兄に対する謝罪が書かれていた。(僕には書いてなかった)

ただ最後に『自分は前世の記憶がある。しかも一つだけじゃなくて二つも』と書かれていて、そんな俺でも育ててくれてありがとうという言葉で締められていた。











コレを読んだ母さんは、僕の予想を裏切り泣いたり取り乱したりしなかった。というか、「だからあの子あんなに頭良かったのねー」とかいってニコニコしていた。
正直今まで寝込んでいたのはなんだったのかと思ったが、本人曰く、「自分のやりたいことが出来ないのなら仕方ないわ」とのこと。


なんでも母さん実はとある貴族の次女に生まれたけど、父さんと会って半場駆け落ちのごとく結婚したのだそうだ。最終的には認めてくれたらしいけど、物凄く苦労したのだそうだ。
だから、本当に自分がやりたいことならそれはしょうがないとのこと。



「じゃあ、あの時寝込んだのは何でさ?」

「いきなり、息子がクーデターに加担していて、首謀者とともに国外追放だったら驚くでしょ?」


いや、まあ確かにそうですが………お母様切り替え早すぎでは?
それこそ、まるで台本があるかのような代わりぶりだ。それならきっと名女優だろうね。











さて、母さんの問題は思ったよりずっとあっさり片付いたけど問題なのは、カマンベール兄さんが転生者だったことだ。
正直、理解できないほど高度なことをやっていたって言う点から、気付こうと思えば気付けたはずだ。
だって、そんな六歳から大学に通う様な人だぜ?

しかもその後の研究成果に『重力制御を利用した頭につけると飛べる竹トンボ型の飛行機械製作に関しての論文』とか書いているんだぜ? 
青狸のアレだろ………何で気付け無かったのだと自分に言いたい。父さんや兄さんは手紙が届いた三日後に戻ってきた。一応手紙内容はメールで送っておいたけど。


そして、二人曰くカマンベール兄さんは、行方不明者扱いに成るそうだ。皇王自らが投資している研究所の職員が、エオニアと一緒について行った事は皇国的には秘匿したいそうで、ニュースを流していたテレビ局に圧力が掛けられたそうだ。


まあ、顔が一度出てしまっているのでそれがどれだけ効果があるかはわからないけど、それでもやらないよりはマシだっていうことだね。結果的に家族に迷惑はかからなかったのだし。
というより原作の時には、5年たつわけで、16歳の兄さんが(タクトと同い年)21になればそれなりに顔も変わってるから問題ないか。


「にしても、カマンベールには前世があったのか。通りで頭が良かった訳だな」

「夫婦そろって同じ台詞かよ」

「俺と母さんの愛は最強だからな」


うぜーよ親父、外見はともかく。実年齢考えろよ。もう50手前だろが。
母さんも笑って「もー、アナタったら」じゃねーよ。
そういえば気になったので祖父のことも聞いてみたが、父さんに家任せたあとどっかにふらりと旅に出てそれっきりらしい。前は近所────と言っても結構あるけど────の駄菓子屋ダイゴの近くにある一軒家に住んでたそうだが、ある時書置きと共に消えていたらしい。



「カマンベールは、自分のやりたいことをするためにエオニアに協力した。その結果国外追放になった。それはもう変えられない。だろ?父さん」


兄さんが、年齢を考えない馬鹿夫婦によって、この微妙になってしまった空気を元に戻してくれた。

この役目はいつもエメンタール兄さんの仕事だ。いつもご苦労様です。


「それで、エメンタールが母さんとお前に言いたいことがあるそうだ」

「僕と母さんに?なにさ、兄さん?」


せっかく思ったよりずっとあっさり片付いたんだから蒸し返すようなことは言って欲しくないのだが。今僕はエオニアが5年後攻めてくるという歴史が変わったらどうしようかとか、実際に戦う時にどうしようか?悩むことは多いのだから。


「ああ、母さん、ラクレット。俺も実は前世が有るんだ。自分が覚えている限り3つ」



………………え? なんだって?
で済ませられればどれだけよかったか。


「驚くのも無理はないと思うのだが………それと、多分ラクレット。お前もだろ?」


ちょ!! 何いきなりカミングアウトした後に暴露していますかこの人は!! にしてもなぜ解った?
自慢げに原作知識で物の名前とかをカマンベール兄さんに教えている時か?それとも、よく歌っていた時か?前の世界の曲を。
あーもう、別にもうなんか言ってもいいけど、このタイミングでかよ………息子が国外追放されたすぐ後に、息子達が全員前世持ちでしたとか。
普通の親ならショックで気絶するぞ?


「………そうだけど………別に今言わなくたっていいだろ? 」

「今言わなかったら何時言うんだよ? むしろタイミング的は最高だろ?」

「確かにそうかもしれないけどさ………母さん達的にはどうなのそれ?」


そういって僕は母さんのほうを見る。するといつもどおりニコニコ笑っていた。父さんのほうも別に驚いた様子も無く………………まあ兄さんから聞いていたのだろうけど。その表情は何時も通りのそれだった。


「別にお前達の前世がなんだろうと、何か変わるわけでもないだろ?」

「そうよ、エメンタールも、カマンベールも、ラクレットも皆私達の可愛い息子でしょ?」


いや、まあそうだけど。ここはもっと、
オリ主的に、こんな元々生まれたかもしれない人格を塗りつぶしているかもしれないのに、自分を本当の子供として扱ってくれてありがとう。
的なイベントにシーンだろ?もっとこう感動的というか、BGMが流れているとかCG一枚手に入ったりする様なイベントだろ?涙を誘うシーンだろ?


「なんとなくお前が何を期待しているかわかるけど、案外そんな物だろ?両親共々すんごい緩いから特に」


前もそうだったしなー。とエメンタール兄さんは言うと。「喉が渇いた」と言って、台所に向かうためにリビングから廊下に出て行った。
父さんも「仕事が滞っているから」残して兄さんに続いた。


「こんなにあっさりでいいのかよ………」


そうつぶやいて、残された僕は二人の出て行った扉のほうを呆然と見つめていその場に立ち尽くしていた。
そんな僕に母さんは一言

「さて、この部屋も掃除しちゃうから、部屋に戻って宿題でもしてなさい」


といって。なんかもうどうでも良くなった僕は部屋に戻るのであった。



[19683] 閑話 長男エメンタール・ヴァルターの野望
Name: HIGU◆36fc980e ID:f00f2e36
Date: 2014/05/17 15:51



閑話 長男エメンタール・ヴァルターの野望





俺は、多分銀河最強の存在だ。
自惚れでは無くそう思う。
そもそも、これから起こり得る未来をある程度まで把握しているし、
チートな能力も持っているのだ。



エメンタール・ヴァルターそれが俺の名前。全く、エメンタールと言えば、チーズの王様ではないか、俺にふさわしい。
そんな俺は、何回も生まれ変わりと言うものを体験している。

神に会った事は無い。なぜ生まれ変わり続けているのかは知らない。
最初は、主人公の双子の兄として生まれ、幼少時に故郷が悪魔の襲撃にあった。その時に弟は父親の杖を、俺は魔法の呪文が書いてある紙を貰った。そのまま、最強オリ主としてのテンプレのような生活を続けて、封印されていた吸血鬼を救い。何もかもハッピーENDとして生を終えた。



二度目は、全く知らない世界だった。超常の力が普通に存在する世界であったが、前世の影響もあり生まれながらにして俺は最強だった。なにせ前の世界の能力が、そのまま使えたのだ。その結果、俺は調子に乗りすぎて、全世界に狙われるようになってしまった。結局、死ぬ直前俺が思ったのは、自重するべきだったと言う後悔だった。


そして、今、ギャラクシーエンジェルという、また知っている世界に生まれた。前と違い、魔法と呼ばれる力は一切使うことが出来なかった。
俺なりの考察だが、コレは、EDENと呼ばれる銀河に魔法と言う概念が存在しないからではないかと思う。まだ未来は確定していない為、NEUEが存在しているわけでは無いので魔法が使えない。
つまり、NEUEの存在が観測されれば、使えるかもしれないという事だ。しかし、前回で学んだ俺はそんなに勢いよく介入しようと思わない。俺は、介入して原作が崩れたら……などと気にすることは無い。
俺以外がやるなら勝手にやれ、責任は自分で。仮に世界が滅びても、まあこれだけ生きているならばもういいかとも思えるからか? だけど、何もしないと言うのは面白くないから、安全そうなイベントには参加してみようと思う。


と言うか、戦闘以外ならいくらでもだ。
また、コレは5歳になったときに気付いたことだが、俺の能力の本質と言うのは、『一度手に入れたものならいくらでも使える』という、なんともまあ、中二臭漂う、転生者向けの能力だった。
とりあえず、自分の最初の世界で使っていたラップトップを何も無いところから取り出してみたり、いろいろ試してみたら、無機物なら何でもいけるみたいだ。
そういう訳で、きっと自分の能力である、魔法もすでに身についてはいるのだが、世界の法則ゆえに発動できないのであろう。


そして、今10歳の俺は、ひたすら普通に生きるフリをしつつ、良く二次創作で見る、現代日本のサブカルチャーで金儲けと言うのをやっている。最初は、自分のホームページに、冗談半分でとあるアニメに字幕をつけてアップしてみたところ、物凄い量のアクセスがあったのだ。

100以上の星系からなる国なわけで、人の数が多いのもあってか、広告料が入ること入ること。一日に300万人も来るのだ、正直阿保かと、馬鹿かと思うような勢いで俺の講座にお金が入ってきた。
なんでも、アニメーションという文化はあるものの、ここまで娯楽に特化したものはロストテクノロジーであり。しかも、全く知らない言語で話している辺りが、歴史的価値すら有ると言われたのだ。

殺到する「誰が作った」と言うメールには、無回答のまま3ヶ月ほどそのようなペースで回してたある日。俺は、いろいろよからぬ事を思いついたのだ。どうせ親の仕事をついでも暇になるのだから、自分で商会でも作ってみようと。そうして、アニメ、漫画、ゲーム、小説、音楽、他エンターテインメントなど。娯楽を与えることに特化したグループ 「チーズ商会」を立ち上げたのであった。


弟が、原作に介入したいと言っている。俺が転生者だとわかってから、その手の話題をよく振ってくるようになった。こいつは、自分の機体を手に入れてから、どんどん自分に酔っている。学校の通信簿に、奇怪な言動が目立つと書かれるくらいだ。どーやら、こいつの原作知識は1のほぼ全てと、2のおおまかなストーリーくらいしかないみたいで、エルシオールについていきたいと言っている。まあ、それは問題ないので、頑張れと言ってやった。俺は、原作ヒロインとかあまり興味ないし。

一目見れればそれでいいくらいかな? 弟が、接点持ってくれるなら、むしろありがたいくらいだ。と言うより、大学で彼女できたし。幼馴染の娘。彼女もいるし、将来も安定しているし、副業(こっちのほうが収入がすごい)もかなりの成果を挙げている。
適当に引き出したアニメなどを字幕つけて渡せば、勝手に声を当てたりなどしてくれるのだ。


俺が、実質の最高責任者だと知っているやつはほとんどいないので、気楽なもんだ。いろいろ、ノウハウをつませたり模しているので、オリジナルの作品もそろそろ評価を受けてきている。

そして、一つの作品ごとに、それの関連商品まで売れるのだ。製造はこちらでやって、販売はブラマンシュに任せている。あと俺の指示で、とある艦を作らせている。コレは原作介入をするために使おうと思うっている。
まあとにかく、銀河有数の金持ちで、恋人もいる俺は。



「保険も作らずに命を懸けて原作介入なんて、割にあわねーよ」


コレに尽きるわけである。



[19683] 閑話 白き月
Name: HIGU◆36fc980e ID:f00f2e36
Date: 2014/05/17 16:52




閑話 白き月





その日トランスバール星系に無数の無人艦隊が迫っていた。
後にエオニア戦役と呼ばれる戦いの始まりであった。



「謎の艦隊がトランスバール星系から少し離れた宙域にドライブアウトした」との報告があったとき、トランスバール本星周辺軍の対応は正直見られたものではなかった。


最初はまだ良かった、伝令に懐疑的な上層部が偵察機を送り確認したのである。しかしながら、なかなか鮮明な絵がとれずに意見がまとまらなかった。その間に進行ルート上の軍基地が敵の圧倒的な数によっていくつも壊滅状態にされていく。さらにその事実の報告を目の前にしてもまともに取り合うのは一部の者のみ。大半の幹部達は「我らが無敵のトランスバール軍の艦隊がそのような目にあうわけがない」といって、まともに考えなかったのである。

後にこの発言は「確かにこの時の皇国は ”無敵”だったのであろう」といわれるのだが。閑話休題、彼等が信じることが出来なかったのも無理も無いのかもしれない。なぜなら先にも述べたように、届いた映像は不鮮明で、通信の状況も悪かったのである。そのため恒星から発せられた電磁波か何かかもしれないなどとの意見が出たのだ。しかしながら結果として黄金よりも貴重であろう時間を溝に捨てるようにして費やしてしまった代償は大きかった。





第一方面軍の艦隊のうち2割が沈んでようやく状況が動くこととなる。
動いたというより、変化したであろう。正しく記すなら悪化であるが。今度は責任の擦り付け合いを始めたのだ。やれ、あの基地の司令は何をやっている!! など、どれそれの艦隊の艦長がこの沈んだ船の責任を取るべきだ!! 等である。
結局、本星ならびにその衛星に駐留する軍隊が防衛線を張り終えたのは、正体不明の艦隊の到着予定時刻まで3時間になってからだった。

半ば計画的に行われたある意味出来レースであったエオニアのクーデターへの対策……いや『対応』が問題なかった結果、慢心を招いたという説もあるが、あまりの悲惨さは後の歴史家や庶民の間でその後の『人類の黄金期』『最強最高の軍隊』を持つ治世とよく比較される。
結局の所、この時代において、宇宙海賊以外の敵、外敵が存在しなかった皇国軍は惰弱であり、戦争とは何かを理解していなかったのだ。



敵艦隊がトランスバール皇国本星に来るまでに8つの軍基地を壊滅させていた。しかも対峙した艦隊の4割が沈み、3割は大破、無傷と言ってもいい艦は1割程度しかなかったのである。この時点で、戦闘を行っていた第四方面軍が首都星近辺に撤退。その後急遽第一方面軍に組み込まれ、本星近衛軍とともに防衛線の構築を開始したのである。
その防衛線に動員された戦艦の数は、皇国の全戦力の55パーセントという膨大な数であった。しかしながらエオニアの無人艦は、駆逐艦などの小型缶を中心ではあったが、その倍近い数を有する圧倒的な軍勢であった。






本星に防衛線が張られた頃、白き月では、急ピッチでエルシオールの発信準備が行われていた。これはすべてシャトヤーンの指示によるものである。彼女はここまで強大な戦力を作り出せるものを1つしか知らない。
もう何度も代替わりをしたために記憶は劣化しているのだが、一つ覚えていることがある。そのものが来るのならば十中八九本星は堕ちる。その為彼女はやや無理やりだが脱出の準備を始めていた。


白き月防衛軍司令であるルフト・ヴァイツェン准将も『月の聖母専用護衛儀礼艦エルシオール』の発進準備のために、動いていた。庶子出身の彼は白き月の防衛という、中央からは微妙に距離は置かれつつ重要される役職を当てられていた。階級も同期の中では2位に倍する物があるが、最も低いと言える。
そんな彼は、あくまで司令であるので、研究員が主である白き月において出来ることはあまり多くなかった。しかしながら彼はエルシオールを動かすためのスタッフとして、近隣の防衛衛星の人員を自らの権限を使ってエルシオールに配備させようとしていた。

そんな中、彼は白き月の聖母シャトヤーンに呼び出されたのである。彼は、彼女が脱出するための段取りかと思いすぐに向かうのであった。




「すみませんね、ルフト司令。このような状況でお呼びいたして」

「いえ、私はここの司令官ですからな。指示さえ出してしまえばほとんどすることがないのですよ」


確かにそれは事実であったが、まじめなルフトがそれだけで自分の仕事を切り上げるわけもなく、逃走ルートの検討やら、補給する場合の算段やらと考えなければいけないこともあるのである。シャトヤーンもそれが解っているが、あえて口に出さずに本題を切り出す。



「エルシオールですが、最優先でしていただきたいことがあります」

「最優先でですか?」


シャトヤーンの表情が真剣なものになったために、その神秘的で神々しい雰囲気に少々押されるルフト。ルフトのそんな様子を気にせずシャトヤーンは続けた。火急の事態である故だ。


「はい、ある人物をのせて、白き月から脱出して欲しいのです」

「構いませんが、その人物とは?」

「シヴァ皇子です。彼をここから逃がしてあげてください」

「シヴァ皇子ですとな!?」


ルフトはシャトヤーンの言葉に驚きを隠せなかった。
シヴァ皇子は白き月が皇国の直轄地になってから生まれた、御年10歳の最も若い皇子である。しかし彼は噂だと「地位の低い母親の子供のために、どこかの養護施設に預けられている」といわれていが、実際は白き月で生活していたのだ。


「はい。エルシオールにある皇族専用の部屋の準備の指示は出しておきました。ですから、後は本人の説得です。そちらも私がいたしますので。ルフト司令には移動中の皇子の警護を頼みたいのです」

「了解しました。全身全霊を持って勤めさせていただきます」


自分の知らないところですでに準備が終わっていたことに少々面食らいつつも、彼はシャトヤーンの要請を承諾した。


「護衛のために、エンジェル隊の指揮権を差し上げますので。どうかよろしくお願いします」

「エンジェル隊をですか。それは心強い」


エンジェル隊とは、白き月で発見されたロストテクノロジーである紋章機を繰る5人の天使達である。紋章機は一機で戦艦を打倒しゆると言われていて、皇国では最強の存在である。しかしながらパイロットになるためには特別な適性がなければなれず、さらに性能がパイロットのテンションによって変動するという、軍においてはかなり扱い難い性質を持った機体であった。 
白き月の最高戦力ではあったが、白き月には強力な防御フィールドが展開できるので、戦闘機が何機あろうと関係ないのでエンジェル隊もエルシオールとともに逃げるようにシャトヤーンは言っているのだ。
ルフトは、防衛線での迎撃に成功するのならばこの動きはすべて無駄に終わるのだが……と思いつつもそこまで楽観出来る訳でもないので、気合を入れなおす。なにせ今の軍はいくつもの方面軍をまとめた連合軍。聞こえはいいが、内実は指揮権の取り合い、責任のなすりつけ合い、手柄の取り合いといった争いに事欠かない烏合の衆だ。嘆かわしいと自制しつつ、彼は気持ちを切り替える。

シャトヤーンはルフトのその返事に満足したのか少し微笑むと、彼女の横の机に置いてあった名刺サイズの機械を手に取りルフトに渡す。


「それと、これを受け取っていただきたいのです」

「これは………発信機ですかな?」


シャトヤーンから受け取ったそれは、大変小型ながら、皇国で現在使われている戦闘機の発信機と同じ規格の物であった。50年程前に辺境の星で開発され、流通し始めたものだ。受け取ったルフトはどうしてこのようなものを? と思いシャトヤーンの言葉を待った。


「これは発信機です。もう10年近くも前になりますが、ある時私の元に紋章機を動かしたと称する者が現れたのです。その言葉は事実であり、彼が動かした機体は、代々家に伝わるものだそうで、個人の所有物扱いでした。年齢もまだ若かったこともあり、軍にも入れず将来口を利く代わりに、窮地の際は駆けつけると約束だけは取り付けたのです。」

「そのような人物が……するとコレは?」

「それは、彼が『万が一白き月から逃げるような事態に成った時に、駆けつけるからその目印に』と私に渡してくださったものです」


ルフトはそのような事態を予想した人物に少々驚きながらも、一部シャトヤーンの言葉に気になったことがあったので質問をした。


「彼ということは………その人物とは男性ですかな?」

「ええ、当時5歳になったばかりの少年でした」

「5歳ですか!? それは………」


ルフトはその異常なまでに若い年齢に驚くが、最年少のエンジェル隊員であるヴァニラ・Hは10歳から乗っていること考えれば年齢は関係ないのかもしれないと思った。しかしながら5歳はさすがに若すぎ、いや幼すぎだとも思ったが。


「もう10年近くも前の事になりますが、その家のしきたりだそうです。もし彼が来た場合に彼が自分の意思で力になってくれた場合は、受け入れてあげてください」

「了解しました。では、私は撤退準備に戻ります」

「はい、このような忙しい事態に呼びつけて申し訳ありませんでした」

「いえ、お気になさらずに」


ルフトはそう言って、謁見の間から退室し、自分の執務室に心なし早歩きで戻ったのである。



「あの兄弟は、一体皇国にどういった風をもたらすのでしょうか……」


閉まった扉を見つめつつ、彼女はそう呟くのであった。


この5時間後、多くの国民と貴族たちの予想を裏切り防衛線は突破され、エルシオールはクロノドライブにて逃走を開始することになった。

ここから物語は始まる



[19683] 第五話 オリ主らしい……?
Name: HIGU◆36fc980e ID:f00f2e36
Date: 2014/05/17 19:41


第五話 オリ主らしい……?




僕はラクレット。フリーの傭兵さ!
いや、別に今まで戦闘経験があるわけじゃないのだけどね。
まだ僕は14歳になったばっかりなのだし。


ああ、学校はクリオム星系の第4星ハイスクールに通っている。エレメンタリーから直接入学したから、ミドルスクール分を丸々飛ばしたことになる。もちろん飛び級です。トランスバール皇国では結構一般的に行われているからね……
僕が学校を選んだ理由は、学校の制服が黒のどっかで見たことある学ランだから。(そもそも星系内に飛び級を積極的に受け入れてるハイスクールがここしかなかった事は秘密)

制服の上にブラマンシュ製の白い陣羽織を着て、準備完了。最近伸ばし始めたツンツンとはねた髪と一緒で、まんまソゥユートです。本当にありがとうございました。まあ、あくまで格好だけで、転生しても顔は良くも悪くも無く(自己評価)だから、似てないけどね。目つきとかむしろたれ目だし、僕。

いや、僕がやりたくてコスプレ……もといリスペクトしているのだけどね……。エメンタール兄さんはコレを見せた瞬間に、牛乳吹いていた。アナタもこっち側の人でしたか…。あ、兄さんにその後、『求め』のレプリカ貰った。作ってもらったらしい。
そのお金は何所から……と突っこみたかったし、何でこんなに精巧なデザインなのか聞きたかったけどとりあえずスルー。結構重いし、何故か実際に切れる。毎日素振りをしてる。まあ、筋トレ見たいな物だね。どーせつかわないろーし。趣味みたいなものかな?








さて、いきなりだけど今は、皇歴412年━━━━━つまりクーデターの起こる年。というか

現在進行形で起こっています!! しかも、原作より若干規模が大きいです!!
おそらく、兄さんのせいです。きっと何か発明しているでしょうあの人が!! と言っても、エオニアが制圧した本星とその周辺の宙域の範囲が広くなっているだけです。だからそこまで原作に関係ないよね………とか思っていたのだけど。


よく考えるとそれって、『エルシオールの本星宙域離脱が難しくなる』という事だよね?
原作でも確かしばらくエルシオールが動かなくなるくらいだったのだし。
ヤバイ………エルシオールが沈んだら……ヴァル・ファスクに勝てないじゃん……ゲームオーバーだよ。


今さらどうすることが出来るわけじゃないけど………まあ、それに今のところは大丈夫みたいだ。だって、シャトヤーン様に渡した『エタニティーソード』も発信機が動き続けている。まあ、発信機の信号が受信できる位置に来るまで不安で胃が痛かったけどね………

ともかく今は、タクト達の船が、エルシオールにミルフィー達の先導で向かったから、それを追いかけることにする。近づくと気付かれるからすごく離れてだけど。さて、ここからが本番だね………楽しみだよ。






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ルフト・ヴァイツェンは、ブリッジで歯がゆい思いをして戦況を見ていた。このクリオム星系の端まで逃げてくる為に幾度となく戦闘を行ってきた。
騙し騙し警戒をすり抜けながら戦闘行動をとり、取り繕うように間に合わせてきた。そして流石にそろそろ限界が見えた頃に漸く、自分の教え子であるタクト・マイヤーズとレスター・クールダラスと合流できたのだ。その時の安堵は一入であろう。

しかしながら、その後修理の終わる前にエオニア軍の士官に見つかってしまい戦闘に移行したのだ。通常時であるのならば、紋章機で難なく撃退できるであろう敵だ。しかし今では連戦によりエルシオールの移動ならびに攻撃もできないという悪条件のもと戦っている。

頼みの紋章機のほうは、辛うじてきちんと整備された状態ではあるが、連戦によりパイロット達の疲労の色が濃い。当然のことである、ここまで24時間警戒態勢で、なおかつ数の減らない得体も知れない敵と、先行きが見えない状況で戦ってきたのである。むしろよくがんばってくれているほうだ。

こうも過酷な状況で、自分の半分も生きていない少女達にすべてを任せて、自分はせいぜいダメージコントロールしか出来ないこの現状に対して彼は歯がゆく思っているのである。



「『カンフーファイター』は一度下がれ!! 『ハーベスター』はナノマシンで『カンフーファイター』の修理を。二機の抜けた穴は『トリックマスター』がカバーしてくれ!!」

タクト・マイヤーズが『高速式リンクシステム』により動き続ける戦況の中、必死に指示を出す。流れるように動く状況の中、こうも的確な指示を出し続けている彼は、非常優秀な指揮官なのであろう。戦略家としては優秀だが、普段はサボってばかりの彼は、この状況下では誰よりも思考して勝利を目指せる人間だ。

この作戦の目的はあくまで、指揮をしているであろう『猪士官(レゾム)』の乗る敵旗艦の撃退だ。そのため無人機をすべて無視して突っこませるのが有効な策だ。しかし複数の方向からこの動けないエルシオールを狙われている。こういった場合1機を護衛に残しエルシオールは逃げるのが良いのだが、動けない現状では致し方あるまい。タクト達が乗ってきた3隻ぽっちの艦隊だけではとても守りきれないのである。


「こちら1番機『ラッキースター』エネルギーが10パーセント切りました!!」

「4番機『ハッピートリガー』エネルギーがもうない!! 補給を要求するよ!!」


そんな中でも、どんどん状況は動く。今まで、攻撃の要であったミルフィーユ・桜葉の操縦する機体『ラッキースター』のエネルギー残量は警告域に達したのだ。彼女の機体は総合的に高い性能を持っているが、そこまで燃費が良い機体でもない。高速で戦場を『カンフーファイター』と共に駆け回るが、『カンフーファイター』よりも燃費が悪いため先に燃料が切れてしまうのである。最高火力を持つ『ハッピートリガー』はもっと燃費が悪い。二機とも早いうちに補給が必要だ。
しかし今は戦闘中。無理やり補給しようものならかなりの時間を要してしまう。この刻々とせまる状況では、一秒の時間が黄金のように貴重なのである。補給したために戦闘に負けましたでは、お話にならない。


このエルシオールには、シヴァ皇子が乗っているのだ。今彼を失えばトランスバール皇国はおしまいだ。エオニアが完全に支配することになってしまうであろう。それだけは避けなければいけない。

そう、既に皇族の血は途絶えてしまっている。簒奪者であるエオニア廃太子を除く、唯一の生き残りがシヴァ皇子であり、彼を失うことは事実皇国現皇権の完全な滅亡になってしまう


(クソッ………せめてあと一手あれば………このままじゃジリ貧だ!!)


表面上は真剣な顔をしていても、内面では彼の心境かなり揺れていた。このままじゃどうしても手詰まりなのだ。燃料は減っていく一方であるが、実はまだ希望はある。敵の旗艦は馬鹿なのかこっちに突っ込んできているのだ。この周辺の敵戦艦を2,3沈めればその勢いで相手を撃てる。

しかしそれまでエネルギーが持つかといわれれば本当に瀬戸際で、計算予測させているコンピュータが示すこちらの継戦可能時間と、敵の到達予想時間がほぼ重なっているのだ。


「タクト!エルシオールのシールドも低下しているぞ!!」


彼の副官のレスター・クールダラスがタクトに報告する。いつも冷静沈着な彼らしくなく顔にはやや焦りの表情が見える。当然であろう、優秀な彼だからこそ手に取るように分かるのだ。この状況がいかに不利であるかが。


そんな時だった、レーダー担当のココ・ナッツミルクが一機の戦闘機が戦域に接近しているのに気がついたのは。
















正統トランスバール皇国軍 レゾム少佐の最大の不幸は、彼の率いていた戦艦が無人機で、それを率いるためのシステムが 正史よりも発展していた ことであろう。『高速遠隔同時指揮システム』ならびに 『高性能AI』 エオニアの配下の科学者が作った無人艦隊用の指揮システムだ。
通常のそれより、状況の伝達速度や、指揮の精度を上げるシステムと無人艦自体のAIの向上によりより高いレベルでの自動戦闘が可能となった。
その為、一つの艦隊に指揮官1名のオペレーターだけで回るようになったのだ。(最も、彼らの生活レベルはかなり低いのだが)
つまりは、戦闘になると、オペレーターが読み上げる戦況と自分で判断する状況を元に指揮をするので精一杯になってしまうのだ。コレは、人員の絶対的不足は解決しているものの、戦艦の戦闘力が人員の質に左右されてしまうという問題が出てきたのである。
その解決策として人間の指揮を助ける学習型の高性能AIが、経験を共有蓄積し時間経過とともに強くなっていくのだが、不運なことにそのAIには『その経験』が無く対処ができなかった。
故に、レゾムは自身の左後方から超高速で接近する機体になかなか気付かなかったのである。もっとも


「少佐!左後方距離8000から、戦闘機らしきものが高速で接近してきます。」

「フン!戦闘機一機に何が出来る、多勢に無勢だ。対空砲に任せ捨て置け」



早期に気付いたことで対応できたかどうかは甚だ疑問であるが。



「戦闘機、なおも本艦に接近!! 距離4000………3000!! このままだとまもなく衝突します!」


「なーにぃ!? えーい! 何をやっている迎撃だ!!」


「それが敵戦闘機が速過ぎて、敵の回避動作に追いつけません!!」

「か、回避だ! 回頭急げぇ!!」







「よっと!! 実弾とか思ったよりたいしたことないな! まあ、当たっても幾分かは耐えられるからそこまで怖くないからだろーけど!」


ラクレットは、彼の『エタニティーソード』を移動形態にしてレゾム艦に高速接近していた。彼がこの宙域に来たときすでに戦闘が始まっていたのである。彼は護衛を置いて飛び出しているレゾム艦を見つけて一直線で突っこんでいるのだ。


「よし! 攻撃形態に移行!! そのままぶった切ってやる!!」


ある程度接近すると、彼は機体の形態を攻撃用に変える。途端に格納されていた装甲が展開し碗部が伸びて来る。宇宙空間故速度が落ちる事はないがスラスターが減る為加速性能は落ちる。そのまますべるように旗艦に接触し碗部の先に握られている、エネルギーを纏った剣で切り付ける。彼の狙いは砲門だ、相手の火力をそぐのは戦術の基本である。
旗艦の左後方下部に接近し、そのまま追い越しざまに右の剣を突き立てると、まるでバターに熱したナイフを入れるかのように、剣は艦隊を切り裂いた。
そのまますれ違うと、今度は敵艦の前方で高速旋回し、敵艦正面上部に接近し、剣を機体の下に回しなぞるように飛ぶ。艦上部に設置してある砲門もこれですべて沈黙する。
いくつもの砲門を破壊し、テンションが上がってきた彼は、レゾムを挑発しようと思い通信のチャンネルのサウンドのみを入れた。


「どーだ、戦闘機一機だからと侮って貰っちゃ困るぜ!!」

「誰だ、貴様!!」

「はっ! お前みたいな小物に名乗る名はない!! 通りすがりの一般市民だ!」

「一般市民が戦闘機に乗って戦闘に介入するわけがあるか!」


レゾムからの最もな指摘を受けるが、中二全開モードの彼は、直前に言った台詞に酔っていてほとんどアタマに入らない。さらにテンションの上がってきた彼は、そのまま特殊兵装を使うために、さらに自分に酔う言葉を吐く。この数年間でわかったことだが、彼は素の自分でいるよりも、何かのキャラクターの科白を吐いたほうがテンションがあがるのだ。

「いくぜ!! 『H.A.L.Oシステムよ、我が求めに応じよ。オーラとなりて、刃の力となれ。インスパイィィィィッアッ!!!』(結構必死に声を作って成りきっています。)」


彼がそう叫ぶと、『クロノストリングエンジン』から『H.A.L.O.システム』によってエネルギーが引き出される。手に持つ剣が強烈に青白く輝く。両手を合わせ一つと成る。そして勢いを殺すことなく、むしろ加速しながらラクレットは機体を敵の旗艦の前方に接近させる。

そして、彼は再び叫ぶ


「今だ!!コネクティドゥ……ウィル!!」


その言葉がスイッチとなったのか、『エタニティーソード』は猛烈に加速し、一つになった大剣を振る。その動きには洗練された美はないが、ただ長い歴史を感じる鋭い動きである。その剣が敵の旗艦の前方の何割を削り取った。荒々しい剣舞の跡を残しながら機体はそのまま敵を通り過ぎ、ある程度進むと旋回し停止する。


「き…旗艦大破! 戦闘続行不能! 少佐! 直ちに撤退を!!」


「うぬぬぬ……ここは引いてやる!! 小僧!! それにエルシオール、覚えていろよ~~!」

「っへ、見かけ通り小物の台詞だな! いや、やられ役か、(アレで沈まないのかよ……ご都合主義な話だなおい。それとも 『コレが歴史の修正力か!?』って驚くべきなのか?)」


レゾム艦はそのまま撤退する。ラクレット的にはそのまま追いかけて行っても良かったのだが。ここで沈ませると歴史が変わりすぎてしまうし。と転生者特有のおごり高ぶった思考のままそう結論付けた。

何より、エルシオールがいまだにピンチである。数隻の無人艦は戦闘を中止して逃げた場合に受ける被害が大きいであろうことを計算して、戦闘を続行していたのだ。
彼はエルシオールの応援に向かうために機体を移動形態に変更した。そしてエルシオールに通信をつなぐ。特に意識したわけではないが先ほどから設定を変えていないので、サウンドオンリーである。


「こちら、個人所有機とそのパイロットです。航行中に攻撃を仕掛けられたために、自衛権の行使で敵旗艦を撃退しました」






時は少し遡ってエルシオール。

ラクレットの機体『エタニティーソード』が接近してきているのは、エルシオールの優秀なレーダーがキャッチしていた。最初に確認した時は、どこかの方面軍の生き残りか? などと思ったが、圧倒的な速度で接近するその機体には、民間機であるという識別番号しか出てこなかった。アルモは民間機に戦場へ入ってくるのを止めるように通信を試みた。しかし突然民間機が紋章機のような『どことなく生物を連想させられる』形に変形したのである。


「あれは! 紋章機!!」

「いや、それにしては少し小さいぞ!」

「内部にクロノストリング反応! 紋章機で間違いありません! そもそもあの速度が出せるのは紋章機だけです!」

「そんな……エンジェル隊以外の紋章機だなんて………」


タクト達が驚いている間に、その機体は敵の攻撃をかわし接近する。
そのまま接触するくらいの近さまで来るとそのまますれ違った。すると、レゾムの乗っている戦艦の砲門が爆発した。


「馬鹿な!! すれ違いざまに、剣で切っただと!? どんな操縦技術だ!」

「速い……カンフーファイター並の速さが出ています」

その機体が二度ほどレゾム艦とすれ違ったあと、両手の剣を一つに合わせて今までより一段上の速さで接近する。そのまま振り下ろし巨大になった剣でレゾム艦の先端部を削り取った。その規格外の動きにブリッジは沈黙した。


「うーむ、あの機体はもしや……」


今まで黙って眺めていたルフトの言葉に振り向く一同。しかし、ルフトの表情はやや気難しめであった。なぜならば彼は、もしあの機体を操縦している人物が、シャトヤーンの言っていた『彼』であるのならば、その年齢は14,5歳なのである。
しかしながら今の動きはいくら高性能な紋章機といえども、そう簡単に再現できるものではなかった。きちんとした教育を受けたパイロットが何年も自身を磨いてようやくできるような、いわば超一流の動きであった。


「知っているのですか? 先「あの機体より通信が入りました! どうします? マイヤーズ司令?」」


タクトが問いかけようとすると、その機体から通信が入ったのである。


「モニターに出してくれ。」

「いえ、それが、サウンドオンリーです」


その言葉に、クルーメンバーの顔が曇る。一般的にこの時代ではどのような通信も動画付きである。サウンドオンリーなんてそれこそ本当に一部の数世代前の船か、宇宙海賊のみである。あの戦闘機はどう見てもそんな数世代遅れのものではない。むしろ数世代先のものであろう。ということならば………などという考えであろうか。



「わかった、つないでくれ。」



タクトは、アルモにそう言うと、まだ宙域では戦闘は続行されていたが、エルシオールから離れていたし、何よりもあらかたが撤退していたので、大した事ではなくタクトは高速式リンクシステムによる指揮を一端切り止めて通信に集中した。


「こちら、個人所有紋章機とそのパイロットです。航行中に攻撃を仕掛けられたために、自衛権の行使で敵旗艦を撃退しました」


その声は、少々タクトの想定していたものより子供の声であった。


「こちら、エルシオール。艦長のタクト・マイヤーズだ。とりあえず君には悪いけれど確認が取れるまで、本艦の距離3000以内に近づかないでくれるかなあ?もちろん火器によるロックオンもね。俺達は、君が誰だか分からないからね」


とりあえず害意はなさそうなので、アンノーンに対するマニュアル的な対応をするタクト。その間にも、ココとアルモは戦闘機の持っている発信機の登録番号を皇国の膨大なデータバンクから検索していた。


「了解しました。一応許可証のデータを送りますね」


その言葉とともに送られてきたデータには、ラクレット・ヴァルター という名前とともにこの機体の所有を許可するとの旨が書かれており、最後に月の聖母シャトヤーンのサインもあった。そのことに、ココ・ナッツミルクは驚きつつも、紋章機であるから当然かもしれないと思い直し、そのサインが本物であるか鑑定を行った。

その間にエンジェル隊の紋章機が残存艦の砲門を沈黙させたと、アルモから報告が入ったために、タクトは一回全機を帰還させ後は味方艦隊に任せることにした。


「ラクレット・ヴァルターか……それで君はどうしてここに?」

「はい、そちらに自分の紋章機の発信機の反応を確認したので……」

「うむ、コレのことじゃな。シャトヤーン様より預かっているぞ」


今まで横で通信を聞いていたルフトは、その言葉に自分の胸ポケットしまってあった、シャトヤーンから渡されたカード大の大きさの物を見せた。タクトはルフトのその行動にやや驚いたものの、ラクレットに確認をとる。


「なるほど、じゃあ少なくとも敵ではないのだね?」

「はい、クーデターと聞いて、この機体の整備を行っていた所に、シャトヤーン様にお渡ししたその発信機の反応が動いたのを発見しましたので、契約の元に参上しました」

「そうか……じゃあ、エルシオールに来てもらえるかな? 直接話を聞くよ」

「解りました。一応シャトルの収容スペースがあれば搭載できるので、お願いします」

「わかったよ」


そう言ってタクトは通信を切ると、格納庫に向かうのであった。
そのあまりに自然な流れに、レスターはツッコミを入れることが出来なかった。数秒して気付いたレスターは何事もなかったようにタクトの後を継ぎ、味方艦隊に指示を出すのであった。










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Q.ルフトが正体不明の紋章機操縦者が裏切っている可能性を懸念して、発信機を破壊しなかったのは?
A. シャトヤーン様がそう言ったから。



[19683] 第六話 エンジェルに成りたいのですが……男ですけど
Name: HIGU◆bf3e553d ID:f00f2e36
Date: 2014/06/02 14:49




第六話 エンジェルに成りたいのですが……男ですけど










ついに……ついに来た!! この時を待ち続けて苦節14年!! 雨の日は家の中で読書をして、風の日はちょっと厚着で出かけて、ダイゴの爺ちゃんの駄菓子屋に駄菓子を買いに行った。あの楽しかった日々ともおさらばだ!
そういえば、爺ちゃん元気かな?僕が子供の頃から外見全く変わってないから、多分未だに元気だな。

少し前にESP能力者に頼んで、僕の表層心理を読んでもらおうとしたけど、失敗に終わった。思考の展開が独特でで良くわからないらしい。フフフ、なんと言うご都合主義!! これで、懸念されていたミントへの対策もばっちりだ!!
さあ、始めようか! ギャラクシーエンジェルを





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ラクレットはようやく自分が原作ヒロイン達と合間見えることに感動に満たされ興奮していた。彼にとって、ラクレットとしての人生は、とにかく自分の好きなことをするということだけを追求してきたのである。

彼は元々自身を投影した物語を妄想することを趣味としていた。いわゆる一種の中二病疾患者である。転生(厳密には死んでいないのだが)してからは、完全に自重を辞めて痛い台詞や、格好をしている事からみても自覚はあるようだ。当然のように、包帯やら眼帯やら俺に近づくなやら沈まれやらは普通にやっていた。なにせ選ばれし者でチート主人公なのだ、彼の主観では。
ともかく、自分に酔っている典型的な『主人公願望を持つ』(逆説的に主人公ではない)少年だったのである。そのために彼が、オリ主にふさわしい能力を持ちさらに原作に介入できるというのは、自分の夢をそのまま形にしたようなものであり、しかもその対象が自分が二次元、ひいては美少女ゲームにはまった原因である作品のギャラクシーエンジェルだというのも、彼の願望の深い部分を再現していたのである。
とまあ、いろいろな言葉で言ってみたが結局は


「僕は、登場人物達と仲良くなる!! 」


こういうことであった。しかしながらラクレット・ヴァルター 前世を含めれば、NEUE世界出身でもないのに立派な魔法使いである。前世で5歳の時から、彼女はおろか、異性と手をつないだことなどない。経験ゼロのチキンハートの持ち主であった。つまりは口では何でも言えるが、実際にどうなるかは察してもらおうか。
そもそも、格好もキングオブヘタレリスペクトであるし。









時は少し遡る、ラクレットが、エルシオールのシャトル置き場に着艦準備を行なっている時。エンジェル隊のメンバーは、一度エルシオールに戻った後、ブリッジに報告に行こうとしていた。しかしその時、新しく配属された司令官タクト・マイヤーズがこちらに向かっているとの報告を受けてその場で待機していた。

全員の顔には、一応作戦が成功したという形で終わったものの、自分達の力ではない手段で片がついたという事実があり、少々暗い。彼女達は、ここまで一日の大半を警戒態勢で過ごすか、実際に戦闘をしていたのだ。正直あまりテンションが高かったわけではなく、全力の力が出せたというわけでもない。疲労がたまっており戦闘後の高揚感が消えれば睡魔に苛まれるのはもはや日常の1ページであるし、撤退が精一杯の遭遇戦も続いていた。
しかしながら現実として、先ほどの戦闘では、敗北という未来が一時的とはいえ見えてしまったのである。濃厚な敗北ムードに気づかないように懸命に宇宙を翔ていた彼女たちだからこそ思う所はあるのだ。

エンジェル隊の隊長フォルテ・シュトーレンは、自分の部下四人の複雑そうな顔を見て、どうにか変えようと話を振る事にした。こういう所で、最年長でもある彼女は気を回す。事実唯一の叩き上げでもある彼女は部下のフォローとケアも手慣れたものだ。そして、それが彼女達の円滑なコミュニケーションを助けるので結果的に戦力の上昇に繋がるのである。


「それにしても、この数時間でいろいろ起き過ぎだね。新司令官を迎えにいくわ、その司令官が就任して、その直後に戦闘。さらには、別の紋章機が戦闘に介入してくると来た。今までも大概密度は高かったけど、今日はすごいね」


フォルテのその言葉に、一同の注目が集まる。その中で、心を読むことの出来るのが原因で隊員の中では下から二番目に若いが、精神的にはかなり大人のミント・ブラマンシュがフォルテの心境を読んだのかそれに賛同するように続く。


「本当ですわ。特に先ほどの紋章機を操縦してたのは誰なんでしょうね?ランファさんは何かご存知で?」


ミントのその問には、メンバーの中でもっとも優れた運動神経と近接戦闘能力を持つチャイナドレスの美少女、蘭花(ランファ)・フランボワーズが答える。


「まさか、全然知らないわよ。そもそも通信だってエルシオールとしかしてないんでしょ? それにアタシよりヴァニラのほうが戦闘を良く見てたはずでしょ? アンタ何か知ってる?」

「いえ……私もセンサーで捕らえただけで、実際に映像を見てません。大きめの小惑星で死角になっていましたので」


メンバー中最年少で、ナノマシンによる治療や、修理が得意であるヴァニラ・Hはランファの問いに対して、あまり表情を変えずしかしながら親しい彼女達から見たらやや申し訳なさそうな顔をして答えた。
そんなヴァニラに大輪のような笑顔を浮かべて、ミルフィーユ・桜葉が話しかける。


「私も補給に戻ってたけど、何も見てないよ、ランファ」


彼女達5人が白き月の聖母シャトヤーンの近衛隊『ムーンエンジェル隊』である。彼女達は軍人ではあるので階級は持っているものの、態度や完全に改造している制服などから、とても軍人には思えないような少女(1名二十歳越え)達である。
そんな彼女達の会話の渦中にいるのは、先ほど戦場に介入してきた一機の中型戦闘機、しかも紋章機と同じで『クロノストリングエンジン』を搭載している物だ。
特別扱いされているエンジェル隊。彼女達の繰る紋章機の性能が他の兵器より優れているが、性能がパイロットのテンションによって変動する。『クロノストリングエンジン』と『H.A.L.Oシステム』を搭載しているからだ。

もともと『クロノストリングエンジン』は戦闘機に詰めるようなものではない、なぜなら全く持って出力が安定せず、さっきまでは全開だったが次の瞬間から供給エネルギーが0に成るなどざらにあるのだ。高いエネルギーを供給するが、安定性などない。それが『クロノストリング』だ
故に戦艦などは膨大な数の『クロノストリングエンジン』を搭載することで擬似的に安定した出力を出しているのだ。1%で壊れるなら二つ用意すれば1万分の1になるといった、アポロ計画の話と同じ考えである。

そんな『クロノストリングエンジン』を活用する為に『H.A.L.Oシステム(Human-brain and Artificial-brain Linking Organization System)』が紋章機に搭載されているのだ。『H.A.L.Oシステム』は簡単に言うとオペレーティングシステムの1つであり、搭乗者の脳と人工脳を繋げ多次元処理を可能とするものだ。これにより高度な演算が可能になると同時に、使用者は確率に干渉する、未来を見る事ができるといった神に近づく『天使』のような存在にまでなることができる。事実展開中は搭乗者の頭上に光り輝く輪が展開するのである。これによって、『クロノストリングエンジン』の放出確率に干渉できるのだ。

つまりは戦艦クラスのエネルギーを使える戦闘機という化け物じみたものになるのである。
閑話休題、つまりは戦場に介入してきた戦闘機のパイロットは『H.A.L.Oシステム』を動かすことが出来る適正のある数少ない人物の一人になるのだ。


「それにしてもパイロットはどんな人なんでしょうね?フォルテさんはどう思います?」

「そうだね、通信の声すら聞いてないからわからないけど、他の方面軍の軍人か誰かだと思う。敵の旗艦を沈めたんだ、それなりに腕利きなんだろうね。そういうミルフィーはどう思うのさ?」

「私ですか?う~ん……」


ミルフィーユは、フォルテに話を振った後に自分で考え込んでしまった。
その様子を横目に見つつ、フォルテはランファに自分の意見を言うように態度で示す。それに気付いたランファは一瞬考える素振りをすると自分の意見を答える。


「やっぱり、女の人じゃないんですか? 私達の紋章機だって、男の人は全体的に『H.A.L.Oシステム』の適正値も低かったんですし」

「確率で言えばそうでしょうけど、決め付けるのは早計ですわよランファさん。ちなみに私はむしろ男性だと思います」


ミントは30cm以上背の高いランファを見上げながらそう呟く。もっともランファが以上に高いのではなく、ミントが120cm台という小柄な身長の持ち主であるのが原因なのであるが。ミントが続いたことにより3人の視線はヴァニラへと向く。ちなみにミルフィーユは未だに考え中である。


「私は………若い人だと思います。根拠はありませんが」

「あ! 私もそう思います。もしかしたら私よりも年下かも」


ヴァニラが答えたタイミングでミルフィーユは自分の考えが纏まったのか、彼女に続いた。


「まあ、手がかりもないんだがら、実際に会うまでは解らないけどね」


フォルテはそう締めくくると、全員の顔をみる。彼女達は先程までの微妙な表情から一転して何時も通りの表情に戻っていた。


「あ、それにしてもさっきのタクトさんの指揮すごかったねーランファ」

「そーね、悪くはなかったんじゃない?」


いつもどおりのテンションに戻ったミルフィーは、仕官学校時代から同期で隊の中でも最も付き合いの長いランファに話を振る。話題は先ほどの戦闘を指揮していたタクトのことで、内容としては彼の指揮にやや感心しているといったところか。


「ええ、私達への指示のタイミングも内容も的確で、特に不自然な機動をしなくても戦闘を円滑に実行できました」

「まあ、最初はこんなもんかね」

「はい。私の修理を要請する間隔も過不足なく行われてました」


先ほどの戦闘が正史よりも激しいものになったからなのかは知らないが、エンジェル隊のタクトに対する評価は少し高かった。正史だと正直頼りないといわれていたような時期ではあったが、今現在の評価は悪くはないといったところか。


「やあ、皆お疲れさま。さっきの戦闘機のパイロットがこの船に来るから会いに行こうと思って。君たちもついて来てくれ」

────了解


彼女達がそのように雑談をしていると格納庫に、タクトが現れた。彼は簡単に彼女達をねぎらうと、そのままシャトル置き場へ向かう。エンジェル隊のメンバーはそんなタクトの後に続くのであった。


「クレータ班長、どう、その戦闘機の様子は?」

「あ、司令!! 」


タクトはエルシオールの整備班長である、クレータ・ビスキュイの姿を認めて話しかけた。彼女はちょうど着艦作業が終わって入ってきた、『エタニティーソード』の様子を確認していたのだが、タクトの声に気付き彼に歩み寄る。その様子は新しいおもちゃを与えられた子供のように目が輝いていた。
彼女は自身の紋章機の整備に対して誇りを持っているのだ。そんな彼女の前に自分の知らない新たな紋章機が現れたのならばメカニックとしては興味が出ない訳が無いのであろうが。


「司令! この機体は何なんですか!? さっきの戦闘では映像を見てる余裕は無かったんです!! 音声は聞いてましたけど」

「ああ、落ち着いて、俺も詳しくは解らない。それを含めてパイロットに今から聞こうと思ってる。幸い敵意は無いみたいだしね。っと出てくるよ」


タクトがそう言って皆を促すと、コックピットに当たる部分が開き、黒いロープがたれてきた。そのロープを伝って、一人の少年が降りてきた。ちなみに、『エタニティーソード』の全高は12mほどで、これは、紋章機の5分の3程度しかない。これは、一般的な中型戦闘機と同程度の大きさである『エタニティーソード』と、大型戦闘機に分類される紋章機の差である。


「はじめまして、僕の名前はラクレット・ヴァルターです。先ほどは失礼しました」

「エルシオール艦長のタクト・マイヤーズだ。さっきは助かったよ」

「いえ、アレはあくまで自己防衛ですよ?」

「そういうことになるね。それじゃあ、早速で悪いけど君の事を聞かせてもらおうか。艦長オフィスまで来てもらうよ」

「わかりました。あ、壊さなければ別に見ていただいて結構ですから」


降りてきたラクレットの外見は、黒っぽい青のツンツンはねた髪、学生服の上から白い羽織を羽織っている様相と、170cmというトランスバール皇国の14歳の少年の平均より少々高い身長で、彼を見たエンジェル隊やタクト、整備班は彼をやや実際の年齢よりも少し年上に思った。

それでも、戦場に介入してきて旗艦を落とすなどということをする技量を持っているパイロット、という観点で見れば十分に若いのだが。ただ、彼にとって残念ながら、彼に見ほれた者はいなかった。タクトと簡単に挨拶程度の言葉を交わし、そのまま艦長オフィスに移動することになったラクレットは、そわそわしているクレータに向かって、自分の紋章機を調べることを許可した。

まだエオニアにつく前に次兄であるカマンベールに見てもらっているが、別に特別な改造をしているわけではないのだ。彼自身の目的はここに留まる事なので、いくら見られても問題はないのである。


「あ、はい、それじゃあお言葉に甘えて」


その言葉を聞いたクレータは、急ぎ足で『エタニティーソード』に向かう。整備班の面々も、自身の担当する機体がすでに終わっているものなどがそれに続いた。


「エンジェル隊の皆、お疲れさま。とりあえずは解散にするから、しばらく休んでくれ」

────了解!!


エンジェル隊は、ラクレットの姿を確認できただけでとりあえずいいのかその言葉を聞くと、そのまま格納庫をあとにした。疲労感もピークに達していたのであろう。


「それじゃあ、付いて来てくれるかな?」

「わかりました。………えと……了解です!!」


タクトのその言葉にラクレットは若干テンションがハイになりつつも、返事をし後に続くのであった。そんな彼の心の中は希望と喜びで溢れていたのであった。



(フフハハハ、エンジェル隊は、皆美人ぞろいだったぜ………ククク、ああ、楽しみだ)


それと、自己陶酔と欲望に。


「なるほど、君がどのような経緯でアレを入手して、此処までに来たのかはよくわかった。じゃがどうしてわざわざ通信をいれずに、戦闘に介入したのか?」


ラクレットは現在エルシオール艦長オフィスで、ルフト、レスター、タクトというエルシオール首脳陣に囲まれている。彼が、タクトに付いて行くとそこにレスターとルフトがいたのだ。彼は心の中でレスターの左目の眼帯って何のためだったっけ? と考えている間に、二人の簡単な自己紹介が終わったので、そのまま自分も名乗り、ココに来た経緯と、自分がどうして紋章機を所持しているかを説明した。
その間にトラブルもなく、彼が先ほど出していた、シャトヤーンの許可証もあってか比較的スムーズに行われた。そして、現在ルフトがこのような質問を投げかけてきたのである。


「はい、えと、とりあえず敵を見かけたんで……それと、言い訳がましいですが、通信を入れるという事をすっかり忘れていたというか。何分今まで一人ででしか、動かしてなかったので通信機能を使ったのも先ほどが初めてで………」


若干しどろもどろになりながらもラクレットは当たり障りなさそうな理由を答えた。彼の本当の理由は、その方が、格好のよい登場になるであろうから。なのだが。


「なるほど。それじゃあ、コレが本題なのじゃが、正直この艦エルシオールの現状はあまりよくない。最高の性能を誇る紋章機が5機もあるが、敵の数も膨大での」

「ルフト准将、まさか……」

「そうじゃ、レスター、ラクレット君、君は皇国のために戦ってくれないかのう?」


ルフトは、現状が如何に厳しいかをよく理解していた。先ほどの戦闘も目の前にいる少年がいなければ正直危なかったのだ。しかも、その少年はこちらに協力的で、将来的には、エンジェル隊とまでは行かなくとも白き月の近衛軍に入ることを考えている。身元もしっかりとしているみたいだし、シャトヤーン様のお墨付きでもある。そのため彼を一時的に戦闘機乗り扱いでエルシオールに欲しいと感じたのである。
対して、レスターはその意見に反対であった。なぜなら彼は民間人で、自分は軍人だ。軍人は、力を持つ代わりに、戦う職業であり、市民階級出身である彼は、その辺をきちんと理解している。彼の視点では一般市民のラクレットを戦わせることに抵抗があるのだ。


「レスター、ここは本人の意思次第だと思うよ。俺的には賛成だ。だってこいつは悪い奴じゃなさそうだって俺の勘が言ってるんだ」

「おい、タクト、だが彼は民間人であってだな!」

「いいですよ、僕は。臨時階級を貰って一時的に軍属にしてくれるなら」


タクトはこの時点で、目の前の少年に対して、特に何か思うことはなかった。14歳だというのに、アレだけすごい技術を持ってるのならば、味方になれば心強いなあ程度にしか。彼のよく当たるという定評のある直感も、害意がある風には思えなかったからだ。

そして、この展開にラクレットは思った。


(なんというオリ主補正!! 最高だぜご都合主義!!)


「落ち着けレスター、この艦の司令はタクトで、司令と本人が了承しているのじゃ」

「っ!! そうですね。失礼しました」

「うむ、タクト、わしの権限で臨時少尉にするから、エルシオール戦闘機部隊を新設し、そこの所属にでもするがよい」

「了解。それじゃあ、俺はエンジェル隊の皆に会ってくるから、レスター後よろしく」


ルフトのとりなしによりレスターは納得はしてないものの表面上は、受け入れた。その様子に満足したのか、タクトはルフトから言われたことをそのままに、エンジェル隊に会いに向かうのであった。すでに彼女達と親睦を深めることで精神的な支えとなり、テンションをあげるという事を知らされていて、大義名分のある彼は、喜び勇んで部屋から出て行ったのだ。


そんなタクトの事を、いつものことだと諦めながら、レスターはラクレットに手続きを促すのであった。それをルフトは少々にやけながら見つめていた。

そしてラクレットは


(エンジェル隊じゃないのかよ!!)


と心の中で叫ぶのであった。




[19683] 第七話 ミルフィーは絶叫マシンでも髪飾り外さなかったよね………
Name: HIGU◆36fc980e ID:f00f2e36
Date: 2014/05/21 00:04





第七話 ミルフィーは絶叫マシンでも髪飾り外さなかったよね………



















まさか、新設の戦闘機部隊に配属されるとは思わなかったぜ………まあ確かにエンジェル隊は国の象徴の近衛隊だから、臨時階級で入れるわけないか………うん、だからここまでは納得するよ。だけど、何でこんなに書かなきゃいけない書類が多いんだ!! 1つ書き上げると、横にいるレスターに頼まれた人(事務担当の人らしい)が、次の書類を送ってくる。そんな感じのくりかえしです。あ、一応、なんか個人用の携帯端末でやってます。支給されたので。


「軍に入ったら書類はお友達。お友達を待たせては失礼だろう?」


とか、いわれて、ルフト准将の囮イベントも見れなかったし、まだエンジェル隊にも合えてない!! やばい、急がないとヤバイ。僕が今いるのはブリッジの隣にあるミーティングルーム。すでにクロノドライヴに入ってしばらく経っている。原作だと、タクトがティーラウンジに行ってから30分後にクルーのほぼ全員でピクニックなのだ。それにはぜひ参加したい。
エンジェル隊全員との親睦を深めるためにも。くそ、急げ僕! 今急がずに何時急ぐ!!





────────


タクトはミルフィーによって一通りエルシオールの中を案内された。行く先々でエンジェル隊の面々が、思い思いに方法で各々の時間をすごしているのが解った。食堂のほかにティーラウンジがあるエルシオールに驚いていたタクトは、クジラルームや展望公園といった施設には最早言葉が出ない衝撃を受けたものだ。
一通り終わったので一度ブリッジに戻ったがお前が居てもすることが無いと副官であるレスターに言われ、ティーラウンジに向かっていたのである。


「あ、あそこにいるのは、ミルフィー達だ。お「それにしても、フォルテさん、新しい司令官のことどう思います?」」


そんな彼がちょうどティーラウンジに続く廊下を歩いていた時に、エンジェル隊の彼女達が談笑している場面に遭遇した。彼は声をかけようと、口を開きかけたが、彼女らの話し声が聞こえてきたので、思いとどまった。そのままついつい聞き耳を立ててしまう。彼にとって運が良かったのか、彼女たちは人ごみの中で良く通る声で、離れた場所で聞けたためミントに心を読まれて気取られることはなかった。


「そうだねー、さっきの指揮も悪くはないみたいだし、まだ意見を出せるほどじゃないね」

「まー、そうですけど。私的には外見と違って、指揮はなよなよしてなかったから悪くないとは思ったので」

「あら、ランファさんもなかなか高評価じゃありませんこと」

「そうだね。ランファが初対面の男をルックス以外で褒めるなんて珍しいじゃないか」

「そんな事ないですよ。ただ悪くないだけで。別に褒めてるわけじゃあ」

「まあこれから先の戦い命を預けてもとりあえずは安心できそうですわ」

「へー、そういうミントだって、高評価じゃないか」

「あら、私は最初に申し上げましたわ。『ランファさんも』と」

「そうですよ、フォルテさん、タクトさんはいい人ですよ」

「ミルフィーにかかれば、どんな人もいい人でしょ」

「ランファー、それどう言う意味よー」

「そのままよ。お気楽極楽能天気娘」

「ヴァニラさんは、どうですか?」

「……別に、ただ悪くは無いと」


タクトはそこまで聴いて、一息つく。よかったー。とりあえず嫌われてるわけではなさそうだと、自分の評価に安堵したのだ。なにせ、彼としては、先ほどの戦闘で全力を出したつもりだ。もし、ここで頼りないとか、この先不安とか、言われた場合、現状どうしようもない実力不足という評価を受ける事になる。特に彼は、平時よりも戦闘時に働くタイプの軍人なので、実戦は彼の貴重な点数稼ぎの場なのである。最も彼自身は、日々の地道なコミニュケーションこそを大事にしたいと思っていたが。要するにサボりたいだけだ。
最も、これは彼女達のような美少女とお近づきになりたいという、マイヤーズ家男子の血が出てくる欲望でもあったが。

そんな、タクトは彼女達の評価を聞いて気を抜いて居た為にか、若干周囲への警戒がおろそかになっていた。レスターに見られた場合、軽く小言を言われるようなミスである。その故にミルフィーが接近してきたことに気付けなかったのである。


「あれタクトさん? どうしたんですか? こんなところで」

「え! ……あ! ミルフィー。えーと、いや、そのね……」

「………あのーもしかして聞いてました?」

「えーと、………そのごめん。わざとじゃなかったんだ」


タクトは、目の前にいるミルフィーユに素直に頭を下げた。彼は、貴族のお坊ちゃんという立場だが、きちんと相手に対して謝り頭を下げることが出来る。特に女性に対しては。ミルフィーユは、頭を下げたタクトをしばらく見つめると、ふと笑顔を浮かべてタクトに話しかけた。


「いいですよ。私タクトさんのこと信じます」

「ミルフィー……」

「だって、タクトさんは盗み聞きするような人じゃないもの」

「……ありがとう。ミルフィー…」


ミルフィーのその言葉にタクトは、これだけ信じてくれる彼女を決して裏切らないようにしないとと思ったのである。後にタクトは、この時から、オレとミルフィーの運命は始まっていたとのろけるのだが、それは置いておこう。いつもの事なのだから。つまり、タクトは彼女のその人の良さに、心底感謝したのであった。


「いえ、そんな……あ! そうだ。あの、これからピクニックしませんか? 私お弁当作りますから」

「え? ピクニック?」

「はい。ほら、タクトさんとエンジェル隊の皆。後出来れば、さっきのパイロットさんで」

「うーん、いいんじゃないかな? ちょうど顔合わせにもなるし」

「それじゃあ、私はお料理作りますので、タクトさんは皆に知らせてきてください!! 楽しみにしててください、私お料理には自信あるんですよ」

「うん、わかった。お腹すかせて待ってるよ」


ミルフィーは、タクトにピクニックを提案た。彼女なりにいろいろ考えた結果であるが、その過程は常人にはなかなか理解しがたく、やや突飛な発想にタクトは少し面食らってしまう。しかし、提案自体は悪くないのでそれを了承する。女の子たちと合法的にピクニックである。そのまま二人は分かれてそれぞれの行動を始めるのであった。





「ラクレット、ちょっといいかい」

「なんですか、マイヤーズ司令?」

「そんなに硬くなくてもいいよ、タクトでいいさ」

「それでは、タクトさん。僕に何か御用ですか?」


ラクレットが四苦八苦しながら何とか書類に必要事項を書き込んでいる時に、艦内を歩き回って、エンジェル隊に連絡しているであろうタクトがやって来た。ラクレットは恐らくタクトの用件はピクニックの話しだなとあたりをつけ、にやける顔をどうにか抑えつつタクトに返答した。


「うん、実はね、この艦の主力であるエンジェル隊の皆がピクニックをするんだ。君との顔合わせにもちょうどいいし、是非来て欲しくてね」

「僕が行ってもご迷惑になりませんか? エンジェル隊の方々とはお会いしたいとは思っていましたけど」

「もちろんさ。それじゃあ30分後に、展望公園に来てくれよ」

「はい、わかりました」


タクトの30分後という科白に自分が一番最初に誘われたのか? などとどうでも良い事を考えつつ、ラクレットは了解した。


「それでなんだけど、ちょっといいかい?」

「なんでしょう? 」

「実は……」


タクトは、ラクレットが書いている書類、電子化されてはいない物的に残すべき者達でも相当な量あるそれを一瞥し、軽くラクレットにピクニックの時の指示をして部屋から出て行った。ラクレットは若干釈然としないものを感じつつも了承したので、先ほどから黙っているお目付け係の中尉に確認をとる。


「あのー。中尉、30分で終わりますかね?」

「君次第であろう、臨時少尉」

「ですよねー」


この後彼は自身の実力を出し切って28分17秒というタイムで書き終えるのであった。最も、彼が費やした時間の合計は、これ以前から取り掛かっていたので、当然の如く数時間程なのだが。最初から最後まで懇親でやればもっと早く終わったであろうにというお小言を貰いつつ、ラクレットは部屋を後にした。





「はいみんな注目ー」


エンジェル隊の5人とタクトは、銀河展望公園でピクニックをしていた。彼らはミルフィーユの作った弁当を食べながらレジャーシートに座り談笑している。まだ、他のクルーが"偶然”来る前で、周囲にはのどかな雰囲気が漂っている。空調システムによって再現されている人工の風が、周囲の植物と土の香りを運んでくる。タクトはあたかも本当に地上の公園に居る様な錯覚を覚えていたのであった。


「いきなりなんですか? タクトさん」

「うん、実は、皆も気になってると思うのだけど、さっきの戦闘機のパイロットが、正式にエルシオール所属になってね。ミルフィーにはもう伝えたけど。ここに呼んでるんだ」

「あら、何時の間に呼びましたの?」

「えへへ、実はタクトさんに頼んで皆を呼んでもらうときにはもう頼んでたんだ」

「へー、あんたにしては積極的じゃないの」

「うん、さっきのお礼も言いたかったし」

「はいはい、一回こっち見てね。それじゃあ、とりあえず本人に来てもらうか。ラクレット入ってきて」


途切れる事無く会話を繋げる彼女達の間にやや強引に入ったタクトは、手元の端末からラクレットに通信を入れる。すると公園の入り口のほうから、ラクレットが歩いてきた。彼女たちは改めてラクレットを観察する。体躯はフォルテより小さいがタクトよりは大きいといった所か。学校の制服に白い布でできた着物(陣羽織)を羽織っている若干奇抜な加工であるが、何処にでもいるような青年である。


「それじゃあ、自己紹介をどうぞー」

「はい、このエルシオールの新設戦闘機部隊に配属しました。ラクレット・ヴァルター臨時少尉です。エンジェル隊の皆さんには、前から憧れていたのでお会いできて光栄です」


ラクレットはこの転校生状態に疑問を持ちつつも、別に悪印象与えないからいいかなと考え、純度50パーセントの作り笑いで自己紹介を終えた。彼の自己紹介はシンプルにして質問を受けて広げていくスタイルである。自分に相手が興味を持ってもらえる確証(というか思い上がり)が無いとできないようなものでもある。


「よーしそれじゃあ、エンジェル隊の皆も自己紹介をお願いするよー」


「アンタは何処の先生よ」


「まあ、いいじゃありませんこと。こういう所でもユーモアを忘れてはいけませんわ」


ランファが、タクトの謎のテンションに突っこみを入れるものの、それを制したのは、意外にもミントであった。もっとも彼女は彼の心がうまく読めないということで興味を持ったからであったのだが。それを全く表に出さないあたり、彼女の性格と声質が窺える。


「はーい! 私はミルフィーユ・桜葉、ラッキスターのパイロットです。さっきはありがとうございました」

「蘭花・フランボワーズ。カンフーファイターのパイロットよ」

「トリックマスターのパイロット、ミント・ブラマンシュですわ」

「フォルテ・シュトーレンだ。エンジェル隊のリーダーをやってる。ミルフィーも言ってたが、さっきは助かったよ」

「……ヴァニラ・Hです。ハーベスターのパイロットです」

「はいどーも、オレはさっき自己紹介したからいいか。よーしそれじゃあ今度は、質問タイムだ!」


異様にテンションの高いタクトにラクレットは微妙に引いたが、とりあえず今自己紹介をしてくれたエンジェル隊のメンバーを見る。先ほども思ったが、画面の外から見てるのよりずっと綺麗だと改めてそう感じた。ミルフィーの笑顔は本当にタクトの言ってたとおり大輪の花のようだし、蘭花はさらさらと流れるような金髪に、バランスの取れたプロポーションを持ってる。ミントは小さいけど(すごく失礼である)本物のお嬢様のような雰囲気が伝わってくるし、フォルテの胸には視線が行かないようにするのに一苦労だ。そしてヴァニラは完成された彫刻のような相貌で佇んでいて、それがまた絵みたいだと思った。


「質問タイムですか…?」

「そうそう、俺とラクレットがエンジェル隊に、エンジェル隊の皆が俺とラクレットに質問をするんだ」

「はあ……」

「よーし、それじゃあまず俺から、君達のスr「あのあの、タクトさん僕から先に質問させてもらいますね!! えーと、皆さん! 年はお幾つですか!! 」


ラクレットはタクトがいきなり聞こうとした事を、知識からすばやく判断してそれを遮った。彼の記憶では、なぜかこのタイミングでスリーサイズの質問があったことを覚えていたのである。原作では、クルーのメンバーに遮られて最後まで聞けなかったが、今はまだ周りにそのような気配はない。とっさに遮るには最悪の質問だなと思いつつも彼はタクトの質問をさせなかった。このまま質問をさせてしまった場合、確実にとは言えないものの結構な確立でタクトの信頼度か好感度が落ちてしまう。
そうラクレットは考えたのである。

『タクトがヒロインの誰かとくっついて貰わないと高確率で、この世界は滅びる』

エオニアはちとせルートならかろうじて何とか成るかもしれないが、その後に控えている敵は、正直強大でそう簡単に勝てる相手ではないのだ。
こんな些細なことでどうにかなるとも思わないが、なったので死にましたでは笑えない。

もっとも、チキンな彼は選んでないから知らないが、原作でスリーサイズの質問は、冗談だと思われて流されるだけなのであったが…またもうひとつの理由はカップリングの嗜好の問題であった。ラクレットは、タクト×ミルフィーと、レスター×ちとせが好きなのであった。アルモに謝るべきである。

「いきなり、ずいぶんな質問だね」

ピロン フォルテの好感度が下がった。

「女性に年齢を聞くのはデリカシーに欠けましてよ」
ピロン ミントの好感度が下がった。

ラクレットの頭の中にはそのような効果音が聞こえてきてしまう冷たい声であった。実際にはそのようなことはないのだが。


「え!! あ! いえ、そのえーと、いや、僕はただその、皆さんが皇国でも最強の戦闘気乗りの部隊なのにずいぶん若いなと思ってですね!」


かなり苦しいフォローであったが、彼にしてみてはコレが精一杯であった。なぜなら彼はヤラハタの上位ジョブ魔法使いであるのだ。前世というアドバンテージで得たことの一つがこの高位ジョブである。ちなみに彼女もいない。学校でも3歳下の少年でしかも時々変なことを呟いたり、奇妙な行動をとるのだ。あまり近寄られないのである。格好も一般的な目で見れば、なかなかに(ユニークな)格好良いものであるし。


「そう言うアンタはいくつなのよ」

「あ、そうそう私も気になってました!」

「え? 僕ですか? えーと……先月14になりました」


ラクレットは、先月誕生日を迎えていた。もっとも、本人も忘れていて、両親も収穫祭の仕事で忙しくてすっかり忘れてしまったのだが。ちなみに誕生日プレゼントは宇宙イルカの絵画のジグゾーパズルであった5000ピースのそれは、本人が始める前に渡した両親の手によって完成された。
糊付けもきちんとされていて、現在彼の部屋に飾られている。


「へぇ」

「あら」

「ええ!? 何! あんた、そんな外見してヴァニラと一つしか変わらないじゃないの! てっきり私か、ミルフィーと同じくらいだと思ってたのに!」

「すごーい、ラクレット君って、私より年下なのに紋章機に乗れるんだ!」

「……ミルフィーさん。私も紋章機に乗れます」


フォルテとミントは単純に驚き、蘭花は、外見から予想していた年齢との差に大声をあげた。ラクレットの身長は現時点でタクトより少しだけ大きいのだ。ミルフィーユはまた微妙にずれた発言をして、ヴァニラは微妙に拗ねた様なな目でミルフィーユを見上げていた。つい咄嗟でしてしまった、初対面の女性に対するしてはいけない質問のベスト3入りするであろうものを繰り出してから、この程度で済んだのはなかなか幸運であろう。
これもミルフィーに会ったからなのかととくだらないことを考えつつ、安堵するラクレットである。


「うん、俺も最初に聞いた時は驚いたよ。よーしそれじゃあ今度はエンジェル隊からの質問だね! さあ、どーんとこい!」

「では私が、さきほどの戦闘、かなりの腕をお持ちみたいですが、紋章機はどうやって入手されたんですの?」

「あ、それはうちが元々管理していたものに僕が適正があっただけです。五歳になったら、代々動かせるかどうかのテストをするので。上にいる兄二人も父も駄目だったみたいだったのですが、なぜか僕は動かせたので……その後はまあ、結構な頻度で乗っていたので、搭乗時間は500時間を越えてます」

「ラクレットは、白き月の聖母様の許可証を貰っているから、法的には何も問題ないみたいだよ、ミント」


ラクレットは、その質問には慣れているのか、すらすらと答えた。最も最後に少しだけ軽く自慢を入れてみたのだが。それをタクトは先ほど自分が確認した事で補足した。ミントは二人を、特にラクレットを少しだけ見つめた後に、「そうでしたか。ありがとうございました」と言って一歩下がった。


「よーし今度こそオレの番だ! みんなの「あれ?マイヤーズ司令もピクニックですか?」


タクトが質問をしようとしたらまたしても、邪魔が入った。話しかけられた方向を見るとそこに立っていたのは、整備主任のクレータだった。彼女の右手にはれじゃシートを抱えており、後ろには他の整備班の面々もいる。台詞からも考えるに、展望公園へ来た目的はピクニックであろう。


「あ、もしかして、クレータさん達もピクニックですか?」

「ええ、そうよ、ミルフィーさん。あ、君は!」

「今日からエルシオールの新設戦闘機部隊に配属しました。ラクレット・ヴァルター臨時少尉です」


ミルフィーユの問いかけに笑顔で返した、クレータは、その会話に加わっている、ラクレットを見つけて少々驚いた。まだ彼がいるのは知っていたが、まさか公園にいるとは思わなかったのである。


「あら、そうだったの。私は整備主任のクレータ・ビスキュイよ。これからあなたの機体を見ることになるから、よろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします」

「ああそうそう、あなたの機体の事で少し聞きたいことがあるのだけど、いいかしら?」

「ええ、もちろん。申し訳ありませんが少しはずしますね、タクトさん、僕の機体ちょっと特別なもので」

「ああ。わかったよ」


ラクレットは、クレータ率いる整備班の面々に付いて行ったが、タクトはエンジェル隊の面々とのピクニックを続けるのであった。


「あ、そーだフォルテ、ラクレットは一応君の部下って事になるから、エンジェル隊の下につく形で配属だからね」

「了解したよ司令官殿」


フォルテはタクトの言葉にうなずいた。他の隊員もそれを見ていたため唯一ミントだけが、ラクレットの背中を見つめていたのには誰も気付くことが出来なかった。



[19683] 第八話 ラッキースターの性能はミッションによる差が激しすぎる
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Date: 2014/06/02 14:50


第八話 ラッキースターの性能はミッションによる差が激しすぎる









どうもどうも、なんだかんだで原作イベントに介入しているラクレットです。現在ボクの紋章機『エタニティーソード』についてがんがん聞かれてます。まあ、エンジェル隊の物以外の紋章機なんて、技術屋にしてみれば物凄い興味の対象なんだろーね。ふふん、アレでリミッターかけてるって知ったらどう思うのかね。
後、年齢のことを言ったらやっぱり驚かれた。うーん、そんなに老けてるかな? さて、もうすぐ雨か。


「もし、少々よろしいでしょうか?」


僕がクレータ班長との会話を終え、一通り回った後、人が増え盛り上がってきた展望公園から、こっそりと出ようと歩いてたら、いきなりミントが話しかけてきた。そうそう、エンジェル隊の所へは少し顔を出してミルフィーの弁当を食べさせてもらった。その後、挨拶回りをするからと抜けてきて、とりあえず片っ端から話しかけていたのである。これで既に、名前が出ていたエルシオールスタッフは、食堂のおばちゃんである梅さん以外あっているのだ。


「はい、何でしょうか?ブラマンシュ少尉?」


「あら、もう覚えてくださったんですの?」


「はい、上官ですから」



とりあえず僕は、対外的には敬語で、苗字+階級で行こうと思う。確かちとせが最初そうやって読んでいて直されたから、僕も向こうが許可するまで苗字で呼ぶつもりである。そうすればなんかこう、呼び名変更イベントが起きるじゃないか!! 僕は好きなんだよ呼び名交換イベント! あ、でもH少尉ってあれだな……アッシュ少尉にしよう。


「それで、僕に何か御用ですか?」

「ええ……少々お聞ききしたいことがありまして。貴方はなにかしらのESP能力をお持ちですか?」


「ESPですか?……確か、極々弱いレベルのプレコグニッションがあると、検査では出ました。」


そう、なんか僕自身が、予知能力持ちという結果がでたのだ。と言っても強度は物凄く集中している時に1,2秒先が見える……といいな。というくらいで、『H.A.L.Oシステム』の補助があって何とか1割くらいで発動するようなもの。物凄く弱い能力で実質無いのと同じである。実は皇国の人口の1割程がこういったESP能力者ではあるが、ほとんどは僕みたいなものらしい。
マッチに火を2,3時間集中して灯せるパイロキネシス、スプーンを毎日念じ続けて1月で視認できるくらい曲げれるサイコキネシス。というか、検査を受けない場合一生気付かない人だっているのだ。ちょっと変わった特技というレベルでそれこそ指の第一関節だけ曲げられるとか、そういった物と同じ程度の扱いだ。

そんな中、ブラマンシュ家のリアルタイムに周囲の人間の思考が読めるテレパシストって言うのは、それこそ最強クラスの中でも上位の能力になるのだ。能力の種類としても、規模としても恐らく銀河で最も高いのではないだろうか? 一族としては。
後で知ったことだけど、ブラマンシュ星の人が持ってる能力は厳密にはテレパシーではなく、テレパシー能力を持っている植物に寄生される能力なのだそうだ。それが彼女の兎耳のように見えるものらしい。

僕のプレコグニッションは、数秒の予言の他、フラッシュバック(フォワード?)みたいに何かが見えるかもって言われた。こっちのほうは原作知識の言い訳に使えそうだから保険としてうれしい能力だ。


「でしたら、やはりESPジャミングをお持ちで?」

「いえ…そう言った物は携帯してませんが」


ESPジャミング装置(通称ジャマー)はさっきも言った、微弱な能力程度しか持たない人でも、たまに本人の意思とは関係なく、能力が発動してしまう事がある。パイロキネシスといった能力の場合、思わぬ事故を招いてしまう。そんな人たちが自分の意思と関係なく能力を発動しないように、安全のために持つものだ。そんなジャマーだけど、どんなに強力なものでも、ミントのような、強力なテレパスを妨害できるほどじゃない。それでも心当たりとしては十分だね。
なるほど、どうやらミントは僕の思考が読めないことに興味を持ったみたいだね。それで怪しい奴とか思ってるのかね? これってもしかしたら、魔法先生のテンプレ展開で剣術使いの少女が切りかかってくるみたいなイベントみたいなものなのかしら?


「はあ、そうでしたか。実は私テレパシストでして。アナタの思考が読めなくて少々驚いてしまいました」

「ああ、そういうことですか。前にテレパシストの人が同じ事を言ってましたよ」


あっさりとテレパシストであることは明かしてくれた。ふむ、コレは思ったより好感度が高いのかな? いや、そんなわけないな。疑われてるとかより疑問に思った感じだったのだろう。ミントは結構計算高い策略家みたいなタイプだからねー。

その後ミントはいくつか僕に質問したら、「それでは私はこれで」と言ってどこかへ行ってしまった。質問の内容は、きちんとクルーの名前を覚えているのか? とか主要施設の場所と名前は? 見たいなもので。モブキャラ以外はわかる僕は、医務室やクジラルーム、格納庫ヤブリッジスタッフなどの主要な人物の名前は覚えてます。と答えて、実際に名前も言ってみたが、それがどうしたと言うのだろうか?うーむ、結局警戒されてるのか?

とりあえず考えてもわからないので、僕はスプリンクラーが作動する前に展望公園から出て、機体の調整に向かうことにした。







「あ、タクトさん。僕の機体の特徴について説明しましょうか?」

現在、クロノドライブアウト先で敵と遭遇し、一本道のために迎撃に出ようとしているところだ。まあ、この戦闘ではミルフィーはシステムトラブルで参加できない代わりに敵の後続を足止め(と言う名の殲滅)するんだよね。あの強さには最初驚いたなー、で次のステージでの戦闘でもそうだと思って一人別方向に突っ込ませて沈んだんだよね。懐かしいな。


「うーん、そうだな……うん、よろしく頼むよ」


選択肢があったみたいな間だけど、頼まれたからにはやらないと。


「僕の機体『エタニティーソード』の特徴はなんと言っても変形機構でしょう」

「変形機構?」

「はい、高速移動に優れた移動形態と、戦闘用の攻撃形態の二つへ状況により機体の形態を変形させることが出来ます」

「へー、まあその辺の細かい判断は、何かない限り君に任せるよ」


うむ、やっぱりそうなるよね。まあ僕も普通に使い分けてるから問題ないか。


「了解です。次に機体の性能を説明しますね。両形態の良い所取りの説明ですが、『速度 加速 旋回 燃費 射程 攻撃 装甲 回避』 のうち速度、加速、旋回はかなり自信がありますね。(S-)」


「ふむふむ」

「それに加えて、燃費、装甲、回避もそれなりに高いので、長時間の戦闘が望める機体です。(A前後)」

「へー、なんだ、万能じゃないか」


やっぱそう聞こえるよね。僕も最初は驚いたからね。


「いえ、それでですね、攻撃はそこそこってとこですね(C+)」

「そうなのか……武装は何だい?」

「搭載武装は、エネルギー伝導式の双剣一組 以上です。よって射程は物凄く短い……実質0です。(F-)」

「……え?」


そういう反応になるよねやっぱ。この時代の人からして、剣は飾りだもんね。あ、短いって言っても、先っぽにエネルギーで出来たビームサーベル的なものが出てくるからそこまでじゃない。マップ単位(キロメートル)で1無いけどね! ちなみに近距離戦闘機の紋章機カンフーファイターは3000程の距離から攻撃可能だ。


「燃費がいいのも実は武装がないからというだけですね」

「えーとそれはつまり………攻撃は出来ないということかい?」

「いえ、先の戦闘でも僕がやっていたように、接近して斬りつけます。その習得のために五歳の頃から乗ってきましたから」

「へー、となると機体運用は、囮や切り込み用ってところかな?」


おう、さすが主人公良くわかってるじゃないか。


「はい、それに加えて時間稼ぎなどは得意ですが、対戦闘機戦は効率が悪いかと思われます。またレーダーの能力はそこまで高くないので、斥候としてはトリックマスターには劣るかと」

「わかった、大体は把握したから戦闘では指示の通りに頼むよ」

「了解です」


まあ、この辺の戦闘じゃ苦戦すらしないだろうけどね。僕の実力にタクトの指揮があればさ。





「いくぜ!!コネクティッドゥ……ウィル!」


僕は今、エルシオールから遠めに配置されていた敵の巡洋艦を切りつけた。やっぱりこの辺はまだ敵が弱いと思う。まあ、無印はそこまで難しくなかったし。さらにMLでもちょっとこっちの戦力が強くなりすぎてる感があった。だからELの発戦闘で敵の船の硬さにマジで驚いた。全員で殴っても半分までしか減らないとか……

まあとにかく何がいいたいのかというと、


「弱えーな、弱すぎるぜ! まとめてかかってきやがれ!」


この宙域内において僕が警戒すべきことは何もない、敵の相性、補給、エルシオールに回す護衛戦力、すべてが考える必要ない程度のものだ。タクトからの指示は『先行してに切り込んで、小惑星のせいで狭くなっている場所に誘導してそこで時間を稼いでおいてくれ』
との事で僕にはうってつけの任務だ。だって特に意識しないでもかわせる程度の攻撃しかしてこないのだ。砲門もすでにほぼ無力化してあるから、適当にテンションをあげてきりつけてれば沈む程度の敵だ。



「タクトさん━━時間を稼ぐのはいいが― 別に、アレを倒してしまっても構わないのでしょう?」

「あ、ああもちろん。無茶はするなよ」

「了解、いくぞボロ船━━━武器の貯蔵は十分か?」


お約束のセリフで格好良く決めた後に僕は、機体を一回転させて敵に突っこんだ。敵から散発的な砲撃が来るものの、レーザー兵器でもない限り絣もしないし、シールドがある限りダメージも受けない。敵の機関部に回り込んでそこに左の剣から延びる光を突き刺す。そのまま勢いを殺さずに離脱して次の船に向かう。



「『エタニティーソード』、敵機撃墜! 次の目標に向かいます!」


その作業を繰り返してるうちに、他のメンバーがエルシオールの近くの敵を一掃したのか、加勢に入り、あっという間に戦闘は終わるのであった。もっともこの後に起こるであろう、レゾムの奇襲を知っている僕は、その場で待機だけどね……


「よーし、みんなご苦労様。あっという間だったね」

「当然よ、こんな敵に私達が苦戦するわけないじゃない」

「なめてもらっては困るよ司令官殿」

「じゃあ、今からそっちに向か」

その言葉と同時にアラームが鳴り響いた。お? キタかな?

「司令!! エルシオールの背後にドライブアウトした艦5隻! 同様に前方にも敵艦が!!」

「うーん、どうやら挟み撃ちみたいだな」

「とぼけてる場合か!」


はは、ゲーム通りの二人のコントだよ。なんか感激っと、どうやら敵さんが来たらしい。うーむ、記憶があやふやだから断言は出来ないけどおそらく、数は増えてない。さっきのが多かっただけっぽいな。にしてもいつも思うのだが、どうしてこの作戦でタクトはエルシオールを前に進めとかなかったんだろう? 護衛である紋章機からこれだけ離してしまうなんて、誘ってるとしか思えない。
ゲームで戦闘行動中いくら前に行っても、なんか初期位置に戻ってるし。そこは微妙に謎だ。10回以上やってるから特にそう思う。


「あ、1番機ラッキスター出れまーす」

「なにー! ぬぬぬ、一機残していただと! 生意気なー!!」

「そこは、小癪な━じゃないの? レモンさん」

「レゾムだ!」


いやーすごいねーミルフィー。このくだらない会話の3秒間で一隻沈めてるよ。あれ作るのにかかった時間の何分の一だろうね……あ、ハイパーキャノンでレゾム沈めた。何で生きてるのか本当に疑問だよね。


「よし、後ろは何とかなるから、皆は前の敵を一掃してくれ!」


タクトから指示が来たので、とりあえず僕は突っこむ。いいよねー切り込み隊長って。殿も好きだけど、一番前で戦うのはとても憧れるよ。


「了解だよ、司令官殿!」

「ヴァニラさん、一応修理をお願いしてもよろしいですか?」

「了解しました。進路変更します」

「任せときなさい! あっという間に沈めちゃうから」

「二つも三つも攻撃手段を持つ必要は無い ただ一つを、鍛え上げてこそ必殺となる!! これが、かわせるか……!」


何時ものように、砲門をつぶしてから、機関部に一刺し。このパターンでコレから行くか。ぶるぁの声で一番印象に残ってるのはとっつあんだけど、タキオスと聖賢も声とキャラの相性が半端無かったよな。まあ、一番記憶に残っているのは星獣戦隊のナレーターだけどさ。
おっと。僕が一隻落とす間に、他のは全部落とされたらしい。うーむ、エンジェル隊が微妙に原作より強いな。経験値の差かな?


「敵旗艦、後退して行きます!」

「よーし、皆ご苦労様。帰還してくれ」


よしコレで僕の初陣は終わりか。この前のは正当防衛だからね、戦闘じゃないんだよ。エンジェル隊の面々と一緒に戦ったはじめての戦闘だったわけだけど…なんか思ったより感慨がわかなかったな。
なんでだろう?





────────




時刻は深夜、艦内の通路も一部を除き非常灯のみが薄く照らしている時間帯。先ほどの戦闘が終わって1時間ほどたった時間帯である。タクトがミルフィーの運をコインの裏表みたいだと評して、彼女の好感度を上げた後、ラクレットは地味に疲れたので早めに寝てしまった。彼の場合はクリスマスなどの行事で無駄にテンションが上がってしまい疲れて寝る子供のようなものだ。どんな理由でも結果として寝てしまったために、彼はまたしてもエンジェル隊とかかわる機会が減ってしまったのだ。
そして、エンジェル隊の彼女達とタクトは、寝る前のひと時をティーラウンジで過ごしていたのだ。最も、タクトとは違って(本人曰く若干)ヘタレなラクレットは女性5人でお茶を飲んでいるところに参加できたかは甚だ疑問であるが。


「みんな、改めてお疲れ様。皆ががんばってくれたおかげで突破できたよ、特にミルフィーは大活躍だったね」

「そんな、タクトさんの指揮がよかったから私は動けたんですよ」


タクトはそう言ってミルフィーユを見たあとに、自分のティーカップに口をつけた。ミルフィーのほうは、照れくさそうにしているが、褒められて悪い気はしていないようだ。彼女はエンジェル隊の中では謙虚なほうなのでこういうときには、ついつい否定をするのだ。


「あら、ミルフィーさんがいなければエルシオールは、5隻もの敵艦に追われていたのですから、そんなご謙遜なさらなくても」

「そうよ、あんたにしては頑張ったんだから、お礼くらい素直に受け取っておきなさいよ」

「ちょっと位、図々しい方が得するものだよ」


そんな彼女に対して、このように言うのもエンジェル隊ではいつものことであって、それはタクトがこの場にいても変わらないことなのだ。


「敵艦は……」

「ん?」

「いえ、敵艦はどうしてあそこまでの数を配備できたのでしょうか?私達は一応ルフト准将に囮になっていただいたうえで逃走しているわけです」

「確かにそうですわね。あの男は単純に追いかけてみただけみたいですが、かなりの数で警戒線を引かれているのは間違いないですわね」


ヴァニラが、ポツリと言葉を漏らした後に、彼女にしては珍しくそれなりに長く彼女の意見を述べた。後半部分はミントが補足したが。


「うん、正直今回の戦いも、アレだけの数を捌けたのはみんなの頑張りのおかげだと思うんだ。実際戦艦2隻ぶんの戦力以上だったじゃないか」

「やけに褒めるね、司令官殿」

「褒めるさ、事実だもの」


タクトが、エンジェル隊に対してここまで褒めるのは決しておかしくないが、何か含むものを感じ取ったフォルテは、タクトに問いかける。タクトの表情は、いつものへらへら表情とは違い、コレを言っていいのかどうか若干悩んでいるような顔だった。


「いや、その…………みんなは、ラクレットのことをどう思う?」

「どうってなによ」

「いや、確かに彼の紋章機はみんなの機体と比べても、同等かそれ以上の性能が出せるみたいなんだ」


タクトは先ほどの戦闘の後に、格納庫でもう一度詳しくラクレットを交えてクレータ班長に機体スペックを聞いていた。その際に、機動という点においてはかなりの性能を持つことを確認していたのである。


「でも、彼の動きは異常だ。正直あんな軌道、育成学校の首席が10年訓練しても出来るとは思わない。移動している戦艦のすれすれを飛びながら、火器をつぶす。言葉にしてみれば簡単だけど。パイロットじゃないオレでもあの難易度が解る。それに、戦闘であの人の変わりようも異常だと思う。第一印象とぜんぜん別人だよあれだと」


ここで、タクトは一回言葉を切ると、エンジェル隊の面々の顔を見渡した。



「コレを踏まえて、彼をどう思う?」


タクトのその言葉にエンジェル隊の一同は沈黙するしかなかった。
彼女達も少し思うことがあったのだ。確かに紋章機は、圧倒的性能ではあるが、『H.A.L.Oシステム』による補助もあるので、そこまでの訓練が必要ない、基本的に適正がものを言うのだ。しかしながら、それでも彼のあの機動は異常であった。まるで手足のように紋章機を扱っていたのである。そして、そのような彼が加わったタイミングはまさに、自分達がピンチに陥った時。戯曲の英雄かというタイミングで入ったのだ。


「……司令官殿、こういう時はたとえどんなにタイミングが良くても、上官のアンタがそれを怪しいだなんていってはだめさ。言いたいことは、そういうことだろ?」

「……うん、そうだね」

「でも、あんたが決めたんだからきちんと責任は持たなくちゃ、むしろアレだけ出来たのを見て「オレの目は正しかった」くらい言わないと」

「……そうかもしれないな。悪いね、みんな、変な空気にしちゃった、今日はもうオレ寝るよ」


そうい言い残すと、タクトは席を立ちティーラウンジを後にした。その姿を、少々呆然としていたフォルテ以外のメンバーが見送る。フォルテ自分のティーカップに口をつけて唇を湿らし、一息ついてカップをs-サーに置いたのち口を開いた。


「さて、今言った私が言うのなんだけど、正直ミントはどう思う?」

「彼には、ESPが効きませんでした。それがどういう理由なのかはわかりませんが。また、なぜかすでに重要なポジションについているクルーの名前を知っていました。特にタクトさんにいたっては、個人的な特徴でさえも把握していた可能性すらありえるかもしれません。単純に記憶力が言いだけでしたらいいのですが」

「まあ、怪しいのは否定できないよね。さっきはタクトに言ったけど。私の直感が、何か隠しているって言ってる。無条件で信用というのは出来なたもんじゃないね」


フォルテとしては、上官であるタクトのために気の利いたことを言ったが、彼女の歴戦の直感が何かおかしいと告げていたのである。個人的には疑わしいといったところか。対してミントは、言葉は丸いが、彼女なりに彼は怪しいといっているようなものである。


「まぁ、私は何か言えるほどじゃないけど、ただ、アイツの近接機動は、完全に才能がないとできないわ。私もやれといわれなきゃやりたくないわよ」


カンフーファイターが壊れちゃいそうだし、とランファは呟いた。


「でも、悪い人じゃないとは思います!」

「はい、私も何か確証がない限りは問題がない人だとは思います」


ミルフィーとヴァニラは元々誰かに対して疑念の感情を向けるが少ない、というか皆無に近いために今のところは問題がないという意見であった。
エンジェル隊全員としてみれば、隊長と参謀が疑ってそのほかが保留といったところか。


「まあなんにせよ、私達に害がない限りは、静観しますか」

「そうですわね。それが妥当かと」





ラクレットの知らないところで彼の扱いは決まっていく、彼が予想しない方向へ。



[19683] 第九話  因果応報で毎日がアドベンチャー
Name: HIGU◆bf3e553d ID:f00f2e36
Date: 2014/06/02 14:51



第九話 「因果応報で毎日がアドベンチャー」








そろそろ登場のネタに困ってきたラクレットです。こんにちは。
現在エルシオールは、レゾムを倒した後のクロノドライブだ。多分そろそろ終わると思う。あれから二日経っているので今日はタクト登場から4日目? なんか微妙に僕がいることでこの辺のスケジュールが変わってきている。


「ドライブアウトします、各員通常クルーにシフトしてください」


あ、今クロノドライブが終わったので、30分ほど通常空間を航行したら、あいつらが来るかな。それと、この章は結構楽しみなイベントがあったからね、それもぜひぜひ体験してみたい。さて、とりあえず、序幕の特等席、ティーラウンジにでも行きますかね。





「えー、そんなー!!」

「みなさん、何を読んでいらっしゃるのですか?」

「あ、ラクレット」


タクトがこちらに気づいたみたいだ。僕が、ティーラウンジに入った時、エンジェル隊の面々とタクトは蘭花がもってる雑誌に掲載されている、マダムキャプレーの占いコーナーで盛り上がっていた。おそらく、ミルフィーがあのナルシストに付け回されるであろう。との結果が出たところだろう。


「こんにちは、それは占いですか?」

「ええ、この雑誌の占いをしているマダムキャプレーは、なんと的中率99%の兆カリスマ占い師なのよ!……その分嫌な結果が出たミルフィーが可哀想だけどね」

「なんでも、好きでもない男に付き纏わられる。って結果が出たみたいでね」

「そうなんですか」


視線を向けると、机に突っ伏している、ミルフィーの姿があった。おおーこれが良くアニメとかで見る光景か。背後がほんとに青くなって見える。こういうので落ち込むのは普通の女の子みたいだよね、あんなにぶっ飛んでるのに。


「それじゃあ、持ち主のランファの結果はどうなんだ? 」

「えーと……って、なによこれ━!! 」


蘭花はしばらく視線を雑誌に向けて小声で趣味などを照らし合わせた後、急に立ち上がり叫びだした。どうやら気に入らない結果が出たみたいだね。確か、思いもよらない身近な異性と急接近だっけ? その分を読んで、タクトを連想してしまいみんなにからかわれて、そのまま逃げるように立ち去る。見たいな流れだったね。ツンデレ乙とニヤニヤできるシーンだった。
と、そんなことを考えながら、なかなか来ない店員のために(エンジェル隊が騒がしいので近寄るに近寄れない)僕はカウンターに注文をしに行った。コーヒーとチョコレートケーキを頼んで戻ってくると、予想通り蘭花がかけていくところだった。


そういえば、身近な異性って僕も入るんじゃないのかなーと、どうでもいいことを考えつつエンジェル隊が座っている隣のテーブルに僕は座り、注文を待つのであった。ここのチョコレートケーキは中々いけるんだ。




少し時間がたち、もうすぐクロノドライブに移行できるポイントという所で、突如ミサイルがエルシオールに打ち込まれた。直撃されたらしく、大きな衝撃が艦を襲った。ちょうど日課の戦闘機の整備を行っていた僕は、その衝撃で頭をぶつけてしまった。畜生、わかっていたことなのにどうしてこうなった。頭痛を抑えながら僕はそうぼやいた。
ともかく、小惑星がたくさん存在する、このアステロイド帯の中をたった2機の戦闘機で接近してミサイルを撃ち込んだのは、十中八九ヘルハンズ隊の二人であろう。となると今の衝撃で、クレーンが故障してしまうから、出撃できる紋章機はミルフィーの『ラッキースター』に、蘭花の『カンフーファイター』の二機のはずだ。
僕の紋章機は、シャトル搭載をする別のブロックに積んでいるために一応の出撃はできるが……って!! 今僕が頭ぶつけたから、照準システムの設定が変わってる!! 照準システムがないと敵との距離感がうまくつかめないんだよ……あーもうめちゃめちゃになってる。初期化して、バックアップ入れてカスタマイズすると……だめだ、すぐには出れないな。幸い2,30分で再調整はできるだろうけど……畜生、今回は僕も出撃できないな。


「こちらブリッジ、エンジェル隊、発進できるか?」

「1番機行けまーす」

「2番機も平気よ」

「3番機、紋章機を支えるアームが稼動しません」

「4番機もだよ。これじゃあ出撃は無理だ」

「5番機も同じく出撃できません」

「くそ! 敵ながら見事な狙いだ」


やはり原作まんまの展開になり、悪態をつくレスター。まあ、主力の6割をつぶす攻撃ってのもすごいよね確かに。奇襲での一撃とはいえ、6割落とされたら壊滅だよ。


「ラクレット、そっちは?」

「それが、今の衝撃で少々システムにトラブルが出てしまいまして、復旧にしばらくかかると思います」

「……そうか」


そういって、少し考え込むタクト。ここは、どっちにしてもとりあえず2機は出さないといけないと思うんだけどね。まあ、もう敵としては目的を果たしてるから、無理に攻めてくるわけじゃない。いくらでも考える時間はある。もっともそれを知ってるのはこの船では僕だけだけどね。



「よし! ミルフィーと蘭花の、二人で出撃してくれ。敵は戦闘機二機だ。性能ではおそらく紋章機のほうが上だと思うけど、油断するなよ」

「了解です! 任せてください!」

「了解よ」






以下ハイライトを


「ああ、マイハニー君を思うだけでボクの胸は燃えるように熱く高鳴ってるよ。わかるかいこのベリーホットな気持ち」

「ボクのことが知りたいだろう、マイハニー? そうだろう、そうだろうなぁ」

「つれない事を言わないでおくれよマイハニー、ボクは君の事なら何でも知ってるんだ」

「だから君にも僕のことを知る権利と義務があるんだ、さあ聞いておくれマイハニー」

「僕の名前は カミュ・O・ラフロイグ。どうだい、この美しい名前。まるで宇宙を駆けるさわやかな風のようだ」


以上、ナルシストの台詞です。声もカオル君だしこれはひどい。いやー、通信音声だけ回してもらったけど、正直聞いているだけで変になりそうな台詞だね。まあ、僕も出てないし原作と全く差が無いまま、会話が続き、地味に重要だと思われる、ミルフィーの将来の夢の作文を、カミュが読み上げていた。
コレはつまり、エオニアが、皇国の情報データバンクを完全に掌握したということになる。まぁ、別にどうでもいいけどさ。


────私の将来の夢は宇宙船になって、いろんな星に行きたいです。

子供でもそこまで純粋に書ける人がいるかどうか解らないと思う。そう思うと凄いなミルフィー。


そしてもう片方。


「うおぉぉぉぉぉ!! 蘭花・フランボワーズ!! オレと勝負しろ!!」

「何よアンタ!! いきなりそんな事、それに暑苦しいのよ!!」


次は、勇者王の声で叫ぶ馬鹿。いつも思ってたんだけど、ヘル・ハウンズ隊って声こだわってるよね?後の3人は、ライダーに、ウザクに、えーと・・カモ君? まあ、カミュはナルで、ギネスは馬鹿だけど二人とも強いのは事実な訳だ。ミルフィー達が負けるとは思わないけど。気をつけてもらわないと。

っと、通信が終わって戦闘に入るみたいだ。僕も調整しておかないと。







さて、何とか二人を撃退したわけだけど。正面から撃ち合ったら負けるはずないからね。機体性能差が数世代ってレベルじゃなく違うわけで。
この後は、さっきのミサイルが実は偵察用光学迷彩型プローブだったという話で始まる騒動だ。プローブはいわゆるクローン能力を持っていて、任意の物そっくりに変身することができるのだ。それで、タクトに変装したそれがいろいろ騒ぎを起こすって話だった。まあ、僕にはあんまり関係ない。
なにせあれは、大佐以上の階級に反応するものだから、仮に出会っても僕のまねはされないのだし。そして今、僕はとても見たいイベントがあるので、その準備のためにロッカールームから少し離れた位置にいる。
この章、というか、地味にGAシリーズの中でもインパクトがあったシーンなので記憶に詳しく残っている。初プレイは前世で12歳のときだから、もう20年以上前なのに。最も何度もやり直しているから、そのままの時間というわけではないのだけど。お、角の向こうから、タクトが歩いてきた、つまりはもうすぐだね。


「あ、タクトさん。どうしたんですか?」

「いや、たいしたことじゃないんだけど、どうも変な感じがしてね」

「そうなんですか」

「うん、そういうラクレットはどうして「キャァァァーーーー!!!!!!」」


軽く話していると、ロッカールームのほうから、悲鳴が聞こえた。一応怪しまれないように僕も驚いたような顔を作る。


「今のは!?」

「ロッカールームのほうからです!!」


そう言って僕はロッカールームに向かって走り出す。後ろから少し送れてタクトがついてくる。15秒ほどでロッカールーの前についた。僕は急いで中に入る。って!!!


「キャー!! 痴漢! 覗き! 強姦魔! 」


そんな可愛らしい悲鳴と共に、僕がドアを開けた瞬間にシャンプーのボトルが飛んできた。僕は咄嗟のことでそれを避けることができずに、そのまま頭にヒットした。薄れ行く視界の中僕が最後に見たのは、蘭花のバスタオル一枚で辛うじて隠されている見事な体だった。


「ラクレット!!、って、ランファ!?」



ああ、畜生なぜこんなところで原作と差が出たんだ。












「ここはど……知らない天井だ」


地味にこのネタもよっぽど意識していないと言えないと思う。寝起きでいきなりそこまで考えられる人は少ないのだから。素の反応で出て来るなんてありえないと思う。どうでも良い思考をしながら僕はそのまま体を起こす。周りは薄暗く、艦内はすでに夜時間みたいだ。
周りを見回すと、カーテンで仕切られていたが、消毒液の匂いからここが医務室であることに気づいた……ほんのわずかにコーヒーの匂いもするしね。消毒液の匂いを臭いにしない理由は、僕は消毒液などの病院の匂いが結構好きだからである。本当にどうでもいいことだけどね。
自分の格好は、さっきのままだ。どうやら、不可抗力の覗きの後にここに運ばれたみたいだ。ベットの右側に靴が置いてあったので、それを履いてベットから降りる。カーテンをめくって外の様子を確認してみたいからだ。
時計を見るとすでに消灯時間は過ぎているみたいだ。ケーラ先生も自室に戻っているみたいで、ホワイトボードに『起きて大丈夫そうなら自分の部屋に戻りなさい』と書いてある。まあ、単純に新品で重いシャンプーの容器がぶつかってきただけだからね。脳震盪起こして倒れたのかな? 少しふらふらするけれども、歩いて問題なさそうだ。


「じゃあ、戻るか。……一応ブリッジに顔を出してからにするか」
 


そう決めたので、まずはブリッジに向かうことにした。道中で僕は誰ともすれ違わないで、物音もわずかなモーター音の様なホラーの様な光景に若干腰が引けていたものの、無事到着。ブリッジにはレスターがいた。
「起きて大丈夫なのか?」と言われたので、大丈夫だと答え、あれからどうなったかを聞いてみる。ふむふむ、おおむね原作と差はないみたいだ。

光学迷彩型プローブがタクトに化けてて、いろいろ問題を起こした後に、ランファが破壊。その後戦闘で敵を退けて今に至るか。
エンジェル隊の隊員達は、すでに就寝前のお茶会を終わらせて自室で休んでいるみたいだ。まあ、原作ままなら問題ないか。僕はそう思い、礼を言った後にブリッジを後にした。



実はこの時僕が起こした行動のせいで、地味に小さくない差が出てしまったのだが、まあそれは別の話だ。







────────




エオニア旗艦ゼル。
そのブリッジに大柄ながら線は細く彫刻のような美丈夫がいた。その名は、エオニア・トランスバール━━━今回のクーデターの首謀者である。


「ふむ、シェリーよ。かの船にシヴァが居るかどうかの証拠はつかめなかったか」

「申し訳御座いません。エオニア様……いえ、陛下」


そんな彼の横に、これまた背の高く、いわゆるできる女のような雰囲気を醸し出している女性が答えた。名はシェリー・ブリストル。彼女はエオニア派一の忠臣で、実質的にエオニア軍、ひいては正統トランスバール皇国のNo.2であった。軍政共に秀でており、士官学校を首席で卒業した後、エオニアに使えている。


「よい、余が欲しかったのは証拠。すでに状況的に9割9分……あの艦にいることはわかっていたのだ。それと、まだ戴冠式を行っていない、気が早いぞシェリー」


エオニアはそう答えると、通信のウィンドウの先にいるシェリーに対して薄く笑いかける。


「しかしながらいくつか報告があります。ヴァルターの弟があの艦にいるとプローブから送られたデータにありました」


プローブは、ランファによって破壊されていたが、じつは、自動でプローブからの情報を、保存しておくための超小型のレシーバーがもう片方のミサイルに積んでいたのだ。バッテリーの関係で、12時間も持たないが、それでも破壊される直前までの情報は送られていたのである。


「ほう、それで奴はなんと言っていた?」

「なにも。相も変わらず黒き月のどこかにいるそうで、連絡はつきませんでした。ですが、恐らく……毛ほども気にしないでしょう」

「それもそうだな」


ラクレットの兄であるカマンベールは、黒き月を初めて見た時からずっとそれに執心していた。エオニア達が入れないような区画にもなぜか彼は入れたのである。その禁止区画のことをカマンベールはあまり報告しなかったが。エオニアは兵器工場である区画は問題なく使えたので、特に気にしなかった。カマンベールにはフリーハンドを与えたほうが成果を上げる事を既に数年で学んでいるからだ。また、それに加えて……


「ねえ、お兄様、どうしてそんなに嬉しそうなの?」

「やあ、ノアか。なに私が嬉しいのはエルシオールが、私の張った網に少しずつ絡め取られていくからさ」

「ふーん、そうなの」


この少女ノアがいるからだ。彼女は辺境を放浪していたエオニアを導き、黒き月という無人兵器工場を与えた。外見は10歳ほどではあるが、なんとこの黒き月の管理者であるそうだ。
彼女がいれば、自分のやりたいことはほぼできるので、カマンベールとは時たま挙げてくる報告書位などでしか関係がないのだ。もっともその報告書(間にどうでもいい話が含まれていることもあるが)がかなりの有用性のある発明なので、問題があるわけでもないのだが。


「そうだよ。ノア……シェリー、すまないが引き続きエルシオールを追ってくれ。危険だと判断したら迷わず撤退してくれて構わない。お前に代わる人(ヒト)などいないのだから」

「了解しました。人材の件については後ほど検討しましょう。それでは」


その言葉で、シェリーの映っていたウィンドウは消えた。エオニアもそのまま、ブリッジを後にした。


「私の野望は残すところ白き月のみ……か」


廃太子エオニア……いや簒奪者であり、正統トランスバール皇国軍総大将である彼の野望。その成就は目前にあった。



[19683] 閑話   ラクレットの一日
Name: HIGU◆36fc980e ID:f00f2e36
Date: 2014/06/02 14:52



閑話 ラクレットの一日



ラクレットの朝は早い。


「朝……眠い」


エルシオールの時間で午前5時には起床するのだ。その後15分で着替えと洗顔などの身だしなみを一通り整え、展望公園に走りこみに行く。朝の走りこみは彼が小さいころから続けている習慣だ。クリオム星形にいたころから家の周りから、近所の駄菓子など、町中を縦横無尽で走り回っていたのだ。距離や時間といったものを決めてはいない上に目標もないのだが、オリ主と言ったら、早朝ランニング。という謎の自分ルールを決めてこなしている。運が良い事に彼の体は中々にスペックが高く生まれた為に、そこまで苦に感じる事はなかった。

2,3kmほど軽く流した後に、愛剣である求めの形をしたレプリカ、刃はつぶしてある摸造刀の素振りを始める。使用者の体重の10パーセントになる仕組みのそれは非常に重く、全力で殴れば鈍器になる程だ。
こちらも特に決まった型はなく、というより、彼に剣の知識などはないので、本当に振っているだけである。彼はこのように剣の素振りをすることを単純に筋トレ程度にしか考えていないのだ。もはや、人間が軽々と片手で振り回せるような重さではないのだが……彼は気付いていない。


「む、ラクレットか、今日も無茶苦茶に振り回しているのか」

「おはようございます、副指令」


早朝の公園では稀に夜勤明けのレスターと遭遇することがある。レスターは、夜勤明けにクロノドライブ中のしばらくの安全が確保されている時、フェンシングの型の稽古や、ランニングなどを行っている。そうでない場合は軽いクールダウンやリフレッシュも兼ねて、競歩ほどの速度で講演を1周するだけだが。彼は士官であり、体を鍛える必要はそこまで無いのだが、軍人であり生真面目なレスターは日々欠かさずトレーニングを重ねているのだ。余談だが、彼がいくら誘っても参加しない彼の上司は、この時間睡眠を貪っている。


「身体能力は高いみたいだが、使い方がなっていなければ意味が無い。一度本格的に鍛えてみたらどうだ?」

「そうですね。力があろうと、その使い方を間違えれば傷つけてしまう」

「ん? ともかく、もしオレが時間があったら、少しくらい格闘術の手ほどきは教えることができるぞ」

「ええ、きっと僕が覚えるのは名も無き戦闘法、敵を倒すのにたいそうな技などいらないのですから」


微妙に食い合っていないのだが、徹夜明けのレスターはどうでも良いような細かいことには反応せずにラクレットを誘った。タクトの分の面倒な仕事も変わりにやっていていて、多忙を極める彼だが、最近は一部をラクレットが手伝っているので少しだけ緩和されたのである。そのため時間が無いこともなかったのだ。勿論特別な教育を受けたわけでは無いラクレットができるのはそれこそ備品の数字合わせといったものであるが。





その後自室に戻り、シャワーを浴びた後に、部屋の前で朝の点呼があるのでそれを済ます。ちなみに彼の部屋は、エンジェル達と同じ階層にあるが、少し離れている。空き部屋というか倉庫として利用していたものに彼は住んでいるのだ。その後はお待ちかねの朝食だ。朝食はまだ空いている内に食べるのが彼の日課で、点呼が終わり次第すぐに向かう。注文した日替わりの定食を食べると、歯を磨きに部屋に戻る、彼は、起きた直後と、朝食を食べてからと二回歯を磨くのだ。


「正直、世の中に虫歯ほど恐ろしい生活病は無いと思う」


これが彼の持論である。言っている事はまともだが、空気が読めていないともいえる。
エンジェル隊や、彼の所属する戦闘機部隊は基本的に、通常の業務は無い。常に万全のコンディションでいるのが仕事のようなものだ。そのためにエンジェル対の面々は思い思いの方法で暇をつぶす。
待機を目地られている時、彼はまず自身の戦闘機の整備に向かう。基本的に整備班の者達が行っているのだが、彼自身が整備の後に一度システムの調整をするのだ。自分に合った微調整が必要なので、面倒であるが楽しんでこなせる業務でもあった。
それが終わると今度はシミュレータールームに向かう。そこで彼は自身の戦闘機の設定で、いろいろな状況に対応できるように訓練を行う。基本的にこれは現在クロノドライブ中で、敵襲の心配がないからできることで、通常空間を航行中のときはオミットされる。シミュレーターとはいえかなり体力を使うものなのだ。
一通りシミュレーターを動かした彼は、一度自室に戻りシャワーを浴びる。昼食までに時間がある場合は、彼の持ち込んだ私物ではなく、ここで購入したギターの練習をする。彼は、オリ主たるものギターは基本という考えの下に8歳から練習を始めたのである。しかしながら、彼にはこの方向に、壊滅的なまでに才能は無かった。最近ようやく指をつらないで弦を押さえられるようになったくらいだ。
一度音楽の教師に見てもらったところ、1世紀に一人の天才だといわれたくらいである。負の方向でだが。不器用か否かで判断するならば不器用である彼は繊細な指の力加減が必要である楽器の演奏が苦手なのだ。操縦レバーの傾きといったものは骨まで浸透させるように、すぐに覚えられるので、不思議ではある。

昼食を食べた後は、レスターからもらった書類仕事である。彼は、基本的に暇であることが嫌いな人物だったので、何かすることはないかと聞いてみたところ、備品などの整理や、艦内のクルーの苦情などをまとめるなど、事務的な仕事を頼まれたのである。

早く終わると、その日は彼の趣味である料理や、ジグソーパズル、最近だと無地の500ピースのタイムトライアルであるが、そういった物で時間を潰す。料理のほうは、家庭科でAを取れるくらいであるが、ミルフィーユがいる以上、彼の料理を誰かに振舞うことは無いであろう。おそらく食べても評価は「普通、可もなく不可もなく」といった評価であろうから。この料理も転生してから始めた趣味であり、オリ主はヒロインを餌付けできなければだめだという思考の元に始まったものだ。成果は前述の通り一人暮しには困らない無難な物というレベルで、得意料理はないが、野菜の皮むきなどには自信があるそうだ。
今のところ食べさせたい相手はいない彼であるが。まれに時間が合えば、ミルフィーに料理を教わりに行ったりする。まだまだ、彼女の腕には遠く及ばないラクレットには学ぶべきことが多いのだ。


「ラクレット君は、お母さんの手伝いしてたのかな?」

「ええ、ですが母が大層な家事好きでしてあまり手伝うと泣いてしまいまして」

「そうなんだー。私はお母さんと一緒にお菓子作りとかをしてたの。それを妹がおいしいって言ってくれて。それがうれしくて何度も作ってたら何時の間にかお料理とかが好きになって」

「妹さんですか?」

「うん、私と違ってしっかり者のいい子なの。7つも下なんだけどね」

「そうですか。きっと、かわいらしい娘なんでしょうね」


その後は、宇宙クジラに会いに行く。彼が順番に仲の良いクルーの名前を挙げよといわれたら、間違いなく最初にクロミエと答えるであろう。次に梅さん、レスターと続く。だいぶ肉体に精神を引っ張られている彼は、おそらく後数年したら、『またやってしまったぁ!』 と後悔することになるであろう。主に中二的な意味で。
要するに14歳のラクレットと、年齢がひとつしか変わらない上に、同姓?(両性具有である可能性もあり確証は持てない)であるクロミエとは仲がいいのだ。
体を鍛えるのは好きだが、基本趣味がインドア派のラクレットと、誰がどう見ても草食系かつ、おとなしいクロミエは地味に話が合うのだ。彼らは宇宙クジラの世話をしたり、動物達の世話をしながら、軽く雑談をするのだ。その後、一通り終えたら、動物達を眺めるヴァニラを二人で眺めながらまた雑談を続ける。
話題は主にクロミエが動物について話せば、ラクレットが地球にいたいきものを、古代生物図鑑を読んで知ったということで話す。生前ドキュメンタリー番組が好きだった彼は、地味に知識が豊富だ。稀にヴァニラが二人の話をそばで聞いてることもある。
かなり平和なひと時であり。ヴァニラちゃん親衛隊の面々はそれを遠くから見つめてただ和むのだ。


「そういえば、クロミエ」

「なんですか?」

「宇宙クジラって、オスなのか? メスなのか?というか、そもそも生殖機能を持っているのか? 」

「……聞いてみますか?」

「いや、別にいいぞ。お前が知らないなら僕が知るべきじゃないだろう。昔のクジラは、普通に子供生んで育ててたからな」

「そうなんですか。まあ宇宙クジラは特別ですから」

「クジラとイルカの差って、タカとワシみたいに大きさでしかないらしいよ」

「なぜそんなにアバウトなんでしょうね?」

「さあ?」

「……。(……大きく育ったイルカはどうなるんでしょうか?)」



「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「(悩んでるヴァニラちゃん可憐だ、あぁ貴方は天使だ)」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


夕食を食べた後はその日の気分ですることが変わる。艦内を散歩したり、トレーニングルームで筋トレをしたり、ジグソーパズルをしたり、おおむね普通である。家にいたころは、ゲームなどを、とことんやりこみしていたが、ここに持ち込んだのは、摸造刀『求め』と、最低限の生活用品、加えてポケットに入っていたジグソーパズルだけなのだ。ゲームを持ち込んでおけばよかったと心の底から後悔している彼である。
最近はまっている『トランスバールの森の中』という学園育成ゲームの続きがやりたくてたまらないのである。

その後3回目のシャワーを浴び、就寝する。遅くても11時には寝るのが彼である。









全く持って、エンジェル隊のメンバーと仲良くなると豪語していた人物の行動では無い事に、全く疑問を持たないのである。
彼は、原作イベント以外にはほとんど関与しないのであった。



[19683] 第十話  体が勝手に……
Name: HIGU◆36fc980e ID:f00f2e36
Date: 2014/06/02 14:53



第十話 体が勝手に……






前回覗きに失敗したラクレットです。あの後蘭花は僕に謝りに来ました。

「いきなり物を投げて悪かったわね。でも、だからといって女子更衣室にいきなり飛び込むのはありえないわよ」


だそうです。罰として僕は、ボランティアで艦内の掃除です。エンジェル隊の隊員達の部屋の前を重点的に掃除だそうです。ここは、何かおごれとかのほうが一緒に食事とかできたり、デートイベントフラグになってよかったのですが、まあ僕は狙ってやったので、これくらいは甘んじて受けなければいけないと思います。タクトはなにもお咎めなしみたいです。
これが、主人公とその他の差なのだと僕は思いました。


現在クロノドライブに入っているので、シミュレーターで訓練をしてシャワーを浴びた僕は、現在食堂にいる。最近クルーの人達から物資が不足気味だとの不満が来てる。実際結構危ないものもあるので、早めに補給して欲しいところだ。


「梅さん、定食ありますか?」

「ごめんね。今日はもう売り切れちゃっててね。食べ物で残ってるのはこのゼリーしかないのよ」

「ああ、やっぱりそうですか」

「さっき、司令さん達もここに来ててね。ちょっとぎすぎすした雰囲気になってたみたいだけど、司令さん自ら物資の確認に行くそうだよ」

「そうなんですか」


ああ……確かにそんなイベントがあった気がする。タクトが、ミントにゼリーをあーんで食べさせられて、(ゼリーの)甘さにもだえたり、ミルフィーがランチの最後の一皿を食べてしまって蘭花と喧嘩になる。
みたいな感じのイベントだ。その後、コンビニ行ったりして、食べ物探すけど無くて、最終的にミントの駄菓子を食べるみたいな感じだったはず。


「じゃあ、ゼリーをお願いします」

「はいよ。ラクレット君は甘いの大丈夫なのかい?」

「ありがとうございます。ええ、それなりには」


ゼリーを受け取って席に着く。今頃タクトは、女の子4人と一緒駄菓子を食べてる頃だ。その後も艦内を練り歩いて各部署で必要なものの確認をするはずだ。よし、これも人助けだ。一応僕のところできているのも送っておくか。仕事で頼まれてすでにだいぶ要望をまとめてるからね。小型端末を取り出して、タクトにファイルを添付して送る。
……よし、これで送信完了。この深刻さに気づいたタクトと、ミントでブラマンシュ商会に連絡を取るはずだ。


一仕事終えた僕は、ゼリーを口に運ぶ……うん甘い、だけど食べれないことも無い。リリカルな世界にトリップしてもいいように、リンディ茶対策をしといた結果だ。おいしくは無いけどね。男性としては平均より有意に当分許容量だ高い僕だけど、ジャンクフードマニアでバカ舌の人が美味しくだべられる甘さはだめだね。






「ドライブアウトしました」

「よし、直ちに周辺をスキャンしろ」


結局、正史の通りにミントの実家であるブラマンシュ商会に連絡をして、現在ランデブーポイントについたところだ。エンジェル隊と僕は、自分の機体に乗って待機している。今僕が懸念しているのは、正史よりも分厚い警戒網のせいで、ブラマンシュ商会の商船団が壊滅している可能性だ。
今までも、結構な頻度でちまちま戦闘をしているし。沈めてきた艦は原作にあった戦闘よりも多かったのだ。要するに、無事につくかどうかは、完全に運任せだ。
僕のせいじゃないから、反省の仕様も無いしね。仮に僕のせいだとしても臭がわからないなら問題ない。まあ、僕は戦闘に介入する以外してないので、そのせいで警戒度が上がったくらいしか思い浮かばないし。


「あ!! 船団を確認しましたが、無人艦隊との戦闘中の模様。救援要請が出てます!! 」

「エンジェル隊および戦闘機部隊出撃しろ! 直ちに商船団の援護に入れ!!」


────了解!!

「了解!! 」


どうやら、大丈夫みたいだね。今の所まだ一隻も沈んではいない。でも急がないと。そう思い僕は自分のスイッチを切り替える。頭の中が戦闘用の思考になる。戦闘用のBGMがかかるみたいな感じだ。


「ラクレットと蘭花は先行して敵の前衛を撹乱してくれ。ミルフィーはそれに追随して、中距離から砲撃。ミント、フォルテはこちらに向かってきた敵の殲滅を。ヴァニラは敵が少なくなるまで、ミント達の近くにいてくれ」


「司令! 敵艦隊前方の一部が、このままのペースで攻撃を受けた場合、商船団が沈むほうがわずかに速いと、計算でました!」


ふぅ、アルモ、それは今のままのペースでだろうに、そんなことを聞けばエンジェル隊の面々が今のままのペースというわけ無いであろうに。


「ふざけんじゃないわよ!! 私の化粧品!!」


おお、速い速い、負けてられないね。


「足りない!! 足りないぞ!! 無人戦艦ども、お前らに足りない物、それは!情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ!そして何よりもー!速さが足りない!!」

「に、二機の速度が急速に上がりました!!」

「さすが、紋章機」

「もう何も言わん……」


よし、ついた。僕は前方の艦に狙いを定める。そしていつものように特攻する。くくく、遅い遅い。僕が張り付いても全く反応できてない。敵の火器管制システムが自動照準で僕をロックする前に、左右に動く。それだけで雑魚になるし。火器管制にCPUを割いてるのか、動きは散漫だ、もっとも、紋章機に比べればもともと遅いがな。


「おいおい、しっかり操縦しろよCPU。堕ちちまうぞ、それじゃあ」


鼻で笑いながら僕はそう言った。っと、これが機関室かなっと!?



「ぐあぁぁぁ!!」


僕の目の前に広がる閃光、そして衝撃と轟音。どうやら切りつけようとした瞬間、敵の艦が爆発したようだ。センサーが一定以上の刺激を受けてもカットしてくれるが、さすがに今のは利いた。予想外すぎたからだ


「っく!! 機械風情がぁ!!」


幸い、若干シールドが削れただけで、問題は無いみたいだ。どうやら、機関室を切る前に切った場所が、出火してそれが引火したらしい。確率としては……0.2パーセントで起こり得るか。とりあえずこのデータはエルシオールに送信して。


「ラクレット、大丈夫か!?」

「大丈夫です。シールドが削れましたがまだいけます!! ━━限界だと……? まだ……まだいけるだろう! エタニティソード! 」


そう、限界なんかあるはずが無い!!この後の温泉イベントのためにも


「負けられない!! 負けられないんだよ!!」


エンジェル隊全員の水着姿を見る!! 絶対に!!


「意地があるんだよ!! 男の子には!!!」


その後、僕は敵の艦2隻を沈め、戦闘は終了した。それなりの戦果だったが、相手の数をこちらの数で割ると3.5になる。21隻いたのだ。簡単に言うと撃墜数最下位だ。物が絡むと、女は怖いね。


「補給船団から、通信が入った。みんなご苦労様、帰還してくれ」

────了解!!
「了解!! 」








「すごい、混み具合だ。まるで、夏と年末の……いやなんでもない」

補給部隊の代表(ヴィンセントというらしい)がエルシオールに来てしばらくした後、艦内はかなりのお祭り状態だった。ティーラウンジではカラオケ大会が開催され(蘭花とミルフィーの歌は聴いてきた。)エレベーターホールでは品物の直売会が行われている。そのためこのホールはものすごい人数が殺到しているのだ。


「おい、お前」

「はい、何か御用ですか?」


商品の棚を適当に見て回っていると、後ろから子供の声で偉そうな文句で話しかけられた。しかしここでの僕は猫かぶり中。クロミエ以外には敬語で話す僕は純度100%の笑顔で振り向く。するとそこに居たのは、金のかかってそうな衣装に包まれた10歳程度のお子様だった。しかも後ろにはフォルテと、タクトが居る。おお……ということはこのガキは。


「お前はチェスができるのか?」

「まあ、嗜む程度には」


シヴァ・トランスバールか。この艦の最重要人物で皇族のエオニアを除く唯一の生き残り。


「そうか、ならマイヤーズの都合が合わない時にやるのならばお前が相手になれ」

「皇子、失礼ながら、司令官殿が忙しいときなど、戦闘中しかありませんよ」

「ははは、皇子の為にきちんと時間をとる模範的な司令ですから」


ああ、シヴァ皇子が護衛であるフォルテを伴って買い物に来たところに、タクトがチェスを勧めたのか。にしても初めて見るが、小さいな皇子。10歳児だもんな。まあ厳密には皇子じゃなくて皇女か。顔つきも女の子っぽいし。


「マイヤーズよ、あまりクールダラスに迷惑をかけてやるな」

「皇子、そろそろ」

「うむ、ではまた今度」


それだけ言うと皇子は去っていった。あ、僕名乗ってないじゃん。まあいいか。タクトもすでにここを後にしている。さて、商品を見る作業に戻るか。


「この辺は、音楽関連か……ん?」


僕はCDの棚(この時代DLが基本なのに、CDも売れてる。というより、まずCDで出して、それがある程度売れたらDLできるようになるというのがスタンダードなのだ。GAが発売した年とかから察してほしい)に並んでいる商品を見ていたら少し気になる商品を見つけた。
レコード会社はここ10年ほどで急激に勢力を増したグループの傘下のものだ、特に感じるものもない。だが曲のタイトルがどこかで見たことがあるようなものばかりなのだ。


「いや、なんで……これ全部もとの世界の曲だぞ……歌ってる人は全部違うけど、メロディと歌詞が全く同じだ」


作詞・作曲者の部分にはそれぞれ別の名前が書かれているが、これはどう見ても元の世界の関係者しか作れないだろう。特にエターナルラブとか、その辺まであるのだ。


「僕ら兄弟以外に誰かいたのか?」


僕は小型端末を取り出して全皇国星間ネットにつなぐ……ことはできなかった。そういえば戦時だったっけ。とりあえず、ブラマンシュ社経由で一部のページには繋げたので、そこからレコード会社について調べてみた。


「えーと、……え?」


このレコード会社はチーズグループ傘下の企業だったので、チーズグループについて調べてみた。するとそのグループは、いくつかの出版社と、レコード会社、果てはアニメやゲーム会社などを傘下においていた。そこから出されているものの多くは、どこかで見たことがあるようなものだった。前世のものを使って商売するのは、数々の二次創作では良くあることだが、あらゆる方向に手を出すというのはどうかと思った。せめてジャンルを絞れよ。


「すごい規模だな……。えーと、グループの会長は……知らないオッサンだな」


公表されている人員を見ると、会長はどこにでも居る様なオッサンだった。経歴も普通で、ある日突然このグループを作ったらしい。読み進めても特に変なところは見つからない。とりあえず一つページを戻す。すると、一人見覚えのある名前があるのを見つけた。


「……ああ、なるほど」


そこにあった名前は、エメンタール・ヴァルター。うちの兄の名前だった。どうやら心配は杞憂に終わったらしい。これはおそらく兄貴が自分で全部やると大変だから、他人に任せて自分は適当にアイデアだけ出しているのであろう。おおー、このグループ、ブラマンシュ商会などの超一流企業とため張ってるよ。総収益額が皇国3位とか……新興企業なのに……もしかして既存の企業を買収してサービスを始めたのか? まあどうでもいいか


「まあ、深く考えないでおこう。この場でアニメは今売ってないみたいだし。お、このゲームはもしかいして……」


僕はそう呟くと、CDを1ダースとゲームを一本ほど、既に半分くらいいろいろ入っている自分のかごに入れて、レジに向かった。


「あ、ラクレット君」

「桜葉少尉、お鍋ですか? その手にあるのは」

「うん、安かったから買おうと思って」

「そうですか、あ、レジが空いたの行きますね」


レジに並んでいると僕のすぐ後ろにミルフィーが並んだ。どうやら料理に使う鍋を買うつもりらしい。なお艦内の部屋の為に購入した物は、ちょっと書類の申請を工夫すればすべて経費で落ちる。やらないけどね。


「おめでとうございます!!」

「へ?」

「そこの君は、ただいま500人目のお客様となりました」


僕がレジに近づき商品を置くと突然、店員が叫びだした。後ろに居たミルフィーも驚いたみたいだ。僕も結構驚いた。


「お客様には景品として、このブラパンシュ君人形を差し上げます」


────おめでとうございまーす!


すると今度は、1.5mほどあるぬいぐるみらしきものが僕に渡された。
ついそれを受け取ってしまうと、周りの店員もこちらに向かって拍手し始めた。正直こんなものいらない。でも返せるような雰囲気ではない。


「……えーと、いります? 桜葉少尉?」

「……うーん、いらないかな~」

「そうは言わずに、ほら、妹さんにでも」

「リコは、ぬいぐるみより私に抱きついてくるから」

「……そうですか」



今思い出したけど、確かこのイベントはミルフィーがこれを手に入れてタクトに促されて、欲しそうに見ていたミントにあげる。見たいな感じだった。…………もしかして僕が並んだから順番がずれたのか?周りを見るとタクトの姿は発見できない。このイベントを放棄したらしい、今頃別の所にでも居るのであろう。
もしかしたら、蘭花と事故でキスしているイベントなのかもしれない。ついでにミントは居た。ホールの入り口あたりで、何か絶望したような目でこちらを見ている……あ、ふらふらとした足取りで立ち去った。


「そうですか。じゃあ僕はこれを置いてきますので、また」

「うん、今度また一緒にお料理作ろうね」


そういって僕はミントの立ち去ったほうに向かうのであった。途中、顔を真っ赤にした蘭花が走っていった。蘭花がタクトとキスしたのは、ミルフィーが入ってきて、いきなり重力制御をきったからなのに、すでに起っているとかは、気にしないことにする。ミルフィーの移動速度とかをね。






「ブラマンシュ少尉」

「…ああ、なんであのような胡乱な人にブラパンシュ君が……」


おおう、これは重症のようだ。とりあえずもう一回呼びかけてみる。


「ブラマンシュ少尉!」

「はい!?……ああ、何か御用ですか?」


僕が話しかけたのにようやく気づいたのか、ミントはこっちに振り向き微笑んだ。僕達の身長差は50cm前後というところだ。そのため、2m離れているのにミントは正直こちらを見上げる形になってる。
上目使いは正直反則だと思う。もし彼女がメガネをかけていて、そのメガネの隙間から覗くそれだったらこちらは遭遇15秒で沈んでいただろう。


「あの、これなんですけど」

「あら、それは……・随分大きいぬいぐるみですね」

「はい、正直男の自分がこれを持っていてもあまり意味ありませんよね?」


僕はとりあえず小脇に抱えた巨大なぬいぐるみをミントに見せた。正直ミントより大きい。まあ着ぐるみになるのだからそれくらい普通なのであろう。ミントはどうやらしらばっくれる様だ。フフフ、そちらの趣味思考はすでに把握しているのですよ。隠しても無駄無駄ぁ


「まあ、確かにそうですわね」

「ええ。ですからどうかこれ、引き取ってもらえませんかね?」


僕のその言葉に一瞬だけミントの表情に動揺がはしった。本当に一瞬だったけどね。顔と耳がピクッてなったのだ。わかりやすいなぁ。


「……はあ、別にかまいませんが」

「そうですか。ありがとうございます」


良かった、これでミントの夜徘徊イベントが起こる。これはミントのテンションが大きく上がるからね。まあ、あまりあがりすぎると、ミルフィーが攻略されなくなってしまうから気をつけないといけないけどね。


「ところで、何で私に?」

「ああ、いえなんか、似合いそうでしたから」


僕がその問いに本当のことを言うわけに行かないので適当に答えると、また一瞬表情がピクッとなった。


「……それはどうしてですか?」

「いえ、アッシュ少尉は実際の動物のほうが好きそうでしたから。これは子供っぽいものですしね」


あ、またビクッとなった。しかも今度は耳がずっとぴくぴくしてる。うーん、なんか痙攣しているみたいだね。


「それでは、僕はこれで」


「……ええ、御機嫌よう」


僕はそう言い残してこの場を後にした。良い事した後は気分がいい。
さて、この後は温泉イベントだ。








僕は今公園に居る。とりあえずさっき買ったCDを外で聴きながらのんびりしている……という設定だ。前回の蘭花を覗いたのは功を焦って失敗してしまった。なので今回は慎重に行きたいと思う。まず作戦はこうだ。タクトが公園に入ると、温泉のほうへ歩き出すから、それを偶然見かけたので付いて行くことにした。という設定で行く。そうすれば、タクトの思考パターンを読んだミントに呼ばれるあたりで接触すれば、違和感なく混ざれるのだ。エンジェル隊の入浴に。これで完璧だね。


「あれ? ラクレット? 何やってるのさここで」

「いきなり崩れた!!」


マジか!! いきなりタクトに会うとかどれだけ運無いのだ僕は。ってあれ、タクトが温泉があるであろう場所に向かってふらふら歩いていく。


「あれ、体が勝手に……」


おいおいおい、なんだよそれ。どこの隊長さんだよ。あれか?NEUEとEDENを股にかけ12股したり、エンジェル隊を私物化してマイヤーズエンジェル隊という名前に変えたり、ミルフィーが勝利のポーズきめとか言ったり、新作では実は甥の和也君が主人公になったりするのか? なんだよそれ、まあ、付いて行くからいいけど。


「わータクトさん。どうかしたのですか。いきなりあるきだすなんて」

「いや、何故か体がこっちに吸い寄せられるというか「フォルテさんはどうしてそんなに胸が大きいんですか? あ、ランファも大きいよね!!」」


きた!! まだ音だけで、視界は湯気でよく見えないけれど、温泉では良くあるセリフが聞こえてきたじゃないか!!


「大きいと言っても、射撃には邪魔になるんだよ?」

「ちょっと、じろじろ見ないでよ。親父じゃないんだから」


おうおう、お約束だね。


「あのー……タクトさん」

「しっ!!静かにしろ」


この人、真剣なのだけど……。まあいいか、なんかみなぎってきてるのは事実だし。大きいのは正義です。小さいのは希望です。ちょうどいいのは理想です。


「え~、でもこんな格好してるとやっぱり気になるし……」


(こんな格好って、どんな格好だ!?)
と思ってるであろうタクトを尻目に、僕はこの瞬間もじりじりと前に進む。


「ミルフィーさん、いいですか、大きければ良いという訳ではありませんよ? 大事なのはバランスです」


おお、ミントがいい事を言った。胸に貴賎なし。つまりはそういうことだ。


「例えばフォルテさんの胸がヴァニラさんに付いていたら、不自然でしょう?」


「……むしろ体格的にありえないと思いますが」


いや、ロリ巨乳はありだろ常識的に考えて。あのアンバランスさにそそられない男は居ないはずだ。幼子のようなあどけない表情や仕草が生む保護欲、しかしながらその体は暴れん坊で、わがままで言う事を聞かない大胆ボディ。無自覚に抱きついてきたときに感じるその圧倒的存在感はギャップという太古の昔から我等が同胞を沈めて来た最終兵器を生むのである。そう思いタクトの方を見ると、向こうもこちらを見てうなずいている。


「……あら? この思考パターンはタクトさん? それにこの不気味な違和感は……」

「あれ、タクトさんが居るんですか?」

「え、いや、決して俺は覗きに来たわけじゃ「タクトさんも来ませんか~?」何、いいの!?」」

「はい、いいですよ」

「別にかまわないわ」

「そんな所に居ないでこっちに来なよ、司令官殿」

「別に問題ありません」

「皆さんがこうおっしゃってますし、どうぞこちらに」

「じゃあお言葉に甘えて」


エンジェル隊のメンバーが、許可を出したのでタクトは近づいていく。
迷う時間が全く無かった。なぜだか知らないけど、原作タクトよりスケベなようだ。


「あ、タクトさん!?」


僕はあわててタクトの後を追いかけた、今を逃すとタイミングがなくなってしまう。


「あれ、ラクレット君?」

「なによ、あんたも居たの?」

「やはりあなたでしたか」

「おや、こんなところに何のようだい?」

「……こんにちは」


おおー!! タクトは全裸を予想したが水着だったためにその落差で打ちひしがれている。ふ、馬鹿な人だな。むしろ水着の方が貴重であろうに。僕は、最初から水着だとわかっていたので、落差は全く無い。しかも今回は水着目当てでここまで来たのだ。ミッションをコンプリートしたのでむしろ満足気味だ。うお、ミルフィーは思ったより着やせするんだね。ピンク色の水着が白い肌とよくマッチしている。彼女のパーソナルカラーでもあり、髪の色でもあるのだ。ヴァニラはミントよりあるだと……いいじゃないかそれ。フォルテと、蘭花は正直反則だ。レッドカード2枚くらいで永久追放しなければならないくらいだ。蘭花は何よりも体つきが全体的やばい。すらっとして最低限の肉しか付いてない足、きゅっと引き絞られた腰に、聳え立つ様な存在感を与える胸。全パラメータが最低Aランクみたいなチートだ。フォルテは、胸の時点でやばい。あれは、女の武器どころの話ではない。殺戮兵器だ。圧倒的戦力差があるのにさらにダメ押しで投入されるであろう敵にとっての恐怖の象徴足りえるそれだ。そして、ミント、彼女もまたすごい。あの二十歳になっても身長が六歳児並というもはやチートを超えたそれになるであろう現在の10代の体は、手足につく肉すべてが無地のシルクのようで、素晴らしいであろう触り心地を想像してやまない。ともかく、全員チートだ。



「いえ、タクトさんがこちらにいらしたので。何かと思って付いてきただけです」

「そうなんだー。あ、タクトさん。どうしたんですかそんな遠い目をして?」

「いや、ミルフィー何でも無いんだ。そう、なんでも」


そういうとタクトはふふふと笑いながら立ち去っていった。何しに来たんだろうね? 仕方が無いので僕も立ち去ることにした。次の水着イベントは半年後かね……。ちとせって何着てたんだっけ?











「やぁ、マイハニー久しぶりだねぇ、元気にしてたかい?」

「いやぁああーーーまた出たぁ!!」

「うおぉぉぉ!! また会ったな!! 友よ!!」

「嫌ぁぁぁーー!! 暑苦しいのが居る!!」


現在、ヘルハウンズの五人と交戦中。といっても、こいつらクラスの戦闘機乗りだと、正直倒すのはきつい。ひたすら逃げて逃げて、攻撃が鈍ったらなぶり殺しとか? 相手が、撤退も考えているなら、1対1で無い限り、絶対に倒すのはムリだろう。

薔薇を加えた、ロン毛のナルシストのカミュ・O・ラフロイグに、脳筋の熱血野郎ギネス・スタウト

この二人はそれぞれ、ミルフィーとランファに付きまとってる。


「ふふ、成り上がりの君とは、初めて会うね、ミント・ブラマンシュ。僕の名前はリセルヴァ・キアンティ」

「私を成り上がりと仰るのは、伝統しかない古い貴族か、その伝統すら失ってしまった、没落貴族だけですわよ。貴方はどちらですかね?」

「…………レッド・アイ」

「おやおや、ずいぶん無口じゃないか?」

「ヘヘ……ヴァニラ・H、このベルモット・マティンが補給も修理も出来ない内に叩き潰してやるぜ」

「……うるさい」


中性的で、高いプライドと野心を持つ自称名門貴族のリゼルヴァ・キアンスティはミントに。無口で語らない合理主義者のレッド・アイはフォルテに。チビでぐるぐる眼鏡のメカニックベルモット・マティンはヴァニラにそれぞれ付きまとう。基本的にこの戦闘は、チームワークで勝るエンジェル隊が、各個撃破していくのが、有効で、事実彼女達ならそうすると思う。


「エンジェル隊の皆、ここは一機ずつ落としていけばいい。ラクレット、君はエルシオールの護衛を頼む」


────了解!!
「了解! 」


まあ、僕はまだチームワークを駆使して動くことが出来ないからコレは仕方ないかな。戦闘はわずか8分ほどで終わり、ヘル・ハウンズ隊は撤退して行った。エンジェル隊が勝利を分かち合うのを僕は、黙って通信越しに見ていた。












戦闘宙域から少し離れた宙域に、一隻の戦艦があった。その艦━━━バレル級戦艦バージン・オーク━━━は、エオニア軍……正統トランスバール皇国軍のものであり、ブリッジには一人の美しい女性が搭乗していた。
彼女の頬には傷があるが、その傷でさえも彼女の美しさに入るように見える。そんな彼女の名はシェリー。 シェリー・ブリストル。エオニアが最も信頼している人物であり。名実ともにエオニアの一番の部下である。彼女は現在、エオニアと通信をしていた。


「エオニア様、ヘルハンズ隊が撃破され帰還してきました」

「ふむ、そうか。所詮は傭兵集団、エンジェル隊と戦闘行動が可能な点は評価すべきだが……それだけだ。気にしなくとも良い。それよりも手筈通りに動けるか?」


シェリーは、自分の一応は部下でもある、ヘルハウンズ隊の失敗を報告したが、エオニアは特に気にした様子がない。なぜなら彼には、この後にある作戦を計画しており、それこそが本命であるからだ。最もその本命すらも、計画の一部であるのだが。


「はい、こちらの準備は抜かりなく整えております。ヘルハウンズ隊の出撃は出来ませんが、それでも十分以上の戦力を所持しています」

「そうか」

「はい」


ここで二人の会話は途切れた。しかしながら、エオニアは少し観察するようにシェリーを見つめていた。シェリーは自分の主である、彼の行動に少しの疑問を感じつつも、何かあるのかもしれないと思い、エオニアの顔を通信越しに見る。その二人の様子を、エオニアの艦に乗っている、通信士はこう語った。

「あの二人、無言で30秒も見つめ合われると、ブリッジの空気が微妙になるのを理解して欲しいですね」

と。


「シェリー……」

「は! なんでしょうか?」

「……きちんと睡眠をとっているのか? 少々顔色が優れないように見えるが?」

「……エ、エオニア様? 突然いかがなされましたが?」


エオニアがしばらくシェリーを見詰めた後に口にした言葉は、少なくともシェリーの冷静な表情を崩すのには十分な内容であった。まさか、主君が自分の顔を見て隊長の心配をしていたなどとは、彼女には全く予想もつかないものであったのだ。
そして、先ほどまでの真剣な表情で自分を見つめていたのは、自分を観察するためだったのだとわかると、急になぜだか解らないが、恥ずかしさがこみ上げてきたのである。


「いや、ヴァルターがお前は無理する時にはとことんするからたまに気を使ってやらぬと、倒れそうだといっていたのでな」

「……そうでしたか」

「ああ、それに余としてもお前に倒れられると困るのでな。…それではシェリー、健闘を祈るぞ」


それだけ言ってエオニアは通信を切った。ブリッジに一人佇むシェリーは言い逃げはずるいと心中で思いつつ、カマンベールに対して、感謝すべきなのか、怒るきなのかを考えるのであった。彼女の胸の中にあるもやもやについては特に考えようともせずに。



[19683] 第十一話 これが僕らの全力全開 前半
Name: HIGU◆36fc980e ID:f00f2e36
Date: 2014/05/26 12:42




第十一話 これが僕らの全力全開 前半









……さて来ましたよ。最難関の戦闘といわれているミッションがある章に。現在この僕、ラクレット・ヴァルターは精神統一中です。今回の戦闘ばかりは本当にかなりきつくなると思う。初回プレイの時には4回以上やり直したから。ただ今回は、一回のミスも許されないんだ。やるしかない。そんな悲壮感溢れる覚悟を決める僕ってカッコいいかも。





────────



その日、エルシオールは久しぶりの吉報に沸いていた。味方からの連絡が入ったのだ。合流ポイントが明記されていたそれは、エルシオールスタッフの顔を綻ばせるに値するそれであった。しかし、艦長であり司令でもあるタクトは、自分の直感が何かあると告げていたため手放しに喜べないでいた。
同じく彼の副官のレスターも相棒の直感が良く当たるのを今までの経験で知っていたので、密かに警戒をしていた。今まで幾度となく彼らの危機を救ってきた直感だ。そもそも人間の勘と言うのはなにもオカルト的な運命論で語るようなものだけではない。今までの経験に基づく違和感や既視感を無意識レベルで感じ取り通達するといったものだという説もある。『これは何か変だ、いやな感じがする』新たな状況に対する、そういった感覚と言うのは、無意識下での警報、統計的なメカニズムでもあるともいえる。事実、確実な危機が彼等にはせまっていた。






現在はクロノドライブで、指定された合流ポイントに向かっているところだ。もうすぐクロノドライブが終了するというところであり、30分ほど前に警戒態勢をしいてエンジェル隊の面々とラクレットに待機命令を出したところである。


「で、だ。タクト実際のところ襲撃はあると思うのか?」

「ああ、俺の勘だと十中八九あるって言ってる」

「そうか……アルモ、ドライブアウトまで後どれくらいだ?」

「およそ150秒です」


レスターはタクトに最終確認をした後に、いつもよりも険しい顔付きでアルモに尋ねる。アルモはその問いに対して一瞬だけウィンドウに目線を送った後にあくまでも事務的に答えた。


「レスター」

「……なんだ?」

「……なんでもない」

「そうか」


それだけのやり取りの後沈黙がブリッジを支配した。


「ドライブアウトまであと10秒」


アルモのカウントダウンを聞いて二人は、さらに体を身構える。カウントが読み上げられていく中、二人は前方のスクリーンに意識を集中した。


「1,0.ドライブアウト。周辺の宙域をスキャンします」

「……スキャン完了! 周辺にガスを確認しました! 戦闘が行われていた形跡があります!」

「なっ! ……いや、ここは良く皇国軍の訓練に使われる場所だ。まだ決まったわけではない」

「……アルモ、正面前方のポイントをサーチしてくれないか?」

「了解しました」


タクトと、レスターはひとまず、出た瞬間に狙われることがないと安堵し、溜息をついた。しかしいまだに警戒を緩めてよい状況ではないことは二人とも重々承知していた。古来より、戦争においては、味方と合流するなどによって、気が緩んでいる時が一番危険であるからだ。
しかしながら、彼らの緊張は一本の通信によって、壊されることになる。それも、味方からのものによって。





────────




ラクレットですが、通信内の空気が最悪です。要約すると、エンジェル隊が、襲撃来ないなら早く解散にして欲しい、それぞれに用事があるから。
と、文句をつけたからだ。にしても、眠いとか、パンが発酵しちゃうなどの理由で、上官に戦闘態勢を解除しろというのはどうなんだろう?
ここだけ疑問なんだよね。特にミルフィーなんて、士官学校の首席なのに。わがままが過ぎる。設定的におかしいでしょ?


「しっかりしてくれよ、みんな」


ああ、タクトそんな言い方したら……皆が反発するよ。一応この後すぐに襲撃があってやっぱり彼が正しかった、みたいになるからいいけど。さすがに好感度が下がるようなイベントをそのままにしとくのはとも思う。だから……できる僕はフォローに回る。これが自己犠牲ってやつだね


「そうですよ、みなさんは職業軍人なんですから、きちんと即応体制をとるべきでしょう。それにアッシュ少尉を除いては僕より年上なのですから、模範となるような行動をしていただきたいものです。十中八九敵の襲撃はあると見て間違いないのですから」

「えー、私はちゃんとやってるもん」

「そうよ、私だって、この通り待機しているじゃない!」

「模範となる行動と仰りましたが、それは私達の普段の行動が模範ではないと?」

「なんだいなんだい、二人ともこちとら真面目にやってるのに、その言い方はないだろう」

「……」


あれ? なんか余計怒った? うーん、まあ、いいか、アルモのサーチももう終わるみたいだし。


「司令!! 前方より敵艦隊が!」

「っく! エンジェル隊!! 出動してくれ!!」


ほら、予想通り、確か乗ってるのはシェリーだっけ? ここでの戦闘は飽く迄ブラフみたいなもので、ココからいける、クロノドライブ先に敵の本陣が待ち構えているとかそういう話だったはずだ。嫌らしいけど有効な手段だよね。いや、いやらしいから有効な手段なのか。



────了解!!
「了解!! 」


「司令、敵艦からの通信です」

「スクリーンに出してくれ」

タクトがそう言うと、スクリーンに出てきたのは、シェリーであった。5年前にエオニアと兄さんと一緒に写っていた時の顔とほとんど変わりがない。そういえばこの人って、シャトヤーンと同じで年齢がわからない数少ない女性キャラの一人だった気がする。ギャルゲーで年齢でないキャラって30代と思うんだけどどうよ?


「こちら、正統トランスバール皇国、シェリー・ブリストル。エルシオールクルーの皆さん、御機嫌よう」

「艦長、タクト・マイヤーズだ。いやいや、エオニア軍にも貴方の様な美しい女性がいたとは」

「あら、ありがとう。それで、こちらの用件はわかってるわね? シヴァ皇子を渡しなさい」

「だってさ、レスター」

「俺に、振るな!! そして断れ!!」

「だそうです。残念ながら、いくら美人のお願いとはいえ、聞けません」


おお、ナチュラルに漫才をやってるよ。タクトはこういう通信で、相手を挑発する心理戦に強いんだよね。にしても、この一連のやり取りの間ずっと表情を変えないシェリースゲー、立絵がないとか、そういう理由じゃないわけだから、本当にタクトに対して全く興味がないのかな?


「それじゃあ、力尽くでお願いするしかないわね」

「オレとしては、宇宙空間での戦闘デートよりもむしろ、豪華なディナーを綺麗な夜景を見ながら食べるほうがいいんだけどね」

「そんな余裕もここで終わりよ。それじゃあ次の通信は降伏宣言かしらね?」


その言葉を最後に、通信が切られた。うーん、こっちには全く興味はなさそうだね。なんというか、エオニア一筋?


「通信切れました」

「よし、コレより作戦を説明する。タクトいいな」

「ああ、皆! 頼んだぞ!」


さて、頑張りますか。












「何とかしのぎきったか……。アルモ損害報告を頼む」

「了解しました」


何とか、シェリーの率いる敵戦艦を退けつつ、クロノドライブのポイントまでついたのはいいけど。この後、ドライブアウトした時に挟み撃ちで、今迄で最多の戦艦を相手にしなければいけない。タクトはそれが十中八九来るという考えで行動をしているはずだ。僕もさっきの戦闘で疲れているから、なるべく休む感じで行動しよう。なーんか疲れるんだよね戦闘機の操縦って。

そう思って、ティーラウンジに行ってホットチョコレートを飲んでいたんだが。
『エンジェル隊が……来ない』
うーん、なんか、前々から思ってたんだけど、僕エンジェル隊との接点薄い気がする。戦闘の時と、ミルフィーに料理を教わる時。主にその二つでしか会わない。なんか食事は時間が違うみたいだし。たまにティーラウンジに行くと居るけど。近づいても挨拶して終わりだし。まあ、気にしてもしょうがないか。まだ恋愛イベの時期じゃないしねー。とか、適当に考えてると、蘭花が来た。なにやらキョロキョロしている。そして、こっちに気付くと、近寄ってきた。


「ねえ、タクト知らない?」

「いえ、見てませんが……。タクトさんに何か用ですか? フランボワーズ少尉」

「あ、いや、知らないならいいのよ。それじゃあ」


そして、去っていった。あまりの自然な身のこなしに、全く反応できなかった。僕は、少し冷めてしまった、ホットチョコレートを一気に飲んで、そろそろあると思う、イベントを見にクジラルームに向かうのであった。




しかし、クジラルームが閉まっていて、ショックを受けたのは余談だ。そういえば、誰もいないから平気だって、言っていたね。まあ仕方ないか。





────────



「わかったよ、フォルテ。ありがとう」

タクトは、フォルテにそう言って、クジラルームを後にした。彼の心の中は、まだ完全に不安が消えたわけでは無い、しかしながら、先ほどまでフォルテと背中合わせに座って、語り合っていたタクトは、クジラルームに入る前のような、思いつめた顔はしていなかった。


「敵の策略とか、奇襲とか色々あるけれど、司令官のオレがきちんとしないと。皆も支えてくれてるんだから」


彼は基本的に、かなり前向きな人間だ。しかしながら、想定している以上の困難な状況に陥るといきなりネガティブになってしまう傾向がある。あと数年すればそのようなことも無くなり、海千山千と呼ぶに相応しい司令官になるのだが。それまで、やや後ろ向きになってしまった彼は、毎回仲間に支えられて再び前を向いて、進みだしていくのだ。そして、きっと今回のは、その始まりなのであろう。彼が仲間と支え合って前を向くという事の。


「あ…………タクト」

「あれ? ランファ?」


そんなフォルテによって、幾分が気分が軽くなったタクトが早速後のことを皆に伝える為にブリッジに向かう途中、ランファに出会った。彼女の様子は、どこか、何かにたして躊躇っている感じであり、何時もの竹を割ったような彼女らしさというものはなぜか鳴りを潜めていた。


「あのね……タクト」

「なんだい?」

「…………ううん、なんでもない」


ランファは何かを言いかけたかが、タクトの顔を見て、言葉を濁した。二人の間に微妙な沈黙が流れる。周囲に人もいないし、時計も無いので、ほぼ無音だ。そんな中、タクトは、ふとなにかに気付いたような表情をする。


「もしかして、励ましに来てくれたのかい?」

「────っな!!」

「ハハ、まさかね、でもありがとうランファ、オレはもう大丈夫だから」


タクトは、ランファの顔を見ながら何時ものように笑ってそう言った。


「これから、通信で言うつもりだったけど先に言うと、これから皆に待機してもらう。何がきても大丈夫な用にね」

「つまり敵がいると、タクトはそう考えているのね?」

「うん、だけど、ランファ達を信じてるから」

「な……当たり前じゃないの!私に任せておけば大丈夫よ!」

「はは、本当に頼りにしてるよ。それじゃあ」




それだけ言うと、タクトは右手を肩越しに上げて去っていった。その場に残されたランファは、タクトの後姿をやや呆然と見送っていたのであった。






「…………ウチの司令官も困った女たらしだね」

そう、呟きながらフォルテは、ランファを通路の影から見つめていたのであった。



[19683] 第十二話 これが僕らの全力全開 後編
Name: HIGU◆36fc980e ID:f00f2e36
Date: 2014/06/02 14:54

第十二話 これが僕らの全力全開 後編



「余の名はエオニア・トランスバール」

「おや、総大将さんのお出ましかな?」


ドライブアウトした後、いきなりエオニアからの通信が入った。ブリッジの人達は騒然としている、まあ当然かな、いきなり敵のトップが出てきたんだ。僕は適当にそれを『エタニティーソード』から眺めていた。
にしても、兄貴どうしてるかな? 喧嘩ばっかしてた様な気もするけど、なんだかんだで僕の『エタニティーソード』弄ってくれてたしな。




そんなくだらない思考を続けているうちに通信はどんどんヒートアップしていた。さらに、後ろから追ってきた艦隊も到着したみたいだ。なんか、シヴァを渡せとか、断るとか。そんな感じの。
いきなり、こっちの警護対象を渡せとか言われても断るのは当たり前だよね。まあ、向こうも断られて当然見たいな感じな反応だけど。余裕たっぷり。みたいな?


「まあ、今断ろうと結局のところ変わるのは死ぬ人数だけだ。それもこの逆賊を打つ戦争では誤差でしかないがな」

「たいした自信をお持ちですね、皇子」

「貴様もな。……ふむ、その少年か?……確かに面影があるな」


あれ、なんかいきなり僕のほうに視線を向けてきたぞこの人は。いきなりそんなこと言わないで欲しいのだが。


「ではな、タクト・マイヤーズ。次に会うときにも同じ口が利けると良いがな」

「通信切れました。旗艦、撤退していきます」


アルモが通信が切れたことを報告している。レスターはとりあえずこの宙域の情報処理をさせるために忙しそうに指示を出していたが、タクトはこっちを見ている。疑っているのかな? ここは一応言っておくか。


「エオニア……あれが僕達の敵ですか」

「……そうだね」

「まあ、敵がわかろうと僕にできることなんてせいぜい敵の船を沈めることぐらいですがね」

「……頼んだよ。ラクレット」






「それじゃあ、作戦を説明するよ」


そう言って、タクトはウィンドウを投影する。そこにはこの辺の宙域の、詳細な地図が書かれていて、1秒後に敵艦の配置が表示される。すごい数だ、紋章機を戦艦2隻分の戦力としても戦力比が……10倍は堅いね! これはひどい。


「とりあえず、今回の戦闘で敵の全滅をさせるのは難しい。そこで、最速でクロノドライブ可能なポイントまで移動する。アルモ、航路のデータを出してくれ」

「了解……あれ?」

「どうした?」

「いえ、変な重力反応があるみたいなんですが……」

「規模は?」

「すごく微弱なものです」


重力反応? そんなのあったっけ? 僕が、原作知識を思い出そうとしている間に、レスターが急かしたみたいで、話が先に進んでいた。にしても、原作知識ノートとか作っておくべきだったかな? なぜか、作る気がしなかったから作らなかったけど。実際面倒だったわけで。細かい話は案外忘れてるかもしれない。


「このポイントに行く事を作戦目標とする」

「上下からはさまれているが、エルシオール後方の艦隊の方が若干弱いために、そちらから回り込む」


現在のエルシオールは、タクトの言うとおり、前後を敵艦隊に、左右を小惑星帯に挟まれている。目標の地点は、エルシオールの右前方だけど、右の小惑星体に沿って目指すみたいだ。


「紋章機の部隊は二つに分ける。片方が進行ルートを作るために後方に、もう片方が、時間稼ぎのために前方のやや狭くなっている部分で戦ってもらう前方の部隊は、フォルテと、ラクレットに、後方の殲滅は、ミルフィー、ランファ、ミント、ヴァニラに頼む」


この辺の宙域は解りやすく言うと障害物があって縦3列に別れてるといった感じだ。現在エルシオールは真ん中の列に少しはいった所で、敵は同列前方にひしめいている。だから、後退した後右の列を進むという事らしい。んで、僕は中央列の前方の敵艦を細くなってる所でフォルテと足止めである。


「敵を倒すことを優先するな! エルシオールの被害を最小限にするように心がけてくれ」

────了解!!
「了解」


僕の『エタニティーソード』はこういう時の時間稼ぎにはちょうどいい。それにフォルテの『ハッピートリガー』は攻撃力防御力ともに高い。少数で攻めるならば、この二機の編成は最適だと思う。
そして、ミントの『トリックマスター』、ミルフィーの『ラッキースター』、ランファの『カンフーファイター』、ヴァニラの『ハーベスター』はそれぞれ遠距離、中距離、近距離、回復と、バランスが取れていて、進行方向の敵を倒すのには向いているであろう。きっと、ドライブアウト先の地図を見ながら、いろいろなケースを想定した上で、レスターとタクトが二人で考えたのであろう。隙がなく、この状況ではベストな作戦だと思う。
そして、僕は頭を戦闘用に切り替える。

さあ、ショータイムの始まりだ。


「作戦通りに行くよ、私達は時間稼ぎだ。後から追いかけるから、先に行ってぶった切ってやりな!」

「了解!! 移動形態に変更……『エタニティーソード』行きます!!」


僕のその言葉に、いきなり最高速度まで加速する。Gキャンセラーがあるからこそ、出来ることだ。敵の高速突撃艦の中でも、先頭にいる奴に狙いを定める。この戦闘には敵戦闘機がいないために、僕も全力で戦える。
敵との距離が、ぐんぐんと縮まっていく。まだ移動形態のままだ。今戦闘形態にしたら、敵のレーザーに捕捉されてしまうからだ。なにせ直線に飛んでる。最短距離を最効率で進むに今は、そうするしかないのだ。


「今だ!! 戦闘形態に移行!!」


僕がそう言うと、両翼が左右にスライドして、腕の形になる。その過程で加速が落ちるが、気にせずにレバーを握り敵艦の右下に回り込む。そのまま勢いを殺さずに、真後ろに回りこんで急旋回。敵の後方から、敵上部を切りつけつつ、もう一度前方に向かう。
攻撃が当たったことを確認しつつ、再び急旋回、今度は右にいるミサイル艦だ。比較的小さくて狙いがつけにくいが、それでも……

「一太刀浴びせる分には、問題ないんだよ!!」

エタニティーソードに、敵のシールドが今の攻撃で30%ほど削れたことが表示されるが、それよりも重要なのは、敵の狙いの優先度を僕に向ける事だ。一撃浴びせて、次の敵へを繰り返さなければ。


「それが……僕の……役割だからぁ!!!」


僕の役目は所謂壁役(タンク)。ヘイトを稼いで攻撃を集中させる。まあ、受けるんじゃなくて躱すんだけどね。勢い殺さず、そのまま敵巡洋艦の密集しているやや後方に向かう、途中後ろからミサイルによる攻撃を受けるが、今は気にしていられない。まだ、シールドは8割以上ある。敵しか攻撃できない距離が長いから、一々気を使ってたら、ずっと補給に行き続けなければ行けなくなる。敵の駆逐艦5隻が綺麗に陣形を組んだままこちらに向かってくる。
僕はいきなり『エタニティーソード』を急上昇させる。いい具合に追尾しきれなかったミサイルと、直進しかできないレーザーが機体下方を通過する。ミサイルがすぐさま捕捉しなおしたのか、そのまま進まず後ろで反転するのをレーダーで捕らえながらも次の行動に。敵との距離が1500を切ったので、急降下して上から強襲を仕掛けるのだ! 左右の剣に供給するエネルギーを最大にして、そのまま、敵に叩き付けるようにぶつける。


「こちら、『ハッピートリガー』コレより攻撃に移る。行くよ!!」


フォルテが、交戦可能域に到達したみたいだ。丁度僕のほうを向いてるミサイル艦と、突撃艦を後方より攻撃する。大量の重火器による攻撃で、ミサイル艦は、沈んだが、突撃艦はかろうじて耐え切ったみたいだ。内部のエアーに引火して爆発する、ということが無人艦故に無いからか?


「シュトーレン中尉!! 敵の巡洋艦が近寄ってきましたので、そこに向かいます」

「わかった、タクト!!」

「ああ!! フォルテは、そこのちょうど狭くなっている宙域で足止めを続けてくれ、それ以外は基本的にそちらに任せるよ」

「ずいぶん、信頼してるじゃないか?」

「当たり前だろ? エンジェル隊のリーダーは、銀河最強の部隊のリーダーなんだぜ?」

「解ってるじゃないかい!!」


巡洋艦の攻撃を、出来るだけ回避しながら近寄っていると、『H.A.L.Oシステム』とのシンクロ率が、MAXに成った。僕の飛んだ軌跡に羽が流れる。そのまま、並んでいる巡洋艦にめがけて僕は突撃する。両手の剣を一つに合わせ強く念じる。そんな音はしないけど、頭の奥でカチリと歯車が合わさる様な音がした。そして、エネルギー部分の大きさが、先ほどとは比較にならないほど大きくなる。
片手だけの状態で、10mほどの実剣の先に40mほどのエネルギー剣があったけど、1つになると100m近くの大剣にまで伸びる。実は、この特殊兵装は、何回も発動してるわけじゃない、でもすごく……


「馴染むんだよ!! ……行くぞ……コレが僕の全力全壊!! コネクッテドゥ……ウィル!!」


僕の剣が敵を一刀両断にし、そのまま次の艦に突撃して、真横に切りつける。すると、剣に供給されるエネルギー減少して元の大きさに戻った。僕はすかさず剣を二つに戻して、回避行動を取りつつその場から移動する。


「くそ! 空が狭い!」

「焦るんじゃないよ! 私達はただ、敵をここに引き付ければ良いだけさ。足の速い艦を優先的につぶしな!」

「了解!!」


フォルテからの指示を受けて、今度は、ミサイル艦の残りを破壊しに行く。


「もっと速く!! 僕より速いものは存在しないんだから!!」


飛来するミサイルなど、完全に無視してそのまま僕は飛び続ける。レーザーは常に僕の後ろ通過しいている。あっという間に、攻撃可能範囲に到達。


「機械風情には、もったいない墓場だろ!!」


そのまま、再びすれ違いざまに一閃する。今度は、一撃で沈めることに成功したみたいだ。だけど、『エタニティーソード』のシールドが残り38%に、エネルギーが47%になってしまった。タクトからの指示はまだ無い、


「ここは、踏ん張り所だな……いいだろう、我が漆黒の剣 エタニティーソードの力を見るがいい、そして、恐れ戦くのだ!!」

「…………敵に眼は無いよ」


その後僕は、戦闘宙域を飛び回り、エルシオールが後方の敵をある程度振り切るまで、時間稼ぎを続けたのであった。『ハッピートリガー』の方が、足が遅いために先に離脱していたので、結構な集中砲火を受けてしまい、シールドギリギリになって、ようやくたどり着いたのであった。


「補給お願いします。あと、修理も!!」







現在、戦闘は激化し、エンジェル隊の紋章機と『エタニティーソード』は『エルシオール』を護衛しつつ、移動中……逃走中だ。この状況だと、射程に優れる『トリックマスター』を中心に、ひたすら、補給と回復をしつつ、進んでいる。ゲームみたいに、一瞬で補給が出来る訳ではないのだが、さすがに6人で固まっていれば、それなりにもつ……と思っていたけど。


「クソ! 敵が減らない……どうするタクト、このままじゃまずいぞ」


状況はそんなによくない。戦闘中の応急処置では直せないような、ダメージが増えてきているのだ。現に、『トリックマスター』のフライヤーは、微妙に連動して動くタイミングがずれてきている。『ハーベスター』のナノマシンも今ある分を使い切ってしまえば、次の補給までの時間まで、回復無しでもたせなければいけなくなる。

でも



「信じるんだ、レスター」


タクトはまだ諦めていない。僕みたいに、この後味方の艦隊が増援に来る可能性が高いということを知っている訳でもないのに、笑いながら指揮を続けている。


「どうしてそんなことが言えるんだ!?」

「だって、この艦はシヴァ皇子を乗せているんだぜ? 味方の艦隊がいるのならば、きっと俺達を探している。さっきから、アルモに指示して救難信号を出力全開にさせたのはレスターだろ?」

「それはそうだ、現状エルシオールは完全に敵に補足されてしまっている、この状況では隠密行動を優先するよりも味方の増援にかけた方が良い」

「そう、士官学校首席のレスターがそう考えている。オレはその味方が合流するまで指揮をすればいい。そして、俺が指揮しているのはエンジェル隊だ」


そういう会話をしながらも、タクトは指揮をしているみたいだ。僕は指示されたポイントの敵に特殊兵装を使うために進路を変更する。目標は敵の母艦。シェリーが乗っているのとは別のみたいだけど。


「これで、無理なら皇国は滅んでしまうかもしれない。でも俺は皆を信じている。エンジェル隊にブリッジクルーはもちろん。このエルシオールに乗るすべての人を」


よし、正面に補足、特殊兵装を発動、両手の剣を一つに……ってくそ!! 加速しやがった。食らいついてやる!! クロノストリングの決定的な性能差を見せてやる!!


「だから、きっと大丈夫さ。そうだろミルフィー?」

「はい! タクトさんがいうなら、きっと」

「ちょっとタクト!! アタシは信じてないわけ!?」

「そうですわ。私達だって、必死に動いてますわ」

「そうそう、敵を落とした数なら、アタシのほうが多いはずさ」

「私もナノマシンで治療してます」

「捕らえた!! くたばれっ!! コネクティドゥウィル!!」

「「「「「「………」」」」」」」


ふう、沈んだ。いやーなかなかに強敵だったぜ。ってあれ?


「あのー……皆さんどうかしましたか?」


なんか、皆が微妙な目でこっちを見てる。


「いや、なんでもないよ……ともかく、皆もう一頑張りだ。頼んだぞ!!」

────了解!!
「了解!! 」


僕が、そう返事して、再び敵に意識を集中させようとしたら、突然敵の一部が爆発した。


「司令!! 敵艦隊の一部に致命的なダメージ、今の攻撃で敵の2割が戦闘不能に!!」

「決意を新たにしているところ悪いが……援軍の到着じゃ。どうやら間に合ったようじゃな」

「ルフト先生!!」


どうやら、味方の援軍が間に合ってくれたらしい。よかった。一安心だぜ。


「エンジェル隊の皆、お疲れ様、帰艦してくれ」

「ラクレットももう戻ってかまわないぞ。今日は書類の整理はいいから、ゆっくり休んでくれ」


────了解!!
「了解……ありがとうございます。レスターさん」


ああ、今日は、ぐっすり寝よう。疲れたよ。



────────



タクトは戦闘が終了し、後の細かい作業や、合流艦隊との調整をレスターに任せて、エンジェル隊とラクレットをねぎらった後、自室である司令官室にいた。レスターには、仮眠をとると言ってきたが、彼は今珍しく自分のデスクについていた。


「うーん、いままで疑ってきたけど、今日の通信を含めると……」


彼の目の前に表示されているウィンドウには、この前ブラマンシュ商会が補給に来たときに、調べた情報でラクレットについてのことが書いてあった。


「個人の情報はさすがになかったけど、モッツァレラ・ヴァルター……彼の話どおりクリオム星系の第11惑星の総督の名前だ」


と言っても、どちらかと言えばそれは表面的なものばかりであった。クリオム星系の本星データベースか、皇国本星のデータベースに繋げるのならばそれなりにそろったであろうが。


「彼が、仮にエオニアのスパイならば、絶対にあの場面で話しかけられるということは無かったはず」

「加えて、彼の言動は正直工作員のそれじゃない。今日の戦闘だって、集中しすぎて会話を聞いてなかったくらいだ」

「でも、オレの勘は彼が何かを隠している、って言ってる。しかもすごく重要なことのような気がする……」


一人でぶつぶつ呟きながら、タクトは思考を深める。顔は何時もよりやや真面目な相貌であり、普段のにやけた面影は見受けられない。しばらくそれを続けた後、彼の中で結論が出たのか立ち上がり、一枚のドアで隔てられた、私室に向けて歩を進めた。


「いいさ、オレが見極めればいいだけだ。エンジェル隊を信じるって決めたんだ、彼だって、信じて見せるさ、何にも無いのなら」


彼の表情は、先ほどフォルテと会話した時のそれよりもさらに清々しいものであった。決意を固めた彼は、レスターに任せて限界まで何時間寝れるかを計算しつつ仮眠を取るのであった。



[19683] 第十三話 Dr.ケーラに聞いてみて 前編
Name: HIGU◆36fc980e ID:f00f2e36
Date: 2014/05/26 14:46



第十三話 Dr.ケーラに聞いてみて 前編



花見……なんて素晴しいイベントであろう。皆で仲良く騒ぎながら、おいしい食事を食べる。そして、酒を飲む。まだ酒を飲んだことのない僕にはわからないけれど。トランスバールだとアルコールの年齢制限ないけどねまあ、大人は集まって酒が飲めれば何でも楽しいような気がするけども。だけどまあ、花粉症は嫌だな。


「敵艦隊に先制攻撃ですか?」


「うん、どうにもこの第3方面軍のお偉いさんが、敵がナドラ星系にいるから、戦力が集まっている今の内に潰しちゃおう。だって」


タクトがそう話すのをエンジェル隊と一緒にティーラウンジで聞く。現在は午後3時、お茶の時間だ。ついさっきまで、ミルフィーに料理というかお菓子作りを習っていた僕はなし崩し的にこのお茶会に参加することになった。ミルフィーが作ったお菓子と、僕の作ったお菓子を食べ比べと言えば聞こえは良いが、要は僕が晒されている訳だ。もっとも、ミルフィーがお菓子を持ってきて、注文した紅茶が来たところでタクトが来たから、まだ食べ始めていないけどね。ちなみに作ったのはシュークリームだ。一応、失敗はしなかったけどね。自分で食べる分には文句無い出来だ。
話がそれた。タクトがここに来たのは、恐らくつい先ほど決まったであろう次の戦闘についてだ。ジグルト・ジーダマイヤ━━━僕がギャラクシーエンジェルで唯一嫌いなキャラであり、なんというか、『自信過剰、敵戦力の過小評価、周囲を見下す、命乞い、権力に汚い』のステレオタイプの無能な軍人という雰囲気を持つキャラだった。今回の戦闘を決めたキャラでもある。今回の先制攻撃の作戦が成功したから、調子に乗って勝った気でその後の対応をおざなりにしたのだ。そのせいで、いやそれが直接の原因ではないけれど、衛星都市ファーゴをエオニアに攻撃されて、数億人の人間が死んでしまったのだ。酷い話である。


「まあ、何時もどおりやってくれれば良いさ。君達は今まで頑張ってきてくれた。お偉いさんもきっとそれを理解しているだろうしね」

「そうですわね。私達はせいぜい何時ものように戦うだけですわ」

「そういうことさ。任せなタクト」


そういえば、いつの間にかフォルテが、タクトの事を司令官殿ではなくタクトと呼ぶようになっていた。戦闘の後の通信でそんな会話をしてたはずらしいけど。満身創痍だった僕は聞く余裕が持てなかった。一応それなりに体力をつけるように訓練をしているつもりなんだけどね。


「よーし、それじゃあ難しい話は終了だ。皆でミルフィーの作ったお菓子でも食べながらお茶でもしようじゃないか」

「あ……タクトさんそれは私じゃなくて……」


ミルフィーが何かを言う前に、タクトは僕が作ったシュークリームを口にしてしまった。いや、別に何か危険性があるわけでもないから良いのだけどね。


「…………あれ?なんというか……うーん」


そして、黙り込むとか……結構失礼だねタクトは。他の面々も、タクトが手を伸ばしたタイミングで、僕が作ったのを先に食べようとする。ふむふむ、つまりはミルフィーので口直しをするつもりだね。


「……まずくは無いけど。どうしたの、これ?」

「いつものミルフィーさんらしくありませんよ?」

「うん、どうしたんだいミルフィー、調子が悪いのかい?」

「体調が優れないようでしたら、ケーラ先生の所へ行った方が良いと思います」


もう、なんだろうコレは、きっとミルフィーのお菓子の腕を知っている皆が純粋に心配しただけなんだろう。ミルフィーのお菓子はおいしいのか、作る途中で大失敗するかのどちらかだからね。こういった見た目はまともで味は普通より若干劣るといった、失敗以上大失敗未満みたいなのは起こりえないわけで。うん、わかるんだ、理屈では。まずいって言った人はいないんだし、むしろ喜ぶべきであろう何だ。普段からミルフィーも言ってくれてるじゃないか、下ごしらえとかの手際のよさはすごいって。


「あはは……あのねみんな、それは私が作ったやつじゃないの、その右にあるのが私が作ったやつで、皆が食べたのはラクレット君が作ったやつだよ」

「「「「「……」」」」」


「すいません皆さん。お口に合わないようなものを作ってしまって、本当に申し訳ございませんでした。それでは、僕はこれから、紋章機の調整がありますのでどうぞごゆっくりと、お口直しに、大変美味しい桜葉少尉のシュークリームでも食べて御寛ぎください」


だからね、泣いてなんかない、だって、男の子だもの。僕はそのまま、振り返らずに、駆け足でティーラウンジを後にした。


「全くもう、みんなひどいよ。ラクレット君頑張って作ってたのに」

「いや、うん、ごめんよ、ミルフィー。悪気は無かったんだ。ただ何時ものに比べたらあんまり美味しくなかったなと思って」

「私じゃなくて、ラクレット君に謝ってください。あ! ランファ私の作ったの勝手に食べちゃだめだよ」

「えーだって、あいつだって言ってたじゃない、お口直しをしてくださいって」

「ま、まああいつのも悪くは無かったけど、やっぱり私達にはミルフィーのがあってるんだよ」

「ええ、ミルフィーさんの作ったお菓子は、一流のパティシエに匹敵……いえ凌駕しますもの」

「本当!? ありがとう、ミント」

(皆さん、結局スルーしてます。…………でもミルフィーさんのシュークリームの方が、美味しい)









そのまま、駆け足で格納に到着。とりあえず、軽く他の人の紋章機を眺めつつ、奥のほうのシャトル乗り場のほうに向かう。直接繋がっているわけではないので、少し距離がある。自分の愛機のもとへたどり着いて、ハッチを開いて乗り込む。僕の機体は、シャトル置き場に止めてあるのだ。シャトルとかよりずっと小さいけどね。というか、紋章機よりも小さいし。


「この後は、ミルフィーがカフカフの木が咲いていることを見つけて、お花見をするだったな」


このお花見で、タクトとミルフィー以外のクルー全員が花粉症にかかってしまい。ナノマシンに治療を受けるために、医務室は長蛇の列で、ヴァニラは休み無しで働き、倒れてしまう。なぜなら、ヴァニラが一生懸命エルシオールの修理をした後に、ケーラ先生の手伝いに行ったりして忙しそうにしてたのはつい先日のことである。つまり今のヴァニラは、すでにだいぶ疲労がたまっている状態である。そんな中で上のような無理をしたから当然の結果だ。まあ、なんかここまでが大まかな流れだった気がする。そのあと、ヴァニラに何か気の休まることをさせようと、宇宙ウサギであるウギウギを飼わせることにして、敵を倒して終了。多分一番平和な章と思う。


「まあ、僕ができることは特にないな」


そう呟き、紋章機の調整用のウィンドウをだす。最近わかったことだけど、この紋章機は元々別の武装を持つことも出来たみたいだ。僕の家に埋まってた時は、予備の剣が何組かあっただけだったけれど。両腕で、さまざまな武器を持つことが出来たそうだ。もしかしたら、どこかにこの紋章機用の武器があるのかもしれない。


「この前の戦闘でも感じたけど、僕の剣はまだまだ強くなる」


乗り始めた頃は、通常で30m強で、特殊兵装使用時で80mほどだった。それに、剣のエネルギーももっと弱くて、ある程度硬いものを切ると、一瞬エネルギーが消えてしまった。だけど、今はそれより大きくて丈夫な剣を構成できるようになった。今は40mに100mは伸びる。そう考えると成長は続いているのだ。


「紋章機の全力、というか、僕に合わせたチューニングだっけ? それさえできればいんだけどね」


実は、僕は一度光の翼を出すことには成功している。といっても出したのは裏切ってエオニアについた方の、カマンベール兄さんで、色々いじってたら、なんか出たという感じだ。カマンベール兄さんは乗れないけど、解析することなら出来るのだ。まだ僕が何度も乗っていたわけじゃないから、僕の癖とかは反映されなかったけど。リミッターをかけて、僕の許可が出ればそれを解除できるようにしてもらった。あと、偽造工作もね。ばれないようにしないと。


「よし、調整終わり。シミュレーターに反映させてこないとね」


僕は、タラップを使い、紋章機から降りた。家においてあった頃は、小屋を建ててもらって、ロープを使ってたけどね。近くの空港においておくという案もあったけど、家におけるのだから、家においておいたのだ。そして再び駆け足で、今度はシミュレータールームを目指した。





「お花見しましょうよ。タクトさん」

「お花見?」

「はい、私の故郷の星でよくやるんですけど、お花の下で皆でおいしいご飯を食べたり、大人の人はお酒を飲んだりするんです」

「へぇ、そいつは楽しそうじゃないか」

「そうですわね、ミルフィーさんのお弁当が食べられるだけでも価値がありますわ」

「ミント、まだミルフィーが作るとは言ってないでしょ」

「せっかく100年ぶりに咲いたのですから、お花見しましょう」

「よーし、それじゃあ、皆で準備を始めようか」

────了解!









「いや、訓練の後に浴びるシャワーと、上がって飲むフルーツ牛乳はおいしいね」


シミュレーターにデータを反映した後、つい訓練をしてしまった。データを反映しただけで、僕が止められるわけが無かったのだ。だって、シミュレーターだぞ? 前の世界じゃ、次世代ゲームでも、ココまで精密なのはなかっただろうし。タクトがエルシオールに来て20日、原作知識と多少のずれはあるけど、おおむねその通りに動いてるはずだ。次の戦闘までおそらく4日、ヘロヘロになるまで訓練してしまったが、問題ないだろう。さて、さっき最低限のクルーを除いて、展望公園でお花見をしよう。ということが、艦内放送で言われてたことだし。


「時間までコンビニで暇を潰しますかね」


とりあえずは、料理関連の本の立ち読みでもしますか。最近だんだん自分で料理をするのが楽しくなってきたのだ。まあ、食べさせる相手もいないから、何か得るものでもないのだけどね。というより、今日のでわかったけど、人を幸せにしない料理もあるみたいだし……フフフ。趣味が、訓練とパズルとゲーム以外に出来そうだ。僕は店員に挨拶して、雑誌コーナーに向かった。






「えー、それじゃあ、皆さんついに我らエルシオールは、味方と無事合流することができました。コレも皆さんの頑張りのおかげだと思います」

「司令らしくないこと言ってないで、早く始めましょうよー」

「そうですよ、司令。どうせ皆司令がそんなの似合わないって知っているんですから」

「きみ達ねぇ……。まぁいいか。とにかく、乾杯!!」


さすがに、読むふけって忘れるなどと言うことはせずに問題なく、展望公園についた。少々遅れてしまったけどね、もうタクトが乾杯の音頭をとっているし。僕の髪の毛に桜色の花びらが舞い落ちた。上を見上げて見ると、カフカフの木が桃色の花を咲かせていた。外見はほとんどサクラと同じだと思う。前世ではよく花見に行ったなと思いつつ、ただ黙って見上げ続ける。空調管理システムで人工的に作られた風が展望公園の中を吹き抜ける。それにあわせ、カフカフの木の花びらが散る。花びらの軌跡を眼で追っているとどんどん眼が痒くなってきた。
どうやら、僕の体は前世と同じでかなり花粉に弱いらしい。まだ10分も立っていないのに。もしかしたら、精神的に花粉症の原因となる木の近くにいるのがだめなのかもしれない。逆プラシーボ効果的な?残念だけど、ここは一回帰ろう。戦闘要員だから、優先してナノマシンで治療させてもらえるので、数時間の辛抱だ。花粉症についての資料は、もうまとめてあるから、今から戻って調べたら気になる言葉が出てきた、とかでいいかな言い訳は。僕はその足で医務室に向かった。





────────


鼻を刺激する、消毒液の匂いと、ここの主であるケーラが好む、コーヒーの香りがまじり独特の、されど不快ではない空気が漂う。中では、リクライゼーション効果を期待してか、小さくではあるが、クラシックが流されている。部屋は白を基調とし、明るい照明により清潔感を醸し出しており、この場所に相応しい印象を与えるここはエルシオールの医務室、通常時はあまり人が寄り付かないところだ。


「タクトさん、何か用事ですか?」


そんな中でも、ナノマシンの使い手という稀有な存在でもあるヴァニラは、その役割からかよく自主的に手伝いをしているのだ。加えてここ数日ワクチンにより撲滅されたと思われていた、花粉症がカフカフの実により、艦内の大多数が感染してしまったのだ。故にここ数日彼女は大変多忙な生活を余儀なくされていたのだ。エルシオールで花粉症を治療する為には現状彼女の力を借りるしかないのだから。タクトはそんなヴァニラの様子を見に来たのであったのだ。


「やあ、ヴァニラ、調子はどうだい?」

「現在、クルーの9割の治療が終了しています」


責任感の強い彼女は、お花見に参加したほぼ全ての人に対して、治療を施したうえ経過観察のために何度か治療後も検診をしている。真面目な彼女の死後tぶりに多くの人が感謝し、親衛隊のIDの桁が1つ増えたとか増えてないとかである。


「ねぇ、ヴァニラ」

「なんでしょうか?」


そんなヴァニラの事を気にかけるタクトはやはり司令官に相応しいのであろう。


「そんなに色々仕事して、大変じゃないかい?」

「いえ、私はただ私にできる事をお手伝いしているだけですから」

すでに何人にも、聞かれたのか、すらすらと答えるヴァニラ。そんな彼女の態度に何か思うところがあるのか、タクトはなおもヴァニラを見つめ続けた。

「でも、やっぱりなにか息抜きでもしたほうが良いと思う」

「息抜きですか?」

「そう、自分の好きなこととかさ。ヴァニラは何が好きなんだい?」

タクトの問いかけに首を傾げる。これと言ってなにかが好きというものがすぐに思い付かなかったのだ。今まで生き急いできていると自覚したことはないが、何度か言われたことのある彼女は、そういったことと無縁であった。

「好きなこと……ですか」

「うん、いつも仕事ばかりしてるのは、やっぱり大変だからね」


果たしてそれは必要なものであろうか?とヴァニラは悩む。今まで敬虔な教徒であった彼女は、自分のことを第一に考えるというつまりはプライベートを持つという行為自体にあまり縁があるわけではないのである。彼女は、その小さな右手を顎の下で軽く握り、首をかしげる。タクトはそんな彼女の様子を見て、苦笑しつつ続けた。


「まあ、ゆっくり考えてみてよ。それじゃあ、オレはこれで戻るから」

「はい、ではまた」


ヴァニラが軽く会釈するのを、背中で感じつつ、タクトは医務室を後にするのであった。




「ヴァニラさんの好きなことですか?」

「うん、今クルーのみんなに聞いて回ってるんだけど、クロミエは何か知らないかな?」


タクトが今いるのは、『クジラルーム』巨大な宇宙クジラという、長寿で人の心を読むことができるクジラの住処だ。クロミエはその部屋の管理人であるため、現在タクトに応対している。タクトはここに来るまでにいくつもの場所を訪れた。格納庫では、いかにヴァニラが整備や修理などの面で活躍しているかを説かれ、コンビニでは、ヴァニラが普段一人で買い物に来ることはほとんどないといわれ、廊下では、ヴァニラちゃん親衛隊が、偶然通り掛ったヴァニラに、公式親衛隊になったりと。
たった三行で語るにはあまりにも多くの濃いイベントを消化してきたのである。長くなるのでカットさせてもらうが。閑話休題、ともかく、このクジラルームで、タクトの目的が達せられなかった場合、八方塞になるのだが。


「タクトさんは、どうしてそのようなことを?」


クロミエが、そう思うのは当然であろう。確かに彼はヴァニラが興味を持っていそうなことを知ってはいるし、それをタクトになら教えてもいいとも思える。別に隠すようなものでもないのだから。しかし、それでも、今このタイミングで、なぜタクトが来たのかがわからなかったのである。


「いや、ヴァニラがそろそろ何か息抜きを見つけないと、何かまいってしまいそうな気がして」


すると、タクトはその問いに、ややはにかみながらもそう続けた。


「よく見ていらっしゃるんですね」


クロミエは、やはりこの人はエンジェル隊の司令官、いや、エルシオールの艦長に相応しいと再認識した。ここまで注意深く彼女達を見ているのだから。


「それで、そうだい?」

「そうですね……彼女はよく、動物達を見ていますよ」

「動物?」

「ええ、特に宇宙ウサギがお気に入りみたいでよく遠くから眺めてますよ」

「見るだけなのかい?」


タクトは、クロミエのその言葉に対して問い返す。


「ええ、いつも遠くから眺めてるばかりですよ」

「そうなのか」


タクトは何か納得したかのように、一人頷く。その様子をクロミエは眺めつつひとつのことを考え付いた。気遣いができるいい子なのである。そんな優しい子だからこそラクレットとも仲良くできている訳だが。


「宇宙ウサギといえば最近数が増えすぎてしまって、世話が大変なんですよね。誰か、大事にしてくれる人が育ててくれるなら大歓迎なんですけど」


誰に言うでもなくそう言うクロミエ、しかしその言葉を聴いて、タクトは表情を変えた。


「ねえ、クロミエ、ちょっとここで待っててくれないかな、世話してくれそうな人に心当たりがあるからつれてこようと思うんだ」

「いいですよ」


その10分後にタクトは、ヴァニラをつれてきたが、クロミエに驚いた様子は全くなかったのであった。









「431、432、434、435……」


ラクレットは自室で日課の片手腕立てをしていた。背中に愛剣である『求め』をのせて、それを落とさないようになるべく早くやるというものだ。もし背中から落としたら、20回追加というルールことで始めて、最初の目標数250はとうに過ぎている。何か補正でもあるのか、彼の身体能力に関する才能は規格外であった。
彼は転生する前の知識があったおかげで、高卒程度の学力はあったが、新しい体になって、子供の学習力というものをあまり感じたことがなかったのである。それは一重に自分の頭があまりいい出来ではないからであった。また、ほかにも芸術や音楽などのセンスも全くなかったのだ。しかしながら、彼はこと運動に関しては無駄に才能があった。本人もそれなりに努力を重ねてきたために、今の彼があるのだ。


「468、469、470……ふう、終わった」


両手分をようやく終えた彼は自室に備え付けられたシャワーを浴びる。その描写はやはり割合させてもらうが、彼は、こと肉体に関しては軍人と比べても謙遜はなかった。少なくとも14歳の少年の体としては疑問であるレベルには。


ペラリとページを捲る音が、部屋に響く。シャワーから上がった彼は、先ほどコンビニで購入した料理関連の雑誌を読みふけていた。彼は一人で過ごす時間はそれなりに嫌いではないが、誰かがかまってくれないと寂しくなるという、いちいちうざい人物だ。彼にその自覚はないのが問題であるが。ともかく、一人で好きに時間をつぶしていると、珍しく、本当に珍しく来客を知らせるチャイムが鳴った。使用されるのが3回目の聞きなれないチャイムの音に反応して、本を閉じて部屋のドアを特に確認もせずに開いた。普通はインターホンを見るものなのだが、彼はそこまで慣れていないのだ。


「どちらですか~?」


そういいながらドアの開閉ボタンをおす。すると彼の目の前には誰もいなかった。


「あれ、おかしいな?誰かいたと思ったんだけど」

「います」


右下から声が聞こえたのでそちらを向く。するとそこには、ラクレットにはわからないが、やや不満そうな顔をした、ヴァニラがいた。


「ああ、すいません、小さくて見えませんでした」

「……いえ」


不満げな表情がやや怒気を孕む表情になったが、ヴァニラは大人になりそれを耐えた。彼女はきっと将来いい女性になるであろう。それはもう可憐で清楚で献身的で思いやりのあるすばらしい女性に。ああ、ヴァニラさん貴方は天使だ!


「それで、僕に何か御用ですか?」


ラクレットはいつものプライベートではない時用の口調でヴァニラに話しかける。ヴァニラは、エルシオールの中で素の彼を知っている、数少ない人物の一人であったが、特に気にせず自分の用件を述べた。変人に理解があるなんて、貴方はなんてすばらしい女性なんだ!


「クロミエさんに、宇宙ウサギの世話を任されました」

「そうですか、世話の仕方はクロミエに聞いたからわかりますよね?」


ラクレットは、今まさにヴァニラの聞こうとしたことをつぶしてしまった。彼女は、なぜか異常に古代の動物について詳しい彼に、ウサギという種族の基本的な育て方を聞こうと思ったのである。もちろんクロミエから色々と教わってはいるが、そのクロミエ自身が説明の最後に


「ラクレットさんも詳しいですよ」


と言った為に、とりあえず聞いてみようと思ったのであった。クロミエは、戦闘要員の中では微妙に孤立している節のあるラクレットに対して気を使ったつもりでもあるのだが。


「はい、クロミエさんが詳しく説明してくださいました」

「そうかい、ウサギといえばだけど、ピーターという昔の有名なウサギの父親はキャベツを食べて眠くなってしまい、食べられてしまったという話があってね」


ラクレットは、そのような、クロミエの心遣いや、ヴァニラの望みなどをあまり考えずに自分の知識をひけらかしていた。しかも、微妙に口調が戻っているあたり、彼も油断しているのであろう。彼が口調を使い分ける理由は長くなるので省くが。女性に対しては下手に出るのが常なのである。しかしながら、偶然にもそれは、ヴァニラにとっても興味深い話であり、ヴァニラはやや夢中になりラクレットの聞き手になったのであった。どんどん脱線していく彼の話をいつもの表情ながらも楽しげに耳を傾けるヴァニラはやはり可憐であった。

ああ、ヴァニラさん貴方は本当に天使だ!!





[19683] 第十四話 Dr.ケーラに聞いてみて 後編
Name: HIGU◆36fc980e ID:f00f2e36
Date: 2014/05/26 16:29

第十四話 Dr.ケーラに聞いてみて 後編



「あ、ヴァニラじゃない、何やってるのよ~? 」


ここはティーラウンジ、エンジェル隊が集まって、よくお茶を飲みつつケーキをつまんでいる場所だ。今日も今日とで例に漏れず、エンジェル隊のヴァニラを除く4人は、3時のティーブレイクを楽しんでいたのだ。ちなみに4人とは先日のお花見の後に発生した大量の花粉症患者の治療を行ったのが呼び水となり、疲労で倒れてしまったヴァニラを除く全員である。そんな所に通りかかったのがどこかうれしそうな表情のヴァニラであった。
しかし、その当のヴァニラが珍しく少々浮かれた様子で歩いていたのだ。気になったランファは、彼女を呼び止めたのである。


「皆さん、こんにちは」

「ああ、こんにちは。体はもう平気かい?」

「はい、もう大丈夫です」


フォルテは、しっかりしているが、まだまだ幼い面も多々あるヴァニラの事を気遣っての言葉で聞いたのだが、ヴァニラの力強い返事に安心したかのように安堵の笑みを浮かべた。


「それで、どうしてそんなに嬉しそうなのですか?」

「実は……」



ヴァニラはミントの、ストレートな問いに、やや動揺したものの、それを表情には出さずに、いつものように今までの経緯をなるべく客観的に話した。彼女に、タクトが趣味を紹介してくれて、クロミエの代わりに一匹のウサギを飼うことにして、その名前はウギウギでありとてもかわいいということをだ。少しばかりの身振りと手ぶりを交えて、彼女は自分の話がいつもより多く感情を含んでいることに、自分では気づかなかったのだが、ほかのエンジェル対は彼女の様子に頬を緩めた。ヴァニラは全エンジェル隊からも妹のように可愛いがられているのである。
そして、ヴァニラが実はいろいろと昔の動物の生態に詳しいラクレットに、ウサギにまつわる童話の話を聞いたり、豆知識的なものを教わったりしたことまで話し終えたところでようやく彼女は一息つき、自分の紅茶のカップに手を伸ばした。


「へー、ラクレット君動物にも詳しいんだ。結構物知りなんだね」

「はい、よくクロミエさんとお話なさっているのを見かけます。その時にクロミエさんが質問することもあるくらいで」


ミルフィーはヴァニラの話を聞いて素直に関心していた。まあ、彼女の性格から考えて、すごいと思うことは素直にすごいと言えるからであろうが。しかし、ほかの三人は微妙にヴァニラの心配をしていた。ランファは純粋にヴァニラに仲の良い男ができたことに、フォルテとミントはそれがラクレットであることに。


「ねえ、ヴァニラ。ちょっと聞きたいんだけど」

「なんでしょうか?」

「あいつとはそうやって、よく話すの?」


ランファは特に躊躇いもなくヴァニラにたずねた。ヴァニラはランファの問いの意味を少しばかり考えた後に、ランファの瞳をその紅い瞳で見つめながら答えた。


「ラクレットさんは、クロミエさんととても仲良しです。私はクロミエさんとはよくお話しますが、長くお話したのは先ほどが初めてです」

「なんだ、そうだったの」

「でも、もっとお話したいと思いました。数万年前に特定の特殊な空間の中に生息したでんきねずみを代表とする生物達のお話や、あらゆる道具を使いこなし、複雑な計算を解くことさえ可能で、それらすべてを駆使して追いかけっこをしている鼠と猫の話は、とても面白かったので」


ランファはヴァニラの興味がラクレットと言うか、彼の話にむいていることに気づいたのだが、特に問題もなかろうとも思い放置することにした。彼女的にはラクレットは興味の対象ではなった、ヴァニラも恋心やら乙女チック名ものを少なくとも現時点では持っているわけではないようだし。それに現在ランファの心はある人物にその比重の多くを傾けているのだから。

一方でミントは、微妙に複雑に考えていた。最初から疑わしく、ひそかに監視をしていたりなどもしていたのだが、わかったことは。彼が『頭のよさそうな馬鹿であり、一歩間違えれば脳筋』であることぐらいだ。行動には無駄なところはないが、筋トレか回りの手伝い程度しかしていない。どこからかのスパイであるのならば、私達にもっと積極的にコミュニケーションをとろうとするはずだと彼女は考えたからだ。
もちろん最初はレスター、クロミエに近づいたことも警戒したのだが。それは単純に年頃の男の子が異性を避ける程度の行動でしかないと彼女は判断したのだ。なぜなら、一般クルーの女性に話しかけられたときの彼の狼狽具合がひどいものだったからであるのがそれはおいておこう。

ともかく、第一印象はかなり疑わしい正体不明の男だったのが現在では 胡散臭い馬鹿な男の子である。しかし、疑うのをやめたわけではなく、どういった意図でヴァニラに近づいたのかを考え始めていたのだ。彼女にとって、考えすぎる自分は玉に瑕ではあったが、基本的には好ましく思っていた。なぜならば、彼女は自分にエンジェル隊の参謀であるという自負を持っているからで、自分が頭脳労働担当である自認しているのだ。自分にブラパンシュ君をくれたことには感謝するが、総合的に見て、まったく意図が見えないのだ。せめて
「自分が来たのは、シヴァ皇子を守ったならば、周りに自慢できそうだからだ」

「就職に有利そうだから」
のような、どうみても、後先考えていないような理由でも明かしてくれたのならば、彼の普段の言動を顧みるに、納得したであろうと彼女は自分の思考をいったん締めくくった。


「どう思いまして? フォルテさん」

「いや、単純にクロミエと仲がいいのならば変な所は無いんじゃないのかい?」


そもそもフォルテがラクレットを疑っているのは、自身の直観に基づくものでしかなく、ミントと同じで、彼の奇行というほどのものではないが、紋章機操縦の腕から考えられた人物像とはあまりにも違う行動を見てきて微妙に考えを新ためていた。彼は『刃物を持った馬鹿』だと。これだけだと、とても危ないやつににも聞こえるのが、彼女は彼がいかにもこの言葉が似合うであると考えているのだ。彼はどこからどう見ても、最近の若者の例に漏れず、ただ平和ボケした若者であろう。しかし、自身が戦闘することが可能な能力を持っていたために、それを磨いてきた。結果今の平和ボケした軍人(仮)と言う状況が生まれるのではないかと推測している。
こんな予測を立てるとは、まるで自分が若者では無いみたいだとも考えたが、まあ、自分は平和ボケしているわけでもなく、むしろその対極だと結論付けた。まだ何か隠しているようであるが、たいしたことでないような気がするのである。


「まあ、特に意図があったわけじゃないだろうさ」

「そうですわね」

「そもそも普段のあいつを見て、何か陰謀ができるようなやつに見えるかい?」

「そのような器がある人には思えませんわね」

「だろう?」


おそらく本人が聞いてたら相当なダメージを受けるであろう会話を二人は続けていた。ラクレットは、自分を万能系オリ主だと思っているのだ。まあ、実態は 逆勘違い系で さらにオリ主(笑)であろう。


「仮に、あれすべてが演技なら、正直私達が手におえるような奴じゃないだろう。そのときはもうお手上げさ」

「ですわね。あれを演技でできるものがエオニアの下、または別の勢力にいたのならば、もう手遅れですわ」


二人は地味に最悪な場合の話をしているが、その顔の笑っており、いかにありえないかを理解しているのであろう。何だかんだ言ってって、彼が、妙な方向性ではあるものの微妙な信頼をえているのだ。本人との接点は少ないのだが。












緊迫した空気の漂う部屋、天井は一般的なそれよりもやや高めだが、内装自体に別段特別なものは無い。せいぜい様々な道具が置かれているスペースがあるくらいか。
人影は二つ、彼らは部屋の中のやや開けた空間で5mほどの間合いを持って対峙していた。


「どこからでもかかって来い」

「はい!! 」


ラクレットは少しだけ柔らかいマットを右足で思いっきり踏み込んだ。姿勢を低くし、右腕を放てるようにためをつくりながら突進する。彼の下半身の筋肉は、瞬発力よりもむしろ持久力に優れているが、中々の速度ではあった。5mの距離など1秒足らずでつめられるほどには。
対する男━━━レスターは自然体というわけでもないが、あまり気負った風も無く構えていたその腕を動かしつつ重心を右足に移す。ラクレットは最後の一歩を大きく踏み込み右腕を撓らせながら、まさにぶん殴るという描写が相応しいようにフックを下から上に向かって放つ。狙いはレスターの顔だ。
低い姿勢なのだから、いきなり体の最上部を狙われるとは思っていないであろうという、彼的には考えた上での選択なのだが、走り出す時点で右腕で殴ることが見え見えのテレフォンパンチではレスターには通用しなかった。
流れるような動作で軽くラクレットの右を左手でいなした後は、そのまま右足を軸に左膝がラクレットの腹に吸い込まれていった。軸足が入った見事な左膝での強襲にラクレットの奇策(笑)は一撃で敗れたのだ。


「まず、動きが直線的過ぎる。猪突猛進な動きなど人間がすべきものではない。そのような動きは、獣のほうが向いているからだ」

「はい」


先ほどの交差から、5分ほどでラクレットは痛みから復活した。現在レスターのアドバイスを受けているところだ。そもそも、彼らがトレーニングルームで戦っているのにはたいしたことが無い理由がある。なんてことは無い、レスターに時間ができたからだ。
現在明後日に迫った、エオニア軍の駐留地域への襲撃に備えればならないのだが、今回のエルシオールは戦闘の中核を担うわけではない上に、タクトより上の別の方面軍所属の軍人が多くいるのだ。指揮を取るのも彼らであり、割り当てられた戦闘宙域のデータ収集程度しか仕事が無い、日常業務など優秀すぎるレスターにかかれば片手間に終わってしまうのである。
故に前に約束していた白兵戦の講習を実施するに至ったのである。


「次に、予備動作が大きすぎる事だ、相手も素人ならばいいが、単純に場数をふんでいる奴や、軍人相手では当ててくださいと言っているようなものだ」

「はい」


その後も、いきなり間合いをつめすぎるな。やら、敵の目の前で硬直するような技を打つな。などどんどん訂正されていくラクレット。体はオリ主ゆえに鍛えたものの、前世含めて喧嘩の経験など無い。そもそも彼は人に暴力を向けるという行為を数える程度しかしていないのだが。彼の肉体は、全体的に持久力が重視された鍛え方だ、トレーニングメニューなどは自分の知識を元に星間ネットで調べて鍛え上げたのである。優秀な肉体であったのか、砂漠に水が吸い込むように理想の肉体に近づいて行ったが、それを使ったことなどあまり無い。エレメンタリーころは体育の授業では人気者であったが、飛び級で入ったハイスクールでは格闘技系の授業は免除されていたりする。
もっとも、最近では彼の体格的にそれはどうなんだという話が出てきてはいるのだが。つまりは、格ゲーで最強キャラを使っても、プレイヤーが初心者なら、普通に負けるのである。


「とりあえず、まずは間合いの取り方からだ、いくぞ」

「はい!! 」


出撃二日前、エルシオールの数少ない要職につく男性二人はトレーニングルームで汗を流すのであった。
その様子を楽しげに扉から見つめる(覗きとも言う)眼鏡の女性が、


「まさか、浮気!? 親友の司令だけじゃなく年下の優秀な少年に、三角関係!?」


などと騒いだので、はたまた、違った意図で見つめていた(覗きだと思う)女性に連れ行かれることになったのは、完全な余談である。











「皆、今回の作戦は、第三方面軍が中心だ。オレ達に割り当てられた区域は、決して広くは無い。しかし、旗艦もいるので、要注意だ」

「今回の作戦目標は、敵の旗艦を破壊した上で、戦闘中域内の敵艦を可能な限り減らすことだ。細かい作戦はタクトから説明を受けろ」

「そういうこと。それじゃあ、皆頼んだよ。エンジェル隊、独立戦闘機部隊、出撃!!」

────了解!!
「了解!! 」




「ラクレットとランファは先行してしてくれ、敵旗艦に近づくのが目標だけど、攻撃を集めるだけで十分だ」

「他の四人は、ラッキースターを先頭に、ハーベスターを守るようにしつつ、前進してくれ。くれぐれも無茶はするなよ」



エルシオールと同じ戦闘宙域に割り当てられた艦の数は、他の宙域の半分ほどでしかなかった。これは、エルシオール並びに、それに付随する戦力を考慮したからである。割り当てられた戦艦のクルーの意見は主に二つ、この配備は妥当であり、エンジェル隊やエルシオールの戦力への期待感を持っているものと、彼らを過信しすぎて、戦力を省きすぎではないかの懐疑論であった。
戦艦チヒロの艦長チョ・エロスン(32歳独身)はどちらかといえば懐疑論に近いものであった。だが、彼のもともとの配備は、第一方面軍。何度か、エンジェル隊が、遺跡などの探索のために出撃しているのを見かけたことがあるのだ。その時の速度を見るだけでも、十分驚くべきものであったし、公開されているスペックだと、単体でクロノドライブすら可能であるというのだ。
しかし、それが本当に戦闘で役に立つのか、ここまで単体で抜けてきたとはいえ、実際に戦闘をこの目で見るまでは過信はしない、それがエロスン(趣味は読書)の考え方だった。


「エルシオールから、紋章機の発進を確認しました。続いて中型戦闘機一機の発進も確認しました」


彼が軽く思考をまとめていると、オペレーターからの報告が入った。エロスン(特技は家事全般)はひとまず、クルーに対して指示を出すことにした。


「よし、戦艦チヒロは、他の戦艦を引き連れつつ前進、エルシオールが孤立しないように適度な距離をとれ」

「了解」


操舵手の返事を聞きつつ、彼は視線を宙域の戦略マップに落としたのであった。


「さすが、紋章機圧倒的速度ですね」

「ああ、そうだな、われわれが戦闘可能な距離になるまで時間がある、先行しているこの2機の映像、モニターに出せるか?」


副官の言葉に同意しつつ、まだ余裕があるので指示を出した。先行している2機はすでに、戦闘可能な距離だ、現にモニターを見ると片方はすでに射撃を開始しているようだ。しかし敵旗艦の攻撃が激しいのか、一端射線上から外れるべく大きく回りこみ始めた。


「やはり、敵旗艦の攻撃力は侮れないな」


自分の頭の中で、所詮は無人戦艦だと侮っていた上層部の馬鹿共の顔を思い出してしまう。彼等のせいで多くの命と資源が損なわれている事を考えると、若干表情が強張りるが、気持ちを切り替えそろそろ戦闘可能宙域かと思いマップに視線を戻した。しかし、彼の目線は副官の声で再びモニターに戻ることになる。


「そうですね、おや……艦長!! 」

「どうした?」

「先行していた1機が、そのまま敵旗艦に突っ込みました!! 」

「馬鹿な!! 」


モニターを見ると、敵旗艦の砲門が爆発している。マップの敵旗艦周辺に視線を戻すと、旗艦の位置と戦闘機の位置が完全に重なっている。何事だと思ったエロスン(座右の銘は平常心)は、モニターを拡大させる。するとそこに写っていたのは、敵の旗艦の懐に入り込み、右の剣で砲門を切り付けているところだった。


「ありえない……」


副官の声が右耳から入ってくる。その言葉にエロスン(階級は大佐)は激しく同意するものの、ひとつの考えが頭によぎった。


「いや、むしろ理にかなっているのかもしれん。旗艦の攻撃力は強大だが、陣形においては最奥に布陣される艦だ。武装は主砲や射程を優先したレールガンが中心となっている。つまり、懐にさえ入り込んでしまえば、機銃や対空砲を満載している、駆逐艦や巡洋艦よりも攻撃はされにくい。さらにあの剣は狙いを定める必要なく、触れてやるだけで砲門は潰すことができる」


「まさか!! そんなこと……」


エロスン(初恋の相手は月の聖母)は副官の驚きように、微妙に満足しつつ、言葉を続ける。


「そして、他の紋章機より、小さい機体、回避に優れていて、なおかつ、懐に入り込みやすい。まさに旗艦を倒すのに適した機体だったのだよ」

「そうだったのか……」

「あのー艦長、戦闘開始の指示を出していただきたいのですが……」


その後、エンジェル隊と、ラクレットは順調に敵を倒し戦闘を終了させた。しかし、ラクレットは知らない。エロスン(実はタクト達の先輩)がこの戦闘のあと、エタニティーソードのことを『旗艦殺しフラグ・ブレイカー』と名づけ、船乗り仲間に言い伝え、戦後その名が定着し、彼の呼び名がそうなることを。そして、兄にまさにその通りだとからかわれることを。何も知らない人から、尊敬の眼差しでそう呼ばれることを。



これが銀河に名を轟かす、剣豪にして戦闘機乗り、『旗艦殺し(フラグ・ブレイカー )』ラクレット・ヴァルターの誕生秘話である。



[19683] 第十五話 ダンシングクレイジーズ 1
Name: HIGU◆36fc980e ID:f00f2e36
Date: 2014/05/29 17:06




第十五話 ダンシングクレイジーズ




ナドラ星系での作戦を終えたエルシオール一行は、ローム星系の衛星都市ファーゴに向かった。そこで、今後のエオニアの反乱軍対策会議が行われるという名目だ。当然のことながら、対エオニア部隊の様相を得て来たエルシオールは、その中心的存在になるであろう。クルー達も今までの功績から来る褒賞や、優遇を期待している節があるくらいだ。
しかし、皇国軍の残存勢力部隊の多くが招かれているために、エルシオールは丸一日待たされることになった。これには皇子を招くのに相応しい軍勢を結集する『見栄』ために盛大な規模の軍隊を整えたいという欲を出したジーダマイアの責任である。
元々非常時に拠点になりえるファーゴの港の拡張をするように、言われてはいたが、ケチったのも彼である。その為キャパシティ的に不可能な程の艦を収容する必要が出てしまったのだ。


「ちょっとー、タクトまだなのー?」

「後ちょっとだよ」


ランファは口を尖らせて、タクトを責めるような目で見る。別にタクトに責任があるわけではないのだが。ただ、タクトが偉いから責められているだけなのであろう。


「えー、また、あとちょっとですかー?」

「そうそう、後ちょっと、後ちょっとってもう何回言ったんだい?」


ミルフィー、フォルテもランファに便乗する。あれだけ活躍したのにこの扱いには不満が生まれても仕方が無いであろう。尤も、捨てる神あれば拾う神ありだ。


「まあまあ皆さん落ち着いてくださいませ。ファーゴの港の許容量を超えているのですから、時間がかかっても仕方ないですわよ」

「おそらく後、数十分ほどでしょう」

「ヴァニラ言う通り、向こうの管制が指示した時間から考えるに後20分程度だろう」


まあ、彼らは単純に事実を言っているだけなのだが。こう考えると、タクトの周りは感性重視と、理論重視が丁度良い塩梅で分かれているのである。だから何だという話でもあるが。ちなみにラクレットは転寝していた。訓練のしすぎで疲れていたのである。


「それじゃあ、オレは行って来る。後は頼んだぞレスター」

「ああ、まかせろ……おまえも会議中に寝るなよ」

「わかっているって」


漸く衛星都市ファーゴに到着したエルシオール一行。予定だともう少し余裕があったのだが、前述の理由によりだいぶスケジュールが押しているタクトは、早速エオニア軍対策会議に出席するために、都市の中心部へ向かった。


「これからの皇国を左右するような会議だ。気合を入れていかないとな」


珍しく胸にやる気を秘めながら。


「タクト・マイヤーズ、ただ今到着しました」

「おお、マイヤーズ君か、入りたまえ」

「失礼します」


タクトが荘厳な装飾で飾り付けられたドアを開け入室した会議室は、ドアに比べて特にこれといっておかしな造りのものではなかった。飾り付けは適度に豪華で、特に派手すぎるということも無い。ファーゴは皇国の直轄領なので、この建物を建てた、当時の皇王のセンスが良かったのか。はたまた、ドアを回収した人物のセンスが特別悪かったのかは疑問である。
そんなことを考えながら、タクトは視線を動かさずに、卓についている者を確認する。向かって一番奥にこの前の作戦の責任者で、この宙域の中では階級トップのシグルト・ジーダマイヤ大将。その左右は側近で固められており、向かって右側の末席にルフト准将が座っていて、その隣の空席がおそらく自分のものなのだろう。
自分の知っている人物はそのくらいで、後はおそらく貴族将官なのだろうか? 傲慢な雰囲気を纏い、額を油で濡らした輩どもであった。タクトはそのような人物があまり好きではない。滅多に出席しなかったが、貴族同士のパーティーにあのような目をした貴族がよくいるのだ。それでも、会議だから仕方が無いと割り切り、一礼して、自分の席に着く。


「さて、全員揃ったところで、早速始めるとするか」


ジーダマイアのその言葉に、会議室の空気が変わる。今まで自分に集まっていた視線が元に戻るのをタクトは感じた。タクト自身も気合を入れなおす。


「まずは、先日の作戦ではご苦労だった。シヴァ皇子もきっと評価してくださるであろう」

「いえいえ、閣下私共は皇国軍人として、当然の職務を行っただけです」


ジーダマイアの賛辞の言葉に、周りの軍人の一人が代表して答える。タクトはその雰囲気に、やはり周りの者は貴族だということを確信した。トランスバール皇国では貴族縁の者のほうが圧倒的な速度で出世できるのだ。わかりやすい例を出さずとも自分の所もそうだ。客観的に見て、自分よりも数段優秀で士官学校首席のレスターより、中の下ほどの成績で卒業した昼行燈のタクトは2つも階級が上なのであるのだから。


「うむ、そうか…………さて、今回はあのエオニアの包囲網を果敢にも一隻で抜けてきたエルシオールの艦長 タクト・マイヤーズに来てもらっている」

「タクト・マイヤーズ大佐です」

「マイヤーズ君、今回は本当に大儀であった。戦後に褒賞があるであろうから期待すると良い」

「……ありがとうございます」


まるで予定調和の見世物だ。タクトは内心でそう思った。そもそも、この会議だって今後の作戦を決めるなどは名目でしかないというのは既にタクトには理解できていた。腐っても貴族だ。


「それにしても、エオニア軍もたった一隻に突破されるような包囲網程度しか張れないなど、たいしたことも無い」

「然り、先日の作戦でもたいした損害を被る事は無かった。こういっては何だが、第一方面軍は腰抜けばかりだったのだな」

「おや、皇国軍の英霊を愚弄する発言は控えたほうがよろしいのでは?」

「これは、失敬」


自分達は後方にいたので、全くエオニア軍の真の実力を知らないような貴族軍人のその言葉にさすがのタクト黙っていられなかった。彼らが慢心して死ぬのは、多くの前線で会はたらく軍人と、何より一般市民なのだ。


「皆さん! エオニア軍の力を侮ってはいけません!! 私は実際に戦闘してきて、今までの宇宙海賊程度との経験が、ほぼ役に立たないほどの力の差でした。慢心は禁物です!」


そう、正直ここまで来れたこと自体が奇跡だ。仮に今の記憶を持って、時を巻き戻してもう一度やれと言われたとしても、きっと実行するのは難しい。天秤のバランスが運よくこちらに傾いた。タクトはそう感じているのだ。

「おや? エオニア軍の一番の仇敵であろう貴殿が勝てないと申しますか?」

「これは、これは……皇国軍人としてそのような臆病者にシヴァ皇子を任せて置けませんな」

「こらこら、お前達。マイヤーズ君は現場の指揮官として意見を言っているだけだ、我々はそれを重く受け止めて作戦を練るべきであろう」

「さすが、閣下すばらしいご意見であります」


何処までも劇場的に、そう決められているかのようにジーダマイアはそういった。恐らくこれはタクトを庇ったことによって、自分の派閥へ取り込む恩を売った。というアピールなのであろう。


「さあ、三日後に控えた舞踏会で英気を養い、その後エオニアを倒し本星へと凱旋しようではないか」

「そうですな」

「ええ、そうですとも」

「いやいや、これで戦後の褒賞は決まりましたな」

「それでは解散」




タクトはここに来てもう何も言えなかった。この部屋に居る者は全員現実をきちんと認識していない。無人艦隊など恐れるに足らずということなのであろう。それが、この前の勝利で促進された。
恐ろしいことに、恐らくそれら全て、エオニアの策略なのだ。前回の勝利はこちらに譲られた毒入りのワインだったのだ。


「タクト……すまんのぅ。これが現状なんじゃ」

「いえ、ルフト准将、仕方が無いことなのでしょうね」


誰もいなくなった。というのには語弊があるが、ルフトとタクト以外が退出した会議室で二人は漸くまともな言語をしゃべることができたと言える。


「彼らは、完全にエオニアの策に嵌っている。俺達が包囲網を突破できた? 少なくとも皇国軍として配備された戦力だけでは無理だったじゃないか!!」


タクトの中でのラクレットの評価は決して低いものではない。というか、彼がいなかったら、今自分はここにいないというレベルだ。もちろんエンジェル隊のメンバーどころか、エルシオールスタッフ全員にこのような評価でもあるのだが。
なにせ『ラクレットがいなくても、別にゲームではここまでこれたではないか』問うのはあと知恵バイアス(Hindsight bias)でしかなく、そんな事を知らないタクトからすれば、一人でもかけていたら、無理だったと断言するには当然のことだ。


「それらすべてエオニアの策……そう考えるか」

「はい」


ルフトはタクトの言葉を聞き、右手であごの部分に触れた。そしてしばらく考え込むような仕草をする。状況が不利ではあるが手はない事もない。


「ワシの方でも、なるべく注意を払うように言っておく。もっとも、ジーダマイアがあの調子だ、どれだけ効果があるかわからんがの」

「お願いします」


そこでルフトは話を一端切った。そして再び、しばらく考え込むような仕草をした後に、何かを決意したような表情でタクトに向き直った。


「それではタクト・マイヤーズ。次の指令を言い渡す」

「はっ!」


タクトはルフトにフルネームを呼ばれ、居住まいを正す。ルフトの真剣な表情に、感じ取るものがあったのだ。そう、彼の鋭すぎることに定評のある直感が、いやな予感を告げていたのだ。


「三日後の舞踏会にエンジェル隊のメンバーと共に参加せよ」

「はっ!…………はぁ?」


あまりの予想外な命令に間抜けな声が出る。まあ、それは仕方が無い事であろう。決意を改めたとことであったのだから。


しかし、次のルフトの言葉に、今度は完全に思考停止をせざるを得なかった。


「そしてそれがお前の、エルシオールの司令官として最後の任務となる」









────タクト(さん)がやめる!?


エルシオールに戻ったタクトは、ブリッジにエンジェル隊メンバーを集めて先ほどまでに決まったことを素直に打ち明けた。


「うん、三日後の舞踏会を最後に、別の艦隊の指揮をすることになってるんだ」

「そんな…………もうどうにもならないのですか?」


タクトの衝撃発言にエンジェル隊の面々は、まあタクトの予想通りの反応をした。そんな彼女達のリアクションを見て苦笑しつつ、ミルフィーの質問に答える。


「うん、すでに決まったことだからね」

「そんな……寂しくなりますね」

「ああ、せっかく、いい感じだったのに」


別れる事が決まったからか、心中を吐露する彼女らを見て、自分が今までやってきたことが無駄でないと改めて認識しつつ、どこか寂しい気持ちになりながらもタクトは答える。いつもどおりの笑顔を浮かべて。


「ありがとう」


ここらの感謝の言葉告げるのであった。彼女等にはこれですべてが伝わるという確信しながら。


「さて皆、三日後の舞踏会では存分に楽しんでくれよ。経費は全て軍から下りるみたいだから」


場の空気を切り換えるように、大袈裟な動作と共にそう言った。エンジェル隊もそのタクトの雰囲気を感じ取ったのかそれに合わせるように、喜んだ。


「本当!?じゃあ、早速ドレスから靴まで新調しなきゃ!」

「新調って、ランファ、持って来てたの? ドレス」

「当然じゃない?」

「ヴァニラさんのドレスは私が選んで差し上げますわ」

「ありがとうございます」

「まあ、タダというのは、ありがたいね」


いつものような和やか雰囲気に戻ったブリッジ、しかし先ほどから沈黙を守っている人物がいた。ラクレットである。彼は、タクトの持ってきた招待状の文面を食い入るように見ていたのである。その必死さは、微妙に一歩引いて見ていた、ココとアルモが文字通り引くぐらいであった。


「あの、タクトさん」

「……なんだい、ラクレット」


タクトもラクレットの言いたいことを、なんとなく察しているのか、微妙な表情で返す。


「招待されているのは、エルシオール司令、並びにエンジェル隊……だけですか?」

「…………そうだね」

「……僕は?」

「…………ははは」


そう、招待されているのはタクト、ミルフィー、ランファ、ミント、フォルテ、ヴァニラだけなのである。舞踏会はオリ主的イベントの筆頭だよね。とか考えていたラクレットは、すでに脳内で、エンジェル隊どころか、(原作に登場するエルシオールの全ての女性クルーと行く場合のシミュレーションは済ませていた。ラクレットの段々悲壮感溢れていくその表情を見て何を思ったのか、レスターが一歩、ラクレットに歩み寄る。


「おそらく、向こう側がエルシオールとその搭載している紋章機並びに『エタニティーソード』のパイロットを評価して招待したのだろう」

「それならなぜ!?」


ただでさえ、近かった距離を詰め寄るラクレット、興奮している彼は周りが見えなくなっているらしい。お互いの吐息がかかりそうな距離に反応した女性がいたのはスルーしておこう。ちなみに、トランスバール皇国では衆道の文かは廃れています。マイノリティではいますが。
ラクレットの当然な疑問にレスターはいとも簡単に答えた。

「向こう側の勘違いであろう。そもそもあのレベルができる戦闘機のパイロットが、エンジェル隊外にいること自体想定してないのであろう。まあ、恐らく確認を怠った怠惰な者が責任者にいたのであろう……どういった生まれなのかは口にしたくもないがな」

「そんな……」


愕然とするラクレット、そんな彼に追い討ちをかけるレスター。


「その証拠に、買い物用のクレジットカードは、きちんと7枚届いている」


「畜生!! ぐれてやる!!」


あまりにもあんまりな言葉に、普段作っているキャラが崩れるラクレット。その言葉に地味にミントが反応した。


「ぐれるとどうなりますの? 」

「ゴミの分別をしません !!」


瞬間的にそういいきった。彼のぐれるイメージはそんなものである。


「ごみの分別は、宇宙空間においては重要です」

「そうだよ。ちゃんとしなきゃだめだよ!」

「……うわあぁぁぁぁん!!!」


ヴァニラと、ミルフィーの止めに固まったラクレットは、そのままブリッジを走り去った。
半分泣きが入りながら。その姿につい、同情してしまった者がいたそうな。






[19683] 第十六話 ダンシングクレイジーズ 2
Name: HIGU◆36fc980e ID:f00f2e36
Date: 2014/05/29 17:05



第十六話 ダンシングクレイジーズ 2


ラクレットは激怒した。必ずかの邪智暴虐の大将を八つ裂きにすると決意した。もちろん脳内でだが。まあともかく、彼は皆が外に舞踏会の準備に行っていて暇なのだ。タクトは、微妙に一悶着あった後、ミルフィーをパートナーに選んだみたいだし、安心だ。
などと考えながら、エルシオールの格納庫でランニングしていた。名目は緊急時に、迅速に出撃するための訓練ということだ。
整備など、ファーゴに入るまでにとうに終わっているので格納庫はラクレットを除いて無人だ。往復ハーフマイルくらいはあるであろう、格納庫を20往復したくらいで、ラクレットはラッキースターの近くに人がいるのを発見した。
気になって近寄ってみると、そこにいたのはエルシオールのクルーではなく、10歳程度の外見の金髪少女であった。その少女はラクレットにとっては、画面越しに何度も見た外見と瓜二つで、彼にとっては久々に興奮する材料だったのだ。ラクレットは紳士的に近づき、紳士的に話しかける。


「やあ、お嬢さんどうしたのですか? 」

「別に、これを見ていただけよ」

「テムオリン様来たぁーーー!! 」

「はぁ? 」


興奮したラクレットは、非紳士的にも声に出して叫んでしまった。まあ、彼の模している格好のゲームの中では好きなキャラBEST5に入っていたので仕方ないのかもしれない。ちなみに、一番は緑で、次にへタレ、青、コアラ、年増の順である。それはともかく、金髪の少女━━━ノアはドン引きだった。なにこの、キモい生物(なまもの)。といった具合である。


「いや失敬、それで、なんで紋章機なんて見てるのかな? 」

「うーん、お兄様が気にしていたからかしら? 」

「そうか。でも危ないから近寄っちゃだめだよ。落ちたら大怪我だしね」

「平気よ。私飛べるもの」


ノアはまったく気にしない様子でそんなことをつぶやきながら、手摺に飛び乗る。そのときの動作は、若干人間にはできないようなものが混ざっていたのだが。ラクレットはまったく気にしなかった。なぜなら、彼女の正体を知っているからだが。ちなみに彼女が手すりに飛び移るときに、スカートが大きく翻ったが、ストライクゾーンが16より上な彼は全く反応しなかったことをここに記しておこう。しばらく、ラクレットのほうを見ていたノアだが、興味をなくしたのか、紋章機のほうへ向き直る。ラクレットはノアの後姿をただ眺めていた。


「ねえ、あんたって偉いの? 」

「そうですね、平均よりは? 」


階級的には確かにそのくらいだが、臨時であるので、同階級のものよりは下だ。それに加え、ここに来るまでに彼が残した功績は大きく、その辺も加味すると地味に複雑ではある。


「じゃあ、この紋章機私に頂戴。無理なら偉い人呼んできなさいよ」

「それは無理です。紋章機をあげるなんて無理ですよ。玩具じゃないのですし」


ラクレットはなるべく原作どおりの反応を返そうと必死にこのシーンについて思い出していた。確か、ここの後、なら自分で作るからいらないとなる流れだったっけ? と考えつつ、ノアにそう言った。


「そう……ならいいわ」

ノアはそうつぶやくと、手すりからいきなり飛び降りた。なんとなく予想できてはいたが、いきなりのアクションに軽く驚いたラクレットは、手摺に駆け寄り下を覗き込む。


「やっぱりか……」


しかし、彼の予想通り、下には血痕や死体などなく、跡形なく少女は消失していたのである。





「ふむ、やはり所詮はジーダマイアか。わずか一回の勝利で浮かれきっておる」

エオニアは現在黒き月を引き連れて、ファーゴからある程度離れた位置にいた。

「この後に余が姿を現した時こそが貴様の命日であるというのに」

エンジェル隊に散々苦しめられてはいるものの、まだまだ余裕であるのか、黒幕特有の遠まわしな殺害宣言をだれに言う訳でもなく知っている。

「エオニア様、黒き月からです」

そんな彼に、一本の通信が入る。それは大変珍しい相手からだった。


「繋げ」

「了解」


オペレーターはその言葉に反応して、モニターに繋いだ。どうでもいいがエオニアは部下の前で先ほどの言葉を発していたのだろうか? だとしたら 中々に周りが見えないか、周りのスルースキルが高いかである。閑話休題、ともかくエオニアは、前方スクリーンに意識を集中した。


「エオニアさま、ご報告があります」

「久しいな、カマンベール」

スクリーンの先にいたのは、白衣を着た青年だった。髪の色は薄いブルーでそれなりに長く、後頭部で束ねており、軽く首を動かすのにあわせてさらさらと流れた。フレームの太い眼鏡をかけた、中々に相貌の整ったいわゆる美男子であったのだが、彼の身長は低く、少年のような印象を受ける。低いといっても、160と少しといったところであるが。もっと言うと、ミルフィー以上ランファ以下である。ともかく、現在21歳の、ラクレットの兄である━━━━━カマンベール・ヴァルターであった。


「ご無沙汰しております。今回の報告ですが、少々複雑な仕組みを見つけました」

「ほう? 」


カマンベールは黒き月に住んでいる。というより、泊り込みで研究しているのだ。エオニア達が入れなかった区画にも、一人でみ入ることができたのだ。エオニア達が入ろうとすると、管理者権限が無いと警告が出て、扉が閉じてしまったのだ。ちなみに、黒き月を発見してから、その区画から出た回数はまだ3回目でしかないのだが……彼は定期報告は文書で済ませて、奥から出てこないのである。
彼のみが入れたのは、彼の『ロストテクノロジーへの解析・理解』というESP能力が大きい。エオニアもその点では納得している。彼から見れば、有用な研究をする部下であり、その能力は買っている。何を考えているかはわからないが、権力への野心はなく、研究さえ出来れば良いと言っているので、黒き月を持っている限り裏切られることは無いと考えているのだ。なので、そのような放任スタイルでも特に咎められてはいないのである。


「今までも、中々に手のかかるものばかりですが、今回ばかりは数年単位のスパンで研究をさせて頂くつもりです」

「ほう、それで?」

「つきましては、私はこれからしばらく音信不通となります」


が、さすがに、今回のはどうかとエオニアも思った。黒き月の中で数年も音信不通とは、さすがにどうかと思ったのである。戦略兵器で兵站工場。しかも依存率100%のものだ。その中に音信不通の状態で数年研究のために滞在する、国で1番の研究者。これを許可できる為政者は、少なくとも戦争ができる国には存在し得ないであろう。


「まて、お前はなぜそこまでする」

「そうですね、今回発見しましたものは、どうやら不老不死にすら通じそうなものです」

「不老不死だと!! 」

「ええ、外に出すことはまず不可能ですが、私が長年かけて研究すれば何とかなるかもしれない算出が出ました」

流石のエオニアも驚く。黒き月は兵器工場のようなものだ、そんなものの中になぜ不老不死に通ずるものがあるのか? しかし元は先文明『EDEN』の技術産物だ。何があってもおかしくはないであろう。


「実験の為に私自身を一定期間コールドスリープをするなどをしなくてはならないので連絡を取ることができないのです。技術自体は恐らく、人間という不確定なものを、永遠にすることで安定した結果を出せるようにするためと現在推測しています。もしくは、黒き月というものそのものを行使する根本的な目的を左右する……」

「わかったから、もうよい。お前は熱が入ると数時間は話し続ける。とりあえず研究は許可するが、兵器を製造する権限全てはこっちに預けろ。それが出来るのはシェリーからの報告から聞いている」


一回目に、例の区画から出てきたときに7時間かけて報告したことである。聞いたのはほぼ全てシェリーであるが。彼女はフラフラになりながらも、何とか要点を理解してその足でエオニアの元に報告へ向かったのだが、逆にエオニアに心配されてしまい、数日休暇をとることになった。というエピソードが残っている。


「ええ、了解しました。それではまた数年後に」

「くれぐれも、余に剣を向けるなど考えるではないぞ? 」

「わかっていますよ。そんな無意味なことなど。パトロンは大事にする主義ですので」


そう言って、カマンベールは通信を切った。エオニアはそのまま、しばらく通信ウィンドウのあった虚空を眺めていた。







「まあ、とりあえずこんなんでいいかねぇ」


俺は演技下手なのになぁ。などと呟きつつ、左手を肩に当てて首を動かす。一仕事終えた後は、肩こりが気になってしまうのだ。もっと運動すべきか? などと考えながら、時間の無駄かと結論を出し、ウィンドウに背を向ける。カマンベールはそのまま、その場を後にして、管理者および管理者の許可した者しか立ち入ることが出来ない区画に向かう。その区画に行くまでに3人ほど兵士型のロボットに遭遇するがスルーしてそのまま進む。
そして、閉ざされた黒く重厚で巨大な全く飾り気の無い扉の前に立ち、能力を発動させる。彼は、ありとあらゆるロストテクノロジーの解析し理解することができるのだ。構造があれば、ある程度使いこなすことはそこまで難しくない。カマンベールのいう事を100%理解できる存在が要れば、彼が開設した後全てできるであろう。
彼が持っている権限は、黒き月管理者代行レベルで、ノアのインターフェイスと同レベルだ。一人の人間が持てるレベルとしてはどう考えても破格である。


「不老不死とか……まあ、そこまで外れているわけじゃねーけど、まさか信じるとはな。もしくは、俺が鬱陶しくなったとかね」


ぶつぶつと独り言をつぶやき続ける彼の姿は、周りから見れば異様であろう。独り言が多いのが彼の癖なのである。その間に完全に扉が開いたので中に入る。入った途端に背後で扉が閉まったが、いつものことなので彼は気にしない。ここのセキュリティレベルは厳重な黒き月の中で最も強固なものなのだから。


「さて、ようやく君に取り掛かれそうだよ」

カマンベールは、黒き月の中心へ向かっている。しばらく暗い最低限の紅い光だけの廊下を進むと、縦に延びる円柱状の部屋にたどり着き、その側面にある、螺旋階段を下りていく。長い長い階段は、どこか神秘的であるが、手摺すらないそれは慣れてないと足が竦みそうであった。


「ああ、君はどんな声でしゃべるのかな、どんなことを知っているのかな」


数百段下った後、紅く光っている扉に手を当てる。すると左右にゆっくりスライドしていき、隙間から漏れる紅い光が彼の全身に降り注ぐ。


「さてと、君が目覚めるまで俺も眠ろうかな」


部屋の中にあったのは、強く紅く輝く巨大なクリスタルだった。そして、中には一人の金髪の少女が眠っていた。カマンベールは再び手をかざす。いっそう輝きが強くなり部屋を包んだ。そして、光が元の強さに戻ったときには、部屋に誰もいなかった。






場所は戻ってエルシオール ブリッジ。現在ダンスパーティーの真っ最中。ラクレットはレスター達と雑談していた。

「そういえば、レスターさんはタクトさんの下に再配属なんですか? 」

「ああ、そういうことになる」


現在、エルシオールには、ダンスパーティーに参加しているメンバー以外、全てのクルーがいる。多くのクルーは、最多功績艦の自分達がダンスパーティーに参加できず、先頭にすら参加していない貴族のボンボンが、参加できるというのには不満があったが納得はしていた。それが今の皇国のスタンダードであったから。
しかし、新たな司令が配属されるまでは、特にすることは無く、穏やかな雰囲気が流れていた。要するに暇だったのだ。
現にブリッジでも、職務に真面目で堅物で有名なレスターが、欠伸をしていたくらいだったのだから。


「僕はこのまま待機みたいです。故郷のクリオム星系は警戒網の真ん中ですが、星系間の物資の輸送には一切制限がかかってないらしいです。」

「そうか、確かクリオム星系は、軍事力をほとんど持たない代わりに、半独立的な存在になっていたな。エオニアの軍隊には補給も必要ないから、放置というわけか」

「ええ、おそらく軍事的な力が弱いので、星系の周りを囲んでいるだけなのでしょう」

「皮肉な話だな、軍事力を持たないからこそ、平和が維持されているのか」

「数百年前に、発展に尽力した指導者の思想が、そのまま継承されているそうですよ」


まあ、彼らの雑談は、雑談にしてはお堅い話であったが。


「副指令、雑談なんですから、もっと楽しい話をしましょうよー」

「そうですよ」


そんな二人の話が一区切りついたところで、アルモが話に割り込んできた。それに同意するココ。ブリッジにいるのは今この4人であった。


「むぅ、そうか? 」

「ええ、副指令の学生時代の話とか聞きたいです」

「ちょ、ちょっとココ!! 」


ここぞとばかりに、レスターに話を振るココは、アルモの為という友達思いではあるのだが、本人の目もらんらんと輝いていた。一応アルモも突然の話題変更にココを制してはいるが、彼女自身も興味津々であった。残念ながら、一切のストッパーがこの場にいなかったのである。


「俺の学生の話なんぞ、タクトが馬鹿をやって、それを俺がフォローしていただけで大して面白いような話ではないぞ」


どこか遠い目をしてレスターはそういった。その科白にはどこか、一仕事終えた男のような疲れた雰囲気を滲み出ており、誰も詳しく追求することができなかった。お疲れ様と一言以外の選択肢が存在し得ない程であったのだ。


「それよりむしろ。お前らのほうはどうなんだ? 」

「え? 」

「私達ですか? 」


急に態度を変えてこちらに質問を投げかけてくるレスターに動揺してしまった。というより、レスターが他人に積極的にプライベートな話題を振ってくるという状況に、固まってしまったという所か。それくらいの堅物だと二人は思っていたのだから。


「私達は、普通に研究をしていただけなので」

「ハイスクール上がってすぐに、白き月に入ったとしか」

「あ、僕も飛び級しているので、友達もいないですし、そういうわけで何か面白いストーリーがあるわけでもないです」


なんというか、このブリッジに集まっているメンバーは普通の学生生活を送っているのか、特殊なのか、わからない様な者ばかりだった。しばらくの間、ブリッジには微妙に気まずい沈黙が流れた。そんな中、アルモが突然取り繕うように、口を開いた。


「に、にしてもあれですね、マイヤーズ司令は本当になんというか、女性にもてますよね」

「そ、そうよね、今回のダンスパーティーもミルフィーさんを誘いに行く途中にランファさんに誘われたんでしたっけ? 」

「まあ、あいつは仕事の延長上でああなっているからな……」

「僕としては、ミルフィーさんがお似合いだと思うのですが……」


話題展開にはどうかと思うような内容ではなかったが、男共二人の反応は芳しくなかった。
一人は興味なく、もう一人は地味に懸念要因だが、もうどうにもできないからだ。特に食いつくというわけではなく、再び沈黙が訪れる。




そして、突如その沈黙を遮るようにアラートが鳴り響き、惨劇が始まった。トランスバール史にも長く残り、そして数々の人の心を痛めつけた ファーゴの惨劇
そして何より、ラクレットにとって人生の転機となるそれが。





[19683] 第十七話 ダンシングクレイジーズ 3
Name: HIGU◆36fc980e ID:fb84e1e6
Date: 2014/05/31 01:31



第十七話  ダンシングクレイジーズ 3


「観測班は何をやっていた!! ええい! 総員に告ぐ!! 第一種戦闘配備だ!! 」


突然鳴り響いたアラート、そんな中レスターは悪態をつきながらも冷静だった。瞬時に脳内であらゆる可能性をシミュレートする。敵の目的、規模、今後の戦況推移や、打って出る場合に適した宙域。それらの情報を脳内で計算しながらも、矢継に支持を出し続ける。
タクトが規格外な軍略家として、将来的に有名になるが、それはレスターが劣っている事ではない、むしろ彼というブレインがいたから、タクトの功績はあったのだと言える。


「アルモ!! 周辺の艦と連絡を取れ、それと高精度レーダーを起動して周辺のサーチだ。ココは司令部につなげ」

────りょ、了解!!


エルシオールのレーダーは、現状の最新鋭の艦の先を行っている。紋章機と共に、白き月から発掘されたロストテクノロジー。皇国の技術はいまだその水準に至ってはいないのだ。このレーダーは、『エルシオール』がファーゴまで到達できた、大きな要因のひとつであり、不可欠なものであった。


「各乗組員は、出航の準備……いや、それは終わっているのか。ひとまず各自持ち場に着いてくれ」


話している間に落ち着いてきたのか、だんだん口調が落ち着いてきたレスターは、自分の右側で冷静にレーダーの解析画面を見つめているラクレットに向き直る。現状打って出られる戦力は彼だけと言える。皇国軍には戦闘機運用を専門とする空母はある物の、練度はお世辞にも高いと言えないものが殆どだ。何より連携を組む必要がある旧式の戦闘機だ。即応するのには無理がある。


「ラクレット、お前は自機に乗り込み待機だ。レーダーの解析結果次第では、先行して迎撃の可能性もある。お前のエタニティーソードならば、シャトル用の出入り口だから、停泊していても出撃は可能であろう。」

「了解しました」


ラクレットは即座にブリッジから退出して全速力で格納庫へ向かった。自分に課せられた役割と、これから始まるイベントへの胸の高鳴りとでテンションは万全であった。


「ココ、繋がったか? アルモ状況は? 」

「司令部は混乱しているようで、状況を把握していません!! 」

「周辺の艦も同じく、混乱しているだけです。アラートの原因は超長距離からの砲撃だそうです」


そうか、とつぶやくレスターはどこまでも冷静であった。彼は物事に集中し、熱が入ってくると、より一層冷静になっていくのだ。彼の成績を僻んだ士官学校の同期に氷の男となど呼ばれていたが、レスターにして「ユーモアの欠如」と言わしめる率直なあだ名であろう。レスターは、急な事態にやや弱いという欠点はあるが、致命的な悪手を打つことはなく、戦線維持にかけては比類なき才を持つ男だ。彼が繋いだバトンで、タクトは後願の憂いなく指揮に徹することができているのだ。


「解析結果出ました! 敵艦が近隣宙域に着陣し、待機している模様」

「一部の戦闘機などが先行し、奇襲したみたいですね」

「こちらの戦力は? 」

「それが、まだ全く対応できないみたいで」



レスターの質問にココは顔を曇らせて答えた。頭が痛くなることだが、各艦のトップ────その大凡はお飾り貴族────がダンスパーティーに出席している以上、動くことができないのも事実だ。酷い所は副官までもが席をはずしているのだ。


「副指令、僕が出ましょうか? 無人戦闘機相手に時間稼ぐのなら十分に可能です」

「アルモ、敵の数は?」

「4機です。それと生体反応が確認できない為、無人機であるかと」


ラクレットは口を滑らせているが、特にレスターやココに気にした様子はなかったのは、非常時故の幸いか。彼が通信を繋げ、提言した先発迎撃部隊という名の、単騎出撃は事実有効な手であろう。


「あいつらではなさそうだな……よし頼んだ。この分だと出撃の方が早いであろう。その後に出港だ」

「りょ、了解!! 」

「ラクレット・ヴァルター、行きます!! 」


故にすぐさま受理され、ラクレットはそのまま出撃した。宇宙港に停泊している艦の間を器用にすり抜け、最短距離で港の外に出て行った。その直後にエルシオールが出港する。


「俺は一度タクトと合流しにパーティー会場に行く、この状況ではシヴァ皇子の安全が最優先だろう。ファーゴで最も戦力の配備されているこの艦に避難されるべきだ。シャトルを借りるぞ」

「そ、そんな!! 」

「出港しておいてあれだが、この艦はエンジェル隊がいないと意味が無い。だが、この艦が出ればそれに続く艦も出てくるだろう」


そう言ってレスターはニヒルに笑った。無断出港は非常事態を除き、軍機違反なのだ。他の艦からすれば、まだ敵の影すらつかめていない状況だ。司令部が混乱し情報の共有ができてない為である。だが、エルシオールという、影響のある旗艦が出港すれば、彼らのレーダーに敵艦を確認したのであろうと推察し後を追ってくる艦はいるであろう。


「だから、俺は一端戻りあいつ等と合流する、なるべく安全な宙域で待機していろ。戦闘の指揮はアルモがとれ」

「そ、そんな、無理ですよ。副指令!! 」


突然の指示に狼狽するアルモ。レスターの言っている事はリスクを伴うが正論で、事実、現状ココかアルモの何方かが指揮を執る必要がある。しかし、いきなり言われても彼女としては困るのだ。
しかしレスターは、そんなアルモの肩に手を置いて、まっすぐと目を見つめる。身長差があるため見下ろす形になり、やや距離もあるがアルモからすれば平常心に期待などできない状況に早変わりだ。


「大丈夫だ、お前ならできる、俺は信じてる」

「……え? 」

「いままでずっと、俺はお前(の仕事)を見てきたが、お前ほど最高の(仕事のできる)奴はいなかった。ああ、お前なら(指揮権を)すべてを任せられる」

「…………ぇ」

「だから、俺はアルモ、お前に頼みたいんだ」


このやり取りを見ていたココは後にこう語った。
「もしかして、副指令は全部わかっているのではないでしょうか? 」
彼の名誉のために述べておくが、これは無意識の行動である。勿論経験則上、真摯に物事を頼むといった時にどうすれば相手が(本人は無自覚だが女性が)了承を出すかを知っているというのもあるが、アルモの好意に付け込んでいるわけでは無い、決して。
しかし効果は抜群だった。アルモは狼狽し、頬どころか顔を真っ赤に染めながら、かすれる声で了承した。本人も気づかないうちに。こちらも無意識に返事をしたのであった。


「まあ、ラクレットなら4機の無人戦闘機にやられる訳が無い、増援が来たら教えればいい。本人にも時間稼ぎで言っているからな」


そういってレスターは全力疾走でブリッジを後にした。









ラクレットが最後の一機を右腕の剣で切り伏せる。敵戦闘機は爆散し、宇宙の塵となった。それを確認したラクレットは、通信で報告する。

「敵機撃墜!!周囲に敵影なし!! 」

「お疲れ様、ひとまず待機してください」

ラクレットはその声に一息つき、背もたれに身を預けた。最近彼が気づいたのだが、『エタニティーソード』は操縦に他の紋章機より体力を使う。一々目標に接近しなければならないのと、性能がピーキーであることもあるが、何より大きいのは機体特性だ。
裏切り者カマンベール曰く『エタニティーソード』は、適正者がいるとは思えない仕様に成っているという。クロノストリングとの適合が第一条件なのは当たり前なのだが、それに加えて機体を手足のように扱えなければならないのである。
他の紋章機には自動照準補正や、パラレルロックオンシステムなどもついており、操縦はかなり簡略化されている。もちろん狙いを定める必要はあるし、『ナノマシン』や『フライヤー』のように操作に特殊なスキルが必要な場合もあるが。それでも年端のいかぬ少女たちが専門の教育を受けたわけでもなく使えるのだ。
しかし、エタニティーソードは機体制御をしながら攻撃をしつつ、剣へのエネルギー分配の調整もしなければならない。ラクレットはそれをなぜか問題なくこなせるのだが、通常ならかなり長い期間の訓練が必要な技術である。彼はそれらの操作を無意識で思考操作しているのだ。しかし、当然それはかなりの集中力を要する作業である。長時間の戦闘はパイロットに負荷がかかるのは仕方ない事だ。
例えるのなら、適正は低いものの短時間なら最高の性能で動ける機体とパイロットといったところか。次の課題は持久力だなと頭の中でつぶやき、ラクレットはココに状況を尋ねた。


「こちらはどうなっていますか? 」

「港にいた戦力の6割は宇宙港から出て、ファーゴを守るように陣を敷いているわ。残りはようやく出たらしい指示に従って、今宇宙港から出ようとしている所ってとこね」


冷静に状況を説明するココは、すでにこの仕事においてはプロのレベルであった。忘れがちだが、彼女の本職は研究員である。ラクレットはそんなことを気にせず、そのまま質問を続ける。


「副指令からの連絡は? 」

「いまシャトルがファーゴの宇宙港から出てこちらに向かっているわ。どうやらシヴァ皇子もご一緒みたいだわ」

「そうですか……エンジェル隊の皆さんの出撃まで、後十数分てところですか」


ラクレットは気を引き締める。おそらくもうしばらく戦闘は無いと思うが、彼女達が来るまでは自分一人で持たさなければいけないのだから。ふとコックピットの右側に見える衛星都市ファーゴが目に入る。しばらくそれを眺めた後、再びラクレットは前を向いて戦闘に備えた。






「ラクレット、お疲れ様。アルモも後の指揮はオレが取るから」

散発的に飛んでくるミサイルを切り落としながら待っていたラクレットに、漸く吉報が届いた。ブリッジにタクトとレスターが戻り、万全の体制となったのである。それはつまり


「よし、エンジェル隊出撃!!目標は、現在こちらに接近中の敵艦隊だ!! 」

────了解!!


エンジェル隊も到着したという事だ。エルシオールから5機の紋章機が出撃する。実は外からこれを見るのが初めてのラクレットは、内心感動していた。別に原作云々ではなく、純粋に格好良いと感じたからである。なんせ、500メートル近い巨大な戦艦から、全長数十メートルの紋章機が5つも出てくるのだ。


「おつかれさん、あとは私達に任せときな」

「遅れてごめんねー。ラクレット君」

「私達が来たからには百人力よ!! 」

「お手柄ですわね」

「治療します」


出撃の光景に呆けていたラクレットは、全員から通信が入って初めて、自分の周りをエンジェル隊の面々が固めているのに気づいた。周りを緑色の光が包み込み、機体のステータスが瞬く間にグリーンになってゆく。リペアウェーブではないが、ナノマシンによる高速修復だ。

「皆さんありがとうございます、僕はまだ行けます」

一度自身の頬両手でたたき、気合を入れなおす。まだ戦闘は始まってもいないのだ、こんなことで疲れていたらだめだ。と自分に言い聞かせてタクトからの指示を待つ。

「よし、ラクレットはまだ行けるみたいだから、ランファと二人でそれぞれ左右から回り込んでくれ。ミルフィー達は敵前面部の火力が左右にそれたタイミングで撃破していくつもりで」

「おい、タクトそんなアバウトな作戦で良いのか? 」


怪訝な目でタクトを見るレスター、作戦がすごくアバウトなのはいつものことだが、この大事な局面でそれはどうかと思ったのだ。しかしそれに対してタクトはいつもの調子で答える。


「だって、司令部からは、『シヴァ皇子を守りつつ、可能な限り敵を破壊せよ』としかないし、友軍は勝手に戦っているみたいだから、オレも臨機応変な感じでさ」


問題ないよね、ミルフィー? と通信で話すタクト。その様子にレスターは苛立ちと頭痛を抑えつつタクトを急かすのであった。

「あぁ、はいはい!わかったから、とっとと指揮を取れ!! 」

「了解―」


その何時ものやり取りを見て、とても頼り強く感じるココとアルモだった。





「なかなかに頑張るではないか、エルシオール」

「エオニア様、そろそろ」

「ああ、わかっている。奴らに見せてやろうではないか、余が手に入れた力を」


盤面は動く、差し手の手番は交互に代わる。押した戦局にはそれ相応の、差し戻しが帰って来る。黒き月が宙域に姿を現したのだ。

「ノア、頼んだ」

「わかったわ、お兄様」











それは、タクト達が周辺の敵艦をあらかた片付け、別の宙域の応援に行こうかというタイミングだった。突然周囲の敵艦が進路を変え後退して行ったのである。
不審に思うレスターと、いつもの嫌な予感がするというタクト。二人が何か言うより前に、ココが悲鳴のような声で叫んだ。

「黒き月に超高エネルギー反応!! 」

━━━緊急回避だ!!


奇しくもタクトとレスターが叫んだのは同時だった。反射的に操舵主が舵を大きく切る。それと同時にエルシオールの危機管理システムが、タクトの一定以上のデシベルでの声を音声認識し、自動で回避運動をとった。エンジェル隊の面々とラクレットも射線と予想される空間から本能的に退避する。H.A.L.Oシステムを通じて嫌な予感が彼らの全身によぎったのだ。

そしてその刹那

黒き月から太さ数百mはあろうかという、天文学的な熱量を持つビームが照射された。それはエルシオールをぎりぎり逸れたが、そのまま真っ直ぐファーゴを貫通し、ローム本星に直撃した。
ファーゴの隔壁は紙くず程にも減衰させず、全質量の20%を削り取られた。ローム本星も衛星軌道上より遙かに離れた彼らの場から視認できる爆発が観測された。
どれだけの被害規模損かは、全く持ってわからない。ただ一つ分かっている事、それは。

数億の命の炎が、一瞬にして燃え尽きた。
ただそれだけであった。




[19683] 第十八話 光の天使達と永遠の剣士 前編
Name: HIGU◆36fc980e ID:f00f2e36
Date: 2014/06/01 00:24




第十八話 光の天使達と永遠の剣士 前編



「ひどい……」

「そんな……ファーゴが!! 」

「外は宇宙空間なのよ!! あんな大きな穴が開いて!! 爆発があったらどうなっちゃうのよ!!」

「……人が!! ……助けないと!!」

「無理だよ、この距離とか時間とか、そういうのじゃなくて、そもそももう……」


黒き月から照射されたビームはファーゴに大きな穴をあけ爆発させ、そのままロームの地表に当たりさらに大きな爆発を起こした。ロームのほうの被害範囲は不明だが、目の前のファーゴからは、豆粒のような大きさに見えるモノ───人が宇宙空間に投げ出されている。
生身のまま投げ出された、彼らが助かるすべなど、当然の如く無い。人は大気も無く壮絶な温度差のある宇宙空間で生存することなどできないのだから。いくら科学が発展しても人間という種類そのものの強さは、大きな変化はない。


「…………タクト」


悲痛な面持ちでそういうレスター。彼が最も嫌うのは、軍の作戦行動で敵味方関わらず一般市民に損害が出るという事だ。故に今の彼は怒りと絶望で満たされている。顔には一切出ないが、きっかけがあれば、より一層冷徹な軍人としての顔を見せるであろう。
タクトは、自分の名前を呼ぶその一言に、どれだけの感情が込められているのか、それを正確に感じ取りながら口を開いた。


「………………オレはいままでどこか甘く考えてのかもしれない」


顔はやや下を向いており、表情は前髪に隠れて見えないが、声色で彼の表情を予想することは、ブリッジメンバーおよび通信を聞いている者には容易かった。


「エオニアだって、もともとは皇国の人間で、すでに復讐の対象である王族はその手にかけているんだ、そんな酷い事はしないんじゃないかってさ…………でも、その結果がこれさ」


タクトを責める者は誰もいない、誰もこんな事になるだなんて予想していなかったからでもあり。なによりも彼の後悔を理解できないものなどこの艦に、いや皇国軍中にいないことは。確かであったからだ。


「……タクト、司令部との連絡が途絶えた。緊急時の取り決めどおり全艦隊の指揮権を得たが…………すでにこちらの損耗率は3割を超えているそうだ」


今の砲撃を含めてな と最後に付け足すレスター。


「黒き月から、未確認の物体が現れました。形状から予想するに攻撃衛星の類かと思われます!!」


敵の増援、しかもこのタイミングで新型の情報を報告するアルモ。次々と入る絶望的な情報。皆の表情にだんだんと絶望的なそれが現れる。当然だ、敵の戦略級秘密兵器により、言って構成を受けたのだ。しかし、この状況でも一人いつもと変わらない者がいた。


「タクトさん、指示を。僕は何をすればいいのですか? 特攻してあれを落としてくれば良いですか?」


ラクレットである。彼はひたすら無表情で淡々とそう言ったのである。その表情からは何の感情も読み取れない。任務に忠実で市場を一切挟まない、機械のような合理主義者がそこにいた。


「それともエオニアの母艦ですが? 黒き月ですか? あなたの指示が遅れるほど秒単位で人が死ぬんです。早くしてくれませんか?」


いつもの彼と違う言い様とその雰囲気に、若干飲まれる面々、しかしタクトはその言葉で我に返ったのか、指示を飛ばす。瞳の少々弱いが、いつもの不屈にして不敵な炎が消えていない。タクト・マイヤーズは、エンジェル隊は、エルシオールは、トランスバール皇国軍は負けてなどいない。
即座にレスターに全皇国軍の艦隊指揮権を委譲。自分はこの宙域で敵の防衛衛星を仕留める必要があるからだ。指揮権を受けたレスターは全軍に通達する。


「全艦隊に通達。残存勢力はファーゴ周辺にて敵を迎え撃て、生き残ることが最優先だ。戦闘行動が不可能な艦は、ロームの反対側に一先ず退避しろ」

「エルシオール各員に告ぐ、これよりエルシオールは敵新型攻撃衛星を落としにいく。この位置からだと新型までの戦闘は起きないと思うが、大変危険な任務であることには変わりない、総員覚悟を決めて、俺に命を預けてくれ」

────了解!!

「そういうことですので、よろしいでしょうか?シヴァ皇子?」

タクトはすぐさまそういうと、事後承諾の形になるが、先ほどからブリッジの貴賓先にいる、シヴァ皇子に確認をとる。

「う、うむ。この位置から撤退するのは無理だからな。それしかないであろう」


ここまで言ってタクトは一息つきエンジェル隊に向きなおる。その間にレスターは、アルモに指示を出し、攻撃衛星の解析と最善のルートの探索をさせていた。ココも先程のタクトの指示を打点している。エルシオールはあの絶望から一先ず抜けだしたのだ。


「みんな、俺達があれを倒せば、味方も希望を持てるし、状況も良くなる。毎度のごとくハードな任務だけど。エンジェル隊ならできるよね?」


そう言ったタクトの表情は、いつもの笑顔であり。エンジェル隊のメンバーもの顔にもつられるように、笑顔が戻る。そう、自分達のリーダーはまだやる気だと、認識したのだ。


「それじゃあ、命令だ、敵攻撃衛星を破壊せよ!!」

────了解!!
「了解」


エルシオールは────希望はまだ消えてなかった。



「ミルフィーは、ハイパーキャノンを敵攻撃衛星Bの方向に後2400移動したら撃ってくれ!! ランファ、ラクレットの二人はそのまま撹乱を続けていてくれ」

「了解です!! ハイパーキャノン!!」

「ちょっと! ミルフィー。撃つの早いわよ!! まだ1400しか移動してないじゃない!!」

「大丈夫、ミルフィーが早く打つのも考慮して指示を出したからね。この場合は……フォルテ目の前の敵に止めを刺したら、右の敵攻撃衛星Fにストライクバーストを頼む。ミントは敵攻撃衛星……長いから敵Cを相手していてくれ。ヴァニラはそのまま攻撃を受けないように注意しつつ敵Hを」

「了解だよ。にしてもタクト、えらく頑張るねぇ。この後反動で1週間くらいまともに仕事しないんじゃないかい?」

「了解ですわ。あら、タクトさんがまともに通常の職務をこなしていた時期なんてありまして?」

「了解です。……副指令頑張ってください」

「ありがとうヴァニラ。残念ながら、それは俺が働くこと前提になっている上に、俺にも否定できない」


戦闘は苛烈を極めた。しかし、包囲網を抜ける時の圧倒的な数に囲まれたときよりは幾分もましだった。その証拠に、通信にいつもの軽口……むしろいつも以上の軽口が飛び交っていた。


「特殊兵装撃てます」

「じゃあ、敵Iに頼む。そのまま破壊するまで攻撃をしてくれ」

「了解……『コネクティドウィル!!』


しかし、ラクレットだけはいつも通りどころが、普段より言葉が少なかった。全くといっていいほど軽口を言わない彼にタクトは別に気にせずに指示を出す。現状彼は絶好調である上に、先ほどの黒き月の砲撃からこのような感じで、彼なりに思うところがあるのだとタクトは考えているのだ。


「あたしも行けるわよー」

「よし、ランファは敵Hの止めを。その後ヴァニラから補修を受けてくれ」

────了解


その後エルシオールおよびエンジェル隊は獅子奮迅の勢いで敵を殲滅し、味方艦隊に希望を取り戻した。
敵の強烈な攻勢を受け流しつつ、前衛を刈り取る見事な一手を指したのである。









「くっ、シヴァめ! まだ邪魔をするか」


当然それを面白いと思わないのが、エオニアである。別にあれが戦力の大きな部分を担っていたわけではないが、それでも損害は損害だ。洒落ではなく、無尽蔵に無人艦隊を作れるのだが、時間と材料は必要なのだ。あの人工衛星は、他の艦の指揮を取れるようになっており、その分他の有象無象の船よりコストが高いのだ。


「お兄様、あの艦と紋章機が邪魔なの?」

「ああ、そうだよノア」


妹にでも接するように優しい声色でそう声をかけるエオニア。それを見て、若干不機嫌になってしまう女性がいるのだが、本人を含め誰も気づかない。自覚がないって怖い。

「ノアに任せて」

するとノアはそんなの簡単よ、とでも言いそうな顔でそう答えた。その瞬間光のような並が黒き月から放射された。それに触れたあらゆるものエンジンは機能を停止する。クロノストリングエンジンの機能が停止したのである。エルシオールと6機は黒き月の目の前で立ち往生してしまったのだ。
敵の手番を強制的に終わらせる、反則じみた一手を、この少女は指したのである。残酷にどこまでも無慈悲に。






「どうした!? 状況を説明しろ!!」

「ク、クロノストリングエンジン……機能……停止しました」

当然のようにエルシオールは混乱の渦にのまれた。なにせ、メインサブ両方のクロノストリングエンジンが停止しているのだ。それはつまり、このままだと生命維持装置のための最低限の設備すら機能不全に至るといった、致命的な状態であると同義だ。


「味方はどうなっている!!」

「味方もですが、同時に彼等と戦闘中の敵艦隊も停止しています。しかし、正面の黒き月およびその付近の敵艦はいぜん行動中です」


味方は敵の稼働中の戦艦の射程にはひとまず無い為、袋叩きによる全滅の可能性が、一先ずないことに安堵しつつ、レスターはこの現象の理由を考える。彼には知る由もないが、敵艦隊の一部が停止しているのは、この『ネガティブクロノフィールド』のキャンセラーを積んでいないからだ。
『ネガティブクロノフィールド』の使用する可能性を考えていなかったので、製造段階で搭載していなかったのである。流石に性能を優先したエオニア周囲の高性能艦には搭載してあったのだが。
レスターは絶体絶命なこの状況において、打開策を導き出すために、頭を高速で回転させ模索する。しかしながら、回答が出るまでの十全な時間など、この戦場にはなかった。

「敵艦から砲撃!!直撃来ます!!」

追い討ちをかけるように始まる敵の攻撃。シールドシールド出力など、通常時に比べれば気休め程度しかない。そんな中被る損害規模は想像したくも無いのだが、現実に今起こっている故に逃れられない。


「総員対ショック姿勢!!」


気休め以上には効果を発揮する、タクトのその通達がエルシオール各地のスピーカーより発せられる事に遅れて数瞬、エルシオールに轟音を伴う衝撃が走る。

────きゃあぁぁ!!

勿論紋章機も例外ではない。動くこともできず、シールドもまともに存在しない今、装甲だけが頼りという、心許無い現実である。


「ラッキースター出力低下!!タクトさん!!」

「だめ!! カンフーファイターが持たない!!」

「損傷率40パーセントを超えました。非常に危険です」

「っく、動いてくれハッピートリガー!!」

「トリックマスターも応答いたしません……このままでは」


次々に聞こえる、エンジェル隊の報告。どれもこれも絶望的な報せだ。希望などなく目の前にあるのはあと数歩しか続いていないであろう奈落への道。このままでは数分と持たないのは明らか。そんな緊迫感が蔓延していく。
タクトは決断を迫られていた。


「このままじゃ……もう」

「おい!! タクト、どうするんだ!!」


冷静なレスターですら声を荒げる。彼もこの状況で相当にきているらしい。口に出さないだけで全員生存が絶望的なこと、敗北が濃厚なことをわかっている。彼はその代弁をしたに過ぎない。皆が司令官であるタクトを見つめている。あの司令官なら、奇跡を救いを与えてくれるかもしれない、さまよう亡者の様な視線に宿る力、それが悪い意味でタクトに伝わっていく。


「もうだめです。……タクトさん」

「タクト……」

「タクトさん……」

「タクト、もう限界だ」

「タクトさん……このままじゃ持ちません」


エンジェル隊も全員が翼をもがれてしまっている。そう絶望的で、最悪な状況だ。四面楚歌で絶体絶命。普通に考えれば助かる見込みなんて微塵とない。
聞こえる音は、被害報告と爆発音だけ。ブリッジにいる彼の視界は暗く、うすぼんやりとしか隣にいるレスターの表情すら見えない。


だが、タクト────救国の英雄になるタクト・マイヤーズ大佐は、まだ諦めていなかった。


「……皆、諦めちゃだめだ!!」


叫んだ。心からの、いや魂の衝動のままに。このエルシオールを支えている大黒柱は自分だ。そう言い欠かせながら、彼は不屈の精神で、自分の思いを伝えるために口を開いた。


「ここで諦めてどうするんだ!! 自分達の力を信じろ!! 最後の最後まで!! 」


皆がタクトの声に耳を澄ませている。まともに思考ができない状況の中、刺激がそれしかない為に、何よりも脳がその声を反芻し続けるのだ。ラクレットだけは、コックピットのキーボードにひたすら何かを打ち込んでいるが、それでも耳を傾けている。そんな様子を横目で見ながらタクトは思いの丈を咆哮する。


「ここまで来たんだオレ達は!! 絶望なんて、不可能なんて、そんなものが無いって証明し続けてきた君達が!! 諦めてどうするんだ!! 君達は希望を運んできた天使だ!! だから絶望なんてそんなもの!! 不可能だなんてそんな壁!! 全部超えてしまえ!! 」


その時何かが変わった。目で観測できないもの、耳で聞こえないもの、触ることのできないもの。だがしかし、確実に存在する、波のような何かが、全員の心に伝わった。そう、天使達の心に、勇者の声が届いたのだ。


「そうだねえ、ここで諦めてたまるか」

いつもの調子で帽子を直しつつ、足を組み替えてそう言う紅髪の天使。その顔は何時もの自信にあふれた不敵なそれに戻っている。


「せっかく今日までがんばって、今諦めたらすべてが無意味ですわ」

強い眼差しで操縦桿を握り直して、同意する薄蒼の天使。強い決意に燃える瞳を持ちつつも、涼しげな微笑が可憐に映える。


「私達が倒れたら次はもっと多くの人達が犠牲になる」

祈るように目をつぶりそう呟く緑輝の天使。慈愛に満ちたその姿には、多くのものが心救われるであろう。


「ちっぽけな命だけど、あんな得体の知れないものにくれてやるほど安くないんだから!! 」

挑むように睨み、思いを叫ぶ黄金の天使。正面に見える強大な敵を打倒しようと、威嚇するように浮かべる笑みは何よりも美しい。


「絶対に……絶対に負けません」

決意を新たにし、そう宣言する桜色の天使。奇跡を起こすべき幸運を司る女神が地上に顕現していた。


5人の天使が一人の青年の言葉で思いを一つにした。何よりも固い結束と、揺るがない勝利への確信。そしてすべてを救おうとする向こう見ずなまでに真っ直ぐな心が、彼女たちと彼を真の意味で一つにしたのだ。ならばその天使達は奇跡を起こさない訳がない。

その願いは天使達に新たな翼をもたらしたのだ。天使の駆る5機の紋章機は、純白の翼を授かった。
宇宙という空を飛ぶための翼に、天使達が願い生まれた翼に、翔べない場所など、行けない場所などありはしない。全てを救うまで、人に奇跡を信じる正義の心がある限り、天使は奇跡を分け与える!


「!!エルシオール、全システム回復しました!!」


故に、その翼は青年の乗る舟にも加護をもたらした。


「システムリミッター解除、『エタニティーソード』フルドライブ」

ならばと、その友も。天使を守るべく、永遠の剣士は、意思の盟友たるその少年は、漆黒の翼を開放する。白い翼とは対極の、闇夜の色の翼が、彼の愛機に現れたのであった。



[19683] 第十九話 光の天使達と永遠の剣士 後編
Name: HIGU◆36fc980e ID:f00f2e36
Date: 2014/06/02 14:46



第十九話 光の天使達と永遠の剣士 後編




「すごい……」

「綺麗……」

5機の紋章機に囲まれているエルシオール。そのブリッジにある窓の代替である外部スクリーンには、無数の純白の羽が降り注ぐ。そんなどこか幻想的な風景が映し出されていた。


「出力が戻っただと! あーもう、わけわからん!」


そう言いつつも顔が笑っているレスター。自身でも不謹慎だとわかっているので、直さなければいけないのだが緩んだ頬が治らないのだ。信じられないような奇跡が起こってしまった以上、もう笑うしかないといった所か。


「すごい!! ラッキースターの出力戻りました!!」

「カンフーファイターのパラメーターが書き換えられてる。これなら!!」

「トリックマスターの性能も格段に上昇。いけますわ」

「翼が生えて、強くなったみたいだね。理屈は知らないけど有難い!!」

「なぜだかわかりませんが、機体ステータスが回復しています。オールグリーンです」


翼が生えたことに感動し思い思いの感想を漏らすエンジェル隊。奇跡を起こした天使自身にも信じられない現象なのだ。彼女達の中は今、万能感で満たされている。愛機とならば、仲間とならば、どのようなことだってできるであろう。そんな無敵な自分達の虚像が自分に取り憑いているのだ。


「『エタニティーソード』の性能も上がっているのか?」

「エンジン出力の上昇を確認しました」


レスターは先ほどから最低限しか口を開かないラクレットにそう尋ねた。しかし、ラクレットの反応はまたしても事務的で必要事項しか言わなかった。表情はひたすら無表情。いつもの彼とは本当にかけ離れているその姿に思う所はあるが、戦闘に支障はなさそうなので特に指摘しないレスター。現在の優先度をはき違えたりはしない。最優先目標はシヴァ皇子の安全確保なのだ。

「理由など知らんが、とにかくよし! 反撃開始だ!!」

────了解!!
「了解」


タクト右手を前に伸ばし叫んだ。それに合わせて5つの白い羽の軌道が生まれる。希望へといざなうその轍をエルシオールは進んでいくのだ。
少し離れた位置にいるエタニティーソードからは他の紋章機とは違う色の翼が生えている。闇夜の烏のような黒い翼は不吉に見えるが、別段凶兆という訳ではない。彼の機体だけはクロノストリングエンジンが回復した瞬間に、リミッターを外しただけである。彼自身原理も分かっていないが、奇跡ではなく現象に過ぎない。
分かっている事は、5つの白の中でその黒色の翼が、異様に目立っていることだけである。





「すごい、すごい、すご~い!!」


ミルフィーユは自分の相棒であるラッキースターの動きに感動していた。彼女はエンジェル隊の中では操縦技量という面から見れば最も下にいる。ランファの様な軌道の精密さ、ミントのような空間把握能力、フォルテの冷静な判断力、ヴァニラの生存能力。そういった物を持ち合わせていない、技量は『平凡』なパイロットである。しかし彼女自身の幸運や、機体の性能を含めれば評価は反転する。誰にも追従を許さない驚異的なスペックを誇る万能機なのだ。タクトやレスターは不安定だが強力だと前に彼女のことを評した。そして今の彼女は絶好調であって、トップギアで、全力全快なのだ。
要するに。


「タクトさん、もう一機沈めちゃいました」


それはそれは、強かった。いわゆる無双状態だ、タクトが若干引いてしまうくらいに。


「……う、うん。じゃあ敵Cのほうを頼もうかな」

戸惑いながらも、とりあえず指示を出したタクトだが、それは無駄になってしまう。なにせ『覚醒状態にあるのは彼女だけではない』のだから。


「撃破!! タクト敵Cを撃破したわ! 『アンカークロー』の射程がすごい延びてるみたいなの!!」


ランファは、自身の特殊兵装の威力を改めて実感した。今までは敵一隻に大きな被害を与える程度の必殺武器であったのだが。先ほどの攻撃では、一撃を当てた後余力を残しているのか、その勢いで別の敵を攻撃していくほど強化されていた。
するとどうだろう。イメージとしては。高威力の単体技が、威力を上昇させながら、範囲攻撃に変わったのだ。加えてく相智也sくなっているとすれば……ミルフィーが無双ならこっちは無敵だった。


「……えーとじゃあ、二人ともエルシオール近くの取りこぼしを頼もうかな……」


現在エルシオールの近くに、シールドがほとんど削られた敵艦が4隻ほどいる。それらはエルシオールの貧弱な砲火でも、十分問題なく対処できる程度だ。故に今まで特に破壊させる指示を出さなかったのだ。


しかし、タクトに言いたい────それはフラグだと。



「『フライヤーダンス!!』」


凛とした声が通信越しから伝わってくと、その刹那。21のフライヤーから器用にエルシオールや他の紋章機を避けるように、しかし的確に敵艦の機関部を狙い撃ちした攻撃が照射された。おまけにフライヤー達は、器用に一発撃てば、別の位置に移動し別角度から攻撃を当て、被害を拡大させていく。周辺の艦がスクラップにかわる。その間わずか10秒程度。ついでの如く、弱っていた4隻はもちろん、別の2隻ほど追加で破壊した。


「申し訳ありませんタクトさん。特殊兵装を独断で使ってしまいましたわ」

にっこりと可憐に笑うミントのその顔に反省は無かった。わかってやっている分、他2人よりたちが悪いかもしれない。しかし可愛いから許されるのだ。


「あー、ちょっとミント、それ私達の獲物だったのに」

「あまりにもトリックマスターの調子が良好で。ついやってしまいましたわ」


わいわいと、賑やかな声が響くその通信からは、誰が先ほどまで絶望的だった戦闘を行っていると想像できようか。勝ち戦の流れに入っている彼女たちを止められるものは既に存在しないのだ。


「ま、まあ判断としては悪くなかったし、そもそも特殊兵装を自分で使う事自体は問題じゃないから気にしないでくれ」


タクトはミントのお茶目を窘める事はできなかった。元々、自分が特に指示しない時は自己判断で使って構わないと決めていたのだから。それよりも、オレどうやって仕事しようと考え始めていた。しかし、それを遮る様にアルモが報告する。


「司令!! 新たに終わった解析によると、現在『エタニティーソード』が撹乱している宙域の近く母艦のシールド値が平均的なものの3倍ほどあります!!」


タクトはアルモが報告した母艦を地図上で確認する。渡りに『艦』だとタクトは指示を飛ばす。だからタクト、それもフラグだ。お約束はまだ全員分消化しきっていない。


「よし、みんなあの母艦を落としてくれ。ミルフィーとミントは敵のやや薄い左から迂回、ランファはそのまま最短距離で……」


────その必要はないよ
「目標を確認」

その声と同時にフォルテの『ハッピートリガー』から圧倒的な数のミサイルが発射される。
特殊兵装『ストライクバースト』だ。いつもと同じ量が同じ速度で敵を埋め尽くすが、命中率と精度は段違いであり、またフライヤーダンスと同じように、周囲の艦も巻き込んでいく。
そして、フォルテから敵母艦を挟んで反対側にいるラクレットは、既にいつものように『コネクティッドウィル』の残身をとっていた。

「『ストライクッ!バースト!!』」
「『コネクティドウィル』」


紋章機最高攻撃力を持つ『ハッピートリガー』全力砲火と、100mの長さの剣で何度も斬り付けられた敵母艦の運命など記すにも値しないであろう。二人が特殊兵装の名前を叫んだのは、攻撃が終わった後であるのが、タクトには一種の嫌がらせのように見えた。
勿論そんなつもりは毛頭ないが。



「…………ご苦労様」


タクトはとりあえず一端戻って損傷箇所の修復をしたほうがいいんじゃないかと考えたらすぐに、ヴァニラが『リペアウェーブ』の使用許可を取ってくるんだろうな。と半場悟り切った頭でそう結論づけた。ここにきて学習してきているのだ、
同時に通信が入る。ヴァニラからのものである。


「タクトさん、敵を撃破しました」


しかし予想は外れ、撃破報告だった。ヴァニラにはいくつかの敵を相手に、回避に専念しながら時間を稼ぎ。火力が鈍った時に攻撃へと移るように指示を出していた。いつの間にか敵はシールドのほとんどを削り取られており、先の言葉通り後は自壊を待つのみだ。一方の『ハーベスター』は損傷をほとんど受けていなかった。
この時点で、現在スクリーンの戦略MAPに映っている敵は当初の20%ほど残っていなかった。戦闘再開して7分の出来事である。
レスターは、「楽な仕事だな、タクト」とでも皮肉を言ってやろうかとも考えたが、あまりにも可哀想なので止めておく事にした。武士の情けであった。












「なぜだ!! なぜ動ける!!」


好調なエルシオール一向とは対照的に、天秤の反対側、エオニア陣営には動揺が走っている。ノアの発生させていた彼ら主観ではナニか────ネガティブクロノフィールド────によって、エルシオールどころか全ての敵は一切の身動きを取れなかったはずなのだ。


「エオニア様! エルシオールおよび、戦闘機6機がこちらに急接近しています。残りの攻撃衛星で防衛線を構築していますが、圧倒的な速度で破壊されており、食い破られるのも時間の問題です!」

「エオニア様! 御指示を!」


オペレーター達の悲鳴が聞こえる。


「っく…………撤退する。この艦および近衛艦、それと黒き月はクロノドライブだ。残りのは戦線を維持しつつ後退だ」


悔しげに顔を歪ませてそう命令するエオニア。先ほどまでの余裕はもう無くなっていた。それでも引き際を間違えないのが、彼の優秀さを物語っているともいえる。


「エオニア様、ここで引くのは懸命な判断でございます。すでに観測用の艦がデータを採集しておりますゆえ」


当然のようにシェリーはエオニアの判断を肯定した。敵の戦力の最脅威存在がさらに強化されたのだから。相手は敗北寸前までの窮地に追い込まれて漸くの強化と回復である為、意図的に狙った作戦ではないのであろう。しかし、それでも一端引いて態勢を立て直すのは決して間違ってなどいない。
加えてここでの戦略目標の『皇国軍『残党』の戦力低下』はほとんど果たしているといって良い。後は第2目標である『シヴァの身柄の確保ないし殺害』くらいだ。エルシオールや紋章機は確かに脅威であるが、所詮は一隻の艦とそれに搭載されている戦闘機だ。時間さえあればどうとでも出来ると考えるのが普通であろう。
シェリーはそう自分の頭の中で結論を出したが。聡明なエオニア様のことだからすぐに気づくであろうとも思い、多くは語らなかった。
そしてその瞬間、艦の周りが一面緑色となり、彼らはクロノドライブに入った。







「っく、逃がしたか!!」

「あ! 紋章機の翼も消えちゃいましたね……」


エルシオール一行は、もうすぐ射程圏というところでエオニアを取り逃がしていた。それと同じようなタイミングで5機の紋章機の翼が消えてしまったのである。丁度良いのかその逆なのかはわからなかったが、互いに窮地を脱したのは事実であろう。
『エタニティーソード』も同じタイミングで出力を落とし翼を消す。その為不信感を持つものはこの戦場に居なかった。
敵のクロノドライブの方向から推測するに、アステロイド帯がある宙域の手前であろう。そこまではたいした距離ではないのだが、翼を失い戦力が元に戻ったときに単身で追いかけるのはあまりにも危険である。
「相手が待ち構えており、こちらの調書のレーダーが十全には生かされない。そんな戦場に行くメリットはない」とレスターの言葉に従う形で、味方と合流しつつロームの反対側まで退避することになった。


「みんなひとまずお疲れ様。でももうちょっと頑張ってもらうよ」

「ひとまず、損耗の激しい機体から順に補給を受けてくれ」


エオニアの無人艦隊の何割かは、黒き月が失せ、ネガティブクロノフィールドが切れた偶に再起動したのか、まだ動いている。撤退をせずに残留を選択した無人艦たちの処理は必須である。この後、突出していたエルシオールが味方と合流しても、ある程度の戦闘はこなさなければならないからだ。
最も撤退の旨は伝えていたので、多くの艦は現在ローム星の反対側で指揮をとっている、第一司令軍のチョ・エロスン大佐の下に順次撤退しているのでそこまで骨を折る作業でもない。敵もすでに撤退戦に入っており、そのうちすべて退却するであろうから。
用はお互いが引くために戦っているのだ。もう一頑張りとは言ったが、実際は先ほどの戦闘に比べればはるかに簡単なものだった。

だが

「次は、『エタニティーソード』だ。ラクレット。補給を受けろ」

「………そんな………でも……だって…………僕は…………ここが…………」

「おい、どうした? ラクレット」

「……いや…………違う…………現実…………ゲーム…………」

「おい、ラクレット!! 応答しろ!!」


ラクレットは、レスターの言葉が完全に耳に入っていない。顔色はどんどん青くなってゆき、手が震えていてしきりに何かをつぶやいている。誰が見ても健康や、正常という印象を抱かないであろう。事実エルシオール側から見えるバイタルデータは、彼の脈拍呼吸共に正常な数値から逸脱していることを示している。このままだと危険域に突入してしまう事も。
今まで戦闘状態ということで、強制的に凍りつかせていたものが氷解したのだ。抑えていたものがあふれてくる。彼は震える手でサブカメラをファーゴのほうへ向けて拡大させた。そのまま、だんだんと画面を拡大させていき、そしてある一点で拡大を止めた。その瞬間彼の全身は硬直し、顔はもはや真っ白といっていい程だ

「……ぁうう……おぇうう…………ぐぁうぅぅ……うわああああああぁぁぁぁぁ!!」


『エタニティーソード』のコックピット画面に映っていたものそれは

ファーゴから押し流された。ヒトだったモノ





[19683] 第二十話 現状分析と現実認識
Name: HIGU◆36fc980e ID:f00f2e36
Date: 2014/06/03 01:09



第二十話 現状分析と現実認識


「おお、タクトにレスター。シヴァ皇子の警護ご苦労だった」

「先生!」
「ルフト准将!! 」


あの後、一悶着あったが無事撤退に成功したエルシオールを待ち構えていたのは、死亡した可能性すら考えられていた、ルフト准将だった。恩師の無事に当然のごとく顔を綻ばせるタクトとレスター。何せ彼は黒き月からの砲撃の際にファーゴで指揮を執っていたのだ。


「無事だったんですね」

「ハハ、そう簡単にくたばれんよ」


彼が無事なのは、平民の出身であり、実力による叩き上げと勤続年数で地位を手に入れている故、貴族将官にそれこそ蛇蝎の様に嫌われているという理由だ。その為にファーゴの中心部にある作戦会議室でなく、港近くの通信室で、前線指揮にあたっていたのだ。そういったことが明暗を分けた。将官に必須の才能『運の良さ』を持ち合わせていると言えるだろう。


「それで、現状は?」


レスターが言ったその言葉で、二人の顔が即座に引き締まる。ただ再会を喜んでいられるような状況ではないのだ。


「現在、このロームを挟んでエオニアと相対しているわけだが……正直打つ手が無い」

「そうですか……」

「エロスン大佐も良くやってくれたのだが、全体的にこちらの数も少なく、指揮系統もぼろぼろ。現在急ピッチで修復しているのだが、どうにもな……」


ルフトの沈痛な面持ちに、レスターとタクトは言葉を失ってしまう。予想以上に現状が酷かったのだ。彼らはまだ把握していないが、全精力を結集していたのが仇となった。将官で生存しているのはルフトを含めて2名程であり。艦も正常に稼働するものの方が少ない。絶望的な状況である。

しかし、そこに割って入る者がいた。


「ルフト!! これからどうするのだ?」

「おお、シヴァ皇子よくご無事で」


シヴァ皇子だ。皇子は、エルシオールが無事撤退に成功したと聞いて、ブリッジまで出てきたのである。無事な姿を見て一瞬だけ笑顔になるものの、すぐに表情を戻すルフト。


「そうですな。正直待つしか無いという所ですな」

「そうか……」


ルフトのその言葉に少し逡巡する仕草を見せるシヴァ。しかしすぐに考えを纏めたのか、口を開く。皇子には先ほどの戦闘から考えていることがあったのだ。

「紋章機の翼の事をマイヤーズより聞いているか?」

「翼……ですかな?」

ルフトはやや怪訝そうな顔でシヴァを見た。まあ紋章機という機械と、翼という生物の言葉との繋がりが、今一つピンとこないのであろう。それ自体は当然であろう。


「マイヤーズ……いや、クールダラス説明を頼む」

「了解しました」

「いや……うん、なんでもない」


説明なら、レスターのほうが適任だもんな。と呟きつつ一歩下がるタクト。そしてレスターは先ほどまでの戦闘経緯の説明を開始した。彼らしい最低限でいて要点がまとめられており、何より分かりやすいものであった。



「ふ~む、紋章機に翼が生えて、動けるようになったか」

「はい、艦が動かなくなったという報告は聞いていると思いますが、エルシオールはエオニアが撤退する前にすでに動けるようになりました」


レスターの説明を聞いて、頷くルフト。だがふと何かに気付いた様な仕草の後、呆れたような、非難めいた顔でタクトたちの方に向き直る。


「というか、タクト。シヴァ皇子を乗せている状況で、単独で敵に突撃したのか?全く無事だったから良かったもの……」


まるで、学生時代のタクトを叱る様な口調に、タクトは苦笑いを浮かべつつ、必死に機嫌を取るのであった。レスターはその様子を口元を緩めてみていたのだが、途中で矛先が自分にも向き必死に弁明するのであった。
その様子をシヴァとココとアルモは興味深そうに眺めているのであった。少しずつ、何時ものエルシオールらしさが戻ってきていた。



「それで、その翼は消えてしまった、しかし紋章機の発見された場所の管理人であり、なおかつロストテクノロジーの権威でもあるシャトヤーン様に伺うと」

「ああ、そうすれば紋章機が格段に強くなる」

「ふむ、ですが皇子エオニア軍はすでに本星の方に向かっているとの情報があり、こちらの再編にはまだ時間が……」

「エルシオール単艦ならば、数時間の補給で動けるとクールダラスが申していた。我々だけ先行すればよいだろう」


シヴァの提案は単純明快。紋章機の力を飛躍的に上げた翼を出せれば、エオニアのあのクロノストリングエンジン停止の術も無効化できるであろう。故に専門家であるシャトヤーン様がいる白き月へと向かう。方法も、すぐ動けるエルシオールが単独で、白き月にエオニア軍よりも先回りをする。いたって単純なものだが、理に適ってはいる。
・敵の強力な攻撃(こちらのエンジンの停止)に対抗できる唯一の戦力(紋章機)を増強する。
・移動は艦速の速いエルシオール単艦ゆえに、遅い艦に合わせて進軍する必要はない。
この2つが元となっている。ルフトはこれを覆せる理由に、御身の危険しか出すことができなかった。彼自身、冷静な頭脳での判断でも一番の手であると出ているのだ。

「………もう、決めていらっしゃるのですね。確かにそれしか策が無いのも事実です。このルフト・ヴァイツェン、シヴァ皇子殿下の御命令に従います」


今までも、色々言ってきたが、こうなった皇子は後に引かない。皇子の命という掛け金さえ無視すれば、これ以上の作戦は無いとも言える。なにより、強力なシールドを張っている白き月と連絡が取れるのは皇子だけというのだ。仮に護衛をつけても、皇子が白き月に向かう事は確定している。ならば、速度をとるか防御力をとるかだが、敵に防御力を一瞬で0にする手段がある以上、速度以外の選択肢はない。ならばルフトは臣下としてシヴァ皇子の命令を聞くだけだ。



「タクト、シヴァ皇子を必ずお守りしろ。レスター、タクトを補佐してやってくれ」

「ルフト准将……」


そこまで言うと、ルフトは一呼吸おき、二人を見つめる。画面越しだが、目の前にいるようなプレッシャーを確かに感じ、タクトとレスターは反射的に背筋を伸ばす。


「それがワシからの、准将として、お前らの元教官としての命令だ」

────了解!!






タクト達が、ルフトから命令を受けている頃、エンジェル隊の一堂は会していた。それはいつものティーラウンジ…………ではなく。医務室の前の扉だった。
ラクレットは先ほど突然叫びだした後、そのまま意識を失ってしまったのである。エルシオールからの誘導で機体ごと帰還させ、コックピットから重たい彼の体を、男性スタッフ二人で引き摺り下ろし、そのまま担架で運んできたのである。
エンジェル隊はそのまま順番に補給を受け、警戒任務に務めたが、ラクレットはその間ずっと意識不明だったのである。医務室に搬送された彼の様態は、特に外傷や頭を打ったわけでもなく命の危険があるわけではなかったのだが。それでも、ミルフィーユとヴァニラは心配し皆を説き伏せて、医務室まで来たのである。
最も、ランファ達三人も別に行かないつもりは無かったのだが。


「大丈夫かなぁ、ラクレット君」

「ミルフィー、あんたそれ何回目よ」


5回目の心配の言葉を漏らすミルフィーに、それを指摘するランファ。ランファのほうは比較的いつも通りではあった。それは心配していないというより個々の所の超常現状の連発に感覚がマヒしているのが大きい。


「そんなにラクレットのことを心配してるんじゃ、タクトが妬くかもね」

「ええ、タクトさんはあれでも嫉妬深そうですからね」


なるべく、雰囲気が暗くならないように軽口をたたくフォルテとミント。彼女達もあまり変わりはなかった。本気で言ってるが彼の心配をしていないわけでは無い。ヴァニラは、先程の戦闘で出た数名の軽傷者の治療をしているので、医務室の中にいる。


「にしても……」


会話が途絶えたところで、ランファが呟く。3人の注目がランファに集まったのだが、彼女は続けない。そのまま口を閉ざしてしまう。

「にしても、何ですの?」

ミントは自分の能力を使わなくてもなんとなくわかるのだが、先を促した。ランファも考えをまとめていたのか、それに反応しようやく口を開く。


「どうして、あいつは倒れたのかなって思って」


それは皆が考えていた事だ。単純に体力の消耗? 確かに『エタニティーソード』の操縦にはスタミナが必要だが、今までもっと長い戦闘をしたこともあったが、倒れるまででもなかった。怪我か頭でも打ったが? 外傷は無いとさきほど話しているのが聞こえた。
それに加えて彼女が気にかかっているのは


「あんな、大声で叫ぶあいつなんて見たこと無いわよ」

ラクレットは、何かを呟いた後にいきなり絶叫し意識を失ったのだ。声が枯れて気絶? そんなこと聞いたことはない。


「何かを悔いている様な文句だったと整備班の方々は仰っていましたわ」

「ああ、ずっと自分を責めていたようなことを呟いていたとも聞いたよ」。


フォルテとミントは、少ない情報から理由を考察しようとするも、やはりそううまくはいかない。そのように彼女達が結論が出ないまま話していると、目の前の医務室のドアが開きケーラが出てきた。エンジェル隊の姿を見つけると、予想通りだという表情を浮かべて、入りなさいと声をかけて、再び中に戻る。エンジェル隊はそんなケーラの後に続くのであった。


「彼が倒れた原因だけど、単純に精神への過剰な負荷……要するに強いストレスを感じたのが理由よ」


ラクレットが眠っているベッドの前。そことカーテンで仕切られているが、すぐ隣でケーラの話を合流したヴァニラと共に聞いているエンジェル隊。ケーラは、全員の視線を受けつつ解説を続ける。


「ラクレット君のバイタルデータ、戦闘中はビックリするほどフラットだけれども、戦闘終了直後からだんだん乱れてきて、ある一点で振り切れていたの。要は、戦闘中は無理やり押さえつけていたのが、戦闘終了と共に開放されたと言う所かしら」


そこまで続けて、ケーラは一端言葉を切る。全員が理解できているかを確認する為である。

「ある一点ですか?」

だからミルフィーは、そのタイミングで先程のケーラの言葉で気になったところを質問する。ケーラはその質問を待っていたのかのように、話を再開した。


「ええ、そうよ。そのタイミングに彼が見ていた映像があるの。さっきクレータから渡されたわ」


ケーラはエンジェル隊の方へと向き直る。その表情からは真剣な思いが伝わってくる、エンジェル隊の面々は思わず身構えてしまった。


「それが……これよ」


その言葉と共に、壁にはめ込まれたスクリーンに映像が流れ出す。

「これって……」

「……あの」

「ファーゴの……」

映像に写っていたのは、宇宙空間を漂うファーゴの人々だった。


「推測だけど、ラクレット君は人々が死んでしまったことに何かしら強いストレスを感じたから気絶した。もしかしたらそれは、彼の『心理的外傷後ストレス性障害(トラウマ)』に関わるのかもしれないし、単純に圧倒的な数の死に対してかもしれない。とにかく、私はそう考えているわ」


やや悲しそうな顔のままそこで話を終了させ、自分のカップのコーヒーに口をつけるケーラ。エンジェル隊はそのままラクレットのいるベッドをカーテン越しに見つめているのであった。それは、消灯時間が近づき、ケーラが無理矢理遅れてきたタクトごと追い返すまで続いた。







「ここは、どこだ………」

彼が目を覚ますと、自分が何か柔らかいものを枕にして寝ていることに気づいた。
気になって上体を起こしてから振り向くと、そこには

「枕だ……」

自分の使っている枕よりも柔らかい、低反発の枕があった。『引っ越して来たばかりの四畳半の和室』には布団も枕も有ったのだが、間違ってもこんなに高級な低反発のものではなかった。彼の主観的は寝起きからいきなりよくわからないことになっているなと思いつつ、自分がなぜいつもと違う枕で寝ているのかを考える。ふと、周りを見るとカーテンで囲われていて、壁には誰かの白い陣羽織がかかっており、さながら病室のようだなと思う。さらにかすかにコーヒーの匂いを感じる。

「あ~?どこだ……?」

コーヒーの匂いのする病室ってどんなんだよと思い、さらに混乱する。とりあえず、素足のままベッドから降りてカーテンの向こう側に行くことにする。夢を見ているのか将又寝ぼけているのかはっきりしないまま。

「なんだぁ……本当に病室……つーか処置室みたいだな」

部屋には誰もいなかった。初めて見るはずなのに、すごく既視感を覚える光景に唯でさえボーとしていて、頭痛すら伴う頭が輪をかけて鈍る。よくわからないけれど、ここには居たくないと感じた彼は、近くのドアから外に出る事にした。

「どこだよ……ここ……。つーか、なんだよこれ」

素足のまましばらく歩くと、自分の格好が見覚えのない学校の制服であることに気づいた。自分は既に高校を卒業したし、その高校のデザインとも違う制服に戸惑いつつも、替えの服を持ち合わせていない彼は、脱ぐことも出来ずそのまま探索を続ける。
廊下はどこか近未来的な雰囲気だ。天井の照明は落ちていて、足元の非常灯のみがボゥと光るのも、その要因の一つか。頭の鈍痛が無く体調が良ければ、テンションも上がったであろうが、今はそのような気分ではない。

「SFかよ……」

全く見覚えが無いはずなのに、なぜか足は迷わず進む。どこかを目指しているみたいだが、自分でもわからない。それでも、とりあえずそのまま足に任せて進むのであった。








「マ、マイヤーズ司令!!」


タクトは、つい先ほど明日の朝一で出発する為の準備を終わらせて、眠ったばかりであった。しかし、無慈悲にもアルモの通信で起こされた。自分が仕事をきちんとこなすとすぐこれだ。そんなことを理不尽にも思いつつ、タクトは目を強くもみながら無理矢理意識を起こす。


「なんだぁ……アルモ」

「それが!! ケーラ先生が少し席を外した間に、ラクレット君がいなくなっちゃったんです!!」

「……え?」


アルモの焦った声をどうにか理解しようとしたのだが、どうにもうまく行かないタクト。そんな様子に焦れたのか、画面越しのアルモの左から、レスターの顔がぬっと出てきた。


「起きろぉ! タクト!! ラクレットがいなくなった。艦内のカメラの映像を追おうにも、先ほどの戦闘で半分ほど動いてない。だから完全に行方不明だ」


数年来の親友の声に、意識を覚醒させるタクト。眠い頭だが、次第に事態を理解する。


「起きて、自室に戻ったんじゃないのか?」

「ケーラ先生曰く、靴もトレードマークの陣羽織もそのままにいなくなったそうだ」

「消息不明になって15分経ちますが、ブリッジに報告も来ていません」


交互に喋るアルモとレスターに段々と頭が冴えて来る。


「わかった、とりあえずいったんブリッジに行く。少し待っていてくれ。その間にも監視カメラの映像のチェックと、夜勤スタッフへの連絡を」






「何で海があるんだよ……」

何かに導かれるままに入ったのは、彼の主観から言えば海だった。潮の香りが漂う波打ち際、波の音が聞こえ暖かい空気を感じる。此処はさながら南の島かと思ったくらいだ。

「うわ、クジラが潮吹いてるよ。どこだよ本当に」

先ほど移動中に窓から見えたのは満点の夜空であった。だから高層ビルだと思っていたのだが、目の前のありえない光景に、思考を投げ出し成って来た。そんな風に彼が一人佇んでいると後ろから、一人の少年が歩いてきた。なぜそんなものを察知できるのかわからないが、直感的彼はとりあえず振り向いた。

「……来ましたか。宇宙クジラがあなたを呼んでいましたからね」

「……………………クロミエ?」

「はい、クロミエですよ」

なぜか自分でも知らないうちに目の前の少年の名前を当てていた。自分で、先程からどこかおかしい自分に疑問を持ちつつもその『クロミエ』を見る。というか、自分は誰だ? 名前が出てこない。その事実に気づき背筋が急激に冷えて来る。違和感しかない状況を受け入れている自分があり得ないことに気づいたのだ。


「それにしても、宇宙クジラも無茶をします。ここに呼ぶために一時的に記憶を封印するとは。まあ、ラクレットさん相手じゃないと出来ませんけど」

「……お前は、何を言っているんだ?」

彼の問いかけに答えないクロミエは、海の方に視線を向けた。つられて見ると巨大なクジラが背中を出してこちらを見つめていた。

「……わかりました。宇宙クジラは今からあなたの記憶を戻すそうです。でも実感は持たせないそうですよ」

「だから、何を言っている!!」

目の前の『クロミエ』の意味不明な言葉に反発する。しかし彼の頭には、そのまま何をするでもなく、大量の映像が入り込んできた。それは、今までの『ラクレット・ヴァルター』の14年間の記憶。






「状況は!!」


タクトがブリッジに入って発した第一声はそれだった。あたかも戦闘に望むようなその声に一同は即座に反応を示す。


「それが、相変わらず消息は不明で……」

「夜勤スタッフも目撃していないそうだ……」


芳しくない報告にも拘わらず、タクトは表情を変えずに指示を飛ばす。


「それじゃあ、エルシオールのここ1時間の夜勤パトロール順路を外した通路で、15分以内にある個人の部屋ではない部屋は何箇所あるか計算させて」

「了解しました」

「レスターはここで待機してくれ、何かわかったらすぐオレに」


それだけ言うとすぐに踵を返すタクト。その姿に一瞬引き止めるべきかとも思ったが、これが適任かとも思いレスターは思い止まった。タクトは戦闘以外でブリッジに居ても役に立たないのだ。






「クロミエ、なんなんだよこれは」


頭の中の映像は一度目の前で再生された後あるべきところ────記憶────に戻ったようだ。走馬灯という物は見たことが無いが、きっとこのようなものなのだろうとどこか冷静に分析していた。たった数時間の間に記憶を消されてまた戻されるなど、よくわからないことになっている。どうやらそれをしでかしたであろう、目の前のクロミエを睨みつけるラクレット。しかし、そんな視線を受けても全く表情を変えず、薄い笑みを浮かべているだけだった。


「貴方は先程、自分で耐え切れなくってしまったのですよ」

「だから、なんだよ!! 確かに気絶したけどそれは!!」


心当たりのある言葉に強く反発するラクレット。今はなぜか平気だが、先ほど自分は意識を失ったのだ。理由は自分でもわかってはいるのだが。それでも記憶の件とは関係ないであろうと、彼はそう結論付けたのだ。


「貴方の頭の中。テレパシストでは読めなくとも────宇宙クジラが読めないなんて、何時誰が言いましたか?」

「っな!!」


その言葉に一瞬完全に思考を停止させてしまうラクレット。今まで立っていた場所が崩れてしまったような錯覚すら感じる。自分の『原作知識(メタ的視線)』を目の前のクロミエは宇宙クジラは知っていると言われたのだ。しかし、そんな彼を再び我に戻したのは、突き崩した本人だった。


「まあ、通常宇宙クジラが読めるのは、感情や心の動き程度で、詳細なものは無理ですけどね」

「……おい」


くすりと笑いながらそう言うクロミエにラクレットは完全にペースを乱されていた。少しは反撃しようかと、口を開こうとしたところで、クロミエが再び彼にとって衝撃的なな話を始めたのでそれは憚られた


「でもあなたのだけは、特別に読める……としたらどうします?」

「…………」


彼がそう言った時、丁度壁や天井に映し出された夜空の月が、同じく映像の雲の向こうから現れた。クロミエの背後から月明かりが射し込み、表情はよく見えないが、どこか幻想的な雰囲気を出していて、ラクレットは一瞬声を出すことが出来なかった。


「それは置いておいて…………貴方はファーゴのことを知っていた。というより、今迄の起こる事全て知っていた。そうですよね?」

「……そうだが?」


話の流れを変えるように、立ち位置を変えながらラクレットに尋ねるクロミエ。だが、追求の鋭さは変わらず、ラクレットは言葉を選ぼうとした。まるで詰問を受けているようだと感じつつも、結局もうこうなったらやけだと答えるラクレット。思考がまとまらずに誤魔化すという事が出来そうもないのだ。


「そして、今迄それをうまく使ってきたけど、ファーゴを知りつつも放置して、自分で後悔していると」


「……そうだよ!! それで悪いのかよ!! 人が死んじまったんだぞ!! 『僕の世界』で!!」


クロミエの意地の悪い問い━━━少なくともラクレットはそう感じた━━━に逆切れするラクレット。もはや、いつもつけている仮面なんて関係なく、怒鳴り散らしている。クロミエはその様子を見ても、全く表情を変えず。相変わらずに静かな笑みを浮かべたまま続ける。


「ええ、後悔しているなら、それで良いんじゃないんですか? 」

「はぁ? さっきから何なんだよ!!クロミエ!!」


もう訳がわからないとばかりに、クロミエを睨みつけるラクレット、彼からしてみれば全くもってはっきりしない態度で、何を考えているのかわからないのである。クロミエは意地っ張りな子供に言い聞かせるようにラクレットに説いた。


「ですから、少なくとも今の貴方は、人の死を現実だと思っているから後悔しているんでしょう? 貴方のリアルに死があると思い出したのでしょう?」

「当たり前だろ!! ここはゲームじゃなっ」
「ええ、貴方は『自分が主人公のゲームの世界』だからという理由で、知っていることをそのまま適用したんですよ。皆が平等な現実なのに、どうしてゲームと一緒になるんですか?」


その言葉を待っていたのか、間髪いれずに反応するクロミエ。表情は相変わらずで、全く攻めるようなものが感じられないそれはラクレットを逆に不安にさせた。


「それは……」

自分で言ってから気づいたのだ、自分の言葉を完全に否定できないことに。今までの自分の行動はどうだ? 原作知識を使って、好きなようにやってきた。それはいい、未来を知っていた人間ならば、そうするであろう。
では、ゲームに無かったイベントに立ち会ったことは? 毎日がお祭り騒ぎなエルシオールで自分は、原作のイベントがあるとき以外はあまり出なかった。皆がお茶をしている間、自分は一人で鍛えていたし、一般のクルーとも必要以上のつながりを持とうとすることは無かった。立ち会う出来事を厳選していたと言える。

それは、何故なのだろう?


原作のイベント以外には価値が無いのか? ゲームの登場人物だから、気に入った人以外はどうでもいいのか? 出てきていない人物など、気を掛けるに値しないのか?


「ゲームと同じだと思っていたのではなく、ゲームだと思っていた。宇宙クジラも貴方がどこか物語を読むように、味わうように過ごしていたと言っていましたよ」

「…………」


ああ、そうだ。自分は楽しんでいた。この生活を自分の知識を利用して、エルシオールのクルーとの原作イベントを。自分が得た力で敵を蹴散らすのを。自分が好きなようにできると、自分の中で思い上がっていたことにだけ自分は首を突っ込んでいた。
それはきっと、この世界に生まれた僕が勝手に特権だと思っていたから。君達を助けるのだから、自分は楽しむ権利があると。


「でも貴方は人が死ぬことを耐え切れなかった」

「当たり前だ!! 死ぬか、死なないなら、死なないほうがいいじゃないか!!」


それが、ラクレットの本心だった。自分はゲームの世界だとどこかで考えていた、だから止めなかった。ゲームの世界なら、人が死んでもいいけど、現実なら駄目なのだ。
『僕の理想とする世界で、僕が望まないことが起こってはいけない』のだから

ここが本当に現実なら。僕がそう認識していたとするならば、自分の格好良い見せ場を盛り上げる方法なんて考える暇があったら。どんなに低い可能性でもタクトやレスターにルフト、それこそジーダマイアにでも掛け合って、先に避難させとけばよかった。
少なくとも、そう出来る時間はあった。だけどそれじゃあ、きっと無理で、自分のことを説明し無ければ無理で。自分の認識を変えなくてはならなかった。
加えてこの事件が起きなければ、エンジェル隊は成長しない。と頭のどこかで警鐘を鳴らしている自分を封殺していた。
だから止めなかった。死なないほうがいいのに、死んでもらった。『所詮ゲームだ、顔を知らない一般市民ならともかく、モブ未満のキャラクターが死ぬのは問題ないだろう』

ラクレットの主観において、死ぬことを知っていて、救う努力をしなければ、殺人だ。極論ではあるが、形だけでも動かなければ彼はそう認識する。彼は自らも知らないうちに無抵抗な相手の殺人を肯定していた。それどころかそのほうが都合が良いと思っていた。


「ええ、その通りです」


クロミエは目を閉じて、腕を胸の前で組みそういった。ラクレットは地面に膝をついてクロミエのことを見つめていた。


「貴方は弱い……いえ、優しい人です。だから苦しんだ。人が死んだことに。救えたかもしれなかったことに」


ラクレットは、人が死ぬことが嫌だった。それは人としては当たり前の感情であった。
たとえ、ゲームでも人には死んでほしくないのだ。演出として効果的なのはわかる。それでもたとえ文章で1行しか描写されなくても、誰かが死ぬことに良い感情はない。
死ぬことは問題ないけど、誰にも死んでほしくない、矛盾している、そんな子どものような考えだった。
故に苦しんだ、本当にわずかにでも救える可能性があったから、別に自分に責任があるわけではないのに。ラクレットは自分が思い上がったせいで、人が死んだと『思い上がっている』それが原因で思い上がっていた彼は、現実を否定されて消え去った。


「僕も宇宙クジラもそれを言ってあげたかった」


クロミエは、ラクレットに近寄り微笑んでそう囁いた。膝をついているラクレットのほうが、クロミエより頭一つ分小さく、ラクレットは彼を見上げる形になった。


「貴方はこれからもきっと優しい貴方でいてほしいから、苦しむだろうけれど人を救うだろうと」


クロミエの本心だった。ラクレットという人物の人柄を好いている少年の本音だった。ラクレットは何処までも素直で自分に正直であった。欲望にも素直で良心の呵責にとらわれて。この世界をゆがんだ形で愛していて、不条理でできている世界に不都合な現実はないと信じている、滑稽な所が面白かった。
そういった側面を何て呼ぶかは知らない、自惚れと呼ぶのかもしれない、だがクロミエはそれこそがラクレットのやさしさだと解釈したのだ。


「クロミエ……ありがとう」


ラクレットは、この世界で出来た初めての親友に心からの感謝の言葉を述べるのだった。クロミエはそんな彼の頭に手を置いて優しく撫でながら微笑むのだった。


「もちろん、貴方は結構欲塗れである事も知ってますけどね」

「……台無しにすんなよ」

「そこが好きですから、仕方ないんですよ」


そんな関係の二人であった。



[19683] 第二十一話 主人公が初めてヒロインに迫られる話
Name: HIGU◆36fc980e ID:fb84e1e6
Date: 2014/06/03 01:51



第二十一話 主人公が初めてヒロインに迫られる話



「本当にご迷惑をおかけしました」


結局、クロミエがクジラルームのロックを解除し、ブリッジに通信で伝えたため、ひとまず艦内のラクレット探しは終わった。しかしながら、それによって夜勤スタッフの皆様や、その他大勢の人々に迷惑がかかったのは事実であり、ラクレットはとりあえず艦長であるタクトに謝罪をしたのだ。


「いや、無事だったならそれでいいんだよ。心配したけどね」

「全くだ。今後あのような行動は慎むように」


ブリッジへクロミエを伴い出頭したラクレットは、レスターとタクトからそれぞれらしいコメントを頂戴したのだが。

「にしてもラクレット、なんか変わった? というか、体は平気なの?」

それはともかく、どこか今までとは違う雰囲気のラクレットに、タクトは少し思うところがあるのか、軽くたずねる。

「はい、まあクロミエに諭されて心構えを少し変えたと言うか、そんな感じです。体のほうは、別に怪我をしていたわけでもなく、異常有りません」

胸を張って答えるラクレット。その表情は少し吹っ切れたようなもので、今までどこかにあった達観と言うか一歩引いたような何かはなくなっていた。タクトはいい兆候だといいなと軽く結論をつけて、一応ケーラ先生に明日見てもらうようにと指示を出して、夜も遅いから二人とも早く寝なさいと告げて退出させたのであった。



そして、翌日




「今まですいませんでした」

そこには、朝食をとっている途中のミントに謝罪するラクレットの姿が。

「あのー……色々言いたいことはありますが、お体はもう大丈夫ですの?」

困惑の表情を浮かべつつも、ミントは2つめのデザート『宇宙レインボーゼリー』をすくい上げようとしていた右手のスプーンを止めてそう問いかける。一応朝の放送でラクレットが無事退院したことは伝えられたのだが、それでも昨日気絶した人間がこんなにも元気そうにしているのだ。体調を気遣うのは当然である。
そんなミントに対して。あくまで憑き物の取れたかのような、非常に爽やかな笑顔でラクレットは答える。もう一度言おう爽やかな笑顔だ。 これほど、彼に似合わないものは無いであろう。どっちかと言えば、下卑た笑いとか、そこまで行かなくとも顔面神経痛を引き起こしたような笑顔が似合う少年なのにである。
外見はそこまで悪いわけでもないが、中の下と中の中 の間くらいの彼では、不信感しか与えないのだ。


「はい、体はもう全然。それよりも、今迄色々とご迷惑を掛けてしまい、申し訳ありませんでした」

「は、はぁ」


あいまいな相槌を打つしか出来ないミント、誰かこの良くわからない人物から助けてくださいませ。と頭の中で電波を送ってみるが、悲しいかな。それを読み取れるのはまさに彼女だけだった。しかし、仲間の絆と言うのは時に理屈を超えるものなのか、そこに救世主が現れる。


「あれぇ? ラクレット君だ。もう体は平気なの?」

「あら、ミルフィーさん助かり……いえ、おはようございます」


ミントに声をかけたのは、トレーにオレンジジュースとスクランブルエッグ、トーストを乗せたミルフィーユだった。彼女はミントの向かいの席につき
「おはよーミント、ラクレット君」と返した。
その後「いただきます」と元気良く合掌しトーストに手を伸ばした。
その一連の動作を、ミントとラクレットの二人はただ無言眺めていただけだったか、ラクレットが突然何かを閃いた様な顔をして、ミルフィーユに話しかけた。


「そうだ、桜葉少尉にも言わなければいけないことがありました」

「え? 私に言いたいこと?」


ミルフィーユはオレンジジュースを飲み終えたタイミングでラクレットにそう返した。


「はい。むしろエンジェル隊全員に言わなければならない事です……ですから、この後僕の部屋に来ていただけませんか?」


そこでラクレットは一端区切り、ミントの方を一瞬向いた。ミントはとりあえず先程まで混乱していた頭から切り替える時間はあったので、今は冷静にラクレットの言動を考察していた。熟考を開始した。『なんか怪しい』 瞬間的にそう結論が出た。


「エンジェル隊の皆さんは1時のクロノドライブまで特別予定は入ってなかったと思いますので、11時ごろに皆さんでお越しいただけないでしょうか?」


その間にもラクレットは話を続けていた。ミントは考える。なぜそこまで自分たちの予定を知っているかは別に不思議では無い。似たような所属だからだ。だが今迄自分たちとあまり交流を持たなかった彼が、いきなり自室にエンジェル隊全員を招くなどと言い出せば、何かあるのではないかと疑ってしまう。
まあ、ラクレットが出来そうなことなどたかが知れているので、そこまで問題はないかもしれない。とミントは結論付けミルフィーのほうを見る。
ミルフィーは、なにやら呟きながら考え事をしているようだ。耳を傾けて見ると

「えーと、ランファは暇だって言ってたから良くて、フォルテさんはお茶会をするなら呼んでくれって言ってたからたぶん平気。ヴァニラはわからないけど……」

とのことで、どうやら行くつもりのようである。まあ、たまには良いでしょうか。と結論付け、彼女がこちらを見たタイミングでウィンクをした。


「わかった。皆には私から言っておくね」

「はい、お願いします。それでは僕はこれで。お持て成しの準備をしなくてはいけませんから」


ラクレットはミルフィーのその言葉を聞くと、素早く席を立ちその場を後にした。ミントとミルフィーユはその背中を数秒見つめてから向かい合う。


「……なんか、変わったね。ラクレット君」

「そうですか? 私には少々変だったとしか言えませんが……」


ミントはミルフィーユからの突然の言葉に少々驚きつつも、自分の思ったことをそのまま伝える。実際ランファさんやフォルテさんも、きっと同じでしょうね。と思いながらであったが。


「うん、なんか前みたいに硬い感じじゃなくなっていたって言うのかな~?」

「……そうでしたか?」


言われて見れば、何時もみたいに馬鹿丁寧ではなかったかもしれない。目を見て話をする彼にも少し違和感もあった。何か要因があったのかと考えるも、一番有力なのが『昨日の怪我により頭を打った』だったのでミントはそこで考えるのを止め、食後の紅茶を飲みながらミルフィーユに付き合うのであった。






「お邪魔しまーす」

「はい、どうぞ」


ラクレットはドアの開閉ボタンを押して部屋に招きいれた。エルシオール内では通例、部屋の主がどうぞと言えば、客が自らドアを開けて入るのだが、しばらく入ってこないので自分で開けたのである。彼は現在キッチンに立っているため、様子を見れないが、話し声や足音から察するに5人全員来てくれたみたいだ。思わず顔を綻ばせつつも、これから話すことを考え緩んだ頬を引き締める。


「あ、靴はここで脱げばいいの?」

「はい、それでお願いします」


ラクレットは玄関部に買ってきた水色のテープで境界線を引き、そこに自分の靴を並べている。さながら前世での日本の住宅のつもりなのだ。ちなみに、玄関で靴を脱ぐ風習は別にそこまで珍しいわけでもない。靴を脱ぐ姿をみたいな。女性のふくらはぎが好きな彼は少しそう思ったが、手を離すわけにもいかないので、我慢することにした。


「どうぞその辺のソファーなり、クッションなりに座っててください。いまお茶の準備をしていますので」


ラクレットの部屋は、エンジェル隊のソレよりは幾分か狭いが、それでも一人で暮らすには十分な広さを持っている。現代日本で言うと1LKにユニットバス付きといったところか。カーテンで部屋を二つに区切り、奥側を自分の私室にしているが、今迄数度だけクロミエが来ただけのこの部屋は、正直あまり使われてなかった。それでも絨毯がひいてあり、二人がけのソファーとテーブルがあるが、それだけだった。彼の趣味であるジグソーパズルの完成品は、まだ自分のベッド周りに飾れるだけしかないのだ。


「意外と片付いてるじゃない。というか、妙に殺風景ね」

「男性の部屋ですから、こういうものではありませんの?というより、少年ですか」

「そういや、まだ14だったね。たまに忘れそうになるんだけどね」

「ラクレットさんの部屋初めて入りました」

「そういえばそうだねー」

「あら、ミルフィーさんもヴァニラさんも初めてなんですの?」


なにやら、早速何時もの空間を作り上げているエンジェル隊に若干苦笑しつつ、ラクレットはトレーにお茶とお手製のお茶菓子をのせてリビングに向かう。


「というより、クロミエ以外この部屋には来たことがありません」


ラクレットはとりあえずテーブルにトレーを置くとソファーに座るミントとフォルテの前に2つ、絨毯のクッションに座る3人の前にも、それぞれ3つのティーカップを置き自分の分は目の前に置き席に着く。
ちなみに長方形のテーブルの短い辺のほうにラクレットが座り、そこから左側の辺にミルフィー、ランファ、対面にヴァニラで、右側のソファーにミント、フォルテである。


「あ、これお口にあうか解りませんが、作ってみました。サーターアンダーギーって言って、甘くて食べ応えがあるんですよー」


ラクレットは、先程揚げてすこし冷ましておいたソレをテーブルの真ん中に置く。彼は最近前世の記憶を頼りに色々作っているのだ。理由はポピュラーなお菓子だとミルフィーユが既に作っているからだったりする。最も、前世ではたいした料理も出来なかったので、このように簡単なものばかりだが。それに一度作れば、ミルフィーユは自分以上の味でさらにアレンジも加えて作るのだからあまり意味は無いのだが。それでも、珍しそうに自分の作ったサーターアンアダーギーをみるエンジェル隊の顔を見て少し誇らしげな気持ちになるのであった。
一つ言うとすれば、揚げ菓子である為カロリーが高いものを、女性5人に出すというのは、少々冒険しているという所か。


「それで、話ってのは何なんだい? わざわざ部屋に呼ぶくらいだ、それなりに重要なものなんだろ?」


皿の上のサーターアンダーギーがなくなった頃フォルテがそう切り出した。それまで、質問に答えながら、エンジェル隊の様子を眺めていたラクレットは、一瞬だけ顔を強張らせるも、すぐに何時もの顔に戻した。


「ええ、それでは、聞いていただきたいんですけど、その前に一つ」

そこまで言うとラクレットは一端うつむき、自分に言い聞かせるように何かを呟くと顔を上げ口を開いた。


「僕は、エンジェル隊は出動とか、出撃するものじゃなくて、降臨するものだと思ってるんですよ」

そう前置きして、彼は語り始める。


「初対面の時も言いましたけど、僕はエンジェル隊の皆さんに憧れていたのですよ、生まれて物心ついた時には既に。恐らくコレといった理由はありません。ただ、エンジェル隊に憧れてしまったんです。それでですね、自分の中で彼女たちはこうであろう見たいな物が出来ていたんです。うまく言語化できませんが。無理に名前を付けるとすれば、バイアスといった所でしょうか? つまるところですね、貴方たちを理想扱いしていたんですよ、僕は。神聖視とも言うんでしょうか? しかも、本人たちに会ってみてソレに拍車がかかってしまいました。お恥ずかしい限りです。ですが皆さんが想定よりも何倍も素敵でしたからですね」


全く間に挟みこませずに捲くし立てるラクレットは、そこまで言うと一端話すのを止めてエンジェル隊の反応を見る。最初の前置きの時点で混乱し始めたのか、彼女たちは良く自分の話を飲み込めていないみたいだ、と思いなおしたのである。
案の定ミントとランファはポカンとしてる。ミルフィーとヴァニラは良くわかっていないみたいだとことを確認し、苦笑しながらフォルテを見た。唯一フォルテはラクレットの事を探るような目で見ていた、ラクレットは笑顔でしばらくフォルテの目線に答えるものの、フォルテがソレをそらすことで終わった。


「続けますね。まあそんなわけで、貴方達にお近づきに成りたかった僕は、シャトヤーン様に預けてあった発信機━━━アレが動いたなら、きっと何かあったのだと思いここに来ました。その後は知っての通りです」

「ちょっといいかい?」

「はい、なんですか?」


続きを話し始めたタイミングで、フォルテが口を挟む。ラクレットはそれすらも予想済みだったのか、すぐに反応し対応する。


「発信機のことは聞いてたけど、アンタの話じゃまるでいずれこんな馬鹿みたいな戦争が起こるって知ってたみたいじゃないか? そいつはどういったことなんだい? というか、もし無かったらどうするつもりだったんだい?」

「ああ、いずれ何か起こるんじゃないかなー。程度には思っていましたよ。だって数年後に、エオニアが一回反乱を起こしましたし。皇帝に刃を向けたのに国外追放ですよ? 政治的な事情や市民からの人気。そういった物があったとはいえ、軽すぎでしょう。エオニアに賛成する派閥がいなくとも、皇王への不満はありましたし。一部貴族の不穏な動きはありました。それを踏まえると、もうすぐ何か起こると考えるのはおかしくないですし。仮に何も起こらなかったとしても、自分には『エタニティーソード』があり、将来的には白き月の警護部隊になるのに、丁度良い人材だとの自負はありましたから。特に何かをするとは思いませんよ」

「へぇ……筋は通ってるって訳だ」

「ええ、まあ………でも今は、なんというか、『皆さんに自分のイメージを押し付けていた』と言うか、そういう先入観みたいなものを持っていた自分が恥ずかしいくらいです」


フォルテを真っ直ぐに見つめる、彼はあまり人の目をまっすぐに見つめ返すということを得意としていなかった。しかし今朝からはきちんと心がけて話している。。


「皆さんも一人の人間で、僕も別に特別な人間でもないんですよね。ようやく気付けました……本当に今更ですけどね」

「そうだね、まあ気付けただけよかったじゃないか」


いつの間にかフォルテと二人の会話になっており、残りの4人は固唾を呑んで見守っていた。彼が次に何を話すべきか考えている間、フォルテは余裕たっぷりの仕草で紅茶に口をつける。そんな約一分ほど続いた沈黙を破ったのは、ラクレットだった。


「でも……今は違います。本当に今更でおこがましいですけど。僕は一人の人間として貴方達の力になりたいんです。貴方達を守れるようになりたいんです!」

「へぇ……言うじゃないか、私たちの力になるなんて」


馬鹿にしたような雰囲気はないが、茶化すようにフォルテはそう返す。ラクレットは、焦らないで自分の中を見つめ直し、再び想いを言葉に紡ぐ。


「ええ、結局は何所まで行っても僕は僕のままです。そしてやはり、皆さんは輝いています。僕は貴方たちを守り、助けたいんです。僕じゃ出来ないことも皆さんなら出来る気がするから、そのお手伝いをしたいんです。今はまだ露払いすら怪しいでしょうが」

「それが、アンタの答えって事かい」

「はい」


自分で言葉にして、ようやく自分がいかに大層な事を考えていたかを理解したが、本心なので肯定した。そもそも自分は最初からぶっとんでいたのだから、この位いいのではないかと言う、開き直り的な思考もあったのだが。


「それで、皆はどうなんだい?……特にミント」


しばらくラクレットのことを見つめていたフォルテは含み笑いを見せると、エンジェル隊のほうに向き直り尋ねた。いきなり話を振られたミントはビクッと背筋を伸ばしてしまった。他の面々もミントほどではなかったがいきなり話が回ってくるとは予想していなかったのか、微妙に慌てている。


「こいつは、尊大にも『尊敬している私たちを守ってあげたいから、今までの行動を無かったことにして欲しい』って言ってるんだ。答えは決まっているようなもんだと思うがね」


フォルテのその言葉に、ラクレットは引きつった顔を浮かべる、事実なので全く反論できないのだ。ミントは一瞬意外そうな顔をしたものの、すぐ合点が行ったのが、面白い悪戯を思いついたような童女のような顔をしてフォルテのほうを見た。


「ええそうですね。それならば、相応の誠意と言うものを見せていただきたいものですね」


ミントのその言葉に、ミルフィーは困ったような顔を浮かべる、今まで難しすぎてよくわかんないなーとか思っていたので、反論してラクレットを助けようにもできないのだ。ランファとヴァニラは怪訝そうな顔でフォルテとミントの二人を見ている。


「ほうほう、いい提案だね。よし隊長命令だ、ミント。相応の誠意を見せるに相応しい案を一つあげてくれ」


ここに来てヴァニラとランファは我らが隊長と参謀の意図を理解した。要するにコレは、フォルテなりの歓迎の印なのだ。ようやく本音を明かしてくれた少年が『仲間』になったことの。ミルフィーは相変わらずどうしてそんな意地悪するんだろー? と考えていたのだが。これは彼女が馬鹿なのではなく、人の悪意をよく知らない為、そのラインの区別が良くわかっていないからだ。


「そうですわね…………それでは、私たちのそれぞれどのような所に惚れ込んだのか……それを教えてくださいませんか?」

「惚れっ!!……まあ、否定はしませんが」


悪魔のようなミントの提案に大きく反応してしまうラクレット。というか、それって自分の初恋経験みたいなものなのだから、あまり人に明かしたくない。などと思っているものの、唯一反対してくれそうだった、ミルフィーもそれなら別にいいかもーみたいな表情でこちらを見ている。つまり彼に逃げ場は無かった。


「さ、まずは私のを言ってみるかい? ラクレット」

「いいえ、ここは私からでどうでしょうか? ラクレットさん」

「あら? 私からでもいいわよ、ラクレット」


生まれて始めて女性に迫られると言う経験をしたラクレットは、フォルテ、ミント、ランファに始めて名前を呼ばれたと言う事実に全く気付かなかった。


「……それじゃあ、ミントさんから」


同様に、自分が彼女たちの名前を自然に呼んでいる事にも気付かなかった。残念なことに彼が大好きな『呼び名交換イベント』は起きなかったが、それ以上の影内の無い事を彼は体験できた。
そして一生彼女たちの背中を追いかけて、頭が上がらないことを宿命づけられたともいえる。その事に彼は全く悪い気はしなかった。







────────────────────────────
ミルフィー 流し目
ランファ  髪を払う仕草
ミント   口元を抑えた笑顔
フォルテ  帽子を鞭で整える姿
ヴァニラ  ナノマシン集合体が頭に乗って重そうにしている所



[19683] 第二十二話 みんなの恋路事情
Name: HIGU◆36fc980e ID:fb84e1e6
Date: 2014/06/05 00:31




第二十二話 みんなの恋路事情




私がアイツのことを意識したのは何時からだったか、そんなことはあまりよく覚えていない。しいて言うなら、あの偵察型プローブの事件があったときかしら?
あの時の私は、この何よりも美しい乙女の柔肌を見せてしまったのだ!! 悲鳴を聞きつけてやってきた二人に向かって色々物を投げてたら、ラクレットのほうに当たって気絶しちゃって、服も着てないのにアイツと二人でさらに慌てちゃった。
今振り返って思ってみても、顔から火が出るほど恥ずかしい。だって私ったら服も着ないでアイツの目の前まで行って、顔を真っ赤にして眼をそらしながらアイツに指摘されるまでそのままだったのだから。あ! もちろんバスタオルは巻いてたわよ、申し訳程度には隠していたわ!!  大きな声で言うことじゃないけどね。
それから、ミルフィーのせいでその……キ……キス……しちゃった時!! あの娘が私とアイツがいるのに気付かずに重力発生装置を解除しちゃったから!! あーもう!! この私のファーストキスだったのに!!
まあ、別にアイツだったら悪くない……って思っちゃう自分がいるのに気付いたのもこの時。ああ、私は恋をしてるんだなぁ……って納得しちゃったのよ。思えば此処まで本気で誰かを好きになったことはなかったかもしれない。そういう意味ではコレって初恋なのかしら?
でも結局アイツがダンスパーティーに選んだのはミルフィー。結構勇気出してアピールしたんだけどな……でもまあ、私のほうが年上だし……ミルフィーが嬉しそうなのはやっぱり私も嬉しいし……でもやっぱり……つらい物はつらいのよ。
私じゃなくてミルフィーを選んだんだから、絶対に幸せにならんきゃだめなんだからね!! そして、その幸せになった二人が羨む位の幸せを私が掴むんだから!!












現在エルシオールは、惑星フリードの軌道ステーションでの補給を終えて白き月に向かっている。クロノドライブ中であるため、クルーたちは最低限の人員を除き英気を養っていた。後数度のクロノドライブを終えれば、エオニアと直接ぶつかりあうことは明白だからだ。そんな中ラクレットは、クレータ、レスターと共に格納庫の一角に居た。


「それで、『エタニティ-ソード』について報告があるって言ってけど何かしら?」

「あ、もう少し待ってください。いまリミッターを外しますから」


先の戦闘の後、紋章機の背に発生していた翼は消えてしまったが、それぞれの紋章機がパイロットの癖などに最適化した。同じく『エタニティーソード』もその現象が起きており、より操作性が上がった。『エタニティーソード』が展開していた翼も、エンジェル隊の紋章機と同じタイミングで消失し、クレータは今日まで原因を探っていたが、結局白き月に着くまで何も出来ないという結論に落ち着いたところだったのである。そんな中報告があるから来て欲しいとラクレットに言われたのだ。
一方、レスターがここにいる理由はつい先程タクトの代わりにブリッジに詰めていた彼の所にラクレットが来てこういったのだ。


「もしかしたら、『エタニティーソード』の翼を展開させることが出来るかもしれません」


それを聞いたレスターは、一先ず格納庫に駆け足で駆けつけたのである。


「よし、リミッター解除。『H.A.L.Oシステム』起動、出力を最大に設定、フェザー展開!!」


ラクレットがコンソールでの操作を終え、そう宣言した途端、『エタニティーソード』の背部からわずかに黒い翼が生えた。あまりに想定外の事態に、言葉を失うクレータ。一応聞いてはいたものの、それなりに驚いているレスター。

「…………ッ!! エネルギーカット!! リミッターを掛け、セーフモードに」

数秒膠着が続いたものの、この事態を破ったのはラクレット本人だった。彼の額には珠のような汗が浮かんでおり、激しい苦痛に耐えている世にも見える。突然声を上げた為か他二人の視線は彼に注がれている。彼もそれに答えるかのように口を開いた。


「やはり、僕のこの機体は、単純に膨大なエネルギーを与えれば良いだけのようです」

「他の紋章機では無理だったのに……というか、リミッターって言ってたわよね、ソレは何?」


「まだ僕が幼い頃に、機体の負荷が急速に増す、駆動部操作装置停止操作(Engine Control Unit Disabled Maneuver)状態に成らないようにつけました」


一応最初に『エタニティーソード』について報告した時、リミッターがかかっているとは報告している。しかし詳細には言ってなかったのである。戦闘機に出力リミッターをかけるのは、消耗を抑える、安全性を考える上では一般的なので、あまり特別視されていなかったのだが。



「……そうだったの、にしても本当に規格外ねこの機体」


驚きつつも、普通に納得するあたり、彼女もずいぶんとなれてきたようだ。その会話が途切れつと、次はレスターが口を開く。


「それで戦闘中は使えるのか? 随分と体力を消耗するようだが」

「はい、前回出した時のように機体を動かしていればおそらく。やはり、戦闘中のテンションが必要なのでしょう。それでも短時間にせざるを得ませんが」

「……そうか。手札にするには重い。切り札だな」

「でもこれで、希望は見えてきましたね。エンジェル隊の紋章機の翼、エタニティーソードのECUDMD、そして、詳細は不明ですがエルシオールの追加兵装、この三つの戦力上昇があれば、あの黒き月にも」

「ああ、絶対ではないが、運用次第では大きな力になるだろう」


実を言うと、ラクレットはこの時半分程度しか本当のことを言っていない、まずリミッターについてだが、コレはエルシオール着任時点でその気になれば翼が生えるという事実を整備班から隠すためにつけたものだ。実際に性能は落ちており、パーツへの損耗が減っているのも事実だが。厳密な目的は性能の隠ぺいである。
そして翼を出すこと自体は簡単であるが、これは他の紋章機と同じものでは無い。詳しい事は省くが、エンジェル隊の紋章機は『A.R.K』というシステムを起動させると出るもので、これにより『ARCH』というエネルギーが使えるようになるのだ。故に先の『ネガティブクロノフィールド』下において戦闘可能だったのだ。
だが『エタニティーソード』の場合は単純に出力を上げるためのモノでしかない。というより、実質的に現在は単純な視覚効果しかないといっても良いのだが、コレは侮れないもので、「翼が生えるとなんか強くなる気がする」とパイロットが思う事により、実際に『H.A.L.Oシステム』から導き出されるエネルギーの量が増えるのだ。ちなみに『エタニティーソード』が先の戦闘で動けた理由は紋章機や、エルシオールの発生させた『ARCH』により、周辺宙域の『クロノストリングエンジン』が活性化したからだ。彼がしたのはあくまで便乗である。
ラクレットが理解しているのは、紋章機とは微妙に別のシステム動いてる。自分のは元のエンジンを強化するためのもの。やっぱり、それなりに疲れる。程度である。翼を出すこと自体には全く制限が無い、だが、翼を出している間は全力以上のエネルギーが出る。難易度は低いが効果もそれなりの技といった所が。
例えるのなら通常の状態を全力疾走として、紋章機は強烈な突風が後ろから吹き付けている状況。『エタニティーソード』は猛獣に追いかけられ命の危機が迫っている状況だ。パワーアシストはない物の、早くなることはあるであろう。
今回彼が行った、翼を少しだけ出して苦しむふりをする。それは、自分が戦闘で短時間に限り、先の戦闘と同等の力が出せることを伝えたかった。だが、そう乱発できるものではなく、加えてあまりにも精通していると不自然に思われる。と考えた彼なりの苦肉の策だ。今まで出していなかったのに、なぜエンジェル隊にあわせて出したのだ?と聞かれても困るからでもある。
実際は翼を出してもそこまで苦しくなるほどではなく、疲労感が増す程度なのだが、彼は今遅効性の下剤を飲んでいる。準備痩せttぃんぐに時間を掛けていたのは、効果が発動するまでの時間稼ぎだったのだ。額に汗を書いている理由はソレだ。ちなみにこの薬、元々は便秘解消薬である。


「それでは、これで僕は少し部屋で休んでいます」

「ああ、クロノドライブが空けるまで、英気を養っておけ」


その後ラクレットは二人の目が届かなくなった途端に早歩きで去っていったのは完全な余談である。







「私タクトさんと一緒にいられません……だってタクトさんが不幸になっちゃう」

「待ってくれ!! ミルフィー!! 」

一方その頃タクトは修羅場(ラブコメ)っていた。
時計の針を少し戻そう。
レスターにブリッジを任せたタクトは、ミルフィーと二人で銀河展望公園にいた。二人とも仲良く、それはもう楽しげに仲睦まじい様子で、散歩などとしゃれ込んでいたのだ。しかし突然の空調システムの不調が原因で公園が閉鎖されていたというのに、様々なマシントラブル、ヒューマンエラーなどの偶然が重なり、入ってしまっていたのだ。その二人が『偶然』入った結果、『偶然』壊れていた空調からエアーが漏れ始めてしまい、後一歩で死ぬような目にあってしまったのである。
それを自分のせいだと感じたミルフィーは、先程体をぶつけてうまく動けないタクトを置き去りにして、走り去ってしまい、彼はその場に今一人で佇んでいる。説明するならば数行で終わるが、タクトたち当人にとっては笑えないほどに深刻な話である。


「このままじゃだめだ、急いでミルフィーを追いかけなきゃ!! 」


我に返ったタクトは痛む体に鞭を入れて走り出す。ミルフィーの姿が見えなくなってから、まだそんなに時間がたっていないから近くにいるはずだ。と自分に言い聞かせることで、だんだん何時もの余裕が出てくればいいなと考えながら。


「まずは……ティーラウンジだ」


タクトは近くのエレベータに入りボタンを押すとそう呟いた。閉じてゆく扉の隙間から覗く、彼の表情はいつにもまして神剣で、何時ものとのギャップで違和感があったと。そこを通りがかったスタッフは残している。


一方、なんとか腹痛が治まったラクレットはクロミエと二人でティーラウンジの奥の方に居座っていた。現在ティーラウンジには、彼ら以外の人入りは疎らだ。入り口近くではランファが雑誌を読んでおり、そこから少し離れたところで、二人の女性クルーがケーキに舌鼓を打っているがそれだけだ。がらんどうとしたティーラウンジの中で、あえて奥の方に座っている彼らだが、不思議と目立つような雰囲気はなかった。
彼ら二人の間にはコーヒーカップが二つと芋羊羹の乗った皿一枚しかなく、二人は向き合って何かを話すような姿勢で座っていた。コーヒーは普通に注文したものだが、芋羊羹は前回の補給の時に購入したものだ。『Imo-chou』という和菓子屋で、なんでも芋羊羹を作らせたら皇国一の主人が作ってるものだそうで、ラクレットは迷わず購入してしまったのである。


「……コレ食ったら、大きくなれたりするのか?」

「どうしましたか?」

「いや、なんでもない」


自分の独り言がクロミエに聞こえていて、どこと無く恥ずかしい気分になった彼はすぐに誤魔化した。その様子にクロミエは一瞬怪訝な表情を浮かべたものの、気にしないことに決めたらしくコーヒーに手を伸ばし口を開いた。


「……それで、うまく言えたんですか?」


急にそう切り出したその眼は真剣で、ラクレットは思わず一瞬息を止めてしまった。あの夜のことを思い出してしまうのだ、クロミエのその真剣な目は


「……ああ、お前のおかげでな」

「それはよかった」


一瞬の間をおいてそう答えたラクレットに、クロミエは何時もの柔らかな笑顔で答えた。


「それで、これからはどうするんですか?」

「もちろん皆のために出来ることをやるよ。僕のできる限り」

「それじゃあ、あれはどうします?」

クロミエはそう言って入り口の方を指差した。

ランファの座っているテーブルに大きな振動が伝わり、何かと思い彼女が顔を上げるとそこにいたのはタクトだった。個人的にここ数日、微妙に避けているというか、あまり進んで会いたくない感じであったのだ。しかし、彼のあまりの真剣な表情を見て、それらのことが一瞬で抜け落ちてしまった。


「タクト? どうしたのよ。そんなに慌てて」

「ランファ! ミルフィー見てないか!?」


タクトの並々ならぬ気迫に押されつつも、とりあえず、質問の意図を考える。ミルフィーとは今朝朝食を一緒に食べたきりで、それ以来見ていない。そう確認したランファは口を開く。


「見てないけど、それが────「わかった、ありがとうランファ!!」────どうしたのよ、って……もう居ないし」


ランファの言葉に割り込みながら、礼だけを言って走り去るタクト。今の彼を止められるのは、それこそミルフィーのみであろう。


「はぁ、本当どうしよう」


その後姿を見つめながら、ランファは溜息をつく。


「やっぱりまだ、諦められないよ……タクト」




クロミエが指差した方向ではランファとタクトの一連のやり取りが行われている。それを眺めていたラクレットは、微妙にランファのリアクションが違うことに気がついた。別に彼は男女関係に極端に鈍かったりするわけでもないのだ、自分に関してはことさら鈍くなったりもしないのだ。逆に微妙に鋭かったりするので、気になった女の子を好きになる前に諦めたりもしている。空気は読めないが、なぜかわかってしまうのだから仕方がない。その姿勢がいずれ彼に大きな影響を与えるが、それはまた別の時に。


「あなたは、前にタクトさんが誰かを選んだらあとの女性たちはあっさり身を引くと考えていましたよね。あれは、イレギュラーじゃないんですか?」

「……むしろさ、そっちの方にこそ、疑問があったと今は思ってるわけよ。いやだってさ、そんなあっさり身を引くか? むしろこのくらいのことが普通なんじゃないの?」

「以前の貴方ならまた大騒ぎしてややこしくしていたでしょうね」

「そうかもな」


ラクレットは今さら、タクトの女性関連の事柄がどうなるかなど心配していなかった。成るようになるだろう。そのくらいしか考えていない。なぜならば、彼はこの艦のクルー全員に最大の信頼を置いているからだ。今までの自分でも、少なくともエルシオールクルーが致命的なミスや、取り返しのつかないヘマをするわけが無いという風に考えていたからだ。今になって、実は着任当初、自分は疑われていたという話を聞いても、それは仕方ないよねと納得が出来るのもそういう理由だ。
要するに、タクトならどうにかするでしょうという考えだ。責任転嫁ともいう。もちろん、途中で色々トラブルは起きるだろうが、最終的には成る様になる。主人公とか、オリ主とか、そういうものに囚われなくなった彼の新境地である。人それを、開き直りという。


「とにかく、しばらく静観しようぜ」

「そうですね」


そのように決めたが、現実はそうはうまく運ばないもので、数日後。



「本当に、どうにか成りませんの?」


ティーラウンジに入った途端に聞こえてきた声に思わずラクレットはその方向を見る。そこにいたのはミント、フォルテ、ヴァニラの三人で、どうやら今の発言はミントのもののようであった。その大きな声にラクレットは思わず声をかける。


「どうしたんですか? ミントさん」


今までならそのような行動をしなかったはずだが、案外あっさり出来るものだなと思いつつ、自然に彼女たちのテーブルに近づく。席の一つを指差して座って良いか許可を取ってからミントの向かい側に腰掛ける。


「あらラクレットさん。それがですね、最近ミルフィーさんがタクトさんを避けているのはご存知で?」

「はい、この前実際に追いかけっこをしているのを見ました、クロミエと二人で」

「それでですね、二人がうまく行っていないのはもちろん、それにつられるようにランファさんまで不機嫌に……」


ここ数日のタクトとミルフィーの追いかけっこは、エルシオールクルーに頻繁に目撃されている。そして、それに伴ってランファの機嫌が悪くなって行くのだ。傍から見ればどう見てもお似合いの両思いであるのに、ラブコメよろしく「私の近くに来ると不幸になる!!」「待ってくれ、話を聞いてくれ!!」とやっているのだ。その片方が親友で、もう片方が(元)思い人である、ランファからすれば果てしなく微妙な心境であろう。


「はあ、それで?」

「私たちにとっては、みんな大切な仲間と上官でありますから、どうにかできないかと、今話し合っているのですわ」


横に座っている二人を見ると、二人ともこちらを見て頷いた。ああ、本当にこの人達は仲間思いなんだなと改めて実感しつつ、ラクレットは尋ねる。


「それで、何か良いアイディアは出たんですか?」

「それが……」

「さっぱりでねぇ……」

「どうにかしてタクトさんたちが話し合える場所を作れれば良いとは思うのですが、その方法が……」


結果、三人とも沈んでしまった。苦笑しつつ、ラクレットはゲームだとどうなったかを思い出そうとするが、そのタイミングで大声が彼の思考を遮った。


「なによ!!ミルフィーミルフィーって!! 人の気持ちも知らないで!!」

「そんな……ランファ、オレはそんなつもりじゃ……」


瞬間、四人は立ち上がりティーラウンジを後にする。会計とかそういうのは後回しだ、この面子なら少々融通も利くからだ。急いで廊下に出ると、ティーラウンジの入り口近くの廊下で、タクトとランファが口論していた。

「私が、どういう思いでアンタ達を見ていたかわかる!?そんな私に毎回毎回会う度にミルフィーの事を聞くなんて、しかもうまく行かないからどうにかしてくれですって!!」

「ちが、違う。オレはそんな事……」

「違わないじゃない!!どうして……」

────わかってくれないの?


言葉にしていないがそう訴えているように感じた。そして、そこまで言うとランファは泣き崩れてしまい、すぐにフォルテとミントが駆け寄り助け起こす。そのままフォルテは、ランファを立ち上がらせ、肩を抱きながら前方の廊下へと歩き出す。最後に一度だけタクトを振り向き見たが、立ち止まらずにそのまま立ち去った。ヴァニラは、少し逡巡したが、二人についていった。
ミントは二人とは逆にタクトに向かって歩を進める。タクトは急転直下な現実と、自分が無意識に女の子を傷つけていたことに気づき呆然としていたが、ミントが近づいてきたことに気付いて体を強張らせる。本能的に彼女からの糾弾を予期していたからだ。
しかしその刹那、彼の体は予想外にも、真横からの衝撃により吹き飛び廊下に打ち付けられた。まず壁にぶつけた肩が痛み、つぎに張られた頬が熱く感じ、最後に頬の痛みが来たと、冷静に分析しているが、状況に追いついていなかった。
ラクレットが思わずタクトを一発ぶん殴っていたのである。横から、頬を全力で。レスター仕込みの腰の入った一発を。2人生で私的に暴力をふるったのは初めてであるが、躊躇と迷いが感じられない合理的に刈り取る一撃であった。


「……上官を殴ったので、営倉に入ってます」


無表情にそう言って、そのまま廊下を歩いて立ち去ってゆく。彼に合わせて野次馬が二つに割れ道ができた。そこを歩き立ち去ってゆく彼はどこか印象的だった。と野次馬の一人が残している。ちなみに、通常の軍隊だったら、即座に射殺ないし、拘束後事情聴取(意味深)コースであろうが、此処はトランスバール皇国軍エルシオールの中(治外法権)である上に、のちにこの騒動が収束してから事情を聴いたシヴァ女皇陛下からの下知により、ラクレットの経歴に傷がつくことも、タクトが殴られたこともなくなった。


「はいはい、皆さん解散してくださいまし」


ミントがそう言うと、野次馬は三々五々と散ってゆき、最終的にタクトとミントだけ残った。彼女は優しく微笑み、ハンカチを取り出すとタクトが殴られた場所に当てる。


「それで、頭は冷えましたか?」

「……ああ、ばっちり。自分がいかに情けないことをしてきたかわかったよ」


あとで、ラクレットにもお礼を言って、営倉から出さないとな。と呟きつつ、自嘲気味に笑うタクト。


「痛かったですか?」

「ああ、ランファのも、ラクレットのもね」

「……それはよかった。実は私も一発お見舞いしたかったのですが、ラクレットさんがアレだけやった手前、気が晴れてしまいました」

「はは、やっぱり?」

「ええ。まあどうやらあの方は、純粋に私と同じ動機ではないみたいですけれど」


急に和やかな雰囲気になる二人ミントは、ようやくどうにか成りそうですわねと考え穏やかに微笑む。


「こんな所にいてはだめでしょう?」

「そうだね。すぐにミルフィーの所に行きたい……でもそれじゃだめだ。俺が本気であることを見せなきゃ」

「それで、どうするのですか?」

「まずは、ここ数日レスターに押し付けていた仕事を片付けて、纏まった時間を作る。話はそれからだ」

「百点満点ですわ、ただ『逃げるから追いかける』のような男でしたら、駄目です。今は決定的な仲違いでは無いのですから、きちんと仕事をしてくださいな」

「了解」


タクトは、そう言って何時もの不敵な笑みを取り戻し、その場を後にした。今夜はよく眠れそうですわ、と彼女は思い同じくその場を後にした。


直、この日のエンジェル隊の会計は後にタクトに請求書が届いた。この日から、何かにつけて食事やお茶代をタクトが負担するという、彼にとって悪しき習慣が生まれたのであった。










「皆さん忘れているみたいですよ。まあ明日くらいにタクトさんに言って出してもらえるようにしますね」

「クロミエ……ありがとう」

「クロノドライブも一度終わるみたいですから、ちょうど良いと思いますし」

「そうだな」

「それで、どうして殴ったんですか?」

「いや、だって……」

「…………」

「なんか妬ましくて」

「予想はしてましたが、白き月まで入ってます?」

「ごめんなさい」



[19683] 第二十三話 白き月へ 前編
Name: HIGU◆36fc980e ID:fb84e1e6
Date: 2014/06/05 02:15



第二十三話 白き月へ 前編




ラクレットが無事に営倉から出られてから2時間ほどして、クロノドライブが終わり通常空間に出た。そろそろエオニア軍からの妨害も激しくなるであろうということで、ブリッジでは剣呑とした雰囲気が流れていた。
度々遭遇する、適当に配備してある程度の防衛線用艦隊程度では、そこまで苦労はしない。だが敵もこちらとの戦闘の度に、AIが成長するのか、徐々に動きが嫌らしくなってきているのは事実だし、敵にはまだシェリーやエオニアといった優秀な指揮官がいるのだ。
後、ヘルハンズ隊もいるが、あいつらはあまり問題視されていなかった。


「よし、アルモこの宙域をスキャンだ!!」

「了解しました」

「タクト、早く戻って来い、追いかけっこはもう終わりだ」

「わかってるよ。いま戻ってる最中だ」


タクトはクロノドライブが終わるぎりぎりまでミルフィーを追い掛け回していたが、今はブリッジに戻ってきている途中だ。仕事も終わらせていて、全力を出していたタクトは、後一歩の所までミルフィーを追い詰めたのだが(この書き方をすると何か別のようなものに感じるが)残念なことに、惜しくも時間切れであった。


「副指令、どうやら宇宙嵐が出ているみたいで、今一レーダーの感度がよくありません」

「この宙域だと、ルイーア星系の恒星か……こんな時に」


どうやら、天候は味方でないみたいだな。とレスターが思っている時。そしてタクトが廊下を歩いて居るタイミングで、突然強い衝撃がエルシオールを襲った。


「っなんだ!!」

「敵のミサイルです!! 出現時間を逆算されていたのか、ありえない速度で追突!!後続も来ます!!」

「くそ!! タクト早く戻って来い!! エンジェル隊とラクレットは格納庫に急げ!! 出動だ!!」

「わかった」


タクトは壁についていた手を放し、一気に駆け出した。しかし、そのタイミングで曲がり角からミルフィーが出てくる。一瞬だけ硬直するものの、そこはお互いプロだ。


「ミルフィー!!今は非常事態だ!! 急いで出撃するぞ!!」

「は、はい!!」


そう声を掛けると、二人は並んで走り出した。


「ミサイル来ます!! クルーは何かにつかまって、衝撃に備えて!!」


アルモの悲鳴のような叫び声が木霊する。その瞬間、二人のいる区画に偶然2発のミサイルが命中した。その場所は偶然シールドの出力が弱かったのか、ミサイルが貫通してしまったのだ。


「ミルフィー!!」


天地が判らなくなる様な揺れの中タクトは、並走していたミルフィーを庇うように抱きしめた。耳を劈くような轟音と共に衝撃が二人を襲う。


「タクトさん!!」


上か下かもわからないまま二人は、土煙の中に飲み込まれた。


その頃ブリッジでは戦闘時独特の喧騒に包まれていた。ミサイル迎撃のために先行している『トリックマスター』に指示を飛ばしつつ、レスターは先の攻撃の被害を尋ねた。襲撃の時、ちょうど格納庫にいたミントがすぐに借り出されたのだ。


「アルモ! 被害状況を」

「Dブロックに被弾した模様! 負傷者の数は不明です」

「救護班を急がせろ……クソッ! タクトはまだか!!」


幸いだったのが、数発のミサイルが来ただけでまだ敵艦の姿が見えないことだ。こちらの動きは封じられているが、差し迫った危機は無い。焦りを表情に出さないようにきわめて冷静にレスターは指示を飛ばす。悪態を吐くのは何時ものことだが。



「ココ、次のポイントまでの進路に敵が待ち伏せできそうな場所はあるか?」

「検索してみます、2分下さい」

「まかせた」


とりあえず次回のクロノドライブ開始地点へ向かうための進路にある、敵が待ち構えていそうなポイントを同時に検索させる。


「格納庫、他のパイロットはそろったか?」

「それが、ミルフィーユさんがまだ来ていません。他の方は何時でもいけるのですが」

「わかった、とりあえず発進させてくれ」


その間の時間に、格納庫に状況を尋ね、自軍の戦力を確認する。
とりあえずエンジェル隊4人とラクレットなら、現状問題はないであろうと一息つく。出撃してしまえば、超高速で移動しているエルシオールに、ついてこられる艦など、あまり存在しないので、敵の艦隊はそう多いものではないだろうからだ。もちろんそれが敵の戦略的な兵器────『黒き月』 などが出てくれば話は別だが。


「副指令!! ミルフィーさんと司令以外の人員は、全員無事を確認しました」

「先程のミサイルで一部区画が封鎖されてしまっている、そこにいるのかもしれない。救護班に通達しておいてくれ」


アルモからの報告を冷静に対処し、まだ予断ならぬ状況だというより、もしかしたら最悪の状況かもしれないことを認識する。ブリッジクルーの面々の表情も、どこか暗いものになってしまっている。


「そう心配するな、あの二人が一緒にいるんだ、タクトの馬鹿は殺しても死にそうにないし、ミルフィーの幸運もある。二人は必ず無事だ。信じろ」

「……そうですね」


こういうのは、俺の役柄ではないのにな。と考えつつも、もはや癖になってしまった、フォローを入れるという、日常タスクの延長を行う。そして自分の手元の回線を手に取った。


「ラクレット……最悪の場合は頼むかもしれない。タクトと連絡が取れない」

「……判りました。タイミングはお任せします」

「まあ、アイツに限って何かあるとは思えんがな」


そう告げたレスターは回線を切り、ココの方を見る大体2分ほど経過したからだ。


「検索結果でました、二箇所ほど候補がありますが……」

「両方に注意を払っておけ」


それだけ言うと、通信を切り目の前のスクリーンを睨む。この先に小惑星(アステロイド)帯に挟まれた宙域がある。艦影は無いが……


(俺ならそこに伏せる、戦闘機部隊は小惑星の裏に隠すのもアリかもしれない。敵は既にこちらのレーダー性能をある程度掴んでいるはずだ。戦艦サイズだと主機を落としても隠れることは出来ないのは念頭にある布陣になるであろう)


そんなことを思いつつ、その近辺を重点的にサーチするように指示しつつ、タクトを待つのであった。彼がここまで行動するのは、親友に可能な限り良好な状況で指揮を執らせる為なのだ。本人は認めたがら無いが。





「いててて……大丈夫かい? ミルフィー?」

「タクトさん……私たち、どうなったんですか?」


タクトとミルフィーの二人は、現状を確認する為周辺を見渡すが、周囲は薄暗い上に、いまだに砂埃が舞っており、視界はよくない。そんな中、かろうじて解ったのは、自分たちの左右にミサイルがそれぞれ一発ずつ横たわっており、ミサイルにはさまれる形になっているということだ。


「ミサイルはぶつかったけれど、爆発はしなかったみたいだね……運がよかった」

「…………」


タクトは安堵しながら、そう呟いただけだったのだが、ミルフィーは黙り込んでしまう。俯いて、こちらを見ようとしないミルフィーを怪訝に思い、声をかけるものの、無反応だった。


「ミルフィー? どうしたんだい?」

「……私……わたしのせいです!!」


そんなことはない。と思わず叫びそうになった。だがミルフィーの真剣な顔を見てしまうと、その言葉は喉で融けてしまう。両の瞳から、はらはらと涙が零れ落ちているのだ、その涙を見るとタクトは、それだけで胸が苦しくなり何も言えなくなってしまう。


「私が、こんな運を持っているからです。こんな運があるから何時も変なことがおきちゃう……こんな運欲しくなかった」


そこまで言うと、完全に俯いてしまい、くぐもった声で呟く形になる。しかし、タクトには何を言っているのか、よく聞き取ることが出来た。


────普通の女の子に生まれたかった。


この言葉が、彼女にとってどれほど重いものなのか。一瞬、その途方の無さに言葉を失ってしまう。同時に彼の中に一つの確信が生まれる。それは、今までもあったものだが、大きくなった……いや強固に成ったというべきか。


「そうだね、普通の運の普通の女の子のほうが、良かったかもしれない」

「……」

「でもね、普通の運の女の子だったら、エンジェル隊の皆にも会えなかったんだよ?」

「それは……」

「それに、オレはミルフィーが、ミルフィーだからキミに会えた」


ミルフィーの顎に手を合わせ、少しだけ力を加えると、彼女は彼の方を向く。話を聞いてくれていることに、少しだけ安堵しつつ、彼はそのまま続ける。


「それに、こんなにいろいろ事件を起こしちゃう女の子なんて、一生退屈しそうにないよ。毎日ドキドキで楽しい」


顔を寄せ、優しく囁くように、そう呟く。自分の本心を確認しつつ、絶対に嘘を紡がない様に。誠意とそして好意が誤解無く伝わるように。


「エルシオールに来てから、毎日がお祭りみたいに楽しかった。そりゃ、戦争中で大変だったけど。ミルフィーと一緒にいると、オレは楽しいんだ」

「タクトさん、でも……」

「どんなことが起こっても、オレとミルフィーなら平気さ。オレが絶対に何とかする。現に今も、ミサイルに挟まれているけど、死んでないじゃないか」

「……」

「ミルフィーじゃないとオレはだめなんだ。すごい運を持っているけど、笑顔が可愛くて、とっても家庭的な、可愛い女の子。そんなキミにオレは────恋をしたんだ」


いままでいろんなタイプの女性にちょっかいを出してきた彼だが、ある意味でミルフィーに対しては初恋だった。ここまで夢中になったのも初めてだし、なんでもしてあげたいと思ったことは今まで無かったのだ。話す度に好きになり、知るほど夢中になった。背中を預けるのも、預けられるのも、それが彼女の信頼を感じ取れて幸せになれた。


「だから、オレの傍には居られないなんて悲しいこと言わないでくれ。自分の運が無かった方が良い何て言わないでくれ」


そう言ってタクトは右手でミルフィーの肩をそっと抱き寄せ、頭をなでた。なすがままにそれを受け入れているミルフィーは、今言われたことを反芻している様子。リアクションらしきリアクションは無い。


「これからも、オレの傍にいて欲しいから」

「……タクトさん……私……」


その時、二人の頭上で瓦礫の崩れる音と共に、光が差し込んだ。
二人がつられてそちらを見ると、何とか人が一人通れそうな隙間が出来ていた。


「おい!! 無事か!?」

「……さて、行こうか。返事は後で聞くから」

「はい!!」


ミルフィーは満面の笑みで力強くそう答えた。







タクトたちが瓦礫の中に居る間、エルシオールに5機の戦闘機が接近していた。いわずもがな、ヘルハウンズ隊である。


「くそ、あいつらか。機体だけとは何が狙いだ……まあいい、ラッキースターを除く全機で迎え撃ってくれ。ラクレット、お前は時間を稼ぐだけでいい」


レスターがそう指示とすると同時に、戦闘機が此方を誘うように大きく旋回してからエルシオールに向かってきた。エンジェル隊もそれに答えるように、各々の相手に攻撃を仕掛けた。通常なら各個撃破で行くのだが、ミルフィーがいないので攻撃力に不安がある今は、時間を稼ぎつつ確実に削るのが最善だった。そんな中、ラクレットの相手をさせられている、カミュから通信が入る。


「おや、ボクのミルフィーは何所に行ったんだい?」

「何時から彼女は、貴方のものになったんですか? 銀河をかける風の人」

「そういうキミは、何時もの特攻馬鹿じゃないか? 今日は艦の周りで皆に守って貰わなくて平気なのかい? 」


ラクレットは切り返すと同時に、敵の懐に潜り込もうとするが、カミュには通じず、ひょいと華麗に躱されてしまう。カミュはそのままクルクルと、急降下をするように機体を動かすと、あっという間に距離をとり、『エタニティーソード』をロックし、即座にレーザーを放つ。ラクレットは慌てて機体のブースターを全開にし、機体を右に滑らして回避するものの、カミュの優雅なそれと違い、ギリギリなものだった。
その荒々しい動作のせいでぶつけてしまったのか、ラクレットは両の頬と手の甲に少しばかり痛みを感じた。


「まったく話にならないね。マイハニーじゃないと僕を楽しませてくれない」

「アンタを楽しませるために戦っているわけじゃないんでね」

「ふん。君達兄弟は、悉く面白みというものに欠けるね」

「……戦闘はパーティーではないもんで」


ラクレットの機体の最大の強みは速度と攻撃力だ。リーチは短いものの、一撃の威力は高く、それなりの装甲を持っているので、相手の懐に飛び込んで一太刀を浴びせるのが基本だ。しかし弱点もある。動きが『相対的に』鈍重かつ的の大きい戦艦には強いものの、すばやく小さい戦闘機のような敵には壊滅的に相性が悪いのだ。無人機ならば、時間をかければ比較的落とせる。しかし有人、しかも熟練パイロットが乗っているのならなおさらだ。
エネルギー剣のリーチは、ある程度なら伸ばすことが出来る。実戦を経た結果、顕在エネルギー量が増加し、長さが伸びてきた。それはつまり、戦闘中に保てる長さが伸びたということだ。
通常時は兎も角、その気になれば一瞬10kmを超える剣を作れるが、その瞬間エネルギーは枯渇し、エンジンは停止してしまうであろう。戦闘中の移動に割く分などにも分けると、現状今の50m前後が限界なのだ。
射程50mというのは40万km四方の戦場において0に等しい距離だ。ヘルハウンズ隊の戦闘機の射程は3000kmといった所で、6万倍の射程差がある。これは白兵戦で考えると異常さがわかるであろう。ラクレットが素手ならば、相手は50km先から攻撃できるのだ。火力自体は同じなのだが、東京にいる素手のラクレットが鎌倉にいる敵と格闘を行おうとしていると思ってほしい。鎌倉にいるカミュは自身の部下(鉄砲玉)を送り込むができる。何が何だかわからない差だ。ちなみに移動速度はスペースシャトルの地球突入時の速度程だ。あーもう縮尺が滅茶苦茶だよーこれ。


「にしても、ちょこまかと鬱陶しいものだねぇ!」

「ディフェンスには定評があるものでね!」



お互い、移動速度はかなりの物であり、加えてラクレットの方が1周り上だ。自分から攻撃を仕掛けようとしなければ、機体の性能の差で簡単に回避することは出来る。もちろんよほどヘマをしない限り、攻撃が当たらない敵と。普通に避ける分には、回避が出来る自分とでは、長い時間で見ればあまりに不利だが。
だが、戦闘は一人でするものではない。そんな感じで戦闘が硬直し10分ほど続く間に、ヘルハウンズ隊の中から一人、二人と撤退するものが出てくる。コレはひとえに『ハーベスター』の特殊兵装である『リペアウェーブ』によるナノマシン散布により、一度エンジェル隊とラクレットの機体ダメージが修復されているからだ。手の空いたものが、他の者を手伝いつつ、着実に数を減らしている上に、敵もある程度の損害を受けると撤退している。既に勝利への道筋は整いつつあった。
しかし、戦況はそこまで素直ではない。平等にひねくれるものだ。3機目が撤退し、そろそろ勝敗がつくであろうとレスターが確信した時、それは起こった。


「副指令!! 前方10時の方向と1時の方向に敵艦を発見しました!! 此方に高速で接近中です。距離は7000!」

「何!?なぜそこまで接近を許した!」


ブリッジに驚愕が走る、そのポイントはまさにレスターが先程警戒するように指示を出した所だったのだから。クルーの視線をいっせいに集めるココは愕然とした表情でレーダーを見つめる。


「わかりません、レーダーの注意は万全でした」
「副指令、通信が入っています」

「クッ!繋いでくれ」


レスターはそれだけ言うと目の前のウィンドウを睨む。そこに移っていたのは左の頬に傷のある麗人。エオニアの腹心中の腹心のシェリー・ブリストルだった。


「久しいわねエルシオール。どうかしら? ウチの科学者が作った、レーダージャミング装置は? 」

「……バカな、付近にそんな高度なジャミング装置を積んだ艦は……まさか!! 」

「察しが良いわね、超小型化に成功したのよ。コレの換装の為に、前回の戦闘で彼らは参加できなかったのだけれどね」


前回のファーゴでの黒き月による攻撃時、エンジェル隊の足止めとしては最適のカードを切ってこなかったことに対して、レスターとタクトは一度考えをめぐらせていた。しかし、そのような事実があったのだと知ると、まさにあの戦闘を犠牲にしてもつける価値のあるものだったと評価できよう。
現に今、エルシオールは多数の敵艦に接近を許している。最初のミサイルによる撹乱も、恐らく格納庫あたりを狙ったものだろう、そして、此方が時間を稼ぐような状況に誘い込み、これ見よがしにヘルハウンズを先行させた。彼らの独断専行に見える突出は、エルシオールからすれば何時ものことなので、特に疑問に思わなかったが全てが敵の接近するまでの時間稼ぎだったのだ。


「この宙域の宇宙嵐は……」

「それが、今回のジャミング装置よ。相手に宇宙嵐と誤認させる新しいタイプのね」

「……完全にしてやられた。これじゃあ、また士官学校からやり直しだな」

「あら? 首席の貴方が、経験も豊富で、なおかつ元首席の私に敗れるのはおかしくないわよ? 」


皮肉げに笑いつつそう答えるレスター。しかしそれは一種のポーズだった。先程から背後から廊下を全速力で駆けてくる靴音が聞こえるのだ。残念ながら自分は敵との知恵比べで敗れてしまったようだ。
だが、いやならば、親友に仇をとってもらえば良い。親友が戦える環境をそろえることには失敗してしまったが、到着までの時間は何とか稼いだ。士官学校では可がもらえる程度の成績結果だろう。そして今は実戦だ。良の条件は1つだけ。作戦目標の達成だ。


「それじゃあ、オレよりも下の成績で卒業した、うちの司令官とお相手頼む」

「ようレスター、苦戦してるみたいじゃないか?」

生き残り、勝利へのチャンスを残す。タクト・マイヤーズの帰還は成り、戦闘は第2Rに移行する。










[19683] 第二十四話 白き月へ 中篇
Name: HIGU◆36fc980e ID:fb84e1e6
Date: 2014/06/07 13:54

第二十四話 白き月へ 中篇

────タクトさんは私じゃないとダメだって言ってくれた!


ミルフィーは格納庫に向かって走っていた。エルシオールの戦闘中のピリピリとした空気が、とても爽やかなものに感じる。体はとても軽く、陳腐だが何所までも走って行けそうな気がする。そんな最高のメンタルで彼女は格納庫に続く扉をくぐる。


────タクトさんは私に傍にいて欲しいって言ってくれた!


整備班のクルーが、やや驚いて出迎えるのを横目に『ラッキースター』に向かって突っ走る。そのまま飛び乗り、『発射』シークエンスに入る。その異常なまでのスピードに、整備班は困惑しつつも、それに答えるようにハッチを開放させた。


────タクトさんに早く会いたい!! もう一回会って、私の答えを伝えたい!!


アームから離され、『ラッキースター』が銀河の海に乗り出す。背後に天文学的なエネルギーが集まり、圧倒的な初速で滑りだした。


────そのためにも、この戦いを終わらせるんだ!!


「ハイパ━━━ッ!!キャノン!!」


乗る前からテンションが最高だった彼女は、搭乗4秒後に特殊兵装『ハイパーキャノン』を発動させた。『ラッキースター』の前面の砲門からありえない太さのビームが放射される。その光は、敵が先行させていた、自爆特攻目的の爆薬搭載済み無人艦隊を包み込み 跡形も無く消し去った。


「こちらに接近していた無人艦隊の第一陣消滅しました」

「みんな、遅れてすまない。これからは俺の指示で動いてくれ」


ブリッジに現れたタクトは服が全体的に煤で汚れて黒ずんでおり、髪も何時もに比べてボサボサに成っていたが。纏っている雰囲気、気迫は何時も以上であった。


「……タクト・マイヤーズ、どうやら生きていたようね? 」

「ああ、おかげさまで絶好調さ、オレもミルフィーも」


先のミルフィーの一撃は、見事にシェリーが自爆目的で接近させていた艦を、全て沈めることに成功している。彼女の仕掛けた策は最後の最後で阻まれてしまった。


「さて、最終通達だけど。オレたち急ぐから、大人しく引いてくれないかな? 」

「あら、せっかくこんなにたくさんでお出迎えしたのに、出会い頭でその言い草かしら? 」

「こっちにも事情があってね、戦闘なんてしている場合じゃないんだ」

「そう……それならば直の事、ここを通す訳に行かないわね。覚悟しなさい! エルシオール!! 」


そういうとシェリーはつないでいた通信を切る。無人戦艦の自爆によりエルシオールを沈めることには失敗したものの。いまだにそれなりの戦力を保持しているのだ彼女が此処で易々引き下がる訳は無かろう。さらに奇襲も成功しているために、単艦を多くの高性能の艦で囲むことにも成功している。この場で彼女が引く選択肢はなかった。


「レスター、敵の構成は?」

「敵の旗艦と思われる高速戦艦が1隻に、高速突撃艦が8隻、ミサイル艦が4隻だ」

「うーん、それじゃあミルフィーがミサイル艦4機を沈める間に、ほかの皆で突撃艦の相手をしてくれ。ラクレットは余裕が有ったら旗艦まで近づいてみてくれ」

「……今さっき裏をかかれたばかりの俺が言うのもなんだが、そんなアバウトな作戦で良いのか? 」


タクトの作戦というよりは、方針と思われるそれに疑問を挟むレスター。今までの戦闘も大体このような感じで何とか成ってきたが、相手があのシェリーでも良いのかということだ。実際、前回のシェリーとの戦闘はかなり苦戦したものになった。援軍が間に合ったので助かったが、保有戦力のみではあの後敗北を喫していたことは想像に容易い。


「まあ、見ててよ。今の『ラッキースター』の性能は凄い事になってると思うから」

「……わかった」


そしてレスターは目にすることになる。銀河最強戦力と呼ばれることになる、『ラッキースター』の曲がるビームというものを。すれ違いざまに一撃を落とし、そのまま反転しタクトの指示したタイミングで放たれた『ハイパーキャノン』は敵残存勢力の5割を削ったのだ。あまりの壮絶な戦火に、タクトとミルフィーの二人を除くこの場に居る面々は空いた口がふさがなかった。






「っく、あの紋章機の性能を見誤ったか……」


『ラッキースター』から放たれた2度の高出力長距離ビームにより、エオニアから預かった戦力の殆どが薙ぎ払われてしまったシェリーは、自責の念や怒りが混ざった複雑な表情で、モニターを見つめていた。紋章機の性能には余裕を持って見ていたつもりが、殆ど何も出来ないうちに、こちらの戦力は頭数ですら劣る程度にまで減らされてしまった。


「せめてこの情報だけでも」


とシェリーは、戦闘データを付近の宙域の無人艦に送る。現在、エオニア軍が持つ情報伝達手段は、無人艦を中継器代わりにすることで、安全かつ高速に情報を送ることが出来るのだ。この伝達ネットワークシステムは、皇国の現状の星を経由する物よりも広範囲を素早くカバーしている上に、無人艦ゆえにコストも建造費程度しかかからず、この後の銀河において、無人感を武装無人衛星にし軌道力をオミットしたものに置き換え普及していくものである。
閑話休題、その優秀なネットワークにより、数秒の後転送完了の文字が出る。そのメッセージを消すと、自軍の残り戦力────といってもこの艦と高速突撃艦2隻だが────に指示を入力する。損害部を切り離し、エルシオールへと突撃せよ。と


「エオニア様……貴方に御仕え出来て光栄でした。皇国を追放されたからの生活も悪くありませんでしたよ」


そういってシェリーは穏やかに微笑む。エオニアと、自分を含めて両の指に満たない部下だけで皇国外をさ迷ったこと。道中たびたびカマンベールが変な発明をして、騒動を起こしたこと。そして黒き月を発見し、無人艦製造の為に資源惑星を探し回ったこと。全てが臥薪嘗胆の時期のはずが、充実はしていたこと。そう、悪くなかったのだ。ここでエルシオールを滅せれば、事実上黒き月に勝てる戦力など存在し得ない。つまりはエオニアの完全勝利となる。


「ですから……最後にこの命と共にエルシオールを!!」


シェリーは2隻の高速突撃艦を上手く盾代わりにして、エルシオールに特攻を仕掛ける。エンジェル隊の紋章機達は慌てて突撃艦を落とそうとするものの、『ラッキースター』はまだ遠く。それ以外の紋章機では破壊に時間がかかるようで、本命であるこの艦に割いている戦力はなかった。
エルシオールとの距離が1000ほどになったタイミングで、突撃艦は沈んでしまうが、彼女の旗艦である高速戦艦はまだ健在で、すでに幾許も無くエルシオールにぶつかる距離だ。エルシオールも意図に気付いたのか、進路を急激に変更しようとしているが、既に遅い。
紋章機が攻撃を仕掛けているが、砲門の損耗や残弾を度外視の全力火器で牽制しているからか、取り付けずにいる。
『ラッキースター』もさすがに3発目のビームは撃てないようで全力でこちらに向かっているが間に合う距離ではない。

シェリーは最後に、自爆シークエンスを発動させる為に、ウィンドウを操作する。3つほどあった警告を無視し発動の許可を出す。
このコマンドにより、『クロノストリングエンジン』を開放し周囲を巻き込む爆発を起こそうとした。しかし、ここで予想だにしない事態が発生した。脳内に入っているマニュアルの通り操作し、最後の『クロノストリングエンジン開放』を選択し許可を出したが、自爆シークエンスに移行しないのだ。


「何が起きている!! っく、時間はないのだぞ!! 」


彼女が狼狽していると、突然スクリーンの右下に突然ウィンドウが開き、何故かそこにカマンベールの顔が映った。


「コレを見ているっつーことは、お前自爆しようとしてるんだろ。全部自分の出来ることはやったのか? 死ぬことで楽になろうとしてねーか? 」


どうやら、強制的に再生される、自爆抑止装置のようだ。こういったセーフティーはあるべきなのだが、現状と照らし合わせると致命的な隙に成りえる。余計なことを!! と思いつつ、ウィンドウを閉じようとするものの、操作を受け付けない。おまけに『クロノストリングエンジン』への指示も阻害されている。


「余計な真似を!! 」

「まあ、待て。苛立っているか、焦っているかのどちらかだろうから言っておく。コレはカウントダウンというか、開放へのシークエンスに必要な時間を使っての再生だから気にするな。このメッセージが終わった後、開放って出たのを押せば即ドカン!! キャンセルを押せば一時的にエンジンを停止する」


こちらの思考を読んだ様な言い草に、一瞬驚きを覚えつつ、それならば良いがと思い直す。確かにクロノストリングが臨界を迎えるまでには時間が必要だ。それを失念する程自分は焦っていたのかもしれない。カマンベールがその言葉を言い終わったと共に、右上に90secという表示が出て、そのままカウントダウンを始めた。そのくらいの時間なら持ちこたえられるなと一瞬で被害状況を計算し画面に目を戻す。


「また、既に脱出している可能性も踏まえて、30秒以内に選択しない場合もドカンってなるからな」


それと同時に90secの下に30secという表示が出た。脱出だけなら、ブリッジ床のハッチから、直接脱出艇に乗るだけで10秒とかからない、脱出艇の発進シークエンスも、自爆を起動させた時点で即終わるようになっているのだ。そう考えるとずいぶん余裕のある時間だ。
シェリーは最後だし付き合ってやろうという気持ちで、画面を見つめる。なにせ、この戦場で脱出艇に乗って離脱しようなどすれば、良くて撃墜、最悪の場合捕虜になってしまう。


「さて、オレから言えることは、最後まであがいてこその軍人だぞー。ぐらいしかねーし。本題に入るぞ。実は前に、お前が簡単に自分を犠牲にしそうだって、報告したことがあってだな。その時に、死ぬ直前にしか流さないと言って、エオニア様にメッセージを残して貰っているんだよ、お前宛に。つーわけで再生します。言っておくが俺は見てないからな。それじゃあ」


それだけ言うとカマンベールの姿は消え、別の映像に切り替わる。
そこにいたのは神妙な顔つきでこちらを見ていた彼女の主────エオニア・トランスバールだった。まさかの事態に狼狽するシェリー。しかし彼女を無視して画面の中のエオニアは彼女に話かける。


「……まずは言っておく、お前のことだから最善を尽くした上での選択であったのだろう。万感の思いを込めてこの言葉を送ろう、お前がいなければ、余は此処まで来ることができたかも判らない。誠に大儀であった」

「身に余る言葉、ありがたき幸せ」


シェリーは画面に向かって頭をたれた。最後に主君からの言葉を授かれるなんて、それが映像だとしても、自分は満たされていた。と改めて感じ入る。そのまましばらく無言の時が続く、右上のカウントが45secになったあたりで再びエオニアが口を開いた。


「……此処から先は、お前の決意に水をさすかもしれないが、それでも余の本心だから言っておこう……シェリー、死ぬな。なんとしても生き延びて、余の元へ帰って来い」


突然の言葉に完全に思考が停止してしまう。もちろんこの言葉がかかることは予想していた、それを振り切るつもりでいた。だが、エオニアのあまりの真剣な眼差しで見つめられそのようなことを言われた彼女は、頭の中が真っ白になってしまう。


「お前には、まだまだやってもらわねばならない仕事が多々ある。戦後の管理など、全く役に立ちそうが無いカマンベールだけでは不可能だからな。政ができる人員は非常に希少だ」

「で、ですが……私がここでエルシオールを撃つことで、エオニアさまの勝利は磐石のものになるのです」


咄嗟に言葉を返してしまうシェリー。彼女の中では完全にリアルタイムでエオニアと会話していた。映像だという事すら忘れているのだ。


「それに……余も結局は人間、寿命でいずれ死ぬ……この正統な皇家の血筋を絶やすことも出来ないのだ。叔父上の霊を考えるに、早急に余の血を引く後継者は必要だ。父の様にならぬよう早急にな」


今度こそついにシェリーは完全に放心してしまう。カウントは刻々と刻まれついに20secを切る。


「……それでは、そろそろ時間も無いようだ…………とにかく最善を尽くしてくれ、そして何れにしても余に顔を見せてくれ、それが数日後か、余の死後になろうともな」


映像はそこで終わりカウントが終了する。同時に二つ目のカウントが始まり、画面中央に『開放』『キャンセル』の二つのウィンドウが現れ、選択を迫ってくる。文字数のため当たり前なのだが、『キャンセル』のほうが大きく表示されているのが、ひどく彼女の目に映る。
震える手を伸ばすも、どうしてもウィンドウの手前で止まってしまう。先程までは、一切のずれが無かった自身の心の一貫性が、揺らいでいるのか、動きを止めてしまったのだ。

そして、彼女が躊躇してしまったその瞬間、艦に大きな振動が走る。目を艦外カメラを移しているスクリーンへと向けると、この艦を正面から黒い戦闘機が受け止めていた。その背後には大きく力強く黒き翼が羽ばたいており、両の手が握っている巨大な剣を交差させこの艦の進攻を阻んでいる。
ONにしてある、広域通信チャンネルから ────急いで止めをさしてください!! と叫ぶ少年の声が聞こえた。


「まったく……本当にヴァルターは私の邪魔をする……」


カウントは15secを切り、アラーム音がブリッジ大きく響き渡る。緊急用の赤いライトが点滅しまさに非常事態だということが判るのだが、彼女は動けずにいた。伸ばした右手は幾許か右に動かすことも、左に動かすことも出来ない。


「エオニアさま……私は……」


10,9,8……と着々とカウントされる中彼女は最後にそう残し





紋章機の集中攻撃によるダメージで艦と共に宇宙へと消えた。







「タクトさん!!」

「ミルフィー!!」

戦闘終了後、格納庫ではちょっとしたラブロマンスが繰り広げられていた。先の戦闘でフェザーを展開しつつ、エネルギー全開での駆動をしたラクレットは、どうにか疲れた体を引きずって格納庫の出口までたどり着いていたのだ。正直立っているのが限界なのだが、好奇心が先立ち手ごろな壁に寄りかかりそれを見物することにした。


「タクトさん……私、貴方に凄く伝えたいことがあるんです」

「なんだい、ミルフィー」


完全に二人の雰囲気を作り出している二人、そしてそれを眺める整備班のクルーたち。彼らにも仕事はあるのだが、今は手を休めて野次馬の一員を構成している。


「さっき、二人で閉じ込められた時、タクトさんが言ってくれた言葉……凄く嬉しかったんです。タクトさんのおかげで、私頑張れました」

「うん、キミのおかげでこの艦は助かったんだ」


僕が受け止めて時間稼いでなかったら、ミルフィーも間に合わなかったんじゃないの?と、微妙に穿った感想を持ってしまうラクレット、それでも気分は明るい。妬ましいけれどやはり、微笑ましいのだ。


「私、お返事したくて、だから絶対この後タクトさんに会わなきゃって、そう思ったら凄く力がわいてきて」

「オレもだよ、ミルフィー」

「だから今お返事します……私────タクトさんが好きです。私も一緒にいると楽しかった、これからも一緒にいたいと思ったんです」

「ミルフィー!!」


ミルフィーは微笑みながらタクトにそう答えた。タクトは彼女に駆け寄り力強く抱きしめた。ギャラリーから歓声が上がる。同時にミント、フォルテ、ヴァニラから拍手の輪が広まり始め、徐々に広くなってゆく。格納庫は瞬く間に拍手と歓声にあふれる空間となった。
それを一歩引いてみていたラクレットの横を、誰かが足早に通り過ぎた。振り向くと、俯き顔でランファが格納庫を後にする所だった。彼女に続いてラクレットは力を振り絞り、早歩きを敢行して追いかける。
格納庫を出た時点で、ランファは10メートルほど前方を離れていた。
ラクレットは彼女に声をかけようとするが、





何もできないで、そのまま背中を見送ることしかできなかった。







[19683] IF ランファEND?
Name: HIGU◆36fc980e ID:fb84e1e6
Date: 2014/06/26 14:36

警告

この話は当SSの本筋には一切関係ありません
一部キャラの都合のいい改造を含んだりします。
エンジェル隊及びタクトへの愛が崩れるという方はどうぞ飛ばしてやってください。
もう一度言います。本筋とは一切関係ありません。


それでも良いという方はどうぞ









「……できちゃった」

頬を赤く染めて彼女はそう呟いた。金色の髪は柔らかくゆれていて、彼女────蘭花・フランボワーズの魅力を良く引き出している。ただでさえ美しい彼女は幸せな笑みを浮かべ、優しく慈愛に満ちた手で自分の下腹部をそっとなでる。その姿はまさにその名の通り天使であった。


「…………え?」

「3ヶ月だって…………『お父さん』」


だからこそ、ラクレットは目の前の光景が信じられなかった。





IfEND1 あの時、引き止めるを選んでいたのなら。





ラクレットの横を、誰かが早足に通り過ぎた。振り向くと、俯き顔でランファが格納庫を後にする所だった。彼女に続いてラクレットは力を振り絞り、早歩きを敢行して追いかける。格納庫を出た時点で、ランファは10メートルほど前方を離れていた。

「ランファさん!! 」

「……なによ」

ラクレットは彼女を呼び止めた。ラクレットの大きな叫び声にランファは足を止める。しかしながら、彼女はそのままこちらに背を向けたままだ。恐らく涙をはらんでいるであろう表情を浮かべているであろう、彼女の表情を見ないですむので、ラクレットは少しばかり安堵した。
泣いている女の子なんぞ、対処に困るし。ましてや、その状況で上手く励ますなど、彼にとっては、地球外侵略者を、一人で殲滅し解決する方が楽だと思ってしまうほどだ。彼にとって女生徒は誠に不可思議な存在であるのだ。

「その…………」

現に表情が見えない今ですら、言葉に詰まっている有様だ。何を言うべきか、励ましていい者であろうか。そんな逡巡の中にある彼は、このまま黙り込んでいるのもまずいとの自覚はあるが、最適解を探すあまりに、何もできないでいた。黙り込んでしまう彼に、追い討ちをかけるように事態は動く。


「あーもう!! なによ!! アンタ、急に黙ったりして。私をからかいに来たの!? 恋に破れた惨めな私を馬鹿にしに来たの!? 」

「そ!! そんなわけじゃないです!! 」


ランファが振り向いて、こちらに向かって叫んできたのだ。話しかけたは良いものの、何もしないラクレットに業を煮やしたのだ。呼び止めてくれたのは、まあ彼女的には嬉しかった。そんなはずはないと思うものの、全員がタクト達の事を祝福している中、自分に注目するというのは、まるで一種のサイレントテロをしているように追従せずにここに来たという事なのだから。
しかしながら、そのまま黙っている彼の、その沈黙がまるで、哀れんでいるようにも取れ、わずかに芽生えた喜びも苛立ちに転換されてしまう。


「じゃあ、なによ、励ましの言葉でもくれるの!? もっといい男が居るよとか!? 」

「え、いや、あの、その……」

「はっきりしなさい!! アンタ男でしょ!! 」

「はいっ!! 」


あっという間に場の雰囲気(ふいんき)が壊れる。女性との間を深めるすべを悉く無効化する、ラクレットのそれはもはや、天賦の才といえるであろう。この時点である意味で彼の目的は達せられているのは、この際スルーしておこう。


「それじゃあ、私に話しかけた理由を完結に述べなさい」

「了解!! 自分はランファさんに、諦めたらそこで試合終了だ。と伝えたくてここに来ました」

「……続けなさい」

「はっ! 確かにミルフィーさんとタクトさんは今想いが通じ合いました。しかしそれだけで諦めるべきものなのでしょうか? 自分は疑問に思いました。皇国では特に貴族はよく複数の女性と結ばれたりもしています。タクトさんは伯爵の三男であり、なおかつ本人も懐の広い男性です。そして、ランファさん自身もミルフィーさんとの仲が良く、場合によっては大変羨ま……いえ、妬まし……失礼、三人仲良く結ばれるという、愛の結末もあるのではないかと愚考しました!! 」


もう、なんかいろいろとひどいことを口走っているラクレットなのだが、ランファは驚いていた。その発想は無かったと。青天の霹靂である。彼女の価値観を形作っている人生を振り返ると仕様。決して裕福とは言えない、田舎惑星にある小さな農村の長女として生まれた彼女は、幼少時から弟妹たちの面倒を見てきた。本人の面倒見の良い気質はそう言った土壌によるものだ。そんな彼女は本質的なところで 一歩引いてしまうという性質を持っている。親から言われたわけでは無いが、心の根の部分は素直で優しい彼女は自分から『お姉ちゃんだから』と言い聞かせ多くの事を我慢して来たのだ。そんあ彼女には衝撃的な意見だった。
皇国において多夫多妻制は推奨こそされていないものの普通に認められている。貴族などは世継ぎの問題もある。一部の星はいまだに子供の成育率が高いとはいえず、多くの子供を設けるべきであるといった価値観が残っている。もっと深刻な話として、惑星によっては、男女の比率が非常に偏っていたりもするのだ。
事実、ランファやミルフィーが通っていた士官学校でも母親が3人居ると教えてくれた友人もいたことを彼女は思い出した。加えて言うと、その子の母親間の関係はきわめて良好だとも言っていた。


「つまり、まだチャンスはあるかもしれないということ? 」

「はっ!! そのためにはまずミルフィーさんの合意が必要と思われます!! こういう場合は女性の方から外堀を埋めていかれるのがセオリーですので」

「……ちなみに、アンタはそういうのどう思うのよ? 」

「個人的にハーレムは大嫌いです。だって、自分じゃ絶対実現できないから。ねーよっていう感情が先立つ。ハーレム作っているやつは、よほど好感を持てるような存在じゃないと受け付けられない。流されてとか、個性薄いやつは絶対に無理。逆に言うなら、それだけの器や人間性があるなら行けるんだが……あ! でも誰かがセッティングしてくれるなら喜んで!! もちろん、修羅場もないようにして、ラブコメ時空的味付けも加えて、社会的に認められているようにしてくれよ!! つーか男って皆そういうものだと思うよ、そうだろみんな!! 」

「そう……まあ関係ないけどね、あんたの意見何て」

「その通りであります!! 」


グダグダになったが、ここでようやくラクレットは自分の目的が果たされていることに気付く。ランファの瞳から悲しそうな色は見て取れない、代わりにあるのは再燃した情熱の炎だ。略奪愛に目覚めている女性はきっとこのような目をしているのではないかと、そんなどうでも良い事を彼は思った。
よかった、一息つき安堵するものの、彼は自分が物凄いことを口走っていたことに気付く。ああ、またしばらく夜寝る前に悶える生活が続くんだなと煤けた表情で内心呟きつつも。やはり誰かの力になれるのは嬉しいもので、自然と表情が緩んでいることに気が付いた。
しかし、心のどこかでは、ランファが幸せに成れればいいのだが、まあ恐らく無理であろうと彼は考えていた。なにせ『銀河一のカップル』とまで揶揄されるようになるタクトとミルフィーだ。(ゲームだとランファの場合はカの前にバが付く)その二人の間に入り込んでタクトの気持ちの半分を向けさせるのは、そりゃ全部を奪い取るのよりは容易であろうが、お世辞にも容易いと言えるようなものでは無かろう。


「そうと決まればすぐに行動ね……ありがと、アンタのおかげでやるべきことが見えたわ」

「……いえ、お力になれたのなら光栄です」


その間ぶつぶつと何かを呟いていたランファだったが、方針が決まったのかラクレットにそう告げると立ち去っていった。部屋で計画でも練るのかな? と思いつつ先程から格納庫の出入り口からこちら覗いているミントに、どう言い訳するかを考え始めた。


「あらあら、大変面白いお考えをお持ちの様で」

「いえ、今のは一般論ですよ? 」


目が笑っていないミントを見てラクレットは、狩られる草食獣の気持ちになるのですよと誰かに言われた気がした。彼らは逃げ足や擬態といった武器を駆使して生存を量る。ならば自分も、得意な分野を使ってこの状況を逃げ切る!!


「ランファさんを断ちなおさせた手腕は見事な者でしたが、方法が少々同じ女性としては納得いきません。ミルフィーさんが少しでも悲しむようになった場合責任をとって頂きたいものです」


考えろ!! 自分の強さを! 特技を! 自分にある物を!! そう言い聞かせて自分のステータスを確認するラクレット。得意なことは近接戦闘と運動。会話は苦手、演技は普通、嘘は作るのは苦手。つまり────


「無理でしょ」

「あら? この期に及んで口応えですか? 随分と冗談がお得意になったようで」


New! 特技・墓穴を掘ること が追加されたのを認識したラクレットは、全力でミントに頭を下げる事にした。謝罪スキルが上がることを祈りながら。












その後のことを記そう。白き月に着いて、何やかんやでエオニアを倒しちゃったり、黒き月を壊しちゃったりしたよーな感じだ。そして時間が出来たランファは迅速な行動に移る。

まず、決戦前にミルフィーに話をつけておいた。私もタクトが好きだと。牽制でもあり宣言でもあった。彼女の部屋に呼び出して、ニコニコしているミルフィーに真面目な雰囲気だと認識させたうえで明かしたのだ。この時に『偶然』ミルフィーが、三角関係がこじれて親友同士で殺し合いをしてしまう恋愛小説を読んでおり、『偶然』物凄く深く感情移入してしまったのが原因か、『運良く』同盟締結は速やかに行われた。
要するに、ミルフィーにとって、幸せというのは分けるものではなく、重ねるものだったという訳なのかもしれない。親友の涙の上にある自分の幸せを無意識に感じ取った故の行動だったのかもしれないのだが、ランファがあきれるほどあっさり彼女の気持ちを肯定したのだ。まるで『アニメのような』人間離れした感性具合でもあったが。
戦後、幸運を使い果たしたミルフィーが軍をやめると言い出した時に、ランファも同時にやめ、タクトと3人で『ドキッ! 俺と彼女とその親友のドタバタハーレム同居生活!』を始めた。
戦後のこの糞忙しい時にと、レスターがぼやいていたが、ミントの
「ラクレットさんがその分働けば良いのでは?」
という提案により何とか乗り切られた。とある少年の最終学歴が高校中退になるという、尊い犠牲の上にだが。
その半年後、烏丸ちとせがエンジェル隊に加わり、偶然デートに来ていた『タクト達3人』がエルシオールに合流。なんだかんだで司令に復帰したり、ミルフィーの運が復活したり、ランファがちとせを警戒したりしたものの。ヴァニラを絶対に加えないように阻止もするという条件で同盟を結んだ『ヴァニラちゃん親衛隊』という、優秀なエキストラ&情報収集要員の協力もあって急速に3人の中は接近した。その片手間で、ネフュ……なんとかは倒されていた。特にそこにはドラマが無かった。しいて言うならば最終決戦で利用した決戦兵器は、2人用から無理矢理3人乗りに改造されたのと、その調整の為エース二人が不在の艦隊の最終決戦では、青年が一騎当千の活躍を果たした。その代償にエルシオールクルー全員に出た1月の休暇の間は寝台の上で過ごすことになったが。
しかし、そんなある日ランファが気持ち悪いと訴えた。実際に嘔吐等の症状がみられ、ケーラ先生の診断を受けた結果。見事!! ランファの懐妊が発覚したのだ。

来る決戦をどう乗り切る!! ラクレットの明日はどっちか!! 銀河の趨勢を結する闘いは、副官を評して『色ボケ野郎』なタクトの双肩にかかっている!!

なお、最大の貢献者である少年は、様々の要因が重なった結果、15歳にして出家し悟りを開くことに成功したという、



続くわけが無い。










────
私はラクレットのランファENDと申し上げておりません。
(タクトのハーレム )ランファ(より)ENDですので、何処にも問題がございません




[19683] 第二十五話 白き月 後編
Name: HIGU◆bf3e553d ID:fb84e1e6
Date: 2014/06/09 15:01




第二十五話 白き月 後編




シェリーとの激戦から数日が経過する。エルシオールは順調に白き月への帰路を辿っていた。ここしばらく、ギクシャクしていたランファとタクトもどうにか普通に話せるようになり、エンジェル隊やその他のやきもきしていた人々は、胸をなでおろした。その原因が本星に近づくにつれ、増えてゆく警戒網による連戦が齎したものなのは、手放しに喜びがたいが。
ラクレットのプレイしたゲームの中ではこの辺の敵は、戦闘データの更新というより、共有が出来てなかったので雑魚だったのだが。どうやら、楽はさせてもらえないようで、きちんと情報を共有した艦との戦闘が続いていた。もっとも、絶好調のミルフィーと、ラクレットのリミッター解除をうまく運用するタクトのおかげで無事に航行しているが。

今は最後のクロノドライブの真最中で、タクトはブリッジをレスターにまかせ、エンジェル隊の面々とティーラウンジでお茶を共にしていた。今回は最近になって頻度も高くなってきたが、やはりまだ場違い感が否めないラクレットも共に参加していた。


「いやー、みんなのおかげで無事白き月まで着きそうだ。そのお礼といっちゃ何だけど、ここはオレのおごりで良いよ」

「本当ですか!? じゃあ私はイチゴのショートケーキ追加で」

「私はこの新作のタルトに興味があるわね」

「あら、ランファさんもですの? 」

「いやー、懐が広いねぇタクト。私はエスプレッソをもらおうか」

「モンブランを一つお願いします」


ようやく、完全な安全圏に入ったので上機嫌なタクトは、エンジェル隊による怒涛の注文ラッシュにもにこやかに答えた。ただ一瞬だけ自分の懐にはいっているであろうカードの方向を見ていたのを、ラクレットは見逃さなかった。こういうところは鋭いやつなのである。


「ラクレットはどうするんだい? 」

「女性に奢るのは男の甲斐性ですが、僕はそうではないわけですし、僕に使うお金があったら、どうぞ自分のガールフレンドにでも使ってくださいよ」


一瞬だけタクトとランファの表情が固まるものの、すぐに元に戻り、今度はミルフィーが顔を赤くする。ラクレットはタクトの懐を気にした上で、違和感ない言い方を考えたつもりなのだが、微妙に話題選択が怪しい。もしかしたら彼の心では未だに燻っているのかもしれない。


「そんな……ガールフレンドだなんて」

「おや~? 事実なんだから照れる事無いだろ? 」

「はい、事実です」

「ええ、事実ですわね」

「そうね」


フォルテたちはここ数日で、ランファの前では過度に気遣った態度を取るよりも、流れに任せた方が良いことを学んでいる。そのおかげもあってか、今となってはランファもこの手の会話に絡んで来られる様に成ったくらいである。そんな中で照れるミルフィーの様子を見て、ラクレットは何か思いつくことがあったのか唐突に口を開いた。


「自分で言っておいてあれですけど、タクトさん貴族ですよね? 」

「え、うんそうだけど? 」

「恋人とか自分で作っちゃって平気なんですか? ほら、貴族とか、お金持ちの一流階級の人達って、婚約者とか許婚とか、そういうのあるじゃないですか? 」

「……ああ、そういう質問かい? 」


ラクレットの質問の意図を理解したタクト。ようはミルフィーという恋人はマイヤーズ伯爵家的にセーフなのかアウトなのかという質問だ。タクトに全員の視線が集まる。心なしか不安げな顔でタクトを見ているミルフィー。彼はすぐに微笑を浮かべて答えた。


「全然大丈夫さ。オレがミルフィーを好きだといえば、それで解決するよ。なんたって三男だしね、実家ではあんまり大事にされてないって言うのかな? 面倒なことは兄貴と姉貴たちが全部やってくれている。」


ふぅ。と小さく息を吐く声が聞こえるが、だれもその方向を見なかった。特定するまでもないからであろう。一瞬だけ張り詰めた空気がすぐに元に戻り、また和やかな雰囲気が戻ってきた。


「それに、前例もあるからね」

「前例ですか? 」


補足するようにタクトはそういった。苦笑しているタクトの様子にラクレットは微妙に気になったのかそう聞き返す。


「うん、あんまりオレも詳しくないんだけど、オレの叔母さんなんだが、一回駆け落ちしたらしいんだよね」

「……駆け落ちですか? 」


この時点で微妙にランファ、ミント、ミルフィーの3人が聞き耳を立てているのだが、二人は気付かない。まあ、別に隠れて会話しているわけでもないので問題はないのだが。


「うん。一応相手は、それなりの生まれだったのだけれど、貴族ではなかったみたいなんだ。金を持っているだけの平民と結婚するのは、下級の貧乏爵位持ち貴族のすることだーって、当時は結構反対されたりしたそうなんだけど。結局、何とか認められたんだって」

「それは、なんともまあ」

「叔母さんには会ったことは無いけどね……まあだから、平民と言うと聞こえは悪いけど、誰と結婚しようと問題ないと思うよ」

「むしろ、そのような事があったら、余計反対されるという流れは? 」


ラクレットはそう繋げる。せっかく、恋人同士になったのだから、そのまま結婚まで行って欲しい、なのでわかる限りの障害を取り除くつもりなのだ。余計なお世話であろうが。


「いや、それはないよ。なんせ認められた理由が叔母さんの「マイヤーズ家は愛に生きる一族なんです!! 現に私にも4人血の繋がらない母が居るではないですか! 」だもん。それで一族全員納得しちゃってさ」

「そうなんですか」


それは、貴族としてどうなのだろうとも思ったが、とりあえず頷くことにした。タクトの話を聞いてラクレットは何かを思い出したのか、ふと思い出したかのように口を開いた。


「そういえば、僕の母も駆け落ちのごとく父と結ばれたと言っていました。母はとある貴族の次女だったそうですが、父と恋におちて一騒動あった末に、何とか認められたといっていました」

「へえ、結構あるもんなんだな、駆け落ち」

「ですねー、昔、流行ってたんですかね?」

「いえ、お二方、その解釈はどうかと……ラクレットさんのお母様の爵位は何だったのですか? 」


微妙にずれた受け答え、というか考えに思わず突っ込みを入れるミント。狙ったわけではないがこの二人にボケられると収拾がつかなくなりうるのだ。


「えーと、伯爵だった気がします。蝶よ花よと育てられて、昔は家事も出来なかったそうですが、父のために必死で覚えたそうです。今ではもはや趣味の一環になってますので、正直信じられないのですけどね」

「へー、オレの実家も伯爵だよ。家名とかはわかるかい? 」


もしかしたら、知っている家かもしれない、とタクトは付け足す。ラクレットは、必死に記憶を掘り返してみるが、母が旧姓を名乗ったことは無かった。当然母方の祖父母にも会ったことは無い。


「いえ、そういった話はあまりしなかったので、ただ貴族としては珍しい、黒色の髪の毛に誇りを持っているみたいですよ」

「伯爵家で黒い髪だって? 」

「はい、それこそタクトさんと同じ……ような……ん?」


生まれる沈黙、ここに至ってまさかの可能性にたどり着いた。今迄自分の目の前にあるお菓子と飲み物に舌鼓を打っていた、フォルテとヴァニラも二人を見ていた。


「オレの叔母さんの名前は……」

「もしかして……クチーナですか?」

「うん」

「「……」」


思わず沈黙する二人。それをエンジェル隊の4人は複雑そうな目で見つめていた。


「あの~、つまりどういう事ですか? 」

「タクトさんと、ラクレットさんが、どうやら従兄弟だったということですわ」


ただ一人ミルフィーは良くわかっていなかったみたいで、その沈黙を破るかのように右手を上げて質問した。それに親切に答えるミント。彼女も微妙に顔が引きつっている。


「あ、そ~だったんですか!! そういえば、二人とも髪の色似てますよね~」


ミルフォーのその言葉にタクトは自分の前髪を右手でつまむ、ラクレットは一本髪の毛を引き抜き宙に透かした。タクトのそれは灰色に近い黒で、ラクレットのそれは、光に透かすと蒼っぽく見えない事も無い黒だった。


「なんか、普通は、驚いたり喜んだりするべきとこだけど……」

「ええ。なんか、何も感じないというより、脱力してしまったというか……」


なぜか二人とも微妙に複雑な心境だった。まあ、驚きと呆れが先に来てしまったのであろう。従兄弟と言われてもだからなんだという話ではあるし。


「帰ったら、兄さんに知ってるか確認しないと」


ラクレットはそう呟き、決意を新たにする。まさか、タクトと従兄弟だったなんて、兄は知っていたのだろうか? なんか、知ってそうだ、そしてあまり気にしそうにない。


「ねえ、ラクレット、君のお兄さんてどんな人? 」


その呟きでタクトは思い出したことがあったのか、ラクレットに問いかける。ラクレットはどう答えたらいいか悩んだものの、無難に答えることに決め口を開く。


「兄は普通の人に見える変な人です。実家の跡継ぎではあるのですが、色々自由に生きていますし」


ラクレットが教えたのはとりあえず長兄エメンタールの話だ。ずっと普通の人だと思っていたら転生者で、なんか遠くから搦め手で原作介入なんぞ始めているっぽい人だ。彼はつい最近知ったことだが、前世知識を使った商売で、巨万の富を1代で作り出している。そう考えると普通とは何だったのかという話になる。


「それだけかい? 」

「はい」

「そうか」


なんとなく、タクトが何を聞きたいかラクレットは理解したが、わざわざ話すことでもないと感じた。おそらくタクトは既に把握しているのだろう、自分の次兄は行方不明になっている事を。ラクレットはいままで敵に自分の兄が居ることは伏せてきた。それで自分の立場が悪くなるのは嫌だったからだ。勘の鋭い彼には、この前の通信でカミュがボソッとこぼしたことが、引っ掛かっているのであろう。とラクレットは考えた。しかしながら、それでもいままで伏せていたなら、直のこと表にすることは出来ない。
エオニアを撃つというのは、次兄であるカマンベールを殺すというの事と同義なのだが、そのこと自体には不思議と忌避感は沸かなかった。昔なら「オリ主補正だ」の一言で片付けていたのだが、今のラクレットはそうではない。カマンベールと過ごした時間こそ少ないが、恩は大きい。機体の調整やら、解析なども彼のおかげだ。ならばなぜと考えてみるも理由はわからなかった。自分は一般人が大量に死ぬと、気が狂ってしまうほど、惰弱な精神を持ってるのに、何故? 仕方ない、それが最善の選択肢だと割り切っている自分がいるのは?
そう考えている間に、ブリッジから全艦に向けて、まもなく通常空間に出るとの旨が伝えられ、お茶会はお開きになった。ラクレットの心に一つの波紋を残し。



ドライブアウトしたエルシオールを待ち受けていたのは傷一つ無く、無事に健在な白き月であった。最悪破壊されていることも想定されていたのだが、それを見て一同は胸をなでおろした。しかし、なぜというタクトの疑問には、シヴァ皇子の

「白き月は封印されている。それを解く方法は私のみが知っているのだ。それゆえに、エオニアは私に固執したのであろう」


との言葉で解決した。なる程、確かに道理であろうと納得したのである。さて、いよいよ白き月に赴くという場面で、誰が行くべきかという話が出たのである。とりあえず、艦長のタクト、シヴァ皇子はいいとして、何時エオニア軍が向かってくるかわからない状況だ。
大まかな計算では、明日となっているが、「一度に戦闘要員の要のエンジェル隊を不在とするのはどうかと」とレスターが提案したのだ。その結果、入港のシークエンスが行われている間エンジェル隊の紋章機のことを聞くのだから、自分達が行くのが最善だという主張に対し、通信でもよい、機密の保持上それが不可能ならば、タクトやシヴァ皇子が聞く方が良いだろうと反論する者。シャトヤーン様は通信だと綺麗な人だったから、ぜひ会いたいという者。その言葉に嫉妬し、発言が刺々しくなる者。ナチュラルに最初から数に入っていないことを嘆く者と、大変混沌した具合になったのだが、入港が終了した時点で封印が再度張られ、議論はエンジェル隊とどうせだからラクレットもという結論に落ち着いた。誰が誰だかはご想像にお任せしよう。



白き月のおおよそ中心にある聖母シャトヤーンとの謁見の間事実上権力を持たない彼女であるが、白き月の管理者という立場からか、その部屋は比較的豪華なつくりになっていた。しかし、その豪華さは調度品を始めとした絢爛なものでなく、柱などの空間のつくりが豪華という落ち着いたものであったのだが。初めて入る者はタクトだけだったので、感心の声が漏れるのも彼だけからであった。
一同が部屋に入りしばらくたつと奥の私室へと繋がる扉が開き、青緑色の髪を腰まで伸ばし、白いドレスを身に纏った女性が現れた。エンジェル隊一同は敬礼の姿勢をとり、タクトやラクレットもそれに習った。


「シャトヤーンさま!!」

「シヴァ皇子、良くご無事で」


シヴァはそう声をあげ、シャトヤーンに駆け寄る。シャトヤーンは彼を慈しむように微笑みかけ無事を喜んだ。まさに聖母に相応しきその様相にタクトは、この人が皇国の繁栄の象徴であるということを心で理解した。


「エンジェル隊の皆さん、本当によくここまで帰ってこられました」


それぞれ、思い思いの反応で答えるエンジェル隊。やはり普段とは少し違い、やや控えめなリアクションであるが。上司でもあり信仰の対象であり護衛対象でもあるのだ。当然と言えば当然か。


「マイヤーズ司令、きっとコレも貴方のおかげなのでしょうね」

「いえ、エンジェル隊や他のクルーのみんなの力のおかげです」


タクトはそう言って頭を下げた。これは、彼の本心で本当にそう思っていることだ。


「シャトヤーン様、私たちは再会を喜ぶために、白き月に戻った訳ではありません」


次は僕かなと、少々ラクレットが期待している所に、フォルテの声が耳に入る。実際時間は惜しいのだから手短に行くのは正しいし、やってきたことはエンジェル隊と同じだけど、エンジェル隊ではない自分にはあまり言うことが無いのかもしれない。そう自分に言い聞かせ、ラクレットは話に耳を傾けた。もう慣れっこであまり気にならなくなってきたのだ。


「ええ、紋章機の隠された力、それとエルシオールの追加武装の事でしょう」

「……やはり、ご存知でしたか」


タクトは、シャトヤーンが自分達が戻ってきた理由を把握していたことにはあまり驚くことは無かった。白き月の管理をしている人物だ。このくらい把握しているであろうと考えていたためである。


「ええ、白き月はあの黒き月と対を成す存在、この白き月は元は兵器プラントだったのです」


そうして、聖母シャトヤーンは語り始めた 600年の歴史を



────遥か昔、旧暦と呼ばれる時代のことです。人々は、高い技術力を持ち、幸せに暮らしていました。
────しかしそこで、時空震《クロノクェイク》と今ではと呼ばれる。災害が起こってしまいます。
────それにより、人々は惑星間の交流が不可能になり、文明が衰退していってしまいます。
────そんな時です、いまのトランスバール本星近くに、白き月と呼ばれる人工の天体が現れたのです。
────白き月には高度なテクノロジーがたくさん存在し、人々にそれを ギフトとして分け与えました。

────そんな中、当時の研究者は厳重に封印された中心部の区画からある発見をします。
────白き月の管理者と、広大な兵器製造工場です。
────エルシオールや紋章機もここで見つかりました。
────当時の研究者たちは、管理者を白き月の聖母として崇めるていました。

────エルシオールについていた、『クロノブレイクキャノン』は取り外され、紋章機の出力にはリミッターを掛けました。
────同様に兵器製造工場は閉鎖されました。
────彼らは、コレを使うときが来ないよう 平和を思い封印したのです。









「それが白き月の真実。黒き月は白き月を求め今も彷徨っているのです」

「なぜ? そんなことが判るのですか?」

「それは、私が白き月の管理者であるからとしか言えません。私は黒き月が発している思念のようなものがわかるのです。狂おしいほどのなにかに、突き動かされている。とそう、まるで復讐を遂げようとしているのです」


シャトヤーンは全てを語り終え、一同の顔を見渡す。
やはり、白き月が、黒き月と同じ兵器工場だということに、少なからず驚きを覚えているようだが、事実を受け入れているようだ。シャトヤーンはタクトの方に向き直り、再び口を開いた。


「マイヤーズ司令、エルシオールと紋章機は、現在白き月の最深部に移動させ整備を受けるようにしました。紋章機の調整は私が、エルシオールに装備させる追加武装『クロノブレイクキャノン』は整備班に任せましょう」

「……ありがとうございます」

「クルーの皆さんには、どうか貴方から説明してくださいませんか? エルシオールでここまで来てくださった方々には知る権利があります」

「はい、了解しました」

「それでは、皆さんもお疲れのようですので、ご自由に過ごしていただいて結構です。ただ、ラクレットさんには少々お話がありますので残っていただけませんか?」


ここに来て、白き月に入って初めて人に名前呼ばれたラクレットは、動揺した。というか、いきなり自分に非が無いかということを考え始めた。入室時の態度、 タクトやエンジェル隊よりも後に入った。顔をあわせたときの態度、 きちんと敬礼した。服装、何時もどおり学生服に陣羽織だ。どこにも問題が無い。とりあえず、反応しないことは不敬に値するので「わかりました」とだけ告げるラクレットであった。



エンジェル隊の面々からは「くれぐれも粗相の無いように」と注意され。タクトからは「先に戻っている」とだけ言われ。シヴァ皇子からは「明日の決戦時はよろしく頼む」と激励され。ラクレットは部屋にシャトヤーンと二人残された。


「すいません、久しぶりに人と話しましたので少々疲れてしまいました」


シャトヤーンはそう言って、部屋の中央にある椅子に腰掛ける。その途端に椅子のまわりが、宗教画のような神々しさを放つのだから、聖母も大概である。ラクレットも正直に言うと浮かべる微笑の質が優しいものに変わった途端、頬に血が集まるのを感じたほどだ。


「いえ、お気になさらず……それで、自分に何か御用ですか?」

「ええ、少々お話したいことがあります。ですが……」

「はぁ……」

「まずは、お礼を言いましょう。この度の戦争で貴方は、本当に私の助けになってくださった。月の聖母として、一人のこの国に住むものとしてお礼を申し上げます」

「身に余る言葉を頂き恐縮です」


ラクレットは先程から、シャトヤーンの一挙一動にびくびくしていた。前回会った時は若気の至りのようなもので、ものすごい、不敬なことを言ったような気がしないでもないのだ。それになんか、この事態を予期していたようなことを言ったような気もする。

────びくびくじゃなくて、どきどきしたかったよ!!

内心でまだ何とか冗談を言える余裕があるようで、表情には出ていないのが幸いであろう。


「……さて、時間も無いので本題に入りますね、私の話は二つあります」

「はい」

「一つは貴方の紋章機……いえ、戦闘機のこと。もう一つは貴方のお兄さんのことです」


心音が高鳴る、聞こえる音の半分ほどが、自分の心音であることにラクレットは気付いた。
渇く口を何とか開き言葉を紡ぎだした。


「兄ですか……」

「ええ、カマンベール・ヴァルター、エオニアと共に皇国を出た彼の話です」

「……ご存知でしたか」

「はい、彼ほど優秀な研究者は、それこそ数百年に一人といないでしょう。惜しむべきは発想が軍事方面に偏っていたことですね」


穏やかなシャトヤーンの口調にとりあえず、糾弾ではないことを悟ったラクレットは何とか落ち着きを取り戻す。一応誰かが、兄のことを知っている可能性も考慮はしてきた、エルシオールクルーは白き月の研究員であるわけで。その時は
『仕方ないが、彼を撃つのが僕の使命だ。ヴァルターの三男としてのね』
という台詞を言おうと思っていたのだが、今となっては言う必要も無かったのですっかり忘れていた。というか、ラクレットは既に、誰かに嘘をつきたくないのである。隠し事や一人で抱えるのはもう勘弁と言うべきか。


「彼には、首都の大学で勉学に励んでいる頃、私の元に『学生の中にロストテクノロジーの申し子がいる』という噂が入ってきまして、その時に知りました。それだけ優秀ならば、初の白き月の男性研究者という前例になれるかもしれない。とも思い彼を呼び寄せたのです」


どうやら、説明に入ったらしいのでラクレットはおとなしく耳を傾ける。


「ですが、彼にはテクノロジーの兵器運用に一切の抵抗がありませんでした。私は彼の危うさを感じ、白き月へと誘うことを思いとどめました。その結果、彼はエオニアと出会いこのような事態に発展してしまいました」

「……お言葉ですが、仮に兄がエオニアと共に行動しなくとも、エオニアが追放され、黒き月を手に入れたのなら、こういった戦争を起こしていたと思います」

「ええ、そうとも考えましたが……」


ラクレットは今まで、なぜこのような話をするのかが判らなかった。兄がエオニア側についているので、疑われているか、責めているのかもしれない。と最初は思っていないのだが、それも違うようだった。しかし、シャトヤーンが申し訳なさそうな顔と共に言葉を濁したのを見てなんとなく理解することが出来た。彼女は、兄を止めなかったことに責任を感じているのだ。自分にも、皇国の民にも。そしてカマンベールにも。ラクレットはそう感じた。


「兄はなるべくして、エオニアについていきました。それは変えられない過去であり。今は気にすることではありません。自分にとっては、稀に帰るってくる程度の認証だったのもあるのか、今兄と戦わなければならない事には、正直あまり抵抗はありません」


ラクレットは力強く宣言する。この人は人の感情の機微に鋭い人で、さらに責任感も強い人だ。自分の言葉で変えられるとは思っていないが、何かの足しにはして欲しいのだ。


「それに、逆に兄を白き月に入れていた場合、自分はシャトヤーン様に疑念の心を抱いてしまうかもしれません。平和を愛する白き月に、合理的な彼は会わなかったでしょうから。そう意味では感謝すらしています。彼のやりたいようにやらせてくれたことに。恐らく両親もそういうでしょう。不謹慎かもしれませんが」

「それは……」

「この話は、コレで結構です。時間が無いのでしょう、次の話をお願いします」


ラクレットは、不敬であることを自覚しつつ強い口調でシャトヤーンを促した。何か不毛な気がしてきたのだ。エオニアを破ってから出ないと、彼女の心は変わらないと感じたのだ。


「わかりました……貴方の戦闘機の話でしたね」

「はい」


シャトヤーンも話を切り替える。さっきとは打って変わって、今度は真面目な顔だ。


「貴方の戦闘機は紋章機とは別のシステムで動いている。それは、なんとなく理解はしていますね?」

「ええ、一応は」

「先程までエルシオールから送られてきた、戦闘データなどを見ていたのですが……あの黒い翼の力は恐らく十全には発揮されていません」

「……それは、本当のことですか? 自分ではリミッターもはずし、駆動部操作装置停止操作にしているあの状況が、『エタニティーソード』の全力かと思うのですが」


ラクレットの戦闘は、ファーゴ以前ではリミッターをかけた状況で戦闘し、ファーゴ以降は状況により解除し、同時に翼を出現させる『駆動部操作装置停止操作 (Engine Control Unit Disabled Maneuver Drive)』通称ECUDMD状態にする。というものだった。


「いえ、クレータも薄々気付いているとは思いますが。貴方の機体のリミッターは、貴方が解除したタイミングでは、殆ど解除されていないのでしょう」


そういうと、シャトヤーンは目の前にスクリーンを出して、数字や数式の羅列されたものを表示した。完全な門外漢であるラクレットはこういう専門的な数字を見せられても、いまいち理解することが出来ないのだが。


「まず……そうですね貴方の機体は『H.A.L.Oシステム』で『クロノストリングエンジン』のエネルギーを生み出しているのですが、その際『何らかの方法』で、それらを最適化させています。それによって多くのエネルギーを生み出しています」

「あの、良くわからないのですが」


なにやら、詳しく大変判りやすく説明しているみたいだが、やはりさっぱりわからない。
大学では文系で、今のハイスクールでもどちらかというと、そっちよりの単位をとっているのだ。

「そうですね……まずリミッターをかけた時の出力が7とします。それに最適化されることで実質的に4のエネルギーを得ています……そうですね、整頓して整えることにより、効率化している見たいなイメージで結構です。これにより11程度のエネルギーを運用でき、エンジェル隊の紋章機と同等以上の力を得ています」

「はぁ……」

「加えて、あなたがリミッターを解除したと思っているそれは、恐らく『ECUDMD』に成りエネルギー出力が増えているだけです。これにより3ほど出力が追加されて14になるといった所でしょうか」

「リミッターが解除できていない?」

「ええ、貴方の機体のリミッターをかける時に『出力リミッター』と、『駆動部操作装置停止操作を封じるためのリミッター』────正しくはECU(Engine Control Unit)ですが、その二つをかけていたのでしょう。貴方が解除しているのはECUだけです。結果的に出力は増えているのですが」

「……そうだったんですか」

「おおよそですが、リミッターにより3ほど出力を抑えていますね」


そういえば、リミッターを外す=翼が出るだったなと、いまさらになって思い出すラクレット。大雑把にシャトヤーンの話を説明すると

まずエネルギーの単位をレジャーシートとしよう。エネルギーは場所取りの面積だ。

ラクレットのレジャーシートは、少し折りたたまれていて(リミッターが掛けられて)いた。しかし、ラクレットはそれを知らなかった。
そのため、紋章機と比べると小さかったが、迷惑にも他の人がきちんと整列して敷いている中で、一人傾けて斜めに敷く (最適化する)ことにより、『取れる面積(出せるエネルギー)』を広くしていた。
しかし、紋章機のシートは後から来た人が別のシート『『A.R.C.H』によるエンジェルフェザー』を連結させより広いスペースを確保する。
そのため、ラクレットはそれでは満足せずに、自分のレジャーシートが小さいと感じ、レジャーシートを激しく前後左右に動かし続ける(エンジンコントロールユニットを切る)ことで、より大きなスペースを確保していた。
そこにシャトヤーンが通りかかり、「そのシート、まだ完全に広げられていませんよ」と指摘したのだ。

要するにラクレットはた迷惑な野郎……ということではなく、いままでリミッターと思っていたものはリミッターではなく、一時的ブーストだったのである。


「それで、本題なのですが、私ならそのリミッターを解除できるかもしれません。紋章機の翼開放と同時に行おうと思いますので、貴方の機体もこちらに預けていただけませんか?」

「あ、そういうことでしたら、むしろこちらから頼みたいぐらいなので、どうぞお願いします」


つまり、『エタニティーソード』はもう少し強くなるから、みせて? といわれてるんだと、ラクレットは理解した。しかし、先程の話を聞いていると疑問、というより気になる所が出てきた。


「あの、先程『エタニティーソード』の実質的な出力が11といっていましたが、その場合エンジェル隊の紋章機はどのくらいなんですか?」

「そうですね……貴方の出力は大変安定していて、誤差だとしか言えない程度しか上下しないので数字を言いやすかったのですが、彼女たちは上下に触れ幅がありますからそれほど正確な数字は出ません。それでもというなら、大体10を中心に行ったり来たりしている。といった所ですかね」

「なるほど、翼を出した場合は?」

「前例が1度しかないので断言できませんが、全員20くらいでしたね」


まあ、機体の大きさ違うし、しょうがないよね。と自分に言い聞かせるラクレット。実際コレはあくまで瞬間的な出力エネルギーの話であって、燃費とかにはあまり関係ないしさらに、『エタニティーソード』は剣にしかエネルギーを使わないのだからエネルギー=強さではない。



とりあえずラクレットは、明日の準備のためといって白き月を後にするのであった。












[19683] 第二十六話 決戦────開戦まで
Name: HIGU◆36fc980e ID:bc041616
Date: 2014/06/26 14:38



第二十六話 決戦────開戦まで






白き月とエルシオールの超高性能レーダーなどの計器を組み合わせ、エオニア軍本隊の到着時刻がおおよそ明日正午ということがわかった。そして今、決戦前夜。エルシオールクルーは思い思いの方法で過していたのであった。



ラクレットは日課のトレーニングをこなして、シャワーを浴びた後艦内を足の赴くままに散策していた。シミュレーターで訓練してもよかったのだが、明日には自分の機体はさらに強化されて戻ってくる。最後の調整をしても……といった感じだ。体力の消耗も無視はできないのもあるが。
普段ならティーラウンジにいるであろう面々も恐らくは自分の好きなことをしているのだろうと思い、当ても無く歩いている。クロミエの所は先程顔を出してきたら、激励を受け早く休んだ方がいいといわれ追い出されてしまった。その後食堂にも赴いたのだが、食堂のおばさんである梅さんは明日の祝勝会の準備で忙しそうにしており、ウォーターサーバ―から飲料水だけ飲んですぐに後にした。
今にして自分がいかに偏った生活をしていたのを痛感する。これ以外にはホールと格納庫くらいしか利用していた場所が無いのだ。先程喉を潤したばかりの彼は、わざわざ自販機の立ち並ぶホールに行く必要も無い。格納庫にいたっては、現在突貫作業中で、部外者立ち入り禁止だ。
そう考えつつもひたすら目的も無く歩いていたら、映画などでよく聞いていた、短く鋭い音が聞こえる。懐かしいなと思い音の方へ歩を進める。今迄来たことが無いものの、場所は予想できているので迷うことも無く、彼は射撃訓練場についた。

音の正体は火薬製の銃の発砲音だった。



「……そんな所で見ていないで、入ってきたらどうだい?」

「やっぱり、ばれていましたか」


こちらを一切振り向かずに、弾を詰め替えつつフォルテはそう言い放った。ラクレットも予想はしていたので、別に悪びれもせずそう答える。


「珍しいじゃないか、アンタがここに来るなんて」

「そうですね。今日になってようやく、艦内を散策なんて言うことが出来るようになりました」

「そりゃ、皮肉なもんだね、今までのほうが、時間もあったって言うの────にっ!!」

「…………すげー」

フォルテは素早くリボルバー式の拳銃で、的の描かれた人型の標的を打ち抜いた。全段撃ちつくす所までラクレットは眺めてみていようと思ったのだが、寸分違わず的のど真ん中に吸い込まれるよう着弾させていくフォルテの腕に思わず簡単の言葉が口から漏れた。


「まあ、年季が違うからね。私はこれが無きゃ今まで生きて来られなかった。だから人より優れている。自慢じゃないけどね」

「ええ、理屈では判るのですがどうにも。やはりこの目で見るのは違いますね」

「そうだろ? 実際にやってみるっていうのは、知識を聞きかじるのとは全然違う」

「ですね。まったくもってその通りです」


ラクレットはフォルテの言い分に同意する。恐らく意図して言っているのだろうが、まるで自分自身のことを言われたようになり、心がざわつく。そんな様子すらお見通しなのか、ここでようやくフォルテは振り向きラクレットと向き合う。その表情は、エンジェル隊の隊長として隊員たちに向けるものと同じであった。


「それで、アンタはどうなんだい? 自分の足でこの艦を散策してみて」

「ようやく自分が戦っているんだという実感が出てきましたよ。ああ、明日が決戦なんだなって感じで」

「怖かったり、不安になったりはしてないみたいだね」

「ええ、自分でも本当なぜかわかりませんが、この事態をどこか客観的に見ている自分がいるみたいで、おかしな気分です」


最近のラクレットによくあることだった。この前激情に任せてタクトを殴った時にすら、彼の中にどうして殴ったのかを本音と建前ですぐに理解できたのだ。なんというか、自己分析が上手くなったというのだろうか?
それなのに、まだいくつも答えの出ない問題を抱えているのだが。


「高揚感ってやつとは違うみたいだね……まあ、その表情じゃあ問題はないと思うがね」

「そうですか、フォルテさんのお墨付きがもらえれば安泰ですかね」

「そのぐらい、自分でけりつけられる様にならなきゃ。とても一人前とは言えないよ」

「厳しいですね、まだ14ですよ僕」

「ヴァニラはお前より幼いけど、あれで自分のことを把握してる。まだ時々危なっかしい所もあるけれどね」


なんか、だんだん責められる様な感じになってきて、たじたじとするラクレット。それをみて苦笑するフォルテ。


「なに、いずれできるようになるさ、それまでは誰かを頼っていい。それが仲間ってものだろう?」

「……ありがとうございます」

「それじゃあ、早く寝るんだね。明日が決戦なんだから」

「はい、それではおやすみなさい」

「ああ、おやすみ。ラクレット」


ラクレットは射撃訓練所を離れ、自室へと戻るのだった。












その頃、いまエルシオールで一番おアツイと評判の二人タクトとミルフィーの二人は銀河展望公園に来ていた。この場所は、二人がお互いを意識し始めるきっかけとなった、お花見パーティーの会場であり、他にもピクニックなどのさまざまな思い出がある。出会って一月ちょっとしか経っていない二人だが、既に心は通じ合っているのか、どちらから声をかけたわけでもなく気がついたら隣にいたのだ。


「タクトさん……」

「なんだい、ミルフィー?」


公園のベンチで寄り添って座る二人お互いの表情を見ないで、スクリーンに映された、トランスバール本星から見える星座を見上げづつの会話だったが、気まずさは一切無く、むしろ心地よい雰囲気が間に流れていた。


「私、最近わかったことがあるんです」

「教えてくれるかい? 」


明日が決戦だというのに、穏やかな時間の流れが感じられる。二人の間はまさにそのようなもので、誰も明日皇国の趨勢を結する闘いを控えてるようには見えないであろう。


「私、やっぱり自分のこと……自分の運が……嫌いです」

「そうか……」

「でも……」


自分の心を確認するかのようにぽつぽつと言葉を紡いでいく。タクトは相槌を打ちながら、促すように耳を傾けていた。


「でも……タクトさんといられるなら、この運も悪くないんじゃないかって、思えるようになれたみたいです」

「ミルフィー……ありがとう」

「どうして、タクトさんがお礼を言うんですか? 」

「どうしてもさ」


タクトは星空を見上げ続ける。ミルフィーの言葉につい、礼を言ってしまったがそれが脊髄反射的行動で、自分でも理由がわからなかったからだ。もやもやしたけれど、決して不快ではないなにかがタクトの心を埋め尽くした。


「「…………」」


いつの間にかミルフィーは夜空を見上げるのを止めていた。顔を横に向けタクトの横顔を、その瞳にうつる星をみていた。もう幾度と無く見た星空が、タクトの瞳にうつると、とても綺麗に思えたのだ。


「ミルフィー、君は……」

「……何ですか?」

「君はオレの幸運の女神なんだ。君がいてくれれば、オレは何だって出来る気がするんだ」


ミルフィーはいつの間にか、瞳にうつっているものが、星空から毎朝鏡で見るそれになっていることに気付く。ならば、今自分の瞳にうつっているのは、きっと目の前の人の顔だ。
そう考えると心が温かいもので満たされるのだ。


「……明日絶対勝とう……そしたら二人だけでピクニックに行こう」

「……なら私……お弁当作りますね」


そのまま二人はどちらからでもなく、お互いの指を絡め合い満面の笑顔を浮かべた。お互いがお互いのことを必要としているそれを強く認識できたからである。そのまま抱き合うでも、口付けを交わすわけでもなく、二人はずっと見つめ合っていた。


そして、日付は変わり、決戦になるであろう日。エルシオールには『クロノブレイクキャノン』が装備されていた。紋章機の背中には白の翼が生えており、『エタニティーソード』の背中からも黒の翼が出ていた。『エタニティーソード』の剣の長さは心なしか何時もより少々長い。やはり、出力リミッターを解除したからであろうか。
シャトヤーン様に手を加えていただいたので、翼の展開時間が飛躍的伸び、性能も上がった。そう報告してあるのだが、本当に飛躍的に上がるとは思わなかったラクレットであった。


「これが、『クロノブレイクキャノン』圧倒的な存在感だな」

「ああ、エルシオールの印象がずいぶん変わってしまう、これほどの大きさの砲台ならば、威力も……昔の研究者がはずしたのも頷ける」


ブリッジではタクトとレスターが現在のエルシオールについて、思う所を述べていた。白き月から出港し、本星を守るように停止しているエルシオールの下部には、200mほどの長さを持つ、超巨大砲門が取り付けられていた。エルシオールの全長が846.0mなのだから、その長さは窺えるであろう。


「整備班、『クロノブレイクキャノン』の調子はどうだ?」

「それが、少々手間取っていまして、上手く出力が上がりません」

「即急に対処してくれ、いざという時に撃てなければ、意味がないからな」

「了解です!! 」


レスターは、整備班との通信を終えて、タクトの方を見る。口調こそ強いものだったが、焦りの色は少なく、人事を尽くしたので天命を待つだけだといった様子だ。タクトもそれにならって、エルシオール全艦並びに白き月につなぐ。


「みんな、もうすぐエオニア軍の本隊がここに来る。残念ながら、ルフト准将たちの援軍はまだ間に合わないみたいだ。だけど、俺たちはやるしかない」

──── …………。

「プレッシャーを与えるようで悪いが、オレたちが負けたら皇国の希望は失われてしまう。しかし、オレはこの事態の簡単な解決法を知っている」


そこまで言うと、タクトは不適に笑う。将来、救国の英雄タクト・マイヤーズと呼ばれる彼の片鱗がそこにあった。


「答えはシンプルだ、勝てばいい。君たちが自分達の力を最大限出せれば、後はオレが導いてみせる。簡単だろ? 」


エンジェル隊とラクレットは、自分の機体のスクリーンに映る、彼の自信に満ち溢れ、こちらに全幅の信頼を置いている視線を正面から受け止める。するとどうだろう、今迄最高のテンションだと思っていた3秒前よりも、格段に士気が高まるのが自覚できる。自分の力に限界はない。有るとすればそれは自分が勝手に決めたもの。どこまでも飛んで行けそうな気持だ。


「しかしこの方法には一つ大きな問題がある」


そこでタクトは、勿体ぶって、いかにも困ったようなジェスチャーで肩をすくめる。


「このエルシオールでは、乗員500人全員で祝勝会を開くスペースがない……そこでシヴァ皇子! シャトヤーン様! 白き月の食堂スペースを貸し切りにしていただきたい!! コレはエルシオール艦長としての正式な通達です!! 」

「おい!! さすがにそれは不敬だろ!! 」


思わずつっこみを入れてでしまうレスターだが口元がにやけている。ブリッジクルーも口元に手を当て、クスクスと二人の漫才を見て笑っている。


「いや、よかろう。私が全力を持ってそう取り計らおう、シャトヤーン様よろしいですか? 」

「ええ。それでは今から準備をしないといけませんね」


そこに白き月からの通信が入る。どうやら、タクトのジョークは好意的に受け止められたようで、二人もにこやかにこちらを見ている。


「だそうだ。みんな、それじゃあ……総員戦闘準備!! 」

────了解!!


エンジェル隊とラクレットから、完全にタイミングの一致した通信による応答が入る。
同じく、各クルーもその場でタクトの声にあわせて応答していた。


「初めてだな、6人の了解が揃うのは」


そうレスターはこぼしたのであった。











「シェリー……」


エオニアの心は憤怒で染まっていた。自分の腹心どころか、もはや半身といっても差し支えないほど近い存在を失くしたのだ。その心境は言わずもがなであろう。


「お兄様? どうしたの? 」

「シェリーが死んでしまったのだ……エルシオールの手によってな」

「そう、それじゃあ私が変わりにシェリーを作ってあげましょうか? 姿かたちも、言動もそっくりの同じのが出来るわよ? 」

「それじゃあ、だめなんだ! ノア!! 」

「そう? へんなの」

ノアの言いように一瞬激昂しかけるエオニアだが、なんとか理性を取り戻した。もはや、自分に躊躇う理由などない。シェリーを殺したエルシオールをこの手で……


「葬り去らねば……シェリー、それがお前への弔いになるであろう」





「前方の空間にドライブアウトする艦を多数確認、エオニア軍です。黒き月も確認しました! 」

「来たか……エオニア!! 」


前方スクリーンに瞬時に拡大映像が表示される。エオニアの乗る『旗艦ゼル』を囲むように高速ミサイル艦、戦闘母艦、高速突撃艦を中心に構成された前衛と思わしき軍団が映し出されていた。タクトが無意識に右手を握り締めていると、一つの戦闘母艦から大型戦闘機が発進してきた。今まで見たことが無い型だったので、新型かと推測したが、そのタイミングでエオニアから広域通信で呼びかけが行われた。


「白き月、並びにエルシオールに告ぐ。我が名は正統トランスバール皇国第14代皇王、エオニア・トランスバールだ。幾度にも渡るこちらの寛大な呼びかけに対し、断固拒否の姿勢を示し続ける貴様らは、すでに皇国の反逆者である。最終通達だ、白き月を余に────正統な皇国の王であるエオニア・トランスバールに明け渡せ」


その、一方的な通達はこの宙域に響き渡った。タクトとレスターは顔を見合わせる。レスターは、タクトのやることを悟ったようで、好きにしろと表情で伝えている。つまりは、諦めと傍観がない交ぜとなったそれなのだが。タクトは通信をエオニアに繋ぎ、大きく息を吸い込むとエオニアに返答した。


「白き月は皇国のものだ、よって皇太子……いや廃太子である、貴方のものじゃない」

「……ほう、マイヤーズ、ずいぶんと面白いことを言うな」

「そうですか? オレはただの事実を述べただけなつもりなんですがね?」


高圧的な視線で、睨みつけるエオニアに対してタクトは何時もの飄々とした態度で切り替えしていた。だが、エオオニアもタクトのその態度を見て逆に冷静さを取り戻したのか、一端目を閉じると、先程の激しく燃えるような激情を移す瞳は、静かに渦巻くそれとなり、何時もの表情に近いものとなった。


「マイヤーズよ、余は白き月のロストテクノロジーによる恩恵を使い、皇国を銀河全てを領土にもつ大国にすべきだと考えていた」

「はあ、それはご立派なことで」

「以前までの私ならば、当然のように白き月の恩恵を受けている今のお前たちが、さぞかし憎く見えたであろう…………だが、今はそうではない」


そこまで言うとエオニアは右手を垂直に伸ばしマントを翻した、その動きにあわせて彼の長い髪が風に乗りしなやかにゆれた。一同の注目が彼の手の方向に集まる。その先にあったのは、黒き巨大な人工天体。


「黒き月……」

「そうだ、白き月など黒き月があれば、もはや不要。本質的に同じ兵器工場であるのならば、2つもいらぬのだ。以前までならば両方とも欲したであろうがな」

「それは、成長なされたのでは? 二羽の兎を追うものは、一羽の兎すら手に入れることが出来ない。と言われているのですから」

「ふ、まあよい……さて、貴様の時間稼ぎにこれ以上付き合ってやる義理はないのでな、終わらせてもらう……『ヘルハウンズ隊』エンジェル隊の首を余の元に献上せよ」

────了解


そうエオニアが指示した瞬間、5つのウィンドウが開く、ヘルハウンズ隊の面々だ。
通信が繋がっている下を見ると先程の大型戦闘機に搭乗しているようだ。


「やあ、ミルフィーどうだい、この機体は、ついに完成した僕達の紋章機『ダークエンジェル』だよ」

「今までは性能の差で苦戦を強いられていたが、それも今日まで。成り上がりのブラマンシュは、自分の無力さに打ちひしがれると良いさ」

「うぉぉ!! このオレの新たな力を貴様に見せ付けてやるぜぇ!! 」

「この剣で……貴様を撃つ」

「へっへー、オイラとこいつのデビュー戦だ。ヴァニラ・H、とっととやられちまいな」


『ダークエンジェル』それは、白き月の生み出した紋章機を模して作られた黒き月の最高傑作。ノアが自ら設計しつくされた、誰が搭乗しようと最高の性能を発揮することが出来る最高の兵器。ヘルハウンズ隊の面々はそれに搭乗していたのである。今迄エンジェル隊が彼らに優位を保ってこられた理由の一つに期待の性能差というものがある。だが、それが極限まで小さくなってしまったのだ。
ヘルハウンズ隊は珍しく、その一言だけで通信を切り、こちらに向かって急速に距離を詰め始めた。それに続くかのようにミサイル艦、高速突撃艦、戦闘母艦、旗艦ゼルと進軍してくる。
タクトはエンジェル隊並びにラクレットに向かう。。


「さあ、みんな行くよ。これがオレ達の最後の戦いだ!!」

それに対して打てば響くような返事が返ってくる。

「はい!! 皇国の平和のためにも、絶対に許して置けません」

「ついに最終決戦よ。叩きのめしてやるんだから!!」

「ええ、私も尽力させていただきますわ」

「ああタクト、派手に行こうじゃないか!!」

「傷は私が癒します」


5人が言い終わり、ラクレットに自然と視線が集まる。彼は大きく息を吸って叫んだ、心の内を精一杯に────


「自分のエゴで人を殺すの何て、ゲームの中の悪役だけで十分なんだよ!!」


銀河最強の旗艦殺しフラグブレイカーの後の名言である





[19683] 第二十七話 決戦────因縁の決着
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/06/10 00:46

第二十七話 決戦────因縁の決着


「悪いけど、こちらも負けるわけには行かないんでね!!」

「クッ……集中狙いか……」


現在この宙域はまさに混戦と言うべき状況であった。エンジェル隊はヘルハウンズ隊の駆る『ダークエンジェル』と入り乱れた戦いをしている。エルシオールからは少々離れた距離であり、万一エルシオールに奇襲をかけようものなら、船に張り付く前に、背後を見せた途端に沈められるであろう距離だ。技量は高いものの、個人プレイでの攻撃が主体であるヘルハウンズ隊は、今までの戦いで急速に成長しているエンジェル隊のチームプレイにより、やや押され気味であった。

エルシオールには足の速いミサイル艦、高速突撃艦が襲い掛かろうとしているものの、的確にこちらの武装が届く限界の距離を維持しつつ移動し続けているエルシオールに、たいした打撃は与えられていない。その理由の大きな所は、タクトのエルシオールの動きは全てレスターに委ねるという英断の結果だ。

戦闘前に自分はエンジェル隊の指揮に専念したいから、エルシオールの行動の全ては任せると言い出したのだ。当然レスターは動揺したものの、タクトの真剣な表情に押されて、その役目を負うことにしたのである。レスターは敵の今日までの戦闘時の動きから、敵AIが持っている行動原理をある程度把握しつつあった。そして、今までの戦闘において最もエルシオールの火器の管制に口を出していたのはレスターであり、『被害を最小限に抑えてほしい』というタクトのオーダーに答える最高の存在でもあった。
もちろん軍人であるレスターをもって『貧弱』と呼ばれるエルシオールの火器だけで、敵を倒せるわけではない。装甲の比較的薄いミサイル艦一つ落とすのにすら、手間取るのだ。しかし、それを補っているのが


「敵機撃墜。レスターさん、次の標的は」

「高速突撃艦Cだ、ミサイル艦Fはこちらで対処する。40秒以内に頼む」

「了解しました!!」


エルシオール防衛の任についているラクレットだ。今回のエオニアの旗艦や、戦闘母船という『エタニティーソード』に相性のいい『超火力鈍足重装甲』の敵と、敵紋章機『ダークエンジェル』のような極端に悪い『高速高軌道』の敵が居るこの戦場において、最前線での切り込み隊長的命令が下るかと思ったのだが、その考えは裏切られ、エルシオール防衛に回された。ついでに優先排除目標である、『ダークエンジェル』が片付くまでは、レスターに指揮権を任せているのだ。

リーチの短い『エタニティーソード』はスピードを活かして接近するのが常だが、相手が接近してくる上に、エルシオールよりも攻撃優先度が低く設定されているので、ターゲットにされにくく、見事に持ち味の高い攻撃力を活用していた。開戦直後に数隻の艦を落としてからは、エオニアが指示したのか、そういうAIなのか、ある程度攻撃対象になっているようで、スコアは伸び悩んでいるものの、時間稼ぎつつ、エルシオールの被害は最小限にするという任務は見事達成されていた。



「っく、なぜだ!! 同じ『月製の戦闘機』、性能に差は無いはず……それならば、技量に勝る僕が押されるはずが無い」

「慢心が過ぎましてよ。だいたい「技量で勝っている」という主張にしがみ付いているようですが、私たちに勝てたことが無いという事実が、それすら肯定されないと言うことに気付きませんこと? 」


自称貴族出身のリセルヴァは、目の敵にしているミントの機体からの攻撃を受け、右翼のスラスターが機能を停止したことに悪態をつく。ミントはそれこそ、そよ風を受けたかのような、飄々とした冷ややかな表情で口撃し追い討ちをかけている。すると怒りで赤く染まっていた彼の顔はさらに恥辱が加わったのか、真っ赤と形容するしかない顔色になる。
まるで、湯沸かし器のようですわね。と結局の所、プライドばかりが高く、短気であるリセルヴァに対して心の中で呟き、ヴァニラのフォローに入る。タクトから指示が来たのだ。


「ヴァニラ・Hのクセに生意気だぞー、ちくしょう!! 」

「うるさい」


凛としたその良く通る声にベルモットは一瞬ひるんでしまうものの、手の動きは止めず彼女の機体『ハーベスター』の隙を窺う。毎回彼は攻撃力の低いものの、味方を補修してしまうと言う厄介な彼女の機体を、最優先に排除しようとする。しかし攻撃がメインではない彼女の機体は、回避に専念することが多く、なかなか削りきれずに手の余った別の紋章機に落とされると言うパターンで毎度沈んできた。

今回は『ダークエンジェル』という、強力な自機に搭乗しているため、果敢に攻めていたのだが、何時も以上に優れた回避能力と的確な誘導ミサイルによる中距離攻撃により、むしろこちらの損害が増してきているのだ。彼は、そのまま『ハーべスター』の周囲を旋回しつつ散発的に攻撃を加えようと、ペダルを踏み込むのだが、警戒してなかった『トリックマスター』の『フライヤー』による攻撃でエンジン部分に攻撃を食らってしまい、機体出力を大幅に落としてしまうのだった。
ヴァニラは多少損耗していた『トリックマスター』の補修の為に機体をそちらに向ける、ランファとミルフィーの戦いを横目に見つつ。



「うぉぉぉ!! さすがはオレの好敵手《ライバル》いや、友《ライバル》だな!! だが、オレもそう簡単にやられはせん!! 」

「煩いし、しつこいし、暑苦しいのよ!! 宇宙空間に出て頭冷やしてきなさい!! 」

「ミルフィー、君にはあんな男より僕のほうが相応しい、さあ僕の胸に飛び込んでおいで」

「遠慮します!! 私にはタクトさん以外にいないんだから! 」


こちらの4人はそれぞれ自分の機体の速度を活かした高速戦闘で鎬を削っていた。他のヘルハウンズ隊とは違い、かなり拮抗した戦いである。その理由のひとつに、初っ端にレッド・アイを落としたことにより、敵のマークがついていないフォルテの『ハッピートリガー』が介入しようにも、入り乱れすぎて誤射をしそうだという事がある。そのため、現在フォルテは近づきつつある戦闘母艦の牽制をタクトにまかされている。


「ミルフィー、上から!! バ~ンといくわよ! 」

「……うん! わかった!! 」


ランファは『カンフーファイター』の操縦桿を手前に思い切り倒し、機体を急上昇させる。それに右後方から『ラッキースター』が追従するのを横目で確認した後、左に旋回する。急な方向転換だが、ミルフィーは瞬時にランファの意図する所を理解したのか、真上への上昇をやや右にそらす。
ヘルハウンズの二人は自分のターゲットである機体を追う為、ランファの急上昇時点で追いかけ始めたのだが、先程まで寄り添うように飛んでいた敵機が、二手に分かれたことに一瞬のタイムラグが生まれてしまう。結局自分のターゲットをそれぞれ追いかけようと、二手に分かれようとした。
ギネスは急旋回したランファを追うために右に機体を向ける、その瞬間『カンフーファイター』の右翼部にある各スラスターの出力がまるで暴発でも起こしたかのように急上昇した。


「なんだとぉぉぉ!! 」


『カンフーファイター』はその勢いによって、滑るようにそのまま180度向きを変えた。そのタイミングで背後のエンジンは限界まで絞られ、慣性に任せて後ろ向きに進んでいる形になる。ギネスは、全ての砲門がこちらに向いている敵機に突っこむ形になったのだ。雨霰のようにミサイルと、粒子ビーム砲が降り注ぐ中、すぐさま直感で左下に避ける。
その判断は正しかったのか、一瞬のうちに弾幕からの脱出に成功するギネス、してやられた悔しさを感じるものの強敵の手強い行動により激しい興奮を覚えた。


「やるなぁぁ!! だが、オレを倒すには届かないぜぇぇ!! 」

「あら? 本当にそうかしら? 」


そう捲くし立てる彼に、ランファは余裕の笑みを浮かべて問いかけた。一瞬何のことだ? と考えてしまうが、その刹那で先程と同じ悪寒が背筋を走る。同時に直感が働き機体を動かそうとした。しかし、二度も幸運は続かなかったのか、機体の前方に突如桃色の壁が現れた。

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 」

「やったよ!! ランファ!! 」


そのピンクの壁の正体は、『ラッキースター』の特殊兵装ハイパーキャノンだった。ギネスは自ら砲撃に飲まれに行ってしまい、機体を大きく損傷させてしまうのだった。ランファは先程、ミルフィーに特殊兵装を使うように遠回しに指示したのだが、それが順調に事を運んだようで、見事にギネスを落とせた。


「それじゃあ、こっちも行くわよ!!アンカークロー!! 」


あとは、こちらの仕事だといわんばかりにランファはエンジンを再び動かし、瞬時にトップスピードにすると、電磁式ワイヤーアンカーを伸ばし、ミルフィーの後ろに張り付いて、今まさに攻撃を仕掛けようとしているカミュの機体を殴りつける。

「っく!! ミルフィー以外の人間にやられるとはね……」

「あんたらは、個人に固執しすぎなのよ!! ヘルハウンズじゃなくてヘルストーカーズの方があってたんじゃない? 」


カミュの機体も戦闘続行は難しい損害を受けたようで、宙域から離脱しようとしている。完全に芯を捕らえたつもりのランファだったが、敵もとっさに回避行動をとったのだろう。
しかし、これでどうにかヘルハウンズ隊の撃退に成功した。


「よし、みんなエルシオールはこれから、『旗艦ゼル』を最優先排除対象にする。レスターは引き続きエルシオールを頼む。ラクレットは早速で悪いけど、フォルテが牽制している敵に止めを。ヴァニラは距離をとりつつ、ラクレットのカバーを。他の皆はいったん補給に戻ってくれ、一気に決める」

────了解!!

6つの声による返事を聞きながら、タクトは補給の後にどうやって仕掛けるかの4つ目の策を考え始めている。とりあえず、ラクレットが母艦を落とせるかにかかっているなと、結論をつけたタイミングでレスターから声がかかる。


「そういうつもりなら……操舵主!! 進路を2時方向に変更、足の遅い『ハッピートリガー』を迎えにいくぞ!……その方が都合が良いだろう? 」

「ああ、頼む」

「フッ、どうせ俺がこうすることを含めて考えてるんだろ? 」

「さぁ? どうだろうね? 」


戦闘は早くも佳境に入ろうとしていた。





「ヴァニラさん!! 右上から仕掛けますから誘導ミサイルをお願いします! 」

「わかりました、お気をつけて」


ラクレットは宣言と同時に機体を移動形態に変更し、黒翼を羽ばたかせる。ここには大気はないが、翼は『H.A.L.Oシステム』により、統制された『クロノストリングエンジン』からのエネルギーを糧にして驚異的な加速を得る。黒い羽を軌跡に残しつつ『エタニティーソード』は今までに無いほどの速度で敵の母艦に迫る。

敵の圧倒的な大きさに、目視では距離感がおかしくなってしまう。そう考えたラクレットは表示される彼我の距離を元に到着までに時間を算出する。しかし、一瞬思考を割いた事により、眼前に迫るレールガンによる迎撃を回避し遅れた。


「っぐ!!……シールド出力の低下だって? んなこと、判ってるっつーの!! 」


当たり所が悪かったのか、急激にシールドが減衰してしまう。しかし、彼が勢いをとめることは無かった。信じて預ける背中には無敵の癒し手がいるのだから。


「癒しの波動を……リペアウェーブ」

「ありがとうございっ! ます!! 」


『ハーベスター』の特殊兵装リペアウェーブだ。コレによって散布されたナノマシンでラクレットの機体は応急処置的な補修を受けたのだ。しかし、ヴァニラの機体は少々特殊兵装を発動するためにテンションが足りなかったのか、エネルギーで無理矢理代用したようで、一度補給に戻らざるを得なくなった。ヴァニラに向いていた攻撃や、ミサイルの援護を迎撃するための攻撃分が全てこちらに向く。砲門の数は剣を数に入れてもやっと2対120といったところだ。いくら回避に優れる『エタニティーソード』でも戦闘母艦に単騎でつっこむのは大変困難であった。
だが、今のラクレットは違う、シャトヤーンの力により、機体の性能をより引き出すことに成功した彼は、機体をあえて速度の劣る攻撃形態に変更し、さらに距離を詰める。ミサイルなら回避し、レーザーやビームならば剣で受け止め、レールガンなら斜線からそれる。そう言葉にすると単純だが、技量的には神がかりなその行為を、彼は額を汗でいっぱいにしつつこなす。
このような離れ業が出来るのは、リミッターが外されたことにより『H.A.L.Oシステム』の持つ予知能力が、ラクレット自身の予知能力と強烈なシナジーを起こし、一瞬の後の光景を脳に焼き付けているからだ。ラクレットは今、その事を自覚していないが自分の近くに入る情報に対処するように動かしている。それこそが最適な行動になり、攻撃を躱して、接近を許しているのだ。土壇場になって、このようなことができるようになるあたり、彼にも戦闘機乗りとしての才能はあったのであろう。

攻撃を紙一重で捌き続け、なんとか懐に入る。敵艦の表面ギリギリにへばりつき、剣を敵方向に向けて縦横無尽に飛び回る。片端から砲門を無効にしているのだが、この母艦には、フレンドリーファイアーや、誤射防止のためのシステムが入っていないのか、自らにも損害を与えるのにもかかわらず、兵器で『エタニティーソード』目掛けて攻撃をかまして来ているせいで、シールドがどんどん目減りしてゆく。機体が傷つく中、彼はそれでも敵の表面で暴れまわる。手の甲や頬が焼けるように熱い、しかし今はそんなことなど、もはや構いもしなかった。
なにせ、それすらもラクレットにとっては都合のいいものだった。『攻撃を、受ける、躱す、与える』それらの行動によりパイロットというものは自分が戦闘していることを実感する。戦闘の渦中においてテンションが限界まで上がるのだ。


「『エタニティーソード』力を貸してくれ……僕は、希望をつなぐ力になるんだっ! うおおぉぉっっ! 」


彼は純真な天使でもなければ、伝説の勇者でもない。祈って奇跡が起こるわけでもないし、神から祝福された幸運も無い。一人で全ての敵を倒す覇者の資格も、自分だけができる特殊な能力もない。だが、それでも────誰かの力に成りたいという願望だけは本物だ。『H.A.L.Oシステム』はその願望によってより高い出力をくみ出すことすら可能なのだ。


「コネクティドゥッ! ウィル!!」


両の手に持つ双剣をあわせ、一つの巨大な剣と成す。何の面白みもない、右から左への一閃を振りぬいた。その斬撃により母艦は一刀両断されるが、まだ彼の勢いは止まらない。そのまま自分が切り開いた母艦内部を突っ切り、その後ろに構えていたもう一つの母艦までもが彼の剣の間合いだった。


「消え去れぇぇっっ!!」


機体の左肩の後ろでためを作り、その勢いで2つ目の母艦を断つ。それは彼の機体の成せる最高の攻撃であった。後に残るのは、四散した敵母艦二つ分の残骸と呼ぶべきジャンクのみだった。



「……目標、沈黙……戦闘母艦はこれで全滅です……次の……指示を……」

「いや、後は数隻の高速突撃艦と旗艦だけだ。エンジェル隊の調子は万全。一端補給に戻ってくれ」

「……了解……しました」


タクトはラクレットの予想以上の戦果に内心舌を巻いていた。損害を与えられれば良し。特殊兵装が決まれば、沈む寸前まで追い詰められるであろうと思っていたが。まさか沈める、しかも2隻いた両方をとは思わなかったのだ。だが。それによりもはやエオニアは、一時的に撤退をすべきであろう所まで戦力を失ってしまっている。
「逃がしはしない……」
タクトは心の中でそう強く唱えた。


「お疲れ様です」

「露払いは十分。後はアタシたちにまかせなさい!! 」

「少々見直しましたわ」

「私たちを守ると豪語するだけのことはあるね」

「すごかったです!! 」

「……ありがとうございます。それでは後は頼みます」


エンジェル隊からも、今のラクレットを褒め称える言葉が絶えなかった。ラクレットはそれらをかみ締めながら、『まだ始まったばかり』であるこの戦場の戦闘で、これだけの疲労感は正直まずいかもしれないと内心焦るのであった。











Q あれ、初登場より活躍してない?

A 今回は別に勝負を楽にしただけで、勝利を掴む決定打になったわけではない。



[19683] 第二十八話 決戦────クロノブレイクキャノン
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/06/10 01:12


第二十八話 決戦────クロノブレイクキャノン




「くっ……予想以上に損耗が激しい、ここは一端前線を下げるぞ。各旗艦に通達せよ、可能な限り相手に損傷を与えつつポイントAWh14まで後退せよ」

────copy that.


台詞からは、劣勢であることが察せられるが、正統トランスバール皇国軍のトップ エオニア────彼の表情は涼しいとまでは行かないものの、まだ余裕はあった。なにせ、自分は打つ出の小槌の如き『黒き月』を従える正統なる皇族なのだ。事実『黒き月』の中には無人攻撃衛星を筆頭に伏せられたカードもある。もっと単純に自分の後ろにはおよそ"2"方面軍分の艦隊が控えている。
彼は自分の肉声を認識する管制システムで全艦に指示を飛ばした。通信役のオペレーターもいるが、その人員は現在自分のダメージを計算している所だったのである。


「今はいきがっていると良い、エルシオールよ……所詮は1隻と6機、そちらに勝ち目などッ!! 」


しかし、そのエオニアの余裕の宣言を妨害するかのごとく、アラーム音が鳴り響く。すぐさま手元のコンソールを操り原因を探る。するとそこには驚愕の事実が書かれていた。


「馬鹿な……! あの状況から……」









「司令! 援軍です! 当艦の11時方向、敵戦艦群の左側面に多数のドライブアウト反応を確認しました」

ルフト率いる援軍の到着であるドライブアウトと同時に行われた集中砲火はエオニア軍に甚大な被害をもたらした。




「どうにか間に合ったようじゃの。タクト、シヴァ皇子は無事かの?」

────ルフト准将!


ドライブアウトし現れた戦艦を率いていたのはルフトだった。もう何度目か判らない彼の突然の出現に、タクトとレスターは驚く。ルフトが率いている艦隊は数にしておよそ180隻といった所か、そのいずれもが皇国の最新鋭ザーブ級戦艦とパーメル級巡洋艦であり、エオニアのおおよそ300隻の戦艦の背後からレーザーとミサイルの嵐を浴びせたのだった。
数の上ではまだこちらが不利だが、無人艦隊と侮る人員がいない今は、無人艦よりも確実に質で勝っているであろう。これでタクト達はエオニアの旗艦に集中することが出来る。


「エロスン大佐はいい仕事をした、これは戦後に褒章をやらんとな……ともかく、有象無象はわし等に任せておけ」

「はい!」

「了解です」


ルフト准将がここまでの戦力と共に来られたのは、エロスン大佐が必死で戦力の調整、人員の再配置等の諸々の雑事を、言葉どおりの不眠不休で身を粉にして処理してきたからである。そんな彼は


「旗艦殺し《フラグ・ブレイカー》によろしくと伝えてください」


と言って倒れ、ファーゴに残留した、戦闘には支障あるが、問題なく動く艦で寝込んでいる。タクトは通信を切るとエオニアの旗艦を追いかけるエンジェル隊の動きに意識を裂くのであった。




「くそっ! 黒き月!! 応答しろ! 」

「なぜだぁぁ!! なんで返事が無い! 」

「この僕が……こんな所で終わろうというのか! 」

「……剣は、折れた」

「ちくしょぉ! オイラ死にたくない!! 」


ヘルハウンズ隊はちょうど黒き月に向かっていた所で、ルフトの援軍と自分の艦隊の弾幕の中を航行している。運の悪いことに彼らを挟むような位置に援軍が出現したのである。ただでさえ損傷を受けているのにもかかわらず、このような環境では10分と持たずに宇宙の埃と成ってしまうであろう。『黒き月』はいくら呼びかけてもこちらの応答に答えようとはしない。彼らの心の中は暗雲に満たされていた。


「黒き月!! 応答しろ! ノア! 」


もはや、死有るのみか。そのような言葉が頭の中で囁かれた時、急に彼らの通信スクリーンに、金髪の美少女が映し出される。それは、彼らも良く知る人物、ノアだった。彼らは彼女からこの機体を渡されたのだ。普段彼女は『黒き月』かエオニアの旗艦のどちらかにいるのだが、今日は戦闘をする為『黒き月』にいるようエオニアから言いつけられていた。つまりは『黒き月』からの通信である。


「力が欲しいの? 」


口をそろえてその言葉を肯定する。彼らは今を生き残るためならば、エオニアに謀反を起こしても良いとすら思っていた。もっとも彼らは忠誠心が高いわけではなく、エオニアからも忠臣との扱いは受けていなかったのだが。事実リセルヴァなどは将来的に皇座を簒奪す森でいたのだから。
彼女は彼らの返答が予期していたものと同じだったのか、薄く微笑みを浮かべる、まるで自分のお気に入りのおもちゃを自慢する、無垢なる少女の様な表情を浮かべ、口を開いた。


「どんなことをしても?」


────そうだ!だから早く助けてくれ!!


そう言って彼らは、悪魔の契約書にサインをした。そして、ノアの口元が吊り上がりそれは始まった。



『ダークエンジェル』のパイロット座席の後ろから数本の触手の様な管が伸びる。それの先端は針のように鋭く尖っており、大きく撓り彼らの首筋に狙いを定めた。彼らが後ろを振り向こうとした時には全てが終わっていた。首筋にズブリと刺さった管は彼らをダークエンジェルと結合させる。彼らの神経という神経は『ダークエンジェル』と同化してしまったのだ。変化は一瞬だった、彼らは自分が人間という種が手に出来るであろう、個としての力の領分を侵した。結果、圧倒的な全能感と共に彼らは自分というものを失ったのである。
ヘルハウンズ隊を取り込んだ『ダークエンジェル』は自身の形状を変化させる。人間であったから必要であったキャノピーは、分厚い金属の装甲に覆われ、Gに対するキャンセラー等も外され、エンジンの出力をダイレクトに外に伝える機構などにシステムが書き換えられた。完全に無人機としての仕様に切り替えられたのだ。同時にパイロットであった彼ら、いや彼らの脳は戦闘機用のAIとして働くモノに成り下がった。彼らが培って来た技術は、単なる情報として置換され、記憶から記録に変換。つまりは生体コンピューターだ。
彼らは今ただ敵を倒すという目的でのみ戦闘を行う、殺戮マシーンとなった。そこに死への恐怖や生への執着は微塵もなく、あるのは命令を遂行するという命題のみだった。




「ヘルハウンズ隊の、戦闘機が反転してこちらに向かって来てます!! 速度は……先程よりも格段に速くなっています!! 」

「なんだとっ! 」


エルシオールはいち早く、彼らの接近を察知していた。何せエオニアとの進路に割り込むように接近する戦闘機が5機あったからだ。すぐに正体を予想することが出来た。しかし、予想外の速度にタクトは解析を急がせた。


「司令! あの機体中に人間を乗せる機構が全てオミットされています。形状はほぼ同じようですが」

「そんな……生体反応は、確かにあるのに……」


ココとアルモはいきなりの事態に戸惑っているようで、表情は不安げだ。タクトは冷静に、すでに繋いであった整備班のクレータのウィンドウに顔を向けた。彼女は苦虫を噛み潰したような顔をして、タクトに答えた。


「……おそらく、人間の体を取り込んで動いているのでしょう。人間の脳はそれだけで優秀なコンピューターですから……おそらく、彼らはもう……」

「くそっ! エオニアめ……自分の部下すら駒のように使うというのか!」


タクトは医務室に待機しているケーラに繋ぐ、事態を軽く説明し彼はこう問うた。


「この状態の彼らを、元に戻すことは可能ですか?」

「正直難しい……いえ、不可能でしょうね……すでに機械と同化してしまっているもの……」


ケーラは、憂いを帯びた表情で、タクトに気まずそうに話した。自分の医療に携わるものとしての限界を見せられたような気がしたのだ。彼女に責任は塵芥一つほども無いのに、気に病んでしまっているのだ。


「そうですか……皆、あんな奴等でも顔見知りだ。楽にしてやるぞ」


タクトは、ケーラとの通信を終えると、前を向き強く宣言する。自分達が、倒してやらなければ、彼らは救われないし、何よりこちらが危ないのだ。エンジェル隊の面々も理解しているのか、その言葉に強く頷く。


「エンジェル隊! 戦闘開始!! 」

────了解!!


10機の機体が宇宙で絡み合う、最後の戦闘が始まった。




「『エタニティーソード』の収容を確認、右腕部の損傷の応急処置を急ぐわよ!! 」

───了解!


格納庫では整備のために戻った『エタニティーソード』を取り囲むように整備班の面々が作業を開始していた。彼の機体は腕の部分の劣化が激しいのだ、先程の特殊兵装の連続での使用が響いているのか、即急に処置が必要であった。


「ラクレット君、右腕を持ち上げるように操作をお願い」

「…………急いで、下さい」


クレータはラクレットに指示を出すものの、戻ってきたのは熱病に魘されたような上ずった声だった。しかも内容はこちらの言っていることを理解している様子ではない。ここに来てクレータはラクレットの様子がおかしいことに気付き、コックピットに駆け寄って強制的にハッチを開放する。


「……どうしました? 整備が終わり……ましたか?」


ラクレットはまさに疲労困憊という表現が似合いそうな様相だった。額は脂汗にまみれ、操縦桿を強く握り締めている腕は小刻みに震えている。クレータは一先ずラクレットを整備の邪魔だから、一端機体から降りてくれと強制的に『エタニティーソード』から出した。
ラクレットは両腕を整備しやすいように動かしてから、すぐに降ろされた、加えて言うと、現在の状況が今一つよくわかっていなかった。そのまま近くの手すりに邪魔にならないように腰掛けて待っていると、クレータが近くまでやってきた。

少し休むことで思考に余裕が出来たラクレットは、今になってようやく自分の状況を理解した。先程までの自分は、人の話を満足に聞くことすら出来てなかった。かろうじて、タクトに『一端補給に戻れ』と言われたのを覚えてはいるが、あとは早く戦線に復帰しなければならないという使命感に突き動かされていた。


「(……戦闘中満足に自己管理も出来ないなんて、なんて不甲斐無い)あの……整備はどのくらいかかりますか?」

「すぐに出来るわ、でも貴方は平気なの?」


そのように、軽い事故嫌悪に苛まれている彼は、クレータの問に一瞬迷ってしまった。本音を言うともうしばらく体を動かしたくない、歩くのすら億劫なのだ。もちろんコックピットに座れば、精神的にある程度の無茶はできるようになるであろうが、それでもしばらくの休息は欲しかった。だが、同時に彼の頭の中に、こんな所で自分だけ休んでいていいのか? という声が聞こえる。今は戦闘中なのだ、戦力の1割ほどの活躍はしていると自負しているラクレットが、戦線を抜けることなど、許されるのか? と責めて来るのだ。その葛藤を全て見抜いたのか、クレータはブリッジに通信を繋ぐ。


「ブリッジ、こちら格納庫、クレータです」

「どうした? 」


通信ウィンドウが開き、レスターの姿が映る。現在彼は、エルシオールの指揮権を得ているが、やっていることは『クロノブレイクキャノン』のチャージ完了まで敵を追尾するだけなのだ。


「『エタニティーソード』の処置はあと2分ほどで終了しますが、パイロットの疲労が激しく、戦闘続行は困難かと」


ラクレットは彼女の有無を言わさぬ報告に、顔を下に向ける。自分が情けないのだ。自分一人で戦闘続行可能だと宣言することも、少し休ませてくださいということも出来ないのだ。その様子をクレータの肩越しに見たレスターは、すぐに状況を理解したようで、振り向いてタクトに話しかける。彼は指揮をしていても、こちらの話をする余裕を常に持っているのだ。


「タクト、ラクレットの疲労が激しい、ヘルハウンズ隊との戦闘中待機でいいか? 」

「ああ、いいよ」


あっさりそう答えるタクト。まあ、今の性能が上がった『ダークエンジェル』相手に『エタニティーソード』は囮や時間稼ぎ程度しか出来ないという事実もあるのだが。彼の反応は淡白だった。レスターはそれを予想していたのか、ラクレットのほうを見つめて口を開く。


「だそうだ、ラクレット、あんまり一人で何でもしようとするな、戦闘母艦を2つ沈めただけで、個人としては破格の戦果だ、気にすることは無い」

「……ですが」


ラクレットは悔しかったのだ、敵の母艦を落としてそこでガス欠になる自分が、その後素直に、少し休ませてくれとも言えない自分が。どっちつかずで全部を自分一人で抱え込むことすら出来ないのだ。なにが、エンジェル隊を守るだ、自分が出来たのはせいぜい雑魚を減らす程度じゃないか。


「……エンジェル隊と、タクトが信じられないのか? 」

「そんなことはありません!! 」

「ならば大人しく、そこで待ってろ」


レスターはそれだけ言って通信を切った。ラクレットはとりあえず、言われたとおり休むことにする。色々思う所はあるものの、命令として言われると、少し気が楽になったのだ。事実、彼も『ダークエンジェル』なんぞと戦っても、まともに相手が出来ると思ってはいなかったからだ。


「少しはましになったようね」

「ええ……まあ」

「貴方は一人で戦っているわけじゃないんだから、すこしは他の人を頼ったら? それは別に悪いことでも恥ずかしい事でもないのよ」


クレータはラクレットにそう微笑む、彼女は彼が今迄、時間に空きが出来ると自分の機体の調整や、シミュレーターによる訓練などに費やしてきたことを一番良く知っている。格納庫に一番長い時間居る彼女は、話こそしなかったものの、『エタニティーソード』に噛り付いているラクレットの姿は良くみていたのだ。


「そうですね……整備が終わったら言ってください、それまでここにいますから」

「わかったわ」



その後、整備が終わってから十数分ほど。ヘルハウンズ隊を倒したという報告があるまで、ラクレットは自分の体の休息に勤めるのであった。
仮にそう、別の平行世界では、この時に無理に出撃したために、その疲労がたたって殉職してしまった彼もいるであろう。そういう意味で彼の決断は正しく、明日の彼は今日の彼より強くなれるのである。








「なんだろう、勝ったのに全然嬉しくない」

「ああ、むしろ胸がムカムカして、どうにかなっちまいそうだ」

エンジェル隊がヘルハウンズ隊の面々を文字通り沈めた時、ブリッジで顰め面を浮かべながらそう交わしていた。敵の人の命をモノのように見る行為もそうだが、タクトの場合は、彼らに自分の指示で止めをさしてやれと命令したこともある。別にタクトもレスターも争うことが好きだから軍に入ったわけではない。これは当たり前のことだが、むしろ争いなどなくなればいいと思っているのだ。ヘルハウンズ隊だって、傭兵部隊でエオニアに従っている奴等だったが、それでも自意識を消され、兵器のコンピューター代わりになるような最期を迎えるべきやつらではない。
タクトはもう一度、前方スクリーンの中心に聳え立つエオニアの旗艦を睨みつける、情状酌量の余地などもはや無かった。



「『クロノブレイクキャノン』の充填率は? 」

「あと10秒ほどでチャージ完了です」

「……レスター……撃つぞ」

「ああ、やっちまえ……お前なら力に酔うなんてことは無いだろうからな」



『クロノブレイクキャノン』をシャトヤーンから授かった時、彼ら二人はこの強大な力に惑わされたのならば、エオニアと同じだということを強く認識していた。そのためここぞという時にしか使わないでおこうという方針で、今日の戦闘をこなしてきたのだ。事実、『クロノブレイクキャノン』の充填には多大な時間を費やすので、戦略的にもそう乱発することは出来なかった。


「チャージ完了しました、いつでも撃てます!! 」

「わかった……目標、エオニア旗艦、『クロノブレイクキャノン』撃てぇぇ!! 」


タクトのその言葉と同時に、エルシオール下部に設置された、巨大な砲台────『クロノブレイクキャノン』から天文学的量のエネルギーが一直線に飛び出した。エオニアの数百メートルを軽く越す全長を誇る旗艦すら、余裕で優雅するそのエネルギー砲は、『黒き月』がファーゴで放ったそれとなんら謙遜のない威力であった。
エオニアの旗艦は瞬く間に莫大な光量の輝きに包まれ────消滅した。







「馬鹿な……ノア、私が……私こそが、真のロストテクノロジーの継承者だと言ったではないか、その私がなぜ……」


戦後証拠品として回収された、敵艦の通信記録に残っているそれが、トランスバール皇国史上、最も罪深き功績ある『人間』と後世で呼ばれる、エオニア・トランスバールの辞世の句であった。







「敵旗艦、消滅を確認……司令!! 」

「ああ、やったんだ。オレ達の勝利だ」

「長かったな、今日まで……といってもエルシオールに来てまだ二月もたってないが」


ブリッジの人員は、喜びの勝利よりも、一仕事終えた達成感で、安堵に包まれているといった感じだ。しかし、そんな空気を壊すように、エンジェル隊から通信が入る。ようやく争いが終わったという開放感からか、彼女たちはいつにもまして元気にあふれていた。早速祝勝会はどうしようかとの会話をしているくらいだ。切り替えが大変早いことである。


「タクト、ようやく終わったね、お疲れさん」

「私たちの活躍、最後の最後で掠め取られた気分ですが、無事勝利できたので、良しとしましょうか」

「……私たちの勝利です」

「ええ! これで、ようやくお休みがもらえるわ!! 」

「やりましたよ!! タクトさん。これで戦いは終わったんですね? 」



途端に賑やかになるブリッジ。いつもなら、微妙に顔をしかめるレスターだが、今ばかりは、仕方ないかといったかんじで、微妙に投げやりだ。だが、その口元はそこはかとなく吊り上がっており、珍しい彼の笑顔がそこにあった。アルモはその表情に見とれており、そのためか、ラクレットの『エタニティーソード』が出ていたことを報告し忘れていた。


「すいません、遅れました……」

「ああ、ラクレット、さっきはお手柄だったよ。あとは、残存戦力を叩くだけだから、あんまり気を張る必要は……」


タクトがそこまで言ったタイミングで、突如低い男性の声で広域通信が発せられた


────ククク、人間とは実に愚かだな、幼子の外見をするだけで簡単に騙される。

「誰だ!! 貴様は!! 」


突然の事態に一気に沸き立つ『エルシオール』。レスターは思わずその声に対して詰問するように叫んだ。


────我こそは、『黒き月』ノアという少女インターフェイスを借り、ここまで来たモノ。『白き月』よ我に答えよ。



その瞬間、黒き月は自身を分解するかのように広がり始めた。同時に戦闘宙域を漂っていた『白き月』は『黒き月』に引き寄せられるかの如く黒き月へと前進してゆく。



後にエオニアの乱と呼ばれる戦いの、正真正銘最後の戦いの火蓋が切っておろされた。







[19683] 第二十九話 決戦────幸運の女神
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/06/26 14:43

第二十九話 決戦────幸運の女神


「マイヤーズ、現在『白き月』は、あの『黒き月』に引き寄せられている……あのように人に害なすテクノロジーに『白き月』を渡すわけにはいかぬ。『黒き月』を撃て!! 」


『白き月』から、シヴァ皇子の通信が入る、現在『黒き月』は『白き月』と融合しようと自らを展開し、まるで包み込むかのように白き月を取り囲んでいるのだ。シャトヤーン曰く


「『黒き月』が『白き月』を求めている」


とのことで、専門的な話はわからないタクトも、ともかく、シヴァ皇子の命令を遂行するのになんら不満など無い。『白き月』をあんな、人間をパーツとしてしか見てない『黒き月』に渡してたまるものか。そんな使命感が胸の奥底から湧き上がってくるのだ。


「……みんな! 正真正銘これが最後の戦いになるだろう」


タクトは、今日何度目かわからない通信を飛ばす。先程敵の首領を倒したのに、実はそれが黒幕ではなかった。などという事態の前にも、彼は冷静であった。むしろ心は穏やかで、今日までのエルシオールの日々が脳裏をよぎる。


「思えば長かった。いきなりクリオム星系で君たちに出会って、そのままオレが司令に就任して、今日まで一緒に戦ってきた」


思い出すようにそうゆっくり紡ぐタクト。思えば二ヶ月前の自分は、まだクリオム星系でのんびりと昼寝をしつつ、駆逐艦の艦長なんぞをやっていたのだが、それがずいぶんと懐かしく感じる。本当に密度の濃い日々だった。


「そして、ついさっき、オレ達は絶望的な戦力差の中で、あのエオニアに勝利した。そんなオレ達が絶対に倒さなければならないモノ……それが、目の前にある『黒き月』だ」


白き月を飲み込みつつあるように見える黒き月を指さしながら、タクトはそう宣言する。目には闘志を滾らせ、戦闘時の彼の何時もの不敵な笑みはますます深まる


「ミルフィー、ランファ、ミント、フォルテ、ヴァニラ、ラクレット……皆、行くよ」

────了解!!

「それじゃ、戦闘開始!! 作戦目標はエルシオールが『クロノブレイクキャノン』を撃つための時間稼ぎ。並びに、撃つポイントまで移動する間の護衛だ」


タクトのその言葉と共に、エルシオールは防衛衛星と最新型の高速突撃艦を放出し続ける『黒き月』に向かい前進を始めた。最後の戦いの火蓋が切って落とされたのだ。








「よし、ラクレット、ランファ二人とも頼むよ」

「わかったわ、遅れるんじゃないわよ!! ラクレット! 」

「了解です『エタニティーソード』移動形態に変更、全速前進!! 」


まずは何時もどおり、目の前の敵に、二機の陽動兼、近接攻撃を仕掛けるタクト。もはやセオリーと化している、この戦術パターンだが、ランファの『カンフーファイター』一機でも、ラクレットの『エタニティーソード』だけでも成り立たない戦法だ。
『カンフーファイター』だけなら、装甲の薄いそれに攻撃が集中してしまい耐えられないし、『エタニティーソード』だと、リーチの短さと射程に入るまでの時間から複数の目標に対応できない。
『エタニティーソード』の代わりに『ラッキースター』を用いようにも、カンフーファイターと、速度の差がありすぎるので、距離が開きすぎてしまい失敗するであろう。


「機械のAI (ロボット)のヒステリーは見苦しいものだな」


針に糸を通すような起動制御で、ラクレットは攻撃衛星に取り付くこちらを研究しているのか、数百mサイズの巨大防衛衛星なのに、近接専用の機銃が多めに搭載されているのだ。しかし、『黒き月』が所持しているであろうデータは、あくまで『リミッターがかかった状態のエタニティーソード』に過ぎない。今のラクレットは捕捉されることなく、左右の双剣を疾駆させ、鉛球の雨霰という、盛大な歓迎を右に左に掻い潜る。無論すれ違いざまに可能な限りの破壊を与えつつだ。


彼が零距離で回避行動を続けている間、ランファは敵の大型砲門や、遠距離用火器を引き付ける。1000mを優に超える巨大な防衛衛星だ、砲門の数も馬鹿みたいな数ある。そもそも移動を前提としている艦と、防衛のための衛星では、武装に割けるスペースに雲泥の差があるのだから。しかし、それをものともしないで、果敢と攻撃を掻い潜り、粒子ビーム砲と、ミサイルを浴びせる。ラクレットの『エタニティーソード』が飛んでいるすぐ傍にすら正確に着弾させていくその腕には、もはや銀河中の誰もが文句を言うことが出来ないものだ。近接戦闘を至上とする彼女は、自分の機体制御と、一瞬での空間把握に円熟している、それこそ皇国でも五指に入るほどに。紋章機レベルの大型戦闘機に搭載されている照準システムならば、何所に打つかの判断さえ出来れば、正確に当たるのだ。もちろん、それほど距離が離れていないことが前提だが。


「ようやく気持ちに整理がついた所なんだから!! こんな所で負けている暇なんてないのよ!! 」

彼女はしばしば、戦闘中に大声で叫ぶ。これは結局の所、自己暗示的な側面が強い。人間の心に100%の判断など出来ない。かならず選ばなかった方に、幾許かの心が惹かれているものだ。そういう意味で、人間の理性とは正反対な感情の問題……恋愛の問題など、このような非常時であろうと、短時間で吹っ切れるものではない。しかし、しかしだ。ランファは、自分の心に良く馴染む答えを見出したつもりでいる。


「私はねぇ、皆が笑顔でいられるなら……あの娘が笑っているなら、きっと何時か私も幸せになれるって、信じているんだから!! 」


きっと彼女のことを知っている人ならば、彼女らしいと評し、話を聞いただけの他人ならば、結局負けてそれらしい理由をつけているだけ、まだ吹っ切れていないと見るであろう。そんな事を彼女は大声で叫ぶ。何よりも自分に言い聞かせるために。


「フォルテさん、今!! 」

「あいよ、了解!! 」


その言葉に答えるのがフォルテだ。彼女は今迄多くの場合で傍観者として、一歩引いた冷静な目線で『エルシオール』を見てきたと自負している。司令がくじけそうな時は、支えたし、仲間のメンタル面にも気を配ってきた。それを隊長の職務として、別に自分が困難なことをやってのけたという自覚も無しにだ。もちろん彼女自身も成長している。一応背中を預けられる上官も出来たことだし。世話の焼ける部下のフォローも上手くなった。ルフトが途中でいなくなったために、自分がエンジェル隊関係者で最年長だったからだ。
彼女の仕事は、仲間の信頼に答えることなのだ。


「ストライク バースト!!!」


だから今は、もっとも火力の高いという、攻撃の要である『ハッピートリガー』で防衛衛星を撃滅させる。それが彼女の仕事だ。仲間も頼りにしている、その攻撃力は伊達じゃないのだから。



「敵防衛衛星、撃破!! まだたくさんあるが、道はできてきた、突っ込むぞ!! 」

「了解!!……司令!!敵の増援です!! 」


タクトがそう宣言するのと、ココが敵の増援が出現してきたのを報告するのは、ほぼ同時だった。エルシオールは、先行させている紋章機との距離を詰めるべく、全速前進を開始したばかりで、急に方向を変えることはできない。そもそもエルシールはクロノドライブ時の速度以外では普通の戦艦に多くの面で劣る艦だ。ちょうど3時の方向に現れた敵に側面を突かれる形となってしまったのだ。しかし、タクトは一切慌てた素振りを見せずに、一言だけ指示を口にする


「ミント、よろしく」

「了解ですわ」


エルシオールの護衛用に待機させておいた、『トリックマスター』の背後に搭載された、フライヤーが待っていましたわとばかりに、宙に出される。計21個のそれは彼女のテレパスによって完全に統制され、手足として敵を狙う。ラクレットの予知能力(プレコグニッション)と違い、『トリックマスター』は感知系のテレパスにより、その性能を支えられているのだ。つまりは、ある意味で機体の性能を引き出すという点においては、彼女はエンジェル隊でも随一なのである。


「来て早々で申し訳ございませんが、ご退場くださいませ、フライヤーダンス!! 」


彼女が歌うようにそう呟くと、既にマルチロックを完了していたフライヤーから、一斉にレーザーが射出される。『エルシオール』からは水色の光の筋が幾重にも輝き、敵の群れを蹂躙しているように見えるであろう。それは幻想的で、優雅な光の舞を見ているようであった。


「すみませんタクトさん、一隻取りこぼしてしまいました」


だがさすがに数が多すぎたのか、すべてを破壊しつくすには至らなかったようだ。といっても5隻の突撃艦の内、4隻を沈めたのだ時点で紋章機の恐ろしさと、彼女の能力がわかるであろう。突撃艦は『損傷レベル的に特攻した場合、より戦略的効果が得られる』という設定されたAIに基づき、全武装を稼働しエルシオールに狙いを定める。黒き月の最新テクノロジーによって作られた黒鉄の塊、砲火はそれなりのもので、『エルシオール』に爆音を伴う振動が襲う。


「っく! 損害報告!!」

「Bブロック外壁に損傷……人的被害はなし!! 」


しかし、別にミントの攻撃が封じられていたわけではない、素早く何時もの3機で、突撃艦に止めを刺す。ミントは『エルシオール』にダメージを与えてしまったことを一瞬悔やんだが、すぐにここで悔やむのが自身の仕事ではない。と思い直し、『エルシオール』を追いかけてくる敵戦艦への攻撃に移った。
彼女がいるのなら、人的被害がないなら問題はないと分かったからでもある。


「修復します……ナノマシン散布」


ヴァニラの機体『ハーベスター』ナノマシンを散布してほかの機体を修復できるという、特殊な機体だ。といっても特殊じゃない紋章器は存在しないのだが。それはともかく、いままで戦闘中は、内蔵されている高速修復可能なナノマシンを使用していたが、それは戦闘機修復用に調整されたものだった。しかし、白き月において補給および強化された結果、戦闘時においても、紋章機や戦闘機以外────といっても『エルシオール』だけだが────を修復できるようになったのだ。


「ミントさん、損害は私が癒します。極力抑えてくれるのであれば、フォローは任せてください」

「ありがとうございますわ」

少々申し訳なさそうに、ミントはそう答える。妹分のようなヴァニラに自分の後始末をさせてしまったからだ。


「いえ、それが私の仕事ですから」


しかし、はにかみながらヴァニラはそう答えた。彼女は自分の気質的に敵を攻撃するよりも、味方を癒やす方が向いている事を自覚しているのだ。故に自分のできることを重点的にするだけ、そういう考え方なのだ。むしろヴァニラはラクレットを含む攻撃メインのほかのメンバーをそれぞれ尊敬している部分もあるくらいだ。


「皆さんが全力で戦えるように、サポートするのが、私と『ハーベスター』のできることです」


だから、彼女はみんなが敵を倒してくれると信じて、エルシオールの修復に全力を出すことができる。皆もヴァニラがいるから、自分たちの仕事を遂行することに全力を出せるのだ。無限で最強の互恵型システムである。




「前方に敵防衛衛星が回り込んできています。数3!!」



エルシオール前進を続けていると目標エリアの直前辺りで、防衛衛星が最終防衛ラインとでも言うが如く、列を成して待ち構えていた。鈍重ではあるが、どうやらある程度の移動はできるようで、こちらの進路を先読みして迎撃の準備をしているようだ。ランファ、フォルテ、ラクレットはエルシオール4時方向の敵の足止めをしていて手を外せない、ミントは敵の増援を近隣に展開している味方艦隊と協力して落としている最中だし、ヴァニラはつい先ほど、補給のために格納庫に入ったばかりだ。だが、タクト達にはまだ、エンジェル隊の最高戦力が残っている。彼女は先ほどからひたすら、エルシオール進路上の左側に展開している敵の周りを、適度に攻撃しながら飛行していた。本当にただそれだけをしていただけなのだが、敵からの彼女の戦略的な価値は非常に高いのか、かなり上位の優先排除目標になっているの為、多くの攻撃が彼女に吸い寄せられていた。
つまるところ、彼女がこなしていたのは囮だった。ひたすら敵に一撃当てては距離を取りつつ別の敵に向かい、また一撃離脱。その繰り返しに結果、彼女がほぼ半数の敵を一人で引き付けていたのだ。特殊兵装を使用せず所持している武装を節約しつつだ。
つまり、彼女はやる気は上限を超えており、コンディションは最高で、テンションはMAXだ。


「ミルフィー、我慢してくれてありがとう。それじゃあ、頼むよ」

「はい!! バーンとやっちゃいますよ!!」

その刹那、『ラッキースター』から壮絶な光量のエネルギーが放出される。天文学的な破壊力を持ったそれは、ある一定の太さまで広がると一直線に拡散せず対象へと侵略する。宇宙空間のため音は聞こえないが、おそらく轟音を響かせるであろうそれは、一瞬にして数多の防衛衛星を塵と化した。
これでエルシオールの進行を遮るものは全て無くなった。そう、順調に黒き月攻略は進んでいたのだ。


「よし、ポイントに到達した、クロノブレイクキャノンの状態は? 」

「クロノブレイクキャノン、発射ポイントに到達!! 重点完了まで、あと40秒です」

「敵がこちらを攻撃可能な距離に入るまで、およそ65秒、行けます!! 」

「よし、エンジェル隊とラクレットはエルシオールの周りで待機していてくれ。」

────了解!!


だが、散々イレギュラーが入ったこの世界においても、運命を司るレベルの彼女は、数億、数兆分の一の確率を残酷なまでに強い運によって、引き当ててしまった。


それは一瞬の出来事だった。射程可能距離よりも離れたところで戦闘していた敵の戦艦の砲門がこちらに『偶然』向いていた。それが発射された時『偶然』対象に当たらず、そのまま宇宙空間に消えるはずだった。しかしその先に『偶然』エルシオールがいた。射程可能な距離外で完全にノーマークだったエルシオールがだ。
その、何処へ飛んでいくかもわからない弾が、数100万km離れた場所から『偶然』直進した先に『偶然』いたエルシオールの、シールド出力の弱い『クロノブレイクキャノン』の砲身に『偶然』当たり。その場所が、『偶然』エネルギーの重点をしている場所であったのだ。



「!! エルシオールに被弾……『クロノブレイクキャノン』に直撃! エネルギー供給が停止しました!」

「馬鹿な!!どんな確率だそれは!! 」


そう、皇国の希望────エルシオールの切り札クロノブレイクキャノンは、あと数秒というところで、撃つことができなくなってしまったのである。


「っく、格納庫!! 急いで修理と復旧を。エンジェル隊は敵の迎撃だ!」

「ですが、突然出力がなくなったので、こちらとしては全く原因に心当たりなど」

「今更そんな情報が何になるっていうんだ!! 」


今まで順調だった分の反動か、一気に通信は不穏な雰囲気に覆われる。まるで、快晴だった空の西の彼方から分厚い雲が歩み寄ってくるような空気だ。そんな中最も悲壮感に溢れているのは、通信を聞いているミルフィーだった。彼女の顔色は青を通り越して、色をなくし白くなっており、両腕は小刻みに震え、操縦桿を強く握りしめていた。


「……私のせいだ……だって、普通そんなこと起こらないですよね……」

「ミルフィー、それは違う!! 」


慌ててそれを否定するタクト。彼女のテンションを元に戻すという仕事のことなど、頭の片隅にもなく、ただ単純に彼女がそのような状態に成っていることが、ただただ我慢ならなかったのだ。しかし、ミルフィーは目に涙を浮かべ、てそのタクトの言葉を否定する。


「違わないじゃないですか!! 無視できるようなすっごく小さい確率を引き当てるなんて!! 私の運が!!」

「そうじゃない、そうじゃ無いんだよミルフィ……」

「こんなんじゃ私、タクトさんの幸運の女神なんて成れない……」


宥めるように言い聞かせるタクト、だが、ミルフィーは完全に自分の中で結論を出してしまっている。悪いのは自分だ、私のせいで、こんなことになった。どうにかそれを忠相とするのだが、事態はそれを許すほど甘いものではなかった。


「司令!! 周囲全方向を、敵艦に囲まれています! 指示を!! 」

「くそっ……エンジェル隊、散会して敵の注意を少しでも引き付けてくれ、1秒でもいいから時間を稼ぐんだ!! クレータ班長はとにかく、何とかしてください!」

「わ……わかったわ」


そして、この戦いの中で最も厳しい時間が幕を開けた。1隻の儀礼艦と6つの戦闘機に対するは、数百を超える敵の最精鋭無人艦隊の軍団だった。


ヴァニラとフォルテで一組、あとはそれぞれ一人で各々が、別の方向に散って行く。誰一人として、表情に余裕などなく、歯を食いしばり、額に汗を作りながらの戦いだった。先ほどまでと違い、それぞれが協力し合いこともほぼ不可能なこの状況。長所を最大限に生かすこともできず、事態は刻々と悪化していくばかりだ。何よりも問題なのは、エルシオールの防衛が最優先任務であり、あまり離れて行動することができないことと、すでに完全に敵に包囲されていることだ。
いくらタクトといえども、最初から詰みの状況な戦況をひっくり返るなど不可能だ。それこそ神がかりどころか神の力が必要なことだろう。


「っく、『カンフーファイター』防衛ラインを下げるから、もう少し引いてくれ。ミント! 無茶しすぎだ、下がるんだ!! 」


敵のエルシオールを中心に描く円は、次第にその直径を狭めていく。誰が悪いというわけでもなく、単純な数の暴力が理由だろう。味方の増援は間に合わない。すでにこの包囲網を食い破り、エルシオールを救済すべく、一方向から味方の艦団が切り崩し始めているが、敵は黒き月で作られたばかりの最新型だ。注意があまり向いていないとはいえ、そう簡単に削り切れるシールドと装甲の相手でもないのだ。


「っきゃ!! ……エルシオール、被弾!! C,Fブロックにて火災発生!! 」

「人員を急がせろ、急いで消火させるんだ。同時に隔壁を閉鎖しろ!! 」


ついに、エンジェル隊たちの奮戦空しく、エルシオールを直接攻撃する艦が現れた。敵艦の攻撃力は相当なもので、不沈艦エルシオールのシールドを容易く削ってくる。エンジェル隊を呼ぼうにも、それぞれが二桁近い数の敵艦を捌いてるのだ、そう簡単に回せるわけでもない。


「格納庫!! まだか!? 」

「もう少し時間をください!! 必ず再充填可能にします!! 」


入る通信は絶望的、まだ心が折れている者はいないものの、戦場では絶対に流れてほしくない空気がひしひしと感じられる。そして、ついにぎりぎりで食い止められていた、バランスが、つり合っていた天秤が壊れた。


「きゃあぁぁぁ!!」

「ミント!! くっ!!」


敵艦隊は、現在最も敵の撃破効率の良い『トリックマスター』に狙いを定めたのか、集中的に砲火を浴びせていた。ミント自身が一番よく知っていることだが、数の暴力というのは凄まじいものだ。彼女も防御や回避に徹していたのだが、抗いきれず、ついにシールドを抜かれ、直撃をくらってしまった。『トリックマスター』はそのまま機能を停止し、宇宙空間に浮かぶだけのオブジェとなった。彼女、引いてはエルシオールにとって幸いだったのは、敵のAIの行動理念は戦闘不能にすることで、その状態の彼女の機体に攻撃が加えられなかったことであろう。


「そんな!! ミント、ミント!! 応答して!!」

「ミルフィー!! 今はそんなことしている暇じゃないでしょ!!」

「だって、ミントが!!」


完全にパニックになってしまったミルフィー。彼女の『ラッキースター』はエルシオールの天頂方向で停止して、動くのをやめてしまう。それを叱責する蘭花だったが、彼女は呼びかけをやめない。


「……! 『ハーベスター』 損傷が許容値を超えそうです。」

「こっちも、まずい雰囲気だよ……タクト! どうする」


ヴァニラとフォルテも、そろそろ限界のようで、完全に防戦一方だ。ランファやラクレットに比べて、彼女たちの機体は機動力に劣るからであろう。もともとこのような乱戦には向いていないのだ。


「とにかく、耐えるしかないんだ……二人はそこを離脱して、さっきまでミントが居た場所あたりで、頼む」

「……了解」

「……了解しました」


タクトは、半分死ねというにも等しい命令を、部下に出すしかないという無力感に打ちひしがれていた。だが、それによって思考を止めていいわけではないのだ。タクトはミルフィーに通信をつなぐ。


「ミルフィー、お願いだ! 力を貸してくれ!! 」

「嫌です!! ……だって」


そこで、ミルフィーは口を閉ざす。ややあって、せき止めていたものが溢れたかのように、涙とともに吐き出した。


「私が戦ったら、もっとひどいことが起きるかもしれないじゃないですか!!」

「そんな……」



彼女のその言葉はタクトにとって何よりも重いものだった。『そんなこと絶対にない!!』と言うのは、彼は絶対に言ってはならないからだ。なぜなら彼は、彼女の天運を含めてミルフィーを愛しているのだから。彼女の強運を否定することは、昨晩の言葉が嘘になってしまう。彼女に対して嘘をつくことなど、タクトにはできるはずがないのだ。
だから、そんなタクトの心情を察したのか、突如通信ウィンドウが開き、フォルテとヴァニラの顔が映し出される。


「何を言ってるんだい!! そんなんだったら、私たちはとっくの昔にくたばってるだろ!!」

「そうです。ミルフィーさんがいたから、今の私たちがいるんです」


二人は弾丸のスコールを浴びながらも、そう叫んできた。通信ウィンドウに映し出される二人の顔は、カメラを見ていないので目は合わなかったが、それでも強い感情が伝わってくる。通信する余裕なんてないだろうに、それでも二人は、皇国の未来と、親友を、仲間を救うために繋いだのだ。もう二機のシールド出力は、風前の灯だ。しかし彼女たちの心はまだ屈していなかった。


「だから、後は頼んだよ!! 最後の花火だ!!『ストライクバースト!!』」


フォルテの『ハッピートリガー』から、今まで数多の敵を葬り宇宙の塵と沈めてきた、弾丸とミサイルのストームが巻き起こる。それは彼女に止めを刺そうと接近してきた一隻の敵戦艦に命中し巨大な爆発を起こす。さらに後発のミサイル軍がその周りにいた敵にも降り注ぐ。敵艦の爆発から、連鎖的に付近の敵も誘爆を起こし、さらにミサイルが襲いかかり圧倒的な規模の爆発が起こる。しかしその爆発の壁の向こうから敵艦の放ったレールガンの砲火により『ハッピートリガー』は沈黙した。


「治療します、『リペアウェーブ』」


ヴァニラは、フォルテの一掃により攻撃が一瞬彼女へと向かなくなった瞬間に、治療用ナノマシンを拡散させる。ミサイルや回避行動にとっていたエネルギーをすべてそちらに回してだ。すでにシールドが落ちている2機には修復がいかなかったものの、『カンフーファイター』『ラッキースター』『エタニティーソード』『エルシオール』の損傷個所が急激に塞がってゆく。かなりの距離があったのか、完全とはいかないものの、それでも戦闘続行に支障を全くきたさないレベルまでの修復だ。『エルシオール』も外部損傷の7割以上が塞がった。だがやはり彼女の機体も『ハッピートリガー』を沈めた敵艦によって砲撃され、沈黙してしまうのであった。


「フォルテさん、ヴァニラ!! 」

「だから、泣いてる暇なんて無いって言ってんでしょ!! 」


半狂乱になって叫ぶミルフィー、それを窘めながら、全力回避行動を続けるランファ。2人とも完全に普段の余裕などない。親友が、戦友が立て続けに3人も安否不明になってしまったのだ。まともでいられるわけないが。
タクトは、もはや最後の抵抗とばかりに、エルシオールを『黒き月』に向けさせつつ、ミルフィーに通信を繋いで叫んだ。


「ミルフィー、お願いだ、力を貸してくれ!! オレは……オレたちは君のことを……」

「12時方向からの砲撃! 回避できません直撃します!!」

「総員衝撃に備えるんだ!! 」


しかし、その思いも空しく、『黒き月』方面の艦隊からの攻撃が正面に命中してしまう。天地を裂くような、激しい轟音の後、激しいノイズとともに『エルシオール』と紋章機達との通信は断絶してしまった。


「そんな、エルシオール!? 応答して!!」

「通信が繋がらなくなっちゃった!! 」


ついには2人とも、何をすれば解らないような状況になってしまったのだ。タクトの指示を受けられず、ランファは敵戦艦に囲まれ、なぶられる様に攻撃を受けてしまう。最悪なことに命中したのは機体背部のスラスターで、急激に機体の出力が落ちてしまう。


「きゃああああ」

「ランファ!!」


強い衝撃と振動を受け、悲鳴を上げてしまうランファ。ぐるぐると錐揉み回転をしながら不安定に『カンフーファイター』は飛び続けた。ミルフィーはその光景を見て思わず彼女の名を叫ぶものの、それが何になるというわけではなかった。しかし、ランファは、Gキャンセラーがあっても押しつぶされそうな重圧の中で、ミルフィーに最後の通信を繋いだ。


「良い? ミルフィーあんたはねぇ、へんてこな女で、いっつも私から良い所ばっか掠めとってて、私ばっか割を食ってたのよ!!」


そこで、区切ると。苦しいだろうに彼女は笑顔を、心からの不敵な笑顔を作り、絶叫した。


「でもね、だからこそ、そんなへんてこなあんただからこそ、私はアンタと親友になれたのよ!!」


ミルフィーは、そんな彼女にかける言葉がなかった。この不甲斐ない自分が情けなかった。自己嫌悪と何かよくわからない、ぐちゃぐちゃな感情が混ざり合い、訳が分からなくなってしまった。


「だからね、絶対に自分を否定しちゃダメ、あんたなら、こんな状況でもどうにかできるって、そう思えるんだから、この宇宙一良い女の私がね!!」

「……ランファ」


そんな、いつも通り自信満々な笑顔でランファはミルフィーに伝えた。


「頼んだわよ……」

「うん」


その言葉を最後にランファの『カンフーファイター』のシールド残量は0となり、沈黙した。ミルフィーは、操縦桿を強く握りしめて。決意を固めた。


「私は……」


しかし、今になってもまだ動き出さない彼女を好機と感じたのか、敵艦の主砲から鋭くレーザーが照射された。まだ動き出す直前であった彼女の『ラッキースター』へと、一直線で迫りくる敵の攻撃。たとえシールドが万全に近かろうと、くらってしまえば一撃のもとに機体が四散してしまうであろう。それ程までに出力を一点に絞った、破壊的威力を持った光線が向かってきたのだ。
当たる!! そう、ミルフィーが感じ取った刹那、そこに割り込む者がいた。


「間に合えぇぇ!! 」


疲労のため、今まで話すことすら最低限にしてきたラクレット。その彼が今、両腕の双剣を交差させて、レーザーを受け止めていた。ギリギリとそんな音が聞こえてきそうな、鍔迫り合いを繰り広げるラクレット。彼は腹の奥底から声を張り上げて叫んだ。


「ミルフイーさん!! 自分の成りたいものを、好きなものを、それをひたむきに目指すのは、恋する女の子の特権だって……ランファさんは言ってました! あなたは今何になりたいんだ!! 」


ラクレットが稼いだ時間、それによって彼女は、いや彼女と『ラッキースター』は動き出した。この瞬間に彼女はすべて悟った。自分がどうしたらいいのか、何になりたいのか。『黒き月』へと一直線へ向かいつつ彼女も叫ぶ


「私は、今だけでいい、みんなを助ける力を、いまだけは私を幸運の女神にして!!」


恋人が言ってくれた、自分の理想を。誰かを幸せにできる、そんな素敵な幸運な女神へと、彼女はこの瞬間至った。神が下りてきたのではない、この時、彼女が神だったのだ。その言葉と同時に、彼女の機体に生えていた天使の翼が、大きく開かれる。そのまま天頂方向に高く飛翔すると、付近の宙域に純白の、神々しく輝く羽が舞い降りた。その刹那、エルシオールのシステムがすべて復旧した。そう、まさに奇跡と思えるようなことが現実となったのだ。


「エルシオール、システムオールグリーン!! 『クロノブレイクキャノン』へと、ものすごい勢いでエネルギーが充填されてゆきます!!」

「8,7、6……2,1 チャージ完了『クロノブレイクキャノン』撃てます!!」


ブリッジから、そのような言葉と驚きの声が通信で聞こえてくる。訳が分からんと、誰かが叫んだが、その直後に彼女は、大好きな声で叫ばれる言葉を耳で拾った。


「目標、黒き月 『クロノブレイクキャノン!!』撃てえぇぇぇぇぇぇ!!!!!! 」


そして、まばゆい光とともに、極大なエネルギーが放たれ、『黒き月』を貫き爆散させた。断末魔もなければ、呪いの言葉もない。しかし目の前の敵は光に拭い取られたのだ。


この瞬間、短いが、大きな被害を出した、エオニアの乱が終結したのであった。トランスバール皇国暦412年、大きく広がっていく波紋の最初の波が終わったのだ。



[19683] 最終話 全部終わって
Name: HIGU◆bf3e553d ID:cb2b03dc
Date: 2014/06/26 14:44

クリオム星系 第11惑星。星民の9割が農業に従事している星だ。のどかな風景に囲まれたこの星。そこにある、とある小さな駄菓子屋『駄菓子屋ダイゴ』に青年は足を向けていた。その駄菓子屋は、彼が子供のころから、店主一人が店の奥に座り、すべてをこなしており、一切の変化をせずまるで時を刻むということを忘れたような、そんな店だ。


「よぉ、ダイゴ爺さん、元気でやってっか?」

「おお、久しいのう」


青年は慣れた様子で、店の棚から麩菓子を右手でつかみ、店主の前に腰かけた。椅子が硬かったのか、何度か座り直し、そのあと右手の麩菓子を開封すると、大きく一口頬張った。黒砂糖の柔らかい甘みが彼の口の中で広がってゆく。彼が子供の頃よく通って食べたものと全く同じだ。


「そして、今日はどんな用でここに来た?」

「ああ、オレの弟が天使達と上手くやったらしくてな。大体2時間くらい前に。本星の時間だと昼過ぎってとこか?」


窓から空を見上げつつ青年は呟く、一応その方向には本星がある。最も気が遠くなるほど離れているが。青年のその言葉を聞くと店主は、安堵と悲しみのようなものが混ざり合った微妙な表情をみせる。


「そうか……ついに動き出したのか……お前の言う未来が……」

「ああ、そういうことだ。クーデターが終わったのに始まったというのもあれだが、事実なんだからしょうがない」

「決着をつける……いや、新たな道を定める時が来た、お前の力、貸してくれるのだな」

「ああ、ご老体は大切にしないとな、それにこれは危険だが、最も安全な道でもあるし」


そこで言葉が途切れ、沈黙が店内を覆う。二人はそのままただ黙って、空を見上げるのであった。








「これより、叙勲の儀を執り行う。」

ルフト准将いや、ルフト宰相の良く響き渡る声が、離宮の謁見部屋に木霊する。全ての出来事に決着がついたからか、ここ最近の激務の割には覇気に富む声だ。先の戦乱の終結から1週間。戦後処理の真っ只中に執り行われているこの式。皇国中に中継され、シヴァ皇子側の勝利であることのアピールも兼ねている。そんな式だ、やはり気合も入るのだろう。今日の為に、いままで優先的に皇国間のネットワークの再構築に力を入れてきたのだ。参考にしたのはエオニアのそれなのは皮肉ではあるが。


「まずは、チョ・エロスン准将、前へ」

「はっ!! 」


この式に参加している人数はかなり少ないといえるだろう。叙勲を受ける側の人間が、10人しかいないのだから。これは、まだまだ戦後の大量の事後処理が残っているので、かなり簡略化されているからでもある。その分、この場にいる者は須らく、多大な功績を遺した者たちであり、皇国の歴史に名を刻むような人物ばかりであった。
だが、レスター、タクトの二人は自分たちの右前方で、いつもの制服の上に陣羽織の格好で、ガチガチに固まっている少年を見ると、本当にこいつはそのような功績をあげたのかと、疑問に思えてくる。


「では、次 ラクレット・ヴァルター臨時少尉」

「っははい!! 」


上擦った声で、そうラクレットは返答した。まるでぜんまい仕掛けのおもちゃの人形のような動作で、そのまま前に出る彼は、いつもに増して頼りなかった。


「おいおい……」

「リラックスだよ。」


呆れるレスターに、苦笑して励ますタクト。そもそも、なぜラクレットが緊張しているのかという、根本的な疑問に対して、2人はあまり深く考えていなかった。だが、実際考えてみてもほしい、いきなり戦闘に介入してきたり、広域に向かって通信で叫んだり、と派手なことは結構しているのだ。それが、確かに全皇国中継だが、彼がここまで緊張するものなのか?
まあ、その理由は単純明快で


「ヴァルター、お主は民間協力者でありながら、この非常時に皇国、並びに白き月の助力してくれた。その若さにしてエンジェル隊に勝るとも劣らぬ、其方の戦闘機の腕により、皇国は救われたといっても過言ではない。エルシオール所属の戦闘機部隊の代表であるお主に、皇国の長として、また個人として礼を述べよう、ありがとう、まことに大儀であった」


「み、身に余る言葉をいただき、恐縮です」


エンジェル隊の分も任されているからだ。エンジェル隊は、その特殊な存在からか、オフィシャルな場においては、なるべく顔出しは避けられているのだ。それどころか、プロフィールまでもが伏せられている。分かっているのは性別と人数程度だ。故に今回の式典には参加できないのだ。そして、ちょうどいいところにいたラクレットが、民間協力者としてでるのに加えて、エンジェル隊の分も代表して出ることになったのだ。その瞬間のラクレットの表情の変化は、それを目撃した蒼い髪の美少女曰く

「一瞬にして、顔が真っ白になりましたわ、ええ、私が羨ましいと思えるレベルの美白でした」

とのことだ。


ミルフィーが奇跡を起こすまで、盾となり時間を稼いだ彼は、エルシオールの中でも、つまり彼の人となりを知る者の中でも、命の恩人ないし、英雄扱いされている。戦闘の後に行われた祝勝会においても、結構持て囃されていた。最も本人は、少々人見知りの気があるので、若干引いていたのだが。


「なに、謙遜することはない。それだけのことをやったのだからな」

「いえ、自分にできることを、しただけです」

「そうか、将来皇国軍に入るのなら、私が口を利かせよう。そのくらい構わないであろう?ルフト」

「ええ、まあ。あのレベルの戦闘機乗りでしたら、近衛であろうと、全く謙遜ない実力でしょうからな」


薄い笑みを浮かべて、隣に控えるルフトに話を振るシヴァ、それにこちらも微笑を浮かべつつ答えるルフト。これからの皇国の中心的な存在になってゆくであろう二人が、自分を推してくれるのならば、多少の無理は通るであろう。


「だそうだ」

「ありがとうございます」


ラクレットは、そういってもう一度頭を深く下げ、先ほど自分のいた位置に戻って行った。ようやく重圧から解放された結果、表情は晴れやかだ。
そして、いよいよ本日最も注目を浴びている人物が呼ばれる。


「タクト・マイヤーズ准将、前へ」

「了解」


タクトだ。普通ならば、功績の大きい順番に呼ばれるであろうが、今回の式典では、最も盛り上がるであろう部分を最後にという、政治的なパフォーマンスの力が動いた結果最後になったのだ。


「にしてもタクトよ、本当にお主の心は変わらないのか? 」

「ええ、オレの隣に彼女がいなければ、オレはもうオレじゃないですから」


考え事をしていたら、いつの間にか話は先に進んでいた。ラクレットはそんなやりとりを眺めながら、ようやく終わったエオニアとの戦いに思いをはせつつ、これからの戦いについて、頭を悩ませるのだった。何せまだ、始まったばかりなのだから。








────ゆらりゆらりと彼等は進む

────母なる宇宙を紅石に乗り

────漂う二人は 聖者と賢者

────箱舟に眠る彼等はまだ目が覚めない

────三つの欠片の一つはまだ





叙勲の儀が終わり、数日たったころ、ようやくラクレットが帰る為の準備が整った。奇しくもその日はミルフィーが出立した次の日のことで、前日盛大にミルフィーを見送ったばかりのエンジェル隊の4人は、なんというか微妙な表情を浮かべている。もちろん寂しさもあるだろうし、ラクレットが戦友であるのにも変わらないのだが、なんというか、全くベクトルは逆であるが、二日連続のサプライズパーティーでの驚きはどちらが大きいかといったところか。


「いまごろ、ミルフィーさんは、目的の空港についている頃ですね。」

「ええ、タクトさんが先回りしているのでしたっけ?」

「そーなのよ、全くこれからこっちがどれだけ苦労するか、わかっているのかしら? 二人もやめちゃって」

「そのわがままを通すために、一昨日付で准将を降格。大佐に戻って予備役ってのは、タクトらしいねぇ」

「忙しないです」


それでもきちんと見送りに来てくれることに、ラクレットはほんの少しばかりの安堵と大きな喜びに満ち満ちていた。肩に背負った荷物はわずかな身の回り物だけだ。他の粗方の荷物は、箱詰めは終わらせているので、もうしばらくたって、民間の運送会社が本格的に営業を再開したら送ってもらう手はずになっているのだ。『求め』は腰に刺さっているが。


「すいませんね、僕も学校を卒業したら、白き月に就職するので、そしたらお手伝いできると思います」

「ああ……アンタ学生だったわね、しかも意外なことに飛び級してるっていう」

「ええ、まあ」


ラクレットは、シヴァ、ルフトの支援もあったので、シャトヤーンとの約束の通り、白き月の近衛に就職する予定だ。といってもやることは、エンジェル隊の補佐や、式典時の護衛などで、彼にとっては最も望むところな役職であるのだが。そのために、彼はこれからハイスクールをもう1年分スキップし、半年以内に卒業するつもりである。勿論表向きな理由はであるが。


「さて、それでは、そろそろ船の時間ですので……」


ラクレットがそういって切り上げようとした時、ちょうどラクレットの後方から一人の青年が歩み寄ってきた。体躯は180を超え、やや細身。しかし露出されている腕には引き締まった筋肉がついており、そこいらのもやしとは一味違うことを示しているようだ。


「よーラクレット、3か月ぶり」

「……兄貴?」


170と少しあるラクレットの頭を右手でポンポンとしながら、彼────エメンタール・ヴァルターはまるで、三日ぶりに友達と会ったかのようなテンションで、そう告げた。相も変わらず、爽やかな笑顔を浮かべているイケメンに、ラクレットは微妙にいらっときながら、なぜ貴様がここに的なリアクションを取ろうと身構える。


「なんで」
「いやー、君たちがエンジェル隊かー、弟がお世話になってるね。俺はエメンタール。こいつの兄さ」


しかし、いきなりぶった切られる、彼が転生者だとカミングアウトしてから、どうにも自分より上を取られ続けているような気がするラクレット。まあ、兄だし年上だし仕方ないのかもしれないが、それでも割り込まれてかなりいらっと来ていた。


──── …………?

「あれ? なんで無言? あ、ヴァニラちゃん久しぶり」

「はい、お久しぶりです」

「ちょっと待てや、兄貴」

「え、本当に兄弟なの? 」


髪と目の色は青と茶 体格は細見とがっちり型 ルックスはお察しください。赤の他人ですといった方が信じられそうな、そんなレベルだ。ちなみにラクレットの評価では、長兄であるエメンタールの外見は『少女漫画のヒーロー』で今は亡きカマンベールは『エロゲの生徒会長(男)』である。自分は『元主人公で』『現不良B』だそうで。
もう、どこから突っ込めばいいかわからない、そんな状況にラクレットは頭を抱える。エンジェル隊のフォローから、ヴァニラとの関係に、なぜここにいるのか等々。しかし、その間にも状況は進んでゆく。


「ラクレットさんのお兄様?」

「そうそう。よく似てないって言われるんだよね。俺は親父と瓜二つだし、それとブラマンシュの御嬢さんだね、父君とはいい商売をさせてもらっているよ」

「まあ、そうでしたの、父が申していた、「最近心の読めない食えない若者がいる」というのは、貴方でしたのですね。」

「いやー、そんな評価をいただいていたなんて、俺はただ古代語で全てを思考しているんだよね、テレパシストの前では。冗談で始めたんだけど、これが有効でさ」

「あら、そういうことでしたの? 」




「ねえ、ヴァニラ、あんたどこで知り合ったんだい? 」

ミントと二人、微妙に込み入った話をしている間、疑問に思っていたことを、フォルテは自分の右側に佇んでいるヴァニラに問いかける。するとヴァニラは首だけ左側に向けて、いつもよりやや饒舌に話し出した。


「孤児院の寄付に度々足を運んでいただきました。「自分の商会の社会貢献慈善活動として来た」と仰っていましたが、とても良くしていただけました。『白き月』にナノマシン使いとして紹介していただいた方でもあります」

「……それ、恩人じゃない」


ランファはそう呟く、というか、乙女としてものすごく憧れるシチュエーションじゃない!! と心の中で絶叫していた。孤児の自分を陰から支えてくれる、正体を知らない格好の良い王子様。その正体は今最も勢いのある商会の重役。ランファの好きな一昔前の少女漫画にありそうな筋書きだ。


「はい、今でもよく手紙でやり取りをさせていただいていました」

「ちょっと待って!! それなのにラクレットと兄弟ってこと知らなかったの!? 」

「はい、ずっとチーズのお兄さんと呼んでくれと仰って、名前はエメンタールとしか教えてくださいませんでしたので」


なにその、フラグ職人のやり口と、絶望するラクレット。自分にはそのような発想も行動力もなかったことが大変悔やまれた。しかし、それで納得できないのが男心


「おい、兄貴ちょっと、あっちの荷物の影に行こうぜ? 」

「ほう、俺に勝てるとでも? だが、今はやめておこう、これでも半年後には一児の父親になるんでな」

「また、爆弾落とすなよ!! この爆弾魔!! 」

「いや、式はまだなんだ、席を入れただけだ。2人とも式はぜひ弟さんにも参加してほしいって言っていたしな。お前の義姉さんは二人とも美人だぞ? やらんけどな」

「ちょっとまて!! お前、もう黙ってろ!! というかお前が爆発しろ!! 聞き逃せない言葉が今あったぞ!! 」


だんだんとカオスになっていくこの場が、何とか落ち着いたのは、10分後のことだった。



「で、なんで来たの? 」

「まあ、商会の艦でお前を迎えに来たわけさ。『エタニティーソード』持って帰れるだろ? 」


ラクレットから、彼の背負っていた荷物を受け取り、そう返すエメンタール。これで彼の荷物は腰の『求め』だけになった。


「まぁ……置いていくつもりだったけど、可能なら持っていきたいね」

「あとは、まあエンジェル隊を見たかったから」

「それが主な理由だろ」


呆れるラクレットに、苦笑するエメンタール。いつもよりも、大分口調が荒いラクレットにエンジェル隊は少しばかり驚きつつも、仲の良い兄弟だなという共通認識を持った。


「それじゃあ、そろそろ出発するぞ、父さんたちが心配しているんだ、早く帰らないと」

「あ、そうだね、やっぱり心配してくれてたんだ……悪いことしちゃったかな? 」

「いや、オレを。もうすぐ一児の父親なんだから、早く戻ってきなさいって」

「それ、どんな両親よ」


おもわずランファは、そう突っ込みを入れてしまった。まあ、一般的な常識から考えれば、ランファの反応の方が正しいのであろう。一人家を飛び出し、功を上げて来る!! と戦場に行くよう前時代的にもほどがある末息子と、成人していて臨月近い妻がいる長男。前者の方が気がかりなはずだ。しかし、ミントはこの家の人間ならそれくらいおかしくても、不思議ではないかという、考えになっていた。


「それでは、皆さん、またいつか」

「元気でやりなさいよ」

「旅のご無事をお祈りしてますわ」

「まあ、あれだ、アンタのおかげで助かったんだ、ありがとよ」

「お二人とも、お元気で」

「はい!!」


エンジェル隊の言葉を背に、二人は搭乗口に消えていった。

後に銀河に名を轟かす 銀河最強存在にして エースパイロットの英雄の一角
旗艦殺しのラクレット・ヴァルター の最初の戦いはこうして幕を閉じたのであった。













「そうそう、ラクレット」

「何、兄貴、今僕は小さくなってゆく白き月を眺める作業で忙しいんだけど」

「カマンベールだが、生きてるからな」

「え?」




[19683] 閑話 長兄と末弟
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/06/26 14:45
閑話 長兄と末弟



『エーくん、お客さん来てるよ~』

「ああ、今いく」


通信ウィンドウが突然開き、妻のシャルドネの顔が映る。俺はもうそれに慣れているので、特に驚かないが、突然ウィンドウが開くのに慣れるまでは、結構驚いたものだ。それもまあ昔のことで、今はそんなことで驚いていたらお話にならない。
俺が今いる場所は、クリオム星系第11惑星のスペースステーションだ。ここの名義は俺ので、ここは『チーズ商会』のためのオフィスでもある。通勤に要する時間は20分ほどのかなりいい条件である。というか、個人用シャトルでわざわざ大気圏外まで毎日来てるのは、今みたいに訪れてくる宇宙船がそのまま乗り入れられるようにするためだ。その方が早いし楽だ。

先ほどの通信は、俺のオフィスを訪ねて来た人物がいたということで、それを伝える旨がいったん地上の俺の家を経由して、ここに来たという訳だ。本来なら秘書であり、俺のもう一人の妻である、メルローが俺の隣の机で仕事をしているので、対応してくれるんだが、今は身重であるから、地上をいったん経由してという形にしている。そしてさらにちょうど休憩中だったかなにかで、席を外していて、シャルドネが応対したのだろう。

そんなことを考えながら、俺は自分の部屋を後にし、宇宙船の乗り入れ口に向かう、そこまで大きくないこのステーション内だ、数分で着く。今回訪ねてきたのはブラマンシュ商会のクリオム星系担当の使いだ。俺は来季から正式にチーズ商会の会長に就任するから、これまで以上にブラマンシュとは良い付き合いをしていくことになる。そのために今まで流していた商品に関して再確認をするとか、そんな感じだったと思う。まあすぐに合うから問題は無いだろう。なんで今まで会長にならなかったのだろう? 本当にそう思う。面倒なことをしてきたな。


「ミスターヴァルター、ご無沙汰しております」

「こちらこそ、お久しぶりです、ブライトマン支部長」


俺の予想が外れたのか、宇宙船から降りてきたのは、クリオム星系担当のブライトマン支部長その人だった。てっきり代理人を立ててくると思ったのだが、近くで用事でもあったのだろうか? とりあえず、応接間まで案内する。今このオフィスで仕事をしているのは、俺を含めて数人、このくらい自分でやらないといけないのである。次期会長でもだ。


「にしても、まさか支部長自らここにいらっしゃるとは」

「いえ、ちょうど本部から呼び出されていましてね、その帰りですよ」


そんな感じで、軽く会話を混ぜ合わせつつ、応接間で腰を下ろした。さすがにお茶まで自分でやるわけにはいかないので、接客用のロボットに指示を飛ばして、お茶を用意させている。そんな中俺は目の前に座る、ブライトマン支部長のことを改めて見つめなおした。
ハンク・ブライトマン 42歳。辺境と言われているクリオム星系の支部長である。ブラマンシュ商会において支部長は中々の立ち位置であるが、クリオム星系という、自治文化は進んでいるものの、位置的には本星から遠い上に、重要な資源の産出も、特殊な名産品も、観光の名所もない。支部長には成ったが、そこ止まりの男と対外的に言われている。
しかし、その実はブラマンシュ商会会長の、直々の推薦で支部長になった男だ。クリオム星系は、全くと言っていいほど注目されていない土地、それこそラクレット・ヴァルターの出生地であるくらいだ。であるが、俺のこれからの計画において、かなり重要な土地である上に、そもそもこの土地には特殊すぎる由来がある。それを踏まえると、この星系は銀河内でも無視できないレベルで重要な土地であり、それをおそらく断片的には知っている、ダルノー・ブラマンシュが任せる男である。


「いやー、にしてもチーズ商会の考える新商品や関連商品の展開は見事の一言に尽きますな。まさかお守りまでキャラクターグッズとして商品にするとは……」

「信心深い人からすれば、冒涜でしょうがね」

「いえいえ、商売人は、自分の魂以外なら何でも売るのが仕事ですから、それでこちらも大変儲けさせていただいていますから、文句などありませんよ」

「それは結構、こちらとしてもそちらに紹介していただいた、人形メーカーは、とてもいいものを作っていただいていますからね。」

「おお、そうでしたか……いや、あそことは長い付き合いでしてね、そちらの要望にお応えできたのなら幸いですよ」


まあ、この人とも数年の付き合いになるが、お互いに利害が一致してなおかつ、不動であるから、良いビジネス上の関係を築いているといえると思う。ブラマンシュ商会と言ったら、俺からすればこの人とダルーノ会長だからな。とりあえず、そのまま2,3適当な会話……といっても、一応本題とされていた、流通している商品の確認だったが、それも終わり、一瞬の沈黙が部屋を覆った。
ブライトマン支部長は、ゆっくりティーカップを口に運び、それをまたソーサーに戻すという動作をこなした後、俺に目を合わせずに、まるで世間話をするかのように、話し出した。


「いやいや、貴方がた兄弟は本当に優秀な方がそろっておりますね、末の弟さんは英雄ですからね……」

「ええ、末の弟は、皇王、っと女皇陛下の覚えも目出度い、先の反乱での最も貢献した人物の一人ですから」


どーやら、この人も、うちの家の事情を知っているらしい。まあ核心までは知らんだろーが、カマンベールがエオニア側に行ったという事を知っているのは察せる。星間ネットワークが復活してすぐに、皇国本星のデータバンクにアクセスして確認したが、カマンベールの情報は丸々削除されていた。おそらくあいつ本人が、データバンクを掌握した時に自分で消したのだろう。よってエオニアが追放された時のニュース時点で、あいつのことを知っていないと、あいつの存在自体がわかりえない情報となっているのだが。


「いや、本当兄としては誇らしいでしょう。旗艦殺し(フラグブレイカー)と呼ばれる、二つ名まである弟は」

「その名前は、彼に相応しいと兄としても思いますよ、あまり広まっていませんが、いずれ私が広めます」

「ラクレット君も良いお兄さんを持ちましたな」


普通に褒めているようにも聞こえるが、まあ十中八九『貴方の指示で彼が動いていたのか?』と探っているのだろう。まあ確かに、彼みたいな大きな視点で物事を見ることのできる様な人物からすれば、ラクレットの活躍は、俺のような人物の支援が在ってこそのものだと考えるのが無難……いや常識だろう。しかし、あいつがやったことに関してはほぼノータッチだ。だからこそいい動きをしてくれているのだが。


「ありがとうございます。と言っても私が何もしないで育ちましたがね」


そう返すと、向こうも微笑を浮かべ頷く。まあそういう事にしておきましょうといった感じだが、気にしないでおこう。ブライトマン支部長は話したいことを話したからなのか、そろそろ帰る支度を始めている。と言っても帽子をかぶって荷物をつかんだだけだが。


「それでは、私はそろそろ失礼させていただくとしましょう」

「そうですか、こちらこそ碌な御持て成しができずに申し訳ございませんね」

「そういえば、小耳にはさんだ話ですが……クリオムの第3惑星の衛星にあるドックでどこかの『無名の』商会の建造中の船ですが、搭載されているクロノストリングの本数が、並みの軍艦を超える本数だそうで……」


ブライトマン支部長は、ドアの付近まで歩き、ノブに手を書けたタイミングでこちらに振り向くことなく呟いた。


「ほう、それは中々面白い噂ですね、どういった方から聞きました?」


うむ、本当に面白い話だ。それはうちの紹介でも機密……というか全額俺のポケットから出ているけど、規模的に個人の所有は面倒だから商会の艦として登録する予定の艦だ。制作されているという事自体はそれなりの立場の者なら知っているが、クロノストリングの情報など、一部にしか出ていないはずだった。あとは室内施設とかの整備をすれば完成である艦だが、そういった情報は確かに隠しておいたのだから。


「いえ、ただ単に噂ですよ、ネットワーク上の根の葉もないね……」

「そうですか、ありがとうございます」


俺はそう言って頭を下げる、一応この後情報が洩れていないかという確認の作業を行うつもりだ。この礼そのものは本気でしているが、別にそこまで重要なことでもないが。どうせもうすぐ完成だし。ただどの辺の経路から漏れたかは少し探るかね。


「それでは失礼します。」

「はいわざわざお越しいただきありがとうございました。」


そう言ってブライトマン支部長はこの部屋を後にした。本来ならシャトルの発着場まで見送る必要があるのだが……なんか、そういった雰囲気じゃなかったからそのまま帰してしまった。まあ、そんなことを気にする人じゃないからいいが。
ゲームで言うムーンリットラバーズにはいるまであと数か月。俺は今も水面下での準備を続ける。いずれ始まる、俺達の介入の為に。









「……おい、見ろよ……あいつ……」

「なあ……あいつって」

「そうそう、テレビでやってたぞ、英雄様だ」


彼が帰ってきてすでに2週間たっているが、歩くたびに起こる周囲からの騒めきは、まだ収まらない。本人はもう慣れてしまったが、それでも気にならないわけではない。今彼がいる場所は、彼の通っている『ガラナハイスクール』のカフェテリアだ。現在彼は1年分の飛び級のため、猛勉強中なのだ。といっても、単位のためのエッセイやら、プレゼンテーションの準備やらに主な時間を取られているので、授業の勉強とは少々違うのだが。
幸い、先のクーデターの間、学校は休校になっていた。厳密には春季休暇が1か月延びたので、出席の問題は一切ない。そう、出席の問題はないのだ……


「クク、永劫の時を流離う宿命という枷をやぶりし賢者を英雄扱いとはね、これだから民衆は……」

「うるせぇ黙りやがれ!!」


目の前に座る、元同志の魂の根源を共有せし者(ちゅうにびょうかんじゃ) の女が付きまとわなければ何も問題ないのだ。




さて、ラクレットは、今の名前で1回、昔の名前で1回、計2回中二病をこじらせている。一度目は、まあ思春期によくある主人公願望があふれ出た結果作られた、黒歴史ノートから始まる、大変オーソドックス(?) なそれだった。学校にテロリスト、突然始まる宇宙人の侵略、そういったものが多かったのは、まあ彼の個性であろう。貧困な発想の帰結ともいえるが。
さて、それが一度弱まって(中二病は不治の病なので完治はない) 彼の名前が変わり、自分がオリ主と思い込んだことによって再発した。それはもうひどかった、今も改善していないその恰好からも察することができるであろう。詳しい内容は、彼の名誉の為に省くとして、まあともかく彼は見事に、中二病を再発させた。普通に考えて中二病を再発させることなどないように思えるかもしれない。だが考えてみてほしい、ある日突然自分だけが特別な力を持ったならば、退屈な毎日、単調な生活を一変させることができる者ならば、それを利用してしまうのは人間の性ではなかろうか? ラクレットはそうであり、なおかつ形から入る男だったわけだ。
都合が良いのか悪いのか、ハイスクールでは最低3年ほど年が離れているため、微妙に会話がかみ合わないのもあったし、彼が周りに興味を持っていなかったのもある。が、最大の要因はこのように彼の近くに邪気眼の患者がいたからであろう。


「ふむ、どうやら君も何かしかの洗礼を……いや祝福を受けたようだね、いつもの覇気(れいしりょく)がない、ひどく淀んでいる。第二形態に目覚めるには早すぎるが……何があったんだね?」

「……もう僕は卒業したんだよ……だから目の前でそんな黒歴史を暴くのはやめてくれよ、サニー」


彼の病を共鳴せし者、失礼。サニー・サイドアップ ラクレットの唯一と言って良い学友である。年はハイスクールの3年目で17才だが、未だに精神年齢14歳の心は堕ちた聖女な少女。ラクレットとはシンパシーを感じたという理由でつるむようになり、ラクレットの中二病を加速させた人物である。
制服はあるが改造自由であるガラナハイスクールでの、ラクレットの格好は、あいも変わらずこの学校の学生服の上に陣羽織、それと帯刀であるが、サニーはそんなものとは比較することができない。まずは眼帯、片目が実際に幼少時の火傷のせいで見えないので、眼帯自体は問題ないのだが、なんだかよくわからない紋章が黒色の眼帯の上に金色の文字で書かれている。髪の色はラクレットの紫黒色に対して、紫紺であり、首の後ろで一つに束ねている。服装は学生服なのは同じだが、なぜか他校のブレザーである。ボタンやらチェーンやらよくわからないものがついており、校則というものに正面からケンカを売っているような感じだ。


「黒歴史(ブラッククロニクル)……そんなもの存在しない、我々の生きているのはすべて運命の開拓路(トゥルーデスティニー)だからな」

「だから、そういうのをやめてだね……恋人でも作れよ。親御さん煩いんだろ?」

「……君こそハーレムを作るとかやっぱ作らないとか、言ってたくせに、結局ヘタレて戻ってきたじゃないか」

「それを言わないでよ……」


一応二人とも、互いの弱みを握っていることは握っているのである。ラクレットは今中二病が潜伏しているので、単純に過去の話をされるのが弱いし、サニーは実家が早く結婚しろとうるさいのに、恋人の一人もつれてこない事をちくちく、実家から言われているのだ。
サニーは17才だが、トランスバール皇国においては、年齢と結婚というものはあまり結びつけて考えられていない。早い人は10歳くらいで結婚するからだ。ゆえに十代後半になったら、親から結婚をせかされても別に珍しいことではないのだ。サニーは特に、祖父母からも曾孫の顔が早く見たいといわれているので、微妙にあせっている。その話をすると、キャラが戻ってしまうくらいに。


「お前はいいよ……幼馴染がいるじゃないか……」

「ああ、うん。最悪はそれで手を打つが……漆黒の聖女たるボクが、そう安々と相手を決めていいわけが……」


そのまま、微妙に惚気を始める元同志を、どっかへ行ってくれないかな……と思いつつも、ラクレットはエッセイに取り掛かった。数少ない気の知れた友人の前で。





[19683] 第2部 第1話 準備は念入りにね!!
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/06/24 01:49


第2部 第1話 準備は念入りにね!!



先のエオニアの反乱が終わり、皇国は大きな変化を強いられた。まずシヴァ皇子改め、シヴァ皇女が正式に即位し、シヴァ女皇陛下となられた。これに伴い、貴族の権力がやや弱まり、民主化といった方向に流れが進んだ。むろん反発もあっただろうが、最初から最後まで最前線に立ち、内乱を沈めた彼女に意見できる人間は一握りしかいない上に、その一握りは全員が彼女を肯定している。加えて権力を弱めたといっても、内政を行える範囲の縮小といった方面で、上納金の金額は大差がなかった。ようは皇国として一つのまとまりになろうといった動きであった。

他に大きな改革と言えば軍部の席の総入れ替えだろう。先のファーゴの壊滅により、第一方面軍の少将以上の階級の者はほぼ全員皇国を守護する英霊となっていた。故に他の方面軍から、優秀な叩き上げの将官や佐官、その殆どがが平民出身の者を連れてきて配置、今までの貴族出身で階級の割に無能な方々は、左遷なり、そのままなり、人によっては都合の良いことに、汚職までしてくれていることが発覚したので降格なり、除隊させた。

その結果、上の指示が素早く末端まで通る、風通しの良い軍隊が出来上がった。
こういった急激な改革が推し進められたものの、反発は先に述べた一部の貴族の小規模なものだけで、ほとんどが好意的に受け止められていた。確かに混乱はあったものの、その混乱も5か月たった今となっては概ね終息していた。

まるで何か強大なものに導かれる様に皇国の強化計画は完遂されたのである。普通ならば5年10年と掛るものが僅か半年にも満たぬ期間で。そう、すでに先の内乱から5か月もの月日が経っていた……









「兄さん、話ってなんだよ」

「まぁ、落ち着け急ぐ男は嫌われ……ああ、別に誰からも好かれていないお前には関係なかったかな?」

「ケンカ売ってんのか? おい」

「事実だろーが、このへたれ野郎。あんな環境で戦時下であるのに、恋人の一人も作れないで」

「戦時下だから作れないんだろが」


場所はヴァルター家のリビング……といってもかなり広いのでリビングと言えるか微妙なところであるが、そこにおいてあるテーブルで男二人が向かい合ってコーヒーを飲んでいるという、実に奇妙な光景だ。入口に近い方に座っているのは、まるで絵画から飛び出してきた、貴族の青年といった相貌の男で。余裕を纏った雰囲気でコーヒーを味わっていると言った所だ。逆に向かい側に座っている少年は、不恰好で粗暴な印象を受けより、前者を際立たせている。
これがこの兄弟の力関係をよく表しているであろう。弟にとっては非常に不本意だが。


「まあいい、お前と話す時間の価値なんて、今の俺にとっては0に等しいようなものだからな。本題に入ろう」

「一々むかつくやつだな、おい」

「……烏丸ちとせがエンジェル隊新規メンバー最終候補に残った。他に候補がいないために、事実上確定したようなものだ。あと数日で命令も行くだろう」

「…………」

「正式な着任から1週間後、それがタクト・マイヤーズのエルシオール艦長再就任日だ。言いたいことはわかるな?」


ラクレットは、会話が進むごとに考え込むように無言になって、自分のコーヒーカップを見つめている。一応はわかっていたはずだが、これから真の戦争が始まるのだというと、彼にとってはかなり気が重いのだ。そう、この戦いは前回とは比でない数の無関係の人間が巻き込まれるほど強大な戦争だ。それを好むものなんてそれこそ自分の利益だけを見て
いる安全圏にいる人物だけだ。
エオニアは一般人の命を軽く見ていたが、殺すことの無意味さを知っていたともいえる。ファーゴへの砲撃も多くの死者が出たがそれが目的ではない。


「さて、お前は今回どうやって介入するつもりだ? 」

「……とりあえず、ハイスクールは卒業が確定したし、ルフト将軍に来期からエルシオールなり、白き月なりに配備してください、って一報入れて、その後直接本星に向かって、タクトの援軍要請に合わせて他のエンジェル隊と合流して、その後はエルシオールに行くって感じかな 」


ラクレットは今のところそういった考えで動いている。とりあえず、飛び級での卒業は確定させたので、後は前期卒業日まではフリーである。卒業後の進路は少し前に飛び級で卒業した場合、皇国軍の方に入りたいと、前もって伝えてある。故に後は確定しましたと伝えるだけなのだ。卒業見込みではあるのだが。
ラクレットがそう言い終わるのを待って、エメンタールはゆっくり口を開いた。


「ラクレット、いいかこれまで数多の先人達が、本当に根本的なものとして信じて来ていたものっていうのは、実はすんごい薄っぺらいんだよ」

「なんのことさ?」

「ここが、ハッピーエンドの世界って誰が教えてくれたんだ?」


エメンタールがラクレットに説いている事、それはこの彼らの前世であった『ギャラクシーエンジェル』というゲームに似通ったこの世界は、ゲームに似通っているからこそ、ゲームに用意されている筋書きと似通った動きを見せる。しかしながらそれは同時に、そのゲームの中である、いわゆる『BADEND』といった結末に向けてのびているレールなのかもしれない。加えて、それが分かるのは最後の瞬間という、スリル満点を味わえる、すばらしいシステムなのだ。


「エオニアの件だが、正直俺はただの様子見だった。ここで終わるなら、それまでだ。まあ、先を見ていろいろ動いていたがな。それでも別にタクトが負けたところで、エオニアが独裁国家を作り、加えて白と黒の月が強化され、ヴァル ・ファスクと戦う。クロノクェイクボムが使われたならば、宇宙空間に行けないが、それでも俺が死ぬまでは平和に過ごせる。加えて言うなら、クロノストリングに依存しない方法では、星間移動こそできはしないが、クリオム星系内ならば、十分行き来できる」


エメンタールは、右手で髪をかきあげてラクレットを斜めに見詰めつつ、言い放った。自分は冷静に損得勘定を計算で来ている人間だ。そう『狂信的なまでに輝く』瞳で言っていた。


「つまりな、俺は常に勝ち馬ないし、安全パイを引き続けるんだ、お前とは違ってな」


ラクレットは先ほどから、ずっと下を見つめて、肩を震わせている。それはまるで何かに気付いたか、思い出してしまったサスペンスの主人公のような動作であった。それを疑問に思ったのか、エメンタールは声をかける。


「おい、どうした? 怖気づいたのか? 」

「……Eternal Loversの撃墜ENDはマジでトラウマ……」

「……」

エメンタールは、無言でラクレットの頭を手刀で叩いた。鈍い音が響き、ラクレットが我に返る。


「……それで? 何が言いたいのさ?」

「ああ、つまりだな、お前、俺の指示で動け、お前の強みはⅡの情報を知らない事と、単純で操りやすいことだ。手駒としては中々なんだ。実際そこそこ強いし」


あっけからんと、エメンタールは言い放った。それこそ、帰りに牛乳買ってきてと、息子に頼む母親のように。ラクレットは脊髄反射的に反抗しようとするが、一瞬冷静になって考えてみる。ない頭を絞って考えてみる。


「(こいつは、最低でも自分が生きられればいいって、言っていた。僕はエンジェル隊とエルシオールの力に成りたい)一つ聞いていい? それで僕にメリットはあるの? 」

「ああ、あるぞ。とりあえず、ヴァル・ファスクに勝つには、お前らに任せるから勝敗はそっち次第だが、そこに行くまでの手助けと、大規模な支援は惜しまない。俺は自分が安全なら、面白そうなことに首を突っ込ませてもらうからな」


ラクレットはとりあえず、冷静になるべく先入観を持たないように、思案する。結局最終的には勝利できたが、かなりギリギリだった先の戦い。それを支援してくれるというのならば、有難い。しかし、命令されるという事は……


「……つまり、行動しやすくするから、俺の手足になれ ってことか」

「そう、だが別に絶対服従ってわけでもない、嫌なことは断ってくれてもいい、俺はお前の足りない頭じゃ考えられないような方法で介入するからな 俺が監督と脚本やるから、役者の一人兼裏方になれってことだ 」


つまりは、ラクレットという個人で動くのは即ち国や仲間の為に動くという事であり、エメンタールが動くというのは、組織だって自分たちの利益を持っていくということだ。しかし、エメンタールの場合、この人生自体が暇つぶしであるため、利益の部分に面白そうなことが加わる。この面白そうなことは、概ねラクレットと合致する。ならば、ラクレッ
トの答えは一つだけだ。


「わかった。僕ができることで、僕が嫌なことじゃない限り、指示に従う」

「おお、そうかそうか。これで少しばかりやり易くなったな」

「そうでもしないと、そっちのカードは1枚も表にしてくれないんだろ?」


そう、ラクレットは帰宅してから、その道中で兄の呟いた、カマンベールが生きているという情報の詳細を聞いていない。なぜ知っているのか、それはどういう事なのか、さっぱりである。しつこく教えろ教えろ詰問しても、暖簾に腕押し糠に釘だったのである。


「ああ。それじゃあ俺の手下になったご褒美に、少し教えてやろう。お前に俺が隠している札は3枚だ。1枚はお前も知ってのとおり、カマンベールについてだが、これは単純に俺の直属の情報収集担当からの報告だ。ピピピと来た所を探らせたら、ビンゴだっただけ」

「……いや、それはいいから、どういう事なのかをだね」

「それは、今回のネフューリアとの戦いの中で分かる。後2枚も、倒したら教えてやろう。」


秘密主義なのか、親切なのか、いや絶対単純にからかっているだけだろーな。なんて思いながらもラクレットは肯くしかない。なぜならば、現状は筋力でも知力でも勝てないのだ。もはや諦めの笑みが口から洩れるものの、すぐに仕方がないと割り切って、兄に向き直る。


「それで、何をすればいいの?」

「ああ、別にそんなに面倒なことは言わないし、お前のことも分かっているから無理なことも言わない、ヒロインを手籠めにして来いとか、そういうのじゃないから安心しろ」

「あ~あ~はいはい、僕はへたれですよ。これで満足? 」

「ああ、至極満足だ。馬鹿を馬鹿にするのは大好きだからな。じゃあ本題だ、まず介入の仕方を変えてもらう、そしてもう一つお前にやってもらうことがある、それは……」





こうして、兄弟の介入への準備が着々と進んでいくのであった。











え?そんなシステムに不正に侵入されてる……って、あんた誰よ、なんでこんなところにいるのよ……ってそんなことをしている場合じゃなかった、急いで対処しないと

はぁ?手伝う?あんたにできるわけ……って、どういう事よそれ!!なんで、あんたがそんなこと……ああ、もういいわ!! あんたは万が一の為に切り離しの準備をして頂戴!!










────
上兄のうざさは仕様です



[19683] 第2話 物語序盤のデートは事件が起こる法則
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/06/25 01:27










第2話 物語序盤のデートは事件が起こる法則


『本日は、当商会の新型船、『ケーゼクーヘン』のプレオープンにご来場いただき、誠にありがとうございます。本客船は皇国最大の船型遊園地をコンセプトに作られた最新船です。今日という日が皆様にとって最高のものになるように、我々も尽力させていただきます。それでは、開場です。どうぞお楽しみください』




「わーすごい!! こんなに大きい遊園地が本当に船の中にあるんですね!! 」

「ミルフィー、あんまり先に行くとはぐれ……る程人はいないけど、おいてかないでくれよ」

タクトとミルフィーは今日、チーズ商会の最新船型遊園地である、『ケーゼクーヘン』に来ていた。話は数日前に遡る。

タクトとミルフィーは、エオニアとの戦いを終えて、軍から離れて生活していた。二人が暮らしているのは、皇国全体では少々外れに位置するものの、快適に生活できることで有名な、『コノ星系』である。その星系内の本星都市部で、小さなアパートメントを2つ隣同士の部屋になるように借りて、お隣さんとして生活していた。
先の大戦から半年、ミルフィーはケーキ屋、タクトはチェスの教室の先生のアルバイトを始めて、のんびりとした、しかしながらも幸せな生活を送っていたのである。


「いやぁ、毎日すまないね。こんなにおいしいお昼ご飯を食べられるなんて、オレは幸せ者だよ」

「そんな……でも、食費は半分出していただいていますし、気にしないでください」


今日の二人の昼食は、タクトの好物のひとつである、ツナサンドと、ミルフィー特製コーンスープである。タクトは昼過ぎに起きたばかりなので、朝食と言えるかもしれない、そして当然のように、タクトを起こしたのはミルフィーである、玄関の鍵が開いていたので、そのままお邪魔したという、こう何とも言えなくなるような関係である。
しかし、二人とも恋人らしいことなんてデートくらいしかしていないと上に、キスもまだ。その上二人ともそれで満足という大変プラトニックな関係で、ギャルゲーにするには都合のいい状態だ。美(?)男美女が楽しそうに笑いながら、買い物帰りに夕暮れの街を歩いているという事で、実はご近所で地味に評判になっているのだが、それは二人の知るところではない。


「にしても、もうエルシオールから離れて半年か……」

「そうですねー……あれが、半年も前だなんて、全然思えませんよ」


この平和な日々を噛み締めている二人は、ふとなんとなしにつけっぱなしにしてあったテレビに目を向ける。そこではニュース番組が流れており、アナウンサーが真剣な表情でレナ星系を中心に頻発している、資源の輸送船を襲う事件を報道している。今月に入って3件目にもなるその事件は強奪船団の仕業かと言われており、軍による調査が、資源不足になりつつあるレナ星系の支援とともに行われているとのことだ。


「物騒だな……せっかく平和になったというのに」

「ですねー……でも、きっと軍の人が何とかしてくれますよね? 」

「そうだね……そういえば、軍と言えばみんな元気かな? 」


タクトが気になるのは当然、あの戦乱の日々を共に駆けた仲間たちである。と言ってもまず頭に浮かんでくるのは、親友であるレスターと、エンジェル隊の隊員、それから飛び入りで参加した少年のことだ。


「みんな忙しいみたいですよ、ランファなんかこの前、『休みを取る暇がない~!! 』ってメールで送ってきました」

「そうか、元気そうなら何よりだね」

「あ、そうだタクトさん、明後日のこと、覚えていますか? 」

「当然だよ、なんせ、久しぶりのデートだもの」


タクトと、ミルフィーは数日前に、とあるメールを受け取っていた。差出人はラクレット・ヴァルター。エルシオールには救難信号をキャッチしたという理由で入ってきた民間人だ。彼は合流した際にエルシオールの窮地を救ったが、その後もその持前の戦闘機の腕と、愛機『エタニティーソード』を駆使して戦闘要員として最後まで戦ったという戦友の一人だ。


「にしても、すごいコネだよな……ミントといい、ラクレットいい」

「ですよね、なんせチーズ商会って言ったら『子供の積み木、若者の音楽、夫婦の演劇鑑賞、老後のボードゲームまで手広く娯楽を提供する、チーズ商会』ってCM毎日のように見ますよ」

「ミントの実家のブラマンシュ商会と提携して以来、急速に成長しているらしいからね、その最新の成果がこれっていう……」


ラクレットからのメールに書かれていたのは、簡単に言うならば招待だ。『僕の兄が経営する商会の船型遊園地のプレオープンがもうすぐあります。その場所がちょうどお二人の住む、コノ星系でやるそうなので、良かったらどうでしょうか? 招待状を添付しましたので、良かったら参加してください。────ラクレット』そういったことが書いてあった。ちょうどその日は、ミルフィーも休みがとれそうで、タクトのチェス教室の休みの日だった。もしかしたら、失ってしまった幸運が戻ってきたのかもなどと笑い合いながら、二人は諸手を挙げて参加を決めたのだ。


「楽しみですねー、あ、私お弁当作りますから、楽しみにしていてくださいね!! 」

「うん、楽しみにしてるよ、なんせミルフィーのお弁当は宇宙一だもの」


そういうわけで冒頭に戻るのだ。


「わーすごい、あの観覧車、半分船の外に出てますよ!! 」

「艦のシールドを歪曲させているらしいからね、万が一攻撃をくらっても、あれが1周する時間は持つ設計らしいよ 」


二人は、適度に空いている最新の遊園地という理想的な場所でデートしているのだ。そしてこの『ケーゼクーヘン』移動遊園地と舐めてもらっては困る。全2000M、全高1600M、全幅1600Mの卵のような形をしたこの船は、そこいらの遊園地にも負けない施設がある。確かに面積という面では劣るものの、それでも、移動型の遊園地としては破格の広さを持っている。加えて、遊園地としての機能を果たす際は、艦の上部の部分が開かれ、折り
たたまれて収納されていた、アトラクションが、シールドを歪曲させて、艦の外に出るといった形で展開するので、その狭さを感じさせない吹き抜け構造になる。欠点を上手い形でバーしているのだ。
さらに、この船にあるのは遊園地だけではない。カジノ、プール、映画館、ボーリング場と、現代社会における豪華客船を、信じられない大きさまで巨大化して、宇宙区間を進めるようにしたというものなのだ。
この馬鹿みたいにでかい船を動かすにあたって、搭載している『クロノストリングエンジン』の数も『エルシオール』の倍以上という頭の悪い数だ。こうでもしないと動かないのだからしょうがないが、そのため一部からは警戒されていたものの、武装を一切持たず、ただただ強固なシールドを作るという方面での運用にしているので、最終的には許可が下りたのである。船速はクロノドライブさえできれば良いであろうといった物しか出ないが。

そんな多機能にして、エンターテインメントの真髄ともいえるケーゼクーヘンだが、今日はあくまで遊園地のプレオープンであって、他の部分は立ち入り禁止となっているが。


「それじゃあ、ミルフィーは何に乗りたい? 」

「いっぱい乗りたいのがあるので、タクトさんが決めてください!! 」

「え? オレが決めちゃっていいの? 」

「はい、タクトさんと一緒なら、きっと何に乗っても楽しいですから」


とまあ、このように、甘くてスィーティーな上にとってもしゅがぁ☆なあま~い会話をしているので、きっと彼らも楽しんでいるのだろう。結局最初はメリーゴーランドに決めたようで、二人はそちらに向けて足を進めた。





天地を裂くような爆発音と、わずかな揺れを『ケーゼクーヘン』を襲ったとき、二人は目玉である大宇宙観覧車内で、ミルフィーの作ってきたとくせい愛情たっぷりなお弁当を、二人であ~んと、食べさせあった後である。おおよそ80パーセント回った後で、比較的すぐに、降りることができた。
そんな二人が、とりあえず周りを見渡すと、多くの乗客が、やや不安そうに開かれている天井部から外の様子をうかがっていた。彼らが避難しないのは単に先ほどから流れているアナウンスが、避難を促すものではなく、シールドが強力なので、避難した方が危険です。と繰り返しているからだ。

事実、音に対して、この船に起こる振動はかなり微弱なものであり、シールドの強度がうかがえる。二人が周りにならって上を見上げて感心していると、後ろから二人に近づく影があった。この遊園地のクルー、つまりはスタッフの一人である。


「お客様、少々よろしいでしょうか?」

「なんですか? 」

「失礼、タクト・マイヤーズ様とミルフィーユ・桜葉様ですね。私は、この船のクルーをしている、ブレッドと申します」


二人に話しかけたブレッドと名乗る執事風の青年は、この船において接客担当の人員だ。そんな彼のことを、なぜ今話しかけてきたのか?といった疑問を持ちながらもタクトは応対する。


「知っていると思うけが、名乗られたからには名乗っとくと、オレはタクト、こっちがミルフィー。それで何の用? 」

「はい、実は現在この船は最近活発に活動している強奪船団に遭遇しています。直接的な目標でなく、戦闘宙域が重なってしまったという所でしょう。すでに軍が殲滅に当たっており、推移は良好だそうで、あまり問題ではないのですが……」

「それはよかった。でも、それだけではないんだろ?」

「ええ、ですが話をする間にお二人についてきてほしい場所があるのですが、来ていただけますか?」


ブレッドはタクトと話しながらも視線をミルフィーに向けていた。それは彼女の了承を待っているというポーズで、その意図を理解した彼女はタクトに向かって頷く。この頷きは、『タクトさんに任せます』ではなく、『行きましょう、タクトさん』だと一瞬で理解したタクトは、迷わずにその言葉を了承し、ブレッドの案内で歩き始めた。



「まずはこのような形でお呼びしてしまい申し訳ございません。手短に説明させていただきますと、我々は最近レナ星系を中心に活動している強奪船団が、徐々にコノ星系に近づきつつあることに気付きました。しかしながら、すでに大々的にプレオープンの広告を打った後で有り、遠距離からいらっしゃるお客様はすでに出立した後でした」


ブレッドの案内で、二人は『ケーゼクーヘン』のブリッジに向かって歩を進めていた。上の大部分が遊園地となっているこの船のブリッジは、船前方の中心より少し上と言った所にある。そこに行くまで、ブレッドの話だと4分少々かかるそうだ。
敵襲があるかもしれないのに、なぜ強行で行ったのかは疑問だが、恐らく一種のプレゼンテーションも兼ねていたのであろう。言い方はおかしいが、シールド出力のコンバットプルーフが目的とタクトは見ていた。


「ですが、この近辺は軍の警戒も厳しい上に、この船事態も、強力なシールドを持っている。軍が来るまで持てば問題ないのですから、そこまで深刻に考える必要はなかったのですが、会長が念には念を入れてとのことで、少々手を講じたのです」

「手? それはいったいなんですか? 」


ミルフィーがブレッドに向かって訪ねる。やや速足で歩いているので、女性が話すのは辛いかもしれないと考えていたブレッドは、彼女も軍人だったと思い直し、質問に答える。


「現在皇国本星に向かっている途中の商会の船の経路を少々変更して、コノ星系を経由するように変えられたのです。その結果、このプレオープンの期間中、その船は『ケーゼクーヘン』で補給を受けるといった形で搭載されています、そしてその船は春から軍人になる為に本星にいる知人へと尋ねていく途中だった会長の弟をのせています。彼の愛機と共
に」

「え、それじゃあ」

「もしかして……」

「はい、ラクレット・ヴァルター。あなた方もご存じの人物です。貴方方に逢ってみてはどうですかと、私どもも申し上げたのですが、デートの邪魔をするのは悪いとのことで、客室におられましたが、つい今しがた出撃されたようです」


そう、本日『ケーゼクーヘン』は扱いは宇宙ヨットと同じである小型の民間機を搭載した、商会の船を収容していたのだ。万が一何かあった場合は、積極的自衛権の行使をするつもりだったのだが、その万が一が実際に起こってしまったので、大慌てで出撃していたのである。


「なんだー、来てたんだラクレット君も」

「そうみたいだね、遠慮しないで言ってくれればいいのに。でもこれでたぶん安心だ」


ブレッドの話を聞き、ラクレットがいるという事で、タクトとミルフィーの表情がほころぶ。デートと言う名目で来ているものの、久々に仲間に会えるのならば、あまりそういったことを気にしない二人は、ラクレットが顔を出さかったことに微妙に首をかしげている。だからこそ、ラクレットは内密にしていたのだが。
旧交を深めるくらいなら、愛でも深めててくださいと、彼本人は美味いこと言ったつもりである。


「もう2つほど、申し上げることがあります。強奪船団の正体は、無人艦隊……それも先の内乱で使われたタイプに近しいものです」

「なんだって!! 」

「そんな、黒き月はもうなくなったはずなのに……」


二人が驚くのも無理はない、あれだけのレベルの無人艦を作れるのは、『黒き月』だけなのだ。そしてその『黒き月』こそ先の内乱の元凶でもあり、エンジェル隊とエルシオールで戦い、エルシオールの『クロノブレイクキャノン』で破壊したのである。


「それじゃあ、少し危ないかもな……敵の数にもよるけど」

「そんな……」

「いえ、おそらく心配はいらないでしょう……」


ブレッドがそこまで言うと、ちょうど、ブリッジのドア目の前まで来ていた。彼はコンソールを操作して、ドアを開けて二人に背を向けて言い放った。


「なぜなら、対応に当たっている艦の名前は『エルシオール』……あなた方がいた艦なのですから」


タクトとミルフィーが通されたブリッジは、エルシオールのそれに比べれば幾分か劣るものの、最新鋭の船であることがわかるような、清潔で整然とした機材だった。民間の船では珍しく、周囲の状況を確認することができる、巨大なエリアマップが中央に設置されており、それが普通なら目を引くであろうが、二人がまず目にしたのは、メインモニターに
映る懐かしの艦だった。


「エルシオール!! 」

「わぁ! すごい偶然ですね!! 」


目を輝かせるミルフィーと、驚きで叫ぶタクト。二人ともまさかここにエルシオールが来ているなんて予想にもしなかったのであろう。


「……ラクレットがいて、エルシオールまでいるなら安心だ。それにしても急に同窓会みたいになったな」

「ですね~」

「…………さて、タクト・マイヤーズ様。この船に高速指揮リンクシステムは搭載されておりませんが、通常の指揮運用システム、ならびに高精度エリアマップがございます。そして現在通信士が対応していますがエルシオールと通信を行っています。エルシオールは現在、近隣の起動ステーションからの避難シャトルの誘導に忙しいようで、こちらもある程度の受け入れが可能なので、こちらに誘導するようにしております」


そこまで言って、ブレッドはタクトに向き直る。彼の眼は期待に溢れており、先ほどまでの仕事人といった雰囲気よりも、好奇心に動かされている少年のそれに近い。


「オレにエンジェル隊の指揮をするようにエルシオールに要請するのかい? 」

「端的に言えばそうですね、そうした方が、お客様の安全がより確実なものになるので……なにより、我々も見てみたいのですよ、先のエオニア戦役を最前線で駆け抜けた人物の指揮を」

「……それはなかなか、ハードルの高いお願いだね。わかった、期待に応えてみるよ」




こうして、タクトはエルシオールとの通信繋いだ。
これが、皇国……いや銀河を巻き込む巨大な戦乱の始まりであった。









────

ケーゼクーヘンは大きいですが、ブラマンシュ商会はこれより巨大なデパートシップ(全高4000M)を所持しています。5年後にはそれがもう一つできるわけで、そこまで無理があるわけではないかと思い、こういった形になりました。




[19683] 第3話 逆に考えるんだ!ちとせはアニメでもゲームでも2度おいしいと!!
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Date: 2014/06/26 13:29





第3話 逆に考えるんだ!ちとせはアニメでもゲームでも2度おいしいと!!





「『エタニティーソード』発進準備スタンバイOK! ラクレット君どうぞ!」

「はい!! 『エタニティーソード』積極的自衛権の行使の為に『エルシオール』並びにエンジェル隊に加勢してきます!! 」


その言葉と同時に、ラクレットは、『エタニティーソード』の出力を上昇させる。『ケーゼクーヘン』の業務用のシャトルや船の搬入口は艦の前方下部にあり、そこから勢いよく飛び出す。エルシオールまでの距離はおおよそ20000強、急げば直ぐに到達する範囲だ。(ちなみに、ゲームでの戦闘画面は約40万四方)



「移動形態に移行!! これより全速力で、戦闘宙域に向かいます!! 」

『エタニティーソード』の移動形態は、最高速はカンフーファイターにやや劣るものの、旋回性能では上回っている。最も今の状況において旋回性能はあまりは関係ないのだが、それでもまあ、現行の戦闘機に分類されるものの中では、最速クラスである。
圧倒的な加速で、一気にフルスピードまで達した『エタニティーソード』はそのまま避難中のシャトルに接近している敵駆逐艦に突っ込んでいった。




「司令!!『ケーゼクーヘン』から小型機が発進しました!! ものすごい速度です! 『クロノストリング』の反応あり! 」

「ああ、さっき向こうの言っていた自衛権の行使か……モニターに出せ」

「了解!! 」


現在『エルシオール』を指揮しているレスターは、避難シャトルの誘導、並びに紋章機の指揮、艦のダメージコントロールとかなり多忙であったが、その程度ならばと優秀である彼は見事にこなしていた。余裕はないし、表情も硬いが特に危険な橋を渡る作業でもないために、マニュアル通り的確な指示を出している。こういったことができる軍人と言うのは少なくないが、レスターほど同時に複数の作業を正確にこなせる人物は皇国にもそうとはいない。彼と同年代に絞るならば皆無に等しい。それだけ優秀な人材がレスター・クールダラスなのだ。

レスターの指示で、モニターに映し出されたのは、彼らにとってもなじみ深い……と言うよりも、何度も見たことのある機体『エタニティーソード』だった。半場予想はしていたため、特に驚きもないレスターだが、ココとアルモの二人はそうはいかなかったらしく、驚きの声を上げた。


「冷静に考えてみろ、チーズ商会がこの状況で出せる援軍なんて傭兵でも雇っていない限り存在しないし、雇っていたなら最初から配置しているはずだ。となればあの船に収まるレベルで、なおかつ戦力になるレベルに限られる。そうすると、あそこの会長の弟直々に出てくるのが普通ではないか? 」

「そうかもしれませんけど……」

「ふつう驚きますよ……」

「そうか……まあいい、とりあえず、接近している駆逐艦を目標にしているみたいだから、そのまま攻撃しろと伝えてくれ。聞いたなフォルテ、心強い援軍様が来てくれたぞ」


レスターは、とりあえずここの通信をそのままエンジェル隊に流しているので、聞こえているだろうフォルテにそう伝えた。わかる人は少ないが、その口元は微妙に緩んでおり、機嫌がやや回復したことがうかがい知れた。


「それは有難いね。まあ頼れるかどうかは別にしてだがね!! ちとせ、アンタは駆逐艦を後回しにしていいから、ミサイル艦の相手をしておいてくれよ!! 」

「了解です、フォルテ先輩!! でも本当に大丈夫ですか? 」

「ああ、あいつならたぶん何とかすると思うさね」


そう言って、フォルテはサブモニターに映した、こちらに高速で接近している機体を横目で見ながら自分の目標に向けた。




「ターゲット選択これより攻げ「こちら『エルシオール』ラクレット君、久しぶり」お久しぶりですアルモさん」


ラクレットが今まさに攻撃に転じようと、戦闘形態に機体を移行したところで、『エルシオール』通信担当であるアルモから通信が入った。これにより、微妙に出鼻をくじかれてしまうものの、命がかかっているためなのか、体が覚えているのか敵駆逐艦からの攻撃をよけつつ接近を続けていた。


「とりあえず、その駆逐艦を倒したら、シャトルの護衛をしつつ、敵を撃破して基本的に人命救助優先だから……あ、『ケーゼクーヘン』から通信入ります!! 」


何とか駆逐艦に張り付いき、砲門をつぶすための旋回を開始、相変わらず速度と旋回、回避が高いこの機体には殆ど有効打を持ちえないようで、敵の火力を順調に割いてゆく。滑り出しは順調、しかし気を引き締めようと集中すると、どーやら『エルシオール』に通信が入ったようで、アルモがそういったことを伝えてきた。

ラクレットはこれから起きる大声のリアクションを予想して、さらに意識を研ぎ澄ませることにした。



「よぉ、レスター久しぶり」

「はぁ!? おま、タクト!! どーしてここに!! 」

「え~!! マイヤーズ司令!? 」

「そんな、なんでこんなところに……」


とまあ、こうなるであろう、なにせ、普通に平和で軍とは無縁の生活をしているだろう彼が、戦闘宙域にある船の中にいたのである。驚くのは当然であろう。タクトは右手で頭をかきながら、レスターたちに向かって苦笑しながら言い放つ。


「いやー、俺たちが住んでいるのはコノ星系だしね、今日はラクレットの招待でプレオープンできてという訳」

「なるほど……確かにそうだが、なんという偶然だ……」


レスターは頭を抱えながらそう呟く、頭の悪いような確率で起こるよーな出来事が、久々に起こったからだ。『エルシオール』の中で随一の常識人を自負する彼は、こういったことがなかなか認められないのである。


「さて、レスター……オレが手伝えることはあるかい? 」

「ああ、普通なら頼めないが、まあ非常事態だ。エンジェル隊の指揮を頼む。こちらはシャトルの誘導で手いっぱいだ」


本当なら、そういったことはないレスターだが、より任務の成功率を上げるためなら常識的な手ならば何でも使うのだ。非常識な手まで使うのがタクトであるが。ともかく、レスターは、タクトにエンジェル隊の指揮を要請した。


「わかった、今出ている紋章機は? 」

「ああ、現在エルシオールに搭載されている紋章機3機の内出ているのは2機『ハッピートリガー』と」


レスターがそう言いかけた時、後続のシャトルに向かって急接近をかけ始めたミサイル艦が発見された。どうやら自爆特攻を行うようで、すべての行為を前進の為に割いていた。タクトの表情が一瞬強張る、そのミサイル艦は最前線にいるラクレットからはかなり遠く、他の紋章機からも5000以上開いている。しかしレスターは冷静に一言指示を出しただけだった。


「ちとせ、撃て」

「了解」


鈴の音のような声が通信越しから響き、次の瞬間その艦の反応が消えた。遠方から光の矢が襲来し、敵ミサイル艦のど真ん中を貫いたのである。その光景にタクトは一新言葉を失ってしまう。


「先週新しくエンジェル隊に配属された烏丸ちとせだ。彼女が乗る『シャープシューター』は同じく新しく発見された機体でな、遠距離からの狙撃とそれを行うための高性能なレーダーを搭載している機体だ」

「烏丸ちとせです。マイヤーズ司令お噂はかねがね」

「……ああ、こちらこそよろしく、今は司令じゃないけどね」

「失礼しました、ご支持のほどをよろしくお願いいたします」


タクトは一瞬彼女の存在に驚くものの、かわいい女の子だったために冷静になることができたのか、普通に対応する。どっかの誰かとは真逆だが、それは言わないでおこう。


「どうだいタクト? ちとせのコレは大したものだろ? 」

「フォルテ!! 久しぶりだね。さて、時間もないし、そろそろはじめようか?」


タクトは、フォルテの顔を見て表情をほころばせるものの、いつまでも再会を喜んでいられないと、気を引き締めた。敵は目の前にいるのだ。ないがしろにするわけにはいかないのである。


「フォルテ、ちとせ、ラクレット三人とも俺の指示通りに動いてくれ、ちとせは実戦初めてかい? 」

「はい、司令」

「そうか、大丈夫、シミュレーション通りにやれば、問題ないよ」


タクトは、実戦が初めてであるという、ちとせに対してそう優しく声をかけた。ちとせは尊敬するタクトからそういった声をかけられて、心の奥底があたたかくなり力が湧いてくるのを感じた。まあ、そんな尊敬の念もあと1時間もしたら砕けるのであろうが。


「それじゃ、はじめようか、最優先目標はシャトルの保護!! ちとせは射程圏に入った敵をこちらに近い足の速い艦から狙撃してくれ、フォルテはちとせの削りきれなかった艦の止めを、ラクレットは今の駆逐艦が片付くと同時に先行して叩いてきてくれ!! 」

「「「了解!! 」」」


気持ちよくそろう三人の声、守るべき目標もいるために全員テンションは高い。これなら大丈夫そうだとタクトは内心ほっとする。ちとせは命令に答えるべく操縦桿をきつく握りなおす。弓道の修練を行う時のように集中し遠くの目標を見据えた。口の中が少しばかり渇き、不快感を得るものの、決して意識はぶれなかった。
フォルテはそのちとせの様子をウィンドウ越しにちらりと確認し、前方の敵に意識を移す。この戦場において一番のベテランは自分であり気を配ろうとしたのだが、どうやらその心配は必要なかったようで、新人はきちんと自分の仕事をこなそうとしている。彼女は安心して、前進するのだった。


「行くよ!! まずは一発ぶちかましてやる!! 」


気分的に特殊兵装のストライクバーストをお見舞いしてやりたかったものの、どうやらそこまで同調しきってないようで、武装のミサイルを一斉に発射する。数ダースのミサイルが独自の軌道で単一の目標に向かい飛んでゆく、彼女なりの狼煙の上げ方であった。それらは見事に敵に命中し、さらに運よく敵の機関部に直撃したのか、一瞬光ると爆発四散した。


「よし、これでお終い!! 『エタニティーソード』次の目標に向かいます!! 」


ラクレットもとりあえず相手にしていた駆逐艦を落とす。彼と彼の機体はもともと、撃墜数が優れる機体ではない。どちらかと言えば囮や機関の足止めに向いているのだ。ちなみに現在 『駆動部操作装置停止操作』《Engine Control Unit Disabled Maneuver Drive》をカットしているものの中々の性能だ。というかECUDMDはすでに彼の技術が円熟してきたため、今後は頼る必要が無いと言える。ちなみに翼を出していない理由は単純にあの戦闘の後彼がシャトヤーンに頼んで封印をかけて貰ったのだ。エンジェル隊の紋章機がそうしたから、彼もつられてである。リミッターは解除されているので、白き月に行く前の翼を出していたころとほぼ同じ出力が出ている。要するに紋章機と同じ条件である。


「うん、頼んだ。ちとせ、次は敵Nを頼むよ、そいつは最後尾のシャトルに近いからね。そいつを倒せばあとは殲滅戦だ」

「了解です、退きなさい!! フェイタルアロー!! 」


ちとせは、『シャープシューター』の特殊兵装を発動させて、タクトの指示した目標を打ち抜く。彼女の特殊兵装は名の通り特殊で、距離が離れていればより多くの弾連続してを発射できるといったものだ。これはさながら敵の位置が離れていれば、離れているほど有利な、戦場での弓兵を表しているようで、それがまた彼女に適している。

その後、ちとせの活躍により、無事一人もの被害を出さずに、敵の殲滅を確認した。ラクレットの『エタニティーソード』は『エルシオール』に収容され、ミルフィーとタクトも同じく、『エルシオール』にシャトルで向かった。二人が『ケーゼクーヘン』を出るとき乗務員一堂に感謝され送り出されたが、二人とも笑顔でそれに答え、彼の英雄的名声が上がったのはまた別の話である。


戦闘後の確認のため、やや収容が遅れたラクレットと、戦闘終了後直ぐに向かったタクトたちが『エルシオール』についたのはほぼ同時だった。タクトたちを送ってきた『ケーゼクーヘン』の乗務員は、ラクレットのシャトルから運んできた荷物一式を下ろすと、すぐに戻って行く。二人は格納庫の隅のシャトル発着場で、フォルテとちとせに出迎えられていた。


「やぁ!! タクト、さっきも言ったが久しぶりだね!! ミルフィーは、本当に久しぶりだ」

「フォルテさん、お久しぶりです。元気していましたか? 」

「ああ、皇国に戻ってから忙しくて休みが取れないぐらいだけどね」


にこにこと満面の笑顔を浮かべるミルフィーを久しぶりに顔を合わせた妹を見るかのような優しい目で、見つめるフォルテ。なんだかんだ言って群を離れた彼女を一番気にしていたのである。その言葉が途切れると自然に視線はちとせに向いた。彼女は一歩前に踏み出すと整った背筋をさらに限界まで伸ばし敬礼する。


「烏丸ちとせ少尉です。マイヤーズ司令、かの英雄にお会いできて光栄です」


模範的な皇国軍の敬礼には一部の隙もなく、腰まで伸びた彼女の見事な艶がある黒い髪と後頭部から少しのぞかせる大きな赤いリボンがとても特徴的で、凛とした鈴の音のような声が彼女によくあっていた。タクトは今までにないタイプの美人だな~と思いつつ、あいさつを返す。


「さっきは見事な戦いだったよ、ちとせ」

「いえ、指示が的確でしたので、私はそれをしただけです。」

「おいおい、謙遜すんなよ、ちとせ」


謙虚であるちとせはタクトの賛辞をやはり否定する者の、フォルテにも褒められ、顔を赤らめさせるがどこか誇らしげな表情だ。


「さて、ちとせ、俺のことはタクトでいいから、もう呼んじゃっているけどオレもちとせって呼ぶし」

「……え?」


これが、後にマイヤーズ流と呼ばれる人心掌握術である。









[19683] 第4話 体重は70超えました。
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/06/27 02:29


第4話 体重は70超えました。


ラクレットが『エタニティーソード』から降りて彼らに合流したのは、ちとせがタクトの発言により一時停止したものの、フォルテが諭したことにより何とか再起動したあたりだった。なぜならば、彼は『ケーゼクーヘン』から送られてきた自分の荷物の確認をしていたのだ。大したものが入っているわけでもないが、放置するわけにはいかないのである。とりあえず邪魔にならないように端に避けてから、彼らのもとに向かったのだ。


「皆さん、お久しぶりです!! 」


元気よくそう挨拶したラクレット。一応やましいことはしていないのだが、なんとなく無駄に声が大きくなってしまう。こう一応仕組んだといえば仕組んだことであるからだ。


「おお、久しぶりだね、来ていたなら言ってくれればよかったのに」

「そうですよ~」

「いえ、せっかくのお二人のデートでしたから邪魔をするのもどうかと思って……」


とまあ、そういう具合である。彼ら二人が全く気にしていないのは、別に彼らの関係が冷めているといったわけではなく、本心から気にしていないのだ。それを察したからこそのラクレットは連絡を取らなかったのであるが。それを傍目で見ていて、なんとなく理解したフォルテは、苦笑しつつラクレットに歩み寄る。


「いや~、さっきは助かったよ、相変わらず腕は鈍って無いみたいだね? 」

「フォルテさんこそ、また1段と操縦が上手くなっていましたよ。あとで操作ログ見せてくださいよ」

「そういう所まで気にするとは、相変わらず勉強熱心なことで、別にかまわないけどね」


ラクレットはどうにもまだ、エンジェル隊との会話が、と言うより異性との会話全般であるが、不得意と言うか、自然ではない。これは元来の女性に対する微妙な恐怖症と言うかそういったものからきているのだが、一応話す大義名分や目的があれば平気なのだが、自分から話をしていくのは微妙に苦手だ。故にフォルテからの話題ふりであったが、予想ままの反応が返ってきて、安心するフォルテだった。
そんな中、ちとせがラクレットに近づく。一応お互い初対面という事になるので礼儀正しく相対した。


「あの……先ほどはありがとうございました」

「ああ、いえ。こちらは責務を果たしただけですから」

「それでも、やはりカバー役がいるといないとでは、重圧が違いましたので」

「そうですか……それならばよかったのですが」

「おいおい、あんたら、そんな謙遜し合ってないで、お互いの名前くらい名乗ったらどうだい? 」


ぐだぐだになりそうだったので、それを止めようとするフォルテ。実はちとせとラクレットは互いに同じような感情を抱いているのだ。
まずラクレットの場合、ちとせは途中入隊とはいえ、エンジェル隊の一員だ。これだけですでに頭が上がらなくなるというのに加えて、彼女の乗っている機体『シャープシューター』はゲームでこそ微妙な性能だったが、その性能の中最後まで生き残ったという事は、逆に操縦者の腕がかなり高いレベルであると同時に、ほかの隊員より短い期間でそのレベルまで習熟した彼女は、並大抵の人物ではないとまで考えている。加えて、その遠距離からの狙撃による一方的な攻撃ができるといったスタイルは、彼の機体とは正反対のコンセプトだ。そんなことが絶対できない彼はそこも個人的に尊敬している。あとは彼が予想していたよりもずっと、ちとせが美少女然していたとうところか、彼は黒髪ロング……というよりも髪の長い年上の女性が好きなのである。


そしてちとせだが、彼女もラクレットと同じくエンジェル隊に対する尊敬の念を持っていた。真面目な軍人気質で、軍の士官学校で首席だった彼女は先達に多くの関心と尊敬の念を持っているのは別段おかしいことではないだろう。そして先の内乱が終結した際に、民間人で表彰されたという稀有な人物のことを彼女は知った。彼は若干14歳という自分よりも幼い年齢で、あの紋章機を操るエンジェル隊と同等の活躍をして、公の舞台に出ることのできない彼女らの分も表彰を受けたのだ。14歳と言ったら自分はまだ軍学校の生徒としてもひよっこだったであろう。そんな年齢でそこらへの軍人より大きな表彰を得るなど、しかもそれが本人の類い稀なる戦闘機操縦技術によるものとなれば、この度紋章機を操るエンジェル隊の一員となった自分も見習う必要があるのだろうということだ。

さらにお互い、真面目に分類される個性を持っているのだから、互いに遠慮し合って、話が進まないのである。ある意味相性が悪くて、同時に最適な相性でもあるのだ。


「あ、申し遅れました。この度エンジェル隊に配属された烏丸ちとせと申します。階級は少尉、『シャープシューター』のパイロットとして配属されました」

「元エルシオール戦闘機部隊隊長、現白き月近衛部隊配属予定、ラクレット・ヴァルターです。まあどうやら、そう行きそうにありませんが……」


背筋を伸ばし、教本に載っていそうな敬礼をして、名乗るちとせと、それに若干もたつきながらも敬礼を返して名乗るラクレット。なんとなく二人の力関係を象徴しているような気もするが、誰も気づいていなかった。ともかく自己紹介が終わった彼らは、ひとまずブリッジへと移動することにしたのだが、そこでもまた、ブリッジクルーとの再開でのひと悶着がおこる。まあそれも当然なので、置いておくとしよう。







「さて、タクト……お前、エルシオールに戻ってきたという事は、司令官をやるってことでいいのだな? 」

「ああ、オレはミルフィーと一緒ならどこだっていい、それに、オレがここにいなくちゃならないって、そんな気がするんだ」

「恐ろしいことに、お前の勘はなんだかんだで当たるからな……まあいい、仕事は前と変わらんからよろしく頼むぞ、どうせすることなんて大したことないんだからな」


レスターは、いつものように腕を組みながらやや皮肉気にそう言った。なにせ、この船の司令の仕事は本当にタクトが必要な分だけの、書類にサインをすること。しかも本当に必要性があるものだけをレスターが判断しているので、本人読んでない。艦内を巡回して、クルー特にエンジェル隊の面々とすごし、彼女らのテンションを高く保つこと。艦の方針を上の命令に沿って決めること。戦闘の際の指揮を執ること。これだけである。
誰にでもできるわけではないが、簡単な仕事だ。レスターの、司令官、副司令官としての事務仕事、ブリッジに詰めて航行に問題がないかの監視兼指示。戦闘後の被害を計算し、補給の要請と、あらゆる雑務をこなすという仕事ぶりだ。

解りやすくいうならば、国に一人欲しい英雄と、艦に一人欲しい補佐である。両方とも大事であろう。


「じゃあ、ミルフィーはどうする?」

「ミルフィーか……紋章機に乗れないのならば、清掃員かキッチンのスタッフとして働いてもらおうか、それで構わないか?」

「はい、わかりました、レスターさん」

「ああ、まあなんかの拍子で、乗れるようになったのならば、また考え直すがな」


所属上はまだ、エンジェル隊だからな。とレスターはつぶやきつつ、右手でコンソールを操作する。ミルフィーは前回のエオニア……ではなく『黒き月』との最終決戦時の戦闘以来、紋章機を動かせなくなっている。彼女のその時に願ったことが原因かもしれないとみられているが、実際のところは不明だ。それでも理論上動かせる人物が存在しない『ラッキースター』を最も動かせる可能性が高いので、軍を抜けたのではなく予備役のような扱いだったのである。
ちなみに、なぜ『ラッキースター』が理論上動かせる人物がいないかというと、彼女の機体はそもそも『クロノストリングエンジン』を1つしか載せていない。その為に動かすのには常に不安定な『クロノストリングエンジン』からエネルギーを『H.A.L.Oシステム』により引っ張ってくる必要がある。高性能な機体である理由はほかの機体よりも多く物がつめたからなのである。
そしてそんなことができる確率は、頭が悪くなるレベルで低い。他の紋章機ですら数十億分の1とされている中。『ラッキースター』は百分率で0.の後に続く0の数がトランスバール本星の人口より多いそうだ。彼女以外に動かせる人物が現在銀河中に5人しかいないのである。もちろんその5人はエンジェル隊のメンバーだが、動かせるだけであって、とても戦闘可能な速度で飛ぶことができないありさまだ。という訳で、彼女は軍から離れられなかったのだ。
考えてみてほしい、サイコロの出目が95以上なら紋章機は動く。ラッキースター以外の機体は10面サイコロを10個振る判定であるが、ラッキースターは100面を1回の判定だ。エンジェル隊に選ばれる人間が持っている適正は10面ダイスで必ず9以上を出せるものだ。適正が高ければより10が出る確率がある。さらにテンションが高ければダイスの追加(稼働数の上昇)もあり得る。事実適性を持ったエンジェル隊は自分のテンションを高める方法を習得していくので実際には基本的に11個振っている。しかしラッキースターは100面を1回である。もちろん彼女も同様に90以上はでる。しかしこの判定を毎ターン行うとしたら? 彼女にはダイスの追加はあり得ないのだ。他のエンジェル隊の平常テンションでの裁定で目は99であり、問題なく動く。しかし彼女は常に次の瞬間止まるかもしれない1つを使い続けているのだ。まあ、ありえないことなのである。


暫く続けていたが、操作が終わったのかレスターは僅かにその銀色の髪を揺らしながら、ラクレットに向き直る。あいかわらず、動作の一つ一つが無意識に格好良いなー、なんて考えながらラクレットも姿勢を正す。もはや嫉妬とかの境地は疾の昔に過ぎ去っている。


「それでラクレット、お前はどうする? 白き月の近衛に配属希望だったのだろう? 」

「ええ、ですが、それは『エルシオール』に乗れない状況でしたから。僕が居て良いのでしたら、戦闘機部隊に再配属していただければ」

「なるほど、確かにエルシオールは長期の調査任務に就いていたからな。解った、次のルフト宰相との通信時に正式に配属扱いにしよう、細かいことはその時までに決めておく」

「はっ! 了解です、クールダラス副司令」


以前のように、笑顔ながらの敬礼ではなく、おおよそ2か月の間に身に着けた、正しい皇国軍式のそれだ。この半年で身長が数センチ伸び、175に届くか、届かないかといった高さになった彼の敬礼は、なかなか様になっていた。もともと肩幅もあり、体格の良い彼は軍人だと名乗っても違和感なく溶け込めるであろう。


「ふっ、ああ頼んだぞ、それじゃあタクト、ここは俺に任せて、お前は茶でも飲んで来い、言われなくてもそうするだろうから、先に言っといてやる」

「了解―! それじゃあ、皆行こうか? 」


ラクレットを見て若干の笑みを浮かべたレスターは、タクトに向かって投げやりにそう言った。やれと言われても仕事をしないタクトは、こうするのが一番良いことを、悲しいことに経験則で分かってしまっているのだ。対照的にタクトは嬉しそうに、声を弾ませている。
しかし、今日の彼は一味違った、最後に何か思いついた様子で、フォルテの方を一瞬見た後、タクトの懐に視線を写した。すると、一瞬で理解したのか、タクトをたった一言で凍りつかせる言葉がフォルテから放たれた。


「お? もしかして、司令官復帰祝いにタクトの奢りかい? ちとせ、ミルフィー良い司令を持つと良いものだねぇ」


ことあるごとに、エンジェル隊はタクトにたかっているのだが、今回もそういった半分からかいも兼ねて言った言葉であろう。レスターからの提案でもあるが、半ば冗談ではある。しかし新司令として新しい部下のちとせの前では良いところを見せたいタクトは、一瞬言葉に詰まってしまう。しばらくアルバイトで食いつないでいた彼はあまり懐の余裕がない、具体的には大佐をやっていたころよりも大分厳しい。もちろん貯蓄はあるが、それでもやはりお金の価値は平等なのだ。軍を抜ける前に准将になったが、わがままでそれは相殺されているし、退役金などは全部皇国の復興資金に行っている。フリーター程度の財力しかないのが現実であった。タクトは一瞬ミルフィーの方をちらりと期待気に見るものの、当のミルフィーは全く意図を理解ししてないようで


「わぁ!タクトさん私久しぶりにここのショートケーキが食べたかったんですよ。ちとせは何が好きなの?」

「え? 私ですか……あの、そもそも上官に支払いを強制するというのは……」

「ココ、アルモ、二人ともついて行っていいぞ、残りの作業はまとめるだけだからな、後は俺一人いれば事足りるし、そろそろ交代の時間だったろ? なに、少しくらい早く切り上げても問題は無い」

「本当ですか!! 副指令ありがとうございます!! 」

「私としては……副指令もいた方が……その……」


ああ、積んだな、タクトはその言葉を聞いて理解した。

そう、そこにお茶会があったのならば、参加するのは当然だろうか。
司令官ならば、クルーの期待を断れるはずがない、故に同席しない余地はない。
信頼する親友と部下の顔を見れば、『してやったり』と。そう、かいてある。
ああ、オレはアホかと、────馬鹿かと。
久しぶりだからという理由ごときで、普段は後から合流するティーラウンジに、行こうと誘うだなんて────。
否、久しぶりの再開、それは断じて言葉通りの価値しかないわけが、ない。
「ヨーシ私ハ、軽食メニュー片ッ端カラ頼ンジャウゾー」
もう、見てられない。
君たち、オレの財布はくれてやるから────即座にこの場所から離れよう。
元より、オレがレスターの策から逃れられるはずなどないのだから────!


そんなくだらない思考が一瞬流れて、タクトは若干すすけた背中を見せつつ、その場の全員を引き連れ、ティーラウンジに向かった。直、結局会計は所持金では足りなくなり、一部をラクレットが立て替えていた。そんな男性陣の注文はコーヒー2杯だったが、途中から遠慮が減ったちとせも加わったのが原因だろう。

最も多少ちとせと打ち解けたという回収もあったのが救いだった。



[19683] 第5話 彼の方針、彼等の方針
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/06/28 14:37



第5話 彼の方針、彼等の方針






「クロミエ、久しぶり。挨拶回りしてたら遅くなった」

「いえ、かまいませんよ。それよりも元気そうで何よりです」


ラクレットは、タクトの奢りのお茶会の後、自分の部屋に荷物を運びに行ったり、格納庫や、医務室、食堂などに挨拶めぐりをしたりしていた。どこでも好意的に受け止められたのは、彼としては結構嬉しかったりする出来事だったり。そんなことをしていたら、一番の大親友であり、心の友であるクロミエのいるクジラルームに訪れるのが、結果的に後回しになってしまったのだ。


「いやー、何度来ても、ここは本当に自分が宇宙空間にいるか、疑問に感じてしまうよなぁ」

「まあ、ビーチですからね。壁も水平線や空を写し出すモニターになってますし」


もうすぐ16になるだろうにほぼ声変わりせず、まるで少女のような声でそう返されるのを聞くと、ラクレットは何故か安心してしまう。もうなんか、彼の声にはきっと癒しの成分が入っているのだろう。そう思うことにしている。そもそも、クロミエの外見は非常に中性的と言うよりもはや少女のそれだ。身長もラクレットの顎ほどの位置に頭があるし、体つきも全体的に華奢だ。エンジェル隊でいえばミルフィーやちとせと新長肩幅が変わらない程である。女物の服を着れば十中八九少女に見えるであろう。そんな思考をダラダラと、宇宙クジラの前で垂れ流しているラクレットは、ある意味ではすごい人物なのかもしれない。


「……あいかわらず、素晴らしい思考回路ですね、その柔軟性と飛躍性は見習いたいですよ」


ウォーンと、宇宙クジラの鳴き声が二人の間に響くと、クロミエは苦笑しつつそう言った。別に自分の外見を理解しているので悪口とは思わないし、前も親しくなってからは、「お前の髪ってさらさらだよな」とか「肌きれいだよな」等、ラクレットから言われているので別段新しいことではないのだから。


「そうか? ありがとう、久々に誰かに褒められたよ」

「それはまさにいつものことですね」

「なんか、お前少し黒くなってないか? 」

「てへ」


なんか、若干キャラの変わった親友に、ラクレットの方が戸惑いつつも、まあ、類友て言うし、問題ないかな? などと考えて結論付けると、クロミエから人工の海原の水平線に視線を向ける。クロミエもラクレットにならうように同じ方向を向き、二人で壁を眺めるという、よく考えるとシュールな構図になる。しばらくお互い話すことをせずに、ぼーっと波の音を清聴している二人。人工のものとはいえ、潮風の匂いもするこの空間は、まさに、宇宙を進むエルシオールの海である。砂浜に残されていた、クルーの誰かが書いたのかわからない、意味不明な落書きを波が消し去ろうとしてるのを視界の端で気づき、そこにラクレットが注視すべく目線を移すと同時に、クロミエがその沈黙を破った。


「ラクレットさん」

「なに? クロミエ」


二人とも、視線を合わせずに、他を向いたままの会話だ、漫画の1シーンのような、そんな光景だが、別に特別な雰囲気は漂ってなく、日常の一コマの延長のような、そんな普通さを感じさせる。


「貴方は、後悔しない生き方をしていますか? 」

「いきなり難しい質問だな」


クロミエの抽象的な質問に、苦笑しながらそう返すラクレット。彼はクロミエの言わんとしてるところを理解したのだ。と言うより彼自身がその問答を望んでいたのかもしれない。自分のことを分析してみると、クジラルームに来るのを意図的に最後にしていた。逆に、この問答を最も避けたのかもしれない。一番聞いてほしくて、一番触れてほしくなった質問。直感的に彼はそう理解したのだ。


「はい。ですが、前の貴方は悔やんで、悔やんで限界まで苦しんで折れた……そこからリセットされました」

「まあ、そうだな確かにいったんリセットされた」

「あんなこと、もうできませんよ、貴方相手だからできましたが、1度だけの反則みたいなものです、ですから……」

「今回は、後悔するような、折れる様なそんな生き方をするな……そういうことか」

「はい」


ああ、自分はいい友を持った。ラクレットは心の底からその事実を噛みしめた。あってからまだ8か月程度、その内顔を合わせていたのは2月であり、さらにその半分ほど今の自分ではなかった。そんな関係なのに、彼は自分の身を案じてくれているのだ。また迷惑をかけられのが嫌だ、とか自分を守ってくれるからと言った打算ではなく。一人の人間が一人の親しい人間を心配する響きが声に乗って伝わってきたのだ。

ラクレットは、微妙に涙腺が緩んでしまったのか、消えかけた落書きから青空を映し出している上を見上げる。若干うるんだ瞳からこぼれてしまうのは、この会話が終わった後でいいような気がした。


「……しないなんて、絶対言い切れないさ。でも今回はきっと僕を支えてくれる人がいるはずさ、お人好しの集まりのこの艦で、皆と仲良くなれたからね」


そう、彼なりに考えて返した。ラクレットがこの艦の人と仲良くなれた最大の原因は挫折だ。その挫折から立ちなおされてくれた親友に対して自分は大丈夫だと感謝しているとそう改めて伝えたかったのだ。


「そうですか……それなら、僕何も言いません……いえ、頑張ってください とだけ言いますね」

「ありがとう、クロミエ」


そう言ってラクレットの方を向き微笑むクロミエにラクレットも顔を向けて笑い返してそう言うのだった。



「さて、それじゃあ、これからの話をしましょうか」

「これからの話? それって……」

「ええ、実は────」











「宇宙クジラが謎のメッセージを受信しているだと? 」

「ああ、今さっきクロミエから聞いた」


ブリッジにて真剣な表情で話し合う二人、タクトとレスター。タクトは先ほどクロミエに呼び出されて「宇宙クジラが何者かの思念、通信のようなものを感知しました」との報告を受けたのである。


「宇宙クジラ曰く、懐かしい声だったみたいで、加えて辛うじて聞き取れた通信の内容に『EDEN』という単語が含まれていた」

「『EDEN』……だと!? 600年以上前に栄えていた、古代文明の名前だぞ?」

「ああ、紋章機やエルシオール、白き月までもが『EDEN』のロストテクノロジーだ」


そう、宇宙クジラが探知した声には、遙か昔に栄え、600年前の大災害『クロノクェイク』で滅んだとされている『EDEN(エデン)』と呼ばれる文明の名前が含まれていたのだ。その声はだんだん大きくなってきており、声には焦燥のような情動を含んでいたと、クロミエを介して伝えられたのである。


「それで、エルシオールの計器でも観測できるそうだから、調べてみてほしいんだ」

「とはいうものの、今俺たちは他のエンジェル隊と合流するという任務中だぞ」


そう、現在タクトたちはこのところ急速に発生している、強奪船団の無人艦隊の調査を任されている。もともと皇国外のロストテクノロジーを調査していたエルシオールは、呼び戻され、ちとせと『コノ星系』近辺で合流、紋章機のテストがてら動かしていたのだ。
その後、他のエンジェル隊と『レナ星系』と呼ばれる星系で落ち合うつもりだったところに、戦闘が起きてタクトたちが合流したのだ。


「わかってる。だけど、この声の一件からは嫌な予感がするんだ……」

「そうか……わかったココ、アルモ、エルシオールのキャッチした周波を解析しろ」

────了解!

タクトの嫌な予感と言うだけで、レスターはココとアルモの仕事を増やす決断をした。それは経験的なものでもあり、同時に現在彼女たちの手が比較的空いていたからでもある。
ともかく、二人が解析を初めて数分後待っていた結果が出た。


「解析終了しました、何も発見できませんでした」

「こちらも同じく」


結果は二人の予想とは裏腹に、何も発見することができなかった。タクトよりも、むしろレスターの方が意外そうな顔をしているのが、なんとも印象的だったが、レスターは仕事を命じたココとアルモをねぎらいつつ、タクトに声をかけた。


「そうか、ご苦労。どーやらお前の勘もたまには外れるようだな」

「……そうか、ならいいんだけど」


タクトが、今一つ納得いかない顔で考え込もうとしていると、突然アルモの目の前の計器が反応を示した


「司令!! 何らかの波長をキャッチしました!! 」

「なに? 再生してみろ」

「いえ、それが人間の可聴周波数ではなく、超高周波です。現在変換しているので少々お待ちください」

「わかった、頼んだぞ……タクト」

「ああ、どうやら見つかったみたいだ」


思わず身構える二人、アルモが変換している間の数秒間二人は緊張した趣で思わず身構えていた。ブリッジ全体にその空気が蔓延し、あたかも戦闘中のような状況がそこでにあった。


「変換完了しました。再生します」


そうアルモが言い、ブリッジのスピーカーから再生された音声は、途切れ途切れのものでノイズもひどく、ほとんど聞き取ることができなかった。しかし確かに『EDEN』という単語はかろうじて拾うことができた。


「……確かに『EDEN』と言っているが、これでは何を言っているかわからん」

「ああ、でもこれはルフト将軍……宰相に報告すべきだろう」

「確かにな……ちょうどそろそろ通信するように指示されたポイントだ。」


レスターはルフトに通信をつなぐように、指示を出した。同時にラクレットも呼び出しておく。これから彼の正式な配置の指示を仰ぐからだ。ルフトは現在、皇国の宰相であると同時に皇国軍の将軍と言う二足の草鞋を履いている。そのためかなり多忙であり、まともに通信する時間を取ることが困難だった。今までの経緯は一応報告書を転送しているので把握していると思われるが。
そもそも、ルフトは彼を知る多くのモノに『もし彼が貴族出身だったなら、確実に軍のトップにいたであろう』とエオニアの反乱よりも前に言われるほどの人物だったのである。そんな彼が今現在どれだけ多忙なのかは、容易に想像できるであろう。


「通信繋がりました」


アルモのその言葉で、二人にとって馴染み深い顔がスクリーンに映し出される。


「おお、タクト、報告者は読んでいるぞ、戻ってきてくれたのじゃな」

「はい、同時にミルフィー、ラクレットもエルシオールにいます」


タクトがそういうと同時に、ラクレットがブリッジにたどりつき、敬礼する。ルフトは目線でそれに答えると、タクトの言葉に返答する。


「おお、そうじゃったな。桜葉少尉の方は問題ないであろう。何かの拍子で乗れるようになったならば原隊復帰、それまでは1クルーとして所属じゃな。ヴァルター君は、儂とシヴァ女皇陛下の連盟で書いておいた推薦状の先をエルシオールに変更しておいた。エルシオール中型戦闘機部隊、隊長ラクレット・ヴァルター少尉。本日付でエルシオール就任じゃ」

「────はっ!! ラクレット・ヴァルター少尉、本日付でエルシオールに配属します。」


ものすごいものが、自分の為に動いたことを自覚し、ラクレットの背筋は思わず伸びる。なにせ、皇国の女皇、宰相、将軍の推薦状だ。皇国においてそれが発揮しない場所を探すのならば、確実に骨が折れる。


「それで、ルフト将軍、実は報告したいことが……」

「なんじゃ、レスター」

「実は────」


そんな中、レスターがルフトに先ほどの会話の内容を説明する。彼らしい要点をまとめた大変わかりやすく簡潔な報告であり、どこかの司令ならば、その倍はかかるであろうことがこの場にいる者の総意だった。


「なるほどのう……あの古代文明がか」

「ええ、ですからオレ達でそれを調査したいのですが」

「よし、わかった────と言いたいところなのだが、そうとは言えない事情があるのはわかっておるじゃろ? 」

「ええ、強奪船団ですね」


ルフトのその返答を予想していたかのようにタクトは返す。彼らに課された任務は迅速に強奪船団である無人艦隊の裏に有るであろうものを探ることなのだ。それができるのは皇国最強の戦力であるエルシオールとエンジェル隊だけだ。大艦隊を連れて行けば、迅速な行動がとれず、他の母艦では戦力と言う面で不安が残る。つまり単騎にして最強であるエルシオールがすべきことは明白だったからである


「ああ、早急に対策……をとら……な…………だ…………タク……繋…………」


しかし、このタイミングで誰も予想していなかったことが起こる。突然通信にノイズが混ざり始めて、終いには通信が切れてしまったのだ。


「どういう事だ? 」

「わかりません、通信障害か、通信妨害かと思われますが……」


レスターが慌てたように確認を取っている間、タクトの心の中では、謎の通信もレナ星系の方面から来ているのならば、余裕を見て両方探ろう。という決意が固まっていた。しかし、次の瞬間、レーダーを見ていたアルモからこの場にいる者をさらに凍りつかせることが告げられた。


「前方に多数の所属不明艦隊あり」 と




[19683] 第6話 天使は女神で恋人で
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/06/28 16:11


第6話 天使は女神で恋人で


「ミルフィー! 待つんだ!! 」

「待ちません!! 私は紋章機を動かせるんです!! 」


毎度毎度、同じように二人の世界に入り込んで、いつもの問答のようなものを繰り返していた。しかしながら、今回ばかりはその規模が異なっている。エルシオール内で自らの足を使ったそれではなく、宇宙空間に出ているのだ。ミルフィーは満足に動かすことのできない『ラッキースター』を操り、宇宙空間を単独で『エルシオール』から離れるように進んでいる。しかも進行方向には敵である無人艦が構えているという状況だ。彼女の表情には焦燥と根拠のない自信がみてとれる。まるで何かに駆り立てられるような、そういった表情だ。例に習い時を戻してみよう。



「ふはははは、新・正統トランスバール皇国軍 最高司令官 レゾム・メアだ!! エルシオール、ここであったが百年目、今までの恨み晴らさせてもらうぞ!! 」


彼らの前に現れたのは、レゾムという前回の内乱で数度蹴散らしてやったエオニアの配下の軍人だ。猪突猛進で自信過剰、その上頭も悪いといった。やられ役コンテストで審査員の満場一致で大賞に輝けそうな、そんな人物である。
タクトは、何とか記憶の隅から彼の情報を引っ張り出して、話を聞こうとしたものの、その過程が完全な挑発になってしまったのか敵は激昂。そのまま開戦と言う流れになってしまったのである。「新・正統! って観光地の饅頭の発祥争いののぼりみたいだよね」といったのが決め手になってしまったと報告書には書かれている。
一応、レゾムがエオニア軍の生き残りで、現在無人艦隊を率いている事、後ろにはミステリアスな美女がいること。その名前はネフューリアで、お茶会の誘いにはあまり靡かなかったことの四つはわかったのだが、それだけだった。
先ほどから長距離間での通信障害は続いているものの、戦闘自体はいつも通り進行した。なんせ率いているのがレゾムだ。AIが戦った方が強いであろうに、「攻撃―!! 突撃ー!! 敵を撃てー!!」の繰り返しでは効率が下がるばかりだからであろうに。

ラクレットの『エタニティーソード』が突っ込み攪乱、足が止まったところをフォルテの『ハッピートリガー』が高火力を生かして沈め、取りこぼしを正確にちとせの『シャープシューター』が狙撃するというコンビネーションは中々強力だった。エルシオールの戦力である7機を1列のフォーメーションにするのであれば、1番4番7番と筋出そろっているからであろう。
ある程度敵の数を削ると、何時ものように焦れて無駄に突っ込んでくるレゾムの旗艦。それをある程度殴れば、これはたまらんと、尻尾を巻いて逃げだした。

戦闘続行を選択し、その場に残る数隻の巡洋艦と駆逐艦を除いて、多くの敵が引いていく中、タクトの心に油断と言う料理が、ブランクと言う食材によって作られていた。彼自身の慢心がスパイスになっていたのかもしれない。無能な敵が料理人であった線も捨てきれない。

そう、『エルシオール』に、近くの駆逐艦が突撃してきたのだ。相手は無人艦だ、損害など資源の面から語ることしかできないものだ。故に毎度のように損害が多くなると手近な場所にいたこちら側の艦に特攻するのは、前内乱ですでに広く認知されていた。
タクトは、レゾムが去った後、エネルギーの少ないちとせの『シャープシューター』を回収し、ラクレットとフォルテの二人で、残党の処理をさせていたのだが、その結果敵の取りこぼしが『エルシオール』に急速に接近してきたのである。

幸いぶつかる寸前でフォルテのストライクバーストによる多数の誘導ミサイルが沈めたことにより、『エルシオール』には損傷も、人的損害もなかった。司令官が衝撃で椅子から落ちて腰を痛めた以外に。



「いてて……」

「はい、終わりました。マイヤーズ司令気を付けてくださいね」

「はい……」


戦闘が終わり、タクトとエンジェル隊、ラクレットは医務室にいた。腰を痛めたタクトが、ケーラ先生に湿布を張ってもらうためだ。
タクトが怪我をしたと聞いて、急いで駆け付けたら腰を痛めたとのことで、フォルテとラクレットは安堵した。逆にちとせは自分が出ていればこのようなことにはならなかったのに、と若干自分を悔やむような表情をしていた。
そして、ミルフィーはいつもの笑顔はなりを潜めて、思いつめたような表情でタクトを見つめていた。


「どうしたんだい? ミルフィー」

「……いえ、私が『ラッキースター』に乗れていれば、タクトさんが怪我をすることはなったなって……」

「それは違うよ、ミルフィー。オレが腰を打ったのは、オレの油断が招いたことだ。ミルフィーが気に病むことじゃない」

「……」


その時タクトは、別にこの話が大事になるなんて思ってなかった。あとでフリーの時にミルフィーの部屋を訪ねたら、彼女から軽くお説教を受けて、二人きりで反省会でもするのかなーと、考えながら微妙ににやけていたくらいだ。

しかし、この時から、ミルフィーの中には自分の強運を取り戻すという行動を始める決意が固まっていた。手始めにコンビニのくじの1等賞を当てようと、くじを大人買いしたり、コイン10枚を全部揃えようと何度も何度も投げてみたり、展望公園で雨の中ピクニックの準備をして一瞬で晴れるか試して見たり、双子の卵を見つけるために大量に卵を割ったり、それでケーキを焼いてみんなに配ったりと。
ともかく、彼女の思いつくことすべてを行い、自らが一度は失ってもよいとまで思い忌み嫌ったことすらある、自分の運を取り戻そうとした。
それが数日続いていたが、大きな実害もなく発意していたところ。ドライブアウト直後、周囲の敵を探る為に紋章機を出すといったタイミングで、ミルフィーが独断で『ラッキースター』に乗り出動してしまい、それをタクトがシャトルで追いかけているのだ。

すぐにその場面まで行ってもよいが、まずはエルシオールの主演男優、女優の騒動の間、ほかの人物が何をしていたかを見ていこう。



「烏丸少尉、どうかなされたのですか? 」

「え?……いえ特にこれといって何かあったわけではないのですが……」


ラクレットは、タクトが怪我をした後、浮かない顔をしていたちとせのことを少し気にかけていた。しかしながら、主人公属性と呼ばれるものの対極に存在するであろう彼は、最適のタイミングであろう、医務室を出た直後でなく、明けて次の日偶然公園のベンチで座っている彼女を見つけたので話しかけた。まあ、話しかけることができただけで前進したといえよう。

ラクレットは、自然に、そう自然に彼女に近づく。彼が声をかけた場所は公園の真ん中にあるベンチから5メートルほど離れた場所からだったのだ。そのまま不自然にならないようにややぎこちなく彼女に近づき、彼女と肩が触れ合うかどうかの距離を保って席に着く…………のではなく隣のベンチに座った。2つのベンチが並んで設置してあるため、彼はわざわざ同じベンチに座る勇気が足り無かったのだ。


「なにもない人がそのような顔をするわけがないと、自分は考えますが」

「そうですね……では、やはり私には、何かあったかもしれません」


やや抽象的なその答えにラクレットは反応に困った。一応原因は彼が考えている通りであるのだろうが、あえて言葉を濁した意図がつかめなかったのだ。聞いてほしくないのか、聞いてほしいのかである。
ちなみに本当のところは、誰かに相談したいと考えているちとせだが、仲間でありこれから信頼関係を作っていこうと思える人物のラクレットに聞いてもらうことには抵抗がない。しかし年下の少年に聞いてもらうのは少々気恥ずかしいものがあるといった彼女の心理の表れだった。

ラクレットとしては、自分の年齢をあまり意識しないのでそういった所にまで考えが及ばない。彼は19歳で0歳に年齢を戻しているが、今の14年半の人生で精神的な成長は半年前まで行われなかったと自信を持って断言できる。実際19の頃の彼と大差ないとすら感じていた。ここ半年でその意識は少しずつ塗り替えられているが。要するに精神年齢は二十歳前後と名乗れるのだ。最も、前世の19年において自分は19年分の精神的成長を遂げられたかと言われれば、Noと答えざるを得ない。結局彼は、自分の年齢が、いまの体の年齢であると考えている。しかし、先に述べたとおり、考えるとややこしいので自分の年はあまり考えないのだ。まあ、やや大人びている14歳で通せるであろう。


「少尉、よかったらこれをどうぞ」

「え……あ、ありがとうございます」


とりあえずラクレットは無理に聞くことができないので、間を持たせるために右手に持っていたペットボトルのお茶を渡すことにした。ちとせがベンチにいるのを見て、話しかける前に近くの自販機で購入してきたのだ。


「僕には少尉がどういった経緯で、ここにいるのかはわかりません。ですが、飲み物を持っていないことはわかりましたから」

「わざわざ、買ってきてくださったのですか。ありがとうございます。ヴァルター少尉」


なるべく、核心に触れないように外側から慎重に話を進めるラクレット。彼はそもそも女性と1対1で話すと、何故か知らないのだがものすごい確率で地雷を踏み抜く。絶対踏み抜く。年齢、身長、体重、タブー、などなど、そういった話をしてしまうことが非常に多いのだ。街を歩いていて、前の人が定期を落としたのを地面に落ちる前にキャッチして渡そうとしたら、別の女性にすったのだと勘違いされて弁明に苦労したりと、そもそも女難の相(字のまま)があるとしか言えない程なのだ。
故に意識して話題を選んでいる。それが功を奏したのか、幸運なことに、ちとせからはにかんだような笑顔でお礼を言われることに成功した。その笑顔を見ただけで、報われた気持ちになってしまったラクレット。なんとか本来の目的を果たそうとするものの、浮かれる心を制御するのは中々難儀なもので、つい欲望が口から洩れてしまった。


「そちらが先任なのですから、呼び捨てで構いませんよ、烏丸少尉」

「いえ、私の尊敬する人を呼び捨てだなんて……でも、司令をタクトさんと呼んで、少尉を呼ばないのも変な話ですね、ではラクレットさんと」

「まあ、タクトさんはタクトさんですからね……あの社交性は見習いたいものですよ。従兄弟同士なのに、ここまで差が出るとは、血は信用できませんよね? 」


すでにタクトさんと呼んでいることが追い風となり、無事ちとせに名前を呼ばれることに成功したラクレット。しかし、どうみても返す話題を間違えているだろう。ここは『自分も、名前で呼んでいいですか? 』で直接的に聞き返すか、あえて『烏丸少尉』と呼ぶことで、相手側から呼び名の訂正を受けるところだ。そうしないと呼び名交換は成立しない。一方的に変わっただけだ。しかも、誰だって食いつきそうな大きな釣り針をぶら下げるような話題では、話の流れが変わってしまうことが多い。案の定、今回もそうなった。


「え? ラクレットさんは、タクトさんと親戚なのですか? 」

「ええ、まあ。伯爵家の次女だった母が、パーティーで偶然出会った、農業プラント惑星の総督だった父と、駆け落ち同然に結ばれまして、つい最近お互いが知ったんですよ? 」

「そうでしたか……初耳です」


日記に書いときますね。と彼女の口癖になるその言葉を彼に返すちとせ。そのままラクレットからもらったお茶のペットボトルで唇を濡らして、いったん息をつく。


「まあ、兄は知っていたみたいですけどね、商会の情報網は伊達じゃないそうで」

「商会? お兄様はどこかの商会に務めていらっしゃるのですか? 」

「ええ、務めるというか、会長を。チーズ商会ってご存知ですか? 」

「え? チーズ商会と言えば、娯楽と言うジャンルで追従するものがいないような大商会じゃないですか!! 」


ちとせは軍人の家系ではあるが、一般家庭に分類される家で育ったので、そういったお金持ちの人物に縁がなかった。ラクレットはそういった所まで意識はしなかったのが、自分の周りはすごい人がいるんですよーというアピールだったのだ。
ここで、ちとせが、ラクレットに対しての評価を改める、今までは天才的なパイロットの『旗艦殺し』と言った二つ名持ちの英雄(これは今の所、軍でも一部でしか言われてないが、リサーチした彼女は知っていた)であったが、そこに、『伯爵家』『総督』『商会の会長』などの単語から、『お金持ちだけどそれを鼻にかける様子もない良い子』といったものが加わったのだ。これにより、微妙に互いの間にある溝が埋まった。なんというか、特に飾らない彼に親近感を感じたのだ。最も相互理解という点では溝が深まったような気がしないでもないが。なんというか、富豪の御曹司が、親に頼らず自分の金だけで生活しているのを立派だなーと思うそれと似ている。


「まあ、そうかもしれませんねー」


と和やかに返す彼を見てなおさらそう感じたのだ。まあこれだけいろいろ言ったが、要するに多少警戒心が緩み、好感度が上がったという事だ。


「私には、まだまだ知らないことがあるみたいです、よろしかったらエンジェル隊や、タクトさんたちのこともお聞かせ願えませんか? 」

「ええ、僕でよかったら喜んで」


そのまま半時間ほど二人は会話を交わし、ラクレットが書類を受け取りに行く時間だという事と、ちとせもレスターに頼まれた、先の『EDEN』と名乗る声の解析の続きをするという事で席を立つまで、のんびり会話をするのだった。


「それではまた、ラクレットさん」

「はい、失礼します烏丸少尉」


そしてラクレットはブリッジに向かう途中の廊下で気付く、自分がまだちとせさんと呼べていないことと、ちとせが顔を曇らせていた理由を解消していないと。最も、前者は次の会話で解決し、後者は今ラクレットによって解決されてきたのだが、彼はそれを自覚していなかった。






また別の日、タクトが珍しくブリッジにいるときの話だ。ブリッジにはレスター、タクト、アルモ、ココという、エルシオールの首脳陣が勢ぞろいしていた。
そこでふと、アルモからタクトをからかうような質問が出た。そう、「二人はどこまで進んだんですか? 」といったものだ。年頃の乙女であるアルモ、そしてココには興味の尽きない話題だったのだ。しかしながら、タクトはその質問に対して別段照れた様子もなく聞き返した、


「どこまでって、どういうことさ? 」


ちなみに、内心でこういったことに疎いレスターは、親友があえて聞いているならセクハラではないのかと微妙に心配していた。まあ実際意図した物であればセクハラであろう。


「いやー、実はもうキスも済ませちゃったりして? 」


とアルモは茶化しながらそう返した。彼女からしてみれば、自分の恋愛がある程度進んで、親友のレスターを気に掛ける暇とかできれば最高だし、聞き出しておきたい情報であったのだ。アルモのその若干初心過ぎる気がしないでもない言葉でようやく質問の意図するところが分かったタクトは、アルモの方を見て頬をかきながら、答えた。


「いや、それ近所でも聞かれるんだけどさ、オレ、ミルフィーとはそういったこと考えたことないんだよ」

「……え? 」

「……は? 」

「……ん? 」


思わぬタクトの発言に3人は一瞬思考が停止してしまう、あのレスターですら声を出してしまっていることから衝撃の大きさが計り知れよう。そんな風に、空気をそれこそ擁護する人物が出てくれるくらい、見事にぶち壊し跡形もなくしたタクトは、呆気からんと続きを言う。


「オレはさ、本当にミルフィーと一緒にいる、それだけで幸せなんだ」


言葉通り、幸せそうにそう言い切った彼は、確かに本物の男の目であって、本気でミルフィーのことを愛しているのがこの場にいる全員に伝わった。タクトは別にこれ以上を望まないわけではない。だがそう、今の幸せで、一緒にいるという事実だけで満足しているのだ。
例えるなら、素晴らしい食事を口にして、満腹状態の彼が、さらに素晴らしいデザートがありますといわれても、特に欲しいとは思えない、と言うよりも今自分の胃の中に入った素晴らしい料理を思い起こし、噛みしめるという事の方が有意義なのだ。ここでデザートまで求めようとするのは、別段間違ったことではないが、そう求めてしまう人はきっと、ダイエットが苦手な人なのだろう。


「なんていうか、すごいプラトニックなんですね」

「そうね、でもなんか素敵かも」


乙女である二人は素直に感心して、尊敬の眼差しでタクトを見た。まあここまで言い切れるような男性はなかなかいないからであろう。若干照れたように後頭部に右手を当てるタクト。その様子を横目で見ながら、今入ってきたラクレットから書類のデータを受け取るレスター。


「って、あれラクレット、いつの間に? 」

「今ですよ、タクトさん。艦の備品が必要数足りているかの点検の報告が上がったので、それをまとめていたんです」

「そうだぞ、タクト。こいつがこういった俺の仕事を手伝ってくれるから、オレがお前の仕事を手伝えて、お前がお気楽に愛やら何やらを語れるわけだ」


レスターからすれば、女など感情的で理解に苦しむ面が多々あり、苦手とする……と言うよりあまり興味のないものだった。故に最低限の仕事すら嫌がる傾向のあるタクトに対した強烈な皮肉だった。
その効果は覿面だったようで、尊敬の眼差しは消え去り、照れたような笑みは、その場をごまかすような笑みに変わった。


「マイヤーズ司令を見直した私たちが馬鹿でした」

「そうねぇ。そういえば、副指令やラクレット君はそういった恋愛経験はあるんですか? 」


若干落胆するアルモと、そのアルモが食いつきそうな話題をだすココ。現在の矛先はこの場にいる男性クルーに向かっていた。自分の恋愛観を話したタクトのせいで、そういった話題が大好きな彼女たちはおかわりを求めているのだ。二人がそれに答える前に、タクトが話題に口をはさんだ


「いやー、レスターはさ、士官学校時代も勉強ばっかで、体を動かすスポーツとかなら付き合ったけど、ホント学業一筋でさ。そういう浮いた話はなかったよ。それにこいつ、人妻フェチだし」


訂正、爆弾を投げ込んだ。


「え、えええぇぇぇぇぇ────!!!!! 」


瞬間アルモの絶叫がブリッジに響き渡る。当然だ、堅物で今まで興味がなかったならまだしも、そんな人妻と言う特殊なものが好きだった故にその態度だったなんて……彼女の頭はもはや暴走状態と言っていいほどそんな言葉で埋め尽くされていた。


「なっ!! タクト!! オレの在学中にそういった妙な噂ばっかり流れたが、やっぱりお前のせいだったのか!! やれ12を過ぎたら老女と考えているやつだ、男にしか興味がないやら、ふざけた真似を!! 俺は恋愛などに現を抜かす時間も興味もない!! 」


学生時代の不名誉な噂の出どころが分かり(正しくは確証を持ち)激昂するレスター。彼としてはそう言った噂が流れた為、面と向かって真実か聞かれることが多々あった。一度試験期間中に、お前は同性が好きなのか? と何度も聞かれた時はその噂の犯人を縊り殺してやろうかと思ったくらいだ。


「やー、ジョークだってジョーク」


手を前に突き出して宥めるタクト、お前が言うなと言いたい。だがそのやり取りで、何とか平常心に戻るアルモ。しかし彼女は気づいていない、レスターがまた一層固い決意で、誰が恋愛などするものかと意志を固めていることに。
そんな一触即発の空気を払うかのように、ココはラクレットに問いかける。


「ラクレット君は? 」

「………………えーと」


さて、思い出してほしい、彼は前世において19歳時点で彼女いない歴14年だった。これの意味するところは簡単だ。彼は幼稚園の頃幼馴染がいた。その幼馴染は彼にこういったのだ。
「あんた、わたしとつきあいなさい」
と、彼はその頃よく意味が解ってなかったが、それに頷いた。いつも一緒に遊んでいるその娘と別に何かが変わるわけでもなく、そのままその彼が引っ越すまで彼はつきあっていた。ちなみにその幼馴染は彼が中学の頃に風の噂で1児の母になったと聞いて以来全く知らない。


「その……ですね」

「お、なんだい? 」


興味津々のタクトを前に、一歩引いてしまうラクレットは現在必死に頭の中から恋愛に該当する項目をすくっていた。
小学校のころ、好きな女子のスカートめくりをして帰りの回でつるし上げられた。その子はクラスで一番足の速い男子の取り巻きだった。
中学の頃、転勤族である親のせいで2年生の頃引っ越す。その2週間ほど前、通っていた塾の休み時間に、引っ越しのことが話題に上がり、講師が彼の思い人に
「こいつがいなくなると、寂しくなるな」
と他意はなくふった時、
「え……? あ、うん別に? 」といった言葉が返ってきて消えた。
高校の頃、クラスメイトの清楚な印象を受ける女の子に、若干気持ちが傾きかけていたが、その子は他校のガラの悪い男と付き合いだし、段々校則を無視していく姿を見るうちに自然消滅。
大学の頃、そもそも友達(笑)が数人いるだけで、異性なんて接点がなかった。
そして、ラクレットになってからはお察しくださいレベルだ。


「まあ、はい、そーですね。まだそういった経験はありませんね、はい」


この、まだという2文字の言葉にどれだけの思いが込められていたかを知る者はいない。


「そうかー。まあ、まだ14だもんね」

「そうですねー、まあマイヤーズ司令ならその頃から、女の子を追いかけてそうですけどね」


ラクレットの年齢を考慮に入れて、別段不思議なことではないと判断したタクトと、若干冷やかにそういうココ。アルモはいまだにぶつぶつ言っているレスターを何とか宥めていた。

ミルフィーがいろいろ騒動を起こす中の、つかの間の平和だった。












さて、そのミルフィーの話に戻るとしよう。
彼女は、数日間自分の運を取り戻そうと策謀していたが、その結果は実らず強硬策に出た。
独断で『ラッキースター』に乗り出撃してしまったのだ。『エルシオール』というより、多くの皇国軍の戦艦は、クロノドライブが終わった後、戦闘機を哨戒に出す。実はロストテクノロジーであるために、現在皇国で最も優秀なレーダーを搭載している『エルシオール』でも、小惑星の裏側にエンジンを停止させたミサイル艦などがいたら発見できないのだ。故に直接探らせる。勿論急ぎの場合や周囲に障害物が無い場合という状況では省略されるが。
現在この任に当たっている機体は、搭乗機の機動性からラクレットの『エタニティーソード』が担当している。彼が『エルシオール』前方に何らかの敵影を感知し、それを迎撃するためにちとせとフォルテが先行した彼に合流したタイミングで、ミルフィーが独断で『エルシオール』後方に飛んで行った。

飛んで行ったといっても、紋章機や『エタニティーソード』特有の高出力を生かした高速で、ではなく不安定な『クロノストリングエンジン』から供給される微弱なそれでだ。最悪なことに、彼女の飛んでいった方向に存在したのは、敵の攻撃衛星だった。

それに気づいたタクトは、すぐにブリッジを飛び出してシャトルに飛び乗り、周りの制止を振り切って彼女を追いかけた。通信で呼びかけなかったのは、先の通信障害が目的地である『レナ星系』に近づくほど強くなってきているために、この宙域でまともに通信が行えないからだ。紋章機といえど正常に動いてないラッキースターは十全に通信回線が開けないのである。
何とか超至近距離まで接近しタクトは通信をつなげた。シャトルが『ラッキースター』に追いつけたという事実が、彼女の不調を如実に表していた。


「ミルフィー、やめるんだ!! 」

「止めません!! だって……」


子供のように駄々をこねる彼女、しかし彼女の『ラッキースター』の背後からはこれまでのように眩い光が出ているわけでなく、点滅するかのように微弱な光が覆っていた。
宇宙空間で、乗りこなせるかどうかも分からない紋章機を繰るミルフィーは内心ひどく孤独感と心細さを感じていた。仮に彼女に幸運があったらそのような心理状態には、早々ならないであろう。だが、その心理状態が『H.A.L.Oシステム』によって機体に現れていたなら。このような点滅状態に成るのかもしれない。

彼女は、不安だったのだ。思い人のタクトは、何食わぬ顔で司令官に復帰した。それは戦争だから構わない。でも自分は? 自分は『エルシオール』に何かしている? 紋章機も動かせない自分は、戦争を終わらせようと頑張っているタクトさんに対してどうなの? 戦争の間は、二人でどこかに出かけるなんてできない、だからタクトさんは今頑張っているのはすごくわかる。じゃあ、自分は? いつもそうだ、タクトさんは私に何も求めない、そばにいるだけで良いって。二歩も三歩も先を歩いて、私が話しかけると立ち止まって優しく頭を撫でてくれる。でも、そんな感じじゃ嫌なのだ。私だって、タクトさんと一緒にいたい、タクトさんと一緒にご飯を食べるってだけじゃなくて、タクトさんからわがままを聞きたい、私をもっと必要としてほしい!! もっと、もっと、求められたい!!


彼女の内心はそういったものが渦巻き、混沌とかしていた。そもそも、デートの間にラクレットと会って、それが中断しても気にしないというのに、ただ二人きりでいるだけで、自分がわがまま言うのではなく、彼の為に彼が求めたことをしたい。といった二つの事実が同時に存在できるという時点で単純ではないことは察せられる。それでも女の子なら誰でも思う事、好きな人から必要とされたい。という一途な思いは溢れていた。


「だって、私は、タクトさんと! タクトさんの為にっ!! 」


その結果彼女が言えたのはそれだけだった。頭の中がぐちゃぐちゃになって、瞳には涙をためて、絞り出せた心が、喉を通って声になったのは、それだけだった。


「ミルフィー……ごめん」


タクトは、ミルフィーの涙をみてそう呟いた。それは泣いているから謝るといった、道徳的なものではなく。自分のしてきたことが彼女に対して重荷になっていたという事に対する懺悔、悔恨だった。
ギャラクシーエンジェル moonlit loversにおいて、この時に両者が抱えていた問題は、タクトが一方的にミルフィーを守ろうとしたことが発端の擦れ違いだった。司令官に再就任したことに対して、ミルフィーを戦いに再び巻き込んでしまったことに負い目を感じていた彼の独善的な決意、エゴの押し付けが招いたものだった。

しかし、今の彼等の問題は、根本的なところで似ているが、やや違いを孕んでいる。タクトは別段ミルフィーを『エルシオール』に乗せたことに後悔の念を抱いてはいない。彼女が楽しそうにしていたからだ。ミルフィーはどちらの場合においてもタクトに肯定的だったのだ。そして、問題だったのは彼が『ミルフィーがそばにいればそれでいい』と彼女に何も求めなかったことだ。
タクトからすれば、彼女を守るのは、息をするのと同義のことで、それは戦場においても、住居のアパートメントにおいても一切の差はないという考えだった。しかし、彼女に何かを望むという事を、彼女自身を望む以外彼はしてこなかった。
彼の告白の文句も、好意は伝えているが、これからも傍にいてほしいといった、そういったことだ。

先の例を取り出すのならば、タクトがデザートをミルフィーと一緒に食べることはしなかった。彼はミルフィーに一緒にデザートを食べようとも、また食べに来ようとも、今度はどこに行ってみようか? とも言わなかったのだ。


「オレがさ、君に今してほしいことは、君にこんな無茶をしないでほしいことさ」

しかし、彼は今理解した、人は失敗から学ぶことができる生物の一つだ。

「オレは君のことが好きだ。それはもしかしたら皆がいう好きとは違うかもしれない」

でも────

「オレを以上にミルフィーの事が好きな奴なんていない、それだけはわかってるんだ」

だから────

「オレのことを赦してほしいんだ、そうすればオレはなんだってできる!! 君の為にこの銀河なんか何回だって平和にしてみせる!! そうしたらまた二人でデートに行こう。今度はオレの実家の近くの花園にピクニックにさ、君と一緒に見たいんだ」


タクト・マイヤーズの本心だった。彼は彼女を最も求めているがゆえに、彼女といるという事以外を求めなかった。すぐにこのスタンスは変わらないかもしれない、だが彼の想いほどまっすぐなものはなかった。


「タクトさん……私も、行ってみたいです!! だから今は────」


二人がこうして会話している間に、敵が待ってくれるはずはなかった。敵衛星は確実にこちらの命を刈りに来ていた。その証拠にスクリーンいっぱいに埋め尽くしているミサイルの雨が、『ラッキースター』を宇宙の塵芥にしようとしていたのだ。



「ミルフィー」

「私、今心が暖かいんです。なんでもできる、そんな気がするんです」

────だって私はあなたの幸運の女神だから!!

「ラッキースター、シールド全開!! 」


圧倒的速度で迫りくるミサイルの嵐、それをすべて微動だにもせずに『ラッキースター』は受け止めた。爆発後の煙が機体の周りから晴れたのは、その翼が大きく羽ばたいたからだった。そう、数多のミサイル群は、シールドを貫き女神に傷をつけることなどできはしなかったのだ。


「いっきますよぉ! ハイパーキャノン!! 」


機体中央の巨大な砲門から、想像を絶する量のエネルギーが放射される。それだけではない。その光の束は彼女の意志でまるで手足のように自由に曲がる。あっという間に後続のミサイルを薙ぎ払い、そのまま敵衛星に照射し爆散させた。
タクトはそれを見て、シャトルを『エルシオール』に向けて戻していった。急ぐ必要はない、この戦いは自分が指揮をする必要がなく 彼女に敗北はないのだから。

この日、再び銀河に女神が舞い降りたのだった。




[19683] 第7話 謎のスポーツ スペースボール
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/06/30 09:57



第7話 謎のスポーツ スペースボール


ミルフィーの復帰戦の翌日、『エルシオール』はクロノドライブ空間にいた。そしてそのブリッジには司令のタクトを筆頭に、副指令のレスター、ココとアルモ、エンジェル隊にラクレットといった、錚々たる面々が集っていた。こう書けば重大な会議で深刻な問題に対して物議を醸す為に集まったように見えるが、内実はそこまで深刻ではなかった。
レスターはここ数日自分の仕事の一部をラクレットに、例の『EDEN』と名乗る声についての解析をちとせに任せていた。以前までは事務担当の人員がいたのだが、彼は前回の内乱後、第1方面軍の基地に転属したためでもある。レスターはここ数日増えた仕事と、それを手伝う人員が来たことに対して複雑な心境だった。少し前までは皇国外の調査へ向かっていたのだが、その間の仕事と言ったら半日ごとに自分をからかいに来るエンジェル隊の対処と、発見したよくわからない先文明のモノを管理するだけだったのだが、今は本星に送る報告書の制作から、戦闘後の被害をまとめたり、補給が必要な物資を調べたりといった具合だった。ラクレットはそれを自発的に手伝っているのでレスターに可愛がられている。
ちとせのほうの仕事だが、例の声をエリート校と名高い『センパール士官学校』で情報解析の方面において、諜報部から直々にスカウトが来るほど優秀だった彼女は、例の声を先に『エルシオール』が発見した物資を参考に解析してきたのである。


「さて、タクトおまえがこのところ浮かれてる間に、例の声についてちとせが解析をしてくれた」

「いやー、ちとせは優秀だねー」

「そんな、私は軍人として命令に従ったまでです」


微妙に論点をずらし、レスターをはぐらかしつつ、タクトはちとせを褒めちぎる。彼は戦闘の指揮や心理戦などの面においては圧倒的な才をもつが、同時に自分のできないことをできる人間に対して素直に賛辞を送れるという美徳があった。
案の定、憧れのタクトさんに褒められてちとせは嬉しそうに顔をやや赤らめて下を向いている。ミルフィーはそれを見て「今晩はおいしい夜ご飯を作って褒めてもらおう」と自分の中で決意していた。


「よし、それじゃあ……アルモ再生してくれ」

「了解! 」

タクトの指示でアルモは目の前のコンソールを操作して、ちとせが解析し終わったデータを再生した。


────『EDEN』の子らよ。今、時を越えて大いなる災いが再来した。我が元へ急げ。

────『白き月』よ。今こそ有限と無限を結び古より定められた使命を果たせ。

────『白き月』よ、『EDEN』の子らよ。急げ、我らに残された時間は少ない。

────己が使命を果たせ、世が災いにおおわれる前に


女性と思われる声で詠われる、この声は神秘的で人を引き付ける何かを持っていた。現にブリッジに集まった面々は、音声が再生終了した後もしばらく無言であったのだから。
その沈黙から最初に復活したのは、レスターだった。


「アルモ、とりあえず文章化しておいてくれ、さてタクト、どーやら本格的にやばそーなものだぞ」

「うん、訳が分からないけどね。ちとせ、これを解析した君の考えはどんな感じ? 」


神話に出てくるかのような、やや難しい言い回しの為に今一つ咀嚼しきれないタクト。学生時代の彼の文学に関する成績は正直褒められたものでもなかったのだ。


「はい、まず最初の『EDENの子らよ』と言うのは対象を指しています。これはおそらく『EDEN』文明のあとその流れを汲んで反転してきた、『トランスバール皇国』のことでしょう。つまりは私たちに対してです」


ちとせは、そこまで解説すると周りを見渡す。肯定しているレスター。感心しているアルモとココ。考えている素振りをするフォルテとラクレット。納得しているタクト。ニコニコ笑っているミルフィーと。それぞれのらしい反応が返ってきた。


「加えて、『白き月』と言った固有名詞も出ています。さらに大いなる禍災いとは、『白き月』に救援を求めるほど大きなもの、となればロストテクノロジーに関するものと推測できます」

「確かにな、だがこれ以上の推測は無理だ。使命とやらがわからん限りな。となればだ」

「ご指名である『白き月』のシャトヤーン様に聞くしかないか」


結局のところ落ち着くのはそこであった。白き月と言う単語が出てきている以上、タクトたちにはどうすることもできないほど深い問題なのだ。



「それじゃあ、もうすぐドライブアウトするから、その後通信障害がなかったら通信しよう」

「ああ、賛成だ」

「なあ、ちょっといいかい? 」


タクトとレスターでそう結論付けた所で、今まで無言だったフォルテが口を開く。帽子をいつもよりもやや目深にかぶっているので、彼女より身長の高いレスターとラクレットからはよく表情が見えないものの、声色で真面目な話だという事は簡単に想像できた。


「もうすぐ、残りのエンジェル隊、要はミント達と合流して戦力を上げることはできる。でもさすがにエンジェル隊だけであんな数の敵を相手するのは、分が悪いんじゃないかい? 」

「ふむ……」

「幸い敵の大将さんは単純みたいだから、そこを利用してこちらから牽制できるような策がほしいところだけど、できそうかいタクト? 」


フォルテの考えは単純だ。敵の無人艦隊はすでにエオニアとの戦いで、敵が温存していた戦艦と言い切るには多すぎる量確認されている。最初は物資の強奪目的で動いていたようだが、今は自分たちの行動の妨害を目的に動いている。これは中々良くない徴候である。
ならば、どうすべきか、敵は前回の圧倒的な人材不足を超える壮絶な人材不足だ。なぜなら、あのレゾムが閣下と名乗ってトップをやっているからに他ならない。彼のもともとの階級は少佐で、加えてまったくもって優秀と言う言葉からは程遠い男だった。人材が不足しているエオニア軍だからこそ、少佐と言う待遇だったのだ。そんな男が現在天辺をとってる群は、人材不足以外にありえないだろう。
其処を突く、それがフォルテの案だった。と言っても具体的な方法はタクトに任せるこうした方がいいのではと言う提案であったのだが。


「そうだね……少し考えてみるよ」

「アルモ、ドライブアウトまで、あとどのくらいだ? 」

「2分ほどです」


それから緑色のクロノドライブ空間を抜けるまで、タクト以外は敵の目的などを適当な憶測を出し合って予想していたが、誰も確信を持てそうな意見を出すことができなかった。


「ドライブアウトしました、周辺のスキャンを開始します」

「敵艦なし、金属反応なし、ガス反応なし……オールクリアです」


成れた様子でそうレスターに報告するココとアルモ。シェリーとの戦いの経験からか、かなり迅速に状況確認が行われている。彼女たちももう立派な軍人であろう。ちなみに二人がこの手の報告をした相手は圧倒的にレスターの方が多い。


「通信障害は、どうなっている? 」

「現在そういったものは見られません」

「よし、ルフト将軍に繋げ」

「あ、ちょっと待ってくれる、アルモ暗号変換通信はしないで、そのまま通信しちゃってくれ」


何か思いついたのか、タクトが悪戯を思いついた子供のような顔でアルモに待ったをかける。まさに悪巧みをしていますといった様子が見えるので、アルモは一瞬で自分に責任が来ないのでしたらと言いそうになる口を必死に理性で押しとどめた。


「ですが、タクトさん皇国軍の規定では通信の暗号化は情報漏洩の面からみて必須とされていますよ? 」


その言葉に反応したのはラクレットだった。同じことを言おうとしていたのかちとせが目でそれに同意している。タクトは二人を見つめてにやりと顔の笑みを一層濃くした。


「まあ、まて あいつにも考えがあるのだろう。アルモ、オレが許可する」

「了解です……通信繋がりました、モニターに出します」

「おお、タクトか、あれから通信がつながらず心配しておったのじゃが、無事じゃったか」


スクリーンにルフトの顔が映る。やはり激務なのか相変らず目の下に隠しきれていない隈がある。軍と政治の二足の草鞋はやはり厳しいのであろう。特にまだ前回の戦いの傷跡が残る今の皇国においては、大きな重圧が襲いかかっているのだ。


「お久しぶりです、先生。通信障害を受けている間に、敵の正体を突き止めました。相手はレゾム『真・正統・トランスバール皇国軍』を名乗って、こちらへの妨害行為をしてきました」

「レゾムじゃと!? あの男、しぶとく生き延びておったのか……」


とりあえず、本題から切り出すタクト、わざわざ暗号をかけないで通信をしているのだ。怪しまれないようにする必要があろう。


「はい、それでいきなりですが、俺達だけで任務を遂行するのはちょっときつい気がして、増援って送ってくれませんかね? 」

「むぅ、確かに例の強奪船団は規模が予想よりはるかに強大だった。だが皇国にこれ以上戦力を裂く余裕がないのも事実なのじゃよ。予定通り補給に合わせてザーブを数隻が限界じゃ」


悔しそうにそう返すルフト、しかしながら、戦力がないというのも目をそらしてはいけない絶対的な事実だった。急ピッチで再編をしているものの、やはり絶対的に人員が足りていないのである。


「そうですか……いやーラクレットがまた無茶やって『エタニティーソード』が壊れちゃって戦力半減だったんですよ」


ここでタクトが仕掛けた。レスターはラクレットが何か言う前に彼の目の前に左手を出して行動を止めていた。ラクレットはレスターの左後ろで大人しくしている、もともと騒ぐ気もなかったのだ。


「なんと……まあ彼もまだ若いからのぅ、落ち着いたら一度軍人としての教育を受けさせるべきか」

「そーですね……それより全く関係ない話良いですか? 」


タクトは内心で、ラクレットに謝罪していた。ルフトの目が本気だったからだ。ああ、オレのせいでまた関係ない、罪のない人を巻き込んでしまったと激しく悔やんで、1秒で忘れて話を続ける。そう、ここからが重要なのだ。


「おいおい、タクトこれは軍の通信じゃぞ」

「えーでも、もうあと少しで出かかってて、すごいもやもやして気になるんですよ!! 」

「わかった、わかった。言ってみろ」


ルフトの了承を得たので、一回咳払いしてからタクトは続けた。


「ほら、先生が俺達を監督してスペースボール士官学校リーグ決勝戦で優勝したことありましたよね? 」

「おお、覚えているぞ、悲願の初優勝を果たした時じゃな」


タクトとレスターがルフト教官の下で一緒に汗を流した良き思い出である。レスターにとっても戦略や鍛え上げた自分の肉体を競い合う面もあったので、なかなか楽しみつつ、良い経験になったことを記憶している。


「はい、それであの決勝で逆転ゴールに使用したフォーメーションって、フォーメーション0でしたっけ? それとも6でしたっけ? それが思い出せなくて……」

「はて、なぜ今のその話を……ん? フォーメーション0 おお、フォーメーション0か!!」

「あ、やっぱりフォーメーション0でしたよね?」


タクトは、内心で自分のたくらみが上手く行ったことにガッツポーズをしていた。もちろん表情は一切変えずにいつものどこか抜けたような笑みを浮かべている。
同時にレスターもタクトの意図することが分かったようで、口元を僅かに歪めた。


「うむ、フォーメーション0はここぞという時に大変効果を発揮する」

「いや~ありがとうございます。これですっきりして任務に励めますよ。また今度時間があったらスペースボールやりましょうよ。フォーメーション0なら290対0で勝ってみせますよ」

「290対0とは大きく出たのぅ。それでは今度やる時はラークにも声をかけねばならんな」

「ラーク……ああ、はいそうですね、あいつがいなきゃ俺たちのチームは動きませんし」


ルフトの発言に一瞬詰まってしまうものの、彼の意図するところと、記憶をさかのぼって結びつけると、すぐに合点が言ったタクトは、全くその通りですねーと言うポーズを続行しつつ同意した。


「うむ、それでは貴艦の健闘を祈るぞ」


そういって通信は切れる。やりきったような表情でタクトはブリッジの面々へと振り返る。それと同時にタクトの意図を理解していたレスターは、アルモに指示を出した。


「アルモ進路変更、YMf288からYMf290にしてくれ」

「え? でも命令書だとYMf288から変更なんてありませんよ? 」

「いいんだアルモ、理由は今から説明するよ」


タクトはそう前置きしてから今の通信にどのような意味があったのかを開設し始めた。
まず、フォーメーション0はスペースボールの時、サインによってパスを受け取るメンバーを変更するものだ。これは俺たちが使った作戦で、内容を知っている人なんてそうはいない。そして、通常レスターがパスを受け取るのだが、フォーメーション0において、そのパスを受け取るのがラークだった。加えて290対0なんてスコアはギネスブックにも載ってないとんでもスコアって程じゃないが普通にあり得ないスコアでもある。

これを統合すると


『集合場所を変更しましょう、このままYMf290に行く振りをしますから、待機を』

『わかったエンジェル隊に伝えておこう』


ってことになるのさ。


「な、なるほど……」

「これで、敵に一泡吹かせられるわけだ」

「たぶん敵が優秀なら、YMf290に俺達が行くことを予想しているだろう、それを踏まえてのタクトの作戦だという訳だ」


そう補足するレスター。これ見よがしな290と言う数字はそういうわけだったのだ。


「そういう事さ、それじゃあ後は野となれ山となれで待つしかできない……という訳で、みんなお茶にしよう」

「賛成で~す、私、難しい話はあんまりよくわかりませんでしたけど。とっても甘いものが食べたい気分なんです」

「アタシも今日はシュークリームでも食べたい気分さね」

「お付き合いいたします」


そうしてタクトは、エンジェル隊の面々を連れ添ってティーラウンジに向かった。ココとアルモも、次のクロノドライブの準備をして、ドライブに入ったらそれに合流すべく、ブリッジを後にした。

ラクレットはレスターと二人でブリッジに残り、レスターがせめてもの情けで、軍人としての心構えとやらを叩き込んでいた。ルフト将軍がやるといったら、それはもう確定事項なのだから。
ラクレットの冥福を祈るしかできないタクトだった。








そして、『エルシオール』は問題の宙域に到達した。


「ドライブアウト完了、周辺空域のスキャン開始」

「さてさて、どうでるか……」

「ふむ……」


タクトとレスターはブリッジで前面の巨大なモニターを悠然と構えながら見つめていた。エンジェル隊とラクレットは既に各自自分の機体に乗り込んでいる。万全の体制ではあるので、これ以上心配することができない故にだ。


「敵を前方数十万距離に発見、どうやら待ち伏せのようです」

「ふむ、一応近辺への警戒を解かないでおくんだ」


命令書のまま移動していた場合、敵の目の前に現れる所だったことが分かり、レスターの背筋に嫌な汗が沸く。だが、それを表層には出さずに、そのまま指示を出した。


「敵艦の反応あり!! 小惑星帯の裏側に潜伏しています!! 」


こちらが発見したことに気が付いたのかわらわらと、庭に置いてあった大きめ石を裏返したかのごとくわいてくる敵艦隊。どうやら敵の本旗艦は、この場にいないようで、思考停止のごとく敵が突っ込んでくることはなさそうだ


「お約束だな。やはり読んでいたか……タクト」

「ああ、おそらく通信が来ると思うよ」


そうタクトが言いきったタイミングで、エルシオールに通信が入る。敵の旗艦からのそれをすぐさまつなぐようにアルモに指示した。


「御機嫌よう『エルシオール』の皆様 いろいろ企んでいたようでいたようだけど、上手く行っているのかしら? 」

「いやー、ネフューリアさんお久しぶりです、こんなところで会うなんて奇遇ですね、今度どこかに食事に行きませんか? 」

「せっかくのお誘い嬉しいけど、遠慮させてもらうわ」


ネフューリアは、そういうと、別の枠で通信をつないだようだ


「レゾム閣下、『エルシオール』を補足しました」

「おお、ネフューリアよ、よくやったぞ!! よーし全軍進撃だ!! 」


『エルシオール』もそれまでの状況をただ座してみていたわけではない。エンジェル隊とラクレットは出撃してエルシオールの周りで待機しているし、『エルシオール』の進路もすでに計算が終了している。

なにより、タクトは、いや『エルシオール』に属するすべての人が信じて待っていたからだ。そう、先の戦いを乗り越えたこの艦にいる全員が信じていた。彼女たちがここにくるであろうことを

レゾムが護衛艦を置いて我先にと『エルシオール』へ飛び込んでいく時、遠方より飛来する3つの機影があった。その三機は神速の如き速度で飛来し、油断大敵とレゾムの旗艦の横っ腹に攻撃を命中させた。

────そう、エンジェル隊の3人だった



「やあ、ランファにミント、ヴァニラ遅かったね」

「あら? タクト、いい男は女の遅刻を責めないものよ? 」

「そうですわタクトさん、それにこれでも急いで駆けつけたんですのよ? 」

「はい、可能な限りの速度でこちらに向かってきました」


タクトの言葉に三者三様の返事を返す。彼女等らしい第一声だった。変わりのない部下の────戦友のその様子にタクトの口元は綻びる。彼とエンジェル隊が集まった戦場に負けはないのだ。


「ぐぬぬ……『エルシオール』め小癪な真似を!! 」

「どうやら、裏の裏のそのまた裏をかかれたようね」


全身を目一杯につかって、悔しさと怒りの心情を現すレゾムと、その対照的にクールなまま、反省をというより事実を確認しているだけの様子なネフューリア。その二人に向かいタクトは声高々に宣言する。


「さて、エンジェル隊が全員そろったんだ、こちらの反撃の時間だ……総員出撃だ!! 一番働いた人はミルフィー特製お菓子を1番に食べる権利をあげようじゃないか!! 」

「了解です!! 私頑張って作りますから、なんでもリクエストしてくださいね!! 」

「了解よ!! 最近ダイエットしてたから、今日は遠慮なく行かせてもらうわよ!! 」

「了解ですわ! 駄菓子もいいですけど、ミルフィーさんの作るお菓子は久しぶりですわ」

「了解だよ! いやー今日は甘さ控えめの大人のケーキでも作ってもらおうかね!! 」

「了解です 私はミルフィーさんが作るものでしたらなんでも好きですから」

「了解です! 先輩方に負けぬように私もがんばります! 」

「了解です 全力を尽くします!! 」




『エルシオール』の反撃が始まる



[19683] 第8話 君等のためなら死ねる
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/01 13:59

第8話 君等のためなら死ねる






レゾムとネフューリアが指揮する敵軍は、通常の戦略からかなり逸脱した動きを取っていた。状況は『エルシオール』が前方と後方を除く全方向を小惑星帯に囲まれており、その『エルシオール』の逃げ道を塞ぐように、後方に無人艦5隻。前方にネフューリアの乗る旗艦と護衛艦2隻。そこからやや距離が空いてレゾムの旗艦、それを取り囲む『カンフーファイター』『トリックマスター』『ハーベスター』の3機。そしてレゾムの旗艦を追いかける護衛艦隊と言った形だ。

レゾムは安全だと思って前に出てきた結果、奇襲を受けたので大慌てで助けを求めている。もはやエンジェル隊がトラウマになりかけているのだ。何回も殺されそうになっているから無理もないであろう。

彼の乗っている旗艦は、一言で説明するならば『派手』に尽きるだろう。黒が基調とされている無人艦の中で、黒が多いものの、色鮮やかなペイントが施されている。これが有人の軍隊ならば、士気を高揚させるのに役立つが、あいにくほぼ無人の軍であり、人より艦の方が圧倒的に多い彼らの現状では、良く目立つ的だった。

目立つ要素はほかにもある。形状こそ普通の駆逐艦に近いが、巨大な砲門が艦の下についている。もちろん『クロノブレイクキャノン』ほどではないが、かなり大きいその主砲は、きちんと運用すれば脅威となったであろう。

しかし先にも述べたように、彼は現在奇襲に対応(助けを呼ぶ)で精一杯だ。ネフューリアは、せっかく距離を詰めて、挟撃しているこの現状を捨てて、レゾムの救援に自身の護衛艦を向かわせていた。司令官を守ることは大切だが、もう少し待てば後方から護衛艦隊が追い付くのに、あえて挟撃の戦力を裂いていた。

タクトは、その意図を完全に察することはできなかったものの、素早く指示を出すことにした。


「ミルフィーは後ろの5隻を足止めしていてくれ、優先するのは時間を稼ぐこと、破壊はゆっくりでいい」

「はい! 行ってきます!! 」


彼女と超高性能な状態に成っている『ラッキースター』ならば、守勢に入ればいくらでも時間を稼ぐことが可能であろう。そこを信頼しての采配である。ミルフィーは元気よく返事をするとすぐに向かっていった。そこに恐れはなく、ただ混じりけの無いタクトへの信頼が根付いているのだ。


「ランファは、そのままレゾムの艦を、ミントも同じく、ただ特殊兵装は、近づいてきた護衛艦のねこだましに使ってくれ、その後そのまま距離を取って時間を稼いで。ヴァニラは攻撃よりも、回復にエネルギーを裂いて行動してくれ」

────了解!!


現状、補給するためには多くの敵を跨がなければいけないため、ヴァニラは攻撃よりも支援に特化させ、攻撃はランファが行う。ミントはいうなれば攪乱と言った所であろう、手数が最も多い彼女はそれが最適な任務だ


「フォルテ、君にはお似合いの任務を任せる、ネフューリア艦にタイマンを挑んで『エルシオール』に近寄らせるな!! 」

「最高にわかりやすくていいね!! 任せときな!! 」


火力、装甲ともにトップを誇るフォルテの『ハッピートリガー』は移動する必要がなければ、現存するあらゆる艦と打ち合うことができる。彼女の巧みな戦闘経験と勘が、足りない部分を補えば、支援なしで旗艦と戦うのは可能になるのだ。


「ちとせ、君は保険だ、エルシオールの護衛と、ネフューリアの護衛艦をこの場で追撃。守りの要になってくれ」

「了解です、最善を尽くします!」

『シャープシューター』は性能のほとんどが平均か、それよりやや劣る機体であるが、圧倒的な索敵性能および攻撃可能距離はやはり守勢に向いている。彼女も自分から敵を倒しに行く気質ではないので、こういった護衛の仕事の方が得意である。


「ラクレット、ランファの応援に行ってきてくれ。敵のど真ん中を突き抜けていくことになるけど、できるよね? 」

「お任せください、被弾0で目標までたどり着いて見せます!! 」


ラクレットの『エタニティーソード』はそれこそ『シャープシューター』とは真逆のコンセプトだ。攻撃可能距離以外、押しなべて高い性能を持つ。特に速度と回避は群を抜いており、敵の戦闘機用の戦闘システム程度では攻撃を当てること自体が至難の技である。だからこそ、敵陣を突破することができるのだ。


それぞれに方針を示して、ひと段落ついたタクトは目を高速指揮リンクシステムの戦略マップから離す事無く、思考を続けた。


(ネフューリアの不可解な行動、彼女はなぜそこまでしてレゾムを守る? 結果的にこちらが1枚上手に回れたが、『エルシオール』だけを見るならば、このまま押し切られれば厳しい状況だった。それこそ、全力で退避しろとレゾムに進言したならば、レゾムのことだ「お、覚えていろよ~!!」と言いながら退いていく。損耗はあるだろうが、数の暴力で『エルシオール』の紋章機の1,2機を少なくともこの動乱で使用不可能にする程度に撃破するくらいはできたはず)


「ミルフィー、1番右の敵はミサイルの一斉照射で落ちる。ヴァニラはミントの後ろをついていくように飛ぶんだ。フォルテ、その調子だ」


これだけいろいろ考えているのに、彼が戦況を見誤ることはない。それどころか、思考をさらに加速させる。


(ならば、敵の目的はなんだ? 情報収集? いや、すでにある程度は把握しているはず。時間稼ぎ? いやそれこそ自分たちが出てくる必要がない……発想を変えよう、敵がしていることはなんだ? 回りくどい、非効率的なことだ)
「レスター、一見非効率に見えること、それって軍においてどういう事だった? 」

「長期的スパンや、過去になってから確認すれば、むしろより効率的な方法で有ったりすることが多い。なんせ軍は効率を重視するからな。まあ、大方奇策の類であろう」

「ありがとう。ラクレット右前方の弾幕が薄いところはフェイクだ、避けろ。ランファ、アンカークローは旗艦下部から打ち込むんだ」


突然レスターに質問を投げかけるが、慣れたものでレスターもすぐに彼に合わせる。レスターは理解しているのだ。自分は助言ではなく、確認作業の為に呼ばれたのだと、そういうなればこの質問は思考の工程における通過儀礼。
タクトは礼だけ言うと、そのまま指揮を続行して、思考もまとめ続ける。マルチタスクは既にお手ものだ。


(非効率が最効率な方法、つまりこちらを確実に倒す手段がある? こちらを倒すのに、条件がある? そもそも俺達を倒すことが目標なのか? いやいい、わかったのはこの作戦で片を付けるのはほぼ無理だという事!! ならばレゾムを優先して叩いて、損耗を減らして戦闘を早期解決させるのが最適解!! )


「ミント、作戦変更、特殊兵装はレゾムに、ちとせもフェイタルアローで狙えるなら、狙撃を頼む。フォルテ、タイマンは中止。応戦しながら護衛艦隊の後ろを進んで、4人に合流」

────了解!!

タクトは時間を稼いで、少し様子を見る作戦から、強襲して短期決戦を目標にした。例によって例のごとく、レゾムを削れば引いていくだろう弱点を突くのだ。


「ラクレット、まだかい? 」

「すいませ────ッチ! 攻撃が激しくて!! 回避で背一杯、進むのは、困難です!! 」


ラクレットは現在、護衛艦隊のほぼ全ての火器に狙われている。タクトの予想だと、『エタニティーソード』に構うよりもレゾムとの合流を優先するであろうと思ったからの、敵陣突破であるが、残念なことに予想が外れてしまったようだ。
なぜそこまで集中的に彼が狙われているのか不可解だが、速度が自慢の『エタニティーソード』も流石にこうも多勢の艦に囲まれてしまえば逃げ切るのは難しい。というより、客観的に見れば自分から包囲網に飛び込んで攪乱しているようにしか見えないのだから敵に感情があったとすれば、彼と同様に厳しい表情をしているであろう。


「ちとせ、君のペースで撃ってくれ。ミント、先輩の余裕でちとせにタイミングを合わせるんだ! 」

「了解!! …………ッ退きなさい!! フェイタルアロー!! 」

「了解ですわ────フライヤーダンス! 」


しかしながら、守りに使うつもりだったちとせと、攪乱に使う予定だったミントの攻撃が決まり、レゾムの旗艦はシールドの8割以上が削り取られてしまう。


「ぬ、ぬあー!! 退避―! 退避だー!!」


案の定、レゾムはすぐにそう宣言すると、後方ではなく、彼から見て11時の方向、ラクレットと、それを包囲する護衛艦隊の方へ逃走を開始した。その方向で味方と合流しつつクロノドライブ可能なポイントでもある為、ドライブインして逃げるのだろう

ミントとランファはレゾムに元々ついてきた、ミントが本来攪乱する予定だった艦隊と向き合い、残存勢力の掃討を開始した。 ヴァニラは、ちょうど中間地点にいるフォルテの『ハッピートリガー』の修理に急ぎ、フォルテもそれに合わせて移動を開始していた。ミルフィーはちょうど敵を片付けたところだったのか、『エルシオール』に向かい、ちとせと合流。ネフューリアはレゾムと落ち合う場所を決めているからか、すぐにドライブインをして逃走していた。

完全に掃討戦に入ったこの宙域で、気を抜いていた人物がいたのかと言われれば、答えはノーだ。全員が全員できることをやっていた。
そう、セオリー通りの最適解をしていたのだ。




故に気付くのが遅れた、そのセオリーから反している、馬鹿としか思えない行動をしているレゾムに


「フハハハハ、このレゾム様がただで逃げると思ったのか!! くらえ、『エルシオール』 主砲発射!! 」

「ッな!! 正気かぁ!? あんな傷ついた艦の巨大な主砲を、逃走中にしかも本旗艦が足を止めて撃つだと!? 」


レゾムの艦が、突如反転して、『エルシオール』をロックオン、主砲のチャージを始めたのだ! 冷静に考えてほしい、これがどういったことか。簡単に言うならば、敵陣に切り込んでいたクイーン、ナイト、ビショップを一端退かせ、(なぜか切り込んでいた)キングは撤退途中で、敵のキングめがけて攻めてきたと言った所だ。

愚策中の愚策。愚行の極みだが、こと奇襲と言った面においては、砲身が耐えきれるかを度外視すれば悪くない。完全な定石を脱した行為は、時として完全に相手の裏をかくことができる。敵の本陣に一人で突っ込んでも、対象さえ殺せればよい。そういうことだ。


「シールド急げ!! 総員隊ショック姿勢!! 」


すぐさま、レスターはシールドを前面に集中させるように指示を飛ばした。
これだけ距離が離れているのならば、移動してもほんのわずかな回頭で捕捉されきって、攻撃をくらってしまうからでもあり、なにより回避には時間が足りないからに他ならない。それは即ち絶望的な未来を示唆する、紛うことなき事実だった。

敵を拡大表示している正面モニターが眩い光で包まれ、発射までもはや秒読みとなる。思わず目をつぶってしまうタクト、しかしながら、『エルシオール』に傷をつけるなどと言う行為を何もしないまま見過ごすなんて真似を、奴がする訳が無かった


「まだぁぁぁぁ!!!!! 」


ラクレットである。彼は敵に囲まれながらも、今の今まで攻撃を紙一重で避け続けていた。エネルギーの残量が気になるほどになってしまったものの、敵の護衛艦隊のなかで耐え忍んでいた。そんな彼の目の前で、レゾムがいきなり主砲をうとうとしていたのならば、彼は機体を真っ直ぐに最短距離で飛ばして向かうであろう。
そう、たとえ銃弾やレーザーの雨に打たれ、シールドを溶かされながらも、絶対に止まることはしない。彼は誓ったのだから、エンジェル隊と『エルシオール』を守ってみせると!!
そんな心意気はいいのだが、いつものように砲撃を剣で受け止めるのはエネルギー的にも、敵の砲撃の威力的にも不安があった。故に彼は、敵の正面に到達しながら、一切の速度を落とす事無く、躊躇と言う仕草を見せずに特攻を仕掛けた。


「砲身が砕けるのが先か!! 剣が折れるのが先か!! 根競べをしようじゃないか!! えぇ? レゾムッ!! 」


彼の鬼気迫る表情が、この宙域の通信に流れる。自分の命など一切被りみない、徹底した合理主義者の顔がそこにあった。彼にとっての理は、エンジェル隊や『エルシオール』の安全であるのだから。両の頬や操縦桿を握りしめる手の甲に焼け付くような痛みを感じる中、ギラギラ輝く妄信的な目で突っ込んで行く。その顔に気圧されたのか、レゾムは一歩ずさった。


「なっ!! や、やめろ~!! 」


「誰が止めるかよ!! 」


右手の剣を光に突き出し、レイピアの刺突のように砲門の発射口に差し込む、砲身は莫大なエネルギーを充填して、今にでもはき出そうとしていたのだ。その危ういバランスを崩すような異物が現れた結果、砲台の中でのエネルギー循環が崩れる。
元々限界寸前のダメージを受けていた砲身が、さらにひび割れるのを確認してラクレットは口元を緩める。そしてダメ押しのごとく 左の剣で砲台の上部を叩きつけるように切り裂いた!!


「主砲切り離せ!! このままでは巻き込まれてしまうぞ!! 」


レゾムのその言葉をAIは一瞬で認識し、主砲をパージ。直後に、より一層輝き、その場で爆散した。ラクレットはその場で急上昇し、少しでも距離を取ろうとするが、自身の真下で起こった強大なエネルギーの奔流にかき回され、上下左右が分からなくなってしまう。だが、運が良かったのか何とかシールドが持ってくれたようで、機体の損傷は深いものの、これと言った外傷は見えない。やや顔が青白くなっているが、別段おかしいことではないだろう。惜しいことにレゾムの旗艦は今の爆発に紛れてクロノドライブで逃走をしたようだった。逃げ足の早いことである。


「ラクレット!!」

「大丈夫か!! 」


レスターとタクトから通信が入る。彼の独断で突っ込んだのだから当然であろう。ラクレットは今の衝撃のせいか全身が痛む中、なんとかその通信に応える。


「こちら、『エタニティーソード』回収お願いします」


それだけ言うと、ぬるま湯につかっていくような感覚の中、彼は意識を手放した。








────ケーラ先生!!

「はいはい、患者が寝ているのだから、静かにしてね」


あの戦闘の後、僅かばかり捨て駒のように戦場に残っていた敵戦艦を瞬く間に蹴散らしたエンジェル隊は、再会を喜び合うよりも前に我先にと、先に搬送されたラクレットの様子を見に来ていた。

今頃タクトも、レスターにブリッジを任せてこちらに急行している事であろう。レスターも別にタクトに他意はなく、むしろ彼の背中を押しだしてきたくらいだ。『エタニティーソード』から送られてきていたバイタルデータでは特に異常があったわけではなかったのだが、やはり心配であったのも事実だったからである。


「それで、様態は? 」

「前回と違って、ストレスで寝込んでいるわけじゃないわ。単純にオーバーワークの後の疲労よ。少し眠れば目を覚ますでしょうね」

「よかった~、私ラクレット君にもしものことがあったらと思うと心配だったんですよ」


最近支給された未改造の軍服を脱がされ、Yシャツ姿で眠っている彼を指さして、ケーラはそういった。彼女のその言葉に一先ず安堵する彼女たち。彼女たちからすれば、このしょっちゅう気絶する仲間は心配をかけさせる迷惑な奴でもあるが、大事な戦友でもあるのだ。
現に、彼女たちも久方ぶりの再開であるのにもかかわらず、そういった挨拶なしに、格納庫からここまで走ってきたのだ。
穏やかな空気が戻ってくる中、ふとちとせは先ほどから抱えていた疑問を口に出した。


「あの、ラクレットさんの頬の出血は? 先ほど通信では両頬から流していましたが」

「え? これと言った外傷はなかったわよ? 」


ちとせの言葉に眉をひそめつつ、そう答えるケーラ。一応言い終わってからもう一度ラクレットに近寄り確認する者の、傷も血の流れた後も確認することができなかった。


「そうですか……見間違いだったのかもしれません……」

「おーい! みんな、ラクレットはどうだい? 」

「司令、医務室ではお静かに」

「ああ、ごめん」


そこに、タクトが息を切らせながら走って入室してきた。部下を心配する上司として、戦友を思う仲間として彼はラクレットの事が心配だったのである。それにケーラが答えようとするものの、ベッドの上でラクレットがもぞもぞ動き目を開いた。


「……気分はどうかしら? 」


寝ぼけ眼のラクレットに向かってケーラは話しかけた。2,3秒ほど反応を見せなかったが、すぐに意識が覚醒したようで、ケーラを見つめ返した。


「問題ありません……ここは医務室ですか? 」

「ええ、そうよ。貴方は戦闘の戦闘で倒れて、そのまま運び込まれたの、これで何回目かしらね? 貴方の倒れた回数」

「いやー、数えたくないですね。あ、みなさんご迷惑をおかけしました」


ベッドに座りながらも頭を下げるラクレット。もちろん、土下座のようなものではなく、上半身だけ起こして、頭を下げるといったそれだ。案外元気そうなので、とりあえずエンジェル隊は、先程の礼を言って格納庫へ帰って行った。機体の簡単な整備やら、確認等の仕事があるかである。タクトはしばらく残って珈琲を飲みながらサボっていたが、レスターから呼び出しをくらって、ブリッジに戻っていった。




おまけ 


わかりやすいラクレットのエンジェル隊+『エルシオール』スタッフ好感度一覧
100点満点 色は原作準拠
(知らない人の為に補足すると、原作ではクジラルームに行くとクロミエにヒロインの好感度を教えてもらえます。ですので『ヒロインが』彼をどう見ているかです)


ミルフィーユ 70 黄色
ランファ   50 緑
ミント    60 黄色
フォルテ   55 緑
ヴァニラ   60 黄色
ちとせ    50 緑
ココ     55
アルモ    50
ケーラ    40
クレータ   40
梅さん    75
レスター   80
クロミエ   秘密です


タクトの場合
ミルフィー  500 赤
ランファ   100 赤
ミント    90  黄色
フォルテ   95  赤
ヴァニラ   90  黄色
ちとせ    85  黄色
ココ     75
アルモ    70
ケーラ    65
クレータ   65
梅さん    70
レスター   85
クロミエ   秘密です



[19683] 第9話 そろそろタイトル考えるのが大変になってきた
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/02 14:51

第9話 そろそろタイトル考えるのが大変になってきた

先の戦闘から一晩経ち、『エルシオール』内につかの間の平和が取り戻された頃、エンジェル隊とタクト、ラクレットはティーラウンジでお茶と洒落込んでいた。エオニアとの戦いでは、最も大きいテーブルは6人掛けだったのだが、今は誰が揃えたのか、8人が囲える大きな丸いテーブルがあった。

戦闘の後、ルフトに通信をつないで、レナ星系で補給を受けるように指示を受け、同時に送信しておいたデータの重要度を確認し合ったのだが、残念なことにこれ以上の増援を送ってもらうのは不可能とのこと。『エルシオール』はクロノドライブの緑色の空間を進みながらレナ星系へと向かっている。
まあ要は仕事がないわけで、全員で再会を祝してお茶会をしようという訳である。おきまりな近況を確認しあったり、ラクレットが軍に正式に入り、名実ともにエンジェル隊に逆らえなくなったことを茶化したりと、いつものように大変にぎやかな会話となっていたのだが、当然のごとくタクトとミルフィーの関係について話が飛んだ。

色恋話と噂は、この年代の少女たちにとっては、ビタミン剤であり、格好のデザートであるからして、至極当然な流れであろう。




「それで、タクトさんはミルフィーさんとはどうなんですの? 」

「あ、そうそう、ミルフィーからメールで聞いてはいたけど、やっぱり本人の口から聞かないとね」

「そーいや、目の前でいちゃついているのは見るけど、家ではどーだったんだい? タクト」


というわけで、すでに何度も話している惚気……説明を繰り返す。


「オレはミルフィーと一緒にいられれば、それで満足だったからね。キスもまだだし、二人でのんびりしていたよ。ね? 」

「はい、私もタクトさんのお弁当作って、デートに行って、それで幸せでしたし」


自然にタクトに返事をするミルフィー、やはりこの二人は最高の恋人同士なのかもしれない。あの、ミルフィーの紋章機独断専行の後も、すぐに関係を進展させるわけでもなく、お互いのペースで歩いて行こうと元鞘に落ち着いたのだ。最も、それに納得し合っているのは本人たちだけのような、ある種特殊な関係であり、当然のごとく周囲からの反応は


「……あら、まぁ……どーやら私の予想とはだいぶ……」

「え~~~!! なに、ちょっと、タクト! あんたまだキスもしてないの!! 」

「あ~やっぱり、そうだったかい」


三者三様の反応にもはや癖となっている、左手で頭をかく動作をするタクト。彼からすれば別段おかしなことをしてないし、同時に自分が世間的に微妙におかしいことも知っているからである。


「うん、今は満足しているからね」

「私もタクトさんと約束していますから……」


ねー と顔を見合わせながら笑いあう二人、本当に一人身にはつらい光景だろう。そんな中ラクレットはいつものブラックコーヒーをさらに濃くしてもらって正解だったと一人心の中で頷いていた。そんな、二人のあま~い光景を見たランファは、ふと疑問を抱き二人に問いかける


「ねえ、タクト。アンタはミルフィーのどこが好きなの? 」

「え? 」

「いや、単純にこの天然幸運娘の何処が好きなのっていう話よ」


タクトは、ミルフィーのことが好きだというアピールはしているのだが、実際どこが好きなのかを話したことがないのである。まあ、そうそう話すことでもないと思うのだが。その質問に対して、悩むような仕草を見せつつも、律儀に答えようとするタクト。まああまり気にしていないだけなのだが。


「うーん、やっぱり笑顔かなー。ミルフィーの笑顔を見ていると、なんだかこっちも元気を貰えるんだ」

「ハイハイ、ごちそうさまですわ」

「本当よー、にしても案の定ね、こいつと違って」


聞いてきたのに、ノーサンキューな態度を取るランファとミント。常識的にどうかと思われるが同時に感情的に納得のいく反応である。逆にタクトは、ランファのもらした科白に反応したようだ。


「え? ラクレットがなんか言っていたのかい? 」

「ああ、こいつ私たち全員に惚れているから」

「ええ、それはもう熱烈な告白をいただきましたわ」

「そうそう、いやーあれは傑作だった」

「男性から思いを告げられたのは初めてです」

「あ、そういえば私も!! ってあれ? 告白だったの? 」


ラクレットにとって忘れたい思い出を掘り返されて、彼は必死に平静を装いつつ珈琲を口に運ぶ。カップをつかんでいる右手の小指がピンと立つという、普段は意図的に消している癖が出ているのが彼の動揺を現しているだろう。というより、その話を誰かにするのは反則ではないか? と内心涙目なのである。
そして、これに驚くのはちとせとタクトだ。タクトは、いつの間にそんなことをしていたんだという、単純な事実に。ちとせは、普通にいい少年だと思っていた彼が実はものすごく手が早く浮気性な人物のように見えてきて。


「そうよーミルフィー、ほら、ラクレット言ってみなさい、あの時のセリフ」

「ちなみに、録音しておりますので、お忘れのようでしたら、私が再生しますわ……全員分」

「言います……言いますから勘弁ください……」


内心どころか、完全に涙目になりつつラクレットはそう呟くしかなかった。彼はもう、エンジェル隊の自他ともに認める玩具だからだ。ラクレットは、ミルフィーの方に向き直って、深呼吸する。相変らず良くわかっていないミルフィーのニコニコ顔に気圧されて、タイミングがつかみにくいのだ。


「なあなあ、いったいどういう状況だったんだい? 」

「フォルテさんが、彼の本心を明かした時に課したイニシエーションですわ、なんでも私たち全員に憧れに似た感情を持っていたそうで、どういった所に魅了されたかを全員に言うという」

「ああ、なるほど……」


その間に、ミントにこっそり尋ねるタクト、ラクレットが自発的に告白をするなど考えられなかったのだ、それも全員に。ラクレットにとって不運だったのは、タクトが別に自分の彼女に年下の従兄弟で部下が告白しようと、(それが遊びだと知っていれば)一切抵抗がない人物だったことだろう。そして、不幸中の幸いが、今のタクトとミントの内緒話をちとせが聞き耳を立てて、納得していたことだ。


「僕は、ミルフィーさんの流し目に惹かれました。格納庫を歩いている時、振り返りざまにその桃色のきれいな髪をなびかせながら、色っぽくこちらを向いた表情に心臓が高鳴り、しばらく釘付けになってしまう程でした」


そして、その微妙に注意がそれている瞬間を感じ取り、ラクレットはミルフィーにその思いを告げた。話は少々脇に連れるが、彼の言っている流し目はMoonlit LoversのOPで順番に出てくるエンジェル隊の一番最初のシーンのことだ。あれが印象に残っている人は多いであろう。ラクレットもその一人だったという訳だ。気になる人は確認してみることをお勧めする。PS版も出ており、非常にお手軽だ。


「わー、私って流し目できたんだー」

「ミルフィー、そのリアクションはどうかと思うがね、前とまるっきり同じだよ」

「はい、確かにミルフィーさんは前回もそのような反応をしていた記憶があります」

「なろほど、流し目ね、確かにミルフィーがしたらすごく魅力的かもしれない」

「本当ですか? それじゃあ今度やってみますね、流し目」

「はいはい、ごちそうさまですわ」

「本当、おなかいっぱいで胸焼けしそうよ。あ、店員さんアイスティー追加、タクトの伝票に」


本当にいつも通り和気あいあいとした、『エルシオール』のひと時だった。
こんな感じですごし、あっという間にレナ星系の指定された補給ポイントに到達する。



「ラクレットさん、複数の女性に同時に好意を抱くのは……あまり褒められたことではありませんよ? 」

「ですから、恋慕でなく、憧れですって!! 」






実に平和であった。









「ドライブアウトします」

「周辺をスキャンしろ……まあ恐らく平気だろうが……」


無事補給の為に指定されたポイントにたどり着いた『エルシオール』 彼らはすぐに周辺宙域を探るが、一応重要な軍事拠点の近くで、警備がしっかりした場所だ。故にそこまで過敏な警戒が必要な地域ではなかったのだ。

現に────


「前方5000に補給艦、並びに護衛艦3隻を確認、通信入りました」

「繋いでくれ」


目と鼻の先に、補給してくれる艦があったからである。とりあえず、細かい話は後回しにして、さっそく補給に入るのであった。しかし、ここで『エルシオール』は思わぬ懐かしき来客を迎えることになる。

話の調整の為に、数人の人員がシャトルで『エルシオール』に来る手はずになっており、司令であるタクトはで迎えのため格納庫にいた。今か今かとシャトルから降りてくるのを待っていると、シャトルのドアが目の前で開き、中から凛とした、高貴なるものの雰囲気を漂わせた、少女が降りてきた
現在の皇国の最高指導者であり、歴代でも最年少で即位した女皇。シヴァ・トランスバール女皇陛下である。
『エルシオール』が騒然としたのは言うまではないが、驚くのはこれだけでは早い補給品の項目の中に、こういった1文があったのだから
────クロノブレイクキャノン 一門と







「久しいな、マイヤーズよ」

「そうですね、オレの叙勲の儀以来ですから」

「別に、そなたのだけという訳ではなかったのだがな」


現在、タクトとシヴァ女皇は二人で『エルシオール』の中を歩いている。レスターは補給関連の調整をしており、シヴァ女皇の部屋は急ピッチで掃除中であるが故、女皇を一人にしておくわけにもいかず、タクトが相手をしているのだ。もっとも成るべくしてこうなったわけであるが。
『エルシオール』に増援を送ることはできない、なぜなら戦力が手いっぱいだからだ。ならば、クロノブレイクキャノンを送ろう、そうすれば攻撃力と言った面での不安は消える。ロストテクノロジー云々の話もあるので、現在皇国を慰問中のシヴァ女皇陛下も合流していただければ、ロストテクノロジーの権威も送れて、その護衛の戦力も回せて一石二鳥だからだ。そういった理由で、今回の補給となったのである。


「にしても、まさか女皇様が来るとは思ってもいませんでしたよ」

「皇国、いやシャトヤーン様は例のメッセージを重く見ている。故に私が来たのだ」

「中央の方ではルフト先生が地獄を見ているのか……」


もはや、タクトたちを驚かせることが日課になってきたルフトは、現在馬車馬のごとく働いている。これも皇国の明日のためである。
二人は、そのままティーラウンジまで足を運んだ。その場所ではちょうどエンジェル隊がお茶をしているからだ。彼女たちはまだ、シヴァがこの船に乗っていることを知らない、結構悪戯好きの側面があるシヴァはタクトの後ろに隠れるようにして、近づいた。


「やあ、みんないつものようにお茶会かい? 」

「そうよー、今日も平和におやつの時間よ。もうすぐ担当の二人が作って持ってくるから」

「ええ、日々の日課をこなすことも軍人の仕事ですわ」

「先輩方が私も同席して良いとの事でしたので」

「そんな、いちいち気にする必要ないよ、ちとせ。何せ私たちは」

「仲間ですから」

「ふむ、良いことだ。エンジェル隊が変わりなくてうれしく思うぞ」


いつも通りのやり取りをする5人に、ナチュラルに混ざりこむシヴァ。ヴァニラの言葉にそうそう、と首を縦に振りつつ同意する3人の動きが同じタイミングで止まる様は中々に笑えるものだった。

「って、えぇぇ~~!! シヴァ皇子……じゃなった女皇陛下!!」

「どうしてこちらに!?」

「なに、慰問の途中に合流したまでだ、なかなか興味深い話になっているようだからな」


悪びれもせず、しれっとそう言い放るそれは、女皇のそれではなく、悪戯好きな少女の(それでもかなり気品とオーラは出ている)ものだった。自身の性別を明らかにしてから微妙はっちゃけている彼女である。そこに、お菓子が完成したので持ってきたミルフィーと、その手伝いをしていたラクレットが合流する。
特に驚くしぐさを見せずに、お久しぶりですーとニコニコ笑顔で答えるのと、礼儀正しく一礼して挨拶するその二人になんとか場の空気が元に戻りつつあった。緊張で一杯一杯のちとせを除いては。


「ふむ、彼女がエンジェル隊の新隊員か、確か烏丸ちとせと言ったな」

「っはははははい!! エンジェル隊に所属しております烏丸ちとせ少尉です!! 」

「そう堅く成らなくともよい、私もそこまで気にする方ではないし、何よりここは『エルシオール』だ。このゆるゆるのマイヤーズが指揮する艦だからな」

「ゆるゆるはひどいですよ、女皇陛下」

「事実ではないか」


和やかに会話を進めるものの、やはり初対面であるちとせは限界が近い。シヴァもそれを察したのか、適度にスルーして、ラクレットの方を向く。


「で、ヴァルターよ、久しいな」

「ええ、叙勲の儀において陛下のご尊顔を拝見して以来です」

微妙に言葉遣いが怪しい中丁寧に答えるラクレット。シヴァはその彼を見て意味深に頷く


「ふむ、前の戦ではあまり顔を合せなかったが、今回は正式な軍人だ、私の為に働いてもらうからな」

「好みは陛下の卑しき僕である故、陛下の力に成るように、微力ながら努力を惜しまないつもりです」

「お前は面白いな、これならば前からもっと話しかけておけばよかったかもしれん」


どうやら、ラクレットを気に入ったようで、シヴァ皇子はご満悦で、ティーラウンジを後にした。入口の所で侍女が控えており、彼女に合流し、部屋に向かったのであろう。長旅の疲れを休める必要があるからだ。最も今も旅の道中だが。
なお、ちとせは気絶ことしなかったものの、かなりぎりぎりで、ミルフィーのお菓子の味が分からなくて悲しそうにしていた。





さて、ルフト宰相、将軍 は皇国において最も優秀と言っても過言ではないとされる軍人だ。彼が白き月の防衛司令なんという名誉職に就いていたのは、貴族出身者の嫉妬による左遷であり、仮に彼がそう……貴族の妾の子だったとすれば、軍においてトップに君臨したであろう。それぐらい優秀な人物だ。

そう、そんな彼は常に二手先三手先を読んで行動している。
そんな彼が仮にとある案を実行しようとしていたとする。

そして、それをより迅速に実行する術があったのなら、これはもう、そうするしかないのである。何が言いたいかと言うと 護衛艦隊のザーブ級戦艦ひとつに、乗っていたのだ

ラクレットに軍人としての心構えを叩き込む人員が
そう、これより、ラクレットの受難が始まる






[19683] 閑話 ラクレットの一日 MLver
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/03 15:12






閑話 ラクレットの一日 MLver




ラクレットの一日の始まりは早い


「朝だ!! 起きろ!! ヴァルター少尉!! 」

「了解であります!! 」


『エルシオール』を護衛する戦艦の時間で午前5時には叩き起こされる。通信で呼ばれるのだ、クロノドライブ中ならば、自室ではなく、戦艦の方で寝ることになる。これも修練の一環だ。彼のお目付け役となった、この艦の副長である少佐は、時間に厳しい軍人だからでもある。なにがきついかというと、護衛艦の時間はエルシオールより1時間早く設定されているということであろう。


「よし!! まずは早朝ランニングからだ!! この装備を背負って10km それが終わったら汗を流して、0630までに食堂に集合、解ったな!! 」

「了解であります、ただいまより走らせていただきます!! 」


彼が背負わされている、重りの重量は15kgほど、体重の2割もあるが、背負いやすい形である……と言うか重さを自動調節できるジャケットなので、そこまで問題があるわけでもなかった。疲れることに変わりはないが。
走る場所もシミュレーターによって走るたびに地形が変わる専用のトラックだ。沼地すら形成されるのだから恐ろしい。
何とか1時間弱で10kmを走りきったラクレットは、急いでシャワーを浴びる、『エルシオール』の自室に戻る時間などない、用意されている着替えを手に持ち、更衣室へ走る。
時間的余裕はあまりないので駆け足だ。


軍人たる者、朝食の時間ですら無駄にすることはできない、今日の特訓メニューの詳細が入ったデータを渡されるので、空中にウィンドウを浮かせ、眺めながらの食事だ。なお彼のメニューは、トランスバール皇国の高い技術力によって、長期間の航海中もおいしい料理が食べられるにも関わらず、冷凍のおかずと、堅いパンである。これは新兵をしごくのに使われる特別メニューである。
この艦はもともと、赴任してきたばかりの新任を、目的地に着くまでに一人前にするという事が可能な艦として有名であり、クルー全員が今度のガキは何日で認められるか賭けをしているくらいだ。


今日のラクレットのメニューは昨日に引き続き、シミュレーターで仮想敵と戦い、圧倒的に足りない軍規や、戦略的思考を補うための座学を受け、筋トレと言う名の地獄を味わい、格闘訓練をこなして終了と言う、解りやすいものだ。そして、この順番だが、最もラクレットが辛い様にされている。彼は、戦闘機を動かすとスタミナを大量に消費してしまう。大部ましになったものの、彼の体力的には、想定の半分程度の時間しか戦闘を持続できていない。つまり、まず1番疲れるものをやらせた後に、頭をつかわせ、また体をしごき、最後に緩んだ心身を格闘訓練で喝を入れるだ。
まあ、効率はいいものの、正直やりすぎだろと彼自身思っている。初対面のことを思うと、絶対楽しんでやっているだろうと確信していた。





「私が今日から君の教育を担当する、カトフェルだ。階級は少佐、この艦では副長を任されている」

「エルシオール中型戦闘機部隊、隊長のラクレット・ヴァルター少尉であります! 」


初老の黒く焼けた肌をもつ男性の前に直立不動で敬礼するラクレット、補給が終わった時に呼び出されたのである。理由も今一解らず行ってみると、どうやらこの前のルフト将軍の彼を鍛えなおすという案を今の移動時間を使ってやってしまおうという事だった。


「さて、ようこそ私たちの艦へ、この艦の乗組員は全員海の男だ、男が2割しかいない艦にいた君からすれば、カルチャーショックかもしれないな」

「はぁ……」

「なに、すぐに慣れるさ。この艦のクルーは『エルシオール』から来た君を大いに『歓迎したい』と言っているからな」


とてつもない理不尽を感じるラクレット、彼の使い込まれた結果研ぎ澄まされた不幸センサーは、信じられないような感度を誇っている。あ、これは嫌な感じだ そう思った結果がこれだ


「さて、早速はじめようか、君の再教育をね」


この日からラクレットはカトフェル少佐を筆頭とした艦のクルーからそれはそれは丁寧な指導を受けることになる。



「まずはシミュレーターだ」


そう言われて、ラクレットは『エルシオール』に比べると幾分も無骨な────と言っても軍の一般的なシミュレーションルームに案内された。この艦では戦闘機を搭載していないため、あまり使われることはないが、それでも充実した部屋である。


「さて、少尉。君はエンジェル隊を除けば……いや除かなくとも皇国で最強の戦闘機乗りの一人だ」

「お褒めに与り光栄であります」

「うむ、だがそれに機体の性能が大きく関与している事をまず念頭に置くべきだ」


そう、ラクレットがここまで見事な功績を得ることができているのは単に『エタニティーソード』という最高の相棒がいるからなのだ。単純に『クロノストリングエンジン』搭載機であると同時に、ありえないほど複雑な操作機構が搭載されており、それをラクレットはなぜか半場無意識に操れるという、チートじみた事実がある。
これがやはり大きいであろう。もちろんデメリットもある。彼のスタミナならば、問題なく長時間の操縦にも耐えるはずなのだが、『エタニティーソード』はその複雑性からなのか、かなり体力の消耗が激しい機体である。それは、今までの彼の戦闘後の疲労具合を見ていれば解ることだ。


「このシミュレーターは、急遽一部仕様を変更して、少尉の『エタニティーソード』の操作性に酷似させている、存分に励みたまえ」

「了解!! 」


ラクレットが試しにシミュレーターの内部に入ってみると、『エタニティーソード』の操縦席とは違うものの、ペダルやレバー等の位置や数が酷似していた。これには白き月の恩恵があるのだが、それは別の話だ。


「さて、先にも述べたとおり、このシミュレーターでは互いの性能差を自動的に補正させるシステムが搭載されている。少尉の機体を遅くしては特訓にならない、故に敵が大幅に強化されていると考えてくれ」


要は、敵が戦闘機ならカタログスペックが紋章機レベルになるという事だ。これはラクレットにとってはかなりの悪条件だ、なんせその速度で動くような敵は、攻撃を当てるだけで精いっぱいなのだから。


「そして、今回特別にルフト将軍から、ある人物のデータをもとに作り出されたAIのシミュレーター使用が許可されている、光栄に思いたまえ」

「ある人物……ですか? 」


先のエオニアの事もあって、皇国では、無人艦や無人戦闘機があまり好まれていない。その前までも実は戦闘機のAIによる操縦技術はあったが、そもそも『紋章機』クラスの出力がないと、あまり戦況に意味をなさないという純然たる事実が、積極的な運用を妨げていた。
そもそも戦闘機を使用する局面と言うのが、海賊や反政府グループの基地への短期潜入など限定的な状況に限られていたというのもあるが。
しかしながら今回、ルフトはラクレットを扱く為にスペシャルなプランを発動させていた。

よかったね、ラクレット 特別扱いだ、主人公みたいだね。


「ああ、数十年前、皇国軍最高の技術を持ったパイロットとして崇め、そして恐れられていた人物だ。しかも、本職は特殊部隊の工作員だったのにだ。当時一般的でなかった二つ名まで付いたという、それはもう尊敬すべき先達だ」

「……して、その人物は?」

「白き超新星の狼」

「ウォルコット・O・ヒューイ中佐!! 」

「そうだ、光栄に思え、最強の名を受け継ぐためには越えなければならない壁だ」


そして、ラクレットの受難が始まる。敵は
『トリックマスター』レベルの速度
『ラッキースター』レベルの旋回
『カンフーファイター』レベルの攻撃力
『ハーベスター』レベルの装甲
『ハッピートリガー』レベルの火器管制
『シャープシューター』レベルの射程

を持っている。

具体的には紋章機基準で
『速度や火力は並だが、小回りが利き圧倒的な射程を持つ』
という乗り回しやすい機体である。カンフーファイターに装甲と遠距離武器を載せて少し遅くしたイメージで良い

そんな機体を繰るのは、圧倒的な経験から最適な判断を導き出し、正確に攻撃を当ててくるというAIだ。速度で勝っていても、射程が違いすぎるので近づくのが困難な上に、近づいても旋回のレベルが高いため捕捉ができない。


「ッぐ!! ちょこまかと!! 」

「熱くなりすぎるな!! 常に頭の片隅に冷静な判断のできる部分を作れ」

「了解……っく!! 」


そんな機体となぜか時間無制限のタイマンを張らされているのがラクレットである。敵のエネルギーは尽きないが、こちらのエネルギーは減少する設定であり、何分間耐久できるかと言う目的だ。重要なのは、破壊することよりも、生き残ることである。もちろん、敵を撃破したら、新しい敵が出てくる仕様です。


「ぐはっ!! 」

「今の攻撃は回避できないものではなかったぞ!! もっと視野を広くもて!! 」

「了解!! 」


次第に慣れてきたラクレットは、その指示を的確にこなし始める。しかし、彼が慣れた様子を見せると、設定がより厳しくなってゆく。敵に破壊不能の攻撃衛星からの援護砲火が加わるところから始まり、単純に敵の頭数が増え、こちらのシールド残量が少ない状況から始まり……と言った具合だ。馬鹿正直な部分がある彼はわざと手を抜くといった賢い選択肢はなく、そもそも実行してもすぐに看破されていたであろう。とにかく、生き残ることが大切だという事を彼に叩き込む、それが今回の教導の目的である。


「はぁぁぁ!!! 」


絶望的な状況の中、彼はひたすらもがき続けるのであった。











一方、その頃のタクト達は

燦々と照らす太陽(映像)、青い空(映像)、白い雲(映像)、輝く海(人口)そんな場所に彼らはいた。たわわに実った少女たちの肢体を隠すのはたった厚さ5mmの布きれのみ。天使のような6人が集い戯れる様は、さながら天国、楽園か。


「そーれ、ランファ、いったよー」

「任せなさい!! とぉ!!」

「おーと、そうはさせないよっと!! ミント!」

「あ、ええと……えい! と、とれましたわ!! 」

「私も……あ……」

「ヴァニラ先輩、ファイトです、次はきっとできます」

「おーい、オレも混ぜてくれよ━」

「いいですよー」

「よーし、それじゃあ次はタクトを的にしてやってみましょうか? 」

「お、そいつはいいねぇ? 」

「ちょ、ちょっとまってくれよ」


タクトはそう、クジラルームのビーチで、全員水着のエンジェル隊と、ビーチバレーに勤しんでいた。楽しげに遊ぶ彼女たち、それを少し離れた場所で、大きなパラソルの下後ろに侍女を侍らせて飲み物片手に眺める女皇様と。

今日の『エルシオール』は平和であった。









「よし、それでは、これから座学を始める、昨日に引き続き軍規の基本からだ」

「了解」


次に始まるのが、彼の苦手な座学だといっても、苦手な理由が、単純に体を鍛えている方が好きなだけで、そこまで勉強が苦手なわけではない。彼は頭があまり良くないが、学校の勉強はできるタイプだ。頭でっかちともいう。


「トランスバール皇国 特別規律その38」

「戦場に赴く前に結婚の約束をしては成らない」

「トランスバール皇国 特別規律その39」

「友人に故郷で待っている妻や息子の話をしては成らない」

「トランスバール皇国 特別規律その40」

「「オレ、この戦争が終わったらあの娘に告白するぜ」といってはいけない」


内容はあれだが、真面目に勉強しているのだ。そう、この規律だって、このような事を言っていた兵士の死亡率がなぜか高いことに気付いた、百年ほど前の統計学者が意見したのを、当時の皇王が「それ、いいんじゃね?」というノリで制定されたものなのだ。

ちなみに、違反者には
「オレの負けだ。殺したければ殺せ」
「フッ……このオレもとうとう年貢の納め時か……」
「もうだめだ……ここで終わるんだ……」
等の文句を言う義務が発生する。


こんな感じでラクレットは急ピッチで知識の詰め込み作業に従事させられている。しかも、試験の一夜漬けのように短期で覚えてればいい(実際はよくない)ということではなく、これから一生の間念頭に置かねばならないルールなのだから、結構な骨を折る仕事だ。しかし、彼は毎度のごとくペース配分を考えられない全力投球で、文字とにらめっこを続けるのだった。








一方、その頃のタクトたちは




「おじゃましまーす。わ、すごい床が草でできてる……これが本物の最近ドラマやアニメで出てくる『タタミ』か」

「あ、タクトさーん」

「こっちこっちー」


後で私の部屋に来てくださいと、ちとせに言われて足を運んだタクトはとりあえずちとせの部屋の構造に面食らっていた。最近いろいろな娯楽作品で出てくる古代からある民族的伝統的な建築様式に使われる『タタミ』だが、実物を見るのは初めてだったのだから。そして、障子の奥、縁側のそばでエンジェル隊は花火をしていた。


「いやー、花火って言ったらもっとこう『ドーン!! 』と派手なのを考えていたけど」

「こういうのも中々趣があって素晴らしいですわ」

「ええ、綺麗です」

「私の故郷では線香花火と言って、夏の風物詩でもあるんですよ 」


淡く光輝き燃えてゆく、小さな光を見つめる6人の天使たちと言う幻想的な光景に
タクトは思わず息をのみ、一歩離れて見物していた。
その花火が燃え尽き、全員でやってみようと声がかかるまで。


やはり『エルシオール』は本日も素晴らしく平和だった。














「ぐはっ!! げふぅ!! がぁ!!! 」


「どうした!! 脇が甘いぞ!! もっと腕を下げて防御に徹しろ!! 」


ラクレットは現在格闘訓練と言う名のリンチ……にみえるれっきとした訓練を受けている。彼としては強くなりたいのだから望むところではあるが、やはり圧倒的実力差がある相手と長時間手合わせを続けるのは精神的に来るものがある。その結果集中が緊張により解けてしまい、攻撃をもろに食らう。そしてそれを注意されて、戦闘続行。と言った大まかな流れができてきている。


「まだ!! 負けるか!! うぉぉぉぉ!! 」

「その意気だ! 」


しかし、ラクレットも身体能力と言う点では中々に優秀なポテンシャルを持っている。数日間繰り返されているこの煉獄に囚われたような苦行の果てに、着実に鈍足ながらも成長している。特に元々あったタフネスにはかなりの磨きがかかっている。


「ぐわぁ!! 」

「っく! 」

「相手の間合い、リーチを忘れるな!! それが分からねば死ににいくだけだ!! 」


現に初日では20分もそのままの意味で、立つ事すらできなくなるようなレベルのダメージを受けていたのだが、今の彼はまだ相手の隙を見つけたら攻撃に転じる気概を持つまでになった。経過時間は30分ほどだ。
この成長速度はカトフェル少佐も予想外であり、10分ごとに交代させている、ボランティアで志願している教官役のクルーが口笛を吹きながら舌を巻いているのに、おおむね同意だ。
下地があったラクレットは、実際に拳を交える相手がいなかった為に、そのポテンシャルを開花させきれなかった。それが今花開いてているのだ。


「っくぅ~~!! 」

「闇雲に振りかざした攻撃は、自滅への全力疾走だ!! 控えろ! 」


ラクレットは最終的に素でスーパー戦隊モノの一般的人間ヒーローが、スーツを着ていないレベルの『身体能力』を有することになるのだが、そこまで至ってない、まだ体が出来上がっていない14歳の彼でも光るものはもっているのだ。


「っそこだぁぁぁ!! 」

「甘い!! だが、悪くはなかった」


先の通り、隙を見せた教官に一撃あてに行くが、一気にバックステップで距離を離され、回避されてしまう。しかし教官のクルーは冷や汗をかいている、攻撃のラッシュをしていても全く沈む気配を見せず、此方へと攻めに来る少年に。


「よし、今日はここまでだ、エルシオールに戻れ。明日は午後からでいい、存分に体を休めたまえ」

「ハァハァ……了解!! 」




こうしてラクレットはシャワーを浴びて、『エルシオール』に戻っていった。すぐに眠ろうと思ったが、体が火照っており少々風に当たろうと、銀河展望公園に足を向けることにした。










一方その頃のタクトたちはある作戦を開始しようとしていた。

事の発端はランファの

「やはり恋人同士がキスをしないなんておかしい」

というもはや洗脳だと思われるほど強く断言された言葉に タクトが動かされたからである。

ランファからすれば、もうとっととくっついて、さっさと幸せになってもらいたいのだ。なのに、この男「オレはミルフィーを大事にしているからね」的な感じで手をつないで歩いてれば幸せ~。などと抜かしていたのだ。彼女的には許されないレベルの行動だった。

そしてタクトも、これからはミルフィーに求めるという事もしてみよう。と決心しているので、その第一歩として、恋人に、愛しき人に接吻をしてみようというわけだ。

そんなタクトは、ミルフィーを銀河展望公園に呼び出していた。




「タクトさん、お話があるって聞きましたけど、こんなところで何のお話ですか? 」

「あ、ああミルフィー。えーとね、ちょっと大事な話っていうか、要件があって……」

「要件ですか? 」


今一歯切れの悪いタクトのその態度に首をかしげるミルフィー。なんというか純粋無垢で天真爛漫と言った言葉が良く似合う、そんな彼女だ。一方のタクトはいっぱいいっぱいだ。これから恋人との関係を一歩、二人で手をつなぎ仲良く進めようというのだから、至極当然と言えばそこまでなのだが、彼は22歳だ。ちょっと二の足を踏みすぎであろう、まあ、一般論でね?

「えーとね、」

「? 」


そして、そんな二人を見つめる怪しい5つの影がすぐ近くの茂みに存在した。いわずもがなエンジェル隊の残りのメンバーである。タクトのちょうど背中側1mほどにある、やや大き目の茂みの中に5人は息を殺して潜んでいた。そんな狭い場所に潜み、何をしているかと聞かれれば、覗きだという答え以外はこの世に存在しえないであろう。


「いけ!! いくのよタクト!! さっさと決めちゃいなさい」

「そうそう……その調子で話を切り出すのですわ」

「ほうほう、面白くなってきた」

「あの……先輩方、やはりこういったことは」

(ここにいて、強く止めない時点で貴方も、そして私も同罪です……)


そう、タクトは自分の恋人との逢瀬をすべて部下に見られているのだ、気付けタクト、お前は監視されているぞ


「だから、なんというか……その……ミルフィー、目をつぶってくれないか? 」

「あ、はい……つぶりましたよ? 」


何するんだろー? と小声で呟く、彼女の警戒心は0だ。まあ彼女に警戒しろと言う方が無理だがそして、ヒートアップする野次馬


「そうよ!! いけ行くのよ!! 」

「ああ、ちょっと!! ランファさん私の足踏んでいますわ」

「ミ、ミント押さないでくれ、バランスが……! 」

「先輩、私! 足がしびれて動けません」

(あ。)


しかしここで不幸が彼女たちを襲う
かなり密集して、無理な体制をとり続けていたのだ、限界に向かって足を進めていたのと同義であろう。つまりは誰かがバランスを崩してしまったのだ。そして体を寄せ合っていればどうなるかはよくわかるであろう。総崩れだ


そしてタクトの方も……


「ああ、だめだ!! こんなんじゃできるわけがない!! 」


疑心0のミルフィーに顔を近づけたが、罪悪感に苛まれ耐えきれず、勢いよく一歩後ろに後ずさった。しかし、すぐ後ろは、植え込みや茂みがある様な、道の端っこだ、
当然のごとく小さいが煉瓦で段差となった仕切りが引いており、それに踵を引掻けて、此方も同じくバランスを崩してしまう。


「ぐわっ!! 」

────きゃぁ!

芝生にしりもちをついて倒れてしまうタクト、その上に見事に覆いかぶさるようにランファが倒れこみ、その右にフォルテが、上にミントが、左にちとせが、その上にヴァニラが倒れこんだ。一気に5人分の女性の体重に加速を含んでのしかかられ、全く持って身動きが取れず、動揺してしまうタクト。

ちなみに、エンジェル隊の体重はトップシークレットだ、どうしても知りたい人はアニメ1期の9話を見ればいいかもね。


「だ、大丈夫ですか!? タクトさん!! それにランファ、ミント、ちとせ、ヴァニラ、フォルテさん!! 」


慌てて駆け寄り、タクトの傍にかがみこむミルフィー。仰向けに倒れているタクトは後頭部を打った可能性があるかもなのだ、エンジェル隊は、覆いかぶさるようにうつ伏せにたおれて、しかもクッション代わりのタクトがあったが。何とかどこうとするものの、長時間の不自然な体制により、うまく足を動かせず苦戦している、彼女たち。なにより体が覆いかぶさりあっていて、混乱していたのもあるが。


「う、う~ん……みんな~早くどいてくれ~」

「どけるものなら!! 」

「とっくの昔に!! 」

「おりていますわ!! 」

「あ、えと、その!……」

「重いですか? 」

「ああ、皆さんタクトさんがつぶれちゃいます~! 」


大変カオスでいつも通りな光景が再現されつつあったが、そこに金属────スチール缶が煉瓦の敷いてある道に落ちて跳ねる音が状況を遮った。その音源となった人物は、この世の終わりを切り抜けたと思ったら、それが絶望の集合体が来る条件で、より深い地獄への片道特急切符を押し付けられたような表情をしていた。
両の目は完全に濁っていながらも驚愕に打ちひしがれていて、右手は、スチール缶を持っていたであろう形のまま保持されているが、逆に左手は力が抜けたのかだらりと下げられている。口は半開きで、呼吸音が聞こえず、意味を成していない。

無音で零れ、広がっていく泥色の液体が、彼の足もとをも侵食しても、彼の体は彫刻のごとく、動く気配を感じさせなかった。


音の下方向に振り返った、この騒ぎの元の7人は、その少年、ラクレットの姿を認めた。

ラクレットの見たものは、尊敬する従兄弟で上官に対して、同じく尊敬する上官で戦友たちが覆いかぶさっており、うち一人は寄り添い腕をからめているといったものだった。
お分かりいただけただろうか、彼の見たものを。



「………………」

「「「「「「「………………」」」」」」」


誰も何もしゃべらない、硬直したまま、きっかり3秒が経過した。
その後ラクレットは何とか息を吹き返したのか、開かれた瞳をやや伏し目と言ったものに変え、乾いたというよりも、漏れてしまった微量の溜息をはき、僅かに口を動かす。
そこから生まれた振動は、こういっているように聞こえた。


「……そう、これが……現実。……わかっていた。格差……認識の不足……思い上がりを、修正しないと、領分を間違えてはいけない」


彼の瞳に涙はなく、ただただ理解した。自分の持つべき領分というものを。そうそれだけだった。そして、そのまま踵を返し立ち去る背中は、なぜかより大きな、一回り成長し大きく見えるそれだった。

とりあえず、エンジェル隊はタクトからどいて、その場に集まっていた理由をタクトにごまかして、それぞれその場を後にした。

ラクレットのことは、次の日に顔を合わせたときには、ほとんど変わりがなかったので、特にこのことには触れなかった。なにせいつも通りに挨拶して、いつも通りに丁寧な口調で雑談し、共に紅茶と菓子を楽しんだのだから。これと言った距離感はなく、エンジェル隊側が拍子抜けしたくらいだ。



そして、レナ星系の目的の地点につくまで、ラクレットはほとんどをカトフェルの指導のもと過ごすことになる。それにより、戦艦のクルーと妙な一体感ができていくのは、きっと彼が人間として成長したからであろう。


斯くして、『エルシオール』は問題の場所に到着する。強奪船団の本拠地であり
宇宙クジラの感知した、謎の電波の発生源に────



銀河を巻き込む壮大な戦の火蓋が、間もなく切って落とされる




そのことを知る人物は────









[19683] 第10話 遭遇
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/03 17:08



第10話 遭遇




そこは、真紅が支配する、幻想のような世界。しかし幻想とは真逆、高度な科学により統制された空間だ。そんな場所で眠り続けていた少女は、しばらく前に目を覚ましている。彼女の使命を果たすには、覚醒する必要があるからだ。


「で、いい加減あんたの話に移るわ。あんた何者よ?」

「俺か、そうだな、科学者だ」

「……良いわ、科学者なのは納得よ、知識もあるみたいだし。でもね、なんでこの『黒き月』のコアの中にいて、そして一部の機能を使えるのよ? 」


少女の疑問はもっともだ。『クロノブレイクキャノン』により粉々になった『黒き月』だが、幸いにしてコアの部分は無事だった。そのコアを何者かが回収し、機能の一部を取り出し、利用し始める。当然それに気づいた彼女はそれを止めるべくプログラムの切り離しを行おうと意識を覚醒させて、対応を始めようとすのだが、なぜかコアの内部、管理者である自分しかいない空間に、少年と青年の合間のような男がいたのだ。
管理者の少女と同様に身体を完全にデータ化した状態で、彼女の覚醒をキーに設定していたのか、すぐに目を覚まし、当然のごとく彼女の手伝いを始めた。そもそも通常の人間ならばアクセスすらできないようなコア内部で、『黒き月』の機能を使用して切り離し準備をするという、それこそ自分以外ならばインターフェイスにしかできないであろう行動を彼は息をするかの如くやってのけた。



「そーだなー……詳しいことは自分でもわかってないのだが、俺はロストテクノロジーを解析し、理解し、運用することができる。そういったESPがある」

「特殊能力保持者? にしたって都合よすぎよ、そんなことあるわけが……」

「子供でも科学者だろ、観測した現象を否定するなよ」


しれっとそういう男に対して少々のいら立ちを覚えるものの正論の一つではあるので、不満を飲み込む。実際彼のおかげで、兵器の大量生産システムや『黒き月』制の紋章機『ダークエンジェル』の設計図は守れたのだ。結局本体から切り離す羽目にはなったが、これにより敵は強力な一部のデータを回収し損ねているのだ。ざまぁみろである。


「まあいいわ。そういうことにしておいてあげる」

「そうしてくれると大変助かる。まあ俺がこうしている理由は君なんだがな」

「私? 」

「ああ、君の姿を一目見たときからね、君と話してみたいと思っていたんだ」

「っな、なに言ってんのよあんた!! 」


男からすれば、超文明のテクノロジーの中心で眠っている少女に科学的な興味を持ったことから始まった関心であるのだが、一般的にそのように聞こえないから困る。まあ実際今は両方の意味を孕んでいるが。


「は、話を戻すわ!! あんたこれからどーするのよ」

「通信ログに入っていたんだが、『弟に合わせろ』らしい」

「あれ言語だったのね……ますます興味が沸いたわ……あんたの話聞かせない、今は暇なんだし」

「了解だ」






『エルシオール』は現在敵の本拠地とされる、『レナ星系 資源衛星レミナス』に到達した。そこはすでに採掘が粗方終わってしまい、専用の機械を使い惑星の本当に奥底から、掘り出してくる必要がある。しかし先の大戦でその機械が壊せれてしまっており、復旧作業に追われ放置されていた場所だ。
例の通信もそこからとされ、謎の艦隊(今ではレゾム率いる新・正統トランスバール皇国軍と判明されているが)の目撃証言から見るに、この近辺が本拠地と視られている。


「う~む、どーだろーね? 」

「さあな、だが油断だけはするなよ」

「解ってるって、『クロノブレイクキャノン』まで積んでるんだ、大丈夫だとは思うけどね」


現在『エルシオール』は、前回の大戦で『黒き月』を葬った最強武装、砲身が200m以上ある主砲『クロノブレイクキャノン』を搭載している。これがあれば、大抵のものは撃ちぬけるからか、タクトの顔に緊張は見てとれなかった。


「ザーブ戦艦副長カトフェル少佐から通信です」

「繋いでくれ」


と、そこへ護衛も兼ねている戦艦から通信が入る。この護衛艦団の戦艦では艦長兼司令が大変老齢のため、椅子にどっしりと座り、権限の多くを優秀な副官のカトフェルに委ねている。それでもそれこそ、ルフト宰相よりも軍歴の長い艦長は伝説の男としてクルーからは畏敬の念で見られている。


「こちら、カトフェル『エルシオール』、衛星の上部を探ってくれないか? あそこがきな臭い」

「了解した、アルモ」


レスターの指示で、皇国で最も優秀なレーダーやソナーを搭載した『エルシオール』の探査機器をアルモは動かした。数秒で映像がメインスクリーンに出る。そこに移されたのは






「ば、馬鹿な」

「そんな……」

「あれは……まさか!! 」

「『黒き月』……だと」


そこにあったのは、前回の大戦で破壊したはずの敵の超兵器『黒き月』だった。しかし、サイズがかなり小さくなっており、衛星に寄生するかのような形で表面だけを露出させていた。


「フッハーハハハハァ!! 」

「レゾム!! 」


馬鹿っぽい叫び声とともに、すでに見慣れた男が出てきた。何時ものような馬鹿笑いをしつつ大口を開けている彼の後ろには、ネフューリアがいない。おそらく本拠地だからか、本拠地にいるのだろう。


「『エルシオール』よ、貴様らの命運もここまでだ、わが手にはこの『黒き月』がある!! これがあれば無敵!! 何人たりともこれを倒すことはできない!! 」

────ん?

なにか、良くわからないことをほざいているレゾムに対して、レスターとタクトは顔を見合わせる。


「なあ、レゾムもしかしてお前知らないのか? 」

「な、なんのことだ!? 」

「『黒き月』を持っているエオニアが何で負けたんだ? 」

「え? 」


レゾムの反応に、やっぱりか~と言った具合に肩をすくめて大げさにジェスチャーを返して、焦らずじっくりタクトは返した。


「その『黒き月』を壊したのは、今『エルシオール』についている主砲『クロノブレイクキャノン』さ」

「つまり、その『黒き月』は攻略済み、加えてその材料はここにある」


丁寧に補足するレスター、彼の態度もやや皮肉気だ。まあそれはいつもの事ではあるのだが。


「っく、くそ――!! えーい!! 全軍突撃━!! 『エルシオール』を撃て!! 」

「あー、じゃあこっちもお仕事の時間か……」


通信が切れて、戦闘前特有の緊張感がブリッジに走る。
敵の頭は相変わらずだが、ココは敵の本拠地。しかも隙を見て主砲を撃ち込まない限り敵は大量の戦艦を製造できる、長期戦は避ける必要がある。


「それじゃあ、総員戦闘開始、『エルシオール』防衛は、護衛戦艦とラクレットに任せる。エンジェル隊は『エルシオール』が主砲を撃てる位置に行けるように敵を薙ぎ払ってくれ!! 」

────了解!!

「了解した」

「了解だ」

「了解!! 」


敵にはばれていないが、『エルシオール』にはシヴァ陛下が乗っている。別にばらしてレゾムを委縮させる手もあったが、レゾムはやけっぱちになって気にしない可能性もある。というより自分こそが皇国の支配者にふさわしいとおこがましいにも程があることを割と本気で考えている節があるので、存在は秘匿することにしたのだ。
まあともかく、『エルシオール』の安全には細心の注意を払う必要がある。故に味方の護衛戦艦は文字通り護衛に使う。敵の巡洋艦以下の速度を持つ艦は応戦してもらい、それより早いのはラクレットが足止めする。修行の成果である。



敵の数は膨大であったが、すでに敵のデータは出揃っているし、此方は銀河最強エンジェル隊に、最新鋭戦艦3隻と戦力の面では十分。そしてなにより今回敵の指揮を執っているのはレゾムだ。お世辞にも名将と言える人物ではない。即ち油断さえしなければ勝てる。


案の定、エンジェル隊は近寄る敵を見事に薙ぎ払い、道を作り。戦艦は敵を確実に仕留めて行き。敵増援の戦闘機も『シャープシューター』が狙撃するまでラクレット一人で足止めすることに成功し、『エルシオール』は無事重点を完了させて、発射可能位置に到達した。


「『クロノブレイクキャノン』発射!! 」


そして迷わずに撃つタクト、迷えば相手に付け入る隙を与えてしまうのだから当然である。爆炎に包まれ輝く『黒き月』の露出した部分が煙に覆われ見えなくなる。そんな中からも破片と思わしきものが煙のそとに散らばってゆき、爆発し四散したことがわかる。

だが、タクトたちの表情が緩んだその瞬間、そいつは現れた。






「出てきたわ、タイミングを見誤らないように」

「わかっている、おそらく一戦交えるだろうからそれからだ」

それをデブリの陰で観察する紅の輝きを放つコアがあることを誰も知らなかった。





煙が晴れ 現れたそれは、トランスバール皇国人の常識の範疇外なものだった。全長何十kmかわからないような巨大な戦艦なんて、それこそファンタジーかSFだ。しかし、それが目の前にある


「御機嫌よう『エルシオール』諸君、どうかしらこの『オ・ガウブ』の姿は? 」

「────っく!! ネフューリア!」


左右対称の超巨大戦艦、それが『オ・ガウブ』だった。『黒き月』の超テクノロジーを持って作られたそれは、黒き月の生産能力をほとんど保持しており、加えてあの大きさの不であり戦闘能力も高い、そして何より間に緩衝剤おして黒き月と地表があったとはいえ、星すら貫きそうな『クロノブレイクキャノン』をくらっても壊れていないのだ……


「おい、どうするタクト!! 」

「……とりあえず、もう一発クロノブレイクキャノンを当てるしかない!! 」


タクトはそういう事しかできなかった。司令官である彼が、『クロノブレイクキャノン』でも敵のシールドを貫き、傷をつけられるかわからないのだが、それでも彼が不安な顔をしていたら一瞬でそれは伝染するのだから。


「マイヤーズ司令、こちらカトフェルだ、一戦交えてデータを取るのも軍人の仕事だ、そちらの判断を優先しよう」

「そうですね、それじゃあ防御重視で充填まで耐えきりましょう」


そうタクトが提案すると、直ぐに相手側からデータが送られてくる。
開いてみると座標が記された地図だった。


「いや、今のポイントでも打てるがF68E3に行けば万一の場合クロノドライブで逃げるのも容易い」

「そうですね。タクト、俺からもそう提案する」

「二人がそういうならば、それが最善だな、進路をF68E3へ!! 『クロノブレイクキャノン』充填急げ」


タクトがそう指示すると、あわただしい空気がさらに動き出してゆく。そもそも余裕なんてないのだ。
この場所は敵の本拠地、どこに伏兵がいてもおかしくはない、そんな場所だ。


「エンジェル隊、引き続き防衛頼む!! ラクレット、君は護衛戦艦の手伝いを!! 」

────了解!

そうやって決意していると通信ウィンドウが開きレゾムが馬鹿笑いして、澄ました顔をしているネフューリアに対して話しかけている。とりあえず見守る面々、だが二人のあまりにも開きある温度差に不穏な空気を感じる。


「フハハハハ!! いいぞ、ネフューリア!! 『エルシオール』をって!! なぜだー!! なぜ吾輩まで攻撃する!! 」

「あら? どうやら勘違いしているようだけど? 」



その瞬間、ネフューリアの顔が獰猛な猛禽類のそれへと変貌する、そして


「な、なんだ!!その顔は!! 」

「クク、愚かな人間ども、私の指示で動いてくれたが、もう用済み……消えなさい!! 」


腕、足、顔と露出されている皮膚の表面に赤いラインが走る、そうそれは人間にはあり得ない状態だ。さすれば、彼女は人間ではないのであろう。


「私はヴァル・ファスク、この銀河の支配者よ」

その言葉の意味の重さを彼らはまだ知らなかった。



[19683] 第11話 敗走
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/03 18:00


第11話 敗走


「ヴァル・ファスク? なんだそれは!! 良いから攻撃をやめんか!! 」

「レゾム閣下、貴方は非常に優秀な────駒でしたわ」



ウェーブのかかった黒髪を右手で払い、支配者としての冷酷な表情を見せる彼女からは、人間味という暖かさがまるで感じられなかった。それが先の人間ではないという発言をより信憑性を高めているような気がして、タクトはごくりと唾を飲み込む。ねばねばとべたつき中々喉の奥へと落ちていかないそれが、気にならないくらい掌は汗でびっしょりだ。


「っく、う、うわあああああああああああああああああ!!! 」


そして、その言葉と共にレゾムの乗る旗艦が爆散し、消え去ったのだ。そのあまりに衝撃的な光景に、彼らは声を出すことができなかった。映像自体のインパクトもあるが、なによりもその非情な行動が、人間の理性と感情に挟まれている不安定な存在ができることなのか? そんな疑問が先の人間ではないという発言の信憑性を高めている気がした。

もちろん、現在だって、『クロノブレイクキャノン』の充填率は順調に上昇中で、目標ポイントの一歩手前に到達だってしている。今の会話の間も、此方にとっては有利なことに時間が経過しているのだから。それでも彼らの背中には嫌な予感と未知のモノへの恐怖からくる悪寒がのしかかっていた。

そんな中、ここで意外な人物が動く


「おい!! ネフューリア!! 」

「あら? 貴方はラクレット・ヴァルターね」


ラクレットだ、なぜか彼は、いきなり彼女に話しかけたのである。もちろん理由はある。相手がヴァル・ファスクと言った意味を真の意味で理解しているのはこの場で彼しかいない。当然のことだが。そして彼は戦闘中の間無駄に良く回る頭で判断した。

敵は完全な合理主義で、理性で動くタイプの女だ。そんな彼女はまず自分の予想を立てて、それに沿って動こうとするであろう。故に彼女のことだ、自分が正体を明かしたならば、敵がどのような反応を返してくるかなどは、完全に予想済みだ。

それは恐らくタクト・マイヤーズの反応を想定していると同義であろう。なぜならばこういった状況の時、敵の真理を揺さぶり、情報を聞き出そうとするのは、彼の真の姿を知っている人物からすれば予想することはそう困難なことではない。

ならば、いかにタクトを動揺させることを目的とした会話を組んでいるはず。そうさせないためには、今ここで自分が暴発したことにすれば良い。タクトに次いでエンジェル隊全員から質問にされることもきっと予想に入っているであろうが、公の場では自分から通信の発言をすることの少ない彼自身が話しかけて来る事をよんでいる可能性は低いと考えたからだ。


「ヴァル・ファスクとかいったな!! その体を光らせる能力は感情が高ぶると使えるのかよ? 」

「あら、どうしてかしら? 」

「普通、ウザったい上官を殺したら、心躍るだろうからな!! 」

「あら、あなた案外過激ね、でもそういう訳じゃないわ。貴方も知っているでしょう? 」


しかし、予想が外れてラクレットは、敵の視線が完全に自分に向いていることを感じた。どうやらこちらを観察して分析しているようだが、どうも自分の想定とは違うのだ。彼は、自分が相手にそこまで大きく見られているとは思ってもいない。エンジェル隊と同程度だろうと客観的に考えている。

故に、観察か、分析が中心となり興味と言うものは薄いと考えていたのだ。しかしどうやら彼の自分の敵からの視線に鋭い分析……ようは直感では、怒りのような羨望のような、そう行ったよくわからない感情と、結構な興味の視線を向けられていると感じたのだ。


「私は最初から、あんな突撃猪に敬う気持ちなどは持っていないわ。私は銀河の支配者ヴァル・ファスクの先兵であり、『黒き月』を利用してこのオ・ガウブを作らしてもらったわ」

「へー、いきなり現れて支配者ね、その先兵さんは随分自信過剰みたいだね」


と、ここでタクトがバトンタッチする。ラクレットが繋いだ会話の糸口を手繰り寄せる為だ。彼はラクレットの考えをすぐさま理解し、絶妙なタイミングで割り込んできた。あと少しで充填が完了するのだ。それまで相手の攻撃を遅延させるのが目標だ。


「あら? 確かに私は自信家で有るけど、過剰だと思ったことはないわ。貴方たちが貯めているそのご自慢の武器で試してみる? 」

「ああ、試させてもらうよ」


そして、程なくして充填が完了し、まばゆい光が主砲に集まる巨大な星すら貫く威力を持つ、『クロノブレイクキャノン』の充填がMAXとなったのだ。


「『クロノブレイクキャノン』発射!! 」


放たれた主砲が、敵艦のシールドで、止められ鍔迫り合いのようにギリギリと押し合う。ただでさえ眩しい光線が、一層強く輝き何も見えなくなるような強烈な光でモニターが満たされる。思わずタクトたちは目をつむった。そして光が晴れ、目を開けたときそこには




「フフ……まだわからないのかしら? この『オ・ガウブ』に傷をつけることなんて、貴方達にはできないのよ!! 」


傷一つ受けてないどころか、シールドすら破れていない。万全の敵艦の姿がそこにあった。そう全くダメージを与えることができなかったのである。これは通常ならばありえないことだ。
なぜならば艦のエネルギーは有限であり、当然攻撃を受けたらシールドは減衰する。加えて、強力な攻撃ならば、シールドがあってもそれを突破して損傷を与えることができる。
そう、全くの無傷と言う状況が起こりえるはずないのだ、少なくとも彼らの知る常識の範疇内では。
仮にクロノブレイクキャノンの一撃を一切問題なく単純なシールド出力で受けるとすれば、シールドの性質上展開する空間も途方も無くなる。常時展開されているシールドの規模でおおよその耐久力がわかるのは常識だ。そして、クロノブレイクキャノンを余裕をもって受け切るシールドならば大雑把な計算でトランバール皇国の支配領域の100倍は広い必要がある。要するにシールドに何かしらの仕掛けがあるか、彼らの知らない技術があるかという事である。


「ば……馬鹿な……」

「クロノブレイクキャノンをくらって……無傷だと……」


呆然自失とする、タクトとレスター仕方がないことではあるが、ここでして良い行為ではないのは明らかだ。幸いなのは、敵はどうやらまだ本格的にこちらに攻撃を仕掛けようとする意思がないことだが


「さて、どう料理してあげようかしら? 」


獲物の前で舌なめずりをする狩人は三流と言うが、ここまで実力に開きがあれば、一概にそうとは言えないだろう。しかし、その隙を見極め生かすことができなければ、窮鼠でも猫を噛むことができない


「『エルシオール』聞こえるか? 至急この場を退避しろ。クロノドライブまでの時間は我々が稼ぐ」


そして、秘匿回線でそう繋いできたカトフェル少佐は見事な窮鼠であろう。彼等の戦艦の任務はシヴァ陛下の護衛だ。皇国軍人として、自らに課せられた任務をこなせないのは、許されないことだ。例えそれが、どんなに絶望的なまでの死への一本道だったとしてもだ
それを拒否する権利などない、なぜならば彼らの仕事はこういったときに命を張ること────戦艦のクルー全員がそれを理解し実行しようとしているのだ。


「そんな!! 何を馬鹿なことをいってるのだ!! 」


しかし、そんなことを女皇陛下が赦すわけがない。彼女は自分のせいで誰かが犠牲になることを最も嫌う高潔な皇だ。しかしまだ彼女には皇としての、命の計算をするには幼すぎる。いくら優秀でもそればかりは無理であろう。
理想論を掲げる彼女だからこそ、許すことのできない犠牲というのは絶対にあるのだ。


「女皇陛下、ここは我らに課された使命を全うすべき所、今優先すべきは、生き残り本星まで戻り策を得ることです!! 」

「────ック!! 」


本気の気迫に触れ、一瞬たじろいでしまうシヴァ。それは即ち同意したという事と等しいであろう。彼女の胸中には推し量ることのできないような、ドロドロでぐちゃぐちゃな感情が入り混じり、混沌であった。
自分の愛する臣民を、自分の生きるために殺さねばならない。そんなもの、10歳の少女が背負いきれるようなものではないのだ。


「マイヤーズ司令、皇国を陛下を頼みます」

「……ああ、わかった」

「……ココ、アルモこれより『エルシオール』はクロノドライブ可能な7時方向のポイントに向かう」


タクトは、皇国を守ろうと命を張る男たちの意志を、その一身に背負う決意を心に深く刻みつける。この悔しさ、理不尽さを忘れないように。敵の兵器の性能差と言う理由だけで、命で時間を換金しなければいけないのだから。


「カトフェル少佐ァ!!」

「ふん、ヴァルター少尉、戦場で取り乱すな!! 貴様は貴様のできる仕事をしろ!! 」


最後の教えとばかりにラクレットに喝を入れるカトフェル、その表情には教え子に対する愛が確かにあった。そう、ラクレットも分かっているのだ、自分自身のできることをすべきだと。


「少佐!! どうして!! どうして貴方たちが!! こんなことをしなければいけないんだよ!! 」

「少尉、それが軍人の義務と言うものだ」


しかしそれと感情は別。まだスイッチの入ってない彼には割り切ることなど到底できるはずもない。
子供をなだめるようにそう言うと、帽子をかぶり直し、彼はよく通る鋭い声で指示を出す。


「本艦および全護衛艦はこれより、敵旗艦『オ・ガウブ』に突撃する。作戦目標は『エルシオール』のクロノドライブまでの時間を作ることだ。総員我らに続け!! 」


────────了解ッ!!!


割れんばかりに唱和する男共の声と共に、三隻の艦は前進を開始する。たった三隻だ。三隻の全長を合わせても敵の大きさの半分のそのまた半分にも満たない。その上敵の戦力は圧倒的な防御力こそ判明しているものの、それ以外は全く未知数の敵だ。それでも彼らは行かねばならない、それが彼らの誇りなのだから。



しかし運命の神様と言うものはあまりにも残酷だった。護衛艦に背を向けて進み始めた『エルシオール』および紋章機と戦闘機。しかしそれを敵は待っていたのだ。そう、距離が空くのを────


「さあ、今から見せてあげるわ、『オ・ガウブ』の真の力を!! 」


そう彼女が叫ぶと同時に、敵から一瞬光のようなものが発生し、その瞬間に異変が起こった。敵旗艦に接近し続けていた、護衛艦隊の『クロノストリングエンジン』が停止したのだ。次の瞬間には『エルシオール』と周りの7機も同じように停止してしまう。ネガティブクロノフィールド。彼女が最優先で黒き月から接収した技術の一つだ。
そう、彼女が余裕ぶって待っていたのは舌なめずりではない。罠を仕掛けていたのだ。
噛みに来る鼠の抵抗すら許さない無慈悲な罠を。獲物の窮鼠が自らの咢の中に飛び込んでくるのを。


「さあ、目と耳は生かされて、身動きは取れない状況でおびえながら沈んでいきなさい!! 」


そして、内蔵されていたミサイル艦や、高速巡洋艦などの艦が高速で接近してくる。
そう奇しくもファーゴと似たような状況になってしまった。


「────なぶり殺しの時間よ!」


もちろん、『エルシオール』だって、この状況を指をくわえてみていたわけではない。


「っくそ━!!動け!! 動けよ!!! 少佐が!! 皆が!! うわああああああああああ!! 」

「ラクレット落ち着け!! エンジェル隊のみんな!! 翼だ! 翼を出して無効化するんだ!! 」


そう、彼女たちにはまだ抵抗手段がある。可能性は低いがそれを起動すればあるいは『助かる』事が可能なのかもしれない。


「仲間が稼いでくれた時間を無駄にするなんてできませんわ!! 」

「ああ、もちろんさ!! 」

「やってやるわ!! 」


しかし、以外にもそこに手を伸ばすものが現れる。


────逃げるわよ! 急ぎなさい!!

「!! この声は!! あの通信!? 」


そう、この宙域化発せられていた謎の声が聞こえてきたのだ。その発信源は『エルシオール』の真上


「『エルシオール』情報部に何らかの物体を確認!! 」

────NegativeChronoFierldCanceller起動!! これでこの周囲2kmでクロノストリングは動くようになるわ!!


訳も分からないうちに、どんどん状況は進むが、その言葉の直後システムが復旧する。『エルシオール』の周りを浮かぶ紅の宝玉のような物体の力であることは推測に容易い。


「っく! 今は逃げるしかないのか!? 」


その疑問答えるかのように声がまた響く、しかし


────いいから早く来い!!


宝玉から発せられたその声は、先程の少女の声とは違うものだった。その瞬間ラクレットの動きが一瞬ぴたりと止まった。しかし周囲の人間はそんなことに気を書ける余裕もなく、急かされるように、『エルシオール』はクロノストリングにエネルギーを送る。
そう、彼らはもう後方の三隻を救うすべなどない、囮として残ってもらうしか、有効に活用する道はない。ならば彼らの命を最大限有効に活用するしかないのだ。


「皆!! クロノドライブで退却だ!! 」


その言葉と共に1隻と7機そして一個は異空間へと消えた。


不沈艦エルシオールの敗走である。



[19683] 第12話 解説による相互理解
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/04 00:36





第12話 解説による相互理解



タクトたちがなんとか、戦闘宙域から脱出した後、クルーの表情は晴れなかった。結局のところ、護衛戦艦は役割を果たしたのだが、それでも囮にして逃げざるを得ない状況になってしまったのだから。
しかも今回の敵はどうやら人間ではない、別の生命体のようだという事実も彼らの心に重くのしかかっている。これはタクトの『みんなを信じているからこそ俺はみんなから信じてもらえる』といった方針による、戦闘時の通信の公開による弊害であろう。こういった重苦しい空気が少しずつ艦内に蔓延してきていた。

それとは別に、『エルシオール』首脳部にはすべきことがある。彼らは先ほど敵の不思議なフィールドを解除させ、なおかつ自分たちをここまで導いた存在である、紅い宝玉のような何かの部品を回収し終わったのだ。
その中にはおそらく敵について自分たちよりも見識の深い人物がいる。その人物の協力さえ得られれば、この状況を打破できるかもしれないと考えたタクトは、危険もあるから控えるべきではというレスターの進言を柔らかに否定して、一先ず『白き月』に状況を伝えるように指示を出して倉庫に向かっていた。


同様に現在の戦闘で、戦略的目標を破壊できなかったエンジェル隊の表情は晴れない。しかしながら、彼女たちはそれを表に出さないでいた。先ほど護衛戦艦を置き去りにしなければいけないという事態から、取り乱していたラクレットの様子がおかしい。確かにあの戦艦のクルーと彼は信頼関係を築いてきた。この短い期間の間にある種の連帯感と共感を覚えることができたのである。

それは決して悪いことではない、しかしそれを引きずり続けるというのは良いことではない。故に取り乱していた彼の様子が変わったのがいい傾向ではあるのだが、彼が思いつめられた時に見せるどこまでも冷徹で無表情が今も彼女たちの目の前にあるのだ。
そう、彼の表情が凍りついたのは、謎の紅の物質による『エルシオール』を導く通信が入ってからだ。
その声は若い男の声で少年から青年になる合間の色気を感じさせていたのだが、別にそれが何というわけでもないであろう。エンジェル隊は、なかなか出てこないラクレットを、『エタニティーソード』の下で待っていた。
しばらくすると、搭乗時は欠かさず携帯している愛剣を持たずに彼は降りてきた。それがどういった意味を持っているのかはわからなかったが、ともかく今は先ほどの紅の物質が気にかかるので、先を急ぐことにした

格納庫ではなく、倉庫にそれは収納されている。大きさはそれなりのものだ、荷物コンテナ1つ半くらいの高さがある。よく見ると結構な透明度を持っているようでいて、実際は輝いているだけという全く以て見たことのない材質でできており、一部関係者以外は倉庫に入れないでいる。この場に今いるのは、エンジェル隊、タクト、ラクレット、シヴァ女皇のみだ。


「エンジェル隊、戦闘機部隊集合したよ」

「ああ……把握したよフォルテ」


フォルテのその言葉に返事する間も、タクトはそれから目を離さずにいた。するとそれを待っていたかのように、宝石のようなそれが一瞬強く輝く。思わず目を手で覆うのだが、なぜか眩しさというものを感じないその光に戸惑う。そして光がやむとそこには、一組の男女が立っていた。少女の身の丈は小さく10かそこらの子供の様だ、そして、その姿は見の覚えがあるそれだった。男の方は、20前後くらいで、背はやや低め、白衣を着て眼鏡をかけている美少年と美青年の合間のそれだった。


「で、『白き月』の管理者はどこ? 時間が無いの早くして」

「は? 」


名前を名乗る時間も、自分達を説明する時間も詰問する時間もないまま、いきなり少女の方が話し始める。


「まず、男ではないから、そこの二人は論外ね」

「そうだな、だが声に出すのはどうかと思うぞ、もっと言うと今この場に彼女はいない……この艦に『白き月』の管理者はいるか? 君たちでいうところのシャトヤーン様だ」

「すまない……まず先に君たちが何か説明してくれないか? 」


もっともな疑問を投げかけるタクト、それに対してあからさまに不機嫌そうな顔になる少女と、皮肉気に笑う眼鏡の男。しかし、男の方は話が分かるのか、すぐにでも反論しそうな少女の口に左手を翳し押し止めて、一歩前に出る。


「そうだな、ここで10分使い相互理解に努めた方が、この後の話も早く進む。まずこの少女だが……」

「ノアよ、『黒き月』の管理者、早く『白き月』の管理者を出しなさい」

「おっと! 質問はこっちが名乗り終わってからにしてくれ、きりがない」


少女────ノアのその発言のタイミングで、数人が息をのんだ。詰問しようと一歩前に出たが、その勢いを上手くいなされてしまった。眼鏡の男はそのままラクレットの方を見据えながら、口を開いた。


「俺の名前は、カマンベール……今は『黒き月』の研究をしているが、それまで何をしていたかは、そこのそいつがよく知っているはずだ」


右手を前に伸ばし、ラクレットを指さすカマンベール。全員の視線がラクレットに集まる。ラクレットは既に完全に冷え切っている頭を起動させる。先の護衛戦艦のカトフェル達の犠牲による動揺など欠片も見えない、そんな異常性も周りの人間からすれば些細なこと、今のカマンベールの発言の方が注目されている。


「ええ、お久しぶりです兄さん、お変わりないようで何より、それと任務ご苦労様です」

「……ああ。久しぶりだな、弟よ」


きっちり30度頭を下げて、機械のように精密な動作で戻るラクレット。それに対して、受け取るものがあったのか、一瞬で何かを思考しラクレットに合わせるように答える。演劇の芹生合わせのような違和感があったが、誰もそんな事より発言の意味について頭を巡らせていた。


「おいおい……どういうことだい?」

「兄さんって……アンタまさか!! 」

「ええ、彼は僕の兄です、下の。3人兄弟ですから」


瞬時に驚きの波がそこから広がっていく。彼のそのあまりにも平坦な態度にも疑問を抱かずに、その事実だけを見ての反応だ。まあ無理もないであろう。なぜならば、自分たちにとって全く訳の分からない存在が実は、ラクレットの兄だったのだから。それこそ実は
他文明に属する人類だといわれても納得できるような存在だったのだから。


「で、なんか長くなりそうだから先に聞きたいのだけど、ここに『白き月』の管理者はいないのね? 」

「シャトヤーン様は、現在『白き月』にいる、故に私が直々に「あーはいはい、いないのが分かればそれでいいわ。カマンベール相互理解とやらを深めていて頂戴、私は策を考えているから」


シヴァ女皇がそう説明しようとすれば、即座に彼女は割り込んで言いたいだけ言うと、そのまま紅のコアの中に戻っていった。自分の話を遮られるという経験があまりない彼女にとっては、ショックだったのか呆然としていた。


「あー、はいはい。わかったよ、とりあえず、何から話すべきか……」


カマンベールはマイペースなノアに慣れているのか、直ぐに話し始めようとする。とにかく疑問や疑念、そして陰謀から疑心さらに自分勝手な行動と、大変場が混沌としてくる。そして、その場を打ち破ったのは以外にもラクレットだった。


「皆さん、手短に説明します。この男性、カマンベール・ヴァルターは私の兄です。前皇王陛下の命により、エオニアについて行き、廃太子の動向を観察していたそうです。先の少女ノアは、おそらく『黒き月』の管理者でしょう」

「なっ!! ……それはいったいどういう事だ!? 」

「それを今から説明しましょう、まずは私の兄について」


詰問を受けても表情すら変えない彼の異常性にようやく、周りの数人が気づくが、ラクレットの表情はひたすら無を映し出している。そして彼は語りだす。
兄によって書かれた架空の真実を────




先代の皇王が出資する研究所の研究員をエオニアの元に送り込んだ。

この事実を知っている人物は少ない、しかし歴史上そういった事実があったことになっている。後世の歴史家もそう信じて疑っていないのだ。

まず、世紀の科学者カマンベール・ヴァルターは元々兵器開発の研究をしていた。当時、そういった力を欲していたエオニアが接触するのは時間の問題と思われた。この時皇王は、先手を打つことにした。そう、カマンベール・ヴァルターを秘密裏に抱き込んだのだ。

事実、エオニアは後に反乱を起こしてすぐに鎮圧された。その際に、対外的にエオニアについて行ってもおかしくなさそうな彼を送り込み、エオニアの惑星外でロストテクノロジーなどを入手した際の抑止力、要するに埋伏の計をかけたのである。何らかのアクションを起こさせないように、妨害をするわけだ。カマンベールが直前に休暇を取っていたのは、ジーダマイヤのリークしていた情報により、クーデターの起こる間に命令を受けて準備をしていたためだ。

もちろんこれは極秘裏にである。ジーダマイヤなどと言った軍の人間は到底知りえることではない、政府の最重要機密。カマンベールと皇王の関係はごく一部、一握りの人間しか知りえない事であった。もちろん、エオニアが出立したのち、政府の最重要機密から、機密に格下げし、信頼できる軍の高官や貴族も知りえる事とし、皇王の策謀を対外的にアピールするつもりであった。

しかしながら、ここで誤算が発生する。彼の顔がテレビ局のゲリラ的な取材により発覚してしまったのだ。そのため、この計画を表にした場合、寄付金を受けた皇王が後付で取り繕ったように見えてしまう。これは、策としては下策だ。故に、この策は表にせずに、そのまま皇王とその周りの一部だけが知りうることとなった。



「この直属の命令は、その際にもらったものです。まだ幼かった僕は、このことを知りませんでした。ですが万が一生存していた場合に、社会的な信用のある立場の僕がこの指令書を提示すればよいと、長兄がもしこのような事態になった場合渡すようにと……」


そういって、ラクレットは、皇王の直筆によるサインが入った命令書を提示した。これは偽装されたものではなく本物であることが一目瞭然であるもので、彼の発言の信憑性を高めている。


「そ、そんなことが……なるほど、父上の策略か……」

「ええ、勅命をうけた俺は、エオニアの下で働いていた。だが、『黒き月』を発見して、その制御を得るためのインターフェイスを味方に付けたエオニアは、俺を幽閉した」

「そして、決戦時、エオニアが死に、拘束が弱まった時に、『黒き月』のコアにたどり着き、そこに身を隠していたのか……」


そう、筋道は通っている。この皇王の勅命を示す書類が、圧倒的な効力を持ちこの筋書きを後押ししている。そう、女皇であるシヴァも納得してしまう程だ。前王がエオニアへの抑止力に部下に監視役を紛れ込ませるのも、優秀であるからそれを感づきつつも登用していたエオニアがいるのも、黒き月を見つけたエオニアがもう用済みだと黒き月に幽閉し研究成果を上げないと命はないと生殺与奪を握るのも、全て違和感のあるものだが、納得できない話ではない。



もちろん上は架空の事実、歴史の教科書に載っている虚構だ。

当然ながら、カマンベールは自分の意志で着いて行っている。エオニアに拘束されていたのではなく、自分から『黒き月』に入って出てこなかった。

しかし、彼らは信じた皇王の勅命は、それだけの価値がある。

それを偽造するなど、偽造できるなどありえないからだ。そう、シヴァは自分自身が清く正しい皇であるからこそ、そういった発想に持って行けなかった。もちろん勅命事態は本物だ。しかし、それ自体が本当に皇王が考え、出したものなのかは別である。


歴史の闇に消え去った真実はこうである

皇国や白き月よりも、強力な兵器を開発しようとしているように見えたカマンベールの思想は、やや危険だったために追放する名分がほしかっただけであったのだ。そのため、エオニア追放に合わせて危険思想を持つ民間人という事で何らかの罪で拘束する予定だった。その当時彼は16歳だが、皇国の刑罰は15から適応されるのだ。

しかし、彼が自らエオニアについていくという事となったために、カマンベールにはそういった罪が適応されなかった。そう、それだけ。皇王など一切関与していない。しかし、それならばなぜ勅命などが残っているのか、それは簡単だ

当時、カマンベールの一連の騒動の際に、本星へとエメンタールがわざわざ、父親についっていった理由がそれなのだ。そう、彼は勅命を偽造したのだ。厳密には大量の寄付により、貴族の高官の一部を通して、そういった命令を出させたのだ。

『カマンベール・ヴァルターは皇王の命令で、国外に追放されるエオニアへの毒として同行する予定だった』

という事実に塗り替えるために。



『うむ委細承知したぞ。しかし、なぜわざわざこのようなことを? 』

『弟がせめて、反逆者にならないようにですよ……兄からできるせめてもの手向けです』

『そうか……皇王陛下には私から通しておこう、なに丁度ほとぼりを冷ますまで隠居する星がほしかったのだからな』

『ありがとうございます』


とまぁ、こんな感じだ。
当時の皇王は大変な好色家として有名であった。加えて無理やりその座についたため市民からの評価も支持も人気も低い。そのため自分を支援する貴族には大変甘い。他にも金を持っている商会や組合も献金すれば甘い汁が吸えたという状況でった。

そういった綻びをうまくついてやれば、多少の政治的な力学は動く。なんせもう会うこともないであろう、実質死刑と同じような扱いを受けた人物のバックストーリーを変更するだけ。そう、言うならばすでに焼却された死体の死因を大量出血から、心臓麻痺に書類上で書き変えるようなものだ。

これは兄が、万が一カマンベールが戻ってきた場合、自分の手足として動かすために、手綱をかけるために仕組んだ恩。エオニアの思想に染まっていても、エオニアと共に死んでも、『黒き月』と共に砕け散っても成り立たない、お遊びのような策。だから、読めない。優秀な思考回路を持っている人間は、それをまず否定してしまう。

策として成り立っていない、この戯れに過ぎない行動があったなんて、想像の範疇外。完璧な未来予測でもできない限り、成就するはずのない偶然。
それを自分から行うなどは、狂人以外に他ならないからだ。


歴史上の事実となる嘘。その嘘がどうして存在しているかの陰謀、そしてそれすらも違っている、本人の意志だったという事実。その2重の蓋に覆われた真実にたどり着ける者はいないのだ。たとえ、少々の疑いを持っている、タクトや、フォルテだってだ。

もちろん、この策の最大の弱点はミント・ブラマンシュだ。読心と言う能力は、こういったことすべてを凌駕する。策をいくら重ねても、裏側から覗きこまれるのだから。それに対抗するには自己暗示などの催眠といった物しかない。事実機密情報はそうやって管理されている。だが、催眠を受ける余裕などカマンベールには存在していなかった。
しかし、それすら対策済みであった。この策をラクレットが知ったのは、つい先ほど、渡されていたデータを解凍したからだ。出立前にラクレットはエメンタールから『カマンベールを発見したら読め』と言い含められていた。
そう、事前には一切知らされていない。ラクレットだって心の底から、実は皇王による勅命だと思い込んでいる。兄からの手紙は自分の意志でついて行ったとあるが、それこそこの策を成功させるためのフェイクと信じ込んでいるのだ。さらにそこには日本語で説明が書かれており、ラクレットの思考を強制的に日本語にしているのだ。
対するカマンベールは全ての思考を日本語と英語によって行っている。最近トランスバールの標準言語で思考し始めたラクレットと違い、研究者として自分の頭で考えるときは自分の使いやすい言語を使う癖のついたカマンベールは、当然のごとくミントに思考をよまれることはない。
そして最後に、全員が話を理解しようと整理している間に、弟に近づき、久しぶりの再会を演出している兄は、ラクレットが読み上げている資料の外縁を囲っている意匠のように細工された古代文字────日本語でより詳細なこの策を理解した。

そう、これにより事実にほころびが発生することなどない。ラクレットが失策をしようにも、その失敗をするだけの事実を知らない。カマンベールが自らが不利になる為に、失言をすることなどないのであるから。


「まあ、そういうわけだ。今は別に俺のことが信じられなくてもいい、信用なら後で勝ち取っていく。それより重要なのは目先の事だろ?」

「ええ、一応これで兄の身分は保証されました。今後の話をしましょう」



そういって話題の転換を図る二人、疑念の目を完全に取り除けたわけではないが、それでもこの非常時ならば、話を実行せざるを得ない。


そう、重大な説明すべき話題は
・ラクレットの兄と名乗った人物の正体
・先ほどの敵の正体と狙い
・先ほどの少女の正体と目的
の3つもあるのだから。



「それじゃあ、さっきの女の子について聞いていいかい? 」


ようやくペースを取り戻してきたのか、会話の主導権を握ろうと舵を切り出すタクト。もう後は流れに任せるままでいいラクレットは、力が抜けたのか、椅子に腰かけている。ちなみに長い話になるからと、司令室まで移動している。


「ああ、質問してそれに答える方が早いだろうな」

「よし、それじゃあまず、オレはあの娘を前に見たことあるんだ。黒き月を管理している少女だったんだけど……」

「先に少し出した、インターフェイスのことだな。本体である彼女は、ずっとコールドスリープを施されてコアの中で眠りについていた」


余裕綽々でそう答えるカマンベール、態度は大人のそれだが実は身長がランファよりも小さく160cmと数ミリしかなく、白衣を着た子供と言ったように見えるのはご愛嬌か。正直ラクレットとどちらが年上に見えるかと聞かれれば悩んでしまうレベルだ。7つの年の差があり彼はタクトと同い年なのだが……そして、その発言を聞いて真っ先に反応したのはシヴァ女皇陛下であった。


「まて!! それはつまり 『黒き月』の起こした被害は関与していないから関係ないと言い張るつもりか! 」


彼女は女皇として、『黒き月』の残した皇国への傷跡は絶対に忘れてはいけないものととらえている。それは当然であろう。『黒き月』がなければあれだけ莫大な被害を出すこともなかったのだから。


「その点については、ノア自身に聞いてくれ、彼女にも目的があったんだ。そして俺はそれに協力したいと思っている」

「目的? ……目的だと!! 皇国の罪なき市民の命を使ってでも果たさねばならない目的など!! 」

「陛下、少々落ち着いてください」


タクトの取り成しに、熱くなりすぎたシヴァは一瞬で我に返る。そう今はそんな禅問答をしている時間ではないのだ。直ぐに顔をあげ、カマンベールに向き直る。そう今必要なのは情報だ。


「あいつの心の内まで知りたいなら直接さしで話すといいさ、それで、ノアについてほかに質問はあるか? 」

「……彼女は何者なんだい? 具体的には」

「俺の知る限りだと、先文明であるEDEN時代の人間だ。外敵に備えるために作られた『黒き月』の管理者だ」

「外敵? それってさっき言っていた……」


「ああ、ヴァル・ファスク 人間を超越した寿命と能力を持つ異種族な存在だ。皇国の敵になるのだろうな……」



そう語る彼の表情は硬かった。それがヴァル・ファスクという存在の大きさを物語っていた。



[19683] 第13話 再び月へ
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/07 14:26




第13話 再び月へ





ヴァル・ファスク
それは我々人類とは起源を別にする生命体。種族としての歴史は人類よりも長いとされているが、事実は確認できてない。EDENの歴史書によると、数百年前に突然現れたそうだ。
人間との違いは大きくは3つ確認されている。
まずは寿命、彼らは千年以上の時を生きるとされている。その為でもあるのか、子孫を残そうとする行動に対してあまり積極的ではなく、出生率は低いそうだ。
次に、彼らの価値観は人間と大きく違う。徹底的な利己主義で合理主義の集団で裏切ろうとも裏切られても、相手の能力と自分の能力の比較をして、それで終了。裏切られる程度の器量をしか持たない、裏切りを察せない無能が悪い。そう結論する。彼らはただ単に優秀であることを美徳としている。
そして最後に、種としての固有能力だ。彼らは特殊なインターフェイスを介する必要があるが、それを通じればあらゆる電子機器を手を使わずに自分の手足のように意志で操作できる。これがミルフィーならば、掃除洗濯料理を同時にこなすカリスマ主婦ですむが、艦隊を率いる軍人ならば、あらゆる艦と、その搭載艦、戦闘機を自分のキャパシティ限界まで一人で操れるのだ。

そう、たった一人でも兵器を作り出す移動型工場を掌握しそれを改造して戦艦にしたならば?

国を滅ぼす脅威となりえるのだ。

そんな説明を受けた、タクトたちの表情は複雑だ。そもそもそれを信じられるかどうかの話だが、彼らは機械を操っているとき、皮膚に赤いラインが走る。現に先ほどの戦いでもネフューリアは終盤、その白い肌に真紅のラインを走らせていた。
何かしらのトリックがあるにしても実際手足のように戦艦と護衛艦を同時に操っていた。そう、先の話が事実かそうでないかはともかく、敵がそれをできるのは事実なのだ。
そのまま、呆然としている面々に淡々と説明を続けるカマンベール。やれ、黒き月はもともとヴァル・ファスクに対抗するために白き月と共に作られた。二つの陛下はシミュレーターで、長い時間宇宙を彷徨うことで優れた兵器としてデータを収集し続ける。最終的に一つに統合し、それで立ち向かうという数百年かけたプロジェクト。などと言っていたが、あまりに壮大な話に、タクトたちの頭はパンクしてしまいそうだった。
なにせ、衝撃的な事実を暴露されたばかりであるのだ。そういうなれば、極限状態だ。そんな聴衆の気持ちを読み取ったのか、カマンベールはそこまで話すと、いったん口を閉じてから伝えた。


「とりあえず、俺はノアに今日のお前たちの反応とこれからの大まかな方針を伝えておく、今日はお前らも疲れただろうから、明日のこの艦の時間で正午に続きを話そう」

「そうだね、みんなも疲れただろうし今日は解散でいいよ」

────了解

「……」


普通に反応するエンジェル隊に対して、無言で部屋を後にしようとするラクレット。彼の疲労は心身ともに限界を当に越していた。そもそも彼の機体は紋章機よりも大幅に体力を使うことはすでに知っているであろう。少なくともエンジェル隊のミルフィー、ミント、ヴァニラよりは体力があると自信のある彼がここまで疲弊するのだから。そして心のほうは言うまでもないであろう。
そのままふらふらとしっかりしない足取りで、部屋を後にしようとするが、しかしながら、最後にすべき仕事を思い出したのか、ドアの枠に手をついて振り返る。


「積もる話もあるけど、今日は休む。すまないが明日時間作る」

「ああ、休め」


そしてそのまま部屋に向かい歩き出す。それを見届けたエンジェル隊の面子も三々五々と散ってゆき、最後にカマンベールが、廊下に待機していたMPとともに、倉庫に戻って行く。
それを見届けたタクトは、司令室の自分の椅子に座り、肩の力を抜く。するとそのタイミングで彼の待ち人は来た。


「お疲れさん、タクト」

「レスターもね……で、どう?」


レスターがここに来たのはもちろんきちんとした理由があってだ。この部屋にあるマイクから先ほどの会話はすべてブリッジのレスターに通じていた。一応ココとアルモやほかのブリッジクルーに聞かせてもよかったのだが、あまりに絶望的な話になると、士気が下がってしまうので、レスターにはヘッドセットをつけてもらい、そこから聞いていたのである
また同時に廊下に待機していたMPを万が一の時には即突入させる権限をレスターは持っていたのだ。本当に大事を取るのならば、レスターが話を聞き、タクトがそれを遠くで聞くべきだったのだが、タクトの流儀的にこのような措置を取ったのである。


「奴の言葉をまるまる信用するのは、まず論外としてだ。それでもあの話で多くのことに符号がつく。まるっきりウソってわけではないだろうな」

「各種検査の結果は本当の兄弟で別に変な病気を持っていたわけでもないんだよな」

「そうだ、ラクレットとカマンベールは兄弟だ99.99%以上の確率でな」


レスターは常にタクトに対して否定的、懐疑的な意見を出すようにしている。それは彼が見落としをしないようにするのと同時に、多くの彼の意見がタクトの反対を行くからだ。

まとめると、『怪しすぎるものの、まるっきりの嘘吐きというわけではなさそうだ。これから見極めるべき』といったところか。
タクトとしては、なんか信じて大丈夫な気分しかしないので、まあ折衷案となればとりあえず好意的に接して情報をより出してもらうといったところであろう。


「それより、タクトお前は、お前の仕事をすべきではないのか?」


あんな衝撃的な出来事の後、エンジェル隊がそのまま汗を流して体を休めるということがないのは、今までの統計的に見て確定的に明らかであろう。ならばタクトの仕事は、今からこの艦を回り、彼女たちのメンタルケアをして、恋人との時間を過ごすべき。つまりはそういうことである。
皮肉気に、そして諦めと達観の境地でそういうレスターの顔はもう、慣れてしまったという男のそれだ。彼にはこれから白き月や本国への報告書の制作、戦闘後の事後処理の続きなどなど、山のように仕事がある。本来ならば司令官がすべき仕事が。
それをやってやるという宣言である。本当にいい男だ、こんな親友俺にはもったいなさすぎると、タクトは噛み締め、礼だけ言ってその場を後にした。



自室に戻ったラクレット。自分自身の匂いが漂う自室に戻っても、機械的な表情はまだ解けない。一度凍らせた心の氷はまだ氷解すべき時期ではない。これからしばらく、少々行動に影響が出てくるかもしれないが、この艦における歯車として彼は人間よりも部品であるべきなのだ。
シャワーも浴びずに、靴を乱暴に脱ぎ捨て、そのままベッドに倒れこむ。うつ伏せに寝る体を支えるベッドは、今の彼にとっては、素晴らしいほどの魅力があった。顔を右に向けると、軍服が支給された為、ここしばらく来ていない黒い学生服と、白い陣羽織がハンガーにかけてある。それを見ながら、思考の速度を徐々に鈍らせて、彼は眠りにつく。

夢を見ない、休息としての泥のような眠りに。





ミント・ブラマンシュは、彼女にしては大変珍しい場所にいた。トレーニングルームである。自他ともに認める頭脳労働者である彼女は、体を鍛える行為があまり得意でも好きでもない。それを軽んじているわけではないのだが、やはり疲れる行為が好きではないのだ。
そんな彼女は壁に背中を預けて、床に座っていた。服装はいつものそれで、膝を抱えて、その久に自分の顎を載せてボーと目の前で揺れる赤い円柱状の物体を眺めている。
ミニスカートをはいている彼女がそのような真似をすれば、角度によっては犯罪的なものが見えるのだが、まあそれは今触れるべきものではないであろう。彼女がここにいる理由、それは蘭花・フランボワーズに誘われて着いて来たからに他ならない。
なんとなく一人になりたくはなかった。それだけの理由だ。お互い、に会話をつなぐわけでもなく、ただただそこにいる関係しかしそこに不快感などない、ただ無心にサンドバッグを攻めるランファ、そしてそれを眺めるミント。ある意味では対照的な二人だが、仲はわりといい。
この二人はエンジェル隊の中において、ごく一般的な乙女、少女としての考え方ができる。物事のとらえ方が比較的理解し共感し合えるのだ。ミルフィーは天然らしく、わけがわからないことのほうが多い。ヴァニラは少々幼く、フォルテは少しばかり冷静すぎで、ちとせはやや軍人的な気質と天然の気質が強い。故の二人である。

そして、それが3人になる。


「二人ともここにいたのか……」

「タクトさん……」

「タクト……」


声のかけられた方向に向くと、彼女たちの司令官であり尊敬する上官であり、戦友で仲間な男性タクトが立っている。彼はそのまま、二人に近づいて問いかける


「不安なのかい?」

「まあ……ね」

「そうでないとは……さすがに言えませんわ」


タクトはその返答を予想していたのか、ニコリと微笑む。忘れがちだが、タクトは21歳ですでに大人に分類される年だ。現代日本では大学生という年だが、すでに正式に任官してから3年以上経っている軍人だ。一応場数は踏んできている。


「さっき、ちとせにも言ったんだけどさ、今は寝られなくとも体を横にして休んでおくべきさ」

「頭ではわかっているんだけどね」

「人は理性や道理だけで行動できるわけではないですわ」

「だよねー」


やはり、態度を崩さないタクト、その返答も予想済みと言った所か。そのまま、二人に背を向けてトレーニングルームの出口まで行ってから振り返る。


「皆不安なんだ、だからこそ君たちにはしっかりしていてほしい、酷なようだけどエンジェル隊の皆なら、どんなことも乗り越えられるって俺は信じてるからさ」


そこで言葉を切って、タクトは手を伸ばす、この部屋の照明のスイッチに。あ、っと二人が言うまでもなく、ためらいなくタクトは電源を切った。


「明日になれば、ノアって娘と話せる、その時に正常な判断ができるように、この部屋は俺の権限で使用禁止だ、二人ともおやすみ」


それだけ言って、タクトは部屋を後にした。残された二人は、入り口からの光を見つめながら、どちらからでもなく噴出した。タクトの顔が微妙に赤かったのだ、やはり戦闘時じゃないといつもの台詞回しは恥ずかしいのであろうか? 急に明るさが変わったのがきっかけになったのか、二人は少しばかり眠気を感じ、部屋に戻るのであった。


タクトは、その足でフォルテの元に行き、寝るように軽く伝える。いつものように彼女は射撃訓練場の主をしていたが、悪戯がばれた子供の様に頭をかいて自室に戻っていった。明日には気持ちを整理しているであろう。


そして、医務室に向かうと、そこではヴァニラが病人用のベッドにケーラ先生の膝枕で眠っていた。ケーラ先生曰く、ようやく眠りについたから起こさないようにとのことで、タクトはすぐに退散する。なんだか親子みたいだななんて頭の片隅で思いつつ、自分の恋人の部屋に向かうのであった。


案の定光の漏れているその部屋のドアを開いてもらうと、食欲をそそる匂いが漂ってくる。


「どうしたんだい? ミルフィー」

「タクトさんこそ、どうしたんですか? 」

「俺は見回り中さ、寝なさいって言ったのに、寝ないで歩き回ってる子が多くてね」

「あはは、タクトさん先生みたい」


にこにこと笑みを絶やさないミルフィーに少しばかり安心するタクト。思いつめていたらどうしようかと思ったのだ。そして、彼女の作っているものの正体を今更ながらに把握する。


「ミルフィーは、なんでカレーを作ってるんだい? 」

「えへへ、実はですね、明日ノアさんとカマンベール君……じゃなかったかマンベールさんに食べてもらおうとおもって」


カレーはミルフィーの得意料理だ。というか、彼女の作れない料理をタクトのやや貧困な料理の知識では挙げることができない。実家で食べていたそれなりに豪勢な食事の名前なんていちいち覚えているような性格ではないのだ。
実は、味覚だって別にそこまで肥えているわけでもなく、味の冷静な分析をさせるのだったら、エンジェル隊やレスターのほうが得意である。


「へー、それはいい考えだね」

「はい! 二人とも栄養摂取のためのアンプルはとっていただけで、おいしい料理を食べてないみたいだから……」

「それに、明日は正午から時間を作ってくれるのだから、時間的にもぴったしだ」

「ですよね! 」


そして、タクトはのんびりミルフィーの後姿を眺めながら、彼女とかるくおしゃべりをしたまま、いつの間にか眠りについてしまう。ふと下ごしらえが終わり、後ろを向いたミルフィーは幸せそうに微笑み、彼の肩に愛用の毛布をかけて、料理に戻った。


「おやすみなさい、タクトさん」


この場面を定義するのには、幸せという言葉以外に最適なものはなかった。







「で、どうなったわけ? 」

「明日の正午お前も含めて話すことになった」

「全く、どうしてそう無駄なことに私が……」

「その無駄なものに敗れたお前は、従うべきだろ? 」

「あーわかったわよ! その代り、私は補足しかしなからね、基本はあんたが説明しなさいよ!! 」

「そうして、素直にしてればお前はやはりかわいいな」

「っな! なに言って……」

「じゃあ、おやすみ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!! 」




次の日の対談により、お互いの間である程度の衝突はあったものの、同盟のようなものが締結されたのは記すまでもないであろう。シヴァ女皇陛下も今は責任追及どころではないという事を納得はしていないものの、理解はしたのだ。
一行は、白き月へと再び進路を取るのであった。
反撃の狼煙を上げる火種を手に入れるために。




[19683] 第14話 協力と孤立と結束
Name: HIGU◆bf3e553d ID:ee1eb4b8
Date: 2014/07/08 14:40


第14話 協力と孤立と結束



「にしても、意外だったわ」

「なにがだ? 」


『エルシオール』に乗っている人物の中で最も幼い二人、10歳コンビのシヴァ女皇とノアの二人は、シヴァ女皇の部屋で二人向き合って話していた。つい先日、平和的な解決の為に、必要以上にノアを糾弾するという事をせずに、皇国の代表と言った形で説明の席についていた彼女の事をノアは意外に思っていた。
ノアの体は10歳ほどの年齢と幼いが、彼女自身精神的には、すでに大人かそれ以上だという自覚がある。というか過去に生きていた頃から自分が異常という自覚もあった。だからこそ、黒き月の管理者などになったのだから。そしてその彼女のシヴァに対するファーストインプレッションが『自分の中の正義を絶対に曲げない、融通が利かないタイプ』という分析だった。たった数秒の会合でそう思い、話すのも無駄みたいと考え、すべてカマンベールに丸投げしたのである。
だからこそ、自分の分析が外れていたのか、と思ったのである。


「なるほど、そのことか……一応私にも考えがあるのだがな」

「へぇ? それは聞いてみたいわね」


現状への打開策については既に八方塞がりになっている彼女の思考は、そう言った無駄なことにリソースを割くように要求している。要は、興味本位である。


「私が、感情的に……いや、立場的にでもあるが、お前を責めることはできる。その場合、謝罪させれば一定の意味を持たせることもできるかもしれない。だが、そう言ったことをさせるよりも、今は目先の問題解決が必要だ」

「……」


「だから、お主がより考える時間を持てるようにする方が、皇国の利になる。そういうわけだ」


真っ直ぐ射抜くような視線をノアに向けながら、力強くそう宣言した。それを受けたノアは、なんか微妙な敗北感を感じてしまい、右手で髪の毛を弄りながら目をそらして呟いた。


「あ~わかったわよ、お望み通り、カマンベールと一緒に考えとくわよ!! 」


そう言い残して、彼女は自分の部屋に戻っていった。シヴァは、微妙に釈然としない表情をしていたが、すぐに自分にできることである仕事に取り掛かることにした。なお、ノアとカマンベールは都合により同室である。コアから出て、急に用意できたのが一部屋だけだったのだからであり他意はない。




白き月に進路を戻して航行中の『エルシオール』最短ルートを進んみ数日かかる航路だが、それはすなわち敵の資材収集の無人艦隊が狩場としていた宙域を通る必要があることと同義だ。無論、最低限の戦闘行為のみに留めているが、それでも不可避の遭遇戦だって勃発する。

詰まる所、『エルシオール』は現在戦闘中である。


「ミント! 敵Nの左側の砲門に攻撃を、フォルテはそのまま前進して止めを、ランファは攻撃目標を敵Gから敵Nに左側から接近。ちとせは敵Gに止めを」


別段そこまで強い敵ではないのだが、一刻を争うこの事態においては、なるべく手短に敵を処理する必要がある。当然のごとく『エルシオール』は次のクロノドライブが可能とされているポイントに移動しながらの戦闘だ。
定期的に入る、味方の軍基地や、艦隊の壊滅情報は、確実にタクトたちの心に圧し掛かっているが、それでもきっちり仕事をこなすのがプロフェッショナルと言うものだ。


「ヴァニラ、そのまま3時方向に進んで、フォルテとすれ違いざまに補修を頼む、ラクレット敵Fを頼むよ」

「了解」


ラクレットが命令を受けた対象は無人戦闘機だった。大型艦はすでに粗方片付いているのであまり問題は無いし、なにより撃破ではなく、近寄らせないようにと言う意図での命令だったのだろう。しかしながら、今日のラクレットは違った。いつもなら出ないはずの攻勢にでたのだ。
ここ数日の彼はそもそもおかしかった。カトフェル少佐たちの訓練を受け、彼の一日の比重の多くがトレーニングで満たされていたので、あまり気づかれなかったが。あの撤退戦の後、一日休んだ彼は脇目も振らずにシミュレーターと筋トレで時間を費やしていた。食事、排泄、睡眠、入浴 それ以外の時間すべてだ。人間としてそんな不可能で有ろうことを数日間ずっと継続している。たちの悪い事に妙なところで優秀な彼はそれをこなすことができたし、さらに周囲に気取られないようにしながらこなすこともできた。
もちろんカマンベールと話す時間も作ったが、それにしたって睡眠の時間を削って捻出したそれであり、家族としての空白期間を埋めるそれではなかった。カマンベールの方も科学者としての彼としての行動に忙しかったために別段気にはしてなかったし、周りからも気にはされていなかった。
まるでそう、人間ではないような、機械的な行動を繰り返していた彼は、今回の戦闘で戦闘機に対して攻撃を仕掛けているのだ。

特訓により上昇した技能もあるが、それでもおかしいような技量で敵の戦闘機と渡り合っているラクレット。敵はそれこそクロノストリングは搭載していないため火力は低いが、設計段階から無人機の為、安全装置などもなく、リミッターの無い速度などは瞬間的に上回れることもある。射程は当然のごとく敵の方が上だ。しかしそんな敵を相手にラクレットは食らいついている。
まるで敵の軌道が見えているかのように、的確に先に回り込む。そう、彼は今敵の行動パターンを全て頭に入れている。敵のAIの行動を自身の経験と、優秀なCPUに計算させ続けている統計的なデータから先読みしている。そもそも近接戦闘で必要なのは先を読むという技術だ、それができなければ敵の攻撃を貰って沈むだけなのだから。そういった意味では彼の先天性ESPの予知能力はかなり有効なものであろう。残念なのはごく微弱であり感情が昂ぶったうえで『H.A.L.Oシステム』の補助があって初めて実用可能なレベルになることだが。

今の彼はESPだけではなく、それ以外の部分でも機械的に先読みをしているのだ。そう、どこまでも冷静に敵を追い詰めている。なぜ感情の高ぶりで性能が上がる『H.A.L.Oシステム』搭載機なのに、そこまで冷徹に機械的でいれるのかというのは、まだ誰も分からない。

敵の機体が、散々追いかけまわしてくる、『エタニティーソード』を引き離そうと、上昇させていた機体を反転させ急降下を始める。宇宙空間なので、別段重力によって加速するわけではないのだが、急な方向転換であり敵AIは回避可能と考えたから行ったのだ。

しかし

「………………撃破」


彼がそう呟いた、その瞬間敵機体は、エンジンユニットを含む機体の中心を右手の剣で薙がれていた。ラクレットは先の行動すら織り込み済みで機体を繰っていたのだ。敵の進行方向とは真逆の位置を切る操作を、急上昇の終わるであろうタイミングで入力済みだったのだ。


「……それじゃあ、次の敵Lを頼むよ」

「了解」


無表情ではない、だが感情の色を覗かせない真剣な表情で淡々と報告し指示を受けるラクレットに思うところはあるものの、優先すべき指揮をするタクト。
その後、10分ほどで戦闘が終わり帰艦したラクレットは休息を取ると、再びシミュレーターを始めたが、彼の事情が知っているがため、誰も止めることはできなかった。



そして、『エルシオール』はこの1度限りの戦闘の後、そのまま白き月まで到達する。





挨拶もそこそこに、白き月の聖母の間に集うエルシオール首脳陣。タクト、エンジェル隊、ラクレット、カマンベール、ノア、シヴァ、シャトヤーン、ルフトと錚々たる顔ぶれだ。トランスバールの屋台骨を支えているような重要人物ばかりである。

定例文のような会話の後、ノアが一歩前に出て、シャトヤーンと向かい合う形となる。まだ10歳程度の子供の外見のノアと、年齢不詳だがおおよそ20代の後半女性に見えるシャトヤーンとの図は母と娘と言ったそれであったが、本人は至って真剣だ。


「あんたが、白き月の管理者でいいのよね? 」

「はい……聖母と呼ばれておりますが、その認識で相違はないと思います」


ノアは、ここまでの道程で、白き月がいかに自分の使命を忘れているかと言う事実をしっかりと認識している。行き過ぎてしまった黒き月とは対照的に、300年ほど自らの使命を怠っていた白き月は、当然のごとく口で説明する程度では理解を得ることなどできないということも、しっかりと解っている。だからこそ、彼女はシャトヤーンに問いかける。

「……それじゃあ、あの詩は覚えてる? 」

「え? あの伝承ですか? ええ」

「そう、それじゃあ一緒に詠うわよ、ただし2節目と3節目は交互に」

「わかりました」


周囲からすればよくわからないやり取りだが、シャトヤーンは納得のいったようで、小さく咳払いをして、息を吸い込んだ。


「「番人たる双子、楽園を囲み輪舞を踊る」」

「漆黒は確か、されど有限」

「真白は不確か、されど無限」

「「双子は断つもの。時を超えて災厄を断つもの」」

「「双子は待つもの。時の果ての結びを待つもの」」


そう、二人が唱えあげると、同時に謁見の間とされているその部屋の光景が一変してあたかも宇宙空間にいるような、そう現代風にいうのならばプラネタリウムが上半分ではなく、全方向に投射されているような、そんな風景だ。


「これは……」

「おそらく投影された映像ですわ……見たこともないような星系ばかりですが」


いち早く分析を始めたのはミントだ。一応そういった学問的知識ではこの中では抜きんでている。この場にレスターがいれば別であるが、彼は今『エルシオール』で待機中だ。カマンベールもなんだかんだ言って自分の専門に特化しているし、ラクレットに至っては知ってはいるが、今はそんな精神状態ではない。


「これは、白き月と、黒き月が生まれたときの記憶……よかった……パスワードはまだ変わっていなかった」


満天の星空を見つめながら、安堵するノア。白き月の管理者ですら知らなかったことを、彼女が知っていたという事実が意味するところは決して小さいわけではない。


「白き月と黒き月の関係性については、カマンベールが説明した通りよ。黒き月は徹底して不確定要素を排除して安定した戦力を作る。白き月は人間の感情みたいな不確定要素を積極的に取り込んで、そのふり幅で高い戦力を作る。二つとも目的は同じ、最高の兵器を作ってそれをEDENの防衛システムにするつもりだった。だから、最終的にこの600年間のシミュレーションが終わった後、強い方が弱い方を吸収して融合するはずだった。でも……」

「アタシ達が壊しちゃったか……」


ノアの独白を複雑な面持ちで聞いているシヴァ女皇。彼女の心境は複雑であろう。自分の愛すべき皇国臣民の命や財産を奪っていった、憎い対象である黒き月が、白き月と同じ人々を守るための防衛システムであったのだ。民を守るために、民を脅かす外敵存在を排除したのが、民を危険にしているだと?

ふざけるな!!!
あれは、皇国にとって害悪でしかなかった、殺戮兵器だ!!
そんな激情がふつふつと沸き上がる。


「そうよ……一応コアはあるけど、コアだけが融合したところで勝てるわけじゃないわ……」


弱音を吐くノアの姿が、まるで自分に対して嫌味を言ってるかのように見えた彼女は、もう怒りの限界だった。今までは、そう、感情的にならない方が、対策を考えられるかもしれないからと、そう中にとどめてきたのだ。ここに来るまでの道程で、彼女が胸の中にしまっておけたのは、一時的にもノアのことが信用できたからだ。そんな思いが、彼女の中で弾けて、溢れた。


「ふざけるな!!……そこを何とかしなければ、そのせいで何の罪のない民が犠牲になるのだぞ!! 」


真っ直ぐと目を見つめて、ノアにそう言い放つシヴァ。そんなシヴァの瞳に映るノアは、泣きそうな表情で、それでも精一杯気丈に叫び返す。


「解ってるわよ!! 私のせいで!! 私の管理している黒き月が、ヴァル・ファスクに取られたせいで!! 守るはずの人たちを傷つけていることくらい!! 」


まるで取り返しのつかない失敗をしてしまった子供が、精一杯強がりを言うように、ノアはこの場にいる全員に叫んだ。黒き月が、敵の手中に落ちたことで、一番責任を感じているのは彼女だ。いくら想定していなかったとはいえ、黒き月が破壊されたのは、彼女としては白き月との力の差が圧倒的過ぎたという事で納得はできる。しかし、自分の育て上げた技術のせいで、自分が守る為に自分の人生をささげた存在である人間を、苦しめているのだ。コールドスリープで600年以上の時を超えている少女は、自分の全てを捨てて、この使命に取り組んでいる。それなのに、この仕打ちはあんまりだ。
彼女の事をフォローするのならば『黒き月自体には』一切人類を害しようという師はなかった。ただ白き月を打倒するという目的に走りすぎ、エオニアという存在を使い皇国に凱旋したのである。


そして、彼女優しく抱き留めるものがいた。
カマンベールだ。

彼は20cmほど小さい彼女の体を正面から抱きしめて、顔を胸に押し当てさせ、髪の毛を指で梳きながら頭を撫でて落ち着かせる。本能的に出た行動だ。


「ノア、俺達科学者はな、自分の作ったものに対して責任を持たなくちゃいけないが、全てを背負う必要はないんだ。お前が全部悪いわけじゃない、お前一人に擦り付けるやつがいたら、一緒に謝って俺も背負ってやる。俺だってエオニアの指揮システムを構築させられたりしたからな。だから、一人で無理をするな」

「────ッ! 」


そのまま、泣き声をあげないが、肩を震わせながら小さな両手でカマンベールの白衣の裾にしがみつくノア。彼女はずっと一人で気を張りすぎていた。彼女は責任の一端であるが、諸悪の根源ではないのだ。シヴァもさすがに、そんな彼女の様子を見れば、いまの糾弾は自分の感情に影響されすぎていたと、内省する。道中で、彼女に国を救う方法を模索させる代わりに、今は責任を追及しないとしたのだ。ノアは別にまだ、思考を停止したわけではないのだ。ならば、自分も約束を果たさなければ。


「タクト・マイヤーズ司令、この通り俺もノアも理由はあったが、皇国を大っぴらに歩けるような奴じゃない。だから……いや、だけどこれから全力でこの状況を打破する手段を探して見せる。だから、協力してくれ。俺が言えた義理じゃないが、全員の力を合わせれば何とかなるかもしれない、白き月の可能性と奴に俺とノアの確実なデータ、それを合わせれば、あるいは。それが一番確率の高い道なんだ」


真剣な瞳で、真っ直ぐタクトを見つめてそう伝えるカマンベール。少年のような彼の瞳から伝わるのは真の気持ちだった。そう、彼とて科学者の宿命だからと言って割り切ることなんてできないのだ。贖罪を求めている。
タクトは、軽く息を吐いていつものように何も考えてないような笑顔を浮かべて、右手で頭をかく彼の癖のような仕草を見せながら、口を開いた。


「いや~オレの言いたかったこと、全部言っちゃうんだもん、どーしようかと思ったよ」


先の見えないような状況、その中で尚、お気楽ないつもの自分を見失わない彼こそが、真の英雄たるものかもしれない。いや、真の英雄なのであろう。


「白き月と黒き月、融合はできないかもしれないけれど、手と手を取り合って協力することはできる。ロジックが違ったって分かり合うことはできる。男と女だって別のロジックで生きているけど……」


そこで、タクトは自分の横にいたミルフィーを抱き寄せる。ミルフィーは一瞬驚いた顔を見せたものの、すぐに満面の笑みを浮かべて、タクトの顔を見つめる。


「こうやって、分かり合って、愛し合うことができる。そうだろミルフィー? 」

「はい!! 」


大輪のような笑顔でタクトに同意するミルフィー。彼女の笑顔があれば、タクトはなんだってできるような気がしてくる。その言葉に、少しばかり赤くなった瞳を、タクトたちの方に向けるノア。先ほどの迷いのあるそれではなく、呆れながらも明確な目的を見据えているそれだ。


「全く、そろいもそろって突拍子の無いことばかり言うわね!! それがいかに大変なことも知らないで。……いいわ、約束した手前、やってみようじゃないの」

「ノア……!」

「私も、先ほどは言い過ぎた、改めて皇国の指導者として、黒き月の管理者に頼みたい、力を貸してくれ」

「黒き月の管理者として、その言葉確かに受け取ったわ。全力をもって協力する」


シヴァは、右手を差し出し、ノアはその手を優しく、そっと握った。ここに、対ヴァル・ファスクの勢力が真の意味で結成されたのだ。









[19683] 第15話 疑念
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/09 14:41




第15話 疑念



ラクレットは、とりあえず待機とされている今の時間を、訓練にあてることなく、白き月の人通りの皆無な通路に佇んでいた。今の彼に必要なものは、なによりも休息であろうと理性的に判断したという理由ももちろんあるが、何よりも今は白き月の人通りの少ない場所で外を眺めていたいと思ったからだ。既に彼は自分がいま限りなく正常に近い異常状態だということを自分を客観的に見て認識している。

自分の行動を主観的に見れば、体を痛めつけているだけに見える。逆に客観的には、周りからはいつも通り訓練をこなしているようにしか見えない。カトフェルたちに特訓をつけられていた時は、一日中しごかれていて、周囲もそれを別段特別なものと見ていなかったのだ。ここ最近のそれだってその延長のように捉えられていることであろう。
加えていうのならば、現在のエルシオールの空気は、微妙に陰鬱なものだ。圧倒的な敵に成す術なく敗北し、相手が未知の存在であったなどの暗いニュースが蔓延し、あのケーラですら表情を暗くしていたのだから。そんな状況、違和感を覚える人間なんてほとんどいないであろう。
逆に、敵が出てきたから特訓に励んでいるように見えるくらいだ。オーバーワークであることなんて1日中観測し続ける必要があるのだから。食事時間は少し長めに休憩代わりに取っているし、トレーニングルームとシミュレーターを適度に切り替えながら行っている。タクトは薄々おかしいことに気付いているようだが、それにしたって表面上完璧に取り繕っている自分を、そこまで追求することはできないだろう。
エンジェル隊だってここ最近、特にランファ、フォルテ、ちとせはそれぞれ特訓の側面を持つ趣味を中心として過ごしている。気づいているかもしれないが、人のことを言えないであろう。
そこまで青く輝く本星を見ながら考えていたラクレットは、自分を分析し始める。


(僕が、ここまで自分を客観視できるとは、思わなかった)


そう、最近の彼は少し頭が『冴えすぎている』自分の本心という部分がかなり小さくなっており、自分の記憶の中で観測されてきた『この状況で違和感がないような自分』を表面に出して、それを客観的に一歩引いて冷めてみている自分が、自分の中にいる。といま客観的にとらえたのだ。


そう、彼はこんな人間ではない。前までならば、カトフェル達があの場で殿をやったことで生き残ったなんて事があれば、泣き崩れて使い物にならないであろう自信はあった。少なくとも逆に自分が強くなるなんてことはありえないであろう。
それがふたを開けてみればどうだ、冷静に受け止めてさらに自分ができることをしているというのは、まずおかしい。また凹んでクロミエに慰められているほうが現実的だ。ものすごくネガティブな方向の自信だが、その方が彼らしいともいえる。


(そんなことができる、理由はわからないけど……)


ラクレットには一つだけ心当たりがあった。自分がこういった事ができる理由。最近急速に成長している戦闘機の腕や格闘戦の実力等。特に戦闘機の腕はきちんとした指導を受けたとたんに跳ね上がった。それらの異常な事態を彼はある1つの仮説を立ててやれば、解決できるのだ。
しかし、それは……


(僕のすることは変わらないけど……)


彼は、まだ一人でその場から動けずにいた。




そんな事もあって、翌日。たった32時間ほどで、打開策となりうる作戦の草案が出来上がったのだ。カマンベールがいれば、白き月と黒き月のデータを検索する速度が格段に上昇する。彼の特殊能力である、ロストテクノロジーを解析し理解し運用する能力は、管理者の権利を一時的に貸与してもらえば、飛躍的な効率で情報が収集をすることが可能なのだ。


「さて、アンタ達に集まってもらったのはもちろん、これからの作戦を話し合うためよ……といっても、あらかた既に決まっているというか、筋道は見えたけれどね」

「それはすごい! まだ1日ちょっとしか経ってないじゃないか!! 」


素直にほめるタクト。頭ではすごい人物だとわかっているのだがどうしても微妙に小さな女の子に接するような態度になってしまうのは致し方あるまい。


「と、当然よ!! 私とシャトヤーンが力を合わせて、カマンベールがそれをまとめ上げてくれたんだから! 」

「それで、一体どうするのさ? 」


タクトがノアにそう問いかける。ノアは一瞬で体を硬直させ、いったん咳払いをして仕切りなおす。


「それじゃあ、最初から説明するわよ、まずは一通り解説して、わからないことがあったら質問する形で。おさらいするけれど、今問題となっているのは大きなところで2点、けど問題としての方向性は1つよ」


ノアがそのタイミングで、ウィンドウを展開させ、なにやら図のようなものを表示させた。もちろんそれを理解できているのはこの場に数人しかいない。


「まず、敵はネガティブクロノフィールドを展開できるわ。通常の艦隊がこれのせいで動けなくなり、殆ど抵抗することができない。幸いあまり燃費が良くないのか、なんなのかは知らないけど普通の戦闘ではあまり使ってないみたい。でもここで最終防衛線を構築するのならば、絶対的使ってくる。だから対策が必要なんだけど……」


そこで、エンジェル隊の顔を見渡す。ミントとヴァニラは意図を理解したようで、軽くうなずいた。


「これは、紋章機のエンジェルフェザーを展開できるように、リミッターを外して対抗するわ。前回もできたし、今回それを私が少し改善して効果範囲を広げさせてもらう。これで周囲10万くらいはキャンセルできるはずよ。『エルシオール』と『エタニティーソード』はよっぽど離れない限りこれで平気な筈よ。これで問題の1つ目は解決できる。味方の艦隊には、クロノフィールドキャンセラーを搭載したいけど、こっちは時間的に微妙なところね……」


そこまで言うと、一端口を閉じるノア、次にいうことをわかりやすく説明するために噛み砕いているのだ。カマンベールは、そんなノアに後ろから近づいて、水の入ったコップを手渡す。それを受け取り唇を濡らし、のどを潤す。今までの人生であまり口を動かしていた経験が少なく、長時間話すことが苦手に近いのだ。


「それで、2つ目の問題。敵に攻撃どころか、クロノブレイクキャノンまで通用しなかったということだけど。これは敵がネガティブクロノフィールド(NCF)をシールドに転用しているからよ。先に言った燃費の悪さはこれかも知れないわね。敵はね、かなり膨大なエネルギーを使って、シールドより内側に攻撃が来ないようにしているの。通常の攻撃はほぼ届かないし、クロノストリングのエネルギーをあのシールドを境に別の空間に飛ばしてしまうの。」


例えるのであればクロノストリングのエネルギーは川の水とする。銃弾など物理攻撃は漂流物だ。戦闘とは敵を守る『シールド(ダム)』を破る程の水か漂流物を『シールド(ダム)』にぶつけて決壊させるものである。クロノブレイクキャノンは皇国最大の鉄砲水で世界中に存在するダムの容積を優に超える水を一度に流し込むものだと考えて欲しい。
ネフューリアが用いたNCFは『シールド(ダム)』だけではなく川とダムの経路に異世界に通じる滝があるのだ。水は全て滝に落ちて行ってしまい、ダムにすら届かないで滝壺に落ちていく。その水はダムに届くことはないのだ。


「それで、どうするのですか? 」

「NCFは、そもそもクロノストリングが作ったエネルギーを別空間に……まあ異世界に飛ばしてしまうわけ。その特性をシールドに持たせているのよ。でももちろんNCFだから弱点があるわけ、NCFはこういった波長でできているから、その反対の波長を当ててやれば……」

「なるほど、相殺されるわけですね」

「そうよ。わからないなら無理して理解せずに、『押す時にこっちも押して、引くときにこっちも引っ張れば、動かなくなる』 とでも理解しといて」


半ばあきらめたように、そう解説するノア。まあエンジェル隊は月の巫女ではあるが研究者ではなくどちらかといえば回収役や発掘役、護衛役といった仕事を主にしてきたのだから仕方ないといえば仕方がないが。


「それで、原理はわかったけどそれをどうやるのさ?」


当然のような疑問に、待っていましたと言わんばかりにノアが解説を始める。


「それは、この7号機を使うわ」


そこで、画面は切り替わり、7号機にクロノブレイクキャノンを搭載━━━とっても、大きさの差でクロノブレイクキャノンの上に張り付いているようにしか見えないのだが━━━したものが映し出される。


「白き月でシャープシューターとともに発見された紋章機です。特徴は武装がほとんどついていないことから、どうやらフレームの開発の見終わっていたようです」

「今回はそれを利用するのよ。紋章機の特性であるパイロットのテンションで無限のようなエネルギーを出すことができるのならば、敵のNCFシールドをキャンセルする分だけのNCFキャンセラーを展開したうえで、クロノブレイクキャノンを叩き込めるわけ」


そこで、今まで無言だったルフトが口を開く。


「本作戦は、7号機を決戦兵器と呼称し、決戦兵器を敵旗艦に近づけるために周りの紋章機がサポートするというものだ。詳細は追って通達する」


見事にまとめ上げて、解散のような雰囲気を作り出す。それがルフトの狙いだった。


「ラクレット、ミルフィーユ君は少々この場に残ってくれんかの?」

「了解でーす」

「了解しました」



素直にそう答え、ルフトの前まで歩いて行く二人。他のメンバーは先に戻ってるねーと一声かけて、『エルシオール』に戻って行き、この場に残っているのは、ルフト、シャトヤーン、カマンベール、ノア、シヴァに今の二人という訳だ。
ラクレットは普段通り、真面目な時の真剣な表情で、ミルフィーは何かな? と思っているのが丸わかりな好奇心旺盛な微笑で待機している。数十秒して、ようやくルフトは口を開いた。いかにも言いたくないですと言った雰囲気が伝わってくるのだが、一応存知しているラクレットに、そう言ったことを察することをしないミルフィーは態度を全く変えることはなかった。


「さて、君たち二人に残ってもらったのは、他でもない、例の作戦……いや、決戦兵器についてだ。あれには少々特殊な機構があるのじゃ」

「特殊な機構ですか? 」

「うむ、あれはな、二人乗りの紋章機なのじゃよ」


ミルフィーののんびりとした疑問にさらっと答えるルフトの表情はいまだに硬いままである。まあことがことだけに当然ではあるのだが、ラクレットはここで話をより早く進めるために質問を投げかけることにする。


「つまり、自分たち二人がパイロット……という訳ですか? 」

「いや、そういう訳じゃない」


それに答えたのはカマンベールだ。ラクレットを見上げて────二人の身長差は16cmほどある────そう告げた彼の目は、何時もより少しばかり冷たさを感じるもので、何か重大なことを明かそうとしているのが分かる。


「実はの、後部座席に座るべき人物は、操縦者のサポート役であるべきなのじゃよ」

「アンタ達二人は、操縦者候補ってことよ」

「うむ、つまりはどちらかに操縦者になってもらい、そのテンションを最も高くできるであろう人物をそれぞれ選んでもらう事となる」


ノアの捕捉を交えながらも、ルフトはそう説明し終えた。そう、ここに二人が残ったのは、二人乗りの紋章機に乗ってもらうためではあるのだが、乗るのはどちらかで、その人物のテンションを最もあげることのできるサポート役を選べという事だ。


「ラクレット、アンタを推薦したのはアタシよ。かなり安定して高いテンションを維持しているのよ」

「ミルフィーユさんを選んだのは私です。貴方は数回ほど、信じられないような出力を発生させております」


二人の選出理由はそれだ。正史であれば、ミルフィー一択となるのだが、白き月と黒き月のそれぞれの目線で今のメンバーを見るのならば、ノアは最も安定しているラクレットを、シャトヤーンは奇跡を起こすかもしれないミルフィーを選ぶのである。二人の差をわかりやすく言うのならば、ラクレットは全教科95点学年3位ほどの成績で、ミルフィーは平均90点だが、思いつきで書いた答えが従来の学説に一石を投じる内容で、点数が無効になったものが1つある。と言ったレベルの違いだ。ミルフィーはもはや規格外、同じ土俵に立たせるのが間違っているレベルなのである。


「それで、やってくれるかね? 」

「……自分にやらせてください」


ルフトが最後の確認のように、尋ねた問いに対して、ラクレットは迷いながらもそう答えた。そう、ラクレットが立候補したのだ。


「そうか……それなら一度決戦兵器に搭乗して、出力のチェックをする必要がある。俺について来い」

「了解」


そんな彼に対して、カマンベールは余計な事を言わないように気を付けながら誘導すべく奥の部屋に向かって歩き出した。ラクレットは黙って彼の背中を追いかける。彼の頭の中は、ぐるぐると1つの懸念についてずっと考え続けている。
ラクレットはミルフィーが誰をパートナーに選ぶかという選択に対して、気絶するほどストレスを感じてしまうことを知っている。彼女にそんな苦しい思いをさせるくらいならば、自分でやろうと思うのは当然の事であろう。しかし、同時にそれは全く持って確定されていない未来に行くという事だ。彼の知識では、ヒロインとタクトの二人で乗りこんだ決戦兵器を残りのメンバーでサポートしてシールドまで到達し、それを無効化し、クロノブレイクキャノンを撃ち込んだというものである。要は二人の愛しあう力で奇跡が起こったということだ。
そんなものを自分に起こせなどと言われて、はいできますと言えるわけがない。言えるはずもない。しかしそれでも彼にはどうしても確認したいことがあった。

そのまま、カマンベールの案内で、7号機のパイロットシートの前の座席に座るラクレット。
その様子は外から先ほどの部屋にいた全員に見られているが、今の彼はそんなことを気にする余裕などなかった。


「それじゃあ、起動してみてくれ」

「了解」


指示に従い、『H.A.L.Oシステム』を起動して、紋章機とのリンクを開始する。彼が紋章機に乗るのは初めてのことだ。そもそも、紋章機と言うのは エンブレム・フレームのことであり、紋章の模様が機体に描かれているクロノストリングエンジンを搭載した大型戦闘機である。ラクレットの『エタニティーソード』はクロノストリングエンジンこそ搭載しているものの、紋章もないし、中型戦闘機のサイズだ。故に彼の機体は紋章機ではないとシャトヤーンに断定されたのである。


「……起動確認。いいわ、そのまま出力を上げてみて、フルパワーでどこまでいけるか見たいの」

「聞こえたな、出力をあげろ」

「………………」


起動テストをしているそんな中、ラクレットからの応答が途絶える。いや、厳密には指示は聞こえているのでリアクションがないだけだ。現在の出力はラクレットの出せるであろうおおよその予測された数字の7割弱と言った所だ。


「おい、ラクレット! 」

「……上がりません」

「は? 」

「……これで……出力最大です」


しかし、ラクレットはその数字が出力を全開にしたものだった。別段手を抜いた様子はなく、臆病風に吹かれたわけでもない。この予測された数字と言うのは、今までの彼の平均から割り出されたもので、最近急成長した彼はその数字すら超えるであろうとノアなどは見ていたのだが、結果は真逆。7割にすら届かなかった。


「おそらく、彼は彼の機体だからこそあれだけの出力を出せていたのでしょう」


その光景を見ていたシャトヤーンはそう切り出す。その間にラクレットは機体から降りるためにタラップに踏み出していた。その表情はこの世の深淵を覗き込んだような、なんとも形容しがたいそれで、恐れや後悔などの感情がないまぜとなっている。


「彼の『エタニティーソード』には『H.A.L.Oシステム』自体の影響があまり干渉しておりません。生成したエネルギーを何らかの方法で最適化して運用しておりました。恐らくその最適化の具合が我々の予想よりもより大きかったのでしょう」

「なるほど、増幅機能があるとは聞いていたけど、それの効果が予想以上に大きかったのね……この数字じゃ普通の紋章機だと動かすのがやっとってところよ」


そう、ラクレットはそういった懸念があったのだ。自分がこうして7号機を動かそうとしたのは自分の『H.A.L.Oシステム』への適応の具合を確認するためでもあった。もちろん出力が高かったのならば、自分の命どころか、皇国の危険を承知で乗るつもりではあった。後ろに乗せるパートナーの候補はいないが、それでもミルフィーの代わりに乗るつもりではあった。しかし、彼が『H.A.L.Oシステム』に対して一般人よりは高いが、スペシャリストを名乗るほどの適性を持っていないことが判明したのだ。
どれ程かというと、皇国全てを探してラッキースター以外の紋章機を『動かせる』人数は数百人程度と考えられており、彼はその中に該当する。しかし実際に操り戦場で戦えるレベルは10人に満たないとされており、彼はその中に該当しないのだ。

その後ミルフィーが、乗ってみると『ラッキースター』程ではないものの、比べ物にならないほどの出力が確認され、決戦兵器のパイロットは彼女が務めることと成った。


ラクレットの中のある疑念は、より大きく膨れ上がっていく




[19683] 第16話 倒錯、結束
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/10 13:12




第16話 倒錯、結束


ラクレットは決戦兵器について他言無用とされ、その場を後にした。ミルフィーも自分のパートナーを選ぶようにと命令を受けて、軽い説明をされてから出てきた。先に部屋から出ていた彼は、扉の前で彼女を待っていた。


「申し訳ありませんでした……自分に適性があれば、ミルフィーさんに辛い任務を押し付けることもなかったのに」

「うん……いいよ、最初に立候補してくれたでしょ? あの時私すごく安心しちゃったから、お互い様」


その理由はもちろん謝罪の為だったのだが、予想通りミルフィーはラクレットの謝罪なんて気にすらしなかった。今は懸案事項を抱えているからでもあるが、なにより彼女は本心からお互い様だと思っているのだ。数年先の未来、ミルフィーユ・桜葉は女神というあだ名で呼ばれることになるのだが、それは彼女のこういった性質も影響しているのであろう。


「ミルフィーさんは、これから……」

「うん、ちょっと思っていたよりも難しい問題だったけど。私が考えなきゃいけないから」


やや伏し目がちにそう言うミルフィー。自分と一緒に死んでくれないか? と誰かを選んで言わなければならないというのは、彼女にとって辛すぎる、それこそを身を裂くような思いで向き合わねばならない問題なのだ。そのまま会話があまり弾むわけでもなく、白き月の深層部にあるドックへたどり着き、『エルシオール』まで帰艦した。ラクレットは一言声をかけてから、自室に戻るのであった。

彼には彼女を慰める言葉も資格もないのだから。



その日の晩、エンジェル隊のメンバーはミルフィー直々に彼女の部屋に招待されていた。そこで彼女たちが目にしたのは、それぞれの好物のメニューがテーブルに乗りきれないほど置かれ、まさにパーティーですと言わんばかりの光景だった。ご飯食べに来てください。と言われて御呼ばれしたから来たものの、まさかここまでとは想定していなかったのか、さすがのエンジェル隊もこれにはたじたじであった。美味しいものが食べられると聞いて、ちゃっかり着いて来たタクトも驚きのあまり、口をあんぐりとあけて、無意識のうちによだれを飲み込んでいる。

ランファとちとせはラクレットにも声をかけたのだが、彼は部屋から出てこなかった。なんでも『連日の訓練の疲れがたまって急激に眠いので起こさないでください』といった旨の記されたポストイットが部屋の扉に貼ってあったからだ。一応メッセージを残して、起きたらきて と言ったようにして来たのは彼女たちの優しさと言うよりは常識的な判断であろうか?

笑顔で歓迎してそれぞれの皿に取り分ける、ミルフィー。一応ラクレットも呼ぼうとしていた彼女は、タクトの分の皿ももちろんあった。自分でお店が持てそうな料理の腕を持つ、ミルフィーが作った各々の好みの味付けが加わった好物の料理を前に興奮を隠せていない彼女たちは、笑顔で皿を受け取って舌鼓を打っていた。ヴァニラでさえも、笑顔をうかべちとせの横でポテトグラタンを頬っぺたを膨らましながら頬張っている。

そんな和やかな雰囲気の中、タクトだけはミルフィーの笑顔が、いつもとどこか違うことに気付いていた。そう、何かを思いつめたような、そんな表情だ。後でどうしたのか? と尋ねてみるべきかと結論付けて、とりあえず雰囲気を壊さないように、自分もミルフィーから受け取った料理に口をつけ始める。




異変が起こったのは、そのおおよそ10分後だった。突然ミルフィーが泣き崩れたのだ。
慌ててタクトは彼女を支える。なぜかこの時タクトは彼女の体重をひどく感じなかった。そう、まるで羽のようなそんな印象を受けた。もちろん重さはあるものの、ひどく頼りなく、そのまま浮いてどこかに行ってしまいそうな印象を受けた。


「やっぱり……できないよぅ……私……」

それだけ彼女は言うと、気を失ってしまうそう、気絶をしてしまったのである特に目立った外傷があるわけでもなく、体の内部の機能も健康であるはずなのにだ。突然の事態に、騒然とする一同


「ミルフィー!! どうしたんだ!! 」

「ミルフィー!! 」

「これは……ヴァニラさん!! 」

「はい。ナノマシン散布」

「ちとせ、担架だ!! 医務室まで言って人も呼んできてくれ」

「は、はい!! 」


そして、彼女は医務室へ運び込まれることになった。『エルシオール』史上、大変珍しい急患であったが、そんなどうでもいいことに気を払う人物などこの場に一人もいなかった。




ラクレットは、その頃、自室でベッドに腰掛けてただ、何をするでもなく壁を眺めていた。いろいろと数日間の内に起こりすぎている、そうひしひしと感じ入っていた。自分の中の心境の急激な変化、そして劇的なイベントの数々。そんな事柄に忙殺され、ふと自分と言うものが分からなくなってしまったのか。そんなことをやはり客観的に見ている自分が考えている。

1年前の自分ならば 「貴様! 見ているな!! 」 とでもやったかもしれない
半年前の自分ならば 「なんだ、これ? 」 と疑問に思ったかもしれない。
しかし、今の彼は客観視している自分、それこそが自分ではないのかと思うようになっていた。言葉に表すと、別のニュアンスを持ちそうだが、あえて言うとすれば、

ある時からいるアイツが最近成長しているから、気持ち悪いけど納得している。

なのだが、自分以外には理解できない感覚であろうとは、百も承知だ。今の彼は、ひたすらに考え事がしたかった。カトフェル達の安否について。自分の変わっていく自己像について。自分から未来を変えようとした心境の変化について。それが叶わないと知った時に起こった連鎖的な絶望について

まるで一つの輪になるような、繋がっている事柄を整理整頓して考えていきたいのだ。

しかし、考えようとするたびに、仮説が先立ってしまいそれを振りほどこうともがく自分と、それを観察する自分がいて、急に萎えてしまい先に進まないのだ。

とりあえず、ミルフィーに対して悪いことをしてしまったなと、ふとそういった考えが頭をよぎる。決戦兵器なんて危ないものを乗らなくちゃいけないかもしれないという状況から、一度は逃れたのに、結果的ではあるがもう1度叩き落すような真似をしてしまったのだ。とまあ、そうやって頭の中で反芻するという行為が、自分の罪悪感を弱めているのだろうと分析している自分を認識する。

とまあ、こういった具合で思考がグルグルループしてしまうのだ。

ラクレットの頭では、と言うよりも記憶では、ミルフィーが決戦兵器の同乗者をだれにするか選べという酷な質問に苦しんでいるのであろうという予想に基づいて動いているのだが、そちらの印象が大きすぎるのと、自分の命の危機に対するセンサーの低さから、とある大きな項目を見落としていた。

彼女は、自分が決戦兵器と言う危険なものに乗らなくてはいけないという事にも恐怖を抱いていたのだ。それはもちろん死ぬという事に対しての恐怖でもあり、未知の領域に対する生理的な嫌悪でもあるのだが、そう言ったことを想像する能力が彼にはなかった。ミルフィーユ・桜葉はミルフィーユ・桜葉という存在であり、17歳の初めての恋人ができたばかりの女の子だという認識が薄いのだ。

そう、ラクレットはひどく歪でアンバランスであろう。オリ主という自負があったころの彼は、自分を意図的にオリ主として相応しい行動をするように型にはまっていたともいえる。その型がなくなった今は、感情的な行動と理性的な行動が酷くちぐはぐしている。
生来の不運などを除いても彼は時折常識的におかしい様な反応を見せている。妙なところで達観している部分もあれば、些細なことに執着を持つこともあり、自分の命を計算の式に平気で入れたりと、混沌としているのだ。
そういった妙なところを自分で感じ取り始めたころは、単に自分が合理主義者であり、なおかつその合理の場所がおかしいという分析だったものの、それだけでは説明がつかなくなってきているのだ。

ならば、なぜ?

このひどく歪んでいる自分の人間性について彼は思案する。そうしなければ、罪悪感に押しつぶされるから。という声を無視して思考の奥底へと沈んでいく。

彼が真相にたどり着くまでもう少し



翌日、再び作戦会議が開かれる。エンジェル隊と合流したラクレットは、体は大丈夫かとの心配をされ、社交辞令のように大丈夫ですと返し、彼女たちの後に続いた。

道すがら、昨日ミルフィーが倒れたこと、そしてタクトがその件で『白き月』に行き、何かを掴んで戻ってきた後二人きりの医務室で一晩を明かしていたという事を小耳にはさむラクレット。

とりあえずあまり問題のない方向に推移していることに安心していた。相も変わらず、感情が凍っているラクレットは、微妙に距離を離して後に続いている。エンジェル隊ももちろん馬鹿ではないから、ラクレットがいつものように絡んでこない(彼は絡むというより、話を振られ失言をして、そこを追及されることが非常に多い)ことも当然気付いているのだが、昨今の状況を考えれば、無理に刺激しない方がいいことも分かっていた。

ならばそれこそ、彼の方から悩みを打ち明けられるようにした方がいい。そうそれぞれが結論付けたのだ。ラクレットはエンジェル隊の面々の中では最もヴァニラと似ている。年齢に不相応な立ち位置といい、あまり他人を頼ったりしないで、自分で抱え込んでしまったりと。人間関係において共通点が多い。もちろん外見は小柄で可憐で清楚な美少女と、長身で筋肉質なガチムチ少年だ、見事に正反対である。

そして、エンジェル隊は、ヴァニラに対して自分から頼るように促している。彼に対してもそうしようとしているのだ。最も、最大の問題であるラクレットは、誰かに頼ることなどしないし、ましてやエンジェル隊に『あえて重荷を乗せる様な相談で、時間を浪費させてしまうなんて』それこそ罪であるといった、逝っちゃっている思考回路であるのでそうはないであろう。それもまた、彼が仲間と言うものを真に理解するために必要なプロセスだ。今でも十分強い絆でつながっているが、ラクレットのそれは奉仕であって自分を下に起き対等ではない。それを知ることでより親密な関係に成れるのだ。


さて、白き月の謁見の間に着き、少しばかり待てば、『エルシオール』の重要なメンバーは集合する。今日は白き月のシールドもあるので、レスターも参加している。後のメンバーは前回と同じである、ヴァルター兄弟、白き月の聖母、黒き月の管理者、女皇陛下、宰相、エルシオール艦長、副指令、近衛部隊員と、まさに国を動かすうえで最重要たる人物たちだ。

ここ数日、皇国内で立て続けに起こっている、謎の敵艦隊の襲撃についての会議として、シヴァ女皇とルフトは参加している。多くの仕事が滞らないように、多くの人員が本星の宮殿で四苦八苦しているであろうが、そうしてでも参加死ねばならないような重大な会議であるのだ。


「さて、前回軽く説明した決戦兵器について、詳しい説明をしようと思う」

「おおざっぱに言うとね、クロノブレイクキャノンを搭載した7号機、それが今回の作戦の要よ」


交互に説明していくノアとカマンベール。こんな状況でなかったら、エンジェル隊に夫婦みたいだと冷やかされるくらい息があっている。そもそも、ノアが人間として最も認めている人物であるのだから、当たり前と言ったら当たり前なのだが。


「本作戦では、この決戦兵器をエルシオールに搭載して、可能な限り敵の旗艦に近づいて、射出」

「その後、決戦兵器はエンジンを点火、高速で接近する。そしてNCFCを展開、綻びができたところに、クロノブレイクキャノンを叩き込むわけ」

「こうでもしないと、さすがの紋章機でも出力に不安が残るからな」

「なるほど、『エルシオール』は2段ロケットの1段目という訳かい」


意を得たりとフォルテがそう呟く。作戦の概要は至ってシンプル、近づいてカードを解いて、殴る。実際すごくわかりやすい。


「そして、この決戦兵器のパイロット候補は二人いたわけだけど……」

「ラクレットは出力が足らず、桜葉少尉に乗ってもらうことになった」


一瞬だけカマンベールがラクレットの方を向き、そう述べた。当然のごとく、『エルシオール』の乗組員である作戦の詳細を知らなかったメンバーの視線は彼女に向くが、当の本人微笑を浮かべながらタクトの横で規律している。


「そういう訳だったのですわね」


昨日のミルフィーの様子と、参加しなかったラクレットというピースが頭の中でつながり納得するミント。しかし話はこれで終わりではない。


「そしてだな、この決戦兵器は二人乗りなんだ。操縦者をサポートし、テンションを高く保つための人員が後ろに乗る必要がある。急ごしらえだからな、こうせざるを得なかった」

「そして、彼女には誰にするかを選んでもらっているの」


やはり責任を感じているのか、やや伏し目がちにそう説明する二人。そもそもこの二人が説明をしているのはそういった罪悪感から、ルフトたちにさせるのは心もとなかったからでもあるのだ。はっとしたような表情で、ミルフィーの方を見るエンジェル隊のメンバー。


「ミルフィー、アタシにしな。アタシなら上手くやれるよ」

「私にしなさい!! 遠慮なんていらないわ、慣れているもの」

「遠慮なさらず私を選んでくださってもいいですわよ? 」

「お供致します」

「若輩者ですが、私も務めさせていただきます」


彼女たちは、ミルフィー一人にそんな重荷を背負わせようなどはしない。彼女がこの事で悩んでいたのだと、すぐに察したのだ。その為彼女がこれ以上苦しまないように、自ら立候補する。しかし、そんな中ミルフィーはにこりと微笑みながら強く宣言する


「私、もう決めています」

「先生、オレが乗りますよ。二人で話し合って決めたんです。一緒にって」


ミルフィーが選んだのはタクトだった。そう、昨日ミルフィーが倒れた後、白き月へ原因があるのではないかと睨んだタクトは、夜遅くではあったが無理やり謁見し真相を聞いてきた。その時ノアの
「テンションを高くするサポートだから、別にH.A.L.Oシステムの適性はいらないわよ」
と言う言葉で閃いたのだ。

そして二人きりの深夜の医務室で、その事を伝え。お互いの気持ちを通じあい。今日にいたるのだ。


「おい、タクト!! 」

「レスター、これが一番成功率が高いんだ。オレはこの銀河で一番ミルフィーを幸せにする自信があるからね」

「タクトさん……」

「扱いにくいボケでごまかすな!! ……ったく、わかったよ。ルフト将軍、このバカは、馬鹿なことを言っていますが、馬鹿なりに正論です」


そんなにバカバカ言うなよー。とタクトが不満を漏らし、それに対してミルフィーが 馬鹿なタクトさんも好きですよー。と返す横で大変シリアスにレスターは司令の考えに副司令として賛成ですと上官に伝える。なんだかんだで、仲間思いの熱いやつなのだ。本人は認めたがらないが


「うぅむ……しかしタクトかの……」

「ルフト将軍、私からもお願いします」

「シャトヤーン様」

「私は信じたいのです。二人の愛の力を」

「白き月の意見よね、愛だの恋だのって」

「でも、悪くないだろ? これからは協力していくんだから」


次々と賛成の意見が集まって行き、ルフトも自分も内心賛成だったのだが、立場上そう簡単にGOサインを出せなかったという事で。サポート役はタクトが務めることになった。




作戦概要

およそ72時間後に本星周辺宙域に到達する敵の旗艦『オ・ガウブ』を本星付近で迎撃をする。
まずは決戦兵器を『エルシオール』の格納庫をほぼフルに使い収納。各紋章機は白き月よりそのまま出撃、『エタニティーソード』のみ、シャトル通用口からの出撃なので、戦闘宙域についてからとなる(当人のスタミナを考慮)
その後敵の戦艦を撃退しつつ敵旗艦のぎりぎりまで近づく。距離にしておよそ6000
その場を制圧した後決戦兵器を射出し、紋章機はそれを援護。敵との距離を1000まで詰めたらNCFCを起動
敵フィールドの中和を確認しだいクロノブレイクキャノンで敵旗艦を破壊する。



「何か質問は? 」


作戦の詳細を説明し終わったカマンベールが、中指で眼鏡を押し上げてそう周囲に問いかける。すると、ランファの右手が上がり、彼は視線で促す。


「敵艦を迎撃するときミルフィーはどうするの? 」

「彼女は7号機のパラメーターの最終調整を格納庫で受けてもらう。ギリギリまでコンディションに合わせた調整を施したいからな。タクト・マイヤーズ司令はポイントに到達し次第、格納庫で決戦兵器に搭乗してもらう」

「最後の戦いはミルフィー抜きか……」


その言葉の意味を噛みしめるようにランファは呟いた。ミルフィーの戦力はかなり大きいのだ。しかし、タクトはにっこり笑っていつも通り宣言する。


「大丈夫さ、皆ならきっとできる。オレがついているわけだし」

「だから、不安なんだけど? 」

「タクトさんはミルフィーさんがいないと、本気を出しませんからね」

「あはは……これは手厳しい」


軽口をたたき合う面々。ノアはこれが白き月の、人間の強さなのかと改めて納得した。この不利な状況で、困難な作戦の概要を説明され、それなのに笑顔を浮かべて冗談を言い合うことができる。そんな彼女の様子を、カマンベールとシャトヤーンは微笑を浮かべて眺めていた。


「さて、本作戦の名称を決めたいと思う」

「はーい!! 」


ルフト将軍が最後にそういうと、今度はミルフィーから手が上がった。この作戦の重要人物である為彼女に命名の権利はあるであろうと考えたルフトはいつも通り好々爺とした表情で彼女を指名する。


「えーとですね、私たちはこれから、相手に近づいて思いっきり頬っぺたをぶっちゃうわけですよね? 」

「頬っぺたって、アンタ……」

「だから、『エンジェル・スラップ』っていうのはどうかな!? 」


それは彼女の願い。自分はタクト・マイヤーズの天使で幸運の女神だというそこから来た、この作戦にはぴったりの名前。


「よし、それではこれより本作戦は『エンジェル・スラップ』と呼称する!! 」


ルフトがそう宣言すると今まで黙っていたシヴァ女皇が一歩前に出る。


「皆の者、頼んだぞ。この国を救ってくれ」

────了解!!


すでに1列に整列していた全員からタイミングの揃った敬礼で返され、シヴァは自分の部下たちにすべてを任せるのであった。



しかし、この僅か2時間後、敵艦がこの宙域に襲来するのであった。









[19683] 第17話 先遣隊
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/11 02:07

第17話 先遣隊


「敵に旗艦反応なし、どうやら先遣隊の様です!! 」


来襲してきた敵の艦隊はどうやら敵の本陣ではなかったようで、様子見の先遣隊────足の速い艦で構成された部隊だった。本星であり、最終防衛戦までこの艦が来たのは、シヴァ陛下の英断に起因している。彼女はオ・ガウブが出てきた場合味方の艦隊がただの棺桶になることを理解し、警戒網を張るに留め、皇国本星の最短ルート以外での戦闘を割けるようにルフトに厳命したのだ。
もちろん、無差別に人の住んでいる惑星やステーションを襲撃された場合、玉砕覚悟で時間稼ぎをする必要があるが、無駄な戦闘を割けるようにしたのである。その結果先遣隊が妨害されずに到達してしまったのである。


「皆、落ち着け、冷静に対処すれば、そこまで問題のある敵じゃない」

「そうですわね、以前は余裕で蹴散らしていた敵ですもの」

「油断は禁物だがね、負けるような敵ではないさね」

「そうよ!! 私たちは銀河最強のエンジェル隊なんだから! 」


タクトの言葉に、士気を取り戻す面々。一度大敗をしているが、その前の遭遇戦ではそれぞれ数隻を相手に十分戦えていたような戦力なのだ。敵の母艦すらいないのだから、数が多くとも十分対処ができる数だ。
とりあえず、現状『エルシオール』が向き合っている敵艦の数はおおよそ30。冷静に考えれば、泣きたくなるような数ではあるが、味方の援軍として5隻のザーブ級最新戦艦が味方に付いており、エンジェルフェザーを解放した紋章機6機と同様に翼のはえた『エタニティーソード』と正直お釣りがくるレベルの戦力である。

もちろん敵の戦力の増援が来る可能性もあり、味方の艦隊の多くは先に述べた防衛のために出払っており、味方のこれ以上の増援はあまり望めない。もちろんこの最終防衛線を構築しているのもあるし、他の方面軍の援軍に向かっているのだ。


「それじゃあ、護衛艦の皆さん、速度の関係で我々が先行しますので、撃ち漏らしの掃討よろしくお願いします」

「了解した」


護衛艦隊を率いるレジー大佐にそう命令をするタクト。彼は先の内戦で大佐になったためタクトの方が先任なのである。加えて護衛する側とされる側というよりも、エンジェル隊を指揮するタクトに合わせた方がより迅速な対応ができるのだ。


「エンジェル隊、戦闘機部隊 出撃!! 」

────了解!!


そして、『エルシオール』から7機の機体が発進し敵に向かって進撃を始める。主な敵が高速戦艦であるため、ランファとラクレットの同時攻撃による攪乱はさして効果的ではない。しかし、それぞれがたいまんを張っても十分倒しきれる敵ではある。1隻当たりの武装と装甲が大したことが無い為だ。むろん主砲に当ればひとたまりもないが、紋章機の速度では無視できるものだ。


「ランファとミント、ヴァニラとちとせ、ラクレットとフォルテで3組に別れて、それぞれ右、右中間、左中間に進んでくれ、基本的には近くの敵を片方が引き付けて、もう片方で止めを。ミルフィーは左の方向に行って、暴れてきてくれ」

「えー、私だけ一人ですかー? 」

「あんた、いま好調なんだから良いじゃない別に」


しかし、一応念には念を入れて、2機で1ペアの単位として運用することにしたタクト。ミルフィーは数と能力の関係上一人になるが、アバウトな指示で危なくなったら戻ってくるように言っただけと、彼女に任すような命令だ。まあ、今の彼女は単体では最強クラスなのだからあまり問題は無いのだが、ミルフィーとしては少々複雑な心境である。

文句を言っても一応は司令官のタクトの命令に従わないわけにはいかないわけで、指示された通りの行動を始める各機。最初こそ久々の(ちとせにとっては初めての)エンジェルフェザーを展開した全力機動に若干戸惑っていたが、ものの数分で勘を取り戻して、破竹の勢いで敵を刈り続けていた。

戦場の動きは、ランファが接近し敵を複数集め、引き寄せたところにミントがフライヤーによる攻撃の雨を降らせる。ヴァニラが回避を生かして敵を誘導し、それをちとせが的確に機関部を狙撃していく。ラクレットが密着し砲台を落とし、それをフォルテが撃ち合いで沈める。そういったパターンが既に形成されていた。実際コンビネーションとしては最適であろう。もちろんミルフィーは一人で圧倒的な戦火をあげているのだが、やはりどこか危なっかしい。
なんというか、強力で大味な攻撃を主にしているわけで、攻撃が命中しなかった場合、自分の速度も相まってかかなり近づいてしまうことになるのだ。もともと、速度、攻撃、射程、回避が押し並べて高い機体が強化されているので、まさに万能な機体なのであるのだが、どうにも隙が大きい。まあ、相手にしている敵の数が多いので当たり前なのだが。そう言った不安定さこそが彼女の魅力であり元味でもある。


「司令!! 敵増援です。同型の高速戦艦が20、戦艦が3隻、空母1隻です」

「うーん、場所はミルフィーとフォルテ達の方か……よし、フォルテはミルフィーの援護に回ってくれ。ラクレットはそのまま無理をしない程度に敵の足止めを頼むよ。他の皆も戦線を左に移すよ。護衛艦の皆さんは右側をお願いします」


敵に合わせて逐次陣形を変更し応対していくのは下策であるが、此方の撃破のペースが完全に出現のペースを上回っている現状、あまり問題は無い。そもそもこのメンバーで打ち破ることのできない策を先遣隊が持っているとは考え難く、どの道敵をすべて殲滅させる必要があるのだ。


「了解だよ、ミルフィー止めは任せな!! 」


「はーい!! それじゃあパーンと行きますよ!! ハイパーキャノン!! 」


圧倒的なエネルギーを持った光線が発せられ、直線状にいた数隻の艦を丸ごと薙ぎ払う。止めを任せろと言われたからか、破壊よりも拡散を重視しているのか機体を左右にそらしながらの砲撃である。まあこのビームは曲がるわけだが。そして、かろうじて生き残った艦に対しては、フォルテの『ハッピートリガー』からミサイルと銃弾の嵐が降り注ぎ機能を停止する。
他のエンジェル隊も、戦線を維持しながら指示された方向に移動を始める。戦いは順調だった。


ラクレットは相も変わらず、効率よく敵の懐に潜り込み、攻撃をよんで回避し、返す刀で砲台を沈める。と言った単調作業を繰り返していた。今回は足止めがメインのため、砲台を6割ほど落としたら、次の高速戦艦を狙いより多くの敵の自分に対する危険度をあげて、要はタゲを取る行為を務めていた。
今の彼はひたすらに機械的に最適な行動をしているだけであり。一種の機械のような存在だ。最もものすごく精密で優秀なCPUを搭載した機械ではあるが。おおよそ6隻ほどの艦の群れができ、ヒット&アウェイで引き付けながら。これくらいが限界だと判断し、これ以上敵にちょっかいを出すことをやめていた。
一応自分のキャパシティをわきまえているのだ。相も変わらず機械的な動きで敵を捌いてゆくラクレット。長期戦上等であるので、攻撃目標は敵の砲台のみだ。故に徐々に敵の攻撃が鈍くなってゆくのが手に取るようにわかる。しかしだからと言ってこれ以上無理に敵艦を増やす行為をせずに、ただひたすら目の前の敵を慎重に削ってゆく。1%以上の確率があるのならば、彼は危険な行為をしない。それが機械的な動きをしている彼の判断だ。

そう1% 100回に1回程度の確率までしか彼は見ることはしない。故に、いやだからこそ彼は手痛い失敗を犯してしまう。そう、彼が粗方の砲台をそぎ落とした艦を落とすべく、最後の攻勢を加えようと接近した時だ。彼の鋭い左の刃は敵の機関部を切り裂いた。その時機体の少し後方で突如巨大な爆発が起こったのだ。


「っくあぁ!! 」


無人艦とは言え、いくつかの艦には緊急時に人を乗せても良いように空気は積んである。そう、機関部を切る少し手前の部分に置いてあった何らかのものに刃が届き、それを切り裂いた結果、大きな爆発を発生させてしまったのだ。この現象はおおよそ0.2%で起こりうると計算されており、なおかつエオニア戦役において1度観測されているのだ。
しかし、今の彼はその危険性がほぼ眼中にない状況にあった。1度その爆発に巻き込まれてからは、斬撃を与えた後相手の爆発があってもいいように気を張っていたりシールドの出力を上げたりとしていたのだが、長く期間が空き徐々にその習慣が廃れていった。
これは彼が悪い事ではないのだ。単純にあまりにも起こりえないことに対して警戒するリソースを割くくらいならば、他の行動をした方が効率が良いと判断するのはおかしくない。だが、それ故に彼は完全に予想外の衝撃を貰ったことになる。もちろんそんな爆発で削れるシールドは微々たるものだ。クロノストリング搭載機は伊達ではない。しかし轟音と閃光そして衝撃により一瞬、そう本当に一瞬だ。その刹那の時間、彼の機体の操作が疎かになる。その瞬間を敵が見落とすわけがなかった。この戦場での弾丸の速度は亞光速であり、相対速度は過去の地球上の戦場よりもむしろ緩やかであるが、絶対速度においては凄まじいものがあるのだ。今の攻撃受け敵A.Iから切り捨てられる判断のされた戦艦。それに被弾してもすでに構わないのか、一切気にせず周囲の敵戦艦群は攻撃を仕掛けてくる。攻撃の質が動く点を狙う物から、点の周囲の空間を狙いものに切り替わったのである。


「クソ!! 」


瞬間的に降り注ぐ攻撃。まだシールドに余裕はあるが、それでも無視できるものではない何より衝撃が連続し先ほどの閃光もあってかうまく体が動いてくれない。操縦時に5感の機能が上昇しているのも相成って、スタングレネードを食らった気分なのだ。何とか出力を上げてその場を離脱しようと速度あげる。

だが、それが彼の最大の失策だった。

彼が飛び出した空間。それは敵の戦艦、そう先ほどまで相手にしていた高速戦艦とは違う重装甲重火力の戦艦。その正面だった。


「な!! やば」


あまりの事態に完全に対応が遅れてしまうラクレット。気づいたタイミングで全力で回避をしていれば、まだ『戦闘不能』で間に合ったかもしれない。しかし、それをする前に頭の中の自分が、冷静に完全な回避は、戦闘続行は不可能、終わったな。と判断を下した。それが一瞬彼の動きを遅らせた。
巨大な砲門に光が集まっていく光景がスローモーションで見える。すでに敵の側面のレーザーとミサイル、レールガンは発射されている。それだけならば耐えられるだろうが、先ほどのダメージと主砲も鑑みれば、シールドのほぼすべてが消え去るであろう。
そんな判断をさらに頭の中で誰かが下し操縦桿を握る手の力を抜いた時。タクトから、自分の名前を叫ぶような声を聴いた時。彼の視界は捉えた。






砲撃を食らい、爆発する敵の戦艦の姿を

そして、その戦艦に攻撃を加えた、味方の戦艦の姿を

何度も何度も訪れ、そして地獄を見たその戦艦の姿を




「こちら、カトフェル。援軍に来たぞ、エルシオール」





結局その後、再会を祝うよりも前に、敵を文字通り全滅させ、カトフェル少佐はシャトルで白き月まで来た。司令とほかのクルーはそのまま第1方面軍の修理ドックに向かった。すでに運用ぎりぎりまで傷を負っていたのである。

あの別離の後、エルシオールがドライブアウトした後、敵旗艦はすぐに攻撃をやめ、どこかにドライブアウトしていった。その結果ドライブアウトすることができ、敵の残していった戦艦を振り切り逃走に成功した。この戦艦の他に2隻いたのだが、それらは、ダメージがひどく、近隣の基地に向かっていた。比較的といっても相対的ではあるが、被害の小さかったカトフェルたちの艦は本星に向かっていった。

通信機能を使い、周囲の基地と連絡を取ろうとしたのだが、エルシオールはかなり優秀な機器を搭載しているので可能だが、この時代の戦艦は基本的に超々距離の通信ができないのと、多くの『軍事基地』が壊滅しており、本星と連絡を取ることができず、ここまで戻ってきたのである。


「以上が我々の報告です」

「うむ、カトフェルよ、よくぞ生き残って戻ってきてくれた」


シヴァ女皇に労いの言葉をかけられる、カトフェル。敵地で殿を務め、その後無事生還したのだから、それは当然であろう。皇国としても、先の大戦で失った人員が多く、教導もこなせる優秀な人物は重要であるのだ。


「最終決戦では、こちらが新たに戦艦を用意するので、その指揮にあたってほしい。司令には約束通り、地上に降り大将職をしてもらうからのう。新司令は君だが、クルーも君なら納得するであろう」

「司令はそれだけを嫌がっていましたよ、帰還にあたって」


戦艦の艦長で司令は、今回の任務を最後に地上に降りるように将軍となったルフトと約束をしていた。本人はここまで来たら死ぬまで艦に乗っていたいといっていたのだが、ルフトに懇願され、地上に降りることとなったのだ。


「それで、ヴァルター少尉と話をしたいのですが」

「うむ、彼なら今エルシオールにいるであろう、そうじゃろ、タクト?」

「あ、はい。さっきの戦闘の後、堪えたのか部屋に戻っているはずです」


本当ならば、ラクレットもこの場に来るのであろうが、彼は先ほどの戦闘で自分の力を過信していたことに気がついて、カトフェルに合わせる顔がないと、部屋に閉じこもってしまった。タクトも1度は声をかけたのだが、一人にしてほしいといわれ、白き月に呼ばれていたのでここに来たのである。
先ほど死にかけたので、エンジェル隊も心配をしていたのだが、やんわり今は一人にしておいてやるべきと言い含めてきたのだ。タクトもカトフェルならば、ラクレットも話をせざるを得ないだろうと考え、彼をエルシオールまで案内するのであった。








「入るぞ、ヴァルター少尉」

「…………少佐」

「ふむ、片付いているな」


ここはラクレットの部屋。先の通りカトフェルはエルシオールのラクレットの部屋を訪ねていた。やはり、奇跡の生還を果たしたことになっている恩人を部屋に入れないわけにはいかず、ラクレットは扉を開いて招き入れていた。何時もに比べて少し表情に陰のあるラクレット。今の彼は感情が死んだ機械というよりも、誤作動を起こした機械の前で頭を抱えている経営者といったところだ。


「さて、よくここまで生き残ったな」

「はい、少佐のご教授の賜です」

「そうか、それにしては先ほどの戦闘において、ずいぶん無様な醜態をさらしていたようだが」

「申し訳ありません」


一切の迷いなくラクレットの傷口を切り開いてゆくカトフェル、傷口の膿を出すといった点では正しいのだが、やや性急であったと言わざるを得ないであろう。その証拠にラクレットの表情がまた凍ってしまう。といっても一瞬だが


「指揮をしていた、マイヤーズ大佐とも話をしたが、やはり無理をさせていたかもしれないと悔やんでいたぞ。貴様には自分のできる分を理解して動くようにと教えたつもりだったのだがな」

「はい……」

「ここ数日の貴様の行動は聞いた。気でも狂ったか? シミュレーターの稼働時間が2日で12時間とはどういうことだ」

「………」

「スタンドアローンの物も利用して、ログを少なく見せかけていたようだな。全く、変なところで千枝の回ることで」


どんどん指摘されてゆき、しまいには黙ってしまうラクレット。貴方達が死んだので、その分頑張っていましたなんて言えるわけがない。そもそも軍隊はそうやってひとりが責任を負う場所ではないのだから。


「大佐はな、かなり心配していたぞ、だが口を出せるような状況でなかったそうだ。その点に関しては私にも責任はあるが、それは作戦行動だったからでもある………この艦は甘い、いやそれが悪いことではないのだが、こういった時にお前のような奴がいると、逆効果になってしまうのだ。わかるであろう? 」

「はい」


カトフェルは別にマイヤーズのやり方を否定しているわけではない。こういった抜くところは抜き、締めるべきところではきちんと締めるという方法はきちんと運用できれば、かなりの効率を生むことは重々承知している。しかし、ラクレットのような一つのことに固執して無茶をしてしまう人物には、あまりあっていない。

実際ラクレットが、戦艦での扱きに堪えられたのは彼がキチキチの規律に若干の居心地の良さを感じたからだ。いわゆる指示待ち人間ゆとり世代の気質がある彼は、こまめに命令を受けるような場所で訓練を受けることがちょうどよかったのだ。もちろん、最終的には自分で考え臨機応変に応対することが求められるが。


「貴様にはまず、自分を守ること理解することを教えたが、間違っていたようだ」

「と言いますと? 」

「ラクレット、お前は……仲間を信用しているが、信頼していないだろ」


正面から目を見据えて、そう言い放つカトフェル。ラクレットは今度こそ本当に表情が人間的に凍りついた




一度ラクレット・ヴァルターという人物について振り返ってみよう。彼は何らかの要因で別の人生という記憶を持って生まれた。年の離れた兄二人と両親に囲まれて育った彼は5歳の時その家に伝わる風習で、エタニティーソードを起動させてしまう。そのせいでただでさえあった増長が肥大化し、自分こそが主人公であるといった英雄願望で固まってしまう。
しかし、先の大戦で戦ううちに、自分の中にあった矛盾と、『人の死』に気づいて一度記憶がリセットされる。その後それを取り戻した彼は反省し。エンジェル隊の力になり、彼女たちを助け守りたいと望むようになった。
その後先の大戦で活躍し、表彰を受けた彼は、今回の戦いに偶然が重なる形で参戦し、初めて味方を失う経験を経て、成長するわけでもなく、心を閉ざし訓練に励むことにした。結果戦い方が機械的になり、過去に犯した過ちの轍を踏むこととなった。

彼の本質は、誰かのため、特に親しい人のために動くことだ。改心した時の彼も、エンジェル隊を守りたい、おこがましいですが と言っており、お互いに対等な位置に立つというよりも 上位の者に対して仕える様な姿勢だった。

そう、彼は誰かに頼るという行為が苦手だ。促されてならばともかく、自発的に行うといったことができてない。

これは彼の自分に対する過小評価からも来ている。エンジェル隊やタクトたちに対する崇拝のような感情、神格化してしまった思いがそれと相乗効果を起こしてしまっているのだ。
そうでなくとも、人を信用するのに時間がかかり、信用したらしたで、迷惑をかけて自分への心証を悪くしたくないという一心が出てきてしまう。その結果頼ることをしなくなる。
人に中々なつかない大型犬といった所か。問題なのはなついた後、飼い主に嫌われたくないのか、良い子でい過ぎてしまう。非常に面倒な負のサイクルの中に彼はあるのだ。


「お前は、自分を低く見すぎだ。いや嫌われたくないのか? ともかく誰かに物事を頼もうとしていない。信じて頼っていないのだ」

「そ……そんなことは……」

「仲間と信頼できているのならば、たとえ意味がなくとも不合理でも、誰かに泣き付くべきだった。まだ14なお前はそれをする権利があったはずだ。兄と再会したのだろう? 」


ラクレット的には兄はあまり関係が深いわけではないので除外してもいいのだが、そのとおりである。考えても見てほしい、短期間とはいえ、大きく世話になった人物が、自分たちをかばって安否が不明な状況になったのだ。

大人であっても誰かに支えられて立っていられるような状況。そんな中、傷のなめあいすらせずに、自分を責め、自分の力のなさを嘆き、無茶苦茶なメニューで訓練を開始した彼は、はたして誰かを頼ることができていたのだろうか?

答えは否だ。仲間のことを信じることはできている。支えになることはできているし。どうしようもない状況に陥ったら、それを回避しなければ回りごと被害を受けるのならば協力を要請できた。

しかし、真に自分のために、言い方は悪いが、仲間を『利用する』ことができたのか?
それは彼ができていなかったことだ。自分の為に好きな人の力を使う。それができない人間だ。決して珍しい存在ではないが、このエルシオールにおいては問題があった。



「お前は少し自分に自信を持つところから始めるべきだな」

「……昔は過剰なほど自信があったのですが、打ち砕かれて以来は正直……」


そう答えるラクレット。
いきなり頼れと言われても難しいものがある。彼の場合は自分なんかが迷惑をかけてもいいのだろうか? といった状況だ。

故に自分に自信を持てとカトフェルは言った。そうすれば彼の場合ある程度の好転は起きるであろうから。


「ともかく、明後日には決戦だからな。自分の中でそれまでに答えを出す必要があるだろうな」

「………はい」

「マイヤーズ大佐、エンジェル隊、ほかのクルーたちにも、卑屈にならない程度に謝っておけよ。彼らは貴様を心配してくれたのだからな」


そういって立ち上がるカトフェル。彼もこの後クルーと合流して、戦艦の指揮をする準備をしなければならないのだ。決して暇な時間を過ごせるわけじゃないのである。


「今日はもう休め、明日は言われた通りにしろ。これは命令だ」

「……了解です」


カトフェルは最後にそういうとラクレットの部屋を後にした。
ラクレットは閉まった扉を見つめながら思案にふけるのだった。

意識の在り方は変えた。力もつけた。
彼に足りない物、それは力の運用なのである。




[19683] 第18話 決戦 彼の答え
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/12 10:35



第18話 決戦 彼の答え



ラクレットは翌日、今まで迷惑をかけていた人々に謝罪に回り、すでに何度目になるかわからないね、といった旨をそれぞれからもらい、そのまま部屋に戻っていた。昨日言われたことをもっと考えたかったのだ。

仲間を頼っていない、その節はある気もする。

今までの自分は誰かのためにある と言った 他人を中心として滅私の考えで行動してきた。考えて見れば、いままでエンジェル隊の頼みごとを断った回数は、片手で数えられるが、何か自分の為だけに頼みごとをしたことがあるかを思い出せない。昔読んだ心理学の本では、自分がしてあげた行動としてもらった行動の2つの内、してあげた行動を35倍記憶しているという学説があったとか。それにしたってこれはひどい。
自分を捨てて他人のために行動しているのに、見返りを求めない人間は異常者だと、頭の中で考察されるが、全く持ってその通りだ。前の決戦の最中でも、自分一人で全部やろうとして、意識を失いかけ、戦闘の合間休憩するような事態になったのに、全く成長していないのだ。
自分は仲間を信じていないわけじゃないしかし、依存したり頼ったりなどそういったことが極端に苦手なのだろう。というより変なことをして嫌われるのを恐れている? そんな風に結論付ける。これはもう前世からある自分の癖だから直しようがないこのままだと。

そんな風にまた頭で分析され、自分でもその通りだと思うラクレット。しかしながら、カトフェルにも言われたのだ、このままではだめだと。ならばどうするべきであろう? 結局の所、いきなり自分が誰かを頼るなんてことで切るはずがないのだ、ならばそう、言われた通りのアドバイスから着実に始めていけばいいのではないか?


「自分に自信を持て……か……」

「難しいな、そうやって自分を変えていくのは」


ラクレットの独り言である呟きに対して、いきなり反応があり、彼は驚いて入口を見る。
そこには、空いたドアの背に背中を預けながら、カマンベールが立っていた。


「ドアの鍵かけないで考え事は、お勧めできないぜ」

「いや、開けないでよ、せめてノック頼むよ」


どうやら、鍵がかかっていないことをいいことに、勝手にドアを開けたらしい。ボタン一つでほぼ無音で開くドアと言うのも考え物だ。一応ロックは可能なものの、状況に即応するためにあまり鍵をかけていないのだ。ナチュラルにそのまま部屋に靴を脱いで、上がってくるカマンベール。ラクレットはとりあえず、自分の目の前のソファーに座らせる。


「へー、少しはマシな対応ができるようになったな」

「そっちこそ、忙しいんじゃなかったの? 」

「いや、もうオレにできるとはない……全部やることはやったさ」


なんだかんだ言って、二人は最低限の会話しか今日までしてこなかった。口裏を合わせるために必要な内容を交換しただけだったのだから。ラクレットが時間を作らなかったのと、白き月に着くまでの『エルシオール』の中では、ノアの隣でずっと今後の策を考えたり、雑談したりとしていて、あまり接点がなかったのだ。というより、カマンベールが少し自重していた節がある。そもそも軽い監視は常についていたのだ、自ら怪しまれる行為をしていらぬ疑心を誘発するなどあの状況では愚の骨頂だったであろう。


『それにしてもまさか、お前も兄さんも前世があったなんてな……通信が入った時は驚いたよ』

『なんで、日本語? 正直発音にあんまり自信ないんだけど? 』

『機密保持のためだ、前世の話がなんかの拍子で漏れてみろ、面倒くさいだろ』


カマンベールは、饒舌な日本語で、それに答えるラクレットは、少々詰まったような日本語で返す。まあ判断としては正しいであろう。誰かに聞かれるリスクはあるが、いくらでも取り繕うことはできるのであろうから。


『俺は、黒き月のコアの内部でコールドスリープしていた。そしたら黒き月が破壊されて起きたわけだ。なんでそこで眠ることにしたかと言うのは……まあ、省こう。其の後コアの周辺に、超高周波による日本語の通信が入ってだな、それでおおよその事情を把握したわけだ』

『兄さんは最初からコアの中で生きていると知っていたわけか……あ、でも見当はついているって言っていただけだし、どういう事なんだろうね? 』

『さぁな? なんか仕掛けはあるんだろうが、今考えても分からんだろう』


二人は、自分たちと一応は血のつながっている、謎の多い兄について話し合う。結局の所、すべての出来事がエメンタールの掌の上で動いているような気がしているのだ。まあ、今はそんなことに構っているよりも重要なことがあるので、あまり考えている余裕はないのだが。


『にしてもお前は、成長はしているのかしてないのか……おりしゅ とか言わなくなったが、うじうじ悩んでばかりだな』

『否定はしないけど、そっちこそ肉体的成長が一切ないじゃないか、160あるの?』

『『……』』


互いが、互いの事をなんだかんだ言って把握していないため、一番傷をつける部分をえぐりあっている。まあ、人間はこのように相互理解を深めていくのであるが。さて、そんな無駄な会話をして、互いが今まで何をやっていたかを話していると、来訪者を告げる呼び出しの音が鳴った。


「はーい、空いているよ、どうぞー」

────お邪魔します


そう言って入ってきたのは、レスター、ココ、アルモのブリッジスタッフであった。意外なメンバーに慌てて席を立って、玄関まで行くラクレット。てっきりクロミエだと思ったのだ。まあ、普段はクロミエしか来ないからなのだが。


「ふむ……かなり綺麗にしているな。軍人たる者身の回りの整理整頓は基本だ」

「そうですねー、あ、ベッドの下とかは見ないから安心していいよ? 」

「ちょっとココ、いきなり何を言っているのよ」

「レスターさん、ココさん、アルモさん……どうしてこちらに? 」

「レスター・クールダラス副指令に、ブリッジの少尉さん方。弟に何か用ですか?」



とりあえず、お茶を入れるためキッチンに向かうラクレットは、そこから問いかけた。その間、来訪者の3人はキョロキョロと部屋を見渡しながら、カマンベールがどいたばかりのソファーに女性二人を座らせレスターとカマンベールが床に座る。
とりあえず、面倒くさいときに使うインスタントのコーヒーを5人分入れ、砂糖とミルクの入った容器と共にお盆に乗せて、テーブルまで持っていく。


「それで? 結局どんな用件なんですか?」

「明日は決戦だからな、仕事も終わって少し時間ができたから、顔を見に来た」

「レスターさん……」

「…………」


ナチュラルにラクレットに好意的な発言をするレスター。ラクレットはそれを受けて若干感無量であった。まあ、自分が果たしてきちんと周りと信頼関係を作ってこられたかと言われれば、YESと断言できない現状だからだ。
それを少々疑念の目で見つめるカマンベール、ラクレットがこれだけ男女比が偏った船にいて、なおかつ研究員とは名ばかりのような外見にも気を使う、きれいな女性ばかりの艦に三ヶ月+今回の一ヶ月半搭乗していて、彼女ができていないどころか、女友達さえ怪しいという状況なのに、イケメンの副指令や、謎の中性的美少年とばかり仲がいいと聞いていたからである。
カマンベールからすれば、職場にかわいい女の子が、しかも頭がいいのがいるだけで恵まれているであろう環境と断定できるのにだ。


「ああ、親友には秘密の後輩との禁断の関係……良いわ!! 」

「ちょっと、ココ!!」


そして、それを眺める少尉二人のリアクションもいい具合に彼の誤解を加速させていくのだが、ラクレットは全く気付いていなかった。ただでさえ、フラグブレイカーなのに、ホモ疑惑までついたら救いようがないであろうに、今の彼はそのことに関して無頓着であった。


「まあ、どうやら、カトフェル少佐と兄にうまく言われたみたいだな」

「はい、一応なんとなくつかむことはできました」

「そうか……俺は、誰かを励ましたりするのは不向きだからな……それでも悩みくらいは聞いてやる」


優しくそう言い聞かせるレスター。なぜ彼がここまでするのかというならば、レスターはまるで自分の昔の姿を見ているような気がするほど、彼の行動と自分の過去を重ね合わせてしまったのだ。
彼も昔、まだ士官学校の学生であった頃、自分に課されたことはすべて自分ですべきだと考え、それを頭の悪い努力才能能力ですべてさばいていたのだが、タクトと会うことにより、周囲との効率的な関わり方や適度な肩の力の抜き方……といっても彼の場合は皮肉を言う程度だが、それを身をもって学んだのだ。


「悩み……ですか………ないわけじゃないですけど、これは僕が解決しなくちゃいけないものだと思いますから」


ラクレットは、さっそく他人に頼らないで、自分で解決しようとしているのだが、彼の頭の中で、これは誰かに頼るために必要なことなのだと客観的に結論付けられ理論武装が完了する。


「そうか……なら、俺からは何も言わん……いや、明日の決戦での活躍に期待している」

「はい、ありがとうございます」


そんな感じで二人がゆっくり話している間、カマンベールは、ココとアルモの質問責めにあっていた。


「ラクレット君の双子のお兄さんなんですか?」

「いや、前にも言ったが、オレは21でここの司令と同い年だ」

「え~!! そんな風に見えないですよ!! 」

「いや、これでも皇国の大学出ているからな、飛び級だが」

「兄弟そろって飛び級なんですか!? 」

「あ、ああ、俺は6歳で大学に入ったぞ? 」

「すごーい!! あ、だからこんな任務を」


といってもココが矢次ぎ質問を投げかけているだけで、アルモはレスターの優しげな横顔をみてキュンキュンなっていたわけだが。



全員が帰った後。既に時間は深夜、ラクレットは壁を眺めながら、今日何度も自問自答した答えの片鱗をつかんだ。


「そうだよ、簡単なことだったね」


ラクレットはそのまま立ち上がり、一歩前に出て、手を伸ばす。


「今は、まだ自分だけじゃ無理だ。だから明日だけは……最後になるかな……?……いや、終わりにしよう……」


同時刻エンジェル隊のミルフィーを除く5人はティーラウンジにいた。
まあ、ミルフィーも先ほどまでいたのだが、通信装置が呼び出し音を告げた途端に、顔を綻ばせ、この場を後にしたのだから、全員見当はついている。男(タクト)か。というわけだ。そういった経緯で、現在決戦前夜エンジェル隊は5人でお茶を続行しているわけだ。


「ちとせ、緊張してないかい?」

「いえ……していないと言ったら嘘になりますが、先輩方もいますし、作戦だってこれ以上のものはないと思います。ですから適度な緊張の範囲だと」

「ほう……それじゃあ、アタシたちはちとせの期待にも応えなくちゃいけないわけだね」

「まあ、そのぐらい、先輩としては当然の責務よね?」

「私とヴァニラさんは人生としては後輩ですわ」

「それでも、精一杯がんばります」


まあ、彼女たちは、ちとせのケアを主な目的としているわけで、そういった意味ではこの集まりは意義あるものであったろう。本当だったら、ラクレットを招くつもりだったのだが、先ほどまで少し離れたテーブルにいたココとアルモに、レスターとカマンベールと話して結構元気になった。入れ替わるようにクロミエ君が来て、話していたから、たぶん大丈夫。とのことを聞いたのだ。故に彼女達はラクレットは問題ないであろうと判断したのであった。全く持ってラクレットの運はない
そもそも、エンジェル隊の各員はラクレットが必要以上に体をいじめ始めたときになんとなくその気配を感じていたが、ラクレットの思惑通り、自分たちも無茶をしていたので注意することができなかった。加えて、彼女たちは彼を信頼しているので、自分で立ち直るのが無理そうならこちらに頼るであろう、またはそのようにこちらも誘導しようとしている。

我慢と自分が大丈夫だという嘘だけは得意なラクレットを見抜ききれてない。実は、ミントだけはある程度その辺を把握していて、一人で彼の部屋に尋ねてみたこともあるのだが、その時のラクレットはカマンベールと話していたため不在だった(カマンベールとノアの部屋に行っていた)ということがあるのだが、それは割愛しよう。
さて、時計の針は1回転していよいよ決戦直前となる。エンジェル隊はすでに白き月から愛機に搭乗し、発進しており、エルシオールを守るように布陣している。ミルフィーは格納庫で最終調整中だ。
周りにはすでにカトフェル大佐(今回の任と司令になるため昨日付で中佐、今日付で大佐に昇進した)率いる第1方面軍の最新精鋭艦隊30隻が布陣完了している。周囲の宙域にも5分ほどでクロノドライブしてこられる距離に伏兵を隠しており、敵が出した戦艦を挟み撃ちにすることも、造園に回すことも可能だ。そう、準備が万端というのに

ラクレットはなぜかまだ自室にいた。

そこで、おもむろに自らの服に手をかけ、整えていた髪の毛を無造作に乱し始める。当然のごとく、姿を見せないラクレットにタクトから通信が入る、ラクレットはサウンドだけONにして通信をとる、こうすれば化粧室にいるように勝手に誤解してくれるだろうと、脳が判断したからである。


「ラクレット、どうした? もうすぐ敵が来るから早く来てくれ」

「30秒で支度して25秒で向かう」

「? ……わかった、たのむよ」

「了解」


そして、その間にも彼の準備は完了した。右手で久しく手にしていなかった、兄から送られたモノを掴み、大きく息を吸い込んでドアの前に立つ。


(今はまだ足りない、だからこれで代用する、これで最後、もう最後だから!!)


そしてドアを開け、格納庫へと全力で駆け出す





━━━白い陣羽織をたなびかせて━━━










「え!?」

「なんで!?」

「また? 」



そんな声が耳に届くも、若干赤面しつつだが気にせず走る。気にしているという突っ込みは無しだ。ラクレットは前回エオニアと黒き月を倒し戦いの日以来、エルシオールでは陣羽織に袖を通していない。学生服だけだった。再び来たときはチーズ商会の作業着だったし、軍服が来るまではそれか、ワイシャツにスラックスだったのだ。なんせ、もう卒業しているから。
そして、そもそもエオニアの乱が終わって戻ってきても、陣羽織と学ランを学校で意地でも着ていたのは、今やめたら逆に注目を浴びそうだと思って意地で最後まで突っ張ったのである。
となりにサニーという摩改造のラスボスみたいのもいたので大変目立っていたのだ。ともかく、クルーからすれば、制服によくわからないけど最近TVとか漫画とか本とかでたまに見る民族衣装を着ているおかしい恰好をまた初めてように見えるわけだ。


「待たせたな!! 」


エタニティーソードの前で待機していたクレータ班長にそう言い放つラクレット。一瞬硬直するクレータ、再発したのかとふとそんな言葉が脳をよぎったのだが、再起動するより前にラクレットがタラップを駆け上がり神速の動きで搭乗席に滑り込んでハッチを閉じる。
この瞬間、完全にスイッチが入った。

そう、彼は今日中二病全開で行く

それは彼が今抱える問題に対する解決策に近づくための第一歩。自分に自信がないなら
「銀河最強になれば、きっと自分に自信が持てる!!」
そう、彼は昨日結論付けた。だが、いきなりは無理だ、次の戦いを乗り越えれば、半年ほどの猶予ができるわけだが、少なくとも明日には間に合わない。ならばどうするか、
「そうだ、あの自信にあふれた僕なら、ありえない大言を通信ではいて、それを僕が実行する羽目になるだろう」
要するに自分の退路を塞ぎつつ、明日の戦いにおいて全力以上の力を出すのである。そう、彼は久々にコスチュームプレイを公衆の面前でやろうと決意したのだ。実際、中二病全開の時エタニティーソードの出力は少しばかりあがるし、なにより自分に自信を持っている自分がほしいのだ。


「遅れたことは詫びよう、だがその分の活躍は期待していてくれ」

通信を開いていきなり叫びだすラクレット、当然ながらこの宙域の船すべてに届いている


「ラ……ラクレット?」

突然の行動に、微妙に疑問形になってしまうタクト。というか、そのタクトが唯一発言することができた人間だった。カマンベールは白き月で大爆笑しながら褒めているが、ほかの月にいる人物は呆然としている。エンジェル隊も久々に始まった彼の不審な行動に呆然、ちとせは目を白黒させている。カトフェルは喉を鳴らすように笑っただけだが、ほかの戦艦クルーはあいた口がふさがらない。レスターたちも久々に見て対応に困っている。


「僕は旗艦殺しのラクレット・ヴァルター 銀河最強の戦闘機乗りだ!! 」

「……そういうことか、頼んだぞラクレット !!」

「了解だ!」

「って、ちょっとそれでいいの!?」

すぐに把握したレスターと動転するタクトいつもと立場が逆である。
レスターはタクトに耳打ちすると、タクトも合点がいったのか、納得の表情を見せる。

すると、そのタイミングで無数の艦が、城のような巨大な艦を守るように、取り囲んで現れる。敵艦の襲来だ。しかしこちらの準備は既に万全、焦ることはない。

タクトはマイクの前に堂々と立つ。それがこの戦場において全権を任された彼の、戦いの火ぶたを切って落とすという最初の仕事だから。


「やあ、ずいぶん遅かったじゃないか? 」

「あら、この国が弱い割に広いから、いろいろと大変だっただけよ。そちらこそ、降伏の白旗の準備はしているのかしら? 」

「白き月と言っても、白い布でできているわけじゃないからね、白旗はない」

「そう、後悔するといいわ、このオ・ガウブを前にね」


もはや話すことはないと、自信満々で通信を切るネフューリア。ヴァル・ファスクらしい、合理的な判断であろう。
病的なまでに白い肌に赤い筋を幾重にも走らせた彼女を始めてみる軍人は、その姿に押せれと言うものを感じていた。タクトは、広域通信を入れて、全軍に通達する神妙な顔で彼は演説を始めた。


「皆、ここまで来たんだ、絶対に勝つぞ……と言いたいけど、今回も問題があるんだ」

「そういうと思って、すでに白き月の使用許可は取っているぞ、タクト」


十中八九、肩の力を抜かせようとするために、祝勝会の話をするであろうタクトの為に、レスターは既に場所の使用許可を取っていた。


「あれま、じゃあミルフィー!! 君は祝勝会用の特大ケーキを作ってくれ!! 」

「はい!! 」

「ランファは会場の設営を頼む、力仕事だ。君にしか頼めない」

「わかったわ!! 」

「ミントはとびっきりの紅茶の準備を頼む、君が一番適任だろう? 」

「承りましたわ」

「フォルテは飾り付けだ、ドーンと派手に頼むよ!! 」

「あいよ!! まかせときな」

「ヴァニラは、食べ過ぎの人のための胃薬の手配をお願いする」

「お任せください」

「そして、ちとせ、君にはこれを経費で落とすために会計を頼むよ」

「全力を持って当たらせていただきます」


エンジェル隊のメンバー全員にそう命令し、全員が楽しげに了承する。戦いの後のパーティーについて考えて戦うくらいが、彼女たちにはちょうどいいのだ。


「ラクレット!! 君は祝勝会を盛り上げる一発芸を頼むよ!! 」

「委細承知です!!」


そして、その流れに乗ることで、自分の首を思いっきり絞めているラクレットまさに自殺行為、だが今の彼はそんなことを判断できないし、できても断れない。


「そして、この通信を聞いている、誇り高きトランスバール皇国軍の英雄たちよ!! この戦闘が終わった暁には!! シヴァ女皇陛下、シャトヤーン様、エンジェル隊と一緒に宴だ!! そのためにも、オレは勝つ!! お前たちも勝利を望むか!!」


そして、その言葉に割れんばかりの野太い男どもの声が返ってくる。この真空状態の宇宙空間が振動するかのような、そんな錯覚すら感じてしまう。圧倒的なこの状況。
まあ、実際は30隻もいる戦艦のクルー全員など万に届くので、さすがに全員は無理であろうが、そんなことよりも今重要なのは、勝つという気概だ。


「それじゃあ、総員戦闘開始!!!! 」

────────了解!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


そうして、トランスバール皇国史に残る、怪物との戦いの火ぶたが切って落とされた



[19683] 第19話 覚醒、確信、決着
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/13 01:49

第19話 覚醒、確信、決着



「フハハハハ!! この程度の攻撃でこの僕を!! 落せるはずがないであろう!! 愚かな機械風情が笑わせる!!」

「あー、なに、ラクレットはまた? 」

「そ……そうみたいですわね……」


場所は宇宙空間、トランスバール皇国首都星の目と鼻の先。振り返れば青く輝くその星の美しき光が見える様な、絶対防衛ライン。その場で繰り広げられている戦いの主役達、それは巨大な戦艦ではなく、華麗に戦場を駆け回る6機の戦闘機だったのだが、内1機のパイロットの言動が先ほどから酷く……特徴的なのだ。

しかし、その役者のような科白回しをしながらも今の彼は今までの彼を凌駕するような素晴らしい戦果をたたき出している。


「我が右剣の出力を倍に!! 行くぞ!! エタニティーソードォォ!!」

「エ……エタニティーソード、敵艦撃破……これで4隻目です」

「いやー、これでオレも楽できるなー」

「全くだ、護衛には適任だな」


現在、『エルシオール』は、敵の本旗艦『オ・ガウブ』に接近を仕掛けている。もちろん、敵に近づくという行為そのものが、敵に囲まれるリスクを冒す必要が生まれるわけだが、それが作戦であるのだから、何をしてでも実行する必要がある。しかも敵は後続がどんどんドライブアウトしてくる────常に増援が不意打ちのごとくでてくるわけだが、タクトが指示したのは

『エルシオールの進路の敵をエンジェル隊は迎撃、ラクレットは『エルシオール』を攻撃する敵を排除して防衛、味方の戦艦は周りの敵を迎撃して足止めを頼みます』


と言ったもので、まあ妥当なところであった。あまりにも多すぎる味方の艦隊は持て余すのでカトフェルや、ルフトに指揮権を渡し。要請と言う形で動かしているのだ。そして、そんな中、エンジェル隊はミルフィーを抜きにしつつも、ヴァニラの的確な修復をうまく利用し、戦線を維持しつつ前進していた。
味方艦隊も、最精鋭のクルーたちが乗る最新の艦があり、戦艦同士の連携を重視していれば問題ない。数ではやや劣るものの、防衛戦であるので、いくらでもなる。
そして、ラクレットだ。いま絶叫しながら、敵の戦艦の正面に躍り出て、すべての攻撃を最小限の制御技術で紙一重に回避しながら接近し、そのまま敵を中心に時計回りで旋回を開始し、右の剣で外装を切り裂いたのである。飛び交う銃弾もなんのその、今の彼に恐怖と言う感情はない。一歩間違えれば狂戦士ともとれるその行動、しかし今の彼は動物的な本能、機械的な理性を持ち合わせる一種の究極の戦闘マシーンの形である。
だからこそのこの戦果だった。状況としては、前回のエオニア戦と近いこの戦場でラクレットはエルシオールを『攻撃こそ最大の防御』と言わんばかりの方法で防衛しているのだ。
手始めに目の前の戦艦に正面から飛び込んでゆき、そのままシールドを削られながらも撃破、その残骸を隠れ蓑にし、こちらを落としに接近してきた2隻目を落としエルシオールに戻り早めに修理と補給を受けた。その後3隻目と先ほどの4隻目を落としたわけだ。
先ほどエオニア戦と状況が酷似しているといったが、大きな違いが一つだけある、それは最初からラクレットのエタニティーソードの攻撃優先度が高めであったということだ。誘蛾灯の様に敵をひきつけてやまないのだ。エルシオールとほぼ同等の吸引力という明らかに敵視されている。
それがどのような理由からなのかは今のラクレットにはどうでもいい些事である。むしろ自分を餌に引き寄せられる虫のごとく敵が寄り付くならそれも好都合としている。


「命が惜しくないのなら挑みに来い。機械風情がどこまでできるが……この僕が自ら相手をしてやるぞ!!」

「あ、ミントそこ右に迂回して、ドライブアウトポイント候補だから最悪囲まれちゃうよ。ランファはそのままで、フォルテはいったん補給に、ちとせはそのポイントを死守、ヴァニラはちとせの援護に回ってくれ」

「ククッ……やはりその程度か。興醒めだスクラップ共が!! どうやらジャンク屋の店先に並びたいようだな!!」

「アルモ、周囲の船にポイントAn103から104の間には近づかないように通信を打ってくれ、ココはタクトの今言ったポイントをスキャン、15秒だ急いでくれ!! 」

「縦横無尽たる我が剣劇……これが………躱せるか! ! 」


さまざまな支持が飛び交う戦場で尚、ラクレットは全力で任に当たっていた。 もう誰も突っ込んでくれないので 意地になっていた面もあるのだが。





「フフッ……戦術的には向こうが優位で動いている、少しはやるようね……」


冷静に状況を分析しながらも、まだ冷ややかな笑顔を崩さないネフューリア、彼女には絶対の自信があった。なぜならばどのような攻撃も異次元にエネルギーを飛ばすことで無効化してしまうシールドを展開する、工場も兼ねた巨大な母艦に乗っているのだ。そして、簡略化しているとはいえ、手足の艦を能力で統率を取りつつ操っている。
大小数百隻の艦を操るのは、ヴァル・ファスクといえども相当の修練が必要なのだが、彼女はそれを苦も無くやってのけている。敵地に単独で潜入するなどというミッションが任されるのだから、優秀であることは当然なのだが、これは破格であろう。


「早く諦めないかしら? トランスバール本星を抑えたら戦力をまとめて、本星に襲撃……あんな老人どもは駆逐してしまいしょう」


しかし、その優秀さは、別段忠誠心からくるものではなかった、ヴァル・ファスクというのは徹底したエゴイストである。このような戦力を手中に収めれば、彼女のような思考に至るのは至極当然、これは慢心ではなく客観的、合理的判断に基づくものなのである。


そんな彼女の思惑を見破るかのように、荘厳な声の持ち主が通信を突如つなげてくる。そのことに気付いた彼女は即座にその場に膝をつき首を垂れる。


━━━首尾はどうだ、ネフューリアよ

「っは!! 現在作戦は最終段階に」

━━━急げ、王は成果のみを是とするお方、駒は無数とある

「承知しております、この菲才なる身にかけて」

━━━期待しているぞ


言いたいことだけを言って、そのまま切れる通信、彼女はしばらく下を向いていたものの、すぐに内心を毒づくかのように漏らす


「こちらの考えは、お見通し? おもしろいじゃない」


彼女は右手を翳し、操作を加えると、戦闘中にもかかわらず晴れやかに余裕たっぷりの顔で向き直るのであった。





「よーし、エルシオール、ポイント確保!! 」


エルシオールはなんとか敵の包囲網を食い破りながら、予定されていたポイントに到達していた。これにはカトフェルの采配が大きい、彼はタクトに指示されていた、敵後続がドライブアウトしてくるであろう場所に、拠点防衛用の宇宙機雷を配置しておいたのだ。もともとは普通に撒いて仕掛けておくか、撤退戦の時にばらまきながら撤退するものであるのだが、タクトを信用しての一手である。それが功をそうしたのか、敵の増援は数秒で壊滅状態、こちらの伏兵を使い左右から挟み込むように敵を包囲し、多くの敵を引き寄せることに成功したのである。その間に、薄くなった敵陣を中央突破したのである。


「皆さんは、その場でもう少し持ちこたえてください!! エンジェル隊は、防衛を優先、その後決戦兵器の援護をレスターの指示で!! 」


それだけ言うとタクトは、ブリッジに背を向けて走り出す、彼はこれから格納庫に行って、決戦兵器に登場する役目があるのだ。指示の対象になかったラクレットは、少し前に補給を受け、単身決戦兵器の進路上に出てきそうな戦艦を止めるべく、先行している。逆にエンジェル隊は『エルシオール』と適度の距離を取っているが、比較的周囲にいる。幽閉を作らない様に射程を考えて再拝すれば自然にこのようになるであろう。


「おい、タクト!! 祝勝会の幹事位なら引き受けてやるから、きっちり決めてきやがれ」

「わかった!! 」


レスターの激励に、そう言いつつ、右手を挙げて答えたタクトは、格納庫へと急ぐ、この決戦の切り札たる決戦兵器『クロノブレイクキャノンとNCFCを搭載した7号機』は既に準備万端、あとは彼の搭乗を待つだけになっているはずなのだ。ブリッジを出て、司令室の隣を通り、エレベーターに駆け込む。エレベーターで待機していた、下士官の青年から先ほど調整の終わったパイロットスーツを受け取り、マントを外して素早く着用する。ちょうど着替え終わったタイミングで、格納庫のフロアに到達し、ドアが開く。マントを下士官に預けると、そのまま彼は走り出す。さながら、スーパーヒーローの変身シーンのような光景だが、今の彼らはそのようなことを気にしている余裕など持ち合わせていなかった。


「司令!! 急いでください!! 」

「彼女待たせちゃだめですよ!! 」

「頑張ってください!! 」

「信じていますよ!! 」


格納庫に彼が飛び込むと、整備クルーが一斉に声をかけてくる。彼女たちは先ほど補給に戻った『エタニティーソード』を送り出したばかりなのだが、司令の出撃に精一杯の声援を送っているのだ。しかし、タクトは普段の運動不足と緊張からか、笑顔で応対しながら走る余裕はなく、7号機のタラップについてから、右腕を上にあげるのが精いっぱいだった。


「ミルフィー、待たせてごめん」

「いえ、タクトさんが来てくれるって、間に合わせてくれるって信じていましたから」

「おアツイところ悪いけれど、最終確認よ」


二人の世界に入ろうとしたとき、クレータが、出撃シークエンスのための格納庫一斉解放の準備をしながら通信を入れてきた。


「司令は、その場で座って、ミルフィーさんを安心させることがお仕事です。ミルフィーさんはいつも通り動かせばいいわ。やることは頭に入っているでしょ? 」

「はい、大丈夫です、任せてください」

「必ず成功させて戻ってくるよ」


満面の笑みで答えるミルフィーと、若干息が切れているものの、真剣な表情で返すタクト。その二人を見て、クレータはこれ以上言うことはないと、敬礼して実行ボタンを押す


「アーム全開放!! 7号機、発進!! 」

「いっきますよ~~~!! 」


その言葉と共に、『エルシオール』の下部が解放され、真下に巨大な砲塔が射出される。その上にへばりつく様に接続されているのが、7号機だ。そして、ミルフィーがそういった瞬間に、急速にクロノストリングエンジンからエネルギーが供給され、この圧倒的な質量を持つ決戦兵器が、通常紋章機顔負けの初速で飛び立つ!!


「エンジェル・スラップ 最終フェイズ、状況開始!! 」

「……頼んだぞ、タクト」


ブリッジで、レスターがそう呟いた。彼らの想いは一つ


「……きつい、ビンタを」

「ぶちかましてきなぁ!! 二人とも!! 」

「そして、無事帰ってきてくださいまし」

「ミルフィー、タクト、アンタ達なら大丈夫よ。アタシが保証してあげる!!」

「必ず、お守りします。タクトさん、ミルフィー先輩」

「道は僕らが、切り開く!! 」



同時刻、白き月にて決戦兵器の発進を確認している面々、ルフトもすでに指揮権を預けてこの状況を見守っている。戦術的なことはともかく、戦略的にするべきことはもうないのだ。


「決戦兵器、発射しました」

「いよいよね」

「ああ、そうだな」

「頼んだぞ……」

「お二人ともどうかご無事で」

「吉報だけを待つぞ……」


トランスバール中の期待を背負って、決戦兵器は『オ・ガウブ』に向けて全速前進を開始する。





「何をするかはわからないけど、そう簡単に近寄らせると思って? 」


それを迎えるネフューリアも、勿論ただで寄らせるわけではない。当然のごとく妨害を開始する。敵の目的はわからないが、そうすべきと戦場に身を置くものとしての経験が判断したのだ。


「7号機進路上に、敵艦隊が割り込んできます!! 回避してください!!」

「そんな暇あるわけないでしょ!! フォルテさん合わせて!! 」

ココの悲鳴のような通信が入る。その瞬間、ランファは刹那に通信越しのレスターとフォルテに目線を送り、そう叫んだ。

「あいよ!! 任せな!! 」

「ランファは右の3隻、フォルテは左の4隻を狙え、足を止めるだけでいい!! 」


二人とも、瞬時に彼女の意図を理解し、フォルテは、エネルギーを特殊兵装に回し、レスターは2秒で敵の位置、目標間の距離、狙うべき艦の部位を設定し送信する。


「アンカーァ!! クロー!! 」

「ストライクッ! バァーストォ!! 」


その宣言と共に、無数のミサイル、ビーム砲、電磁砲、粒子砲、レールガン、レーザー、ワイヤーアンカーが敵の艦隊に群れを成して襲いかかる。怒涛の如き攻撃の密度に速度重視の巡洋艦隊が耐えうるはずなく、動きがひるむ。決戦兵器を操るミルフィーはほぼ直線しかできない期待を必死で操り隙間をすり抜けた。

「敵艦隊、大破!! 進路クリア……いえ! 今度は進路を包囲するように、敵艦が囲んでいます、数は11、距離は3000!! 」

敵の妨害は当然一手で終わるわけがない、即席でも幾重に重ねることで、防衛の策とは成り立つのだから。次の障害は心理上の障害物ではなく、進路を狙う攻撃の雨だ。しかし、その術を全て薙ぎ払えば、当然のごとく敵は無防備となる。

「この数なら……ちとせさん、7号機、天頂方向の2隻と2時方向の1隻を頼みますわ」

「了解です!! 」

ミントは、すでに次は自分の番であろうと、予測し、特殊兵装を発動させるために、格納されているフライヤー21基すべてを展開し、前に出させていた。ちとせも精神を集中させ、特殊兵装用のスコープカメラを起動し、7号機周辺を捉えている。


「お行きなさい、フライヤー達……フライヤーダンス!! 」

「正射必中……フェイタルアロー!! 」


21ものフライヤーにより包囲され、全方向から同時に砲撃を受ける8隻、そして、正確な射撃により、機関部を狙い撃ちされる残りの3隻。弾薬を振らせる前に、自らが被ることになった。当然それらが目標であった7号機の妨害など、出来るはずなかった。
既に進路上に妨害できる存在は視えない。後は最後の仕上げだけ────

「やるわね、『エルシオール』……でも、これが躱せるかしら? 」

なわけはなかった。ネフューリアは、このタイミングで切り札を切ったのだ。万が一の時の保険の為にステルスで伏せていた数少ない『ネガティブクロノフィールドキャンセラー』搭載の母艦を。これは、フィールド内部に配置していたものであり、発見が遅れたのだ。

「そんな!! 7号機正面に敵母艦!! 全機能を停止して、ステルスを張っていた模様!! 」

「ここで伏兵だと!! 気が狂っているぞ!! 」

「このままだと、7号機は8秒後に接触します!! 」

最後の最後でひっくり返すような状況、番狂わせ。紋章機の特殊兵装による援護は、攻撃力の無いリペアウェーブしか残っていない状況で出てきた敵。想定外だ、最も早く、かつ遠くまで届くちとせの『シャープシューター』のフェイタルアローは今使ってしまった。
紋章機にはすでに迎撃手段は残っていない。7号機も攻撃手段は『クロノブレイクキャノン』のみなので、自衛することもままならない。

ネフューリアは紋章機による攻撃を躱しきった。後は母艦の砲撃と今まさに発信しようとしている艦載機でなぶり殺しにするだけ。彼女は勝利を確信した























「それはどうかな?」

タクトは誰に言う訳でもなくそう口にした。ミルフィーも感じていた。背後にある心強く頼もしい2つの存在を。1つはタクト、もう一人は────


「剣にすべてのエネルギーを!! 」

攻撃手段が尽きたのは、紋章機のみである

「ラクレット君! やっちゃって!」

そう、エタニティーソードは、まだ特殊兵装を残している!!

「スラスター、ブースター、通信機器も全て、照準以外は全部だ!! 」

漆黒に煌めく翼を広げ、慣性飛行のみで機体は進む。

────既に得ている爆発的な加速からなる速度は、宇宙空間には邪魔するものはないのだからこれ以上要らない。
────ただまっすぐ進むだけだから、微調整をする必要はない。
────信じられる自分があるから、場所を指示する声もない。

────敵を睨む目と切り抜ける腕があれば、他には何もなくて良い

「もっとだぁ!! もっと!! 」

すでに一つに合わせた剣には、強固なシールドを切り裂いて余りあるエネルギーが集っている。触れればひとたまりもないが、所詮は刃。

「渾身の、皆の力を!! 」

敵の母艦までは遠く届かない。

「剣に集める!! 」

そう、通常ならばだ。この後の戦闘行動を捨てるつもりで、すべてのエネルギーを集めれば、刀身の長さは飛躍的に伸ばすことができる。

そうそれは1撃で戦闘続行が不可能になる捨て身技!!

しかし、今の彼に必要なのは、銀河で最も長い刃!!

自分よりも前にいる7号機、そのさらに先にいる母艦。それを切り裂く人間には無限に等しい長さを超える、無限の刃!!


「一刀両断!! コネクティッドゥ!! ウィル!!!」

一瞬だけ煌めいた刃は相手を逃すことはない。大上段から振りかざしたエネルギー剣はその刹那に等しい時間で、障害を切り裂いた!!

「これで……あとは……」


それをラクレットは、光の消えたわずかなコンソールの光源のみのコックピットで確認した。すでに生命維持と正面カメラ以外のほとんどすべての機能は停止している。通信すらつながらないのだ
全力を超えた、彼の機体は、シールドすらまともに張れない無防備な状態。当然敵の攻撃に晒されるわけだが、温存しておいたリペアウェーブにより修復され。急行してきたカンフーファイターにより回収された。


その間に、7号機は作戦予定位置に到達したのを彼は確認し、薄れ行く意識の中で安堵した。




そして、自らの手の甲を見て理解した

「……やっぱり……そういうことだったんだ……」

そう呟き闇に落ちていく意識に身を任せた。











其の後の戦況は記す必要もないであろう。

トランスバール皇国は、ヴァル・ファスク尖兵 ネフューリアに打ち勝ったのである

天使と英雄の力によって。





[19683] 第2部 エピローグ
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/14 10:22

第2部エピローグ


僕は、意識を覚醒される前に、すごく浅い眠りの状態に良くなる、というより最近はぼ毎回なる。元々普通にベッドに入れば、何時に起きようって強く思って寝ると、普通にその時刻に起きられた僕なのに、寝起きが悪くなったのか? と思えば、そうでもなく、このうっすら意識があるような状況が終わると、思った通りの時間に起きている。
だから、僕はこの時間帯に自分の体のチェックアップを行っている。だから、まあ起きたとき、自分のどの部分がおかしいとか感じたらストレッチしたりするわけ、そこを重点的にね。
さて、今もそうだ。僕はどういう理由で寝ているのだか、昨日何を思ってこの時間に起きる事にしたかは、この浅い意識じゃあなんかよくわからないけど。まあ、いつものように確認。


(全身に違和感はなし、両手、両足もけがはない、体幹部にもなにもない、うん問題なさそう)


さて、もうすぐ意識が戻るだろう、それにしてはいつもより意識に靄がかかっているが、あ、思い出した、これまえに気絶した時もこんな感じだった。という事は、僕気絶していたのかね?
そう思いながら、瞼を開く。ぼんやり光は感じていたから、そこまででも無いがやはり中々に眩しいね。見たことある様な天井だけど、ここは? 体を起こして周りを見ようとすると、自分の右下から声が聞こえてきた。


「おはようございます、寝坊ですよ」

「クロミエ……僕は、いったい……」


そっちに目を向けると、最近ますますかわいくなった、僕の親友がちょこんと椅子に座って、こっちを見ていたとりあえず体を起こす。今の声で動くのをやめていたから、まだ横になったまんまだ。


「現在、エルシオールは祝勝会の途中です。あなたは先の戦闘の後、いつものように意識を失って、回収されたので、そのままエルシオールの医務室に眠らされていました」

「先生は?」

「何時ものように疲労だと診断すると、着替えて祝勝会に向かっていきました」


なるほど、やっぱり気絶だったんだね僕。先の戦いで、結構無茶した記憶あるもんね、うん。そんな風に考えて、微妙に納得していると、クロミエが優しそうな表情で僕のほうを見て微笑みかけてくる。


「……よく、頑張りましたね」

「え……あ、うん」


なんか、褒められた。そういえば昨日話した時も、なんか少し様子が変だった気がするし、どうしたんだ、クロミエ? こいつはストレートに褒めるという事をあまりしない。皮肉を言われたのかと思えば褒められたりする。その逆の方が多いけど。


「今回の戦いで、前に話した通り、僕は一切関わらないつもりでした。ですから貴方への接触も自分からはなるべく少なめにしていました」

「ああ、前に言っていたよね」


そういえば、そうだった。クロミエは、前に黒き月から謎の音声をエルシオールが受信したとき、タクトさんにそう報告した後、僕とクジラルームで話をしたんだ。なんか、これからの話で、てっきりその音声の話をするかと思ったら、
「今回の戦い、実は何が起こるか僕は宇宙クジラから、何が起こるかをおぼろげ程度にしか聞いていませんし、あなたと関わって拗れるのも嫌ですし、あなたに介入しません」
とか言われたんだ。だから、今まで僕はクロミエに世間話はともかく、相談しに行ったりはしなかった。決戦の前日に、レスターさんたちと入れ違いに来て、なんか謝られたんだよね、よくわからないから気にするなって頭撫でただけだけど。


「結局、貴方は全部一人でやってのけました。くじけて支えられながらも、ここまで来たのは紛れもなく貴方の力です、僕は貴方を一人の友として祝福します」

「あ、ありがとう……なんか、調子狂うから、それで終わりでいいよ」


うん、実は人から褒められたりするの、慣れてないんだよね。いや、表面的に褒められたり、感嘆みたいな驚きが混じっているのは、もう慣れたんだけど、ストレートに来られると、結構困るのさ。


「そうですか……謙虚なところも僕は好きですよ」

「え、いや、だからそういうの恥ずかしいから、やめてよ、いつもと立場が逆だよ、僕、受け流すのお前みたいにうまくないから」


赤面しながら、好きなんて言われるなんて、人生で初めての経験だ。もうなんか、すごくクロミエがかわいく見えるから困る。こいつとは対等な関係でいたいのに。よく見ると部屋の明りのわりにこの周囲が暗めなのは、カーテンがかかっているからで、密室みたいになっているからなのだろう。とまあ、焦っている割に、いつもの客観的な視点が入る


って、そうだ僕はさっきの戦いで、最後に気づいたんだよ。この客観的な思考ができたり、今まであんなにうまく機体を操れたりした理由をさ。理由はわからないけれど、僕は────


「やっほー!! ラクレット、起きてるー? 」

「ちょっと、ランファ、声大きすぎだよ。ここ医務室なんだよ」

「ですが、寝ているのはラクレットさんだけですし、私たちは起こしに来たのでしてよ? 」

「病室ではお静かに」

「えーと、ああ、あのカーテンかけてるベッドだっけ」

「皆さんお揃いで、どうしたんですか?」


どうやらこの賑やかさ、エンジェル隊の5人が来たようだ。ちとせさんがいないのは、大方軍の自分より偉い人に捕まっちゃっているのだろう。僕と同じでまじめな人だから。または押し付けられたか。クロミエも、椅子に座りなおす……って、よく見たら体乗り出してきていたのか、通りで近いわけだ。


「あ、起きてた」

「ラクレット君、タクトさんがそろそろ場をわっと沸かせてほしいって」

「私たちは、自分に立ちに与えられた命令を全ういたしましたわ」

「まあ、そんなに難しいわけじゃなかったけどね」

「命令を守っていただきます」

「えーと……?」


なんか、いきなりそんな5人囲まれて矢次に囃し立てられても、何の事だかわからない。一応、客観的な僕は、僕と皆は何か命令をされていて、それを僕以外はやったから、僕もやるべきだ、というまとめをしている。うん、主語がないね。


「ラクレットさん、一発芸ですよ」


そんな中、クロミエが僕に教えてくれた、一発芸という単語で、思い出した。

そうだ、安請け合いしちゃったけど、というかあの状況じゃあ断れなかったけど、僕は一発芸を、お偉いさんの前でやらなくちゃいけないんだった。というか、きっとタクトさんも全員にあった仕事を考えてくれたんだろうけど。僕が一発芸というのはきっと何も思いつかなくて苦肉の策だったんだろうね。


「あ、ああ、そういえばそんなことを」

「それじゃあ、なんか準備もあるかもしれないし、先に戻るね」


そういって、エンジェル隊-1は帰っていく、報告だけなら通信でいいのに、何しに来たんだろう? 忘れ物でもしたのか?


「荷物でもあるなら、持つのを手伝いましょうか?」

「いや、別にいいよ、僕にできそうなのを今考えたけど、そんな大道具がいるようなものじゃなかったし」

「そうですか、それじゃあ参りましょう」


ベッドのふちに腰かけて、靴を履きながら、クロミエの話に受け答えしていると、どうやら付いて来てくれる様だ。なんか、今日はずいぶん過保護だ。そのまま、医務室を出て廊下を歩いて部屋に行く間も、ずっと隣でいつもより半歩近く寄って歩いていたし。やっぱり責任感じていたのかな?
僕はそのまま部屋につくと、必要なものをポケットに入れて、顔と髪の毛に一応の為にちょっとした手間をかけて、準備し、白き月に向かった。


「いや、クロミエ、今日はえらく優しいけど、無理しなくてもいいんだぜ? 」

「いえ、今日はじゃないです。今日もですよ?」

「そうか、まあ別にいいけどな、お前が嫌じゃなければ」

「それじゃあ、好きにさせてもらいますね」


するとクロミエは、そう言った途端、僕の手を握って前に出る。ああ、そうだった、急げって言われていたんだった。僕たちは、そのまま手をつなぎながら、白き月の祝勝会会場に急いだ。







「一番ラクレット、火を吹きます」


僕はそう宣言して、左手を大きく挙げる。そっちに注目が集まっているうちに、右手で既に握りこんでいたガス式のライターを持ちなおす。この時代、ガス式のライターなんて、四つ葉のクローバーより見ない。だからこれを選んだ。両手で覆ってガスを出して口に含む、ある程度入れたら、ライターの火を点火し、口のガスを吹き出す。


────おおおーーー!!


ど、どうやら会場は何とか受けてくれたようだ。やっぱり大道芸的な、火を噴くというパフォーマンスは外れはしないか。うん良かった。いや、結構心配だったんだ。これくらいしかできるのなかったし、何よりこんなこともあろうかと、エメンタール兄さんからガス式のライターを貰っていたのさ。


「ラクレット!! 髪の毛!! 髪の毛燃えてる!! 」

「え? 」


僕がどや顔で、偉そうに壇上で立っていると、タクトさんが、いきなり僕を指さして叫ぶ。
察するに髪の毛が急激な発光と、発熱を伴う酸化現象を起こしている
よーするに燃えているみたいだ。
まあ、根元の部分にはしっかりさっきかけた皮膚を火から守る液を掛けてあるし、髪の毛の先っぽが燃えているんだろう。にしてもすごいな、全然熱くない。これがトランスバールの科学力……これを凌ぐEDENを一方的に屠ったヴァル・ファスク……やはり、侮れるような敵ではないな……


「消火器持ってきました!! 」

「よし! 消火急げ!! 」

「え、あ、ちょ!!」


と、僕が考えている間に、なんか周りが消火の為に消火器を持ってきたそうでそのノズルが僕に向けられる。あ、いや、ちょっと大丈夫だって、もうすぐ燃え尽きるから!! 熱くないから!!


「ちょ!! これ!! 防火処理きちんとしてるので!! 放置してもへいk」

「消火!! 」



僕の抵抗むなしくその祝勝会の間僕は顔を真っ白にして過ごすことになった。上着も完全にダメになってしまったわけで……あ、着ていたのは軍服。部屋に戻った時に、クロミエしかいないし着替えていたんだよ、一応軍の関係者の前に行くわけだし。





「いやー、さっきは笑わせてもらったぜ? 」

「なんだよ、いいじゃないか防火処理は完ぺきだったんだ。あのまま燃やさせておけばそのうち消えたって」

「スプリンクラーが作動したらどうするんだよ」


僕は今クロミエが持ってきてくれた飲み物と軽食を片手に、カマンベール兄さんと壁際で話していた。当のクロミエは、どこから持ってきたのか知らない口紅を使って僕の頬や目に落書きをした後、先ほどどっかに行ってしまったし、二人だけだ。


「いやいや、まさにお前の一発芸って言った感じで、オチも付いたいい芸だったよ」


からからと笑う、カマンベール兄さんは、僕の皿のクラッカーを無許可で一つつまんで食べる。だから許可とろうよ。


「あのさ、気になっていたんだけど、兄さんこれからどーするの? 」

「シャトヤーン様にな……誘われたんだ。罪を償いたいのなら、ノアと一緒に研究をしませんか? って、でそれを受けるしかないと思うわけだ」


兄さんの立場はすごく微妙だ。そりゃあまあ、対外的には皇王の命令で動いていた、工作員みたいなものだけど。この人の発明した『高速遠隔同時指揮システム』 『高性能AI』 『全自動AI戦闘経験蓄積共有機構』 とか、まあすごく運用するのに容易く結果的にエオニア軍を増強させてしまう形にはなった。
ノアはもう、EDENの人間のわけで皇国の法は適用されないし、本人の関係者も生きていないわけで、どうとでもなるのだが、兄さんはれっきとした行方不明者だ。すでに家には生存確認が届いているだろうし、一部では英雄扱いかもしれないが、エオニアによって被害を受けた人々の遺族は複雑な感情であろう。だからまあ、その判断は正しいのであろう。


「あんたたち、何男同士で辛気臭い顔してるのよ」

「いえ、ランファさん、ラクレットさんの顔は……クスッ……いえっ……なんでもっ…ありませんわ」


そんな感じで話していると、ランファさんとミントさんが近寄ってきた。というか、ミントさん笑いすぎです。別に気にしないので思い切り笑ってくださって結構です。その可愛らしい声でどうぞ笑ってくださいな。それがせめてもの手向けになります。今の僕は、ぼさぼさの髪の毛が少し焼け縮れて、なおかつ顔が真っ白なのだ。そこにクロミエが施した赤い装飾でまるでピエロの様だ。


「何回目かわからないけど、あんたら兄弟本当似てないわね。しかもカマンベールは、タクトと同い年なんでしょ? 信じられないわ」

「ほっとけ、フランボワーズ……まあ、俺とこいつの身長が逆だったら、こいつに立つ瀬がないからな」

「ふんっ、ランファさんより小さいくせに。あと顔のことは言うなよ、今のも、いつものも」


まあ、ランファさんの疑問はもっともだ。本当僕は兄弟の中で似てないのだ。エメンタール兄さんは、父さんに似ていて、長身細身の美形。カマンベール兄さんは髪の色以外は母さんに似ていて、背も低くそれでも顔はいい。僕は髪の色は母さんだが、身長は年の割に少し高めで、ガチムチな感じ、で顔は中の下くらい?
ともかく、僕はどうしてこうなったのだろうか? いやまあ体系とか髪の色はともかく、前世とあんまり変わらないんだよね、僕の顔。子供の時の自分はそっくりだったけど、今の自分はところどころ差異はあるんだよ。彫りが深いから厳つくなっている。少し鼻も高くなったし、目の色も微妙に違うとか。


「母さんたちにも会わないとね、兄さんは」

「ああ、そうだな、にしてもまさか、エンジェル隊と兄弟そろって関わりあうようになるとはな」

「あの、少々よろしくて?」


そんな話をしていると、ミントさんが僕たちに話しかけてくる。よく考えれば、僕と兄さんの身長差って、この二人の身長差は通じるものがあるよね。


「私、実はテレパスの能力を持っていまして、今ラクレットさんが、不快なことを考えているのは、わかりましたの」

「へー、なるほど。俺の考えが読めなかったわけか? 」


あ、実はミントさん曰く、僕の思考最近少しずつ読めるようになってきたそうです。要するに、日本語での思考が少しずつ減ってきているってわけだね。というか、オリ主補正でもなんでもなく、日本語なだけだったわけさ。


「ええ、貴方も古代語を? 」

「ああ、俺はその方向の勉強もしたわけだからな、こいつよりうまいぜ? 」

「そうすると、あなた方3兄弟は随分優秀ですわね」


なるほど、確かにそうだ。長男は一代どころか、10年で圧倒的な規模の財を築きあげるような、人外レベルの発想の持ち主。次男は皇王直々の命令を受け敵に単身妨害任務をかけるような人物で、人間レベルでは最高クラスの研究者。三男の僕は、若干14歳にして皇国の最高クラスのパイロット、初陣で敵に単身特攻をかけたようなバカ。

それが、全員古代語を話すことができるというのは、何かしらの関連性を見出してもおかしくない。


「さぁな、血じゃないのか? それこそ。皇国の貴族の血を引いた途端、俺たちの父さんの家系が化けたとかさ」

「……そうかもしれませんわね」


ああ、またなんか疑念持たせちゃったみたいだ、どうしようか? まあ今度何とかしよう。僕はそう考えて、飲み終えてしまったので、飲み物をとってくると言ってその場を離れた。








「さて、軍人である諸君も本日はゆっくり休んで、明日の文官の事後処理の手足となってもらう」

「ご苦労だった、諸君たちの活躍のおかげで皇国の未来があるのだ」


シヴァ女王と、ルフト将軍にそういわれて、エルシオールのエンジェル隊関係者以外のメンバーはホールを後にした。そのメンバーも、すでに白き月のシャトヤーン様のおられる部屋で、これからの話をする準備をしているのだ。僕は祝勝会が終わったら、部屋に帰ってシャワー浴びてから合流したのだ。まあ、確かにこれからのことを考える必要がある。こちらの国に敵意を持っている強敵国があり、なおかつどのくらいのスパンの戦争になるかも、敵の規模も実態もよくわかっていないのだから。


「さて、本日は本当にご苦労であった」

「皆さんのおかげで、皇国は守られました」

「まあ、その点においては感謝しているわ」


三者三様に僕たちをねぎらっている。まあ、これが本題でないことはみんなわかっているわけで、僕たちは、真剣な表情を崩さないで聞いている。ちなみにいうと、兄さんとノア、女皇陛下、シャトヤーン様、ルフト将軍が、エンジェル隊、タクトさん、レスターさん、僕と向き合うような形で立っている。


「しかし、もちろんこれで戦いが終わったわけではない」

「ヴァル・ファスクとの本格的な戦いが、いつの日か始まる。それが明日か10年後か、それとも600年後かわからないけれどね」

「まあ、少々楽観的かもしれないが、おそらくまずはこちらの情報を探るところから始めてくるだろうから、少しは時間あるだろうな」

「うむ……さて、諸君たちと、『エルシオール』クルーに通達すべきことがある」


そんな話を聞きながら、僕は思い出していた。ああ、そういえば確か、結局現状戦力としての『エルシオール』はする事がないわけで。ルフト将軍の話を聞いて、身構えるエンジェル隊。ま、まあこの半年間かなりこき使われていたわけで、警戒するのは当然だよね。


「そんな身構えずとも良い、お前たちにとってもいいニュースだ」

「うむ、エンジェル隊よ、そして『エルシオール』の全クルーは、今回の働きの褒賞として、一か月の休暇と特別給与を与える!! 」

「私とルフトで決めた、お前たちに対するささやかな報酬だ」


その言葉を理解するのに一瞬のタイムラグを要するものの、理解した途端沸き立つ、エンジェル隊の6人……いや、タクトが一番嬉しそうだ。うん、すごいねなんというか、ここまで部下と一緒に休暇を喜べるというのも。レスターさんも安心したような表情で、息を吐いているし、当然かもしれない。まあ僕が、こんなに冷静なのは、すでに通達が来ていて────いや自分で志願したんだけどね────知っていたからさ。


「ねぇねぇ、ラクレット君もどう? 」

「え? 」


どうやら考え事をしていたら、何を話していたのか聞き流してしまったようだ。相変らず子の癖は直らないな。


「だから、あんたも一緒に、休みの日程合わせて、ケーキ屋巡りに逝かないかってことよ」

「一月も休みがあるのですもの、そこまで難しいことではありませんわ」


あ、なるほど……ってなんかすごくうれしいな、遊びに誘われるなんてそれこそラクレット的に初めてだもの。サニーとかソルトとかは、学校で話すくらいだったしね、いや学校の周辺に娯楽ないのと家もないのが原因だけどさ。でもね、もっと早く言ってほしかったな。


「あー、諸君、申し訳ないのだが、ラクレット君は明日から本星の空軍学校で教習を受けてもらう」

「はい、自分から志願しました」


そう、僕はとりあえず自分がスキップした教習……というか訓練をきちんと受けなおすことにする。僕は、まだまだ基礎的な部分が弱いし、何より圧倒的に訓練の時間が足りていない。そりゃエンジェル隊みたいな特殊部隊で適性がモノを言うならともかく、僕の機体は厳密には適性がそこまで高くなくてもいいという事が分かったのだから。
そして、何よりこの懸案事項を引きずる訳にはいかないのだ。誘ってくれたことはすごくうれしいけれど、明日から半年間ほぼ休みなしの地獄の特訓が待っているのだ。いや、さすがに偶には休めるらしいけれどね。


「あら……それは残念ですわ」

「本当よ、よくせっかくの休みを棒にして訓練なんてできるわね」

「いえ、自分はまだ若輩者ですから、こうでもしないと皆さんに追いつくことも、僕の目標にも届きません」

「目標……ですか?」

「はい」


そう、僕は一度はいてしまった言葉を無理やり飲み込んでやるのだ。なかったことにしたら絶対自分が後悔するから。


「銀河最強になります。それが僕の目標です」

「へー、大きく出たねー」

「そうすると、私や先輩方はライバルという訳ですか」

「そうなります。半年後には轡を並べても恥じないような実力を身に着けてみせます」


まだ、僕はスタートラインにすら立っていない。自分に自信を持って、真の意味で仲間に成る為にも、僕はまず自分の実力をつける。皆さんと遊んだりできないのは悲しいけれど、それでも僕はこれからの訓練にその意味を見出したんだ。そう、僕自身が────


「えー、代わりと言ってはなんだが、ラクレット君には今通信が入っておる」

「え、通信ですか? 」


またもや僕の思考が妨害されるが、僕に通信なんて誰だろう? 十中八九エメンタール兄さんかと思うが、わざわざこうして言うくらいなのだから。


「ああ、まあワシとしても、子供を預かっているわけで、断るわけにもいかなかったのでな」


そう言って、通信のウィンドウを開いて何かしらの操作を入力すると、そこには見覚えがある顔が出てきた。


『ラクレット、久しぶりだな』


兄さんのような、やや細身の体つきに、兄さんよりも一回り年を感じさせる落ち着いた目と顔の老化具合……といってもどこからどう見ても30半ば、ぎりぎりおじさんと呼ばれるくらいかな? これ以上行くとおっさんとして。そんな男性の顔を見て僕たち二人は、結構驚いた。


「父さん!! どうして!! 」

「お、親父!? 」

『いや、カマンベールお前が見つかったと聞いてな、エメンタールも今のこの状況なら本星から通信ば問題ないと言ってくれて、通信しているのだよ』


どうやら父さんは兄さんと本星にいるらしい、理由はわからないけど。というか兄さん義姉さんが身重なんだから、傍に居てやれよ。そんなことを考えていると、後ろの方でささやき声が聞こえているのを、僕の耳があざとくキャッチしたので、軽く意識を割くことにする。


「ねぇねぇ、あれで、あの二人の父親って、どう思う? 」

「なによ、タクトあんたも聞くくらいでしょ? やっぱりそう感じたんじゃないの? 」

「ええ……少々若過ぎるかと思いますわ」

「あいつの長男がタクトの1つ上なんだろ? なんでまたこうも若いのかねぇ? 」

「もう、そういう血筋なんじゃないんですか? 」

「モッツァレラさんは、御年50才だそうです」

「あ……あれで50ね……あいつの所は何か間違っているわ」


いや、まあ僕もそう思うよ。今となってはある程度の推察できるけどさ。


『カマンベール、今度時間作って母さんの所にも顔出すんだぞ。ラクレットお前は軍に入るんだから、きちんと自分のことは自分でやるようにしろよ』

「ああ、わかっている親父。いままですまなかった。きちんとその点についてはひと段落ついたら対応するよ」

「いや、僕なんだかんだで自分のことできてるよ? 」

『それでもだ……マイヤーズ司令、いや、タクト君でいいのかな? 』

「叔父さんとお呼びすべきなんですかね? 」


父さんは僕に言いたいことだけ言うと、タクトさんに目線を写した。どうやら事情は把握しているらしい。というか、花嫁掻っ攫った家の名前くらい憶えてるか。父さん的には何かしらの因果を感じたのかもね。


『これからまた戦争が起こると、エメンタールから聞いている。その時私の息子を存分に使ってやってくれ。こいつは、誰かに必要とされて初めて正しいことができるやつだからな。導いてやってほしい』

「はい、オレ達もこいつには世話になっていますし、お安い御用ですよ」


なんか、タクトさんに頼まれているし。僕の事。いや、いいんだけどさ、なんだろう、この恥ずかしい気持ち。こういう経験ないからわからないや。


『それじゃあ、二人とも体に気を付けるんだぞ』

「ああ、兄貴によろしく言っておいてくれ」

「うん、わかった」


そう言い残して、通信のウィンドウが閉じた。相変らず自分のペースで話す人だよな。というか、それって遺伝なのかもしれない。なーんてくだらないことを僕はその時考えていた。後で分かったんだけど、遺伝というより、傾向だったんだよね。










「思ったよりも、広い部屋だな」


開けて翌日。僕は軍の空軍学校に来ていた。入口で認識証を見せて、最敬礼されながらも施設を案内されて最後に、この自分がこれから使う部屋に通された。部屋はシンプルなベッドと机に、クローゼットと本棚があるだけだが、これと言って狭さを感じないような、そんな部屋だ。一応ユニットバスもついていて、キッチン以外欲しいものは全部ある。


「今日はもうお疲れでしょうから、ここでお寛ぎ下さい。食事は時間になったら食堂に来ていただければ」

「はい、ありがとうございます」


そう適当に返答して、案内してくれた一等兵を下がらせる。自分より年下に敬語を使うのはあんま好きな人いないだろうからさ。そうそう、実はこの訓練全く休みがないわけじゃないんだ。でもその間僕はどっかの式典に出席したり、スピーチに行ったりと、けっこう忙しかったりする。だからこそエンジェル隊の話を辞退せざるを得なかったのだ。まあ、自分で決めたことだし、後悔はしていないんだけどね。なんて思っていると、通信端末が、呼び出し音をならす。僕はそれを手に取って、エメンタール兄さんからのと確認して通話をつなぐ。


「今大丈夫か? 」

「うん、平気だけど? 」


いつになく真剣な表情の兄さん。この本星のどこかにいるんだろうけど、僕は場所までは聞いていない。まあ、用事があったら直接来て、連れ出していくような人だしね。別にそれでいいんだ。


「さて、第2戦お疲れ様だ」

「ああ、うんありがとう。でも、そんなことを言うためじゃないんでしょ? 」

「まぁな。その様子だと気付いたみたいだな? 」

「そりゃ、あれだけヒントがあればね。でも『エタニティーソード』以外に使えないのは、理由があるのかな?」

「その辺も、今度説明してやるよ。さすがにこの件に関しては女皇陛下に報告することがある。計画も含めてな」


そこまで言うと、僕も兄さんも一瞬無言になって、目線をもう一度合わせてから不敵に笑い合って。同じタイミングでもう一回口を開く。


「なんせ僕たち────」

「なにせ俺らは────」














































────ヴァル・ファスクだからな











[19683] ML編までの人物紹介
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/14 21:31

ラクレット・ヴァルター 14歳 175cm 74kg
主人公(笑) 旗艦殺し(フラグブレイカー)の異名を持つ天才的な腕のパイロット。愛機の『エタニティーソード』はガチ近接仕様だが、実は本人が求めていたのは遠距離からの砲撃狙撃だったりする。エンジェル隊への感情は崇拝や信仰に近いが、がんばって直そうとしている。ごくごく軽い女性恐怖症と対人恐怖症の気がある。クロミエとの関係は親友。趣味は料理と筋トレだが、ミルフィーユの前に霞んでいる。ギターは諦めた模様。身長は現在も成長中で、成長痛に悩んでいたりする。周囲にイケメンや美少年が集まってくるという謎の因果を持っている。精神年齢はほとんど今の年齢と変わらなくなってしまっている。外見は本人いわく中の下。名前の由来はハードチーズの名前。引っかく程度の影響しか与えられないイメージ

カマンベール・ヴァルター 21才 160.5cm
3兄弟の2番目 ロストテクノロジーを解析し理解する能力を持っている。これはこの世界基準の能力であり、ミントのテレパスやラクレットのプレコグニッションと同じESPだったりする。サイコメトラーの物質版しかも限定的と言った所か。応用範囲はミルフィーユの強運クラスだが。
基本的に自分本位の考え方だが、皇国に起こしてしまった混乱については反省しており、今後の人生は大人しく研究職で過ごすつもり。身長が低めでそれを微妙に気にしていたりする。ギャラクシーエンジェルについては一切すらない。
名前の由来は軟質チーズの名前。チーズの女王と知名度

エメンタール・ヴァルター 23才
3兄弟の長男 一度手に入れたものを取り出すことができる。これは転生特典と言うか、こいつの本質。長生きしすぎた弊害か、罪悪感や一部の感情が希薄だったりする。基本的に自分が楽しければいい。結局これも遺伝なのかもしれない。
いろいろ暗躍してきたが、ようやく表舞台に出てくるので結構張り切っていたり、ただその前に嫁の出産があるので結構心配してたりもする。長身細身で中性的で最強で尊大な脇役。ギャラクシーエンジェルはⅡも含めて全部やった人。
名前の由来はチーズの名前。チーズの王様。トムとジェリーで出てくる穴の空いたチーズと言えば分りやすいか。

モッツァレラ・ヴァルター 50才
父親 母親よりは出番あるけど、基本的に空気。息子達全員が転生者でも、あんまり気にしてないのはやっぱり血もあるけど、父親として接してきたからでもある。今年で50になるけどまだ外見は若い人。エタニティーソードとの適性は結構ギリギリ足りなかった人。
名前の由来はやっぱりチーズ

クチーナ・ヴァルター 45才
母親 結構空気な人、タクトの直接の叔母に当たる。最近の悩みは夫が自分より結構若く見えるようになってきたこと。年齢は秘密だけど、年齢の割に若いのだが、夫の血がチートなのだ。息子達全員の肩書を近所の人に自慢していたりもする。

ダイゴ
近所の駄菓子屋の爺さん 年齢はガチで不明 10年以上前から外見が変わっていない。実はかなりの重要人物……だったり。ヒントは名前。

サニー・サイドアップ
17才の花のハイスクールガールなのだが、中身が残念な美少女。ラクレットの同級生。実はこの後ちょっとした騒動に巻き込まれるのだが、まだ秘密。幼馴染のソルトとは微妙な関係。名前の由来は目玉焼き

ソルト・ペッパー
10秒で名前を考えられたキャラ。本編未登場。サニーの幼馴染の17才。ラクレットは良くわからないが面白いやつ扱いだったが、友人と言えるほどじゃなかった。

ブレッド
ケーゼクーヘンのクルー。ケーゼクーヘンが出てくるときは、こいつが出てくる。逆に言うとこいつは暫く出てこない。

ハンク・ブライトマン 42歳
支部長。実はけっこう優秀な人物で、ダルノーの信頼も厚いという設定。

シャルドネ・ヴァルター 22才
エメンタールの妻で元学友。遅めの幼馴染くらい。実は子供が産めない体だったりして、その関係で一悶着あり結婚まで行った。おっとりした性格。ラクレットの義姉1

メルロー・ヴァルター 24才
エメンタールの妻で秘書。もともと借金の形に売られてきた女の子。それをエメンタールがいろいろやって、結局くっついた。妊娠している。クールで完璧だがプライベートだとずぼら。 義姉2

妻の名前の由来はワインとブドウの名前。
義姉二人は作者が過去に書いてた小説の設定をまんま流用していますが、空気なので気にしなくてよいです。


チョ・エロスン
32歳独身。趣味は読書、特技は家事全般。座右の銘は平常心。階級は准将。初恋の相手は月の聖母。実はタクト達の先輩。ラクレットの二つ名の名付け親。現在は中央で文官的な仕事をやらされている。


カトフェル
少佐から大佐に成った人。死んだと思ってら生きてた人。ラクレットの頭の上がらない人。年齢はそこそこいってるみたいだけど不明。部下からの信望ある素晴らしい上官。
名前の由来はじゃがいも(チーズをおいしくするもの)




作中設定

クロノストリング
謎の半永久エネルギー源だとしています。設定だと確か4つのエネルギーが1つだったころの宇宙の名残をまとめて、重力制御で統制することで莫大なエネルギーを生むもの。とされてますが、その原初の宇宙的なものは設定上存在するので、それの破片とかと考えていたり。

クロノドライヴ
速度は10時間で1光年らしいのでそれに準拠。皇国────EDEN間が1週間から2週間らしいので20光年程離れているつもりの設定です。この時代の人類の生存圏は10光年位かなとも。

エタニティーソード
紋章機ではない。紋章が記されてないので。過去に作られた練習機というか量産型のVチップ搭載戦闘機をデチューンした物です。特殊兵装の名前はラクレットが決めたのではなく設定されていたものです。



[19683] IFEND2  ミント編 前編
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/17 15:21
本編とは違う前提条件
ラクレットはミントのことが好きである
ファーゴのイベントから立ち直って以来、微妙にアプローチを続けている。
以上の事を頭に入れてください。


警告

この話は当SSの本筋には一切関係ありません
一部キャラの都合のいい改造を含んだりします。
エンジェル隊及びタクトへの愛が崩れるという方はどうぞ飛ばしてやってください。
もう一度言います。本筋とは一切関係ありません。












さてさて、ラクレット・ヴァルターという少年は、基本的に奥手でへたれだ。加えて若干の女性恐怖症と、エンジェル隊への崇拝に近い尊敬があり、さらに言うと外見は甘めの評価で並といったレベルだ。ボトムアップ評価でかなり低い結果が出るのである。逆にトップダウン評価ならば、弱冠14歳の天才的パイロット、実家は農業衛星の総督、兄が商会の長、女皇陛下の覚えも目出度い英雄、数少ないクロノストリング搭載機保持者にして、操縦者。といったエリート君が生まれるのが彼の面白いところだろう。

しかしながら、そんな彼も人並みに情愛の心を持て余すという事もある。もっと直接的に言うと、彼は恋煩いという人類が有史以来最も感染しているであろう、不治の病の疾患者なのだ。といっても、へたれでへたれな上にへたれである彼だ、そう簡単にアプローチなどできるわけもない。故に彼がそれはそれは、遠回りなアプローチから始めていた。お茶会の時に椅子を引いたり(ミントだけやると不自然なので結局全員にやるようになった)、ちょっとしたお願いを即時に聞いてみたり(無理難題がだんだん飛んでくるようになった)、何かの時に自然に席順を近くの所に座ったり(結果的にそこが定位置になった)とまあ
いろいろやったのだが、あまりにも露骨すぎてばれたのだ。彼の遠回りは恋愛経験値の値が低すぎて、あまり意味の無い行為だったわけだ。

まあ、ばれたらもう気にしないのがラクレットだ。ラクレットも相手にばれていることを知っているし、ミントもラクレットが自分が気づいていることに気付いていている。そんな歪な関係だけど、別段ラクレットも強く迫らないので進展もしないし、ミントも別段友人以上の関係を望んでいるわけでもない。

なによりも、告白して気まずくなるような間柄ではないのだ。このままずるずると行くのじゃないかと周囲のエンジェル隊が予想し、ミントも別段年下の少年からの好意が嫌ではなかったため、少しは否定しつつも、どこかその少年が将来どの世に成長していくかを楽しみにしていた節はあった。大切な仲間であり、後輩のように慕ってくる年下の異性が仄かに自分の事を思っていて、そのこと自体に嫌悪を抱く人物はそうはいないであろう。
具体的にはこのような感じだ


「ミントさん、いい天気ですね。あ、紅茶によく合うと評判のお菓子を手に入れたのですけど、一緒に食べませんか?」

「あら、そうですの。それではティーラウンジで皆さんと一緒に頂きしょうか、私は紅茶の準備をしますわ」


なにか違和感を覚えるかもしれないが、まあラクレットが前世の無い普通の少年ならば、そこまでおかしくないと思う というか外伝なのでそこまで詳しく突っ込まれても困る。普通のままじゃ絶対くっ付かないからご都合主義を入れないと始まらないのだ。その辺を勘弁していただきたい。


さて、そんな表面上は普通の関係で水面下ではいろいろな思いがあった関係がある日突然変化することになる。いきなりラクレットが強烈なアプローチをかけてくるようになったのである。これで驚きながらも面白いのはミントを除くエンジェル隊の要するに観測者だ。
これまでの、すごく甘酸っぱい感じのラクレットのミントに対するアプローチは見ていて面白いものではあったが、そろそろ次のステップに行ってほしかったのだ。
なによりもミントが、いい感じにそれを受け流したりしており、それが一種の惚気のように見えたので、そのミントが少しばかり困惑する様が見れそうだという期待もあった。

事実、最初こそミントはかなり動揺した。心を読もうにも、また古代語で考えているようで(これは語彙が貧困だからではないかと彼女は読んでいる)読めないのもあり。結局さすがに恋人としてみるほどの好感度はなかったわけで、やや罪悪感を覚えながらも、遠ざけるようにしていた。少なくとも今はまだラクレットの事を異性として見れなかったのである。

以下ダイジェストでお送りしよう。




「ミントさん!!僕に味噌汁を作ってください!!」

「インスタントなら食堂で飲めますわよ?」



「 ミントさん!! 恋の病に、特効薬はないそうです!! 」

「私は貴方を、信じていますわ、必ず治ると 」



「 男女間の友情って……成立すると思いますか? 」

「 はい、貴方となら」



そう、彼はいま猛烈に空回っているのだ。



さて、なぜこのような状況になっているかを、説明しなければいけないであろう。ミントにはこの変化の原因に心当たりがあったのだ。
ミントの主観からすれば、一つだけ彼が加速しそうな出来事があった。大変不本意でまだ水面下な出来事なわけで、それをラクレットが知っているのかは不確かであるが、あの謎なまでに優秀な3兄弟だ、どこかで嗅ぎつけたのかもしれない。


(私に、婚約者ができそうだということを)


事の次第は、少し前に遡る。そもそも確認しなければならないのは、ミント・ブラマンシュという少女は本来『白き月所属の月の巫女』などというようなポジションにいるような立場ではなかった。
彼女は幼少から、すべてを父親に決められて、父親の言いなりに生きてきたのだ。まあ、これだけかわいい娘がいれば父親の大事にしたい気持ちもわかるのだが、それは置いておくとしよう。
まあ、ともかくそういった子供の反発から白き月という、父親から離れられる場所に行きたいと思い。父親も花嫁修業の一環で、白き月の巫女になることを許したのだ。事実月の巫女は、女性の価値をかなり上げるものだ。この皇国の象徴である、聖母シャトヤーンに使えるという形なのだから。貴族子女の花嫁修業として幼少から白き月の専門学校で学び1,2年務めて寿退社というのは定番コースである。
そして、白き月に入ると彼女の才能が開花し、紋章機の適性が認められ、当時5機しかなかった紋章機のパイロットという、本当に父親が無理やりどうこうすることのできない立ち位置を得たのだ。まあ、その彼女を取り戻すために、最新の防衛衛星を開発し量産し、娘とトレードをかけたりしようとしていた人物もいたわけだが、それは置いておこう。

さて、そんな全体を頭においてだ。ここしばらくの彼女の活躍、いや、彼女たちの活躍はかなり目を見張るものがあるわけだ。そうすると、当然のごとく陰謀の大好きな人とか、宮廷劇が大好きな方々よりも、お金を持って女の子を身内に加えたい人とか出てくるわけで……
もちろんエンジェル隊という神聖視の対象にすらなっている存在を、しかも国のトップと軍のトップがバックについているのだから、直接的に動くということはできない。彼女たちの素性を知っている一部の政府高官や軍人たちが手を出すのは難しい。しかし、ブラマンシュ商会はまた違うわけだ。
皇国でも5本の指に入る巨大な商会で現在も急成長が止まらないわけだが、当然のごとく敵も味方もいるわけである。


(昔から婚約者の話、自称婚約者の方々には困りませんでしたが……)


とまあ、そんなわけで、そろそろ父親が過保護にも自分を守るために婚約者を決めたのではないかと勘繰っているわけだ。ミントだって、いつまでもエンジェル隊で入れるとは思っていない。皇国に平和が訪れれば、自分は軍から抜けることだって考えている。今の仲間は大変居心地がいいし、個人的なおつきあいはいいと思っているが、今が天職なだけであり、環境も今が特殊だということは理解しているのだから。


(自分の身は自分で守れますのに……そして、それを知っているのだとしたら……)


ラクレットの行動は、弱みに付け込むようなものだ。見ず知らずの婚約者と、知っている俺どっちがいいんだよ!! である。ドラマでよくありそうな筋書きである。そして、厄介なことに、ラクレットはあまり意識していないものの、彼の立場は結果的にミントにもブラマンシュにとっても悪くないのだ。
ブラマンシュよりさらに若いが飛ぶ鳥を落とす勢いで飛躍しているチーズ商会。その会長の弟であると同時に、会長の身内ではまだ0歳の娘を除いて唯一の未婚であり、そのチーズ商会は今までもかなり良好な関係を維持しているが、仮に二人が結婚し、商会の長同士が納得すれば、合併だって選択肢になりえるのだ。
ちなみに、ミントは知らないが、別段エメンタール会長は、子供に金を残したいとか家の繁栄とかを考えていないので、結構現実味がある選択肢なのだ。
ミントが誰かしらとくっついた、しかもそれがちょっとしたコネクションや立場がある人物から見れば、政略ともとれる人物。民衆から見れば英雄の身内通しの結婚に見える人物。


これ以上ないような優良物件なのだが、やり口が汚いように感じるミントだった。まあ、当然であろう。先にも述べたように、下手したらどれだけ年が離れているかもわからない、しかも全く面識もないような人物(まあおそらく、大事には扱われるであろうが)とくっつくか、面識あり、自分に絶対の好意があり、二つ年下で、認めたくはないけど頼りがいはある少年どちらを選ぶか? という疑問を投げかけられているわけなのだから。


「まったく、気に入りませんわ。私にだって私の力でやりたいようにやりたいのですわ」


ミントはそう、自室で着ぐるみの頭を撫でながらそう呟いた。その着ぐるみは、ブラマンシュ商会のマスコットキャラクターの超限定盤巨大ぬいぐるみなのだが、彼女はそれを着てたまに深夜徘徊をしている。


「そういえば、これはラクレットさんに頂いたものでしたわね」


これをもらった時は、ものすごく逆撫でするようなことを言われたものだが、これを着て深夜徘徊をしている時に、幽霊騒動になってそれを探りに来たタクトと、一晩中話をしたものだ。自分の着ぐるみ趣味は、自分だけの秘密から、タクトと二人だけの秘密になり。すこし心の距離が縮まったような気がした、ミントからすれば忘れられない夜の出来事なのである。


「まあ、そのタクトさんはミルフィーさんを選び、そのせいで蘭花さんが一悶着おこしたのでしたわね」


懐かしむ様にミントはまたそう呟く。この頃の彼女は悩みのせいか、独り言が多いのだが。人前ではぼろが出ないように物心つく前から学んでいるために、やはり今のところ問題にはなっていなかった。彼女の夜はそうして更けていくのだった。





さて、そこから数日の時がたつ。彼女が相も変わらず自室でのんびりしていると、通信端末が、私用の回線に通信が入ったことを知らせる音が鳴り響いた。なんとなく嫌な予感がしつつも、一応開くとそこには、見覚えのある父親の顔が表示される。


「あら、お父様、お久しぶりです」

「ああ、久しいなミント」


父娘の久方ぶりの再開なわけだが、少々堅いのがこの二人だ。まあ、これでも以前よりはだいぶ相互理解が進んだことによってある程度軟化して解消しつつあるのだが。とりあえず、ミントは単刀直入に切り込むことにしたのだが、自分からつないだわけではないので、相手の出方を待つ。


「さて、ミントよ。知っていると思うが、お前に正式な婚約者ができた。それでさっそく明日会ってもらう」

「本当突然ですわね」

「ああ、向こうの家がこちらのいうことをだいぶ聞いてくれたために、こちらとしても答えないと示しがつかんのだよ」


なるほど、とミントは内心呟いた。おそらく、相当な数の条件を持ってこの婚約は締結されたのだろう。自分のことなのに他人事のような考え方だが、性分なので仕方がない。過保護な父親のことだ、いや少し前までは過保護というより自分の付属品だと思っていると、ミントは思っていたのだが。それはともかく、自分のためよりも娘のためにかなりの条件を付帯させて結んだのだろう。恐らく、成人するまで籍も入れないし式も上げないや、エンジェル隊を強制的に抜けさせることはできないといったように。となれば、自分は子供のようにすべてを突っぱねるか、おとなしく従うか、従うふりをするかのどれかしかない。


「お前のスケジュールは一応把握している。明日は空いているはずだろう。明日の10時に本星の空港東口第2出口に迎えをよこすらしい」


白き月から本星まで10分おきのシャトルが出ている、ミントの部屋から、指定の場所まで30分かかるかかからないかといった距離でしかない。ちなみに、空港の東口はデートスポットの待ち合わせ場所として大変人気だ。ランファもはまった視聴率30%オーバーのドラマのラストシ-ン使われ、大変な話題になったのだ。休日にはカップルで賑わい独り身が一人で行くのは大変な苦痛を伴う場所だ。


「……把握しましたわ」

「ああ、それでは、先方に失礼の無いようにな」


それだけ言うと、ダルノー・ブラマンシュは通信を切ってしまう。ミントはあくまで把握しただけで了承したとは言っていないし、ダルノーもそれは分かっているのだ。なぜならばミントが話を聞いてくれただけでも彼からすれば十分なのだから。


「全く、憂鬱ですわ」


そんな風に通話の後独り気だるげにつぶやく彼女は、子供っぽい外見と相反する雰囲気とで、アンバランスにかなり色っぽいのだが、それを見たい人物はこの場にいなかった。とりあえず気晴らしに、ケーキでも食べようとミントはティーラウンジに足を運ぶ。部屋を出て左に曲がりエレベーターに向かうために廊下を歩いていると、廊下に背をよりかけて立っている人物と目があった。


「こんにちは! ミントさん!! 」

「……ごきげんよう……ラクレットさん」


ラクレットだ。このところ外に出るとかなりの確率でエンカウントしてしまうので、自室にいる時間が増えるようになっているミントだ。相手に悪意がないのは分かっている。むしろ好意全開なのはわかっているのだが、それでも疲れるわけである。


「あの!! ミントさん明日予定ないはずですよね!! 」

「え、いや……実は」

「それでですね!! 僕とデートに行きませんか? 」

「………は? 」


まさかこのタイミングでこの話が来るとは思わなかったミントは、完全に思考を停止してしまう。彼の胸元に最近つけ始めたネックレスが揺れ、何も考えられないので動くものを眼で追ってしまうミント。その間にも話は進む。


「待ち合わせ場所は……空港の東口の第2出口……? で朝の10時に待ってます!! 」

「あ!! ちょっと!」

「それでは!!」


それだけ言うと彼は走って去って行った。恐らくこの艦の中で彼よりに追い付けそうな人物は3人といないであろうそのスピードに、ミントが追いつけるわけもなく、彼は言いたいことだけ言ってまさにいい逃げをしたのだ。
呆然となるのはミントだ。デートするのは、まあ100歩……いや100万歩譲って良しとするとしよう。しかし、日付と時間が完全にかぶった。おそらくランファあたりにデートコースとかの指南を受けたのであろう。断る前に離れなさいとか、場所と時間はこことか。が、そのせいで最悪なことに完全に重なってしまったのである、ダブルブッキングだ。


「あーもう!! どうしたらいいんですの!! 」


普段は絶対荒げないような声を廊下で上げるくらいには切羽詰っていた。







自室に戻った彼女は、とりあえず冷静に整理して考えることにする。


「まずは、婚約者とやらの約束に行った場合ですわ」


この場合、婚約が完全に合意とみなされるであろう。少し前までなら完全に父親の顔に泥を塗ることになるので積極的に行かないを選んでいたが、自分も大人になったためにある程度物事がわかってきた。


「この場合、問題なのは婚約が完全に成ってしまうということですわ」


それが最大のネックであり、焦点であるのだ。


「次に、ラクレットさんのデートに行った場合ですわ」


これは、婚約者と、その背後にあるものに対して泥を塗ることになるわけだ。しかしながら、一応以前から友好もあり、なおかつそれなりの力を持つ商会の関係者であり。何もなしに断わるよりも、父親は許せるのではないか? 最悪向こうの商会のある程度の内実を手土産にすれば父も認めてくれるであろう。問題なのは


「ラクレットさんとは……まあ、その場しのぎにはなりますわ」


ラクレットとデートをしても、自分がある程度主導権を握れるため、すぐに惚れた腫れたの恋人関係になることはない。こっちも形だけ取り繕えばいいので、現状維持には最適。
ラクレットが送り狼になる可能性は0.1秒の思考で棄却された。信頼感抜群である。
というか、ミントに明日はデートに連れて行ってその後ふるという選択肢が出てない辺り色々とね?


「そして、どちらにもいかない場合」


ミントだって馬鹿ではない。独りで動くときのために、ある程度資金の準備や、コネを作ったり等はしている。最悪父を見捨てて、ブラマンシュの名を捨て、シヴァ女皇の近くにいれば身の安全は確保できる。しかしこんなに早くその時が来るとは思っていなかったため、まだ資金は家出娘のそれの範囲をでていない。遊んで暮らせば1年もせずになくなる額だ。結局のところ、選択肢などこの程度しかないのだ。


「気が付いたら、チェックをかけられていたわけですわね……」


振り返ってからわかる、いかに自分の状況が詰みに持ち込むために動かされていたのに。エンジェル隊の参謀的なポジションとはいえ、やはり自分に関係のないところで動き回る陰謀に対してなど対処にもやはり限界が来るのである。結局彼女は強いられた選択しか取れないのだ。この現状を何とかして新たな道を探せるものならとうに模索しているであろうが、なまじ優秀な彼女はその新たな道に掛ける希望を持ち合わせていない。というよりここ数日の不幸は、ジンクス的に更なる不幸を呼び込む可能性がある。
迷信を信じる程オカルト的な思考を持っていないミントだが、こればかりは経験則なのだから仕方がない。


「さて、本当に……困りましたわね」


ベッドに仰向けに倒れこみながら、彼女はそう空に向かって呟く。衣服のしわを気にする心の余裕はなかった。ぼーっと、目に映る景色を認識しないで、脳の活動全てを思考に咲きながら彼女は考える。自分か未来か家族かそれとも恋人か。大事なのは何か。ぐるぐる回る思考の果て。彼女は一つの決意をした。

それが正しいのかは、彼女にもわからなかった。






翌日ラクレットは、指定の待ち合わせ場所に1時間早めに到着して待っていた。しかし流石に、待ち合わせの人間が多く、ミントがここにいるのは大変であろうと、少し離れた場所においてあるベンチに座ることにした。彼の人生で初めてのデートなわけだが、彼としては別段緊張しているわけではなく、普通に早く来てぼーっとしているだけだ。

デートの1時間前には行けという、指示通りの行動。指示通りの待ち合わせ場所。
何か意識しているわけではなく。冷たいベンチに座り彼は約束の時間を待っていた。



















「あ、ミント。どうしたの?」

「ええ、少々決断をしまして」


ミントはその頃ロビーで、他のエンジェル隊と顔を合わせていた。
朝食の後、ここの所しばらくはなぜかロビーで集合していたのだ。今日はミントが最後に来ており、他のメンバーはもっぱら今日のデートの話で盛り上がっていた。


「そうなの。んで? どんな決断よ? 」

「先輩が決断したのでしたら、私はぜひお聞きしたいです」

「それでね、タクトさんが今日お仕事だから、夜からデートしようって誘ってくれてね」

「ミルフィー、今はミントの話を聞こうか、アンタのデートの話はまた後で聞くからさ」

「それで、どのような決断ですか? 」


というより、実はミルフィーが本日夜のデートの話を惚気ていただけなのだが。ちなみにラクレットは昨日が休みで今日が有給。ミントは今日が休みだったわけだ。タクトは逆に今日が仕事だったわけだ。もっというとラクレットは18日ぶりの終日オフであり、連休はいつ振りだが本人も把握してない。
ミントは、一晩考えた結論をこの場で明らかにするのもあれなので、自室に招くことにした、念には念を入れての采配である。ティーラウンジで自分の話をぶちまけてそれを誰かに聞かれても嫌なだけでもあるが。


「それで、ここまで引っ張ったんだ。話してもらうよ」

「ええ、それは構いませんわ」


ミントは全員分の紅茶を用意しながら、そう返す。もはや日常の光景となるまで身にしみついたその行為をしながら、誰かと会話をすることなんて彼女にとっては、それこそ朝飯前といったところか。手際よく用意を終えて、一息つくと、雰囲気つくりのためか、表情を物鬱げにして、ティーカップを持ち、どこか遠くを見るといった。まるでどこかの深窓の令嬢のような仕草をとる。
周りのエンジェル隊はまた始まったよといった雰囲気でそれを聞くことにする。


さて、なぜこのような対応になっているのかというと、先にも軽く述べたように、ミントはすでに何度かエンジェル隊に話をしている。その時は今回のように決意をした等のシリアスな話ではなかったが。
以前は
「ラクレットさんが、荷物持ちに買い物に付き合わせてから、ちょっとした荷物も自分で持つようになり、そのせいでティーカップを一度無理やり持たれ、結果的に壊された」

「ラクレットが付きまとうせいで、自室と化粧室といった密室でしか息がつけない」

「あれだけ色々やってるのに、好きという言葉を口にしたことはないへたれである」
といったようなもので、はたから見ればのろけなのだが、逆に実物を見ているエンジェル隊は、お気の毒にといった感じだった。ミントにその気がないことを一番理解しているのは彼女たちなのだから。
そして、ミントがそういったポーズをとったのは、まじめな話をする前に相手にある程度の緊張をほぐさせて、よりダイレクトに聞いてもらおうとするためなのである。


「実は私、少し前に婚約者ができたそうですの」

「え?」

「は?」

「ふぇ?」

「はぁ……?」

「………?」


当然の反応に満足するミント。彼女はとりあえず周囲の反応が自分の予想であり安堵していた。これでおめでとうとか言われたら、困ってしまう。しかし、ミントはランファの頭の中でラクレットと婚約したのかといった誤解が起きていることを看破できなかった。


「本日は10時に空港で待ち合わせ……初顔合わせとなる予定でしたの」

「え? 初顔合わせって、ミントさん相手の顔知らないんですか?」

「ええ、父が勝手に決めたことで、名前も顔も家も 教えていただいていませんわ」

「ああ、なんだ、よかった」


誤解も解けたところで、ミントは次に何を話すか考える。フォルテはこちらのペースで話しなといった目で見ているので、それに肖ることにした。なにせ、事態は複雑なのだから。


「ラクレットさんは、おそらくこれを知っていて、最近急激にアプローチをかけてきているのだと私は考えておりますの」

「あー、なるほどね」

「どういうことですか~?」

「つまりですね、婚約者と結婚するのと、自分と結婚するのと、どちらがいいかという売り込みをかけているということかと思います。ミルフィー先輩」


ミントは説明を省いたが、このメンバーは知っての通り、ラクレットの家なら婚約を破棄して乗り換えても、あまり申し分のない家である。その辺を含めても彼の行動とミントは読んでいた。


「本日、同じ時間にラクレットさんにもデートに誘われております」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!! なんかすごいことになっているのに、落ち着きすぎでしょ!! もうあと10分もしたらここを出ないと間に合わないわよ? 」

「ええ、それも含めたお話ですわ」


さて、前提とする条件はあらかた話し終えた。この状況で自分がどのような判断を下しどのような決意をしたのかを話すのが今回の目的なので、ここからが本番である。
一度息を大きく吸い込み、肺を満たす。この部屋のミントが好きな芳香剤の香りと、しみついてしまった甘い砂糖の匂い、そして紅茶の香りが鼻を通るわけで、やはり落ち着くことができる。そして、ゆっくり吐き出し、今まで作っていた物鬱気なポーズをやめて、堂々とした姿勢で言い放った。


「それで私━━━」








ラクレットは、時計を確認する。時刻は10時。待ち合わせの時間だ。
ミントは時間を結構律儀に守る人間なので、そろそろ来るころかと思い、辺りを見渡すと、見覚えのある少女が彼のもとに近づいてきた。

















━━━自分の道は、自分で切り開くと決めましたわ」


ミントは、16という年齢だ。15歳で成人とはいえ、実際の所まだ本当の意味では大人でもなければ子供でもない。義務は少なく権利も少ない。そんな十代の半ばという年齢だが、それでも自分の生き方に誇りがあった。父親の言いなりになって生きてきた。それが嫌で白き月で自分の居場所を勝ち取った。国を守るために戦い勝利した。
その行いすべてが、彼女の礎であり、彼女の生き様だ。誰にも否定される筋合いはないし、逆にすべてを肯定される必要もない。だからこそ、彼女はラクレットも父親も選ばない。父親にかかる迷惑も、その結果自分に来るかもしれない災いも、すべて気にせず進んでいく。


「と、いってももしこれから私が、困難な状況に陥った場合、皆さんには助力を仰ぎたいわけですわ。格好をつけても、私はまだ一人の小娘なわけですし」


そして、一人で越えられないのならば、仲間とともにその困難を超えればいい。考えてみれば簡単なことである。父親が苦労するかもしれない。だけど今度はこっちがいうことを聞いてもらう番なわけだ。最悪、本当に最悪な場合は、権威を振りかざせば何とかなる。これをやると前例ができてしまうため、やりたくないし、多くのことは自分とエンジェル隊、そしてエルシオールの仲間が力を合わせれば突破できる。
そして、ラクレットには悪いが、自分が今すぐ婚約するわけではないから、そんなに急いでアプローチをかけずにもよいといえば、まあ落ち着いてくれるであろう。自分も彼も、将来のことはわからない。彼だって別の人を好きになる可能性もあるし、もしかしたら、様々な偶然が重なった結果、奇跡が起こって神がかり的な出来事の終息次第で、自分が彼のことを好きになるかもしれない。
(そう例えばこのまま何年の私の事だけを見ているような一途さがあり、本気であるのだと証明できれば検討するに値しますわ)
だけど、今はまだ、戦友といった関係か、先輩後輩のような関係でいたい。それが彼女の望みだった。もちろんそういった関係を維持して彼の力も借りてこれからの困難を乗り越えていくつもりである。


「なんだ、そんなことならお安い御用さ。そうだろ?」

「はい!! 私もミントさんに協力しちゃいますよ!! おいしい料理をなら任せてください! 」

「いや、料理は関係ないでしょ。あ、もちろんアタシも協力するわよ」

「先輩に力を貸すことに何の躊躇いがありましょうか 微力ながらこの烏丸ちとせ、お手伝いさせていただきます」

「もちろんです、侮らないでください」


頼れる仲間たちのその声を聴いて、ミントは満面の笑みを浮かべて感謝の言葉を述べたのであった。

















「こんなところで何してんのよ、アンタ」

「あ、義姉さん……」


ラクレットの前に現れたのは、ノア・ヴァルターだった。先日ひそかに結婚していたらしく、ひと騒動あった。トランスバール皇国では戸籍はなく、国民は社会保障番号のようなものを与えられているわけで、科学者として白き月に住むことになった彼女にもそれは与えられた。その際、カマンベールが『苗字があったほうが栄えるだろ』という理由で、結婚したのだ。本人達だけのうちで。


「その義姉さんというのが気に入らないけど、まあいいわ、って、もう10時過ぎてるじゃない、アタシはこれからシヴァに呼ばれているからまた今度ね」

「あ、うん」


それだけ言うと、ノアは急いで去って行った。その場にはラクレットだけが取り残されたのである。









「それにしても、ラクレットも策は悪くないけど、状況が悪かったね」

「そーですね、もう少し考えてから行動すれば良かったのよ。恋にルールはないから別に責めている訳じゃないけど」


場面は変わりミントの部屋、ミントの告白の後の結局エンジェル隊はその場で談笑していた。機嫌のよいミントが、秘蔵のお菓子コレクションを開いたため、昼食を取らず、ずーっとである。本日休みでない者もいるのだが、現在エンジェル隊は白き月内のエルシオール待機であるために、エルシオールの内部にいればいいのだ。ミルフィーを除いては白き月にも私室はあるが、こちらのほうが皆もいるし、交通の便もいいのでなんだかんだでエルシオールにいるわけだ。
逆にラクレットは広告塔成り雑務なりと仕事に追われているのだが。


「まあ、そうですわね。私がもう少し皆さんへの信頼が足りなければ、ラクレットさんのところに行っていたかもしれませんわ」

「またまたー。婚約者の件が無かったら、案外コロッと落ちてたんじゃないの?」

「それこそまさかですわ」

「(というより、ラクレットさんとのデートもすっぽかしていますが、連絡はいいのでしょうか?)」


ヴァニラの疑問はもっともであるが、ミントからすれば、普段から約束通り来る自分が来なかった時点で、何らかの事故に巻きこまれたなどの心配をするかもしれない。という発想ができなかった。一般的な家庭で育ったということがないため、家族への連絡などといったところが微妙に抜け落ちていたりする。何より今は安堵でいっぱいだ。気が抜けているともいう。
いつも約束を守る自分が数時間待ってこなかったら帰ってくるであろうといった考えだ。
そしてミントは明日ラクレットに、婚約者とは結婚しない旨と、アプローチを辞めるように伝えるつもりであり、その時に謝るつもりであったのだ。

婚約者のほうは、いかないことをわざわざ伝える必要もなかった。一言父親に、婚約は破棄してください。とメールを書いてそのまま放置だ。というか通信も切っている。

さて時計の針が5時を指す少し前に、ミントの部屋に乱入者が現れる。


「ミルフィー!! 仕事終わったよ!!」

「あ、タクトさん」


タクトである。彼はこれからミルフィーとデートするわけだ。まあ、最初はミルフィーののろけ話から始まっていたわけで、皆それは承知の上だった。
区切りもいいわけで、その日はその場で解散の運びとなる。







「っんーっ!! ふぅ……今日は久しぶりによく眠れそうですわ」


その日の深夜、ミントは読書をやめて椅子で大きく伸びをしながらそうつぶやいた。夜更かしは成長を阻害するので意図的に避けているつもりなのだが、今日ぐらいは目をつぶろうと思える気分だった。なにせ、ここしばらく悩んでいた問題が解決したのだから。何か違和感が残るような気がするが、どうせ些事であろうと切り捨てている。

そんな彼女が本を本棚の下から3段目に戻し、就寝の準備をしようとすると来客を告げるチャイムが鳴った。


「こんな時間に、誰ですの?」

「あ、ミント私だけど……ごめんね、遅くに」

「ミルフィーさん? 」


確か彼女は今日デートに行っていたはずだと思いつつ、ミントはドアを開けた。そこに立っていたのは、いつもより少しだけ気合の入ったファッションに身を包んだミルフィーで、どうやらデートの後直接来たことが察せられた。


「それで、どういった用件ですの? 」

「あ、うん……実はね、タクトさんとランファから教えてもらった夜景がきれいなスポットに行ったんだけど……」


ミルフィーたちのデートは基本的にノープランから、二人でおしゃべりを楽しみながらぶらつくといった形だ。お昼ご飯は、よくミルフィーが弁当を作るわけだが、今回は夕方からのデートだったのである。

「そこにね……ラクレット君みたいな人がいたの」

「ラクレットさんが? その場所は?」

「空港の東口の第1出口なんだけど、第2口の方のベンチに座っていた人がラクレット君だったかもしれない。遠かったし、暗かったから本当かどうかわからないけど。あ、8時ごろね」

「そう……ですか……」

「もしかしたら、見間違いかもしれないけど……」


そういうとミルフィーはお休みなさいと言って、ミントの部屋から去って行った。
ミントは今のミルフィーの言葉を考えてみる。もしかしたら、ラクレットがまだ待ち合わせ場所にいるかもしれない?

ミントはまた頭痛を覚えた。さすがに日付が変わろうかという今は、どこかで宿をとっているか、戻って自室にいるだろうが、普通に考えて10時間も待ち合わせ場所で待っていたのだ。今の時期トランスバール皇国では、昼間はともかく夜はそこそこ冷える。夕方あたりからは寒かったであろうに。


「まあ、ミルフィーさんの見間違えでしょうが……全く、あの人は私を困らせる……」


ミントはせっかくいい気分で眠れそうだったのに、邪魔が入ったとすら思ってしまう。まあ一日の終わりが、思わぬ情報で微妙になってしまったのだからしょうがない上に。何より今の彼女は微妙に躁状態になっているし仕方がないことではあるが。

そんなことを考えながらも、彼女はベッドにあおむけになり、夢の世界に旅立った。
一応通信端末を使って、明日話があるとメールを送ってからだが。










翌日、朝になってもラクレットはいなかった。まあ、休みで外泊したのだから当然かと思いつつ、ミントは朝食を食堂でとっていた。しかしながら、妙な胸騒ぎを覚えて、ラクレットの通信端末に通信を送るものの、返事はない。
レスターにどこにいるか聞いてみても、朝の自主訓練にも顔を出さなかったとことだ。今のエンジェル隊とラクレットは待機でしかなく、よほどのことをしなければ自由にしていていいはずだが、さすがにエルシオールにも白き月にも、連絡もなしにいないというのはまずいであろう。前に当日にレスターにメールを送って、本星に行っていたことはあるらしいが、それもないようだ。


「あー、もう!! 手のかかる人ですわね!! 」



ミントは、ここでまた一つ決断をした。












時をかなり戻そう。
この婚約騒動が起きる前、婚約の話がブラマンシュに出た時だ。

ダルノー・ブラマンシュは、最近かなり増えてきた娘との婚約の話や、それに伴う商売の話に微妙に頭を悩ませていたのだが、商売仲間の別の商会の長と、酒宴の席で同伴していた時に、口約束から始まった。

その時は、無茶苦茶とも思われる条件を羅列するダルノーを、その商会の会長はなだめながらも聞いていただけだったのだが。やれ、結婚はしても同棲は認めない! やら20歳まで結婚を認めない! 婚約期間中に娘が望めば一歩的に破棄する! といった当回しな宣戦布告かというくらい一方的なものをだ。
しかし、後日、その条件をほぼすべて飲んでもいいと、ダルノーに向かって公式な文章で届いたのである。

好きなタイミングで破棄してよい。
いつまでに結婚する等の強制力を一切持たない。
そちらが成人したら自動で破棄される。

これらの条件で婚約が結ぶ代わりに、より仲良く商売をしていきましょうというものだ。

ダルノーはさすがにこのような形だけの婚約など、虫が良すぎると断ろうとしたのだが、これ以上の条件もなく、何より娘さんの安全を私も、当人も心より祈っておりますという言葉でそれは結ばれたのだ。

あえて言うのならば、問題だったことがただ一つ
その商会がチーズ商会であり。
ダルノーの愛娘の婚約者が

ラクレット・ヴァルターであるということの一点だった。




エメンタールは、大げさに状況をラクレットに説明した。

酒の席とはいえ、ダルノーはミントの婚約者を探している。
しかも、それは悪い虫や、欲望や陰謀から守るためである。
いつ破棄してもいいような、形だけの婚約を、ある程度力のある家と結びたいが、そのような一方的な都合で通るわけではないと嘆いていた。といったことだ。

それを聞いたラクレットは、ミントの安全のためならたとえ日の中水の中というやつだ。

ちょっと面白そうだからと話を振った エメンタールの方が逆に面くらってしまう。

なぜならば、完全に惚の字である弟は、馬鹿ではあるがお約束は理解している人物だ。こんな形で婚約者になったら、ヒロインを助けるイケメンが現れて、金と家柄しか取り柄が無いブ男は捨て台詞を残して逃げる。そんなお約束がある。
そうでなくとも、逆に付き合いにくくなるであることは理解しているであろうと思ったからだ。ただちょっと、こいつもミントの事が好きなわけだし、話を振って葛藤する様を見ようと思っただけだったのである。
そんなことも理解できない程盲目なのかと呆れてしまったのだ。

しかし、少し話をしてみると、どうやら予想とは違った。

ラクレットは、すべてを理解したうえで、こんな肩書がついてしまったら色眼鏡抜きに互いを見ることができないとわかっていたのだ。

しかしながら、ラクレットにとってミントの安全や幸せよりも優先すべきものはない。そもそも、ラクレットは『壊れている部分』がある。何よりも優先するのは、自分がミントと過ごすことではなく、誰かがミントを幸せにするということだ。
愛を与えても一切の見返りを求めていない。いや、愛をささげた対象の幸せが見返りである。愛されたいという願望はあるが、その優先順位がおかしいほど低い歪な存在なのだ。
いうなれば合理主義者、理の位置が相手の幸せであるためずれているそれだが。

結局。ラクレットは、婚約者になった後。そういった思惑をすべて黙って、婚約者だが、関係は仮の物であるといった関係を作ろうとしていた。
なぜなら、自分が婚約者だとミントにばれない間ならば、普通に今までの関係で勝負できる。ミントの安全のために必要な頃合いまでは、今までのままミントにアプローチをかける。それで自分に靡いてくれたのなら、あわよくば。
ハッピーエンドがだめならば、嫌われてもいいので仮面婚約者として振る舞おうしたのだ。

そしてラクレットは兄に頼んで催眠暗示でこの辺の思考をすべて日本語にしてもらう。これで簡単な思考のミスからはばれなくなる寸法だ。その思考をかける際にネックレスを貰い、それをかけている間は暗示が聞くといわれここの所ずっと身に着けている。

しかしながら、ミントはすぐに自分に婚約者ができるかもしれないという話を察してしまった。そのためラクレットは、自分らしくもない大げさなまでに露骨なアピールを始めた。

判断をミントに任せる事にしたのだ。自分を選ぶか、偶像の婚約者を選ぶか。自分を選んだのならば、可能性はあまりにも低いが少しばかりの可能性が残り、婚約者を選んだのならば、それはもう0だというわけだ。

ラクレットにとって救いだったのは、あまりにも一方的な条件のために、せめて本人が好きなタイミングで伏せておきたいというエメンタールの提案を、ダルノーが二つ返事で飲んでくれたことであろう。
これにより、期日のデートの日程を教えるだけでダルノーはミントへの連絡を終えたのだ。

ちなみにラクレットのデートコースはすべてエメンタールプロデュースだった。故に誘う段階で微妙に怪しかったわけだ。そういった経緯でミント自身にすべてを選ばせるつもりだったのだが、ミントが第三の選択肢を選んだために全てが意味をなさなくなったのである。


ラクレットの計画からすれば、デートにミントが来て自分に
「今日は婚約者とのデートがあるので付き合えない」
と言われたのならば、にっこりと悪役のような笑顔を浮かべて
「実は僕が婚約者なんですよ。いやー嬉しいですね」
と嫌味たっぷりに言うつもりだった。其の後ミントが、その婚約に付帯されている条件を知り、それをチーズ商会は兎も角ラクレットが知らない(事になっている)という裏を把握することで、自分が完全に道化役だったという風に落ち着かせる。

逆に何も言わずにデートに来る。婚約者がいるけど婚約者よりはましと言うリアクションを取られたのならば。
彼は全く裏事情を知らないつもりで行動し、今のままの関係を維持し、兄経由で「ラクレットに婚約者という事を伝えるのを忘れるという、不手際があった。彼女には仮初の婚約者ができたと伝えてくれ」とダルノーに通してもらうつもりだった。

しかし、彼女が来なかった以上、今この場で手持ち無沙汰にネックレスを弄っているラクレットはこの場で完全な待ちぼうけだった。
今までの生涯で徹夜したことはそれなりにあるが。屋外で徹夜するのは初めての経験だった。日が沈んでいき、その反対の方向から日が昇っていく様を眺めて、そしてその太陽があとしばらくしたら真上に上ってしまうであろう頃になっても彼はベンチに座っていた。

結局の所意地なのか、未練なのか、自分にも最早解らないのだが、彼はもうすぐ25時間ほど待ち合わせ場所で待機していた。これだけ待っていればさすがにいろいろ考え事ができる。

こういう時、ドラマだと深夜にやっぱり思い直した恋人が来てくれたり、待ちぼうけ初めて結構な時間がたつと雨や雪が降ったり、それを傘も差さずに立ち尽くして、遅れてきた相手が傘をさしてくれるといった具合だ。

それも、素晴らしく彼の心を刺激するのだが、結局自分は誰かに愛されるという才能と愛されたいという欲望が致命的に足りていないのだろう。才能がないから受動的に得ることはできず、欲望が強くないから自分から求めに行くという事もない。

すると、今度は自分がひどく悲劇の主人公のような境遇で、笑えてくるのだが、やはり自分は主人公と言ったものの真逆に存在するのであろう。なんて考えて自嘲の笑みを浮かべていたりする。


「待ち合わせの時間になったら帰ろう」

『おいおい、待ち合わせは昨日だろ』


そんな風に呟いてみると、目の前に長男のエメンタール・ヴァルターの顔があった。いつの間にか通信がつながっていたようだ。さすがに眠くなってきたのかもしれないと思い直して、ラクレットは通信に応対する。


「あ、兄さん。いやー、ミントさんこなかったよ」

「なーに1日待ってるんだよ。バカじゃねーのかお前」


楽しそうに聞こえるその声に、ラクレットはもはやイラつくという事すらしなかった。いろいろ限界まで行ってしまっているのだから。主に眠気が。


「いや、自覚あるよ、バカだって、こんなに好きなんだもの」

「よくやるよな、婚約者だってことばらせば話は変わってくるだろうに」

「かわらねーだろ、婚約者なら、なおさらさけられるっつーの」


ラクレット的にはそうだ。自分がやったのは、すべてを秘密にして大切な人を守るダークヒーロー的なものではなく。せめて最後に夢が見たかった男の妄執だ。しかも気持ちの一方通行で満足するような男のである。はたから見ればドン引きされるものであろう。
だってやっている事は好きな人の心にプレッシャーがけて試しているだけだもの。
それでもラクレットはかけてみたかったのだ。

しかし、その反応を予想していたのかニヤニヤしながらエメンタールは続ける。
ラクレットにはすでにイラつく気力もなくなってきているのだ。


「いや、向こうが好きなタイミングで破棄してよくて、いつまでに結婚するとかの強制力を一切持たない、関係を強くするためだけの、形だけの婚約、しかも向こうが成人したら自動で破棄されることが決まっているんだぜ? 婚約というより口約束のレベルだろ」

「それでも、ズルをしたみたいでやだ。ズルをして気を引くくらいなら、ミントさんに嫌われたほうがまし。そのくらい好き。多分もう治らない。」

「そうか、それじゃあ、用件に移ろうか」


説明口調の科白を聞き流しながら、ようやく本題かよと、うんざりしながらも、いい子ちゃんであるラクレットは話に耳を傾ける。まあ、それしか選択肢もすることもないのだが。


「まず、そのネックレスの話だけど。実はそれ催眠抑制の効果がないんだよね」

「え? じゃあ僕の思考は駄々漏れだったってこと? 」

「いや、暗示は普通にかけた。そのネックレスがニセモノってだけで。別にキーアイテムとか要らないんだよ催眠暗示って」


別段暗示がきちんとかかっているのならば、ラクレット的には問題がないのだがでは、ネックレスはどういったものなのか気になるのが人間であろう。


「じゃあ、なんなのさ?」

「通信端末のジャミング」

「はぁ!? 」


いきなりの宣言に驚くラクレット。そしてネックレスを首から外して投影ウィンドウの兄の顔に向かって投げつける。当然のごとく透過してはるか遠くへと飛んでいく。しかもへらへら笑いながらなわけで、余計むかつく。一瞬にして結構目が覚めたのだけは感謝すべきかもしれないと彼は思った。そんなことを考えている時点で、目が覚めていないような気もするが。


「いや、とりあえず昨日の昼ごろから起動させてもらっているよ」

「いや……もう……はぁ、なんでさ?」

「その前に聞きたいんだけど、お前なんでここまでしたんだよ? 自分の物にもならない女の為にさ」


ころころ話題を変えられて、なにか違和感を覚えるものの、眠さと疲労であまり頭が回らない。とりあえずラクレットは先ほども言った自分の気持ちをもう一度口にすることにする。


「自分でも狂っているとは思うけど、歪な形だし、そもそもおこがましいけれど。僕はミントさんのことが好きで、それこそ愛しているからだよ」


案の定、兄の笑みは一層深くなり、と言うより、吹き出すのを限界まで我慢しているようなレベルなのだが、ラクレットはそれを気にしていない。


「へー、どの辺が好きなんだよ、ロリコン」

「ロリコンじゃないし。えーと全部だよ? 女性的な気遣いや仕草。味の好みとか声とか髪とか、笑顔とか。でも強いて言うなら……やっぱり心が読めるってとこ」

「それって魅力なのかよ? 」

「うん、だって飛び切りの個性じゃないか? 」


ラクレットは、ミントの全てが好きだったが、一つ選べというならばおそらくそこに行きつく。結局人間と言うのは自分にない個性を持つ人間に惹かれる。自分の心すら把握できていないのに表層とはいえ、他人の心を読んでみせるミントに強く惹かれたのである。


「そうかい……それじゃあ」


その言葉を聞いて満足したのか、エメンタールは右手を挙げて、ラクレットを指さす。ラクレットは意図が分からず、きょとんと眺めているだけだった。次の言葉を聞くまでは。


「後ろ、見てみようか? 」


瞬間固まるラクレット、後ろで誰かが驚いたように息をのみ、動いたのか靴を鳴らすような音がしたのだ。


「あ、ちょっとまって、それってすごく古典的な!! 」

「ほら、早く振り向けよ」

「い! 嫌だ!! なんか振り向きたくない!! 」

「振り向け」


仕方なくラクレットは、後ろを向く。すると……
案の定そこに立っていたのは蒼い髪の少女だった。






[19683] IFEND2  ミント編 後編
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/17 22:56



IFEND2  ミント編 後編




「どこから……聞いていましたか? 」

「エメンタールさんから通信があって……もうすぐ通信するから見つけても後ろで控えていろと……」

「最初からですか……」


ラクレットは、一気に頭のギアが切り替わったことを自覚するほど、頭をつかう羽目になっていた。緊急事態! エマージェンシー! コードレッド! アップルジャック! どれが正しいのだっけ? 等とどうでも良い思考もあったが。
とりあえず文句を言おうと、振り向いた頭を元に戻すと、すでに憎きあんちくしょうは既に通信を切っていた。エスケープであろう。ウィンドウには文字チャット機能を使って『暗示はもう解けていると思うよ』と書かれていた。


「で……ですが、あの……」

「な、なんでしょう……?」


この状況で、言うのを躊躇われる様な事ってなんなんだよとラクレットは内心戦々恐々としているラクレットだが。頬を朱く染めた彼女の、小さく愛らしい唇から紡ぎだされる言葉は、彼の予想していたものとは幾分か違うものだった。


「自覚あるよ……の後の告白あたりから……次の告白まであまり頭に入ってきませんでした……」

「あー、それじゃあ、説明しなおしますね」


とりあえず、ラクレットは婚約の裏事情について詳細に説明し始めることにした。この婚約はあくまで仮初の物であること。兄とダルノーさんもその辺を解っていて、一切結婚の強制力はないこと。しかし、風除けにでも、火の粉から守る頭巾にでも使ってくれていいこと。ミントさんが成人したら解消されるので安心してほしいこと、またそれより早くてもそちらの都合で解消してもらって構わない事を伝える。

その間にどんどんミントの表情に落ち着きが取り戻され、いつもの含みある天使の微笑と言った表情になった。それに彼は気づけなかった。














聡明な読者諸君なら、ここで彼が打つべき行動は、その部分の説明ではないだろと思っているであろう。もし、ラクレットの甘々な展開を期待している人物がいたら、頭を抱えているであろう。しかし、外伝とはいえ、こいつはラクレットだ。押しが圧倒的に足りていない。絶望的な欠如、欠損。

ここでは、自分がいかにミントの事を好きだったかを説くところだ。事実、告白されたことで動揺しているのならば、そこをさらに畳み掛けるように


「さっきの言葉は、嘘じゃない……俺の気持ちは本物だ」

などの科白を吐くことによって、僅かでも+の好感度があるか、顔が良ければ、好感度が大幅アップだ。ミルフィーユ・S 的には壁ドンである。そうでなくとも、言い方は悪いが、


「私は愛するあなたの為に、見返りを顧みずに、嫌われる覚悟で行動し、愛を示しました。その結果寒空の下一晩待ちぼうけもしました。それでもあなたが好きです」


というわけだ。物語の補正がかかれば一発で落ちる。主人公でなくても、物語の登場人物がやれば、絶対に相手の気持ちを一身に受けられる。そういうシチュエーションだ。直前の本人がいないからこそできる、素直で赤裸々な告白と言うのもポイントが高い。それを勘定に含めるのならば、もはや必中。これで落ちないのは、実は悲しい過去があって、それの解決がまだ。くらいのレベルで、たとえ敵対している関係でも落ちる。そんなシチュエーションだったのだ。

しかし、あろうことか、ラクレットの説明は、婚約についての説明だった。悪手の極み、ここは攻めるところだった。確かに「あなたを苦しめていたものは、貴方を守るために私が傷ついて作ったものです」はそれなりに効果的だが、しかしながら、今のミントは告白に動揺しているのだから、そこについて言及してやればよかったのだ。
実は今まであれだけモーションをかけていても、直接『好きだ』とだけは言えなかったラクレットである。先ほどの赤裸々な暴露で、初めて気持ちをストレートに口にしたわけなのだ。アプローチはしていたが、その言葉だけは言えなかったのだ。理由は察してほしい。

さて、視点を元に戻そう、ミントは微笑を浮かべながらも、ラクレットをしっかり見つめて、問いかけてきた。


「どうして、私には言ってくださいませんでしたの? 」

「そういう約束でしたし……」

「……約束の場所に、約束の時間に来なかったことは謝りますわ、ですが、やり方が悪質とは思いませんの? 」


笑みをそのままにミントは言葉のトーンを少しだけ下げる。ラクレットは急激に嫌な予感を感じるものの、逃げるわけにはいかないので、とりあえず話を聞く。


「私は、この件で相当なストレスを感じましたわ、正直に言いますとあなたの過剰なアプローチもこの板挟みのデートも、かなり不快でしたの」

「……は、はい……すみません」

「謝れば済むとお思いで? 」


ああ、やはりこうだよな。話のようにうまく行くわけがないよな……

などとラクレットは思いながら、ミントに向き直り頭を下げる。正直内面ではボロボロと泣きたいのを必死にこらえている。これだけの事をしたのだから、少しは報われたいという下心があったのかもしれない。
少しくらいは、ドラマや少女漫画の登場人物のような行動に憧れていたのかもしれない。それでもそのいやしい自分にも涙が出てくる。しかし絶対に表情に出して、ミントに罪悪感を与えるわけにはいかないと決意し、顔だけは申し訳ない様なものを取り繕っていた。まあ、自業自得なわけだが。


「せめて、こんな一日待つという行為を『される』方の身にもなってくださいまし、連絡の一つを寄越そうと動くのが、最低限の礼儀ですわ」

「……はい、面目次第もありません……」


ジャミングを受けていたし、待つのは僕の自由だろとは考えず、というか涙をこらえるのに必死で考える余裕すら起きずに、ひたすら彼は謝罪をしたのだった。ミントからの説教に彼は一切の理不尽さを感じず、ただひたすら自分がミントを好きで入れればいいという傲慢と思っている思考を拭えないでいた。
ここまで言われても、悪いのは不甲斐ない自分だという風に彼の中で帰結してしまっているのだ。もはや完全に歪とかそういうものではなく精神的な疾患を疑うべきなのだが、結局彼は最後までミントに対して怒りも不条理さも感じることなかった。


「全く、だいだい貴方は普段から────」


結局、ミントは婚約者であること自体には同意し、しかし周囲から怪しまれない程度の態度はとるが、そちらから求められても一切応じないという条件を加えて、解決した。ラクレットは、ミントが先にその場を後にし、戻った後、ぽろぽろと伝う涙を拭うのに精一杯で、しばらく動けずにいた。





だからそのままベンチで泣き疲れて寝てしまっても気づかない。誰かが寝入ったことを思考を確認してから戻ってきて、その頭を膝に乗せて優しく撫でていたことを。暗示が解けて、ほぼすべての思考が筒抜けだったことも。顔を真っ赤にしながらその“誰かは”そっと、一言お礼を言うと、呼びつけておいた商会の男手が来るまで寝顔を眺めていた。


「あそこで、告白してくださると、思っていましたのに……まったくこの人は……甲斐性無しが過ぎますわ……」















「と、いう訳で、私の婚約者を紹介しますわ」

「……この度、ミント・ブラマンシュの婚約者になりました、ラクレット・ヴァルターです」


その言葉に、ランファは手にしていた本をその場に落とし、フォルテはモノクルがずり落ちるも直すことができず、ちとせとヴァニラは一瞬動きを固めてしまい、ミルフィーはおめでとーと拍手をした。タクトは呆然とミントの顔を眺めており、一瞬にして場はカオスと化した。以上がその日の夕方の出来事であるが。当然のごとく追及が来た。

ミントが自室で目の覚めたラクレットを連れて、エンジェル隊がお茶しているティーラウンジに引っぱって来たのだ。その間に軽くこの後の説明はしているので、まずはお披露目である。当然のごとく、全員から追及が来るわけだ。まあ、ミントもその辺は、よーく解っている。なにせ、ラクレットだ。エンジェル隊からすれば恋愛対象と言うものに認定することがおかしい代名詞として、血縁、同性、ラクレット、と上がるレベルだ。


「ちょ!! ちょっと!! 全く持って、これっぽっちも訳が分からないわよ!! 」

「実は、今までの婚約者騒ぎはすべて、このラクレットさんが自作自演していましたの。そういったわけで、二十歳になったら自動的に解消される婚約ですが、お受けすることにしましたわ」

「結果、チーズ商会と、ブラマンシュ商会はより密接な関係として商売をするそうです」


まあ、軽く説明するのならば、この位であろう。この説明だと、ラクレットがミントを嵌める為に、婚約者になるというように裏から圧力をかけ、それを見破り、食い破ったミントによるミント優位な形で落ち着くようになったともとれる。そうするとエンジェル隊のラクレットの株はまあ下がるわけだが、そこまで誰かさんが狙っているのかどうかは、誰にもわからない。


「へー、そう言う訳だったのね……」

「うーん、良くわからないけど、おめでとーミント、ラクレット君」

「そうだね、ここは二人を祝福しようじゃないか、面倒だし」

「あら? 私は先ほど申し上げましたわ、数年で自動的に解消されると」

「先のことなんてどうなるかわからないさね」


とりあえず、一先ず納得したのか、普通のテンションでの会話に戻るエンジェル隊とタクト。ラクレットに対してちとせが疑念の視線を送っている以外、全員が会話に参加し、ミントがそれにこたえるといった形であった。


「あら、ちとせさん、私の婚約者が、何かご迷惑をおかけしましたか? 」

「あ、いえ……ただ、先輩も……その……妥協しましたね」

「ビジネスパートナーとしての関係でも最良の選択ですわ」


にっこりほほ笑む彼女の笑顔の真意を見抜けていた人物はどれだけいたであろうか。



さて、そこから少々時間が経過する。

エンジェル隊は、とある式典パーティーに参加することになった。当然のごとくマイヤーズ夫妻(仮)の二人は舞台の華だが、ほかのエンジェル隊にも当然引く手数多の誘いが来るわけだ。
ヴァニラはともかく、ちとせは真面目に応対し可能な限りダンスを踊り、ランファも概ねちとせと同じだが、本人もある程度楽しんでおり、フォルテは隅のほうで一人杯を傾け、たまに来る誘いを軽く受け流していた。

さて、ミントはどうかというと


「エンジェル隊の方ですね、どうかこの私めと一曲…」

「あら、申し訳ございませんけど、私婚約者がおりますの」


そのセリフとともに、右後方に、料理の皿と飲み物の乗ったトレーを右手に置き、特に着飾ったわけでもなく、一見給仕のようにも見える男性を指さす。そうして怯んだ合間に、ミントはその場を後にし、ラクレットは彼女に続く。

彼女が、のどが渇きましたわ、といえば、すぐにグラスを手渡し、冷えていませんわね、と言われれば新しいものに変える。

給仕というよりも、従者の行動にも見えるわけだが、何かしら名前のある人物の前や、先ほどのような人物の前では、可能な限り、婚約者として売り込んでおく。そうすれば、今まで鬱陶しかった方々の見事な風よけとして作用してくれるのである。

もちろん、彼女と父親と彼の兄によって、公にさらされた事実ではあるが、それでもミントを狙ってくる人物は多いわけで、ミントからすれば役に立つものだった。
なにせ、家名は素晴らしいが、お金のない貴族さんからすれば、ミントほど有用な娘はいないわけであるのだから。

そしてそれは逆もいえるのだが、『何故か』最近はラクレットにもそのような話が一切来なくなってきている。少し前までは時が経つにつれ比例して増加していたのだが、婚約を公にした時を境にぱったりと来なくなったのだ。ラクレットはそれを、自分が男性であるからと納得している。
ダルノーは娘の手際の良さに商会は今後も安泰だと複雑な心境で残したのは、関係ない話であろう。


最近の二人の関係はこのような、パーティーの会場でなくとも、このような形であった。
時間のある時は、ミントの後ろに控えて、彼女の要望には即時対応。エンジェル隊のほかのメンバーが多くそろったときは、ミントもあまり言わないが、そうではないときはやりたい放題で、客観的に見て都合の良いパシリみたいなものだった。
ラクレットはそれに文句があるわけでもないが、それが少しばかり寂しかった。自業自得とはいえ、ミントからは使用人のように扱われているのだ。まあ、かまってもらえて嬉しくはあるが、それだけでは満足できないのが男の性でもある。

そんなことを思いつつ、今日はもう自由にしてよいと先ほど言われ、一人バルコニーに出て、空を眺めていた。片手にはつまみとしてとってきたチーズで、手すりには自分のグラスを置いてある。中身はジュースであるが。

ただ、無心で華やかなパーティー会場に背を向けて、一人空を見上げて晩餐をする男。形だけの婚約者はいるが、相互に思いは向き合っていない上に、その婚約者の存在故、恋人を作ることもできないし、婚約者に手を出すわけにもいかない。

彼の今の状況はそんな感じだ。自分自身に対して、薄く暗く嗤っていると、不意に背後のガラスのドアが開きだれかがこの場に来たことがわかる。


「……このような、所で、何をしているのですか? 」

「あ、いえ……少々考え事を」


小柄な体に、緑の髪を揺らしながら、いつもの格好で彼女はバルコニーに出てきた。ラクレットは彼女に向き直り、そう答える。


「……ラクレットさんに、お聞きしたいことがあります」

「……なんでしょうか? 」


女性が体を冷やすのはよくないと説得しようとしたのだが、すぐだからと押されて、聞くことにする。先ほどまで開いていた、カーテンは彼女が来た時に何かの拍子で閉じたのか、しまっており、やや暗い。なので、明かりを背に立つ彼女の表情はあまりよく見えないのだが、大変にシリアスな空気だということを彼は感じ取った。


「なぜ、ミントさんを、そこまで好きなのですか? 」


彼女の質問は、彼と婚約者の関係を真に見ている人物からすれば、当然の疑問であろう。片側は多くのメリットを得ていて、もう片方はほぼまったくもってリターンを得ていない。
そばにいられるだけで良いと、少し前まで言っていた銀河最強夫婦も、ラクレットの行動理念は全くもって理解することができなかった。客観的に見て、振られた女に尽くしているのだから、見返りがないと理解したうえで。
しかしラクレットは、いい機会かと思い自分の胸の内を、この小柄な少女に打ち明けることとした。


「昔の話です……自分はですね、高台にいたんです。意味は分からないとは思いますが、高台から『見上げていた』」

「……」

「誰よりも自分は尊いものだと感じ、周りのことを見ることをせず、好き勝手に行動し、星を崇めていた。だけど、彼女は僕のその行為を正してくれた」

「………」

「下に降りて、周りを見れば、僕は多くの人と関わりを持てることが分かった。星でさえこちらのほうがよく見えた。その景色を暮れるきっかけになった。だから、僕は彼女を愛している」

「!!………」


息をのむ声が聞こえるものの、ラクレットはそのえらく抽象的な話を続ける。


「どうして高台にいたのか、そんなことを気にせずに、僕に人とのかかわりをもう一度教えてくれた、彼女は、僕にとっては恩人だから、大好きですし、恩もあります。だから、どんなに冷たくされても、距離を取られようと、僕は変わらず貴方が好きです、愛しています………て、あれ? ヴァニラさんに言っても仕方ないのに……すみません」

「…………………そうですね……中に戻ります」

「それがいいですよ、ここは寒い、女性の居るところではありません」


それだけ言うと、彼女は中に戻っていった。
ややぎこちない様子だったことにも、先ほどこの会場にはドレスを着て来ていたのに、普段のエンジェル隊の制服であったことにも、いつも肩にのせているナノマシンの小動物がいないことにも。ラクレットは気づくことができなかったが、不思議と気分は晴れやかだった。

だから、背中を向けたカーテン越しに緑の光が溢れ、影が少しばかり小さくなり、誰かが小走りに去って行ったことも当然のごとく気づかなかった。
そして彼は最後まで思い出すことはなかった。ナノマシンには変身能力があることを。その事に気が付いたのはずっと後、仕掛け人自らが彼の膝の上で教えてくれた時である。







またまた少し時が経過する。
ミントのラクレットに対する態度は少しばかり軟化し、パシリのようには使わなくなった。ただ、自室で本を読むときに、そばにラクレットを控えさせ、肩やふくらはぎをマッサージさせたり(ラクレットはマッサージ師の資格をエオニアの乱前に取得している、ミントはこれを聞き出した)材料を渡しお茶菓子を作らせたり(なぜか一人から二人分で食べきれる分だけ)紅茶を入れさせたり(ミントがラクレットに叩き込み、エメンタールからも指導を受けた)とさせていた。そうでないときは、ソファーでラクレット自身も読書していた。

さて、そこでミントはいきなり話を切り出した。


「ラクレットさん、私たち、一応婚約者ですわよね? 」

「はい、そういうことになりますね」

「でしたら、敬語ではなく、普通に口をきいてはいただけないのでしょうか? 最近そう言った所を疑われておりまして」


普段のミントからすれば、そんな他人の風評なぞ、気にしても仕方がないと一蹴しそうなのに、なぜかそのような話が飛んできて実感面喰ってしまうラクレット。


「そのような、恐れ多いこと、自分にはとてもできません」


何それ怖いといいたそうな表情のラクレット、逆に口調が固くなっている。そもそも今でさえ同じソファーで肩が触れ合うほどの距離にいるのだ。それが大変畏れ多く感じているのだ。最も身長差も相成って肩が触れ合っていないが。


「そういわずに、ほら、一度呼び捨てで読んでみてくださいまし さん、はい 『ミント』」

「み………みん……と……さん」


いつもとはどこか違うテンションで押しの強いミントにラクレットは苦心しつつも、彼女の要望をこなせないことに若干の反省の念とあきらめを抱いているわけだ。だから彼は彼女が今読んでいる本がランファから貸してもらった恋愛小説だということは知らない。

『年下の素直ではない、若干擦れた少年が、包容力ある女性に惹かれるも、うまく自分の感情を相手に伝えることができず、すれ違いながらも最後に結ばれる』というありふれた話ではあるのだが、少し前にチーズ商会傘下の会社によるアニメ化が決まり、主人公の少年がヒロインを呼び捨てにするPVが大変好評だったのである。


「もう少し自信を持って、砕けた口調でお願いしたいのですが……」

「やっぱり無理ですよ、そのようなこと……っと、失礼」


ミントのダメ出しに応対していると、ラクレットの通信端末に呼び出しが入る。一言謝ってからラクレットは応対すると、画面の向こうにいたのは自分の親友であるクロミエだった。


「ラクレットさーん」

「あ? なんだよ クロミエ」

「いえ、僕の帽子どこだか知りません?」


言われると確かに、いつものトレードマークである緑色の帽子を彼はかぶっていない。ラクレットは少しだけ考えると、すぐに結論が出たのかクロミエに対して答えを示した。


「それなら昨日。僕の部屋で脱いで そのまま寝て起きてそのまんまだろうがよ。大丈夫かよボケが始まったのか?」

「そうでした、ありがとうございます。いつもすみませんね」


ラクレットは昨日もミントの部屋にいたのだが、その場を後にした帰り道で、クロミエと出会い、そのまま流れでドキュメンタリー番組を見ることになった。
ソファーに座って二人で肩を寄せ合って見ていたのだが、途中でクロミエがラクレットの肩を枕に寝てしまい。お泊りとなってしまったのだ。
自分は最後まで見た後、少し狭いがベッドに小柄なクロミエを抱え上げて寝かせ、自身はその横でクロミエに腕枕をしながら寝ていたのだ。
そんなことをぼーっと『考え』ながら、ラクレットはクロミエにそう返した。


「いや、別に気にスンナ、鍵開けに部屋に戻るから、少し待ってろ」

「ありがとうございます。それでは」

「ああ、後でな」


普通に通信が切れ、ラクレットはミントのほうを振り向くと、彼女はその場にいない。即座に首を下に向けると、いつの間にか自分の膝の間に彼女は立っており、目線が同じ高さにあった。いつもの笑みを浮かべていた。


「あ、ミントさん、そういうわけで部屋に戻ります。すぐに戻ってきますので何かあったらその時にお申し付けくださいませ」

「…………」

「いた!! なんで手の甲をつねるんですか」

「知りませんわ!! 戻ってきたら、いつものを作ってくださいまし!! 」

「かしこまりました。それでは失礼いたします」


ラクレットはそう言ってミントの部屋を後にした。ドアが閉まった後。ミントがお客様対応って、この差はなんなんですの!? と叫んでいたことを彼は知らなかった。











続くよー。次回じゃないけど。



[19683] 第3部 第1話 過去と未来
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/18 17:38


第3部 第1話 過去と未来





ある青年にとっての理は、周囲の一般のそれとは大きく逸脱したものであった。

しかし、それは別段大きな問題ではなかった。なぜならば、それは数少ない個性の一つであり、大きな視点、そう種として見るのならば、そう言った非主流の思想と言うものも、ある程度は必要だ。

されど、その異端が突き抜けていれば、排除の対象になる。種の繁栄を真っ向から否定したのならばそれは当然の帰結。

理想に燃えた彼は、そんな逆境であっても挫けなかったが、結局の所時代の力と言うものに殺されたのだ。

だが、その彼は偶然が重なり、命を長らえていた。ただそれだけの話だったのだ。














訓練学校での日々はラクレットにとって大変心地の良いものだった。
カトフェル達との訓練とまではいかないが、決められたスケジュールで体と頭を苛め抜くという行為は、別段それによるリターンが約束されているのならば苦痛には至らないのだ。鍛えて見につく実感があるのならば、人は努力できる。彼が訓練すべきことは、教官は直接関与できないこともあった。しかしそれでも白兵戦時の体の使い方、銃の扱い方、ナイフの扱い方。戦術的な思考や、戦略的な思考。そういったものを詰め込むのは彼にとって悪くない経験だった。そもそも今までのように、ほぼオートで体が動く素人が戦闘に介入して戦果をある程度立てたところで。本人に自信がつくわけなどなかった。こういった積み重ねのようなものが彼に必要だった訳だ。

しかし、彼にとってよくわからなかったこと腑に落ちなかったこともある。なぜか訓練校なのに、空軍学校なのに近隣で起こった事件の解決に奔走されられたりしたという事だ。良くわからない悪の組織のような戦闘員の制服を着たような奴等が夜な夜な現れ町の平和を脅かしているので、なぜか生身で出撃して行って鎮圧したりと、ビルほどの大きさもある怪物が出てきたので戦ったりと、全く持ってわけのわからないことを睡眠時間を削ってやらなくてはいけなかったのが、彼には終始理解することができなかった。
ギャラクシーエンジェル隊がいなくなったので、お願いしますねー。と上官が市長から言われているのを見て、彼は何となく理由を察したのだが、深く突っ込むと恐ろしい事が起こりそうなので思いとどまった。

さて、そんな充実した日々にも週に1日程度の暇はできる。彼はその日を兄の命令でCMの撮影に行ったり、インタビューを受けたりとしていたのだが、ようやく来る日が来た。


兄と、ある人物による対談だ。










「おお、来たか、ラクレット」

「時間前だし、遅刻じゃないだろ? 」


ラクレットは本星に位置する、チーズ商会のオフィスビル最上階の応接間に通された。本星から出ることは難しかったため、わざわざ兄やその人物に、来てもらったのである。既に訓練学校に入学して数か月たっているわけだ。兄はその間妻の出産に立ち会っていたりと、いろいろ忙しかったわけである。ラクレットはとりあえず、兄とその人物に向かい合うようにソファーに腰かけることにした。


「ひさしいのぅ、ラクレット」

「ダイゴの爺ちゃん、相変わらず老けないね」

「これでも10は生きているからのう」


この場合の単位は年ではない、世紀だ。そう、ダイゴはすでに1,000を超える年月を生きている、そう言う存在。人間ではない、人間を超越したなにかだ。


「さて、時間もないわけだし、とっとと話してもらうよ、兄さんもダイゴの爺ちゃんも」

「ああ、それについては全く構わないが……」

「まずは、ワシの半生について話そうかのぅ……」


そういって彼は語りだす、彼の長い、長い物語を。








「おい、ゲルン!! 貴様のそれは傲慢を通り過ぎて、慢心だ!! 」

「ふん。誰かと思えば、ヴァル・ファスクでは臆病者の代名詞のダイゴではないか……」


黒と紫を中心に構成された、近未来的な空間、それが彼ら二人の鉢合わせた場所だった。とはいっても、彼らは別段、空間の色などにこだわりなどしない、せいぜい目の疲労を抑えられるかどうかを気にする程度で色の好みなどはない。文字の解読も別段、文字を読むのではなく、読み取るのだから明るさも大きな問題ではない。
故に、どこもかしこもこのようなやや薄暗さを感じる場所だ。彼らは想定すらしないレベルの懸念でしかないが、万が一敵が侵入したのならば、この方が地形の把握が困難であろうからでもあるのかもしれない。


「ヴァル・ファスクは優れた種族だ!! 故に、ここの人間を家畜のように扱うのではない!! 導いてしかるべきだ!! 」

「何を言う、奴等の先祖は大罪を犯し流刑された身。遺伝子として過去の人類種としても最下層、劣っているそれだ。家畜こそが相応しい待遇よ」

「その傲慢さが、我らの流刑を生んだのではないか!! 」


ヒートアップしていく会話。いや、白熱しているのは片方だけ、それを軽く受け流し侮蔑の視線を投げかけているのがもう片方なのだから。彼らは二人とも、このヴァル・ファスクの中でも重要な位置にいる。元老院を率いるゲルンと、外務省の長官であるダイゴ。二人は、過去に起こった大粛清と流刑により大幅に失われた上層部の穴を埋めるかのように、その役に就任した。種族としての寿命は数千年とも言われているヴァル・ファスクの、千年以上生きている者すべてが殺され、齢900年程度の若手である二人は、ヴァル・ファスクとして古参となってしまったのだから。


「だからこそだ、だからこそ手始めに、この銀河のEDENとかいう野蛮な獣を従え、足元を固めてからの侵略とするのだ」

「彼らは、野蛮人なんかじゃない!! 文明を持ち、文化を持った生命体だ。我らの導きがあれば、より高位な次元に発展することだって可能だ」

「ふん……なにを言う……まあよい。次期王は私だ、そうすれば今開発させている兵器であの害獣共を間引く」

「馬鹿な……!! あれは、先代の王が使用後の他勢力の敵意が増強されるという理由で、使用すらしなかったものだぞ!! 」


二人が話しているのは、彼等の最終兵器だ。過去の研究者が数十世紀以上かけて開発したものを、数世紀かけて改良しているものであり、効果は絶大とされているが、そのぶんその効果によっておこる惨状により、使用された側の戦意(彼らはそれを感情と定義しないが、敵対されやすくなるものとしている)が上がってしまう難点があったのだ。改良の結果、その出力時間を1年から200年に伸ばすことにより、使われた側を弱体化させればいいという結論に至ったのである。


「貴様は……我が王になった後、危険分子として処刑する」

「お前が、王に慣れるとでも? 」

「思考すら停止したか臆病者。すでに元老院の過半数、各省庁の長の8割、議員の7割は余を支持しておる。そのような情報すら入手できないのか? 」


その言葉に、ダイゴはもう黙るしかない。事実跡が無い彼は冷静な分析すらできなくなっているのだ。それは、それだけ彼が追いつめられている事の証左であり、種族として、彼が目の前の次期王候補に劣るという事の証明だからだ。結局、路傍の石ころを見る様な目でゲルンは、彼を見てからその場を後にした。ダイゴはすぐに自分のすべきことを見据えて、動き出すのであった。






「ダイゴ長官、どのような用件で? 」

「学生の訓練用を見学するついでに、後継者でも見繕うとね」

「そうですか、ではご自由に」


彼が訪れたのは、彼が前まで教授を務めていた学校の校舎だ。彼の教え子には彼の考えに賛同する人物が多く、今後の身の振り方を考えるうえで、ここに来る必要があったのだ。


「先生 お久しぶりです」

「ああ、君達か……」


しばらく歩いていると、なじみのある顔ぶれが揃った教室に到達する。十数人ほどの若いヴァル・ファスクがモニターに向かって何らかの操作をしている部屋だ。これは彼らの能力である、Vチップを介した電子機器の操作の特訓である。
この場でモニターを眺めながら、衛星軌道上にある演習場で、演習用の機体を動かしているのだ。この訓練に使われる機体は、古来好事家が、馬上試合のような感覚で、ヴァル・ファスクと人間を乗せて競わせていたころに使われていたもので、武装などまともについていない。中に人間をのせ、エネルギーを供給させ、それをヴァル・ファスクが遠隔で動かすと言ったものである。ヴァル・ファスクだけだと、動かすことにかなりの能力が必要であり、練習の教材としてちょうど良いのである。


「君たちに話しておかなければいけないことがある……私はもうすぐ処刑される。なので、ヴァル・ランダルを……いやヴァル・ヴァロス星系を離れ、逃げる」

「そうですか、それで?」


人間には、あまりにも淡白すぎる会話に見えるかもしれないが、これが、彼らの普通なのだ。彼等の思考では、師が考え実行したのならば、自分たちが止める必要なく彼には正しい判断なのであろう。とまで一瞬で帰結するのである。


「私の考えは、今後ゲルン王政権の下では異端となる。しかし、己の身を危険に冒さない段階で持ち続けてほしい」

「承知しました。我らは優秀であり最良だが、完璧でも絶対でもない。先生の言葉ですね」

「そういうことだ。それでは……大劫の向こうにまた会えることを」


ダイゴは簡潔にそう告げて、その場を後にする。この後は超時空弦推進機関を搭載した、超光速航法可能な艦を購入する必要がある。幸い目星はついているのであまり問題は無い。校舎を後にして、いったん自宅へと戻ると、庭先に一機の練習用の機体が1機着陸していた。そして、彼が自宅に入った途端、計算されていたかのようにメッセージが届いた。

『今月末廃棄予定の機体 予備の兵装は僅か 旅費の足しに』


「まったく、私に似たのか、生徒も愚かだな……」



その四日後、ゲルンの王就任と同時刻、彼はヴァル・ランダル星系を後にした、彼の小型の宇宙船には、食料と水、そして1機の機体が格納されていた。この小型船は、超時空弦推進機関だけではなく、旧式の航行方法と数十年単位のコールドスリープを可能としており、万が一にも『かの兵器』が始動した場合でも近隣の星に降りる程度はできる算段であった。


「さて、出たはいいが……どこを目指すか……」


広大な銀河の地図を前に彼はひとまず、敵対しているEDEN国家を迂回するように、その向こう側に行くことを決意する。敵国の向こうまで行けば、さすがに数百年は追ってはこないであろうから、そもそも死んだと思っているであろう奴らが、自分なんかを追うとも考え難いわけだが。


「まあいい、いけるところまで行こうじゃないか……ゲルンがアレを使う前にな……」



そうして彼は、EDENよりも先の未開の星にたどり着いた。彼は彼の思想の通り、到達後に起きた災厄が文明を衰退させる中、復活までの200年間、その星の再開発および指導に尽力を尽くした。星間移動が可能になると彼は、その場を退き、宇宙船を売ると、機体に乗り移住した近隣の星の一つで、その金を元手に星の開拓を始めた。結局星系の政府からは、総督に命じられたのだが、その頃にできた息子をその役に置くと彼は表舞台から姿を消したという。









「お察しの通り、その星の名前は第11星だ」

「なるほどね……ダイゴの爺ちゃんは、本当に爺さんだったわけだ」


兄の捕捉により、ラクレットは納得する。最近自覚して以来、異常なまでに上がった理解力と分析力は彼にとって結構大きな武器となっている。真面目に頭をつかおうと思えばどこまでも答えてくれるのだから。それもこれもこのダイゴから届いた
『自分がヴァル・ファスクと意識して能力をつかえ』
というアドバイスの元、彼が訓練学校で培ってきたスキルだ。

ヴァル・ファスクとしての自覚ができた今、『エタニティーソード』のエネルギー量は跳ね上がっている。エネルギーの最適化を無意識に行ってきたのが、意識的にきちんとした段階を踏んで、自発的に起こしているのだから。
そんなことを考えていると、神妙な表情でいままでゆっくりと語っていたダイゴが、二人に語りかける。


「お主らで7代目じゃがの……いままでワシの息子以外、あの機体を動かせるものはなかった、昔ワシはあの機体を売ろうとしたのだがの、頭の中に声が響いたのじゃ、じゃから代わりに宇宙船を売った」

「声? ああ、あの言い伝え? 」

「そうじゃ……あの通り、ラクレット、お前が動かして以来、エメンタールは未来を予知し、カマンベールはクーデターに加わった。歴史が動いている証拠じゃ」


ダイゴからしてみれば、ここ10年の激流のような時代は、兆しはあったものの、あまりにも性急だった。エメンタールの口車に乗るような形でここまで来てみれば、結局彼の言うとおりヴァル・ファスクとの戦争が始まる勢いだ。


「まあ、爺さんはそう思うかもしれないが、俺とこいつはそんなこと生まれたときからわかっていたことさ」

「うん、だから心配しないで。この兄が言うとおりにしていればたぶん問題ない」

「……ああ、それではそろそろ行くか……」


ダイゴは、そう言ってソファーから立つと、部屋の扉に向かって歩き出す。二人もそれに付き添うように後に続く。


目指す行き先は、トランスバール皇国、皇都の王宮
今日の午後、そこには先の戦いで出会った、月の少女と、女皇、そして宰相がいる。
彼等の足に迷いなどなかった。皇国に生きるヴァル・ファスクとその末裔たちは、既に彼ら独自の目的を持って動いているのだから。



[19683] 第2話 中間管理職の悩み
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/18 19:32


第2話 中間管理職の悩み



ヴァル・ファスクという種族は、カテゴライズ的には『人』だ。このカテゴリー分けは誰が決めたものかは知らないが、一応人族ヴァル・ファスクという事になる。旧暦の時代には『妖精』や『翼人』、『ナノマシン生命体』といったものも存在していたため、それらに比べれば人間に近いのであろう。当然のごとく、生命体として繁殖し、子孫を残していく、そういった1種族だ。
さて、そういった種族はもちろんそれなりの目的意識を持って生きている。人間だってそうだ。基本的には個々人がより発展、成長して良く生きていきたいと思って暮らしている。その為の社会という集合体が生まれ、国という管理システムが生まれる。

ヴァル・ファスクは、種としての繁栄と、個人がいかに優位な存在であるかという目的の為に生きている。現在彼らの長であるゲルンは、この銀河を支配するところから始めるつもりであり、一応表だって彼に敵対する者はおらず、概ねその道でヴァル・ファスクは動いている。彼等からすれば、基本的にいかに効率よく自分の覇道を築くかが問題であり、ゲルンに従えることにそれを見出している者は大人しく従い、そうでないものは、一角の地位を手に入れてから、自分の意見を言った方が効率の良いことを知っており、懸命に働くのである。
しかし、そんな一丸としたヴァル・ファスクもこのところ、やや問題があった。それは元老院にでき始めた新たな派閥だ。通称『和平派』『保守派』などと言われているが、彼らは主流である、『銀河を統制するというゲルンの主張』を真っ向から否定しているわけではないのだが、少々意見が違う。
簡単に言うのならば、完全な支配、ゲルンの言葉を借りるとすれば、家畜化。そういったものに対してそこまでする必要があるのか?といった疑問定時を行うグループだ。
こういった思想自体は、別段弾圧の対象ではない、種としてみればそういったブレーキ役の存在意義と言うのは悪いものではないからだ。しかし、重要なのは基本的に自分自身に自信があるものが多い彼らが、どういった経緯でそのような思想に行きついたか、という事であろう。


彼らの主張の骨幹部は大きく分けると2つの理由からなっている。トランスバール皇国の発明品の技術力の高さ、戦犯ダイゴが敵に協力している可能性があるということだ。

前者は単純に、敵国であるトランスバール皇国がかなり高い技術水準を有していることだ。ネフューリアだけがかの国に密偵として放たれていたわけではない。他にも数人のヴァル・ファスクが皇国で活動をしていたわけだ。その中の数名が十数年ほど前から、自分たちも持っていないような、独創的な発想に基づいたシステムやものが立て続けに生まれていったのを観測している。軍事面だけ見ても、無人艦隊を後方で同時に指揮することができるシステムを作り上げられたのは、ヴァル・ファスクの戦闘スタイルである足りない数を質による数の上乗せで補うといったものを、前提から覆されかねないものだ。世論を無人艦隊脅威論で煽り広く採用されない様に必死に工作し、大々的な採用は見送られたが、数で劣るヴァル・ファスクにとってこれ以上の数の差は死活問題だったのだ。

そして、もう一つ、戦犯ダイゴの存在だ。こちらは前者ほど問題としてみていないものもいれば、前者より重く見ている者もいる。これはヴァル・ファスクとして自分の能力、種としての能力に自信のあるものほど警戒するといった傾向だ。敵にヴァル・ファスクの内情を知った、耄碌したとされるまでは、最も優秀であったヴァル・ファスクの一人が存在するのだ。最悪の場合、Vチップを無効化する兵器などを作られてしまえば、状況は最終兵器の完成を待たずにこちらの敗北もありうる。

それを踏まえると

『完全な屈服をして余計な反発を生むよりも、普通に従えるだけでいいのでは? 』

そういったのが、彼等の主張だ。単純に支配して技術などを取り合あげ、教育を制限し、人材を弱めることを1世紀ほど続ければ、文明は緩やかに衰退していく。そうしてからの家畜化のほうが、反発も少ない。すでに数百年待っているのだ、対して変わらないであろう。そういうわけだ。

このような意見が、数人から連名で提出され、議題として挙げられた結果、過半数を占める元老院のヴァル・ファスクがその意見に鞍替えをしたのである。元来彼らは、思考を停止しはしないものの、自分の思考が正しいとして行動している。しかし、別の考えや理念が出たときにそれを否定するのではなく、きちんと一度考えるのである。故に彼らは比較的考えをころころと変えたりする。今回のもそういった要因から成っているのだ。何せ彼らは感情といった物ではなく、理と利によってのみ動くのだから。


「以上が元老院の意見だ、王よ」

「ふん……一理ないこともないが……最終兵器の開発が予想よりも遅れているのが、問題であるのか……まあいい、当面はこのままいく」

「その言葉、お忘れなきように……」


ゲルンはその言葉を背に議会室を後にした。彼の腹心にこれからの指示を出すためであろう。元老院の意見が王と食い違っても、元老院は別段王に対して何かをするわけでは無い。彼らの役目は警鐘を鳴らすことであり、王の行動を阻害することは本意ではない。しかし、こうやって警鐘を鳴らしなおかつ王が無視し、失敗した場合。その時は王に対して強硬な措置を取ることもできるわけである。この度、ゲルンが彼の意志を強行したのは今後彼にとって不利な事実足りえるかもしれないのだが、素で優秀なヴァル・ファスクからすれば、些事であるともいえる。


さて、そういったやり取りがあった後も、元老院はだれもその席を立つ事はなかった。彼らはある人物を呼び出しており、その到着を待っているのだ。コンコンと2度規則正しいノックの音の後、木製の扉が開いた。このような旧式な扉と入室方法は、テロ対策というよりも、何かしらの要因で何者かにコントロール権が剥奪された時の為の措置だ。通常の電子制御されたドアもあるのだが、彼はそちらのドアから来たのである。


「入れ……」

「元老院直属特機師団長ヴァイン、ただいまここに……」


ドアを開けて入ってきたのは、十代前半に見える年若い少年────の外見を持ったヴァル・ファスクであり、外見と年齢は必ずしも一致しているわけではない。彼はその仰々しい肩書からして、そのような年齢であるわけがないのであろう。


「EDENからわざわざご苦労だった、任務を言い渡す」

「なんなりと……」

「貴官に命じておいた任務、トランスバール皇国最精鋭の艦『エルシオール』に対し潜入し、奴等の強さの秘密を探るとともに、妨害工作を行う。同時に敵の決戦兵器の無効化、可能ならば奪取……それが変更になった」

「っ! では、新たな任務は? 」


ヴァル・ファスクにしては珍しく、ヴァインの表情にはわずかな動揺が走る。そもそも彼の普段の任務は、彼らが唯一脅威としてみている、銀河中のあらゆる英知が集う『ライブラリーの管理者』一族の生き残りの監視であり、要するに人間と関わりを持つ仕事なのだ。
なぜ、そのような危険なものを扱える一族をわざわざ殺し根絶やしにせず、監視などと言った手段を用いるのか、それにもきちんと理由がある。最後の一人であるその少女が死ねば、ライブラリーは新たな管理者を、EDENの血を受けづくものから『ランダムに選ぶ』のである。そういった自己保存機能が付いているのだ。その為無力な少女を1人のこし、管理下に置けるのならば、手元にあった方が監視が行き届き安全なのである。


「無理に妨害工作をする必要はない、我らは敵の理解、観察が圧倒的に足りていない。よって、貴官の任務を、偵察および観察による敵の強さの理解に努めることに限定する」

「了解しました」

「既に指示の通りEDEN製の艦でここまで来ているのであろう? 管理者を連れて」

「はい、現在艦に戦闘痕をつけている所かと」


彼等の元々の作戦では、正真正銘EDEN人のライブラリー管理者と、その弟に成りすましたヴァインの二人が、おそらく調査に来るであろう『エルシオール』に『EDEN人の姉弟』として潜入し、妨害工作する手はずだったのだ。しかし、潜入までの流れは変更の必要がないが、任務は変更された。潜入後、人間を観察し心を探れという事になったのだ。


「では、もう下がってよいぞ。出立までは、『姉』の面倒でも見ていろ、入念にな」

「了解しました……」


その言葉を聞くとヴァインは、音もなく部屋を退出した。彼が考えるべきことは山のようにとは言わないものの、決して少なくはないのだ。彼は高速で頭を働かせながらも、目的の部屋にたどり着く。そこは捕虜を収容しておく部屋だ。


「やあ、姉さん……気分はどうだい? 」

「……ヴァイン」


その部屋の簡素なベッドに腰掛け、うつろな瞳で少年の顔を見る退廃的な美少女。彼女の金色の髪は誰が手入れしているのか、柔らかい輝きを失っていないし、服装もEDENに住む人々が好む、ゆったりとした薄い水色のドレスだ。彼が姉と言った、少女の名前はルシャーティ。件のEDENのライブラリー管理者である。

彼女の隣に座り、自分の膝の上に両手を置き、これからのことについて深く考えることにする。既に隣の女への洗脳は完了している。監視の隙をついて自分が助け出したという設定だ。いま少し虚ろなのはその洗脳が完了して認識力が低下しているからである。

そう、問題は、課題は別の所にある。


「『心』ね……全く、ご老人方が分からないことを、この僕に理解して来いとは……いやだからこそか……」


彼に課された任務とは、存在を確認されているが、全く持って開明できてない理解はできるが納得できないことだ。心、人間にはかなり尊く、素晴らしいものと賛美されてきたようだが、ヴァル・ファスクにとっては全く持って理解に苦しむもの。
愛や情など、そういったものはまだ理解できる。長期間行動を共にすることによってわいてしまう愛着だ。自分の趣味や嗜好を理解している存在のほうが、意図を伝えるのに手間が省けるという事であろう。子孫を残すという行為にそれが絡んでくる理由はわからない。

基本的に後継者がほしくなったものが、自分の遺伝子を提供し、それを優秀な異性と人工的に授精させることで誕生する種族なのだから。もちろん、そういった行為の快楽を生きる目的としているヴァル・ファスクもいる為、一概には言えないが。母親の腹から生まれてくるヴァル・ファスクは全体数のほんの数%にしか過ぎない。

しかし、心の動き、感情に左右され一貫性がない行動、そのすべてを理屈で持って考えるのは、かなり困難だ。だからこそ、ヴァル・ファスクはある存在にかけている。


「『ラクレット・ヴァルター』ヴァル・ファスクの血は1/64、7代も人間と血を混ぜた混血……しかし、先祖帰りにより、ほぼ純血の半分と同程度の能力を持つ男」


それが、ラクレット・ヴァルターの存在だ。当然敵の情報などすでに入っている。旗艦『エルシオール』とそれを守護する6機の紋章機および1機の練習用機体(人間の言葉で言うところの『エタニティーソード』)率いる将はタクト・マイヤーズ、副官のレスター・クルダラス。エンジェル隊と呼ばれる特務組織。そして、裏切り者ダイゴの子孫で混血のラクレット・ヴァルター。この9人は前線に出てくる人員の中では要警戒とされている。

戦犯ダイゴは、そもそも人間に対して一定の利用価値を認めたヴァル・ファスクであり、そこまで珍しい存在ではないのだ。心についても持論はあっても理解はしていないであろうというのが一般的な見方なのだ。その点ラクレット・ヴァルターは、多くのヴァル・ファスクの興味対象となっている。

採取したサンプルや、強制的に作られた混血ヴァル・ファスクを用いた実験からして、ヴァル・ファスクの能力は、1/2程度までならば、訓練さえ受ければそれなりの運用ができる事が判明している。しかし、そうして作られたハーフが練習機を動かすことは不可能であった。
しかし、ラクレット・ヴァルターは感情によって増幅されるであろう機構『H.A.L.Oシステム』(有機能人工脳連接装置)の適性を持ち、練習機を運用して見せた。あの練習機は

『完璧なヴァル・ファスクとしての制御能力により、重力操作をVチップ経由で行い、クロノストリングの不安定なエネルギーをある程度効率化して運用する』

と言う方法でのみ、ヴァル・ファスクは動かすことができたのだ。
遥かな過去には

『人間を中に乗せ、H.A.L.Oシステムでエネルギーを発生させる。それをヴァル・ファスクが外側からコントロールする』

といった方法で動かすこともできたようだが、ラクレットはそれを一人で、つまり、ヴァル・ファスクでありながら

『H.A.L.Oシステムによるエネルギーの安定した放出を促し、それを不完全なヴァル・ファスクの能力で統制、効率化、強化して飛ばしている』

のだ。それはつまり、感情という事を理解している。心を持ったヴァル・ファスクの一種の形ではないのか?既に種族として完成しているヴァル・ファスクの次のステージへの手がかりなのではないか? そう言った意見が実しやかにささやかれている。

事実、ヴァインは職務上心と言うものに最も触れることの多いヴァル・ファスクであった。しかし、彼には練習機に乗り込んでの操作はできたものの、結局Vチップに頼ったものであり。H.A.L.Oシステム自体は動いてくれなかった。(H.A.L.Oシステムへの適性は彼等には理解できない、なぜならば感情の差というものが分からない上に、個々人に技術で埋められないほど大きな適性があるシステムという存在が理解の外にあるから)


現に、ネフューリアは、ラクレット・ヴァルターに興味を持っていたようで、先の侵攻戦で、それなりに敵視、重要視していたようだが、結局彼女はその心によって敗北した。


「っく!! 全く、『心』とは理不尽なものだな!! 」


彼がそう悪態をつくのも仕方があるまい、なぜならば、彼等の敵は、此方の完璧と言える計画を『奇跡』と人間の言葉で言われる、『極端な偶然の連続』によって打ち破っているのだから。
そんな思考の渦に飲みこまれて、最近なぜか身についてしまった癖である、爪を噛むという『極めて不毛で無意味な』行為をしていると、意識の外から腕が伸びてきて、彼の左腕と右肩を掴まれ。左側に引き寄せられる。

軍人としての教育も受けている彼ならば、振り払うことも可能であろう力だったが、そのまま流れに身を任せてしまうヴァイン。


「爪を噛んではいけませんよ。ヴァイン」


彼は気が付くと、顔の左側を柔らかくいい匂いのするものに乗せられていた。小柄な彼でも、身長こそ高いが、彼よりも華奢な少女の膝に頭を乗せているはどうかとなんて彼は考えたりはしない。
ただ、なぜ自分がこの女の膝に頭を乗せられているのか? この女が、なぜそのようなことをしたのか? そして、なぜ自分の呼吸や心拍数が変化したのか? である。


「考え事はいいですが、根の詰め過ぎはよくありませんよ」

「はい……姉さん」


確かに連続的な思考活動は、思考の効率を下げる。そう理解した彼は、なぜか自分が最も緊張状態から解放される場所にいるのだろうかと考えながら、脳を休息状態にすべく意識を手放すことにした。
彼が、その疑問ときちんと向き合う日が来るのかを知る者はいない。ここにいるのは、弟と認識させられた男の頭を優しく撫でる、哀れな偽物の姉だけなのだから。












「王様!! あの糞野郎の子孫が、こっちに来るんだって?」

「ふん、お前か……」


王の部屋、要するにここ数百年の間ゲルンの部屋として使われている部屋であるが、そこに一人のヴァル・ファスクが訪ねてきていた。ヴァル・ファスクにしては荒々しい言葉使いであるが、これは彼にとっての『理と利』が、『荒い口調により周りの人間を遠ざけ、恐れさせた方が効率的に目的を果たせる』としたからである。
事実、彼に近づく者はかなり少ない……と言うよりも皆無だ。彼はこの、王の部屋に土足、無断で入りこめるような地位を手に入れるまで、かなりの功績を上げてきたのだが、それも彼の目的のためでしかない。故に彼を支持する派閥など欲しくないのだ。彼の口調に怖気づいた者はいないが、彼が取り巻きを快く思わない主義という事察した者は多く、周りは近づかなかったわけだ。


「まあ、その通りであろう。その前提によって我は動くつもりでいる。元老院の横やりで、少々手筈は変わってしまったが、潜入させるという事は変わっておらんのだがな」

「ああ、ヴァインのガキが、久しぶりに女の御守り以外の仕事を押し付けられたんだっけか? 」


そんな、敬いと言ったものを感じない口調だが、ゲルンは別段気にしていない。と言うより、謀反の心があるものを登用しているのに、この程度で何か問題があるわけでもないのだ。その言葉を言い放っている人物は、人間で言うと30代と言った外見であるが、実年齢など、そこから推し量れるわけがなかった。


「ようやく、オレのやりたかったことが、出来るってわけだぁ」

「ふん、兄の不始末をつける弟か……カースマルツゥよ……貴様がその目的の為に積み重ねた功績は評価に値するが、もしダイゴがすでに死んでいたらどうするつもりだったのだ? 」


王にカースマルツゥと呼ばれた男。そいつは、その質問に対して猛禽類のような獰猛な表情を浮かべながら、愉悦に浸るように答える。長い年月、待ち続けた願いがかなうのだ。ヴァル・ファスクを捨てた兄の血脈が、ヴァル・ファスクに噛みこうとしている、それを完膚なきまでに叩き潰すのが、彼の最大公の利なのだから。

そもそも、ゲルン達ヴァル・ファスクは、ダイゴが600年もの間何もアクションを起こしてこなかったことをかなり疑問視している。彼等からすれば、自分の考えと真っ向から違う勢力が存在するのならば、たとえその相手の方が強大でも、力を蓄えて対抗するのが普通なのだから。
しかし、ダイゴはクロノ・クェイクによって衰退した人間に救いの手を差し出し、その後は出会った女性と幸せに暮らしていただけだった。ヴァル・ファスクは、ダイゴが心を、感情を理解したなどとは考えていない。彼は優秀なヴァル・ファスクだったのだから。その効率的なものを捨ててまで何かを得るものなどない。というのが彼らのスタンダードなのだから。
しかし、現実はこうだ、仮にダイゴの家系にラクレットたち三兄弟が生まれなかったら、戦争にだって一切関与してこなかったであろう。そしてその存在を調査することが無ければ恐らく銀河が終わるまでタダイゴの生存を知ることはなかったであろう。
そう、ヴァル・ファスクが考えた『ダイゴが作り上げた勢力との戦争』と結果的には似通ったが、過程は大きく違っているのだ。


「そん時はきっと、それはそれで喜んでいただろうさ。まあ、ここまで王様の傍には居なかっただろうがよぉ」

「ふん……まあ良い、ヴァインの任は、どうやら偵察にとどめられているようだが……お前のさじ加減で────好きなようにやれ」

「それはありがてぇな。王様ぁ」


カースマルツゥは、その言動から人を寄せ付けることはしない。彼が主に行ってきたのは、銀河の辺境の原住民の駆除だ。殆ど文明を持たない彼らを、気象操作などのテクノロジーを使い神のように崇められた後は、生贄などと評して殺す。やっている事は酷いのだが、皇国も同じようなことをして勢力を拡大していた以上、頭ごなしに批判は出来ないものだ。
そう言った業務をこなしている間、白き月と出会った皇国のようなものがないとは限らないのだが、その可能性は限りなく低い。当時のEDENのライブラリーの英知を結集しても月サイズの天体は2つが限度であったと調査報告書にはまとめられているのだから。
結局彼のやっていることは一方的な虐殺に過ぎない。
彼は、誰かの怨嗟の叫びを見ることによって、一種のカタルシスを感じるという、ある意味心と言うものに近づいているヴァル・ファスクであった。


「それじゃあ、俺は行くぜぇ。ダイゴとそのガキどもを駆除しにな。ヴァインのガキは有難く使わせてもらうぜ」

「ああ、せいぜい余の為に動けよ」


こうして、ヴァル・ファスクの中でも最悪な存在が動き出したのを知る人物は少ない。
しかし、確実に歴史は動いている、誰も見たことのない方向へと。














カースマルツゥはお察しの通りチーズの名前ですが
絶対に検索しない方がいいです!
作者はしばらく食欲がなくなりました。





[19683] 第3話 結構乗り気な三男
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/21 14:47


第3話 結構乗り気な三男


一口にヴァル・ファスクと言っても、別段全員が好戦的ではないのは誰が考えたってわかることであろう。そもそも異なる文化、文明を有する勢力同士が衝突する時、接触する点は、その種族の中でも戦闘を生業としている者ないし、させられている者がぶつかり合うのだから。一般市民など、敵の事よりも今日の夕飯について考えることの方が、はるかに大事であろう。
しかし、頭でそれが分かっていても、一度剣を交えたものが分かり合うというには、時間がいるものだ。何かしらのきっかけがあって、なおかつそれなりの時間的資源があって初めて解決することなのだ。


「おお、ヴァルターよ。今日は内密に話したいことがあるから、時間をとれという要求の通り、こうやって場を開いてやったぞ」

「このような場を設けてくださって、真に恐悦至極でございます」

「本当、お前は面白いな」


朗らかに笑いながら、シヴァ女皇はラクレットに対してそう言った。その横では対照的にやや不機嫌な表情(不機嫌な表情なのはわりと何時もの事)を浮かべて、腕を組み立っているノア。そしてシヴァの後ろで同じく微笑を浮かべながら佇んでいるルフト宰相の3人が、この謁見の間の檀上にいた。
ラクレットは、その三人の手前で、臣下の礼をとり、一人で他の二人を待っていた。彼は驚くべきことに顔パスで御前に来れるのだ。他二人は、身体のチェックを受けているである。その間に、軽く説明できるように場を整えておくというのが、彼の役目なのだ。


「それで? わざわざ呼び出したんだから、それなりの理由ってものがないと、こっちとしても納得いかないわけ。早くしてくれない? 」

「これこれ、そんなに急かすではない。第一、今回は我々に合わせたい人物がいるという事で、ここに呼ばれたのじゃからな」

「うむ、して、ラクレットよ。お前が連れてきた人物とは、何者なんだ? 」


当然の様な疑問が飛んでくるわけで、ラクレットもそれなりに考えている。この後の交渉や、身の置き方の事もあるので、ある程度返答を彼の兄に渡されている。ラクレットには自分で状況を考えて動かし誘導していくといった事をする能力はまだ備わっていない。だが命じられた問答をすべて暗記することはできるのだ。まるで機械である。これから先、ほぼ彼は、兄の意志によって動く。完全に利害が一致したのだ。故に兄の描いた脚本を演じる、この先彼の最大の難所はここじゃない。故にこんなところで躓くわけにはいかないのである。


「そうですね……まず、最初に確認しておきたいのは、この話はかなり高度な戦略的機密を含みますので、この部屋の情報漏洩に気を配る必要があります。大丈夫ですか? 」

「うむ、この星で最も秘匿性が高い部屋だ。何でも申してみるがよい」


確認するかのようにそう言うラクレットに対してシヴァは急かすように先を促す。ちらりと横に視線を滑らせれば、ノアが早くしろと目で訴えかけている。これ以上じらすのは得策ではなさそうなので、考えていた文句を言うことにする。


「先の戦いで、ネフューリアは皇国の内部に潜入していました。これは即ち、ヴァル・ファスクがこちらの社会に間諜や工作員を放っていてもおかしくない。そう、ヴァル・ファスクが皇国内に住んでいてもおかしくない……そういう事実を肯定する材料になります」

「……うむ、頭が痛いことに彼等の外見は人間と同じ。サンプルのデータすらない現状、検査を受けさせても、何が分かるわけではない。一応意識確認やモラルチェックなどをしているが、今の所そういった対象は発見できていない」

「軍でなくても、それこそ浮浪者に紛れられているだけでもこっちの戦力の動向をある程度探ることはできるもの。大規模な船団を組織して防衛にあたるのは難しいわね」

「うーむ、その上敵の星の場所どころか方向すらわからん現状じゃのう。少しずつ警戒網を広げつつ調査船団を組織するしかないのじゃ」


ラクレットの指摘した事実は、いま皇国が頭を悩ませている問題の一つだ。普通こういった戦争において、敵の工作員や間諜がいても別段おかしくない。当然対策はするし、取り締まりも行う。状況によっては、逆にその間諜から情報が引き出せたりもする。
それは良いとして、問題なのは『一切の見分けがつかない』ので、対処の仕様がなく、下手に強く取り締まれば魔女狩りの如き騒動になってしまう事。そして、此方は敵側の情報が一切入ってこない事。である。
ヴァル・ファスクの正体、勢力の規模、場所、思想、目的。全てが謎に包まれている。精々わかっているのは『機械を操ることができる人間と外見が変わらない敵性勢力』という事だけだ。ネフューリア自らの証言と、極秘であるノアの発言しかない以上、仕方のない事ではあるが。一部の政治家はネフューリアは『ESPに目覚めた人間の妄言』とまでいう始末だ。肝心のノアも『EDEN星系から見た位置ならわかるが、長い漂流のせいでEDEN星系の位置がわからない』という状況であり、月側のログも黒き月は壊れてない。白き月は過去の研究者によって兵器関連の物と同時に削除されている。サルベージをしているが絶望的であり、状況はまさにないないずくしだ。


「ヴァル・ファスクが送り込んできたものがいる……それはつまり『炭素生命体が航行可能な距離』に敵の本拠地があるという事になります。そうするとある存在がいてもおかしくないわけです」

「ある存在?」

「ええ、つまりは脱走者や亡命者ですよ。敵国に入り込むことで、同族からの影響を受けないで済む。そういったことを求めてやってくるヴァル・ファスクがいてもおかしくないという訳です」


ラクレットはあたかも、ヴァル・ファスクが人間のように話している。現在の皇国の主流な意見は別の生命体であって、人間ではないという考えなのだが、意図的に人間の尺度に落として主張している。こうすれば、ノアが黙っていないであろうことを踏まえてだ。


「ちょっと待ちなさい!それじゃあつまり、皇国に敵意を持っていないヴァル・ファスクがいるってわけ? あんな何を考えているか解らないような連中が? 」

「ノア、余は実際にあったことがないから何とも言えないが、人間にだって好戦的な者、争いを好まぬ者といる。ヴァル・ファスクだからと言って否定するのは早計ではないか? 」

「アンタは、知らないから言えるのよ!! あいつらはね、血も涙もない感情なんてないような生き物なのよ!! 」


声を荒げるノア。彼女からしてみれば、彼女がここに今生きているという事実そのものが、どれだけの犠牲を払ってヴァル・ファスクに対抗してきたかという証拠なのだから。当然と言えば当然であるのだが、そのまま口論に発展しそうになったので、ルフトが間に入りなんとか場を取り持たせた。そして、先を促されたラクレットが口を開く。


「……どうやら、目的の人物がすぐそこまで来ているそうです。ですから先に言っておきましょう。今日この場に訪ねてきた3人は、私も含めてヴァル・ファスクに連なるものです」

「っな!! 」


さらっと、驚愕であろう事実を明かしたラクレットは、理解が追い付いていないため、絶句している3人を尻目に、ドアの方へ数歩進み、大げさな動作で振り向く。


「疑問に思いませんでしたか? 陛下、将軍。僕がこの年であんな複雑怪奇なシステムを搭載されている『エタニティーソード』をそれこそ『手足のように』繰ることができたことに」

「……アンタ……まさか!! 」

「そんな怖い目で見ないで下さいよ、僕だってこのことを知ったのは比較的最近なんです。今日この場に来ているのは、僕と僕の一番上の兄。そして……僕たちのご先祖様。前述の亡命してきたヴァル・ファスクです」


その言葉と共に、ドアが開き、男と老人が入ってくる。威風堂々といった表情で、堂々と歩を進める青年の後ろを、老人はゆっくりとした歩みで壇上の3人に近づく。
とっさにルフトはシヴァとノアをかばうように前に出て、懐のレーザー銃に手をかける。目の前の老人に得体のしれない威圧感を感じた為だ。数百年生きた化け物だという事実を彼は知らないが、そう言った気味の悪い貫録のようなものを感じさせる老人に、彼の軍人として鍛えてきた直感と肉体がオートで反応したのであろう。

青年は気にせずに、女皇陛下の御前に出た臣下のように跪き礼を表す。それに続く様に老人はその横に並び同じように跪く。ラクレットも、二人から離れた後方で同様に先程の礼をするようにその場に跪く。こうしてようやくルフトたち3人は現状何らかの危険があるわけではないと認識し、警戒を解くことにした。

ラクレットはともかく、他二人はここに来るまでに危険物がないかどうかのチェックを厳しく受けているはずなのだから。武器を持っているルフトたちの方が優位に立っているのだ。


「……それで、ご老人。そなたがヴァル・ファスクで、間違いないか?」

「ああ……確かに私はヴァル・ファスクだ。今年でおおよそ1500歳くらい。個体としての名はダイゴ。元は外務省で働いていた」


口調をいつもの意図的に作っている老人口調から、極めて業務的なまさに『ヴァル・ファスク』だといわんばかりの口調に改めて、シヴァの返答に応じる。この方が話が早く進むであろうという事と、エメンタールの演出の一環である。ここで、エメンタールが場をとりなすかのように、立ち上がり、両者の間に立つ。


「ご尊顔を拝見する栄誉に与り光栄の極みです女皇陛下。私めはチーズ商会というしがない商会の会長、エメンタール・ヴァルターと申します。そこの愚弟であるラクレットの兄です」

「う、うむ。そこまでかしこまらずとも良い、話は聞いておる。ブラマンシュ商会の良き友として最近発展しているそうだな。お主の弟二人も優秀で役に立っているぞ」

「ありがとうございます。そう言っていただけると光栄です……さて、今回ラクレットを通じてこのような場を設けさせて頂きました。おそらく大変驚かせてしまったでしょうが、私はもちろん、ラクレットにも、ダイゴにも、陛下に対する敵意も懐に含んでいるものもありません」


水を得た魚のごとく、解説を始めるエメンタール。もともと彼は弁が立つ上に話すのが好きな人物だ。3兄弟の中で最も口数が多いくらいである。ルフトを見ると、懐の前で腕を組んでおり、まだ一定の警戒はしているが、おそらく形だけであろう。ノアの方は、ダイゴを睨んでいるが、一応話を聞いてくれるようで、彼は計画の第一歩は成功と胸の中で呟きながら話を続ける。


「さて、恐らく陛下たちが疑問に思っているであろう事は数多くあるでしょうが、まずは簡単にダイゴがここに至る経緯を説明しましょう。さわりを申しますと、彼はヴァル・ファスクの中における融和政策を貫く姿勢を見せた結果国を追われ、現在のクリオム星系を開発、発展に導き、隠居していたヴァル・ファスクです」

「なんと……それは、本当か? 」

「ええ、事実です。証拠としてクリオム星系の現在の政府省庁の地下の空間に彼の銅像と名前が彫ってあります。加えて彼の社会保障番号は星系のコンピュータを介して秘密裏に発行したもので、数十年単位で自動的に新しいものが来るようになっております」


エメンタールは、そう言ってウィンドウを展開し証拠と思われるものを多数提示する。この中にクリオム星系の政治をしている団体のかなり重要なデータが含まれている。少々頭が働き欲が有る者がこれを手に入れれば、クリオム星系を完全な皇国の直轄星にすることも不可能ではないものだ。逆に言うと、これを提示できるだけで、それなりの人物であることが伺える。
そもそも、クリオム星系というのは、皇国が版図を広げていくうちに、発見してきた星系の中で、最も文明レベルが高かった星系である。謎の大災害クロノ・クェイクが600年前、その後暗黒の200年で多くの文明が衰退し、現在の本星に到達した白き月が皇族の先祖に恩恵を与え、その力で少しずつ星間ネットワークを構築してきたのだ。
当時多くの星系は簡単な気象コントロールシステムで旧式の艦を神とあがめるほど衰退していた。そんな中、クリオム星系は発見した船団を迎え入れ、一定の条件を付帯した条約を結ぶレベルだったのだ。彼ら自身はクロノストリングによる航行を過去に存在し現在は理論のみ残っている物であるとしていたが、星系内に置いてやや原始的ながら民間船が行きかう経済圏を構築していたのだ。
これは、クリオムの謎と政治学者や歴史学者そして一部のオカルトマニアで呼ばれる謎だったのだが、裏事情があったわけだ。その絡繰りがたった一人のヴァル・ファスクによってもたらされたものだというのが、今ルフトとシヴァの前に明らかにされたのだ。これを市民に明らかにしたら荒れるなとルフトはまた憂鬱な思いをはせながら、聞き手に徹することにした。


「彼の半生については、文書にしておきました。ついでにヴァル・ファスクの特徴や政治形態なども同様に。どうぞお納めください」

エメンタールはそういうと端末からなにかを転送するのではなく、珍しく紙による文章をシヴァに手渡す。これは万が一のための機密保持だ。その文章を若干呆気にとられながらも半場条件反射で受け取るシヴァ。そして胸元に引き寄せようとひっくり返したタイミングで、横から手が伸びてきて、横取りされる。ノアである。


「貸しなさい!! 研究者の私が最初に読むべきよ!! 」

「一応、ヴァル・ファスクの基本知識についてはラクレットも持っていますので、何でしたら、こいつに質問してくださってもかまいません」

「シヴァ、それじゃあアタシは後ろの部屋でこれからの対策も含めて資料を読んでるから、後は任せたわ。ラクレット来なさい! 」

「う、うむ、わかった」

「了解です」


そうして、ノアはラクレットを伴い、部屋に引っ込んだ。彼女からすれば、今後を左右する戦略的な情報が手に入ったのだ。一秒でも早く触れてみたいと思うのも当然であろう。そして、エメンタールもラクレットをこの場で外に出したい思惑がある。ラクレットもそういった指示を受けているので、大人しくノアに伴い、謁見の間を後にしたのである。


「さて、陛下。ここからは少々政治の話になります」

「うむ……弟に聞かせるには早いというのか? 余はラクレットよりも幼いのだがな」

「それでも、この国の女皇陛下でございます故」


恭しく礼をするエメンタール。ルフトもここにきてようやく警戒を解いたようで、真っ直ぐエメンタールに向き直る。ダイゴも、立ち上がり真っ直ぐにルフトを見つめ返す。自分が放つオーラと言うものを理解しているダイゴは、威圧感を与えないように、気を付けながらであるが。


「もうお察しでしょうが、私たちの家系は、このダイゴの、ヴァル・ファスクの子孫です。そして現在の皇国の意識はヴァル・ファスクそのものを敵としてみている……これは我々にとって少々不利なことです」

「うむ……余も最初は身構えてしまったからな、何も言えぬ」

「陛下、仕方ありませんぞ。我々はまだ何も知らないのですから」


シヴァは、今まで戦ってきてくれたラクレットを、一瞬でも警戒してしまったのだ。そう、彼にかなり近い位置にいる、シヴァですらヴァル・ファスクと分かった途端に、臣下であり信頼できる実績のあるラクレットに疑念を持ってしまったのである。
最もこれは、ラクレットの話し方(エメンタールの脚本)が大きいのは一目瞭然であろうが。最初から「自分はヴァル・ファスクだったらしいです、先祖の人が出てきてそう教えてもらいました。そして先祖も来てます」とでもいえば、あっさり興味は先祖の方に移るであろうし、そもそも、ラクレットが事情を知らなかったであろうことが分かり簡単だったであろう。
しかし、あえてヴァル・ファスクであることは重い事実だ。と言ったように受け止めさせたのだ。そうすることによって、この事実をどうするかという問題の着地点をある程度操作したのだ。


「最近我が商会でも、ラクレットを広告塔として使っており、かなり露出が増えてきました。いまや『皇国の英雄の若き懐刀』なんて呼ばれる英雄様ですよ。鼻が高いことに」

「うむ、軍としても広告塔であり、民衆の受けが良い彼が……言っては悪いがこういったスキャンダラスな事実を持っていたのは、なかなかに痛い」


そう、ラクレットはエオニアの乱時から、エンジェル隊の代わりに式典に出たことで、皇国で少々有名人となっていた。特に軍やその養成学校では、彼を英雄として憧れている人物まで出ていた。事実、ちとせも彼の二つ名まで知っていた隠れファンのような存在だったわけである。
最近はメディアへの露出を兄によって増やされ、雑誌のインタビューや、トーク番組の出演、軍学校のCMへの起用。果ては彼の戦争の体験記をゴーストライターが書き、それを出版したりと。タクトにならぶ知名度である。

ついでに言うと、すでに『旗艦殺し(フラグ・ブレイカー)』という二つ名は広まっている。フラグ・ブレイカーや、フラグ・ブレイカーのラクレットと言った感じで呼ばれている。一部ではさらに省略してフラブレさんと呼ばれているのだがそれはまた今度でいいだろう。


閑話休題、そう、要するにこの話をしばらくの間は秘匿する必要があるのだ。


「これからの状況次第ですが、全面戦争になった場合はさすがに公表すべきでしょう。向こう側の戦略として使われかねません。しかし、今は伏せておいたほうが民衆の感情に触れさせない方が、得策でしょう」

「うーむ……このまま戦線がこう着しているならともかく。戦争が始まれば逆に不信感が募りかねないかのう?」


ルフトは、そう意見を口にしてみる。まあ結局はシヴァが決めることなので強くは言えないのだが、それでもこの問題は中々にデリケートだ。少しでも知恵を出せればいいのだがという感じである。


「ヴァル・ファスクの性質上、いずれ決戦を仕掛けてくるはずです。私も昔はそうでしたが、自信過剰な側面を有している我々は、人間と一戦交えないわけがないかと……資料にも書きましたが、あれをつかわれれば終わりですがね」

「あれとは何だ?」

「…………口に出すのもおこがましい、我々の罪だ。天災クロノ・クェイクが天災ではなく人災だという事実。決戦兵器」


その言葉に、今までほとんど口を開かなかった、ダイゴが口を開き説明する。
まるで懺悔をするかのように、口にした言葉は、この場に良く響いたのであった。





結局、この日この場で判明した事実は、秘匿されることになる。ラクレットの生れに関しては、タクトにだけ伝え彼の判断に任せることとなり、敵の決戦兵器の存在は公式的にはシヴァ、ノア、シャトヤーン、ルフトの四人が知ることとなった。




[19683] 閑話 三男と次男の生態
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/21 21:48




閑話 三男と次男の生態




煌びやかなライトに当てられ、それなりの座り心地の椅子に腰かけながら、ラクレットは、どうしてこうなったのだろうと、ひたすらに後悔しつつも、表面上はにこやかな好青年のように取り繕っていた。まあ、兄の商会の使いに、ホイホイついて行った時点で、予想できた結末ではあった。
段々とエスカレートしている自分のメディアの露出だ。先月は雑誌のインタビューだったのが、先々週にはポスターの撮影、先週はゴーストライターの原稿のチェック。そして今彼は皇国でも人気のトーク番組に出演している。芸能人になったならこの番組に出演するのが目標とされる様な、そんなビッグタイトルを持つ番組で、珍しくエメンタールはノータッチの企画だ。
まあ、エメンタールのチーズ商会側の広告戦略を知り、呼応した番組側からアプローチをかけてきただけであって、ラクレットの主観的には、兄の関係者からの仕事。という認識に変わりない。


「さて、本日のトランスバール・ナイトショーにお呼びしているゲストの方々は、今をときめく少年二人、片や皇国中の女性から熱いラブコールを受けている、No.1アイドルグループ、アニーズの『リッキー・カート君』 もう一人は、かの皇国の英雄やエンジェル隊と共に反逆者を打ち倒したフラグ・ブレイカー『ラクレット・ヴァルター君』です!」

「こんばんは」

「「こんばんは」」


ラクレットは、司会者である初老に差し掛かったくらいの年齢の男性に少しばかり頭を下げる。正直に言うと彼は正面の男性を知らない。このトーク番組に出演すると知ったのは今朝で、トーク番組自体は知っていたが、詳細な資料を送迎の車の中で読んだだけなのだ。そう彼は一般的な芸能への造詣が浅かったのだ。
とりあえず、隣に座っているリッキー・カートなる美少年アイドルは慣れているのか、落ち着いた様子で応対しているのでそれに習う。冷静な思考をする能力に磨きがかかっている彼には、そこまで難しいことではない。それにトーク番組は、司会者の質問に適度に答えていけば、それで足りる。ラクレットとしては有難い限りだ。
これがバラエティやクイズ番組だった場合、面白い事を言わなくてはならないので大変なのだ。


「いやー、全く方向性の違うお二人ですが、実は同い年だそうで。今の皇国の若い世代の期待の星ですね」

「はい、僕とラクレットさんは、誕生日が4日違いみたいで、二人とも先月15になりました」

「ほー、15歳ですか……」


司会者の男の視線をラクレットはその身でひしひしと感じている。まあ、言いたいことはわかるのだ。自分はどう見ても15歳と言った年の体ではない。20代の前半位の成長具合……もとい成熟具合だ。具体的にはマッチョなアメリカンを黒髪黒目にすればおおよそあっている。体重は80を超え、身長も180に迫る勢い。完全な逆三角形の体型で軍人だという事が一目でわかる。肌は浅黒く日焼けしておりリゾート惑星でアロハシャツ来て警備任務してました。と言えば信じてしまうであろうというほどだ。1年前の自分もだいぶアレだったが、今や完全に年齢詐称だ。
まあ、仮説を立てるとすれば、自分の体の完成形に体が近づいているのだろう。ヴァル・ファスクは長い時間をその体で過ごすそうで、次兄も15あたりで成長が止まり160くらいの小柄な体。長兄も早熟だった。ならば自分もヴァル・ファスク的にそろそろ成長が止まると考えている。
結局彼はもう一回り体が大きくなり、高さはレスターと同じくらいになるのだが、肩幅が周囲の人間で最も広くなる。ガチムチの代名詞的存在になるのだが、「軍人だから、それくらいの方がいいじゃないか!!」が彼の主張である。閑話休題。話を戻そう。
もう一人の美少年アイドル、リッキー・カート君はその真逆を行ってると言えよう。成長遅延薬でもやっているのかという程、幼い印象だ。12,3歳くらいにも見えるが、醸し出す雰囲気が、少年と青年の合間と言った、なんとなく背徳的で退廃的な感じがするアイドルであり、お姉さま方のハートをキャッチするのが分かる気がするイケメンだ。ラクレットはクロミエが男っぽくなったらこんな感じかもしれないと脳内で評価した。

とりあえず、発言してみる。


「まあ、自分は軍人ですから……それに早熟の家系なんですよ」

「なるほど、確かに軍人だったら、そのぐらいタフな体でないといけませんね」

「僕ももうちょっと体力が欲しいですね、今はバク宙とかバク転がある激しいダンスを踊ると、かなり息があがってしまいますから」


なんか、リッキー君がフォローしてくれたので、ラクレットは心の中で感謝をしつつ、司会者に向き直る。とりあえず生放送じゃないから、良く考えたらそこまで緊張するわけでもないのだ。そう自分に言い聞かせる。


「リッキー君もラクレット君も、皇国においてすごい人気の若い世代という事で、お互いに何か意識し合ったりとか、そう言うのは無いんですかね?」

「こういう場で言うと、安っぽく見えちゃうかもしれませんが、僕ラクレットさんのファンなんですよ。やっぱ僕も男だから、皇国の英雄とか、無敵のエースとかには憧れ無いわけないじゃないですか」

「ありがとうございます。僕は逆にそういった芸能界とかそういう方向で活躍しているリッキー君の方がすごいと思うんですけどね」


今日までクレータを筆頭に整備班にファンが多数存在しているアイドル程度の認識でしか知らなかったアイドルに、何故か尊敬されていたのでとりあえず当たり障りない文句を返す。


「実は僕、彼のお兄さんに、曲と詞を書いてもらったことがあるんですよ」

「ほう、なんていう曲ですか? 」

「いえ、実は曲を書いたことは明かしてもいいけど、曲名と名前は明かすなって言われていて……本当は、何曲も別名義で書いてもらっているんですけどね。あ、ここカットで」


あの兄は本当何をやりたいのだろう? とラクレットは疑問に持ちつつ、自分からも何か話を振ろうと頭をめぐらす。控室で読んでいた台本には、最初は機密に抵触しない程度で、戦争の実体験を話してもらえれば とあった。


「ラクレット君は、この前……といっても、もう1年前だけど『エオニアの乱』と、この前の戦争で活躍したわけですが。その前は普通の学生だったそうですね。こう、どうして自分からそういった戦いに身を投じたんですかね?」


丁度水を向けられたので、話すことにする。ラクレットがいろんな意味で普通の学生ではなかったことは、スルーしてくれているみたいなので、有難く乗ることにする。主に飛び級とか黒歴史とか。


「自分は、幼いころ家に代々伝わる『ロストテクノロジー」まあ、紋章機のようなものですね。それを動かしてしまいまして。その結果白き月のシャトヤーン聖母様に謁見したのですが、その時にですね。自分はこの人の為に剣を捧げたいと思いました。それで、先の大戦の時、近くにエルシオールが来た時。無我夢中で馳せ参じました、後は成り行きです」

「なるほど……聖母様に謁見したのが切掛けですか」

「はい、自分は戦う事しか能がない、そんな無力で無骨な個人ですからね。英雄のタクトさん、聡明な女皇陛下といった人物の下で、使われることに喜びを覚えるわけです」

「ほー……なんというか、騎士ですね」

「そんな大層なものではありません。自分は皇国の人間として、陛下と聖母様の為に自分の力を生かしているだけです。誰かを楽しませたりする能力だって、それはとっても素敵な事でしょう。僕にはそういった能力がないわけで、誰かの為に一番前で戦うことが一番適していると思うんです。そのうち何かを見つけられたら、自分を必要としてくれるモノ、自分が生かせる場所。今度はそれをして生きたいです」


ラクレットの考えはそういう事なのである。まあ今だからこそ言えることなのであるが。この1年、多くの経験をしたラクレットは、かなり成長した。これから起こる決戦もきっと大丈夫だと信じているのだ。


「いやー、二人とも若いのに大変立派ですね。何か特別なことってしているんですか? 」

「僕は毎日お仕事か、それがない日は歌やダンス、お芝居の練習ですね」

「やはり、継続が力と言った所で? 」

「はい、そうですね。応援してくれる人たちの為に、もっと努力をして、昨日より成長した自分を見せられれば、そういつも思っています」


爽やかに笑うリッキー君に、ラクレットはなんとなく長兄を重ねてみてしまった。なんとなく、計算でやっているように見えたのである。まあ、人に愛される才能があるリッキーはそれすらも嫌味を覚えないでやってのけるのだが。
自分が愛されるべき存在だと自覚し、そうであるための努力を惜しまない。そう考えれば交換に値するであろう。全て才能だけで無自覚にやってのける人間よりは何百倍もましだ。


「ラクレット君は確か、空軍学校で訓練を受けているんですよね? 」

「はい、昨日も訓練でした。今日は休日でして、朝一で移動してきました」


ラクレットの普段の生活は、基本的に訓練で埋まっている。ヴァル・ファスクという自覚を持って以来、『H.A.L.Oシステム』で『クロノストリングエンジン』に干渉し発生したエネルギーを、能力を使用し『Vチップ』を介し、最適化するというという行為を無意識的でなく、意識的に行うことができるようになった。
これは、大きな進歩であり、『エタニティーソード』出力が目に見えて上がったわけだが、今度は別の問題も浮上した。それは、エネルギー変換に意識を割いてしまうので、操縦の方が微妙におろそかになってしまうという事だ。
今まで無意識で行ってきたことを、意識的に行えるようになったので、それを無意識レベルで行えるように熟練する必要があるのだ。
感覚的にはランニングのフォームの矯正に近いか。足の速い少年がいて、彼が今まで行ってきた走りのフォームを改良したものを習得したが、フォームを意識してしまい、うまく走れないので、それを体に慣らすために練習をするといった形だ。

半年ほどの訓練で、漸くモノに成りかかっているので、期限まであとどれだけだか分からない現状、こうやって体を休めると決めた日以外は、一日も欠かさず訓練に打ち込んでいるのだ。

結局其の後の収録も順調に進み、ラクレットは個人的にリッキー君と友好を結びサインを交換したり、そのサインを、放送を見ていた整備班クルーに持っていかれたりするのだが、その話は今度でいいだろう。

ラクレットにしては珍しく、番組の収録中にオチがつかなかったのだから。

















「アンタの発明って本当、軍関連よね」

「そっちだって、兵器開発じゃないか」

「専攻は民俗学よ。ただ、工学にも強いだけ」


白き月の奥、凍結された兵器開発工場の隣にある研究室で、一組の男女が会話をしている。一応立ち入りが禁止されている区域であり、この場には二人しかいない。入ってこられる人間が、彼ら二人に加えて、もう一人しかいないのだから当然と言えば当然か。
彼等は、しばらくここを留守にするので、連日引きこもった後片付けをしているのだ。身の回りに微妙に無頓着な研究者気質な彼らにしても、帰ってきた場所がごみ屋敷で虫がいるのは勘弁したいのだ。普通の区域なら清掃ロボットがいるが、この区域は閉鎖されているため、片付ける『物』がいないのだ。
まあ、空気清浄器はあるので、最悪な事態には陥らないであろうが、それでも片づけるきっかけが欲しかったのだ。食べ残し等をゴミ袋に詰め、少し歩いたところにある、動いているゴミ箱に入れれば、後は自動でやってくれるのでそこまで苦ではないのだが、熱中すると二人ともそれしか見えなくなるために、それなるの量が溜まっているのだ。


「それで、なんで私がアンタの帰省に付き合わなきゃいけないのよ」

「別について来いとは言ってない。ついてくるかと誘って頷いたのはそっちだ」


ようやくカマンベールが目立たずにクリオム星系に変える目途が立ったので、帰省のために準備しているわけだ。カマンベールは、研究も行き詰っているというか、これ以上の進捗もなさそうなので、ノアを気分転換にどうかと誘ったのに対し、一人では寂しいだろうからとついていってあげると答え、同行を決めたのである。


「ねぇ、アンタの家族ってどんな人よ」

「別に普通だよ、弟は知ってるだろ? 兄貴にしたって、俺がここで働けるために色々してくれたみたいだし、両親も金はあるけど普通に暮らしてる」

「普通、ね……」


ノアは数日前に聞いた、彼の先祖の話について、エメンタールから口止めをされている。カマンベールは一切ヴァル・ファスクに関係した情報を持ってないどころか、自分がそうであると知らないのだ。ただでさえ微妙な立場の彼にそんな事実を突き付けてしまえば、不都合が起きうる可能性もあり、くれぐれも明かさないようにと仰せつかっているわけだ。

2時間にも満たない僅かな対談だったが、それでもノアが得た情報は大きかった。彼らの政治形態、文化、一般的な価値観。そして何よりも科学力と、特殊能力の正体。そういったものを知ることができたのは大きい。敵の本拠地の地理は地図のデータこそ消失してしまったらしいが、大まかなものを再現したデータを入手できたのは大きかった。
最大の懸念事項である、敵の持っている災厄────決戦兵器については、信じられないが、現状取りうる手段を模索するので精一杯だ。せっかく強力な兵器を作っても乗っ取られるリスクがないという情報を得たのに、さらに大きな問題を抱えてしまったのだから。
とりあえず、数日頭を悩ませて、新型衛星兵器や、『エルシオール』に搭載している者を参考にカマンベールと共同で考えた『量産型高性能レーダー』を作り調査船団を第2次調査船団を組織するなどの方策を上げたがそれ以上は今できることがなく、クリオム星系に何らかの手がかりがないかと言う名目で小旅行に行くことを彼女は決めたのだ。

彼女は、自分の祖国であるEDEN文明をヴァル・ファスクに滅ぼされた、直接的な被害者である。皇国にもすでにネフューリアによって大切な人を亡くした人物は多くいる。最も彼女は軍施設と艦隊しか襲撃しなかったため、民間人に被害はほぼないのだが、それでも多くの軍人が英霊となった。
そんなヴァル・ファスクに対して恨みがないと言ったら嘘になるが、彼女はヴァル・ファスクだから憎むといった単純な思考に陥れるほど愚かでなく、祖国を失った悲劇のヒロインとなるほど、自分に酔ってもなかった。
聡明な彼女は、自分ができる事を理解している。それはヴァル・ファスクによる危機をなくし、平和を作るという形での終結だ。

だから、彼女は話を聞いた後ダイゴを責めることはしなかったし、カマンベールやラクレットにも接する態度を変えることはなかった。ヴァル・ファスクであること自体は、彼女にとって嫌悪する理由成りえないのだ。


「5年ぶり……いやもう6年だな、直接会うのはその位ぶりになるんだ」

「そう、良かったじゃない」

「……あ、ごめん」

「いいわ、別にもう気にしてないもの。それに管理者になった時に、十分別れは言ってきたから」


眼鏡の奥の瞳が、少し反省したような色を見せるのだが、ノアは別段気にした様子もなく、そう言った。彼女はすでに人間が生きる様な年月をはるかに超えて生きている。正確な年齢は黒き月の稼動時間から見るに618歳と言った所だ。内、意識があった年月は10年と少しなわけだが、それでも同年代の体の少女よりずっと精神年齢は上だ。
完全に割り切っているので本当に気にしていないのだが、カマンベールはそう見なかったのか、ゴミ袋に机の上の不要なものを片っ端から詰めるノアに後ろから近づき、右手を頭に乗せた。


「ちょ、ちょっと! なにしてんのよ!! 」

「いや……なんとなく、こうしてやりたくなった……」

「……全く、片付けが進まないじゃない……」


そう言いつつも黙って撫でられる行為を受け入れる彼女と、言われつつ止めない彼は目の前のスクリーンがスクリーンセーバーを出すまで、そのままくっ付いていたのだった。






ラクレットは対イケメン用のニコポ持ち
カマンベールは対インテリ用のナデポ持ち



[19683] IFEND3 ヴァレンタインちとせ編
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/26 13:59
警告

この話は当SSの本筋には一切関係ありません
一部キャラの都合のいい改造を含んだりします。
もう一度言います。本筋とは一切関係ありません。
時系列も気にしてはいけませんし、のりがいつもよりうざい感じです。
人によっては不快感を抱く人もいるかもしれませんが
ジョークと笑って流していただけると光栄です。






ヴァレンタインちとせ編







ヴァレンタインの文化がない物語において、内政型の転生者がそれを持ち込みヒロインとの話に利用したり、商戦を繰り出したりとするのは、もはや『ふーん』といった、出尽くしたようなリアクションしか取れないであろう。しかし、実際にそういった日本の70年代以降に勢いを増したヴァレンタインの考えを持ちこまれた側は、それをイベントとして楽しめるものなのである。

チーズ商会が過去にあった聖人を祝う祭りと銘打ち適当にでっち上げ、10年ほど前から宣伝しているこの催しは、日本のそれを少々改良したもので、お世話になった人、恋人などに男女問わずチョコレートをプレゼントするというものとして広まりつつあった。

若い世代は特に顕著であり、流行に敏感なティーンエイジャーが自分の想いをのせて渡すといったものがこの時期になると見られるようになり、ある程度浸透したといっても過言ではない知名度にはなったのだ。


故に、500人ほどの乗組員のうち400人が女性の『エルシオール』においても、それは例外ではなかった。『エルシオール』内のコンビニの売れ筋商品は、特設コーナに展示してあるチョコレート関連商品と、店員は笑顔で語っている。
自作しようと、材料を購入する客も増え売り上げは右肩上がりなのである。


そんな中、一人の少女が、チョコレートを自作するために、『先生』の元を訪ねるところから話は始まる。



「ミルフィーユの お料理教室―」

「わー」

「ぱちぱちぱちぱち」

「よ、よろしくお願いします」


そういう設定で始まった、ミルフィー先生のお料理教室、助手はラクレット・ヴァルターと、ヴァニラ・Hでお送りします。


「それで、ちとせは、お世話になった人にお礼をしたいから、宇宙チョコレートケーキを作りたいんだっけ?」

「は、はい……私事でミルフィー先輩の手を煩わせるのは恐縮なのですが、私には和菓子の心得しかなく、ばれんたいんでは、和菓子はあまり適さないと小耳に挟みましたから」


調理器具が充実しているミルフィーの部屋で、彼女たち+彼の4人はいつものように騒がしく、とまでは言わないが、賑やかに集まっていた。と言っても、主に賑やかなのはミルフィーであり、周囲の3人は彼女を中心とした会話を構成していた。
まあ、会話の通り、ちとせはヴァレンタインの為にミルフィーに習いに来たという事である。


「じゃあ、さっそく始めるよ。まずは下準備から」


ミルフィーのその言葉に助手1のヴァニラはどこからともなく材料の描かれたフリップボードをちとせが見える様な方向に提示する。ちょっと大きめのフリップボードを持つ彼女の姿は大変可愛らしく、親衛隊ができるのも頷けるレベルで、なぜアンケートで票が入らなかったのか疑問に思うレベルだった。作者的には本命だったのだが、ちとせ編とノアカマに票が流れたのである。全く持って作者の予想と読者の要望が違うものだと理解することができた。さて、愚痴はこの位にして、話を進めよう。


「材料は、宇宙チョコレート、宇宙生クリーム、宇宙シュガーパウダー、宇宙卵の卵黄、砂糖、宇宙卵の卵白、宇宙バター、宇宙ブランデー、ココアパウダー……ですか」

「そうそう、まずバターと卵黄は常温に、卵白は冷やしておいて、粉類は振るっておいてね。宇宙チョコレートは湯せんするから溶けやすいように細かく刻んでおくこと」


ちょっと誇らしげに、そしてわかりやすくゆっくりとミルフィーはちとせにそう伝える。ちとせは、婦女子の嗜みとしての料理はできるので、言っていることは理解できた。レスターやカマンベールが聞いたら、湯せんあたりで首をかしげたであろう。


「こちらに、準備したものが」

「ありがとー」


そして、助手2であるラクレットは、いつの間にかミルフィーの口にしたものを綺麗にテーブルに並べていた。料理番組の助手という事で彼は、『~~します。そしてそれがこちらです』をするために、奔走している。


「それじゃあ、宇宙チョコレートを湯せんにかけて溶かします。そしたら、バターとブランデーを少し加えて、かき混ぜてね。この後生地を作るからその間に固まらない様に暖めとくよ」

「は、はい。ブランデーはこの位ですか? 」

「そうそう、少しで良いの。じゃあ、生地を作るよ。卵黄をほぐしたら、砂糖を加えて……じゃーん! このミントのお店で買った、まぜーる君を使い良くかき混ぜます」

「……ハンドミキサーです」


今度はプラカードを持ちながらヴァニラそう呟く。『お手軽に泡立てる、パティシエの味方5,980ギャラ ブラマンシュ商会』と書いてある。ミントとラクレットが作ったものだ。字はヴァニラ直筆だが。

※これらのプラカードは後程ヴァニラちゃん親衛隊によってオークションにかけられ落札されました。その費用は運営費および皇国のボランティア団体に寄付され戦災孤児たちの為に使われます。


「よく混ざってきたら、チョコレートを加えて混ぜます。ここで好きな人のことを考えながら混ぜるとおいしくなります」

「そ、そうなんですか……」

「こちらが、そのチョコレートを加えた生地となります」


また、テーブルの上にボウルを置くラクレット。彼の仕事は、経過品を置くだけの簡単なお仕事である。


「じゃあ次に、メレンゲを作るよ、卵白に少しずつ砂糖を加えながらかき混ぜます。泡が立つまでよーく混ぜるよ。それをさっきの生地にちょっとずつ入れて混ぜて、そこに粉類をふるいながら入れて……」

「なるほど……こうですね」

「上手、上手。やっぱちとせもお料理得意だね」

「はい……幼いころから、花嫁修業として婦女子たる者料理ができないと恥をかくと、母に教わり練習してきました」

「そっか、それじゃあきっと美味しくできるよ。そしたら、感謝される人もきっと喜んでくれるよ」


にっこり満面の笑みを浮かべて隣のちとせに微笑みかけるミルフィー。恋する乙女のその最強の武器たる笑顔にちとせは一瞬腕の運動を止めてしまいそうになる。なにせ、そこまで綺麗に笑える人物なんてそうはいないであろうことが、本能で分かるくらいに素晴らしい笑顔だったのだ。


「そうしてできたものを、型に入れたのがこちらです」

「……詳細が知りたい人は、番組ホームページにレシピを公開してます」

「あとは160℃に温めたオーブンに入れて4,50分焼き、粗熱を取ってから方から外し、宇宙シュガーパウダーを振り掛ければ完成です。その完成したものがこちら」

「……以上ミルフィー先生の3分クッキングでした」


助手の方が活躍しているように見える料理番組であった。
尚、ラクレットがその都度提示してきたサンプルは、彼が自作したものであり、それは前世において、彼が『貰えないならば、自分で作ればいいじゃない』の精神で培った。チョコレート菓子制作の技術の賜物である。詳細を訪ねると傷口が開くので触れてあげないでください。



「ちょっとー、まだー? おなかすいたんだけどー」

「ランファさん、紅茶でも飲んで気長に待つべきですわ」

「そうそう、美味しいものをより美味しくするのは、空腹っていうスパイスなのさ」


そうして完成したちとせの宇宙ガトーショコラは、可愛らしくラッピングされ、出番を待つこととなる。一緒に作っていたミルフィー、ヴァニラ、ラクレットのは、別室で待機していた特別審査員胃3名の胃の中に消えた。













ヴァレンタイン当日、ちとせは彼の事を待っていた。彼はいつも早朝にランニングを終えた後、自室でシャワーを浴びる。そこを待ち構え渡してしまおうという魂胆だ。こういったモノは朝駆けで渡してしまわないと、その後グダグダしてしまい、チャンスを逃す。先手必勝です!! と自分に喝を入れ、彼女は彼の部屋近くの廊下に寄り掛かり、期を窺がっていた。

そうして、そんなちとせを遠くから野次馬的に眺める天使達もとい、特別審査員達がいることに彼女は気づいていなかった。



すると、公園に通ずるエレベーターの方向から一人の少年が歩いてきた。良く見なくても、運動をした後だという事が一目瞭然なくらい、汗をかき顔を紅くしていた。腰に差した愛剣は今や完全な重りとなっており、模造剣としての役割は果たしていない。


「来たわ!! ラクレットよ……」

「まさかちとせさんが、ラクレットさんを……」

「お礼って言ってのは、やっぱ建前だったのよ……」


盛り上がる観衆、ちとせの待機している壁の柱の陰にラクレットが通りかかる、ちとせは息を吸い込み、そして深く吐き出し精神を集中させた。


「あ、ちとせさんおはようございます」

「おはようございます。ラクレットさん」

「それじゃあ、シャワー浴びたいんでこれで」

「はい、またあとで」


そう言うとラクレットは去って行き、自室のドアを開け入っていった。これに驚くのは観衆だ。


「ちょ、ちょっと、どういう事? 」

「単純に、ラクレットさんではなかったという事でしょうね……」

「なーんだ、ツマンナーイ」

「っ静かに!! 誰か来ましたわ……この思考波長は……」



そして、彼女のターゲットが来る。勤勉な彼女はリサーチ済みだったのだ。ラクレットは整理体操を手短に済ませる為、手合せしているターゲットよりも早く戻ってくること。ターゲットは最後に仕上げとして一人で型の復習をすることを。
ラクレットが来たら、もうすぐターゲットが来る合図だったのだ。


「ん? ちとせか、どうした? 」

「副指令、その……これを受け取ってください」

「む? あ、ああ。受け取るのは構わないが……」

「先日、これからの軍の在り方について教鞭をふるっていただいたお礼です。何でも今日はお世話になった人に菓子を送呈し、感謝を伝えるとのことで……」

「そうだったのか……それは丁寧に……ありがとう。昼食後にでも美味しく頂くこう」

「いえ……早朝から御引止めしてしまい、此方こそ申し訳ありませんでした……それでは」


そういってちとせは足早にその場を後にする。レスターを慕う女性は多く、こういった場を目撃されると不都合が起こりうるのだ。朝駆けしている時点でそれを気にするのはどうなのと言う疑問はここではおいておくべきである。


「なによー、副指令でしかもただの感謝。要するに義理だったのね」

「あんなに朝から準備をしていたので、勘違いしてしまいましたわ」

「ハイ、解散―。あーアタシにも王子様が現れないかしら」





そうして、観衆は散って行った。朝早くからご苦労なことであった。
部屋でシャワーを浴びているラクレットは、なぜあんなに人が集まっていたのだろうと、考えながら頭を洗っていた。







「やっぱり畳は落ち着きますね」

「私の星の伝統様式ですが、最近は皇国中の方がそう言って下さるそうで、私も鼻が高いです」


場所はちとせの部屋。ラクレットは、ちとせのラッピングに使った包装紙を引き取りにきていた。彼女が用意した包装紙は、元はラクレットが大量に所持しているものから選んだものだったのだ。なぜ彼がそんなものを持っているかと言えば、この前大量に購入し、彼当てに送られてきたファンレターにお返しを包み送付したもののあまりだからである。有名人であり、広告塔の彼は兄が用意した物品をせめて本人が手で詰めて送れという指示を忠実に実行したまでであった。


「そうだ、ちとせさん。チョコレート自分でも作ってみたんですけど、どうせ自分しか食べませんし、食べて感想聞かせてくださいませんか? 」


と、突然ラクレットは言い出し、おもむろに綺麗にラッピングされたチョコレートを取り出す。それを見たちとせは、一瞬驚くものの、微笑を浮かべてそれに答えた。


「あら、ラクレットさんもでしたか。実は私も余った材料で、自分なりに作ってみた所なんです」


ちとせもそう言いつつ、自分の部屋にあるキッチンからチョコレートを取ってくる……といってもキッチンが後ろにあるので、振り向いただけだが。


「それじゃあ、お互い試食しましょうか」

「そうですね、それではいただきます」


そう言って、ちとせはラクレットのチョコレートのラッピングをはがし、小分けにされたチョコレートの一つを摘み、口に運ぶ。一口かじると、中からいい香りがする。ラクレットが作ったのは俗にいうところの、チョコレートボンボンであった。彼があの体で作っている所を想像してはいけない。


「やっぱり、ラクレットさんはお菓子作りが得意ですね。私はまだまだ精進が必要なようです」


そのちとせの褒め言葉に対して、ラクレットは謙遜なく返す。


「いえ、ちとせさんのほうが優しい味わいがありました。やはり自分には菓子に気持ちを込めることができません。変な技術だけあるとこうなってしまいます」


ラクレットのも本心であり、ちとせも本心であった。これによりお互いがお互いを褒め合うという永久機関が完成してしまったのである。この二人、気質が似ているせいか、たまに会話がこうなってしまう。大抵は第三者が止めるのだが、今この場には二人きりで有り、ブレーキをかける人がいない。


「やっぱり経験ある方がいいわけです。お菓子作りにでもなんにでも。ですからラクレットさんの方が」

「いえいえ、かわいい女の子が作った方が、断然おいしい訳ですから、ちとせさんの方が」


故に会話のキャッチボールを誰も止めるものはなく加速していくことになる。


「そんな……自分の作ったものを食べている時は、褒めてくださった後ですし、嬉しくてあまり味を覚えていません。ラクレットさんはそれだけ素晴らしいという事です」

「いえ、先日の料理教室で、僕は『この人の作る姿をずっと眺めていたい』という思いが胸を満たしていましたし、その補正も含めるとやはりちとせさんに軍配があがります」

「お菓子はおいしく食べてくれた時点で役割は終わってるんです。そういった補正はあまり関係ないでしょう」

「実は僕、何だかんだ理由をつけて、これは貴方に渡そうとしていたんです。ですが、ちとせさんの事を考えていたら、材料の分量を少し間違ってしまったんです」

「そういったことは関係ありませんよ、やはり憧れの人の作ったものの方が価値があります。私のものなんて……とても……」

「いえ、好きな人に作ってもらったものは、何よりも素晴らしい最高の美味しさです」

「……? え? 」

「……あ? 」

生まれる空白。勢いに任せて、ヒートアップした会話の中ラクレットの言った言葉は、しっかりとちとせの耳を通り脳に届き、その意味を咀嚼され、理解されていた。
言ってしまった方も、言われてしまった方も。共に仲良く硬直してしまう。冷静に考えてみれば、無意味に先程までお互いをほめちぎっていたのだ。冷静になればそれだけでも恥ずかしいのに、つい勢い余って伝えてしまった胸中の想いが、その恥ずかしさに拍車をかけてしまう。
先に変化が訪れたのは、ちとせだった。どんどん表情が赤く染まって行き。しまいには耳の先まで真っ赤にしてしまう。ラクレットは僅かに頬を紅潮させていた程度だったが、そのちとせの顔を見ると、自分の行いがどのようなものなのか、強く見せつけられるようで、だんだんと顔が赤くなっていく。


「あ、あの……その……今の……」

「すいません……こんな、ロマンの無い形で、失言で伝えることになるとは思いませんでしたが……本心です」


その言葉を聞いたちとせは、既にこれ以上ないほどに紅かった顔を、第三者が見たら『ボン!! 』という擬音を幻聴するかもしれないほど急激に、さらに紅くした。もう人間ができるとは思えないレベルで真っ赤であり、耳の先どころか髪の毛まで紅くなってるのではないかというほどだ。
対するラクレットも、完全に焦っていた。自分の内心なんて吐露するつもりはみじんもなかったのだ。遠くで彼女の幸せを願えればいいなんて格好つけるつもりはないが、自分が想いを伝える度胸がないと、認識していたのだから。結果的に失言で伝えてしまったのだが。


「あぁう……」

「ち、ちとせさん!! しっかりしてください! 」


オーバーヒートを起こしてしまったのか、座っていた姿勢のまま机に突っ伏してしまうちとせ。ラクレットはすぐに机を回り込み彼女の横に行き、助け起こす。
軽くゆすれば、意識を取り戻したのか、渦巻き状に回転していた目に焦点が戻る。至近距離でラクレットと目があった。なにせ今の二人の姿勢は、力が抜け体重を全てラクレットに預けるちとせと、その肩を抱いているラクレットという、ラクレットの世代で言うところの『マジでキスする5秒前』と言った姿勢だ。

しかし、ちとせは気絶しないで、ラクレットの目をしっかりと見据えて口を開いた。彼女には彼女の矜持があるのだ。

そう、殿方に思いを告げられたら、それに返答する義務がある。


「その…………………………………………不束者ですが……」

「え? ……あ、いやえーと、その……こちらこそ……お願いします」


なんだか、良くわからないけど、自分が今幸せの中にいることを自覚するラクレットは、反射的にそう答えていた。今の彼は表面上は冷静に見えるが内実、有頂天であり暴走状態で正しい判断などできなかった。








だからやってしまった。















「あれ、ちとせさん、さっき倒れたからだと思いますけど、髪の毛にチョコレートがついていますよ」


彼はそう言って、ちとせの髪を一房かき分け持ち上げると、あろうことかそのチョコレートを口で拭った。

それに驚くのは、もちろんちとせだ。
なにせ、髪は女の命としており、日ごろから手入れを欠かさずしている自慢の髪だ。母親から『心にこれと決めた殿方以外に、気安く触らせてはいけませんよ』と口うるさく言われてきた自分の髪に、接吻をされたのだから。


「な、ななな、ラクレットさん!? 」

「フフ、ちとせさんの髪……すごくいい匂いがしますね……」

「そんな……あぁ!」


しかし、ちとせの熱暴走を起こしたばかりの頭は、先ほどの矜持を守るので精一杯だったのか、近づいてくる彼の顔を拒めと判断せず、彼の力の促すままにその身を従わせるのだった。


「ごめんなさい……僕がこんなものを作ったから……ああ、御髪だけでなく頬っぺたにもついていますよ……今、綺麗にしますね」












体験版ではここまで!! 続きは製品版で



[19683] 第4話 羞恥プレイがご褒美なれば無敵
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/23 14:50




第4話 羞恥プレイがご褒美なれば無敵




敵の大凡の本拠地が分かった以上、第二次調査船団を組織し派遣するのは当然の事だろう。トランスバール皇国は120を超える星系を版図に持つ広大な勢力だが、辺境に関する知識は0に等しい。黒き月の航行データに残っていたのは断片的情報であった上に、まだ文化として内部の統制を取る時期であり、外に目を向けるには早かったのだ。
しかし、外敵がいる以上、そう言っているだけで留めるのは土台無理な相談である。第一次調査船団は、すでに先のネフューリアとの戦いの後、ほぼ闇雲の全方位に向けて組織した艦を派遣し、あと数か月ほどで戻ってくる予定だった。交信可能な範囲にいる艦にはすでに一時帰還命令を出している。
その期間を待たずに出立する第二次調査船団は、ノアとカマンベールの制作した今の皇国にはオーバーテクノロジーの通信機を搭載されて派遣されるのだ。

船団と言っても、方向目星が立っているので、規模はそこまでではない。人員は安全性や船員に与えるストレスも相当になるであろうから、最小限にとどめている。なにせ、未知の敵地に単騎で乗り込むのである。今の皇国軍にはそういった任務に進んで志願する勇気ある戦士が多いのだが、全員が必要なわけではない。11隻の駆逐艦と1隻の巡洋艦で作られた少数の船団に対し、50人ほどの優秀な人員と彼らをサポートする10人ほどの予備要因が乗り込み、皇国の辺境へと旅立っていった。


彼等の目的は、ダイゴの証言の信憑性を確認するためであり、そこまで長期の任務ではなく、何かしらの情報を手に入れたならば帰還するといったものだ。いくら通信機が優秀でも、どこまででも連絡が取れるわけではない。

事実、船団の速度では本星から最短距離で約10日ほどの距離の辺境地帯からさらに10日ほどかけた所にEDENが、そこからさらに10日ほどの所にヴァル・ヴァロス星系があるわけだ。そういったおおよその情報は、混乱を招く可能性もあるため伝えられていなかったが。


そして、『エルシオール』は来る時に備えて、力を蓄えていた……


「さて、みんな、今日集まってもらったのは他でもない、ある案件を速やかに、適切に処理するためだ」

「どーして、お前はこういう馬鹿みたいなことをする時だけ、真面目なんだ……」


場所は司令官室。この場にいるのはエンジェル隊と司令&副指令の8人だ。現在の『エルシオール』は来る時のために力を蓄えつつ、本星から離れすぎない程度に周遊し、治安維持及び凱旋の為に航行していた。儀礼艦とはいえ、戦艦であるのだ。完全な整備によりいくつかの修理を先の大戦のあと受け、こういった通常航行をしていた。
修理にかかった期間である1か月は要するに彼らの休みだったわけだ。



さて、現在『エルシオール』にはそこまで多くの人員が搭乗していない。戦闘要員、整備要員、清掃、食事等の生活に必要な人員。といった程度である。しかし、万が一に備えてエンジェル隊は『エルシオール』を拠点に行動することを義務付けられていた。要するに彼女たちは暇なのである。

そんな中タクトが重大な話があると、普段は呼ばない司令官室に呼び出したので、これは何かあるかも知れないと、集合したわけだ。


現在の『エルシオール』の目的は、ネフューリアの被害を受けた星に向かい追悼式典に参加するタクトを送ることだ。一応出席する政府高官を送り届ける役目も帯びているが、彼等は自室で仕事に追われているので、彼女たちにはあまり関係ないのだ。


「で、なんなのよ? 」

「ああ……ランファ、質問だが……ラクレットの誕生日は知ってるか? 」

「え? うーんと……いつだったけ? ミント知ってる?」

「……いえ、存じ上げませんが」

「そーいや私も知らないね」


タクトの質問が、順にたらいまわしされていく。その光景を、なんとなくカッコいいポーズ(司令室の椅子に座り、机に両肘をつき顔の前で組むといったもの)を取りながら、見つめるタクト。そして一人ため息をつきながら、横に立っているレスターを見る。レスターも、暇なのは事実なので気乗りはしないが乗ってやることにし、コンソールを操作し、司令官室のスクリーンに映像を写す。



『さて、本日のトランスバール・ナイトショーにお呼びしているゲストの方々は、今をときめく少年二人、片や皇国中の女性から熱いラブコールを受けている、 No.1アイドルグループ、アニーズの『リッキー・カート君』 もう一人は、かの皇国の英雄やエンジェル隊と共に反逆者を打ち倒したフラグ・ブレイカー『ラクレット・ヴァルター君』です!』
『こんばんは』
『『こんばんは』』
『いやー、全く方向性の違うお二人ですが、実は同い年だそうで。今の皇国の若い世代の期待の星ですね』
『はい、僕とラクレットさんは、誕生日が4日違いみたいで、二人とも先月15になりました』
『ほー、15歳ですか……』


そこで映像は切られる。司令官室を嫌な感じの沈黙が支配する中、それを打ち破ったのはヴァニラだった。


「私は、誕生日をお祝いするメールを送りました」

「あ、私もメール送ったら、ちょうどその日が誕生日なんだって返信が返ってきたから、おめでとーって送ったよ」


タクトはその二人の様子を見ながら、重苦しく口を開く

「……とまあ、我々の多くは、戦友の誕生日、しかも15の誕生日を全く祝うことなく放置してしまった」

「……」


レスターは、別段誕生日くらいどうでもいいではないかと、思いつつ、タクトの話を大人しく聞く、これ以上絡むと無駄な体力を消費してしまうことは既に経験でよくわかっているのだから。レスターはこのように淡白であるが、タクトは違う、万一にも自分の誕生日を女の子に祝ってもらえないのは嫌なのである。まあ、どうせ最後は恋人とのんびり過ごすことになる誕生日であろうが。ちなみに、15歳はトランスバール皇国の法律的には成人とされる年齢である。


「なによりも、我々は少し、ラクレットの事を知らなさすぎる!! 」

「言われてみれば、私も得意な料理を知りません」

「まあ、それは確かに……」

「そうですわね……正直、人となりを除けば、軍のパーソナルデータの方が詳しいかもしれませんわ」

「確かにねー、あいつ自分の事を話さないから……」

「ラクレットさんは、聞き上手です」

「ヴァニラ先輩、それにしても限度があると思います」


と、エンジェル隊が、団結してきたところに、水を差すかのようにレスターが口を開こうとする。突如先ほどまでの勘が、ここで切り出さないと余計な面倒事を抱え込んでしまうと告げたのだ。彼のこの手の勘は既にタクトクラスになっている。


「おい、タクト、お前まさかまた何かやらかすつもりか!? 」

「やらかすなんて、ひどいなー。オレはただラクレットにちょっとした質問をするつもりなだけさ。そう、ちょっとした質問をね」

「クロミエにでも聞けばいいだろ、今のあいつは忙しいんだぞ! 」


実は、ラクレット、現在『エルシオール』にいる。エルシオールの行き先に同じく招かれているのだ。訓練の方は、一定の成果を掴んだが、まだ彼自身が納得している域にはない。軍学校の訓練期間は来月で終了するのだが、別段訓練の為に所属していただけでこれと言った変化もなく、『エルシオール』に戻るだけだのだが。
今回、旗艦殺しのの二つ名を持つ優秀なパイロットとしてスピーチをしに行く必要が出てきたので、政府高官と共に向かうことになったのだ。二泊三日の休日である。明日朝には到着し、明日の午後スピーチをし、そのまま旅客船で一人帰り、明後日の夕方本星に着く計算だ。


「いやね、クロミエは『ラクレットさんは格好良くて、優しい人です』としか言ってくれなくて」

「……あいつは、何がしたいだ? 」


それはともかく、タクトの企みの方向性が見えてきたので、レスターは自分が被害を受けないように一歩引くことにする。


「よし! それじゃあ始めようか!! 『ドキドキ!! 質問タイム!! ラクレット編』というわけで、主役のラクレットでーす」

「ど、どうも」

「おいっ!! こいつは今忙しいんだぞ! 」


タクトのその言葉で現れたのは、なぜか両腕を縛られ、MPに連行されてきたラクレットだった。タクトに、「ちょっとしたお遊びだから」と言われて付き合っているのだ。


「はい、それじゃあ質問しよう……と言っても、突然なんか出てくるわけないから、ここにクロミエが用意してくれた『ラクレットがギリギリ答えられるであろう質問』が書いた紙がたくさんあるので、1枚ずつ引いて質問することにするよー」

「へー、そいつは面白そうだ。引いた紙に書いてあった質問は絶対答えてくれるわけだね」

「そういうこと、それじゃあレスターこの箱を持ってくれ」


タクトがそう言うとレスターは渋々と言った表情で、箱を持ち上げ直立不動の姿勢を取る。もはや、諦めの境地である。なんだか巻き込まれた被害者であろうラクレットには僅かばかりの同情の視線を送るだけだ。なにせ、彼もクロミエに嵌められたのだろうだから。
ラクレットもラクレットで、休憩していたら、MPに連行されたのだ。司令がなにか面白いことを思いついたという理由を説明されなければ、タクトが自分を拘束するように判断したのかと認識するところだった。故に大人しく椅子に座っている。

「それじゃあ、どうぞー」

「じゃあ、まず私が引きますねー……よいしょっと!!」


意気揚々とミルフィーは、箱の中に手を伸ばす。そして、一枚の紙を掴み手を引きぬいた。その手に握られていた紙を広げて読み上げる。


「あなたの好きな異性のタイプは?  って書いてありますー」

「おお、確かにギリギリ答えてくれそうな質問だ。それでラクレット、回答は? 」


タクトが納得したかのように頷き、ラクレットに促す。ラクレットは別段この程度の質問は予想していたのか、特に気取った様子もなく答える。


「えーと、年上で、髪の毛が綺麗で長い人ですね」

「色は? 」


すかさず、追及がタクトから入る。ちなみにタクトも、ラクレットの好みには同意している。最もタクトもラクレットもオールラウンダーだが。


「そうですね……綺麗な金とか黒とか、銀ですかね」

「へー……それじゃあ次行こうか」


一瞬だけ視線が二人に集まったが、そのまますぐにランファの番になる。ランファはそこまで乗り気ではないのだが、暇つぶしには良いかと、この余興に付き合うことにした。なにせすることが無いのは事実なのだから。ゆっくり手を伸ばして紙を引く。


「好きな人が、自分じゃない人を好きになったら? だって」

「場合にもよりますが、潔く身を引くと思いますよ」

「へぇ、諦めちゃうの? 」

「いえ、その人の幸せが一番という事です」


お互いに腹に一物持ったような会話のキャッチボールを交わすランファとラクレット。質問が微妙にお互いに思うところのある内容だったためである。
ランファがしばらくラクレットを見つめていたが、タクトが割って入り、ミントを促したことで、場の空気は何とか元に戻った。


「それじゃあ、ミント頼むよ」

「承知いたしましたわ……どこフェチ? また随分マニアックな質問ですわね」

「……脹脛」

「……嘘は言ってないようですわね……いえ、全部は言って無いと言った所でしょうか? 」


ジト目でラクレットを見つめるミント。ラクレットは言えなかった。自分が脹脛と胸の谷間+黒子フェチであることを、ミントに対して言えるはずがなかった。


「それじゃあ次はアタシか、えーと……自分の好きなタイプで、その子が同性だったら? 」

「いや、まあ、いいんじゃないですか? 愛があれば」

「というか、クロミエは何を思ってこんな質問を入れたんだい……」


脱力するかのように、フォルテがそう呟く、まあ確かにギリギリ答えられる質問ではあるのだが。タクトはそろそろ本格的に気を配った方がいいのかもしれないと、一人思いをはせていた。それは後日同性婚が認められる星系一覧について書かれたレポートがクジラルームに置いてあったのを見てより強く決心することになるが余談であろう。


「次は私です……虐められるのが好きですか? 虐めるのが好きですか? ……? 虐めるのは良くありません」

「……い、虐められる方が……」

「私も虐めるよりは、虐められる方がいいです」


質問の意味がよくわかってないであろうヴァニラに、若干たじたじとしながら、答えるラクレット。これってセクハラになるんじゃないのか? クロミエと脳内で呟いている。
そして、周囲からはやっぱりとか、思った通りといった声がひそひそと聞こえる。ラクレットはなんとなく泣きたくなった。


「私の番ですね……『エルシオール』の乗組員ならだれが好き? だそうです」

「クロミエー!!!!! 」


ラクレットは、親友の名前を叫んだ。すると、彼の脳内に「テヘッ♥」と言いながらウィンクしている親友の顔が浮かんだ。妙にかわいいのでむかついた。


「あ、ようやく面白そうな質問が来たわね」

「そうですわね、どうせなら賭けでもしたら、面白かったでしょうが」

「そんなことしたら、ミントが心読んで勝つにきまってるじゃないか」

「あら、私は、勝負ごとにそのような無粋は持ち込みませんわ」

「良く言うよ……」


雑談もひと段落ついたのか、全員の視線がラクレットに集まる。ラクレットはここを乗り切るのはどうすればいいか考える。とりあえずまず自分だけでは難しそうなので増援、援軍をと思い、レスターを見れば、目をそらされる。面倒事だと見捨てられたようだ。タクトは最初から面白そうに見ているだけ。
すでに八方ふさがりであったようだ。

もう、ここまで来たら開き直って、言おうと思い息を大きく吸い込んでから、しばらく黙りためを作って、ラクレットは口を開いた。


「……ケーラ先生です」

「あー、やっぱり」

「まあ、そんなところだろうとは思ったけどねー」

「え? 何ですかそのリアクション」


ラクレットからすれば、もう少し驚きの様な反応がほしかったのだが、どうやら納得されてしまったらしい。


「まあ、いいじゃない、じゃあ次行ってみよー!! 」

「え? まだやるんですか? 」

「皆暇だしね、それじゃあ俺かな……」


そうして、ラクレットはそのまま箱の中身が空になるまで、どころではなく、なっても質問され、解放されたのはだいぶ後になってのことだった。
















「それで、今日のあれは、どういう意味があったんだ? 」


エンジェル隊と、ラクレットが帰り、男二人だけとなった司令室。その場でレスターは、突然親友が催した意図の見えない企画について追及する。
なんとなく、聞いてほしそうな気配を感じたからだ。何せあそこまであからさまに、レスターの存在意義があまり見いだせないようなイベントに、参加させたのだ。


「うーん……オレはみんなを信じているけどね、こういった手を打っておきましたよーってアピールする必要があるのよ」

「……良くわからんが、お前なりに意図はあったんだな」

「うん、機密で口止めされてるし、催眠暗示でミントの前で考えられないようになっているんだけどね……」



タクトは思い出す、ラクレットが大事な話があると、白き月で合流した時、シヴァ女皇陛下と共に現れた彼から聞いた言葉を。

────感情が昂るとボーっと光るんです……漫画でしょ

そう言って、愛機に触れ、能力を発動させたラクレットの顔を




「まあ、大丈夫さ、なんせオレ達は仲間なんだから」

「そうか……まあ、お前に任せるよ」




[19683] 第5話 美しいって罪ね
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/24 14:55



第5話 美しいって罪ね


『エルシオール』が調査団が撮影した不鮮明な映像の発信地に向かったのは、最強で身軽だからという理由に他ならない。第二次調査船団は何者からの襲撃にあい、かなりの被害を受けながらも皇国圏内に逃げ延びてきた。いくつかの駆逐艦を犠牲にして撤退してきた、彼らの証言は無人艦隊に襲われたという事で、それを皇国は敵の侵攻ないし、そのための調査とみて、『エルシオール』を派遣することを決めたのである。


さて、ここで浮かんでくる疑問としては、なぜ『エルシオール』単艦なのかという事だが、考えても見てほしい、搭載している大型戦闘機が6機のこの艦は、戦力としては皇国軍の規格では判断できないものである。なにせ、その戦闘機1機で数十隻の敵艦隊を沈めることが可能なのだ。もちろん補給などの関係もあり、まるっきり単体の運用はできず。加えて、紋章機は独自の規格であるため『エルシオール』以外の艦には搭載することが困難である。要するに、『エルシオール』単艦で、皇国の師団規模の戦力になっているのだ。

本格的な開戦後の為に軍の編成をしている軍上層部には、使い勝手も良く、なおかつ女皇陛下や宰相など政府関係者からも信頼できるといった理想的な艦であったのだ。





さて、そんな『エルシオール』が旅立ってから1週間ほど、なぜかラクレット・ヴァルターは白き月にいた。







「ラクレット・ヴァルター少尉、ただいま帰還しました」


白き月の謁見の間において、通信先にいる少女と老人に向かい敬礼するラクレット。彼らはいま本星地上の旧仮設宮殿、現宮殿で政を行っているのでこうなった。


「うむ、ご苦労だった」


彼は運の悪いことに、敵の報告のあった時、第2方面軍の軍事演習に参加していた。皇国の新たな思想である『偵察用ステルス戦闘機部隊』を率いて戦ってくるエースや歴戦の隊長機と、アステロイド帯で戦闘を繰り広げてきたのだ。150機からなる戦闘機の搭乗員は、おおざっぱにいうと皇国で腕の立つ順に上から150人連れてきたようなものだ。元々戦闘機パイロットという物専門でやっている人物が少ないのもあるが、それでも選りすぐりの人員を引き抜いて新設する予定なのだ。
演習の結果はラクレットの敗北であったが、キルレシオは112対1であった。そんなこともあり、もはや戦闘機乗りの中で彼の実力を認めないものはいなかった。ステルス戦闘機150機と戦ったのだが、なぜそこまで戦力差があるのかと疑問に思うかもしれない。しかし、それはスペックが違いすぎるので仕方がない。速度は約4.2倍程も差があり、そもそも単体で超光速航法を行える機体なのだ。射程は彼が種族を自覚したことによりエネルギー効率が上がり伸びた結果300mという頭のおかしい長さの刃になったがこの時代の通常戦闘開始距離が2~3000kmという事を考えれば、いかに短いことがわかるであろう。戦闘経験がない時から秒速240km以上で飛び交う戦闘機に当てるラクレットの異常性は、冷静に考えなくても相当なものだったのだ。


「『エルシオール』はつい先ほど定時連絡を入れてきた。それによると、こちらの時間で明日未明には問題の地点────襲撃を受けたポイントに到達するそうだ」

「そうですか……随分ゆっくりなのは、やはり警戒してですかね? 」

「いや今彼らが航行しているのは皇国の版図の外。星間データが曖昧でクロノドライブを長く使えないからだ」


いくら調査団が何度か行き来しているといっても、クロノドライブは相当の危険を伴う移動方法なのだ。時速0.1光年は伊達ではない。何かにぶつかってしまえば、核融合反応を起こし消滅してしまうのだ。皇国内でも綿密に定められた航路以外での使用は厳禁である。


「となれば……僕の合流は補給部隊の第1陣と共にと言った所ですかね? 」

「うむ、その予定だ。補給に関してはブラマンシュ商会とチーズ商会に頼んである。民間の企業の競争入札によって決まった。君の兄が先導を取るそうだ」


皇国軍においては、軍の補給は基本的に民間の企業を用いる。広大な宇宙においていくつもの支店や移動拠点を持つ巨大な商会を利用する流れになったのは皇国の歴史において当然の事であろう。


「そうですか……」

「うむ、今は体を休めておいてほしい。なに、タクト達なら問題は無かろう」

「了解しました」


ラクレットは、その言葉に従うかのように、用意された部屋に戻ることにした。もちろん機密の為に部屋を貸してくださった、シャトヤーンへの感謝の言葉を忘れずに。彼女もまた数少ないラクレットたちの血の正体を知る者なのである。


「とまあ、そうなったわけで、補給に合わせていくことになった」

「まあ、そうはならないだろう。時間的にそろそろ、あの姉弟がタクト達と遭遇するころだ」


自室で兄と連絡を取るラクレット。彼が今回の演習に行くことになったのは、あまり作為的なものでもなく全く持って偶然だったのだが、ラクレットもカマンベールも特別に焦ることはしなかった。今回最初の戦闘の後『EDEN文明の生き残り』と名乗るルシャーティとヴァインがエルシオールに保護され、その事態の大きさに、白き月が合流するという事態になるのだ。
仮にその通りならなくとも、ラクレットが合流するように、ルフトたちが指示する確率はかなり高いであろうし、最悪の場合はラクレットにTVで演説でもさせれば世論をそっちに持っていくこともできる。

そして、むしろ彼が今いかないことは少々都合がいい。ヴァインは『エルシオール』に盗聴器を仕掛けるであろうが、仮にラクレットがいた場合それを警戒して、仕掛けなかったり、数を抑えたりなど、此方にとって利益となる行動をとる可能性がある。
それは、向こうの情報の欠如などを誘発し、そこから警戒を招き、最終的に問答無用でクロノクェイクボムなど撃たれてはたまったものではなく、エメンタールもラクレットもエルシオールに居なかった時期を作れたのは逆にシナリオ通りに進みやすくするうえで、悪くない事であった。


「にしても、ラクレット。今回お前にやってもらおうと思っていることは、難易度が高いと思うが頼むからな」

「ああ、わかっている。ヴァインじゃなくて、ルシャーティの妨害でしょ……目的ははっきりわかっているから。ただ……この手段を遂行できるかは自信ないけれど」

「何とかなるだろうとは思うがな」

「カマンベール兄さんには、言わなくていいんだろ? 」

「ああ、ばれたときに、どうして黙っていたんだ!! とか言われても適当に流せばいい。あいつは白き月にいるだろうから、それなりに役立ってくれるだろうさ」


まるで黒幕のように計画を話し合う二人は、そもそも敵の勢力の構造が微妙に違っていることを全く知らなかった。




そして数日後、二人の予想通り白き月に皇国をひっくり返すような情報が入ってくる。







場所は変わって『エルシオール』先日救難信号を発していた小型船に乗っていた二人の姉弟ルシャーティとヴァイン。一通りの身体検査を行い、特に何かしらの病気も持っていないどこにでもいる人間だという事が分かった。皇国人と違う所と言えば、生後すぐに摂取が義務図蹴られている免疫ワクチンの種類といった程度である。念のため人格検査も行ったうえで、ミントに思考を読んでもらうなども行われたが、二人ともややストレスに対して花瓶になっている傾向はある者の正常であり。別段おかしな思考は指定名とのことだ。
彼等の発言によると姉弟であるそうだが、血や遺伝子上のつながりはなく、弟のようなものですと答えた。何か込み入った事情があると見たタクトは、とりあえず保留とした。彼らの話に一定の利があると感じたからである。
彼等の話したヴァル・ファスクの内容はタクトが秘密裏に所持している者と合致しており、ミント曰く本当にEDENから逃げてきた人たちだという証言を得たからでもある。そして今、軟禁状態がとかれ、展望公園を貸し切ってエンジェル隊とタクトとヴァイン&ルシャーティの9人でピクニックが開かれていた。


「それじゃあ、一応もう一回自己紹介から始めようか。オレはタクト。この『エルシオール』の司令さ。エンジェル隊の指揮官でもある」

「ラッキースターのパイロットのミルフィーユ・桜葉です。ミルフィーと呼んでください」

「蘭花・フランボワーズよ。カンフーファイターのパイロットをやってるわ。よろしくね」

「ミント・ブラマンシュ、トリックマスターのパイロットですわ。よろしくお願いしますわ」

「エンジェル隊隊長のフォルテ・シュトーレンさ。ハッピートリガーのパイロットをやってる」

「ハーベスターパイロットのヴァニラ・Hです。お願いします」

「シャープシューターのパイロットを務めさせていただいております、烏丸ちとせと申します」

「ヴァイン……です隣のルシャーティは僕の姉……のような人です」

「ルシャーティです。皆さん今回は本当にありがとうございます」


何せ正式に顔を合わせるのは始めたなのだから。お互い顔を見たことはあるといった関係ではあったが。


「彼女たちが噂のエンジェル隊ですか……EDENにもその活躍は届いています。ですが、彼女たちと共に戦っていた、ラクレット・ヴァルターさんは?」


見たことのない食べ物なのか、キョロキョロと並べられているお弁当を見回すルシャーティと、その姉の代わりにタクトに質問を投げかけるヴァイン。なんとなく、それだけで二人の関係が分かるような気がすると、周囲の少女たちは思ったし、少なくとも現状はその通りであった。


「ああ、彼ならここにはいないよ、オレ達は急いできたからね、後で合流する手はずになっている」

「そうですか……彼にも挨拶をしてみたかったのですが……」


まるで、若干残念そうに語るヴァイン。彼からすればむしろ好都合なのだが、エンジェル隊についていろいろ知っているという事のアピールと同時に事実確認を行ったのである。一応いないという証言は得られたが、こちらの監視についている可能性も考慮に入れて行動する。なにせラクレット・ヴァルターはヴァル・ファスクの系譜に連なるものだ。ヴァル・ファスクを制することができるのはより優れたヴァル・ファスクだけだ。彼が自分よりも上回っているとは思えないが、それでも最も警戒すべき人物であった。


「まあ、そのうちきっと会えるよ」

「そうよ、それに会ったらがっかりするかも知れないわよ」

「確かに、経歴とつり合う大物とは言えないからね……もうちょっと落ち着きを持ってほしいところさね」


わいわいとさっそく盛り上がるグループもあれば


「えっと、これが宇宙タコさんウィンナーでーす」

「宇宙タコさんですか……? 」

「ミルフィーさんの料理はとてもおいしいです」


弁当に手を伸ばし始めているのもいる。滑り出しは順調そうだと、タクトは内心でそう思った。




「こんな場で聞くのもあれだけど、君たちはどうしてここに来たんだい? 」

「それには、込み入った事情がありますが、見張りの手が緩んだときに脱走したからです。姉さんは、EDENにおけるライブラリーの管理者の一族でして……」

「ライブラリー? なんだい、それ」

「銀河の創生からあらゆる知識を集めてまとめてある、巨大なデータベースの事です。そこの管理や編集閲覧ができる権限の最上位にいるのが姉さんでした」


真面目な顔で説明するヴァイン。彼の姉は長く話すことがあまり得意ではないので、率先して話している。


「聞きにくいことだけど、そんなすごいものがあるのに、ヴァル・ファスクは壊したりとかしなかったのかい? 」

「破壊は不可能ですね、EDENやヴァル・ファスクよりもさらに高度なテクノロジーで作られていましたから。唯一編集や閲覧索引できる管理者と呼ばれる一族を隔離し管理していました……姉さん以外は、殺されてしまいましたが」

「ひどい……」

「そんな……」


ヴァインは、苦痛に耐えるような表情をうかべて、手をきつく握りしめ下を向く。周囲もその話の重さに思わず口を閉ざしてしまう。そんなヴァインの手を優しく両手で包み込むルシャーティ。誰が見ても美しい姉弟愛と見られる。


「彼らが私を殺さなかった理由は、全ての管理者を殺してしまうと、新たな管理者の血族が生まれてしまいます。それを探し出してまた殺すよりも、私と言う無力な小娘を籠に閉じ込めておく方が、楽だったという訳です」

「資源開発が目的の彼らは早く増える人間を皆殺しにする事の不都合さを懸念していましたからね。しかし、皆さんの活躍により、彼等の警戒が、別の所に向きました。恐らく定例会議か何かで警備が薄くなったので、その隙をついて逃げてきたという訳です」

「ヴァインは、小さいころから私に会いに来てくれましたから……」

「そう、辛かったのね……二人とも」

「これからは、私たちが味方です!! 」


過去の暴露により、幾分も打ち解けた二人とエンジェル隊を、タクトは内心にたくさん抱えながら、見つめるのであった。












白き月が『EDENの生き残りをエルシオールが保護した』というニュースを入手した後、会議に次ぐ会議で、エルシオールまで遠征すると決まり、出立していた。
白き月を作った文明だ、何かしら更なる証明手段があるやもしれないというのもあるが、最強のシールドを兼ね備えた人工の惑星ほど適したものがなかったのも事実だ。当然象徴であり、最大の武器でもある白き月の遠征に大きな反対意見は出たものの、女皇が賛成している手前、強硬策に出るという事はできなかった。



そして、白き月が到着する1時間ほど前、先に到着するモノがあった。ラクレットの乗る『エタニティーソード』である。どうせ白き月にエルシオールが入るものの、『エルシオール』に搭載されるこの機体を先に派遣しておき、万一戦闘が起こっていた場合、現地の安全を『エルシオール』と協力して確保するためでもある。

当然のごとく何も起きず、無事エルシオールに着艦し、降りてきたラクレットをエンジェル隊は暖かく迎え入れた。その時、戦闘警報が鳴るまでは護衛兼監視付きで外出を許されていた、ヴァインとルシャーティも格納庫のシャトル搬入口にいた。


「いやー、久しぶり? 」

「はい、3週間と4日ぶりですフォルテさん」


ついに完全に身長を追い越したフォルテに対し、敬礼をするラクレット。フォルテも簡易式のそれで答え、仲良さ気に会話する。そして、片足を半歩後ろに下げ、後ろの二人を紹介する。


「通信で聞いているとは思うけれど、この二人がEDENの生き残りの姉弟、ヴァインとルシャーティさ」

「初めまして、ヴァインです。ご噂はEDENでも聞いていますよ」

「ルシャーティです……隣のヴァインの姉です」


会釈しながら答える二人。ラクレットが名乗るだろうと、周囲の視線は自然にラクレットに移る。するとどうだろう、ラクレットは、なぜか行動を止めていて、それを指摘しようとしたタイミングで、横に置いてあるカバンが倒れることも気にせずに歩き出し、歩み寄り近づく。
浮かべている表情は真剣そのものであり、ゆっくり歩を進めるその様に、ヴァインは一瞬身構える。正体がばれていたのか!? と内心焦っていたのだが、それでも理性的な部分が平静を保つように表情やしぐさをコントローする。そして、次の瞬間ラクレットの行動によって、さらに彼の思考は停止してしまう。
















「僕は、ラクレット・ヴァルターと申します。ルシャーティさん……貴方は大変可憐だ!! 」

「え? 」

「は? 」

「え? 」

「ん? 」

「はい? 」


ルシャーティの前で、彼女の手を取りながらそう言うラクレット。身長差もあってかなり異様な光景である、いや身長差以前にラクレットの人なりを知っている人物からすれば、かなり異様な光景だ。


「その美しい流れる様な金の髪、透き通った蒼い瞳、天女と見紛う佇まい。僕はあなたを見たときに直感しました。貴方は天使だ!! 」


ラクレットのその叫びは周囲を混沌の地獄へと陥れた。
『永遠の恋人達』と後に戯曲化される歴史の一ページが始まった。





[19683] 第6話 考えと感情と勘違い
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/25 12:40


第6話 考えと感情と勘違い


「ようこそ、DENのお方。私はあなた方の作った白き月の当代管理者のシャトヤーンです」

「ノアよ。元黒き月の管理者」


皇国の象徴たる女性とその対となる少女の二人は、EDENの生き残りと名乗る姉弟に挨拶を交わす。それを受けた二人は、EDEN式なのか、やや深くお辞儀をすると名前を名乗った。
場所は白き月謁見の間、今この部屋にいるのは、タクト、ラクレット、エンジェル隊、カマンベールと前述の4人だ。カマンベールはノアの近くに立っている。


「それで、さっそくで悪いけれど、貴方がライブラリーの管理者であるという証拠はあるの? 」

「そうですね……」


ノアの強気な態度とその質問にも対して動じず、ルシャーティーは胸に手を当てると、何かを呟く。すると、突如周囲の見慣れた部屋が、満天の星空へと姿を変えた。


「これは……空間投影! 」


白き月のシステムをインターフェイスもなく行使するなど、通常シャトヤーンかノアしかできないであろうその行為に一同は驚き声を上げる。ましてや見たことのないようなものにしたのである。その中で唯一正体のわかったノアは、驚きよりもむしろ感動の面持ちが近い様子で、口元に手を当てていた。


「この星座……EDENから見える星……それも本星のものじゃない!」

「はい……といっても、この月が見ていた最初の記憶を呼び戻したので600年ほど昔の映像です」


事も無げにそう言うルシャーティー。ノアは懐かしいその光景に感化されてしまったのか、目から透明な雫がこぼれている。彼女がこの前投影したのは白き月を作っていた工業惑星からの眺めだったのだ。この場にいる者は皆それに気づいたが、誰も指摘することはなかった。
なぜなら、カマンベールが優しく肩を引き寄せ、髪をかき寄せながら抱きしめたからだ。いちゃついてんじゃねーよと、感じた人はいたかもしれないが。


「信じてもらえたみたいですね……私たちがEDENの民だと」

「僕たちは、貴方方にEDENを救っていただきたい」


ルシャーティーとヴァインはそう力強く宣言した。彼等は同胞を救うために逃げ延びてきたのだ『エルシオール』と『白き月』という皇国でも有数の戦力に出会えたのは彼らの幸運が実ったものであろう。


「対価は……私の一存では確約できませんが、それでもヴァル・ファスクの情報位ならば……」

「そういった問題はともかく、私個人としては、貴方方に力を貸すことになんの抵抗もありません。マイヤーズ司令やエンジェル隊の皆さんもきっと、同じ思いでしょう」

「はい、シャトヤーン様」


とんとん拍子に話が進んでいくことに、安堵の表情を浮かべるヴァインとルシャーティーの姉弟。当然であろう、敵の追手からどうにかして逃げながら、艦がボロボロとなり、もう限界の所保護された後、形の上だけとはいえ軟禁されてきたのだから。


「私の方からも、女皇陛下や宰相殿にも話を通しておきましょう。今は安心してエルシオールでお過ごし下さい」

「ありがとうございます。私たちの持つヴァル・ファスクや、星系データなどの情報は既に提供しましたので、ご考慮のほどをお願いいたします」


そういって比較的和やかに、他文明との対話は終了した。まあ、おそらく仲介役のエルシオールクルーがあまり出しゃばらず、ノアが重箱の隅をつつくように質問をしなかったのが大きいのではないかと、事情を知るものは記している。
さて、その後軽く雑談をしたエンジェル隊のメンバーや、ラクレット、そしてEDENの姉弟が退出した後もタクトは今後の事で話があるから先に帰っていてくれと、皆に言いその場に残っていた。カマンベールもノアに頼まれた仕事の為に退出しており、この場には秘密を知る者のみが残った。


「……で、どうしてまだ、ラクレットたちのことを言って無いのよ」

「いやー……実は想定外の事が起こってね、今明かすのは得策じゃないと思ったんだよ……」

「話は聞いたけどね、でも今を逃したらいつ話すのよ。私が言えた話じゃないけど、EDENの民からすれば、ヴァル・ファスクは敵なのよ……味方にその血を引く者がいるなんて、絶対に伝えておかないといけない情報よ」


ノアの言い分は最もである。政治的にそういった駆け引きはしてもいいであろうが。それでもこの状況で、向こうが歩み寄ってきたのに、味方の中核に天敵の血脈にある者がいるのは、明かすべきであろう。緊急時に不和の要因になってしまえば目も当てられないからだ。
しかし、タクトからしても、これ以上ルシャーティー達を狼狽させるような情報を流すのは得策ではないという判断を下している。

そう、ラクレットの出会いがしらの告白(笑)によって。




「その美しい流れる様な金の髪、透き通った蒼い瞳、天女と見紛う佇まい。僕はあなたを見たときに直感しました。貴方は天使だ!! 」

「……はぁ……あの……それは、いったい……」


完全に困惑気味のルシャーティー。彼女に天然の要素があるからこそここまでですんでいるのであろう。普通ならドン引きである。


「いえ。僕は、僕の中にある、なにかが貴方を断定するんです。美しく可憐な天使であると」

「すみません……意味が解らないのですが……」


そのあたりで、漸くエンジェル隊のメンバーが正気を取り戻し、事態の収拾を図ろうとするが、そもそも彼女たちも全く持って状況が理解できていなかった。頼みの綱のミントも、耳が変な場所で折れ曲がっており、大変思考が混乱していることがうかがい知れる。
まさに天変地異なのだ。彼はたった一度の会話でエンジェル対全員を混迷の渦に叩き込む大金星を挙げたのだ。本人は無自覚である上に喜ばしいものでもないが。


「あの……僕の姉に、なにか? 」

「いえ、貴方のお姉様は大変素晴らしい、僕はこんな素晴らしい人が肉親にいる君を素直に羨ましいと思うし、この人の為に自分の力を使いたいと思うんだ」


ヴァインが一歩前に出て、彼の姉を庇う様にラクレットに問いかけるが、彼が返してきた答えはまたしても理解することが難しいそれだった。しかし、この言葉で状況をなんとなく把握した人物がいた、それはヴァニラである。さすがヴァニラさんこんな状況でも冷静に場を見つめて考えることができるお心遣い、貴方は天使だ。


「恐らくですが……ラクレットさんは、ルシャーティーさんを私たちと同列の存在として扱おうと、何らかの基準によって判断したのではないでしょうか?」

「えーと、それってつまりどういう事よ? 」


考える前に質問をしてしまうランファ。しかし誰も彼女を責められまい。なにせ『自分の部屋に帰ったらグレイ型宇宙人が苺のショートケーキを食べながら執事服を着てコサックダンスを踊っている』レベルの異常事態で稀有なケースに遭遇しているのだ。


「つまり、エンジェル隊である私たちに向ける、尊敬と言うか、そう言った神聖視に近いものってやつが昔言っていたあれかい? 」

「はい……ラクレットさんの中の判断基準は解りかねますので、断定はできませんが……」


フォルテは、何とか呑み込めたのか、自分なりに噛み砕いてヴァニラに質問している。ミントは未だに呆然としており、ミルフィーは少女漫画見たいと目を輝かせており、ちとせは赤面しながらもしっかりラクレットを見ている。ランファは何とか納得したのか、頷いている。そして、その間にも、ヴァインとラクレットのかみ合わない会話は続いていた。


「姉は、今まで他人と余り関わらないような生活をしていたので、そう言った過剰に接近されるのに慣れていません」

「それなら、尚の事天使が羽ばたけるように、協力したい!! 是非とも」

「その……ヴァイン、彼は……おそらく親切で言ってくださっているのですから……邪険にしてはいけませんよ……」

「なんとお優しいことで! ああ、やはり、貴方は天使です!! 」









「……とまあ、そんな感じだったらしく、収集を尽かすまでに結構迷走したらしいんだ」

「……それで? 」

「結局、ルシャーティーは若干苦手意識を、ヴァインは警戒しているみたいでね……もう少し打ち解けてからでいいと思う」


タクトは、こめかみをひくつかせているノアに対してそう言った。これは彼の勘も含めた判断であるので、どちらかと言えば、理由は後付に近かったりする。
タクトは、エルシオールのクルーはラクレットがヴァル・ファスクだったとしても別段そこまで大きなリアクション、それこそ拒絶反応を起こすことにはならないであろうと思っている。しかし、未知のものである以上、一種の抵抗のようなものが生まれてしまうのは仕方ないことだ。

そしてタクトの考える理想的なタイミングは、むしろノアなどが警戒している、敵などが揺さ振りをかけてきた時だとしている。
こっちには理由がきちんとある。それは、敵が妨害工作をかけようとしているのをこちらの結束で跳ね除けることで心理的に優位に立てるからだ。もともと、そう言った心理戦でこそ彼の手腕は冴え渡るものだ、敵が土壇場になって離反や妨害工作を狙ったのならば、それをさも、自分も知らなかったような態度をとってから
「そんなこと関係ない! ラクレットはオレたちの仲間だ!」
 と自分が力強く言えば、それだけで彼に親しいものは後に続く。そうすれば、艦の空気がそちらに逆に傾きむしろ受け入れられるであろうという発想だ。

リスクもあるがリターンも大きいのがこれだ。仮にこの後、皇国軍の援軍が来て大々的な戦端が開かれたとしても、そのタイミングでラクレットが今までしてきてくれたことを声高々に叫べば、軍にシンパが多いラクレットを担ぎ上げるコールすら生み起こす自信はある。其の後はラクレットに先陣を切らせれば完璧。士気という点ではこちらが勝るであろう。

要するに元来楽天家であるタクトは、ノア達ほど深刻にとらえてはいないのだ。この前のラクレットに質問をしてみようー!! という企画も、上に対して、ラクレットの受け入れの為に、自分は●●をしていますよ~ という対外的なアピールの色が強かったくらいだ


「……はぁ わかったわよ。こっちだってカマンベールに隠しているのにそれなりに罪悪感があるんだからね……って!! なによ、その笑顔!! シャトヤーンまで!! 」

「いや、ごめん」

「少し、微笑ましいと感じただけですよ。私もマイヤーズ司令も」


急に空気が変わったことに気付いたノアだが、自分がいじられる対象になることは大変稀な彼女は、シャトヤーンやタクトが期待した通りの反応を示してしまう。ⅡではS要因として、どMのゲートキーパーとベストカップルだと迫られていた彼女も、こうなってしまえばどう見ても、いざという時にひっくりかえってしまっちゃうタイプのSである。

こうやって、いつでも空気を明るいものに変えられるのが、タクトの才能なのかもしれない。


(まあ、これからは真面目に取り組んでくさ、さぼる時間も極力減らすか……レスターにも苦労をかける訳だしな)


そんならしくもない決意を固めるタクトであった。





「なんなんだ……ラクレット・ヴァルター……あれが、僕らと同じ種族なんて、信じたくもないし、信じられないぞ……」

自室、最低限の監視はついているものの、おおよそのプライベートは確保できたこの部屋でヴァインは椅子に腰かけながら、考え込む。
先ほど、初対面してきた、ラクレット・ヴァルターという混血について考えをめぐらせているのだ。


「全く行動が理論的ではない……利がずれている人物だとしても、利の位置がまるで読めない……くそ……混血のサンプルケースが少なすぎるせいか」


突然あのような行動をとられた時は、自分の行動を探る為の、鎌かけかとすら思い戦慄したヴァインだが、どうやら本気で理解できない感情と言うものによって動いている存在だという事が理解できたので、思考が空回りしているのだ。


「一応、人間のサンプルケースである、病弱な肉親に言い寄る親しい部外者を遠ざける対応をしたつもりだが……まあ、おそらくばれてはいないであろう。あの場の空気は弛緩し切ったものだったから……特殊部隊の軍人が7人もいてあれなら、おそらく不審がられてはいないはず」


ヴァインには可哀そうであるが、彼女たちは年中あのような感じである。


「姉さ…………あの女を今後の作戦に運用するのにも、まだ支障がないはずだ、最悪の場合は、対象をタクト・マイヤーズから、ラクレット・ヴァルターに変えればいい。アイツを保守派の年寄りにでも引き渡せば十分役目は果たしたことになるだろう」


あえて、言い直しつつ、彼は今後の作戦を考え直す。略奪、妨害、奪取はなくなったものの、情報収集をするにあたり、やはりタクト・マイヤーズとその恋人ミルフィーユ・桜葉の関係性とそれから引き出される力と言うものを見る必要がある。その為に、ルシャーティーをつかい、タクト・マイヤーズにアプローチをかけさせるのだ。


「くそ、考えるだけで、頭が痛くなる……先ほどのがすべて演技で、これが策略であるのなら、脅威度の引き上げどころか、即座に全作戦の練り直しが必要だぞ」


当面は、ルシャーティーを使いラクレットを躱して、タクト・マイヤーズと接近。自分はミルフィーユ・桜葉との単純接触回数を増やしていく。
彼は、頭痛や不快感の原因を全てラクレットのせいにして、そう結論付けた。


彼はまだ、自分の思考のノイズに気付かない、いや気づかないふりをしている。






「……とりあえずは、こんなものだろう」


場所は変わってラクレットの自室。彼も彼で慣れないことをして、疲労感で溢れていた。
なにせ、初対面の女性を目の前にして可憐だの、綺麗だの、美しいだの、天使だの、と叫んできたのだ。しかもその後は弟となっている奴と舌戦までしてきたのだ。 疲れないわけがないであろう。

彼が長兄エメンタールから指示されたことの一つ、『とりあえず馬鹿みたいにルシャーティーにアプローチ掛けて、適度に妨害しろ』というのを実行したのだが、うまくできたと自分では思っているラクレットである。

ただ気にかかるのは、ヴァインの態度だ。まさかあそこまで噛みついてくるとは思わなかったのだ。
ラクレットのイメージだと、もう少し冷やかに
「すいません、姉は体が弱いので、少々ご遠慮願います。姉さん、大丈夫? 」
くらいで済むと思っていたのに、結果はこれだ。


「ヴァル・ファスクで、何かあるのか? 」


そんなことを考えるものの、何が分かるわけでもないので、すぐに思考を破棄して次の案件を考える必要がある。そして、これからもルシャーティーと会えば、道化を演じる必要がある。まあ、今後は前回の教訓で反省したとして、少し自重してもいいが。
そう、次の課題だ。


「僕とクロミエで『エルシオール公営放送のパーソナリティー』ねぇ……」

それは、今度の補給で潤う『エルシオール』に娯楽特化商会ならではの方法で、福利厚生を充実させるための方法と言うお題目ではじまるお昼の番組のパーソナリティーをラクレットとクロミエでやるということだ。


「まあ、全力でやるか!! いつも通り」

何事にも、体当り的で全力。それがラクレットなのだから。



[19683] 第7話 勘違い乙
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/26 14:46


第7話 勘違い乙



────こちら、『エルシオール』放送局、パーソナリティーは『旗艦殺し(フラグブレイカー)』でおなじみラクレット・ヴァルターと

────動植物のアイドルクロミエ・クワルクです。いやー、まさかこんな仕事をすることになるとは思いませんでしたね

────もともと、『エルシオール』にあった放送がチーズ商会と協力してより充実させようとしたんだってね、えーと……福利厚生?を

────まあ、そう言う訳で、これからお付き合いいただきます


そんな『エルシオール』で最も若い少年二人の声を背後にタクトは、自室で仕事に励んでいた。最近の彼は毎朝7時半には起床し、その後簡単な朝食をとりながら、急ぎ処理の必要な案件とそうでないものを分け、その後前者をこなし終えると、後者をレスターに頼み、ルシャーティやヴァインの様子を見に行き、ついでにエンジェル隊のメンバーの調子を確認に、戻ったらレスターがおえなかった仕事と、レスターからあげられてくる仕事をこなす。

とまあ、要するに、ひたすらに真面目な司令官であった。しかし、彼がこんなことをすれば、多くの人は何かあったのかと心配してしまうのは、お約束である。現に先ほどのも、エンジェル隊とあった時に、全員から「大丈夫なのか? 」や「もしかしてなにか、弱みでも握られているのか? 」といった心配をされてしまったくらいである。
最初こそ、驚きまた同時に背中がむず痒くなってしまったレスターも、今はすっかり利用する気満々で、むしろ「奴のやる気が切れないうちに、先の仕事に手を出しておこう」と完全に先を見て動いている。

そしてまた、悲しいことにそろそろ真面目にやろうと固く誓った決意を薄れてきた頃であった。


現在の『エルシオール』は白き月を皇国の淵から少し外れた所に残し、先遣隊としてEDENの方角をめざし進軍していた。たった一隻の艦で進軍と言うのもなんだが、ほぼ、師団規模の戦力として考えられる『エルシオール』なのだから、その表現は間違っていないであろう。そしてブラマンシュ商会と、チーズ商会の補給船団もすでに、白き月付近に集結しつつあった。彼等は、白き月という、皇国の中でも最高に優秀なレーダーを信用し、今後行われる予定だったヴァル・ファスク討伐軍の補給線の維持を今から開始していたのだ。建造物としても規格外な大きさである白き月を前線基地にするのである。
なにせ、皇国誕生以来、初めての皇国に匹敵、いや凌駕する勢力との戦である。皇国はその歴史上侵略戦など行ったことはないのだ。

さて、そういった訳で『エルシオール』は、巨大なアステロイド帯や、恒星、無人の星が佇む宙域を進んでいる。特徴としては、皇国の内部にはこういった『通路のような細い宙域』はなく(細いといっても数百千キロ)が幾つもある、回廊のような場所である。


(やっぱり、こういうところはゲリラ戦みたいに奇襲とか待ち伏せとかが有効だろうな……となると、ここで地の利のある二人を引きこめたのは幾分か有利に働くと……思いたいね)


そんな風にタクトが考えていると、来客を知らせる音が鳴った。レスターか、ミルフィーだろーな、ミルフィーだったら嬉しいな。なんて思いつつ、彼はどうぞーと軽く言いつつ、机にある、開閉ボタンを押した。


「失礼します」

「やあ、ヴァイン。どうしたんだい? 」


しかし、そこにいたのは、予想に反して、ヴァインであった。白き月での会合の後、しばらくして、完全に艦内を自由に出歩けるようになった彼は、基本的に散歩をしたり、コンビニなどで文化の違いを確認したり、食堂の調理の様子などの確認をしたりしていた。クルーは彼の行動を『異文化に対する興味』を片付けているのだが、本人からすれば普通に文化レベルをその目で確かめつつ、万が一の時に利用できる場所がないかの確認だ。流石にまだ格納庫に入れるほどの信用を得てないが、ヴァル・ファスクの警備網は暗記しているので、それを利用して、戦闘で手柄を立てより信頼を得るつもりであった。なにせ、彼の仕事は妨害工作ではなく、調査を主にするようになったのだから。


「はい、実は改めて頼みたいことがあるんです」

「頼みたいことかい? 」

「ええ……ご迷惑かも知れないのですが、姉さんの事です」

「ルシャーティの? 」


タクトは、どんな頼みなのかを聞いてみて、まあ一応予想の範囲内だと納得した。ヴァインの状況で何らかの要求をするとすれば、十中八九大事な姉の事であろうからだ。


「姉は、まだ僕を連れ添わないとあまり外に出ようとしません。幼少からの幽閉生活が原因でしょうが、人見知りがすごく強いんです……あんなこともありましたし……」

「ああ、うん……そうだね。その件に関してはこちらの落ち度と言うか……」


ラクレットはあのあと、タクトやエンジェル隊の立会いのもと、クロミエに事情を聴かれていたが、
「ついカッとなって言った。今は後悔してないが、反省している。あの状態でこっちに気を使えるルシャーティさんマジ天使」
と供述し、クロミエは
「どうやら、背後にあったオーラがエンジェル隊のものと似通っていたためだそうです。今後は少し自重するそうで」
と翻訳していた。ミントも
「だいたいそんな感じの思考ですわ」
と補足しており、目立った刑罰はなく、普通に過ごしている。


「ですが、どうやらタクトさんには、少し心を開いているみたいです」

「俺に? それは大変光栄だなー」


なんとなく、ラクレットに罪の意識を感じつつタクトは、いつもの照れたときの頭をかくポーズをとる。そして、そのまま話を聞く姿勢を取る。おおよその予想はついたが。


「ですから、どうか、姉の事をよろしくお願いします。巡回の時にかるく、『エルシオール』の案内をして頂くなどで十分ですので」

「うーん、わかった。それじゃあ、今から行こうか!! 」

「今からですか……ありがとうございます。流石です。英雄ともなれば即決、即行動ですか」

「そんな大したもんじゃないよー」


ヴァインは、タクトの人物像に僅かに情報を追加する。判断が素早く、躊躇わない と。 実際はこれを口実にそろそろサボれるし、かわいい女の子を一緒にいれるというのが、主な理由であったが。









そのころの、彼の姉である、ルシャーティは、自室で本を読んでいた。ライブラリーの管理者という役割を持っているからか、彼女自身部類の本好きであり、機会は少なかったが、本を読めるときは良く読んでいた。まあ、出来ることが少なかったというのもあるのだが。
『エルシオール』に来てからは、頼めば本を自室に届けてくれるので、溺れるように読んでいた。電子書籍を支給された端末で読むのも良かったが、それは今『エルシオール』にある紙の本を全部読んでからにしようと彼女は決めていた。
どうみても引きこもりにしか見えない、ヴァインがどうにかしたがるのも、解る気がする彼女である。そんな、彼女が読書の海に沈んでいる中、来客を知らせるベルがこちらも同じくなった。頼んでいた本を届けてくださったのかしら? などと考えつつ、ドアに近づき、ドアを開ける。
その場でも開けられるのだが、こういった所で彼女が異文化の民であることを再認識できる。


「本のお届けに上がりましたー」

「はい、ありが……」


しかし、彼女の予想はあっていたものの、届けに来た人物が問題であった。そう、彼女が今若干の苦手意識を持つ、ラクレット・ヴァルターである。彼は番組の収録が終わったその足で、ここまで来ていたのだ。


「ご注文の本です、重いので、奥まで運びましょうか? 」

「あ、はい……お願いします」


案外まともな対応をされて、逆に驚いているルシャーティ。まあ、あの初対面以来ここ数日引きこもっていた彼女は、ラクレットと会っていないのだ。エンジェル隊のメンバーが何回か、部屋に尋ねに来たり、お茶に誘いに来たりしたが、その時ラクレットはトレーニングと、自分の番組の打ち合わせで忙しく、その場にいなかった。
一応、その時にエンジェル隊のメンバーに、「ラクレット君は普段あんなことしない」「もっとへたれで、女性に話しかける事すら苦手な人ですわ」「一応は悪いやつではないのよ」
という事を聞いていたが、彼女の主観からは到底信じられることはなかった。なにせ、小説に出てくる女好きのナンパ男のほうが近いような態度だったのだから。


「……っと。目録です。全部ありますか? 」

「は、はい……大丈夫です」

「そうですか、それじゃあ僕はトレーニングがありますので」


そう言ってラクレットは長居は無用だという様に、足早にこの部屋を後にしようとドアに向かう。彼なりの配慮である。彼自身どういう対応をすればいいのかわからないからでもあるが。そもそもここに来たのも兄の「恋愛の基本は単純接触の回数を増やすことにある」という言葉を真に受けてとりあえず顔を合わせるかという理論で動いているだけだ。
前回の反省を生かして、急激に迫るという事はしないラクレットである。そもそもの目的はルシャーティの妨害であるわけだし。ルシャーティをおとすのが目的ではないのだ。自信行動に一貫性が無い事に自覚はなかった。
しかし、彼のその行動は意外な者によってさえぎられることになる。


「あの、ヴァルターさん」

「なんでしょう? 」


ゆっくり振り返りつつ、彼はそうルシャーティに問いかけた。まさか呼び止められるとは思わなかったのだ。まあ、あんなことした後であったので余計にだ。


「あの……どうして、私が天使だと?」

「僕がそう感じただけです……特に意味はありません」

「ないんですか……」

「はい、特にないです……」


お互いに微妙にテンポの合わない会話が続き、途切れる。そこに残るのは嫌な沈黙であり、打開しようと言葉を探すも、探せば探すほど沈黙に押しつぶされるような気がしてくる悪循環。
何とかしようとラクレットは適当な科白を言ってみることにする


「か、勘違いしないでくださいね!! 別に一目惚れとか、そう言うのじゃないですから!! ただちょっと、オーラが違ったなーって感じただけなんですから!! 」

「……はぁ……そうですか」

「それでは失礼します」


そしてラクレットは、今度こそ部屋を後にする。また黒歴史が追加されたなーと思いながら、足早に自室に急ぐのであった。


「それは……ツンデレという、奴ですよね? 」


なぜか知っているルシャーティであった。主な原因は『エルシオール』の中にある本の多くはチーズ商会が持っている出版社から出ている本だからであることを追記しておこう。


ラクレットが戻ってしばらくした後、今度はタクトが彼女の元を訪ねてきた。今日は来客が多いな、と思いドアを開けたところで、自分の意識に何か違和感を覚えるものの、彼女は気にしないことにした。


「やあ、ルシャーティ。今からオレと『エルシオール』散策に行かないかい? 」

「『エルシオール』の探索ですか? 」


タクトは、悩んでいる様子の彼女になんとなく既視感のようなものを覚えつつ、ちらりと横目で隣のヴァインを見る。打ち合わせ通り、ここでヴァインの援護射撃が入った。


「行ってきなよ、姉さん」

「ヴァイン……そうですね、それではお願いします。マイヤーズ司令」

「タクトでいいよ。この艦にオレの事をファミリーネームで呼ぶ人なんていないからね」

「それじゃあ、僕は姉さんの本の整理でもしているよ。いってらっしゃい」


ヴァインに見送られながら、二人は、『エルシオール』を回ることにした。ルシャーティはあまり歩みが早いわけでも体力があるわけでもないので、必然的にゆっくりとした歩みになる。タクトは、一人の男としても貴族の三男としても女性のエスコートには長けているわけで、彼女が意識無いように歩みに合わせつつ、うまく彼女をリードしながら進んでいる。


「この、銀河展望公園は、スカイパレスに似ています……」

「スカイパレス? 」

「はい、私は監禁されていたわけではありません、正しく表現するなら、軟禁と言った所でしょうか……私が出歩けた数少ない場所が、スカイパレスと言う公園なのです」

「そうだったのかい……辛かったんだね」


タクトは、なんとなくは聞いていた話を、本人から改めて聞くことで、本気で彼女の身の上を想像してしまった。なんだかんだ言って、感情移入などがしやすいたちであるので、彼女の苦労を解ってあげることができたのである。


「いえ……私はつらいという事が、解りませんでした。自由と言うものを知らなかったのですから……唯一不自由だと思ったのは、ヴァインと偶にしか会えなかったことですね……」

「それは……」


タクトは、この目の前の儚げな少女の生い立ちを、聞いて、ヴァル・ファスクに対する怒りを燃やしていた。こんなどこにでもいるような少女が、管理者の血族であるというだけで、まともな自由というものすら知ることができずに、暮らすことを余儀なくされてきたのだから。
おもわず、いつも浮かべている軽薄に見える能天気な笑いが影をひそめ、真剣な表情で彼女を見つめる。


「大丈夫……ここではもう、皆が君の味方だ。安心していいよ」

「タクトさん……」


ルシャーティも、なんとなくタクトの考えを把握したのか、頭から否定せずに、彼の方を向いて、彼の名前を呼んだ。
はたから見ると、真剣な表情をして男女が向かい合い見つめ合っている構図である。


当然のごとく、これを見たら誤解を受ける人がいるだろうし、次の瞬間にお約束のように誤解する者が現れた。


「一文字流星キーーーーック!! 」

「ぐはぁ!! 」


タクトの腰に右から鋭いとび蹴りが入る。その場に冷静な人物がいたならば、絶対その蹴りはまずいという突っ込みが入りそうなレベルの鋭い蹴りだ。


「タクト!! なによアンタ!! ミルフィーというものがありながら!! 浮気なんて!! 天と地が許しても、この私が許さないわ!! 」

「いっちゃ悪いが、今回ばかりは私もランファの味方さね」

「浮気はいけません」

「悔い改めよ……ですわ」

「司令と言えども、これだけは許せません……」


エンジェル隊、全員集合である。突然の状況に狼狽しながら、腰の痛みにもんどりうちながら。それでも彼はこの状況はやばいと本能で感じ取り、全身全霊で力振り絞り、痛みと戦う。そう、あと数秒で弁解しないと自身の人生が棒に振られてしまうようなプレッシャーが彼を包み込んだのだ。後から後から溢れるように感じる、腰の激痛の手綱を何とかして握り、必死に声を絞り出す。


「みんな……これは……誤解なんだ……」


出た文句はテンプレートであったが。


「なによ!! あんた、いまルシャーティと見つめ合っていたじゃないの」

「すごくいい雰囲気でしたわ」


必死で生み出した言葉を一蹴する彼女たち、タクトは自分の危機を魂で感じつつ、打開策を必死で練っていた。


「あの……タクトさんは……「タクトさんは悪くありません!! 」

「ミルフィー……」

「ミルフィーさん」


そして、そこに現れたのは彼の天使である。まさに比喩表現無く今の彼女はタクトの天使であった。しょうもないことであるが、タクトには後光すら刺しているように見えたのだ。


「タクトさんはそんなことをするような人じゃありません!! 」

「そ……そうだよ……誤解なんだ……ルシャーティの話を聞いて……いただけなんだ」


一番重要な人物が誤解をしていなかったのをこれ幸いと、タクトは彼女に合わせて弁明を開始する。まあ、実際に悪いことをしていたわけではないので、それでいいのだが。


「はい、タクトさんは……私の話を聞いて、共に悲しんでくださっただけです。私の身の上を案じて頂いたということです」

「そう!! その通りだよ」



ルシャーティの援護もあり、何とか落ち着いたタクト。目先の危機を脱したことで、蹴られた腰の痛みが、強く感じられるものの、それが生きているという事なのだと、自分に言い聞かせながら、タクトは首を縦に振る。


「そう言う事なら……」

「まあ……」

「仕方ないですね……」


エンジェル隊の面々も、しぶしぶと言った様子で矛を収める。まあ、頭では分かっていたのがほとんどなのだ。つい感情的になり、蹴りを入れたり詰問したりしてしまっただけである。仕方ないよね。


「じゃあ、タクトさんに罰を与えます」

「え? ミルフィー? 」

「明日、デートしてください!! 最近タクトさんおかしいくらい真面目に仕事して、あまり会って無かったじゃないですか……」


「おかしいくらいって……まあうん、断然OKだよ」

「やった。それじゃあ、明日の10時にいつもの場所で!! それじゃあ私お弁当作る為の準備をしてきますね!! 」

「いやー御暑いねー」

「冷房を強くしていただかないと」

「君たちねぇ……」


ルシャーティは、どんどん変わっていく目の前の状況に目を白黒させていた。まあ慣れていないのならば、仕方ないことであろう。タクトは、満足げに明日のデートに思いをはせていた。




そして、その会話を聞いて、冷たい笑みを浮かべる少年が、物陰に隠れていたことに誰一人最後まで気づくことはなかった。






[19683] 第8話 GAGABD出ます
Name: HIGU◆bf3e553d ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/26 15:48



第8話 GAGABD出ます


「タクトさーん」

「ミルフィー!」

「お待たせしてすいません」

「いや、俺も今来たところだよ」


そんなお約束なやり取りを交わしているのは、昨日のデートの約束を今果たしている二人だ。まあ、それはいつもの事なのでいいだろう。二人は『エルシオール』内でデートする時、毎回決まったような時間に、決まった場所に集まるのだ。まあ、広いといっても所詮は儀礼艦であり、デートで行ける場所など数えられるほどしかない。
それでもミルフィーは、タクトとのデートを楽しみにしていた。タクトもそれは同じで、今日の仕事の半分を昨日のうちに終わらせ後はレスターに投げてきた。レスターも対処し難いように、微妙な量を最低限こなしたので、文句は言えなかった。なにせ、エンジェル隊のご機嫌取りなんてレスターには到底できない仕事なのだから。


二人は、いつものように銀河展望公園を回り、ミルフィーの家庭菜園の様子を見て、コンビニを回って、クジラルームまで来ていた。一々書くと、甘くてしょうがない話になるので割愛させていただきたい。


「いやー、宇宙クジラは、本当に大きいねー相変らず」

「そうですねー……あ、タクトさん私、飲み物買ってきますね」

「え、あうん、頼むよミルフィー」

彼女に買いに行かせるのはどうかなーなんて一瞬思ったが、すでにこちらに後ろを向けて小走りでクジラルームの入り口に向かうミルフィーを見て、タクトはまあいいか、と結論した。


「いい天気だなー……まあ、人工だから当たり前だけど」


手持ち無沙汰になったタクトは、ボーっと水平線を眺めていることにした。人工の海はいつもと変わらず波打っている。思えばずいぶん遠くまで来たなーなんて、黄昏てみる。全然自分らしくないことをしている自覚はあるのだが、こうやって一人ですることもなく佇んでいると、いろいろと考えてしまうのだ。
ほんの1年前は、クリオム星系と言う、田舎の星系で小さな船団の司令官をやっていた。そんな自分が、昔の恩師の推薦の形で、特殊部隊であるエンジェル隊の司令官となり、『エルシオール』でシヴァ皇子を連れての逃避行。白き月に戻りエオニアを撃退。そこで軍をやめるも、その半年後には、新たな勢力と戦い始めて、さらに半年で超古代文明との会合だ。



「全く、どうしてこうなったのかね……ん? あれは?」


そんな風に懐かしんでいると、海岸線をこちらに向かって歩いてくる少女の姿が目に入った。方向的にはクジラルームの奥からなのでミルフィーが行った方向とは逆だ。


「ルシャーティ? にしては、なんか様子が変な気がする」

「……タクトさん」


どこか危なげにふらふらと歩いているルシャーティはタクトの名前を呼ぶと、そのまま、タクトに近づいてくる。


「って、おい!! 大丈夫かい? ルシャーティ」

「タクトさん……」


ルシャーティはタクトの目の前まで来ると、そのままふらつく足でタクトにもたれかかった。とりあえず、そっと受け止めるタクト。自分の名前を呼んでいるので、意識はあるようだが、自分では詳しい体調は解らない。素人判断で見れば、顔色は正常だし、脈拍も至って異常なし。呼吸も落ち着いていて、体温も適温だ。少しばかり目の焦点があってないように見えるが、それだけだ。


「ど、どうしよう? 」

「どうしました? 」


そんな風に狼狽していると、突然横から声がかかる。タクトはその方向は確か海だった気がすると思いながらも振り向くとそこになっていたのは


「ルシャーティさんにタクトさん、こんなところで何を? 」

「ラクレット!? その格好は? 」


ブーメランパンツでゴーグルをかけ、黄金色に輝く筋肉隆々の全身を露出された男だった。要するにラクレット・ヴァルターだ。心臓の弱い人があったら気絶するであろうそんな肉体を見せつけるように(本人は意図していないが)そこに佇んでいた。二の腕はミントの腰回りよりは確実にあるであろうし、鍛え上げられた腹筋はまるで鎧の様だ。体が一回りも二回りも盛り上がっている印象を受けるそんな肉体である。実にホモ受けしそうだ。


「さっきまで、素潜りしていまして……肺活量の特訓ですね」

「そ、そうかい……」


突然海から人が現れたら、誰でも驚くであろう。それが筋肉の塊ならなおさら。


「ルシャーティさん、大丈夫ですか……」

「え、あ、はい……ヴ! ヴァルターさん!! 」


そして、いまラクレットの存在に気付いたかのようなリアクションをして正直恐怖の色がひとみに見えているルシャーティなにせ、気が付いたら、男の胸に抱きかかえられて、目の前に裸の筋肉がいるのだから。女性としては当然である。
すぐさま立ち上がって、タクトからも、ラクレットからも一歩離れて、そのままじりじりと後退していく。


「あ、良かった。意識が覚醒したみたいですね……あれはミルフィーさんですか? デートの邪魔をしては悪いので僕は、もうひと泳ぎしてきますね? 」

「え、あ、うん……み、ミルフィー……お疲れ━」

「あの、タクトさん、私はどうして……ここに? 」

「あ、はい、タクトさんこれ飲み物です。ルシャーティさん、こんにちは。お散歩ですか?」


大変カオスな状況になってくるクジラルーム。ミルフィーはラクレットと言う謎すぎる存在のせいで、自分のデート相手が、浮気相手の候補とデート中に会っていたという事が頭からスポーンと抜けていた。
まあ、状況的にミルフィーの主観からは
「ラクレット君が海から出てきて、それにルシャーティさんが驚いてふらふらしている」になってしまっているのだから仕方ないかもしれない。


「えーと……そうだ!! ミルフィー展望公園行こう。オレお腹減っちゃったんだ」

「え? またですか? いいですけど……」


なんとかタクトが、この場をなかったことにしようと、提案するが、そこでアラームが鳴り響く。敵の来襲だ。
その音に合わせて再び海に潜っていたラクレットがあがってくる。少し離れていたルシャーティは音と、ラクレットにおびえた様子を見せている。


「タクトさん!! 自分は急いで着替えてきます。ルシャーティさんに指示を」

「解った!! ミルフィーは今すぐ格納庫に……いや、ルシャーティをMPに任せてからでいい、その後急いでくれ!! 埋め合わせは必ず!! 」

「わかりました!! ルシャーティさん、こっちです」

「は、はい……」



直ぐに戦闘の緊張感あふれる空気に成れるあたり、彼等もすでにこういった経験に慣れきっていると言った所か。ルシャーティは、走りにくい服装で、走りにくい砂浜をミルフィーに手を引かれて進む。タクトはすぐさま端末で会話しながら、司令部に急ぐ。
ラクレットは既に更衣室にいて、全身洗浄機で体を洗浄していた。


その様子を、不満げに見つめる少年の存在は最後まで誰も気づくことはなかった。少年は、最初からそこに居なかったかのように、すぐその場を後にした。



「レスター!! 状況は!? 」

「敵艦だ……しかもどうやら先遣隊の司令官さんが乗っているド本命と来た」

「なるほどね……向こうから通信は? 」

「まだありません……!! いま入りました! 」

「いいタイミングだ、モニターに出してくれ」


ブリッジに息を切らして到着すると、ちょうどそのタイミングで通信が入るという、なかなかにいいタイミングで戻って来られたことに安堵するタクト。ついに、ヴァル・ファスクの軍隊と向き合う事となったブリッジには緊張が走る。
モニターに通信先の映像が映し出される。そこに映っていたのは、冷たい目をした一人の男性であった。


「……我が名は、ロウィル。我、貴君らに告ぐ、立ちはだかるすべてを打ち砕きトランスバールへの道とする」

「俺は、タクト・マイヤーズ……それはちょっと困」


タクトがそこまで行ったとき、画面が暗転する。突然の事態に視線がアルモに集まる。アルモも、何が起こったのか一瞬理解できなかったようで、すぐに画面を確認すると、明確な答えが出たのかすぐに顔を上げてタクトの方を振り向く。


「……通信切れました……」

「なんという……」

「聞く耳持たずってか……解り易いけど、やりにくいね……」


通信を切られたのだと認識した司令と副指令のコメントである。敵の数は前回戦った艦が十数隻と旗艦とみられる大きな艦、それを守る護衛艦3隻という構成であり、未確認の艦の性能次第では苦戦しそうではあるが、ずいぶん余裕である。


「じゃあ、こっちも……皆、準備はいいかい? 」

格好良くポーズを決めて、タクトはそう通信に向かい問いかけた。戦闘前のパフォーマンスである。


「はーい、こちら一番機ラッキースター!! 準備万端でーす」

「二番機カンフーファイター、こっちもOKよ」

「三番機トリックマスター。発進準備完了ですわ」

「こちら四番機ハッピートリガー、いつでも行けるよ!! 」

「五番機ハーベスター……準備完了です」

「六番機シャープシューター、出陣の準備は整いました」

「エタニティーソード準備完了!! いつでも行けます」


全員の返事を確認して、自信満々な不敵な笑みを浮かべてタクトは強く宣言する。これは戦の始まりなのだ。こういった様式美に乗っ取らないで、士気を保とうなど笑止千万。


「それじゃあ皆、全機そろった『エルシオール』の戦力を見せてあげようか!! EDEN解放戦は、白星から始めるよ!! 」

────了解!!


『エルシオール』から7機の戦闘機が飛び立った。それぞれが残す軌跡の光には、輝く羽が舞っていた。









「よし、それじゃあ、いつも通り、ランファとラクレットが前衛、ミントとフォルテとミルフィーで中衛、ちとせとヴァニラは後衛みたいなスタイルで……と言っても敵の数を減らすまでは各個撃破で行くよ!! 」

「敵の装甲は、前回の戦闘でもわかっているとは思うが、エオニアの時の無人艦隊に比べて倍以上だ。速度や攻撃性能はあまり変わらないが、継戦時間が長い以上被害は大きくなりやすい。全員気を付けるように」


「はいはい、わかったわ」

「レスターさんの方が、司令官みたいな助言ですわね」

「それは言わない約束だよ、ミント」


さっそく軽口が飛び交う通信。彼女たちのテンションはすでに最高潮まで鰻登りである。大義名分はこちらにあり、久しぶりの7機での戦闘なのだ。


「さて、修行の成果見せてもらうわよ!! ついて来なさいよね!! 」

「そちらこそ。油断していたら、僕一人ですべて持って行ってしまいますから!! 」

「言うようになったじゃない!! 」


ランファの駆るカンフーファイターが高速で敵の先頭にいた艦に突っ込む。下からミサイルの雨を降らせつつ粒子ビーム砲を浴びせる。ラクレットも負けじとランファが着弾させたポイントへ縫うように食らいつき、刃を突き立てる。トレース機能を使わずにほぼ完ぺきにこなしたその絶技に、思わずタクトやレスターエンジェル隊のメンバーは色めき立つ。


「へー、口だけじゃないのね!! 」

「自分には近接攻撃(これ)しかありませんからね!! 」


自分の腕に自信がついたのか、謙遜せずにまっすぐ受け止めるラクレット。ランファは久しぶりに会った、戦闘における自分の相棒の成長ぶりを素直に褒め称えた。なにせ、彼女の速度についていけるのはラクレットだけなのだから。


「それじゃあ、こっちも負けてられないね!! 」

「そうですわね」

「ぱーんっと行きますよー!! 」


中衛の3人がすでにかなりのシールドを削られた艦に向かい攻撃を仕掛ける。火力に優れたハッピートリガーとラッキースターの二機の攻撃で敵艦は瞬く間に破壊されてしまい、ミントは若干出鼻をくじかれてしまうものの、そのまま、自分を右から狙う敵に対して攻撃を開始する。彼女の機体の売りは全方位への攻撃なのだから。


「それでは、私はミント先輩のサポートに参ります!! 」


そう宣言したちとせは既に全員の遥か上方に機体を移動させていた。宇宙空間に上下もないのだが、便宜的にその方向なのだ。そしてその位置で機体を停止させると、ミントが攻撃した艦の動力部めがけて狙撃を開始した。


「……やはり、かなりシールドが強固のようですね」


しかし、そう簡単に落ちてくれる敵ではなく、ちとせのシャープシューターに向かい攻撃を放ってくる。距離がある為に正確無比とは言えないが雨あられと降り注いでくる。ちとせはしかし、それを避けることもせず攻撃を続ける。彼女のそばに控えるのは、回復機能を持った、ヴァニラのハーベスターなのだから。


「多少の傷では怯みません!! 」

「修復します……」



ナノマシンが散布され緑色の光がシャープシューターを包む。被弾箇所の損傷が終わったあたりで、全く攻撃に対して動じず狙撃を続けていたのが功を奏したのか、敵の戦艦は爆散し、宇宙のチリの体積を増やすこととなった。


「いやーみんな、絶好調だね」

「ああ、だが、だからと言ってお前が何もしないでいいという訳ではないからな」

「わかっているって、よし、ラクレット、ランファ、二人はそのままひたすら攻撃。ミントとミルフィーは正面の敵を、フォルテは左中間の護衛艦と打ち合いをしてみてくれ。ちとせはギリギリの距離で狙撃を。ヴァニラは一端ミント達と合流。ラクレットたちが危なくなったら、修理できる位置に」


────了解!!


レスターにこれ以上の嫌味を言われないように、素早く的確な指示を出すタクト。すでにブリッジには戦闘前の重苦しいピリピリと肌を焼く緊張感はなく、適度な緊張感が漂っていた。この楽勝ムードで気を抜かないのはやはり敵がヴァル・ファスクという得体が知れない存在であるからだろう。



「……ここは撤退か。第2陣と合流して先の宙域に誘い込んで落とす」


ロウィルは敵の戦力分析は済んだとばかりに、そう呟き全身を紅く輝かせ指示を出すと、旗艦と数隻の艦と共に引いて行った。



「逃がしたか……どうするタクト? 追えなくはないが……」

「その言い方ならわかるでしょ。皆、一端戻って作戦会議だ。目の前の敵を片付けてくれ」


タクトは、敵が何をしてくるかわからない上に、地の利までとられている状況で、猪突猛進で追撃戦を行う程、蛮勇ではなかった。レスターも分かっていたし、万が一にも策もなく突っ込むといったのならば、止めていたであろう。
こうして、第1戦は宣言通り白星で飾られることとなるが、敵がどのように出てくるかを話し合う事となるのであった……




[19683] 第9話 不完全な強さ
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/28 14:53




第9話 不完全な強さ



「見事な指揮でした。マイヤーズ司令。軍人としてのやり方というより、我流……マイヤーズ流とでも名付けましょうか、素晴らしい手腕ですね」

「おい、戦闘中は自室で待機しろと言ったはずだ。それにここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」

「まあまあ、そんな堅いこと言わなくていいよ」


戦闘直後の司令室、そこにこの場にそぐわない人物がいた。ヴァインである。口ぶりからして、先ほどの戦闘を見ていたか、ないしは聞いていたようである。通信自体は一応艦内でも一定の権限がある者は聞けるし、衝撃が来る前などはアナウンスがある。なので、彼のその口ぶりには特におかしいところはないのだが、レスターは何か引っかかるところがあったのだ。彼のそのまるで見ていたかのような口ぶりに対して。
対するタクトは、そんなことよりもこの場になぜ彼がいるのかという疑問を解消したかったのか、ヴァインに話を促す。


「それで? わざわざこんなところまで来たんだ、何か用があるんだろう? 」

「はい。情報提供をしに来ました」


そう言ってヴァインは指輪をはずして、内側を人差し指でなぞる。すると指輪についていた飾りからホログラムのように、地図が映し出される。


「こ、これは……」

「隠していてすみません。貴方方を信用した証として公開します。これは僕たちの切り札です」


そう、ヴァインが公開したのは、この周辺の宙域の詳細な星系データおよび、敵の本拠地や前線基地の場所まで記された精密な地図であった。申し訳なさそうで、それでいてどこか決意を固めたような表情を浮かべ、ヴァインは真っ直ぐにタクトを見つめる。


「先に謝りますと、これは本当に切り札でした。貴方方の力量が信頼に値しなければ公開するつもりがありませんでした」

「……なるほど、オレ達の戦力で奇襲をして勝てると踏んだのか……っく! 全く、亡命者が保険を持っていないわけがないか……」


要するに、ヴァル・ファスクに対して奇襲を一度でもしかけてしまえば、命がけで集めたであろう情報が今後対策されてしまう、全く意味のない情報に成り下がってしまうという事だ。ヴァインの話では、彼等は気が長い上に自信家であるので、一度も破られたことのない策を必要がない限り撤回することはない。要するに奇襲するまではかなりの確率でそのままの警戒態勢で有るであろう。
ここでその情報を出してきたというのは、タクトたちが彼らに勝てると踏んだという、彼なりの信頼の表れであるという事だ。


「保険というより、切り札として運用するつもりでした……」

「いや良いよ。それにしても、これがあれば相手の合流ポイントを迂回して、奇襲をかけられるわけだね」


ヴァインの渡した宙域の星系マップは、この星系の迷路のような構図を見事に表していた。すでに今までの経路と比較して整合を取っているが、かなりの精度を誇る正確なデータの様だ。そして、今タクトが注目しているのは、現在自分たちが進んでいる回廊のような開けた場所の先に敵は陣取っており、ちょうどクロノドライブを抜けるであろう場所で囲まれてしまうであろう。しかし、ズームインしてみると、およそ幅7,8kmしかないであろう細い、そして真っ直ぐな迂回路ともいえるルートがある。そこを行けばおよそ2,3時間で敵の後ろを突けるような位置へ回り込めるのだ。


「問題があるとすれば、エンジェル隊の皆さんや、ラクレットさんの疲労度と言った所でしょう。早めに終わったとはいえあれだけの数を相手にして、3時間で戦闘と言うのは厳しいでしょうし、整備班の方々にも苦労を掛けるでしょう」

「だけど、うまく行けば、敵が再編なり補充なり補給している間に、敵の増援と合流される前の、少ない数の所を叩けるわけだな。しかも布陣している後ろを奇襲という形で」


補足するようにレスターはそう言う。タクトも分かっているようで真剣な表情をして、地図を見つめている。その間にレスターはインカムを通して艦内の各所に連絡を取っている。ヴァインはタクトの表情を見つめながら、彼がどのような決断をするのかに興味を持った。ここで功を取りに行くのか、それともこちらの増援を待ってから、背後から敵も補給し終わった所と戦うのか。思いつく限りの策を自分の中で出してそれぞれに点数をつけて順位順に並べる作業をしていると、レスターがタクトに向かって報告を始める。


「各紋章機、並びに戦闘機共に損傷軽微。通常のシフトでも3時間、急げば1時間ほどで整備は完了するそうだ。エンジェル隊はまだまだいけると言っているが、まああいつ等だしそうとしか言わないであろう。エルシオール自体の損害はほぼ0。航行に一切の支障はない。どうするタクト? 」

「んーそれじゃあ、この狭い道を通って背後から奇襲と行こうか。全員にそう通達してくれ。整備班にはこれが終わったら手当が出るから頑張ってと謝っておいてね。善は急げだ」

「了解した。それじゃあアルモ、ココ頼んだ」


タクトの選んだ結論は、迅速に向かい、奇襲をかけるという選択だった。ヴァインの中では人員の疲労を機械の損耗として置き換えていたので、優先順位的には4位の案だった。まあ選んでもおかしくはないか、と結論付けてヴァインはタクトに問いかける。


「エンジェル隊や彼にそこまでの信頼を寄せているんですか? 」

「うん、まあいつも無茶させて悪いなーとは思うけどね」


タクトは僅かな笑みを浮かべながらヴァインにそう言った。また何か考え込むような表情をしているヴァインに、タクトはこう付け加えた。


「まあ、見てればわかるさ。彼女たちの強さがね。俺はみんなを信じぬくだけさ」











「……だってさ、こりゃあ答えないわけにはいかないね」

「そうですわね、戦闘後のお茶と洒落込みたかったところですが……」

「素直に休んでおきましょう」


ココかアルモの配慮なのか知らないが、今のタクトの言葉は格納庫傍の廊下にも伝わっていたとかいないとか。









3時間後、予定された宙域に『エルシオール』は到着した。すぐに周辺宙域をスキャン。敵の艦影なしとすると、アステロイド帯にそって移動を開始する。敵の艦に気付かれるであろう距離まであと少しと言うところで、各自の機体に搭乗しているエンジェル隊とラクレットに通信をつなぐタクト。


「それじゃあ皆、いつも通りいこうかー」

────りょーかーい


「お前ら、少しは気合を入れろよ……ヴァインが呆れているぞ……」


レスターは、先ほどから背後に休めの姿勢でいるヴァインを見ながらそう言う。彼は本当ならば立ち入りできないはずなのだが、先ほど作戦の立案の一端を持ったという事で、見届けたいという彼の希望をタクトが許可したからである。


「いいんだよ、これがオレ達のやり方だしね。ただ、こんな感じでやっていて負けたら、レスターになんて小言言われるかわからないから頼むよ」

「あー、それは自己責任だね」

「ですわね」

「小言位は聞きなさいよ」



そんな、いつものやり取りをしながら、相手が察知できるであろう距離まで来たので、紋章機と戦闘機を発進させる。


「よし、それじゃあ今度はこっちから通信をつないでみよう。頼むよ」

「了解です……」


タクトの言葉にそうこたえて、数秒後、敵が応答する。画面が開き、此方の顔を確認すると、ロウィルは冷ややかな笑みを浮かべる。しかし、口を開こうとした瞬間に、一瞬目が大きく見開く。


「どうしたんだい? こっちの奇襲に驚いて声も出ないのかい? 」

「…………ふっ、大口を叩けるのもそこまでだ」

「通信切れました……」


それだけ言うと、ロウィルは通信を切ってしまう。まあ艦の配置が前から来る敵を迎撃しようとした形であったのだろうから、再編する必要もあるので話している暇などないと言えばそこまでだが、タクトには何か違和感を覚えるところがあった。あそこまで冷静な男が、いきなり驚くしかもワンテンポ遅れてなど、早々起こりえないような気がしたからである。


「なんか変な気もするけれど、まあいいや、皆戦闘開始!! 」

────了解!


その言葉と共に各機体は、全速力で敵の艦目指して発進した。



戦闘は流れに乗っているエンジェル隊が完全に優位で進んだ。一騎当千とばかりの働きをする戦闘機が7機もあるのだ。


「っく……まさかこれほどまでとは……しかし、あのお方はなぜ……」


反対にロウィルは苦戦を強いられていた。心に動揺などはない、それによるためらいも全くない。しかし疑問は浮かぶ。なぜ彼があのような場所にいるのであろうかという。ロウィルは決してヴァル・ファスクでの階級が低いわけではない。軍部に限れば上から5番目までには入る将軍だ。しかしそんな自分よりも上位に存在するであろう、元老院直属特機師団長などという大それた階級であるはずの彼が、敵艦にいるのだ。恐らく任務であろうが、なぜそれが自分へと伝わってこないのかということだ。


「万一のための伏兵まで破られたか……これは責任問題になるな……」


またしても追い詰められてしまうロウィルの軍勢。いくら奇襲をくらったとしても、先ほどの戦闘をこなした直後に、これほどまでの勢いでこちらの船を沈めてくるとは、想定に入れていなかったのだ。


「撤退だが……引かせてくれそうにないな……」


ロウィルは決断を迫られていた。







「すごい……だけど、なぜ? 彼女たちは疲労していたはず。そこまでの戦果を挙げられる理由がわからない」

「それはね、心の力だよ」

「!!……心の……力? 」


一方、場面変わってエルシオールブリッジ。ここでは、ヴァインが圧倒的な戦果を挙げている紋章機と戦闘機の活躍に目を疑っていた。確かに一機当たりの性能がヴァル・ファスクの戦艦の性能を凌駕しているのは解ったが、一度戦闘をこなした後にここまでの力を発揮できるとは到底思えなかったのだ。なにせ、万が一の場合はこの場でタクトとレスターを殺して、ブリッジを乗っ取りそのまま投降させることまで考えていたのだから。


「皆、オレの言葉を信じてくれた。だからこれはみんなが答えてくれた結果さ。みんなの心の強さが今の『エルシオール』の強さなんだよ……」

「そんな……不完全な形なものが強さの源ですか……」

「おお、いいこと言うね。不完全な心。それがエンジェル隊の強さってわけだ」


探る目的だった『心の強さ』という事について、タクトからの説明を受けるが一切理解できないヴァイン。なにせ不完全なものを強さの根源にするという、信頼性が全く持ってかけている戦略なのだから。しかし、ここでヴァインにある閃きが生まれる。それは、前から持っていた疑問であり、それが今思い出される形になって浮上してきたのだ。


「でしたら、その『不完全な心』というものを完全に支配下に置き、『完全な心』とすれば、無限の力が生まれるという事なのですか? 」

「完全な心? そんなものないよ。それにきっとそれじゃあ弱そうだ。不完全だからこその強さっていうものがあるのさ」

「不完全だからこその……強さ……」

「そうそう、いずれわかるさ。この艦に居れば嫌でもね」


タクトは、悩める少年(ヴァイン)に人生の先輩として軽いアドバイスをしたつもりだったのだが、それは全く持って逆の構図である。自分よりも年が上の存在に、謎かけのような言葉を与えたのだから。
そんな雰囲気の中、いよいよ敵の伏兵もなくなり、守護する艦隊の数がこちらの頭数と同程度になりそうな具合で、ブリッジに突如アラームが鳴り響いた。


「何事だ!! 」

「敵の増援です!! 数は……およそ20!! しかし、全てこちらのデータにない型です!! 」

「クソッ!! どうする? タクト。今は勢いがあるが、さすがに限界というものもあるぞ? 」

「ロウィル艦、増援部隊と合流し撤退する動きを見せております!! 」

「うーん、それじゃあ追撃はやめておこう。あの動きならおそらく侵攻拠点にでも引くんだろう。こっちもエルシオールの修理や補給がしたいし、少し下がって、白き月と合流だ」

「わかった。そう通達しよう」



結局、ロウィルは逃してしまう形になるが、ここまで戦力を削ってやったのならば、すぐには来ないであろう。敵の拠点の位置はここから2日ほど位置にあるわけで、しばらくの時間は稼げる。こちらの第一陣との合流はまだまだ先であるが、一定のデータ収集はできているのだ。此処は無理をせず一端『白き月』に合流して、補給をすべきだという判断だ。

タクトは、レスターと一緒にすぐに指示を出すと。今後のことについての草案を考え始めるのだ。






「この度は、増援感謝します。カースマルツゥ殿」

「いいよいいよ、ロウィルちゃーん。俺にだって、目的があるんだからさぁ」


ロウィルが、どのような決断をしようかと悩んでいたまさにその時。天からの救いのように現れた20隻ほどの長距離航海用カスタムの『ランゲ・ジオ重戦艦』。それは、ヴァル・ファスクにおけるある人物の代名詞であった。

カースマルツゥ ヴァル・ファスクにおいても異端の存在。王や元老院議員にも敬意を払わず(表面上すら払わないのは彼だけ)ただ忠実に未開地に住んでいる人間という家畜を刈って資源を確保してくる任務に就いている彼は、『ランゲ・ジオ重戦艦』というヴァル・ファスクの戦艦の中でも性能の高い艦を用いているのだ。


「目的? それはいったいどのような? 」

「んー、それはなぁー」


ロウィルは目の前の何度あっても慣れることのない、自分とほぼ同階級の男の考えがまるで分らなかった。普通のヴァル・ファスクならばすでに、通信を用いてどのような命令できたのかを明らかにしているであろうに、この男は自分の艦に呼び出すなどと言う行為をして、直接会話している。
機密の文書や命令を伝えるのならば、もう少し真面目に手渡すであろうに、なぜこのように勿体付けているのであろうか? 下卑た笑いを浮かべながら、カースマルツゥは右手を軽く持ち上げた。ロウィルが思わずその右手に注目していると、カースマルツゥは笑みを濃くし腕を振る。すると、そこにはまるで奇術師のような手腕で袖から出されたのか、一般的な小型レーザー銃が握られていた。


「指揮権、貰うぜ?」

「っ!!なに 」


────なにを とロウィルが言おうとする頃にはすべて終わっていた。彼は背後からヴァル・ファスクが好んで用いる戦闘用ドローンの一撃を受け、この世と永久に別れていた。


「いやー、温すぎんのがいけないんだぜぇ? 悪いね、ロウィルちゃーん。糞兄の子孫は俺が殺したいんだよねぇ。それに、ヴァインのガキと甘ちゃんの元老院も気に入らねからなぁ」


先ほどまで浮かべていた笑みとは対照的に、全くの無表情にもどり、同胞の亡骸の前でそう彼は言った。口調こそいつものおどけたそれだが、彼の本質をよく表しているかもしれない。
カースマルツゥは、誰よりもヴァル・ファスクらしく、ヴァル・ファスク足らんと生きてきたのだ。家畜と分かり合えるなどと、耄碌したダイゴという兄を相反するように。

何の感情も、何の感慨も持たず。彼は自分の目的への行動が一段階進んだことを理解し、死体の掃除をドローンに命ずるのだった。







[19683] 第10話 日常回 増量編
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/29 14:35
「さてさて……敵の戦力分析は、こいつらのおかげでだいぶ取れたなぁ」


カースマルツゥは、ブリッジで先ほどの戦闘及びその前の戦闘の二つで収集されたデータを見比べていた。戦闘機が飛び交い、此方の艦隊を蹴散らしていく様は、普通のヴァル・ファスクでも不快に感じるであろう映像だ。しかしそれを一切の感慨もなく眺めているカースマルツゥ。彼は冷静に敵の戦力の分析や、司令官や操縦者の癖を知ろうとしているのだ。


「思ったよりは、強そうだがなぁ……糞ダイゴのとこのガキは、あんなクソみたいな武装しかない練習機で良くやるよ本当、馬鹿じゃねーの? 」


思ったことを呟いていくカースマルツゥ。とりあえず一通り見て、ある程度の情報は集め終わった。弱点も分かったし、それを突く作戦の草案も思いついた。ロウィルの救援に向かったら、すでに彼が死んでいたという、でっちあげの報告書を本国に送り彼は席を立つ。


「やってやるぜぇ……600年待ったんだからよ」


彼はそう呟きブリッジを後にした。











第10話 日常回 増量編






そんな風に、敵の陰謀が動いている中、タクトは合流した白き月にいた。司令官ではあるので、彼は白き月の謁見の間へ報告に行っていた。


「お疲れ様、とりあえず当面の安全は確保できたみたいね」

「ご苦労様です、マイヤーズ司令」


白と黒の二つの月の管理者に出迎えられ、タクトは思わず笑顔がこぼれる。柱に背を持たれて片手を上げている少年(21)の事はあまり視界に入れてなかった。


「シャトヤーン様、ただいま帰還しました。ノア、ただいま。あとカマンベールも」

「おまけの俺からで悪いが、いきなり相談したいことがあるぞ」


カマンべールから話しかけられ、タクトは仕方なしにそちらに意識を向ける。女皇陛下や、ルフト宰相の話によると、兄であるエメンタールや、弟のラクレットと違い、彼自身にヴァル・ファスクとしての自覚はないらしく、研究仲間のノアも彼自身に黙っているそうだ。
タクトにとっては、ほぼ同い年の従兄弟であるが、先のネフューリアとの戦いが終わって以来はあまり会話する機会がなかった人物でもある。

カマンベールは、眼鏡を照明で反射させながら、タクトに向き直る、博士キャラがもう完全に板についている。外見はどう見ても15,6の少年風情で、眼鏡をかけた中性的な容姿はラクレットとは似ても似つかない。エメンタールと二人で並ぶと兄弟だとわかるが。相変らず身長は160cm程度で彼の家系の中で特に小柄なことがうかがい知れる。たぶんあだ名はハカセくんとかそんな感じだ


「なんだい? カマンベール」

「クロノブレイクキャノンの事だ」

「あれを『エルシオール』につけるか、7号機につけたままにするか、それとも外して保管しておくかってことよ」


『エルシオール』の主砲でもある『クロノブレイクキャノン』は現在、前回の戦いで使った決戦兵器である、7号機に搭載されている。それを今後の戦いに備えて再び『エルシオール』に搭載するのか、それともこのまま7号機として運用するために搭載したままにしておくか、はたまた、どっちにもすぐに対応できるように外しておくか、安全性や防犯性を考え外した後に、処理をして一時的にロックをかけておくというのもある。
どれにもそれなりのメリットとデメリットが存在するので、どれを選ぶかは完全にタクトしだいになんていた。


「そうだね……さすがに敵がヴァル・ファスクでもそう簡単に『クロノブレイクキャノン』を使って良い訳じゃないからね……外しておいてくれ、でもいつ使うかわからないから、ロックはかけないでね」


タクトが選んだのは3番目の選択肢である、どちらにも対応できるように外しておくであった。これで換装にかかる時間が、外して搭載のプロセスに比べて3割ほど早く搭載できる。最もすぐに必要になった場合に弱いが。


「そう……わかったわ、そう手配しておく」


ノアは、頷いてから、そう答える。その横で、少し躊躇う動作を見せてから、カマンベールはタクトに話を切り出した。


「話変わるが、マイヤーズ。俺の弟は迷惑かけてないか? 」

「ラクレットかい? そんな、全く迷惑とかはないよ。むしろすごく役立ってくれているくらいさ、レスターに協力してくれるから、さぼる時間が増えたよ」

「そうか、それならいいんだ。あいつは他人の恋愛に対して『リア充死ね!! 』とか言いながら殴りかかるように見せかけて足技で攻めてくるような男だからな」


カマンベールは、嘘なのか本当なのか解らない話をタクトに切り出した。恐らくであろうが、ラクレットがそこまでする行動力なんてあるとは思えないので、恐らくは誇張表現であろう。そんな風にタクトは結論付けることにした。


「マイヤーズ司令、私にはいつも見送ることと、激励の言葉を送ることしかできません。こんな無力な私を恨んでもらっても構いません」

「そんな!! シャトヤーン様がいるから、オレや皆が帰って来られるんですよ」

「そう言っていただければ、幸いです。これからも大変でしょうがよろしくお願いします」


シャトヤーンからの激励をいつものようにうけるタクト。こればかりはレスターにも譲れない彼の役得である。彼が珍しく率先して受ける仕事だ。悲しいことに珍しくで有る。


「まあ、死なない程度に頑張りなさい。EDEN解放艦隊が到着するまで粘るのよ」

「あはは、了解だよ。ノア」


彼女らしい、素直じゃない激励も今は慣れたもので、タクトは苦笑しながらそう答えた。
最後にカマンベールの方を見るタクト。カマンベールは先ほどと同じように、軽く頭を下げると、一言だけ


「頼んだ。マイヤーズ司令」

とタクトに託したのだった。









場所は変わって『エルシオール』今日はラクレットとクロミエの番組の生放送であった。ある程度の場数をこなして、慣れが出てきた二人はプライベートのようでいて、尚且つ番組の形にとどまる様な会話で、『エルシオール』のクルーの関心と笑いを買っていた。要するに人気番組になったのである。


────はい、今日も始まりました。『エルシオール』放送局。パーソナリティーは今朝デットリフト200kgに成功したラクレット・ヴァルターと

────そんな彼の重り代わりによく使われる、クロミエ・クワルクです

────はいじゃあ、オープニングの質問コーナーに行きましょうか。ラジオネーム『ナツミさん』からの御便りです。いつもありがとうございまーす。えーと「お二人は良くお泊りをされるそうですが、どうやって寝ているんですか? 」だって

────そうですね……ラクレットさんの肩か腕を良く枕にして寝ていますね

────いや、まあそうだが……その答え方はどうよ……あ、ソファーで並んでTVを見ながら、気が付いたら寝ているっていうのが多いです

────いえ、質問者のニーズにあった回答をしたまでですよ?

────そんな感じではじまります。このプログラムはチーズ商会の提供でお送りしまーす


とまあ、こういった雰囲気で進んでいくのだ。計算した天然っぽい『ハラクロミエ』と、突っ込み役だが、変なところで天然も入っている『らくれっとさんじゅうごさい』がちょっと危ない感じの話をするのが女性リスナーの支持を得ている。ラジオネーム『ナツミさん』は毎回のようにお便りをくれるリスナーであるが、ラクレットは正体に気付いていない。本名の一部をそのまま使っているというのに。


────それでは早速……リスナーの皆さんの要望に、ラクレット・ヴァルター何でもするコーナー 題して

────あなたの隣のラクレット!! 相変らず誰得なコーナーだよな

────少なくとも僕は得しますよ?


真顔でそう、ラクレットの呟きに反応するクロミエ。ラクレットは、数秒の空白を挟み、咳払いをして何事もなかったかのように、続ける。このラジオの名物である。


────さて、今日は何をやればいいんですかね?

────前回がイカの踊り食い。その前が流行歌を歌え。さらに前がゲストのヴァニラさんとフリートーク。ラジオのやることじゃないのとかも入っているのが、このコーナー

────実際強い要望でヴァニラさんの時は、急遽映像も付けてお送りしましたからね


────えーとじゃあ、今日はー……これだ!!


目の前のくじ引き用の箱からランダムにはがきを抜き出すべく手を突っ込むラクレット。この箱は、チーズ商会の手の者が用意したものだ。スタッフは全員『エルシオール』に乗りこんでコンビニの近くにこの前できた、チーズ商会傘下で娯楽用品を専門に売る店の従業員たちだ。早い話がエメンタールの手足である。

ラクレットが突っ込んだ箱の中には1枚しか紙がなかったが、声にそれを出さずラクレットはそれを掴んで引っ張り出した。兄からの指令である。

────えーと、ラジオネーム『キングさん』のリクエストです。ありがとうございまーす

────ありがとうございます

────『いつも楽しく聞いています。私のリクエストはラクレット君の突撃質問レポートです。今『エルシオール』で話題の人物と急接近の噂を本人や身近な人たちにインタビューしてきてください。映像つきだったらすごく嬉しいです』 だって

────外でロケですか……いってらっしゃい。準備の間は僕が質問に答えていますよ?

────ちょっとまって…………あ、なんかもう準備できているみたい。とりあえずホールで関係者を待つそうだから行ってくる

────行ってらっしゃーい、さていつものようにラクレットさんが良くわからないことになっている間、恒例の質問コーナーに行ってみましょう

そう言ってクロミエは質問ボックスから、髪を一枚取り出し読み上げる。

────ラジオネーム『親衛隊副長さん』から。お便りありがとうございます。「ヴァニラちゃんと3人で話していた時から思っていましたけど、ラクレット少尉とクロミエ君はヴァニラちゃん親衛隊に入らないんですか? 」うーん、少なくとも僕は見守るといった立場ではありますが、親衛隊というのは性に合いませんかねぇ

そこでクロミエは一端、話すのを止めてから、もう一度口を開く

────ラクレットさんは……そうですね、彼なら「えーと、僕はエンジェル隊全員の親衛隊の隊長です!! エルシオール中型戦闘機部隊、通称エンジェルガーディアン!! 今命名してみました!! 」 とか言いそうですねー

軽い声真似をしながら(結構似ていた)そう回答するクロミエ。なんとなくラクレットが全否定でもないが、全肯定はできないような回答を彼は答えることにした。尚、これを聞いていたちとせとフォルテは、ラクレットがそう言っているのを想像して、声に出して笑ってしまった。

────あ、どうやら向こうの準備が整ったようです。現場のラクレットさーん?

────どうもー、こちらラクレットです。現在エルシオールの憩いの場である、ホールにいます。ご覧ください、この充実した自販機の数々。壁一面の自販機が並んでいて、しかも商品の被りが存在しないというヴァリエーションに富んだラインナップです。これにはブラマンシュ商会の並々ならぬ情熱によってなされた偉業です。

────割とどうでもいいので、指令の実行をお願いします

────はい、これからわたくしラクレット・ヴァルターはこの場で、インタビューを慣行したいと思います


カメラに手を振るラクレットは、すでにこういった兄の指令やら単純な取材などの経験もあり、カメラを向けられるという行為に慣れていて、大変リラックスしていた。クロミエに注意されるほど。

そんなラクレットはとりあえず、当たりが来るまでのつなぎとして、適当な人にマイクを向けようと周りを見渡してみる。お昼すぎのこの時間は、ホールにそこそこの人間が集まっており、遠巻きに野次馬をする者、素通りして自分の目的を果たす者といろいろいる。
誰にしようかと考えていると、見知った蒼い髪の少女と金髪の少女の二人組が、これまた見知った司令と話しているのが、彼の眼にホールの反対側に認められた。

────早速ど本命を見つけました。突撃取材に行ってきます

────期待していますよ


そういいながら、カメラマンや音声スタッフを引き連れ(彼の間隔での)小走りでその方向に向かう。彼の鋭い聴覚が多くの人の喧騒でにぎやかなこのホールにおいても、蘭花の詰問するような声を脳に届けたので、何となく状況を察するものの、このままのこのこと帰るなどという選択肢はないために、近づくことにした。


「じゃあ、単刀直入に聞くわよ!! タクト、アンタがこのエルシオールで一番大事な人は誰? 」

「詐称はご自分の身の破滅を招きますわよ? 」

「俺は……」

────おっと!! なんかいきなりクライマックスです!! というか、すでに結論ですよ!!

────とりあえず、静かに聞いてくださいね、ラクレットさん


シリアスな雰囲気の3人から数歩離れたところで、ラクレットは実況しているが、クロミエにそこまで遠回りでもなく、うるさいから黙れと言われてしまい、静かにマイクを握りしめて状況を見守る事にした。


「俺が好きなのは……」


タクトが上手に溜めて、緊張感をましているのは狙っているわけではないのであろうが、そのおかげで、ラクレットもリスナー(今は視聴者)も手に汗を握って、目の前の光景を見ている。タクトは一端口を閉じた後、意を決したように表情を引き締めると、口を大きく開けて叫んだ


「俺が愛しているのはミルフィーだけだぁぁぁああああああああああ!!!! 」


────おぉ!! スタジオのクロミエさん聞こえましたか?

────はい、こちらまでしっかり、リスナーの皆さんもきっと聞こえていたと思います


ニコニコ笑顔で返答するクロミエ、ラクレットは、ようやくこちらの存在に気付いたような3人に対して、会釈する。


「え? なにもしかして今カメラまわってる? ……どーも!! エンジェル隊のNo.1美少女、蘭花・フランボワーズです!! 」

「ランファさん、いまさら過ぎますわよ。それにしてもいいタイミングですわね」


なにせ、これでエルシオール中が、マイヤーズ司令は浮気をしているかもしれないという論調から、ルシャーティさんは、かなわぬ恋を恩人に抱いている。になるであろうから。
タクトの気持ちをはっきり自覚させてやれば、最近元気がなかったミルフィーも少しは元気になるかもしれないと、ミントは考えたわけだが、まさかこんなことになるとは


「え? なに、生中継? 」

────そうですよ、タクトさん……え? もう今日の尺がない!?

────そうみたいです。えーあっという間でしたが、本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。お相手はクロミエ・クワルクと

────ラクレット・ヴァルターでした。また次回ー


一人ひたすらにあせっている様子を見せるタクトを尻目に、ラクレットは番組をしめるのだった。すでにプロである。







また別の日の話、ミルフィーは先日生中継で告白してくれたタクトに対して、お礼というか、日ごろの感謝もかねてケーキを焼いてもっていくことにした。少々久しぶりにケーキを焼くこととなったが、かなりの自信作ができたので、いつもより3割増しの笑顔で、司令室に向かっていた。


「失礼しまーす」


ミルフィーが、鍵のかかっていない司令室のドアを、外から開閉ボタンを押してあけると 、中では想像を絶する光景が繰り広げられていた。



「…………………」

「…………………」

「……カン!」

「…………………」



そこにいたのは、正方形の緑のテーブルを囲むように座っている、自分の恋人と、ラクレット、クロミエ、レスター。そして、その周りを声がかけられないのか、うろうろしているルシャーティであった。重苦しい雰囲気が、その部屋を包み込んでおり、真剣な表情で、そのテーブルを囲んでいる男4人のせいで、ルシャーティは完全にかやの外であった。ミルフィーも観客に徹するしか今はすることがないほどである。


「……………」

「……………」

「……ツ!! ツモ!! リーヅモドラドラ裏4で、8000オール!!」

「だー!! またオレの一人負けだよ」

「クロミエ、今日はダマのロン上がりしかしてないな」

「レスターさんこそ、3半荘で放銃0じゃないですか」


張りつめて、緊迫していた空気が一気に消失し、全員が背もたれに寄りかかりながら、会話を始める。ルシャーティと、ミルフィーは何が何だかわからず、目を白黒させていた。


「あー、あがれてよかった」

「にしても、またリーのみを倍満にしやがってこいつ……」

「国士ばかり狙いに行っている奴よりはましだ。それと口調が乱れているぞタクト」

「ラクレットさんはテンパイ即リーしかしませんからね」




どうやら先ほどの何かの遊戯の反省会というか、品評会のようである。彼らは手元のお茶菓子に手を伸ばすか、自分のグラスで喉を潤している。


「あのー……タクトさん?」

「って、あれミルフィーに、ルシャーティ? いつの間に?」


今気づいた様子のタクト、他の3人はいたことには気づいていたようだが、集中しており相手をすることができなかったので、軽く頭を下げて謝罪している。


「私たちは先ほどからいました……」

「皆さんが、声をかけられるような雰囲気じゃなかったんですよ」


少女2人は、男4人で集まって緊迫した雰囲気が包み込んでいたこの部屋の入り口で立ち尽くすしかなかったのだ。


「これは、麻雀っていうゲームだよ、今日は珍しく面子……メンバーがそろったからね」

「俺とタクトの同時オフシフトは珍しいからな」


珍しくサボっていたわけではなかったタクト。クロノドライブ中であり、ブリッジはオペレーター達に任せているのだ。


「それで、何の用だい? 二人とも」

「あ、あの私ケーキ焼いてきました」

「私は買ってきました」

━━━━タクトさんと食べたくて!!


後半部分はきれいに重ねて、そう答える二人、タクトは少し困ったように頭をかいている。なにせ、二人同時にケーキを持ってきたのだから。ちらりと後ろを見てラクレットの様子を確認してみると、タクトの予想とは相反して、別に自分やルシャーティを見ているわけではなく、クロミエの手役を倒して、顔をしかめていた。タクトは違和感を覚えつつ、二人から渡されたケーキを食べることにした。



「あ、あのタクトさん、私もタクトさんとか、ラクレット君と麻雀をしてみたいです!! 」

「え、えーとルールはわかる? 」


ケーキをあらかた食べ終わった時にミルフィーがそう切り出してきた。結局二人分のカットされたケーキを持ってきたルシャーティは、急用ができたと、少し前に退出しており、ホールで持ってきたミルフィーのケーキは、クロミエ、ラクレット、レスターの3人も相伴をあずかっていた。

そんな中、突如ミルフィーが、麻雀をやりたいと言ってきたのだ。


「教えてください!! 」

「き、今日は気合が入っているね……」

「はい!! 」


ミルフィーは何でもいいからとりあえずタクトと一緒に遊びたかった。最近忙しかった彼が、あと数時間はクロノドライブのため暇なのはレスターが教えてくれたからでもあるし、ミルフィーがちょっと意識している人が、少しでもタイミングが違えば、タクトを横取りしていた可能性もあるからでもある。

熱意に負けたタクトが簡単にルールだけ教えて、その間にレスターが簡単な役の説明ができるようにデータを用意し、素早くミルフィーの端末に転送してあげた。この時点でクロミエとラクレットは嫌な予感がしていたが、別段金をかけていたりするわけでもないので、何となく予想できる結末を見守ることにした。


「それじゃあーはじめましょう! 」

「今度は負けないからね、ラクレット」

「お手柔らかに、タクトさん」

「私も、初めてですけど頑張ります!! 」

「俺はミルフィーの後ろで見てよう、わからないことがあれば聞いてくれ」


レスターは、タクトとやりたいというミルフィーの希望のため、卓を外していた。そして、ミルフィーの配牌を覗き込むと、これまた以外にも、天和でなかった。レスターはそのことに驚き、そしてまた、自分が『天和ではなかったことに驚いた』という事実にも驚いていた。

しかし、ここからこの部屋の男4人は奇跡を目撃することとなった。


「あ、揃いましたよ……リーヅモ……トイトイ……ですか?」

「端っこと文字だけばらばらにそろっちゃったんですけど、どうすればいいですか? 」

「すごーい、東西南北が3つづつ揃いましたよ! レスターさん! これ何点ですか! 」

「えーと、ホンイツ……ハツです!」

「カンです! あ、もう一回カン! わー、また来ました! カン! すごい!すごい! もう一回カンしちゃいます!! 」

「1と9しかありませーん」

「あ、これ最初からあがってます!」


ミルフィーの運は、そんなものではなかった。レスターの渡した上がり役一覧の役満の部分を 上から順にクリアしていったのだ。レスターとタクトの表情は最初のうちこそ苦笑だったが、段々とひきつって行き、最終的には、泣きそうなそれでいて嬉しそうな複雑な表情になっていた。


(大当たりしても驚かないでねとはこういう事だったのか!!)

(今日もみなさんお勤めご苦労様です)


クロミエとラクレットは、予想通りだったのか、テレパシーのように同じタイミングでそんなことを考えていた。するとまた来客を知らせる音と共にドアが勝手に開く。


「タクトー、暇だから遊びに来てあげたわよ~……って、ミルフィーじゃない、それにそれって……」

「へー、『エルシオール』に卓があったとはね……」

「誰か、私と差しウマをつけて、打ちませんこと? 」

「あ、あのミント先輩、軍人が賭け事を勤務時間中にするというのは……」

「ちとせさん……ミントさんの言葉が、どうして賭け事だってわかったのですか? 」


エンジェル隊のメンバーが暇を持て余して、遊びに来たようである。タクトは満面の笑みで歓迎し、レスターは苦笑しながらも人数分のお茶とコーヒーを用意し、ラクレットはレスターを手伝いに席を立ち、クロミエも微笑を浮かべながら皆を眺めていた。場所は少々特殊だが、いつもの賑やかな時間が始まったのだ。

ミルフィーは既に、タクトと二人でケーキを食べるという事よりも、仲間とみんなで遊ぶことの方が楽しく感じていたためあまり問題は無かったのが幸いであろう。司令室はそのまま姦しい声がドライブアウトまで響いていたという。














「ここまで妨害されるとはね……やはり知識が足りなすぎるのか……」


タクトとルシャーティをなんとなく不本意ながらも、二人きりにさせようとしたヴァインは、先手を打っていたかのように司令室にいたラクレットに対して悪態をついた。まるで図ったかのようなタイミングだ。この前のインタビューといい、自分の思う様に物事が進んでいないことに対して苛立ちを覚えるヴァイン。もちろんそれは、ヴァル・ファスクとしての範囲であり、人間のようにイライラしているのではなく、策がうまく行かなかったことを反省する意味合いが強い。

ヴァインは先ほど、ミルフィーが自室でケーキをタクトの為に焼き始めたことを、盗聴器などにより察知し、彼女がそれをタクトに持っていくタイミングで、ルシャーティが同じくケーキを親しげに食べさせているところを目撃させて、心に大きな衝撃を与えようとしたのだが、全く持って予想外な方向に行ってしまったのである。

ちなみに、前回のインタビューも、まさかタクトが自分の想いを絶叫するタイミングでできるとは、エメンタールもさすがに思っていなかった。どちらかと言えば、細々とエンジェル隊に聞いて回り、『エルシオール』内にミルフィーの恋を応援する流れ、雰囲気を作らせることが目的だったのだ。同様に、今回の麻雀に至っては、タクトとレスターが司令室で雑談しているときに、ラクレットが報告書を持ってやってきたときに、タクトの突発的な発想で開始されたのである。
要するに、ヴァインが悪いというよりも縁がないというか、運が悪いだけなのである。


ヴァインはそのまま、考え事をしながら『エルシオール』をうろついていた。姉であるルシャーティは先ほどの命令のせいで疲れたのか、部屋で睡眠中である。姉弟なのでもちろん同室だ。そんなことはどうでもいいとばかりに、彼は『エルシオール』のコンビニに無意識のうちに入り、気弱そうな店員がいらっしゃいませーと間延びした声をかけてくるのを左の方で感じながら、店内を散策する。すると、何かの拍子だか知らないが、彼はある文字に目をとめた。誰にでも経験があるであろう、なぜだかわからないものの、文字に目が留まり、その後それを注視して、初めて何と書いてあったか認識するという事が。彼の場合はまさにそれだった。


(ん? なんだこの本は……『彼のハートを鷲掴み!! 恋する乙女のマル秘テクニック』『男をおとす47の方法』『モテカワは古い!! 今どき女子の嗜みは!?』……これは……成人女性が読む雑誌か……いや、しかし……)


ヴァインは、今までの作戦は、自分の偏った人間に対する情報(彼はヴァル・ファスクにおいて、人間という『動物』研究においては中々の権威をもつ人物でもある)をこの艦に来てから思い知らされていた。彼のサンプルは、此方に絶対服従で隷属している、支配下のEDEN人であり、この艦の自由なトランスバール人は、今までない行動や文化形式を持っていたのだ。


(僕の作戦がうまく行かなかったのは、文化と呼ばれる、生活環境の差から生まれる行動形式の違いからくるものだとしたら……? )


その時ヴァインに電流走る。といった表情で立ち止まるヴァイン。盲点だったかもしれない。今までタクト・マイヤーズに別の生殖対象を近づけ、心というものを観察するという任務がうまく行かなかったのは、これが原因だったのかもしれない!!

そのように感じたヴァインは即座に行動を開始する。素早く、そして自然な動作で周囲を確認。背後に若い女性に分類される個体が飲食物を選定しているのを捉えるが、此方に注視していない事を確かめる。


(よし、今だ!! )


素早い動作でその場にしゃがみ、万が一振り向かれても商品陳列用の棚に隠れて、此方を視認できない様にしてから、雑誌に手を伸ばす。先ほど目をつけていた3冊の本を手にすると、そのまま会計を済まそうと、レジをみる。


(なにっ!! )


そこには、店員が暇そうな顔で立っており、運の悪いことに、隣においてあるセルフ会計の器具は故障中の札が下がっていたのである。彼の考えていた、セルフの会計レジを使用するという作戦が、崩れる音を確かに聞いた。


(っく! 店員の声が聞こえた時点で気付くべきだった……周囲の状況確認を怠るとは……鈍ったか、ヴァイン!! )


少しばかり動揺していると、彼に更なる危機が訪れる。前方から二人組の女性が接近してきたのだ。素早く後退しようにも、先ほど飲食物を選定していた女性が、近くまで接近している、どうやら、プラスチック容器に入った飲料を選んでいるようで冷蔵庫を見つめている。


(どうする!? 冷静になれ、解決策があるはず……あ、あれは、そうだ!!)


ヴァインは、一瞬で物凄い量の思考をこなし、この場をやり過ごす方策を見出した。右手で持っていた3冊の雑誌を左手に持ち替え、空いた右手で雑誌コーナーの上段一番手前の少年誌を2種類、系2冊手に取り、その間に先ほどの3冊を挟み込むようにスライドさせて入れたのだ。
3冊の雑誌はどれも厚さが控えめであり、背表紙はホチキスで止められている形だった。当然のごとく、背表紙には文字が書いていなかった。厚さ数センチの少年誌によって挟まれたそれらは、完全に迷彩が欠けられ、外側から識別できなくなったのである!! ヴァインのとっさの作戦勝ちだ。

何食わぬ顔で女性二人組とすれ違い、背に腹は代えられぬと、そのまま怪しまれない速度でレジに向かう。


「いらっしゃいませー、250ギャラが一点、280ギャラが一点……」

(っく、早くしてくれ!! )


店員のゆったりとした態度に焦りイラつくヴァイン。飲食物を選び終えた女性が、いつ籠を右手に自分の背後に並ぶかわからないのだ。並ばれたら肩越しに自分が何を買ったかのぞかれてしまう可能性がある!! それだけは避ける必要があるのだ!!


「……合計1980ギャラで~す。ポイントカードは……」

「持っていません」

「レジ袋は……」

「希望します」


ゆったりとしたやり取りにヴァインが本格的に焦れていると、背後からヒールが床を踏む音が聞こえる。その音は真っ直ぐこちらに向かっているのを、ヴァインは瞬間的に理解した。


(急げ!! 早く!! )

「…………2000ギャラの御預りです…………20ギャラのお返しになります。レシートは」

「貰っておこう」


もうすでに真後ろにいることを感じとり、ここまでかっ!! と諦めかけるヴァイン。しかし彼にはまだ運が残っていた。背後の女性は、商品棚の隅に置いてあるのど飴に興味を示したようで、そこの前に立っていたのだ。


(た、助かった……)

店員が、袋に詰めているのを確認しながらヴァインはそう安堵の息をもらす。
なんとなく、空しい戦いだったと内省し、袋を受け取り立ち去ろうとするヴァイン。そんな彼を呼び止める声があった。

「あ、ヴァインさん」

「何か? 」

「お姉さんによろしく言っておいてください。リクエストがあれば、雑誌は可能な限り取り寄せるとも」

「……ええ、わかりました」

「ご来店ありがとうございました~」


ヴァインは自室への帰路で、その手があったかと、悔やみながら歩いていた。そのことを知るのは本人のみであるが。










最後のヴァインは、ちょっとしたアニメ時空と思っていただければ。



[19683] 第11話 頭の隅に置いておいてほしい話
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/30 12:08



第11話 頭の隅に置いておいてほしい話




『エルシオール』は現在、ヴァインの情報に会った敵の本拠地を目指して進行していた。現在およそ1時間で目的地に着くであろう地点まで順調に航行を進めている。ヴァインの提供したデータによって敵の警戒網をうまく避けて進んでいるのが原因かもしれないし、相手がこの前の戦闘で布陣を変え、拠点防衛に特化し、そこで決着をつけようとしているのかもしれない。エルシオール側からは解らないものの、何かしらの要因で大変スムーズな進行行程で拠点を目指していた。

そんな、戦闘を目前として、タクトは直接戦闘要員である、エンジェル隊の6人とラクレットを司令室に呼び集めていた。


「さてみんな、もうすぐ敵の拠点に着くわけだけど、準備はいいかい? 」

「もちろんです!! いつでも行けますよ!! タクトさん!! 」


いの一番に答えたのはミルフィーだ。彼女はルシャーティーによる横槍も少なく、タクトと少しばかり接点が減ってしまった程度にはなったが、それでも十分交流できているために、比較的元気いっぱいの様子だ。テンションは百点満点で七十と言った所か。エルシオールのエースが、好調そうで、タクトは安心しつつ、他のメンバーの顔を見る。


「アタシも絶好調ってところかしらね」

「勝利の後のお茶会を、タクトさん持ちでしてたのなら、よりテンションが上がりそうですわ」

「お!! それいいね、じゃああたしもそれで」


ランファ、フォルテ、ミントの3人はいつも通りと言った所か、軽口をたたきつつも、戦闘前の緊張をほぐすようなもので、彼女たちのやる気が伝わってくる。いつも通り安定し戦いを見せてくれるだろうことを、タクトは肌で感じ取った。


「ははっ……お手柔らかに頼むよ。ちとせ、ヴァニラ? 君たちは? 」

「万全の状態です!! 」

「いつでも行けます……」


ちとせとヴァニラの二人も、どうやら好調のようだ。まあ、この二人はよほどのことがない限りは自分の管理を比較的真面目に行うタイプなので、あまり心配はしていない。むらっけが少ないタイプなのだ。


「それじゃあ、ラクレット、君は? 」

「……呼吸、脈拍に若干の緊張が見られますが、概ね正常かと。通常以上の活躍ができるかと」


少々硬めの反応を示す、ラクレット。まあ、彼にはちょっとした作戦がタクトから伝えられているために、やや緊張した表情を見せているのだ。


「なによラクレット、アンタびびってんの? 」


茶化すように彼と良くバディを組むランファがラクレットの肩に肘を置く。彼女は、馬鹿の様にから元気で、若干から周りをして笑わせるのが、ラクレットのポジションだととらえている節があり、若干の心配と、からかいをかねて、自分の目線程の高さの彼の肩を左肘で叩いたのである。
このように行動を示さないが、エンジェル隊のほとんどが概ねランファと同じような感想を抱いたようで、ラクレットに自然と視線が集まる。

そんな中、その拮抗を崩すかのように、司令室のドアが開き、レスターが現れた。


「すまない、最後の作戦の確認をしていたら、少々遅れた」

「いや、まだこっちも始めていなかったからいいよ……みんなー注目―」


タクトは、謝罪をするレスターを軽くいなしつつ、そのままいつもの様な軽い表情と声を意識して作り、全員に呼びかける。ちとせ以外のエンジェル隊は即座に、彼が何かまた重大なことを発表するのを、その表情が作られたものであるという事を見抜き、推察した。ちとせも、空気からすぐになんとなくこれから起こることは重大なのだと、認識した。
別段、ちとせが劣っているわけではなく、良くこの手の作った笑みを、まだ彼が自信と経験がなかった、エオニア戦役で見せていた為、エンジェル隊の先輩格は見抜けたわけだ。要するにちとせは、そのころ加入していなかっただけである。


「うーんと、これからちょっとした作戦を実行するつもりなんだけど、その前に皆に言っておくことが2つある。とっても重要なことと、頭の隅っこに置いておいてほしいことだ」

「焦らすのはいいから、早く話せ! その重要なことも、そうじゃ無いのも、まだ聞かされていないのに、お前の言うとおりやってきたんだからな」

「わかった、わかった……じゃあ言うよ。これから戦う敵はヴァル・ファスクなわけだけど、皆それは理解しているよね? 」


口々に同然だとばかりの言葉を漏らす各員。まあ、今更であろう、その程度の事実確認。タクトは、その反応を当然読んでいたので、そのまま続ける」


「相手が、もしかしたらこちらを揺さぶる為にオレが隠していた事を言ってくるかもしれない。だから、ここにいる皆には伝えておこうと思ってね」

「皆さんこちらを見ていてください」


タクトがそう言った後、いつの間にか、数歩後ろに下がっていたラクレットが、声をかけて。全員を振り向かせる。彼は集中するかのように、やや下を向き、片手を額に当て瞳を閉じている。先ほどと違うのは、上着を脱いで袖まくりをしている所であろうか。
何をしているのか、尋ねようとするも、それができないような雰囲気、一同は固唾を飲んで彼を見守る。


「……いきます」


彼のその言葉と同時に、彼の体に変化がみられる。両の頬に1筋ずつの赤い紋様が現れ、同様に、彼の手の甲にも、同じ色の楕円形に四方を取り囲むような幾何学的な模様が、そこから肘あたりまで一筋の線が伸びている。
一言で言えば、頬と両手の甲から肘にかけて、真紅の入れ墨が浮かび上がったのである。


「なっ!! あんた、それって!! 」

「もしや……ヴァル・ファスクの……」


息を飲む周囲の人間たち。そんな中空気をよまずに以前から知っていたタクトは、かるーく口を開く。


「そう、ラクレットの先祖はヴァル・ファスクから亡命してきた人だったんだよねー」

「お前!! そんな重要なことを軽く話すな!! この部屋の機密保持は正常に稼働しているのか!? 」


当然レスターは、タクトが上層部から何かしらの機密を伝えられていたのだと納得するが、それを伝えた方法に対して、怒りを示す。まあ、『エルシオール』において、これ以上機密が保持できるのは、今は使われていない、皇族や聖母のための部屋のみであろうが。


「僕の先祖である、ヴァル・ファスクのダイゴは、今も存命で、最近密かに女皇陛下と会談。協力を約束しています。僕の血の1/64はヴァル・ファスクですが、人間に反旗を翻すつもりは毛頭ありません」

「ちょ、ちょっと待って。アンタがヴァル・ファスクなのって、本当なの?」

「ええ、事実です」


狼狽しながら問いかけるランファに対して、事も無げに答えるラクレット。その後も矢次に質問が襲い掛かる。


「御兄弟は、このことをご存じで?」

「長兄は知っていますが、次兄は把握していないかと。ヴァル・ファスクの能力が僅かでも実用レベルにあるのは、兄弟の仲では僕だけです。どうやら僕は先祖帰りの様で」

「最初から知っていたのかい? 」

「いえ、ネフューリアとの最後の決戦の時に自覚しました。そうしたら、死んだと思っていた先祖とコンタクトが取れたので……」

「ナノマシンの治療はヴァル・ファスクにも有効という訳ですか? 」

「体のつくりは一切人間と差がありませんからね、寿命の関係で早熟かつ長い間老化しませんが」

「ヴァル・ファスクと戦うことに抵抗はあるのでしょうか? 」

「別段ありませんよ。我が一族は人間の味方をします」

「あのあの! オーブンと掃除機と炊飯器。全部同時に使えるんですか? 」

「すみませんが、ヴァル・ファスクは別に何でも動かせるわけではありません。特殊なインターフェイスを通じて操作するので、人間の作ったものは動かせないかと……」


エンジェル隊それぞれからの質問に答えたラクレットは、改めて自分の意識が人間とあまり変わりがないことを認識した。彼がヴァル・ファスクと自覚してから、若干の意識改革はあった。
まず、以前より少し冷静になった。ネフューリアと戦い、自覚した時は使いこなせなかったこのヴァル・ファスクとしての能力も、訓練により、今では先ほどの様に媒介がなくとも発動できるようになった。それに比例するように、自分の思考を理性的に制御できるようになったのだ。
まあ、もっと簡単に言うならば思慮深くなったというところであろうか。その結果、彼は自分の能力について、なんとなくあたりをつけている。そうであれば、今までの辻褄が合う上に、納得も行き、自分らしくもある。だがそれをまだ見とめたくはないので、仮説にとどめているのだ。
そして、もう一つ、ヴァル・ファスクの能力の成長に比例して彼の体に起こっていることがある。それは性欲の減退だ。エオニア戦役の頃なんかは、かなり苦労し一人になれる時間を作ったりしていたのだが、今は全くその必要が無くなっている。かれこれ3か月はご無沙汰状態だ。ヴァル・ファスクという種族が長寿であるためなのか、彼はこの年ですでに『元気がない』のである。悩みと言えば悩みだが、悲しいことにそれで困る相手も予定もないのが実情で、この戦いが終わるまでは全く支障がないであろう。というか終わっても正直自分がこのことで苦労しているビジョンが一切思い浮かばないの事実であった。一応病院で見てもらったが、原因不明とのことである。


「質問はもういいかい? じゃあ話を戻そう。相手がラクレットの正体を握っている可能性は高い。なにせ、ラクレットのご先祖様がまだ生きているくらい長生きなんだからね。だから、敵にここを突かれる可能性がある。君たちを信用してはいるけど、驚きはすると思ったから先に明かしておくのさ」

「なるほどね……まあ、別にこいつが何であろうと気にする必要はないね」

「ええ、ですが確かに驚くことではありましたわ」


フォルテとミントは確認し合うかのようにそうタクトに返す。まあ、無理もなかろう。彼女たちの視点ではそれこそヴァル・ファスクは『エイリアン』に近いものなのだから。まさかこんな身近に関係者がいたなどと言われれば驚いてしまうのは当然だ。


「それじゃあ、『頭の隅っこに置いておいてほしいこと』を伝えたし、もう一つの重大な報告に行くよ。実はオレ、口座の暗証番号忘れちゃって、お金がないんだよ……だからお茶会はレスターのおごりになる」

「おい!! 勝手に決めるな!! 」

「えー、偶にはいいじゃん」


タクトは、事も無げにそんなことを言い始め、いつものようにレスターとの漫才を始める。そんな光景を見て、エンジェル隊の彼女たちはつい吹き出してしまう。こんな時でも笑顔が絶えないのが『エルシオール』のタクト・マイヤーズのやり方なのだから。

そして、ラクレットはこのいつもの光景を見て、自らの心が温かいもので満たされるのを感じていた。彼はヴァル・ファスクになっても自らの感情が消えたり減退したと感じたりすることはない。なにせ、ヴァル・ファスクは感情を持てない種族ではないのだから。
彼等は感情がないのではない。それがラクレットの持論だ。彼等はまず、『目の前で起こった現象に対して考察をする』これは、なぜそれが起こったのか? を最初に考えるという事だ。そこに個々人の感想はなく、一定の理解力、論理力があれば、誰であろうと同じ答えを導き出す。動物の死骸が道路上にあれば、人は『かわいそう、車にひかれたんだ』と捉えるであろう。
もしかしたら別の感想を持つ人もいるかもしれない。しかし彼らは一律で『タイヤの跡がある、車に引かれたのであろう』と推察するのだ。こうした、考察する という行動が全ての事象に対して行われてしまい、個々の変化というものが起きにくいのだ。故に感情が理解し難い。いうなれば『冷静な考察が感情を抑制するのだ』

まあ、ようするに、頭でっかちな奴らなのである。ラクレットの考えでは。


「それじゃあ、皆、あと30分ほどだから、各員搭乗し、指示を待て!! 」

────了解!!


タクトのその言葉と同時に、エンジェル隊はその場を後にする。ラクレットも一瞬振り返り二人を見たものの、敬礼して彼女たちの後に続いた。


「驚いたかい? レスター」

「驚かないと言えば嘘にはなるが……いや……心のどこかで違和感を覚えていたからな、あの成長速度と、操縦技術に」

「ヴァル・ファスクの生態や能力についてまとめた資料あるけど読むかい? 」

「ふん! どうせ俺に読ませて、作戦を立案するのを手伝わせるんだろう? まあいい、やってやる。この程度10分で読み切ってみせるさ」


タクトとレスターはそのようなやり取りをしつつ、静かに間近に迫った戦いへと、心の中の闘志を燃やしていた。















「ラクレットさんの事が、皆さんの知るところとなりましたか……」


クロミエは、クジラルームでそう呟く。彼はラクレットの心を深層心理までまるっきり宇宙クジラが読んだことを聞いているので、正体を知っていた人間の一人だ。故にタクトがエンジェル隊に公開するという事も聞いていた人物でもある。


「その翼があれば、貴方はどこまでも行けますよ……ラクレットさん」


クロミエはもう1年も前の事を思い出す。
クロミエは、廃人となるほどのストレスを感じてしまった『ラクレット』を殺したのだ。

宇宙クジラに命じて、彼の脳に直接的に呼び掛けてもらった。宇宙クジラは人の精神に対して影響を持つ声で鳴くことができる。脳に干渉出来るのだ。クロミエはそれにより、ファーゴの壊滅を見て気絶していたラクレットの人格を丸ごと消し去ったのだ。

そう、あの時点で芽生えていた『1つ目のラクレット・ヴァルター』という人格は消え去っている。彼の前世である『太田達也』を主体とし、混ざり合ったあの人格は、『自分が主人公である世界で自分のせいで人が死ぬことに耐えきれなかった』

あの時はラクレットを気付つけない様に、記憶を封じたと言ったが、実際はそうではない。彼の意識の根底にある『太田達也』という前世を残して、それ以外のものすべてを奪い去り、クジラルームに誘導。そこにその上にあった『太田達也を主体としたラクレット・ヴァルター』という意識を彼に戻し、同時に『太田達也』を殺す。

それにより彼の意識の構造が『太田達也』→『太田達也を主体としたラクレット・ヴァルター』 から 『太田達也を主体としたラクレット・ヴァルター』→『ラクレット・ヴァルターそのもの』に変化したのだ。

あの時クロミエが言った、ラクレットにしかできないというのは、通常、人格意識を消されてしまえば、それは空っぽの廃人になってしまう。しかし、前世という別の意識があった彼にはこういった荒療治が可能であった。

彼はなにもない、真新なラクレット・ヴァルターとしてあの時生まれ変わったのである。


「それが、彼のヴァル・ファスクとしての適性をより強固なものにした……皮肉な話ですね、彼が求めた力は、彼が死んだから手に入ったのですから」


クロミエは、そんな風にされてもなお、自分の事を嫌わない遠ざけないラクレットを、心の底から好いている。不完全であった彼を独断で矯正したのは、彼があまりにも辛そうだったからだ。その結果前世というものが希薄となり、擬似的に新たな人生を踏み出すこととなった親友を本気で尊敬しているのだ。


「僕はあなたの止まり木に成りたい。貴方が疲れたときに羽を休められる場所で居たい」


クロミエは、誰にも話したことのないそんな事実を、ふと思い出すのであった。



[19683] 第12話 カースマルツゥの実力
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/07/31 14:12




第12話 カースマルツゥの実力






「ひゃはっ!! これはこれは、御同胞さんじゃーないかい!! 」

「そういうあなたは、なんですか? 」

「ヴァル・ファスクの王様、ゲルンの左腕ってところかねぇ!! 」



戦闘可能宙域……といっても、敵の拠点近くということだが、そこにエルシオールが到達したときに見たものは、無数とまではいかないが、数十はくだらないであろう敵の艦隊であった。
気持ちでは負けないつもりでいても、さすがにこの数を見てしまうと、委縮してしまうのは仕方ないであろう。というか、敵の前線拠点を、1隻の艦で落として来いという、本国の命令がおかしいのである。せめてザーブ級の艦を3隻くらい護衛にほしかった。

その大艦隊にタクト以外の全員が同じ気持ちを抱いていると、突然強制的に通話チャンネルが開かれ、白髪の30代半ば程に見える男性が猛禽類のような笑顔と、男性にしてはやや高めな声で話しかけてきた。
ラクレットは、それに対していきなりかと思いながらも、どうやら自分をご所望のようだからと、自分へ言い訳しつつ、冷静に対応することにした。


「もしかして、 爺さんの関係者? 」

「あいつは俺の兄だよ!! てめーみたいな半端ものと違う純血のヴァル・ファスクだ」

「へー、爺さんの言っていた、極右的なヴァル。ファスクってあんたか」

「俺の大事な部下にご執心なのはいいけど、なにか用? 何もないならどいてくれないかな?」


そんな二人の会話を、きれいな流れで間に入ってくる人物がいた。当然のごとくタクトである。
まさか、ここまで一瞬でラクレットの正体をばらされるとは、さすがの英雄も思っていなかったのである。ブリッジや、エルシオール艦内も、唐突すぎる流れに理解が追い付いていないようで、考えていた作戦はおじゃんになってしまったか。と悲しみつつも、味方がより混乱しない内に、白黒はっきりさせておこうと、通信に割り込んだのだ。


「へー、お前がタクト・マイヤーズか……あんたの部下が、ヴァル・ファスクなのも知ってそうだなぁ、おい」

「もちろんさ。君のお兄さんだっけ? 彼は皇国に正式に亡命したよ。女皇陛下の正式な客人として、一緒に行動している。ラクレットを使った離反工作なんて、考えないほうがいいよ」

「なんだ、つまんねー……味方だと信じていたやつに石を投げられる、ダイゴの子孫が見たくてロウィルを殺したっていうのになぁ」


爆弾発言の連続に、タクトは冷や汗を流す。こいつは今なんといった? 一瞬だけ理解が遅れてしまうが、態度には出さず、あらかじめ決めておいたレスターへの合図を送り、エルシオール内に、ラクレットの詳細を通達させておきつつ、話を聞く姿勢をとる。


「それは、どういうことなんだい? 」

「あ? んなもん、あいつが邪魔だから殺しただけだ。そこに理由なんていらないだろ? 」


当然のごとくそう言い放つ、まだ名前も知らない目の前の男にタクトは初めて恐怖という感情を覚えた。必死に表情に出さないように、彼は冷静を取り繕う。
なにせ、一切理解できない、こちらの持っている物差しで測れない存在だ。ロウィルはこちらに興味がないのか、図らせようともしなかったので、ここにきてようやく理解した、ヴァル・ファスクの特質である。


「タクトさん、ヴァル・ファスクは徹底した実力主義です。裏切りや暗殺といった手段に何ら抵抗を持たず、それを怠った側が悪いという考えが主流です」


ブリッジにいたヴァインが、タクトにそう補足する。タクトは認めることはできないが、理解することができた。こういったところが、異種族である、ヴァル・ファスクと、こちらの差なのであろう。


「そ-いやまだ名乗ってなかったな、俺はカースマルツゥだ。個体名なんて他者と自分を識別するためのラベルに過ぎないが、お前たちを殺す相手だ、覚えておけばお前たちが言うところの、死後の世界で会えるかもなぁ」

「オレはタクト・マイヤーズだ。エルシオールの艦長で、エンジェル隊の司令官さ」

「覚えていたら、墓に掘ってやるよ、異文化の勉強になりそうだからなぁ!! 」


そう言い残し、カースマルツゥは通信を切る。
タクトは、いままでの一連の会話にどこか違和感を覚えたものの、とりあえずヴァインに振り向く。


「だまっていて、悪かったね。ラクレットはヴァル・ファスクの子孫なんだ」

「いえ……そんな軍事機密を、ただのゲスト過ぎない僕たちには洩らせないでしょう、気にしないでください。それに彼は良い人だ。僕も姉も気にしませんよ、生まれなんて些事は」


タクトは、その言葉を聞くと、立ち上がりエルシオール全体に通信を送ることにした。


「皆!! ラクレットのことは聞いてくれたと思う!! 驚いたかもしれないけど、あいつが俺たちの仲間なのには変わりはない、だから安心してくれ。そして今からすごい数の敵と戦うわけだけど、みんなに言っておきたいことがある!! 」


そこまで言って、いったん口を閉じ、唇を湿らしてから、軽く深呼吸。そして再びタクトは発声する。


「オレ……この戦いが終わったら、女皇陛下にボーナス要求するんだ……」

「おい、戦い前にふざけすぎだぞ!! 」


レスターも、タクトがこの艦の空気を深刻過ぎないものにしようと、敢えてボケたのをわかってはいるものの、やりすぎだというのは事実なので、後ろから近寄り頭をはたく。
レスターの行為も、見つかればそれなりに処罰を行けなくてはならないものなのだが、エルシオールにおいてはすでにお約束となっており、咎める者も、不快に思うものもいなかった。

ヴァインは、そんな光景を一人少し離れたブリッジの隅で、自分なりに考察しながら見つめているのだった。




「敵の数が多い今回は、敵の旗艦を打ち取るべきであろう。敵の布陣から考えて、右側から回り込むのが得策だと思われるがどうする? 」

「そうだね、それで問題ないと思う、変な奇策に走るよりも、右の小惑星の間をすり抜けていくのがベストだね。短期決戦にしたいけど無理はしすぎちゃダメって感じかな」


レスターと作戦会議にうつるタクト。今回は完全に数で負けており、補給が限られている進攻戦で、全艦を落とそうというのは土台無理な話であろう。敵の旗艦を落とすほうが現実的である。どうせ囲まれるのならば一度に相手する数が少なくて済む小惑星帯を突き抜けて強襲するという物だ。


「あのランゲ・ジオ戦艦だっけ? あれ自体は、ヴァインからもらったデータにはあった。だけどあの旗艦となっているのと、その周りを囲っているのは、少し違うよね」

「ええ、あれはおそらく長距離の任務に就くことが多い彼のカスタムでしょう。速度よりも燃費に優れており、レーダーの性能や通信の性能が高い艦ですね。反面装甲は薄めといったところでしょうか」


確認するかのように、すでに聞き出しておいたことをヴァインに問いかけて、タクトはエンジェル隊に間接的に伝える。

「みんなー聞いていた通り、迂回して旗艦を目指すよ。旗艦が距離をとって、こっちを囲むように敵艦が迫ってきた場合は各個撃破で長期戦するけど、そうじゃなかったら、そのまま押し切る」

━━━了解!!














「予想通り、オレじゃあ相手にするのは無理かねぇ、まあ仕方ねぇな」


戦闘が開始して、おおよそ15分ほどで、すでにあらかたの決着はついていると見える状況が構築されてしまった。エルシオールとエンジェル隊は、巧みにこちらに切り込んできており、足止めのために艦隊を回しても、砲門を落とされたら、そのまま放置されるなど、最小限の労力で最速で進軍してくるのだ。

カースマルツゥは、どちらかといえば、努力型のヴァル・ファスクだ。彼は過去に兄という汚点があり、ヴァル・ファスクであるということに誇りを持っているが、別段、すべて能力が高いわけではない。
ゲルンのような、カリスマや政治的手腕に優れているのでも、ヴァインやネフューリアのように工作や諜報に利があるわけでも、ロウィルのように軍略において頭角を現しているわけではない。
彼が得意なのはその、ヴァル・ファスクからすら恐れられる残虐性と、謀略だ。彼がこなしてきた仕事は主に、かろうじてクロノクェイクを生き延びた文明の芽を摘むという任務だ。この任務は同時に、その星が資源惑星として優秀ならば、植民地とし資源回収用に改造するという目的もある。
何人ものヴァル・ファスクが行っているが、彼ほど効率的かつ正確に根絶やしにする者はいない。せいぜいが、星を砕かない程度に焼いた後、資源回収用のドローンと、治安維持用の警備ドローンに指示を出して次の星へ。といったものだ。
彼は、神を自称し文明に近づき、一部が反乱すれば容赦なく殺す。そして、従ったものには、神の御業と称し、資源回収用の生体ドローンとして改造、または洗脳を行う。あとは全力で資源を回収させ、100年後くらいに回収に携わった者を殺し無人とする。
手間はかかるがこの方法は後の反乱の芽を摘める上に、確実であるのだ。最も、9割以上の星は、回収の価値なしと判断され、彼の手によって最初に星ごと砕かれている。

そんな彼は、このように布陣し、正面から見合った時点で負けているのだ。
この前の戦力分析で、彼は弱点を見出すと同時に、彼の手には余る相手だということもすぐに察した。それなりの優位な点があったが、ロウィルを撤退不可能なまでに追い込んでいるのだ、数で勝っただけで、自分が勝てるわけがない。

故に彼は弱点を突く、彼の戦いはそこから始まるからだ。
わざわざ、『旗艦とその周囲を除いて、敵に見せたことのある、比較的安価で低性能の艦だけで陣を敷いた』のには意味があるのだ。すでにこの複雑なデブリ帯には、毒を仕込んであるのだから。

最後の仕上げとばかりに、ヴァル・ファスクならば誰でも持っているVチップを操る能力を起動させる。これを用いれば、どれほどの距離があいていても、通信を送ることができるのだ。ロウィルが、遠く離れたトランスバール本星まで、通信を届かせていたのもこれである。最もそれなりの下準備と優秀な機材が必要であるという難点はあるのだが。


「元老院の懐刀のヴァインちゃーん、ちょーっと協力してもらうよ」


















「なんか、思ったよりもあっさり進んでいるな」

「ああ、戦艦の動かし方は悪くないけど、前線基地の艦にしては性能が低すぎるよ。まあ、高くても倒せた自信はあるけど」

「よく言う」


エルシオールのブリッジは、思ったよりもスムーズに戦闘が進んでいることに安堵していた。もちろん、油断をしているというわけではない。単純に激戦なり苦戦になると思っていたのだが、それがそこまででもなかったというわけである。

ラクレットが、正確に足の遅い艦の砲門だけを沈めて、被害と時間が最小限で進めているのが大きいのかもしれない。ラクレット曰く「数回戦えば、体で覚える」とのことで、これからの戦闘では有効に活用できるはずだと、タクトは考えている。

そんな中、ヴァインが一瞬驚いたかのように、頬の筋肉が反応したのだが、周囲の人間は誰一人として気づくことはなかった。
ブリッジが一瞬静まった時にヴァインは口を開いた。


「カースマルツゥは、別段ロウィルほど優れた軍才の持ち主ではありません、高い地位にいるのも、単純に長く生きているという理由でしょう。加えてEDENより先の文明に警戒を割くくらいなら、彼等にはもっと優先しなければならない警戒対象があると聞きます。詳しくは知りませんが」


ブリッジが一瞬静まった時にヴァインは口を開いた。彼の声は、戦闘を続けているエルシオールの中でもよく通った。


「知っているのかい? 」

「いえ、幹部であるということ程度しか……ですが、先にも申し上げましたが、優秀な人物だという話は特に聞きませんでした。現に今になってようやく思い出したくらいです」

「……出世欲に駆られて、ロウィルを殺してこのざまとは……呆れてものも言えん」


レスターが皮肉るようにそう言い放つ。まるで人間のようなミスをやらかしている、ヴァル・ファスクに対して、彼は彼なりの毒を吐いたのである。


「敵旗艦、護衛艦を伴い、撤退していきます!! 残りはすべてこちらに向かってきている模様」

「こちらも後退しながら迎撃でいいよ。どうせまっすぐ追ってくるだけの敵だ、急ぐ必要もない、確実に潰す」


そんな会話をしていると、あっさりと撤退していく敵の旗艦と19の護衛艦。主戦力と頭脳を欠いた敵に、負ける要素もないのでそのまま確実に敵を削り、タクトたちは、EDENまでの道を確保することに成功したのである。ラクレットは、想定外の事態に狼狽したものの、表情に出すことはなかった。


誰が誰の掌の上にいるのかを、誰もわからないままに、どちらも自身が優位に立っていると思ったまま、戦いは次の段階へと進んだのであった。






[19683] 第13話 男たちの思惑 前編
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/08/01 14:19







第13話 男たちの思惑 前編





「ヴァイン君についてですか? いい弟さんだと思いますよ、お姉さんの世話をしているところをよく見ていますし」

「ヴァインさんですか、まあ、たまに見かけますけど別に普通かと、稀に文化の差に驚いてはいますが」


敵の前線拠点を奪い、それなりに余裕が生まれたエルシオールでは、タクトがいつもの日課の艦内散策に、とある目的を加えていた。
ヴァインに関する聞き込みである。彼は別段ヴァインのことを疑っているわけではない、だが、この前の戦いが終わってから、若干の胸騒ぎがするのである。

なにかを、そう、何か当然のことを見落としてしまっているような、そんな、落とし物をしてしまったような、胸のざわつきが彼を苛むのだ。

そういったわけでとりあえず、なんとなくの不安要因になりそうな、外部から来た二人のうち特にヴァインが艦になじんでいるかどうかの確認がてら、聞き込みを行っているのである。

その結果得られた結果はおおむね好評なそれであり、思い過ごしかもしれないと、結論をつけようとするも、どうにも胸騒ぎが止まらず、レスターに相談しようと自室に戻るのであった。













「何の用だかを確認しましょう」

「話が早くて助かるねぇ、ヴァインちゃん」


ヴァインとルシャーティの自室、姉と彼の二人しかいないこの部屋で、ヴァインは確かに自分以外の男の声を聴いた。それは深淵の向こう側から語りかけてくるように物々しく、頭の奥底に響くものだった。
ヴァル・ファスクは、直接相手の身に着けている媒介に接続できれば、そのような距離であっても、相互に通信ができる。しかしながら、ヴァインの媒介はヴァル・ファスク製のそれではない。潜入任務の辻褄合わせのため、EDENの人間の服装に合うようにデザインされたものだ。接続に必要なコードを知っている人物は、自分の直属の上司である、元老院のお歴々だけであるはずだったのだが。


「前回の戦闘、あれはどういった意図があったのか、推測できません」

「まずはそこからってか、まあいいや。オレにはちょっとした目的があってね、ダイゴの子孫いるだろ? あれ、殺したいんだわ」

「……続けてください」


ヴァインとしては、先ほどの戦闘中に、突如緊急用の秘匿通信を繋いで来たということに対しての理由説明がほしかったのだが、どうやら、彼は自分の動機を解説したいようで、ヴァインは大人しく聴衆に徹することにした。そのほうが早いと理解したからである。


「んで、まーちょっとしたお遊びっていうかぁ? 策があるのよ。オレが弱いと思ってくれたほうが都合よかったからなぁ」

「それを僕に言わせたと……残存兵力を伏兵にでも使うんですか? 」

「そんな所さ、んで、コンサバの元老院を一人捕まえて吐かせたんだけど、ヴァインちゃん、作戦変更になったみたいじゃん」


さらっと、とんでもないことを言ってのけるわけだが、ヴァインは別段狼狽しなかった。この男ならそのくらいやりかねないと判断したのだ。彼の利がそのリスクを冒してでも得るべきものだったのであろう程度の認識だ。


「例の妨害、および可能であれば奪取せよというのは、心の理解を優先するようにとの指示です」

「そうそう、それだよ! それ! それは良くないよぉ。リスクとリターンが見合ってない。潜入までして、捕虜を返却しているんだぜ? ────ヴァインちゃん、奪取と妨害をしてもらうよ」

「……あなたにその命令ができる権限はないはずです」


ヴァインは、なんとなく読めてきた。要するに彼はこの後残存勢力(といっても、質的には先ほどの艦隊よりもむしろ手ごわい)で奇襲を仕掛けるつもりなのであろう。そしてそのタイミングとして、こちらが何かしらの妨害をした時を狙うつもりだったのであろう。
なにせ工作員がいるのだ。効率を重視すべきなら、タイミングを揃えるほうが良い。そのために、元老院を一人どうしたかは知らないが、作戦を吐かせるようなことをしたのだ。

しかし、蓋を開けてみれば、妨害工作はかなり消極的、それどころか下手したらしない可能性のほうが高いということだ。それでは、奇襲は破られてしまうかもしれない。というより、指揮官の腕を顧みるに、破られるであろう。

それでは、カースマルツゥの目的は達成できない。彼はヴァル・ファスクが人間よりも完全に優位な種族であることの証明と同時に、人間という下等生命体に肩入れし、一族の恥となった兄と、その子孫をこの世から消し去ることだ。
ヴァル・ファスクの切り札となる最終兵器の優位性を彼は認めているが、そんなものがなくても、証明するのが彼の行動目的なのだ。そのためにはどのような犠牲だっていとわない


「そっかー、それじゃあ交渉は失敗だなぁ。いやーヴァインちゃんには交渉材料がないからなぁ……ライブラリー管理者の命なんて、交渉台には乗っからないだろうからなぁ」

「……どういうことでしょう? 」

「いや、別に? ただ、コンサバの元老院が持っていた、非常用の遠隔殺害装置のコードを教えてもらっただけだからね、オレは。そりゃそうでしょ、本当にわずかだけど、人間が優位になって、こっちが不利になる可能性のある、ライブラリーの管理者なんてものを、保険もなしに敵に保護させる? 」

「いえ、それはそうですが……なぜあなたがそこまで」


ヴァインは、彼が全く意識していないが、完全に交渉の席についていた。脈拍、呼吸がともに緩やかに上昇しており、それを彼は自覚できていない。


「オレは目的を果たしたいだけさぁ、ここからその管理者の媒介に接続して起動させるまで3秒もかからない。俺は妨害工作をしてほしい」

「脅迫ですか? 」

「ヴァル・ファスクに他人の命で脅迫なんて、できるわけも、するわけもないじゃねーか」


ヴァインは目の前に座って、虚ろな目で本を読んでいる、ルシャーティに目を向ける。なぜだかわからないが、この目の前の管理者が死ぬということに頭のどこかがざわつくことを感じた。それに対して理由を考えると、すぐに自分が納得できるものが見つかり、それを口にする。彼は元老院の直属であり与えられた任務を達成する必要がある。しかしそれよりもヴァル・ファスク全体に、ヴァル・ファスクとして利になるべき行動をとるべきなのだ。


「管理者を殺されては、次の管理者を管理するまでのタイムラグが生まれてしまいます。その際に確保されてしまえば大きな損失です。皇国の人間に生まれれば手出しも難しくなる。いいでしょう。妨害工作を実施します」

「いやーありがとね、こっちも話を聞いてくれるほうが助かるからさぁ」


その後、戦闘を仕掛ける時間を決めると、その声はそれっきり聞こえなくなった。ヴァインはこみあげてくる何かが、裏切りに対する嗚咽感だということに気付かないまま、いまだ虚ろな目をしたルシャーティの髪を手ですくい上げる。


「やってやるさ、管理者の保護くらい……僕一人でだって」


そしてヴァインは行動を開始する。時間はない、白き月との合流前に一戦やるというのだから、長く見積もって48時間程度だ。


「この独断専行は、高くつくぞ」










ラクレットは、そろそろ起こるであろうイベントの阻止のため、格納庫で張っていた。彼の兄から渡された指示一覧に記されていたこと(時間経過とともにロック解除され読める情報が増える)は、ヴァインにひたすらエルシオールの害となる行動をさせないというものであった。
ラクレットが、足りないながらも冷静で、合理的な頭で考えた結論は、ヴァインを生存させるものではないかと踏んでいる。そして、実は2重スパイだったんだよと公表し、ヴァイン自身には脅迫をかけ、自分の勢力に取り込むつもりだとみている。
正解は知らないが、割と良い線を行っているのではないかと、彼の中では答えが出されていた。


そういったわけで、そろそろヴァインが来てラッキースターに細工をするであろうから、優秀な頭脳(笑)を持つ彼は、格納庫と隣接しているクジラルームの入り口近くの壁に寄り掛かっていた。彼を知る人物からすれば、クロミエが出てくるのを待っているとでも見えるように。
15分ほどそういていただろうか、なんとなしに、正面に向いていた顔を、右側に向けてみると、綺麗な金髪の少女が、クジラルームから出てきた。ルシャーティである。とりあえず、無視するわけにもいかず、彼のとっている態度的にここは話しかけないという選択肢がないであろうから、なるべく偶然を装い話しかけることにした。


「こんにちは、ルシャーティさん、奇遇ですね」

「こんにちは、ヴァルターさん。何をしているんですか? 」

「……いや、特にはなにも」


とりあえず挨拶をしたらそれで終わりかと思っていたラクレット。だから、まさか向こうから、話題の続きを話し返されるという事態に発展するとは思えず、一瞬反応が遅れてしまう。
打算抜きに彼女に近づいていたのならば、素晴らしく嬉しい事であっただろう。


「それでは、少々お話に付き合っていただけませんか? 相談したいことがあるんです」

「……相談ですか? 」

「はい……」


若干の憂いを帯びつつ、か弱い声で彼女はそう言った。ラクレットは、この場の空気が完全に断れるものではないなーなんて。のんきなことを考えていた。故に、彼は油断してしまった。


「こちらで聞いていただけませんか? 」

「え? あ、え? あのいや、え?」


ルシャーティが、いつの間にか、自分の真下(二人の身長差はおおよそ30cm弱)に来て、袖先をつまんで引っ張って居たのである。もちろん、体重差が倍、筋力差は何倍あるかわからないほどの差があるので、振りほどこうと思えば、いつでも振りほどけるわけだが。
そんなことをできる、ラクレットではない。彼は天使と決めた人物にはとことん従ってしまうのだ。それが演技でも。そして、そのまま流されるがごとく、クジラルームに連れ込まれるラクレット。手ごろなベンチに腰掛けることになった。ラクレットの頭の中には、何かとてつもなく重大な危機感と、それなりな危機感の二つがあることまでは、何とか自分を客観的に見て判断できるのだが、それがなんなのかを考えるほどリソースがない。
正直に言ってしまえば、彼は緊張し狼狽しているのだ。なにせ憂いを帯びた表情で、異性に相談を持ちかけられたことなど、今まで一度もなかったし、袖を掴まれたことだってなかった。加えて言えば、ルシャーティはラクレットの好みどストライクの女性である。エンジェル隊には正直恋愛感情というものを超えた戦友で尊敬できる上司といった感情が強く、羞恥は覚えても緊張と言ったものはあまりなじみがない。その為、こういった『恋愛対象になりうる』相手と、二人きりになるなんてことはそうなかったのだから。


「そ、それで……相談とは、何ですか? 」


沈黙が気になってしまい、そして何らかの焦燥感に駆られて、ラクレットはそう切り出す。こういった場合は、相手を待った方がいいのであろうが、ラクレットにはそういった経験がなかった。


「実は……ある男性のことです……」

「……はい」


恋愛相談ですか? とは聞かずにとりあえず、先を促すことにする。これだけではまあ、大体の予測しかないのだ。今のラクレットはこの後の予測を立てながら、話を聞いている。


「私には、気になる男性がいます……ですが、それがどういった意味で気になっているのか、自分にもわからないのです」

「と、いいますと? 」

「はい……その人が、私にやさしくしてくれると、嬉しいのですが、同時に怖いんです」

「怖い? 」

「ええ……なにか、大きなものに動かされているような感じはするのですが、それは不快ではないんです。そして、それが怖い……」


ラクレットは、ここまで来て、なんとなく話の想像がついて来た。おそらく、タクトの事が気になっているが、それがヴァインによりコントロールされたものであるために、自分の本心と乖離してしまっている。その為自分の心にストレスがかかってしまっているのであろう。そんな風に結論付けながら、ラクレットは聞いていた。


「その人の事も、私にとっては悩みなのですが、また別の悩みもあるんです……」

「べ、別の悩みですか? 」


ラクレットは、今の悩みに対してどう答えようかと悩んでいたタイミングで、突然別の悩みを出されて、出鼻をくじかれたようになってしまう。というか、話の転換の仕方が急すぎる。自らを揺さぶるようにもてあそばれるような話し方だ。


「これも、また別の男性の事なのですが……私はどうも、その男性の事が苦手で……」

「……」

「ですが、もう少し距離を縮めたいなって……そう思っているんです」

「そう……ですか。それは、いいことですね」

「それで、どうすれば、もう少し、近づけるんでしょうか? 」


ラクレットは、なんとなく。そうなんとなく少し勇気を出してみようと思った。それはもしかしたら、このクジラルームという優しくて、通いなれた場所の影響かもしれないし、朝見た占いが、上から2番目の幸運だったことを思い出したからかもしれない。けれども、結果としては同じだ。彼は少し勇気を出してみた。


「……名前を」

「え? 」

「名前を呼んでみるというのは、どうでしょう? 」

「名前ですか……そうですね、良いかもしれません」


ラクレットのアドバイスに、にこりと柔らかく笑みを浮かべるルシャーティ。ラクレットは体温が少し上昇し、自分の頭が一瞬平衡感覚を失い、視界が軽く揺さぶられてしまったかのような感覚を覚える。
ラクレットの五感全て、いや第六感までもが、ルシャーティに注目している。桜色の小さな唇から、次に詠われる調べを、聞き逃さない様に。僅かばかり朱に染まった頬の内側にある筋肉の動きを見逃さない様に。自分とは違い、全くと言っていいほど目立たない喉仏の上下の運動を感じ取るように。


「────ラクレットさん……」

「……なんですか? ルシャーティさん」


初めて呼ばれたその名前に、ラクレットは言いしれぬ感慨のようなものを得る。それは、とても甘く、優しい響きだったと、彼は自分の記憶がこの場面を再生する時、付属情報として、そして感想として思い出すであろう。胸の中にあった彼女の方向を向いている何か暖かな思いが、急に高まってはじけたのだ。

しかし、突如として異変が訪れる。


「いえ、なんでもありま……」


ルシャーティが突如、言葉を切り動作を止めたのである。ラクレットは、今の今までルシャーティに注目していたので気づいた。先ほどまでの彼女と全く雰囲気が違うことに。
ラクレットは、その経験に裏打ちされ、研ぎ澄まされた第六感により、少し距離を離して座りなおすことにした。


「大丈夫ですか? ルシャーティさん」

「……え? あ、はい!! あの、どうして、ヴァルターさんがここに? 」

「……ただの散歩ですよ。体調は大丈夫ですか? 」

「はい、別段異常はありません」

「そうですか、それは良かった」


ラクレットは、筋書きが読めてきた。しかし、この事態を彼は理解している素振りを見せてはいけない。なぜなら彼は、『一貫して意識を持っていたルシャーティと話している認識』であるべきなのだから。自分は鈍感で盲目な狂信者であるのだから、これが何かしらの策略であると気付いていると『彼女の向こう側に座っている人物』に気取られてはいけないのだから。


「私は、これで失礼します」

「はい、お気を付けて」


ラクレットは、クジラルームを後にするルシャーティの背中を見送り、それがドアに隠れるタイミングで思い切り拳を地面にたたきつけた。


「陽動か……!!」


暫く硬直し、反省か後悔か、それとも別の何かを自分の中で統制し終えると、彼はすぐに格納庫に向かって走り出した。





[19683] 第14話 男たちの思惑 後編
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/08/03 14:17



第14話 男たちの思惑 後編


「なにもされていない? 」

「ええ、ラッキースターのシステムを探ったけど、何も異常は確認できなかったわ」


ラクレットは、ルシャーティーの背中を見送るとすぐに格納庫へ急行し、それなりの理由をつけてラッキースターのシステムをチェックしてもらった。若干不審そうな顔を浮かべつつもすぐに承諾し実行してくれたクレータには、今度お礼の品でも持っていくかと考えながら待っているラクレットが、異常なしという言葉とともに現実に戻されたのだ。


「そう……ですか。ありがとうございます」

「いえ、搭乗者が最善の状態で戦えるようにするのが、私たちの仕事だからね」


にこやかにそう会話しつつも、ラクレットはわざわざ誘導されたのに、一切のアクションがなかったことについて、自分の中で様々な推論を立てていた。客観的に考えているかれのヴァル・ファスクとしての部分が、人間が気付けないような、または起動してみて初めて作動する類の書き換えかという仮説を呈示し、それを支持することにした。要するに警戒するしかないというわけだ。


「まあ、どうしても感謝したいなら、この戦争の後、リッキー君と会う機会を作ってくれれば、いいかなーなんて……」

「あはは……ま、まあ考えておきますね」


急に間の伸びた空気になったため、曖昧な笑みを浮かべて、場をごまかそうとするラクレット。しかしこちらのほうが食いつきが良かったのか、耳聡くクレータの要望を感知した、彼女の部下であるクルー達は即座に話に割り込んできた。


「私! ミニライブがいいです!! 」

「握手会でもいいでーす!! 」

「ハグしてもらえるなら死んでもいい!! 」

「あはは……死なれたら困りますから、ハグは無しの方向で一つ……」


一気に騒がしくなった格納庫をラクレットは、少しずつ理由をつけて後退し、退出するのであった。シリアスが続かないのは、きっと彼の特性なのであろう。







「本軍が到着するまで待機って言われても暇だよねー」

「おいおい、さっきまで何か気になることを探っていたんじゃないのか? 」

「そうなんだけどねー、オレの勘がさぁ……いつもの違うんだよね、胸騒ぎはするんだけど、期待感もあるっていうか……」

「そんな主観……いや、体感でものを話されても困るんだが……」


先ほどまで、ヴァインについての聞き込みをしていたタクトだが、それに飽きたのか、今はブリッジでレスターに絡んでいる。まるで飼い主にじゃれつく犬のような仕草だが、レスターからすれば鬱陶しいだけである。
なぜタクトがブリッジにいるのかと言えば、レスターに相談しようと自室に戻れば、まだレスターのシフトの時間であり、ブリッジまで来たという寸法だ。


「まーなんにせよ、前例はあるとはいえ、オカルトチックな勘で動くのは当てにはならんな」

「まあね……それにしてもこれから待機かー」


白き月が来たら、そのまま一気呵成にEDEN解放!! とは、さすがに単騎では無理なわけである。頭では分かっていたが、実際に命令を受けると一掃したとはいえ敵地でしばらく待機と言う普通ならば精神的な疲労が大きい現実が見えてくるわけだ。先ほどルフトから、正式に組織したEDEN解放軍がすでに出発しているから、それを待てといった旨の命令が来たのでそれまでの辛抱である。
完全に気を抜けるわけでもないが、気を張りすぎる必要もない。そんな微妙な状況である。


「まあ、2週間もかからないんだ。それに白き月が来れば、シールドもあるしそれなりに息抜きはできる。それまでの辛抱だ」


そんなフラグのような言葉をレスターは呟く。
ブリッジはまだ平穏の中にあった。





「まさか、こんな簡単な手で大丈夫だなんて……今まで深く考えすぎていたのか? 」


目的を終え、何食わぬ顔で格納庫を後にしながら、ヴァインはそう呟く。何せ今まで散々妨害されてきたこちらの策だが、少しアプローチの方法を変えただけで、ただ水が流れるように滞りなく成功したのだから。
彼からしてみれば、此方の策を意識的なのか無意識的になのかはわからないが悉く潰してきた、ラクレット・ヴァルターや『エルシオール』のクルーたちを初めて出し抜けた(侵入の時点でかなり出し抜いているのだがそれは別)とあって、むしろ自分が泳がされているような錯覚に陥りそうな位である。


「ただ時間をずらしただけだというのに……」


ヴァインが用いた策は至極簡単。単純にずっと見張っていたラクレットが、その場を離れた後、ルシャーティーの陽動に気付き格納庫に急行する。その後ラクレットが異常なしを確認した後、見張りに戻らず、自室に戻った間に細工を仕掛けるという事だ。ヴァイン自身、まさかここまでスムーズに、自分の企て通り進むとは思わなかった。一回持ち場を離れて隙を作った間に、何事もなかったなら、「もう問題ないであろう」「ただの思い過ごしか」「別の要因があったのか」などと結論付けて、一度部屋に戻ってしまうかもしれない。そんなあやふやな、人間の心理を突いてみたのだが、今までの綿密な作戦よりも他人の心理とやらを顧みた策を投じてみれば、ここまで見事に事を運ぶとは。投じた本人が一番驚いている。


「一番のエース機体ラッキースターと、スペックと撃墜の比率が最も高いエタニティーソードの二機……まあ、エタニティーソードはすぐに破られてしまうだろうけどね」


ヴァインが仕込んだ仕掛けは、コントロールを受け付けなくし、自動的に周囲の最も大きい敵正反応を持った艦に突撃していくといったものだ。ヴァル・ファスクならば、Vチップを制御に置けば解除は容易い。しかしコントロール権を他のヴァル・ファスクと競り合ったことのないラクレットならばそれなりの妨害にはなるであろう。
Vチップは基本的に元々設定してある人物と絶対的な距離の二つによってだれの管制下にあるかが決まる。同じ段階の権利を有しているのならば単純に距離が近い方が扱えるわけだ。しかし無理やりそれに割り込む方法もないわけではない。
だからこそ、数年後に建造される最新鋭の艦にVチップを搭載すると言い出したタクトの意見に当初大きな反対が出たのだ。
閑話休題、ともかくヴァインはあっさり行きすぎた自分の行動を振り返りつつ、その場を何食わぬ顔で後にした。










次の日、ブリッジはいきなりの急転直下な事態に見舞われる。




「周囲に敵影!! 囲まれています!! 」

「突然現れただと!! 」


あと少しで白き月と合流できるであろう、クルーの心の緩みが生まれたその時、周囲のアステロイド帯や、惑星の裏側からわらわらと敵の集団が現れた。その多くが、今までこちらとの戦闘データがない未確認艦であり、レーダーを確認した時の驚きは相当なものだったと言える。


「うーん……やっぱり罠だったのかぁ。この前の戦いからして主力を温存していてもおかしくは無いと思ったからねー」

「そんなのんきに言っている場合か!! 」

「わかってるって、エンジェル隊、ラクレット、出動準備!! 」

「お前も早くブリッジまで来い!! 」


タクトのいつも通りの作戦開始の指示に、艦内の各所から各々の言葉で了解の旨を示す言葉が返ってくる。全員の位置を確認すると、数分で全機エルシオールの周りに展開できるようで、一安心だ。むしろ、通信で指示を飛ばしながらこちらに向かってきている、タクトの方が、到着に時間がかかるかも知れない。


「今のうちにデータの解析を頼む」

「了解……未確認艦は大きく分けて2種類。装甲の厚さから考えて、母艦タイプと突撃艦タイプかと……」


瞬時に解析を始めるココ。見たことはない艦だが、敵の今までの艦の傾向からして、トランスバール軍の正規艦よりも重装甲なのである。とくに母艦は相当堅い耐久を誇っているのが、その巨大な外観からも分かる。


「副指令!! 敵母艦から、中型の戦闘機が3機発進しました!! 」

「戦闘機だと? 」


レスターの怪訝な声と同時に、ココはスクリーンに出す。その戦闘機は三角形の隊列を組んで高速でこちらに接近していた。その速度は紋章機に匹敵するモノであり、ひたすらに脅威なのだが、問題なのは、その造形であった。



「エタニティーソードだと……」


エルシオールのクルーからすれば見慣れた機体。エタニティーソードと瓜二つの形をしていたのだ。



[19683] 機体設定
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/08/03 14:38


エタニティーソード

HP 7000(7000)  *1
EN 5000(5000)
速度 S-(S)
加速 S-(S)
旋回 A+(A)
燃費 A+(A)
射程 E-(F-)
攻撃 C(C)
装甲 A-(A-)
回避 A(A)

()内は移動形態の時のステータス



全長 20m *2
全高 12m(戦闘形態になると18mに) 
全幅 20m程度の小型紋章機



両手に持つ剣で斬り付けるしか方法はないが、移動用と攻撃用の二つモードがあり
移動用なら、カンフーファイター並速度が出せるが、突っこむことしか出来ない。
攻撃用でも、カンフーファイターと張り合える程度の速度が出る。
シールドは並以下だが、装甲は分厚く防御力も高い。エネルギー総量は紋章機の半分以下だが、恐ろしいまでの燃費の良さも相成って、継戦能力は高い。
特殊兵装は、ただ単純に、エネルギー出力全開で切りつける技
『コネクティッドウィル』


・駆動部操作装置停止操作《Engine Control Unit Disabled Maneuver Drive》
略してECUDMD(それでも長い)
要するにセーフティーを解除した状態である。元々クロノストリングを搭載した機体なので、最大出力は無限なため、機体事態にリスクはないが、かなりの集中力が必要。発動時は背後から翼が出る。


歴史 
平行世界交流のある時期に製作された目的はヴァル・ファスクの精密操作練習用。モデルはNUNE紋章機で、翼の色が機体の色。当然の如く可変可能。武装が剣なのは、このような機体による馬上試合のようなものを人々が楽しんでいたから。その後EDENに流刑されたヴァル・ファスクの個人の持ち物として保管されていた。それをダイゴが受け継ぐ。その後ダイゴがゲルンとの意見が衝突した際、離反する際に持って脱出した。この時、一時は、宇宙船の整備費のために売り払おうとしたが、何となく思いとどまる。
その後現在のトランスバール辺境まで逃げ延びたあたりでクロノクェイクがおこる。しばらく星間移動が出来なくなり、宇宙船をその星の好事家に与え、小金を得た後、大々的に星を整備。農業の盛んな国として平和な国、武力の否定、和解の考えをもつ。星間移動が可能になった頃、エタニティーソードで、有人惑星である11星に渡り、洞窟に封印。自分は身分を隠して生活し、今にいたる。



エネルギー
絶対量が少ないが、Vチップのサポートで絶妙に出力や割り当てをコントロールすることで、驚異的な性能を持つにまで至る。H.A.L.Oシステムでクロノストリングに影響し エネルギーを出力する。それを運用する前に Vチップによる機体のコントロール把握で調整し最適化し運用というものだ。
なお、この運用ができるのは人間によって出力を上げたものをヴァル・ファスクがコントロールする2人操縦体制か、感情を持ち人間的な精神の揺らぎのあるヴァル・ファスクだけである。


パイロット比較
ダイゴ 出力量は低いが、Vチップ制御により一応動かせる。
ラクレット 出力は多いが、自覚が無かった為最適化が甘かった。
カマンベール 出力が低すぎて動かない ヴァル・ファスクの血が薄い。
エメンタール 出力が起こらない
モッツァレラ 出力が起こらない

ラクレットがヴァル・ファスクとしての自覚を持った結果、機体としての性能は大化けした。まず剣の長さが格段に長くなり、全体的な燃費も良くなる、速度の制御が手に取るようにできるようになった。具体的には、エンジェルフェザー状態のような変化。

ちなみに、エンジェル隊の隊員が乗った場合、適性の関係で
ミント>ランファ>フォルテ>ミルフィー>ヴァニラ>ちとせ
の順番で出力が高い。全員動かすことは可能であるが、戦闘をするにはヴァル・ファスクの補助が必要なレベルであった。


テンションの高さ 
通常を10としてみる 
紋章機が翼を出している状態は(+10強)

ミルフィー  8~15オーバー安定しない(さらにそこに補正が入)る *3
ランファ   11前後(全員 -2~+10程)
ミント    10前後
フォルテ   10前後
ヴァニラ   10前後
ちとせ    10前後
初期ラクレット  11フラット(実際は7を最適化している)
ラクレットML 14フラット(実際は10を最適化している)
ECUDMD時ラクレット  17フラット(出力3UP) 翼展開
ラクレット(覚醒)  20フラット(最適化効率上昇4→7に)


ラクレット基本値 10
リミッターの減少 -3
最適化による上昇4
ECUDMD 3
ヴァル・ファスクとして自覚が出た後の最適化 7
である。

よって、原作開始で11 (7+4)
ファーゴでリミッターを解除したつもりでECUDMDをして、14(7+4+3)に
シャトヤーンによるリミッター解除で17(10+4+3)に
覚醒して17に(10+7)

まとめると現在は

ミルフィー翼展開絶好調>>>(虚の壁)>>>ミルフィー翼展開通常≧ランファ翼展開≧他翼展開=ラクレット(覚醒)>>>ECUDMDラクレット、ミルフィー絶好調>ラクレット≧ランファ≧他>>ミルフィー不調


*1他紋章機の性能は、検索すればでます。
*2普通の紋章機と比べても半分程度の大きさしかない
*3あくまでエネルギー出力であり、実際の戦闘力はまた別



[19683] 第15話 Is this Misattribution of arousal?
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/08/04 15:06




第15話 Is this Misattribution of arousal?





「分析完了……どうやら無人機の様です。エンジン出力などは1年前の『エタニティーソード』よりも低いみたいです」

「まあ、あの機体の仕様上そうなるか……だが、それでもウチのシルス戦闘機よりもスペックは上だ、近づかれたら厄介だな……」


素早く解析が終わったので、分析をするレスター。エタニティーソードの特性上当然であるが、過去のラクレットよりも当然出力は低い。ヴァル・ファスク内での呼称は練習機であり、そもそも戦力として扱われない機体である。ヴァル・ファスクだけではH.A.L.Oシステムを使い切れず、人間だけではVチップのエネルギー最適化機構が動かせない。そんな機体を戦闘用スレイブで運用する敵の狙いが読めないが、距離さえ取れば怖くない相手だ。


「ふむ……改めて仮想敵として考えると、ラクレットが乗ったエタニティーソードは艦としては脅威だな」

「だね。紋章機では現状問題は無いけど、射程が伸びたら剣が厄介になる」


レスターが目の前に出てきた敵によって、ラクレットの乗っている機体がいかに戦艦に対して驚異的な存在であるかを再確認していると、ようやっとブリッジまでたどり着いたタクトが、レスターに同意する。
タクトとレスター二人の言うとおり、エタニティーソードは相対的にとまっている艦に対して一方的に攻撃が仕掛けることができるから戦艦に強いのであって、同等の速度で動きかつ、1万5千倍程度の射程の差がある紋章機にはそうそう勝つことができないのだ。しかし剣の火力は紋章機と比較しても謙遜はない。戦闘可能距離が短いために時間足りの火力は低いが、交戦可能範囲における火力は筆舌し難いものである。


「よし、それじゃあ皆準備はいいかい? 」

「いつでもオーケーよ」

「奇襲を仕掛けてきた方々にはご愁傷様ですが、準備万端ですわ」

「修復の準備は整っています。使わないに越したことはありませんが」

「任せときな! 白き月が来る前に掃除を済ませるよ!! 」

「常在戦場の心構えの前に奇襲は通じません」


いつも通り、2番機から6番機までは好調な様子をアピールしてきている。タクトは問題なしかと、安心しかけるが、ここでイレギュラーな出来事に見舞われる。


「ラッキースター、今日も絶好ちょ……きゃぁ! 」

「ただいま配置に着きまし……っぐぅ!! 」

「おい!! どうした二機とも!! 」


何とミルフィーの繰るラッキースターは突然ブースト全開で、持ち場につかずに発進してしまったのだ。一筋の光のような速さで急速に加速していく。慌てて状況を確認しようとするが、今度は同時にラクレットの機体であるエタニティーソードの様子がおかしい。
まるでコントロールを乗っ取られているかのように、小刻みな前進後退上下左右の移動を繰り返しつつ、機体がその場で回転をし始めたのだ。まるで遊園地のアトラクションのような軌道に、さすがのGキャンセラーも間に合わないのか、ラクレットは激しい揺れと衝撃で身動きが取れなくなる。


「ミルフィー!! どうしたんだ!! 」

「わかりません!! 勝手にラッキースターが!! 」

「っく!! なんだっていうんだ!! ラクレットは!? 」

「操作を! 受け付け……!! ない!! 」


突然の味方の混乱に、一瞬だが、狼狽を見せてしまうタクト。しかしこの戦場において、数秒のスキは命取りになりかねない。なぜなら、敵の高性能艦に囲まれているのだから。


「ラッキースターの進行方向、先ほどエタニティーソードと同型の機体を搭載していた戦闘母艦があります!! このままでは……」

「そっちには、エセエタニティーソードまでいるのよ!! 」

「畜生!! 皆、『エルシオール』はラッキースターの方向に向かう! フォルテとヴァニラとミントで『エルシオール』後ろの敵を足止めおよび殲滅を頼む。ランファはすぐにミルフィーを追いかけてくれ。その後エタニティーソードの偽物……以後敵戦闘機と呼称するから、そいつらを。ちとせはランファの後ろを着いて行って、そのまま可能なら狙撃で撃ち落としてくれ!!」

────了解!!


目まぐるしく指示を飛ばすタクト。その指示は、いまだにその場で右往左往しているラクレットを除いたものであった。


「ふざけるな、ふざけるなぁ!! ふざけるな!ふざけるな!!ふざけんなぁー!!! 」


後悔、慚愧、焦燥感、そういった感情が、もう何度目かわからないほどにないまぜになり、ぐちゃぐちゃになるラクレット。


「もう嫌なんだよ!! どうして僕は何時も━━━何時も! 何時も! 何時も! 肝心な時に何もできない!! 嫌だ!! 嫌だ絶対認めない!! 」


彼女たちが窮地にあるとき、尊敬する人の危機、そういったときに彼は叩けるように強くなりたかった。なのに、このような時、ここ一番でこそ、彼は戦えない。それどころか足手まといであるその事実は、何よりも重圧となり、彼の心を苛んでいる。いつだってそうだった。ここ一番という時に彼は周囲の足を引っ張ってしまう。ヘルハウンズ戦でも、決戦兵器の適正でもそうだ。だからこそ認められないのだ、もうこんなことは二度と。


「僕に従え! このスクラップ機体がぁ!! 同じポンコツが命令しているんだ!! 従いやがれ!!! 」


だから彼は叫んだ。心からの欲求を咆哮し一切の嘘偽りのない真摯な気持ちを。
そして、それこそが彼が最後に必要だったもの。自分をこの世界の住人と自覚し、自分のできることを理解し、ヴァル・ファスクであることを認知し、能力を使いこなした彼が足りなかったもの。それは真直ぐな感情と、自分自身との合成だった。曇りの無いあくなき力への欲求により自分の生存する定義を改めて見出した。そう彼は自身の感情を自分のものとして発し制御したのだ。


「動けええええぇぇぇ!!!!!! 」


彼の手の甲が、腕が、二の腕が、肩が、首が、そして頬が、紅く染まっていく。左右対称に2本の紅く染め上げられた筋が浮かび上がっていく。
ラクレットはヴァル・ファスクである。ヴァル・ファスクにおいて能力の強さとは、いかに自分を把握し操作できるかといったものであり、最強のヴァル・ファスクとは、自分のために自分すら冷静に切り捨てられるほどの冷徹な人物だ。そう、それがヴァル・ファスクにおける、今までの強さだった。
ラクレットはヴァル・ファスクである。しかし彼は混血でありながら、その血にしてはあまりにも強力な力を発揮できていた。1/4以下に薄まれば効力を発揮しないであろうヴァル・ファスクの血が1/64で驚異的な能力を行使している。そう、彼は新たな時代におけるヴァル・ファスクの最強になりえる。感情と理性両方を併せ持つ彼は、ヴァル・ファスクの適応における新たなるモデルかもしれない。ハイブリットに感情と理性を持ち合わせる。そんな普通な事をかれは当たり前のようにできていなかった。だがもう違う。彼は能力の阻害になる感情があるからこそ、ヴァル・ファスク能力をより強力に発揮できるのだ


「出力全開!! 発進だぁぁぁ!!! 」

「エタニティーソード!! コントロール復帰しました! エンジン出力急上昇!! 」

「ラクレット君の体に紅い筋が……」

「……やはり、ヴァル・ファスクなんだ」


自身の力でコントロールを奪い返したラクレットは、光の矢となりて、ラッキースターのもとへと向かう。背後に漆黒の翼を背負った双剣を持つ機体はこの場の何よりも疾く駆けつけていく。紫黒色の装甲に彼に合わせているのか、鈍く朱く光る線が入っており、まるで昔彼が相手にした、無人機やダークエンジェルのようだが、彼の心は正義で燃えている。










「やっべー!!! ドキドキが止まらない!! 今助けに行きます!! ミルフィーさん!!」


この状態になったラクレットは感情が高まりすぎたせいか、万能感および高いテンションを発揮している。そのためか、少々ハイになっている。しかし、味方としては頼りになるのが難点であった。


「ラクレット!! 行くわよ!! って、あんた翼生えてるじゃない!! 早すぎるわよ!! しかも何その顔、新しいファッション? 」

「僕が先行します!! 駆逐艦、突撃艦は僕が相手しますから、ランファさんは先に!! それとこれは、仕様です!! 」

「ラクレットの言うとおりだ、ラクレットはそのまま手早く周囲の敵を片付けてくれ。ランファ、ちとせはそのまま頼むよ」

━━━了解!!

「後ろの3人も、そのままで良いよ。ラクレットが頑張ってくれるみたいだから、急いでミルフィーを取り戻すよ! 」

━━━了解!!













もう何度行ったかわからない、そんなことを頭の隅で考えながら、彼は機体を素早く操り移動形態のまま懐に飛び込む。今のこの機体の性能ならば、戦闘形態であろうと、余裕で10隻以上の艦を相手にできるであろうが、彼は速度を重視しそのまま敵と接触する。
移動形態の時の機体横部の翼部分の先端に伸びている剣で、そのまま敵の装甲を貫く。叩ききる動作すら必要とせずに、すれ違うだけで、動力部に致命的なダメージを与え、即座に次の目標へと移動する。


「撃破!! 次はどれだ!! 」

「巡洋艦C,Fと突撃艦Gを頼む」

「了解!! 」


敵の位置をホログラム表示されているマップで側確認すると同時に、機体をその場で90度回転させる。即座にスラスターを全開にして、目標に全速力。自分の役目は、頭数を減らすことである。敵の位置は1200、1500、1650といったところであり、矢のような陣形をとっている。今の彼からすれば、瞬きの間に剣が届く距離だ。
だが、その間すら惜しいとばかりに彼は、叫びなれたその雄叫を発する。


「戦闘形態へと移行!! 特殊兵装起動!! コネクティドゥ━━━ウィル!!!! 」


形態を変更している間、慣性操作で敵を一撃で切れる位置へと移動し、移行が終わった瞬間に切り付ける。今や1つになった大剣のエネルギー部の長さは1000Mにも届く圧倒的な存在感を顕示するものになっていた。黒く輝くその剣で、彼は一刀両断に3隻の艦を駆逐する。横一文字に切り取られた戦艦等は、一瞬の間を置きすぐさま宇宙の塵屑の体積を増やした。


「すごい……これが、ラクレット君の……ヴァル・ファスクの力」

「出力は上がっているが、どちらかと言ったら、機体の運用が上達しているな……」


ブリッジの面々は、冷静に分析するレスターのような人物は稀有であり、多くがあまりにも圧倒的な力に驚愕していた。おそらく、ミルフィーが攫われかかっている事態において、少しでも現実から目をそらしたいという気持ちが、目の前のド派手な出来事へと注目してしまっているのであろう。

「よし、道は開けた。今度は後陣の憂いを……いや先陣の憂いを立ってもらう。ラクレット、あの戦闘母艦に突撃行けるかい? 」

「もちろんです!! 全力を持って成し遂げて見せましょう」

「それじゃあ頼んだよ」

「了解!! 」


ラクレットは再び移動形態に移行すると、ミルフィーの向かう先である、戦闘母艦を破壊しに先行を始める。それと同時にミルフィーが敵戦闘機とすれ違ったのだが、3機のうち1機が、ラッキースターを護衛するように並走をはじめ、残りの二機が、シャープシューターへと進路を移していた。


「ちとせ、援護お願い!! 一気に行くわよ!! 」

「了解です、今お助けします。ミルフィー先輩!! 」


ランファはミサイルと粒子ビーム砲で、ラッキースターへとダメージを与えないように、護衛している敵戦闘機Cを攻撃する。しかし、兵装もない分、出力が低くても素早く回避し、逆にカンフーファイターに切りかかってくる。ランファはそれを難なく躱すことはできるのだが、派手に攻撃できない分、小型ですばしっこい敵を落とすことができない。


「鬱陶しいのよ!! さっさとしないとミルフィーが!! 」

もちろん無人機であるがため、返答などない。しかし、彼女はどこかバカにされているような、嘲笑われているような、そんな風に感じる。それはこの場を支配する焦燥感のせいでもあろう。


「ちとせ! そっちは? 」

「申し訳! ございません! 一機は撃ち落とせましたが、もう1機に! 取りつかれてしまいました!! クッ!! 」


一方でちとせも苦戦を強いられていた。接近されるまでに一機は狙撃で落とせたのだが、庇い合いながら接近していたこともあり、もう一機を落とすことができず、かなり近距離まで距離を詰められてしまった。一端近寄られてしまえば、圧倒的にこちらに不利であるため、どうにか回避を続けて、ミサイルとバルカン砲で応戦しているが、回避されてしまっている。
シャープシューターとエタニティーソードで一騎打ちのシミュレーターをちとせとラクレットは行ったことがあるが、地形とスタート位置が、ほぼすべての勝敗を決めているといっても過言ではなかった。シャープシューターの射線が取れ、距離があればエタニティーソードに勝ち目はなく。射線がとれず、距離が近ければ、シャープシューターは成す術がなかったのだ。完全に相性の機体である。


「急がなくちゃいけないのに!! 」

「さっさと沈みなさい!! 」


ランファとちとせの二人は不利な状況に追い込まれてしまったのだが。まだ希望はある。それは、後陣の憂いを絶っていた、ミント達がおおよその敵を片付けたので、こちらに向かっているのだ。あと10分もあればこちらも到着するであろうが、このままのペースだと、戦闘母艦の攻撃可能距離に入るのが早いかは誰にもわからなかった。




「ッく!! やはり、母艦だけあって、硬い!! しかもこれ、近接戦闘機用の火器ばかりついてやがる!! メタを張りやがって! 」

「大丈夫か! ラクレット? 」

「はい、少々きついですが、やれないことはありません!! 」


ラクレットが相手しているその戦闘母艦は、なぜか対戦艦用の武装がほとんど存在しない上に、対戦闘機用の武装ばかりが装備されていた。
しかも、例によって例のごとく、Friendly Fireが一部解除されており、装甲の分厚い部分には自らが被弾することも構わずに攻撃してくる。ラクレットは数百を超えるミサイルと数十門の火器に晒されていた。
しかし、ラクレットだってこと戦闘に関しては、すでにバカではない、ベテランであるのだ。着実に砲門を削りつつミサイルを回避している。もうすぐ特殊兵装が打てるようになるという勝算の切り札があり、苦戦中であるが悲壮感はなかった。

しかし、予測しない事態というのは、唐突に訪れる。


「そんな!! 」

「どうした!!報告は正確にしろ! 」

「ラッキースターの速度さらに上昇!! ミルフィーさんのバイタルが恐怖で乱れています!! 」

「だめ!! いうことを聞いてくれない!! タクトさん!! みんな!! お願い早く!! 」


今までシステムの再起動を試みたり、操縦をしようとしたりと、いろいろ試してきていたミルフィーが、ここにきて明確な恐怖を感じ取っている。このままでは作戦の指揮どころか、今後の皇国の未来まで失いかねないという、最悪のビジョンが皆の頭をよぎる。
少数精鋭の舞台であるエルシオールは、そもそも部隊員の欠員ということをほぼ想定していないのだから。その中でも中心的存在でエースであり、軌跡を何度も起こしてきたミルフィーユ・桜葉が消えてしまえば、ヴァル・ファスクとの戦争に勝つビジョンなんて見えてこないのだ。


「敵戦闘機撃破! ミルフィー今いくから待ってなさい!! 」

「ランファ……危ない! 」

「え? きゃぁぁー!! 」


敵戦闘機をようやく破壊したランファだったが、ミルフィーのラッキースターに近づこうとしたタイミングで、敵の戦艦による攻撃を受けていしまった。 距離があったため、警戒がおろそかになっていたのだ。撃破に成功した安堵もある。百戦錬磨の彼女がそんな単純な油断をしてしまうほど、今の戦場は特殊すぎるのだ。


「ランファー!!! 」

「司令!! 敵母艦から、ラッキースターに対して誘導信号が!! 回収するつもりです!! 」

「畜生!! もうこれしかないのか!! 」


タクトは目の前のトリガーを握りしめる。安全装置をまだ解除していないので、発射はされないが、現在すでにラッキースターにロックオンしており、なるべくバイロットに被害がないように撃墜できる場所を打つ準備はできていた。もちろんなるべくであり、絶対ではない。この世界の戦艦には非殺傷な武器など早々搭載していないのだから。

タクトが、セーフティーを解除したその時に、事態は動いた。誰もが予想していなかった行動に出た人物がいたのだ。



「━━━━コネクティドウィル」

そう宣言し、ラクレットはラッキースターを切り付けた。


「きゃあぁぁ――!!!! 」


突然の攻撃に、悲鳴を上げ、振動に揺られるミルフィー。当然であろう、まさか目の前の味方戦闘機から攻撃をされるとは思っていなかったのだから。
ラクレットの攻撃を受けて、回転するラッキースター、しかし爆発等は発生せず、単純に真直ぐ飛行不可能になったという具合だ。ラクレットはそのままエタニティーソードを滑らせ、剣のエネルギー伝導を切り後ろから抱きしめるように捕獲すると、そのままスラスターを吹かし、エルシオールに向けて真直ぐに飛ぶ。


「ラッキースター回収しました」


そう彼が告げることで、この場での戦闘の幕は閉じた。













「ミルフィーの容態は!! 」

「司令……大丈夫ですよ、今は意識を失っているけど、時期に目覚めるわ。もちろん命への別状はないわよ」


戦闘が終わった後、厳密にはラクレットが回収して帰還した後、残党の処理のための指揮をレスターに任せて、タクトは医務室に駆け込んでいた。
タクトとしては、自分が負うべき味方への攻撃を部下にやらせてしまったという負い目もあり、その場に残ろうとしたのだが、レスターが珍しく強く「とっとと行け!! 」と言ってきたのもあり、医務室に向かっていた。


「ラクレット君が、上手くパイロットにダメージが行かないようにしてくれたのか、外傷は0。女の子には優しい彼らしいわね」

「ケーラ先生……」

「こういう時こそ、貴方はしゃんとしなくちゃいけないのよ、厳しいだろうけど明日の白き月との合流の時には、司令官の顔をしてもらうわ。でも今晩くらいは彼女のそばにいてあげて」

「解りました……ありがとうございます」


タクトは、相変わらずかなわないなと思いながら、ミルフィーの眠るベッドの横に腰掛けるのであった。


「ごめんよ、ミルフィー」














所変わって、今度は司令官室。タクトから権限を借り受けており、先に待機させておいた人物に、残党の処理が終わったレスターは会いに来ていた。


「まずはお疲れ様だ、ラクレット。調子はどうだ? 」

「そうですね、戦闘中に高揚しすぎて、この通りまだ能力が引いてくれません。動悸もしますし」

「そうか」


ラクレットは、いまだに体に紅いラインが浮き出たままであった。先ほどよりは薄くなっているものの、はっきりと見て取れる。おそらく今その気になればこの部屋からでもエタニティーソードを動かすこともできるだろう。現在まだ能力行使状態にあるのも、先ほどのトラブルの原因究明のために、整備班がまだシステムを起動させてチェックしているからかもしれない。そう自己分析しながらラクレットは返答した。


「……嫌な役割をさせてしまったな」

「いえ、あれは自分の判断です」

「だが……クルーはしばらくそうは思わないだろう」

「……ですね」


レスターが懸念することは、先ほどの戦闘におけるラクレットの行いだった。正体は明かしていたものの、初めて彼が人とかけ離れた能力を行使するところ見せたのだ。実際先ほどのブリッジクルーの反応は、やはり若干の恐怖をはらんでいたものだと、レスターは観察している。
そのうえで、先ほどのタクトの攻撃の前に素早くラッキースターを攻撃した。もちろん彼の技量をもって、最大限彼女の安全を考えての攻撃であった。しかしだ、味方に向かって刃を向けたのは事実であり、躊躇いなく振りぬいたのもまた存在する過去である。それを、今ただでさえ彼に対して若干の認識の改めを行っているクルーが、どう思うか。そういったものを彼は心配しているのだ。
だからこそ彼はタクトをすぐさま向かわせた。クルーに対してせめてタクトは人情あふれる、人間であることを示さすために。最悪ラクレットとは違うという風潮を作るために。急転直下過ぎる状況にタクトはそこまで考えが回っていないだろうし、彼の意図も理解していないだろうが、レスターが考えているのはそういったことだ。


「ともかくだ、お前がロックしていた部位が、きちんと誘爆を起こしたりしないところだったのが幸いした。上官に対して殺意を向けたわけではないことの証明はできる。まあ、細かいごたごたはこっちで処理しておくから、今日はもう休め」

「ありがとうございます」


レスターの言外の意味をきちんと受け取ったラクレット。彼はそのまま敬礼をして退室しようとするが、まだレスターが何かを言いそうな気配を察知して、その場に直立不動で数秒待つ。すると、いうべきか悩んだのか、苦悩の表情を浮かべて、レスターは重い口を開いた。


「それと、これは酷い大人の独り言だ……親友に恋人を撃たせる真似をさせないでくれてありがとう」

「……失礼します」


その言葉を聞いたラクレットは、まるで何も耳に入らなかったかのように、部屋を後にした。彼の頬にはすでに紅いラインはなく、いつもより少しだけ早く心臓が鼓動していた。

















「ヴァルターさん……」

「ルシャーティさん? 」


彼が自室に戻ろうと歩いていると、部屋の前に意外な人物が立っていた。話しかけられたことと、位置からしてどうやら自分に用があるようだと判断したラクレットは、なんとなくつかめてきた、彼女が不快にならないであろう距離である、2mほど離れた場所で立ち止まり返事をする。


「何か御用ですか? 一応まだ戦闘後ですから、できれば自室にいていただきたいのですが」


そう言いながらも、なぜかラクレットは彼女に対して、ひどく違和感を覚えた。いつもの理性を失ったような、そんな瞳ではなく、おそらく操られてなく、自分の意志でここに来ている。そう感じたのだ。そしてそれと同時に、彼女の顔を見ていると、少々ピントが合わさらずに若干頭がくらくらしてしまう錯覚を覚えたのだ。


「あの……お疲れ様でした」

「いえ、慣れていますし、仕事ですから……」


相変わらず、どこか儚げで退廃的な雰囲気を纏う彼女が、優しい声音で彼にそう囁く。その言葉をなぜかラクレットは久方ぶりに味わう感覚とともに聞いていた。先ほどレスターとの会話をしている間に、緩やかになってきた心臓が、今度は大きく深く脈打ち始める。


「……私はまだ、貴方のことが少し怖いです……ヴァル・ファスクというのもありますが……その最初の……」

「ああ……別に気に病む必要はありませんよ。舞い上がっていたのです。あの時は」


やっぱりまだ怖がられていたのかと認識すると同時に、なぜかその言葉を聞いたラクレットの心が痛む。曖昧に笑みを浮かべながら、自分の本心かどうかわからないまま、反射的に言葉を返すと、ルシャーティは、まっすぐにこちらを見つめながら、ラクレットに向けて口を開いた。


「……ですけど、私は今日のことで貴方に対する態度は変えませんから」

「…………」

「あなたがやった事はきっと、誰かがやらなくてはいけないことでしたから」

「ありがとう……ございます」


こんな風に自分を肯定してくれたのは、今までクロミエくらいだったので、面をくらってしまうと同時に、さらに心臓が早鐘を打っているのを自覚する。もしかしたら、表情にも出してしまっているかもしれないが、ラクレットにはそれを確認するすべはなかった。


「それでは、部屋に戻ります。おやすみなさい」

「はい、よい夜を」


そう言ってラクレットの横を通り過ぎるルシャーティ。ラクレットは彼女の髪が残した軌跡の残り香を忘れることができなかった。


「演技してたら、本気になってるかもって、まじかよ……能力の副作用とかであってくれよ……」


彼はそう呟きながら、ふらふらとした足取りで部屋に入るのであった。











これは、吊り橋効果ですか?



[19683] 第16話 急転
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/08/07 15:06



第16話 急転




彼女はただ、平和に暮らしたかった。●のような少年がたまに会いに来る、それだけが日々における大きな刺激だった。そんな生活。それでも別段大きな不満はなかったのだ。
出来れば邪魔もなく、自由に少年と会えるような、そんな場所だったら嬉しいな。そう思っていたのだから。


「ねえ、ルシャーティ」

「なーに、ヴァイン?」


それは彼女の遠い記憶、『自分より背の高い男の子』が自分の名前を呼んでいる。いつも見ている、代わり気の無い表情なのに、彼は何か困っているような、そんな風に彼女は思った。






「僕は、君の事とどう接すればいいのだろうね? 」

「せっする? 」

「会うってことだよ」

「そうなの? 」


昔の彼は今よりも、自分の前で曖昧な態度をとることが多かったな。そんなことを彼女は思い出した。靄がかかっている記憶達の多くで、彼が戸惑いを見せている物が多いのを、彼女は思い返しているのだ。


「君は、どんな僕を望んでいるんだい? 」

「……わからないよ」

「……そう」

「でも、ヴァインといっしょにいたい」

「そうか」

「ヴァインみたいなおとうとがほしいの。わたし、お姉さんになる」

「僕の方が、上なのに? 」

「でも、ヴァイン、大人じゃない 大人はなやまないんだよ」

「それは難しい事なんだよ……姉さん」


そう、確かその日、私より背の高いあの人は、私の頭をなでながらそう言ったのだ。
あの人は、悲しい様な、嬉しい様な、いつもの戸惑ったような顔で私の事を姉と呼んだ。
それが私たち姉弟のはじまりだった。

彼女がそんなことを夢幻の合間で思い返していると、声が聞こえた。


「姉さん、行こう……貴方は僕が守るから……」

(守る? 何からなの? ヴァイン? ) 


そんな風に思いながら、僅かばかり残っていた意識は、また何時もの頭痛でかき消された。





ラクレット・ヴァルターは一晩考えた結果、自分がどうやら、ルシャーティの事を好きになりかけている事に気が付いた。昨日の戦闘の後、昂ぶってしまった自分を、冷たいシャワーを浴びることで沈め、何とか落ち着かせた頭で情報を整理したのだ。
結果、どうにもルシャーティの事が気になってしまっていることが分かった。大きな原因は、自分の事を怖がっているはずなのに、必死にこちらに接しようとしている所と、この前名前を呼ばれた時のギャップではないかと推察している。

しかし、しかしだ。ルシャーティはギャラクシーエンジェルに出てくる女性陣の中で上位3人に入る手を出してはいけない人物である。陰謀の道具であり、ずっと利用されてきた哀れな少女であり、しかもそんな中でも自分を操ってきたヴァインを憎み切れなかった。そんな少女である。ちなみに年は不明。

とりあえず、いつものようになるべく意識しないで行くことにしよう。そう心に決め、今夜にでもクロミエに相談するつもりのラクレットであった。


「でもなー、そろそろだしなー」


現在『エルシオール』は白き月と合流し、格納作業に入っている。もしことが起こるとしたらこの直後だ。エルシオールが白き月に入ったタイミングで、白き月のシステムに何者かが侵入し、混乱させたタイミングで、7号機&クロノブレイクキャノンを奪取されてしまうのだ。

色々かき回しているので、起きるかどうかは不明だが、それでも外部の敵の警戒は必要であろう。なにせ、ロウィルという敵はいないが、カースマルツゥがいる為、まだ敵の前線指揮官は健在である。このタイミングで何かを仕掛けてきてもおかしくはない。


「まーエメンタールの兄貴の事だから、何か仕込んでいるだろうし、僕にも、カマンベール兄さんにも」


カマンベールはラクレットの正体がばらされた後一悶着あったが、それはまた今度語るとしよう。具体的にはEL編の後の外伝シリーズで。一つ言えるのは、ノア・ヴァルターが戦後にトランスバールのソーシャルセキュリティーナンバーを取得するという事か。


ラクレットに送られてきている指令書は、すでに8割以上読めるようになっている。そして、白き月と合流して二日ほどで、補給部隊として、エメンタール本人も合流する予定になっている。自分の頭で動く分と、兄の思惑で動く部分、微妙に異なっているが、ラクレットが頑張るのは、いつもの仕事『エルシオールとエンジェル隊を守る』だ。


昨日の事もあって、周囲にまた微妙に距離を取られているっぽいが、気にしないままラクレットは食堂に向かうのであった。











タクトはミルフィーのベッドに気が付いたら顔を突っ伏する形で眠っていたようだ。固まった体をほぐすように伸びをしてから、安らかな表情で眠っているミルフィーを見つめた後、彼は一端自室でシャワーを浴びて着替えて来ようと、医務室を後にした。

何時もならレスターにドヤされるどころか、直接来て襟首を掴んで引きずられるような時間なのだが、今日は大目に見てもらえるようで、タクトは比較的のんびり自室に向かっている。


その時だった、『エルシオール』と白き月に突然警報が鳴り響いたのは。













「よし、陽動用はこんなもんでいいだろう……」

ヴァインは、夢遊病患者のようなルシャーティの手を引きながら、白き月の中を駆け足で進んでいた。すでに白き月のシステムに介入して、トラブルを起こしている。具体的には、聖母の部屋近辺に侵入者があるようにしたのだ。当然それが誤報であり、すぐに外部から不正にアクセスされたものだとばれるであろうが、今必要なのは時間と注意を逸らすデコイだ。


「姉さっ……いくぞ、人間」


誰も見ていないところであり、もう演技の必要が一切ないのに、無意識に姉さんと呼んでしまったヴァイン。ヴァル・ファスクらしくないミスだ。しかしそんなことを気にするよりも今は足が必要だ。



「ついた……これが、7号機、決戦兵器」


事前に読み込んでおいた地図は完全に頭に入っている為、全く淀みなくたどり着いた場所は、白き月に奥にある格納庫。彼が奪取するつもりのモノは、ここに鎮座されている。7号機。通称決戦兵器だ。


「武装が外されているか……できれば破壊してから行きたいところだが……」


クロノブレイクキャノンは純粋な物質的武装であるために、物理的な破壊が必要だ。そんなことをしている時間はさすがにない。もうそろそろ、此処の警備システムが自分たちに気付くであろうから。

ルシャーティの手を優しくとり、そのまま自分の方に引き寄せる。横にがっしり抱きしめてから、タラップから7号機へ乗り移る。其の後彼女を後部座席に座らせてから、外部から操作すればよかったことに気付く。また、¥らしくないミスだ。焦っているのかもしれない。そう自分に言い聞かせながら、ハッチやセーフティーを解放。格納庫から外に出られるように進路を確保する。このタイミングでけたたましくアラートが鳴り響くが、もうこちらの方が早い。
ヴァインは歯を食いしばっている事に気が付かないまま、機体を発進させる。


「姉さん……」








「レスター!! 状況は!? 」

「不明だ……白き月に侵入者がいるみたいだが、場所が場所だけに俺達は何もできん」


ブリッジに駆け込んだタクト、しかし状況は混迷としており、いまいち何が起きているかを把握することができないといった所であった。シャトヤーン様の私室近くに侵入者反応があったらしいが、その場に駆けつけても、カメラの映像を見ても何も異常はないのだ。


「でもまあ、何かありそうだね」

「そうだな……」


二人がそう言った途端、白き月から通信が入る。即つなげると、画面に表示されたのは、珍しく焦った様子のノアとカマンベールだった。


「エルシオール!! 7号機が何者かに奪われた!! 」

「急いでそっちでも確認して頂戴!! 」

「了解!! レスター!! 」

「ああ、ココ、アルモ」


即座に対応を開始するブリッジクルーたち。すると即座に7号機がクロノドライブ可能位置に向かっていることが分かった。すぐさま停止命令を出しつつ、通信を繋ぐ。するとすぐさま、反応が返ってきた。


「……通信切断されました」


────明確な拒絶という形によって










その後、7号機を奪取したのが、EDENの二人組だということが判明する。
タクト達は、補給を最低限済ませ、奪還の為に即追いかけるのであった。









「ヴァイン……ルシャーティ……くそ、どういう事なんだ……」

「考えても仕方ないだろう……二人は……いや、少なくとも片方は工作員なり、スパイなり、兎も角敵だったってことさ」

「あら、敵と考えるのは早計ではありませんこと? なかなか解放に来ない私たちに見切りをつけてしまった猪突猛進な方々、実は敵に人質や命を盾に取られているEDENの姉弟。ほら、いくらでも考えられますわ」


場所は司令室。集められたメンバーはタクト、レスター、ラクレット、エンジェル隊だ。いつものメンバーによる作戦会議である。議題はもちろん7号機の奪取という暴挙に出た、二人について。

案外予想外に弱い為、頭を抱えているタクト、議論の余地なしと冷めているレスター、味方によっては屁理屈ともとれる理論を展開するミント。それぞれの立場がよく出ているであろう。

ミルフィーは現在白き月ではなく、『エルシオール』で療養中だ、2,3日で目を覚ますだろうとのことで、白き月に搬送して高度な治療を受ける必要が見られなかったのだ。これはラクレットの腕と言うより、仮にタクトが『エルシオール』の主砲でこうげきしたのであったなら、誘爆する可能性もありより危険であったとう言う事だ。攻撃する踏ん切りがついていたとすれば、ランファでも同じような結果になったであろう。

さて、この場で話し合っているのはもちろん先ほどの事に対する対応を決める為ではない。ただ単純に、どうしてこうなったのかを考える為だ。人は、全く行動の指針を示さない会議でも、ただそれを望むことがある。
余りに信じられないような状況を共有した時がそうだ。今の様に、仲間とはいかなくても、悲しき過去を持った亡命者の姉弟と思っていたのだ。親しみをもって接していたし、戦闘員で軍人である彼等からすれば庇護の対象であった。故にこその彼らは大きくショックを受けているのだ。


「兆候なんてなかった、でも見抜けなかったのは俺の落ち度だ……」

「そんなことはないよ、タクト。実際に彼女ら二人には邪気なんてなかったんだからさ。なんていうか、直感的に安心してたんだよ私も。勘が鈍ったのかねぇ……これじゃ隊長失格かね……」

「アタシも全然疑ったりしなかったからね……」


どんどんテンションが下がって言ってしまう、エンジェル隊の面々。自分がもう少しああしていればと言うのを、全員が感じているのもある。基本的に仲のいい彼女たちは、そうやってよくかばい合いをしてしまうのだ。これは良い方向に回れば最高なのだが、このように悪いスパイラルに入ってしまうこともあるのだ。


「皆さん、今は休みましょう。一人になったら気分が滅入ってしまうかもしれません。ですが今重要なのは何故より、今後どのようにして取り戻し、再発を防ぐかです。ヴァイン達に追いつくことがあったら、何故の部分もおのずとわかるでしょう」


そんな中ラクレットはあいも変わらず正論を口にする。皆も分かっているのだろうから、誰かがこうやって口にしなくてはならない。そしてこういった役目はやはり自分またはレスターが向いている。そんなことを自覚しながら。
エンジェル隊は特性上感情的な判断を優先させることによってテンションが上がるのだ。エンジェル隊の中では、理性派のミントでも、結局は感情的に動いてしまうことは多い。そういった意味でレスターや自分はブレーキ役であり、地図を読む役でもあるべきなのだ。

皇国の命令を受けたタクトが舵を取り、レスターが地図を読み。エンジェル隊が漕ぐ『エルシオール』と言う艦では、ラクレットは臨機応変に雑用をしつつ、周囲へと気を配るポジションだ。

現在エンジェル隊は、ラクレットに対して思うところはある。一寸の躊躇もなくミルフィーを沈めたり、ヴァル・ファスクの血筋だったりと。妙に距離を感じてしまう出来事が頻発しているというのもある。
だが、彼の言うことは事実なので、素直に受け入れ、今は己のできるであろうことをしようと動き出すのであった。






[19683] 第17話 撃ったら戻る
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/08/08 14:34




第17話 撃ったら戻る




「間もなく、ドライブアウトします」


『エルシオール』は数度かのクロノドライブを経て、ようやく7号機に追いつけるであろう宙域に到達した。戦艦と戦闘機、距離が長くなればなるほど、速度に関しては戦艦に分がある。クロノドライブの継続可能距離が戦艦の方が長いからだ。だが、エルシオールが持っている宙域MAPは今は裏切り者の可能性が高いヴァインから提供されたものであり、航路選択には慎重にならざるを得ず、すぐに追いつくことは出来なかったのである。
最も敵が最大船速やそれ以上で進んでいた場合はこの次の宙域になるであろう。未完成品とはいえ、7号機は紋章機なのだ。限界を超えることはできる。


「さて、タクト……」

「ああ、解っているさ……皆、出撃準備はいいかい? 」

「ええ、当然よ」

「コンディションは万全ですわ」

「任せておきな」

「ナノマシン充填率は100%です」

「全力を尽くして任務に当たります」

「問題ありません」


それぞれが、そこそこのテンションだとタクトは、再認識する。まあエース不在で、原因不明の理由で戦わなくてはいけないのだ。絶好調とは言えないだろう。だがそれでも十分な士気とテンションがある。


「ドライブアウトします!! 通常空間に出ました」

「至急周囲のスキャンを頼む! 」


周囲はどうやらアステロイド帯に囲まれ、回廊のような作りになっている。伏兵がいる可能性は高く、また後方から敵が通常空間を経由して回り込んでいる可能性も捨てきれない。
すぐさまスキャンが完了すると、目の前に一機『友軍反応』が確認された。その後間髪入れずに、通信が向こう側から繋いでくる。


「やはり、追ってきましたか。マイヤーズ司令」

「ヴァイン……! 君にはたくさん聞きたいことがあるよ」


ヴァインは一見いつも通りの顔で『エルシオール』に通信を繋いできていた。タクトたち『エルシオール』のクルーはその様子に思わず身構える。何か罠でもあるのじゃないのか、そう思ってしまったのだ。その余裕はとても追いつかれたからの苦肉の策と言ったふうには見えない。


「まさか君が、7号機を動かせたとはね……」

「ええ、まあ僕の力だけでは無理ですよ。原理的にはヴァルター少尉と同じですから」


タクトは素早くエンジェル隊と格納庫に発進命令を後ろ手にハンドシグナルで出す。それを受け取ったレスターは、その旨を秘匿回線で伝え、すぐざま格納庫のハッチが開く。
ヴァインからもそれは見えているのか、彼の表情にも若干変化が見えた。まるで後悔をしているような、そんな様子だ。タクトもどうにも様子がおかしいと気付き、ヴァインとの会話を続けることにする。


「それは、どういった意味かい? 」

「……こういう事ですよ!! 」


ヴァインはその言葉と同時に、瞬間的に彼の能力を発動させる。ラクレットのような混血種と違う、純血で生粋のヴァル・ファスクである、彼は能力の発動に対した手中や時間を要さず、瞬時にその状態になることは容易い。


「嘘……そんな……」

「やはり、そう言う事だったか……」

「読まれていましたが、さすがです」


ヴァインの前進には紅い入れ墨のような筋が浮かび上がっていた。ラクレットのそれよりも数ははるかに多い。それは、何よりも解り易く、ヴァインがヴァル・ファスクであることの証左であった。

しかし、タクトはどうにも彼がヴァル・ファスクであることを完全信じることができなかった。彼の一番身近なラクレットは混血であり、人として育てられたのもあり、苦悩し感情を持っている人間であった。逆に今まで敵対してきたヴァル・ファスクはなんと言うか、考え方や言動そのものが違っていたのだ。言葉にはし難いが、タクトが人と接する上で読み取る雰囲気のようなものが、どうにもヴァル・ファスクは人間と違っていたのだ。しかし、ヴァインは人間と余り大差の無い雰囲気だったのだから。


「それじゃあ、やはり、ルシャーティも!!」


その言葉に、通信を見ている全員の視線がヴァインの前の席に、虚ろな瞳を浮かべながら腰かけているルシャーティに集まる。先ほどから一言も声を発しない彼女に、不気味な何かを感じつつ、タクトはヴァインの返事を待った


「……彼女は、本物ですよ。本物のライブラリーの管理者です。彼女はどうやらH.A.L.Oシステムとの適性もあったみたいですね」


ヴァインはどこか、何かを訴える様な口調でそう言う。しかし、タクトは直感で彼の言葉に嘘はないと感じられた。



「ヴァインお前は、ルシャーティさんの能力でH.A.L.Oシステムで取り出したエネルギーを、僕と同じで最適化して動かしているんだな」

「その通りだ。ラクレット・ヴァルター」


何時もの敬語はもうやめたのか、突然割り込んできたラクレットに対してヴァインはそう言う。今回ラクレットはヴァル・ファスク関連については一応専門家として通信での発言権があるのだ。


「僕はこの女の頭についている装置を経由して、彼女を動かすことができる。今回のこれもそれを利用しただけだ」

「なら、なんでもっと遠くまで移動しなかったんだよ。お前がシンクロするわけじゃないなら、体力の損耗はほとんどないはずだ」

「……っく……それは……」


H.A.L.Oシステムと長時間シンクロし続けると、やはりパイロットは疲労感を覚える。それはまあ、当然であろう。誰であれ、ハイテンションのまま集中して物事を行っていれば、そのうちばてる。しかし複座型の7号機で、エネルギーを生み出す作業もしないで操縦だけをしているヴァインは、ルシャーティを限界まで使えばより速く、より遠くへと進めたはずだ。H.A.L.Oシステムは使用し続けても疲れることはあって、苦しくはなっても、死ぬことはない。
ラクレットは、ヴァインがこの場で待ち構えていたかのように見えたのだ。


一方のヴァインもそれは自分がよくわかってないところであった。彼の言うとおり、もっと速度を出すことはできた。クロノドライブは大量のエネルギーを消費するため、彼女に生み出させたエネルギーは莫大なものだ。その過程で、彼女の首筋に浮かんだ玉のような汗と、時々聞こえるうめき声、そして常に前の操縦者の顔を表示させているサブウィンドウから見える苦しそうな表情を見ていると、どうにも限界ぎりぎりで進まなくても十分逃げ切ることはできるはずだ。という算出結果が頭をちらついてしまったのだ。より急いだ方が安全であろうに、どうしてそうなってしまったのだろうか。それは彼にはわからない事だった。


「それは……」


ラクレットはこの時、直感だがまるでヴァインがルシャーティという少女の事を思って、下限をしてしまったのではないかという考えが頭をちらついた。今までどうにも、ヴァインに対して詰問していた理由に、ラクレットはもしかしたら、自分の無意識の嫉妬があったのかもしれないと、今まさに脳内で分析していたラクレットが考え付いた理由だ。
ルシャーティに好感を持っているラクレットからすれば、もし自分がヴァインの状況にいるのならば、そのように行動してしまうであろうといった、シミュレーション結果が出たのだ。

しかし、そのことを尋ねようとした時、視界が緑色の閃光に焼かれる。自分の愛機の計器が、敵反応の出現をけたたましく知らせてくる。前方からクロノドライブしてきた無数の敵の戦艦が突如現れたのだ。


「よお、ヴァインちゃん。時間稼ぎと誘導、お疲れー。後は任せて、逃げちゃってよ」

「……っく、了解」

「そうそう、素直な子は好きだよ」


待ち構えていたかのようなタイミングで現れるカースマルツゥ。ヴァインと彼はここで落ち合う約束をしていたのかと、緊張走る『エルシオール』。即座にレスターは後方警戒急ぐように指示をだし、優秀なレーダーを持つミントのトリックマスターに後ろを探らせる。


「カースマルツゥ!! 」

「やぁ、やぁ。タクト・マイヤーズだね。せっかくこの前君たちの機体を招待させたのに、入り口前でUターンされたんだ。今日は宇宙の塵になってもらう歓迎をしてあげるよ」


「そいつは勘弁だね。今すぐここを突破して追いかけなきゃいけないんでね」


タクトはそう勇ましく返す。カースマルツゥは既に一度破っているのだ。其の後、彼の案であろう紋章機のコントロールを奪うという作戦まで跳ね返した今となっては、客観的に見ても、軍略方面では自分が上回っているのを自覚しているからでもある。そしてなによりも、エンジェル隊の士気を挙げる為でもある。やはり今ミルフィーを欠いていて、尚且つ裏切りにあったという事態だ。此処は少し司令官が先陣に立ち鼓舞すべきタイミングなのだ。

「ま、こっちとしては今日勝ちに行く予定なんてない。時間稼がせてもらうからさ」

「皆、速攻で片づけるぞ!! 」

────了解!!


もはや語る言葉なしと言った形で、タクトは彼にしては珍しく自ら会話を打ち切った。時計の落ちていく砂粒が、1粒でも惜しいそんなこの状況では当然であろう。しかし、守る戦と攻める戦では、やはり守る側に天秤の傾きがある。
果敢に攻めるタクト達を、いやらしく少しずつ引きながら牽制するように砲火を浴びせてくる戦艦たち。今まで相手にしてきた相手は、此方に突っ込んできていたため、まず接敵の時点で時間がかかってしまい、敵が進路をふさぎつつ、消極的な攻勢にしか出ない。これによって、無理やり突破すれば壊滅的な被害を受けるが、このまま戦えば時間はかかるが無傷に近い形での勝利を得られると居た所であろうか。


「敵旗艦、戦域を離脱しました!! 」

「もう十分稼いだってわけか……タクト、どうする? 」

「……仕方がない、悔しいけどこの負けは俺の責任だ。一端白き月に戻って体勢を立て直す。ヴァインがヴァル・ファスクと解った以上、これ以上この艦にある情報で進むのは危険だ。一度艦の点検もしなくてはいけないからね。彼にどんな事情があったかはわからなかったけど。それでも今は警戒しなくてはいけない」

「そうだな……よし、エンジェル隊、素早く敵艦を無力化して帰艦せよ。エルシオールはこの場で180度反転」


敵は10分程度の戦闘の後、素早く撤退していった為、結局取り逃がしてしまうのであった。どうやら最初からAIによる戦闘行動のみさせていたようで、旗艦が撤退した後も敵の戦闘の様式は変わらないままであった。
時間稼ぎをするようにと命令してあったのであろうかもしれないが、現在それは些事である。素早く足の速い艦を破壊すると、『エルシオール』はその宙域を離脱するのであった。





その後、白き月まで戻り本国にこの件について連絡を入れたタクト。結果的に彼の責任となってしまい処分は追って通達する形になってしまう。当然の如く、国民感情を煽らない様に、この件は報道されることなく、一部の政府軍高官のみに知らされることになった。国民の信仰の象徴である白き月を派遣するというだけでかなりの事だったというのに、その先で実は保護したEDENからの亡命者の片方が敵の一員だったのだ。最悪この判断を下したシヴァ女皇の支持率にも影響が出てしまう。ちなみに今の彼女の支持率は8割を超えたあたりである。民主化の方向に進んでいるため、資産家や貴族などからの人気はいまいちなのだ。
もちろん、長引くようだったら、この件も表ざたにせざるを得ない、それだけタクトが犯したミスは大きなものだという事である。

さて、数日間タクトがそういった雑事を片付けている間に、白き月に着いてすぐに、検査の為に、エルシオールから移動させられていたミルフィーが、目を覚ましたとの報告が入る。久しぶりの明るいニュースであり、タクト達は急いで白き月に向かった。先ほどまで自分の機体のチェックを行っていた、エンジェル隊やラクレットも一緒である。ラクレットは番組の打ち合わせなのか、チーズ商会の船員たちと少し打ち合わせをしていたようだが、エンジェル隊と白き月に向かっている間に走って追いついてきた。



「あ、皆! おはようございまーす」

「全く、この娘ったら、心配かけさせたのに、本当にのんきね」

「まあまあ、元気ということはいいことですわ」

「そうそう、これで暗かったかこっちが気をつかっちゃうだろ? 」

「ミルフィーさんのいいところです」

「先輩、お元気そうで何よりです」

「ミルフィー、ごめんね、俺が不甲斐ないばかりに」


彼女がいる部屋に入ると、笑顔で出迎えてくれた。どうやら暇つぶしの為か知らないが、クッキーを焼いていたようだ。エンジェル隊の面々とタクトは言葉を交わし合うが、ラクレットは一歩引いたところで、様子をうかがう様にミルフィーを見ている。


「いえ……タクトさんは間違っていませんよ。ラクレット君もごめんね、辛かったでしょ」

「い、いえ。僕は自分の役目を果たしただけですから」


ラクレットは少々動揺隠しきれず、反応が微妙に遅れてしまう。まあ彼的な事情がある為である。さて、挨拶が終わり無事を喜んだら、次の興味は食べ物に移る。いい色に焼けているミルフィー印のクッキーに興味を示さない人は、この部屋にはいなかった。


「あ、どうぞ召し上がってください」

「それじゃあ遠慮なく」

────いただきまーす


そうして、この場のミルフィー以外の全員がクッキーを口にした瞬間異変は起こった。


まず歯ごたえ、何を使ったのかわからないが、かなり固くゴリッと言った音が聞こえようやく噛み切ることができた。しかしその破片は絶望的なまでに苦く、なぜか舌が刺激でしびれてひりひりしている。そう、端的に言うなら


「ちょ、なにこれ―!! 」

「苦!! なにこれ」

「舌が痛いですわ!! 」

「ミ、ミルフィーにしては冗談きついよ! 」


犯罪的にまずいクッキーであったのだ。しかし、ミルフィーはどこ吹く風。彼らのリアクションが理解できないのか、自分の焼いたクッキーを咀嚼しながら首をかしげている。


「えー? そうですか? いつもより自信あるんですけど……うーん、おいしいのに」


その瞬間ラクレットは悟った。

記憶じゃなくて味覚に障害が出たようだと……
そしてこれがエルシオール史上最大のピンチの幕開けになるとは事の時誰も思っていなかったのである。









[19683] 【舌を】天使の飯がまずいスレpart18【バーンとやっちゃう】
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/08/09 14:57




【舌を】天使の飯がまずいスレpart18【バーンとやっちゃう】




「すまない、愚弟よ。もう一度言ってくれ。よく、聞こえなかった」

「いや、兄さんの作った歪曲場発生装置、たぶん7号機の座席下に置いたままだ」

「……はぁ!? なんでだよ!! 」

「話せば長くなるけど……」


場所は『エルシオール』内、ラジオの収録室の隣の控室。男二人が会話しているが、周りには聞いている者などいない。此処からは確認できないが、閉ざされた扉の向こうにはスタッフが立っており、廊下側からその扉を見れば、収録中の文字が表示されている。

これほどはないというくらいの情報機密レベルであろう場所で話しているのは、内緒の話に他ならない。


「前にタクトさんが乗った時に付けていたでしょ? 」

「……ああ、そうだな。昔のバージョンだが、俺が作ったやつは一定以上の重要人物が常備しているからな」


エメンタールがエオニアに認められるきっかけになった発明品だ。その当時に発見されたロストテクノロジーを解析し、自分なりに再現し制作したものである。彼が皇国にいない間それは皇国軍内部では暗殺防止策として一定以上の階級のモノや要職に就く者に配備された。
全員にいきわたらないのは単純にコストの問題だ。これを1個小隊分用意するのに、中隊規模の人員を1から育てるお金がかかるのだから。彼が戻ってきてコストそのままにさらに高性能化し実弾にも対応したものが完成し、試験的に女皇陛下やタクトにエンジェル隊などが所持している。ラクレットが話しているのはそのことである。


「そうそう、で一応どの紋章機にも遭難した時用の最低限装備はあるわけでしょ? 」

「……白き月にあり続けている決戦兵器に緊急遭難の時を備える意味はともかくそうだな」

「という訳で、この前僕が着座調整した時にお守りがてらおいて来たんだよ……」


一応紋章機も戦闘機であり兵器であるため万が一に備えた装備はある。他にも各隊員が持ち込んだ私物などもあるわけだが、それは今置いておくとしよう。

ラクレットは先日7号機の研究の為に搭乗し着座調整を行った、その時 『なぜか』 装置を置いて来たのだ。まあ戦闘機乗りが願掛けの為そういった自分の私物を持ち込むことはトランスバール皇国でも別段珍しくない。しかしそれは自分が乗った後に片づけるものだ。自分専用の戦闘機なんて持っている人物の方が少ないのだから。置きっぱなしにするということはない。


「はぁ……まあ、白兵戦なんてやらないから別に戦況には問題ないがな。ヴァル・ファスクにはもっとすごい技術があるかも知れないし」

「アクティブな装置ならあるかもだけど、性質的にパッシブなのは少なそうだよね。保険をかけるくらいなら、芽を摘む感じだし」

「……はぁ……」

「悪かったって、僕のモノだったし、紛失したことにするからさ。一個融通してよ……始末書には点検のために交換したことにしたいんだ……あれ払えなくはないけど馬鹿みたいに高いからさ……」


忘れがちだがラクレットは、相当な高給取りであり、実家関連の試算も相当にある。実を言うと同階級のちとせはもちろん、中尉のミルフィーたちよりも貰っている。というより広告塔としての仕事などによる休日拘束や、ゴーストライターの書いた本の印税なども合わせればエルシオールクルーで1番である。まあその分仕事が多いのだが。


「それが頼みってわけか……はぁ、貸一つだぞ」

「ありがとう。それと例の件頼んだよ」

「ラジオのゲスト出演か……まあ、良いけどそんな空気じゃないだろ? 」

「だからこそだよ、こういう時だからって日常の清涼剤を軽んじると、余計沈んでいくものさ」

「一丁前に口を叩きやがって、まあ詳細は正式な形式でくれよ」

「了解」


ラクレットは、そう言った会話を交わした後、そそくさとその場を後にする兄をその場で見送る。そしてその場でわざとらしくため息をつき、口を開いた。


「ルシャーティさん……貴方は無事でしょうか……あの美しいお顔が憔悴してないことを切に祈ります」














「さて、タクト……今回のお前の処分が決まった」

「はい」


『エルシオール』のブリッジその場に直立不動で画面越しのルフトに対して敬礼しているのが我らの司令官タクト・マイヤーズである。彼はようやく決まった自分の処分を聞くために、このまで待機していたのだ。指定された時間にある2秒前に通信の予兆が入り、いつもより険しい表情のルフトが現れた。


「タクト・マイヤーズ大佐、貴官が犯した罪は大きい。決戦兵器である7号機を奪取され、工作員の潜入および脱出を許すことになってしまった」

「……」

「よって、今回予定していた昇進の取り消し、およびEDEN解放軍の総司令とし、EDEN解放まで休暇を取り上げることにする」


そこで、表情を緩め、いつもの顔になりながら言うルフト。ようするに昇進はなくなったけど大筋では何もないという処罰になったのだ。これには、EDENを解放するということが決まった後、EDEN解放の為に先陣を切ることができる人物が皇国にあまりいなかったというのが大きい。能力や人柄などは問題ないが、多忙と言った人物が多かったのだ。現在の皇国は年功序列や血統主義と言ったことによって上にいた人物が軒並み消え、1年ほどたつため、かなりの実力主義の精鋭となっているが、それは同時に優秀な人材ほど、重要な場所に当てられているのだ。
要職にある人物の中で動かせるのがタクトしかいなかったのだ。カトフェルはどうかといった声も出ていたのだが、彼は今別の任についており、呼び戻すのに2月以上の時間がかかる為、それは無理な話であった。
そもそもエルシオールと紋章機たち以外に正面から渡り合える戦力はなく、タクトの代役をこなせる『エンジェル隊と決戦までに良好な関係を気付くことができる』人物がレスター位しかいないのも大きい。


「ふぅー……いやー緊張した」

「おい、タクト、態度変えるの速すぎだろ、それに責任重大なんだからな」

「わかっているって、ありがとうございます、ルフト将軍」

「うむ、さすがに今回は、責任を取って辞め去るべきだという意見も出ておったからな。調整に苦労したわい、女皇陛下の一押しもあって何とか落ち着いたがな」



その後3人でこの後の詳細な侵攻プランを確認し合い、準備を整えていくのであった。









「やっぱり……おいしくないわよ」

「ええ……食べられなくはないのですが、完食するのはちょっとと言った感じですわ」


場所は銀河展望公園、ミルフィーがリハビリも兼ねて、再チャレンジのお弁当を作ったので、ピクニックに来ていた。参加者はエンジェル隊タクト、レスター、ラクレットである。白き月の中にいる為に、二人とも余裕があるのだ。もちろんEDEN解放のために組織された軍の調整などの仕事もあるが、『エルシオール』の司令官としての仕事である、ミルフィーのテンションとも関係がある為に参加していた。レスターはとばっちりである。


「……栄養バランスは取れています」

「味付けと調理法に問題があるのではないかと……」

「そうさね、横でラクレットが見ていたんだろ? 」

「ええ、最後の方だけですが、これと言っておかしいところは……」

「どうしてこうなっちゃうんだろう……」


ミルフィーは深くため息をついた。いつもの大輪のような笑顔ではなくどこか悲しそうなそれである。結局のところ、彼女にも、ケーラにも、そして白き月の医者にも原因が分からずじまいだったのだ。ノアやシャトヤーン、エメンタールの仮説では、H.A.L.Oシステムに同調している時に強すぎる恐怖や戸惑い驚きを感じたことによって、信号が逆流してしまったのではないかという原因を示唆していたが、それが分かったところで解決する手段は現状無い。医学的に診断できるのは重度の味覚障害だけなのだから。
7号機にタクトと二人で乗り、シンクロすることによって治療は可能であろう、実生活には問題ないため後回しにすることにしたのであった。この事を知った一同は取り戻そうと躍起になるのではなく、間の悪さに気分を沈めてしまった。



「あの、今の現象から自分なりに考察してみました」


ラクレットは、しっかり行程通りに、分量通りに調理していたミルフィーの料理がなぜこのような微妙に残念な仕上がりになってしまったかを考えてみた。彼女は首を傾げながらも味見をし、レシピ通りの分量で正確に再現していたのだ。
それはミルフィーの運が絡んでいるのではないか? という一番考えやすい結論に落ち着いたのだ。


「ミルフィーさんは、自分の運をコントロールすることはできません。前も一切運が発動しなくなったりしていましたし。ですが、紋章機に乗りシンクロすることである程度なら制御できるということも分かっています」


此処でいったん言葉を切って周囲の理解を確認する。目が続けろと語っていたので、そのまま続きを口にする。


「前回、僕の攻撃と、なによりヴァインによる干渉という外部から強制的な刺激を受けた為、制御中だった運が変な方向に接続されてしまった。その結果、『ものすごい偶然が重なってしまい、どういう訳かあまりおいしくなくなってしまう料理』になるのではないでしょうか? 今回は観測者がいたわけで、前回ほどのイレギュラーが起こりうる隙がなかった。故に前回より良い出来になった。というのはどうでしょう? ミルフィーさんの味覚もあのクッキーを先ほど食べてもらった結果そこまで美味しくないと自己評価してましたので、味覚の方は徐々に良くなっていっていると思います 」

「つまり……人の手の及ばないところで必ず、負の方向に作用する?……現状、料理の分野でのみ」

「はい、そういうことです」


レスターとラクレットがそういった会話をしている中、段々各々の橋を進める速度が落ちてくる。ほとんどの面々が、最初に自分の皿に取った分を何とか食べ終わったのだ。するとやはり、重箱の中にはまだいくつもミルフィー印のお弁当が残ってしまう。いつもならば取り合いになるそれは今回ばかりは寂しげで重苦しい空気の象徴となってしまった。
それはすなわちミルフィーに気を使いながらも、自分の好悪の判断的に許容できないことを如実に表しており、自己嫌悪と悲しみにより、彼女たちのテンションが急降下しているという事に他ならない。

しかしそんな中、レスターとラクレットはお代わりの為に、菜箸に手を伸ばした。

「あ、無理しなくて大丈夫ですよ? 私が夜食べますし」


不味いと感じない彼女自身ならば、問題なく食べられる。量を除けばなので夜までかかるが。


「いや、栄養バランスが考えられた食事だ。独り身の俺には有難いくらいだ。それに、女の作った料理を残して、恥をかかせるなんて、男のする事じゃない」

「レスターさんに同じですが、僕は単純にお腹が減っていますので、こんな体なので燃費が良くないんですよ」


ミルフィーが控えめに微笑みながら制止しようとするが、レスターとラクレットは逆にミルフィーを制しながら、残りの弁当を自分の皿に盛りつけ始めた。レスターは気遣いもあるが、別段自分の本心と矛盾していない。仕事で美味しくもない脂っこいだけの食事をとらされることや、味気のないレーションのみしか食べられないこともあった。見方を変えればこれもエルシオールの首脳陣としての仕事でもあるのだ。そう考えれば別段、少々美味しくないだけで栄養も見た目も完璧な料理など辛いものではなかった。
ラクレットはやせ我慢でそう言っている。場の空気を沈めないための行動である。


そんな風に何とか表面上は、元通りに見えるが、やや暗くなってしまった『エルシオール』の空気である。エンジェル隊のテンションもやはり少々下降気味であるのは純然たる事実であった。
しかし、そんなことなど些事ともいえるような大きな問題が目の前にあった。それはタクトの皿がほとんど減っていないという、彼女からしたらいちばん残酷な事実であった。














カースマルツゥはEDENに戻った後、とある場所に来ていた。EDENはヴァル・ファスクの占拠下にあるが、それでもヴァル・ファスクは別段政治形態を変更させたりや、此方よりの政治家を配置したり、都合の良い法律を発布したりなどはなく、自治の色が強かった。ヴァル・ファスクは占領後の略奪や強姦などは一切しない上に、人間に対して飴を上げて制御する気も必要もないのだ。逆らわずに、物好きなヴァル・ファスクの研究用モルモットの製造プラントであり、資源回収用惑星の拠点でもある。そんな程度だ。

だからこそ、EDENは独自の警察組織や裁判所まである。それは同時にきちんと刑務所に入れられる、犯罪者もいる問う事だ。


「えーと、来週までに死刑執行される奴が17、俺の条件を飲んだ奴が48合わせて65か、本星から届くのは30だし、あと5かー」

「カースマルツゥ様、後5人でしたらこちらで工面することもできなくはありませんが……」

「……なら頼もうか。その方が早い」


独り言であったはずだが、此処を管理する人間にそう口を挟まれ、その方が楽だと判断し、提案を飲むことにした。本当は人間なんぞに指図は受ける気はないが、その方が早いならそれを使う。それだけなのだ。
小太りの中年の、この刑務所の管理を任されている男は、そうして悪魔の契約書に平然とサインした。


「それでは、準備ができ次第、隣の星系の中継基地に送ればよろしいのですね? 」

「いや。こいつらを使うなら、その場所はもう使えん。今日中に直接こいつらと一緒に連れて行く」

「きょ、今日中にですか!?」

男からしてみれば、元々来週までの死刑囚を確保しておけという話だったので、周辺星の監獄から引っ張って融通するだけだったつもりなのだが。突如期限を設定されてしまう、だが配達バハの眠こめない。

「出来るんだろ。用意」



「そ、それは……な、なんとか」



しかし、彼にとっての悪魔は、此方のことなど道具か、それこそ資源としか見ていない。ならばこそ、先ほどどれだけでできると言わなかった自分が悪いのだ。自分の為に適当に見繕ってくるしかない。スケープゴートを。


「じゃあ、死刑囚と他の自殺願望者を発着場まで誘導しろ。あと4時間でな」

「りょ、了解いたしました」



結局彼は、4人しか用意できず、自らがその代りにならざるを得なかった。
この時、彼等がどのように使われるかを知っているのは、カースマルツゥのみしかいなかった。



[19683] 第19話 二人だからできる事
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/08/10 14:34






第19話 二人だからできる事




「しかし、ここまでの数が仕掛けられていたとわな」

「そうですね、ちょっと平和ボケと言うか、疑うこと阻止なかった我々の責任ですね」


レスターは自分の執務用にあてがわれた部屋で、報告に来た下士官に対してそう漏らしていた。
現在下士官が持ってきたのは、この艦に仕掛けられていた盗聴器である。スタンダードな盗聴器から始まり、ボールペン型、カメラ型など、その辺に無造作に置かれてしまえば、誰かのモノだろうと勝手に誤認して放置してしまいそうなもの。そういった物品が発見された。


「恐らくだが、ヴァインが仕掛けておいたものであろう。まあ証拠はないがな、一応乗員全員に不審なモノを見かけたら報告するようにしておいてくれ」

「了解しました」


こういった細かい仕事はレスターの仕事ではあるのだが、今回は特に頭が痛かった。なにせ、盗聴器を仕掛けられたという事だけで頭が痛いのだ。部下の手前、ヴァル・ファスクと言ったが、当然の如く皇国内にも奇跡の浮沈艦『エルシオール』を良く思わない者はいる。エルシオールが優遇されているせいで割を食った存在は少なくないのだ。
『儀礼艦風情が軍艦と同じような扱いになり、予算を食いつぶすなど馬鹿げている』
と言った考えのお方もいる訳である。今でこそ結果を残せているからよいが、今回の失態はかなり痛い。それを察知されているかもしれないと考えると、気がめいる。
また逆にエルシオールに好意的だからこそ、何度も単艦での決選をさせるべきではないといった勢力や。皇国の主力が1つの艦に集中している惰弱性を懸念している。といったまともな意見も存在しているために、片っ端から無視するという訳にもいかないのだ。
レスターは勉強熱心であるがゆえに、ダイゴが制作したヴァル・ファスクの実態についての資料はもちろんこと、ラクレットにも話を聞き、自分なりに分析をしている。そんな彼らが、盗聴と言った手段を下等な人間に使うのは疑問であるし、加えて、わざわざ人間が普段使う道具に偽装してきているとなれば、外敵ならば、厄介な相手であり内敵ならば面倒くさいことだ。


「そして、こんな時に家の司令官様は……全く面倒くさい」



そしてレスターは昨日のピクニックの後、自室に引きこもっているタクトのことを思い返した。





昨日のピクニック、最も箸が進んでいなかったのは、意外にもミルフィーの恋人であるタクト・マイヤーズその人自身であった。彼は一口食べた途端強烈な不快感と、いつもの愛する彼女の手料理を食べたときに感じる満たされた幸福感の相反する2つの猛烈なせめぎ合いに苛まれた。
すごくおいしくない、なのに幸せ。こんなもの食べ物じゃない、なのに嬉しい。その相反するものの中で彼は完全の愕然としてしまった。この前のクッキーの時には少ししか感じず、気のせいだと自分に言い聞かせた、ミルフィーの料理に対する不快感が本物だと肯定されてしまったのだ。

彼がここまで受け入れられない理由は簡単だ。彼いちばんこの中で味覚にうるさい生活をしてきたからだ。三男坊とはいえ、貴族のしかも伯爵家に生まれ、何不自由なく育ってきた彼は、パーティーとかはともかく、実家で食べる料理はかなりのモノであった。そのレベルが彼にとっての普通となってしまい、士官学校の寮にいたころは、寮の料理は口にあったものの、校舎の学食は口に合わず、良くレスターを伴い外食に出かけた。そんな彼は、実はかなり味にうるさいのだ。ニコニコ笑いながら食べることもでき、それなりに美味しいなと妥協することもできるが、本当においしいものを食べ続けた幼少期と、愛する人が作る絶品な料理でここ1年飼いならされた彼の舌は、今のミルフィーの料理を受け入れることができなかった。
他にはミントもそれなりに舌は肥えている方であろうが、彼女の場合嗜好の問題もあり、外れの駄菓子等で鍛えられていた側面もあった。その為、自分の分は食べることはできたのだ。しかし、タクトは無理な話だった。

ミルフィーの最高の料理を食べ続けたために、今のミルフィーの料理を受け入れることができなかったのである。ミルフィーの料理はレスターとラクレットがそれなりに美味しく頂き完食したわけだが、タクトは自分の皿に分けられた分すら食べることはできなかった。ミルフィーもそれには気づかないふりをしていたが、あの落ち込んだ様子からして、気づいていただろうというのが、周囲の判断である。



「ミルフィー……ごめんよ……」

そんなタクトは現在部屋にうじうじしていた。うじうじするというのは、動詞ではなく形容詞であるため、正しい表現ではないが、実際彼はうずくまってうじうじしているのだから仕方ない。

彼が見ているのは昔のアルバム。二人で撮った写真や、ミルフィーが自作した料理の写真がたくさん詰まった、タクトとミルフィーの思うでの品でもある。
そんなアルバムをタクトは照明を弱めにしている司令室の机に向かい、開いて眺めていた。結局彼は、自分の事を許せないでいるのだ。

恋人の料理を食べることができなかった。自分よりもほかの男が恋人の事を気遣っていた。馬鹿げた思考だが、ミルフィーの恋人には、自分なんかよりも、レスターやラクレットが似合うのじゃないかと言った妄想が頭に浮かんでくるほどだ。こんなものは、気分が落ち込んでいるからしてしまうのだ。自室にこもってしまえばどんどん気分は落ち込んでいくだけだ。
そんなことは先刻承知であるのだが、今の彼は、この位しかすることができなかった。レスターに多くの仕事を押し付けて、自分の責任ある仕事からも逃げているようなものだ。一応最低限のものは終え、レスターに先ほど送信したが。
それでも司令官が大事な侵攻作戦を前にとって良い行動ではない。


そんな中、彼の部屋に一人の来客が訪れる。


「おい、タクト、もう仕事しろとは言わないが、それならせめてエンジェル隊のテンション管理とか言う名目で茶でも飲んでくればいいじゃないか」

「レスター……良いじゃないか、オレがサボって何しようが」

「良くないだろうが、たださぼるのは。黙認していたのはお前の仕事がったからだ」

「……そうだね、そう言うレスターの仕事は? 」

「ラクレットに任せてきた、あいつの権限でできることは少なくないからな。EDENを解放し次第ちとせと一緒に中尉に昇進予定だ」


そんな会話をしながら、少々やつれた様子のレスターは部屋に入ってくる。もう夜も遅い、昨日ではなく一昨日のピクニックになるまであと1時間もないのだ。
そんな時間までずっと仕事をしてきたのであろう。タクトは自分がサボった結果こういうことになっているんだなーとどこか他人事のように考えながら、とりあえず、レスターに顔を向けて話を聞く姿勢を取る。


「それで、お前らしくないじゃないか、感傷にふけるなんて」

「……まあね、恋人の料理が食べられなかったんだ、完全に自分のせいでね」


タクトは、この流れだと、自分に仕事をさせようとして来たのではないと、なんとなく理解する。どうやら励ましか、または喝を入れに来てくれたようだ。しかし、彼としてはまだ一人で過去に浸っていたい気分だった。


「あの料理は、別にそこまでまずいわけではなかった。少々味付けがぼけていたが、それだけだ。俺の舌には普通に食えるレベルだ。過分な塩分や油もなくむしろ評価できる部類に入る」

「そうか、それは嫌味かい? レスター」

「最後まで聞け、だから俺は、あの場で女の残した料理を残すなんて男のすることではないといった。それが食べることのできるものならば、そうするべきであろうからな。……だが」


そこでレスターはいったん区切ると、勝手に部屋を漁りインスタントコーヒーを素早く二人分用意しタクトの前に置く。飲んでみろと促すような仕草を取り自分もそれを口に運ぶ。


「どうだ、うまいか? 」

「いや、別に普通だ。インスタントの味だろ? 」


タクトが面倒くさい時に飲むインスタントの味だ。この部屋に来客はあまりない。補給の時にお偉いさんがここまで来ることはあるが、そう言った時はもっときちんとしたものを用意させるのだ。


「そうだ。これは普段別に飲むことのない、インスタントのコーヒーだ。だが、ここに客として訪れて、その時に出されたなら飲むべき物だ。それが別段まずくもなく、うまくもないならな。持て成しに対してすべき礼でもある。だがな、普段からそれを飲んでいる奴がいるなら、その味が不満であるなら別のモノにすれば良い。客じゃない普段から飲む人間なら、より良いものを選ぶべきであろう」

「……」

「女の美味しくない料理には、美味しくないって言ってやるのも優しさだ。それをお前のやり方で表せばいい。そんな非生産的な思考を続けるなら、そっちに頭を向けやがれってことだ。どうせ、今のままじゃ何も変わらないんだろ? 」


レスターはそう言うと、またコーヒーカップに手を伸ばす。足を組みながら、コーヒーカップに手を伸ばす彼は、疲れてはいるものの、いつものニヒルな笑みを浮かべている皮肉屋なタクトの親友だった。


「それじゃあ、俺は帰る。誰かが仕事をしないせいで、戦闘機乗りまでこの艦の運営をさせているからな」

「ああ……おやすみ」


その日タクトは、一晩自分がこれからすべきことについて考えてみることにした。ミルフィーと一緒に痛い、だけど今の彼女の料理は自分がおいしく食べることができない。ならば自分はどうすればよいのか?
レスターの様に恥をかかせないように食べるべきか? ラクレットも食べていたよな。ラクレットの監視がなければあれよりひどいことになっていたかもしれないのだ、それは難しいかもしれない。そんな風にどんどん思考が飛んでいく中、彼は彼らしい方法を見出した。







そして1週間後、『エルシオール』は無数の味方艦隊を引き連れて、EDEN星系の目前まで来ていた。後15分ほどで、この最後のクロノドライブも終わり、敵との戦闘に移行するわけだ。レスターは周囲の艦との連携の調整を、タクトは主戦力でもあるエンジェル隊とラクレットに対して、恒例となっている士気の鼓舞を行っている最中だ。


「いいか、皆。いろいろ思うところはあるだろうけれど、オレができることは、EDENのために戦う事だけだ。今回の敵は俺とレスターの考えだとカースマルツゥになると思う。ヴァインが本当にヴァル・ファスクならば、すでにルシャーティーを連れて本国まで戻っているはずだ」


タクトはそこで言葉を切り、全員の表情を見渡す、全員が自信に満ち溢れた最高のコンディションだと自信を持って断言できるようなそれであった。


「ヴァインやルシャーティーがどういった理由でああなったかはわからない。それでも俺達はまずEDENを解放する。そうしないと休みが貰えないからね」

「えー別にアタシは関係ないからタクトが頑張ってよ」


何時もの笑顔を浮かべながら、ランファはそう言う。彼女も
心配事であったミルフィーの件がひと段落ついてほっとしているのだ。


「そうは言わずに頼むよランファ」

「人に物事を頼むときはそれ相応の誠意というものが必要ですわよ。タクトさん」

「あー、それはつまりいつもの?」

「お、解っているじゃないか、タクト。あたしは一番良いコーヒーを頼もうかね」


フォルテとミントはこれ幸いと、タクトに付け込む。もはや恒例行事となっている、戦闘後のタクトのおごりによる、お茶会である。


「頼むって……そんな当然の様に」

「……ご迷惑でしょうか? 」

「いや、そんなことはないんだよ、ヴァニラ」

「それは光栄です、タクトさん」

「うん、ちとせも染まったね」


ヴァニラとちとせは、タクトに対して間接的に止めを刺している。彼女たちに悪意がないのが問題なのであろう。


「まあタクトさん、僕も懐には余裕がありますし、半分出しますよ? 」

「少尉に懐の心配をされる大佐の艦長っていうのも情けないかなー」

「今更ですよ、司令」


そんな和やかな雰囲気がブリッジを包む。彼等らしいマイヤーズ流と言われる。和気藹々とした軍隊らしからぬこの空気は、きっと慣れていない人物からすれば目玉が飛び出るほど驚かざるを得ないものであろう。


「それじゃあ、ミルフィー、また後で」

「はい! タクトさん。今日は回鍋肉を作りますからね!! 」

「ああ、今日も一緒に頑張ろうね」


そんな中、ミルフィーとタクトは、二人で仲良く言葉を交わし合う。通信の画面越しなのに、周囲の人間が、思わずお暑いことでと言いたくなるようなそんな雰囲気だ。

彼等の間にあった、微妙なわだかまりはもうない。
タクトは、ミルフィーと一緒に料理を作ることにしたのだ。ミルフィーがダメなら、自分が味見をしながらミルフィーと一緒に作ればよい。そういった発想から生まれたのだが、運が良かったのかこの目論見は大成功であった。
ラクレットが料理をミルフィーから習っているのを見て、前から少し思うところがあったのも事実だったのもあり、タクトはミルフィーと二人でキッチンに立っている。もちろんミルフィーが一人で昔作っていたプロレベルのそれには及ばない。しかし、二人で共同の料理を作り、食べるというのは今までとは違った幸せというものがあった。ミルフィーも教えながら、少しずつ、自身の味覚を取り戻しつつあるので、このままいけば完治はそう遠くないとのことだ。

「それじゃあ皆、行くよ!! 」

────了解!!!

そその言葉の瞬間、『エルシオール』はEDENにドライブアウトした。
彼等の遠い先祖が住んでいた、母なる星に。





[19683] 第20話 外れる思惑
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/08/11 14:54


第20話 外れる思惑





「やあ、遅かったじゃんかよ」

「おかげさまでね……カースマルツゥ」


以前『エルシオール』で見た立体映像と同じ場所。彼らの文明の源流となるEDEN文明の星系から見える星々だ。そう、彼らエルシオールと、そしてそれに相対するかのように布陣している敵は、EDEN本星に挟む形でにらみ合っている。人間から見れば膨大すぎて理解の及ばないような距離であるが、戦艦や戦闘機ならばすでに戦闘が可能な距離である。


「それはよかったなぁ……そっちが苦しむほうが都合いいわけだからさぁ」

「まあ、こっちにも油断はあったし何も言わないけれど、今はもうそんなこと関係ない。万全の状況でおまえを倒させてもらう」

「えらく自信満々じゃねーか、おい。秘策でもあるならご教授願いてーなぁ」

「どの口がそれを。まあいいや。白黒つけようじゃないか、いい加減」

「それには同意だぜ、それじゃーな、タクトちゃんよ!! 」


通信越しにそう、2,3言葉を交わした直後ウィンドウが落ちた瞬間が、戦闘開始のゴングとなる。もちろんエンジェル隊やラクレットは、この会話の間に出動しているし、ほかのタクトが率いている艦達は、戦闘用の陣形を組んでいる。しかし、カースマルツゥの名前を呼ぶ言葉と同時に、それぞれの主砲から放たれた強烈なレーザー光線は、こちらの艦のシールドを大幅に削るには充分であった。


「第一艦隊、第二艦隊は左右からの敵伏兵に警戒しろ、シールドの落ちた艦は、回復に専念。第三艦隊はエルシオールに追従しろ。予定以上の損害はまだ受けていない、このままいくぞ」


しかし、敵の奇襲は予想の範疇であったため、こちらは足の速い艦からではなく、シールドの堅い艦から、ドライブアウトさせてきたのである。レスターのその命令を確認する声に、多数の通信ウィンドウが開くと同時に、野太い宙の男共の声が返ってくる。その中にもちろんいた女性艦長の姿を認めたタクトは拡大してお茶に誘おうかととっさに腕が伸びるが、レスターに叩かれ、我に返った。今は仕事中であり、恋人がこの通信を聞いているのだ。


「よし、それじゃあエンジェル隊も行くよ!! 」

「EDENの人達の為に……」

「負けるわけにはいかないわ!! 」

「ええ、私達の本気を受けてもらいましょう」

「さっさと片付けるよ!! 」

「可及的速やかにです」

「兵は神速を貴ぶと申します」


それぞれ答えるエンジェル隊。彼女たちの士気はすでに最高潮であり、500年近く続くヴァル・ファスクの圧政から救うために、全力を出す心算である。


「ラクレットも、今すぐ行けるかい? 」

「ええ、万全ですね。すでに同調率はかなりの水準に上っています」


頬と手の甲に赤い筋を発生させながら、ラクレットはそうタクトに返す。すでに彼はヴァル・ファスクとしての力を完全に引き出している。この状態の彼は誰よりも正確な機体制御ができる自信と自負があり、それは紛れもない事実である。


「なにせ僕は、銀河最強の旗艦殺しですから」

「言うねー、イヤー頼もしいな。レスター、俺仕事しなくていいんじゃない? 」

「シヴァ女皇陛下とルフト宰相、シャトヤーン様に報告する書類に事細かく発言を記録されたくなかったら働け」

「はい……それじゃあ皆、いつもの俺からのオーダーは1つだけ」


漫才をして、場の空気を和ませながら、タクトは、通信越しに聞いているすべての皇国軍の兵士達へとただ一言。


「皆、EDENを救えば俺たちは英雄だ!! この後EDENで英雄として休暇をとるために、絶対に勝つぞ!! 」

━━━了解!!









開始して十数分が経過したころ、戦闘の推移は順調に進んでいた、いや進ませられていた。
どういった意図があるのかは知らないが、カースマルツゥは、散発的に戦艦を前に出すだけで、組織立った動きをしようとしてこないのだ。扇のように放射線上に足の速い艦を出しては、此方の艦隊に取り囲まれ、砲火を浴びて、各個撃破される。
 そんな、どう見ても、無駄で無策な行動を相手は取ってきている。当然の如く何らかの作戦を警戒するものの、一向にその気配すら見えず、効率よく敵を刈り取っていくトランスバール皇国軍。とりあえず、『エルシオール』は敵の旗艦と十分戦闘ができる位置まで進軍している。
数ではてき有意ではあるし、敵の陣形で戦線を拡大させ続けられている物の、既に同数とはいかなくとも互角以上に戦える数にになった以上、敵の数の優位は半減していると言って良い。


「うーん、どういう事だろうね?」

「さあな、なんだかんだ言って毎回裏を取られているからな、警戒しておくに越したことはないが、変に見破ろうとするよりも、被害が出たときに少なくするようにした方が得策だ」

「随分弱気じゃないか、レスター」

「お前が無謀なせいで、俺が慎重にならざるを得ないんだよ」



などと会話をしつつ敵旗艦である艦と、いつもの長距離用カスタムされたランゲ・ジオ重戦艦が行く手を阻む。


「よし、皆、一気に片づけるぞ!! 」


その言葉と同時に護衛に徹していた7機の戦闘機が目標を捉え、襲い掛かる。しかしその瞬間をもあっていたかのように通信が入る。


「良いのか? 大事なお仲間がピンチだぞ? 」

「何を言っているんだかわからないが、何を言っても無駄だ」

「ああ、悪い、ピンチになるぞ。だった」


その言葉と同時に、散発的に広がっていた、カースマルツゥの艦が大爆発を起こす。クロノストリングエンジンに臨界を迎えさせて、膨大なエネルギーを生み出したのだ。要するに自爆である。
幸い、此方の艦にそのまま消し飛んだようなものはなかったようだが、ほとんどの艦が、シールドが完全に消え、ダメージが深刻であり、非常用電源に切り替わっているのか、通信のウィンドウに表示されるブリッジの画面も暗い。


「っな!! 」


そして、その一瞬の隙をついて、未だ無傷で健在のランゲ・ジオが、爆発の影響でシールドが消え去りエネルギー切れを起こした此方の艦を仕留めようと動き出した。


「っく、予定変更だ!! 皆、急いで、敵の戦艦をおとすぞ!! 」

「おい、タクト!! それでいいのか!? 」


当然の如くレスターはタクトに対して一言申す。結局のところ、軍隊であるので、目標を果たすことが最優先なのだ。今、カースマルツゥを攻めれば、比較的容易に落とすことができるであろう。
しかし、タクトは考えがあるのか、レスターを制しつつ、エンジェル隊にはそのまま指示を送り続ける。


「大丈夫さ、レスター。俺の予想が正しければ……」

「敵旗艦、クロノドライブ反応!! 逃走するもようです」

「ほらね、どうやら、俺達はEDENを解放させてもらったらしい」

「……なるほど、そうか、そう言うことか」


敵旗艦が、一切の追い打ちをかけず、AIを駆使して、自分の護衛艦を殿にして逃走したのだ。客観的に見てヴァル・ファスクを打ち破り EDENを解放した。そういう風に見えるであろう。つまりは完全な勝利だ。
救われたEDENの民からすれば、完全な支配からの解放であり、半年前から聞こえていた、希望の噂が本物になったという事である。


「一度EDENを取らせて、EDENに希望を再び取り戻させる。それを完膚なきまでに打ち砕いて支配を強くする。良くある手だよ」

「うむ……だが、カースマルツゥはヴァル・ファスクだ。そこまで考えての事なのかは疑問に残る」

「まあ、多少はね。でも、俺はそう感じた。あわよくば解放して、復興支援とかでこっちの兵力が分散しているときを狙えたら楽。とかそう言うのだったら、あいつ等でも考えそうだ」


要するに、一度解放させて、トランスバール皇国軍を温かく迎え入れたEDEN の目の前で、此方を完全に潰す気なのだ。それにより、もう二度とEDEN文明が反旗を翻すなどと言う事を考えないようにするためだ。
もしくは、まとめて滅ぼすつもりなのか、それは解らないが、兎も角敵にとってもそれなりに重要な占領地であった、EDENはたった一人の前線指揮官の判断で解放されたのだ。
確かに敵は護衛艦などを含む多くの戦力を失った。だが、それと同数まではいかないが、皇国側もそれなりの戦力を失っている。今回はヴァル・ファスクが防衛側で皇国が侵略側である以上、戦力の融通が付きやすいのはヴァル・ファスク側なのである。


「まあ、いい!! 皆防衛を優先するよ、とにかく敵の足止めと火力の無効化。艦隊の皆さんは、無事でない艦を優先しつつ、少しずつ後退。もうここの勝敗は決したんだ」

「お前は何もしてないがな」


この1時間後、戦場は完全トランスバール皇国軍の勝利で埋め尽くされた。それなりの犠牲は払ったものの、自分たちの祖となる文明と建国400年で初めて出会うことになる。










「あーあ、やられちまったぜ」


ヴァル・ファスクの本拠地、ヴァル・ヴァロス星系のヴァル・ランダルと、EDENの中間にある小規模な軍事基地。無人であり、一定以上の階級の人物であれば自分の融通が利くように利用できる。当然の如く本星への連絡は必要ではあるが。
そんな場所を今彼は無許可で利用している。単艦で戦場から帰還したカースマルツゥはとりあえず、港に自分の艦をつける。普通なら被害が小さくなるのであれば、自動的に撤退する戦艦のプログラムを切ってあるので、文字通り死兵となって戦っているであろう。そんなことを考えながら、着々と最後の作戦の準備が進んでいることを確認するために、施設に入る。


「例の決戦兵器であった『黒き月』あそこからダークエンジェルの設計図こそは奪えなかったが、H.A.L.Oシステムを誰にでも扱えるようにする技術、生体コンピューター位は失敬させてもらった」

「機体がないのならば、用意すればよい、安価で性能が証明済みで、尚且つ試験運用も住んでいる者であればなおよい」


彼は100人程度の人間がいるであろうに、不気味なまでの静寂を保っているホールをゆっくりと歩き、進捗を確認した。

全ては、完全なる勝利の為に。










さて、宣言通りタクトはEDENを解放することに成功したわけだ。EDENの首都の港に通信を入れ『エルシオール』だけで着艦し、そのままあれよあれよと流れるように祝宴ムード。ENEN解放の英雄だの、救世主様だの、伝説の英雄だのと囃し立てられる。

そしてそのまま、広場に集まった大観衆の前で、スピーチをすることになった。会場の構造としては、いわゆる王宮の様になっており、広場よりかなり高いところにある、お立ち台にタクトは絶たされていた。右側にはレスター、少し離れてラクレット。左側には、どうやらEDENの代表らしき初老のトランスバール皇国から見てかなり独特な衣装を着飾った人物。そして、広場からは良く顔が見えない位置にエンジェル隊が全員集合していた。今やだいぶ形骸化してきてはいるが、エンジェル隊のプロフィールは部外秘なのだ。タクトは今、そういった状況にあった。

タクトは、面倒くさいなー一言で終わらせたいなーとは、考えたものの、わざわざラクレットをここに連れてきた意味を考え、とりあえず仕事をしなければと思いなおす。

ラクレットの正体は、EDEN解放と同時にEDENにばらすべきだと、タクトはそう判断している。さすがにEDENという、直接的に、しかも長期にわたってヴァル・ファスクと接して被害者となってきた人たちには、画すべきではないという事だ。
それと同時に、シヴァ女皇もヴァルター一家の存在について、皇国に対して正式にアナウンスする手はずになっている。
『エルシオール』の通信機がなければ、此処から本星までの情報伝達は、『白き月』を経由する必要がある。そうしなければ数日のラグが生まれてしまうので、可及的速やかにこなすべき案件ではないが、せっかくの機会である。

タクトはスッと右手を上げると、一瞬観衆の歓声が高まりその後、しばらくすると、一定の静寂が訪れた。


「えー、皆さん。『エルシオール』艦長のタクト・マイヤーズです。長ったらしいのは嫌なので俺からは、一言だけ、皆さんは今日から自由です。あと重大なお知らせがあります。俺の部下の一人はヴァル・ファスクです。でもまあ、良いやつなんでよろしくお願いします」


それだけ言うと、タクトはさっさと、踵を返しその場を後にしようとする。唖然とする、EDENの代表と、眼下の観衆たち。次の瞬間意味を理解して、ざわめきたつ。エンジェル隊は、いつものタクトらしい行動だなーと後に続く。レスターもレスターで、現実逃避なのか、仕事が……と言い出し、タクトに続いて『エルシオール』に戻っていく。


「ちょ! え? は、ぁ?」


一番慌てるのはラクレットだ。まさかの展開に一瞬理解が追い付かず、奇声をあげ驚いていしまった。一緒に立ち去りたいところだが、雰囲気敵になんか無理そうだという事を悟った。
周囲に申し訳程度にいる、警備兵のような人物は、どうしたらよいのか解らずに、慌てているので、すぐさま射殺されるどうこうはないであろうが、タクトは若干投げやりすぎるであろうと、ラクレットは内心涙した。

とりあえず、タクトの居た位置に行って、この場を何とかしなければいけないという使命感と共に、話し始めることにする。幸いにも今までのTV出演やスピーチなどの経験が彼を助けた。ガチガチとまではいかない、そこそこの緊張で済んだのだ。


「えーみなさん、紹介に与りました、タクト・マイヤーズ艦長の部下。ラクレット・ヴァルター少尉です。エルシオールの戦闘機部隊に所属しております」


その後彼は何とか無難な感じのスピーチを披露し、EDEN中の話題をさらっていくことになる。これもまた、『旗艦殺し(フラグ・ブレイカー)』ラクレット・ヴァルターの伝説の1頁となる。





[19683] 第21話 自分の気持ちに気付く時
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2016/01/29 02:23
第21話 自分の気持ちに気付く時




「ヴァル・ファスクという存在が、人間と一番違うところはその特異な能力ではありません。物事への捉え方です」


静かに耳を傾ける聴衆を一瞥し、彼は目の前のマイクを一度見つめる。このマイクに入った音声はどれだけ長い間保存されるのか。そう考えると足が竦みそうになる。緊張には強い方だが、何度経験しても慣れないこの感触は少し不快で、それでも少しだけの高揚感を彼に与えている。


「例えば皆さんは、朝起きて頭が痛かった時、気分が悪かった時、逆に快調な時。どんな風に考えますか? 普通の人ならば、昨日は酒を飲みすぎたから頭が痛いのだ。夢見が悪かったから気分が悪いのだ。早く寝たから気分がいいのだ。そんな風に自分の感情や、体調を観測してから、理由を推察し、自分で納得します」


聴衆は納得したのか、それとも異論があるのか、先ほどよりも少々ざわめいている。少し間をおこうと、ちらりと下に視線を向けると、自分の掌が強く握られていることに気付く。ゆっくり開いて、そっと台の上に乗せなおしてから、彼は続きを述べる。


「ですが、ヴァル・ファスクは、そう言った何かしらを感じ取る前に、自分の状況を推察しています。朝起きたときに、いえ起きる前にそういったことを認識してしまうのです。他の現象でも同じで、人間は何かしらの出来事が起こったら自分を納得させるような理由付けを行います。ですが、ヴァル・ファスクは物事に対して納得をしてしまうので理由付けはいりません。故に主観が入らないのです」


少しわかりにくかったか、具体的な心理学の実験でも引き合いに出すべきか、そんなことを考えて、聴衆を見渡すと、どうやら納得したようで感嘆や理解を示す声が、ざわめきの中少しばかり聞こえてくる。
ラクレットは、何とか自分の仕事ができたことに安堵しつつ、ここ数日このようなことを繰り返し続けた結果、だいぶ口が達者になってきているのをひしひしと感じながら、こうなった経緯を思い返すのだった。






回想スタートです。









「明日から、一日平均4.2件の式典めぐり、司令官は大変だな」

「え? オレは行かないよ? 」

場所はエルシオールブリッジ。先ほどラクレットに丸投げして戻ってきた二人は、今後の予定を二人で検討していた。向こう側の要望に最大限こたえる形で動くとするならば、かなり多忙なスケジュールになってしまう。正直言ってこういった形式張った式典なんぞしている時間があれば、別の、軍備を充実させる方向に時間を割くべきであるのだが、こういった権威を示したり、解放をアピールしたりするということが、EDENにとって重要であることは百も承知なのだ。
しかしそれを超越するのが、救国の英雄たるが所以か。


「はぁ!? 何を言っているんだ、馬鹿が」


もはや定型文になってしまったことを悲しく思いながら、レスターは一応の問いかけをする。タクトが突飛な発言をした時の彼の勝率はすこぶる低い。ラクレットが街中で出会った女性を二人きりでお茶に誘える確率(あくまで誘うだけ)よりはまし……いや同じくらいだろう。等しく0に近しいのだから。


「だって、オレEDENを解放したら、休みが貰えるから頑張ったんだし。その休みでミルフィーと料理を作る約束しているし」

「ミルフィーはもう、ほぼ完治しているに近いだろうが!! このペースなら放っておいても1月で治るとケーラ女史から聞いたぞ」


EDENを解放するまで休みなしであった彼等は、ようやっとEDEN解放に成功した。首脳陣を除いた面々は、EDENの職員に案内されながら、街を観光したり、ルシャーティ等からうわさは聞いていたスカイパレスを散策したりと、休暇を満喫しているであろう。
しかし、タクトは当然の如く式典などに参加する必要がある。司令官で救国の英雄なのだ。休みなど取れるわけがない。しかしあろうことか、この男は、『自分は休む』と言い出したのだ。


「レスター代わりに行ってきてよ。『オレの仕事はあくまで『エルシオール』の艦長だからさ。エンジェル隊のご機嫌取りが必要なのです』みたいなのをそれっぽく修飾した文は作って送っておいたから、招待状もレスターに差し替わるはず」

「おま!いつの間に!! 」

「秘書にアルモをつけるよ。そうすれば何とかなるだろう。なにせ、『エルシオール』の副館長で、実質的に実務をすべて取り仕切ってきた影の支配者のレスターならね」


事も無げにどんどんひどいことを言っているタクト。結局のところ有能ではあるタクトは、先手を打ってレスターを封殺する。レスターが反論できない様に、彼の心理を読んだ上での行動だ。何せレスターはタクトが仕事できるようにサポートするのが仕事なのだ。


「まあ、たぶんこの招待状の半分はラクレットに名前が変わるさ。あいつ、トランスバールにいたころから、スピーチとかやらせられていたし、今回のも無茶振りをうまくこなしたみたいだしね」

「まあな、はあ……全く、これで貸し45だからな」

「つけといてくれ、来世で払うから」


そんなやり取りの中、ラクレットの講演会なり、解放記念パーティーに招待されたりと言った仕事が追加されたのである。


「というわけで、付き合え、アルモ、ラクレット」

「は、はい!! 」

「え? ちょっと、今戻ってきたばかりなんですけど……ねえ、これってまたダンスパーティー出られないとかないよね? 責任者!! 責任者どこー!! 」



回想終了









「あ、タクトさん。お仕事終わったんですか? 」

「うん、レスターが快く引き受けてくれたよ」

「もー、また押し付けてきたんですか? だめですよ、レスターさんだって仕事はあるんですから」

「わかっているって、次からは自分でやるからさ」


そんなレスターが見たら鼻で笑うか、切れるかしそうな会話を繰り広げている二人。言わずもがな、タクトとミルフィーである。最近になってようやく本格的に使われ始めた、タクトの部屋のキッチンで二人並び立ちながら、そんな甘い会話をしている。

彼等は今、新婚夫婦のような幸せを満喫していた。部下二人の犠牲の上に成り立つ幸せについて、タクトはもちろん、ミルフィーも特に言葉にするだけで咎めようとしないあたり、結構いい性格しているのであろう。


「ねえ、ミルフィー……」


割とスムーズに、慣れた手つきで野菜の皮をむきながら、ふとタクトは、器から水が溢れ出てしまったかのように言葉を漏らす。自分でも言葉にしてしまったことに驚きながら、彼は続けることにした。折角の機会なのだから。


「なんですか? タクトさん」


手元の豚肉のようなものを切りながら、そう返すミルフィー。手元に集中しているために、タクトの方は見てない。しかしそれで気分を害すような関係ではないため、タクトも気にせず続ける。


「EDENは無事解放された。オレに知らせられている情報じゃあ知らないけど、きっとシヴァ女皇陛下の事だし、ヴァル・ファスクとの和平の準備があると思う。向こうが応じてくれるなら、この戦争もきっともうすぐ終わる。そうしたらだけど……」


タクトは、そう漏らしながら、そういやここから先を言うのは軍規違反だったことを思い出して苦笑しながら、それでも自分の気持ちに正直に、嘘をつかないで口にして誠意を示す言葉にする。


「そうしたらさ、俺の……いや、俺とみそ汁を毎朝作ってくれないかな? 」

「え? タクトさんそれって……」


思わず手を止めて、タクトの方を見るミルフィー。いつものどこか抜けているような、それでいて人を寄せ付ける笑顔ではなく、若干顔が紅らんでいて、冗談ではなく、そして自分の勘違いでもない、そんな言葉の重さを彼女は感じた。


「うん……なんかさ、こうやって二人で料理していたら、これからもずっと、ミルフィーと一緒にこうしていたなーって。そんな思いがどんどん溢れて、そして今弾けちゃったんだ」


照れを含みながらも、しっかり目を見つめてそう言うタクト。周りの雑音が二人に置いて行かれ、空気に色がついたような。そんな錯覚を覚える空間の中で。ミルフィーはその言葉をかみしめる。そして全身が火照るような、幸せという名前の熱に満たされてから、満面の笑みで、太陽のようにほころぶ笑顔を浮かべた彼女は


「……幸せにしてくださいね、タクトさん」

「ああ、約束するよ」








タクトは知らされていないが、シヴァ女皇陛下────シヴァは全く持って和平など考えていなかった。それは、まだ残っている最大の懸念が原因である。『時空震爆弾(クロノ・クェイク・ボム)』 それは魔の兵器。
EDEN文明どころか、平行世界間の広大な銀河ネットワークを保持した文明を衰退させ、トランスバール皇国が作られるようになったそのきっかけの災厄、『クロノクェイク』それは災害ではなく、人為に起こされた作戦行動である。そして、ダイゴがもたらした最大の機密情報は、その『時空震爆弾(以下CQボム)』を敵が作り出しているという事だ。
そもそも、この兵器が使用されたのはおよそ600年前だ。其の後200年もの間、銀河間のネットワークの構築は不可能であり、当時辺境の星に過ぎなかったトランスバールの統治者は、進んで文明を放棄することで、自分の星の中だけで補えるように文明レベルを落とした。それにより、白き月と言う救済が来るまで、生きのびることができたのだ。

そして、その兵器が現在制作中とされているのだ。ダイゴがヴァル・ファスクを去った600年前、その当時よりも強化を成されているというのが彼女たちの見解である。
ようするに、究極的に言えばヴァル・ファスクには、本星を落され直前にでもCQボムを使用すれば、勝利できるのだ。自分は一切ダメージを受けない自爆技。それがCQボムを人間の視線に落とし込んで解説したものだ。





そして今、その兵器が完成したのである。


「ヴァイン、ひとまずはご苦労であったと労おう。早速だが貴様には2つほど確認しておくことがある」


ヴァル・ファスクの工作員ヴァインがヴァル・ランダルに帰還した時、彼を出迎えたのは直属の上司でも、元老院でもなく、王ゲルンその人であった。
これにはヴァインもにわかに驚きを禁じ得ず。ひとまず情報収集に集中する形となった。
なにせ、捕虜である姉……否、ライブラリー管理者を当該職員ではなく自分で数少ない捕虜用の部屋につれ、幽閉してから向かってすぐにこれで有ったのだ。
しかし、これまでの『エルシオール』滞在の間に培われた、直感というべき何かが彼の中でけたたましく警鐘を鳴らしている。彼は結局、その事実を握りつぶして彼は敬礼の姿勢を崩し直立不動となる。


「まず、我々の切り札であるCQボムが完成した。試算では奴らの最強の兵装クロノクェイクキャノンを有意に防ぎ、傷一つさえつかない。士気向上の為にスペックは本星内の端末からアクセスできる位置に公開している。後で確認するがよい」

「了解であります」


ヴァル・ファスクはその技能からか、全員が工学関連の知識を一般教養として持ち合わせている。人間で言えば小学生くらいの年の子供でも、宇宙船の設計図を引くことはできる。最も現在10に満たないヴァル・ファスクなど数百人しかいないが。
故にこそのゲルンの判断は、万が一の設計ミスがあったら報告しろという意味のチェックも同時に兼ねているのだ。


「うむ、従ってと言うべきか、これで我々にとっての脅威はライブラリーのみとなった。今管理者を殺せば、さすがに対策をとるまでに新たな管理者を発見とはいかないであろうが、念には念を入れよう。それの対応はまた後で検討するとしてだ。ヴァインよ、ここで二つ目の確認事項に移る。元老院は、厳密には元老院の保守派は全員獄死した」


流石にこれにはヴァインも驚かざるを得ない。なにせ自分の直属の上司であり、この潜入任務を任されたのは、彼等からの命令があったからである。任務中は完全に独立し、連絡を取らなかったとはいえ、そのニュースはあまりにも彼の中では大きい衝撃的なものであった。


「全く、保守派の主張はCQボムが完成するまで、強気に出る必要はないというものであったというのに、愚かにもCQボムの開発を妨害しようとしたのだ。何を考えておったのやら。まあ、今となっては知る者はおらぬが」


カースマルツゥが、保守派を拷問して吐かせたと言っていたが、もしかしたらゲルン、この男は保守派を抹殺するという事を最初から勘定に入れて動いていたのかもしれない。そんな全く底の見えない男を前にヴァインは冷や汗が背中を伝うのを感じていた。1500年という途方もない時間を生き続けている目の前の怪物は、ヴァインのような若造からすれば次元が違う化け物なのだ。


「さて、それでだ。ヴァインよ、我がもとに下り、手駒となってはくれないか? もちろん我は寛大であることを売りとしている。今はもうない、元老院保守派に忠誠を誓うのも良い。しかしその場合は偶発的な事故に気を付けてもらわねば困るがな」


普段であれば、このような回りくどい言い方をせず、下れ と一言言うだけのゲルンがここまで流暢に喋るとなると、相当機嫌は良いようであるが、ヴァインとしては、急転直下な状況に目が回りそうであった。
強く拳を握っていたのか、右の手の痛覚がない。そんなことに今気づきながらもヴァインは選択の余地なしと、ヴァインに元に下ることを決意した。


「ゲルン様に、永遠の忠誠を」

「うむ、最近手駒の無能ぶりが目についておったからの、奪還任務まで成功させた貴様の手腕、期待させてもらうぞ」


ゲルンはそこのしれない笑みを浮かべて、ヴァインの肩をたたいた。傍から見れば、祖父と孫のふれあいに見えるような光景ではあるが、実際はそんな生易しい様なものではない。この老人は、この歴史上、銀河で最も人を殺している存在なのだから。


「それでは、さっそく最初の任を命じよう。次の作戦開始時に管理者を殺せ」

「────ッ! 」


顔に動揺を出さなかったのは奇跡に近い。そして自分のそんな反応に一番驚いている自分自身の表情が表面に出ていないのもまた奇跡であろう。なぜ今目の前の存在に圧倒的な、爆発的な敵意、殺意のようなものが沸いたのか、一番わからないのは彼自身なのだ。


「情報部によれば、無能者のカースマルツゥがなにやらやっているようでな、それに会わせてこちらも軍を出す。その時のパフォーマンスに公開処刑を執り行おうという提案が先ほどあがってな。いずれ検討するつもりであった管理者の処遇だが、それが最善であろう」


どうやら、この会話と同時に端末を操作していたようだ。それ自体は別段不思議なことではないし、ヴァインも先ほどまで指示通り設計図を入手しながら話を聞いていた。しかし、その命令の内容がヴァインにとって突飛過ぎた。彼は、後に検討すると聞かされその間に自分の感情……思考を整理できると安堵していたのだ。


「方法は任すが、あまり掃除の手間がかかるようなものは勘弁しろ。ご苦労であった、今日は休むとよい」



ゲルンはそれだけ言うと、背を向けて去って行った。ヴァインは、愕然としながら、この後についての思考を開始できずに立ち尽くすのであった。



[19683] 第22話 ヴァインと言う男 ルシャーティと言う女
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/08/12 22:12


第22話 ヴァインと言う男 ルシャーティと言う女




もう何年、何十年と利用してきた薄暗い廊下。その右端を歩きながら、ヴァインはゆっくりと自室ではなく、捕虜用の部屋に向かっていた。現在の彼の立場はヴァル・ファスクの実務にあたる人員の中では実質のトップだ。軍のトップが戦死し、遠征部隊のトップが命令違反を繰り返し、敗走を重ね、元老院は半数が死亡した。そういった中で、元老院直属の特機師団の隊長であり、困難とされる潜入任務を実質単独で成功させ、敵の主兵装を奪取したのだ。その後ゲルン直々に部下に成れという勧誘までされた。この戦争が終われば自然にNo.2の座を得るであろう。
しかしながら、ヴァインには別段野心というものはなかった。ただ自分の力を漠然とではなく、明確な目的を持って使用し、種の繁栄の礎となればよかったのだ。そういった意味では、無用の嫉妬ややっかみを買ってしまうかもしれない、この立場は彼を知る者からすれば、彼にとっての無用の長物と納得するであろう。
そして事実、これは彼にとって大きな独活であり、そして同時に些事でもあった。彼にとっての懸案事項や、優先事項はそのようなくだらない権力の力学問題ではない。ゲルンの実質的な後継者を狙う者どもからのやっかみでも断じて否。彼にとっての一番の苦しみは、ルシャーティを殺せと言われてから、今まで少しずつ、初冬の雪の様に少しずつ降り積もってきたノイズのような不明瞭な感覚が、雪崩を起こしたかのように思考の多くを占有することになっている事だ。


「無理だ……これを自分で整理することなど、僕には不可能だ」


ヴァル・ファスクは、仮に客観的にそう分析しても、決して口には出さない。そう言いながら代価案を模索し目的自体を遂行するものだ。何せ弱気な発言は最悪の場合、謀反の兆候と見られてしまうような風潮があるのだから。
しかし、それでも彼はこの『不調』に関して進退窮まっていた。何をすればいいのかが分からない。今まで鋼鉄の刃の様に鋭くあった、この不調が始まってからもそれだけは揺るがなかった自分の中の確信めいた『何か』ですら、先ほどから揺らいでしまっている。どうすれば良いのであろうか、それが全く考えられず、いやすでに答えが出ているような感覚があるが、それが一切わからない、そのような摩訶不思議な感覚に苛まれているのだ。


「あの女なら、姉さんならば、何かを知っているかもしれない……僕の隙を見て、毒を持ったのかもしれない」


これこそ、まさにヴァル・ファスクならばありえないような発想だ。自分より下の種族であり、しかも自分が監視し、管理していた人間が、自分の隙を突いた? それこそナンセンスだ。自分がヴァル・ファスクであるならばその様なこと考えるに値すらしないような、愚かなものだ。彼もそれに思い至ったのか、何とか頭を振ることで、思考を正す。
そしてそのまま、いつの間にかたどり着いていた、ルシャーティの入れられている、捕虜用の部屋の扉に触れることでドアを解放した。こういった細かいところにも当然Vチップが使われている。


「入るぞ」


監視等もなく、元より、複数ある鉄格子のうち使われているのはたった一つ。それが使われる前は、作ったは良いが非常時に危険分子を隔離する程度でしか使用されなかったこの部屋。ヴァインは耳が痛くなりそうな静寂に自分の靴音が良く響くのを感じていた。


「……」

「姉さん、今日はあなたに聞きたいことがあってきました」


もう『エルシオール』でもないというのに、姉と呼んでしまうのは無意識によるものなのか。虚ろな目で空虚を見ているルシャーティの前まで行き、彼はそう話しかけた。
もちろん答えなんて帰ってこない、彼女は今完全に意識を奪われているのだ。睡眠状態に近い。命令を送ればその通り動く人形である。ヴァインは無言で彼女の体の自由は奪ったまま、意識を覚醒させることにした。彼女からすればぼんやりと、まるで寝起きの様な、寝ぼけてふわふわとした浮遊感と共にある様な状態であろう。金縛りに近いが意識も朦朧としているのでそこまでの不快感が有るものではない。
体をうまく動かすもできないので、脱出するのも難しい、早い話が尋問用の状態である。彼女の頭に付けているそれは、本来そう言った使い方をするものである。


「……ヴァイン? 」

「ええ、そうですよ。ヴァインです。姉さん」


そういえば、自分がこの『女』を姉さんと呼ぶようになったのはいつであろうか? 確かまだ自分の方が大きかった、彼女が小さい時にせがまれて読んだような記憶がある。そんなことを思いながら、ヴァインは質問を続けようとする。しかし、それを遮るように、ルシャーティが口を開く。


「ヴァイン……こっちに……」


今まで少し距離を置いて、座っているルシャーティと向かい合う様に立っていたのだが、ルシャーティのその声に導かれるように、ヴァインはルシャーティの隣に腰かけることにした。右の肩にまだ、少しだけ高いところにあるルシャーティの肩が当たる。ヴァインは、まだ何か話すかもしれないと、特に声を出さずに彼女の反応を待っていた。


「…………」


しかし、どうにも何も反応がないので、ヴァインは、仕方なく口を開いて当初の通り質問を始めようとするが、その前にふと思い当ったことがあり、彼女の体の自由を少しだけ緩めてみる。すると案の定と言うか、彼女の手がゆっくりとヴァインの頭に延びてきて、優しく膝の上に導いた。此処を出立する前と同じ膝枕の姿勢になったのである。
ヴァインは、前回感じなかった胸の中がもやもやしながらもどこか心安らぐという相反した感想を覚えた。それがもしかしたら今回の原因かもしれないと、ヴァインはようやく推論に至った。
しかしそこでルシャーティがゆっくりと、ヴァインの髪を手で梳きながら話し始めた。


「……悩み事ですか? 顔色が優れませんよ」

「ええ……そうですね、自分がわからない」


ヴァインはもう、正直限界だった。ずっと続く不調のようなノイズ。それは先ほど大きくなった時に自分を保っていられなくなるような、そんな強い強迫観念に捕らわれたほどだ。
自分が自分じゃなくなっていく、言葉にすると簡単であるが、体験してみれば絶大な恐怖だ。どこまでも暗く、光の差し込まない深淵に引きずりこまれていくような、そんな錯覚を覚えるほどだ。


「まあ……大丈夫ですか? 」


どこか魔の抜けたような、しかしそれでいて他人を不快にさせない、気遣いが見える声をヴァインは上になっている左の耳で聞いた。少しくすぐったかったが、久しぶりに誰かに心配された彼は、ふと疑問を覚えた。


「あまり大丈夫ではないのですが……貴方は、なぜ僕を気遣ってくれるのですか? 僕はあなたを操って自由を奪ってきました。それなのに」


そう、それだ。結局のところ、たまに洗脳を緩めても、抵抗は少ないのだ。それどころかこのように、彼女の意志に任せると、いつも身体的接触を求めてくるように、甘えてくるのだ。ヴァインはそれがどうしてか謎であったのだ。
ルシャーティは、ヴァインの言葉に、一瞬きょとんといった、表情を浮かべる。思考が単純化されているので、あまりにも想定外な質問には、こういった反応が出るのだ。そのことからヴァインは、自分の質問が彼女にとって意外であったのだろうと推察した。


「……それはですね、ヴァイン。私があなたを大切に思っているからですよ」

「大切に思う……愛着があるってことですか」


ヴァインとて、馬鹿ではない。それなりに心と言うシステムについて勉強はしている。しかしそれでも理論は理解できるが実体験がないので、全く持って共感できない。サヴァン賞を始めたとした、特殊な脳の障害による症状について勉強しても、どういったものか、夢想するのが精いっぱいというのと同じだ。


「……ヴァインは、昔から難しく考えていましたね。頭が良いからでしょうけど……大切に思っているというのは、その相手からも大切に思われたいという事です」

「大切に思われたい? 姉さんは僕に大切に思われたい? 」

「……モノを大事にするのは、自分がそれを気に入っているから。でも、人にやさしくするのは、その人と仲良くなりたい……大切にされたい、したい。そういう心があるからですよ。ヴァインにはヴァインだけの大切にしたいという気持ちがあるはずですよ」

「僕の、心……」


ヴァインには、正直一切理解できるような話ではなかった。何を言っているのか伝わってこない。そもそも会話に意志を伝えようという意図が読めなかった。しかし、それでも何か自分の中に落ち着くものがあった。
時間があれば彼女と過ごしていた自分。用がないときは意味もなく洗脳をといていた自分。彼女にいいように髪を梳かれても抵抗をしない自分。彼女と二人で部屋にいると落ち着く自分。それがすべて自分の心の動きによるもの。彼女を大切だと思い、彼女に大切にされたいという気持ち。自分自身の心。
そう認識してしまえば、後は簡単だった。一切の合理性はない、しかし純然たるエネルギーの塊のようなもの。それが心だ。指向性は自分で決める、いや自分でもきめられないうちに何かの拍子で決まってしまうようだ。なにせヴァインの心には


「姉さん」

「はい」


彼女が、流れる様に揺れるシルクのような髪を持って、儚げだけど自分を持っていて、運命をヴァル・ファスクに狂わされた哀れな存在で、自分の事を刷り込みの様に信頼していて、そしてなにより、ここまで自分が連れまわしてしまった彼女だけがいるのだから。

ヴァインは涙した。ああ、これが心なのだ。こんな何でもない様な、そしてずっと思考の裏にあったようなもの。不合理の塊なんかではない。思考そのものを動かすエネルギーが、それが心なのだ。

この心が理であるのならば、ヴァル・ファスクは、なんてちっぽけで愚かなものなのだろう。自分の理はこの種族になんてない。彼女の為に命を燃やすことが、


「僕の合理《こころ》なんだ」


この瞬間、世界で誰よりも、盲目で直向きで愚直なまでの合理主義な存在が、生まれた。







「ヴァイン様、捕虜を連れてどちらへ? 」


先ほど一人で歩いた薄暗い道を、ルシャーティを引き連れて二人で進む。あれほど薄暗く、物々しく感じたこの廊下は、ルシャーティの手を取っているだけで、全く別のものに感じられるのだから不思議だ。ルシャーティにはある程度の意識を戻し、着いてきてと、しゃべらないでとだけ指示している。
そのように彼女を連れて、全く急ぐ様子もなく歩いていると、ヴァル・ファスクとすれ違った。あまり覚えがないが、恐らく軍服ではないので文官であろう。元老院直属であった彼は、文官の多くよりも上の立場にある。その文官はヴァインが捕虜であるライブラリーの管理者を連れ出して歩いているのを見つけてすぐさま話しかける。当然であろう。


「いや、処刑を命じられてね。どうせだし最後に久しぶりに、生殖行為でもしようかと魔がさしてね」


全く焦らず、当然の如くそのように答えるヴァイン。より説得感を出すために、ルシャーティの腰を抱き寄せている。もしこの様子を人間が見たら、年上の女性にちょっかいをかけている、いたずら小僧に見えたであろうが、彼は真面目であった。
ルシャーティはヴァインの突然の行動に声を上げそうになるものの、何とかこらえる。最も声は出せないようにされているので、あまり問題はなかったが。


「……行為自体にとやかく言いませんが、捕虜の部屋でも良いのでは? 」

「女性は清潔なベッドの上でこそ輝く、この前読んだ人間の学術書にあった文献さ。その実験も兼ねている。来週にはレポートを上げるつもりだ」


ヴァインはこういった人体実験の様なものを今までに何度かしている。ライブラリーの管理者に、心と言うシステムが関連しているとしたら、それを御すればライブラリーの英知が手に入るのではないか、という目的の元にこういった研究は多々あるのだ。
その第一人者が言うのだ、しかも自分の管轄の捕虜の扱いである。多少の不自然さはあるものの、納得できない者ではない。


「……そうですか、それでは」

「ああ、また」


そのまま文官が通り過ぎるのを見送り、ヴァインは自室へと足を向けた。


「……よし、装備はこれで大丈夫だ。『H.A.L.Oシステム』の研究の許可も偽造だけどとった。機体には乗れる。あとはたどり着くだけ」

「ヴァイン……」


自室で役に立ちそうなもの、ヴァル・ファスクの資料などを手早くまとめるヴァイン。その間にルシャーティは、初めて入る異性の部屋を興味深げに見回していた。すでに軽く説明は受けている。目の前のヴァインは自分の弟ではなく、自分を管理するための存在。此処はヴァル・ファスクの本拠地ヴァル・ランダル。紋章機を奪取してここまでやってきた。でも、ヴァル・ファスクではなく、ルシャーティという個人と共に生きることを決めた。嫌だったら言っても良い。それでも君をここから逃がす。そうでないと君は処刑されてしまうから。
聡明な彼女でも、急転直下な状況に少し慌てたが、ヴァインの真剣なまなざしに質問は落ち着いてからにしようと決めた。殺風景で、どこか近未来的な部屋をルシャーティは見回す。ここ十数年はほとんど帰ってきていない(ルシャーティの監視であったから当然であるが)ものの、長年使用していたせいか、どこか彼の匂いを感じるような気がする。


「姉さん、いきますよ」

「ええ……お願いします」


そうしてルシャーティは、ヴァインの手を取った。
















「逃げたぞ!! 追え!! 」

「B17ブロック 隔壁閉鎖……完了、しかし目標未だ逃走中」


白き月の様に、一切のプロテクトがない場所とは違い、さすがにうまく行かないようで、格納庫のあるBブロックまでは来られたが、そのあたりでアラートが鳴り響いた。彼らが知る由もないことだが、先ほどの文官が、あの会話の直後にメインシステムにつなぎヴァインかルシャーティが格納庫や空港のある区画に立ち入った場合、警報が鳴るように設定したのだ。その用心深さに、ヴァインは苦しめられていた。


「あと、もうすこしです、姉さん、大丈夫ですか」

「……」


ルシャーティは、アラームが鳴り響いたときに、すぐさま自分の体をヴァインに動かしてもらうように頼んだ。そうでもしないと体力のない自分は途中で足手まといになるであろうから。少しだけ筋肉のリミッターを外してでもいいから、彼と一緒に逃げる為の彼女の決意であった。
ヴァインは提案を受けた直後に却下しようとしたものの、有意性を認めて承諾した。話す余裕のない、ルシャーティを励ますように話しかける彼の額にも汗が浮かんでいた。汗をかくほど体を動かしたのなど、いつ以来であろうかと考えながら、急ぎ足で格納庫に向かう。


「目標補足!! 撃て!! 」


この基地には、セントリーガンと言ったものはない。そもそも乗り込まれることを想定していない上に、すぐに障壁を落せるからだ。むしろヴァル・ファスクの謀反が起こされた場合に敵が保有する武器が増えるリスクを考えれば当然か。
その為今まで運よく逃げてくることができたが、とうとう、武装している兵士と鉢合わせしてしまった。


「っく!! 」


背後から赤く鋭いレーザーが二人に追随する。紅い命を刈り取る矢。この必殺の攻撃を、良くありがちな水蒸気を発生させて防ぐということもできない。そんな水蒸気で減衰するようなレーザーではないからである。しかし、彼はいま偶然にもとある装備を持っていた。ルシャーティをそのまま格納庫に先導させ、自分は彼女の後ろを守るように立つ。


「! 歪曲フィールド」

「人間の技術も、捨てたものじゃないな……借りておくぞヴァルター」


彼が発動させたもの、それはラクレットが『偶然置き忘れた』レーザー銃の歪曲装置である。ヴァル・ファスクにも、このような装備はないこともないが、かなり珍しい。そもそも白兵戦などしない種族であるからだ。しかしこの状況では、この装置の優位性は偉大であった。
実弾など装備していない兵士たちが、素早く判断しすぐさま、装備を破棄し走ってくる。その判断はさすがと言えるが、すでにヴァインは、7号機の座席にルシャーティを乗せていた。


「ヴァイン! 」


息も絶え絶えであろうが、声を張り上げるルシャーティ。その声を聴きながら、ヴァインはタラップを駆け上がりすぐさま後部座席に着く。それを確認するとルシャーティは機体を浮上させる。その位なら彼女にもできるのである。


「さらば、ヴァル・ランダル。我が故郷」


ヴァインはそう言い残し7号機を発進させた。
今後のヴァインのおおよその計画では、ひとまず落ち着ける宙域まで離脱する。その後、ルシャーティが望めばEDEN本星に彼女を戻す。彼女が自分とくるのであれば、どこか辺境の星でCQボムの被害をやり過ごす。長い命だ。人の一生分くらい彼女に費やすことに、ヴァインは何の抵抗がなかったのだ。
ヴァインは前を見つめる。先ほどの逃走劇のせいで体力を使い果たしたのか、ルシャーティは気絶している。それでもライブラリーの管理者だからなのか、きちんと正常にエネルギーの供給はなされている。


「クロノドライブ! 」


ヴァインは最高速でヴァル・ヴァロス星系を離脱することを決めた。短いが1時間ほどのクロノドライブが可能なコースで離脱することを選択した。
サブウィンドウに、少し苦しげな彼女の寝顔を表示させる。少しべたついている髪を撫でて整えてやるとヴァインは背もたれに体を預ける。そして先ほどから思っていた疑問を口に出してみることにした。


「姉さん、貴方に教えてほしい……愛とはなんでしょうか? この体を突き動かしている万能感、それが愛だとするのならば、僕はなんて愚かなことをしていたのでしょう。ヴァル・ファスクが、愛で戦う人間にかなうはずがないじゃないか。姉さん、これが愛だとすれば、僕はあなたを愛しているのかもしれない」


そう言ってヴァインは仮眠をとるのであった。
その言葉を彼女が聞いていたかは誰も知らない。








ヴァインの逃走劇はもう少しだけ続きます。



[19683] 第23話 男三人集まれば
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/08/12 22:35




第23話 男三人集まれば




EDEN滞在中の『エルシオール』一行、および『白き月』、そして補給船団は、それぞれ別の忙しさに追われている。
『白き月』はヴァル・ファスクによって統制されていたシステムの再構築と言った作業を主に行っている。EDEN開放によって、EDENを統制していた数名のヴァル・ファスクは、すぐにEDENを後にした。当然であろう、彼等とて、引くべき時には引く。しかしそれによって一部のモノの物流や、重要政府機関のマシントラブルなどと言った問題が併発した。そういったことの対処に『白き月』のスタッフは追われているのだ。最も、トップのシャトヤーンと特別顧問研究員という謎の役職についている背の小さい男女二人組は、別件に追われていたが。

そして、補給部隊である。彼等は『エルシオール』や解放軍などの兵站を扱っている。今回はブラマンシュ商会と、チーズ商会を筆頭とした複数の商会によって構成されている船団だ。彼等は当然の如く、トランスバール皇国軍の支援と同時に、占領地であるEDENに対して食糧や物品をほぼ仕入れ値と同じ価格で開放した。
EDENにも当然の如く経済活動はあり、同業者も存在するわけであるが、トップがすえ代わる混乱に乗じて、悪く言えば商会の強大な力をバックに、シェアをぶんどるというわけだ。その辺の詳しい大人の事情については、ラクレットは看過していたが、EDENの市民からは甚く感謝されたという。

久方ぶりに長兄に再開したラクレットも、正直多忙な生活を送らされていた。現状EDENにおいて、ヴァル・ファスクの残した爪痕は大きい。それは良い意味でも悪い意味でもだ。
悪いところだと、やはり直接的に、親族に害を与えられている者は、恐怖や憎しみと言った感情を持っているであろう。現に演説のための移動中に一度、空き缶を投げつけられたこともあった。まあ、本人は一切気にせず、飛んできた方向にそのまま無意識のままボレーで蹴り返してしまい、むしろその後焦っていたが。幸運なことに、こういったヴァル・ファスクを絶対に排除したがっている勢力は、長すぎる時により、ヴァル・ファスクによって殺された、害を被った人物が極端に少なくなっていたために、かなり少数であったことだ。
良いところ、というよりも都合がよかったのは、EDENの民はトランスバール皇国人よりも合理主義的な考え方を持っていた事であろう。これも長年のヴァル・ファスクの支配のよるものだと思われる。ヴァル・ファスクは難しいが、ヴァル・ファスクの血は入っているものの、解放に直接的に協力している上に、何らかの利敵活動をしているわけでもない人物を、容易に受け入れたという事だ。
結果、ラクレットは連日引っ張りだこだ。『エルシオール』からトップであるタクトは今後の事についての会議があるので、ラクレットを派遣するといった文章が出たこともあり、連日のように式典などに出席し、すっかり時の人となっているわけだ。


「という訳で、毎日大変なんだよ」

「そうか、こっちも商売繁盛で、懐はあったかいが、予想以上に物が売れて急いで発注かけているところだ。ガイエン星系に作っておいた巨大補給倉庫が空になるとは想定してなかった、人口のデータがないのが敗因だったな」

「お前らはまだ終わりが見えているからいいな、おい。オレなんか雲をつかむような事をやらされているんだからな」


兄弟3人がEDEN上空の白き月の一室で話合っていた。雰囲気は会議と言うよりも反省会と言ったものである。それぞれかなり多忙な生活を送ってきたのだ。そして3人そろうというのはかなり久しぶりだったりする。


「いやまあ、ようやくここまで来たなと思ってだな」

「そうだね、エオニア戦役からも1年以上たつんだ。でも2年は立ってない、早いな」

「……まあ、オレはそう言う実感を持てないけどな、お前らの言うところの知識とやらがないわけだし。それでもようやくここまで来たという感じはあるな」


三者三様に今までの事を振り返る。それぞれきっかけは違ったが、トランスバールの隆盛を決するような大きな流れの中心にほど近い場所に立っているのだ。この後は、ヴァル・ファスクをどうにかするだけである。ラスボスのダンジョン前に並ぶ勇者パーティーの戦士、商人、賢者と言った所か。しかし、その勇者は今『エルシオール』で彼女といちゃついているわけだが。


「頼まれていた、規格を揃える為の、中継装置は完成した。CQボム対策はまあ、出来るだけの事はしてみる」

「ああ、頼む。方向性はこの前伝えたとおりだ、異次元や虚といったモノがヒントになるはず。ルシャーティが戻ってくる確証がない以上、やってもらう」

「オレからすれば戻ってくるわけがないんだが」


兄二人の会話を聞きながら、ラクレットは名前の挙がった人物について思い返す。思えば、彼女とはあまり話をしていなかった。会話と言うよりもこちらが一方的にボールを投げていただけかもしれない。それでも彼女は自分の意志で、自分の事を肯定してくれた。それが彼にとって、誇らしくそして嬉しかったのだ。
そんなことを考えていると今度は矛先がラクレットに向いたようだ。


「ラクレット、とりあえずお疲れ様だ。いやー本当お前にしては頑張ったな、期待以上だ」

「その言い方だとすごく尊大に聞こえるな、兎も角、オレからも労っておくぞ、白き月にいた俺と違って前線で戦っているんだからな」


兄二人からそれぞれ労いの言葉を投げかけられるラクレット。割と珍しい事である、しかしこういった場合、面倒なことを押し付けられることが多いのは事実であり、即座にラクレットの中にある危機管理プログラムが起動する。目の前の細身長身のイケメンと、ショタ臭い眼鏡のイケメンは警戒対象であると認識された。


「……今度は何をさせたいんだ?」

「いや、そんなんじゃないって。純粋にご褒美と言うか労いだよ。ほら」


そう言うと、エメンタールは今後のラクレットのスケジュール画面を呼び出した。ここのところはずっと、真っ黒に埋まっていたスケジュールだが、これから先の所は、予定はあるものの、午前だけであったり夕方だけで有ったりと、微妙に時間がある。
そして、ラクレットが注目したのはもっと別の部分であった。


「もうすぐ、ダンスパーティーがあるが、それまでのお前のスケジュールは、うちの商会の宣伝も兼ねているからな。これは軍から正式に認可を貰っている。軍がスポンサーなのか、軍のスポンサーなのかは微妙なところだが」


そこまで言ってエメンタールはいつものように、勿体ぶってエラそうなポーズをとる。顔がいいから様になっているが、正直同性からすればうざいだけであった。


「これからの式典はエンジェル隊を貸してもらえることになった。顔出しOKになったのかは知らないが、そう言う許可をもらったからな」

「えーと、つまり? 」

「お前が今ここで『指名』を出せばこれから数日、その娘と一緒に二人っきりでお仕事ってわけだ。ダンスパーティーがもうすぐ控えているのに加えて、場所も微妙に『エルシオール』から遠い。スケジュールにも余裕があるから、仕事が終わったら適当に観光でもすればいい、二人でね。ギャルゲのヒロインルート開始直前イベント的なあれだ」


そこまで言ってもまだわからないの? と言った表情を向けてくるエメンタール。先ほどから言葉は発しないものの、ニヤニヤとした笑みを浮かべてこちらを見ているカマンベール、ラクレットは理解した。これは好意によるものであるが、好意のみによるものではないな。と


「エンジェル隊と数日で仲でも深めろと? 」

「Exactly.」

「まあ、此処で名前を出せばだな」


一応兄二人は、好意から言っている。もちろん面白がってはいるが。これでも兄として、割といろいろなところが未熟なラクレットをかわいがって入るのだ。そして、その女っ気のなさを心配してはいるのだ。


「えーと……その、気持ちは嬉しいけどさ、迷惑かけるのはあれだし……」


ラクレットはとりあえず、また何か権力的サムシングが使われたことを察知し、エンジェル隊に迷惑かけるのも悪いと遠慮を始める。これがラノベやエロゲの主人公なら、いらぬ心配であり、友人やヒロインがきれる展開となるのだが、本当にラクレットなのだ。迷惑ではないだろうが、一緒に行きたい!! と思っている女性がいないのも事実であった。全く関係ない情報を出すとすれば、クロミエは人前に出るのが苦手です。


「さすがに、ミルフィーは無理だとして、お前の好みだとランファかちとせあたりか? 胸が大きい女が好きって言っていたから、前者かね? まあ、どっちもいい女だな」

「いやいや、ブラマンシュやアッシュもこいつとはお似合いだろう。いい感じに、この暴走しがちな男の手綱を握れそうだ。何故かシュトーレンはなんか想像できんが」


ぽんぽん名前を出してくる兄二人。ラクレットはたじたじである。正直に言えば、兄の提案は魅力的ではあった。自分にはあまり異性とどうこうしたいといった感情がない。しかしながら、誰かと仲良くしたいというのは割とあるのだ。下心抜きに、エンジェル隊と誤解を恐れずに言えば、思い出つくりにいそしむというのは、割としたいことである。
だが、彼の心に引っかかる刺があるのもまた事実であった。


「ふーむ……反応が思ったものと違うな、兄貴心当たりあるか? 」

「……お前、もしかして……」

「な、なんだよ」


カマンベールのパスを、エメンタールは、正確に受け取り、ラクレットに切り込み始める。華麗なドリブルに先ほどから翻弄され続けているラクレットが、シュートコースを読めた瞬間は既にゴールネットが揺らされる直前であった。


「……ルシャーティ」

「ッ!! 」

「あー、お前」

「……わるいかよ」


ボソッと長兄の出した名前にラクレットは過敏に反応してしまう。まあ経験値が低すぎるから仕方がない。自分を客観的に見ることができるヴァル・ファスク。自分を制御している彼らが最も奇行に走るのが、恋と言う病なのだ。むしろ、そう言った感情に初心な連中なので、いろいろと経験値不足や暴走が目立つものである。


「あー……そうか、そうなったのは、完全に俺の責任だわ。悪いな」

「謝らないでよ……」


急に雰囲気が変わってしまう会話。エメンタールからすれば、ルシャーティと距離を摘めるように指示したのは彼なのだから、責任の一端を握っているのだ。そしてラクレットからすれば、そう言った命令のせいで好きになったと自分に言いたくないのだ。


「とりあえず、エンジェル隊の件は、適当に開いている人員を呼ぶようにしておくから、その都度仲良くしておけよ。俺は用事ができたから、また今度」

「ああ、うん。また」

「じゃーなー……といっても、オレも暇じゃあないがな、まあ、弟の恋愛相談位には乗ってやるよ」


そう言って、エメンタールは足早に席を立つ。本当に今所用ができたかのような態度である。それを若干訝しみつつ、ラクレットは同意して見送る。カマンベールはまだしばらくサボるようで、ラクレットのは何も知らない、彼に対して今までの経緯を説明し始めたのであった。








「あー、くそ完全に読み間違えた……そういう動きするのかよ」


ラクレットと別れたエメンタールは、部下にもろもろの仕事を任せた後、一部の腹心と共にEDENの外側に向かっていた。名目としてはEDEN周辺の調査、資源惑星の探索、近隣衛星の支援活動、ついでに斥候である。
優秀なレーダーでもある白き月がいる以上、敵の奇襲はありえないが、伏兵などの心配もある。故にトランスバール皇国軍の部隊を少数護衛に借り受けている。もちろんその人員は商会がちょっとしたお願いをすれば口を閉じているくらいはしてくれるような部隊だ。


「会長……ブラマンシュから借り受けた部隊がこちらに戻ってきたようです」

「そうか、被害は? 」

「比較的軽微との報告を受けています。対象は、中破判定を受けているものの、搭乗者2名は無事。保護された安堵感からか、2人とも気絶しているそうです。指示通り別々に隔離していますが……」

「あとは俺がやる。女の方には女性スタッフに世話をさせておけ、男の事を聞かれても、無事は伝えてもいいが、検査とかの名目で会えないということにしておけ。それ以上の情報は与えるな」


突然入ってきた秘書と、いかにも、黒幕的な会話をしつつ、エメンタールは席を立つ。考えるべきこと、やるべきことはたくさんあるのだ。秘書はすぐに退出し、移動用のシャトルの準備をはじめにいったようだ。エメンタールは素早く書類をまとめて鞄に入れながら、呟く。


「ルシャーティに近づかせたら、エンジェル隊の好感度の高い『ヒロイン』が嫉妬して距離でも縮まると思ったら、逆にあいつが本気でお熱になるとはな……」


エメンタールからすれば、ラクレットはいくらへたれでも、一人くらいは彼の事を好きな人間はいるであろうという考えだった。普段は馬鹿にしているが、ラクレットはそれなりに魅力のある男性だと客観的には評価しているエメンタールだ。しかしそれを上回ったのか、それとも偶然なのか、エメンタールの思惑は外れてしまった。


「あいつ、もしかしてムーンエンジェル隊と結ばれない制約でも持ってるんじゃねーのか」


その通りである。このSSの初投稿時にムーンエンジェル隊とは本筋ではくっ付きません。と書いてあったはずだ。なのに、ヒロイン(特にちとせ)を求める声が大きかったのである。『ムーン』エンジェル隊であることを示したかったのだが、気づいた人はどれだけいたのであろうか。
メタはここまでにして、エメンタールは素早くシャトルに乗り込み、二人が収容されている艦に向かう。


「さーて、ここの交渉で、俺の任務もようやくひと段落だな……」



そして、彼は最後の仕上げを始めることにした。



[19683] 第24話 成長
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/08/12 23:20




第24話 成長




「……さすがに簡単には振りきれないか 」


子供のころ誰でも夢想するような、超高速で宇宙空間でのレース。しかし、実際にやって いる実からすれば、楽しむ余裕など微塵たりとも存在しえなかった。いつ死ぬかわからないような緊張感、一瞬の判断ミスが次の瞬間の生死を決める様な重圧、 そしてなにより、いつまで続くのかという焦燥感。そういったものが操縦桿を握る2本の腕に重くのしかかっているのだから。

ヴァインは ゲームにおいてEDENにたどり着いた時重症であり、意識があるのが不思議な状態であった。そんな彼に隠れがちだが、機体の方もしばらく修理ができないくらいにはボロボロであった。今回はクロノブレイクキャノンという超巨大な兵装を摘んでいないが、それでも追手から追撃を受けるのは明白であろう。


「出力が落ちてきた……限界が近い」


内心では焦りつつも、やはりあまり表情に出さないまま、ヴァインは機体を繰る。結局のところ、いくら文句を言っても現状良くなるはずがないのだ。自分がいくら文句を言おうとも、そこから生まれる要因自体は、何ら状況の好転に帰結しえない。
そう、そこからではなく、外部からの要因によっては、この状況を一気に覆す可能性があるのだ。


「クロノドライブ反応!? 質量値は……この大きさは、防衛衛星レベルだと」


流石の彼もこの時、彼の進行方向からのクロノドライブには驚かざるを得なかった。なにせEDENから来たものという訳である。この状況でトランスバール皇国軍がヴァル・ファスクに対して攻勢に出る理由など、CQボムの事を知って最終決戦を挑みに来た以外にはないであろうと思っていたからだ。

しかし、彼の予想に反して、なぜかこの宙域に現れたのは、9基の防衛衛星であった。思わず身構えるヴァイン。トランスバール軍の戦力であれば、自分は特A級の排除目標であるはずだ。前門の虎、後門の狼な状況であろう。


「ロックされない……いや、僕の後続の敵をロックした。どういう意図かわからないが、友軍というわけか? 」


防衛衛星は搭載されている多種多様な火器を用いて、ヴァインを追撃していたバルス・ゼオ攻撃機とリグ・ゼオ戦闘機の集団を一掃する。ヴァインは自分を狙っていないとはいえ、前方から降り注ぎ続ける銃弾とレーザーのスコールを冷静に回避しながら前進する。本当ならば、この防衛衛星の一団からも逃れた進路 を取りたいのだが、いまここで進路を変えれば、確実にこの火線のスコールに飲まれる。故に真っ直ぐ、半ば誘導されるかのように進むしかないのだ。

あらかた後続の敵を落したのか、戦闘機、および攻撃機の反応が、7号機のレーダーから全てロストした。このまましばらく待てば、駆逐艦や突撃艦の後続が来るであろうが、少しばかりの『追手からの』余裕はできた。
そう、今問題なのは、不気味な沈黙を放っているこの防衛衛星たちだ。正直に言って、もし自分が狙われた場合、無事に生き残ってこの場から脱出することはできない。この7号機が万全の状況であり、自分が正規の搭乗者であれば、損害は受けるもののこの場を離脱することもできるであろう。
しかし、いまの  7号機は万全とは程遠い、散々たる状態であり、ルシャーティは適正こそあるものの、訓練を受けた人物ではなく、そして自分の意志で動かしているわけではない。眠っている彼女を媒体としてエネルギーを供給させているにすぎないのだ。そんな二人羽檻の様な紋章機で無傷の防衛衛星から逃げられるとは、ヴァインは露ほど信じていなかった。


「誘導信号……そしてそれと同時にすべての衛星からのロックオン……選択肢などなかったか」


解りきっていたような結末にヴァインは、鬼が出るのか蛇が出るのか、全くわからない、所属がしれない防衛衛星の誘導信号の示すままに、衛星に着艦するのであった。













「なるほど……それがあらましか」

「……ええ」


部下がまとめておいた資料を片手に、この狭い無機質な取調室の様な装いの部屋で、これまた、取り調べ室にありそうな椅子に腰かけ、机を挟んでエメンタール・ヴァルターはヴァインと向かい合っていた。
方や座っていても目立つ優美で長い手足とすらっとした目鼻立ちの青年。方や彫刻の様な冷たいながらも意志の強さを感じさせる瞳を持った少年。そんな二人が密室に二人きりで完全に外とのつながりをシャットアウトして会話しているのだ。


「裏切り者が恋に目覚めて、裏切りを重ねるか。昔の人間の英雄譚の終わりみたいだな」

「……」


ヴァインは助けてもらった負い目と、自分自身でもよくわかっていないとなどの理由から、とりあえず沈黙を示すことにした。
ちなみに、防衛衛星は、ブラマンシュ商会が所有していたものだ。ミントとのトレードに使うつもりで製造したが、正直な所、利用先もなく、税金や維持費がかさんでいたものを、1基900億ギャラという破格の値段でリースしてもらったのだ。まあ兵器にしては破格ではある。


「それで、僕達を助けて、拘束した理由を聞いてもいいですか? 」

「単刀直入に来るね、無駄話を楽しむのも、心の使い方だよ」

「生憎と、僕の心は彼女の為にあるものなので」

「……そうか」


エメンタールは、軽いからかいのつもりで、ヴァインに向かって放った言葉を、それこそ一刀両断され、返し刀で惚気られ、思わず狼狽してしまう。
何と言うか、中学生くらいで恋に目覚めて、頑なに自分の気持ちが崇高なものだと信じちゃっている、ちょっと痛い子のような印象を受ける。しかし、自分の弟のへたれ具合と比較すると、正直な話どちらがいいのかは甲乙つけがたいのも事実であった。


「まあ、オレの目的……というか、これは今後の世界情勢の話なんだよね」

「世界情勢ですか、続けてください」

「ああ、まああんまりは言えないが『ヴァル・ファスク』と仲良くなっておく事例が欲しいわけだ。ヴァル・ファスクの次代の王を、皇国寄りの人物に据えて、より親密な関係を築く」

「……貴方は、ヴァル・ファスクに勝利どころか、戦後の事を考えているのですか」


古 今東西、主人公たちが前線で戦う話で、戦後の事を考えている後方の重鎮は、その思惑を崩される。そんな物語のお約束を、ヴァインはあまり詳しくないが、それでも、エメンタールが言っていることが荒唐無稽であろうことはわかった。なにせ、ヴァル・ファスクは引き分けになる可能性(CQボム後、何らかの自然災害で種が保てなくなるなど。) はあるが、敗北はCQボムと言う絶対の優位性の為に存在しえないのだから。


「まあな。『エルシオール』は無敵さ。CQボムにしたって、穴はあるからな」

「……まあ、良いでしょう。それで関係を作ってどうするんですか? 」

「それは秘密さ。時が来たら解る。だが、そうするだけの理由があるのさ」


エメンタールが、あえてぼかした部分。それは世界にとっては重要かもしれないが、ヴァインにとってはあまり関係のない事であった。彼もそれを感じ取ったのか、深く追求せずに、彼の話を聞く姿勢を整える。


「それで、オレが何をしたいかというとだ。ヴァイン、君が欲しい。能力と立場、双方の点から見てね」

「予想はしていました。しかし僕を抱えることのメリットは、大きすぎるデメリットによって霞んでしまっている」

「本当に君はそう思っているのか? その若さで元老院直属特機師団長に任命されている君が? 」

「……ええ、なにせ僕は裏切り者です。スパイ行為の証拠もある」


自分の役職を正確に知っていることに少々驚きつつも、ヴァインは極めて冷静に話を続ける。彼にとっての最終戦事項についてはまだ触れない。それは同時にアキレス健でもあるからだ。


「君が起こした利敵行動は3つ。盗聴器を仕掛けたこと。紋章機の奪取。紋章機への細工。相違ないかい?」

「肯定します」


厳密にはここに、タクトに対する行動妨害があるのだが、それは効果も得られなかったために伏せておこう。


「ならば、全てこちらで揉み消せる。いや解決できる問題だ」

「……聞きましょう」


平然とあくどすぎることを、言ってのけるエメンタールに対して、ヴァインは無意識のうちに、身構えてしまう。その体の硬直を、意識して無理やりとき、傾聴の意を示した。


「まず、盗聴器。これが一番容易だ。なにせ『エルシオール』には国内の彼らをよく思わない派閥による妨害行動を受けてもおかしくないという下地があった。現に君が仕掛けた盗聴器はいくつかい? 」

「12です。主要な場所を中心に」

「発見された盗聴器は30以上だ。まあうちの商会が色々なタイプなものを、様々な技術によって発明されたバラエティに富んだ盗聴器を仕掛けたからな」


トランスバールはことなる文化を持つ様々な星系によって構成されている。そのために、一口に盗聴器といっても、昔懐かしいオーソドックスなものから、SFチックな技術で作られているもの、ロストテクノロジーの流用したものなど、様々なものがある。


「国内の勢力による足の引っ張り合いですか」

「そう言う風に解釈もできる。ヴァル・ファスクによっては盗聴器が仕掛けられなかったとね」


非常にあくどい顔をして騙っているが事実である。商会のスタッフが幾つしかけていたのかは、ご想像にお任せする。


「君の事だ、映像に仕掛けたと悟らせるようなものは残していないのだろ? ならば問題ない。さて次だ。紋章機の奪取。これは少々難しいが、クロノブレイクキャノンを奪っていないことをうまく使い。君を2重スパイだったことに仕立て上げれば、問題ない」

「2重スパイですか、続けてください」

「信用を得るために必要なことだった。7号機自体には戦略的価値は低いからな。あれの利点はNCF(ネガティブクロノフィールド)を中和できるだけだ。NCF対策はこの半年でうちの科学者が終えている」


事実であった。NCFC(ネガティブクロノフィールドキャンセラー)の技術はすでに慣熟しており、『エルシオール』に付けてクロノブレイクキャノンを撃つ事で何も問題は起こらない。7号機は新たなH.A.L.Oシステムの適合者が生まれないために、武装がつけられることもなく研究用として残っていただけだ。
敵の目を注目させるためにあの形で残していた決戦兵器という名の張りぼてであったのだ。この策を考え付いたのはノアである。前にタクトにいかにも重要なことと問答したのは、こういったスパイがそこを狙うように仕向ける為でもあったのだ。


「ヴァル・ファスク側から信用を得るために仕方ない事。その成果としてCQボムの詳細な情報でもあれば、相殺は可能だ」

「僕が情報を持っていることを前提とした、不確実な策ですね」

「君ほどの人物が、亡命を頭に入れているだろうに、手土産を用意しないとでも? 」

「……そうですね」


最も、仮に持っていなかったとしてもそれっぽい情報を出す程度ならエメンタールの頭の中からでもできる。原作知識というのは、戦いの場で使うのではない、もっと後ろ、指針を決める会議の中でこそ使うものなのだ。これはエメンタールの持論である。


「それで、問題になるのは3番目、ラッキースターに対する妨害行為だが。これは正直な話、証拠不十分にしかならない。Vチップには使用履歴なんてものはない。 君が映像証拠や目撃証言なんてものを残しているわけはない。これは実際の調査でもわかっているがね。しかし状況証拠が君を限りなく黒に近い灰色にしている」


これもまた事実である。Vチップの搭載していないラッキースターに対して、いったいどのような方法でシステムを弄ったのかは 謎だが(本当に謎である) システムに侵入された形跡も痕跡もなく、Vチップにも誰がいつ使用したなんて履歴は残らない。あくまで装置なのだ。そういった 意味で、ヴァインはこの件に対しては疑わしいにとどまっているのだ。


「なるほど、確かにそうですね。僕以外やる人はいませんが、僕がやったという証拠もない。陰謀が好きな人から見れば格好の状況です」

「褒めるなよ。まあ、さすがにこれだけのことをやったんだ、二重スパイでしたーとかいっても、さすがに女皇陛下や宰相閣下が許してくれない。あの二人さえなんとかできれば、正直問題ないのは、民主主義によったとはいえ絶対君主政のいいところだ」


まあ、その通りなのだが、それはシヴァの周りに権力を求める人間、乱用する人間がいなかったから成り立っているわけである。彼女の覚えが最もめでたい軍部の人間であるタクトに至っては、自分から責務や階級を放り投げる人間である。
しかしながら、ラクレットとは違い、エメンタールは完全に乱用する人間である。ラクレットというコネ、そしてダイゴというコネ、自分の商会という伝手をつかい、いろいろとあくどいことをできる立場であるのだ。


「それでまあ、確認だが、お前はEDENの政治家や役員に面識はない。違うか? 」

「まあ、工作員をやるくらいですから」


ヴァインは幼少のルシャーティに対して、定期的に面会に行っていた。その際にはEDENの住人に顔を見られないように細心の注意を払っていた。わざわざこの ようにしていたのは、管理者に万が一にでも不穏な情報が入らないようにするためだ。いくら記憶をいじれても、本人が強く違和感を覚えてしまえば、それは負担になる。やりすぎれば人格までもが壊れてしまう可能性がある。
そこまでいかなくとも、ヴァインの存在は公向きの組織の肩書ではない。知る人ぞ知るといった立場であってしかるべきなのだ。


「なるほど、よしそれならばこの案で大丈夫そうだな」

「……」


ヴァインは壮絶に嫌な予感を感知した。いつもの危機管理によるものであったが、どうも気色が違う。面倒なできごとに巻き込まれる予感であるのだが、彼にはそういった第六感が、存在しえなかったために、わけのわからない悪寒となって表れたのである。


「死んでくれ。ヴァイン。君という存在を殺す」


そう言ってエメンタールは右腕を懐に持っていき、長方形のものを取り出した。
ヴァインの表情は驚くほど冷静で、これから起こることの予想をしていたが、身動きを取ることができなかった。











エルシオール一行は、一応それなりの仕事をしていた。
もちろん今の彼らは休暇期間ではあったのだが、名目上何もしないわけにはいかないからだ。その中でも多くを占めていたのが、EDEN星系の主たる惑星に対する慰問任務である。ラクレットがやっていた仕事にエンジェル隊がついて回ったという形だ。
その様子を細かく書いてもいいのだが、結局割といつものラクレットであったと記すだけにしておこう。それでも幾分か心の距離は縮まったとは思われるが。

さて、そう言った慰問任務の間に、彼等にとって今後の最重要課題と思われる出来事が待ち構えていた。EDENを解放して数日が経過した後、『エルシオール』の指令、副指令。そして戦闘要員である7名が同時にEDENのライブラリーに召集されたのだ。
ライブラリーはEDENを解放した時に、見学に赴いたのだが、ルシャーティが居なければ、使用できる機能にかなりの制限がかかってしまい。EDENで数少ない既知の地名、と言った扱いだけだった。しかし、それでもノアやシャトヤーン達からすれば、知識の宝庫であったために、タクト達からすれば、謎の目的で使用されていたようだが。


「よく来ていただけました、マイヤーズ司令、クールダラス副指令、そしてエンジェル隊の皆さん」


どこか疲れてやつれた様子を店ながらも、それでもなお変わらぬ美しさと神秘的な包容力を持ったシャトヤーンが、全員を出迎える。ラクレットは、なんとなく、この人の中で自分はエンジェル隊と同じ扱いなのだろうと、今の言葉のニュアンスで感じていた。


「早速話を始めさせてもらうわ。時間がないの……といっても、一秒やそこらで解決する問題ではないんだけどね」


タクトは、いつものジョークでも言おうと思ったが、うまくノアに間を外されてしまう。そこで、ノアに注視したのだが、いつも隣に侍らせている、カマンベールの姿がない。
何やら、深刻な雰囲気のようで、次の作戦の話かと思い当り、気を引き締めることにした。


「アンタ達には言って無かったけれど、ヴァル・ファスクとの戦いにおいて、アタシたちが一番恐れていたものがあるの」

「恐れていたもの? あいつらの兵力とかじゃなくてかい? 」


フォルテが、ノアのその言葉に口をはさむ。彼女の言い方にどこか違和感を覚えたのだ。まるでヴァル・ファスクという勢力に対しての危機感ではなく、それとは別系統の何かを読み取ったのだ。


「はい……マイヤーズ司令はご存じの通り、こちらに協力している、ヴァル・ファスクの方がおります。ラクレット君のご先祖に当たる方です」

「そいつがね、とんでもない情報を持ってきたのよ。誰でもいいわ、この中でクロノクェイクの原因の結果について、軽く説明してくれないかしら? 」


ノアのその言葉に、ちとせに自然と視線が集まった。彼女はこう言った時に模範解答を毎度呈示してきたのだ。ちとせ自身も思うところがあったのか、慎重に言葉を吟味して、それでいて素早くまとめ上げて口にした。


「600年ほど前に起こった、未曽有の大災害です。宇宙プレートの歪みによる震動が原因とみられています。この災害によって大凡200年の間、星間ネットワークが断絶され、多くの文明が衰退、ないしは崩壊しました」

「そう、最近の研究ではその節が一般的だった。でもね、原因は別の所にあったのよ」

「クロノクェイクは災害ではなく、人災であったと。彼は私たちに説いたのです」

「……それは、まさか」

「そうよ、クロノクェイクはヴァル・ファスクが起こした、人為的な災害。彼らの長期的な戦略に過ぎない出来事だったのよ」


クロノクェイクはヴァル・ファスクの秘密兵器CQボムによって引き起こされたものだ。この決戦兵器は、銀河どころか、異次元までにも影響を及ぼしたとあるが、そのことについてダイゴは口を閉ざした。だが、トランスバール側もきちんと把握していることがある。それは、ヴァル・ファスクがいつでもこの兵器を使用する可能性があるという事だ。どれだけ戦場での勝利を積み上げても、元を立たねば確実にこちらの敗北へと至ってしまう。チェスや将棋で言うところの詰みの状況に持って行ったとしても、盤をひっくり返すという技を向こうは持っているのだ。しかもその間にもむこうは戦力の維持ができるが、此方は始めからどころか、人間主観で言えば手足をもがれ五感を封殺されたような状況にされるのだ。
この恐怖は相当なものである。次の瞬間、故郷の惑星の家族と二度と会えなくなるかもしれない。銀河の海に艦だけで残されて餓死か窒息を待つしかなくなるかもしれない。そんな状態は人間の精神をおかしくするであろう。
故にごく少数の人間にしか知らされていなかった。万全の状況で指揮の腕を振るってもらうために、タクトにも伏せていたのだ。


「私たちは、それを知らされてから、ずっと対策を考えてきました。大まかな原理は聞いていたからです」

「でもね、やっぱりそう簡単にはいかなかった。だからEDENのライブラリーに期待したの。無理やりにでもEDENを解放させたのは、そのためでもあったのよ」

「ライブラリーを使用することができた私たち3人。ノアとカマンベール君と私は、月の管理者権限などから、少しずつ調査をしました」

「結果はそこそこだったわ。でも、まだ時間がかかるのもわかったの。それで焦ったあのバカが、無理やりに能力でこじ開けようとしてオーバーヒート。自分の能力以上の事はできないというのにね」

「彼には索引機能や、検索機能の補助を行っていてもらったので、彼が倒れた今、この機会に皆様に説明しようと。ああ、カマンベール君は無事ですよ。1日休めば、回復するでしょう」



交互に話す、白と黒の月の管理者。余裕がないのか、此方の理解を確認してから、解り易いペースで解り易い言葉を選んで説明してくれるシャトヤーンも、少々話す速度が速い。しかし、何とか理解する一同。
レスターは真剣な表情で今後についての指針を考え始めている。ルフトやシヴァからもこれを加味した話がそのうち来るであろうから、その時の草案をまとめているのだ。
エンジェル隊もそれぞれ、個々人の個性を表す反応を示している。ミルフィーはカマンベールの身の安全を知って安心しているし、ランファはどこか不安げに、CQボムについて思いをはせている。ミントは先ほど言っていた、手掛かりについてノアの思考から読み取ろうとしている。フォルテは真剣な眼差しでシャトヤーンを見つめているし、ヴァニラはCQボムで失われた人たちに祈りをささげている。ちとせはタクトの方を見て今後どういった命令を支持されるのかを気にしている。ラクレットとタクトはこの後のパターン的にまだ話は続くだろうと、少しリラックスした姿勢で話を聞こうとしていた

余談だがカマンベールの能力暴走は、ESPの使用しすぎによる過負荷である。ミントが人込みの中で、指定された人物の思考を探そうとしたならば、同様の症状になるであろう。ライブラリーという銀河最大の英知は、彼一人のキャパシティーには収まりきらなかったのだ。


「今すぐ向こうが使うってことはないはずよ。向こうは誇りが高すぎる種族らしいから、こっちの協力者曰く、1,2回は降服勧告をするはず。そうでもしないと王の威厳が保たれないみたなのよ」

「へー、やっぱ王様とかは大変なんだな」

「タクトさんも貴族でしょうに」

「ラクレットの方こそ、俺の従兄弟であり、ヴァル・ファスクの元お偉いさんと人間のハイブリットだろ? 」


そんな二人だからこそ、場を和ませる軽口を取り戻すことができた。今やラクレットは、道化を演じるという事で、場を和ませるということに関して、熟達していた。今でこそ納得しているが、経過には色々思うところがあったようだ。


「はいはい、茶化さない。だからすぐにどうこうという問題ではないわ。でも、常に対応できるようにしていてほしいの。少しあんた達たるんでいたみたいだからね」

「まあ、皆さんはもうすぐ開催される舞踏会までは、そのままで結構ですよ。そこからはルフト将軍や女皇陛下と共に、今後の方針を決めますので」


呆れながら言うノア。対照的に微笑みながらのシャトヤーン。要するに彼女たちの話をまとめると、舞踏会まではのんびりしていてほしいけど、CQボムのこと忘れないでね。
というわけだ。今の『エルシオール』の空気はかなり緩んでいるので、模倣となるべき人物たちの気を引き締める目的もあったのだ。ちなみに、女皇陛下と宰相の内政においての最重要人物二人は、明日にEDEN到着予定である。自分たちの親の系譜であるEDEN解放の運びに、はせ参じるという名目だが、実態は前線に移動することで素早く対策を得とる為でもある。


「よーし、それじゃあ、皆EDEN解放記念祝賀会の舞踏会を楽しんだら、ヴァル・ファスクを倒して、ルシャーティを取り返そう!! 」

「あー! タクトさんまたルシャーティさんのことばっか考えてるー!! 」

「いや、ミルフィーそう言う訳じゃないんだよ」


マイヤーズ夫妻(仮)は、タクトが滑らしてしまった口の為に、痴話喧嘩の様な、惚気のような会話を始め。


「ったく、気楽に言いやがって。クルーへの通達やら、空気の引き締めは俺の仕事になるのか……」

「副指令、お疲れ様です。あの、私にできる事でしたら、お手伝いいたします」

「む、ちとせ。別段慣れているからな、一人でも問題ないが、まあ、お願いしようか。褒美と言ってはあれだが、俺なりの効率のいい捌き方を教えてやろう」


レスターとちとせのいい子コンビは、すでに苦労を自主的に背負い始めており。


「フォルテさんフォルテさん、アタシ思うんですけど、あの二人お似合いじゃないですか?」

「そうさねー、アルモには悪いが、こういう場での相性は抜群かもね」

「あ、やっぱりそう思います? 」


フォルテと蘭花は、その二人を見て冷かしていた。


「あの……ミントさん、僕と舞踏会で踊っていただけませんか? 」

「身長差を考えて物を言ってくださいません? ……まあ、嫌という訳ではないですけど」

「うぅ……実は、僕女性と踊ったことがなくて、ミントさんは上手そうですし……ヴァニラさんは?」

「私も、そこまで得意ではありません。ですが、少しくらいなら。練習にお付き合いします」

「コーチ役でしたら、私もお手伝いいたしますわ」

「本当ですか? お二人とも、ありがとうございます。クロミエに頼もうと思ったんですけど。あいつは舞踏会には来ないので……」


ラクレットは、ロリ2r……失礼、ミントさんとヴァニラさんと、ちゃっかり約束を取り付けていた。ちなみに、ラクレットは、ミントとの身長差は60cmであり、ミントの身長の1.5倍の背である。ヴァニラとも50cmほどの差があり、子供に囲まれる親戚のお兄さんのように見えるが、ミントの2歳下でヴァニラとは1年弱しか離れていない事を記しておこう。


そんな、マイペースな『エルシオール』首脳陣をみて、月の管理者二人は、漠然とだが、確かにある、強い安心感と信頼感を覚えたのであった。









────────────────────────
ヴァインとエメンタールの会話が長くなりすぎました。
まだ半分しか会話進んでないです。



[19683] 第25話 けれども
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/08/13 01:32

第25話 けれども






「……それはどういった意味で」

「なんだよー、そこは驚けよ。つまらないな」

「いえ、一応自分の中には仮説はあったので。書類上死んだことにして、その後に僕によく似た人物が出てくる」

「……ああ、大正解だ」


全 くもってつまらない、そんな表情を隠そうともせず。エメンタールはヴァインに対してそう告げる。まあ、よくある手であるので、予想するのはそこまで困難なことではなかろう。しかし、彼の弟に素晴らしいリアクションをしてくれる人物がいるために、やはり期待してしまうのだ。


「そうだなー面倒だし、ヴァル・ファスクの協力者ってことにするか。ダイゴ爺さんの養子で、このたび、トランスバールとの国交が復活して、駆けつけてきた。元老院も全員死んでいるし、彼等ごとこっちに寝返るつもりだった。も有りかな」

「彼が出立したころ、僕はまだ生まれていなかったのですが」

「うーん、名前はどうするか、やっぱりいつも通りのネーミングでいいか。よし、お前今日から『パルメザン・ヴァルター』な」


ヴァインの意見も聞かずに、どんどん進めるエメンタール。彼の中にはもう筋道が立っている、完全に決まった出来事になっているのか、聞く耳持たない。ヴァインはもちろん彼の言っていることの理も理解しているが、それでもそんな風にこちらの了承を得ずに話を進められても困る。ヴァインからすれば、こういった話し方に対して、まったくもって理解できないものがある。こういった自分の言い分を勝手に早口でまくし立てても、こちらが納得しなければ、ヴァル・ファスクは納得しないからである。しかし、人間相手には、このように、早口でまくし立てることで、うやむやにし、無理やり要求をのませるということは、わりとあることである。ヴァインにはこういったところでの人間の理解が足りていなかった。研究者でもあるため、知識としては知っているだろうが、それをとっさに実用できないのだ。


「対外的には、『ヴァルター』一族の一員。上層部にはスパイ。それでいいとして、エルシオールとシヴァ女皇達にはどうするかね? 」

「……何を言っても無駄のようですね、まあいいでしょう。貴方の考えなのならば、おそらく真実は闇に葬ったほうがよさそうですね。エルシオールに対しても、スパイであったことでいいですよ」

「ふーん、『エルシオール』の人たちに嘘をついて生き続けることになるけど、それでもいいのか? 」


エメンタールの案をまとめると以下のようになる。

ヴァインという個体はもともと、ダイゴの考えに賛同するヴァル・ファスクであった。
彼はダイゴがゲルンに対して決起を起こした時の為に今までヴァル・ファスクにおいて自分の立場を高めると同時に、シンパを増やしてきた。
そんなヴァインは『エルシオール』に潜入任務を行うことになる。目的は心というものに対する調査だ。情報を集めたのち、ダイゴの手による者に回収され、ライブラリー管理者と共にトランスバール側につくという予定であった。
しかし、カースマルツゥという存在によりライブラリー管理者の命を質にとられてしまう。苦肉の策として、戦略上重要ではない7号機を奪取。ヴァル・ファスクの本星に帰還する。
その後機会を伺い脱出。しかしその時の傷で重傷を負い、事情を話したところで彼は息絶えてしまう。トランスバール皇国は、彼によってCQボムの詳細な情報や、本星のセキュリティ内容などの重要機密を入手することができた。


以上を事実としてトランスバール皇国に報告する。これを第一段階。

次に、ヴァル・ファスクの協力者であり、今回のヴァインの脱出を手引きした、此方に協力的なヴァル・ファスクであり、ダイゴの養子である、パルメザン・ヴァルターが、此方側の勢力に正式に加わる。

これを第二段階

そして、シヴァ女皇陛下や『エルシオール』などの一部の身内に対して、パルメザン・ヴァルターはヴァインであるという事実を教える。
それによって、彼が今まで二重スパイであったこと、前の身分はその都合の関係で捨てることにした。それを踏まえたうえで、この前のことを謝罪したいヴァインを『エルシオール』にルシャーティと共に秘密裏に連れて行く。ヴァインが謝罪の言葉を言うことによって、お人よしの『エルシオール』が、外道であるカースマルツゥやゲルンに対して怒りの矛先を転換。結束が高まって皆ハッピー。

これを最終段階とする。

こういったものだ。

ここで重要なのは、誠心誠意ヴァインがエルシオールに対して『妨害行動』を取ったことを謝罪すること。そして全ては『ルシャーティの為に行った事』であり、スパイとしての信用を得る為にしたことではない。この2つだ。
この2つの事に関してはヴァインの本心、そして事実との差異はない。このことをもとに話を進めていけば、どこかおかしいと感じても、それ自体は真実なのだから、疑いようがないのだ。
『エルシオール』のクルーが、一度このことを信じて結束すれば、シヴァ女皇陛下やルフト宰相が、このことに対して何らかの違和感を覚えたとしても、少なくとも戦争が終結するまでは、わざわざ味方の士気をそぐようなことはしない。
なにせ、実際に彼が今行ったことは、現在結果的に、此方に対して利になっているのだ。今後妨害行動を起こす可能性を踏まえて、軟禁などの処置をとるか、最悪一時的に休眠措置などにするかもしれないが、戦後までは時間ができる。
その間に『ミルフィーユ・桜葉の機体『ラッキースター』の暴走はカースマルツゥが仕掛けたネットワーク上のウィルスによるモノであった』と言った証拠をでっち上げればよい。
それでもダメなのならば、戦後のヴァル・ファスクとの友好の象徴にしようと言った形に世論を操作し、シヴァ達にとっても都合が良い形を作ればよいのだ。

まあ、結局のところ、うやむやにしてしまおうという魂胆である。
そして、その結果双方が利益を出すのだし、細かいことは目をつぶりましょうね?
というわけだ。古くから用いられてきた古典的な方法でもある。糾弾すべき問題があっても、それに少し解釈を加えて見れば、なかったことにできる。その結果、当事者同士に何らかの利益が発生する。それならば、そう言うことにしよう。俺達は何も見ていない。超法規的措置だ。


「僕はもう、姉さん……いえ、ルシャーティ以外何もいりません。彼女の為ならば、どんな嘘だってつきますし、汚名だって受け入れます。彼女が許すのならば彼女と共にいたい。それだけです」

「格好良いねー。まあ、こっちに協力してくれるというのならば何も言わないよ。彼女には真実を伝えるのかい」

「僕がヴァル・ファスクで、監視するために近づいた。その結果惹かれるようになり、今に至る。というのは伝えてかまいません」

「あいよ、まあ、必要なら時間をかけて話していくといいさ。君がね」


ヴァインの言葉には、淀みないそれでいて力強い意志が感じられた。うちの弟にもこれくらいの気概があれば、こっちにばかり肩入れしないでやるのだがな。と心の中で呟きつつエメンタールは、今のヴァインの言葉の正確な意味をくみ取った。
伝えない方が都合がよい。伝えるのならば、少しぼかしてくれ。そういったニュアンスだ。過程を丸々省いている。エメンタールはその言葉に対して、まあ、細かい判断は君に任せるよと言った旨での言葉を笑みと共に伝える。

こうして、大人による悪巧みの大筋は決まった。となれば後は調整しつつ動くだけである。


「それじゃあ、もう自由にしていて良いよ。こっちから通達するまでね。たぶん数日後のダンスパーティーの当たりが狙い目だと思うからな。それまでこの艦でのんびりしていてくれ。ルシャーティちゃんとよく話しておくと良い。君の気持ちとか、彼女の気持ちとか。他の人の気持ちとかね」

「……ええ、ありがとうございます」


ヴァインはそう簡潔にエメンタールに伝えると、席を立つ彼を見送った。エメンタールが退席すると、すぐに商会の人間と思わしきガタイの良い二人の男が入室してきたので、彼等に続くことにした。今言われた言葉の意味を反芻しながら。







ラクレットはその日、いつものように起床から、トレーニングまでの流れをスムーズにこなした後、自室でシャワーを浴びていた。火照った体に、少し冷ためにしてあるお湯……というよりも水が気持ちよく、水が弾ける音も、今の彼にとっては、音楽のように聞こえた。


「ここまで来たんだな……」


ラクレットはそう呟く。今彼がいるのは、割と慣れ親しんだ『エルシオール』の自室ではあるが、その『エルシオール』が今いるのはEDENである。ここの所忙しかったので、こういった少し時間ができると色々と考えてしまう。

今日はEDEN解放記念祝賀会────要するに舞踏会の日だ。
史実のミルフィールートであれば、まだミルフィーには記憶が戻っていないものの、タクトに対して恋心を持っている、そんな時だ。今日の舞踏会で記憶を取り戻すといった展開であったはずだが、すでにその件は解決している。
他に抱えていた、なぜかあっさり解放できたEDENという問題も、敵の超兵器の存在を掴むところまで進んでいる。解決策はまだ見いだせていないものの、解決の方向性をすでに見出しているといった所であり、相手が早まることのない限り安泰である。


「スムーズに行きすぎていると思うんだよね」


ラクレットの懸念はそれだ。何せ彼が何をしたかと言えば、現場での戦力の底上げでしかない。『エルシオール』も頭数に含めるのならば、彼の存在の結果7が8になったわけで、約14%の戦力アップを担っている。
しかし、それだけでこうも上手く物事が運ぶとは到底思えない。なにかこう、とてつもなく大きな『モノ』が糸を手繰り寄せているような、そんな錯覚を覚えるのだ。


「まあ、僕ができる事なんて、全力を尽くすだけだけれどね」


それでも、いや、それだからこそ、ラクレットは、戦場の一番槍を務める。撃墜数では、エンジェル隊と彼の7人中6位ではあるが、無効化した砲台の数ならば、彼は断トツで1位だ。彼ができるのはそれだけ。種族間の数世紀にわたる戦争の解決、海千山千の貴族たちとの腹の探り合い、銀河を舞台にした恋物語。そんなものは、今の彼の器には収まりきるようなものではない。彼は自分を将棋の駒で例えるのならば、香車であると最近思っている。初期配置では役に立たない自分も、誰かに手によって刺すことによって、一定の成果を確実にあげる。使う者がいて役に立つものなのだ。

そんな彼は、自分がどこかの誰かにどのような形で動かされようと構わない。そう感じている。もちろん頭ごなしにやれと言われるのならば、抵抗するであろう。しかし親しい者たちの為に、自分の力を使うことに至上の喜びを感じた彼は、その喜びをまた味わうために、自分の力を喜んで差し出す。
それが彼と言う存在の在り方なのである。まあ、これでもマシになった方だ。最初は他人の為に自分を投げ出すところに陶酔している節があったのだから。卑屈であり、自分に自信が持てなかったのである。

ラクレットはシャワーから上がると、いつもの習慣となっている自分の端末のチェックをした。すると、新着のメッセージが送られてきていることに気が付く。送信元不明、件名なし、本文無し、画像添付1件の、いつものメッセージだ。このご時世に文章で、なのに空で送信してくるなど、彼の長兄の秘密にしなくてはならない通達以外に他ならない。機密保持の為なのか、ローマ字、漢字、ひらがなの混じった日本語と簡単な英語によって構成されている手書きの文章を、画像にして送信してきているのだ。
ラクレットは、しばらく時間をかけてその画像を読む。何せかなり読みにくいのだ。そして、どうにか意味を理解すると、体の力が抜け、何とも言えない安ど感が胸の奥に生まれるのを感じた。
そこに書かれていたのを簡潔にまとめるのならば。


「ルシャーティさんとヴァインが、戻ってくる……」


彼の思い人と、その誘拐犯が帰還してくるので、以下の事を頭に入れて行動してほしい。であった。ラクレットはゆっくりとその内容を頭に入れ始めた。











『エルシオール』は夕方に開催される舞踏会と式典に向けて、少々浮ついた空気に覆われていた。
まあ当然であろう。なにせ、一般的なクルーは、CQボムの存在さえ知らされていないのだから。本日の式典を区切りとし、明日から本格的な対策行動をとることになるので、今日までは彼等にとっての休日なのである。

そんな中、トップであるタクト・マイヤーズは、自室である、司令室において、一人の客人をレスターと共に迎えていた。


「こうして会うのは初めてになりますね、ミスターマイヤーズ。私はエメンタール・ヴァルターと申します」


身長のほどは、レスターより少し小さい程度で、やや小柄なタクトは、少し見え上げる形になった。エメンタールの外見は、いつものスーツを線の細い体に着込んでいる。レスターはすぐさま、彼が訓練を積んだ人間の動きをしていることに気が付き、無意識に警戒のレベルを一段階揚げた。なにせ、あのバカみたいな才能の塊であったラクレットの兄なのだ。レスターは、ヴァルターという血筋に連なる人物に対して、無警戒で居られる人間ではないのだ。


「いやぁ、そこまで硬く成らなくとも。俺の方が年下だし、従兄弟でもあるからさ」

「そうですか……じゃあこの位で。それで今回来た用件だけど、表向きは商会の長としての売名ってことかな」


タクトのフランクな対応に、エメンタールは一度咳払いをして、思考を切り替える。まあ、24のエメンタールと23のタクトである。関係は従兄弟でもあるのだから、公の場でもない限り敬語はおかしいのかもしれない。


「売名ということは、裏があるってことだよね。そんなこと、すぐに口にしていいのかい?」

「ええ、もちろん。従兄弟と腹の探り合いなんて御免だからね」


横で聞いているレスターは、タクトがもう一人増えた。なんて頭を抱えたくなるような気持ちだ。二人とも笑顔で、相手の腹を探っているのだ。次男のカマンベールの様に、研究一直線の科学者のような人物。三男のラクレットの様に、素直で実直な性格。その二人の兄が、このような性格なのは、納得できるのか、そうでないのか。


「まあ、外部の人間にはそういった建て前的な理由が必要なんだよ。それで本題に入るんだけど……」

「ああ、機密保持ならすでに最高レベルまで上げているから、気にしないでくれ」

「そうか、それなら安心だ。入ってきて二人とも」


エメンタールは、タクトの言葉を聞いて、安心したのかそうでないのか知らないが、事も無げにそう、指示を出す。すると、この艦には所属していない軍人に引き連れられた、フードをかぶった小柄な人間が二人入室してくる。
背格好からして、女か子供であろう。総当たりを付けたレスター。しかしタクトはそのフードをかぶった状態でも気づいたのか、目で驚愕の意を示している。連れてきた軍人が何も言わずにエメンタールから名刺サイズのカードを貰ってから退出し、ドアが閉まる。
タクトはすぐさま、エメンタールを強く睨みつけた。これはどういった事かと。さすがにこれは想定外だと。エメンタールは悪戯が成功した子供の様な笑顔を浮かべて口を開いた。


「ほら、パルメザン。フードを取って良いぞ」

「その名は極力呼ばないでほしいのですが。まあいいでしょう」


そう悪態をつきながらフードを取った人物は、おおよそ1月ほど前に決戦兵器を奪取して、ライブラリー管理者を誘拐して逃げおおせた人物。


「ヴァイン!! 」

「貴様! 」


すぐさま警戒していたレスターが、懐の銃を抜き取り、構える。タクトも油断を見せずに、あえてこの場の流れを掴んでいるエメンタールに視線を向けている。ヴァインについてはレスターが対処するであろうといった信頼の表れでもある。


「まあ、そう言う反応は解るけど、銃を下ろしてくれ。クールダラス副指令。今から説明するのに、そんなものを向けられていては落ち着けない」

「貴方が何を言おうと、彼らが警戒を解くことはないと思いますがね。お久しぶりですタクトさん、副指令。ルシャーティ共々、戻ってきました」








ラクレットは、トレーニングルームから自室への帰り道で、その放送を聞いていた。
珍しい平時における、艦内への全体放送。クルーたちは全員清聴するようにとの珍しい『命令』もあってか、真剣に耳を傾けている。


────事情があったとはいえ、僕のしたことは許される様な事ではありません。心よりの謝罪を申し上げます。


それは、ヴァインとルシャーティによる謝罪会見だった。どういった裏取引があって、彼等がここに戻ってきて、謝罪をしているのかは知らないが、ラクレットが分かるのは、彼女が無事戻ってきたという事だった。そう考えると心は幾分か晴れやかになる。自分でも現金だなと思うが、安い幸せでも、本人が満足できたのならばそれでいいのだ。

放送では、『実は二重スパイで~』やら、『しかし私は彼女のためにやった~』などのヴァインの主張が乱立している。ラクレットが周囲を見回していると、どうやらクルーは怒りに震えている。もっと耳を澄ましてみると、どうやら、怒りの矛先はヴァイン……ではなく、非道な行いを強いたヴァル・ファスクの幹部に向けての事だった。
まあ、彼の情報を信じるのならば、此方のとの和解を考えている勢力に属している幹部らを殺して台頭しているような王様なのだ。ラクレットは、まあ兄が上手く情報操作したんだろうなーと考えつつ、放送を聞いていた。どうやらもう佳境なようで、数分もせずに終わるであろう。ラクレットはその時良いことを思いついた。


「そうだ、今司令室に行ったら、ルシャーティさんに会えるかもしれない」


彼はお礼を言いたかったのだ。あの時、ミルフィーをこの手にかけたとき、レスターと彼女が自分を肯定してくれたこと。それのお礼を言おうという大義名分をもとに会いに行こうと思ったのだ。
それは、彼の人生を大きく変える行動になったのだが、彼がそのことに気が付いたのは何年もたってからの事だった。







「ヴァイン……」

「姉さ……ルシャーティ、話し合って決めたことだ。仕方ない」


ヴァインとルシャーティの二人は、『エルシオール』を後にするために、廊下を歩いていた。エメンタールはまだもう少し話すことがあるので、先にシャトルに戻っているように言われたのだ。今の二人は一応客人と言う事なので、監視の軍人がいるわけではない。この後宰相や女皇陛下に対して、同じような嘘を並べることになるのは、心優しいルシャーティにとってはかなり気が重いのだ。
しかし、先日二人きりで何度も話し合って決めたことだった。ヴァインという少年……いや男が彼女を守るためにすべて背負うことを決めたのだ。ルシャーティと言う女はそれに関してはもう何も言えなかった。
正直な所彼女は彼とあの場で再会するまでまだ迷っていた。自分がどうしたいのか、自分の感情はどういったものなのか。恨みは……無いと言ったら嘘になる。しかし弟に対する愛は、関係がニセモノであってもそう接してきて、確かに芽生え、育んできた感情は嘘ではない。ヴァインの行動に、胸を打たれていないわけでもなかったのだ。
しかし、二人が与えられた数日に、何度も何度も話し合った。今までの生き方。これからの生き方。そして久しぶりに二人とも心を休めて、寝食を共にした。
その結果、ルシャーティは彼と共に償いをしよう。そう決めたのだ。ヴァル・ファスクであることに誇りを覚えていた男に、自分と言う存在を与えてしまった彼女は、そのことに罪の意識を感じていた。それはきっと、場違いであって、ヴァインも望んでいない事であろう。しかし彼女はそれでも彼と二人歩いていく道を選んだのだ。何せ彼女は

(お姉ちゃんでしたから……)


ルシャーティはそう心の中で呟くと、ふと、あれだけ話し合った中で聞き忘れたことがあったのを思い出す。脱出の時に何気なく言われた言葉だが、こういった関係になって、ふと気になるようになったのだ。


「あの、ヴァイン」

「なんでしょう? 」

「唐突な質問ですが、本星から脱出の時、言った事です」

「はぁ……」


最近、自分に自信が持てたのか、明確な目標によるものなのか、以前ほど詰らずよどみなく言葉を紡げるようになった彼女は、ヴァインに向き直る。


「あの時……久しぶりに女を抱きたいと言っていましたけど……その、やはりそういった経験があるのでしょうか? 」

「……え? いやあのそれは、その」


突然空気が変わったことに対して、いい加減人間というのはそう言うものなのだ、と慣れてきたヴァインは戸惑う。慣れても、こういったものが得意になれるわけではないのだ。そうなら苦労していない。
ルシャーティはほのかに赤面している程度だ。どうやら、興味や確認と言うよりも、何気なく振ったという程度なのだろう。ヴァインは答えに窮した、どういう風に答えればよいのかと。ちなみに本当のところはノーコメントである。


「ル、ルシャーティ。そういったことは人の往来があるところでは……」

「そ、そうですか……では、また後で」


ルシャーティの方も自分が何を口にしたのか今になって理解してきたのか、大人しく引き下がった。顔は先程よりも赤い。ヴァインは慌てた頭の片隅で、どういった答えを返すかと考えることにした。そんな二人がだしている雰囲気はどう見ても恋慕し合っている者同士のモノであり、端的に言えば爆発してしまえと言ったものであった。






だからラクレットがその場から最近覚えた、気配を消すという技能を使って、そっと立ち去ったことにも、二人は気づくことはなかった。










[19683] 第26話 成長と慢心
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/08/17 14:30

第26話 成長と慢心




EDENの解放記念式典は、当然の如くエルシオールに対して正式に招待状が送られる所から始まった。それにはもちろん、来賓の方々に対する下調べが綿密に行われてからのものである。ロームで行われたものと違い、上層部の勘違いというか先入観によるミスなんて存在せず、タクト、エンジェル隊、ラクレットの8人は無事招かれたのであった。
この事に何時もならば、大げさにも落涙して喜ぶラクレットであろうが、今回は普通に了解と答えただけであった。まあ、不安定なところのある彼の事だと、大げさにしなかったタクトであったが(これは彼自身のミルフィーに対する問題があったということも大きい)逆にエンジェル隊の面々は、この前の反省も相成って、少しばかり注意を向けることにしていた。

そして当日、パーティー会場にて、序盤の挨拶やらの定型文などにはきちんと反応していた彼だが、いざ本格的に始まってみると、少しばかりの飲み物と、食べ物を片手に早々に壁の花を決め込んでいた。壁の花と言っても、テラス側であり、かなり人気の少ないところであり、屋外でもあったが。
加えて、彼の無駄に高いスキルを駆使して気配を薄めており、EDEN側からの招待客は、彼を探している人もいるであろうが、彼の存在に気付くことはできていない。
そんな相変らず『周囲に一定以上の人がいて賑やかな中に、一人孤独で居る』といったシチュエーションをもう何度目かわからないくらい経験して、味わっているラクレットであった。


「……ヴァインが生きていると、こうなるのか―」


ラクレットは、正史において、ルシャーティがこの後どうなるかを一切知らなかった。実際はEDENのライブラリー管理者として4年後から始まる戦いに向けて精力的にノアやタクト達に協力していた程度しかわかっていないのだが、それでも、彼女ほどの美少女が、生涯独身であるはずはないであろうことは解った。公園での女子会ではあるまいし。
この体で生を受けて初めて芽生えた、異性に対する、少々特別な気持であったが、終わってしまえば何でもない、多少の感傷となぜか心地よい心の隙間風があるだけであった。結局のところラクレットは、告白と言う事すらせずに自分の恋が終わっていたのだが、そのことに対する後悔はなかった。


「なんだかなー……はぁ」


もはや趣味の一環になっている自己分析を始めると、どうにも彼にとって嫌な事実が段々と浮き彫りになってきた。先に断わっておくが、ラクレットは今でこそ賢者のような生活を送っているが、別段、異性に対して一切の興味がないわけではない。特別な関係に成れるとするのならば、それはもちろんなりたいと思う。しかしそれは誰でもいいわけではない。自分が一生かけて守っていきたいと思えるような女性が理想だ。
今はエンジェル隊を守るという事を最優先としており、なかなか目立たないが、これでも彼は男の子であるのだ。かわいい女の子や、綺麗な女性と恋仲になることに対する憧れがないわけではないのである。ただそれが二の次になっているだけだ。目の前の戦争が大きすぎるというのも問題であろう。性欲もほぼ0に近くなっているが、ダイゴ曰く必要になれば戻るとのことで、彼は気にしていなかった。


「あ! いた!! 全く、アンタ気配消しているんじゃないわよ!! 」

「ランファさん? 」


そんなラクレットを見つけて声をかけたのはランファであった。白と赤を基調としたドレスに身を包んでいる彼女は、異性の服装に疎いラクレットから見ても、かなり綺麗に見えた。そんな彼女にはきっと、ダンスのお誘いが引く手数多であろうに、わざわざ探さないと見つからない自分を見つけてくれたことに若干の疑問を持つラクレット。


「どうしてここへ? 」

「アンタがさっきから少し変だったからよ。なんとなく予想はついたから、皆で話し合って、アタシがアンタの様子を見に来たわけ」

「皆さんが? 」

「そうよ。エンジェル隊全員でね。タクトはなんだかミルフィーの事で上の空だったわ。大方プロポーズでもするんじゃないの? 」


実際はもうしいているのだが。今回は婚約指輪を正式に渡そうとしての緊張だったことが判明するのはまたしばらく後の事。
ラクレットは、自分がエンジェル隊のメンバーに心配をかけていたことに気づき内省する。それが出過ぎたことなのだが、いまだに学習してないのか、それとも今の気分がそうさせるのか。


「それで、どうしたのよ? 聞かせなさい」

「……」


ここで、話してみたら? やら、相談に乗ろうか? ではなく命令形で聞くあたりがランファらしく、そしてラクレットに対してらしかった。こういえば彼は断れないのを知っているのだから。
ラクレットは一度ため息をついてから今までの経緯を説明することにする。ミルフィー撃破のあたりで優しく接してくれたルシャーティの事。それが切っ掛けだったこと。そして先ほどの事を目撃してしまった事。


「なるほどね……そんな、おもし……もとい複雑なことになっていたなら、相談してくれればよかったのに」

「だって、恥ずかしいじゃないですか……女の人に恋愛相談するなんて」

「馬鹿ね、逆なのよ。女の子はそういうの大好きだから、話した方がいいのよ」

「そうですか……」

何を言っても無駄であろう、そう彼はしみじみ思った。

「それで、アンタは失恋したことで凹んでここに来たという訳ね」


これで、『エルシオール』における失恋経験者の人数がランファとラクレットの二人になったわけだ。そのことに関してランファはあまり触れようとしないのだが、親近感でも得たのか、ラクレットに向かい優しげな視線を向ける。するとラクレットは先ほど自分を分析した結果から、導き出されてしまった答えについてランファに対して相談しようと口を開くことにする。


「ランファさん、ランファさんはミルフィーさんの事を恨みました? 」

「え? ……そうね、あの時恨んでいないって言ったら、嘘になるわ」


過去を振り返るように、夕と夜の境目の橙と紫が混ざる空を見つめて、ランファはラクレットの言葉に肯定した。彼女だって人の子だ。いつだって親友に良い感情を持ち続けているわけではない。正直にそう答えてくれたランファに感謝をしつつ、ラクレットはぎこちない笑顔で、ランファに向き直った。二人の身長差はおおよそ20cm弱。少し下を見つめる形になるが、ラクレットはそこに見下したものを含まない様に気を付けつつ、いまだに少々苦手な、人の目を(特に美少女の)見て話すことを心掛けた。


「ランファさん、僕はですね。失恋自体はそこまで辛かったわけじゃないんです。ルシャーティさんが幸せならばと思えて、身を引くのは辛いのと嬉しいのが半々なんです。ですけど、ヴァインに対して、全く含む所がないんです。嫉妬というか独占欲と言うか、そう言うのが全く。自分の失恋を悲しめないで、相手に対して、両手を上げて祝福しまえそうな、そんな自分が悲しいんです」


ラクレットの懸念はそれだった。先ほどから何度も自問自答し、自己分析を繰り返しても、ヴァインが憎くない。ルシャーティが幸せなのがうれしい。ルシャーティがとられて悔しい、悲しいといった思いがないわけではないが、恐らく一晩で簡単に整理ができてしまう程度のものだ。
もしかしたら、これがヴァル・ファスク的な考え方なのかもしれないが、それでも今の彼には、このことが悲しかった。今後恋愛をするときにきっと、自分の独占欲のなさが足を引っ張るであろうから。
生前彼が蛇蝎のごとく嫌っていた、処女厨のように、歪んだまでの愛情を注げる方がましなのかもしれない。そうラクレットが思ってしまう程に。

ランファはラクレットの言葉を聞くと、慎重に噛みしめて理解するかのような仕草をする、それが彼の話を真剣に聞いてくれているのだなと、ラクレットにも伝わり、ゆっくりと固唾を飲んで彼女を見守ることにする。二人の間に独特の沈黙が流れる。


「ランファさん、どういった調子でしょ……失礼いたしましたわ」


そこに、二人よりも身長がかなり小さいため発見が遅れた乱入者。ミントがやってくるまで、その沈黙は続いた。なにせ、向かい合って見つめ合う、無言の二人の男女だ。見方によってはキスの直前か直後とも思われかねない。


「え? ミント、いやそういうのじゃないから」

「ええ、そうですよ。僕の悩みの相談に乗っていてもらっただけです」

「ええ、恋愛相談ですね。承知しておりますわ」

「そうだけど!! そうじゃないのよ!! 」

「ミントさん、割と真面目な話なので、心読んだ上でからかうのは」


急にシリアスがシリアルな空気に成るのは、『エルシオール』か、それともラクレットのお家芸か。


「……そうですわね。ラクレットさんも中々業が深いお悩みをお持ちのようで」

「そうなのよ、こいつ。ラクレットの癖に一丁前に、自分の引き際がよすぎるなんて悩みを抱えているなんてね」

「はぁ……申し訳ありません」


ラクレットは、目の前の美少女二人からの攻めるような言葉に、少々及び腰になってしまう。まあ、仕方なかろう。自分の知識が全くない分野なのだから。


「でも、解決方法なんて一つよね? 」

「ええ、それしかないと思いますわ。ラクレットさん」

「あ、はい。なんですか? 」


しかしながら、どうやらあっさりとこの自分の悩みに関する答えを得ることができそうなので、ラクレットは安心して聞くことにする。


「新しい恋を────」

「────見つけてくださいませ」


見事に二人とも同じ回答に至ったのか、同じタイミングでそう返されるラクレット。
思わず、聞き返してしまうほどには、理解が追い付いていなかった。


「……新しい恋ですか? 」

「ええ、そうよ。アンタはルシャーティに対してしたのって、初恋でしょ? 」

「ええ、まあそうですが」

「でしたら、尚の事、いろいろ経験をしてみてください。そこから見えてくるものもありますわ」


ミント達の言い分を、ラクレットは何とか理解することができたものの、納得ができたわけではなかった。なにせ、今失恋したばかりだ。引きずってはいないものの、積極的に恋愛をしたいとは思わなかった。しいて言えば、しばらくはルシャーティの事を思い続けていたいと思ったくらいか。


「アンタ今、しばらくルシャーティの事を好きでいたいとか思ったでしょ」

「え? ええ、まあ」

「それが問題なのですわ」

「はぁ……」

「とりあえず、アンタは、いろいろ恋をしてみるべきなのよ。そうすればきっと見えてくるものはあるわ」

「ランファさんの言うとおりですわ。まだお若いのですし、いろいろ経験してみても損はないかと」


二人して、ラクレットに対して新しい恋をするように勧める、ランファとミント。ラクレットは今一つそれに乗り気ではなかった。自分の感情を否定されているような気分になったのと、そして何よりも


「お二人とも、恋愛経験少なさそうなのに、詳しいですね」


そう思っていたからだ。これは、ラクレットからすれば非常に珍しい事であった。彼がうっかりではなく、自然と、エンジェル隊の言うことに対して反感を持ち、それを口にしたのだ。ある意味親離れを始めた子供のような図であるが、この時はこの言葉はまずかったであろう。


「へぇ……そう言うこと言っちゃうんだ」

「あらあら、面白いことをおっしゃるお口ですわね」


急に雰囲気が変わったことに気付くラクレット。いつもならここで焦りの表情を浮かべて、あ、ヤバと言った感じで謝罪を始めるのだが、今の彼は、言い過ぎてしまった感はあるものの、思っていることは本心なので、へっぴり腰になりながらも、二人を見つめている。


「僕はまだ、新しい恋愛を見つける気分ではないのですよ」

「女々しい人ですわね」

「ウジウジしている奴は持てないわよ」

「別に誰彼からでも好かれたいわけではないですから。ランファさんやミントさん。エンジェル隊の皆さん、『エルシオール』の皆さん。家族以外ではその位の方々に好かれているのならば十分です」


良くわかってないからこそ言えるその言葉。ナチュラルに好意を示すその言葉。ヒロインならば顔を赤面させて、動揺しながら礼を言うようなものであるが、そこはラクレット、ミントもランファも、少しだけ心拍数が上がったものの、目立った変化はない。嬉しいといったレベルであろう。
ラクレットは内心で彼女たちの助言を受け入れる事は当分ないと感じていた。しかしもし仮に次の恋が見つかったならば、もっと独占欲を前面に出して行こう、意識して。そう考えていた。

そのままにらみ合いを続けていた3人だが、その均衡は、突如発生した警報によって破られることになる。


────エルシオールクルーは直ちに帰艦せよ。繰り返す、エルシオールクルーは直ちに帰艦せよ。


レスターのその声が聞こえた瞬間、視線で続きは後でじっくりと、と会話をすると、3人はそろって『エルシオール』に駆け出す。途中、足のコンパスに絶対的な差があるミントが遅れ出したため、ランファが背負い3人は『エルシオール』へ急いだ。









その男、カースマルツゥは、100の僕を従えて、中空に布陣していた。構成されている機体は、全て格安で入手できる。ヴァル・ファスクの練習用機体。エタニティーソードと同型のモノである。それが今、彼を守るように100機が待機しているのだ。100機それぞれが、エタニティーソードとは形状の違う剣を装備している。剣の背に多くの溝が刻まれており、そこから蒼いエネルギー刃特有の光が強く発生しているのだ。
そんな機体を従えて、彼は尊大にタクトに向かい通信で呼びかけた。


「やあ、マイヤーズ司令さんよぉ。お久しぶりじゃん? 」

「カースマルツゥ!! 」

「どーだった? 俺が用意した策は読めた? 残念ー。何も用意していませんでした。近くの基地に集めた機体を持ってきただけー」


相変らず狂ったような態度を示すカースマルツゥ。タクトは怒り心頭であった。何せ指輪を渡したタイミングでこれだ。答えは戦闘の後でもらうことになったが、台無しにされたことは事実なのだ。
カースマルツゥは、どっしりと、簡素ながらも、優美な作りになっている黒い椅子に腰かけ。全身を紅く光らせていた。
対するタクトも、この戦いが自信初の大気圏内の戦闘だと感じさせないように堂々とした態度で相対していた。


「この機体の中にはなぁ、この星の死刑囚を乗せてみたんだぜ? 思ったより出力が伸びなかったから、H.A.L.Oシステムと融合させて、生体コンピューターにしてみたのさぁ!! 」

「貴様! どこまで!! 」

「あ、もう元に戻らないよ、ただのエンジンの部品だし、タンパク質でできた」


レスターは激昂する。死刑囚とはいえ元は人間なのだ、そんなことをしてよい訳ではない。ダークエンジェルと同じようなことは、認めるわけにはいかないのだ。
カースマルツゥが以前、この星から連れて行った人間は、この機体を構成する部品の一部となっていた。人間を乗せ、それでも足りないH.A.L.Oシステムとの適合率は、黒き月からパくれなかった部分を独自に研究し、ヴァル・ファスク流の方法で機会と合体させた。あとは、高性能AIと必要な時に自分が玉座から操作すればよいだけだ。
そう、彼の元には、100機の最善の状態の無人戦闘機がいるのだ。


「前回3機だけ出して、すでに戦闘におけるデータはある程度収拾させてもらっているからなぁ。それも全部これを見越しての事だったんだぜ? 」


ミルフィーを拉致しようとした際に、使われた3機の練習機は、この時に効率よく動かすためのデータ採集用だったのだ。彼にとって、EDENを取らせることは、別段大きなことではなかった。彼が用意した、最強の戦闘機集団で、戦闘機によって構成された『エルシオール』を撃ち倒し、彼のヴァル・ファスクとしての優秀さを証明するためであったのだ。


「そうやって、解説してくれるのは有難いけど。解説する奴は、大抵負けるって法則知ってる? 」


しかしタクトは、そんなことなど尻もせず、そして興味もなさ気にそう言い放った。なにせ、今まで相手が無数の戦力を用意している事なんてよくあったのだ。今更100機のエタニティーソードもどきで驚くわけがないのだ。最も内心はレスターと同じように、怒りで燃えていたが、それは司令官が出してはいけない怒りだ。


「なんとでもいうがよい、それにオレだけを見ていると大変みたいだぜぇ? 」

「何!? 」

「────ッ!! 司令本惑星近辺にドライブアウト反応、大量の起動爆雷です!! 」


その声と同時に、上空数万メートルの高さに、光るものを視認するタクト達。すると次の瞬間不思議なことが起こった。何もない上空の空間に突如、老人の顔が投射されたのだ。あまりにも巨大な映像が、彼我の距離を錯覚させられるが、そこに確かに表れた、老人の顔は、いかにもな悪役の顔であり、瞬時に敵だと彼等は判断した。


「クズが逃げおおせたようだな。EDENの道具と共に掃除すれば、手間は増えぬがな」

「何者だ!! 貴様!! 」

「フン、寛大な余は、その無礼にも目をつぶろう。だが二度はないぞ。我が名はゲルン。ヴァル・ファスクの王にして。それはすなわち、全銀河の頂点に君臨する。真の支配者よ」


醜い外見の老人は、そう堂々と答えた。そう、彼こそが、ヴァル・ファスクのトップであり、現在のこの戦争の首謀者であるゲルンだ。敵の親玉の突然の登場に、にわかに浮き足立つ『エルシオール』。エルシオールですらそうなのだ。元々存在を知っていたであろうEDEN本星においては、すでにパニック状態に陥っている。それほどまでにこの老人は恐怖の象徴なのだ。
絶対的な自信と経験に裏打ちされた、その言動は、圧倒的なカリスマを持つ、悪の権化であった。


「今回は試金石だ。この起動爆雷がスカイパレスに到達する前に迎撃して見せよ。できなければ死ぬ。それだけのことだ」

「なんだと!! 」


事も無げにそう言い放つ、ゲルン。あまりにもタクトとは物差しが違っていた。いや、カリスマ性という点では同じなのかもしれない。しかし、その方向性、使用方法、人柄など、あらゆる面においてタクトと対極にあったのだ。


「せめて見世物に成れ」


それだけ言うとゲルンは、消え去った。投射されていた映像が消え去ったのである。急転直下の事態。それに対して、エルシオールは対応を迫られていた。


「どうする、タクト? こちらの左方向から起動爆雷と、それに付随する艦隊が、右方向から、エタニティーソードと同型機が100機だ。こちらの『エルシオール』以外の戦力は、今出せるのとなると、ザーブ戦艦が5隻だけだ」

「……」


戦力差は激しい。まず対処しなくてはいけないのは、起動爆雷であろう、これは直接ライブラリー、つまり建物を狙っている。そしてそれに付随する敵の戦艦群も当然破壊が必要だ。逆に、エタニティーソードと同型の機体が100機あっても、遠距離や範囲を攻撃できる武装がないために、出す被害は大きくない。やるべき順序は決まった。あとはどうするかだ。


「よし、護衛艦隊の皆さんは、『エルシオール』と共に、起動爆雷の対処をお願いします」


「了解した」


そもそもが旗艦などに強い設計になっている為、戦艦をエタニティーソードもどき相手に戦わせるという選択肢は、まず存在しない。故にこの判断は正解であろう。


「ランファとミントとラクレットは、戦闘機の対処を頼む。困難な任務だけど、持ちこたえてくれ」

「了解よ……さすがに今回の敵は、厳しいかもね」

「了解。ええ、油断ができない相手ですわ」

「了解。やりましょう、全力で」


足の速い2機と、ピットにより複数同時および全角度攻撃が可能なトリックマスターの3機ならばある程度は戦えるであろう。彼らが持ちこたえている間に、起動爆雷を何とかしなくてはならないのだ。3人の方はエルシオールが近づけない以上、補給や回復はできないということになる。厳しい戦いだ。
今入った情報だと、EDENにもある数少ない戦闘機部隊などの警備兵程度の戦力を今急いで捻出しているらしいが、間に合うかどうかも、そもそも戦力になるかどうかも疑問だ。


「他のみんなは、起動爆雷の対処をお願いするよ」

────了解!


「皆、厳しい戦いになると思う。だけど、これを凌げないなら、ヴァル・ファスクに勝てるわけがない。絶対に勝つぞ!! 」

────了解!!


そうして戦闘の火蓋が切って落とされた。





ラクレットを先頭とし、ランファ、だいぶ遅れてミントと進んでいく3機。相手は100機の戦闘機だが、まだ大きな動きを見せる様子はない。もっと近づいてから仕留める心算なのか。相手の数がこの半分もなかったならば、遠距離からの攻撃のできる機体や艦などで、距離をとりつつ引き撃ちで削り切れるであろうが、さすがに100機もあれば接近されてしまうのだ。数はやはり戦場における重要なファクターである。


「気をつけなさいよ、ラクレット。アンタの機体と同じ動きをするんだったら、正直100機相手に勝てるとか思っちゃだめだから」

「遠まわしに褒めて頂きありがとうございます。ですが、切りこまないことには始まりません!! 」


ランファの忠告を半場無視する形で、ラクレットは先に進む。このまま距離を開けて対峙し続けても良いのだが、敵の後列が回り込んで『エルシオール』が挟み撃ちに成ったり、この戦闘宙域を南紀篝脱市街地に散開して向かわれ、破壊活動などを行われたりする可能性こともの考えると、戦闘をして釘付けにせざるを得ないのだ。


「まずは一機!! 」


ラクレットは、近づいたことで、戦闘形態に移行した敵機に向かい、エネルギー剣を伸ばす。1kmの射程を持つエネルギー剣を、敵戦闘機は左右の剣を交差することによって防ごうとした。


「一刀両断!! 」


しかし、ラクレットは、敵が抑えている部分にエネルギー刃を集中させる。生み出せるエネルギーも運用できるエネルギーも、此方の方が上なのか、敵の機体が押し込まれ、数秒とせずに、敵機を切り裂いた。


「次!! 」


しかし敵の数は、そう簡単に減る者ではない、1機目との戦闘を介した直後に無数の敵が襲い掛かってきた。蠅にたかられるように、周囲を囲まれていく。敵の剣はどうやら100Mも伸びないようで、脅威なのはこちらとほぼ同等の速度と言った所か。
左右の剣で次々と迎撃していくラクレット。しかし流石に懐に入られてしまう。


「っく、だが、鍔迫り合いでは負けない」


正面から来る2機をそれぞれ左右の剣で迎撃しつつ、機体を前方下方に移動させる。剣は数秒の抵抗を受け速度が鈍るものの、問題なく切り抜くことができるものであった。

そう、何事もなければ。


「何っ!! 」


左の剣を受け止めていた機体が突如急激に前進を開始した。剣と言うのは、根元程切断力は弱いものだが、これはエネルギー剣だあまり関係はない。しかしそれによって剣の軌道がわずかにそれた。その逸れた先に待ち構えていた、1機の戦闘機は、剣をクロスさせず、片方の剣の背で、此方の剣を止めた。
そう、既にエネルギーの部分ではなく、実体の部分で切り合う程までに接近していたのだ。ぶつかる様な至近距離で、その機体は自身をエネルギーで切り刻まれながらも、自身の剣の背についている溝でエタニティーソードの剣を受け止めた。その瞬間、自身の剣の溝にエネルギーを集中させ、掠め取り


「エタニティーソードの剣が……」

「折られた……?」


敵戦闘機が装備している剣は、そこまで攻撃性を求められていない。元は、防御の一環として敵のレイピアを折る短剣。エネルギーで射程が伸びるからあまり関係ない実体験の部分に装備していた武器の名前。それは


「クク、どうだい? ソードブレイカー搭載型の戦闘機の能力はよぉ! 」


左手の剣を失ったラクレットは、即座に、山のような数の戦闘機に囲まれた。そのすべてが、左右にソードブレイカーを装備した戦闘機であったのは言うまでもない。
戦艦に強い戦闘機。その戦闘機の中でもさらに大きな艦に強い近接型戦闘機相手に有利に立てる限定的な武装を持った機体。カースマルツゥは無策で挑んできたわけではなかったようだ。



[19683] 第27話 倍の倍で無限
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/08/19 14:46


第27話 倍の倍で無限




「アヒャハハ、いやぁー実体剣で受け止めたらダメでしょー。大ピンチだねぇ? 」

「ラクレット!! 」

「ラクレットさん!! 」


ラクレットのエタニティーソードは現在隻腕とまではいかないが、左側の剣が中程から完全に折れてしまっている。おかげで左の剣は臨界寸前のエンジンの様な異音を発しつつ、不規則に点滅している。この様子ではエネルギー剣を展開できそうもない。


「おっと、そう簡単には行かせないよ」


カースマルツゥのその言葉と同時に、戦闘機が即座に動き出す。ランファとミントの機体を足止めするように、正面に10機ほど展開し、残りはラクレットを鳥籠のように包囲し始める。
流石にラクレットも動揺から我に返り、包囲を突破しようとするものの、敵は群体の様なまるで一つの個のような統率のとれた動きで彼を逃がさない。当然だ、向こうはこの100近い数を一人によって操縦されているのだ。100機程度の戦闘機は手足を操るように動かせるのがヴァル・ファスクだ。


「左側が、お留守だぜぇ? 」

「ッ!!」


当然の如く、360度上下左右前後の包囲を維持しつつ、現在の彼のアキレス腱である左後方から機体を近づかせるカースマルツゥ。右腕の稼動可能範囲を考えれば当然のことであろう。瞬く間に機体の背後に取りつかれるエタニティーソード。得意の高軌道による戦闘も、これだけ包囲されて戦域を限定されてしまえば半減である。
そして何より、ラクレットにとってかなり不利な点もあるのだ。それは彼が今まで『自分よりも射程の短い相手』と戦ったことがないという事だ。先のミルフィー救助戦において、多少の経験を積んだとはいえ、まともな戦闘を行うのは初めてになる。今まで彼は『懐に入ればこちらのものである』という状況が普通であったのだ。兎も角近づくことで地の利を得る事ができる。自分の距離に入ったならば火力と手数で必ず上回る。遠距離攻撃ができないというのは逆に近づいてしまえばこちらのものという常識があったというわけだ。

しかし今回の敵は自分と同じように、もはや0と言っていい様な距離を得意とする機体だ。近づくことによって自分のみがメリットを得るということがない。敵がそこまで考えていたのかは知らないが、これは彼にとってかなり不利な状況であることには違いないのだ。


「ほらほら、逃げてばっかりじゃ、ダメだぜぇ? 」


右側の後部スラスターと左側の前面スラスターを同時に吹かし、その場で急旋回をして左からくる敵に対応するラクレット。回転と同時に敵に攻撃を合わせるのは流石であるが、エネルギーの刃が相手に当たっても、今までの様にバターへ熱したナイフを刺したようには入らない。向こうの機体にも同じようにエネルギー剣があり、シールド以外に受け止める事の出来る部位があるのだ。此方の方が俊敏性も破壊力も上であるが、防御をするだけなのならば、問題ない。
故に回避を重視していたのだが、それにも限界があるようで、天頂方向から2機同時に強襲され、対応が追い付かなくなる。


「はい、さよならー」

「ッ!! 」


下部スラスターを爆発させ、機体の軸をずらし対応しようとした彼の機体には、目の前から迫る4筋の蒼い光。2機編成のコンビネーション攻撃。回避することは不可能と言っても良い、その絶望的な光景を見ながらも、ラクレットは自身の思考回路が爆発的に回りだすのを感じた。














(どうして戦闘機なのに腕が2本なのであろうか? )

ずっと考えてきたことが、ラクレットにはあった。
自分の機体はどういったものなのであろうか? という疑問だ。武装は両手と一体となっている1対2本の剣だけ。その剣はエネルギーを纏う事で、リーチを伸ばし攻撃力を上げることができる。
しかしながら所詮は剣だ。冷静に考えてみてほしい、地球を舞台とした戦闘機やロボットバトルのゲームなどでは、SF要素が強ければ剣の装備はまだありうるだろう。しかし、こちとら宇宙空間だ。戦闘可能宙域の広さがウン十万km四方なのだ。射程が長い機体は5000km離れていようと攻撃を命中させるのだ。いくら秒速数100kmで動いているとはいえ、どんなに頑張っても射程1kmの剣では戦えるわけがどこにもないであろう。
そもそも自分がなぜ戦えているのかが、疑問になるくらいだがそれは置いておこう。
さて、ならばどうすればいいか考えた。武器を変えてみる? 現存の戦闘機とは規格が違うので何かしらのコンバーターが必要であろう。仮に合うモノがあっても、移動しながら射撃攻撃を当てる技術が身に着くまでの時間が必要だ。
剣の数を増やせないか? それも無理だ。何故か2本しかついていないのだ。これ以上拡張できる領域もない。できれば最初から4本腕で4刀流だったりすれば、まだ話も違っていたであろう。それこそ腕ごと取換えるなどをしなければいけない。
アンカークローの様な本当の意味での近距離武装をつける? 保留だ。機体に会う武器を敵から拿捕出来たのならば、それも一考に値するであろうが、現状は見送らざるを得ない。

結局のところ今は、2本しかないこの剣を大事に使っていくしかないのだ。そう考えてみると、このエタニティーソードという名前も実に皮肉気だ。永遠の剣ではなく、永遠に剣なのだ。最も同型の中には槍や斧といった物を装備した期待もあったらしいが。
しかし、嘆いたって話は変わらない。2本の剣をよりうまく活用する方法をラクレットはずっと考えてきた。考えて、考えて、試してみて、それでもダメで、また考えての試行錯誤を繰り返し。そして、彼はある極地に至った。

今双剣しか使えないのならば、今双剣で最強になればいいだけの事。

エネルギー剣の射程を伸ばす。剣自体のエネルギー量を上げる。この二つを行えばよい。これは供給量を上げることによってできることだ。しかし、機体のエネルギーは基本的に一定の割合で割り振られている。今までは、テンションを上げて、総量を上げることによって、比率的に上がる、そういったものを賄ってきたのだ。

今までのエネルギーで、回避運動を取りながら余裕で切り込みに行けるだけの事が出来ていたのだ。より剣の切れ味と長さを保つためにシールドやスラスター、ブースターなどに回しているエネルギーを減らして、攻撃に切り替えることだってできるはずだ。それこそ敵に当たる瞬間だけ射程を伸ばしたりや、ダメージの瞬間シールドを強化する。そう言ったこともいずれはできるようにしたい。

ヴァル・ファスクと人間の能力が合一したラクレットだからこそできる、瞬時に精密なエネルギー制御を極める。それがラクレットの出した結論であり、その方策を今までずっと考えてきた。ヴァル・ファスクよりも複数の物を自在に操ることに劣るが、数少ないものを爆発的に操るのならば彼に分がある。


さて、今はその双剣が片方折れてしまった。折れた剣へのエネルギーは、無駄になるどころか、H.A.L.Oシステムでクロノストリングエンジンの出力を上げれば、暴発しかねないような足手まといだ。かといって、此処は宇宙空間でもない、整備の時の様にパージすれば、たちまち地上に到達し甚大な被害をもたらすであろう。

そう、今こそ考えていたマニュアルでのエネルギー管理をする時だ。
今までも、多少の調整はしていたし、ネフューリアとの決戦の時は手動で行った。さっきだって、一瞬、切り結んでいる部分の刃のエネルギーを上げた。でもそれは言うなればセミオートのようなものだ。戦闘中に丸々全て行うのは初めてだがやるしかない。

目の前には4本の剣、此方は1振りの剣のみ。ならばどうすれば良いか。答えは簡単だ。


「倍の長さにして、倍の速さで動かせばいいだけだ!! この野郎がぁ!! 」



その言葉と共に、エタニティーソードの右腕から延びる剣のエネルギー光がより激しく発せられる。通常の蒼い光が、今や強すぎて白銀の様な、純白に見える。長さは普段の10分の1程度の100m程しかないが、それは彼が意図して行ったものだ。このような密集している状況で、尚且つ敵が遠距離の攻撃を持たないのならば、同射程にする程度で十分であろうとの考えに基づいている。
さらに今のエタニティーソードは、移動に用いるスラスターの性能をおおよそ敵機と同じ程度のレベルに『落としている』。敵と同じ条件であれば、負けることはないという、彼の自信の表れだ。これにより、さらに右腕にエネルギーが集中しており、このような発光現象が起こっているのだ。


「邪魔だ!! 消え去れ!! 」


速度落したと言っても、昔のエタニティーソードレベルではあるのだ。俊敏な動きで敵に向き直り、右腕の剣を横に動かした。直後、強い輝きが周囲を包み込み、そのことに気づき注視した瞬間には、機体および、武装であり命を刈り取りに来ていた、4本の刃は爆発し、無力化されていた。



「っな!! てめぇ! なにしやがった!! 」

「宣言通り、倍の速度で動かしてやっただけだ!! 」


仮に今のこの瞬間の映像記録を後に確認したのならば、驚かざるを得ないであろう現象がそこにはあった。今の彼は、右の外側から切り始めて、機体姿勢をそのままに、『右の外側に剣を向けて』止まっていたのだから。

ラクレットには、まだ目の前に迫る4つの剣を一振りで迎撃する技術がない。しかし、それならば、二振ならばどうであろうか?
彼の認知が及ばないほどの速さであっても、H.A.L.Oシステムを使いこなし、瞬間的な未来予知を持つラクレットならば、それは不可能な技ではない。どこを弾けば最高率で壊せるか、それを未来から知り後は実現するだけである。

神業はできなくとも、それを再現するような裏技をつかえばよい。それが最強になる為の第一歩だ。


「さあ、ここからが反撃の時間だ!! 」


その宣言と共にラクレットは一筋の光となった。









「畜生、畜生、畜生、畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生!! 畜生があああぁぁぁ!!!! なぜだぁ!! なぜ、ここまでお前らはこっちの予想を上回りやがる!!」


カースマルツゥは、激昂していた。今までも何度も敗走させられ、煮え湯を飲まされていた。しかしそれは、最後に勝てばよいからであって、戦略的には致命傷を受けなかったためである。煮え湯も冷まして飲めば白湯なのだ。
しかしながら、ここにきてようやく、自分が刈り取る側ではなく、刈り取られる側の可能性に思慮が至ったのだ。そう、自分は追い詰められている、既に享楽的に獲物を狩る猫ではない部屋の角に追い込まれた窮鼠なのだ。


状況は悪化の一方だ。流石にカンフーファイターにも、トリックマスターにも10機程度の戦闘機では、そう長くの足止めはきかない。射程が違いすぎるのだ。ラクレットがいい勝負ができているのは、単に彼の技術と、思い切りの良さ、そして『エンジェル隊を研究し尽くしている』からに過ぎないのだ。適正とシミュレーターさえあれば、彼はエンジェル隊の操縦をほぼ完ぺきに再現することができる。それこそ戦闘時の思考パターンまでも。ミルフィーをして、なんか少し気持ち悪いね。と言われるまでの変質的な愛情があってこそだ。


「さぁて! そろそろ落とし前をつけさせてもらうわよ!! 」

「報いを受けてもらいますわ」


二人が同時に特殊兵装を発動させる。瞬時に21のフライヤーがラクレットを囲っている戦闘機たちをさらに囲い始める。そして即座にレーザーによる一斉掃射が始まる。我先にと逃げ惑う戦闘機。包囲の薄い方向に何とかたどり着けばそこにはアンカークローが死神のごとく迫っている。エタニティーソード一機などとは比べ物にならない速度で破壊されていく。当然だ。リーチと手数に雲泥の差があるのだから。


その光景を見つめるカースマルツゥは、別段自分が万能なヴァル・ファスクであるとは思っていない。しかしヴァル・ファスクが万能であるとは思っている。彼自身が得意とする分野、それがだまし合いだ。残虐に非道に、それでいて相手が絶望する程度には、正道を進む手段。それを用いて叩き潰すのが、彼のやり方だ。それを真っ向から破られたのだ。
彼は、ヴァル・ファスクこそが至高の種族であるべきだという強い使命感を帯びている。故に、人間程度の下等種族は言語が理解できる家畜に過ぎず、そんなものに肩入れした兄を許せるはずがないのだ。
今回だって、ラクレットと言う認めることのできない存在を手早く殺したら、とっとと退避してダイゴを殺すためのプランに移るつもりだったのだ。しかし結果はどうだ。剣を破壊し追い詰めたは良いものの、その後時間を稼がれ挽回されている。その結果、今の様に、高火力の紋章機により殲滅されてしまうのだ。
そう戦力を生かしきれてないという致命的な弱点がヴァル・ファスクにはあるのだが、彼を含めたほぼすべてのヴァル・ファスクはその事実を無視していた。彼らは常に自身の勢力の多くをある一点に集中させて備えていなければならない事情があるのだ。


「この家畜どもが!! 」

「アンタの家畜になった覚えはない!! 」


ラクレットがカースマルツゥの叫びに、律義に反応する。今彼は、鳥籠の様に包囲された中で、全方位に対して射程に入ればすぐさま迎撃と言う技をこなしていた。当然の如く、ミントの攻撃はすべて回避している。
最初にいた周囲の敵は、瞬間的に加速し振り切ることで回避し、その後も同時に囲まれない様に位置を小刻みに不規則に変えながら、敵の迎撃をしている。


「一撃必殺────コネ……って、今は違うか!! まあいい、消え去れ!! 」


今の彼は一撃必殺の剣を右手に宿している。リーチが同じでも攻撃力に差があり、スキルに差があるのならば、ワンサイドゲームになってしまう。特殊兵装は使えないので火力は下回るが、小回りはこちらの方が聞くといった感じだ。最も現状の火力ですら既にオーバーなところはあるが。

機動の方も絶好調であり、目の前を飛んでいたのに、次の瞬間には急旋回をして後ろに回り込まれている。そんなことが何度も繰り返される。今の彼はまさに悪鬼の如き様相を誇っていた。


「糞!! ふざけるな! なぜ! なぜだ!! 」


怒りに意識を逸らし、精彩を欠いた戦闘機たちの動き。そんな状態の敵戦闘機がこちらの10倍程度になる頃、ようやく、タクト達が起動爆雷と付随する艦隊を撃破したとの報告と共に合流した



「カースマルツゥ!! 覚悟しろ!! 今日こそお前を倒す!! 」


無茶をしたのか、それなりの損傷を負いながら、『エルシオール』はカースマルツゥに相対する。護衛についていたザーブ級艦隊は既に対比済みだ。4機の紋章機はまだ無事であるが、消耗がないわけではない。


それでも、今の状況でカースマルツゥを追い詰めないという選択肢はなかった。


「散々飲まされた苦渋、倍にして返してやるよ!! 」

「私を操ったこと、許してあげません!! 」


士気も高い。場所はクロノドライブができる場所まで最低15分はかかる大気圏内だ。退路は無きに等しい。千載一遇のチャンスである。


「っく……」


カースマルツゥはこの瞬間、誇り高きヴァル・ファスクであることをやめた。意地汚く生きることを選んだのだ。


「ゲルン王陛下!! 援軍を!! 援軍をお願いします」


そう、軌道上に潜んでいたゲルンの映像を投射した艦に向かって通信を送ったのだ。さすがにゲルンの本人はいないであろう。彼には強力無比な母艦があるからだ。しかしそこに戦艦が、戦力があるのも事実だ。


「皆、応援を呼ばれる前に落とすぞ!! 」


────了解!!



すぐさま、攻勢に出る『エルシオール』とエンジェル隊。前方に控えているランファとミントとラクレットを追い越す勢いで、敵に迫っていく。しかし、彼等のその一気呵成の突撃は徒労に果てることになった。


「司令!! 軌道上より高エネルギー反応!! 目標は……敵旗艦です! 」

「なんだって!! 」


上空から、凄まじい量のエネルギーが、カースマルツゥのランゲ・ジオに向かって照射される。タクトの指示を待たずに、すぐさま紋章機は射線を計算させ、その方向に向かう。ランゲ・ジオを庇うためではない。貫通したエネルギーが、EDENの地表に到達するからである。


「何故です!! 王よ!! ヴァル・ファスクは、無駄をしないはず」

「貴様のような屑より、目の前の人間の方がまだましよ、死ね」


ランゲ・ジオではそのような通信が行われている中、ラクレットが機体のスラスターとブースターに全力でエネルギーを送り込むことによって、爆発的な加速力を得る。もの凄いGが体にかかり、加えてシールドも削っている為に機体へのダメージも深刻だが、それでも一番に到達することに成功した。


「させない!! 」


ラクレットは再び剣にエネルギーを集中させる。レーザーの太さを考え、エネルギー剣は最小限の大きさにしている。それはその分圧倒的な密度によって受け止める事ができるという事だ。エタニティーソードの利点としてシールド以外の部分で直接エネルギー攻撃を受け止めることができるというのがある。今回はそれを完全に活かす。数秒だけでいいのだ。時間を稼ぐ必要がある。


「ぐぅ……」


みしみしと、『自身の』エネルギーに耐えられないのか実体剣が挙げる悲鳴が聞こえる。この戦闘において酷使をしすぎた。これ以上はもう限界というタイミングで、距離の近かったランファとミントが到達し、シールドを展開する。


「アンタ一人にいい恰好させないんだから!! 」

「残りの皆さんの到達までは十分持ちます、ご安心くださいな」


ミントの言葉通り、4機の到達まで、エネルギーを受け止めきることに成功し、ついには7機で完全にエネルギーを防ぎ切った。
その場に残ったのは、木っ端みじんに消え去った、カースマルツゥのランゲ・ジオだけであった。
此方を騒がせた男のあっけない終わりであった。













「防いだか……『エルシオール』よ」


ゲルンの姿が再び、投影される。先ほどの攻撃をした艦は、主砲の砲身が過熱しすぎたのか、煙を上げているが、通信機器には問題がないようだ。


「試金石は済んだ。1週間後に余はクロノクェイクボムを起動させる。その時、余の配下になり、EDENと皇国とやらを献上し、永遠の忠誠を誓えば助けてやろう」


それだけ言うと、ゲルンの姿はまた掻き消えた。掴んだものは勝利であったが、どこまでも問題を抱える。そんな難しいものであった。



[19683] 第28話 解禁、楔、解放
Name: HIGU◆36fc980e ID:cb2b03dc
Date: 2014/08/20 14:48



第28話 解禁、楔、解放




世の中には、適する基準というものが存在する。小川は水が少ないから小川なのであり、干上がらないように、ダムを壊したような激流を流し込んでしまえば、それはもう別のものになる。
そう、適切な程度が必要なのは、幼子にだってわかる当然の理屈だ。ジェット機のエンジンを自転車に積んだら素晴らしいものができるのか? 答えは否だ。それはもうぶっ飛ぶ鉄塊にすぎない。なぜ鉄塊に過ぎないのかというと、耐久を上回る負荷によって、いとも簡単に壊れるからだ。

そう、負荷をかけすぎれば壊れるのは当然である。


「で? 言い訳はそれだけ? 」


目の前にいる少女は椅子に腰かけ足を組んでいる。年のころは10を過ぎたあたりか、人形のように整った外見と、絶対的な強者が放つ貫禄のようなものをまとっている、実にアンバランスな美少女だ。非常に一部の嗜好を持つ者にとって垂涎なほどに。そんな美少女の前に正座して、直々に説教を食らうというのは、どのくらいの割合の人数の人が苦痛と感じ、どれだけの変態が快楽と感じるか。


「はい、そうです。考えなしに早く動かせば強いかなーみたいな考えでした」

「あーもう!! どこまで馬鹿なのよ!? 俗説だから言いたくないけど、上二人に持ってかれすぎてるか、身体の方に重きを置き過ぎなのよ!! アンタは!!」


平然と答える筋肉隆々の男の態度に、一瞬で沸点を超える温度まで上昇したのか、気圧がさがったのか、少女━━━ノアは立ち上がって奇声をあげてしまう。手に棒でも持っていれば、目の前で正座していてもあまり目の高さが変わらない男━━━ラクレットを殴っていたであろう。素手だと痛いのでやらないのだ。

そんな様子を遠巻きに苦笑しながら眺めるその他の人間たち。まあ、いつもの構図であるが、どうしてこうなったかを説明する必要があるのかもしれない。





エタニティーソードは、戦闘後無事回収されたわけだが、丸々無事というわけではなかった。機体は損傷だらけであり、ラクレットがなぜこのような機体で戦闘ができたのか、不思議なレベルであった。一度主機を落とせば、フルメンテナンスするまで再起動できないほどには。
結局、『エルシオール』ではどうしようもないので、作戦会議もかねて、『エルシオール』ごと、白き月に移したわけだ。後述する作戦会議の後、整備班によって細かく精査された結果がノアに伝わったわけだが、なんと、右腕は負荷がかかりすぎており、オーバーホールが必要、それ以外にもスラスターなどにもかなりのダメージが蓄積されており、1月程のメンテをしなければ、高機動の戦闘は不可能という烙印が押された。逆に左腕は、残っていた剣を外し、新しい剣を装備すればすぐにでも動かせる程度の損傷しかなかったのは、笑い話か。
幸いというべきか、今回撃破した100近い敵の機体を収集することによって、無事な部分を寄せ集めて、予備パーツなどに流用したり、より細かく研究したりと、夢が広がって入るのだが、1週間という期限を制約されてしまえば、すべて話は別だ。
エタニティーソードは以前までのような、切込みによる戦闘を、少なくともゲルンとの最終決戦になるであろう場で、行うことができないのだ。

なぜそんなことになったのか、答えは簡単だ。ラクレットが前回やらかした、エネルギーの完全操作である。許容範囲というものがあるのだ。無限に近い器と、無限に近いエネルギー。今回勝ったのはどうやらエネルギーだったというわけであり、膨大すぎるエネルギーに機体が色々耐えることができなかったのである。
というよりも、いくらエネルギーが絶大でも、最低限セーブしろよというのが、ノアを含む機体のメカニックに携わる人間の満場一致の答えであった。ミルフィーのような機体まで規格外ならともかく。
そして、そのような単純なことをわすれた、ラクレットは説教を受けているのである。しかし、いまひとつシリアスになりきれていないのは、数日ぶりにあった彼女の左手の薬指に指輪がついているからであろう。その話はまた今度である。


「それで、どうするんだい? ラクレットが機体に乗れないなら、戦力は減ってしまうし、今度戦う敵には、とてもトランスバールからの援軍は間に合わない」


タクトの最もな言葉である。
それについては、実際今は火急の事態であり、一機とはいえ、それは全部で7機しかない搭載機のうちのひとつであり、単純計算で、戦力の14%を担っているわけだ。これから途方もない敵との最終決戦があるというのにそれは厳しいものがある。
ただでさえ厳しいこの状況、暗雲が周囲を包み込もうかという時、捨てるか見入れば、拾う神ありか、一人の乱入者が現れた。


「やあ皆さん、お困りのようですね」

「エメンタール、どうしてここに? 」


そう、現れたのは、エメンタール・ヴァルター。民間の人間である。彼がこの場にいるのは少々場違いでもあるのだが、今回はれっきとした理由があるのだ。エメンタールが右手を上げて、指を鳴らすと、後ろに連れ添っていた彼の秘書が、空間に左右対称に角張った、胡桃のようなパーツを二つ投影する。


「ラクレットの機体が壊れたと聞いてね。カマンベール、これの説明を」

「ああ。これは前々から俺が、いや俺と兄貴のとこの商会で共同開発していた、戦闘機の部品さ」


その言葉とともに、秘書が投影されている映像を動かし始める。すると、3DCGモデリングされたような、エタニティーソードが出てくる。パーツは小さくなると、剣を取り外されたエタニティーソードの腕部に装着される。


「これって……まさか」

「はい、エタニティーソード専用のコンバーターです。これにより武装を装備することができます」


秘書が、思わず漏らしてしまったノアの言葉に対してそう返す。そう、ようやっと完成した、エタニティーソード専用のコンバーターだ。これを装着することで、今まで規格が違い、装備することのできなった武装を、搭載することができるのだ。
もちろん制限はある。第1に2門しか砲門がないので、それなりの火力を持つ武装以外では、正直お話にならない程度の残念戦闘機になってしまう。なにせ、オプションでミサイルを搭載するというのもできないのだ。普通数種類の武装をなんか初夏に分けて搭載するというのに。
第2に、ラクレット自体が、一切射撃武器の使用経験がないということだ。加えて、エタニティーソードには、火器管制や射撃管制がほぼ搭載されていないに等しい。搭載されているが、剣を当てるためのものであり、厳密には剣管制装置なのである。よって、何かしらの手段を講じるか、単純なロックオンシステムで当たるような、そんな武器出ないと、当面は威力を発揮できないのである。


「エタニティーソードが、これで銃火器やミサイル。まあ、何でもいいがとにかく装備ができるようになったわけだが、ここで、一つ提案がある」

「提案? 」


エメンタールは、周囲の注目を集めながら、そう言い放つ。この場を支配しているのは自分だという、強い自負がそうさせているのだ。そう、まるで何かに取りつかれているように。


「こちらの手に入れている情報で、敵の最終兵器CQボムは、現存する『いかなる兵器』でも破壊することができない。そう聞いているが、違いないかい?」

「ええ、そうよ」

「それならば、あの武器を『エルシオール』につけておくのは、少々無駄が過ぎるのではないか? 」

「まさか……」

「そうさ、クロノブレイクキャノンをエタニティーソードに装備させればいい」


それは一日限りの、オーラフォトンノヴァ解禁を意味していた。










時間は戻って作戦会議。
戦闘が終わった直後とまではいわないが、1時間程度しかたっていないので、エンジェル隊やラクレットはシャワーだけ浴びて、雑事を担当の整備班などに任せて、白き月の円卓に座っていた。彼女たちは、基本的に会議の場では現場の意見を聞かれる程度であり、そこまで頭を絞る必要はないとはいえ、かなりのハードスケジュールであることには変わりはない。
レスターやタクトも消耗気味であり、先ほどの戦いがいかに激戦であったかを如実に表している。ルフト、シヴァ、ノア、シャトヤーン、カマンベールも、何とか戦闘が終わったことの安堵と、彼らに対するねぎらいを含む優しい笑顔で迎えたいのだが、事態がそれを許さない。


「1週間……期限が明示されたことを喜ぶべきなのかしら? 」


皮肉気に、そして苛立たし気にそういうノア。彼女の言うとおり、幾ばくかの期間を得ることはできた。その期間の正確な量が分かっただけでも収穫とはできるであろう。しかし、ヴァル・ファスクにとっての1週間なんて、人間からすれば1時間にも満たない様な長さであろう。彼等にはもはやこちらに対する油断などはない。確実にこちらを支配下に置くか、ないし滅ぼすかの二択しかないことを警告しているのだ。


「うむぅ……CQボムについては、詳しいデータも分かったようじゃが、対策はどう言う具合かの? 」


思いつめたように、考え事をしているシヴァ女皇陛下の代わりに、ルフトが会議の舵を取っている。シャトヤーンは、基本的に自分では求められない限り、発言することはない。自分の存在を控えめにとらえているのだ。故に、彼の言葉に返答したのは、カマンベールである。


「理論的に可能な対策はいくつか、その中で最も実現性の高そうな方法にも目星はついてはいる。と言った所だな」


疲れ切った目でそう呟く彼は、連日のオーバーワークで体がぼろぼろだからである。彼の能力は、ライブラリーにおいてかなりの負荷を彼に与えつつも、重宝されたのだ。
そして、カマンベールの言葉を『最初から知っていた』ルフトが、今知ったかのように頷き、タクト達の方に向き直る。


「タクト、レスター。相手が強大な兵器、ないし作戦を有している際、此方がとるべき行動は? 」

「えーと……「使われる前に無効化、ないし使えない状況に持ち込む。可能であれば、使われる前に勝利できる短期決戦を挑む。ですか?」


タクトが、少し言いよどんだタイミングで、レスターがかぶせてそういった。別段タクトがこれを解らないという訳ではない。彼は、頭のギアを切り替えないと、割とお惚け御気楽司令官様に過ぎないのだ。


「そうじゃ、此処から、ヴァル・ランダル……ヴァル・ファスクの本拠地までおよそ5日ほどはかかる。明後日明朝には発たねばならない。それまでに必要なものがあったら報告せよ」

「了解です」


物資の補給などは問題ないであろうが、何かしら必要なものがあるかも知れない。そういったものは早めに用意する必要があるわけだ。尚今回の進軍は白き月も同行する予定である。戦域まではさすがにこないであろうが、仮に長期戦(ありえないが)になった場合の補給基地としての運用である。加えて、CQボムがある以上、どこにいても同じなのだ。5日で皇国に戻れない以上万が一の場合エルシオールの空気と食料が切れる前に合流できればという狙いもあるが。
その他にもCQボム対策以外で幾つもの事を話し合った後、大まかな方向性を粗方決め、いよいよ本題である対策に移るかという時、シヴァが自然と視線を集める様な、そんな雰囲気を出す。気がつけばこの場にいる全員が彼女に視線を合わせていたのである。


「マイヤーズよ」


シヴァは、収束に向かってきた会議の場で初めて口を開く。彼女には伝えなければならないことがあるのだ。そう、先延ばしにされていた、CQボムに対する対策についてだ。


「詳しいところは、またノアやカマンベールに補足してもらうが、先に言わせてもらうと、今回の対策も、またお主たちの命を危険にさらすものなのだ」


うつむかずに真っ直ぐタクトの目を見つめながら彼女はそう言う。彼女はもう何度目になるかわからない、命を懸けて任務をこなせと、臣下に命令しなくてはならないのだ。今回だってそうだ。彼女は自分の無力さに慣れてきたとはいえ、打ちひしがれていた。


「そうだ。まあ、難しい言葉を省くとして、やってもらうことは、クロノストリングエンジンを暴走させることだ」


後を引き継いだ、カマンベール。なるべく難しくない言葉を用いて解り易く、尚且つ正確に伝えるとするならば、この表現が正しい。


「え? それって? 」

「まあ、質問したいのは解るが、先に聞いてくれ」


当然のように湧き出るであろう疑問。彼はそれを予想していたのか、ためらいなくそう返した。


「これからする説明に なんで? ってやつは後で来い。いくらでも教えてやるからな。さて、クロノストリングエンジンを暴走させ、天文学的なエネルギーを起こす。それによって亜空間を生み出すのが、この対策の肝だ」


カマンベールの説明はこうだ。
クロノストリングエンジンという、無限大のエネルギーを発生させる装置がある。紋章機のエンジンであるそれは、あくまでエネルギーを大量に作るだけのものだ。しかし、それに指向性を与えて世界を、亜空間を作り出す。存在は示唆されているが、確認されていない、何もない虚の世界への扉だ。それを開き、そこにCQボムのエネルギーを流し込む。そう言う作戦だ。
もっと簡単に言うのならば、ドラゴンボールのセルの自爆に対する対処と同じだ。異世界でならいくらでもぶっとばしていいのだ。界王様には謝らなくてはならないが。


「というわけだ。マイヤーズ。これは、あくまで最終作戦だという事を念頭に置いてほしい。だが、この作戦を実行すればエンジェル隊の中から、誰かが犠牲になってしまうのだ」


そう、悟空とは違うのが、これはあくまで片道切符だ。戻って来られるかもわからない。加えて生き返る────無事でいる保証もない。そして爆発寸前の爆弾の前で作業を行わなければならない。そう、今までの戦いの中で何よりも危険な行為だ。危険というよりも最早犠牲と言っても良い。


「最悪に備えて、その亜空間についての研究も始めている。結果は……まあ、あまり芳しいとは言えないが、その空間に言ったものを救いだすまで研究をやめたりはしない」

「うむ、それにこれはあくまでも最終手段じゃ、先に述べたように、使わせる前に仕留めるというのが、第一目標じゃ」

「はい、皆さんを犠牲にして勝ち得る勝利を、私は、いえこの場にいる全員が最初から目指しているわけではありませんから」

「そうよ。アンタ達は敵を倒すことだけを考えてなさい」


バックアップを担当としている4人からの言葉もあって、その場は収まった。少しばかりの恐怖と使命感を全員に残しながらも。















「なあ、クロミエ。僕はここまで来たよ」

「そんな死者に対して墓前で呼びかけるように呼ばないでくださいよ」


会議が終わり、そして武装の調整も終わった。本日は戦闘もあり、自由に体を休めるようにとの指示で、各自思い思いの場所へ散って行った。ラクレットはシャワーや今日の反省。そしてシミュレーターでクロノブレイクキャノンの試射をしたりとして、夜も更けてきた頃、クジラルームへと訪れていた。
すでに上空に映るのは満点の星空。投射している映像は、外部のカメラから送られてくるので、EDEN星系のモノだ。そんな星空を彼は巨大なクジラの背中で、親友と背中合わせに座りながら眺めていた。


「相棒が、壊れちまったんだ。僕がまた無茶したからさ」

「突撃ばかりしているからですよ。それがあなたの役目ですけど」


優しげな言葉を耳で聞き、そして合わせている背中からもわずかな振動と共に伝わる。暖かくて心地よい。思わずすべてを放り投げて、求めてしまいたくなるものだ。背中の大きさは大人と子供ほどあるが、二人は対等につながっていた。


「なあ、クロミエ」

「なんですか? 愚痴ならいくらでも聞きますよ? 僕はあなたが戦っている間、此処で無事を祈るくらいしかできないのですから。失恋の話でも、何でもどうぞ」


クロミエは冗談を言う様に、軽い口調で、されど誠実に伝わるように彼の言葉を紡ぐ。ラクレットは、それを噛みしめる様に、しばらく空を眺めていたが、意を決したのか、長く息を吐いてから、口を開いた。


「なあ、クロミエ。何かを隠しているのは知っている。それに僕が関わっているのもさ。僕がいつもお前に助けられているのは事実だけど、誘導されているのは気づいていたよ」


ラクレットは自分で自分の言葉を理解しているのか、一言ずつ、確かめるようにそう紡ぐ。それは、自分に対しても、クロミエに対しても等しく言葉を捧げる様に。
ラクレットは、クロミエが、静かにその言葉の続きを待っているのを自覚しながら、ゆっくりと告げる。


「でも、それを全部ひっくるめて────僕はお前の事大好きだよ」


彼の心からの、偽りのない言葉を。
ラクレットは、クロミエが感じている負い目があるのは感づいた、それが何かは解らなかった。だからすべてを受けいるえることにしたのだ。この親友は、何か含んでいるかもしれない。だが、彼の事を全て信じて任せることにしたのだ。それは、好感度こそ違うが、彼の長兄に対する対応と方向は似ていた。
クロミエも、仕方なく罪悪感を覚えながらも、やらなくてはいけないことがあったのだ。彼に対して今一近寄りきれていなかったのはそれもある。


「……ありがとうございます」

「勘違いするなよ、友人としてだ。恋愛対象としては……今は、あんまりないから」


ラクレットは、背中に伝わる熱が少しばかり上がったことに気づきつつも、そう口にした。それは自分なのか、クロミエなのかわからなかったから。
恋愛感情をクロミエに抱いているかと言えば、ラクレットは今のところはNOとしか答えられない。人として愛して尊敬しているが、恋人としては違うのだ。今は。それはクロミエの両性具有と言う特異なステータスが原因ではない。


「フフッ。そうですか、僕も大好きですよ。貴方の事」

「流石に子供と配偶者がいるやつを、配偶者の『上』で口説いたりはしないさ」


宇宙クジラという存在と、子宇宙クジラがいるからである。さすがに寝取ってまで欲しい、恋愛対象としては見られない。クロミエの遺伝子をもとに生まれた子宇宙クジラをなでながら、ラクレットはそう告げた。


「残念です。口説かれたら、不倫に応じてしまうところでした」

「それじゃあ、僕が彼女できたら浮気でもすればいいのか? 」

「その時が来るのを祈っていますよ────あなたに恋人ができる時をね」


二人は夜空の元、そのままクジラの鳴き声をバックに空が白くなり始めるまで語り明かした。
その光景を二人は、死ぬまで忘れることはなかった。








[19683] 第29話 Now chrono driving……
Name: HIGU◆bf3e553d ID:9a98ed50
Date: 2014/08/21 02:12








第29話 Now chrono driving……




「チェック」

「むぅ……2Dではなかなか自信があったのですが。いやはやこれほどとは」


『エルシオール』ブリッジ。クロノドライブ中とそうでない間に最も忙しさの波があるといわれるこの部署。そこで今一つの戦いが終焉を迎えていた。
といってもただの遊戯であったが。


「3Dチェスは、2Dとはまた違った要素を多々含んでいるからな。駒の数や、種類、動きまで。だが」


そこでレスターは、今まで対局していた相手の顔に張り付いている薄っぺらい笑顔(彼にはそう見えている)を見つめながら、言葉を続ける。


「まるで教本通りの動きだった。そういうのが得意なのか? 」

「いえ、3Dでは経験が少ないので、そうせざるを得ないだけです。どちらかといえば、鬼策や奇手を好みますね、私は」

「うちの司令官と話が合いそうだ」


やれやれと、レスターは肩をすかす。現在『エルシオール』に搭乗中のエメンタール・ヴァルター。彼はエタニティーソードのコンバーターの関係でチーズ商会からの増援といった形でこの艦に滞在しているのだ。


「年が近い従兄弟ですし、仲良くしたいとは思っていますよ。タクト君とはね。ああ、もちろんクールダラスさんとも」

「訂正するのが遅れたが、年も同じだ。レスターでいいし、口調も固くしなくていいさ」

「軍人さんに対しての敬意もあったのですが、そういうことなら、レスター君と」


一応朗らかに話しているし、本人たちには他意はないのだが、周囲のこことアルモから見れば、腹の探り合いをしている大人たちの会話という風に見えていた。彼女たちは一応まだ十代の少女であり、白き月にいた関係で少しばかり世間知らずの気があるのだ。つんでいる経験と場数はそこらの軍人以上ではあるが。


「それにしても、レスター君は、戦後どのような身の振り方を考えていますか? 」

「そうだな……しばらくは軍人だな。混乱もあるだろうし、事後処理も山のように必要になるだろう。おまけにうちの司令官さんは、仕事をしないのでな」

「お忙しいみたいですね、民間に割り振れる仕事があればぜひとも家か、ブラマンシュにどうぞ」


きっちりと宣伝をしつつも、エメンタールはしっかり、レスターを見つめる。心を見透かすブラマンシュと、未来を見透かす小僧がタッグになったと、昔は巷で言われていたが、そんなことを知らないレスターは、何か心を読まれているような気がした。故に仕方なく、もう一つ考えていたプランを暴露ことにする。まあ、別段恥じるようなものでも、非道なものでもないのだから。


「そうだな……それと、恋でもしてみるかと思ってはいる」

「ほう?」

「ええええええ~~~~~!!!!!!!! 」


レスターのその発言に突如外野から声が上がる。まあ、仕方ないであろう。声を上げたアルモは、レスターに対してかれこれ1年ほど片思いをしている。その間、レスターはほぼ女性に対して興味を見せることはなかったのだ。こういった話題をタクトに振られた結果わかったことは、貞淑な女性を好むということだけであり、ぶっちゃけ『恋する乙女』にはあまり役に立たない情報であった。


「おや、お堅いと聞いていたのですが、レスター君の風評は実物と違いましたか」

「アルモどうした奇声をあげて。いや、そうだな。なんというかタクトを見ているとな、恋愛も悪くないなと、そう思ったのさ。まあ、相手もいないので当面のところはそれを仕事の片手間に探すってところかな」

「それでしたら、わが商会のほうで、適当な女性を紹介することもできますよ? 」

「だ、だめ「ふむ、それも一つの方法としてはありかもしれないな。両親を安心させるために身を固めるというのも。だが、あいつらを見ていると、恋愛というものの凄さを、オレも体験してみたいと思えるくらいだからな。今は遠慮させてもらうよ」

「そうですか、気が変わったらいつでもおっしゃってくださいね」


レスターは気づかず、エメンタールは気にせず、そう会話を締めくくった。まあ、事情を知っているエメンタールからすれば、少しばかりの意地悪とひっかけであろう。なんだかんだ言って、ヴァニラやダルノー以外の原作キャラとは接点が薄かった彼が、大義名分を手に入れたのだから。

そんな感じで曲者のお客さんと堅物の副指令は2ゲーム目を始めるのであった。

















月が黄金色に照らし、星が白銀に照らす空の下────といっても当然のごとく人工のものだが────橙色の灯に集まる3人がいた。


「いらっしゃい」

「さあ、今日はアタシのおごりだよ、二人とも、たんとお食べ」


フォルテは自分に与えられた権力を振りかざすことを良しとはしていない。しかしながら、それでも彼女は少しばかりの贅沢として、公園にこうしてほぼ彼女のみのためにおでん屋台を定期的に開かせる位はやっていた。これはエオニアと戦う以前から行われているものであり、今回はこの移動が終わったとに控える決戦のための景気づけとして、二人を連れてきたのである。


「はい、ごちそうになります」

「いただきます」


ちとせとヴァニラの二人は、そう言って頭を下げた。なぜ彼女達かというのは、艦内を歩いていて順に会ったのがちとせとヴァニラの二人であり、フォルテの財布の事情的に二人ぐらいで勘弁してほしいというのが大きかったからだ。小食かつ、おごった結果きちんとお礼を言うであろうと判断したからではない。決して、ミントやランファが大食いや礼儀知らずというわけではない。もっというとちとせは大食いである。常識をわきまえてもいるが。


「姐さん、今日はやけに調子がいいですね」

「なーに、もうすぐ決戦だからね、景気づけさね。なんだかんだ言っても、いつも通りやるべきなのさ」


おでん屋台の店主の問いかけに対して、彼女はどれから食べるかよく吟味しながら答える。嬉しそうな彼女の顔はまるで宝石店のショーケースを見つめているようだが、0の数が3,4個は違う買い物と考えれば、ずいぶん安い幸せかもしれない。
それでもそんなささやかな幸せがあるからこそ、人は頑張れるのであり、それが彼女にとっての原動力の一つでもあった。


「そうです。平常心が大事です」

「私も、若輩ながら、そう学びました」


ちとせとヴァニラの二人も便乗してそう答える。思うところは彼女たちも同じだ。



「よし、きにいった、この前入ったいい酒をサービスだ」

「お! 大将、話が分かるね。これは大人の特権だ」

「フォルテ先輩、また飲みすぎてナノマシン治療を受けないで下さいよ」

「大丈夫です、ちとせさん。今後二月は治療をしなくて良いと約束しましたので」

「うっ! そういえばそうだったね。やれやれ、子供の前だし控えめにしておくよ」


そんな、三人の団欒とした一シーンは、何事もない決戦前の日常として消化されていった。










「右が甘いわよ!! 」

「かかりましたね!! 」

「な!! その体勢から!! 」


ランファとラクレットは現在一戦交えていた。比喩的な意味でも、ニャンニャンな意味でもなく。拳の語り合い的な意味である。状況を端的に表すのならば、攻勢のランファを守勢のラクレットが辛うじて捌いていき、生まれた隙を双方が突きあっているといったところか。
仕掛けるのは基本的にランファからであるので、どうしてもラクレットはガードを解けずにいた。二人は攻撃力といった点では技の冴えといった点で一日の長があるランファが圧倒的とは言わないものの、上であり。筋力と胆力でまさるラクレットも重い打撃は打てるが、さすがに彼女の理論的に考えられた動きほどではなかった。最低限の格闘技術はあるが、付け焼刃とは言わないが、ランファ相手に用いた場合、逆に理屈通りに来るので容易くさばけるといったジレンマである。
しかし単純な防御力ならば、ガードを抜かれても分厚い筋肉があるラクレットのほうが有利だ。防御の技法もランファが上だが、攻撃と違いあたることが前提であるのならばラクレットは耐えるだけでよいのだ。回避と逸らすのが前提の守りのランファと、受けて耐える守りのラクレットといった所か。


「いい加減やられなさいよ!! 」

「そっちこそ、そろそろバテてくださいよ! っと! またそうやって……やりにくいな」


ラクレットがやりにくいというのは、ランファが冷静に戦闘をしているのに、態度は激昂しているような振る舞いを見せていることだ。向こうが冷静さを欠いているのならば、ラクレットが半年ほどで片手間とまでは言わないが、中途半端感は否めない中仕込まれた格闘術で、単調な攻撃を無力化しようと動くのだが、ランファが混ぜてくる、『本当に激昂したので繰り出される単純な一撃』に見せかけたフェイントが、定期的に飛んでくるからである。


「まだまだ、場数が足りないわね!! こんな子供じみた手に引っかかっているなんて!! 」

「対人戦は、今後の課題ですからね!! 」

「二人とも、そこまでですわ」


ヒートアップして、ラッシュを仕掛けてきたランファをガードしながらの問答も、外からの鈴が鳴るような冷静の声に止められた。時間を図っていたミントである。
二人とも、決着がつくなら一瞬か長期戦かの二択であるとは踏んでいたために、15分という制限時間を設けていたのだ。15分という数字は、二人が乗りで出したものだが、ミントからしたら頭がいかれているのではないかと思う長さだ。
多くの格闘技の公式戦の長さは1セットで5分ほどなのだ。そう考えると休みも入れずに、3倍の長さ戦っている二人は、何者なのだろうと、本当に呆れてしまうのだ。
ミントはラクレットの体力の秘密を知っているが、それでもこうも見せられると、呆れてしまう。ランファに関しては、もう慣れている。彼女はそういうESPを持っているのだと思い込むようにしたのだ。
ちなみにラクレットの体力を知っているというのは、Vチップをフライヤーズと同じ形式で思考操作できるような形で設定したエタニティーソードを、試にシミュレーターで先日動かしたからだ。結果5分と持たなかったのだ。あれは体への負担が大きい、突撃仕様な上に、エネルギーの最適化などという工程までしていれば、すぐに疲労感でいっぱいになってしまう。


「ふぅ。やっぱり、格闘戦ではまだまだ敵いませんね。手加減も絶妙ですし」

「言うほど差は無いわよ。手加減も正直それほどじゃないわ。アンタが強くなってるのよ。性別もあるし、アンタまだ成長期だし、そのうち抜かれるかもね」

「そう言って貰えると嬉しいです。ランファさんを格闘戦の目標にしていますから」

「抜かれるかもとわかっていて、アタシがそう簡単に抜かれるとは思わないことね。まだアタシにも伸び白はあるのよ? 」

「お二人とも、お疲れ様ですわ」


さっそく議論を交わしている二人のもとに、運動部のマネージャーのごとくタオルと飲み物を持って近寄るミント。専門的なものはわからないが、心を読む限り、二人ともお互いをたたえあっているのがよくわかる。熱血スポーツドラマのような状況で、自分にはとてもできないとは思いながらも、そういったことに熱を入れられる二人をうらやましく思いながら、彼女はランファの汗をぬぐった。


「ん、ありがと、ミント」

「いえいえ、お二方が強くなっていただくと、私の安全も増しますので」

「なによそれぇ。盾にするつもりー? 」

「私に、ランファさんのような、鍛えれば光る体と才能がありましたら、腕を磨くことも考慮に入りますが、生憎とも、このようななりですので」


楽しげに談笑する二人を見つめるラクレット。話題は、どうやら体の話だ。姉妹のようにすら見えるランファと、ミントの身長の差は42cmである。ラクレットは、ふと魔が差したのか、脳内で二人の体を入れ替えてみる 。長身でスタイルがよく体の凹凸もしっかり出ているミント。小柄で童女と間違えてしまいそうな体つきのランファ。それはそれでありかも!!


「そこの、バカなことを考えているお方? ありかもではありませんわ」

「なんとなくわかるから追求しないことにするわ」

「あはは……すみません」


最近は思考を普通に読まれるようになったというのに、学習しないラクレットである。まあそれは何時もの事なので置いておくとしてだ、ミントがふと、ラクレットの事を見つめながら考え込み始めた。


「なんですか? 」

「いえ……ラクレットさんがもし、私のような体つきでしたら、どうなっていたのでしょうかと思いまして」

「えー? こいつが、子供っぽい感じ? 」


ランファもつられて考えてみる。身長140cm程度で、ふわふわの黒くて短めの髪の毛。目鼻立ちは、正直かなり美化されて、かわいい系統のデフォルメといっていいほどの処理が行われて再構成される。しかし言動は最近の少しへたれてはいるが、礼儀正しく、真面目で任務に実直な彼だ。ショタレットという単語が浮かんだが、それはきっと何かの電波を受信したのであろう。



「あー、整備班のおもちゃになりそう」

「ですわね」


それしか思い浮かばないのである。おそらく整備班のお姉さま方に囲まれて困っているのが日常風景となるであろう。真面目なので、機体絡みで捕まり、気が付いたら着せ替え人形にすらなってそうだ。お菓子で釣られたりもしそうである。


「なんか、すごい図を想像されているみたいですが、まあいいです。なんにせよ、今の体が一番ですよ」

「そうですわね。小さく子供っぽいですけど、私もなんだかんだ言って、長い付き合いですから」

「そうねー。まあ、たまには違う自分もいいかもだけど」


そんな風に和やかに談笑する3人は、目前に迫る決戦に向かって体調を整えるのであった。












「ミルフィー」

「タクトさん……」


王子様とお姫様ではなく、司令官とその部下の隊員は、二人でミルフィーの部屋のソファーに座っていた。先ほど会議室でノアや、カマンベールから詳しい最終決戦の対策兵器に反する話を聞いてきたところである。
ミルフィーユ・桜葉 彼女の力がないと、クロノストリングエンジンの出力を、暴走状態まで上げることは難しいであろう。特別な処置をエンジンに施せばそうでもないが、そうすると、戦闘行動ができなくなるのだ。戦闘をこなしつつ、保険のために機体を一個改造しておくことも考えられたが、それはこの少ない戦力を削ることになり、避けるべきだという結論から、結局ミルフィーが半年前と同じようにこなすことになったのだ。
もちろん、カマンベールもノアもやらせるつもりはなく、その前の戦闘ですべて決めるつもりだから安心しなさいと、こちらを送り出した。しかし、タクトとミルフィーは心を一つにしていた。


「今回も、もしもの時はさ、二人で行こう」

「はい……私怖くないです。タクトさんと一緒なら」


半年前は恐怖でいっぱいだった。年下の少年にかばわれたことで、より自分の生への渇望を認識してしまった彼女は、タクトの支えがあって初めて、決戦兵器で敵を薙ぎ払うことができた。勇気と愛と、ほんのちょっぴりの楽しさで心を満たした彼女は、そうやって、乗り越えたのだ。
そして今回。彼女は自発的に、そういったポジションに付こうと思えるようになっていた。彼女にはかなえたい夢と守りたい人があるのだ。それに


「今回は、ラッキースターが、私の相棒が一緒だから、きっと大丈夫です」

「はは、オレはおまけかい? 」

「そんなんじゃありませんよ、ラッキースターもタクトさんが一緒のほうがいいってきっと思っています」

「それは照れるなー。でも、そんなに信頼されているんじゃ、結婚式にはラッキースターを呼ばなくちゃいけないな」


軽口を交わしあいながら二人は笑いあう。恐怖はある。でもそれは毎回の戦闘と同じだ。いつも敵と触れ合うような距離で戦っているのだ。いつだって死ぬかもしれないのだ。死ぬ危険なんて何度も経験した。エオニアの帰還の時の本星からの敗走。動けないエルシオールの防衛戦。味方と合流するために敵の集団を突っ切った戦い。ファーゴでのクロノストリングエンジンが止まった戦い。黒き月との最終決戦。ネフューリアの戦艦との2度の戦い。紋章機のコントロールが奪われた時。
最初は毎回この戦いで死ぬかもしれないという恐怖を仲間と分け合って戦った。タクトが指揮をしてくれて、自分たちの力を信じられた。ラクレットが飛び込んできて、一番前で戦う人がいることの安心感を知った。ちとせが入ってきて、先輩として恥ずかしいところを見せられないと思った。
そんなミルフィーユが今、敵の兵器を止めるためにエンジンを暴走させて異世界への穴を開き、『爆弾ごと異世界へと行くこと程度』で強い恐怖を覚えるのか? もちろん恐怖はあろう、しかし、それを上回る使命感、そしてやり遂げられるであろう自信があるのだ。
もし異世界に行っても、きっと


「ノアさんやカマンベールさん。それにみんながきっと」

「ああ、オレ達をこっちに戻してくれる」


エンジェル隊という最強の部隊。レスターという最高の副官。ヴァルターという規格外の一族。月の管理者という英知の集まり。女皇と宰相の最大の支援。それがあれば、異世界なんてすぐに攻略できるだろう。


「だからさ、ミルフィー」

「はい、その時は……」



二人はそっと、幸せなキスをする。




そうして最後の日常は終わり、最終決戦へと向かう。



[19683] 第30話 ギャラクシーエンジェル~光の天使たち~ 前編
Name: HIGU◆bf3e553d ID:9a98ed50
Date: 2014/08/22 14:45


第30話 ギャラクシーエンジェル~光の天使たち~ 前編





王、それは絶対なる君臨者。全てのモノの上に立ち、万物を支配し、世界を塗りつぶす。力の体現、強者の終着地。比喩でもなんでもない。王とは、最強を示す言葉。

銀河を支配する圧倒的な暴君。それがゲルン
15世紀を生きてなお、野望は止まることなく邁進し続け、強さは肥大化し続ける。
銀河における最大の毒であり、法であり、そして平和の前に立ちふさがる壁であった。


彼の手札、それはこの銀河の誰よりも長い時を刻んだ躰の持つ『知識と経験』
絶対的な統率によって支配される『配下の軍勢』
悠久の時のみが、対抗策になりうる『時空震爆弾』

この三つだ。軍勢は、もはや語るべきものはない。これに関してはすでにトランスバール軍も比類する力を示している。勝負は水物、勝敗は神のみが知る。相対してみねばわからないのだ。
知識と経験。これもアドバイザーについたダイゴ、そしてブレイクスルーを数々生み出している、その子孫たちによって、同じ土俵に立たされているといえよう。

そうこの二つにおいては、すでに勝敗がわからない。
絶対なる王、それを倒すべき勇者一行はそろっているのだ。
そう、王の最後の切り札、時空震爆弾(クロノクェイク・ボム)それ以外に対しては。


ここで、もう一度確認したい、CQボムとはそもそも、どういったものなのか。
一言でいうのならば、クロノ・スペースを相転移させるものである。

この世界において、すべての人工天体、宇宙船はクロノストリングエンジンを使用しており、それはクロノ・スペースを介するものであるのだ。クロノ・スペースからどういった原理かは不明だがエネルギーを引き出しているとされている。長距離間の通信もこれを使い行われている。
クロノ・スペースを相転移させ、それらをすべて封じることで、宇宙船や人工天体のほとんどは破壊され、人類はその星から移動する手段も連絡を取る手段も失ってしまう。これは数百年の間続き、復旧後は何事もなかったかのように使えるようになるのだ。
一見すると互いを痛み分けにする自爆スイッチのようなものだが、種族間の寿命に大きな差がある時点で、それとは全く別物に変容する。考えてみてほしい、ある日突然地球上の電子機器すべてが動かなくなった。そのまま200年復旧しなかったら、人類の文明レベルはどうなるであろうか? 当然大きな混乱が起こるであろう。情報の伝達すらままならなくなるのだ。結果集団はより細分化してゆき、主としての力は緩やかに低下していく。しかし、仮にこの電子機器の混乱が200年でなく2日であったら? それなりの混乱は起こるであろうが、1年もすればおおよそ落ち着く。もっと加えて、これが事前に予測できていたら? きちんと対策を持っておき、混乱は最小限に終わり、何事もなかったように元の生活に戻るであろう。この二つの人類が、混乱の明けた後、戦争を行ったならば勝敗など、一目瞭然だ。CQボムとはそういったものだ。

話を戻そう、そうゲルンという絶対王者は、CQボムという無敵の兵器を持っているという、絶対的なアドバンテージの上に立っているのだ。名実ともに、銀河最強である。彼の野望の第1段階に過ぎない、EDEN銀河の平定も、トランスバールというイレギュラー勢力をそぎ落とせば完了。勇者一行は、すでに将棋やチェスでいうところの詰みにはまっているのだ。

だからこその、王は寛大な言葉で勇者を迎え入れた。





「最終通達だ。エルシオールよ、我が軍門に下れ。優秀な人材と認める貴様らへ、酷使による死までの時間を与えてやる」


これが、王の最大限の譲歩であり、相手を尊重する宣言であった。







そして勇者一行(エルシオール) がそんな言葉(あく)を認めるわけがなかった。








「そんなもの、認められるか!! 」



白き月と別れ、最終決戦のための仕込みを少しばかりした『エルシオール』一行は、敵の軍勢と対峙していた。重戦艦、巡洋艦、駆逐艦、攻撃機、戦闘機と、今まで見た敵の編成に加えて、巨大な浮遊防塁まで確認できる。ここからサーチできる情報だけで、その堅牢な装甲とシールドが確認できるのだ。かなりのモノであろう。
そして、その布陣する敵のはるか向こうにある、巨大な要塞からの一方的な通達を、いまタクトは堂々と蹴ったのだ。ここに来る前に、白き月に残るシヴァ達と、すでに話はつけてきた。こちらの方針はタクトが決めてよいと。もちろんそれは細かいところであり、大筋では、抵抗でありCQボムによるリセットの阻止であった。仮にタクトが独断専行しても、白き月からシヴァ達はこの周辺を見ている。そう、奇しくも戦力を前面に配置し、お互いのトップがそのはるか後方に控えるという共通の形をとっているのだ。


「銀河は……人々の命は、生きとし生けるものは、お前の一存で如何にか出来る玩具じゃない!! 」

「寛大な通達をあえて固辞するか。滅びを望むならば、与えてやろう。それが為政者の務めだ。去ね」


もはやここまでくれば、無駄な言葉はいらない。魔王は構えをとった。勇者は天使に出撃を命じた。巨大な翼をもつ天使たちが、駆け出した。


「総員!! 戦闘開始だ!! 魔王の要塞までの道を切り開くぞ!! 」

────了解!!

「塵と成れ、下等生命体」

「引きずり降ろしてやる!! 傲慢な化け物」




何百年もの間、語り継がれる史劇のクライマックスが始まった。












「さぁ! 行くわよー!! 」


蘭花・フランボワーズは、まず接敵した戦闘機と攻撃機への対処を始めた。速度が優れるこの敵機たちは、母艦である『エルシオール』に取り付かせてはならないのだ。黒い装甲に紅い光の筋が入った、蝙蝠のようなそれを、搭載されたガトリングガンで牽制を始める。向こうは当然のごとく無人機、恐怖による怯みは存在しない、しかしすでに敵がとる回避パターンなど飽きるほど見ている。リミッターをリリースされ、翼の生えた、愛機カンフーファイターは、回避した先に正確に近距離用ミサイルをばらまく。降り注ぐスコールのような弾頭をよけることができずに、4機の敵機が撃沈する。振り返らずにそのまま、カンフーファイターは進む。いまので脅威度が上がったのか、2機ほど後ろからついてくる。この時点で、敵は戦闘機に対してまで、細やかな指示ないし、Vチップによるコントロールを現在は行っていないことをランファは理解した。


「それなら、これでも食らいなさい!! 」


彼女は機体を瞬時に上方向に180度旋回させる。進行方向は慣性飛行によってそのままであり、スラスターにより鉄棒で逆上がりをするような起動で小さく反転したのだ。
敵と向かい合った瞬間、機体左右に搭載してある、粒子ビーム砲を斉射する。薬莢のようなエネルギーカートリッジがマシンガンを撃った後のようにはじき出され、その数のエネルギーが放射される。突然すぎるマニューバに解答を得る前にハチの巣になる、戦闘機。
接近してきた8機はこれだけの間にランファのスコアを6伸ばすだけのものになったのだ。



「ちとせ!! あと頼むわよ!! 」







「承りました」


敵の遠距離攻撃を回避しながら、烏丸ちとせはそう答える。目の前には変則的な軌道を始めた、攻撃機2機。目的は『エルシオール』への強襲のようで、こちらへは見向きもしない。
ちとせは精神を研ぎ澄ませる。愛馬……シャープシューターの操縦桿を握りしめて、照準を絞る。H.A.L.Oシステムのサポートによって、スローモーションのような、俯瞰視をしているような、不思議な視界情報を彼女は手にする。息を小さくはいて、彼女はトリガーを絞る。
次の瞬間亜高速の弾丸が、1撃で2機を沈める。敵の軌道が重なった、コンマ0.1秒に過ぎない刹那を彼女は射抜いた。回避運動をとりながらである。


「正射必中です……先輩方、後詰はお任せください」


神がかり的な腕前で、そのままこちらを斉射している、敵の駆逐艦に狙いを移す。彼女の狙撃ですでに敵の前衛であろう、戦闘機部隊は文字どおりの意味で壊滅している。『エルシオール』も安心して予定されていたポイントに動き始めることができる。そしてなにより、これからほかの紋章機たちが、彼女の正確な援護を受けながら進むことができるのだ。
ほかの紋章機の戦闘可能距離まで、最大の支援砲火で送り届ける。


「ミント先輩!! 」







「了解ですわ」


すでに互いの距離を縮め、敵の一団と接触を開始し始める、紋章機達。各自少しばかり散開して、最低限の敵を相手取りつつ、目標とされている敵浮遊防塁まで進む中、目覚ましい活躍を上げているのは、やはりミント・ブラマンシュであった。
この1年の戦いで、もはや自分の体よりも精密に操作できるのではないかという程の自信を培ってきた。そんな彼女が動かすのはもちろんフライヤーである。通常形態では3基が限度だが、今の翼の生えた状態ならば、5基ほどを常時展開できる。特殊兵装時の21基には及ばなくとも、砲門の数は随一であり、稼働角も360度全方向というこの兵器は、今までと同じように素早く敵の手足を払う。
蟻のように寄ってくる、駆逐艦、巡洋艦は彼女の蒼いカーテンを突破できない。砲門を向けようと減速し旋回すればその時点で潰されるのだから。


「数だけが多くても、運用が伴いませんことには」


神出鬼没の速度と変幻自在の軌道。両方を併せ持つ彼女の機体が、群がる敵を効率的に屠る。それはすなわち、敵の布陣に穴ができるということなのだ。ミントとトリックマスターが華麗に舞うダンスフロアでは、主役の華々しさに、周囲が空白になってしまう。そう、さながら次のゲストを呼び込むように。


「目標エリア確保しました、フォルテさん」








「あいよ!! 任せときな! 」


部下たちが確保したここまでの道。それを最も足が遅い代わりに、もっとも多彩かつ多量の武装を搭載した、さながら移動要塞であろう、ハッピートリガーがフォルテ・シュトーレンを通り抜ける。目標であった、浮遊防塁と相対することになる。敵は未知数の防御力を持っている、魔王の城を守る城壁のようなものだ。だが、それがどうしたのだ? 防御というのは、攻撃に備えるもの。攻撃があるから、防御があるのだ。そういつだって防御というのは、攻撃に突破されてきているのだ。


「とりあえず、全弾打ち込むよ!! 景気付けだ!! ストライクバースト!! 」


ここに来るまで、貯めに貯めたテンションを開放する。その瞬間だれがどう見ても機体の装甲にしか見えなかった部分がスライドし、大量のミサイルの弾頭が現れる。外部装甲に搭載されている、ミサイルもレールガンもレーザーポッドもビーム砲も電磁砲も粒子砲もすべてが単一の目標に砲塔を向ける。そして、溢れんばかりの光と、聞こえないがおそらく生じているであろう轟音を響き渡らせながら、全てが飛んでいく。怒涛の侵略が、浮遊防塁を包み込んだ。
しかし、敵もさすがに意地があるのか、シールドがはげ、所々で火花が見えるような大きな損傷を受けているが、それでもまだ破壊し切れてはいなかった。


「っく、これでも沈まないか!! ヴァニラ!! 」








「了解です」


その言葉とともに、すぐさま、ヴァニラ・Hとハーベスターがハッピートリガーに取り付く。瞬時に癒しの光で機体が受けた損傷を修復していく。まるで逆回しの映像を見ているようにふさがっていくが、これはナノマシンによる応急の処置に過ぎない。それでも戦えれば十分であり、気力十分といった形で、フォルテは浮遊防塁のとどめを刺すべく、接近戦に持ち込みに行く。
修復ができるという点で、やはり敵にとって厄介であるのか、すぐさま敵の巡洋艦がヴァニラに向かって攻撃を開始する。


「この位……躱しきれます」


弾丸とミサイルを受けながら、いやすべて紙一重で回避しながら、彼女は次に耐久の低い、カンフーファイター目掛けて飛行を開始する。天頂方向からのレーザーを、機体を前方左下に機体を滑らせることで回避し、反転し第二射をエネルギーシールドで受け止める。機体についていた、このエネルギーシールド。これをうまく使用できるようになったのはつい最近だ。それまでは小回りが利くハーベスターは回避を優先としてきたのだ。しかし成長する先輩たちを見て、彼女はより高みを目指した。こうしてシールドで止めることができたのならば、大きく軌道をそらさずに、目的の位置に素早く到達できるのだ。


「負けません、絶対に」







そういった彼女たちの健闘はすさまじいものであったが、数だけは多いそして圧倒的に硬い、浮遊防塁によって少しずつの足止めを食らい。真綿で首を絞めるように、周囲を囲まれ始めた。
そう、この堅さを生かした、足止めこそが敵の狙いだったのだ。











「目標、予定位置に到達。防塁を抜くために、その場所近辺で戦線を展開しています」

「ふん、確かに強さは認めよう。だが」


そう、紋章機は強い。単一戦力としては銀河でも比類する物は、皆無に等しい。6機で戦線を維持しているというのは、すさまじい戦果だ。だが、その強さというのは、一瞬で100の敵を屠るものではない。時間をかければ一騎当千かもしれない、しかし攻撃力には上限がある。単純に硬さに特化したものを、そう簡単に突破できる強さは、また別の方向のモノなのだ。
そういった物理的な瞬間的で大物に対する破壊力を有するといった面で警戒していた、練習機の剣の機体は、修理が間に合わなかったのか戦場にはない。油断はしていないが、それでも予定通り、いやそれ以上に進んでいる盤面を見ると、満足感を覚える。


「よし、やれ」

「了解」


そしてゲルンは、握っていた死神の鎌を、目の前の『障害』に目掛けて振り下ろした。
その瞬間、浮遊防塁の近辺に緑色の光があふれだした。

クロノドライブアウト時に生ずる、特徴的な光であった。













「敵増援!! 多数の重巡洋艦および、重戦艦です!! 」


敵の増援、それほど味方の士気を下げるものはない。そう、その報告は有体に言えば、最悪のモノだ。現在浮遊防塁を突破するために、短い直線状に並んでいる防塁へと攻撃を仕掛けている紋章機達。そしてそれを、扇のように半円状に取り囲んでいる、周囲の戦艦といった布陣だったのだ。定期的に近寄ってくる戦艦を処理しているが、単純に浮遊防塁が固すぎて突破が難しいのだ。
そしてそこに追い打ちをかけるように、敵の増援である。天頂方向に近い方向から、敵が一斉になだれ込んでくる。そして当然のように、浮遊防塁へと向かい、戦艦と挟み込むような陣を敷いている。有体に言えば挟み撃ちだ。挟撃は最も単純で効率的な兵法だ。単純だからこそ、破りづらく、そして強力なのだ。数を揃えて囲んで叩く。戦術とは結局の所それを局地的にどう実現するかという物なのだから。


「皆!! 」


タクトが声を張り上げる。この状況は、どう見ても不味い。左右には巨大な氷の塊などで構成されているアステロイド帯であり、後ろは戦艦、前は増援艦隊だ。完全に囲まれてしまっている。
この状況、相手は最初から狙っていたのであろう。浮遊防塁によって足止めし、真綿のごとくじわじわと戦艦でなぶるように見せて、伏兵を使い挟撃し、一気に殲滅する。最初に防塁まで比較的容易にたどり着けたのも、狙いだったのかもしれない。そしてそれは





















「こっちにとっても、予定通りだ!! ラクレット!! 撃てぇ!! 」


「────了解!! 」






その瞬間凄まじい光が、綺麗に隊列を組んでいた増援艦隊に向かって真横から殴りつけるように降り注いだ。それは只の光ではない。天文学的なエネルギーを含有する。破壊の光線。クロノブレイクキャノンである。
『エルシオール』に搭載されていた時のように、星を砕くような出力まではいかないものの、10隻以上の艦を同時に一撃で薙ぎ払うには十分な威力である。


それを打ち込んだのはもちろん。


「秘儀!! 伏兵返しだ!! 」


ラクレットヴァルターと愛機『エタニティークロノブレイカー』である。ソードをCBCに換装した結果、機体の名称が一時的に変更となったのだ。永遠の剣じゃなくなったので特殊兵装もないし、名前もついていないのだ。


「予定通り、増援をすべて排除した!! 」

「ああ、よくやってくれた、ラクレット」






「ふむ、増援を読んで、敵陣地での戦闘にもかかわらず、伏兵を置いたか」


ゲルンも、さすがにこの強襲は読んでいなかったようで、素直に敵のリスクの高い戦法に感心する。リスクは結果を得てしまえば、いくらあっても全くなくても同じなのだ。そういった意味で『直接戦闘をする機体を一機減らすリスク』と『敵のホームにおいて、戦力を分散し配置するリスク』の二つを背負いながら、ここまでの状況を勝ち取ったトランスバール皇国軍は、素直に賞賛に値するであろう。








このような戦略がとれた理由。それはヴァインによる功績が大きい。彼はヴァル・ファスクの本土防衛シミュレーションの作成に一枚噛んでいたのだ。そう、浮遊防塁による時間稼ぎなどはさすがに知らなかったが、それでも『どのポイントにクロノドライブによる強襲を仕掛けることができるか』という情報は持っていた。これに関してはあくまで地形のデータなのだ。少し調べればヴァル・ファスクならばわかることである。
そして、それをもとに、増援によるコンバットトリックと敵が行う可能性をEDEN本星から、白き月に対して示唆したのだ。
結果、タクトは思い切った作戦に出た。ヴァインからさらに詳しく情報を聞き出し、戦闘宙域になるであろう場所、そしてドライブアウトするであろう場所を検討し、もっとも彼の直観が囁く位置を戦場と定めた。そして、敵の増援を狙える位置で、なおかつドライブアウト可能なポイントを割り出せたのだ。そしてその10億kmほど後方にラクレットを機体とともに (他にも味方の残存戦力である艦隊も) 待機させたのである。
10億kmは時速0.1光年である『クロノドライブ』において3秒強の距離だ。増援を見てから、通信で指示をだし、余裕で間に合う距離であり、敵が戦闘の形態をとれば、レーダーにぎりぎり引っかからない、そんな距離だ。

そこに『エタニティークロノブレイカー』を置いておいたのだ。『エタニティークロノブレイカー』の装備は、いたってシンプル。エンジンからエネルギーを一時的に保持できるストレージとジェネレーター。クロノブレイクキャノン1丁である。ジェネラータートストレージによって、少しでもリロードを早くすることを目的としていたのだが、それでも100%の状態から4発が限度だ。威力を落とせばもう少し行けるが。
タクトはエネルギーの半分を使ってでも、クロノドライブによる強襲をすることを選んだ。これによって機体は、2発ほどオリジナルの30%程度の威力の砲撃を撃てば、補給が必要となってしまう程のエネルギーしか残らないが、それでも、今回のようにかっちりはまれば強い。


「ザーブ艦隊は浮遊防塁を、装甲は堅いけど、火力は大したことないから、戦艦向きだ」

「了解ですぞ」


タクトはラククレットの後方に控えていた5隻のザーブ艦に対して指示を飛ばす。そう、浮遊防塁は、紋章機で相手するようなものではない。それこそ戦艦で集中砲火するものであるのだ。


「ラクレット!! 第二射!! 目標は────あそこだ!! 」

「了解!!」

タクトは、ラクレットに対して、斉射すべき目標を指示する。その射線上にいた、数機の紋章機は素早く退避。ラクレットが素早く充填を完了させるまでに、安全圏へと移動する。


「クロノブレイクキャノン!! 発射!! 」


そして再び、すさまじい光が機体の下の巨大な砲門から発せられた。その目標は。



「巨大小惑星群────破壊されました。予定通り破片が一体に拡散しています」

「よし、ミルフィー頼んだよ。君ができるって思えば、絶対にできるよ!! 」


そうラクレットが砕いたのは、アステロイド帯に存在する巨大な氷や何かしらの材質でできている、無数の星々であった。
当然狙いはある。そう、この戦闘において、最大戦力でありながら、今まで沈黙を続けていたラッキースターとパイロットミルフィーユ・桜葉。女神と称される彼女と彼女の機体には、ある特性があった。
彼女のラッキースターは理論上誰も動かすことができない機体だ。なにせ絶対安定しないクロノストリングエンジンが1つしか搭載されていないのだ。それは絶対的にアンバランスということであり、同時それを乗りこなすということはどんな確率も無視できる、どのような未来も作りえる。あらゆる事象を起こすことができる。神に等しい機体なのだ。
現に、彼女は今まで停止してしまったクロノストリングエンジンを瞬時に復旧し、周囲の戦艦と機体のステータスを回復し、天文学的なエネルギーが必要なクロノブレイクキャノンを1瞬で再充填させるといった離れ業をしている。
そして、彼女たちの特殊兵装『ハイパーキャノン』は曲がる、伸びると物理法則を無視した光学兵器である。これから彼女が行うことは、今までずっと集中してきたテンションを一気に解き放つこと!!



「バーンとやっちゃいます!! ハイパー! ブラスター! キャノン! 」



そして彼女は、目の前のひときわ大きな氷の塊に対して、その光を解き放った。次の瞬間まばゆい光が、その塊から拡散した。拡散したいくつもの細い光は、なぜか小惑星や何かしらの氷の破片にあたるたびに、『無数に乱反射』している。
そう、数千数万の破片がすでにこの戦場に散乱している。クロノブレイクキャノンで砕き、その余波で拡散したのだ。そしてその破片は、さながらプリズムのように、絶対起こりえない現象を起こす。
すべて彼女が、ヴァル・ファスク本星ヴァル・ランダル周辺画像を見たとき、青白い小惑星帯を見ていった感想『氷みたいでキラキラ反射しています』の言葉から始まった、この作戦。
ミルフィーがそうなると強く思えば、その願いを付与した光になる。それが、ラッキースターの特殊兵装だ。
そして今、この戦場は真の意味で『光のシャワーが降り注いでいた』

桃色の光は、無限に乱反射し続け、敵の戦艦に当たり、爆発を起こす。この宙域にいる無数の戦艦たちは、光の雨を回避することなどできなかった。なにせ、比喩なしに空から矢が降ってきているようなものなのだ。そして、この光はミルフィーの望み通り、一切味方に当たらない、フレンドリーファイアーを起こさない素敵仕様であった。


「敵艦……全滅です。そして浮遊防塁もザーブ艦隊の集中砲火で、あと少しです」

「よし!! ラクレット、ミルフィーは補給に!! あとの皆で一気に片づけて、ゲルンのもとに向かうぞ!! 」

「了解!! 」


ヴァル・ファスク本星防衛軍を、彼らは突破した。残るは、ゲルンの乗る『特別戦闘艦 ギア・ゲルン』とその護衛のみだ。彼らは心を一つにして、敵に向かい前進を開始する。



[19683] 第31話 ギャラクシーエンジェル~光の天使たち~ 後編
Name: HIGU◆36fc980e ID:9a98ed50
Date: 2014/08/23 01:26



第31話 ギャラクシーエンジェル~光の天使たち~ 後編




「ふむ、よい経験をさせてもらった。一時的とはいえ敗北なぞ、長いこと経験していなかった。礼を言おう」


自身の星を守る勢力を壊滅させられたというのに、ゲルンには一切の焦りなどなかった。
彼からすれば、この程度は予想の範囲内であったのだから。それでもどういった方策で突破してくるかのいくつかは考えても、こういった方法は想定していなかったのだ。そういった意味で、タクトたちの行動は、ゲルンに貴重な経験を積ませ学習させ成長させたといえる。
そもそもゲルンからすればこの戦は全戦力の一部しか使う事の出来ない者でもあるのだ。ヴァル・ファスクの艦の多くは『とある場所』を防衛するためにそこに常在しており、今回CQボムを使用する可能性があるので、その場所近くの港で待機させている。この銀河のEDENやトランスバールなど『とある場所』からくるかもしれない勢力に比べれば塵芥でしかないと彼は考えているので当然の措置だ。


「そう、お前たちは、死ぬ前に最も尊い存在の成長の一助となったのだ。これ以上名誉なこともなかろう。安心して消えろ」

「ふざけるな!! ゲルン!! 貴様を倒して、銀河を……人類を、全てを救う!! 」

「物事は考えてから口にするがよい。単純な暴力に優れる存在の前に、保険も掛けずにあらわれると思ったが愚鈍な人間風情が」


ゲルンはどっしりと、彼の艦『ギア・ゲルン』ブリッジの司令官用の椅子に腰掛けながら、堂々とそう述べた。それは王の宣言である。絶対的な力を誇示できるものが、上に君臨するものが、その力を振り上げたものだ。


「クロノクェイクボムは、我が脳と直結している。我が脳波が止まれば、起動する手筈となっているのだ。理解したか、貴様らがいかに無駄なことをしているのかを」


そう、ゲルンは全てが自分、そしてヴァル・ファスクの王としての行動しかしない。彼が仮に、そう仮に死んだとしても、ヴァル・ファスクに敗北はないのだ。そう、彼の死こそが、最悪な兵器の引き金となっているのだから。


「為す術なく、消え去るがよい」


そうして、ゲルンは死神の鎌を振りおろし、通信を切った。これがゲルンのこちらに対する最後の言葉なのであろう。タクトは、気合を入れなおす。


「みんな、ついに最後の敵だ!! 」


ブリッジが、格納庫が、医務室が、食堂が、キッチンが、クジラルームが、『エルシオール』全ての人員が。タクトの言葉を胸に刻む。そう、本当の意味での、タクト・マイヤーズの戦いがここで終わるのだと、そう感じたのかもしれない。


「敵は強大で! そして死んだらCQボムが起動してしまう。だが!! 」


それはもちろん、敗北ではない。いままで導いてきた、英雄タクト・マイヤーズが最後の戦いで、敗北とともに消えることなど、絶対にありえない。そう信じているからだ。


「それでもオレ達は戦って勝って阻止しなければならない!! 」


1年前、命令のままに赴任してきた、頼りない若い貴族の坊ちゃんはもういない。ここにいるのは、歴戦の戦士。激戦の波を常に最前線で指揮し、乗り切ってきた。そんな英雄なのだ。警備員も、医務官も、皿洗い担当ですら、自分がこんな素晴らしい人物とともに戦える。その人物の一助になっている。そのことで胸がいっぱいとなる。
これがタクトのカリスマ。辺境地方の司令官から、銀河の、人類の存亡をかけた戦いで、リーダーとして人類を率いることになった。稀代の英雄の言葉。


「あんな、ふざけた奴がいるから!! 心があるヴァル・ファスクがいるのに600年も分かり合えないんだ!! 」


艦にいる500人が、タクトの言葉に聞きほれている。誰もが次の彼の言葉を待っている。そう、艦は一つの一体感に包まれている。タクト・マイヤーズという一つの台風の目を中心とした、巨大な一つのモノに。


「だから、オレ達で倒す!! 総員!! 戦闘開始だ!! 人間の力を見せてやるぞ!! 」


────了解!!


そして戦端が開かれる。銀河の魔王と人間の勇者一行。その最後の戦いが。














「クロノブレイクキャノン!! クロノブレイクキャノン!! 」


補給を受けたラクレットは、固定砲台と化していた。威力はもちろん落としている。しかしそれでも圧倒的な射程距離と攻撃力を持つ、砲撃を何度も行っているのだ。
彼の機体に搭載されている、ストレージとクロノストリングジェネレーター。その補助もあって、彼は補給を受けずに5発ほど斉射可能だ。彼ではシンクロ率の関係で、星を砕くような超強力な1発を撃つことができない。それが彼一人でできる限界だ。当然の如くNCFCも展開できないであろう。しかしそれでも、単純な砲撃であるのならば、彼にだってできる。


「『ギア・ゲルン』砲撃を受けつつもなお、こちらに接近!! 駆逐艦等をシールドに特化させ、囮として利用しています!! 」

「いいぞ、ラクレット!! そのまま打ち切れ!! 」

「お前はどんな兵装でも、バカ火力になるな」


レスターが皮肉を言ってしまうのも無理はない。圧倒的な距離を詰めるところから始まる、戦闘という場において、彼の砲撃はすでに多くの艦を刈り取っていた。目標はもちろん『ギア・ゲルン』のみだ。他の艦は見事に散開しているので、大将を狙っている。
ゲルンからいや、防衛側からすれば当然であろう。先にタクトは大胆な伏兵を見せた。それはゲルンに今後も伏兵が来るのかもしれないと、考慮に入れるには当然であり、星のある背後は兎も角、側面は軽快する必要がある。タクトは数の優位を一度にあたる数を少なくすることで覆す算段なのだ。1VS10を1回よりも1VS2を5回の方が楽なのだ。
当然ゲルンもそれはわかっているのか、囮を壁として利用しながら無理矢理に距離を詰めている。CQボムには、たとえ、『エルシオール』に搭載し、最大の威力を持ったクロノブレイクキャノンでさえも防ぎきる『時空断層フィールド』が搭載されている。それは、時空震を起こすうえで、副作用的に搭載されているものである。これにより、物理的な攻撃は一切亜空間に逃がしてしまうのだ。しかし、それを搭載している要塞は、その恩恵にあずかれない。故にこそ、そうやって防ぐ必要があるのだ。1撃なら耐えうるかもしれないが、それでもかなり厄介なことには変わりがない。1撃の砲撃ごとに、十隻弱の艦を犠牲にしてようやっと防げるのだ。
そしてそれは、足の速い突撃艦が、妨害のためにラクレットに迫るという、当然の帰結を生むことになる。


「主砲回頭!! 」


エタニティーソードにCBCを搭載した最大の利点は、この、素早い回頭運動であろう。機体のスラスターの関係で、当然ながら鈍重なエルシオールよりも、素早く方向を変えることができるのだ。もちろん、本調子ではないために、いつもに比べればかなり遅い。そして何より、単純な移動速度は、ハッピートリガーよりも遅く、回避などまともにできたものではなかった。
だが、せっかくの利点も今は無駄となってしまっているのが現状だ。それはなぜか。


「はいはーい、私たちがお相手しちゃいますよー」

「アタシを抜いて攻撃できるとは思わないことね!! 」


ラクレットの護衛についている紋章機がいるからである。そう、この作戦において、『エルシオール』は味方の艦隊を護衛につけて進行し、ラクレットは、紋章機を護衛につけて進行しているのだ。
贅沢にも銀河最強の護衛を6機も侍らせているのだ。一応近づいた敵に回頭したものの、それよりも前に対処されてしまう。自分のために周囲の皆を良いように使う。しかもそれはエンジェル隊であり、6人全員が自分のために動いている。
それは、昔思い描いた理想かもしれない。エンジェル隊と肩を並べて戦うだけではなく、自分のことを守ってもらっている。しかし前までの彼ならばきっと申し訳なさで一杯になっていたであろう。なぜならばラクレットはそういうやつだから。

しかし、成長した、そう多くの戦いを、苦戦を、苦汁を経て、成長した彼は、全く別の形の感情で満たされていた。


「あら、ラクレットさん、いいご身分ですわね」

「全くさね、こんな美女を6人も侍らして、しかも一人は婚約者がいるっていうんだ」

「おや? 銀河最強の僕を護衛できる機体なんて、皆さんしかいないでしょう? 」


彼はもう、卑屈になったりはしない。少なくとも戦闘という面では、ラクレットは彼女たちと並べた。ともに歩いて行ける位階までたどり着いたのだ。自信を持って言える。自分は銀河最強だと。いまは手元にないけれど、愛剣を装備した愛機とならば、どんな敵にも負けはしないと。
もちろん不安はある。強大な敵と相対すれば怯んでしまう心はある。それでもそれを飲み込んで、仲間と表面上は軽口を言える。対等な関係それを彼は完全に手にしたのだ。精神的にはまだ未熟だと自覚はある。人間的にも劣っているであろう。だがそれでも自分で積み上げた強さは彼を裏切らないで支えてくれるのだ。


「それに、感情を持っていないヴァル・ファスクに見せてあげるんですよ。仲間を100%信頼して初めてできる、チームワークってやつをね」

「エンジェル隊とラクレットさんで、一つのチームです」

「今度名前を考えないと、いけませんね」


そう、それはチームワーク。絶対な信頼関係。それを築くことができた真なる仲間同士が、初めて作れる協力。


「これが、人間の……いや! 人間とヴァル・ファスクの力だ!! ゲルン喰らえ!! クロノブレイクキャノン!! 」



鋭い光がまた、ギア・ゲルンを蹂躙した。














「くぅ……小癪な!! 」


ゲルンは、何度もこちらに向かってくる、鋭い砲撃CBCの光を忌々しげに見つめていた。この戦場はまさにチェスなどと同じだ。雑兵ならいくら死んでも構わないが、王が死ねばその時点で終わりである。
勘違いしてはいけないのが、ゲルンが仮に勝利した場合、CQボムが起動されるということに直結はしていないことだ。『エルシオール』以上に苦戦する敵がいるとも考えにくく、この戦場を勝利すれば、そのまま軍勢を再編成し、EDENを奪還しトランスバール皇国まで攻め落とす。そういった心算だ。
なにせ、CQボムを起動してしまえば、宇宙空間にいるすべての艦と、その乗組員は死んでしまうのだ。クロノストリングによるエネルギー供給がなくなれば、どのような艦であっても、よっぽどの備えがなければ、3日もせずに空気などが生み出すことができなくなる。故にゲルンは『ピンチになったので起爆』という行為はできないのである。なにせ、この場で起動したのならば、ゲルン自身も死亡が確定してしまうのだから。現状『起爆=自らの死亡は確定』なのだ。
そう、故に『エルシオール』を跳ね除ける必要があるのだが、すでに4発打ち込まれているこの強力な砲撃により、こちらの戦力は削られてしまっている。
この事態は、彼の慢心……傲慢さが生み出したものであろう。


「だが、見立てだと、あと1,2発。それ以上を撃つには補給に戻る必要があるであろう。ならば────」


ゲルンはここで、賭けに出る。『エルシオール』に対して残存勢力の多くを向けたのだ。エタニティーソードとクロノブレイカーの最大の差はそのサイズであろう。なにせ、格納庫全体でギリギリというほどのサイズなのだ。
それは、補給にかなりの時間を有するものである。なにせ『エルシオール』に取り付くだけで、一苦労なのだ。それを『エルシオール』の周りで戦闘が、攻撃が飛び交っている状況ならば、そう簡単に補給はできないであろう。敵の砲台は確かに強力だ。だが、リロードができなくなればそれは足手まといである。現に先ほどの強襲のあと、この戦域に到達するまで、ずっと補給を受けていたのだから。


「思い知れ、家畜ども」

















「クロノブレイクキャノン!! これで、打ち切りました」

「だいぶ削れたな。よし、ラクレット」


ラクレットは、5発のクロノブレイクキャノンを打ち切り、すでに役割を終了していた。そう、彼はもう、一切の攻撃手段を持たないのだ。敵の戦力はすでに大幅に減少しており、『エルシオール』に向かってくる1群。紋章機によって駆逐されかけている散兵。そしてゲルンとそれを護衛する艦隊の3集団のみだ。
ここから手筈通りにラクレットは動く。


「了解、武装オールパージ」


その声とともにエタニティークロノブレイカーに搭載されていた、ジェネレーターとクロノブレイクキャノンが切り離される。そしてラクレットは、素早く『エルシオール』に向かう。切り離された砲台を破壊する余裕を敵に与えなければ、後に回収できるのだ。


「皆さん!! 後は頼みましたよ!! 」

「任せておきな!! 」

「後は私たちだけで大丈夫です」

「ラクレットさんの開いた道。無駄にはしません」

「ちとせ、それじゃあラクレットが死んだみたいじゃない? 」

「殺してもしなさそうな人ですし、平気かと思いますわ」

「私! ラクレット君の分も頑張るからね!! 」


銀河の趨勢が決まるような戦いでも、こういった軽口をたたきあえる仲間。少々話題が引っ掛かるものの(特に最後の天然さんの)、ラクレットは 『エルシオール』に戻る。
周囲の護衛をしているザーブ艦の射線を妨害しないように気を付けつつ、素早く格納庫に機体を入れて、ブリッジへと向かう。中型戦闘機である『エタニティー……ソード』は素早く離艦着艦が可能だ。たとえこの戦闘の中でも


「ただ今戻りました!! 」

「よし! ラクレット、今すぐ第3ブロックに行ってくれ、流れ弾が当たって障壁が閉じてしまった。怪我人が数名出ている。担架を持って急行せよ」

「了解!! 」


直接戦うだけが、戦闘ではない。こういった艦内おける、遊兵にも立派にすることがあるのだ。



そして、戦闘は終盤へと向かう。








「よーし、みんなそっちは粗方片付いたね!! 『エルシオール』は何とかするから、ゲルンに特殊兵装をたたきこむんだ!!」

────了解!!



現在『エルシオール』は少々厳しい戦いの中にいた。敵の数は4隻沈めて尚5隻と、すでに2隻離脱し、4隻のこちらより、頭数は多い。それならば、勝利条件はギア・ゲルンの撃破まで、耐えきることであろう。


「2番艦!! 左舷の敵へ砲撃準備!! 」

「了解!! 」


タクトにしてみればかなり久しぶりの、戦艦のみを操る戦場だ。勝手は違うが、それでもタクトは負けるわけにはいかない。


「4番艦、ダメージレベル限界値目前です!! 」

「っく、下がる……いや、天頂方向の敵に一斉射撃だ、その後離脱してくれ!! 」

「了解!! 最後の花火だ!! 全員気合い入れろ!! 」


すでに1から5番艦のうち3番艦と5番艦は離脱している。『エルシオール』のシールドエネルギーは6割といったところであり、1,2番艦はまだ余裕があるが、前に出て壁のような運用をしていた、4番艦はすでに限界であった。


「意地を見せるぞ!! 野郎ども!! 天使の帰還まで、勇者様をお守りするんだ!! 」

「だとよ、勇者様」

「そんな柄じゃないけど、期待には答えなきゃね!! 」


4番艦は相打ちに近い形で、天頂方向の突撃艦を沈め、そのまま緊急離脱。状況は3対4とさらに厳しいものになった。しかし負けるわけにはいかない。


「1,2番艦はそのまま左右に展開!! 下弦の敵は無視していいぞ!! 」

「了解!! 信じていますよ、マイヤーズ大佐!! 」

「了解だ!! 皇国軍人の底力を見せてやります!」


タクトの指示通りに、『エルシオール』を先頭とした、三角形の鏃のような陣形から、左右の2隻が先行し、それぞれの近くにいた敵と打ち合う形になる。そうすれば、損耗の関係で、2隻間の戦いでは打ち勝てるであろう。しかし下弦方向から回り込んでいる、2隻の巡洋艦には、もっとも武装の貧弱なエルシオールの後ろに付かれる形になってしまうのだ。


「敵、5時7時方向に展開!! このままだと、一方的に砲撃されます! 」

「よし!! クレータ班長!! 例のモノを!!」

「了解司令!! 弾薬費は司令のお給金から引いてくださいね!! 」

「え? それは……」


タクトは、待っていましたとばかりに、クレータに指示を飛ばす。その命令を受けた、クレータ率いる整備班の面々は整備用のクレーンを動かせるようにすでに準備していた。
そして格納庫のハッチを開放すると、彼女たちは艦外に大量に投下を始めた。


「紋章機武装の予備のミサイルの信管をいじって機雷にするか……古典的で、費用対効果の薄い策だが……」

「この盤面だと、かっちりはまるよ!! 」


そう、『エルシオール』から投げ込まれているのは、各紋章機のミサイルの予備弾薬である。すでに最終決戦。とっておく意味はないのだが、大変に高価なものだ、そして専用の紋章機から打てるわけでもないので、ただ、投げ込むだけ、ミサイルなのに追尾どころか直進すらしない。

しかし、敵が真後ろにいて、攻撃しようと接近している、そして無人艦であるのならば話は別だ。機雷に対しての警戒はあるが、ロックオンしていない、動いてないミサイルに対しての警戒まで敵の『非常に合理的なAI』は対策を積んでいるのであろうか? 答えは否。そのような非常識的な運用に対して、ヴァル・ファスクの合理的なAIが解答を用意をしているはずもなかった。
ゲルンにしたって、突然目の前に出てきたものを回避させるという事はとらない。機雷反応が無ければ警戒に値しないからである。なにせ流石に自在に操っているが、カメラからの映像がそのまま脳内に流れてくるわけではないのだ。
結果、速度を落とさず、『小さな塵』と認識されたミサイルに突っ込む2隻。起爆と同時に学習し、前方に大量にあるミサイルを回避しようと進路を変更するが、時すでに遅し。エルシオールの数少ない武装が、直接周囲のミサイルを起爆するように攻撃を仕掛けてきた。結果、ミサイルは誘爆。大爆発とともに、敵艦のシールドを根こそぎ削り取ったのだ。


「ふむ……今の攻撃で、リゾート惑星1つを購入できるくらいの金が飛んだな。タクト借金生活がんばれよ」

「いや、レスターこれ軍事行動だし、経費で落ちるよ。……落ちるよね? 」


誰もタクトの疑問に答えてくれない。ブリッジは沈黙が支配していた。先ほどから執拗にタクトを攻撃しているレスターが、とどめの一言を放つ。


「ちなみに、ラクレットの1年の収入らしいがな。お小遣いこみでの」

「ラクレットー!! お金貸して―!」


艦内放送で、そう叫ぶタクト。その間に前方の2隻 の敵艦は1,2番艦に破壊されており、戦場の趨勢は決していた。










「ギア・ゲルン大破!! 各紋章機の特殊兵装を受け、装甲を保っていられない模様です!! 」

「よし!! あとは……」

「ああ……」


タクトたちがうまくやっている間に、エンジェルたちも仕事を完遂したようだ。黒い煙に包まれ、地獄の業火に焼かれるような姿のギア・ゲルン。あれだけの爆発ならば、直結しているはずの、CQボムも一緒に破壊されているのではないか。そんな淡い希望が、エルシオールを包む。

しかし、今までの幸運は続かなかった。そう幸運の連鎖は、ご都合主義の神様の加護は、綱渡りの奇跡の連続は、絶体絶命の危機を回避するには足りなかった。


そう、煙が晴れたとき、現れたのは紫色の菱形をした巨大爆弾、CQボム。最悪の兵器は今で健在であった。















「愚かな家畜どもめが、自らの命を消してでも、死を選ぶか……」


爆発四散し、散らばっていく旗艦の中で、ゲルンは自らの死を悟りながらも冷徹に分析をしていた。ヴァル・ファスクにとっては死すら転職に過ぎないというわけではないが、結局のところ、自分の死までも客観的に分析する要因に過ぎない。それが現存する最も古き、典型的なヴァル・ファスクであった。


「ここで死んでも、ヴァル・ファスクの勝利は変わらぬ。ヴァル・ファスクに永久の繁栄と栄光あれ!! 」


それが銀河の王の、災厄の魔王の辞世の句であった。彼の生き方を最後まで生き方を体現した言葉であった。

彼の死をスイッチとして、起爆が開始された。












「やはり……破壊は無理だったか……」

「そうね……旗艦と接続している時ならば、旗艦からのエネルギー供給があって、それで誘爆してくれるかと思ったけど……期待しすぎだったわ」


白き月。当然のごとく、人類最盛期の英知の結集であるこの人工天体には、数億キロ以上離れている戦場の状況をほぼリアルタイムで知ることのできる設備があった。
戦況を観測していた、カマンベールと、ノアは悔しげにそうつぶやいた。彼らはここでの破壊に失敗したということは、それは即ち最終策を用いる必要があるということだ。


「マイヤーズ大佐に、通信をつないでくれ」

「りょ、了解」


静かな良く通る声で、カマンベールは司令室のようになっているこの場の通信士に指示を飛ばす。有無を言わさない、その言葉に通信士は従ってしまう。


「カマンベール君、君はまさか……」

「そうですよ、宰相閣下。例のプランに移行するタイミングです。今しかないでしょう」

「だが、それはっ!! 」


カマンベールの意図を正確に読み取ったルフトが、当然のごとく反応する。そう、エンジェル隊の誰かを────正確にはミルフィーユ・桜葉を────切り捨てる決断をせざるを得なくなったのだ。


「CQボム起動を確認!! エネルギー値が急上昇を開始しました。臨界まで時間がありません!! 」


それを後押しするかのように、『エルシオール』の戦況が伝わってくる。そう、もう選択肢を吟味している時間などないのだ。
エンジェル隊の面々も必死に攻撃を試みているが、時空の断層に阻まれて、物理攻撃の一切を無効化しているCQボムに対して有効打足りえない。
そんな中、一機の紋章機が帰艦した。ラッキースターである。その報告を受けて、タクトはレスターとアイコンタクトを交わし、ブリッジを後にするために走り出す。レスターとのすれ違いざまに、二人は何の前触れもなく、左手を上にあげる。
パシッと乾いた音が響き、二人がハイタッチを交わしたのだと、ようやくココとアルモは気づいた。


「ルフト先生」

「レスター……」

「かけてみましょう。いや、かけない選択肢はないのです。ならば今、タクトにかけましょう。あなたの最高の教え子で、俺の最高の親友である、タクト・マイヤーズという男に」


レスターの言葉は、だれよりもルフトの心に響いた。皮肉屋で滅多に自分の本心を言わず、誰かを褒めるなんてもっての外な、名前通りクールな男が。公の場で彼が選べる最もシンプルかつ最大の語彙である親友という言葉を使いタクトを推したのだ。
タクトと言う最も掴み所が無かった教え子。レスターという最も優秀であった教え子。その銀河の次世代を背負う二人が決めたのだ。
ならば、それを支えるのが、大人のいや老兵の務めであろう。


そうこうしているうちに、通信ウィンドウにラッキースターが復帰する。当然のごとく、操縦席に、タクトとミルフィーの二人で座っている。進路は真っ直ぐに、今集中攻撃を受けているCQボムへと向かっている。


「マイヤーズよ!! 」

「なんですか、女皇陛下」

「桜葉にもだ、皇国を、銀河を……そして人類を頼む……」

「任せてください!! ね、タクトさん」

「ああ、オレ達がやって見せますよ」


シヴァはもう、後悔を見せることはなかった。そう、背中を押して送り出したのだ。死地へと向かう勇者二人に後ろ向きな言葉をかけるのは不適切だと。一番危険な彼らが成功して戻ってくることを信じているのに、後ろで最も偉い自分が信じないでどうするのだと。
彼女はもう、泣き言も後悔の言葉も言わない。信じて待つ。それが女皇のたった一つの冴えたやり方だ。


「マイヤーズ司令、ミルフィーユさん。未来をお願いします」

「シャトヤーン様、任せてください」

「その代り結婚式には来てくださいね」

「まあ! ぜひ出席させてもらいます。楽しみにしていますから、戻ってきて下さいね」


シャトヤーンも、そんな女皇の後ろに立って、背中を押すようにそう告げた。心苦しさはある。しかしそれを見せることが何になろうか? 彼らへの重石にしかならないのならば、このように笑って送り出してやるものであろう。


「タクト、頑張りなさい。私が……いえ、私達が絶対にこっちに呼び戻してあげるから」

「そういうことだ。どうせなら、合同で結婚式というのもいいかもしれないが、どうだ? 」

「わぁ! それもとっても素敵ですね! 」

「前向きに検討させてもらうよ。だから頼んだよ」


ノアとカマンベールは成功してからが本当の戦いだ。なにせ、異世界への扉を開ける必要があるのだから。そう、彼らは何も心配してはいない。絶対に成功する。そう確信しているのだ。



「タクトさん!! ミルフィーさん!! 二人の愛に幸運を祈ります! 」

「ありがとうラクレット」

「愛の力で、奇跡を起こしてくるね」


ラクレットも、ブリッジに駆け込み、通信で見送る。最後の別れになるとは思っていないが、それでも言っておきたかったのだ。銀河最強のいや、最高の愛の形を。



「タクト! ミルフィー! 失敗したら許さないわよ!! 」

「絶対に成功してくださいね、待っていますわ」

「失敗したら、何時もの様に、おごってもらうからね」

「成功しても、帰艦のお祝いはタクトさんのお財布で」

「でしたら、会計は私が勤めさせていただきます」


天使たちは、いつも通り、いやいつも通りに見える姿で二人を見送った。彼女達は少しばかり悔しかった。ミルフィーと同じ立場だからこそ、強く、自分たちの力不足を感じてしまう。何度も何度も攻撃をCQボムに繰り返していることからもわかるが。
だが、それでも笑って明るく送り出す。それがエンジェル隊のやり方だから。今後悔するよりも、笑顔でそれを見つめて、自分とみんなの力にするのだから。


「あいよ、はぁー……また給料日までパンとスープしかない生活か」

「ふふっ、私が作ってあげますよ、タクトさん」


二人はそんな、何時ものような何気ない会話をしながら、紫色に光る巨大なCQボムに向かっていく。そこには恐怖なく、あるのは只二人の間の深い愛情だけだ。そして、ぶつかりそうになったその時、ラッキースターの背後に生える巨大な純白の翼がさらに大きくなる。


「ミルフィー……」

「タクトさん……」


翼はどんどん大きくなり、そしてCQボムごと包み込む。今にも爆発しそうなくらい、紫色の光で膨れ上がった、CQボムは、桃色の暖かい光と、純白の翼に包み込まれる。
一際大きな光を放射した後。桃色の光は球体の形をとり、だんだんと、小さくなっていく。

そして、光が消えた後には何も残らなかった。



────二人が出会った蒼い銀河で
────光を浴びて翼を広げた天使が
────奇跡をおこしたのだった。








トランスバール歴413年某日。
銀河をかけた種族間の長き戦いは終息した。
人類を脅かしていた存在は消え、隣人と手と手を取り合って生きる。
そんな時代が始まりであった。
それは二人の大きな功績によるものだったと、後の歴史家たちは語って聞かせている。






[19683] 第3部 エピローグ
Name: HIGU◆36fc980e ID:9a98ed50
Date: 2014/08/24 01:25






あれから、結構な時間が────といっても単位は月ですが────経過しました。


今、僕はEDENを中心に復興活動のために頑張っています。僕が既に半ば下りた『エルシオール』は、レスターさんをトップに据えてトランスバールやEDENの星々を回っています。この銀河に住む人は、性善説でも信じているのでしょうか? 暴動や、火事場泥棒といった、混乱を隠れ蓑にした悪事は、人口比率で考えて、圧倒的に少ないです。

この戦いを得て少し僕も成長した気がしていますが、贔屓目に見ても僕の周りは辛口な人が多いので、褒められてはいません。
さて、そろそろEDENでのお仕事を終わらせないといけません。


「ヴァルターさん」

「ああ、ミスターマティウス。本日はこのような式典にお招きいただき、ありがとうございました」

「とんでもない!! こちらこそ、わざわざお忙しい中お越しくださるなんて、光栄ですよ」


EDEN星系の外れ、その星で小規模なものですが、宇宙港が開港しました。今日はそれに招かれています。そういったわけで、お仕事モードな僕は頭の中も敬語です。
別にトランスバール公用語で考えると、まだどうにしても固くなってしまうからだという理由はありません。決して。


「これから私はトランスバール皇国に帰還しますから、この宇宙港から出る第1便で。そういった意味ではまさに渡りに船でした」


「さすが、英雄の剣ですね。息子にも見習わせたいところです。おお、噂をすれば」


戦後EDEN星系近辺、要するに直接的にヴァル・ファスクに支配を受けていた場所では、心情的に報復を望む声は決して少なくありませんでした。ですが、それを銀河を救ったタクトさん達が望むわけがありません。僕は正直あまり使いたくなかった、自分のネームヴァリューというものを駆使しました。
自分から積極的にいろいろな場所に赴いて、ヴァル・ファスクにも人間と分かり合える可能性があることを、争いを繰り返してはならないことを説きました。講演会は勿論。街頭演説からTV番組の特番まで組んでもらって活動しました。将来振り返ったら後悔するかもしれないような、気取った言い回しや口調を多用しましたが、ここ10年は後悔しないでしょう。
だって、その結果僕は英雄タクト・マイヤーズの剣としてEDENにおいて、広く認知されてしまいました。なにせ、もはや公然の秘密となりかけてはいるのですが、エンジェル隊は、自分たちからメディアに露出しません。タクトさんは居ませんので、僕が一人でこういった顔役を果たす必要がありますから。特にヴァル・ファスクとの混血という立場で、こういったポジションに付いている僕という前例が、ヴァル・ファスクの旗印になるでしょうら。ああ、僕を神輿にヴァル・ファスク再興とかいう人はさすがにいませんよね?

そして、僕が受け入れられた結果、ヴァル・ファスクに対する風あたりも、幾分か緩和されました。もちろん僕一人の功績だなんて思いません。なにせ、目に見えて変わってきたのは、ヴァル・ファスクの首相として就任した、ダイゴの爺さんが武装解除を宣言してからですので。
ええ、ダイゴ爺さんはあの戦いの後、ヴァル・ファスクが本星ヴァル・ランダルに戻り、敗北を受け入れ始めたヴァル・ファスクに対して、人類を理解することが今後の大きな利益になると説きました。そのまま戦後のどさくさやら、皇国側の支援者の後押しもあり王政を廃止して、民主制に近い形態をとり始めたヴァル・ファスクのトップに返り咲いたのです。600年の左遷から戻って昇格した。とか言っていました。さすがヴァル・ファスク気が長いです。まあ実際は皇国の傀儡政権ですけどね。
ちなみに、僕たち兄弟位の血の薄まり具合だと、そのまんま1/64の兄たち二人は、将来若干年齢不詳になるけど、少し長生きな人間程度の寿命だそうです。僕は後50年程肉体が若いままだそうです。人類の寿命のギネスを更新する可能性があるそうですが、150年も生きられないそうです。そこまで生に執着していませんので、気にしていませんが。


「ロゼル。挨拶なさい」

「初めまして、ヴァルター少尉。ロゼル・マティウスと申します。貴方の事を尊敬しています」

「ああ、ロゼル君。初めまして。そんなに畏まらなくても平気ですよ」

「ロゼル、ミスターヴァルターはお前と同い年だそうだ。ミスターヴァルター。こいつはパイロット志望で、来年から空軍学校に入学予定なのですよ。よろしかったら、何かアドバイスをいただけないでしょうか? 」


この宇宙港の責任者のマティウス氏の息子のロゼル君。彼はなんというか、すごい貴公子のような雰囲気を持った子だった。同い年ですので、子というのは失礼かもしれないですが、貴族のような立ち振る舞いと、整った目鼻立ち、愁いを帯びている目と、女性受けしそうな要素が盛りだくさんだ。なるほど、相変わらず僕は外見や内面の優れている同性を呼ぶのだね。


「もしかしたら同僚になるかもね。楽しみにしているよ」

「ありがとうございます」

「ミスターヴァルター、そろそろ艦のお時間では? 」

「ああ、そうですね。本日はお招きいただきありがとうございました」


きっと、ロゼル君が心までイケメンだったら、また会うでしょう。そんな気がしました。
そして僕は、ここから1週間弱かけて、トランスバール本星に向かいます。快適な宇宙の旅です。最高級の座席に乗ることになれてしまった、自分が少し悲しいです。














「っていうのが、1週間前」

「何ぶつぶつ言ってるんだ? 」

「いえ、別に」


予定通りあの決戦の後は、タクトさんとミルフィーさんを探す……というか連れ戻す研究が最優先で行われていた。能力の関係もあって、カマンベール兄さんはEDENのライブラリーでルシャーティーさんと一緒に。白き月はトランスバールに戻る必要があったから、月の管理者同志で、ノアとシャトヤーン様は白き月で研究をしていた。
その間、パルメザンおじさん、まあ本当はヴァインだけど、彼とノアの機嫌が少し悪かったのは、結婚式でネタにするつもりだ。たまにはいじられ側に回りやがれって話だよ。

まあ、ライブラリーの本物のルシャーティーさん管理者と、能力をフルに駆使したカマンベール兄さんが全力で協力した結果、あっという間に組んであった仮説を証明するための資料を見つけた。それを元に、白き月が機材を作って実験をして微調整して。ようやく今日完成した装置を起動するというわけだ。
ちなみに、その研究の過程で、複数の宇宙を示唆するデータが見つかったそうだけど、それはきっともう少ししてから議論されるのだろうね。


「あードキドキしてきた」

「そうですわねーちょうど今日で100日ですから」

「長かったような、短かったような、まあいろいろやっていたからあっという間ではあったね」

「タクトさん達をお出迎え出来ます」

「ええ、成功を祈りましょう」


エンジェル隊の皆さんも、ここの所それなりに忙しい日々を送っていたみたいだ。ヴァル・ファスク勢力圏の調査団の護衛から、宇宙海賊の討伐まで。もはや、白き月のシャトヤーン様の近衛兵という設定はどこに行ったのだって思うけど、言ったらきっと負けなのだろうね。
ちなみに、タクトさん達を出向かえるにあたって、僕たちは自分の機体に搭乗して、トランスバール本星近くを飛行している。『エルシオール』や白き月も一緒だ。修理が終わったエタニティーソードの調子を確かめつつ、今か今かとその時を待っているのだ。


「皆、忙しい中、良く集まってくれたことを感謝するわ」

「なーに、英雄の御帰還とあらば、この位の箔は必要だろ」


ノア……義姉さん(こう呼ぶと怒るけど、タクトたちが戻ってくるまで結婚しないつもりだからだと僕は分析している)が、通信を入れて、それにフォルテさんが答える。
そろそろ始まるようだ。


「理論を説明しても無駄だろうから、いきなり始めるわよ。先に言っておくと、向こうとこっちだと時間の流れが違うから、恐らく向こうからしたら、三か月以上もたっていることに驚くと思うわ」

「へー、不思議なところなのね」

「そうよ、そうでなかったら、この私がこんなに時間をかけなきゃいけないはずがないもの」


ノア義姉さんは、相変わらず自信満々にそう言っている。これで、カマンベール兄さんがいない間の不安定さを指摘されたら、顔を真っ赤にして起こった後、兄さんに甘えるんだろうなーと考えると、殺意の波動が沸いて……こない。
身内だからだといいな、本当に。


「それじゃあ、始めるわよ」


その言葉とともに、前方に『黒く光る』歪のようなものが出現する。歪はどんどん大きくなり、中心が黒色から白に塗りつぶされ始める。そして、白色の歪の大きさが、50メートルほどになった時、まばゆい光が周囲を包んだ。


「……な!! なに!?……これっ!」


その瞬間、僕の体が焼けるように痛みだす。いや、これは痛みじゃない。力が!! 溢れんばかりの力が! 僕に纏わりついてくる!! なんなんだこれ。気持ち悪い! でも不快じゃない訳が分からない。
体中に何かが走っているような、包み込まれているような、そんな不思議な感覚だ。そしてそれは、目の前の光が消えて、ラッキースターが現れると同時に終息した。
痛みはない、でも何かわからないけれど、体中に力があふれている。


「ただいま」

「おかえり」


周囲では、みんなの注目がラッキースターに集まっていて、だれも僕が漏らした言葉に気づいていない。とりあえず急いで、機体側から自分の体調をチェックしてみると、全くの正常。機体側にも何ら問題がないみたいだ。先ほどのログを見ても、一切異常な値を示す証拠は残っていない。
そんなことを考えていたら、気が付いたら、白き月のお帰りパーティー会場にいた。催眠術とか超スピードとかそんなちゃちなものじゃ断じてなく、ただ呆けていただけだ。


「どういうことだ……力が溢れている? 」


あの謎の感覚以来、体が異常に軽くそして力強い。今までも大概の馬鹿力を持っていたのを自負しているが、今は何か違う。意識しないで歩けるのは当然であるように、意識しないで空を飛べそうな、そんな感覚だ。


「やあ、ラクレット。EDENでいろいろ頑張ってくれていたみたいだね」

「あ、タクトさん、いえ僕にできることをしていただけです」

「そうか、いやーなんか一回り大きくなった? 」

「……いえ、身長は少し大きくなって183cm程ですが……」


なんだろう、タクトさんは僕の事を見抜いている? 僕もちょっと把握してないのだけど。まあ、この人の直観はおかしいレベルだからね。もう気にしていないけど、すべての選択肢を正解しか選ばない確率ってどのくらいなのだろう。


「まあいいや、それじゃあ頼むよ」

「え? 」

「さっき白き月の移動中に担当決めたじゃないか、ラクレットはまたかくし芸担当だよ? あ、同じ芸は2度通じるとは思わないほうがいいよ」


そんな、いつもながら、また僕が落ちに使われようとしているのがわかる。第三部の終わりでギャラクシーエンジェルという作品の終わりであるこの時期に、そんな、何時もの僕を使ったオチだなんていやすぎる。


「わ、わかりました。やって来ますよ。ドーンと盛り上げて見せますよ!」

「おーし、みんなーラクレットが一発芸をするってよ!! 」


ワイワイガヤガヤと周囲がお立ち台の様になっている、前方の台の前に集まる。うん、ノーって言える訳ないからね。仕方ないね。まあいいや、実験も兼ねてやってみますか、何かできるような気がするし。


「1番ラクレット、逆立ち片手親指腕立て伏せ!! 」


宣言と同時に、前屈の姿勢からぐいっと足で地面を蹴り上げて、倒立の姿勢に。全くぶれなく、綺麗な倒立の姿勢になったので、利き腕の右腕を背中に回す。重心が傾いて、バランスが変わるも、何とか維持。ここまでは前もできた。だから────


「お、親指だけで支えている!? 」

「おかしい人だと思っていましたが、まさかここまでとは」


親指に力を込めるとあら不思議、体が浮いてしまいました。そのまま、難なく腕立てというか、腕の屈伸運動を開始する。うん、自分でもわからなかったけど、さっきのあの光の時に、超ヴァル・ファスクに目覚めたという説が有力だね、これはもう。


僕は逆さまに映る、エンジェル隊やタクトさん達エルシオールクルーと、白き月の人たちや、ともかく皆の驚く顔を見ながらそう思った。これからどうなるかわからないけど、全力で生きていこうとね。




























































なんか、綺麗に絞められないし、追記しておこう。
数年後この力のおかげで僕は彼女ができたと。







[19683] 舞台裏+あとがき (ラクレットの能力答え合わせ)
Name: HIGU◆36fc980e ID:9a98ed50
Date: 2014/08/24 23:30
舞台裏は台本形式のうえ無駄に長く
メタ要素たっぷりのもはや楽屋裏というレベルです。
最低系の要素も含んでいますので
いやな予感がする方、面倒だと思われた方は
下のほうにあとがきがあり、重点を2つめの段落にまとめてありますので
そちらをどうぞ

ラクレットの能力のばらし回と
裏話です。
予想してからお読みください。







舞台裏





クロミエ「どうも、エメンタールさん」

エメンタール「やあ、クロミエ君。こうやって話すのは初めてだね」

クロミエ「そうですね、お互いラクレットさんという共通点はありましたが、こうやって顔を合わせて話すのは初めてですね」

エメンタール「ああ、そうだな……さて、とりあえずお疲れ様」

クロミエ「そちらこそお疲れ様です。ある意味で僕より大変でしたでしょ? 」

エメンタール「そうだねー。全くこちとら命の危険のあることなんて一切するつもりはなかったのに」

クロミエ「そうだったんですか? 」

エメンタール「ああ、そうだよ。おかげでこっちの計画は全部パーだ。せっかく代理人を立てていた商会も、気が付いたらオレがトップになっていたし、舞台裏で裏方に徹しようと思ったら、なんか万能お助けキャラになったし、しかもなんか相手を見下してる嫌味なキャラになったし」

クロミエ「ああ、性格も変更させられたんですか? 」

エメンタール「割と素だけどね、それでも弟が苦しむのを見て『楽しい』と感じるほど屑じゃないよ。無関心だったから、どうとも思わなかっただろうね。普通なら」

クロミエ「僕のほうは、ラクレットさんをここに根付かせるまでがお仕事だったみたいです。そのあとは特に何か強いられた感じはありません。ですからラクレットさんの事は大好きですよ」

エメンタール「いや、体内に異空間がありその中に完全に別の生命体がいて、生態系を作っているという、宇宙クジラに。自分のDNAを元とした生命体である、宇宙クジラと君の遺伝子を複合した存在の子宇宙クジラを作らせることで、世話係になっている君が、うちの弟を好きなのは微妙なのだが」

クロミエ「説明口調ありがとうございます。そろそろぼかさずに確信言っちゃいます? 」

エメンタール「そうだな。全くこの世界がまさか────」

クロミエ「ギャラクシーエンジェルシリーズの『タクトさんたちが帰ってこられない』平行世界だったなんて」

エメンタール「何度も何度も、タクトが帰ってこれないから、世界が寿命を迎えてビッククランチで滅ぶ。それが何億回、何兆回の数えきれないほどのループを生んだ」

クロミエ「そのループの天文学的な数字のうち何回かがギャラクシーエンジェルに似たものになる。でも毎回、タクトさんに当たる人物が戻ってこれない。」

エメンタール「そんな中打開策を探していたこの世界の意思」

クロミエ「世界の意思の代行者たる二人、タクトさんと……もう一人は誰でしたっけ? カズ……まあいいです。その二人のうち、一人しか動かせない閉塞感に満たされた世界」

エメンタール「その分、タクトの勘がおかしいほどブーストされていたがね、あれも一種の学習した結果なのかもな? 」

クロミエ「それを打開するために、どうにかして蓄えたエネルギーで、誰でもいいけれど、この世界を愛することができて、この世界の仕組みを知らない存在として呼ばれたイレギュラーが」

エメンタール「ラクレットってわけだ。当然、この世界の法則には干渉されない。異世界からの存在だからな」

クロミエ「下手に動かすことで、彼の利点を失いかねないので、世界意思による影響を受けない、それがラクレットさん」

エメンタール「あいつの能力だな、決められた世界の『お約束』みたいなものをアイツは非常に起こしにくい」

クロミエ「なにせ、存在の在り方が違いますからね。あなたや、カマンベールさんは、ラクレットさん……いえ、厳密には、タクトさんを助ける補助装置に過ぎない」

エメンタール「そうそう、タクトが帰ってこれないのは、俺達という余分なリソースを使っているのかもしれないが。まあ、そんなものは禅問答だ。重要なのはラクレットだ。あいつもまた、ここと似た平行世界では失敗したという噂も聞くし、放っておけない奴だよ」

クロミエ「ラクレットさんは、存在の在り方として、少し浮いてしまいますから。あの人、自分の能力に最近ようやく気が付いたみたいですよ? 呼ばれた意味はわからない……というより、知らないみたいですが」

エメンタール「ああ、あいつの能力は『ありがちなイベントを起こしづらくする』って奴だからな。限界超えても死ににくいけど、街歩いてても不良から女の子を助けたりはないし、沈んでいるときにヒロインが慰めに来ない」

クロミエ「そもそも、女性との出会いが少ない。縁を持っていないとでもいうのでしょうか? 」

エメンタール「極め付けには、対恋愛用に、周囲に外見や内面ともに優れた同性が来やすいとかね」

クロミエ「もちろん、そういった彼だからこそ、起こす現象が大きな影響を世界に与えている」

エメンタール「現にタクトも帰ってこれたしな。前半戦終了って感じだな」

クロミエ「クリア特典として、この世界にはなかった、平行世界との接続ができましたね」

エメンタール「ああ、この世界にない概念だったものが、存在する可能性を持った。なにせ、今までこの世界はEDENに当たる宇宙しかなかったんだからな」

クロミエ「あなたは、魔法が使えるようになったんでしたっけ? 」

エメンタール「ああ、そうだ。魔法が存在してもおかしくない世界だからな。逆にラクレットは人外じみた身体能力が、存在してもおかしくない世界にきたから、馬鹿力というか、筋肉病を習得した。まーアプリコットみたいなバランスを見抜く能力。リリィみたいな、戦艦をぶった切る能力もある。次のステージで戦うには、この位あってもいいだろう」

クロミエ「皮肉気ですね。そんなに、世界意思に良い様に利用されて、物語に介入することになったのが鬱陶しいんですか? 」

エメンタール「それもあるが、どーにもね。いろいろ気に入らないわけよ。俺が本当に俺という人間なのかとかもあるけど、なによりラクレットがかわいそうだ。あんな能力じゃ、彼女もまともにできやしない。世界意思の友として世界意思が出来ないことをやらされ続けるだけじゃね」

クロミエ「あ、そのことですけど、どうやら、後半戦からは、若干チート主人公臭がするらしいですよ? 」

エメンタール「マジで? 」

クロミエ「なんでも、『いろんな不幸なENDを思いついたけど、さすがにそろそろカタルシスを覚えるためにベクトルを逆にする時期』だそうで」

エメンタール「おせーよ」

クロミエ「戦闘ではチートちっくだし、かわいい親友がいて、信頼できる上司がいて、彼女はいなくとも複数の美少女と好きな時に親しげに会話ができて、報われないけど恋もできて、しかも失恋の傷まで小さくなるように設定されている。なのに主人公がかわいそうとかいう声が大きいですからね」

エメンタール「メタっているねー。で、ヒロインは誰よ? 」

クロミエ「『そういうのは、最初に書いてあるの好きじゃない。たとえ第2話くらいでわかる作品でも』という主張なので発表はしません。ラクレットさんの好みはすでに周知の事実なので、『そうなるか』『そうならないか』『やっぱりそうなるか』『え? そうなるの』の4択がヒロイン候補だそうで」

エメンタール「わかんねーよ。にしても、そっか、妹ができるのかー」

クロミエ「気が早いですね、それに、ノアさんがいるじゃないですか」

エメンタール「兄嫁はよく寝とるエロゲあるけど、弟嫁を寝取るものってないよな」

クロミエ「あ、エメンタールさんによる寝取りはないそうで」

エメンタール「おい、それって、この作品の傾向として……」

クロミエ「初期設定だと、ヒロインできない路線主人公で売って、途中ヒロイン作って、それで『なんだよ、テンプレ主人公じゃん』と言われたら、寝取らせてその二人のためにラクレットが敵に特攻をかけて、あいつのために生きていこう みたいなプランもあったそうで」

エメンタール「性格悪いな、おい」

クロミエ「まあ、こんな作品書いてる作者ですし」

エメンタール「オレ達はどういった方向のメタ会話なのか迷走し始めてるぞ」

クロミエ「そうでしたね。まあ、なぜなに『エルシオール』みたいなもんですし」

エメンタール「だいぶ、ぐだって来たな。そろそろ終わるか」

クロミエ「そうですね、質問があったら感想で聞きますよ」

エメンタール「クレクレ乞食かよ」

クロミエ「こんなに長くなるとは……って感じらしいですよ」

エメンタール「まあ、その辺は今度考えるとして、このなぜなに『エルシオール』inクジラルーム クロミエの私室は終わりにしますか」

クロミエ「そうですね、以上『最低系の要素を自然にたくさん取り込んでみる企画が実現できなかったので、中途半端にひどい舞台裏』でした」

























あとがき

作者です
まずは、このような駄文に目を通していただき申し訳ございません。
目に通してない方はお気になさらずに。作者の妄想設定ですので。
目に通してない方のために簡単に申し上げますと

ラクレットの能力は『宇宙意思に選ばれない能力』であり、今までイベントが起こりづらかったのはそのため。
彼の転生(厳密には転移)した理由は、詰みに入ってループしてしまっている世界への打開のための火種
ラクレットはその能力故に、世界に影響されづらく、世界意思のできないことをやってのける可能性がある。
故に、意思ではなく、その友によって動かせたわけです(第1話)
そして、エメンタールやダイゴ、クロミエの突発的な変な行動、そしてタクトの異常なまでに鋭い勘は世界意思によるもの

といったところです。
2をやった方ならば、おそらく理解していただけると思います。
要するにカズヤ君の真逆の存在ってことです。
本当は前世の名前もそれっぽく黒潮文一にしようかなー
とか思ったのですが、それじゃあマブラヴで『黒金大和』並みのバレバレだなーと思い
名前メーカーでランダムに出しました。無難な名前です。


ギャラクシーエンジェル2の世界観で
今まで死んでいった人たちは全て、この時のためだった
のような雰囲気がありまして。
それを改変しようと、改変目的の二次創作で考え付きました。
それがおよそ2010年の1月になります。永劫回帰をクリアした1月後くらいでした。
それ故に
・あんなに、ポンポン都合の良いバックアップを受けない
・ヒロインに異常なまでの信頼を置かれない
・ほかのキャラと対比してみんなにとって大きな人物だった とか書かない
といったコンセプトでキャラメイクしたのがラクレットです。
名前の由来は
「レスターもチーズだし、レスターと気が合いそうだ。チーズにしよう」
と決めてwikipediaのチーズの種類のページをみながら1分で決めました。
ヴァルターは原産のヴァレー地方から。そのままだとあれだから少しいじりました。
ついでにヴァルという音から、ヴァル・ファスクの主人公って新しくね?
と思い立ち、夢が広がりんぐとかしてました。

立ち位置に関しては、作者が報われない系作品が好きなので
その影響が多大に出ています。
作者の妄想的に一番脳内麻薬がドバドバしていたのはミントENDなのはお察しでしょうか

世界観は、2の『何度も世界は繰り返している』と
二次創作特有の『よく似た平行世界』をハイブリットした感じです。
ちょっと残酷かなーと思ったのですが、ラクレットが戦う戦術、戦略レベルでは関係ない話ですし
まあ、許容範囲だと自分では思っています。
伏線としてはML編序盤のエメンタールとかでしょうか?

もっとぶっちゃけますと、書いてる途中に
やっぱこれやめようかなーとか魔がさしている時期があるので、
若干の矛盾があるかもです。気づいた方は教えてください、すいません。
2年半で、ぶれてしまう、作者ですいません。
読み直してそのたびに誤字を見つけて直すのを何度も繰り返してる作者ですいません。


そして、これは個人的なコンセプトだったのですが
最低要素をうまく調理したい。
という希望が私にはありました。
この作品を考えていたころが、転生オリ主繁栄期で、神様転生チート多重クロス
といった単語を目にしない日はなかった感じでした。
原作知識ありというオリ主を私は書いたことがありませんでしたのでそれと
複数転生者とか、地雷じゃねwww
とかおもって調子に乗って取り入れていきました。
結果はご覧のとおり、序盤の糞展開から、希少性という点でしか秀でていない中盤終盤
といった作品になってしまいました。
まあ、個人的には得えたものは大きかったです。
これだけ長い作品を書いたのは初めてですし、正直に言うと完結させたのは初めてだったりします。
私がSSを書くに当たって、コンセプトとしている
『自分が読み返して苦痛だと思う作品で、他人を楽しませられると思うな』
という、もうどこで読んだか忘れてしまった言葉があります。
そのため、わりと感想にもあったヒロインがほしいという意見を丸投げして突っ走りました。
自信を持って言えるのは、この二次創作を一番好きなのは作者である私自信ということだけです。


カズヤメタのオリ主なのにⅡを書かずに終わるわけにはいかないと思うのですが
一応ここで完結してもいいかなーということを考えていました。
タクト帰還して、この後ラクレットは銀河を救う戦いに身を投じるのであった。
とか
後の歴史家や演劇家が、突撃隊長ラクレットを語り継ぐとか
まあ、俺たちの戦いはこれからだ!! ENDって奴ですね。

ですが、ラクレットというキャラに愛着を持ちすぎてしまいましたので
もう少しばかり(半分も行ってないのは内緒)続きます。
まあ、Ⅱは駆け足になるかと思います。
ぶっちゃけますと、名前のあるモブが多すぎだと思うんですよ、Ⅱは。
wikiみても誰だっけ?ってなってしまいます。
そういった端キャラをバッサリカットでお送りするかと思います。

さて、とんでもなく長いあとがきになってしまいました。
このように私は機会があればものすごいいろいろ話したくなってしまう人です。
感想も実は全部保存しているような、かまってちゃんです。
だからなろうみたいな、活動報告や前書き後書きがあるほうがあってるような気もしますが(実際二重投稿してましたが)
それでも、Arcadiaで書けたことをうれしく思っています。

とりあえず今後は宣言通り、次男カマンベール主役の話を書いて
戦間期の4年間を書くと思います。カマンベール主役は2,3話ですね。
あとIFENDミント編の続きや蘭花編も書きたいですね。
チラ裏でエタってる遊戯王GXの続きを書いているかもしれませんが
1月は正月休みが終わったら、驚きの亀更新になると思いますので
2月更新再開と考えていただけるとありがたいです。
それではここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
僕と兄貴と銀河天使と はこれにて終了とさせていただきます。

戦間期からは新スレで
『銀河天使な僕と君たち』(仮 でお送りする予定です。
ガチムチラクレットが天使になるのをご期待ください。





2012/12/27
HIGU





[19683] 俺と皇子と嫁の幼女と
Name: HIGU◆c42fd928 ID:8ede7f69
Date: 2014/09/30 22:28
本星から脱出し、第一方面軍の護衛とは名ばかりのお飾り艦隊に見送られながら、エオニアとわずかな手勢は、トランスバール文化圏から離れていった。
彼について行った僅かな手勢は全て、追放されなければ処刑は免れないような腹心ばかりである。現皇ジェラールは兄の死後、甥であるエオニアが幼いという理由で、皇位を簒奪した。その結果ここ数代で最も人気のない皇である為に、正統継承者であった、エオニアを処刑するのは国民の余計な反発感情を招くだけであった。故の追放である。

そんな彼らの旅路であるが特に目的はなく、この艦の生命維持装置が切れるまでに、補給ないし、滞在可能な惑星を見つけるくらいである。長期航行用に特化した艦であり、1年は軽く持つ。人員も艦を動かせるギリギリしかいないために、食糧にも余裕はあり、比較的艦の空気は陰鬱などとは遠かった。むしろ敬愛する主君の新天地を見つけるという目標で士気は高く保たれていたのであった。





そんな中騒動を起こす一人の科学者がいた。


「ヴァルター!! 貴様また発明したものを放置しただろ!! 食堂に大量の蟻が発生しているぞ!! 」

「ああ、蟻型の小型ロボットだな。べつに有機物を食べるわけじゃないから気にしなくていいぞ、あれは清掃用ロボットなんだ」

「それが問題ではない!! 外見を考えろ!! 」


カマンベールである。彼は、エオニアのお抱えの研究員であり、エオニアのバックアップのもとに、大量に謎な発明をしては、こういった騒動を巻き起こしていた。始末に悪いのは、本気で困ることと、エオニアが不快になるような事をしないで、妙な成果ばかりあげるので、対処しにくいといったことか。
現にこの蟻型のロボットも、数年後にはいろいろなタイプに改造が施され、多くの場所で運用される事になる。考えても見てほしい、蟻サイズの本物にしか見えないロボットで、精密な動きや命令を請け負うことができるのだ。それだけで色々な利用法が思いつくものである、

そんなある日、カマンベールはいつものように、エオニアのもとへできた発明品を持っていき、簡単なプレゼンを行っていた。


「ふむ……外見を自在に変化させる装置か……興味深いな」

「ええ、これを装着したものは、設定した外見のように周囲からは見えます。体に触られると無効化されてしまうという欠点はありますが、影武者などには適任でしょう」


カマンベールが持ってきたのは、一見するとやや派手で大きな首輪であった。黒い革製のベルトに、銀色の金具がついている。かなりごついものである。大型犬の首輪ですといえば納得できそうなそれだ。
これを装着すれば、事前に入力しておいた画像データのように装着した人物を見せるのだ。欠点としては、あくまで見せるだけなので、身長や体格に無理がある設定の場合は、そのサイズに縮尺が変わってしまい、それを考えた設計が必要であるということ。装置を装備している人物に直接触れると、その人物も対象と機械が誤認してしまうために効果が無効化されてしまうことだ。また、変身中も首輪は隠せないため、犬の首輪をつけている痛い人に見えるというのもあるか。
技術的にはナノマシンを扱えるものであれば、ナノマシンを利用してできる事と大して際はないので、革新的とは言えないが。燃費や持続時間という面においてはこちらに分がある。


「似たような体格のものにエオニア様の外見データを入れて装備させておく。逆にエオニア様が適当な外見になり、周囲に紛れる。諜報や潜入にはリスクも高いですし、使いにくいですが、それは今後の課題ですね」

「うむ、確かにそれなりに使い道はあるようだな。実際に使ってみてはくれぬか」

「そういうと思いまして、エオニア様の外見データをすでに作りこの中に入れてあります。」


エオニアからの好感触をもらい、少々口元がにやけるカマンベール。この艦には予算というものはない。なぜならば通貨が使用できる場所にはいかないからである。しかしそれでもここでエオニアに好感触を得ておけば、使える物資が今後増えていく可能性が高いのだ。手つかずの暗黒領域であるが故に、掘削は容易でも輸送を加味すれば割に合わない為に放置されている資源惑星は、比較的容易に見つかるのだ。

カマンベールは、自分の首のサイズに調整してから、黒い首輪をつける。そして、スイッチを入れると、彼の体が白い靄に包まれた後、優美で細身な体が現れる。エオニアから見ると、そのように見えるのだが、カマンベールには一切何も見えていない。


「ククッ……カマンベール、お前が使うとずいぶん小柄な余が出来上がるな」

「それは言わないお約束でしょう」


カマンベールはエオニアにもう一つ持ってきていたサンプルを手渡しながら、やや不機嫌にそう言う。エオニアの身長は190cmを超えており、かなりの長身である。カマンベール16歳とは30cm以上の差があるのだ。故に小柄で、少々歪なエオニアが出来上がるのだ。体系は二人とも細身なのでそこまでの違和感はないのだが。


「ではいつものように命名を頼みます」

「ふむ……そうだな、『影首輪』でどうだ? 」

「いいですね、シンプルで」

「失礼します」


エオニアが、いつものように、シンプルな名前を付けて、カマンベールも特にこだわりがないので了承していると、そこに何かの報告があったのか、シェリーが入ってきた。手元には今時珍しい紙の書類を抱えており、それなりに重要な件であることは容易に推察できるのだが、カマンベールは自重しなかった。


「父上の副官の方ですね、ご苦労様です」

「な!……え、エオニア様?」


今まで、この艦のどこにいたんだ? や、息子って年を考えろ! だとか、そのようなことを全部放り投げてのからかいのような発言であったのだが、シェリーは引っかかってしまった。普段は冷静でエオニアのことも仕事や安全に関することは、完璧にこなすのだが、こういった方向からのアプローチでは若干抜けているところのあるシェリー。エオニアはなんだか、可笑しくなってしまった。少々この茶番に便乗してみる事にしたのである。


「ふむ……こいつにまで敬意を払う必要はないぞ」

「な、それでは……」


べつに否定も肯定もしない、解釈次第の言葉を意地悪くエオニアは選んだ。まだエオニアが幼かった頃から、シェリーは小言が多かったのだ。嘘をついたという言質を取られるのを避けつつ面白くなりそうなことを言うのである。


「父上、この方が母上ですか? 」

「あ、いや違う……違います、あ、いえ、その、嫌というわけでは、ですが、その既にお世継ぎがいたとあっては……」


追撃をかけるカマンベール、そして何か自爆をし始めるシェリー。場はカオスになった。カマンベールはそろそろ引き際だと判断し、シェリーの混乱を横にこの部屋を後にする。あとはエオニアに窘められて、我に返り恥をかけば良い。カマンベールはそそくさと逃げ出したのである。




そんなカマンベールが、運命の相手と会う、それがこの物語である。
(ここまでイントロです)





注意
この物語は基本的に本編では書けなかった次兄カマンベールの話です。
時間もどんどん過程が省かれ重要な結果の部分だけの更生になります。
要するに、主人公変更して、サブヒロイン攻略する追加ルートみたいなものです。
ファンディスクのようなものです。(つまり超絶ご都合主義)
それでも良いという方はどうぞ。








「どうやらこの天体は、古代の超テクノロジーによって作られたもののようです」

「おぉ……これが、かの古代文明EDENの遺産。ロストテクノロジーか!! 」

「これほどのサイズのものは、私も見たことがありません。ああ、アレを除いては」


放浪の果てに、辺境の惑星を漂う、巨大な人工物の影をとらえ。それから二日間の追跡によりようやっと追いつき補足した。それがこの『黒き月』であった。この天体はまるでエオニアを主君と認めたかのごとく、先ほどとは打って変わって、誘導光を出しその場にとどまっていた。武装も搭載していないようなので、エオニアたちは、ひとまず着艦する運びとなったのである。


ドックのような場所で、エオニア一行は周囲を見渡している。うす暗い赤と紫のライトを主体とした、黒い壁と天井。どこか不気味で無機質に感じるその場所は、彼らがよく知る、巨大な天体、『白き月』と真逆のものであった。


「ようこそ『黒き月』へ、お兄様」


その場でしばらく呆然としていると、どこからともなくこの場に似付かない、少女の鈴のような声が聞こえてきた。
全員がそちらの方向に顔を向けると、そこには中空に浮かぶ、片方の腕が触手のような形状をした10歳くらいの金髪の少女であった。すぐさま護衛役である数名と、シェリーは懐のレーザー銃の照準を合わせる。効果があるかどうかすら不明であるが、ないよりはましであろう。警戒しているという意思が相手に見えればそれで十分なのだから。


「君は一体? 」

「私はノア。この『黒き月』の代表よ。動いているの私しかいないけど。お兄様たちは? 」

「お兄様……ああ、余はエオニア・トランスバール。国を追われて、帰り咲くための策を探していた、そんな人間さ」


謎の少女ノアが、エオニアとフレンドリーに会話をする中、カマンベールは強烈な違和感を覚えていた。彼の能力がそうさせるのか、先ほどから急速な勢いで、この『黒き月』のデータが頭に入り込んでくる。
恐らくはこの『黒き月』はすべての人員が的確にどの場所でも同じように仕事ができる。そのように設計されているのであろう。彼は、この場所からでも多くの情報を知ることができた。全体の見取り図、搭載されている戦力、戦力の生成方法。目的や、製造年月などは不明であったが、それでも一般レベルの権限で多くの情報が手に入った。

そんなことをやっている間に、周囲の人間は移動を始めていた。どうやら、エオニアをコントロールルームである、ブリッジに案内するといっているそうだ。道すがらこの『黒き月』に関する説明をするそうであるが、カマンベールは、こっそり最後尾から、先ほど手に入った見取り図にそって、気になった場所に向かうことにした。






「うーむ……いくら昇降機や移動装置があるといっても、遠いな」


彼が向っている場所、それはこの天体の中心よりやや下にある、コアユニット上層部の空間である。どうやら一定の権限があるもの以外は立ち入りを禁じられているようであり、逆にそれで興味がわいたのである。
先ほど、姿を消したこちらの心配をしたシェリーが連絡を入れてきたので、問題ないとだけ返してそのまま探索を続けているのだ。しかしながら流石に天体を語るだけありかなり広い。何せ大きさは、月のサイズだ。なんだかんだ言って直径数千キロの物体なのである。表面積だけでも、地球のアフリカ大陸と同程度だという計算が、先ほど出ているのである。まあそれを補助する装置はたくさんあり移動自体に疲労はさほど伴言わないのだが


「全く景色が同じなんだよなーどこでも」


そう、どの場所でも、どこに行ってもどこまで行っても、同じような景色が延々と続いているだけなのである。移動するものの精神状態を一切考えていない。これではどこまで進んだのかさっぱり体感ではわからないのだ。


「これを作ったやつはまるで機械みたいなやつだな……っと、ついたか」



そこにあったのは重厚な扉である。黒く分厚いそれは、来るもの全てを拒否しているどころか、知らないものがい見たらそもそもこれを扉ではなく壁と認識そうなほどであった。
カマンベールは壁に触れて意識を集中させる。すると、この壁を開くには、インターフェイス以上の権限が必要だということが分かった。カマンベールは、ここから一旦中央のブリッジにあるコントロールルームを経由してもう一度アクセスしてみようとするものの、やはりは弾かれてしまう。


「なんだよ、ここまで来たのに、開かないのかよ」


イラつきながらそういうカマンベール。その場を後にしようかと思い振り向きながら、無駄足を悔やもうと思った瞬間、ふと頭の中に何か強迫観念のように、もう一度やってみようという考えが浮かんできた。カマンベールは、もう180度振り向き、扉に手を合わせる。


「……なぜかわからないが、俺には、開く確信がある。そう、開かないのがおかしいという考えがなぜかね」


そう呟きながら、また意識を扉に集中させる。すると、先ほどのインターフェイスに似た少女が脳裏に一瞬浮かぶ。そのイメージをつかみ離さないようにしようと、頭の中で手を伸ばしたら、するりと、手元に鍵が魔法のように現れた感覚で、ドアを開くことができるようになっていた。


「なんだこれ? というか、さっきまで俺は何をしていた? 」


浮かぶ疑問は多い、先ほどからのこの感覚や、自分の行動の不可解さ、しかしそれ以上に、このゆっくり開く扉の向こうへと、強く引き寄せられる魔性の引力めいたアトモスフィアは実際大きかった。


「まあ良い、先を急ぐか」


カマンベールはひとまず、せっかく開いたこのチャンスを逃そうとは、考えることはなかった。元々、自分でもよくわからない理由でここに来たのだが、動機はこの中に入ろうと思ったからなのだ。彼自身も理解できていないが、ともかく、なんで開くかはわからないが、この場所に来たかったのである。


今までと同じように、病的なまでに等間隔に配置されている赤紫色のライト。そんな廊下をしばらく進んでいくと、目の前に今まで見たことのなかった、兵士ドローンが配置されていることに気が付く。
大凡のスペックは既に、先ほどのアクセスで確認しているので、データ上は知っているものの、ここまで来て配置されている実物を見たのは初めてである。それだけ重要な区画なのであろう。自分をすでに射程距離に入れているのに、全くのアクションがないので、それに関して信頼性を疑うべきなのか。それとも、自分がきちんとここの一定の権限を入手できたと考えるべきなのか。前者ならば、今後の対策は必須であるし、後者ならば、今後やりたいことが急激に増えるであろうことは容易に察することができる。
そんなことを考えながら、カマンベールは廊下を進んでいく、途中2室くらい中規模な研究用と思われる部屋と私室と思われる部屋が見つかったが、それよりも重要と考えられる、この廊下の先へと歩を進める。王宮への回廊を歩いているような気分になるが、むしろ先に待ち受けるのは冥府のほうが正しいであろう。
何せここは、彼や、一般的な皇国民から見て、現存するどのような艦よりも強力な戦艦を容易に量産することが可能な兵器量産工場なのだ。その最深部など、何がいるのか予想もできない。
廊下の月当たりの扉を開くとそこは、まるで尖塔の中のように、円柱状の構造で、下へと、このようなハイテクの中で、螺旋階段で続いていた。
手すりすらないその中を慎重に降りていくカマンベール、中心部からぼんやりと赤い光が照らし、壁側に大きな影を作る。そして、何とか最下層までたどり着くと、そこには、さらにもう1枚の扉が存在した。


「どうやらこの奥のようだな」


彼が惹きつけられていた何か、それがこの奥にいるということをなぜか彼は確信した。扉に近づくと、ゆっくりと横に開かれる。その隙間から、強烈な赤い光が差し込んできており、まるで地獄の門があいたような、そんな感覚だ。
とっさに目をつぶり、手で顔を覆う。そしてしばらくして目が慣れてきた彼の視界には、高さ数メートル幅数メートルの巨大な紅い宝石が眩いばかりの光を発していた。そしてその中には、10歳ほどのどこかで見たことのある少女が死んでいるかのように眠っていた。


「なんだ……これは……」


カマンベールはすぐさま、自身の能力の対象を目の前の宝石のようなものに絞って発動する。すると、目の前の少女は厳密には物体として存在していないことがわかる。どうやらこのクリスタルは、体の情報をすべて、分解し情報化して取り込むもののようだ。そして、ここから出る時には、その情報を元に体を再構成する。
そう、原作版どこでもDoorとおなじである。そういった代物のようだ。それは果たして、今までの自分と同一人物と言えるのか疑問な装置ではあるが、これ自体のレベルの高さはわかる。
彼も数年前に似たような研究をしていたからだ、ちょうどエオニアが訪ねてきたころのテーマであった。そして、さらに解析を続けていると、驚くべき事実が頭に入ってくる。


「稼働時間615年だと……だが、再構成された回数は1度もない……この少女は……まさか……」


この装置は615年前に一度使用されて以来、一度も再利用されていないのだ。そう、その事実は、目の前の少女が、それだけ前の時代の人間であるということの証左だ。そう、今や一種のオカルトのような扱いである先文明EDENに関する、いや、EDENの時代の人間であるのだ。


「この宝石の中でも、設計上は意識は保つことはできる。宝石をコンピューターに見立てると、内蔵されている人工知能のような存在になるように……しかし、彼女はそういった状態にもない、完全なコールドスリープ……いや、これは仮死状態に近い。あのインターフェイスはおそらく彼女自身が彼女の情報をもとに再構築したものだろうな」


推論で、かなり真実に近い仮説に辿り浮いたカマンベール。この少女には、彼にとって不思議なまでの魔力があった。そう、非常に魅力的に見えるのだ。宝石の中でずっと眠り続ける少女、気分はまるで、スリーピングビューティーの王子様である。しかし彼にとって、その目覚めのキスをする機会は今じゃなかった。


「……エオニアについてきた意味は、ここにあったかもしれないな。だが、さすがに今ここでエオニアとの関係を切るわけにはいかないであろうな」


エオニアからすれば、ようやっと野望への第一歩を踏み出した所なのだ。
これから彼は、この兵器製造機能を利用できるように、無人の資源惑星をひたすら探す旅に出るであろう。そして無数の艦隊を制作し、皇国へと帰還するのは素人でもわかる事実だ。今すぐに彼女のことを研究するのは、現実的に考えて不可能であろう。
まずはこの、一新した環境で、エオニアからの信頼を得る事。それから始める必要があろう。正直に言って、カマンベールには、このような兵器工場を手に入れたエオニアが、トランスバール皇国軍に負けるイメージが見えなかった。おそらくだが、これは白き月と対となる物体であろう。そして白き月は、兵器工場であったという事実はなかったはずである。彼の考えでは、これは人間の矛であり、軍事を担当するもの。白き月は、盾であり、人間を生活を助ける技術を象徴しているものだというものである。
この仮説は間違っているのだが、実際に白き月は、兵器工場としての機能を300年以上封印しているのだ。仕方のないことであろう。

話を戻そう。エオニアはおそらく、皇国で皇に返り咲くであろう。これだけの装置を味方につけたのだ。天が彼に味方をしていると考えて差し支えなかろう。ならば、どうするか、彼の信頼を得てより関係を密にしていく必要がある。

ここから覗ける司令室の様子を見ると、エオニアはインターフェイスの少女に夢中のようだ。彼の興味はおそらく、彼女から与えられる兵器工場としての機能に集中するであろう。もしかしたら、この月のコアにある主砲の存在に気が付くかもしれないし、この部屋の存在に気付くかもしれないが、それまでだ。この部屋に何があるかはおそらく気が付かないであろう。


「となれば、まずはこの部屋の……いやさっきのでかい扉の権限をいじって俺以外はいれなくするか」


彼は今後の予定を急速に考えていく。まずエオニアと協力し良い関係を気付くのは前提だ。彼は曲がりなりにも、専制国家の皇だ。謀反の兆しを見せたならば、比喩ではなく首が飛びかねない。
しかし、すべてを明かして、自分はこの少女と一緒に暮らします。でもだめだ。彼女には、彼女の考えがあって、自らを眠りにつかせたのだ。恐らく余程のことがあるか、設定された条件が整わないと、目が覚めないのであろう。仮に彼女を起こすことができても、自分が彼女の興味を覚えるかどうかもわからない。ならば、理想は、彼女と同じように、彼女が目覚めるまで自らも眠りにつくことであろう。そう、この短時間でそれほどまれに彼女に魅了されてしまったのだ。

運命の人や赤い糸なんて、年ごろの女性の妄想であろうなどと考えていた彼が、まさにその運命を信じなければいけないような事態にあるのだ。そう、まるで『世界にそう求められているように』


「よし、俺はここで暮らそう。さっき会った部屋はきっと彼女が航行が軌道に乗るまで過ごした部屋であろう。レーション製造機もあったしな。ここは、俺だけが能力によって入れる。ほかの人間はドローンに殺される。とでもしておくとするか。定期的に研究成果を上げれば納得するであろうな、エオニア様は。そうだな……前世で作った遠距離操縦できるAIでも作るか」


こうして彼が、ものすごく都合のよい考えに誘導させられていく。
それが、自分の意思によるものなのか、何者かによるものなのか
彼が気付くのはしばらく後になる。









[19683] 俺と皇子と嫁の幼女と ML
Name: HIGU◆bf3e553d ID:8ede7f69
Date: 2014/09/30 22:58


目が覚めた。
覚醒というやつだ。この言葉にはいくつか意味がある。単純に睡眠などから意識が戻ったというもの、今までとはまるで別のものになったかのように成長したことなどだが、今回のはそのどっちであろうか?


黒き月がローム星系の近くまで来たあたりで、俺はこの装置を起動した。過去の自分の研究や、ここ数年、引きこもって研究をし続けた結果も相成って、おそらく正常に起動させることができたであろう。
そのためには、管理者の代行体である、インターフェイスより上の、管理者の権限そのものが必要であったのだ。管理者の権限を得るために、それがしていたことは至極簡単、黒き月の中枢部でほぼ外部に出ないような生活をしていただけだ。
まあ、それ以外にも解析やら何やらをいろいろしていたが、ここの管理者認識システムは、保険のためなのか真偽は知らないが、何百年もの間管理者が指示を出さないために、管理者のみが立ち入れる場所で、管理者にしかできない行動をとる俺を、管理者として誤認しかけていたからな、それを利用させてもらった。


そんなわけで、何とか体をあのクリスタルに情報体として保存することができたわけだが、何やら非常事態でも起こったのか、このクリスタルの中で意識だけ目が覚めた。ここは、体の情報をデータとして保存することができるものなので、それを動かせるソフトである、意識を起動させたようだ。もちろん体があるわけではない。なんというか、バーチャルリアリティーみたいなようなものか、この赤い空間の中で漂う体は、あくまでこの意識を動かしたことによって自分の体を勝手に再構成した張りぼてだ。


「……情報がどんどん流れ込んでくるな、ここは……宇宙空間? 皇国本星の軌道上にない……しかもコアがむき出しだと……」


以上の情報から推察するに、2つほどの仮説が考えられる。
1エオニア様が勝利し、幾星霜の時が流れ、黒き月が壊れて漂っている。意識が覚醒したのは、エネルギーが切れかけているなどの理由から。
2エオニアが敗北し、黒き月が破壊された、コアだけ残ったものの、何かしらの問題が発生した。


「……1はないな。どうやら俺がここに入ってからの時間が、1年たってないようだ。となると……」



エオニア皇子は負けてしまったようだな。何が起こったのかはわからないが、あれだけの過剰な戦力である、この、黒き月をもってしても負けたのだ。
よほど強力な戦力と当ったのか、油断したのか……それとも奇跡でも起こったのだろうか、敵にとっての。


「まあなんにせよ、今は現状の把握が必よ……」

「あーもう!! なによこれ!! 」


その瞬間に俺は、体中に電流が走ったように感じた。ああ、電気椅子に座らされた死刑囚の気持ちを俺はきっと世界一共感できるであろう。比喩表現ではないのだ。この空間は、意識というソフトを走らせているに過ぎない。実体がないデータの集まりなのだから。
目の前に突如浮かび上がった、少女の像は、金色の長い髪を揺らしながら、こちらに背を向けて、周囲の情報を探っているようであった。


「え? そんな! システムに不正に侵入されてる……って、あんた誰よ、なんでこんなところにいるのよ……ってそんなことをしている場合じゃなかった、急いで対処しないと!! 」


こちらに気が付いたようだが、何やら緊急事態のようだ。純正の管理者であり、このクリスタル自体が彼女そのものであるといってもあまり差支えがないぐらいなのだから、彼女にはそういったことがいち早くわかるのであろう。
普通今の言葉の『侵入されている』といった部分から、まず原因は俺に帰結すると疑うのが流れにも見える。しかし彼女は、別の存在を感じ取っているらしい。管理者に成りすました俺とは、やはりできるレベルが違うのであろう。

本当、俺の好みだ。

自慢じゃないが、生まれ変わってから、自分より頭の良い本当に年下の少女なんて見てきてないんだ。こんなに綺麗で、後姿だけでくらくら来るというのに、その子がこれだけ際立った才能を、何かを持っているんだ。そそらないわけがないであろう。


「手伝うぞ、ここのシステムのバックアップくらいなら俺にもとれる。最悪のケースへの備えくらいはやらせてもらおうか」


「はぁ? 手伝う? あんたにできるわけ……って、どういう事よそれ!! なんで、あんたがそんなこと……ああ、もういいわ!! あんたは万が一の為に切り離しの準備をして頂戴!! 」



少々短気なのであろうか? いや、このくらいの少女だと、気が強いの範疇に収まるか。彼女がこのような感情を表に出す娘であったことにどこか驚きつつも、俺は点数を稼ぐことにする。
今の彼女は混乱状態にある。急転直下の現状、何故かいる知らない人物。ならば、これを利用させてもらう。人はトラブルにあったとき、一時的に自分の中に普段からある境界線のようなものが曖昧になるのだ。これは物事に対しての距離感であったり、危機管理意識で会ったりと様々だ。
その境界線が緩んでいる間に、俺は彼女になるべく接近させてもらおう。彼女が平静に戻った時がチャンスだ。彼女の興味を引けるように、功績を残しておかねば。


そう思考しながら俺は精一杯自分能力を発動させるのであった。














「なるほどね、カマンベール……それがあなたの名前」

「そうだよ。ノア……ちゃん? 」

「ノアでいいわよ。というか、ちゃん付けは勘弁してほしいわ」




一通り何とか終わったのか、まあ俺はバックアップを取っていただけだが、ノアがこちらに向き合って会話を切り出してくれた。さっきまでは何を言っても無視で、独り言をつぶやいている様子だったから、恐らくは集中すると周りが見えなくなるタイプなのであろう。



「カマンベールまずは礼を言うわ。あなたがいなければ、ここまで手が回らなかった。保険も組みながら、そんなことしていたらもっと多くの設計図を取られていたはずよ」

「そうか、どういたしましてと言っておこう」


彼女が一体何と戦っていたのかは、この時の俺にはあまりよくわかっていなかった。しかしそれでも、お礼を言われたことに対しては悪い気はしないということと、そして……


「それで、あんた……『何?』」


警戒されているということは確信を持てた。




まあ仕方ないであろう。なにせ、俺が一番なんで俺がこんなことができるなんてことが、全く分からないのだから。


「俺か……そうだな、科学者だな」

「……いいわ、科学者なのは納得よ、知識もあるみたいだし。でもね、なんでこの『黒き月』のコアの中にいて、そして一部の機能を使えるのよ? 」



それがわかったら苦労しない、そもそもこの世界にはいつごろからいたのかは知らないが、ESP能力という、通常の人間と一線を画する何かを持った人物がいるのだ。
それは家系で受け継がれるものもあれば、ある日突然目覚めるといったものまで多種多様だ。俺のだって、ESP能力という判定は出ているが、どういった能力なのかは経験で知ったものだ。
要するに、俺は、普通ではなくESP能力を持っている。まではわかるが、今の環境、研究者という職に就くことで、その能力の実態がわかったということなのだ。もしかしたら、この能力も、何かの副産物や派生物であり、別のところに能力があるのかもしれない。
有名なところだと、ブラマンシュという一族の持つ能力か。彼らはリーディング能力で思考を読むことができると一般的には言われているが、彼らの本当の能力はそうではない。テレパスファーと呼ばれる、特殊な植物をその身に寄生させることができるという、限定的なものだ。しかし、その植物が脳とくっつくことにより、自らの意志で耳のように動かすことができるのだ。その結果、読心能力が発揮されるのだ。


「そーだなー……詳しいことは自分でもわかってないのだが、俺はロストテクノロジーを解析し、理解し、運用することができる」

「特殊能力保持者? にしたって都合よすぎよ、そんなことあるわけが……」


まあ、そうなるよな。だが、その姿勢は科学者という職からすれば間違っている。


「子供でも科学者だろ、観測した現象を否定するなよ」

「まあいいわ。そういうことにしておいてあげる」

「そうしてくれると大変助かる。まあ俺がこうしている理由は君なんだがな」


話がだいぶそれてしまった。そう、俺の目的は、こんなESP談義をすることではない。将来仲良くなったならばそう言った会話で花を咲かすのも悪くはないであろうが、今は違う。彼女に対して気持ちを伝えることから始めるべきだ。
見たところだと、この少女は大変理知的であり、非常に聡い。下手したら体の年齢と精神の年齢が釣り合っていないのかもしれない。しかしどうやら若干理論派のところがあるみたいだ。
そういう娘には、こちらの気持ちをストレートに伝えるべきであろう。と脳の中で声が響いたのだ。


「私? 」

「ああ、君の姿を一目見たときからね、可愛い君と話してみたいと思っていたんだ」

「っな、なに言ってんのよあんた!! 」


案の定、きょとんとした顔になり、そしていきなり顔を赤く染める。耳や首まで真っ赤になっている目の前のノアは非常にかわいかった。赤面癖でもあるのであろうか?



「は、話を戻すわ!! あんたこれからどーするのよ」

「通信ログに入っていたんだが、『弟に合わせろ』らしい」


話を戻されてしまった。仕方がない、それじゃあ、さらに興味が引けそうな話題を出しつつ、真面目に話すか。
さっきまで俺がここのバックアップを取っているときに余裕ができて周囲を探ったら、定期的になぞの通信を広域に発し続けている人工物があった。気になって通信を可聴周波にして、聞いてみると、なんとそれは、兄貴である、エメンタール・ヴァルターの声で、
『貴様が生きていることは把握している。今後恐らく弟と合流するであろう。時代がそれを望んでいるのだ。弟にはすでに指示を渡してある。それに従うように』
とのことが入っていたのだ。時代が望んでいるからという理由はわからなかったが、どうやらこの一連の、そう黒き月とエオニア様が出会ったことからすらも誰かに仕組まれていたような、そんな錯覚を覚えるようなフレーズであった。まあ良い、ともかく俺はこのまま流れに身を任せればよいだけだ。



「あれ言語だったのね……ますます興味が沸いたわ……あんたの話聞かせない、今は暇なんだし」

「了ー解っ」


まあ、興味は引けたようで何よりだ。俺はこの後、ひたすら俺の経歴の話を話すのであった。一応前世の話は黙っておきながら。
そのうちばれるだろうがな、発想がこの世界の人間じゃないんだもの、俺。



そうして、俺とノアはずっと、『エルシオール』一行が近くに来て、タイミングを計るための準備をするまで、ずっとお互いのことを話し続けていた。

















「ねえ、どうだったのよ? 相互理解とやらは」

「そうだな……まずまずってところか。全面的にはないにしろ、かなり信じてはいるって印象だった。」


現在『エルシオール』と合流し、とりあえず、こちらの話をつけてきたところだ。
兄貴がうまく根回しをしたようで、俺の弟が、いい感じにフォローをしてくれた。
前に会った時に感じた、いかにもバカそうな印象はどうにもなりを潜めているようで、お役所仕事のような対応だった。まあ、会うのは5年以上ぶりだから、別段そこまで変だとは思わないが。何せ最後にあいつにはったのは、あいつがまだ年齢一桁のころなのだ。


「アンタ、弟とどういう関係なのよ」

「というと? 」

「この艦に合流する際に、相手が正しくこの現状を理解していない限り、かなり面倒なことが起こることは予想できたわ」


それはその通りであろう。ノアだって、黒き月がどうなったかの端末を把握していないわけがない。暇なときにログでも読んだのであろう。彼女は主観的にしかものを見れないで、まるで視聴者なり読者なりの為に解説を入れさせるためのワンクッション用のキャラとは違う。
そうすると、『エルシオール』からこちらをいまだに敵性と判断している可能性は十分考慮していたはずだ。それでも合流せざるを得なかったのは、黒き月がない以上それほどまでに白き月が重要だと考えたからであろう。


「根回しがよすぎるのよ。まるでアンタの弟、こっちのことをすべて把握しているみたいな対応じゃない」

「確かにな。だが、アイツの行動はどうやら俺の兄の指示によるものらしい。あいつはたぶん、手足に過ぎないだろう」

「そうなの……まるで、あの憎たらしいヴァル・ファスクみたいね、こっちの行動を読んでいやらしく面倒くさい策を仕掛けてくる」


そのヴァル・ファスクという存在がいまいち俺には信じられない。すでに一度接触しているようなのだが、どうにもイメージがつかめないのだ。人類とは別の種族の知的生命体と聞くと、エイリアンそれこそ火星人のようなものを思い浮かべてしまうのだ。


「エオニア様は利用されただけだったのか……この異種族との戦争に」

「前の主君だっけ? アンタさっきひどいこと言ってたじゃない」

「まあ、別段命をかけての忠誠なんぞ誓ってはいないが、それでもスポンサーであり、上司ではあったからな……」

「よくわからないわね、そういう感覚」

「まあ、いずれわかるさ……」


オレはさっきからずっと、こっちを向かず背を向けている、小さな少女の頭の上に手を載せた。声はいつも通り、態度も別段変わってはいないのだが、思うところがあった。


「なによ……」

「いや、あまり背負いすぎるな……」

「ふんっ!……べつに、そんなことないわ」


この少女はどうにも、素直じゃないうえに、人に弱いところを見せたがらない。
ああ、そういうところもかわいいなって感じる俺はもう相当重症なのであろうか?
そんなことを思う俺であった
























「いよいよ明日だな」

「ええ……理論上は成功するはずよ」


白き月、その上部にある景色が一望できる外壁部の一室。そこが俺とノアに与えられた部屋だった。まあ、一時的なものだとは思う。何せここは研究室から遠い。物理的な距離でいえば数百kmだ。
頭がおかしくなりそうな単位なのだが、もうその辺については考えてはいけない。ここは近未来どころか、ファンタジーレベルのSF世界観だ。

黒き月にはこういった部屋はなかった。白き月にはある。
逆に黒き月には人間の都合を考えないような高速で移動できる昇降機があった。
白き月にはそういうのはない。大規模な移動は真空状態のチューブを高速で移動する乗り物に乗って行う。かかる時間が長い上に、停車する場所が限られているので乗り継ぎが必要だ。
他にもショッピングモールなんて、黒き月には絶対考えられない場所だ。


まあ、要するに人間の手が加わっている白き月と、そうでない黒き月って感じだな。
だからこそ、こういった部屋がたくさんできるわけで。この居住区の部屋は、外部からの客用のようだ。


「人事は尽くした、あとは天命を待つだけ。白でも黒でも同じだろ? 」

「人事を尽くした時点で見えない結果。そんなものは価値がない。それが黒き月よ。その人事を最大にするのが目的だもの」


その人事を象徴する目の前の少女は、言葉とは裏腹に、ひどく不安そうだった。ここ数日は、俺とシャトヤーン様と3人であーでもないこーでもないと調整を繰り返してきた、決戦兵器。それを先ほど二人で最後の確認をしてエルシオールに搭載させたのを見送ったのだ。
敵の到着までまだあと14時間はあるであろうが、決戦前夜の夜というのは、この目の前の少女の方にはどれだけ重いものなのであろうか?


「私はこんな……コアだけの、お飾りのような管理者になって、自分の無力さが歯がゆいわ」

「ひどく客観的だな」

「戦力を用意できない、人事を尽くせない私は、正直って存在している価値がないのよ」

「ヴァル・ファスクが、そんなに憎いのか……」


人事ですべてを片付くようにするのが黒き月、天命を待てるようにつなげるのが白き月。そう考えるのならば、白き月が動かなくてはいけないときは切羽詰まった状態といえるのかもな。
ノアがここまで気に負っていたことはわかっていたが、ここまで来ると、どれだけの覚悟を背負って来たのか、正直わからなくなる。
安い同情の言葉なら今までもかけてきたが、彼女が求めているのは違うらしい。加えてどうにも復讐が目的というわけでもなさそうだ。


「いいえ……そういうわけじゃないの……ただ」

「人類は、勝つよ。そしてもう、こんな月の管理者はいらなくなる。でもそれはきっと戦争が終わってからずっと後のことだろうな」

「……そうね、そうなるといいわね」



彼女は何を望んでいるのだろう? 俺はそう考えるようにこの時からなっていた。
振り返ってみるとそうだった。それっぽい言葉で誤魔化す俺が真面目に考えていた。




[19683] 俺と皇子と嫁の幼女と EL
Name: HIGU◆bf3e553d ID:8ede7f69
Date: 2014/10/01 00:29
人には、知ろうとする知識欲、好奇心といった、非常に強いものが存在する。
疑問や疑念などが残ったままでは、人間の心身の衛生上で非常に重要である三大欲求の一つ睡眠が満足にとれなかったりするのだから、相当なものである。


「じゃあ、ヴァル・ファスクにも文化的な行動はあると、そういうわけなのね」

「はいそうです。ノアさん。彼らにも『先祖が行っていた効率的な行動』という週刊や風俗があります。現状それが無駄であっても、時間や社会的な余裕があり、それ自体に現状デメリットがないもの。そういったものは彼らの中にあります」

「解りにくいわね、要するに無害な習慣があるってことでしょ」

「ええ」


トランスバール皇国本星。数年前まで、厳密には1年ほど前まで、臨時の宮殿として利用される程度であった、過去の皇族の造った宮殿。そこの謁見の間の奥にある私室。その場所にノアは、個体名ラクレット・ヴァルターと呼ばれる少年とともにいた。
二人きりで、私室のティーテーブルに向かい合っているのに、そこには色気といったものがまるでない。二人の美少女と野獣のような外見もあるが、それよりも話の内容と場の空気が非常に硬いものであるからであろう。

先ほど皇国の主要人物。否、最重要人物達のもとへと謁見したラクレット、エメンタール、ダイゴの三人。彼らがもたらした情報は、それこそ歴史を覆すようなものであった。

異種族であり、扱いとしてはエイリアンのようなものであった、ヴァル・ファスクに対する当人から、生のそして非常に精度の高い情報。そして皇国の最高戦力である隊エンジェル隊のサポート任務に就くような、少年の出自である。

今まで、ルフト達政府高官や、世論なども、ヴァルターというここ数年台頭してきている一族について、非常に優秀な血脈の家系なのであろうという見方は一致していた。長男は押しも押されぬ大商会の長であり、次男は、知る人ぞ知る工作員にして研究者。そして三男は、若干14歳にして皇国を救ったエースである。
そのヴァルターという家系のルーツは、過去に亡命してきたヴァル・ファスクのハト派の重鎮であったのだ。

科学者であり、直接的な被害者であるEDENの民でもあるノアは、許可されたので即ラクレットを引き連れ、提示されたデータに基づいた質問をしていたのだ。


「それにしても、アンタがヴァル・ファスクねぇ……納得だわ」

「そうですか? 多くの人はきっと、逆に驚くと思いますが」


ラクレットの普段を知っている人からすれば、現状のヴァル・ファスクのイメージである、冷酷無比の合理主義者などは、彼のそれとは一切結びつかないどころか正反対のものであると、一笑されてしまうようなものである。


「私が知っているアンタは、人形みたいな顔をした、トレーニング馬鹿だったのよ? 」


しかし、ノアからしてみれば、初対面の時から冷静に自分の兄は工作員であった(ノアはこれも疑っている)という事実を告げ、その後も事務的な対応を繰り替えし、戦闘では効率よく敵を刈る。自由な時間は訓練と。ストイックな人間に見えていたのである。もちろん最終決戦の彼の『解放された抑圧』(ちゅーにいしょう)を見て薄れたものだが。


「僕がヴァル・ファスクということは、置いておくとして。兄さん……ああ、カマンベール兄さんにはこの事はしばらく内密でお願いします」

「……理由を聞くわ」


ノアの反応は、まるでそのことを忘れていたかのようなものであった。


「あなたほどの人が、それをわからないとでも? 」

「……いえ、わかってはいるけどね」

「これは長兄からの通達ですので、意見があるなら彼に」


ラクレットでも、わかるような理由なのだ。ノアが理解できないわけがなかった。カマンベールの現状の立場はやはり危うい。いくらバックストーリがあっても、エオニアと黒き月に加担したのは事実なのである。そんな彼自身がこのことを知ったらどうなるのか。
そして何よりも、この事実を知る人物はなるべく少ないほうがよい。この心を読む超能力者が普通に存在している世の中ならばなおさらである。





そういったわけで、ノアは、カマンベールの秘密を知りつつも、彼にそれを伝えることができないという状況にあったのだ。
回想終わり。












「ようやくついた。やっぱり田舎だな。そして変わらないな」

「そうなの? 」

「ああ。俺がいたころから全く変わっていない」



カマンベールとノアの二人は、現在クリオム星系第11惑星へと訪れていた。いわゆる里帰りである。
高度な文明の中にここしばらくの間居た二人は、片田舎の星系の名前もないようなド田舎の惑星の土を踏んでいる。
牧歌的な風景で、風に土と植物の臭いがついている。そんな誰もが想像する原風景だ。そんな田舎の少し大きな丘の上に立つ、なかなか大きな邸宅ともいえるそれが、カマンベールの実家である。


「ただいま」

「おお!! カマンベール。お帰り」

「……お邪魔します」


大きな玄関の扉を開くと、そこに待っていたのは、ちょうど玄関の前の廊下を歩いていた、父親であるモッツァレラであった。ノアはいつもの無遠慮な態度ではなく、少々借りてきた猫のようにおとなしい挨拶であったが、きちんと相手の目を見てそう告げた。


「そちらのかわいいお嬢さんが? 」

「ああ、今の研究仲間だ」

「ノアよ……カマンベールには世話になっているわ」

「あら、お客様? 」

そんな風に玄関で足を止めて、会話していると、玄関ホールにまたもう一人個々の家の住人が現れた。といってもこの家には基本的に掃除の業者が来る以外は、二人しか住んでいないので、人物は限られる。


「ああ、母さん。カマンベールとその同僚のノアさんだそうだ」

「あら、お帰りなさい、カマンベール。そしていらっしゃい、ノアちゃん。話に聞いていたよりももっとかわいらしい子ね」

「あ、ありがとう……お邪魔するわ」

「なにもないけど。自分の家と思って寛いで行ってね」


ヴァルター三兄弟の母である、クチーナである。彼女はちょうど洗濯物を干し終わったのか空の籠を手に持っている。数年ぶりの感動の対面というには、ある意味で適任であり、そして同時に場違いでもあった。

カマンベールはとりあえず、変わっていない我が家で自室のあった場所に向かうのであった。背後に借りてきた猫のようにおとなしくついてくるノアを従えて。























そこは、ノアにとって針の筵とまではいかないが、非常に居心地の悪い場所であった。家のつくりは別段文句などはない。少々ノアのもともと住んでいたEDEN文明とは違うが、

類似するところはむしろトランスバール皇国本星の一般的な住居よりも多い。
これは、ダイゴが星を発展させるにあたって、EDENを参考にしたからであろう。それ自体に文句はない。立地条件も田舎にあるということで交通の便が悪いわけではない。本星からは遠いがそれだけだ。30分もあれば大気圏から出られる。
食事も悪くはない。家庭料理というものを、体感時間はともかく久方ぶり食べたのだが、大変おいしく。そこに文句なんてあるはずもなかった。

ではなにか、それは一つだ。


「あらぁーやっぱり似合うわー。かわいい娘がほしかったのよ、私。お洋服を作っても着る子供がいないのですもの」

「そ、そう」


クチーナの存在であった。彼女は1年ほど前に結婚した第一子であるエメンタールの二人の妻である義理の娘はいる。そして彼らの間に生まれたばかりの孫娘もいるのだが、ノアのように少女というような年の少女はいなかったのだ。
数年すれば孫娘のマリアージュもそういった年になるであろうが、彼女の趣味の一つで作りすぎてしまった少女ものの服をようやく着せるモデルが来たのは、彼女の心の関心を大いに買う出来事であったのだ。


ノアは、強く抵抗するわけにもいかず、されるがままになっていた。彼女としても興味がないだけであって、服等で自分をきれいに飾る女性のことに関してはべつに好悪の感情がない。しかし、それが自分になるとどうしても恥ずかしさや、居心地の悪さを感じてしまわざるを得ないのだ。


「ねえ、カマンベールは貴女から見て、どういう男の子なの? 」

「カマンベール? 」


もう、男の子という年ではないのだが、それに関しては彼がこの家を長く開けるようになったのは5歳からであり、16歳の時には完全に行方不明になっていたのだから、クチーナの感性が微妙に狂っているのは仕方なないであろう。
そもそも、少女であるノアに聞くのだから、その言葉で間違ってないともいえる。


「一緒にお仕事してるんでしょ? あの子ったら、相方候補を連れて帰りますって連絡をよこしてたからすごく楽しみでね」

「あ、相方……? 」


そして、クチーナの子供は全員転生者というか自立した精神を幼少期のうちに獲得している(ラクレットは自立といえるが微妙であったが)その結果、子供の恋バナといったものなど、ほぼなかったようなものなのだ。普通とはいえ、どこか冷めていたエメンタール。研究一筋だったカマンベール。どこかおかしかったラクレット。エメンタールには幼馴染がいたし、ラクレットも、どうやら学校で仲良くしている女の子がいたようだが、エメンタールは気が付いたら結婚していたし、ラクレットは全く関係ない方向に自分の進路を進めたのだ。
そういう意味でもクチーナ夫人の興味は尽きないというわけだ。


「あなたから見て、あの子はどうなの? おばさんに教えてくれない? }

「ア、アイツは……よくわからないわ、でも嫌いじゃない……大事な仲間よ」


ノアからすればそうとしか答えられなかった。生まれがどうということは気にしていないといえば嘘になる。しかしそれを差し引いても、まだそういった方向に考えることはできなかった。
ノアは内心そう結論付けていた。


「そう……ああ、将来の楽しみがまた増えたわ」


クチーナは何かを感じ取ったのか そう呟いた。















「お、似合うじゃないか。母さんの自作だろ? 」

「ええ……いい親ね。あなたの両親は」

「まあな、兄弟三人そろって異常者だっていうのに、育ててくれたからな」


ノアは着せられた衣装をそのままに、自分のゲストルームではなく、カマンベールの部屋に来ていた。結局あきらめたのか開き直ったのか、何着かもらって、紙袋に入れて今左手に持っている。紫と白を基調とした彼女に良く映えるドレスである。どう見ても普段着にそぐわないそれであったが、ノアは今後もそれを着ていくことになる。


「結局、差なんてないのかもしれないわね、私たちに」

「ん? ああ、EDENもトランスバールももうあんまり変わりはないんじゃないか? 」


ずれた回答だが、無邪気に肯定しているカマンベールをノアは横で感じながら、月を眺めていた。

















「俺が……ヴァル・ファスク……? 」

「ええ……そうよ、否定はしないわ」

「どうして黙ってたんだよ……」


カースマルツゥが、ラクレット正体を得意げに話した戦闘のあと。タクトがラクレットの生まれを笑いにして軽く済ませた直後の戦闘が終わった後だ。
白き月でも、その状況は伝わっていたのである。
カマンベールは、ラクレットがヴァル・ファスクというよりも、自分たちの先祖が、近所に住んでいた駄菓子屋のおじさんであったダイゴであり、そして彼がヴァル・ファスクであるという事実、その両方に驚愕の表情を浮かべていた。


「俺はな……散々自分の好きなように生きてきた。そして、今もそうだ。だから俺がヴァル・ファスクだということで何かかわりがあるわけではない」

「そうよ、その通り」

「だがな!! 頭でそうわかっていても、もう気にしないように演技するのは精一杯なんだよ!! 」


カマンベールはエオニアのことを利用していただけだ。そう自分に言い聞かせている。べつに敬愛する主君ではない。ただ行動をともにしたスポンサーに近い感覚だ。そう、そういった関係であるように自分に言い聞かせてきた。
しかし常識的に考えてほしい。数年間苦楽を共にした人物だ。自分が世間の反対でうまくいかないですみに押しやられていた時に、唯一背中を押してくれた人物を、そんなに淡白な関係でいられるであろうか。
彼自身は『なぜかエオニアには忠義を感じない』ような気持ちになり、そして彼自身もただでさえ自分の犯した罪に関する罪悪感と見つめ合うのに必死であった。


彼は合理的とはいえ、精神はもちろん人間だ。ヴァル・ファスクというのは今の皇国においての悪の象徴である。反逆者で大ウソつきで、自分のために平気でほかのものを切り捨てるような男だ。
しかしそれは自分が人間であるという意識と、人間は誰しも自分のやりたいようにやるべきだ、その後責任を取ることを含めて。といった偏った考えのもとにあるのだ。

今までのまるで誰かに強要されたかのような自分勝手な行動。それについて深く考えることはなかった。しかし自分がヴァル・ファスクだということを知って今までの自分を振り返り、自分のしてきた行動についてもう一度思考したのだ。その結果、彼は自分がいかに自分のやりたいようにやり責任を取らなかったのかを、強く自覚してしまったのである。


「俺は、やりたいようにやった。自分ではそれに対して責任を取っていたつもりだった!! だがな!! よく考えれば俺は何もしていないんだ!! 」


カマンベールはノアではなく、自分に向かってそう叫ぶ。彼にも色々思うところはあったのだ。しかしそれ以上にあまりにも彼は自分が格好悪く思えた。やりたいように事を好きなだけやり、自分の才能を鼻にかけ、そして挙句の果てには、戦争を自分の発明で有利に進めようとしている。しかし正体はヴァル・ファスクであって、主君を裏切った男でもある。まるで道化のような役柄だ。


「……カマンベール、アンタ」

「俺は……やらなくちゃいけない」


そう言い残してカマンベールは自室に戻っていった。

























EDEN がおよそ400年ぶりに解放された。600年前のクロノクェイクが200年ほど続きその後すぐに占領されたのだ。そしてそれは、トランスバール皇国という、EDEN の子が独り立ちできるほど育つのに十分な時間であった。今後数百年以上語られていく。英雄が解放したスピーチおよび、その懐刀の突発的なヴァル・ファスクの解説。
そんな歴史的なイベントが終わった直後から、トランスバール先端科学担当の3人は、ライブラリーに招待されていた。
銀河全ての英知をそこに保管している。過去現在どころか、未来のものまで存在する。それがEDEN のライブラリーである。EDEN文明よりもはるかに進んだ文明の産物である。

それこそ神々が作ったといっても信じざるを得ないようなものなのだ。そこは入口のスペースがプラネタリウムの客席の葉にドーム状になっている。しかし壁や天井全てに本棚のようなものと、実体のあるなしかかわりなく大量の本が格納されているのだ。真ん中の昇降機から数キロメートル下まで円柱状のこの建物の下部に行くことが可能だ。
そしてその底の部分に操作用のコンソールが存在していた。


「これを十全に使うことができるのは、ライブラリー管理者だけです。その管理者もあくまで索引機能などを参照できるだけです。本格的な調べ物をするならば、専用の訓練を受けたスタッフを手足のように使いながら、管理者の統率の下に動くべきでしょう……」

「ですが、その管理者であるルシャーティさんは身柄を押さえられている……そういうわけですね」



ルシャーティが説明をしている女性スタッフに対して、一応の確認をとる。ルシャーティという存在がいかにEDENにとってのジョーカーであったかというものの確認だ。
ライブラリー管理者というのはそれだけで一種の信仰の対象になるのだ。


「はい……一応スタッフのほうはそれなりの人数確保することはできますが……」

「ノア? どうですか?」

「……システム自体は使えなくないわ……黒き月や白き月のシステムもここを参考にしているから……でも良くて稼働率は5分、意味通りの5%ってところよ」


ノアは目の前の機会をさわり点検しながらそう報告する。管理者となり旅立つ前に、この下に来たことはあるが、装置に触ったのは初めてである。そして精査の結果、使えなくはないという結論であったが、正直厳しものであった。


「貸してみろ」

「カマンベールさん……」


ノアの横から手を伸ばして、コンソールに触れるカマンベール。先ほどまで無言であった彼がいきなり口を開いたことで案内役の女性や、スタッフの注目が彼に集まる。彼は目をつぶり集中し、自分のスイッチを切り替える。
彼の能力を起動させるのは基本的にオートであり、ロストテクノロジーに触るだけで発動するのだ。それを意識的により深いところまで同調し、起源やら作った人物の意図といったものまで解析できる。今回はそのような情報は全く持って無駄なので、機能の解析に特化させる。


「……ック……いや、大丈夫だ。俺でもある程度なら使うことができる。早速始めよう」

「……本当に大丈夫なんでしょうね? 」

「ああ、問題ない」


カマンベールの体は、ヴァル・ファスクとしての能力を発動させる因子はない。しかし感覚としてはヴァル・ファスクが能力を発動させるのと酷似していた。彼の体にもしも、もう少しばかりの因子があれば、紅く発光し周囲の人間を驚かせていたであろう。


カマンベールが管理者と同じように索引役を始めることで、何とかライブラリーの解析作業は始めることができた。目的はただ一つ。クロノクェイクボムについての対策だ。

















「あの、カマンベールさん。差し入れです……」

「…………」

「……ここに、置いておきますね」



作業を始めて数時間経過した頃。ようやっと目的の時代の資料をまとめて発見した具合。外部からスタッフの交換要員が来ると同時に、現在作業中のスタッフに対しての差し入れが持ち込まれた。ノアやシャトヤーンもそれを片手に目の前のディスプレイに表示させたデータを読んでいる。しかしカマンベールはここ数時間一切の言葉すら発せずに、コンソールに手を当てたまま動かなかった。


「あ、ありました!! ヴァル・ファスクについて書かれた項目!! 」


「私のところにも回してちょうだい。カマンベールアンタはそのデータがあった書架を精査して」

「……」

「……カマンベール? 」


特殊能力といっても結局は人間の領分である、銀河すべての英知を詰め込んだライブラリーの制御なんて、管理者にしかできることではない。そもそも管理者であっても、サポートをつけて数時間が限度なのだ。同じように数時間サポート付きで稼働させたカマンベールはとっくにオーバーワークであった。
状態としてはESPの暴走に近い。自分でもう出力を絞ることができなくなってしまったのだ。反応がないことを不審に思ったノアがそれに思い当り、すぐに数人がかりでコンソールから引きはがす。


「何馬鹿やってんのよ!! きついなら休憩挟む位しなさいよ!!」

「ノア……その位に、すでに彼は意識がありません……急いで救護班を。あなたは彼に付き添ってあげてください。しばらくは既存のデータの精査だけですから」

「……でも……いや、わかったわ。この馬鹿が起きたら文句を言うから、それまで頼んだわ」


担架に乗せられ運ばれるカマンベールの横を併走しながら、ノアは昇降機に乗り込み、シャトヤーンたちにその場を任せたのであった。



































「…………っ」

「ようやく、目が覚めた様ね」



カマンベールが目を覚ますと、あまり目にしたことがないような豪華な天井と、視界の端に移る金色の髪であった。
いつもより3割増しで不機嫌な顔をしているノアだと気付いたのは、およそ2秒あとの出来事であった。


「ここは……? 」

「EDEN首都の貴賓客用の部屋よ。しばらくここに滞在することになるわ。利用されるのは400年以上ぶりらしいけどね」

「……そうだ、俺は」

「黙りなさい。アンタね、倒れられるくらいなら、少し前に休憩を挟みながら長時間酷使するほうが使う方からしても都合良いのよ。わかる? 」

「ああ、だが……いや、何を言っても言い訳だな」


カマンベールは意味ありげに呟いて黙った。有体に言えばうざい。なんというか誘っているみたいである。
ノアは小言をいったらもう気が済んだのか、その場を立ち去ろうとしている。


「もう行くのか? }

「ええ、アンタにはそのほうが効くでしょ? 身勝手に自分で責任を取ろうとしたヴァル・ファスクさん」

「ああ、そうだな……」


全て読まれていたようで、内心舌を巻いて肯定するカマンベール。自分を追い詰めたのは、結局今までの負い目からくるものであった。
それは事実なのだが、ついでにそれを利用してみようと、意識が覚めてから思ったのだ。彼からすれば、先ほどまでの酷使ですでに贖罪は終わっているのだから。

簡単に言うならば、責任感じて無茶している格好良い アピールだったわけだ。


「アンタはね、どんなことにも真面目に取り組めてないのよ。研究だって、忠義だって、贖罪だって。私にもそうでしょ? }


ノアの発言はもっともだ。カマンベールという男は、多くの方向に有能であり優秀な存在だ。そしてだからこそ、すべての方向のものにそれなりのも労力を割くだけで、十分な成果を出してしまっている。そして何より知恵が回ってしまう。
その瞬間で最も自分が欲しい物がわかりその方法までわかるのだ。故に本気で取り組んでいない。
今回だって罪悪感もあったし、責任感も自己嫌悪もした。それの解消に自らをコック視して銀河に貢献をした。それ自体を上手く利用すれば好きな女の関心を買えるから、すでにすっきりしているのに悔やんでいる自分を演じていた。どこまでも割り切れてしまうのだ。
しかし、否定するところが一つだけある。


「いや……ノア、君に関しては違うよ。俺の負けなんだから」

「負け? どういうことよ」

「最初から君には惚れていたんだ。そして今日まで一緒にいてわかった。俺は君が欲しい。いや君に欲しがられたい」

「……あ、改めて言われると、その……」


カマンベールは、中途半端であるが、ノアに関しては違った。彼女のことが欲しいと思ってしまった。彼女に欲しいと思われたくなった。
それだけは彼の中で絶対の事実だ。そしてそのために自分の心残りや負い目をすべて清算していたのだ。それもあって他の行動が全力でなかった真面目ではなかった。


「こっちに来てくれないか? 」

「……なによ」


不機嫌そうな顔を精一杯作りつつ、ノアはカマンベールに近づく。ベッドの上で上半身を起こしている彼は、手が触れる範囲に来たノアをそっと抱きしめて耳元でささやいた。


「一緒になろう。俺たち二人で同じ所属にさ。好きだよ。ノア」

「────っ!! わ、私も……嫌いじゃない……わ」

「よかった、それじゃあ────」


肩に乗せていた顔を離し向き合うと、そっとカマンベールはノアの小さな唇に自らのそれを重ね合わせた。
この後二人は忙しい中時間を見つけてEDENの宝飾店に足を運ぶのはまた別のお話。





「なあ、俺が言うのもアレだが……」

「何? 」

「俺でよかったのか? 中途半端な俺で」


現在白き月はEDEN星系と、ヴァルヴァロス星系の間を航行している。
決戦前夜というやつだ。


「アンタね……散々やっておいて、自信無くすって本当……」

「あきれてくれて結構だ、お前には勝てないからね、俺は」


自分で本当に良かったのか、彼女が何よりもほしい、だれにも渡したくない。だが彼女はそれでよいのか? そんな気持ちがまたぐるぐる渦巻く、本当に中途半端な男であった。


「私が面倒見てあげるわ」

「え? 」


ノアのその言葉に、カマンベールは一瞬思考を停止してしまう。
彼は、ノアの呆れなた表情を浮かべながら、どこか頬が上気しているノアを見つめなおす。


「アンタが果たせなかった、仕えるってことも、研究も、愛するってことも。全部アタシが受け止める」

「ノア……」

「アンタは、アタシのものよ。宙ぶらりんな二人同士、お似合いでしょ」

「ああ……そうだな」


二人はお互いの歪な存在を補完しあう。
そんな関係でよいのだった。



[19683] 続 IFEND2  ミント編
Name: HIGU◆bf3e553d ID:8ede7f69
Date: 2014/10/01 00:44
本編とは違う前提条件
ラクレットはミントのことが好きである
ファーゴのイベントから立ち直って以来、微妙にアプローチを続けていた。
その後なんだかんだあって仮面婚約者になった。
実際はお互いデレデレなんだけどね。
詳しくはIFEND2  ミント編を参照

詳しい時期とかを考えると、矛盾が起きそうなのでおおよそ
・『タクト帰還から、ラクレットの離船までで、少し時間的余裕ができた頃、EDEN 主体で『エルシオール』が活動していた時期』
・でももうすぐ婚約解消という感じの時期
とだけ。ようするに『仕方ないね』の赦しの精神が必要です。

それでも大丈夫な方はどうぞ
基本ネタですよーっと














私としては信じられませんが、ラクレット・ヴァルターという少年は、非常に女性から人気ですわ。
EDEN解放の立役者の一人で、有数の資産家の家系で本人もかなりの財を成している。原始的ですが、腕節という面でも白兵戦、戦闘機戦共に銀河最強と言っても否定する人物は極々稀。精々人類最強を議論している人たちだけですわ。
その彼の唯一といって良い難点であった外見も、最近は身だしなみに気を遣うようになってきたのか、幾分か解消されてしまいました。顔の造形も成長期なのか、出会った当初よりもどんどん男らしい彫りの深い彫刻のような様相になってきましたわ。ええ、まるで美術館に展示してある、先文明時代の英雄像のような……コホン! 脱線しましたわ。他意はありませんわよ、ええ。

ともかく、私がスキャンダルを防ぐために『婚約者』(風よけ)に近づく家柄目当ての女を全て門前払いさせているといいますのに、婚約破棄が近いからと言って、プライベートで個人的に御近づきになりたいという、頭のねじどころか、CPUとグラボが丸々破損している女性が増えてきていますの。全く、あんな甲斐性なしの何処が良いのでしょうか? 半年どころか、1年たっても自分から手も握れないような男ですのに、タバコ臭くはありませんが。
まあ、本人が私にしつこい位に私に迫ってくるわけで、そういった女性はすぐに諦めるわけですけど。ざまあみろですわ……コホン! 何か?

そんなラクレットさんに、どうやら不可解な噂が最近流れていますわ。
『ラクレットに彼女ができた』『婚約者の暴君ぶりに嫌気を指して、愛人を作った』
なんて、不名誉で根も葉もない噂でしょう!! 憤慨ですわ。特に二つ目! 婚約者が暴君などの噂が流れるなんて心外にも程がありますわ!! ただちょっと、私の気分が向いたときに呼び出したり、私以外の方と話しているときに、用事を言いつけたりとしただけですわ!! あの人は、私に好きだって言わない癖に、何のうのうとクロミエさんや、レスターさん、ランファさん、ヴァニラさん、ちとせさん、フォルテさん、ミルフィーさん、ココさん、アルモさん、クレータさん、ケーラ先生とばっかり話しているのですから!! オフの日は貴重だというのに、そのせいで私の部屋で10時間位しか一緒に居られませんわ。
思い出したら怒りが再燃してきました、ですがここは堪えて。ともかく、この根の葉もない噂を確かめるべく、ラクレットさんの行動を監視することにしますわ。ええ、このような不名誉な噂が、私と私の婚約者にあると、風評が傷ついてしまうので、その対策ですわ。











~~~~~~~~~~~






ラクレットが一言ミントに好きと伝えないがために、少々最近不安定になってきていしまっているミントはおいておくとして、ラクレットは現在、艦外に定期的に連絡を取り合っている女性がいた。
それだけで十分驚愕の事実であろうが、相手が相手だけに無下にできないのが問題であった。


「ねぇねぇ、ラクレット君。私、ネフューリアの時の事もっと詳しく聞きたいなー」

「えーと……軍事機密に抵触すること以外は、全てお話ししましたよ……フィグ先輩」

「リーナでいいって、言ってるでしょーもう」


彼の正面に座っているのは、リーナ・フィグと呼ばれる女性だ。大手出版社に勤める記者である。ラクレットの通っていたガラナハイスクールの先輩であり、ハイスクールへの在籍期間が1年半のラクレットは最初の1年、彼女と同じ教室で幾何学の講義を受けていた。その間に1度か2度宿題の答え合わせをした程度の仲であった。

容姿はラクレットの知り合いだとランファの胸を若干削った感じに近いと、すごい考察をしている。一般的にモデル体型というのだが、ラクレットには全くその手の知識がなかった。今はよく言ってもペド野郎だし、仕方ないね。身長は高く、全体的にすらりとしている、手足も長く顔の造形も整っている。そんな女性だった。

そんな、ほぼ他人といっても差支えない彼女は現在、EDENへとやってきた皇国民間人の第一陣である。20歳にして記者として一流と呼ばれるまで彼女は実績を積んでいる人生の成功者の一人なのだが、EDENに来てEDENの記事を書こうと探索していたところに、ラクレットと遭遇したことは、彼女の運が凄まじいというべきなのか。
それ以来、半場無理矢理連絡先を交換し、このように定期的に呼びつけて話をしているのだ。



おしゃれな喫茶店で、ラクレットと二人で。






さて、今回は、ミント編の完結編をそういうお約束で始めさせてもらいます。
ミントさんはデレデレにまでなるでしょうか? お付き合いください。











「さて、どうしましょうか……」

まずは情報収集だと決めたのは良いが、本人に聞くわけにもいかず、最初から二の足を踏んでしまう結果となっていたミント。最近体の変化が著しく、歩くと強烈な違和感が彼女を苛むので、長距離の移動はしたくないのだが、ラウンジに向かうことにした。
大仰に書いたが、実はミントにとって喜ばしいことに、ここ半年程どうにも全身の節々が痛く、洋服を着ていると、窮屈さを覚えた。その為ケーラ先生に診断してもらったところ『成長痛』だと宣告されたのだ。
どうやら、本格的に恋の病に落ちてしまった為、精神的な変化が、体にも影響を及ぼしたとか(ケーラは本人に言うと怒るので、一緒に来ていたエンジェル隊に伝えた)。元が6歳児程度の体躯だったのが、一般的なロリキャラくらいになったというレベルであるが、それでも彼女からすれば、成長したことそれが嬉しいのだ。このまま、スタイルが特に胸まで大きくなればと思うミントであるが、残念ながら妊娠するまでその夢はかなわなかった。

元々彼女はファンからの『ミントを成長させないでほしい』という声で身長が変わらなかったわけであり、二次創作で大きくなっても多少は許されるであろう。外見がひんぬーでロリキャラなのは変わらないのだから。一発アウトがギリギリアウトになったようなものだ。
閑話休題、ラウンジについた彼女は運の良いことに、エンジェル隊のランファとちとせの二人と話している、ラクレットを見つけたのであった。


「なによ、ラクレット。あれだけミントミント言っていたのに、彼女居たの? 」

「……浮気はどうかと思いますよ。ラクレットさん」

「いえ、ですからね……」


タイミングの良いことに、まさにその話をしているようだ。少し離れた席に自然につく。こういう時は人ごみに紛れやすい自分の小さな体に感謝である。幸い気配察知に鋭い二人がいるのに、気づかれていないようだと安堵して、耳を傾けることにする。


「フィグ先輩は、確かに綺麗な人です。スタイルも良いですし背も高い、家事もできて気配りはできるし、仕事に関しても非常に有能。年は20歳と僕より上で、年上が好きな僕からすれば、そういう邪推されることも仕方ないでしょうが────」

「アンタにしてはすらすらと良い点が出て来るじゃない、何、冗談じゃなくて本気? 」

「そういった女性が好みでしたか、それでも二股は倫理的に……」

「ちとせさん、さっきから風評被害を受けそうなことを言わないでください」


なにか、琴線に触れるものがあるのか、二股疑惑を徹底的に追及してくる始末だ。もちろんランファはわかってやっている。ラクレットは絶対浮気できないタイプであることを知っているのだ。まず自分自身に正直であり、遊び慣れていない。つまり好きという感情を向けることに抵抗がないが、誰彼構わずというわけではない。本当に何かの拍子で誰かを同時に好きになってしまったら、それこそ目で見ればはっきりわかるくらいの憔悴を見せるであろう。何よりも一番恋愛相談に付き合ってラクレットの財布でお菓子とお茶を楽しんでいるのは彼女だ。

今回ランファは、あまりにも自分たち以外への関わりのないラクレットが、そういったアプローチを受けてどうするのかという反応を楽しんでいるのだ。もちろん最終的にミントの方に行くのはわかっているが、それでは面白くない。
立場的には二人の見方だが、最近ミントの我慢が限界になってきていることを察しているので、いつも獲物に絶対牙を立てない狩人に『追いかけられては逃げて』をしているミントが、狩人が別の獲物に目移りした(という風に錯覚した)場合どうなるかの反応を見たいのである。
何度かアドバイスしても、その単純さと一途さ故に、ラクレットが今まで絶対にできなかった『押してダメなら引いてみろ』を偶然にも行っているのだから、これは良い見世物であるのだ。
故に、より揺さぶりをかける事にする。


「それにしても、アンタがああいうタイプも行けるなら、私も立候補しておけばよかったわ」

「……え? 」

「え? ラ、ランファ先輩? 」


遠くの方でもティーカップをひっくり返したような音がしたのを、笑みだけ作って気にせずにランファは続ける。


「だって、あんたってお金もあるし、身長も十分あるし、強いじゃない。顔は……まあ良くはなってきたけど男らしいという方向よね、格好良さというより。妥協できる範囲ギリギリまであと少しって感じね。どう? 」

「いや、どうと申されましても、ランファさんは非常に御綺麗な女性で、それでいながら可愛らしい側面も持っておられる素敵なお人ですが、いえ、だからこそ妥協は似合わないのでは……」

「そ、そうですよ、ランファ先輩!! ラクレットさんは浮気疑惑があるとはいえ、婚約者がいるのですよ!! も、もしかして略奪愛ですか!? に、日記に書いておかなくては」


少々からかいすぎた気もするが、ラクレットからの脈がないことを確認したランファ。ちとせは暴走を始めてしまったようでフォローが必要だが、それを今は頭から外して考える。
自慢ではないが、フィグという女性を一度見た結果、年齢の為大人の魅力という点では向こうに軍配があるかもしれない。だが、それ以外では間違いなく自分が上であろう。容姿とスタイルならば特に。有力な筋からの情報でラクレットはメリハリのある体系のほうが好みであるという事実を知っているランファなのだ。そんな彼女がやんわりとお断りされてしまったのだ。
(コイツ、本気でミントが好きなのね)
改めてそう思うランファ。エルシオールクルー達が持つ、共通の運命共同体である。という仲間意識もあり、なんだか嬉しくなってしまう。まあ、ミントにはいい薬になるといいわねと思うのであった。























そんな平和な終わり方ですまないのがミントだ。
自分が心を読めるのだという事をすっかり忘れて完全に錯乱してしまっている。

(ラ、ランファさんが、ラ、ラクレットさんを。きょ、強敵すぎますわ!! )

ミントもとある筋からの情報で、ラクレットが実は巨乳で少しばかり太っている抱き心地の良い女性が好きだという事を知っている。現実世界から見て2次元の標準体型くらいの娘だ。ランファは何を食べたらそうなるのかわからない位、余計な肉がついていない奇跡のような体型で、好みと完全一致してはいないが、少なくとも自分よりは近い。

(き、緊急事態ですわ……即急に対策を講じなければいけません)

お約束だが、あとの話は聞こえていないし、冷静に考えていないし、声のトーンと前後の話から察せていない。外伝だからね、ご都合主義なのは仕方ないね。
ミントはすばやく会計をすませて、自室に戻る。どうにかして攻め手を打つ必要がある、その作戦を練る必要があるであろうと。












ラクレットが、いつものようにシミュレーターで訓練を終え、最後に遊びがてら自機のエネルギーを無限に設定し、敵の構成を母艦20とエオニア、ロウィル、ゲルンの旗艦にしてそれを15分ほどで葬ったりした後、幾分か前の改修で設置されたシミュレータールーム横のシャワーで汗を流していた。
このシミュレータールーム自体がエンジェル隊とラクレット専用の為、利用頻度は低かったのだが、女皇陛下や上層部の計らいで、シャワールームが増設されたのだ。これにより、トレーニングルーム近くの更衣室まで行かなくて済むようになったのだ。最もシミュレーターで汗をかくのはラクレット位なので、実質ラクレットの為のシャワールームといって良い。
事実、シミュレータールーム横の小部屋を改装しただけで、2,3人用の小さなものだ。それでも、訓練の直後にシャワーが浴びられるのは有難く、本当はだめなのだが着替え一式を常備し、私物化していた。


「ん……? 髪が伸びてきたかな?」

水にぬれると、青っぽさが少しだけ増す自分の黒髪をつまみながら、ラクレットはそう呟く。最近忙しく散髪をしていないのだ。ここ最近は元々のツンツンヘアーから、数センチで切りそろえる短髪にイメチェンしたのだ、楽だったので。

さて、男のシャワーシーンをいくら描写しても作者しか楽しくないであろう、俺は別にホモじゃないけど。なので、状況を進めよう、俺は別にホモじゃないけど。

最初にラクレットが覚えたのは強烈な違和感であった。シャワーの水音だけではない、なにか物音がするのだ。現在シャンプーをしているので、よく見えないのだが、脱衣所のほうに人影が見える気がする。
敵意は感じないので、清掃係と時間がかぶってしまったのであろうか? しかしいつもならば、あと2時間はあるはずだ。そんな風に疑問を覚えつつ、万が一の場合は即応出来るように、タオルを腰に巻くラクレット。この判断が彼を救った。


「お、お背中を、お流しますわ……」


小さくドアが開いて現れたのは、薄青い髪。小さく水音を立てながらもじもじと恥じらうように近寄ってきた、ミント・ブラマンシュその人であった。


「────ッ!!」


声にならない声を上げるラクレット。そして瞬時に、入り口に側に背を向けた。まずこのシャワールームは別に男女に別れていないので、ミントが来ることには何の問題もない。一緒に入ることには、問題があるであろうが。ラクレットは着替えなどを自分の目線の高さにおいたので、ミントはラクレットが入っている事がわからずに来た可能性もあったであろう。60cmの身長差は伊達ではない

最も、前述のセリフがなければだが。

ミントは意図して入って来たのだ。そんな彼女の格好はバスタオルを胸のところから巻いているものである。あのバスタオルが取れたらどうなってしまうかをラクレットは考えただけでやばそうなので意識から強制的に外す。実際には保険としてチューブトップの水着を着ているのだが。

なぜミントがこんなことをしたのか。それはいろいろ考え過ぎた結果である。もっと攻勢に出るにしても別のところがあったであろう。素直にとはいかなくても、理由をつけて抱き付いてみたり、アイスティーに睡眠薬を入れてソファーに寝かして色々したり。
だがまあ、考え過ぎた結果こうなってしまったのだ。ちなみに彼女の中のプランとしては

『バスタオルで乱入→背中を流すためにラクレットを屈ませる→背中を流している間に、ハプニングとしてバスタオルが外れてしまい、驚きの声を上げる→ラクレットがつられて振り向いたときに水着を見せて、何を想像していたのかを煽って上に立ちつつアピール』

であった。突っ込み所が多いのは気にしてあげない。参謀がいない結果こうなってしまったのだ。でも16歳の女の子が好きな人に意識してもらうために一生懸命考えたって考えれば何でもありだよね。


「ら、ラクレットさん……?」

「いえ、そんな、疑問符はこちらのセリフですよ!? ミントさん何をしてるんですか!! 背中なんて僕一人でも流せますよ!? むしろ僕がミントさんの背中を流すべきなんじゃないでしょうか立場的に!? あ、もちろん柔肌を見ないように目隠しでも何でもしますよ、あれ? でもその方がむしろご褒美な気がします。ああ、もう!! ミントさんはもう素晴らしいですね!! 」


思考と口が直結してしまっているラクレット、完全に焦っている。しかし本能的にミントに恥をかかせてはいけないとわかっているのか、ラクレットは膝をついて背を向ける。
ミントは、暫く悩んだものの、ここまで来たら自棄だと、ラクレットに近づく。持参して来た洗面器を脇において、準備を始める。どこのトルコ風呂だ。こんな娘がくるなら迷わず行くであろう。俺は行く。
なお、ミントはさっきからずっと、胸元の少し下にいろいろ入った洗面器抱えている。非常に愛らしい格好をしていた。画像だけ切り取りセリフをつけるとすれば、『パパ~緒にお風呂入ろ~』が一番しっくりくるかもしれない。

さて、絶体絶命であるラクレットだが、奇襲側のミントも、予想外の攻勢を受けてたじたじであった。思い出してほしいラクレットの過去を。こいつは『一度もエンジェル隊と海で遊んでいないのだ』
個人的にクジラルームで訓練の為に泳いだ事は数度あるが、全てクロミエと二人。ミントと婚約者になってからも、どこかにデートへ行くという事は職務上なかった。そんなラクレット、水着を着ていたのを見られたのは 本編でルシャーティとタクトの意図的な偶然の出会いを妨害するためのみである。その場にいたミルフィータクトルシャーティに非常に強烈なインパクトを与えただけであった。

そう、ミントからしても、ラクレットの鍛えられた鋼のような肉体を生で見るのは初めてなのだ。最近男性の筋肉とかたくましい姿にドキッとする事が、増えてしまったミントである。昔は男性の外見には特に頓着しなかったのだが、テレビや雑誌などでふと格好良いと呼ばれる男性を見た時に『誰か』と比較して、筋肉が貧相で弱っちい。などと結論付けてしまったり、美術館の英雄達の彫刻を見てうっとりしたりしてしまう。そんな彼女だが、実物をこんなに間近で見るのは初めてである。
ミントの前に聳え立っているのは、自分の倍はあろうかという横幅の筋肉の塊だ。同性同士でシャワーを浴びる時に見るものとは全く違う、ゴツゴツとして日焼けのため若干浅黒い皮膚である。


「そ、それでは失礼しますわ」


泡立てたタオルで背中をこすり始めるミント。右手のタオル越しに感じる硬さを非常に意識してしまう。バランスが取れずに、左手で直接背中を触ってしまう。

(熱い……それに、すごく硬いですわ……強いラクレットさんの匂いがしますわ)

シャワーで熱せられた背中は非常に熱を帯びていた。それ以外にも理由はあるのだが、ミントはそんな感想を覚えつつ、何とか言葉を口にする。


「か、加減はいかがですか? 」

「ああ、はい。もうちょっと強くても大丈夫です」


非常に近くにあるラクレットの裸身で、割と一杯一杯のミント。それとは対照的に少し余裕の出てきたラクレット。ラクレットから見て、背中側にはバスタオル一枚のミントがいて背中を流してくれている。天国のような状況だが、それだけだ。

(僕はいつもこの女神と一緒にいるじゃないか)

そう、ラクレットは休みの日は1日10時間『は』ミントの部屋に拘束されるのだ。もちろん嬉しいのだが、最近少し無防備になってきたミントに対して、自制するのに妙に力を使うのだ。ミントは稀に本を読みながら日頃の疲れが出たのか寝てしまう(寝たふりなのだが彼は知らない)。それをベッドに抱き上げて移したり、ソファーでうまく自分の肩が枕になるようにしたりするが、けしからん事にその時にスカートがまくれあがったりしてしまうことがあるのだ(こっちはわざとじゃない)そういった、生活のちょっとした時で培われた自制心を使っているのだ。
直、このラクレットは好きな人が早い段階から居た為に、性欲の減退がないです。

故に、姿が見えない今は少しばかり余裕があった。やがて背中を洗ってもらい流した後、今度は自分で、上半身の前側を洗う。足などは下手するとタオルが落ちてしまうので、とりあえずだ。
急いで洗い終え、シャワーで流してミントのほうへと向き直ると、ミントは呆けた様子でラクレットのことを見ていた。ミントのフィルター越しにラクレットのシャワーシーンを間近で見たのは、彼女を呆けさせるのには十分だった。もう本当お前ら早くくっ付けよ。


「ミントさん? 」

「え、あ、はい? 」

「あの、僕上がりますので……」

「あ、そうですの? 」

「……大丈夫ですか?」


反応が遅いことを、のぼせてしまったのかと思い心配そうに話しかけるラクレット。そうは言いつつも、さすがに大丈夫であろうと、この場から逃げる一心で先に脱衣所に戻るのであった。
一方でミントは気が気ではなかった。先ほどまで完全にラクレットに見惚れていたのが、ラクレットにばれてしまったかもしれないと杞憂していたからだ。何とか我に返り、せっかくだからとバスタオルをとって冷水を頭からかぶり、頭を冷やす。


「失敗ですわ……でも、ラクレットさんの背中、温かかったですわね……」


反省会は長引きそうであった。




















数日後、ラクレットは正式にフィグに対して、これ以上の接触を避けてもらうようの旨を記したメールを送った。婚約者が良い顔をしないだの、興味がないだのとあることないこと書きながら。もちろん単純な取材には、正式な手筈を踏めば快く答えるが、これ以上話せることは機密の保持上ないともしっかり書いた上でだ。

結局彼女は、ラクレットというビジネス面で非常においしい存在と近づきたかっただけである。プライベートとしてもラクレットと仲良くなりたかったかもしれないが、それはラクレットが好きではなく、英雄ラクレット・ヴァルターの彼女である自分が好きだったという事だ。

まあ、それは些細なことだ。さて、イレギュラーな出来事の熱が冷めれば人は平常通りの思考を取り戻し、その間の行いを反省するものだ。この場合はミントとラクレットであろう。

まずラクレット。彼は今回の件で改めて自分の気持ちを再認識した。美人であったとはいえ、自分が好きでもない女に付きまとわられても、全く何も感じずむしろ迷惑すら覚えたのだ。
ある意味で、大きな前進であった。彼はミントのことが好きであったが、ここまで人を好きになることはなかったので、自分の気持ちに確信が持てなかったのだ。これは、どういった感覚が、どういった名称なのかを他人に確実に伝達する方法はないという事と似ている。子供がちょっとぶつけただけで骨が折れたかもと心配するのと同じだ。彼は好きという気持ちの明確なケースがわからなったのだ。
自分では好きと言える、だが、それは本当に世間一般でいう愛情なのか? 自分はミントに大切なものをもらった、それゆえの恩や親しみによるものなのではないのか? 一人眠れない夜になると、そんなことを考えてしまうことがあったのだ。
だからこその今回、女性にアプローチを仕掛けられて、それが本質的に彼を見てないにしても、不快と感じて、ミントの事しか考えられなかったのだ。ラクレットはこれをもって自分の気持ちの証明とすることにした。

今まで直接的に本人に好きと言えなかったのは、この確信がなかったからだ。そう、ラクレットはミントに好きという事を決意したのである。



そしてミント。今回彼女は自分の行動の浅慮さを猛省した。少し考えればわかりそうなことなのに、いくつも重要なことを見落としてしまったのだ。特に何が『お、お背中を、お流しますわ……』だ。顔から火がでそうになる。
もう少し反省するべきですわ、冷静さを心掛けて、無駄な恥をさらさないようにするべきですわ。
そうミントは固く誓ったのだ。疑り深く生きようと。



さあどうなるでしょうか?






















ある夜、ラクレットは珍しくミントを自室に呼び出していた。実はミントのことを好きになったのは、この部屋でミントに頬を張られて、説教されたからなのだが、それは外伝なので別の世界線の本編を読めばわかるよね。的なノリで流しておこう。

だからこそ、あえて自室に呼び出したのだ。
ラクレットの格好はあの時と同じではない。さすがに学生服は体に入らないのだ。軍服を着こんでいる。変に気取ったところを見せないために、式典用のではなく普段着るものだ。

深くソファーに腰かけて、もう何度繰り返したかわからないシミュレーションを頭の中で再生する。

『(まず、ミントさんを呼び出して席についてもらう。この時にどこに座ったかで僕の座る位置は変わるが、今回は正面の席に座ったと仮定して行おう。その後この前ミントさんが交渉の難航していた所に、僕の名前を広告として使って良いと言ったらよい返事が期待できそうになっていたという業務報告を行う、その時のミントさんの反応が好意的だった場合は22aに、興味なさげに本題をせかしている場合は14bに(以下略))


シミュレーターでの旗艦撃墜王もこうなれば形無しである。というか、そういう綿密な計画というのは、立てれば立てるほどにうまくいかなくなるのだ、本当に些細なイレギュラーのせいで。

『(~~中略~~そして、その場合、ミントさんの発言にチェーンして~~中略~~スタックして袖に隠しておいたカードを~~中略~~そして「好きです」と告白~~中略~~二人は幸せなキスをして終了)』

そんな風に入念なシミュレーションを行っているから気づかなかった。




「あの? ラクレットさん? いきなり呼び出して何の用ですの? 電気もつけずにソファーに座り込んで」


目の前に既にフリーパスで入れるミントがいたことを。彼女は呼び鈴を押さずに、お邪魔しますわとだけ告げて、上がり込んだのだ。ラクレットが座らせようとしていたのは食事用のテーブルの椅子だが、ミントは既にラクレットの座るリビング部分のソファーの隣に腰かけて、袖を引っ張りながら、ラクレットを揺らしていた。シミュレーション終了のお知らせだ、二重の意味で。


「え? ミミミミミミミミミントサン!? 」

「そのような名前ではありませんわ、落ち着いてくださいまし」

「アイエエエエ!? ミント=サン!? ミント=サンナンデ!?」

「ですから、落ち着いてくださいませ、別にとって食いやしませんわ」


もう駄目駄目であったのだが、何とか落ち着くラクレット。最近購入したヴァル・ファスク専用の体の血流を操作し強制的に自分の意識を操作する器具を使い、冷静さを取り戻したのだ。
部屋の明かりは、既にミントの手によって点灯してあるが、隣で突然ラクレットが紅く輝いたため、少し驚いてしまうミントであった。


「すみません、取り乱しました」

「いえ……それで、どういったご用件ですの? 私、最近夜はなるべく早めに寝るようにしていますので、手短にお願いしたいものですわ」


前までならば後半の言葉はなかったであろうが、若干疑り深くなってしまっているミントは半場無意識的にそう口にしてしまう。最も内心では、夜にラクレットの部屋に呼び出されてドキドキしている部分はあったのだが、当然顔には出さない。
逆にラクレットは、初手どころか二手目まで取られたようになってしまうが、今までの洗浄を思い出し、何とかこらえる。これ以上に厳しい戦場『いくさば』は無数にあった。


「はい、そのですね……もうすぐ婚約解消ですよね、僕たち」

「……そうですわね、いい風除けでしたわ。私も独り立ちしますし、ちょうど良い機会ですわね」


ラクレットは、すでに壁を作られていそうなのを感じるが、めげない。彼は一度決めたら一直線。壁があろうと気にしないで突き抜ける男なのだ!! ヘタレではあるが。


「ですから、その伝えるべき言葉があるんです……今までありがとうございました。楽しかったですよ。それと」

「…………」


無言でこちらの瞳を覗き込んでいるミントにラクレットは頭の中がクリアになる。本当に真新に。乾き張り付く喉を何とか少ないつばを飲み込み潤し、次の言葉を載せて紡ぐべく、肺に空気を吸い込む。膝に置いた手は震え、視界の端は赤緑色にチカチカ光って、平衡感覚は曖昧だ、それでも言いたい言葉があるのだ。首をかしげて覗き込んでいる目の前の少女に向かって、本心を言うのだ。

好きだと、ずっと前から好きであったと。その気持ちに確信が持てたから、もうばれているけど伝えるのだと。誠意を見せる自信ができたから、好きだというのだと!!


そうして、ラクレットは、言葉を紡いだ















「ミントさんは僕の嫁といわせてください!!」









焦りすぎて、色々段階を飛ばし過ぎた言葉を。本当に思考が『クリア』された結果だ。




ミントは、その言葉を瞬時に理解できなかった。兎にも角にも重要なのは分析することだ。これはどういう事であろう?そういった疑問をねじ伏せながら、彼女は分析を続ける。

(調子に乗ったラクレットさんのドッキリでしょうか? まずは様子を見ないことには、返答ができませんわ? )

発せられた言葉の何となくの意味も分かる。方向性的にもう少し抑えた言葉だったら、まんざらでもないどころか、この場で色々と許してしまいそうなくらい嬉しいものだ、だがどうにもニュアンスがおかしかったのだ。


「なにをおっしゃっておりますの? 私たちの婚約はあと少しで解消されますわよ? 」

「ええ、ですから嫁だと言わせてください」

「……」


意味が解らなかった。いやわかるのだが、プロポーズの言葉の一種であろうと推測できるのだが、だからこそわからなかった。

(なぜこのタイミングなのでしょうか? ああ、もう!! 本心だから言いましょう、すごく嬉しいですわ!! ですがなぜこのような変な言い回しなのでしょう? )

前回の反省か、確信が持てない限り、何とも言えなかった。そう前回だってそのようなミスをしてしまったのだ。自分が何かしらの聞き間違いや勘違いをしていないか、冷静に考え始める。













一方のラクレット、彼は自分がどのような言葉を口にしたのか、よく認識できていなかった。好きです結婚してください!! そういった意味で言ったつもりであったのだ。
だが、ミントの様子をうかがってみると、どうであろう、顔を若干赤らめてはいるが、何かを考え込むかのような態度を見せている。
10秒、20秒、30秒と無言の帳が部屋を包んでいく。

ラクレットの体は緊張と圧迫感で吐き気と腹痛を訴え始めていた。ネガティブな体調は思考をもネガティブにする。それはやがて、ある仮説まで彼を誘導し絶望感で彼を包み込んだ。


「あの……返事を……」


何とかそう絞り出すラクレット。声はかすれて震えていた。ミントはその言葉で我に返り、ラクレットの顔を視界に収める。そして、驚くべき事実に気が付いた。


「……って、どうして泣いておりますの!? 」


そうラクレットは涙をはらりはらりと流していたのだ。両の瞳からあふれる涙は頬を伝って軍服のズボンに染みを作っていた。



「だってミントさんが、こんなにどうやって断ろうと考えるほど迷惑をかけていただなんて思うと……」


ラクレットの仮説はそういう事だ。今までいろいろと自分に対して思わせぶりな態度をとっていたのは、別段男女の関係として一定の行為を持っていたのではなく、からかうと面白い対象だと思われていたのだ。なので、本気になってしまったラクレットに対して、申し訳なくて何とか傷つかずに処理できる言葉を探しているミント
ネガティブすぎであろう。というか、今までのミントの行動がアピールと割っていたならば、もっと早く行動に移せよである。


「え!? いやちょっとお待ちになってくださいまし」

「大丈夫です、僕、今回断られたので、もうすっぱり諦めます。ヴァル・ファスクの薬飲んで半世紀ほど性欲を一切なくします。だから安心してください」


それは、この前論文を読んでいた時に見つけたものであった。EDENをヴァル・ファスクが統治していたころ、性犯罪者に対しての刑罰としてそういった薬の服用を命じていたらしい。
ラクレットは、それを入手できるコネをすでに持っているのだ。






そして逆に今度はミントが窮地に陥る。何が安心してくださいだ。
ちょっと前まで甘酸っぱい空間だったのに、今は既にコメディチックでギャグティストな空間になってしまっている。何が性欲減退だ。
慌てて口を開くミント。


「ああ!! もう!! 貴方は!! 私の事をどう思っているんですの!? 好きなのですか!?」


出来ればこの言葉は言いたくなかった。たぶんどのような状況であっても、この言葉を言えばラクレットは自分に告白してくれるであろう。そういった確信が前はあったからだ。彼女はそういうのは抜きでラクレットから言わせることが重要だと考えていたのだ。
彼女がラクレットを本格的に意識した切掛けが切掛けだけに。


「好きです!! 大好きです!!」

「……私もですわ」


げんなりしながら、そういうミント。もっとロマンチックな状況がよかったのだ。ラクレットが告白しようとしてくれたのは、本当に嬉しかった。しかし、もう少し状況ってものを考えてほしかった。
なにせ、人生で最初の、そして最後になるであろう告白なのだから。


(少しは乙女みたいな夢を見ても良いでしょうに)



「ミントさん……」

「……なんでしょう」


ラクレットは、ミントの名前を呼ぶ。告白の後だというのに無気力気味にそう答えるミント。すると横に座っていたラクレットが、ソファーから降りてミントの目の前で跪いて向き直り、ミントの手を握り締めている。
そして真っ直ぐミントの目を見ながら、ゆっくりと口を開く。






「すっと、すっと好きでした。この部屋で貴女が僕を人間にしてくれた時から。貴女は僕にとって、生きる目標でした。貴女のそばに居たい、役に立ちたい。それが僕の最初の生きる理由でした。意気地がない僕がたくさん迷惑をかけたと思います。きっと僕が思う異常には苦労をかけていると思います」



「だから、なんでも言ってください。あなたが望めば僕は何でもします。皇国に反旗を翻して建国したって良い。二人で新しい会社を作っても良い。どこか辺境に旅に行たって良い。僕にできること、できないこと何でもやります。だからあなたのそばに居させてください。こんなダメな僕ですけど、貴女を守る位ならできます」



「そして、僕に人の愛し方を教えてください。まだ、どうすればよいのかわかりません。好きだってことが自分で確信できるまで、貴女好きっていえなかった僕に、愛を教えてください。愛してると言わせてください」



「好きです。ミントさん」









ラクレットはずっと伝えたかった思いのたけを言葉にし終えた。それは拙く、たどたどしく、無駄に難解であったが、借り物ではなく彼の言葉だった。


「全く……告白のやり直しなんて、男らしくありませんわね。そんな殿方はもらってくれる人もいないでしょう、私が教えて差し上げますわ。人の愛し方を



────私はあなたを愛しておりますわよ。ラクレットさん」


穏やかな微笑みを浮かべ、ミントはそう答えた。二人はこの日から本当の意味で婚約者になったのだった。











その後どうしたか? ミントさんは好きって言われたら、色々許してしまいそうだって言っていたんだよ? だから色々しましたとさ。





────
この後はただいちゃつくだけの話しかないんだ。Ⅱの方書きながらゆっくり書くよ。

書いたよー



[19683] 劇場版ギャラクシーエンジェル特典映像+外伝
Name: HIGU◆36fc980e ID:0b4b700f
Date: 2014/10/14 13:41
劇場版 ギャラクシーエンジェル1 覚醒の剣士 (420)
 トランスバール皇国で420年に公開された映画作品。ラブロマンスやコメディの要素も加えてあるが、かなり精巧に史実を再現しているという、戦史的にも価値のある映画と評価が高い。後の続編が群像劇の形になるのに対して、1作目の本作はあまり語られていないラクレット・ヴァルターの内面に関する考察が施されており、自己に否定的である彼の描写に賛否両論があった。
前述の通り、主人公は司令官であるタクト・マイヤーズではなく、リッキー・カート演じるラクレット・ヴァルター。彼は企画段階で話を聞き、オーディションの為に大幅なビルドアップをして挑んだという逸話がある。結果本人から太鼓判を押されるラクレット・ヴァルターになった。
また、データ販売の際に特典としてついた、エンジェル隊とのIFENDを描いた100分に及ぶおまけ映像が話題を呼んだ。







「あ、そこの瓶とってー」

「はい、これですね」

「うん、ありがとー」


二人肩を並べて立っているのは、最新式のシステムキッチン。既に使用者の趣味および利便性を考えられた物の配置になっており、生活感に溢れているが清潔感を失っていないのが使用者の性格を知れる。
此処は二人の新居。全ての争いに片を付けた二人は、彼の総資産を全て彼女が公営ギャンブルの大穴に1日中(胴元が泣いて謝るまで)賭け続けて作ったお金を軍に収めてEDEN星系から少し離れた星系を丸々買い取った。
彼らを追いかけるパパラッチや、彼の名声か彼女の幸運を求める政治思想活動団体をシャットアウトする目的であった。さすがに星系レベルの防衛システムを構築され、星系内の生体反応を観測されていれば入ってこらないわけだ。
最もここまでしなくとも、彼女の方の運で全て上手く行きそうなものだが。彼の方が万全をきす方が性に合っているという事だ。まあ、彼女の悪運が発動して一度すべておじゃんになったりしたのは今では笑い話であろう。


「んー。うん! いい感じにできた」

「こっちも仕上がりましたよ」


彼女が作るメインディッシュは宇宙生物の宇宙香草焼きである。彼の方はそれの付け合わせだ。いつもの分担である。彼はどうにも繊細な料理をする際にはマニュアルを寸分狂いなく再現しようとするために時間がかかる。それ故の分担だ。


「それじゃあ、冷めないうちに食べちゃおうか?」

「はい。いただきます」


ニコニコ笑顔を崩さないで彼の顔を覗き込む彼女。椅子に座っていても少し目線を上に上げなければ顔が見られないのだが、彼女はそれすら楽しんでいた。未だに自分の上目づかいの視線攻めだけで顔を赤らめてしまう、体の大きい年下の男の子がたまらなく愛しいからだ。
案の定、良く咀嚼し味と香りを堪能してから飲み込んで、口を開き感想を言おうとした彼は、彼女の笑顔に気づき少し目が泳ぐ。それでもきちんと美味しいと言うのは律儀である。


「火加減変えましたよね?」

「正解! やっぱり分かった? えへへ。少しよく火を通してみたの」


そんな調子で感想を言い合いながら彼と彼女はテーブルの上の料理を片付ける。楽しい会話と少しばかりのアルコールでよりポジティブな気持ちになる二人。食後の余韻を楽しんでいると、彼女が思い出したように声を上げた。


「あ! そうだ。デザートがあるの。少し待っててね」

「あ、はい」


彼女はそう言って席を立つ。彼の抜群の聴覚がしゅるりと布がこすれた音を聞き取ったが、表面上は一切の動揺を見せることなくグラスを傾けていた。そのまましばらく待つと彼女が戻って来る。


「これ、ほら貰ったの」

「ああ、あの人らしいですね」


彼女が持ってきたものは、試作品と書かれた箱だった。上は開けられていて中からカラフルなゼリーが見える。ハート型で青と赤と黒のものと、桃色と銀色のものが2つあるのは気を利かせたのか、本気でこれで売り出すのか。それならば、名前の使用料代わりにクーポンでも貰おうか。そんなことを彼が考えていると、彼女は包んでいた布を見せて来る。ハムスターが書かれており、彼女プライベートのものであることの証明となっているらしい。
ともかく、二人とも変な味だの、甘すぎだの言いながら、少しずつ交換し合って笑いながら完食した。感想を書いて送るべきなのであろうが、二人とも正直甘すぎること以外よくわからなかった。


「それじゃあ、今日は私が洗い物するから、お風呂入っちゃってね」

「はい、お願いしますね」

「もぉー、そうじゃないでしょ?」


彼女は人差し指で彼の胸板をツンツンと突きながらそう言った。二人は家事を代り番でこなしているのは事実だが、彼女が言いたいことはそうではないのだった。彼の方も分かっているのだが、未だに気恥ずかしさが先立つ故に躊躇いが出てしまうのだ。


「言わなきゃ? ダメですか? 」

「うん、そうじゃないと私を待っていてくれないでしょ? 」


彼は観念したようにため息をつくと、顔を赤らめながら、そしてその反応こそが彼女の笑顔をより一層魅力的にする事に気づかない振りをしながら口を開いて言葉を紡いだ。


「待っていますので、その……背中を流してください……」

「はーい! 私も洗い物終わったら行くから。 勝手に洗っちゃだめだからね?」


普段は天然で毒気のかけらもない彼女だけど、彼をからかう時は少しだけ意地悪なお姉ちゃんになるのが。今の二人の間柄であり、それはもうしばらく続くのであった。





2 ※

 
「ねぇ、ダーリン?」

「なんでしょう? 」

「もー。そこは『何だい、ハニー?』か『どうしたんだい? マイスィーティー』でしょ? ダーリンたら恥ずかしがっちゃって! 」

「いえ、そういう訳じゃないのですが」


リプシオール艦内ブリッジ。司令席に腰かける彼と、その膝の上に腰かけ体を胸板に預けしなだれかかっている彼女。ブリッジクルー達は、『まーた始まった』と思いつつも、数々の功績を認められ4段階昇進をして艦長に就任した彼と、自然にその副官の位置についていた副指令の彼女には逆らえない。
非常時以外は常にアットホームな職場なのだが、副指令が司令とくっ付いている時に横槍を入れることの無意味さと、火に油という慣用句の意味をよく知っているからでもある。


「それより、キッチンから苦情来ているんですよ? 香辛料、特に辛いものが底をつきかけているので何とかしてほしい。あとブラックコーヒーも在庫が無いとか」

「だってー、アタシは辛いものをダーリンと一緒に食べるのが好きなんだもん! コーヒーだって皆が勝手に飲んでいるだけじゃない。アタシはほとんど飲まないわ」


もん。語尾にもんかー。そんな事を彼は考えてしまう。自分は尊敬する司令官が廃太子を制し、名を馳せた年に来年なるというくらいだ。なので自分の4つ上の彼女は……と思考した辺りで、彼の鎖骨をなでていた彼女の指が、首の頸動脈を撫でたので瞬間凍結した。そして 似合ってるし可愛いからいいかも! という本心の70%の意見を採用し思考を続けることにした。


「でも、あれだけ辛いものを作っている人達見ましたか? ゴーグルとマスクしていましたよ? 」

「気化した湯気が目や器官に入ったら痛いからよ。ダーリンったら、普段あんなにいろんなことを考えているのに、そういう所を見落とすのよねぇ。でもそこが可愛いから大好き!」

「あはは、僕も貴方が好きですよー。ただできればそんな危険物を食べ物にカテゴライズしたくないんですよ」


だって僕辛いの苦手だし。そんな事は口を割けても言えない。進んでは食べないが、食べなくはないという立ち位置を頑張って維持しているのだ。常人ならば一口食べただけで3日は舌の痛みが取れずのたうち回り、流動食に痛みを覚えるようなものだ。
それを、いままで培ってきた精神力と体力で耐え忍び笑顔を見せるのだ。それを可能とする今までの戦いや、屠って来た敵たちに感謝する彼。敵もそんな事の下積みに成るなんて浮かばれないであろう。
それでも食べてしまうのは、あーんとのばしてくる彼女の白魚のような指と、心から純度100%の笑み。そして少しだけ見える、好みを押し付けてないかな? という不安の色を見せる瞳があるからなのだ。よーするにギャップ。


「もぉどうしたの? 今日はいつにもましてクールで知的じゃない。そんなダーリンも素敵よ!」

「いやー貴方の手ずからに食べると、より美味しく感じられると考えていました」


嘘は言っていない。彼は嘘をつくことを嫌うからだ。嘘をつくのにはエネルギーがいるのを彼は良く知っているからである。一部しか言わなかったり、誘導したりはするが。


「やーん! ラ●ファ嬉しい! 今度は蘭●スペシャル フルコース作ってあげるから、楽しみにしててね?」

「ほ、ほんとですか? わーい、嬉しいなぁー」


しかし神様は見ているのか、正直者であれと布告するのか藪蛇であったようだ。固まりかけた笑みを誤魔化すために、彼女の腰に回していた右手を強く内に寄せ、手繰り寄せるように抱きしめた。


「やん! ダーリンったら。ここはブリッジで皆が見ているのよ? ダイタンなのは……ね? 」


少し馬鹿っぽいと彼は思っている彼女のぶりっ子ぶった態度の中から、突然蠱惑的な魔の取り方と声使い。正直クラクラ来てしまっているが、公務はまだ4時間ほどは続くので、鋼のような理性(笑)で彼は耐えるのだった。


「ねえ、どうしてダーリンはそんなに私の事ハニーって呼んでくれないの?」


いつの間にか、その蠱惑的な彼女は万華鏡のように移ろっていたのか、不安げな光で見上げている。彼の右肩に左頬をつけて甘えるようにしているが、声と目で彼は理解した。
彼はそろそろ流石に無理があったかと自嘲する。かなり前からの熱いラブコール(そのまま)を受けていたが、のらりくらりと躱したり、その場で一度だけ返し時間を挟んだりとしていたのだが、限界だったようだ。それは彼のちっぽけな拘りでしかないのだから。彼女を不安にさせるのならばやめるべきなのだろう。


「僕は、自分の一番好きな人は、多くの人が使える単語じゃなくて、名前で呼びたいから」

「え? 」

「貴方はハニーって名前じゃないですから。でもハニーの方が良いのなら、そう呼びますね」

「……名前! 名前で呼んで!! アタシの事はアタシだけの名前を呼んで!! 」


雨があがった。そう言わんばかりの彼女の変化に、ああ自分も結局骨抜きになっているんだなと、再認識する。そして、彼女の要望に応えるべく、耳元に口を寄せて囁くのは愛しい人の名前。


ブリッジクルーは諦めたように、ため息をつくと全員ヘッドセットをつけ艦内放送チャンネルに合わせて傾聴しながら同じことを祈った。 あと4時間司令と副指令が最後の良識を無くさない様にと。



※一部伏せ字を使用しております





「全く! 楽させてくれないね! 」

「この程度、苦労に入りませんよ! 」

「ほぅ? 言うようになったじゃないか!」


 場所は密林。生い茂る樹木達により、直射日光はない物の、籠る湿気が茹だるような熱気となって包み込んでいる。昼間なのに鬱蒼と生い茂り薄暗いこの場において、二人の男女がいたのだが、状況は緊迫していた。
僅かな機械音が二人の右前方から聞こえた瞬間、彼女は愛銃をそちらに向けて即発砲。彼は盾のように剣の腹を前面にだしてチャージ。しかし彼が違和感を覚えバックステップで急加速していた身体を戻す。すると彼の足跡の3cm先に着弾。悔しげな声が聞こえないのは、敵が熟練だからではない、人間では無いからだ。

彼と彼女がいる場所は、クロノクェイクにより人が死滅し、機械が自己修復して管理していた無人の惑星だ。多くの人の作った施設は自然に蹂躙されており、600年という年月を如実に表している。
そんな星なのだが、この5つ目の銀河SKIAにおいて、此処まで自然にあふれている星は珍しく。1つの星に人口を集中させ、人々に節制を進め資源を守りつつ共同体を作ることで生き延びたSKIA人達にとって、理想的な再入植場所だった。そんな星の今の王者である機械達の軍勢を殲滅ないし、無力化するのが二人の任務だ。

この時代白兵戦ができるEDEN軍人は非常に少ない。白兵戦をするという事態にそもそも至らないのもあるが、『敵対する星は衛星上から砲撃してればよい』という技術力の進化があるからだ。銃が戦場の主役になりサムラーイがレーザーブレードに持ち替えたようなものだ。
予定だと、2番目に技術と軍の再編が進んでいるNEUEからもうじき援軍が来るが、先達として示す意味もあり先遣隊の二人が派遣されていたのだ。


「親玉を叩けば良いってのと、その場所はわかったけど! 」

「簡単に情報を持ち帰らせてくれそうにはないですね!! 」


 本当に非常時であれば、遠隔操縦のできる彼が機体を呼び寄せれば蹂躙できるが、それでは意味がない。6つの銀河で同規模を出し合った連合軍を作る。そんな将来的なビジョンは兎も角、現在の肥大化しすぎてしまったEDEN軍とNEUE軍は戦いを終えた結果、少しずつ軍縮して行く必要がある。とにかく金を食うのだ、戦時の徴収ができない以上回らないのだ。
すぐに解雇することは経済的な問題がある為に、こういった別銀河の支援活動を公共事業として請け負っていくことで解決を図ろうとしたのだ。その先例になるべく二人がここにいるのだから。


「まだいけるかい? 」

「そっちこそ、お体に触るのでは? 」

「ふーん、年寄りの冷や水とでも言いたいのかい? 」


そんな軽口を叩き合いながらも、二人は密林という環境で戦い続ける。数の面で劣り、視界に関係なく熱源感知する機械相手と不利な条件は多いが、二人はその位では怯むことなどない。


「まさか? 昨晩あんだけ僕の下でもう無理だって言っていたのに、大丈夫ですかって事ですよ! 」

「ッは! それはこっちのセリフだね。全く、可愛げって奴が無くなっちまったようだよ」

「相棒の影響ですよ! 援護お願いします! 」


 楽しげとは言わないが、余裕あると見える会話をしながら戦い続けている。彼は愛剣に最近追加されたフォルムチェンジ能力で巨大化させると、元同僚にならった剣技を見様見真似で繰り出す。横薙ぎに払われた剣の先から光のエネルギーが生まれ、木を切り倒し道を作っていく、そして漸く敵の機械を視界にとらえた。その瞬間赤いモノアイに弾丸が命中する。その怯んだ隙に彼が寄って切る。これで撃破数は4。6機編成の小隊を組んでいるらしい機械と頭数で総数になる。


「やるじゃないかい? これで撃破数は並んだね」

「勝った方が負けた方の言う事を聞くんですからね? 今更無しとか無効ですよ」

「っは。軽口を叩けるのも今の内だよ。そっちこそ泣いて謝るまでとことん可愛がって欲しけりゃ、辞退しても私は構い話しないよ!」


そんな会話をしながらも油断なく周囲を警戒する。先ほどから見えない機械が攻撃を仕掛けてきているのだ。移動銃座もあるようで自分の勘と耳が頼りだ。


「それこそまさかですよ。僕が勝ったらフリフリの可愛いドレスを着てジュノーのデートコース2泊3日ですからね」

「……いや、それは流石に。ま、私に勝ててから夢を語るんだね! 」

「勝って見せますよ! 師と相棒と恋人に誓ってね! 」

「んじゃあ、こっちも弟子と相方と未来の旦那様に誓うとしようかね!! 」


そんな状況でも二人は楽しげに、そして冷静に戦闘を続けていく。自分の背中は相手が。相手の背中は自分が。彼女の剣に彼はなり、彼の銃に彼女はなる。二人で一人の無敵の兵士は、今日も銀河のどこかで泥臭く戦い、絆を確かめ合っている。戦いの中だからこそ通じ合う思いと言葉に出来る気持ちもある。二人はそう思っている。









4

「皆さん、ご飯の時間ですよ」

その言葉に彼に群がり彼を遊具にして遊んでいた子供たちは一斉に離れて行き、彼女の元を通り過ぎて洗面所に走って行った。食事の前には手を洗う。何度も言い聞かせきちんとその言いつけを守っている良い子たちなのであろう。

「お疲れ様です。『お父さん』」

「ああ、『お母さん』もお疲れ様」


彼女の出身星のほど近く、そこにある小奇麗な孤児院。それが二人のいる場所だ。軍をやめた二人は私生活が地味目であったことと、かなり高級取りだった事もあり、貯金がかなりの額あった。そのお金を使って小規模な財団を結成。銀河の生まれに拘わらず、種族すら問わないと明言された孤児院の経営を始めたのだ。彼の兄や彼女の元同僚の出資も来るようになり、設立12年を迎え経営規模が今や惑星単位となっていたが、始まりの場所であるこの場に二人はいた。
孤児と言っても年齢はバラバラ、種族による寿命成長体格の差もある。それでも彼と彼女は孤児たちに最適な仕事を与えて、共同体として自活できるようにしていた。この星では1次産業からサービス業まで多くの元孤児が従事している。今後増えていくであろう移民や他民族との交流において、中立地域としての役割すら期待されるほど大きな物になっている、そんな星だ。


「あの子たちも、すっかり笑えるようになりましたね」

「ええ、元気すぎて怖いくらいですね」


そんな大仰なことにはなっているが、やっている事は子供たちの世話でしかない二人には今一実感が無かったが、そう言った折衝担当は別にいるので問題ない。二人の理念の協力者はとにかく多いのだ。なにせ二人の財団に協力することでできるパイプは、銀河のあらゆるところにつながっている。そんな下心があっても、救われる命があるのならばと、二人は懸命にできる事だけをしている。
そんな二人の所に来るのは心に問題を抱えた子供たちが多いが、直ぐにとはいかなくても徐々に心を開いていっている。それは二人の真摯な態度が子供たちにも伝わるからであろう。
もうすぐ30歳になる二人がしみじみそう語っていると、子供たちの催促するような声が聞こえてくる。どうやらお腹がすいているようだ。


「行きましょう。私たちの子供たちが待っています」

「そうですね」


彼はそっと彼女に手を差し出す。彼女の方もゆっくり軽くそれに手を重ねて指を絡める。こうした普段のちょっとしたつながりで二人の心は満たされている。可愛いわが子たちに囲まれており。今でも毎日のようにこの孤児院を巣立った、自分たちと殆ど年の変わらない息子娘たちが挨拶しにやって来る。
加えて昔の同僚たちも視察と称して子供たちと遊び、食事を食べにくる。彼女の一番娘なんかは長女風を吹かすために帰省してくる。そんな生活が幸せでないわけが無かった。


「貴方がいたから、みんなの笑顔があります」

「貴女がいるから、僕もここの皆も幸せなんですよ」


二人はそう言ってゆっくりと食卓に足を向けた。



「ねえ、お母さん」

「はい、なんでしょう」


食後のひと時、子供たちは集まってゲームをしたりおしゃべりをしたりしている中、サマーセーターを編んでいた彼女の元に娘の一人がやって来た。この家では小さい子も多い為夜は早く明りを消すが、だからこそこの時間を目いっぱい楽しんでいる子たちが多いのだが。
そんな中彼女の元に来たのは、何時もは彼の絵本の読み聞かせの所にいる子だった。べつに今日はやっていない訳ではないので、きちんと用事があったのであろうと思った彼女は手を止めて彼女の方をしっかり見つめた。


「あのね、私、お父さんと結婚するの。良いよね? お母さん」


 どうやら、この子なりに真剣なようだ。と彼女は冷静にそう思った。そして、こう言った事は別に初めてではない。彼女の方も子供から求婚されたことはあるし、彼の方だって然りだ。可愛い子供の言う事ではあるが彼らなりに真剣なのはわかっている。


「お父さんに聞いて、いいよって言ったらいいですよ」

「本当? 聞いてくる! お父さーん!」


 もちろん、彼がYESと少なくとも彼女の前でいう訳はなく(勿論隠れて言う訳もないが)。そんなわけで直ぐに少し不貞腐れながら、彼に頭を撫でられている女の子の姿が此処から見える。そんなところに彼女がやってきて諭す様に言い聞かせた。


「お父さんはお母さんの旦那様だから。貴方は自分の好きな人を見つけなさい」

そう言いながら、彼女は自然な動きで彼の横に立ち腕をとった。

「そうそう。可愛いから、大きくなったらお母さんより綺麗になって! 男の子が放っておかなくなるよ」

彼がにこにこ笑いながらそう言う。綺麗になっての当たりで、とられている腕に、爪を立てられたような鋭い痛みを感じ取ったが、なるべく顔に出さないままに。
女の子は納得したのかしてないのか、今日はお父さんと一緒に寝て良い? と聞いて来たので、いいよと笑って答えてあげると、歯を磨くと言って洗面所に走って行った。他の子たちも寝る準備を始め、三々五々と散っていき、二人だけになると、彼女が口を開いた。


「私より可愛いですか? あの子の方が」

「イタイイタイイタイイタイ。やめて、ねえごめんなさい。ああ言うしかないでしょ? 」

二人きりになると見せるちょっと嫉妬深い少女の顔。それを彼の前に出しながら、彼女も大きくはなったけど、さらに引き離されてしまった背の高い彼を覗き込んでそう漏らす。少し頬をふくらましているのがたいへん愛らしい。


「それに、あの子が可愛くても、僕にとって一番で唯一なのは貴女だけだよ。僕の天使さん」

「はい、知っていますよ」


 控えめな微笑みを浮かべそう言った彼女は少しだけ周りを見渡し子供たちがいないか確認すると、目をつむり背伸びをするのであった。








5 

「とうさまー。おかえりなさい! 」

「ああ、ただいま」

「かあさまにもいってきますね! 」


 すっかりたどたどしい敬語で話すようになった息子の頭を撫でながら、彼は靴を脱ぐ。Absolute近くに作られた人工惑星にある、彼と彼女とその子供たちの家は、最近では珍しくなくなってきたが、ジュンワフウと呼ばれるスタイルで、靴で歩くドマ以外は土足厳禁なのだ。


「貴方、おかえりなさい」

「ああ、ただいま」


 愛する妻と、愛する子供。充実した仕事にもついている彼は公私ともに絶好調であった。彼女の方も育児に専念するために軍を辞め家庭に入ると上に申し出たが、『今後いつでも戻ってきてくれ、というか戻ってきて下さいお願いします』と言われ結局無期限の育児休暇という扱いになった。
彼女自身父親が軍人であったために、そこまで個人に特別な措置をとってもらえることに心苦しさを感じたものの、有難く頂戴することにして4歳の息子と忙しい父親を待つ日々である。


「本当に疲れました。艦長なんてやるもんじゃないです」

「ふふ。皆さんがそう言っていますね。どの位いられますか?」

「2週間程。丁度点検できるドックが混んでいたみたいで、休暇といい具合にずれ込んだ。後半は通う事にはなるけど定時で帰れるよ」
 

 艦長職につき、まだ多くの銀河が抱える諸問題の解決に奔走する毎日。平行世界連盟が結束され10年がたち、人材も育ち艦の数も揃い、艦の速度が革命的に早くなったために、長期任務は少なくなった。それでも前大戦での英雄たちはそれぞれの銀河から指名を受ける事が多く、暫くは食いあぶれる事はないが、休みも少ないのだ。


「とうさま、またお仕事なの?」

「しばらくはおうちにいるよ」

「ほんとう!? とうさま、じゃあおふろはいりましょう!」


そんな中二人の子供は、大好きな父親が暫く家にいるとわかって大喜びである。普段は少し寂しい思いをさせているかもしれないと、少し引け目に感じている彼。仕事での冷静沈着にして隙の無い歴戦の軍人にして切り札の姿はなく、子煩悩の父親でしかない彼は、そのまま我が子に手を引かれて脱衣場に行くのであった。彼女の方もそんな二人の愛の結晶の無邪気な姿に思わず笑みを浮かべるのであった








「ほら! どうだ? 」

「わーすごいです! かあさまー見てください」


 彼の休暇中、ジュノーに民間船で赴き、移動型遊園地船であるケーゼクーヘンに彼女と子供を伴ってやってきた。所謂家族サービスというやつである。もうすぐ始まるパレードの為に進路上で待機していたのだが、人垣で見えない子供の為に肩車をしたところだ。
 いつも見ている景色と違い、2m以上の高さから見える風景は新鮮だったのかはしゃぐ子供。彼もつられるように笑う。しかし彼女の方を見ると微笑んでいるものの、少し寂しさというか複雑なものが瞳の奥にあるのを感じた。


「どうしました?」

「あ、いえ。昔を少し思い出しまして。私も幼いとき父に肩車をしてもらったなと。ふと懐かしくなりました」

「お義父さんですか……」


 彼女の父は任務中に殉職している。しかし彼女に軍人として人としてあるべき姿を伝え、彼女もそれを受け継いで育った。そんな父親の事が彼女は大好きであった。父との思い出の一つの今の自分が重なったのである。
 彼はそこまで正確に察することは出来なかった。それでも寂しさがネガティブなものだけでは無い事を感じ取ることができた。自分が彼女にそして彼女の父を見習ってできる事はなんであろうかと考える。少し周りを見渡すと始まったパレードに夢中であり、人垣の最後尾にいる自分たちに注目する者はいない。
彼は肩の上の子供にしっかりつかまっているようにと言い聞かせる。パレードに夢中で、上の空の返事が返って来るものの、足で挟む力が強くなったのを感じ取る。


「こっちに」

「きゃっ!」

 隣の彼女の手を引き自分の胸に抱き寄せるようにかき抱く。少し驚いて怯んでいる彼女に優しく足払いをかける。突然の事に鍛えられた彼女の経験と反射神経が、体を支えようと彼の首を両手でつかむ。その間に彼は右手を彼女の背中に回し持ち上げ、左手を膝の下に添える。


「肩車もおんぶもできませんが。こういったのならいつでも。僕で良ければ」

「もう。びっくりしたじゃないですか!」

「はは、ごめんなさい」


 口調は怒っているし、目つきも真剣だ。だけど二人の距離は近く口元はお互いにやけていた。そう言えば子供ができてから日常での接触回数が減った気がする。ふとそんな事を二人とも思った。
そんな風に子供を肩に妻を腕にと彼が立っていると、いつの間にかパレードは佳境に入っていたのか聴衆は大盛り上がりを見せる。興奮した前の人の手が彼の髪に当たり謝る為に振り返った。遊園地にいる間、ここのマスコットキャラクターのお面をつけていた彼だが、パレードの前に外している。謝りながら顔を見た青年の表情がみるみる変わっていくのを冷静に観察しながら、彼女を腕から下ろす。彼女も慣れたもので、足元にある荷物を拾い上げる。
そして青年が二の句を継ぐ前に3人はその場を後にする。今日はプライベートで来ているからであり、大切な人との時間を邪魔されたくはないから。


「抱きかかえて逃げるのもありだったんですけどね」

「ふふ、我慢ができなくなりそうなので、それは家に帰って、日記を書いてからで」

「とうさま、かあさま! 観覧車に乗りたいです!」


 二人の愛の結晶の要望通り、宇宙大観覧車へと向かう。その足乗りは一人を担いでもなお軽快で、今後生まれて来る多くの子供たち全員を抱えられるものであった。それはそんな彼の3歩後ろで支える彼女の存在があるからだという事を自覚しながら。








此処まで映像特典 こっから外伝

6

「はい、ラクレットさん。あーん」

「あ、あーん」


その瞬間朝の和やかなエルシオール食堂の空気が凍った。あるものは飲んでいたコップの水を膝にたらし、あるものはスプーンを落とし、またある者は隣にいる女性に俺を殴れと頼み叩かれていたり、酷いものは懐から遺書を取り出して加筆を始めていたりしている。
どうやら寝ている間にこの世が終わり、今は来世にいるようだ。そんな共通認識があった。ありえないことなのだ。昨日までのミント・ブラマンシュがラクレットの膝の上に座りなおして、左手で持ったスプーンをラクレットの口に持っていくなんてことは。


「ふふ、どうでしょう? このゼリーは何と一切砂糖を使っていませんの、でも焼けつくような甘さはそのままどころかパワーアップしている、とても素晴らしいものですわ」

「は、はい。心なしかいつもより味がしない気もするのですけど美味しいです」

「あら? 風邪でも引かれましたか? 昨日は夜遅くまで起きていらっしゃいましたからね」


風邪を引いた疑いがあるのはアンタだよ。とミントの発言に対してサイレントマジョリティはツッコミを入れていた。だから後半のセリフまで処理は間に合わなかった。
あ、ミントさんは結婚式がファーストキスが良いって言っていたけど我慢できなかったみたいだよ。ウェデングアイル(バージンロード)的には問題ないレベルまでだったのは、物理的に無理という深刻な問題だったと巷ではもっぱらの噂だ。


「あ、あのー」

「なんでしょう? お代わりですか?」

「いえ、僕はまだ自分の宇宙ハッカバーガーが残っていますので、その」

「あら? 私としたことが申し訳ありませんわ」


ミントはラクレットのまだ自分のごはん食べ終わってないので、降りてほしいなーという言葉を理解したのか、していないのか。ゼリーの容器とスプーンを一度テーブルに戻した。


「それでは改めまして。はい、あーんですわ」
 

彼女は、ラクレットのバーガーに手を伸ばし、手ずからに食べさせようとしたのである。要するに彼の意図を全く理解していなかった。今の彼女は脳内がミルフィー状態(命名蘭花)だ。お花畑である。


「いや、その一人で食べられま「ちょっと、ミント! アンタ何やってんのよ! 朝っぱらから! 」

「あら? ランファさん。おはようございます。婚約者と仲睦まじい朝食をとっていただけですわ」

「変わりすぎなのよ!! 昨日(IFEND2-3参照)から!! アンタ別にこいつの事表面上はどうでも良いように扱っていたでしょ!」


 ミントの奇怪極まりない行動が、既に噂として艦を駆け巡っているのを聞き、急行した蘭花が見たのは変わり果てたミントの姿であった。
いつもの一歩引いた冷静な笑みは締まりない満面の笑みと、彼女の親友のそれになっており、見る者が見ればあからさまであった彼への好意を全く隠そうともしていない。いつもなら彼の正面に座って物欲しそうに口元を眺めているが、今日は彼の膝の上でご満悦の様子だ。今も会話しながらラクレットの口についた食べカスをとって口元に運んでいる。


「全くランファさんは、少々心境に変化があっただけですわ。それに、婚約者と朝食の席を共にすることに何の問題がありまして? 」

「席を共にするってそういう意味じゃないわよ!! 恥じらいを持ちなさいよ!」

「ら、ランファさん落ち着いて下さい」

 煙に巻くような態度はいつもと変わらないのだが、方向性が非常に腹立つようになっているミントにヒートアップするランファ。

「ランファさんももう少し優雅になさっては? 彼氏がいないから少々余裕がないのではありませんこと?」

「……アンタ後で覚えてなさいよ」


そのアンタには僕も含まれてるよねぇ!? これ! と内心涙目になるラクレット。だが、さすがにミントが浮かれ過ぎているのを彼は感じていた。昨晩の決意である彼女の為にならば何でもするといった。愛し方を教えてもらうともいった。いろいろ可愛がってもらった。あ、最後のは余計だった。ともかく、だがこれはおかしいだろ。そう思うラクレットであった。
とりあえず、目の前で静かに怒りのボルテージを上げるランファの手前、少しでも被害を減らすべく対策をとったことを明確にしておくことにする。


「あ、ああー。僕はもうお腹いっぱいだなぁー」

「きゃ! も、もうラクレットさん、急に抱え上げないでくださいまし!」


 ラクレットがミントの脇の下に手を入れてそのまま小さい子を持ち上げるように膝から下ろして、席を立ったのである。ミントは不満げな顔でその行為をしたラクレットを見つめている。ジト目もかわいいなーなんて思ってしまう彼も十分末期なのです。

「ほら、ランファさんも呼びに来てますし、朝のミーティングに行きましょう? ね?」

「私としては、もう少しふれあっていたいのですが……」


 上目使いでそう言うミント。なにこのかわいい生き物。ラクレットは無意識に頭を撫でて兎のような耳をつまもうと、手を伸ばそうとする。その瞬間横からいい加減にしろという怨念が感じられたので我に返る。

「そういうのは、二人きりでしたいなー、ミントさんに思いっきり甘えるのは二人きりの方がいいなー」

「そ、そうですの? それなら仕方有りませんわね。ランファさん早く行きましょう。ミーティングなんてすぐ終わらせてしまうべきですわ」

「二人とも、後で個別に説教」


ラクレットは目の前が まっくら になった

しかし、その日の午後には多くの人に祝福された。独身仲間からはやっとかと安堵され、女性職員の多くもおめでとう、よく頑張ったねと賛美していたのは、彼の今までの態度と、年単位でミントのあの態度を受け入れ続けたからか。
ラクレットは自分を叱っていたレスターの小言を受けた後、まだまだかかりそうなミントを待たない様に言われていたので、一人で自室に戻り眠りについた。

それが彼の独身生活最後の夜になることも。明日の朝には記者会見を開くことも。ミントはもうこじらせすぎて手遅れになっていたことも。そしてなにより、毎晩睡眠不足にはなるが、最高に幸せな結婚生活が始まることも全く知らないままに。


「ミントさん……愛しています」


彼の寝言に、遠くの方で「私もですわ!!」と叫んだ愛しい人いたことも知らないままに。








7 

「こっちですよー」

「ああ、すまない。待たせたな」


今日のラクレットは恋人であるクロミエと水族館に来ていた。宇宙クジラは厳密には水棲生物ではない為にそれつながりではないのだが、昨日の夜動物や自然を紹介する番組を見ていた時にふと明日行くかという雰囲気になったからである。


「待ち合わせなんて初めてだな」

「一度こういうことをしてみたかったんです。お嫌いでしたか? 」

「はは、まさか。お前とする全ての事が楽しいよ僕は」

「僕も同じですよ、ラクレットさん」


 クロミエが名前を呟いたからか、チケット窓口のお姉さんが顔を上げる。しかし直ぐに状況を理解して、笑みを浮かべた後口を開いた。


「恋人料金でよろしいでしょうか?」

「お願いします」

「かしこまりました」


 彼女もプロであり、以前お忍びで女皇陛下と聖母様がいらっしゃった時に対応した経験もある。その際には大人1枚子供1枚と言われたが、家族料金にいたしますかと言ったらすごく驚かれた。サービスですよと続けて言うと安心したように聖母様が微笑みお願いしますと仰られたのだ。女皇陛下もその言葉に嬉しそうに口元を緩めていらっしゃった。
 そんなわけで、異性の影も噂もない、あの英雄ラクレット・ヴァルターがデートで来ようと冷静に対応できたのは『ほう、経験が生きたな』と言うやつである。彼女は慣れている作業をこなしながら、クロミエと呼ばれた人物を観察する。
勿論失礼に当たらないように横目でだ。服装は淡い緑のユニセックスなつくりのブラウスにショートパンツと、ボーイッシュなもので、髪型も帽子をかぶっているがショートである。それでいて活動的な印象も受けない。中々珍しい少女()と彼女は感じ、これが好みならば確かに今まで恋人がいなかったのも信じられると納得していた。


「こちらになります」

「ああ、ありがとう。ほら、クロミエ」

「はいどうも。ボクはまず宇宙クラゲが見たいですね」

「えーおまえ、クラゲ見だすと長いじゃんか。僕もクラゲは好きだけど2時間はきついよ」

「大丈夫です足は止めませんから」

「円柱の水槽をバターになるまで歩くの禁止だからな」

「てへっ」


 ボクッ娘とはレベル高いわね。愛読書がチーズ商会傘下の出版社レーベルの本である彼女はそう思った。しかしかなり長く連れ添った、息の合ったカップルね。と言う感想でもあった。飾った様子も、気取った様子もない、ありのままの自分を晒し合えるような、そんな二人である。


「イルカの餌やり体験だって、行きたい?」

「宇宙クジラが嫉妬しちゃうので、パスします」

「はは。イルカもクジラも同じだって言ってから妙な対抗意識があるんだっけか? あのクジラさんはもう」

「ラクレットさんが僕と付き合うようになった時、複雑だけど賛成してくれましたから、ご機嫌とらないと」

「いやー、宇宙クジラとガチンコするとは思わなかったよ、本当」

「ボクの為に争わないで! って一度言ってみたかったので満足しました」

「おいおい……もしかしてあれ全部仕込みだったのか?」

「……てへっ?」


 そんな風に楽しげに会話をしながら、水族館のゲートをくぐる二人の影は一つであった。これがエルシオール公認のNo1カップルの自然すぎる在り方である。










EX おまけのおまけ テンプレだったらこんな感じ




「くらえ、エオニア!! クロノブレイクキャノン!! 」

「ぐわあ~~~!! 」 ドカーン

「ククク、エオニアは所詮黒き月の傀儡……真の黒幕たr「もう一発クロノブレイクキャノン!! 」

「ぐはぁ!! 」 チュドーン

「人間よ!! 底力は見せてもらったわ!! ひれ伏s「7号機発進!! クロノブレイクキャノン!! 」

「クソガァあああ!! 」 ファビョーン

「下等種族どもが、CQぼm「愛の力だああああああ!! 」

「」 チーン




こうして銀河に平和が訪れた。タクト達『エルシオール』の活躍が銀河を救ったのである。そうしてその結果ラクレットは軍を追われた。

ヴァル・ファスクだからとか、そういった理由ではない、ものすごい圧力がかかったのだ。そうしてラクレットは皇国で200年ぶりの女皇の騎士に任命されたのだ。軍ではなく、騎士団を設立しそこに入ったのだ。入隊資格は貴族であることと、叙勲されるほどの武功を示すこと。寄付金などは一切認められない完全実力性である。現在1名所属。


「どうして、僕はこんなところに来てしまったのだろう……」

「どうした、ラクレット」

「陛下……」


EDENとの友好条約を戦後に正式に更新するという、今後の双方の発展において重要な節目になるであろう式典、その場において、最もシヴァ女皇のそばにいたのは、常に後方に控えるラクレットであった。

気が付いたら、実家が貴族の爵位を金にものを言わせて買っていた。主に長男が泣く泣く払う羽目になった。エメンタール曰く、良い商売口ができたし(声が震えていた) 
そうして、1週間後に父が退位し自分が家督を継ぐことになってしまった。正式に貴族様になってしまい、さらに女皇直属というより女皇の騎士(所有物)になってしまったのである。「これはもう詰みだ、はっきりわかるね」そう空に呟いてしまうほどにラクレットは、状況に流されているままだった。
いや想定の千倍の速さで物事が進んでいるのだから仕方がないともいえるが。それでもその状況に反発することはなかったのは、自分に騎士になってほしいと直々に頼みに来た女皇陛下の声が少し震えていたから。


「いえ、急転直下な状況に、少々気圧されただけですよ」

「ふむ、そうか。すまないな。だが、どうしても譲れなかったのだ」


未だ御年12歳と少女ではあるが、纏いし風格は比喩ではなく王者そのもの。そんな少女は満足げに頷きながらそう口にした。


「たった1度の」

「なんでしょう?」

言葉に詰まる彼女に先を促すラクレット。正直状況がわかっていないのだが、なんとなく人生この先道が2本くらいしかなさそうなことだけは感じ取っていた。


「たった1度きりのわがままだな。許せラクレットよ。余は、いや私は私的に権力を使ってしまった。そんな私を軽蔑するか?」

「まさか? 立派な女皇様ですよ。誰がどう思おうと、僕の中では」

「そうか……」


その言葉に、少しばかり強張っていた頬が戻るのを彼女は自覚した。そう言ってくれるだろう自身もあったが、言葉にしてもらえるのは嬉しいものだ。


「ただ、少し驚いただけです。なんで僕が? いや僕しか騎士になれそうな人いませんけど、しいて言うならばレスターさんとかですが」

「……まだわからぬのか?」

「え?」

本気でわかっていないのか、とぼけているのか。周囲の政治屋は全員後者であるために、彼女はラクレットのリアクションが良くわからなかった。ちなみに無意識で惚けているのであるが。

「いや、なに。私も女なのだ。エルシオールでそなたに庇われた時に、胸の高鳴りを抑える事が出来なかった。許せ、そんなわがままでお前の人生を決めてしまった」

「陛下……」


ラクレットも腹をくくった。自分が彼女を庇ったから、自分が彼女の命を救ったから彼女が恐怖を覚えたまま生き、そして皇国を導くことになったのだ。そう理解した。

『騎士団を作り(護衛として)常に自分を傍に置かないと安心できないようになってしまった』

のであろうと。ならば、その責任を取るのも自分がするべきであろう。


「御身は既に陛下のものであり、わが剣を振るうは陛下の為にあります」

「くく……ハハハ。ラクレット其方は本当に面白い男だな!」

「お褒めに与り恐悦至極にございます」


何か失礼なことを、変なことを口にしてしまったのか、そう不安になるが目の前の女皇様が楽しそうなのでよしとする。

「そうか、ではシヴァ・トランスバ━ルの名において命ずる。傾聴せよ、一度しか言わぬからな」

「はっ!」


臣下の礼をとり、ひざまずき下を向くラクレット。全神経を聴覚に集中させると、小さく深呼吸する音まで聞こえてくる。そのまま待つと意を決したのか彼女が口を開いた。


「……貴方の子供を、私に生ませてください」

「ご命令とあれ……ば?……え? 」


12歳の少女にその台詞を言わせたのは、たぶんアウトであろう。思わず顔を上げると、珠のような白い肌を紅色に染めている、一人の恋する乙女がそこにいた。












────と、これが余の父と母の馴れ初めだ。

そう語ったのはヴァル・ファスク、トランスバール皇族、月の聖母の血を引いた蒼の瞳と黒の髪をもつ青年。各方面のスペシャリストが師に着いた為か、圧倒的なカリスマと、白兵・戦闘機・艦隊全ての戦いにおいて非凡の才能を示す英雄にして。6つの銀河を平定し、超大国を作り上げた覇王であった。
彼の座右の銘は『公私混同すべからず』 現役を引いてなおべったりの両親を反面教師にしたものである。








まとめあとがきー

1 デザート(意味深)ではないです。それがやりたかった。アニメばっか見てる人かつ、彼女のルートをやると敬語が普通な感じがするけど、ため語の彼女が実は好きです。
2 ギャグ枠ではあるんですけど、ああいった態度は妙に低い自己評価の性だって考えると、すごく可愛いと思う。そんな感じで書いた。
3 彼女のルートはたぶん確率分岐的に一番少ないと思った。書いてて戦友パターンしか思い浮かばないのは流石よね。どっちも
4 天使。慈愛の天使です。幸運の女神がいるし、救いの女神とかでもいいんじゃない? とか思ったり。内容自体は「王道をいく」見せつけ系ですかね。
5 奥さんと言うより妻って言葉が合う子ですよね? シチュエーションを4と取り合った結果、こんな感じに落ち着いた。
6 作者の奴、最近(大嘘)イチャラブが書けないで鬱憤が溜まってたんだな。 その上あの結婚報告を見たんだ、いつも以上にテンションが上がって(略 そんな感じです。ギャグだけど、ニュースみてお幸せにと思った次の瞬間には頭の中でミントさんが微笑んでいた結果がこれ。
7 要望が来たので。書いていると会話のキャッチボールが弾む弾む。これメインヒロイン力がけた違いだわ。これ以上書いても距離感は変わらないので少し短め。ちなみにこの場合クロミエは意識としてやや女よりになります。
EX これの書き始めはEL完結前なの。そのくせ低クォリティですまんの。Ⅱの最大の失敗はルシャーティとシヴァ陛下の新規立ち絵を用意しなかった事。特に前者なんかCGもないじゃないか。今だから言うけど、当作品でシヴァ陛下との絡みは意識して減らして来たのは、作者が敬語に自信ないからなんだ。

クレータ班長とケーラ先生は これ読み切り成人漫画でやったやつだ!
になったので残念ながらカットで。

後全体的に思ったのはムーンエンジェル隊は、ラクレットにとって姉みたいになるという事ですね。年齢的なものとかあると思うんですけど。

ともかく4周年記念SSでした。これでの投稿は『たぶん』もうしないかな。



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