※この話はオリ主が禁書の能力を持ってるだけで、禁書キャラは一人も出て来ません。
彼は転生者であった。
そして、彼が転生という摩訶不思議な体験をしたのにも、理由がある。
今となっては前世と呼んで良い昔のこと、突然無人のトラックが突っ込んで来て、彼はあっさりと死んでしまったのだ。
「ごめん、間違って殺しちゃったからお詫びに転生させてあげるよ。
ついでに何かすっげぇ能力とかもあげる」
「え、良いんですか? じゃあ禁書目録の一方通行の能力とかでも良いですかね?」
「いいよー」
と、要約すればこんな事が、彼の身に起きたのである。
神というものがこんな軽いノリのはずはなく、実際はもっと厳格なものであったのだが、ここでは割愛させていただく。
彼も半ば冗談で言っていたのだが、神はそれを叶えてくれた。
要は彼は転生したという事、そして不思議な能力を手に入れたという事を理解してもらえば、それで構わない。
さて、彼に話を戻そう。
彼は俗に言うところの、オタクと呼ばれる人種であった。
熱しやすい気性であり、一度熱中すれば他の物はどうでも良くなってしまうような、そんな人間であった。
欲しい物を見つければ、何としてでも欲しいと願う性格であった。
尤も、盗んだり奪ったりといった、法に触れるような事はしていない。
あくまで常識的な範囲での話だ。
精々が、オークションで金に糸目を付けず落札したり、コミックマーケットに一週間前から準備をして待ち構える程度だ。
それが他人の迷惑でないという保証は何処にもないが、正規の手段で手に入れる事が好きであった。
マジコンなぞ邪道、と言い切り、不正規な手段で手に入れた物では、心底から楽しめないと理解していた。
そして大半の一般人が抱いているイメージ通りに、アニメや漫画、ライトノベルといった物に彼は嵌まっていた。
神という存在に出会った時に、一方通行という人物の能力を欲したのもこれが原因だ。
人とは現実に無いもの、手に入らない物を求めたがるものである。
空想のものであるならば、よりそれは顕著となるだろう。
誰もが考えた事があるのではないだろうか?
ドラえもんを例に考えてみよう。
朝学校に行く時、会社に遅れそうになった時、どこでもドアが欲しいと。
失敗した時、やり直したいと思った時、タイムマシンが欲しいと。
そう願った事は無いだろうか?
なんて事は無い。彼が一方通行という能力を欲したのは、その延長線上に過ぎない。
一晩寝て、朝起きたら忘れる程度の、その程度の願望。
ただ彼は好きだった本を読み終えて、さほどの時間が立たないうちに死に、偶々神と名乗る存在に出会っただけなのだ。
「うっ……ひっく……ぐす……」
女の子が泣いている。
長い黒髪をカチューシャで留めた、将来は美人になることを約束されたような少女だ。
その彼女を背にして、転生して子供の姿となった彼が立っていた。
女の子が泣いているのは、彼が泣かせた訳では決してない。
彼女に涙を流させているのは、彼の前に立つ数人の男の子達だった。
いかにもガキ大将といった風情の少年を中心として、数人の男の子達が取り巻きのように立っている。
ガキ大将は不機嫌そうに彼を睨んでいる。
女の子は赤くなった目を擦りながら、ガキ大将に懇願した。
「かえして……かえしてよう、わたしのぬいぐるみ……」
ガキ大将の手には、子猫のぬいぐるみが握られていた。
元は綺麗だったはずのふわふわとした白い毛並みは、今や所々が茶色く、小汚くなってしまっている。
「なあ、返してあげろよ。泣いてるじゃないか」
「うっせぇ! おまえにはかんけーないだろが!」
ガキ大将は肩を怒らせて女の子を指差す。
女の子はビクッと身体を震わせた。
「そのおんなは、おれたちのなわばりにむだんでしんにゅうしたんだぞ!
だからこれはぼっしゅーしたんだ!!」
「そんな……わたし、そんなつもりじゃ……」
「ガキの癖に難しい言葉知ってんなぁ……」
ガキ大将の子供らしい理屈に、彼は呆れた。
ガキ大将としては言い分もあるのだろう。
せっかく仲間内で楽しんでいた所を邪魔されたのだ。
だが女の子としても、甚だ理不尽であろう。
ただ歩いていただけで、聞いた事もない縄張りに侵入したなどと、言いがかりも良いところである。
しかし、それが罷り通るのが子供の社会だ。
先に決めた者が勝ちなのだ。
「ふぅ……ガキの相手も疲れるな……」
「なんだこいつ! えっらそうに!」
やれやれ、と肩を竦める彼を見て、ガキ大将は激昂した。
当然であろう。
いきなり自分達の間に割って入り、生意気な事を言ったのだから。
それだけで拳を振るうには十分過ぎる理由。
彼は手に握り締めていた人形の事など忘れ、彼に殴りかかって来た。
(フッ、計画通り!)
そんなガキ大将を見て、彼は心の中でほくそ笑んだ。
彼が神から賜った能力、一方通行という人物が持っていた能力。
その名を、『ベクトル変換』という。
この能力を良く知らない人の為に説明しよう。
彼が前世で読んでいたライトノベルの中に、『とある魔術の禁書目録』というものがあった。
学園都市と呼ばれる学生たちが大半を占める街を中心とした、超能力と魔術が交差する小説である。
そして、その中に出て来る一方通行という人物は、学園都市で最強と呼ばれていた。
彼の持つ『ベクトル変換』は、身体の周りに張り巡らした膜に触れると発動する。
運動量、熱量、電気量といった、ありとあらゆるベクトルを操る事が出来る能力だ。
この能力に、彼は魅了された。
あらゆるものを反射し、230万人も居る学生達の頂点に君臨していた彼の姿に、中二病を擽られた。
故に、彼は神に頼む願いにこの能力を選んだ。
パッとしない人生を送っていた彼にとって、無双する事が出来るというのはとても心惹かれたのだ。
此処まで言えば分かるだろう。
彼はこの状況に置いて、そのベクトル変換を使用するつもりだった。
これがどういう事なのか、原作の一方通行を知っている者ならば、呆れる事だろう。
この能力を使えば、子供が軽く小突いただけで、その子供は腕を折ってしまうのだから。
よく考えずとも、いかに下種な行いなのかという事が理解出来る。
子供同士の喧嘩に、バズーカ砲を持ち出すようなものなのだから。
だがしかし、彼も多少の考えは持っていた。
彼の持つベクトル変換、それは反射しか出来ない訳ではない。
受け流す事も、衝撃を散らして無傷で受け止める事も出来るのだ。
だからそれを使い、ガキ大将をこらしめようと考えていた。
あわよくば後ろに居る女の子と仲良くなれるかもしれない、という打算も多少はあったが。
聞けば、この街は海鳴市という名前であり、近くには聖祥大付属小学校という学校があるというではないか。
前世で見ていた『リリカルなのは』の世界ではないか、という予想を彼がつけるのは容易かった。
あるいは、その原型となった『とらいあんぐるハート』の世界かもしれない。
超能力を持っている彼にとっては、どちらでも良かった。
だから今回のこれは、その予行演習である。
主人公陣と仲良くなれたら良いな、と考えていた彼だ。
もし今回の事を何とかすれば、女の子と仲良くなれるかもしれないのだ。
いずれ来る主人公達との邂逅を夢見ている彼が、ガキ大将を踏み台として利用するつもりだった。
そんな下心満載で、彼はベクトル変換を使おうとしていた。
なんて事は無い。
色恋に目覚める程度にはマセていたが、彼もまたガキだったのである。
だが、そんな彼の思惑はあっさり砕けてしまった。
「げふぅっ!」
「なんだこいつ! めちゃくちゃよわいぞ!」
彼が頼みにしていたベクトル変換は発動せず、ガキ大将の拳は彼の頬にめり込む結果となった。
倒れ込んだ彼を見て、ガキ大将が優越感に顔を歪める。
「な、なん──」
「はをくいしばれよさいじゃく。おれのさいきょうは、ちっとばっかひびくぞぉ!」
「ぐはぁっ……」
あわれ、ヒーローにのされる怪人の如く、彼はあっさりとやられてしまった。
「つまんね。いこうぜみんな!」
殴って気が済んだのか、意気揚々と仲間を引き連れ引き揚げて行くガキ大将を、彼は地に伏したまま見上げるだけだった。
原作の一方通行と奇しくも同じく、右手に殴り飛ばされて彼はダウンする事になるのだった。
何故能力が発動しないのか?
これは『とある魔術の禁書目録』を読んだ人ならば、すぐに分かるだろう。
この話の世界に置いて、超能力とは科学によって人工的に生みだされたもの。
そして、強い能力を使うためには、それ相応の努力が必要となる。
そう、超能力を使う為には、『演算』をしなければならないのだ。
計算では無く、演算である。
これだけで既に、彼の何が駄目だったのかが分かるだろう。
そう、彼は頭が悪かった。
悪いといっても、中二病を拗らせてはいるものの、彼が人並み外れて馬鹿という訳ではない。
比べる相手が悪かっただけだ。
スーパーコンピューターと同等の演算能力を持つ一方通行だからこそ、ベクトル変換は使えるのだ。
学園都市最強の能力は、学園都市最強の頭脳があってこそ生きるのだという事を、彼は失念していた。
文系である彼に、理系の最高峰の頭脳の結晶であるベクトル変換など使いこなせる筈もなかったのだ。
『ざまぁwww』
そう言って笑う神の姿が目に浮かぶようだ。
「くそっ……」
身体は子供とはいえ、中身はそれなりの年齢である。
幼稚園児に殴られて負けたというのは、かなりの精神的大ダメージであった。
おまけに能力が使えない理由が、自分の頭の悪さだというのだから救えない。
「……」
失意の内に立ち上がった彼は、ガキ大将が投げ捨てて行った子猫のぬいぐるみを目にした。
無言で拾い上げ、汚れた身体をはたいてみる。
思いの他、泥汚れは頑固だったようで、その程度では汚れが落ちる事は無かった。
「ね、ねぇ……」
「え……あっ……」
泥にまみれて、まるで俺みたいだなははは、と自嘲の笑みを浮かべていた彼の前に、女の子が声を掛けて来た。
何故? と一瞬思った彼だったが、手に持った子猫のぬいぐるみと少女を交互に見比べ、ハッと気が付いた。
自分はこれを取り返すために殴られたんだった、と。
殴られる気などさらさらなかったせいか、すぐにその事に結び付かなかったのだ。
同時に、今更ながら全てを見られていたのだと理解し、かぁっと顔を赤くした。
乱暴に押し付けるようにして、ぬいぐるみを女の子に渡す。
「あ、あの……ありが──」
「ちくしょおおおおおおっ!!」
少女がお礼を言おうと口を開いた事にも構わず、最後まで聞く事無く彼は走り去った。
前世を含めても無かったほどの、あまりの惨めさに耐えられなくなったのだ。
これが、四歳の頃の事である。
そして三年後。
七歳となった彼は、何故か私立の清祥大付属小学校に通っていた。
転生した先の新しい家庭が、特に裕福でないにも関わらず、だ。
まるで誘蛾灯に惹かれる虫のようだ、と清祥に通う事を知った彼は思った。
そこに嬉しさなどはない。
本来オリ主となった彼ならば、頭脳明晰、運動神経抜群といった誰よりも目立つ事が出来たであろう。
あるいは、小学生とはいえハーレムを形成する事も出来たかもしれない。
だが今の彼は、既に以前の彼とは変わり果てていた。
「サイン? コサイン? タンジェント? ……なんだこれ、どこの呪文だ」
ブツブツと鬱憤を洩らしながら、彼は説明を読む。
休み時間になっても参考書を読み解きながら問題を解いていく彼に、近寄ろうとする者は居ない。
否、最初は居たのだ。
だが彼と話が合う事は無く、彼もまた、話を合わせようとする努力をしなかった。
そんな訳で彼の周りは、小学生のクラスでありながら驚くほどに静かであった。
精々が、彼の周りの静けさを利用して、読書に励んでいる生徒が一人二人とちらほら居るだけだ。
授業中でも態度を変える事は無く、彼は黙々と自主勉強に励んでいた。
唯一真面目に先生の話を聞くのは、さんすうとりかだけ。他の時間は全て勉強に当てている。
これには教師も頭を抱えた。
勉強をしたくない子供はたくさんいる。
そんな子供たちに授業を真面目に聞いてもらい、楽しく勉強をしてもらおうとする手段は持っていた。
だが自分から進んで勉強している彼を止めるのは難しい。
まさか教師が勉強を止めろと言えるはずも無い。
授業を真面目に聞いていないのか、と彼に問題を解かせてみても、彼はあっさりと答えてしまう。
確実に授業の内容を理解したうえで、授業の時間を自主勉強に当てているのだ。
何と嫌な子供であろう。
教師からすれば、手の掛かる子ほど可愛いというものだ。
だが見た目からすればマセ過ぎていた彼の存在は、教師にとっては気苦労が絶えなかった。
「ねぇ、皆と遊ぶ気は無いの?」
「時間がもったいないですから」
「そんな事は無いわ。皆と遊ぶのはとても楽しい事なのよ」
「今は勉強しなければならないんです。脳細胞が若いうちに、出来るだけの事をしないと」
「確かに大人よりも子供の方が物覚えは良いけれど……」
「分かっているなら放っておいて下さい。
外で遊ぶのが好きな人もいれば、中で本を読むのが好きな人だっている」
「じゃあお友達はいないの? 一緒にお勉強したりするような」
「居ません」
「あ、じゃあ私が君の友達になってあげる!
ちょっと歳が離れてるけど、私と一緒にお勉強しよう?」
「必要ありません」
(この糞餓鬼が……)
何とも嫌な会話だ。
これが教師と小学一年生の会話であろうか。
教師が笑顔の裏に黒い感情を秘めていても、何処吹く風とばかりに話を聞き流している。
にべもなく断る彼の事など、もう放っておけば良いと、他の教師は言う。
だがそれでも、担任である教師は諦めはなかった。
自らのプライドに掛けて、意地でも彼に子供らしい事をさせようと執着していた。
勉強をする。
それは学生の本分としては間違ってはいないものの、子供の基準からすれば激しく間違った道を彼は突き進んでいた。
「勉強をしよう」
それが、彼の出した結論だった。
ベクトル変換を使うためには、理数系の力が絶対的に必要である。
能力を使うための計算式は頭に思い浮かぶものの、その計算が彼には出来なかったのだ。
文系であった彼だが、子供の内から勉強すれば何とかなるかもしれない。
故に、彼は勉強する事を決意した。
「くそ、微積難しい。確率も難しい。こんなんで本当に大丈夫なのか?」
愚痴を零すものの、頭の中の知識はそれが必要と言っている。
だがしかし、普通の高校生レベルの問題など、能力を使うために必要なレベルの一割にも満たない。
とても可哀想な事だ。
「ほら、高町さんとか、バニングスさんとか頭の良い子もいっぱい居るのよ。お友達になる気は無い?」
「え? なのは? もうどうでも良いですそんなの。
この間中庭で取っ組み合ってるの見ましたけど、良く見たら俺の好みじゃなかったし」
「あうう……」
ガキ大将に負けた時から、彼は勉強を続けて来た。
最早意地と言っても良いくらいに、能力を使えるようになるために没頭して来た。
そんな彼にとって、今やなのはなど、ただのクラスメイトであるだけの、どうでも良い存在になっていた。
テストだけは真面目に受けているから頭脳明晰だが、他の事はからっきしだった。
引き篭もって勉強しているから身体は弱いままだし、会話能力が上昇する事もない。
ハーレムなど夢のまた夢だろう。
だがもう、そんな事はどうでも良くなっていた。
この世界の危機も、主人公達と仲良くする事も、自分が目立つ事さえもどうでも良くなった。
ただ、ベクトル変換を使うために。
ただ、彼が自己満足をするために。
「畜生……」
愚痴を零しながら、今日も彼は勉強するのだった。
いつの日か、無双する事を夢見て。
「ねえ、そんなに勉強して、いったい何になりたいの?」
「大した事じゃありません」
「え、なに?」
「本当に、大した事じゃないんです。俺は──」
教師のこの問い掛けに、彼は珍しくペンを置いて語った。
子供らしい、無邪気な笑顔で。
「俺は、ヒーローになりたいんですよ」
あとがき
息抜きに書いてみた。
一方通行の能力を貰っても、頭が悪いからこうなるんじゃないかなぁって思う。
まあオリ主が真面目に勉強するはずないだろ、とも思うけど。