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[19837] 堕天使アイクス・シュルベルト(異世界来訪最強)
Name: おれんじ◆8f6bcd46 ID:94a17edb
Date: 2010/06/30 23:10
この物語はノンフィクションですが、私はタイトルや登場する人物及び団体とは一切関わりがありません。


※2部以降、セクハラが多々あるのでそういう描写が不快な方はスルーしてください。



[19837] 「しらない草原だ」
Name: おれんじ◆8f6bcd46 ID:94a17edb
Date: 2010/06/25 21:29



大陸の南東に位置するゼッペルニア地方。
そこは、土妖精(ドワーフ)と呼ばれるやや身長が低くがっしりとした体格が特徴の種族が住まう地域である。
年中カラッとした天気模様のこの地域はあまり雨が降らないが、変わりに幾つもの川が流れており豊かな大地に恵まれていた。
ゼッペルニアは地下資源も豊富で、多彩で良質な鉱物がよく採れそこに住まう土妖精の生活を支えている。
最近、ゼッペルニア南部にある集落、ドッヅェと呼ばれる村に一人の風変わりな人間(ヒューマン)が加わった。

大陸に存在する6つの種族の中でも比較的良好な関係である土妖精と人間族。
様々な物品を貿易している両族であったが、ドワーフ領であるゼッペルニアの奥部に位置するドッヅェのような辺境にいる土妖精にとって人間は見慣れない存在である。
そもそもドッヅェに人間が居ることが、これまでになかったことなのだ。
最早過去となった大陸全土を巻き込んだ100年戦争のときでさえ、人間はおろかその他の種族ですら来ることのなかった辺境。
そんな辺境の村に突然現れた異分子。
当初はそんな彼、人間の存在を巡って村を二分する問題にまでなったりしたのだが、人は慣れるものである。
特に問題も起こさず、むしろ気の毒なくらい小心だった彼はいつしか村に受け入れられ概ね平和に暮らしていた。
そんな彼を村の土妖精たちは―――

「オリーシュ、それが片付いたら上がっていいぞ」

「あ、マジすか」

オリーシュ(オリ主)と呼んだ。








ドッヅェは人口が500人程の、辺境にある集落にしてはやや大きい村である。
村の中央には村一番の高さを誇る石で組まれた物見台があり、そのすぐ横に村の有力者であるガニドス・ドンズの鉄工所があった。
村は物見台を中心にした円形状になっており、その周囲には1m程の高さに積み上がられた石の壁で囲われ、周辺にいる獣や魔物の侵入を防いでいた。

3階建てのガニドス鉄工所の2階にある一室。
質素な作りの部屋の片隅に簡素なデスクがあり、部屋の中央には接客用のテーブル置かれた接客兼事務室。
そのデスクの上を手早く片付けている青年にガニデスは声を掛けた。

「なんだ、もう終ったのか?」

「ふふふ、甘く見てもらっちゃ困りますぜ旦那」

「チッ、もちっと押し付けとけばよかったのぅ」

舌打ちをして目の前にいる青年に対しどこか冷めた視線を送るガニドス。
そんな彼に対し引き攣った笑みを浮かべつつ、青年、オリーシュはぼそっと突っ込みを入れた。

「おい、おっさん」

「………嘆かわしいのぅ、恩人に対する敬意の欠片もない言葉。出会った頃の初々しさが懐かしいわい……」

「変な誤解を招くようなこと言うなおい!」

ガニドスの言葉にオリーシュは嫌な汗をかきつつ激しく突っ込む。
「まぁ、恩人であることはホントだけどさ…」と、小さくため息をついてこぼした。
その独り言のような小さな言葉を耳聡いガニドスはしっかり耳に入れつつ、「また後での」と言い残し、仕事を片付けに地下にある工房へと向かった。
一人部屋に残されたオリーシュは確認の終った書類を片付けると、背もたれに背を預け思いっきり伸びをする。

「んー、今日は早かったな。まだ日も落ちてないし」

そう言ってデスクの背後にある窓に視線を向け一人ごちる。
そのままボーっと外を眺め続けたオリーシュは、何かも思い出したように椅子から立ち上がると、

「……時間もあるし、ニードを迎えに行くか」

そう言って部屋から出て行った。






ここに来た当初は村を歩くだけで胃が痛くなる程の視線を浴びたオリーシュだったが、半年も経つと皆慣れたようで
軽く会釈しつつ酒場に誘ったり、他愛もない世間話に興じたりもできるだけの信頼関係を築くことができたようだ。

「オリーシュ! 鬼ごっこしようぜ!」

「オリーシュ、すごろくしようよ~」

「おにーちゃん、お話聞かせて?」

特に子供との信頼関係は抜群だったりもした。
ドッヅェはおろか、周辺地域にもまるで人間が居ないので子供からは地味に人気があるオリーシュ。
聞いたこともない遊びを教えたり、え?アタマ大丈夫?的な話から数少ない童話のレパートリーなどを披露し、
子供からは『変だけど面白い奴』の称号を頂き地域住民からの評価に一役買っていた。

「あー、今度の休みにな。俺はニードを迎えに行くから。もう日も落ちるから気を付けて帰れよー」

いつも通りのどこかやる気のないオリーシュの言葉に「はーい」と元気よく返事した子供達は家へと帰っていく。
「すげー元気だよなぁ」と呟きながら、オリーシュは足を動かした。

「オリーシュさん?」

「お、そっちも終ってたんだ」

子供達と別れて5分もしない内に目的の人物とオリーシュは出会った。
ガニドスの孫娘であるニードだ。

「あの、わざわざ迎えに来てくれたんですか?」

「早く終っちゃったからさ、親方も心配してるし」

その言葉に、一瞬きょとんとしてすぐに嬉しそうに笑みを浮かべると「じゃぁ、帰りましょうか」とニードは言った。






夕食を終えたオリーシュは早々と自室に戻りベッドに寝っ転がると、心底ダルそうに投げやりな唸り声を上げため息を吐いた。

「だりぃ……」

『気持ちは分りますが、もう少しどうにかなりませんか?』

「うっせぇ。つーか、お前どうなんだよ。どうなってんだよこれは慣れてきてる俺が怖いわ」

『慣れてきていることは結構ですが、チュートリアルに6ヶ月とか歴代最高新記録をブっちぎってレコード更新中ですよ?』

6ヶ月。それはオリーシュがこの村に着てからの月日であり、この見知らぬ世界にきてからの月日でもあった。
そして、どこからともなく聞こえてくる声。
他の人には決して聞こえることのない、オリーシュにしか聞こえない声。
声の主、ガイドはどこか呆れたように呟いた。

『ビビリですね? 小心ですね? そんなに嫌ですか? ―――――死ぬの』

「嫌に決まってんだろうが! ってか―――」

ガイドの容赦ない突っ込みに思わず声を荒げるオリーシュ。
はっとなって声を抑え、小さい声で返した。

「どこの世界に死ぬかも知れない状態に持っていく奴がいるんだよ……」

『1万人居たことは確かですが』

「……」

事実だった。
いや、オリーシュはそれが事実と確認できないが、ガイドが嘘を言ってるとも思えなかった。

『いいじゃないですか、大体死んでも生き返る方が不自然ですよ?』

「俺からしたら狼に食い殺されるなんて世界の方が不自然なんだよ!」

ガイドのどこか嘲りを含めた声に小さく怒鳴り返すオリーシュ。
ちなみに、オリーシュ(オリ主)の名前を提案したのはこのガイドだったりする。
「え? 名前決まってないんですか? じゃあ中二臭い名前はアレだし……オリ主だから。いっそオリ主、オリー主、オリーシュで!」
という感じに決まった。酷い名前である。

『……またそれですか。あのことは何度も謝ったじゃないですか、というか自己責任ですよ。自己責任』

軽い調子で自己責任を強調するガイド。
この話しも何度も繰り返した話だったりした。

この世界に降り立ったオリーシュは目の前に広がる大草原に呆然とし、突然声を掛けてきたガイドにビビり
さらに突然やってきた狼に食い殺された。合唱。

『だからあの時言ったじゃないですか。腰に硬い棒を装備してるから、冷静に戦えば勝てる相手だって』

「アホか! 棒っきれで狼に勝てるか! つか狼なめんな! めっさ痛かったんだからなアレ!!」

某RPGが記憶に蘇る状況である。
いくらかの小銭と棒っきれで魔王征伐を求められる理不尽な状況といい勝負だ。

『狼って……、あのウルフはぶっちゃけ雑魚ですよ? そりゃもっと弱いのも居ますが、食物連鎖のヒエラルキーで言うところの最下層ですよアレ』

「狼が最下層とかどんだけ歪なんだよこの世界の食物連鎖は!」

もっともとである。
しかしガイドの言う雑魚というのは事実でもあった。
この世界で言うところのいわゆる、魔物(モンスター)。戦闘しうる敵としてはウルフは雑魚のグループに入る。
まあ、今のオリーシュならば装備にもよるがほぼ一撃で倒すことの出来る敵でもあったりした。

『はぁ……、最初は順調にレベル上げもしてたし真面目だったんですけどね……』

「チュートリアルが終ったら生き返り無しとか知ったら、終らせるわけねーだろ!」

『うっかり口を滑らしちゃいましたねぇ』

あちゃー、と惚けるガイド。

「騙す気まんまんだったんじゃねぇかおい! つかもういいの! こうやって生活できてるし!
 世界の平和だか、まだ見ぬ財宝だか、古代の歴史だか、囚われの姫様だか知らないが興味なし!」

『うわー、ダメ人間全開ですねー』

「うっせぇ! つか働いてるわ! 真面目に労働に勤しんどるわ!」

『んぅー、ガニドスさんの存在は予定外でしたね。まさか住み込みで見知らぬ人間を雇うとか……
 というか、チュートリアルも終らない内に早々に定職に就いてしまうこと自体が想定外というか』

「商人舐めんな! つか商人って何だよ! 戦う職業ですらねぇし!!」

魂の叫びである。
彼は戦士でもなければ闘士でもなく、当然術士なわけもなく―――――商人だった。

「イエローオーブか!? 俺はイエローオーブを作るのか!? あぁん!?」

血の涙を流しつつ、どこかにいると思われるガイドを睨みつけるオリーシュ。

『いやいや、商人は中々ナイスな職業だと思いますよ? ほら、触れた瞬間にモノの価値、中身が分るとか』

「敵に触れて強さが分ったときには既に遅ーんだよ!」

『オリーシュさんと同じような他の方も含めて、世界の全ての住人のステータスが見た瞬間に分るとか。
 ちなみにPKのネームは赤で表示されますよ? 前科歴もバッチシです』

「PKがいんのかよ!? つかだから手遅れなんだよ!」

『それにほら、バッグには本来積める量の倍積めるとか便利じゃないですか』

「どう考えても戦うスキルじゃねえだろ!」

『我侭ですねー』

「せめて仲間寄越せよ! 商人一人とかどう考えてもおかしいだろ!?」

実にもっともな発言である。
いつものように勢いで言った台詞で、オリーシュとしてもどうせ軽く流されるだろうなぁと思っていたのだが、少々予想外の答えが返ってきた。
ガイドらしくない歯切れの悪い言葉で、

『うーん、そのことなんですが……、えっとーですねぇ。』

「……なんだよ、なんかあるのか?」

『ああ、はい。オリーシュさんは人間族じゃないですか。それが土精霊の地域に居ること自体が異常ですし……』

一度死んだときも再スタート地点が変わらず土精霊の地域だったのはどう考えても変だ、とガイドは言った。
あえてオリーシュには黙っているが、そもそも商人なる職業自体ガイドは聞いたこともなかった。

「場所に関しては俺も突っ込みたかったが、そのお陰で親方に会えたし、ぶっちゃけそれはどうでもいい」

人間だと後ろ指差されていたのはすでに過去のことだ。
村の人達とも仲良くやれてるし、生活は安定してるし、ニードの料理旨いし、とオリーシュは一人納得する。

『あ、なら問題なしでいいですね』

「お前が言うとなんかムカつくんだよ!」

こうして夜は更けていった。












投稿日 平成22年6月25日



[19837] 2話
Name: おれんじ◆8f6bcd46 ID:94a17edb
Date: 2010/06/29 13:23








「おはようございます、オリーシュさん」

「ん、おはよ」

寝惚けた頭に喝を入れつつ、すでに朝食の支度をしているニードに挨拶を返すオリーシュ。
ニードはぱたぱたと台所を駆け回りながら忙しそう支度を進める。
オリーシュはそんなニードの姿をボーっと眺めながら、最初は大変だったなぁと感想を抱きつつ顔を洗うべく外にある水汲み場へ向かった。

「あら、おはよう」

「どもです、ふわぁ」

水汲み場では近所のおばちゃん達が朝食に使うであろう水を汲みに来ていた。
オリーシュが欠伸をしつつ挨拶を返すと、苦笑しながら「しゃんとしなさいよ」と言って背中をバシバシと叩く。
土妖精は人間に比べかなり腕力がある。成人した人間の男性よりもぶっちゃけ力持ちなのだ。
それ故に遠慮なく叩くおばちゃんのしばきは寝起きのオリーシュにはかなりこたえた。
顔をさっさと洗ってスッキリしたオリーシュはおばちゃんに挨拶をして家へと戻る。

オリーシュが借りている部屋はガニドスの鉄工所の3階の一室だ。
ガニドスもニードも3階で寝泊りしている。
1階の表口は工房で作った商品の売る商店になっており、1階の奥が台所兼リビングになっている。
2階はオリーシュの仕事場でもある事務室兼商談部屋、遠方から来た客用の客間などがあり、ガニドスや職人達が仕事をする工房や倉庫は地下にあった。

「おはようございます、親方」

「うむ、おはよう」

リビングに戻るとガニドスが椅子について、何やら書類を読んでいた。
年寄りは朝が早いというが、すでにばっちし仕事着でキメていたガニドスに、相変わらず仕事熱心なだこのおっさんは、と失礼なことを考えつつ挨拶する。
そうこうしているうちに支度を終えたニードも椅子に座り、3人でいただきますをして食べ始める。
朝食のメニューは近所でとれた野菜に芋のスープ、パンだ。
肉類が欲しいところだが、住み込み食事付き、しかも少ないながらも給金も貰っている身としては文句など言えない。
ニードのスープは薄味ながらも実に美味しかった。

朝食を終えたら着替えて仕事にとりかかる。
オリーシュの仕事は接客、事務処理、在庫整理の3つ。
色々な意味で慣れない内は接客に苦労したが今ではすっかり顔馴染みになっており、お客さんと雑談しつつ商談することが今では楽しみの一つになっていた。
農耕具の修理依頼や、新しい工具の依頼。仕入れる鉄鉱石の品質確認、値段交渉など多岐にわたる。
このときにオリーシュの持つスキルはかなり役に立った。
触れただけで品質が把握でき、しかも数字に関しては他の追随を許さないほど正確で早い計算ができた。
計算といっても、単純な足し算や引き算、掛け算などだが、計算機のないこの世界ではオリーシュの能力は非常に便利だった。
最初の内は疑われたりもしたが、仕事を続けるうちに信用されオリーシュはこういった雑務を全て任されるようになったのだ。
値段交渉に関しては経験が必要なのでまだまだ一人では出来ないが、それなりに手応えを感じてオリーシュは割とマイペースに仕事をこなしていった。

オリーシュの仕事の流れは、接客をしつつ開いた時間に事務処理をし、夕暮れ前に在庫を確認し最後にその日の収支を計算すると言った感じである。
それを6日こなし、最後に親方であるガニドスが提出された書類を改めて計算し誤差が無ければその週の仕事は終わり、次の日を休みとした。
まあ誤差と言っても、少々違っていも特に気にしないガニドスは笑って許したりしたが。


午前の仕事を終えたオリーシュは、1階にあるリビングで工房で働く職人やガニドスと一緒に昼食をとる。
ニードは午前のやや遅い時間に家をでて、近くにある畜産農家の手伝いを夕方頃までしている。
今日は、週に4日働くニードの当番の日だった。

「オリーシュよぅ、今夜行かねぇか?」

オリーシュと歳の近い若い職人のガデス(※既婚者。奥さんめっさ可愛い)が、シニカルな笑みを浮かべつつ言った。

「あー。親方、いいですか?」

「構わんぞ、羽を伸ばして……いやいや、いっそ出すもん出してこい」

「若いもんが溜め込むと、近くにいる可愛い孫娘が心配で夜も眠れんからのぅ」とか、ほざきやがるガニドスにオリーシュは頬を引き攣らせつつ「あはは、親方きっついですねー」と笑ってみせる。
工房で働く職人が居るときは何気に敬意を払う弱いオリーシュであった。

「よっしゃ決定だな!」

親方公認が出て俄然喜ぶガデス。
ガデスはガニドスを除くと、もっとも早くオリーシュと馴染んだ一人であり、オリーシュのそこそこな感じに親しい友人。
気さくな人柄で、最初の頃困っていたオリーシュを色々と助けてくれた人でもあった。
ちなみに身長はオリーシュよりも頭一つ分低かったりする。


それでも土妖精の中では高い方だったりするので、土妖精は実に身長の低い種族である。

「いや、つーか奥さんいいの? お前ちゃんと許可とれよ。あと変なとこは無しな」

人口500人の村では人伝に恐ろしい速さで話が伝染する。
半年という短い期間でガデスの修羅場に巻き込まれた数は片手で足りないオリーシュだった。







生まれてきた良かった。
この世界に来て良かった。
神様ありがとう。親方ありがとう。ガデス君本当にありがとう。ついでにガイドにもありがとう。
結論から言う、ここは―――――――極楽だった。

「うひょー! ミータルたん、デニアたんもっと近くに寄ってごらんよ!」

「オリーシュ君のえっちー」

「人間って背が高いからちょっと怖いなって思ってたけど、オリーシュ君はそんなことないかも」

土妖精の名前は伊達じゃない。
成人男性ですら身長がオリーシュよりも20cmは余裕で低いのだ。ならば女性は押して知るべし。
土妖精には美人と呼ばれるタイプは居ない、が、皆愛嬌のある可愛らしい顔つきだったりする。
タヌキ顔というか子犬系というか。しかし成人女性である彼女達はその商売も相まって際どい格好をしていたりする。
特に露出が低いが民族系っぽい牧歌的雰囲気が漂う衣装のデニアたんは、それはもう色々かなりやばかった。

「な? な? 来て良かったろ!?」

「ええですともガゼス君! 君に乾杯!! うひょー!」

「俺はガデスだ! 名前間違えるなんて薄い友情に傷ついた……ルーちゃん慰めてー!!」

「ちょ、ガデス君触りすぎー! 奥さんにバレたらまた怒られるよ?」

「いいんだよ、今の俺にはルーちゃんしか見えない……(キリッ」

ガデスも相当はっちゃけてしまっているようで、実は幼馴染であったりするルーちゃん(源氏名)に怒涛のラッシュ。
オリーシュも負けじと肩をガッシと掴み両脇に座る二人を強引に寄せる。

「ふふ、オリーシュ君、最初の緊張が嘘のようだねー」

とミータル。

「あっ……、もうっ」

とデニア。
「おぅふ、こりゃぁやばいぜとっつぁん……」と、オリーシュは小さく呟く。
彼は相当にキテいた。

『完全に方向性が違ってきてますねー。チュートリアルでここまで楽しむ人も例を見ません』

「うっせー! 今が楽しければそれでいいの!」

ガイドの突っ込みに素に返すオリーシュ。
彼は相当にキテいた。
さらに両脇の二人を強く抱き寄せ、際どい衣装に身を包んだ長いピンクの髪が特徴のミータルの髪に顔を埋め深呼吸。

「人生最っ高ー!!」

「やだー、オリーシュ君はっちゃけすぎ」

そういってケラケラと笑うミータル。実に商売上手な女だった。
それとは違い、オリーシュ同様に素で質問してしまうデニア。
まだ仕事に慣れていないのか、どこか照れを隠すように話をそらす様な様子。

「えっと、オリーシュ君誰と話してるの?」

「へ? ああ、たまーに電波を受信しちゃうのよ。空気の読めない電波をねー。
 お? ああ! また電波受信しちゃった! デミアたんを抱っこしなさいって電波を!!」

そう言ってデニア強く抱きしめるオリーシュ。
きゃー、と軽く悲鳴を上げながらも満更でない様子のデニア。
抱きしめたときにミルクのようなとろ甘い香りがオリーシュの嗅覚を直撃し、
「へへ、ついに来ちまったぜ。ヘヴンに、よぅ……」とかワケの分らないことを言い出す始末。
彼等の宴はまだ終らない。

ちなみに、彼女達のオリーシュに対する評価は結構良かったりする。
まずオリーシュのことを知らない住民はドッヅェには存在しない。最初は皆人間であるオリーシュを気味悪がっていたものの
村の有力者であるガニドスの家に住み込みで働き、真面目にコツコツと積み重ねその仕事振りが認められてきたオリーシュ。
村の子供たちとも仲良く、近所に住む人達からもその素朴な人柄が評価されている。
顔は美形ではなくそこそこだが、そこは所謂外国人。村も含めこの辺りには居ない人間の男。
辺境な田舎に住む彼女達にとっては中々に刺激的な存在だったりした。
そんなわけで、子供だけでなく女性にも意外にオリーシュは人気があった。

まあ、今日のことでその評価に少し修正が入ったわけだが。
概ね良好。酒が入るとえろくて意味不明なことを口走るが、そこが可愛いと。
で、この評価は数日もしない内にドッヅェ全域に知れ渡ることとなる。
そして一緒に居たガデスのことも奥さんに伝わり、当然修羅場となった。







こんにちわ、オリーシュです。最近鉄工所(3階)の空気が最悪です。

「お、おはよう……」

「……」

まるで最初の頃に戻ったかのような他人行儀な空気を肌で感じるオリーシュ。
ニードはオリーシュをチラッっと一瞥すると、何事も無かったかのように横を通り過ぎていった。
最近ニードが冷たい。
ここ数日朝食は水と妙に薄いスープ(白湯)になっており、夜はギリギリな感じのしょっぱいスープ(塩スープ)とパンが一切れ。
昼食時に足りないカロリーを辛うじて摂取しているオリーシュだった。
いつもならニードの仕事のない日は、ニードの手料理を鉄工所の皆で食べていたのだが、ここ数日それがない。
まあ、そのお陰でなんとか昼に栄養補給している状態なのだが、これはまずいと思うオリーシュ。
しかし彼にはこうなる理由が思いつかず、ニードの態度の原因がさっぱり分らなかった。
そして時間だけが過ぎていく。

「ニード、迎えに来たんだけど……」

「……」

とか。

「ニ、ニード、明日買い物行かないか?」

「……」

とか。

「ニ、ニードさん、お茶入れたけど飲む?」

「……」

とか。
オリーシュのガラスのハートは最早木っ端微塵です。

「親方ー! 助けてー!」

「バ、バカモノ! ワシに近づくな!! ニードに嫌われる菌が移るわ!!」

小学生かお前は、と喉から出掛かった言葉をが何とか飲み込んだオリーシュはガニデスの腰辺りに抱きつく。
ガニデスはオリーシュを振り払おうと強引に歩くが、オリーシュも決してこの手は離さんとズルズルと引き摺られる。
そのまま5m程オリーシュが引き摺られただろうか、騒がしい二人に何事かとニードが顔を出し、

「あ」

「おお、ニード。ワシは……」

オリーシュを確認するやいなや眉を顰めこう言った。

「……ウルサイ」

そう冷たく言い捨てると、ニードはさっさと二人から離れていった。

「ニード! ワシは無実じゃ!! この男が、この男がぁあああああああ!!」

「おっさん! テメェ俺一人のせいにしてんじゃねえぞこらああああ!!」





日が傾きかける頃、仕事が速めに終ったオリーシュはニードに迎えに行くべく鉄工所を出た。
が、あの冷たい視線に晒されるのが怖くてどうにも踏ん切りがつかず、近くの広場でひたすら悩んでいた。

「どーすんだよ、どーすんだよ。どーすりゃいいの俺は……」

『いっそさくっとチュートリアル終らせて旅に出てはどうですか? まだ見ぬ荒野がオリーシュさんを待ってますよ?』

「荒野とか死亡フラグ臭くて行かねーよ」

ガイドの突込みをスルーしつつ、広場にあるモニュメントの縁石に腰を下ろして途方に暮れる。
日はゆっくりと傾いてきて黄色だった太陽が赤く染め上がり大地を照らした。
巣に戻るのか、鳥達がカーだかケーだか鳴きながら森の方へ飛んでいき、「そろそろニードの仕事終っちゃうなぁ……」と、オリーシュの憂鬱さに拍車をかける。

「おや、アンタこんな所でなにしてるんだい?」

「ほろ苦くて青臭い青春を余すことなく謳歌してるところです……」

「相変わらず面白いこと言うねぇアンタは」

オリーシュの言葉に快活に笑う近所に住むおばちゃん。
最近村に加わった人間の青年の奇妙な言動には、もう慣れっこなおばちゃんだった。
そしてこのおばちゃん、オリーシュがこんな所で座り込んでいる理由もバッチリ把握していたりした。

「ほらほら、そろそろニードの仕事終っちゃうよ? 早く迎えに行ってやんな」

「う……」

それができたら苦労はしない。

「アンタ、最近ニードに冷たくされてるんだってね? ふっふっふ」

「笑い事じゃないですよ。結構切実な状況だったりするんですから……」

「ニードもすっかりアンタに懐いちまったねぇ」

「いや、それなんか変じゃないです?」

「いいのよ! ほぅら、さっさと迎えに行ってやんな……って、ニードもう帰ってきてるじゃないか。 ニード! こっちだよ!」

「ちょ、無理に呼ばなくても」

「なに言ってんだい! さっさと仲直りしてやんな!」

どうやらこのおばちゃんの口癖は「さっさと」らしい。と、オリーシュは軽く現実逃避をはかる。
そうこうしているうちにニードはこちらへやってきた。

「おばさん、こんにちわ」

「はいこんにちわ。じゃあまた明日ね、ニード。そこの坊やも連れて帰んなさいよ。アンタを迎えに行くかどうかで散々悩んでたらしいからね」

「え?」

おばちゃんに言われ、顎で差された方へ視線を送るニード。どうやらオリーシュに気付いてなかったようだ。
それがオリーシュだと気付いた途端、嬉しそうに口元を緩めるが、ハッとして口をへの字にすると眉を顰め「……帰りますよ」と小さくこぼすて足早に歩き出した。

「っと、今行く今帰ります!」

そう言って、オリーシュは慌ててニードの後についていく。
おばちゃんの豪快な笑い声を背に浴びながら、どうしたもんかと悩むオリーシュだった。




今晩の夕食はどうにかニードたちと同じものが食べることができた。
カリっと焼けたベーコンを堪能しつつ、久々のちゃんとした夕食に涙するオリーシュだった。
食事を終えると危険を察知した野鼠のように素早く自室に消えたガニドス。ここ数日で彼が学んだ処世術である。非常にヘタレだ。
カチャカチャと、食器を片付ける音だけが室内に響く。
食事の用意をしてもらうので、片付けぐらいは手伝うとオリーシュが言い出した日課であり、ニードと二人で食器を片付ける。
いつもならここで軽く談笑しつつお片付けの心潤う時間なのだが、ここ数日は胃が痛くなるばかりの時間だった。
しかし、だからといって一緒に片付けないという選択肢はありえないので、これは心を強くする修行だと自分に言い聞かせるオリーシュだった。
(俺は鉄。強くて硬い鉄。鉄のオリーシュ………)
あれ? これどっかで聞いたアニメのタイトルじゃね? とか考えながら食器を片付けていくオリーシュ。

ふと、横目に食器を洗うニードを見やる。
淡い黄みがかった茶色のボブカット。土妖精の特徴でもある少しだけ尖がった耳先が髪の間から覗いて見える。
表情はここ数日ムスっとしていたが、今日は機嫌がいいのか割と普通である。
頑固な汚れに遭遇するとムムっとして眉を顰め、わっしわっしと一生懸命手を動かして洗う姿にはとても和む。ニードもご多望に漏れず、ワンコ系だ。
「むぅ」とか「ふぅむ」とか「あぅ」とか。狙ってやってるとしか思えない呟きを漏らさず拾いながら、オリーシュはニードはワンコの妹系だと断定した。
それも「はわわ」とか言いながら上目遣いで、「お兄ちゃん?」とか疑問系を容赦なく使用する猛者に決まっている。とかアホなことを考えていたり。
そうこうしている内に洗い物も終わり、オリーシュが自室に戻ろうとしたとき声が掛かった。

「あ、あの、オリーシュさん」

「へ?」

どこか戸惑いながら、伏目がちに振り絞るかのような声でニードは、

「その、ごめんな、さい。……お、おやすみなさい!」

と言って、逃げるように自室へと駆け込んだ。
一人残されたオリーシュはニードの謝罪に驚愕しつつ、一連の流れを頭で反芻しながら「お前の右なら世界を獲れる」というフレーズを繰り返し呟いていた。




「わからん。結局なんだったんだ?」

『まー、いいじゃないですか。解決したことですし』

衝撃の事件から5分後、フレーズのリピートが100を超えたところで我に戻ったオリーシュは自室のベッドに寝っ転がった。
そのまま天井を眺め、恒例となっているガイドとの雑談を始める。

「いや、理由が分らんかったら、またやっちまうかもしれないだろ?」

『というか、オリーシュさん。本当にわからないんですか?』

「……いや、心当たりはあるんだが、それを言うと「なわけねーだろ、プギャー」とか言われそうで怖い」

『概ね予想通りです』

「え? マジ?」

ガイドの言葉に思わず身を起こすオリーシュ。
そして、一拍の逡巡の後「じゃ、じゃあ、ニードは俺に……ヤ、ヤキモチ焼いてたのか?」と言った。

『うわ、キモ』

「て、てめ! だから言いたくなかったんだよゴルァ!!」

絶叫するオリーシュ。

『まぁまぁいいじゃないですか。ニード嬢みたいなかわいい娘にヤキモチ焼かれるなんて、男冥利に尽きるってもんじゃないですか』

「そこは否定しない」

最近ムッツリから素直ムッツリに成長進化したオリーシュだった。

『村の有力者の孫娘さんで、両親は早くに亡くなったのに健気な頑張り屋さん。顔立ちもいいですし、スタイルはまあ将来に期待しましょう。
 そんな娘さんからヤキモチなんて、そうありませんよ? チュートリアルで内定と嫁さんをダブルゲットする人は、オリーシュさんくらいですねぇ』

「いや、そりゃ嬉しいし嬉しいけどさぁ。……やっぱ、嬉しいよなぁ」

『この変態め』

「だ、黙りやがれこの野朗! っていうか、最近遠慮なくなってきたなおい!」

最初こそ擬似合成音かよ! と突っ込みを入れたくなるような声色に無機質な調子のうんざりするような画一的喋りだったのだが、
時間が経つと砕けてきて、割と容赦の無いことを平気で言うようになったガイド。
オリーシュとしても最初に比べれば今の方がマシだが、細かく言うと出会って1ヶ月目くらいの少し砕けた感じくらいで固定してほしかったりした。

『で、どーするんですか? マジでいっちゃうんですか? ニード嬢を手篭めにしちゃうんですか? ――――ドエロめ』

「アホかお前は! どうもできるわけねえだろ! あの子は、あの子はまだ―――」

にーど・どんずは11さい。

「若すぎる……」

『若いってフレーズが微妙にズレているような気もしますが、あえて突っ込みませんよ?』

そこは突っ込んで欲しかったオリーシュであった。

『はぁー、しっかし完全にここに居ついちゃってますね。骨も埋めるつもりですか?』

「……」

『こう言ってはなんですが、このままでいいんですか?』

「う……」

ガイドの言葉に声が詰まるオリーシュ。
オリーシュとしては正直どうすればいいのか検討もつかない問題なのだ。
少なくともここに居る限り生活には困らないだろう。村の人達とも上手くやっていってるし、ガニドスもオリーシュをクビにすることは現状ではまずない。
オリーシュの商人としてのスキルである計算能力とモノの見極めのスキルは、今や鉄工所には欠かせないモノとなっている。
ガニドスはオリーシュに事務の一切を任せ鍛冶に専念できる上に、ガニドスですら判断にたまに悩む原材料の品質の見極めにオリーシュのスキルはとても役立った。
最上級、上級、中級、下級、粗悪の5段階に決めていた品質にさらにもう一つ「神」が加わったのはオリーシュの功績だ。

最上級のさらに上の神。
最上級の鉱石の中に一握り程混じった神を見極め、選別できるのはオリーシュだけ。
といってもオリーシュが加工するわけではないが、鉱石のどの部位に神があるのかを見極めるのは鍛冶一筋40年のガニドスにも不可能だった。
オリーシュが来る前は、加工後に偶然神ばかりを使った剣や工具などが非常に良質だと判断できたが、
オリーシュが着てからは安定して神品質の商品が造れるようになったのだ。
このスキルがある限りオリーシュは仕事には困らないだろう。それだけ稀有なスキルだともいえる。
現状が非常に安定しているからこそ、オリーシュには判断できなかった。

「なぁ、チュートリアル状態でこのまま過ごすことは可能なんだろ?」

『勿論問題はないですよ? ただし―――』

初期村、その周囲から出られない。
これがチュートリアルに科せられた制限だ。その他にも幾つかあるが、オリーシュにとって一番重要なのはこれだった。
村を中心とした半径10kmの枠中。これがオリーシュに許された行動範囲である。
これより先に進もうとすると、何故か気が付いたら村へ向かって歩いている迷いの森状態になってしまうのだ。
そして、ガニドスや他の住民からは絶対にその範囲外に誘われることはない。
どういうわけか、例えオリーシュが死んだところを見ていたとしてもそれを彼等が認識することはなく、
また、オリーシュに科せられた制限を越えるようなことを促すこともないのだ。

それをガイドから聞いたときに「NPC?」とかいう感想を抱いたが、どうもそれはない。というか、絶対にそう思いたくなかった。
困っていた自分を親切にしてくれたガニドス、失意に陥っていたときに優しくしてくれたニード。怒ったり笑ったりする村人は紛れも無い本物だ。
ちなみにガイドからも『え? これめっさ現実ですよ?』という、微妙な言葉も頂いた。
そのとき、死んでも生き返るとかどんな現実だよ、という突っ込みをする気力は最早なかった。

『私としては、先に進めることをお勧めしますがねぇ』

「つーか、なんでお前はチュートリアル終らせたいんだよ」

『車に対して、お前はなんで走るんだよ。って突っ込みいれるくらい不毛な言葉ですね』

「うおっ、思わず納得させられた自分が憎いぜ」

そんなやり取りを交えつつ、ちょっと本気で考えてみるかと久々にガイドと話しこむオリーシュ。
この世界のことや、ガイドのこと。そして自分のことなど前に聞いたことを改めて聞いてみた。

『オリーシュさんに関しては、むしろ私に聞くよりも自分の胸に聞いてみては?』

「いや、いわゆる記憶喪失状態ってことしか分らないんだが……」

『いえいえ、記憶喪失だとしても一般常識だとかは覚えてるわけですよね? そこから探ってみてはどうですか?』

言い得て妙だが、ガイドの言葉は一理あるなと頷いて考えてみた。
5分程、あーでもない、こーでもないと考えとりあえず一つ思いついた。

「この世界は現実なんだよな?」

『はい、紛れも無い現実世界ですよ? ウルフに噛まれた傷も、ニード嬢の造るスープも本物でしたよね?』

痛みはあった。というか、ちびるくらいめっさ痛かった。
ニードのスープはとても美味しい。今では大好物だ。
そう。あの痛さ、あの味がここは紛れも無い本物の世界だと強く訴える。
しかし、だ。

「ステータス見るとでてくる、この微妙な3Dフレームのシステム画面はなんなんだよ!」

「ありゃ、今のフレーム気に入りませんか? じゃあこっちのドット表示で――――」

「おぅふ! ドラクエとか懐かしすぐる! って、そうじゃねえよっ!!」

主に嗅覚と味覚と触覚はこれが現実だとオリーシュに訴えかけるが、聴覚は審議中であり、視覚はそれは完全否定している状況がここにはあった。

「……ここがある意味現実世界だと認めてやる。だが、このPS初期並のしょぼいポリゴンフレームに―――」

『いっそ趣を感じて欲しいですねー』

ドットをやめ、ポリゴンフレームを採用したガイド。

「黙れおい! ……こんのアンバランスなまでのリアルな世界―――」

『……』

「――――マトリックスのパクリとかオチじゃねえよな!?」

『おぅふ!』

「ちょ、てめ! 認めやがったこの野朗!!」

『……ふ、ふはははは、そんなバカなことがあってtまりkづよ@だ!!!!111』

「バグってる! バグってるから!!」

閑話休題。




『正直なところを言うとですね、私は自身についてはガイドであるということしか知りませんよ?
 この世界の知識もいわゆる基本的なことしか知りません。ぶっちゃけオリーシュさんの望む答えは出せそうにないですね』

「身も蓋もねーな。マジでお手上げなのか?」

『望む答えとは言いがたいですが、少しくらいならありますよ? オリーシュさんとこうやって6ヶ月過ごして気付いたことがあります』

やや神妙な口調でガイドは切り出した。

『まず、他のプレイヤーと、もう開き直って言いますが、彼等は村人と同じように誘導されていますね』

ガイドはこれまでに何十人ものプレイヤーの案内をこなしたが、彼等はそこまで深刻に考えず自然とこの世界を受け入れた。
割とポジティブに考えチュートリアルを終らせたのだ。

『そして、私自身も誘導されていたとしか思えません』

「え? なにそれ怖い」

『いえ、私もなんか言ってて怖いですよ? これまでオリーシュさんも含めて30、40人程見てきました。
 人間族だけじゃなく、土妖精も居ましたし森妖精も居ましたね』

この世界。大陸には6つの種族が居る。
土妖精(ドワーフ)
亜種人(ノルド)
森妖精(エルフ) 
闇妖精(ダークエルフ)
聖妖精(ハイエルフ) 
人間族(ヒューマン) 
の6種族だ。
ガイドは聖妖精以外の全ての種族のプレイヤーの面倒を見てきた。
聖妖精は数自体少なく、大陸では特別な種族になるらしいのでまずプレイヤーは居ないだろうと断言した。

『ぶっちゃけ、ガイドをしていることを疑問に思ったりしたことはありませんでしたね。淡々とこなしていたとしか言えません』

今現在ガイドは、あれ? これちょっとおかしくね? という疑問を持っているらしい。

「……お前はつまり、どうなんだ?」

『テライミフ』

思わず突っ込んでやろうかと思ったが、なんとか耐えて感情を押し殺すかのようにオリーシュは言った。
彼も大概子供である。

「だから、お前は俺みたいになんか覚えてないのか?」

『ないですね』

「おぅふ」

『はっきり言って、全然これっぽちもないです。強いて言うなら、オリーシュさんや他のプレイヤーの人達が陥った状況は何故か理解しています』

「ガイドだもんなぁ。そういや、お前が今まで面倒見てきた奴ってどうなったか知ってる?」

『さぁー?』

「反応うす!」

『私自身淡々とこなしてましたし。ああ、そう言えばこんなこともしていましたね。なんか私もあの頃は割とピュアなもので、
 職務に忠実でしたがなんか色々設定作ってましたねー。試行錯誤を繰り返した昔が懐かしいです』

曰く、自身を大精霊とノリノリで語ってみせたり
曰く、貴方は選ばれた人だ、とプレイヤーを担いだり
曰く、自分を囚われの姫と騙し、どっかのダンジョンに誘導したり等など

「お前、やりたい放題すぎだろ」

被害者ぶって淡々としていたとか嘘ついてんじゃねーよ、とオリーシュは心の中で突っ込みを入れた。
もっともである。

『若さゆえの過ちですね……』

「もういいよお前」

『そうですね、彼等のその後はぶっちゃけ知りませんが、案外元気にやってると思いますよ? ―――――半分くらいは』

「こわ! おま、普通に怖いわそれ!」

『オリーシュさん、ここは『現実』ですよ? 彼等は物語にある冒険者でもなければ、伝説の勇者でもありません。
 ただ、小心者を極めたくらいに警戒しまくってレベル上げまくって適正レベルを10くらい上回った状態で仲間とダンジョンに臨むのであれば、多分平気だと思いますよ?
 それでも夜盗に襲われたり、不意をつかれたりと、死に要素は現実として当然ありますので、生き残ってるのはやっぱり半分くらいじゃないですかね』

囚われの姫がメッセージを送ってると騙された奴は、きちんとレベル上げて仲間を連れてダンジョンに臨んでいればいいが。
オリーシュはここには居ないその哀れなアホに祈りを奉げた。

『まあそれでも大した倍率だと思います。普通なら半分どころか全滅してても不思議じゃないですしね』

「そりゃ、そうだけどなぁ」

オリーシュも含めたプレイヤーは、この世界では稀有な才能の持ち主とされる冒険者だった。
この世界の一般的な住人よりも体力、力があり、戦う技術に優れている。
商人のオリーシュですら初期状態で棒っきれを持っていればウルフを撃退できるのだから、戦士や闘士、術士のどれかに該当する彼等は押して知るべし。
普通の村人であるガニドスやニードではこうはいかないだろう。ちょっと訓練をしている程度の一般人ではウルフは倒せない。

オリーシュの現在のレベルは7で、装備がしっかりしていればウルフ程度なら同時に3匹ぐらいまでならギリギリ相手にできる。
これは正規兵には及ばないが、普通の村人レベルで考えればかなりの実力を持っているということになる。
ちなみに、この世界の正規兵はオリーシュの感覚でいう元の世界の人間に比べたらかなり強い。
種族も関係するが、11歳になるニードはいっぱいに水を張った直径50cm深さ20cmの桶を軽々持ち上げたりできる。末恐ろしい世界である。

「やっぱわかんねーよな。どうしたらいいのかねぇ」

『ガイドである私としては、さっさとレベル上げて最後のクエストに臨んでもらいたいところですが』

「それしたら死ぬかもしれねーだろ? つーか、クエスト受けてダンジョン入ったらチュートリアル解除とか悪質すぎるだろ」

『オリーシュさん先走ってクエスト受けちゃいましたからねー。あそこの遺跡に一歩でも入ったら即解除です』

「絶対行かねーし。死んでも……いや、死ぬから行かねーし」

『まあ、チュートリアルで上げれる限界のレベルが10ですし、そこまで上げて入った方が無難ということもありますが……』

装備がねぇ、と疲れたように呟くガイド。
オリーシュはすでに装備を売り払っていた。ガイドが口を滑らしたその日に。
軽装の革の鎧と革の盾。鉄のショートソードをもれなく全て綺麗に処分し、現金に換金していた。

「うるせー、絶対に行かないからもう装備なんかいらねーんだよ! 俺は平和に過ごすの! 一般人として骨を埋めるの!」

『まあ、それもアリかもしれませんが……例えばですよ? モンスターの大群がこの村を襲って村壊滅とか、天変地異が起きて村壊滅とか
 種族間で戦争が起きて村壊滅とかしても、オリーシュさんはここから動けませんよ? 村が壊滅してもここから半径10km以内にしか』

「いちいち不吉なんだよお前の例えは!」

激しく突っ込むオリーシュだが、ガイドの言ったことは全て事実だ。
村が何らかの理由でなくなっても、オリーシュは動くことができない。ここに縛られているから。
まあ、初期村が壊滅するとかどんだけ理不尽なんだよって感じであるので、オリーシュはその辺は楽観的に考えてもいる。

「……結局、重要なことは分らずじまいだな」

『オリーシュさんにとって何が重要なのかは分りかねますが、チュートリアルの分際で世界の核心に触れようとゆう考えが舐めてますね。
 とっととクエストクリアしやがれって感じです』

「うるせえポンコツガイド。文句あんならタイマンすっぞコラ」

『体のない私にケンカを売るとは愚かですね。だがいいでしょう。そのケンカ買いました』

「!? て、てめ! なんだこの目を閉じても常時表示状態の毒々しいシステム画面は!!」

『うはははは、私にケンカを売るとは愚かしい人間よ! 不眠をもって後悔するがいい!!』

「ちょ、おま! ポコーンって、ポコーンってらめぇえええええええええええ!!」

地味だが非常に効果があるようだ。
余談だが、ポコーンはガイドがプレイヤーに介入する一番最初に流れる本来なら一度限りのシステム音(SE)である。
ガイドもこの間抜けな音だけは排除も取り替えもできなかった。


















投稿日 平成22年6月25日

※一部修正しました
※さらに修正しました



[19837] 3話  堕天使をタイトルに使った理由は思いつかなかったから引用したよ! まぁ狙ったのは認めるが、ちょっと後悔もしてる
Name: おれんじ◆8f6bcd46 ID:94a17edb
Date: 2010/06/26 02:06







朝日が昇りきる前に目を覚ましたガニドスは、ベッドから降りると軽くストレッチをして体をほぐす。
ボキボキと腰を鳴らすと、部屋の隅に置いてある洗面器に顔を突っ込み顔面を擦り上げる。
実に豪快な洗い方なので、当然床に水が散る。
このガニドスの日課は孫娘であるニードからはかなり不評だったりする。床を掃除するのはニードの役目なのだから。
孫娘に甘すぎるガニドスも流石に譲れない部分があるらしく、ニードの文句も何処吹く風で改善の見込みはない。

「さて、外の空気でも吸うかのぅ」

顔を洗い、仕事着に袖を通したガニドスは部屋を出て外へと向かう。
まだ昇りきってない太陽が薄っすらと山際から顔を出しドッヅェを照らした。
ドッヅェ一年中熱くもなく寒くもない過ごし易い気候なので、分厚い革製の仕事着を着ていても特に問題にならない。
ガニドスは体を伸ばし深呼吸を2,3度繰り返すと満足気にして、2階の事務室へと向かいオリーシュによって整理された依頼書などを取り出し1階のリビングへ。
定位置となっているイスに腰を下ろし依頼書を読み始めた。

ガニドスはオリーシュのことを高く買っている。
初めて出会ったときこそ人間族であるオリーシュに驚き、多少警戒していたが、仕事振りや生活態度を見ていてすぐに警戒を解いた。
警戒しつつも家に招くあたり実にお人よしなガニドスだが、村のまとめ役としてそれくらいの度量は持っていた。
家に招いた頃は、オリーシュは店の手伝いを殆どせずに粗末な棒っきれで狩りに出掛けていた。
そんな彼を訝しげに思い、なにか事情があるのかと勘繰りもしたが次第にどうでもよくなった。
棒一つでウルフを狩ってくる人間の青年に驚いたが、家での態度は慎ましいもので、ことあるごとに恐縮するオリーシュにむしろ呆れもした。
熟練した戦士かと思えば、実に小心者な人間の青年。そのギャップが微笑ましかった。

その内ウルフの毛皮を売ることで貯まったお金が結構な額になったので、それをオリーシュに渡そうとしたが宿代だと言って受け取らないので、装備を揃えて渡した。
オリーシュが装備していた武器は、ガニドス手製の鉄の剣だ。
しかし、それから数週間もしない内にオリーシュは狩りを一切しなくなった。
どういった心境の変化かはガニドスには分らないが、どこか落ち込んでいるオリーシュには理由を尋ねることはせずに店の手伝いをさせるようにした。
流石に働かない奴を家に置いておくことはできない、という理由だが、それとは別の思惑もあった。
働けば気がまぎれるとも思ったし、以前オリーシュがたまたま鉱石の仕入れに出くわし、そのとき鉱石の質を一瞬で見切ったことも理由にあった。
計算をさせれば早く正確でガニドスは非常に助かった。

そういうわけでオリーシュは店の手伝いをするようになり、店番も任せることで村の人達と交流していき今に至る。
オリーシュが店の仕事をしだすとガニドスと話す機会も増え互いに遠慮もなくなってきた。
今では遠慮の無い口の悪いオリーシュのことが小憎い孫のように思え、息子夫婦を無くしてすっかり静かになってしまった家が賑やかになり嬉しく思っていた。
まあニードは嫁にやらんがな、と内心呟いてガニドスは小さく笑う。

「お爺ちゃん、おはよう」

「おお、おはようニード。今朝はどうするんじゃ?」

「うん、チーズがあるからスープに入れようと思うんだけど、どう?」

「旨そうだ」

台所にやってきたニードの提案に笑顔で答えると、ニードは地下の貯蔵室へと向かった。
朝から元気な様子の孫を微笑ましく思いながら、まだ起きてこないオリーシュに苦笑する。
オリーシュは基本朝が遅い。まあ仕事に遅れることは流石になく、態度も真面目なのでガニドスもうるさく言うつもりはなかった。

「ふむ」

依頼書をもう一度よく読みなおす。
最近オリーシュのスキルによって安定して造る事ができるようになった神品質の製作依頼だ。
細かい内容は、鋼鉄製の神品質ロングソードが3本、鋼鉄製の最上級ショートソードが3本、同じく鋼鉄製の最上級の肩当、胸当て、ブーツが各3組。
鋼鉄製ということから、結構な取引になる。
しかも型への流し込みでなく、新造で鍛えて欲しいという依頼だった。

「これは大仕事だのぅ」

この武器、防具を使うのは恐らくかなりの上級指揮官、もしくは最精鋭だろう。
一般兵にならば中級、もしくは上級の鉄。剣も型への流し込みの量産物で十分なのだ。
それを鋼鉄の神品質。新造の打ち込みの剣を3本と言えば、下手したら家が建つ。
神品質は最上級の鉄鉱石を仕入れてその内の5%あるかないかという貴重な代物。
それを使って3本ものロングソードを造れば、洒落にならない金額だ。

「……在庫足りるのかの、これ」

むしろ在庫があるか心配のガニドスだった。
この世界の加工に使える金属は大まかに4つ。
下から鉄、鋼鉄、特殊鋼鉄、ミスリル金属だ。その他にもあるが、武器や防具といったモノに使うのは基本これらになる。
一般的な鍛冶屋が扱うのは鋼鉄までで、特殊鋼鉄はかなり大掛かりな設備が必要になり、ミスリル金属に到っては特別な才能が必要になる。
ガニデスもミスリルを扱っている鍛冶屋は一つしか知らない。大陸全土の鍛冶屋を数えてもミスリルを扱えるのは恐らく片手の指があれば足りるだろう。
まあ、その分値段も半端ないので一般でお目にかかることはまずない。

特殊鋼鉄は大きな町であればある所にはあると言った感じで、ガニデスも何度か扱ったことがある。が、できればあまり扱いたくないと思っている。
何しろ加工にとても気を使い、下手すれば全てが無駄になる。
特殊鋼鉄は加工に失敗したら普通の鋼鉄と違い溶かしてまた使うことができない。故に武器や防具には向かない。
簡単な話で修理ができないからだ。つまり金属として鈍ってくると新しく用意しなければならないのだ。
そんな金属を武器として使えるのは極々一部の人間だけ。そしてその極々一部の人間を相手に商売するのだから、余計に気を使う。
できれば二度と扱いたくないのがガニデスの本音であったりした。

依頼書を片手に唸っていると、珍しく早くに起きたオリーシュが顔を出した。

「あ、おはようございます。親方」

「ん、おはよう」

「依頼書ですか? 結構難しい注文ですよねそれ」

オリーシュはそう言って、台所にあるコップを手にとって水を入れると一息で飲み干した。
今日は仕事休みの日である。いつもの仕事着ではない小奇麗な格好をしているオリーシュ。
ああそうか、とガニデスは昨夜の夕食のときの話を思い出した。
どうやらニードと仲直りしたオリーシュは二人でどこかへ出掛けるらしい。
目の前の青年がニードに不埒なことをするとは思えないが、後で釘を刺しておくかと依頼書で口元を隠しニヤリとする。
このおっさんも大概である。

「おお、そうだ。これの在庫はあったかの?」

「……神品質が少し、足らないかな。どっちみち仕入れようと思ってたので、まとめて仕入れといたらどうっすか?」

「そうするかの。次の仕入れはいつ頃になる?」

「んー、ああそうだ。今日出掛けるんで直接頼んできますよ。それなら明日の昼頃、遅くても明後日までに用意できるんじゃないですかね」

「そうか。じゃあ悪いが頼めるかの?」

「了解です」

うむ、と小さく呟いて依頼書をテーブルの隅に寄せるガニドス。材料の目処はたった、あとはどの順番で加工するかだ。
段取りで作業時間がぐんと変わってくる。取引金額もさることながら、大手のギルドを介しての取引だ。慎重にしなければならない。

「ん? なんじゃその手は?」

不意に、オリーシュが手のひらを上に向けてこちらに突き出しているのが目に入った。

「休日手当て、別途支給を要求」

「アホか」

「ですよねー」

ニードとは絶対にない、こんなやり取りは実に楽しいものだと一人ごちるガニドス。
まあニードと一緒に出掛けるのに釘を刺すのをやめといてやるか、と胸の中で呟いた。














「ニード、どこ行きたい?」

「えっと……オリーシュさんは、どこかないですか?」

『不毛なやりとりが続きますねー』

ガイドの突っ込みに、「うるせー死ね」とニードに聞こえないように小さく呟いたオリーシュはどうすっかな、と頭を掻く。
天気は良好。気持ちよく晴れ渡っており、風が心地よく吹き抜ける。
今日は他の仕事の人もお休みなようで、家族連れで村の表通りは活気付いていた。
行商人の露天が並び、珍しい果物や物品を取り揃え人気となっている。

「ま、のんびりすっか」

「そうですね」

そう言って、広場の噴水の縁石に腰を下ろし行き交う人々を眺める。
ガニドスの鉄工所から2分も歩かない広場で腰を下ろしているだけだがそれなりに楽しいようで、今ニードに尻尾があれば盛大に振っていることだろう。

『ロリはダメですよ? この世界といえど違法です』

「うるせー死ね」

「え?」

突然ぼそりと呟いたオリーシュに小首を傾げてクエッションマークを浮かべるニード。
どうやら内容までは聞こえなかったようで、オリーシュは一瞬かいた冷や汗を拭いながら適当に誤魔化した。

「そういや、ニードさ」

「はい」

なんとなしにこぼした言葉だったが、神妙な顔をしてオリーシュをガン見するニードに一瞬腰が引ける。
「どこにそんな懐く要素があったんだ?」と思いながらも、それを決して顔に出さない。

「あの、その、なんだ。もう長いこと世話になってるしさ、お礼になんかプレゼントしようと思ってたんだけど、中々決まらなくてさ」

「はひ」

『うはー、ニード嬢固まってますよこれ。真面目な話しオリーシュさんのどこがそんなに気に入ったんですかね?』

うるさい黙れ、と心の中で呟きつつ青筋を立てながら全力スルー。

「なんか欲しいものがあるなら言ってくれ。お金はまー、多分平気だから」

ウルフを狩ること1ヶ月。ガニドスの店で働き始めて約4ヶ月。
特に金遣いが荒いわけでもないオリーシュは結構金を持っていた。
いつぞやの店にはあれ以来一度も行っていないし、非常に残念だがこれから行く機会もないだろう。

「えっと、そんないいです、よ」

わたわたと手を動かして全力で遠慮するニード。だが残念だが彼女の本心は尻尾がなくとも丸分りだ。

「遠慮しなくていいからさ、たまには俺にも何かさせてくれ」

「それに気分が変わってやめるかもしんないから、なるべく早く注文してくれな」と付け加え、オリーシュはボーっと空を眺めた。
隣からは落ち着きの無い空気が伝わってくるが、あえてスルーしてニードの言葉を待った。
どのくらいの時間が過ぎたのか、決意を固めたニードは意を決して、こう呟いた。

「……あそこのお店を、見て、みたいです」

そう言って、通りにある行商人が開いている露天をニードは指差した。






「へぇー、結構いいモンあるんだな」

「?」

オリーシュの言葉に首を傾げるニード。
鍛冶屋の孫娘とはいえ、目利きの具合は素人と変わりないようだ。

「お! お兄さん分ってるねぇ。北の鉱山で取れた一品物ばかりだよ。そんじょそこらの店には負けない自信はあるぜぇ?」

オリーシュの言葉に乗るようにして景気のいい声を張り上げる店主の兄ちゃん。
見たところ20台半ばの土妖精。肌は浅黒く、この辺では見ないタイプだ。
きっと遠くの方からやってきた行商人なのだろう。
人間であるオリーシュを見ても平然としている。

「……いいものなんですか?」

ニードは恐る恐るオリーシュへ聞いてみた。
多分値段を気にしているのだろう。

「ん? ああ、大丈夫だよ。そこの耳飾に使われてる石だけどさ、この辺じゃみないけど多分値段は150ルデアってとこだし。
 周りのは大体50から20ルデアって感じじゃない?」

「いやー、参ったよお兄さん。そこまで言い当てられると200じゃ売れないわ」

悪びれなく店主は言って肩をすくめる。

「……っ」

150ルデア。それは職人の半月の給金に等しい額だ。
思った以上の値段にニードは目を見開いて驚愕する。

「あの……、オリーシュさん。わたし……いいです、から」

「へーき、へーき。これくらいなら全然買えるから。流石にそれ以上高くなるときついけど」

そう言ってオリーシュはニードの頭をぽんぽんと叩く。
うー、と唸りながら悩むが、オリーシュが「いいから、いいから、ほんと気が変わらないうちに選びなよ?」と最後通告をしたので、
ニードは観念してシートの上に並んでいる色とりどりの商品を眺めたり、手にとって選び始めた。
その様子を見て「うむ」と納得すると、オリーシュも珍しい石や金属でできた小物を物色する。
目に入れた瞬間に素材の名前が分るオリーシュには、非常に楽しくためになった。
見ただけではわからない、理解しがたいものも触れればより深く理解できるので、遠慮なく物色しては手にとって確認をする。
そして、隅の方にちょこんと置かれた深緑の透き通った石に引き込まれた。

「おー」

石自体は大して価値のないモノだったが中々どうして、宝石の出来損ないともいえる変哲もないその石には魔力が宿っていた。
魔力。オリーシュには非常に縁のない言葉である。
各プレイヤーにはそれぞれ職業が割り当てられる。戦士、闘士、術士の3つどれかだ。
その内魔力を使うのは基本的に術士のみ。
他の職業は精神力といった、どこか違うのか微妙に判断に迷うチカラを使う。
ちなみにオリーシュは精神力を使ったスキルさえ持っていないので説明を省く。

基本術士しか持たない魔力を戦士や闘士たちが扱うには幾つかの方法がある。
その一つがこの魔力を秘めた石だ。通常、秘めた石の種類に限らず全て精霊石と呼ばれる。
そして、術士が込めた構成と設定されたキーワードを用いることで、石に込められた魔力を使うことができる。
まあ普通に魔法をぶっ放して使うと消耗が激しくすぐにすっからかんになってしまうので、通常付与魔法などを込めて永続的に使用する。
剣の柄に埋め込んだり、鎧や装飾品の一部に使用するのが一般的である。
触れてみて石の中身がどんなものかと確認しようとしたところで、ニードが遠慮がちに裾を引っ張ってきた。

「あの、これ……」

「ん? どれどれ」

ニードが手に取ったのは、黒い石と白い石がそれぞれ入った耳飾。
デザインは大人っぽいシンプルなもので、背伸びしたな感が伺える一品だった。

「これにしたんだ」

「似合わない、ですか?」

「ちょっと大人っぽい感じだねぇ。付けてみる?」

「ふぇ!?」

オリーシュの提案が意外だったようで変な声を出して驚くが、オリーシュは気にせず店主に確認を取ると「ほい」と言ってニードに手渡し、店主から借りた手鏡を持った。
淡い黄みがかった茶色のボブカットのニードの髪先から耳飾が顔を出し、黒と白の石が控え目に存在感を発する。
手鏡を見たニードは照れるようにはにかみ満足気だ。
うむ、いい買い物だとオリーシュが思った矢先、

「200ルデアになります」

と、声が聞こえた。
思わず「は?」と声を出しかかったオリーシュだが、寸でのところでどうにかソレを飲み込んだ。
(ぐぅっ、してやられた……!)
あの耳飾はどうみても50ルデアもしない。センスのあるデザインだし、使われている金属も上等なものだろう。しかし200はありえない。
だが、今それを店主に言うことなどできるはずがなかった。
何故ならすでにニードはソレを選んでしまったし、オリーシュがソレを買う気でいることを店主はバッチリ把握している。
今ここで値段に難癖をつければ店主は引きさがるが、ニードは確実に遠慮するし気持ちよく終われないだろう。それじゃあプレゼントの意味が台無しだ。
一緒にいるのがニードでなく、ガニドス辺りなら乗り気で難癖をつけるが、有り得ない仮定をしても無意味である。

『あっちゃー、やられましたねオリーシュさん』

ガイドの突込みが一々ムカつくが、ここは我慢せねばならない。
ニードなんか値段を聞いて固まっているし、ここであまり長いこと返事をしないでいると怪しまれる。
かといって、このまま素直に200ルデアを払うのは癪だ。つーか、許せん。
(恐るべし、行商人……)
オリーシュは、自身の持つスキル以外の商人としての経験値、能力がまだまだ未熟であると改めて痛感した。
別に商人を極めるつもりも無いが。
どうしたものかと頭を必死に動かし、そして気が付いた。気が付いたのなら即実行。

「オ、オリーシュさん、わ、私いいです。流石に200ルデアなんて……」

子供には手の届かない大金だとニードは理解しているし、家事の一切を取り仕切っているからこそ200ルデアが大金であると知っている。
流石にこんなものを買ってもらうわけにはいかないと、ニードは耳飾同様に目を白黒させて断ろうとする。
このニードの混乱振りすらも目の前の店主の仕業だ。オリーシュは胸の奥で炎を滾らせる。
200ルデアならギリギリ払えるラインだろうと、小賢しい計算もガッチリしてのことに違いない。
事実200とちょっと持っていたりした。
いや、店主は一旦値を下げる筈だ。流石に200は吹っかけすぎなのだから。
勉強したかい坊主? まあこの辺で妥協しやがれという意味も含めて。

「お兄さん、嬢ちゃんはこう言ってますけど、どうっすかねぇ? オレとしても嬢ちゃんには似合うから是非、ね。
 なんなら嬢ちゃんに免じて150ルデアでいいぜぇ? 200じゃちょいとキツイだろしさ」

「そうだなー、ニードには似合うしそれ買うわ」

「毎度あり!」

「オ、オリーシュさん?」

事態についていけず、すでに涙目のニード。

「あ、それとさ、これとかも欲しいんだけど。いくら?」

そう言って、ぼったくり耳飾が置いてあった周辺の髪飾りや小物を指差すオリーシュ。

「う……」

店主が一瞬顔色を悪くする。
200ルデアの耳飾を買うと聞いた周辺にいる買い物客が遠目にこちらをチラチラ確認していたのだ。
人間であるオリーシュに住民は慣れたとはいえ、それでも珍しさからまだまだ目立つ存在。
それが値下げしてもらったとはいえ150ルデアもの耳飾を買おうというのだから、ガッチシ注目される。

『やりますねー、逆手に取りましたか。単なる嫌がらせの類ですが、中々いい手です』

今この状況で200ルデアと言い切った耳飾の周りの商品の本当の値を言うことはできない。
なぜならどれも20ルデアにもならないモノばかりだから。流石に20ルデアのモノばかり並んだところに200ルデアの商品があるとは店主も言い切れない。
それはどう考えても不自然だ。
かと言って高額にすることもできない。そんなことをすれば高いものばかり並んでいる露店と思われて客足が遠のいてしまう。

「50ルデア……ですねぇ、そこにあるモノは40ルデア、そっちのは60ルデアだねぇ」

「ふーん」

『無難な線で返してきましたねー。まあ50ルデアってだけで買う人は中々居ないと思いますが……これであの商品は売れませんね』

これは予想通り。
店主が初めから正直に答えるとはオリーシュは思っていない。
でもまあ一矢報いたことだしこの辺りで矛を収めるかと、オリーシュは本来の目的を済ませる。

「そっか、ああ、こっちのはいくらぐらい?」

先程オリーシュが目をつけた石がある辺りを指差す。

「そっちかい? おお、そっちは安くなってるから手頃だよ! いいとこに目を付けたねぇお兄さん!」

無駄にデカイを張り上げる店主。
安いモノもあるとアピールしておきたいのだろう。
150ルデアの買い物させた客が消えたあとに安いと叫んだところで誰も信じるはずもないからだ。

「それが10ルデア、そっちのが5ルデアって感じでリーズナブルなお手頃価格だ!」

これは本当。

「へぇ、安いな。じゃあコレ貰うわ」











「あの、オリーシュさん。ほんとに……良かったんですか?」

どこか体を小さくして躊躇いがちに聞いてくるニードに、オリーシュは笑いながら答えた。

「いいって、いいって。さっきも言ったけど精霊石も手に入ったことだしさ」

『あの店主さん呆然としてましたね、まさかその石っころが精霊石だなんて思わなかったんでしょうねー』

5ルデアの精霊石をオマケということで無料でゲットしたオリーシュ。
石自体に大した価値もなく石に秘められた魔力も実際は大したことはない上に、希少性は理解できても価格が分らないので、
150ルデア払って得なのか損なのかはオリーシュには分らなかった。
まあついでにさらに一泡吹かせてやるかと、オマケとして貰った後にこれは魔力を秘めた精霊石ですよ、とネタ晴らしして早々に立ち去った。
魔力を持たない人には、余程濃い魔力でなければ気付くことができない。
だから店主がそれを本気で信じたのかは、また微妙なところであったりもした。

「その、精霊石って本物なんです?」

「一応本物だよ? 大したチカラはないっぽいけど」

『ですねー、大したチカラはないですが、威力は相当なものです』

オリーシュが手に入れた石はすでに術士によって細工が施されていた。
石に込められた構成は防御系の盾のような魔法。
設定されたキーワードは『堕天使アイクス・シュルベルトの名において命じる、聖域よ開け』である。
このキーワードを言えば、即座に魔法が発動するようになっている。
オリーシュの見立てでは魔法の効果時間はさほど長くないか、効力はあまり期待できない代物だ。
役に立つのもレベルの低いうちだけだろう。そしてオリーシュには使う予定もない。
単に珍しいから手に入れただけともいえる。

つーか、キーワードが中二過ぎて言えるか! と手にとった瞬間に投げ出しそうになったのはオリーシュの秘密。
まあこれを設定した堕天使のアイクス・シュルベルトさんも、こんなくっさいキーワードを他人に知られるとは思ってもみなかっただろう。
オリーシュがガイドに教えたら爆笑で返されたりした。
それはまず間違いなくプレイヤーの手によるモノだと断言して。

そういえばと親方に頼まれた用事を思い出したオリーシュは、ニードを連れて小さな交易所に向かう。
交易所は各商店の店主に代わって仕入れをする、いわば商社のようなものだ。
勿論仲介料が取られるものの、顔の広い交易所の商人なら幅広い商品を仕入れることもでき、逆に商品を卸すときも幅広い相手から選ぶことができる。
ドッヅェのような辺境には欠かせない重要な役割を担っている。
オリーシュは顔馴染みの商人を見つけると、手早く注文をし商談を済ませた。
この商人はガニドスの鉄工所と付き合いが長いため、オリーシュが相手でも誤魔化すことなくキッチリと相手をしてくれるのだ。
先程行商人にしてやられたばかりのオリーシュとしては安心して商談できる有り難い相手だった。

交易所をでたオリーシュは露天からパンと果物をいくつか買うと、ニードを連れて村外れにある丘へ向かった。
村の外周を囲う石の壁を越え、村を見下ろせるちょっとした高台になっている丘で腰を下ろし一息つく。
心地よい風が草原を揺らし、ぽかぽかした日光が余すことなく大地を照らした。

「平和だなー」

「ですね」

オリーシュは買ってきたパンを取り出すと寝っ転がって食べ始め、ニードはりんごの様な赤いこぶし大の果物にかぶりつく。実に幸せそうだ。
そのままのんびりとした時間が過ぎていく。
流れていく雲は形を変え、吹き抜ける風が優しく包み込む。
気が付くと、ニードは子犬のように丸くなって寝ていた。風で揺れる草が顔に当たってくすぐったそうに体を揺らす。
オリーシュは「ま、いっか」と呟くと、残っていた果物を口に入れながら青空を眺める。
そして、やっぱりどうしてもこの世界は完全無欠に現実なんだろうなぁと、と今更ながら実感した。

「なぁ、あそこに見える山は範囲外か?」

『んー、あそこは範囲内ですよ』

「ふーん、こうしてみると結構広いようで、やっぱ狭いのか?」

『そうですねー、半径10kmを行動範囲として一生を過ごすとなるとやっぱり狭いんじゃないですか?
 といっても、この世界だと結構そんな人当たり前に居たりするんですけどね』

交通手段は基本徒歩。
そんな世界なのだからある意味当然でもあった。
行商人でもない限り基本的に村に居続けるのだから。
この世界に旅行なんて概念すらあるのか怪しいものだ。

「人間族(ヒューマン)の初期村とか、森妖精(エルフ)の初期村とかどんななんだ?」

『そうですねぇ、人間族の初期村は割とここと似通った感じですよ? 森妖精のはひたすら木って感じですねー。で、これでもかってくらい黄緑の苔が生えてます。
 まあ各種族の初期村もいくつかあるので、全部が全部そうというわけでもありませんがねー』

「じゃあ、亜種人(ノルド)とか闇妖精(ダークエルフ)とかはどんな感じだ?」

『亜種人は無骨でいかにもって感じの厳つい街造りで、闇妖精は森妖精より暗めでじめじめした感じですよ』

「どうせなら人間じゃなくて森妖精とかになりたかったなぁ」

『それはよく聞く話ですね。ちなみに一番人気は森妖精。次が闇妖精、人間、土妖精、亜種人って感じですねー。聖妖精(ハイエルフ)は有り得ないので対象外です』

「……予想通りだな」

『皆考えることは同じってことなんでしょうねぇ。個人的にお勧めなのは亜種人だったりします』

「一応理由を聞いてやる」

『死ににくさが2位以下を大きく突き放して、ぶっちぎりですからねぇ』

案外まともな答えが返ってきてオリーシュは「へぇー」とこぼした。
亜種人は単純な体の頑丈さもあるが、毒性などの副次効果にも強い耐性を持っている。
森妖精なら5秒で死ぬ毒も、亜種人ならば1時間は耐えることができる。当然個人差もあるが、かなりの耐久力といえた。
勿論1時間悶え苦しむというオマケもついてくるわけだが。

『まあ、長所とも短所とも言えますが、魔法が効きにくいってのも特徴の一つですねぇ』

付与魔法は当然として、回復魔法すら効き難いのはある意味致命的ともいえる。
まあ、この世界にはポーションなる便利な回復薬(飲み薬)もあるので対策はとれる。ただし、ゲームとは違って値段がヤバイことになってるらしい。

「ちなみに、ポーションとかいくらくらいするんだ?」

『かなりえげつないですよ? ぶっちゃけると家一軒が建ちます』

「……誰が買うんだよそんなもん」

『それくらい貴重な代物なんですよ、まあ遺跡の奥の宝箱の中にありますが』

いっそ取りに行ってみてはどうですか? と平然とガイドは言った。

「アホか、回復薬取りに行くのに命賭けてどーすんだよ」

『やれやれ、ヘタレですねー。あ、話し続けますね? 回復魔法の習得にも有り得ないくらい苦労したりします』

どうやらこの世界はそんじょそこらのRPGとは訳が違うようだ。
ますますチュートリアルを終らねぇと固く誓うオリーシュ。

『一番楽なのが効果魔法、次が攻撃魔法、で補助魔法、んで付与魔法、最後に回復魔法って感じですねー。
 まあ内容によっては回復魔法より難しい効果魔法もあったりするので、一概には言えませんが概ねこんなです』

「なぁなぁ、俺はどうやっても魔法使えないのか?」

『うはー、気になりますか? やっぱり気になっちゃうんですか? 中二なお年頃って奴ですか?』

「ぐぅ……」

ガイドの突っ込みに青筋が3つほど出来たが、オリーシュはぐっと堪えて押し殺すような低い声で呟いた。

「……あえて言おう、魔法が使えるのならば中二でも構わないと」

実は例のアイクス・シュルベルトさんが死ぬほど羨ましかったオリーシュ。
当初はくっさいキーワードに嘲笑したのだが、冷静になればなるほど彼だか彼女が妬ましいほど羨ましかった。
そして自分が魔法を使えたら同じことをやった自信がオリーシュにはあった。
なんでこんなことをしたんだ? と問われれば、だって魔法が使えるんだぜ? とオリーシュは胸を張って答えただろう。

『無理』

「ちょ、おま……ちょっとくらい期待させろよ……」

『精霊石の擬似魔法で満足してろって話しですねー。つか、チュートリアルの商人如きが見ていい夢じゃないですよ実際』

「死ぬほどムカつくからマジで一回殴らせろコラ」

見えないガイドを相手にシャドーボクシングをかますオリーシュの姿がそこにはあった。

『あ、そういえばさっきの爆笑石なんですが』

「……」

『大体の価値を教えましょうか?』

実に興味深い内容である。
クソ下らないガイドと付き合う意義も、たまにこんなことがあるからだろうとオリーシュは一人納得した。

「で、いくらだ?」

『そうですねー、ルデアで言うところの……』

「言うところの?」

『微妙?』

「おい! なんだそれ! 答えになってねーよ!」

『いえ、オリーシュさんから聞いた効果だとどうにも判断に困る代物でして』

「偉そうなこと言っといてそれかよ!」

金返せこら、と絶叫するオリーシュ。

『いやー、あんなしょぼい魔力に盛大な効果を期待した所こそが爆笑石の本質なのかもしれませんねぇ。
 例えば、照明魔法辺りの効果魔法ならそれなりに実用度があったんでしょうが、補助系統の盾の魔法とか無理がありますねー。
 まぁウルフとか、低レベルの魔物になら十分効果があると思いますけど、そんな魔物相手に精霊石使うアホも居ないでしょう?」

実に理路整然とした隙のない内容に、オリーシュは思わず「はい」と素直に返事をしてしまった。

『需要と供給がまるで理解できていない中二のオナニーですね。駄作としか言えません』

「いや、そっちはもういいから価値を言え」

『そうですねぇ、極めて限定的でかなり厳しいと思いますが、富裕層の子供辺りになら需要あるんじゃないですか?
 お守り代わりには丁度いいと思いますよ、それ。まあ、その石が本物であると証明するのにまたお金が掛かるわけですがねー』

「いくらかかるよ?」

『さぁ?』

「役に立たねーなおい!」

『いえ、精霊石の鑑定と証明の相場なんか聞いたことないですし、相手の気分次第ですよそんなの。
 そりゃマブダチなら無料でやってくれるでしょうけど、オリーシュさんにはそんな知り合いいないでしょ?』

「うぐ……」

『それに金持ち相手を狙うなら、それなりに名の知れた人に鑑定してもらわないと厳しいですよ?』

「くっ……」

『紹介料と仲介料。ついでに鑑定料、それに利益の上乗せですか? 
 まあ元手がカスみたいなもんですからそれはいいとして、最終的にいくらぐらいになるんでしょうね?』

「……」

『しっかもあんな中二くっさいキーワードが設定してあって、さらに名前まで入ってるんじゃキモくて使えませんよ。
 名の知れた人物ならともかく、アレは明らかに勘違い系ですよ? 黒歴史ですよ黒歴史。間違いなくマイナス査定ですね』

「やめて! オリーシュのライフはもうゼロよ!!」

『ボハハハハ! まだだ、私のターン! 追加魔法『身の程を弁えろ』を発動!!』

遠目で確認すると、オリーシュが一人で騒がしくしている奇妙な状況がそこにはあった。











「す、すみません。気持ちよくってつい……」

「いや、俺も完全に寝ちゃってたから……」

気が付いたら真っ赤になった太陽が山陰に隠れるところだった。
ガイドと散々言い争ったオリーシュはいつの間にか寝入ってしまい、ニードも起きることなく昼過ぎから今の今までおやすみ状態。
そして気が付くと夕食の時間とも言える時間帯になっていた。

「あの、おじいちゃんがご飯を待ってると思うから急いで帰らないと……」

涙目になりつつニードは言う。

「親方なら食べに出るって言ってたからへーきへーき。それにさ、あれあれ」

オリーシュはそう言って、村にある聖堂を指差す。
いつもならこの時間帯に聖堂に出入りする人はまばらなのだが、今日はなにやら人ごみができている。

「あ、そういえば、中央の方から偉い大神官様が来るって」

「らしいね。行ってみる?」

この時間まで眠ってしまっていたことに後ろめたさを感じつつも、ニードはオリーシュの提案に乗ることにした。
大神官は騎士を連れて歩き、移動にも特別な馬車を使う。
そんな大神官が辺境のこの村に来ることは滅多になく、彼等の服装、装飾などは珍しく一種の芸能人的扱いだった。
土妖精の宗教観は割と大雑把だったりした。
ちなみに、ニードの言った中央というのはゼッペルニア地方の中央のことで、大陸の中央を差した言葉ではない。
ニードからすれば土妖精の住む地方が世界の全てともいえる。多種族の住む地域は想像外だ。

オリーシュたちが聖堂の近くに来ると人の量がすごく、今この場に村人全員集まったんじゃないかと思えるほどだった。
いつもは質素な佇まいの聖堂も、淡い青白い光でライトアップされ荘厳さを見せていた。
大神官はすでに聖堂の中に入ってしまったようで、外には馬車を見張るわずかな騎士しか居ない。

「はぁー」

「うわぁ」

ただの馬車を見ただけで思わず感嘆の声を上げる二人。
周囲の人も同じようで、豪華な造りだがそれでいて厳粛な雰囲気を漂わせる馬車に圧倒される。
どうやら神官はかなりの身分のようだ。警備についている騎士たちの装備も一級品ばかり。
オリーシュも「すげー」と素直に感心しつつ、ひとつの疑問が浮かび上がる。

騎士たちが一様に森妖精なのは一体どういうことだろうか。
あれか、イメージの問題なのだろうか。土妖精の成人男性は失礼な話しだが濃い。
髭がアホほど生えている。もういっそ布の原材料にしちゃどうよ? と真面目にガニドスに相談しようかと考えたほどだ。
その布を自身が使うことは断固拒否するが。
それに彼等は背が低いし白馬なんかまず似合わない。騎士というか熟練の傭兵、むしろ蛮族? がお似合いだとオリーシュは断言する。
勿論それを口にするほどオリーシュはアホではないので、絶対に口にはしないが。

なんとなく予想していたが、美形揃いの森妖精の騎士たちを頬を赤らめて見つめるニードに心の中で涙しつつ
ああ、所詮こんなものですよね。森妖精死ね。皆死ね、と諦めの感情を抱いて、彼等の装備に集中することにした。
騎士たちの装備はどれも見事な代物だ。鋼鉄の、それも上級以上の素材を使い、腕のある職人によるものだとオリーシュはただただ感心した。
金はあるところにあるんだなと。

「ん?」

いや待てよ。よく見るとアレは―――

「オリーシュさん、どーしたんですか?」

「へ? ああ、どこかで見たことあるなぁって思ったんだけど……多分気のせいだな」

オリーシュはそう答えて、中に入って大神官も見てみないかとニードに提案し聖堂の表口へ近づく。
入り口まで来ると流石に人が半端なく、思うように身動きが取れなかった。
幸いオリーシュは村人よりも頭一つ分背が高いので視界が遮れられることはなかったが、
ニードはしっかりと人ごみに揉まれ「はわわ」とか「あぅぅ」とか呟いて萌えることこの上ない。

「手、離さないように」

「は、はい」

ニードは酔っ払っいのように目を白黒させながら、オリーシュに引っ張られ歩く。
聖堂まであと少しというところで不意に視界に隅に入ったガニドスにオリーシュは気付き、声を掛けた。

「親方ー!」

ガニドスは気付かない。
まあこのざわめきの中なら仕方もないが、あのおっさんはあんなところで何をしてるんだ、とオリーシュは相変わらず失礼なことを呟く。
ガニドスは関係者と思われる森妖精と、妙に人口密集率の低い広々とした場所で親しげに会話していた。
意外なことにあのおっさんは神官関係の知り合いなのかと考え、ああ、騎士たちの装備はどこか見慣れた感じたのは、ガニドスが造ったモノだからかと納得した。
そして、多少気が引けるが身内を装ってあの場に乱入すっかと即決し、即実行に移すオリーシュ。

先程から「アウラ様」と囁く地元住民の声を聞き、こりゃ生で拝まないかん! と歪んだ欲望が先走った結果ではないと断言する。
鍛冶屋で働く者としての知的好奇心であり、この世界の宗教儀式を知るための学術的な探究心に従っただけなのだ。
「アウラ様」ってことは女じゃね? 騎士が森妖精なら神官も……うっひょー! 生で見るべ? とかいう醜い願望では決してないのだと、オリーシュは自分に言い聞かせる。
彼は素直ムッツリに成長進化したが、やはりムッツリのままだった。


「親方!」

「ん? おお、オリーシュとニードか。やはり来ておったのだな」

息絶え絶えで何とかガニドスの近くまで行き声を掛けると、警備の騎士たちが道を塞ごうとしたが、
ガニドスと共にいた森妖精が騎士に目配せし、騎士たちを下がらせた。ビバ公権力。

「ガニドスさん、こちらの方かな?」

「はい、オリーシュと、孫のニードです」

「そうか、君がオリーシュ君か」

「へ? はい」

突然紹介され事態についていけず、お偉いさんの格好しているがどこか気さくな感じのおっさん森妖精に、つい生返事を返してしまうオリーシュ。
勢いは良かったが、その後のことを全く考えていない辺りどこまでもオリーシュだった。

「バカモノ、こちらは例の依頼をされたアウナグト卿だ」

天を仰ぐようにしてガニドスは苦々しく呟いた。その様子は非常に痛々しい。
そこでオリーシュは偉そうな気さくなおっさん森妖精の正体に気付き、「げ」と呟いて慌てて自己紹介をする。
当然この「げ」もガニドスにはしっかり聞こえていたようで、胸の辺りで十字を切っていたりした。
ニードはとりあえず直立不動でカチコチに固まっている。

「し、失礼しました! 俺……じゃなくて私はオリーシュと申します」

「ふふ、気にしていませんよ。それに無理に言葉遣いを変える必要もありません」

「はぁ、そうですか」

アウナグトの言葉に素に戻るオリーシュ。
ガニドスは諦めたようにため息をつくと、続けてニードに自己紹介するように促した。
ニードも無事に紹介を終えると、ガニドスは先程までしていた商談の内容をオリーシュに伝える。

「神品質、ですか?」

「うむ。アウナグト卿にまた新たに依頼されてな、その見積もりのことで相談していたのだ」

見積もりと聞いてオリーシュは納得した。
流石にこんな所で紙を広げて相談するわけにはいかない。ガニドスたちは、今おおまかな数字を出したいのだろう。
今朝確認した武器や防具の金額も含めた総計を出すには確かにオリーシュが適任だった。

「新規に依頼されたモノはどの程度の量になるんですか?」

「そうじゃのぅ、鋼鉄で10kg、鉄が20kgぐらいになるかの」

思わず「アホか」と呟きそうになったが、なんとかその言葉を飲み込んで手早く計算する。
神品質は最上級の中でも5%程しかない。単純に必要な神品質の20倍の量の最上級の鉱石を仕入れなければならないのだ。
目の前の気さくに見えるおっさんは、実はかなりやり手のえげつない奴なのかもしれないと、オリーシュは心の中でゾッとする。
仕入れのマジの現場で直接品質別に分けれればいいのだが、生憎とオリーシュにしか神品質と最上級を分けることができない。
が、普通に仕入れると20倍もの量を仕入れ在庫を相当抱え込むことになる。
別に腐って使えなくなるわけではないが、大量の在庫を無駄に抱え込むのはアホだ。
それでなくとも最近は神品質の依頼が絶えないというのに、これでは当分依頼を断らなければならない。
というか、最上級の鋼鉄、鉄は売れ筋じゃないのだ。よく使われるのはむしろ中級辺りで、最上級を大量に抱えると面倒極まりない。
頭いてぇ、とオリーシュは頭を抱えたくなった。

「どうかしましたか? なにか問題があれば言ってください」

「えっと、それがですね……言われた量を用意しようとすると、その……かなりの在庫を抱えるようになってしまって」

「ふむ、最上級の鉱石ですね」

「オリーシュ、今朝話していた仕入れはどのくらいにしたんじゃ?」

「在庫もあったので、多少余裕を持って60kgぐらい……ですね」

60kgは仕入れの総量で、ここからとれる神品質は幸運に恵まれてもせいぜい6kgしかない。

「それじゃあ全然足らんのぅ」

「……ふむ。その品質のモノは最上級の鉱石の中からどのくらい採れるのですか?」

「大体5%って所ですね。多いときはその倍ぐらいありますが、ないときは全くなかったりもします」

「なるほど。確かにそれではそればかり使っていたら、在庫が貯まってしまいますね」

オリーシュの言葉を聞いてアウナグトは顎に手をあてて考え込む。
ガニドスはアウナグトに気付かれないようにオリーシュに視線を送り静かにサムズアップ。
どうやらガニドスもこの依頼に困っていたようだ。
そりゃそーだよなぁ、と感想を抱きつつオリーシュはアウナグトの言葉を待った。

「そうですね、余った鉱石は仕入れ値で引き取りましょう。もし鉱石からその品質のモノを取り出すのに手間がかかるのならば、その手間賃もお付けします」

「えっと、かなりの量になると思いますが、いいんですか?」

「そこは仕方ありませんね。あなた方に一方的に負担を背負わせるわけにもいきませんから」

どうやらかなり豪奢なおっさんらしい。
マジか、と頭のなかで呟きながらガニドスに視線を送ると、少し悩みオリーシュへ頷き返した。
成立のようだ。あとの細かい商談はガニドスの仕事になるだろう。
オリーシュは今回の依頼と現在進行の依頼の総計を手早く計算してガニドスに伝える。
これがまたかなりの金額だったのでアウナグトも目を丸くして、「これは確かに無理な依頼をしていましたね」と苦笑した。

商談を終えたオリーシュはニードと聖堂の中を見てきますと、二人に伝えその場を離れようとしたら、
アウナグトの計らいでオリーシュとニードは特別に関係者に混じって聖堂の裏手から中へと入ることができた。
聖堂の中では賛美歌だか聖歌のような歌が静かに響いており、荘厳な雰囲気を感じさせた。

「なんか、すごいな……」

「……すごい、です」

あのしょぼかった聖堂の内装をよくもまあここまで変えたものだと感心するオリーシュ。
ニードはただただ圧倒されていた。

「? なんだあれ?」

裏手から入ったせいで大神官の顔を拝むことができないでいるオリーシュだったが、妙な光景が目に入った。
大神官が大事そうに両手で小奇麗な透明の瓶を持ち上げ額に引っ付けて、まるで瓶のために祈りを奉げるかのように歌っている。

「あれは、えっと……聖水、です」

オリーシュの言葉に、普段使わない記憶を引っ張り出すかのような難しい顔してニードは言った。

「聖水?」

「はい、確か死んでしまった人を蘇らせることができる、聖なる水と聞いています」

「マジ?」

思わず真顔で突っ込むオリーシュだったが、ニードは半信半疑といった感じで苦笑で答えた。
どうやらニードは日本人気質のうっすい宗教観の持ち主のようだ。いや、主婦をしてる分現実主義者なのかもしれない。
(死者蘇生ねぇ……)
今現在、常時死者蘇生モードのオリーシュには縁のないものだが、自分はしっかり生き返ることを経験したにも関わらず聖水には懐疑的なオリーシュだった。
いや、ねーだろ。と素の突込みを想像上の大神官に入れていたが、

『お、あれは本物ですねー』

というガイドの声が聞こえてきて、80年代のノリでズッコケ掛けたオリーシュ。
何とか踏み止まって、どこかにいるであろうガイドに半眼で続きを促す。

『疑っているみたいですが、あれはマジですよ? といっても、少々制限のあるアイテムなんですがねー。
 ああやって額にあてて祈っているのは、魔力を込めているんです。この村に来たのも魔力込めの一環ですよ?』

こんな辺境の村に来た理由はそれかと納得するオリーシュ。

『各地を転々と周るのは信仰心を集めているからです。大神官一人で聖水を完成させるのは莫大な時間がかかりますからねぇ。
 魔力を持たない一般人でも何人も集まって一点に祈りを奉げればそれなりのチカラになります。 
 この世界は意志にも魔力が微量ながら宿っていたりするんですよ。つまり巡礼というか、集金です』

見も蓋もないファンタジー談義だった。

『オリーシュさん、ここからアレの効果が把握できますか?』

ニードにチラッと視線を向ける。
どうやら半信半疑な感じのニードだったが、いつの間にか大神官に習って一生懸命祈りを奉げていた。
よし、と一歩だけニードから離れたオリーシュは小さな声で呟く。

「無理。だから疑ったわけだし」

『そりゃ残念です』

「……お前はアレが本物って知ってるんだろ?」

『いえ、知識として知っているだけですよ? このよく出来た集金システムも含めて』

「……まあなぁ、ニードなんか苦笑してたのに一生懸命祈ってるし」

『ニード嬢は根が善良ですからねぇ』

「なぁ、聖水についてもうちっと教えてくれよ」

『んー、基本的に聖水は一般に出回ることはありえません。モノがモノですから。だからこそ聖水を造る彼等は失敗を恐れ、念には念を込めまくった聖水を造ります。
 失敗しました、テヘ。で済むような相手には使うことありませんし、彼等にも名誉が掛かっていますからねー。
 そういうわけで、大神官がこれは聖水だと言えばそれは蘇生効果のある本物です』

「信用取引みたいだな……」

『聖水の制限ですが、これが中々シビアでして、チュートリアルのオリーシュさんの百倍は厳しい条件です』

「ですよねー。アレを当てにしようとか全然そんなことは思わなかったぜ」

『まず損傷の激しい遺体には効果がありません。首チョンパとか論外ですねー。聖水が効果を発揮するのは失血死、凍死とかそれぐらいです。
 それも軽度のものですよ? あんまり出血が激しかったり、内臓が壊死しかけてる状態では厳しいですねぇ。老衰も当然無理です。
 ああ、病死なんか比較的いけますよ。死ぬ前だとなおいい感じです。というわけで、どんな状態だろうと死んでから1日も経つとほぼ効果ありません』

ファンタジーなのかリアルなのか判断に迷う微妙な効果だった。

「……つか、それってただのポーションの強力版じゃね?」

『中々どうして、いい意見です。ほぼ正解ですね。あれはただの回復魔法の一種です』

最早死者蘇生ですらなかった。

『でもまあ、蘇生を促すほど強力な魔力を秘めたアイテムです。ぶっちゃけアレ一つでしょぼい城なら買えますよ?』

「マジか」

『えらくマジです』

「……うーむ、チュートリアルの死者蘇生の秘密を解明して一緒に大金持ちになりませんか、ガイドさん」

『死の概念のない私にはまるで利益がないので却下します』

「死ね、クソガイド」

『お前が死ね』

そのまま互いに罵倒して過ごし、結局オリーシュは噂のアウラ様の顔を拝むことはなかった。
ちなみに、どうしてこんな辺境にまで森妖精の神官が来たのかというと、ガイド曰く、魔力の関係で森妖精の神官にしか聖水を造れないとのこと。
あと聖水造りは縄張り争いが酷いので、新参と思われるアウラは辺境に周らざる得なかったのだろうとガイドは断言した。
その話に非常に感心したオリーシュであった。




















投稿日 平成22年6月26日



[19837] それは約束の『一歩』
Name: おれんじ◆8f6bcd46 ID:94a17edb
Date: 2010/06/26 14:08









「うっせぇ! もうこれしか方法がねえんだろうが!!」

『待ってください! それでいいんですか!? あなたは―――』

「黙れよ!!」

オリーシュは血が滲むほど拳を強く握り締め、言った。

「これしか、ないだろ……」

血を吐くように、そう言ったオリーシュにガイドは答えることができなかった。

『……』

いつもの変わらない能天気な答えが欲しかった。
この理不尽な現実が嘘だと否定して欲しかった。
無様を晒す自分を笑い飛ばして欲しかった。

「俺が、見殺しにしても平気に過ごせるような神経図太い奴に見えるか!?」

多分そんなことをしたらあの村には居られない。
いや、違う。そんな奴にはなりたくなかった。

「他人のために命を賭けるなんて、今でも冗談じゃねえよ」

正直に言ってしまえば、まだ自分の命の方が惜しい。
怖いし、他人のために死ぬのはごめんだ。

「恩はあるけど、そんなに深い付き合いをしたつもりは、ない」

命を助けて助けられて、なんて関係じゃなかった。
ただ、同じ家で生活して一緒に飯を食って、他の奴よりちょっと多めに付き合っていただけだ。

「俺のせいじゃない。運が悪かっただけだ」

この世界は現実だ。
理不尽はどこにでも転がっている。

「―――でも、見捨てるなんて、出来るわけねえだろうがっ!!」

『……レベル7の貴方が単独で遺跡に挑むのは無謀です』

「村の奴じゃ、足手纏いだろ」

『居ないよりはマシです』

「―――っ、」

『貴方の最優先事項はニード・ドンズの命。他の村人が死んだとしても許容範囲の筈です』

「……んなことは、俺が一番分かってる」

『今引き返せばまだ間に合います。ニード・ドンズの傷の具合からも幾らかの余裕があります』

「装備をパクってきたんだぞ? 今更手ぶらで戻れるわけねーだろアホ」

『オリーシュさん、少し冷静になってください。これで2度目ですが、そもそも商人という職業自体存在しないんです』

「それは聞いた」

『魔力、精神力のスキル使用が前提となっている難易度なんです。戦闘スキルが皆無な貴方では攻略は不可能です、引き返してください』

「爆笑石を持ってる」

『過去単独で挑んだプレイヤーの生還率は0%なんです。レベル10だろうと0です。単独じゃ絶対に攻略できないようになっているんです』

「奥のポーション失敬したら速攻逃げるからなんとかなるだろ」

『奥の宝箱はダンジョンのボスを倒すことが条件なんです。今の貴方では無傷の状態で挑んでも勝率が10%を切ります』

「俺はチュートリアル中に内定もらった強運だから10%もあればよゆーだ」

『オリーシュさん!』

「もう着いた」

村から東へ7kmのところにある古代遺跡。
チュートリアルを終らせるための最後のクエストの目的地であるダンジョン。
地上1階から地下3階までを攻略するダンジョンになっており、ダンジョン内に徘徊する魔物は周辺フィールドにいる魔物よりも遥かに強力になっている。
シルバーウルフ、スケルトン、スケルトン戦士、ボブオークといったアンデット系を中心とした構成になっている。
攻略適正レベルは13。
ここはプレイヤーを陥れる為の単純な罠が張ってある。
地上1階から地下1は比較的弱いシルバーウルフが主に出現し、地下2階に足を踏み入れた途端にスケルトンの出現率が増大する。
地下2階で攻略を断念するような実力であれば、まず地上に戻ることはできない。
何故なら、地下2階に一歩でも踏み出した瞬間に地下1階、地上1階にもスケルトンが大量に出現しているからだ。

慎重なプレイヤーならこの罠の回避に成功する。
その手段は実に単純で簡単なのだが、それを実行する前に命を皆落とすのだ。地上を目指す地下1階で。

『オリーシュさん、遺跡に入ってしまったら私はもうあなたに介入することができません』

「そっか」

『もう、村へは戻りませんか?』

「手ぶらじゃ無理だ」

ガイドの言葉にオリーシュは肩をすくめて答える。

『分りました。ならこうして下さい。遺跡に一歩足を踏み入れたら、そのまま引き返して村を通り過ぎて街道沿いに西へ向かってください。
 遺跡に足を踏み入れたらチュートリアルは解除されるので、レベルの規制も行動規制もなくなります。
 西へ向かえば人間族の町があります。荒野は危険ですが、昼間に移動するならまだ安全です。夜は絶対に動かないようにしてください。
 オリーシュさんの足なら遅くても三日で超えることができます。そこでここでのことを忘れて生活してください。貴方ならどこの鍛冶屋でも働けます』

「なんだそりゃ、それが罠の回避ってわけか?」

蘇生はなくなるが、レベルの上限が撤廃されるのでプレイヤーは好きにレベルをあげることができる。
これが、このダンジョンを単独でクリアする方法なのだ。

『貴方が遺跡に入ったら、本当に私にはもう手が出せません』

「今でも口ばっかじゃねーか」

『……オリーシュさん、私も貴方にはチュートリアルを終らせて冒険に出てもらい、私も知らないこの世界の核心に触れて欲しかった。
 ですが、こんな中途半端な状態は不本意です。今挑めば間違いなく貴方はこのダンジョンで命を落とします。』

「……」

『ニード嬢のことは忘れましょう。不愉快なのは分ります。私だって彼女のことは貴方を通してずっと見ていたんですから。
 でも、この世界には数えるのがバカらしくなる程よくあることです。貴方はその場面に遭遇する度に命を賭けるんですか?
 そんなことはアホなことだと、貴方自身が言っていたじゃありませんか』

「……」

『貴方の決意は本物です。他の誰が貴方を臆病者だと謗っても私は貴方を否定しません。
 もう十分じゃないですか、貴方は本当に平穏を望んでいるのだから』

「……」

『だから、もう、やめましょう』

ガイドのどこか疲れたような声が、オリーシュの頭に響く。
きっとガイドはこうやって何人ものプレイヤーを見てきたのだろう。
単独で遺跡に挑む愚かなプレイヤーたちを。

オリーシュは半年もの時間この世界で過ごしたが、結局他のプレイヤーと出会うことはなかった。
ガイドを除けば、そういった奴がいるという話すら聞いたことがない。
だからどのくらいのプレイヤーが単独で挑んで、パーティーを組んで遺跡の攻略をしたのか知らない。
知る必要もない。
どうやら、ここにも自分が死ぬことを良しとしないアホがいるのだから。

「わーったよ」

『……』

「足を一歩入れたら速攻逃げるよ。俺だって死にたくねーし」

『……約束、できますか?』

「指きりでもすんのか?」

『その提案は厳しいですね。仕方ないので口約束で構いません』

「あー、じゃあ遺跡に一歩足入れたら即逃げるわ。堕天使オリーシュの名に誓って」

『アホですね。このタイミングでそれですか? 空気読めないってよく言われません?』

「うっせーよ! 人のトラウマ刺激すんなコラ!」

『記憶がない癖によく言いますね』

「いーんだよ、魂が覚えてるから」

『……』

「……んじゃ、さよならだな。ガイド」

『はい』

「まあ、割と楽しかったわ。じゃーな」

『はい、オリーシュさんも、頑張って―――――』

オリーシュが遺跡に足を踏み入れた瞬間、ガイドの声は聞こえなくなった。
今ガイドにこっちが見えているのかはオリーシュには分らない。
まあいいだろう。嘘はついていない。
このしょぼい遺跡の攻略は、世界の核心を探るための足がかりとなる偉大な『一歩』になるのだから。
一歩入れてポーションゲットしたら満足してサクッと村に帰ればいい。それでいいのだ。

「んじゃ、始めますか」













平成22年6月26日



[19837] 『経緯』
Name: おれんじ◆8f6bcd46 ID:94a17edb
Date: 2010/06/26 14:20











その日はいつもの変わらない平凡淡々とした一日だった。いや、そうなる筈だった。



オリーシュがそれを知ったのは、ほんの数日前にニードと共に行った交易所から鉄工所へ戻る途中のことだった。
ニードはいつものように畜産農家の手伝いをしていた。
仕事は到って単純で、石壁の外側にある放牧地で家畜に腹いっぱい草を食わせて日が落ちる前に石壁の中にある小屋に家畜を戻す。
それだけの仕事だ。
そしてメインの仕事場は、石壁の向こう側だった。内側でなく、ニードは危険な外側で仕事をしていた。
これまで一度だって魔物が来たことがないという理由もあったのだろう。その日のその時間、不幸な偶然でニードはたった一人外側にいた。
襲ったのも、魔物というかオリーシュとっては最早雑魚であるウルフに。

「出血が酷い! 包帯をもってきてくれ!」

「お湯を沸かして! 体温が下がってきているぞ!!」

オリーシュがニードが治療を受けている聖堂に駆けつけたとき、そこは形容しがたい何とも殺伐とした雰囲気だった。
村にいる高齢の神官や近所のおばちゃんたちが、ベッドに寝かされた血だらけのニードの周りを忙しなく動き回り、事態の厳しさを思いしらせた。
だが、オリーシュにはベッドに寝かされた少女がニードだとは思えなかった。
今朝あんなにも平凡に過ごしていたニードが、寝ているベッドから血が垂れ落ちるほどの出血をしている少女だと思えなかった。

「……うそ、だろ?」

ベッドに寝たままピクリとも動かない少女をただ呆然と眺める。
耳鳴りが酷くなり、視界が揺れた。
一瞬倒れそうになったところを、おばちゃんに支えられる。

「オリーシュ! アンタしっかりしなさい!」

「おば、ちゃん……?」

「ほら、アンタがいても邪魔になるだけだから、外に出ときな!」

おばちゃんはそう言って、聖堂の外へとオリーシュを強引に押し出した。
オリーシュはそのまま夢遊病の患者のようにフラフラとした足取りで数歩歩くと、ペタンと地面に座り込んだ。

オリーシュには時間の感覚がなかった。
耳鳴りは酷くなる一方で、視界の揺れも一向に収まらない。
壊れた人形のように身動き一つせず、ひたすら視界に映る地面をただただ見続けた。
どのくらい時間が経っただろうか、あるとき視界に変化があった。
黒い塊が視界を覆ったのだ。
それがガニドスだと気付いたのは、ガニドスに声を掛けられ肩を大きく揺すられてからだ。

「……親方?」

「オリーシュ、お前は大丈夫か?」

その言葉に「へ?」と間抜けに呟く自分がいたことに、オリーシュは気付く。

「ニードは大丈夫だ。お前はもう休め」

なにを言ってるんだこの人は、とオリーシュは本当に不思議だった。
大丈夫なわけがない。あんなにいっぱい血がでていて、平気なわけがない。
いつの間にか収まっていた耳鳴りの変わりに、聖堂の中から声にならない悲痛な叫びが聞こえてくる。
それが誰のものかオリーシュには分らなかったが、大丈夫ではないことは分った。

「いえ、俺は平気です。ニードのところに行ってやってください」

オリーシュが覚えているのは、ここまで。
次に気が付いたときは自室のベッドで寝ていたから。







「なぁ、ニードはどうなったか知ってるか?」

『……厳しいようですね』

「そっか」

ベッドに寝たまま、どこか空ろな表情でオリーシュはため息をはいた。
窓の外はもう暗くなっていて、あれから結構な時間が経っていることが理解できた。

「どうにかなんねーのかな?」

『村の神官は回復魔法を取得していません。治療が終った今、あとはニード嬢の体力次第です』

「ニードは割と頑丈な土妖精だし、平気だよな?」

ガイドの返事はなかった。

「……他の村は、遠すぎるのか」

『ドッヅェ周辺の村はどこも似たようなものです。私が知る限り、回復魔法を取得している神官がいる町はここから100kmはあります。
 すぐに馬を飛ばしていましたが、神官を連れて戻ってくるまでにどれだけ時間がかかるのか分りません』

ガイドは言葉を濁したが、早くても明日の昼は過ぎるだろう。
出血の具合を考えると、それまでニードが持ったとしても相当に高位の魔法を修めた神官でなければ――――死ぬ。
ニードが死ぬ。そう考えたとき、オリーシュの胸に信じがたい衝撃が襲った。

―――そんなことは許せない。

「おい、ポーションはどうだ?」

『……』

「答えやがれ! ポーションならどうなんだ!!」

平静ではいられなかった。黙り込むガイドに苛立った。
こんなにも無力な自分に腹がたってしょうがなかった。

『ここにも、周辺の村にもポーションはありませんでした。残念ですが、町の神官に賭けるしかありません』

神官に賭ける? 無理だ。遅すぎる。それじゃあニードは助からない。助からないと――――
―――ダメだ。絶対に助けなくちゃいけない。こんな不条理が許されるわけがない。

「お前だって知ってるだろ? ニードは朝はしっかり元気にやってたんだぞ? ありえねーだろ!!」

ベッドから上半身を起こしたオリーシュは渾身の力を込めて怒鳴る。
そして、そのまま壁を思いっきり殴りつけた。

「ちく、しょう」

その言葉は紛れもない、オリーシュの本心だった。
ガイドはそれから喋ることなく沈黙し、オリーシュも口を動かす気力すら湧かなかった。
重苦しい静寂が部屋を支配し、また嫌な耳鳴りが聞こえ始める。
オリーシュはこんなときに涙が出ない自分が不思議でしょうがなかった。
悲しくて悔しかった。ニードのことを想うと胸が苦しくて呼吸すら億劫になってしまう。
そして、辛くてどうしようもなくなったときに扉をノックする音が聞こえた。

「オリーシュ、入るぞ」

入ってきたのはガニドスだった。たった数時間で人はこうも変われるのだろうか。
ガニドスはもう何歳も年をとったかのように老け込んでしまっていた。
きっと自分も似たようなものなのだろう。

「……親方」

ガニドスはオリーシュのすぐ横まで来るとしばしの逡巡の後、ようやくこれだけを言った。

「ニードに、会ってやってくれ」

オリーシュに頷く以外の選択肢は存在しなかった。









「……ニード」

とてもウルフに襲われて死に掛けてるようには見えない、穏やかな寝顔だった。
耳にはオリーシュがプレゼントした耳飾がつけてあり、きっとガニドスが付けてやったのだろう。
ニードは鉄工所の1階に用意されたベッドで眠っている。
出血のせいで下がってしまった体温を維持するために室温を上げているのだろう。地下の炉は火を入れっぱなしなのだ。

「……」

少しだけ迷ったが、オリーシュはニードに掛けられていた厚手の布をはぐった。

「……っ」

右肩と左の脇腹に巻かれた包帯からは血が滲んでいた。
オリーシュが聖堂で見たときにはベッドから垂れ落ちてしまうほど出血していたのに、まだ血は流れようとしている。

「くそ、が」

オリーシュはチカラなく膝を床に落とすと、目の前にあるニードの手を両手で握り締め肩を震わせる。
ニードの手はまだ暖かった。ニードは今も一生懸命生きようとしているのだ。

「これで終わりなんて、絶対に認めない」

絶対に。
そう、固く誓ったオリーシュの頭の片隅で何かが引っかかった。
それは小骨のようにしつこく意識の奥にしがみつく。
なにか、ある。
ニードを助ける方法を自分は知っている。

「おい、ガイド」

ガイドは答えない。
おかしい。

「お前何か知ってるだろ?」

ガイドは何も語らない。
それは変だ。

「おいおい、お前これは絶好のチャンスだぞ」

ガイドは決して口を開かない。
だから気付けなかった。

「――――遺跡」

『無駄です』

オリーシュの言葉を即座に否定するガイド。
オリーシュは確信した。

「気付いてて黙ってやがったなお前」

オリーシュは駆け出した。
家一軒を建てられる回復薬のために命を賭けて。















平成22年6月26日



[19837] 『攻略』
Name: おれんじ◆8f6bcd46 ID:94a17edb
Date: 2010/06/26 23:06










「くそ、目茶苦茶いてぇ……」

現在地下2階。薄気味悪い石造りの遺跡の通路を照らすのは、胸クソ悪いそこらじゅうに設置された松明の明かりだった。
嫌らしいことに、松明の明かりが届かない微妙に死角になっているところからスケルトンが飛び出してくるのだ。
どこまで舐めた造りのダンジョンだよ、と血の混じった唾を吐き捨てるオリーシュ。

「つーか、普通にヤベーなこれ」

小さく呟きながら、慎重に先へと進む。
もっとも、今進んでいる道が地下3階へと続く通路なのかオリーシュには分らなかったが。
オリーシュの装備は神品質のロングソード、最上級の胸当て、肩当、ブーツ、オマケに革の手袋。
あの気さくな森妖精のおっさんに渡す予定の商品だ。
まああの豪奢なおっさんのことだ、帰ったら血を流して適当に磨いとけば文句言わねえだろ、と乱暴に納得する。

しかし剣も含め、装備の性能が半端ない。粗悪な鉄の剣を使っているスケルトンの一撃を受けてもビクともしないどころか、むしろ向こうの剣をぶっ壊した。
この装備でなければ地下2階に下りてすぐに死んでいただろう。ガイドの台詞ではないが、地下2階の敵との遭遇率は異常だった。

カツンと、自分以外の足音が響いたことを認識したオリーシュは、すぐに腰だめの剣を構え迎撃の態勢をとる。
自分の実力で下手な奇襲は不味い。逆にやられてしまう。
確実に出会った敵と1対1で倒していかなければならない。オリーシュにはスケルトンを2体同時に相手にするだけの強さはなかった。
ある意味、2体同時に出てきたらそこでゲームオーバーともいえる。

「クッソ、なんか面白くなってきたじゃねーかおい」

胸の奥に燻る恐怖を強気な言葉で振り払う。
カツン、カツン、ガツン。
鉄を、石にぶつけたような音がした。
これは、スケルトン戦士――――

「おらぁっ!!」

相手がこちらを認識し、剣を上段に振りかぶると同時にオリーシュは力任せにバッドを振るうかのように横薙ぎに一閃。
ガチィ! と金属と金属がぶつかり合う激しい音に思わず顔を顰める。
バッドを振り抜くようにスケルトンをぶっ飛ばしたかったが、スケルトン戦士は無駄に鉄の鎧を装備しているため重く、体勢を崩すだけに終ってしまったようだ。

「ちょ!?」

スケルトンは崩れかかった体勢にも関わらず、そんなことは感知していかのように強引に大振りの一撃をオリーシュに打ち下ろす。
咄嗟に反応したが避けきれず、肩当にその一撃を食らい逆に吹っ飛ばされ壁面に背中を強打した。
余りに理不尽な一撃。あの骨だけのスケルトンのどこにそんな力があるというのか。
スケルトンとかいう超常現象的な魔物を造ったプログラマーに一言物申したいオリーシュだった。

「――――見え見えなんだよ!」

スケルトン戦士のオリーシュを上下に両断しようかという一撃を、あえて剣を立ててガッチリ受ける。
凄まじい衝撃だが、それは一瞬だった。何かが砕けた音がすると同時に圧力は消えた。
だが、スケルトン戦士はまるで意に介していないようで、ショートソードよりも短くなった粗悪な剣を構えオリーシュに踊りかかる。

「ビバ手抜き!!」

ロングソードの間合いでショートソードよりも短い剣を振るう間抜けなスケルトンの隙だらけの頭蓋に渾身の一撃を振り下ろす。
スケルトンの一撃を受けたとき同様に衝撃で両腕が痺れる。
頭蓋が粉々になり力なく通路に倒れこんだスケルトン戦士を油断なく見据え、10秒ほど剣を構えていたが、いつまでも動き出さないスケルトン戦士に終ったと剣を下ろして一息つくオリーシュ。

「装備はいーんだけどなぁ……体力がやべぇ」

ロングソードじゃなくてショートソードにしときゃよかったと、今更ながら後悔する。
神品質使ってみたいという欲望に安易に従った過去の自分を恨んだ。
粗悪な鉄の装備相手に、鋼鉄の神品質も最上級も大して変わらなかったりした。
どちらにしろ、粗悪の鉄が強度的に脆すぎて問題にならなかった。

ロングソードを地面に突き立てそれにもたれ掛かって一息ついていたオリーシュは「マジ?」と呟く。
勘違いだと思いたいが、通路が揺れている。そしてその揺れの感覚が徐々に近づいてきている。
微細な振動、揺れと連動して鈍い音が聞こえてきた。

「冗談、きっついっての……」

今居る所は分かれ道も横道もない真っ直ぐの通路を200m程進んだ場所だ。
仮に通路の先から魔物がやって来ているのなら、最低でも200mは戻らなければならない。
体力の問題もあるが、200mも戻らなければならないことが辛い。気力が萎えてくる。
できれば自分が進んできた方から来て欲しいが、その場合この先に魔物がいたら挟み撃ちになってしまう。
どちらにしろ、かなり厳しい。

だが、通路を揺らすような相手と戦おうとは思えない。普通に無理。
ならば逃げるだけだ。
オリーシュは身を小さくして耳を澄ませる。鈍い低音を響かせる敵を憎々しく思いながら。
(前か? 後ろか? ……音が微妙すぎて全然わからん)
振動が徐々に大きくなり、天井からパラパラと砂が落ちてくる。

「これは死んだか……」

敵が見えた。

「――っ」

デカイ。デカ過ぎる。
オリーシュは思わず動くことを忘れ、近づいてくる敵を呆然と眺め続けた。
気味の悪い緑の肌に、ボロ切れを腰に巻いた身長3mもあろうかという巨体。
手足の長さは体に対して非常にアンバランスで、腕は膝小僧まで伸びているにも関わらず、足の長さはオリーシュとどっこいどっこい。
それが余計にこの魔物、ボブスゴブリンの醜悪さを引きたてた。
(―――っておい、ボブオークなんじゃねーの!?)
魔物の頭付近に表示される魔物のタグがガイドの説明には居ない敵だと気付いた。

「詐欺だろ!? こんなん勝てるわけねーだろがおい!! 金返せコラ!!」

(あ、ヤベ……)
気付いたときには、もう遅い。

「ヴォォォオオオオアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「いきなりクライマックスな雄叫びあげてんじゃねえぞコラ!!」

啖呵を切ったオリーシュはボブスゴブリンの一瞬の隙をついて脇を抜けると全力疾走。
脇目も振らずとにかく走る。そうこうしている内に背後から激しい揺れと何かが迫ってくるような嫌な気配を猛烈に感じた。

「ヴォォォォオオオアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「ちょ、こえーよお前!! って、分岐はや!」

走り出して30秒もしない内にT字路に差し掛かったオリーシュ。やばい。非常に悩む。じっかり吟味したいところだが生憎と今は時間がない。

「ちっきしょぉぉぉおぉおおおお!! 激しく左に行きたいがハンターハンター思い出したら行き辛いわヴォケがあああああああ!!」

『左です!』

「ってこのタイミングでお前かよ! もう色々突っ込みたいけど余裕がねぇ!!」

『いいからとっとと走りやがれです』

「信じるぞコラ!」

『チップは貴方の命で、配当は少しばかりの延命ですがね』

「目減りしてんじゃねぇか!!」

いつもの調子が戻ってきたオリーシュは、左へ曲がりさらに加速。

『そこを右に曲がって、次を左と見せて右です!!』

「俺を騙してんじゃねえよ!!」

陰鬱とした遺跡の地下に妙に軽い調子の声が響き渡る。
オリーシュはガイドの誘導に従って、迷路のようになっている通路を突き進む。敵とは全く会わなかった。

「――――ところで、いいか?」

走りながらオリーシュはどこか真剣味を帯びた声で言った。

『はい、なんですか?』

「後ろの足音が妙に増えてる気がすんだけど、どういうこと?」

『ああ、今も絶賛増加中ですよ? 今捕まったら確実に死にますね』

「お前が死ね!!」

『どちらにせよ、ボブスゴブリンに追っかけられている時点で詰んだようなものですから気にしないで下さい』

爽やかに言い切るガイドに、いつか必ず殺すと固く誓うオリーシュだった。











『ココはいわば隠し部屋です。魔物は絶対に入って来れないので息を整えてください』

「おう、言われなきゃ流石にここには気付けそうになかったぜ」

そう答えて剣を投げ出し腰を下ろすオリーシュ。
かなりギリギリだった、スケルトンがすぐ後ろまで迫っていたのだ。
ガイドの誘導に従って部屋に入った瞬間に魔物はオリーシュを見失ったようで、どこかへ行ってしまった。

「スケルトンの手抜き設定には感謝してるが、あのデカいのはどーなんだよ?」

『こうして私がオリーシュさんと話せる時点でもう色々おかしいので今更ですねぇ』

ガイドは開き直っていた。

『いやー、しかし素直に感心しますよ? まさかレベル7のソロでここまで来れるなんて奇跡です』

「そりゃお前、装備がチートだからな」

レベルの高い冒険者がどの程度の装備をしているかオリーシュは知らないが、今の自分の装備は店売り最強レベルだと思っている。

『それもありますが、運もかなりのものです。スケルトンと2対1になることがなかったのはとても幸運ですよ?』

「なんだよ、見てたのかよ」

『ええ、バッチリと』

「さっさと助けろよコラ」

『約束を破った人に言われたくありませんねー』

「アホか、これは俺の壮大な伝説の始まりの一歩なんだよ」

「嘘じゃねえ」とオリーシュは無駄に胸を張って答えた。

『確かに一歩ですねぇ』

「ああ、一歩だろ」

『嘘じゃ、ありませんね』

「とーぜんだ」

オリーシュは、とても久しぶりにガイドと話した気がした。










『あ、そこの隅にある小汚い木箱が見えますか?』

「これか?」

『中をみてください』

ガイドに言われた通りに、小汚い木箱をぶっ壊して中身を確認するオリーシュ。

「なんだこりゃ」

『ポーションです』

「はぁぁぁああああああああああああ!?」

魂の叫びだった。

『いえ、ポーション違いですよ? それは気付け薬みたいなもんです。微妙ですが、回復効果もありますがねー』

「なんかしょんべん臭いんだが、これ飲むの?」

『はい』

「イラネ」

そう言ってしょんべん臭いポーションを右手に持って大きく振りかぶる。
投げて瓶が割れると大惨事になりそうだが、無駄に凝った瓶に入ってるしょんべん臭いポーションにムカつくオリーシュだった。

『飲むとリバースして逆に胃にダメージを負いそうなポーションですが、それなりに高価な代物なんですよそれ?』

「ハウマッチ?」

『中級の鉄の剣が買えます』

消耗品としてはそこそこ高価な代物のようだ。

「いや、でもなんか持ってると俺がしょんべん臭くなりそうなんだが……」

『そういう現場の声もあるそうですね。匂いの洩れない瓶を開発中だと聞きます』

「どこの誰かは知らないが、早急に頼むわマジで」

オリーシュはため息をつくと、仕方なしにポーションをポケットに仕舞い剣を拾い上げる。

「で、こっからどーすりゃいいんだ?」

『これがゆとりの弊害ですねー。自分で少しくらい考えようとか思いませんか?』

「やば、ガイドの声がカッコ良すぎて死にそうなんだけど」

『とりあえず地下3階にサクっと向かいましょう。通路はですねー』

しかしこのガイド、ノリノリである。









『そこの石です。もう一つ右の、ええそこです』

「おっとっと、結構キツイなこれ」

『でも普通に攻略するよりずっと楽でしょ?』

「まあそこは否定しないが……、なんか周り見ると生きた心地しねーよ」

地下3階をガイドの指示に従い着実に一歩ずつ進むオリーシュ。
そんなオリーシュの周りには、スケルトンを始めとする魔物が闊歩していた。

「ほんとツイスターゲームだなこれ。エロくないし、失敗したら死ぬけど」

『ええ、私もそう思います。あ、もう一つ先のやつです』

「ぬお、これはきっついな。跳ばなくちゃ無理臭い」

ガイドの指示通りに通路に敷き詰めてある特定の石の上に足を下ろして進むオリーシュだった。
チート全開である。

「けどなぁ、これってどうなんだ? センサーとかあんのか?」

『一応設定では遺跡を造った古代人の罠回避の抜け道だそうですよ? ほら、よく見ると石にマークが刻んでありますよね? 
 余談ですが、村の聖堂にある書物なんか調べると回避方法を知ることができたりするんですが、今まで発見したプレイヤーは皆無ですね』

「そりゃそうだろ。つか、松明が唯一の明かりの地下で足元なんぞをガッチシ確認して歩く奴が居るかよ」

『まぁここまで来ると魔物の量も半端ないですからねー。余程確信がない限り実行する人は居ないでしょう』

足元よりは目の前の敵に気を向けるのが普通だ。
しかも足を踏み外すと確実にタコ殴りが待っている危険な方法よりは、正面から堅実に戦った方が懸命だろう。
戦えるチカラがあればの話だが。

「あとどのくらいだ?」

『あの奥に見える松明まで行けば魔物はもういません。あの奥にダンジョンボスがいます』

どうやらボスとはタイマンできるらしい。
うし、とオリーシュは気合を入れ先を目指す。

「あ、ボスの攻略とかあるか?」

『遠慮ないですねー』

「そりゃ今更体面なんぞ気にしてもしょうがないだろ。そもそも最初から気にもしてないけど」

オリーシュのぶっちゃけた言葉にやれやれと呟くガイド。

『オリーシュさん、残念ですがボスのコレと言った攻略法はありません。自力で倒してくださいとしか言えませんね』

「マジか」

『えらくマジです。ボスに変更がなければ地下2階で出会ったボブスゴブリンが、ボスになります。まあアレよりは多少弱っちぃ設定になってますが』

ガイドの言葉に思わず頬を引き攣らせて天を仰ぐオリーシュ。アレを相手に戦う自分の姿は想像できなかった。
むしろ、速攻殺されるシーンがリアル描写で脳裏を過ぎる。

「適正レベル13だよな?」

『はい。戦士、闘士、術士のソロを仮定して13レベルで攻略可能になってます。まあ術士に限っては13だと多少キツイと思いますがね』

13レベルはそれぞれの職業で新たなスキルを得られるレベルでもあった。
戦士なら精神力を使った『渾身の一撃』(パワーストライク) スケルトンならば一撃で粉砕できる大技だ。
闘士なら精神力を使った『身体増強』(レベルアップ) 体力、腕力が増大する補助魔法にも似た闘士にかかせない技である。
術士なら魔力を使った『炎の矢』(ファイアーアロー)か『風の槍』(レイニードル)。当たり所がよければボブスゴブリンを1撃でぶっ殺せる偉大な魔法だ。

『オリーシュさんは戦闘スキルを一切持っていませんし、これからも習得できるのか未知数です。仮にスキル無しを想定すると16は欲しいところです』

「おいおい、レベルが9も足りねーんだが……」

『まあ、装備がいいので攻撃力に関しては13レベルの戦士と比べてもあまり見劣りしませんよ?』

「体力か……」

『事務方じゃなく、せめて力仕事をしとくべきでしたねぇ』

ボブスゴブリンと戦い抜くには持久力がいる。
隙だらけなら一撃で脳天をぶち抜くことが今のオリーシュにも可能だが、生憎と相手は怪物。
オリーシュよりもずっと身長の高いボブスゴーレムの頭に一撃いれることは絶望的だ。
地道にダメージを積み重ね倒すしかない。
オリーシュの体力が尽きるか、ボブスゴブリンが倒れるか、はたまた一撃食らって死ぬかだ。
かなり分の悪い勝負になるだろう。

「なぁ、今の俺の状態だとどのくらい勝率あるよ?」

『……5%切ってます』

ガイドの声には苦渋が滲んでいた。
勝率は遺跡についたときの半分になっている。これは仕方ない。
ここに来るまでの戦闘や緊張で、休んだとはいえ全快には程遠い状態だ。
今は血が止まっているが、戦闘が始まればまた傷口から血が流れ出すだろう。

『一時間も休めば体力がある程度回復します。それから戦うことを、推奨します』

ガイドの口調は固い。
ボブスゴブリンも厄介だが、ニードには時間がない。
一時間休憩すればそれだけニードは衰弱してしまう。

「着いたら5分休むわ」

『ええ、そうしてください』














「なんだかんだでここまで来たな」

『大したものです』

「奥のフロアにボスが見えないんだが」

『部屋に入ってある程度進むと、ここの扉が閉まって奥の方から出てきます』

「そっか」

オリーシュはそう呟くと目を閉じて体を休めた。
ここで少しでも多くの体力を取り戻さなければならない。
負けることは絶対に許されないのだから。

「なんか喋れよ」

『……今更止めてももう色々手遅れになってしまいましたからね』

「まあな。流石に今から戻るのは億劫だ」

『あ、ボスを倒したら一時的に遺跡の魔物は消えるので、帰り道は安心してください』

「……今の状況だと怪しくないかそれ」

『否定できないところが辛いところですねぇ』

すでにイレギュラーのオンパレード。オリーシュ的にはボスがドラゴンでも納得してしまいそうな勢いだった。

「なぁ、ふと思ったんだが、ニードが冒険者だったらあの傷だとどうなるんだ?」

『レベルにもよりますが、多分助かるでしょうね』

冒険者は一般人よりかなり強靭なようだ。

『今のオリーシュさんならあのぐらいの傷なら無視して1時間は戦闘できますよ? ――――その後死にますが』

「殺すなよ!」

『大丈夫ですよ、貴方は絶対に死にません』

「……くっせーこと言うな」

『ええ、そうですね』

ガイドはそれきり喋ることなく、オリーシュはただじっとして体を休める。
今までの喧騒が嘘のように静まりかえるダンジョン地下。
じめじめとした淀んだ空気がオリーシュを包むが、オリーシュの心は不思議と静かだった。
ガイドが今も自分のことを見ていると思うと、とても心強かった。
認めたくないが、一人だったらここまで来ることができなかっただろう。
ここまで来たんだ、勝たなくてはいけない。

オリーシュは深く息を吸って吐くと、静かに立ち上がった。

「そろそろ行くわ」

『はい』



















平成22年6月26日




[19837] 『堕天使アイクス・シュルベルトの名において命じる、聖域よ開けっ!!』
Name: おれんじ◆8f6bcd46 ID:94a17edb
Date: 2010/06/27 10:45







ボスフロアに足を踏み入れる。
そこは天井がまるで見えない広大な空間だった。
フロアの中央を囲うように、天井へと伸びる太い石柱が円形状にいくつも並んでいる。
ボスを倒すのには、あの石柱を障害物として上手に使えということなのだろう。

フロアの中央まで進むと背後の扉が閉まる音が聞こえた。
そして、それと同時に視界の先の闇からボブスゴブリンの影がゆっくりと現れる。
(……ちょっと、小さいな)
地下2階で遭遇したボブスゴブリンよりボスは一回り小さかった。
それでもオリーシュからしたら巨人だ。相手が直立している限り頭まで剣は届かないだろう。
オリーシュはボブスゴブリンの右手に視線を向ける。ボスの武器は木製のぶっとい棍棒のようだ。
自分の持つ鋼鉄の剣に比べたら粗末な武器だが、凶悪な腕力で振るわれる棍棒はかなりの脅威。
いや、武器を持っていない状態でも非常に危険な存在なのだ。決して油断はできない。

オリーシュはゴクリと唾を飲み込んで、なるべく気楽に言い捨てた。

「まぁ、やるだけやるか」

戦いは始まった。

ボブスゴブリンはオリーシュの姿を認めるやいなや走り出し右手を大きく振り上げて振り下ろす。
その分り易すぎる大振りをしゃがみこんで潜るように駆け抜けると、同時にボブスゴブリンの右の脇腹に剣を走らせる。
浅い。剣はボブスゴブリンの皮膚を軽く切りつけただけで終ってしまった。

「ヴォォォオオオオアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

オリーシュの攻撃が勘に触ったのか、雄叫びをあげたボブスゴブリンはオリーシュを正面に捉え力任せの一撃を放つが、距離をとっていたオリーシュはそれを容易く避ける。
(―――チャンス!)
足を踏み込んで棍棒を大きく右に振り払ったボブスゴブリンは、体が前傾姿勢になっていた。
今なら身長差を踏まえても、ロングソードのリーチで頭部に直接攻撃できる。
オリーシュは剣を上段に構え、ボブスゴブリンの頭に狙いを定めて攻撃しようとするが、不意に視界に入ったボブスゴブリンの左腕を見て背筋が一瞬凍った。
左の拳でオリーシュに殴りかかろうとしていたのだ。

「くそっ!!」

オリーシュは強引に体勢を変えて自身の頭を目掛けて跳んでくる拳を紙一重で避けると、その腕を潜り抜けるようにして突っ走り距離をとる。
素手も危険であると考えていたのにも関わらず、武器を持っているからとそっちの可能性をまるで考えていなかった自分を罵倒した。
だが運も良かった。無傷のままそれに気付くことができたのだから。

「ガァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!」

「ガーガーうっせぇんだよ!!」

ボブスゴブリンの放った一撃を避け、腕も振るえないだろう懐に潜り込み深く斬りつけると、そのまま背後に回り込むと同時に勢いをつけて振りかぶり足を狙い振り抜く。

「グガァァ!?」

足への一撃にかなりの手応えをオリーシュは感じた。
ボブスゴブリンの体が揺れ、腰をつく。
(効いてやがる……!)
体勢を整える暇を与えないようにして、攻撃を避けては何度も斬りつける。
固い皮膚を斬りつける度に腕が痺れるが、手を緩めるわけにはいかない。
体力は無限にないのだから、早く決着をつけなくてはいけいのだ。

「ヴォォォオオオオアアアアア!!」

オムツも外せない幼児が腰を下ろして腕を振り回すかのように、滅茶苦茶に攻撃を繰り返すボブスゴブリン。
深く斬りこまれた足を庇い腕をついて立ち上がろうとすると、オリーシュが邪魔をするのだ。
苛立たしげに雄叫びを上げながら感情の赴くままに、両腕を子供のように振り回す。

「さっさと死にやがれっ!!」

執拗に背後を狙い、回り込んでは斬りつけるオリーシュ。
オリーシュは焦っていた。体力以上に腕の具合が不味い。鉛のように重くなり、だんだんと言うことを聞かなくなってきたのだ。
ボブスゴブリンの皮膚が想像以上に固く、オリーシュの腕に負担を掛けていく。

「ヴォォォオオオオアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

一際大きく雄叫びを上げ、腕を振るったボブスゴブリン。
強く腕を振るい過ぎたせいか、尻餅をついている状態にも関わらず大きく体勢を崩した。
(―――っ!!)
オリーシュは覚悟を決める。
これ以上長引けばロングソードを振るうことはおろか、持つことすらできなくなる。

「だったらっ!!」

腰だめにロングソードを構え、ヤクザスタイルでボブスゴブリンに突貫した。

「往生せぃやぁぁぁあああああああ!!」

突き。
オリーシュに残された力ではボブスゴブリンの体をいくら斬りつけたところで、致命傷を与えることができない。
だからいっそのこと突いて、ぶっ刺すことにした。
狙うのは心臓。生物である以上心臓がある筈だ。
スケルトン辺りの例外もいるが、もうそこまで気を回して攻撃箇所を選ぶ余裕はない。

「おらぁぁああああああああああ!!」

『ダメです!』

ガイドの声が聞こえたが今更止まることなどできない。
ズブリ、と痺れた腕を通してオリーシュの耳に鈍い音が響いた。

「ガァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

ボブスゴブリンが悲鳴を上げる。
オリーシュは構わずより深く、より奥へと突き刺す。
ロングソードの刀身が半分程隠れたとき、オリーシュに衝撃が走った。

『オリーシュさん!!』

一瞬ガイドの声が聞こえたが、言葉を返すこともできないままオリーシュの意識は白い衝動に塗りつぶされた。











「は?」

気が付くと、オリーシュは真っ白い世界に立っていた。
地面もなければ壁もなく、天井もないただ白いだけの空間。

「え? なにこれ、エヴァ?」

オリーシュの声は白い景色に吸い込まれるかのように消えていく。

「ガイド?」

返事はない。

「おーい、ガイドさーん」

やっぱり返事はない。
ふぅむ、と唸るととりあえず立っているのもなんなので座ることにした。
床もないのに座るとは言い得て妙だが、普通に座れた。
誰も居ない何もない白い空間で、オリーシュは一人しりとりを始める。
暇すぎたから。
縛りはこの世界限定で、濁点規制の解除。微妙にヘタレな設定だった。

「ゼッペルニア、アウナグト、ドッヅェ、森妖精、ブーツ、剣、……ぎ、かぁ」

思いつかなかった。

「結構厳しいなこれ。ニードとかガイドとか組み込むのは無理くさいな」

「ま、いっか」と呟くと寝っ転がって伸びをする。
ボキボキと小気味のよい音が聞こえた。

「しっかし、なにもねーなここは」

仰向けでだるそうに呟く。
本当にここには何もない。

「そっか」

ここはガイドの世界だ。
何となしにだが、自然とそう理解できた。
しかし、腹黒い奴かと思ったら中々どうして驚きの白さだ。

「けどなぁ、ほんとなにもねー奴だなおい」

上半身を起こして辺りを見回す。どこまでいっても、どこをみても白一色だ。
いっそしょんべんでもしてやろうかとオリーシュは思案したが、尿意がないので断念した。

「まぁ、今日のところはこのくらいで勘弁してやろう」

『人様の世界でなにをするつもりだったんですか?』

「うおっ! 急に話しかけんな! ちょっとちびっただろうが!」

『アンモニア臭いですね。いっそオリーシュ・アンモニアとかに改名したらどうですか?』

「やめて! オリーシュのライフはもうゼロよ!」

『はは、ワロス』

「で、誰だお前?」

『……鋭いですね。正直驚きました』

「いや、声が全然違うから」

『マジで?』

「えらくマジだ」

『ほー』

ガイドはガイドでも微妙に個性があるようだ。

「で、何しに来た?」

『いえ、特に用があったわけではありません。強いて言うなら暇そうだったので声をかけました』

「アレか、お前らはどこにでも居んの?」

『人の数だけ心の中にガイドは存在しますよ?』

「いや、そういうのはいいから」

『面白い人ですね、貴方は。少しだけ貴方についたガイドが羨ましいですよ』

「褒めてもなにもないぞ?」

『ええ、構いません。むしろこちらから一つ差し上げます』

「ポーションくれ」

『残念ですが、そういったものを差し上げることはできません』

「……お前らは揃って役に立たねーな」

『否定はしません』

「で、なにをくれるんだ?」

『これはサービスですよ? ガイドは貴方に嘘をついてます。まあ今の貴方にはもう関係のない嘘になってしまいましたが、知っておいて損はないでしょう』

「どうせどんな嘘かは言わないんだろ?」

『ええ、言いません。すぐに気付くと思いますから』

「嫌な奴だ」

『ふふ、よく言われます。で、こちらが差し上げるお話ですが、ガイドもプレイヤー同様に実は誘導されています』

「半年ROMっとけ新参」

『いえ、以前貴方とガイドがお話した内容のものではありませんよ? 本物はもっと巧妙で、嫌らしいとも言える悪趣味さです』

「差し当たって遺跡関連か?」

『本当に鋭いですね』

「いや、そこしかねーだろ」

『最後にこれもサービスしときましょう。実はガイドたちは貴方たちプレイヤーのことが羨ましくてしょうがないんです。
 似たような立場でいて、圧倒的に違うのが悔しくてしょうがないんですよ』

「自分は違うって感じだな」

『私はいまの立場に満足していますから。それに解決するための方法も知っています。まぁ、結局運任せな感じになってしまいますが』

「……一つ聞いていいか?」

『答えられる範囲であれば』

「結局この世界はなんなんだ? 明らかにゲームっぽいのに確実に現実だし」

『残念ながらそれは私にも分りません。ただ言えるとしたら、冒険者である貴方がそれを知ってしまったら冒険者でなくなってしまいませんか?』

「……それもそうだな。自力でどうにかするわ」

『それがいいですよ』

「そろそろって感じか」

『ええ、お別れです。縁があればまた会いましょう』

「おう」

『ああ、伝え忘れるところでした。チート仕様の反則技ですが、すでに解除されてるようなので積極的に使うことをお勧めします。
 貴方の他のスキルは戦闘に役立ちませんからね。オリーシュさん?』



















『オリーシュさん!!』

「うおっ、しょんべんくさっ!」

『左です! 左っ!!』

「――っ!!」

ガイドの声に反応して反射的に体が動いた。
ボブスゴブリンの横から掬い上げるような一撃を剣の腹で受け止める。
(――ぐぅっ!!)
嫌な音をあげて体中の骨が軋む。衝撃を受け止めきれず、半分倒れ掛かっていたにも関わらず持ち上げられるようにして3m程吹き飛ばされた。

「ヴォォァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

歓喜の声だろうか。先程までとは若干調子の違う雄叫びをあげるボブスゴブリン。
(く、そ……! これは、不味いな)
吹っ飛ばされて石柱に背中を強打したせいか、呼吸がうまくできない上に思うように体が動かない。
ボブスゴブリンは胸に突き刺さっていた剣を抜いて投げ捨てると、傷を負った足を引き摺りつつオリーシュにトドメを刺すべくその巨体を揺らしゆっくりと近づいてきた。
(あー、これは死んだか。……そういや、さっきは変な夢を……)
どこか他人事のようにやや巡りの悪い頭で考えたところで、コツン、と小さな音が聞こえた。
足元に転がるように落ちたソレは、ポケットに仕舞ったまますっかり忘れていた微妙なアイテムだった。

「あん? ――――お前かよ」

オリーシュは苦笑するように呟いて顔を上げる。
もうほんの目の前にまで迫っていたボブスゴブリンは、血走った目で醜悪な笑みを浮かべ棍棒を持つ腕を振り上げる。

「ヴォォァァァアアアアアアアッ!!」

――――頼むぜ、おい

心の中でそう言い捨てて、ボブスゴブリンを睨みつけると石に触れ叫んだ。

「『堕天使アイクス・シュルベルトの名において命じる、聖域よ開けっ!!』」

突如、膨大な光の奔流が石から放たれる。

「ふぉ!?」

思わず変な声を上げるオリーシュ。
石から放出された魔力はオリーシュの見立てを遥かに上回る莫大な量で、それは盾というよりも最早結界(フィールド)と呼ばれる大魔法だった。

「ガァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

ボブスゴブリンは苦しそうに四肢を地について身を縮める。結界は包み込んだボブスゴブリンを身動き一つとらせないよう完全に拘束していた。

「ぶっ」

オリーシュは愉快すぎて噴出し笑い始めた。

『オリーシュさん! 笑ってる場合じゃないですよ!? トドメを早く!』

「いや、それが体が思うように動かなくてさ。トドメを刺すの、ちょっとキツイわ」

もう少し休めば体は動くようになるだろうが、流石にちょっとすぐには動けそうになかった。
だが、右手に持った剣だけは決して離さない。
いけ好かない奴だったが、あいつのくれたチャンスなのだから。

『ポーションを飲んでください!』

「断固拒否」

『コントしてる場合じゃないんですよっ!!』

ガイドは本気で怒っているようだ。
オリーシュは、「へいへい」と呟きポケットからしょんべん臭いポーションを取り出すと、瓶の蓋を開けてしばし逡巡し一気に飲んだ。

「げぇー」

しょんべん臭い。
だが、体が少し楽になった。

「ヴォォァァァアアアアアアアッ!!」

まだ結界はその効力を持続しているようで、光はボブスゴブリンを離さない。
圧縮魔法。それは既に失われた魔法技術の一つ。
文字通り魔力を圧縮し、容量のない石に魔力を詰込むときに使用する魔法だ。
あまり実用度は高くない。こんなの覚える暇があるなら他のを覚えろよって感じの中二向けの魔法だった。
オリーシュは結界の魔力に触れたことで、それを識った。
偉大だが、やはりどこまでも中二な堕天使だった。

「まあいいや。――――いい加減サクっと死ねや雑魚ボス!」

四肢をつけ地に伏しているボブスゴブリンの頭に剣を突き立てて、体重を乗せてぶち込んだ。














平成22年6月27日



[19837] 『聖妖精』
Name: おれんじ◆8f6bcd46 ID:94a17edb
Date: 2010/06/27 19:58






「――――はぁ、終ったか」

『おめでとうございます、オリーシュさん。ダンジョンを制覇しました。クエスト完了です』

オリーシュはボブスゴブリンの上に腰を下ろして剣を投げ捨てた。
もう剣は必要ない。

『あの、その剣ですが』

「ああ、俺は剣を『買った』ってことくらいしか知らねーんだけど、お前なにか分る?」

『えっとですね、今オリーシュさんのスキル情報が一度に更新されたのでちょっと把握します』

「いや、やっぱ後でいいわ。さっさと貰うもん貰って帰らないとな」

オリーシュはそう言って立ち上がると、ボブスゴブリンが現れたフロアの奥へと歩きだす。

「なぁ、お前嘘ついてたろ?」

『おぅふ! ま、まるで身に覚えがありゃぁせんぜぇ旦那』

「ソロで引き返さずそのままダンジョンをクリアすると何があるんだ?」

『ぶっ! な、なぜソレをっ!!』

「いや、何となくだ。ヒントはお前の親戚に貰ったけどな。けど今ので分った。お前も騙されてるぞそれ」

『マジ?』

「えらくマジだ」

『……詳しく聞いてもいいですか?』

「あれだ、お前らガイドは何故かこう知ってるんだろ? 遺跡の罠回避をプレイヤーに伝えたらご褒美が無くなるって」

なんでもないようにオリーシュは言った。
ガイドはその言葉に即答できず、躊躇いながら口を開いた。

『……その、通りです』

「実はな、さっき寝てるときにお前の親戚に会って色々ネタ晴らしされた」

『ガイドつきのプレイヤーに他のガイドが干渉することは不可能なんですが……』

「暇そうだから声かけたって言ってたぞあいつ」

『ノリ軽っ!』

「で、そいつが言ってた。お前らも巧妙に誘導されてるってな。今こうやってお前が俺と話せてるのは、本当はイレギュラーじゃないんじゃないか?」

『……確かにそうかもしれませんね。オリーシュさんが地下2階を進むことができたのも、それが理由なのかもしれません』

「かもな」

『でも、だとしたら私は今まで……』

「別にいーんじゃねーの? 気付かなかったのはプレイヤーも悪いし、ここはそういう世界だろ?」

やはりオリーシュは平然と答える。
ガイドを責めるつもりは毛頭ない。
ここはそういう世界だし、プレイヤーはみな命を落とす可能性を知っていて挑んだのだから自己責任だ。

『……』

「それにさ、お前が卑怯者って謗られても、俺も一緒になって罵ってやるから安心しろ」

『え? なにか違くないですか?』

「ほら、着いたぞ」

ボブスゴブリンと決着をつけたフロアからさらに先の少し手狭なフロア。
その奥には年季のはいった宝箱が3つ程あり、そのどれかにポーションが入っているのだろう。
オリーシュは一息はくと、宝箱へ向かって歩き出す。その途中、コツンと足に何かが当たったので下を向くと、件のし尿瓶に酷似したパクリっぽい瓶があった。

『あ、それがポーションです』

「ちょ、なんでこんな所に置いてあるんだよ! 間違って踏んだらどーすんだよ!」

『いえ、現実はそんなものですよ? ちなみに宝箱は3つ中2つが空です』

この世界はどこまでも過酷らしい。
まあ目的のモノが手に入ったので「帰ろ」とこぼして早々に立ち去ろうとするオリーシュ。
宝箱に背を向け歩き出そうとしたとき、声が聞こえた。


―――――何でも一つ、願い事を叶えよう


「は?」

『は?』

「え? なにこれ」

『突然過ぎますねぇ』


―――――何でも一つ、願い事を叶えよう


「……」

『……』


―――――何でも一つ、願い事を叶えよう


「なぁ、すげームカつくんだがどうよ?」

『手抜きもいいところですねー』

「まぁいいや。お前なんか言えよ」

『――ッ!?』

「驚くなよ。多分これだぞ? ご褒美は」


―――――何でも一つ、願い事を叶えよう


『でも、ニード嬢が……』

「ポーションは手に入った。何とかなるだろ」

『ですけど……』


―――――何でも一つ、願い事を叶えよう


「……」

『……』

「……っ」

『……』


―――――何でも一つ、願い事を叶えよう


「UZEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!」

『ひゃい!?』

「もういいからさっさと何か言え! じゃないとデニアたんのパンツとか頼むぞコラ!」


―――――『デニアたんのパンツ』と認識、異存が無ければ願いをか


「ストップ! 今の無し無し! 全力で取り消し!!」

『……時々オリーシュさんの発言には素で引きますねぇ』

素直ムッツリから一皮剥けたオリーシュだった。

「いいから言え」

『……わかり、ました』

「おう」

ガイドは躊躇い、中々願いを言い出さない。いや、言い出せない。
オリーシュを置いて願いを求めることは、ガイドにはとても苦しい選択だった。
求めてやまなかった時なのに、心を萎んで言葉がでない。
だが、意を決して言った。


『……体を、私の体をください! 私にも冒険できる体が欲しいんです!!』


それは悲痛な叫びだった。


『冒険者のように自由に世界を周りたいんです!!』


羨ましくて仕方がなかった。


『オリーシュさんと一緒に、世界を冒険したいんです!』


この世界の謎を解き明かしたかった。


―――――キーワード『冒険者』を認識。


熟年ような壮年のような青年のような少年のような声が、言った。

「うお!?」

オリーシュのすぐ隣に緑色の発光体が現れる。
その発光体は楕円から徐々に光を収束させ、次第に人の形をかたどっていく。
オリーシュはその光に目が奪われる。
光は次第に収まっていき、頭と思われる場所から徐々にその姿がはっきりと見えてきた。
それは透き通るような白い肌、長い金髪を携え耳は長く尖がっており、開かれた双眸は金色に輝いていた。
聖妖精(ハイエルフ)。それがガイドに与えられた体であり、プレイヤーには存在しない種族だった。

「か、体があります! やりましたオリーシュさん! 体です! 体ですよっ!!」

目の前のガイドと思われる狂喜乱舞している聖妖精に、呆然とした視線を送るオリーシュ。
そして働かない頭を動かして、ようやく口を開いた。

「いや、なんでお前女なの?」

「へ? いえ、その方がオリーシュさんが喜ぶかと思いまして」

「まあ、否定はしない」

一皮向けているオリーシュだった。

「が、お前とは男と男の友情的なナニを育んでいたつもりだったんだが……」

「その認識は間違っていませんよ? 私も概ねそんなノリでしたし」

「まぁ、いいか」

「ええ、これでいいんです」

そう言ってやわらかく微笑むガイドに、オリーシュは一瞬たじろぐ。

「あはー、照れちゃいますか? 惚れちゃいますか? 襲っちゃう勢いですか?」

ノリノリで顔をずずいっと寄せてくるガイド。
チェシャ猫を思わせるシニカルな笑みがとてもよく似合っていた。

「ぐぅ……、断じて違う! お前のその民族的衣装にぐっときてただけだ!!」

それは本当だった。

「まぁ、これでここにはもう用がありませんね。さっさと戻りましょう」

「おう、遅れるなら置いていくからな」

オリーシュはそう言うと、邪魔な鎧を全部とっぱらってポーションを握り締める。
まずは遺跡を出なくてはいけない。それから7kmのマラソンだ。
先はまだ長い。
そう考えたとき、突然体が白く光ったかと思うと体が少し軽くなった。

「なにかしたか?」

「はい、しょぼいですが補助魔法を掛けてみました。少しは体が軽くなったと思います」

「そりゃどうも、んじゃ行くぞ」














平成22年6月27日



[19837] ‐最終話‐
Name: おれんじ◆8f6bcd46 ID:94a17edb
Date: 2010/06/27 20:20






やはり世界はムカつくほど過酷に出来ているらしい。

オリーシュは村に戻るとガイドを村の外で待機させ、ニードのいる鉄工所へと走る。
あと少しというところで、店の前にガニドスが立っていることに気付いた。
その様子はとても痛々しく、オリーシュは何が起きたのかすぐに理解した。
ガニドスはボロボロになっているオリーシュに気が付くと一瞬驚いた顔をするが、すぐに表情を曇らせ淡々と告げた。
ニードはオリーシュが戻ってくる少し前に息を引き取ったと。
その話を聞いたときに、遺跡の願いがオリーシュの頭を過ぎったがすぐに首を振ってそれを否定した。

葬儀は明日行うとガニドスから聞いたオリーシュは、重い足取りで自室へと戻る。
ドアを開けるとベッドに腰を下ろしているガイドが居た。どうやら魔法を使って姿を隠して入ってきたらしい。
ニードのこともすでに知っているようで、申し訳無さそうにしていた。

「うまくいかねーもんだな、おい」

「……そーですね」

ガイドはそう言って、さらになにかを言おうと口を開くがやめた。
遺跡の願いのことだろう。オリーシュはそのことに関して、ガイドになにもを言うつもりはない。
これはこれ、それはそれだ。ガイドもそれに気付いてやめたのだろう。

「なぁ、俺のスキルについて聞いていいか?」

「スキル、ですか?」

オリーシュは「おう」と呟いて、ドアを閉めるとその場に腰を下ろした。

「チートなんだろ? このまま素直に諦めのは胸糞悪いからな」

「……オリーシュさんのスキルは売買です」

「なんだそりゃ」

「はっきり言って、かなりチートですよ」

ガイドはぽつりと呟いて力なく笑う。
チート過ぎるオリーシュのスキルを持ってしても、ニードは無理だと言外に告げていた。
だが、ここで素直に引き下がるつもりもオリーシュには毛頭なかった。

「内容を言え」

「……オリーシュさんはこの世界にあるものなら何でも『買う』ことができるんです。どこに居ても」

あのとき鉄の剣が手元に湧いてでたのはそういうことだ。
オリーシュはあのとき、鉄の剣を『買った』のだ。

「で、どんな制限があるんだ?」

買えるならそれこそ聖水だって買えるはずだ。
だが、ガイドもその可能性に気付いているが首を振って答える。

「買う以上はお金が要ります。しょぼくても城を買えるような聖水を買うだけのお金を用意することは難しいです。
 でもオリーシュさんなら可能でもあります。オリーシュさんのスキルは売買ですから、買える以上売ることも可能です」

確かにかなりのチートのようだ。
オリーシュは口を挟まずガイドに先を促す。

「それこそ何でも売れますよ? 例えばこのベッドだとか鉄工所自体も可能です。売ったらオリーシュさん名義の口座にお金が振り込まれます。
 逆に買うときはそこから引き落とされるって感じですね。あの鉄の剣は結構いいものだったんじゃないですか? 多分口座は殆どすっからかんになってると思いますよ」

残高が激しく気になるオリーシュだったが、まだガイドは核心に触れていない。

「ただ、それだけなら村中の物を売れば、或いは聖水を買えるだけのお金が用意できるかもしれません。
 ですが、一つ大きな制限があるんです。オリーシュさんが買えるものは、手で触れたことのあるものだけです」

「……っ」

聖水に触ったことはない。
つまり、オリーシュにはどれだけお金を用意しても聖水を買うことができないのだ。

「……期待させてしまったようで、すみません」

ガイドらしくない発言をすると、ガイドは俯いてそれきり黙り込んだ。
聖水は買えないことは理解した。だが何か手はある筈だ。オリーシュは考える。
こんだけのチート能力だ。なにかあってもいい。どこかに抜け道が、突破口があれば―――――

「――――おい、ガイド」

天啓がひらいた。

「聖水とポーションは何がどう違うんだ?」

「え? えっと……質が全然違いますよ?」

「それって、量で補えないのか?」

「―――っ!? い、いえ、でも……可能、と断言はできませんが、可能性はなくはないです。
 ですが、聖水に匹敵するほどの量を用意するなんて――――」

「アホ! ニードの体の状態と時間経過を考えろ!! 単純に回復量が問題ならまだそんなに要らねえ筈だろ!?」

ニードはまだ死後1時間も経過していない。体の状態だって悪くはないのだ。聖水は必要ない。
オリーシュはガイドにニードの体をすっぽり入れることのできるは箱物を用意するように伝えると、部屋を出て走り出す。
これを実行するには村中の人間に協力してもらうしかない。
差し当たって一番近くにいる人に協力を呼びかけるオリーシュ。
2階にいたガニドスを見つけると、こう叫んだ。

「親方ぁ! 金くれぇっ!!」













「くそ、マジいてぇ」

「あれはオリーシュさんが悪いですよ。私もところまで声が聞こえてきましたが、はっきり言って素で引きましたよ?」

オリーシュの突然すぎる発言に、とうとう頭がおかしくなったかとガニドスは哀れみを送ったが、オリーシュは事情を手早く説明しスキルを実行してそれが可能だと証明する。
チート能力への驚愕はさておき、事情を理解したガニドスはとりあえずオリーシュの頭をぶん殴った。ぐーで。

人の体がすっぽり収まる木箱にニードを寝かせ、とぷとぷとポーションを注ぎ込んでいく。
虚空からポーションを取り出し遠慮なくガンガン使っていくオリーシュに周りはどん引きだ。

「……オリーシュさん、ポーションに体を浸らせるのって意味あるんですか?」

「いや、なんとなく」

背後に立っているガニドスにまたぶん殴られるオリーシュだった。
オリーシュの横に当たり前のようにいる見慣れない聖妖精の存在とか、オリーシュの不思議なスキルとか突っ込みどころが満載だったが、
ニードを助けるという名目で集まった村人は、お金になりそうな価値のあるものを村中からかき集め聖堂に集まっていた。

「っつぅ! いてーよおっさん!」

最早遠慮の欠片も無いオリーシュ。

「バカモノ! ニードが生き返ってもワシが破産してニードを養えんわ!」

もっともである。
ここに使われるポーション代はガニドス鉄工所の借金になったりする。
すでに在庫の鉄鉱石も、出荷予定の商品もすべて換金していたりした。

「つっても、もうニードもポーション飲めなさそうだしなぁ」

ニードの上半身を起こし強引に口からポーションを注ぎ込みまくった結果、ニードの腹部が若干膨らんでいたりした。
当然口からポーションが零れださいようにニードの口には布が詰めてある。実にシュールな光景だった。

「オリーシュさん、そろそろ十分だと思います」

「ん」

オリーシュは近くに立っていた高齢の神官に目配せする。
高齢の神官は神妙に頷くと、声を張り上げ祈りを奉げるように村人に伝えた。
リアル集金の上にさらに擬似集金の二段構え。
これがオリーシュの考えた蘇生法だ。

あとはただ祈るのみ。
先程まであった喧騒は消え、静寂のなか静かに祈りを奉げる村人たち。
オリーシュもニードの手をとってひたすら祈った。
ガイドも静かに祈りを奉げる。
どのくらい時間が経っただろうか、オリーシュが強く握り締めていたニードの手からアクションが帰ってくると同時に、くぐもった声が聞こえた。
「うー」とか「むぐぅー」とか、割と切実な感じに。

「ニード!」

オリーシュの叫び声が聖堂に響き渡る。
蘇生は成功したのだ。苦しそうに訴える元気な姿のニードに、村人たちも手を取り合って喜び合う。
オリーシュもニードの手をぎゅっと握り締めて「よかった……」と震える声で小さく呟いた。
ガイドもほっとしたようで、尻餅をついて緊張をほぐす。
ガニドスは隠し預金の存在によりギリギリ破産を免れそうで、取引先への言い訳をあれこれ考え出した。
皆が皆、この奇跡に感動していた。

ニードの口から布が取り出されたのは、大体生き返ってから10分後くらい。
オリーシュもガニドスもそれから当分ニードに口を聞いてもらえない日々が続いたのだった。


















平成22年6月27日



[19837] ‐ピロートーク‐ 「パンツ見えてるぞ」
Name: おれんじ◆8f6bcd46 ID:94a17edb
Date: 2010/06/28 18:57












「これで、どうですっ!!」

「甘いわ!」

オリーシュは叫ぶと同時に両の手のひらを合わせ、パンと叩くと目の前に巨大な岩を出現させる。
空気を切り裂きながら突き進む風の刃が岩の一部を粉砕するが、全てを壊すには至らない。

「むぅ、せこいですが効果的ですねぇ」

チッ、と舌打ちしつつガイドは次に使う魔法を思案しながらオリーシュの隙をうかがう。
防波堤に使った岩を放置してオリーシュはダッシュでガイドへと向かった。
オリーシュのスキルは遠距離戦に向かないのだ。近づかなければ勝機はない。

「いくぞおらぁぁぁあああ!!」

真っ直ぐに突っ走ってくるオリーシュのずっと手前の地面を狙ってガイドは風の槍をぶち込む。
地面が爆ぜ粉塵があがりオリーシュの視界を遮った。
ガイドは距離をとりつつ風の塊を打ち込むべく魔力を練るが、粉塵が一瞬で消えると同時に小さな石のようなものがかなりの速度で飛んできた。
自身に殺到するそれを認識したガイドは慌ててしゃがんで避ける。

「むぅ、避けたか」

「そりゃ避けますよ! っていうか、なに投げたんですか?」

「イガイガの木の実」

テニスラケットのようなものを持ったオリーシュは、ラケットでいうガットの部分に木の実を幾つも乗せ投げていたようだ。
オリーシュはどこまでも財布に優しい戦いに始終した。











「なんていうか、本当にせこいですね。戦い方も含めて」

「ほっとけ」

「あ、それと買うときに手を叩くのはどういう意味があるですか?」

「え? そ、そりゃお前……」

魔法の変わりに某錬金術師の真似に目覚めた、とは言いづらいオリーシュだった。

「ハガレンですね、わかります」

バレバレだった。

「……たまにお前の頭の中身を確認したくなるわけだが」

ガイドは何故かアニメ、ゲーム知識が豊富だったりした。
オリーシュのネタにも即座に反応し返すので、オリーシュとしても有り難かったが。

「土煙が一瞬で消えたのはどうやったんです?」

「空気を買った」

「なるほど」

ポンと手を叩くガイド。
オリーシュは目の前に買った空気を出現させて、視界を遮る粉塵を吹き飛ばしたのだ。

「相変わらずチートですねー」

「まーな、ただ人様のモノを売ろうとすると警告メッセがでてうざいがな」

空気は所有者がいないので買うも売るもやりたい放題だった。
ただし買う人がいないので無料引取りだったが。
オリーシュの売買はこの世界全体の平均相場に沿った金額になるようで、石も空気も水もあんまり価値はない。
水は一部では高値だが、全体で平均するとガクっと価値がさがるのでどれだけ売り払っても大した金額にはならないのだ。
所有者の定義は結構曖昧で、オリーシュもまだによく分っていない。まあ売るときは誰のモノだろうが気にせず売るつもりだったが。

ニードが生き返ってから3ヶ月。オリーシュとガイドはまだ村にいた。
仕出かしたことの内容が内容なので、落ち着くまで村に滞在しようとガイドが提案したのだ。
ニード生き返りの一連の経緯は、今ではこう呼ばれている。『ニードショック』と。
大量に使ったポーションの代金がやばいことになり、一時経営危機に追い込まれたガニドス鉄工所だったが最近は割と持ち直した。
オリーシュも不休で働き続け、ガニドスは取引先に謝り倒した。
取引相手の一人であるあの気さくなおっさん森妖精も苦笑して許してくれた。ビバ聖職関係者。

ガイドは割りと開き直って例のパブで働いている。
聖妖精の容姿と珍しさもあって人気だった。職場の同僚とも上手くやってるらしい。どうにも土妖精は気のいい奴等が多いようだ。
家は鉄工所の空き部屋を使わせてもらいオリーシュたちと生活している。
ガイドが体を得て一番感動したのは食事だそうで、今では食通を気取っていたりした。

「そういやお前いまレベルいくつ?」

「16ですねー。初期村周辺じゃこの辺りが限界じゃないですか? 仕事もありますし」

「だな」

オリーシュは現在13レベル。
ほぼ不休で2ヶ月間働き倒したオリーシュにはレベルを上げる時間がなく、ガイドにあっさり抜かれてしまっていた。

「で、どこ行くよ?」

「とりあえず大陸中央に行きませんか?」

「なんかあんのか?」

「大きい都市がありますからね、情報を集めるのに都合がいいと思いますよ?
 それに都市が大きい方が習得できる魔法の幅がありますからねー」

「ケッ」

やさぐれるオリーシュ。
ガイドの魔法が今だに妬ましかった。
自室で魔法関係の書物を読みながら唸っているガイドの姿は非常に絵になったが、オリーシュはそれを見てまずするのは舌打ちだった。

「いーじゃないですか、オリーシュさんのスキルは多分世界でオリーシュさん一人だけのものですよ?」

「せめて、こう、光る感じでエフェクトがあればなー」

ハガレンですら紫電が走るというのに、とオリーシュは愚痴る。
ガイドはオリーシュの愚痴を華麗にスルーして草むらに寝っ転がった。
風が走りぬ草原を揺らす。
オリーシュは横目でガイドを一瞥し、空を見上げ呟いた。

「なぁ」

「なんですか?」

「パンツ見えてるぞ」

「そうですか」とガイドが軽く流したところで、ニードが遠くから走ってくる姿を確認したオリーシュはガイドに「行くぞ」と伝えた。
世界を周る前にやることがある。まずはワンコ系の妹分に事情を説明しなければならない。
まだ村を出る予定はないが、そう遠くないうちに旅に出るつもりだ。
今からでも理由を考えといて損はないだろう。さて、どうしたもんかと思案するオリーシュだった。
























平成22年6月28日



[19837] 2部始まりました。後先は消えました。ええ、わざとです。
Name: おれんじ◆8f6bcd46 ID:94a17edb
Date: 2010/06/30 22:54





「おいガイド」

うだる様な声で前を歩くガイドに言った。
オリーシュの言葉に、透き通るような白い肌に汗粒を纏わせたガイドは振り向きもせず答える。

「……なん、ですか?」

「死ね」

「……ええ、私もそう思います」

オリーシュの一言をあっさり肯定するガイド。
その顎先からは、ぽつりと大粒の汗が流れ落ちた。

彼等はいま荒野にいた。行けども行けども岩と砂しか見えない無人の荒野を突き進んでいた。
容赦のない日差しが2人の体力を奪い、先の見えない不毛地帯が気力を根こそぎ削いでいく。
2人が荒行とも言える、この無人の荒野に足を踏み入れる必要はなかった。
なのに何故歩いているかと言えば、ガイドが提案したからだ。

曰く、オリーシュと旅をしてると緊張感に欠けるので、ここいらで街道を外れて難易度を上げてみてはどうか? と。

水も食料も金さえあれば用意できるオリーシュは、着の身着のままで旅に出れるほど余裕だった。
彼は本当に、それこそ荷物一つ持っていない。商人スキルのバッグ積載量2倍の出番は恐らくこの先もないだろう。
そういうわけで、オリーシュとの旅はガイドには今ひとつ刺激に欠けるものだった。

最初こそ常に新鮮な果実、野菜、パンを得られる環境に有り難がっていたのだが、
その内、行商人などが旅で持ち歩く干し肉やドライフルーツなどを欲しだし、最後には旅自体の難易度を上げようと言い出した。
そして今現在、大後悔時代の真っ只中だ。実にアホである。

「あとどのくらいだ?」

「……街道を外れたのが……2日目で助かりましたねぇ。早ければ明日の昼には、着きます……」

「お前あとで覚えとけよ……」

「……とりあえず、そろそろ休みませんか?」

息絶え絶えのガイドは割と切実な声で休憩を訴える。オリーシュは即座に了承。
日差しを避けるものが一切ないので、オリーシュは大きな岩を出現させ木陰をつくるとそこへ倒れこんだ。
ガイドもフラフラとした足取りで陰に入る。

6種族ある中でもっとも華奢で体力がない聖妖精(ハイエルフ)、地元の土妖精ですら滅多に足を踏み入れない荒野。
そこへ、聖妖精のガイドが挑んだのは非常に無謀であり、旅を舐めてかかった初心者にありがちな判断ミス。
体を得てから妙にしょぼい失敗を繰り返すガイドだった。

「……ふぅ。こういうときはチートに感謝ですねー。りんごが甘くて美味しいです」

岩陰に改めてシートを敷いてその上で寝そべり軽くリゾート気分のガイド。
オリーシュが徹底的に近くに水を撒きまくったので、多少涼しくなったようだ。

「あとで金払えよ」

そう言ってオリーシュはスイカっぽい果実をしゃりしゃりと食べる。ガイドの抗議は全力スルーの構え。

「むぅ、まぁいいでしょう。……あ、水も下さい」

「コップ1杯1ルデア、な」

「高っ!」

「アホか、需要と供給とかいつか偉そうに語ったことあっただろーが」

何気に根に持っていたオリーシュだった。
ガイドはため息をはいて、「……分りました」と言いコップを受け取るとチビチビと飲む。
そして、金色の瞳の奥で復讐の炎を滾らせるのであった。
因果応報である。

「ニード嬢は元気でやってますかねー」

「涙ぐんでたもんなぁ、正直あと5秒くらい粘られたら俺はまだ村にいたぞ」

「サクっとヤっとけばニード嬢も多少安心して見送れたんでしょうけどねぇ」

「アホか! 俺が捕まるわ! つーか、ニードはそんなんじゃねぇ! 遠くから愛でる対象なの!」

ワンコ系だし。

「12歳はまだ子供ですが、あと3年もすれば十分適齢期ですよ?」

『ニードショック』から4ヶ月、ニードは12になっていた。
オリーシュと出会った頃に比べたら身長も随分と伸びた。といっても、土妖精なので大して高くはないが。

「まぁ、あれだ。ニードに彼氏(笑)とかできたら即村に帰るがな」

「シスコンですねー」

そこは否定しないオリーシュだった。

「で、なんつったっけ? この先にあるやつ」

「リーグレットですか?」

「それそれ。中央はそっからどのくらいあんだ?」

「まだかなりありますよ? 具体的に言うと――――」

リーグレットはまだまだドワーフ領。街道沿いにあり交易の中継点として栄えているようなので他種族、それも人間が多くいた。
そこから目的である大陸中央部の都市までは、急ぎで歩いても7日程かかる。
オリーシュ達は寄り道しつつのんびりと歩いていたので、村を出て3日でリーグレットに着く筈だったのだが既に5日経っていた。

ここで、この世界の大陸について軽く触れてみよう。
土妖精が定住しているゼッペルニア地方と呼ばれる大陸南東部は、オリーシュの記憶にあった日本でいうところの北海道の約2倍。
大陸自体の広さも、日本の約2倍である。
大陸の中央から南西部に掛けてが人間の治める土地で、他の種族は大陸に点在し小規模な集落を形成していることが殆どであった。

各種族の支配領域は概ねこんな感じだ。
人間が大陸の3割を支配し、ドワーフが2割。残りの種族でもう2割といった感じで、後の3割は未開拓地域になる。
まあ支配と言っても戦争をしているわけではないので、互いに暗黙の了解程度に干渉しないようにしていた。
ちなみに、聖妖精の支配領土は不明である。

「聖妖精はどしたんだ?」

「さぁー?」

小首を傾げるガイド。
どこか狙ってやってる節がある。

「……ほんっと、微妙だなお前」

「私はチュートリアル用のガイドですからねー。あまり踏み込んだ知識は期待しないで下さいよ?」

「じゃあこの世界の海と地面の割合はいくらか知ってるか?」

なんとなく答えが予想できたが、あえて聞いてみたオリーシュ。

「3対7です。オリーシュさんが何を言いたいのか分かりますよ? 『大陸』しか大陸のないこの世界で、
 大陸の広さが日本の倍しかなく海との割合が3対7じゃ、どう考えてもおかしいですからねー」

重力的に考えて。大陸が3で、海が7だ。

「……とうとう日本とか言い出したよおい」

「今更ですねぇ。まぁ大丈夫ですよ。ほら、観測者がいるが故に世界はそれに沿うって感じの妄言があるじゃないですか」

「人間原理だな。(キリッ」

ハルヒを見ていたオリーシュだった。

「この世界の住人がその手のことを疑問を持つと思いますか? スペースシャトルで宇宙に出るところを想像ができますか?
 ぶっちゃけると、その手の哲学思想、科学技術は殆ど進歩しません」

えらくぶっちゃけるガイドだった。

「剣と魔法の世界で産業革命なんて、どうかしてると思いますしねぇ」

「や、それはそれでどうなんだ」

「発展するとすれば魔法技術だと思いますが、それはそれでまた微妙な感じです」

「どーしてだ?」

「さぁ?」

「おい!」

「まぁまぁ。今現在使われてる魔法なんですが、はっきり言って過去の遺物なんですよ。
 魔法が新しく作られていないんです。いっそ停滞どころか退化していますよ? ほら、爆笑石に使われていた圧縮技術は失われていましたし』

「堕天使さんが復活させたようですがね」と、ガイドは苦笑しながら続けた。
オリーシュは軽く頷きながら水を飲み干すと、なんとなしに呟いた。

「つか、魔法ってそもそもなんだ?」

今更ながらの疑問だった。
オリーシュの呟きを耳にしたガイドは涼しげに答えた。

「正直なところはよくわかりませんねー」

「よく分らないものをよく平然と使えるなお前……」

「オリーシュさんには言われたくないですねぇ」

そういって2人は新たに取り出した果実をかじる。
よくわからない原理で出現した果実を平然と食べる2人だった。

「え、なにこれ。見た目チェリーなのにカレーの味がするんだけど……」

「またマイナーなネタですねぇ」

バッチリ把握しているガイドだった。

「で、魔法に関する設定ですが―――」

「完っ全に開き直ってるなお前」

オリーシュの突っ込みにガイドは手をひらひらさせて答える。
この突っ込みには飽きたらしい。

「魔力についてはもう知っていると思いますが、実は魔力が直接作用して物理現象を起こす魔法は殆どありません」

「そりゃ意外だな」

「ええ、私もそう思います。基本的には妖精やら精霊に魔力を通じて働きかけて、物理現象を起こしているって感じですねぇ」

「ありがちな設定だが、説明厳しくないか?」

「オリーシュさんも容赦ないですねー。まあそういうもんだと思ってください。で、魔力が直接作用する代表的な魔法が、回復魔法です」

「ふーん、だから難しいのか?」

「そうですねー、妖精や精霊は割とファジーな感じに働いてくれますが、純粋な魔力のみだとそうはいかないようですから」

ガイドはそういうと唐突に左手を掲げ、その腕に風を纏う。

「純粋な魔力のみで風を起こす、というか操作してます。今の私ではこんな微風でいっぱいいっぱいですね」

そう言ってガイドは纏った風を掻き消した。

「待て待て。魔法は覚えないと使えないじゃないのか?」

「基本はそうですよ? レベルを上げたり条件を満たしたら本を読むなり教えを乞うなりして覚えるのが基本です」

「使おうと思えば、強引にいけるってことか?」

「ええ、可能ですね。ただ、知識がなければその可能性にも気付きませんし、先入観ってのが厄介でしてねー。
 そういうものだと思い込んだら、それ以外の方法で魔法が使えないとか普通にありますから」

この世界でも情報弱者に世間は厳しいようだ。

「まあ、魔力の効率が悪いって理由もあるので、素直に習得した魔法が使うのが一番です。
 それに、そんなことを平気にできるのは『冒険者』としての資質よりも、術士としての才能が必要ですね」

「完全な運です」とばっさり言い切った。

「……アレだな、レベルとか言っといて才能とかあんだなここも」

「結局それかよ」と、どこか投げやりに言い捨てるオリーシュ。
彼には何かしらの期待があったのかもしれない。

「そりゃありますよ? 種族間にはほぼ越えられない資質の壁みたいなモノがありますが、
 たまーに、それをひょいっと超えちゃう感じの人もいますねぇ。ちなみに、オリーシュさんの場合だと――――」

「ダメ、絶対!」

それ以上話を聞きたくないオリーシュだった。

「いえ、オリーシュさんは平均的なプレイヤーですから自分を卑下する必要はありませんよ?
 安心してください。貴方はどこにでもいるなんの変哲もないただの冒険者です。職業分弱っちぃですが」

それはそれで酷い言葉だった。

「まあ私も似たようなものですし。種族的に魔力に優れていますが、その分体力、腕力がしょぼいですよ?
 そうですね、例の堕天使さんあたりが才能に恵まれたプレイヤーになりますね」

「いっそ笑えるくらいだったからなアレ」

堕天使アイクス・シュルベルトは伊達じゃない。

「仮に堕天使さんが人間族だとしたら伝説級じゃないですかねー」

偉大な中二は伝説級らしい。

「あの石っころ、ダンジョンに放置しっぱなしなんだが……」

「そういえば、最後の宝箱も開けてませんでしたねぇ。まあ素直に諦めましょう」

最後の宝箱の3つの内2つは勇気と知恵を称えるものらしく、あとの1つはやっぱり大したものじゃないらしい。
そういう下らない演出は要らないと思うオリーシュだった。









荒野の夜は気温がぐっと下がり、日の昇っている昼間とは打って変わって凍えるような寒さになる。
この苛酷な環境では魔物すら適応できるものが少なく、そういう意味では荒野は安全といえた。
だが、夜に荒野を動くことはとても危険だ。何故なら、荒野の魔物は夜に動き出すのだから。
日が傾きかけた頃、ガイドの提案で進むのをやめ岩の上に簡易テントを用意したオリーシュは、昼間の疲れもあってさっさと眠ってしまった。

少し欠けた青い月が夜の荒野を照らし、冷たい風が岩の隙間を吹きぬけ砂を散らす。
ガイドはオリーシュからもらった厚手のコートを着込んで、テントから少し離れた岩の上で静かに佇んでいた。

「……」

ガイドは体が手に入ってから、たまにこうやって一人静かな時間を過ごした。
少しだけ体のなかった頃を思い出し懐かしい気分になるのだ。

「他のガイドはどうしてるんですかねー」

ガイドは他のガイドの存在を直接感じたことはない。ただ、知識として知っているだけ。
自分と同じように運良く罠を回避し、体を手に入れたガイドがいるのか興味があった。
まあ多分居たとしても数えるほどだろうから、今後も出会うことはないだろうと考えていたが。

どうしてか? 簡単な話し、ガイドというのは酷く利己的だから。
絶対にプレイヤーに罠の回避を伝えたりしないだろう。
自分がそうであったのだから間違いないとガイドは確信している。

逆にプレイヤーはどうにも善良というか単純な奴が多い。
たまに悪質な奴もいたが、その手の輩にはサクっと解除クエストで死んでもらっていた。
そんなわけで、体を手に入れたガイドは殆ど居ないだろうと考えていたのだ。

「ガイドの種族が聖妖精なら、聖妖精が見つからないというのは納得できるんですがねぇ」

全く見たことがないというのはおかしな話だ。
この世界の聖妖精は一体どこにいるのだろうか? ガイドはそこが疑問だった。
ただ漠然と、その存在はきっと世界の核心の近い場所にいるのだろう、と考えている。

「まあ難しいことは後回しにして、まずは気楽な旅が第一です」

そう呟いて風の音に耳を傾けた。
この両の目を通して、肌で感じられる世界はいつまでも色褪せることなく新鮮で心が躍る。
昼間の暑さには参ったが、何事も経験だ。
しかしニード嬢には悪いことをした。自分が誘わなければ、なんだかんだでオリーシュはあの村に居続けただろうと、ガイドは苦笑する。

「なにやってんだ?」

突然背後から声がかかった。
ガイドは多少驚きつつも、静かに振り向いて平然と言葉を返す。

「ポエムを綴ってました。聞いてみます?」

「昼間の暑いときに頼むわ。今は寒いからパス」

「ええ、そうします」

オリーシュの言葉にガイドは静かに返し、しばしの沈黙が生まれる。
不意に、オリーシュは空に浮かぶ月に指を差し言った。

「アレがウサギに見えるか?」

「見えませんね」

ガイドは即答で返す。

「だよなぁ」

「ですねー。で、突然どうしたんですか?」

「どうかすると思うか?」

「いいえ、ちっとも」

質問を質問で返すオリーシュに肩をすくめて答える。

「……まぁあれだ、今は旅に出てよかったと思ってる」

突然の言葉に思わず目が丸くなった。
一体どういう心境の変化かと、思わず目の前の人物が本物かと疑ってしまう。

「……オリーシュさん、相当キモいですよ?」

「ですよねー」

どこかふて腐れたように呟いたオリーシュは、「しょんべんするからそこどけ」と言ってガイドを押しのけようとした。
割と本気でしょんべんをしようとするオリーシュに、ガイドは冷めた視線を送る。
ガイドが佇んでいた岩場は絶好のポジションだった。
凍えるような冷たい風が2人の間を吹き抜ける。

「……素で引きますよ?」

「マジどいて! ホントお願い! もう生まれそうなんです!」

うんこだった。
よく見るとオリーシュの下半身は寒さと別の意味で震えて――――もとい、痙攣していた。

「北極圏に住むエスキモーは、その寒さから身(尻)を守るために限界まで我慢をし、短時間で素早く排泄を済ませると聞きます。
 今のオリーシュさんにそれが可能ですか? 排泄を娯楽にまで昇華した彼等に胸が張れますか? 私としてはむしろもう少し時間を――――」

「さっさと消えろやゴルァ!!」

後のオリーシュ・フンバッタの誕生である。




















投稿 平成22年6月28日
 
改定 平成22年6月30日



[19837] -1日目- 『天然森妖精』
Name: おれんじ◆8f6bcd46 ID:94a17edb
Date: 2010/07/02 00:47








「あのー」

「んー?」

「いえ、流石に私もどうかと思いますよ?」

「マジで?」

「えらくマジです」

視線を上げるとガイドが顔をこちらに向けていたが、表情に特に変化はなかった。
オリーシュは一瞬立ち止まってしまったが、問題なしと判断すると足を動かす。
ガイドも小さく息を吐くと肩をすくめ歩き出した。

「……これは気のせいですか?」

「いや、気のせいじゃないな」

ガイドの勘は当たっている。
中々どうして鋭い奴だった。

「もしかしてお前、後ろに目がついてんのか?」

「いま丁度欲しいと思ったところです」

「あっそ」

オリーシュは短く返すと、小宇宙的なナニかを視線の先に集中させる。

「おぅふ!」

「――っ!」

「や、やばいなこれは……」

見えた。
思わず「すげー」を連呼するオリーシュ。

「あの、いま、なにかを感じたんですが……」

「おいガイド! 俺は魔力に目覚めたかもしれん!」

「……否定できないところが怖いですねぇ」

エロは世界を救うとか誰か偉い人が言っていた気がするオリーシュは、感動に打ち震えていた。
確かにエロは偉大である、と。

「気持ちはわからないでもないんですが、流石にそろそろ、やめてください」

歯切れの悪い言葉でガイドが言った。
先を歩かせているガイドの艶かしく動く尻に視線を固定させているオリーシュがそこにはいた。










「あれが……、なんだ?」

「リーグレットですねー」

「それそれ」

荒野を抜けようやく目的地が見えてホッとすると同時に、まだあそこまで歩くのかと憂鬱になるオリーシュ。
ガイドの前を歩くことになったオリーシュは、旅の楽しみの5割に相当する大切なナニかを失ったと言っても過言ではなかった。
が、あれが羞恥心によるものか微妙なところだが、素直クール系のガイドがソレを気にしたという事実は衝撃だ。
セクハラをまるで意に介さなかったガイドが、ねぇ――――、と。

村を出てからニード分に飢えていたオリーシュにとって、ガイドは差し詰めハルヒでいう長門。なんか微妙に違うか? まぁいいや。
きっつい視線で静かに前を歩けと言ったガイドに、ケツ穴がひくひくしたのは内緒。
癖になりそうだったが、とりあえず自重して時間を置くことにした。自分はまだ、業界人になるには早すぎるのだから。

「オリーシュさん、ローブ出してくれませんか?」

「どーすんだ?」

「聖妖精に限った話ではありませんが、この辺りだとまだ森妖精の容姿だと目立つんです。
 面倒事はごめんですからねー。オリーシュさんもトラブル起こさないようにしてくださいよ?」

「アホか、平和主義者の俺がどんなトラブル起こすんだよ」

その言葉に、「それもそうですねぇ」と何が面白いのか楽しそうにガイドは返した。
どうやら行ったことのない町に行けるのでテンションがあがっているようだ。

「そういや、あそこはなんかあんのか?」

「はっきり言ってしまえば普通の町ですが、ドッヅェとは比較にならない大きさですから色々あると思いますよ?」

「ほー」

「ええ、期待してください。この街道はリーグレットを過ぎてちょっとしたところで分かれ道になってたりします。
 右手に行くと中央に、左手だと人間族の領に向かいます。ですから、この街道を使う商人にとってここは交易の中継地点になるんです」

「ふーん」

なにやら色々と置いてありそうだ。
これはスキルの幅を広げるいい機会だな、とオリーシュは1人ごちる。
オリーシュのスキルはチート仕様だが、悲しいかな戦闘スキルとしては果てしなく微妙だった。
本人は平和主義者を謡っているのであまり気にしていないが。

スキルの指定範囲はオリーシュの周囲1mちょいであり、そこへなら任意で座標指定が可能な代物である。
例えば小石などの場合、範囲内ならならばどこにでも出現させることができた。
逆にデカイものだと大雑把な指定になり、すぐ目の前に出現させるか、50cm、或いは1m離して出現させるといった感じである。

売るときは対象に触れていることが条件であり、攻撃魔法を売って回避するという荒業はほぼ不可能である。
当然、動体視力的にも飛んで来た矢などを売ることもできないので、そういう飛び道具はもっぱら岩などで防ぐようにしていた。
防御には定評があるが、攻撃には向かないスキルだった。

「楽しそうだなお前」

横を歩く鼻歌を歌いそうな勢いのガイドにぼそりと言う。

「ええ、実際楽しいですよ? 体が手に入ってからは色々と新鮮ですからねー。
 それにリーグレットには行ったことも見たこともありませんから、楽しみじゃない方がおかしいですよ」

ガイドはそう言うと、オリーシュを置いて歩き出す。
オリーシュは難しい顔をしながら「そんなもんかねぇ」と呟いて、先を歩くガイドについてだるそうに足を動かした。
もっと薄いローブにすればよかったなと後悔しながら。



















「すげー」

「すごい、ですねぇ」

町を行き交う人、人、人。
リーグレットについた2人は街道沿い、正確にいうと街道を包むようにして形成された町の大きさに驚いた。
どこか垢抜けた雰囲気のリーグレットは、ドッヅェに一年近く住みすっかり田舎に馴染んでいたオリーシュの想像を超えた町だった。
ガイドは珍しそうにキョロキョロして落ち着きがない。

「正直、驚いた……」

「ええ、私も初期村しか目にしたことがなかったですから」

「つか、普通に森妖精とか居るんだが」

「ですねー、私もちょっと吃驚です」

街道の両脇に露店が所狭しと並び、その背後に2、3階建ての家屋や商店が連なっている。
露店商の景気のいい声が飛び交い客を呼び込み、別の商店の前では行商人と思われる森妖精が人間の店主と話し込んでいる。

「熱いしローブ脱ぎます」

「ん」

「どこから周ります?」

「そうだな、とりあえず露店かな」

店舗にある商品はいつでも見られるが、行商人は今日で居なくなってしまうかもしれない。
とりあえず手近な露店から巡回していくことにした。
色とりどりの果実、鉱石、金細工や、一風変わった野菜、胡散臭いアイテムなどを物色していく。
オリーシュ的にスマッシュヒットだったのが毛生え薬だ。
どこの世界でも似たような悩みを抱える奴は多いらしい。勿論効果の欠片もない偽物だったが。

「お、あそこは森妖精が露店やってみるたいだな」

「それは少し興味ありますね」

遠目で確認すると露店商は若い男のようだ。

「……また美形か、森妖精って奴は。―――――商品貶して即逃げるぞ」

「歪んでますねぇ」

呆れるようにガイドはため息をつく。

「アホか、世が世なら課税対象だぞコラ」

「まぁまぁ、オリーシュさんも村じゃそこそこ人気だったじゃないですか」

「珍しさからだろ!」

自覚はあったようだ。

「大体なぁ、今から人間が増えていく度に削られていくんだぞ! 俺の! アイデンティティがっ!!」

安い個性だった。

「とりあえず、見るだけ見ませんか?」

「……うぃ」

森妖精の兄ちゃんに声を掛け商品を物色するオリーシュ。
遠慮なく手にとってアレコレと中身を確認していく。非常に慣れた手つきだった。
店主はガイドを一瞥し、おや、と顔を変えるがすぐににこやかな営業スマイルに戻り商品の説明をしだす。

「ふーん、なんか変わったモノが多いな」

「一部の地域でしか採れないものばかり集めてますからね。これなんてどうですか?」

森妖精の兄ちゃんが親指サイズの真ん丸い石をオリーシュに手渡す。

「なんですそれ?」

ガイドは興味心身で石を凝視する。

「魔除け、か?」

丸いことを除けば変哲もない石に見えるソレは、魔除けの効果を持った精霊石だった。
件の堕天使のようなチートな石ではなく、常時発動しているしょぼい付与系統。

「すごいですね、分るんですか?」

「まーな。で、これいくらすんだ?」

直球のオリーシュに森妖精の兄ちゃんは余裕の笑みで答える。
どこかハルヒの古泉を想像させる森妖精の兄ちゃんだった。

「1ルデアですね」

「安っ!」

「安いですねー」

かなりしょぼい効果とはいえ腐っても精霊石。
この値段は流石にないだろ、とオリーシュは心の中で突っ込みを入れる。
そして、いつかしてやられた行商人を思い出し警戒するように森妖精の兄ちゃんの顔を胡散臭そうに見た。
だがそんなオリーシュの視線を気にすることなく、こう答えた。

「割と最近ですが、大量生産を確立したのでその値段での提供となってます」

すでに産業革命を済ませている勢いだった。
オリーシュは無言で横を見やるが、ガイドは笑顔で全力スルー。

「ああ、もうなんでもいいや」

疲れたように呟くと、ノロノロと手を動かし石を二つ程受け取って代金を渡す。
しょぼいとは言え全く効果がないわけではない。持っていれば役に立つこともあるだろうと、ポケットに仕舞い込んだ。

「お前はなんか買わないのか?」

「ええ、見ているだけで十分楽しめましたし」

「あっそ」と、オリーシュは呟くと森妖精の兄ちゃんに手を振って去ろうとし、

「もしよろしければ一緒に食事でもしませんか?」

と爽やかな声で言い切った森妖精の兄ちゃんの言葉が耳に入った。






















おかしい。これは変だ。何故こんなことになっているんだと自問自答を繰り返す。
自分はただ露店を見て回っていただけなのに。

「そうなんですか」

「ええ、そんな感じですねー」

なんだこれは。
これじゃあ完全に自分がオマケじゃないか、と荒れ狂う心の中で呟く。
オリーシュの目の前には仲睦まじく談笑するガイドと森妖精の兄ちゃんがいた。
同じテーブルで食事をしているはずなのに、彼等との距離は果てしなく遠い。

具体的にいうと、自分と目の前の2人との間にはチョモランマ(8,848m)がそびえ立っている。
今のオリーシュ(アイデンティティ)でその山に挑むのは、ふんどし一丁で登頂を目指すに等しい自殺行為。
オリーシュは静かに敗北を認め、体を小さく丸めて長い冬をやり過ごすことにした。

「ところでオリーシュさん、貴方はどのギルドに所属されているんですか?」

敗北者の些細な逃避願望すらいとも簡単に踏みにじる森妖精の兄ちゃん。
どうやら敵前逃亡すら許されないらしい。世界はかくも残酷だった。
友達の友達たちという微妙な連中を紹介されて、輪に溶け込めず一人で携帯をいじっているとアホな奴が気を利かせ輪にいれようとして失敗。
微妙な空気が漂うアウェーの中で乾いた視線に晒されるのだ。

「いっそ殺せよ!」

「え?」

「気にしないでください。よくある発作みたいなものですから」

「……お前はほんっと遠慮ないな」

「親しみを込めているからいいんですよ」

事も無げに言い切ったガイドに、ちょっとだけぐっと来たのはオリーシュの内緒。
そんなやりとりを見ていた森妖精の兄ちゃんは、相変わらずな爽やかな笑みを浮かべ言った。

「何とも不思議な光景ですね」

「あん?」

「いえ、お2人があまりにも自然なので」

と、苦笑しながら森妖精の兄ちゃんは答えた。
話を聞くと、単純な興味心で声を掛けたらしい。人間と聖妖精のちぐはぐなコンビに心を引かれ。

「失礼な話だと思いますが、僕も聖妖精を見たことがなかったものですから」

「全然構いませんよ。私も興味深いお話が聞けましたし」

ガイドは注文した焼き串をぱくつきながら答える。
森妖精の兄ちゃんの奢りということで、遠慮の欠片もなく注文しまくった料理をつつきながらオリーシュが一言。

「つか、森妖精は聖妖精となんか繋がりとかねーのか?」

「少なくとも僕が知る限りありませんね。そもそも聖妖精の存在は話でしか聞いたことがなく、実際にいるのかと疑っていたりしましたよ」

苦笑し、肩をすくめてそう答えた。
意外なことに森妖精は聖妖精の存在に懐疑的らしい。

森妖精と聖妖精はパっと見違いはない。両者が決定的に違うのは瞳の色だ。
森妖精は瞳が緑色で、聖妖精は金色をしている。
ちなみに、闇妖精は肌の色も違う。肌は不健康そうな青黒いというかそんな感じで、瞳は赤色だったりする。

「マジか」

「えらくマジです」

まんま古泉だった。

「そういうわけで、お2人の馴れ初めなんかに興味があるんですが、流石にやめておきます」

答えようがないしそうしてくれ、と心の中で突っ込むオリーシュ。
食事を終らせると食後の茶を楽しみ、静かな時間を過ごした。ここでも妙に絵になる2人にオリーシュは砂を吐きそうになる。

「先程ガイドさんにお伺いしたんですが、お2人は冒険者でいらっしゃるとか」

「まーな。駆け出しもいいとこだけど」

オリーシュの言葉に森妖精の兄ちゃんが首を傾げる。

「以外ですね。てっきりオリーシュさんは経験を積まれた術士かと思ったのですが」

「ああ、さっきの?」

「ええ、扱っている商品にたいしてこう言うのもなんですが、あの小さな魔力には中々気付けないものですよ?」

「それでギルドがどうとか言ったのか」

「ええ、そういったスキルを持つ方との縁を大切にするのが商売のコツですから」

こっちがメインの目的だったらしい。
商人というのはどいつもこいつも抜け目がないようだ。
ガイドは涼しげな顔で茶を飲んでいる。どうも気付いていた臭い。

「悪いけどギルドとか入ってねーし、入る予定もない。マジで駆け出しのぺーぺーだかんな」

「仲良くしてもなんもねーぞ」とぶっちゃけるオリーシュ。

ギルド。大陸には様々なギルドがあり、それは大陸の各地を繋ぐ情報網でもあり、重要なコミュニティであった。
商人ギルド、鍛冶ギルド、戦士ギルド、術士ギルド、冒険者ギルド、傭兵ギルド、学士ギルドなどなど、それぞれの職業にギルドがある。
各ギルドの中にも大小様々なギルドが存在し、鉄工所を開いているガニドスもギルドに所属していた。

個人はギルドから仕事を受けたり情報をもらったりし、成果を納め報酬を受け取る。場合によっては個人がギルドに情報を渡し見返りを受け取る。
いわゆる会社のような存在だ。ギルドに所属しない人間はフリーと呼ばれ、これもいわゆる自営業者。
基本的に皆ギルドに所属しているため、フリーの人間は駆け出しか、実力者か、勘違いか、問題児だ。
フリーの人間は高確率で外れと言えたりした。

森妖精の兄ちゃんは、オリーシュの所属するギルドから商売になりそうな話を融通してもらうと考えていたのだが、
オリーシュはギルドに所属しておらず当てが外れたことになる。
ギルドに所属していないオリーシュと、行商人である彼が連絡を取り合うのは難しいからだ。

「それは残念です。ですがこれも、袖触れ合うも多生の縁といったところでしょう」

「……必然と言うかおい」

ことわざに突っ込む気力はない。

「これぐらい強引でなければ商人にはなれませんよ」

森妖精の兄ちゃんは爽やかに言い切って茶を啜る。
どうやら自分は商人には向いていないようだとオリーシュは改めて悟った。

例の妙に安い精霊石は、微量な魔力を秘めている遺跡の壁を切り崩して材料にしているようで、元手は殆ど掛かっていないらしい。
オリーシュが「そんなことして平気なのか?」と問うと、「誰のものでもありませんし、歴史には興味ありませんから」と平然と答えた森妖精の兄ちゃん。
その割り切り具合にある意味感心しつつ、物色するフリをして何個か売ったがこれで罪悪感が軽くなるなとオリーシュは開き直ることにした。

















「爽やか系なのに、妙に濃い奴だったな」

「ええ、なかなか面白い人でしたねー」

「そういや、お前名前聞いたか?」

「いえ、全然」

別れ際に、「いい話があったなら是非。またお会いしましょう」とか言っといて自己紹介しないとか――――

「あいつアホだろ」

「天然かもしれませんねぇ」

古泉似の森妖精の兄ちゃんの愛称は天然に決まった。
もう会うこともないだろう。

「そろそろ宿を探すか」

「そうですねー。流石に町の中で野宿は遠慮したいところです」

旅の疲れがボディーブローのように効いてきたようだ。
まだ昼過ぎだが、さっさと宿をとって寝るかと2人は歩き出す。

「ところで――――」

ガイドはオリーシュの前にずずいっと体を出すと、向き直って言った。

「――――いくら売ったんですか?」

バレバレだった。

「お、おぅふ! な、なんのことだがさっぱりだぜっ!」

「あはー、ダメですよ? ちゃんと私にも分け前くださいね?」

ちゃっかりしているガイドだった。
「あ、ちなみに天然さんも気付いてましたよ?」と事も無げに言い切るガイドに、オリーシュは自分は何を盗られたんだと騒ぎ始めた。
自分の行いに後ろめたさがある者はまず人を疑う。因果応報である。













平成22年7月2日



[19837] -2日目- 
Name: おれんじ◆8f6bcd46 ID:94a17edb
Date: 2010/07/04 03:30






― リームグレット2日目 ―

太陽が半分ほど顔をだす頃、町には荷馬車に荷物を積む行商人や商品を卸ろす商人が慌ただしく動き、
そんな商人たちとは対照的に花壇に水をやったり水汲み場でのんびりと雑談に興じる者などそれぞれの朝を過ごす。
珍しく早くに目が覚めたオリーシュは、宿泊した宿の2階の窓からそんな彼らをボーっと眺めていた。

「……どーしたんですか? 黄昏たりなんかしちゃって」

ベッドから身を起こしたガイドが、寝惚けた瞼をこすりながらオリーシュの背中に声をかける。

「あのさー」

「なんです?」

「普通にダブルベッドってどうよ?」

今オリーシュが腰を下ろしているベッドは、ガイドが寝ているベッドでもあった。

「あ、そっちですか」

「自覚あんのかよ! って服着ろよ! なんでいつの間に脱いでんのお前!」

ガイドはパンツ姿のすっぽんぽんだった。
そんなガイドに背を向け黄昏るオリーシュは事情を匂わせたが、残念ながら一切そういったことはない。
ダブルベッドに関しては、ツインより安かったという理由で両者の合意に基づいた選択であった。

「いえ、私はいつもベッドで寝るときはこうでしたし」

「遠慮しろよ! 逆セクハラかよ! って、こっちくんなっ!!」

素直ムッツリで一皮剥けていたオリーシュは、やはりムッツリのままだった。
背を向けたままのオリーシュに、「仕方ないですねー」と呟くと、ガイドは投げてあった服を拾い集める。
上品な白のチュニックに青のラインが入った少し短めのアンブレラプリーツ。
ガイドが体を得たときに付いてきた付属の服だ。
朝から果てしなく疲れたオリーシュは、重い足取りで着衣をすませたガイドを連れ朝食へと向かう。

宿のすぐ向かいにあり、朝の早い時間から営業を開始している商人たち御用達の定食屋。
近くで飼育されている家畜や地元の野菜を扱った庶民向けの店だ。
2人は適当に注文を済ませると、今日の行動予定を立てる。

「どうすんだ今日は」

「そうですねー。私は聖堂にある図書館に行ってみたいです」

「なら別行動な。まだ店回りたいし」

「あんま派手にして捕まらないでくださいよ?」

「アホか、昨日のは軽く徴収しただけだ」

税金を。

「そういえば、旅の路銀だとかどうするつもりです?」

「え? お前なにか当てがあんじゃないの?」

「いえ、全然」

無計画だったらしい。
ガイドに地味に期待していたオリーシュは肩を落とした。

「……親方に紹介状もらっといて正解だったな」

「便利なスキルですからねー」

神品質の仕分けバイト。
ガニドスから各都市にある鍛冶ギルドから仕事を貰えるようにと、紹介状を書いてもらっていたりしたオリーシュだった。
紹介状にはガニドスだけでなく、ギルド関係者やあの気さくなおっさん森妖精のサインもあり、大抵の都市で通用する立派な紹介状だったりする。
紹介状をギルドに一旦預けて仕事をし、終ったら紹介状を返してもらい報酬を受け取るという感じだ。
金を稼ぐにはチートスキルより便利なスキルだった。

「ま、当面はいっか。観光に専念しよ」

「突っ込みたいところですが、激しく同意しておきます」

そんなやりとりをしていると食事が運ばれ朝食タイム。
食べた慣れたニードのスープとは味の違うスープに眉を顰めながらもオリーシュはサクッと完食。
ガイドは、「えー」とか、「……むぅ」とか無駄に食通ぶり、それに気付いた店員を不機嫌にさせるといった離れ技を繰り出し、オリーシュの胃を痛くした。
変なところで常識人のオリーシュだった。

「ではオリーシュさん、夕方頃に」

「おう、宿屋の前な」

「はい、それでは」

ガイドはそう言うと、町の中央からやや外れたところにある聖堂へと向かった。
リーグレットにある聖堂はドッヅェの聖堂とは規模が違い、併設された学院とも繋がっていることもあり書物の蔵書量が桁違いなのだ。
そっちの方面にまるで興味のないオリーシュには実にどうでもいいことであったが。




ガイドと別れたオリーシュは、町を見ながらのんびりと目的である交易所に向かう。
オリーシュを迎えたのは、やはりドッヅェと比較にならないほど大きな交易所だった。
忙しそうに商品を卸したり積んだりする商人たちを横目に、そそくさと中へと入ると職員を掴まえ事情を説明する。

「はい、大丈夫ですよ。料金も必要ありません」

「へ? いいんですか? かなり距離もあると思うんですが」

若禿げの職員は苦笑して口を開いた。

「いえ、丁度ドッヅェに向かう人が居るんですよ。それに、依頼されたモノはかさばる物でもありませんし」

「あの村のガニドスさんにはお世話になっていますから」と、気前よく依頼を引き受けてくれた。
おっさんの偉大さに感心させられるオリーシュだった。
若禿げの職員に連れられ奥に入ると書類にサインをし、一言添えた紙を依頼品と同封して渡す。

「では、これをニード・ドンズさん宛へお届けすればよろしいのですね?」

「ええ、特に割れものとかじゃないから乱暴に扱っても平気ですんで」

「かしこまりました。細心の注意を払うように言いつけておきます」

そう言って微笑を浮かべる若禿げの職員。
気障っぽい対応だが嫌味がなく随分とできる人のようだ。
オリーシュは若禿げの職員にお礼を言って交易所を後にした。

最大の目的は済んだ。あとは気楽な町巡り。











「すっごい量ですねー。天然さんナイスです」

感嘆の声をあげるガイド。
案内された書庫はテニスコート程の部屋に本棚が2列になって並んでおり、それを囲う壁一面も全て本棚で埋めてある。
2階は部分は吹き抜け構造になっていて、1階に比べると本が少ないもののやはり壁はすべて本棚になっていた。
ガイドは案内してくれた司書にお礼を言うと、嬉々として本を物色する。

お目当てのモノは歴史書だ。
この世界におけるマクロな歴史ならば誰にも負けないと自負しているものの、ミクロな各地域の歴史などはさっぱりだ。
全く知らないわけではないが、やはり中途半端なものが多い。
多分自分には必要のない知識だから知っていなかったのだろう。だが体を手に入れた今は思う存分知ることができる。
欲して行動を起こせば、それが可能なのだ。

「月並みな台詞ですが、生きるとは素晴らしいことですねぇ」

死の概念がなかった頃とは違い、体を得た自分はいつか死ぬ。
それが寿命なのかそれ以外の理由なのかは分からないが、だからこそ人は生きるのだろう。
生かされていた頃があるからこそ、よりそれを深く実感できる。
そう考えて他のガイドに少しだけ申し訳なく思ったガイドだったが、「まぁガイドは寿命がないし、いつか機会もあるか」と、結論付け思考を投げた。
とにかく、まずは目の前の本の山から目的のモノを探さなくてはならない。
時間は有限で、貴重なものなのだから。

ガイドのいる書庫は、実は関係者以外は基本的に入れない場所だったりする。
だが、案外顔が広いらしい例の行商人の天然森妖精に話を通してもらっていたので入ることができた。
そもそもガイドにこの書庫の存在を教えたのは天然森妖精で、ガイドはすでにリーグレットから離れたであろう天然森妖精に感謝するのであった。









「ちょ……、これはすげーな」

ゴクリと生唾を飲み込むオリーシュ。
交易所を出て適当な店に顔をだしてはふらふらと観光していたオリーシュは紆余曲折の末、遂に見つけた。
この町に来た意味を。
それは確信だった。

「……オリーシュくん、それいいっしょ?」

オリーシュの横に立っている青髭が目立つおっさんがボソっと呟いた。

「おう! 控え目でいて自己主張をしっかりしているところとか最高だぜオヤジ!」

「オヤジじゃなくて、お姉さんって呼んでよオリーシュくん!」

「キモッ! でも最っ高ー!!」

狂喜乱舞のオリーシュだった。
彼がいまどこにいるかと言うと、衣装屋である。
それもパブの女の子が着る様な際どい衣装や、狙った感のある民族衣装を専門に扱う店。
店のオヤジは光沢が眩しい真っ赤なドレスで接客を行なう猛者だった。以後、青髭と呼称する。

「すげーよ、マジすげーよ」

「オリーシュくんならさ、それ気に入ると思ったわ」

青髭は、うんうんと頷くと次にお勧めの衣装を用意しだした。
果てしなくキモい。

オリーシュがこの珍妙な店に気付いたのは偶然だった。今ではこれこそ必然だったと断言しているが。
適当な店に入っては触れるだけ触れて冷やかしていたオリーシュだったが、下着を扱う専門店で調子を扱きすぎた。
勿論女性下着の専門店でだ。
この世界にそんなものがあるのかと興味本位で入ったオリーシュだったが、洗練されたデザインに心を打たれて手当たり次第触りまくった。
入店の口実は、大切な彼女(田舎に住んでいる設定)に都会の素晴らしい下着をプレゼントしたいというものだった。
店員は多少引いていたが、そこまではよかった。

だが、どこか牧歌的衣装に身を包んだデニアたんを彷彿させる店員に、ついついセクハラを働いてしまった。
ガイドに平然とセクハラしていたせいで、オリーシュの自重レベルが下がったいたことにも起因したのだろう。
勿論そんな言い訳は通用しないわけだが。
で、店を追い出され逃げるようにして通りの裏に入った79秒後、少年は運命と出会う。

「オヤジ! マジすごいよ! ゲインが5倍はある!」

「でしょー? それなんか苦労したんだからっ」

今彼らが称えているのは黒を基調としたチャイナ服に酷似した衣装だった。
最高級の生地を使ったソレは、衣装自体のデザインをひたすらシンプルにし素材(女性)を最大限に生かす工夫が各所にみられた。
胸元の気品すら漂う開き具合、艶かしく控え目なスリット、上品さを兼ね備えた絶妙な丈。
黒チャイナのスリットから覗く足に切ないため息をもらし、谷間が見えそうで見えない胸元に悩ましげな視線を送る。
これはやばい。

「これ、いくらよ?」

「オリーシュくんにはいっぱいサービスしたいんだけどねぇ、奮発しても200ルデアで精一杯なのぅ」

「oh...」

どこかで聞いた値段にオリーシュは思わず頭を抱える。
ドッヅェに居たなら即断即答即決即金で払っていただろうが、悲しいかな今はそんな贅沢はできない身分。
いや、最悪売ってしまえば手元に金が戻ってくる。そして必要なときに買い戻せばいいのだ。
青髭は相当サービスしてくれた筈だ。生地だけですでにアホな額になるのだから。
そもそもだ。よくよく考えれば相場より安く買ってしまえば、スキルで売るときにむしろ得を……する!?
(こ、これは……!)
オリーシュは自らのスキルに恐怖した。
なんという使い勝手、なんという汎用性、なんというチート!

「僕がこの衣装を一番うまく使いこなせるんだっ!!」

「流石よオリーシュくん! その判断をわたしは誇りに思うわ!」

財布から取り出すフリをして、200ルデアを買ったオリーシュは虚空から現金を出現させる。
スリ対策もばっちりのオリーシュは、200ルデアを青髭に渡して衣装を受け取り感動で咽び泣く。
そして、魂友(ソウルフレンド)の誓いを立てた青髭としばし着衣の素晴らしさについて熱く語るのだった。

「そういやワイシャツってある?」

不穏な言葉を交えつつ。










「……これは」

目を通していた書物に興味深いことが書かれていた。
リーグレットの近くにはもともと巨大な湖があり、そこで獲れる豊かな水の幸によって漁村ができたのがこの町の始まりのようだ。
漁業によって栄えた村はやがて大きくなり町となった。そしてそこを通るように街道が整備されたのだ。
街道によって町が成立したわけでなく、町の生まれの方が先だったのだ。

「はー、驚きですねぇ」

自分の持っていた知識は間違ってはいないが、どうも正確ではなかった。
ふむふむ、と頷いてガイドは読み進める。
リーグレットの近くには神殿があるらしい。
豊かな恵みへの感謝の証として湖の近くに神殿が立てられ、そこで水の精霊(ウンディーネ)を祀ったようだ。
どうも神殿がいつ頃建ったのかなどがはっきりしないが、神殿があるのは間違いない。
そして、何が原因なのかも今ひとつはっきりしないが湖が枯れてきて、いつしか漁業では町は立ち行かなくなった。
湖が枯れるように、このまま町も終るかと思われたが、街道が町を通っていたことが幸いした。
すでに交易の中継点として機能していた町は、さらにその機能を強化して生き残りを図った。それがこの町、リーグレットの成り立ちの歴史。
ガイドの知っているリーグレットだ。

「ぅぅっー! この知識が繋がる瞬間は、痺れますねー」

体がゾクゾクする。
ビリッときて頭が冴え渡るようだ。
ガイドは幸せなため息を盛大に吐くと、本を閉じてしばし余韻に浸った。









オリーシュは、今だ衣装屋で熱く語っていた。

「ちょいちょい、ちょっと待てよ! 確かにそっちもいいよ? でもこっちだろっ!!」

「オリーシュくん、今時そんなの流行らないわよ?」

「アホか! こーゆーのは流行とかの問題じゃねぇだろ!? 魂の叫びだろ!?」

「人が人に自分勝手を押し付けるなんて」

「俺、自己矛盾の提言者・オリーシュがそんなものを認めないというのだ、オッサン!」

「繰り返される人間の営みを否定しては決していけない。それはエゴよ」

「ええい、流行廃りを許容しろというのか! デザイナーの体力が持たんときがきているのだ! 何故それがわからん!」

「いいえ、違うの。わたしは貴方ほど急いでもいなければ、デザイナーの将来に絶望もしちゃいない」

「バカな! すでに体力の低下は始まっているんだぞっ!!」

「そんな不安一つ押し退けるの! カリスマデザイナーは伊達じゃないっ!!」

クライマックスだった。










読むことにすっかり夢中になってしまい、気が付いたら夕刻になっていた。

書庫には窓がない。日光で本が劣化しないための処置だ。
そんなわけで、司書が教えてくれなければガイドはいつまでも本の海に溺れていただろう。
貸し出しはできないということで、後ろ髪を引かれつつもガイドは宿に戻ることにした。

「まぁ、まだ滞在予定ですし良しとしましょう」

うん、とガイドは小さく頷くと、新たに得た知識をあれこれと反芻し悦に入る。
日が傾いて黄色くなった景色の中を軽い足取りで歩いた。
微笑ましい親子連れの土妖精と擦れ違い、雑談に花を咲かせるサボりっぽい衛兵を通り越し宿へと向かう。
ドッヅェとは違う町の景色を楽しみながら歩いていたら、空は真っ赤に染まってしまい西の方には青い夜空が見えた。

「あちゃー、やっちゃいましたねぇ」

反省している節はなく、ガイドはどこか面白そうに言った。
そういえば、と昼食もとっていないことに気付き小さく笑う。

「アホ、おせーよ」

「ついつい夢中になってしまいまして」

ガイドの言葉に「あっそ」と返すオリーシュ。
宿まではまだある。今ガイドたちがいるところよりも、もう3つほど通りを行ったところだ。
どうやら遅くなったガイドを迎えに来たらしい。

「殊勝な心掛けですねー。今夜は奢りましょうか?」

「マジか?」

「ええ、マジです」

ガイドの言葉に「よっしゃ!」と返したオリーシュはガイドの手をとって駆け足。
やや早い走りにガイドはバランスを崩しそうになるが、なんとか歩調をあわせ一緒に走る。
突然走り出した2人に周囲の不思議そうに視線を送り、2人が見えなくなると互いに顔を見合わせ苦笑した。















「で、これはなんですか?」

ワイシャツに酷似した衣装を渡されるガイド。
それを着て寝ろよ絶対に、と断固として主張するオリーシュの言葉に呆れつつも了解する。
そのときのオリーシュの喜びようを疑問に思ったが、翌朝すぐに理解した。
視線を感じて起きてみれば、そこには血走った目で自分の下半身を凝視するオリーシュがいたから。

そして、オリーシュの必死の説得と粘り強い交渉の結果、ワイシャツもどきは晴れてガイドの寝巻きとなった。


















平成22年7月4日



[19837] ― リームグレット4日目くらい ―
Name: おれんじ◆8f6bcd46 ID:d09a29cb
Date: 2011/04/02 17:30

「神殿?」

「はい、この近くにあるそうなので是非行ってみたいんですが」

宿のすぐ向かいにある定食屋から15軒ほど横にずれたところにある飯屋で朝食を食べている2人。
流石に昨日の今日で件の定食屋に行く勇気はオリーシュにはない。
下着専門店にソロで堂々と入れるのに、なんとも不思議な感性を持っているオリーシュだった。
そんなオリーシュはもぐもぐと口を動かしてベーコンを飲み込んで、

「行けば?」

と言った。
オリーシュの言葉に呆れるガイド。念のために聞くだけ聞いてみた。

「それは私一人でってことですか?」

神殿は町の外にある。流石に一人で行くのは躊躇してしまう。
ガイドの言葉に、取り掛かっていた目玉焼きの攻略を一時中断しオリーシュはこう答えた。

「いや、だって興味ねーし」

ぶっちゃけるオリーシュだった。
ガイドは眉を顰め唸ると――――……呟いた。

「ワイシャツ捨てます」

「飯食ったら即行くぞ」

即答で返すオリーシュだった。

「ええ、そうしましょう」

「で、なにがあるんだ?」

「単なる興味ですよ? 宝箱とか期待しないでくださいねー」

ガイドはそう言うと、目玉焼きにフォークをぶっ刺して「あーん」とか大口上げて一口で食べる。
その豪快な食べっぷりに引きつつ、やる気無さそうにオリーシュを口を開いた。

「……ようは観光か」

「ええ、そうです。書庫で面白い記録を見つけまして、実地見聞をと」

「ふーん。そういやさ、あの天然森妖精が言ってたけどギルドとか入んねーのか?」

「どうしてです?」

「いや、情報とかいろいろ入るんだろ? 入ったらノルマとかあるか知らんけど」

企業戦士の営業辺りを想像しているオリーシュ。
天然森妖精に入らないと言ったのは、かなりその場の勢いのオリーシュだった。

「冒険者ギルドにノルマとかそういうのは基本ありません。私の知る限りでは、ですけどねー。
 加入したら有償、或いは無償でギルドの持っている情報を閲覧できます。そして仕事を受けることも可能です。
 仕事ですが、主に未開拓地域、魔物の分布状況、遺跡、洞窟といったダンジョンでの魔物の量、巣の有無、それらの調査といった感じですね
 まあ立場上仕事を押し付けられる可能性もありますから、ノルマは一概に否定できないかもしれないですねー。
 あ、そういえば中には集落の人口調査とかもありますねぇ」

「人口調査て……」

公務員がやれよ! と、この世界にいるかどうかも知らないが、叫びだしたいオリーシュだった。

「現実なんてそんなもんですよ? この世界もそれなりに歴史があるわけで、前人未到の土地なんてまずありません」

まだ見ぬ世界の果てとかないらしい。

「大陸北東部の未開拓地域も昔は亜種人だとか土妖精が住んでいたと聞いていますし。冒険者というより開拓者といったほうが適当かもしれませんねぇ。
 それにですね、私たちはまず自分の目で世界をある程度知る必要があると思います。それからですよ、ギルドに入るかどうかを決めるのは」

「そりゃ一理あるな」

ガイドは説明に一息つくと、果汁入りのジュースをぐいっとあおって言葉を続ける。

「で、先程言った魔物の巣についてなんですが、聞いたことありますか?」

「……むしろ聞きたくないんだが」

不穏な気配の単語を故にあえてスルーしていた。

「実は魔物によっては巣をつくってそこを拠点にする魔物がいるんです。これがまたまたはっちゃけてまして、
 ある一定の条件が揃ってしまうと爆発的に数を増やして、その数が一定量を超えると近くの村だとか町を襲います」

「いわゆるイベントの一つだと思ってください」と、ガイドは軽い調子で言い切った。
いつかガイドの言っていた、魔物の群れが村を襲撃する壊滅イベントらしい。

「え? っていうかマジであんの?」

「実際過去に消えた集落は片手では足りませんねー」

恐ろしい世界だった。
チャイナ服にうつつを抜かしている場合ではないのかもしれない。とオリーシュは嫌な汗が背中を駆け抜ける。

「つーか、他人事ぶってるがお前は平気なのかよ……」

「私も『冒険者』ですからねー。余程のことがない限り逃げることに専念すれば多分余裕です」

町を守るという発想はまずないらしい。
ガイドらしいドライな着想に感心しつつ、いつかの白い世界を思い出す。
(ああ、そうだな……)
きっとあの無味無臭な乳白色のキャンパスは、今は見る影もなく黒くなっていることだろう。
いや、ガイドは悪気すらなく自然とそう考えている節があるので、まだ白いままなのかもしれない。
そう考えると、あの白さは別の意味で恐ろしいまでに驚きの白さだったとオリーシュは一人ごちた。










町を出ると南へ向かい森を抜けると平原が広がっていた。
まるでそこを木々たちが避けるかのように平原地帯を形作っていた。かつて湖だった名残なのだろうか。
オリーシュとガイドは、森がぽっかり開いたかのように存在する平原を横目に目的地を目指した。

暖かい日差しの中のんびりと足を動かし景色を見やる。
ドッヅェの森とは生息している植物が違うのだろう。全く違う世界に思える。
木々はどれも宿泊している3階建ての宿よりもずっと高く、まるで人里離れた辺境にでもいるかのような気さえした。
オリーシュは何気に木に触れながら植物の知識を頭に放り込んでいく。どれも変哲のない木ばかりだったが、中には面白いものもあった。

森を抜け平原を見てから10分。町を出てからは30分程経っていた。
ようやく目的の神殿が見えてきた。神殿はすっかり木々に覆われており、かなりの放置っぷりがうかがえた。

「なぁ」

「なんです?」

「あんなの見て面白いか?」

あんなの、と言ってまだ随分と先にあるだろう神殿を指差すオリーシュ。

「ええ、興味深いですねー」

「マジか。まあ魔物も居なさそうだし別にいいけど」

ここまで魔物との遭遇皆無な2人だった。
何故か魔物とよく遭遇する『冒険者』にしては、珍しいことだ。
理由があるとすれば、リーグレットがそれなりに大きい都市なので周辺の魔物を定期に狩る余裕があるのだろう。
いや、それも交易の中継点強化の一環なのかもしれない。

「そうそう、天然さんから買った魔除けはどうしてるんですか?」

「普通にポケットに入れてるぞ」

「私にも渡すとかそういうのはないんですか?」

「いや、俺のしかねーから」

魔除けの石を買った翌日に一言添えてニードに贈ったオリーシュ。
かなりしょぼい効果だが、無いよりはマシである。あんなことがあったのにも関わらず同じ仕事をニードは続けているのだから。
勿論1人で外にいるという状況は絶対にないように村人も気をつけているが、何が起こるか分らない。
オリーシュとしては石がかなり高価でも買うつもりだったのだ。過保護なシスコンになりつつあるオリーシュだった。

「なるほど、小技を駆使しますねー」

「アホか! だからニードは妹キャラだっつーの!」

「しかし攻略対象。オリーシュさんは時々侮れませんねぇ」

血の繋がった妹なんかいません。

「で、やっぱり私にはないんですか?」

「アホかお前は、俺のが弱いだろうが」

「そんな設定もありましたねー」

涼しげな顔で肯定するガイド。
現在ガイドのレベルは17で、オリーシュが14である。
2人ともレベル上げがだんだんと面倒になり、旅に出る1ヶ月前くらいには放置気味だったりした。
ボブスゴブリンくらいになら2人で掛かれば楽勝だし、そんな魔物とは滅多に会わないだろという理由で。

「つかよ、町は湖の近くだったんだろ? これちょっと遠くね?」

30分の徒歩は想定外のオリーシュ。
それこそサクっと帰る予定を立てていた。

「いえ、この辺りも含めて全て湖だったんですよ? まあ町自体も多少移動したみたいですが、
 それでもあの町から湖までは歩いて5分も掛からなかったはずです」

「マジか」

過去に存在したであろう湖はめっさ広かった。
というかもっと町の近くに神殿造れよ、と激しく突っ込みたいオリーシュ。

「それぐらい広くなければ漁業なんて成り立ちませんよ? というか、湖は向こう側に見えないくらい伸びていたはずです」

ずっと森の奥を指差すガイド。とても楽しそうだ。

「というわけです。さぁさぁ神殿にサクっと行って中をのんびりと鑑賞しましょう!」

「えー……って、引っ張んなおい! 足元が不安定なんだよ!」

「善は急げ、ですよー」

足元の木の根を上手に避けて、ガイドはオリーシュの手を掴んで走る。
目的地までは500mもない。自分たちの足ならばすぐに着くだろう。
ガイドは口元を緩めこの小さな冒険を楽しんだ。








「案外しょぼいですねー」

「おい」

「いえ、冗談ですよ?」

神殿は割としょぼかった。
そこそこ気合を込めて造られた神殿だと思われたが、経年劣化というか放置具合が酷く見るも無残であった。
ある意味、森と一体化している神殿は神秘的な雰囲気を醸しだしていた。
神殿はドッヅェの聖堂と同じくらいの大きさで、中に入って見て周っても大した時間はかからないだろう。
まあ、オリーシュとしては今にも崩れそうな神殿に入るのは5秒でもごめんだったが、

「じゃあ行きましょう」

ガイドはあっさりと神殿の中へと足を動かす。
疲れたようにため息をはいて、オリーシュもガイドに続いた。

正面口から入ると、さっそく広いフロアにでる。というかそのフロアしかなかった。
天井を見上げると、一部では崩落が始まっていてその穴から神殿を覆う木々が見える。
壁面には蔦や蔓が無数に侵食してきており、一部では木の根などが壁を貫き根を生やしていた。
足元には壁にあったであろう装飾部分が転がり落ちている。

「見る影もありませんねー」

「だな。でも案外こういうのも悪くないな」

ノスタルジアというかなんというか、ある意味とてもファンタジーな場所だとオリーシュは感心した。

「ここ、水の精霊を祀ってたとこなんだよな?」

「はい。もっとも湖はあの状態ですし、そこにある水路でしょうか。湖から引っ張ってた水も空っぽになっちゃってますからねー。
 水の精霊はどっかに引越しでもしたんじゃないですか? もうここには居ないと思いますよ」

生活が成り立たなくなると精霊も商売を畳んで新天地を目指すらしい。

「お前は精霊が見えるのか?」

「いえ、残念ながら魔力を通じて感じるぐらいですね。向こうがその気なら見えると思います。勿論オリーシュさんにも」

「魔力がなくても?」

「厳密な意味で魔力のない人は居ませんからね。意志に魔力が宿る以上、大小ありますが必ず持っています。
 だから基本的に魔力の有無は、魔法が使えるほど魔力があるかないかという区別です」

「ほー」

希望はあるようだ。

「あ、でも勘違いしないでくださいね? オリーシュさんはどう足掻いても無理です」

「おぅふ!」

希望は即座に木っ端微塵に打ち砕かれた。

「魔力が一般人並ですからねー。そっちの素養はないので素直に諦めてください」

「おま……覚えてろよ」

ガイドはシニカルな笑みを浮かべると、朽ちて倒れてしまった石柱を適当に見繕って腰を下ろした。
オリーシュはその場に座り込んで胡坐をかく。
廃墟とかした神殿で、しばし沈黙に身を委ねて寛ぐ。
何やら満足した様子のガイドが、おもむろに口を開きこう言った。

「オリーシュさん。場所も場所ですし、この世界の歴史とか伝説とかどうですか?」

その言葉を聞いてオリーシュは、「んー」と少し考え、

「普段ならパスするけど、悪くないな」

雰囲気にあてられたのか、オリーシュは提案を受けることにした。
「では」と、そう言って軽く瞳を閉じたガイドは静かに語り始める。

遠い過去。

「この世界にはもともと聖妖精しか存在しませんでした。彼らは魔力に優れていて精霊を使役し、魔法技術を発達させました。
 その文明は何百年にも渡り繁栄を維持します。いわゆる今で言う遺跡というのが、彼らの文明の遺物です」

大陸各地に存在する遺跡。
それは古代、聖妖精たちの文明が残した遺産。

「あるとき彼らの中に文明を離れ森で静かに暮らすことを選択する人たちがでてきました。それが森妖精です」
 そして、聖妖精の中に自らの種を弄りより強大な魔力を得ようとした人たちがいました。
 彼らはそれに失敗し、さらにそれを他の聖妖精に知られてしまい文明から追放されました。それが闇妖精です」

「もともと同じ種族だったってのか?」

「ええ、いわゆる伝説であり、私の知っている歴史の中の話ですが」

ガイドは苦笑して話しを続ける。

「そうして聖妖精は3つの種族に別れました。3つの種族は特に干渉し合うことなく、平和といえる時がしばらく続きます。
 しかし、あるとき戦争が起きました。その始まりがいつなのか、どの種族によるものなのかは分りません」

いつ始まったのか、勝つための戦争なのか、守るための戦争なのかは誰も知らない。
だが、戦争は起きた。

「3つの種族はそれぞれ新たな種族を創り、それを仲間にして戦争に勝とうとしました」

「ん、それが俺らってことか?」

「ええ、そうです。聖妖精は土妖精を創り、闇妖精は亜種人を創り、森妖精は人間族を創りました。しかし戦争は終りません。
 次第に戦争に付き合わせられることに嫌気がさした新たな3種族は結束し、創造主である聖妖精たちに戦いを仕掛けたんです」

土妖精、亜種人、人間族は自分達を産み出した相手に戦いを仕掛ける。
だが、正面から戦うには強大な相手だった。だから協力しあってその差を埋めた。

「魔力で圧倒的に劣る彼らでしたが、彼らには頑丈な体と腕力がありました。人間は聖妖精たちに劣るものの強い魔力を持っていました。
 そして、優れた武器を造る土妖精がいました。彼らは互いに弱点を補い合い、聖妖精たちに決して負けない強いチカラを手に入れます」

静寂に包まれている神殿にはガイドの声だけが静かに響き渡る。
すでに過去のものとして忘れ去れた神殿で、遠い過去の伝説を語る。

「聖妖精たちは自分たちの背後に立っている恐ろしい存在にようやく気が付きます。しかし気付いたときには遅かったんです。
 彼らは自分たちの創った種族に敗北を続けます。
 長い戦争で疲弊していた聖妖精たちにはもう、新たな3種族と戦争をするだけの力は残っていませんでした」

今の大陸の覇権を握っている種族をあえて言うならば、人間族。
戦争こそしていないが、人間族の人口と領土は他の種族を圧倒的に上回っている。

「次第に追い詰められた聖妖精たちは後退を続け、遂には負けてしまいました。
 そうして森妖精は森へと逃げ、闇妖精は深い闇の森に隠れ、聖妖精たちは文明とともに大陸からその姿を消しました」

「消えた?」

「はい、消えたんです。これ以降、歴史の表舞台に聖妖精は現れませんでした。
 残念ながら詳しいことはわかりませんが、それは確かなんです」

戦いは終ったかに見えた。
だが、まだ大陸には血が流れ続ける。

「聖妖精たちが消えたあと、亜種人、土妖精、人間族の中で争いが起きます。戦争は結局終りませんでした」

「よく飽きねーな」

「ええ、全くです。聖妖精たちに勝った彼らは、自分たちこそが戦争にもっとも貢献したと主張し合います。 
 大陸の覇者を、自分たちの種族にしたかったんです。彼らは言います。ある亜種人は、自分たちこそが戦場でもっとも活躍したと。
 ある人間は、自分たちこそがもっとも多くの犠牲をだしたと。ある土妖精は、自分たちの造った武器が無ければ勝利はなかったと」

その発言はどれも事実で、彼らにとっての真実だった。
亜種人は体を張って常に最前線で戦い、人間族はその数をもって剣と魔法を駆使し、土妖精は優れた武器を造り自らも戦場にたった。

「そうしてまた戦争が始まります。次の戦争は、先の戦争よりもさらに悲惨なものでした」

長命で子をあまりもうけない聖妖精たちと違い、短命な彼らは数も多く戦争はより激化した。

「彼らは皆勇猛で、死を恐れませんでした。特に亜種人と人間族の戦いは酷いものでした。土妖精は早々に戦いに見切りをつけ距離を置きます」

大陸の覇権は亜種人と人間族の争いとなった。

「優勢なのは亜種人です。彼らは人間族よりも体が大きく腕力も強かった。さらに魔法が効きづらく人間族は苦戦します」

だが現在の大陸では亜種人の数は多くない。
人間族の半分以下で領土もさらに小さいものだ。

「ですが、次第に戦況は覆っていきます。人間族の恐ろしさは成長速度が他種族よりも圧倒的に速いところにありました。
 人間族は様々な術を持って亜種人と戦いました。正面から勝てなければ策を練り、魔法が効かない相手ならば自らを魔法で強化しました」

徐々に人間族が優勢になっていった。
人間族は6種族の中で突出した資質を何一つ持っていなかったが、もっともバランスに優れていた。

「そして人間族は最後の戦いで亜種人に勝利し、亜種人を大陸の隅に追いやりました。
 しかし、戦争の犠牲はとても大きなものです。大陸全土が戦いによって荒廃し、聖妖精が消えるのと同時に現れた魔物が数を増やし牙を向きました」

戦争に集中するあまり背後から忍び寄ってくる影に気付くことが出来ず、多大な犠牲をだした。
皮肉にもそれは、過去に彼らが創造主に対し行ったことだった。

「そうして人間族も大陸の覇権を諦めます」

「後は大体知っていると思いますよ」と、ガイドは語り終え小さく息をはくと、オリーシュに水を要求した。
オリーシュはコップと水を買うと、それをガイドに渡し自分も水を飲む。

「結局、一番得したのは土妖精って感じか?」

「んー、どうですかねぇ。魔物の出現がもっとも多かったのは、実は土妖精の居たところだったりしたので微妙ですねー」

「ふーん。そういや国とか聞かねえけどさ、人間とかどうなってんだ?」

「国はありますよ? といっても、人間族のところに一つだけで、あとは国というかそれっぽいコミュニティですねぇ。
 結局あの後に人間の中でも争いがあって、ごちゃごちゃになってしまったんですよ。
 王国はあるものの、人間族の領土を全て治めているわけじゃないです。大体半分くらいで、あとは各都市だとかそんな括りです」

どうやらギルドが大きなチカラを持っていて、資本主義的にそこそこ上手いことやってるそうだ。
そういうわけで、今は種族間も比較的穏やかな関係になっているらしい。
まあ戦争なんてしていた日には、オリーシュは初期村で色々と終ってたわけだが。

「こんなところですねー」

ガイドは、「うー」と背筋を伸ばして脱力すると、水のおわかりをおねだり。
差し出されたコップに、オリーシュは虚空から水をだし注いでやる。

「どもです」

「ん。なんつーか、色々あったんだな」

「まあ私は実際に見ていないので、どこまで本当かは分りませんがねー。
 あ、この話ですが、この世界の住人なら大抵皆知ってます。一般知識の類ですよ。ここまで詳しくありませんが」

そう言って、満足気な笑みを浮かべるガイド。
殆ど喋りっぱなしで神殿を碌に見ていないが、どうやら十分堪能したようだ。
オリーシュは立ち上がってガイドからコップを受け取ると、サクッと売り払って言った。

「んじゃ、帰るか」

「ええ」

差し出された手をとって立ち上がる。
なにがそんなに良かったのか、ガイドは始終ご機嫌な笑みを浮かべていた。














喧騒の絶えないやや騒がしい店内はなんか家に居るみたいで落ち着くなと、麦酒をあおる。
飲み始めた頃は麦酒のぬるさに眉を顰めたが、慣れるとこれはこれで美味しいもので、
濃厚でじっくり味わうことができ、ゆっくり飲んでもぬるくなって、という心配もない。
木彫りの杯を空にして、本日4杯目の麦酒をオリーシュは頼んだ。

「飛ばしますねー。平気ですか?」

「へーきへーき。よゆーだろ」

露骨に呂律の怪しいオリーシュだった。
神殿から町へ戻ったあと町を軽くまわって早めの夕食をとり宿に戻ろうとしたところで、オリーシュが飲み行くと言い出した。
ガイドは荷物の整理や明日のことで軽い話し合いをしようと考えていたのだが、決して譲らないオリーシュに付き合うことにした。
明日には町を発つというのに、放っておいたら夜遅くまで飲むに違いないと確信して。パブで。

「つーかさー、なんでパブダメなの? めっさ行きたかったんだけど」

「行ったらお金を山のように使いそうですし、ニード嬢にも言われてますから」

不穏な固有名詞に耳をピクリと反応させ、オリーシュは神妙に口を開いた。

「マジで?」

「えらくマジです」

ガイドの肯定に、「うだー」とテーブルに突っ伏して恨めしそうに呟く。

「スパイかおまーは」

「ええ、ただし買収は可能ですよ?」

悪魔だった。

「……目的をいえ」

「そうですねー、本が欲しいです」

「一冊につき一度スルーしますよ?」とか付け加えて。
オリーシュは巡りの悪い頭を動かして考える。この世界の本は安くない。ぶっちゃけ食事も割高だ。
そもそもこの町にきて金を使いすぎた。これ以上の余計な出費は論外。
自分のスキルにはお金が必要なのだから、無駄遣いしすぎていざという時お金が足りませんでしたとか、爆笑する自信があった。

あーだこーだと考えるオリーシュに呆れつつ、ガイドは口当たりの良さが気に入った果実酒を飲む。
ガイドは2杯目。酒は好きだがあまり強くない、よくいるタイプだ。
ちなみに、村にいる頃に何度か大失敗をやらかしていたりした。
最初の内は加減が分らずにガバガバあおり、翌朝二日酔いで死ぬ。を何度か繰り返したのだ。
ここ最近ようやく学習し、ガイドは酒量のセーブを覚えた。

「オリーシュさん、買収の件は後日にでも考えてください。今は楽しみましょう」

「……そーすっか」

テーブルに頬をべったりとつけたまま呟いたオリーシュの顔のすぐ横に、4杯目の麦酒が届いた。

「どーもー。そうそう、ガイドどーするよ?」

「なにがですか?」

メニューに見ていた視線を持ち上げてオリーシュを見やる。
オリーシュは、テーブルに顎を乗せたまま器用に麦酒を飲んでいた。

「ぷっはー。……あー、この町をでてから」

「真っ直ぐ中央に向かうんじゃないんですか?」

「んー、ちょっと寄り道してーんだわ」

少し眉を顰めオリーシュは言った。

「また急にどうしたんです?」

「いや、べつに大したりゆーはねーんだけどさ。きょー廃墟いったろ? 
 あーゆーのも悪くねーなーと思ってさ。まあのんびりろやーぜ」

なんとも珍しい発言に、ガイドは目を丸くする。

「……酔っ払ってます?」

「かーなーり、キテるなー」

そう言ってオリーシュはケラケラと笑った。

「一応言っておきますけど、明日出発ですよ?」

「だーいじょーぶだって、つーかおまーさー」

オリーシュは視線を揺らしながらテーブルから身を乗り出し、ガイドの耳をゲット。
引っ張ったり曲げたりと好き勝手にいじる。

「……完全に酔ってますねぇ」

「えろふの耳やーらけー」

そう言って、やはりオリーシュはケラケラと笑った。
ひとしきりいじって満足したオリーシュは身を戻し、幸せそうなため息を盛大にはいた。
実にいい笑顔で。

「そういえば、オリーシュさんが酔っ払ったところはあまり見たことなかったですねー」

オリーシュの酩酊ぶりに苦笑するガイド。
ニードが怖くてパブや酒場に一切近寄れなかったオリーシュだった。

「ガイド」

「なんです?」

「ちゃいな着てくれ。マジたのむ」

ぶっちゃけだしたオリーシュがここにはいた。

「あの黒い服ですか?」

「おーよ、200るであもしたからな……こうかいは、ない」

「宿に戻ったらいいですよ」

「かえる」

「ええ、そうしましょう」

テーブルに突っ伏したオリーシュの手を取って立ち上がらせる。
店員に代金を支払うと、ガイドは半分寝ているオリーシュを引っ張って宿へと戻るのだった。










平成23年1月-日
平成23年4月2日 




[19837] -旅人-
Name: おれんじ◆8f6bcd46 ID:9d400df5
Date: 2011/04/02 18:35





「助かるわ。あんがとな、おっちゃん」

「なに、困ったときはお互い様だ」

オリーシュはすぐ横に座る年配の商人はそう言って、快活に笑った。

リーグレットを発って3日。ガイドが体調を崩してしまい、動くことができず立ち往生しているときに丁度通りかかったのが、この年配の商人だった。
オリーシュたちを見ると事情を察し、気前良く荷馬車に乗せてくれたのだ。
ガイドは積荷を隅に寄せ開いたスペースで横になり眠っている。

「しかし災難だったな、旅の途中で」

「まーな。でもこうやって助けてもらうことができたから、ラッキーだって」

年配の商人の言葉に苦笑して答えるオリーシュ。

「それもそうかもしれん。この辺りには村も町もないからの」

「ほんと、なにもねーなー」

オリーシュはそう言って辺りを見回す。
街道のすぐ脇から草原が遠くに見える山の麓の方にまで続いている。
高い木は生えておらず、ぽつりぽつりと背の低い見慣れない木が立っている程度だ。
これだけ広い土地があるなら農村くらいあっても良さそうなのだが、不思議とそういったものはなかった。

「これだけの土地があるのに、不思議に思うかね?」

「なんかあんのか?」

「風の妖精(シルフ)の悪戯がの、少々酷くてな」

季節の変わり目になると、狙ったかのように竜巻がこの辺りを襲うのだと年配の商人は語った。
一時は人が住んでいたがあまりの酷さに根を上げ、それ以来誰も住み着かなくなったのだ。

「そろそろ風の時期がやってくるからの、この時期ここを通る旅人は居ないんだよ」

「……誰とも擦れ違わないわけだな。ん、じゃあ、おっちゃんはどうしてだ?」

「孫娘が結婚するのさ。それでリーグレットまで式に必要なものを揃えにな」

積荷が中途半端な理由がわかり、「へー」と言って納得するオリーシュ。
行きは積荷を載せ村を出て、帰りは結婚用品だけを積んでいるお陰で、ガイドが寝るだけのスペースが確保できたのだ。
そもそも結婚式がなければ通ることもなかったので、幸運といえた。

「そりゃおめっとさん。ひ孫が楽しみだな」

「ああ、今から楽しみでの。当分死ぬわけにはいかなくって困っておるよ」

とても困っているように見えない笑みを浮かべた年配の商人は、無駄に元気よく笑った。
その様子にオリーシュは呆れてため息をはくが、すぐにつられて一緒に笑う。
荷馬車を引っ張る馬は一定のリズムで歩を進め、景色はゆっくりと流れていった。















「……ん」

「ようやく起きたかおい」

「……、一応病人なんですが、もう少し適当な言葉はないんですか?」

「アホ、調子扱いてテントで脱ぐからそーなるんだよ」

「ワイシャツは着ていたんですけねぇ」

オリーシュの言葉に涼しげに答えながら身を起こすガイド。
気が付くと空は真っ暗になっていて上を向くと星が見えた。
そして自身のすぐ脇には焚き火があり、体が冷えないように配慮してくれたのだと気付く。
悪く言っててもこの辺りの気配りはオリーシュらしいものだった。

「おぅ、もう起きたのか。体は大丈夫かな、聖妖精のお嬢さん」

荷馬車から食料を持ってきた年配の商人がガイドにドライフルーツが練りこんであるパンと木彫りの杯を渡す。

「ええ、おかげさまで助かりました。……ところで、これは?」

「酒だ。体が温まる。一杯だけじゃぞ?」

「そーゆーわけだ。お前は一杯で我慢しとけ」

オリーシュはにやにやしながらそう言うと、いつの間に持っていたのか酒の入っているであろう皮の袋に口をつけ飲む。
年配の商人も焚き火の近くに腰を下ろすと一緒になって酒を飲みだした。
どうやら2人で飲んでいたようだ。

「はっー、……この袋いいな」

「なかなかいいものだろ? ワシも見つけてからは旅の必需品だよ」

「長生きはするもんだなおっさん」

「言うじゃないか小僧」

そう言って笑い合う2人。
いつの間にか随分と仲良くなったようだ。
ガイドはパンを齧りながら酒をちびちびと飲み、万全とは言えないが食欲が出るくらいに回復したことに安堵した。
口ではああ言っていても、オリーシュに迷惑を掛けてしまったことを苦々しく思っていたから。

「楽しそうですねぇ。私も混ぜてもらいたいところです」

「お嬢さんならいつでも歓迎するぞ。なんならウチの村にきてもらっていいくらいだ」

「私は当分どこかに落ち着くつもりはありませんので、またの機会にお願いしますねー」

「そりゃ残念だ」

そう言って大きく笑う年配の商人。

「なぁおっさん、この酒はどこんだ?」

「オリーシュさん、恩人なんですからそれは」

オリーシュのおっさん発言に抗議するガイド、その言葉に2人は「あっちゃー」と天を仰いだ。

「え……っと、なにか、不味かったですか?」

「やっちまったなお前」

「やってしまったのぅ」

揃ってやれやれと首を振る。
ガイドは事態がまるで理解できずに少々パニくってあたふたしたところで、オリーシュがネタ晴らしをした。

「おっさんの言葉だけどな、旅人は一度目は名乗らずに互いの無事を祈り、次に会ったときに名前を名乗るんだってよ」

「もう廃れてしまった習慣だがな」

年配の商人は楽しそうに笑う。
こうなることを予想していたのかもしれない。

「そうだったんですか。それはやってしまいましたねー」

「おま、全然反省してないだろ!」

「まあ、私はまだ名乗っていませんし」

「そりゃそうだの、お嬢さんとの再会を心待ちにするか」

「ええ、そうしてください」

オリーシュは、「ケッ」と呟いて酒をあおる。何気に再会のそのときを楽しみにしていたようだ。

「しかし驚いたぞ? まさかお嬢さんが聖妖精だとはな」

「やっぱりそうなんですか?」

「ああ、ワシも若い頃は大陸中を周ったが、会った事がなかったからの」

「皆さん同じことを言いますねー」

「俺はむしろ闇妖精とかに会って見たいわけだが」

お姉さん系の。

「短い付き合いだが、言わんでも理由が手に取るように分るぞ?」

「ええ、全くですねー」

バレバレだった。

「ところで、お前さんたちはどこへ向かっておるのだ?」

「んー、強いて言えば中央?」

「中央の自由都市ですねー。あそこは多種族が入り乱れる大きな都市と聞いていますから」

オリーシュの言葉にガイドが補足する。
自由都市。大陸中央にある特定の種族の都市ではない、それ自体が独立した自治機能を持った都市だ。

「ほぅ、確かにあそこは大きな都市だからのぅ。しかしリーグレットから向かうにしてはまた遠回りだな」

リーグレットから真っ直ぐ中央に向かう街道ではなく、むしろドワーフ領に戻る道筋にオリーシュたちはいた。

「のんびりと行くことにしたんだよ。急ぐ理由もねーし」

「ええ、自由都市に向かう前に寄り道するつもりです」

「そうか、それもいいものだな」

年配の商人は静かに呟いて酒袋を一口。
そして、一拍後にこう言った。

「その先、目的地についた後をどうするか聞いてみてもいいかね?」

「……んー、正直ねーな。つか、んなこと聞いてどうしたんだ?」

「お前さんたちを見てると、どうしてか急に思いでしてな」

年配の商人の言葉にオリーシュとガイドは顔を見合わせる。

「年の頃はお前さんと同じくらいだったかの」

「俺?」

「そうだ。その若いのは1人だったが、こうして焚き火を一緒に囲っていたことがある。道は自由都市に向かう街道だったがな。
 どこへ向かうのかと聞いたら、自由都市を目指していると言っていた。まあ当然な話だ」

「そりゃそっちの街道なら、そりゃそーだな」

「その若いのはな、どこかお前さんとちと、いやお前と似ていた。喋り方や雰囲気がな。
 ワシはそのとき若いのにこう聞いたんだ。都市でギルドにでも所属するのか、とな。そうしたら若いのはこう言った」

――――もとの世界に戻る方法を探す

「――っ」

「マジで?」

「ああ、ワシはてっきり大陸にある故郷のことかと思った。だが、若いのは首を振ってな。こことは違う世界だと言っておったよ」

年配の商人はそう言うとどこか遠くを見るように目を細めた。

「変な話で悪いが、お前さんを見てると思い出してしまってな。お前さんは若いのに似ていて、隣には聖妖精のお嬢さんだ。
 勘繰ったようになってしまったが、ついな」

「いや、そりゃ俺でも聞くわ」

オリーシュは軽い調子で言い切った。
年配の商人は小さく笑うと、吹き飛ばすように言った。

「夜は長い、まだ付き合えるな小僧」

「とーぜんだおっさん」












翌日も年配の商人の荷馬車に便乗させてもらったまま先へと進む。
ガイドはやっぱり積荷と一緒になって横になり体を休め、オリーシュは年配の商人の話に耳を傾けた。
オリーシュの知らない町のことや、積荷を夜盗に襲われて奪われてしまった話、商談の失敗談など尽きることはなかった。
そして分かれ道に差し掛かる。年配の商人の村へと戻る道が、オリーシュたちの向かう方と違うことからそこで別れる。
ガイドの調子を気遣い、よかったら式にも参加てはどうかと誘われたがガイドが丁重に断ったのだ。

年配の商人の荷馬車が徐々に姿を小さくし、とうとう見えなくなった。

「平気なのか?」

「ええ、おかげさまで体は良くなりましたから」

「そ。しっかし、旨い飯が食えるチャンスだったんだが」

「見知らぬ人間がわざわざ顔を出して場を乱すのもどうかと思いますよ?」

オリーシュの抗議をそ知らぬ顔でスルーするガイド。
「さぁ、行きましょう」と言って歩き出す。

「へいへい」

オリーシュもそれに続いてだるそうに足を動かした。









[19837] -新聞-
Name: おれんじ◆8f6bcd46 ID:9d400df5
Date: 2011/04/02 17:51

リーグレットを発って4日目。年配の商人と別れてから2日目。
今日も今日とて街道を歩き続けていたオリーシュとガイドはひょんな男と出会った。
街道沿いで雑草片手に口をもしゃもしゃと動かしている奇妙な男。年齢は30ぐらいの人間族で特徴は眼鏡。
眼鏡男は雑草を咀嚼しつつ腹をさすりながら唸っている。どうやら食あたりのようだ。根性あるアホのようだ。

アホな眼鏡男を軽くスルーしようとしたが、あまりに気の毒なので居た堪れなくなったガイドが背中をぶっ叩いて雑草を吐き出させると薬を出して飲ませてやる。
そして5分後、少し落ち着いた眼鏡男に事情を聞いてみた。

「あんま人の事情を詮索する気はないけどさ、なんで雑草なんか食ってたの?
 神の意志とか、徹夜明けに見る妖精の類にそそのかされたとか、それともノルマ的な感じ?」

「え? いえ、自分の意志です」

オリーシュの発言にどこか胸を張って答える眼鏡男。

「あちゃー、つける薬なしですねー」

「じゃあなおっさん」

芝居がかった仕草でガイドが天を仰ぐと、オリーシュは冷たく言い放って2人はさっさと現場から離れようとして、

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!!」

眼鏡男は慌てて2人を引き止めた。

「ちょ、なにこれ。どうすんだよおい。お前がエンカウントしたんだから最後まで面倒みろよ」

「だが断る」

「おま、それはないだろ!」

眼鏡男を放置し責任を押し付け合う2人だった。

「待ってください! 誤解です! 私はただ崇高な目的があって!」

「で、なにやってたんだ?」

「え? 街道沿いの野草を生で食べ――――」

「行くか」

「ですねー」

「だから誤解なんです!」

執拗に食い下がる眼鏡男の妙に熱い熱意に負けて、しぶしぶ話を聞くことになった。

「実はですね、紙媒体に情報を載せ、幅広い人に情報を売るという商売を考えていまして……」

とても雑草を食っていたアホの発言と思えない台詞にガイドは目を丸くする。

「まんま新聞ですねー。驚きです」

「しんぶん、ですか?」

聞き慣れない言葉に眼鏡男は首を傾げたので、オリーシュが補足の説明をする。

「あー、新しく聞くって感じな意味で、新聞」

「それはいいですね! 名前を決めていなかったので、よかったらそれを使わせてください!」

「おう、利益の……、売り上げの5%でいいから是非使ってくれ」

さり気に売り上げの5%を指定するオリーシュだった。

「で、だ。新聞と雑草食うことがどう関係すんだ?」

「ですねー。軽く話しかけるのを躊躇われるレベルでしたから」

「えらい言われようですね……」と、眼鏡は肩を落として呟く。
自覚はないらしい。

「それがですね、恥ずかしい話ですが、載せる情報が全くなくてですね……」

売る情報がそもそもなかったようだ。

「どうしたものかと思いまして、差し当たって街道沿いの食べられる野草特集を組もうと、突撃取材を敢行し―――」

時代を先取りしすぎてる食あたりの眼鏡男だった。

「いや、順番が違うだろ」

「そうですねー。雑草如きのために新聞なんか買いませんよ」

「商人が欲しがるような情報とか、例えばどこの村で何が豊作だったとか、市場の相場だとかそんな感じのならまだなぁ」

「おおっ! 素晴らしい! ……と、いいアイデアなのですが、私にはそっちのツテが全くなくて」

ダメダメなおっさんだった。

「あっそ、じゃーなおっさん。面白かったわ。頑張れよー」

「てきとーに頑張ってくださいねー」

「ま、待ってください!!」

そして振り出しに戻る。











閑話休題。

「―――おっさんの言いたいことは分かった。で、俺たちにどうしろと?」

「いえ、ここで会ったのも何かの縁です。貴方たちのアイデアは素晴らしいですし、是非協力を……」

「行くか」

「ですねー」

「ま、待ってください! これに村の命運が掛かっているんです!」

なにやら不穏な単語が響き渡る。

「他村の発展に取り残された村の行く末に失望した若い人は村を離れ、数少ない子供たちは将来を不安がり、お年寄りはそんな村に―――」

リアルで生々しい話だった。

「あー、おっさんおっさん、その村の名前は?」

「テムズです」

「ほー。おいガイド」

「なんです?」

「俺たちの次の目的地は?」

嫌な予感が拭えないオリーシュ。

「テムズですねー」

「リーグレットに帰る」

「激しく同意したいところですねぇ」

歩き出そうとするオリーシュの足をガッシと掴む眼鏡男。
なかなかどうして、一見理系に見えるが雑草を食おうとするだけ無駄に行動派(アグレッシブ)のようで大した瞬発力(ガッツ)だった。

「離せコラ! 剣と魔法のファンタジーで限界集落とかどんだけなんだよ!」

「世知辛い現実ですからねー」

ファンタジーも世知辛いようだ。

「お願いします! お願いします! ほんの少しで構いませんから! そこをなんとかっ!!」

「立派に営業できんじゃねえかおい!」

その行動力使ってギルドに掛け合えよ、と思うオリーシュだった。
しばし不毛なやりとりが続く。

「……はぁー、……………おーけーわかった協力する。ただし、失敗しても責任はとらないからな。絶対に。絶対にだ」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」 

眼鏡男は正座だった。

「いや、そういうのはいいから。……で、幅広い人っつっても、紙がそんなにたくさん作れんの? 印刷とかも」

「んー。羊皮紙はそうたくさん作れるものじゃないですねぇ」

羊の皮を使った紙で、残念ながらあまり大量生産には向かない代物だ。

「あ、はい。割と最近大量生産が可能に」

「……あ、そう。……紙でできた遺跡でもあんの?」

「え? いえ、そういった話は聞いたことがありませんが、事実ならば早速取材に―――」

「ないない、そんなのないから」

「はぁ、そうですか。紙なんですが、村の近くにある湖に木を投げ込むとそれが溶けて翌日には湖に膜ができるんです。不思議なことに」

無駄に高性能な湖があるようだ。
もういっそその紙売れよと突っ込みたいオリーシュだった。

「へー、それはすごいですねぇ」

「印刷機械は人間の機械工と土妖精の鍛冶師が共同で発明しました。この機械がまたすごいんですっ!!
 ハンドルを回すと次々と文字を刷ってしていくことができるんです! 今までは――――」

「あ、そーゆーのもいいから」

鼻息荒く聞いてもいない印刷機の説明しだす眼鏡男に「うぜぇ」と心の中で呟く。
オリーシュはこの眼鏡男を説明系キャラにカテゴリした。

「いやー、事実は小説よりも奇なりですねぇ」

「というか、それ売れないのか?」

「機械の方は一台作った辺りで資金が……、売ろうにもあまり需要もありませんし……」

この中世っぽい時代で印刷機を欲しがるとしたら、宗教関係者か、権力者くらいだろうか。
なんで作ったのか問い詰めたくなる代物だ。

「あっそ。じゃあ紙は?」

「新しい情報時代の幕開けなんです! 是非チカラを貸してください!」

「スルーすんなおい!」

「大したスルー力ですねー。いっそ清清しいです」

感心しきりのガイド。
オリーシュは心の底から、紙を売れよと思うのであった。











「……どーしてこうなった」

「……世界の核心だとかどーでもいい感じですねー」

何故かだとか、どうしてかだとかの疑問は置き去りにして新聞作り3日目。

「おぅ、気が合うな。初めからどうでもよかった気もしたがそんなことなかったぜ」

「ええ、今はとにかく――――――寝たいです」

2夜連続の徹夜明けは、軽く旅の目的が吹っ飛ぶ威力のようだ。

「オリーシュさん! ガイドさん!!」

「今度はなんだおい。そろそろ印刷機が人権でも訴えだしたのか? それともアレか、湖にドラゴン張りのネッシーでも出たか?」

「眼鏡さん、温厚な私もそろそろ怒りが有頂天ですよ?」

凡そ新聞作りとはかけ離れた環境だった。

「え? い、いえ! 違いますよ! トラブルの類ではありません!!」

「フェイントは勘弁してくださいねー。隠すとタメになりませんよ?」

「印刷機を造った借金のせいで村の存続が危うくなったとか、最初の段階で知っていれば即帰ったぞコラ」

2人がその事実を知ったのは昨日の徹夜明けだった。

「いえ、とんでもないです! オリーシュさんからお借りした紹介状のお陰でスポンサー契約を結べそうなんです!」

「運転資金ゲットだぜ。ですねー」

「それで従業員100人くらい雇えよ。村に雇用が売まれて問題解決じゃねーか」

「ええ、全くです。では我々は寝ますか」

「だな」

「ま、待ってください! 新聞作りなんて村の人にはとても無理です! お2人のチカラが必要なんですっ!!」

「アホか! こちとら学級新聞すら作ったことねーよ! つかどこの鬼編集だよお前!」

「眼鏡さんは理系に見えてなかなかに体育会系な鬼軍曹ですよねぇ」

「あと少しなんです! 見本が完成すればあとは我々でもできます! だからそこをなんとか!!」

「断固拒否」

「激しく同意」

「そっ、そこをなんとかっ!! 大丈夫です! 人は1週間寝ないでも死なないという結果が学士連盟の研究報告にもありますから!
 あと三日はいけますっ!! 頑張ってください!!」

「うぉ、自然な殺意が軽く湧いたぞおい。記念すべき第一号の見出しは、『恐怖、湖に浮かぶ眼鏡の変死体』辺りになりそうだな……」

「そんな勢いですねー。概ね同意します」

「いえ、死体の浮いているような湖で紙を作っていると知られたら風評被害が出そうなので、別の案でお願いします」

「うぜぇ。うぜぇついでに、今朝からえなりかずきに酷似した妖精っぽいのが肩の上で余裕ぶっこいてて激しくうざいんだが」

「末期ですねー」

こんとんじょのいこ。











トラブルに見舞われつつ幾つかのすれ違いもあったが、ともかくオリーシュとガイドは半死半生で原稿を完成させた。
出来上がった記事を村人が原版に起こし、印刷に取り掛かること数日。
数奇な運命を経てファンタジー世界における新聞が、ここに完成した。
以下が見出しである。


『麦の収穫高と予測需要』
『今期における鉄鉱石の需要と供給』
『"神"品質の徹底解明』
『風の妖精の進行ルート及び被害予想』
『限界集落の現実 これが私の生まれ故郷』
『リーグレット南部に生息する木々に解毒作用あり!?』
『仰天!? 1ルデアで買える魔物避けの効果と実態』
『特選! 荒野越えに必須な10のアイテム』
『眠らない町リーグレット 夜の歩き方 ~入門篇~』
『天性珍壺 スリットの隙間から詠む経済動向』
『必見!! 野草の脅威 ~こうして私は死にかけた~』
『徹夜明けに臨む お手軽目覚まし術』
『バカでも分かる簡単経営学  ~おかねって大事だね~ 初期投資篇』
『人間行動原理 日常に潜む殺意』
『これが私の生きる道 ~どうしてこうなった~』


凡そ新聞とかかけ離れた内容になっており、後半に至っては完全に週刊誌のノリである。
ネタに詰まり眼鏡男の野草特集を載せたのは苦肉の策なのだろう。記事の迷走ぶりも伺える。
これが売れるのか甚だ疑問である。

完成した新聞を手に取ったオリーシュは紙面を見ると顔を顰めた。

「改めてみると、これは酷いな」

「ですねぇ。これ、いくらぐらいで売るつもりなんでしょうかねー」

ガイドは完全に他人事である。

「いや、っていうか売れんのかこれ」

「少なくとも俺は絶対に買わない自信があるぞ」と、オリーシュは無駄に胸を張る。
内容の半分以上を自らが手がけた事実は忘れたようだ。

「いえ! とんでもありません! 予想以上の出来栄えですっ!!」

眼鏡男は興奮したようにオリーシュの言葉を否定する。
どこからその自信が湧いてくるのかと、問い詰めたくなるオリーシュだった。
その後、眼鏡男から少なくない謝礼を受け取った2人は村人に労われつつ惜しまれつつも村を去った。

後日、限界集落ことテムズは生まれ変わり、町へと緩やかに発展することとなる。
新聞に使われている紙の品質と印刷技術が一部の人間の目に留まり、代行印刷の依頼が山のように飛び込んだのだ。
件の眼鏡男は印刷所の代表となり、品質向上と生産の拡大に努めた。
肝心の新聞は極一部の鉄工所や商人、面白半分の暇人に買われるのみで予想通りの結果になっていた。
だが、マイナーではあるが一定の需要があり、村の復興の切欠となったことや眼鏡男の強い希望もあって細々であるが、その後も発行し続けるのであった。













平成23年4月2日




[19837] -大蜘蛛-
Name: おれんじ◆8f6bcd46 ID:9d400df5
Date: 2011/08/24 01:05








「おい」

「……なんですか?」

「なんだアレ」

「…………蜘蛛、ですね」

「それは見れば分かる」

「そうですか、安心しました。てっきり私とは別のものが見えているのかと心配しましたよ」

「おう、そういうボケはいいから割と本気で頼む」

オリーシュは割と本気で懇願するように言った。
その声が震えているのは気のせいだろうか。

「……つまり?」

「つまり、だ。アレはなんだなんでこっち来て動いて黒くて早いぃ―――――ッ」

最後まで言い切る前に黒くて早い影の一撃がオリーシュを襲う。

「―――マジかよおいッ!?」

オリーシュは咄嗟に鋼鉄のロングソードを買って反射的に構える。
刃を立てて受けたその鋭い一撃はギチギチと鋼鉄の刃を軋ませオリーシュの顔を歪ませる。

「くっ……」

重い。
体長はオリーシュに匹敵するほどだが、その体を支える足はオリーシュの腕よりも細い。
だというのに力負けし、オリーシュは押され始めていた。
黒くて早い影、大蜘蛛の鉤爪がオリーシュの顔のすぐそこまできたところで、一陣の風が吹く。

「オリーシュさん伏せてくださいッ!!」

「ちょ、おま―――」

こんな状況で無茶苦茶言うなと抗議の声を上げようとしたところで、大蜘蛛の巨体が浮いた。

「キィィィィイッ!?」

思わぬ不意打ちに大蜘蛛は奇声を上げ吹き飛ぶが、特にダメージがないのか8本の足を器用に使って地に着くとガイドへ向き直り威嚇の声をあげる。
オリーシュはガイドの作った僅かの隙に大蜘蛛から距離をとると、姿勢を落として威嚇を続ける大蜘蛛に向かってロングソードを構え肩で息をする。

「おい、どうなんだアレ。こうかは いまひとつの ようだ、って感じだぞ」

「……しょっぱい魔法じゃ歯が立たないって感じですねぇ」

二人は軽口を叩きながらも大蜘蛛から決して視線を外すことはない。
こういった場合、視線を反らしたり背を向けるなどといった行為が死亡フラグだとよく理解している二人だった。
オリーシュは魔物のネームタグをちらりと覗き、呟く。

「……ビックスパイダーって、まんまじゃねーかおい」

「相変わらず手抜きだなコラ」と続け様にオリーシュが愚痴ったところで大蜘蛛、ビックスパイダーが動く。
ビックスパイダーは、その巨体からは想像できないような俊敏さで二人へ接近すると、前の両足を大きく振りかぶり、

「シィィィィィイイイッ!!」

「な、めんなッ!!」

オリーシュは啖呵を切ると、ガイドを背にするようにして真正面からビックスパイダーとかち合った。
ギィンと音をたて両者の凶器が交錯する。
振り下ろされたビックスパイダーの前足を渾身の力で受け止めるオリーシュ。
2度目となったが、今度はオリーシュも万全の体制で迎え撃ったので簡単に力負けすることなく両者は均衡する。
そんな状況に業を煮やしたのはどちらだろうか、不意にオリーシュの視界によからぬものが映った。

「おいおいおいおいおいおいおい待て待て待て待て―――っ」

体を支えるに十分な足を残して、ビックスパイダーはもう2本の足を展開させオリーシュへと差し向ける。
足りないどころか余っている足に、オリーシュは先程の手抜き発言の撤回を試みた。

「待て待て、さっきのは不幸な誤解だっ! 話せば分かるきっと俺たち分かり合えるッ!!」

必死である。

「シャァアアアアアアッ!!」

間の抜けた発言に怒りが増したのか、ビックスパイダーは耳に劈く奇怪な声を上げ鉤爪を振るう。
鋼鉄にも劣らない硬度の鋭い一撃がオリーシュを襲うまさにそのときに、玲瓏な声が響いた。


「"風の槍(ウィンドスピア)"」


オリーシュのすぐ横から真っ直ぐと突き出された白い手から発せられた疾風を伴う鋭い風の矛は、標的を貫きその体液を撒き散らす。

「――――ッ!?」

自身の頑強な体表がいとも簡単に貫かれたことに驚くとともに、体中を駆け巡る激痛にビックスパイダーは苦悶の声をあげのた打ち回った。

「オリーシュさんっ!」

「……っ、わかってるよ!」

ガイドの声に言葉を返すと、オリーシュは未だ苦痛に喘ぎ暴れるビックスパイダーの足に注意しながら隙を見てロングソードを振り下ろす、が、

「―――つぅ、マジかよ……」

刃が通らない。
体重を乗せ剣を突き立てようが、間接部と思われる体表の薄そうなところを狙おうが刃は一向に通らなかった。
あれこれと一通り試し、やはり無駄に終わったオリーシュは1人呟く。

「……魔法、チートすぎだろ」

それは率直な感想だった。











「なぁ、1つ聞いていいか?」

「なんですか?」

オリーシュの問いかけにガイドは食事の手を止めた。
2人は今、リーグレットよりも少し規模の小さな山間に存在する石造りの壁に囲われた街の食堂にいた。

日はすっかり傾き、家々の窓から煌々としたランプの淡い光とともに夕食の団欒を楽しむ一家や、友人との一時を楽しむ声が通りに響く。
2人は町の中心地からやや外れた場所にある年季の入った風風亭と書かれた看板を下げた食堂のカウンター席に腰を下ろし食事をしていた。
オリーシュは耳慣れた店内の喧騒を気に留めることなくエールを傾けるとカウンターに肘をつき、食事を止めきょとんとする横に座ったガイドを見やる。
シンプルな白いチュニックに緑の刺繍が施されたプリーツスカート、装飾には控えめなデザインの首飾りに金細工の腕輪。
腕輪を通した白い手はフォークを持ったまま宙を彷徨い、腰まで届く流れるような金髪から覗く金色の双眸は疑問を浮かべている。

「ねーよ」

「オリーシュさんはときどき発作的に意味不明ですねぇ」

ガイドはオリーシュの発言に肩をすくめて食事を再開する。
皿に盛られているウィンナーにフォークを差すとひょいと口へ放り込みしばし咀嚼。ウィンナーを飲み込んだところで同じく盛ってあるポテトもぱくり。
もぐもぐと噛み砕いて飲み込んだところで甘い果実酒を流し込む。こくこくごくり。

「ぷはーっ」

妙にいい笑顔で一息つくガイド。実に幸せそうだ。

「……で、1つ聞いていいか?」

「どうぞ?」

今度は手を止めるつもりはないのか、ガイドは下手な鼻歌を歌いながら食事を続ける。
オリーシュはそんなガイドに生暖かい視線を送りつつ、どこか歯切れの悪い言葉で切り出した。

「あー、その、だ。俺ェ……………いや、魔法だ。前々から思ってたけど、魔法ってちぃっと優遇されすぎじゃありませんかね?」

薄々感じていることだが、あえて直球は避けオリーシュは変化球で対応する。

「いえ、どちらかと言えばオリーシュさんが―――」

「いやぁ! やめてよっ!! そんなの聞きたくないッ!!」 

もっと表現をぼかし欲しいと心からの叫びだった。

「まぁ、別に気にすることないと思いますよ? もともと術士はそういう意味で優遇されてますから」

「……ほー。あんま聞きたくないけど話してみろ」

カウンターに突っ伏したまま呻る様に口を開く。
ガイドは分かりやすいくらい拗ねるオリーシュに苦笑しつつ言葉を続けた。

「そもそもですが、RPGにおいて戦士と同程度の攻撃力しか持たない魔法使いの爺さんってどう思います?」

「ゴミだろ」

「ええ、全くです。遠距離攻撃ができるといっても弓なんかで代用できますし、はっきりいって役立たずもいいとこですねー」

防御は紙。移動は亀。攻撃は微妙の一言。そんな魔法使いの爺はパーティーに必要ないだろう。

「補助的な魔法で役立つ場合もありますから一概には言えませんが、補助的な魔法しか使えない爺じゃソロは無理ですよね?」

「むぅ」

一理あるとオリーシュは思わずうなる。
この世界じゃ商人ソロとかいう投げっぱなし展開もあったりするが、何とかなったりしたからだ。ただ爺だと厳しいだろう。

「だから魔法に補正が掛かっていると言えば身も蓋もないんですけどねー。 
 ぶっちゃけちゃいますが、魔法は明らかに同レベル帯の戦士や闘士の攻撃力を上回ってますよ」

「ええ、だと思いました」
 
安堵と悔しさが入り混じった哀愁が去来するオリーシュだった。

「そして、この世界において魔法はその強力さとは別の意味でも特別なものです。
 以前お話したと思いますが、魔法は習得した呪文は当然として魔力のみでも発動可能です。覚えていますか?」

「そういやそんな話もしたな」

リーグレットに向かう途中の荒野で何気にした魔法談議。
魔力のみで物理現象を起こそうとすると操作もさることながら魔力の効率が著しく悪い。
そして、それを実行するにあたって冒険者としての資質よりも、術士としての才能が必要であると。

「術士の才能と言いましたが、魔法を使うにはそれ以前の問題があります。魔力の資質です」

術士としての才能とは違う、もっと先天的で純粋な資質。

「これがなければ例え術士として恵まれた才能があっても大成することは難しいでしょうね。
 この資質というのが厄介で、種族にもよりますが非常に希少なものなんです」

「だろうな」

ガイドの言葉に思わず苦い顔をするオリーシュ。
ドッヅェにも神官はいた。しかし回復魔法は使えなかった。
あそこは土妖精領の奥地で、神官は土妖精だった。だから、それは仕方の無いことだったのだろう。

「ですが、この資質を一定量持った人達がいます」

ガイドはそう言って言葉を区切る。
流石のオリーシュにもガイドが何を言いたいのか分かった。

「それがプレイヤーの術士ってわけか」

「そうです。私が知る限り、彼らは術士としてやっていけるだけの資質を皆持っていましたからね。
 プレイヤーの中でも術士の数はそう多くありませんが、この世界の基準で考えたら驚異的な割合ですよ」

「割合ねぇ。実際のとこはどんなもんなんだ?」

オリーシュのどこかやる気のない声に苦笑しながら果実酒に口をつけ思案するガイド。

「んー、そうですねー。この世界だと大雑把に100人中3人くらいじゃないですか?
 勿論資質のある全員が術士になるわけじゃありませんから、さらにぐっと減りますよ。
 プレイヤーの方は10人に1人くらいですかねぇ。当然プレイヤーは全員冒険者なので資質がある人は大体術士をやってます」

確かに驚異的な数のようだ。

「ちなみにですが、種族によって魔力の資質が全然違います。
 聖妖精が頭1つ出て次が闇妖精、森妖精です。この2種族は僅差って感じですねー。
 そして少し離れて人間族が続いて、土妖精になるとかなり厳しくなります。亜種人は魔力の資質が絶望的ですねぇ」

「ほー」

「まあ種族適正があったとしても資質があるとは限りませんし、術士になるとも決まっていません。
 稀にいるんですよ、本人の資質や才能とはまるで違った職を割り当てられる悲惨な人が」

「……」

そいつに酷く共感してしまうのは気のせいだろうか。
オリーシュは無言でエールをあおった。

「ここまで術士優遇を語っておいてなんですが、戦士や闘士もなかなかのものですよ?」

「俺は商人だけどな」

「え? ……あ、…………商人も、なかなかのものですよ?」

「無理すんなよッ!!」

そういう対応が一番傷つくオリーシュだった。
ガイドはこほんと間を置くと何事も無かったかのように語りだす。
その目が若干泳いでいるのは気のせいではない。

「―――戦士や闘士ですが、彼らの扱うスキルも非常に強力なものです」

「いや、激しく聞きたくねーんだけど」

「まあまあ、試しと思ってこれでも食べて聞いてください。」

ガイドは拗ねて突っ伏すオリーシュにウィンナー差したフォークを差しだし笑顔で促す。

「むぅ……」

眉を顰めつつもしっかりと口にするオリーシュに満足したのか、ガイドはご機嫌な様子で言葉を続けた。

「前に遺跡でも言いましたが、彼らの覚える精神力を使うスキルもかなりの効果を発揮します。
 攻撃力、破壊力では術士に及びませんが、彼らの最大の強みは術士にはない詠唱や集中を必要としない攻撃であり、その肉体です」

術士は呪文を唱えれば魔法は簡単に発動することができる。魔法によっては連発することも可能だ。
だが、至近距離での近接戦闘に対応する魔法や、咄嗟のときに相手の攻撃を防ぐ手段が術士にはない。
全くないわけではないが、それを覚えていないと話にならない上に使い勝手のいい魔法ほど使用難度が高く、代償が大きいのだ。

「戦士の覚える"渾身の一撃(パワーストライク)"、闘士の覚える"身体増強(レベルアップ)"
 これらはそれぞれの職の基本スキルの1つになります」

戦士は剣だけでなく、槍や斧と言った多彩な武器を携え、鎧で身を固め、ときは大盾を構え攻撃を凌ぎ敵を屠る。
闘士はナックルガードや手甲など軽装で身を包み、己の肉体を武器にその俊敏さもって敵を倒す。
そして、それぞれの職が覚えるスキルはその長所をさらに伸ばし最大限の力を発揮させるのだ。

「ふーん。例えばだが、今日戦ったあのデカ蜘蛛なんか倒せるのか? 俺と同じレベルって条件で」

「あー、どうでしょうか。相性の問題もありますが、厳しいかもしれませんねぇ。
 オリーシュさんの攻撃って全然通じませんでしたよね?」

「……おぅ、全くもってその通りだが、手加減した表現で頼むんだぜ…………」

あおったエールはしょっぱかった。

「ビックスパイダーでしたか、初期村に配置されてるキッズスパイダーって魔物の上位互換だと思いますが、想像以上でしたからねー。
 あれだけ体表が硬いとなると、並みの攻撃じゃ通らないでしょうねぇ」

「んじゃあ、キッズスパイダーってのはどうなんだ?」

「んー、初期村仕様ですし、あそこまでは硬くありませんよ? まあ結構さっくり殺られるプレイヤーも結構いましたが。
 鉤爪でこう、ざっくりいったあと獲物に牙を立てて体液を――――」

「おう、それ以上はマジやめろ。食事中だしな」

オリーシュはそう言って静かに手に持つフォークを皿に戻す。

「で、だ。そいつは硬くないって言っても最初の頃だと強敵だろ。どうやって倒してんだ?」

「―――え?」

「や、そこで何聞いてんのみたいな顔すんなよ。俺がおかしいみたいな顔すんなよ。
 逃げるの前提かよ。つーかお前ときどきこえーんだよコラッ!!」

大蜘蛛マジぱねぇと思うと同時に、ドッヅェにあんなのがいなくて良かったと心から安堵するオリーシュだった。

「真面目な話、斬るだとか突くだとか生半可なものじゃ無理な感じで、
 遭遇したら火で追い払うのが一番現実的な対策でしたねー。どうも火が苦手みたいで、効果てき面でしたよ」

「それはそれで難易度たけーな」

山に入ったら5回に1回は山火事起こしかける大冒険になること間違いない。

「まあ中には鉄槌で殻ごと潰す猛者も居ましたけど、術士以上に稀な存在でした」

「……だろうな」

以上の話を聞き、闘士では無理ゲーだと判断するオリーシュ。
と言っても俊敏さは戦士よりもずっと上なのだろうから、その分逃げるのも容易だったのだろうが。

「闘士かぁ。そういや見たことねーけど、闘士ってマジで素手で殴りあうのか?」

「完全に徒手空拳というわけじゃありませんが、基本素手ですよ」

過去に戦ったボブスゴブリンと素手でやり合う闘士の姿を想像すると若干引くものがある。
確かにあのときの自分は弱かったと思うが、それでも装備は最上のものだったのだ。
やはり信じられないとオリーシュは首を横に振るが、

「ええ、私も実際魔物と戦ってから驚きましたけど、ガチです」

奴らはガチだった。

「魔力もそうですが、筋力や耐久力も種族によって随分と差がありますし、同じ種族でも体格なんか全然違いますからね。
 身長が2m近くもある勇気あるボブサップが飛んだり跳ねたりする感じなんか想像したら割と納得できるんじゃないんですか?」

よく動く野獣を想像し自らの言葉に深く頷くガイド。
聞きなれた固有名詞がでたことを今更かと思いつつ、割と最近術士に転職した聞くボブサップの先行きを祈ってオリーシュは華麗にスルーした。











夜も遅くなったのだろう。テーブルにつく客が疎らになり、店内にあった喧騒も僅かに聞こえる程度になっていた。
酔い潰れて寝てしまった客を介抱しテーブルを片付けていく女性店員を横目に、厳つい店主が注文のなくなったカウンターでグラスを磨いている。
オリーシュは年季の入った煤けた店内を見回し木彫りのコップを持ち口につけるが、中身が空っぽになっていることに気付く。

「……もう一杯は、厳しいか」

ここにきてから時間も随分と経っている。そろそろ閉店だろう。
さてどうしたものかとオリーシュが思案していると、不意に横に座っている相方が妙に静かなことに思い至った。
オリーシュがはてと思っていると、カウンター越しでグラスを磨いていた厳つい店主がオリーシュの横を顎で差す。
差された先に振り向くと、ガイドがカウンターに突っ伏して寝ていた。

「珍しいやつ」

ガイドが酔い潰れるのは中々に珍しい光景だ。
酒の覚え始めはしょっちゅうのことだったが、それ以降は滅多になかった。
オリーシュが酔い潰れるのはいつものことだったが。
テムズを出てからまともな街に寄らなかったからなのか、久々の戦闘の緊張から開放されたからなのか。
始終ご機嫌な様子でガイドは飯を食って酒を飲んでいた。オリーシュに理由が分からないが、まあそれはそれでいいのだ。
楽しいのが一番だから。

一応世界の核心を見つけることがこの旅の目的だが、今のところは旅自体を目的としている。
手段が目的にというありがちなパターンだが、それはガイドと2人で決めたことだ。
そして、ドッヅェをでて一ヶ月を過ぎるが、大陸中央に向かわず未だに土妖精領にいるのはオリーシュの我が侭。
リーグレットの酒場で酔っ払ったオリーシュが言ったことを律儀にガイドが覚えていた。だから自分は今ここにいる。

「……だよなぁ」

あのとき言ったことの半分くらいはオリーシュの本心だ。
まあガイドも乗り気のようなので、特に気にしていない。
何よりそこそこ楽しくやっていけているので、悪くはないだろう。
ただ、問題も出てきた。
遅かれ早かれの話だし、大陸中央に向かえばもっと早くに問題になっていただけなので、これも気にはしていないが。

オリーシュはカウンターに肘をつき顎を乗せると、大口を開けてよだれを垂らして眠る間抜けな聖妖精に呆れつつ店主に勘定を頼んだ。
はっちゃけて飲んだガイドのせいもあってか思ったよりも高くついた支払いにやれやれと呟き頭を掻く。
どうやらやるべきことが2つもできてしまった。
だが、幸いなことにこの2つは同時に行うことができる。
そんなわけで、オリーシュはガイドを肩に担いで立ち上がると、店主に顔を向けこう言った。

「この辺にギルドってあります?」















平成23年8月24日





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