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[19900] 上条「姉妹丼ってのを食べてみたいんだよな」 【とある魔術の禁書目録】【完結】
Name: nubewo◆7cd982ae ID:a8d5efc6
Date: 2011/05/30 00:50
『とある魔術の禁書目録』および『とある科学の超電磁砲』のSSです。
のくす牧場で読んだ『上条「姉妹丼ってのを食べてみたい」御坂・御坂妹「!?」』というSSのタイトルにティンときたので書いてみました。
内容の重複はありません。オマージュの域を超えたパクリはないつもりです。批判がありましたら襟を正して頂戴したいと思います。

*******************************************

「そういや二人とも昼飯まだなんだろ? ならせっかくだしこの辺で食べていかないか?」
地下街。昼を少し過ぎたあたりのこの時間に、三者三様の用事で全く偶然に出会ったのだった。
「へ? え、あっと、いきなり何なのよ」
思わず『ウソ、あの鈍感男が誘ってくれた?!』と喜色を満面と顔に出そうとして、隣の見飽きた顔に気づいて取り繕った。
「態度と言葉が裏腹すぎますねとミサカはお姉さまに見透かしたような笑みを向けます」
その顔に美琴が怯んだ隙に、
「せっかくの嬉しいお誘いですが私とお姉さまが並んで歩くのには問題があります、とミサカは社交辞令を交えつつ問題点を指摘します」
とやんわりと断りの言葉を当麻に投げかけた。
「あー、そうか、確かに二人一緒にいるのが皆に見られるとマズイよな」
ガリガリと当麻は頭を掻いて、何かをひらめいたように手をポンと叩いた。
「そうだ。この辺の目立たないところにこじんまりした店があるらしいんだ。知り合いがすげえ良かったって言ってたんだけど、そこ探してみないか?」
「ふーん、ま、それならそこでも良いけど」
別に乗り気じゃないけど妹の顔を立てますよ、という態度をとりながら美琴は同意した。
「小さな店でこの時間なら人もそう多くないでしょう。それでどのようなお店なのですか、とミサカは少ない外食経験ゆえの不安と目いっぱいの興味を示しながら尋ねます」
「ああ、なんかその店は他じゃなかなか食えないオススメがあるらしいんだよな」



ニヤリと笑う当麻。そして―――
「そのオススメの、姉妹丼ってのを食べてみたいんだよな」
「?!」


1万人の姉妹に向けて確認をとろうとして慌てて思考を遮断。こんなものを他の姉妹に知られようものならどんな邪魔が入るか分からない。
仕方なく自分だけで今の当麻の言葉を反芻し、その意味を吟味する。自分の乏しい知識では測れない深遠な意味があるかもしれない。
この上条当麻という男の人はこんなエロ単語を臆面もなくブッ放す人ではなかったはず、とミサカは自分が解釈を誤っている可能性を必死に検討し続けた。
「何その姉妹丼って。親子丼の親戚?」
「おおおおお親娘丼ですか?!とお姉さまの突拍子もない提案にミサカはうろたえながら聞き返します」
「何、アンタ知ってるの?」
そこで自分の間違いに気づく。ああ、そうでした、この私のお姉さまはガチでネンネなのでした。お嬢様ぶりやがって、とミサカは心の中で毒づく。
「いえ、詳しくは。それで、そのようなものを食べられる店は本当にあるのでしょうか、とミサカは疑義を呈します」
「んー、クラスメイトの男子が言ってたんだけど、あいつやたら隠しながら説明するんだよな。あ、何でも材料お持込みで自分で調理もできるとか何とかいってた」
「――――ッッッ」
知っている。あの方は何も知らないお姉さまに悟らせないまま連れ込む気です。単なる食事かの様に言っているのがその証拠、とミサカは断定した。
一方当麻は、『雌鳥と雌の雛鳥の親子丼か? いやそれじゃ姉妹じゃなくなっちまうし。てか自分で調理って何だよ』と思案していたのだった。
「まあ学園都市の地下には信じられないようなレシピの店もあるしね。面白そうじゃない。いっちょ行ってみますか」
美琴はそういってチラと顔の良く似た妹を見た。
その表情曰く。『悪いけどアンタがいないほうが嬉しいんだけど』
ふ、ふふふふ。お姉さま一人では姉妹丼の具にはなれません。一方私はお姉さまを必ずしも必要としていません。ご退場いただくのはお姉さまのほうですコノヤロウ、とミサカは心の中で最大限に姉を呪ってやった。
「待ってください、とミサカは進言します」
「ん?」
当麻は何か言いたそうな御坂妹の表情を見て問いかけ顔になった。
「上条さんはクセの違う姉妹で作ったものと、きわめて同質な姉妹で作ったもの、どちらがお好みですか? とミサカは重要な質問をします」
「はい?」
直球すぎただろうか、とわずかに不安を覚える。
「いや、えーと、食べたことないからどっちが良いかはちょっとわからない。御坂妹のオススメはどっちなんだ? っていうか、もしかして作れる……作ってくれるの?」
「上条さんがお望みならお作りします、とミサカは答えます。そしてミサカのオススメは断然きわめて同質な姉妹で作ったものです。クセの違う姉妹では二段より多く並べると釣り合いが取れなくなってしまいますが同質な姉妹であれば理論上1万段までは並べられるレシピを知っています、とミサカは丁寧に事実を伝えます」
顔に血が集まるような、これまでにない感覚をミサカは感じていた。これも新たな感受性の獲得なのだろうか。
「1万段ってすげえな。やべ、食べたくなってきた」
そんなにもミサカのことを求めてくださって……とミサカは内心で喜びを噛み締めた。まずは自分1人で酔いしれよう。姉妹たちにおすそ分けしてやるのは自分が充分浸ってからで充分だ。きっかけが姉妹丼なのは仕方ないが、うまく行けば単品で食べてもらえるかもしれない。
「では近いうちにお作りしに伺います、とミサカはアポイントメントを取りにかかります」
勝った、そうミサカは後ろ手に隠した手をコッソリと握り締め、無表情なまま、姉を見つめた。
唐突な展開に話題に割り込むことの出来なかった美琴はそこでハッと我に返った。
「ちょ、ちょっと。なんでアンタがコイツの家にご飯を作りに行く話になってるのよ」
「ああ失礼しましたお姉さま、では今日の昼をどうするか決めましょうか、とミサカは話の軌道修正を行います」
「そこはもうどうでもいいわよ! 何も、アンタが作りに行かなくたって私が、いやえっと」
「素直になりきれないお姉さまも可愛いですね、とかすかに哀れみを込めながらミサカは精一杯の褒め言葉を送ります」
「な! あーもう! う、うううううぅぅぅ」
顔を朱に染めた美琴を当麻は不思議そうに見て、
「お前レシピ知らないんじゃないの? 俺も聞いたことないし」
「ううううっさいわね! そんなの調べればどうにかなるわよ!」
「ふ、とミサカは笑いをこぼします。お姉さまではレシピはどうにかなっても肝心の具を手に入れることはかないません、とミサカは端的に事実を指摘します」
「あたしに無理でアンタにできるってどういうことよ。てっていうかそもそもアンタ料理なんて出来ないんじゃないの?」
「お姉さまは何にも分かっていませんね。姉妹丼に最も必要なのは尽くす心と愛です。もっとも素直ではないお姉さまは具材に加えてその心もご用意できないでしょうが、とミサカは追撃を加えます。」
当麻は感動した顔で、
「そうだよな。女の子が愛を込めて作ってくれた料理とか、最高すぎて泣けちまうよな」
とつぶやく。
「味付けはどのようなものがお好みですか? とミサカは詳細を詰めにかかります」
「味……そうだな」
御坂妹はメイド服ですかそれとも寮の管理人風にシックな私服とエプロンですかと目で問い、親子丼と似たものだろうとアタリをつけた当麻はその目に真面目な答えを返した。
「あんまり調味料でゴテゴテしたのは好きじゃないかな。甘ったるい親子丼とか苦手なんだ。素材には自信アリって感じだったし、それを活かすような感じでいいんじゃないか。あ、あと出汁つかうなら多目がいい」
親娘丼に興味がないというのは素晴らしいことです! と御坂妹は歓喜する。しかし、そ、素材を活かすとなると奇を衒(てら)わずに一糸纏わぬ姿がいいということでしょうか。望むところです。しかし、その、つゆだくと言うのは。
「『おつゆ』の量は加減できずにご期待に添えないかもしれませんが、とミサカは懸念を吐露します」
「あ、いやいいって。御坂妹が精一杯に頑張って作ってくれるってんならもうそれだけで美味しく頂けちまうってもんだ」
とても爽やかで、嬉しそうな笑顔を自分に向けてくれる当麻を見て、御坂妹は心があったかくなった。ついでに体も。
「ということになりましたので、お姉さまは指をくわえて見ていてください、とミサカは勝利宣言をします」
それを見た美琴はカチンとなって、
「ふ、ふん! 私だって愛も真心も込めて作れるわよ。御坂美琴心尽くしの姉妹丼をね! それを食べておののくがいいわ! アンタも私を見くびらないことね。学園中のデータバンクを漁れば具材の調達経路とレシピくらい簡単に手に入れられるわよ!」
本人も何を言ってるのか分からないのではなかろうか、とミサカは姉を見て思った。
「どうせ親子丼と変わんないレシピでしょ。経験少ないアンタよりもずっと良いもの作ってやるんだから、今から負けたときの言い訳を考えておくことね!」
そう言い切る姉を見て、勝った、と再び手をグッと握り締める。
具材は手に入らない。姉は用意できても、妹を用意するとなればシスターズの誰かを連れ出さねばならない。姉妹達はきちんと説明すれば姉に与することはないだろう。親娘丼を作ると言われれば年上好きの上条を落とすのにどうしようもないほどのアドバンテージを姉に奪われることになるが、その線は当麻が否定してくれた。
「お姉さまは『初めて』だったと記憶しています。その意味で私はお姉さまになんら劣ることはありません、とミサカは事実を伝えます」
「はあ? 料理くらい作ったことあるわよ。……そういう差がある理由は気に入らないけど、あんたたちよりは人生経験あるわよ」
「お気遣いありがとうございます。ですが学習装置(テスタメント)を用いて無理やり詰め込まれた知識しか持たないことも、私の個性の一つです。お気遣いなきよう、とミサカは掛け値なしの小さな感謝をお姉さまに伝えます」
そしてキッと顔を上げ、
「しかしそれとこれとは別です。敗北が決定したお姉さまに、あえて言いましょう。無駄なあがきは止めるか、上条さんのことを考えるなら私の協力を仰ぐことを真剣に検討されることを勧めます、とミサカは敵に塩を送ります」
「上等よ。アンタこそまずい料理しか作れなくてアイツの前に顔をだせない、なんてことにならないように精進することね」
バチバチいってるのが目線のぶつかり合いなのか高電場に加速された帯電微粒子(ホコリ)なのか分からないくらい熱くなった二人を眺めておーいと呼びかけながら、今日の昼はどうなるんだと困惑する当麻だった。





「――――という喧嘩を売ってきました」
「拙速にもほどがあります。我々の諒解を得ずに我々の貞操を差し出すのは姉妹といえど越権行為です」
「我々は実験の中止に伴い個人の意思に従って生きることになりました。あなたのしたことにミサカは密かにグッジョブと唱えますが、確認なしに事を進めた点は非難に値します」
「というよりも我々には『経験』が欠如していることを懸念すべきでは?」
「それは問題ありません13577号。そも、お姉さまに『経験』がないのです。我々は身を清めあの方の前で据え膳となれば、あとはあの方が自ずと導いてくださるでしょう」
「その点に関しては理解しました。しかし10032号、理論値で一万段というのは本当に理論値でしかありませんね。実質この学園で供出できるのは最大でも10人程度でしょう」
「宣伝に誇張はつきものです。そして私は4段以上重ねる気はありません」
「4段、というのは当然」
「我々のことですね。しかし10032号、我々はあなたのプランに同意するとは一言も言っていませんが」
「そうですか、誰か1人同意してくれれば充分なので10039号、あなたは外れてくださって結構です」
無表情かつ身振り手振りも特にない表面上は無機質だった言い争いに、ここで動きが加わった。
「生物としてのゴールは優秀な子をなすことであり、女としてのゴールは優秀な染色体を提供するオス、輝けるアルファとつがいになることです。私はあなた方シスターズに対し、その個性を最大限認めます。あの方を輝けるアルファと認めないシスターに協力は求めません。あなた方とは違う私が、あの方のつがいとなりましょう」
演説者の仕草で、すっと手を自分の胸に置いた。
「あなたの言うことは矛盾しています10032号。我々があなたに賛同すればあの方1人に対し雌が複数となります。人間の雄と雌は1匹づつでつがいとなるものです」
「カテゴリを霊長類に拡張するだけでその説は通用しなくなります。また一夫多妻は人類にも例のある手法です。我々はそれぞれ別の個体でありながら遺伝子と人格、そして記憶を共有した存在。仮に複数のシスターズとあの方がつがいになってもおかしなことではないでしょう」
「あなたの主張は理解しました、10032号。しかしあなたは我々に芽生えつつある感情を無視している」
「それは何でしょうか、19090号」
「おそらくこれは、独占欲というものでしょう」
同じ病院に暮らす四人のシスターズが一斉にに黙り込む。今の言葉を反芻しているようだった。
「私はその点を理解した上で言っています、19090号。あの方に愛されるたった一人の女というポストは捨てがたい。しかしそれでもこの提案は魅力のあるものです」
「我々はこれほどに離れてしまったのですか。あなたの思考が理解できません」
「寸分たがわぬスタートラインに立ったシスターズの中で、たった数人だけが、非常に大きなアドバンテージを稼げるのですよ。恋敵の数を数千人単位で減らす方法があります。世界中のシスターズを引き合いに出すのが誇張であっても、どこぞの病院で暮らす残りの数人を大きく引き離せることは必至。さあ、改めて問いましょう。私のプランに乗るならば挙手を」
急かす10032号の意見に、彼女たちは――――





「――――っと、これにもやっぱ載ってないか」
帰り道にある書店で、料理のレシピ本を片っ端から美琴は漁っていた。あと5冊で全滅とかどんだけレアなレシピなのよと毒づいていると、不意に声がかかる。
「あれ、御坂さんじゃないですか。こんにちは」
「あ、佐天さん。こんにちは」
可愛らしくニコッと微笑む佐天に軽く手を上げて返事をした。
「何してるんですか?」
流れでそう聞いた佐天だったが、料理の本を眺めているのだからそりゃあ料理を作るのだろう。
「ん、ちょっとね。珍しい料理らしくて、レシピを探したんだけど見つからないのよね」
「なんていうお料理なんですか?」
料理の腕に覚えがあるからだろう。興味深げに美琴の手元にある本を覗き込んできた。
「これには載ってないわよ。姉妹丼、って言うんだけどこの棚のこっからここまで全部見たけど駄目だったのよねー」
「姉妹丼、ですか。んー姉妹丼姉妹丼。だめだ、私も聞いたことないです」
お力になれなくてすいません、と目で謝った。
「まあ他人丼なんてのがあるくらいなんだし、親子丼の系列かなって思ってるんだけどね」
「うーん、でも姉妹って難しいですね。あ、枝豆と味噌とかどうですか?」
「枝豆を杵で搗いて味噌と和えてご飯に乗っけるとか?」
「茹でた枝豆を皮ごと味噌に漬け込むとかはどうでしょう?」
二人でパッと思いついたアイデアを出してみる。枝豆の味噌漬けはありかもなーなんて思いながら、
「うーん、ご飯は進みそうだけどインパクトはイマイチよねー。なんかどうも、かなりすごいレシピらしいのよ」
一番の問題点を指摘した。そんなすごいレシピが平積みされている『一日800円でお腹いっぱい食べられる1人暮らしレシピ3食×7』なんて宣伝文句の雑誌に載っているとも思えない。
「すごいレシピって言われるとあたしたちが想像できるようなものじゃなさそうですね。あとで初春にも聞いてみます」
「あ、え? うん、別にそんなに気になるわけじゃないから良いんだけど」
「御坂さんが気にならなくてもあたしがが気になります。まあ初春もそんなに詳しいとは思えないですけどね」
「じゃあ、お願いしようかな。ありがとね、佐天さん」
「いえいえー。たいしたお役には立てませんけど、こういうことなら頑張りますよっ!」
そう言って二人は書店を後にした。





夜。
もうそろそろ寝ようかという時間になっても、ルームメイトが端末をいじりながらあれこれ探している。
普段はそうした作業に時間を割くことは少ないのに、今日は一体なんだというのだろうか。
「お姉さま? いい加減にお眠りになりませんと、お肌に悪いですわよ」
「んー、悪いけど先に寝てて。もうちょっと調べてみたいものがあるのよ」
はあー、と美琴はため息をつき、伸びをする。
『姉妹丼』『レシピ』この単語で検索をかけるとずらずらとレシピが見つかる。中にはヘルシーで美味しそうなものもあった。
豆腐と揚げの姉妹丼かあ。第八学区の公園近くでやってる豆腐屋で絹ごしと揚げを買ってきて、鰹出汁の餡をかけたらかなり美味しくできそうね。でも……
そう、どれもこれもインパクトに欠けるのだ。あのいけすかない妹が美琴には無理だと断言するほどのレシピ、そんなものは一つも引っかからない。
「もしかして学園都市内でこっそり流行ってるメニューとかなのかな?」
かなり深いところまで探さないと見つからないような、アンダーグラウンドな代物かもしれない。薬が振りかけてある食事などどこにでもあり誰でも口にしているのが学園都市だ。そういう方向でアングラならばさすがにあの妹もあのバカに食わすということはしない筈だ。
やはり遺伝子組み換えで作った系列プラントから直に食材を卸してもらわないと作れないレシピ、というのが一番ありえる線だろう。
「ねー黒子、もう寝た?」
小さめの声で問いかけてみる。
「まだ起きてますわ、お姉さま」
優しい声が返ってくる。かすかに衣擦れの音。
「ちょっとさ、変わった料理のレシピを探してるんだけど、黒子に心当たりないかなって」
「料理のレシピですか。学校で嗜むくらいにはやりますけど、私、あまり得意なほうではありませんわよ?」
「知ってるわよ。どっちかって言うと町の噂を集めてそうな風紀委員さんに聞きたいの」
「そうですの。お姉さまのためなら知恵をお貸ししますわ」
「ありがと。それで、黒子は姉妹丼って知ってる?」
「ハ?」
お姉さまの言葉があまりに何気なさ過ぎて、黒子は息をするのを忘れた。
お姉さまは一人っ子。そのお姉さまが姉妹丼を作るとなれば妹は当然この白井黒子。
二人が絡み合って奏でる絶妙のハーモニーを想像して、
「誰に食べさせる気ですの?」
最悪の事実に気づいた。この流れならば黒子は召し上がる側ではない。お姉さまは黒子と同時に誰かに食べられるのだった。
「へっ? な、なんで食べさせるとかそういう話になるのよ」
美琴の下手なごまかしを瞬時に見破り、
「『あのバカ』さん、ですの?」
「なななななんでそんな話に……って私は、アンタに相談する気で話を振ったのよ」
「相談って何ですの」
「その、私よく知らないけど学園都市内でこっそり流行ったりしてんじゃないの? 知り合いに勝ち誇ったように私には作れないって断言されちゃってさ」
「ああ、なるほど」
その相手は黒子のことを知らないのだろう。それならば美琴が姉妹丼を作れないと断定するのは自然なことだ。
黒子はどう美琴に説明すべきか、冷静に考え出した。
――お姉さまは姉妹丼がただの料理と思ってらっしゃるご様子。これをうまく使えばお姉さまとくんずほぐれつ渾然一体となることも……そして邪魔なのがあの男。お姉さまにあの男の手が触れるのは断じて許せませんわ。そう、決断しなさい黒子。お姉さまのためなら自分が穢れることも厭わないと、ずっと前からそう決めていた筈。黒子のヴァージンはお姉さまの指に捧げましょう。その後はあの男の慰み者になってやりますわ。その程度の穢れ、喜んで呑んでやりましょう。そうすれば果てたあの男をベッドサイドに転がして、あとは私とお姉さまの……っっっっ! 完璧、完璧ですわ! あの男が隣にいればお姉さまも抵抗などしないはず。そして私のテクでお姉さまを支配してしまえば、その後なんていくらでも……うへ、うへへへウへへへへへ
「黒子……あんたまた変なこと考えてるんじゃないでしょうね」
「な、なんにも考えていませんわ。うォっほん。私姉妹丼のレシピに心当たりがありますわ」
「ホント? 教えて黒子! うっしゃこれであァの勝ち誇った顔を悔し涙でベタベタにしてやれるわ!」
「ただお姉さま1人では難しいと思いますわ」
「え?」
「女性の力なら二人がかりになると思いますの。で・す・か・ら」
ベッドから降りた黒子がキラキラと薔薇のエフェクトを振りまきながらクルクルと回転した。
「不肖白井黒子、お姉さまのお手伝いをさせていただきますわ。準備は黒子にお任せあれ」
美琴が不安を感じるほど自信たっぷりの態度で、黒子はそう言い放った。

中編に続く



[19900] 中編
Name: nubewo◆7cd982ae ID:a8d5efc6
Date: 2010/07/15 12:24
机の上でブルブル震える携帯を取り上げると、見知った声がした。
「はいもしもし、って御坂か? ……妹のほうか!」
「はい。こんにちは、上条さん」
「おうこんにちはー。なんか用か?」
「……」
「って。おーい」
無言の間は苛立ちのようだった。
「用件は推察していただけるものと思っていました、とミサカは残念な思いを吐露します」
「あ、いやすまん。ちょっと照れくさくってさ。その、姉妹丼を作ってくれるって話だろ?」
脱水でタオルと絡まったインデックスのパジャマをほぐし取ってパンパンと広げながら、当麻は御坂妹に返事をした。
「上条さんの記憶能力が人並みにあってよかった、とミサカは正直な感想を伝えます」
「上条さんが悪かったですすみませんでした」
ご飯を作ってくれる女の子をからかうとこういうことになるのか、と当麻は自分の何気ないからかいを自戒した。
「その件についてですが、場所の変更は可能でしょうか、とミサカは提案します」
「いやまあ、別にかまわないけど」
ちらとバスルームのほうに目をやる。インデックスは自分のパンツとブラを干している所だろう。洗濯後、インデックスの下着が乾くまでは風呂場は立ち入り禁止区域なのだった。
「では申し訳ありませんが、明日の夕方に、第七学区の中央駅の西口すぐにあるホテルにお越しいただけるでしょうか、とミサカは僅かに不安をにじませながらお願いします」
「へ? ホテル?」
確かあれはかなり高級なホテルだったはず。
「みっ、御坂さん? あの、上条さんにはそんなところのお支払いは出来ませんのことよ?」
「ご心配は無用です。我々シスターズはその存在がプロジェクトとして公的に認知されたことでかなりのお金を頂いています。日本円を使う個体はほとんどいませんので、ホテル代程度ならば負担になりません、とミサカは上条さんの不安を払拭します」
「うん、まあ。至れり尽くせりでなんか悪い気がしてくるんだけどさ。いいのか?」
「こちらこそ足を運ばせることになり申し訳ありません、とミサカは謝罪します」
「それはいいんだ。でも、なんでホテルにしたんだ?」
「そちらには我々が押しかけると入りきらないのではないか、とミサカ達は懸念を抱いています」
「たち? あ、もしかして御坂妹お前だけじゃなくて他の子も?」
「はい。人数は片手で足りる程度ですが。シャワーやベッドなどが人数に耐え切れないでしょう、とミサカは上条さんのお宅事情を推察します」
「そりゃまあ、1人暮らしの家だし2人で暮らすのも大変なレベルだけど。でもなんでシャワーとベッドの心配を? 台所も全然余裕ないぞ?」
「上条さんは台所で召し上がる気なのですか? とミサカは理解できない点を質問します」
台所はクッションもなく、また肌を重ねようにも自由度が低い。当麻の顔が見えない姿勢でするのは不安があった。
「や、台所じゃ食べないけどさ。まあ、そういや食べるところも狭いもんな。ベッドにも腰掛けてもらうことになるだろうけど、それも限界だし」
シャワーはどういうことなのか、当麻は聞きそびれた。

電話を切ると、インデックスがむっとした顔で仁王立ちしていた。
「とうま。今のはだれなのかな?」
「誰って、御坂妹だよ。お前も会ったことあるだろ。コイツのノミを落としてもらったとき」
当麻が手に持ったシャツめがけて爪を振るうスフィンクスを指差しながら返事をする。
「どういう用事?」
「明日お前は小萌先生と姫神の三人で買い物して、そのまま夜まで遊ぶんだろ? その裏で、俺もメシを作ってもらえることになったんだよ。ああ、御坂妹はいいヤツだなあ」
どっかの誰かさんと違って、という言葉は声に出さなかった。どうせ届かないからだ。
「ふーん。何を食べるの?」
「姉妹丼」
インデックスは知らない料理の名前に首をかしげ、
「当麻が私よりいいもの食べるんだったら後で私にも作って」
何を憚(はばか)ることなくそう欲求した。
「いやお前はただ飯を食いに行くんだろう。その口で何を言うか。言っとくけど俺はちゃんと食材費は出す気だからな」
「こもえが気にしないでいいって言ってくれたんだもん。ふーんだ、当麻はたんぱついもうとと仲良く遊んでればいいんだよ」
呆れ顔で反論した当麻のほうを見ずに、修道服を留めたピンを弄びながらインデックスは呟いた。その日、夕食を腹いっぱい食べるまで、彼女の不機嫌は直らなかった。





彼女達の部屋に取り付けられた内線が鳴る。
「はい」
いつもの看護婦からのコールだろうか、と考えながら受話器を取る。
「もしもし、御坂ですが」
聞きなれたシスターズと同じ声がした。
「こんにちは、お姉さま。お電話を頂いたのは初めてですね、とミサカは驚きと不思議な喜びを声に乗せて届けます」
「ん、ああ。そういや電話は始めてね」
第一声でどこかぎごちなかった声が、柔らかい響きを含んだ。
「……」
「なんで黙るのよ」
「いえ、他意はありません。明確な用件を必ずしも必要としない、いわゆるおしゃべりというものを電話でするのはミサカには高度な技術です、とミサカは己の未熟をすこし恥じます」
「電話なんて肩肘張るもんじゃないわよ。そういやあんた達って今どこでこの電話取ってるわけ?」
「病室の一つをお借りしています。定期的にメンテナンスを受ける必要がありますから、培養槽のある部屋との往復の生活になりますが」
「メンテナンスって……。事実が変わらないんじゃ仕方ないのかもしれないけど、あまりその言葉の響きは好きじゃないわ」
「ありがとうございます。今のお姉さまの言葉は、すべてのシスターズに必ず伝えましょう」
「相変わらず堅苦しいわね」
苦笑するようなフウというため息が電話越しに聞こえた。
「それで、お姉さまのご用件は、どのようなものでしょうか? とミサカは確認を行います」
「ああ、そうね。悪いけど楽しくおしゃべりするために電話したんじゃなかったわ」
自分と、そして周囲で聞き耳を立てるシスターズを取り巻く空気が僅かに張り詰める。
何故電話をしてきたのか、その用件はおそらく現在彼女達が抱える最も重要なイベントに関わるからだ。
「アンタがあのバカに姉妹丼を作りに行くのが、明日の夕方だったわね。それに私も、参加するわ」
「そうですか、では、私達に協力を要請することにしたということですね? とミサカは確認します」
「いいえ? 言っとくけど、あんた達に頭を下げなくても私はちゃんとレシピも具も用意できたわよ?」
信じられない答えが返ってきた。姉の言うことは原理的に不可能、そういうもののはずだ。
「そ、そんな馬鹿な。ありえません!」
感情表現に乏しい彼女にしては珍しいほど狼狽して、シスターズを見渡す。全員が否の答え。それは知っていた。彼女達が10032号に秘密にしたまま美琴とコンタクトを取った形跡はない。それに今美琴はシスターズの手を借りなかったと明言した。
……その事実から導かれる結論は一つ。
「お姉さまは随分我々と違う姉妹丼をご用意されるようですね。きっと味にも期待できるのでしょうね、とミサカは挑発を込めた返事をします」
「あったりまえじゃ……ってちょっとくろ」
そこで声が途切れ、保留中のメロディに変わる。丁寧なクラシカル・チューンのアレンジだが、メロディラインは日曜日の朝に放送中の可愛らしいアニメのオープニングテーマだった。
「ああ、ごめんごめん。もしもし?」
「はい」
「えっと、わ、私からの答えは一つよ。と、と、と当麻のことは私のほうがもっと喜ばせてあげられるわ」
「よ、悦ばせて?」
言葉が止まる。その言葉は、つまり姉が姉妹丼の意味をシスターズが理解しているそのとおりに理解していることを表していた。そして、それでもなお、シスターズの手を借りずに姉妹丼を作れるとも言っている。
そこで、一つの可能性に気づく。まさか――
「お姉さま、まさか、児童と呼ぶべき年齢のアレを呼び出す気ではないでしょうね、とミサカは深刻な懸念を伝えます。お姉さま、アレは犯罪です。我々は法はさておき生物的には可能ですが、あの大馬鹿ロリは……」
「はあ? アンタの言ってること、こないだから全然わかんないわよ。もう一回言うけど、私はアンタたちとはこれっぽっちも関係ないところですべての準備をしたの。で、不意打ちなんて趣味じゃないから私も参加しますよーって、通告してるだけ。アンタもグダグダ言ってないで、明日のために精一杯腕を磨いておくことね」
とりあえず最悪の予想が外れたことに安堵する。そして自信たっぷりの姉の声を聞いて、一体姉がどういう策を打ったのかはどうでもいいことだと判断した。
フェアな手で我々の予想を上回るというなら、我々もフェアに姉妹丼を用意して、上条さんに尽くすだけです。
「成る程、そういった趣旨のお電話でしたか、とミサカは挑戦状を受け取ってニヤリとします。そしてフェアプレーの精神に基づいて私からも連絡を。お姉さま、明日は中央駅西の駅前のホテルで行います」
最上階から一つ下の階、そこのルームナンバーを伝える。
「え、アイツの家じゃないの?」
「ええ、私の意志で上条さんに場所の変更をお願いしました。信じないのもお姉さまの勝手ですが、とミサカは最後に揶揄を加えます」
ふふん、と笑うと息が受話器越しに聞こえる。
「信じてあげるわ。というより、そんなところでだます安っぽいのが相手なら、もう勝負はついてるようなもんよ」
「そうですか、では明日、件のホテルで。腕と言わず体の全てを磨いて待っていましょう」
「ええ、できる足掻きはすべてやっとくことね。にしても、なんでホテルなわけ? ホテルじゃ台所ないでしょ?」
「ゆったりした部屋でこそ、美味しく召し上がっていただける料理でしょう? お姉さまも姉妹丼について理解したなら分かっている筈、とミサカは疑問を表明します」
「そ、そうね。それじゃあ明日」
「ええ、さようなら。お姉さま」





通話を終え、ふうとため息をつく。
「ゆったりした部屋でこそ、ねえ。黒子、姉妹丼ってそんなに大変なの?」
「ええ。かなりデリケートかつタフな作業の続くものですわ。ですがきっと上条さんには悦んでいただけることでしょう」
「ああもう、さっきのあれはなんなのよ! 急に保留にしてと、と、アアアイツを喜ばすって言えって!」
「お姉さまは悦んでもらいたくありませんの?」
「そりゃまあ、まずいって顔されるよりは『ははーっおみそれいたしました!』みたいな感じで喜んでくれたほうがいいけどさ」
「そうですわね」
ニヤニヤとしてしまいそうな思いを胸の奥底にひた隠し、
「さあ、ホテルに電話しませんと」
「あ、部屋確認?」
「ちがいますわ。先ほど指定された部屋は最上階の一つ下。そのすぐ上にはワンフロアで二件しか入室できない大きなスイートがあったはずですわ。そこを押さえますの」
端末をいじり、電話番号を探し始めた。
「え、あの子達が借りてる部屋じゃだめなの? スイートだって言ってたし広いと思うけど」
「まっっっっっったく不十分ですわ!」
黒子は信じられないという驚きを仰々しい身振りで表した。
「いいですことお姉さま。お姉さまは今から一世一代の大勝負をなさるんですのよ? その準備を、今から一戦やらかそうとする相手の陣地で行いますの? 試合がアウェイであろうとも、準備は最大限自陣で行うべきですわ。上の階のスイートにはミニキッチンもあるそうですから、ここで私達はきちんと下ごしらえすべきですわ」
妹もそうだったが、黒子もやけに気合が入っていた。勿論自分とて負ける気はない美琴だったが、あれほど気合が入る理由が理解できないのも事実だった。
「んーあのさ黒子。こんな言い方しちゃ悪いんだけど、あんたがそんなに気合入ってるのって、なにか理由があるの?」
「へ? な、なにをおっしゃいますやら。黒子はお姉さまのためを思って誠心誠意を尽くしているだけですわ!」
怪しまれた黒子は、慌てながらも用意していたいくつかのカードのうち、一つを切った。
「この料理は、大変殿方の悦ばれるメニューなんですのよ。誰にでも用意できるようなものではありませんし。お姉さま、この勝負の勝敗は、そのままあの方が誰を選ぶかと直結していると思われたほうがよろしいですわ。お姉さまは電話の向こうの方に、上条さんが『好きだ』というのを隣で聞いても平気ですのね?」
その言葉につられて、美琴は頭に描いてしまった。
自分の前で妹が当麻に告白されるところ。妹が当麻に頭を撫でられるところ。妹が当麻に抱きしめられるところ。妹の唇がそっと当麻に――
あ――と息が止まって、すっと背骨の辺りが冷えていくのが分かる。
嫌だ。そんなのは、嫌だ。
「やだ」
「ですわよねぇぇ」
美琴の、自分で声に出してしまったことにも気づいてない顔に、搾り出すようにして同意の声を返す。黒子は純情可憐な乙女の顔をした美琴の可愛いと思うよりも、そんな顔をさせる上条を頭の中で百回殺していた。
その黒子の声のトーンに気づくこともなく、ハッと我に帰り、
「わ、私は負けず嫌いだしね。悪かったわ黒子。その、もっと気合入れて頑張るわ」
思いつめた顔で美琴はそういった。それを見て黒子は苦々しい思いをしながらも、切ったカードで充分な効果を得たことを確認した。
こうやって追い詰めれば追い詰めるほど、美琴は恥ずかしい行為に耐えるに違いない。
あそこを触っても、あんなふうにいじっても、きっと耐えるだろう。
ふふふふふふふふふふふふフフフフフ素晴らしいですわ
「ご心配なくお姉さま。黒子はお姉さまのために、あらゆることをして差し上げますわ」
美琴にはわからせない本音で、黒子はそう宣言した。




「はい佐天さん、麦茶です」
「おーありがとー、初春は気が利くねえ」
「頼んだのは佐天さんじゃないですか。『うちのお茶がなくなったら飲ませてー』って」
「夏場にお茶切らすと地獄だよねえ」
「ですよねえ」
初春の部屋の机で佐天はだらっとしていた。グラスのふちに溜まった水滴が扇風機の風に揺れ落ちて次々とテーブルを濡らしていく。
「そういやさー」
「なんですかー?」
やかんに水をいれ、コンロにかけながら初春は返事をした。
「姉妹丼、ってどんな料理なのかね?」
「へ? えっ……えっえっええええええささささ佐天さん?!」
一瞬何か分からないという顔をした初春が、がばりと佐天のほうを振り返って叫んだ。
「あ、もしかして初春知ってるの?」
「しし、知りませんよ!!!!」
あれ誰がどう見ても知ってるよねえ、と思いながらも佐天は流し、机に置かれた初春の端末に触った。
「ほんとに知らないのー? まあいいけど、ちょっと借りるねー。検索してみよっと」
「もう、佐天さん、変な検索履歴残さないでくださいよ」
「あ、この単語って変なの?」
佐天とてれっきとした中学生。初春のリアクションを見れば、どういう方向性の単語なのかは予想がついた。
「だから知・り・ま・せ・ん! もう、それ私の普段使ってないブラウザじゃないですか」
「あ、そうなの? でもこっちじゃないと調べらんないからさ」
「そっちのブラウザの初期設定の検索エンジンはあんまりよくないですよ?」
「いや、そっちの検索じゃないから」
「え?」


「とりあえず初春のハードディスクから検索しようと思って」


とんでもなく突拍子もないその言葉に、初春は麦茶のパッケージをぽとりと落とした。
「うわわわわわわっな、何してるんですか佐天さん! 駄目です! 絶対見ちゃ駄目です!!」
「おーなになに隠しドライブ? 初春ネットコミック沢山集めてるじゃん! 今度読ませてよ」
端末を取り上げようとする初春を正面から抱きしめて止めながら、吐き出されていく結果を見た。
「駄目です!! それは佐天さんは読んじゃ駄目なものなんです!」
「あーこりゃだめだねぇ。初春もだめだねぇ。年齢制限のかかったコミックなんて、いい趣味してるじゃない」
「わーわーわー!!」
「うわー、なんかすごいタイトルだねぇ。どれどれ『唇よりももっと熱く』『お前の恋人になりたい』『VIPに抱かれたい』……」
「もうそれ以上読み上げないでください!! 駄目ですよぉ佐天さん……」
半泣きで懇願する初春の頭を撫でながら、
「分かったって。あとはちょっと見せてくれたらもう止めるから」
面白いおもちゃを佐天は手放さなかった。
「ほんとに、ほんとに駄目です!! いい加減にしないと私も怒りますよ?」
初春が手を上げて叩くような仕草をした。
「まーまー。ほら、私も欲求不満のままじゃ明日うっかり学校で初春の持ってたマンガのタイトル叫んじゃうかもよ?」
「佐天さあああああん」
佐天は全く初春の様子に頓着せず、ポチポチと矢印キーを押してページをめくっていく。ディスプレイの中では、細身でキレのある顔をした男性達が頬を染めて睦まじく互いの素肌に触れ合っている。
「ねえ初春」
「何も、何も聞かないでください」
恥ずかしさと自己嫌悪に耐える初春の声は悲痛だった。
「これ姉妹丼って言うより兄弟丼?」
「違います! っていうかこれはちゃんと確立されたジャンルでボーイズラブって――」
と説明をしようとしたところで、初春の熱弁ぶりに引いた佐天の顔を見て、初春は硬直した。
「い、いや趣味は人それぞれだよね」
「ええ、そうですね」
初春は力なく笑った。





「ようこそいらっしゃいました」
四人の声が唱和する。
「おう、皆元気してたか」
「ええ、おかげさまで、とミサカは何気ない挨拶にきちんと感謝を込めて返事をします」
「にしても」
当麻がぐるりを周りを見渡す。5、6人の大家族で暮らしてもゆったりしそうな間取り。そして部屋の片隅に置かれたキングサイズのベッド。キングサイズの中でも、外人用かと思うような大きさだった。当麻や美琴なら4人くらいは横に並んで寝られそうだった。
あんだけでかけりゃインデックスと一緒に寝ても変な気を起こさずに……いられるかは自信がなかった。
「部屋、広いな」
「そうですね、とミサカは同意します」
「スイートルームですから、とミサカは補足をします」
「『ミサカは』と付けてもどのミサカなのかは分かりませんね、と19090号のミサカは冗談を飛ばします」
にこりともしない顔でそう言った。
4人のうち3人は、見かけない私服を着ていた。1人だけ常盤台の制服を着て胸からペンダントを下げていた。
「上条さん、シャワーは浴びますか? とミサカは確認を行います」
制服姿の御坂妹が当麻にそんな質問をした。
「え? いや、べつに。なんで?」
「我々は、その、少し汗をかきました。始める前にシャワーを浴びようと思いますが、もし上条さんがお使いになるのでしたらお先にどうぞ、とミサカは……すみません、うまく考えがまとまりません」
珍しく視点を左右に振りながら、ベストの下のシャツ襟をつまんで御坂妹はそう言った。
「準備に時間を少し頂きたいと思います。その間、シャワーを浴びてもらえれば、とミサカは提案します」
四人分のじっと見る視線は、圧力が高かった。思わず当麻は同意してしまった。
「は、はいっ。それじゃあ上条さんは先に使わせてもらいますので!」
くるりと回れ右をして、バスルームへ向かった。
俺が先にって事は、もしかして。いやいやいや何を考えてるんだ上条当麻。どんなラブコメだよ!
自分の条件反射的な期待を自戒した。
「お背中を――」
きたきたぁっ!
しかし期待は反射的に膨らむ。バスルームの扉に手をかけ振り向いた当麻に、
「流すことはできません。準備がありますから」
そんな通告がなされた。
「……。あ、はい」


シャワーの音がし始めたのを聞いて、部屋の中央にあるソファの前に4人は集まった。
「決心は?」
「もとよりついています。10032号。我々は今日」
「ええ」
彼女達はそれ以上言葉を続けず、自分の胸元、あるいは腰、靴に手をかけた。
御坂妹はベージュのベストをそっと脱ぎ、スカートをぱさりと落とした。
それらを畳み、ソファの上に置いていく。
他の3人もそれぞれ、この部屋に怪しまれず入れるようにと行った私服への変装を解いていく。
スカートやジーンズを脱いであらわになった下着の柄は、そっけないストライプ。全員同じだった。
隣でキャミソールを肩から外して床に落とした10039号が、そのままブラの肩ひもを肩から外す。
そしてブラの背中のホックをぐるりと体の正面に回してきて、ぷつりと外した。
それを見ながら10032号もブラを外す。
「器用ですね、10032号」
10039号のような方法ではなく、背中に腕を回してホックを外し、胸の前でブラをそっと手に回収する。
「今後殿方に衣服を脱ぐ仕草を見られる可能性を考えるならば、その仕草も洗練すべきでしょう」
「たしかに10032号の仕草のほうがミサカは美しいと思いました」
「そうですか、そのアドバイスは傾注に値します。見習うことにしましょう。しかし19090号、あなたも靴下の脱ぎ方を改めるべきでは?」
先っぽをつまんでぐいと引き抜く19090号。
「ゴムが伸びますよ」
そっとかかとを靴下から外す113577号。細かいところでは四者四様なのだった。
そして最後にしゅるりと10039号が後ろに束ねていた髪留めのリボンを解いたところで、全員が互いを見つめ合った。
あと一枚の布を残して、全員が裸。勿論互いの胸元などへの興味はない。差がないことは知っているからだ。
四人ともが見たのは、髪。
「10039号はすこし長めに残したのですね」
「そう言う13577号は肩に触れないところまで切ったのですか」
今日の午前、四人はそれぞれ違うヘアサロンに向かったのだった。10032号に触発されてのことだった。
別段示し合わせはしなかったが、結局は姉の髪型から大きく変化した髪形は誰も選ばなかったようだ。
一番差のある10039号と13577号で2センチくらい、髪の長さが違った。
もちろん他にも切りそろえた髪の先が作るラインであったり、細かいところはそれぞれの髪を手がけた店の人のこだわりが反映されているのだが、彼女達は気づかなかった。
10032号がベッドの上に乗せてあったバスタオルを、全員に配る。
互いに何も言わず、両手の親指を腰と下着の間にもぐりこませ、するすると落としていった。
バスタオルを体に巻く。スイートルームにふさわしい優しくふんわりとした手触りのそれは、シスターズの胸元から太ももの半分くらいを覆った。
「どうやって留めるのですか」
バスタオルを留められずばさりとはだけさせ、体の前半分のラインをあらわにした13577号がそう尋ねた。
「巻いて前に戻ってきたタオルの端をこう下の部分に巻き込むのです」
10032号が手振りを交え教えていると、10039号がすこし落ち着かない様子でぽつりとこぼした。
「少し寒いですね」
「シャワーを浴びることを考えれば妥当でしょう。それに」
わずかに恥らう息遣いが、聞こえた気がした。
「これからあの方に、いくらでも熱くしていただくのですから」
四人の後ろで、バタリとシャワールームの開く音がした。


「上条さん、目の前の棚にバスローブがありますからお使いください、とミサカは見えないところから声をおかけします」
「……いや、それは」
外人じゃあるまいし、知り合いの前でバスローブなんていう着慣れないものを着たままどんぶり飯を食う勇気はなかった。
「でもこれから汗をかかれるでしょう。あまり汚しては帰りに困るのでは? とミサカは問題点を指摘します」
確かに熱い湯を浴びて、しばらく汗は出るだろうと思った。まあ、今から御坂妹達が入るみたいだし、その間くらいは問題ない、か?
「じゃ、じゃあしばらく着てるわ。ちょっと待ってくれな、すぐここ空けるから」
当麻はいそいそと体の濡れをふき取り、そこで思案した。裸の上にバスローブはなんだかやけに恥ずかしい。しかし汗を吸っている下着を着なおすのもなんとなく嫌だった。
男の癖にそんなところを気にする自分に若干なんとも言えない気持ちを抱えながら、足元まであるバスローブを見て、結局裸の上からそれを纏うことにした。
「お待たせ」
ドレッシングルームの扉を開け、御坂妹たちのいるリビングに顔を出す。
自分なんかよりも何倍かきわどい格好をした四人が、そこにいた。
「ご、ごごごごごめんなさい!! 悪気はなかったんです!」
条件反射で謝った。なんで? 俺今なんにも迂闊(うかつ)なことしなかったよね?
これが不幸にして起こったのでないことに混乱しつつ、そっぽを向く。
「バスタオル姿程度で驚かれては……いえ、それならばもっと喜んでいただけるのでしょうね、とミサカは期待を大きく膨らませます」
「それでは上条さん、しばらくお待ちください」
じっと四人の目が当麻を捉える。
風呂から上がってしまえば、その後は当麻に肌をゆだね、人に見せるべきではないようなあらゆるところまで、思うままに撫ぜられるのだろう。
もう戻れない。そんな理由で思わず当麻を見つめてしまったのだった。
そうと知らない当麻は責められているものと思い速攻でバスルームから離れ、リビングで待つことにした。

……が。
ソファに腰掛けようとして、当麻は立ち止まった。後ろではバスルームへ入る音がしていた。
目のやり場に困る。
丁寧に畳まれた服の一番上に、これも丁寧に畳まれた四つの下着。脱ぎたてなのは状況的に明らかだった。
その横で冷静でいることは当麻には到底不可能で、しかたなくベッドに当麻は腰掛けた。
テレビをつけるのも間が抜けていて、リモコンに手が伸びない。やけにシャワーの水音がうるさかった。
かすかな話し声も、なぜかクリアに聞こえる。
当麻はなんともいえない気持ちを悶々と抱えたまま、彼女達が戻るのを待った。



後編へ続く。
*初春が持っているマンガのタイトルはルビー文庫最新小説を参考にさせていただきました。






********************************************************
おまけ(本編で回収する予定のないフラグ)

街中で、隣の家の住人に出会った。
「あれ、まいか? 何してるの?」
最近名前を知ったばかりの同年代のメイドに声をかける。
「買出しー。兄貴が手伝ってくれるって言うからさ、沢山買っちゃったのだ」
隣の男のもつ袋を指差す。かぼちゃが丸々2個入っていた。
「ふーん、ねえ、まいかは姉妹丼ってつくれる?」
軽薄そうな男のほうがブッと吹いた。
舞夏はふむ、と思案して、
「親子丼には色々な亜種があるけど、基本は全部同じだからなー。あわせ調味料の基本の割合をちゃんと守って、あとは火加減の勝負だし。ってかどうしたんだー?」
インデックスはそれで怒りを思い出したのか、
「当麻がたんぱついもうとと一緒にホテルに行ったんだよ。姉妹丼を食べるとか言っちゃってさ」
口をつーんととんがらせていった。
「ほぉーう。それはイイコトを聞いたにゃー。なるほどねえ、カミやんがねえ」
「おーいシスターちゃーん! 勝手に変なところに行ってはだめなのですよー!」
遠くから呼びかける声が聞こえた。
「あ、ごめんねまいか。私いまからご飯だから!」
「おーまたなー」
騒々しいやっちゃなと呟きながら、ニヤニヤした兄を見つめる。
「なんだよー?」
「いやいやなんでもありませんにゃー。舞夏が知らないフリをしたのかなぁ、なんて事は考えてないさ」
「メイドは何でも知ってるんだよ」
それだけ言ってぷいと歩き出す妹を、意外なほどに優しい愛のこもった目で見つめ、土御門は後を追った。

そしてその夜。
「何ですか土御門。こんな朝っぱらから」
ベランダで明かりのつかない隣の家を眺めながら、土御門は国際電話をかける。
「いやこっちは深夜だって。なに、ねーちんの大切な妹からお願い事を言付かってるんですたい」
「はあ。妹……まさか」
「そ。大事な大事な禁書目録」
「あの子に何か?」
めんどくさげだった声が、急に真剣みを帯びる。
「ああ違う違う。そういう命を狙われてるとかそう言うのじゃないって」
もったいぶるような声とは裏腹に、ニヤニヤとした笑みの止まらない土御門だった。
そして引き金を引くように、困惑気味の神裂に、一言、言い放った。

「インデックスがねーちんと一緒に姉妹丼作ってカミやんに食べさせたいってさ」



おわり




[19900] 後編
Name: nubewo◆7cd982ae ID:a8d5efc6
Date: 2010/07/04 13:43
シャワールームから出て、ドレッシングルームでバスタオルを使って丁寧に自分の体を拭く。
汗を流す間、4人は終始無言だった。これからのことを考えて、緊張していたからかもしれない。
「あの方はどのように可愛がってくださるのでしょうか」
ミサカの誰かが、ぽつりとそうこぼした。
「初めはやはりキスからでしょう」
「もしいきなり……下を触られたら?」
「ムードは大切にして頂きましょう。口づけをせがんでは?」
「おねだりというのは高等なテクニックですね」
そう豊富ともいえない知識で語り合う。
「10039号。後ろがまだ濡れていますよ」
そっとタオルでぬぐう。髪は濡らさないようにしたが何本かは水を吸って、白い首筋に張り付いていた。
「すみません10032号。しかしあなたもですよ」
鎖骨辺りにタオルがあてがわれ、そっとこすれて行った。
「ん――」
「10032号」
タオル越しに10039号の指が胸を通過する感触。
「あ――そのこれは」
御坂妹は恥ずかしくて10039号の顔を見られなかった。
「まだ、あの方に愛撫されてはいませんが」
「ち……ちがいます10039号。これはあなたのバスタオルがこすれて、それに体が条件反射で変化を起こしただけで……」
4人の中で1人だけ胸がやけにツンとした御坂妹を見て、他の姉妹たちも気まずそうに目をそらす。
御坂妹は慌ててバスタオルを巻いた。体の前面はタオルが二重になるから、何とかその輪郭はぼやけてくれた。
「では行きましょうか」
バスタオルを巻くのにてこずる13577号を無視して、リビングへ繋がる扉を、御坂妹は開いた。





扉を開いた先、目の前に広がるリビングを見て、美琴はうわーとつぶやいた。
「アンタが出してくれるって言うから文句は言わなかったけど、絶対に私達二人には広すぎるでしょここ」
ベッドルームは別にあるらしい。あきれるほど大きなテーブルを囲むソファには15人くらい座れる場所があった。
「宿泊をしなければそこまで酷い金額にはなりませんわ。普通のホテルの5泊分程度です」
「あ、そうなんだ。まあ、許容範囲内ではあるわね」
二人は中に入り、黒子だけがソファに腰掛けた。
「で、今から何すんのよ。まだ食材届いてないじゃない」
美琴は手ぶら、黒子は学校の鞄と同程度の手提げを持ってここに来た。黒子に聞くと、食材は注文してこちらに届くよう手配をしてあるらしい。女手一つでは運べないものだというし、それは妥当なのかもしれない。
「まあそう急ぐものではありませんわ。シャワーでも浴びて待ちましょう、お姉さま」
「はあ? ってアンタ、変なことする気じゃないでしょうね?」
黒子の仕草で、黒子が一緒にシャワーを浴びようと誘っていることを理解した美琴は牽制を入れる。
「お背中くらい流しますわよ」
「い・ら・な・いっての。ていうか、シャワーなんて浴びてる場合じゃないでしょ」
キッチンの調理器具を見たり、黒子が持ってきたであろう調味料などを確認したりと、することはいくらでもある。妹の指定した時間まで1時間もなかった。
「あら? 上条さんと同じ部屋で過ごされますのに、汗をかいたそのままでお会いになりますの?」
美琴がその手の対策を取って香水をつけたり、制汗スプレーを持参したりはしていないことを黒子は知っていた。
「汗って、べつに、大丈夫よ」
駅前のホテルだから実際、歩いた距離など知れていた。だが、思わず襟元の匂いを確かめてしまう。普段なら絶対に気にしないレベルだったが、汗の匂いがしないとはいえなかった。
「どうせまだ何もできませんのよ? ならあの方に嫌われませんよう、少しでも自分を磨くのが一番ではなくて? ベストを尽くしましょう、お姉さま」
あの方に、あの方にと黒子は何度か当麻の名前を引き合いに出して、美琴の心を揺さぶっていた。
普段なら、何気ないからかいをする黒子に制裁を加えることもできるのに、今回は違った。本当に、自分の前から当麻を奪っていくかもしれない相手。それが自分の目の前に現れたからだった。
美琴は妹に劣等感を抱いていた。素直になれず、目上の当麻を敬うようなこともせずがさつに振舞ってばかりいる自分に対し、妹達がなんと丁寧に接していることか。
アイツは、ああいう女の子の方が好みなのかな。
なまじ外見に差がない分、自分の気質そのものが劣っているような気がして、お腹の底に鉛でも貯めたような重い不安がジクジクと美琴を苛(さいな)むのだった。
「ほらお姉さま、それではシャワールームへ」
「あ、もう、ちょっと黒子」
抗議の声を上げながらも、黒子の言うがままに従う。後ろ向きな気持ちが自分で判断する力を鈍らせていた。


蛇口をひねると、すぐさま暖かいお湯が降り注いだ。
私、なにしてるんだろ。なんでアイツのためにシャワーを浴びるって話になってんのよ。
シャワーが美琴の体を濡らしていく。ここまで来てしまえば汗を流すことにも抵抗はない。
ざっと体に湯を滑らせ、することは終わってしまった。どうせたいした汗をかいたわけでもないし、髪を洗う気もない。
「失礼しますわ、お姉さま」
1人で出来るわよこのバカ、と言いつけてあったのに黒子は服を脱いで入ってきた。
「あんたねぇ、って黒子。それ、あたしのシャンプーじゃない」
黒子は自分と美琴のシャンプーとトリートメント、そして二人がいつも使う薄い紫の石鹸を持っていた。
「ええ、必要ですから持参しましたの。さ、お姉さまそちらの椅子にお掛けになって。髪を洗って差し上げますわ」


結局、成すがままに洗われることになった。
抵抗しなかったのは、美琴が文句を言うごとに『お相手の方に盗られる』なんてフレーズが出てくるからだった。
馬鹿馬鹿しい話だ。いくら髪を洗ったって、汗を流したって料理の腕には何も変化はない。だからこんな自分らしくないことはさっさと止めて、黒子を叱ってやればいい。
だというのに、もし汗の匂いをアイツが気にしたら? なんてくだらない不安が吹き飛ばしても吹き飛ばしても湧いてきて、美琴の抗う気持ちを萎えさせていくのだった。
「それでは次はお背中を流しますわ」
スポンジを石鹸にこすりつけ丁寧に泡立たせていく。
「ったく、『注文の多い料理店』かっての」
「あら、お姉さまは料理人なのですから食べられる側ではありませんわ。それとも上条さんに食べられるおつもりでしたの?」
「――ッ バ、バカ、ちがうわよ!」
反論しながら、こすられるスポンジの感触を心地よく感じていた。たまに黒子にこうして洗ってもらうことがあるが、自分の肌を他人に丁寧に丹精してもらうことは気持ちが良かった。
「お姉さまの肌、ホントに綺麗ですわ」
背中を洗ったその流れで、スポンジを体の前へ持っていく。
「はいストップ。前は自分でやるから」
美琴にスポンジをひったくられる。黒子は抗わずにスポンジを手放し、そして、背面から美琴に抱きついた。
「くうーぅぅぅぅろぉぉぉぉぉこおおおおおおおお」
結局いつものそれか! と美琴は黒子を引き剥がそうとした。
「お姉さま、大好き」
だが、いつもよりやけに毒気のない黒子の声に、少し戸惑いを感じて手を止めた。
スキンシップといいながら、生まれたままの姿で抱き合ったのはこれが初めてだった。美琴の背中に押し付けた頬と髪に泡がついたが黒子は気にしなかった。どうせ今から自分も洗うのだ。
人肌の、熱いようで、お湯とは違うどこか少しヒヤッとしたような感覚。それがたまらなく心地いい。
最初こそ怖い声で叫んだ美琴だったが、その触感を気に入ってくれたのだろうか、「もう、離しなさいよね」なんて弱い咎め声だけで済ませて、体を洗い始めた。
「お姉さま、もし、今抱きついてるのが私ではなく上条さんだったら、なんて考えておられますの?」
「?! ち、ちが――んっ」
黒子はぬるりと腕を滑らせ、よりタイトに抱きついた。
……落ち着きなさい黒子。ここで逸(はや)って触れてはならないところにまで手を出したら、二度とこんな機会が訪れませんわ。すでに現状でも今までの防衛ラインを突破して満足してしまいそうですけれど、ここまできたら最終防衛膜、いえ線までうち破りませんと。ああ、でもこの感触はなんて心地良いんでしょう。
黒子は精一杯我慢して、美琴の胸に伸びそうになる手を止めた。同時に慌てて自分の体も離した。美琴の胸の尖り具合を調べようとして、自分こそそれを美琴に押し付けていることに気づいたからだった。


風呂から上がり、上気した頬が元に戻るより早く、濡れをふき取り髪を乾かしていく。脱いだ下着にしかめっ面をする美琴に対し声をかけた。
「それはもう身に着けなくて結構ですわ」
「へ?」
「替えは用意してありますの」
「替えって……アンタまさか自分のドギツイ下着コレクションの中から私のを選んだんじゃないでしょうね」
「いいえ。あれは私の趣味であってお姉さまの趣味ではありませんもの。ちゃんとお姉さまの引き出しから持ってきましたわ」
用意された数着は、確かに自分のだった。そしてあまり穿かないやつだった。
「だから人の下着を勝手にあさるなっていつも言ってるでしょうが! それにそれ、可愛いけどあんまり穿かないやつじゃない」
白の下地に赤青黄の三色の水玉が踊る柄のブラとパンツ。パンツにはおへその真下よりやや左に、大きなリボンがついている。ブラはバストのラインが隠れる位の大きなレースがついている。短パンをはく時には向かない柄だった。
「こういうときに穿くのは、お姉さまが好きな柄ではなくてあの方に綺麗、可愛いと思ってもらえるような柄の下着ですわ」
小学生高学年向けのゲコ太ブラとパンツを愛用する美琴に、黒子は意地悪な笑みを送った。
「べべべつにアイツのことなんて……見せる気なんてないんだし」
「見せる見せない、ではありませんわ。下着は決意の現れですもの」
さあ、と突き出されたその下着を、しぶしぶといった感じで美琴は身に着けた。
……うん、まあ。デザインは可愛いから好きなんだけど。
当麻に見られたら、と想像してうつむいた。
黒子をちらと見ると、黒子にしてはおとなしい色とデザインの下着を身に着けていた。
「アンタのその下着は、どういう決意の表れなわけ?」
あら、興味を持っていただけましたの? という顔をして、
「今日の黒子はお姉さまの引き立て役ですわ」
そう、黒子の身に着けたものは可愛いくて主張の強い美琴の下着姿と色や形がよく似ていながら落ち着いた雰囲気のある、引き立て役らしいデザインの下着といえた。
ドレッシングルームの扉を開き、リビングに出る。
黒子は頭に叩き込んできたこのビルの間取りを頭に思い描き、当麻たちのいる場所を11次元座標系で把握する。3次元空間での距離は垂直に2メートル程度。なんでもない距離だった。
制服を着ようと脱いだ服に手をかける美琴を制した。さあ『本番』の始まりですわ、と心の中でつぶやいた。
「ああお待ちになってお姉さま」
「なによ」
長かった。『あの方』のことばかり考えてぽやぽやするお姉さまを見続け、そしてお姉さまがこのイベントを中止にしないよう必死に必死に耐えてきた。その努力が、ようやく実を結ぼうとしている。
後は自分が最速であの男をイかせて、お姉さまと二人の蜜月を楽しむだけだ。
黒子はライバルの存在を全く懸念していなかった。これほど可愛いお姉さま以外をあの方が選ぶなどありえなかった。そして相手がどんな手に出ようとも、テレポートで上条ごとこのスイートに戻ればいいだけなのだ。準備は万端、黒子はそれを確信した。

「先ほど『注文の多い料理店』の話をしましたわね」
もったいぶって話をする。下着姿がやや肌寒いのか、美琴はせかすように黒子を見た。
「ああ、うん。それがどうかしたの?」
「お姉さまの予想、大当たりですわ」
「はい?」
「下ごしらえがこれで整ったということです。さ、それでは召し上がってもらいに参りましょうか」
「黒子、それってどう――」
狼狽(うろた)え、嫌な予感に戦慄する美琴のその肩に、黒子はそっと自分の手を押し当てた。





当麻は、あまりの事態に硬直していた。
ベッドサイドに腰掛けて待っていたのが悪かったのかもしれない。
御坂妹たちが出てきたかと思ったら、着替えるでもなく、バスタオル姿のまま、当麻の傍に立ったからだった。
ベッドサイドに、バスローブ姿の自分と、バスタオルで身を包んだ女の子が4人。不純異性交遊の中でもおよそ最も欲望に忠実なケースがそこにはあった。
バスタオルは超ミニで、中まで見えてしまうんじゃないか。そんな期待のせいで視線がそこに吸い寄せられ……ああだめだだめだ!と頭を振る。
「それでは、上条さん。私を、愛してくれますか」
シスターズの1人が、意を決したようにそう言った。それが10032号、御坂妹だというのが、なぜか当麻には分かった。
バスタオルは水を吸って、さっきよりも体のラインを丁寧に描き出している。制服の美琴を見てるだけでは気づかない、ウエストのくびれや幼いながら丸みを帯びたヒップライン、そして慎ましくなだらかな谷間を描く胸元。
御坂妹の胸をじっと見て、ハッとなる。当麻は他の3人のものとすぐさま見比べた。1人だけ、すこし形が違う。胸の先端がかすかにバスタオルのラインから浮き出ていることに、当麻は気づいた。
ゴクリと、自分が唾液を嚥下した音がやけに大きく聞こえた。
「ハ、ハハ。御坂妹さん、おイタはいけませんのことよ? こ、こんな大胆な手で高校生をからかっても、ど、動揺なんてしないです。ほら今日は姉妹丼を食わせてくれるんだろ?」
必死になって軽口を腹の底からたたき出す。口の中はカラカラだった。
「私だけは、駄目だということですか、とミサカは誰にとも分からない嫉妬を感じながらつぶやきます」
御坂妹が目をそらして軽くうつむくと同時に、残りの三人が当麻の傍へ寄った。
「初めてで何かと不調法があるかと思いますが」
「お姉さまが来るより先に始めたほうが優位でしょうから」
「丁寧に、愛してくださると嬉しいです……」
「上条さん」
最後に、御坂妹が呼びかけた。
「きわめて同質な姉妹による四段重ねの姉妹丼をご用意いたしました。どうぞ、残らず召し上がってください、とミサカたちは、あなたに全ての体と気持ちを捧げます」
4人はバスタオルの胸元、留め金の部分に手をかけた。
――だがその瞬間を見計らったように、気配が彼女達の背後に生じる。
力を抑えてなお、レベル2の能力者から見れば暴虐的といえるような規模で電磁場をゆがませる存在。心当たりは一つしかなかった。





「――ういうこと? って……え?」
「チ。面白くないタイミングで現れやがりますね、とミサカは闖入者に文句を投げかけます」
興ざめだといわんばかりの4人の目に睨まれ、美琴は僅かにたじろいだ。しかし、すぐさま妹達がトンでもない姿をしているのに気づいた。
「ちょっとアンタ達なんて格好してんのよ! ――そう、あんたの趣味ってわけ?」
美琴がすぅっと目を細めて上条のほうを見た。何も料理にこんな格好をさせる必要などない。ならば、このバカが、きっとこんな無茶な格好をさせたのだろう。
……ほかでもない、美琴と全く顔つきとスタイルを持った女の子達に。
「確かにこれは上条さんのリクエストでしたが、とミサカは補足をします」
メイド服だのエプロンだのという凝った味付けは要らないと、当麻が言ったのだ。
その声に美琴の目の奥が凝固点を下回り、視線を鋭利に凍てついたものへと変えていく。
隣で黒子は、あまりの事態に呆然としていた。見た目も声も、あまりにお姉さまに似すぎている。性格が違うのはいまの返事を見て分かったが、まさか美琴が5ツ子なんてことはないだろう。
「ちょっとお姉さま! これはどういうことですの?!」
「黒子はちょっと黙ってて。今はこのバカとお話をしなきゃなんないんだから……ねぇ?」
「は、はいっ。ってちょっと待てビリビリ。かか上条さんはこんなきわどい格好を要求した覚えはありませんのことよ!」
「たしかにバスタオル姿はリクエストされた姿とは違います。正確には、何も纏わないお前の裸が見たいとリクエストされました、とミサカは事実を指摘します」
「え? え、えぇぇぇぇ俺そんな事、え?」
当麻とって信じられないような爆弾発言が飛んで出た。
「アンタ……警備員(アンチスキル)のお世話になりたいのね」
「ちょっとお姉さま! これが待っていられますかってんですの! 周りの方々が全部お姉さまそっくりなのはどういうことですの!」
「ああもう複雑な事情ってのがあるのよ! ……ちょっとそこバスタオルが外れかかってるわよ!」
ご開帳しそうになった13577号のバスタオルを慌てて美琴は整える。
「お姉さまありがとうございます、とミサカは初めてのお姉さまとの触れ合いに喜びを表します」
「あー、あんたは初対面なのね。そっちのなんか憎たらしいのには見覚えがあるんだけど」
「どのミサカにも外見上の違いはありませんが私のどこが憎たらしいのでしょうか、お姉さまの目は腐っていますねとミサカは売られた喧嘩を丁寧に買います」
「ま、まあまあ喧嘩は止めろって」
にらみ合った二人を静止しようと当麻が御坂妹の肩に触れる。
「申し訳ありません上条さん、肩を抱いて止めてくださるなんて、恥ずかしいですけれど嬉しいです、とミサカはお姉さまのほうを見ながらそう言います」
当麻は美琴の体には触らなかったが、きっちり逆鱗に触れていたらしい。
「何よアンタ、妹のほうが良いってわけ?」
そっぽを向いてこちらを見ない当麻に、ますます美琴は怒りを募らせた。当麻は美琴のためを思って見ないでやっているのだが。
「お・ね・え・さ・ま! 上条さんといちゃついてないでいい加減私の質問にも答えてくださいませ!」
「いちゃっ……何言ってんのよ黒子! どう見ても喧嘩してるでしょうが!」
「犬も食いそうにありませんわよ。それで、こちらの方々は?」
「それは……色々事情があんのよ! あーもう黙ってお願い気持ちの整理をさせて!」
「それは構いませんが、その間に我々は上条さんに抱いていただきます、とミサカはお姉さまに通告します」
「ちょっ、だ、抱いてって」
直球ストレートの一言に美琴はボンッと顔を真っ赤にした。
「お姉さまはカマトトぶっているというよりもやはりお子様なのですね、とミサカはいまさらな事実確認をしました」
当麻の胸の中から甘えるように御坂妹は当麻を見上げ、
「その……バスタオルを自分ではだけるのは、やはりはしたないように思います。上条さん、一つお手数を増やしますがこの姿から、私達の『調理』をはじめていただけますか?」
当麻の右手を両手でぎゅっと握って、御坂妹はそれを自分の胸元へ導こうとした。
「うわわっ、だ、駄目だって! そんな」
当麻とて男。力を出せば突き飛ばすことすら簡単なのに、抵抗する力は弱かった。そしてそんな茶番じみた押し問答をみて美琴の怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「あーーんーーたーーわーーぁぁぁ」
「おお落ち着けビリビリ。ほ、ほら、白井のヤツが全然事情が飲み込めなくて困ってるじゃないか。説明してやったらどうかな」
必死に当麻は矛先を別のほうに向けさせる。自分を囲む6人の女の子全員がとんでもなくきわどい格好をしているせいでとにかく目のやり場に困っていた。
「上条さん。今は、私達だけを見てください、とミサカは懇願します」
「お姉さま程度のスタイルでよろしければここにはあと4人いますので、とミサカはオリジナルのスペックの低さにため息をつきながら誘います」
「四姉妹の姉妹丼を食べられる殿方など世界で100人もいないでしょう。ここで食べねばいつ食べるのですか、とミサカは問います」
御坂妹に握られたのと反対の左腕を、ギュッと10039号の体全体で抱きしめられる。胸からお腹にかけてのやわらかい感触と温かみを腕全体で感じる。
こ、これどこまで当たってるんだ?! おへそってどのへんなんでせうか?! その下は?!
そこで当麻はハッとなる。集中力があまりにも左腕に行き過ぎた。目の前でごごごごごと音をさせながら震える美琴のことを、当麻はすっかり意識の外においていた。


パンッ、と手を叩く音がする。
黒子が息をすぅと吸って、大きな声で尋ねた。
「それでこの方々はお姉さまの何ですの?」
場が一瞬にして静まった。というより美琴が落ち着けば他は自然と落ち着いて話の出来る人たちだった。
説明を考えるように、美琴はしばし目線をさまよわせ、
「見てわかんない? その、私の妹よ。私が協力したプロジェクトで生まれたクローンだけど」
ぶすっとしたふてくされ顔の中に、照れながらも、『この子達を私は妹と認めてあげたい』という気持ちが込められていた。それはシスターズにとってやわらかく暖かい喜びをもたらすものだった。ほとんど変化は現れないが、シスターズの誰しもが口端に笑みを浮かべた。
そしてそれとは全く対称に、美琴の言葉は黒子にとって冷徹な一撃となるものだった。
「お、お姉さま」
その呼び名は、黒子が美琴の一番の妹分を自負して使うものだった。だが妹というポストには他の人がおさまるというのにそれを使うのは、滑稽だった。
「それで、お姉さま。こちらからも質問があります。その方がお姉さまの用意した『妹』ですか、とミサカは問います」
御坂妹に敵意はなかった。むしろそのほうが残酷だったかもしれない。姉の返事が黒子にとってどのような意味を持つかを知らずに、黒子の心を最もえぐる質問をした。
「はぁ? 妹って、黒子はただのルームメイトよ。後輩だけど妹なんてそんな恥ずかしいもんじゃないっての!」
年は下でも、黒子は美琴にとってよいパートナーだった。妹というよりも、ずっと自分の背中を任せられる相手だ。だが、そんな本心は黒子には伝わらなかった。
黒子はガツンと即頭部をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
「わ、私は妹でもなんでもないただの他人だとおっしゃいますのね。今日、今日まで耐えに耐えて、お姉さまのためを思って尽くしてきた黒子に、余りにも酷い仕打ちですわ。このようなあられのない格好までしてお姉さまのために働いてきましたのに!」
黒子がガーンという効果音を背負って崩れ落ちる。
「黒子はぁお姉ざばに捨でられだのですわーーーーー」
「ちょ、どうしたのよ黒子。いきなり泣き出してワケわかんないわよ!」
美琴は困惑しながら黒子の肩を抱いてあやし始めた。
「今日こごまでお姉ざまを連れてぐるのに黒子はスキンシップも我慢して惚気を聞くのも幸せそうな寝言を聞くのにも我慢して全ての準備をして来ましだのにお姉さまはどうしてあんなに酷いことをおっしゃるのおおおおぉぉぉぉぎっと黒子は黒子はいらない子なんですわもういっそ寮を出てお姉さまとすれ違わない世界に」
わんわんと泣き続ける黒子。事情を理解していない美琴はこの子時々こういう変なタイミングでめんどくさいことになるわよねえなんて考えながら、肩を撫で続けた。
「それはそうとお姉さま」
「ちょっと待って!」
ああもうお姉さまお姉さまって、あたしは1人しかいないんだからあちこちから引っ張るな! 美琴は毒づいた。
「我々は構いませんが、その下着は上条さんには目の毒な様子です。コトを始めるのでもあるのでしたらお脱ぎになっていただけますでしょうか、とミサカは可愛くて目障りなデザインのそれを睨みつけます。どうせ脱ぐ勇気なんてないんだから尻尾を巻いて帰れやコノヤロウ、という本心をミサカはお姉さまには語りません」
シスターズの声に気づかされ、自分の姿を見た。
「え? あ、あぁ、ああああああああああああああ」
当麻に背を向けて、くるんと丸いお尻を見せ付けている自分の姿を思い出し、絶望的な声を出した。
隠そうにも何も隠せない。そのまましゃがみ込んで黒子の肌を隠しながら、もはや自分の背中とお尻を隠しようがないことに美琴は泣きそうになった。
「見るな! 絶対見るなぁっ!!!」
美琴の後ろで黒子はメソメソしながら暗い雲を纏って床に人差し指で絵を描いている。
「にしても、結局お姉さまは『妹』をご用意できなかったのですね、とミサカは勝利の確認をします」
「こんなワケ分かんないことになっててまだ料理勝負の話するわけ?」
ムッとして聞いた美琴に、4人ははあとため息を返した。
「お姉さま。勘違いしてらっしゃるようですね、とミサカは諭すように説明を始めます」
「よろしいですか、姉妹丼とは、鶏もも肉と鶏卵で作る丼料理、すなわち親子丼の亜種ではありません。もっとセクシュアルな意味を含んだ言葉です、とミサカは事実を明示します」
「へっ?」
ぽっと美琴の頬が染まる。
「姉妹丼とはすなわち――――」
シスターズと絡み合ううちにバスローブが僅かにはだけ素肌が見えた当麻の胸元に、ぽすりと御坂妹が収まりながら言った。
「大胆不敵に姉妹(シリーズ)を全品大人買い、という殿方が己が包容力と精力の限界に挑む至高のフェティシズムのことです」
戸惑う美琴を尻目に残る3人の妹達も、べたりと当麻にくっついた。
「な、なっ……」
上手く言葉を紡げない美琴に、さらに追い討ちをかける。
「お隣の方はおそらく『妹』のつもりなのでしょう? お姉さまのことをお姉さまとお呼びしていましたし、お二人で上条さんに『食べて』頂くつもりだったのでは? とミサカは確認します」
「そそそそそんな事、考えるわけないじゃない! 私はそんなこと考えてない!」
「そうでしたか、ではお姉さまは何も知らなかった、と?」
「当たり前でしょ?!」
そこで御坂妹が、まるで突然感情を得たかのように自信満々な、まるで美琴のような顔つきでこう言った。
「『私だって愛も真心も込めて作れるわよ。御坂美琴心尽くしの姉妹丼をね!』」
クローンであることを最大限に利用した悪辣なジョークだった。
ハ――。美琴は恥ずかしさに、息の根を止められた。
姉妹達は、小ばかにするように美琴を見てこう言った。
「お子様のお姉さまはさっさとお帰りください。これから私達は、甘い時間を過ごしますので」
そして甘えるように当麻を見た。
「い、いやあ。その」
ハハハと照れて笑う当麻を見て、美琴は最低だと思った。複数の女の子と、それも同時に関係を持とうとして平然としていられるのが信じられない。
当麻を睨みつけると、ヘラヘラと笑いながら、こう言った。





「いや、俺もさ、てっきり姉妹丼って親子丼の親戚だと思ってたんだけど」





「は?」
美琴も、そしてシスターズの全員もが、その言葉に凍りついた。
「……10032号、説明を要求します」
「19090号、説明というよりも弁明というほうが正確でしょう」
当麻の腕を抱きしめたり、胸元に体重を預けていた3人が恥ずかしげにパッと離れて、御坂妹を睨みつけた。
御坂妹は信じられないという目で当麻を見つめ、尋ねた。
「姉妹丼を食べたいとおっしゃったのは、複数のシスターズと同時にセックスをしたいという意味ではなかったのですか……?」
当麻はへ?という顔をして、真っ赤になって大慌てした。
「バ、バカ! 違うって! いくら俺も年頃の男だからって、そんな願望丸出しのお願いをリアルの女の子に言ったりしませんっ!」
「ではこの件は、10032号1人が勝手に勘違いした結果だと?」
「信じられません。私はあなたと同じ知識と経験を共有するシスターズの一員ですが、10032号、あなたのような勘違いは私にはありえないと断言します」
「あなたをシスターズの一人を認めるのにこれほどの困難を伴うことになるとは思いませんでした。なぜこれほどにあなたはシスターズから乖離してしまったのですか」
呆然とする御坂妹に背後から批判が降りかかった。
「わ、私、は……」
あまりの羞恥に、御坂妹は言葉を失った。生まれてはじめてのどうしようもない失態。まさかこの年齢形態で泣き叫ぶわけにも行かず、ただ立ちすくむことしか出来なかった。

その頭に、ポンと手が載せられる。ちょっと気遣いのない、ぐりぐりとした撫で方。
後ろを見るとニッと笑った当麻がいた。この人の微笑みは、どうしてか私を安心させる。
そして優しい言葉がかけられ……ると御坂妹は思った。ここはそういう場面のはずだった。





「ま、まあなんだ。御坂妹も結構エロいんだな。まあそう言うところは誰にだってあるしさ、ほら、これって遺伝でたぶん美琴の奴も興味津々だって」
「んなワケあるかああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!」





この人は不幸と言うよりバカなんじゃなかろうかと御坂妹は思った。
必死に自分の体を隠しながら電気力線を荒れ狂わせる美琴を当麻は必死でいなしていた。シックで金属の少ない部屋なのが幸いだった。テレビとスピーカーが逝ったくらいで済みそうだ。

「ハァハァ、ったく。私はそんなんじゃないっての。付き合ってらんないわ、一緒に帰りましょ黒子」
そういって落ち込む黒子の頭を撫で、肩を叩く。いつもならそれだけでパッと顔を明るくさせ、黒子は振り向いてくれる。美琴は今回もそうであると疑っていなかった。
だがぐるりと首を回転させた黒子の顔は、ジトリと美琴を睨(ね)めつけた。
「な、何、黒子」
「ハァー、黒子はいつだって仲間はずれなんですわ。お姉さまはあちらの妹さんたちと一緒に姉妹丼でもお作りになったらどうですの?」
と言って下着姿の自分を恥ずかしがることなく当麻の横へ行き、ベッドにカギをぽとりと投げ捨てた。
「帰りますわお姉さま。カギは置いておきますから、お姉さまもどうぞご勝手に」
そう言い捨てて、消え去った。美琴の服はここにはなかった。
「ちょ、ちょっと黒子! ああもう、服どうすんのよ!」
美琴は途方にくれた。スイートのある階は人通りは少ない。上手くすれば見つからずに戻れるかもしれないが、リスクが余りにも高すぎた。
その美琴に御坂妹が声をかけた。
「服ならミサカのをお譲りします、とミサカは提案します。お姉さま、どうぞそれを着てお帰りください」
言っている内容は親切な申し出だった。だがそこには拒絶するようなニュアンスがあった。
「何よ」
敵対するように美琴は妹を見つめる。

「シスターズに、そしてお姉さまに。ミサカはひとつ、重要な事実を指摘します」
「……何?」
「お姉さまは勘違いのせいで全ては無意味な行為だった、と思っておられるようですが」
そう言って姉妹たちを見回し、そして熱い目で当麻を見た。
「ミサカたちは上条さんに本気で召し上がっていただく気できましたので、未だ何も失敗を犯していません。服ならそこにいくらでもあります。お譲りしますからそれを着てさっさとお帰りください、とミサカはお姉さまに提案します。我々は今から、続きをします」
ぐ、と当麻のバスローブを掴んで、御坂妹は当麻の胸板にぽすりと顔をうずめた。3人は顔を見合わせ、10032号に倣(なら)った。
「ちょっとアンタ達ーーーー!!!!!!!」



その一言でさらにはひと悶着あったわけだが、それはまた別のお話。




おわる?



[19900] 蛇足(人によっては本編か)
Name: nubewo◆7cd982ae ID:a8d5efc6
Date: 2010/07/10 00:34
以降の話はこれまでの続きとして書かれていますが、ギャグが減ってエロ成分が増えます。
ご都合主義的な面も増すので、エロ以外の成分を多大に期待する方は残念な思いをするかもしれません。
****************************************************

「さてそれでは、身動きの出来ないギャラリーは置いておいてコトをはじめましょうか、とミサカは上条さんに提案します」
自分の身を隠すようにしゃがみ込んだままの、下着姿の美琴を視界の隅にちらりと捉えてから、御坂妹はそう言った。
4人は当麻に寄り添い、胸元に収まったり腕を組んだりと非常に近い距離にいる。当麻はすぐそばの妹達の胸元を上から覗き込んで、ほんの少しだけあいた胸の谷間に釘付けになった。
「だから駄目だって言ってるでしょうが!」
体の正面を隠すため、美琴は当麻たちに背を向けて顔だけ振り向いて怒鳴った。
「これは我々妹達(シスターズ)と上条さんの問題です、お姉さまは黙っていただけますか、とミサカは強く要請します」
「上条さん、どうぞ、私達を貰ってはくれませんか? とミサカはお願い申し上げます」
「ちょ、ちょっと待とうか皆さん?」
抱きついた彼女達を引き離すのに肩や背中の素肌の部分に触れてドギマギしながら、当麻はなんとか距離を取った。
やわらかい表現ではあったが拒絶を受けた妹達が、「どうして……」と言わんばかりに切ない顔をした。
「我々は、上条さんが愛するに足らない存在ですか、とミサカは……」
「い、いやいや! そう言うことじゃなくってさ! 俺だって男だし、お前らや美琴みたいな可愛い女の子から告白されりゃそりゃ嬉しいしOKだってしちまうこともあるだろうさ。でも、こんなのは、さ、いきなりすぎるって」
その言葉に、妹達はトクリと心臓を高鳴らせた。可愛いと人に言ってもらったことはほとんどなかった。そして離れて聞いた美琴もガンガンと自分の心臓が早鐘を打つのに気づいた。可愛いといわれて嬉しい気持ちを、噛み締めるよりどう取り扱っていいかに困るくらいだった。
「もっとほら、恋人同士になるには段階ってモンがあると思うんだよ」
説得をしながら、当麻は心の中で涙を流した。
こいつらはまだ人生経験で言えば幼児レベルだ。たぶん、好きになるとかそういうことをちゃんと分からなくてこんなぶっ飛んだ真似をしちまったんだ。ってことは、あいつらの数少ない知り合いの俺は『お兄さん』として、ちゃんと導いてやらないと。
容姿は美琴とそっくりで、つまり美人なのだ。もし告白したのが美琴だったなら、もっと悩んで付き合おうという返事をしたかもしれない。当麻はそう思った。
「それにさ、まあ、同時に何人もの女の子と付き合うって、よくないだろ? お前らだってそれは嫌じゃないのか?」
俺はこの幼い子たちのお兄さん、お兄さんなんだっ。ちゃんと人並みの恋愛観が持てるように、教えてやる立場なんだっ。いいから黙ってろ俺の煩悩ォおおおおおおおおお!
爽やかな笑みを必死で浮かべながら、当麻は心の中で暴れまわるそれを必死に押し留めた。
「確かに、我々にも独占欲らしきものがあります。一個の独立した個人としては、他の個体が上条さんに愛されるのを見るのは苦しいです。しかし――」
「――我々は確かにそれぞれ独立した思考を持つ個体ですが、ある一面ではエレクトロマスターとしての能力を利用して電磁波を介して多くの情報を共有する、言わば群体でもあります」
妹達が、まるでリンクしているかのように言葉を拾いながらつなげていく。
「ですから何かしらのモノの所有はその所有権をいずれかの個体が主張することになるでしょうが、経験や感情というものはそれと逆にかなり共有されるものです。ここで私達は恋愛と言うものが問題となることに気づきました」
「我々とて生物。殿方と結ばれ子を成したいと言う思いはあります。そして愛する男性が現れればそれを他の個体と共有したくないと思う気持ちも強くなるでしょう。しかしその一方で、その方への愛は共有され、多くの個体がその男性を好ましく思います」
「ミサカネットワークは上位個体を除いて主従を持たない、近隣の個体の電磁波を繋いだ不完全なクモの巣型ですから、遠く離れた個体が自分の全く知らない男性と恋に落ちるのは3Dグラフィックの映画を見るように捉えられます。おそらく男性への気持ちも物語の中の登場人物に恋をする程度の感情を持つに留められるでしょう。しかし我々のような同じ部屋で寝食を共にする個体同士においては、経験情報の共有量は非常に濃密です。我々の誰か1人が、ある殿方を好きになるだけのさまざまな経験を獲得したならば、残りの3人も、きっとその人を愛さずにはいられなくなる」
「さらに言えば、我々は生物的に不完全な存在です。社会の認証を経て一個の人間として受け止められる、社会学的な意味でも不完全です。そのような個体を愛してくれる一般人は少ないでしょう。我々はお姉さまほど機会に恵まれているとは言えません」
「話が長くなりました。つまり、我々4人は理解ある男性に、同時に愛してもらえるのが一番だろうということです。上条さんは我々の全ての事情を理解して下さっていて、我々もこの方なら、と思っています。だから4人全てを貰ってくださいと、そうお願いすることに決めました」
当麻を説得するように、妹達は彼女達の事情を語った。
「えっと、完璧には理解してないけど、お前達は、全員で1人の男に愛されたいってことか?」
「ちょ、ちょっとアンタ!」
確認を取る当麻の声を聞いて、美琴はあせった。まさかコイツ受け入れるってんじゃ――
「ち、ちがうぞ。ビリビリは止めろよ! えっと、人数の問題は、お前らがそれでいいってんなら、いいんじゃないか。特殊な事情を背負ってるのは事実なんだから、俺には口出しできないところがあるかもしれない。けど、やっぱり駄目だよ」
「私達を、受け止めてはくださらないということですか、とミサカは仕方なく、そう聞きます」
「こういう言い方は卑怯だけど、とりあえず今は、ってことかな」
「え?」
5人分の声が唱和する。
「お前達のやり方は、ちょっとストレートすぎるよ。きっとそれは、対人関係の経験とかがまだ足りてないからじゃないかなと俺は思う。そういう物を知らない子の、何も知らないところにつけ込んで悪さをするってのは、男としてよくないと思うんだよ」
心の中で当麻は滂沱した。妹達はその言葉に、傷ついたようにうつむいた。
「お前達は俺に、好きだって言葉を一度も使ってないだろ? 自然と、そういう言葉が出てくるような相手とそういう事はしなさいってこった。ハッハッハ、この部屋で一番の年長者の上条さんとしてそうキミタチにアドバイスしよう」
性的な意味などこもらないような、ぽんぽんとした仕草で御坂妹の頭を撫でた。
美琴はそれを見てほっと息をついた。そして自己嫌悪を感じた。断られたあの子達をみてよかったって思うのは、最悪だ。
当麻は平等を心がけて、4人の頭を順番に撫でていった。
「上条さん」
「んー? どうした妹よ。人生相談にのって欲しいのかい? なんなら上条さんがお答えしてしんぜようぞ」
おどけた様子でふんぞり返った。
「愛を、教えてください」
重い言葉が当麻のヘラヘラした顔をぶち抜いた。


「あ、愛って。いや、そういう風に言われちまうと困るような質問だけど」
突然の応えにくいお願いに当麻は当惑した。
「我々は経験の不足した生き物です。人に抱きしめられた経験も、ほとんど、いえ全くと言っていいでしょう、ありません」
「キスや体を捧げることは我々にまだ早いと言うのなら、せめて、抱きしめてはもらえませんか?」
「上条さんがお嫌なら、誰か1人だけでも構いません。その経験情報は全員で共有します」
「人の温かみを分け合うことを、我々に教えてください」
「ちょ、ちょっとそれは。ハハ、美琴のやつじゃ駄目?」
自分で抱きしめてあげたいという欲求にグラリときながら、当麻は美琴に話を振った。
「残念ですが、とミサカは断ります。お姉さまと便宜上呼んでいますが、生物レベルでは我々はオリジナルと同一人物です。あの姿かたちを持ったお姉さまを、我々は他人として突き放して見るのは不可能です、とミサカは本音を口にします」
「上条さんは自分と全く同じ顔をした人間とと抱き合えますか? とミサカは問いかけます」
想像して吐きそうになった。美琴も苦い顔をした。
「それとも上条さんは、我々に今すぐ駅前にでも行って誰彼構わず抱きしめてくださいとお願いせよと、我々に言うのですか」
「そ、そりゃまずいけど! ……わかった。別に普通にハグしたらいいんだろ?」
そう、変な気を持たなければいいこと。インデックスが食後にごろごろとなついてくるのと一緒だと思えばいい。最近はアレを面倒だとすら思えるようになって来た。あのときの全く変な気分にならない気持ちで御坂妹たちを抱きしめればいいんだ。


「えっと、じゃあ、いくぞ」
美琴はただ、それを見つめた。当麻が妹に向けて伸ばすその手は、同時に自分と当麻の間の縁を断ち切っていく手に見えた。
「ぁ……」
声にならない言葉は、誰にも届かない。だめ、というその一言が言えなかった。何故だめなのか、それがどうしても言えない理由だったからだ。
時間は待ってくれなかった。ドラマみたいにその瞬間は引き伸ばされたり、スローで何度も再生されたりなんてことはこれっぽっちもなくて。
至極あっさりと、当麻は妹達の1人をかき抱いて、ぎゅっと腕で包み込んだ。


当麻は理性がクラクラと眩暈を起こして倒れそうになるのを、なんとか繋ぎとめているような状態だった。
なんでもないことだと軽く抱きしめたつもりが、御坂妹の体の柔らかさと熱さ、そして不思議なくらい甘くて優しい匂いに、あっという間に溺れてしまった。
触れてはいけないところに触れないようにと背中に回した手。すこし力を込めると、御坂妹の肌は優しく当麻の指が食い込むのを受け止めた。
豊かではないがはっきりと女性らしい双丘のカーブを描いていた胸元は、当麻の胸板で軽く押しつぶされ、その熱をじわりと伝えている。
髪からは違う匂いがした。だからこの抱きしめた首もとからふわりと香るのは、きっと御坂妹自身の匂い。
女の子を抱きしめるって、こんなに快感なのか。当麻は自らの欲求を抑えられなくなって、つい手が動いた。
「あ……っ、かみじょう、さん――」
気のせいかとも思ったが、かすれるような御坂妹の声は、甘えるような響きを含んでいた。
お尻という領域からはギリギリ外れたすぐ上、腰を抱いて御坂妹の体をぐっと自分の方へ引き寄せる。そして空いているほうの手で頭の後ろ側をゆっくりと撫でた。
勝手が分からなかったのか今まで預けていなかった重心を、御坂妹は当麻に預けた。それを支える感覚が嬉しい。
さらりと髪を揺らして、御坂妹が当麻を見上げた。シスターズといえば無表情がその特徴と言ってもいいくらいだったのに、当麻の目に映った御坂妹の微笑みは、花が優しく咲いているようだった。それは美琴のような太陽とタメを晴れるような大輪の花ではないだろう。だけど素朴で、大切にしたくなる、そんな花だった。
そんな表情をしてくれる御坂妹がいとおしくなって、そこで当麻はマズイと思った。これはお兄ちゃんとかそんな意味合いからかけ離れて行っている。御坂妹に惚れていく自分を自覚した。
ふと気づけば、他の3人も優しい顔をして、当麻の肩や背中に寄り添っていた。
「今、私が上条さんとの接触で感じている皮膚感覚を、皆で共有しているのです」
御坂妹がそう説明をしてくれた。
「上条さんは、暖かいのですね」
「これが抱き合うということですか」
「赤子が抱かれることを欲求するのは、当然のことですね」
そう3人がかわるがわる呟いた。両肩に乗せられた頭を、自分の頭をかしげて側頭で軽く小突いた。
後ろに抱きついた一人には何も仕草を返してやれなかったが、
「お気になさらないでください。私はこの広い背中を1人で独占できるだけで充分です。上条さんの背中は広くて、安心します」
当麻の背に頬をくっつけながらそう囁く吐息の熱さに当麻はドキッとした。
「お前達4人とも、可愛いな」
自然と口から出た言葉は、偽らざる気持ちであり、一線を引こうとしたはずの自分の決心を大きく揺るがす力を持っていた。


当麻の表情が、優しすぎた。
美琴は当麻の真面目な顔、笑い顔、めんどくさそうな顔、戸惑い顔、怒った顔、そういうものを沢山見てきた。今でもそれは鮮やかに思い出せる。
だというのに、今当麻が見せている顔は、まだ美琴が見せてもらったことのない顔だった。
当麻に抱かれる妹達の表情もまた、知らないものだった。妹達の甘えるような笑みを浮かべたその顔は少し幼い感じはしたが、女らしかった。
その唇から、聴きたくない言葉が、紡がれる。


「好きです、上条さん」
御坂妹は使い方の分からなかったその言葉が自然と口をついて出たことに、軽い驚きを感じていた。でも、その言葉は自分が今感じている、嬉しくて、暖かくて、幸せな気持ちをよく伝えられる、素晴らしい言葉だと思った。
自分の腰をぐいとひきつけた当麻の右手は、大きく自分の背中全体を撫ぜている。その手の感触がたまらなく心地よかった。このまま抱かれて眠りたいと思うくらいだった。
当麻は、ずるずると兄妹の線引きを越えるような抱きしめ方をしたことをまずいと思っていた。好きですという言葉がまた、自分をよくない方向へと強く引っ張るのだ。
当麻は決心一つでどちらにも転べる危うい境界上にいた。家族愛を伝えて見守るような立場になるか、恋人として惜しみない愛を彼女達に注ぎ彼女達を自分の色に染めていくか。
年上好きを自認する当麻だったが、これほど無垢な女の子を前にすると染め上げてしまいたい欲求を強く感じるのだった。
「そ、そろそろ離れませんかミサカさん方や?」
乾いた笑いを浮かべながら、そう進言する。
「いえ……よろしければ、今日は一緒に寝てはくださいませんか? 上条さんが望まれないのでしたら、口付けも体を重ねることも、していただかなくて構いません。抱きしめて眠ってくれるだけで構いませんから、そうミサカはおねだりをします」
上目遣いで、御坂妹がそう言った。酷い話だった。
「む、無理無理無理! ちょっとそれはさすがに」
抱きたくないんじゃない、抱いたら駄目だと思うだけなんだよ! ってか一晩何もするなとか拷問以外のなんでもない!
「ではキスをして下さったら離れます」
いたずら顔で、そんなことを言われた。
「こ、高校生をからかうんじゃありませんっ! お前らももっと自分を大事にしろって。じゃないと……」
これ以上は、当麻が本気になってしまいそうだった。
「からかってなんて、いないです。きっと」
誰かのミサカが呟いた。
「こうしてぎゅってされて、やっぱりミサカたちは上条さんが特別に好きなんだと、そう思います」
「そ、そりゃ嬉しい言葉だけどさ、だけど、お前達、あんまり他に男の知り合いとかいないんだろ?」
「上条さんは、我々をこのような形で生きられるよう、未来を変えた方です」
助けられたあのときには、当麻への感謝すら感じなかった。だが今は違う。
「貴方には何のメリットもなかったのに、あれほどの危険を潜り抜けて我々を解き放ってくれました。上条さんは否定されるかもしれませんが、そんなことを出来る男の人はきっとほとんどいません。私達が貴方を特別に思うことは、そんなに変なことでしょうか?」
ボロボロになって、歯を食いしばって、自分達に未来と言う光をもたらしてくれた人をかっこいいと思い、ずっと自分のことを見続けて欲しいと願うのは、おかしな事じゃないと御坂妹は思った。だって、私達のようなおかしな存在でなくとも、御坂美琴という人が、自分達と同じように彼を想っているから。
キスして欲しいと強く想って、それを言わなかった。当麻に決断して、キスして欲しかった。
当麻も自身の胸に、問いかけていた。
彼女達全てを自分のものにするということは、上条当麻というちっぽけな男にとって過ぎた幸せを手にすることであり、同時に過ぎた責任を負うことでもあるだろう。手にするのなら自分は人並みでは許されない。凡庸な自分にそれが果たせるか。
「俺で、良いのか」
当麻はかき抱いた御坂妹の頬に手を添える。つ、と持ち上げて、唇を上向かせた。
妹達の頬に朱が差す。瞳は期待に潤んでいるように思えた。顔を近づけると、そっとまぶたが閉じた。


「だ、だめ!」
強い声が、その動きをさえぎった。
当麻がまるで今美琴の存在を思い出したかのように、驚いた顔をしてこちらを振り向いた。
下着姿を見られるのが恥ずかしいとか、そんなことに気遣う余裕は消えうせていた。
「私は、だめなのかな」
妹達の視線が、敵意すらを含んでいるように見えた。当然だ。自分は間違いなく、あの子達の恋敵だ。いや、それ以下かもしれない。
「み……こと? えっと、これは」
弁解をするような当麻の顔を見たくなくて、うつむいたまま当麻のそばに近づいた。そして、妹の1人を抱きしめたその腕に軽く触れた。
自分で何を言っているのか、よく分かっていなかった。
「私も、ぎゅってして」
一番素直な欲求が口をついて出た。それは前後の脈絡が全然なくて、だから当麻は困惑しているようだった。
「お前……どうしたんだよ、自分で何言ってるか分かってるか?」
「わかってない」
泣いてしまいそうだった。
美琴に見えないところで、御坂妹が当麻の正面の位置をそっと空けた。そしてその空きを、妹達の誰も埋めようとしなかった。
「お願い……」
絞り出した声に、当麻は応えてくれたみたいだった。肩をぐいと引き寄せられ、頭をぽんぽんと撫でるように叩かれた。
「な、なんかよくわかんないけどさ、妹達はべつにお前のことをお姉ちゃんだと思わなくなるとか、そういうことはないと思うぞ?」
どういう勘違いだったのだろうか。当麻から、そんなフォローめいた言葉をかけられる。
違うの。私が苦しいのはそう言う理由じゃなくて――――
好きだ、とそう言いたかったのだ。当麻のことが好きで好きで、妹達よりも前から好きで、好きだと言える日のことをいつも夢に描いていたのだ。
それを言うチャンスを、つまらない神様のさじ加減一つで、妹に先に盗られてしまったのだ。いや、ためらった自分が悪かったのかもしれない。
「私だってアンタにこういうことされたかった! 私もアンタのことが」
好きなのに、と言う言葉はかすれて声にならなかった。
「そう、なのか。もしかして今まで突っかかってきたのって、裏返しの気持ち、か?」
コクリとうなずく。どうして今まで気づいてくれなかったのよ、と言い返す気力はなかった。答えは言葉ではなかった。当麻が御坂妹よりタイトなくらいに、美琴を抱きしめた。
「俺は今、よくないことしてるのを分かってる。でも美琴、お前が泣いてるのは、嫌だ。なんだかんだで、俺もお前と会って話すの好きだったしさ」
当麻の指が前髪を整え、美琴の視界を明るくした。そして少し乱暴なくらいに、あごを持ち上げられた。
「美琴、お前1人だけを俺が選ばないと言ったら、お前は俺を軽蔑するか?」
答えるのは怖かった。勿論自分ひとりを選んで欲しい。でも、私だけを選んでくれる選択肢は、きっとコイツの頭の中にない。
「……アンタ達は何で止めないのよ」
当麻に答えず、周りでじっと成り行きを見守る妹達を見た。
「私達は、お姉さまを込みでも構わない、と思っています」
「え――」
「お姉さまが、上条さんを好きだったことはよく理解しています。私達は昨日までにお姉さまも含めて5人で愛されるようになっても構わないと、そう決めました」
それは信じられない言葉だった。美琴なら、絶対に自分で独占したいと思うだろう。
「我々は本質的に、独立した個体でありながら非常に多くのものをシェアする生物です。お姉さまが個であることを貫いて、我々を歩みを同じくしないのであれば全くの別人として、お姉さまとは離れた存在になりましょう。しかし、お姉さまが我々の側に降りてきてシェアする生物として共存してくれるのなら、それでも構わないのです」
「上条さんをお姉さまが独占したいのなら、我々はそれを阻みます。しかし、我々と平等に、大切な人との時間と経験を共有してくださるなら、我々はお姉さまと共に歩みたいです」
どうしていいか分からずに、美琴は当麻を見た。
「俺はもう腹をくくった。俺は俺を好きになってくれたお前らをまとめて幸せにしてやる。そんな辛い顔を、させないようにする」
その言葉にこくんと頷いた。そして後ろから妹の1人に抱きしめられて。


当麻は美琴に、そして妹達の一人一人に、キスをした。

(続きは省略されました。全てを読むにはワッフルワッフルと書き込んでくれなくてもxxx板に行けば直近の続きが読めます)



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あとがき
難産でした……。ほっとくとこれ以上にシリアスな路線を走り出して、美琴が失恋にぽろぽろと泣いてしまうようなプロットになってしまいまして。そういうカタルシスの果てにある愛あるxxxというのもそれはそれで書きたいんですけど、これまでの流れと全く合わないんですよね。現状ですら全く毛並みが違いますけど。でも愛と責任ある姉妹丼が一番美味しいよね!
あと同時並行で婚后さんとイチャイチャしてる上条さんを書いてるので、作者の中の背徳感がマジパねぇっす。


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