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[20245] マブラヴ オルタネイティヴ Advanced (マブラヴ×スパロボOGS)
Name: 広野◆ef79b2a8 ID:7d43d95b
Date: 2013/01/16 04:54
皆様、初めまして。
広野と申します。

たくさんの素晴らしい作品に触発され、自分でも作品を書いてみたいという気持ちを抑えられずこのSSを書き始めました。


このSSは「スーパーロボット大戦OGS」とのクロス作品です。
スパロボOGSに登場した敵組織、『シャドウミラー』が転移したのがもしもオルタの世界だったら……というお話です。

基本的にOGS準拠ですが他スパロボのキャラもほんのちょっとだけ出ます。

マブラヴとスパロボ、両方の作品が好きでこのような作品と相成りました。


注意点として

・ご都合主義
・独自解釈・独自設定
・オリジナルのキャラ・戦術機等……などがございます。どうかご了承下さい。


作者が未熟なため誤字・脱字、誤用などあるかもしれませんが
その時はご指摘・ご指導のほどよろしくお願い致します。

遅筆のため更新は不定期になると思われますので、気長に待っていただけるとありがたいです。


かなり無茶苦茶な話ですが、無限に並んでいる並列世界の中にはこんな話もあるかもね、と寛大な気持ちでどうかお許しください。


このような拙い作品ですが皆様に楽しんでいただければ幸いです。


初投稿2010/07/12 23:21



[20245] 第1話  極めて近く、限りなく遠い世界に
Name: 広野◆ef79b2a8 ID:7d43d95b
Date: 2010/07/29 02:08


これは『こちら側』とは異なる世界、異なる地球でのおとぎばなし。





新西暦と呼ばれる時代、平和という安息の下で世界は緩やかに腐敗していった。
そして地球外知的生命体との戦争を経ても、その流れが止まることは無かった。


地球連邦軍特殊任務実行部隊『シャドウミラー』は腐敗していく世界を憂い、ついに地球連邦政府に対して反旗を翻した。
闘争を日常とする混沌たる世界を創りあげれば、平和という腐敗を抑止できる。
そして何より、『シャドウミラー』は平和という美名の下に犠牲を強いられる兵士のために、永遠の闘争が続く世界を渇望していた。

己の理想を成就させる為に、『シャドウミラー』総司令官であるヴィンデル・マウザー大佐は決起したのだ。



しかし、その目的は連邦軍特殊鎮圧部隊『ベーオウルブズ』によって打ち砕かれる。
結果、シャドウミラーは巻き返しのためにある計画の実行を余儀なくされた。



その計画は『プランEF』――エンドレス・フロンティア――

極めて近く限りなく遠い、未知なる平行世界への転移計画。


不安定な装置を用いた危険な賭けだったが、それでも他の選択肢は残されていなかった。

シャドウミラーとその理想に賛同する者たちは次元転移装置によって次々と旅立ち、最後に残ったのは一人の男。


シャドウミラー特殊処理班の隊長、アクセル・アルマー。

ただ一人残った彼は今、最大の敵と言える『ベーオウルブズ』と激闘を繰り広げていた。
新たなる世界に旅立つ前に宿敵との決着を付け、後顧の憂いを絶っておきたかったからだ。

たった一人での無謀ともいえる戦いだったが、死闘の果てにアクセルの勝利と言う形で幕が下ろされようとしている。



「さらばだ……俺と貴様の道が交わることはもうない、これがな!」



遠隔操作した転移装置が起動し、次元転移が始まる。

周囲の景色が薄れていく中で、アクセルが見たのは爆発に巻き込まれる仇敵――ベーオウルフの姿。



それが、自らの生まれ育った世界との決別の光景となった。












『こちら側』の地球

――1999年 8月8日 横浜



人類と地球外起源種との戦いの渦中に、男は現れた。





「うっ……レモン……? 俺は……誰だ……? いや、俺は……」


転移には成功できたが、まるで霞がかかったように頭がぼんやりとしている。
しかし、時間が経つにつれ段々と意識がはっきりしてきた。

どうやら次元転移の影響で一時的に記憶が混乱したらしい。

レモン・シャドウミラー・ヴィンデル・ベーオウルフ……頭に思い浮かぶ単語の意味を確認し、そこから新たな単語を手繰り寄せる。
少しの間その作業を繰り返し、記憶や知識に欠落が無い事が確認できると、ようやく一息つく事ができた。


「ここは……どこだ? どうやら転移には成功したようだが……」


周囲を確認してみたが、アクセルの見覚えがある場所ではなかった。
遠くに海が見えることから地球のどこかなのだろうが、何せここは平行世界だ。

『向こう側』の知識が『こちら側』で通じるかはわからない。


どれだけ似通っていても、『こちら側』と『向こう側』は似て非なる場所なのだから。


「周辺に味方の反応は無い、か。レモンの指摘していたように転移にズレが生じたのか?」


とにかく不確定要素の多すぎる計画だった。次元の狭間に飲み込まれて消滅しなかっただけ御の字と言えるだろう。
しかし、未知の場所で孤立無援というのは良い気分ではない。
何があっても対処できるようにアクセルはソウルゲインの状態をチェックする。

その外見はヒゲを生やした蒼い巨人、と説明するのが一番わかりやすいだろう。
転移する少し前にテスラ・ライヒ研究所から奪取したこの機体はアクセルと相性が良く、すぐに馴染むことが出来た。
共に次元を越えた事も手伝って、アクセルはソウルゲインに愛着のような感情を抱き始めている。


「エネルギー残量……問題なし。ダイレクト・フィードバック・システム……異常なし」


耐用限界ギリギリまで酷使したにも関わらず、ソウルゲインは戦闘行動が可能な状態を保っていた。
さらにこうしている間にも自己修復機能が働き、損傷が直っていく。


(……ベーオウルフとの戦いに加えて次元転移を行ったにしてはマシな方か。ソウルゲイン……思っていたより丈夫なようだな)


だが、やはりこれだけのダメージを受けた以上は本格的な整備、及び修理が必要になる。
その証拠にジェネレータ出力が一定の数値以上には上がらず、ソウルゲインの必殺技である『コード・麒麟』は使用不能となっていた。


「この状態でカスタム機や特機と闘り合うのは厳しいが……なるようにしかならん、か」


とりあえずの現状把握を終えると、アクセルは更なる情報収集を行おうとした。



……油断したつもりはなかったのだが、やはり転移を無事に終えた事で気が緩んでいたのだろう。


コクピットに警告音が響くまで、ソレに気付くことができなかったのだから。



唐突に、ソウルゲインの前に『こちら側』の人類の敵が現れた。




サソリと似通った様な姿をした、しかし決定的に違う異形。
尻尾にあたるだろう部分は、まるで歯を食いしばった人の顔のような気味の悪い形をしている。

見る者に生理的な嫌悪感を抱かせずには居られないような醜悪な姿をしたソレは、突然ソウルゲインに襲い掛かってきた。


「――なっ!? 何だこいつは!」


アクセルの驚きなどまるで意に関せず、サソリもどきは岩のような頑強さを感じさせる前腕を叩きつけてきた。


「問答無用という訳か、こいつは! ……ならば容赦はしない!」


外見に似合わない俊敏さで攻撃を仕掛けてくるが、対処出来ないほどではない。
ソウルゲインはサイドステップで攻撃をかわすと、腰を落とし十分に体重を乗せた右ストレートを異形の中心部に叩き込んでやる。

すると、拍子抜けするほど簡単に直撃し異形は派手に吹っ飛ばされる。
受身も取れずに地面を転がったソレは、立ち上がって反撃してくることも無く倒れたままビクビクと痙攣を起こしている。


「……なんだ? ずいぶんあっけないな」


念のために、頭部……にあたるだろう部分を潰して止めを刺す。


こうして、あっけなく異邦人とBETA――人類に敵対的な地球外起源種――とのファースト・コンタクトは終了した。



「コイツは……生物兵器か。インスペクターはこんな物は使わないはずだが」


かつて『向こう側』の地球を侵略した異星人『インスペクター』。
高性能AIによって制御された無人兵器が彼らの主要な戦力であり、このような生物兵器を使用してきたことは無い。
もっとも、彼らは侵略した星の兵器を取り込み、自軍の戦力として運用する戦略を用いていた。
だからこれがインスペクターの物ではないと断言は出来ないが、それでもやはり可能性は低いだろう。


「とすると……『こちら側』の軍が造った生物か? まさか原住生物ではないだろうな……。どちらにせよ可愛げのない、こいつは」


様々な推測が頭をよぎるが、ここであれこれ考えても答えは出ない。
何にせよ、敵対するものなら叩き潰すだけだ。


「アレ一匹だけとは思えんな。もう一度詳しく周辺状況を調べた方がいいか」


周りの調査を再開したアクセルは、念のために通信機を操作して近くの通信を拾ってみようとする。
この際、民間の通信でも構わなかった。とにかくこの世界に関する情報が欲しかったのだ。
情報が圧倒的に不足している現状では、これからどう動くか考えることも難しい。


情報収集を開始してすぐに、アクセルの望む情報が飛び込んできた。



それは、怒号と悲鳴と絶望の入り混じった、この世界の危機を極めて解りやすく解説したものだった。



『マンティス6、フォックス1』

『マンティス17、フォックス3!』

『HQより各隊へ! 後方に旅団規模のBETA群出現を確認! 光線級も確認されている! 繰り返す――』

『クソっ! このままじゃ戦線を支えられない!』



「ふむ……どうやら、かなり不味い状況のようだな」


通信に出てきたベータ、と呼ばれるものと『こちら側』の軍が戦っているらしい。
そしてこんな情報がリアルタイムで聞こえてきたということは、今自分が居るのは戦場の真っ只中ということだ。

(それにしても……増援が旅団規模だと? かなりの大軍らしいな、ベータとやらは)

これらの情報を踏まえてどう行動するべきか、アクセルは迷った。
この世界の情勢は全くわからず、その上にシャドウミラー本隊が『こちら側』に辿り着いたのかすら不明だ。
こんな状況での軽率な行動は、最悪の場合『プランEF』の失敗に繋がりかねない。
多大な犠牲を払ってまで実行した計画をこんな所で終わらせるわけにはいかないのだ。


『うわあああああっ! 来るな、くるなぁ!』

『ひいっ、嫌だ、嫌だ、イヤだぁ! 死にたくな――』


聞こえてくる通信は、どれも『こちら側』の軍の不利を伝えるものばかり。
死の恐怖に怯える声と断末魔の叫びが、それをより強く印象付ける。


「……どのみち、選べる選択肢は限られているな」


このまま手をこまねいていてもしょうがない。
助けに行くのか、それともこの場を離脱するのか……。転移して五分も経っていないのに、重要な決断を迫られている。


『せ、戦車級が! 隊長、助けて、助けてください!』

『待ってろ、今行く! 必ず助けてやる!』


(敵がなんであるにせよ、戦うべきはこの世界の連邦軍だ。俺達とは関係ない)

アクセルの思考がこの場からの離脱に傾きかけた時、コクピットにまたもや警告音が鳴り響く。
レーダーに目をやれば、多数の熱源がソウルゲインに向かって一直線に向かってくる。


「退くにせよ進むにせよ、戦闘は避けられんか」


舌打ちをしたアクセルの視線の先、ソウルゲインの前方には、先ほど倒したサソリもどき。


それも50体以上。


さらにはこちらに向かって猛烈に突進してくる未知の異形とそいつらの足元に居る数メートルサイズの小型タイプ。
諸々併せて100体を超える群れが一直線に向かってきている。
どうやら、最初に接触した個体はこの群れからはぐれたか、もしかしたら偵察役だったのかもしれない。


戦場に転移してきてしまった以上、どうやっても目立つソウルゲインでは戦闘に巻き込まれないようにするのは無理だろう。


「どのみち目立つのなら、多少なりとも恩を売っておくのが得策か、こいつは」


この場での戦闘行動を避けられないと判断したアクセルは、情報収集も兼ねてこの戦いに参加する事を決断した。

元々、ある程度の干渉は覚悟の上だったのだ。それが遅いか早いかの違いでしかない。


「それに、尻尾を巻いて逃げるというのは性に合わん――ソウルゲイン、もう一働きしてもらうぞ」


アクセルは獰猛な笑みを浮かべて、眼前の異形の群れを睨みつける。

ソウルゲインは力強く大地を踏みしめ、主の呼びかけに答えるが如くジェネレータ出力を戦闘域まで上げていく。


全てを飲み込み破壊しつくすBETAという洪水に、臆することなく蒼き巨人は立ち向かう。

己の信じる闘争を果たすために、こんな所で訳も解らないまま朽ち果てるつもりはない。



「降りかかる火の粉は払うだけだ、これがな!」




世界に戦いを挑んだ影がたどり着いた先は、本来なら交わることの無かったはずの世界。

そこで紡がれる、もうひとつの未来。

正しい歴史から外れた先にある物語も、実験室のフラスコの中に在る物にしか過ぎないのかもしれない。






[20245] 第2話   WILDERNESS WAR
Name: 広野◆ef79b2a8 ID:7d43d95b
Date: 2014/10/10 22:28
「……ひとまず、片付いたか」


ソウルゲインの周りには殴り殺され、叩き潰されたBETAの死骸が文字通り、山のように積み重なっている。


百体以上ものバケモノに襲い掛かられた時は流石に少し肝を冷やした。
しかし、最初に戦ったサソリモドキの時に感じたように、こいつらの防御力はたいしたことは無い。
一撃叩き込んでやればほぼ即死するため思っていたよりも遥かに楽な戦闘だった。


ただ、まるで暴れ馬の如くこちらに突撃してきたBETAは他の連中と比べてずば抜けて硬い外殻を持っていた為、いささか仕留めるのに苦労した。

それでも両腕を高速回転させて射出する武装――いわゆるロケットパンチ――『玄武剛弾』を用いれば真正面からでも粉砕できたし、それを使わなくとも、突進をかわして横っ腹や背中を狙えば問題なく仕留めることができた。


まとわりつこうとした小型種については一々説明するまでも無い。
他の敵を攻撃するついでに踏み潰していたら、気が付くと全て地面の染みになっていた。



残存敵戦力が存在していない事を確認すると、アクセルは大きく深呼吸し息を整えた。
様々な戦場を体験し、死線を乗り越えてきた歴戦の戦士であるアクセルも、未知の敵との戦いには緊張を覚える。

そして同時に、わずかな恐怖も。

だが、そういった物を受け入れ、克服したからこそ今のアクセルがあるのだ。


ここまでの戦闘で得られた情報からBETAの戦力を分析してみると、囲まれさえしなければたいした脅威にはならないし、囲まれたにしても個体能力から推測するに数百体前後なら今のソウルゲインの状態でも問題ないだろう。

さすがに数千体ほどに一斉に襲い掛かられれば不味いが、それでもやりようによっては何とかなるかもしれない。


(……こいつら、ベータといったか。インスペクターの無人兵器と比べても数段劣るな)


アクセルがこのように感じたのは、能力云々より、敵が全く組織的行動をとってこなかった事が大きな要因だ。
てんでバラバラに無秩序な攻撃しか行わず、連携と言えるような行動はたまたま攻撃するタイミングが合わさっただけ。
あげく各個撃破されるような体たらくではとても優秀な兵器とは呼べない。


無人機動兵器はどのような状況下でも秩序だった連携を行う事で、時に有人機よりも優秀な働きをしてみせる事がある。
その事を考えれば、BETAが人工知能に劣るとする評価を下したのも無理はないことだった。

もし仮に、BETAがきちんとした連携行動をとる事ができていたなら、ソウルゲインでもすぐに撤退するしかなかっただろう。


(もっとも、まだヤツらの戦力をきちんと把握したわけではないからな。油断は禁物か)


冷静に敵の戦力を分析していたアクセルは、きりの良い所で思考を中断すると移動を開始した。
さらなる情報収集のため、前線へと急ぐ。



道中、まるでソウルゲインに引き寄せられるかのように大量のBETAが襲い掛かってきたが、それらを全て殲滅し、歩みを進める。

その途中でいくつも『こちら側』の機動兵器を見ることが出来た。

それらは全てコクピット周辺がグシャグシャに潰されていたり、喰い荒らされたりした無残な残骸だったが、その姿を大まかにだが把握することが出来た。


「……ふむ、初めて見る機体だが形状はPTよりADに近いな」


ここでアクセルが口にしたPT――パーソナル・トルーパー――は対異星人用人型機動兵器のことであり、
AD――アサルト・ドラグーン――はアサルト・ファイターと呼ばれる航空戦闘機から発展した強襲用人型機動兵器のことである。

同じように戦闘機から発展した経緯を持つ戦術機とADが近い印象を受けるのは、ある意味で当然と言える。

ちなみに余談ではあるが、「手足が付いた戦闘機」と評されることもある人型空戦兵器のAM――アーマード・モジュール――は大抵の機体が首の無いずんぐりむっくりとしたフォルムをしていて、前述の二機種とは似ても似つかない外見をしている。



周りを見渡せば、あちこちで戦術機とBETAが無残な姿を晒している。
数自体は圧倒的にBETAの骸が多く、これだけ見れば『こちら側』の軍が優勢なように思える。

しかし、通信から拾った情報によれば先ほどBETAは旅団規模の増援を送り込んでいる。
その事から考えればこの程度の損害は許容範囲内、全く問題ではないだろう。


(急ぐか。最悪、展開している部隊が全滅している可能性も視野に入れなければな)


情報を求めて、ソウルゲインはひたすらに前進を続ける。








ソウルゲインが居る場所からそう遠くない所で、帝国軍戦術機甲部隊のスコーピオ中隊が奮戦を続けていた。

いや、すでに中隊とは名ばかりだろう。
中隊長を始め部隊の半数が戦死し、壊滅状態に陥っているからだ。


「ちくしょお! この、死ね、死ね、くたばれぇ!」

数少ない生き残りである若い衛士が口汚い罵りを際限なく吐き出しながら、ただひたすら目の前にいる化け物を駆逐していく。
まだ若い、少年と言っても通用する顔は、迫りくる死への恐怖とBETAへの怒りで醜く歪んでいる。


搭乗しているのは89式戦術歩行戦闘機「陽炎」。あちこちに傷が付いていたり、BETAの返り血を浴びたりして薄汚れている。

狂ったように両手に装備した突撃砲から36mm弾を辺りに撒き散らして、近づいてくる要撃級を蜂の巣にしていく。


『スコーピオ11! 突出するな! おい、聞こえてるのか!』

「わかってます! でも、こいつら次から次と纏わり付いてきて……っ!」


返事をし終わる前に、10時の方向から弾幕をかいくぐって来た戦車級が装甲を噛み千切ろうとする。
スコーピオ11はあっけなく自分の人生に終止符が打たれるかと思ったが、その前に戦車級が横手からの射撃により生命活動を停止した。

エレメントとしてサポートしてくれていたスコーピオ06の攻撃が、済んでのところで間に合ったのだ。


『バカッ! もっと周りをよく見なさい!』

「す、すみません……」

『……これ以上、仲間が死ぬ所なんて見たくないわ。しっかりしなさい』

「……はい」


06の声は、今まで聞いたことが無いほど疲れきったものだった。
それでも、生きることを諦めていない彼女の声を聞いたおかげで、冷静さを取り戻すことが出来た。

そこに、暫定的に部隊の指揮を取っているスコーピオ02からの通信が入ってくる。


『スコーピオ02から各員へ。生き残りは何人居る?』

『03、健在です』

『08、くたばっちゃいませんよ』

『10、い、生きてます』

『06、こんな所で死ぬ気はないですよ』

『11、同感です。なんとしても生き残ってやります』


『……くそっ、俺を入れてちょうど半分、か』


生存を伝える報告を聞き終えると、スコーピオ02はさらに指示を下す。


『各員、司令部の許可が出た。一時後退するぞ』

『ようやっと、お許しが出ましたか。もう少しで弾無しになっちまうとこでしたよ。いや、おれは絶倫ですけどね?』

『馬鹿な事を言ってんじゃないわよ。10,11、二人とも弾薬と推進剤は大丈夫?』

『はい、なんとか持ちそうです』

『わ、私も、大丈夫です』

『よし、エレメントを崩すなよ。いつもと違う相方で息が合わない事もある。常に周辺の仲間との連携を忘れるな』


部隊の壊滅に伴い、本来のパートナーとの二機編成はほとんど維持できなくなってしまっていた。
急遽、生き残り同士で組んだ急造エレメントでこの場を凌ぐ事を余儀なくされた状態なのである。




『02! 前方からBETA群! 数は500を超えてます!』

『くっ、他の戦線が討ち漏らした連中か!?』


02の網膜ディスプレイに、元から白い肌が幽霊のように青白くなった03の顔が映し出される。

ここにきて、前方から約500のBETAがこちらに向かってきていた。通常ならばそれほど恐れることは無い数だ。
あくまで、適切な戦力と戦術があれば、だが。

敗残兵となった今のスコーピオ中隊が相手取るには厳しすぎる敵だ。
弾が足りないし、各員の疲労もピークに近づいている。


『くそったれが! 03、光線級はいるか!?』

『いえ! ですが突撃級が多数突っ込んできます!』

『よし、幸いにして目玉共は居ない。各機、NOE(匍匐飛行)で戦域からの離脱を開始しろ!』

『了解。ったく勘弁だぜ、さすがに打ち止めだっつーの! 10、遅れずに付いてこいよ!』

『わ、わかりました!』

『11、聞いたわね? 離れすぎないように注意して離脱するのよ!』

『了解です!』


02の合図と共に、生き残った者達が向かってくるBETAに背を向け、全速で後退を開始した。


『気をつけて! 要塞級が一匹混ざってる!』

『スコーピオ各員、あくまで後退を最優先だ。近くに来た奴だけ相手しろ!』


仲間同士で付かず離れずの距離を保ちながら、スコーピオ中隊はなんとか味方と合流できるポイントまでたどり着こうとする。
しかし、悪いことは重なるものだ。


『02、左からも来た! 小型と要撃級しか居ないが今相手するのは無理だぜ!』


さらに左手からも新手の群れが現れ、よりいっそう絶望が深くなっていく。


『各機、とにかく逃げろ! 08の言うとおり、今は戦うのは無理だ!』


逃げることしか指示できない事が悔しくてしょうがないが、無謀な戦いで部下達を死なせるわけにはいかない。
とにかく、一刻も早く味方と合流して反撃の糸口を掴まなければ……。



奥歯が欠けるほど強く噛み締めて、感情を押し殺している02の耳に、驚きの声を上げる06の声が飛び込む。
またBETAの群れを確認したのかと思い、背筋が寒くなったがどうやらそうではないらしい。



『な、なにあれ……! スコーピオ02、前方にアンノウン!』

06の言うように、なんだあれは、としか言いようの無い物がそこにいた。


『な、なんだあの戦術機は!? どこの所属なんだ!?』

『あんな機体、見たこと無い……!』

『アメ公の隠し玉かよ!?』

『いえ、本当に戦術機でしょうか……? 余りにも形状が違いすぎる気が……』


現れたのは既存の戦術機とはまるで違う機体だった。

平均的な戦術機の倍近い大きさ。
華奢で流麗な形をしている戦術機に比べて剛健で筋肉質な印象を受ける。
恐らく防御重視であろうコンセプトは第一世代型の戦術機と若干似ている気がするが、比べ物にならないほどの力強さと頼もしさを感じ取れる。

全体的に蒼い塗装がされ、されに携行武器を一切持ってないように見える。


アンノウンはスコーピオ中隊が撤退しようとしている方角から向かってきているために、このままでは鉢合わせの格好となる。


『各員、念のために警戒を怠るなよ! ……こちらは日本帝国軍所属スコーピオ中隊だ。前方の所属不明機、所属と姓名を名乗れ!』


『……あいにく、機密事項でな。こちらから伝える情報はない」


返ってきのは、若い男の声だった。
20代の半ばくらいだろうか、画像は届かず音声のみの通信で返答してきた。


『機密事項だと? 国連軍の特殊部隊か?』

『さて、な。想像に任せるさ』


確かに、特殊部隊ならば所属部隊名を秘するのも当然だ。しかし、それでも最低限自分の名前や大まかな所属――国連軍や帝国軍の者だということくらいは明かすはずだ。
なにやらきな臭い物を感じ取り、もっと突っ込んだ事を聞くべきか迷っている所で、新米のスコーピオ10が悲鳴に近い声で叫んだ。


『02、このままだと後方の突撃級に追い付かれます! は、早く後退を再開しないと!』


前門の所属不明機、後門の突撃級か。
次から次に厄介ごとが起きる。


(ちくしょう、部隊指揮なんて向いてないのによ。面倒な事は全部丸投げして死んじまいやがって……いつかあの世に行ったら覚えてろよ)


先に戦死した親友の中隊長を思い浮かべながら、スコーピオ02はついつい心の中で愚痴をこぼす。
だが愚痴ってもしょうがない。今現在、中隊を指揮するのは自分しか居ないのだから。


『おい、そこのアンタ。俺たちは一時後退の最中だ。見ればわかると思うが後ろから団体さんがやって来てる。一緒に行くか?』


とりあえずは敵ではないと考えてもいいだろう。まさかこの状況で人類同士での殺し合いをしたがる馬鹿はいないだろう、という希望も混じっている。
頭数が増えれば心強い事もあって、アンノウンに誘いの言葉を投げかけた。

しかしながらその考えは、アンノウンの衛士が放った言葉で粉々に打ち砕かれることになる。


『いや、結構だ。それより、そういう事情ならばここは俺に任せて行け』


唐突に、前方のアンノウンが信じられないことを言った。


『……なっ!? おい、正気か! そいつは新型かもしれんが単機でこれだけのBETAを相手取るなんて冗談でも性質が悪いぞ!』

こいつは何を言っているんだ。まさか所属していた部隊が全滅でもして自棄になっているのか?


『あいにく、まだ錯乱はしていない。可能だから言っただけだ』

『だがな――』

『お話中悪いんですがね! 込み入った話は移動しながらしましょうや。そろそろ本気で不味いって!』

『その意見、私も賛成! 早くしないとみんな仲良くお陀仏よ!』


なんとか思いとどまらせようとした所に、次々に撤退を急かされる。
思わず怒鳴り返しそうになったが、部下達の言っていることは間違っていないのでそうするわけにもいかない。


『ならば、論より証拠だ。納得したらすぐに下がれよ?』

アンノウンは相変わらず好き勝手なことを言っている。


『ああもう、クソッ! クソッ! 野朗、勝手にしやがれ!』

立て続けの出来事に、ついに堪忍袋の緒が切れたスコーピオ02が口汚い言葉で許可を出すと、アンノウンは了解だ、勝手にやると涼しい声を返した。








散発的に襲ってくるBETAを蹴散らしながら進むソウルゲインの前に、高速で低空飛行する6機の機動兵器が現れた。
スクラップになった物なら山ほど見たが、動いている姿を見たのは初めてだ。
予想よりも速いその動きに、アクセルは少々驚いた。

(AMにも引けをとらないスピードだな。なるほど、機動性を重視した結果装甲が薄くなったのだな、こいつは)

考えているうちに、その内の一機から通信が入ってきた。
所属と姓名を尋ねられたが、『こちら側』に転移してきたばかりのアクセルが名乗った所で、該当する情報がないので意味は無い。
むしろ、司令部に確認でもされればとても面倒なことになるのは目に見えている。

いささか苦しいが、機密事項の一点張りで誤魔化すことにした。
幸い、BETAがすぐ後ろに迫っている状況下で詳しく聞きだすことは向こうも諦めたようだ。


断片的にだが情報も手に入った。
『日本帝国軍』とやらに目の前の部隊は属しているらしい。
さらには『国連軍』という存在も知りえた。名前だけで詳しいことは解らないとはいえ、一歩前進しただろう。


その礼といってはなんだが、彼らを追いかけてきたBETAの殲滅を開始する。



遭遇した部隊の者が言っていたが、こちらに突進して体当たりをぶちかまそうとしているBETAは『突撃級』と呼ばれているらしい。
なるほど、言いえて妙だ。

まさに敵陣に突撃し、食い破る為だけに生まれてきたような外見と性能をしている。


「だが、貴様らの対処法はもうわかった。さっさと片付けさせてもらう」


すでに何度も突撃級と相対し、屠ってきたのだ。どう攻撃すれば効果的かというのもわかってきた。

ソウルゲインは両手の掌を合わせてエネルギーを収束。
チャージが完了した所で掌を突撃級に向けて、一気にエネルギーを撃ち出す。


「受けろ! 青龍鱗!!」


放たれた青白い奔流は、狙いたがわず真正面から突撃級に突き刺さり、一瞬で絶命させる。
それが流れ作業のように何度か繰り返されると、あっという間にこちらを目指していた突撃級が全滅した。


『す、すごい……なんだよ今の……』

『レーザー!? あんな武装が開発されていたなんて……!』

周りに居る者達は驚愕の声を上げ、信じられないと呟いている。


(む……? こうも驚くということは、まさかまだビーム兵器が実用化されてないのか?)

思っていたより、『向こう側』と『こちら側』の違いは大きいのかもしれない。
考えるのは後回しにして、とにかく今はBETA殲滅を最優先する。


『……感心するのは後にしなさい! 要撃級と戦車級が来るわよ! 06、フォックス2!』

『あ、はい! 10、フォックス1!』


スコーピオ06の陽炎が持つ120㎜滑腔砲から発射されたキャニスター弾が収納されていた小型弾頭をばら撒き、要撃級と足元に居た小型種に突き刺さっていく。

さらに少し遅れてスコーピオ10が発射した自律制御型多目的ミサイルが着弾し、生き残ったBETAに完全にとどめをさした。


「あのサソリモドキが要撃級、赤くて小さいヤツが戦車級か……なるほどな」


ようやっと、今まで倒してきた連中の正式名称らしいものを知ることが出来た。
現在までに戦ったのは、突撃級、要撃級、戦車級……。象の鼻みたいな物をぶら下げたのとキノコみたいに膨らんだ頭を持つ個体の名前は未だわからないが、踏み潰すだけで対処できるので気にする必要も無いだろう。


『02、もう充分でしょうよ! 要塞級が近づいてきた! 早いとことんずらしないと……!』


確かに、BETAの中でもとりわけ目立つソウルゲイン以上に大きい十本足のデカブツが、ゆっくりではあるがこちらに近づきつつある。


「部下の言う通りだな、早く下がれ。元々命令系統が違うんだ、貴様らは貴様らのすべき事をしろ」


『……ちくしょう、このバカ野朗め! いいか、この借りは必ず返す! だから死ぬんじゃないぞ!』


根負けしたのか、スコーピオ中隊の指揮官は憎まれ口と気遣いを一緒に言いながら撤退を再開するよう部下に指示した。


『こちらスコーピオ08、無茶するんじゃねえぞアンノウンさんよ!』

『スコーピオ03よりアンノウンへ、ご武運を祈ります』

『スコーピオ06よりアンノウン。無理するんじゃないわよ、引き際を見誤らないで!』

『スコーピオ10です、どうかご無事で!』

『スコーピオ11よりアンノウンへ、支援を感謝します!』


スコーピオ中隊の面々が、感謝の言葉を残して高速で飛び去っていく。
それを見送ると、侵攻を続けるBETAに向き直る。


「……さて、行きがけの駄賃だ。貴様らの首、まとめてもらうぞ!」


力強く大地を蹴って、ソウルゲインがBETAの群れに突っ込む。
要撃級と戦車級がそれを迎え撃つように包み込む形で襲ってくる。

しかし、ソウルゲインは足を止めるどころかさらに加速し、両肘に付いているブレードを伸ばす。


「この切っ先……触れれば斬れるぞ! 受けろ! 舞朱雀!!」


あたかも洗練された剣舞のように、ソウルゲインは次々に要撃級を切り裂いていく。
モース硬度15以上という硬さを持つ要撃級の前腕ですら、まるでバターのように安々と切断される。


戦車級が必死に喰らいつこうとするが、努力もむなしく踏み潰されていく。

わずかではあるが、張り付く事に成功して装甲に噛み付く個体もいたが、ソウルゲインのぶ厚く、なおかつ自己修復機能を持った装甲にはかすり傷程度しか付けられない。

そうこうしているうちに拳で叩き潰されるありさま。

多くの戦術機と衛士を葬ってきた戦車級も、ソウルゲインには文字通り歯が立たない。


あっという間に要撃級と戦車級は数を減らし、5分もしないで全滅した。


「残るは貴様だけだな。要塞級……と言っていたか」


要塞級は目の前で同胞が虐殺されたというのに、全く気にした様子も無く悠々と近づいてくる。


「確かに、要塞の名に恥じぬ大きさだな。動きが遅いのは他と違って防御重視だからか?」


これまで戦ったBETAとは比べ物にならないくらいの緩慢な動きだが、それだけ防御力が高いのだろう。
ソウルゲインの攻撃にどれだけ耐えられるかは誰にもわからないことだが。


突然、要塞級が尻尾をソウルゲインの方に向けたかと思うと、そこから先端が鋭く尖った触手が飛び出してきた。

それを冷静に避けると、距離を詰めようと接近するが要塞級は伸ばした触手を意外なほど器用に振り回して近づけさせない。


「なるほど、遠距離からの攻撃手段を持つのか。まあその鈍重さなら当然だ、これがな」


アクセルは戦いながら相手の分析を進めていく。
要塞級は頑丈さと巨体を活かして敵の注意を引き付け味方を守り、なおかつ触手の遠距離攻撃で仕留める……いうなれば囮と砲台の役目を同時にこなしているのだろう。


「ならば、こちらも一気に仕留めさせてもらう」


わざわざ、触手を掻い潜っていくまでもない。
掌を合わせて、青龍鱗のチャージを開始する。

変化に気付いたのか、要塞級は触手を振り回すのを止め、もう一度ソウルゲインに向かって真っ直ぐ撃ち出そうとする。

だが、遅すぎる。


「好きにはさせん! 青龍鱗!」

放たれた閃光は撃ち出された触手を焼き切り、それでも止まらずに要塞級の足を二、三本まとめて吹き飛ばす。

要塞級が体勢を崩したその隙に接近したソウルゲインは、両の拳にエネルギーを収束しそのまま連続で叩き込む。


「噛み千切れ、白虎咬!!」


連続で正拳突きを繰り出し雨霰と打ち込んでいく。最後に両拳を要塞級の体にめり込ませると収束していたエネルギーを開放。
衝撃と爆発でくの字に折れ曲がった要塞級は派手に吹っ飛び、地面に叩きつけられるとそのままぴくりとも動かなくなる。


「やはり、それだけの体躯でもソウルゲインの攻撃には耐え切れんか。生物である以上、どうしても耐久性を一定以上にするのは難しいのかも知れんな」


生体兵器の欠点を推測してみるが、BETAを使っている勢力はそれに目をつぶってもいいと思えるメリットを見出したのだろうか。
謎は尽きないところだ。




レーダーで周辺状況を確認し、さらに通信を傍受して戦況の推移をチェックしてみるが、依然『こちら側の軍』が不利な事に変わりはないようだ。
むしろ、刻一刻と悪化していっている。

『こちら側』の軍が勝とうが負けようが関係ないが、情報収集が終わる前に全滅されては困る。


「これ以上は戦線が持たんな。……やはりもっと先、最前線に向かうしかないか」


舌打ちをすると、アクセルはソウルゲインを発進させ、最大戦速で目的地に向かう。






目指すは、さらなる激戦の地。









明星作戦…………オペレーション・ルシファーとも呼ばれる国連と日本帝国・大東亜連合の共同で行われた人類の一大反抗作戦は、
今まさに佳境を迎えようとしていた。


すでに多くの弾薬と機体、そして人命が失われている。

それでも、それでもなおBETAの勢いは衰えを知らない。
日本帝国軍の作戦司令部は少しずつではあるが絶望に支配された空気が漂い始めていた。

ハイヴにたどり着くどころか、各戦線は押し返され、膠着状態に陥っている。
今の所は戦況が五分でも、この状態が続けば人類が敗北するのは火を見るより明らかだ。


(なにか……なにか策があるはずだっ! この状況を好転させることが出来る策が!)


今必死になって知恵を絞る帝国軍の三國敏行少将は、顔に玉のような汗を浮かべながら思考を続ける。

だが、どれだけ考えても良策は浮かばない。

五十年間生きてきた証として顔に刻まれている皺や白髪が混じり始めた髪にもべったりと汗が張り付いている。
全身余す所なく汗をかいているほど熱いのに、寒気が止まらない。


対レーザー弾頭弾や支援砲撃用の弾薬、さらに戦術機用の補給コンテナも底が見え始めている。
だというのに、いまだBETAの戦力は天井知らずでありこうしている間にも戦線には新しいBETA群が出現している。



このままでは、負ける。
考えられる限りで最悪の未来が、ゆっくりとだが確実に近づいてきている。



限られた時間の中で、できるだけの準備は整えた。
関係各所に手回しして、時には頭を下げて頼み込んでなんとか戦力をかき集めたのだ。

そんな努力をあざ笑うかのように、BETAはただの物量による力押しで練り上げられた戦略と戦術を打ち砕こうとしている。


部下である二十代半ばを過ぎた女性仕官が小走りに駆け寄り、新たに入った情報を伝える。
青ざめた表情から、それが喜ぶべきものでないことは容易にうかがい知ることが出来た。



まず帝国軍の三個中隊の内、1つは壊滅に追い込まれ、2つが全滅したという報告。

次に国連軍の二個大隊が壊滅し、生き残りがなんとか後退して建て直しを図っているとの報告。

大東亜連合が担当している戦線もジリジリと押し戻され、戦線の維持が難しくなり始めている。



予想通りに悪い情報ばかり。
伝わってくるのは部下や戦友が命を落としたという物しかなく、戦線が崩壊するのもそう遠くないように感じられる。



「わかった。右翼の二個大隊をカバーに回せ。部隊が抜けた分は戦線を下げることで対処しろ。
 移動が完了するまで戦線の隙間ができるが、砲撃を密にして持たせろ」

「了解しました」


指示したのは打開策ではなく、ただ敗北を少しでも先延ばしにする為の遅延策にすぎない。

恥も外聞もなく泣き喚いて、逃げ出したくなるような状況だ。
もちろん、そんなことはできるはずもない。
自分の半分も生きていない若者達が命を賭けて戦っているのに、年寄りが勝手に諦めることなど許されるはずが無い。

だが、そうやって自分を奮い立たせようとしても上手くいかない。
考えれば考えるほど、思考はネガティブなものになっていく。



なんということだ。このままでは座して死を待つのと同義ではないか。
これでは、皇帝陛下や殿下に申し訳が立たない。
それに勝利を信じて散っていった者達に、なんと詫びればいいのか。

先だってのBETAによる本土侵攻の悲劇を再び繰り返してしまうのか。

もはや、打つ手は無いのか。



「……閣下。あの、閣下?」


思考に没頭して目の前が見えなくなっていたのだろう、部下が心配そうに顔を覗き込んでいた。


「……ん。すまない、考え事に集中しすぎたようだ。どうした?」


内心の動揺を悟られないように、慌てて取り繕う。
部下達の前で一瞬でもそんな顔をしてしまうとは……情けないことだが大分まいっているらしい。
女性仕官は相変わらず心配そうな雰囲気を隠しきれていなかったが、とりあえずは報告を続ける。


「その……お伝えすべきか迷ったのですが、やはりお耳に入れておいたほうが良いと思いまして」

「……なにがあった?」


部下の態度からは困惑と、わずかな……ほんのわずかな希望を感じ取れる。
敏感にそれを感じ取った三國少将は、先を促す。


「壊滅したスコーピオ中隊の生き残りの衛士から報告がありまして、未確認の戦術機らしき機体と接触したそうです」

「未確認の……? どこの新型だ!? 数は!?」


ここにきて、まさか援軍が来たとでもいうのだろうか。
アメリカがこちらに黙って新型を投入したのか、それともソ連かEU、まさか中東連合が秘密裏に部隊を派遣したのか?


いや、理由などどうでもいい。
少しでも戦力が増えるのならば、それだけ作戦が成功する確率が上がるのだから。
思わず勢い込んで聞き返す。


「……それが、その、単機だったそうです」


申し訳なそうに部下が言うその言葉を聞いたとたん、全身から力が抜けるのを感じた。


たった一機の援軍。

それが一体なんの役に立つというのだ。
もしかしたら、義侠心によって独断で参戦してくれたのかもしれない。
その心意気は涙が出るほどありがたいが、もはや気合だけで覆せるような状況ではないのだ。


少将の落胆を見て言葉に詰まったが、それでも部下は報告を続ける。


「ですが、その未確認機は一般的な戦術機の約2倍近い大きさで、なおかつ単独で五百体以上のBETAを殲滅したそうです」

「何だと……? それは本当か!? その機体の衛士とコンタクトはとれたのか?」

「はい。短いやり取りの上、姓名・所属ともに確認できませんでしたが、少なくとも我々と敵対する意思は感じなかったそうです」


沈み込んだ希望がまた少し上がってきた。
より詳しい情報を得るべく、さらに確認を続ける。


「ふむ……報告した生き残りの衛士のバイタルは? 錯乱状態で幻覚を見ただけ、なんて笑い話にもならんぞ」

「その点については大丈夫です。興奮状態ではありましたが、誤った報告をするほどではありません」

「武装は? どんな兵装を装備していたのだ」


もし単機でBETAを掃討したのが本当なら、やはり強力な重火器だろうか。
それともまさか、格闘戦武装で仕留めたというのだろうか。だとしたらそれがどんな物であれ是非我が帝国軍にも導入したい。


「武装は、レーザー兵器のような物を装備していたそうです。その威力は正面から一撃で突撃級を撃破できるほどのものだそうです」

「ほう! 他には、他にはどんな武器を持っていたのだ?」


レーザー兵器! どこかは知らないが実用化に漕ぎ着けた国が在るとは!

湧き上がる高揚感をなんとか抑えながら、さらなる情報を催促する。


「他の……武装は、ええと……あの……」

「……どうした? 早く報告してくれ」


言いづらそう言葉を濁す部下は、諦めたかのように、少将に事実を伝えた。


「……素手、だったそうです」

「なんだと?」

「他の武装は見受けられず、素手で、BETAの群れに突っ込んでいったそうです」

「………………冗談だろう?」



予想の斜め上すぎる答えだ。
ありえないとわかっていても、ついそれが冗談かと聞いてしまった。
先程までの冷や汗とはまたちがった汗が頬を伝っていくのを感じる。

剣やナイフですらなく、拳でBETAを打ち殺したとでもいうのか?


「残念ながら、冗談ではありません。多少の誇張が入っているとしても、近接武装も銃火器も携帯していなかったのは事実のようです」

「……そう、か。わかった」


今度こそ、三國少将は天を仰いだまま微動だにしなくなってしまった。
当然といえば当然だ。
このような危機的状況下において、こんなふざけているとしか思えない情報を聞かされたら誰だって困惑する。

この情報を伝えるべきではなかったのだろうか、そんな後悔の念が湧き上がってきた時に、三國少将が天を仰ぐのを止め、まっすぐに見つめてきた。

その目には先程まであった迷いが消え、何かを決断したようだった。


「国連軍へ念のために問い合わせを。それから大東亜連合の司令部にもこの情報を伝えておけ」

「は、はい」

「それから前線の衛士に、可能ならば未確認機との接触を試みるように指示しろ。とにかく情報が欲しい。
 向こうから手を出してこない限り、こちらから発砲することは許可しない……これを徹底させろ」

「了解しました、ただちに連絡します。ご指示は、それでよろしいですか?」

「ああ、頼む」


軽く一礼すると、部下はすぐさま与えられた命令を遂行すべく小走りで姿を消した。


まったく、なんて馬鹿げた情報だろう。
思わず顔が苦笑の形になるのを、三國少将は我慢することが出来なかった。

これが事実だったとしても、無手でBETAを殲滅する機体なんて物を作った奴の顔が見てみたいものだ。

いや、そういったとんでもない物を作りそうな人間に心当たりが無いわけでもない。



香月夕呼……紛う方ない天才で、その性格と発言から多くの敵がいる変わり者。
彼女ならば、もしかしたら、もしかするかもしれない。

もっとも、今はそんなことはどうでもいい。



不確定な戦力を当てにすることは出来ない。無いものねだりをした所で事態が好転することなどありえないのだから。
今、確実に在るもので事に当るだけだ。

もしも情報通りの力を未確認機が持っているならばそれは逆転の一手となりうる、まさにワイルドカードだ。

しかし、予想通り期待外れだったとしても、すでに取るべき行動は決まっている。


いざ進退窮まりどうしようもなくなった時がくれば、たとえ卑怯者のそしりを受けたとしても部下達の撤退を開始させる。
負け戦に若者達を付き合せてことごとく死なせるよりはマシだ。

彼らは、生き残ってこれからの日本の防人とならねばならないのだから。


その為なら恥辱に塗れながら腹を掻っ捌くくらいしてみせよう。


軍人としては最低の選択肢だとしても、一人の日本人として後悔の無い選択を選びたい。
この老いぼれの、最初で最後のわがままだ。


覚悟は決まった。
後は、伏せられたカードがブタかジョーカーか……それだけの違いだ。




なんとかして状況を打開しようと知恵を絞る者達を横目に、余裕の表情を崩さない者が居た。

国連軍作戦司令部、そこに居る国連軍としてこの作戦に参加している米軍の中将だ。
彼は、鬼気迫る顔で打開策を考える他の者をまるで意に介していない様に、傲岸不遜と言えるほどに落ち着いていた。


元々米軍が明星作戦に参加したのにはある思惑がある。

BETA由来の物質である『G元素』を用いた五次元効果爆弾、通称『G弾』。

実験で絶大な破壊力を示したこの兵器を世界に大々的に宣伝することで、米国は自らの地位を不動の物にしようとしていたのだ。
その為には、『G弾』無しでハイヴを攻略されてしまっては困る。
むしろ、戦況が悪化し、もはや敗北が確定したと思われるような状況下で初めてその存在を伝え、劇的な逆転を演出したい。

だから戦況が悪化すればするほど、彼……ひいては米国にとって好都合なのである。


無論、そんな愚かしい考えをしているのは一部の馬鹿者だけだ。
実際に現場で命をかけて戦っているアメリカの兵士達でこの状況を喜んでいる者は一人としていない。


彼らにとっての不幸は、最高指揮官が『G弾』の積極運用を提唱する『オルタネイティヴⅤ』派の人間だったという点に尽きる。



依然、司令部に入ってくる情報は味方の不利を伝えるものばかり。
いよいよ本日のメインイベントが近づいてきたな、と心の中で舌なめずりする中将だったが、ここで部下が不可解な報告をしてきた。


「……未確認の戦術機だと?」

「はい。全高は一般的な戦術機の約2倍、青い塗装がされ武装は携帯していなかった模様です。日本帝国から我々の機体ではないのかと問い合わせが来まして」

「ふん……未確認のデカい戦術機、ねぇ」


思考を中断されていささか腹立たしかったが、それはそれとして冷静に情報を吟味する。

そんなものが戦線に投入されるなど自分は知らない。
ということはそれはアメリカ軍のものではない。

問い合わせが来たということは、日本帝国の物でもない。大東亜連合の物という線も無いことは無いが、かなり薄いだろう。



正体不明の新型戦術機。
どこの連中が今更、横槍を入れてきたのか?
なんにせよあまり喜ばしい情報ではないのは確かだ。


「数は? 何機編成だったのだ? 中隊か、それとも大隊だったのか?」

「いえ、それが……」


口ごもり、二の句を告げなくなっている部下にイライラしたが、それを悟られないようあえてゆっくりと尋ねた。


「どうした? 情報は上がってきているだろう? まさか連隊規模ではあるまいな?」

「は、はい。いえ、その……情報では、単機だったと」

「単機? ……単機だと? エレメントですらなかったいうのかっ!?」


その馬鹿げた報告に思わず怒りで顔が赤くなってしまい、それを見た部下は思わず首をすくめた。

戦術機運用での基礎であり絶対条件と言える最低限の二機編成すらしていない、丸腰の戦術機。
そんなものがうろついている、かもしれない。

なんとも馬鹿げた話だ。


「……おおかた、神経がマヒした兵士の妄言ではないかね?」

「し、しかし、報告した衛士のバイタルは正常だと……」

「考えてもみたまえ、仮にその衛士の言っていることが本当だったとしてもその未確認機は単機、おまけに武器すら持っていなかったのだろう?
 普通より少し図体がデカイだけの機体が丸腰でうろついていようがいまいが現状、気にするべきことかね」


何か間違ったことを言ってるか、そう視線で問いかけると部下は仰るとおりです、と慌てて言った。


「そ、それから、一部のBETAの動きに変化が見られまして。まるで何かに引き寄せられているかのように進路を変えて――」

「それが何か問題か? ここに向かってきているとでも?」

なおも報告を続けようとする部下の言葉を遮り、強引に自分の言葉をねじ込んでいく。

「い、いえ、そういうことではありませんが……念のために報告を」

「そうか、ご苦労。ならもうこの報告はいい。また新しい情報が入ったら伝えてくれ。
 緊急で、価値のある情報ならの話だがね」


たっぷりと毒を含んだ口調で言うと、部下から視線を外し、ぞんざいに手を振って下がらせる。



どのみち忌々しいBETA共は、もう少ししたらG弾で綺麗さっぱり消し飛ぶのだ。

この司令部に突っ込んでくるのでもない限り、どこに移動しようが関係ないことだ。

さっき押さえ込んだイライラが、今のくだらない問答のせいでまた膨れ上がってきた。
声にも表情にも出さず、心の中でひたすら口汚い罵りをすることでそれを発散させようとする。


なんとも使えない奴だ! そんなどうでもいい情報なんぞ私の耳に入れるんじゃない!

帝国の連中もだ! いくら苦戦しているからとはいえ、こんなくだらない情報にすがりつくとは……!
大東亜連合の連中の無能ぶりも目に余る。

やはり米国が奴らを支配し、指導してやらなければならないようだな。


腹いせに部下に嫌味の一つも言ってやろうかと思ったが、これから起こる事を考えれば自然と頬が緩む。
寛容な気持ちで水に流してやることにした。


まったく、自分はなんて慈悲深いのだろう。
そんな風に自画自賛しながら、また楽しい考え事を再開する。






今の状況下において、こんな情報は何の価値もない。

帝国軍少将は打開策を練っている同僚の輪に加わって思考に没頭し、この情報を頭の隅に追いやった。

米軍中将は来るべき『G弾』お披露目の瞬間の口上とその後に待つ自分の名誉と栄光を思い浮かべ、笑みを押し殺すのに苦労している。


誰も、この情報を重要視していない。



数時間もしないうちに、世界を驚愕させる存在が現れることを、今はまだ誰も知らないから。








あとがき


ちょっと展開が遅い気もするのですが、やはり戦闘描写を挟むとどうしても予想より文章が増えてしまいまして…。

いつのまにか予定の倍近い文章を書いていてちょっとビビりました。

あと、オリジナルが多めになってしまいまして。クロス物なのにオリジナル多目とはこれいかに。

明星作戦さえ終われば原作キャラの出番が増えるのでどうかご勘弁ください。


あとオリジナルの中隊や大隊の名前は自由に付けてしまっていいのでしょうかね?
調べてみたのですがよくわかりませんでした。
もし気になる表現などがありましたら修正しますので教えてくださるとありがたいです。



[20245] 第3話   鋼の救世主
Name: 広野◆ef79b2a8 ID:7d43d95b
Date: 2010/08/07 04:21



最後方の国連司令部、ここは修羅の巷と化した横浜で、数少ない安全な場所といえた。

もっとも、地中から神出鬼没の奇襲を仕掛けてくるBETA相手ではどんな場所でも他と比べれば安全、というものでしかないのだが。



そこで戦況の推移を伺っていた一人の女性こそ、天才の呼び声も高い香月夕呼博士その人である。
国連軍の軍服の上に白衣を着るという変わった格好が、この状況では一際目立って見える。


夕呼は足を組み、その怜悧さの感じ取れる顔を周囲に向けて慌しく動く人々を観察していた。

今まで絶望が色濃くなるばかりだった司令部の、いや戦場そのものの空気が変わっていくのを夕呼は感じていた。


本土奪還に不退転の覚悟で挑んでいる帝国軍やG弾を見せ付ける最適なタイミングを計っている国連軍の名を借りた米軍に比べて、冷静に一歩引いた視点でこの明星作戦を観察している彼女が、ある意味で一番敏感にそれを感じ取っていた。


これが少し前から報告されている未確認機のせいであることは明白だった。
進退窮まったと思われた所に、唐突に現れた謎の戦術機らしき機体の事は、次々に不可思議な報告として伝わってきている。


曰く、普通の戦術機の倍近い大きさの蒼い機体が目の前を走り去っていった。
曰く、絶体絶命の危機をヒゲを生やした蒼い機体に助けてもらった。
曰く、何の武装も持たずに拳でBETAを潰しているマッチョな機体を目撃した。

……等々、ともすればふざけているとしか言えない情報の枚挙に遑が無い。



(……まったく、まるで出来の悪い都市伝説か何かみたいね)


夕呼自身、最初にこの報告を聞いた時はこの作戦もいよいよ敗北が近づいてきたな、と思う程だった。

いくらなんでも突拍子が無さ過ぎる。錯乱した衛士の戯言だろうと気にも留めなかった。

だがそんなふざけた情報が一度ならず二度、三度……それも国連・日本帝国・大東亜連合問わずに前線で戦っている衛士達から報告され、同時に少しずつではあるが戦局が好転し始めた。

どんなに信じがたい事でも、それによって状況が変わり始めているのなら頭から否定するわけにはいかない。


決定的だったのは、撤退してきた帝国軍のスコーピオ中隊の報告だった。

今までのどの情報よりも詳しく、信頼のおけるものとして伝えられたのは今まで以上に眉唾物の、しかし事実ならば驚愕の情報だ。

未確認機――アンノウンは高出力のレーザー兵器らしき物を内蔵し、おまけに素手でBETAを殲滅できるほどの高い格闘戦能力を持っている。

これを受けて、ついに帝国軍司令部はアンノウンとの接触を図り前線の衛士に命令を下したという。


万に一つでも可能性がある限り、放置しておいてよい事態でもなかった為に夕呼も直属の特殊任務部隊『A-01』に「事の真偽を確認せよ。また、可能ならばアンノウンを捕獲せよ」という命令を出していた。


それにしても、アンノウンの情報は信じがたい物ばかりだ。荒唐無稽にも程がある。



「ねえピアティフ。アンタはどう思う?」


視線を自分の副官であるイリーナ・ピアティフ中尉に向けて意見を求めてみる。


「はっきり言って、にわかには信じがたいです。しかし、虚偽とするには報告が多すぎます」

「そうね、私もそう思うわ。……ただ、これだけの機体が作られていたのに何の情報も掴めてなかったっていうのが気にかかるけど」


香月夕呼は人類の命運をかけた一大プロジェクト『オルタネイティヴ4』の最高責任者であり、計画を円滑に進めるには各国の状勢や世界中の多種多様な情報を正確に、かつ素早く把握することが必要不可欠だ。
その為に様々な方法で張り巡らされた情報網に、あんな物の情報は一切引っ掛かかっていない。


噂すら聞こえてこなかった。
いくら極秘裏に事を進めていたとしても、あれだけの代物が開発されこの明星作戦に投入されるのなら前兆くらいは掴めた筈だ。
実に不可解極まりないと言える。


「はい……。まるで、ついさっき初めて現れたかのような唐突さです」

「いっそのこと、その方が助かるんだけどね」


自分を完全に出し抜き、事を進められるほどに優秀な国家・組織が存在しているよりも謎の機体が突然現れたと考える方が気が楽だ。

それならこれ以上先手を取られることは無いだろうしね、そんな風に心の中で愚痴る。


「とにかく、今はこれ以上打つ手が無いわ。新しい情報が入ってくるまで様子見するしかないわね」


A-01が有益な報告をしてくる事を期待しつつ、夕呼はまた戦況の推移を見定めようとする。

わずかな希望が見えたとはいえ、未だ人類が劣勢なことに変わりは無い。


そして恐らく、この状況を打破し、最大限の利益を上げるために『オルタネイティヴ5』派の息がかかった米軍がG弾を使用する可能性は高い。




様々な意味で、正念場が近づいている。


どのような結末を迎えるにしろ、明星作戦の終わりが近づいてきていた。











特殊任務部隊『A-01』、それはオルタネイティヴ第四計画の完遂の為に創設された香月夕呼博士直属の非公式実働部隊である。

常に過酷で危険度の高い任務に参加することを余儀なくされる特殊部隊の宿命として、人的損耗率は非常に高く、所属する部隊員から多くの死者を出している。



当然、今作戦においてもそれは例外ではない。



『くそ、突撃砲がイカれた! 慎二、そっちは大丈夫か!?』

『突撃砲は大丈夫だが弾が切れそうだっ! 孝之、オレの突撃砲を1つ渡す!』


鳴海孝之少尉は壊れて使い物にならなくなった突撃砲を捨て、二機連携を組んでいる相棒である平慎二少尉から代わりの突撃砲を受け取る。

彼らはこの作戦が初陣であり『A-01』の中では一番の新人だ。

しかし、厳しい訓練を耐え抜いて特殊部隊に入隊した実績が示すように、新人とはいえ優れた能力を持っている。
搭乗している機体も最新型である第三世代型の戦術機『不知火』だ。
『不知火』は乗りこなせればスペック以上の性能を引き出すことの出来る良機であり、新人達の生存率を多少は上げてくれている。


だが、それでも、今の状況下では迫りくる死を先送りにする程度の効力しかなかった。

すでに同じ小隊の仲間は戦死し、このままでは彼らも同様の結末を迎えるであろうことは想像に難くない。



『一度下がって体勢を立て直そう。このままじゃ二人とも犬死だ』

『わかった。こんな所で死ぬ気は無いからな』

『ああ、速瀬と涼宮を悲しませる訳にはいかねぇよ。特に孝之、お前はな』

『こ、こんな時に何言ってんだよ!』


慎二の軽口に顔を少し赤くして孝之は怒鳴り返す。


(そうだ、二人に約束したんだからな。必ず生きて帰るって)


自分達の帰りを待ってくれている二人の顔を思い浮かべ、一段と気を引き締める。



『……孝之! 2時の方向から新手が来た!』

『なっ! ちくしょう、また来やがったのかよ!』



慎二の慌てた声に意識が引き戻され、確実に事態が悪化していく事を思い知らされてしまう。



『俺が突っ込む! 慎二、援護は任せた!!』

『……いや、オレがここを食い止める。お前は離脱しろ』

『馬鹿なこと言ってんじゃねえ! 一人でどうにかできるわけ無いだろ!?』


すぐにでも突撃しようとした孝之を、不思議なほど冷静な慎二の声が押し留める。


『突撃級を振り切れるほど推進剤が残ってないんだよ。だから踏みとどまってお前の離脱を支援する』

『死ぬ気かよ!?』

『お前を死なせるわけにはいかないんだよ。それに、たまにはオレにもカッコつけさせろよ』


何かを覚悟した笑顔を浮かべる慎二の顔を見て、その想いを悟った孝之はそんなことさせるわけにはいかないと言い返そうとした時に、その言葉を遮って警告音が響く。



『接近警報!? 後ろから!?』





思わず振り向いた孝之と慎二の網膜に映ったのは、彼らの運命を変える蒼い巨人だった。






『で、出た! アンノウンだ!!』

『こ、こいつが……! デカい……! なんて大きさだよ!?』


驚嘆の声を上げる二人を尻目に、アンノウン――ソウルゲインは速度を緩めることなく走り続ける。


『お、おい! と、止まれ!』


可能ならば捕獲、という命令を受けている事を思い出した孝之はソウルゲインに呼びかけるが、アクセルはそれを無視して孝之達の前を通り過ぎ、BETAの群れに突っ込む。


二人にとっては、まるで夢でも見ているかのような光景だった。


正面から前腕を叩きつけようとする要撃級も、側面から襲い掛かる突撃級も、後ろから噛み付こうとする戦車級も、ソウルゲインに近づいたBETAは種類の区別無く等しくただの肉塊へと変えられていった。


『本当に、素手でBETAを倒してる……』

『あ、ああ。情報は本当だったんだ……あんな機体が存在するなんて……』


ついポカンと口を開けて驚いてしまった孝之と慎二の目の前で、一方的な殺戮は続けられていく。

このまま一人で全滅させてしまうのだろうかと思った時、変化は起こった。




さながら聖人が海を割ったかのように、襲い掛かってきたBETAが散開した。

まるで、何かの通り道を確保するかのように。




「……なんだ? 何故こんな行動をとる?」


不可解な行動をいぶかしむアクセルだったが、これを見た孝之達は顔を青ざめさせた。


『光線級のレーザー照射……!?』

『不味いぞ、孝之!』


一番後ろに控えていた一匹の光線級が、その照準をソウルゲインへと向けたのだ。

その名の通り、目玉のような部分から高出力のレーザーを放つ光線級は、BETAのなかでも瞬間的な火力は最高レベルであり、非常識なほどの命中精度を持っている。


さすがのソウルゲインでも光線級のレーザーには耐えられない、二人はそう判断し、急いで援護に入る。

光線級に狙われた機体が助かる方法は一つだけ。レーザーを照射される前に仕留めるしかない。


それなのにソウルゲインは回避行動を取るのではなく、光線級へ接近しようとする。
孝之達と違い、光線級の攻撃方法を知らないアクセルは大きさが3メートルしかない光線級を確実に仕留められる距離まで近づこうとしたのだ。


『なにやってるんだ! 戻れ、死にたいのかよ!?』


そう叫びながら、孝之は全速で不知火を突撃砲の射程圏内まで急がせる。


『間に合え、間に合え!! ……死なせたく無い……俺達の街でッ! これ以上死なせたく無いんだっっ!!』


帝国軍も、国連軍も、それ以外の所属の衛士も……たくさんの人の死を見た。

同じ小隊の仲間すら助けられなかった。

だからせめて、目の前に居る人類の希望になるかもしれない者は、助けたい。

助けてみせる。


『当たれぇぇぇぇ!!』


120mm滑空砲から撃ち出された砲弾は、狙いたがわず光線級に命中する進路を取り、見事に仕留めてみせた。




しかし、一手遅かった。

着弾する数秒前に光線級はレーザーを照射。


孝之達が見つめる中で、ソウルゲインは閃光の中に消えていった。




『……くそ、くそ! ちくしょう!! 助けられなかった……。また、助けられなかった!』

『……孝之』


あと数秒早ければ助けることが出来た。
終わってしまったことを後悔しても詮無いこととわかっていても、自分を責めることを止められない。


『俺は、何も出来ないのか……? 誰かを助けることなんて出来ないのか……?』

『……っ!? 孝之、孝之!!』


なんと声を掛けたものか迷っていた慎二の声音が急に高くなった事をいぶかしんだ孝之の目に、信じられない物が飛び込んできた。


それは装甲が多少焼け焦げながらも、健在なソウルゲインの姿だった。

さらにダメージを受けた装甲も、見る見るうちに修復されていった。


『……は、ははは、なんだよ、それ。すげぇ。……凄すぎて何も言えねぇ』

『ホントにな。もうなんて言えばいいのかわからねーよ……』


驚きすぎて笑いがこみ上げてきた二人だが、当のアクセルも今の事態には驚いていた。


「……まさか、レーザーを撃ってくるヤツがいるとはな」


完全に予想外の攻撃に対処が遅れ、直撃を受けてしまうとは……すこし油断していたかもしれない。

幸い、近くに居た青い機体のパイロットが援護してくれたおかげで大事には至らなかったことが不幸中の幸いだ。

強力なレーザーではあったが、数秒程度の照射ではソウルゲインに致命傷を与えることはできないようだ。

もっともそれは、長時間の照射ならばソウルゲインですら危ない、ということでもある。

一つ教訓を得ることが出来たのは小さくない収穫だろう。



「おい、そこの機体のパイロット」

『は、はい!? 俺ですか!?』

「助かった。礼を言う」

『……いえ! ご無事で何よりです』

「……機会があれば、借りは返す」


礼を言い終えると、再びソウルゲインは移動を開始する。


『あ、あの! 俺、いや自分は国連軍所属、鳴海孝之少尉です! そちらの姓名と所属を教えてもらえませんか!?』

「悪いが、今は急いでるんでな。また会う時があったら、その時教えてやる」

せめてアンノウンの名前と所属を教えてもらえないかと聞いてみたが、そっけなく断られてしまった。
そのまま走り去るソウルゲインを見送ると、孝之が大きくため息をついた。



『行っちまった……』

『ああ、結局何もわからずじまい、だな』

とりあえず、現時点でわかった事を報告しようとCP(コマンドポスト)に連絡しようとして、ふと思いついた孝之が慎二に問いかける。



『……なあ、慎二。アレ、捕獲できると思うか?』

『ははっ、無理。絶対に無理』

『だよなぁ……無理だよなぁ』



苦笑しあうと、二人は一旦後方へと下がっていく。



『こちら側』の誰も知らないことだが、確かに運命は変わった。

蒼い救世主によって因果律は歪んでいく。

それが正しいことなのか、間違っていることなのかは、誰にもわからない。










あとがき

なんとかクロニクルズ発売前に更新できました。
どんな話が描かれるのか楽しみですねぇ。アンリミアフターの新キャラ達もいい感じですし。

ようやく少しずつですがマブラヴ側のキャラも出せました。
……夕呼先生とピアティフ中尉はともかく、後の二人は本編開始前に死んでますが。
孝之をどうするかで悩みましたが、スパロボは死亡フラグへし折ってなんぼだよな、と思い慎二共々ポッキリとフラグブレイクさせて頂きました。
孝之居ないとどう転んでも水月と遥のハッピーエンドはないですしねぇ……修羅場にもなりそうですが。
生き残った二人はちょっと扱いに困りそうな気がしますが、できるだけ原作キャラの死人は減らしたかったのでこれからもがんばってもらおうと思ってます。

次あたりで明星作戦を終わらせる予定ですので、もう少々お付き合いくださいませ





[20245] 第4話   GROUND ZERO
Name: 広野◆ef79b2a8 ID:7d43d95b
Date: 2010/08/07 04:38





ソウルゲインが大地を踏みしめ、土ぼこりを巻き上げながら走っていく。


火力・装甲・継戦能力の全てにおいて戦術機と比べ物にならない程にハイスペックなソウルゲインの、数少ない弱点の一つが機動性の低さだ。
戦闘では人口筋肉によって柔軟で軽やかに動き回ることができるために問題ないが、こういった戦場間の移動のような長距離においての機動性はお世辞にも高いとは言えない。

加えて飛行も出来ないために正真正銘、走って移動するのでさらに時間が掛かってしまうことになる。
最大限にブースターを吹かせば短い間飛べないこともないが、それは飛行というよりは跳躍と言った方がしっくりくるだろう。


こと移動速度においては、ソウルゲインは完全に戦術機に負けてしまっているのだ。


「……この足の遅さはどうにもならんな。アシュセイヴァーか、せめてゲシュペンストならばもうマシなんだがな」


ボヤいてもしょうがないと思いつつ、頼もしい相棒の鈍足さにはついつい愚痴ってしまうアクセルだった。




そうこうしている内に、ついにアクセルは最前線へとたどり着いた。

そして、まるで大地を蝕む病巣のようなハイヴ地上構造物――BETAの巣が目に入ってきた。


「アレを攻め落とすことが、この作戦の目的なのか?」


人類の美的感覚からすれば奇妙極まりない形状の構造物を観察しながら思わず首をひねって考え込みそうになるが、そんなことは後回しだ。


とりあえずの現状確認をしてみようと周りの状況を見回してみると、あちこちで小規模な戦闘が続いてはいるが、概ねこの戦域は人類側の勝利が確定している。

思っていたよりも、悪くない状況のようだ。最悪、生き残りが誰もいない事も考えていたためにまずは一安心といった所か。

アクセルは知らないことだが、これは懸命な支援砲撃と現場で戦う戦術機部隊の奮闘によって得られた貴重な小康状態だ。



すると、近くに展開していた戦術機部隊の一つがソウルゲインに近づいてきた。
今まで見てきた物とは違い、よく言えば重厚、悪く言えば鈍重な印象を受ける機体の名は『撃震』。
人類初の戦術機『F-4ファントム』を帝国軍仕様にカスタマイズした機体で、旧式ながら運用性や信頼性は新型機よりも安定した名機だ。

近づいてきた部隊は周辺を警戒しながら、ソウルゲインを包囲するような形に展開する。


『貴様が例のアンノウンだな? 私は日本帝国軍所属のマンティス大隊指揮官、悠木千帆大尉だ』


隊長機らしい機体から聞こえてきたのは、落ち着いた低い女の声だった。


『貴官の姓名と所属、及び可能ならば作戦目的を教えてもらおう』

「……あいにくと、機密事項でな。話すことは――」

『悪いがそちらの情報を手に入れるよう命令されている。それにこれだけ暴れまわったんだ。機密事項の一点張りはもう通用せんぞ?』


言われてみればもっともの話で、いくら敵対行動を取っていないとはいえ正体不明の機体が戦場を駆け回っている状況は司令部も現場の衛士も気分の良い物ではない。

悠木大尉はこの機会を逃さず、洗いざらいとまではいかなくても情報を引き出そうとしていた。
その為に少し強引な手段――威嚇射撃程度ならば上も黙認するだろう――を使うことも辞さない覚悟で目前の蒼い機体を見据える。


(まあ、当然だな。さてどう対処するべきか、こいつは)

前は間近にBETAが迫っていてそれどころではなかったり、先を急ぐふりをしてごまかしてきたが、今回はそれが通用しそうにない。
かといって本当のことを話すわけにもいかないので、これは実に困った状況といえる。


『だんまりか? 言っておくが、最低でも姓名と所属は話してもらうぞ。それすら嫌だと言うなら……』


悠木大尉の撃震がゆっくりと銃口をソウルゲインに向ける。
向こうが撃つ気がないのはわかっているし、仮に撃たれても大したダメージにならないのもわかっているが、やはり少し緊張する。



どうしたものかと考えていると、不意にセンサーに反応が現れ、レーダーが迫りくる危険を伝える。
 

「地中から接近する物体……? ……おい! BETAの奇襲だ! 散開して回避しろ!!」

『なんだと!? くっ、マンティス各機、それに周辺の部隊は回避行動に移れ!!』


直感的にアクセルの言葉を信じた悠木大尉は部下と味方に退避するように指示し、自身も愛機を大きく後退させる。

その判断が正しかった証拠に、すぐさま部下から悲鳴に近い報告が伝えられる。


『マンティス17よりマンティスリーダー! センサーが地中震動波をキャッチしました! も、ものすごい数です!!』

『お前の言ったことは正しいようだな……!』

「態勢を整えろ。俺達が戦うべき相手は同じだ」

『了解した。今はBETA撃滅を最優先する!』


直後、地面から噴水のようにBETAが湧き出て、ソウルゲインと戦術機達に襲い掛かってきた。
それは圧倒的な数の多さで、近くの物全てを飲み込み破壊する濁流のような勢いだった。

しかしアクセルの警告のおかげで早めに体勢を整えられた各部隊は冷静にこれに対処し、なんとか戦線を維持することができている。


『各機、急いで距離をとれ! このままだと突撃級に押しつぶされるぞ!』


向かってくる突撃級に120㎜砲弾を叩き込みながら後退する悠木大尉の横を蒼い影が通り過ぎる。
後退する戦術機部隊とは逆に、ソウルゲインはBETAへ突っ込んでいったのだ。


『なっ、馬鹿な!?』


死ぬ気か、と言葉を続けようとしたが、目の前で繰り広げられる光景にそれを飲み込んでしまった。


「打ち砕け! 玄武剛弾!!」


ソウルゲインが両腕を回転させながら発射し、撃ち出された拳が突撃級の外殻を正面から打ち砕いて突き進む。

そのまま前進し、近づいてきた要撃級を思い切り蹴り飛ばしてそばにいた戦車級の群れにぶつけてやると双方ともにはじけ飛んで肉片となった。

ATS(自動追跡システム)によってBETAを続けざまに貫き多くの戦果を上げて戻ってきた腕を、横合いから飛び出してきた突撃級に膝蹴りをお見舞いしてやりながら回収する。

そしてソウルゲインを破壊しようと包囲するBETAを、肘から伸ばしたブレードで次々と切断して返り討ちにしていく。
さらにはちょうど地面から顔を出してきた要塞級を、大きくジャンプして位置エネルギーによる破壊力もプラスした一撃で頭頂部から真っ二つに切り裂いた。


「仕留める! 舞朱雀!!」


この世界の常識と照らし合わせて、あまりにも非現実的なアクセルとソウルゲインの戦いぶりに、悠木大尉はつい見入ってしまった。


『報告は本当だったのか……! これなら、これならBETAをこの星から叩き出すことも不可能じゃない……!』


どこの国が作ったにせよ、いつかこの力が世界中に広まれば人類の悲願を達成することも夢ではない、そう思えた。


確かにこれだけ高性能な、一騎当千という言葉が似合う機体があれば状勢は人類の側に大きく傾くだろう。
だがそれはあくまでも大局的な話であり、今この場での犠牲者が減るということと同義ではないのだ。


『いやぁ! 来ないで! 来ないでっ! あっち行ってえ!?』


恥も外聞もなく泣き叫ぶ声を上げているのは、マンティス大隊の新人だ。
戦車級の接近に気付かずに、機体に取り付かれてしまったのだ。

彼女も悠木大尉同様にソウルゲインに見入っていたが、両者の違いは最低限の警戒を行っていたかどうかという点だ。
悠木大尉は意識をソウルゲインに向けながらも常に周囲の警戒を怠っていなかったが、新人があれだけの物を見せられて呆然としてしまったのを責めるのは酷というものだろう。


戦車級に取り付かれた機体の衛士は恐怖の余り半狂乱となって突撃砲から36mmを無差別に周囲にばら撒く。
しかしそれは密着している戦車級には当らず、逆に助けようとしている味方を危険にさらしている。


コクピット内には装甲を齧る音が死刑宣告のように鳴り響いている。
眼前に迫った死に怯える年若い少女ならばやむを得ないとも言えるが、彼女のとった行動は自分と仲間の死期を早めること以外何の意味も無い。


『落ち着け! 操縦桿から手を離せっ! これじゃ助けられない! おいっ聞こえてるかっ!?』


部下を助けるべくいち早く接近した悠木大尉だったが、助けたい相手からの銃撃でこれ以上近づくことすらままならない。


(このままじゃさらに犠牲者が出る……。撃つしか……ないの……!?)


救助を諦めて、せめて苦しみを長引かせないように一撃で葬ってやる事が正解なのかと迷っている彼女の眼前を、再び蒼い巨影が横切る。

ソウルゲインはいまだ止まない銃撃を一顧だにせず、一直線に部下の下へ突き進んでゆく。


部下を助けてくれるのか、そう思い安堵しかけた悠木大尉は次の瞬間背筋に冷たい物が走った。
あの蒼い機体の衛士もさっきまでの自分と同じ事を考え、それを実行に移したのではないかと思い至ったからだ。

すなわち、これ以上被害が出る前に目の前の味方を葬り去るという苦渋の決断を。
あの機体は素手で容易く要撃級を叩き潰していた。それに比べれば戦術機の装甲なんぞダンボールみたいなものだろう。


『待ってくれ! せめて、それは私が――』


制止の声も届かず、蒼い巨人は無慈悲にその腕を伸ばした。

その場に居た全てのマンティス大隊員が仲間の死を予想し、ある者は止めようとし、ある者は諦めた。

だが、結果は全員の予想を裏切る形となった。

それも、最高の形で。



ソウルゲインは拳を叩きつけるのではなく、手を開いたまま撃震に接近。

そして一切の躊躇無く、その大きな手で戦車級を握り潰す。
ぐしゃ、という耳障りな音をさせて、戦車級は挽肉になった。
そのまま纏わりついていた戦車級を一匹残らず握り潰す。


これを目撃した者はこの非常識な光景に己の目を疑った。
人型機動兵器の繊細なマニュピレータで小型とは言えBETAを握りつぶすなど、とうてい信じられるようなものではない。
もっとも、一番非常識だと叫びだしたかったのは当の潰された戦車級達だろう。


『あ……あ……? え、わた、し……生きて……る……?』


あまりにも唐突に死の淵から助け出された衛士は、ショックで放心状態に陥っている。

周囲の部隊も似たような状態に陥りかけたが、すばやく現状を認識する事でそれを防いだ。
つまり、仲間が無事助かったということを。

部下達が歓声をあげる中で、一人冷静さを保っている悠木大尉が大きな声で注意を促す。


『まだBETA共がくたばったわけじゃないぞ! マンティス各機、警戒を密に!』


その声で慌てて陣形を組み直す部下を確認してから、悠木大尉はアクセルに礼を言った。
その言葉はさっきよりもずっと柔らかい、感謝のこもった物だ。


『すまない、部下を助けてもらったな』

「勘違いするなよ、馴れ合うつもりは無い。自分の身は自分で守れ」

『わかっている。そっちこそ、聞きたいことは山ほどあるんだ。死ぬんじゃないぞ?』

「フッ……もちろんだ」


軽口を叩きあうと、二人は再び湧き出てきたBETAとの戦闘を開始する。



正拳、裏拳、肘撃ち、膝蹴り……四肢全てを使ってソウルゲインは暴れまわる。
さながら荒れ狂う竜巻のようなソウルゲインに近づいたBETAは例外なく挽肉に変わっていく。

突撃級の突進を避けて、無防備な背中に拳を振り下すと地面に押し付けられる形で突撃級は絶命する。

振り向きざまに強烈なストレートを叩き込まれた要撃級が豆腐のように容易く潰れた。

わらわらと足に纏わりつき装甲を噛み千切ろうと無駄な努力をする戦車級をうざったそうに蹴り飛ばして始末する。


「次から次と……! うっとうしいぞ!」


ここにきてアクセルはBETAの真の脅威を思い知ることになる。

それは圧倒的な数だ。

倒しても倒しても現れる、底なしではないかと錯覚してしまうほどの戦力。

アクセルにもソウルゲインにも、確実に疲労が蓄積し始めていた。
このまま戦いを続けていけば、どれだけ強大な力を持っていようと数の暴力で圧倒されてしまうかもしれない。


もっとも、それはアクセル一人で戦い続けた場合の話だ。
今はアクセルだけが戦っているのではなく、周囲にマンティス大隊を始めとした戦術機部隊が展開している。

無論の事、基本的な性能や運用方法が違いすぎるうえに、会ったばかりの者達がきちんとした連携を取ることは難しい。

そのため、ソウルゲインが前衛としてBETAを引き付けながら戦い、その後方から戦術機部隊が突撃砲やミサイルで援護するという即席で単純なものでしかない。

しかしながらそれだけでも十分な効力を発揮することが出来ていた。


BETAは優先的にソウルゲインを狙って戦術機への攻撃をおろそかにし、それゆえ戦術機部隊は落ち着いて援護行動を行うことが出来る。

光線級や重光線級も出現しているが、すでにその危険性を理解したアクセルは現れた途端に青龍鱗や玄武剛弾で撃破するようにしていたし、他の敵と戦って手が回らない時は代わりに戦術機が仕留めている為にほとんど被害が出ないという奇跡といっていい状況が作られている。




ソウルゲインに引き寄せられるように各戦線のBETAもここ一帯に集結し始めており、それを追撃する形で帝国軍・国連軍も戦線を押し上げている。


絶望しかなかったこの作戦の流れが、確実に人類の勝利に近づいている。


各軍の司令部もようやく反撃が始まったことでにわかに活気付き、雰囲気も明るい物になっている。


そんな中で苦虫を噛み潰したような顔をしているのは、米軍中将だ。
このままではG弾無しで明星作戦が成功してしまうのではないか、という焦りと恐れが綯い交ぜになって彼の胸中に渦巻いている。


ついに痺れを切らして立ち上がると、シナリオを修正すべく行動を開始する。

世界の覇者たる資格を持っているのはアメリカ合衆国だけなのだから。


欲望でにごった瞳からは、狂気すら感じられた。






――1999年 8月8日 16:39


米軍による事前通告なしのG弾投下が行われた。






『HQよりハイヴ周辺に展開中の全隊へ!! たった今、米軍が新型の戦略兵器を投下した! 直ちにその場から離脱せよ! 繰り返す、直ちにその場から離脱せよ!』



『このタイミングでだと!? なにを考えてるんだアメリカは!』


余りの暴挙に、悠木大尉は思わず唸り声をあげてしまう。
このままでいけば、ハイヴ攻略も目前だった所にこの横槍だ。
おまけに味方を巻き込むのを躊躇しないで、事前に逃げる時間さえ与えないとは。


新兵器がどれだけ強力なのかは知らないが、これは戦術的にも戦略的にも納得できない行動だ。

だがすでに投下は完了してしまっているのだから、できることは巻き添えにならないよう逃げることしか出来ない。

どれだけ納得できずに、歯噛みするほど悔しくても、だ。


『マンティスリーダーよりマンティス各機、聞こえたな!? 全速でこの場から退避だ!』

血を吐くような思いで搾り出した命令を聞いた部下達は一斉に後退を開始する。
レーザー属種は現時点では殲滅が終わっているため、レーザー照射を気にしなくていいのが不幸中の幸いだ。


『おい、聞こえただろう。お前も急いで退避しろ!』


他の機体と比べてゆっくりとした移動速度のソウルゲインの避難が間に合わないのではないかと心配した悠木大尉が発破をかける。


「……そうしたいのは山々だが、コイツは足が遅くてな。先に行け」


少しだが焦っているアクセルの声に、このまま行っていいものかと悠木大尉は迷ってしまう。


『だが……!』

「早く下がれ! ここで犬死する気か!」

『……済まん。死ぬなよ!』


迷いを振り切るように、最高速での離脱を開始した撃震の姿はすぐに小さくなっていき、近くにはソウルゲイン以外の機体は居なくなってしまった。


「さあ、走るぞソウルゲイン……! ここまで来て死ぬのは御免だ、これがな」


戦術機と比べるとどうしても遅いと言わざるを得ないが、なんとか安全圏まで離脱しなければならない。

空を見上げれば、真っ黒な球体がゆっくりとこちらに向かって降りてきている。
ハイヴから何条もの光線が伸びてG弾を撃墜しようとするが、直前でぐにゃりと軌道を曲げられてG弾には届かなかった。

アレの効果範囲と威力がどれほどかはわからないが、とにかく少しでも離れておくことに越したことはない。




そして真っ黒な球体がゆっくりとハイヴ直上に到達すると、ついに禁断の兵器がその力を露にした。

一瞬の閃光の後に、紫色の多重乱数指向重力効果域が展開されてそれに触れたあらゆる物質が分解されていく。

まず始めにハイヴの地上構造物とそこに居たBETAが餌食となった。

そこからさらに効果範囲は広がり続け、辺り一面を一切の生命が存在できない不毛の地へと変えていく。

ソウルゲインは辛うじて効果範囲外へと逃げることが出来ていたが、爆発の余波である衝撃波からは逃げることが出来なかった。


走るのを止めたソウルゲインは地面に伏せ、防御体勢をとって来るべき衝撃に備えようとする。



「……くっ、持ってくれよソウルゲイン!」


凄まじいまでの衝撃がソウルゲインに叩きつけられ、振動によって大きく揺さぶられていく。
歯を食いしばってそれに耐えるアクセルに同調し、ソウルゲインが四肢に力をこめて吹き飛ばされまいと大地にしがみつく。


実際には数分という短い時間の出来事だが、ただ耐えることしかできないアクセルにとってはそれが何時間も続いたように感じた。








やがて衝撃波が収まり、効果範囲が収束されて禍々しい紫の滅びが消え去った後にはたった二つの物以外は何も残っていなかった。



一つは、ハイヴ。
地上構造物が完全に消滅し地下部分も大きく抉りとられていながらも、反応炉は無傷だったために未だ健在と言える。
しかしながら、内部で待機していたBETAは大半がG弾に巻き込まれ消滅したので実質的な戦力はもう無いだろう。



そして、もう一つがソウルゲイン。
衝撃であちこちボロボロになりながらも、なんとか耐え切ったのだ。


「本当に……頑丈だな。貴様を気に入ったぞ……ソウルゲイン」


大きく息を吐いて、アクセルはソウルゲインに労いの言葉をかけてやる。

次元転移に加えて戦闘の連続、さらにはG弾の余波が直撃……。
並の機体ならばとうに壊れていてもおかしくない状況を見事に乗り切ってみせたのだ。

褒めてやっても罰は当るまい。


「しかし……これからどうしたもんかな、こいつは」


さすがのソウルゲインも、これ以上の無理は出来ない。
まだなんとか戦闘行動は可能だが、今のままでは本来の三割も力を発揮できないだろう。

この状態ではあの戦術機とかいう機体にも後れを取りかねない。
しばらくすれば、効果範囲外に撤退した部隊や新たな部隊が再進軍して来るだろう。
その時、最悪の場合はソウルゲインを拿捕しようとする部隊と戦闘になることも十分に考えられるのだ。


いっそのこと、ソウルゲインの修理も兼ねて国連軍か帝国軍のどちらかにでも身を寄せるのも選択肢の一つかもしれない、そんな風にアクセルは今後の身の振り方を考えていた。





その時、目前の空間が突然大きな変化を遂げる。

眩いばかりの光を放ち、砂漠で見る陽炎のように大きく歪み始めたのだ。


「これは……!! 次元転移の前兆か! 何者かがここに転移しようとしているのか!?」


それが仲間達であれば……という一抹の希望を抱きながら、アクセルは食い入るように眼前を見つめる。

そして、ついに限界までエネルギーが収束した空間から真っ白い閃光が放たれアクセルの視界を奪う。





次に目を開けて、アクセルが見たのは望んだとおりの光景だった。



浮遊する二隻の万能戦闘母艦『トライロバイト』。

『量産型ゲシュペンストMk-II』、『量産型アシュセイヴァー』、『エルアインス』……他にも見慣れた機体が多数周囲に存在している。


現れたのは、紛れもなく『シャドウミラー本隊』、アクセルの同志達だ。


「……どうやら、一人で流れ着いたという最悪の状況は終わったらしいな、こいつは」


思わず笑みがこぼれるが、仲間達と合流できたことはやはり嬉しい。


『その様子じゃ一足早く暴れてたみたいね、アクセル?』


転移してきたトライロバイト級の片割れ『ワンダーランド』から聞き慣れた女の声で通信が入る。


「遅いぞ、レモン」

『あら、ごめんなさいね。女は身支度に時間がかかるものなのよ』

声の主は、レモン・ブロウニング。
優秀な科学者であり、機動兵器の開発などの技術的な面でシャドウミラーを支える幹部だ。


「貴様の言っていた通り、転移にズレが生じたな。俺一人しか転移に成功しなかったのかと冷や汗をかいたぞ」

『次元の狭間に飲み込まれて消滅しなかっただけ、儲けものだと思いなさいな』

「まあ、それはそうなんだがな」

『……でも本当に、無事でよかったわ。貴方、無茶ばかりするから心配してたのよ?』


アクセルとレモンの個人的な関係は、恋人――アクセルは成り行きだなんだとごまかすだろうが――であり、お互いにはっきりと口に出しはしないが深く想いあっている。
だから、レモンは本当にアクセルの無事を喜んでいるのだ。


「俺は死なんさ。理想の闘争に殉じるまでは、な」

『ふふっ、そうね。貴方、しぶといもの』

『……アクセル。聞こえるか?』

「ヴィンデルか? その様子ではプランEFは成功したようだな」


もう片方のトライロバイト級、シャドウミラー旗艦『ギャンランド』から聞こえてきた声は、総指揮官であるヴィンデル・マウザーの物だ。


『一応はな。各艦及び各機動兵器のコンディションチェックとどれだけの人員が転移に成功できたか調べている所だ』

「そうか。俺も断片的にだが『こちら側』の情報を手に入れた」

『ならばギャンランドで話を聞かせてくれ。整備員に受け入れ準備をさせている』

「了解した」



ソウルゲインや周辺にいる機体は母艦へと移動し、やがて準備が整うと二隻の戦艦は横浜から姿を消した。






様々な出来事の後に、明星作戦は人類の勝利で幕を閉じた。


G弾の使用により各国……とくに日本の米国への不信感は更に増し、ハイヴ内で発見された『捕虜』の存在が世界を驚かせることになる。


それらと同様、あるいはそれ以上にソウルゲインが『こちら側』の人類に与えた衝撃は計り知れない物があり、これから先も様々な意味で驚かされるだろう。




滅亡と戦う世界に、影は降り立った。






あとがき

明星作戦、これにて終了です。

本当はもっと早く出来上がるはずが、夏バテやらなんやらで2、3日ダウンしてしまい遅くなってしまいました。
皆さんもお体には気をつけてくださいね。熱中症とかマジ怖いです





[20245] 第5話   蠢く影
Name: 広野◆ef79b2a8 ID:7d43d95b
Date: 2010/09/02 02:10
地球連邦軍特殊任務実行部隊、「シャドウミラー」


元々は地球連邦軍の一特殊部隊に過ぎず、その規模もそれ相応のものでしかなかった。

だがクーデターを開始してからは、隊長であるヴィンデルの思想に賛同した他部隊の兵士や連邦に敗北したDC(ディバイン・クルセイダーズ)の残党、さらにはゲリラ屋などが加わった結果、一大勢力と呼ぶにふさわしい規模にまで膨れ上がった。

しかし度重なる戦闘により徐々にその数を減らし、転移直前の戦力は母艦が三隻、機動兵器が諸々合わせて総数496機にまで減っていた。
それでも、敗残兵と呼ぶには多すぎる物ではあったが。



『こちら側』の横浜に転移してきたシャドウミラー隊は、現在日本近海を航行している。

転移に成功できた機体総数が二隻の母艦に搭載できる数を超えていたために、牽引ケーブルで艦に固定したり飛行可能な機体は自力で移動させるといった方法が取られている。

ちなみに、回収されたソウルゲインは全身余す所なく……それこそ手のひらにまでBETAの肉片や体液が付着しており、整備員が洗浄にとても苦労したことを記しておく。



旗艦ギャンランドのブリーフィングルームにて、ヴィンデルを始めとしたシャドウミラーの主だった幹部クラスが集まっている。
議題は無論、現在の状況と『こちら側』の世界についての事だ。

シャドウミラーの技術面の統括者であるレモンが、司会を務める形で説明を開始した。


「まず、現状でこちら側への転移に成功できたのはギャンランド、ワンダーランドの二隻。機動兵器は496機中442機よ」

「……予想よりも遥かに被害が少ないな。半数以上が転移に失敗する事も覚悟していたが」

「そうね、当初の被害予想からすれば結果的に『プランEF』は成功したと言っていいでしょうね」


レモンの報告にヴィンデルが顎に手をやりながら思案する。
そもそも、シャドウミラーが次元転移に使用した装置『リュケイオス』は著しく安定性に欠ける代物だ。

そんな危険な物に頼らざるを得ないほどに追い詰められていた訳だが、当然転移に失敗した時のことも考えられていた。
予想では転移に失敗すれば時空の歪みに巻き込まれて消滅するだろうとされており、戦力の大部分が失われてもおかしくはなかった。

しかし、結果は戦艦一隻、機動兵器54機の損失で済んだ。
この被害が痛くないわけではないが、許容範囲内の犠牲だろう。


「ブロウニング博士、『ネバーランド』を始めとした合流できていない者達は転移に失敗したと考えていいのか?」

「今の所は何とも言えないわね。アクセルのように転移にズレが生じているのかもしれないから、違う場所・違う時間軸に飛ばされたのかもしれない」

「つまり、可能性はあると?」

「そういうことね。転移の前兆を見逃さないように注意させているわ」


続いて、合流できていない者達の安否を尋ねたのは、ロレンツォ・ディ・モンテニャッコ。
DCの残党をまとめていた人物で、世界は緊張を解いてはならないという考えによってシャドウミラーに合流した男だ。


「次にWナンバーズについてね。126体の量産型ナンバーズは概ね問題ないわ。……ただ『Wナンバー』がちょっと、ね」


Wナンバーズとは、シャドウミラーの戦力を補う為にレモン・ブロウニングが造り出した人造人間のことであり、その中でも特に優秀な能力を持って生み出された個体を『Wナンバー』と呼ぶ。
転移の前には合計18体作られており、主要戦力の一翼を担う予定だった。


「初期型のナンバー達は『ネバーランド』ごと行方不明で、後期型のナンバーも合流できていなかったり転移時のショックで不具合を起こしていたりするの」

「使い物になるのはどれだけ居る?」

「はっきり言ってしまうと、W16だけよ。W15は安定性に不安が見られるし、他のナンバーも似たり寄ったりで安心して背中を任せられるとは、とてもじゃないけど言えないわね」


修理の目処も立たないし、とアクセルの問いかけにレモンは肩をすくめてお手上げのジェスチャーをしてみせる。
すると、ふと思いついたようにアクセルは質問を続ける。


「……奴は? W17はどうした?」

「あの子も行方不明組よ。なに、気になるの?」

「Wナンバーの中で俺が唯一引き分けた奴だからな。戦力としては期待できると思っただけだ」

「ふふっ、確かにね。あの子は私の最高傑作だもの」


レモンはどこか嬉しそうにそう言うと、集まったメンバーを見回しながら他に聞きたいことはある?、と聞くが特に無いようで新しい質問をする者はいなかった。


「とりあえずは良いみたいね。まあ聞きたい事ができたら後で質問してちょうだい。さて、それじゃあ『こちら側』についての説明に移るけど……」


コンソールを操作すると、中央のモニターに映像が映し出される。
ソウルゲインの戦闘データとメインカメラの情報を合わせた物で、揺れを抑えるなどの補正をかけて見やすくしたものだ。

荒れ果てた大地が移る中、唐突に画面にBETAが移りこむと見ていた者達は唸り声を上げたり息を飲んだ。
ヴィンデルですら驚いているのだ。例外は実際に戦ったアクセルと事前に映像を見たレモンだけだ。


「これは……なんとも」

「生体兵器か……。それにしても醜い」


歴戦の勇士である彼らですらこのように思うのだから、BETAを醜悪に思うのは万国共通というか並行世界共通の感想のようだ。


「ホントに、可愛げがないというかなんというか……。私ならもう少し可愛くデザインするのに」

「相手の士気を下げるという意味ではこの上なく機能的な外見だな。そう馬鹿にしたものでもあるまい」


レモンとヴィンデルの二人はまた違った視点というか、少しずれた感想を言っているが技術者と指揮官という立場の違いからくる物……なのだろうか。

ざわめきが収まった所で、レモンに変わってアクセルがBETAの説明する。


「これがBETA……こちら側での人類が敵対している存在だ。見ての通り、生体兵器でありおそらくインスペクターとは無関係と思われる」


映像を一時停止させ、手に入れた情報をもとに一体ずつ細かい説明をしていく。


「このサソリのようなものが要撃級、外見に似合わない俊敏さで移動し前腕で攻撃してくる。中・遠距離からの攻撃手段を持っていないので距離をとれば危険性はほぼ無い。勢いよく突っ込んでくるのが突撃級。頑強な装甲を持っていて特に前面からの攻撃に強い。ただし横や後ろからの攻撃には弱く一定以上の火力があれば正面からでも問題なく仕留められる。次に――」


大体の説明が終わったところで、再び説明役をレモンに任せて椅子に座り水を一口飲む。
喋りすぎて渇いた喉に、心地よく水分が染み渡ってゆく。


「アクセルの報告では、ソウルゲインが本調子でなくとも問題なく対処できたわ。個体としての戦闘能力はそれほどでもないみたい。その代わり、膨大な数で個体性能の低さを補ってるみたいね」

「質より量、というわけですか。光線級とやら以外はそれほど気にしなくともよさそうですな」

「そうとも言えん。攻撃が当ればPTやADでも油断できんぞ。特に戦車級とやらはなかなかにやっかいそうだ」


兵士としての性なのか、未知の敵への対策を積極的に論じ合うが、あくまでも断片的で主観的な情報しかないためにほどなく議論は止まり、皆考え込んでしまう。

それまで黙って見ていたヴィンデルが、場が静まった事を頃合にこれからの行動の指針を話していく。


「もう気付いていると思うが我々には絶対的に情報が足りない。『こちら側』の人類の勢力図や、いつから、どのような理由でBETAとの戦争が開始されたのかもまるでわからん状況だ。このままでは今後どのような行動をとるべきか決めることすらおぼつかない。故にまずは情報収集を第一とし、その後にこの世界にどう干渉していくか考える」


シャドウミラー総司令として下した行動決定は筋が通った物であり、メンバーも頷いて異論は唱えなかった。


「ここにたどり着くまでに多くの仲間の命が失われた。転移に失敗し次元の狭間に消えた者達も少なくない」


静かに部下達を見据えながら、ヴィンデルはゆっくりと言葉を紡いでいく。

集まった一人一人の顔を見ながら、本心からの気持ちを伝える。


「志半ばで倒れ、散っていった者達の為にも……我々の理想、『永遠の闘争』を実現させなければならん。その為にお前達の力を私に貸してくれ」


「言われるまでも無い。そのつもりがなければこんな無茶には付き合わん、これがな」

「そうねぇ、乗りかかった船だし最後まで付き合うわよ」

「平和による腐敗と退廃に塗れた世界では、異星人から地球を守ることなどできんからな」

「踏みにじられた兵士達に生きる場所を与えてくださったのは貴方です。その理想に命を賭すことに迷いはありません」


拒否する者は一人としていなかった。
ここまでヴィンデルについて来た者は、皆ヴィンデルが『向こう側』で平和の為に切り捨てられ、見捨てられた兵士達を救うために尽力していたことを知っている。

そして何よりも、緩慢に腐っていった世界を憎んでいたことを。

すでに次元転移という大博打にまで付き合ったのだ。力を貸すことを嫌がるはずもない。


「……礼を言う。では、これよりシャドウミラー隊は情報収集の為に世界各地を回ることになる。各員、持ち場に戻り皆をまとめてくれ」




当面の目的が決まると議論は終了し、解散となった。


そして『こちら側』でのシャドウミラーの活動が始まる。
世界中を巡っての情報の収集、及び分析だ。


元々諜報活動はシャドウミラーの得意分野である上に、『向こう側』と『こちら側』の技術水準に大きな差があったことも幸いして順調に情報が集められていった。

それも当然の事で、現在は西暦1999年……新西暦188年の時代から転移してきたシャドウミラーからすれば二世紀近くも昔の世界なのだ。

極端な話、この世界で最高峰の情報防衛力を誇るアメリカ合衆国の機密情報でさえ、物理的にならともかく情報機器のようなデジタル的な面から見れば透き通ったガラスのように丸見えなのである。


それよりも、生きていくために必要な食料や衣服、医薬品などの調達が大きな問題だった。
手持ちの物資では、ほどなく底をついてしまうのはわかりきっていたのでどこかで補充しなければならない。

シャドウミラーが持ってきた金銭――円やドル、ユーロなど――はその多くがこちら側で使用されている物と変わらなかったが、通し番号を始めとした諸々の問題で使用することは躊躇われた。

しかし背に腹は変えられず試しに使ってみた所、問題なくすんなりと購入することができた。
BETAとの戦争で生存に不可欠な物以外の技術発達が遅れているこの世界では、精巧な偽札を作ることは難しいためにチェックが甘いのだろう。
後々問題になるかもしれないが、その時にはすでに近くには居ないのでどちらにせよご愁傷様という奴だ。

なんにせよ、これでしばらくは盗賊まがいのことはしなくて済む。


しかし人と接触すればもちろん痕跡が残ることになり、噂も立つ。
何度か各国の軍、特にアメリカの軍が接触しようとしてきたがその度に煙に巻いてきた。


それはシャドウミラーの保有する高性能のECM、ASRS(アスレス)――Anti Sensor and Rader Suffia - field(対感知装置球状フィールド)の略称――の存在が大きく、ASRSは発生させた球状フィールドの表面に沿って電磁波を屈曲させ、レーダーに電磁波が返されなくなるという効果がある。
これによる高いステルス性と相手の通信を傍受することで常に先手を打ち、自分達の存在を出来うる限り隠蔽していたのだ。



シャドウミラーが情報収集を続けている中で、世界情勢もまた大きく動き始めていた。


明星作戦で使用されたG弾は、その破壊力を各国が目の当たりにしたことでG弾脅威論が広がり始めたが、米国やその支持国は威力と有用性を実証できたことにより声高にG弾の積極運用を提言している。
なお、事前通告無しに使用された事で友軍に被害を与えたことについては、現場指揮官である米軍中将の独断による暴走として片付けられ、軍事裁判に掛けられることで一応の決着を見た。

暴れに暴れたソウルゲインの存在は大きな話題となっており、各国が事実確認に奔走している。
呼び名が無いのは不便なので、いつのまにかその外見からマスタッシュマン――髭男と呼ばれるようになっていた。

アクセルは不満そうだったが、レモンはピッタリな名前じゃないと面白がっていて、他の兵士もなるほどなーとネーミングセンスに感心したりしていて概ね好評であった。



国連は香月夕呼博士の要請によって、制圧した横浜ハイヴの地上に基地を建設することを決め、着工に取り掛かっていた。
そこをオルタネイティヴ4の本拠地とすべく、必要な施設などの移転も同時に進められている。





それぞれの思惑と共に時間は過ぎ去り、瞬く間に五ヶ月が経過した。




ギャンランドのブリーフィングルームに、再びヴィンデル達は集まっていた。

集まった情報を元に、今後の具体的な行動を決定するためである。


「思ってたよりも不味い状況みたいね、こっち側は」

「ああ。よもや三十年以上も戦争を続けていたとはな」


『向こう側』でも長期間にわたる戦争が無いわけではなかったが、年号が新西暦になってからは技術の発展に比例して戦争の期間は短くなっていった。

初めて人型機動兵器が本格的に運用された『DC戦争』は半年ほどで、侵略してきた異星人との戦争である『インスペクター事件』ですら一年以内に終了しているのだ。アクセルが驚くのも無理はない。

むしろ『こちら側』からすれば、そんな短期間で異星からの侵略を退けたことの方が信じがたい。


「各国の足並みも揃っているとは言いがたい。利害や権益の為に目前の危機への対処を遅らせるとは……。政府の愚かさは世界が違えど同じという事か」

「すでに世界人口は60%以上が死滅している様子。市民・兵士を問わず犠牲者は増え続けているようです」

「技術レベルの低さも問題だ。インスペクターからの技術吸収なしに人型兵器を作り出した事は賞賛に値するが、とてもではないが地球上からBETAを駆逐するのに十分な性能とは言えんぞ」

「せめて、特機に類する物があれば話が違うのだがな……。数で勝る相手に数で挑んでも勝ち目は無い」


五ヶ月間の諜報活動によって得られた情報はシャドウミラーを驚愕させる物ばかりだった。
二世紀近い時間のズレ、それにも関わらず存在する人型機動兵器、インスペクターとは根本的に違うBETAという異星からの侵略者……全てが『向こう側』とは違っていた。

覚悟していたとはいえ、ここにいる幹部はもちろん、末端の兵士達もあまりにも違う世界に戸惑いを隠せないでいた。


たった一人、永遠の闘争の世界を創りだそうと一番に奔走してきた男を除いて。


「……だが、この世界は我らの理想に程近い」

「どうしてそう思う、ヴィンデル?」

「確かにこのままでは人類が滅びる可能性は高い。腐敗も数多く存在する。しかしここまで闘争が日常と化した世界ならば、理想の雛形と成りうるのだ。兵士達が否定されず、受け入れられるこの世界ならば……兵士の楽園を、誇りを持って戦いの中で生きる場所を創り出せるかもしれん」

「まあ、確かに『向こう側』よりは条件が整ってるわね。あっちはもう根本から腐ってしまっていたし」


ヴィンデルの言うことも間違ってはいない。
腐敗が目立つ部分もあるが、『永遠の闘争』のテストケースとしては『こちら側』は望ましい環境だろう。


「では、ヴィンデル様?」

「ああ、本格的な干渉に移るぞ。問題はどの勢力とコンタクトを取るかだが……」

「最大勢力はアメリカだな。しかしあの国の考えはかつての連邦政府と同じだ。地球を捨てて逃げ出すなど俺は気に食わん、こいつが」


アメリカの推し進めている「オルタネイティヴ5」計画は一部の人間だけが地球を捨てて脱出し、残った者に玉砕覚悟の戦いを強いる物だ。
これは自らの保身のために秘密裏に異星人に降伏して地球を売り渡そうとし、あまつさえ自分達だけ地球圏を脱出して助かろうとしていた連邦政府やEOT特別審議会の連中と同じ考えではないのか。

シャドウミラーからすれば、アメリカの計画にはとてもじゃないが賛同できない。


「それに一国による世界の支配は退廃と堕落を引き起こし、やがては世界を腐らせる。そういう意味でもアメリカとの連携は考えられん」

「だけどあの国はこちら側で一番の工業国よ。慢性的な物資不足に陥りがちな私達には、その生産力は魅力的じゃない? あちらさんも一枚岩じゃないみたいだし、パイプを作っておいて損は無いわよ」

「レモンの言う事も一理ある。反オルタネイティヴ5派と接触してみるべきだな」


人が集まれば集団となり、大きくなればなるほど様々な思惑や利害関係が生まれ、派閥に分かれていく。
強大な国家や組織ほど、危うい均衡によって辛うじて保たれていることが珍しくないのだ。

そこに、シャドウミラーが付け入る隙がある。


「『システムXN』の安定化の問題もある。やはり、横浜……香月夕呼との接触が最優先か」

「そうねぇ、『ヘリオス・オリンパス』も見つからないし現時点ではそれがベターな選択かしらね」


シャドウミラーがこちら側に転移してくる為に使用した装置は正式名称を『システムXN』といいオリジナルである「アギュイエウス」とそれを研究して作られた「リュケイオス」の二基が存在する。

そのうち、「リュケイオス」は転移の際に自爆させたので残りは「アギュイエウス」だけであり、必然的に元の世界に帰るにはこちらを使うしかない。
だが、「アギュイエウス」は開発者である『ヘリオス・オリンパス』が居なければ正常に動作せず、「リュケイオス」以上に不安定なシステムだ。

では肝心な『ヘリオス・オリンパス』はどうしたかというと、「アギュイエウス」の起動実験に失敗して行方不明となってしまったのだ。
事情を知る者たちの予測では、彼は未知なる並行世界へと飛ばされてしまった可能性が大きいという。

なのでシャドウミラーは情報収集と同時にこの世界での『ヘリオス・オリンパス』の痕跡を探しまわった。
自分達同様に、彼もこちら側に飛ばされているのではないかと思ったからだ。

しかしながら、どれだけ調べても一切の痕跡も見つからなかった。
無論、世界中をくまなく探したわけではない。アメリカ合衆国のCIA本部などの比較的ガードの固い場所もまだ調べてはいないので、もしかしたらそういった場所に引き篭もっているのかもしれない。


それでも、彼がこの世界にいるとは考えがたい理由があった。


それは『こちら側』の技術があまりにも『向こう側』とかけ離れている事だ。

もし仮に、『ヘリオス・オリンパス』が来ているなら必ずなんらかの行動を起こしているはずだ。
未知の怪物に食い殺される危険に怯えるよりは、可能性が低くとも自分が元居た世界に帰るために努力するだろう。
『向こう側』で屈指の才能を誇る彼ほどの科学者が『こちら側』で行動を起こせば大きな技術革新が起こる……最低でも『向こう側』と同じ技術系統が突然現れるはずだ。

なのに、この世界の技術は何十年も前からゆっくりと進歩した地続きの技術であり唐突な技術的ブレイクスルーは見られない。
そういったこことは違う場所からの干渉が全く感じられないのだ。


以上の点から考えて、ヴィンデル達は『ヘリオス・オリンパス』は『こちら側』に辿り着いていないのではないか、という結論に至った。
これでは、増強した戦力を携えて『向こう側』に帰るにはこちらに来た時以上の危険性があることになってしまう。

そんな中で、レモンが一人の興味深い人物を発見した。



それが香月夕呼……オルタネイティヴ4の総責任者である女性だ。
彼女の提唱する『因果律量子論』はこの世界で唯一、平行世界の存在を極めて理論的な観点から説明できている。
さらに理論の中で仮説として登場した『因果導体』という存在も含めて、この『因果律量子論』を実証できれば今までとは別のアプローチで『システムXN』の安定化を図れるかもしれない。


シャドウミラーにしてみれば、香月夕呼を支援することは大きな利益に繋がる可能性を秘めているのだ。


「他にアテも無いしな。俺は異論はない、これがな」


アクセルやロレンツォなど他のメンバーからも大きな反対が無かったので、まずは横浜へ向かうことが決定された。

もし香月夕呼との交渉が決裂したとしても方法はいくらでもある。
便宜的にアメリカに協力して「オルタネイティヴ5」を進め、第四計画ごと香月夕呼を取り込んでしまうというやり方もある。

あの力に貪欲な国ならば、こちらの技術力を見せ付けてやれば一も二も無く飛びついてくるだろうからアメリカを隠れ蓑に蠢動するのも悪くない考えだ。



なんにせよ、どういう風に事態が転がっていくかは香月夕呼との交渉次第だ。

打てる手は無限ではないが、悲観するほど少なくもない。



蠢く影は、静かに横浜へと向かっていく。





あとがき
今回は終始、説明回となりました。
本文中に出てきたロレンツォは本来ならシャドウミラー所属ではありませんが、思想的に参加していてもおかしくないので出てきてもらいました。
向こう側のロレンツォが転移に失敗せずに辿り着いた、という風に考えて頂きたいです。
あと当然のように雌伏が大好きな人もついて来てます



[20245] 第6話   戦う者たちの思惑
Name: 広野◆ef79b2a8 ID:7d43d95b
Date: 2010/11/23 04:05
【2000年1月10日23時39分  国連軍横浜基地 地下19階 香月夕呼の研究室】



横浜基地の最下層にある研究室は、オルタネイティヴ4の全てが凝縮されていると言っても過言ではない場所だ。
この部屋の主である香月夕呼は椅子に深く体を沈め、疲れた顔をしている。

わずかな例外を除いて、自分以外が入ることが出来ないこの部屋は、数少ない素顔を晒せる場所だった。

オルタナティヴ4計画の総責任者である彼女は、迂闊に人前で疲れを見せるわけにもいかないのだ。

ようやく仕事を終えて、一先ずの休憩を取ることが出来た。
本当は細々とした仕事が残っているのだが、それらは全て副官であるピアティフ中尉に押し付けてきた。
酷いようだが、こうでもしなければ一息入れることすらできないのである。

オルタネイティヴ4は良くも悪くも夕呼でなければ進めることが出来ない部分が多く、必然的に夕呼にかかる負担も大きな物となっている。
言っても詮無いことではあるが、そういった負担が彼女の精神から余裕を奪い始めている。


大きく深呼吸を一つすると、夕呼はパソコンを操作し映像データを呼び出す。

明星作戦時、A-01の部隊員が接触したアンノウン――『マスタッシュマン』の戦闘データで、時間が出来るたびに何度も見ている物だ。

色々と手を回して入手した帝国軍衛士が記録したデータも合わせてあり、世界でもこれだけまとまった『マスタッシュマン』の戦闘データを持っている者は数少ない。
モニターに映し出される映像は、何度見ても荒唐無稽というか理不尽というか……とにかく非常識としか言えない。


素手で要撃級を叩き潰すは、飛ばした腕で突撃級を真正面から粉砕するは、肘から伸ばしたブレードで要塞級を真っ二つにするは、挙句の果てに掌からビームを撃ちだし光線級を焼き尽す……やりたい放題にも程がある。


「……まったく、どこのどいつよ。こんなトンデモ兵器作ったのは」


既存の戦術機と比べ物にならない圧倒的な戦闘能力を持ち、さらには装甲の自己修復機能まで持ち合わせるとは……。

ただでさえ頑強な装甲をしているらしいのに、受けた損傷が見る見る内に修復されていることに気付いた時は、我が目を疑った。



今まで噂すら聞こえてこなかった、異常ともいえる技術レベルで作り出された未知の機体。

唐突すぎる登場に加え、明星作戦以降その所在はまるでわからなくなっている。

世界中の国が諜報機関を総動員しているにも関わらず、だ。


あれだけの戦果を上げたのだから、G弾を使用したアメリカのように大々的に喧伝しても良さそうな物なのに、未だにどの国も『マスタッシュマン』を作ったのは私達です、と名乗り出てはいない。

情報を隠したがっているのかもしれないが、その理由がわからない。
むしろ、情報を公開して自国の世界的な影響力を強めた方が利益になるだろうに。

もし『マスタッシュマン』の量産が開始されれば、どの国も競ってその導入を進めるはずだ。
単機で旅団規模のBETAを殲滅し、自己修復機能による高い継戦能力で長く戦場に留まることが出来る……機動兵器としては理想型の一つといえるだろう。


断言できる。
これを作った人間は間違いなく自分以上の天才だ。

……あくまで、『この世界』の人間が作ったならば、の話だが。


あの機体はこの世界とは全く違う、異質な技術で作られているように感じられるのだ。

こことは違う場所から急に現れたかのような違和感がどうしても拭いきれない。

まるで、異世界からやってきたようだ。

この映像を目にした者の多くが抱くだろうその感情は、現実的に考えて即座に否定されるだろう。

しかし夕呼にはその馬鹿げた考えを説明できる理論があった。

『因果律量子論』……平行世界の存在に言及したこの理論ならば、『マスタッシュマン』の存在を考えうる限り最も無理なく説明できる。


だが本当に『マスタッシュマン』が並行世界から転移してきたとして、何故その後の足取りが掴めないのだろうか?

G弾によって跡形も無く消滅した事も考えられるが、最後に確認された位置から考えて可能性は低い。
余波で破壊されたにしても残骸の一つも見つからないのはやはりおかしい。


そう言えば、ここ数ヶ月でもう一つ気になる情報が入ってきた。

なんでもアメリカ大陸周辺で浮遊する二隻の戦艦らしき物体が目撃されているらしい。
事の真偽を確認しようと米軍が何度も接触しようとしたが、結局それらしいものは一切見つからなかったという。

目撃されているのに存在を証明できないことから、「幽霊戦艦」などと呼ばれ騒がれている。


浮遊する戦艦という時点で眉唾物だし、他愛無い噂話と考えている者が大半だが夕呼はなにか引っ掛かる物を感じていた。

実は明星作戦でG弾が投下された直後にも、同じような報告が上がったのだ。

けれどもその時は報告した士官がだいぶ混乱していたのと、G弾のインパクトが強すぎて自然に忘れられていった。


今になって考えてみれば、本当のことだったのかもしれない。
その浮遊する戦艦とやらが『マスタッシュマン』の母艦で、母艦に回収されたから何の痕跡も残っていなかったと考えれば辻褄は合う。


もっとも今更こんなことを考えてもしょうがない。
事実だったとしても、連中はすでに半年近く世界中の目を欺いて隠れているのだ。
夕呼自身、あちこちに情報網を張り巡らせて探しているがロクな情報がないのだから。

彼ら自身が表舞台に出てこようとしない限り、このまま何の音沙汰も無く忘れ去られてしまうのではないだろうか、そんな風にすら思えた。


「まあ、考えてもしょうがないことよね…………ふぁぁ~あ」


大きくあくびをすると、今日は早めに寝られそうね、と考えたがその期待は横浜基地全体に響き渡る警報音によって粉々に打ち砕かれた。


『防衛基準体勢1発令! 繰り返す、防衛基準体勢1発令!! アラート待機員は緊急出撃の用意をせよ! 繰り返す――』


「防衛基準体勢1ですって……!? 冗談じゃないわよ!」


舌打ちをすると、夕呼は白衣を翻して研究室から飛び出していく。

焦る気持ちを抑えながら、状況を把握するべくエレベーターで地上へ移動する。

ドアが開くと、我慢できずに脇目も振らずに走り出す。



息を切らせて駆け込んだ横浜基地中央作戦司令室は、困惑と焦燥のるつぼと化していた。


「所属不明艦、こちらの通信には答えず! 更に接近中! 距離は7900!」

「まだなのか!? さっさとアンノウンのデータを照会しろ!」

「やってます! でも該当する艦がまるで見つからないんです!」

「クソッ! なんでこんなに接近するまで気が付かなかったんだ!? 監視要員は何をしていた!」

「か、各部署への対応が間に合いません!」


本来、基地においてもっとも冷静かつ正確な判断を下す為にあるはずの司令室は、右往左往して怒鳴りあっているという酷い有様だ。


(優秀な人材を集めたつもりだったんだけど……やっぱり平和ボケってのはすぐには治らないか)


冷ややかな目で慌てふためく連中を眺めていた夕呼に、ピアティフ中尉が駆け寄ってくる。

彼女はまだ冷静さを保っていたが、戸惑いを隠しきれない表情をしていた。


「ピアティフ、どういう状況?」

「正体不明の戦艦が一隻、当基地に接近中です。このまま接近を許せば、予測ではあと五分もしない内に正面ゲート付近に到達します」

「正面ゲート付近に? 相手は戦艦でしょ、どういうことよ?」

「それが、その……『浮遊する戦艦』なんです。接近しているのは」

「念のため聞くけど再突入駆逐艦と勘違いしてるわけじゃないのよね?」

「はい、降下ではなく確かに飛行しています」

「……なるほど。例の『幽霊戦艦』のお出ましってことね」


ピアティフ中尉にしては珍しく歯切れの悪い報告だが、それも仕方ないことだ。

浮遊する戦艦が奇襲を仕掛けてくるなど誰が予想できようか。


「A-01は?」

「まもなく出撃準備が整います」

「そう……で、どうしてここまで発見が遅れたの?」

「基地要員の怠慢ではないよ、香月副指令」


夕呼は基地要員の練度不足を疑っていたが、それは横合いから掛けられた声に否定される。


いつのまにか、基地指令であるパウル・ラダビノッド准将が側に来ていた。
褐色の精悍な顔つきが、今は抑えられない焦りに彩られていた。


「どういうことですの、司令?」

「純粋に向こうの偽装能力がこちらの探知能力を上回っていたようだ。レーダーにはまるで反応がなく、本当に突然現れたらしい」

「流石は『幽霊戦艦』とでも言えばいいのでしょうけれど、それでもこの醜態は酷いものですわ」

「ああ、緊急時のマニュアルの見直しが必要かもしれん。しかしそれよりも気になるのはアンノウンの動きだ。すでに先遣部隊が襲来していてもおかしくないのに、未だにこれといった動きが無い」


ここまで後手に回ってしまった事と対応の不味さを考えれば、普通なら先制攻撃を受けていても何ら不思議ではない。

だが不審艦は砲撃を加えるでも機動部隊を展開するでもなく、ただこちらに向かってきているだけだ。
すでに向こうの射程圏内に入っているはずなのに、一切の敵対行動を起こしてはいない。


「もしかしたら攻撃する意思がないのかもしれないが……淡い希望に縋るわけにはいかん。奴らが来る前にはなんとか戦術機部隊の展開は間に合うだろう」

「ですが、油断は禁物ですわ。私の予想が正しければ、あの艦は『マスタッシュマン』となにかしらの関係があるはずですから」

「明星作戦で暴れまわった青ヒゲか……確かに、もしもあの機体が敵対するならば……」


この基地は持たんだろうな、そう言いかけた言葉をラダビノッド司令は無理やり飲み込む。
ただでさえ混乱している所なのに、これ以上部下達を不安がらせるようなことを言っても百害あって一利なしだ。


「まだ戦術機甲部隊は出せないのか!?」

「ホーネット隊、ハーミット隊、ハウンド隊の出撃準備が整いました!」

「よし、すぐに出せ!」


各部署に指示を出し終えると、ラダビノッド司令と夕呼の二人は中央に備え付けられたモニターに映る『幽霊戦艦』を見つめる。


彼らがこの横浜基地に何をもたらそうとしているのか、それを考え続けながら。






時間を少し巻き戻し、視点をシャドウミラー側に当ててみればこの事態はたいしたことではない。
単純にASRS(アスレス)を使用して横浜基地の監視の目を欺き、肉眼での発見も遅れるように海中を航行してきたのだ。

『向こう側』の連邦軍も、シャドウミラーのASRSを用いた奇襲戦法には手を焼くほどであったのだから、技術レベルに大きな差がある『こちら側』では事前に探知することは不可能……とまでは言わないまでも大分厳しいだろう。


「ヴィンデル大佐、まもなく横浜基地です」

「手筈通り、合図をしたらASRSを解除して海上に浮上させてくれ。面倒だが向こうに見つけてもらわねばならんのでな」


艦長が問題なく予定海域に到達したことを告げると、ヴィンデルはモニターに移る横浜基地を眺めながら頷いた。
ギャンランドのブリッジは作戦開始前の緊張と昂揚感が混ざり合った独特の空気……ヴィンデルに言わせれば兵士だけが出せる純粋な闘争の雰囲気に満ちている。


「了解です。……ですが、やはり大佐自らがお出向きになられるのは危険では?」

「止むを得まい。こういった交渉事をアクセルだけにやらせるわけにもいかんし、ESP能力者がいる危険性がある以上はレモンにも任せられん」


オルタネイティヴ計画……こちら側の人類が進める対BETAの要となる計画であり、当然の事ながらシャドウミラーも強い関心を持っている。
5ヶ月の調査の結果として、まもなく接触する香月夕呼が主導するオルタネイティヴ4は前段階であるオルタネイティヴ3の技術を接収した事が分かっている。

その為、第三計画の集大成といえる第6世代の能力者も彼女の手元にいる可能性がある。

思考を読む能力者の存在については懐疑的な意見も少なくなかったが、向こう側にも念動力者という特殊な脳波によって敵襲などの危険を察知できる能力者が存在していた。
その事を考えれば頭から否定できる物ではないし、なにより手に入れた情報は機密度の高く信用できる物であった事が決め手となった。


交渉事において、冷静に多角的な視点からの意見を言うレモンは重宝しているのだが、シャドウミラーのほぼ全ての技術を理解しているレモンの思考を読まれることは無視できない問題だ。
香月夕呼との交渉において、こちらが取引に使う物として大きな割合を占めるのが技術提供だ。

シャドウミラーの保有する『向こう側』の技術は、度重なる戦争の中で進歩しさらには異星人の技術まで吸収して高められた物で『こちら側』の人間からすれば喉から手が出るほど欲しい超技術と言っていい。


だからこそこちらの技術提供を餌に協力を引き出そうとしているのだが、もしレモンの思考を読まれそれによって技術を解析でもされればせっかくのアドバンテージが失われかねない。


それにもしも戦闘になった場合、脱出する時に足手まといになる危険性もある。
いささか慎重すぎる気がしないでもないが、回避できる危険は回避しておくに越したことはないのだ。


「交渉にはアクセルとW16も同行させる。いざとなれば香月夕呼を人質にでもして脱出すればよかろう」


実行部隊長として様々な任務を経験し、達成してきたアクセルは機動兵器の操縦だけでなく身体能力や白兵戦の技術も一流だ。
W16もアクセルには劣るが単独で潜入任務をこなせるほど優秀であり、護衛としてうってつけの二人だろう。

ヴィンデル自身も兵士としての技能は一級であり、このメンバーならば横浜基地から脱出することもそう難しくはないはずだ。


大方の準備が整った所で、格納庫で機体の整備に付き合っていたアクセルがブリッジに入ってきた。

その後ろに影のように付き従っている淡い赤の髪をしたボブカットの女性は、W16。
レモンが16番目に手がけた、現時点で戦力に数えられる唯一のWナンバーだ。

見た目は美しい女性だが、一切の感情を感じさせない無表情さがその美しさを損ない……いやある意味で際立たせていた。


「ヴィンデル、各隊の出撃準備が整ったぞ」

「よし、ワンダーランドのレモンに通信を繋げてくれ」


指示を受けたオペレーターが手早く操作し、すぐに後方に位置するワンダーランドのブリッジと繋がった。

作戦プランでは戦力の半分をワンダーランドに回し、後方で待機させる事になっている。
これもリスクを分散させる為の方法で、いざという時に動かせる戦力は温存しておきたいからだ。


「レモン、これから香月夕呼との交渉に向かう。ワンダーランドはこのまま海中で待機していろ」

『わかったわ。ところでアクセル、今回もソウルゲインを使うつもりなの?』

「ああ、ソウルゲインは俺と相性が良い。何か問題があるのか?」

『問題っていうか……修理はまだ7割程度しか終ってないのよ。装甲の交換は終ったけど、ダイレクト・フィードバック・システムとDALS(ダイレクト・アクション・リンクシステム)の調整が完全じゃないの。反応が通常より鈍くなってるわ』

「あちこち移動しながらの上に資材も限られているからな……無理もないか、こいつは」

『別の機体……ヴァイサーガなんかに乗った方がいいんじゃない?』

「ヴィンデル、どう思う?」


アクセルとしては扱いやすいソウルゲインを使いたいが、完全な修理がされていないならば予想外の不具合を起こす可能性もある。
指揮官であるヴィンデルの考えを尊重しようと意見を求めると、このままソウルゲインを使うべきだと言ってくれた。


「戦術機のスペックを考えれば多少調子が悪くとも遅れはとらないだろう。むしろ、ソウルゲインを出撃させるのは連中への牽制としての意味合いが強い」

『ああ、なるほど。オペレーション・ルシファーだっけ? あれでずいぶん暴れたものね。確かにソウルゲインなら十分な威嚇になるわ』


向こうから攻撃してくるなら容赦する気は無いが、弾薬や修理に使う資材に限りがある以上、できるだけ無駄な戦闘は避けたい。
明星作戦でのソウルゲインの活躍は世界各国に知れ渡っており、横浜基地の司令官がきちんとその戦闘能力を理解できているなら安易に戦闘を行わないだろう、という考えでソウルゲインを出撃させるのである。


『そういえば貴方はどの機体で出撃するつもりなの? ヴァイサーガやアシュセイバーはすぐに出せるようにしてるけど』

「私はゲシュペンストで出る。威嚇ならばソウルゲインだけで事足りるからな」

「いざとなれば背負い投げでもするか、こいつは?」

「カイ・キタムラのモーションはあれで実用的だ。この世界の連中に遅れを取るつもりも無い」


軽口を叩くアクセルにヴィンデルはあくまで真面目に応える。

もっとも、ヴィンデルがウィットに富んだジョークを連発する事の方がよほど異常事態といえるからこれが正常なのである。


「もしも私やアクセルに何かあった場合は、レモン……お前が皆の指揮を取れ」

『そんな面倒くさいこと御免被るわ。貴方が始めた闘いよ、最後までしっかり責任を取りなさいな』

「もしもの話だ。常に最悪の場合を想定しておくことは必要だからな」

『そうならない為に、W16を連れて行くんでしょう?』

「人形など当てにならん。最後に頼りになるのは、人だ」


ブリッジに入ってから一言も発していないW16を横目で見ながら、ヴィンデルは辛辣な言葉を言い放つ。
戦力の不足を補うために作り出されたWナンバーズをヴィンデルはあくまでも道具としか見ておらず、安心して背中を預けられるとは思っていない。

しかし、そんな厳しい言葉を受けてもW16は何一つ感じていないように無表情のままだった。


『私のWナンバーを甘く見ないでちょうだいな。W16、わかってるわね。アクセルとヴィンデルを守って、貴方も無事に帰還するのよ』

「はい、レモン様。必ずやご命令を遂行します」


レモンに声を掛けられると、僅かではあるが表情に変化が現れた。
それは任務を果たし、レモンの期待に応えたいという物のように感じられた。


「レモンの言うように能力面においては疑いようが無い。そう邪険にするな」

「……お前がそこまで言うのならば、良いだろう」


アクセルの取り成しで、ようやっとヴィンデルも納得した。
かつて性能テストで実際にW16の実力を確かめているアクセルは、少なくともその性能は信用している。

共に戦う仲間として信頼するかは、また別の話だが。


『それから、その子を呼ぶ時はW16じゃなくエキドナ・イーサッキって呼ぶようにね。いくらなんでもW16じゃ向こうも怪しむだろうし』

「覚えておく。それとそっちに回したロレンツォは優秀な男だ、上手く使え……全隊に通達、これより作戦を開始する」


ヴィンデルの号令の下、ついに作戦がスタートする。


「了解です、ASRS解除。同時にギャンランド、浮上開始。進路このまま……目的地は国連軍横浜基地」


艦長の指揮によりブリッジクルーが整然と動き出し、各部署へと流れるように指示が伝わっていく。
ギャンランドはゆるやかにその巨体を浮上させ、海面に出ると横浜基地を目指して進む。



こういった経緯によって、横浜基地は大混乱に陥ったのである。


時間をラダノビットと夕呼がモニターを眺めていた所まで戻し、改めて話を進めていこう。




「対応が遅すぎるな。新兵が多いのか、単に練度不足なのか……どちらにせよ前線国家の基地としてはお粗末だ」

「全くです。やろうと思えば、今頃簡単に制圧できていました」


ヴィンデルとギャンランドの艦長は、横浜基地の行動が遅いことに呆れに近い感情を抱いていた。
すでに基地の正面ゲート付近に到着したのだが、向こうはようやく機動兵器部隊の展開が終った所だ。


「まあ、いい。我々には関係ないことだ。横浜基地に通信を繋げ」

「了解……繋がりました、どうぞ」


オペレーターが流れるようにコンソールを操作すると、準備が整ったことをヴィンデルに告げる。


『横浜基地司令へ告ぐ。我々はそちらとの無用な戦闘を望んでいない。繰り返す、我々はそちらとの無用な戦闘を望んでいない』


一方、通信を聞いた中央作戦司令室にはどよめきが広がっている。


「し、司令! 所属不明艦からの通信です! ど、どう対応しますか!?」

「……こちらも通信を。なんにせよ、向こうの目的がわからなければどうしようもない」


ラダノビット司令の決定を副指令である夕呼も頷いて肯定する。
すぐに通信が目前まで迫った所属不明艦と繋がり、モニターには一人の男の顔が映し出される。

肩まで伸びたソバージュの髪をした細面の男で、何故かはわからないがこの男を見て夕呼はなんかワカメっぽいな、と思ってしまった。


「私が当基地の司令、パウル・ラダビノッド准将だ。そちらの指揮官の姓名・階級と所属を聞かせてもらいたい」

『初めてお目にかかる、ラダビノッド准将。私はヴィンデル・マウザー大佐。そして我々は特別任務実行部隊シャドウミラーだ』

「シャドウミラー……? 貴官らは、一体どこの部隊だ?」

『私達はどの勢力にも属していない。今の所は、だがな』

「では当基地に何の目的があって近づいたのだ? 諸君らの行動を見る限り、こちらとの戦闘を望んでいないことは信じてもいい。だがその目的によっては、こちらとて自衛の為に戦火を交えなければいかん」


真っ直ぐに睨みつけてくるラダビノッド司令の眼力は、モニター越しにでも強い圧力として伝わってきた。
しかしヴィンデルはそれを平然と受け流すと、本題を切り出す。


『我々の目的は、香月夕呼博士との交渉だ』

「なに……? 香月副指令と……?」


指名された夕呼は、怪訝そうな顔をしている。

自分と交渉するためにここまでの大騒ぎを起こすような連中には心当たりがなかったからだ。

不可解に思いながらも、司令と代わって話を進める。


「私が香月夕呼よ。ずいぶんと強引なアプローチだけど、一体何を交渉しようと言うのかしら?」

『率直に言って、第四計画が遅延なく進む事は我らの利益にもなる事だ。その為に君に協力する用意がある』

「協力、ねぇ……。具体的に貴方達と協力する事による私のメリットは?」

『計画遂行に必要な各種技術の提供、それに場合によっては戦力も提供する』

「まあ、確かにその高い隠密性を可能にする技術には興味があるけど……戦力についてはどうなのかしら。まさかこの基地の全戦力を上回っている、なんて言わないわよね」

『そう思ってもらってもいい。何故なら我々は「マスタッシュマン」を保有しているからだ』


もしやと思い鎌をかけてみれば案の定だ。
今の発言で周りのざわめきはより一層大きくなり、司令は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

夕呼は表面上はたいして驚いていないよう見えるが、それはあらかじめこの言葉を予想できていたからであり、そうでなければ上手く驚きを隠すことはできなかっただろう。

やはり『幽霊戦艦』がマスタッシュマンの母艦ではないかという自分の考えは間違っていなかったらしい。
だが当然、これがハッタリの可能性も充分にある。


「……それが本当なら確かに心強いわね。敵対しなければの話だけど」

『そちらから手を出さない限り、攻撃するつもりはない。あくまで君と交渉することが最優先の目的だ』


事実がどうであれ、このままモニター越しに会話していても埒があかない。

夕呼は司令の方に向き直り、横浜基地での交渉を行う許可を求めた。


「ラダビノッド司令、当基地で彼らとの交渉を行ってもよろしいですか?」

「構わん。どのみち目的を果たさねば彼らは引き下がらんだろうし、このまま戦闘に突入するには不安要素が多すぎる」


ラダビノッド司令も同じ考えだったようで、すぐに同意が得られる。


「ヴィンデル・マウザー大佐、だったわよね? わかったわ、シャドウミラーとの交渉に応じる。具体的な話し合いをしましょう」

『賢明な判断だ』

「場所は、この横浜基地でいいかしら? そちらから出向いてもらう形になるけど」

『問題はない。こちらは私と護衛2名で向かう』

「OKよ。じゃあ直接会って話すのを楽しみにしてるわ」


通信が切れて何も移らなくなったモニターを見つめながら、夕呼はどのように自分に有利なよう会談場所をセッティングするか考えていた。


「さて鬼が出るか蛇が出るか……それとも、もっと厄介な物が出てくるのか。蓋を開けてからのお楽しみってヤツね」


ギャンランドのヴィンデルもまた、交渉について考えを巡らせていた。
短い間しか話していないが、香月夕呼という女性は少なくとも愚鈍ではないようだ。


「ブリッジから格納庫へ。大佐のゲシュペンストは用意できたか?」

『準備完了です。アクセル隊長のソウルゲインを始め本艦の機動部隊は全て出撃できます』

「よし。ヴィンデル大佐、いつでも行けます」

「わかった。オピネル隊、ガーバー隊、ノックス隊をギャンランドの直衛に。ラコタ隊とファーエデン隊、それとムラタを艦前方に配置しろ。ファーエデン隊にはムラタが先走らないように見張らせておけ。後は艦内で待機……艦長、私が戻るまで指揮は任せる」

「ハッ。大佐、どうかお気をつけて」


敬礼するブリッジクルーに見送られてブリッジを出たヴィンデルは、格納庫に向かうと用意された量産型ゲシュペンストMk-Ⅱへと乗り込む。

アクセルはソウルゲインに、エキドナはヴィンデルと同じく量産型ゲシュペンストMk-Ⅱにすでに搭乗している。


「待たせたな、アクセル」

「なに、気にするな。交渉相手はどんな感じだった?」

「一筋縄ではいかなそうだ。もっとも、そうでなくては困るがな」


アクセルと会話しながら、香月夕呼の顔を思い出す。
強い意志と知性を感じさせる眼をしていた彼女は、味方に引き入れることが出来れば大いに役立ってくれることだろう。


「では、行くぞ。出撃する各隊は私達の後に続け」


ハッチが開くとまず最初にソウルゲインが飛び出し、次にヴィンデルとエキドナが、そして三人を追うように各隊も出撃した。

量産型ゲシュペンストMk-Ⅱ、エルアインス、ランドグリーズで構成されたシャドウミラー機動部隊は、付近に展開している横浜基地の戦術機部隊と睨みあう形で待機する。


「ほ、本当にマスタッシュマンが出てきた!?」

「それだけじゃない、一緒に出てきた戦術機も見たことのない機体ばかりだ! 新型機の試験運用部隊なのか……?」


ヴィンデルの言葉に半信半疑だった中央作戦司令室の空気は、臨界点を突破した熱気に包まれ始めていた。
各部署に命令を伝えるCP将校達ですら、呆気に取られてモニターを見いるほどだった。


「ハッタリじゃなかったか……これじゃ拘束して無理やり情報を引き出すのは無理ね……」


強行策も考えていた夕呼だったが、本当にマスタッシュマンを保有していた上に新手の未確認機まで出てきた以上、そんなことをすればこっちが殲滅されかねない。

今から帝国軍に援軍を要請しても間に合わないだろうし、仮に間に合ったとしてもアレに対抗できるか甚だ疑問だ。

どうやら、向こうの望みどおり「穏便な話し合い」とやらを行う以外に打開策はないようだ。


「ピアティフ、会談の場所は準備できた?」

「はい、大会議室に準備を整えました」

「社は?」

「すでに隣室で待機しています」

「準備は万端、後は相手が来るのを待つばかりね」


ソウルゲインが先頭に立って歩き、その後ろにヴィンデルのゲシュペンストが、そしてその背中を守るようにエキドナの機体が後ろに付きながらこちらに向かってきているのが確認できる。

横浜基地の戦術機甲部隊はまるで聖人によって割られる海のように道を開き、三機が進むのを息を飲んで見守っている。


正面ゲートにまでたどり着くと三機は片膝を折ってしゃがみこみ、搭乗者が降りやすい形を取る。

コクピットが開き、アクセル達がワイヤーを使って降りると正面ゲートに居た警備員達が緊張の面持ちで出迎えた。

なにせ目の前には蒼い巨人が迫力たっぷりに鎮座しているのだ。
もし何かの手違いで戦闘になれば自分たちは真っ先に踏み潰されるだろう。

明星作戦での戦果は噂程度にしか知らないが、正確な情報を持っていないが故に彼らの中で緊張と恐怖が必要以上に膨れ上がっていた。


「ヴィンデル・マウザー大佐ですね? どうぞお進み下さい、基地内で香月副指令がお待ちです」

「ご苦労」


ガチガチに固まっている警備員を一瞥すると、ヴィンデル達は横浜基地に足を踏み入れる。
案内をする兵士に先導されて向かったのは大きな会議室で、そこにはすでに香月夕呼と護衛の兵士達が待っていた。

夕呼は挑戦的な目を、護衛の背中まで伸ばした栗色の髪を一つにまとめている女性には敵意を感じさせる目を向けられ、夕呼の側に控えている金髪の女性からは静かに観察されているように感じた。

交渉には合わせて六人が望むことになり、それにしては少々広すぎる場所だが恐らく夕呼にとって色々と都合がいいようになっているのだろう。


「ようこそ横浜基地へ、マウザー大佐。改めて自己紹介するわ。あたしがここの副指令でありオルタネイティヴ4の総責任者、香月夕呼よ。こっちが私の副官のイリーナ・ピアティフ中尉。怖い顔で睨んでるのが護衛の神宮司まりも軍曹」

「お招きに預かり光栄だ、香月博士。こちらも自己紹介させてもらおう。私は特別任務実行部隊シャドウミラーの隊長、ヴィンデル・マウザーだ。そして護衛のアクセル・アルマーとW……いやエキドナ・イーサッキだ」


互いに自己紹介を済ませるが、当然ながらそれで和やかな雰囲気になるはずもない。


「それにしても、本当にマスタッシュマンはそちらに所属していたのね。それ以外にも見慣れない機体がたくさん居たし……あれだけの部隊を展開するなんて少し物々しすぎはしないかしら」

「予め戦力差を明確にしておけば無用な戦闘は起こらないだろう? これでも気を使ったつもりなのだがね」


さっそくお互いに牽制しあい、少しでも相手より優位に立つように言葉を重ねていく。

銃弾が飛ばず、直接血が流れることもないが権謀術数を駆使するこういった会談も一つの戦争といえるだろう。


(ふうん、赤毛の男がマスタッシュマンの衛士、ボブカットの女がウサギの耳みたいなのを付けてた機体の衛士か……どっちも無能ではなさそうね)


ヴィンデルがつれてきた二人を観察しながら、夕呼はどのように交渉を進めていくか作戦を練っていたが、先手はヴィンデルがとった。


「交渉に入る前に我々の素性を明かしておこう。我々シャドウミラーはこの世界の住人ではない。こことは異なる世界から転移してきた……いわば異世界人だ」


いきなりの爆弾発言に、神宮司軍曹やピアティフ中尉はもちろん夕呼も唖然とした表情を隠すことが出来なかった。
思わず手元のコンピュータを見て社から送られているリーディング結果を確認してしまったほどだ。

結果は正常、目の前の男は嘘をついていないということだ。

狂っているのでもない限りは。


「……いきなりとんでもないことを仰るのね。そんな突飛な事を信じるに足る証拠はあるのかしら?」

「証拠なら今までに十分示してきたはずだ。こちらの常識では考えられないほどに高性能な機動兵器……君らが『マスタッシュマン』と呼んでいる物やこの基地の設備では探知することが出来なかったステルス技術……優秀な科学者である君ならばこれらの異常性を理解できていると思うが?」

「なるほど、馬鹿馬鹿しい話に思えるけど……確かに、そう考えれば今までの不可解な貴方達の行動も納得できなくはないわ」

「君の提唱する因果律量子論に照らし合わせて考えれば、平行世界からやってきたという話も理解しやすいはずだ」

「あら、あたしの理論をご存知とは嬉しいわね」

「実に興味深い理論だったからな、私達が君に興味を持ったのもこの理論を知ったからだ……ところで、もう私が嘘を言っているのではないことはわかっただろう? そろそろESP能力者を使った読心は止めて貰おう」

「……っ!?」


今度はさっき以上に驚きが顔に出てしまった。
いきなりストレートを打ち込んできたと思ったが、さっきの異世界人発言は向こうにすれば軽いジャブ程度だったようだ。


「オルタネイティヴ4が前計画の遺産であるESP能力者を接収したことはわかっている。それを使って交渉を有利に運んでいることもな。違う世界からやってきた事を信じさせるために黙認したが、ここから先も読心を続けるのはフェアではないな」


実際にESP能力者による読心――リーディングが行われているかは確信がなかったが、予想外の方向からの追求にさすがの香月夕呼もポーカーフェイスを保てなかったらしい。
あの顔を見れば隣室にでも待機させて、こちらの意図を探らせていたのだろう事は簡単に想像できる。


「……もし、その要求を断ったら?」

「そちらに交渉を行う意思がないと判断させてもらう。その場合は、我々の技術を必要とする別の勢力との交渉に移るまでだ。例えば、オルタネイティヴ5を進めている連中なら喜んで迎え入れてくれるだろうな」

「それは脅しているのかしら?」

「交渉のテーブルに着くのならば、それなりの誠意を見せてもらいたいと言っているのだよ」

「誠意、ね。なんとも陳腐な言葉だこと」

「どうするかね? 選ぶのは君だ」

「それが必要だというなら……わかったわ、引き上げさせる」


相手の考えを読めなくなるのは痛いが、それ以上にあの技術がオルタネイティヴ5派に渡れば、連中が調子づくのは目に見えている。

嬉々としてあの高度な技術を転用した兵器を作り出し、それをG弾と併用して対BETA戦における自分たちの優位性を世界中に得意顔で見せびらかすだろう。

そうなるよりは遥かにマシな選択だ。


「残念だが言葉だけでは信用できん。私の部下も同行させた上でこの会議室から離れた場所に移ってもらおう。それと、もし今後もリーディングを続けていることが解ればその時点で交渉は中止させてもらう」

「……いいでしょう。ピアティフ、社を連れて行って。そちらは誰が同行するのかしら?」

「エキドナ、貴様が同行しろ」


ヴィンデルの命令に頷くと、ピアティフ中尉に付いてエキドナは会議室を出て行き、ほどなく戻ってきた。


「ESP能力者の退室を確認しました。また他のESP能力者らしい人物もいません。この部屋の周囲に武装した兵士が12人ほど潜んでいるのを確認できましたが、いかがしますか?」

「その程度ならば問題ない。放っておけ」


エキドナの報告を聞いて、ピアティフ中尉が信じられないものを見たような顔で見ている。
社霞を退室させるのを確認させただけなのに、密かに配置していた護衛を見破られたことに驚いてしまったからだ。

夕呼と神宮司軍曹も驚いたが、こちらは武装した兵士12人が居る事を知っても問題ないと言い切ったヴィンデルの方に意識が向いている。


実際の所、ヴィンデルからすれば自分とアクセル、それにエキドナが居れば例え周囲に兵士が居るとしてもそれを突破して脱出することはそう難しくない。
加えて、夕呼やラダノビット司令が自分たちに危害を加えて戦闘になる危険を冒すとは考えづらい。

ならばこれはあくまで自衛のための部隊であり、こちらから彼女達に危害を加えようとしない限りは無視しても大丈夫だと考えられるのである。


「さて、これで納得してもらえた? 交渉を始める用意は出来たと思うけど」

「いいだろう。テーブルの掃除は済んだようだ」


不敵な笑みを浮かべながら視線を交差させるヴィンデルと夕呼はゴングが鳴った事を確認する。



ここからは純粋に腹の探り合い・読み合いになる。

なんとも歯ごたえのある交渉になりそうだ、そう思うと夕呼は腹を据えてこの難敵に挑むことにした。




横浜基地の長い夜は、まだ始まったばかりである。





あとがき

ちょっと間が空いてしまいました。
夕呼先生との交渉はじまるよー



[20245] 第7話   NO PEACE! DIE!
Name: 広野◆ef79b2a8 ID:cb336160
Date: 2014/10/10 22:30
【2000年1月11日00時12分  国連軍横浜基地 正面ゲート付近】



ヴィンデルと夕呼が互いの腹を探り合いながら交渉している間にも、シャドウミラー機動兵器部隊と横浜基地戦術機部隊の睨みあいは続いていた。


双方ともいつ戦闘が起こってもおかしくない緊張状態の真っ只中であるが、双方に漂う空気はだいぶ違っていた。

シャドウミラーの部隊員は軽口を叩いたり冗談を言ったりしながら適度な緊張感を保っていたが、戦術機部隊の衛士達はひりつくような神経を焼く緊張感と戦っていた。


これは単純に兵士としての経験の差によるもので、数多くの戦闘を潜り抜けてきたベテランばかりが所属しているシャドウミラーは程よいガス抜きの仕方を心得ているのである。

一方で横浜基地の衛士達はまだ実戦経験のない新兵が多い上に、いわゆる平和ボケしてしまっている連中までいるのだから全体的に焦って取り乱してしまう。

さらに、最悪の場合は衛士達からすれば性能も武装もわからない機体と戦わなければならないというこの状況で必要以上に神経をすり減らしてしまうのも仕方ない事なのだ。


もちろん、横浜基地にも優秀な人員は多く居る。
そういった者が周りの者を叱咤し、宥めすかし、冷静にさせることでなんとか防衛線を維持している。

しかしながら残念なことに、いざ戦闘が始まってしまい見た目のインパクトが強いソウルゲインが暴れまわりでもしたら確実にパニックが起こってしまうだろう。



香月夕呼直属の特殊任務部隊A-01も防衛部隊として出撃しているが、さすがに選りすぐられた精鋭だけあってこの事態にも比較的落ち着いて対処できている。

明星作戦において多大な犠牲者を出したA-01はその規模を大きく縮小させており、連隊規模であった戦力は二個中隊程度にまで減ってしまった。

そのうちの一つ、伊隅みちる大尉率いる第9中隊――通称伊隅戦乙女隊のメンバーにかつてアクセルに助けられた鳴海孝之少尉と平慎二少尉の姿があった。
第9中隊は慣例として女性ばかりが所属していたが、明星作戦を生き延びたことも評価されて部隊の再編成時に配属されたのだ。


「いつかまた会えるとは思ってたが……案外早い再会だったな」

「それも敵としてとはなぁ……勝てる気しないぜ、本当に」


孝之と慎二は片膝をついて主の帰りを待つソウルゲインを視界の端に収めながら、思わずため息をつく。


「何よ? 二人して辛気臭い顔して」


そんな二人にの会話に割り込んでからかうような声が飛び込んできた。

勝気そうな表情をしたポニーテールの女性で、明星作戦が終ってから任官した新人の速瀬水月少尉だ。


「まさか、あのでっかいヤツにびびってんの?」

「お前は実際にアレが戦ってるとこ見てないからそんな事が言えんだよ……すげぇんだぞ? パンチ一発で要撃級が吹っ飛んでいくんだぜ」

「そうそう、戦車級なんか何も出来ずに踏み潰されてたな。いやー凄いよアレは」

「ふーん……?」

「信じてねぇな、その顔は」

「だってそんな無茶苦茶な機体が有るなんて思えないでしょ、普通は」

『……貴様ら、おしゃべりに夢中とはずいぶんと余裕だな?』


ソウルゲインの性能を信じようとしない水月になんとか自分たちの感じた驚きを伝えようとする孝之達だったが、割り込んできた上官の声に顔が青ざめてしまう。

伊隅戦乙女隊の隊長である伊隅みちる大尉は茶色の髪を首にかかる程度の長さまで伸ばしていて、美人といって何も差し支えない女性なのだが今はその顔は兵士としての冷徹さに彩られている。

思わず、三人声を揃えて謝罪の言葉が飛び出す有様だ。


「も、申し訳ありません伊隅大尉!」

『多少の私語は構わん。だが、眼前の未確認機への注意は怠るな。いつ事態が急変するかわからないからな』

「了解です!」


みちるは部下達に気を引き締めるよう促したが、心中では彼女が一番ため息をつきたい気分だった。

夕呼が集めたソウルゲインの戦闘データを見ていたみちるは孝之と慎二同様にその戦闘力と危険性をきちんと理解している。
さらに、仮想敵として実際に戦った場合の対処法なども考えるように命令されてもいたので対策も練っている……のだが。

冷静に考えれば考えるほどに、勝率が絶望的であることが嫌でも理解できてしまう。

みちる自身は衛士としても指揮官としても優れた能力を持っているし、部下達も優秀な人材が集まっている。

しかし目の前に鎮座する巨人は、BETAのようにただ突っ込んでくるだけの無謀な戦術は絶対にとらないだろう。

機体性能が規格外なだけではなく、冷静かつ的確に行動する優秀な兵士が乗っているであろうことが、みちるが一番対処に困る点なのだ。

おまけに事前に考えていた戦術はあくまでもソウルゲイン一機と戦うことを前提にした物である為に、複数の敵を相手にしてはすぐに瓦解しかねない事も頭痛の種だ。

戦場で予想外の出来事が起こるのは当然のことだと覚悟してはいるが、それでも土壇場で緊急時の戦術を練り直さなければならないのはやはり辛い。


(それにしてもこれだけ多くの機体、それも一種ではなく数種類の機種を揃えているという事は……シャドウミラーという部隊、背後にはかなり大きな組織が付いているのか?)


展開されているシャドウミラーの機体は全て見たこともない機種ばかりで、中には戦術機とは似ても似つかないような外見の機体まで居る。

戦術機も世界中の様々な国や企業で別々に製造されているので、外見が全く違ったりすることは珍しくないが、それにしてもシャドウミラーの機体は既存の戦術機とは全く違う機体のように感じられるほど変わった物ばかりだ。


特に目を引くのが、オレンジとブラックのツートンカラーを基調とした機体だ。
全体的なデザインがまるで侍のようになっており、フェイス部分には日本語で「無明」とマーキングがされている。
さらに腰から鞘に入った長刀を下げていることも侍らしさに拍車を掛けている。

日本帝国や在日国連軍の戦術機ならば標準的に近接戦闘用に長刀を装備しているのでそれ自体は珍しくも何ともない。
だが通常、それらは背部ウェポンラックに固定されているのが普通で腰から下げるなどということはしない。

考えてみれば当然のことで、利便性や携帯性を重視すればわざわざ腰に刀を下げるより背部に装着した方が使いやすいのだ。

それなのに、目の前の機体はそんな事お構い無しと言わんばかりに悠然と愛刀を腰から下げている。

そのような姿と纏っている雰囲気も相まって、見る者にまるで荒々しい武者のような印象を与えていた。



みちるがそんなことを考えながら観察していると、不意にその機体がゆっくりと鯉口を切って刀身をみちる達に見せつけた。

どう考えても、友好的な挨拶とは思えない。
あからさまな挑発だ。


『そこの機体っ! 何をするつもり!?』

「待て速瀬! 向こうを刺激するんじゃない、銃を下ろせ! 他の者も落ち着け!」

『で、でも……!』


とっさに87式突撃砲を相手に向ける水月を制止し、同時に釣られて武器を構える他の部下達も何とか落ち着かせる。

もしも弾みで発砲でもすれば、交渉がどう進んでいるにせよすぐさま戦闘になってしまうだろう。

むざむざやられるつもりはないが、このまま戦っても勝てる可能性は低い。
無用な戦闘は可能な限り回避すべきだと、みちるは判断したのだ。


こちらが撃たなかったことで、向こうの部隊も機会を逸したのか構えた武器を下ろし始めている。


ただ一機、未だ刃を見せ付ける侍を除いて。


一瞬でも目を離せば即座に斬りかかって来るのではないかという不安と戦いながら、それでも冷静に睨みあいを続けると観念したのかついに刀を鞘に収め、機体越しに感じていた殺気も消え去っていく。


「……ふう。全く、こんなに刺激的な夜は生まれて初めてかも知れんな……」


みちるは張り付いていた汗をぬぐいながら、香月副指令がこの状況を上手く収めてくれることを祈った。






「挑発には乗ってこんか……部下の手綱をきちんと握っている良い指揮官のようだな」


コクピットの中で呟くのは件の侍機体に乗っている男、名はムラタ。

DC戦争、インスペクター事件を戦い抜いた古強者でシャドウミラーでも腕利きとして知られている。

他の者達との最大の違いは、連邦軍やDCに所属していたのではなく一傭兵としてそれらの事変に参加していたという点だ。


彼にとっては大義や理想などはどうでもよく、ただ生死を賭けた「死合」のみを追い求めて戦い続けた。
そんなムラタが平和の中でゆっくりと腐敗していく世界に耐えられるはずもなく、永遠の闘争を創りだそうと決起したシャドウミラーに参加し、常に前線で戦い続けたのである。

もっとも、死合の場を与えてくれる者ならば誰でもよかったのも事実だ。

ただ戦うことのみを追い求める戦士……それはある意味で、シャドウミラーの理想の体現者とも言えるだろう。



そんな男だからして、横浜基地側から攻撃してこなければ手出し無用の命令を受けているにもかかわらず、平然と危険な挑発行為を行ったのだ。

幸いというべきか残念というべきか、向こうの指揮官が優秀だったので衝突は避けられてしまったが。


『ムラタさん! 何てことするの! あやうく戦闘が始まっちゃう所だったわ!』

「……ファーエデン中尉か。相変わらず小煩い」


ムラタに抗議の通信をしてきたのは近くに展開しているファーエデン隊の隊長、ムジカ・ファーエデン中尉だった。

若年ながら優れた指揮能力を持ち、一部隊を任せられている逸材でヴィンデルやアクセルからも信頼されている。
しかし彼女の一番の武器はとっつきにくいムラタのような者にも物怖じせず、偏見なく接することのできる優しさなのかもしれない。


『うるさくもなるよ! あんなに言ったのに戦闘しようとするんだもん!』

「戦闘になれば俺が全て斬り捨てる。迷惑はかけん」

『すでにかけまくってる! もう、ボクはヴィンデル大佐からムラタさんに無茶させるなって言われてるんだから……お願いだから大人しくしててよ』

「半年近く何も斬っていないのでな、腕が疼いてしょうがない。人機斬りに何も斬るなという方が道理に外れておるわ」


不機嫌そうに愚痴るムジカの言葉もどこ吹く風といった様子で、ムラタはまるで取り合おうとしない。

それを見かねたのかファーエデン隊の一人がムジカを援護する。


『BETAとの戦いになれば万単位の敵を相手取ることになる。そのうち嫌でも斬りまくる事になるんだ、今は我慢しろ』

『そうそう、セレインの言う通り。だから今は問題を起こしちゃダメだよ?』


ムジカの補佐的役割を果たしているセレイン・メネス少尉は元々レジスタンスとしてインスペクターと戦っていた女性で、戦後居場所がなくなって放浪していた所をシャドウミラーにスカウトされた。

指揮官としてはムジカに及ばないが、パイロットとしてはエースと呼んで差し支えない腕を持つ実力者だ。
常に冷静でシビアな判断を下せることから、いささか甘い所のあるムジカのフォローに打って付けだとして配属された。

なお二人は同い年であることも手伝って、よい友人関係を築いている。



二人がかりで説得されたことでさしものムラタも折れた……というよりこれ以上うるさくされてはかなわんということで渋々大人しくしていることを承諾した。


目の前に異世界の強敵達が雁首を並べて待っているというのにお預けを喰らうのは癪だったが、組織に身をおく者としてはさすがにこれ以上我を通すわけにもいかない。

どの道、この世界に留まっている間は幾らでも機会があるのだ……そう考えてムラタは気持ちを切り替えることにした。


「今は雌伏の時、か……。早く思う存分に死合いたいものよ」


舌なめずりする肉食獣のような顔をしたムラタは、来るべき時を待ち続ける。





お互いの機動部隊が一触即発の気配を漂わせている中で、ヴィンデルと夕呼の話し合いは表面上は冷静で穏やかに進められていた。

しかし、内心ではどれだけ自分に有利な発言を相手から引き出せるかと激しい駆け引きが行われている。


「……つまり、貴方達は私達から見て約2世紀後の平行世界から、緊急避難としてこちらにやってきた独立部隊……という認識でいいのかしら」

「概ね、それでいい」


説明された内容を要約して話してみせる夕呼だが、ヴィンデルが話したシャドウミラーが転移してきた事情は都合がいいように嘘を混ぜ込ませた物だ。

まあ、クーデターを起こしたら失敗してしまったがまだ諦めていないのでこっちで戦力を集めてまた攻め込むつもりだ……などと正直に話すわけにもいかないので当然の行為ではある。

もちろん夕呼もその話を鵜呑みにしたわけではなく、話半分くらいしか信じていない。
それでも深く追求しようとしないのはシャドウミラーという存在がこれから自分に、そしてオルタネイティヴ4にどのような利益を与えるのか、またはどのような損害を与える危険性があるのかを把握することが一番大事なことだからだ。


「必要に応じて技術と戦力を提供してくれるそうだけど、見返りに何を要求するつもりかしら? 最初に言っとくけど、あたしが動かせる金や物にも限度ってものがあるわよ」

「それほど法外な物を要求するつもりはない。まずは我々が自由に使える拠点が欲しい。そして必要な生活物資、弾薬などの調達を頼みたい」


ヴィンデルが要求してきたことは至極当然のものばかりだった。

どれだけ高性能な兵器を保有していようとも、それを扱うのが人間である以上は組織を維持していくために様々な物資が必要となる。
食料・衣服・医薬品……疲れやストレスを解消するための娯楽だって重要だ。

そういったものを必要最低限しか持っておらず補給も安定しない……純粋に軍事力だけしか安定したものがない状態なのが今のシャドウミラーであり、このままの状態では遠からず構成員に肉体的・精神的な面で問題が出てしまいかねない。

だから、ゆっくりと休息を取ることが出来る拠点と物資の補給を最初の条件として提示した。


「妥当な要求ね。いいわ、貴方達の拠点となる場所を確保してあげるし必要な物資も補給してあげる」


夕呼としては予想出来ていた要求であり、願ってもない申し出でもあった。

必要物資の補給を行うということは、彼らの生存権をわかりやすい形でこちらが握ることになる。

そのことについてはヴィンデルとて何らかの対策を考えているだろうが、それでもあれだけの力を持った部隊に首輪を着けられるという事実は大きい。

ますは一歩リードかしら?、と夕呼は顔に出さずにほくそ笑む。


「次に、こちらが保有する次元転移装置の修復に協力してもらいたい」

「構わないけど……力になれるかは保障できないわよ。因果律量子論とは別系統の理論や技術で組み立てられた物だから詳しいデータを見ないとなんとも言えないし」

「それはわかっている。何も一から組み立てろと言っているのではない。君の意見や理論を参考にして今までとは別のアプローチで装置の安定化を図りたいのだ」

「そ、なら良いわ。出来る限り協力することを約束する」


ヴィンデルも夕呼の協力で劇的な変化が起こるとは思っていない。
あくまで保険のような物で、ヘリオス・オリンパスや自分たちとは全く違う考え方や技術を持つ者が参加することで少しでも『システムXN』が改善されるかもしれないという可能性を試してみたいだけだ。

正直な所、数%でも安定性が上がれば御の字と言える。


夕呼にしてみても、異世界の技術で作られた実際に稼動している次元転移装置には科学者として純粋に興味があったし、数世紀先のテクノロジーに実際に触れられるというのは魅力的だったのですぐさま提案を受け入れた。

この点については、特に問題なく協力していけそうだ。


「それで、他にはあるのかしら?」

「今の所はこれだけでいい。頼みたいことができれば、また改めて要求する」

「わかったわ。じゃあ、これで無事に交渉成立ってことかしらね」

「そうだな。……最後に、君に我々の目的を話しておこう」


想像していたよりも自分に有利な条件で交渉が終りそうなことに満足していた夕呼に、ヴィンデルがふと思いついたように話を付け加えようとする。

予想外だったのか、隣に居るアクセルが眉をひそめてヴィンデルを見ていた。


「目的? すでに聞いたと思うけど。元の世界に帰ることでしょう?」

「それはあくまで過程に過ぎない。最終目的、というか理想とでも呼ぶべきものについて教えよう」

「ふぅん、教えてくれるっていうなら聞こうじゃない」


ヴィンデルの言葉の端々に今までとは違う、熱のような物を感じ取って夕呼は興味を惹かれた。

武装組織を率いて世界を渡ってきた男の語る理想を知りたいという好奇心もあった。


「私の、そして私につき従う兵士達の理想は『永遠の闘争』を創りだすことだ。絶えず争いが起こり、兵士が存分にその力を振るって生きることが出来る世界を我々は求めている」


淡々と語るヴィンデルの言葉は、夕呼の予想の斜め上……どころか全く予期し得ないものだった。

そのせいか、ポカンと口をあけて停止するという貴重な姿を見ることが出来た。


横浜基地側で最初に思考停止から回復したのは、護衛として同席している神宮司まりも軍曹であった。


「ふざけないで! そんな世界のどこが理想だというの!?」

「理想だよ。戦争があるから破壊が起こり、同時に創造が始まる。技術は高速で発展し、また英雄と呼ばれる優れた人材も生まれる」

「兵士が命を懸けて戦うのは、大切な人達を守るためでしょう!? 戦争が永遠に続いたら、そういった大切な物が失われてしまう! 平和を創りだす為にこそ兵士は戦うはずよ!」

「平和に何の価値がある? 平和が生み出すのは腐敗と怠惰……そして平和を生み出すために戦った兵士を切り捨てる民衆の傲慢さだけだ」

「そんなことは……!」

「はい、そこまで。落ち着きなさいまりも。ここで言い争ってもしょうがないわよ」


激昂し、今にもヴィンデルに掴みかかりそうなまりもを無理やり椅子に座らせると、夕呼は真剣な眼差しでヴィンデルを見つめる。

ヴィンデルは顔色こそ全く変わっていなかったが、その目は爛々とし狂気すら感じられる。


「実に面白い論理ね。貴方達にとっては平和は忌避すべき物で、常に戦争が起こっている状況こそが望ましいと考えるのかしら?」

「その通りだ。人間の歴史は戦いの歴史であり、それは我々の世界でもこの世界でも同じ事。戦いは常に人間に新たな進化を促してきた……精神的にも技術的にも、だ」

「それについては同感ね。戦争という異常状況において、技術は平時とは比べ物にならない速度で進歩する。戦術機しかり、擬似生体技術しかり……BETAとの闘いが無かったらここまで発達してはいなかったでしょうね」

「夕呼っ!?」

「落ち着いてください、神宮司軍曹!」


再び立ち上がろうとするまりもを、ピアティフ中尉がなんとか宥めようとする。

だがまりもの事は眼中に無いといわんばかりに、ヴィンデルと夕呼は話を続けていく。


「理解が早くて助かる。詰まるところ、闘争は人間にとって滋養分なのだ。それが無い世界はゆっくりと腐敗し……やがては取り返しのつかなくなってしまう」

「……貴方達の世界のように?」

「そうだ。故に我らはこちらで戦力を蓄え、再び舞い戻る。今度こそ、我らの世界に巣食う平和という病巣を取り除くために」

「なるほど、ね。貴方の理想とやらはわかった。でもどうして、それを私に話したの?」

「交流が続けば、いずれ必ずこの事を知るだろう。そうなった時にこれ以上協力できないと言われても困るのでな。ならば最初から教えておこうと思っただけだ」


そう語るヴィンデルからは、すでに先程までの狂気に似た信念は感じられない。
まるで道端で世間話でもするように落ち着いている。

だが彼の語った理想に嘘偽りは無く、それを実現するためにはあらゆる犠牲を払っても気にすることは無いのだろう。


「貴方の考えは興味深かったわ。世界そのものを永遠の戦場に作り変えようとする人間が居るって初めて知ったもの」

「ならば、私達の同志になるつもりはないか? 君のような優秀な人材が加わってくれれば心強い」

「……平和が腐敗を招くって考えはわからないでもないわ。貴方は実際に平和の中で腐っていく連中を見てきたんでしょうしね。でもね、三十年以上BETAと戦争してるこの世界を見て御覧なさい」


普段の飄々として本音を見せない態度とは違い、夕呼は真摯に自分の言葉をヴィンデルにぶつけていく。


「子どもを前線に送って自分は安全な場所でのうのうと暮らしてる奴。目先の利益にとらわれて国益を害する奴。未だに帝国主義を捨てきれずにBETAよりも同じ人間との戦いを優先する国。自分たちの星が滅亡の危機に瀕しているのに一つになれない人々……世の中、馬鹿と腐敗だらけよ」


思い当たる事がいくつもあるのだろう。
夕呼の顔は、そういった者達のことを考えて不機嫌そうになりながら言葉を紡いでいく。


「平和な時だろうが戦時中だろうがそういった輩は必ずいるし、根絶することなんて出来やしない。でも同時に、世界をよくしようととひたむきに努力し続ける人たちだって、絶対に居なくならない」

「理想論だな。君はもっと合理的で冷静な思考の持ち主だと思っていたが」

「ええ。自分でも笑っちゃうくらい甘いこと言ってるのはわかってるわ。でもあたしは、そう信じてる」

「……答えをまだ聞いていないな。私の同志になってくれないか?」

「そうね、絶対にお断り。勝手な言い分で戦争を世界中に撒き散らして、殺し合い、奪い合う世界を作ろうとする奴の仲間になるなんて死んでも御免だわ」


明確な拒絶の意思を叩きつける夕呼の鋭い視線を正面から受け止めながらも、ヴィンデルの表情は変わらない。

静かに見つめ合いながら、問いかけは続いていく。


「ふむ、では協力するという話も白紙に戻すということかな?」

「それとこれとは話が別。そっちに変更が無い限り、さっきまとめた案で進めていきましょう」

「ほう? 君は我々と付き合うのは死んでも御免ではなかったのかね?」

「その通りよ。でもオルタネイティヴ4を成功させるために必要なら、狂人だろうと悪魔だろうと協力してもらうわ。……どれだけ手を汚すことになろうと、それでこの星が救えるなら迷う必要はないもの」


夕呼が啖呵を切るのをヴィンデルは黙って聞いていたが、唐突に笑い始めた。

あまりの豹変ぶりに夕呼達だけでなく、アクセルですら驚いた顔をしている。

エキドナだけは、まるで変わらぬ鉄面皮のままで事態を見守っていた。


「なるほどな。…………面白い、実にな」

「今まで仏頂面だったのに急に笑い出さないでよ……びっくりするっていうか、あんたの場合気味が悪いわよ」

「これは失敬。久方ぶりに愉快な気分になれたものだったのでな」

「そこまで笑えることを言ったつもりはないんだけど?」

「君の覚悟は、十分に理解できた。これから良い関係を築いていけそうだ」

「……よくわからないけど、今度こそ合意ってことでいいのね?」

「ああ、お互いに納得できる内容になっただろう」


目元に笑いの余韻を残しながら言うヴィンデルを見て、毒気を抜かれてしまった夕呼はついついため息をついてしまう。

ヴィンデル・マウザーという人間がただの馬鹿なのか、それとも恐るべき危険人物なのかまだ判断できないが、少なくとも無能でないようなので今は良しとしておこう。


「ああ、そうそう。あんた達の立場はどうすればいいのかしら? 私直属の特殊部隊にでもなる?」

「さすがにそれでは色々と問題があるだろう。明星作戦での介入もあるしな。民間軍事会社か君の集めた傭兵部隊とでもしておくのが無難な所だろう」

「じゃあ、そういう風に説明しとくからきちんと口裏を合わせてよ」


軽い調子でシャドウミラーの立場を直属の特殊部隊にするかと聞いたが、これは重大な意味を持つ問いかけである。

もしもここでヴィンデルが頷いていたら、夕呼の世界的な影響力は鰻上りになっていた筈だ。
なにせ各国が血眼になって探している「マスタッシュマン」が実は香月夕呼の私兵でした、なんてことになればオルタネイティヴ4の賛成・反対を問わずに様々な方面から力を借りようとお呼びがかかり、それを利用して今以上に上手く立ち回れていただろう。


さすがにそれを解っているヴィンデルには涼しい顔でやんわりと断られてしまったが、駄目で元々、一応聞いてみただけの事なので別に構わない。


「ちなみに、当然だけどあたしの依頼は第一に受けてくれるんでしょうね?」

「無論だ。最優先で承ろう」


とりあえずはお互いに満足できる会談だったようで、最後は穏やかに終ることが出来た。

明日――といってもすでに日付が変わっているので今日だが――の午前中にでも本格的な話し合いを始めることにして、今回は解散ということにしておいた。

会議室を出て行くヴィンデル達の背中を夕呼は興味深そうに、そしてまりもは敵意と困惑が混じった目で見送っていたが、見られていた当人がそれに気付いたかはわからない。





ぎこちない敬礼をする正面ゲートの門兵に送り出されてギャンランドに帰還する途中で、今まで黙っていたアクセルが疑問を解決しようとヴィンデルに問いかける。


「香月夕呼に俺達の目的を話すとはどういうつもりだ、ヴィンデル?」

「言っただろう。途中で裏切られるよりは最初から説明しておいた方が問題が少なくて済む」

「……それだけか、本当に」

「そうだな。人類の存亡をかけた計画を遂行する者がどのような反応をするのか興味があったことは事実だ……それに知りたかったのかも知れんな」

「何をだ?」

「彼女の覚悟の程を、な。あれで怯えて尻尾を巻くようなら、別の相手と交渉した方が利口だろう?」

「……まあそういう事にしておいてやるさ、こいつは」


嘘は言っていないだろう。

この闘争が止むことの無い世界で、闘争を無くそうと戦い続ける香月夕呼という女性に純粋に興味を抱いたのかもしれない。

なんにせよ、ヴィンデルが己の理想を裏切るようなことは絶対にない。
いささか予想外の行動ではあったが、いつも己を律して大勢の兵士を率いている男のたまの気まぐれくらいは大目に見てやってもいいだろう。





そんな風に考えていた時に、突然に異変が起こった。


横浜基地の敷地内に目も眩むような閃光と歪んだ空間が現れたのだ

アクセルにとっては見覚えのある光景。

半年ほど前に自分と仲間達をこの世界に連れてきた、次元転移の前兆現象。


「アクセル、これは!」

「ああ、間違いない! 何者かが転移してくる!」


異常としかいえない現象が目の前で起きているせいで、横浜基地は軽いパニック状態に陥り戦術機部隊も呆然として身動きが取れない状態になってしまっている。

これが転移の前兆だと理解しているシャドウミラーの機動部隊も、困惑を隠し切れないようでどういう風に事態が転がるのか注視している。


光はますますその輝きを増していき、空間の歪みがそれに比例して大きくなっていく。

そして辺りが真昼のような明るさになった時に、ついに限界を迎えた空間から溢れる光が一旦収縮した後に爆発的に広がってその場に居た者全員の視界を奪い去った。



膨大な光が消え去り、やっと本来の静謐さを取り戻した空間には先程まで存在してなかった物が現れていた。



それは一体の人型機動兵器。

白をベースとしてピンクとゴールドのカラーリングで彩られたボディには、天使のような翼と女性らしさを強く感じさせる豊かな胸部、それにスカートのような装甲が付いている。

さながら古の女神像か、甲冑を纏った女騎士を連想させる姿は戦術機とは明らかに系統の違う……明確な「異質さ」を持った機体だ。

当然ながら「こちら側」で作られたものではなく、その正体は「向こう側」で作られたシャドウミラー所属の特機『アンジュルグ』である。


「あれはSMSC-アンジュルグ……W17の機体か」

「なんだと? おい、聞こえるか。W17、聞こえているなら答えろ」

『……聞こえております、アクセル隊長。ご無事で何よりです』

「その台詞はそのまま貴様に返してやる。まあいい、話は後だ。とりあえずギャンランドに帰還しろ」

『了解しました。W17、原隊と合流しますです』


ヴィンデルの言った事を確認しようとアクセルが通信を試みると、予想した通りの女の声が聞こえてきた。

アンジュルグの専属パイロットである最新のWナンバー、W17だ。

非常に優秀な能力を持っており、性能試験ではWナンバーで唯一アクセルと引き分けたことがそれを如実に示している。


「派手に登場してくれた物だ。横浜基地に説明するのは骨が折れそうだな」

「まあ戦力の増強は素直に喜ぶべきだろう、こいつがな」


W17の帰還に若干戸惑ったが、万単位の戦力を惜しげもなく投入してくるBETAとの戦いが控えているのだから、ここは喜ぶべきだろう。

二人もW17に続いてギャンランドへと戻っていく。

長いようで短かった香月夕呼との交渉は一段落したが、これからは本格的に戦線への介入や各国との諜報戦が始まる。

永遠の闘争を目指す険しい道程は、まだまだ続いていくのだから。




突然の発光現象と出現した機動兵器に混乱した横浜基地だったが、シャドウミラー側から新型のステルスシステムの実験だったという説明を受けて、落ち着きを取り戻し始めている。

その説明に不審な点を感じている者も少なくなかったが、交渉が上手くまとまって戦闘が起こらない事に安堵している全体の雰囲気に呑まれて、うやむやになりそうである。


「ステルスシステムの実験って……無理があるでしょう。もう少しマシな言い訳考えなさいよ……」

「では、やはりあれは次元転移現象だったのですか?」

「十中八九、そうでしょうね。しかし、ずいぶんとまた趣味的な機体が出てきたわねぇ……あんな形で性能低かったら笑うしかないわよホント」


シャドウミラーの雑な言い訳と凄まじく趣味的なデザインの機体に苦笑するしかない夕呼とピアティフだったが、実は密かにいいデザインだな、と思っている基地要員も少なくなかったりする事をこの時はまだ二人は知らない。

兵士の士気を上げる意味では、ああゆう機体も意外に有用なのかもしれない。

もっとも、一部のマニアにしか通用しないかも知れないのだが。


「帝国軍から説明を求める通信がひっきりなしに届いていますが、いかがしますか?

「緊急時における対処法の訓練と新型兵装の試験運用だって言っといて……あーもう無理。ピアティフ、あとよろしく。あたし寝るから」


緊張の糸が切れたせいで先程から欠伸の止まらない夕呼は、細々したことをピアティフに一任すると足早に寝室へと向かう。

目が覚めれば、すぐにまたシャドウミラーの連中と話さなければならないのだ。

色々なことは、一眠りして頭をすっきりさせてから考えるとしよう。



自分の開けた箱に入っていたのは果たして人類の希望か、絶望か。


ふと頭によぎった考えを胸に抱きながら、決して諦めずに戦い続ける女は一時の休息を味わおうとしていた。





あとがき

またもや本来シャドウミラーに居ないキャラを出してしまいました。
それもこれもOGに彼女達を出さないバンナムさんが悪いんですよ、と責任転嫁してみます。

…正直すいませんでした……



[20245] 第8話   ほんの少しの休息
Name: 広野◆ef79b2a8 ID:cb336160
Date: 2010/11/23 04:10
【2000年1月11日07時00分 横浜基地周辺】


一夜明けると空には朝日が昇り、横浜基地に積もった雪が陽光を受けてキラキラと輝いている。
緊張感のある長い夜が終って安心して眠ることが出来た横浜基地の者は、その多くがまだまどろみの中に沈んでいた。

色々とゴタゴタしたもののシャドウミラーと香月夕呼の話し合いは無事に終了し、協力していくことが決まった。

なお、交渉終了後に合流しようと海中から浮上してきたワンダーランドを見て、手を出さなくて正解だったと夕呼が溜息混じりに呟いたりしたがまあどうでもいいことだろう。



交渉が上手くまとまった事、さらには行方不明だった部隊員が帰還したこともあってシャドウミラーの面々も久しぶりにゆっくりと休むことが出来た。


シャドウミラー旗艦、ギャンランドにある士官室で眠っていたアクセルは扉をノックする音で目を覚ました。


「隊長。アクセル隊長、お目覚めになりやがってください」

「……W17か。待て、今開ける」


ベッドから出るとすぐに身支度を整えて、ロックを解除し扉を開けると昨日……いや今日の深夜に合流したばかりのW17が立っていた。

五時間ほど眠ったアクセルの身体にはまだ少し疲れが残っていたが、人造人間であるW17は少なくともその外見からはまるで疲れを感じさせない。
しかし外見以外の部分から、転移によって発生した問題が即座に発覚する。


「おはようございます、アクセル隊長。30分後にブリーフィングルームで会議が行われちゃったりしますのことよ」

「……おい、なんだそのふざけた言葉遣いは? レモンが不具合が無いか検査したはずだ」

「はい、言語中枢に少々問題があったそうですが多少の調整で大丈夫とのことですの」

「どこが大丈夫なんだ。問題だらけだ、こいつが」

「……レモン様のなさることに間違いはないはずでございますことよ」


アクセルはレモンとはそれなりに長い付き合いだが、とても優秀なのにこういった冗談や悪ふざけが好きな所が数少ない彼女の困った点だ。
恐らく今回も「可愛いから」とか「個性があっていい」とかそんな理由でこの不具合をわざと残した調整を行ったのだろう。

W17自身も、顔には出していないが不満というか戸惑いを感じているように見受けられる。

もしかしたら、変な言葉遣いをしていることが恥ずかしいのかもしれない。

そこまで考えてから、アクセルはふと違和感を覚えた。

W17は、こんなに感情を読み取れるような存在ではなかったはずだ。ただ命令に従い任務を果たすだけの人形であり、転移する前は表情も一切変化することはなかった。

だが今目の前にいるW17は……ぎこちないながらも人間臭さが感じられる。それがレモンのいう所の「愛嬌」だとするならば、確かにこれは良い変化なのかもしれない。


(くだらん考えだな……Wナンバーは闘争の為の道具。それ以上でもそれ以下でもないし、あってはならないはずだ)


我ながら馬鹿な事を考えていると思い、アクセルは内心で自嘲する。


「アクセル隊長……?」

「……ああ。わかった、30分後にブリーフィングルームだな」

「はい、確かにお伝えしやがりました。それでは失礼しちゃいます」


綺麗な敬礼をしてから去っていくW17の背中をなんとなく見送りながら、アクセルは改めてWナンバーという存在について考えてしまうのだった。



それからちょうど三十分後、ブリーフィングルームにはヴィンデルとレモンを始めとした幹部クラス以外にも主だった部隊長達の姿があった。

集まった面々を見渡しながら、まずはヴィンデルが口火を切った。


「諸君、昨夜はご苦労だった。すでに聞き及んでいるとは思うが、これから我々シャドウミラーは香月夕呼に協力していくことになった」

「まあ、協力といっても彼女の部下になるんじゃなくてあくまで対等の立場だから心配しなくても大丈夫よ」


ヴィンデルの言葉を補足するようにレモンが後に続けて喋る。
シャドウミラーが夕呼の私兵部隊に成り下がり、便利に使い潰されてしまうのではないかと内心不安に思っていた者も少なくなかった事をきちんと把握していたヴィンデル達はきちんと不安の芽を摘み取っておこうとしたのだ。

目論見通り、居並ぶ部隊長の雰囲気が目に見えて和らいだ。ヴィンデルの事を信頼しているとはいえ、やはり具体的な説明がないと大なり小なり不安は生まれてしまうのだ。

この会議が終れば部隊長から部下へとこの話が伝わり、全体の纏まりはより強固になるだろう。元々の部隊員よりも他部隊やDC残党などの他組織からやってきた者の多い現在のシャドウミラーが士気と結束を維持するにはこういった細やかな気配りが大切なのである。


「しかし、協力するとしても具体的にはどうするのですか? やはり対BETA戦闘に必要な戦力を提供するのが主となるのでしょうか?」


部隊長の中でも、というよりシャドウミラー部隊員の中でも飛びぬけて若い女性、ムジカ・ファーエデン中尉がヴィンデルに質問する。


「無論、対BETA戦闘は避けては通れんだろう。だが我々と彼らの技術レベルが違うせいで補給や修理が満足に行えるかは怪しい所だ。故に、まずは技術提供による『こちら側』全体の戦力の底上げを行おうと思っている」

「なるほど、それによりこちら側の戦力を充実させつつ我々の兵器の補給が可能になるレベルに引き上げる事を目指すのですね」

「だが、あまり手札を切りすぎると彼らの増長を招く危険性も有りうるが……」


納得して頷くムジカだったが、今度はロレンツォ・ディ・モンテニャッコ中佐が懸念を示した。

DC残党を率いていた時は過激な作戦を立案、実行していたロレンツォだったがそれは追い込まれた末に止むを得なくなったからであり、本来は堅実な男だ。彼の抱く懸念は至極最もと言える。


「わかっている、今の所データを提供する機体は『ゲシュペンストMk-Ⅱ』だけだ。それに当面は実機を渡すつもりはない。ただ武装面に関しては弾薬の問題があるからな……実弾系の武装についてはある程度譲歩する必要があるだろう」

「それならば許容の範囲内、必要最低限の出費ということか」


ヴィンデルの流れるような説明により、ロレンツォも頷いて異議を唱えなかった。

それから堰を切ったように様々な質問が出てきたが、その度にヴィンデル、あるいはレモンの説明により次々と解決していく。

ある程度質問が出揃い、流れが収まった所でヴィンデルが話をまとめると議題を今日これからの行動に変更する。


「とりあえず、しばらくの間はこの横浜基地に駐留することになる。戦闘が起こる可能性は低いが、これからは各国家による諜報活動が行われる事が予想される。各員はその点を留意して警戒を怠らないように……それからムジカ中尉、ロレンツォ中佐が居ない場合は貴官がムラタの手綱を握って置くように」

「ええっ!? あ、あの大佐、それはボク、いえ自分には荷が重いといいますか、ロレンツォ中佐にお任せした方が良いのでは……?」

「だから中佐が居ない場合だ。昨日はきちんと暴走を抑えられたようだし、これはお前の指揮官としての経験を増やす事に繋がるだろう。否とは言わせん」

「……はい、わかりました。ご期待に沿えるよう頑張ります。ものすごく頑張ります」

「災難だな、ファーエデン中尉。まあ扱いづらいがそう悪い奴でもない。仲良くしてやってくれ」


ヴィンデルの割り込む余地の無い冷徹な言葉に、諦めたのかどんよりとした顔でムジカは返答する。

それを見て苦笑するロレンツォが慰めの言葉をかける。ムラタがシャドウミラーに参加する前は雇い主、あるいは戦友として多くの作戦を共に経験したロレンツォだからこそ言える言葉だったが、ムジカは肩を落としたままでそれを聞いていた。
別にムラタが嫌いなわけではない。優しく人懐っこい彼女は基本的によほどの外道でなければ苦手には思っても嫌いにはならないのだ。しかしムラタは生粋の剣士であり人機斬りであるからして、昨晩のように敵を挑発して戦闘を起こしかねないほど好戦的な面がある。
これから一時的とは言え、あの猪突猛進を必死に押さえ、暴走しないよう見張らなければならなくなると思うと気分が沈んでしまうのも無理ないことなのだった。


「それから昼前にレモンが情報交換の為に横浜基地へ行く予定だ。護衛にはアクセルを付ける。アクセル、分かっているとは思うが気を抜くなよ」

「言われるまでもない。向こうが変な気を起こしたら叩きのめしてやるだけだ、これがな」

「あら頼もしい。頼りにしてるわよ、騎士さん?」


レモンの軽口にアクセルが軽く手を振って答えるやり取りを、そこに居る何人かは微笑ましく見ていた。

特にムジカはいいなぁ……と小さく呟いているが、まあこれは一人身の寂しさという奴である。


伝えるべき事を概ね伝え終え、ヴィンデルが会議の終了を告げようとした時に一人の男が手を上げた。

だらんと脱力して椅子に座りながらふてぶてしく手を上げているのは、戦車乗りの中年曹長だった。DC戦争時から戦い抜いてきた叩き上げの軍人で、現在はシャドウミラーに所属する戦車や戦闘機といった人型機動兵器以外に乗っている連中を取りまとめている。直属の部下以外にも慕われている事から士官と兵卒の意思疎通をスムーズにする目的で下士官でありながら同席が認められているのだ。


「ちっといいですかい? お聞きしたい事があるんですが」

「構わん、言ってみろ」

「なにもこうチマチマやらなくたって、もっと手っ取り早い方法があるんじゃないですかね?」


上官に接する際の態度とは思えない、普通の軍なら修正を受けて当然の物言いだが、現在のシャドウミラーは寄せ集めということもあって問題が起きない限りはこの程度ならば黙認されている。
別にヴィンデルが嫌いというわけではなく、どの上官に対してもこんな風に接するのが彼の性格なのでなおさらである。


「ほう、何か案があるのなら聞かせてもらおう」

「簡単です。この国を俺らで分捕っちまうんですよ。名案だと思いますぜ」


なあおい? と周りに居る部隊長達にニヤニヤしながら問いかけるので大抵はジョークだと思って笑ったり、そりぁあいいと冗談めかして賛同したが一部の者は眉をひそめてその過激すぎる発言を言外に批判している。

聞かれたヴィンデルはどうしたかというと、顔色一つ変えないで至極冷静に短い言葉を返した。


「本気か?」

「もちろん、本気ですよ」


この言葉に笑っていた者もさすがに真面目な顔になる。
なにせこの考えは口には出さない物の少なくないメンバーが腹に抱えていた考えだったからだ。

シャドウミラーの技術はこちら側の優に数世紀は先の技術である。『ツヴァイザーゲイン』を始めとした切り札のいくつかが現状使用不可能とはいえ、ASRSを使用した通信妨害とそれによる電撃的な奇襲ならばこの世界最強の国家であるアメリカすら攻め落とせるだろう。

ならばいっそのこと、どこかの国を侵略して支配下に置いた方が話が早いのではないか? 
そう思ってしまっても仕方が無いだろう。


「ここからこの国の首都までは目と鼻の先、俺らなら即座に重要施設を押さえられます。後は簡単だ。お偉い皇帝さまとやらにシャドウミラーの統治を認めさせればこの国は俺らのモノですよ」

「そう聞くとずいぶん簡単だな。だが実際には上手くいくまい。そもそも皇帝が我々を認めるとは思えんが」

「方法ならいくらでもありますぜ。民衆を人質にして脅すなり、薬使って傀儡にするなり……お好みしだい、選り取り見取りです」


嫌らしい笑みを貼り付けたまま、曹長は言いたくても言えないようなことを何の躊躇もなく口にする。


「曹長、いい加減にしないか!」

「意見具申にしても度が過ぎる。越権行為として糾弾されても文句は言えないぞ」


あまりにも不謹慎な態度に非難の声が飛び始めるが、気にした風もなく曹長はヴィンデルの返答を待っている。

顎に手をやり、少しばかり思案していたヴィンデルだったがやはり答えはNOだった。


「確かにそれも選択肢の一つではあり、一考の価値はあるな。だが現在の状況ではメリットよりデメリットの方が目立つ物でもある。今は適切な作戦プランとは言えん」

「なるほど、ね。了解しました、大佐のご判断に従いますよ」


曹長が意外なほどあっさりと納得して引き下がったので、非難していた者もそれ以上責めるわけにはいかず矛を収める形になる。

それからは特に議題もなく解散となり、各員が持ち場に戻るなかで件の曹長がまだ席に座っているヴィンデルに向かってこっそりとウインクを送った。

それは先程までとはうって変わって茶目っ気たっぷりの愛嬌ある仕草で、ヴィンデルとアクセル、レモンの三人だけがわかるような一瞬だけのものだ。

ブリーフィングルームに三人しか居なくなると、ヴィンデルの口からぽつりと本音が出た。


「奴には苦労をかけるな」

「まったくだ。ああいう嫌われ役を買って出てくれる男は金塊よりも価値がある、これが」


曹長があえて極端な方法を提示したのは、言ってみればガス抜きのようなものだ。
会議が始まる前にこの役割を頼み、快諾した曹長がわざと一悶着を起こしたというのが事の真相なのである。


現在の方針では生温い、もっと直接的な行動を取るべきだという性急な考えを持つメンバーは少数だが確実に存在する。

そういった連中は今のやり取りを伝え聞けば自分達の考えを代弁してくれた曹長に好感を持つだろうし、ヴィンデルが一考の価値があると言った事である程度は溜飲が下がるだろう。

もしも最悪の状況になり、行動を実行に移そうとするにしても曹長に一声かけるくらいするはずだ。そうすれば余裕を持って対処することもできる。


ようするに、過激派をコントロールする為の道化を演じてもらったのだ。


「これでしばらくは内部の心配は必要ないわね。さしあたっては外部のお客さんの心配かしら?」

「帝国やアメリカも馬鹿ではない。必ず諜報員を送ってくるだろう。ヴィンデル、どうするつもりだ? 全て『処理』するのか?」

「いきなりそれでは敵を増やしすぎる。当たり障りの無い情報をいくつか持って帰らせれば良かろう。それで満足できずに踏み込みすぎる者には、それ相応の対処をするがな」


機密情報の漏洩を防ぐには敵対者の殺害を躊躇する気は無いと暗に宣言して、今度こそ会議は終わりを迎えた。





時計の針が午前11時を少し過ぎた頃、レモンとアクセルは連れ立って横浜基地へと向かった。

予め夕呼に連絡しておいたので正門を通る時も特に問題はなく、門兵達も昨夜より幾分落ち着いた様子で対応してくれた。

基地内に入ると、「ご足労頂きありがとうございます」と丁寧に礼を述べるピアティフ中尉に案内されて二人は夕呼の研究室へと歩いている。

アクセルはすでに彼女と一度顔を合わせていたが、初対面であるレモンが挨拶するついでに改めて自己紹介をする。


「自己紹介がまだだったわね、私はレモン・ブロウニング。シャドウミラーの技術顧問よ」

「一応、俺も言っておく。アクセル・アルマーだ。特殊処理班の隊長をしている」

「ブロウニング博士にアルマー隊長、ですね。私はイリーナ・ピアティフ中尉です。香月博士の秘書としてオルタネイティヴ4に携わらせて頂いています」


道すがら、自己紹介を終えたレモンとピアティフは他愛も無い世間話に華を咲かせていた。始めのうちは緊張していたピアティフもいつのまにかレモンとの会話を楽しんでいる。

会話の内容が情報を聞き出そうとする物ではなく、どこの生まれなのか、好きな食べ物は何かといったただのおしゃべりでしかなかった事も警戒感を緩める一因となっているようだ。

だがアクセルが女性の会話に入り込む事ができるはずもなく、手持ち無沙汰となって終始無言であったのはしょうがないことであった。


そうこうしているうちにエレベーターで地下へと降りて行き、地下19階にある研究室へと到着した。地上の応接室ではなくわざわざ地下に呼ぶのは、やはり話の内容を盗聴される危険性を可能な限り減らしたい思惑があるのだろう。


「こちらが香月博士の研究室です。申し訳ありませんがアルマー隊長は隣室でお待ち頂けますか?」

「そ、わかったわ。あとでね、アクセル」

「わかっているとは思うが――」

「何かあったら大声で助けてーって叫ぶわよ。心配しないで」


冗談めかして言うレモンに少し呆れながらも、アクセルは大人しく隣室に入っていく。

役目を終えたピアティフも他に仕事があるのだろう、一礼すると去ってしまい後にはレモン一人が取り残される形となった。


(さて、香月夕呼博士は一体どんな人物なのかしら……? ヴィンデルやアクセルの話を聞く限りじゃ中々面白そうな印象を受けたけど、こればっかりは直接会わないと何とも言えないわね)


レモンは胸中であれこれ考えてみたが、ドアの前で思案していても何も解決しないのは明白だったので研究室へと足を踏み入れた。
百聞は一見にしかず、まずは行動してから考えれば良い。



「ようこそ、私の研究室へ。歓迎しますわ、ブロウニング博士」

「こちらこそお会いできて光栄ですわ、香月博士」


香月夕呼とレモン・ブロウニング。どちらも天才と称されるのに相応しい頭脳を持った女性同士の邂逅は、当たり障りの無い挨拶から始まった。

しかし初対面でお互いに抱いた感想は奇しくも同じ、「思っていたよりも若い」である。

片や人類の命運をかけた計画の総責任者、片や世界政府に対してクーデターを起こした特殊部隊の中心人物。その肩書きの重さと比べれば、確かに二人の年齢は若いといえるだろう。


だがそんな感想を欠片も顔に出さず、二人は挨拶もそこそこにさっそく本題に入る事にした。

今回の目的は互いが保有する機動兵器のデータ交換だ。

『こちら側』の技術レベルを正確に把握するために、シャドウミラーは夕呼に現在運用されている最高レベルの量産機のスペックデータを要求し、夕呼はその見返りにシャドウミラーで運用されている機体のデータ提供を求めた。その結果、「TYPE94不知火」と「ゲシュペンストMk-Ⅱ」のデータが交換される事となったのである。

プリントアウトされた資料を渡し合うと、レモンと夕呼はしばらく無言で資料に眼を通す。

一通り読み終わると、独り言のように二人はお互いの兵器の感想を言い合った。


「へえ……凄いのね、こっち側の機動兵器って」

「アンタ、それ嫌味にしか聞こえないわよ」


感心する声を上げたレモンを夕呼は不機嫌そうに軽く睨む。


「そんなこと無いわよ。向こう側なら20世紀の時点じゃ人型機動兵器の雛形すら影も形もなかったのよ? それを考えればこのレベルの兵器を実戦運用しているなんて驚嘆に値するわ」

「……あたしからすればこんな高性能な機動兵器が開発されてから10年も経ってない方が驚きだわ。いくら異星人から技術提供があったとはいえ異常よ、異常!」


話している内に興奮してきたのか机をバンバン叩く夕呼をまあまあとレモンが宥める。

それほどまでに不知火とゲシュペンストの性能には差があった。火力・装甲のような機体性能はもちろん実際に運用する際の柔軟性といった戦術面でも見事に敗北している。ただ一点、機動性だけは不知火に軍配が上がったがゲシュペンストには自由自在に飛行できるテスラ・ドライブが装備されているので総合的には引き分けだろう。一切言い訳のできない、完敗である。
とは言ったものの、あくまでこれはカタログスペックを比べただけに過ぎない。実際には搭乗者の技量や戦術次第で結果は様々だろう。

しかしながら夕呼の言う事はもっともで、30年以上かけてゆっくりと着実に進歩してきた戦術機と比べると開発から10年も経っていないのに多種多様かつ高性能なPTの存在を異常と表現するのは適切と言えた。これに加えて戦闘機の発展系であるAMやAD、戦車の発展系のヴァルキュリアシリーズ、そして対異星人の切り札として特機が存在していると教えられた時は、冗談抜きで夕呼はちょっと気絶したくなった。



「そんなにこちら側の技術を卑下することないわよ。医療技術なんかは分野によっては向こう側以上に発展してるんだから」

「それにしたって根本的な技術レベルが違いすぎる……覚悟していたとはいえ、こう直接的に数字で教えられると流石に眩暈がしてくるわね」


机に突っ伏して頭を抱えたい衝動を押さえ込むと、ついレモンに恨みがましい目を向けてしまう。筋違いとわかっていても他に対象が居ないのだから仕方がないだろう、と夕呼は心中でこっそり自分の行動を正当化しておいた。

なお未知の技術に触れて興奮したのか、それとも同じ女性科学者としての親近感からか、いつのまにか二人は敬語ではなく素の口調になっていた。二人ともその事には気付いていたが、嫌な感じもしなかったのでそのまま通すことにした。何となく、お互いに馬が合う気がしたのも理由の一つだろう。もちろん、好意を持った事と信頼する事は別だ。双方とも相手から自分に有利な発言を引き出せるよう会話の端々に罠を仕掛けているが、そういった駆け引きすら楽しんでいる辺りこの二人は似た物同士なのかもしれない。


技術レベルの確認が終ると、次は実際にどのような技術協力を行うべきかの話し合いに移る。

本来なら最重要である『00ユニット』と『システムXN』についての話し合いになるべきだろうが、いくらなんでも計画の要となるモノの詳細な情報を与えるのは時期尚早と判断し、ざっとした概要の説明だけで終わる事となった。

いずれ必ず教える必要はあるのだが、手の内を相手に見せても大丈夫と思うほどにはまだ信頼関係を構築できていないので今はこれが妥当な線だろう。


とりあえずのまとめとしては、戦術機を強化・改良していく方針で意見が纏まった。

これはレモンからの提案で、夕呼としてもメリットはあれどデメリットはないこの戦術機強化案に賛同した。

当面の目標が決まって話題が尽きてしまうと、室内には沈黙が流れる。レモンが何か話題を切り出そうかと考えていると、夕呼が静かな口調で質問を投げかけた。


「ねえ、あんた達は異星からの侵略者を撃退したんでしょ? ……私達にもそれが出来ると思う?」


それは普段の傲岸不遜とも形容できる夕呼からは考えられない、何かに縋りつきたいと思っているような弱々しい問いかけだった。

こんな姿は絶対に他人に見せられない、夕呼はそう自制していたはずだったが、何故か目の前にいる会ったばかりの女性に弱音を吐いてしまった。

レモンの不思議と包容力を感じさせる雰囲気が、無理を重ねていた夕呼の心の扉をほんの少しだけ開かせたのかもしれない。

問われたレモンは頬に手をやって少し考えると、真剣な顔で答える。


「肯定も否定もできないわ。シャドウミラーはあくまで部外者であって、言ってしまえばこの世界がどうなろうと関係ないもの。それを成し遂げるかどうかは、この世界の住人である貴方達の努力しだいよ」

「勝手な言い分ね。手出しも口出しもするけど、責任は取らないってわけ?」

「そうとも言えるわ。だからこそお互いに利用しあい、自らの望む結果を引き寄せようとしてるんでしょう」


自分達の関係には信頼など存在しないと言い切るのとは裏腹に、レモンの口調にはどこか夕呼を励ます響きが含まれていた。

言葉では表されては居ないが、確かに夕呼への気遣いが感じ取れる。

わずかな間、レモンを見つめた後に夕呼は大きく深呼吸をする。

それが終った時、そこに居たのはいつも通りの勝気で気丈な『香月夕呼』だった。


「……そんなこと、言われるまでもないわ。この私を誰だと思ってんのよ。天才・香月夕呼よ。地球の一つや二つ、救ってみせようじゃないの」


強気に笑う夕呼に、思わずレモンは微笑んだ。

女同士の奇妙な友情が、二人の間に芽生えつつあった。




その頃、隣室に控えていたアクセルは正直な所、暇を持て余していた。

無論、決して気を緩めず警戒を怠っては居ないのだが、夕呼とレモンの話し合いは問題なく進んでいたので必然的にアクセルの出番は無い。おまけにこの部屋にはTVとか本などの暇を潰せる物が一切無かったので、より一層時間の流れが遅く感じてしまう。


(こういう任務こそW16か17にやらせるべきだったな……。何もせずじっとしているというのは、どうにも性に合わん)


ついついそんな事を考えてしまっていた時、不意にこちらに近づいてくる気配を感じた。

その気配はドアの前で止まるが、アクセルはすでに臨戦態勢を整えて待ち受けている。そして、ゆっくりとドアが開いた。

部屋に入ってきたのは、帽子を被ったトレンチコートの中年男性で、スーツを着込んでいることも相まって通りすがりのサラリーマンに見えなくも無い。

もちろん、通りすがりのサラリーマンがわざわざこんな所に来るはずがないのだが。


「おっと、失礼。ノックをしなかったことはご容赦願いたい」

「誰だ、貴様」

「いや、そう睨まないで頂きたい。私はただの通りすがりの微妙に怪しい者だ」


ふざけているとしか思えない男の返事に、アクセルは視線に込める圧力を強めた。

だがそれをまるで意に介さず、微妙に怪しい男は話を続ける。


「実は人探しをしていてね。筋肉モリモリ、マッチョマンで立派な口ヒゲを生やしているんだが……」

「知らん。他を当れ」

「特徴としては全体的に青っぽい、主に肌が」

「……そんな愉快な知り合いに心当たりは無い。というか人間じゃないだろう、そいつは」


マイペースに話を進める男に少々苛立ちながらも、出鼻を挫かれてしまった形のアクセルは先手を打って攻撃する事ができずに会話に付き合ってしまう。


「そうかね? 『マスタッシュマン』の事を君はよく知っているのではないかな?」


唐突に、男が鋭い刃のような言葉を吐き出す。

同時に男からアクセルでさえ気圧されかねない程の殺気が浴びせられる。先程までの軽薄さは完全に消えうせ、一瞬の内に別人と入れ替わったかのようだ。


「貴様は……何者だ」


アクセルの体からも男に真正面からぶつかる殺気が立ち上り始める。なにか妙な行動をすれば、即座に叩きのめすことができるように全身の筋肉が動き出す瞬間を待ち構えている。

眼前の男の事を要注意人物から危険人物へとランクアップさせ、その一挙手一投足を注視する。


「人に名前を尋ねるときはまず自分から名乗るのが礼儀ではないかね?」

「許可なくいきなり上がりこんできた奴に礼儀を説かれたくはないな。まあいい、俺は――」

「私は帝国情報省外務二課所属、鎧衣左近だ。よろしく」


名乗ろうとした瞬間に割り込んでさっさと自己紹介を済ませた鎧衣に、思わず一発ぶん殴ってやろうかとアクセルは考えたがぐっと堪えた。

いつのまにか、鎧衣から感じていた殺気と圧力が消え去っていたからだ。まるで嵐が過ぎ去って何もかも吹き飛んでしまったかのように、もはや微塵も敵意を感じ取る事が出来なかった。


「……アクセル・アルマーだ。貴様のような男を好きにさせているとは、帝国はずいぶん情け深いようだな」

「いや、そんなに祖国の事を褒められると照れてしまうね」


せめてもの反撃とばかりに嫌味を言ってやるが難なく受け流される。元々口喧嘩は余り得意ではないアクセルには勝ち目が無いようである。


「それで、帝国情報省が何の用だ。香月夕呼に許可を取ってここに居るんだろうな?」

「ところでアクセルくん。君は黄金ジェットを知っているかな?」

「おい!」

「ああ、いかん。もうこんな時間だ。名残惜しいがそろそろ失礼させてもらうよ」


のらりくらりとアクセルの追及をかわすと、鎧衣はわざとらしく会話を切り上げ退室しようとする。

マイペースにも程がある、夕呼とは違った方向性の傍若無人な態度だ。


「待て、まだ質問は終ってないぞ!」

「ふむ、そうだったね。黄金ジェットとは、コロンビアの古い遺跡から発掘された飛行機やスペースシャトルを思わせる黄金細工のことでオーパーツの一種として紹介されることが――」

「――体に聞いた方が早いか、こいつは?」

「今回はただの挨拶だよ、近いうちにまた会うことになるだろう。それまで達者でな、『シャドウミラー』のアクセル・アルマーくん」


最後に一瞬だけ真面目な顔つきになると、鎧衣は来た時と同じ様に素早く去っていった。

終始、話の主導権を握られてしまったアクセルは憮然とした表情でそれを見送ると溜息をついてしまう。

あれだけ派手な騒ぎを起こしたのだから、日本帝国も必ずなんらかのアクションを起こすとは予想できていたが、それにしてもこんなに早く直接的に接触してくるとは……。なかなかどうして、侮れないものである。

戻ったら早急にこの事をヴィンデルに伝えねばならないだろう。


「しかし鎧衣左近、か。食えん男だ、これがな……」


飄々として掴み所が無い、まるで雲のような男との会話を思い出してアクセルは閉められたドアを見つめた。




それから程無くして、夕呼との話が終ったレモンがお待たせ、とアクセルを迎えに来た。

歩きながらアクセルはさっき出会った鎧衣左近の事をレモンに喋り、他組織の諜報活動について注意しなければならないと話した。レモンも技術協力についての話題を出し、戦術機の強化プランについてアクセルの意見を参考にしたいと言ったりして会話が続いている。

情報交換と雑談を半々の割合で話している内に地上へと向かうエレベーターの前に着いた二人は、そこに一人の女の子が居る事に気付く。

ウサギの耳のようなヘアバンドを付けている、銀色の髪をツインテールにした10代前半の少女で、軍服を着ているものの明らかに軍事基地に居るのは違和感を覚える。だがこの地下区画に居るという事はオルタネイティヴ4に何らかの形で関わっている事は間違いない。


「こんにちは、お嬢さん」

「……こんにちは」


挨拶をするレモンに返事をする少女は感情を読み取れない能面のような顔をしているが、気にせずレモンは会話を続ける。


「私はレモン・ブロウニング。こっちのお兄さんはアクセル。貴女のお名前を教えてもらえる?」

「社霞、です」

「霞ちゃん、ね。私達は香月博士と色々と協力する事になってるの。霞ちゃんもオルタネイティヴ4に参加してるのかしら」

「はい、香月博士のお手伝いをさせてもらっています」


声にも抑揚がなく無愛想としか言いようの無い態度だが、感情が無いわけではなく感情をどう表現して良いのか解らない……そんな感じのする少女だ。

何か気になる所があったのか、レモンはエレベーターに乗ってからも霞と話していた。レモンの問いかけに霞が返事をする単調なものであったが見ていて微笑ましい何かがあった。レモンが優しい笑顔をして霞に語りかけていることが、そう感じさせるのかもしれない。

エレベーターが地上に着くと、レモン達と霞は別方向に行くので別れる事になった。


「横浜基地にはこれから何度も来るから、良かったらまた会いましょうね」

「……はい」

「じゃ、またね霞ちゃん」

「……ばいばい」


手を振って霞を見送るレモンに、霞も小さく手を振って応えた。

二人の話を横で聞いているだけで会話に加わらなかったアクセルが、霞が廊下を曲がって見えなくなってからレモンに話しかける。


「レモン、今の社霞と名乗った少女だが恐らく……」

「オルタネイティヴ4に接収されたESP能力者、でしょ」

「気付いてたのか」

「そりゃあW16の報告と完全に一致してたもの。気付かない方が難しいわ」


考えてみれば当然のことで、W16は最初の交渉の時に社と会っている。そしてESP能力者の外見的特徴を事細かにまとめた報告を朝の会議の前に行っていたのだ。


「なら、どうして話しかけたりした? 思考を読まれる事の危険性がわからない貴様ではないだろう」

「そうねえ……あの子が可愛かったから、かな?」

「……レモン」

「ふふっ、そう怖い顔しないの」


いつにも増して冗談めかした発言の多いレモンにいい加減痺れを切らしはじめたアクセルだったが、これがレモンの性分である事を理解しているので実は見かけほど怒ってはいない。

レモンもそれを分かっているのでからかうような態度をつい取ってしまう。


「だって、話し合わないと理解できないじゃない? 仲良くするにも、敵対するにもね」

「しかしな……」

「心配しなくても彼女の能力はそんなに万能じゃないわ。さっきの会話じゃあくまで表層的な物しか感じ取れないはずよ。深層まで探るにはもっと集中しないと無理の筈よ」

「それでも思考を読まれる事に変わりは無い」


少し不機嫌そうに言うアクセルに、レモンは穏やかに問いかける。


「あの子のこと、嫌い?」

「そういう訳ではない。だが勝手に頭の中を覗かれれば誰だって良い気分はしないさ、これがな」

「まあ、それはそうだけど。なんにせよ、最低限の警戒は怠ってないから安心して」


確かに表層的な思考しか読み取れないのなら、戦闘ならばともかく平時ではそれほど脅威ではないだろう。ヴィンデルがもっとも恐れているのは思考を読み取られる事による技術の流出だ。

根負けしたアクセルは注意は怠るなよ、と言うだけに止めてこの話題を切り上げる事にした。


「それはそれとして、これからどうするんだ? 真っ直ぐギャンランドに戻るのか」

「そうね、ちょうどお昼時だしここの食堂に行ってみましょうか。夕呼に聞いたんだけど中々美味しい料理を出すらしいのよ」

「しかし所詮は合成食品だろう。あまり期待はできんと思うがな」


政府が腐敗していたものの、『向こう側』では食糧危機なんて一部の貧しい途上国だけの話であり、自然食品を使った料理が当たり前だった。

二つの世界の食事の質の差はいかんともしがたいもので、メンバーの士気低下が危ぶまれてもいる。

ヴィンデルやアクセルなどの軍用レーションや野草を食べる生活にも慣れている歴戦の兵士はまだ大丈夫だが、やはり食事は大切なのだ。腹が減っては戦は出来ぬ、昔の人は的確に真実を見抜いているものだ。


「だからそれを確かめる意味もあるのよ。それに二人で食事なんて久しぶりでしょう?」

「まあ、な」


たまにはこういうのも悪くないか、そう考えながらアクセルはレモンと一緒に横浜基地のPXへと向かった。


戦いの中に生きる男にも、休息は必要である。





あとがき

お待たせして大変申し訳ありませんでした。中々筆が進まず気付けば2ヶ月経過という醜態でございます。
今回は両作品のキャラの交流がメインとなりました。まあ肝心要のマブラヴ主人公は影も形もないのですが。
やっぱり出会う筈の無いキャラ同士の会話を楽しめるのがクロスオーバーの最大の楽しみだと思っております



[20245] 第9話   INTERMISSION~戦士の共鳴
Name: 広野◆ef79b2a8 ID:23da3f91
Date: 2012/12/09 23:51
【2000年1月22日13時30分  国連軍横浜基地、シャドウミラー区画】



夕呼とヴィンデルとの取り決めの一つであるシャドウミラーの拠点は、要求した者が驚くほどの早さで用意された。
建設が続いている横浜基地内の一角と港の一部を夕呼が提供してきたのだ。

近くに置いて行動を監視するのと、敵対勢力への牽制に利用しようとしているのは明らかだったが、特に断るべき理由も見当たらなかったので素直にそれを受け入れた。

割り当てられた場所にはすでにギャンランドとワンダーランドを始めとしたシャドウミラーの扱う兵器がスペースを占有し、静かに再び動き出す時を待っている。



ギャンランド内部にある整備格納庫、その中でも一番奥の区画は最重要機密扱いであり外部の者が足を踏み入れる事はできないのはもちろん、存在すら秘されている。

今、ヴィンデルはそこで「切り札」の調整を見守っていた。


ヴィンデルの目の前に在るのは、一体の鋼の巨人。深い蒼のカラーリングをした筋肉質の巨体からは静かな威圧感さえ感じ取れ、まるで古代に人々から信仰された神の偶像のようだ。


その名はツヴァイザーゲイン。掛け値なしにシャドウミラー最大最強の鬼札足りえる機体である。

ツヴァイザーゲインはソウルゲインの予備機に剣撃戦闘用特機「ヴァイサーガ」のパーツとEOT――異星人から提供された超技術――を惜しみなく注ぎ込んだワンオフモデルの機動兵器であり、元になった二機の長所を引き継ぎ発展させて併せ持った結果、総合性能は比べ物にならないほど強化された。

だがこの機体がシャドウミラーにとって一番重要なのは、この機体に次元転移装置「システムXN―アギュイエウス」が搭載されているからだ。

一見するとこの措置は暴挙に思えるが、機動兵器に搭載しておけば仮に母艦が撃墜されたとしても単独で行動できて最悪の場合には一番安全である、というきちんとした理由で実施されたのである。


「ドク、ツヴァイの状態はどうだ?」


ヴィンデルは整備責任者であるドクと呼ばれる老人に話しかけた。

ドク・ディンティスは超一流といって良いメカニックであり、若い頃から連邦軍の様々な兵器を整備してきた叩き上げの人材だ。

兵器としての産声を上げてから日が浅い、PTを始めとした人型機動兵器にも難なく対応する辺り、その技術の高さが窺い知れる。

レモンも機動兵器分野において一流の科学者だが、彼女は機動兵器だけでなくWナンバーズの整備・調整など他に担当しなければならない仕事があるため、機体の整備は基本的にドクに一任されている。


「そうさな、八割方は完成したのう。
 もっとも、大体の所は『向こう側』で済ませておったからこっちではパーツの組み上げと細かい調整程度しかやっとらんがの」


愉快そうにひょっひょっひょっ、と笑うとドクは素晴らしい芸術を愛でるような目でツヴァイを見つめる。

腕は確かなのだが、日頃の言動や行動のせいでこの老人は怪しさや胡散臭さが大爆発しており、この人に整備を任せて大丈夫なのかとちょっと思ってしまう。
まあ、そんな所が親しみやすい人間的魅力に繋がってると言えなくも無いが。
シャドウミラーに合流して日が浅いというのに、整備を一手に任されているのも、この性格が大きいと言える。

「現状でも戦闘には支障は無いから、やろうと思えばすぐに戦線に投入できるぞい。通常転移もなんとか安定させた」

「助かる。今の状勢では戦力は多いに越した事はないからな、ツヴァイが出れれば随分楽になる」

「ただ、肝心要の『アギュイエウス』は相変わらずご機嫌斜めじゃ。これ以上はヘリオス・オリンパスが居ないとどうにもならんのお」

「現在までの調査では『こちら側』にヘリオス・オリンパスが居ない可能性が極めて高い。当てにはできんな」

「だとすると、ちいと困ったことになるのう。ま、そこら辺はワシは門外漢じゃ。レモンや香月のお嬢ちゃんに任せるとしよう」


いくらドクが優秀でも万能では決して無い。システムXNの調整にも携わっているが中枢部分には関わっておらず、どうしてもそこは他の技術者に任せざるを得ないのだ。

特に、独自の平行世界理論を持つ香月夕呼にはメカニック連中から少なからず期待が集まっている。

いくらなんでもすぐには劇的な改善は起こらないだろうが、それでも数%でも安定性が上がればそれだけ犠牲が減るのだから無駄にはならない。


「何らかの見返りは要求されるだろうがな。その際は手を貸してもらうかもしれん」

「なぁに、構わんよ。聞く所によるとずいぶんと美人だそうじゃないか、香月夕呼は。異世界の別嬪さんと仲良くなるチャンスは逃したくないからのぉ」


そう言うとまた楽しそうにひょっひょっひょっ、と笑ったドクはふと思い出した、という風に話を切り替えた。


「ああ、それからレモンにも言っておいたんじゃが『W10』の再生産は許可してもらえるかの?」

「対小型BETA用に、か。確かに有効ではあるだろうが……補給や整備が限られている中で使えるのか?」

「まあ大丈夫じゃろ。W10は生体パーツを使っとらんから予備パーツと余っとる資材だけで充分間に合うはずじゃて」


次元転移時にトライロバイト級戦艦「ネバーランド」ごと消息不明になった初期型Wナンバー達はただ一体の例外を除いて、全て機動兵器操縦を考慮していない直接戦闘型アンドロイドだ。
その中でもW10『アークゲイン』は純粋な機動兵器タイプとして開発された機体であり、他のWナンバーに比べて運用の柔軟性にかける分、生産や整備には融通が利く。


特に問題は無いようなので許可を出すと、すぐにドクはギャンランド内の生産施設に通信を入れて生産を行うよう指示した。

W10再生産の流れで、話はシャドウミラー全体の整備状況へと移行し二人は実務的な面での話し合いを続ける。


「こちら側の技術で我々の保有兵器を維持できそうか? 必要な物があれば香月夕呼に要請しておくが」

「んーむ、厳しいの。こちら側の主力兵器である戦術機と互換性が全く無いからのぉ。PTやAD、リオンシリーズは性能が落ちるのに目を瞑ればなんとかなりそうじゃが、特機は完全にお手上げでな」

「テスラ研から徴発した資材を使い切れば、修理や補給は不可能という訳か。芳しくないな……」

「自己修復機能があるソウルゲインやツヴァイはまだマシじゃて。問題は参式やヴァルシオンじゃよ。どうしたもんか……ん?」


『こちら側』の技術では数世紀近い技術レベルの差がある『向こう側』で作られたシャドウミラーの兵器を維持するのは並大抵の事ではなく、自然とヴィンデルとドクの表情に苦い物が混ざり始める。
何か良い手はないものか、と考え込んでしまいそうになった時にこっちへ歩いてくる人物が目に入った。


「ドク、ムジカのアシュセイヴァーとセレインのラーズグリーズの整備で聞きたい事があるんだけど……」


資料を持ちながらドクに話しかけてきた整備員の少女は、ドクの隣にヴィンデルが居る事に気付くと慌てて敬礼をする。しかしその敬礼はどこかぎこちなさと違和感を感じさせる物で、場所が違えば芝居の下手な新人女優に見えたかもしれない。
そんな感想を持ったかどうかはわからないが、ヴィンデルは士官学校の教科書に使えそうなくらい綺麗でしっかりした、理想的な答礼を返す。


「おお、レラ。なんじゃい、どこがわからんのだ」

「い、いや後で良いよ。大佐がいらっしゃるし……」

「構わん。私はそろそろ他の仕事を片付けなければならんのでな。ドク、補給の問題は私も考えておく。悪いがしばらくはなんとか手持ちでやりくりしてくれ」

「あいあい、まあウチが火の車なのはもう慣れたからの。なんとかするさね」


格納庫での用事を済ませたヴィンデルは、そう言うとドク達に背中を向けて去っていく。総司令としてやらねばならない事が山積みであり、一つの問題だけに集中する事ができないのが実際の所なのである。


「しかしレラ、ここに来てからだいぶ経つのにお前も成長しとらんのう。もちっと肉付きがあるとグッドなんじゃが……」

「きゃっ!? ど、どこ触ってるのさスケベじじい!」

「な、なんじゃい、尻くらいで。べつに減るもんでもなし……」


背中越しに聞こえてくるドクと少女の漫才のような掛け合いを聞くと、ヴィンデルは軽く溜息をついてしまった。


(ドクもこれさえ無ければ、な)


優秀なメカニックの数少ない悪癖であるスケベさに、思わず声に出さずにそう呟いてしまうヴィンデルだった。



シャドウミラーが横浜基地に滞在するようになってすでに十日以上が経過している。

その間、何度も横浜基地……より正確には香月夕呼へ日本帝国と国連から問い合わせが次々に寄せられたのだ。
基地に停泊している戦艦はどこの所属か、戦術機部隊の緊急出撃があったようだがどういうことか、基地内部に突如未確認の機動兵器が出現したという情報は本当なのか、など先日の事態について矢継ぎ早に説明を要求された。

予めヴィンデルと打ち合わせていた通り、二隻の戦艦は自分の雇い入れた傭兵部隊の所有する物であり、緊急出撃は非常時に対応する為の抜き打ちの訓練であると繰り返し説明してやると質問者は一応納得してそれ以上の追求はしない。彼らにはそれ以上に問いたださねばならない事があったからだ。

『マスタッシュマン』ことソウルゲインが再び現れたことが事実かどうか、である。


期待と不安と打算が入り混じった彼らの質問に、夕呼は事も無げにこう答えた。


「ええ、事実です。マスタッシュマンの正式名称はソウルゲイン。
 オルタネイティヴ4の技術を一部流用して開発した機体で、現在は傭兵部隊シャドウミラーが実戦運用していますわ」


嘘八百もいい所だが、夕呼からすれば衣食住に加えて補給の面倒まで見てやっているのだからこれくらいは利用させてもらわなければ元が取れないのである。

さてこれを受けて慌てたのがオルタネイティヴ5派だ。
なにせ血眼になって探していた「お宝」が、憎んで止まない目の上の瘤である横浜の魔女が作った物だと分かったからだ。

無論、この情報を鵜呑みにするほど純朴な感性を持ち合わせていない彼らはただのハッタリ、あるいはソウルゲインの存在すら工作の一環ではないかと疑い、全力を挙げて事実の確認を急いだ。

その結果、香月夕呼の発言の真偽は未だ不明ながらソウルゲインが実際に横浜基地に停泊している戦艦に格納されているのはほぼ確実、という甚だ不本意な情報を入手する事となった。報告を受けた者の中には、苦虫を噛み潰したような顔で唸り声を上げる者すら居た始末だ。


動いていたのはオルタネイティヴ5派だけではない。
問い合わせこそしなかったもののEUやソ連、アフリカ連合にオーストラリアも耳をそばだてて事態の推移を見守っていたし、大東亜連合……中でも統一中華戦線などはすでに工作員を送り込んだという噂すらある。


日本帝国などはもっと行動的で、情報省の課長を直接送り込んで夕呼から多少は詳しい説明を聞いた事で表面的には他国よりは落ち着いているように見える。

もっとも、これから何度も手を変え品を変えシャドウミラーと接触しようとするだろう。



各国がそれぞれの思惑で蠢動していた時に、シャドウミラーもまた活発に動いていた。

ヴィンデルとドクの会話にも出ていた補給の問題を解決すべく、香月夕呼への技術供与を開始したのがその最たるものだろう。
事前に渡したゲシュペンストMk-Ⅱの他にリオンシリーズ、ランドグリーズといった比較的当たり障りの無い――こちら側の技術からすれば充分に高性能な機体ばかりだが――機体と各種兵器のスペックデータを追加で提供した。

特に実体弾を使用する兵装は弾薬の共有を早期に可能にすべく、M950マシンガンやM13ショットガン、レクタングル・ランチャーなどの実物が使われている弾薬も含めて研究の為に横浜基地内に搬入された。

ビーム兵器は機体のジェネレーターに直結するタイプやエネルギーパックに補給するタイプの物ばかりであり、母艦からエネルギーを補給することで賄えることが確認されているので問題は無い。



一方で、生活状況については著しい改善が見られている。

横浜基地に停泊するまでは世界中を息を潜めながら逃げ隠れしていたのだ。他勢力からの諜報などの危険性は増したものの、やはり戦艦に篭りっ放しでいるよりは地に足を付けた生活の方が人間、落ち着けるのである。

特に食生活の問題が解消された事は大きい。
アクセルとレモンが何気なく立ち寄った横浜基地のPXで出された食事の味は、高級レストランとまではいかないまでも味気ない軍用レーションとは天と地ほどの差があるものだった。

二人から話を聞いたヴィンデルはすぐにシャドウミラーもPXを利用できるよう夕呼に要請し、その性急な行動に少し困惑させはしたが無事に使用許可を取り付けたのだ。
これによって兵士達の士気が大幅に回復したことが、夕呼との協力関係における最初の利益とも言えた。

古来より、補給と福利厚生を軽視した軍隊がことごとく壊滅している歴史的事実を理解しているシャドウミラーの首脳は、とりあえず現状に満足できている。


それらと並行して、香月夕呼から見返りとして要求された戦術機の改修・強化プランがレモンを始めとしたシャドウミラー技術陣によって考案されている。

これは実際にシャドウミラーの技術力がこちら側でどれだけ使えるのかを探る意味合いが強いのだが、シャドウミラーとしても人類がBETAに喰い尽されるのは看過できない事なので、戦力の強化に繋がるこの提案を夕呼の底意を理解しながらも受け入れたのだ。


そして考えられた第一の強化案はOSの改良である。
現在、PTやADの物と比べて戦術機に使用されているOSは操作の簡易性・柔軟性で著しく見劣りする。

戦場においては数秒の操作の遅れがそのまま死に直結する事が珍しくない。故に兵器には直感的で操作しやすいインターフェイスが求められるのだが、残念ながら戦術機のOSはその条件を満たしているとは言いがたい。
体勢を崩すと起き上がるまで操作が一切出来ない、という点が良い例だろう。その隙に襲われて命を落とす衛士が少なくないのだから深刻な問題だ。

なによりOSならば一度組み上げてさえしまえば、装甲や武装の改良よりも少ない手間で現行の機体にフィードバックできる所も賛成する者が多かった理由の一つだ。


しかし流石に一から新しい物を作りだすというのも大変なので、PTに搭載されている「戦術的動作思考型OS」、通称TC-OS――Tactical Cybernetics Operating System――を戦術機用に改修して搭載してみる事に決まった。

流用すると簡単に言ったもののPTと戦術機では旋回半径、間接の稼動領域、機体そのものの強度……当たり前だが様々な点で違いがある。
極端な話、PTには簡単に出来る動作でも戦術機が行えば致命的損傷を受けてしまう事だって考えられるのだ。

危険性のある余分な箇所を削っていく作業を地道に続けた結果、出来上がったのはほぼまっさらに近いデータであったので作業を行ったレモンは少なくない徒労感を覚えてしまった。



細々とした仕事をやり終えたヴィンデルは、レモンとアクセルを連れて夕呼に会いに行った。

元々、組み上げたOSの基礎データを渡しにレモンが行く予定だったのだが、実際に戦術機に触れてみる機会を作るべきだと考えていたヴィンデルとアクセルの二人がちょうど時間ができたので一緒に付いて来る事となったのである。


横浜基地の内部に居を構えた事もあってか、基地の兵士達との関係も若干ではあるが良好になってきている。
夕呼直属の傭兵部隊という説明のせいで、すれ違った時に敬礼をするべきか、それとも相手が軍人ではないので会釈で済ますべきかが少しの間彼らの悩みの種となったが、結局個々人の判断に任せるという事になって各自バラバラに挨拶している。

ヴィンデル達が来訪を告げると、慣れたものですぐに地下の研究室へと繋がるエレベーターに通されてスムーズに夕呼と会う事が出来た。


「これが例の新型OSの雛形ね。概要は読ませてもらったけど使い物になるの?」

「実際に動かしてみないと何とも言えないけど、少なくとも今使われてるものより悪くなる事はないわ」


最初の出会いで弱味を見せてしまった事で何かが吹っ切れたのかはわからないが、夕呼はレモンに対して気安い態度で話しかける。
レモンの方もそれが嫌ではないので、形式ばった敬語など使わずに普段通りの態度で夕呼に応じている。
要するに、似た者同志で馬が合ったのだろう。


「操作の簡易性を増して、同時に柔軟性と汎用性を上げる。このOSが完成すれば戦場での死亡率は間違いなく下がるわ」

「TC-OSねぇ……。確かに便利そうだけど、戦術機のCPUじゃ完全には再現できないわよ」

「そうね、必要最低限の機能だけ持たせた簡易版になるのは致し方ないわね。CPUそのものを強化すれば問題は解決できるけど、今回はあくまで基礎部分を作ってしまうのが目的だからこれでいいのよ」


完成すればバージョンアップ自体は簡単にできるしね、と出された天然物のコーヒーを美味しそうに飲みながらレモンは言う。


本来のTC-OSは複数の登録動作を指定したタイミングで複合・連動させる事で新しい動作を作る事ができ、パイロットそれぞれの特性に合わせたカスタマイズができる。
しかし戦術機のCPUでそれを再現するのは難しく、簡易性を高めるという本来の目的に即した「登録されているモーションから適切なものを選択し動作に移す」機能を第一に考えた設計を行った。


「なるほど、ね。まあそういう事ならなんとかなるでしょ。この基礎OSを最適化させる作業は社に頼んでおくから」

「へえ、霞ちゃんに? あの子、優秀なのね」

「まあね。そんじょそこらの凡人より遥かに役に立つのは確かよ」


そう語る夕呼の言葉には、わずかではあるが娘を自慢する母親のような響きが感じ取れるような気がした。
それに刺激されたのか、レモンも自分の娘のような存在であるWナンバー達を話題に出す。


「だったらウチのエキドナとラミアにも手伝わせようかしら。身内贔屓を差し引いても、文句無く優秀よ。霞ちゃんと話をさせてみたいしね」

「ふうん、ならいいんじゃない。人手が増えればそれだけ完成も早まるだろうし」


方向性が定まった所で、とりあえず技術面の話は終了である。これ以上は霞達が基礎データを改良して完成版が出来上がってからでなければ進めようが無い。

打ち合わせが一段落すると、ヴィンデルが夕呼に話しかけた。技術面での話であったのに加え、女性同士の会話に参加する気が無かったヴィンデルとアクセルは最初に挨拶をした後は黙ってコーヒーを飲んで終るのを待っていたのだ。


「話は済んだようだな。実は頼みがあって来たのだが」

「あら、そうなの。てっきりコーヒーをタダ飲みしに来たのかと思ってたわ」

「コーヒーが美味かったのは認めるがな。今後の為に戦術機を動かしてみたい。シミュレータでも構わんのだが」


夕呼の少し意地の悪いからかいを平然と受け流すと、ヴィンデルは単刀直入に本題に入る。

補給と整備の目処が立たない以上、最悪こちら側の主力兵器である戦術機を運用することも考えておかなければならない。
そうなると、戦術機の操縦を実際に体験しておきたいのは当然だろう。動かしてみて、パイロットの視点から新型OSの改善点が見つかる場合もある。

それらの点を夕呼に説明すると、最もな話であったし、何より新型OSの改修にも役立ちそうだったので了承しすぐに準備を整えてくれた。


「で、誰が乗るの? レモンは違うだろうからあんたかアルマーのどっちか?」

「アクセルが乗る。その方が何かと都合が良いだろうからな」

「ようやっと出番か。コーヒー分は働くとしよう、こいつが」


元々そのつもりでアクセルを連れてきたのだ。すでに手に入れた戦術機のマニュアルは読み込んでいるので後はどれだけ動かせるかが問題である。

そもそも、これから潜入工作などで戦術機に乗る必要が出てくるかもしれないアクセルの習熟度を上げておくのは当然だ。恐らくヴィンデルがツヴァイ以外の機体に乗る可能性は低いのも理由の一つである。


十五分程してから、用意が出来たと連絡があったのでシミュレータールームへと移動することになった。

そこで、友好的とは言えない態度で神宮司まりも軍曹がヴィンデル達を迎えた。
無論、彼女も礼節は弁えているから露骨に敵対的な言動や行動を取るわけではないが、それでも視線や言葉に少なからぬ不審と猜疑が含まれてしまっている。

まりもが「99式衛士強化装備」に着替える必要があるアクセルを案内してその場を離れた後、レモンは苦笑しながらヴィンデルに話しかけた。


「あんまり歓迎されてないみたいねぇ」

「彼女は我々に良い感情を持っていないようだからな。仕方あるまい」

「それはそうでしょ。延々と戦争するのが目的です、なんて言う連中の事を好きになれる人間は少ないでしょうよ」


夕呼の的を得たツッコミにさもありなん、と二人は頷く。
それが正常な考えであり、否定する気はなかった。ただ言わせてもらえば「座して緩慢に死ね」と言われて反抗を企てない者が居るだろうかと問いかけたかったが、所詮水掛け論にすぎないだろう。


似たような口論がこの場に居ないアクセルとまりもの間でも交わされていた。

行きは無言の重苦しい空気を漂わせていたまりもだったが、アクセルが強化装備に着替え終わってヴィンデル達の所へ戻る道すがら、ぽつりと質問を投げかけてきた。


「……どうして、貴方達は『永遠の闘争』なんてものを求めて戦うの?」

「理解できない、か?」

「質問に質問で返すのは感心しないわ」


眼光を強めて睨みつけるまりもの視線をアクセルは真っ向から受け止めた。
上辺だけの言葉で誤魔化せる雰囲気ではないし、元より腹芸が得意な性でもない。

彼女は夕呼に近しい存在のようだし、後々禍根を残さないよう率直に言った方が良さそうだ。


「平和を創る為に戦って、多くの者が死んだ。そしてようやく平和が訪れた時、兵士は使い捨ての道具のように切り捨てられた」

「戦争が終ったなら、軍備が縮小されるのは当然でしょう?」

「……それが普通の軍縮ならば受け入れられたさ。だがあれは兵士そのものを否定し、緩慢に嬲り殺す物だった」


語るうちに、アクセルの眼に剣呑な光が宿り始めた。
その当時を思い出して、心中穏やかざるのだろう。


「平和を求めて犠牲になった兵士が、今度は平和を維持する犠牲になる事を強いられた。それを受け入れる訳にはいかなかったのさ、これがな」

「でもそれで戦争を起こすのは本末転倒でしょう? 平和の中で生きられるよう努力すれば……」

「闘争の中でしか生きられない者もいる。確かにそれは平和という枠組みの中では害悪でしかないのだろう。だからと言って一方的に見下され捨てられて良いわけが無い」


話が平行線を辿ろうとした時、アクセルはふと違和感を感じた。
胸中でわだかまる気持ちを解決すべく、疑問をぶつけた。


「一つ聞きたい。こちら側ではベトナム戦争は起こったのか?」

「ベトナム戦争……? BETAとの戦いなら世界中で今も続けられているけど?」

「……なるほど、それでか」


納得したアクセルとは対照的にまりもは訳がわからないといった顔をしている。


(こちら側では長い間BETAと戦い続けているから、軍人が否定されるような事が無かったのだな)


二次大戦が終ってから人類同士の戦争は起こらず、そのままBETAとの熾烈な戦争に移行したのだろう。
それ故に軍人は一定の尊敬を受けたまま、貶められる事無く生きてこれたのだ。

根本的な部分からして大きく違うのだから、話がかみ合わないのも当然の帰結である。


「自分だけで納得せずにきちんと説明してもらいたいのだけど」

「要するに、『こちら側』と『向こう側』の状況は違いすぎるのさ、これがな」


それだけ言うとシミュレータールームに戻るべく、止まっていた足を進める。


「ま、待ちなさい! まだ話は終ってないわ!」

「これ以上待たせるわけにはいかんだろう。納得がいかんのならまた今度にしろ」


確かにこれ以上ヴィンデルや夕呼を待たせて長話に興ずることはできなかったので、渋々まりもは引き下がった。

また無言になって歩く二人だったが、前を向いたまま独り言のようにアクセルが呟いた。


「貴様らには理解できないかもしれんが、俺達にとっては譲れない生きる為の戦いだった。それだけは言っておく」



それっきり互いに一言も話さなかったが、まりものシャドウミラーへの嫌悪感は少し和らいでいた。




[20245] 第10話  分の悪い賭け
Name: 広野◆ef79b2a8 ID:23da3f91
Date: 2011/03/09 01:48



「良い腕をしているな」

「当然。安い腕は揃えてないわ」

「今ので四戦全敗、ね。まあ初めて扱う機体でベテランと戦えばこんなものかしら」


アクセルとまりもの4回目の模擬戦が終了した時点でのヴィンデル達の感想である。

如何なシャドウミラー特殊処理班隊長と言えど、慣熟訓練も無しにぶっつけ本番で操る機体では古参衛士には勝てなかった。
お互いに第一世代型の『撃震』を使用しているが、経験の差が如実に現れてしまっている。


一戦目は、惨敗。ロクに反撃も出来ず叩き潰された。

二戦目は、最初よりはマシ程度。相変わらずまりもが本気を出すまでもない。

三戦目、ここで何かしらのコツを掴んだのかアクセルの動きが見違えてよくなる。ようやっと『戦闘』と呼べるレベルになるも、やはり敗北。

そして今終った四戦目、まりも機の右腕を奪うという戦果をあげるも今一歩及ばず。


「しかし、神宮司軍曹は有能だな。こちらにスカウトしたい程だよ」

「あげないわよ? まりもはあたしのお気に入りなんだから」


ヴィンデルの賞賛の言葉に、まるで自分が褒められた事のように夕呼は自慢げに話す。

そんな二人を横目で面白そうに見ながら、レモンは一息ついているアクセルに呼びかける。


「アクセル、四戦連続で負けると流石にちょっとは落ち込んでるんじゃない? 休憩する?」

『笑えん冗談だな、レモン。ようやくコイツの動かし方に慣れてきた所だ。神宮司、貴様もまだまだ戦い足りんだろう?』

『四連敗してる人間の台詞とはとても思えないわね。いいわ、納得できるまでとことん相手をしてあげる』


からかうレモンを軽くあしらうと、獰猛な笑いを顔に浮かべながらアクセルは五戦目を申し込む。それに対して、まりもは勝ち気な表情で応じる。

アクセルとの模擬戦はまりもに新鮮な驚きと楽しさを与えてくれていた。
純粋に技量を競い合い、互いに高めあう闘いはさながらスポーツのような昂揚感すら感じる。

さらに一戦ごとに確実に技量が上がる……いや『撃震』に慣れてその性能を限界まで引き出し始めているアクセルに衛士としての矜持を激しく刺激されている事も、まりものテンションを上げるのに一役買っていた。


「あら、まりもったら気合入ってるわねー。アルマーとは相性が良いのかしらね、色々と」

『ちょ、ちょっと夕呼!? 変な表現をしないでちょうだい!』


今度はまりもが夕呼にからかわれる。
色々、の部分に含みを持たせた発言のせいでまりもの顔が少し赤くなる。
こういう反応が面白がられる原因なのだが、それに目敏く気付いたレモンが便乗してさらに火種を投入した。


「言われて見れば、神宮司軍曹はアクセルの好みのタイプかもね。嫌いじゃないでしょ、彼女のこと?」

『な、なっ!?』

『……いつまでくだらん話をしている。さっさと模擬戦を再開しろ、こいつが』


いよいよ耳まで真っ赤になり始めたまりもと軽く溜息を付くアクセルの顔を心底楽しそうに見ている二人を尻目に、ヴィンデルがさっさと準備を整えてしまった。


「戦場は先程と変わらず市街地。武装は双方とも87式突撃砲2つに74式近接戦闘長刀が二振りだ。これでいいな?」

『ああ、構わん』

「なに、もう済ませちゃったの? もう少しゆっくりでもいいでしょうに」

「二人がいつまでもお前達の玩具にされているのを見るに忍びないのでな」


日頃のストレス発散も兼ねているのか、夕呼はまだまだからかい足りないようだったがそれを無視して模擬戦を再開させる。


「アクセル、一勝もできなかったとなれば特殊処理班隊長の肩書きが泣くぞ」

『言われるまでもない。次は負けんさ』

『大口を叩くのはけっこうだけれど、後で後悔しないことね』


ヴィンデルの闘志を煽る言葉を皮切りに、五戦目の火蓋が切られた。




開始地点から動かないまま、アクセルはそれまでの4回の戦いで知りえた事を確認する。
知識は力だ。己を知り、敵を知れば百戦危うからずという先人の言葉は決して大げさではないのだ。

最も重要なことは、戦術機とPTやADの性能の違いが予想以上に大きいとわかったことだ。

火力・装甲・機動性などの性能面はもちろん、操作性の違いが際立って目立つ。
柔軟性や即応性において著しく劣ると事前に理解していたにもかかわらず、あまりの操作性の悪さに辟易してしまった。
さらには移動するたびに推進剤の残量やら何やらの配分を考えなくてはいけないときている。

これは最初期のゲシュペンストよりも酷いのではないかと思う一方で、こんな機体で戦場を縦横無尽に駆け回っていた明星作戦の衛士達を思い出し、改めて彼らの技量に感心した。


(機体性能の悪さを乗り手の技量で補う、か。本格的に『こちら側』の兵士のスカウトを始めた方がいいかもしれんな)


一時的とは言え肩を並べて戦った衛士達を思い出しながら、この模擬戦が終ったらヴィンデルに話をしようと思う。


考え事をしているうちに、警戒するようにゆっくりとこちらへ向かっていたまりも機が急激に速度を上げて近づいてくる。
アクセル機が動かない事から罠を警戒していたのだが、このままでは埒が明かないと判断したのか速攻を仕掛けてきた。

レーダーに映る両機の間隔が見る見るうちに縮まっていく。


「来たな……神宮司」


今までの戦いから彼女の衛士としての実力は文句無しに一流とわかっている。
不慣れな機体で戦うには厳しい相手だ。
しかしこの程度の不利に嘆いているようでは、これまでの戦場は生き延びてこれなかった。


「さあ……ショウ・タイムだ」


強敵との戦いが、アクセルの精神に心地よい昂ぶりをもたらす。



アクセル機へ接近中のまりもは、神経を研ぎ澄ましどのような行動にも対処できるよう最適なコンディションを保っていた。
長年の衛士としての経験から、アクセルはけっして侮っていい相手ではないと理解しているからだ。

最初の数回こそ無様な操縦をしていたが、すぐに現役の衛士と遜色ないレベルにまで達した。
いくら他の人型機動兵器の操縦経験があるとは言え、この適応能力は驚嘆に値する。

実際、ついさっきは機体の右メインアームを破壊され危うい所でなんとか勝ちを拾えたに過ぎない。


「さあ、次はどんな動きを見せてくれるの?」


アクセルのこの世界の常識では考えにくい、異世界人ならではのこの世界では型破りで理に適った大胆な戦術はまりもにとっては良い勉強になっている。
この戦いは、確実に自分を更なる高みへと導くきっかけになってくれている。そう肌で感じる事が出来るのだ。


元々、アメリカやソ連といった一部の国以外では対人戦をさほど重視していない。
戦術機が対BETAを目的に作られたのだから当然なのだが、ただ直進するだけで駆け引きも何もないBETA戦は衛士の思考を硬直させてしまう。

高度な心理戦や相手の癖を掴んで戦う必要のある人間同士の戦いは、不謹慎ではあるがやはり兵士がその力をより優れた物にするにはうってつけであった。


自分がかつてないほどに集中しているのを自覚しながら、油断なく辺りを警戒する。



その集中力の賜物だろう、いきなり飛んできた120㎜砲弾の一撃をギリギリで回避できたのは。


続けざまにさらにロックオン警告無しで2発、致命的な一撃を与えようと襲い掛かってくる。
一発が至近距離で通過し、右肩の装甲を浅く食い破っていったが幸い大きなダメージではない。


「くっ!? マニュアル操作でこれだけ正確な射撃をするなんて……!」


遮蔽物の陰に隠れてこれ以上の攻撃をなんとかやり過ごすと、まりもは動揺を必死に押さえ込む。

明らかに今までとは違った戦法だ。
運が悪ければこれで撃墜判定が出てもおかしくないレベルの攻撃だった。

ロックオンに頼らないマニュアル射撃は相手に攻撃のタイミングを悟らせないという大きな利点があるが、それ以上に高い技量がなければ命中率の大幅な低下を引き起こす諸刃の剣だ。
それを躊躇なく行える度胸と技量があるのがアクセルの優秀さを雄弁に物語っている。


一方で、アクセルはまりも以上に油断なく慎重に行動している。

あわよくば今の攻撃で仕留められるかと思ったが、やはりそうそう上手くはいかない。

だが確実に流れは自分の方に向き始めている。
この機を逃す愚を犯すまいと、アクセルは最大速力で自分の得意とする間合いへと持ち込もうとする。

牽制の為に120㎜砲弾を時間差をつけて2発、まりも機の退路を塞ぐ形で撃つ。

しかしまりもの操る撃震は攻撃の隙間を縫うように軽やかな動きで回避し、近づこうとするアクセル機に36㎜チェーンガンのシャワーを浴びせかける。

アクセルの本領が接近戦にあり、近接格闘においては自分を上回っているのを悟っているまりもは接近を許さない。なおかつ遠距離における射撃能力も高い事はすでにわかっているので、そのどちらでもない中距離を維持するのに全力を傾ける。
近づきすぎず、離れすぎない。この距離を保った戦闘を続けられれば勝機は必ず訪れる。

まりもの考えを理解したアクセルは、自身の領分である接近戦に持ち込めるように巧みに位置取りを変えていく。

勝負はいつしかお互いの得意とする間合いをどうすれば守れるか、という物に移り変わり始めている。


「……易々と勝たせてくれるとは思っていなかったが、それにしても不味いか、これは」


弾薬を撃ち尽くした120㎜滑腔砲の弾倉を予備と交換しながら、つい愚痴をこぼす。

一時はアクセルの方に大きく傾いた勝負の流れは中間地点に引き戻され……いや、徐々にまりもの方に流れ始めている。

現状はお互いに遮蔽物に隠れながら撃ち合いをしているが、このまま長引かせれば機体の習熟度で上回るまりもに軍配が上がるだろう。
それでは先程までの勝負が焼き直されるだけだ。


「これではジリ貧、か。元より縮こまっているのは性に合わん。ならば……」


右メインアームに87式突撃砲、左メインアームには74式近接戦闘長刀を装備させると、腹を括る。

撃震の、というより戦術機関連のスペックデータを確認していた時に一つ面白い機能があった。
幸か不幸かその機能はまだ一度も使ってみた事はない。そしてだからこそ、まりもの裏をかける可能性があった。


「分の悪い賭けは好きじゃないが……贅沢は言えんか、これがな!」


言葉と共に推力を最大にして、遮蔽物の影から躍り出る。そのまま推進剤の残量を気にせずに、ただひたすら全速でまりも機を目指す。

ともすればただの猪突、考え無しの愚行に思えるがアクセルがそんな馬鹿な真似をする男でない事は付き合いの短いまりもですらわかる。


「自棄になったわけではないわね……けどなんにせよ、こちらは迎え撃つだけよ!」


両方のメインアームに87式突撃砲を装備したまりも機はこれまでにない密度の弾幕を展開し、アクセル機の接近を容赦なく阻む。

だがアクセルは被弾を覚悟で強引に突撃する。

二人とも、この瞬間が勝負の分かれ目だと直感で理解した。



ここで引けば、負ける。



奇しくもこの時、アクセルとまりもは同じ事を考えていたのだ。


「チャージ(突撃)などさせるものか! そこっ!」


36㎜の雨に紛れ込ませた本命の120㎜が、狙い違わずアクセル機の右メインアームごと87式突撃砲を破壊する。

しかしそれすら意に介さずにアクセルは突き進む。

すでに彼我の距離は縮まり、まもなく87式突撃砲の射程から74式近接戦闘長刀へと変わろうとしている。

まりもは残弾の少なくなっていた左メインアームの突撃砲を投げ捨てると、代わりに背部にマウントされていた長刀を装備した。
さらに噴射跳躍して、少しでも近接戦に入るのを遅らせようとする。



けれど次の瞬間、まりもは我が目を疑う事になる。

アクセル機が装備していた長刀をこちら目掛けて勢いよく放り投げてきたからだ。
余りにも戦術機同士の戦闘におけるセオリーから逸脱した行動。だがしかし、突撃の勢いを乗せられた長刀は戦術機に致命的な損傷を与えるのに十二分な破壊力を持っていた。

慌てて回避行動に移ったまりも機はすんでのところで長刀を避けるが、身代わりになるかのように突撃砲が半ばからへし折れる。
さらには急激な方向転換により着地したことで機体の姿勢制御が作動し大きな隙を作ってしまう。


そしてそれこそが、アクセルが待ち焦がれていた瞬間だった。


「ここだ! 行けっ撃震!」


今度こそ、全ての推進剤を使い切るつもりでペダルを踏み込み、加速する。
アクセルの雄叫びに答えるが如く、撃震は機体性能の限界までその力を解き放つ。



だが。




「無手で突っ込むなんて正気!?」


そう、アクセル機は長刀すら持たずに突撃したのだ。
これではせっかくの好機をみすみす逃すだけではないか。まりもはそう考えたが、体は長年にわたって染み付いた経験からすでに動いていた。

素早く体勢を立て直すと、長刀によるカウンターアタックを実行する。

五度目の勝利を導くように、容赦なく長刀がアクセル機のコクピット目掛けて振り下ろされる。

これで終る。まりもはそれを確信した。



されど、その確信を打ち砕くようにアクセル機は残った左メインアームを長刀に叩きつける。


声にならない悲鳴が思わずまりもの口から漏れる。

振り下ろされた長刀はメインアームを肘近くまで切り裂いていたものの、そこで完全に止まってしまう。
これでは長刀を捨てない限り行動が大幅に制限されてしまう。

まりもが刹那の間に陥った思考停止から回復するよりも早く、アクセルは機体をしゃがませて『まりも機のコクピットより低い位置に』陣取る。


一体何を、と思った直後に何かが爆発する音が響き。


次の瞬間にはまりも機は撃墜判定されていた。


「……なに? 一体、何が起こったのよ?」


自分が負けた原因がわからずに呆然としていると、アクセルの声が耳に飛び込み、それが意識を引き戻す。


『宣言通り、勝たせてもらった。邪道といえば邪道な手だが、よもや卑怯とは言うまい?』

「あ、貴方、一体何をしたって言うのよ! どうすればあの状況から一瞬で撃墜なんて――」

『――はいはい、言いたい事があるのはわかるけどまずは出てきなさいよ。模擬戦はもう充分でしょ』


まりもは早口に捲くし立ててアクセルからどんな事をしたのか聞き出そうとしたが、夕呼にシミュレーターから出てくるように促され不承不承、追求を切り上げる。


先に出ていたアクセルはヴィンデル達と会話している。話の内容は最後の機転がよかったとかぎりぎりで面目躍如ね、といったものだ。

夕呼は驚き半分、興味半分といった視線でまりもを見ている。


「まさかあんたが負けちゃうとはね~。教官職で腕が鈍った?」

「……単純に、技量で彼に及ばなかったのよ」

「いや、単に分の悪い賭けに勝っただけだ。次も勝てるかは正直解らんな」


悔しさを隠し切れない様子で答えるまりもだが、横からその言葉を本人に否定される。
意外な援護に驚いたが、そんなことより確認しなければならない事がある。


「それで、結局どんな手を使ったの?」

「撃震に装備されている74式可動兵装担架システムには、面白い機能があるだろう」


人の悪い笑みをするアクセルだが、まりもは未だに何が言いたいのか解らない。


「可動兵装担架システムがどうしたのよ? そっちにはまだ予備の突撃砲と長刀があったけど、あの位置じゃ突撃砲は撃てない……」


そこまで言い終えてから、唐突に答えが閃いた。
とんでもなく荒唐無稽な、それでいてあの状況から逆転できる一手が。


「まさか、ボルトを爆破して強制開放した長刀を直接叩きつけたって言うの!?」

「正解だ、こいつが」


帝国軍戦術機に使用されている74式可動兵装担架システムには、近接格闘戦を重視する日本帝国独特の機能が備わっている。
それは通常時はロッキングボルトで固定されている長刀をボルトを爆破して強制開放、火薬式ノッカーにより長刀そのものを跳ね上げるというものだ。
これにより、爆発の勢いを利用して長刀を素早く振り上げることができる。

アクセルはこの機能を利用して、コクピットを攻撃。見事勝利を収めて見せた。


「た、確かにそういう機能はあるけど、それにしたって無茶苦茶すぎるでしょう!」

「まあ無茶はこの人の十八番だからねぇ。見ててハラハラさせられるのは確かよ」


帝国軍衛士ですらめったに使わない機能で勝ちを拾ったアクセルに感心すれば良いのか、はたまた呆れれば良いのか……。

いつものことよ、と事も無げに笑うレモンを見て正直まりもは困ってしまった。


「あたしは戦術機同士の戦闘なんてよくわからないけど、長刀か突撃砲を装備してから突っ込んじゃ駄目だったの?」

「それでは神宮司軍曹が体勢を完全に整えてしまっていただろう。即座に接近する事を選んだからこそ勝てた……違うか、アクセル?」

「ああ、それに片腕になった時点で取れる行動は限られていた。どのみち、あれしか活路を見出せなかったのさ」


夕呼の疑問にヴィンデルが答え、それをアクセルが引きついて説明する。

もし武器を装備してから突撃していたなら、その間にできた時間を使ってまりもは後退して仕切り直しを図っただろう。
まりもは突撃砲を失っていたが、投げ捨てた物を回収することは出来たし片腕を損失したアクセル機では長刀の斬り合いで勝てたかどうか怪しい。

一度限りの奇襲だったが、それが見事に成功した形の幕引きだったのである。


「もっとも、あくまで他の敵が居なかったからこそ取れた戦術だがな。模擬戦ならばともかく実戦ではよほどのことがない限り使わん手だ」

「それはそうだろうけど……負けたのは事実よ。貴方は、強いわ」

「貴様もな。いい腕だ、俺達の仲間にしたい程に」


戦った者同士にしかわからない、不思議な連帯感が二人には結ばれ始めていた。

お互いの健闘を称えあうと、まりもは模擬戦をする前とは自分の気持ちが違っている事に気付く。
少なくとも、シャドウミラーの兵士としてではなく一個人のアクセル・アルマーとならば、良い友人になれるかもしれない。

そんな思いが、胸中に存在していた。


「ところで、戦術機の乗り心地はどうだった?」

「荒削りで改善点も多いが、見るべきところある。特にこの強化装備は悪くない」

「ふむ、耐G・耐衝撃などの各種防御機能に加えて生命維持機能も兼ね備えているのだったな」


ことパイロットスーツに関しては、こちら側の方が優れているようだ。
少し独特すぎる見かけに我慢さえすれば、これほど装着者に優しい装備はないだろう。


「我々もこれを導入するか検討してみるべきか」

「それは難しいかもね。このスーツをPTとかで使うにはコクピット周りを改造する必要があるだろうし……それに何より」

「何より?」

「あんな作った人間の趣味丸出しの装備はどうかと思うわ。ヴィンデル、特に貴方はアレ絶対似合わないわよ」


レモンの発言に思わずまりもと夕呼もうんうんと頷いてしまった。もちろんヴィンデルには似合わない所に同意したのだ。
試しに着ている所を想像してみたが、壊滅的に致命的にどうしようもなく似合わない。

アクセルも同感だったのか静かに目をそらした。


「……そんなことはどうでもいい。香月博士、神宮司軍曹。今日は手間を取らせた。そろそろ失礼する」

「またコーヒーでも飲みにお邪魔するわ」

「はいはい、美味しいの用意しとくわよ」

「次は負けないわ。絶対にね」

「楽しみにしている。俺も負けてやる気は更々ないがな」


再戦を約束すると、不敵に笑いながらアクセル達は帰っていった。

後には夕呼とまりもだけが残り、二人は何とはなしに顔を見合わせてしまった。


「で、どう? 仲良く出来そう?」

「無理って言っても聞かないくせに」

「そりゃあね。あいつらとの協力関係は得る物が大きいもの。嫌でも我慢してもらうわよ」


自分から聞いておいてそれはないだろう、と思ったが夕呼が良くも悪くも奔放なのは良くわかっているので、まりもは気にしない。
だから、まりもは素直に自分の気持ちを伝えた。


「永遠の闘争なんて考えは相変わらず理解できないけど……そうね、協力者としてはやっていけるわ。上手く付き合えたら、友人にもなれるかもね」

「……まりも」

「何?」


ふと、夕呼が真剣な顔になって問いかける。
その様子から、何か重大な話を告げられるのかとこちらも身構えるが、不意に心底意地の悪い笑顔になったのを見て直感する。


ああ、これは絶対ろくでもない事を考えてる。


「アルマーに惚れた?」

「あ、あんたねぇ!!」


予想通りのとんでもない発言に、顔を真っ赤にして言い返す。

どうやら、また一つまりもをからかうネタが手に入ったようだ。

その反応が面白くてしょうがないとばかりに、さらに夕呼は応援するわよとかやっとまりもに春が……などとあからさまにからかっているとわかる言葉を紡いでいく。
それにムキになって反論するうちにあんな赤毛のタレ目男は好みじゃないとかなんとか暴言まで飛び出す始末。

こうしてじゃれあうのが、日頃は色々と負担が多い精神を癒す為の遊びなのかもしれない。





何はともあれ、横浜基地の面々とシャドウミラーの距離はゆっくりと縮まっていく。




それが良い事なのか悪い事なのかは、まだ当人達でさえ判断できない事であった。





あとがき

更新が遅くなり大変申し訳ありませんでした。
気付けば正月と旧正月が終ったどころか雛祭りまで過ぎているという有様。
このようにスローペースな作者でございますが、今年もどうかよろしくお願い致します。



[20245] 第11話  栄光への『可能性』
Name: 広野◆ef79b2a8 ID:1ec89351
Date: 2012/12/10 00:27
【 向こう側 ??? 】


星の瞬き以外は何も見えない、漆黒の宇宙空間。
そこに、本来なら存在し得ないはずの物があった。

星の光を受けて煌く、長い銀の髪。
白雪のような、穢れの無い肌。

一人の美しい女性が、宇宙を漂っていた。

女性は虚空を見据え、じっと何かに見入っている。
普通ならば星々の瞬きしか眼に入るものは無いというのに、彼女には、はっきりと望む物が見えているようだ。

人間の生存できない場所に居る女性は、ともすれば命を失った骸のように思えたが、強い意志の光を放つ眼は彼女が生者である事を雄弁に物語っている。

ならば、考えられるのは一つ。

彼女は人間ではないのだ。
人間などという脆弱な種を超越した、より優れた生命体なのだ。

その美しくも恐ろしい人ならざるものを、どこからか親しげに呼ぶ声が聞こえる。

(そんな姿で何やってるのサ? 『ヴァル=ア』?)

「……『アヴィ=ルー』か。特に意味は無い。単なる気まぐれだ」

音を伝える空気の存在しない宇宙空間では、何らかの機器を用いない限り会話など成立しない。
だというのに、二人は平然と会話を続けている。

人ならざるものに話しかけるのは、同じく人ならざるもの。
アヴィ=ルーと呼ばれた姿なき声は、銀髪の女性――ヴァル=アの返答に面白そうに笑う。

(気まぐれか、そりゃ良いネ! それじゃアタシもお付き合いするヨ)

言うが早いか、声の主は己の存在を望むままに変化させる。
一瞬前まで何もなかった場所には、ヴァル=アと同じように平然と佇む赤髪の女性が存在していた。

「ヒトとの円滑なコミュニケーションの為に使うだけの身体だけど、慣れれば中々悪くないネ、この姿も」

楽しそうに体を動かしているアヴィ=ルーは、上機嫌でそう告げた。

この姿は、彼女達にとっては仮初にすぎない。
何故なら、あまりにも強大な力を持つ高度な生命体が故に、他種族とのコミュニケーションに齟齬が生じる危険性を孕んでいるからだ。
その為、一定以上の文明を持った知的生命体と接触する際には、彼らが理解しやすいようにこのような姿を選んでいる。

言ってしまえば、要するに今の姿は「対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース」に過ぎないのだ。

「楽しむのは構わないが、程々に」

「わかってるヨ、大丈夫大丈夫」

苦笑するヴァル=アに、アヴィ=ルーは能天気な言葉を返した。
そこにまた、新たな声が響く。

(二人揃って何をしている?)

「おや、『ジェイ=レン』じゃないカ。調子はどうだイ?」

(悪くは無い。エントロピーが限界に達するまで、まだ余裕があるからな)

「いや、そういう意味で聞いたんじゃないんだけどネ。相変わらず変な所が真面目だヨ」

(お前にだけは変と言われたく無いがな)

アヴィ=ルーと軽口を叩き合うと、最後に現れたジェイ=レンも二人に倣ってその姿を妙齢の女性へと転じる。

「揃ったか。では、銀河の情勢を確認するとしよう」

ヴァル=アの言葉を皮切りに、3人は持ち寄った情報を共有していく。

「まずはアタシからだネ。『ゾヴォーグ』と『バルマー』は順調に戦火を拡大しているヨ。今の所、この二つが最有力候補かナ?」

「そうだな、戦力・闘争心共に申し分ない。波動を受け取った者の中ではヤツ等が頭一つ抜け出ている。お前はどう思う、ヴァル=ア」

「同感だ。我ら大銀河の意思たる『アル=イー=クイス』の後継者となり、銀河全域において戦乱を維持・管理できる資質を十二分に備えているだろう」


『アル=イー=クイス』。
それこそが彼女達を指し示す名。

数千年以上の遥かな昔に存在した先史文明の意思が、生命体としての形を得たモノ。

その目的は、銀河の守護。
その手段は、生命体が生存本能を鈍らせ、滅びに至ることのないように全銀河に適度な戦乱を起こし続けること。

自身も、引き起こされた戦乱の中で本能を刺激されることによって、永き時を生きながらえてきた。
しかし、どのような手段を持ってしてもエントロピーの限界は容赦なく迫り、遠からずアル=イー=クイスにも滅びの時は訪れるだろう。

故に、必要なのだ。
大銀河の意志を体現する役目を受け継ぎ、銀河の戦乱を管理する後継者が。

後継者を見出す方法として彼女らが取ったのが、全銀河に『より高位の存在へ至ろうとする意志』を増幅させる波動を放射することだった。
これにより、野心を抱き銀河に覇を唱えんとする者達が一斉に動き出した。
その中からいくつかの候補を選び出し、その動向を観察する。

生み出された戦乱によって命を落とす多くの人々の存在を、彼女達は止むを得ない事と受け入れる。
銀河の滅びを防ぐために戦いは不可欠であるのだから。

争いのない世界は生命体の本能を鈍らせ、緩やかな破滅を招くだけの害悪に過ぎない。
『アル=イー=クイス』にとって、それは銀河を滅びから護る手段の一つとして覆しようの無い真理だった。

あまりに大きすぎる、マクロな視点からの考え。
銀河の戦乱によるおびただしい犠牲を必然とする考え方は、個々の生命、例えば地球人類という生命体を慈しむミクロな視点を完全に切り捨てている。

「『ガディソード』を始めとした他の勢力は小競り合いを起こしてる程度だネ。まあ小さな火種でも無いよりはマシじゃないノ」

「では、銀河の安定に脅威となる物の動向は?」

「現状、目立った動きは無い。『破滅の王』や『バアル』が動き出す兆候は感じ取れん」

「『ル=コボル』は小賢しく動き回っているけど、当面の間は問題ないでショ。戦乱を煽って好都合な所もあることだしネ。引き続き監視を続けるヨ」

「『知の記録者』も今の所は大規模な干渉は控えている。もっとも、アレは秩序を乱す物。いずれは滅ぼさねば」

「『暗黒の叡智』を始めとした異なる次元からの侵略もない。まずは一安心といった所かナ」

他愛無い世間話のように交わされる会話からは、たやすく星を滅ぼせる力を持った存在の名が次々に挙げられる。
あえて泳がせている者もあるが、出現すればアル=イー=クイスの全力を持って迎え撃たなければならない敵も居る。
遠い昔から、アル=イー=クイスはこうした脅威と戦い続け、人知れず銀河を守り続けてきたのだ。

それこそが、銀河の守護者としての責務なのである。

「まとめると、我々の計画は拍子抜けするほど順調サ。イレギュラーも修正可能な範囲でしか起こっていないシ」

「このまま進めていけば、我らのエントロピー限界が訪れる前に後継者を選定できるな」

「……そう、だな」

「どうした、ヴァル=ア。何か気になることがあるのか」


歯切れの悪い態度を取るヴァル=アに、ジェイ=レンがその意を問う。
しかし、ヴァル=アは答えず、ただ視線を遥か虚空へと転じた。

「もしかして、さっきから地球を見てたのかイ? あの星にも波動を受け取った者が居たネ。シャドウミラー、だっケ」

「だが奴らは異なる次元へと逃亡した。すでに候補から外れている」

「次元の繋がりは断たれていないから追いかける事は出来るけド、労力に見合うかネ。そもそもあの星はもう――」

「『静寂を望む監視者』によって侵食されている、だろう。解っている」

言葉に隠しきれない苦々しさを混ぜながら、頷く。

監視者……『アインスト』。
アル=イー=クイスが誕生する前から存在した、真に古きもの。

そして、その永すぎる時の中で、狂ったシステム。

彼らは、争いを際限なく続ける知的生命体を不適格な存在と断定し、全て滅ぼすべく蠢動している。
滅びによる静寂が訪れた後、システムに過ぎなかったアインストが自我と肉体を有する新たな生命となる事こそが、アインストを統括する『凶星の監察官』の望みなのだ。


滅びによって成される新生。
混沌によって齎される秩序。

アインストとアル=イー=クイスの目的は真っ向から対立し、やがては雌雄を決するべく互いの全存在を賭けた決戦が行われる。
来るべき時は、刻々と近づいていた。

「だけど、ああまで深刻な侵食を許すなんて、どうやら『地球の守護者』は眠りこけているようだネ」

「本来ならばとうに防衛システムが起動しているはずだが……。かつての内乱で受けた傷がよほど深かったと見える」

「どのみち、もうあの星にはアインストを排除できるだけの戦力は無い。せいぜい、こちらの準備が整うまでの生贄になってもらうサ」

アヴィ=ルーとジェイ=レンは冷酷に地球の終わりを宣告した。
アインストの侵食は根が深く、すでに地球人類の中枢にまで手が伸びているだろう。

何より、アル=イー=クイスは今すぐアインストと全面対決する気は毛頭ない。
地球は特別なルーツを秘めた星だが、唯一無二ではないのだ。
代わりが必要ならば、他の星を仕立て上げれば良い。

それが二人の共通見解であった。

ただ一人。
未だ視線を地球から外さないヴァル=アだけが、違う考えを持っている。


「だが、地球人類には可能性がある」

「可能性? 星に縛られ、星の揺り篭で眠る幼子に?」

「確かに地球人類は幼く未熟だ。
 しかし、より強大な力を持つ存在に対しあくまでも抗い続ける意思の力。敵対者に対するその闘志。護るべきものを得た時のその強靭さ。
 この銀河を継ぐ者として。この銀河すべてを、束ね護る者としての資格を有すると私は思う」

「バルマーやゾヴォーグを蹴落として、かイ? ゾヴォーグの先遣隊を撃退したのは事実だけど、現時点では賛同しかねるネ」

「星の呪縛から解き放たれない銀河の幼子には重過ぎる責務だ。未成熟な種には早すぎる」

ヴァル=アの言葉に、二人が反論する。
銀河全体を見渡せば、やはり地球人類は未熟で、愚かだ。

なにより、彼らが成熟するまで待ってやる時間は、恐らくアル=イー=クイスには残っていない。

「ヴァル=ア、どうしてそこまであの星の連中に拘るのサ」

「あの命の力、意思の力 想いの力……これまで銀河に生まれた数多の文明の中で、もっとも我らに近しきものではないか?」

「確かに、否定できない部分はあるが……」

「故に、私は地球人類の可能性をいま少し見守りたい。我らの後継者の選定は、性急に進めたくないのだ」

「どのみち、それは連中が『監視者』に滅ぼされなければの話サ。もしもそれを為しえたのならば――」

「その時こそ、地球種が我らの使命を受け継ぐに相応しい資質を持つのか見極められるだろう」


三人の視線が、美しい蒼の星へと集まる。
滅びの淵へと立たされた、大きな可能性を秘めた惑星。

ともすれば、彼女らの眼は同じく滅びの運命に抗おうとする『極めて近く限りなく遠い』地球をも見据えているのかもしれない。




【2000年1月30日 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム】


「今合同訓練におけるシャドウミラー指揮官、ムジカ・ファーエデン大尉です」

「A01第9中隊指揮官、伊隅みちる大尉です。今回の訓練、宜しくお願いします」

「こちらこそ、どうぞ宜しくお願いします。第9中隊は『イスミ・ヴァルキリーズ』の異名を持つ精鋭部隊とお聞きしています。ご迷惑をおかけしないよう、鋭意努力します」

特務部隊A01と傭兵部隊シャドウミラー。
笑顔と握手から始まった顔合わせは、拍子抜けするほど順調に進んでいる。
茶色の髪を首筋にかかる程度にまとめて、理知的な大人の女性といった感じの伊隅みちる。
水色の髪を腰まで伸ばし、明るく可愛らしいムジカ・ファーエデン。
対照的な二人のツーショットは、新兵募集のポスターにでも使えば男子の応募が殺到しそうな物であった。

事の始まりは、香月夕呼からの唐突な指令。

「シャドウミラーとの合同訓練が決まったから。細かい打ち合わせは任せたわ」

普段から予想の付かない言動をする人だとは思っていたが、今回はまた強烈だ。
戸惑うみちるなどお構いなしに、夕呼は話を続ける。

「これからはアイツらもあたしの直属部隊として動いてもらうわけだけど、A01との共同作戦も考えられるわ。
 その時に向けて、余計なしこりは取り除いておきたいのよ」

夕呼の懸念はもっともだ。なにせ、初対面が一触即発の武器の向け合い。
実際に矛を交える事こそ無かったものの、A01からすればどうしても良い印象は持てない。
シャドウミラー構成員が専用区画からあまり出てこないで、横浜基地の人員との交流を積極的に持とうとしないのもそれに拍車をかけていた。

「仰ることはご尤もです。では今回は、双方の部隊員の交流を主軸におけば宜しいですか?」

「そうなるわね。コミュニケーション不足が大きな原因なんだから、そこを改善すれば多少はマシになるでしょ。
 まあ、いきなり仲良しになれって言ったって無理があるのは分かりきってるし、そんな難しく考えなくていいわよ」

(難しく考えるな……と言ってもな。どう接したものやら)

そう考えて、些か憂鬱な気分で当日を迎えたみちるだが、それは杞憂だったようだ。

予想に反して、目の前の少女……ムジカは人好きのする明るい笑顔で挨拶をしてくれた。
言葉遣いや態度にも、こちらを立ててくれようとする気遣いを感じるし、生来の人の良さがあるのだろう。
もっと反抗的な態度や取っ付き難さを前面に出したような人物と接しなければいけない事を覚悟していたみちるからすれば、肩透かしもいいところだ。
おかげで、訓練の打ち合わせはとんとん拍子で進んでいるのだから、文句など言うはずも無いが。

(それにしても……)

若いな、というのがみちるのムジカへの第一印象だ。聞けば、まだ17歳だと言う。
まだあどけなさの残る可愛らしい笑顔は、なるほど末の妹を思い出させるものだ。
帝国の法律が改正された昨今、この若さで戦場の土を踏む者は珍しくない。
しかしそれにしても、この若さで部隊指揮官を任せられるのは異例だ。
よほど優秀なのか、それとも単に人手不足か。

(人手不足……というのは有り得ないだろうな。なにせ、あれだけの手練が居たのだから)

ファーストコンタクトとなったあの夜、あの場に居たサムライ。
まるで血に飢えた剣鬼のような粘ついた殺気は、思い出すたびに鳥肌が立つ。

目の前の少女は、アレの手綱すら握り、御しているのだろうか。

(シャドウミラー……底の見えない部隊だな)

みちるが感心と警戒を抱く中、ムジカもまたみちるに対して様々な思いを巡らせていた。

(うわあ……綺麗な人だなぁ。レモンさんやセレインとはまた違った美人さんだ。
 胸もおっきいし……。いいなぁ、ボクもあれくらい大きければなぁ。
 腰もくびれてるし、出てるとこ出て引っ込むとこ引っ込んで……スタイル良い)

もっとも、その内容はみちるの考えとは程遠い能天気なものだった。
他人から見れば、十二分に美少女と呼べるムジカにも、内心色々と悩みはある。
年頃の少女らしい、実に可愛らしいものであったが。

(ちょっと厳しそうだけど、笑った顔は優しそうだな。
 ヴィンデル大佐から唐突に訓練の指揮官を任された時はどうしようかと思ったけど、
 この人と一緒ならなんとかなりそうかな)

ムジカが指揮官を任された経緯も、みちるに負けず劣らず唐突だった。
ヴィンデルの執務室に呼ばれ、訓練の実施を告げられた後に、指揮は任せる、の一言。

(経験を積めって言いたいんだろうし、ボクを信頼して任せてくれてるんだろうけど……。
 それにしたって唐突すぎるよ……)

突然に大役を任せられ、慌てふためいて準備を整えたのを思い出し、ついついムジカはため息をついてしまう。
その様子に気づいたみちるが、訝しげに問いかける。

「ファーエデン大尉? 何か問題でも?」

「い、いえ! そんな事は全然! あ、ボク……じゃない自分のことはムジカでけっこうですよ、伊隅大尉」

「しかし、同格の方を一方的に呼び捨てにする訳には……」

「階級のことなら、お気になさらず。戦時特例での昇進ですし。何より、今のシャドウミラーは一傭兵部隊に過ぎませんから」

「ですが……」

呼び捨てにしてくれて構わないとは言うものの、そこまで踏み込んでいいものか判断が付かない。
それは政治的情勢を考慮して、というよりはみちるの持つ生来の生真面目さからくる遠慮、というのが大きかった。
そんな風に迷うみちるに、思わぬ方向から助け舟が出た。

「伊隅大尉。貴官さえ差し支えなければ、ムジカ嬢の頼みを聞き入れて頂きたい」

今までムジカの背後に控えていたモノクルを付けた中年男性が、静かに歩み出た。
この方は、と目線で問うみちるに、慌てた様子でムジカが紹介する。

「こちらは、今回自分の補佐を勤めてくださるロレンツォ・ディ・モンテニャッコ中佐です」

「よろしく、伊隅大尉」

「これは、失礼しました中佐殿!」

いきなり自分より上位の階級を持った者を紹介されて、みちるは驚きながらも見事な敬礼で挨拶する。
それに答礼を返すと、ロレンツォは話を再開する。

「そう固くならないでくれ。ムジカ嬢も言ったとおり、我々は傭兵部隊にすぎない。元軍属が多い故、当時の階級を使ってはいるが、階級に拘る必要はないのだ」

実際には、元どころか現役軍人の寄り合い所帯のような物なのだが、みちるを始めとしたA01メンバーにはシャドウミラーの正体は伝えられていない。事実を知っているのは、夕呼を除けばあの場に同席していたピアティフ中尉と神宮司まりも軍曹だけである。
あくまで、『香月夕呼の雇った傭兵部隊』。それが内外におけるシャドウミラーの公式な立場だ。

「それが、モンテニャッコ中佐ではなくファーエデン大尉が指揮を取る理由ですか?」

「より正確に言えば、彼女に指揮官としての経験を積んでもらう為でもある。
 何より、お互いの交流促進には私などより、ムジカ嬢の方が遥かに適任だろう」

ロレンツォは話を締めくくると、どうかな伊隅大尉? とムジカの提案への返答を待った。

確かに、みちるさえ良ければ問題は無さそうではあるのだが……。
どうしたものかと迷ったが、結局本来の目的を考えれば、断る理由は無い。

「では、お言葉に甘えて。改めて宜しく、ムジカ」

「はい! あ、あのお願いついでにもう一つ……」

「なんだ?」

「ボクも、みちるさんって呼んで良いですか? 階級で呼ぶより、そっちの方が仲良くなれると思うんです」

「いや、流石にそれは……」

公私混同の部類に入る、と断ろうと思ったが、ムジカの顔を見てぐっと言葉を飲み込む。
期待と不安が入り混じった眼差しで、一心にこちらを見つめてくる。

見覚えのある表情だ。
ずっと昔。
二人の妹が、自分にお願いをする時の表情。
甘やかしてはいけないと思いつつも、つい許してしまったことが何回もある。

(そういえば、まりかとあきらとも、随分会っていないな)

昔日の思い出が脳裏を過ぎった後、みちるは降参の溜息と苦笑を浮かべる。

「部下達の前では、示しがつかないから駄目だ。でも、プライベートならば」

「やったぁ! ありがとうございます、みちるさん!」

「感謝する、伊隅大尉」

喜びを隠そうとしないムジカと、軽く頭を下げるロレンツォ。
自分なりの精一杯で、二人が満足してくれるならば良いだろう。
苦笑しながら、みちるは自分を納得させることにした。

「そろそろ、部下達が待ちくたびれているだろう」

「あ、そうですね。では細かい部分は現場の状況を見てからにしましょう」

気づけば、予定より長く話し込んでしまっていた。
部下には、ブリーフィングの間に挨拶を済ませて置くように言ってあるが、上手く話が弾まなければ手持ち無沙汰になっているかもしれない。
よもや問題は起こしていないだろうが、と思ったが、まあ大丈夫な筈だ。
部下の一人である、勝気なポニーテールの娘が少しだけ不安だったが、周りがフォローしているだろう。

ムジカと連れ立ってブリーフィングルームを後にしながら、これからの訓練内容を改めて頭の中で組み立てていく。

「みちるさん、皆が仲良くなれるような、良い訓練にしましょうね!」

屈託無く笑うムジカに、釣られてみちるも微笑を返す。

(全く、不思議な子だ……)

足取りも軽やかに、二人は一緒に歩いてゆく。





――こうも上手く事が運ぶとはな。
その後ろで、ロレンツォは一人、今回の目的は無事に達成できそうだと胸中で零す。

(ヴィンデル大佐、貴官の思い描いた通りに進みそうだな)

経験を積む為に、というのは表向きの理由だ。
ムジカが指揮官となった本当の理由は、A01の懐柔にある。
無論、ムジカ本人は打算や計算で動いている訳ではない。
純粋に、みちるを始めとしたA01の面々と仲良くしたいと思っている。

その純粋さに、人は惹きつけられる。
自然と人が周りに集まってくる、天性のカリスマとでも呼ぶ物をムジカは持っていた。

それを、ヴィンデルは利用した。
狙い通り、伊隅大尉はムジカに心を許し始めた。

司令官の感情は、意図せずとも部下へと伝わっていく。
A01が持っていたシャドウミラーへの悪感情も、ほどなく消え去るだろう。


香月夕呼と敵対するつもりは、今の所無い。
だがこちらにそのつもりが無いから、あちらも裏切らないだろうと思うほど純朴な感性をヴィンデルは持っていない。
いつ何時、情勢が変わって立ち位置が入れ替わるかなど誰にも分からない。

来るかどうか分からない『その時』に備えての布石も、欠かさず打っておくことが司令官には求められる。
それでなくとも、優秀な人員であるA01を取り込むチャンスを作っておくのは、シャドウミラーの利となる。

だからこそ、何も知らせずにムジカを利用した。


暖かな情の交わりと、冷たい打算の狭間で。
A01とシャドウミラーの関係もまた、変化を迎えようとしている。



【あとがき】

皆様、お久しぶりです。
実に長い間、更新停止しておりまして申し訳ありません。
リアル事情やモチベーションの低下など要因は色々ありますが、それを語るのは野暮というものでしょう。

特に、拙作の更新を楽しみにしてくださった方がもし居られましたのなら、真に申し訳ないです。
産みの苦しみを散々味わっておりますが、なんとかかんとか完結させるべく足掻いております。

牛歩の更新となるでしょうが、これからも暇つぶしの一つとしてお付き合い頂ければ幸いです。



[20245] 第12話  それぞれの大儀のために
Name: 広野◆ef79b2a8 ID:1ec89351
Date: 2013/01/16 14:57
【2000年1月30日 国連軍横浜基地 地下区画】

横浜基地の最下層にある研究室。
そこは、香月夕呼の『巣』と形容してもいい。
なにせ、ここには彼女が心血を注いで研究してきた物が全て収められているからだ。

天才と謳われる香月夕呼の全存在が、この一点に集中しているとすら表現できる。

文字通りの宝の山だ。
オルタネイティヴ計画に関連した技術はもちろん、夕呼が失敗作として破棄したデータや機材ですら、ほんの少し取り扱い方を変えるだけで莫大な利益を生み出す。

現在の国連軍横浜基地は、未完成部分を多く残しており、今もなお急ピッチで工事が進んでいる状態だ。最優先で施工されたオルタネイティヴ占有区画ですら、今月になってようやく稼動したばかり。

だというのに、香月夕呼の研究成果を狙って侵入しようとする輩は後を絶たない。
オルタネイティヴ4に賛成反対を問わず、様々な組織からエージェントが派遣されているのを見る限り、リスクを犯しても十二分に旨味があると判断しているのだろう。

しかし、そういった向こう見ずな挑戦者達は、夕呼の研究室どころか横浜基地内部にすら容易に近づけない。
諜報の防御に関して鉄壁の要塞とも表現できる横浜基地は、すでに各国諜報機関から皮肉と忌々しさを込めて、『無菌室』と呼ばれ始めている。
唯一の例外は、日本帝国情報省外務二課に所属するとある凄腕の男くらいだ

古来より、人は無謀と分かっていても財宝に目が眩み無謀に走る。
その代償が自身の命だとしても、手を伸ばさずには居られないのだ。

おとぎ話で例えるなら、研究室は財宝の山で、そこの主たる夕呼は鎮座する凶悪なドラゴン、といった所か。

さて、人類に夢と希望を与えるべく孤軍奮闘している件のドラゴンは、デスクの前で苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

理由は単純にして重大。
オルタネイティヴ4が行き詰まりに陥ったからだ。
計画の要たる00ユニット完成に不可欠な半導体百五十億個の並列回路。
どうしてもここで壁にぶち当たる。

何とかして突破できないかと迂回路を模索してみるが、堂々巡りの末にまた壁の前に行き着く。
閃きが足りない。
きっかけが掴めない。

ついには苦悶の声さえ上げて唸り始める。

(……認めたくないけど、手詰まりかもね。これは、いよいよ本格的にシャドウミラーに協力を要請するのを考えるべきか)

懊悩する夕呼を現実に引き戻したのは、背後で扉が開く音。
ピアティフから訪問者の報告は受けていない。
誰かと会う予定も無かったはず。

残った最悪の可能性は、不届きな侵入者。
とっさに拳銃を引き抜きながら、慌てて振り向く。

「私だ。無駄弾は撃たないでくれ」

銃口を向けられながらも平然と佇むのは、折りしも考えていたシャドウミラーの総司令、ヴィンデル・マウザーその人だった。

「アンタねぇ。予告もなしに勝手に来るんじゃないわよ」

銃を仕舞いながら、不機嫌に睨み付けてやると、ヴィンデルは肩を竦めた。

「約束の時間が近いのでな。セキュリティチェックを兼ねて迎えに来た」

「約束? あ、そういえば……」

ヴィンデルに言われて、夕呼はようやく今日の予定を思い出す。

「帝都のお偉方にあんた達の事を説明しに行くんだったわね。まったく、面倒な」

誰かと会う予定どころではない。
傭兵部隊シャドウミラーについて、雇用主である夕呼が、日本帝国の高官に説明及び帝国内での行動許可を貰いに出かける予定だった。こんな大事なことをすっかり忘れていたとは、知らず知らずのうちにかなり精神的に追い詰められていたようだ。

もともと、研究者である夕呼が政治的活動を行うのは不本意な事だったのだが、オルタネイティヴ計画推進者として、避けては通れない道だった。
なまじそっちの方面にも才覚があったのが災いして、根回しやら牽制やらに忙殺されて研究が疎かになりかねない、という本末転倒な事態を引き起こしているのは、夕呼にとって頭の痛い状況である。

「ん? あんた、今セキュリティチェックって言った?」

「ああ。君の身柄が危険に晒されるのは我々にとっても宜しくない。
 だから直接チェックした。ほぼ完璧と言っていいが、細かいツメが甘いな。
 後で問題点をレポートにして渡そう」

「……二世紀先の異世界人に対処できるほどアバンギャルドな警備システムなんて、構築できるわけないでしょ」

引っかかった妙な単語について聞いてみれば、しれっとセキュリティについて駄目出しをしてきやがった。
疲れていた夕呼には、力無くツッコミを入れるのが精一杯だった。

「二世紀先でなくとも、侵入はできるようだがな。帝国情報省外務二課、だったか」

「それなら、あたしと協力関係にある男よ。問題はないわ」

「いつ寝首をかかれるかわからん以上、備えはしておくべきだろう」

「真っ先にあたしの首を取れる男が言う事かしら?」

「首を洗って待っていろ、という言葉もある。ただの親切心だ」

皮肉と毒舌に、スパイスとして多少の信用と遊び心を織り交ぜながら、夕呼とヴィンデルは会話を楽しむ。

「人様の防犯事情に小言を言う暇があるなら、自分ちのセキュリティを見直したら?」

「問題ない。予定通り順調にデータを持ち帰ってもらっている」

「はぁ? 順調に……って、あんたら真逆!?」

「ゲシュペンストのデータは、元々流失させるつもりだったからな。
 無論、改竄してあるデータだが」

付け入る隙の無いオルタネイティヴ区画と違い、シャドウミラー区画は意図的にセキュリティを甘くしている部分がある。
各国のエージェント達は、これ幸いとお膳立てされたゲシュペンストのデータを持ち帰り、今頃はかなりの組織にデータが出回っているだろう。

もっとも、それで今すぐに大規模な変化は起きない。
PTではなく戦術機の体を装って改竄されたデータは、動力炉である『プラズマジェネレーター』や重力及び慣性制御装置である『テスラ・ドライブ』に関して完全に抹消されているし、センサー類やコクピット部分においても大幅な添削が行われている。

仮に、データと寸分変わらない機体を作り上げたとしても、劣化コピーどころかただのハリボテが出来上がるのが関の山だろう。

「だからって、あたしに何の断りも無く実行するなんて不義理じゃないの」

「心配せずとも、君に渡したデータだけが、この世界で唯一の完全な物だ。
 各組織や国家に対するアドバンテージは小揺るぎもしていない」

横浜基地なら、ラダノビット司令を除けば怯まない者は居ないだろう夕呼の睨みも、目の前の男には涼しい顔で受け流されてしまう。

「連中だって馬鹿じゃないわ。中途半端なデータを渡せば、あんた達の異常性に気づき始めるわよ。時期尚早なんじゃない?」

「むしろ、遅すぎたくらいだ。我々がこちら側に辿りついてから、すでに半年が経過している。十二分に待ち、機は熟しただろう」

ソウルゲインが巻き起こした波紋は、時間が経つほど大きく、深いうねりとなって世界に広がっている。
様々な組織が渇望してやまない、『最高の兵器』。
ゲシュペンストのデータを手に入れた者は、誰もが思うだろう。

この量産機でこれほどの性能ならば、果たしてあのマスタッシュマンはどれほどの物なのか、と。
呼び水を与えられ、ますます飢え乾く者達は、もはやシャドウミラーから眼を離せなくなる。撒き餌としては、これほど有効な策は無い。

「ああ言えばこう言う……口喧嘩も達者みたいね。兵士よりも政治家の方が向いてるんじゃない?」

「軍事政権、というのも考えはしたがな。維持するには莫大なコストと手間がかかる。意外に割が合わんのだよ、ああいうのは」

自分の知らぬ間に好き勝手に動かれている事に、不快感を示しながら皮肉を言ってやったが、あっさりと切り返されてしまう。
どうやら、寝不足と精神的疲労のせいで上手い皮肉の一つも考えられないようだ。

益体も無い思考を振り払うように、軽く頭を振る夕呼は、ふと時計に目が行く。
出発まで余裕があったはずなのに、何時の間にか急いで準備しなくてはいけなくなっていた。

「っと、与太話してる場合じゃないわね。身支度するから、ちょっと上で待っててくれる」

「了解した」

話し込んでいるうちに、出発する時刻が迫っているのに気付いた夕呼は、ひらひらと手を振って退出を促す。素直に従って廊下に出ようとしたヴィンデルだったが、ふと思いついたように、言葉を付け足す。

「忠告だが、君に銃は向いていない。銃火器類は、手入れもロクにしたことのない人間が持っても付け焼刃以下だ。
素人の護身用には、テイザー銃を始めとしたスタンガンをお勧めする。もしくは、扱いやすい鈍器の類だ」

「……ご忠告どーも。考えとくわ、覚えてたら」

大真面目な顔で護身用の装備についての自論を語るヴィンデルに、本当に疲れた顔で夕呼は返事をする。
まったく、妙な部分が真面目な男だ。
これも、武器のプロフェッショナルである兵士としての矜持なのかもしれないが。

再び益体も無い思考に身を任せながら、魑魅魍魎蠢く伏魔殿に出向く準備に取り掛かり始める。



【帝都東京 帝都城】


帝都城に到着した夕呼とヴィンデルは、着くなりお歴々の待ち受ける一室へと通された。
大臣クラスまでは出てきていないが、居並ぶ面々は政治と軍事における上層部の一翼を担う者と呼んで差し支えない。

人類の希望たる第四計画の遂行者である夕呼はともかく、たかが一傭兵部隊の指揮官を迎えるには、破格と言える。

「君が、シャドウミラー指揮官のヴィンデル・マウザー元大佐か。初対面で失礼だが、色々と謎の多い男だそうだね」

「お初に御目にかかります。私の出自などという些末事に、皆様の貴重な時間を浪費する必要はないでしょう」

開口一番、ヴィンデルについての追求が中央に座する初老の男性……三國敏行少将から発せられた。
察するに、この少将が今回の日本帝国側のまとめ役なのだろう。

すでに書類でシャドウミラーの概要は送られているが、それ以上の探りを入れているぞ、と暗に伝えてきている。
もっとも書類の半分以上が偽造の上に、そもそもいくら洗おうとも『ヴィンデル・マウザー』なる人物の記録はこちら側には存在しない。

「出身はどこかね? 姓から推測するに、ヨーロッパの生まれですかな」

「元軍属だそうだが、再仕官は考えておられないか。我が帝国軍は優秀な人材ならば出自に関係なく歓迎するのだが」

三國少将の言葉を皮切りに、帝国側から次々に質問や提案が出される。
ヴィンデルと帝国側だけで話が完結しそうになる流れを、涼やかな女性の声が断ち切った。

「皆さんのお気持ちは理解しますが、まずは本題を進めましょう。
『私の』直属部隊であるシャドウミラーが帝国領内で活動すること、許可していただけますでしょうか?」

夕呼は私の、と強調して言うことで、意図的に自分を話から除外しようとする帝国側にきっちりと釘を刺す。
中には、忌々しさを隠そうともしない者すら居たが、知ったことではない。
このように日本帝国のみならず、各国各組織に煮え湯を飲ませている物だから、最近では『横浜の女狐』なる通り名を与えられてしまっている。

「その件に付いては、殿下からもご裁可を頂いていますのでご安心を。
 なにせ、人類の存亡を賭けた第四計画直属部隊ですからな。断るわけにはいきますまい。
 もっとも、今後は事前の連絡無く大規模な演習を行うのは慎んでいただきたいが」

眼鏡をかけた参謀将官が、多少の皮肉を込めながら許可を伝える。
ありがとうございます、と笑顔でやり過ごすが、内心ではここ最近のイライラがマグマのように煮えたぎりながら溜まっている。

(ふん、文句は無駄に大事にした隣のヤツに言ってよ。オマケに転移現象で派手さに拍車が掛かってたし)

一瞬だけ、ジロリと横目で見てやるが、当事者のシャドウミラー指揮官はどこ吹く風と鉄面皮を保っている。

「そういえば、新型のステルス機能の試験運用も始めたそうですな。実用が決まれば、ぜひ我が帝国軍への導入を検討していただきたい」

(うわ早速。新型ステルスなんか無いわよある訳……ああ、そういえばアスレスとかいうのがあったわね。アメリカ軍でも探知できないのが。
……そんなもん研究成果として発表したら軍事バランス崩壊なんてレベルじゃないわねー)

当たり障りの無い返答で誤魔化すが、もはや疲れと焦りと面倒臭さが三重奏を奏でる胸中では、投げやりな考えが次々に生まれる。
このような精神の磨耗を、一切感じさせずに不敵な笑顔で応対する夕呼を賞賛してくれる者は、残念ながらここには居ない。

その後も、夕呼と帝国高官との間でシャドウミラー関連の様々なやり取りがあったが、いずれも「試験運用中につき不可能」や「量産の目処が立たず」といった具合に言質を掴ませずにかわしていく。

ヴィンデルも、あくまで夕呼直属の部下である体裁を崩さず、帝国側から問われた場合だけ答えるスタンスを貫いた。

唯一、「シャドウミラーは帝国からの派兵要請に応える気はあるのか」との質問には、「我々は民間軍事会社であり、適正な報酬と情報開示があればどのような国家、組織からの依頼にも応える」と前向きな返事を引き出せた。現在の雇用主である夕呼の依頼を最優先した上でだが、とも付け加えたので、どこまで信用できるかは怪しいが。

予想外にガードの固いヴィンデルの態度に、帝国側も若干の焦りを見せ始めた所、今まで聞き役に徹していた一人の男が発言した。

「宜しいか? 『マスタッシュマン』ことソウルゲインについて質問があるのですが」

声の主は、巌谷榮二中佐。
現在は技術廠・第壱開発局副部長として前線を離れている身だが、かつて旧型の改造機で当時の最新鋭機を落とした凄腕の衛士として知られる男だ。階級こそ中佐だが、彼の放つ言葉の重みは並の将官では及ばない物がある。

「再三申して上げている通り、ソウルゲインは試作実験機どころか技術実験機の段階です。
量産段階に到達するには、どう見積もっても数年以上かかりますわ」

「いえ、性能面や配備に関する質問ではありません」

各国から何度も言われている、ソウルゲインの量産型を寄越せという話題に飽き飽きしていた夕呼が先回りしてお断りしたのだが、巌谷中佐が求める物とは違うようだ。

「私がお聞きしたいのは、京都防衛戦時にソウルゲインを出撃させられなかったのか、その一点に尽きます」

瞬間、空気が変わった。
会議室の空気そのものが、重く、濁った物に入れ替わっていくかのように。

「巌谷君。それは……」

大佐の階級章を付けた男が慌てて止めに入ろうとするが、それを三國少将が制する。

「京都防衛戦時にあの機体が居てくれれば、京都を失わずに済んだのではないか。
あたら若い命を散らせずに済んだのではないか。あれだけの力を見せられては、そう思ってしまうのも無理からぬこと。そう考えてしまう程に多くの物を失った」

非礼を承知でどうかお答え願いたい、と締めくくった巌谷中佐の言葉に、当時の悲惨な情勢を思い出したのか、参加者の中には顔を苦渋の形に歪める者が散見された。
巌谷中佐自身、思う所があるのか、表情に苦い物が混ざっている。

触れてはいけない、あえて考えないようにしていた部分に切り込んだ巌谷中佐の一言が、大きな波紋となって広がる。


明星作戦でのソウルゲインの性能、そしてシャドウミラーの存在が明かされた時からずっと帝国側に燻っていた疑問。

何故、明星作戦でソウルゲインを戦線投入したのか。
京都防衛戦に間に合わせることが出来たのではないか。
もしかしたら、京都の失陥は防げたのではないか。
戦力を出し惜しみして、京都とそこに住む人々を見捨てたのではないか。

熱く、粘ついた溶岩のように、腹の底で暗い光を放つ猜疑心を閉じ込めていた蓋が、開いてしまった。

「いや、巌谷中佐の言わんとする事はもっともだ。私自身、その件については腑に落ちない部分がある。この場に集まる諸君もまた、程度の差こそあれ同じだろう」

巌谷中佐の後を引き継ぐ形で、三國少将が話を続ける。

「無論、明星作戦におけるシャドウミラーの奮闘には感謝の念が尽きない。私自身、指揮官の一人として作戦に参加していたからな。
多くの部下や同胞の命を救ってもらった。まずはこの場を借りて、改めて礼を言わせていただきたい」

感謝の言葉と共に頭を下げる少将。将官が傭兵に頭を下げるなど、主従逆転とすら言える。
その行動に周りの者は驚いたが、しかし止めようとする者は居ない。
この場に居た多くの人が、とりわけ軍人はシャドウミラーへ疑念もあるが、感謝している部分もある。

アメリカに裏切られたと感じ、精神的にも軍事力的にも辛い時期に現れ、窮地を共に切り抜けた戦友という思いもあるのだろうか。

「しかしながら、我々が抱く疑念も理解して欲しい。
絶望的な暴威であるBETAに、真正面から立ち向かえる蒼き巨人。
まさに青天の霹靂のごとく現れた希望。
もっと多く、より多くの戦果をと望むのも致し方ない。どうか、我らの邪推を打ち消せるよう、改めて返答をお願いする」

様々な感情を込められた眼差しが、夕呼とヴィンデルに突き刺さるが、焦点となっている二人の内心は、実に冷めた物だ。

(そりゃ聞くわよね。平行世界から転移してきたって知らなきゃ誰だってそーする。あたしもそーする)

そんな事を言われても、というのが正直な感想である。
その時、歴史が動いた時、夕呼は研究に専念していただけだし、シャドウミラーは文字通り影も形も存在していなかったのだから。

しかも、想定済みの質問だ。故に模範解答も出来上がっている。

「もちろん、お答えしますわ。結論から言いますと、京都防衛戦時にソウルゲインを実戦投入するのは不可能でした。最終調整すら済んでいない段階でしたから。むしろ、明星作戦に間に合った事さえ僥倖と言えます」

「シャドウミラーは、ソウルゲイン以外にも多数の新型機を保有しているようだが?」

「当時では戦局を変えうる程の水準には達していませんでした。
京都失陥が決定的になっていた時期でしたし、焼け石に水で戦力を浪費するよりは、後々のために温存するべきと判断しました。
オルタネイティヴ計画遂行の為の大局的な観点からの判断、ご理解いただけると思いますが?」

「……ヴィンデル司令の意見も伺いたいのだが」

理路整然とした夕呼の返答には付け入る隙が無く、次にヴィンデルに水を向ける。

「貴官らの疑念はもっともだが、香月博士の仰るとおり、京都防衛に参加できる状態ではなかった。
その証拠に、無理を押して投入したソウルゲインは半年近く改修に掛かりきりとなって格納庫から一歩も出れなくなった程。
その他の機体に関しても、それこそ無駄に人死にを出すだけの状態。
京都陥落に伴う損失には胸が痛むが、やむを得ぬ犠牲であったと小官は愚考する所存です」

徹頭徹尾、判を押したような回答に、ついに帝国側も折れた。
追求するだけ無駄。これ以上の情報は引き出せないのだと悟る。

「了解した。つまらぬ質問に答えてくれたこと、感謝する。巌谷中佐も、もう宜しいな?」

「はっ。お手間を取らせて申し訳御座いませんでした」

「疑念も払拭された事ですし、我々シャドウミラーは、これから日本帝国と良好な関係を築いていきたいと思っております。
お近づきの印に、これを」

ヴィンデルが記憶媒体を差し出すと、そのデータが手早く中央のスクリーンモニターに表示される。

「おお!? これは!」

「現在、我々の運用する新世代型戦術機『ゲシュペンスト』のデータです。
オルタネイティヴ4の機密に当たる技術はまだ開示できませんが、間接部や装甲に関しては香月博士から許可が頂けました。お役に立てるのではないかと」

帝国側に渡されたデータは、相変わらず動力部やテスラ・ドライブについて削除されているものの、エージェントにばら撒かれている劣化データとは雲泥の情報量を持つ。
夕呼が持っているデータを除けば、今現在で最も価値のある物だ。

「さらに、新型近接長刀のデータもお付けしました。名称は『シシオウブレード』。
特殊合金を使用して製造されており、量産は難しい状態ですが、近接長刀を重用する帝国の装備開発の一助となるでしょう」

ヴィンデルの言葉に偽りは無く、シシオウブレードの性能の高さと量産の難しさは折り紙付だ。
なにせ、シミュレーションでは要塞級を百体切り捨てても刃毀れしなかった程に馬鹿げた切れ味を誇る。
本来ならば特機の装甲に使われるVG合金で造られた刀身だけに、その頑強さは74式近接戦闘長刀とは比べ物にならない。

「むう、予想はしていたがこれ程とは……!」

「非常に興味深いデータですな! 早速、技術廠に回さなければ」

参加者達の目の色がにわかに変わる。
特に、技術畑の関係者達は興奮を隠しきれない様子だ。

だからこそ、ヴィンデルを見ていた夕呼のわずかに不機嫌な様子には、誰も気付けなかった。

「いや、実に素晴らしいデータだ。香月博士、ヴィンデル司令。協力に感謝する」

「お気になさらず。オルタネイティヴ4の派生技術に過ぎませんわ」

「対BETA戦に置いて、シャドウミラーに参戦を依頼する事もあるだろう。その際は、よしなに」

「再び肩を並べて戦える日を楽しみにしております」

いまだ興奮冷めやらない帝国側に挨拶をし、今回の会議は無事終了と相成った。


帝国高官との話し合いを終え、会議室を後にすると、近くに人が居ないのを確認してから夕呼はヴィンデルに向けて不愉快そうに問いただす。

「どういうことかしら? 事前の打ち合わせではあんなオマケは聞いてなかったけど」

「出発直前にふと思いついてな。君は心ここに在らずといった風情だったので、つい言いそびれた」

「よくもまあ、いけしゃあしゃあと……」

シシオウブレードのデータについては、夕呼としても完全に不意打ちだった。
そもそも、あんな装備が存在すること自体、たった今知ったのだから。

「あのデータ、私も持ってない物なんだけど」

「要求されなかったからな」

「そう。じゃあ言うわ。戻り次第、可及的速やかに私にもデータを寄越しなさい。もちろん、改竄されていないオリジナルをね」

「了解した。では、オマケはなにがいい?」

真顔で出来の悪いジョークを言われている事に気付いた夕呼は、額に青筋を浮かべて引きつった笑顔を浮かべる。

「……頼むから、一発殴らせなさい」

「君の腕力では大した痛痒にはなるまいに」

「じゃあ股間でも蹴り上げてやるわよ!」

「護身術の基本だな。まあ私は避けるか防ぐが」

「……今更ながら、あんたと一緒に来たことを後悔してるわ。次はレモンかアルマーと一緒に来る」

丁々発止とやり合いながら、二人が通路を歩いていると、唐突に前方から上質なスーツにロングコートを纏った紳士が現れた。
謎の紳士は、躊躇うことなく親しげに話しかけてくる。

「おお、何と言うことだ。私という者がありながら、別の男と仲良くお帰りとは。恥ずかしながら嫉妬の炎がメラメラと燃えてしまいますな」

「はいはい、ご用件はなんでしょうか、外務二課の鎧課長?」

相も変わらず、飄々とした態度で人をおちょくる男――鎧衣左近に、夕呼はあえて丁寧な口調で返事をしてやる。

「いやはや、ストイックな戦場の男すら虜にしてしまうとは……罪作りな女性ですな、香月博士は。
まさに魔性の色香。そんじょそこらの小娘には出せないフェロモンといいますかなんといいますか」

「悪いけど、あたし今虫の居所が悪いの。用が無いならさっさと帰んなさい」

よりにもよって、疲れている時に会いたくない人物の筆頭である鎧衣左近に捕まった事に、心底うんざりした顔で夕呼は本題を急かす。

「おっと、失礼。年甲斐も無くジェラシーに身を任せてしまいました。いえ、大した用ではないのですがね。
シャドウミラー総司令官殿に、一言ご挨拶をと」

一瞬、眼に冷たい光を宿すと、左近は夕呼の隣で静かに佇むヴィンデルに視線を移す。

「初めまして、ヴィンデル・マウザー総司令。私、帝国情報省外務二課課長、鎧衣左近と申します。どうぞお見知りおきを」

「これはこれは。直接お会いするのは初めてですな。部下が一度お会いしたようだが、よもや課長殿とは。思いも寄りませんでした」

「またまたご謙遜を。私ごとき小物の素性などとっくにご存知でしょうに。しかし、その節はどうも。
アクセル・アルマー君はお元気ですかな? いや愚問でしたな。『お城の中を探検』しているようですし。いやあ若者は行動力に溢れていますな」

「いえ、貴方もまだまだお若い。『国連と帝国は良い遊び場』のようですな?
 しかし老婆心から忠告させていただくと、火遊びは慎んだ方が宜しい。『可愛らしいご息女』に要らぬ火の粉が降りかかっては問題です」

「私の娘のような息子、いや失礼。息子のような娘の事までご心配していただけるとは。お心遣い感謝します。
ではお礼に私からも、そちらの防犯対策を見直される事をお勧めしますよ。あれでは盗人達が嬉々として押し寄せてしまいます。
いえ、『最初からプレゼントする予定』でしたか? それなら釈迦に説法も良い所。我が身の不徳を恥じ入るばかりです」

愛想良く世間話に興じるようでいて、お互いの腹を探り、急所に突き刺して、抉る。
事情を知る者が見れば、胃が痛くなりそうな光景に最初に音を上げたのは、やはり疲労困憊の夕呼だった。

「あのねえ! あたし疲れてるの。
あんたらの不毛な腹の探りあいに付き合ってるくらいなら帰って寝たいの。
ていうかこんな所で時間を浪費している暇は一アト秒もないのよ!」

「それはいけませんな。寝不足は美容の大敵です。
香月博士の美貌が損なわれるのは全人類の不利益。私はここいらで退散するとしましょう」

おどけた態度を崩さず、小さく肩をすくめた左近は背中を向けて歩き出す。
だが数歩進んだところで、ゆっくりと振り返る。

「ではごきげんよう、ヴィンデル司令。願わくば貴方とは敵対したくはないものですな。我が国としても、私個人としても」

瞳に複雑な色を宿しながらそう言うと、今度こそ軽やかな足取りで鎧衣左近は曲がり角に消えていった。

「鎧衣左近、か。喰えない男だ。それに、面白い」

「その様子じゃ、私の知らない所で色々とやらかしてるみたいね」

「心配するな。迷惑はかけんよ」

「そう願いたいけどね……」


一つ、大きな溜息をつくと、夕呼は心からの本音を口にする。


「もうやだ。疲れた。帰ったら本当に寝る」

「そうしたまえ。君に倒れられると私も困る」

ぐったりとした様子で、帰路に着く。

天才、香月夕呼の苦労は、当分終わりそうにない。




あとがき

だいぶおそいですが、新年明けましておめでとうございます。
今年もスローペースになりそうですが、更新することが出来ました。
本年もよろしくお願いします。

それから、前回の投稿後に10万PVを達成することが出来ました。読んで下さった方々に心からの感謝を。
始めた当初は、最終話書いた時点で10万PVいければ御の字だな、と思っていただけに驚いております。
更新停止時にもジワジワとPV数を増やしてもらえたようで、コメントするほどじゃないけどちょっと見てみるか、と言う方々が来てくれたのでしょうかね?ちょっと気になりました。

とりあえず、まずはガンガン作中時間を進めて早く武ちゃんを始めとする本編メンバーを出さなければ……がんばります。



[20245] 第13話  いざ往かん、我らの戦場へ
Name: 広野◆ef79b2a8 ID:1ec89351
Date: 2014/10/12 01:11
【2000年7月16日 フランス ノルマンディー地方区域】


世界史に輝かしい歴史を刻む大国、フランス。
しかしこの世界においては世界の舌を唸らせる美食と華やかな文化遺産の数々も、すでに失われて久しい。

かつては趣を感じさせる風光明媚な景観であっただろう場所は、BETAによって僅かな草木すら奪われ荒涼たる更地となった。
人々が談笑を交わしながら行き交った大地は、鋼の巨人と醜悪な異星起源種との血風舞う修羅の巷と成り果てた。


だが、そのような鉄火場でしか生きられない者達も居る。
敵と味方の血肉を啜り、紙一重で死の抱擁をかわし続ける事でしか生の充足を得られない者達が。

一般的な倫理に照らしわせれば、異常者と蔑まれ唾棄されるべき鼻つまみ者だ。
もっとも、それは平和な世界の論理。戦場には戦場の論理がある。
殺人者が英雄と持て囃されるというのが、最たる例であろう。

平和と戦争。二つの論理は決して交わること無く、されど決して離れること無く隣を歩んでいく。
別れる事はできない。どちらも正しくて、どちらも間違っているからこそお互いの欠けた部分を補完し続けるのだから。

そして戦争の論理を信奉する者達が多くを占めるシャドウミラーも、ついに人類の最前線の一つに降り立った。
『傭兵』という、戦争を生業とする仮初めの立場をとって。

戦場の名は『独仏連合旅団合同大規模間引き作戦』。

こちら側におけるシャドウミラーの華々しき初陣であった。


最後方、連合旅団司令部では今作戦の頭脳たるドイツ・フランス連合旅団の将校達が最終確認に追われている。
間引き作戦時の常として、欧州連合や国連からの増援を受け入れているのだが、今回は些か様相が違った。

「連中……使い物になるのですかね? 精鋭といえど所詮は傭兵部隊でしょう」

「さて、な。事前に渡された試験機のスペックデータは全機ともタイフーン以上だったが」

「母艦は新造の飛行戦艦、機体は第三世代機を超えた性能……これでただの傭兵と言われてもな」

階級や役職を問わず、話題の中心は急遽受け入れが決定した増援の傭兵部隊についてだ。

「噂では『横浜の魔女』の差金だそうですが……」

「噂は噂よ。仮に事実だったとしても、上が決定したことに我々が異論を挟むことはできない」

CP将校達が声を潜めて会話を続ける。
本来なら作戦開始前の私語など言語道断だが、異例づくしの今回は話が違う。
シャドウミラーには限定的とはいえ現場での独自裁量による行動を許可する、という指示があったのだ。

あまりにも馬鹿げた指令は、しかし何度確認しても上層部から正規のルートで下された物だ。

突然ねじ込まれた傭兵部隊、それも母艦も含めて全て新型機で構成された独自装備という異様さ。
オルタネイティヴ第4計面の非公式直属部隊という情報も漏れ聞こえてくる。
そんな怪しげな連中に便宜をはかるとは、一体上層部はどんな取引をしたというのか。

否が応でも想像の翼は広がり、益体もない会話が口をついて出る。
本来なら諌めるべき佐官や参謀部ですら、謎の傭兵部隊について盛んに論議していた。
先陣を切る役目は最前線に配置された傭兵部隊が務める為に、現場の部隊含め正規兵には時間的余裕があるせいだ。

「実働データが欲しいにしても全て新型とは……横浜も思い切った真似をするわね」

「それだけ自信があるのだろう。なにせあのマスタッシュマンを擁する連中だ」

「何にせよ、どう転ぼうが我々に損はない。連中が最前線に居るおかげで虎の子の『ツェルベルス』を温存できる」

「仮に役立たずのカカシ共だったとしても囮くらいにはなるさ。なによりこちらの懐は傷まんからな」

言外に、傭兵風情なぞどうなってもいいと滲み出ている。

この世界において、軍人は母国の軍に属するのが常識だ。
母国がBETAに滅ぼされたにしても、他国か国連軍に席を移して人類全体に貢献するために戦う。
ましてや厳しい適性検査を合格した者しかなれない衛士ならば通常の兵よりもその責務は重い。

しかるに、義務も責任も放り出して私欲によって戦う傭兵は正規軍人からすれば侮蔑の対象でしか無い。

もっとも、こちら側の情勢では国家や組織といった後ろ盾を持てない傭兵稼業はほとんど成り立たない。
専門の整備や補給が必要不可欠な戦術機を扱うならば尚更だ。
その為、非常に物珍しい存在でもある。

様々な感情が入り乱れながら、なおもシャドウミラーへの憶測混じりの会話は続いていた。
多くの不信と、僅かな希望が混ざり合いながら。

一方、話題の中心であるシャドウミラー自身は闘争への熱気と興奮が渦を巻いている。
旗艦ギャンランドが率いるのは、ヴィンデルの思想に賛同する『筋金入りの』シャドウミラー構成員が数多い。
今回は横浜基地に待機している僚艦ワンダーランドに比べ、よりヴィンデルに近い兵隊が揃っていると言えるだろう。
長い間、戦場から離れた場所に居たがようやくフラストレーションを発散できる事に喜びすら感じる者さえ居た。

シャドウミラーがBETAを迎え撃つ布陣は、鉄壁にして万全。

前衛は量産型ゲシュペンストMk-Ⅱ、エルアインス、ガーリオンの部隊が受け持つ。
中衛を量産型アシュセイヴァーとランドリオン隊が務め、後衛にはランドグリーズとバレリオンが配置された。
さらに遊撃隊としてフュルギア戦車大隊をも出撃させ、水も漏らさぬ防衛陣を敷いている。

これらに加え、ダメ押しとばかりに専用のワンオフ機やカスタム機を駆るエース達が手ぐすね引いて待ち構えている。

まもなくBETAとの接敵予想時刻だ。
専用の指揮官型アシュセイヴァーに搭乗したヴィンデルは、現場で直接指揮を執っていた。

「各員、BETAとの初戦闘だ。だが気負うな、恐れるな。敵がなんであれ、兵士がすべきことは変わらん」

平時と変わらない静かな声で、朗々と開戦の宣言を唄い上げる。

「数の神話を信奉する旧世紀のバケモノに、優れた兵器とそれを扱う優秀な兵士こそが戦場を支配するのだと理解させてやろう」


作戦に参加する全てのシャドウミラー部隊員は、それに様々な反応を返す。

ある者は神託を受けたかのように静かに聞き入っていた。
ある者は放たれる言葉によって闘争心を燃え立たせていた。
ある者は来るべき殺戮の感触を心待ちにしていた。
ある者はBETAへの怒りに沸き立ち、この世界の窮状を救う一助とならんと考える。
ある者は死への恐怖を心の奥に沈め、戦鐘が鳴り響く時を待っている。

「そしてこちら側の人類にも思い知らせよう。永遠の闘争こそが人類に力と知恵を与え、外敵を打ち払う唯一無二の方法だと」

「今作戦はその幕開け。我々の存在を知らしめる始まりの戦いだ」

「諸君、思う様に戦え。この戦いの果てに我らの理想たる世界は存在する」

「所詮は通過点だ。この程度の戦場で死ぬことは許さん。BETAの屍山と血河を作り上げ、世界への宣戦布告の狼煙を上げるとしよう」

ヴィンデルがそう締めくくると、溢れる熱気が最高潮に達する。

戦争が、始まる。
兵士が生きることのできる唯一の場所が、兵士の楽園にして地獄が、今まさに現出しようとしていた。

「無駄だと思うが一応聞いておく。ギャンランドまで下がる気はないのか?」

「無粋なことを聞くな。私にも久方ぶりの戦場を楽しませてくれ」

最高司令官が前線に立つことを諌めるアクセルだが、平然と聞き流すヴィンデルに苦笑が溢れる。
やむを得まい。この男は、こうでなくては。
むしろ、こうであるからこそ、永遠の闘争という途方も無い馬鹿げた考えに辿り着いたのだ。

誰よりも、何よりも、純粋に兵士であることを望み、兵士で在り続けたいと願う男。
政治家まがいの行動や権謀術数の工作をどれだけしようとも、やはり彼は兵士なのだ。

「わざわざ香月夕呼に根回しを頼んでまでねじ込んだのだ。代金分は堪能するとしよう」

「あの女に借りを作るのはぞっとしないがな。とはいえ、こちら側の武装の実証試験も兼ねている。やむを得んか」

今回の戦闘にシャドウミラーが参加したのは、世界に向けて存在を喧伝するのと同時に戦術機用の武装を試す為だ。
トリガー部分を始めとした必要最低限の改修は済ませており、後は実際に使用して問題点を洗い出す。
コンバット・プルーフされているのはあくまで戦術機が使う場合であり、PT等が使うのではまた話が違う。

その為に、アクセルはソウルゲインでも乗り慣れたアシュセイヴァーでもなく、積載量に優れたラーズアングリフに乗っている。
重武装・重火力で歩く弾薬庫とも言えるラーズアングリフならば、余分な装備を積んでも戦闘に支障をきたさない。
数を頼みに攻め込んでくるBETA相手にも相性が良く、こういった任務にはうってつけの機体なのだ。

『ヴィンデル様、アクセル隊長。まもなく第一波と接触します。BETA群の規模は旅団クラス。ご注意下さい』

最後方に陣取るギャンランドからの通信が、戦闘が迫っている事を知らせる。
アクセルのラーズアングリフとヴィンデルの乗る二機のアシュセイヴァーが、前方に視線を転じた。
二人のいる場所は、前衛のやや後方。中衛との中間地点に当たる部分だ。
こちら側よりも遥かに優れたセンサーが、躙り寄るように近づいてくるBETAをしっかりと捉えていた。

「シャドウミラーよりHQへ。旅団規模のBETAを確認。これより我々が与えられた権限によって独自行動を開始する」

『HQ了解。現在、BETA群はそちらに集中している模様。必要ならば他部隊を応援に回す。……武運を祈る』

最後に付け加えた言葉は、現場の独断による気遣いだろう。
例え上でどのような後ろ暗い取引があろうと、命を懸けて戦う物同士には感じあう物がある、ということだ。

「気遣い感謝する。では、これより作戦行動を開始する」

砲撃部隊によって放たれた殺戮の雨が、戦闘開始の号砲となった。

ミサイルの大半がレーザー属種によって迎撃されたものの、リニアカノンとビッグヘッド・レールガンは先頭を走る突撃級の群れを柘榴のごとく弾けさせた。
さらに迎撃地点を割り出し、レーザー属種の位置を素早く特定する。

シャドウミラーにおいても、重光線級と光線級は最優先撃破対象だ。
特機や一部の重装甲機を除けば、如何な機体でも致命的損傷を被りかねない危険な存在なので当然の判断といえる。

『レーザー属種の射撃地点、割り出し完了しました。如何様に対処しますか?』

「砲撃部隊では届かんな。ギャンランド浮上、レーザーを防御の後に殲滅せよ」

送られてきたデータを確認すると、ヴィンデルは素早く指示を出す。
旗艦を囮に使うことになるが、予め夕呼から渡されていたBETAのデータからすれば、大した損傷にはなるまい。

ヴィンデルの指示を受けたギャンランドは高度を上昇。
直後、レーザー属種の集中砲火がその身に浴びせられたが、それらはギャンランドに極めて軽微な損傷しか与えられない。

「Eフィールド正常稼働中。レーザー攻撃をほぼ無力化。軽減しきれなかった分も装甲表面を焼く程度です」

「よし、現状のまま待機。照射終了と同時に全兵装を持ってレーザー属種及び周辺BETA群への攻撃を開始する」

攻撃を無力化されても、なおも未練がましくレーザーが照射されるが、すぐに細い光の線となり消えた。
お返しとばかりにギャンランドは正確無比に圧倒的な暴力をBETAに叩きこむ。
艦上甲板からVLSミサイルランチャー、ターニング・ビーム、DOBキャノンといった生命体に使用するには過剰な破壊力を持った武装が次々に火を噴く。

瞬く間にレーザー属種は殲滅され、ついでとばかりにその近くに居た要塞級や要撃級が餌食となる。
数分足らずで、旅団規模のBETA群は半数以上が無残な骸となって大地に撒き散らされる。

『レーザー属種の殲滅完了。このまま砲撃を続けますか?』

「いや、充分だ。降下して別命あるまで待機。ギャンランドが全て平らげてしまえば他の連中が欲求不満になってしまうからな」

珍しく冗句じみた言葉で指示を下すと、ヴィンデルは残存BETAの状態を確認する。
突撃級と要塞級は半減、要撃級も三分の一にまで数を減らした。
一番数が多いのは戦車級以下の小型種だが、こちらは態々狙わずとも余波で消し飛んでいる場合が多い。

「わかっていたことだが、個体性能は一部を除いて劣悪も甚だしいな」

「油断するなよ。奴らの真価は数の多さだ。質の悪さを膨大な量で補う戦略は侮れん」

「無論、敵を過小評価するつもりはないが……」

自分の初遭遇時と似たような感想を持ったヴィンデルに、アクセルは実行部隊長として忠言する。
しかし、戦況は順調に推移していた。

ランドグリーズとフュルギアの砲撃は的確にBETAを撃破し続けているし、バレリオンの大火力も遺憾なく発揮されている。
取りこぼした突撃級も、接近する前にエルアインスのツイン・ビームカノンを始めとしたビーム兵器に貫かれて撃滅。
戦車級もその凶悪な顎で喰いつく前に、M950マシンガンやM13ショットガンの掃射でまとめて処理されていた。

「優秀な兵士とそれが扱う適切な装備さえあれば、戦略どころか戦術すらまともに扱えんケダモノに遅れはとらんよ」

そして我々はその二つを両立している、とヴィンデルは部下の優秀さに満足した様子で頷いている。

「敵の挙動を逐一把握して先手を打てればなおのことだ。こちら側の軍もセンサー機器類の開発にもっと力を入れるべきだろう」

「無茶を言ってやるな。世界が違うとはいえ、ニ世紀近く前なんだぞ」

「限られた装備と状況でも結果を出すのが有能な兵士だ。もちろん、事前に最善の状態を用意できる事が望ましいがな」

シャドウミラーがBETA相手に絶対的優位を保てる最大の理由は、こちら側の基準からすれば異常な程の性能を持つセンサー、レーダー機器だ。
出現する直前になってようやく探知できるものと違い、十二分に迎撃体勢を整えられる時間的余裕を得られるのは比類なきアドバンテージと言えるだろう。

『レーダーに感あり。BETAの地中侵攻を捕捉。130秒後に連隊規模の増援と接敵します』

報告と同時に、コクピット内に出現場所とカウントダウンの数字が表示される。
予測地点は二人の前方。つまり前衛の背後をつく形で出現する。
着々と減り進む数字を横目に、ヴィンデルは対処を思案した。

「どうする? 一旦前衛を下げてから潰すか、こいつは」

「いや、この程度ならば私とお前だけで事足りる。各部隊の配置はそのまま。引き続き残敵の掃討を続けろ」

『了解しました。現状のまま掃討を続けるよう指示します』

指示が全部隊に行き渡り、ヴィンデルとアクセルがトリガーに指を掛けながら待ち構えること暫し。
予定通りの場所と時間に顔を出したBETAを迎えたのは、鉄の嵐と光の雨だった。

マトリクス・ミサイル、リニア・ミサイルランチャー、レクタングル・ランチャーが出会い頭に叩きこまれ、爆発に巻き込まれてBETAが肉片になる。
悪運強く生き残っても、M13ショットガンと87式突撃砲から絶え間なく吐出される銃弾が生き残りの命を余さず刈り取っていく。

メガ・ビームライフルとガンレイピアから放たれる光線は防御力に関係なく、当たったBETAを問答無用で消し炭に変える。
一旦間を置いてから撃たれたハルバートランチャーは、一直線上のBETAをまとめて貫通しながら次々に大穴の開いた死骸を作り出した。


ラーズアングリフがフォールディングソリッドカノンを構え、アシュセイヴァーが肩に装備されたソードブレイカーを展開すると虐殺も終幕となる。
六基のビットが縦横無尽に飛び回りながらレーザー射撃と実体刃での斬撃でなます切りにし、最後はまとめてフォールディングソリッドカノンに爆砕された。

二機共に、単体の機動兵器でなし得るとは思えない濃密な弾幕と圧倒的な火力を持って瞬く間に出現したBETAを殲滅してしまう。

言ってみれば、シャドウミラーがやっているのは予め出現する場所の分かるもぐらたたきだ。
それを複数のハンマーで容赦なく叩きのめしているのだから、苦戦するはずもない。

「実際に使ってみて、どうだ? こちら側の主兵装の使い心地は」

「36㎜チェーンガンは中々だな。装弾数2000発は多すぎるかと思ったがBETA相手ならば十全だ。要撃級まではこれで事足りる」

「突撃級や要塞級には力不足だが、連中相手にはビーム兵器で対応すれば問題ないか。120㎜の評価は?」

「正直、扱いづらい。六発しか装弾されていない上に威力も不安がある。弾切れにでもならない限りわざわざこれを使う意義は薄いな」

一息つくと、アクセルは淡々と87式突撃砲とその弾種の評価を下していく。

向こう側の基準からすれば2000発もの装弾数は過剰だが、雨後の筍すら青ざめるレベルで湧き出るBETAにはこれでも足りない。
弾切れを起こし、命を散らす衛士が後を絶たないのがその証拠だろう。

しかしシャドウミラーの保有する兵装には、これほどの装弾数を持つものはないし、何より補給が容易なのが嬉しい。
要撃級と小型種だけに限れば威力も及第点であるし、36㎜チェーンガンの実戦運用はほぼ問題ないはずだ。

対して、120㎜滑腔砲の評価は芳しくない。
威力を求めるならエネルギチャージさえすれば何度でも使えるビーム兵器があり、弾数も少ないとあっては緊急時の一時凌ぎ程度の扱いになってしまう。

「ふむ、その辺りはデブリーフィングで各部隊長からの意見も聞いてみる必要があるな。後でレポートも提出してもらうぞ」

「書類仕事は苦手なんだがな」

「デスクワークも軍人の仕事だ。むしろお前の階級で前線に居続ける方が珍しいよ」

「椅子を尻で磨くだけの男にはなりたくないものでな、こいつが。そもそも、お互い様だろうに」

軽口を叩き合う余裕すら見せる二人は、鉄火場に似つかわしくない爽やかな笑いを浮かべる。
無二の戦友に背中を預けられる喜びを感じながら、なおも向かってくる新手に銃火で応えた。


戦場のあちこちで、シャドウミラーによるBETAの虐殺が続いている。
この世界の常識ならば、すでに多くの人命が失われているはずだが、未だ脱落者は一人も居ない。

人類を飲み込む魔物は、もはや鴨打の鴨と変わらない有り様だ。
されど一方的な殺戮に怯むこと無く、ひたすらに突き進んでいく。
味方どころか自分の命にすら頓着しないBETAならではの、愚かだが恐ろしい戦術。
もっとも、今のところ、その目論見は真正面から叩き潰され続けている。

視点をアクセル達から離してみても、それは変わらない。

大きな爆発が何度か起こる。それを引き起こしたのは、真紅の重武装機。
人の目を引く鮮やかな赤色は、度重なる戦闘によるものだろうか。
薄汚れて、流れる血の色を連想させる暗い赤へと変貌していた。

ラーズグリーズ。
北欧神話の戦乙女の名を冠するこの機体は、アクセルの駆るラーズアングリフの同系列機をカスタマイズしたものだ。

大量のBETAを屠る事はこの戦場のシャドウミラーからすれば珍しくもなんともないが、これは少々趣が違った。
その理由は、パイロットの抱く明確な、強い敵意と殺意。
大多数がBETAとは初戦闘であるシャドウミラー所属パイロットからすれば、異質な気配を纏っている。

「異星の化け物ども……貴様らはここで終わりだ!」

端正な顔を憎しみで歪めながら、ラーズグリーズのパイロットである女性、セレイン・メネスが次々にトリガーを引く。
その度にラーズグリーズはその身に宿す莫大な火力を解き放ち、BETAを無価値な肉塊に変えていった。

僅かな間に、進撃してきたBETAは余さず塵芥に成り果てる。
両肩に装備された電磁加速砲(リニアカノン)が数体まとめて要撃級を粉砕すると、周囲からBETAは消えたようだった。
レーダーにも増援は表示されていないことを確認すると、セレインは目を瞑りながら深く息を吐いた。

「よう、セレイン。助っ人に来たぜ……と、もう片付けちまったか。流石は俺の惚れた女だ」

すると、通信機から軽薄な声が響いてくる。
後方から、ラーズグリーズに似通った緑の機体が近づいて来ていた。
パイロットはリッシュ・グリスウェル大尉。

ある意味、セレインの天敵とも言える人物だ。
もっとも、向こうは敵意を抱くどころか好意を隠そうともしないのだが。

「何の用だ、グリスウェル。この区画は私の担当区域だが?」

セレインは面倒臭さを隠そうともしない声で応じる。
対して、リッシュはいつもの口の端をゆがめた薄笑いを浮かべる。

「そりゃないだろ。一人じゃ大変だろうから手伝いに来たのによ」

「私一人で十分だと判断されたから割り当てられたんだ。そもそも、緊急時には周辺機がカバーしてくれる手はずだ」

「それでも単機だとやっぱり不安があるだろ。俺の方は手が空いたもんでね、配置を変更してもらったのさ」

もちろん上からの許可は貰ってるぜ、としたり顔で笑う。
馴れ馴れしい態度のリッシュに、セレインはレラやムジカ相手なら、絶対に使わないであろう冷たい声音であしらっている。

「化け物共を潰すのに、お前の手は必要ない。私だけで事足りる」

セレインとリッシュの戦友以上友人未満な間柄ではいつもの光景だが、今回は少し様子が違った。
普段以上に険しい態度は、何もリッシュの存在が癇に触った訳ではない。
思慮深さを軽薄な仮面で隠す男は、それを見逃さなかった。

「落ち着けよ、セレイン。こいつらはインスペクターとは違う」

「そんなことは言われなくても分かっている」

「いいや、理解ってないからこうやって口出ししてるんだ。お前さん、こっち側とあっち側を重ねて見すぎだよ」

「それは……」

「意識してか無意識かはわからんがね、割りきれよ。BETAをどれだけ殺したって向こうで死んだ連中が生き返る訳じゃないんだ」

この男は、時々こんな風にして物事の核心を突く。
自分の心を見透かされた苛立ちと、同時に気付かない内に頭に血が上っていた事を自覚して、セレインは憮然とした顔をする。

「……貴様に言われるまでもない。だが、気に食わない物は気に食わん」

「まったく、そんな怖い顔してるとレラお嬢ちゃんが心配するぜ。それに、お前に怪我させると俺がムジカ達にどやされるんだよ」

「なんだ、それは。どうして私が怪我をするとお前の責任になる」

「そりゃ、やっぱりアレだろ。俺とお前がお似合いのカップルだからさ」

「バ、バカか貴様は!? お前の女になった覚えなどこれっぽっちもない!」


呆れた顔でリッシュを見るセレインは、いつも通りの冷静な彼女に戻っていた。
もう大丈夫だろう。
これなら血気に逸って万が一の事態に陥ることもない。

あくまで今回は、だが。

ラーズグリーズは戦術機と比べ物にならない性能を持つが、決して無敵でもなければ万能でもない。
ちょっとした一つのミスが、死につながる可能性だってあり得ないことではない。

戦場とはそういうものであり、そこに生きる者なら覚悟してしかるべきだ。

(まあ、簡単に割り切れるもんじゃねえだろうがな。この世界、似なくていい所だけ似てやがる。オマケに向こうより状況が悪いとあっちゃ、な)

(だが、そんな感傷を許してくれるほど俺達の居る場所は優しくない。修羅場ってのはそういうもんだ)

リッシュが知っているのは、軍人だったセレインの父が異星人との戦いで命を落とした後、たった一人で異星人占領下で生き抜いた事。
その後、ゲリラとして異星人への抵抗活動を続け、活躍に目をつけたシャドウミラーにスカウトされたという簡単な略歴だ。
それ以上は軽々しく踏み込んでいい事情ではないし、何より人の過去をあれこれ詮索するのはリッシュの性に合わなかった。

おそらく、セレインも占領下での出来事は余り話したくないだろうし、決して他人には話さず墓まで持っていく物もあるだろう。
あの当時、異星人に占領された地域は人心の荒廃を極めた。
そんな中に見目麗しい少女が放り出されればどうなるか。最悪の事態はいくつも簡単に思い浮かぶ。

だからこそ、余計にこちら側の世界に感情移入してしまうのだろう。

ならば、割り切れるまでの間は自分が守ってやればいい。

「セレイン、お前は俺の幸運の女神だ。お前と一緒に戦うようになってから、俺はまったく死ぬ気がしなくなっちまったぜ」

「唐突に訳の分からない事を。そもそも私と会う前からお前は不死人(アンデッドマン)と呼ばれていただろうに」

「ますます死ぬ気がしないってことさ。この戦闘が終わったら俺がどれだけお前に惚れてるかゆっくり話してやるからよ」

「お前の戯言に付き合ってやるほど、暇じゃない」

セレインは強い女だ。
少しの時間さえあれば、自分で心に折り合いを付けられる。
そのほんの少し間だけ、彼女の騎士を気取らせてもらうとしよう。

「おおっと、そうこうしてる内にお客さんのお出ましだ。全く、空気の読めない連中だぜ」

湧いて出るかのように新手のBETAがこちらへ向かってくる。
いや、実際に地下から湧いて出てきている。
シャドウミラーの激しい攻勢は、予想以上に多くのBETAを釣り上げていた。

セレインはリッシュの軽口に取り合わず、彼我の距離と敵の構成を分析する。

「この距離で、あれだけ密集した状態ならば……」

「どうするね。二機の砲撃で片を付けるか?」

「言ったはずだ、お前の手を借りる必要はないとな」

言うが早いか、ラーズグリーズは背面に折りたたまれて収納されていた砲身を展開する。

「周辺の味方機へ。これより『MAPW』を使用する。攻撃の余波に注意してくれ」

高出力のエネルギーが砲身にチャージされ、破滅を誘う光が戦場を眩く照らす。

そして、力は解き放たれる。

「集束荷電粒子砲……ディスチャージ!」

発射された荷電粒子砲は直線上に存在する全ての物を飲み込み、一切を消滅させる。
閃光が消え去った後には、僅かなBETAの残骸しか残っていなかった。

『Mass Amplitude Preemptive-strike Weapon(大量広域先制攻撃兵器)』の名に違わない、絶大な攻撃力だ。

「敵の全滅を確認。引き続き戦線の維持に務める。……どうした、グリスウェル。」

「いやぁ、相変わらずのすげー火力だと思ってね」

「何を今更。大火力と重装甲がヴァルキュリアシリーズの特徴だろう」

分かってるんだがね、と珍しく口を濁すリッシュだったが、セレインはそれ以上は聞かず哨戒に戻る。

(お姫様は騎士より遥かに鋭くて優秀な剣をもっていると来たもんだ。どうにも締まらんね)

セレインに聞かれないように、リッシュは軽くため息をつく。

「何より、本当に助けがいらないとあっちゃ、流石にちっとばかし凹むね」

ま、それでこそ俺が惚れた女なんだがな。
気持ちを取り直すと、いつも通りの口の端をゆがめた薄笑いになる。

「レラお嬢ちゃんは今頃どうしてるかね」

「ドクの手伝いで整備をしているか、でなくばシミュレータで訓練でもしているだろう。何にせよ、アークに任せてきたのだから心配はない」

「あんまり余裕見せてると、アークに取られちまうぜ?」

「お前はどうしてそう、次から次へと馬鹿話ができるんだ?」


戦闘はなおも続き、未だ収束の気配を見せない。
戦士達は、異世界での闘争に明け暮れていた。


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