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[20455] 【ネタ】こんなレオはどうだろう(つよきす)
Name: 酒好き27号◆3e94cc3d ID:17f35bae
Date: 2010/12/01 12:42
 この状況はとても良くない。

 何が良くないって自身が抑えられないことも良くなければ、それをむしろ心地よいと感じている自分も良くない。

 幼馴染と馬鹿をやって楽しかった日々。

 そろそろこいつらと一緒にいられるのも後わずかか、なんて思いはあっけなく裏切られ、奇跡的に同じ高校へと進学を果たした入学式に待っていたのは筋骨隆々とした漢だった。



 あ、やばい。

 これはもうだめだ。


「……磨き、青春を謳歌せよ!竜鳴館館長、橘平蔵!!!!」


 その名前を聞いた瞬間に理性はあっけなく焼ききれた。

 テンションに身を任せるのは良くない。

 テンションに身を任せるのは良くない。


 テンションに身を任せるのは良くない!


 うるせぇ。



「死に腐れ橘平蔵ぉぉーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 希望に満ち溢れた入学式は一転して、あっけなく阿鼻叫喚の地獄絵と化した。

 視認を許さぬほどの一撃と、爆撃のような腕力の交差で体育館が半壊するまでに1分とかからなかったことだけをここに記しておく。







「なぁなぁ、入学式のあれって結局なんだったんだ?」

「さーねー。でもボクはかったるい式が中止になってラッキー」

「それには同感だな。不思議と怪我人も死者も出なかったって話らしいぜ…ってどうした坊主?」

「いんや、別に。こんなことになった割りに騒ぎが小さいなと思ってさ」


 夕暮れ時の街を幼馴染4人組でまったりと歩く。
 通い慣れた商店街でも感じる微妙な居心地の悪さは、新品の着慣れない制服を着ているからだろうか。
 もちろん話題は数時間前に起こった事件のことである。
 テロか、無差別殺人か、などとテレビ局のヘリまで出動しての大騒動は館長である橘平蔵の


「イキの良い新入生が入りおったわ!」


 という一言で収束。

 この発言が噂を呼び、尾ひれどころか背びれに羽までついて学園中を我が物顔で闊歩しているのである。おーまいごっど。

「俺ってさ、こういうときに男が試されると思うんだよね。見ただろー?隣に女の子を飛んでくる破片からかばった俺の雄姿!」

「ボクはフカヒレが性犯罪者になる瞬間なら見た」

「ああ、押し倒されかけた相手がただ者じゃなかったな。あの混乱のさなかハイキックで米神狙うなんてよ」

 どうやら幼馴染を一人、性犯罪でなくすことになりそうだ。

「ちくしょー、いまだに頭が痛いんだよ。いや、でもこれはチャンスじゃないか?誤解が解ければそのギャップでコロッと……」

 ぐへへ、とあまり気持ちの良くない笑みを浮かべた友人(仮)は相変わらず間違った方向に打たれ強い。

「いつものことだけど頭の中腐ってんね」

「入学初日から性犯罪者のレッテルを貼られる可能性もあるってのにな」

 呆れ顔のカニに追従してやってもフカヒレの勢いは止まらない。

「お前らうるさいよ。へっ、明日からこのシャーク様のうはうはな高校生活が始まるんだ。お前たちは脇役として俺の活躍の解説でもしてな!」

「まぁまぁ、とにかく怪我がなかったことを喜ぼうぜ。なんにせよ、明日から退屈しなさそうなんだからよ」

 男の癖にやけに色気のある流し目がスバルから放たれた。
 口元の意味深な笑みはそこらにいる女性に向けたらさぞかしキャーキャーいわれるに違いないのだが、向ける方向を間違ってはいないだろうか。


「退屈しなさそう、ねぇ?」


 館長とか、動じない生徒とか、キャラの濃そうなメンツとか、何より周囲の幼馴染たちを見回して彼はため息をついた。

「テメーこの愛くるしい幼馴染をみてため息なんてつきやがったなっ!フツウそこはボクの魅力的な姿に癒されるところだろ!」

「ハッ、見た目小学生の甲殻類が。二次成長終わらせてから出直してきな」

「ボクはレオに言ったんだ!フカヒレこそサルみたいな顔しやがって!」

「さ、猿とは言い過ぎだろ!俺だって、俺だってなぁ!」

 もう一度確認しておくがここは普段通い慣れた道で、夕暮れ時で、しかも商店街だ。
 微笑ましそうな顔でこちらを見る奥様方の生ぬるい視線が突き刺さる。
 人並みの羞恥心を発揮した彼、対馬レオは次第に激しくなっていく喧騒を横目に、知り合いの八百屋などに目線で謝意を伝えた。

 店先で騒ぐのはあまりよくない。

「得したな、坊主」

「いや、申し訳なさが増した」

 不意に飛んできたリンゴが二つ。
 危なげなくキャッチすれば男気ある笑みを浮かべた八百屋の店主がニヤリと笑っていた。

「退屈しない……か。俺はのんびり縁側でお茶をすするように生きたい」

 店主に軽く頭を下げながら、レオは疲れたように言う。
 ニヤニヤと、スバルがこの男にしては珍しくいやらしい笑みを浮かべてそれを即座に否定した。

「そりゃー無理だ」

「なんでだよ」

「だってなぁ?」

 いくらか憮然とした顔でレオが問えば、スバルは余裕の笑みであごをしゃくった。

「無理無理、だってお前トラブルの星の下に生まれてるもん」

「昔から散々いろんなことに巻き込まれておいて今更だよねー」


 振り向けばいつの間にか言い争いをやめた二人が当然のように言葉の槍を刺してきた。
 ひくっ、とレオの頬が引きつった。

「ほら、そろそろ坊主が怒るぞ」

「やべぇやべぇ、さっさと逃げようぜ」

「フカヒレ、興奮して目を血走らせた男に追われる薄幸の美少女、つまりボクのために生贄になれ!」

「ぐふぉ!!」

 俺の苦労の大部分を占めるこいつらが何を言っているのか。


 夕暮れの街。


 どこか郷愁を誘う光景を背に、レオは薄情な幼馴染どもを捕縛するために全力で駆け出したのだった。









「なぁ、さっき俺友達なのに(仮)扱いじゃなかったか?」

「知らん」









 懐かしい夢を見た。

 あのころのレオはまだまだ子供で、スバルとカニと共に肝試しを行っていた。
 肝試し、といっても墓場に行くとか大人と一緒のイベントだとかそういったものではなく、学校で幽霊が出るなどといわれた場所に行くだけだった。

「ぜぇったいボクは行かないからな!絶対だからな!」

 そんなカニの主張を某お笑い芸人のネタ振りとして(故意に)受け取ったレオとスバルはカニを引きずるように連れ出した。

 行った場所はボロい神社。

 怖いもの知らずな男二人は目を輝かせて幽霊を探し、一方のカニはまるで痺れたように固まっていた。
 周囲をきょろきょろと見回し、怪しいところを探す幼いころの二人。
 何の気なしにカニのほうを見たレオとスバルは、その背後に白いもやの塊を見た。

「カニ!」

「逃げろ!」

 スバルはとっさに駆け寄ってカニを引き寄せ、レオはなぜかその幽霊らしきものに殴りかかった。
 そして、彼の拳を受けたそれはあっけなく霧散した。
 レオもスバルも大喜び。
 幽霊を倒したぞ!と家族に満面の笑みで報告し、そんな時間に外に出たことで大目玉を食らったのはいい思い出だ。

 で、そこで終わらないのがこの話のどうしようもないところ。





───……ぁ…いぃ………つが……いぃ…………つが憎いぃ……あいつが憎いぃ!!!


「うるせぇえええええええええええええ!!!!!」



 つまるところ、憑かれた。

 夜な夜な枕元に立つそこそこ若い男がひたすら無念を訴えてくるのは拷問だった。
 最初こそおびえていたレオだったが、1週間後には堪忍袋の尾がまとめてぶち切れて絶叫することになった。
 家族に「幽霊が出た」といっても、どうせ肝試しが本当は怖かったんだろうと相手にされず。
 カニにはそれから近づいただけで全力で逃げられ。
 昼夜かかわらず思い出したようにささやいてくるので危うく黄色い救急車を呼ばれるところだった。



 夢でそいつの記憶も見せられた。

 道場破りにあう→準備が整っていないから明日にしてくれ→罠を仕掛ける→自分がかかる→死亡。

「この無念、お前にもわかるだろう!?」

「よし、死ね」

「無駄無駄ぁ!貴様の拳などすり抜けてぐぼぁああ!!!」

 今までのように触れることもかなわなかった幽霊になぜかあっけなくその拳が突き刺さった。

 そして始まる怒涛の殴り合い以下略。
 道場破りにあうだけあって幽霊は強かった。
 それでもあまりのストレスに何かが目覚めてしまったレオにボコボコにされ、ついには泣きながら土下座させられる幽霊。
 片方は一般人に見えないが、小学生にボコボコにされて土下座している男という光景はとてもシュールだった。


 それでも成仏しない幽霊。お経なども駄目だった。


 この日から本格的にレオの戦いの日々が始まった。
 そう、彼の至った結論は至ってシンプル。


『成仏するまで殴る』


 そのころにはある程度耐性ができたカニと、以前から元気付けていてくれたスバルからやる気をもらい、ついには寝込みを襲ったりするようになった幽霊と殴り合いをする日々。
 少ない小遣いから本を買い、効率の良い鍛え方やら殴り方を模索する。
 そして中学校にあがるころにはかなりの戦闘力を手に入れていたレオだったが、相変わらず幽霊のせいで夜は寝不足が続いていた。


 だがある日、幽霊は彼のボトルシップに手を出した。

 いや、それは正確ではない。
 罠を仕掛けようとしてうっかり壊してしまったというのが正しいだろう。


「カハッ、カハッ、はははははははははははは!!!!!」


 後にその際偶然居合わせた友人のS氏は語る。

「今までのストレスが爆発したんだろうな………正直幽霊に同情したぜ」

 目は血走り髪は逆立ち暗黒のオーラを振りまきながら、逃げ出した幽霊を追いかけて深夜の街を走り回り滅多打ちにした男は都市伝説として語られることになる……。
 今までいくら殴っても痛み以外のダメージを与えられなかった幽霊が顔を倍くらいに腫らせて這い蹲り、最後に









 レオに股間を潰された。



「ぁ……」





 そうやってレオの目の前から消失した幽霊は、二度と現れることはなかった。


 戦いはむなしく、得るものなどない。
 穏やかに生きたい、今のそれが彼のたった一つの願いである。
 そう、その願いを自らの手で崩すことになるのは高校への入学式の日に目にした漢と、雷光のように脳裏によみがえったあのクソ幽霊の夢であった。





───何の用かと?もちろん道場破りである!!

『あいつが、あいつが、あの橘平蔵が憎いぃぃぃ!!!!』







「そうかそうか、てめぇが元凶か。死に腐れ橘平蔵ぉぉーーーーーーーー!!!!!!」





 その場にいたすべての人間の視線を置き去りにして振るわれた最速の拳。


 席が端の方だったため周囲に気づかれず、あまりの速さに誰もが犯人を見つけられなかった未解決の事件。

 視界に捉えることもできないはずのレオの拳を防ぎ、彼に満面の笑みを向けた威丈夫がレオに平穏な学校生活の終わりを告げたのだった。









 あとがき

 かなり前にかいたネタを投稿。
 誰か代わりに書いてくれないだろうか。




[20455] 霧夜エリカとの関係
Name: 酒好き27号◆3e94cc3d ID:17f35bae
Date: 2010/12/01 12:47

 高校にも慣れ、珍しく幼馴染の全員に予定があるという休日。
 レオは一人でボトルシップの材料を求め雑貨屋めぐりをしていた。

 うほっ、良い空き瓶。

 飾られているボトルシップに目を奪われ、材料を吟味し、いざ購入しようという段階になって月末という事実に気づいてしまった。

「ぐぐぐっ……今これを買ってしまうと……」

 悩む。実に悩む。
 だが今は長期休みでもなく、これらの材料がすべて売れてしまうというわけではないだろう。
 数分ほど陳列棚の前で煩悶した後、レオは泣く泣く目の前の材料たちを諦めることにした。
 数件の店をまわり、一番いいものを選び出した上でのこの結末。
 トボトボと力ない足取りで店を出れば、やけに白っぽい光の空が目に入った。
 すでに時間は正午を大幅に過ぎ、ランチタイムもひと段落したといったところである。

 はぁはぁ、いつもボトルシップは俺を狂わせる。

 それにしてもせっかくの休日だ。
 金がないのは事実だが、それはレオの無駄なこだわりのせいでボトルシップにかける費用が高すぎるだけ。
 近所のデパートのフードコートで楽に飯を済ませ、ちょこっとゲーセンに寄っていこう。
 そんなことをつらつらと考えながらデパートに足を踏み入れて、


「ね~こねこ♪」


 何か妙なものを見た気がする。
 そう、なんというかとてつもなく心臓に悪い光景を見た気がする。
 深呼吸、be cool、ライオンはうろたえない。

 体がとっさに物陰に隠れたのは防衛本能の表れだろうか、近年まれに見る危機回避であった。俺の体グッジョブ。
 心の平穏を無理やりに取り戻し、幽霊のように存在感を薄れさせて、今度は慎重に観葉植物の陰から先を見る。



「ん~、ねこねこ~♪」



 ……あれは誰だろうか。
 猫を抱きあげて満面の笑みを浮かべる金髪の女性。
 お嬢様、姫、お金持ち等々で多くの噂を呼んでいる霧夜エリカその人であった。

 いつも一緒にいるという佐藤さんの姿なし。
 やばい感じの黒服サングラスなし。
 周囲に親子連れ等以外の不振人物および同級生なし。

 ……ゴクリ。

 今自分は途方もない歴史的瞬間に立ち会っているのではないだろうか。
 いや、これは罠だ!何者かのスタンド攻撃を受けている可能性がある!
 現在進行形でレオは混乱の極みにある、といっても相手の死角にある椅子に腰かけ自然にふるまうのだけは忘れない。

 落ち着け、日常でこんなトラップにまさか遭遇するとは思わなかった。

 どうするのが最善だ?
 レオは『動物ふれあい広場』の看板を眺めながらひっそりと頭を抱えた。
 何も言わずに立ち去るか?それとも顔見知りであるからには自然に声をかけるべきか?
 多くの選択肢が頭に浮かぶものの、入学してからさほど時間をかけずに発覚した彼女の苛烈な性格がレオに二の足を踏ませた。

 つまり、全部バッドエンド。

「思えば、短い生涯だった」

 その大半をあの幽霊のために消費したのだけが心残りだが、彼は覚悟を決めた。
 まず外出用の鞄を開ける。
 そこに携帯を突っ込んでカメラを起動。
 もちろんモードは動画である。
 割れ物を買うだろうと思い入れていたタオルに携帯をくるんで、隙間から指を入れ撮影ボタンを押した。

 ピピッ。

 ほんのかすかに聞こえる撮影音。
 だが、それは起動したレオ自身にしか聞こえないほどのほんのかすかな音でしかなかった。
 録画が始まった携帯を慎重に取り出すと、点滅するライトと撮影中の文字を巧みに隠して持ち、異様なまでの隠行スキルを行使しつつ姫の背後から接近した。

 まずは音声。

 穏やかな笑みを浮かべ、ちょっとはなれて彼女を見守る彼氏っぽい感じに立つ。
 気配遮断スキルは姫にレオを気づかせることなく、周囲の人は微笑ましげに見て不審にも思わない!

「ん~♪かわいいにゃぁ♪」


 怖い。


 ってか誰だこれ。


 本当ならばときめいたりするのだろうが、レオにとっては今の状況が恐怖の代名詞だ。
 ともすれば震えそうになる足を根性で抑えつけながら、エリカを背後からじっくりたっぷり撮影する。

 さて、ここからが本当の勝負だ。

 声を出さず口パクでエリカに背後から話しかけるかのような演技。
 もちろん彼女はそれに気づくはずもなく猫に夢中だ。
 そこですかさず『やれやれ』とでも言いたげな顔を作る。
 そしてエリカの前をゆっくりとナチュラルに通りながらカメラを一瞬のぶれもなく彼女の方に向け、正面からの動画を余すところなく撮影する!
 向かう先はもちろんトイレ。
 これで周囲の人には『猫に夢中な彼女と、声をかけたけど気づかれなかったので邪魔しないようにトイレに行った彼氏』という状況が成立する。

 正直今すぐにでも犯罪者になれそうな職人芸であった。

 音声もしっかりと入っているであろう動画と、最後までエリカに気づかれなかった安堵感。
 偉大なことをやり遂げたという達成感と共に、彼は撮影終了のボタンを押した。



 ぴろりーん♪


「…………」

「…………」




 背中に超視線を感じる。
 刺さるくらいの視線と暗黒のオーラを感じる。超感じる。大切なことなので二回言いました。
 幸いまだ顔は「対馬くぅん?」見られてるぅああ!!!!

 ならば!

「あっ、コラ待ちなさい!!!」

 あばよ~とっつぁ~~ん!!!!!
 エスカレータ?エレベーター?そんなものを使っていたら間違いなく死ぬ!
 男なら階段一択!!

「だからテンションに身を任せるんじゃなかった俺の性格が憎い今すぐ時間を戻して神様!!!」

 数段飛ばしで階段を駆け下りながらの叫びはなかなかの肺活量。
 大急ぎでデパートを脱出すると地元民の土地勘をフルに活用して家の隙間や商店街の人ごみを抜ける。
 息を切らせてようやくたどり着いたのは、ここ最近来ていなかった幽霊神社だった。

「何もかもテメェのせいだ死ねボケがぁ!」

 感情のままに叫んで一息。
 爽やかに汗をぬぐい落ち着いた雰囲気を出すレオ。
 まったく関係のない宿敵にストレスを吐き出し、さあ帰ろう「携帯を出しなさい」とは行かせてくれないようで。

「……どうぞお納めを」

「そう、初めから素直に出せばいいのよ」

 ぐしゃり。
 さほど時間をおかずに異様な音が響いた。
 彼女の足の下から出てきたのはシンプルなフォルムが気に入っていたマイ携帯。

 信じられない、ホントに壊すか普通!?

「これさえあれば大丈夫でしょう?」

 エリカがその細い指でつまみ上げたのは一枚のカード。
 確かこれに個人情報とか、人によってはアドレス帳も入ってるんだっけ?
 もちろん何かに備えてレオも入れていた。
 うなだれたままカードを受け取ろうとしたレオの手は、なぜかがっちりとエリカにホールドされた。

「新しい携帯なら買ってあげるわ。今から行くわよ」

 訳がわからない。
 この人頭は大丈夫だろうか。

「盗撮を見逃してあげるのよ?今日の残りは対馬君は私の奴隷ね」

 たかが数分の危険が60倍に伸びてしまったことに絶望しながら、レオは「お手柔らかに」と言うしかできなかったのである。どっとはらい。








「対馬クンってさ、もうちょっとつまんない人間だと思ってたわ」

 姫が選んだ新しい携帯を強制的に渡され、下着売り場やぬいぐるみコーナー等々の男には居心地の悪い場所をこれでもかと連れまわされて約2時間。
 レオとエリカはファンシーな喫茶店でお茶としゃれこんでいた。

「それは間違ってないんじゃないかな。霧夜さんにとってみれば平穏が第一の人間はつまらないだろうし」

 居心地の悪さを全力で顔に出さず、「この下着はどう?」と聞かれて「もっと淡い色合いにしたら肌の色とマッチするんじゃないかな」と返したレオは精神を大幅に疲弊させながらなんとか男の意地を守り通していた。

「そんなんじゃなくて、いつだって誰かの次に行動起こすじゃない。平和主義の名を借りたただの臆病者かと思ってたわ」

「くくっ、確かに言えて妙だね、否定はしないよ。霧夜さんみたいに生きるのも俺みたいに生きるのもなかなか上手くは行かないものだと思うし」

「…………ふぅん」

 レオの発言の何処が琴線に触れたのかわからないが、エリカはまるで猫のようないたずらっぽい笑みを浮かべた。
 その顔を見たレオに戦慄走る。

「何か?」

「別に?面白くなりそうだなって思って」

 それからは特にトラップもなく、普通のカップルか何かのようにウィンドウショッピングや買い食いなんかを楽しんだエリカは別れ際にこう言った。

「なかなか楽しかったわ。初めての男の子とデートはね」

 レオの返事を待たずに踵を返したその姿は、颯爽としていてどこか寂しげなものに思えなくもなかった。

「……これ、どうしようかな」

 商店街を走り抜けつつこっそりと携帯から抜き出したSDカードを弄びながら、レオは次の日に結論を先送りしたのだった。





翌日



 いつものように4人で登校した彼らは、何やら騒がしい様子を感じ取った。

「なんだあの人だかり?もしや昨日俺が駅前で演奏してた写真だったりして」

「おめーは昨日ほとんど客来なかったっつってたじゃねーか。何かイベントでもあるんじゃねーの?」

「よし、ちょっと見に行ってみるか」

「何か嫌な予感が……」

 そこには入学後数カ月で50を超える告白を切り捨ててきた女性が、黒い線で目を塗りつぶされた男と楽しく下着を買っているであろう写真が!

「……坊主、こりゃまた」

「何も言うな」

「え?え?何?なんで俺のエリーがこんなことになってんの?」

「聞かれたら死ぬから間違ってもそれ本人に言うなよ」

「…………」

 プルプルと震えだしたカニにレオのレッドアラームが点灯。
 目配せだけで全てを察したスバルが動いた。親友万歳。

「レオてめぇモガモガモガッ!!」

「はーい子ガニちゃんは大人しくしてようなー」

「そうそう、俺が足を持つからそっち押さえてくれ」

 じたばたと暴れるカニを男二人で抑え込み、教室に連行する。
 ちなみにフカヒレは「情報集めるから先に行っててくれよな!」といっていなくなった。
 写真を見てもレオだと気づかない幼馴染にちょっぴり切なくなったレオであった。
 暴れるカニに苦労しながら階段を上り、数々の噂話を聞きながら憂鬱なため息なんかをついたりして。
 教室に続く廊下の先にも人だかり。

 そしてその中に一同は鮮やかな金髪を見つけた。

「噂の張本人のお出ましだ」

「俺に何も言わないその優しさが胸にしみる。スバル、結婚してくれ」

「良いぜ坊主、俺がもらってやる。でも俺は嫉妬深いからなその前に前の女との関係を清算してこいよ?」

「フガフガフガッ!!!」

 体力を使い果たしたのかスバル一人に捕まっているカニがもがく。すまん、今はお前にかまっている余裕が無い。
 そして視線を前に向ければいつになく華やかな笑みを浮かべたエリカと目があった。

 その唇がゆっくりと動く。

 わ た し の げ ぼ く に な り な さ い






「下僕とはアレだな。ずいぶんとアブノーマルな関係だろ」

「昨日のことは後で話してやるから、今だけは黙っててくれ。頼む。」

 わざわざレオを連れまわしたのもこのため。
 このまま有ること無いことを周囲に吹きこまれたら本気で平穏な学生生活が崩壊する。
 とてつもなく極悪で、妖艶で、どこか少女のような笑みを浮かべたエリカにレオも満面の笑みを向けてやった。




 左手には昨日のSDカード。
 そして右手では立てた親指で勢いよく首を掻き切るしぐさ。


 この瞬間、エリカとの水面下の闘いの火ぶたが切って落とされた。

 そして今日もまたレオの平穏な生活は一歩遠のくのであった。







 あとがき

 こうやって各登場人物との関係だけ書いていって、最終的に誰かに本編を執筆してもらいたいという計画。
 ちなみにまだエリカは姫という名前が定着する前ってことで。







[20455] 鮫氷新一との関係
Name: 酒好き27号◆3e94cc3d ID:17f35bae
Date: 2010/12/01 14:56

 新学年が始まってしばらくした平日の昼休み。
 春の日差しが心地よい屋上で、我らが主人公レオは昼寝をしていた。
 2年生になったから後輩たちの手本となるように……というとある教師からの言葉はもちろん聞き流した。

「やめ……ショッk……ぶっ飛……」

 彼の夢がどんなものかは想像にお任せしておこう。
 給水等で出来た日陰に頭を突っ込んで寝ている彼の様子は、この休息が初めてではない事を示していた。
 たたんだジャージを枕に、昼休み中は一度として顔が日が当たることはない場所をキープ。
 かといって体の部分だけは日向に出すことで絶好の暖かさが約束されます。by対馬寝具

 春先といってもまだ4月の初旬であるためか屋上の空気は少々肌寒い。
 だが、そんなことは知ったことかと言わんばかりの様子は実にふてぶてしい印象を他人に与えていた。

 といってもレオのほかに誰がいるわけでもないのだが。

 ガチャ……ガチャガチャガチャ!!!!

 ガンガンガン!メコッ!

 キィ~~……

 そんなレオの安眠を妨害するかのように金属を殴打するような音が響いた。
 実はこの屋上、扉の立て付けが悪く異常に開けにくいため立ち入り禁止と勘違いされ滅多に人が来ないという素晴らしい場所なのであった。
 おまけにそれが原因で入れないものだから、『昔自殺者がでた』だとか『金網が壊れていて危険』だとかまことしやかにささやかれ、余計に人が来ないという悪循環が発生していた。

 …………チッ

 バタン!

 誰かが入ってきて数歩歩いたかと思えば、かすかな舌打ちと乱暴に扉が閉まる音。
 それらにまったく動じることなく、レオは授業開始ギリギリまで屋上で穏やかな昼休みを過ごすのであった。



 その翌日。


 学食かそれとも購買部か。今日の気分は購買部だった。
 巧みな話術でフカヒレを華麗にパシらせ、育ち盛りにふさわしい量をたいらげたレオは満足げに腹をさすっていた。

「ふう、食った食った」

「相変わらず坊主はよく食うな。今度弁当作ってきてやろうか?」

「スバルは普通にハートマークとか書かれた中身を作りそうだから嫌だ」

「ありゃ、ばれちまったか」

 食後の缶コーヒーを飲みながらスバルが笑う。
 相変わらずどんなことをしていても地味に絵になる奴だ。
 ふいにレオの肩が叩かれる。

「おいレオ、お前俺に買いに行かせたんならちゃんと金払えよな。ただでさえお前よく食うんだから」

「ツケで」

「おまっ!?」

 一瞬の遅滞もなく切り捨てれば、ガーンと文字が浮かびそうなほどオーバーにフカヒレがショックを受ける。

「……冗談だからそんな絶望的な顔するなよ」

「レオは朱音ちゃんのデートを諦めてまでやっと金作ったのを知ってるだろ~!今の俺は1円も無駄にできないんだぞ」

 足元にすがりつきながらガクガクと体を揺らすフカヒレに困ったような顔をしながらも、レオは1枚1枚硬貨を落としていく。
 這いつくばって小銭を集めるフカヒレを見ながら居住まいを正すレオ。この男、実に外道である。

「朱音ちゃんって?」

「そりゃエロゲの新作のメインヒロインとかだろ?」

「スバル正解」 

「まぁそれ以外に考えられなかったけどよ」

 カニの素朴な疑問に即座にスバルが答え、何事かと注目していたクラスメイトも「そりゃそうか」というような感じで落ち着きを取り戻した。
 なぜか2年になってもクラス替えが無かったため、1年も共に過ごしたメンバーはすでに阿吽の呼吸を手に入れている……様な気がしないでもない。

「結局フカヒレはなにを買うんだべ」

「なにって、そりゃギター」

 思い出したように疑問を口にしたイガグリにレオが答えると、教室が再びざわついた。

 おい、フカヒレがエロゲ買わずにギターを買うだと……!?

 まさかーそんなわけないじゃん。え?対馬君本当?

 馬鹿な!エロゲマスターフカヒレが!?

 いや、最後にやったエロゲでギターが得意なイケメンが主人公だったに違いない……

「なぁレオ、俺ってギター買っちゃ悪いのかな……?」

「泣くな、まだ泣くなフカヒレ!」

 天井を見上げながら必死に何かをこらえているフカヒレを必死に励ます。
 その間も教室内はプチ阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
 さすがフカヒレ、たった1年でキャラの定着率が半端ない。
 そんなレオから少し離れたところでドスの利いた声が静かに響いた。

「レオにしか教えてないとはねぇ……妬けるぜ」

「スバルっていっつもレオのことになるとマジっぽいよね。ボクそろそろ怖いんだけど」

 スバルがヤンデレになりませんように。スバルがヤンデレになりませんように。
 大事なことなので2回願掛けしました。

「あれ?でもフカヒレ君もうギターもてなかたカ?」

 去年の竜鳴祭の打ち上げでちょっとだけギターを弾いたフカヒレを覚えていたのだろう、豆花さんが疑問を口にした。

「ならば説明しよう!!」

 レオは華麗に身をひるがえして教壇に立つ。
 フカヒレのおかげで盛り上がったこの空気ならば大丈夫に違いない。

「この鮫氷新一、夜の駅前でギターを弾いているのだ!しかも最近固定客まで付いた。結構可愛い女の子だ!!」

 おおー、と教室が盛り上がる。ノリのいい奴らで本当に助かった。
 ポ、と頬を赤らめるフカヒレにキモいだのなんだのヤジが飛ぶ。

「フカヒレのくせに生意気じゃねー?おらフカヒレ、ちょっと殴らせろ」

「こらやめなさい、カニっ子は本当に指とか狙いそうだからな」

 よくやったスバル。後はこの余った菓子パンでも与えて大人しくさせておいてくれ。

「そこで案外耳の肥えたその女の子がポツリと言った!『せっかく上手なんだからもっといいギター使えばすごく良くなりますよ!』ってなぁ!!!!」

 驚愕の声の他に『おぉ~』と納得したような声が聞こえる。
 さすがフカヒレ、女が原動力とはわかりやすい。
 しかし一部からは「あのフカヒレがまともな方法で女を口説くだと!?」といった声も聞こえる。
 レオをその声に心の中だけで深く同意しておいた。
 そこでちょっとした声が上がる。

「でも固定客がついたって聞いたけど駅前でフカヒレ見たこと無いぞー」

「うむ、そこの男子生徒Cはよく気づいた!このフカヒレは『大勢の前で演奏して下手クソとか言われるの怖いじゃん?』とか言う理由で駅の本当に片隅で日々ほんの少しの人にしか自分の演奏を聞かせていないのだ!」

 ヘタレー、おくびょうものー等々のブーイングが教室内に満ちる。
 フカヒレは膝を抱えて丸くなった。

「だから俺は言ってやった!『お前、モテたくは無いのか?』と」

 ニヤリと笑って言えば数人からとてもいい笑顔でサムズアップが返ってきた。
 そう、ここで終わっては面白くない。

「その日からこいつは珍しくも頑張った!エロゲは新品中古含めて購入を控え、日雇いのバイトまでこなして10万もの大金を作りだした!」

 教室は今までで一番の盛り上がり。
 本当にフカヒレにしては珍しく頑張った。

「で、今日あたりにさっさと買って使うんか?」

 その空気を切り裂くように浦賀さんがバッサリとフカヒレに聞いた。
 ピタリ、と静止する教室の空気。

「……ほら、『やっぱり大して変わらなかったですね』とか言われたら怖いじゃん?」


 フカヒレは、フカヒレだった。





 このヘタレ!!

 ひっこめー しねー!

 その子に謝れー! へたれ!

「ちょ、ま、死ねは酷いだろ!?うわーん!!!」

「逃げやがった、追えーー!!!!」

 菓子パンを食い終わったカニの号令と共に始まったフカヒレ追跡大会。
 クラスの半分も参加していないが、これだけの人数から色々言われればフカヒレも多少背中を押されるだろう。
 ちなみに姫は学食のテラスで昼食を取るのでこの場にはいない。命拾いしたな、フカヒレ。

「珍しくやる気出したと思ったら……まったく手間のかかる奴だ」

「レオは優しいな。嫉妬のあまり夜ベッドに忍びこんじまいそうだぜ」

 こいつはやると言ったら本当にやる。
 いや、別に男と同じベッドで寝たからといって何があるわけでもないのだが。
 だからそこのお嬢さん、キャーキャー言うのをやめなさい。

「で、今日も行くのか?」

「まぁねー。……いいかげん視線がうざったくなってきた」

「やっかみとかそんなんだろ、気にし過ぎるのもよくないぜ?」

「りょーかい」

 スバルにカニの監視を頼んでふらりといつもの屋上に行く。
 もちろん全力疾走で遠回りするのも忘れない。
 幽霊の不意打ちにさらされていたレオは視線とか気配とか言うものに敏感な体質になっていた。
 故に色々なことに巻き込まれたりなんかしてプチ有名人となってしまったレオは、昼休みの半分を人気のないところで寝て過ごすのが日課となっているのである。
 今日も晴れか、なら屋上に行こうかね。
 いつものように具合の悪いドアを開け、いつもの位置に陣取っておやすみなさい。


 眠りにつく寸前、乱暴にドアを開けるような音が聞こえた気がした。





 キーン コーン カーン コーン




 昼休み終了5分前のチャイムが鳴る。
 うっすらと目を覚ましたレオの視界の端で屋上から出て行った人物の内靴が焼きついた。

「1年生か……こんなとこに来るとは一人になりたいとかかな」

 ゴキゴキと骨を鳴らしながらレオも教室に向かって駆けだすのだった。









「今日も行くのか?」

「春の日差しには魔物が潜む、おそろしやおそろしや……」

「確かに眠くなるけどよ……レオ、手とか微妙に日焼けしてるぞ、日焼け止め使うか?」

「そいつはレディーのたしなみを理解しきれないお子様カニ専用。男にとってみれば日焼けなんて大したもんじゃないだろ」

「ま、それもそうか」


 いつものようにスバルに見送られて教室を出る。
 というか何故カニの美容を俺たちが管理してやらなければならないのか。
 人の目を上手くかわしながら屋上に到着。
 レオが本格的に寝る体勢になると、ここ最近ちょこちょこと来る客が乱暴な音を鳴らしながら屋上に入ってきた。
 だからといってレオは目を開けることもなく、その生徒も何も言わず授業開始数分前、レオより先に出て行く。


 いつものリズムは、レオの授業変更で珍しく崩れた。


 これから体育が始まるので少々早く行かねばならない。
 よっこらせ、と身を起こせば女子生徒の後ろ姿。
 何も言わずに出て行くのが暗黙の了解かとも思ったが、少々レオはそれを思いなおすことにした。

「ここのドアはドアノブを持ちあげるように開けると簡単に開く。逆に閉めてから下に押し込むようにすると開けにくくなる。一人になりたいときはそうするといい」

 返事も反応も求めず、言い捨てるような一言が勝手に口から出た。
 そのまま外に出て更衣室に向かう道すがら、レオは一人で赤面していた。

 いや、一人になりたいからあそこにいたとは限らないし余計な御世話じゃないか俺なんてウザい先輩(以下略


「ん?坊主、何かあったのか?」

「ナイスブルマ」

「ナイスブルマ」



 これでごまかせてしまうこの男が時々わからない。





 あとがき

 本編より前だったら時系列は気にしないことにした。何にも考えずに書いているのであまり期待しないように。



[20455] 伊達スバルとの関係
Name: 酒好き27号◆3e94cc3d ID:17f35bae
Date: 2010/12/01 15:02


「とまぁこれが昨日の顛末ってやつ」

 いつもの時間、いつものレオの部屋。
 そこでは今日の朝に張られた写真についての尋問、ではなく説明が行われていた。
 もちろん発端となったエリカの動画については適当にぼかして語ったのだが。

「レオ、犯罪はほどほどにしておけよ」

「ちくしょー、なんだかとってもちくしょー!!何でレオばっかりぃ!」

「レオって結構むっつりだよね。興味ないふりしてあの姫の恥ずかしい姿に興味深々なんだろ」

 実に予想通りの反応である。
 頬を膨らませたカニの頭なんかの撫でつつ、レオは一応言い訳なんかをしてみた。

「あの時にはあれが最善だったんだよ。偶然見ただけなのに対抗手段が無いのはちょっと不安すぎる」

 そもそもエリカのああいったシーンに遭遇した場合100%の確率で
「ちょっとお話しましょうか」→「ロボトミーと下僕と奴隷のどれがいい?」となるに違いないのだ。
 そのためにはまず先制攻撃が必須だとレオは力説する。

「まるでランダム遭遇の即死フラグだな、おっかねぇ」

 台詞とは異なり、心底面白そうな顔をしてスバルが笑う。
 こいつ他人事だからといって……。
 そしてフカヒレは鼻息荒く机の上に放置してあるSDカードに視線が釘づけだ。

「なぁなぁレオ、そのSDカード……」

「もちろんダミーだよ。流石に本物は見せびらかせない、コピーもあるしな」

 途端にがっかりした顔をしていつもの定位置に戻るフカヒレ。
 狙いがわかりやすすぎる。

「ここまで慎重な坊主は初めて見るな、そんなに強敵か?」

「あっちもそれ(ダミー)はわかってるだろ。多分本物だと確信したら問答無用で砕きに来る」

 スバルがちょっと心配そうに聞いてきた。
 レオのハートがキュンとな……らない。
 決してそのような事実はございません。日本の政治家にはこれくらいの鉄の意志を持ってもらいたい。

「姫がそこまでする恥ずかしい姿……ハァハァ」

「ねぇ、ボクこいつと同じ部屋にいたくないんだけど」

 何を想像したのかまたしてもフカヒレの息が上がってきた。
 この部屋、妄想禁止とでもするべきか。罰金は1回300円くらいで。

「大丈夫だ、少なくとも俺のこの部屋でフカヒレに妙なことをさせる気はない」

「そ、そう?えへへ、レオが守ってくれるなら安心だね」

 レオの言葉にカニが何を思ったか頬を赤らめる。
 照れたようなその顔は小動物としてなら愛くるしく見えなくもない。

「ああ、友人をロリコンの道に進ませるわけにはぷげらっ!」

「ボクはレオたちと同じ高校生だ!ふざけたこと言ってんじゃねーぞダボが!!」

 身軽なカニはベッドのスプリングを利用して一気に膝を入れてきた。
 レオが思わず雑魚敵の断末魔のような叫びを上げてしまうほどには手慣れた攻撃だ。
 普段それを受けているフカヒレに幸あれ。

「どうどう、俺が悪かった。でもなカニ」

「んー、何?」

「人が一番怒る時は図星を突かれたときらしぎゅぅ……」

「そんなことない!そんなことないもんね!!」

 カニの両足でレオの首が超締まる。
 相変わらずの涙腺の緩さからか、やっぱりカニは涙目だった。

「ほらカニ、レオがタップしてるだろ?これ以上は洒落にならないぞ」

「ボクは本気だよ!」

 いや、それ俺死ぬだろ。
 にしてもスバルは良いところで止めてくれる。流石はレオと同じカニの教育係である。

「そういう本気はもっと別のところで使いなさい」

「ボクはこういうときにしか本気が出せないんだ、あとデッド関係だね」

「で、勉強は?」

「馬鹿とホモサピは使いようっていうじゃん?ボクだってちょっと視点を変えればできることがいっぱいあるのさ」

 思わず男三人で顔を見合わせる。
 そんな空気を意に介さず、カニはイスに座りなおしたレオに乗って地味な嫌がらせをつづけていた。

「なぁスバル、微妙に響きも内容も合ってるんだけどなんて言うべきだろう」

「どっちの意味でも自虐の気が強い。カニも成長したな……」

 いや、でも使われることが前提って言うのはどうだろう。
 教育係の二人は慣れないことわざを微妙にかすらせながら使用したカニを褒めるべきか悩んでいた。
 いやいやいや、それはちがうとばかりにフカヒレが口を開いた。

「カニは自分で馬鹿だっては言わないとして、カニは甲殻類だからホモサピエンスに当てはまらないんじゃね?」

「そうだな、じゃあ正しいことわざで考えると」

「そうかハサミか!」

 繋がっちゃったよ、とレオが頭を抱える。
 楽しそうにスバルが笑う。
 そしてフカヒレが話が繋がってるようで全くつながってねぇ!と突っ込みを入れた。

「何だろうこの深読み。どっちにしても馬鹿と並べられてる時点で認めてるようなもんだけど」

「おめーら何の話してんだ?」

 馬鹿馬鹿しくなって疲れたようにつぶやいたレオに、カニがきょとんとした目を向けた。
 さっきまでの怒りをきれいさっぱり忘れたようなカニをひょいとつまみあげ、レオはカニをベッドに放り投げる。

「ん、ダーウィンの話」

 カニの進化的な意味で。










「レオ、俺達って友達だろ~?」

 フカヒレが猫なで声でレオに言う。
 もちろん目当ては姫の盗撮動画だ。

「変態を友達に持った覚えはない」

「奇遇だね、ボクも盗撮魔の変態と幼馴染になった覚えはないよ」

「ぐっ……」

 横にいたカニから不意打ちの一撃!
 レオは1万のダメージを受けた。
 レオは死んでしまった……。

「いや、ダメージ限界突破はずるい」

「はっはっは、一本取られたな坊主」

 スバルが心底おかしいとばかりに笑っている。
 おのれカニの分際で……と言いたいところだがレオはカニに言い返せないという事実に打ちひしがれていた。

「わかってねぇなぁ。男はみんな、変態という名の探究者なんだよ」

 満面の笑みでフカヒレが言う。これは俺に対するフォローとつもりなのだろうか?
 もちろんこれがフォローだとしてもマイナスにしかならない。

「うわっ、キモい。メガネが安っぽい蛍光灯の光を反射してキモい」

「こらカニ、人の家の蛍光灯を安っぽいなんて言うんじゃありません」

 すかさずカニをたしなめるスバル。
 うむ、教育って重要だよね。

「怒る部分が違うだろ!!」

「そうだ、メガネに罪は無い」

「あれ?何か目から液体が出てきやがる……」

 はらはらと涙をこぼすフカヒレに残りの3人は一瞬顔を見合わせると実に楽しそうに口を開いた。

「心の汗だな、健康的だ。もっと泣け」

「そーそー」

「中身があまり健全じゃないけどよ」

 参考までに上からレオ、カニ、スバルの順番である。

「お前ら少しは俺に優しくしろよ!」

 こう言う他愛のないじゃれあいも楽しいものである。
 え?もちろん冗談だよ、だから落ち着けフカヒレ。



「でもよ、それが本当の話ならレオは注意しといたほうがいいんじゃない?」

 フカヒレが落ち着いてしばらくした後、その当人が何となく訪れた静寂を破った。

「なんでよ」

「ホラこれ」

 そう言ってフカヒレが財布から取り出したのは、なんか薔薇があしらわれたカード。
 金の文字で『竜鳴館霧夜エリカ公式ファンクラブ』の文字が。
 なんだこの金銭の無駄遣い!って感じのカードは。

「おいおい、まだ一学期だろ?」

「流石姫やね」

 呆れたようなスバルと、純粋に感心している様なカニ。
 一方のレオは微妙な倦怠感を感じる程度には精神にダメージをくらっていた。

「フカヒレはNo.69か。この中途半端さがフカヒレっぽいな」

「この番号はな、験を担いでるんだよ。いつか姫と付き合うことになった場合のシックスn」

「おっと手が滑った」

「おぅふ!!」

 危険な単語を発しそうになったフカヒレを強制的に黙らせる。
 壁に耳あり障子に目あり。
 これは誰かに聞かれないようにとのレオのフカヒレに対する素晴らしい配慮であるのだ。
 というかファンクラブの会員番号って狙って取れるものじゃないと思う。

「ちょっとマジでどん引きなんだけどこいつ」

「若いねぇ」

「人妻とか母って単語に惹かれる男が言うな」

 無関係とばかりに一歩引いた発言をしているこの男も実際は結構なものである。
 健全な男子高生。
 この流れで書くと実に卑猥に見えるから不思議だ。

「ファンクラブの会合に行ったんだけどよ、体育会系の部員も多いから気をつけた方がいいかも」

 それはフカヒレなりの配慮だったらしい。
 確かにエリカとの対立は水面下のものとなりそうだが、用心しておくに越したことは無いだろう。

「サンキュ、フカヒレ。貸し1な」

「借り1だろ!そっちから見て!」

 べ、べつに感謝してるわけじゃないんだからね!
 誰にも気づかれない一人ツンデレごっこをレオが脳内でしていると、カニがベッドで転がりつつ声を上げた。

「なーフカヒレ、姫のファンクラブって何してんの?」

「んー、なんか会員になると姫の写真を買う権利がもらえるらしい」

 姫の写真を買う権利をやろう(キリッ
 思わずいらん!と叫びそうになったレオだったが何とか耐えることに成功した。
 スバルも微妙な表情をしている。
 といってもこちらは金銭がからんでいるからだろうが。

「おいおい、いいのかそれ」

「なんでも姫が写真部に対してだとポーズまで取ってくれるらしいぞ」

「んじゃーレオの動画も意味ないんじゃねーの?」

「いや、あれはそういうレベルの代物じゃないから」

 あれほどキャラが破壊されたエリカというのも珍しい。というか遭遇する確率はほぼ無いに等しいだろう。

「姫の、レベル違いの動画……はぁはぁ」

「せんせー、フカヒレが卑猥な顔をしてまーす」

「しっ、いい子は見ちゃいけません」

 情操教育に決していいとは言い難い様子のフカヒレにいつもの突っ込みが入る。
 実に平和だ。
 願わくば、この平穏が少しでも長く続きますように。とレオは窓の外の星に願ったりしてみた。

「よし、トイレ行ってくる」

「死ねよ」

 この男は人の家で何をするつもりか。
 そこでふと疑問。

「にしてもさっきから会話に出てくる『姫』って霧夜エリカでいいんだよな?」

「おいおい坊主、今さら聞くのか?」

「レオってばそういうの興味なさそうだもんね。最近定着して来たらしいよ」

 見事に呆れつつ納得されてしまった。
 レオは人付き合いはそれなりにするが、そういう流行とか流れというものに興味を示さない。

「姫ねぇ、あの光景見ちゃうと名前負けだなと思わなくもない」

「どうせ俺たちに見せないならそういうこと言うなよ。気になるだろ?」

「ああスマンスマン」

 相変わらずのフカヒレを横目にスバルと笑いあう。
 そこのカニちゃん、いくらウザいからってフカヒレの股間を標的にするのはやめなさい。








「チャーハンでいいか坊主?」

「夜食にしては重くねぇ?」

「重いのか?」

「いや、余裕」

 カニもフカヒレも帰った12時過ぎ。
 レオの「夜食が食いたい」とのリクエストに答えようと、スバルがキッチンで頑張っていた。
 夜中ということもあって卵、長ネギと簡単なものである。

「なぁレオ」

「んー?」

 いつもよりちょっとだけ真剣な声でスバルがレオを呼んだ。
 レオはといえば、それに気づきつつもあえて気楽な声でその返事とする。 

「お前が自分からあんな派手な人間に手を出すなんて珍しい。惚れたか?」

 一瞬茫然。
 そしてスバルには悪いが笑ってしまった。
 俺が?霧夜エリカと?

「冗談」

「ほんとかー?」

 ほんの少しだけあった真剣さはきれいさっぱり消えうせ、スバルが茶化してくる。
 別に嫌いなわけでもないが、これほど付き合うというビジョンが浮かばない相手も珍しい。

「まぁ、借りを返しただけさ。それにちょっと利子がかさんだだけ」

 彼女のあの様子は、おそらく気を許した相手にしか見せない種類のものだ。
 それを偶然とはいえのぞき見てしまったレオは、その借りを返さなければならなかった。
 彼女の反撃でそれは清算され、レオがそれを耐えた時点で彼女とは対等、とはいかないまでもある程度個人として認められた気がする。

 イメージ的には彼女と佐藤さん。そしてそれから離れて囲むようにその他の人々。
 レオは彼女の真正面で、周囲の人々より半歩前にいるだけなのだろう。

「闇金よりタチが悪いなそりゃ」

 スバルの例えに全くだ、と思いながらレオはこれから続くであろう高校生活に思いをはせる。
 やっぱり、ため息の一つや二つは出るってものだ。

「入学式からまだ2ヶ月ちょいなのに気が重いったらありゃしない」

「入学式といえばな、レオ」

「んー?」

「……いや、なんでもねぇ」

 自嘲じみた笑みを浮かべてスバルが会話を断ち切った。
 本当に、こいつは全く

「俺にお前はもったいない男だよ、スバル」

「俺は一度もそんなこと思ったことはないぜ?」

 その言葉に軽く笑うと、レオは冷蔵庫からビールを取りだした。

「よし来た!」

 珍しく乗り気なスバルと共に、小さな缶ビールを二人で分け合う。
 その際のスバルの表情は様々なものを抱えた今とは異なり、在りし日の少年時代のように無邪気なものだった。














「残念、スバルルートは未実装だ」

「何を言ってるんだお前」

 ジーザス!と天の声が聞こえた気がした。







[20455] 椰子なごみとの関係
Name: 酒好き27号◆3e94cc3d ID:17f35bae
Date: 2010/12/01 15:06

「じゃ、いつも通りにな」

「ボクがいないからって泣くんじゃねーぞ」

「さっさと行け」

 今日はフカヒレが軽音系の部活に顔を出す日だ。
 武道系が強いこの学校で微妙に人気が少ない部活であるせいか、所属しなくてもいいから!とフカヒレは歓迎されていた。
 ……男ばっかりなのが不満のようだが。
 で、スバルは陸上、カニはバイトである。
 とりあえずフカヒレとスバルが終わるまで校舎内で時間でも潰してますかね。

「対馬よ」

 と、嫌な声が聞こえた。
 背後からはいつの間に来たのか圧倒的な存在感。
 着物に包まれてはいるが、その規格外の体躯から発せられる何かがレオをげんなりさせた。

「どうも館長ご機嫌麗しゅう。さっさと寿命か何かで死んでくれませんか」

「そうピリピリするな」

 拳法部とかの奴らに聞かれたらガチで徒党を組んで襲われそうな一言だ。
 それを聞いた館長は平然としたもの。ガキのたわごとでいちいち怒るような小さな器ではないらしい。
 さすが橘平蔵。そこに痺れもしないし憧れもしない。

「もちろん冗談ですよ。で、何の用で?」

「お主は部活に所属する気はないのか?」

 多分この人の人柄は好きなんだろうけどなー、とレオは思う。
 乱を呼ぶような行為を除けば漢気溢れるうえ冗談まで理解する素敵で無敵(文字通り)なおっさんだ。
 侠・漢・義さえ押さえてれば何とかなる人だし。

「この高校のトップはいつから生徒の個人面談をするようになったんですか?」

「質問を質問で返すとは感心せんな」

 ジワリと圧力が増した。
 え?なに、冗談が通じないパターン?

「……ありませんよ。俺は今のままで十分満足ですんで」

「ふむ、実に惜しいな。お主がその気になれば」

「やめてくれません?」

「強情だな」

 館長がやれやれと言わんばかりにレオを見た。
 どうしようもない悪ガキを見るイメージ。
 っていうかそっちに引きずり込もうとするのやめてください。
 テンションに流されずニュートラルに、なおかつ平穏に生きたい小市民ですから。とレオビビる。

「俺は館長みたいになる気はありませんよ。平穏ってのは大事なものですから」

 レオは平蔵に向かってキッチリ断言した。
 そこに通りかかる体育会系の男子生徒F。

「あ、館長。ご苦労様です!」

「うむ」

 チャンス!
 気配を消して一気に離脱する。
 といっても館長相手にはバレバレな自信がレオにはあるのだが。
 せっかく学校内では不用意に一人にならないようにしていたのに。
 館長は案外空気の読める漢なので誰かと一緒にいる場合レオの主義に配慮して個人的に話しかけたりはしてこないのだ。










 平蔵は一瞬視線をそらした隙に隣にいたはずのレオの気配が遠ざかったのを感じた。
 視線を向ければ空いた廊下の窓から涼風が吹き込んでくる。
 夕日に照らされながらにやりと男気のある笑みを浮かべる。

「ふっ、奴を見ていると血がたぎるわ」

 ミシリ、ときつく結んだはずの帯が音を立てた。
 平蔵を前にするとレオからは無意識のうちに闘気があふれだす。
 一人の武人として昔ほど自由気ままに戦えなくなった平蔵は、その気を受けて疼く体を持て余していた。

「だがな、対馬。平穏を守るためにも作るためにも、強く雄々しく、貪欲でなければその平穏は砂上の楼閣にすぎぬのだ」

 橘平蔵。彼は武人であると同時に教育者でもある。
 遠くを見つめるまなざしは、意外にも温かいものに満ちていたのだった。






「ホントああいう人種とは必要以上に関わりたくないもんだ」

 窓から飛び降りた、と見せかけて上の階に跳び上がったレオ。
 もし上の階の窓が開いてなかったときのことは考えない。
 決して忘れていたわけではなくて。
 今度は気配を消していつもの屋上に行こう。今日のところは館長も諦めるだろう。
 運動をした分を相殺しようと、だらだら階段を上っていつもの屋上へ。
 この棟は実験室とか美術室とかばかりだからあまり人はいないので楽でいい。

 少々開けにくいドアを開ければいつもの一年生。

 一瞬の空白の後、おじゃましましたーとドアを

「待ってください先輩」

 びっくり。声を掛けられてしまった。
 閉めかけたドアをまた開けて、レオは視線で問う。

「先にこの場所を使っていたのは先輩です」

 意外と体育会系の思考をしているらしい。
 別にそんなことを気にする必要はないのに。

「ここは俺の昼寝ポイント。それ以外の時間はどうぞご自由に」

「先輩が後輩に遠慮しないでください」

「同じこの屋上の雰囲気を愛する者として当然の配慮だよ」

「そういうのウザいです」

 レオのハートにダメージ。
 計測不能。
 というか何故初めて会話する下級生からこのように容赦ない言葉を浴びせられなければならないのか。
 ちょっとブルーが入ったレオだったが、それを表に出さずにやせ我慢。

 意地があるんです、男の子には。

「……やけにこだわるね。邪魔者がいなくなってラッキーくらいに思っておけよ」

「筋の通らないことは嫌いなんです」

「奇遇だな。俺も筋の通らないことは大嫌いだ」

 それを言われてしまうと弱い。
 レオは正確には理不尽なことが嫌いであるのだが。
 今度会った日にはあの幽霊完膚なきまでに消し尽くす。

「……ならお互い妥協しよう」

 ここは先輩として後輩を導いてやらなければいけないだろう。

「まず1つ。めったに人が来ない場所に男女二人、あとはわかるな?」

「そういうことするつもりなんですか」

「噂を立てられないように注意しろってことだよ!」

 いや、こいつ女としてはかなりスペックが高いが……。
 何となく向けた視線の返事でガンつけられた。
 レオビビる。

「まったく、逢引きがどうのとか言われたら、ええと……君も困るだろうに」

「椰子です」

「ん?」

「1年の椰子です」

 思ったよりも礼儀正しいらしい。
 いや、会話の要所要所に舌打ちとかが入るのが礼儀正しいかといわれると疑問なのだが。

「これはご丁寧に。俺は2年の対馬だ」

 名乗られたら名乗り返す。対人関係の基本である。

「でだ、椰子も変な噂と視線が増えたら煩わしいだろ?」

「いきなり呼び捨てですか」

「ということで注意すること」

「……はい」

 なんというかこの一年生の扱い方が多少なりともわかってきた気がする。
 もしレオの相手が姫だったらこうはいかないだろう。
 まぁ後輩だし、とレオは実に寛大な心で接することにした。

「2つ。出会ったら挨拶くらいはすること」

「わかりました」

「……やけに素直だな」

 もしやめんどくさくなったのか。
 逆に「はいはい」って感じで流されるとそれはそれで寂しい。

「先輩が寝ているときも叩き起こして挨拶することにします」

「どんだけ性格悪いんだお前!」

 やっぱりこいつ扱うのは無理だわ。とレオ諦める。

「コホン、まぁ俺が寝てるときとか状況によっては別に要らないから、今回みたいな時は一言くらいな」

 挨拶は人間関係の基本です。
 いや、でもこんなところでいつも一人でいるこいつにはどうだろう。

「3つ。互いの時間を邪魔しない」

「相手がいたら出て行けってことですか」

「いや、必要なときとか以外は相互不干渉ってこと。入るのも居るのも出るのも好きにしたらいい」

「それは助かります」

「ほぉ、なんでまた」

「ウザい先輩に話しかけられずに済みますから」

「……屋上にいたのは俺が先だし、今までも相互不干渉だった気がするんだが」

「冗談です」

「…………」

「間違いました、本音です」

 上げて落とすとは、なんという高等テクを使うんだこいつは。
 椰子と会話するとなんか精神エネルギーがガリガリと削られる気がする。
 どんな教育を施せばこのような生粋のファイターっぽい性格になるんだろうか。

「じゃあ4つ」

「まだあるんですか」

「これが最後だよ。4つ。一応ここは俺が隠れ家的な意味で使ってるところだ。できればあまり人には教えないでくれると助かる」

「隠れ家、ですか」

 そうそう、男の子ってのは隠れ家とか秘密基地にあこがれるもんだ。
 隠れてこそこそやる自分と仲間だけのスペース。
 引きこもりとは違うのだよ引きこもりとは!

「人が煩わしくてね。まぁ彼氏を連れてきたいというなら止めはしないが」

「彼氏なんていません」

 何という断言。
 下手な男より男らしいとはこれいかに。

「ま、友達とか他人には出来るだけ知らせないように気づかせないように来てくれ」

「……わかりました」

「というわけで俺はしばらく寝てるから、いつものように好きにしてくれ」

 そうやってレオはいつもの場所に横になる。
 椰子はといえばしばらく屋上で時間を潰すと、思いついたようにフラッといなくなった。
 レオは目をつむったままだったが、凄く小さな声で「では……」という声を聞きとった。
 妙なところで律義な奴である。

「なんつーか、猫みたいなやつ」

 いや、縄張り意識とか体育会系の思考はむしろ犬か?















「先輩、これやっておきました。ほめてください!」


 犬耳としっぽを装着した椰子という変な電波を受信した。
 鳥肌が立った。










[20455] 蟹沢きぬとの関係
Name: 酒好き27号◆3e94cc3d ID:17f35bae
Date: 2010/12/01 15:10

「お姉さん、おはようございます」

「あらレオちゃん、いつもすまないねぇ」

「まぁ習慣みたいなもんですから」

「よかったら嫁にもらってくれない?アレ」

「クールビズを最近流行のバンドだと思ってたようなアホの子はちょっと」

「そうよねぇ、私がオトコでも絶対イヤだもん」

 確かにクールビズが広まってきた、とか言われればそう思えなくもないかもしれない。
 どうせカニのことだから何かと混ざったのだろう。

「おい起きろ出涸らし」

「スバルは……」

 カニを起こそうとしたら興味深い単語が出てきた。
 もしや俺の知らない情報が出てくるのだろうか。謎多きスバルの生態に迫る!

「たまにレオのことと野獣の目で見てる……ボクが最後の防波堤……ムニャムニャ」

「まぁスバルなら……って良くねぇよ」

 ちょっぴり聞きたくないことを聞いてしまった。
 それに、こいつもフカヒレも防波堤になるには頼りない。
 その思いあがった根性を叩き直してやらねばならないだろう。

「お姉さん、氷ある?」

「いくらでも持ってきな」

「鮮度は重要だしな。そら、クール宅急便でお中元に送るぞ」

 ということで景気よく氷をカニのTシャツの中に流し込む。
 水ではなく、ベッドが濡れなかったことに感謝するといい。

「うにょるぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」

 表現しがたい鳴き声。
 寝起きの体温の低さからかガクガクと震えながらカニが跳び起きた。
 良い子はマネしないように。

「ここここここここのボクの寝込みを襲ってなんてことをするんだ!!」

「さっさと起きて早く来いよ」

「無視するんじゃねー!!!!」

 怒りを振りまくカニをスルーして家に戻る。
 適当にベーコンエッグを作ってトーストを食えば良いだろう。
 一人暮らしの男の食事など……というより朝食は基本的に手間のかからないものが基本だと思う。

「ベーコン残ってたかな」

 冷蔵庫を開ければ何故か消失している数種類の野菜。
 そして適量作られたサラダがあった。

「あのおせっかいめ。朝くらいゆっくりしてろってんだ」

 カニの寝言が現実味を帯びてきた。ここはスバルにも警戒をすべきか。
 トースターに食パンを入れ、ベーコンをスライスしてフライパンに放りこみながらレオはひとりごちた。
 だがそれを実行したらスバルは泣く。
 というか自殺する勢いで落ち込むに違いない。
 レオ自身あまり熱心に見るわけではないが、一応つけているテレビから朝のニュースから流れた。

『野生の熊が幼女につられて民家に迷い込みましたが、無事射殺されました』

 実に安心である。













「ちょぉぉっと待ったーーーーー!!あまりにも重大な忘れ物をしてるぜ!」

 手際良く学校の準備と朝食の片付けを済ませ、いつもの通学路を歩いてるとカニが跳びついてきた。
 面倒だからという理由で時々荷物を丸ごと学校に放置するせいか今日のカニは手ぶらだった。
 レオの首筋に抱きつくように背後からしがみつく。

「重い」

「失礼なことを言うな!ボクは羽のように軽くて可愛らしい竜鳴館のマスコットキャラだぞ!」

 カニがいくら人類では軽い方だといっても人一人分の体重というものはそれなりに重い。
 朝から余計なカロリーを消費したくないレオは体をゆすったりしているもののカニは上手くとりついて離れなかった。
 さっさと諦めてカニを背負うこととする。
 鞄でスカートの中身を隠すのも忘れない。
 って言うかそれくらいの恥じらいを持て。

「んで、今日は何で遅れたんだ?」

「二度寝と朝デッド」

 驚愕。カニはあの状態から二度寝に入ったらしい。
 普通死ぬんじゃないか?
 さすが冬はホッカイロ代わりにされるほどのお子様体温である。

「あの状態でか。ホントにお中元にされそうだな」

「レオがあんなことするから体が冷えちゃったじゃないか!責任とってもうしばらくボクのホッカイロになれ」

 魚介類は解凍方法によっては味が全く変わるので注意しましょう。
 これ豆知識な。っていうか

「お前の手超冷てぇ!!」

 首筋から手を入れるな!

「Zzzz……」

 低い体温のせいかカニはすぐに寝入ってしまった。
 まぁレオが背負っていれば体温もじき回復するだろう。カロリーとしておやつでも与えてみるのもいいかもしれない。

「よう、お前らは相変わらず目立つな」

 と、そこに何だか見覚えのあるメガネを発見。
 ええと、確か……

「ああ、おはよう桜木」

「誰だよ!俺は新一、探偵さ」

 何だか聞いたことがある発言とともに現れたのはフカヒレだった。
 こいつが探偵、ということは。

「どこを探るんだ?」

「最近けしからんことになっているという女子更衣室が怪しいな」

「なるほど、自分で事件を起こすのか。マッチポンプだな」

「なんでそれが前提なんだよ。俺はそれで不安になっているであろう女子生徒の心のケアをだな」

「探偵関係なくね?」

 犯罪被害者の心を救うのは結局のところ身近な人なのである。
 なんたって昨日やっていた刑事ドラマでいってたくらいですから。

「バーロー、事件も解決して被害者の心もゲット。一粒で二つ美味しいとはこのことさ」

 取らぬ狸の皮算用がこれほど似合う男もなかなかいないだろう。

「で、今日あたりにテスト返却だな」

「ああ、そうだったそうだった」

 おかしい、フカヒレがこの話題を普通に返してきた。

「意外だな、いつもなら絶望的な顔してるくせに」

「テストなんてささいなものは、俺の人生において何の意味も持たないのさ」

 実に得意げにそう返してくる駄目人間。
 やけにいい笑顔をしているところが駄目っぷりを際立たせている。

「後々困るぞ」

「大丈夫大丈夫、俺はやればできる子。今は本気出してないだけだから、もうしばらくこの学園生活を楽しむのさ。なぁレオ」

「俺まで巻き込むな」

 まったく油断も隙もない。








 学校の近くまで来たところで霧夜エリカが登場した。
 レオたちは学校に家が近いが、少々離れたところに居を構える彼女は折りたたみ式のMTBでの登校である。

「あ、姫だ」

「姫おはようー」

「姫様、おはようございます」

 なんか執事みたいなのいなかったか今。

「親衛隊の副隊長だな。姫の前に立つ一瞬で執事の服と言葉遣いに変わるらしい」

「一回変わる瞬間を見てみたいな」

 というかどういう原理なんだろうか。

「変身の時は一瞬全裸になるらしいぜ?」

「よく今まで捕まらなかったな……」

 いったいどこの変身ヒロインだ。
 いや、あのむさい変態を変身ヒロインと同列に並べては全国のファンから総スカンをくらってしまう。
 幸いにも今の変身では誰もその光景を目にしなかったようで、朝のさわやかな空気はそのままだった。
 今度からエリカが来た時にはしばらく周囲を見回さないようにしよう。と心に決めたレオであった。

「おはよー」

「おはようさん」

 どんな相手でもクラスメイトである以上挨拶くらいはする。
 カニの教育的にも重要なことではあるし。

「姫、今日朝会あるのにこんな時間で大丈夫なの?」

「余裕」

 フカヒレの質問に自身に満ちあふれた笑みを返して去る姫。
 彼女が通った後には好悪様々な噂話が飛び交っていた。

「相変わらず騒動の中心みたいな奴だ」

「まぁ美人だしね」

 フカヒレはそれだけで全てが許せるらしい。
 まぁ世の中の男なんて大抵そんなものだと思わないでもない。
 いや、決して言い訳などではなく。





「レオは校門ちかくだと唐突に無口になるよなー、なんで?」

「いろいろあるんだよ」

 毎回感じる妙な視線とか。
 面倒事は嫌いなのであくまでも無反応を貫き通しているのだが、そろそろ限界かもしれない。

「でもまぁ、そろそろテスト帰ってくるしな。俺も思わず無口になっちゃいそう」

「その方がもてるんじゃね?」

 顔立ちは悪くない(良くもない)のだし。
 地味にひどいことを思いながらのレオの発言に、一瞬フカヒレが顔を輝かせた。

「マジ!?いや、俺は騙されないぞ。この軽快なトークをなくしちまったらシャーク様とはいえないからな」

 何でこいつは普段の言動に対してそんなに自信満々なんだろう。








 朝会を華麗に聞き流しての廊下。
 朝からカニのせいで地味にエネルギーを使っていたためか、レオは目をこすりながら歩いていた。
 歩きも普段より数段のろく、思わず口から現状がこぼれる。

「眠い」

「しょぼくれた顔してるわねー、みっともない」

 生徒会であるためか最後に体育館から出てきた姫に見られた。
 しかし眠い。

「そんなテンション低い人は見ててうざったいから消えてほしいかなー」

 霧夜エリカという人物の性格を考えればこんなのは挨拶みたいなものだ。
 レオとしても普段なら何かしらの返答をするのだろうが、今回は眠さが勝った。

「覇気がないわね。熱でもあるんじゃない?」

 ふわりといい匂い。
 姫が背伸びをするようにレオと額をくっつけた。
 至近距離で見つめ合う瞳。
 誰かが通りかかってみれば口づけをしているように見えるのだろうか。
 いや、それだけは勘弁してもらいたい。

「そんなに近づかれると健全な男子高生としては別のところが熱を持っちゃうので勘弁」

「ふふっ、熱は無いみたいね。眠いならこの香気で目を覚ましなさい」

 あくまでも自然に身を離せば、姫の口もとは邪悪に歪んでいた。
 何かあるたびに俺の平穏を破壊しようとするのはやめてほしい。
 朝会が終わった後のせいか生徒はほぼ教室に入っており、教師もいない。
 だが誰に見られるかわかったのもではないのだ。

「渡すならせめて棘を落としてからくれると助かる」

 目覚ましに、と渡された薔薇は少々痛かった。
 軽く握っているだけなので血こそ出ていないが危険なことに変わりは無い。

「棘の無い薔薇なんて薔薇じゃないじゃない?大丈夫、棘付きの薔薇を渡すなんて対馬クン以外にしないわ」

「そりゃ光栄なことで」

 レオは肩をすくめる。
 その言葉と流し目にちょっぴり胸が高まったことは秘密だ。








「で、カニっちはいつからその格好?」

「家を出てしばらくしてから」

 人の背中でいつまで寝てるんだこいつは。












[20455] アレックス・サンバルカン13世との関係
Name: 酒好き27号◆3e94cc3d ID:17f35bae
Date: 2010/12/01 15:16

 館長から逃げ切り男二人と合流。周囲は濃い茜色に染まっていた。

「おっす」

 軽快に走ってきたスバルがシュタッ!と手を上げた。

「ゲーセン寄ろうぜゲーセン」

「それいいな。可愛い感じの女、一人二人引っ掛からねぇかなー!」

「道端で叫ぶな」

 こいつは相変わらず欲望に忠実な奴である。

「フカヒレはもう少し心の声を押さえる努力をすべきだな」

「俺のこの熱い心が、この気持ちを高らかに叫べとささやいているのさ」

 まぶしい夕陽をわざとらしくメガネに反射させながらフカヒレがポーズを決めている。

「おーい、フカヒレおいてくぞー」

「はやっ!お前ら今絶対走っただろ!!!」

 ま、5秒後には遠くから聞こえた声に血相を変えることになるわけだが。





「で、何する?」

「レオー、久々にエアホッケーしようぜ」

「おお、たまにはいいな」

「俺はクイズコーナー行ってくる」

「フカヒレやらないのか?」

「お前たちのエアホッケーは残像が見えるんだよ!昔はじけ飛んだパックが俺の眼鏡を割ったのは忘れないぞ!」

「カニだって参加できるんだからフカヒレも大丈夫だろ」

 珍しくスバルから誘ってきたというのに。

「いーや、俺は出会いを探しに行く」

「またナンパか?ちょっと言わせてもらうとフカヒレの誘い方は直接的すぎると思うぜ」

 スバルがいつものように無駄な忠告をする。
 いや、まぁまだ無駄だと決まったわけではないのだが、いつも結果的に無駄になるのだ。
 だがフカヒレは自信満々だった。

「ふふん、俺が成長しないとでも思ってんのか?今回はクイズコーナーで可愛い子にさりげなく答え教えてやるんだ」

「ずいぶん微妙なアプローチだな……」

「失敗するに100円」

「俺も同じだから賭けにならないな」

「けっ、もし女の子と親しくなってもお前らには紹介なんてしてやらねーからなー!!!」

 フカヒレは風になった。
 多分そのまま玉砕して夜空を彩る星になるだろう。

「レートは?」

「1点100円」

 最終的な得点差の分だけ相手に払うというデスマッチである。
 上限が2000円程度だから実に良心的だ。
 では、ゲームスタート。

「レオ、いつもの平穏は守れそうかい?」

 カツン。スバルが何の気なしに言った。
 流石我らがお兄さん。定期的に皆の様子を確認してくるので気が抜けない。カツン。

「いんや、どうも厳しいらしい」

「また面倒事か、相変わらずだな。何かあったのか坊主」

「振り向けば館長」

「そりゃ怖い」

 日々ニュートラルに生きようと思っているのだが、肝心なところで妙なギアが入ってしまうのが困りものだ。カツン。
 変化は最小限でいいと思いながらも、真っ先に変化に突っ込んでいくのがレオなのだから笑えない。

「あとはやけに目つきの悪い一年生が……まぁこっちは面倒事じゃないな」

「へぇ、坊主が気にするなんて面白そうな相手だ」

「先輩の心をナチュラルにえぐってくる。俺ちょっと泣きそう」

 レオの心は案外繊細にできているのだ。カツン。
 ちょっとした罵倒でも結構傷つく。体は鉄ではないが、心は確実にガラスでできてると思う。

「なぐめてやろうか?」

「これで大負けしてくれ」

「そいつは出来ない相談、だっ!」スパーン。

「不意打ち乙」

 スバルさん、唐突にギアを上げるのは卑怯なんじゃないですか。








「ちっ、やられたぜ。ほら200円」

「相変わらず優しいね坊主」

 激闘の末負けてしまった。
 スバルに金額を払うと妙なことを言われる。
 いやいや、普通に本気でしたから。まぁ周囲にできた人だかりが嫌で力が入らなかったというのは無きにしも非ず。

「お、フカヒレだ」

「予想通り失敗したな、あいつ」

 ブルーなフカヒレ参上。なんか重い空気を背負っている。

「で、どうなった?」

「可愛い子がいたから教えてあげたらさ、答え……間違ってたんだ」

「そういうとこは外さねぇ奴だな」

「いや、ハズレだったから落ち込んでるんだろ?」

 誰が上手いことを言えと。とセルフ突っ込み。

「悔しかったから脱衣麻雀クリアしてきたぜ!あのとき、俺はヒーローだったね」

「ナンパしに行っておいてムサい男をはべらせてきたのか」

 さぞかし暑苦しい光景だったに違いない。
 ってか今どきのゲーセンに脱衣麻雀なんてないだろ。
 この街にも謎が多い。

「で、オアシス行くのか?」

「もちろん、たまにカニの知り合い割引してくれるあの店長のためにも食いに行かないとな」

 地味にあそこの店長とは仲良くなってしまった。
 普段カニが世話になっていることだし売上には貢献しないとね。
 ということでやってきましたカレー屋オアシス。

「じゃあ可愛いウェイトレスの気まぐれお勧めコースで」

「おいおい坊主、正気か?」

「レオはわかってんね」

 そして出てくるキーマカレー&ラッシー。

「何で俺が頼んだ時は福神漬大盛りなのにレオの時はそんなまともなんだよ!!!」

 相変わらずいい味だ。
 ご褒美にカニは犬でも撫でるようにわしゃわしゃしてやろう。

「髪形が崩れるだろ!」

 むふー、とリラックスした状態で言われても説得力が無い。
 そうか、ここか。ここがいいのか?

「レオ、もういいって……だから…………うがーーーーーーーー!!!!」



 おっと、やりすぎた。










「超辛スペシャルカレー、チャレンジ」

「ぬおおおおお!テンチョー、超辛入りましたーーー!!!ガンガン香辛料入れてやってくれぃ!」

「味を落とさずにこれ以上辛くするのは大変なんデスケドネー」

 あいつは何をしているのか。
 意外な一面、というわけでもなさそうな椰子をみてレオはひっそりと笑う。
 カニとは良いコンビになりそうだ。

「だから何度でもチャレンジ可能は無限コンボくらうからやめようって言ったのに!」

「弱りマシタネー」

「でもアレを食いきる奴自体が少ないから何とかなるんじゃないか?」

「まぁここ人気だしな、一人や二人くらい大丈夫だろ」

 超辛スペシャルカレー。
 時間内に完食すればタダ。何度でもチャレンジ可能という果てしなくどうでもいいメニューである。
 何度も食えるといっても別に量が多いわけでもなく、地獄のように辛いだけ。
 まぁ腹は膨れるかもしれないがそれ以外のメリットは特にない。
 そしてスバルが言うようにこの店は一応人気店だ。
 時間帯のせいか今はあまり人はいないが、休日は立って待つ人が出るくらいに客は来る。

「そういう問題じゃないんだよ!ボクは諦めないぞ!ちょっとくらいデカイ胸してるからって調子ノリやがって!」

「超個人的な妬み。ま、甲殻類程度じゃあの胸には勝てないよ。巨乳は神聖にして不可侵な、男たちのオアシスなのさ」

「ワタシの店の名前をそんな低俗な妄想に使われては困りマース」

 フカヒレは相変わらず一言多い。
 そして店長、あんたはもっと怒っていい。

「うっせーぞ!お前みたいなやつがいるからボクの可憐さが世の中に伝わらないんだ!」

「伝えても定着するかは別問題」

「世の中は無常だねぇ」

「にしてもあいつ凄いな。顔色変えずに食ってやがる」

 そこで下心丸出しの顔をしてフカヒレがカニを呼んだ。

「何さフカヒレ。ボクにそんなけがれた視線向けないでよね」

「誰がお前に欲情するか。ちょっとあの娘にセイロンティーをおごってくれ、あちらのお客様からですくらいカニにも言えるだろ」

「いいよー」

「……なんかたくらんでるぞあいつ」

「いやいや、カニも所詮ただの店員だったってことさ」

 やけに素直なカニを見れば、凄く小悪党っぽい顔をしていた。
 スバルとレオはすでに諦めた感じでカニを見る。

「あちらのお客様からホット・セイロンティーです」

「なっ!!」

「なるほど、そういうことか」

 納得したように頷くスバル。
 激辛カレーに熱いお茶なんかを出された日には敏感になった粘膜が反乱を起こすに違いない。
 自分の名前で嫌がらせをされたことでフカヒレは絶望的な顔をしていた。
 辛口キングはこちらを見て、ほんの少しだけ見を見開いた。
 レオは無言で首を振り、こっそりとフカヒレを指す。
 それを確認したキングは特に反応を示さないままカレーに向き直った。

「ん、グツグツしてカレーによく合う」

「嘘ぉ!」

「いやはや、やるねぇ」

 もうここまで来ると結果はわかりきったものだ。

「シィィィィット!!またやられマシタ―――!!」

「ありがとうございましたー……」

 レオとスバルの教育が効いたらしく、丁寧な接客態度を維持し続けたカニ。後で誉めてやろう。

「あれ?カニ泣いてね?」

「泣いてない、泣いてないもんね!!」

 と、そこに登場した辛口キング。

「セイロンティーごちそうさま」

「あ、おう」

 やはりこいつは体育会系の地味に律義な奴らしい。
 鋭い目つきと刺々しい態度だが、まぁ変に踏み込まなければ気楽に付き合える人種だと見た。
 ちなみにフカヒレはちょっと頬を染めて、なおかつどもっていた。
 先輩のたしなみとして、レオは偶然ポケットに入っていたミントガムを差し出す。

「臭いがきついものばっかり食っただろ、これ持ってけ」

「……どうも」

 とてつもなくウザったそうな顔をしながらガムを受け取って椰子は早足に去る。椰子が早足、なんか韻を踏んでいるような響き。
 人ごみだろうとカレーの匂いは結構目立つものだ。
 某掲示板でも付き合っていて覚めた瞬間ってのに『口からカレーの匂いがした』というものがあったりなかったり。

「ふーん?」

「なんだよ」

 スバルがニヤニヤとレオを見ていた。
 レオとしてはなにも含むところは無いのだが、そういう反応をされると憮然とした声が出てしまう。

「そこで反応するのは何かやましいことがあるからだぜ、坊主」

「へへ、あの子と会話しちゃったぜ」

「ボクの給料があんな女のためにぃ……」

 こいつらは本当に何も考えてないようで助かった。
 にしても辛口キングか。確かに言動も辛口だったけど。
 とレオはしょうもないことを考えてスバルからの意味深な視線をかわすのだった。










「なぁレオ、セイロンティーのお礼も言われちゃったし、ちょっと穿いてるパンティーの色調べるくらいいいよな?」

「それはただの変質者だ」

 フカヒレだけはいつも通りで安心した。








 あとがき

 つよきすとみにきすしかやっていない俺が調べて店長の本名を出してみた。今話にはほとんど出てないけどな!
 作者は2学期とかマジ恋とか執事とかやってないので、そっちのネタは出せません、あしからず。





[20455] 大江山祈との関係
Name: 酒好き27号◆3e94cc3d ID:17f35bae
Date: 2010/12/01 15:22

 ガラガラガラガラ

 彼女の名前は大江山祈。

 レオが彼女と会ったのはとある日の黄昏。

 何にも使用されていない、教室の一角だった。

 と、妙なモノローグから始まったのではあるが、現実はとても微妙なものだった。


 ガタッ!!


 慌てたように身を起こす少年。高校生という微妙な時期をが少年、と表現できるかは置いておこう。
 今にもその少年にのしかかって、ナニをナニと接触させようとしていた美人教師。

 …………。

「……失礼しました」

 レオは礼儀正しく一礼すると、うやうやしく扉を閉めた。
 本当ならばこのまま全力で離脱した上で記憶から消し去るのが正しいのだが、何となく聞き耳なんかを立ててしまう。

「あらあらどうしましょう」

「え?え!?うわー、やっぱりやめておけばよかった!おしまいだ!退学だー!!」

 混乱したような男子生徒の声。
 かわいそうに、この分だと彼は被害者なのだろう。

「まぁ落ち着いてくださいな」

「やっぱりやめておけばよかった!こんな胡散臭い人がそんな美味しい話なんて持ってくるわけがなかったんだー!」

「……うるさいですわよ」

「にょぎゃーーーー!!!」

 バチッと電流が流れたような音。
 その一瞬前に聞こえた低い声は、やけに迫力があった。
 聞かなきゃよかったと軽く後悔。
 これは今からでも速攻で逃亡すべきか。

「対馬さん。そこにいるのはわかっています」

 入っておいでなさいな。

 悪魔の声が響いた。レオの気分的にではあるが。
 慌てず騒がず深呼吸。現状を把握して、まず一言。

「服を着てください」

「既成事実を作ってしまおうかと思いましたのに」

「誤解を受けそうな発言はやめてください」

 ギリギリセーフだった。
 多分不用意に開けていたらグラマラスな裸身に抱きつかれて脅迫され灰色の学生生活が……!

「そんなことしませんわ」

「人の心を読まんで下さい」

 待つこと数分。どうやら服を着たらしいのでレオは恐る恐る教室に足を踏み入れた。
 そこには優雅に椅子でくつろぐ祈と、しっかりと身だしなみを整えられて気絶する生徒が一人。

「……何したんですか?」

「少々記憶を失ってもらっただけですわ」

 にこやかに祈は言った。
 その声はいつもの彼女と寸分たがわず、レオはこんな状況にあることを忘れそうになる。
 現実逃避に近い感情でレオは気絶した男子生徒に黙祷をささげた。

 お互い強く生きようぜ。

「先生もお若いですし、自由恋愛なら何も言うことは無いんですが……」

「自由恋愛ですわよ?万が一ばれても情熱を持って説得すれば橘さんも許してくださいますわ」

 本来ならば教師として首になってもおかしくないのだろうが、あの館長ならば本気で許可を与えそうで怖い。
 ……入学式の件がいい例だ。

「うーん、ここは?」

 やけに呑気な声を上げながら男子生徒が身を起こした。
 さっき見た光景のせいか、軽く身構えるレオ。

「この教室で倒れていたのですよ」

「ええ!?それホントですか」

「占ってみたところ健康に異常はありませんので、悪しきものがついているこの教室には近づかないことをお勧めしますわ」

「わ、わかりました。ありがとうございます」

 どうやら本当に記憶を失っているらしい。祈先生何したんだ。
 驚いたようにこちらを見た生徒に軽くうなづきを返しておくレオは空気の読める男であった。
 いや、決して祈からのオーラが怖かったからではなく。
 にしてもこの科学の時代でもオカルトって信じられてるよなぁ。

「あなたは霊的なものに耐性が無いようですわね。これを持って行きなさいな」

「いいんですか?ありがとうございます!!」

 祈の占いは校内でもかなり有名だ。
 運命を読むとまで言われるその腕前は彼女のミステリアスさをプラスして、より一層男子生徒からの人気を高めている。
 嗚呼かわいそうに。幻想を抱く彼らがこの本性を知らないことを祈る。
 祈先生だけに。
 ついでに渡されたのは何の変哲もないビー玉だった。

「構いませんわ。そういえばあなたの部活の方が探していましたよ?」

「もうこんな時間!失礼します」

 慈愛に満ちた声に促され、男子生徒が慌てたように出て行った。
 かすかに頬を染めていたのは、覗きこむようにして見られ強調された祈の胸のせいだろう。
 女は怖い。レオは心底そう思った。

「もしかして、生徒が近づかないようにこの教室の悪い噂を流してるのって祈先生ですか」

「そんなことはありませんわー」

「…………」

「…………」

 見事な棒読みである。
 え、マジ?適当に言ったことがどうやら正解だったらしくレオは乾いた笑いしか浮かべられない。
 とするとこの教室もゴニョゴニョするための部屋だったりするのだろうか。
 レオは悩んだあげく、根本的な解決を選択した。

「祈先生、俺の記憶も消せますか」

 そう、逃避である。
 チキンと笑うがいい。どうやってもこの人に勝てるイメージが浮かばない。
 いや、勝負する気もないんだけど。

「代償が必要ですわよ?」

「ちなみになんです」

「相手の体液ですわ」

 目がマジだった。
 っていうかなんだ体液って。それあれじゃね?呪い的なものじゃね?
 レオは戦慄しながら冷静にポケットからシャーペンを取りだすと、慎重に親指を刺した。
 ほんの少しではあるが流出する血液。

「……これでいいですか」

「いけずですわね」

 妖艶な流し目と共に祈が血液を呪符らしきものに付着させた。
 何故か胸の谷間から出てきた紙切れで本当に記憶を消すことが可能なのだろうか。
 レオは可能な限り無表情で祈の迫力のある胸を意識から除外した。

「って何してんですか!」

「ちふぉうでふわ」

 パクりと指をくわえられた。
 慌てて後退しようとしたものの、がっちりと抱きしめられて動きを封じられる。
 男子生徒の間で一度顔をうずめてみたいおっぱいNo.1がレオの腕を挟みこんでいる。
 何だこれ何がどうなってああでも指を舐められてるだけなのに気持ちいいってこの思考回路は危ない!

 ぐいっ

「あら、こういうのはお嫌いですか?」

 レオが最後の力を振り絞って引き離すと、祈は余裕のある笑みで離れた。
 ちゅぽん、と音を立てて引き抜かれた指から銀色の糸がかかって消える。

「いや、あの、ホント誰にも言わないし容赦なく記憶をいじってもらって構わないんで勘弁してください」

「ふふっ、真っ赤になって可愛いですわね」

 しどろもどろになってもなんとか拒否すれば、すっごく色っぽい目を向けられてレオビビる。
 ここは全力で逃げるべきか。

「対馬さんをからかうのはこれくらいにしておきましょう」

「いや、9割本気だったでしょう」

「……何か?」

「何でもありませんマム!」

 ビシッ!と見事な敬礼。
 下手なことを言うと食われる!レオはいたって本気だった。

「私はお母さんと言われるほどの年齢ではありませんわよ」

「予想以上にめんどくさいよこの人!」

 今までのやり取りで一番怖い目をしてるってどういうことだ。
 流石に脱線し過ぎたと思ったのか、祈が軽く咳払いをしてレオに自分の前に立つよう言った。
 また何かされるんじゃないだろうか。

「わがおもいえがくきおくをこのものからけしさりたまえー」

 凄く……わざとらしいです。
 効果を疑う呪文の後、まばゆいばかりの閃光がレオの意識を覆い尽くした。
 数秒の静寂が満ち、レオはゆっくりと口を開いた。

「……祈先生」

「どうしました対馬さん?」

「生徒誘惑するのって趣味ですか」

「そうですわー」

「ちなみに基準は?」

「童貞」

「ど、童貞?」

「あとは可愛らしい生徒、ですわ」

 いやいや、その基準で言ったらどう考えても可愛らしいの方が先に来るべきだと思うのだが。
 だがこの先生ならば童貞か否かを見分けることができてもおかしくは無い。

「私は童貞や処女を見分ける能力があります」

 もうどうにでもなーれ。
 処女も守備範囲内とは恐れ入った。今度から霧夜エリカ2号と呼ぼう。

「私はノーマルですわー」

「それは安心です」

 レオは心にもない返事を返す。
 大人になるということは、状況にあった嘘をどれだけうまくつけるようになるかということだ!
 俺は、汚れてしまった……。
 素敵な絶望感に酔いしれながら、レオは冷静に深呼吸をして祈をまっすぐに見つめた。

「で、何で効いてないんですか」

「血液だと弱すぎたのですわ。やっぱり一番よろしいのはせい……」

「勘弁してください」

 どうやらレオにこの教師から逃れる術はないらしかった。
 何とか矛先を変えようと、彼はちょっと真剣な声を出した。

「どうして、こんなことを?」

 雰囲気の変わってレオにも祈は全くと言っていいほど余裕の表情を崩さなかった。

「あらあら、対馬さんは私を口説いてるんですの?」

「そうかもしれませんよ?」

「私にだって人肌恋しいときというものがありましてよ?」

「……わかりました。そういうことにしておきましょう」

 そういうところが可愛らしくて、可愛くないですわ。
 その独り言のような声にあえて何も言わず、レオは踵を返した。
 彼に見えている地雷をわざわざ踏む趣味は無い。
 その背に背後から低い声が投げかけられた。

「対馬さん、このことは他言無用ですわよ」

「もちろん。呪いなんかかけられたら困りますしね。オカルト関係はお腹いっぱいですんで」

 オカルト、という単語のせいか無意識のうちにレオの口もとに獰猛な笑みが浮かんだ。
 もちろん祈に背を向けているため彼女には見えなかったが。

「では、気をつけてお帰りなさいな」

 ずいぶん含みのある声だったが気にしないでおこう。
 この人をまともに相手していたら心臓がいくらあっても足りないに違いない。

 でも、まぁ。




「男子高校生の夢だよなぁ、エロい美人教師」



 夕暮れに染まり人の少ない校舎で、レオは様々な感情が入り混じった声を出したのだった。










「で、なんか出た?」

 罰ゲームから戻ってきた教室には暇人帰宅部のフカヒレとカニ。
 移動がだるいだけでまぁ何もなかっただろう、というオーラを出したフカヒレがやる気無さげに聞いてきた。

「美人だけど得体の知れないのが出た」

「何ぃ!?なぁなぁ、幽霊って魂なんだから服とかきてないよな」

「ボン、キュ、ボン」

「死んじまって凍えた心、このシャーク新一が優しく温めに参ります!」

 とりあえずフカヒレをけしかけることにした。
 嘘は言っていないのでセーフ。
 もうとっくに祈先生も帰っただろう。と思いながらメインターゲットであるカニを見る。
 おー、凄い勢いで震えてる。
 フカヒレにレオがついていけば、既に誰もいなくなった2-Cの教室にはカニ一人になる。
 これで嫌でもカニは噂の空き教室に行かざるを得ない。
 レオは人知れず小悪党の笑みを浮かべた。





 で、所変わって先ほどの教室。
 窓が開いているのは先ほどの生々しいにおいを消す為だろうか。

「こ、こんなの別に怖くないもんね!!」

「出ておいで~、ちょっと一緒にコウノトリさんを呼ぶだけだから」

 カニ、そんなしがみついた状態でその台詞は説得力が無い。
 それとフカヒレ、それは婉曲に言ってるつもりだろうが聞く人によってはド変態にしか聞こえない。
 スキップでもしそうなほどテンションが変なオーラを振りまいている。
 かすかに何かつぶやいてるのが聞こえる「幽霊もいいよな」ぶっ殺すぞテメェ。
 はっ、フカヒレは関係の無い話だった。自重自重。

「……レオー」

「ん?どうした?」

 レオの背中に隠れるようにしていたカニが珍しく遠慮がちにレオの袖を引っ張った。

「別に何もいなくない?」

「実はその通り」

 カニの怖がりは元からだが、レオに憑いていた幽霊の経験からか何となく安心できるところはわかるらしい。
 馬鹿だからそれも怪しいものだが、まぁひっついてくる暑苦しさは軽減されるのでいい。
 と、そこでやはりカニが爆発した。

「てめぇボクを怖がらせてそんなに楽しいか!あんまりふざけたこと言ってるとお前の部屋の漫画本全部売り払ってやるからな!!」

「怖くないんじゃなかったのか」

「それは言葉の鞘ってやつだよ!ボクが幽霊なんか怖がるもんか!」

 数秒前の発言をきっぱりと忘れたような物言いはいっそ清々しい。
 それと鞘じゃなくて言葉の綾な。
 ポケットからハンカチを取り出すと、レオは涙目のカニの目元をぬぐってやる。

「まったく、泣くほど怖いなら教室で待ってればよかったのに」

「泣いてない、泣いてないもんね!」

 このレオの発言は幼馴染を思いやった言葉に聞こえるだろうが、カニの逃げ道をふさいでここまで連れてきたのはこの男である。
 そこに何も見つけられなかったフカヒレが戻ってきた。

「どうやら俺のあまりのカッコよさに気後れしてるようだな」

「フカヒレのあまりの駄目人間オーラに恐れをなしたと見た」

 カニみたいなお子様に俺の魅力は……と馬鹿二人の醜い争いが始まったところで、レオは教室の片隅にペンダントを発見した。

「これは……」

 確か祈先生のものだったはず。
 身につけているわけではないが、何かの時に持っているのを見た。

「明日辺りに届けるか」

 また何かのフラグを立てた気がする。
 そんな予感を振り払いつつ、レオはそのペンダントを制服のポケットに入れるのだった。
















「ではみなさん授業はここで終わりです。昨日出した課題を提出してくださいな」

 翌日の英語の授業。
 何かされるのではないかと朝から警戒していたレオは、普通に終わった授業に拍子抜けしていた。
 だが、それでも残る嫌な予感。

「なぁフカヒレ。課題なんてあったか」

「おう、昨日やったところの復習。要点をほぼ写すだけだから楽だってぜ。祈ちゃん優しいな」

「馬鹿なっ……!」

 必死に思い出そうと頑張ってみるものの、レオの脳内に昨日課題が出たという記憶は存在しなかった。

「今回の簡単な課題すらやってこなかった方にはもれなく補習をプレゼントいたしますわー」

「逃げたら吾輩のくちばしが貴様らのその空っぽの頭にサクサクとささるぞ」

 茫然としたレオの耳に絶望的な言葉が響く。
 その声に惹かれるように目線をそちらへと向ければ、笑顔の祈。


───祈先生、俺の記憶も消せますか。


 は、はめられた……。




 ポケットの中のペンダントを返して、補習をお手柔らかにしてもらうことを頼むくらいしかレオにできそうなことは無かったのだった。










[20455] 近衛素奈緒との関係
Name: 酒好き27号◆3e94cc3d ID:17f35bae
Date: 2010/12/01 15:30


「対馬、アンタシャツ出てるわよ」

「おお本当だ」

 珍しくカニが早起きだったので、かなり時間に余裕のある朝。
 教室前から少し離れた廊下でぼんやりと外を眺めていると、見覚えのあるツインテールが視界の端で揺れた。

「それにネクタイも曲がってる。シャキッとしなさいシャキッと」

 ぼんやりとしていたせいか動きが遅いレオの代わりに手早く服装を整えていく素奈緒はさながら新妻……ゲフンゲフン、母親か何かのようであった。

「スバルに何度も言った言葉を贈ろう。お前は俺のお母さんか」

「アンタたちはどういう関係なのよ……」

 呆れたような視線は、レオにとって慣れたものである。
 いや、こういう顔をされるからスバルにも家事はほどほどでいいと言っているのだが聞きやしない。
 スバルのあれは何だろう。愛か、愛なのか。

「にしてもアンタにしては珍しいわね、何かあったの?」

「寝不足なんだよ」

「勉強?……なわけないか」

「なんだそのどーせこいつは、みたいな目は」

 レオは寝起きは良い方だ。
 寝不足だろうが一人暮らしの習慣として定時に目が覚める。
 その大部分は朝食を食い逃したくはないという健全な高校生らしい食い意地が占めているのだが。
 もちろんそのツケは授業中だったり今のような休み時間に回ってくる。

「後から塾に入ってきたくせにあっさり成績抜かれたアタシの気持ちにもなってみなさいよ」

「だからさー、それ逆恨みにも程があると思うんだよ」

 忌々しい幽霊のせいで満足に勉強ができなかった小学校と中学時代初期。
 目の前にいる近衛素奈緒とは両親が心配して塾に入れてくれた時からの付き合いだ。
 この話の笑えるところは、塾に入る直前に例の事件があって幽霊がいなくなったという点である。
 このままではよくないと思っていたレオは猛勉強。なんと次のテストで最下層から10番台にまで上り詰めるというミラクルを成し遂げたのだった。

「まぁ過ぎたことはいいか。で、何があったの?」

「振ってきたのそっち……ああわかったわかった、無言で蹴るなパンツ見えるぞ」

 その時の恨みのせいか、どうもこいつは遠慮が無くなった気がする。
 腰の入った蹴りを繰り出してくる素奈緒を牽制しながらずれまくった話題の軌道修正を図る。

「まぁ昨日は新作のパーティゲームで超エキサイティン!だったわけよ」

「何年も前のおもちゃみたいに言うな。またいつもの4人組?」

「そうそう」

 カニが運よく止まり、執拗に繰り出してくるテ○サのせいでレオの星が強奪されてしまった。
 ○ッパマスで全員道連れにしてやったがな!

「アンタたちも仲良いわよね。ちょっと良すぎない?」

「もう仲が良いとか悪いとかいう次元じゃないな。家族みたいなもん?」

 フカヒレは姉にトラウマがあり、スバルは父親が父親という役割を放棄した。
 カニは両親からまったく期待されておらず、レオの両親は彼を置いて海外に赴任した。

 どこか歪な相互依存関係。

 究極の選択として幼馴染か家族を選べといわれたら、全員が全員幼馴染を選ぶのではないか。
 流石にそれは言い過ぎだと思うが、レオは彼らを家族のようなものと思っている。
 絶対に奴らの前では言わないけれど!男の子はシャイで恥ずかしがり屋なのだ。

「そういうのちょっとうらやましいかも」

 そんな気持ちを知ってか知らずか素奈緒が優しい笑みを浮かべた。
 カニやフカヒレを知っているにもかかわらずその発言。こいつは予想以上にアレな人間だったのだろうか。
 レオはまるで道端で異星人に遭遇したような顔をした。

「やめとけやめとけ。プライバシーなんてないようなもんだぜ?あいつら人間腐ってるし」

「そういう意味じゃないんだけど……ま、それで朝方までやってたとか?」

 ならどういう意味なのだろうか。
 ここでそれに突っ込むのは空気が読めない男である。

「いんや、一応2時過ぎたらやめたんだけどな」

「一応ってことは何かあった?」

「フカヒレの野郎が『午前2時といえば丑三つ時』とか言い出してよ。カニが怖がっちまって」

「……それで?」

 少しだけ素奈緒の声が低くなった。
 何か地雷を踏んだのだろうか。まったく心当たりのないレオは内心首をかしげた。

「とりあえず余計なことを言ったフカヒレを追い出してからスバルとカニをなだめてたんだけど、結局帰らないってんで3人で寝た」

「アンタ……前々から怪しいと思ってたけど」

 戦慄したような声。
 その声が意味する不安にレオはげんなりとした。いろんな野郎どもから言われてきたことだ。

「失敬な。甲殻類に欲情するほど人間やめてな……」

「やっぱり伊達とそういう関係だったのね!」

「誰がだ!!!」

 ねぇよ!とレオは力いっぱい叫んだ。
 野郎どもじゃなく、腐った女子どもに言われてきたことだった!
 それなりに付き合いが長い素奈緒からもそう思われてたことに少々、いや、かなりブルーが入ったレオである。

「なんで蟹沢は帰そうと説得するのに伊達はナチュラルに泊めてるのよ!おかしいじゃない!!」

 お前は同性の幼馴染を家に泊める程度で性的な関係を疑うのか。
 もしそうだとしたら間違った方向に耳年増だと思う。

「だって皆言ってるじゃない!『伊達と対馬は怪しい関係で家も近いから爛れた生活を送ってる』って!!」

 誰だ『皆』って。俺とスバルのあやしい仲は既に全校生徒レベルなのか。

「よし、それ言った奴を教えろ。片っ端から女だろうと泣くまで殴る」

「しかもSMプレイ!?アンタがそんなやつだったなんて……!」

「人の話を聞け後ずさるな涙目になるな」

 前々から思っていたのだがこいつは思いこんだら一直線なところがある。
 もちろんあまりよくない方向に。
 斜め45度の角度でチョップ入れたら直るだろうか。そんなことをレオが思っていると、素奈緒はガバりと顔を上げ意気揚々と宣言した。

「わかった。アタシが対馬をまっとうな道に戻してあげるわ!!」

「何その無駄な使命感」

「男なら女を好きになりなさい!生物学的にもそれが正常、これ正論でしょ!」

「いや、その論理はおかしい」

 レオは違うが同性愛だって一応の権利は認められるはずだし、動物なんかにもあったはず。
 それに異性を一度も好きにならずに人生を終える人だっているはずだろう。
 レオは違うが。大事なことなので(ry

「あくまでも自分を曲げない気ね!ああもうトサカ来た!!」

「その怒りはもっと有意義な場面で向けるものだと思うな」

「アンタに言っても無駄なら伊達を問い詰めて来るまでよ!」

「あ、おーい……行っちまったか」

 素奈緒は全力疾走で廊下を駆け抜けて行った。多分世界を狙える。
 ああなった素奈緒に対してレオができることは数少ない。
 とりあえず朝早いせいか少ない周囲の生徒数にほっと一安心。
 それでも突き刺さる好奇の視線にレオはうんざりとしたため息をついたのだった。






 で、数分後。






「対馬ーーー!!!○×△が※$@で☆◆Θなことをしたってどういうことよー!!」

「ぐほぉ!!」

 真っ赤になって涙目で平手を振り上げる乙女?そんなもんはいない!!
 踏み込んだ力と体重を十分に乗せた右ストレートがレオの胸に突き刺さった。

「ハート、ブレイク……」

「それはアタシの台詞よ!不潔よ汚れてるわもう信じられない!どんなこと言われてもアタシだけはアンタを信じてようと思ったのに!」

 何も言わせてもらえず問答無用で殴り倒され崩れ落ちたレオに、周囲から同情の目線が突き刺さった。
 そしてその数倍の興奮したような視線が……ってなんで女ばっかり多いんだ!
 実際レオにたいしたダメージは無い。
 倒れたレオに馬乗りになって首をガックンガックン揺らしているのは、あくまでもちょっと正義感が強い普通の女子高校生なのである。
 それに、長い付き合いであることだしこの程度の蛮行だったらば許容範囲内である。

「………なこととか……なことまでなんて!」

 まだ許容範囲内……

「朝は……から始まるとか!」

 許容……

「それに学校でも!」


「ちぇい」

「うなあ!!」

 あまりの内容に思わず手を出してしまったレオ。若干後悔。
 同時に腹の奥底からわき上がる得体の知れない感情があった。

「そうか、これが殺意か……」

 ニィ……と唇がつり上がり、ワクワク顔で聞き耳を立てていた女子生徒達(一部男子生徒含む)が慌てて自らの教室に逃げ込んだ。
 こいつに悪意はない。こいつに悪意はない。
 そんな台詞を念仏のように唱えながら、とりあえずレオは素奈緒を保健室へと運ぶのだった。

「あれ?私……」

「起きたか」

「え?え?」

「興奮し過ぎて倒れたんだよ。まったく世話の焼ける」

 素奈緒が目を覚ましたのはレオに抱きあげられた状態で保健室に到着した時だった。

「う、うるさいわね!さっさと降ろせ!!」

「こら暴れるな!まったく人の厚意を無にしやがって」

 どうやら前後の記憶が軽く飛んでいるらしい。
 暴れ出したのでレオは軽くベッドの上へ放り投げた。

「そうだ、アンタ伊達と……!」

「黙れ」

「はうっ!」

 ガッチリと頭をわしづかみにされ、素奈緒は顔をひきつらせた。
 さらにギリギリと力がかかってくるそれにも抵抗一つできない。
 素奈緒の頭をつかんでいる手を片手から両手に変更すると、レオは能面のような無表情で彼女を真正面から見つめた。
 一言一言、楔を打ち込むかのようにハッキリとした発音で言う。

「俺と、スバルは、そんな関係じゃない。わかったか?」

 顔を赤くしてから青くするという血圧が心配な変化をしながら、小刻みに首を縦に振る素奈緒に満足してレオは彼女を開放した、
 実際はまだ言い足りないのだが予想以上に時間を食ってしまった。
 レオは『別の用事』を片付けるために早足に保健室を後にする。

「そろそろHRが始まるから俺は先に行くぞ。大事を取ってしばらく寝てろ」

「あ、うん。ありがと」

 ちょっと力加減ができなかったので一応心配しておく。
 珍しく素直な返事に満足すると今度こそ教室に向かおう。

「対馬!」

「まだ何かあんのか?」

「おはよう」

「ああ」

 相変わらず真面目な奴だ。っていうかあった瞬間に言うものじゃないだろうか。
 そんなことを思いながら適当に返せば、彼女は不満そうなふくれっ面をしていた。

「挨拶はしっかりと返す。これ正論でしょ」

 それは正しい。
 もし館長にもこんな返しをしていたら多分凄いことになる。

「おはよう。近衛」

「よし」

 挨拶の基本は相手の目を見て。
 意識して何でもないように放たれたその挨拶に、素奈緒は華やかな笑みを浮かべたのだった。












「スゥゥゥゥバァァァァルゥゥゥゥ」

 いくらスバルでもやっていいことと悪いことがある。
 フシュルルルルルと謎の呼吸音を出しながら扉を吹き飛ばしてレオ参上。
 クラスはだいたいの人数が集まっているようだ。

「待て、坊主お前目がヤベェぞ!!」

「よくも無いこと無いこと言ってくれたなぁ、耳から手突っ込んで奥歯ガタガタいわせんぞ」

 柄に無く焦った表情を見せるスバル。
 だが許さぬ。廊下を歩いただけで頬を赤く染めた女子生徒やニヤニヤこっちを見る男子生徒からこそこそと陰口をたたかれる気分を貴様はわかるまい!

「いや、まぁ、それがな。最初に悪乗りしたのは確かに俺なんだけどよ」

 スバルが口ごもる。
 困ったような視線の先には鮮やかな金髪があった。
 なるほど、そういうことか。

「なぁに?対馬君」

 表面上は全くもって普通の姫。だがレオはそこに隠しきれない邪悪を見た。
 無言で踵を返し、フカヒレの席へ。

「だからー、そこはあえて『別にいい』を選ぶんだって。あのヒロインちょっとヤンデレっぽいじゃん?そうするとCGが回収できるわけよ」

「さすがフカヒレだべ」

「フカヒレ。携帯貸せ」

 相変わらずギャルゲの話をしている男を捕捉。

「俺のアドレス帳の女の子紹介してほしいのか?仕方がねぇなぁ。あ、がっつく男はモテないんだぜ」

「さっさと、貸せ」

「はい、わかりました」

「あいつ超情けねぇ!」

 血走った眼で睨みつけるとフカヒレは快く携帯電話を貸してくれた。
 カニが何か言っていたことも、フカヒレが小刻みに震えていたことも今のレオにはわからない。
 姫の死角で手早く作業を終わらせた。
 笑顔で振り向き、ボタンをぽちっとな。

『ねこね』ぐしゃっ!

「お、俺の携帯があああああああ!!!!!!!」

「ちょっとエリー、だめだよぅ!」

 その音声が流れだした瞬間に破壊される携帯。
 まさかレオが躊躇なく最終手段を行使して来るとは思ってなかったのか、若干焦ったような表情をした姫が追撃をかけてくる。
 定規の刺さった携帯電話を投げ捨てると、レオはすばしっこく後退しながら若干壊れた笑いを上げた。

「くっくっく、霧夜ぁ、コピーはあといくつあってどこに隠してあると思う?」

 完全に反転したレオに教室の空気が凍る。
 レオがこれほど感情をあらわにするのは高校になってからは初めてだった。
 やっちまったー、とばかりに幼馴染たちが騒ぐ。

「おぅジーザス!レオがダークサイドに堕ちた!」

「これはだめかもわからんね」

「いや、諦めるのは早い。ここに女物の下着がある」

「おいおい何する気だよ。っつーか何でそんなもん持ってんだ?」

 携帯を壊されたというのに元気なフカヒレが相変わらずの発言をして女子生徒からゴミを見るような目で見られていた。
 そんなことを全く意に介さず、レオは物語の中盤に出てきて人質を取る悪役のような高笑いを上げる。

「音声ファイルだけなら放送室にも隠してあるんだがなぁ!!!」

「くっ、ぬかったわ。まさか対馬クンがここまではっちゃけるなんて」

 苦虫をかみつぶしたような表情をした姫の顔を一通り楽しんでいると一羽の鳥がやってきた。

「祈は遅刻している。吾輩だけ先に飛んできた」

「遅刻多いぞ祈センセー」

「まぁ待て待て、吾輩はギャーギャー騒ぐガキが嫌いだ。ってなぁんだこれは?」

「カニも律義だな。途中まで完全にデフォルトの会話だったぜ」

「まぁ今回カニの出番はこれくらいしかないからな」

 完全に傍観者に回ったスバルとフカヒレが呑気な会話をしている。
 この戦いを止めることができる唯一の存在の遅刻に、クラスメイトが絶望的な顔になった。
 いや、凄く楽しそうな顔になった。
 そんな空気から切り離されたように向かいあう男女一組。
 レオは悪人の笑みを浮かべ、エリカは真剣な目で額に一筋の汗を浮かべていた。

「だよなあ、俺の方が入口に近い。逃げ切ったら、いや、少しでもお前の手の届かない場所に行けば俺の勝ちだ」

「……わかったわ、今回は私の負け」

 おおおおお、と教室が沸いた。
 レオの本気オーラを見てとった姫が白旗を上げる。
 唯我独尊、究極の負けず嫌いが人の形を取ったような姫の敗北宣言に、教室中からレオに対して尊敬の目線が向けられた。

 だが。

「何を勘違いしてやがる。俺の攻撃はまだ終わってないぜ?」

「ひょ?」

 フカヒレが間抜けな声をもらす。いや、お約束的に。
 教室がざわめく。おい、まさかこれって……。

「お前が俺の平穏を破壊するなら、俺はお前の癒し空間を破壊させてもらおう!」

「…………っ!」

 流石霧夜エリカ。この一言で俺の狙いを察したらしい。
 あの場所で猫と触れ合っていたということは家でペットが飼えない環境であるということ。
 さらにあれほど無防備だったということはあの場所は知り合いと会う可能性がほとんどないということ。
 そして最後。この周辺にあの場所以外動物と触れ合えるような施設は無い。

「わざわざ遠くまで行くのは面倒だよな?」

 男同士の怪しい関係があんなに派手に騒がれてしまったならば常に妙な視線は付きまとうことだろう。スバルなんかは有名人だし。
 もう平穏は遠くへ。ならば貴様も道連れよ!

「さぁ、霧夜エリカファンクラブの諸君朗報だ!!」

「電車が込んでいましたので遅れましたわー」

「チャンス!」

 それは複数の思惑と偶然が奇跡的に混在した瞬間だった。
 レオはエリカの癒しスポットの暴露をたくらみ、祈は偶然レオの近くの入り口から登場。
 そしてエリカは祈が出入り口をふさいだ瞬間に一気に攻撃を仕掛けた!

「だがその程度お見通しよ!」

 ひと一人くらい吹き飛ばせそうな見事な飛び蹴りがレオに迫る。
 だが最初から逃げようという気などなかったレオは、一瞬の油断もなく姫を補足していた。

「竜鳴館7不思議の一つ!」

 その声にフカヒレが動く。
 そう、竜鳴館7不思議の一つとは『誰も中身を見たことが無い姫のスカート』である。
 目を皿のようにして姫を見つめるフカヒレに数名から蹴りと拳が飛んだ。

 風切り音、一歩の移動、すれ違うような両者。

 だがどちらの顔にも不敵な笑みが浮かんでおり、一歩も譲らない気構えが見て取れる。
 振り抜かれるレオの右手と、鮮やかに着地した姫。

「赤か……」

 思わずつぶやいたレオの言葉はどうやら誰にも聞こえなかったらしい。
 だが、シンとした教室に違和感を覚えた。

「まさか霧夜……!」

「私が角度も考えずに飛び蹴りなんてするはずが無いでしょう?」

 姫の身体能力ならばめくられた瞬間、空中でスカートを押さえるくらいは楽勝である。
 その一瞬だけレオの体が盾になっていればいい。
 レオがすれ違うようにかわした以上、めくれる側はレオの方向。あらかじめ逆方向を押さえておけば下着が見えるのはレオがいる方向だけ。
 めくられた瞬間だけ隠すことができるならばそれはレオ以外に見られないことになる。

 かすかに染まった頬はもしかしたら恥ずかしがっているのだろうか。

 いや、そんな女ではない以上真剣勝負の高揚だろう。
 静寂の後、爆発するような盛り上がりを見せる教室。
 それすら気にならずにお互い次の手を考えていた二人は、おっとりとした声でその思考を強制的に中断させられた。

「みなさん、HRの時間ですわよ?」

 一気に冷却される室内。
 全員が慌てて席に着く中、退けぬ争いをしている二人だけが動けなかった。

「霧夜さん、対馬さん、一刻も早く席につかないと島流しですわよ」

 笑顔の祈から恐ろしい発言が飛び出す。

「対馬クン」

「なんだ」

「噂の収束には私が手を貸しましょう」

 まるでネゴシエーターのごとく姫が口を開いた。
 どこか慎重さがにじむその発言にレオは少々溜飲を下げつつ、ふざけたように言った。

「人の口に立てられないものなーんだ」

「法隆寺とか?」

「カニち、それは人の口に戸は立てられないネ。噂話は簡単には止められないという意味ヨ」

「なんや、虫歯菌がなんかつくっとるんかと」

 背後でアホな会話が聞こえるが無視無視。
 今はかなりシリアスなシーンなのである。

「私が直々に乗り出すのよ。9割5分までの鎮圧は保証しましょう」

「ハッ、自分で火をつけて自分で火消しか?そんなもんでごまかされるものかよ」

 霧夜エリカならば言葉通りに、いや、言葉以上の成果を残してくれるだろう。
 だが今回はレオも結構腹を立てている。
 俺の、俺の愛しき平穏を返せ!

「……3日分食事をおごりましょう」

「まぁいい。俺の平穏が一応守られるならその程度で済ませてやる」

 と、意地を張りたいところだったがそろそろ祈先生の視線が怖い。
 なんか模様が描いてある紙とか取り出してきたし。あれ呪符じゃね?

「あと例の動画のアレ、もう一度行くから見張りよろしく」

 一度見られたということはもういいのだろうか。
 どうやら猫を愛でに行くのに付き合えということらしい。
 まぁ飯のついでならば同行するのもやぶさかではない。

「飯はいいとこ連れて行ってくれよ」

「よし、契約成立」

 まぁ落とし所はこんなものだろう。
 このクラス内ではけっこうレオもはっちゃけてきているので、あとからしっかりと『お話し』すればこれが外に漏れることもないだろうし。

 朝から使ってしまった余計な体力を回復させる為、レオは机に戻って脱力するのだった。

















「なぁなぁ、あれってデートの約束ちゃうん?」

「そんなんだからマナは空気が読めないて言われるネ」

「がーん!」










[20455] 佐藤良美との関係【前編】
Name: 酒好き27号◆3e94cc3d ID:17f35bae
Date: 2011/08/12 12:42

「ぐもにー」

「あ、おはよう対馬君」

 今日の通学路で佐藤さんと遭遇。
 そのあまりの癒しオーラにレオは意味もなく今日一日が良い日になるような気すらしてきた。

「カニっちはどうしたの?」

「起きる気が無いようだったから置いてきた。たまにはいい薬だ」

「ということは対馬君が起こしてるんだ」

 その意外そうな目に少しばかりレオは話題の選択ミスを犯したかもしれないと思う。
 女の子の家に上がり込んで無防備に寝ているところを起こすなど妙な噂が立っては困る。
 と思ったがどう考えてもカニはカニなので心配はなさそうだった。

「あの家もどうかと思うんだけどな。一応娘なんだからこっちに丸投げしないでほしい」

「それでも毎日起こしに行く対馬君はやっぱり優しいね」

「やめてくれぃ。俺はクールでニヒルかつ教室の隅で寝てる不良のイメージが欲しいんだよ」

「あはは、似合わないね」

 いたって普通に、何の迷いもなく率直に繰り出されたその台詞にレオはダメージを受ける。
 素で言われたところがさらにダメージ倍加。
 流石問題児クラスと名高い1-C所属。一番の常識人に見える佐藤さんですら隠れた面が存在するのだった。

「気づいた。佐藤さん結構厳しい」

「あ、いや、その、そういうつもりで言ったんじゃなくて」

 あわあわと動揺をあらわにする良美にレオは満足。
 これはエリカのことを笑えないのではないだろうか。

「ほほぅ、ならばどういうつもりで言ったんだい?」

「えぇと、ほら、対馬君ってなんだかんだで鮫氷君とかカニっちの面倒見てるし」

「奴らは放置しておくと人様に害を与えるのでしっかり手綱を締めておかねばならぬのです」

 ただしスバルは除く。
 ここで見れば一番の要注意人物、行動力のある馬鹿がカニで、身内の恥という意味でフカヒレ、夜のバイトとかで一番リスキーなのがスバルである。

「そういえば伊達君は?いつも別々に教室に到着するみたいだけど、確か家が近所って言ってたよね?」

「ああ、スバルは普通に陸上部の朝練だね。まぁない日もあるけど、あいつ自分で朝走ってるんだよ」

「それはすごいね」

 あの男はああ見えてマメかつアクティブである。
 レオの栄養管理からカニの世話まで行い、陸上部でいい成績を出し続けるそのセンスには脱帽だ。
 レオとしてもスバルにはあまり負担をかけないようにしているのだが、あまり気にし過ぎると逆にスバルに怒られる。
 そのあまりの働きぶりに一度「お前ってマゾだったりしないか?」と聞いたところ「相手が前だったらどっちでもイケるぜ」と返されたときはドン引きだった。

 あとカニが珍しくスバルにマジ蹴りを入れてた。

「そうそう、スバルだけじゃなくフカヒレは暇さえあればギター弾いてるし、カニだって将来ゲーム作りたいとかいってPC自作とかしてるんだぜ」

 あいつらもダメ人間であることは疑いようが無いのではあるが、どんな人間にも一つくらい長所と言うものは存在するのである。

「…………」

「なにさ、その生温かい目線は」

「対馬君ってあの三人のことすっごく大好きなんだね」

 形容しがたい目をしている良美にレオが問えば、綺麗な笑みで鳥肌の立つことを言われた。

「やめてください。訴えますよ。そして勝ちますよ」

「やっぱり優しいよ、対馬君は。……それとちょっと可愛いかも」

「がっ……!」

「ど、どうしたの対馬君!?」

「いや、男の子が言われたくない言葉の上位ランカーでブロークンハート」

 いい年した男が『可愛い』などと言われること自体軟弱さの証明である。いや、言ってみただけだけど。
 2度目のダメージは後を引く。
 朝のさわやかな気分がこっぱみじんに砕け散り意気消沈。
 まさか我らが癒し系にこれほどまでも攻撃力があったとは。
 どうも俺と天然キャラは相性が良くないのかもしれない。とレオは要注意人物に佐藤良美の名を追加しておくことにした。

「なんか対馬君から不穏な気配がする……」

「よし、そこまで言われたら黙っちゃいられない。確か佐藤さん一人暮らしだっけ?」

「うん、そうだけど……」

「なら我が家のディナーと駄目人間の集会にご招待しよう。奴らの駄目っぷりと俺の厳しさが分かってもらえるはずだ」

「ええ!?えっと、その」

 あまりの急展開に目を白黒させる良美を無視してレオは有無を言わせずに続けた。
 急下降していたテンションは急上昇を見せ、なんか楽しくなってきたレオであった。

「日付は追って連絡するので沙汰を待つように」

「ご、ごめん、そんな気にするとは思わなくて……」

「いや、いい。もともと俺の墓穴が原因だ」



「カリメーラ!対馬クン、よっぴー」



 と、そこに我らが姫到着である。
 ちなみにその名前が最近定着して来たらしく、クラスのほとんどは姫と呼ぶのだがレオは頑なに『霧夜』場面によっては『霧夜さん』と呼び続けている。
 そしてエリカの気配を察知した瞬間彼の体は臨戦態勢に入っていた。

「あ、おはようエリー」

「ぐもにー」

「それ最近ハマってるの?気の抜けるような挨拶ね」

 キュッとブレーキを握りしめ、レオの隣に並んだエリカは面白そうな顔をしてレオと良美を見た。
 レオの脳内アラートがイエローからレッドへ。
 こういう顔をした時のエリカに関わると十中八九ろくなことが無い。

「何故自転車を降りる」

「たまにはよっぴーと登校するのもいいなと思って」

「ならなぜ俺の隣に陣取る」

「いいじゃない、別に」

「…………」

「…………」

 お互いがすごく笑顔である。
 金色の姫オーラと暗黒の獅子オーラがしのぎを削る争いを……!
 笑顔とは、元来獣が牙を剥きだす仕草である。

「えっと、今日はいい天気だよね!」

「そうね」

「そうだな」

 と、そんな空気に困った佐藤さんが仲裁に入った。
 だがレオもエリカもクラスの良心だろうと退くような人物ではない。
 笑顔の威嚇合戦は相も変わらず続き、秋晴れの朝を重苦しい空気で汚染していた。

「あうあう……仲良くしようってばぁ」

「……ぷっ」

「……くっ」

 おろおろとしながらも、何とか二人をなだめようとする良美に、ついにレオとエリカが噴き出した。
 それに一瞬茫然とする良美。
 だが、次の瞬間にはこれがお遊びのようなものだとやっと理解できたらしい。

「……酷いよ二人とも」

 拗ねたようにそういう良美を一顧だにせず、レオとエリカがくつくつと笑いながら言葉を交わす。
 そもそも二人は水面下で争ってはいるものの顔を合わせただけで敵対するような仲ではないし、それを抜きにすればあまり遠慮しないやり取りをしている分、仲が良いと言えなくもないのであった。

「これが前言ってた佐藤さんは可愛いってやつ?」

「そうそう、わかってくれたでしょう?これが可愛いのよ」

「せっかくエリーの防波堤が出来たと思ったのに……」

「へぇ……?」

 エリカの笑顔がスイッチを入れたように邪悪なものへと変化した。
 これは絶対何か企んでる。
 おもにこれからの会話の流れのコントロール的な意味で。

「あっ」

「そうか、俺って佐藤さんからそういう目で見られていたんだ。普段の言動に惑わされてたけど佐藤さんって案外したたかなのな」

 慌てたように口を押さえた佐藤さん。そうはいかんとばかりにレオは追撃する。
 いかにも傷つきましたと言わんばかりのわざとらしいリアクションでさらなる失言を引き出す。

「違うよう、これはそうなったらいいなぁって思ってただけで……」

「何という自爆」

 と思ったのだが流石の癒し系。
 多分何も言わずとも同じことを言ったに違いない。
 というかクラスの良心からエリカに対する盾くらいの認識しか持たれていなかったレオは若干凹んだ。

「私を津波か何かみたいに思ってたなんて、これはお仕置きが必要ね」

「いや、それは間違ってなくね?」

「ちょっと、エリー……きゃっ」

 突然やってきて何もかもかっさらっていく。むしろ霧夜エリカと言う人物にお似合いの評価なのではないのだろうか。
 そしてエリカが何かした瞬間佐藤さんは自らを抱きしめるように数歩後退した。
 見たところやけに顔が赤い。

「何した?」

「ブラのホック外した」

「!?」

 この女、通学路でなんてことしてやがる……!
 後でやり方教えて、じゃなくて、流石にこれはやり過ぎなのではなかろうか。

「対馬君、あの、そんなじっくり見ないでほしいな……」

「おっと失礼」

 レオは紳士を自称している。
 テンション(性欲)に流されるなんて愚かなことさ。主に既成事実とか性犯罪的な意味で。
 ラマーズ法をしているレオの耳元で、こっそりと近づいたエリカがいやらしく囁いた。

「知ってる?よっぴーって実は脱ぐと凄いんだから」

「健全な男子高校生の煩悩を刺激するんじゃありません」

「エリーってば、やめてよぅ」

「ふふふ、羞恥プレイ真っ最中のよっぴー、萌え……」

 耳元に湿った息を吹きかけられたレオは背筋ゾクゾク。
 佐藤さんは真っ赤になって通学カバンを抱きしめていた。
 うっとりとした表情のエリカを数秒眺め、レオは良美に真剣な顔を向けた。
 唐突に変わった雰囲気に良美が身構える。

「佐藤さん」

「な、なに?」

「俺に霧夜の防波堤役は無理だ。君はこれからもこいつのおもちゃとして日々強く生きてくれ」

「ええー!」

 これ無理。こいつの相手なんかしてたら身が持たないことこの上ない。
 俺に厄介事を押しつけようとしたんだからこっちは押しつけ返させてもらおうと、レオは良美を鮮やかに生贄にした。

「失礼ね。いくら私でもよっぴーをおもちゃ扱いになんてしないわ。大事な大事な親友なんだから」

「エリー……」

 心外だと言わんばかりのエリカに、佐藤さんがちょっと嬉しそうな顔をして名前を呼んだ。
 もうオチが読める。
 本気で感動してるっぽい佐藤さんは、言い方は悪いが学習能力が無いんじゃないだろうか。
 というより、ずいぶんと堅固な信頼関係があるんだろうなとレオは思った。
 正反対とは言わないが、ずいぶんと方向性の違う性格だと思うのだが。

「これがアメと鞭ってやつか……」

「たまには労わってあげないと反応が変わらなくなって面白くないし」

「うう、ちょっと感動して損した……」

 あっさりと本音をばらしたエリカに本心から落ち込んでいるような良美ががっくりとうなだれた。
 佐藤さんは諦めてこいつの手綱を演じ続けてほしい。主に俺のために。
 レオは割とひどいことを考えながら良美の冥福を祈った。

「姫に佐藤さん、おはよう」

 とそこに眼鏡っ漢登場。
 ナチュラルに二人に挟まれたレオを無視したその態度で、レオの額にこっそり青筋が浮かんだ。

「よおフカヒレ。あいかわらず煩悩まみれな顔してるな」

「いくら俺でも24時間そんなことばっかり考えてるわけじゃないぞ!」

「はいはい、12時間ぐらいだもんな」

「まぁそんな感じ」

 つい、といった感じに返された言葉は見事に自爆。
 冗談のつもりなのかは知らないが、フカヒレがそれを言うと結構洒落になっていない。
 頻繁に不健全な妄想を垂れ流しているのは残念ながら周知の事実なので今さら冗談だと否定はできないだろう。
 チラリと視線を横に向ければ、以外にも女性陣の反応はそれほどでもなかった。

「そうだな、ギターやってるとき以外か」

「いーや、実は駅前でギター弾きながらパンチラ待ちしてるんだ」

 どう見ても核自爆である。
 心なしかしょーがないなー的な雰囲気だったエリカと佐藤さんの視線の温度が下がった気がする。
 数少ない自身の取り柄を自ら潰すそのアグレッシブさには思わず頭が下がろうというものだ。まさに二次元に生きる漢である。

 っていうかこいつはこっそりやってる路上演奏をそんな目的でやっていたというのか。
 いや、パンチラに意識を割きながら演奏を続けるというのはある意味上級者な気がしないでもないのだが。

「お前のギターをちょっと応援してた俺の気持ちを返せ。そうだ、最近カニが金ないって言ってたからお前のギター売っていい?」

「あのギターは在りし日の俺が俺が小遣いをちょくちょくためて買った、安いが初めてのギターだ。それを売ろうというのならば俺を倒していくがいい!」

 鞄を路上に投げ捨て、不可思議な腕の動きをしながら腰を落とすフカヒレ。
 ここでこいつを殴っても意味はない。
 ならばここは頼れる兄貴分にご登場してもらうとしよう。

「もしもし、スバル?」

「あ、すいません。ちょっとまってくれませんか」

 朝練は?あ、今終わったとか。ならよかった。
 フカヒレがギター真面目にやってるっぽいから応援しようと思ったんだがアレ無しで。
 なんか煩悩の手段になってるっぽいから一度取り上げようぜー。

『あいつもしょうがねぇ奴だな。そろそろ根性叩き直しておいた方が良いんじゃないか』

「ガーン。冗談だよな?冗談で良いんだよな?」

 簡潔に用件だけで通話を終わらせると、漏れた音声を聞きつけたフカヒレが寄ってきた。

「さて、ちんたらしてると遅刻するぞ」

「せめて否定してから行けよ!」

「彼は相変わらずね」

「あはははは……」

 いつもの馬鹿なやり取りに、我らのクラスが誇る2大美人も呆れ気味だ。

「んでレオ、何で朝から両手に花束な状態なの?」

「片手に花束は同意するけどもう片方はラフレシアだった」

「あら、私はラフレシア好きよ?世界一って良い響きじゃない」

「強がり乙。俺はラフレシアに例えられるような女とは会いたくもないね」

「同感。でも姫は別だぜ」

 キラーンと効果音がつきそうなフカヒレの笑顔は、エリカの鋭い目線でたちまち極寒のただなかにたたき落とされた。
 そりゃそうだよなぁ、結局ラフレシアって言ってる事実は変わってないし。
 ってかやっぱり気にしてたんじゃないか。
 そしてフカヒレがエリカの刺すような視線を受け続けたせいで震えてきた。
 あ、トラウマ発動の予感。

「うわーん、ねーちゃん!そこは入れる所じゃなくて出すところだよー!」

「最近克服して来たと思ったんだけどなぁ」

 相変わらずの様子にレオもため息をひとつ。

「ふふふ、フカヒレ君のお姉さんとは気が合うかも」

「…………」

 フカヒレのトラウマスイッチはいつものことなので二人とも動揺は無い。
 しかし聞こえてきたフカヒレの悲鳴にエリカは妖しく笑い、佐藤さんはそんなエリカに呆れたような雰囲気を出していた。
 けれど、それはちょっと違う気がする。

「いや、霧夜は違うだろ。家庭内暴力ってキャラじゃないし」

 レオが自身の平穏を脅かす霧夜エリカと言う存在を嫌いになれないのは、彼女の在り方がまぶしいからだ。
 自身の研鑽を怠らず、ただ突き進むその姿。
 誰もが譲れないものを持っていることを理解しながら、それでも自己を押し通そうとする意思とそれに付随する周囲からの感情を飲み込むだけの強さ。
 彼女の踏み台にされたものですら彼女に熱狂するその輝き。
 霧夜エリカは優しさも横暴さも冷酷さも持ち合わせたまま、正しく『自分らしい』道を歩いているのだから。

 とまぁかっこつけたことを考えてみたものの、レオが思うことはもっと単純だ。

 簡単に言えばエリカは自分の目指すものの過程で人を傷つけることはあっても、気分や快楽として人を傷つける人種ではないのだ。

「なんだよ?」

 レオがふと見ると『思いがけないものを見た』という顔と『驚いた』と言う顔があった。
 どちらがどちらの顔かは推して知るべし。

「なんか意外だなぁと思って」

「対馬クンってもっと私のこと嫌ってるのかと思ってた」

 それはレオも同感だ。本当ならもっと嫌っていてもおかしくは無いのだけれど。
 その顔を見て、先の思考も合わさり急に気恥しくなったレオは正面から顔を見られないようにその足を速めた。

「霧夜は見てて飽きない奴だし」

「またまた~照れちゃって」

 何もかも見通したようにニマニマと笑うエリカに、深くまで立ち入り過ぎたとレオは反省するのだった。
 実際のところ早足で歩いて顔を隠しても、その赤くなった耳までは隠しきれなかったのだが。










「はっ、ここは!?」

「フカヒレ何やってんのさ」

「カニこそ何やってんだ?」

「ボクはレオのせいで遅刻。復習を考えながらとりあえず2時間目から行こうかと思って」

「カニにしては真面目だね。ってもうこんな時間かよ!!」


 突っ込み役がいないとこうなる。










「よっぴー、あなたからは女難の相が見えますわ」

「……あ!」

 あれ?佐藤さんもしかして下着直しに行ってない?
 そして相変わらず祈先生は何者なんだろうか……。












[20455] 佐藤良美との関係【後編】
Name: 酒好き27号◆3e94cc3d ID:17f35bae
Date: 2010/08/17 21:53


「というわけで佐藤さんを拉致して来た」

「ひゅ~♪坊主も大胆だねえ」

「えっと、私はどうすれば……」


 エリカが『今日は面白くもない用事があってね』などと言った瞬間、これ見よがしに良美を誘った男が茶目っ気たっぷりに言う。

 自宅へのエリカの侵攻を防ぎ、なおかつ微妙な敗北感を植え付けることに成功したレオはご満悦であった。

 もちろん今日レオの家に来ているのは佐藤さんだけだ。

 予定を特に何も聞かされていない良美はどこか居心地悪げに玄関に立っていた。


「とりあえずこちらへどうぞ」


 テーブルの椅子を引いて佐藤さんを導く。

 気分は執事で。目指すは瀟洒かつ完璧ですが何か。


「レオー、メイン以外適当に作っちまうけどいいか?」

「それで頼む」


 スバルに任せれば大抵は何とかなる。

 この男は栄養バランスこそ完璧なのだが、案外和洋折衷というべきか脈絡のない料理を作る。

 それでも美味いのだからタチが悪い。


「私は何か……」

「客は黙ってふんぞり返ってればよろしい。これ正論」


 何か手伝おうとしている空気の読めない招待客を押しとどめる。

 あれ?何か誰かの口調が移ったような気がしないでもない。そうだ、明日の昼ごはんはピーナッツクリームのパンにしよう。

 手際良く食材を切っているスバルが興味深々な口調で口を開いた。


「にしてもどういう流れでこうなったんだ?」

「佐藤さんが日本男児を可愛いなどと評したのでそれに対する反論を」

「なるほど、坊主の暴走に巻き込まれたわけか。災難だねぇ、よっぴーは」

「よっぴー言わないでってばぁ」


 出来の悪い、でも可愛い我が子を見る母親のような目で見られた。

 またしてもこれを言わねばなるまい。


「お前は俺のお母さんか」

「対馬君は何を作ってるの?」


 そこから続くはずのいつものテンプレ会話的なものは佐藤さんの発言によりきっちりと切断された。

 くっ、この程度のボケすら反応しないとは流石佐藤さんだ。

 レオは戦慄と共に背後をチラリと振り返った。


「スペアリブの燻製風味」

「凝ってるんだねぇ」

「味つけてチップで火を通すだけだからそうでもない」


 燻製としてはどちらかと言えば簡単な部類に入る。たいして時間もかからないし。

 ちなみにレオの至高の趣味はボトルシップだが、その他には釣りや燻製、あと簡単なお菓子や料理を作ったりとかがある。

 買うより自分で作るとか、男の浪漫という単語に惹かれているのである。


「とりあえず煮物とお浸しでいいかー?」

「こっちは待つだけだからお浸しは俺が作る」

「了解」


 さっさと沸騰したお湯にホウレン草を入れて火を通したら、水で冷やして軽く絞って切って終了。

 鰹節なんかをかければ既に一品完成である。

 スペアリブを仕込みつつ、お湯を沸かしている間にスバルが煮物の食材を切り、ホウレン草がゆで上がるころにはスバルは既に煮物の鍋を見ている。

 まぁ数ヶ月も一緒に料理してればこれくらいの呼吸は身につく。

 それほど広くないキッチンを効率的に使う方法としての苦肉の策だが、佐藤さんはやけに感心していた。


「なんか手慣れてるね。新婚夫婦みたい」

「おっ、嬉しいこと言われちまったぜ。レオ、俺裸エプロンでもするか?」

「誤解を招くことを言うな。それと裸エプロンはしてもかまわないがその瞬間二度とお前に料理させなくなる」

「つれないねぇ」


 冗談めかしてはいるが、ここでレオがうなづいたらこの男は確実に脱ぐ。

 佐藤さんがいようが確実に上は脱ぐ。

 ついでに言うと男の裸エプロンなどという絶望的なものを見たくないレオは軽くこぶしを握っていた。

 多分今ならレナぱんを超えられると思う。


「汁ものは?」

「気分的に中華スープ」

「ま、統一感は気にしないってことで」


 いつものことだが、佐藤さんに言い訳のように言っておく。

 見栄があるんです見栄が。

 というわけで完成。

 お浸し、彩り鮮やかな煮物、スペアリブの燻製、中華スープ。

 どうも一緒に料理をするとあまり凝ったものではない料理をスバルは作る。

 これは手加減をされているに違いないとレオは確信しているのだが、手加減を無くされてもレオが足を引っ張って時間がかかるだけなので何も言わないのだった。


「完成ー」

「品数と手間はいつもの倍だな」

「えっと、こういう場合はありがとうでいいのかな?」

「そうそう、俺が好きでやってるんだから気にしない」


 レオがよく一人で作る男の食事はメイン+サブor汁物+ご飯程度のものだ。

 一人暮らしだと量より品数を作った方が逆にお金がかかる。

 それも保存方法とかレシピのレパートリーによるのだが。


「あれ?ご飯は?」


 できたできたー、とばかりに椅子に座ろうとしたレオとスバルは、良美の不思議そうな声にそろってその動きを止めた。

 確かに食卓には白米が存在していない。


 アイコンタクト、オン。

 オーケーオーケィマイブラザー。


「お酒は……お好きですか?」

「私たちまだ高校生……」

「さあよっぴーが対馬家に来た祝いだ!」

「話を聞いてよ~」


 冷蔵庫の奥から出てくる数々のアルコール。

 ビール、カクテル、チューハイ。(提供:顔なじみの酒屋)

 安物ばかりだが高校生が酔っぱらうのには十分な量だ。

 ちなみに妙なことがあってもいいように以前買った高いウィスキーはレオしか知らない秘密の場所に未開封で隠してある。

 佐藤さんのキャラからして押し切れば何とかなる!とばかりに有無を言わせず酒を食卓へ並べていく。


「大丈夫大丈夫、度数が低いカクテルなら大丈夫でしょ?」

「う、うん」


 よし、成功。

 あっけなく首を縦に振った良美にレオはほくそ笑んだ。

 だがそれと同時にいつもこういったエリカの無茶に付き合わされているであろう良美に心中で涙を禁じえない。


「では、乾杯!」

「乾杯」

「……かんぱい」


 そして始まるささやかな酒盛り。

 もうここまでテンションで突っ走ってしまうと元々の目的など完全に忘却の彼方で、最近学校であった話やエリカ、カニ、フカヒレの昔の話などに花が咲く。

 試しにエリカの弱みを握ろうとしてもみたのだが、佐藤さんがそれ以上話をしなかったり、そもそもその話の中に弱みとなる部分など欠片もなかったりしたのでレオは若干不満があった。

 逆に中学時代、幽霊から解放されて平穏を望んでいたのに起こすこととなった事件なんかをスバルにばらされて慌てて制止することになったりもした。


「ナオちゃんって昔よりも丸くなったんだね」

「そりゃあ坊主がなぁ……」

「スイマセン勘弁してくれませんか」


 さらにはレオの趣味の話になったり。


「燻製ってもっと癖があるものかと思ったけど美味しいね」

「そうそう、まあそれでも苦手な人はいるんだけど。本格的なのじゃなくても工夫すれば作れるものは限定されるけど気軽に楽しめるよ」

「でも私マンションだから」


 換気扇フル稼働でフライパンと蓋をしっかり使えば何とか……。

 燻製仲間をレオが作ろうとしているものの会話の流れは無常である。


「へぇ、よっぴーはマンションで一人暮らしか。どの辺?」

「ドブ坂の入口にある国道沿いのレイオンズマンションだよ」

「ああ、あのちょっといいとこか」

「こことだいぶ近いんだな」


 レオとしては初耳である。

 ちょっと足を伸ばせば届く距離で、多分通学路も似たような道を通るだろうに何故今まであまり会わなかったのだろうか。


 ……なるほど、朝デッド娘のせいか。


「私も意外に近くて驚いちゃった」

「ん?レオが迎えに行ったんじゃないのか?」

「いんや、お互いの家がわからないから目印決めて待ち合わせしたんだよ」

「この分だと普通にどっちかに家を教えた方が早かったかもな」

「まぁ隣の表札がカニだしなぁ」


 多分あらかたの場所を教えるだけでも、蟹の表札といえば誰でもわかるに違いない。

 『松笠の呂布』の家としても若干有名であることだし。

 そんな話をしながらレオはじっくりコトコトと今までの朝の癒し佐藤さんタイムを奪われた怒りを煮詰める。カニ許すまじ。

 今度から積極的にカニを朝置いていこうか。


 あらかたの料理を食べ終わり、軽くご飯なんかも食べた後もなんとなくテーブルについたまま話が続く。

 うっすらと染まった佐藤さんの頬がなまめかしい。


「佐藤さん、飲み過ぎじゃない?」

「大丈夫だよ。伊達君の作った煮物美味しいね」


 酔っていないとか大丈夫とか軽々しく言う人は大抵酔っているものである。

 ホストとしてここは止めるべきか。いや、面白そうだしまぁいいか。


「姫と一緒に食べるものと比べればそうでもないけどよ」

「ううん、そういうのとはまた別の、ほっとする味」

「おふくろの味ってやつだな」


 成人男子に対するリーサルウェポンを高校生にして習得するとはスバル恐るべし。

 少し残った料理を肴に、これまた少なくなった缶からジュースみたいな酒を注ぐ。

 外からは虫の鳴き声が響き、開けた窓から涼やかな風が吹き込んできた。

 一口酒を飲み、深く息を吐き出してレオは心の底から弛緩した声を出した。


「にしてもこの3人だと安らげていい……」

「ははっ、坊主はいっつも要らん苦労をしょい込むからな」

「でもいつも対馬君の周りは賑やかだから、ちょっと物足りないかもね」


 ニヒルに笑う幼馴染と酒のせいか穏やかに色気のある笑みを浮かべる友人。

 レオの癒し空間は、もちろんそのまま続くはずが無い。


「そこで美少女のテコ入れですよ!」

「海に帰れ」


 少々まったりし過ぎたか。

 二階のレオの部屋からカニが元気よく降りてきた。

 食卓に上がっている料理を見て目を輝かせる。


「おっと、前はホタテだったけど今日は肉だ!がつがつがつ」

「あ、てめっ、俺がひそかに狙ってた最後の一本を!」


 あっという間にかっさらわれる最後のスペアリブ。

 それを阻止し損ねたレオが荒々しく立ち上がった。


「ふーんだ、ボクにはレオの作った物なんてくれないくせに。むむ、この中華スープも美味い」

「レトルトに卵入れただけだけどな」


 カニに見つからないうちに素早く酒類を片付けたスバルが言った。

 素早い対応ぐっじょぶ。

 そしてカニ、いくら残りが少ないからって鍋から直接飲むな!

 と、今まで蚊帳のそこにいた佐藤さんがちょいちょい、とレオをつついた。


「対馬君は料理してもカニっちに食べさせてあげないの?」

「こいつとは昔からの付き合いだから味覚が似通っててさ、俺が作る俺の好きなものはこいつの好物でもあるわけ」

「ならなおさらだと思うけど」


 そう、佐藤さんの発想は正しい。

 別にレオは狭量ではなく、カニが好きなものだとわかっているのなら余計に作るのもやぶさかではない。

 だがこのスベスベマンジュウガニはそういった普通の発想をぶっちぎる規格外なのであった。

 ガシッ、むぎゅ、むにーー……


「こいつはな、俺が、俺のために作った物を、自分が好物だからって全部食いつくすんだよ!!」

「いだだだだだだ!!!!!!」

「あははは、なるほどー」


 手間暇かけて仕込み、最後の乾燥工程に入っていたビーフジャーキーが丸ごと消えていた時は流石のレオといえども1週間カニを起こしに行くのやめたほどだ。

 スバルの取り成しでしぶしぶながら謝ってきたカニはかつてないほどにしょんぼりしていた。

 それでも気が済むまで寝技をかけまくってスッキリしたレオは外道である。


「さて、そろそろフカヒレが来る時間だぜ?」

「そうだな。片づけは俺がやっとくから先に部屋に行っといてくれ」


 ひと通りカニをいじめて満足したレオは片付けを引き受けることとした。

 面倒だとスバルにいつもは任せるのだが、佐藤さんがいるときくらいは気が進まなくてもやっておくべきだろう。


「あ、私も手伝うよ」

「あー……そうだね、お願いできる?」

「まーかせなさい」


 食器を運んだり洗ったり拭いたりと手早く終わらせる二人。

 お互い一人暮らしであるからか滞ることなくあっけなく片づけ自体は終了した。


「いやはや、心温まる光景だ」

「レオめ、デレデレしやがって」

「よっぴーの裸エプロン……ふぅ、たまには3次元もいいもんだよな」


 駄目人間どもの視線さえなければよかったのだが。

 そしてフカヒレはいつの間に来て不埒な想像を始めたのだろうか。

 それ以降特筆すべきことは無い。


 何故かって?もちろん酔っぱらった佐藤さんがレオのベッドで熟睡していたからだ。


「いくら見合いだからってこんな不細工から選べねーよなー」

「たかが人生ゲームに文句言うな」

「よっしゃー!ボクは女スパイになるぜ!」

「超似合わねぇ。ああ、馬鹿な子の振りして紛れ込むのか」

「スバルにはわからないボクの魅力で、どんな奴でもメロメロですよ」

「ああそうかい、任務に失敗してカニ飯にされないようにな」


 流石我らの幼馴染ズである。お客様なの有無など全く関係ないのであった。

 もちろん不埒なマネをしそうになったフカヒレはレオとスバルとカニが伝説のトリニティアタックを決めて心を念入りに折っておいた。


「そろそろ時間マズいんじゃないか?」


 10時を過ぎたあたりでスバルが時計を見て声を上げた。

 松笠は治安が良い方だが不良などガラの悪いのが駅前に多い。

 治安が悪い、というよりグレーゾーンが多いというべきだろうか?

 多様な人間が多いということはそれだけ良いところも悪いところも極端に走りやすくなる。


「む、確かに。うちに泊まらせるわけにもいかないし」

「そこはこのシャークさまに任せろ。安全に……」

 フカヒレの発言はいつものように全員で聞き流し、その選択肢の無さにレオはため息をついた。


「俺が背負って送ってくよ。ついでにゲーセンでちょっと遊んで行こうぜ」

「じゃあ先言ってるぜーーー!!!」

「おいおい早ぇよ。じゃ、カニとフカヒレは任せといてくれ」

「頼む」


 カニはレオなど知ったことではないと元気よく窓から飛び出していった。

 ここ一応二階なんですけど。

 まぁ12時前に帰れるなら妙なのに絡まれることは無いだろう。

 首をもたげそうになる性欲という名の獣を理性という鎖でがんじがらめに縛りあげながらレオは慎重に良美を背負った。

 一回に移動。玄関に手をかけたスバルがやけに意味深な笑みを浮かべていた。


「それと」

「ん?」

「坊主も送り狼になるんじゃねえぞ?」

「無い無い」


 ちょっとでも考えなかったかといえば嘘になる。

 だが彼女の影にちらつく霧夜エリカとクラスの癒しというイメージ(何かあったら周りが面倒という意味で)がレオの求めるものとは正反対なのであった。


「オラにも女の子の部屋の匂いを、ちょっとだけでも分けてくれ」

「フカヒレはこっちだ」

「スバルてめぇ~!」


 やけにいい笑顔をしたフカヒレはもちろんスバルに連行されていた。









 家の場所はわかっているし、近いのでさっさと送り届けてスバルたちと合流しようかと思ったのだが。


「あれ?伊達の野郎のツレじゃん」

「女連れかよ、お持ち帰りってやつ?」


 まぁ、こんなことになっているわけで。

 ぱっと見6人ほど。体はあまり鍛えられているように見えないが、刃物でも持っていたら厄介だ。

 何とも予想外。レオ自身が騒動の起点になるのではなく、何かと目立つスバルの友人として目をつけられるとは。

 何が面白いのかぎゃはははは、と下品な笑い声がした。

 今こそレオの目の前をふさぐようにいるが、囲まれたりしたら面倒なことになる。

 それに今なら脱力している佐藤さんも顔を見られていない。


 というわけで。


「逃げたぞ!」

「野郎待ちやがれ!」


 良美を起こさないように振動に気を使いながら夜の街を駆けるレオ。

 ああいった奴らの目はどこにあるか分からないので、このまま佐藤さんのマンションに送り届けるのは却下である。


 で、辿り着いたのは松笠公園。


 平日のこの時間帯は人通りがほとんどなく、ひっそりとした雰囲気を出していた。

 それを無視するような荒々しい靴音。


「自分からこんな所に逃げ込むなんて馬鹿じゃね?」

「怖くって混乱したんだろ」


 彼らはサディスティックな笑みを浮かべつつ近づいてくる。

 一方のレオはといえば背負っていた良美を公園のベンチに優しく寝かせ、顔を隠すように上着をかぶせた。

 まるで不良たちに興味が無いようなその行動に、彼らの堪忍袋は音を立てて切れた。


「こっち向けや!」

「うぜぇ」

「あ?」


 彼らの中の一人が拳を握り、一歩踏み出した瞬間の出来事だった。

 面倒だとでも言わんばかりの声と共に、『4人が同時に吹き飛んだ』。

 地面に打ち付けられ白目を剥いている者、腹に食らった拳で胃の内容物をぶちまけている者、脳震盪を起こして立てない者。

 そして次の瞬間にはもう一人が宙を舞い、意識を保ったままの水泳を強要させられた。


「ひ、ひぃぃぃ!!」


 そこでようやく目の前の事実を認識した最後の一人が、腰を抜かして必死に逃げようとしていた。

 そこにレオはさっさと近づき、軽く顎を蹴りあげて仰向けにした。

 首を軽く踏んで行動を抑制。


「スバルを知ってるってことは高校くらい知ってるな?」


 じわじわと力を入れていったが、これではしゃべることができないとレオ気づく。

 失敗失敗☆と可愛くないリアクションをしながら靴をどけて、今度は股間へ。

 苦しげに顔を赤くしていた男の顔が一気に青くなった。


「知ってる!竜鳴館だろ!?っ知ってるから!」

「よし。お前らが誰に因縁つけようが知ったことじゃないがな。うちの生徒だとわかった奴に手を出してみろ、骨の数本じゃすまさねぇぞ」


 これならば佐藤さんに個人的な被害が行くこともないだろう。顔も見られてないし。


「わかりました!」

「というわけで寝ておけ」


 こんなこともあろうかと調べておき、フカヒレとスバルを実験台にして完成した頸動脈の圧迫で最後の一人を沈めて満足。

 ちょっと余裕のありそうな奴らを数発蹴って完全に行動不能にすると、レオは慎重に良美を背負いなおした。


「よっこらせっと」


 あの幽霊はもう一度来る。

 そんな静かな確信があるレオは筋トレを怠ったことはなく、そんな彼からしてみれば良美は羽のように軽いと言ってもさしつかえなかった。

 そして今度は何事もなく彼女の住むマンションに到着。


「佐藤さん佐藤さん、部屋番号は?」

「んー、602号室……」


 むずがる幼子のように顔を背中にこすりつけて来る彼女は、レオにとって相当な自制心を必要とさせる存在だった。

 あれだ、佐藤さんってかなり着やせするタイプ……。

 軽く背負い直す動作でポヨポヨと背中で弾む胸だけでご飯3杯はいける。

 煩悩退散煩悩退散。

 エレベーターから降りて外を見れば、普段より少しだけ近くなった星空がレオの視界に広がった。


「眺めがよくて羨ましいな」


 独り言というには少し大きい声が出た。

 それは、街中にしては意外なほど美しい星空を背中の同級生にも見せたくなったからだろうか。

 そんなロマンチックな男ではないのだけれど。僅かな苦笑と共に602号室へと到着したレオは背中の良美をゆすった。


「佐藤さん佐藤さん、鍵は?というか起きろー」

「……ここは?」


 眠たげにうるんだ瞳がプリティ。


「君ん家。というわけでさっさとシャワーでも浴びて寝なさい」

「うん、おやすみ~……」


 まるでレオがいないかのように鍵を開け、無防備に部屋へと消えていく佐藤さん。

 これでは危ないと呼びとめ、しっかりと鍵を閉めるように言い含めてからレオはドアを閉めた。


「大丈夫かね」


 優等生というか、とろいようで以外にしっかりとしたクラス委員長の無防備さを意外に思いながら、酒を勧める人物は選ぼうと思ったレオである。

 ドアが閉まる直前、「やっぱり対馬君は優しいよ」という声を聞いた気がした。














 そして翌日の朝の通学路。

 もちろん今日もカニは置き去りである。

 おそらく昨日帰る直前までダンスゲームに汗だくになって興じていたからだろうと思われる。


「おはよう、対馬君」

「よっぴーおはよ」

「うう、対馬君まで……」

「冗談だよ。おはよう、佐藤さん」

「うんっ」


 見たところ二日酔いの兆候もなし、実にさわやかな笑顔を振りまいている。

 男ならこの笑顔を一人占めしたいと思うのだろうな、とレオはどこか冷めた思考で思った。

 にしても今日の佐藤さんはいい笑顔をしている。何かいいことでもあったのだろうか?


「昨日はごめんね。大変じゃなかった?」

「誘ったのも飲ませたのもこっちだから気にしないで。それに、女の子一人分の体重も支えられなきゃ男じゃないさ」

「…………」


 我ながらキザと思われる台詞を吐けば、佐藤さんは微かに頬を染めていた。

 この沈黙は危ない。佐藤さんにまで言葉を吐かせないほど寒いセリフを決めてしまった!

 どう考えてもレオが外した雰囲気なので、必死に話題修正を試みる。


「どした?あ、やっぱ女の子に体重の話はまずかったかな」

「ううん、そういうのじゃないの」

「いや、いい。俺はその優しさが痛い」

「あのねっ、対馬君」


 佐藤さんの優しさを噛みしめていると、その本人から何か決意したように名前を呼ばれた。

 レオ少し身構える。


「何?」

「また、対馬君の家に行ってもいいかな?」

「あれま、またどうして」


 なにか面倒事のにおいを感じ取ったのだが、今回はそれほどのことでもないらしい。

 佐藤さんが対馬家に来るくらいならば特に拒否しないのだが、理由が気になるのでズバリ聞いてみる。


「き、昨日楽しかったから。あ、迷惑ならいいよ?」

「……まぁ霧夜がかかわってこないのと妙な噂が立たない程度だったらいつでも歓迎」


 若干どもったのが気になる。

 もしや霧夜エリカが絡んでいるのだろうか。ストッパーの佐藤さんが敵に回ったとなるとレオはかなり窮地に立たされるのだが。

 実際他意はなさそうなので条件をつけて承諾することにする。

 その瞬間、佐藤さんの顔がパァ……と音が出そうなほどに輝いた。


「よかった、じゃあいつでも誘ってね!」

「うーい」


 その笑顔に少しときめいたことを悟られないようにあえて気の無い返事を返すレオ。

 大丈夫、幼馴染ズを投入すればレオがその名の通り猛獣になることもないだろう。

 だが無邪気に喜ぶ佐藤さんの瞳の奥に、何か妖艶な光が見えた気がしたのは気のせいだろうか。

 レオの背筋に軽く走った寒気は、その直後に背後から腕をからませてきた霧夜エリカのせいに違いない。きっとそうだ。












「おいおい、カニもほどほどにしとけよ?」

「いいや、窓からこっそり見てたら何のためらいもなくボクを見捨てていったレオにはこれくらいやんないとダメですよ!」


 その頃、教室ではレオの机の中に放置されていた歴史の教科書の写真や絵にすべて落書きをしているカニがいた。

 レオの背筋に走った寒気はこっちが本命かもしれない。










 あとがき

 実家で肉を食って酒を飲む。満足。
 あと難産でした。この話、あんまり戦いとか出したくないんだよね。
 前も言ったけど今までの話の時系列バラバラです。秋とか、~の翌日とかキーワードを入れてるんで細かい時期は脳内補正してください。
 乙女さんとか椰子は本格的なプロローグにて登場なので出したら逃げられなくなるから出しにくい。
 各キャラの設定はあるけどプロットが無いのでそろそろ辛くなってきた。誰か(ry






[20455] 学校行事におけるスタンス
Name: 酒好き27号◆3e94cc3d ID:34b518d6
Date: 2010/12/01 15:56


「対馬クン。あなた、もうちょっといい点数取れるんじゃない?」

 記録的な大雪が降り積もったある冬の日、霧夜エリカはそんなことを言ってきた。
 1年生にして生徒会長の座をぶんどったエリカの権力により無法地帯と化した生徒会室。通称『竜宮』。
 といっても多少私物化されたと言うだけで、弱肉強食に近い竜鳴館ではむしろまともな部類に入る。
 代替わりするたびに模様替えという生徒会特別予算が許可されるほどだ。

 お茶と茶菓子を御馳走してくれると言うのでホイホイついてきたレオは、佐藤さんが所用で席を外した隙にエリカから妙なことを聞かれるのであった。

「何をいうのだ兎さん」

「私は寂しくて死ぬような性格してないの」

「でも兎って性欲強いらしいけど?」

「それは……っと、これは私が言うべきことじゃないわね」

 ふふふっ、と実に愉しげな笑い声を上げるエリカにレオはドン引きである。
 そしてその情報に一瞬でも惹かれてしまった自分を恥じる。これが館長の情報だったりしたらレオは血を吐いて倒れることだろう。

「今度は誰の弱みだよ。相変わらずおっかないね」

「ひ・み・つ。で、どうなのよ?」

 少々話題は逸れたが、いつものように直球で問いを投げかけるエリカに少々悩んだ。
 まぁスタンスは変えないでおこう。そう決心したレオはあくびを一つ。

「カニとフカヒレとスバルを見てそういう結論に至るのは頭がおかしいとしか思えないね」

「だって対馬クン、応用問題とか筆記問題の難しいのが出ると全部空欄で出すので有名よ?その割にその他の問題の正答率が高いから平均点だけど」

 職員室の噂だけどね。と続けられたその話に戦慄する。
 普通一生徒が教師の間で流れる噂を把握する手段などない。
 個人情報がどうのというか、3人いれば派閥ができるのが人間だ。それが顕著な思春期ならば教師たちは気を使っているはずだろうに。

「頭の出来が悪いからひたすら基礎を繰り返しただけだよ」

「へぇ~。じゃあ中学時代のある時期に最下位から華麗なる逆転劇を見せた人っていうのは誰のこと?」

「いやいや、中学時代の内容なんて大したもんじゃないさ。高校に入ってからはレベル高くて困るよホント」

 まぁ霧夜だし。とレオは思考を放棄した。
 いつものようにニュートラルに。でも遊び心は忘れずにっと。
 エリカのことであるからどこまで見破られているか測りきれないレオは、めんどくさそうな目を向けた。

「ま、いいわ。でも対馬クンそのままじゃちょ~っと大変かもしれなかったりして」

「一応聞こうか」

 エリカの不吉な前置き。
 少しだけ表情をひきつらせながらレオは聞いておくことにした。危機管理って重要ですよね。

「期末考査、全国模試ともに1位、容姿端麗運動神経抜群カリスマ絶大。そんな私とよく一緒にいるところが目撃される男の子だーれだ」

「田仁志くん」

「水槽のタニシはどうでもいいのよ。そんな男が平凡で何の取り柄も無いなら、やっかみも相当よ?」

「高根の花と思ったら平凡な男が近くにいた。あいつが良くて何で俺は……ってね。若いな」

 てめぇ田仁志くん舐めんな!
 彼は退屈な授業中、そののんびりと動く様で数多くの生徒の心を和ませてきた我らの究極癒し系だぞ!
 義憤に燃えるレオは一瞬後にどうでもよくなったので返答は普通に済ませることにする。

「私は対馬クンがどうなってもいいんだけど。一応ね」

「はいはい感謝感謝。このお礼はいつの日か。ついでにフカヒレの忠告よりだいぶ遅かった所が減点対象だね」

「それはどうせ『ファンクラブができたから注意しろ』ってところでしょう?私のは『そろそろ爆発するから気をつけなさい』ってこと」

「あーはいはい、大した違いは……って今なんて言った」

 もちろん聞こえていたのだけれど、ホラ、一応ね?
 何かの間違いってこともあるかもしれないじゃない?

「爆発するの。そろそろ」

「それは、どこが?」

「もちろん私のファンクラブ」

 ブチリと架空の内臓器官の一部が切れる音がした。

「それくらい手綱締めとけ阿呆が!」

 がおー、とでも言い出しそうな様子でレオ怒る。
 ねぇ何やってんの?馬鹿なの?お詫びにおごってくれるの?
 怒りのあまり賠償金(現物支給)を要求しようと欲望丸出しのレオは、最近ずいぶんと扱いが慣れてきたっぽいエリカに「どうどう」となだめられる。

「私もそれなりに申し訳なく思ってはいるのよ?まがいなりにも私の認めたファンクラブなんだから暴走なんかされた日にはたまったもんじゃないわ」

「暴力沙汰だけは勘弁してくれよ。どうなっても面倒なことになるんだから」

「その辺は大丈夫だと思うわ。万が一のことがあっても伊達君がいるから大丈夫でしょう?」

 まぁそうだけどさー。と怒りから一転して完全にやる気をなくしたような態度で机にだれているレオからは、新たなる面倒事に対するめんどくさいオーラが垂れ流されていた。
 あまりスバルに頼り過ぎるのもレオ自身のプライドが許さない気がしないでもない。
 というわけで軽く挑発してみよう。

「自分のファンの手綱も握れないようじゃ先が見えるぞ?」

「……いいわ。その挑戦受けましょう」

 普段なら流される程度の嫌味でも、どうやら今回は霧夜の方に比重が傾き過ぎていたらしい。
 霧夜エリカファンクラブの暴走の迷惑を一番被るのは、どっちかといえば今後の活動にもかかわってくる点でエリカの方が重大な出来事であるのだ。ざまぁ。

「と、いいたいところだけどな」

「あら珍しい。目立つのは嫌なんじゃなかったの?」

 エリカのニヤニヤとした笑みはその内心を悟らせなかった。
 一方レオの方もあまり話したくない話題なので、だるそうな顔を意識して維持することで無感情を装う。

「まぁ50番以内ならなんとかなるだろ。40番前後ならあんまり目立たないし」

「ごく一部の人に対してだけアピールできればいいと。でも狙って取れるの?」

「正直さ、いちいちそういうことするのって結構疲れるんだよ。まぁ復習だけは欠かしてないけど俺の理解と暗記なんて大したもんじゃないから、普通に書けばそのくらいの点数に落ち着くよ」

 レオのモットーは『出来るけどやらない』だ。実はこれ、ものすごい中二病の産物である。
 よくある全力を出さずに謎を残したまま最終回を迎える敵幹部とか謎の味方とかにあこがれたせいで、『目立たない』『余力を残している』ことと『出来ることをやらない』ことを混同した中学時代の名残である。
 何となく癖がついてつづけていたが、正直テストの結果ごときエリカほどぶっちぎりでもない限り他人の話題にのぼることなぞ無い。
 つまり自意識過剰にカッコつけ。平静に見えるがレオの頭の中では顔を真っ赤にして七転八倒しながら恥ずかしさを放出するちびレオがいた。
 そのせいかエリカの発言に反応が遅れる。

「じゃあ筋書きを作りましょうか」

「は?」

「だって、『いい点数取る奴だ。なら姫と話すのもうなづける』とはならないでしょう?」

 いやごもっとも。
 でもさ、それ今までの会話の流れぶったぎってなぁい?ついでに自分で姫とかいうな。

「いや、それくらいわかってるよ。けどある程度緩和することはできるだろ」

「だからちょっとアレンジするだけ。『霧夜エリカが人材発掘の練習を始めた』ってね」

「なるほど、俺は原石か何かか」

「そういうこと」

 ストーカーでもあるまいし俺の成績なんて気にしてる人いないと思うんだがなぁ。
 開いてはいけない恥という扉が開け放たれたせいかどうも若干卑屈になっているレオである。
 なんとなく張り出された順位見て、自分のことが気になってる奴だけが気づく。その程度でいいと思っていたレオをエリカが笑った。

「でも俺に価値なんて無いぞ。面倒事は勘弁だから利用もしにくいしな」

「別に本気でそういうわけでもないんだからいいでしょう?」

「あー、まぁいいか」

 なんかエリカのおもちゃ的な立ち位置に収まりそうな気がする。
 1-Cではレオとエリカは『よくわからない仲』として妙な見方をされているようだが。

「一緒にいるのはアメで、見えないところで鞭を振るってるような噂を流しておきましょう」

「ちょっと待たんかい」

「え?ダメだった?」

 いかにも『私驚きました』みたいな顔をされてもごまかされない。
 ドサクサに紛れてこの女は何を言っているのか。

「それじゃあ俺がお前の下僕か何かみたいじゃねーか。何、宣戦布告?」

「チッ。なら私がちょっとやれば出来そうなクラスの冴えない男子を、高級料理で釣ってそれなりの成績にすることに成功した、とでも」

 邪悪そのもの、といった顔で舌打ちをするエリカにレオは呆れたと言わんばかりにため息をつく。
 どうもこの女は『何か』やっておかないと気が済まない性格らしい。

「お前はなんだ、常に罠とか仕掛けておかないと安心できないタイプ?」

「どんなタイプよ。それに対馬クンこそそろそろ諦めたら?私の作る美少年美少女ハーレムの末席くらいには加えてあげてもいいわよ?」

「はいはい、それはありがたいことで」

 やる気のない返事を返したレオはたかがテストの成績ごときでなぁ、としつこく思いながら話題を締めにかかる。

「ま、作戦はそれで行こう。ヘマしたら佐藤さん連れて国外逃亡するからよろしく」

「普通にテストを解いても張り出されなかったら私はファンクラブを煽るわ」

「こっちが冗談で言ったんだから冗談で返せよ!洒落にならんだろうが!」

 なにそれこわい。
 実に恐ろしい女である。何が怖いってこっちの冗談に全く流されずどこまでも本気の目でいたことだった。
 エリカのことだからキッチリとファンクラブの手綱を締めた後で、問題にならないような巧妙な手法をもってレオに嫌がらせをするだろう。
 たまに見せる冷たい笑いで窓の外を見つめる金髪の生徒会長には流石のレオも付き合いきれなくなってきた気がした。

「ふふふ、冗談よ。見てらっしゃい、この私の名前を使ってくだらないことを考えてる馬鹿は残さず粛清しないとね」

「今のところ自治に任せてるんだろ?いっそ規約でも決めさせたらどうだ」

「そうね。不透明なお金の流れもあることだし」

 一気にきな臭くなった。
 堂々と体育武道祭なんかで賭けが行われているこの学校でも、そういった不正行為には厳しい。
 まぁ館長の性格を考えればわかりそうなものだが。

「それ館長出てくるんじゃないか」

「まだ大丈夫よ。私のファンクラブだからこそ私がケリをつけますって館長室で啖呵切ったら許可くれたし」

「なんて扱いやすい!」

 相変わらずあのおっさん無茶苦茶だ。どうせ霧夜の気迫に女気を感じたとか言い出すのだろう。
 マジで死ねばいいのに。あのおっさんが出てくればそれだけで事件解決で万々歳なのだが。
 そんな後ろ盾を得ていてもエリカは安心できないらしい。

「扱いやすい?まさか。私の手に負えないとわかったらすぐに殲滅しに来るから早くしないとね」

「確かに館長マジでやりかねん」

 核爆弾のようなおっさんである。
 味方も敵もデストロイ的な意味で。
 と、そこで突然校内放送のチャイムが鳴った。タイムリーというべきか、流れ出したのは館長の渋い声である。
 不意打ちのようなその声を聞いた瞬間レオ少しだけビクッと肩を揺らし、エリカはかすかに体の筋肉をこわばらせた。
 普段なら共にあり得ない動揺を表に出す仕草だが、どうやらだらけた会話でお互い少々緩んでいたらしい。

 顔を見合わせ、目だけでスルーを約束。

『皆の者、勉学にスポーツに青春に励んでおるか?若いころの経験は何ものにも代えがたい』

「あのおっさんは格闘ばっかだったんだろうな」

「いいんじゃない?極めたんだからそれは間違ってなかったのよ」

 呆れたような声を出すレオとは対照的に、エリカはどこか賞賛するような響きをにじませた。
 一瞬後には「ま、私の方がもっと大きくなるんだけどね」などと自信に満ちあふれた態度を見せる。
 まぁいくら才能があっても今はたかが高校1年生の小娘なのである。と本人に知られたらぶっ殺されるようなことを考えながらレオは放送に耳を傾けた。

『よって、今から竜鳴館名物『雪原白弾激闘』を行う!』

「文脈が繋がって無い気がするんだが」

「まさか『雪原白弾激闘』って……」

「知っているのか霧夜?」

 お約束のネタをついしてしまったが、レオには予想がついていた。
 競う、戦う、賞品あり。
 竜鳴館のイベントなどその三言で説明がついてしまうのが悲しいことである。特に小市民を自称しているレオにしてみれば。
 願わくば札幌雪まつりみたいなのが良いなー。

『ルールは至極単純明快のバトルロイヤルだ。雪玉を作って相手にぶつけ気を失わせる、もしくはフィールド外へと弾き飛ばすかギブアップの言葉を引き出せば勝ちだ』

『雪玉は自分の作った物を使用すること。他人から奪ったものや誰かと協力して作った雪玉は使用した時点で失格とする!』

『雪玉以外の攻撃手段は反則。男子は指定ジャージを着用。女子に限り防具の着用を認める』

『これはあくまで雪合戦の一種だ。雪の中に石や氷などの異物を入れたり、圧縮して体に当たっても砕けないような雪玉は認められない』

『参加は自由だが最後まで残った者たちにはドラゴンチケット3枚を賞品として用意してある。参加希望者はただちに校庭へと集合せよ!皆の者の健闘を祈る!!』

 体に当たって砕ける程度の固さなら大けがにはつながらないし、女性は防具があるので顔とかに傷はつかない、と。
 なかなかよく考えられているような気がしないでもないが、勝利条件が危険すぎる気がする。

「これ死人出ないか?」

「参加は自己責任だし、純粋にただの雪玉なら青あざが出来るくらいで済むでしょう」

 似たような結論に至ったのかエリカが楽天的な声を出す。
 どうやらエリカは参加する気はないようだ。まぁ当然といえば当然か。

「にしてもドラゴンチケットねぇ」

「あれ?対馬クンは欲しくないの?」

「普通に生活してれば要らないだろ。学校生活にはそれなりに満足してるよ」

「ふ~ん。……!」

 何かを思いついたようにエリカが目を見開いた。もちろん効果音はティン!である。
 そしてレオには超絶嫌な予感。この女の思いつきにろくなものは無い。

「それならさっきの話の対策として出てみない?」

「ファンクラブ対策として?」

「そう。雪玉なら怪我もしにくいだろうし、いざとなったらギブアップでいいじゃない?」

 彼女にしてはまともなその提案にレオは机に頬をつけたままのんびりと考えた。
 生徒と館長が見てる前で何かあることもなし、なかなかにいい提案なのではないだろうか。
 簡単に言えば「何の取り柄もないようなあいつが……」から「それなりにできるから姫のおもちゃになってんだな」みたいにすればいいのだろう。
 単純な格闘戦じゃないところからも抜け道はありそうだし。

「悪くないな。むしろ良いガス抜きに……って何で俺がお前の不始末のフォローをせねばならんのだ」

 出てもいいかなという方向性に決まりかけた思考は、霧夜が得するじゃん!という反骨精神によりあっけなく反転した。
 これ、お前の責任。俺、怠惰をむさぼる。

「対馬ファミリーのためにチケット一枚くらい持っておいたら?」

「格闘系の部活でもない俺が勝ち残れるかよ」

「伊達君と組めばいいところまでいけるわ。それに対馬クン結構いい体してるし」

「セクハラ良くない。まぁそれなりに筋トレはしてるけど」

 霧香がこうと決めたら、それは既に実現されている事項である。
 今でこそレオの自由意思に任せるような口調だが、そのうち本気で彼を出場させようとあらゆる手段を行使することだろう。
 理由は自分が決めたから。まるで某ガキ大将のごとくである。ここは良美えもんを呼ぶべきだろうか。

「なら出場なさいな」

「いつの間に来たんですか祈先生」

「そんな細かいことはどうでもいいですわ。いま重要なのは対馬さんが勝って私の財布を重くしてくれるかですの」

 レオですら気付かないうちに入口のドアに立っていた我らが担任の大江山祈。
 とある補習を受けた時に「何に対してとか言いませんけど、魔法使いキャラって年寄りが多いですよね」と雑談がてら言ってやったらゴニョゴニョされて危うくトラウマを負うところだったのはいい思い出である。
 もちろんそれ以降もレオは自重する気など全くなかった。

「ほら、祈先生もそう言ってることだし出なさい。命令よ」

「そう言われると問答無用で拒否したくなるのが俺なのです。だるい、寒い、眠い」

 巡り合わせかバイオリズムか、面倒事ばかりの話題を聞かされたレオはエリカの『命令』とかいう単語に若干の敵意を覚えながら完膚なきまでに拒否した。
 その雰囲気を感じ取ったのかエリカも考えを巡らせる。

「霧夜さん、対馬さんはムチには全力で抗う方ですのでどちらかといえばアメが効果的ですわ」

「そうねぇ……祈先生は何かあります?」

「私は定期的にアメをあげておりますわ」

 はいどうぞ、と渡されたアメを礼を言って受け取るとレオはそれを口に含んでまた机に突っ伏す。
 向かいの席に座ったエリカは、どうやってレオを動かそうかと考えながら目の前に来たレオのつむじを指でぐりぐりしていた。
 細く意外と柔らかい指が頭皮に触れているのを全力で無視しながらレオは昼寝の体勢に突入する。
 と、どうやって入ってきたのかドアから冷気が吹き込み、羽音が聞こえた。

「坊主、何事もリターンがあると思うな。テメェらみてーなジャリにはわからないかもしれんか、世の中には報酬があろうがあるまいがやらなきゃならねぇ場面がいっぱいあるんだ。甘ったれてんじゃねぇぜ」

「と、土永さんが言ってますわ」

「鳥に盗み聞きがどうのっていうのは野暮かね。で、今がそのやらなきゃならない時ってわけか。だ が 断 る」

 鳥に諭されて動くようになったら人間終わりだ。
 そんなことを考えながら心地よい睡魔を堪能しているレオであったが、不意に祈から放たれた言葉で身を起こすことになった。

「でも対馬ファミリーの皆さんはやる気満々のようですわよ」

「やっぱりね。鮫氷クンとカニっちなんか凄く楽しそうよ」

 レオの髪の毛なんかを引っ張りながら『面白くなってきた』と言わんばかりの声を出したエリカに舌打ちでもしそうな目を向けると、レオは窓際で祈と肩を並べた。
 座った状態から見えるグラウンドでは死角になって見えなかったが、たった今スバルが校舎から出てきたのが見えた。

「スバルも案外ノリが良いからな……」

「何、やっぱり伊達クンも出るの?」

 両肩に手をのせられたかと思うと、椅子から立ち上がってきたエリカがひょいっと背後からレオの肩に顎をのっけてきた。
 ほんっっっっとに微妙な距離感でほんの微かに背中で柔らかい感触を感じないでもないレオは、心の中で「動揺したら負けだ」を念仏のように繰り返していた。
 そんな彼らとガラス一枚挟んだ向こう側には、犬のようにグラウンドを走り回るカニと、始まるギリギリまで脱ぐつもりがないであろう防寒具に身を包んだフカヒレ、さらには普通のジャージの格好なのに寒そうなそぶりすら見せないスバルがいた。

 すぐ後ろにいるエリカの表情は……まぁ見なくてもわかる。

「で、対馬クンはどうする?」

「チッ、わかったわかった。出てきて適当にスバルを勝たせてくればいいんだろ」

「よろしい。対馬クンも運動が苦手なわけじゃないんでしょう?それなりにできるところを見せてみなさい」

「私の月末の生活がかかっているのでよろしくお願いしますわー」

「好き勝手言いやがって」

 あー、めんどくさいなー。と殊更大声で言いながらレオはジャージに着替えるべく教室へと走り出すのだった。
 その口元がほんのちょっぴり楽しげに歪んでいたのは当人でさえも気づかない事実なのではあったが。




「よお坊主。珍しいな」


 ジャージの下に何枚かシャツを着て寒さを軽減。
 足を取られないようにきっちりと靴紐を縛りなおしてグラウンドへと出たレオに最初に声をかけたのはやはりスバルだった。
 長年の付き合いからレオが何かあって出場するのだと察したらしく、ニヤニヤとむかつく笑みを浮かべていた。
 見破られているとわかっていても張りたい意地というものがある。
 レオは意識して大したことじゃないよオーラを出しながら話題転換を図る。

「まぁな。ままならぬ事情ってやつだ。カニなんだその重装備」

「周囲が見やすい空手部のヘッドギアに剣道部の胴当て、動きやすさを考慮して下半身はジャージ、関節部はバレー部のサポーターをつけたんだってよ」

「よっしゃー!ドラゴンチケット3枚使ってデッドのコンサートにいくぜ!!!」

 ちょこちょこと動いて、既に体からほんのりと湯気が出ているカニは精神年齢が一回り違うのではないだろうか。
 そういえば平日にコンサートがどうのとか言ってたな。
 ドラゴンチケットを使わなくても行けるような気がしないでもないが、学校をサボって行ったあげくライブDVDなんかが出た時に映っていた場合多分酷いことになるであろうことは想像に難くない。

「1枚が休みの理由を見逃してもらう、1枚が休んだ日の出席をごまかしてもらって、もう一枚は何だ?」

「フカヒレに2万で売って資金にする」

「2万は高い!せめて1万5千にしてくれ」

「買うのかよ!」

 カニの値段設定が案外現実的で怖い。
 高校生にとって2万円という金額はちょっと無理すれば払えるラインなところがカニの本気度を示している。

「わかってねぇなぁ。こいつがあればちょっとぐらい強引に女の子を誘ったって許されるんだぜ?」

 いや、その理屈はおかしい。
 刑事事件にまで発展したら流石にフォローは不可能だから強く生きてくれ。

「なぁフカヒレ、学校には許されても周囲には許されないと思うぞ?」

「いや、待てよ?競りに出して大儲けってのもいいかもしれないな!来月発売のギャルゲが買える」

「これがほんとの取らぬ狸の皮算用、ってとこか」

「まったくだ。で、レオはあちらにいるお嬢さんたちに発破でもかけられたか?」

 フカヒレの言動を華麗にスルーしてスバルが話しかけてきた。
 スバルの視線の先にはしっかりと防寒装備をして高級そうなマフラーをなびかせた霧夜エリカの姿があった。チンチラか、チンチラの毛なのか。
 同時に全力で目を凝らすと竜宮の窓に人影らしきものが見える。
 あの教師、生徒を無理に出場させようとしてたくせに会場にすら足を運ぼうとしないとは恐れ入る。
 にしても、この男はいちいち幼馴染のことになると勘というか洞察力が鋭すぎるのではないだろうか。

「ひとりお嬢さんじゃないのが……ゴホンッ!まぁそんなとこだ。貸しを作れるだけマシな方だと思うことにしたよ」

 口に出した瞬間生命の危機を感じさせるような寒気がレオを襲い、かろうじて踏みとどまることに成功した。
 そういうのに敏感なのは気にしていると言っているようなものですよ、先生。

「ってことは坊主勝つ気だな?」

「おお、レオ燃えんの?熱血?ボクのコンサートために?」

「調子のんなよ?」

「いだっ!」

 やけにテンションの高いカニがまとわりついてきたので、ヘッドギアの上から軽くこづいてやった。
 寒さで筋肉が縮こまっているのか、どうも動きに違和感が出る。
 ぐるぐると腕を回すなど準備運動をしながら、レオはスバルと打ち合わせを始める。

「とりあえずスバル、適当に組んで3割削るぞ」

「運動系以外がそんな感じだな。それでいくか」

「じゃあボクは小動物チックに可憐に震えながら弱そうな奴血祭りに上げて来るね」

 目立たないためにはそれほど強くない人間から狩っていくのが良いだろう。運動部同士で潰しあってくれればなおよし。
 そしてカニは相変わらず外道な作戦を考える。
 そのちみっこくて可憐とも言えなくもなくもない外見で一部の男子生徒にはそれなりの人気を誇るカニなのであった。
 小動物チックなせいか一部の女子生徒にも人気があるとかないとか。実際に対峙したことのある人間はそのあまりの腐った人間性とお子様加減に絶望するとか。
 一部さらなるファンになる奴もいるという話だが。

「ただでさえちみっこいんだから踏まれないようにな」

「レオも後ろに気をつけな!」

 結構な速度で飛んできた雪玉を軍手をはめた手で受けると、スパンッと良い音がした。
 カニに身体的特徴の話はタブーである。
 軽く肩なんかをすくめて見せると、スバルが『やれやれ』とでもいいたそうに笑っていた。

「ありゃ結構怒ってるぞ?」

「むしろ油断してカニに負けた方が波風立たないかも知れん」

「後ろ向きだねぇ」

 むしろ悪い部類に入る強制イベントにどうやって前向きになれというのか。
 やさぐれた顔をしているレオに、偵察をしてきたというフカヒレが戻ってきた。
 レオとスバル、カニは代謝が高いのであまり寒そうではないが、根っからのインドア派であるフカヒレは唇を若干青くしながら体を縮ませて歩いている。

「レオとスバルは文化系から攻めるってことでいいの?」

「まぁそうだけど、お前一人で大丈夫か?」

「なっはっは、いくら腕に自信のある奴といえども所詮は脳筋、この俺の頭脳にかかれば雑魚ってもんよ!」

「やる前から負け犬フラグに事欠かない男だよお前は……」

 どうせしょうもないことを考えているのだろう。
 反則と怪我だけには気をつけるように言い含めて、レオとスバルは体育会系の生徒が火花を散らしている場所から少し離れたところに陣取るのだった。









「ではこれから『雪原白弾激闘』を始める。ちなみにこの様子は全方向からカメラで校内に放送されているから気張ることだな」

「帰っていい?」

「早っ!チキン早っ!」

「誰がチキンだ!」

「お、わざわざ見に来てる観客も多いんだな。にっしっし、ここでいいとこ見せれば……」

「祭り好きというか暇人が多いねぇこの学校は」

 館長が特設ステージ(でかい氷塊。もちろん館長が一人で運んできた)の上で腕を組んで立っている。
 受付で渡されたゼッケンをつけながらレオのやる気はガリガリと音を立てて削られていくのだった。

「今回の商品であるドラゴンチケットは3枚だ。ただし!これは全員で3枚だ。最後に残った人数に関わらず3枚だけ支給される。制限時間は30分。範囲は縄が張ってある場所の中となっておる」

「直接攻撃や先ほど注意した反則行為以外ならばどのような大きさ、形の雪玉を作ってもよい。行動不能の判定は儂が直々に行う」

「うっしゃー!!全員ぶっ殺すぞー!!!」

「そういう物騒な発言はめーなの」

 無駄にテンションの高いカニをたしなめる。こういう無駄に敵を作る言動は控えておかないと袋叩きにあうぞ?
 対するカニはそんなことは知ったことかと言わんばかりに浦賀さんと盛り上がっていた。保護者としてちょっとさみしい。

「カニは苦手かもしれないけどよ、乱戦だからちっとは頭使って動けよ?」

「カ二からはどうもゴル○13を殺そうとするやつの匂いがする」

「ボクはあんな間抜けどもとは違うよ」

「わかったわかった、怪我しないように頑張ってこい」

 いつもはフカヒレのポジションだが、今日のカニは歩く死亡フラグと化しているらしい。
 一言一言が映画のボスにもなれないチンピラ(しかも序盤で死ぬ)の雰囲気を醸し出している。
 スバルの忠告も軽くスルーされ、まぁ大丈夫だろうカニだし、の考えでスバルとレオはカニの心配をどっかその辺に放り投げた。
 そこでキーンというハウリングの音が鳴り、グラウンドのスピーカーが音声を吐き出す。

『解説は放送部部長、3年の阿部と』

『拳法部2年の鉄が担当する。よろしく頼む』

『開始ギリギリまで受付時間内だ。ギブアップも可能だからどんどん来るといい。高校の思い出に雪合戦 や ら な い か?』

「解説付きかよ」

「アレって確か拳法部のエースじゃなかったか」

「拳法部のエースは体育武道祭ギリでスバルが負けたあいつだろ?」

「いーや、なんか男のエースはあいつなんだが女子の方が相手にならんほど強いらしいぜ?」

「はぁ~、人は見かけによらんもんだね」

 ちょっとバイオレンスな雪合戦だと思って参加したレオは気づくと全校を挙げての行事になりつつある状況に頭を抱えた。
 よもや出場すること自体が死亡フラグだったとは。霧夜しね。いや、流石にそれはやばいから全校集会の場で出来るだけ愉快な格好ですっ転べ。
 レオは今までの恨みつらみを調合した暗黒オーラを熟成させているが、そんなことは関係なく実況は続く。

『見たところ男子も女子もほぼ同数といったところのようだ。積極的な生徒が多いな』

『ほほう、男子にはガタイのいいのがそろってるじゃないの』

『女子にも各部活の主力選手が多いようだな。阿部先輩はどう見ますか』

『自由参加というだけあって我が校の上位陣が集まったとみていいんじゃないか。野球部や拳法部なんかは良い腰つきをした奴らが集まってるようだしな』

『流石は報道部、見るところが違う。やはり野球部などが優勢だろうか?』

『バスケ部やサッカー部、卓球部といった細めの子も悪くない』

『確かに瞬発力や広い視野、動体視力といったものも重要だ。乱戦になったら一筋縄ではいかないだろうな』

 カオスだ。実にカオスである。
 アブノーマルと天然ボケのダブルコンボは聞いている分には楽しいのかもしれないが、話題の方向性が自分に向かってきたときの威力は想像を絶する。
 出来るだけ目立たないという戒めを心に何重にも巻きつけて、レオは気合いを入れ直した。
 もちろん常に後ろ向きな方向だったが。

「なぁ、あの解説の二人会話が噛み合ってなくないか」

「阿部先輩は良い男ならノーマルでも構わないらしいぜ。館長も狙っているともっぱらの噂だ」

「どんな命知らずだよ。俺の人生にこれから一片たりとも関わってほしくない人種だぜ」

 いい声だから始末が悪い。
 確かにあの男らしく低くて甘い声は放送部にぴったりだろうが、いやこれ以上はやめておこう。

「にしてもレオと組むなんて久しぶりか?」

「だってお前と組むと目立つんだもん」

「その割にこんなイベントに出てる。ちっとは変わったんじゃねぇ?」

 変わったのだろうか。自分ではいまいち自覚は無いが、スバルが言っているならそうなのかもしれない。
 変わったのかそうでないのか、変わったとしたらそれは良いことなのか。
 その答えはあの夏の神社に置いてきてしまった。

「高校生活はあと2年もあるんだ。体力温存体力温存」

「俺はいっつも微妙に後ろにいようとするお前がテンションに身を任せて突っ走る様が見てみたくてな」

「あり得ないね。その時は多分真っ先にお前に被害が行くようにしてやる」

「ああ、むしろ歓迎だぜ?昔みたいに坊主とバカやるのも悪くない」

 嬉しいこと言ってくれるじゃないの。
 そんな発言によくわからない感情を感じながら、レオはじわじわと上昇する周囲の熱気を感じていた。
 グラウンドの各所に雪玉作成用として雪が積み上げられ、要所要所に身を隠せるような雪の壁が立っている。
 どう考えても個人戦ではあまり意味の無いものな気がする。
 ちなみにグラウンドのステージ設営は美術部が一晩でやってくれました。
 全員の準備が済んだと見るや、館長が足踏み一つで足元の氷塊を真っ二つにし、注目を集めた。なんて無駄な。


「みな、持てる力を最大限に発揮して見事王者の座を勝ち取って見せよ。総員縄の中に入ったな?では始め!」






 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!








 ねぇ、帰っていい?









[20455] 村田洋平及びモブキャラとの関係
Name: 酒好き27号◆3e94cc3d ID:c38bb191
Date: 2010/12/01 16:07

「やだやだ、みんな殺気立っちゃってまぁ」

「どう行く?」

「時計回りで」

「了解」

 雪が解けるんじゃないかと思えるほどの熱気が周囲で発生している中、レオはげんなりとやる気無さげにスバルとエリアの周囲を巡っていくことにした。
 バトルロイヤルな為か、ひっきりなしに飛んでくる雪玉を手で防いだりかわしたり、直撃を食らったりしながら目標を見定める。

『ふむ、主力が互いに潰しあってるようだな』

『中心部ほど熱い戦いをしてるな。男は度胸!なかなか燃えてくるじゃないか』

『文化系の部活の面々はどちらかといえば外側で期を待ちながら油断した者を攻撃しているのか。これも作戦だな』

『ああいう知的なタイプも熱くていいモノを持ってたりするんだ』

 実況自重。
 放送部は結構好き勝手にやっている奴らばかりなので実況を人に丸投げしたりするのは序の口、酷い時にはとあるイベントに使われたBGMが全て担当の趣味であるアニメのサウンドトラックだったこともあった。
 イベントが終わり、心地よい疲労に身を任せていた生徒の耳に響いたのは熱血ロボットアニメのテーマソングだった時の気分は筆舌に尽くしがたい。
 ちなみにその時の館長のコメント『漢らしくて実に良い』

「おらよ!」

 こっちを狙ってきた男子生徒をスバルが強襲、結構な速度で飛び交う雪玉が流れ弾となって周囲に散る。
 だが忘れてはいけない、スバルは一人ではないということを。

「はい残念っと」

「へぶっ!うお!?あわわわわ……」

 死角から放たれた雪玉が男子生徒の顔面に直撃。
 そこにすかさずスバルが足などを狙ってバランスを崩した。
 背後を気にするあまりロープを背に戦ってきたその生徒はロープに腰掛けるような体勢で尻もちをつき、あっけなく失格と相成った。
 やばい、これ結構楽しいかも。

『見てみろ鉄、なかなかイキの良い1年生がいるようだぞ。片方は知らないが、もう片方は陸上部の伊達だ』

『主力の潰し合いを横目にそれ以外を倒しているようですね。これは終盤まで残りそうだ』

 スペックの高いスバルと、奇襲専門のレオで運動が得意ではない生徒をどんどん削っていく。
 スバルに押されエリアギリギリ、レオが奇襲で一気に押し出す。この戦法に未だ敵は存在しなかった。

「貴様ぁ!姫に軽々しく接しやがって!!!」

 と、そこに霧夜エリカファンクラブ(笑)の一人が現れた。
 柔道部あたりだと予想をつける。普通の雪玉ではびくともしないだろう。
 とりあえず数発雪玉を顔面に向けて投げて怯ませる。

「スバル!」

「よし来た。オラァ!!」

 自慢の足で一気に距離を詰めたスバルが渾身の力で相手の顎を打ち上げた。
 脳震盪を起こしてふらついたところに、レオの狙いすました一発が鳩尾にヒット。流石にこらえきれず、綺麗に意識を飛ばした恰幅の良い男は誰かを巻き添えにして雪の中に沈んだ。

「ふむ、54番退場!」

『今のは反則に見えたが……どうだ?』

『いえ、今のはアッパーのように雪玉で顎を打ち上げたようです。現に館長は何も言っていません』

『脳震盪を起こしたようだな。見たところもう片方の彼は彼は伊達の頭脳役と言ったところか』

『ロープギリギリの相手を狙ったり、自分を意識していない者に奇襲をかけたりと上手くさばいているようです。これも一つの闘い方と言っていいでしょう』

 レオは頭を使うのがあまり得意ではない。
 といってもそれは何手も先を読んだり、可能性を全て潰しておくような深い思考が苦手であるだけで、敵の裏をかいたりするようなちょっとした悪だくみは大好k……でははく、それなりに得意であった。
 そこで目があった瞬間から明らかにレオをガン見している男が目の前に立ちはだかった。

「お前は……!いつも姫といる腰ぬけ男か!」

「誰だ?」

「確か拳法部の田沼とかそんな感じの名前だったか?」

 ちょっと離れた場所で小柄な二人の相手をしているスバルの解説に「あー、聞いたことあるかも」などと適当なことを言うレオ。
 もちろん脳内にそれらしき情報は欠片もない。

「村田だ!対馬とか言ったな、お前のような奴と一緒にいると姫に悪影響だ。今後姫に近づかないでもらおう」

「あー、なんでこういう勘違いした馬鹿しかいないんだよ」

「レオー、落ち着いてけよ」

 いやスバル、お前はこっちよりそっちを気にしろ。
 ほら、今の声でスバルを狙った奴が増えたじゃないか。
 完全にスバルに意識を向けながらも、レオは雪の壁に身をひそめたりと防御に余念がない。

「いつも今伊達の後ろにいるようなことしかできないんだろう。姫にはふさわしくない!」

「なあ田中「村田だ!!」それはお前が決めることじゃないんじゃないか?」

 見た感じ、こいつは自分の身勝手さを理解している。そう感じたレオは諭すように言う。
 激情家というと語弊があるが、よくノリとかテンションで行動するきらいがあるレオにしては驚くほど冷静に洋平をなだめにかかっていた。
 思ったより冷静なレオの様子に毒気を抜かれたのか、村田もふと我に帰ったような表情を見せる。
 だが話はここで終わらない。凄くわざとらしい声援が会場に響いた。

「対馬クンがんばって~」

 その瞬間、会場のボルテージは確かに上昇した。
 もちろん霧夜エリカのファンたちが特定の個人に当てた声援にジェラシーを感じたのが大きな原因だが、やはりエリカが見ていることに気づいたことで張りきる男たちが多かったというのも一因として挙げられる。
 それでもレオと洋平の間に流れたのはどこか寒々しい空気だった。冬だしね。
 霧夜エリカ病の患者にも種類がいて、心酔している奴、何とか近づこうとする奴、何となくあこがれている奴などがいる。
 どうやらこの男は2つ目と3つ目の中間くらいにいるらしい。
 軽く息をついて、今度は理性的な目で雪玉を握りしめる。

「すまない、僕としたことが熱くなりすぎたようだ。確かにお前が自分から姫にちょっかいをかけているわけではないようだった」

「…………」

「だが僕はそれが個人的に気に入らない。積極性を見せようともせず、それを恥とも思っていないお前と姫が一緒にいるのが許せない」

 それはある意味、レオを敗者であると断言する台詞だったのかもしれない。
 主観とか嫉妬が入り混じってるにしてもレオをそれなりに的確に表している点は評価に値する。でもまぁ、噂話程度のことで全部決めつけてそれを本人に言っちゃうとか(笑)おっと、自重。

「くっ」

「何がおかしい!」

 思わずと言った感じでもれた笑いはまさしく失笑といえるものだった。
 当然村田怒る。
 ここで怒らせても得は無い。ええと、なんかいい話題は無いものか。

「霧夜は良い女でも、その取り巻きがそうとは限らないと思ってさ」

「言ってくれる!ならお前はどうなんだ!!」

「チキンレースの参加者だよ」


 わかる人には、この表現で十分だろう。
 だがこの場合は理解できなかったようで、からかわれたとでも思ったのか洋平の目つきが力の入ったものになる。

「ふん、伊達は拳法部の先輩にかかりっきりだ。あいつに頼り切ってるお前に勝ち目はないぞ。痛い目に会う前にギブアップしろ」

「冗談いうなって、ここで逃げたらまた勘違いしたアホどもが来るにきまってる。本来の目的から本末転倒になっちまう」

「本来の目的だと?」

 さて、なんだかんだでこいついい奴っぽいし言っておくべきか。
 口もとに出来るだけ不敵な笑いを刻むと、まるで舞台上の道化のごとく両手を広げて胸を張った。
 雪玉?有象無象の雪玉などこの俺に当たるか!
 まぁもちろん数発かすったけど。

「そ。ちょっとしたガス抜きと、お前みたいな馬鹿をあぶり出してやるっていうさ」

「何?」

「霧夜エリカファンクラブに不透明な金の流れがある。それに霧夜が自分たちのものだとか勘違いした馬鹿もな」

 周囲に意識を向けつつ、洋平は考えに沈んだ。
 レオの言葉に対して思い当たるような線でもあるのだろうか。
 だが今の目的は事態の解明でも犯人の得意でもない。相手が考えをまとめる前にレオはさっさと口を開いた。

「前者はあいつ、後者は俺の迷惑にもなるから協力して潰しておくことにした」

「何故それを僕に話した」

「さてねぇ……おっと」

 理解しがたいというような視線を向けて来る村田から意識をはずさずに流れ弾を避ける。
 ちなみにここまでの会話は牽制程度に雪玉を投げ合ったりしながらのものである。周囲は声援やら怒声やらで騒がしいので互いの耳の良さだけが頼りだ。
 まぁ普通にしゃべっているだけなのに聞こえてるのはあれだ、主人公補正とかその辺だ。
 村田がチラリと時計に視線を向けた。
 軽く膝を曲げて雪をすくいあげると、当たって砕けるギリギリの強度まで握りこむ。
 人数は大幅な減少を見せているがレオ一人にかけている時間は無いと気づいたのだろう。一気に勝負を決めるつもりのようだ。

 ま、この辺が潮時か。

「まぁいい、どの道お前はここで…ぐぁ!!」

 完全にレオをロックオンしたまさにその瞬間の隙を狙って、洋平の後頭部に特大の雪玉が命中した。
 不意打ちによってダメージは普段の倍に膨れ上がり、彼は心の底からの驚愕を顔に刻んで雪原に崩れ落ちた。

「時間稼ぎに付き合ってくれてありがとさん。では後は頼んだぞカニ」

「こういう強い奴は早めにつぶしてやるぜ!でもレオー、いくらなんでもチキンすぎねー?」

「きさま…ら……ひきょうだ…ぞ」

 長い付き合いともなるとアイコンタクトで一発配信!
 スバルはマークされているので、代替案としてのカニがフリーになるまでの時間稼ぎが見事に成功してレオは満足げな笑みを浮かべた。

「あははははは!レオ見てあれ、足とか小鹿みたいに震えてやがんぜ!!!」

「こらこら、そのはしたない笑い方をやめなさい。二宮も今楽にしてやるからな」

 小刻みに震えながらも何とか立ち上がって反撃しようとする洋平を見てレオは考えを改めた。
 詰めが甘いカニに任せておくにはちょっとばかり根性がありすぎる。
 不自然なまでに優しい笑みを浮かべ、レオはゆっくりと洋平に近づく。

「僕は、村田、だ……何を……!」

「来世で会おうぜ!」

 雪でできた防壁を壊して作った巨大雪玉。これも自分で加工して作ったものだからルール違反じゃない、はず。
 それを手に持ってレオは立ち上がろうともがく洋平の頭に全力で振り下ろした。
 ドコッと鈍い音がして崩れた雪玉はそのまま彼の頭を雪の中へと埋葬する。

 想像ができない人は


 orz → ○__


 こう言う感じだと思ってくれればいい。


『……鉄、今のはどうなんだ?ルールとして』

『……「自分」でつくった「雪玉」を相手に「ぶつけて」攻撃する。雪玉以外の攻撃手段は認められない。当たった雪玉は砕ける程度のもののみ。驚いたな、全部ルールの範囲内です』

『なるほど、これは雪合戦じゃなかったな。雪原白弾激闘という全く別の種目だったか』

『固定観念は戦いの幅を狭める。なかなかやるじゃないか』

 選手は初めから実況中継など聞いている余裕などなく、レオも開始の合図があってからは意識すらしていない。
 好き勝手言われているのを全く聞いていないのは彼にとって幸か不幸か。
 ふぅ、と実に晴れやかな表情で汗をぬぐうレオはもしかしたら結構ストレスが溜まっていたのかもしれない。

──やっべぇ、反則とか言われたらどうしようかと思った。

 と、実際のところその半分以上が冷や汗だったりもした。

「じゃあカニ、俺はスバルと合流するぞ……ってもういないし。うわっ危なっ!!」

「おお、対馬だったべか。でもこいつはバトルロイヤル、万が一のことがあっても恨むんじゃねぇべ」

 ひときわ高速で飛来した雪玉を間一髪で避けると、それは我らがエースイガグリの一投だった。
 バトルロイヤルだし、別に俺を狙っても全く問題は無いんだけど。
 チラリと視線をめぐらせれば試合の流れは個人戦からかりそめのチーム戦へと移り変わっているようだった。
 確かに一人で何人も相手をするよりだったら顔見知りと組んで何とか生き残る確率を上げるのが正しい判断といえよう。
 レオも最初からスバルと組んでることだし。
 ニヤリとレオの唇が不吉な三日月を描いた。

「そんなイガグリ氏に耳より情報だ。祈先生が金を賭けてる。うちのクラスの誰かが勝てばご褒美が出るかもしれないぜ」

 キラン、とレオの眼が光る。多分特殊なカメラを通してみたら絶対変なビーム出てる。
 その言葉と雰囲気に流されたイガグリは思わず手から雪玉を落とした。
 震える足でレオに歩み寄る。
 そ、それはどこ情報だべ?もちろん本人情報。あの乳は良いものだ、違うか?
 レオの瞳の奥が渦を巻いてイガグリを洗脳していく。ウィンウィンと音でも出てきそうな程妖しい光景だった。

「萌・え・て・き・た・ん・だ・べ!!!!!!」

 よしかかった。
 ハッハァ!戦争の始まりだ!!

「さあ行くぞイガグリ!1-C以外の連中を皆殺しにするのだ!!」

「「「おう!!!!」」」

 なんかいつの間にか増えてたクラスメイトが同調する。こいつはうれしい誤算。
 こいつらを駒にしてひっそりと裏方からスバルを勝たせよう。
 と、そこで明らかにレオに狙いを定めた男が一人。

「モテる男は死ねぇ!!」

「誰がだよ」

 失敬な。俺を女に媚びるような軟弱者と一緒にしてもらっては困る!
 そんなことを一瞬で考えたがそれを口に出す余裕すらないタイミングだった。
 近距離で威力のある球をぶつける気だろう。一気に接近してきたため手には雪玉は無く、クラスメイトも反応が遅い。
 どうするか。反則取られそうだけど……ええい、ままよ!

 複数の生徒が走り回って踏み固められた地面を削るように蹴りあげる。今俺の脚で作った雪玉たちを喰らえい。
 そして粉末状に舞い上がった雪玉(?)の一部が運よく相手の目に直撃したらしい。
 狙いが甘くなった威力のある剛速球と余裕を持ってかわすと、その間に体勢を整えたイガグリ他数名の雪玉が一斉に敵へと突き刺さった。
 断末魔すら上げることもできずに退場していく中肉中背の男。
 レオはさっきまでの状況を今の攻防を鑑みて思わず言う。

「あー、人多いと楽だわ。あと反則じゃなくてラッキー」

『先ほどから56番はグレーゾーンばかり狙うな』

『限られた選択肢を増やす努力、この場合は姑息と言われても仕方がないが……その勝とうとする心意気は良しだ』

『ほほう……鉄、激戦区ではそろそろある程度の趨勢が決まりそうだ』

『41番の、あれは剣道部のエース赤王でしたか』

『ふふ、いくら雪玉を当ててもまるで堪えた様子が無い。逆に弱った相手を確実に倒しているな、いい体力をしている。ぜひ相手をしてもらいたいところだ』

 そんな実況中継に関わらず試合は続く。
 クラスメイトや幼馴染ズと共になんとかまとまったチームワークを形成するにいたったが、守るばかりでは勝てないのが勝負事の困ったところ。
 周りの人が少なくなった瞬間、レオのところまで切り込んできた二人組がいた。

「おっとあぶね」

 各々の手から投げられた雪玉を片方はかわし、片方は右手で防いだレオは相手の姿を視界に納める。

「霧夜には女子のファンも多いって話だったけどさぁ」

 嫉妬に狂った男どもの視線など一ミリたりともダメージを受けることは無いが、女子生徒に険しい目線で見られるとなかなか来るものがある。
 2対1はよくない。ついでに彼女たちは顔を守る防具を着用していた。
 先ほどの男子生徒に使用したような目くらましは通用しないだろう。
 というわけで雪壁の後ろに身を隠すことにする。
 先ほどの村田の話からレオは自分に対する噂が『腰ぬけ』等の後ろ向きな性格ということを理解している。

 ここで隠れた場合……もちろん一直線に追ってくるよねぇ。

 ほんのちょっと力を込めて雪の壁を蹴り壊す。

「っらぁ!!!!!!」

「きゃあ!」

 これも今蹴って作った雪玉です。ね?簡単でしょう?
 いくら度胸のある人でも人間の頭くらいある雪玉が大量に迫ってきたら思わず防御を固めるものだ。

 まぁそれが偶然雪壁の隣に作られている雪玉作成用の雪山の隣だったってだけですよ。

「スバル、雪山だ!」

「あいかわらずえげつねぇなっと!」

 レオのフォローに回ろうとしてくれていたスバルに指示。
 彼の手によって人の背丈ほどもある雪山が一気に崩され、霧夜エリカファンクラブ女性会員の方たちは仲良く雪山に埋もれることとなった。
 しばらくは出てこれないだろうが、これで無力化したとみなされるだろうか?

「27番、28番戦闘不能!」

 頑張れば抜け出せる感じだけど……どうやら館長の行動不能判定は結構厳しいらしい。
 まぁただの学校行事なので、大怪我したり倒れるまでやられても困るということなのだろう。さっきの田嶋……?だったかも意識はあったようだし。
 見た感じ、怪我をする直前までダメージを受けたらってところだろうか?
 そんなことを考えながら壊した雪壁の一部を手に取る。

「うお、案外重い。どっこらせっと」

「うおおおおおお!!!」「チェストォ!!はい、ご苦労さん」

 モテ男のスバルに何か恨みでもあるのかやけに熱血していた生徒を後ろから殴打してチェックメイト。
 どうやら今ので乱戦はひと段落ということらしい。
 グラウンドは何人かでチームを作った生徒たちが牽制し合っているような状況になっていた。

 レオはヒュバッと雪を払うと闘志をみなぎらせて問う。

「スバル、何人残った」

「頼みの野球部がとられた、相手もなかなか『やる』。残りは俺とお前とイガグリ、ついでにうちのクラスの女子が一人だ」

 ネタを理解してくれたスバルにサムズアップ。
 細か過ぎて伝わらないネタなのでイガグリと女子生徒は不審な顔をしていたが。
 イガグリは十分な戦力だ。もう一人は……とレオはクラスメイトにチラリと目線を向けた。

「ああ、あの子ね。名前知らないけど」

「安心しろ坊主、俺もだ」

「二人とも薄情者、みたいな!」

「オ、オラは覚えてるべ」

「……別に嬉しくもないっていうか」

「ちぐしょう……ぢぐしょぉぉぉぉぉ!」

 まぁ授業で組んだり用事があれば話すかな?くらいの関係。
 あとイガグリ頑張れ、超頑張れ。

「で、馬鹿二人は?」

「カニはさっき特大雪玉抱えてタックルしたら反則で退場」

「使えねぇ!」

「鮫氷君が行方不明、みたいな」

「そういやぁ見てねぇな」

「あいつどこ行ったんだよ……」

「フカヒレならさっき運動部が多い場所に行くのを見たべ」

「死んだな、あいつ。どうせいても役立たずだから気にしないで行こう」

 よし、あの二人が重要な場面で当てになったためしがないし、きれいさっぱりと脳内から削除しよう。
 作戦というにはお粗末なものだが、ある程度まとまって動くために簡単な指示を出しておく。

「スバルがかく乱、俺が孤立し始めた奴を狙う。そいつの隙をついてイガグリが仕留めろ。あくまで適当な作戦だから倒せる奴は倒してもいい。ただお互いがフォローできる距離を維持しろ」

 前衛は瞬発力の高いスバル、後衛は遠距離攻撃が得意なイガグリ、中衛として視野が広めなレオ。これ以外にはない布陣ではある。
 だが、当然今言った中に含まれない若干一名が疑問の声を上げるわけで。

「ねぇねぇ、ウチに何も役割が無いっていうか」

「盾」

 思考時間の欠片もなく、レオは即答した。
 もう考えるまでもないと言わんばかりの力強い返答だった。

「それって役割ですらないし!道具扱いだし!」

 全力で怒りをあらわにする女子生徒を「どうどう」となだめながら、イガグリとスバルに牽制をお願いしつつ情報を集めることにする。

「じゃあ聞こう、部活は?」

「……演劇部」

「特技は?」

「……ビーズ細工とか?」

 その答えにレオは空を仰いだ。
 大雪の後は素晴らしい快晴である。深く吸って吐いた息はまるで煙草の煙のようにゆるやかに宙へ溶けた。
 輝く太陽の光が民家の屋根に降り積もった雪に反射して、少しだけレオの目を眩ませる。
 一拍置いて、レオは言った。

「おめでとう、君は肉の盾に決定だ」

「絶対嫌だし!!!」

「でもさ、防具もなしに何で参加したんだ?」

「……小松君が、一緒に参加しようって」

「ああなるほど。で、あいつは?」

「開始5分で気絶したっていうか」

 そんなものだろう。どうせ『俺が守ってやる!』みたいなことを言われたに違いない。
 吊り橋効果がどうのと世間ではもてはやされているが、極限状態に置かれた男女なんてものはよっぽど意志の強い人間でもない限り自己中心的な本能が優先される。
 一緒に困難を切り抜けようなんて人間は現実を知らんのだよ。
 数々の経験からかなりひねくれた物の見方をするようになった高校1年生のレオであった。

「仕方ないな、前線に行くと袋叩きだし……そうだな、泣け」

「へ?」

「拳法部の奴が良いと思う。演劇部の練習を生かして、一発もらったら盛大に泣いてやれ」

「結局雪玉に当たるのは変わってないし!!」

「残念ながらそろそろ余裕が無い。厄介な奴の足止めは頼んだぞ」

「恨んでやるぅぅぅぅ!!」

 腹の底から出された全力の叫びを背中で聞きながらレオはスバルとイガグリに合流する。
 こっちの要は機動力だ。あまり瞬発力も体力もなさそうな女子生徒には荷が重いだろう。身を守る方法は教えたし、あとは自己責任ということで。
 攻め込むタイミングをはかっていると館長の渋い声がグラウンドに響いた。

「残り5分。さあ皆の者気張っていけ!!」

 なんというか、腹に来る声だ。屋根の雪とか落ちたし。
 だがタイミングとしては申し分ない。減った体力でも5分程度ならあっという間だろう。

「囲まれる前に移動だ!油断するなよ!」

 レオの声が響いた瞬間、スバルがその脚力を生かして一気に敵陣地に切り込んだ。

『おっと36番伊達が飛び出した。流石に速いな、その後からも何人か……道下、資料を頼む』

『制限時間が近づき各グループが勝負を決めようと動き出したな。なかなかの闘争心だ』

『伊達が所属しているのは……おそらく1-Cか、4人だな。他は剣道部3人、バトミントン部2人、残りは3人と2人のグループがあるが手元の資料では共通項が見当たらないので勘弁してもらいたい』

『拳法部は数人、どれも別グループか。本隊は全滅したと考えていいだろうな……情けない』

「危ない!……いってぇ」

「対馬君!?」

 偶然見つけた敵から投げられた雪玉は、結構な威力で彼女に迫っていた。
 女性をかばうなんて『らしく』ないけれど、不意打ち気味に全力で女子生徒の顔面を狙うような場面を見過ごす気はない。

「今のは当たったらヤバい。それより吉村、3人じゃ人手が足りないんだからさっさと働け!」

 ちょっとクラッと来たが許容範囲内だ。
 けど痛い。寒い地方出身ならばわかると思うが、冷えた耳に雪玉が直撃したあの痛みは筆舌に尽くしがたい。
 痛みに若干イラついたので怒声のような声になってしまったが、彼女はハッとしたように駆けだして行った。
 油断なく身構えた目の前の敵は、最終局面まで残っただけはあってなかなかの身体能力をしているようだ。
 仲良くはなれそうにないけれど。
 髪の毛に絡んだ雪を払いながら不敵な笑みを浮かべて敵の背後を見る。

「女の顔面をコソコソ狙うなんて男らしくないぞ、ねぇ館長!」

「なっ!?」

 驚きの表情を刻んで振り返った相手の顔面に素晴らしいタイミングで最高速の雪玉がめり込んだ。
 悶絶してぶっ倒れ、ついでとばかりにレオにとどめを刺された生徒は館長の判定によって退場していく。

「というわけで似たような手でやられろ。ナイスイガグリ」

 近づいてきたイガグリと軽くハイタッチを交わす。
 視線をめぐらせればなんかものすごい勢いで人数が減っていた。
 人数的にはさっきの半分くらい。いや、もっと少ないか?

「何が起きたんだ?」

 残り3分ほど。
 一度退いて体勢を立て直しに来たスバルに問う。

「レオ、女ってすげぇな」

「なるほど、わからん」

「ウチ頑張ったし!みたいな」

「いや、わからんから詳しく」

 時間が無いので端的に聞けば、残っていたチームのうちクラスも部活もバラバラなグループは『モテない同盟』とかいう妙な奴らだったらしい。
 活動内容は察してほしい。
 どうでもいい情報として、憧れている女の子によって勢力が分かれているらしいが。
 もちろん嫉妬心が人一倍な奴らなのでそのうちの一人に向けて泣きながらこう言ってやったということだ。

『いつになったらそんなのと手を切って私とちゃんと付き合ってくれるの!?』

 そこからが凄かったらしい。
 一気に険悪になったチームにあること無いことを言いまくって内部分裂を誘発。
 それを好機と見た他のグループが乱入して大騒ぎ。そしてスバルが一気に数人を始末して今に至る、と。

「女は生まれながらにしての女優だとよく言ったもんだが……」

「ウチに惚れるなよ?みたいな~」

 胸を張ってふふん♪と言わんばかりのクラスメイトを見ながら男どもは顔を見合わせた。

 いや、普通の男はドン引きじゃね?

 まぁそう言うなって。本人は気づいてないんだからよ。

 やっぱり女の子は腹黒くない方が良いべ。

 ヒソヒソヒソヒソ……


「聞こえてるし!!」

「残り一分!!!」

「よし行くぞ!」

「「おう!」」

「あ!逃げるな!」

 用意されたドラゴンチケットは3枚。
 レオは別に欲しくもないが、敵を殲滅しなければ残り3人にいきわたらない。
 背後から響く自分のキャラを忘れたような怒声を聞き流しながらレオたちは全力で駆けだすのだった。


 で、結果。


「そこまでぃ!!!」

 大音量の銅鑼の音と共に試合終了の合図がなされた。

『最後は息もつかせぬ攻防だったな』

『はい、さすがバトルロイヤルを生き抜いた生徒たちなだけはある』

『ではグラウンドに残っているのは……1-Cが2名、剣道部が2名、バドミントン部が1名となっているな』

『残るはドラゴンチケットの分配だが、これは館長次第だろう』

「実に勇敢に闘った。だがドラゴンチケットは3枚しかない。自らの手で勝ち取るがい……」

「あ、館長。俺別にドラゴンチケット欲しくないんで」

「坊主が言うなら俺もだな。成績は運動部補正でどうにでもなるしよ」

 何やら不吉な流れにもって行かれそうなのでレオは素早く賞品を辞退した。
 スバルもフカヒレとカニに付き合って参加したので特に執着心は無いらしい。
 そろそろ昼休みも終わることだし、俺はさっさと教室であったまりたい。

「ふむ、勝利者がそう言うのならば良いだろう。では、残りの4人で時間無制限の延長戦を行う!!」

「は?」

 何言ってるんだろうこのおっさん。ついに脳味噌まで筋肉になったんだろうか。

『なるほど、そういうことか』

「俺とスバルが抜けたから残りは3人だろ?」

「俺にもそう見える。あとチケットをスルーしたせいでカニが怒ってるから注意な」

「うげ」

 実況からも流れる納得の声。
 何を言ってるんだろうか……ん?
 軽く息を吸って、吐いて。怠惰という布団をかぶって寝ているライオンハートを叩き起こす。
 彼の広がった感覚はグラウンドの雪原に何か違和感を感じ取る。

「では皆のものは位置につけ。そぉれ」

 風が吹いた。
 館長の吐息で強風が発生し、グラウンドをさらっていく。
 で、その後かぶっていた雪が消え、残る男が一人。
 カモフラージュが無くなって一瞬動揺した彼も、時計を見て自信を取り戻したらしく堂々と立ち上がった。

「ふっふっふ、俺の完璧な作戦大成功!最後まで残ってたからドラゴンチケットは俺のも…の?」

「あの馬鹿……」

「ま、自業自得ってやつだな」

「では始めぃ!!!」

「ちょ、ま、ぐへぇ!!!」

 というわけで、人の目の盗み最後まで戦わずに隠れきったフカヒレは、残る三人の勝者に袋叩きにあって保健室行きとなった。

 めでたしめでたし。

「めでたくねぇよ!!」

「鮫氷、お主はちぃっとばかり男らしさが足りん。儂が直々に稽古をつけてやろう」

「ひぃ、ごめんなさい!もうしませんから!」



 まぁそうなるわな。










「対馬さん?私は『私のクラスの生徒がドラゴンチケットを手に入れる』に賭けたのですよ?」

「いや、そうだったら先に言ってくださいよ。あと俺勝ったんだからいいじゃないですか」

「あらあら、今からでも参加しに行かないと対馬さんの成績が大変なことになりますわよ?」

「あ、先生。最近ICレコーダー買ったんですけど聞きます?」

「対馬さんよく勝ってくれましたわ。胴元への交渉は私の役割ですわね」

「上手くいったらなんかくださいよ」

「前向きに検討しますわー」










「そうそう、姫のファンクラブの代表が転校したってさ。なんか一身上の理由とか」

「……なるほど。いや、まぁそうなるだろうな」

「なんか取り決めとかもできたけど、活動内容は無いして変わってないし。あと俺、姫と一緒のクラスだからって広報に任命されたんだぜ?」

「ま、頑張れ」

「合法的に姫を観察できるって最高だよなー」

「…………」









「で、どう?」

「まぁ減るには減った」

「そう。まぁ私といるんだからちょっとぐらいは我慢しなさい」

「あ、対馬君。タルト作ってきてみたんだけど食べる?」

「たべるたべるー」

「私を無視するとはいい度胸じゃない」

「馬鹿な……睡眠薬だと……!」

「あ、そっちはよっぴーの仕業」

「そっち『は』って何だ!?……ぐぅ……zzzz」

「さぁ~てどうしてやろっかな~♪」

「ダメだよエリー……でもちょっとだけなら」

「んなわけあるかぁ!!!」

「フォークで手を刺して眠気を!?」











「あ、対馬」

「よっす、どうよ成績」

「やっぱりアンタ手抜いてたのね……」

「げ、22番か。上げ過ぎた」

「相変わらずトサカに来る!もっとちゃんとやろうとか思わないの!?」

「今回はヤマが当たったからなぁ。嫌な予感はしてたんだが……」

「ええい、話を聞きなさい!」

「近衛は?」

「……23番」

「隣同士か。運命じみたものを感じるな」

「え、あ、そ、そうね……」

「対馬レオ!貴様は僕のライバルに認定する!!!」

「超めんどいので断る!ではさらば」

「待て!……逃げたか。どうした、呆けた顔をして」

「え!?いやいやいや、なんでもない!」

「いや、しかし……」

「何でもないったら何でもない!HRが始まるから行くわよ!」

「くー?」







 ま、こんな感じに収まったということで。
 どうも墓穴を掘った気がしないでもない。









 あとがき

 最後はオチが弱かったので思いついたのを全部入れてみた。
 そういえばこのネタ作品を支援してくれるという酔狂な方がいらっしゃいました。ぶっちゃけ間違った方向(ry
 チラシの裏で適当につよきす関連の検索かけてみてくださいな。



[20455] 物語の始まりにおける彼の行動
Name: 酒好き27号◆3e94cc3d ID:c38bb191
Date: 2011/05/25 19:51

 最近、男が弱くなったと言われている。
 俺は別にそう思ったことは無いし、自分の周囲でもわざわざそんなことを言うほどの出来事は存在しなかった。
 そう、今までは存在しなかったわけだが……。

 両手を上げて降参のポーズをとる俺に注がれる鋭い視線。

 冷たくは無いが、そのまなざしはさながら鍛え上げられた日本刀のようで。

「だらしがないぞ。根性無しが」

 なんて澄んだ声で叱ってきた。

 先ほどの比喩でもないが、手には日本刀。おいおい、それって色々やばいんじゃなかろうか。

 結局のところ何が言いたいといえば、彼女が叱って、俺が叱られる。それが何というか自然な関係に思えてしまう雰囲気だったってこと。

 短いながらもよく手入れされた髪の毛が春の日差しのなか穏やかに揺れた。
 堂々としたたたずまいはさながら武士のごとく。


 この『事件』をきっかけに俺は思ったね。

 最近は男が弱くなったっていうよりさ。

 女のコが強くなったんじゃないか?ってね。

















 でもまぁ、だからといって男が強くちゃいけないってわけでもないだろ?








つよきす二次創作『こんなレオはどうだろう』 作:酒好き27号












 いつものように通学路をのんびりと歩く。
 待ち合わせ時間までに家の前まで来なかったカニは当然置き去りである。
 何かと目立つ幼馴染から離れてみると、自分がいかに凡庸であるかがわかるというものだ。レオは自身の普段の言動を棚に上げてそう思った。
 スバルは見た目ガラ悪いし、カニはちっこくて常に騒がしい。フカヒレはノーコメントとしておこう。
 そんな奴らとつるんでいると自然と周囲の視線が集まるのを感じる。
 そんな雰囲気が嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。けれど、俺はこの朝の通学路のように穏やかな気持ちでいたいのである。

 空は快晴で、深呼吸をすれば朝特有のひんやりとした空気が眠気をさらっていった。
 歩く歩調がいつもよりかなりゆっくりなのはもちろんこの空気を堪能し尽くす為である。他意はない。
 学校までの道のりのほぼ半分を踏破したところで、背後から聞こえる荒々しい足音。

「ギャ○クティカマグナーム!!!!」

「ぬあっ!」

 美しい放物線を描いてレオの背中に叩きこまれたのは、何の遠慮もない靴底であった。
 たいしたダメージは無いがレオは数歩たたらを踏んで振り返る。

「痛てぇな。朝っぱらから何すんだよ」

「前も言ったじゃないか!レオの役目はボクが完全に目を覚まして可愛らしい笑顔で『やぁ』って言うまでがレオの役目なんだよ、手抜きすんなよな!!」

「はいはい、俺が起こしてから1分以内に一度でもそういう態度が取れたら考えてやらんでもないよ」

「遅刻して怒られたらレオのせいだからな!レオ×スバルの同人誌作って学校中にばらまいてやるからな!」

「甲殻類の分際で何を言ってるんだ?」

「いだだだだだだだ!!!!!!!」

 世の主婦たちが隠し持つ伝家の宝刀。その名も『うめぼし』を炸裂させる。
 カニは頭が弱いので以前のお仕置きすら覚えてないらしい。
 これはお仕置き竹コースで痛みと共に記憶を呼び覚ましてやらねばなるまい。
 ギリギリと力を加えながら痛みにもだえるカニの様子を観察する。うむ、いい感じに涙目だ。

 しっかりと目を合わせ、確認するように問う。

「まったくこれで何度目だよ……なぁカニ、二度とそういうことを企まないな?」

「…………」

 ビッと綺麗なファッ○ユー。甲殻類にしてはなかなか綺麗な中指をしている。

 ニヤリ、と不吉な笑みを浮かべるレオ。カニがビクリと体を揺らし、ジワリと額に冷や汗を浮かべた。
 じたばたと暴れ始めたカニを片腕一本で押さえつけながら、レオは鞄をあさった。

 商店街で朝が早い部類に入る豆腐屋のおばあさんが「あらあら」とでも言わんばかりの温かい視線を向けてくる。
 どんな騒がしい男も、どんなに品の無い餓鬼も、彼女にとってみれば等しく幼子のようなものなのだろう。その視線に少々気恥しくなったレオである。

「誰が品の無いツルペタだっ!」

「地の文を読むな」

 まったく妙な所ばかりハイスペックな奴である。性根とプロポーションは最悪だが」

「ぎゃーす!人のコンプレックスを指摘するのやめれ!!!」

 おっと、口に出してしまっていたようだ。もちろんわざとだけど。
 レオは鞄から使いこまれたロープを取りだすと手際よくカニを縛りあげていく。
 両手両足を無力化して、さらにその上からグルグルと全身を縛りあげて完成。名付けてカニの一本締めである。名前に突っ込んではいけない。

 で、仕上げ。

「レ……レオ、おめー何する気だ……?」

「いめちぇん」

 びったんびったんとエビのように跳ねるカニを押さえつけ、毎朝きちんとセットされている髪に手を伸ばした。
 手にはサラリとした感触。む、カニのくせに生意気な。
 カニの足に似た形で髪を縛っているゴムを髪の毛ごと引き抜かないように注意しながら抜き去り、カニからきぬへと進化させる。
 編み込みが解けて少々長くなった髪の毛を頭のてっぺんでひとまとめにしたうえで、カニの荷物にある飾りのついていないゴムを大量に使用して天を衝く髪の毛を作成。
 最後に普段の髪飾りをちょっと使用して出来上がり。

「名付けて蟹沢きぬver.トロピカル」

「ぐぐぐぐ……」

 実に見事な椰子の木がカニの頭の上にそびえ立つことになった。満足。
 流石に抵抗は無駄だと悟ったのか歯ぎしりをしてレオを見つめるカニを無視して無造作に抱えあげると、ふと時計に目をやった。

「やべっ、今日も俺が悪くないのに遅刻ギリギリじゃねーか!」

「ふんだ、ボクをぞんざいに扱うからさ」

「あらあら、きぬちゃんは随分と可愛らしい髪形をしているのねぇ」

「あ、おはようございます。馬鹿な子ほど可愛いっていいますしね」

「……っ!…………っ!」

 豆腐屋のおばあさんが穏やかな笑みを浮かべながら話しかけてきたので、レオも素早く表情を穏やかなものに変えて丁寧なあいさつを返す。
 このおばあさんにはちょこちょこと些細なことで昔からお世話になりっぱなしだ。
 嫌っている下の名前で呼ばれたせいか、聞くに堪えない暴言を吐きだそうとしたカニの口を素早く押さえる。

「こんなおばあちゃんに合わせなくてもいいのよ。時間が危ないんでしょう?」

「あ、はい。失礼します」

「もがもがー」

 どうやら佐藤さんの5倍はあろうかという癒し系オーラにカニも毒気を抜かれたらしい。
 押さえた口から普通の挨拶らしき言葉が放たれ、レオの手のひらに反射して消えた。
 道端に放置されている鞄を拾うと一気に走り出す。
 左手には鞄を二つ、右手では拘束されたカニを抱えて通学路を爆走する様子はご近所の方たちから「いつものこと」とでも言いたげで見られ、なじみの無い人たちからはぎょっとした視線を向けられていた。

 一方のレオはといえばでかい荷物を抱えているせいで余裕はなく、カニは先ほどの暴言を思い出したのか暴れてレオの走りを妨害する作業に忙しい。
 いくらカニが軽いといっても、人一人分の体重と鞄二つを持って走るというのは重労働だ。
 それを軽々と行うレオに違和感を感じないのはやはり竜鳴館のトップがアレな人だからだろうと思われる。

「セーフ」

 トンッと軽い靴音と共にレオは無事学校の敷地内へとたどり着いた。
 鞄を持っている方の袖で額にうっすらと浮かんだ汗をぬぐうと、目を回したカニが目に入った。
 あんまりにも暴れるものだから角を曲がったりするときなどに、わざと動作を大きくして(全力で振り回して)最悪な乗り心地を演出してやったのである。ざまぁ。
 わざわざカニの靴を履き替えさせてやり、チラチラとこちらを見ながらも結局無視して立ち去ってくれる生徒たちの間を歩く。
 と、そこで廊下に張り出された掲示物と見覚えのあるツインテールを発見。

「あ、おはよう対馬」

「おはようさん。この人だかりは何ぞ?」

「中間考査の順位だって」

 どうやら張り出されているのは中間考査での上位20名の成績のようだった。
 期末考査の成績は50番まで張り出されるためレオの名前があってもおかしくないが、今回は中間ということもあり20人までしか入らない。
 となると生まれつきそれほど頭が良いわけでもなく、義務感から勉強している程度であるレオの名前など当然存在しない。

「ああなるほど、確か中間は20番までだっけ?どうせ入ってないから興味ないかな」

「くっ、アタシはこんなやつに負けたのね……」

「だからあれはまぐれで時の運だったって言ってるだろ?いいかげん素直に認めろよ」

「名前ネタ禁止!……はぁ、まったく対馬はいっつもそうなんだから。付き合ってるこっちが馬鹿らしくなってくるわ」

「人間少しくらい馬鹿になった方が人生楽しめるってもんだよ」

「開き直るなっ」

 朝から切れの良い突っ込みを入れてくれる娘である。
 ポンポンと気楽に交わされる会話は朝ということで緩んでいる頭脳のキレを取り戻させてくれるようだった。
 天性の突っ込みキャラだな。と面白がっている内心を欠片も外に出すことなく、レオは眠そうな顔を維持することにした。
 と、そこで軽やかな足音と見覚えのある金髪を発見。

「おはよう、諸君」

「……ちっ」

「……ちっ」

「ちょ、ちょっと何よそれ」

 チラリと視線を向けた後、同時に放たれた舌打ちに流石のエリカも思わず動揺をあらわにした。
 素奈緒はどうだか知らないが、レオは朝から体力を使うようなやり取りはしたくないので、思わずストレートな内心を表現してしまっただけである。
 もちろんそんな気持ちを隠すような軟弱な意思は持ち合わせていない。

「朝から面倒な人物に会ったことに対する」

「アタシは「愛しの対馬クンとの会話に割り込まれたから」そんなわけあるかっ!」

 見たところ、今日もエリカは相変わらずの絶好調であるようだった。
 女は三人寄ると姦しい。とはよく言ったものだが、こいつらは二人だけでそれを超える。
 さらにヒートアップしていく会話。実にからかいがいのある素奈緒だが、これ以上面倒な展開になっても困るのでレオはとっておきの手段を取ることにした。

「まぁまぁ、俺の昼飯のピーナッツバターパンやるから落ち着けって」

 そう、餌付けである。
 ちなみに何故こんなものをレオが持っているかといえば、洗脳の結果というか何というか。
 2ヶ月に一度くらい、何故かピーナッツバターが入ったものを食べたくなるという発作が起きる。原因は思春期に受けた猛烈なピーナッツバター教への勧誘ではないかとレオは推測していた。
 目の前ではその悪の権化が照れくさそうに笑っていた。

「あ、ありがとう。……覚えてたんだ」

「そりゃあんなにプッシュされれば覚えない方がおかしいだろ」

「倍プッシュよ……!」

「…………」

「…………」

 霧夜、空気読め。
 最近間違った方向に特化して来たエリカを見て、レオと素奈緒は思わず無言になった。
 目の前にいるコレは何だろう。驚異のシンクロ率を持って二人の脳内に一言一句同じ疑問が浮かぶ。

「ねぇ対馬。姫ってあんなキャラだっけ?」

「昔は高飛車唯我独尊、孤高かつ親しみの持てる完璧キャラだったんだけど……」

「それは当然。そんな私の意外な一面を見て対馬クンはときめいちゃったりしない?」

「しない」

「ここにも対馬菌が……」

「誰がウィルスだピーナッツ娘」

 失礼な発言をした近衛の頬をギリギリと結構な力を込めてつねってやった。
 ちなみに細菌とウィルスは大きさをはじめかなり違うので注意が必要だ。気をつけろよ!
 それにしても、霧夜のこのわけのわからんキャラの原因が俺だとか失礼にも程がある。レオは自身の普段の言動を客観的に思い返しながら最終兵器遺憾の意を発動させた。
 まぁ彼の客観は果てしなく歪んでいるのではあるが。

「ゴメンゴメンって!」

 若干涙目というレア度の高い表情をしながら素奈緒がレオの手を何とか振り払った。
 赤くなった頬をさすりながらレオを睨みつける。

「もう、ほっぺが赤くなったらどうすんの!」

「対馬クンのことだから責任を取る!とか言って舐めまわしてあげちゃうんじゃないの?」

「お前は俺をどんなキャラに仕立て上げたいんだよ!」

 何その下品でフェチ特化型なキャラ。

「せっかく私が新しいキャラを模索してるのに対馬クンったら冷たいんだ」

「やめて!一般生徒の夢と理想を壊さないであげて!」

 驚愕の新事実。ただでさえ濃いこの金髪生徒会長がこれ以上おかしな言動をし始めたら縁を切るしかなくなってしまう。あと今のエリカにあこがれるファンの皆さま方が不憫すぎる。
 ファンクラブ解散の危機に戦慄するレオを置き去りに会話は進む。今度は素奈緒が参戦した。

「何を言ってるの?私は私。他人のイメージなんて知ったことじゃないわ」

「仮にも生徒会長なんだからちょっとはそれらしい言動を心がけたらどうなの?」

「普段の言動なんてものは誰にだって取り繕えるものじゃない?私の価値は結果によって示されるわ。現に私が生徒会長になってから大きな問題なんて起こさせてないんだし、むしろ改善したくらいじゃない?予算とか」

「う……それは感謝してるわ。文化系の部活は冷遇されてきたし」

 生真面目なところがある素奈緒の矛先が鈍った。
 部活に所属していないレオには関係が無いが、そういったえこひいきみたいなものがあったとは。

「へー、まさかとは思ってたけど、そんなこともあったのか」

「そうよ?だって館長が『あれ』だもの。本人にその気が無くても周りが多少なりとも合わせようと動くものでしょう」

 この学校では運動系の部活が強い。
 それは設備や館長の性格から当然だというイメージがあり、何も疑問に思っていなかったが実際は違うのだろうか。
 霧夜の話を聞く限り雰囲気で勝手に出来上がった妙な慣例の一種、だったのだろう。
 それが予算にまで響くとは、あのおっさんお影響力というもの半端ないものがある。

「それでも何というか、イメージに合わないな」

「そうね、結構無茶するけど公明正大ってイメージがあるわ」

「知ってて放置してたっぽいわよ?私が話しに行ったら凄い顔で笑ってたもの」

「うわぁ……」

 素奈緒が思わず想像してしまったのか、何とも言えない声を出した。確かに館長の満面の笑みは心臓に悪い。
 一方のレオは、以前館長とのやり取りの中で投げかけられた言葉を思い出した。

「なるほど、『自分から勝ち取りに行かなければ、得られるものは何もない』、か」

「へぇ、それって館長の言葉?」

「ちょっと前、拳を交えた時に聞いた」

「嘘ぉ!?」

「そりゃ嘘さ」

 拳法部なんかならともかく、入学式の一件以外レオと館長に直接的な繋がりは無いのでやぶへびを恐れたレオは思わずボケてしまった。
 もちろん拳を交えた云々は与太話である。
 適当な嘘を悪びれもせずに言われた素奈緒は顔を紅潮させた。なんだ、俺に惚れたら火傷するぜ?

「ぐぬぬ……アンタはいっつも!」

「はいはい、痴話喧嘩はそこまで」

「なんでアタシがこんな奴と!」

「近衛、その言い方はちょっと傷つく」

 思わぬ不意打ちダメージ。
 そこまで力いっぱい拒否されると流石のレオでも足元がふらつく程度の心的外傷を負う。
 力なく笑いながらレオらしくもなく控えめに言われた発言に、怒りからテンションが上がっていた素奈緒も戸惑った。

「あ、ゴメン……ってそうじゃなくて!」

「結局、冷遇っていうのは館長の顔色をうかがってまともな交渉もしてこなかった偉大なる先輩方の遺産ってことよ」

「しまいにはテニス部の霧夜からそれを改善されたんじゃ良いとこ無しだな文化系部」

 流石に話が横道に逸れ過ぎたと思ったのだろう。簡単に話をまとめた霧夜に、頭を振って憂鬱な気分を振り払ったレオが追従した。
 いつの間にか自業自得みたいな立ち位置になっている素奈緒は不満げにレオをにらんだ。いや、なんで俺。

「くっ、対馬アンタどっちの味方なのよ!」

「少なくとも俺は俺の味方」

「そこ、似合わないキメ顔しない」

 呆れたようなエリカの声に頬を掻くことで照れくささを表現する。
 兄貴、やっぱり俺程度にその台詞は似合わなかったようだぜ。
 そこで唐突に2-A名物コンビが乱入する。

「対馬レオ!貴様、僕のライバルのくせに20位以内にも入っていないとはどういうことだ!」

 すまないな田村。俺はお前にかまっている暇など刹那も存在しない。
 レオはもうこれ以上無いほど爽やかな笑顔を浮かべると乱入者の片割れに向き直った。

「西崎さんおはよう」

「く~♪くー?」

 レオは紀子から返された声にその笑みを一瞬で凍りつかせると、スススッと素奈緒の方に移動し、肘で小突く。

 ヘルプ。俺だけでは未だこの異国語の翻訳は不可能なり。

「何よ、また?」

「後生だ、頼む」

 柄にもなく焦った様子を見せるレオに素奈緒は深々とため息をつくと、紀子の発言を訳してやった。
 彼女にとってみれば、いつも自分でいいように遊んでいる感のあるレオが紀子にだけ気を使って焦る様子が結構気に食わなくもあるのだが。

「手に持ってるのは何?だ……ってアンタ何持ってんのよ!誘拐!?」

「気づくの遅くね?」

 さて読者諸君、レオがその手に持っているものは何だっただろうか?多分もう忘れてるよね。
 正解はロープで厳重に縛られたあげく椰子の木ヘアーになって目を回し気絶している甲殻綱・十脚目・短尾下目に属する甲殻類(wikipedia参照)の一種である。

「く~……」

「ああゴメン!ほんっとにゴメン!次までには聞き分けられるようになるから!そうだ、このピーナツバターがたっぷり入った美味しいパンを上げよう」

 今回もまたまともに話ができなかったことで沈んだ声を出す紀子にレオ焦る。彼女はいい子なのでどちらかというと口下手な自分に対する自責の念のほうが深いのであるが。
 一方のレオの焦り様といったら素奈緒が大事そうに両手で持っていたパンを一瞬で強奪して紀子に差し出すほどであった。
 その行動の素早さに驚愕しつつも、当然素奈緒は怒る。

「それアタシにくれたのじゃないの!?」

「あり…が…と……」

「ひゃっほう!ついに俺にも聞き分けられる能力が!」

「いや、今のは普通に口に出しただけだから……」

 変なスイッチが入ったレオに、素奈緒は『もう打つ手なし』といわんばかりの視線を向けた。
 彼女が知る対馬レオという男は常に気の抜けたような表情をしていて、皮肉気な笑みを浮かべていることが多くて、でもなんだかんだ言って一緒に笑ったり怒ったりしてくれる熱い所もある男だったはずなのに。

「何だって!くそっ、俺に一体何が足りないというのか……!」

 ものっすごいシリアスな顔をして悔しがっているこの男はいったい誰なのだろうか。
 その瞳はまるで炎が揺れているかのごとき激情を宿していた。

「く~」

「ありがとう、その気づかいだけで俺はあと2年は戦える」

「何でこういうときだけ目いっぱい全力なのよ……アンタ、紀子みたいな娘が好みなの?」

「ふっ、何を言うかと思えば」

「え?き、消えた!?」

 突然視界から消失したレオに素奈緒は目を白黒させた。いや、確かに目の前にいたはずなのに!
 やけにむかつく笑いと共に消えたレオを探せば、彼は紀子の腹部に背後から手をまわし片手で抱きしめながら低い位置にある頭を撫でていた。

 どう考えてもセクハラである。

「く~♪」

「いつのまに!」

「なぁ近衛、お前は猫を撫で、愛でている人を見て彼らが性的興奮を覚えているとでも思っているのか?」

「性的興奮って生々しいわ!!」

 そんな怒声とともに素奈緒は紀子を魔の手から取り返した。
 さっきのたとえ話ではないが、まるで猫が毛を逆立てるかのようにこちらを威嚇する

「まったく、油断も隙もない……」

「愛ゆえに」

 言い訳というか理由というか、とりあえず原因的なものを適当に言ってみたのだが睨まれただけだった。
 何故に。






「ふーん、あの程度の成績で?」

「ぐっ、いや、いつか必ず姫に並んで見せる!」

「ま、頑張りなさい」

「もちろんだ!」

 こちらの会話もひと段落したのでフェードアウトしていたエリカと洋平に目を向ければ、男の方が熱血していた。
 よりによって相手が霧夜。
 レオは思わず蟻地獄にはまった蟻を見るような視線を向けてしまうが、対する洋平はドヤ顔でこちらを見るばかり。処置なし。

「ほら、紀子に村田。変な奴らの相手なんてしてないで、そろそろHRが始まるわよ」

「くぅ、難儀だな。だが対馬レオ!」

「ほらほら、さっさと行くわよ」

「ぐぇ、こら、襟を引っ張るな首が締まる!」

「くー(またね)」

 可愛らしく手を振ってくる紀子に小さく笑ってレオは手を振り返す。
 いつも堂々とした態度でいる洋平が女子一人に引きずられていく様子はどこかコミカルで、周囲からも微笑ましいものを見るような雰囲気が漂っていた。

 どんな彼女ができるか知らないが断言しよう。あれはプライドが高いから亭主関白っぽく振舞うだろうが、将来絶対尻にしかれるタイプの男だ。

「まったく、騒がしい連中だ」

「対馬ファミリーのことを棚に上げてよく言うわ」

 あーあー、聞こえない聞こえない。
 レオは会話を逸らすついでに前々から気になっていたことを聞くことにした。

「そういえばいっつも思うんだけど、国語の記述問題とか満点取るのかなり難しいだろ。どうやってんの?」

「そんなの簡単じゃない。問題文を見て、何を答えさせたいかを考えればいいのよ。あとは答えさせたい部分、つまりキーワードを見つけて上手く繋げればいいだけ」

「評論文とかはそれでいいかもしれないけど、小説とかはそうもいかないような」

「似たようなものよ?前後の流れから導き出される『一般的な』反応とか感情を予測すればいいだけだから、前後の文脈とキャラクターさえつかんでおけば何とかなるわ」

「はー、色々考えてるんだな。俺は普通にそれっぽい所をつなげるとか、気持ちを考える程度でそれなりの点数取れるから考えたこともないよ」

「それは対馬クンの思考が出題者の想定範囲内を出ていないってことよ。つまんない男ー」

「人格や思考がそのような『一般的』なものから乖離している場合、彼らの多くは社会不適合者と呼ばれ歴史の闇に消えていくのである」

「20点。後半とか考えるのが面倒になったでしょう」

「まーなー」

 以上、霧夜先生の現代文講座でした。
 古典はあれ暗記だから。和歌とか何問も解いてパターン化しないとどうしようもないほどわからないから。昔の常識なんて知ったことか!
 あんなの即興で作り出してた昔の人すげえ。

「ふぅ、そろそろHR始まるわよ。あ、それとカニっち貸して?」

「好きに持ってけ。俺はなんかどんでん返しでもないか順位表チェックして行くから」

 カニは西崎さんの背後にまわったときに放り投げてそのままだ。たぶん霧夜はかにの愉快な髪型でもいじって楽しむつもりなのだろう。
 廊下の隅で目を回していたのだが、手荒に扱いすぎたかもしれない。いや、そこに愛はあるのだ愛は。
 エリカが去った後、レオはHRが近づいたからか人もまばらになった掲示板の前で、なんとなく見慣れた名前がないかを見る。
 こういった成績でめったにどんでん返しなんてない。特に今は1学期だ。前学年の最後の試験と変わるところはないだろう。

 それでもここに残ったのは、朝からのハイテンションな会話で取り落とした自分というものを確認したかったからかもしれない。

 幼馴染からも、友人たちからも離れて自分というものを確認したいときが彼にはある。
 果たして自分はこういう男だっただろうか。こういう反応をするような性格だっただろうか。
 医者に言わせて見れば日夜幽霊と戦っていた自分は統合失調症の一種であったらしい。

「まさかと思いますがこの『対戦相手』とはあなたの想像上の存在に過ぎないのではないでしょうか。なんてな」

 ネットで有名な精神科への相談結果をもじってレオは彼に似つかわしくない儚げな笑みを浮かべた。
 目がひとつしかない人間たちに見世物にされ「自分こそがおかしいのではないか」と片目を潰した男のように、『お前のほうがおかしい』という周りからの圧力は当人の認識さえも変えてしまう。
 もう高校生としてある程度自意識を確立させたレオだが、ちょっとした弾みで不安に襲われる。


 いつまでたっても慣れない気分の深呼吸で振り払った瞬間。

「!」

 ぐりん、と首をひねりレオから無意識のうちに放たれた眼力。
 それは普段ならば無視するような視線だっただろう。
 有象無象の興味本位のものとは異なる、『対馬レオ』こそを標的とした観察するような視線に彼はありったけの敵意を相手に叩き付けた。

 捕捉:向かい側校舎1階
 対象:結構な距離のため詳細不明。ただし女子生徒であることと赤い腕章だけを把握。

 腕章といえば風紀委員。普段の言動からある程度目をつけられるのもしょうがないような気がしないでもないが、ストーカーまがいの視線を向けられて喜ぶ趣味は彼にない。
 薄くなった自己の自制心にレオは舌打ちをひとつ打つと、すばやく視線を切って早足に廊下を歩き去った。

 ささくれ立った精神は一応の落ち着きを見せ、教室に向かいながらも彼の脳内を占めるのはただひとつの感情。



「なんという面倒ごとの予感」









 レオの穏やかな日々は未だ遠く、遠い昔から続く何かが噛み合う音がした。





 あとがき

 全体的に手直し&漢らしくないあとがきを削除。あと色々なものを諦めてみた。
 佐藤良美との関係【後編】だけエラーが出て修正できないのは何故だろう。そのうち直そう。
 皆忘れたころに投稿が俺クオリティ。




[20455] 鉄乙女との関係【前編】
Name: 酒好き27号◆3e94cc3d ID:1c555357
Date: 2011/05/25 19:49

 時は昼休み。
 授業後に全員で駆けだしたのが功を奏したのか、めでたくテラスの良い席をゲットできた一同はクラスに戻ってまったりと食後の休憩を楽しんできた。
 普段ならば視線が気になるレオだが、今日は霧夜エリカファンクラブの集いが開かれる日なので教室にいれば気楽なものだ。

 レオが持ち込んだトランプを使用して今日も楽しくギャンブルの時間である。
 と、そこに見慣れたメガネ面が出現した。

「よぉ、今日は早かったな」

「そんなたいしたニュースもなかったし、普通に写真買っておしまいさ」

「いっつも思うけど物好きだよな、お前ら」

「ケッ、いっつも姫と一緒にいるお前が言っても説得力が無いんだよっ!」

 心外だ。俺の中の霧夜は『嫌いじゃない』カテゴリに入っている程度であるのに。
 フカヒレはそんなレオの表情も気にせず写真をしまいに行ってしまった。「べ、別に羨ましくなんてないんだからな!」という捨て台詞も忘れないところが相変わらずである。
 一応の幼馴染であるフカヒレまでそういう印象を抱いているとなれば、レオとエリカの関係は一般生徒にとって言うに及ばず。
 由々しき事態ではあるが、まぁ大事にはどうあがいてもならないだろうし……などと最近開き直ってきた自分が怖い。

 これはあれか、霧夜の計画どおりだったりするのか。

「レオはツンデレだからな。素直になれないお年頃ってやつさ」

「スバル、俺がお前と会ったばかりの頃から俺の態度に変化はあったか?」

「おっと、前言を撤回させてもらうぜ」

 現実のツンデレなんて頭の弱い子か猫をかぶってるかの二択に違いない。生温かい目を向けられたくないレオは心の底から嫌そうな顔をしてスバルに釘を刺した。
 レオのそんな発言と険しい視線にも、スバルは涼しい顔をして柳のように受け止めてしまう。
 この男は昔から見た目不良っぽいので苦労してきたそうだ。初対面から一貫して態度を変えたことのないレオにしてみれば理解のできない話だが。

 幽霊しかり館長しかり、世の中には見た目などどうでもよくなるような存在が満ち溢れていることだけは確かなのだけど。
 諦めたような溜息を一つ。
 スバルを相手にするとどうも旗色が悪い。中学生後半の奴に落ち着きが出てきた頃からスバルは一筋縄ではいかない存在にランクアップしてきたらしい。

「そうだスバル、ちょっと来てくれ」

「なんかあったのか?」

 そこで声を上げたフカヒレにレオは不審そうな声を上げた。フカヒレがスバルだけを誘うとは珍しい。
 そう考えて視線を上げれば彼は珍しくまじめくさった顔をしていた。

「こいつはプライバシーってもんがある。本人のためにもスバル以外には話せないね」

「俺の秘蔵品やるよ」

「よし、レオもいいぜ!」

「オラオラ、それは初志貫徹しとけよ?」

「男にはなぁ、引いちゃならねぇ時があるんだよ!………」

 遠ざかっていくフカヒレ。

「なるほど、いつものか。下心も程々にしとけよー」

 どうせまたスバルの好みを聞いてくれとか、ラブレターを渡してくれとかいったことだろう。
 スバルが誰かと付き合うということは今のところありえないので、あわよくば玉砕して傷心の女子生徒を手籠めにしてやろうとでもしているのだろう。

 だが奴の計画には穴がある。

 スバルを好きになるような女性がフカヒレになびくことは果たしてあるのだろうか?
 これを言ってしまったが最後、フカヒレは静かに涙を流し、1週間ほど音信不通になるのでだれも何も言わない。

「スバル×フカヒレか……需要はなさそうだ」

「対馬ー、最近姫に影響されすぎじゃね?」

「そ、そんなことはない。あ、それロン」

 クラスメイトからなかなかに手痛い一言をくらいながらもカードゲームに戻ったのだが。

「……なぁ対馬」

「ポーカー麻雀って無理がないか?」

「だよなぁ」

 説明しよう。ポーカー麻雀とはレオが15分ほど前に考案した新ゲームである。
 4枚ずつカードを配ってから麻雀のようにひいては捨てるを繰り返していち早く規定の役を作った人物が勝ちである。鳴くのはロンを含め一度のみ。低い役は上がりにならない等の細かいルールは割愛。
 適当に金額を決めて始めると、麻雀よりはるかに少ないパターンで手軽な読み合いを楽しんでいたのだが。


「「「…………」」」


「ど、どうしたの?」

「いいや、俺たちの読みの浅さを痛感してたとこ」

「そんな、たまたまだよぅ」

 言葉を失う一同。視線の先にはゲームに参加した唯一の女子生徒が一人。
 我らがクラス委員長の目の前に積みあがっている小銭の山は、レオを含めた男3人の財布から出たものである。

「今回は完敗だな」

「いやはや、全くだ。時間だしこれにて終了っと」

「ごめんね。こんなにもらっちゃった」

「いやいや、ここで金を返そうするような空気の読めない人じゃ無くて逆に安心した」

 大勝ちして謝りながらも、全く嫌味成分が感じられない良美にレオが肩をすくめて言う。
 ちなみに彼女の前に積みあがっているのは10円50円硬貨ばかりである。流石にそれ以上になるとちょっと苦しい。いろんな意味で。
 なんにせよ、勝負の前にしっかりとルールとリスクを確認したならば余計な優しさなど不要!時に優しさは刃になることを知れってやつですな。
 したり顔でそんなことを思っていたレオに不満そうな視線が突き刺さった。

「対馬てめー、自分がプラマイゼロだからって好き勝手言いやがって!」

「ハッ!自分以外のことなら好き勝手言えるってもんよ!」

「えっと……」

 吠えるクラスメイト、開き直る俺、困惑したように視線をさまよわせる佐藤さん。
 目の前のモブはそんな佐藤さんに向けて高速で首を振る。

「いやいやいやいや、佐藤さんはいいんだ!問題はこの馬鹿だからな!」

「お前が負けたのが悪いんだろ?」

「それは確かに」

「納得すんのかよ」

「だがお前の態度が気に食わない!」

「負け犬の遠吠えってな」

「負け犬にも意地はあるのだ!」

「お前って双子だったっけ?」

「実はな。ついでに仲の悪い兄がいる」

「体張りすぎだろ」

「ジャッジですの!」

「いや、そっからそのネタに持っていくのはすごいと思うけど。……物凄い勢いでネタが移り変わっているが大丈夫か?」

「問題ない」

「マダオ乙」

 なかなかの使い手だ。所詮モブに過ぎないがモブにしておくにはあまりにも惜しい人材だといわざるを得ない。
 ならば超(スーパー)モブとでも呼称することにしよう。光栄に思うといい。
 レオがそんなくだらない思考をもてあそんでいると良美が遠慮がちに口を開いた。

「じゃあこれはもらっておくね?」

「そうそう、たかが数百円だ」

「だからお前が言うなって」

 うるさいぞ超モブ。

「にしても佐藤さん強いね」

「ううんそれほどでもないよ?エリーにゲームで勝ったことほとんど無いないし」

「さすが姫」

「予想はできてた」

 口々に言うモブたち。そんなんだから背景どころか声すらないオリキャラでしかないのだよ。
 ん?俺だったら勝てるのかって?残念。

「よし、奴とは賭け事をしないことにしよう」

 俺はそもそも戦わないから勝ちも負けも存在しえないのだ。
 徹底して逃げ回るという負け犬思考のレオに、超モブがいやらしい笑いを浮かべながら声をかける。

「そりゃー無理だろ」

「なんで?」

「あの姫が提案してきた賭けを拒否できるような奴がいるとは思えねーからな」

「…………」


 いや、まったくだ。
 だが俺はその程度の予想で諦めるような人間ではなかったりするのである。


 コラそこ、無駄なあがきとかいうんじゃない。












 夜。いつものように対馬家へと集まるダメ人間ども。

「テストなんてなくなっちゃえばいいのにねー」

「そんなことになるとお前ホントにダメな子になるだろ」

 いつものカニによるダメ人間理論をサクッと否定する。
 とはいっても遊びたい盛りの高校生。カニの意見には全面的に賛成したい。

「進路も限定されちまうしな」

「そういえば進路指導調査の紙出した?」

「ボクは速攻で書いて出したよ。ゲーム作りたいんだ!」

「その熱意がもう少し他のことにも向けばいいのにな」

 今まで言われるがまま勉強してきたけれど、どうも最近きな臭い。将来的な意味で。
 フカヒレが振ってきた話題にカニは元気よく食いつき自分の夢を発表したが、そこに至るまで何が必要なのか全く考えてないので素直に感心してはいけない。
 そんな本能のままに生きるお子様をちょっとは更生してやろうかと無駄な発言をしてみたが、それはスバルが否定した。

「そうなったらカニじゃねぇだろ?」

「む、なんかバカにされてる予感。そーゆースバルはどうなのさ」

「オレは陸上。高校卒業したら一人暮らしだな」

 ギリギリアウトローなこの男にも、昔からの夢がある。それが嫌っている父親のものと被る時点で奴も案外複雑だ。
 若干憂鬱な気分。このダメ人間どもにも、いや、だからこそ目標があって一直線だ。
 あっちにフラフラこっちにフラフラ、のんべんだらりとニュートラルに生きてきた俺とは大違いだ。

「スバルならそつなくこなしそうだけど。なんかあったら言えよ?」

「ま、気持ちだけもらっとくぜ」

 いくら自分に夢がないからと言って、別に妬むほどのことでもない。
 スバルを素直に応援すれば、スバルらしく自信に満ちた笑みを浮かべている。
 人の枕を抱えてゴロゴロとベッドを転がるカニが今度はフカヒレに話題を振った。

「フカヒレはー?」

「進路とかリアルで嫌だよな」

「現実逃避すんなよ」

 相変わらずの発言にちょっと安心した。

「そーそー、たまにはちょっとだけ真剣に考えてみ?」

「カニにそういうことを言われたくないね。…………怖っ!」

 自分の行く末を真剣にシミュレーションしていたフカヒレが何か恐ろしいものを見たかのように震えだした。
 パッと見どう見ても異常者だが、いつものことなので気にしない。

「どうだった?」

「周りが結婚して焦っていたのか、大して好きでもない女と結婚していた」

「そもそも結婚できんの?」

「ぐはぁっ!!!!」

「フカヒレ!?大丈夫かフカヒレええええええええええええ!!!!」

「やべぇぞ!脈が弱い!!!」

 カニの致命的な言葉の槍がフカヒレの心、それも特にやわらかい部分に突き刺さり、断末魔の悲鳴を上げてフカヒレが倒れた。
 あわててスバルと共に駆け寄るもすでに遅く、鮫氷新一という一人の漢の魂は体から乖離した後であった。
 顔が蒼白で脈が弱い。いや、結構真面目に。

「スバル!」

「おう!」

 人工呼吸など死んでもしたくないのでスバルと共にフカヒレの蘇生を開始。

「行くぜ!筋肉バスター!!!」

「ちょおま!」

「ちぃ、まだか!スバル!」

「よし来た。腕挫十字固!!」

「いだだだだだ!!!!!!」

「くそっ、まだか!?レオ!」

「応急処置は早さが命だ!心苦しいがフカヒレのため!飛天御剣流……」

「作品が違うだろ!しかもそれ殺人剣ぐぼぁ!!」

 ちなみにギャグパートなのでフカヒレは5分で復活する。ご安心を。






















「で、その女のために必死になって生活費稼いでいると、気づけば若くなかった」

「そのやけにリアルで怖い予想を立ててもらってなんだけど、普通に進路について考えろよ」

「フカヒレってさ、すぐそういうこと考えるよね」

 フカヒレの無駄にネガティブな妄想力に呆れ返りながらも、そのあまりの人生どん詰まり感に身震いする。人間そうは成りたくねぇよなぁ。
 そしてまた妄想パート。
 フカヒレの百面相は見ていて面白いが、さすがに飽きるのでスーファミを起動。






 ~スーパー暇つぶしタイム~



「ボンバーマンの各面のボスって普通にAI強くね?」

「スーファミにしては驚異的、とかどっかで聞いたことあるー」

「やべぇ、死んじまった。次レオな」

「死ぬといえばみそボンってみそっかすボンバーの略なんだってな」

「へー」

「ほー」

「やる気ねぇにも程がある返事だなお前ら!」

「ねーねー、みそっかすってどういう意味?」

「レオに聞いてみな」

「半端ねぇスルースキルだ。フカヒレの気持ちがちょっとわかる」

「で、どういう意味?」

「……お前みたいなのってことだよ」

「ふーん、確かに画面の端っこから一方的に攻撃できるかわいいデフォルメキャラは愛らしいボクにぴったりだね」

「めげないねぇ」

「待てスバル、その表現はなんか違う。そもそも風邪ひいたことに気付かない奴みたいなもんだろ、この反応」

「おっしゃー撃破!!でもなんか飽きた。普通に対戦しようよ」

「そうだな、ステージ増やすのってどうすんだっけ?」

「オープニング画面でX連打。結構な速さを維持しないと出ないぞ」

「い・の・ち・を・燃・や・せぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「すげぇ、一発で出しやがった」

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

「ほらカニ、麦茶」

「サンキュースバル……んぐっんぐっんぐっ、ぷはー!!!」

「最初は?」

「もちろん『いつもの』」






 ~スーパー暇つぶしタイム終了~







「…………怖っ!!」

「今度はなんだ?」

「誰でも入れる4流大学に入って一度留年、遊びまくってギリギリ卒業。中小企業に勤めて何も面白くない仕事をしながら、安い給料で働き灰色の毎日を送っていた」

「リアルすぎる……」

「こんな若いうちから嫌な想像させんな!」


 このような実にくだらない会話と共に今日も一日が過ぎていく。
 それはありふれた日常のようで、しかし一度たりとも同じ出来事がない輝ける日々。
 平穏を望むと自らに言い聞かせ続けるレオは、彼なりに馬鹿らしくも騒がしいこの日常を愛していた。

 今を共に過ごす人、これから出会う人、そして『過去に出会った人』。

 レオの日常は変化し続けながらも、同時に新たな日常へと繋がっていく。今日という日はそのちょっとした変化への前振りみたいなものだったと未来のレオは思ったそうな。












「今日の朝判明した新カップルはうらやましいなぁ。俺も人目もはばからずイチャイチャできる女がほしいぜ」

 Isolationというエロゲの曲を弾きながらフカヒレが欲望にまみれた声を出した。
 はっ、このまま何も言わないと幼馴染ENDで終わってしまう!
 いつもフカヒレが言っていることなのでスルーの予定だったが、流れている曲が曲なので全力で話題をつなげにかかる。

「そんな経験ないから想像するしかないけど、どんな気分なのかねぇ」

「オレはレオが恋に浮かれてる様子ってのを見てみたくはあるけどな」

「想像できないね、それ」

 なんでこういう話題になるとこの男は真っ先に俺に振ってくるのだろうか。
 なんかケツがむずむずする。貞操の危機か。
 そんなやる気のない3人に特に反応もせず、フカヒレは話題を続ける。

「じゃあさ、この中で先に恋人作ったほうが勝ちってのは?」

「やだよ、そんなスピードレースみたいな。ボクたちはフカヒレみたいにがっついてないしね」

 カニにしては珍しくまともな意見だ。

 恋愛だからと特別視するのもよくないが、そんなに簡単にくっついたり別れたりというのは何か違う気がする。

 人によっては『童貞乙』とか言われたりするのだろうか。

「うーん、じゃあもうすぐ夏だろ?恋人作って、ひと夏の思い出でうらやましがらせたら勝ち」

「商品は?」

「潤いのある、人生かな」

「うわーお、魅力的な商品だこと」

 そういうのは賭けでも目標でもなくただの願望っていうんだよ。とカニと共にブーイングをする。
 正直今の自分には恋愛が魅力的に思えなかった。
 と、そこで笑いを含んだ声が。

「ま、いいんじゃねぇの」

「おや、意外な言葉」

「似非テンション否定派なレオがどうなるか、ちょっと見てみたいしな」

 先ほどのフカヒレのように、心に突き刺さる大ダメージ。
 ぐらりと揺れた体を根性で立て直す。

「な、なにをぅ?」

「あはははは!言われてやがんの!」

「普段の行いのたまものってやつかな」

 テンションに流されない。
 それは心に深く刻まれた戒めであり、短いながらも十数年生きてきた中での教訓だ。
 それを『似非』とか言われてしまった。死にたい。

「否定は……できないけど、人生では一度の選択が何年だって後を引くことがあるからこそ」

「テンションなんてあやふやなものに左右されずに、何事にもニュートラルな気持ちで……だったか?」

「いつものジロンだね」

「でも姫のことは?」

 すかさずフカヒレから突込みが入った。
 最近霧夜とのチキンレースがいろんな意味でギリギリになってきたからだろうか。キリヤイツカコロス。
 まぁあれは例外中の例外である。人生何事においても『どうしようもないこと』ってのがあるもんだよ。
 思わず視界がゆがむ。心の汗だ、俺は泣いてなんかいない。

「あれは現実世界にかかわりのないゲームの中みたいなもんだから」

「へぇ(笑)」

「ほほーう?」

「ふんだ」

「なんだよその視線は」

 嫌な視線が突き刺さる。
 スバルは馬鹿な子供を見るような生暖かい目線。
 フカヒレは若干の嗜虐と溢れんばかりの嫉妬心。
 最後のカニは野生動物っぽい獰猛な目つきだった。
 しばらくそんな状況が続いたのだが、頑なに口を閉ざしていると不意に空気が弛緩する。
 そこで区切りをつけたのか、フカヒレが改めて仕切りなおした。

「じゃあ勝負な」

「ハイハイ」

「うわ、適当な返事。スバルお前やる気ねーだろ」

「スバルがそんなんじゃ、勝者無しで終わりそうだね」

「あり得るのが悲しい所だよ」

 全員のやる気はなくても勝負は勝負。
 ちょっと意識して日々を過ごした挙句、最終的に幼馴染4人でスキー旅行とかに行く様子が目に浮かぶ。
 思わず完全に苦笑いといってもいい表情が浮かべてしまった。

「オレは坊主がちゃっかり勝ってそうだと思うぜ」

「まさかー」

「おいカニ、その否定の仕方はどういう意味だ」



 恋人ねぇ。


 幼馴染とじゃれあいながらレオは思いをはせる。
 恋人ができたからと言って、人生がバラ色に輝くのだろうか?何もしなくても毎日が楽しくなるのだろうか。ま、経験してもいないことにいくら想像力を働かせても無意味だろう。
 いつものように過ぎ行くゆったりとした夜が、4人組を優しく包んでいた。








 で、朝。

「……んなアホな。」

 時計が示す時刻は8時30分。
 今日の朝も絶叫調にロックンロールな時間の幕開けだ。

「ゴルァ起きろカスどもが!」

「んがっ!」

「ぐぇ!」

「ってぇ!」

 固い床で好き勝手に寝ている馬鹿どもを全力で叩き起こす。
 こいつらさえ早く帰っていればこんなことにはならなかったはずだ。なぜなら俺は朝が強いほうだから!

「あー?いいじゃねぇか。3限あたりからゆっくり行こうぜ……」

「ギリギリ間に合う時間帯ってのが曲者なんだよ!こちとら一人暮らしなんだ、不用意にこの自由な生活がなくなるような危険は冒せねぇんだよ!」

 下手にだらしのない生活をしているような話が両親に行ってしまえば、この自由気ままな一人暮らしが崩壊する可能性が出てくる。
 今のところカニの母はそんな報告をしていないようだが、ちょっとしたことで学校から連絡が言ってもおかしくない。

「5分以内に家の前に集合だ。遅れたら殺す」

「イエッサー!」









 そして。

「閉まってるな」

「ああ、閉まってるな」

「Zzzz……」

 どう考えても二度寝、朝デッド、レオの背中で熟睡、と三拍子そろったこの馬鹿が原因である。

「ふざけんじゃねぇぞカニィィィ!!!!」

「イダダダダダ!!ギブ!レオギブ!」

「ほらレオ、カニのせいかもしんねーけどそのくらいにしとけ」

「せっかく走ったんだ、フォーメーションBを使って裏側から入ろう」

「フカヒレ、それ採用」

 4人でいつものように壁を乗り越え、無事に着地。

「ちょろいもんだね」

 カニが言うとおり、正門が閉まっていたとしてもいくらでも侵入経路はあるわけで。
 馬鹿正直に遅刻届をもらいに行く奴などどこにいるというのだろうか。遅刻だって重なれば世にも恐ろしい島流しが待っているというのに。
 いやーよかったよかった一件落着、などと教室に向かおうとしたその時。

「そこの4人、待て」

 ピシリ、と全員が石化する。
 即座にアイコンタクト。
 全員バラバラに逃げれば誰かがおとりにじゃん?俺が不利じゃねえかよ!フカヒレ、強く生きろ。なんにせよさっさと逃げるぞ。
 全員が思い思いの方向に走りだす。現行犯じゃなければある程度は見逃してもらえるだろう。

「止まれ!止まらないと制裁を加える」

 そんな忠告に従うほど『賢い』仲間は残念ながら俺たちの中に存在しない。きゃー素敵ー。

「止まれって言われて止まるバカなんていねぇよーっだ!」

「俺もスバルみたいに足は速くないけど、逃げ足だけなら自信あるぜ」

 そんな良心というものの欠片もない会話をした瞬間。

「警告に従う気はないと判断した…………実力行使だ」

 人の形をした旋風が吹き荒れた。

「うわっ!」

「ぐっ……」

「ボクは絶対逃げ」

 足払い、貫き手、投げと十分にオールラウンダーな能力を見せつけ3人を地面に沈めた人影。
 おいおい、フカヒレはともかく他の二人は頭が悪い分身体能力だけは群を抜いてるんだぞ。
 そんな驚愕が頭をめぐる瞬間、制裁のターゲットが自分に切り替わったのを理解する。
 一直線に迫る蹴り。まぁこのままならば足にヒットして無様に膝をつくことになるだろうことが容易に予想できた。
 いつものように、ため息をついてそれを受け入れようとして、腹部を押さえて顔をしかめるスバルを見てしまった。
 腹に、貫き手。あぶねぇだろそんな攻撃!

「!」

 見えているということは回避できるということ。レオにとって喧嘩とはそういうものだった。
 とっさに、無意識に、つい、いった具合に回避された蹴り。ちょっと驚いたようにこちらを見た女子生徒と視線が合う。
 ずいぶんと綺麗な人だな、という間の抜けた感想を抱いた瞬間に間髪入れず撃ち込まれる相手の足。
 あー顔見られちゃったし仕方がないかー、と受け入れた足払いは脛に直撃して耐え難い苦痛を発生させた。

「~~~~っ!!!!」

 ぴょんぴょんと痛みをこらえて跳ね回る俺を形容しがたい目で見つめる女子生徒。
 腕章は赤く、風紀委員の身分を示し、冷たくは無いが、そのまなざしはさながら鍛え上げられた日本刀のようで。
 痛みも引いたので、両手を上げて降参のポーズをとる俺に注がれる鋭い視線。

「だらしがないぞ。根性無しが」



 反論のしようもございません。



 その手には日本刀。おまわりさーん!銃刀法違反が!!
 そんなバカな発言すら封じられるような雰囲気がそこにはあった。
 愛想笑いをしても全く揺らがない眼光がレオを貫く。


 スバルがこんな簡単にやられるなんて世界は広いなぁ、と現実から逃避するレオの足には確かな痺れと痛みがその存在を主張しているのだった。










[20455] 鉄乙女との関係【後編】
Name: 酒好き27号◆3e94cc3d ID:1c555357
Date: 2011/08/12 12:32


 結局風紀委員に捕縛され、校門の前で説教を受けることに。
 カニが全力でケンカ売ったり制裁を食らったり無駄な根性を発揮したりと忙しい。ぼへーっと間の抜けた顔でフカヒレの及び腰などを眺めていると。

「久しぶりだな、対馬レオ」

「へ?」

 と不意打ちを食らうことになるわけで。
 思わずまじまじと相手の顔を見つめてしまう。綺麗に整えられた身だしなみに抜身の刃物のような美しさ。少なくとも記憶の中にこんな美人さんの存在は確認できないのだけれど。

「本来ならこのような場所ではなく、こちらから話をしに行こうと思っていたところなのだが」

「?」

 やばい、全くわからん。
 そんなこちらの気持ちとは裏腹に相手は相手でどんどん話を進めていってしまう。あー、この人あんまり人の話を聞かないタイプ……というか相手の表情とかに頓着しないタイプと見た。
 見た目通り胸を張って背筋伸ばして生きてんだろーなー。後ろめたいことなんて欠片もねーんだろーなー。とレオやさぐれる。

「こういった状況で話をするというのは少々皮肉なことだが、確かにお前もご両親のお話通り、少々たるんでいるようだな」

「はい」

「む、なんだ?」

 先ほどされた説教を参考に挙手。
 話を遮られたことに対してか、少々不審そうにしながらも発言を許可する風紀委員長。

「えーと、大変失礼なんですが……顔見知り?」

「!」

「…………」

「お前、本気で言っているのか?」

「残念ながら」

 こちらを監視するような視線だとか、ちょいと細かすぎる注意だとかに対するちょっとした意趣返しも込めて肩なんかをすくめてみたり。うわお、綺麗な顔なだけに不機嫌そうな顔がなんて迫力。

「学年も違うし、お前はお前で友人たちと楽しくやっているようだったから差し出がましいマネはすまい、と思っていたんだが」

「えーっと」

「いや、もういい」

 そうやって一方的に会話を打ち切られるとさらに気になる。

「やい、黒豆おかめ!!」

「鉄(くろがね)だ。にしても本当にいい根性をしているな、気に入った」

 関係を問いただすべきか悩んだのだが、そんな暇もなく涙目から回復したカニが速攻でケンカを売っていた。
 案外しゃべるねこの人。説教好きってことだろ、苦手なタイプかも。なんて会話をスバルとかわす。
 どうやらきっちり三年生で年上、さらに風紀委員長と簡単なパーソナルデータを把握。さっき通りがかったオッサン(館長)とのお互いよく知ってそうな会話を聞く限りにおいてはたぶん拳法部に所属しているに違いない。

「覚えてやがれ!人通りの少ない所で足音が一つ余計に聞こえたらそれがボクだからな!」

「それどんなオヤシロさま?」

 フカヒレの突っ込みもむなしく全力で昇降口に走るカニの背中に弾けた。
 どうやら説教も終わったようなので、藪をつついて蛇を出す前に三十六計逃げるにしかず。
 その道中声が聞こえたので振り返ってみれば

「姫、生徒会長がそれでは困る!」

「乙女先輩!?マズっ、こんなところで網張ってるなんて!」

「だからやめようって言ったのにぃ……」

 そんな愉快な状況が出来上がっていた。
 遠くから相手の目を見る→相手がこちらに気付く→m9(^Д^)ぷぎゃー→ダッシュ

「姫、話を聞いているか!?」

「ちょっとエリー」

「わかった今回は私の負け降参そこで遅刻届もらってくる」

「やけに早口なのが気になるが……それでいい。佐藤も姫を教育してくれ」


 今日も朝から絶好調でテンションに流されているのであった。
















 で、昼休み。

 復讐心に燃えるカニがフカヒレを引き込んでお礼参りへ旅立とうとしていた。
 口からは卑怯上等の悪役で何が悪いな台詞がひっきりなしに吐き出され、さりげなくカニによってトラウマをえぐられたフカヒレは女という存在自体への憎しみと募らせていた。

「女の子は男に尽くすべし!これは古来からの鉄則である!!」

「ま、相手は風紀委員長なんだ。妙なことにはならないと思うぜ?」

「でもスバルあの二人見ろよ……なんかこう、不安になってこないか?」

 どことなく楽観してるスバルに対して際限なく盛り上がる馬鹿どもを示してやる。
 朝あのあの迫力にはフカヒレが十人いても太刀打ちできないのはわかりきったことだな、それでもなお際限なく上がっていく二人のボルテージがどうしようもない結末を予感させる。

「勘違いしている女には教育してやる!」

「おー燃えてきた燃えてきた。流石女を憎んでることだけはあるね」

「……たぶん大丈夫だろ?」

 おい、目をそらすなスバル。

「せめて?は外してくれ」

「よっしゃー行くぜ!あの威張り散らした女がボクに泣いて許しを請うところを想像するだけでテンションあがってくるね!」

 そんな保護者二人の心配をよそに、佐藤さんから復讐相手の詳細を聞き出した二人は意気揚々と教室を後にするのだった。果てしなく不安だ。
 入れ違いに教室に入ってくる霧夜。

「なんかカニっち妙に殺る気だったじゃない。誰を仕留めに行ったの?」

「鉄先輩だって」

「ありゃ返り討ちか」

 思考時間ゼロ秒で出された結論が奴らの完全なる敗北を予感させる。
 にしても霧夜にここまで言わせる相手というのが少し気になった。

「完全悪人思考のカニでも?」

「無理無理。さすがに相手が悪いわ」

「ずいぶんよく知ってるような言い方をするんだな」

「そりゃあ私生徒会長よ?それで乙女先輩は風紀委員長」

「……おおっ、そうだった。じゃあやけに詳細なプロフィールを提供してくれた佐藤さんは?」

 普段の言動が言動なのですっっっっっかり忘れていた。一瞬の沈黙ののちにポンッと手をたたいたら霧夜の額に怒りマークが出現した。
 だって仕方がないじゃないか、集会だって意識飛ばしてるのに普段の言動から生徒会長を想像しろとか無理がありすぎる。興味がないので他の委員会のトップの顔も知らない。

「私は生徒会書記だしね」

「委員会でも霧夜の補佐……」

 佐藤さん、なんて不憫な……!と目からこぼれそうになる熱い雫を堪える。上を向いて、歩いて行こう。
 そんなことをしていると右肩にギリギリとした痛みが。
 どうやら朝の一件も含めて霧夜の許容ゲージが満タンになったらしい。人の肩を握りしめて素晴らしい笑顔を浮かべる金髪美人が一人。

「ねぇ対馬クン、ちょっと私とお話ししない?」

「寝言は寝て言え」

 こちとら朝っぱらからテンションMAXで厄介ごとを引き寄せまくってるせいで機嫌が悪いんだよ。
 







 数分後。


「ようカニ、どうだった?」

「……」

 見るからにしょぼくれた雰囲気を垂れ流しているカニが教室に帰ってきた。
 一方のレオはと言えば同じくテンション急下降といっていい儚げな笑顔でカニを出迎える。その笑顔には、戦いに敗北した男の寂寥感がまざまざと刻み付けられていた。

「目は口ほどにものを語る、だな。フカヒレは?」

「あの女にのされて邪魔だったから置いてきた」

「置いてきたっておい……」

 とすると今フカヒレは絶賛説教中だろう。
 カニが悔しそうに戦い(笑)の経過を話すのを適当に相槌なんかを打ちつつ聞いてやる。

 結論としては、駄目な子ほど可愛い。

 某女帝に極限まで削られた心を微妙にいやしてくれる。
 そんなおバカなカニにちょっとほのぼのした。

「なんかあの女がレオに話したいことがあるから、放課後に家まで行くって言ってたよ」

「家まで知られてんのかよ……これは本格的に知り合いっぽいな」

「ま、どうせ説教だろうけど。逃げてもいいけどボクは一応伝えたからね」

「嫌いな相手からのメッセージでもちゃんと伝えたな、偉いぞ」

「ガルルルル、子ども扱いすんじゃねー!」


 ちゃんと伝言を伝えたカニをなでながらレオは目をそらす。そう、現実という回避不能な壁から。














 

 ピンポーン。





「はいはーい」

 一直線に家に帰り、着替えて準備万端な態勢で待ち構えているとちょうどよくチャイムの音が鳴る。
 玄関を開ければ朝と寸分たがわずクールビューティがそこにいた。

「上がらせてもらうが、大丈夫か?」

「そりゃ常時人が来ても恥ずかしくない程度には整理してますよっと」

 レオはそこで玄関を占領する靴たちを発見。邪魔にならない程度に靴箱へと押し込んだ。
 乙女は少々怪訝そうに視線を向ける。

「誰か来ているのか?」

「マイ幼馴染ズの。まぁ遊びに来ることとか泊まることもあるんで。今はいないんでご安心を」

「そうか」

 特に会話が弾むわけでもなくレオは普通に乙女を先導して歩く。
 ダイニングにある椅子をすすめて、あらかじめ準備しておいた緑茶を入れた。もちろんセール品の安物だ。

「む、わざわざすまないな」

「いえいえ。それで話って?」

「ああ、盟約通り私はこの家で暮らすわけだが、それに関する詳細を詰めておこうと思ってな」

「はぁ?」

 説教か何かかと身構えていたレオは、そのあまりにも予想外な発言にスコーンと脳みそを吹っ飛ばされた。
 言葉の意味は分かるのに理解と思考が追い付かない。そんな彼を置き去りにして乙女の話はどんどん続く。

「なんだその顔は。私の部屋は一回の客間を使うという話だが……」

「ちょちょちょっと待ってくれよ、いったい何の話?」

「私が卒業までこの家に逗留するという話だ……ご両親から話を聞いていなかったのか?」

「全く、これっぽっちも。何かの間違いだと祈りながら電話してくるからしばらくお待ちを」

 その瞬間、レオは光になった。
 時差があろうがなんのその、常においてある主要連絡先一覧から両親の連絡先をチェックすると素早くプッシュ。
 父親が電話に出た瞬間「何考えてんだ!」と叫んだのは当然といえよう。

 数分にわたる会話の末、暗雲を背負ったレオが戻ってきたのを乙女は複雑そうな目つきで見ていた。
 当然レオもそれに気づいていたが、まぁ結構な音量で抗議もとい意見を叫んでいたからそれもしゃーない、とか思っている。

「ご両親はなんと?」

「伝えるの忘れてた。まだ子供なんだから保護者代わりに腕の立つ人と一緒に住むといい、だとさ」

 ひどい親である。

「問題はないわけだな」

 そしてこっちもひどい思考回路をしている。

 このままでは押し切られそうだったので、レオは我がヴァルハラ(一人暮らし)を守るために意見を陳情することを決意した。

「どう考えても問題しかないだろ。そもそも受験は」

「推薦狙いだ。もちろん勉強はするが、本家からでは通学に時間がかかりすぎる。その時間を有意義に使いたいのでな」

「年頃の男女が一つ屋根の下。推薦狙いなら余計に問題でしょ」

「もちろん、それは相手がお前だからだ」

 何かを含むような言い方に思わず深読み。
 いろんなことに対する意趣返しも含めてレオがポッと赤くなっても乙女は完全に無視である。シリアスである。体育会系でもあった。

「血族を大切に、という鉄家の掟もあるがな、幼い頃は一緒によく遊んだものだから面識もあるし、姉弟みたいなものだろう?」

 実に男前な理論が展開された。
 なぜかレオの脳内には顔に傷のある若頭がボロボロのチンピラに「お前は今日から俺の弟分じゃ!」とかやってる画像が流れた。
 いや、どちらかというと江戸時代っぽいしなこの人。などと考えるが、それよりもまず言わなければならないことを伝えなければならない。




 レオが乙女と暮らせない。その最たる理由を。





「あ、それなら駄目でしょ」

「何?」

「いや、俺って記憶障害らしくって」

 今更どうでもいい話だ。
 思春期幼年期に過剰なストレスを与えられたレオの脳みそは、一番手っ取り早い手段を講じたらしい。
 つまり、幽霊と出会う以前の記憶がなければ、奴と戦う日々こそがレオの『普通の』日常となる。
 奴隷の理論かもしれないが、比較対象を消して価値観を最底辺にまで落とし込んでしまうことでレオは自身の精神を守った。
 いつか自分が解放されたとき、風化した記憶として何の感慨もなく思い出せるように。彼の脳は最大の特効薬である時間という名の薬を処方したのだろう。

 レオには記憶がない。
 幼馴染の3人以外で小学校時代仲が良かった友達すら覚えていない。

 レオには自信がない。
 自分が本当に自分であるのか。彼には自分の思い出がすっぽりと抜け落ちているから。

 だが、レオには友達がいた。
 逆説的ではあるが、彼らがレオをレオと呼ぶからこそ彼はレオでいられるのだろう。

「そうか」

 適当に、一言二言で説明しただけだが、目の前の風紀委員長は噛みしめるようにそう言うだけだった。
 レオがこのことを話した人間のどれにも当てはまらないパターン。

「えーっと、信じられないなら医者の診断書でも見せようか?」

「いや、そういうことじゃない。お前のご両親から頭を下げられてな。『息子をよろしく頼む』と」

「あー……」

 乙女のその発言に、レオは複雑な感情を持て余した。
 取り合ってもらえなかった幽霊の話、海外赴任。決して仲が悪いわけではないのだが、両親とは若干の隔たりがある。
 一緒にいて苦痛に思うわけでもなく、たまに会えばそれなりに満たされ、そしていなくなればそれなりに寂しい。家族愛というものはあるが、彼にとって両親とはそういったものだった。
 精神科に連れて行かれたりと、レオの言葉を信じる前にされた対応が原因と言えばいいのだろうか。

「今さら、って言っちゃあいけないかな……」

 無言で眉をひそめた目の前の女性からも、このような発言はするべきではないのだろう。間違いなく両親はレオのことを案じているのだし、それに対して文句をつけるような傲慢さを彼は持ち合わせてはいない。
 けれど、本当に今さらだ。レオにはもう、両親の存在が必須とは思えなくなってしまった。
 複雑な事情があることを察したのだろう、ピンと背筋を伸ばしてたたずむ風紀委員長は一拍おいて切り出した。

「それで、どうするんだ?お前が本当に嫌なら強制はしない。私は今までのような生活が続くわけだからな」

 本当に何も気にしていないと、わずかな揺らぎもなく放たれた声は彼女の優しさを十二分にレオに伝えていた。
 断ったとしても何の不満もない。お前が本当に嫌なら私は二度とこの話題を出すことはないと。
 そんな様子の乙女に、レオはガリガリと頭を掻き毟りながら問う。

「あのさ」

「なんだ?」

「さっきの話題じゃないけど思春期真っ盛りの高校生なんて発情期の猿みたいなもんだろ?俺は男であんたは女。いろいろと問題があるんじゃ?」

「なんだ、そんなことか」

 精神的に余裕がないのか、普段より乱暴な口調で問いかけるレオ。逆に乙女は余裕の表情で、そんなことは聞かれるまでもない質問だと一笑に付した。

「だてに拳法部で風紀委員長なわけではない。襲い掛かられても撃退してやるから安心しろ」

 はっはっは、と爽やかな笑いと共に繰り出された空突きはレオの眼前でピタリと止まり、一瞬遅れて到来した拳圧がレオの髪を激しく揺らした。

 『あいつ』同じ、いい感じの化け物だ。
 レオは思わず出そうになるため息を堪えながら言葉を重ねる。

「いや、そういうことじゃなくてさ」

「ん?」

「未遂だって犯罪だから。撃退されたって関係は悪くなるだろうし、結局俺は犯罪者になる」

 疲れたようにそう言う弟に対して、乙女はすぐにでも反論しようとして思いとどまった。
 彼の主張にも一理ある。一度でもそういったことが起きてしまったら気まずくなるだろうし、なにより記憶のない今のレオにとって、彼が弟だと考える自分の考えに意味はない。
 彼女はあくまでも弟と一緒に暮らすために来たのであって、同世代の男と同棲しに来たわけではないのだから。
 それでも躊躇いは一瞬。
 竹を割ったような性格の乙女は即座に覚悟を決めた。そう、親族を大切に。鉄の一族としてあくまでも誇り高く。

「本当に昔の話だ。今の年齢になったら私たちが共にいた時間など微々たるものなのだろうな」

「まぁ確かに。でも、こっちの『事情』がなくても案外忘れてたりして」

 日々適当に生きている身としてはありえることじゃないかな、なんて笑うレオに乙女も苦笑するしかない。
 思った以上にデリケートだった話題を少しでも軽くしようとする弟分の気遣いがうれしかった。

「茶化すな。私としてはそれほど重く考えていたわけではないんだ。だが、お前と実際に話してみて思うところはある」

「…………」

「私が想像していたレオには同居を反対する理由が特になくてな。きっちりと経緯を説明して、それからは……恥ずかしい話だが強引に話を進めれば観念すると思っていたんだ」

 マジ勘弁。
 そんな思いが表情にありありと書いてあるレオ。いや、強引に同居とかマジ勘弁。

「それは、さっきの『性根を叩き直してやってくれ』ってやつ?」

「それもあるが、お前たちの生活態度もそうだぞ。毎日ではないが、遅刻寸前が多い、騒動の中心にはしょっちゅう首を突っ込んでいる、細かな校則違反は数えきれないほど。一般の生徒ならばさして気にもならんのだがな、それが顔見知りというだけで結構目についてしまうものなんだ」

「うへぇ……」

「そんな嫌そうな顔をするな。ちょっと気を付けるだけで済むようなことばかりだ」

「あー、なんか話が脱線してるような気が?」

「む……そうだな。つまり!」

 ピリッとした空気が室内に満ちた。
 鉄乙女が気持ちを切り替え、本気で対馬レオに向かい合う。それだけで静謐な道場のような空気が室内に満ちた。
 思わず背筋が伸びるレオ。

「対馬レオ。いろいろと言ってしまったがお前の根っこは変わっていない。だから私はお前を信じる」

「えーと?」

「私とお前の間で、世間に顔向けのできないようなことは起こらない、ということだ」
 穏やかな顔だった。

 完全にレオを信じ切って、全幅の信頼を置く。そんな相手の気持ちがありありと伝わってきて、そのあまりの重さに胃が痛くなるレオであった。
 重い、重すぎるよママン。

「だからレオ、お前が決めてくれ。何、優しくて美人の姉ができると思えばそう悪くもないだろう?」

 ここまで引っ張っておいて、まさかの丸投げである。
 そんな台無しなことを思いながらも、ちょっとシリアスな成分の自身に添加することに決めた。

「鉄先輩」

「なんだ?」

「昔の俺に対してよく言ってた言葉とか、ある?」

「む……あるにはあるが」

 それくらい鮮明な思い出がある。ついでにこっちが重いと感じるほどの信頼関係があるならできるはずだ!愛は地球を救う!
 調子を狂わされっぱなしのレオはもうテンションを上げていかないとやってられなくなっていた。もちろん表面上はおくびにも出さない。

「よし、じゃあそれを俺に対して言ってみてくれ。脳内に少しでも引っかかったら万が一の時に姉補正でブレーキがかかるはず。ダメだったら野獣に大☆変☆身みたいな」

「わかった。ならレオ、立って目をつぶってくれ」

「OK、視覚情報はないほうがいいかも。こう、子供同士が向かい合ってる感じで行こう。ということでいつでもカモン」

 できるだけ幼少時代を再現した方がいいだろうと言われるがままに立ち上がって

「よし、いくぞ?…………この根性無しが!!」

「ぐはぁ……!?」

 腹部に言いようのない激烈な衝撃をくらった。いや、今絶対少し体浮いたし!
 本日二度目の大混乱。大根持った妖精が周囲を踊る。ただし魔法は尻から出る。

「ちょっと待てや!あんた何考えて」「問答無用!」「あっぶねぇ!!!」

 会話する間もなく繰り出された追撃に髪の毛が数本犠牲になった。
 だからお前は根性無しだというんだーうわー何それ暴論過ぎるー。どかーんばきーんちゅどーん。
 女性に手を上げたくない、というか俺の攻撃当たんの?くらいのレベルでいらっしゃる暴君から逃げるべく、狭い場所の不利を悟ったレオは庭へと逃亡。追う乙女。

「絶対自分のこと忘れたのを根に持ってるだろ!」

「まさか。これは……そうだな、だらしのないっ、弟に対するっ、教育だ!ふふふ、私のことを思い出すまでしごいてやるぞ」

「本音はもう少し隠したほうがいいと思うなぁ!!!!!!」

「お前も鉄の一族なら記憶の一つや二つ、根性で取り戻して見せろ!!」

「無茶言うな!!」

 恨みの言葉と共に繰り出される攻撃がマジ重い。ありえねー相手手加減してるっぽいのにガード上から浮かされるんですけどー。
 避けたり受けたりしつつ、近所に響くヤケクソな怒声と共に無意味な時間が過ぎていくのであった。














「なんでこんな疲れなきゃならねぇんだ」

 いろんな意味で疲労感たっぷりのレオは、もう動きたくないといわんばかりの勢いで庭の地面に倒れこんだ。
 学校帰りとはいえ、帰宅部のレオが帰ってきてすぐ騒動が起こったからか、すでに空は夕暮れの様相を呈していた。
 火照った体と冷や汗を含む水分に冷えた風が心地良い。
 そんなレオの横に腰を下ろした乙女が拗ねたように言う。

「……お前が私のことを忘れているからだ」

「理不尽すぎる。っつーか鉄先輩」

「名前で呼べ、レオ。なんだったら昔のように『乙女ねーさん』でもいいんだぞ?」

「この年になってそれは勘弁してもらいたいなぁ」

 そんな乙女の言葉を受けて、レオは力の入らない笑いを上げる。
 そうか、自分は昔この人のことをそんな風に呼んでいたのか。

「コホン、じゃあ乙女さん」

「なんだ?」

「同居の件なんだけど」

 そう地面から身を起こして切り出したレオに対し、まるで親に叱られる子供のように体を震わせる乙女。
 そんな様子を見ても無表情を貫く。いや、武士の情けで。

「……お前のことも考えず、私のわがままでこんなことになってしまった。覚悟はできてる」

 下手な男よりも男らしい、最初から一貫して変わらないその態度が何故かレオには心地よかった。
 そのまっすぐな視線から目をそらし、空にはばたくカラスなんかを眺めながら郷愁に浸る。

「俺さ、記憶をなくす原因ってのに心当たりがあって。その心当たりっていうのが……なんていうかな、すごく理不尽なことだったんだ」

「…………」

 あの神社は幽霊が出そうだと噂されていた。だからこそ夜に肝試しに行く人間は多かったはず。
 それでも、ターゲットになったのはレオだけだった。

「道を歩いていたら突然、なんてくらいの理不尽で俺は、まぁ、こんなことになってさ。だからかなぁ、理不尽っていうか問答無用っていうか、そういう状況が大っ嫌いで」

 本当なら、霧夜だってむしろ憎しみを込めて見ていてもいいはずなんだけど。
 『たかが』他人の身勝手ごときが、俺の人生を左右するな。自分に襲いかかった不幸と、全力で拮抗していなければ何かが崩れる。そうやって自分を守らなければやってられない。
 それがガキの我がままであり、くだらない意地でしかないことは社会人を間近に控えた今十分に理解しているのだが。

「今だってそういう状況なはずなんだ。ここで本来なら俺は激怒して乙女さんを家から叩き出していなくちゃならない」

「ご両親の言葉でも、か?」

「両親の言葉だから、かな。だって親から言われてるんだったら俺に選択肢なんてないような状況だし。その結果が暴君の姉ならたぶんマジ切れしてるよ俺は」

「そう、か」

「でもさ、嫌じゃなかったんだ」

「え?」

「嫌じゃ、なかった」

 それは嘘だろうと、かすかに目を見開いた乙女は思う。
 繰り返し放たれたその言葉は、明らかに自身に言い聞かせるような色を帯びていたから。
 夕日で赤く染まった弟分の横顔を眺めながら、声を上げようとした自分を自制する。

「人から親身に説教食らうなんてずいぶん久しぶりで、なんか調子狂ってる感じ。でも、自分が嫌だと思ってることをされてもほとんど嫌悪感を感じなかった自分に驚いてる」

 だから、とレオは体を起こして乙女と向き合った。
 燃えるような夕暮れの中、幼い頃とは全く変わってしまった小生意気な顔が何故か昔とダブって見えた。

「たぶん乙女さんと暮らしても俺は大丈夫そうだ。選択権はお返しします」

 そうやって下げられた頭が、乙女には『あなたのことを覚えていなくてごめんなさい』と言われているようにも思えた。
 レオにそういう態度を取られてしまうと、自分のやってしまったことが子供じみた癇癪に思えてより一層恥ずかしい。

「レオ、お前は昔の記憶なんかないというが、それでもお前は昔から変わっていない……心優しい、私が大好きだったレオのままだ」

「へー、根性無しが!って蹴りいれるのが乙女さんの愛情表現なんだー、へぇー」

「ぐっ!」

 痛いところを突かれたのか、心臓のあたりを押さえて苦鳴を上げる乙女を横目にレオは赤くなった頬を冷ましていた。
 大好きとかまっすぐに言われてみろ、やばい、後頭部に変な汗かいてきた。
 いや、それは武家に生まれたものとしてのサガというやつでな……とかテンパってる乙女も似たようなものである。

「だから、お互いを知る意味でも、一緒に住んでみないか?さっきお前が言ってくれた『嫌じゃなかった』という言葉に少しでも本当のことが混じっているなら、姉弟として暮らしてみよう」

「姉、かぁ」
 いまいちピンとこない、なんて首をひねるレオに乙女は笑顔をひとつ。

「記憶がなかろうが、私にとってレオはレオだ。苦楽を共にするのが家族だろう?」

「……わかったわかった、俺の負け」

 どうもこの人にはかなわない、と降参するように両手を上げて再び庭に倒れるレオ。
 自分に対して全力でぶつかってくれる様子は、どこか昔からの付き合いである友人たちを思い出させた。
 比べるのは果てしなく乙女さんに失礼であるけど!あのダメ人間たちとは全然似ていないけど!

「引っ越しとかはどうするの?」

「土曜日に業者を手配している」

「何その事後承諾」

「む、結果的にそうなってしまったな。すまない」

 乙女さんの話を聞けば聞くほど唐突感が否めない、と愚痴るレオに対して乙女は律儀に謝罪する。
 そうなると逆に申し訳なくなるのがレオであって。

「まー、うちのバカ親の責任が大部分だから。飯くらいなら作るけど食べてく?」

「鍛えなおしてくれ、などと言われたから弛んでいると思っていたが……きっちり自炊してるじゃないか」

「乙女さん、俺をどんだけ低く見てんのよ。まぁテスト前に外食とかが増えるのは確かかな」

 腹が膨れれば結構どうでもいいタイプのレオであるが、逆に美味しいものにも目がない。
 栄養摂取は義務だが料理と食事は趣味だ!と常々豪語している。だから外食も結構好きだし、ネットでレシピもよく探す。
 スバルのように人のことを考えた料理ができないのが、やはり趣味でしかないということだろう。

「そう、か。せっかくの申し出だが、今日は話が終わったらすぐに帰るつもりだったから本家に何も連絡していないんだ。一緒に暮らすときを楽しみにさせてもらおう」

 若干申し訳なさそうにする生真面目な姉(仮)だった。

「わかった……よっこらせっと」

 年寄りのような掛け声とともに立ち上がる。同じく立ち上がった乙女と向かい合うと、レオは手を差し出した。
 きょとん、とした顔の乙女に対して笑みを浮かべる。

「握手。これからもよろしく」

 疑問は一瞬で、乙女は躊躇なくその手を握った。
 夕日を背に浮かべられた笑顔がいろんな意味でまぶしくて、レオは目を細める。



「ああ、よろしくなレオ」


 やっぱり、美人には笑顔が似合う。

 ゆっくりと楽しくも騒がしい、新たな日常の歯車がそろいだす。

 レオはこれからある苦難を全く予想しておらず、まずは部屋にあるいろいろとヤバめなものを隠すところからかなー、と緊張感のかけらもない態度でいたのだった。















「乙女さん、ちょっと忠告」

「なんだ?」

「スカートで蹴り技はあんまり多用しないほうがいいと思うな」

「…………」

「いってぇ!!なんか人体から出ちゃいけない音出たぞ今!」

「……このスケベめ」

「男は皆、変態という名の紳士なんだ」

「こんなことで同居に不安を感じることになるとは思わなかったぞ……」



 だから言ったじゃん、男はみんなオオカミですよ。












[20455] 生徒会執行部での立ち位置【前編】
Name: 酒好き27号◆3e94cc3d ID:f12e613c
Date: 2011/08/12 12:46


「地方妖怪マグロ。人間との適応を望み、現代社会に上手に溶け込んだ知性派さね」

 いろいろあったけど土曜日。つまりは乙女さんの引っ越しの日である。

「でも上司からの抑圧など、人間世界のしがらみにムカついて弱い者いじめをしてはスッキリして帰っていく狡猾な妖怪さ」

 比較的あっさりと決まった乙女さんとの同居は、実はスバルにしか伝えていない。
 なぜってもちろん俺一人で抑えきる自信がないから。
 嫉妬パワーなフカヒレと野獣と化したカニは果てしなくめんどくさい。乙女さんの暮らす前の部屋を荒らされでもしたら厄介なので、スバルに奴らを引き付けてもらって事後承諾といこうと考えたのだが。

「微妙に共感してしまうな」

「いや、ダメダメだろう」

 あの男、盛大に裏切りやがった。

「レオ、どうしたんだ?窓の外を見てため息なんてついて」

 そこで不思議そうな顔をして顔を出す乙女さん。ちなみにまだ引っ越し業者が来ていないのでダイニングにてお茶&雑談タイム中だった。
 レオが窓の外を見た理由は簡単、外がやけに騒がしかったからである。
 外を見れば予想通りの三人組。
 スバルに恨みがましい視線を送れば遠目からウインクなんて飛ばしてきたがった。

「一緒にゲーセンでも行ってろって言ったはずなんだけどな……」

「む、お前の幼馴染か?」

「そんなとこ……認めたくはないけれど」

 背後から顔を出して窓の外に目をやった乙女さんがキョトンと首をかしげる。その子供っぽい仕草に、今までの凛々しいイメージがちょっとだけ上書きされた。
 立ち上がり、すぐ隣まで来て窓の外を不審そうに眺める横顔は、改めてみればやっぱり美人である。
 姉補正姉補正、と心の中で唱えて一瞬抱きそうになったナニかを抑え込んだ。先行きが不安です。

「なんだ?あの恰好は」

「地方妖怪マグロ」

「不審者だな」

 むんっ、と気合を入れて撃退に行こうとする乙女さんを慌てて制止する。

「ちょ、ちょいまった」

「どうしたんだレオ、ああいう手合いには最初が肝心だぞ」

 何気に恐ろしいことを言い始めた乙女さんを何とか押しとどめると

「実はかくかくしかじかでして……」

「お前が何を言っているのか全く分からん……」

 お約束、とでも思ってもらいたい。
 諸行無常と書かれた布をかぶり、やけにエキサイティングな動きで怒りを表現しているカニを見ながら事件のあらましを説明する。

「朝起きたら湿り気のある中庭に放置されていた。理由はこれだけで十分ですよ!あいつはもっとボクを……」

「いい加減深夜までいて邪魔だったので」

「事情は分かった。あの不審者の中身が蟹沢だということもな。だがレオ」

 呆れたように話を聞いていた乙女さんが一転、厳しい目をしてこちらを見た。
 自動的に直立不動。我が脊髄は彼女のひと睨みを反射が必要な危機と認識したらしい。

「はい、なんでしょうか!」

「仮にも幼馴染の、それも女性を深夜に庭先に放置するのは感心できないな」

 実にまっとうなご意見である。しかし相手がカニなので意味はない。
 さらに言うと相手がカニなので意味はない。
 全く受け入れるつもりのない説教は聞いていても時間と気力の無駄である。っつーことで乙女さんにはさっさとカニの鎮圧を頼みたいと思う。

「蟹沢の方にも落ち度はあったといっても……」

「乙女さん乙女さん、カニが不法侵入してくるよ」

「む、まずはそちらが先だな。いくら勝手知ったる家だからといっても無断で入るのはいただけない」

「いってらっしゃ~い」

 颯爽とした背中を見送ってニヤリ。
 どうやらちょうど玄関先で遭遇したようである。音の感じからして庭に移動か。なんかデジャヴ。




「消防署のほうから来たぜ!!!」

「こらっ、蟹沢!!」

「で、でたぁ~~~!!!」

 どすんごしゃんどどどどんがらがっしゃん


 聞こえてきた音はこんな感じ。合掌と十字とか適当にやってカニの冥福を祈る。2秒くらい。

 ぴんぽーん。

「あ、はいそうです。ご苦労様です。とりあえず一通りそこの部屋にお願いします」

 カニがおそらく吹っ飛ばされたであろう音を尻目に引っ越し業者の相手をする。
 とはいっても人ひとり分の荷物はそれほど多くはない。作業をする人も二人で、両手で数えられる程度の段ボールにベッド、ソファー、机などが続々と運び込まれる。

「段ボール類はそこにまとめておいてください。ベッドはとりあえずそこに、机とソファーはそこにお願いします」

 てきぱきと荷物を処理していく引っ越し業者の人。その丁寧な態度ときびきびとした動きに好感が持てる。
 最近暖かくなってきたので冷たいお茶なんかを出してみたりなんかして。

「お茶入れましたんでお急ぎでなければどうぞー」

「すみません、いただきます」

「やっぱこの時期って引っ越しは少ないんですか?」

「いえいえ、そんなこともないんですよ。6月は結婚の時期でもありますからその前後は」

 背筋を伸ばして椅子に座る引っ越し業者の人。ちなみに外見から30歳前後と見た。
 そこに一通り出たごみなどを片付けてきた比較的年若い作業員の人がその隣に腰かけた。

「あの……荷物にあった細長い包みなんですが、い゛っ……!」

「はははははは、申し訳ありません新人でして、お客様のプライベートはもちろんお守りいたします」

 鈍い音と共に強制的に閉じさせられたと思われる口。どうやら机の下でささやかな暴力が振るわれたらしい。
 見てみぬふりをするのも大人の対応である。
 そして脳裏に浮かぶのはあれである。アレ。ほら、なんか所持に登録証とか必要で生半可な持ち運び方をすると捕まるなが~い刃物。

「大丈夫です、違法性はない……と思います」

「それって……」

「あんまり長居させていくのもなんですから、そろそろ私たちはこれで。この度は我が社をご利用いただきましてありがとうございました」

「ご苦労様です」

 年若い彼がさらに何かを言おうとした瞬間崩れ落ちた。
 もう片方の作業員はきっちりと礼をするときびきびとした動作で後輩を担いで立ち去っていく。
 まさか寸勁か。
 明らかに見えるところで行われていたカニと乙女さんのやり取りもきっちり無視して淡々と作業を終わらせたその貫禄。やけに濃いくせにまっとうなキャラだったので再登場が望まれる。だがたぶん超モブはもう出ない。

「んで、どうなったのよ」

「テンパったカニが襲い掛かって返り討ち」

 スバルに経過を聞けば即座に帰ってくる予想通りの結末。
 さすがに目を回しているカニは予想外だったけれども。何が起きた。

「やりすぎに見えるんだけど……」

「マグロの布使って下手に視界遮っちまったからな。いい角度で入ったんだと」

「なるほど。で、今は気絶したカニを放置して事情の説明中と」

 美人で強い、という属性からかやけに殊勝な態度で事情を聴いているフカヒレだった。
 だがよーく見ると目の奥のほうに嫉妬の炎が垣間見える。だから全部終わった後に突然知らせて有耶無耶にしようとしたのに。

「スバルは知ってたの?」

「ああ、お前らの相手が面倒だからってな」

「それで裏切られてこのざまだ。笑えよベジータ」

「あーっはっはっは!!ごふぅ!!」

 乙女さんの容姿が原因だろうが、必要以上の感情をこめて笑いやがったフカヒレにいい感じの一撃を入れてやる。
 最近微妙に受け身が上手くなってきたフカヒレは衝撃を受け流すためか、自分からスピンしながら吹き飛んでいった。

「レオが笑えって言ったんだろ!」

「ごめん、いざ笑われてみると思った以上に不愉快だった」

「お前ホント自由だよな……」



 いや、お前には負けるよ。






















「ここも埃がかぶってるじゃないか」

 知らせてしまったものは仕方がないので、幼馴染ズには歓迎会に食うものの買い出しを頼んだ。
 とりあえず酒とか問題になりそうなものは買ってこないことだけを言い含める。
 で一方の対馬家在住の二人は長らく使われていなかった部屋の掃除&荷物の整理である。

「言い訳させてもらうけど、長らく人が使ってない部屋なんだから床と棚の埃をどうにかしてただけだよ」

 フローリングならクイックルワイパーが火を噴くのだが、客間は畳である。つまりはそういうことだ、わかるな?実は畳用もあるが気にしない。

「レオ、窓を開けてくれ。荷物を整理する前に掃除してしまおう」

「了解。乙女さんのもの以外もともと物もないからちゃちゃっと済ませますか」

 窓を開けて埃を払って、最後に床を掃除するっと。
 うわお、でかい蜘蛛!
 美少女になって恩返し的なものをしてくれることを期待しながら、開けた窓から逃がしてやる。長生きしろよー。

「何してるんだ?」

「一つの命を想ってた」

「またわけわからんことを……」

「それを愚かというか!」

「レオ、雑巾取ってくれ」

「はい」

 無視である。シカトである。アウトオブ眼中(死語)である。
 今日の朝から我が家に着た乙女さんは、先日のこともあってかどうも他人行儀というかよそよそしいというかそんな感じだったので。

「姉弟なら一緒に寝たりとか風呂に入ったりとか、ちょっとしたスキンシップとか常識じゃね?」

「覗きなら目を、セクハラなら指を、夜這いなら男をなくすと思うんだな」

 とかひたすらアホなことをやって乙女さんの遠慮を取り去ろうと努力してみた。
 狙い通りのはずなんだけど、なぜか我が姉からの弟の評価が底辺まで落ち込んだような気配を感じている。
 そのせいでツッコミ待ちはスルーか、さらなる天然ボケでカウンターを食らうというレオにとってみれば完全にキャラを食われた状態に移行してしまった。
 それでもカニなら、カニならきっと何とかしてくれる……!

「!」

 雑巾を受け取って狭い部分にもぐりこんだ乙女さんの綺麗な足が3Dで大迫力だった。
 触りたい、と思うより先に近づいて息を吹きかけたくなるのは自分が変態なだけだろうか。そしてこの場合は何フェチになるのだろうか。

「ぉぉぅ……」

 その次は目の前で揺れる引き締まったお尻。
 電車で思わず女性に手を伸ばしてしまう痴漢の気持ちが分かった気がした。

「乙女さーん」

「どうかしたか?」

 不要になった段ボールを潰したりしながら、いかにも興味がなさそうな声を意識して言ってみる。

「その健康的な白さがまぶしい足とか触っていい?」

「指の骨がいらないのならばいくらでも触っていいぞ」

 若干低くなった声が恐怖をあおる。背後からビシビシと感じるオーラか何かが言っている。『ここで死ぬ定めだ』と。
 だが女性としてその反応はいただけない。さらに年上の女性なら「……じゃあ、触ってみる?」とスルリと衣服を脱(ry

「もうちょっとさ、顔を赤くして恥じらうとかそういう男心に響くような反応が欲しいのです」

「セクハラまがいのことしか言えない口はこの口か……?」

「いだだだだだだ!!」

 用済みの雑巾をバケツに放った乙女が素早くレオの頬をつまみ上げる。むしろ捻り上げると言わんばかりの痛みが襲った。
 ギブギブ、とレオが乙女の肩を叩けば「やれやれ」とでも言いたそうな態度で解放される。

「まったく、お前は失礼だ」

「何も言わずムラムラされてるよりマシでしょ。乙女さん強いからか知らないけど、若干ガード甘めだよね」

「む……」

 ちょっと気になったことを指摘すれば、思い当たる節でもあるのだろう、言葉に詰まる乙女さんというレアっぽいものを見れた。
 もしかしたら付き合いが浅い自分が見ていないだけなのかもしれないが。

「まぁいいや、夕飯前にさっさと終わらせよう」

「私は掃除を続けている。お前が不埒な考えをしているから作業が進まないんだ、スケベめ」

「おっしゃる通りで」

 乙女の色香に惑わされ、思わずくだらないことでごまかしたレオと、レオの頬をつねった以外黙々と作業を進める乙女とでは明確な差があったのだった。














 というわけで乙女さんの歓迎会である。以下省略。

「お前の瞳は綺麗でうらやましいぞ」

「乙女さんってさ、なんかカッコいいね」
「このカニ単純すぎる……」

「かくし芸いきまーす!レオのマネ!」
「カニじゃあ俺のニヒルな魅力は再現できてなかったな」
「そうか?雰囲気がよく出ていたぞ蟹沢」

「色恋沙汰に縁がありそうなの?スバルくらいっス」
「オレはお前らと一緒にいたほうが楽しいからな」
「フカヒレと一緒にしないでよね。ボクはこの愛らしさで男には不自由しないのさ」
「同じ男とデートを2回以上したことがないくせに何言ってやがる」
「それはボクのコンスタントにかなう男がいないだけ」
「意味は似たようなもんだけど、たぶんそれコンタクトで、正しくは眼鏡な」

「そしてレオは姫とただならぬ関係」
「なんだってぇ!?」
「なんでカニが切れるんだよ、ここは普通当人の俺だろ。なぁあフカヒレぇぇぇ?」
「ちょ、マジ切れ!?」
「坊主、落ち着けって。仲のいい女子のことで茶化されて意識してる中学生みたいに見えるぜ?」
「そうか、レオは姫と仲がいいのか」
「ねーよ。奴は俺の敵。仲の良さをたとえるならノーロープバンジーに誘った挙句に相手だけ突き落とそうとお互いたくらむ仲」
「どんな仲だ……さて、宴もたけなわだ、私が手品を披露してやろう」
「待ってました!」

 ナチュラルに片手でリンゴをつぶしたりとネタに事欠かない乙女さんなのであった。
 まぁわかっていたことではあるが惣菜祭りである。そして酒もない。
 それでも、会ったばかりの人と一緒に過ごして楽しいと思い、違和感を感じないというのはきっと幸せなことなのだろう。

 これなら大丈夫そうだ。

 遠い昔に無くしたものをつかみかけて、それが手をすり抜けていく感覚が何故か心地よかった。

「お前たちは本当に仲がいいな……」

 やかましく騒ぐ馬鹿どもを見ながら、不意に乙女さんが口を開いた。

「月曜日の放課後に待っていてくれ、行先はお楽しみだ」

 その何かを含むような発言に皆こぞって用事を聞こうとしたのだが「秘密だ」と、年上の余裕を見せる笑顔で言われてしまうとそれ以上聞くわけにもいかなかった。




 あれ、何かフラグたった?















「それにしても対馬ファミリーと来たか。これはちょっと盲点だったかな」

「私は彼ら4人を執行部のメンバーに推薦する」

 というわけで連れてこられました学食。そこにいたのは霧夜エリカと佐藤さん。
 そしてなぜか生徒会執行部に推薦されているという、フラグも何もあったもんじゃない唐突な展開に頭が付いてまいりません。
 が、そんな思考停止状態の脳みそとは裏腹に彼の口は自動的に答えを吐き出していたのだった。





「だが断る!」





 レオが脊髄反射で拒否してからひと騒動あったのだが、幼馴染の面々もめんどくさいとかいった理由で乗り気ではなかった。
 ということで仕事場環境を見せるという名目でやってきました生徒会室通称『竜宮』。
 一戸建てで一階は物置、二階は台所や漫画、寝る場所まで完備した実に都合の良い場所だった。

 ちなみに乙女さんは「さっき見たら弛んでいた」という理由で拳法部に喝を入れに行った。
 これでもかと見せつけられた好待遇にカニやフカヒレはともかく、スバルまでがやや乗り気である。
 そんな幼馴染にあせったレオは、ソファーでくつろぎながら執行部参加を阻止しようとあがく。

「っていうか他にメンバーくらいいただろ。知らんけど」

「確かいた。3人くらいいなかったっけ?」

「目障りなんでクビにしちゃった」

 さすが校内情報に詳しいフカヒレである。執行部が何人だったかなんて初めて知った。
 そして知らされる驚愕の事情。
 どこまでもやりたい放題な霧夜にげんなりしてしまう。

「超やる気減るんですけど」

 もはやエリカの方に視線すら向けず、すでに断る前提で話を進めるレオ。
 といっても彼は先ほどから常にこんな態度なので誰も気にすることはなかった。レオ拗ねる。
 そして密かにそんなレオに良美が怪しい視線を向けているのはご愛嬌。

「おいおい、勝手にクビにしちまったらまずいんじゃないか姫」

「知らない。私の決めたことは絶対だから」

 呆れたようなスバルの発言にも全く動じずに唯我独尊を貫く霧夜。
 はたから見ている分には面白いのかもしれないが、そんな人物の下に就くなどゾッとしない話だ。

「よし、帰る」

「待ちなさい」

 驚いたことに引き止められてしまった。
 霧夜の性格と今までの関係からして、本気で嫌だと言えばある程度譲歩してくれると思っていたのだが。

「だから俺はこんな目立ちそうなところにはいたくないんだよ。どうせ俺たちの執行部入りの許可も『面白そうだから』とか適当な理由なんだろ」

「よくわかってるじゃない。なら、こんな面白そうなこと私が逃すわけないことくらい、予想できるわよね?」

「俺がそう言われたからって素直に聞くような奴じゃないことも、わかってるよな?」

 その言葉と共にしばしにらみ合う。
 数秒後、霧夜は興味をなくしたようにあっけなく視線を逸らした。

「ふう、まぁいいわ。じゃあ他のみなさんに聞いてみましょうか」

「答えなんて、最初から決まってるぜ!」

「ボクも入る!条件が気に入ったからね!」

 餌につられたのか、速攻で馬鹿二人が立候補した。
 対馬ファミリーの戦力にならない方から決まるというのも世の中上手くいかないものだ。ふふふ、霧夜め墓穴を掘ったな!

「この単純馬鹿どもをどうにかしてほしい」

「……どこまで力になれるかはわからねぇが、オレも入ってみるかな」

 フカヒレとカニの考えることがなんとなくわかってしまう辛さを語っていたスバルがまさかの立候補。

「おい、スバル本気か?」

「まぁな、坊主には悪いけどよ」

「これで3人。対馬クンはどうするの?」

 観念しろとでも言いたげな視線が突き刺さる。
 だが、まぁ、その程度で意見を翻すような軽い男だと思ってもらっては困る。

「最初から言ってるだろ、俺の意思は変わらんよ」

「む、どうした。もめているのか?」

 そこに登場する我らが姉風紀委員長。推薦した本人が来てしまった時点でレオの運命は風前の灯である。
 あのどうしようもない強引さが怖い。実力行使とかされたらどうしようか。

「乙女センパイも来たことだし、対馬クンの尋問タイムでも始めましょうか」

 不吉な宣告と共に今までの経緯が乙女さんへと説明される。
 誰から何を言われても拒否し続けるレオに、さすがに無理じゃね?という雰囲気が漂い始める。

「推薦した身だが、そこまで拒否されていてはしょうがないな。姫、ここは諦めたほうがいい」

「嫌。私が許可したのに断られるのが腹立つ」

「エリー……」

 最高に自分勝手な理由でさらに却下されてしまった。
 佐藤さんが最大級の諦観を含んだまなざしで霧夜を見ている。こうなったら止まらないんだよね……みたいな目はやめてほしい。
 気の毒そうな視線とか別の意味で精神を削られる。無事に帰れるんだろうか。
 と、そこで乙女さんが参戦した。

「それにしても、拒否する理由が『めんどくさい』『目立ちたくない』とは……だからお前は根性無しなんだ」

「へぇ、乙女さんは一般人のつつましやかな幸せを否定するんだ」

 乙女さんの目にはフィルターがかかっている。
 レオはレオだと言ってくれたことは実にうれしいことだったが、さすがにガキのころと変わらないであろう扱いを続けられるのもどうかと思う。

「そうは言っていない。執行部に入ったところで、街に出れば人だかりができてサインを求められるようになるわけでもあるまい」

「そんなことをされそうな当人がここにいるわけだけど。その周辺にいるだけで面倒事がゴキブリみたいに出てくるに違いないのが嫌だ」

「困難は乗り越えてこそだぞ、レオ。そのために仲の良いお前たちを推薦したんだ。やれやれ、そんなことだからお前は昔から弱虫なレオのままなんだ」

「あっそう、そこで『昔』の話題とか持ち出しちゃうんだ」

 そこでレオの声が低くなった。
 記憶にないといった当人に昔の話題を出してくる、その無遠慮さがレオの怒りに触れた。

「……ね、ねぇ、乙女先輩と対馬君って仲が悪いの?」

「軽くだがマジで怒ってるっぽいな。レオにしちゃ珍しい」

「どーせ家でプリンとか食べられて喧嘩したんじゃねーの」

「うらやましいなーオイ、俺も女の子と甘いものなんか食ってみてー」

 外野が何やらうるさい。
 佐藤さんがちょっと慌てたような声を出しているがレオには全く気にならない。
 幼馴染が何か言っちゃいけないことを口にしかけているような気がしないでもないが気にならないったら気にならない。
 ちなみにレオはこの間にも乙女と「俺には俺なりの生き方がある」だの「そういう言葉はそれにふさわしい努力をしたものが言うものだ」だの無駄に口論を続けている。

「ちょっと待って」

「はいはい、なんでしょうか姫!」

「対馬クンと乙女センパイってどういう関係?親戚っていうのは聞いてるけど」

「土曜日から同棲中」

「……え?」

「ワオ、過激」

 よりによって一番厄介な人物に知られてしまった。
 頭痛を堪えるように頭を抱えたレオは、お互いの主張が出尽くした感のある乙女との口論をいったん打ち切ってエリカの腕をつかんだ。

「よし、ちょっとこっちに来い霧夜。スバルは佐藤さんに説明頼む」

「あいつ必死だよ、みっともね」

「カニは黙ってろ」

 はやし立てる幼馴染たちを黙殺して、交渉のために一階の物置へ。

「それで?私は『キャー犯される!』とでも叫べばいいのかしら?」

 余裕のある笑みを浮かべながらエリカが薔薇を取り出した。

「思ってもないことを言うな。事情はある程度説明するから、くだらないちょっかい出すなよ」

「それは対馬君の話しだい」

「始まりはな……」

 もうどうにでもなれと言わんばかりのしょぼくれた表情で、激動の数日間についてレオは語り始めるのだった。







「……ふぅん。スレンダーな美人と同居で対馬君はウハウハ?」

 話し終わった瞬間の霧夜の発言がこれである。
 この女頭の中腐ってるんじゃないだろうか。

「俺の話からどうやってそこに行くんだよ。価値観は違うし、助かることも多いけど息苦しさもある。プラマイゼロってとこだよ」

「で、その話を私にしてどうしたいの?対馬君は」

 わかっているくせに、わざわざ本人にそれを聞く霧夜は本当にいい性格をしている。

「だから、余計なことをするなって」

「あのね、『あの』乙女センパイで、しかも拳法部所属よ?たぶん館長も承知してるのに私が何をするって?」

「あー……」

 呆れたように言われた話の内容に、ガリガリと頭を掻き毟った。
 不用意に年頃の男女が同棲とか、そう簡単に許可されるわけもなく。そこに乙女さんの人徳がうかがえるというものだ。
 ついでに霧夜が無駄に乙女さんと館長に喧嘩を売る?そもそもそれがあり得ない。
 わざわざクラスメイトひとりからかうためだけに、そんな多大な労力を消費するのかと聞かれればやはり疑問に思う。

「今日はやけに余裕ないじゃない。私としては見てて面白いからいいけど」

「言ってろ」

 実に苦々しげな表情でレオは精一杯の負け惜しみを吐き出した。
 基本的に負け越しが多いこの女との激闘の歴史。このままのコンディションだと不利な気がする。

「で、対馬クンに聞きたいことがあるんだけど?」

「なんだよ」

「なんでそんなに執行部に入りたくないのかしら。対馬クンって面倒事が嫌いな以上に面白いことが好きでしょう?」

「お前相手だったらそれが逆転するだけだよ」

「乙女センパイがいるからかとも思ったけど、遠慮してないし」

「聞けよ」

「答えなさい」

 見事に人の話を聞いていない。そのくせ至近距離からネクタイを引っ掴み覗き込んでくる瞳が強い。
 何を馬鹿なことを、と思いながらも心の奥底まで暴かれるような気分にさせられた。
 十数秒の逡巡の果てに、レオの口がためらうように開かれた。

「……そんなんじゃないだろ」

「何の話?」

 いぶかしげな顔をするエリカの緩んだ手元から、つかまれたままだったネクタイを引き抜きながらレオは続ける。
 自棄じみた気分によってつい口が滑る。一度滑れば止まらなかった。

「俺とお前の関係だよ」

 最初は普通に隔意と敵意、ほんの少しの興味だった。

「こんな馴れ合いみたいな関係じゃなかったはずだろ。笑い話にもならない、一緒にいることが前提の痴話げんかじみた関係ってタマかよ俺たちが」

 手加減をしない仲だけど、遠慮だっていらなかった。

「俺はな、あいつらとか霧夜に遠慮して理不尽を自分から受け入れたことなんて一度たりともない。俺は俺だ。言ってやろうか『俺を舐めるな』」

 舐めるなよ、霧夜。命令をすれば従う?周りを焚き付ければ俺がなびく?
 それともわかりやすい餌をぶら下げて許可すれば簡単に俺が釣られるとでも思っていたのか。

「別にお前のことが嫌いなわけじゃない。だがな、境界線を間違えるな」

 そこらの凡百、有象無象と俺を一緒にするな。
 面白さ?結構。気まぐれ?実に結構。趣味?それもいいかもしれない。
 だが、お前が俺を動かしたいと思うなら。

「俺がまともに向き合いもせずに動かせるような奴だと思うなよ」

 暇つぶしに書く落書きか何かのような気楽さで動かせるような、そんな話の内容であり相手だと思われているとしたら。その認識を叩き潰してやる。
 キョトンとした顔をしてしばらく見つめあっていた二人だったが、その静寂はエリカの笑い声で破られることになる。
 こらえきれずに思わず漏れてしまったようなその笑いは、まさしく失笑とでも呼ぶべきものだった。

「なんだ、対馬クンってそんなことで怒ってたんだ。『俺自身を見て必要としてくれ』なんて可愛いところあるじゃない」

 そういう意図はなかったのだが、発言だけ見ればまさしくそんな感じで身もふたもない。
 しかめられた顔とかすかに赤く染まった頬。
 エリカの笑い声が少し大きくなり、レオは死にたくなってくる。
 そんなレオを見ながらひとしきり笑ったエリカは、一息つくとどこか遠くを見るような珍しい表情で話し始める。

「ねぇ対馬クン。私から離れたいんだったら例のデータなんていくらでも使い道があるじゃない?もう1年近くたった。私だって対馬クンだっていくらでも次の手を打てた。これのどこが『一緒にいることが前提の痴話げんかじみた関係』じゃないの?」

 今まで考えもしなかったこと。
 幼少時代は悩みの種に対して、どんなことをしてでも消し去ろうと、ありとあらゆる可能性を試し可能なすべての手段を用いていたはずなのにエリカに対しては何故。
 自分でも気づかなかった心の動きに、反論しようとして失敗したような中途半端な顔をして固まったレオにエリカは笑みを消して言い放つ。

「まぁいいわ。対馬クンは副会長ね」

「おい、俺の話少しでも聞いてたのか」

「聞いてたわよ。でもなんで私が対馬クンごときの意見を聞かなきゃならないの?」

 思わず、といった風に抗議したレオの発言は考慮にすら値しないらしい。
 ハイ暴走モード突入しましたー。
 今度はレオが遠い目をする番だった。そうだ、最近妙な方向性に開花していたようだったから忘れてたけど、『これ』が霧夜エリカだった。

 なんて迷惑な。

「対馬クンが断ろうと何しようと、明日には大々的に新執行部のメンバーを発表するわ。最初から対馬クン個人の意思なんて関係ないってわけ」

 目がガチだった。
 全力を用いてこちらを潰しに来たような威圧感に、何故か安心したのは俺がおかしいからだろうか。

「で、どうする?自分から執行部に入って全校生徒を面白おかしく振り回してみる?それとも逃げる?私と真っ向から対決するならそれもあり」
「生徒会メンバーになるなら、妙なちょっかいから私が守ってあげてもいいんだけど?」

 そうやってあくまでも上から目線で言う霧夜に、これからの学校生活を想像する。
 霧夜がいて無茶を言い、佐藤さんが常識的なツッコミを入れ、フカヒレとカニが悪乗りをして、乙女さんが行き過ぎたテンションを引き戻し、俺がため息をつく姿をスバルが笑っている。
 それはとても、とても楽しそうな日々に思えた。




「だから舐めるなよって言ったろ。まぁいいか、だけど────」



 どうせなら、精々引っ掻き回してやるさ。
 そんな自暴自棄な考えとと共に口から出た言葉はどこか挑戦的で。

「そう?じゃあ楽しみにしてるわ」

 それに応える霧夜も、ムカつくほど普段のような余裕に満ち溢れていた。
 そんなこんなで俺は執行部なんていう縁のなさそうな居場所を手に入れた。




 どう考えても早まったよなぁ……と、これから何度も何度もつぶやくことになるセリフと共にレオは竜宮の2階へと歩き出すのだった。まる。








 あとがき

 ちょっとばかり間が空きましたが無事更新。切りのいいところまで書こうとするとどんどん長くなっていくから困る。あと更新しようして感想欄を見てみたら2分前に更新を求められていた。なにか必然的なものを感じる。
 さて感想欄でもありましたが、とある人がぎっくり腰になったことでなぜかこの作品が動画化されました。わけがわからないよ!
 かなりクオリティが高い動画に仕上がっておりましたので、皆さんぜひ見に行ってください。面白かったら動画作成者様のおかげ、なんかいまいちと思ったら脊髄反射で動画化しにくい文章を構成する私のせいですので。

 というわけでまた次回。今まで出番が少なかった人が出る予定。





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