この状況はとても良くない。
何が良くないって自身が抑えられないことも良くなければ、それをむしろ心地よいと感じている自分も良くない。
幼馴染と馬鹿をやって楽しかった日々。
そろそろこいつらと一緒にいられるのも後わずかか、なんて思いはあっけなく裏切られ、奇跡的に同じ高校へと進学を果たした入学式に待っていたのは筋骨隆々とした漢だった。
あ、やばい。
これはもうだめだ。
「……磨き、青春を謳歌せよ!竜鳴館館長、橘平蔵!!!!」
その名前を聞いた瞬間に理性はあっけなく焼ききれた。
テンションに身を任せるのは良くない。
テンションに身を任せるのは良くない。
テンションに身を任せるのは良くない!
うるせぇ。
「死に腐れ橘平蔵ぉぉーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
希望に満ち溢れた入学式は一転して、あっけなく阿鼻叫喚の地獄絵と化した。
視認を許さぬほどの一撃と、爆撃のような腕力の交差で体育館が半壊するまでに1分とかからなかったことだけをここに記しておく。
「なぁなぁ、入学式のあれって結局なんだったんだ?」
「さーねー。でもボクはかったるい式が中止になってラッキー」
「それには同感だな。不思議と怪我人も死者も出なかったって話らしいぜ…ってどうした坊主?」
「いんや、別に。こんなことになった割りに騒ぎが小さいなと思ってさ」
夕暮れ時の街を幼馴染4人組でまったりと歩く。
通い慣れた商店街でも感じる微妙な居心地の悪さは、新品の着慣れない制服を着ているからだろうか。
もちろん話題は数時間前に起こった事件のことである。
テロか、無差別殺人か、などとテレビ局のヘリまで出動しての大騒動は館長である橘平蔵の
「イキの良い新入生が入りおったわ!」
という一言で収束。
この発言が噂を呼び、尾ひれどころか背びれに羽までついて学園中を我が物顔で闊歩しているのである。おーまいごっど。
「俺ってさ、こういうときに男が試されると思うんだよね。見ただろー?隣に女の子を飛んでくる破片からかばった俺の雄姿!」
「ボクはフカヒレが性犯罪者になる瞬間なら見た」
「ああ、押し倒されかけた相手がただ者じゃなかったな。あの混乱のさなかハイキックで米神狙うなんてよ」
どうやら幼馴染を一人、性犯罪でなくすことになりそうだ。
「ちくしょー、いまだに頭が痛いんだよ。いや、でもこれはチャンスじゃないか?誤解が解ければそのギャップでコロッと……」
ぐへへ、とあまり気持ちの良くない笑みを浮かべた友人(仮)は相変わらず間違った方向に打たれ強い。
「いつものことだけど頭の中腐ってんね」
「入学初日から性犯罪者のレッテルを貼られる可能性もあるってのにな」
呆れ顔のカニに追従してやってもフカヒレの勢いは止まらない。
「お前らうるさいよ。へっ、明日からこのシャーク様のうはうはな高校生活が始まるんだ。お前たちは脇役として俺の活躍の解説でもしてな!」
「まぁまぁ、とにかく怪我がなかったことを喜ぼうぜ。なんにせよ、明日から退屈しなさそうなんだからよ」
男の癖にやけに色気のある流し目がスバルから放たれた。
口元の意味深な笑みはそこらにいる女性に向けたらさぞかしキャーキャーいわれるに違いないのだが、向ける方向を間違ってはいないだろうか。
「退屈しなさそう、ねぇ?」
館長とか、動じない生徒とか、キャラの濃そうなメンツとか、何より周囲の幼馴染たちを見回して彼はため息をついた。
「テメーこの愛くるしい幼馴染をみてため息なんてつきやがったなっ!フツウそこはボクの魅力的な姿に癒されるところだろ!」
「ハッ、見た目小学生の甲殻類が。二次成長終わらせてから出直してきな」
「ボクはレオに言ったんだ!フカヒレこそサルみたいな顔しやがって!」
「さ、猿とは言い過ぎだろ!俺だって、俺だってなぁ!」
もう一度確認しておくがここは普段通い慣れた道で、夕暮れ時で、しかも商店街だ。
微笑ましそうな顔でこちらを見る奥様方の生ぬるい視線が突き刺さる。
人並みの羞恥心を発揮した彼、対馬レオは次第に激しくなっていく喧騒を横目に、知り合いの八百屋などに目線で謝意を伝えた。
店先で騒ぐのはあまりよくない。
「得したな、坊主」
「いや、申し訳なさが増した」
不意に飛んできたリンゴが二つ。
危なげなくキャッチすれば男気ある笑みを浮かべた八百屋の店主がニヤリと笑っていた。
「退屈しない……か。俺はのんびり縁側でお茶をすするように生きたい」
店主に軽く頭を下げながら、レオは疲れたように言う。
ニヤニヤと、スバルがこの男にしては珍しくいやらしい笑みを浮かべてそれを即座に否定した。
「そりゃー無理だ」
「なんでだよ」
「だってなぁ?」
いくらか憮然とした顔でレオが問えば、スバルは余裕の笑みであごをしゃくった。
「無理無理、だってお前トラブルの星の下に生まれてるもん」
「昔から散々いろんなことに巻き込まれておいて今更だよねー」
振り向けばいつの間にか言い争いをやめた二人が当然のように言葉の槍を刺してきた。
ひくっ、とレオの頬が引きつった。
「ほら、そろそろ坊主が怒るぞ」
「やべぇやべぇ、さっさと逃げようぜ」
「フカヒレ、興奮して目を血走らせた男に追われる薄幸の美少女、つまりボクのために生贄になれ!」
「ぐふぉ!!」
俺の苦労の大部分を占めるこいつらが何を言っているのか。
夕暮れの街。
どこか郷愁を誘う光景を背に、レオは薄情な幼馴染どもを捕縛するために全力で駆け出したのだった。
「なぁ、さっき俺友達なのに(仮)扱いじゃなかったか?」
「知らん」
懐かしい夢を見た。
あのころのレオはまだまだ子供で、スバルとカニと共に肝試しを行っていた。
肝試し、といっても墓場に行くとか大人と一緒のイベントだとかそういったものではなく、学校で幽霊が出るなどといわれた場所に行くだけだった。
「ぜぇったいボクは行かないからな!絶対だからな!」
そんなカニの主張を某お笑い芸人のネタ振りとして(故意に)受け取ったレオとスバルはカニを引きずるように連れ出した。
行った場所はボロい神社。
怖いもの知らずな男二人は目を輝かせて幽霊を探し、一方のカニはまるで痺れたように固まっていた。
周囲をきょろきょろと見回し、怪しいところを探す幼いころの二人。
何の気なしにカニのほうを見たレオとスバルは、その背後に白いもやの塊を見た。
「カニ!」
「逃げろ!」
スバルはとっさに駆け寄ってカニを引き寄せ、レオはなぜかその幽霊らしきものに殴りかかった。
そして、彼の拳を受けたそれはあっけなく霧散した。
レオもスバルも大喜び。
幽霊を倒したぞ!と家族に満面の笑みで報告し、そんな時間に外に出たことで大目玉を食らったのはいい思い出だ。
で、そこで終わらないのがこの話のどうしようもないところ。
───……ぁ…いぃ………つが……いぃ…………つが憎いぃ……あいつが憎いぃ!!!
「うるせぇえええええええええええええ!!!!!」
つまるところ、憑かれた。
夜な夜な枕元に立つそこそこ若い男がひたすら無念を訴えてくるのは拷問だった。
最初こそおびえていたレオだったが、1週間後には堪忍袋の尾がまとめてぶち切れて絶叫することになった。
家族に「幽霊が出た」といっても、どうせ肝試しが本当は怖かったんだろうと相手にされず。
カニにはそれから近づいただけで全力で逃げられ。
昼夜かかわらず思い出したようにささやいてくるので危うく黄色い救急車を呼ばれるところだった。
夢でそいつの記憶も見せられた。
道場破りにあう→準備が整っていないから明日にしてくれ→罠を仕掛ける→自分がかかる→死亡。
「この無念、お前にもわかるだろう!?」
「よし、死ね」
「無駄無駄ぁ!貴様の拳などすり抜けてぐぼぁああ!!!」
今までのように触れることもかなわなかった幽霊になぜかあっけなくその拳が突き刺さった。
そして始まる怒涛の殴り合い以下略。
道場破りにあうだけあって幽霊は強かった。
それでもあまりのストレスに何かが目覚めてしまったレオにボコボコにされ、ついには泣きながら土下座させられる幽霊。
片方は一般人に見えないが、小学生にボコボコにされて土下座している男という光景はとてもシュールだった。
それでも成仏しない幽霊。お経なども駄目だった。
この日から本格的にレオの戦いの日々が始まった。
そう、彼の至った結論は至ってシンプル。
『成仏するまで殴る』
そのころにはある程度耐性ができたカニと、以前から元気付けていてくれたスバルからやる気をもらい、ついには寝込みを襲ったりするようになった幽霊と殴り合いをする日々。
少ない小遣いから本を買い、効率の良い鍛え方やら殴り方を模索する。
そして中学校にあがるころにはかなりの戦闘力を手に入れていたレオだったが、相変わらず幽霊のせいで夜は寝不足が続いていた。
だがある日、幽霊は彼のボトルシップに手を出した。
いや、それは正確ではない。
罠を仕掛けようとしてうっかり壊してしまったというのが正しいだろう。
「カハッ、カハッ、はははははははははははは!!!!!」
後にその際偶然居合わせた友人のS氏は語る。
「今までのストレスが爆発したんだろうな………正直幽霊に同情したぜ」
目は血走り髪は逆立ち暗黒のオーラを振りまきながら、逃げ出した幽霊を追いかけて深夜の街を走り回り滅多打ちにした男は都市伝説として語られることになる……。
今までいくら殴っても痛み以外のダメージを与えられなかった幽霊が顔を倍くらいに腫らせて這い蹲り、最後に
レオに股間を潰された。
「ぁ……」
そうやってレオの目の前から消失した幽霊は、二度と現れることはなかった。
戦いはむなしく、得るものなどない。
穏やかに生きたい、今のそれが彼のたった一つの願いである。
そう、その願いを自らの手で崩すことになるのは高校への入学式の日に目にした漢と、雷光のように脳裏によみがえったあのクソ幽霊の夢であった。
───何の用かと?もちろん道場破りである!!
『あいつが、あいつが、あの橘平蔵が憎いぃぃぃ!!!!』
「そうかそうか、てめぇが元凶か。死に腐れ橘平蔵ぉぉーーーーーーーー!!!!!!」
その場にいたすべての人間の視線を置き去りにして振るわれた最速の拳。
席が端の方だったため周囲に気づかれず、あまりの速さに誰もが犯人を見つけられなかった未解決の事件。
視界に捉えることもできないはずのレオの拳を防ぎ、彼に満面の笑みを向けた威丈夫がレオに平穏な学校生活の終わりを告げたのだった。
あとがき
かなり前にかいたネタを投稿。
誰か代わりに書いてくれないだろうか。