「エリア。魔王の子を異界に逃がしたのは我らの失態。七英雄の名にかけて、必ず倒して来るのです」
「わかりました、大司教様……」
私は大司教様の服の裾にキスをし、魔法陣に横たわった。
司祭様達の声が唱和され、魔物の鉱石がまばゆく光り、私の体は光へと打ち砕かれ……。
「おんぎゃあああああ!!」
私は、異界の赤子として生れ落ちた。
「さて、どうしましょうか……」
私は頭痛を抑えていった。光となって転生する事で、魔王に先回りする事は出来た。しかし、ここに生えている木は凄く少ない。気の休まる暇すらない。そのうえ、この世界は酷く歪な発展を遂げていた。何故か魔法の類が皆無で、その代わり科学とか言う妙なものが発展しているのだ。
科学はなるほど、便利だが、酷く大地を汚す。よくまともに生活できると思うほどの空気の汚さだ。とにかく、魔王の警告をしなくては。
私は母にパソコンの使い方を習い、防衛省宛にメール内容を考える。
しかし、子供の言などたやすく信じては貰えないだろう。
魔術を示して見せるのが一番いいだろうし、道具は送ってもらっているが、届くのは魔王と同時期になってしまう。
魔王が現れるまであと5年。手をこまねいていることは出来ない。その上、この地には魔女狩りという伝説があった。正体をたやすく知られるわけにはいかない。
ここは予言という形が一番いいだろう。幸い、ノストラダムスという大預言者もいるし、この世界は自然災害が多い。自然災害の予知ならエルフの得意分野だ。森の加護は、生まれ変わってなお私の上にある。
「何を難しい顔をしているのかな~会心ちゃん」
「森が無くちゃ息が詰まっちゃうと思って。お山に連れて行ってくれないかしら?」
「お姫様の仰せの通りに」
私は母子家庭だ。女で一つで私を育てている母を守りたい。私は強く願った。
その後、休日に私は山に連れて行ってもらった。
山で寝転び、私は耳を研ぎ澄ます。とても気持ちいい。
「会心ちゃん、そんな所で寝ていて気持ちいい?」
「うん、とっても。連れてきてくれてありがとう、お母さん」
歌うように呪文を唱え、周囲の木々と一体となる。
「いい歌ねぇ」
お母さんは、心地良さそうに目を閉じた。
この星そのものから一年分の自然災害の情報を読み取って、立ち上がる。
「もういいわ。お母さん」
その日、私はメールを出した。自然災害の予知と、5年後に魔王が来るという内容のメール。差出人はダークエルフのエリア。すぐに信じてもらわなくても構わない。後5年、時間はまだまだあるのだ。
予備として、某掲示板にも予知を乗せてみた。
そして、私は箒を買ってもらい、じっくりと魔力を込める。毎夜毎夜、抱いて寝た。
杖でもいいのだが、そちらは買ってもらう口実が見つからなかったのだ。
そして自然災害の起こる前日に、同じメールをまた出す。3年間これを繰り返して、気づいてもらえなかった他の方法を考えよう。
それから一年がたった。自然災害の事はまだ信じてもらえないようだ。
掲示板の方は信者は出てきたが、魔王の一文から、コピペだと思われたようだった。
2回目の自然災害の予知を書いて、眠る。その晩、夢を見た。
振るわれるナイフ。小学校の校門前。目の隅を通り過ぎる校名。逃げ惑う子供達。赤い花が、咲いて……
私は飛び起きる。この地の精霊からのお告げだった。家を飛び出す。まだ起こっていない事件のようだけど、遠くだ。今から行って間に合うか。姑息だと思うけど、出発する前にパソコンを立ち上げ、自然災害の予知にくっつけて今から起きる事件をメールし、掲示板に投稿する。
母はもう仕事に出かけていたのが幸いだった。
箒を引っつかみ、この日の為に縫ったローブと一緒に水晶の中に取り込む。
走って、走って、大分家から距離を取ったと判断した後、人気の無い所で水晶からローブと箒を取り出す。
「ルキス・エルザ……元の姿に、戻れ!」
私はダークエルフの姿となり、箒に腰掛ける。
走るよりは早いが、この地は風の精霊が少なく、それほどスピードが出ない。私は焦った。
「お願い、間に合って……」
眼下に、小学校の校門が見える。校門の傍には、何人か男女が立っていた。登校の時間、不振な男が子供達に近づく。
「あ、貴方何を持っているんですか?」
その時、校門に立っていた男の人が震えながら声を上げた。
女の人も声を出す。
「が、学校に何の御用ですか?」
「ちっ」
掲示板を見た人達だろうか? 男は計画を中止すればいいものを、ナイフを取り出す。
男の人はひっと声を上げて下がった。女の人が悲鳴を上げる。
平和な日本だ。戦えというのが無理だろう。
私は呪文を口の中で唱え、雷を落とす。
雷は見事男が振り上げたナイフに落ち、男は2、3回痙攣した後動かなくなった。
命までは奪っていない。気絶しただけだろう。
空を見上げた人達が私を見つけてパクパクと口を開閉する。
「だ、ダークエルフのエリア……さん」
「うそ、手品だろ?」
「魔王が飛来するまで、後4年です」
それだけ言って、飛び去った。携帯で写メを取られまくる。
子供達がキャーキャーと声を上げる。
適当なところで降りて、子供の姿に戻った。
走って家に戻ると、某掲示板がプチ祭りになっていた。
私の画像が貼り付けられている。
そもそも魔王って何だと聞いていたので、魔王の生態と習性を書いておいた。
女を浚い、殺戮をする、とても恐ろしい生き物で、倒すと鉱物になると。
特に低級の魔物は意思を持たない為、只管破壊と殺戮を繰り返し、休戦を申込む事も出来ないと。
銃は通用するのか聞かれたので、素直にわからないと答える。
物理攻撃が効きにくい種は存在するとこたえておいた。
防衛省にメールはして返答を待っている、出来れば現地の人と協力して魔王を倒し、倒した後の鉱物は貴重な資源になるので持ち帰りたいとも。
『魔王ってさ、核爆弾でどうにかできないの?』
あえて考えないようにしていた事を突っ込まれる。そうなんだよね、それ一発で終わりそうな気がする。ここって科学技術が凄いんだもん。
出来れば私の手で魔王を倒したかった。けど、無理だよね……。私のやり方だと死人が出る。この世界の技術なら、誰も傷つけられずに勝つことが出来る。
エリア、要らない子ですか? いらないなら帰ります……。そう書き込んだら慌てて止められた。ただ、その書き込みで、魔王はなんとか出来るものなのだと皆安心したようだった。
その日から、時々予知をするようになった。それも魔王の予告と共に掲示板に書く事が日課となる。一年で信者が大分出来ていたのでその人達に犯罪予告扱いで通報してもらう。
しかし、中々反応がないなぁ。
もう一年がたち、他の方法を考え始めた時だった。
ついに魔王がどんなものか、私が誰か問う返事が来た。
今までの辛い戦いを思い出し、長い長いメールを書く。
魔王が来るまであと三年だ。
待ち合わせをしようというメールが来たので、それにも肯定を返す。
その際、出来ればダイヤを持ってきてもらえないかとお願いをする。
適当な場所に出て……つけてくる人間を撒き、変身する。最近変質者多いから、それでつけられているんだろうか? 母もきれいだから、注意をしておかないと。
ホテルのロビーで、私は政府の高官らしき人間に会った。ここに来るときも思ったが、随分と多くの視線を受けている。
「七英雄が一人に来てもらうとは、光栄です。私は防衛省大臣の野々村忍です」
「外務省の石塚徹です」
「ダークエルフの七英雄が一人、弓姫エリア・サーキュリィです」
ローブのフードを取ると私は微笑む。野々村さんはほぅ、と息を吐いた。
「いや、ダークエルフなどこの目で見る事が出来るとは思いませんでしたよ。想像に違わずお美しい」
「ありがとうございます。大臣自ら来て頂けるなど、光栄の至りですわ」
私は野々村さんと石塚さんと交互に握手をする。
「早速ですけど、ここは視線が気になります。場所を移動しませんか?」
「ここのレストランに席を取ってあるのですが、いかがですか?」
「この世界のマナーに自信が無いのですが、それでも良かったら……」
「では、こちらへ」
石塚さんがエスコートしてくれる。私は石塚さん、野々村さん、それに多分SPの皆さんとレストランへ向かった。レストランでは、既に5人程席についている。
「陸軍と海軍、空軍から一人ずつ仕官を呼んでいます。どうぞお気になさらず」
私は互いに自己紹介し、次に残り二人に目を向けた。
「こちらは我が国の同盟国のアメリカ国防総省のカート・マッケンジー氏とアメリカの外務省のロバート・スミス氏です。国防に関係ある事ですので、特別にご足労願いました」
同盟国というイントネーションを強く言って、石塚さんは私に紹介した。私は少し眉を上げる。一応私は客人だ。初めて会う席でいきなり外国人と一緒というのは驚いてしまう。
「少し驚きましたわ。今度から会う約束を取り付けるときにお知らせ願いたいものです。私はエリア・サーキュリィと言います」
「いやいや、美人が来ると聞いていてもたってもいられず、無理を言ってしまいました」
ロバートさんが私の手にキスをする真似をした。カートさんが、それに続く。
私は席について、アルコールは飲めないからと前置きして、ハンバーグセットとオレンジジュースを注文した。
そして、石塚さんに目を合わせ、ダイヤについて聞く。
「それで、ダイヤは用意していただけましたかしら?」
「はい。ここに」
私はダイヤをテーブルに置き、口の中で呪文を唱える。
ぽう、とダイヤが光って私の頭に光線を放ち、しばらくして光が途絶えた。
戦いの記憶を思い出すのは辛い。それでも、知ってもらわなくては。魔王の恐ろしさを。
私はダイヤを両手で包み、ダイヤに焼き付けた映像を再生させた。
ダイヤから出た戦場の映像に、静かに声を漏らす面々。
「これが魔物、これが魔王です。正直に言いましょう。私など来る必要はなかった。この世界の技術力はそれほどに高い。しかし、それでも魔王の事を事前に知る事で得るものもありましょう。魔王が来た時は、その位置をお教えします。これで私の仕事は終わりです。出来れば、魔王が死んだ後の鉱石を譲って頂ければ復興の助けになり、助かるのですが……無理にとまでは言いません。最も、魔法を使わないものに鉱石が必要とは思えませんが」
映像はちょうど、魔王軍との戦いのシーンを写していた。音こそ無いが、皆食い入るように見つめている。箒や杖に乗って、魔弓を射続けるダークエルフ部隊。癒しの力で皆を癒すエルフ部隊。人間の魔術師部隊が魔術を放ち、地上からは獣人と人間の戦士が攻め立てる。召喚獣が吼え、竜騎士が突撃する。
戦っている最中、リンダが両腕を切られ、連れ浚われる。
リンダは魔王を倒した時には、魔王城で慰み者にされ、発狂していた。私は目を逸らし、唇をかんだ。リンダを発見したシーンも、入れてある。魔王の残酷さを、教えるのが私の仕事だから。
ハンバーグがきたので、食べる。戦場を前にして肉なんて、と思うだろうが、その程度で食べられなくなるようでは七英雄などとてもではないが出来ない。
大臣達も、上の空で食事を始めた。
食事を終えると、野々村さんがナプキンで口を拭き、言った。
「実に……実に素晴らしい軍隊ですな。」
「ああ、全く素晴らしい。特にミズ・エリアの砲撃といっていいほどの弓は素晴らしい。さすがは七英雄なだけありますな」
続けて、カートがすかさず褒める。
「ミサイル一発に及ぶものではありませんわ」
これは謙遜でなく本当にそうだ。環境破壊という犠牲が大きいとはいえ、素直に尊敬できる。
「いやいや、個人レベルでこういう事が出来る、というのが重要なのです」
「先ほど復興という言葉を口にされていたが……ぜひ、協力させて頂きたい」
「復興支援に関して、日本はかなりの実績があります」
「あまりにも文化が違いすぎるので……。科学は便利ですが環境を犠牲にします。私達は森に住んでいるのです……魔王に大分焼かれてしまいましたが」
「何か助けになる事があるはずです。食糧支援とか」
「魔王ですら移動するのに十年掛かるんですよ? 今こうしている間にも我が一族が先頭にたって復興をしているはずですわ。それに、奥の手もありますし。そうですね……それでも、もし何かあったらよろしくお願いします」
「美女の役に立つ事は私の喜びです。ぜひ何かあったらお申し付け下さい」
「日本も、出来るだけ手を尽くさせて頂きます」
「あ、ありがとうございます……」
なんだろう、この熱心さは。私は若干押され気味に頷く。
「しかし、十年も掛かるとなると国交を開くのは大変そうですな」
その言葉で私は気づいた。彼らは国交を開く事前提で話をしているのだ! それで借りを作りたかったのか。
「ごめんなさい、我が一族に国交を開く予定はありませんわ。次元移動は危険が多すぎるもの。今回の遠征で来たのが私一人なのも、その辺に理由があるの。私からあげられるものは、魔王の情報以外ありません」
「しかし、たった一人で魔王を倒すおつもりだったのですか?」
野々村さんの質問に、私は苦笑して答えた。
「予知で信頼を得て、現地で兵を訓練して……その人達を囮に、命と引き換えにして魔弓を撃って魔王を倒すつもりだったわ。その位の力はあるはずだから。余力があったら鉱石を転移させる事が出来れば完璧かな」
私と同じくらいの魔力を持つ剣士……私の愛したパークトは、そうして死んだ。
「魔王の鉱石とは、それほどまでに有用なものなのですか?」
「それもありますが……魔王の子を逃がしたのは我らの失態。それに……私の愛した人達の仇をどうしてもこの手で取りたかった」
私は自分の手を眺め、握り締めて言う。その手を、カートさんが取った。
「ミズ・エリア……そう思うなら、魔王とその僕を倒す為に手を貸して頂きたい」
「エリアさん、感動しました。兵の訓練、お任せしましょう」
「え……? で、でも……普通の兵士の方が強いし、魔法使いを育てるのは時間ばかりかかるし」
「いいんです、いいんです。そうだ、魔王はミサイルで倒せても、各地にやってくる魔物はそういうわけにはいかないでしょう? となると、警官の強化が必要です。そう、必要ですとも」
「ノープロブレム。貴方の全てを叩き込んでください」
結局、彼らの大きな熱意の元、富士の樹海で訓練をする事になってしまった。
とりあえず二ヶ月である。
となると、母に了解を取らなくてはならない。
私は家に帰ると、正座して母を待った。
「会心ちゃん、どうしたの、正座なんてしちゃって」
私はダークエルフの姿へと変身する。
「お母さん、今まで育ててくれてありがとうございました。会心は、会心は地球の平和の為に富士に行ってきます。何も言わず、送り出してください」
「会、会心ちゃん? ダークエルフ? え、どういう事? 説明してもらえるかしら?」
母は私の肩を抑えて、おろおろとしながらお茶を出す。
どうにか説明を終えると、何故か母のテンションが上がった。
「まあまあ、魔法を使ってみて頂戴!」
私が箒で飛んでみると、母のテンションはマックスである。
「凄いわー。さすが会心ちゃん、私の子ねー。お母さん、誇らしいわー」
次の週、何故か私は空を飛んで出発することになり、箒に下げる袋に餞別のお菓子をいっぱい入れられる。お母さん、私、これから教導に行くんだけど……。秘密にしたいとも言ったよね? もう……。
新兵に配る箒もあって、荷物がとても重い。
ご近所さんが集まる中、私は空を飛ぶ。歓声が上がった。何故テレビ局が……。
色々と突っ込みたい事はあるが、とにかく私は空を飛んだ。場所は確認してある。一日も飛べばつくだろう。