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[20465] 【大規模改訂版更新中】魔王のこうせき(異世界→現実)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2011/09/27 22:23
 チラ裏の多分続かない一話だけの短編集からの移動です。
 
 あらすじ

「ダークエルフのエリアです。取り逃がした魔王を倒しに来ました!」

「ファンタジー来たコレ。とりあえず魔法技術とそっちの世界への移民の可能性についてkwsk」



[20465] 1話 
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/20 06:48
 「エリア。魔王の子を異界に逃がしたのは我らの失態。七英雄の名にかけて、必ず倒して来るのです」

「わかりました、大司教様……」

 私は大司教様の服の裾にキスをし、魔法陣に横たわった。
 司祭様達の声が唱和され、魔物の鉱石がまばゆく光り、私の体は光へと打ち砕かれ……。

「おんぎゃあああああ!!」

 私は、異界の赤子として生れ落ちた。
 





「さて、どうしましょうか……」

 私は頭痛を抑えていった。光となって転生する事で、魔王に先回りする事は出来た。しかし、ここに生えている木は凄く少ない。気の休まる暇すらない。そのうえ、この世界は酷く歪な発展を遂げていた。何故か魔法の類が皆無で、その代わり科学とか言う妙なものが発展しているのだ。
 科学はなるほど、便利だが、酷く大地を汚す。よくまともに生活できると思うほどの空気の汚さだ。とにかく、魔王の警告をしなくては。
 私は母にパソコンの使い方を習い、防衛省宛にメール内容を考える。
 しかし、子供の言などたやすく信じては貰えないだろう。
 魔術を示して見せるのが一番いいだろうし、道具は送ってもらっているが、届くのは魔王と同時期になってしまう。
 魔王が現れるまであと5年。手をこまねいていることは出来ない。その上、この地には魔女狩りという伝説があった。正体をたやすく知られるわけにはいかない。
 ここは予言という形が一番いいだろう。幸い、ノストラダムスという大預言者もいるし、この世界は自然災害が多い。自然災害の予知ならエルフの得意分野だ。森の加護は、生まれ変わってなお私の上にある。

「何を難しい顔をしているのかな~会心ちゃん」
 
「森が無くちゃ息が詰まっちゃうと思って。お山に連れて行ってくれないかしら?」

「お姫様の仰せの通りに」

 私は母子家庭だ。女で一つで私を育てている母を守りたい。私は強く願った。
 その後、休日に私は山に連れて行ってもらった。
 山で寝転び、私は耳を研ぎ澄ます。とても気持ちいい。

「会心ちゃん、そんな所で寝ていて気持ちいい?」

「うん、とっても。連れてきてくれてありがとう、お母さん」

 歌うように呪文を唱え、周囲の木々と一体となる。

「いい歌ねぇ」

 お母さんは、心地良さそうに目を閉じた。
 この星そのものから一年分の自然災害の情報を読み取って、立ち上がる。

「もういいわ。お母さん」

 その日、私はメールを出した。自然災害の予知と、5年後に魔王が来るという内容のメール。差出人はダークエルフのエリア。すぐに信じてもらわなくても構わない。後5年、時間はまだまだあるのだ。
 予備として、某掲示板にも予知を乗せてみた。
そして、私は箒を買ってもらい、じっくりと魔力を込める。毎夜毎夜、抱いて寝た。
杖でもいいのだが、そちらは買ってもらう口実が見つからなかったのだ。
 そして自然災害の起こる前日に、同じメールをまた出す。3年間これを繰り返して、気づいてもらえなかった他の方法を考えよう。
 それから一年がたった。自然災害の事はまだ信じてもらえないようだ。
 掲示板の方は信者は出てきたが、魔王の一文から、コピペだと思われたようだった。
 2回目の自然災害の予知を書いて、眠る。その晩、夢を見た。



振るわれるナイフ。小学校の校門前。目の隅を通り過ぎる校名。逃げ惑う子供達。赤い花が、咲いて……

 

 私は飛び起きる。この地の精霊からのお告げだった。家を飛び出す。まだ起こっていない事件のようだけど、遠くだ。今から行って間に合うか。姑息だと思うけど、出発する前にパソコンを立ち上げ、自然災害の予知にくっつけて今から起きる事件をメールし、掲示板に投稿する。
 母はもう仕事に出かけていたのが幸いだった。
 箒を引っつかみ、この日の為に縫ったローブと一緒に水晶の中に取り込む。
 走って、走って、大分家から距離を取ったと判断した後、人気の無い所で水晶からローブと箒を取り出す。

「ルキス・エルザ……元の姿に、戻れ!」

 私はダークエルフの姿となり、箒に腰掛ける。
 走るよりは早いが、この地は風の精霊が少なく、それほどスピードが出ない。私は焦った。

「お願い、間に合って……」

 眼下に、小学校の校門が見える。校門の傍には、何人か男女が立っていた。登校の時間、不振な男が子供達に近づく。

「あ、貴方何を持っているんですか?」

 その時、校門に立っていた男の人が震えながら声を上げた。
 女の人も声を出す。

「が、学校に何の御用ですか?」

「ちっ」

 掲示板を見た人達だろうか? 男は計画を中止すればいいものを、ナイフを取り出す。
 男の人はひっと声を上げて下がった。女の人が悲鳴を上げる。
 平和な日本だ。戦えというのが無理だろう。
 私は呪文を口の中で唱え、雷を落とす。
 雷は見事男が振り上げたナイフに落ち、男は2、3回痙攣した後動かなくなった。
 命までは奪っていない。気絶しただけだろう。
空を見上げた人達が私を見つけてパクパクと口を開閉する。

「だ、ダークエルフのエリア……さん」

「うそ、手品だろ?」

「魔王が飛来するまで、後4年です」

 それだけ言って、飛び去った。携帯で写メを取られまくる。
 子供達がキャーキャーと声を上げる。
 適当なところで降りて、子供の姿に戻った。
 走って家に戻ると、某掲示板がプチ祭りになっていた。
 私の画像が貼り付けられている。
 そもそも魔王って何だと聞いていたので、魔王の生態と習性を書いておいた。
 女を浚い、殺戮をする、とても恐ろしい生き物で、倒すと鉱物になると。
 特に低級の魔物は意思を持たない為、只管破壊と殺戮を繰り返し、休戦を申込む事も出来ないと。
 銃は通用するのか聞かれたので、素直にわからないと答える。
 物理攻撃が効きにくい種は存在するとこたえておいた。
 防衛省にメールはして返答を待っている、出来れば現地の人と協力して魔王を倒し、倒した後の鉱物は貴重な資源になるので持ち帰りたいとも。
 
『魔王ってさ、核爆弾でどうにかできないの?』

 あえて考えないようにしていた事を突っ込まれる。そうなんだよね、それ一発で終わりそうな気がする。ここって科学技術が凄いんだもん。
 出来れば私の手で魔王を倒したかった。けど、無理だよね……。私のやり方だと死人が出る。この世界の技術なら、誰も傷つけられずに勝つことが出来る。
 エリア、要らない子ですか? いらないなら帰ります……。そう書き込んだら慌てて止められた。ただ、その書き込みで、魔王はなんとか出来るものなのだと皆安心したようだった。
 その日から、時々予知をするようになった。それも魔王の予告と共に掲示板に書く事が日課となる。一年で信者が大分出来ていたのでその人達に犯罪予告扱いで通報してもらう。
 しかし、中々反応がないなぁ。
 もう一年がたち、他の方法を考え始めた時だった。
 ついに魔王がどんなものか、私が誰か問う返事が来た。
 今までの辛い戦いを思い出し、長い長いメールを書く。
 魔王が来るまであと三年だ。
 待ち合わせをしようというメールが来たので、それにも肯定を返す。
 その際、出来ればダイヤを持ってきてもらえないかとお願いをする。
 適当な場所に出て……つけてくる人間を撒き、変身する。最近変質者多いから、それでつけられているんだろうか? 母もきれいだから、注意をしておかないと。
 ホテルのロビーで、私は政府の高官らしき人間に会った。ここに来るときも思ったが、随分と多くの視線を受けている。
 
「七英雄が一人に来てもらうとは、光栄です。私は防衛省大臣の野々村忍です」

「外務省の石塚徹です」

「ダークエルフの七英雄が一人、弓姫エリア・サーキュリィです」

 ローブのフードを取ると私は微笑む。野々村さんはほぅ、と息を吐いた。
 
「いや、ダークエルフなどこの目で見る事が出来るとは思いませんでしたよ。想像に違わずお美しい」
 
「ありがとうございます。大臣自ら来て頂けるなど、光栄の至りですわ」

 私は野々村さんと石塚さんと交互に握手をする。

「早速ですけど、ここは視線が気になります。場所を移動しませんか?」

「ここのレストランに席を取ってあるのですが、いかがですか?」

「この世界のマナーに自信が無いのですが、それでも良かったら……」

「では、こちらへ」

 石塚さんがエスコートしてくれる。私は石塚さん、野々村さん、それに多分SPの皆さんとレストランへ向かった。レストランでは、既に5人程席についている。
 
「陸軍と海軍、空軍から一人ずつ仕官を呼んでいます。どうぞお気になさらず」
 
 私は互いに自己紹介し、次に残り二人に目を向けた。

「こちらは我が国の同盟国のアメリカ国防総省のカート・マッケンジー氏とアメリカの外務省のロバート・スミス氏です。国防に関係ある事ですので、特別にご足労願いました」

 同盟国というイントネーションを強く言って、石塚さんは私に紹介した。私は少し眉を上げる。一応私は客人だ。初めて会う席でいきなり外国人と一緒というのは驚いてしまう。

「少し驚きましたわ。今度から会う約束を取り付けるときにお知らせ願いたいものです。私はエリア・サーキュリィと言います」

「いやいや、美人が来ると聞いていてもたってもいられず、無理を言ってしまいました」

ロバートさんが私の手にキスをする真似をした。カートさんが、それに続く。
 私は席について、アルコールは飲めないからと前置きして、ハンバーグセットとオレンジジュースを注文した。
 そして、石塚さんに目を合わせ、ダイヤについて聞く。

「それで、ダイヤは用意していただけましたかしら?」

「はい。ここに」

 私はダイヤをテーブルに置き、口の中で呪文を唱える。
 ぽう、とダイヤが光って私の頭に光線を放ち、しばらくして光が途絶えた。
 戦いの記憶を思い出すのは辛い。それでも、知ってもらわなくては。魔王の恐ろしさを。
 私はダイヤを両手で包み、ダイヤに焼き付けた映像を再生させた。
 ダイヤから出た戦場の映像に、静かに声を漏らす面々。

「これが魔物、これが魔王です。正直に言いましょう。私など来る必要はなかった。この世界の技術力はそれほどに高い。しかし、それでも魔王の事を事前に知る事で得るものもありましょう。魔王が来た時は、その位置をお教えします。これで私の仕事は終わりです。出来れば、魔王が死んだ後の鉱石を譲って頂ければ復興の助けになり、助かるのですが……無理にとまでは言いません。最も、魔法を使わないものに鉱石が必要とは思えませんが」

 映像はちょうど、魔王軍との戦いのシーンを写していた。音こそ無いが、皆食い入るように見つめている。箒や杖に乗って、魔弓を射続けるダークエルフ部隊。癒しの力で皆を癒すエルフ部隊。人間の魔術師部隊が魔術を放ち、地上からは獣人と人間の戦士が攻め立てる。召喚獣が吼え、竜騎士が突撃する。
 戦っている最中、リンダが両腕を切られ、連れ浚われる。
 リンダは魔王を倒した時には、魔王城で慰み者にされ、発狂していた。私は目を逸らし、唇をかんだ。リンダを発見したシーンも、入れてある。魔王の残酷さを、教えるのが私の仕事だから。
 ハンバーグがきたので、食べる。戦場を前にして肉なんて、と思うだろうが、その程度で食べられなくなるようでは七英雄などとてもではないが出来ない。
 大臣達も、上の空で食事を始めた。
 食事を終えると、野々村さんがナプキンで口を拭き、言った。

「実に……実に素晴らしい軍隊ですな。」

「ああ、全く素晴らしい。特にミズ・エリアの砲撃といっていいほどの弓は素晴らしい。さすがは七英雄なだけありますな」

 続けて、カートがすかさず褒める。

「ミサイル一発に及ぶものではありませんわ」

 これは謙遜でなく本当にそうだ。環境破壊という犠牲が大きいとはいえ、素直に尊敬できる。

「いやいや、個人レベルでこういう事が出来る、というのが重要なのです」

「先ほど復興という言葉を口にされていたが……ぜひ、協力させて頂きたい」

「復興支援に関して、日本はかなりの実績があります」

「あまりにも文化が違いすぎるので……。科学は便利ですが環境を犠牲にします。私達は森に住んでいるのです……魔王に大分焼かれてしまいましたが」

「何か助けになる事があるはずです。食糧支援とか」

「魔王ですら移動するのに十年掛かるんですよ? 今こうしている間にも我が一族が先頭にたって復興をしているはずですわ。それに、奥の手もありますし。そうですね……それでも、もし何かあったらよろしくお願いします」

「美女の役に立つ事は私の喜びです。ぜひ何かあったらお申し付け下さい」

「日本も、出来るだけ手を尽くさせて頂きます」

「あ、ありがとうございます……」

 なんだろう、この熱心さは。私は若干押され気味に頷く。

「しかし、十年も掛かるとなると国交を開くのは大変そうですな」

 その言葉で私は気づいた。彼らは国交を開く事前提で話をしているのだ! それで借りを作りたかったのか。

「ごめんなさい、我が一族に国交を開く予定はありませんわ。次元移動は危険が多すぎるもの。今回の遠征で来たのが私一人なのも、その辺に理由があるの。私からあげられるものは、魔王の情報以外ありません」

「しかし、たった一人で魔王を倒すおつもりだったのですか?」

 野々村さんの質問に、私は苦笑して答えた。

「予知で信頼を得て、現地で兵を訓練して……その人達を囮に、命と引き換えにして魔弓を撃って魔王を倒すつもりだったわ。その位の力はあるはずだから。余力があったら鉱石を転移させる事が出来れば完璧かな」

 私と同じくらいの魔力を持つ剣士……私の愛したパークトは、そうして死んだ。
 
「魔王の鉱石とは、それほどまでに有用なものなのですか?」

「それもありますが……魔王の子を逃がしたのは我らの失態。それに……私の愛した人達の仇をどうしてもこの手で取りたかった」

 私は自分の手を眺め、握り締めて言う。その手を、カートさんが取った。

「ミズ・エリア……そう思うなら、魔王とその僕を倒す為に手を貸して頂きたい」

「エリアさん、感動しました。兵の訓練、お任せしましょう」

「え……? で、でも……普通の兵士の方が強いし、魔法使いを育てるのは時間ばかりかかるし」

「いいんです、いいんです。そうだ、魔王はミサイルで倒せても、各地にやってくる魔物はそういうわけにはいかないでしょう? となると、警官の強化が必要です。そう、必要ですとも」

「ノープロブレム。貴方の全てを叩き込んでください」

 結局、彼らの大きな熱意の元、富士の樹海で訓練をする事になってしまった。
 とりあえず二ヶ月である。
 となると、母に了解を取らなくてはならない。
 私は家に帰ると、正座して母を待った。

「会心ちゃん、どうしたの、正座なんてしちゃって」

 私はダークエルフの姿へと変身する。

「お母さん、今まで育ててくれてありがとうございました。会心は、会心は地球の平和の為に富士に行ってきます。何も言わず、送り出してください」

「会、会心ちゃん? ダークエルフ? え、どういう事? 説明してもらえるかしら?」

 母は私の肩を抑えて、おろおろとしながらお茶を出す。
 どうにか説明を終えると、何故か母のテンションが上がった。

「まあまあ、魔法を使ってみて頂戴!」

 私が箒で飛んでみると、母のテンションはマックスである。

「凄いわー。さすが会心ちゃん、私の子ねー。お母さん、誇らしいわー」

 次の週、何故か私は空を飛んで出発することになり、箒に下げる袋に餞別のお菓子をいっぱい入れられる。お母さん、私、これから教導に行くんだけど……。秘密にしたいとも言ったよね? もう……。
 新兵に配る箒もあって、荷物がとても重い。
 ご近所さんが集まる中、私は空を飛ぶ。歓声が上がった。何故テレビ局が……。
 色々と突っ込みたい事はあるが、とにかく私は空を飛んだ。場所は確認してある。一日も飛べばつくだろう。



[20465] 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/20 06:49
『これから弓姫エリア様に教導を願う! 全員、敬礼!』

『サー・イエッサー』

 ええと、皆さん、なんで私の国の言葉を話せるんですか……。たった一週間しか経ってないよね?それと、とりあえず新兵をって話だったのにどう見ても歴戦の戦士です。カメラ要員もいるし、力の入れ具合がわかります。それだけ魔王退治に真剣になってくれているんだ、私の事を信じてくれているんだ。
 ならば、それに答えなくては。私は思い切って声を張り上げた。

『お前達は、前の部隊では歴戦の勇者だったかもしれない。だが、ここでは幼児からやり直してもらう。それでもいいという者はついて来い。全員、荷物を持って走れ!』

 私は箒で先導する。樹海の奥の奥まで行くと、大きめの木が多く、木と木の間が程よく開いている場所までやってきた。

『全体、止まれ! 全員、周辺の木で私と同じ事をやってみろ!』

 そして、木に触れたまま目を閉じて、大きな声で呪文を唱える
 木が急激に成長し、特に木の中ほどが急激に太り、大きな洞をいくつか作り出した。
 特に大きな洞には、枝のカーテンまでついている。

『これがお前達の住処となる。全員、木は良く選べよ』

 全員の顔が驚愕に染まる。しかし、とにもかくにも真似を始めた。一回目が終わると、私は兵の一人に木に触れて目を閉じているよう命じ、同じ呪文をかける。そこで、明らかに全員がほっとした。さすがに初日からそんな無茶はやらせない。
 全員の兵の木を大きくすると、それだけで夜になった。最後の木は、全員で術をかけた。これで感覚を少しでもつかんでくれればいいけど。

『木の洞は好きに使って構わない』

「じゃあ、これから箒への魔力の込め方を説明する。大事だからこれはこっちの言葉で説明するぞ。まず私がお前らにぶっ倒れるまで魔力を吸い取る呪文を使うから、魔力の存在を理解しろ。そして、私から魔力を吸い取られるのを防いでみろ。それが終わったら、吸い取られるのではなく送り出して、その力を箒へと送り込む訓練をする。それを寝ながら出来るようにしろ。第一段階、吸い取られるのを防ぐのは今日中に覚えろ。わかったか!」

『イエス・マム!』

「では、吸い取る」

 私は呪文を唱え、新兵達の魔力を容赦なく吸い取る。細々と吸い取ったら感覚を理解する事が出来ないからだ。新兵達の体が光り、その光を私は吸い込んでゆく。木の家を作るのはそれなりに大魔法だ。正直、この訓練はありがたい。
 結果。全員倒れました。一人ずつ叩き起こして魔力を動ける程度に戻してやり、食事・就寝。よく考えれば、昼も取らせてなかったな。明日はもう少し手加減しようか。
 日の出と共に起きだし、皆を起こす。食事を済ませたら、次の訓練だ。
 私は、念入りに手入れし、道具が無い中で出来うる限りの無色の魔力を抽出して込めておいた箒を取り出した。
 
「木々が太陽の光を浴びて喜ぶ、その感覚を感じて起きるのよ」

『イエス・マム!』

「今日は一人一人から魔力を貰うわ。そして、それを箒に込める。それが、貴方達の箒となるわ。これは毎朝行うわよ。一人目、来なさい」
 
 ありったけの魔力を吸い取り、そのまま箒へと流し込む。そして昼まで自由時間とした。もっとも、休み時間といってもぐったりして動けないだろうけど。
 私は昼に目覚まし時計をセットし、その間にお昼寝をする。
 起きて下を見ると、皆自主訓練を行っていた。どうやら、回復力は皆高いようだ。
 私は箒を使って下に降り、新兵の内一人と一緒に箒に跨って、箒を操作する。

「うおっ浮いた!」

「おお、すげぇ!」

「箒から伝わってくる、この感覚を覚えて。集中して。まっすぐ、右旋回、左旋回……違いがわかる?」

『ノー・マム!』

 順番に箒を操ってやる事を繰り返す。夜になる頃、一人が箒を浮かせた。
 夜、魔力を吸取る時、僅かながらに抵抗してみせたのもその一人だった。
 他の全員が倒れた頃、その人に箒を投げ渡す。その後、全員に魔力を配るのを忘れない。受け取る事を覚えるのも大切な事なのだ。本当は魔力の受け渡しはかなり乱暴な方法なのだが、期限は二ヶ月。贅沢はいえない。

「毎晩箒を抱いて寝て。明日の朝からは魔力を吸い取られるだけじゃなくて、自分から送り出してみるように。夜は吸い取られるのを抵抗するのを続けなさい」

『イエス・マム』

 朝、全員を起こして瞑想の仕方を教えて魔力の吸い取り。昼まで全員で瞑想すると、箒で飛ぶ練習。

『言っておくが、私は戻る道を覚えていない! 飛んで帰れない奴は置いていく!」

『イエス・マム!』

『前進、右旋回……次は……『右旋回』……よく出来ました。お前は一人で飛んでいろ!』

 一人が突出してよく出来るようだ。逆に言えば一人だけ。やはり魔法の概念が無い世界の人間に物を教えるのは厳しいか……。実は、自分の魔力を込めた箒を操るぐらいならば向こうではいきなり箒に跨らせても出来るものなのだ。
 しかし、これ以上簡単な術の覚えさせ方を私は知らない。普通は幼児期の瞑想で数年がかりでゆっくり魔力の存在を知っていくものなのだ。しかし、この演習はたったの二ヶ月。これで何とか新兵をそこそこまでにしなくてはならない。箒に乗るぐらいなら、それこそ誰でも出来るはずだ。頑張らなくては。
 次の日、朝起きたら既に皆起きていて練習をしていた。
 朝、飛べた奴が魔力を送ってきた。こいつはもう大丈夫、と。
 昼からの練習で、いきなり二人浮く。兵達のテンションが上がった。空を飛んだ感覚を勢い込んで話す二人に、真剣な顔をして聞き入っている他の兵達。私もテンションが上がった。三人大丈夫ならきっと他の人間も大丈夫。
 一人目はもう頃合か。既に自在に空を飛んでいる。

『そこの! 降りて来い。次の段階に移る』

『イエス・マム』
 
 私は箒を取り上げ、話しながら無色の魔力を箒に流す。

「いままで箒で飛んできたが、実は箒でなくてもある程度硬度を持った植物か魔力を良く通す鉱物なら構わないんだ。最も、それに乗って空を飛ぶわけだから大きさとか形とか重さが常識の範囲内に収まらなければならないわけだが……。そこで、自分と一番相性のいい鉱物なり木なりを探して職人の手でも自分の手でも市販でもいいから自分と一番相性のいい大きさと形と重さの箒と武器を作って来い。兼用でも構わない。期限は一週間。移動は全て箒で行え。飛ぶ分の魔力が無くなったら自分で込めろ。これが予算。領収書を貰って来いよ。領収書は箒の材料と加工費以外認めん。自分の感覚を信じろ! お前の中の魔力が最適な材質と形を求めるはずだ。アドバイスとしては私の世界で空軍に一番多いのは真ん中の柄の部分が平らになっている箒型と弓だ。期限は今この瞬間からちょうど一週間。行け! ほら、早く荷物を纏めて行け! 迷子にならず戻って来いよ。帰りはキャンプ地によって食料貰って来い」

「イエス・マム!」
 
 私に追い立てられて、新兵が出発する。それを呆然と見送り、新兵達は一層必死に飛ぶ練習を始めた。食料は一週間分しかなく、現在は四日目。後三日で外に出なくては食料が無くなると気づいたからだ。
 二人が何とか飛べるようになり、さらに三人が浮いた。
 夜になり、魔力をがっつり奪い取る。三人ほど抵抗してきた。
 翌朝、その三人が危なげなく魔力を送ってくる。これなら大丈夫だろう。
 三人の箒に魔力を込め、追い立てる。

「あ、あんな飛ぶの下手なのに出発しないといけないのですか」

『奴らは出来る! 私はわかる!』

「は、はぁ……イエス・マム!」

六日目。何とか大多数が浮く。さすがに抵抗は全員がするようになった。
七日目。ようやく全員が浮き、有無を言わせず出発させた。
帰ってきた兵用に最低でも鬼ごっこ出来るぐらい、出来れば戦えるぐらい飛べるようになっていろと置手紙を置き、ペイント弾と銃を置いて私も出発した。
私はまず森の中でいい感じの枝を伐採し、宝石店に向かう。予算は十万。政府も奮発したものである。その範囲で最も惹かれるエメラルドとルビーを手に入れ、枝を杖に加工して杖にエメラルドをはめる。
枝は弓に加工してルビーを装着。紐と矢は魔力で作る事にする。魔王退治の時には魔物の鉱石を嵌めた鏃を使って魔物を倒すのだが、今は訓練が出来ればいい。魔物の鉱石を除いた材料は後から届くし。
富士の樹海の麓の辺りで久々の弓を練習し、一週間たっぷり使って私は帰った。
さて、どうなっているか。
帰ると、新兵達が木々の間を新しい箒を使って自在に飛び回って鬼ごっこしていた。
感動である。新しい箒を使ってという事は、魔力を補充するやり方を覚えたという事だ。
それに、明らかに駄目な箒に乗っているものもいない。スケボーっぽいのは何人かいるが、十分許容範囲内だ。いや、かなり小回りが利く点で優れている。

『お前達、よくやった。幼稚園児レベルは卒業だな。次は武器での殴り方を教える。皆集まれ!』

 私は手製の弓に力を集中し、若干弓が光った。特にルビーが強く輝いている。

「手を出して、感じ取れ。そして自分でもやってみろ。武器に魔力を込めた後、作動させるんだ」

 新兵達は恐る恐る手を差し出し、実際に触れて手を引っ込めた。

「熱いです、マム!」

「触るな、感じろ!」

 その夜、全員の魔力を纏めて吸い込む。一週間ぶりに関わらず、全員が強固に抵抗した。
 この訓練は今後も続けよう。
 一週間かけて全員の武器が光るようになった。やはりというか、宝石を嵌めた杖タイプの武器が一番早く、銃をそのまま持ってきたものが一番遅かった。
 
「うおっ杖が燃えた!」

「ほう、お前は魔法戦士の適正があるようだ」

「俺も燃えた!」

「お前は炎の魔術師としての適正があるようだ。そこのお前、性質変化は無いがこの中で一番強いぞ」

 全員の魔力の込め具合を見て回る。

「次! 魔弾を撃つ! 何かを撃つタイプの武器は実弾に込める場合と魔力だけを撃つ場合にわける。その他の武器は魔力だけを撃つ場合の訓練だ」

 これは三週間掛かった。これは才能が大きくわかれる所なのだ。向いているものはすぐに出来るが、向いてないものは微弱な光を出すだけの段階から抜け出すのに大分かかった。後二週間でこいつらをまともに? 基礎の基礎しか終わらんな……。平和な毎日で腕が鈍ったのだろうか。以前なら二ヶ月もあればとりあえず戦場に送れるほど教育が出来たのに。……そして、平和な時ならそれに50年かけたのだ。
 私ははるか遠くに消え去った日々を思い出して苦笑する。
 はるか昔の私なら、こんな教育方法、無茶だと大反対しただろう。
 私は箒に乗って浮き上がり、皆にもそれをさせた。
 
「よし、次は魔法障壁の発生方法を覚える。これは何年も時間をかけてするものなのでテレパシーを使う。本当はこういう教育にテレパシーを使うのは良くないのだが……。みな、意識を集中し私に続け!」

 驚くべき事に、これは全員が三日で覚えた。今までの時間のかかりっぷりが嘘のようだ。しかし、殻の強度は脆弱なようだ。

「教官! 見てください、教官」

 そして新兵の一人が呪文を唱えると、私の体から魔力が吸われた。しばらくいいようにさせてから抵抗する。

「よく覚えたな。お前は才能があるよ。よし、基礎課程最後の訓練だ。最後は身体強化だ。私の腕を強化して見せるから、魔力の流れを感じてみろ」

「テレパシーはだめですか」

「あれで覚えると応用が致命的に利かなくなるから駄目だ。魔法障壁はまともに習えば面積や形や強度を色々変える事が出来るが、お前は出来ないだろう?」

「なるほど」

 新兵達がぺたぺたと若干太くなった私の腕に触れる。
 要領のいいのが一日で覚えた。ただ目を瞑っているだけだった瞑想も、いまではまともになってきている。
 午後の初めは空戦の訓練を追加した。魔法障壁に私が魔力抵抗値を上げる術をかけたので、攻撃をもろに食らっても死ぬことは無いはずだ。
 一週間して全員が自在に身体強化出来る様になったので、一日組み手に費やして、残りの三日は自主訓練と個別指導とする。
 それぞれにもっとも適正のある簡単な呪文を教えた。
 新兵達を連れて、キャンプ地へと戻る。上官たちと科学者が、待っていた。

「とりあえず、基礎の基礎は教えました。でも、本格的に呪文を覚えるとなると、学問ですから何年もかかります」

「いえ、ご活躍は聞いております。何でも、一週間で全員を飛ばしたとか。それだけでも十分ですよ」

 とりあえず、成果として日米に分かれた空戦と組み手を見てもらう。

「おおっ炎の弾を出した!? あっちは氷?」

 科学者達のテンションが半端無い。
 組み手が終わった後、一番要領のいい男が杖を掲げる。男が呪文を唱えると、杖についている宝石から顔が三つの子犬が出てきた。

「ケルベロス、召喚!」

 ごくごく小さい子犬だが、たった二ヶ月の訓練で出せるようになったのだからたいしたものだ。
 私が拍手をし、科学者達も拍手した。そしてケルベロスを召喚主ごと捕獲していく。
 二、三番目に要領のいいのが回復呪文を傷つけた動物にして見せた。
 この三人だけは、今までの系統等は違う事を教えている。この三人なら期間内にできると信じていたからだ。とはいえ、かなりぎりぎりになったが。

「どうですか。今はまだこの程度ですが、自主訓練を重ねれば威力も上がってくるはずです。最後にご紹介した三人を含む幾人かは才能がありますので、次のレッスンにも十分に対応できます。成績表はここに」

兵士の元々の強さも相まって戦場に行けるぐらいの強さは得たはずだ。少なくとも下級の魔獣は倒せる。私はどきどきしながら反応を待った。
 
「いや、素晴らしい! 魔術師部隊の完成というわけですな」

「早速研究所に兵士を連れ帰って色々な検査をしましょう。魔術の解明、いや、血が沸き肉が踊りますな」

「あの、次の技術交流の時には私にメンバーを選ばせてもらえませんか。魔力の高い人間を選びたいですから」

「お安い御用ですとも。すぐ次の生徒の準備をしましょう。次の演習もここで……?」

「初めて魔力の扱い方を得るならば深い森でないと駄目です。精霊が大勢いる森でないと。今回の生徒はもう森以外の場所でも大丈夫でしょう。感覚は完璧に覚えましたから」

「なるほど、なるほど。ところで交流の事は考えてくれたかね? 二つの世界が手を結べば、より確かな対魔王包囲網を築けるだろう。魔王を倒したという意見を聞きたい」

「正直、この世界には既にこれだけ優れた技術があるのに何故私の世界の技術に拘るのかわかりませんわ。確かに、こちらの技術は大地を汚しますが、改めるつもりもないんでしょう? そうやって発展してきたもの。こちらは宝石の産出量もずっと少ないし、森も少ないもの。私たちの世界の文化様式で暮らす事も不可能だわ。森で暮らすつもりもないでしょ?」

「宝石量の産出量がずっと多い! ……いやいや、それをいうならそちらの森も大分焼かれてしまったのでしょう? この世界の技術が役立つ場面もあると思うのですがね。交易はどうしても駄目なのでしょうか?」

 そこで、私はようやく気づいた。宝石はこちらではよほどの貴重品だ。
 私の世界と交易する事で何かしらの利益を出したいのだ。けれど、この世界はなんだか怖い。文化の方向性が違いすぎるのだ。この世界の大地の汚れっぷりは半端ではない。
 
「なるようになるでしょう。それが運命ですわ」

「運命など叩き壊すものです」

 きっぱりと言われたそれに、私は目を見開く。そして、微笑んだ。そういう前向きな考えは私は嫌いではない。私自身が後ろ向きな考えばかりしているから。そうだ、久々に連絡を取ろう。連絡を取るだけならリアルタイムでも出来るはずだ。




















この作品のプロット

エリア「この世界を魔王から救う為にやってまいりました、エリアです。」

部下「大統領! 魔王をミサイルでげき……むぐぅ」

エリア「は、はい?」

大統領「話を聞こう、ミズ・エリア。所で君の世界へはどうやっていくのかね? どんな土地なのかね? さっき使った魔法とやらはどうやって使うんだね?」



[20465] 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/20 06:50
『エリア。何か問題でも起きましたか』

 げっそりした様子の大司教様が答える。私は軽い思いつきで大司教様のお時間を削った事を深く後悔した。

『いえ、ここの世界は凄まじい勢いで大地を汚すという欠点はあるものの素晴らしい技術力を誇っています。魔王は苦も無く倒せるでしょう。こちらの世界の人間がそちらと接触を持ちたがっています。ぜひ援助したいと』

『なんと……魔王を苦もなく倒せると。援助ですか……実は、魔王の鉱石を巡って戦いが起きようとしているのです。魔王と魔物の鉱石を使った戦いは魔王との戦いすら凌ぐ大規模な戦になるやもしれません。せめて女子供達だけでも戦火から逃れさせたいのです。特に元から数が少なかった獣人とエルフ族、ダークエルフ族、竜族は途絶えてしまう……。ドワーフ一族も避難先を探しています。しかし、行き来には二十年も時がかかる』
 
 それに私は深いため息を吐いた。

『という事は、つまり人間の国の大国同士が争っているのですね。それは、すぐにも避難を開始しなくてはエルフやドワーフ達は浚ってでも引き抜かれましょう』

『そうなのです。大神殿に避難させる事で守ってはいますが……人間の女子供も戦火を逃れて我が神殿に来ています。貴方が倒した四天王カチスの鉱石でラピスの実を育て、賄ってはいますが正直限界で……』

『わかりました。相談してみましょう。この地は山も多く、住む場所に心当たりもあります。あれだけ熱心に支援を申し出てくれましたから、ほんの少し……一年ほど置いてもらう事ぐらいは快諾してくれるはずです』

『一年といっても、全ての部族と人間の避難民をとなると3000もの大所帯となります。いや、この調子で行くと5000人に届くかもしれません。それに、戻るときはどうします。魔物の鉱石はそちらにはないのでしょう?』

『相談してみましょう。幸いここは戦火から遠いし、宝石は用意する事は出来ないものの、保存食は手に入ります。落ち着いて、心静かに移民の準備が出来るでしょう。大司教様のお力をもってして、神の導きに従って落ち着いて探せば、よい移民先も見つかりましょう。住み慣れた世界を離れる事の傷み、この私が一番良く知っております。しかし、最も繁殖力の強い人族が覇権を握る事、まさしく運命だったように思います。人族しかいないこの地に住んでいると、それを痛感します。我らは人族のいない地にて、新たなる出発を得ようではありませんか。この七英雄が弓姫エリア、移民の為の四天王ないし魔王の鉱石、必ずや手に入れて見せます』

『しかし、ならば人族の難民はどうします』

『戦争が終わりそうな気配を見せましたら、元の世界へと送り返せばよいかと。人族も同族ならばおとなしく受け入れましょう』

『そうするしか、ないのでしょうね。わかりました。移民の準備を始めましょう』

『では、また連絡します』

 連絡してよかった。まだ、私に出来ることがある。私のいる意味がある。
 私は喜びに身震いして立ち上がった。
 樹海の地図を調べなくては。
 その日、私は外務省の石塚さんに連絡をした。大切なことなので、翌日にレストランで会って話す事にする。

「樹海全体を一年だけ間借りさせてくれませんか? 出来れば食糧支援も……向こうの難民を受け入れたいのです」

「すぐに国会で法案を提出しましょう。しかし、一年だけで大丈夫なのですか? 日本には貴方方を受け入れる準備がありますが。いや、ぜひ受け入れさせて欲しい。貴方方を、日本人として受け入れたい」

 その言葉に、私は微笑んだ。この国の人は、優しい。しかし、このままでは私達の一族は人間族に淘汰されて消えてしまうだろう。種の保存の為にも、他の世界に移動するのは大切な事なのだ。

「ありがとうございます。大司教様にも今の言葉、しかとお伝えしたいと思います。しかし、私達は種の保存をしなくてはなりません。新天地を探し、そこに移り住むのがよいでしょう」
 
「ほう……新天地。エリアさん、どうかお願いがあります。その新天地に移動するという事、どうぞ日本にも一枚噛ませてください。元いた土地を紹介するだけでもいい」

 石塚さんが、頭を下げる。

「元いた世界がどうでもいいと思っているわけではないのです。やはり私の世界に、貴方の世界の文化は沿いません。それに、日本は、特に移民するほど困っている様子を見受けられませんが……」

「いやいやいやいや、そんな事はありませんとも!」

 石塚さんが身を乗り出したときだった。

「これはこれは、面白そうな話をしていますな」

「我々も一枚噛ませていただきたい」

「あ、貴方達は……ロバートさんに、中国大使の李青さん、ロシア大使のミハイルさん!」

「いやはや、こんな所で美人さんに会えるとは、偶然ですな!」

 ロバートさんが席へと座り、李さんとミハイルさんが続いた。

「日本ばかりがいい思いをするというのはあまりにもずるい。我が中国には、新たな土地が必要です」

「アメリカばかりが拡張するのはバランスをとる上であまりいい傾向ではありませんね。魔王の問題は世界の問題。国連にはかり、戦闘訓練も世界で取り組むべきです。我がロシアはすでに魔法科を立ち上げています」

「いや、こちらとしても困っているのですよ。日本がダイヤを保持したままなのでね。しかし画像データは手に入れているのでしょう?」

 私は戸惑ってしまう。ただ、皆さんが私に協力してくれる事に大いに乗り気だということはわかった。この熱心さはなんなのだろう?

「日本はあまりにも狭い。アメリカは既に移住先を用意してあります。いかがでしょう?」

「あ、ありがとうございます、でも……」

「そうですかそうですか! いや、良かった!」

「既にエリアさんは日本の富士の樹海に住む事を承諾しています!」

「訓練の日程を……」

 その時、私は大司教様が呼んでいるのを感じた。

「すみません、大司教様が呼んでいるので、失礼して大司教様と会話させていただいてよろしいでしょうか」

「「「「どうぞどうぞ」」」」

 全員妙な機械をセットする。あれは何だろう?
 大司教様とチャンネルをつなげる。大司教様は、昨夜見たときよりずっとげっそりしていた。

『エリア、大変な事になりました。移民は中止です』

『何があったのですか、大司教様』

『昨夜、魔王が十五年後に復活するとのお告げが出ました。この世界を見捨てる事、我らには出来ません。もう一度魔王を倒せるとは思えませんが、我ら最後の一人となろうとも戦います。エリア。できたら貴方も、魔王の死を見届け次第戻ってきて下さい』

 七英雄の一人として、気絶するような失態は何とか避けた。しかし、大きな衝撃に私の顔色は真っ青になった。魔王が、復活する? あれだけ苦労して倒した、魔王が。パークトは、こんな絶望の時、どうしただろう。そうだ、彼はきっと笑ってこういう。俺が倒してやるから、心配するなと。そして、魔王が倒れた暁には、種族の違いを超えて、結婚しようと……。パークトを思い出し、私の目から涙が零れ落ちた。

『大司教様……可能な限り、可能な限り急いで馳せ参じます。私は常に大司教様の御心のままに。……大丈夫、元から私一人で魔王を倒す予定でしたもの。必ずや魔王を倒し、平和に導いて見せますわ』

 なんとか、それだけ言った。私は笑えているだろうか? 大司教様は、ゆるりと首を振った。

『エリア……。思えば貴方は、異界へたった一人で魔王を倒しに行けといった時も、たった数十年しか寿命の無い人間に生まれ変われと言った時も、当たり前のように受け入れて。パークトもそうでした。そうして太陽のごとき明るさで、私たちを導いた。しかし、パークトは戻ってきてはくれなかった……。本当に、貴方達にばかり苦労をかけて……』

『大司教様、なりません! 大司教様が迷われれば、我らはどうすればいいのです』

『苦しまれる事はありません、大司教様』

「ロバートさん!?」

『エリア、この方達は?』

『ああ、この方達は、この世界の大国の大使や外交官達です。石塚さん、ロバートさん、李青さん、ミハイルさんです』

『ご紹介に上がりました李青です。大司教様、十五年後ならば十分救援が間に合うではないですか』
 
 その言葉に、私は目を見開く。それは確かにそうだ。しかし、いいのだろうか?

『しかし、異世界人である貴方方にご迷惑をおかけするわけには……』

『世界の存亡の危機に迷惑だなどと言っている場合ですか。わが国も、全面的に支援させて頂きます。大司教様は、私達の世界の為に七英雄の一人、エリアさんを送ってきてくださった。その慈悲に応えたい』

『避難民は予定通りロシアに送ってください。人類は、ようやく自分達以外の知的生命体に出会えた。私たちも、貴方達という種族を失いたくはないのです』

『ちょっと待ってください。大司教様、避難民は日本に送られる事になっているのでそこの所はよろしくお願いします』

『我がアメリカは、貴方の世界と友好を結びたいのです』

 四人は口々に援助を申し出る。

『しかし、異世界人に戦いを任せ、自分達は避難するなど……。せめて、私は残って戦列に加わりましょう』

『『『『いいんです、大司教様はぜひこちらにいらっしゃってください』』』』

『大司教様は、避難民に必要なお方。恥や外聞を考えるより、まずは弱い民達の事をお考え下さい』

『そうです、何も心配せず、全てを任せて頂ければいいのです』

『魔王は我らの共通の敵。互いに出来る事をして、助け合いましょう。出来ることを、ね……』

 大司教様はしばし考えた後、決断をなされた。

『援軍を、受け入れましょう。急ぎ避難民を送ります。援軍の相談はその時に』

 四人が思い思いのガッツポーズを取る。

『『『『ありがとうございます、大司教様!』』』』

 お礼を言う相手が逆じゃないかと私は思ったのだが、それで通信は終わった。

「エリアさん、大司教様がこうおっしゃっているのです。交易に、否やはありませんね」

「何故……私達に、そこまで良くしてくれるのでしょうか?」

 石塚さんが、え、何当たり前の事言ってるのこいつ、という顔をする。その後、可哀想なものを見る目をして、申し訳ないような顔をして、最後に笑顔で言った。

「人間、困った時は助けあいが大事なんですよ!」

 しかし、笑顔で言われた言葉に私は深く納得した。

「そうですよね。助け合いが大事なんですよね」

 納得しつつも、七英雄としての私の感覚が警鐘を鳴らしているのを感じていた。彼らは復興をする、魔王を倒すといっているのに、何故だろう? しかし、これ以外に出来る事などないではないか?もう一度魔王が現れたら、今度こそ人間はともかく他の種族は滅びてしまうのだから。そして、それは確かに正しかった。しかし、この時の私は知らなかったのだ。私達の一族を生かすための代償に差し出した物の大きさを。
 一週間後、大司教様は石塚さんと打ち合わせをして、富士の樹海の使用許可と動植物の採取の許可を貰った。それと、十年後に食料をわけてもらう契約する。移民の準備のめども立った。そして、冬になる頃、大司教様達は出発した。連絡の取り合いは、人間の司祭様が執り行うこととなった。
 さて、冬。私は忙しく動いていた。
 今、国会では憲法9条と魔王の扱い、私の世界での自衛隊の装備について大論争が起きている。リンダのあの映像は、傷ましい事に公衆の面前で何度も再生されている。しかし、それも自衛隊が武器を持って私の世界に行く為には必要な事なのだ。正直、明らかに敵意を持っている魔王という存在に対してそれでもまだ集団的自衛権がどうこう言っているのが信じられない。しかし、それもまたこの世界の文化なのだし、私の世界でも七英雄のヒエラが無駄と知りつつ話し合いに出向いた。何も言うまい。
 国会での証言にも出た。私は、魔王との辛い戦いを、話し合おうとして一人出向き、狂うまで嬲られた七英雄のヒエラの話をした。ダイヤをいくつか持ってきてもらったので、その助けを借り、いくつもの映像を流した。しかし、国会の議員達は魔王にも興味を示したが、私達の種族や私達の世界に強い興味を抱いているみたいだった。
 外国の著名人とも話をした。戦いの様子を事細かに話す。
あの私が選抜した兵士達の座学の授業もあった。

「風の精霊の力を借りた呪文はこんな感じ。借りない呪文はこんな感じ。感じろ。森と市街地を飛んでみて、違いは実感しているはずだ」

「座学でも感じろが授業の大半なんですね……」

「こりゃ魔術師以外に教えられんわ……」

「HAHAHA、ならば俺がわかりやすく再構成してやるぜ」
 
「ジャック、その調子だ。俺達も頑張るぞ」

「ああ! ケルベロス、そんなとこでおしっこしちゃめっ」

「私語が多いぞ。皆、教本の暗誦をしてみろ」

「「「「「イエス、マム」」」」」

 教本の暗誦をさせながら、私はため息をつく。
 大司教様、私、頑張っていますよね?





[20465] 4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/20 06:50
 あれから、三年がたち、私は小学二年生になった。私の必死の説得は功を奏し、めでたく魔王は……映画になりました。何故こうなったのかわからない。私は魔王退治の為に色々話していたのではなかったのか?とりあえず、映画は大ヒットした。ストーリーは、私、エリアの視点から見た魔王襲来から討伐、この世界に旅立つところまでだが、しっかり次回作予告編もついている。
 ちなみに予告編では私が予知をしている場面とか、レストランでの会談の場面とか、訓練の風景とか、移民の話とかだ。
 つまり現状。魔王が近づいてきているのは感じてきているので、警戒態勢は引いてもらっている。ノンフィクションだし、ドキュメンタリーって表示もある。実際の映像や音声もいくつか使ってある。それでも、娯楽用に多少手は加えてあるし、私達の戦争がちゃかされてはいないだろうかと随分と悩んだ。
 見る人はファンタジー映画のように見ているからなおさらだった。類似の小説も売り出され、ファンフィクションが氾濫するのを見ると吐き気がした。人が、人が死んでいるのよ!
 
『きれい事にしないで。人が死んでるのよ!』

『吟遊詩人のあの歌が、人々に勇気を与えるんだよ。エリア、人はどんな時でも笑って前をみる力を持っているのさ』

 これも…これもそうなのかな、パークト?

「ふぅ……」

「憂鬱そうですね、エリアさん。あの映画の事ですか?」

「何でもお見通しなのね、野々村さん」

「エリアさんは実際の被害者ですからね。心中お察しします。しかし、その代わり護身術を習う人が増えているんですよ。理解者が増えて、防衛費もようやく二倍近くまでアップさせてもらいました。軍で魔法の研究を始めたのも良かった。あのお陰で予算が大分認めてもらえました。魔王が攻め込んでくれば、憲法9条の改正も出来るでしょう」

 その事については私と野々村さんは戦友だ。この国の左派というのはとても強くて、魔王が無差別殺人者だと言っても中々理解してくれないのだ。お嫁さんが欲しいだけかもしれないじゃないとか、耳を疑うような酷い言葉を投げかけられた事もある。
 野々村さんも、何度も大臣を下ろされそうになって、それでも頑張ってくれた。私も、魔王問題を抱えている状況で軍のトップがころころ変わるのは理解できないと援護した。左派の大臣がつく事だけは、なんとしても避けたかったのだ。私は今、国会に防衛省に警察にと、ほとんど学校に行く暇がない。この前、テストで最悪に近い点数を取ってしまい、母が怒鳴り込んだ。なので、野々村さんに勉強を教えてもらっている所だった。防衛大臣に子供の勉強を教えてもらうなんて、恐縮で申し訳ないが、暇な時間はほとんどないのでこの時間を利用するしかない。

「まあ、今度のテレビ出演の時に、その辺に触れてみてはいかがです? しかし、あれですな。転生すれば、授業など楽勝だと思っていましたよ」

「言わないで。私だって、私の世界の学校をやり直すなら楽だったわ。言葉を覚えただけでもほめて欲しいものね」

 理科の教科書と睨めっこする。こちらの世界の子供達は随分難しい事を勉強するものだ。目指しているのは、当然防衛大。中学までは公立の学校に行くが、いい高校に入れるかどうかが問題だ。そもそも高校に入れるだろうか? 試しに過去問題を見て、めまいがした。学者だ。これは学者の仕事だ。私は曲がりなりにも魔術師として、インテリの部類に入ると思っていた。プライドは当の昔に粉みじんである。
 防衛大なんて、魔弓が撃てれば入れるんじゃないの? と文句を言いたいところだが、この世界の科学は、軍人にも頭の良さを要求するのだ。それこそ、異世界の言葉を一週間で覚えてくるほどの。ああ、体も鍛えなきゃ……。
 
「はっはっは。私もそちらの言葉を覚えるのに苦労しましたから、気持ちはわかります。言語学者はお祭り騒ぎでしたがね」

「映画を作るときに会ったけど、とても流暢な言葉だったわ」

 目は理科の教科書を睨みながら、受け答えする。その時、私は衝撃に震えた。

「来る……来る!」

「魔王ですか!」

 野々村さんが立ち上がる。

「わかる……後一日で魔王が来るわ。方角は……あっち。凄く遠く」

「あっちと言われても……」

 私が指を指すと、野々村さんが戸惑ったように言った。

「海。海よ」

「わかりました。君、コンパスと地図を持ってくれないか。それと、厳戒態勢に。全員家の中に避難するよう非常事態警報を流しましょう。各国にも連絡しないと」

 その時、扉を開けて待機していたケルベロスの高木さんがやってくる。

「野々村大臣! ケルちゃんが、ケルちゃんが何故か暴れるんです。それに何かとても嫌な予感がする。これはいったい……」

「貴方も感じているのね……。大臣、急ぐ必要はありません。時間はまだ一日あります。外出禁止令は明日の朝からで十分でしょう。私はこれから家で休みます。魔王が来ても、向こうが送ってくれた武器が届かない事には何も出来ないし、武器もそちらに届く予定だから。そして、届いたら……出撃、します」

 気がつけば私の胸は憎しみに燃え、口は勝手に出撃の言葉をつむぎ出していた。

「教官! 私も一緒に行きます」

「高木さん……貴方はこれからの日本に必要な人間です。私はただの異邦人。魔王退治のめどもついている。私は……私は、仇を」

「大司教様はどうするのです!」

 野々村さんの言葉に、急速に頭が冷えた。そうだ、こちらの世界に先に来ている私が率先して大司教様をお助けしないと。私は、笑った。

「どの道、四天王は倒さないといけないのよ。無理そうだったらすぐ逃げてくる。必ず生きて帰るから、大丈夫よ。心配しないで。私は七英雄が一人よ」

「いけません、エリアさん。貴方の本体は、まだ小学二年生なのですよ。無茶は出来ないとご自分で言っていたではありませんか。国連の議決で、四天王の鉱石の一つはエリアさんに渡すと約束したでしょう。貴方は、ここでどっしりと構えて皆を落ち着かせてください」

 野々村さんは、私を落ち着かせる。私は不承不承頷いた。

「わかりました。私の生徒達には今日は十分な休息を取らせてください。精霊が何か有用なお告げをしてくれるかもしれません」

 野々村さんと一緒に会見をする。とにかく、落ち着いて数日分の食料を買ったら出来る限り自宅待機するように言った。

「全員、落ち着いてください。魔王は決して倒せない存在ではありません。ただ、念には念を入れて、明日明後日だけ自宅待機してもらうだけです。人類には核があります。早々に負ける事はありえません。エリアさんの予定をお聞きになりますか? 魔王が来るまでゆっくり睡眠を取る事ですよ」

 会見を終えると、私は次々とかかってくる感覚が鋭い生徒達や友人の電話に対処しながら、仮眠室に入った。今日が終わるまで、まだ時間がある。これの対処が終わった頃に眠ればちょうどいいだろう。
 
 魔王が、笑って私を見ている。

『臆病者のエリア、こそこそと隠れて遠くから矢を撃つしか脳がないエリア。わかるぞ。我の後ろから道具が向かっているな。今、道具のつく場所に四天王を向かわせてやる。そこには、お前のここでの母がいるのだろう? 犯してやる。母子そろってな』

 私は飛び起きた。汗をびっしょりとかいている。落ち着け。落ち着け。まだ時間はある。

「野々村さん、私の母の家が狙われているわ。道具を受取る関係で、母をあそこから移動させるわけにはいかないの。四天王が来る。私が時間を稼ぐから、母をお願い。それと、すぐに家の周辺の人々を避難させて」

「わかりました。ロケットランチャーを持って行かせます」

 野々村さんの言葉に、私は目を見開く。そうだ、この世界には科学がある。

「ありがとう、野々村さん」

「いえいえ」

 私の弟子達から、次々と魔王の襲撃予告状が届く。直ちに避難が行われ、人々は固唾を呑んで見守った。私は家に向かい、自衛隊の皆さんと母と共にお茶を飲んでいた。この世で最後に飲むお茶かもしれないので、じっくりと味わう。見ていて、パークト。私は、今度こそ愛するものを守ってみせる。
 私は目を閉じた。魔王が、来た。野々村さんに電話する。
 
「魔王が来たわ」

「今確認します。…………何!? 画面に映せ! これは……魔王城とでもいうべきか……む、何か飛翔体が……」

「魔物ですわ。迎え撃ってください」

「しかし、最初の一発が着弾し、攻撃行動に移るまでは反撃できないのです」

 私はため息をつく。それでも、話し合いの大使を殺されてからでないのは、大きな進歩だろう。私は立ち上がり、杖と弓を出した。貯めたお金で買った宝石付きの鏃も用意してある。そして、鏃にはたっぷり魔力を込めている。

「会心ちゃん……いっちゃうのね。必ず、生きて帰ってきてね」

「お母さん……必ず、戻ってくるから。皆さん、配置についてください。もうすぐ……そうですね、30分ほどで奴が来ます」

私は窓から出て、杖に乗って屋根の上に向かった。そこで、じっと敵を待つ。……来た。

「ヒヒヒヒヒ。エリア。お前は魔王様の奴隷となるのだ!」

四天王が光の鞭を奮い、それはたやすく私の障壁を通過した。紙一重で避けた私は、呪文を唱える。

「サキュサキュサキュ……リズラート!」

 宝石の鏃を弓につがえ、撃つ。砲撃ともいっていいほどの大きな光が、四天王の足をかろうじて貫いた。

「ヒヒッヒヒーヒヒヒ! 痛い! 痛いぞ小娘! 殺してやる」

あんまり効いていない!? 鞭が何十にもなって私に襲い来る。この数は、避けられないっ……そう思ったときだった。後ろから、ミサイルが飛んできて鞭に当たり、大爆発を起こした。

「攻撃されたことを確認。与えられた権限により反撃する。……10歳の女の子にだけ、戦わせてたまるかよ!」

 そこには、自衛官が、ロケットランチャーを構えていた。

「ヒヒヒヒヒ。食らえ!」

 四天王が魔物の鉱石をばら撒く。その一つ一つが魔物となる。
 魔物の内一匹の眉間を過たず銃弾が貫く。そして、魔物が鉱石へと戻った。

「オッケーオッケー。あれは鉱石あれは鉱石」

「ヒヒ!? お前、女だな。お前も奴隷にしてやる! 魔王様の子を産めぇ!」

「一昨日おいで!」

 自衛官達が銃弾をばら撒く。

「サキュサキュサキュ……リパスト!」

そうだ、今の私は一人じゃない。じっくりと弱らせ、狙い、敵を倒す。その贅沢が、許されている。

「ヒヒヒ、効かないぞ!」

 く、やっぱり宝石の鏃でないと駄目か。しかし、それもあまり効かないみたいだし……仕方ない。
 私は杖に乗って空を飛びながら、タイミングをうかがった。
自衛官の撃った銃が、四天王に当たる。その瞬間を、私は狙った。

「サキュサキュサキュ……ザザクロス!」

いくつもの鏃を一本に解け合わせて砲撃する。それは、見事に四天王を貫いた。

「ヒヒーヒヒ! ……やるな、小娘。このモンクス、怒ったぞ」

モンクスが鞭を束ね、一本にして攻撃してきた。私は軽く避けるが、家が音を立てて壊れ、屋根の上に立っている自衛官さんが落ちた。急いで、受取る。

「すまん、助かった」

「お母さん!」

 お母さんは、潰れた家の中に倒れていた。まだ生きている。早く、助けないと。
道具は、まだなの!?
鞭が飛んできて、私は弾き飛ばされる。
血が流れ、ふらついた隙にモンクスに捕まった。

「ヒヒっまずは手足を折ってー」

 その時、モンクスの背後が爆発した。私は地面に投げ出される。
 その時、本当に軽い音を立てて、地面を水晶が叩いた。
 私は、水晶を引っつかむ。

「いやあああああ!!」

 ロケットランチャーでモンクスを襲撃した自衛官が、襲われるという時。

「サキュサキュサキュ……ザザクロス!」

 私は弓を番え、入れてあった魔物の鉱石の鏃をいくつか引っつかみ、それを一本に合わせてモンクスの頭を貫いた。
 鉱石となったモンクスを水晶に仕舞い込む。
 大司教様の、馬鹿……。こんなに、こんなにいっぱい物を詰め込んで……。物資が、何よりも必要なのは、そちらの世界じゃないですか……。魔物の鉱石だって、この世界にはいっぱい溢れかえる事になるのに……。こんなに、こんなに……。いっぱいのものをっ……。いけない。母や、母を守ってくれていた自衛官を助けなくては。
 私は、泣きながら母と自衛官を助け出した。



[20465] 5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/20 06:51
 私は自分の手術が終わると、病院で母についていた。手術はするまでもないと思っていたけど。痛ましいものを見る目で、傷跡は残ると医師は言った。そんなのぜんぜん構わない。私は戦士なのだ。今は、それよりも。

「会心ちゃん……無事でよかったぁ……」

 母が差し出した手を、握る。目から涙がいくつも零れ落ちた。いけない、私は七英雄なんだから。しっかりしなきゃ。

「お母さん、お母さん、お母さん……」

 駄目だ。私は泣きじゃくって、お母さんに縋っていた。回復呪文の込めた宝石は、荷物の中にあった。けれど、お母さんと自衛官の怪我を確認し、命に別状はないと判断した私は使わなかった。最低だと思う。もちろん、回復呪文はかけたけど。つけていたテレビでは、野々村さんが憲法9条の改憲の必要性について熱く語っていた。そして、正式に魔王城と全世界が戦争状態になったと発表された。魔王は太平洋に落ち、日本とオーストラリア、カナダ、アメリカ合衆国、ロシア、中国、アラスカが最前線国となった。特にハワイは、民間人の避難でてんてこまいだ。
 第一次の撃退は成功し、今は魔王軍は引いているようだった。

「エリアさん……こんな時にこういう事を言うのは心苦しいですが、皆が待っています。アメリカとロシアが四天王の鉱石を得たので、援軍の編成を行いたいと。幸い、日本もエリアさんとは別の鉱石を得る事が出来ました。復興支援させて頂きますよ」

 石塚さんが病室を訪れ、花瓶に花を添えた。そして私に宝石のついた矢を渡してくれる。そういえば、回収していなかった。私は石塚さんに深く感謝した。

「四天王全員を倒したと!? い、いえ……こんな……こんな状態で援軍を? いいんですか? 魔王を倒してからでも……」

「それは……貴方の世界を救いたいのです」

 私は、涙を零した。いけない、しっかりしなきゃ。

「顔を洗ってきます。……お母さん、行ってきます」

 私は顔を洗い、変身呪文でエリアの姿になった。
 石塚さんは車椅子を用意してくれたが、それを固辞する。
 会議室に向かうまでの間、石塚さんが話してくれた。

「貴方の生徒達は、予知に戦闘に、大活躍してくれましたよ。物理攻撃より魔法攻撃の方が効くようでしたからね。精霊の導きに従うとでも言うのでしょうか。それぞれが予知した場所に派遣させてよかった。事前に鉱石の使い方をレクチャーしてくれた甲斐もありました。大分弱らせていたとはいえ、四天王に止めを刺したのは鉱石を食らった高木君のケルベロスなんですよ?」

「死者は……」

 私は、わかっていながら聞いた。魔王軍の侵攻の前に、死者がいないはずなどない。四天王相手に戦って、使者が出なかったあの戦の方が奇跡なのだ。あれは、敵が完全にこちらをなめていたから助かった部分が大きいが。

「ハワイは、魔王城にあまりにも近すぎたのです。それでも、彼らは立派に戦ったと聞いています。そのおかげで多くの民間人が助かったと」

「そうですか…………」

 車に乗り込むと、眠る。少し休息が必要だ。
 しばらくして起こされ、会議室へと向かう。
 会議室ではテレビがつけられていた。世界各国の首相や大統領の、王族の魔王に対する戦いの決意表明が行われている。また、例外なく魔物の鉱石は国に提出するよう厳命されていた。
 
「ミズ・エリア。時は来た。今こそ、貴方の世界に行く術と通信の方法を教えてもらおう」

「体を凍結して年を取らずに送る方法と、意思を保ったまま送る方法がありますが、当然体を凍結して送る方法ですよね」

「ふむ、その場合十年分の食料が問題になりますね。あの魔王城のように、畑などの施設事移動させるのも手ですか」

「荷物が届いたので、それと魔物の鉱石を利用してラピスの実を一年中生らせることが出来ます」

「ほう、荷物! それは興味深い。その話は後でじっくり聞くとして、では科学者藩を別にして送りましょう。各国の援軍の内訳も考えなくては」

「アメリカ、ロシア、日本で行けば十分ではないかね?」

「復興支援は国連のプロジェクトだったはずですぞ! 中国は、絶対に異世界に進出しますからな!」

「しかし、ねぇ……。復興支援に10万人は送りすぎではないかな? そのまま移民する勢いではないですか」

「浚われたレディ達の救出作戦も忘れてはなりません」

「それは、助かります。私の世界の女達も、あそこに囚われているのです。魔王を退治した時、半数ほどは救いましたが、救出している最中に魔王城が動き出して……。逃げるしか、なかったのです」

「ほう! それはなんとしても救出しなくては!」

「その仕事、ぜひとも中国にさせて頂きたい! 中国人が、多く浚われているのです」

「いやいや、ここは我がアメリカが。ハワイの住人を助けなくては」

「日本も! 日本も戦争状態にある以上、出撃できます!」

 その後、時々次元移動で運べる大きさについて意見を聞かれながら会議は続いた。
 翌日、私は生徒達に次元転移を教え始めた。高木さんも出張することになった。向こうに行った時どうなっているかわからないから、帰る技を使える人間が必要なのだ。
 司祭様の助けを借りながら、授業を続ける。
 当然だが、準備には時間がかかった。幸い、その間魔王は攻めてこなかった。
 小さなラピスの木を送ってもらってあったので、それを育てる方法も教える。教えている最中、植物学者が乱入した。

「移動中、ラピスの木を預かる高橋です。ほう。これが異世界の果物。ほう!」

むしゃり、といきなりラピスの実を食べる。

「ほぅ、これは珍妙な味ですな。ほぅ、だが十年も食べていれば慣れるでしょう。早速栄養分の調査を行いましょう。ああ、私も今日から魔法の授業を受けることになりました。ラピスの木を育てるのに魔物の鉱石は不可欠らしいですからな!ほう、楽しみにしておりますぞ」

 私はそれにくすりと笑う。面白い人だ。
 高橋さんを筆頭に、科学者達が私の世界の事を聞きに来るようになった。
 以前にも聞きに来ていたが、今回は実際に行き、しかも行き来に10年掛かる事もあって、皆真剣だ。科学者だけでなく、宗教学者や料理人も来ていた。

「そうだ。向こうから、他にも動植物が届いていたんです。騎獣と私の好物、動物の食べ物なんですけど」

「ぜひ見せてくれたまえ!」

 私は水晶から、まずは植物を取り出す。これらを繁殖して、食べられるまでにしないと動物は出せない。それでも、喜んでもらえた。特に高橋さんだ。高橋さんは動物学者にせっつかれ、魔物の鉱石を使ってせっせと植物を繁殖させ、それと同時に似たような植物が地球にないか探す。
 その時、衝撃的なニュースが届いた。
 各国が独断で動き、捕虜奪還作戦を敢行していたというのだ。
 魔王は、防戦で精一杯だったのだ!
 私は野々村さんのところに走る。

「野々村さん。救出された人々は……」

「ああ、エリアさん。あのニュースを聞いたのですね。困ったことです」

 何が困ったことだというのだろう。喜ばしいことではないか。救出作戦は成功したと聞いている。しかも、率先して私の世界の人を救ってくれたという。

「それで、助かった人達は……」

「各国で丁重にもてなされていますよ、丁重にね」

 そうして、野々村さんは深いため息をつく。
 
「良かった。あと7年で皆帰ってきます。その時までには、富士の樹海に連れてきてもらえるようにお願いできますか? せめて、家族の下へ返したいのです。今は、私一人では世話が出来ないので無理ですが」

「出来うる限り全力を尽くしましょう。被害者達の世話も含めて。最も、これは石塚さんの範疇ですが」

 その一ヵ月後、正式な捕虜奪還の戦いが始まった。私は出陣させてもらえなかった。援軍で重要な役割をする者以外の私の生徒はほとんど出たのに、私は参加させてもらえなかった。私も七英雄の一人なのに、残念だ。
 その代わり、私は生徒達に惜しみなく送られてきた武器を託した。……パークトの武器も送られてきていたが、それも託した。その方が、パークトも……喜ぶよね?
 魔王も強力な魔物を配し、万全の体制で迎え撃ってきた。
激しい……とても激しい戦いが起こった。通信機から聞こえてくる音だけでも、それがわかる。そして……。

「ガッデム! 魔王を倒しちまった」

 その一言に、私は耳を疑った。あまりにも、軽く言われた言葉に、作戦室は激しく動揺する。喜びと、生徒達への誇らしさに涙した私が見たのは、阿鼻叫喚だった。

「まま、魔王を倒しただと!? どうするんだ、長期戦の構えだったのに!」

「いっぱい貰った予算ってどうなるんすか、今やってる兵器の研究中止すか!? 思う存分研究できると思ったのに!」

「うわああ。いっぱい手に入ると思って魔物の鉱石荒使いしちまった」

「それでも……それでも魔王ならやってくれる!」

 そして、通信機から聞こえる声。

「ふはははは! 我を倒したからといっていい気になるなよ人間が! こんな事もあろうかと、四天王が倒された時点でこの世界の5箇所に我の分身を隠しておいた! 我を倒そうとも、十年、二十年の時を持って我は復活するであろう」
 
 恐ろしい言葉に怯える暇もなく、人々は……歓喜した。

「いやっほぉぉぉう! 予算倍増! 予算倍増!」

「魔物の鉱石ぃぃ!」

「魔王様ぁぁぁぁぁ!」

 ついには皆で踊りだした科学者達。私は、呆然とそれを見守る。

「あ、あの……皆さん?」

 野々村さんが、頬を掻いた。

「研究の結果、魔物の鉱石は科学的にも有用な事が発見されたのですよ。いまや魔物の鉱石は金よりも貴重品です」

 金が貴重なのはわかるが……ああ、本当にこの人達にとって魔王とは大した事の無い存在なのだ。

「私達は、あれの為に命を懸け、多くの人々が実際に命を落としたのです。資源も、人間が生きていなくては活用できないのですよ。最も、貴方達にとっては魔王など大した事はないのでしょうが」

「いえ、確かにそのとおりです。肝に命じましょう。次は被害者0でやります」

「それがいいでしょう」

 私は野々村さんの言葉に頷き、後処理をして帰ってきた自衛官達を迎えた。
 自衛官達が帰ってくると、追悼式を行った。
 その後、魔王の捜索隊が組まれた。
 そして、魔王の進行に備え、ついに憲法9条が改憲された。
 未知の鉱物で出来た魔王の城は各国が少しずつ得た結果きれいになくなりました。




[20465] 6話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/20 06:52
「あの掘削機は何に使うんですか?」

「いや、ドワーフの皆さんがいなくなって、宝石を掘るのに困ってると思うんだよ」

「原子力発電所の材料って必要でしょうか」

「必要だよ! 兵器には電力が必要だからね」

「あの大量の農民達はいったい……」

「向こうには数年いるからね。食料品を得るのに必要あるよ」

「女の人がこんなに……」

「兵士が向こうで問題を起こすわけには行かないからね」

「科学者達って、こんなに必要でしょうか」

「いや、どんな事態が起こってもいいようにね」

「随分立派な装備ですね」

「HAHAHA、魔王を倒すためだからね!」

「ご家族と移動するんですか?」

「何しろ、往復20年だからね」

「この商品の山は何ですか?」

「生活費ぐらい稼がないとね」

「漫画家や音楽家は必要ですか?」

「「必要だとも!」」

「何か、赤頭巾ちゃんと狼の会話を思い出すなぁ」

 野々村さんが、私と援軍の皆さんとの会話の様子を遠い目をしながら見る。

「赤頭巾ちゃんですか?」

「いえ、何でもありません。どの道、もう後戻りは出来ないのですから」

 野々村さんが、にこりと笑う。その笑みは、何故か悲しげだった。
 私は出発直前に騎獣などの動物を水晶から取り出し、科学者の皆さんと護衛の皆さんに見せた。食べられる動物を知って間近で見ておく事は大切だからだ。
竜を出すと、わらわらと人が集まってきた。

「これは食べられるのか?」

「馬鹿! 竜は聖なる友人なんだよ。向こうの文化の勉強は必須だったろう」

「食べ物はこっちですよ」

 私がホーリクットを出すと、興味深げにコックがやってきた。

「これはどうやって食うんだ?」

「こうやって捌いて、この部分がおいしいんですよ。調味料は……」

 動物学者が、食い入るように竜を見ている。竜がぽっと火を吹くと、口を開けさせて中を調べ始めた。

「ああ、どうやって火を吹いてるんだろう。解剖したいなぁ」

「はぁ!? これは竜ですよ!?」

 酷い言葉に口に手を当てて、驚愕する。すると、動物学者さんは宗教学者さんに頭を叩かれた。

「お前調査班だろう! さっきも言ったろう、竜は聖なる友人なんだ。崇める対象とまではいかないが、大事にされてるんだよ。向こうの文化は頭に叩き込んどけといっただろう。せっかく向こうの実質的支配者層の司祭様の協力を得られるんだから、下手な事言うな。現地人の見てる所ではいい子になっとけ」

 現地人の見てる所では、というのが大いに気になったが、とにかく出発の時間が来た。
国連本部に設置された四天王の鉱石3つを反応させ、私と生徒達で力を合わせて国連軍を送り出していく。これで出来る事は全てやった。
 後は、七年後にやってくる大司教様達の移民団の準備をしなくてはならない。
 特に大司教様が住まうとなると、それなりに大きな木が必要だ。
 弟子達に教えながら、せっせと住まう場所を整える。
 木の家を作る術を使い、内装を整え、許可を得て私の世界の動物を増やして森に放し、ラピスの木などの畑も作った。
 何度か誘拐されかける事もあったが、私も七英雄の一人だ。戦って追い返した。今では母にSPをつけてもらっている。
 今の所、私の悩みはついに始まってしまった戦争の事だった。
 魔王のお告げは一時期戦争の気風を沈下させたが、人間にとって10年は長い。そんな未来の事よりもと、戦争に踏み切ってしまったのだ。
 私は七英雄として、司祭様を励まさなくてはならなかった。
 勉強がいよいよ遅れ気味で、テストの点数が困ったことになっている。
 私ももう17歳。そろそろ受験を考えなければいけない年なのに。
 だ、大司教様に今の私は落ちこぼれですなんて言えない。七英雄として、なんとしても防衛大に入らなくてはならない。
 よって、夜は生徒達に逆に勉強を教えてもらっている。

「ほらほら、教官。ここ間違ってますよ。地球の勉強は「感じろ」じゃできないんです」

「うう、実感しているところです……」

「教官、着地地点以外のキャンプ地に家を整えました。ここの木の洞は生活するには小さいですから」

「ありがとう、ありがたく使わせてもらいます」

 そして、被害者の気持ちを汲み取り、遅れに遅れて、主人公をアメリカの魔法使いへと移した魔王2の映画が上映された頃、もうすぐ大司教様がいらっしゃるという時だった。
 司祭様との通信中にそれは起きた。

「エリア。魔王の鉱石を使って、大国サルベーナが攻撃を仕掛けようとしています。この世界はもう……あああ! カチスの鉱石よ! サキュサキュサキュ………ルーガリーナ」

カチスの鉱石が、一際強く光り輝く。激しい振動がおき、カチスの鉱石は4分の1に変じていた。私と司祭様は青い顔をした。
司祭様の一人が、駆け込んでくる。

「司祭長! 何も……外に何もありません!」

 私は、気を失った。





「会心ちゃん! 会心ちゃん!」

 お母さんが泣きながら私を起こす。
 私はお母さんに抱きつき、泣きじゃくった。人間の馬鹿。世界が、世界が消えてしまった。ただならぬ私の様子に、すぐに連絡を受けた野々村さんがやってきた。

「エリアさん……辛いでしょうが、報告を」

「戦争がおき、魔王の鉱石が使われ……人族のほとんどが滅びました」

「……ご冥福を、お祈りします。四天王のカチスの鉱石は無事ですか」

 ピンポイントで重要な事を聞いてきた。野々村さんは心を読めるのだろうか?

「いえ……しかし、復活した魔王の鉱石を使えば、戻ってこれるはずです」

「それは不幸中の幸いですな」

 野々村さんは、ほっとしたようにため息をつく。しかし、すぐに表情をきりっとさせた。

「すぐに事態を連絡しましょう。緊急出動をするかどうか考えなくてはなりません」

「はい、お願いします」

 野々村さんは石塚さんに慌しく連絡する。
 
「しかし、こちらの魔王の鉱石は平等に砕いて分けていて本当によかった。まさか、こんな危険な武器になるとは……核を越えていますな」

「……魔王さえ、魔王さえいなければ……そう思ってしまう私は間違っているでしょうか? あんな武器、ないほうが良いのです。絶対、ないほうが良いのです」

 泣きじゃくる私を、野々村さんはそっと抱きしめた。
 
「直に、大司教様がいらっしゃいます。貴方はこれを伝えなくてはなりません。それに、司祭様達にはなんとしても3年間生き延びてもらわなくては。大丈夫。3年間さえ生き残れば、定期的に大量の食料を送り出していますからね。現地の人の分もあります」

「はい……はい……!」

 一ヵ月後、私は大司教様を迎えた。転移場所は広いキャンプ地の施設を取っ払い、用意してある。
 各国の重鎮が、世界各国から歴史的瞬間を見ようと訪れた人がキャンプ地周辺に集まる。

「……いらっしゃいます」

「おお、ついに……!」

 固唾を呑んで見守っていると、広いキャンプ地に唐突に巨大な木が降ってきた。そして、地中にずぶずぶと沈んで行く。これは、第二神殿……!
 そして、中から司教様がおいでになる。その中心に守られるように、大司教様。
 首相や大統領達が、大司教様の所へ移動し、暖かく出迎えた。

『大司教様、遠い旅路をようこそいらっしゃいました』

『私達は大司教様を歓迎します』

『ありがとう、皆さんの歓迎に感謝します』

 一通り挨拶が終わった後に、私は進み出る。

『大司教様……』

『エリア。大きくなって……。そうして年老いて、私を置いていってしまうのですね』

『それが運命にございます』

『悲しき運命ですね。さあ、住む場所を案内してください。司教ルーチス、皆を』

『はい』

『竜族は全員が出たいといっています』

『いいでしょう』

 まず、竜族達が出てくる。割れんばかりの拍手と歓声がキャンプ地をおおった。
 中には両手を切り落とされた者もいる。
 そこに、魔王の爪あとを感じた。

『竜族はこれで全部ですか? 聞いてはいましたが、少ないですね……』

『竜族は子供が出来にくいのです』

『確か年に一度しか生理が来ないのでしたか。直ぐにオギノ式をお教えしましょう』

『そうですね。数を増やさないと、絶えてしまいます』

 私は竜族を出迎えながら、石塚さんと会話をする。
 大司教様に配慮して、この場では全て向こうの言葉で話すのが鉄則だった。
 次に、ドワーフが現れた。
 感嘆の声とどよめきがもれる。
 エルフの女性が現れ、男性のため息とエルフコールが起きる。
 ダークエルフの男性が現れ、女性のため息と嬌声が起きる。
獣人が現れ、歓声が最高潮に達した。
 最後に人間が現れ、人々は申し訳程度に拍手する。
 首相達は当然族長達も手厚く歓迎し、私は家を案内した。

『話には聞いていましたが、随分と木が若い……しばらくは苦労しそうですね。第二神殿を持って来て良かった』

『こちらの文化基準で作った家をいくつか用意しています。木の洞はエルフに優先して入ってもらい、他の者には家で我慢してもらいましょう』

『それが良いでしょう』

『山の敷地は貸してもらえるのか? ご神体まで持ってきたんだ。短い間とはいえ、神様が安らげる場所を探さないと』

『抜かりはありません』

『エリアさん、富士山の一部を借りるとの話は聞いていますが、ご神体とは?』

『ドワーフは宝石や鉱石を植え付け、育てる神を祭っているのです。そのおかげで、ドワーフの住む所は必ず良質の鉱床になるのです』

『な……! ななな、なるほど。ドワーフには永久滞在して欲しいものですな。いえ、もちろん他の種族も』

『急で悪いが、私たちも広い空き地を貸してほしい。先程は私たちに優先して木をくれると言ったが、私達は私達の木を持ってきたんだ』

『善処しましょう』

 一通り村の案内が終わって戻ってくると、第二神殿で異世界特別永住者の登録が進んでいた。異世界特別永住者とは、新しく出来た区分で、富士の樹海に住む事を許可するものだ。戻ってきた族長達も、登録を受ける。
 そして宝石を換金し、住民達全員に現金を配る。
 寄りかかる一方ではいけないという、大司教様の計らいだ。
 もっとも、住む場所についてだけは全面的に頼ることになるが。
 また、軽く健康診断をして、怪我人と病人、狂人は病院に収容する。

『だって、仕方ないですから。怪我人とか病人とか魔王のせいで狂ってしまった可哀想な女性を病院に収容し、調べて治療するのは仕方のない事ですから。人道支援です、人道支援。ね、わかってください、大司教様。だって仕方のない事なんですから。治療費だって全て国から出ますよ!』

 そう言って、研究者が念を押す。なんで研究者がここで出てくるのかわからないが、とにかくお願いした。研究者は何故か大喜びでそういった人達を、近くに新たに建設された病院に運んでいった。7年前に救助された人達もそこに収容された。でも、いつでも会えるので安心だ。
 そして残った元気な者達で、引越しの作業を進める。
 木を植え、住む場所をそれぞれ割り当て、私が誘拐されかけた経験から警備隊を作った。
 ようやく住む場所を整えられたのは一ヶ月してからだった。ちなみに、誘拐騒ぎが5回は起こった為、勝手に森に出ないように大司教様が厳命した。
 その代わり、警備をつけた上での観光は何度も行われた。
 大司教様は安全の為森から出られないが、司教様は忙しく働いている。
 落ち着いてから、国が滅んだ事は伝えた。大司教様もまた、涙を流された。
 そして、移民全員で一月喪に服された。
 次の月、学校が建った。
 大人も子供も皆行ったので、学校の外に人が溢れた。
 先生達や言語学者が一生懸命言葉を教える。
 動物学者や植物学者、外交官や訓練しに来た兵達が入り浸り、外交は大方うまくいっていた。
 私は、石塚さんとお茶を飲む。

「大司教様のご様子はどうですか」

「まだ落ち着きませんね……。それも仕方ありません。あの精神状態では、とても大規模予知など……」

 七英雄の一人として、ついていて欲しいといわれ、私は学校を休んで移民の人々や大司教様、入院患者達の世話をしていた。生きている七英雄はドワーフのガランを除けば私一人だから、仕方ない。しかし、私ももうすぐ受験だ。これは落ちたかもしれないな……。大司教様になんて言おう。
 
「度々言っているように、日本は貴方方を日本人として迎えるつもりはあります。どうでしょう。ここに腰を落ち着けられては。私の目からは、皆溶け込んでいるように見えますが。人間族の中にも、ここに住みたがっている者は多い」

「人間族には、でしょう。ここは腰を落ち着けるにはあまりに精霊が少なすぎる」

「精霊については門外漢ですから、そう言われると弱いですね。確かに、人族以外は出来るだけ早く移民先を見つけて腰を落着けたいと言っています。人族は大体二派に分かれていますね。ここに留まりたいという者と、戻って復興したいという者。貴方方についていきたいという者もいますが、少数派のようです。……国を破壊したのが人族だというのが大きいのでしょうね」

 私は目を伏せた。他の族長達も、人族を連れて行くつもりがない事ははっきり表明している。人族は、捨てられたのだと言われても何も反論できない。しかし、ただ見捨てているのではない。

「日本国籍の取得、お願いできますか。出来れば、樹海に続けて住む許可も」

 そう、人族の巨大な王国。ここでなら、人族も平和に暮らすことが出来るだろう。

「国籍については人族の帰還までに取得すればほぼ無条件で取得できるようにしましょう。樹海に続けて住む許可は出せませんが、樹海の傍に更地を用意したでしょう。あそこに住む為の木を植え替える予定ですよ。キャンプ地の土地もそのままお売りします。狩りも申請すれば出来るようにします。仕事は、とりあえず政府の指導で貴方方の世界の果実や動物の世話と販売を行ってもらいます。需要はありますから心配なさらずに。その間に、ゆっくり其々の仕事を探しましょう。そもそも、移民の大部分が孤児ですからね。里親も至急手配します」

「何から何まで……本当にありがとうございます。もう三つ、我侭を言ってもよろしいでしょうか」

 私は、重々しく口を開いた。

「いえいえ。困った時はお互い様ですよ。あのような大きな戦争が起きては、仕方のない事です。どうぞ、言ってください」

「一つ、日本国籍をあちらの世界で残っている人も含む人族全員に渡す事。一つ、向こうに取り残された私達の神々を永遠にお祭りし尊重する事、一つ、日本が責任を持ってあの世界を管理し、あの世界のありとあらゆる生き物を守り、平和を保つこと」

 石塚さんが、息を呑む。私は、真剣に石塚さんの瞳を見つめた。
 どれも、並々ならぬ義務と責任が付きまとう、重大な要綱だ。
 生き残ったのは僅かとはいえ、人族は大変な数だ。それに住む場所と食べるものを提供しなくてはならない。
 この世界にはこの世界の神がある。私の世界の神をお祭りするのは大変だろう。
 そして、神々をお守りし、世界を守護すること。この役目を、異世界人に渡すのは酷く無責任だ。しかし、私たちにもうあの世界を守る力はない。資格すらない。ないのだ。しかし、魔王を軽々と倒して見せたこの人たちなら……。
 
「これは大司教様と全族長の意思です。出来ますか? 石塚さん……」

「力の限り……力の限りやり遂げて見せます!」

 石塚さんが、がたんと音をたてて立った。

「良かった。苦労ばかりではありませんよ。貴方方の文化は大地を汚すのですと相談したら、古き神々の死した地の大地は好きになさって構わないと。あそこは黒き不浄の水が出ますが、この国では尊ばれると聞いています。確か、石油、とか。これが守る場所と好きにしていい場所をわけた地図です」

 石塚さんは頭をくらくらさせ、一際大きく頬をたたいて地図を引っつかみ、慌しく外へと出て行った。
 
「司祭候補者を、30人呼んで置いてください」

 呼びかけると、慌てて戻ってくる。

「他に何かありますか」

「いいえ、何も。詳しい管理の意向については、大司教様の体調が戻られてからになりますから。ただ、神が貴方方を気に入られなかったら私達が帰ることになります。多分大丈夫だと思いますが」

「わかりました」

 石塚さんは、踵を返し走っていった。
 それは直ぐにニュースになった。

「日本が世界の管理者たる資格と神々を受け継ぐことになり、身の引き締まる思いです。早速農家の人達を中心とした移民団を送り、あの世界に自然を取り戻したいと思います」

「それは日本があの世界を貰うということですか!」

「単に貰うのではありません。ありとあらゆる生ける者の守護者となるのです。守護大陸に関しては自然破壊などは一切行えません。神から見放されれば、土地を出なくてはなりません」

「他の大陸は自然破壊していいんですか」

「そう聞いていますが、出来るだけ守る方向で行こうと思っています。つきましては、移民団を募集し……」

「移動に10年かかるのはどうするおつもりですか?」

「魔法と科学によって短縮方法を研究します」

「移民団の条件は」

「農家と司祭は決まっていますが、後はこれから詰めます」

 翌日、多彩な髪の司祭候補者と何故か石塚さんや外交官の人達が大挙して訪れた。

「ミズ・エリア、大司教様にお目通り願いたい。魔王を倒しにいったのはアメリカも同様なのに、何故日本にだけ報酬を与えるのか納得できない。移民なら、我がアメリカも受け入れると言っている」

「そのように心を荒立たせた状態で大司教様に会わせる訳にはいきません。古き神々の地を与えるのは、神々をこれから永遠にお守りする為の当然の報酬です」

 私はその人達の前に立ちはだかった。私が大司教様をお守りしなくては。
 
「その神々をお守りする役目をアメリカがすると言っているのだ!」

「アメリカは確か一神教では?」

 その言葉に、う、とロバートさんは声を漏らした。

「中国は違います」

「特定の宗教の迫害は?」

 李青さんも言葉に詰まった。そうなのだ、神々をお祭りするのにあたり、他の宗教を迫害するようでは駄目なのだ。

「この仕事は神に出来る限りお心穏やかに過ごして頂ける様心を砕き、時に神々の間を取り持たねばならないのですよ」

「逆に言えば、神に気に入られれば、いや、お祭する事を認めてもらえばいいのですね」

「日本に管理を任せる事は全ての神が一致しています、ミハエルさん。それは覆りませんが、個々の神がお認めになればその支配地は……」

「イエス! 認めさせてみせます」

「…………大丈夫ですか? 神は心をご覧になりますよ?」

 本当に大丈夫だろうか。

「とにかく、日本以外にもチャンスがほしい。司祭達に、大司教様のお目通りを」

 そこで私は司祭様達を見た。司祭様達はいきなり連れてこられたのだろう、戸惑われている。

「もちろん、司祭様達はお通しします。司祭様同士が交流するのは、重要なお仕事ですから。大変でしたね。どうぞこちらへ」

 私は奥の方に案内し、何事かと降りてきた司祭様に託す。
 司祭様達はほっとなされたようで、司祭様についていく。

「管理が日本というのはどうして覆らないのかね?」

「未来視の神様、ポータス様がそうお決めになりました。あの大陸を緑のまま保持できるのは日本のみと。そうなればそれは絶対に覆りません。魔王の鉱石の時だって、ポータスは砕けとおっしゃっていたそうです。他にも、神々に逆らうと、鉱石が取れなくなったり作物が取れなくなったり災害が起きたり恐ろしい事が起こるのです」

「それで、神々はどなたとどなたがいて、どこが支配地なのかね」

 私は地図を持ってきて示す。それぞれの神々を説明しながら土地を示すと、外交官達は凄い勢いでそれをメモした。

「すぐに国際会議を。ああ、君。司祭達が戻られたら、詳細を報告してくれ」

 それから、なにやら毎日司祭様や神主様がいらっしゃるようになった。
 彼らの対応で、やっぱり勉強する暇がない。
 私は試験に……落ちた。

「うう、私って駄目な子だ……大司教様になんて言おう」

 落ち込んでいると、疲れきった顔の石塚さんが現れた。それでも、私を見ると笑顔で話しかけてくれる。

「エリアさん、どうしましたか」

「防衛大、落ちました……」

 石塚さんは笑顔で電話をかける。

「馬鹿か、七英雄を落とすな七英雄を。気づかなかったぁ? 馬鹿言うな。向こうから自衛隊に入りたいといってるんだ、日本に対する愛国心を芽生えさせてもらってだな……」

「はい、特待生として入学していいそうです」

 しばらく電話して切った後、石塚さんは笑顔でそういった。

「い、いいんですか? 試験に落ちたのに、もうしわけ……」

「こちらこそ公務で勉強時間を削って申し訳ない。なに、その分頑張って勉強して追いついてください」

「すみません……ありがとうございます」

 そして、私は防衛大に入学した。



[20465] 最終話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/20 06:52
 移民の準備は着々と進んでいる。
 後は大司教様のお心一つだ。
 防衛大に入った時、まず一通りの魔術訓練を受けたのは驚いた。
 それも進路の材料にするのだという。
 日本では魔法研究クラブが出来ていて、それと、陸海空軍合同で魔法研究をしていた。
 科にするのではなく、全軍に魔法技術を浸透させたいのだという。魔法を重要視されるのは喜ぶべきことだ。それと、人間の魔術師が講師として呼ばれていた。
 人間は特に魔術の研究に優れているから、うってつけの人選だ。
 私は防衛大で一心不乱に勉強した。
 そんな頃、とうとう援軍が向こうの世界に届いた。

「え、じゃあ日本が支配するんですか」

「支配ではない、管理するのだ。ここの場所は神々の公認をもらった国が統治する。というか、そうしないと祟りが起きるから統治出来ん。そういうことで、なんとしてでも神々のご機嫌を取れ。7年後に司祭様が到着するから、それまで頑張ってくれればいい。司祭様達生き残りのケアも手を抜くな」

 高木さんが野々村さんと話し合う。野々村さんの胸には、魔王の鉱石で作ったブローチが誇らしく輝いている。各国の人達も自分の所の兵士達と連絡を取り合っているようだった。その後ろではなにやら騒ぎが起きている。

「ご神体が盗まれたぞー」

「盗んだ奴に雷が落ちたぞー」

「四天王カチスの鉱石がなくなった!?」

「盗んだ国の奴らが消えた!?」

「お前ら! 絶対神様怒らせるなよ、絶対だぞ」

 おそらくはこちらに送り返されたのだろう。私はため息をついた。……大丈夫なのだろうか、本当に。
 私の心配をよそに、向こうにいった人達は大方神様とうまくいっているようだった。神との相性で勢力図が作られ、地図が各国の色で塗りつぶされていく。その様子を見るのは、寂しかった。外交官達は各国の威信をかけ、少しでもいい土地を少しでも多く、加護をくれる神様は一柱でも多くと頑張っている。その熱狂の最中、私は大司教様に密命を受けてアラスカに旅立った。









 魔王は掘り出された挙句に倒され、愛弟子達の生き残りは第一神殿ごと、無事こちらへ送られた。これから十年かけて家の準備がなされるだろう。
 私はその様子を見てやっと安心した。
 魔王の鉱石を得る事が出来たのは重畳だった。と同時に、使い潰してしまったエリアに申し訳なく思う。しかし、エリアに生きてもらっては困るのだ。エリアは私との回線を知っている。世界移動は誰にも知られてはならない。
 私は密かに皆を呼び、人間の愛弟子達を第二神殿の外に配した。
 愛弟子達は、四天王モンクスの鉱石を使い、転移の術を行う。その後、愛弟子達は命を絶つはずだ。そして、これで新たな世界に移動をする能力を持つ者がいなくなる。
 入院している知識を持つ者達も、正気のものは命を絶ち、正気でないものは殺される事だろう。
 これにて、ポータス様の選民計画は終了する。










「エリアさん、エリアさん! しっかりしてください、エリアさん。どうして……」

「これが、運命なのよ……。生命力を矢にして、もう空っぽなの……野々村さんこそ、どうして……」

「運命など、壊すものです。おかしいと思ってつけさせてよかった。生きるんですエリアさん、生きろ! 生きろ七英雄エリア!」

「ふふ……死んだら、パークトに会えるかなぁ……」

「会えるわけがないだろう、異世界で死んだんだから! だから、なんとしても生きるんだ」

「そっかぁ、残念……」

 野々村さんは、へたくそな回復呪文を私に使う。それは、へたくそだからこそ、傷を癒す力にならず、私の中に魔力として入り込んできて、空っぽな器に一滴の雫を落とした。
 私が最後に見たのは、揺れる魔王の鉱石のペンダントだった。







50年後のある晴れた日。式典が行われていた。
 その式典には、外国人を含む多くの人間が参加していた。

「魔王のおかげで鉱石を手に入れる事ができ、魔王のお陰で新たな友人、新たな世界と出会い、手に入れ、今また魔王のおかげで生きている魔王を補足する方法を発見する事が出来ました。その結果、魔王はかなりたくさんの世界に散っている事が発見されました。私たちは、新たな友人達とまた出会うことが出来るでしょう。魔王のこうせきを称えここに表します」

 用意された多数の戦艦の前。特殊な文字が書かれた紐でがんじがらめにされた黒き生物に、日本の若き首相はメダルをかけた。熱狂した歓声と拍手が、空を貫いていく。大きな三つ首の狼を撫でる男が、老婦人と寄り添っていつまでもその様子を眺めていた。
 首相の名は、パークトという。













後書き

え、大々的な異世界侵略が始まるんじゃないの?何やってるの大司教様。わけわからない。いや、10年のタイムラグが面倒になっただけですが。if話、書けたら書くかも知れません。



[20465] 外伝 決戦
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/20 06:54
「パークト。本当にやるの?」

「ああ」

 パークトは何時も通りの陽気な笑みを浮かべた。
 パークトは、大司教様から全ての生命力を使って魔王を攻撃するよう命を受けていた。

「そんな事したら、パークトは……」

 言い募った私を、パークトは抱きしめる。

「必ず、君を迎えに来る。そうしたら……俺と、結婚してくれ」

「馬鹿……私は、ダークエルフなのよ?」

「それでも愛してる」

 七英雄パークト。私の最も愛しい人。私の瞳からは、ぽろぽろと涙がこぼれていた。
 明日、私達は魔王城に攻め上がる。失敗は許されない。
ようやくわかった。種族の違いなど些細な事だ。でも、それを知るのはあまりにも遅すぎて。
私は自分からパークトにキスをする。パークトは驚いたようだったが、私を受け止めてくれた。
ひとしきりキスを交わした後、パークトは私を引き離す。

「続きは、魔王を倒した後だ」

「必ず、帰ってきてね」

 ありえない約束を交わし合う。そして、私は涙を拭った。

「エリア様を泣かせたら許さない」

 控えていたリンダが低い声で言う。パークトは真剣な顔で頷いた。

「エリア様、皆が待っています。お早く」

 私は頷き、皆の所へと向かった。皆、私の姿が見えないのを心配していたようだった。
 悪い事をした。決戦の前に、どんな些細な心配事も取り除くのが私の仕事なのに。
 睡眠は取れる時に取っておかねば。私は箒を抱きしめて、眠る。
 翌朝。目が覚めて、身支度を整え、食事を終えた私は、皆が準備を終えるのを待ち、大きな声で宣言した。

「昨夜、私とパークトの婚約が成立した! 私はパークトを愛してる。例え寿命が違おうとも、今この時には些細な問題だ。皆、私とパークトの結婚式に参加して欲しい。生きて帰るぞ!」

 私が拳を突き上げると、ダークエルフ達も追従してくれた。
 隣の人間達の軍が湧きかえる。
 やったな、パークト。ついにか。上手い事やりやがって。そんな声がいくつも聞こえた。
 パークトが、優しい目で私を見る。私は、力強く頷いた。
 そして私達は軍を率い、進軍した。
 私達ダークエルフ部隊は箒を使って空に浮かぶ。
 人間族や獣人族の兵士達が走りだした。
 魔王軍もまた、進軍してくる。二軍が激しくぶつかり合って、魔物の鉱石が美しくはじけ飛んだ。
 私達はまだ攻撃しない。ぎっと空を睨む。
 小さな点が空に現れ、徐々に大きくなった。
 
「いい、十分に引きつけるの! 詠唱用意! 呪文、ザザクロス!」

 そこかしこで、サキュサキュサキュ……と囁き声が聞こえる。
 空を飛ぶ魔物の顔が見えるようになる。まだまだ。
 相手の攻撃が入る射程ギリギリ。そこに至ってようやく、私は叫んだ!

「発射! ザザクロス!」

 光の奔流。
 魔物達が光りに飲み込まれていく。
 爆風が起きて、私達は吹き飛ばされないように箒に強く魔力を送り、堪えなければならなかった。
 ばらばらと魔物の鉱石が落ちる。しかし、これで魔物が全滅するほど甘くはない。
 後は混戦だ。
リズラート、リパスト、ザザクロス。いくつもの詠唱が重なる。
 私はいくつもの弓矢を番え、唱えた。

「サキュサキュサキュ……ザザミール!」

 弓矢の雨。この魔物の大群だ。狙いを定めずとも、勝手に当たる。
 その時、私に力が満ちる。
 エルフの回復部隊の、第一陣だ。
 
『よく時間を稼いだ……』

 次期七英雄の一人と目されし、人間族の参謀が尊大な口調で言った。その尊大さが、今は頼もしい。
 しばらくの間。そして、大爆発。
 魔物の軍は後方から、勢いよく弾き飛ばされる。
 その機に応じて、一気に人間族の決死部隊が突出した。
 彼らは攪乱部隊だ。魔術師に一緒に吹き飛ばされるのが決定事項となっている彼らは、保身を考えず、ひたすら魔物の軍の最奥まで切り進んでいく。
 連合軍の奥、魔術師部隊の所まで入りこんだ魔物は召喚獣に片づけられる。
 この時の為に、七日眠らずに済む呪文を軍の全員がエルフから受けている。
 私達はこの先、魔王を倒すまで一瞬たりとも立ち止まるつもりはない。
 その為に、エルフの回復の呪文も傷の回復よりも体力の回復に重点を置いた。
 無茶な事はわかっている。こんな事が出来るのは、一回だけ。
 後遺症の現れる者が何人も出るだろう。
 だからこそ、私達は負けるわけにはいかない。
 一瞬の油断で、リンダが浚われる。

「リンダァ!」

「なりません、エリア様! 集中なさってください!」

 私は呪文を唱える。もはや涙すら出なかった。それに、泣いている暇はないのだ。
 魔王城はもう目前だった。
 けど、その後ちょっとの距離が進めない。

『召喚獣を攻撃に回す! 我らは魔力が尽きた、もう役には立たん。囮をする!』

 魔術師部隊が自ら囮となり、次々と殺されていく。その隙をついて、第10次決死部隊が魔王城に入り込んだ。
 
「エリアァァァァァ! 援護、頼む! タンスルー、後は頼んだ」

 パークトが指揮権を副官に移譲し、駆けだす。
 私もまた近くの者に指揮権を移譲し、箒を最高速で飛ばせてパークトの元へと急いだ。

「パークト!」

 私はパークトに手を伸ばし、箒の上できつく抱き合って先を急いだ。
 決死部隊を追い越し、城の最奥へ。
 そして、私達はついに魔王の元へとついた。
 少しして、決死部隊や竜騎士部隊も追い付いてくる。

「魔王……貴様が……魔王……」

 私はその大きさに、邪悪さに震えた。魔王は私を好色な視線で舐めまわす。

「お前もまた、自ら慰み者になりに来たか」

 パークトが視線を遮るように私の前に立ち、剣を構えた。

「お前の相手は俺だ。さあ……踊ろうぜ!」

 そして、パークトが剣を振りかぶる。決死部隊が、竜騎士部隊が剣を、槍を振り上げた。
 私も魔物の鉱石を使う。

「サキュサキュサキュ……ザザクロス!」

 魔王を貫く数々の攻撃。それをほとんど問題にしないほど、魔王は強かった。
 私は距離を保ちながら魔王と戦う。
 魔王の視線は常に私の上にあった。
 私はそれを理解するや、進んで囮役となった。
 そして、決死隊が貫いてきた魔王の手を全員で押さえ、竜騎士たちがついに魔王を縫いとめる。

「エリア……」

「パークト……」

 交わした視線は一瞬だった。
 パークトは、全ての生命力を込めて魔王を貫く。

「パークトォォォォォォ!!」

 次の瞬間、倒れるパークトと巨大なこうせきと化した魔王。
 
「エリア……約束通り、結婚しよう……」

「うん……うん! 私の全ては貴方の者よ……」

 キスを交わす。唇を離した時、既にパークトは動かなくなっていた。
 もう流れないかと思っていた涙が流れる。
 竜騎士たちは喜びの咆哮をあげた。
 喜びに浸る間もなく、残った魔物が襲いかかってくる。
 私は、弓を構えた。

「竜騎士よ。我が夫パークトを城の外へ運んで下さい。お願いです」

 魔物を掃討しながら、仲間たちと連絡を取る。
 テレパシーを送ってみたけど、人間族の参謀とはもうテレパシーが繋がらなかった。
 私達は魔物を倒しつつ、魔王城を探索した。
 そして奥で見つけた、信じられない光景。
 慰み者にされて、狂った女たち。
 酷い。こんなの、酷い。
 私はリンダを抱きしめて泣いた。
 その時、城が鳴動する。

「父を倒した事は褒めてやる。しかし、我は必ずここへ戻って来よう」

 これは……異世界転移呪文!?

「不味い! 皆、箒に乗せられるだけの人を乗せて! 脱出するわ!」

私は決死部隊の人間族を2,3人箒に捕まらせ、城を脱出した。
ちょうど城を出た所で、城は次元のかなたに消えて行った。
……リンダを、助けられなかった。仕方のない事だ。暴れるリンダを助けようと思ったら、リンダ一人しか助けられなかったから。
 私は決意の瞳で魔王城を見つめた。
 悲しみと憎しみの連鎖、必ず終わらせると。











 やっぱり戦いの描写は難しいです。



[20465] 改訂版プロローグ(変化なし)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/09/22 01:21
なろうのお気に入り数が少なかったのが寂しかったので、こっちでもあげます。
すみません。異常なほど劣化してます。








誇張でなく、山のような、もしくは天を支える柱であるような大きな樹木。それは第一神殿と呼ばれ、魔法で大きく開けられた洞では多くの人々が慌ただしく動いていた。
第一神殿の前の広場には死者、死者、死者。多くの死者が並べられていた。
 彼等は、幸運な方だろう。何故なら死体があり、司祭様方の浄化呪文を受ける事ができるのだから。
 あちこちで、死者に縋って女子供が泣き、男は別れを惜しむ権利すら与えられず死体を運ぶ作業していた。
 別れを惜しむ声。今は亡き戦友に勝利を伝える言葉。すすり泣きと叫び。第一神殿はさやさやと葉を揺らし、風で死臭を吹き散らして人々を慰めていた。
――頑張ったね、子供達。これからどんな困難が待ちうけようと、今日だけは泣いてもいいのだよ。
 そういったお告げが相次いだ。司祭様方が、死者に縋る人々にそのお告げを伝え、背を撫で、肩を叩き、頭を撫でる。
 ……今日だけは泣いていい。今日、だけは。明日からはまた、復興に向けて戦っていかねばならない。
 突如異世界から現れた魔王は、瞬く間にこの世界を蹂躙していった。
 男は殺され、女は魔物を孕まされ続けた。
 長年の戦いにより、ようやく魔王を倒せたのが昨日。神々に急かされ、魔物の追撃と浚われた女たちの救出作業をしている時、魔王城が動き出してこの世界から消えたのがつい先ほど。
 戦いが終わり、ようやく私は愛する人の所に来る事を許された。
 私は死者の一人、七英雄のパークトの頭をずっと撫でていた。
 パークトは人間でありながら異常な魔力を持った剣士だった。ダークエルフの七英雄である私と同じ魔力量と言えば、その凄まじさがわかるというものだろう。その癖っ毛の、黄金に輝く金髪は、今は泥で薄汚れていた。髪だけでない。エルフほどではないが整った顔も、司教様がパークトの力を最大限発揮できるよう誂えた、魔力を秘めた宝石を所々につけた煌びやかな鎧も、見る影もなくぼろぼろで、泥と血に汚れていた。
 それでも、パークトはまるで眠ってでもいるかのような、安らかな死に顔だった。
 パークトは自らの生命力の全てを剣に注ぎ込んで魔王に切り込んだ。
 その一撃はパークトの命と引き換えに魔王を倒した。
『生きて帰ったら、結婚しようぜ。普通の女の子、させてやるよ』
 死ねと言われているに等しいその役目を任されてなお、へらりと笑ったパークトの顔が頭に焼き付いて離れない。
 パークトに抱きついて、泣きじゃくって、パークトは驚いた顔をした後、優しく抱き返してくれて……。
 パークト、私を抱きしめてよ。あの時と同じように。
 私は途方もなく疲れていた。魔王との決戦、残された魔物の追撃。救出作業、パークトの死。そして、私の右肩から左のわき腹へと続く切り傷。
 向こうの世界で、結婚しようね。パークト。
 だんだんと意識が薄れていく。
 ――立ちなさい、七英雄。エリア・サーキュリィ。貴方には、果たさねばならぬ役目があるのです。
 眠る私に、精霊が囁いた。
「起きなさい、エリア」
 慈愛の込められた深いテノールの言葉に、私は目を覚ます。
 エルフ族の中でもずば抜けた、美の女神オリビアさえも愛でられているお美しい大司教様が、慈悲深き瞳で私を見つめていた。
 一点の穢れすら許されぬはずの大司教様の白くゆったりとした神官服が、血と泥で汚れていた。
「だ、大司教様! どうしてここへ……ぐっ……」
 傷が痛む。しかし、以前ほどではない。回復呪文をかけてもらったのだ。
 大司教様直々に!
 血と泥は、その際についた汚れなのだろう。
「貴女とパークトに用があったのです。最後の別れは済ませましたか?」
「は、はい……」
 大司教様は、パークトの頬を撫でると、悲しげに微笑んだ。
「パークト、よくやりました。貴方がこの平和をもたらした……」
 そして、大司教様は浄化の呪文を唱える。
 大司教様直々のお言葉と呪文に、私は涙を流した。
 パークトの体は土くれとなり、後には服と武器とが残された。
 私はそれを大切に回収し、水晶に入れた。
 この土は森にまかれる。パークトの体から出来た土を与えられた木はさぞ元気に育つだろう。そして、パークトの命は受け継がれていくのだ。
「ついてきなさい、エリア」
「はい」
 私は大司教様に続き、立ち上がって第一神殿に入った。
 大人が十人手を伸ばしたほどの洞に入り、地下へと下っていく。
「エリア、魔王の子が逃げ出したのは知っていますね」
「はい……可能な限り急いだのですが……。申し訳ありません、大司教様」
「悲劇を繰り返すわけにはいきません。あれは我等が滅ぼすべきもの」
「はい」
地下の祈祷室に入ると、そこでは既に司祭様達が私を待っていた。
私が倒した四天王カチスの魔物の鉱石が宙に浮かび、黒く輝いている。
魔物は例外なく、倒すと鉱石となるのだ。そしてそれは凄まじく良質の魔力媒体になる。
「未来視の神ポータス様より、次の魔王の出現地と時期がわかりました。あれは、また異世界で殺戮を繰り返す予定のようです。しかし、今なら魔王に先回りし、向こうに人を送ることが出来る。出現時期は十七年後。その種族の子として生まれれば交渉も上手くいくでしょう」
 大司教様の言葉に、私は頷いた。
「異世界への転生の術ですね」
 大司教様は、厳しい瞳で私を見つめた。
「エリア。魔王の子を異界に逃がしたのは我らの失態。その失態の責を異世界の住民に被せる訳には行きません。七英雄の名にかけて、必ず倒して来るのです。武器は後から送りましょう。厳しい戦いになるでしょうが……行ってくれますね」
 否応はなかった。神の命であり、大司教様の命であり、魔王の子を逃がした私の責任であり、魔王の一族はパークトの仇だからだ。
「わかりました、大司教様……」
 私は大司教様の服の裾にキスをし、身につけている全ての服を脱ぎ去った。
そして、魔法陣に横たわる。
 司祭様達の声が唱和され、魔物の鉱石がまばゆく光り、私の体は光へと打ち砕かれ……。
「おんぎゃあああああ!!」
 私は、異界の赤子として生れ落ちた。
 




[20465] 【改訂版】一話(後半少し違うだけ)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/09/22 01:22
 私はいつも通りにパソコンを操作し、防衛省にメールを書いてエンターキーを押した。
「中々引っかかって来ないなぁ……」
 十歳になった私は頭を抑えて呟いた。光となって転生する事で、魔王に先回りする事は出来た。しかし、ここに生えている木は凄く少ないから、気の休まる暇すらない。そのうえ、この世界は酷く歪な発展を遂げていた。何故か魔法の類が皆無で、その代わり科学とか言う妙なものが発展しているのだ。空を飛ぶことすらできないと言うのだから、恐れ入る。
 科学はなるほど、素晴らしい力を秘めている。例えば、先ほど空を飛ぶことさえできないと言ったが、その代り飛行機と言う物を持っている。そんな大人数を運ぶ事など、司祭様が複数集まらないと無理な事だ。
 宇宙に行く事など、大司教様すら出来ないだろう。
そしてその半面、酷く大地を汚す。よくもまともに生活できると思うほどの空気の汚さだ。
文化の違いは受け入れがたいけれど、私の任務は魔王を倒す事。その為には、現地の人の協力が必須だ。
その為にまず、魔王の存在を信じてもらう事が必要となる。
 しかし、子供の言などたやすく信じては貰えないだろう。
 この世界では魔術がないようだし、魔術を示して見せるのが一番いいかもしれないと私は考えた。
 ただし、この地には魔女狩りという伝説があった。安全を確認できるまで、正体をたやすく知られるわけにもいかない。
 ここは予言という形が一番いいだろう。幸い、ノストラダムスという大預言者もいるし、この世界は自然災害が多い。自然災害の予知ならエルフの得意分野だ。森の加護は、生まれ変わってなお私の上にある。
 私はまず、所在を知られずに書きこみする方法を学んだ。
 そして、予知をしては某巨大掲示板に書きこみ、防衛省にメールをしていた。
「あら、またパソコンをしているの? 会心ちゃん。たまにはお母さんと一緒に遊びに行きましょうよ」
 茶髪の、どこか幼い感じのする可愛い女の人。それが私の母だった。
 事実、母は若い。十七で私を生み、今はまだ二十七歳だ。父親はいない。
 私の為に必死で働いてくれる母を、守りたかった。この世界は既に私の第二の故郷でもある。
「そうね。緑を見ないと息が詰まっちゃうわ。また一緒に登山に行きましょう?」
 私が強請ると、私に甘い母はクスクスと笑って言った。
「お姫様の仰せの通りに」
 その週の休日は、登山に出かけることになった。
「わあ、私会心ちゃんのお弁当楽しみだなぁ。私はお菓子を用意するね。会心ちゃんは飴好き?」
 母は料理が苦手だ。母に食事を任せると、お菓子を皿に並べてくる。
 赤ちゃんの時はそれはそれは苦労したものだ。
 体が自由に動くようになってまずしたのは料理を覚える事である。
 それでも、母が私を一生懸命愛してくれているのはわかった。
 私は母が大好きだ。
 母と自分の為に、サンドイッチとから揚げ、ポテト、兎のリンゴをバスケットにつめる。
 水筒には良く冷えたお茶を入れて、準備は完了だ。
 ハイヒールを履いていこうとする母を止め、お揃いのスポーツシューズを出して来て、二人で登山に出かける。
「会心ちゃん、もう休憩しましょうよぅ」
「頑張って、お母さん。後少ししたら休憩しよ、ね?」
 適当な所まで登って精霊がたくさん息づいている所まで行くと、私は寝転び、耳を研ぎ澄ます。とても気持ちいい。
「会心ちゃん、休憩? そんな所で寝ていて気持ちいい?」
「うん、とっても。連れてきてくれてありがとう、お母さん」
 歌うように呪文を唱え、周囲の木々と一体となる。
「いい歌ねぇ」
 お母さんもそこにシートをしいて座り、心地良さそうに目を閉じた。
 次の予知……主に自然災害情報を精霊から聞き取って、立ち上がる。
「もういいわ。お母さん。帰りましょう?」
 母に話しかけると、母は寝息を立てていた。仕事で忙しかったから、休日は寝てたかっただろうに。娘の我侭一つでこんなに疲れているのに山まで来てくれる母は、やっぱり大好きだ。
 私は、母の隣に寝転ぶと周囲の木々との対話を楽しみながら、一人でも戦う決意を固めていった。
 魔王との戦いが、そろそろ始まる。私だけでも、戦う準備を始めないといけない。
 既に、荷物はついている。
 家に帰ってお風呂に入り、夕食の支度をして人心地ついた私は再度メールを出した。新たな自然災害の予知と、魔王が来るという内容のメール。差出人はダークエルフのエリア。
 某巨大掲示板にも、予知を載せる。これに関しては、段々と手ごたえを感じて来ていた。信じてくれる人は、着実に増えて来ている。最も、予知の最後を面白おかしく改変して広めてしまう人も多くて、困っているのだけれど。
掲示板に書き込みをした後、私は無力感を噛みしめながら就寝した。
 翌日。私は届いた一通のメールに、歓喜の声をあげた。
 日本国首相、津木野真男。彼の会いたいという言葉に、私は迷わず了承のメールを返した。
 待ち合わせの場所は人気のない公園。
 送信を選択して、クリックする指が震える。大丈夫、私はちゃんとやれる。
 見ていて、パークト。


 待ち合わせの日。私は呪文で生来の姿を取り戻し、向こうの服を着て一時間ほど前に公園に向かった。空を飛んで、である。
 待つこと三十分。SPの人に囲まれて、テレビで見た日本国首相、津木野さんがやってくる。体格のがっしりした、首相たる威厳を持った壮年の男。
 津木野さんは私を見て、目を丸くした。
 風の精霊が、応援の意味を込めて風を吹かせる。私はそれに励まされ、微笑んだ。
「初めまして。日本国首相、津木野真男さん。私は、ダークエルフの七英雄、エリア・サーキュリィ。ずっとお会いしたかった」
 私の戦いは、ここから始まる。



[20465] 【改訂版】二話(ここから変化)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/09/22 01:24
「ダークエルフのエリア? なんだね、それは」
 首相に就任し、様々な引き継ぎをようやく終えて、大臣達とささやかな宴会を開いていた時だった。すっかり酔っぱらって顔を赤くした防衛省大臣の剣野守が、機嫌よさげに頷いた。
「ああ、有名な占い師だよ。自然災害を予告して、巨大掲示板と防衛省に送ってくるんだ。その予言はいつも、最後に魔王が来るから防備を固めろで終わるんだ。魔王なんて馬鹿らしいと思うが、自然災害については百パーセントの的中率でね。前政権は、予知を元に自然災害対策の予算を組んでるって噂だ。ま、引き継ぎの一環として覚えていてくれ」
 魔王、ダークエルフ。私はこう見えて、ファンタジー小説が大好きだったのだ。政治の世界、冷たい現実。ファンタジー小説は、それに疲れた私に夢を与えてくれた。それに、百パーセントの予知なんて面白そうではないか。
「へえ、面白いな。実際に会ってみたのか?」
「いや、そんな……なにか怖いじゃないか」
 そう苦笑して、剣野くんは酒をグイッと飲み干した。
「防衛省大臣がそんな事でいいのかい、剣野くん。よし、私が会って来よう。魔王がどういうものなのか、聞いてみようじゃないか。相手の連絡先は?」
「おい、本気か? 一国の首相が、得体の知れない相手に会うなんぞ……」
「SPは連れていくさ」
 そして、私は酒の勢いのままにメールをした。
 剣野くんが若干慌ててメールの返信を持ってきたのはすぐだった。待ち合わせ場所は、人気のない公園。いいさ、行ってやろうじゃないか。
 ダークエルフが本当にいるなら見てみたいものだ。
 そして、私はパリッとしたスーツを着て、SPを引き連れ、三十分前に待ち合わせ場所へと向かった。そこには既に一人の女性が待っていた。黒いマントとフードを被っている、いかにも怪しげな風貌だ。何より、箒に乗って空を飛んでいる。
 風が、吹く。とたん、脱げるフード。
 風に流される美しい髪。褐色の肌。目の覚めるような美貌。しなやかに伸びた手足。微笑みは女神の如く。マントの下のその服装は、信じられないほど大きな宝石を誂えた鎧。どれもが私の目を釘づけにしたが、一番心を突き刺したのは、尖り、横に折れるように伸びた耳だった。ダークエルフの、エリア。剣野は確かにそう言った。
「初めまして。日本国首相、津木野真男さん。私は、ダークエルフの七英雄、エリア・サーキュリィ。ずっとお会いしたかった」
「初めまして、エリアさん。津木野です」
 政治家として訓練していなければ叫んでいただろう。しかし、私は笑顔で答えて握手をしていた。
「早速ですが、魔王が来るまで、もはや時間はありません。かねてよりお願いしていた軍備の増強は、聞き届けて頂けるのでしょうか」
 そうだ。予知率百パーセント。本物のダークエルフ。次に来るのは本物の魔王である。
「私は、魔王とは何なのか聞きに参りました。エリアさん、今こそ全てをお話し下さい」
 エリアさんは、頷いて水晶に手を突っ込み、中から大粒のダイヤを取り出した。
 信じられない行為に興奮を覚えながら、表向きは平静を装ってダイヤを眺める。
「魔王に関しては、私も良く知らないのです。あれは、異世界から突如現れ、男を食らい、女を孕ませ、暴虐の限りを尽くし、討伐されるとその子を別の異世界……この世界へと送りこみました。私はそれを追ってきた」
 ダイヤがぼうっと光って、突如醜悪な怪物とそれを迎撃する美しいダークエルフ達を映し出した。
 SFのスクリーンのように、立体的な映像が飛び出してくる。
 その迫力に私が目を奪われていると、エリアさんはダイヤを両手で包み、映像は消えた。
「これを、防衛省に。そして、軍備を整えて下さい。魔王は今、次元の狭間で力を蓄えています。そして、後六年ほどでこちらの世界にやってくるでしょう。私の命を掛ければ、魔王を倒す事は出来ます。けれど、残された魔物の掃討は貴方に頼まなくてはならない」
 エリアさんが、黒曜石のような美しい瞳を潤ませて私の手を包む。その手は柔らかく、暖かかった。
「わかりました。必ず、防衛省大臣に届けます。一週間後に、またメールをお送りします」
 エリアさんは頷き、箒を水晶から取り出して飛んで去って行った。
 私は無言で電話を取り出す。
「ダークエルフのエリアの家を突き止めろ。誰にも悟られるな」
 気分が高揚するのを抑えられない。美しい夢が。ファンタジーが。今、掴める現実となって舞い降りてきたのだから。
 

 多少の細工はしていたようだが、その道のスペシャリストには叶わない。すぐに家はわかった。木田峰子三十三歳。木田会心十歳。母子家庭。その経歴から趣味に至るまで、すぐに調べ上げられる。時々山へ行くと言う口実で二人でどこかに出かけている。二人には監視をつけ、一週間で会心の正体がエリアだと突き止めた。
 もちろん、その間に何度も話しあいの場を持っている。
 そして、同じ頃、ようやく私は記憶媒体らしいダイヤの制御方法を習得し、剣野くんを呼ぶ。
「謎の占い師はどうだった?」
 剣野くんの言葉に、私はダイヤを取り出し、にやりと笑って再生させる。
「魔王は、本当に来るそうだよ。剣野くん。ところで、魔王はミサイルで倒せると思うかい?」
 剣野くんは、驚いた顔でダイヤから映し出される映像と私の顔を見比べる。そして、瞬時に頭を切り替えて、真剣な顔で私を見た。
「詳しい話を聞かせてもらおうか」
 そして、会議は始まった。
 再生されるのは、異世界軍と魔王の軍勢との決戦の場面だった。
 ダークエルフが魔弓を放ち、エルフが癒しの呪文を唱え、人間が大規模魔術を発動させ、獣人と人間の戦士が突撃し、召喚獣が吠え、竜騎士が突撃する。
 トリックと断じるには、あまりにもリアル。なにより、その映像はダイヤから映し出された。そんな技術、日本には、いや、世界には存在しない。
 場面は推移する。魔王に囚われ、手足を潰されて犯されていた女達を助ける場面、一人の英雄が光り輝く剣を持って魔王を両断し、倒れ込む場面、そしてとてつもなく大きな木に集まる人々、木の洞の中で司祭らしき人物に傅く人々。
 映像の再生が終わると、私はおもむろに言った。
「このまま公表しても、主導権を奪われるだけだ。私はそれを望まない。さあ、剣野君。悪だくみのお時間だ」
 



[20465] 三話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/09/22 18:39




 いつもと変わりない、ぶら下がり会見。首相は、何気なく口を開いた。

「そう言えば、ダークエルフのエリアという予言者をご存知ですか? 知名度ではノストラダムスに劣りますが、日本を代表する予言者です」

「ダークエルフのエリア、ですか? いえ、知りません」

「なんと。知らないのですか。彼女の予知は、今現在百発百中です。そして、彼女がいつも最後に予言するのが、六年後に魔王が出現すると言う予言なんですよ。魔王が現れるなら、勇者を用意しなくてはと剣野君と良く話すんです。魔王と真正面から立ち向かい、見事打ち破って世界を救う日本。各国も巻き込んで、盛大に盛り上がるつもりです。ぜひ、国民の皆さんにもご参加頂きたい。本当にエイリアンがやって来るかもしれませんしね。NHKさんには、最大一か月ぶっ続けで勇者特番を放送してもらうつもりです」

 あくまでも、楽しそうに首相は言った。

「はぁ……。それは、国家予算を使うんですか?」

 当然、訝しげな表情の記者。

「百発百中の予言ですよ? それに、エイリアン対策に予算を割いている国家はほかにもあります。それの延長線上と思えばよろしい」

 にこにこと笑う首相。その笑顔に裏を感じる事が出来た者は、一人もいなかった。
 その後、国会で対魔王予算を獲得、魔王対策委員会を発足。
 勇者は自衛隊から選定する事も決まった。
それと同時に、会心親子は姿を消した。もちろん、それに注視する者はいなかった。
 














 一月後。国連で、珍しく日本代表が手をあげる。
 指名され、日本が立ち上がると同時に配られた資料を見て、会議場は僅かに苦笑と困惑に包まれた。

「えー、皆さん、我が国を代表する予言者、ダークエルフのエリアをご存知ですか? 内容はまあ、ノストラダムスと同じです。六年後に魔王が現れる的な。これを機会に、皆さんと親睦を深められたらと思います。ほら、本当にエイリアンとかが攻めてくるかもしれませんし。内容は、皆さんと協力して、日本が中心になって魔王を倒す、というものです。資料に書いてありますのは、皆さんに、本当に法案を制定して欲しいのです」

「日本が中心になって、ですか? どうせなら、投票で決めたらいかがです」

 一人が手をあげる。

「そこはまあ、言い出しっぺの特権と言う奴で。ぜひ、御参加頂ければ幸いです」

「魔物のお仕事の中に、人を襲う事と戦利品を落とす事とありますが、魔物役と景品は各国が用意と言う事ですか?」

「ええ、もしも魔王が現れなかったら現れなかったで、用意しようと言う事です。更に、各国自慢の兵器を出して壮大な映画を取ろうかと。六年ありますから、ギリギリ今からでも開発できますよ。設定資料は送ります。当たり前ですが、核のような汚染著しい物は使用禁止です」

「ほぉ。それはまた本格的な……」

 日本が口を出すのは、非常にまれな事だ。それも、このような大規模な催し物は初めてである。しかも、兵器にまで言及している。各国は、乗り気になっていた。

「美味しい役は日本が独り占めか?」

 アメリカ代表の揶揄するような言葉に、恭しく礼をする日本代表。

「もちろん、我が同盟国たるアメリカにも、大活躍してもらいますとも。魔王との大戦争に、貴方がいなくてどうします。ただ、既に六年間のスケジュールは出来ているので、ホストは日本が致します。ちなみに、勇者様にはネタばれが無いように六年間連絡を絶ってもらいますが、それでもよろしければオーディションにご参加ください。ちなみに、日本ではこの日の為だけにスパイ防止法を施行する予定です。募集要項は資料に書いてあります」

「そこまでするか。気合が入っているな……。楽しみだ」

 アメリカ代表も、期待に胸を膨らませて言った。
 日本代表は、安堵の笑みを見せる。……誰も、魔物を倒した「戦利品」の所有権は全て日本に帰するという法律に気付かなかった。
 それと共に、善意を利用している事に良心の痛みを感じた。
 埋め合わせは、それこそ勇者として命を使う覚悟でないと誰も納得しないだろう。
 魔物を倒せば、鉱石が手に入る。それは、魔力の塊。それは、新たな資源である。
 日本は、資源大国に憧れを抱いていた。その為なら、どんな手を使ってもいいと思うほどに。










 オーディションは、簡単な物だった。
 書類審査と、魔法を使う演技である。ただし、軍人か警察官、もしくは科学者で、日本語が理解できる必要があった。
 六年間の隔離と言う事で、期待と不安に胸を高鳴らせながら、乗ってきたバスから降りる。国から命じられて嫌々やってきた者も、役者となる事を楽しみにしてきた者もいるが、その顔は一様に不安顔であった。
 昼ご飯を食べ、山奥に入る前に、盗聴器防止の為にあらゆる物の持ちこみを禁じるので、とりあえず全部脱げと言われたのだ。彼らは全裸だった。何が日本をここまで駆り立てるのか。理解不能だった。しかも、役者の数が半端ではなかった。五百人はいるのである
 彼らがバスに降りると、腰を覆う為の布を渡され、いかにもファンタジーな鎧を着た自衛官が一列に並んでいた。
 その前に、彼らを率いるかのように、幼い少女が立っている。

「全員、整列! 」

 訳もわからず、並んだ。命令が体に染みついているのもあるし、声が毅然としているのもあった。

「我が名は七英雄が一人、ダークエルフのエリア。弓姫エリアである。これから、貴様らには六年間みっちり魔王の軍勢を相手取る特訓をしてもらう! 逃げだしたり、秘密を漏らせば厳罰に処す! これは世界を混乱に陥れることなく、速やかに魔王を倒し、平常へと戻る為に必要な処置である! と言っても、理解が出来ないであろう。そこで、まずは模擬戦を見てもらい、資料映像で勉強をする。なお、ここには各種材料しかない。家から着る物から食べる物まで、全て魔法で用意してもらう。全てだ!」

 意味不明の事を言われ、とりあえず体育座りで隅に並ばされる。
 自衛官達が向かい合い、箒片手に礼をした後、素早く箒に乗った。飛んだ。
 慌てて眼を擦る兵士達。ワイヤーは見えない。

「サキュサキュサキュ……ガーズトール!」

 片方が叫んで片手を差し出せば、どう見ても凶悪そうな光の弾が高速で飛んでいく。
 それをすっと避ける対戦相手の自衛官。
 流れ弾が飛んできて、慌てて兵士が避ける。
 着弾して木に当たったそれは、柔らかな素肌に容赦なく木屑の雨を浴びせかける。

「ええええええええええ!?」

 広がる動揺とざわめきを一喝したのは、少女だった。

「この後、実際にやってもらうぞ! しっかり見て、聞き、魔力の流れを感じろ!」

「本物の魔法使い? 俺の時代キタあああああああ!」

 叫ぶオタクっぽい裸の日本人。
 それに冷たい目を浴びせる兵士達。
 とにもかくにも、俄然真剣に試合を見始めた。
 集中して避けないと、流れ弾に当たって死にかねない。
 三試合ほどして、コスプレ自衛官達は肩で息をしながら引っ込んだ。 

「準備期間二カ月ではこの程度か……。仕方あるまい。次、魔王の軍勢との戦いの様子の視聴だ。以前と違う点は、二つ。一つ目、今回は、貴様らの誇る科学の守護がある。二つ目、魔法使いは貴様らだけだ。魔物は物理攻撃に強く、魔法攻撃に弱い。物理攻撃だが強力な兵器か、魔力攻撃だが新米の魔法使いか。協議の結果、思いつく全ての方法を試すと言う事となった。繰り返す、全ての方法を試すと言う事になった。もちろん、考えるのも試すのも貴様らの役目だ。負けは絶対に許されない。先人の戦いを、しっかりと観察するように」

 そして、綺麗な石ころにしか見えない何かから、巨大な映像と音声が出てくる。
 果てしなくリアルで、ファンタジーな映画としか思えないそれを声も無く見つめる、全裸の男達。
 エリアはそれを一切気に掛けることなく、映像を逐一解説する。
 曰く、敗れれば女は犯され、男は殺される事。それが世界中で起こると言う事。倒した魔物は鉱石となる事。これは武器になるので必ず持ちかえる事。確認された魔物の種類。使う技。
 たっぷり一時間は視聴した後、十分間の休憩を貰った。
 ついでに、休憩時間にビデオに記録を残すのは可と言う事だったので、そういった習慣のある者が記録を残す。他にも、公式に訓練の記録を残す掛かりの者がいる。ビデオとバス、巨大冷蔵庫だけが、文明の利器だった。更に、資料ならいくらでも請求できる事を知らされる。

「マイクだ。とんでもない事になっちまった。素っ裸にされたと思ったら、魔王が本当に来る事を知らされて勇者にされた。俺は歴史に残る勇者になるに違いない」

「魔術ってビデオに映るのかな……」

 休憩が終わると、全員好きな色の布を持たされ、一か所に集められる。周囲をコスプレ自衛官に囲まれ、嫌な予感を感じない者は一人もいなかった。

「今から、貴様らの眠りこけた魔力を呼び起こす! 魔力を感じて自由に引き出せるまで、何度でもやる! 対ショック体勢!」

 言葉と共に、迸る雷撃。

「ぎゃあああああああああ!」

 びりびりする体に思わずよろめくが、幼女は容赦が無かった。
 幼女は、高々と布を掲げる。

「注目! 体の魔力をへそに集め、へそから腕へ。腕から布へ。そして魔力が行きわたった瞬間にイメージ!」

 布が発光する。生き物のようにみるみる動いて、服を形成した。
 もはや、驚くしかない。

「出来た物から離脱! そこの原田教官から習って魔法を使って今日の夕飯を作れ! 出来なかった者は雷撃を食らってから再チャレンジ! 出来るまでだ!」

 幼女の手にした、ついさっきまで四角い布でしか無かったそれ、ワンピースと自分の手の内にある布を何度も眺める。
 一人が、動いた。

「へそ! 腕! 布! 唸れ俺の妄想力!」

 布は、確かに揺らめいて……ゴスロリの服を作った。

「着ろよ」

 幼女の端的な命令に、がっくりくる男。

「さっきのは一見見事だが、無意識化に頼り過ぎる! だから目的ではなく、自分の本心が出てしまうのだ。集中! 集中!」

 とにかく、不完全とはいえ、一発で成功させた者が出たのだ。
 兵士達は、試み始めた。
 確かに、雷撃を受けた後、体の中心で何かが熱くなる。それを捕まえて、布に持って行く作業が至難の技だった。更に、それから服のイメージがあるのである。

「む。そろそろ十回か。これ以上は無茶だな。出来なかった者は講義後は布を巻いて果物でも齧って寝てろ。これから、一人ずつ寝場所を作る。そこに札があるから、名前を呼ばれたらそれを持って来い。まず岸田」

 岸田がエリアの元に向かうと、エリアはその手を取り、しばし迷ってから木を選びだした。岸田と手をつないだまま、もう一方の手で気に触れ、岸田に同じ事をさせる。

「サキュサキュサキュ……リウィラケウィラマーズ……」

 エリアが唱えると、木がメキメキと音を立てて大きくなり、大きな洞を作った。

「とりあえず、ここで寝ろ。不満なら、自分でどうにかするんだな。次。イワン」

 幸い、この術まで一人でやれとは言わなかった。
 五百人分の家を作った時には日が落ちており、全員、食事をして眠りについた。
 何故か、洞の中は暖かかった。
 こうして、勇者部隊の生活は始まった。



[20465] 四話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/09/24 07:44

 一方アメリカは、戸惑っていた。

「こう、魔王がシュパパパパって魔物の種をばら撒く装置は日本が用意しますから、アメリカはそれをバババババって撃ち落とす兵器を作って下さい。ああ、威力で手を抜いたら駄目ですよ。実弾使いますから。セットも本物使いますから」

 日本国首相が熱心に説明するのを、アメリカ大統領は困惑の眼差しで見ているしかない。

「……本気でやるのか?」

「本気ですとも。ここが一番熱い所、アメリカの見せ場なんですから頑張って下さい。応援してます」

「日本でも、兵器を作っていると言う噂だが」

「当たり前じゃないですか。勇者には武器が無いと。魔王城のセットも二年で完成予定です」

「消息を絶った者たちは、元気なんだろうな」

「きっちり六年後にお返ししますよ。腰を抜かすほどのサプライズを用意しているので、楽しみに待っていて下さい。あ、一年ごとに追加オーディションしますから」

「五百人も募っておいて、まだ集めるのか!?」

「歴史に残る祭りを起こして見せます」

「まさか日本が戦争を起こすなどと言うなよ?」

「最初から魔王を倒すと言っているじゃないですか。私、割と真剣に信じているんですよ、魔王降臨を。まあ、来なかったら来なかったで皆で騒いで楽しめばいいんです」

「……根拠はあるのか?」

 アメリカ大統領の真剣な瞳。信じてくれたから、少しだけ真実を話す。

「ダークエルフのエリアは、地震の日時もピタリと当てています。そんな事、どんな地震学者も出来なかった。彼女の予知は本物です。資料も、その予知にそって作られています」

「……兵器は作ってやるが……。本当に魔王が襲ってきたら、リーダーはアメリカがやる」

「一週間で資料を頭に叩き込めたら、お願いしますよ」

 一方日本国では、来るべき祭りに備えて、幼稚園から企業に渡って、避難訓練が義務化されていた。
 また、魔物に追い詰められてしまった時の「魔法のパンチ」の練習も無理やり日課に組み込む。
 備蓄法を定めたのも、この頃だった。
 その代り、土産物屋では勇者グッズを売り、特集番組をいくつも組ませて期待感を煽った。政府が主導して、勇者物のドラマまで作った。ちなみに、その映像にはエリアが持ってきた映像が使われている。
 日本のドッキリ計画は、世界を巻き込んで、着実に進行していた。
 そして、六年後。期待感が最高潮に高まったその年、突如空に真っ黒な歪みが現れた。
 ブラックホールにしか見えないそれに、世界はパニックに陥った。











 この日の為、岩にかじりつく思いで政権を維持して来た日本国首相は、万感の思いでここぞとばかりに演説した。

「ついに予言された魔王がやってきた! 各国の精鋭を集めた勇者チームは、戦闘態勢に入った! 大丈夫、六年もの間、世界は一丸となって頑張ってきた。やれる! 私達はやれる! 具体的にはアメリカ様と恐ロシアの新兵器が魔王を灰にする! とりあえず、対魔王包囲国家共通の法律である魔王法に従って、私が総指揮を取ります。各国に次ぐ! 即時戦闘態勢に入り、警戒せよ! 二カ月で魔王軍先発隊が襲いかかって来ると予測! 対魔王包囲国家の代表は、一週間後の朝十時、首相官邸内部の魔王研究室にて緊急会議を行う!」

 各国は、慌てて六年前に日本から送られてきた書類に目を通した。
 そして、対魔王包囲国家になっていない国は慌てて参加申請を出し、参加した国は国で、お遊びだからと言われて貰った対魔王包囲軍の役職に慌てていた。例えば、資金援助。例えば、食料援助。例えば、派兵。それらの約束を守れと言われても、大いに困るのである。なにせ、参加していた事すら、連絡が来るまでわからなかった国もある位だ。
 テレビではやっきになって魔物から逃げる際の注意点や魔物に効果があるとされる魔法パンチを繰り返し流し、国から指定された備蓄用品を表示する。
 首相が、最低でも一か月は通常通りの生活が送れると言ったが、同時に多分日本は真っ先に襲われるとも言ったので、誰もがリュックを手放さないようになった。
 どこの国の防衛大臣も、長官も、将軍も呼びだされた。
 どこの軍も、装備を再チェックし、食料の備蓄を確認した。
 首相官邸へ日本内外から問い合わせの電話がひっきりなしに鳴る。
 首相は、とても輝きながら会議の準備をしていた。
 一週間後、朝八時になって首相は慌てて、自ら資料を抱えて魔王研究室に入った。

「遅い!」

 アメリカ大統領が一喝する。そう、二時間前に全員集まったとの連絡が来たのだ。
 首相は大使が来るのかなと思っていたが、どこの国も国家元首と防衛の長が二人、多い所は更に頭脳チームを引き連れて背後に立たせていた。

「これはすみません。では、新たに纏めた資料を配ります。一国につき一部取って回して下さい」

 凄まじい勢いで配られていく資料。
 剣野はスクリーンに次元の穴の資料を写した。

「敵軍の動きの予測について話させて頂きます。二カ月で先発隊到着、四ヶ月で本体着、五ヶ月ほどで後続隊着。これについては、歪曲した次元を見ても、一致した予知を見ても、ほぼ間違いないとされています。更に、本体出現時に、魔物の大量発射を行うと見られています。更に、本体が次元の歪みを通行中に撃墜するのはかなりの危険を伴うので、見送るしかありません。そこで、我が軍は、主力にアメリカの魔王バスタ―を置き、魔王バスターで撃ち漏らした敵をその他の連合軍決死隊が撃墜。更に撃ち漏らした敵は各自で撃墜、着弾した所については現地の軍・警察が処理する予定となっています。魔王城本体については、勇者チームが探索した後、魔王ごとロシアの「太陽の輝き」で撃墜。これはどの作戦でも変わらない、大まかな動きです。なお、アメリカ、ロシアは主力兵器守護の為、連合軍決死隊は免除。ですが、先発隊にどの程度の兵器が効くのか、あるいは効かないのか、連合軍決死隊及び勇者チームで試射をして、その結果により、細かい戦術を選択します。最善は、魔王バスタ―と「太陽の輝き」で全て掃討してしまう事ですね。一応、全ての部隊について事前に定めてありますが、アメリカとロシアと勇者チームの動きさえ変わらなければ、どうとでもなります。勇者チームに関しては、魔物討伐から魔王暗殺まで多岐に渡って使用を検討しているので、資料をご覧ください。それと、勇者チームから人を出して各国の軍と警察に魔法パンチの技術研修を行いますので、魔物が来ると思われる国は必ず申請を出して下さい。申請用紙回します」

 申請用紙に国名を書きこまない国はいなかった。
 アメリカ大統領が手をあげる。

「かつて、先代大統領が約束した、一週間で資料を覚えられればリーダーは譲る、という約束。守ってもらおうか」

「一応、引き継ぎ資料は用意してありますが。かなり膨大ですよ? それと、勇者チームは少々事情がありまして、独自性を保持します。作戦会議にはお呼びしますが」

「それで構わない」

「ロシアは決死隊、及び魔王城探索隊に参加する。「太陽の輝き」だが、魔王城とやらがどれほどの硬度なのかも調べる必要がある以上、参加しない事はありえない。何より、勇者チームの情報開示を求める」

「アメリカも、探索隊には参加する。勇者チームにもだ」

「探索隊に参加は無理じゃないですか? 勇者チームについて行けると思えない」

「一チームに一人だけなら、まだ庇えると思います」

 日本国首相の疑問と、剣野防衛大臣の指摘に、アメリカ大統領とロシア大統領は異口同音に言った。

「我が精鋭が日本に劣ると言うのか!」

「貴方達の所の精鋭ですがな。日本国籍にした覚えも無いし」

 首相が突っ込み、剣野大臣がフォローした。

「いえ、彼ら、自在に飛ぶんですよ。ただ、習熟と才能が必要な上に、重量制限の関係があるんです。他にも、対魔物戦に特化した訓練を行っているので、通常と動きが違います。それで、ついて行くのは無理だと申し上げたんです」

「アメリカの兵士をアメリカが動かすのに問題はないな」

「そもそも、各国で兵を出しあって魔王に備えようと言う話だったはずです。規定も資料の勇者チームの項に書いてあります。貴方も了承した事ですよ。それに、いざ魔王を退治すると言う時に抜けられるのは困ります。特にアメリカの勇者の中には、重要な役割を負う予定の方も多いんです」

 魔王が本当に現れるとは聞いていなかったので、了承したと言われても非常に困るが、とにかく勇者チームの項を見る。

「ん? この会議の後、一度全員帰って来るのか。最低で二週間、大体一か月待機か。他に、要請出せば国にも配備されるんだな」

「ええ、命を掛けた任務につくわけですから。六年分の報告と通常部隊との訓練をしたいと言ってましたし、今までずっと休暇無しですからね。休暇中は兵士の自由となっていますが、もちろん自国の兵士を招聘するのは自由です。後、当然ですが魔王退治が終われば全員帰国します。それに先駆けて、勇者チームの細かい能力表と勇者管理ツールを母国の方に送付します。銃を持たせるような物ですから、国ごとに管理方法を法律で定める事をお勧めします。個人情報ですので、取り扱いには十分に注意してください。それと、日本、及びリーダーの引き継ぎを求めるアメリカには、全勇者の情報が行く事をご了承ください」

「まあ、当たり前だな。勇者チームの総指揮官は……日本を代表する予知者、エリアか。彼女は何者だ?」

「エリア・サーキュリィ。かつての七英雄が一人。元ダークエルフで弓姫と呼ばれています。魔王の追跡者であり、日本へのアドバイザーであり、勇者チームの教官であり、あらゆる手段が通用しなかった場合、命を矢に変えて魔王を撃ち、退治する役割を持った女性です」

「総指揮官が突撃してどうするんだ。変更を要求する」

「一応、副指揮官がもしもの時の司令塔になる予定です」

「決死隊だが、再編成を要請する。出動部隊を変えたい」

「勇者チームだが、具体的に何をやっているのか見たい」

「ああ、資料映像があるので、どうぞご覧ください」

 剣野防衛大臣がスクリーンに映し出した映像を見て、彼らは絶句した。
 そもそも、彼らは箒で空を飛んでいたのである。
 片方の周囲に多数の光球が出現し、片方の光の壁を突き破らんと激突する。

「資料映像の内、片方……攻撃している方はランクSの今野です。うちのエースですよ。日本は小技を使う者が多く、彼は多対一に特化した魔法を習得する事が出来ました。人間に当てても少しふっ飛ばされる程度の威力ですが、小型の魔物相手なら充分致死性を持つとお墨付きをもらっています。威力なら同じくランクSのアレックスが一番ですがね。彼の魔法は時間が掛かる。それと、勇者チームですが、独自のランク制度を採用しています。Sが最大で、Eが最低です」

「馬鹿な……。魔法に魔王、まるでファンタジーではないか」

「ファンタジーな世界から来たから当然ですね。では、連合軍決死隊の編成を行いますか」

 そして、本格的に会議が始まった。
 夜、慌ただしく帰国する要人達に、名簿がそれぞれ渡される。勇者チームの教導隊の名簿と、飛行機の到着時間である。

「ランクEじゃないか!」

「魔法パンチを教えるだけなんですから、当たり前じゃないですか。彼らはむしろ魔法パンチを教える為に一年鍛えた精鋭なので、心配はしないでください。さすがに、映像のあれは六年は訓練しないと無理ですよ。それと、ピストルと魔法パンチのどちらの方が効くのかは未知数です。魔法の出る幕が無い可能性も充分にありますよ」

 最もである。
 会議が終わると、各国はすぐに動いた。
 連合軍決死隊を配備して時空の歪みを観察させ、軍を集めて魔法パンチの講習をさせた。

「じゃあ、雷撃行きますんで、熱くなった体の熱をへそに集めて、腕から拳へ。そこで呪文を唱えて、パーンチ! 雷撃を受けられるのは一日十回が限度です。三回以内でコントロールできれば才能あります。三日駄目なら魔力が無いです。魔法パンチは頑張れば平均して三日で極められます。基本は以上です。ランクE以上の方にはバッチを差しあげます。ランクC以上の方は、登録書類を出して下さい。それと、適性のある上位講習の申込用紙をお出ししますので、国の定める機関から許可証を発行してもらえば受けられます。ランクSは無いと思いますが、いたらこちらから国に協力要請を出します」

 説明や手続きの方が時間が掛かると言う単純な訓練内容だった。
 ごく短時間で多数の教習が終わる上、講習費用も無い。
 その為、各国とも軍人や警察だけでなく、一般人からも人を集めて教習をする事になる。
 魔法パンチに関しては、少なくとも説明の上では人間にはさほど害は無く、犯罪利用も可能な上位講習は内容と人を見て許可を出せばいい。ランクSに関しても、協力要請は拒否できる。そもそも、ランクC以上が少ない。
 そういうわけで、デメリットがないのだ。
 しかし、日本はその上を行っていた。
 警察や軍隊だけでなく、全ての公立学校、主要企業、公的機関の職員を近くの広場等に呼びだし、それと希望者に魔法パンチの教習を行ったのである。
 途方も無い人数だったが、一人一回の電撃、説明込みで一グループ五分で済むので恙無く進んだ。
 一回百人程で、その中でランクC以上が出るのは多くて二人。いない事も多い上、住んでいる場所の近くが戦場になったら、少し手伝ってもらうだけ、護衛はつけるとの事だったし、魔法にも興味のあった人々は、さほど抵抗感なく集まった。
 何かしないと不安でいられない、と言うのもあっただろう。
 まず逃げる。捕まったら魔法パンチで殴って逃げる。間違っても立ち向かわないように。
 そもそもアメリカとロシアが全滅させてくれるはずなので、心配はいりません。
 そう繰り返す自衛隊員の説明を、真剣に聞いていた。



[20465] 五話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/09/24 18:13


 ネットではその話題に終始していた。
 その中の一つ、ランク保持者集まれ、というスレッドの会話である。

「Dランク取ったよー! 何の義務も無い中で一番高いから、地味に嬉しい」

「Bランクだった。俺すげぇ。会社帰りに市役所で講習を受ける事になった。何か、魔物が住んでる場所の近くに現れたら、警察の護衛付きで遠くから撃つ仕事を貰った。この怖いような嬉しいような複雑な気持ち。とりあえず魔物くんな」

「俺もBランク。結界特化。俺の家の隣、ちょっと大きな幼稚園があるんだけど、そこを守れって言われた。俺の為だけに小学校一年生だけ幼稚園に疎開してくる事になった。ま、内地だから心配してないけどな。同じく魔物くんな」

「結構高ランクいるもんだな」

「おまいら、聞いてくれ。電撃貰う前に、魔力パンチの予行演習するだろ。そんときに、何故か近くの隊員さんが声掛けていたんだよ。もっと腰入れるといいですよ的な。で、何気に殴る向きを人込みとは違う方向に誘導されたんだ。この時点でなんかおかしいと思ってた。で、電撃が終わって、もう一回パンチしたら、隊員さんに囲まれてたんだよ」

「何やった。もしかして、ランク高かったのか?」

「まあ聞いてくれ。で、当然登録書類を書かされて、簡単なテストをやらされた。魔力を右手に溜めながら、ボールを避けてみるとか。そうすると、「訓練しないでこれなら、ぎりぎり可かな」とか、武術訓練の経験はありますかとか聞かれるんだよ。で、カタログとお手伝い内容って表に書かれた紙袋渡されてさ、好きなの一つどうぞって言うんだ。で、二時間後に講習があるのでご参加くださいって事で、今家の外で待ってて貰ってるわけだが。カタログ開いたら人間兵器用発信器って書いてあった上に、船の上で真上にビームする簡単なお仕事って書類と、ロシア失敗時の魔王暗殺の手引きって書いてあってな……。お前らタスケテ」

「さすがにネタだろ」

「ありえないから」

「じゃあ銃持ってニコニコ顔で扉の外で待ってる自衛官はなんなんだよ! ぎりぎり可じゃねーよ! 運動なんて高校以来やった事ねーんだよ! 左翼仕事しろ! 人権侵害だ!」

「もしかして都内? 確かに自衛官に連行された奴いたよ。AランクからCランクが地元待機で警察のお手伝い、Sランクが自衛隊ってか勇者チームの管轄だったはず。つか真上にビームって、時空の歪み真下の決死隊の事だろ? すげぇな」

「勇者チームに友達いるんだけど、連合軍の防衛網が抜かれたら、日本全土に魔物が降り注ぐかもしれないんだって。内地とか関係ないよ、空から来るんだから。あくまでも最悪の予想だけどな。防衛網がしけないから、魔法パンチを国民全員に覚えさせたわけだ。銃さえ効く事が確認されたら、試し打ちすらなしですぐ返してもらえるはずだし、日本も無傷で済むはず。ただし駄目だったら、ありえないほど不利になるので、戦いたくないとか言ってる場合じゃない。悪いけど、世界の為に頑張ってほしい。魔王に負けたらどっちみち殺されるんだし」

「魔法パンチは効くの?」

「効く。ランクEのバッチ貰ってるなら、小型の魔物は倒せる。魔王が前襲撃した世界が、ファンタジーみたいな国で、日本はそこから警告もらって準備していたわけだが。そこ、魔法抜きの武器ってほとんどないのな。だから、魔力を通さない矢は刺さらなかったって情報しか無い。あ、ちなみに魔力も通せない矢は向こうじゃ粗悪品で、威力は座布団一枚貫けない程度な。物理が効かなかった場合でも、一応勝算はある。あるけど、それには、民間人も訓練通りの動きをするって前提条件がある。つまりお前らの協力で勝てるかどうか決まって来るのな。座布団より硬いって程度なら、アメリカとロシアがミサイル撃って終わり……とまではいかないかもしれんが、被害なしで勝てる計画を練ってある。そういうわけで、ネットやってないで遠征の準備汁」

「うーん、さすがに物理攻撃全く聞かないって事はないんじゃね?」

「だよな」

「何事も無く終わる可能性は九割だけど、一割地獄になる可能性があるから、その一割に備えて準備しとけってわけか」

「そう言う事。俺もランクCだから、講習だけ真面目に受けて、先発隊と連合軍決死隊との戦いを見てからどうするか決めるつもり。多分大丈夫だと思うけど、決死隊が一匹でも逃がしたら備蓄開始、歯が立たなかったらゲリラ戦の準備せんと。なんとしても嫁さんだけは守りたい」

「負けたら隠すんじゃないの?」

「いろんな国が監視映像放映してるから、どこかが映すだろ」

「予測では先発隊の侵攻は後一か月か……。これって戦争で、俺ら徴兵されるんだよな。緊張して来た」

「アメリカ様なら、アメリカ様ならやってくれると信じている!」
















 日本がパニックにならないのは、アメリカが負けるはずがないと言う信頼を抱いているからである。それは、日本だけではない。
 世界各国から期待をされて、アメリカの兵器会社の魔王バスタ―責任者はパニックに陥っていた。どうせネタ兵器だからと、若手に任せられていたのである。

「ネタ兵器って言ってたのに! 映画用って言っていたのに! シュパパパってなんなんだ、どれくらいの大きさでどれくらいの速さでどれくらいの硬さだと言うんだ」

「落ち着け、何も魔王バスタ―しか使ってはいけないとは言われていない。とにかく、あの穴から飛来する物は何でも撃ち落とせばそれでいいんだ。仕様は変わっていない。兵器の展覧会と言うのも変わっていない。後は調整だけなんだろう? 自慢の逸品なのだろう? アメリカの威光を見せつけてこい」

 様々な思惑を載せて、一ヶ月後、次元の歪みから、大人の片手分の直系の黒球が次々と出て来て、周囲へと広がった。

「敵影発見! 敵影発見!」

「魔王バスタ―、発射! 全軍、指定エリアの敵を攻撃!」

「駄目です! 敵影、温度ありません!」

「なにぃ!?」

 各国の軍が、黒球を撃つ。何度か被弾した黒球は、魔物へと変じて軍に襲いかかる。

「ちっ硬い!」

 鉛玉の雨を浴びせかけるが、魔物はしぶとく、中々倒れない。最悪ではないが、厳しい状況だ。
 即席の魔法使いも連れて来はいるが、攻撃が当たらない。それどころか、民間から徴兵された彼らの中にはパニックに陥って泣き喚く者がいる始末で、酷いものであった。
 軍人の魔法部隊も攻撃を行うが、今一当たらない。力の上でも、当てる上でも、敵が少し遠すぎる。彼らも、魔法を習って一月強程度なのだ。一応、当たれば一撃で倒せるのだが。
 その点、勇者チーム、特にアメリカ兵は凄かった。その中でも一番は、何と言ってもアレックスである。
 狙い定めて、着実に一匹一匹撃ち殺して行く。
 その他の者も、着実に魔物を屠っていく。
魔物が死ぬと、消滅して鉱石に変じた。日本が言っていた、戦利品である。
 司令官はすっかり忘れていたその事を思い出し、即座に頭の隅にメモして追いやる。日本を問いただすのは、後で良い。今問題なのは、この物理攻撃が極端に効きにくい化け物共を、いかに屠るかである。

「銃撃部隊! 優先順位を黒球を魔物に変える事としろ! 魔物は無視! 一つも逃がさぬつもりでやれ!」

 つもりというのは、既にいくつかがのがれているからだ。小さく早く、数が多いそれを全て捕捉するのは至難の業だ。だが、ここに来る前、決死隊は確かに一つも逃さぬ事を約束して来ていた。許されざる敗北である。さらに、黒球を撃ち落とせば撃ち落とす程多くなる魔物。自ら作った包囲網に、囚われていく。

「ランクなしは魔物を引きつけ、動きを阻害する事に集中! ランク持ちは銃を捨てて、魔法攻撃! 勇者! 撤退の許可を出す! が、仮にも勇者を名乗るなら、民間兵は連れて行け!」

 あまりにも迅速な判断。しかし、的確であり、事前に決められていた事でもあった。魔法攻撃しか通じないなら、数少ない精鋭を失うわけにはいかないのだ。

「指揮官殿。切り札あります。撤退するのはギリギリまで粘ってからです。民間兵には、魔物の鉱石を集めて俺達の所に持ってこさせる許可を下さい」

 勇者チームの日本人、今野が告げた。

「許す!」

 勇気ある民間兵が、震える手で鉱石を拾い、渡した。
 鉱石を握ると、その手の内から光が溢れた。呪文を唱えると、先ほどと同じ呪文に関わらず、十倍の数の光球が飛んでいく。

「おいおい、今野。ノーコンだぞ。大丈夫か?」

 アレックスが揶揄する。

「さすがにこの数の制御は難しいですが……行けます。それより、貴方の出番の様ですよ」

 アレックスは、大型の魔物の出現に目を眇めた。

「民間兵の皆さん、大丈夫です。必ず守ります。ですので、少しで良いので手伝って下さい。集中できない人は鉱石拾いで援護を。落ち着いて来た人は、訓練通りの行動をして下さい。最初は出来なくて構いません。慣れる事を優先して下さい」

 勇者チームの呼びかけに、なんとか頷く民間兵。

「指揮官殿、先発隊、終わりが見えました。約一時間で、先発隊出揃います」

 指揮官は素早く弾薬のペースを計算する。少し厳しい。魔王バスタ―が使えなかったのが痛かった。射程の問題で、黒球を魔物にする作業には魔法は使えない。

「良しわかった! では……」

 指揮官の力が、今試される。



[20465] 六話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/09/27 18:41
 激しい戦いの様子は、もちろん各国で報道されていた。
 軍事評論家が、難しい顔で告げる。
「決死隊が生き残るのは、ちょっと厳しいかもしれませんね……。魔物の数が多すぎる。少なくない犠牲が出るでしょう」
「魔王バスタ―の失敗が原因ですか?」
「いえ、成功していたらもっと多くの敵に一気に囲まれていたはずです。物理攻撃が殆ど効いていないのが、痛い。先発隊だけでこれほどの数と言うのも、予想外です。更に、日本に飛来して来ている黒球、自衛隊による撃墜は可能でしょうが、撃墜されても恐らく魔物の姿になるだけですね。市街地に落下すれば大変な事になります」
「たった今、速報が入ったようですね。撃墜された魔物が、画面上に表示された町に落下中です。該当する町は状況F-5、それ以外は状況D-3です。繰り返します。該当の町の状況F-5、それ以外はD-3です。ただちに与えられた役割を果たして下さい」
 事実上の、戦争開始である。
 しかも、DやFというのはかなり状況が悪い時を表している。
 ほぼ、物理攻撃に対して無敵と判断された格好だ。
 この場合、警察や自衛隊のほとんどが避難を手伝う事しか出来なくなる。
 ランク持ちの割合は、平均して3%。その上、警察や自衛隊のめぼしいランク持ちは勇者チームに引き抜かれた為、警察・自衛隊のランク持ちの割合は1%にまで落ちていたからである。
 ランク持ちが現場に急行するまで、長い所では三時間を必要とする。
 気の遠くなる様な時間である。
 しかし、民間のランク持ちならば、三十分もあれば呼びだせる。
 これは、平均3%と言うほかに、単純に警官・自衛官よりも、それ以外の人の方が多いからだ。一番人口が低い町でも、千人強。ランク持ちが九人はいる計算だ。
 ランクC以上は、非常時の任務についてしまった為、必然的に民間人が頼るのは、任務を持たない低ランク者であった。

「お、お兄ちゃんランクDだよね、お願い、助けて、助けてよ。お姉ちゃんが、お姉ちゃんが……!」

 男は、引っ張り出されて途方に暮れていた。
 周囲に自慢していたのが運のつき。
 男は、暴れる女の子と乱暴しようとする魔物、血だらけで倒れるお巡りさんつきというお目に掛かりたくない現場に立ちあわされていた。
 しかも、その女の子は知り合いなのだ。

「う……うわあああああ! 魔法パーンチ!」

 勇気を出して繰り出した一撃は、あっけなく魔物をふっ飛ばした。
 
「よよよよよ……よし。出来た」

「君! ランク持ちか、有難い! この町に十匹もの魔物が落下したと連絡が入った。それらは卑劣な事に、幼稚園集団の結界を狙っているそうだ。手伝ってくれ!」

 同僚を回収して、睨みあっていたお巡りさんが手招きする。

「マジデスカ……。結界ってまさか」

 急行した先には、パニックになりつつも幼稚園の屋根にへばりついて手を掲げ、結界を維持している男がいた。

「超無理! 無理無理無理!」

 結界の周りには強そうな魔物がたむろしている。

「近いな、おい!」

「じゃあ、頼む! 民間人にこんな事をさせるのは心苦しいが……」

「無理だよ、俺運動無理なんだって! あんな大勢、囲まれてすぐ終わりだ!」

 その時、魔物がこちらを向いた。

「うわぁっ」

 襲いかかって来る魔物が、遠距離からの光球に鉱石に戻される。

「応援がついたそうだ! 援護するから警察の防御を頼むだそうだ」

「マジかよ……」

 その横で、女の人の手をしっかり握ってせっせと買い物をしている通りすがりの男が、警察に女の人を預け、参戦してくれた。

「妻は俺がまもーる! とりあえず、魔物は鉱石に帰れ! これから俺はゲリラ戦の用意で忙しいんだ」

「あんたも掲示板に書き込んでた奴か? 多いなこの地域のランク持ち!」

 そう言いながらも、応戦する。
 日本の各所で、そんな風景を見る事が出来た。
 なんとか、第一陣は退治したが、これからが大変である。
 指揮を取る事になったアメリカに、各国代表が集まる。

「忌々しき事態だ……」

「何と言う事だ」

「さあさあ、落ち込んでいる暇はありませんよ。初戦は相討ちといった所。本番はこれからなのですから!」

 キラキラしながら日本国首相が言う。その目は雄弁にはっひゃー! 祭りだ祭りだ! と叫んでいたのでじろりと睨まれた。

「ランク持ちを前線に、それ以外を予備に持ってくるしか無いな。その配分が問題だ。各国、ランク持ちの数を大体で良いから出してくれないか。もちろん、全員徴用などという真似はしない。少なくとも町に一人、長射程距離のCランクは必要だ」

 その言葉に各国代表は頷いた。

「勇者チームからも、何人か人を配そうと思う。時間が無いが、それでも魔法パンチだけでは明らかに力不足。肉弾戦が出来る必要があるからな。適性がある者全員にレーザーか魔弾の術を覚えさせる必要がある。もちろん、勇者チームの戦力に関しては心配いらない。向き不向きを考慮して、魔王退治の二軍、三軍に当たる者を各国に配す。幸いにも、人数も多い」

「それと、日本。お前が独り占めしようとしていた魔物の鉱石に関して、説明してもらおう。指揮官から連絡が来ている。あれは魔力増幅装置なのか?」

「そんな心外な。魔王討伐への貢献の正当な報酬を得ようとしただけですよ。……ええ、魔物を倒した後の鉱石は重要な資源となります。魔王が来た事で、唯一利点となりうる事です。これを使えば強力な術が使えるようになります。鉱石にも種類のような物があるようですな。ただ、魔王に対しては鉱石によるブースト技は効かず、生命力を丸々犠牲にして倒すしかなかったという話を聞いています。……そして、勇者チームのアレックスが倒せなかった場合、エリアさんがその命を消費して魔王を倒す予定です」

「対価は命だというのか……」

「才能ある者の命です」

 アメリカ大統領は目を瞑った。

「魔王退治は世界の問題であり、鉱石という資源もまた世界の物だ。しかし、日本に優先権を与える事に同意する」

「ありがとうございます」

「その代り、今度こそ全ての情報を寄こせ。出し惜しみは無しだ。相手は、魔法文明がようやく倒した相手なのだから」

「君、例のファイルを持ってきたまえ」

 こうして、会議は行われる。
 次の先発隊の予想到着時刻が、迫っていた。



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