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[20551] ネギくんといっしょ(女オリ主)
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/08/03 19:20
 はじめまして。みかんアイスです。
 この作品は「ネギま!」の二次創作を読んでいて、ふと思いついた作品です。
 決して原作、他の二次創作作品を馬鹿にする気も否定する気も御座いません。むしろ大好きです。
 軽い読み物として、楽しんでいただけたら幸いです。



 お読みになる前の注意書き
 
 女オリ主で、TSではありません。
 ご都合主義です。
 チート主人公です。
 チート男オリ主的なオリキャラが出てきて、アンチネギ派です。
 アンチネギに否定的な表現があります。
 ネギの初恋物語的な感じになる予定です。
 ヒーロー(?)ネギとヒロイン(?)女オリ主です。
 ネギ×女オリ主はほぼ確定です。
 妄想が溢れて出来た作品です。痛いです。
 自己満足です。御免なさい。



 上記の注意書きをご不快に思われるようでしたら、どうか引き返して下さい。

 かまわない、気にしない、と思われるようでしたら、このまま進んで下さい。




御詫び

2010.7.23.
チラシの裏から移動しました。

………………………

2010.7.24.
こんばんは。みかんアイスです。
今まで読んでくださった皆様には、板を移る際の誤削除にてご迷惑をおかけしました。
感想にて「消えてないよ」とアドバイスを頂き、確認してみたところ、消えていませんでした。
ですが、もうこうして新たに投稿してしまいましたので、ここは潔く諦めて、このまま頑張ろうかと思います。
消えていなかったものは、混乱が起きるといけませんので、削除いたしました。
皆様から頂いたご感想、ご意見は、読み返し、メモしたりして、がっちり脳内に保管しました。
この削除に関し、私の勝手で、皆様にご不快な思いをさせてしまうかもしれません。本当に申し訳ありません。
そして、先の誤削除に対し、様々なアドバイス、お言葉を頂きまして、本当にありがとうございました。
これからも頑張っていこうと思います。よろしくお願いします。
  



[20551] プロローグ 予定外の覚悟
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/07/27 13:43

 誰か私に教えて欲しい。

 関わるまいと決めていた人物が、暗い顔で、顔を俯けて生活をしていたら、どうすればいいだろうか。

 マリア・ルデラは、心底悩んでいた。


   プロローグ 予定外の覚悟



 本来その人物は、多少困ったちゃんではあったが、明るく、素直な良い子なのだ。

 そんな子が、生気の無い淀んだ目で、背中を丸めながら、一人でぽつんと、木陰に座っている。

 まだ七歳の子供が、だ。

 これは正直、ヤバイと思った。

 このままじゃ、死んでしまうんじゃないかと思うほどだ。



 大人は、親しい人間は何をやってるのよ?!



 そんな事を思うが、思っただけでは世界は動かないし、現状は打破出来ない。

 本当に、関わるつもりは無かった。

 けれど、放っておくなんて出来っこなかった。

 気付いたからには、気付いてしまったからには、マリアはそれをすべきだと思った。

子供を守るのは大人の役目。

 ここは空想の世界なんかじゃなく、現実なのだから。



「ネギくん。具合、悪いの?」



 マリア・ルデラが話しかけた子供、ネギ・スプリングフィールドは、ぼんやりとした表情で、顔を上げた。



   *   *



 全ての始まりは何処だったかと聞かれれば、自分『秋元 七海』が病死した瞬間から、とマリアは答える。

 マリア・ルデラは転生者なのだ。

 マリアの前世は『秋元 七海』という病弱な女の子だった。

 『七海』は病魔に侵され、十七歳の時にこの世を去った。

 そして、『七海』の魂が輪廻の輪に加わろうとした時、神の気まぐれによって掬い上げられたのだ。

「ワシはお主ら人間の言うとことの神じゃ。どうにも最近暇でのぉ。じゃから、お主を物語の中に転生させる。転生先は『ネギま』じゃ。そして、物語を歪ませ、ワシを楽しませてもらいたい。なに、タダとはいわん。お主の望みを三つ叶えてやろう」

 神様がそれで良いのか……?

 そんな事を思いつつも、『七海』が神に敵うはずも無く……。

「では、性別は前世と同じく女で。それから、丈夫な体が欲しいです」

「ふむ。良かろう。では、残りの一つを言うがよい」

「残りの一つは、一般家庭に生まれることです」

「……それだけか? チートな能力とかはいらんのか?」

「そんなもの手に入れたら争いに巻き込まれるじゃありませんか」

「お主、ワシが言ったことを聞いておらんかったのか?」

「聞いてましたけど……?」

 『七海』がそう言って首を傾げれば、神は震えだし、怒鳴った。

「ぜんっぜん聞いておらぬ! ワシは物語を引っ掻き回し、ワシを楽しませろといったのじゃ! なんじゃ、そのやる気の無さは?!」

「えっと……、私、戦いはちょっと……」

「もう良い!ワシが決めてやろう。…ふむ、お主は『刀語』という物語が好きなのじゃな。む、丁度良い人物が居るではないか。『ななみ』つながりで、お主には『鑢 七実』の『天才性』を付けてやろう」

「ええ?! いりません!!」

「やかましい! ふむ、そうじゃの。お主の願った丈夫な体は、『天才性』に負けぬほど強く頑丈で柔軟性のある体にしてやろう」

「だから、神様。私、戦いは――」

「よし、行って来い!」

「い、嫌ぁぁぁ?!」

 こうして、『七海』は勝手に能力を付けられて、『ネギま』の世界に『マリア』として転生したのだった。



   *   *



 そして、転生してから七年の月日が流れ、マリアは遂にネギ・スプリングフィールドと接触しだのだった。

「ネギくん、大丈夫?」

「マリア…ちゃん……?」

 生気のない目を見て、マリアの背中にぞくり、と冷たいものが走る。

 これはいよいよもって、よろしくない事態である。

 一年前に見たときは、もっと明るい子だったのに、いったい何時から……。

 なるべく接触を避けていたため、ネギの異常には気付かなかったのだ。

 物語のやっかいな主人公と決め付け、避けていた事に罪悪感が過ぎる。


 悪いことしちゃったな……。


 ネギの異常な様子にようやく気付いたのは、一週間ほど前のことだ。

 気付いたときは驚いたものの、一時的なものだと思い、様子を見ていたのだが。


 ごく一部の親しい人間には明るく見せてたけど、他では様子がちっとも変わらなかった、というか、それが普通になってる様な感じだったんだよね……。


 それはつまり、長い間ネギはこの陰鬱とした影を背負って生きてきた、ということにならないだろうか。

 そんな、一週間にわたる観察で恐ろしい予測を立てるなか、ふと、思ったことがあった。

 これって、もしかして、あの子の所為……だったりするのかなぁ?

 そんな事を考えながら、マリアはネギの隣に腰を下ろした。



 さて、マリアがこの世界に転生したときは思いもしなかったが、この世界には、実はもう一人の転生者が存在していた。

 神が消極的なマリアでは楽しめないかもしれないと危惧し、もう一人転生者をこの世界に放り込んだのだ。

 彼の名前は、アルカ・スプリングフィールド。

ネギ・スプリングフィールドの双子の弟である。



 まさか、ねぇ?

 たとえ転生者といえども、血の繋がった兄弟で、精神年齢は良い大人の筈だ。まさか、ネギを虐げるような事はしないだろう。

 アルカに対する疑いをすぐに打ち消し、マリアはネギに再度聞く。

「ネギくん。何か悩み事?私に出来ることってある?」

 ネギは暫く考える様子を見せた後、何でもない、といって首を横へ振った。

 そしてネギは立ち上がり、教室に戻ると言って去っていった。

 まあ、大して仲の良くない自分が突然こんな事を言っても、すぐに相談など出来ないだろう。
 辛抱強く、気長に構えていよう。たとえ仲良くなれずとも、自分がネギを構う様子を見れば、誰かがネギの異常に気付くかもしれない。ネギの問題を解決するのは自分でなくても良い。ネギのあの様子が少しでも良いものになれば良いのだ。

 マリアはそう考えながら、ネギの後を追ったのだった。









[20551] 第一話 マリアとネギ
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/07/27 13:45


 さて。暗い表情のネギを見かけてから、一年の月日が流れた。

 あれから、どうなったかというと……。



「マリアちゃん、遊ぼう!」

「うん、いいよ!」



 マリア・ルデラと、ネギ・スプリングフィールドは友達になった。



   第一話 マリアとネギ



 ネギの誘いに頷きながら、マリアはネギの元へ駆けていく。
 そして、そこでようやくある人物の姿が見えない事に気付いた。

「あれ? 今日はアーニャちゃんは一緒じゃないの?」

「あ、うん……。今日は、アーニャはアルカと一緒だよ……」

 そう言ったネギは、少し気まずげに視線をずらした。

 そんなネギの様子に、マリアは内心ちょっと慌てた。

 あの一年前のネギの暗い様子は、ほぼ、アルカが原因だったのだ。



   *   *



 自分こと、マリア・ルデラは転生者だ。

 前世は病弱だった為、満足に走ることも出来なかったが、今の体は望みどおり頑丈で、好きなだけ走り回ることが出来た。
 マリアはただ走れるという事が嬉しくて、精神年齢が大人であっても、子供達と一緒に遊ぶのは苦にはならず、むしろ思いっきり動き回れるので楽しかった。
 その為、マリアは子供達の輪に違和感なく溶け込んでおり、マリアを異端視する者は居なかった。まあ、少しばかり、自分の精神年齢が本来のものより低いだけなのかも、と思わなくもなかったが。
 マリアの転生先は望み通りの一般家庭で、神に強制的につけられた『天才性』はトラブルに出会わない限り隠しやすいものだった。

 さて、そんな一般人に紛れやすいマリアに対し、もう一人の転生者、アルカ・スプリングフィールトは見るからに異端だった。
 マリアが彼を転生者だと確信したのは、何もネギの双子の弟だからではない。あの、子供らしからぬ思考からだった。

 アルカ・スプリングフィールドは『立派な魔法使い』というものに対し、随分と否定的だった。

 ただ、否定的と言っても、彼がそれを明言したわけではない。
 しかし、彼の全てを斜めに構える姿勢が、『立派な魔法使い』を目指すなどくだらない、と言っているようなものだった。

 魔術学院の生徒の大多数が『立派な魔法使い』を目指す中、そんなアルカが周りに受け入れられる筈もなく、彼は常に一人だった。

 彼の魔力量は少なく、成績も下の中。それを皆はつつき、英雄の息子の癖に、と嗤い、失望した。

 だが、それをアルカは大して気にした様子もなく、日々を淡々と過ごしていた。

 ここで、マリアはほぼ確信する。

 彼は転生者で、絶大な力を隠していると。

 アルカの魔力量や能力が本当に周囲の評価通りならば、たとえ本当に気にしていないのであっても、あのあからさまな失望と嘲笑には、年齢的にも、実力的にも少しは堪えるはずである。

だが、アルカはそれを受け流した。

 有り得ない。
違和感が拭えない。

 あれは、見た目通りの年齢ではない。
 あれは、周囲の評価通りの実力ではない。

 アルカは、あまりにも『普通』から逸脱した存在だった。



   *   *



 アーニャが今日は居ないと知って、マリアが提案する。

「そっか。じゃあ、今日は森で木登りでもしよっか?」

「うん」

 マリアの提案に、ネギは少し安堵した。

 ネギは、マリアをアルカに取られるのが恐かったのだ。

「アーニャちゃんって木登り嫌いだよね」

「うん。髪が枝に引っかかるのが嫌なんだって」

「括っちゃえばいいのに」

「それでも引っかかっちゃうみたいだよ」

「ふぅん。面白いのにね?」

「うん。面白いのに、勿体ないよね」

 談笑しながら、ネギとマリアは森に入る。

 嬉しいな。誰かが隣に居るって、すごく幸せだな。

 そう思いながら、ネギはマリアの笑顔を盗み見る。

 マリアは、十人が十人とも美少女だと認めるような、綺麗な容姿をしていた。

 マリアのふわふわした長い髪は、綺麗な淡い金髪で、瞳は若葉のような緑色。
 妖精が居るとしたら、きっとこんな姿をしているんだろうと思わせるような少女だった。

 ネギは初めてマリアを見たとき、なんて綺麗な子なんだろう、と思った。

 だから、一年前のあの日、マリアがネギに話しかけて来た時は、とてもびっくりした。だって、ネギはマリアから避けられているようだったから。

 あの時、マリアに話しかけられて、心配されて嬉しかったが、同時にマリアもきっとアルカの元へ行き、どうせ自分を一人にするのだろうと思った。だから、あの時はマリアを拒絶した。

 一年前のあの頃、ネギの笑顔を曇らせ、子供らしからぬ陰鬱とした影を背負わせたのは、アルカが原因だった。

 ネギは、孤独に追い込まれていた。

 まず、周囲の期待の目。
 これは、アルカへの失望がネギへの期待に変わり、当初のネギへの期待を何倍にも膨れ上がらせ、ネギに多大な重圧をかけた。
 ただしそれは、ネギの親しい者がフォロー出来ていれば、負担は軽減されていたであろうものだった。
しかし、それは叶わなかった。
 ネギの親しい者、ネカネやアーニャ、学院長などは、こぞってアルカに構いっぱなしになっていた。
 それは、アルカが周囲から孤立していたからだった。
 アルカとしてはそれで良かったのだろうが、親しい者達はそれを心配した。
 ネギはしっかりしているから大丈夫だろうと思いもあったのだろう。彼等はどうにかアルカを孤立させないように苦心し、アルカを構った。
 そんな中、素直な良い子のネギは、一人で頑張っていた。
 だが、そんなネギに悲劇が襲う。

 『いじめ』だった。

 何時の世も、出る杭は打たれるものである。
ネギの才能を妬んだ人間が、ネギに嫌がらせを始めたのだ。

 ネギは、それを誰にも言わなかった。

 だが、それは親しい者であれば見抜けたであろう稚拙な態度だった。
 けれども、彼等はアルカを構うのに忙しく、ネギの様子を見逃した。

 ネギは、孤独だった。

 だが、ネギはどんなに辛くとも、誰かに頼ろうとはしなかった。
 それは、アルカへの罪悪感からだった。

 あの、悪魔の襲撃の日。
 一人だけ父に会い、杖を貰った。
 
 それを、あろう事かアルカに自慢してしまったのだ。

 それは、ネギのアルカに対する大きな引け目になった。

 それからのネギは、寂しさでいっぱいだった。

 あの悪魔の襲撃の日から、そこそこ仲が良かった双子の弟との関係は冷え切ったものになった。
 自分を甘やかしてくれる優しい姉は、アルカに構いっぱなしで、ネギにまで手が回らない。ネカネとネギが最後に一緒に寝たのは随分昔の事だ。
 一番仲良しだった幼馴染は、アルカがいつも一人で居ることを気にして、ネギを一人にした。
 優しいお爺ちゃんは、アルカの冷めた思考を悲しく思い、何かと気にかけるようになって、ネギの様子を見逃すようになった。

 けれど、ネギはアルカから彼等を取り上げられなかった。
 だって、大好きな、尊敬する父に会い、大切な杖を貰ってしまったのだから。

 だから、お姉ちゃんやアーニャ、お爺ちゃんが僕の側に居ないのは仕方のないことなんだ。

 そう思って、ネギは耐えた。

 ともすれば、泣き喚きたくなるような重圧を、父の杖に縋りながら。

 だから、恐かったのだ。
 こんな自分に根気強く話しかけてくれて、やっと出来た大事な友達をアルカに取られてしまうのが。

 ネギはそんな事を考えてしまう自分を嫌悪し、再びアルカへの罪悪感に苛まれる。
 そんな、感情の悪循環に嵌まり込んだネギが、胸の内、心の蟠りをようやく吐き出せたのは、つい最近の事だ。

 こんな事を言って、嫌われないだろうか?軽蔑されないだろうか?
 マリアも、アルカの元へ行ってしまわないだろうか?
 それとも、マリアがアルカの元へ行ってしまうのは当然の事なのだろうか?

 自分が一人なのは、当然の事なのだろうか?

 とても恐かった。



 けれど、マリアはネギの隣に居る。

 ネカネも、アーニャも、お爺ちゃんも、皆アルカを選んだけど、マリアはネギの隣に居るのだ。

「?」

 自分を見つめるネギに気付き、マリアが首を傾げた。

「何? ネギくん」

「あ、ううん。何でもないよ」

 変なネギくん、と言って笑うマリアに、ネギの頬が染まる。

 寂しかったネギの傍に居る可愛い少女。

 ほっこりと胸を暖めるその存在に、ネギが段々と友情とは別の感情を少女に抱き始めるのは、とても自然なことだった。










[20551] 第二話 我が親愛なる兄上様
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/07/27 18:29

「貴様がネギ・スプリングフィールドか!」

「我が妹に目を付けるなど、見所のある奴め!」

「兄貴、何を褒めているんだ?」

「む! つい本音が!」

「ふん!まあ、とにかく、我が妹とオツキアイしたいのなら、我々を倒してからにしてもらおう!!」

「たとえ英雄の息子といえど、容赦はせんぞ!」

「さあ!かかって来い!!」

「うええぇぇ?!」

「兄さん達、八歳の子供に何しようとしてるのよ?!」



   第二話 我が親愛なる兄上様



 それは、ある休日の事だった。

 マリアは前日にネギと遊ぶ約束をしており、待ち合わせ場所の広場に向かい、ある事に気付いた。

「あれ? 何だろう、あの人だかり……」

 不思議に思いつつも、先にネギを探すために辺りを見回すが、ネギの姿は見えない。

 いつも先に来てるのに、珍しいな。

 そう思いつつ、広場に入り、人だかりに近付くと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「貴様がネギ・スプリングフィールドか!」

「んん?!」

 聞き覚えのある声、自分の兄の声が人だかりの中心から聞こえてきたのだ。

 そして、話は冒頭へ戻る。



   *   *



「もう! 兄さん達ったら、朝から姿が見えないと思ったら、何をやっているのよ!!」

 そう怒りながら、マリアが睨み付けるのはマリアの三人の兄達である。

「む! しかしだな、これは大切なことなのだぞ!?」

「そうだぞ、妹よ! 我々の可愛いマリアにたかる害虫が居ると聞けば、いてもたってもいられなくなるというものだろう!」

 胸をはり、ふんぞり返りながらそう反論するのは暑苦しい双子のムキムキマッチョ。一番上の兄達で、スキンヘッドが眩しいガルトとゴルトである。

「大体、ランド兄さんも何で兄さん達に同調しているのよ! 止めてよ!!」

「うーん。けどな、俺もマリアのカレシ、じゃなくて、友達が気になってな」

 そうやって困った様子で笑うのは、金髪碧眼の三男ランドだ。ランドは上の双子と違い、爽やかな細マッチョだ。その所為か女性に人気があり、双子から訓練という名の制裁を受けることが多々ある。
 これで元祖マッチョの父が加わると、暑苦しいというより、もはや凶器だ。その所為か、マリアが生まれたとき母は泣いて喜んだし、マッチョ達に囲まれた自分は我が家のお姫様扱いである。

「はぁ……。もう、いいわ。ネギくん、大丈夫だった?」

「カレシ……、あ、えっと、うん。大丈夫だよ」

 何故か微妙に嬉しそうなネギの様子に、マリアは首を傾げる。

「じゃ、ネギくん。遊びに行こう」

「うん」

 ネギの手を引いて走り出そうとすると、それを阻止せんとマッチョ双子が立ち塞がった。

「待てい!」

「まだ話は終わっておらんぞ!!」

 本当に鬱陶しい兄達である。

「もう!兄さん達、いい加減にして! 私達は―」

 兄達に文句を言おうとマリアは言葉を連ねようとするが、それは叶わなかった。何故なら……。



「くしゅんっ!」



 ぶわっ!!



「ぬおおおお?!」

「なんとぉぉぉ?!」

「い、いやぁぁぁぁ?!」

「「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ?!」」」」」

「なんつー凶器だ……」



 広場に悲鳴が響き渡った。

 なんと、ネギのくしゃみによりマッチョ双子が武装解除され、下着の黒ビキニのみという醜態を晒したのだ。悪夢のような光景である。

「むむっ! 何やら注目を集めているようだな!」

「何やら新たな目覚めの予感が……」

「やめてぇぇぇ?!」

 新しい扉を開こうとしている兄達にマリアは涙目だ。
 この状況を治めたのはランドで、飛ばされた衣類を素早く回収し、それを兄達にとっとと着せた。周囲に平謝りする姿は苦労人の気配が滲み出ている。

 人だかりが無くなり、閑散とした広場で双子が呟く。

「ふむ。やはり服を着るというのは大切な事の様な気がするな」

「ああ、俺もそんな気がする」

「気がするんじゃなくて、人として当然の事なんだよ。よしよし、マリア。もう怖くないぞ~?」

「えぐえぐ……」

「マ、マリアちゃん、ごめんね? お兄さん達もごめんなさい」

 新たな扉を開き損ねた双子にランドがツッコミをいれつつ、あまりの恐怖にとうとう泣き出したマリアを慰める。
 そして、思わぬ凶器を作り出してしまったネギは、慌てて謝った。

「う~ん。ネギ君はどうやら魔力の制御が甘いようだね」

 泣き止まないマリアを見てオロオロしているネギに、ランドが話しかける。

「ふむ。しかし、ただのくしゃみで武装解除が出来るとは、凄まじく魔力が大きいようだな」

「それで魔力の制御が甘いとなると、危険だぞ」

 それに双子が加わった。

「このままでは、周囲に被害が出るやもしれんな」

「我々は男だったから良かったようなものの、これが女性であったら悲惨だぞ」

 違う意味で悲惨な状況ではあったが。

「制御が甘いとなると、攻撃魔法を使うとき暴発の恐れがあるぞ」

「そうなると、マリアが巻き込まれる可能性もあるな」

 それを聞いたネギが顔色を変える。

「ぼ、ぼく、どうすれば……?!」

「ふむ。致し方あるまい」

「そうだな、兄者。おい、ランド!」

「まあ、可愛い妹の為だしね」

 ランドは未だ泣き止まず、ひっくひっく、としゃくりあげるマリアの頭を一撫でし、ネギに向き直る。

「今日から俺の暇がある限り、ネギ君に魔法の制御を教えようと思う。ネギ君、やってみるかい?」

「あ、は、はい! お願いします!!」

 天の助けとばかりに、ネギは勢いよく頭を下げた。

「うむ! しっかりと学べよ小僧!」

「まだマリアとの仲を認めたわけでは無いからな!」

「あ~、とりあえず、今日からやってみるかい?」

「お願いします!」

「ほら、マリア。お前もそろそろ泣き止め。ある意味、男の門出だぞ」

「ふぇぇ…?」

「マリアちゃん! ぼく、頑張るよ!!」

「う? え? なに? 何の話?」

 話をさっぱり聞いてないマリアであった。



   *   *



 マリアが頭上に疑問符を飛ばす横で、ネギは燃えていた。



 それは、ネギがマリアと遊ぶ約束をした休日のこと。

 待ち合わせの広場に行ってみると、三人の男性がネギを待ち構えていた
 内二人はスキンヘッドのムキムキマッチョで、残る一人は爽やかな細マッチョ。
 三人のかもし出す異様な雰囲気は一体何なんだろうか。やたらと迫力があるのだが。

 だが、その疑問はすぐに解消されることになる。

 この三人の男性は、マリアの兄達で、カ、カレシ候補の自分を検分しに来たのだ。

 その事実に、ネギはちょっと舞い上がってしまった。

 しかし、それがいけなかったのか。思わず出てしまったくしゃみで、スキンヘッドの二人の服を吹き飛ばしてしまったのだ。

 それは正に悪夢の様な光景だった。

 周囲の人間は悲鳴を上げ、双子のマッチョは新たな扉を開こうとし、それを見たマリアが泣き出してしまった。
 自分が原因でマリアを泣かせてしまい、ネギは慌てた。
 きちんと謝ったものの、それで終わらなかった。

 自分の魔力の制御の甘さが、マリアを傷つけてしまう可能性があるとマリアの兄達に指摘されたのだ。

 目の前が真っ暗になる思いだった。

 自分が、マリアを傷つける?
 あの、優しくて、暖かなマリアを?

 そんな馬鹿な?!

 けれど、現実は目の前にあった。

 今、マリアを泣かせたのは誰だ?

 自分だった。

「ぼ、ぼく、どうすれば……?!」

 マリアを傷つけるなど、冗談ではない。
 それだけは、絶対に許せない。

 青ざめるネギに、救いの手は差し伸べられた。

 他でもない、マリアの兄達である。
 ネギは、迷わずその手を取った。
 マリアの兄の手を煩わせるのだ。頑張らなくてはならない。

「マリアちゃん! ぼく、頑張るよ!!」

 マリアを傷つけないために。
 マリアの傍に居るために。

 ネギは決意を胸に、燃えていた。









[20551] 第三話 アルカ・スプリングフィールド
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/07/27 13:49


 それを見たときのマリアの感想は、ただ一言だった。



 ヤバイ。



   第三話 アルカ・スプリングフィールド



 こんなことがあって良いのだろうか。

 むしろ、これは何かの陰謀じゃないだろうか。

 そう思わずにはいられない今の状況に、マリアは頭を抱えた。



 なんで、アルカ・スプリングフィールドがここで訓練してるのよ?!



   *   *



「魔法の射手 連弾風雷の二十五矢!」

 ズガァァァァァン!

 風と雷が掛け合わされた魔法の射手が、轟音を立てて巨大な岩を砕いた。

「そこまで! このまま順調に行けば三十矢もすぐに撃てるようになるでしょう」

「ありがとうございました!」

「では、十五分の休憩後、俺との模擬戦だ」

「はい! お願いします!」

 山奥の更に奥の奥。人がとても入って来そうにない森に、ぽっかりと開けた草原があった。
 そこに居るのは三人の男女。
 一人は十歳にもならない男の子供で、残る二人は妙齢の美女と、筋肉質な男性だ。

 子供の名前は、アルカ・スプリングフィールド。

 英雄ナギ・スプリングフィールドの息子であり、天才ネギ・スプリングフィールドの不出来な双子の弟である。
 だが、先程の様子を見れば、その評価は覆されるだろう。
 アルカの魔力量はネギやナギを遥かに上回り、その実力は天才などという言葉すら生易しいものとなっている。
 アルカ・スプリングフィールドは実力を隠していた。

「しかし、アルカ。随分と強くなりましたね」

「ああ、まさかここまでになるとは思わなかったぞ」

 どこか自慢げに笑うこの男女は、実はアルカの式神である。
美女の名はライラ。アルカの魔法の師を担当している。そして、男性の名はアース。武術の師を担当している。

「アースとライラのお陰だよ。二人が居てくれて良かった」

 そう言って、アルカはちょっと照れくさそうに笑った。

 この二人はアルカが転生する際、神から貰ったものだった。

 そう、アルカ・スプリングフィールドは転生者だった。

 アルカの前世の名は、『四条 斎』ごく平凡な高校生で、十七歳の時に事故死したのだ。
 『斎』があの世で漂っていると、神が現れこう言ったのだ。

「これから、お前を『ネギま!』の世界に転生させる。なに、ただ転生させるのではない。三つまで願いを叶えてやろう。見事、あの世界で生きてみせよ」

 正直、物凄く嫌だった。普通に転生させて欲しかったのだが、この絶対者には敵いそうにない。

「では、魔力はこのかの二十倍くらいで。あと、武術と魔法の師が欲しいです。それから、魔力の隠蔽能力が欲しいです」

「ふむ、良かろう。そうじゃな、武術と魔法の師は式神にしておこう。ただし、式神は最初に使った日から七年ほどで使えなくなる。勿論、お主を鍛えるためだけにしか使えぬ。 それから、強さの限界を無くしてやろう。これで、鍛えれば鍛えるほど強くなるぞい」

「あ、ありがとうございます!」

「よいのじゃ、よいのじゃ。よし、では行ってくるがよい!」

 こうして『斎』は、ネギの双子の弟『アルカ』として転生したのである。まさか『斎』を送り出した後、神が「上手くいったわい。思惑通りのチート能力じゃ。これで楽しめるぞい」とほくそ笑んでるなど思いもせず。

 双子の兄、ネギ・スプリングフィールドは多少わがままな所があったが、子供としては当然だろうし、アルカのお兄ちゃんをしようと、ちょこちょこ動く姿は可愛らしく、良い子だった。
 正直、未だ見ぬ父に憧れる気持ちは共感出来なかったが、ネギとアルカの仲はそこそこ良いものだった。

 『原作』を知るアルカは、三歳の頃から修行を始めた。
 さすがに体が小さく、修行は思い通りに進まなかったが、日々確実に強くなっていった。
 周囲には隠蔽された魔力量から、「ネギの搾りかす」やら、「出来損ない」と罵られたり、失望されたりしたが、こちらとしては好都合だった。しかし、自分に良くしてくれたアーニャの両親や、世話になった叔父、叔母、そして、スタンさんはどうにかして助けたかった。その為、アルカは修行に力を入れた。

 そして、あの運命の悪魔の襲撃の日。

 その襲撃が何時起こるかなんてアルカは知らず、修行から戻ってみれば村が燃えていた。

 雪が降っている日とは知っていたが、まさか今日だったとは!

 後悔が募るなか、アルカは炎の中を走る。

 そんな時だった。

 一瞬の油断。

 たとえ数年修行しようとも、数年前まではただの高校生だったのだ。
 実戦経験は無いに等しい。

 アルカの背後から悪魔が現れ、アルカを襲ったのだ。

 その豪腕で、アルカは吹き飛ばされた。

 どうにか防御したものの、建物に叩きつけられ、崩れた建物の瓦礫の下に埋まり、気を失ってしまった。
 
 次に気が付いた時には、そこは病院だった。
 どうやら自分は運良く瓦礫の隙間で気を失っており、悪魔の目から逃れたらしい。

 悔しかった。

 一年間修行したが、何も出来なかった。

 アルカだって、たった一年程度で悪魔に敵うなんて思ってはいない。ただ、誰かを連れて逃げるくらいなら出来ると思ったのだ。

 悔しくてたまらなかった。

 そんな時だった。
 ネギがお見舞いに来たのだ。

「アルカ! ぼく、お父さんに会ったよ! それで、ぼく、お父さんの杖を貰ったんだ!」

 瞳を輝かせて、自慢げに父の杖を見せてくるネギ。

 アルカは我慢ならなかった。

「出て行け……」

「え?」

「出て行けって言ったんだ! 父さんの杖? それが、どうしたっていうんだ! 俺に自慢したいのか?! ああ、良かったな! 父さんに会えて!」

「あ、アルカ……」

「俺は、お前がそうやって居る間に瓦礫の下に埋まってたんだ! 何も出来ずに!」

「ご、ごめん…」

「スタンさんや、おじさん、おばさん、アーニャの両親は石にされたんだぞ?!」

「………」

「お前みたいな無神経な奴、顔も見たくない!とっとと、出て行け!!」

「……ごめん」

 そう言ってネギは父の杖を握り締め、背中を丸めて病室から出て行った。

「っちくしょぉぉぉぉ!!」

 ネギが出て行った後、病室にアルカの慟哭が響いた。



 それからというもの、アルカとネギの間は冷え切ったものとなった。

 ネギが「父のような『立派な魔法使い』を目指す」と言い、アルカはそれを冷めた目で見ていた。
 何故なら、あの悪魔の襲撃は、いわば父の所為ではないか。
 そんな父をアルカは許せず、その父に憧れるネギもまた、理解できず、許せなかった。

 こうして、月日が流れた。

 アルカは、どうしても『立派な魔法使い』たる『正義の魔法使い』に対して、良い感情が抱けなかった。

 そんなアルカは周囲から孤立した。

 アルカが周囲から孤立していることを優しいネカネは気にして、よくアルカに構ってくれた。
 幼馴染のアーニャは、ネギほどではないにしても、よく一緒に居るようになった。
 魔法学校の校長たる祖父は、こっそりとこちらの様子を伺い、アルカが何か困ったことになっていないかと心配しているようだった。

 どれもこれも、アルカには有難く、嬉しいものだった。

 自分は、この世界に受け入れられている。

 この世界にとって異分子である自分の身の置き場に、少し不安を感じていたのだ。

 そうして、学校では無能を演じ、修行に明け暮れる日々。
 アルカという異分子が居るものの、アルカの知る『原作』通りに時間は過ぎていった。

 そんな時だった。

 アルカという異分子が混じった所為なのか、『原作』には登場しない人物が、いつの間にかネギの傍に現れるようになった。

 その子の名前は、マリア・ルデラ。

 アーニャと同じ学年で、学校でも評判の美少女だ。
 彼女はどうやら引っ込み思案のようで、ごく親しい人物以外との交流はあまり無いようだった。
 そんな少女がネギの傍に居る。
 おそらく、アーニャがアルカに構う所為で、『原作』に齟齬が生じたのだろう。

 あれもネギハーレムの一員になるのか。

 そんな冷めた思考で、アルカはマリアを見ていた。
 そして、アルカはマリアの事など特に気にせず、日々を淡々過ごした。



 まさか、自分と同じ転生者であるとは思いもよらず。

 まさか、自分が『原作』にこだわり、ネギを『物語の主人公』という色眼鏡で見ているとは気付きもせず。

 アルカは神の掌の上で踊っていた。



   *   *



武術の訓練を終えた後、アルカは美女と男性を紙に戻し、周囲に張っていた結界を解く。
そして、飛び去っていくアルカをマリアは息を潜めて見送り、アルカの気配を感じなくなってから、大きな溜息を吐いた。

 ネギが兄達と修行を始めてから、マリアは暇になった。
 そんな暇を持て余しているマリアは、一人で森に入り、野生児さながらの遊びをするようになったのだ。
 この日も、そんな一日になるはずだったのだが…。

 まさか、ここで修行しているとは……。

 この場所は、マリアが山で遊んでいたときに偶然見つけた場所だった。

 ここで、ネギくんと遊ぼうと思ったのに……。

 マリアはそう思うが、ネギにとっては、運の良い事だっただろう。
 この場所は、村から恐ろしく遠く、険しい道を通るのだ。
 正直、マリアの身体能力や、アルカの飛行魔法が無ければ、こんな所に来るのは難しすぎる。歩いて、走って行けなどと言われれば、何処の地獄の訓練だと思うだろう。
 そんな、地獄の訓練をナチュラルにこなし、むしろ遊び感覚でやってきたマリアは、やはり異常だった。
 
 しかし、やはり何よりも異常なのは、その『天才性』である。

 一度で覚え、二度目で磐石。

「うう…。ぜんぶ、覚えちゃった……」

 アルカの修行風景を見ただけで、マリアはその全てを理解し、覚えてしまったのだ。

『刀語』、『鑢 七実』の『天才性』。
 それは、恐ろしいものだった。
 『鑢 七実』はその『天才性』故に、父『虚刀流六代目当主』に、自分を超えているものには教えられない、と『虚刀流』の武術を教えられることを拒否され、最後にはその『天才性』を恐れた父に殺されそうになった少女である。
 しかし、彼女は天才でありながらも、生来の病弱さから、戦うにしても時間制限があった。

 その『天才性』をもって生まれ、『鑢 七実』の最大の弱点である病弱さは無く、むしろ頑丈で柔軟性のある体でマリアは生まれた。
 『マリア』の体には、隙は無かった。

 所詮、魔法も技術。とらえようによっては『武』の一つである。
 マリアの魔力量は普通より少し多いくらいなので、魔力量の関係で使えない魔法もあるかもしれないが、その再現は完璧である。
 
 思わぬ所で、思わぬ人物から『武』を手に入れてしまったマリア。
 
 まさか、また誰かの修行風景や、試合を見たりして『武』を手に入れたりしないでしょうね……。

 実は、既に何人かの人間から『武』を手に入れているマリアは、嫌な予感がしてならなかった。

 だが、これらからの事については、ある程度予想していたものである。
 ネギと関わったからには、それはきっと避けられない。

 マリアは、新たな覚悟を必要とされていた。



[20551] 第四話 来たるべき日の為に
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/10/25 22:51

「右の脇をもっと締めろ!」

「はいっ!」

「阿呆! 左が甘くなっとるぞ!!」

「申し訳ありません、師匠!」

「……何でこんな事になってるの?」

「あっはっはっ」



   第四話 来たるべき日の為に



 ネギがランドから魔力の制御を習うようになって早三ヶ月。
 今では、何故か双子から武術を習っている。

「ランド兄さん。魔力の制御はもう出来ているんでしょう?」

「ああ、大体一ヶ月ほどで終わったな」

「なら、何でガルト兄さんとゴルト兄さんが武術を教えているの?」

「うーん。それがな、ネギ君はやたらと飲み込みが良くて、兄貴達の武術馬鹿の琴線に触れたらしい」

「あー、なるほど」

「俺も、もっと細かい魔力の制御方や、使い方とか教えたくなってなぁ。いやぁ、天才ってのは面白いな。本当に、教え甲斐がある」

「ふーん」

 楽しげに笑うランドは、実は魔力量が少ない。それでも自分の数倍は魔力量のある人間を倒してしまうのは、武術の実力もあるだろうが、魔法の使い方がとても上手なのだ。
 マリアは兄のランド以上に魔力の制御が上手な人間を見たことが無い。
 
 そして、対する双子の兄だが、こちらは魔法使いとしての適性が無く、ひたすら体を鍛えた武術の達人である。ちなみに彼等は英雄ラカンの大ファンであり、いつかあんな漢になるのだと言って、鍛錬を欠かさない。いつか本当にあんなバグキャラになりそうで恐い。

 世界は広い。
 『知られざる達人』というのは意外なところに居るものだ。兄達もまた、その『知られざる達人』の一人である。今回、ネギは運が良かったといえるだろう。

 そして、そんな達人に教えを請うネギは、打てば響く天才だった。

 ネギはとても素直で、言う事をよく聞き、一教えれば十を知る。
 これほど教え甲斐があり、可愛い弟子は居ないだろう。

 兄達はネギをよく可愛がり、自分達の全てを教え込もうとしていた。

 それは良い。

 今後、ネギの為になる事だ。

 が、しかし。

「私、すっごく暇」

「あ~、そうだろうな」

 頬を膨らまして拗ねるマリアに、ランドは苦笑した。

 そう。ネギが修行を始めて、マリアとは滅多に遊べなくなってしまったのだ。
 
「兄さん、私、外に遊びに行ってくるね」

「ああ、分かった。暗くなる前に帰ってこいよ」

「はーい」

 そう言って、マリアは退室の魔法陣の上に乗る。
 マリアの姿が掻き消え、次に姿を現したのはランドの部屋の中だ。
 マリアの目の前には、大きなガラスケースがあり、その中に入っているのは赤い大地の模型だ。
 このガラスケースは、いわゆる『別荘』の劣化版の『修行場』である。
 この『修行場』は、外とは同じ時間が流れており、外とは自由に行き来できるが、中は『別荘』と違い、赤く渇いた大地が広がっているだけで、その広さはサッカースタジアム程度のものだ。それでもこの『修行場』は高額で、兄達が働いて、金を合わせて買った自慢の一品だった。

「頑張ってね、ネギくん」

 マリアはそう呟き、部屋の外へ出て行った。



   *   *



 ランドはマリアが出て行ったのを確認し、視線をネギ達に戻す。

 必死になって修行に明け暮れるネギを見ながら、ランドは二ヶ月前、魔力の制御を教え終わった時の事を思い出していた。



「さて、ネギ君。これで、魔力の制御は大丈夫だろう」

「はい! ありがとうございました!」

 嬉しそうに笑うネギを見て、ランドも頬が緩む。
 だが、ランドはこれからとても残酷な事を言わなくてはならなかった。

「それで、だ。ネギ君。君は、これからもマリアと一緒に居たいかい?」

「え? はい。もちろんです!」

 ネギはちょっと不安そうにしながらも、はっきりと答えた。

「そうか……。だが、すまない、ネギ君。俺は、俺達兄弟は、今のままの君ではマリアに近付いてほしくない」

「え……?」

「子供の君にこんな事を言うのは、とても酷な事だとは分かっている。だが、これはとても大切な事なんだ」

「………」

 泣きそうになるのを堪え、潤んだ瞳でネギがランドを見つめる。

「君は、英雄の息子だ。英雄の息子である君は、多くの心無い者達に狙われる。そして、利用されるだろう」

「……マリアちゃんを、巻き込まない為に?」

 か細い声で、ネギが尋ねる。

「ああ、そうだ。そして、もしこのままマリアとネギ君が一緒に居るとしたら、今のままでは、君は確実にマリアの足手まといになる」

「……足手まとい?」

 ランドの口から出た言葉は、ネギにとって予想外のものだった。

「ネギ君。ネギ君は俺たち兄弟の実力を知っているね?」

「はい」

 マリアの兄達は、それぞれが達人と言っても良い位の実力を持っていた。

「マリアは、俺たちよりも強い」

「ええ?! あの小さくて、可愛くて、可憐で、儚げなマリアちゃんが、あのマッチョ達より強いんですか?!」

「あー、ネギ君? 色々と気になる部分があったけど?」

「ランドさん!」

「ああ、はいはい。分かったよ。ええとだね、マリアは何というか、『天才』なんだよ」

「天才?」

「ああ。武術も魔法も、一度見ただけで覚えて、再現してしまうんだ」

「え?たった一度で、ですか?!」

「そう、たった一度で、だ。だから、俺達はマリアが心配なんだ」

「………」

「あのマリアの才能を、誰かに知られたらきっと利用されてしまう。マリアの性格は戦いには向かない。もし、『正義』を掲げる頭のおかしな連中や、『悪』の名乗る極悪人に知られたら、きっとマリアは平穏な暮らしが出来なくなってしまう」

「あの、『正義』もなんですか?」

「ああ、『正義』もだ。時々、『正義』の為なら仕方ない、って言って残酷な事をする奴がいるんだ。俺達はそういう奴をマリアに近づけさせたくない」

「………」

「それで、だ。ネギ君。君はこれからきっと色々なことに巻き込まれると思う」

「……はい」

「このままマリアが君のそばに居れば、マリアも否応なく巻き込まれるだろう。そして、友達である君を守ろうとするだろう」

「僕を、守ろうと……」

「ああ、マリアなら絶対にそうする。そして、きっと矢面に立って傷ついていくだろう」

「マリアちゃんが、傷つく……」

「だから、ネギ君。君が弱いと、とても困るんだ。せめて、マリアの足を引っ張らずに逃げ切る位の実力が欲しい。それが無いのなら、マリアには近づかないで欲しいんだ」

「あ、ぼ、ぼくは……」

 ネギの顔が泣きそうに歪む。

「まあ、今すぐって訳じゃない。せめて、魔法学校を卒業するまでには俺達の納得がいくくらいには強くなって欲しい」

「あの、どうすれば……」

「ネギ君さえ良ければ、俺達が君を鍛える」

「え?! あの、良いんですか?!」

「ああ、これは正直、俺達からのお願いだからな」

「あの、お願いします! 僕を強くしてください!!」

 ネギの弟子入りという、感動の瞬間だった。

「よし、分かった! 今日から――」

 そして、それを受けたランドは嬉しそうに笑うが、その言葉は最後まで言えなかった。何故なら……。

「よくぞ言った小僧!」

「俺は感動したぞ!!」

「今日からみっちりしごくからな!」

「楽しみにしているがいい!!」

「お前も来年にはムキムキだ!!」

「「うわはははははははははは!!!」」

「…どっから湧いて出やがった」

 本日、仕事のためネギへの説明、もとい、お願いという名の脅迫をランドに押し付けたマッチョ双子が音も無く現れたのだ。

「あ、あの、お願いします!」

「「任せろ! わーっはっはっはっはっはっ!!」」

「ネギ君は本当に素直で良い子だねぇ。悪い人に騙されないように、その辺もきっちり教えないといけないかなぁ……」

 こうして、ネギは三兄弟に弟子入りをし、三兄弟は鍛え甲斐のありそうな弟子という名のカモを手に入れたのだった。

 そして、三兄弟プロデュース、ネギのマッチョ魔改造計画が始まった。









[20551] 第五話 一方通行
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/07/27 13:51


 マリアは、隣の机で向かい合って座る双子を気にしていた。



 ネギくん、ファイト!



 心からのエールを送りながら、マリアは自分の問題集を解いていく。

 その目の前で、アーニャがすらすらと問題を解いていくマリアを悔しそうに見ながら、必死になって机に齧りついている。



 その日、いや、その日から、ネギとアルカ、マリアとアーニャは、一緒に勉強するようになったのである。



   第五話 一方通行



 その日、ネギはマリアと一緒に図書館で勉強していた。

 マリアと出会う前、ネギは何かに取り付かれたように勉強していた頃があった。
 それはきっと、あの悪魔の襲撃の日から感じている罪悪感が、ネギを急かし、勉強に打ち込ませたのだろう。
 その勤勉さはマリアと出会ってからも変わらず、その勉強にマリアも付き合うようになった。
 マリアと出会う前は、アーニャとよく一緒に勉強していたのだが、最近ではアルカと一緒に居るらしい。
 少し寂しい気もするが、マリアが一緒なので、ネギの胸は暖かかった。

「ネギくん、ここなんだけど…」

「ああ、そこはね……」

 ネギはマリアと勉強するのが楽しかった。

 だって、マリアは勉強の事になると、ネギを頼ってくれるのだ。

 マリアは、遅生まれでネギと大して年は変わらないのだが、ネギの一つ上の学年だ。だから、本来ならこうして勉強を教えるなんて出来ないはずなのだが、ネギの過去の猛勉強が、今、思わぬ形でネギに幸福をもたらしていた。
 このままいけばネギもマリアも飛び級し、来年には同じ学年、そして一緒に卒業できるだろう。

 そうなったら、授業中もマリアちゃんの近くに居られる。

 ネギは、その日を楽しみにしていた。

 そんな、いつもと変わらない平凡な日。

 そんな日々に、まさかの展開が訪れようとしていた。



「ネギ! あたし達も一緒に勉強するわよ!」

「………」



 アーニャとアルカが一緒に勉強することになったのである。



   *   *



 その日、アンナ・ココロウァは不機嫌だった。

「アーニャ、まだ拗ねてるのか?」

「だって……」

「そんなに気になるなら、ネギのところに行けば良いじゃないか」

「アルカには微妙な乙女心が分からないのよ!」

「男なんだから、当然だろ?」

「そんなんじゃ、恋人が出来ないわよ?!」

「ネギを取られそうだってのに、こんな所で拗ねているアーニャには言われたくないね」

「んなぁ?!」

 アルカの鋭い切り返しに、アーニャは言葉に詰まった。

 ネギとアルカ、アーニャの三人は幼馴染である。
 そして、アーニャは、昔からネギの事が好きだった。
 だからよくネギと一緒に居たし、どこか抜けているネギの面倒をよく見ていた。
 けれど、アルカが孤立するようになって、アーニャはアルカが心配になった。アルカも、アーニャにとっては無くてはならない大事な幼馴染なのだ。
 だから、アーニャはアルカがなるべく孤立しないように一緒に居るようにした。
 アーニャは、ネギにはきっと自分より仲のいい女の子なんて現れないと思っていた。
 けれど、それは違った。
 アーニャが油断している間に、ネギの傍には淡い金髪の妖精が居たのである。

 そう、アーニャに恋のライバルが現れたのである。

「だって、相手はあのマリア・ルデラなのよ?!」

 マリアは、アーニャが思わず弱気になってしまう程の美少女だ。

「ふーん。で?」

「で? って……」

「それって、アーニャがネギを諦めるのに関係あるのか?」

「それは……」

 関係なかった。

だって、ネギはまだ八歳で、アーニャはまだ九歳なのだ。先はまだまだ長く、行動次第では、アーニャはネギにとって『一番仲良しの女の子』に戻り、将来的には『恋人』『お嫁さん』になれるかもしれないのだ。
 
「そうよね。まだまだチャンスは一杯あるんだもんね!」

「そうそう。だから、とっとと行ってくれば?」

 そして、俺に修行をさせてくれ、と内心でアルカは願う。

「じゃあ、そうと決まれば行くわよ!」

「おう、行って来……ん? 行く?」

「あんたも一緒に行くのよ!!」

「はあ?!」

 こうしてアルカはアーニャの道連れとなり、強制的に勉強会に毎回出席させられるようになったのだった。



   *   *



「あ、アルカ、その……」

「話しかけないでくれる? 気が散る」

「え、あ、うん。ごめん……」



 マ、マリアちゃ~ん………。

 ネギくん、何でそこで引くの!頑張って!



 アイコンタクトで会話するネギとマリアに、アーニャの柳眉がつり上がる。

「ね、ねえ、ネギ! ここはどうすればいいの?」

「あ、そこはね……」

 ネギが身を乗り出して、アーニャの問題集を覗き込んで説明する。
 それに対して、アーニャは何処か自慢げにマリアを見る。

「だから、この問題はこっちの…って、アーニャ、聞いてる?」

「き、聞いてるわよ! ここを、こうすればいいのね?」

「そうそう」

 ……平和だわ。

 そんな光景にマリアは和みながら、隣に座るアルカを盗み見る。

 アルカからは、話しかけるな、というオーラが立ち上っていた。

 ガリガリと問題集を解いていく様子を見るに、少しでも手を休める様子を見せれば、話しかけられると思っているのかもしれない。

 何をそんなに意地になっているのかしら?

 ネギの話を聞く限り、そう悪い子でもなさそうなのだが。

 確かに、ネギとアルカの仲に亀裂が入った原因は、ネギの無神経な言葉だったかもしれない。けれど、あれから四年は経ち、ネギはそれを心底反省している。ネギの謝罪、反省を受け取れないほど彼には余裕が無いのだろうか?

 マリアは村の襲撃を体験したわけではないし、複雑な家庭環境に生まれたわけではない。だから、当事者の気持ちを正確に推し量れるはずも無く、この複雑な双子の関係を、情けなくも静観する事しか出来なかった。

 暮らしていた村が焼かれ、親しい人達が石になった様を見た時の気持ちは、いったいどれほどの衝撃を彼に与えたのだろうか。

 ああ、本当に、自分に出来ることは少ない。

 大事な友達に、何もしてあげられない自分が、マリアは情けなかった。



   *   *



 アルカは、隣で問題集を静かに解いていくマリアを、こっそり盗み見る。

 ……意外だ。

 ここに引き摺られてきて、無理やり一緒に勉強させられてから、ネギとマリアの遣り取りを見ていた限りでは、どうやらマリアはネギの事をただの友達としか思っていないらしい。

 しかも、ネギの片思い……。

 アーニャのあの焦りようも当然かもしれない。

 アルカは、ネギはそういう方面に疎く、知らない間にフラグを乱立するハーレム野郎かと思っていたのだが、そういう訳でも無いのかもしれない。

 しかし、こいつ、大きくなったな。

 アーニャに勉強を教えているネギを盗み見る。

 そういえば、こうして真正面からネギを見るのは久しぶりかもしれない。
いや、むしろ数年ぶりだ。

 こいつと最後にまともに会話したのって、一体いつだったっけ?

 アルカは、あのネギの無神経な言葉を聞いて、ネギとはまともに顔も合わせない生活を送っていた。
 ネギから何か言いたげな視線を送られたが、ネギが口を開く前にさっさと立ち去り、自室に篭るか、修行に出掛けていたのだ。

 けど、やっぱり、あの言葉は許せない。

 それに、あの甘い性格が嫌いだ。今もネカネに甘やかされて、周りからチヤホヤされて!

 ガタッ!

 アルカは音を立てて席を立った。

「あ、アルカ? どうしたの?」

 ネギが慌てた様子で話しかけてくるが、アルカは冷たい視線を返し、言う。

「終わったから、帰る」

「え? え?」

「は? 終わったぁ?!」

 さっさと帰り支度を始めるアルカから、アーニャが問題集を取り上げ、見るが、問題集は綺麗に埋まっており、すでに答え合わせまで済んでいた。

「え。本当に、終わってる……」

「もういいだろ? 俺は帰る」

「あっ、ちょっと、アルカ!」

 アーニャから問題集を取り返し、アルカは出口へと歩を進める。
 アルカは、ネギの何か言いたげな視線が背に突き刺さるのを感じたが、それを無視した。
 しかし、アルカはネギの視線を感じることは出来ても、肝心なことには気付けないでいた。

 アルカは、現実のネギを知らないという事実に、気付いていないのだ。

 あまりにも様々な先入観が、アルカの目を曇らせていた。

 アルカは知らない。
 ネカネの愛情が、誰に一番向いているのか。
 アルカは知らない。
 アーニャが、誰と一番一緒に居るのか。
 アルカは知らない。
 祖父が、誰を一番見守っているのか。

 アルカは、知ろうとしなかった。
 誰が、一番守られているのか。

 だから、アルカは知らなければならない。

 ネギ・スプリングフィールドという、自分の双子の兄で、八歳の子供の事を。そして、あまりにもネギの事を知らない自分自身を。



「アルカくんって、頭がいいのね」

「うん。昔から、アルカはしっかりしていて、頭が良くて、優しいんだ」

「へぇ、そうなんだ」

「僕のほうがお兄ちゃんなのに、いつも僕を助けてくれて」

「そうね。皆、アルカの方がお兄ちゃんっぽいって言ってたわね……」

「こっちに来てからも、影で勉強して、何処かで修行してるみたいなんだ」

「……そうなの」

「僕の、自慢の弟なんだよ」



 そう言って、淡く笑うネギを、アルカは知らなければならない。









[20551] 第六話 卒業
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/07/27 13:53
「くぅっ、すまない弟子よ!」

「不甲斐ない我々を許してくれ!」

「ど、どうしたんですか、師匠?」

「俺達は、俺達はぁぁぁぁ!」

「お前との約束を守れなかったぁぁぁぁ!」

「約束? 何か約束したの? ランド兄さん」

「さぁ? 思い出せないな」

「あの日、確かに約束したというのに!」

「俺達は!」

「俺達はぁぁぁぁ!」

「「お前をムキムキに出来なかったぁぁぁぁぁ!!」」

「ええぇぇぇ?!」

「ああ、それは心底良かったわね」

「そういえば、そんな事も言ってたなぁ……」



 第六話 卒業



 爽やかな風が心地よい、よく晴れた日。
 ネギとマリア、アーニャとアルカは魔法学校を卒業した。

 嬉しそうなアーニャに対し、ネギは少し浮かない表情をしている。


 これでマリアちゃんとは、前みたいに気軽に会えなくなるんだ……。


 覚悟していたとはいえ、やっぱりネギは寂しかった。

 そんな対照的な二人の横で、アルカは眉間にしわを寄せて険しい表情をしている。

 アルカは、ネギと一緒に卒業する気は無かったのだ。

 そんなアルカが何故二年もスキップし、ネギと一緒に卒業する羽目になったかというと、それは自らの犯したミスと、アーニャの所為である。
 あの日、ネギ達と勉強を始めた日に、早く席を立ちたいばかりに、さっさと問題集を解いてしまったのが原因だった。
 その勉強会に、事あるごとにアーニャに引き摺られ、出席させられる内に、アーニャに実践魔法は仕方がないにしても、座学は手をぬくなと、きつく、しつこく言われ、ついには魔法学校の校長である祖父まで引きずり出して、説得されたのだ。

 何だかんだで、アルカはアーニャや祖父には弱かった。
 そこでネカネまで入ったら最悪だ。

 アルカに逃げ道は無かった。

 アルカは観念して、座学のみは実力を隠さないことにしたのだった。

 こうして、アルカの評判は『落ちこぼれ』から『頭でっかち』『勉強だけ』にランクアップしたのである。まあ、大して変わらないような気もするが。

 そうして、何だかんだでネギと張る成績を叩き出したアルカは、アーニャに引き摺られるようにしてスキップし、祖父に後押しされるように魔法学校を卒業したのだった。

 結局、自分で招いた結果である。自業自得だった。

 そんな、不機嫌そうなアルカの横では、ネギとアーニャはドキドキしながら修行地が浮かび上がるのを待っていた。

「あ、私は『ロンドンで占い師をすること』ですって。ネギは?」

「えーと、僕は『日本で先生をやること』……」

「………」

「………」

「「ええぇぇぇぇぇ?!」」



   *   *



 ネギとアーニャ、そしてアーニャに引き摺られたアルカは、ネギの修行内容の事を聞こうと、校長を探していた。

「あ、いた! 校長せ――」

「何故だぁぁぁ! 何故、マリアが日本などという異国の地で修行せねばならんのだぁぁぁ?!」

「答えろ、校長ぉぉぉぉ!!」

「お、落ち着かんか……ぷげふっ!」

「兄さん、締まってる、締まってる!」

「落ち着けよ兄貴達。日本っていったら治安が良い事で有名じゃないか」

「それがどうしたぁぁぁ!」

「そんな事で俺達が落ち着けるとでも思っているのかぁぁぁ!」

「……がふっ」

「こ、校長先生ぃぃぃ!」

「兄貴! 落ちた! 校長落ちた!」

「それがどうしたぁぁぁぁ!」

「たかが、校長が落ちたくらいで――」

「さっさと放せっつってんだよ、この馬鹿兄貴ぃぃぃぃ!!」

 ごぎゃっ!!

「ぷげらっ!」

「むっ! 腕を上げたなランド! 良い回し蹴りだ!!」

「こ、校長せんせ~」

「ああ、母さん。貴女に会えるなんて、何十年ぶり…。すぐ、この川を渡って」

「渡っちゃ駄目ぇぇぇ?!」

 そこは、混沌の坩堝だった。



「ああ、酷い目にあったわい」

「うちの兄がご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」

 マリアが心底申し訳なさそうに校長に頭を下げる。

 結局マリアの兄達は、ランドの拳による必死の説得により、ひとまず落ち着きを取り戻して帰っていった。

「いや、お主の所為ではないよ。あの双子の暴走癖は在学中から有名でなぁ」

「もう、本当に、うちの兄がご迷惑をおかけして……」

 マリアは涙がちょちょぎれそうだ。

「あの~、校長先生」

 恐る恐るアーニャが声をかける。

「おお、お主らか!どうした、ワシに何か用かの?」

 つい先ほどまで川を渡ろうとしていた校長が、元気よく振り返る。

「ええと、ネギの修行のことで……」

「マリアちゃん!」

「あ、ネギくん」

 アーニャの声を遮って、ネギが嬉しそうにマリアに駆け寄る。

「マリアちゃんも日本で修行するの?」

「うん。『日本の生花店で店員をやること』だって。ネギくんは?」

「僕は『日本で先生をやること』だったんだ」

「へえ、そうなんだ。お互い頑張ろうね」

「うん!」

 嬉しそうに笑うネギに、アーニャは嫉妬の炎を燃やし、アルカはその形相にどん引く。

「…なんじゃ、これは」

「三角関係です……一方通行ですけど……」

「最近の子供は進んどるのぉ……」

 ちょっと置いてきぼり感漂う雰囲気の中、校長はアルカに尋ねる。

「で、アルカや。お主の修行内容はどんなものじゃった?」

「あ、まだ見てません……」

 アルカは紙を開き、文字が浮かび上がるのを待つ。

 そして……。

「『日本で服飾用品の店員をやること』?」

「ほぉ。対人関係に問題のあるお主には、良い機会じゃ。しっかり修行に励めよ」

「………」

 からからと笑う校長に、アルカは不満そうに眉間にしわを寄せる。

「ネギ! あんた、日本で先生やるなんていう修行で良いの?!」

「え、うん。別に、良いと思うよ」

「あ、アーニャちゃん。アーニャちゃんの修行はどんな内容だったの?」

「どうせ私はロンドンで占い師よ! ネギと同じ修行地だからって、調子に乗らないでよね!」

「はい?」

「アーニャ?」

「ネギと一番仲が良いのは、私なんだからぁぁぁぁぁ!」

 顔を真っ赤に染めて、目じりに涙を溜めたアーニャは、そう言って走り去っていった。



 アーニャちゃんったら、可愛い。恋する女の子なのね。

 どうしたんだろう、アーニャ。お腹でも痛くなったのかな……。



 言われた当人達は、ちっともその言葉の意味を理解しちゃいなかったが。



   *   *



「さて、我等が弟子よ。卒業おめでとう」

「ありがとうございます」

 卒業式を終えたネギは、ルデラ家の『修行場』に来ていた。

「それで、だ。今日が我々との約束の期限になるわけだが……」

「約束?」

 何か約束したの、とマリアがランドを仰ぎ見るが、ランドは生温い笑顔でマリアの頭を撫でるだけだった。

「まあ、ギリギリ合格といった所だな」

「ギリギリもギリギリだ」

「よって、マリアとつきあうことは許さん!」

「はいっ?! 何の話?!」

「くぅっ!」

「ネギ君。分かっていたことだろう? まだまだ先は長いんだ。努力を忘れなければ、いつかきっと……」

「ランド師匠……!」

「だから、何の話よ?!」

 膝をつき、悔しがるネギに、ランドが生暖かく慰め、ネギはその優しさに涙する。マリアは置き去りだ。

「まあ、それはそれとして、だ」

 ガルトが一つ咳払いをして、話し出す。

「我等が一番弟子に、卒業祝いを用意した」

 ガルトの言葉を受けて、ゴルトがポケットから小箱を取り出す。

「これは、俺達が偶然見つけた掘り出し物だ」

「武術を嗜む魔法使いであれば、杖よりこれの方が使いやすいだろう」

 そう言って、ネギに小箱を渡す。

 え、え、とネギは戸惑いながら、師匠達の顔と小箱を交互に見る。

「ほら、ネギ君。開けてみな」

「は、はい」

 箱を開けてみると、そこにあったのは銀製のバンクルだった。裏には文字が彫ってある。

「これは……」

「それは杖の代わりになる魔法発動体だ」

「これなら戦うときに邪魔にならないだろう」

「師匠……!」

 感動するネギの後ろで、こそこそと小声でマリアとランドが話す。

「ねえ、ランド兄さん。あれって……」

「そう、アレだ。折角買ったのに、兄貴達の腕が太すぎて入らなくて、お蔵入りになってたアレだ」

「……ネギくん、感動しちゃってるんだけど」

「箪笥の肥やしになるくらいなら、ネギ君にあげたほうが良いだろ?」

「詐欺みたい……」

「それを言うな」

 そんな会話がなされているとは露知らず、ネギは感動と喜びも顕に、礼を言う。

「ありがとうございます、師匠! 僕、大切にします!!」

「はっはっは。感謝するがいい! 崇めて奉るがいい!!」

「日本に行っても鍛錬を忘れるなよ、弟子よ!!」

「はい!」

「ネギ君。俺達の修行はこれで終わりって訳じゃないからね。日本での修行が終わったら、俺達の修行を再会するから、そのつもりでね」

「はい! その時は、改めてお願いします!」

 こうしてネギは、三兄弟の課題をどうにかクリアしたのであった。











[20551] 第七話 晩餐
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/07/27 13:54


「ん? マリア。こんな時間に何処かへ出掛けるのか?」

「うん。ネギくんの家で卒業のお祝いをするんだって。それで、夕食に招待されたの」
 
「そうなのか? じゃあ、俺が送っていこうか」

「大丈夫。だって――」

「弟子の家だとぉぉぉ?!」

「ネカネさんの居る、弟子の家だとぉぉぉ?!」

「兄貴達……」

「こっそり行こうと思ったのに……」

「「俺達が送って行こう!!」」

「却下」

「「何故だ?!」

「父さんに送ってもらうから」

「「………」」

「マリア。支度は出来たか」

「うん。大丈夫だよ」

 のっそり姿を現したのは、筋骨隆々の巨体、熊の様な父だ。
 
「じゃあ、行くぞ」

「はーい」

 マリアを抱え、のっしのっしと父は歩き、扉の向こうへ姿を消した。

「兄貴達。マリアを送って行くんじゃなかったのか?」

「「親父には勝てん!!」」

「まあ、そうだよなぁ……」

 未だに父に勝ったことの無い三兄弟は、ちょっと遠くを見る。

 マリアを溺愛しているのは三兄弟だけではなく、父もだった。

 三兄弟同様、父も、自分より強い男でなければマリアを嫁にはやらん、と公言している。

「ネギ君も、大変だなぁ……」

やたらと分厚い三枚の壁の向こうに、機動要塞が待ち構えていることを、ネギはまだ知らない。



   第七話 晩餐



「マリアちゃん!」

「あ、ネギくん!」

 扉の前でそわそわとしていたネギは、マリアの姿を見とめて嬉しそうに駆け寄る。
 それを微笑ましそうに見るのは、マッチョ双子のアイドル、ネカネだ。

 父がのっそりマリアを腕から降ろし、マリアもネギの元へ駆け寄る。

「こんばんは、マリアちゃん!」

「こんばんは、ネギくん!」

 二人は嬉しそうに手を握り合うが、マリアが何かに気付いたようにネギの手を離した。

「今日はお招きいただき、ありがとうございます」

 マリアがスカートの裾を掴み、ちょこり、と礼をとれば、ネギは少し頬を染めながら、紳士の礼を返す。

「こちらこそ、来ていただいて、ありがとうございます。貴女にとって楽しい時間になることを、心より祈っています」

 二人は顔を見合わせ、吹き出す。

「行こう、マリアちゃん!」

「うん! じゃあ、父さん、行ってきます! ネカネさん、おじゃまします!」

「ああ」

「いらっしゃい、マリアちゃん。ネギ、リビングにお通ししてね」

「はーい!」

 二人は楽しげに笑いながら、手を繋いで家の中へ入っていった。

「ネカネさん。これは家内から、今晩お招きいただいたお礼です」

 父がのっそり差し出したのは、ワインと葡萄ジュースだ。

「まあ、ありがとうございます」

 ネカネはそれを受け取り、礼を言う。

「では、八時頃にまた伺いますので、娘をよろしくお願いします」

「はい。お任せください」

 ネカネは微笑み、承諾する。

 そして、父は軽く頭を下げて、再びのっしのっしと歩いて帰って行ったのだった。



   *   *



「ああ! なんでマリアが此処に居るのよ?!」
 
「あ、アーニャちゃん。こんばんは」

「あ、こんばんは……って、ちがーう! ちゃんと質問に答えなさいよ!」

 リビングでマリア達を迎えたのは、アーニャだった。

 アーニャはマリアの姿を見ると同時に、肩を怒らせ、臨戦態勢をとるものの、マリアにあっさりかわされてしまった。

「ネギくんに、お夕飯に招待してもらったの」

「なんですって?!」

「え、アーニャ。何か駄目だったかな?」


 ダメに決まってるでしょぉぉぉぉ?!


 アーニャは内心で絶叫するものの、それをどうにか堪えた。

「アーニャ、どうどう」

 怒りでぷるぷる震えるアーニャを、アルカが宥める。

「おお、来たようじゃの。ほれ、そんな所に立っていないで早くこちらに座りなさい」

 リビングの入り口辺りで騒ぐ子供達を見つけて、ネギ達の祖父、魔法学校の校長が子供達を呼ぶ。

「校長先生、こんばんは」

「はい、こんばんは。これ、アルカはネギの前じゃ。アーニャは」

「ネギの隣よ!」

「仕方が無いのう。ルデラ君もそれでいいかの?」

「はい、いいですよ。それから校長先生、どうかマリアと呼んでください」

「そうかの? では、マリアはアルカの隣じゃ」

「はい」

 そうして大人しく席に着くと、ネカネがキッチンから次々と料理を持ってきて、テーブルに並べていく。
 そして、ついに楽しい晩餐が始まった。

「マリアちゃん、これ、美味しいから食べてみて」

「うん。ありがとう、ネギくん。あ、本当だ。美味しい」

 ネギが勧めたのは、カリッと焼いたラム肉に酸っぱめのミントソースがかかっているものだ。

「とっても美味しいです、ネカネさん」

「うふふ。ありがとう」

 ネカネが嬉しそうに笑う。

「そういえば、マリアちゃんの修行地も日本なんですってね?」

「はい。そうです」

 ネカネの問いに、マリアは頷く。

「私の修行地が日本になったのは兄さん達が原因らしいです」

「?」

 その言葉に、ネカネだけでなく、校長を抜かした全員が首を傾げる。

「私が何かしらの店員なのは、私が人見知りするからだろうけど、日本なのは過保護な兄達がおいそれと手を出せない距離と、治安が良いということで納得させる為でもあるんじゃないか、ってランド兄さんが言ってました」

 先日の卒業式の騒ぎを思い出し、校長とネギ達三人は遠い目をする。

「そう。ランドさんが……」


 あれ?ネカネさんの頬が少し赤いような……ネカネさん?ネカネさん!?


「ランドさん……」

 兄の名を呟くネカネを見なかったことにして、マリアはひとまず葡萄ジュースで喉を潤す。

「そういえば、知ってる? 日本の電車って、決まった時間に来て、決められた場所に止まるんだって」

「「うそぉ?!」」

 ネギとアーニャは驚き、目を丸くする。

 イギリスの電車は、あまり優秀とはいえない。十分ほど遅れるのは珍しくないし、時にはキャンセルなどということもある。
 イギリスでは、電車が遅れるのは暗黙の了解だ。
 しょっちゅうストライキがある国よりはマシ、と考えるべきだろうか。

「しかも、電車が遅れると『遅延証明書』を無料で発行してくれるんだって」

「『遅延証明書』って、何?」

「電車が遅れましたよ、っていう証明書の事よ」

「何それ! すっごくサービスが良いじゃない!」

「すごいなぁ……」

 瞳を輝かせるネギを、アルカが少し戸惑い気味に見ている。

「アルカくんは知ってたの?」

「え、あ、うん」

 突然マリアに話しを振られて、アルカの反応が遅れる。

「え?! そうなの、アルカ!」

「あ、うん。知ってた…けど……」

「アルカは物知りだなぁ……」

 興奮した様子で、瞳をキラキラと輝かせたネギの勢いに負け、アルカは思わず返事をしてしまった。

 未だに瞳を輝かせ、尊敬の目でこちらを見るネギに、アルカはうろたえる。

 この何でもないような普通の会話が、この双子にとっては、実に六年ぶりのまともな会話だった。

 未だ興奮が冷めないネギや、そんなネギに戸惑うアルカは気付かない。

 その様子を、長年ネギとアルカの関係を心配し、どうにか出来ないものかと苦心してきた家族達が、感動したように、心底嬉しそうに見つめていたことを。

 そんな中、マリアもネギとアルカの様子を嬉しそうに見つめていた。
 そして、思った。

 ネギとアルカの関係を修復する糸口を掴んだかもしれない、と。







[20551] 第八話 日本
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/07/27 13:56
「ねえ、ランド兄さん」

「何だ、マリア」

「思ったんだけど、何でガルト兄さんとゴルト兄さんは魔法発動体を買ったのかな」

「ああ、それはな、最初はアレが魔法発動体だとは気付いてなかったんだ」

「へ?」

「デザインが気に入って衝動買いしたら、サイズが合わなくてな。それで、サイズを直そうとして店に持っていったら魔法発動体だと分かったんだ」

「ふぅん。確か、その頃はランド兄さん、杖の魔法発動体を使ってたよね?何で兄さん達から譲ってもらわなかったの?」

「………」

 言えない。
 まさか、サイズがギリギリながらもピッタリだったのを悔しがって、兄貴達が譲ってくれなかったなんて、そんな事、言えない。



   第八話 日本



 ネギは嬉しそうにバンクルを撫でていた。

 師匠から貰ったバンクルは少しネギには大きかったが、真ん中が開いているタイプのものだったため、ゴルト師匠が少し力を込めれば、ネギに丁度良いサイズになった。
 それをランド師匠がちょっと引き攣った顔で見ていたが、魔法を発動させるのに何の問題もなかったので、大丈夫だろう。

 ネギは本国で数ヶ月の間は、日本で先生をするための予備知識や、日本語を学んだりしていた。そして、その勉強の合間に、新しい魔法発動体に慣れるべく師匠達と組み手などをし、ネギは充実した時間を過ごした。

 そして、二月。

 受け入れ先の都合もあり、ネギ、アルカ、マリアの三人は、同時期に修行地へ入国することになった。

 少し時間を早めた所為か、電車はすいていた。

「ネギくん。そのバンクル、どうするの?」

 ネギのその様子を眺めていたマリアが、ふと思いついたように尋ねる。

「やっぱり先生なら、あまり装飾品とか着けていったら不味いんじゃないかな?」

「え、そうかな?」

「うん。ちょっと不味いと思うよ」

 マリアの言葉を受けて、ネギは困ってしまった。

 日本でただ先生をするなら魔法発動体は必要無いだろうが、出国の前日に師匠達に言われたことが、ネギは気になっていた。



「弟子よ。明日は遂に日本へ行くわけだが……」

「はい、師匠」

「俺達は、少し心配している」

「どういう事ですか?」

 珍しく師匠達が真剣な顔で言うので、ネギも少し不安になってくる。

「何というか、お前はあの英雄の息子だろう?」

「それに、あの六年前の悪魔の襲撃」

「俺達は、既にネギ君達兄弟が大きな事件に巻き込まれているような気がするんだ」

 ネギは戸惑いも顕に師匠達を見回す。

「特に、今回の修行の地は日本の麻帆良学園都市だ。この学園都市は特にセキュリティが厳しい」

「弟子達を守るためにはもってこいの場所だろうな」

「それに、ネギ君。君の教師という立場も少し気になる。君に指導者になって欲しいという誰かの願望があるようにも思えるし、教師という立場は多くの若い人間に会える立場だ。もしかすると、ネギ君に『仮契約』させたいのかもしれない」

「お前が担当するクラスに集められていたりしてな!」

「はっはっは。まさか、そんなあからさまな事はしないだろう」

 双子の師匠はそう言って笑うが、まさかドンピシャで、あらゆる意味での問題児が集められているとは師匠達は思いもしない。

「今回のネギ君の修行には、あらゆる人間の思惑が絡んでるように思える。魔法の使用はあまり進められないが、いつ何時、何があるか分からない。自分が狙われる立場に居ることを十分自覚して、気をつけて行きなさい」

「はい、ランド師匠!」

「魔法発動体も手放さないようにしろよ。いざというとき、己の身は己自身でしか守れないんだからな」

「逃げるだけなら、魔法らしい魔法を使わずとも大丈夫だろう。弟子がオコジョになったなど笑えんからな。使うなら『戦いの歌』くらいにしておけ」

「はい、ガルト師匠! ゴルト師匠!」
 


 こんな遣り取りを経て、ネギは日本の地を踏んだ。

 その為、ネギは魔法発動体を手放すのが不安だったのだ。

「もし、それをつけていくなら、これを上からつけて行くと良いよ」

 そう言ってマリアが取り出したのは、黒と白の二種類のリストバンドだ。そのリストバンドには、それぞれ『N.S』と緑色の糸でイニシャルが刺繍してある。

「マリアちゃん、これ……」

「うーん。スーツなら、白い方が目立たないかもしれないね。リストバンドなら、ギリギリセーフかと思うんだけど……」

「あの、この刺繍って……」

「あ、ごめんね。私が刺繍したの。初めて刺繍したから、ちょっと歪んじゃったかも……」

「あ、ううん!とっても上手に出来てると思うよ!」

「そう?ありがとう」

 にっこりと笑うマリアに、ネギは頬を染める。

「これ、貰っても良いの?」

「え、当たり前だよ。ネギくんのために用意したんだし」

 そのマリアの言葉に、今度こそネギは顔を真っ赤に染めた。

「ありがとう、マリアちゃん! 僕、このリストバンド、大切にするよ!」

 そんな光景を、車内の人間は微笑ましそうに見ていた。

 そして、完全に空気になってしまっているアルカは、居心地悪そうに身じろいだのであった。



   *   *



 そして、特に問題を起こすこともなく、ネギ達は学園に到着した。

 のんびり歩きながら約束の場所にネギ達は向かうが、時間が経つにつれ、段々と人が多くなっていく。どうやら通学ラッシュらしい。

 皆が慌てて走る中、ネギ達は邪魔にならないように気をつけながら歩いていた。

 そんな時、元気な少女の声が聞こえてきた。

「やばい、やばい! 今日は早く出なきゃならなかったのに!」

 その声の持ち主が後ろから徐々に近づいてくる。

「でもさ、学園長の孫娘のアンタが、何で新任教師のお迎えまでやんなきゃなんないの」

「スマン、スマン」

 新任教師という単語が聞こえて、ネギは振り返った。

 走ってくるのは明るい髪色のツインテールの少女と、綺麗な黒髪の少女だった。

「学園長の友人なら、そいつもじじいに決まってるじゃん」

「そうけ? 今日は運命の出会いありって占いに書いてあるえ」

「え、マジ!?」

「ほら、ココ」

 そんな彼女たちの様子を見て、ついネギは言ってしまった。

「失恋の相が出てる…」

「え゛……」

 ツインテールの少女とばっちり目が合った。

「何だと、こんガキャー!」

「うわああ!?」

 しまった、と思ったときにはもう遅く、ネギは少女に物凄い形相で怒鳴られてしまった。

「す、すいません。何か占いの話しが出たようだったので」

「どどどどういうことよ。テキトー言うと承知しないわよ!」

 滝のような涙を流して迫られ、ネギはたじろぐ。

「すいません。あの、ただ、告白しないほうが良いってことで……」

「どういうことよ!?」

「なあなあ、相手は子供やろー?この子ら、初等部の子と違うん?」

「あたしはね、ガキは大ッッキライなのよ!」

 ツインテールの少女はネギの頭を鷲掴み、そのまま持ち上げた。凄い力だ。

「取・り・消・しなさいよ~」

「あわわ。あの、今日は、失恋の相が出てるってだけです。未来のことまでは、分かりません~」

 そう言って慌てるネギに、そういう事なら、と、とりあえず落ち着きを取り戻した少女は、ネギの頭から手を離した。

「坊や達、こんな所に何しに来たん? ここは、麻帆良学園都市の中でも一番奥の方の女子校エリア。初等部は前の駅やよ」

「もしかして、降りる所を間違えたの? 駅への戻り方は分かる?」

 先程の態度から一変し、少し心配そうにツインテールの少女が聞くが、ネギがそれに答える前に、上から聞き覚えのある声が降ってきた。

「いや、いいんだよアスナ君!」

 見上げた場所には、見知った顔があった。

「久しぶりだね、ネギ君! アルカ君!」

「た、高畑先生!?」

「おはよーございまーす」

「お、おはよーございま……!」

「久しぶり! タカミチーッ!」

「!? し、知り合い…!?」

 ツインテールの少女が驚いたように後ずさる。

「麻帆良学園へようこそ。いい所だろう? 『ネギ先生』」

「え…、せ、先生?」

「あ、ハイ、そうです」

 驚く少女達に、ネギは一つ咳払いをして、挨拶する。

「この度、この学校で英語教師をやることになりました。ネギ・スプリングフィールドです」

「え…ええーっ!!」

 子供が教師と聞いて、少女達が騒ぎ、担任になると聞いて、それは更に酷くなる。

「あの、まだまだ未熟者ですが、精一杯頑張ろうと思ってます。こんな子供でお二人が不安に思われるのも分かりますが、周りの先生方にもよく相談して勤めようと思ってますので、どうかよろしくお願いします」

 馬鹿丁寧な、そして心からそう思っているのだと分かる真面目な様子に、少女達は口を閉じたものの、詳しい話は学園長に聞くという事で話がまとまった。

 その少女達の様子に、ネギは一先ず安堵した。知らないうちに緊張していたらしく、ネギは肩から力を抜く。
 そんなネギの様子を、アルカが困惑した表情で見ている事に、ネギは気が付かなかった。

 それを知っているのは、にこにこと微笑みながら、その様子を全て見ていたマリアだけだった。








[20551] 第九話 それぞれの修行
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/07/27 13:59

「マリアとネギ君は、もう日本に着いたかなぁ……」

 東の空を見上げて、ランドが呟く。

「あら? ランドさん」

「んん? あ、ネカネさん。こんばんは」

「こんばんは、ランドさん。お仕事の帰りですか?」

「はい、そうです。先日はありがとうございました。マリアを夕食に呼んでいただいたそうで……」

「いいえ、ネギも嬉しそうにしていましたし。こちらも、ネギが大変お世話になっていましたし……」

「いえいえ、そんな。ネギ君は筋が良くて教え甲斐がありましたよ」

「まあ、そうなんですか?」

「ええ、そうなんですよ」

 うふふ、あはは、と笑いながら、帰り道が一緒のため、並んで歩く。

「あ、では、私はここで」

「ああ、そういえばネカネさんの家はこのすぐ先でしたね」

「ええ。では、また……」

「はい、また今度……」

 にっこり笑いあって、そのまま別れる。

 そして、それは現れた。

「「ラ~ンド~……」」

「うおっ!? あ、兄貴!?」

「「貴様、ネカネさんと何を話していた~」」

「は? いや、普通にネギ君とマリアの事だけど……」

「「一緒に帰るなど、羨ましい、妬ましい……」」

「あ、兄貴……?」

「「我等が思い、受け取るがいい!!」」

「え、なんで、ぎゃぁぁぁぁぁ!!?」

 ランドの悲鳴が響いた、そんな、とある日の夕方。



   第九話 それぞれの修行



「学園長先生!! 一体どーゆーことなんですか!?」

「まあまあ、アスナちゃんや」

 学園長室に、ツインテールの少女、神楽坂明日菜の声が響き渡る。

「なるほど。修行のために日本で学校の先生を……。そりゃまた大変な課題をもろうたのー」

「は、はい。よろしくお願いします」

 一般人が居るにもかかわらず、簡単に『修行』という単語を出した学園長にネギは驚く。

 そんな学園長を、アルカは胡散臭そうに見つめ、マリアは困ったように眉を下げる。

「しかし、まずは教育実習とゆーことになるかのう」

「はあ…」

「今日から三月までじゃ…。ところでネギくんには彼女はおるのか? どーじゃな?うちの孫娘なぞ」 

「ややわ、じいちゃん」

 ガスッ!

黒髪の少女、近衛木乃香は躊躇い無くハンマーを学園長の頭に振り下ろした。

「ちょっと待ってくださいってば! だ、大体子供が先生なんておかしいじゃないですか! しかも、うちの担任だなんて…!」

 アスナの訴えを、学園長は笑ってかわす。

「それで、アルカ君とマリア君の修行なんじゃが…」

 学園長がアルカとマリアに視線を移した時だった。

 コンコンッ。

 ドアをノックする音がした。

「おお、来たようじゃの。入ってくれ」

「失礼します」

 入ってきたのは、二人の男女だった。

 一人はどこかの執事が着ていそうなフォーマルな服を着た男装の麗人で、もう一人は『フラワーショップ・スズモト』というロゴの入ったエプロンをつけた男性だ。

「こちらの方達が、アルカ君とマリア君の修行先の店長達じゃ」

「こんにちは。私は東堂祥子。ブティック『KANON』の店長だ」

「僕は鈴本陽一。『フラワーショップ・スズモト』の店長だよ。よろしくね?」

 学園長の言葉を受けて、それぞれが自己紹介をする。それに対し、アルカとマリアも自己紹介をする。

「はじめまして、東堂店長。アルカ・スプリングフィールドです。よろしくお願いします」

「はじめまして。マリア・ルデラです。一生懸命頑張ろうと思っていますので、よろしくお願いします」

 そう言って、二人は頭を下げた。

「ふはは。いいねぇ、可愛いねぇ」

「うん。よろしくね」

 東堂店長は不敵に笑い、鈴本店長はのほほんと笑顔を浮かべる。

「丁度、マスコットが欲しいと思っていたんだよ」

「へ?」

「なに、住むところは店の二階が空いているから、そこに住むと良い。ふふふ、楽しみだねぇ」

 ギラギラと捕食者の様な目をした東堂店長が、アルカにじりじりとにじり寄る。

「いいねぇ、本当に可愛いよ。この服が似合いそうじゃないか!」

 そう言って、一体何処から出したのか、東堂店長はビラッ、と服を取り出した。

「この、ゴスロリ服がなぁぁぁ!!」

「な、なにぃぃぃ!?」

 ふはははは、と高笑いする東堂店長に、アルカはどん引きする。

 東堂店長が取り出したのは、レースがふんだんに使われたゴスロリ服である。もちろんスカートだ。

「お、俺に女装しろと!?」

「その通りだ! ふはははは! さあ、カモーン! 可愛くしてやろう!!」

「お、お断りだぁぁぁぁ!!」

「あ、待て! 何処へ行く!? 逃がすかぁぁぁぁぁ!!」

 アルカは学園長室から飛び出し、東堂店長はゴスロリ服を持ったまま追いかける。

 後に残ったのは、気まずい沈黙だった。

「あー、ゴホン。で、ネギ君」

「あ、は、はい」

 咳払いをし、学園長はネギに問う。

「この修行はおそらく大変じゃぞ。ダメだったら故郷に帰らねばならん。二度とチャンスはないが、その覚悟はあるのじゃな?」

「は、はいっ。やります。やらせてくださいっ!」

 ネギの力強い言葉に、学園長は頷く。

「うむ、わかった! では今日から早速やってもらおうかの。指導教員のしずな先生を紹介しよう。しずな君!」

「はい」

 入ってきたのは、柔らかい微笑を浮かべた女性だ。
 ネギは一歩下がって、しずなに場をあけ渡す。

「わからないことがあったら彼女に聞くといい」

「よろしくね」

「あ、ハイ。よろしくお願いします」

 微笑むしずなに、ネギは頭を下げる。

「そうそう、もう一つ。このか、アスナちゃん。しばらくはネギ君をお前達の部屋に泊めてもらえんかの?」

「げ」

「え…」

 学園長の言葉に、ネギとアスナは一瞬言葉を失う。

「もうっ! そんな、何から何まで、学園長ーっ!」

「かわえーよ。この子」

「ガキはキライなんだってば!」

 そんな学園長達の遣り取りに、横から口をはさむ者が居た。

「あー、すいません、学園長。ちょっと、お話しが」

「ん?なんじゃ?」

 鈴本店長である。

「実は、マリアちゃんの住まいの事なんですが…」

「ん?お主の家の離れを使わせてくれるのではなかったかの?」

「ああ、はい。そのつもりだったんですが…実は……」

 鈴本店長の話によると、その離れの一角が、謎の爆発により崩れてしまい、修理には一ヶ月ほどかかりそうなのだという。

「それで、マリアちゃんの住まいなんですが…」

「あ、大丈夫です。私、テント持ってきましたから。お風呂さえ貸してもらえれば、一ヶ月くらいなら…」

「マ、マリアちゃん!? もしかして、野宿する気!?」

「え? 駄目?」

「駄目だよ! 駄目に決まってるよ!!」

 ネギは必死になって引き止める。

「大丈夫だよ。別に熊が出るわけでもないし」

「大丈夫じゃないよ! 別のものが出るかもしれないじゃないか! しかも今は二月だよ!? アスナさん、お願いです! 僕は子供でも、仮にも教師ですから、アスナさん達のお部屋に居座るわけにはいきません。ですが、マリアちゃんは別です! どうか、マリアちゃんを泊めてあげてください!」

「はあ!?」

「ネギくん?」

「お、男の子やな、ネギ君!」

 ネギの訴えに、アスナとマリアは目を丸くし、このかは感動したように目を輝かせる。

「お願いします、アスナさん!」

「ちょ、ちょっと…」

「ネギくん、私は大丈夫だよ?」

「マリアちゃん! お願いだから、屋根のある、鍵のかかる所に居て!」

「ネギ君、ウチは感動したえ!」

 このかが、がっちりとネギの手を取る。

「二人とも、ウチらの部屋に来たらええ! な、アスナ、ええやろー?」

「えっ!?」

「そんな、僕は良いんです。マリアちゃんさえ泊めていただければ!」

「あの、ネギくん。私はテントで…」

「お願いだから、マリアちゃん。言うことを聞いて!」

 そんなネギ達の遣り取りに、ついにアスナが折れた。

「ああー! もう、わかったわよ! 二人ともあたし達の部屋に泊まればいいでしょう!!」

 アスナの声に、このかが嬉しそうに笑う。

「さすが、アスナ!」

「え、いえ、僕はマリアちゃんからテントを借りて…」

「あの、私はテントで良い…」

 往生際の悪いことを言う二人に、アスナは怒鳴りつける。

「あたしが良いって言ってるのよ! いいから、あんた達二人ともあたし達の部屋に来なさい!!」

 こうして、まさかの同居生活がスタートしたのであった。







[20551] 第十話 新生活の第一歩
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/07/28 09:19


 ネギは頭上を見上げて、しずなに聞く。

「あのー、しずな先生。これは、引っかかった方が良いんでしょうか?」

「え?いえ、別にわざわざ引っかからなくても良いんですよ?」

「あ、そうなんですか。コミュニケーションを円滑に進めるために、引っかかった方が良いのかと思ったんですが」

 しずなは困ったように微笑む。

「そんな事しなくても、円滑に進めますよ」

「そうですか? では」

 ガラッ。

「あ」

 黒板消しが落ちてきた。

「えい!」

 それをネギはクラス名簿で打ち上げ、それは水の入ったバケツに当たり、そのまま転がったバケツに玩具の矢が張り付いた。


「「「「「お、おお~!」」」」」


 その様子を見たクラス中の人間が神業に唸り、拍手する。

 そんな中、ネギは教壇の前に立ち、言う。

「こんにちは。今日からこの学校で英語を教えることになりましたネギ・スプリングフィールドです。三学期の間だけですけど、よろしくお願いします」

 一瞬の沈黙の後…。

「「「「「キャアァッ! か、かわいい~!!」」」」」

 歓声が教室に響いた。



   第十話 新生活の第一歩



 次々に生徒達が席を立ち、ネギは女子中学生という名の津波に飲まれた。

「何歳なの~?」

「えっ!? その、十歳で…」

「どっから来たの!? 何人!?」

「ウェ、ウェールズの山奥の」

「ウェールズってどこ?」

「今どこに住んでるの!?」

 パワフルな生徒達の勢いに、ネギは押され気味だ。

 その向こうでは、生徒がしずなに確認を取っている。

「…マジなんですか?」

「ええ、マジなんですよ」

 その質問に、しずなは微笑んで肯定した。

「ホントにこの子が今日から担任なんですかー!?」

「こんなカワイイ子もらっちゃっていいの~!?」

 どんどん騒ぎが大きくなっていく中、ネギは声を張り上げる。

「あ、あの! 質問なら順番に聞きますから、席に座って下さい!」


「「「「「は~い」」」」」


 ほぼ全員が声をそろえて返事をした。
 ノリの良いクラスである。

「ええと、では、質問のある方は手を挙げて下さい」

「はい!」

 勢いよく手を挙げたのは、出席番号三番の朝倉和美だ。

「ええと、では、朝倉さん」

「おお!」

「出たな、麻帆良のパパラッチ!」

はやし立てる声に、どーもどーも、と朝倉は手を振りながら立ち上がる。

「では、まず最初に、先生は十歳ということですが、学力の方はどれくらいなんですか?」

「大学卒業程度の語学力はあります」

「「「「「おお~」」」」」

 全員が感心したような声を上げる。

「オックスフォードを出たという噂がありますが、それは本当ですか?」

「ええ、一応は…」

 表向きは、そうなっている。

「では、最後に、皆が気になってることだと思うんですが…」

「はい?」


「「「「「好きな子はいますか~?」」」」」


 お約束の中のお約束。
 ほぼ全員が声を揃えて聞いてきた。

「へ? 好きな子?」

 思い浮かべるのは、ただ一人。


 ボッ!


「「「「「いるんだ~!!」」」」」


 一瞬で真っ赤になったネギに、クラスは大騒ぎだ。

「誰? その子、どんな子~!?」

「その子の名前は!?」

「可愛いの!?」

「その子との関係は!?」

「その子も外国人!?」

「あうあう…」

 一気に騒がしくなった生徒に、ネギは顔を真っ赤にしてうろたえる。

「いいちょ、止めなくていいの~?」

「いいんです。これは大切な事なんです! どこの女狐がネギ先生に色目を使ったのか知らなくては!!」

「女狐…」

「色目って…」

「ショタちょー…」

 暴走する生徒達に、ネギは涙目だ。

 この暴走は、一先ずはしずなが治めたものの、マリアはアスナ達の部屋にネギと共に居候する事が決定している。ネギの『好きな子』が知れるのは、最早時間の問題である。

 興味津々の生徒達の視線を背中に感じ、頭を抱えたくなるのを堪えながら、ネギは授業を始めたのであった。



   *   *



「……よし、居ないな」

 アルカ・スプリングフィールドは、現在逃亡中であった。

「はぁ……」

 繁みの中、アルカは溜息を吐いた。


 まさか、こんな事になろうとは……。


 あの店長との鬼ごっこを始め、既に一時間は経っている。
 この数年間、欠かさず鍛錬に勤しみ、鍛えてきた筈なのに、逃げ切れないとはどういう事か。

「あの店長、まさか忍者とかじゃないだろうな…」

 アルカがそう思うのも無理は無い。
 東堂店長は思わぬ所から現れるのだ。

 逃げた先の木の上から降ってきたり。
 逃げた先の天井に張り付いていたり。
 逃げた先の三階の窓に張り付いていたり。


 いつの間にか、後ろにいたり。


 バッ!


 アルカは思わず後ろを振り向くが、誰も居ない。

 再びアルカは、疲れたように溜息を吐く。
 あの店長との鬼ごっこは、既にホラーの域に達していた。

 アルカは徐に懐から小袋を取り出して、それを撫でる。

 この小袋の中には、アルカの師であった式神の紙が入っていた。

 アルカの師であるアースとライラは、数ヶ月前にその役目を終えた。
 もちろんアルカは悲しかったが、彼等は言ったのだ。これは、死では無いと。
 ただ単に、今のアルカでは、この二人を実体化させられる実力が無いのだ。
 それでも、今まで実体化させられていたのは、アルカの願いの結果である。

 だから、早く強くなって我々をまた呼んでくれ。

 そう言って、彼等は紙に戻ったのだ。

 彼等ほどの式神を使役出来るようになるのは、一体何時になるのかは分からない。
 けれど、可能性はゼロじゃない。

 アルカは誓いを胸に、再び小袋を撫でた。

 そして、小袋を懐に戻した瞬間……。

「見~つけたぁぁぁ!」

「ぎゃああぁぁぁぁ!?」

 東堂店長が血走った目で繁みに飛び込んできたのだ。

「さあ! 可愛くなるんだぁぁぁぁぁ!!」

「嫌だっつってんだろうがぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 アルカのホラー鬼ごっこは終わらない。



   *   *



「いや~。本当にごめんねぇ、マリアちゃん」

「いえ、良いんですよ。気にしないで下さい」

 のほほん、という空気を撒き散らすのは、『フラワーショップ・スズモト』の店長、鈴本陽一だ。
 鈴本が謝っているのは、マリアの住まいの事である。
 前々から鈴本の家の離れを貸すという約束をしていたのに、それを守れなかったのだ。

「あの謎の爆発さえ起きなければねぇ~」

 その爆発があったのは、つい二日前の事であった。

 夜中に人の話し声がしたと思ったら、次の瞬間聞こえたのは爆発音。

 何事かと思って様子を見に行けば、そこには誰も居らず、一部が崩れた離れが在るのみだった。

「爆発物なんて置いてなかったんだけどねぇ? やっぱり悪戯なのかなぁ?」

 物騒だよねぇ、とやっぱりのほほんと言う店長に、マリアは苦笑いを浮かべる。

 それは、絶対に魔法使いの仕業だろう。
 だって、学園長の口元が引き攣っていたし、それに…。

「まあ、学園長が見舞金を出してくれたし、良い業者さんを紹介してくるらしいし、予定よりは早く直るみたいだから、安心だねぇ」

 そう。学園長が見舞金を出し、業者の手配までしたのだ。

「学園長って、良い人だねぇ。この学園都市の代表なだけはあるねぇ」

 のほほん、と笑うこの店長は魔法使いの事を知らない一般人だ。
 それもあって、学園長は店長に気を使ったのだろう。まあ、当然といえば当然なのだろうが。

「あ、マリアちゃん。あそこがうちの店だよ」

 鈴本店長が指したのは、商店街の中にある小さな花屋だ。

「これからよろしくね、マリアちゃん」

「はい、店長」

 にっこり笑いあう二人は、のほほん、とした空気を撒き散らし、お互いの存在に和んだのであった。









[20551] 第十一話 見習い先生
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/07/29 07:40
「ふぅ…やっと一段落だ」

 授業を終えたネギが、下校中の生徒に混じり、歩く。

「はあ…。やっぱり教えるって難しいな……。後でタカミチに相談してみよう」

 パワフルな生徒達に押され、ネギは疲れきっていた。一体高畑はあのクラスをどうやってまとめていたのだろうか。コツがあるなら是非教えてもらいたい。

「あ、あれは、確か僕のクラスの……」

 ネギの視線の先に居たのは、出席番号二十七番の宮崎のどかだ。

「わ、あんなに沢山本を持って……」

 ヨロヨロしながら階段を降りていくのどかを見て、ネギは階段の方へ駆け寄る。

「宮崎さん! 危ないですよ、手伝います!」

 ネギが、そうやって声をかけた、その時だった。

「え? あ……」

 のどかが階段を踏み外したのだ。

「きゃあああああ!」

「宮崎さん!」


――『戦いの歌』!


 ネギは咄嗟に魔法を発動し、のどかを抱きとめた。


 どさっ!


 ネギは上手く勢いを殺して、のどかを抱きとめたものの、その反動で尻餅をつき、のどかの下敷きになった。

「う……、み、宮崎さん、大丈夫ですか?」

「え……?」

 ネギはのどかの下敷きになりながらも、のどかの安否を尋ねるが、のどかは混乱して状況を把握できていないらしい。

「ちょっと、あんた達、大丈夫!?」

 そう言って駆け寄って来るのは、アスナだ。
 どうやら、先ほどの事を見ていたらしい。

「宮崎さん、大丈夫ですか?」

 ネギがもう一度のどかに尋ねる。

「え? あっ!?」

 ようやく状況を把握したらしいのどかは、急いでネギの上からどいたが、すぐに座り込んでしまった。

「宮崎さん!?」

「本屋ちゃん!?」

 どこか怪我でもしたのかと、ネギとアスナは慌てるが、のどかは恥ずかしそうに微笑んだ。

「あ、あの…腰が、ぬけちゃった……」

 その言葉に、ネギとアスナは安堵の息を吐いたのであった。



   第十一話 見習い先生



「すいません。僕が急に声をかけたばっかりに……」

 座り込んだままののどかに、ネギも膝をついて頭を下げる。

「え、いいえ…! あの、私が無茶をしたからで、ネギ先生は悪くないです」

 ネギの謝罪に、のどかは慌てた。

「いえ、僕がもっと気をつけていれば…」

「あの、私が本を沢山持っていたからで…」

 おろおろと互いに責任を被ろうとするネギとのどかに、アスナが溜息混じりに言う。

「もう! それよりもまず先に、二人とも保健室に行きなさいよ。階段から落ちた本屋ちゃんはもちろんだけど、あんたは本屋ちゃんの下敷きになったのよ。一見、平気そうに見えるけど、ちゃんと診てもらったほうが良いわ」

「あ、はい! 宮崎さん、立てますか?」

「あ、ええと…」

 無理そうだった。

「ああ、そうでした。じゃあ、ちょっと失礼しますね」

「え? きゃっ!?」

 ネギはのどかに断りをいれてから、そのまま抱き上げた。
予想外の事態に、のどかは頬を赤く染める。

「あんた、結構力があるのね…」

 驚きも顕に、アスナはネギを見る。

「はい。鍛えてますから」

 にっこり笑うネギに、アスナは自身の力持ち加減も手伝ってか、そのままネギの言葉をあっさりと信じた。

「けど、あんたはそんな事して大丈夫なの?」

「僕は大丈夫ですよ。けど、一応保健室で診てもらうことにします」

「そう…。じゃあ、あたしは本を先に届けてから保健室に行くわ。本屋ちゃん、この本って図書館島のでしょ?」

「え!? あ、うん。受付に持っていってもらえれば…」

「オッケー。じゃあ、先に保健室へ行ってて。すぐ追いかけるから」

 アスナはそう言うと、散らばった本を集めて、図書館島へ向かった。

「じゃ、宮崎さん。行きましょうか」

「は、はい」

 そう言ってネギはのどかを抱きかかえたまま歩き出すが、すぐに足を止めた。

「あの、宮崎さん…」

「は、はい?」

 ネギはちょっと気まずそうに尋ねた。

「保健室って…何処ですか……?」

 その問いに、のどかはキョトンとして目を瞬き、くすくすと笑い出したのであった。



   *   *



「どこも痛いところは無いのね?」

「はい」

「そちらの先生も?」

「はい」

 養護教諭はう~ん、と唸りつつも、言う。

「宮崎さんは、特にぶつけた所もないようだから、病院に行かなくても良いでしょう。けど、ネギ先生は一応病院で検査してもらったほうが良いわ」

「え……」

 養護教諭の言葉に、のどかは青くなる。

「ああ、大丈夫よ。私が診たかぎりでは、異常はないわ。けど、念のためにね。結構な高さから落ちてきた人間の下敷きになったんですもの。生徒を庇ったのは教師の鑑、と褒めておきますが、大人としては、何て無茶をしたの、と言わせていただきますよ。ネギ先生」

「はい。ですけど、もし次に同じようなことがあっても、僕は同じ事をします」

 真っ直ぐ養護教諭を見つめるネギに、養護教諭は溜息を吐く。

「はあ……。まったく、教師の鑑ね。宮崎さんも、こんな無茶する人間が居ることを忘れずに、次からは気をつけるのよ」

「はい」

 真剣な表情で頷くのどかに、養護教諭は微笑んだ。
 その時だった。

「失礼しまーす。あの、本屋ちゃ…じゃなかった。宮崎さんとネギ先生は居ますか?」

 ドアがノックされ、ひょこりと顔を覗かせたのは、アスナだった。

「ええ、居ますよ。では、ネギ先生。明日は病院に行って、今日は安静にしていてくださいね。宮崎さんも、もし違和感とか感じるようだったら、すぐに病院に行ってね」

「はい」

「分かりました」

 それぞれが養護教諭に頭を下げ、保健室を後にした。



「んー。そっか、今日は安静にしてなきゃいけないんだ」

「はい。一応、明日病院に行ってきます」

「そう。あ、あんた保険証とか持ってる?」

「え、保険証?」

 ネギとアスナの会話に、のどかが控えめに口をはさむ。

「あの、アスナさん」

「ん? 何、本屋ちゃん」

 チラチラとネギを見ながら、のどかは言う。

「あの、今日は、ほら、ネギ先生の……」

「んー? ………ああ!!」

 しばらく考え込んだアスナだったが、すぐに何か思い出したかのように声を上げた。

「あー、どうしよう。絶対に安静に出来ないと思うわ…」

「あの、今日は中止とか…」

「んー、仕方がないよね」

「あの、ごめんなさい。私の所為で…」

 落ち込むのどかに、アスナは慌てる。

 そんな少女達の様子に、ネギは首を傾げた。

「あの、今日は何かあるんですか?」

 ネギの質問に、アスナとのどかは顔を見合わせた。

「…今日は、一応顔を出すだけ出して、事情を話して明日に延期しましょうか」

「…けど、大丈夫かな?」

「仕方がないから、あたしが盾になるわ」

「あ、私も…」

「いや、本屋ちゃんも今日は安静にしていて」

 ネギには話しが見えなかったが、少女達の間では何かが決定したらしかった。

「ねえ、悪いんだけど、ちょっとだけ教室に寄ってもらえる?」

「すいません、ネギ先生」

 そんな二人に、ネギは再び首を傾げた。



   *   *



 パン! パン! パパーン!!



「「「「「ようこそ! ネギ先生―!!」」」」」



「へ…」

 ネギを出迎えたのは、クラッカーの紙吹雪と、生徒達の歓迎の言葉だった。

「あ、あの…!?」

「あー、実はね、今日はあんたの歓迎会をしようって事になってて…」

「あの…ごめんなさい……」

 そう言って肩を落とすのどかに、ネギは慌てる。

 そんなネギ達の様子を訝しがって、朝倉が寄ってくる。

「ねえ、どうしたの?」

 そこで、アスナが事情を話し出した。

「え! そうなの!? 本屋ちゃんもネギ君も大丈夫!?」

「あー、あそこか。あそこって、手すりが無くて危ないんだよね」

「そうそう、あそこ降りるの恐くってさ」

「うーん。ウチ、じいちゃんにあそこに手すりとか付けてもらえるように、話してみるわ」

「大丈夫? こーゆーのって、署名とか必要だったりしない?」

「大丈夫やと思うよ」

 各々が納得し、二人の安否を尋ね、予防策を練る。

「そういう事なら仕方が無いね。歓迎会は、ネギ君の検査で異常が無かったら、改めて開こうか」

「おー。そうしよう」

「その時は私がもっと盛大に開いて見せますわ!」

「お! さすが委員長!」

「よ! ショタちょー!」

「誰がショタちょーですってぇぇ!?」

 騒がしくも、クラスは暖かさに満ちていた。
 ネギとのどかを心配し、そして、落ち込むのどかに気を使わせないように…。

 なんて良い人達なんだろう。

「皆さん、ありがとうございます!」

 感激したネギは、満面の笑みを浮かべ、そう言ったのだった。










[20551] 第十二話 魔法使いの小さな魔法
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/07/30 07:36
「ネギくん、ネギくん! 階段から落ちたって本当!?」

「へっ!?」

「怪我は無い? 何処か、痛い所とかは?」

「マ、マリアちゃん?」

 慌てた様子で、パタパタとネギの体を触って安否を尋ねるマリアに、ネギは目を白黒させる。

「あー。何か、情報が間違って伝わったみたいね」

「ラブラブやなー」

 その様子を、家主達は生暖かい目で見ていた。



   第十二話 魔法使いの小さな魔法



「え? 病院に?」

「そうなんよ。で、保険証とか持っとる?」

 事情を聞いて、落ち着きを取り戻したマリアに、このかが聞く。

「えっと、保険証って、あれですよね…。私もネギくんも持っていません」

「そうなん? なら、じいちゃんに言わんと…」

「やっぱり、実費になりますか? 幾らくらい掛かるんでしょうか?」

「うーん。けっこうすると思うんやけど、まあ、今回は校内での出来事で、学園の設備にも問題があったし、どうにかなると思うえ」

「そうですか?」

 マリアとこのかの会話を聞いて、アスナはネギに言う。

「あんた達、もう結婚しちゃえば?」

「ええっ!?」

 マリアに聞くこのかもこのかだが、それに対応するマリアもマリアだ。まるでネギの奥さんのような対応である。

 そんなアスナの言葉に、ネギは顔を真っ赤に染める。

「出来ればそうしたいですけど、分厚い三枚の壁が…」

 目を逸らし、ごにょごにょと口の中で呟くネギに、アスナは首を傾げた。

「まあ、とりあえず、お風呂にでも入ってくれば? 使い方は分かる?」

「あ、はい。一応、教えてもらえますか?」

「いいわよ。お風呂はこっちよ」

 お風呂セットを持って、ネギはアスナについて行く。

 風呂は、寮の個人部屋についている風呂にしては広いほうだった。

「わあ、やっぱり少し違いますね」

「そうなの?」

 アスナはとりあえず使い方を説明していく。

 その説明を聞くネギに、アスナはつい聞いてみたくなった。

「ねえ、あんたはもうあの子に告白したの?」

「へ!? こ、告白って、誰に!?」

「あのマリアちゃんよ。他に居ないでしょ?」

「はう…」

 ネギは顔を真っ赤にして、目を泳がせる。

「ふぅん。まだなんだ」

「うう……」

 にやにやと笑うアスナに、ネギはうめく。

「まあ、いいじゃない。あんた達はまだ小さいし、年も近いんだし」

 からからと笑ってそんな事を言うアスナに、ネギはやり返す。

「と、いう事は、アスナさんの好きな人は年が離れてるんですね」

「うぐ…!?」

「年上だったり?」

「はう!?」

「もしかして、先生?」

「ぬあ!?」

「……タカミチ?」

「な、何で分かったの!?」

 慌てるアスナに、今度はネギが生暖かい視線を向ける。

「うう…。誰にも言わないでよ……」

「もちろんです」

 うめくアスナに、ネギは笑顔で頷いた。

「ああ、もう。まさか、あんたにバレるとはね…」

 溜息を吐くアスナに、ネギは笑う。

「タカミチはいい人ですよ。アスナさんは見る目があります」

「でしょー!!」

 ネギの言葉に、アスナは嬉しそうに同意する。

「あんな素敵な人なんて、滅多に居ないわよ!」

 瞳を輝かせるアスナに、ネギは、本当に好きなんだなー、と思いながら相槌をうつ。

「けど、やっぱり、年の差とか、先生と生徒だとか、壁がねぇ……」

 落ち込むアスナに、ネギは慌てる。

「ア、 アスナさん…」

「それに、失恋の相も出てるらしいし?」

「うう……」

 まさか、自分の不用意な言葉がここで返ってくるとは思わなかった。

 ネギは自分を落ち着かせるために、一つ深呼吸する。

「あの、アスナさん」

「何よ」

「アスナさんは『魔法』って信じますか?」

「は?」

 ネギの突拍子もない言葉に、アスナは怪訝そうな顔をした。

「僕は、『魔法』を信じています」

「………」

「昔、お爺ちゃんに教えてもらった言葉があるんです」

 ネギは微笑みながら言う。

「わずかな勇気が、本当の魔法なんだって…」

 ネギは、言葉を紡ぐ。

「僕にとっての『魔法使い』の一人がマリアちゃんなんです。その…昔、僕は一人で、とても寂しくて、自分の殻に閉じこもっていた時期があって…」

「え……」

 思わぬディープな話に、アスナは動揺する。

「そんな僕の殻を破るのに根気よくつきあってくれたのが、マリアちゃんだったんです」

「……そうなの」

「マリアちゃんは言ってました。僕に話しかけるのは、少し緊張したって。けど、勇気を出してよかったって」

 滲み出るような優しい瞳で、ネギは言う。

「僕と友達になれたのが嬉しいって」

「………」

「僕は、そんな小さな勇気を出せる『立派な魔法使い』に憧れます。いつか僕も、そんな『魔法使い』になりたいと思っています」

 真摯な瞳がアスナを映す。

「占いなんて、ただの予想で、本人の行動と意思次第ではどんどん変わっていくものなんです。さっきアスナさんが言ったように、色々と問題があって難しいでしょうけど、諦める必要は一つもありません。先生と生徒なんて、時間が解決してくれます。年の差なんて、いつか気にならなくなります。だから…」

「ああ、もう! もう、良いわよ! 分かったから…」

 アスナは頬を赤く染めながら、ネギの言葉を遮った。

「誰が諦めるって言ったのよ。冗談じゃないわ! あたしの気持ちは、そんなヤワじゃないんだから!」

 プイッ、とそっぽを向いて、アスナは言う。

「まったく、失礼しちゃうわ!」

「あ、すいません…」

 困ったように眉を下げるネギを横目に、アスナは風呂場から出て行く。

「分かったなら、さっさとお風呂に入っちゃって下さい。ネギ先生!」

「え?」

 そう言い逃げするように、アスナはパタパタと足音を立てて去って行った。

「……少しは、認められたのかな?」

 頬が緩むのを感じながら、ネギは風呂に入る支度をするのであった。



   *   *



 現在午後八時。
 アルカと東堂店長の鬼ごっこは未だ続いていた。

「だぁぁぁぁ! しつこいんだよぉぉぉぉぉ!!」

「ふはははははははははは! この程度で私が諦めるとでも思っているのかい!?」

「むしろ、諦めろよぉぉぉぉぉ!」

 アルカの疲労はピークに達しており、東堂店長のテンションは残念な事にマックスに達していた。

「ふはははは! 隙ありぃぃぃぃぃぃ!!」

「なにぃぃっ!?」

 東堂店長はこれまた何処から取り出したのか、カウボーイのように投げ縄を取り出し、それを投げてきたのだ。
 そんな東堂店長に対し、アルカは迫る縄を紙一重で避けるという技を見せたが、残念なことに、東堂店長の腕はその上を行った。

 アルカに避けられ、あらぬ方向へ向かう縄を、手首のスナップで引き戻し、東堂店長はまるで生き物のようにそれを扱い、遂にそれはアルカを正確に捉え……。

「ゲェェェェェットォォォォォォォォ!!」

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!?」

 アルカは東堂店長に捕獲されたのだった。

「ふっふっふ。さあ、観念して可愛くなるがいい!」

「出来るかぁぁぁぁ!?」

 叫び、もがくアルカを東堂店長は素早く簀巻きにする。そして、ふと、ある重大な事に気付いた。

「ところでアルカ君」

「何だよ!?」

「此処は何処だい?」

「……知るかぁぁぁぁ!?」

 現在、何処とも知れぬ山奥で、二人は迷子、むしろ絶賛遭難中であった。

「ふ。これが欲望のままに突っ走った結果ということか…」

 どこか陰のある、大人の顔で東堂店長はそう言うが…。

「何を、自分カッコイイこと言った、みたいな顔をしてるんだ…」

 簀巻きアルカの鋭いツッコミが入った。
 どちらにせよ、後先考えずに山に入った二人は救いようがない。

 だが、天は彼等を見捨てていなかった。
 この救いようのない二人に、まさかの救いの手が差し伸べられたのだ。

「おや、ネギ…坊主?」

 そう呟いて現れたのは、糸目の少女だった。



「いやー。すまないね。まさか迷子になるとは思わなくてね」

「いやいや。困ったときはお互い様でござるよ」

 簀巻きにされたアルカを抱え、東堂店長は糸目の少女、長瀬楓の案内で下山していた。

「しかし、ネギ坊主に双子の弟が居たとは知らなかったでござるよ」

「この子はアルカ・スプリングフィールドだ。明日からブティック『KANON』で働くから是非店に遊びに来てやってくれ。アルカ君の可愛いい姿を見せてやろう」

「来ないで下さい、お願いします」

「是非、遊びに行かせてもらうでござるよ」

 アルカの懇願は一瞬で切って捨てられた。

「ふむ。ところでアルカ坊主。ネギ坊主が階段から落ちた生徒の下敷きになったのを知ってるでござるか?」

「は?」

「ふむ。やはり知らなかったようでござるな。明日、病院に行って検査してもらうそうでござるよ」

「え、病院って…」

 アルカは目を丸くした。

 生徒の下敷き? 何を言っているんだ? だって、今の時期なら魔法を使ったネギがアスナに魔法の事がバレて…。

「おや、それは心配だなアルカ君。そういう事なら明日は…」

「お、俺は心配なんかしていない!」

 アルカは思わず東堂店長の言葉を遮って叫んだ。

 そう、だって、ネギは『主人公』なのだ。だから、ここでは怪我なんてしてないし、死んだりなんかしない。だから、大丈夫大丈夫大丈夫。『主人公』は死なない。だから、ネギは死んだりなんかしない。だからだからだから…。

「俺は心配なんかしない。ネギは死んだりなんかしない。だから、大丈夫。だから、だから……」

 酷く混乱した様子でぶつぶつと呟くアルカを見て、東堂店長と楓は顔を見合わせる。

「ふむ。何というか……」

「訳あり、でござるか……」

 二人は視線を交わし、頷く。

「なに、保健室の先生が言う所によると異常は無いそうでござるよ。ただ、ネギ坊主は小さな子供ゆえ、念の為に検査するだけのようでござる。大丈夫でござるよ」

「おお、それは良かったな、アルカ君」

「え、あ……」

「そうと分かれば、さっさと帰ろうではないか、ツンデレアルカ君!」

「は……、え? だ、誰がツンデレだ!?」

「「君(お主)だ」」

「んなぁ!?」

 こうして一行は、賑やかに下山したのだった。



 ただ、ほんの少し、アルカの心の闇を浮き彫りにして……。









[20551] 第十三話 それぞれの一日
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/07/31 21:50



 ガルトとゴルトは東の空を見上げていた。

「ん?兄貴達、何をしてるんだ?」

 それを見たランドが尋ねる。

「ふむ」

「それがな」

「「弟子が危ない橋を渡ったような気がしてな?」」

「は?」

 シックスセンスが冴え渡るマッチョ双子は、腕を組み、考え込む。

「やはり、十歳で異国の地になど…」

「弟子はどこか抜けている所があるしな…」

 呟く双子に、ランドは嫌な予感を覚える。

「「ここは一つ、我等も日本へ…」」

「いや、行くなよ!?」

 筋肉をうきうきさせる双子に、ランドは決死の思いで止めにかかった。



   第十三話 それぞれの一日



 はっ!?

「ランド兄さんが酷い目にあってる気がする……」

 マリアのシックスセンスが冴え渡る。だが…。

「いつもの事か……」

 放置した。

「マリアちゃん?」

「あ、ごめん、ネギくん。その、宮崎さんを『戦いの歌』で助けたんだね?」

「うん。だから、魔法に関してはバレてない筈だよ」

「そっか。よかった」

 マリアとネギが居るのは、とある公園である。

 午前中病院に行ってきたネギは、午後からの出勤を予定しており、マリアの昼休みに合わせて、昼食を一緒にとる約束をしたのだ。

 マリアは先日あった騒ぎの詳しい内容をネギから聞いていた。
 魔法を使ったものの、気付かれなかったらしい。兄達との修行の成果が見て取れた。

 そして、修行内容である『先生』に関しては、パワフルな生徒達に押されつつも、無事に乗り切ったらしい。
 兄のランドに、ポーカーフェイスを徹底的に叩き込まれていたが、どうやらそれが功を奏したらしい。多少のパプニングはあったものの、どうにか『先生』の顔を作れたそうだ。

 マリアの知らないうちに、ネギは成長していた。

「それにしても、このかさんのお弁当美味しいね」

「うん、凄く美味しいね」

 二人が今食べているのは、このかが作ってくれたサンドイッチ弁当である。

「今度、お礼しないと…」

「そうだね。何がいいかな?」

「ネギくんは先生だから難しいかもね」

「う~ん…」

 悩むネギを横目に、マリアは微笑む。

 ネギと関わりを持ち、友達になって三年の月日が経とうとしている。
 最初はどうなることかと思ったが、今ではマリアとネギの間には強い絆が出来ていた。

 寂しそうなネギ。
 不安そうなネギ。
 控えめに笑ったネギ。
 嬉しそうに笑ったネギ。
 満面の笑顔で自分を呼ぶネギ。

 三年間。
 短いようで、長い時をマリアはネギの隣で過ごした。

 ちょっと怖がりで、寂しがりやな可愛い子犬。

 この三年間で、マリアがネギに抱いた印象だ。

 けれど今は……。

「ちょっと、格好良くなった…かな……?」

「え? マリアちゃん、何か言った?」

「ううん、何でもないよ」

 微笑むマリアに、ネギは首を傾げた。



 そんな、のんびりと和やかな会話を交わす二人は、自分達を見ている人影に気付かなかった。

「なんだ、元気そうじゃないか…」

 その人影――随分と可愛らしい格好をしたアルカは、しばらくそんな二人の様子を見た後、そう呟いて走り去って行った。



 昼食を食べ終わったマリアとネギは、しばらくして別れ、各々の職場へ戻っていった。

「お疲れさまです」

「あ、マリアちゃん。もう食べ終わったの?もう少しゆっくりしていても良かったんだよ?」

 のほほん、と言う鈴本店長の手には、小さな花束が握られていた。

「それってミニブーケですか?」

「そうだよ。マリアちゃんは、まだこの辺の事を知らないだろう?だから、探検も兼ねて、これを持って午後は行商に出てくれないかな?」

「ぎょ、行商…ですか?」

「そう。行商」

 マリアの初出勤の際に、その人見知り加減を知り、鈴本店長はちょっと荒行に出てみることにしたのだ。のほほん店長のくせに、大胆というか、極端に走っている。

「いいですけど、お花しおれちゃいませんか?」

「大丈夫。これ、花の切り口のところにジェルを入れてあるから」

 それに今は二月だから大丈夫だよ、と鈴本店長は微笑む。

「えと…。それなら、行ってきます」

「うん、お願いするね。あ、けど、五時くらいまでには戻ってきてね。ブーケが売れなくても、だからね。それから、人通りの無いところには近付かないでね。変な人にもついて行っちゃ駄目だよ。それに…」

 鈴本店長は次々に注意事項を告げるが、それを言っているうちにだんだんと不安になってきたらしい。

「…やっぱり、行商はやめておこうか?」

 マリアは思わず笑ってしてしまった。

「あはは、大丈夫ですよ、店長。危ないことなんてしませんし、そんな所にも近づきません。地図もちゃんと持っていきますから、迷子にもなりません。私、ちゃんと行商に行ってきます」

 にこにこと可愛らしく笑うマリアに、鈴本店長は眉を八の字に下げ、呟く。

「心配だなぁ……」

 それは、子供を初めてのお使いに出す親の心境に似ていた。



   *   *



 マリアが店で少し手伝いをした後、行商の為に店を出てから早一時間。

 マリアは緊張していた。

 マリアが現在居るのは、麻帆良のメインストリートの一つである。
 ここでは申請を出し、それが受理されれば、誰でも露店が開けるらしい。今回、鈴本店長も申請を出し、マリアはここで行商することになったのだ。

 現在午後四時。
 何せ初めての土地だ。地図があるといっても、ここに来るまでそれなりに迷ってしまったのだ。鈴本店長と約束した時間まであと一時間。今日は周囲の探索を目的としているので、持っているブーケは少ないが、できれば一つでも多くのブーケを売っておきたい。


 どきどきする。どうやって売ればいいのかな……。


 ミニブーケの入った籠を抱え、マリアはおろおろと周りを見回した。


 やっぱり、『マッチ売りの少女』みたいな感じで売ればいいのかな?


 籠と道行く人々をチラチラと見比べ、悩む。

 前世では病院での闘病生活であまり人と接する機会が無く、今世でも過保護な家族に溺愛されて育ったマリアは、人見知りをするタイプだった。何度か話せばすぐに打ち解けられるのだが、人に話しかけるまでが長いのだ。

 チラチラ、おろおろ、と挙動不審気味のマリアは、本人は緊張のために気付いていなかったが、目立っていた。そもそもが、金髪に緑色の瞳という、いかにもな外国人の子供で、その容姿は絵に描いたような美少女だ。これで、日本で目立たないわけが無い。
 そんなマリアは、『フラワーショップ・スズモト』とロゴの入ったエプロンをし、ミニブーケの入った籠を持っている。マリアがこのメインストリートに居る目的は明らかで、マリアの様子は、ほんの少しお金に余裕がある人間なら、ミニブーケくらいならちょっと買ってみようか、と思わせるようなものだった。

 そして、それは明石裕奈も同じだった。

「ねえねえ、そのミニブーケ、一つ下さいな」

 茶目っ気たっぷりで言うその姿に、マリアは目を丸くした。



   *   *



「遅れてごめーん」

 そう言って教室に入ってきたのは、買出し担当の裕奈だ。
 現在、二年A組では、ネギの歓迎会が行われていた。

「あ、おかえりー」

「遅かったね」

「何処まで買出しに行ってたの?」

 口々にそう言い、集まってくるクラスメイト達に裕奈は笑う。

「それがねー…。あ、ちょっと待って。ネギくーん」

 わけを話そうとした裕奈だったが、ネギの姿を見つけて、ネギの元へ歩いていく。

「何ですか?」

「ネギ君、お花って好き?」

「え? はい、好きですけど?」

「じゃあ、これあげるー。歓迎の証!」

 そう言って差し出したのは、ミニブーケだった。

「え、わ。ありがとうございます!」

 そう言って嬉しそうにミニブーケを受け取るネギに、裕奈も笑顔を浮かべる。

「裕奈、そのミニブーケどうしたの?」

「いやー、実はね、買出しの途中ですっごい美少女を見つけてさー。ミニブーケを売ってたから、つい買っちゃった」

 そう言って、からっと笑う裕奈に、クラスメイト達はどんな子だったの、と興味津々で聞いてくる。

「ふっふっふ。この裕奈さんにぬかりはないよ!」

 そう言って、裕奈はおもむろに携帯を取り出した。

「実は、一緒に写メをとらせてもらいましたー!」

 自慢げに掲げられたそれに、ネギは思わず吹いた。

「ぶっ!? ゲホッ、ゴホッ……」

 むせるネギに、委員長が慌てて寄ってきて、心配そうに背中を撫でる。

「大丈夫ですか? ネギ先生」

「ケホッ…、だ、大丈夫です」

 ネギが吹いた事で周囲は驚いたものの、大丈夫だと分かって再び興味は写メールに戻る。

「うわっ。本当に美少女だ」

「ひょえー。綺麗な子だねぇ」

「でっしょー。思わず声をかけちゃったよ!」

 きゃらきゃらと楽しげに盛り上がる生徒達に、ネギは頭を抱えたくなった。


 マリアちゃん、何で写メールなんて撮らせたの!?


 ネギの『好きな子』がバレる日は、すぐそこまで迫っていた。



   *   *



「はぁぁ……」

 アルカ・スプリングフィールドは深い溜息を吐いていた。

 それもこれも、全ては東堂店長の所為である。

 アルカは今、ヒラヒラとした可愛らしい服を着ていた。

「ゴスロリ専門店だなんて……」

 まあ、東堂店長がゴスロリ服を取り出した時点で予想してはいたが……。

「うーむ。やはり、スカートの方が……」

 不吉な事を言う東堂店長を無視して、アルカは服を畳む。

 実はアルカは、先日の東堂店長との鬼ごっこに負けはしたものの、スカートを穿く事を断固拒否し、ズボンを死守していた。
 ただその所為か、上半身は可愛らしく飾り立てられ、性別不明の風体という、自分からしてみれば変わり果てた姿をさらしていた。

「今日だけだ…今日だけの我慢だ……」

 ぶつぶつと呪文を唱えるように呟くアルカだったが、それはきっと限りなく難しいだろう。

「明日は何を着せようか……」

 うきうきと上機嫌な東堂店長をはたして止められるだろうか?


 無理かもしれない……。


 一瞬そんな事を考えてしまったアルカは、それを振り払うように頭を振る。

「いや、今日は特別なんだ。今日は、昼に少し抜けさせてもらったから……」

 そう。今日、アルカはネギの様子を見に行っていたのだ。遠目ではあったが、ネギは昼食をマリアと一緒に楽しげに食べており、元気そうだった。

 別に、ネギの事を心配したのではない。
 ネギに何かあったら、自分に不都合が発生するからだ。

 そう。ただ、それだけだ。

 一体何に対する言い訳なのか。
 アルカはそれっきり、今回の事を考えるのを放棄した。

 そうだ。ネギの事になど、これ以上構っていられない。
 アルカはとても忙しい身の上なのだ。

 そう、さしあたって…。

「アルカ君! 明日は、これを着てみようか!」

「あんた少しは自重しろよ!?」

 ゴスロリドレスを持ってきた東堂店長を、どうにかしないといけないのだから。








[20551] 第十四話 マリアと二年A組
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/08/01 23:09
「ネギくん、歓迎会どうだった?」

「楽しかったよ。けど……」

「何かあったの?」

「えっと、あの、マリアちゃん。今日写メール撮らなかった?」

「あ、うん。撮ったよ。ネギくんのクラスの生徒さんだったから、いいかな、と思って。何かまずかったかな?」

「いや、別にまずいことは無いんだけど…」

 問題は、ネギの『好きな子』がマリアで、それに関してネギがポーカーフェイスを作れない事だ。

「僕ってこんなに分かりやすいのに、何で肝心な人は気付かないんだろう……」

 まあ、気付いたとしても、三枚の分厚い壁を破らない限り、それ以上の進展は望めないのだが……。

「道のりも障害も大きすぎるよ……」

「ネギくん?」

 ぼそぼそと愚痴を零すネギに、マリアは首を傾げるのだった。



   第十四話 マリアと二年A組



 ネギ達が麻帆良に来てから五日目の、午後五時半。

 仕事帰りのマリアは、とある店の前を通りがかり、ある人物と鉢合わせした。

「あれ? アルカくん?」

「げっ!?」

「わぁ……か、可愛いね?」

「……肩が震えてるぞ」

「ふ…あ、えっと、か、かわい……」

「いや、笑うのを堪えて可愛いって言われるのも傷つくからな?」

「ふ…ふふふ………」

「ルデラ、その押し殺した笑い声は優しさなのか?」

「………っ!」

「口を塞げば良いってもんでもないぞ? おい、目じりに涙が溜まってるぞ」

「…………くっ!」

「そうか。泣くほど面白いかよ。ああ、そうかよ…」

「ふくっ…く……ふふ……っ!!」

「笑えよ。この俺の情けない姿を存分に笑うが良いさ……」

「ふ、ふふ…っ、 な、なんでゴスロリドレスなの?」

「俺が知るわけないだろ!? 朝起きたら着替えさせられてたんだよ! 諦めたと思ったのに……。あの店長もう人間じゃねえよ! なんなんだよ、全く気配を感じなかったぞ!?」

「あは、あははははっ!!」

「しかも、なんか脱げねえし! もう嫌だよ、あの店長!」

「あはははは…ケホッ、く、ふふ…くるし……ふふっ……」

 笑いすぎて呼吸困難に陥る美少女と、打ちひしがれるゴスロリドレスの美少女(?)が『KANON』の前で見られた、そんな午後五時半…。



「ぷっ!?」

「マリアちゃん?」

 帰宅したマリアは、ネギの顔を見て思わず吹き出してしまった。

「ご、ごめん。ただいま、ネギくん」

「うん。おかえり、マリアちゃん」

 不思議そうにするネギに、マリアは笑って誤魔化した。

 マリアは今日、帰宅途中に衝撃的なものを見てしまったのだ。


 まさか、あのいつも澄ました顔をしているアルカが、女装しているなんて!


 そりゃあ、もう、恥も外聞もなく大笑いしてしまった。

 おかげで、目つき以外ほぼ似ているネギの顔を見て思い出してしまったのだ。

 ネギとアルカは二卵性の双子なのだが、目つき以外は良く似ている。アルカの方が少々つり目気味なのだ。
 まあ、この双子は、ネギが髪を伸ばし、眼鏡をしているので見分けがつきやすいのだが。

「あ、おかえり。マリアちゃん」

「ご飯もうすぐできるから、ちょっと待っててなー?」

 奥からアスナとこのかが顔を出して言う。

「ただいまです。あ、このかさん、何か手伝うことありますか?」

「んー。じゃあ、お皿出してくれる?」

「分かりました」

 マリアは手洗い嗽をすますと、お皿を出していく。

 その間、ネギとアスナ何をしているかというと……。

「じゃあ、アスナさん。続きの第五問を…」

「ちょ、もうカンベンしてよ~。もうご飯なんだし…」

「何を言ってるんですか。もう少しで解けるんですから、キリの良い所までやっちゃいましょう」

「そんなぁ…」

 ネギはアスナ達に泊めてもらっているお礼として勉強を見る事にしたらしい。

 バカレンジャーレッドのアスナにとっては、恩をあだで返されたようなものだった。

「おーい、ネギ君。もう、ご飯できたえ~。そこまでにしてな~」

「ほら、もうご飯出来たから! ここで終了!」

「あ、アスナさん!」

「ほらほら、ネギも運ぶの手伝って!」

「うう…。終わりじゃないですからね。休憩ですからね!」

 勉強道具をそそくさと片付けるアスナに、ネギは少し悔しそうにしながら、このか達の手伝いをすべく立ち上がった。

 そして、テーブルの上に美味しそうな夕食が出揃った。

 郷に入れば郷に従え、とばかりに、マリアとネギはアスナ達二人を真似て、手を合わせる。

「「いただきます!」」

「「イタダキマス!」」

 楽しい夕食の時間の始まりである。



「このか、お醤油とって」

「はいはい」

「それでね、高等部の人達と喧嘩になっちゃって…」

「うん、それで?」

「その場はタカミチが収めてくれたんだけど、その後の体育でまた高等部の人達とコートの取り合いになっちゃったんだ」

「なんで高等部の人達が中等部に居たの?」

「さあ? 何でなんだろう……。あ、それでね、その後コートを巡ってドッジボール対決になったんだ」

「あれは凄かったわ……」

「うん。あれは無いわね……」

「熱戦だったんですか?」

「違うんよ。そうじゃなくて、ネギ君がな…」

「審判が中等部の担任の自分じゃ不公平になるだろうからって、高等部からわざわざ先生を呼んできてね…」

「しかも、連れて来た先生っていうんが、高等部の怖い学年主任の先生でな…」

「これで悪気が全く無いんだからね…」

「天然って恐ろしいわ……」

「ええと、あの、駄目だったでしょうか…?」

「良いんとちゃう?結果的にはドッジボールで良い汗流して、和解したし」

「まあ、高等部のお姉さま方は先生に絞られてちょっと可哀想だったかもね」

「こればっかりは、仕方が無いんとちゃう?」



 和気藹々と食事が進み、食べ終わると、ネギはアスナと勉強の続きを。マリアは後片付けをかって出た。

「いや~、助かるわ、マリアちゃん」

「いいえ、このかさん達にはお世話になってますから、これくらいは…」

「……アスナさん。これは、ちょっと………」

「あー、もう! 仕方無いじゃない! 勉強苦手なのよ!」

 勉強道具を放り出して、拗ねるアスナに、このかは苦笑する。

「逆ギレはあかんでー、アスナー」

「大丈夫です、アスナさん! 僕、頑張りますから!」

「ムキー! 馬鹿にしてー!」

 その時、食器を洗い終えたマリアがアスナの後ろから顔を出し、問題を覗きこんだ。

「あ、アスナさん。ここは、こうすれば…」

「ん? ……あ、そっか」

「おお、マリアちゃん、教えるの上手やなー」

「えへへ…」

「ガーン……」

 密かにショックを受けるネギを尻目に、アスナはマリアに尋ねる。

「じゃあ、ここは?」

「そこはですねー」

「しくしくしく……」

「ネギ君、ファイトや! 教師生活はまだまだ始まったばかりやで!」

 部屋の隅で膝を抱えてしまったネギを、このかが励ましているときだった。


――ピンポーン


 誰かの来訪を告げるチャイムが鳴った。

「ネギ先生、こんばんわーっ! 授業の質問に参りましたーっ!」

部屋に入ってきたのは、宮崎のどか、綾瀬夕映、早乙女ハルナの三名だった。

「わー、そっかそっか、上がり上がりー」

「おじゃますまーす!」

「あ、ちょっと、あんた達」

「あわわわ…」

 部屋に最初に入ってきたのは、ハルナだった。

「んん? あれ?」

「あ、こんばんは」

 ハルナはアスナの隣に座っているマリアに気付き、首を傾げた。

「こんばんはーって、え? アスナ、この子は?」

「マリアちゃんよ。ネギのお友達。住む予定だった所が事情があって住めなくなっちゃったから、泊めてあげてるの」

「お邪魔してます」

「ああ、いいえー…って、あれ? 何処かで見覚えが……」

 そして、思い出したのか、ハルナは声を上げた。

「ああ! あの写メの美少女!!」

 ネギは今度こそ頭を抱えた。

「こんばんはー」

「パル、何を騒いでいるのですか?」

 遅れてのどかと夕映が入って来た。

「あ、のどか、夕映。ほらほら、あの写メの美少女だよ!」

 ハルナはマリアを持ち上げ、のどかと夕映の前に差し出した。

「あの、ええと、こんばんは。マリア・ルデラです」

「あ、はい、こんばんは。宮崎のどかです」

「こんばんは。綾瀬夕映です」

「私は早乙女ハルナだよー。よろしくね!」

 四人がそう自己紹介しあっていると、突然チャイムが乱打され、委員長の雪広あやかが飛び込んできた。

「ちょっと、アスナさん! どういうことですか!? ネギ先生と相部屋で同居中だなんて初耳ですわっ!!」

 そして、あやかが目にしたのは、ハルナ達三人と、見知らぬ金髪の美少女、マリアだった。

「ど、どちら様ですの?」

「はじめまして、マリア・ルデラです。三日前からアスナさん達にお部屋に泊まらせていただいています」

 ハルナに降ろしてもらい、ペコリとお辞儀するマリアに、あやかも自己紹介する。

「あら、ご丁寧に。私は二年A組の委員長、雪広あやかですわ」

 そんな二人を尻目に、三人固まって相談するのはハルナ達だ。

「ねえねえ。もしかして、ネギ君の『好きな子』ってマリアちゃんの事じゃない?」

「遠距離恋愛だと思っていたのですが…」

「どうする、のどか。ライバル出現だよ!」

「ええ? ライバルって…」

「やっぱり、ここは年上の色気で…」

 おろおろと狼狽するのどかに、二人は発破をかける。

「とりあえず、マリアちゃんの意思の確認から始めるべきではないでしょうか?」

「よーし。それなら、私にまかせなさい!」

「パル?」

「まかせたです」

「その間にのどかはネギ君との間を縮めててね!」

「ええっ!?」

「まかせるです」

 二人に見送られ、ハルナはマリアに話しかける。

「ねえ、マリアちゃん。もうここの大浴場には行った?」

「え? 大浴場ですか?」

「あ、そういえば、まだ行ってへんなぁ?」

 ハルナの言葉にこのかが乗ってきた。

「それなら是非、一度は行っておくべきだよ! うちの寮の自慢なんだから!」

「うんうん。折角だから行っとき? マリアちゃんお風呂まだなんやし」

「そうですか? それなら…」

 お風呂セットを用意するマリアから隠れ、ハルナはあやかに囁く。

「ねえ、委員長。ネギ君の『好きな子』って、知りたくな~い?」

「なっ!?」

「とりあえず、先にマリアちゃんの方を探ろうと思ってさ~。委員長も行くでしょ?」

「ま、まさか! ネギ先生の『好きな子』って…」

「可能性大だよ~?」

 ニヤニヤと笑うハルナに、あやかは決断する。

「私も行きます!」

「そうこなくっちゃ。じゃあ、のどか達はネギ君に勉強見てもらっててね」

 ウインクを一つ残し、支度が終わったマリアを連れて、ハルナとあやかは部屋を出て行った。

「ちょっと、パル!? もう…。折角だから、あたしも行こうかな…」

「ウチも行くわ~」

「え? え?」

「さ、のどか、ファイトです」

「あわわ…マリアちゃん……」

 お風呂の支度を始めるアスナとこのか。

 勉強道具を持ち、夕映に背中を押されるのどか。

 連れて行かれたマリアを気にするネギ。

 まとまりの無い一同であった。



 in廊下。

「おお! 美少女だ!」

「あれ~パル、その子誰~?」

「ネギ君のお友達」

「あ、はじめまして」

「お友達って…、あ、もしかして!」

「それを確かめようと思ってね。大浴場に行くんだけど一緒に行く?」

「「行く!」」

 同行者が増えた。



 in大浴場。

「おりょ? マリアちゃんじゃん」

「あー! 写メの子だ!」

「えー? なんでなんで?」

「ネギ君のお友達なんだって」

「それで、ほら、例の……」

「え!? もしかして、あの『好きな子』って…」

「しーっ! マリアちゃん気付いてないのよ!」

「わっ、アスナ、何時から居たの?」

「さっき来たのよ」

「じゃあ、ネギ君の『好きな子』って、やっぱり?」

「間違いないわよ。確認したもの」

「「「「「おおー!」」」」」

「あー、道理で委員長が怖い顔してると思った」

「っていうか、アスナ、それ言っちゃって良かったの?」

「良いわよ。ネギってこの事に関しては凄く分かりやすいもの。それなら、マリアちゃんにバレないようにあんた達に口止めしておいたほうが良いでしょ?」

「おお!」

「アスナ、あんたって少しは頭を使ってたのね!」

「どういう意味よ!?」

 マリアから離れ、隅でひそひそと話す二年A組の生徒達。



「マリアちゃん、背中流してあげるよ」

「あ、ありがとうございます」

「あ、私も手伝う!」

「私も~!」

「いっそ丸洗いしちゃおうか」

「え? え?」

「マリアちゃん、大丈夫よ。お姉さん達に任せなさい!」

「え? あの…?」

「「「「「全員かかれ~!」」」」」

「は? え…にゃあぁぁぁぁぁぁ!?」

 マリアはぴかぴかになったが、何か大切なものを失ったような気がした、そんなお風呂タイムだった。












[20551] 第十五話 試練
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/08/03 20:14
「う~ん…」

「ふあ…?」

 側に気配を感じて、マリアは目を覚ました。

「ありゃりゃ、ネギくん寝ぼけてる」

「むにゃ……」

 マリアの布団にネギが寝ぼけて入ってきたのだ。

「今日は一段と寒いしなぁ…」

 恐らく暖を求めて入り込んでしまったのだろう。

 マリアは布団からはみ出していたネギの足を布団の中に納め、更にネギの布団も持ってきて自分の布団に重ねた。

「これで大丈夫…」

 そして、マリアはそのまま布団に潜り込み、目を閉じた。

 もしかすると、マリアも寝ぼけていたのかもしれない。



 翌朝。

「んん……ん? ……うわぁっ!?」

「う~ん、なに~?」

「どうしたん?」

 アスナ達はネギの声で目を覚ました。
 何事かと、ベッドからネギ達の方へ目を向けてみれば……。

「あー…成程……」

「昨日は寒かったもんなぁ……」

 赤い顔で壁際まで後退したネギと、二枚重ねの布団の中でぬくぬくと寝ているマリアだった。

「ふあ~……。ん~、気付いたら二人で仲良く寝てました、ってとこ?」

「今日は毛布をもう一枚出した方がええかな?」

 のほほん、とした様子の二人に対し、ネギは沸騰する頭で考えていた。


 起きたら、マリアちゃんの顔が目の前に…。え、もしかして一緒に寝ちゃった? あれ? そうすると、もしかしなくとも師匠達に殺される? ああ、でもマリアちゃんと結婚するまでは死ねない…って、いやいやいや、そうじゃなくて、今、自分がすべきことは……。


「イ、イギリス紳士らしく責任をとって結こ―」

「落ち着け」

 スパーン!

 都合の良い責任の取り方をしようとするネギに、アスナの鋭いツッコミが入る。

「い、痛いじゃないですか、アスナさん…」

「痛くしてるんだから、当然でしょ? ほら、さっさと顔を洗って目を覚まして来なさいよ」

「うう…はい……」

 はたかれた頭をさすりながら、よろよろと洗面所へ向かうネギを見送り、アスナ達はマリアに視線を戻す。

「それにしても、この騒ぎの中起きないなんて……」

「マリアちゃんは天然さんやねぇ」

「天然というより、大物でしょ」

 そしてアスナ達は、すぴよすぴよと幸せそうに眠るマリアを起こしにかかるのだった。



   第十五話 試練



 ネギは落ち込んでいた。

「抱きつき癖は直ったけど、人の布団に入っちゃうなんて……」

 しかも相手はマリアだ。
 自己嫌悪と、自分の命の心配で、ネギは朝から鬱々とした空気を撒き散らしていた。

「はぁ……」

 溜息を一つ吐き、ネギは腕のリストバンドを撫でる。

 マリアが、ネギの為に用意してくれたリストバンドだ。そして、その下には師匠達から譲り受けた魔法発動体がある。

「今度から気をつけよう。……よし、がんばるぞ!」

 命の危機が去った訳では無いが、こういう事は、なるようにしかならない。
 ネギは反省を終えると、後は放置することにした。出来れば師匠達の耳には入ってほしくないのだが、きっと無理だろう。あの野生の勘は誤魔化せない。

 気合を入れ直したネギに、しずなが近づいて来た。

「なんだか落ち込んでいらした様ですけど、その意気ですわ、ネギ先生」

「あわっ…!? しずな先生、こんにちは」

「ウフフ…こんにちは、ネギ先生」

「あの、何か御用でしょうか?」

 ネギの質問に、しずなは微笑み、あるリストをネギに差し出した。

「実は前担任の高畑先生から預かっていた『二年A組居残りさんリスト』を渡しに来たんですよ」

「『居残りさんリスト』?」

「ええ。高畑先生はたまに小テストを行われてて、あまりにも得点の低い生徒には放課後に居残り授業をしていたんですよ。この表には、そのメンバーが書いてあるんですわ」

「へー。そんな事をしていたんですね。僕も見習わないと…」

 リストに書かれているのは五人だ。

 出席番号順に、四番・綾瀬夕映、八番・神楽坂明日菜、十二番・古菲、十六番・佐々木まき絵、二十番・長瀬楓。

 以上が、『居残りさんリスト』のメンバーである。

「う~ん、そろそろ期末テストも近いし、今日からやってみようかな…」

「ウフフ…。頑張って下さい、ネギ先生」

 こうして、バカレンジャーとの居残り授業が決定したのであった。



「―と、いうわけで、二年A組のバカレンジャーが揃ったわけですが…」

「誰がバカレンジャーよ!?」

 ネギの発言にアスナが突っ込むが、他の四人はヘラヘラしており、大して気にしていないようである。それはそれで問題だ。

 アスナはツンと顔を背けて、言う。

「いいのよ。別に勉強なんか出来なくても。この学校エスカレーター式だから高校までは行けるのよ」

 そんなアスナにネギは嘯く。

「でも、アスナさんの英語の成績が悪いとタカミ…じゃなかった、高畑先生も悲しむんじゃないかなー?」

「うっ……」

 高畑の名前を出されては、アスナの選ぶ道は一つしかなかった。

「わ、分かったわよ。やれば良いんでしょ、やれば…」

 こうして、居残り授業が始まったのだった。

 まずネギは小手調べに、十点満点の六点合格の小テストをすることにした。
 そして、その結果は……。

「――うん! 四番・綾瀬夕映さん九点! 合格です!」

 それに対し、夕映を待っていたのどかとハルナが嬉しそうに歓声を上げた。

「できるじゃないですかー」

 ほんの少し、バツの悪そうな顔で夕映は言う。

「…勉強キライなんです」

 こうして、一度目で夕映は合格したのだった。

 それに対し、他の四人は合格点に届かなかった。
 その四人に、ネギはポイントだけ教え、再テストをした。

 そして、合格したのは三人だった。

「あ、二十番・長瀬楓さん、十二番・古菲さん、二人とも八点! 合格です!!」

 楓と古菲は嬉しそうに笑う。

「ワタシ日本語勉強するので精一杯なのアルよ」

「ハハハ」

 古菲と話すネギに、まき絵が声をかけた。

「先生、出来たよー」

「あ、はい。…うーん。十六番・佐々木まき絵さん六点! ギリギリ合格です!」

「あはは、バカでゴメンねー、ネギ君」

 まき絵はネギの頭を撫でると、部活へ向かった。

 そして、アスナだが……。

「……一点」

 アスナは屈辱に震えていた。

「だ、大丈夫ですよ! もー、コツさえ分かっちゃえば八点くらいすぐですから! 僕、いつもより丁寧に教えますから、次の問題は頑張りましょうね!」

 そして日は暮れ、ネギの手元にあるテストは、全て五点以下のものだった。

 アスナは落ち込んだ。自分のバカさ加減に泣きたいくらい落ち込んだのだが、それは表に出せなかった。
 何故なら……。

「僕の、僕の教え方が悪いばっかりに……」

 ネギが地にめり込むくらいの勢いで、アスナよりも落ち込んでいたからだった。

「ちょ、ちょっと…」

「僕が、僕がマリアちゃんくらい教えるのが上手だったら…」

 どうやら、ネギは先日の出来事を気にしていたらしい。

 そんなネギをアスナが放っておける筈も無く…。

「ちょっと、ほら、元気出しなさいよ。きょ、今日はたまたまあたしの調子が悪かっただけよ。大丈夫。このままあんたに教えてもらえれば、きっと今度の期末テストはかなり良い点数が取れる筈よ!」

 つい、そんな大口を叩いてしまったのだ。
 そして、その発言を聞いていたのはネギだけでは無かった。

「凄いじゃないか、アスナ君。今回は特にやる気があるんだね。嬉しいなぁ」

 丁度、廊下を通りかかった高畑が聞いていたのだ。

「た、高畑先生! いえっ、あの、それは…」

「ふふ、今度の期末テストが楽しみだな」

「あ、あの、あ……」

「じゃあ、二人とも頑張ってね」

 そう言って、ダンディな笑顔を浮かべて高畑は去って行った。

「き、期待、されちゃった……」

 これが他の教師なら、アスナもそこまで気にしない。だが、高畑は別だ。

「ネ、ネギ! あんた、何時まで落ち込んでるのよ! ほら、さっさと勉強教えてよ!」

 恋する乙女は、好きな人の期待には応えたいのだ。

 こうして、後には引けない乙女の猛勉強が始まったのだった。



   *   *



 イギリスにて、ガルトとゴルトは東の空を見上げていた。

 ランドは話しかけたくなかった。放置しておきたかった。けれど、それをすればもっと酷い目に遭うのが分かっていたので、嫌々ながらも兄達に尋ねた。

「兄貴達…。聞きたくないが、何をしているんだ…?」

 待っていましたとばかりに、双子は口を開いた。

「ふむ。それがな」

「弟子がマリアに対して何かしでかしたような気がしてな」

「は?」

 ランドは首を傾げた。

「うむ。まあ、今回はムキムキの刑で許してやろう」

「そうだな、兄者。ムキムキの刑で許すことにしよう」

「………」

 うむうむ、と頷く兄達を尻目に、ランドは東の空を見上げ、思う。


 ネギ君。死よりも恐ろしい事が、君を襲うかもしれない…。


 ランドはそっと涙を拭い、誓う。


 俺の制裁は、兄貴達よりも軽いものにしておくよ。


 なんだかんだで、双子に負けず劣らず酷いランドであった。









[20551] 第十六話 図書館島の冒険(上)
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/08/05 19:05
 カッ! ゴロゴロゴロ……。

 稲妻が走り、暗雲が夕暮れの空を覆う。

 とある店の屋上で、アルカは今世紀最大の危機に見舞われていた。

「ふふふ…。遂に、この時が来てしまったようだね、アルカ君」

「遂に、じゃ無えよ、この馬鹿店長!!」

 じりじりと間合いを詰める東堂店長に対し、アルカは周囲を警戒しながら、じりじりと後ずさる。

「往生際が悪いぞ、アルカ君!」

「アホか! 何が往生際だ!? さっさとその手に持っている物を仕舞え!!」

「気にするな!」

「気にするわぁぁぁ!!」

 東堂店長が持っているもの。それは……。

「ちょっと、ストッキングにガーターベルトを着けてみようと言っているだけじゃないか!!」

「アホな事ぬかすな、この変態店長ぉぉぉ!」

 東堂店長が持っているのは、ひらひらと風に舞う黒いストッキングと、ガーターベルトだ。

「何を考えてるんだよ、この変態! あんたの頭にはそれしか無いのか!?」

「断じて違うぞ! ただ、ちょっとそっち方面に人より好奇心が旺盛なだけだ!」

「その好奇心を別の所へ向けろよ!」

「無理だ!」

「即答するなぁぁぁ!!」

 こうして仁義無き戦いの火蓋が切って落とされた。

「ふはは! 甘い、甘いぞアルカ君!」

「ぎゃあぁ! 来るな、変態店長ぉぉ!!」

 行ける、と思えば退路を塞がれ、抜ける、と思えば追いつかれ。

 東堂店長の捕獲力は高いものだった。だが、アルカも日々成長していたのだ。

「あっ! しまった…!!」

 捕まえた、と思った瞬間、アルカがその腕をかいくぐり、東堂店長の脇を走り抜けたのだ。そして、すり抜けざまにダーツを放ち、東堂店長の右腕の袖を壁に固定した。

「よっしゃぁぁ! しばらくそこで反省してろ、馬鹿店長ぉぉぉ!!」

 そうして、最近不本意ながら回避能力が格段に上がったアルカは、命からがら逃亡に成功したのだった。

「くぅぅ…。腕を上げたな、アルカ君!」

 悔しそうに拳を震わせる東堂店長の手には、依然としてストッキングとガーターベルトが握られている。
 それらを見ながら、東堂店長は呟いく。

「……そんなに、嫌なのだろうか?」

 その答えは、アルカの必死な抵抗を見れば、明らかだろう。



   第十六話 図書館島の冒険(上)



 神楽坂明日菜は追い詰められていた。

「…分からない。分からないわ」

「アスナさん…」

 目の下に隈を作って、机に齧り付くアスナに、ネギは心配そうに声をかける。

「アスナさん、もう寝てください。きちんと眠らないと、逆に効率が悪くなるんです。人間は眠っている間に記憶を整理するんで、きちんと眠らないと覚えられないんですよ。それに、何よりも体に悪いです」

「うう、けど、時間が無いのよ!」

「アスナさん……」

 期末テストまであと僅か。アスナは、睡眠時間を削ってまで勉強に勤しんでいた。
 猛勉強の所為か、アスナの成績は少しずつ上がってきてはいるのだが、高畑に期待されているからには、もっと良い点数を取りたいのだ。

「ほら、時間が勿体ないわ。早く教えて」

「はい……」

 この遣り取りを始めて、もう一週間になる。流石に、もう何を言っても無駄だと悟らざるを得なかった。

 そんなアスナ達を心配そうに見守るのは、このかとマリアだ。

「大丈夫やろうか、アスナ……」

「大丈夫には見えませんね。もし、これ以上無茶するようなら、また強制終了させます」

「そうやねぇ…」

 マリアの言う強制終了とは、そのままの意味である。
 数日前、寝不足でふらふらしているくせに、無理をしようとするアスナに対し、怒ったマリアが秘孔を突いて強制的に眠らせたのだ。
 その時のマリアには、確かにあの三兄弟との血の繋がりを感じさせられた。

「あの変な噂の所為もあるんやろうなぁ…」

 このかが言う変な噂とは、期末テスト最下位のクラスは解散というものだ。
 このかはこの噂を聞いたとき、頑張りすぎているアスナの耳には入れない様にしようと思ったのだが、残念ながら何処からかアスナはその噂を聞きつけて来て、頑張りすぎから、無茶へとシフトチェンジしてしまった。

「せめて、息抜きでもさせへんと、どこかでパンクしてしまうえ…」

「このかさん…」

 必死になって勉強するアスナを、三人は心配そうに見守るのであった。



「うわー、アスナ、目の下の隈すごいことになってるよ」

 アスナの顔を覗き込んでそう言ったのは、まき絵だ。

 アスナは今、息抜きと称して、このかに連れられて、大浴場に来ていた。
 大浴場にはバカレンジャーの他に、このか、ハルナ、のどかが居る。

「そうやろー? なあ、アスナ。今日だけでも休もー?」

「うー、だけど…」

 しきりに休息を勧めるこのかに、アスナはしぶる。

「もう少し頑張ったほうが良いと思うのよね」

「アスナ~」

 言い切るアスナに、このかは眉を下げて情けない顔をした。

 そんなアスナ達の会話を聞いて、夕映が口を開いた。

「……ここはやはり、アレを探すしかないかもです」

「夕映!? アレってまさか…」

「何? 何か良い参考書でもあるの!?」

 夕映の言葉にハルナが反応し、アスナは期待も顕に身を乗り出した。

「『図書館島』は知っていますよね?我が図書館探検部の活動の場ですが…」

 夕映の言葉に、まき絵が頷いた。

「う、うん。あの湖に浮いてるでっかい建物でしょ?」

「実はその図書館島の深部に、読めば頭が良くなるという『魔法の本』があるらしいのです」

 その言葉を受けて、皆はぎょっとして目を見開く。

「まあ、大方アスナさんがお望みの出来の良い参考書の類とは思うのですが、それでも手に入れば強力な武器になります」

 そんな夕映の言葉に、ハルナ達は苦笑いをする。

「もー、夕映ってば、アレは単なる都市伝説だし」

「ウチのクラスも変な人達が多いけど、さすがに魔法なんてこの世に存在しないよねー」

「あー、アスナはそうゆうの、全然信じないんやったなー」

 このかがアスナに視線を移せば、アスナは小刻みに震えていた。

「出来の良い…参考書……」

「ア、 アスナ…?」

 恐る恐るこのかが声をかければ、アスナは突然立ち上がり、宣言した。

「行こう!! 図書館島へ!!」

「え…」

「「「「「ええ――!?」」」」」

 寝不足のアスナは、まともな思考が出来ず、変な方向へハイテンションになっていた。



   *   *



 バカレンジャーとこのか、ハルナ、のどか、そしてネギとマリアは図書館島の裏手に来ていた。

「良いんですか? このかさん…」

 マリアがこのかに聞く。

「良いんよ。結構、良い息抜きになると思うし。けど、マリアちゃんは良かったん?明日の仕事、大丈夫なん?」

「あ、大丈夫です。今度の土日はお休みを頂いてますから」

 土日の休みは、まだ日本に慣れていないマリアを店長が気遣ってくれた結果だった。
 四月からは火曜日と土曜日がお休みになる予定だ。

「けど、やめておいた方が良いと思うんだけどなぁ…」

 マリアは探検へ向かう彼女達をどうにか止めようと奮闘したのだが、無駄にパワフルな彼女たちは止まらなかったのだ。

「アスナさん、やめましょうよ。この土日はゆっくり休んで、今までの復習をしたほうが良いですよ」

 ネギがアスナを引き止める。

「それじゃ駄目なのよ! まだ、分からないところが沢山あるんだもの!」

 だが、まともな思考を失ったアスナは止まらない。

「うう…、綾瀬さん、佐々木さん」

「大丈夫です。ちょっと探検するだけですから」

「大丈夫だよー、ネギ君。そう深刻になることじゃ無いって」

 どうやら聞く人間を間違えたらしい。

「あうぅ……。そ、それに、今は閉館時間で入っちゃいけないんじゃないですか?」

 ネギの至極最もな意見に、ハルナが笑う。

「バレなきゃ良いのよ~」

 仮にも教師の前で言う台詞では無い。

「じゃあ、皆さん行きますよ」

 夕映はそう言い、扉につく手に力を込めた。


 ギ、ギ、ギィィ……。


 重々しい音を立てて、冒険への扉が開かれたのだった。








[20551] 第十七話 図書館島の冒険(中)
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/08/06 23:16
「マリアちゃん。ここって……」

「うん。あの気配がするね」

 ネギとマリアは、図書館島に入ってからというもの、魔法の気配を強く感じていた。

「もしかすると、『魔法の本』が本当に有るかもしれない…」

「うん。そうだね」

「そんな物が有るなら、どうにかして皆を止めないと……」

 ネギは『魔法の本』なんて都合の良い物が有るなど信じていなかった。
 だが、この図書館島に満ちている魔法の気配はどうだ。もしかすると、本当に『魔法の本』が有るのではないかという可能性が見えてしまう。

「そんな都合の良い物なんて、どんな副作用が有るか分かったものじゃないよ」

「もし見つけたら、燃やしちゃったほうが良いかもしれないね」

 きっとあらゆる意味で気が晴れるに違いない。

 ネギとマリアがこそこそと話していると、頭上から聞き覚えの有る声が降ってきた。

「…ネギ?」

「え? あれ? アルカ!?」

 図書館島へ侵入してから数分後。

 図書館島探検隊は、第一村人ならぬ、ネギの双子の弟と対面したのだった。



   第十七話 図書館島の冒険(中)



「何でネギが此処に……ああ、アレか……」

 一人で何か納得した様子のアルカは、本棚の上からひらりと飛び降りた。

 軽い着地音を立て、目の前に現れたアルカに、ネギが駆け寄る。

「アルカ! 何で此処に?」

「……どうでも良いだろ」

「店長さんから逃げてきたの?」

「ルデラ……」

 ネギの質問に、アルカは素っ気無く答えると、歩いて寄って来たマリアに図星を指され、苦虫を噛み潰したような顔をした。

「店長さんから逃げる?」

 ネギは首を傾げた。

「うふふ、それがね…」

「わぁぁぁ!? そ、それで、お前達は何で此処に居るんだ!?」

 前回の目撃談を話そうとするマリアに、アルカが声を上げてそれを遮った。

 アルカの質問に対し、ネギは事の始まりから説明していく。

「――と、いう訳なんだ」

「……バレてないのか」

 ネギの説明を聞いたアルカが、小声で呟き、それを聞き逃したネギは首を傾げた。

「え? アルカ、何か言った?」

「あ、いや…」

 何でもない、と言うアルカの横では、その呟きをバッチリ聞いていたマリアは目を細めた。


 ああ、まだ認められないんだ。


「もう少し、時間がかかりそうね」

 マリアの呟きは、誰にも聞かれる事無く宙に溶けて消えた。



「へー、ネギ君の双子の弟君」

「ネギ先生は双子だったんですか…」

「知らなかったアル」

 まき絵、夕映、古菲の三人が物珍しそうにアルカを見つめる。

「ああ、あの時の…。あの後、大丈夫だったの?」

「アルカ君、久ぶりやなぁ」

 少し心配げなアスナと、にこやかなこのかは、アルカとは二度目の対面だ。

「おお、アルカ坊主。その後、店長とは上手くいってるでござるか?」

 楓の問いかけに、アルカは全力で首を横に振った。

「あー…、とりあえず、自己紹介させてもらいます」

 アルカは一つ咳払いをして、口を開く。

「ええと、改めて、こんばんは。アルカ・スプリングフィールドです。そこのネギの双子の弟になります。程々によろしくお願いします」

 アルカはそう言って、少女達に頭を下げた。

「「「「「よろしく(アル)(でござる)!」」」」」

 少女達はアルカを歓迎した。

「じゃあ、アルカ君も探検隊に迎えたところで、はりきって行こー!」

「「「「「おー!!」」」」」

 少女達はアルカを連れて行く気満々であった。

「え、あれ? 俺も行く事になってる?」

 戸惑うアルカに対し、ネギは瞳を輝かせる。

「アルカといっしょに探検…!」

 悪魔の襲撃の日から、ネギはアルカと遊んだことが無い。それが、一緒に『探検』出来ると言うのだ。
 ネギは期待も顕に、アルカを見つめた。

「いや、俺は行かな…」

「うふふ。逃がさないわ、アルカくん」

 渋るアルカの肩を、マリアはガッチリと掴み、微笑んだ。

「行くよね?」

「は、はい……」

 後にアルカは語る。その時のルデラは歴戦の猛者の様な迫力が有った、と。



   *   *



 アルカを探検隊へ迎え、ネギ達は図書館島の奥へと進んでいく。

「しっかし、広いわね~」

 アスナが周りを見渡して溜息を吐く。

「本がいっぱいだ…。あ、マリアちゃん、足元気をつけて」

「ありがとう、ネギくん」

 本棚と本棚の間にある隙間を、マリアはネギのエスコートで飛び越える。

「うーん、ネギ君紳士やな」

 そんなネギたちの様子をこのかは生暖かく見守る。

「あ、アルカも」

「いや、必要ない」

 ネギが差し出した手を断り、アルカはさっさと先へ歩いて行く。

「うう…」

「うーん、難しいねぇ」

 アルカと接するタイミングがつかめず、ネギは呻き、マリアは苦笑した。

 先へ進み、まき絵達の所まで追いついたアルカはある事に気付き、まき絵に注意を促した。

「佐々木さん、そこ、足元にトラップが」

「へ!?」


 カチッ!


 アルカの注意は遅すぎたらしい。スイッチが押され、二階の本棚がこちらへ倒れかけてきたのだ。

「キャアァ!」

 まき絵の悲鳴が上がる。だが、それは威勢の良い掛け声と共に解決した。

「ハイヤーッ!」

 古菲が本棚を蹴り飛ばしたのだ。
そして、流れ出てきた本を楓が次々にキャッチしていく。
 見事な連携プレーだった。

「ワタシ達成績悪いかわりに、運動神経いいアルから」

「大丈夫でござるよ」

「いや、それ運動神経云々のレベルじゃ無いだろう」

余裕の態度の二人に対し、アルカのツッコミが入った。

 そんなこんなで、探検隊一行は途中で休憩を挟みながら、どんどん奥へと進んでいく。

「あの、このかさん。流石にそろそろ帰ったほうが良いんじゃないでしょうか?」

 狭い空間を這って進みながら、マリアがこのかにそう話しかけるが、このかは悪戯っ子のような笑顔を浮かべ、言う。

「けど、せっかく此処まで来たんやし、行ける所まで言ってみようや」

「このかさん……」

 どうにも止められそうに無い。
 マリアがそう思い、溜息を吐いた時だった。

「おめでとうです。この上に目的の本がありますよ」

 夕映がゴールを指し示した。



 辿りついた先に在ったのは、神殿のような石造りの広間と、二体の石像。そして、それらに守られるように安置されている、一冊の本だった。


 あれは…!?


 ネギは驚きも顕に目を剥いた。

「マ、マリアちゃん、あれ…」

「う、うん…。レプリカ…だと思うんだけど……」

 マリアも戸惑いながら、その本を見つめる。

 本の名は『メルキセデクの書』。

 レプリカだとは思うのだが、実際に見てみるとその存在感は半端なものじゃない。そもそもが、そんな貴重なアイテムに対して鑑定眼など持ち合わせていないのだ。あれが本物か偽者かなんて分からない。

 ネギとマリアがこそこそと話していると、広間に対し興奮していた少女達は、魔法書に気付いた。

「あっ! あそこに本が有るよ!!」

 まき絵が本を指し示す。

「やったー!!」

「これで最下位脱出よー!」

 喜びも顕に少女達は駆け出した。

「皆さん、待って下さい! あんな貴重な書なら、絶対罠があるに決まってます!!」

 ネギが少女たちの後を慌てて追いかける。

「あ、ネギくん!」

「ちっ、仕方無いな…」

 そのネギの後をマリアとアルカが追いかけた。

 そして、全ての人間が書の元へ架けられた橋に乗った瞬間。


 ガコンッ!!


「キャー!?」

「いたっ!?」

 橋が二つに割れ、大きな石版の上に落とされた。

「いたた…」

 アスナは打ちつけた場所をさすりながら立ち上がり、ある事に気付いた。

「え、コレって…ツイスターゲーム?」

 石版に描かれていたのは、まごう事なきツイスターゲームだった。

 そして……。

「フォフォフォ、この本が欲しくば…わしの質問に答えるのじゃー!!」

 二体の石像が動き出した。

「おお~!!」

「せ、石像が動いたー!!」

 感心する者、パニックを起こす者、少女達の反応は様々だが、ネギ達魔法使い組の反応は一つだった。


 何をしているんだ、学園長…。


 わざわざ来るのを待ち構えていたのかと、学園長の暇人ぶりを見て、三人は思わず遠い目をしてしまったのだった。



 学園長と書いて暇人と読ませる人物により、英単語ツイスターゲームが繰り広げられ、少女達はそれに答えていく。
 問題に作為を感じたものの、少女達の順調な解答に、ネギ達はこのまま行けるんじゃないかと思ったのだが…。

「最後の問題じゃ! 『DISH』の日本語訳は?」

「わ、わかった! 『おさら』ね!」

 そして、少女達は回答する。


「お」

「さ」

「る」


「「「「「………」」」」」

 時が止まった。


 最後の一文字。
 アスナとまき絵が触れたのは、「る」。


「……おさる?」


「ちがうアルよーっ!!」

「フォフォフォ、ハズレじゃな!」

 学園長の言葉と共に、石像のハンマーが石版に振り下ろされた。


 バガァッ!!


「アスナのおさる~!!」

「いやぁぁ~!!」

 少女達は悲鳴を上げながら落下していく。

「無茶しすぎですよぉぉぉ!?」

「兄さん達に言いつけたら面白そうね……」

「糞ジジイィィィ!!」

 魔法使い組は、三者三様の文句を学園長に向けて言い放ち、落下していった。


「フォ!? マリア君、それだけは……」


 何か言っていたようだが、残念ながら聞いている者は居なかった。

「このまま落ちたら流石に……」

 ネギは小さな声で呪文を唱える。


――『風よ我等を』


 一陣の風が巻き起こり、そして…。


 ドボーン!


 勢いを殺して、水の中に落ちた。

 ネギ達は急いで水面へ上昇し、顔を出す。

「ふはっ……皆、無事ー!?」

 アスナがそう叫び、確認を取る。次々に水面に仲間達が顔を出し、一番近くに顔を出したネギと、最後に一番向こう側に出たアルカを認め、安堵の溜息を吐いた。

「良かった、皆、無事…」

 アスナが、そう言った時だった。

 一番向こう側のアルカが何かに気付き、目を剥いた。



「ネギィィィィィ!!」



 アルカが必死の形相で叫ぶ。

 ネギの方へ視線を向け、そこで見たものは……。



 ネギの頭上。すぐそこまで迫っている、大きな瓦礫。



 ネギは咄嗟に動けず、マリアも気付いた時にはもう遅く…。



 全ては、スローモーションのようだった。



――『魔法の射手・風の五矢』!!



 ズガァァァァン!!



 轟音と共に、瓦礫が砕かれた。

 突然の出来事に、少女達は目を白黒させるが、とにかくネギの安否を確かめるのが先だと、ネギの元へと泳いでいく。

 そんな中、アスナは呆然としていた。

 苦い顔で、小さく、短い杖を袖口に隠すアルカを呆然として見ていた。

「何、今の……」



 運が良かったのか、悪かったのか。



 ネギはアルカの放った魔法により、救われた。

 アルカが放った魔法を見られたのは、一人だけだった。



 まるで坂を転がる石の如く。

 忌々しい運命の歯車が、不快な音を立てて回り始める。



「まるで、魔法みたい……」



 神楽坂明日菜だけが、全てを、一部始終を見ていた。







[20551] 第十八話 図書館島の冒険(下)
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/08/07 23:40
「ううぅ……しかるべき機関に訴えてやる………」

 すんすん鼻を鳴らしながら、マリアは涙ぐんでネギにしがみ付く。

「えっと、マリアちゃん。もう大丈夫だから……」

 そんなマリアに、ネギは少し困ったように笑う。

「訴える……。いいな、それ。ルデラ、当てはあるのか?」

 アルカはマリアの意見に乗り気だ。

「ふぇっく……ガルト兄さんと…、ゴルト兄さんなら知ってると思う」

「「え、アレが?」」

 双子の声が重なった。てっきりランドの名前が出てくると思ったのだ。

「ひっく…顔が広いのはランド兄さんだけど……、コアな知り合いが居るのは、ガルト兄さんと…ふぇっ……ゴルト兄さんなの………」

 マリアの言葉に、双子は一先ず納得するが、同時にマリアは一体何を送り込むつもりなのかとも思った。

 ネギはとりあえず気を取り直し、背後にマリアを引っ付けたまま、アルカに向き合う。

「その、アルカ、僕の所為で…ゴメン……」

 申し訳なさそうに、ネギは謝罪した。

「……別に」

 アルカはそっけなくそう言うが、その態度は普段より少し柔らかい。

「訴えてやる……物凄いのを送り込んでやる………」

 マリアが何やら呪詛めいた言葉を紡ぎだしたが、双子はそれを聞かなかったことにした。決して、どうぞバンバン送り込んでください、と思った訳ではない。ええ、決して。

 そんなネギ達の様子を遠くから見守るのは、バカレンジャーとこのかだ。

「なんか、ええ雰囲気やな」

「和解のチャンスでござる」

 ネギの片思いやら、双子の不仲を感じ取っている面々は、空気を読んで遠くから見守っているのだ。何を話しているかは聞こえないが、その雰囲気は良いものだ。

「………」

 アスナはあの一連の出来事が気になってはいたが、この雰囲気では聞くに聞けないかった。その為、今は悶々とした思いを抱えながらも、ネギ達の様子を静観していた。



   第十八話 図書館島の冒険(下)



「アスナさんへの説明、どうしようか……」

 ネギの言葉に、アルカとマリアは重苦しい溜息を吐いた。

「とりあえず、誤魔化しは出来ないだろうな…」

「そうだね……」

 ただでさえこの図書館島で石像が動いたりという不思議な体験をしているのだ。魔法が存在するかもしれないという可能性が視野に入っているだろう。

「とりあえず、正直に言うか……」

 アルカの言葉に、ネギとマリアも賛成する。

「そうした方が良いと思う」

「うん。アスナさんなら頼めば誰にも話さないと思う」

 アルカの事を話せば、芋蔓式にネギとマリアの事も知られるだろう。今回のアルカの魔法の使用は仕方が無かった。アスナにネギとマリアの事が知られる事に関して、ネギは感謝すれども恨む事など出来るはずも無く、マリアも仕方の無い事だと納得していた。

「じゃあ、俺が神楽坂さんに話す。ネギは生徒達の相手をしてろ」

 アルカがそう言い、立ち上がる。

「あ、私も行く」

 それにマリアが付いて行った。

「……アルカ、本当にゴメンね。マリアちゃんも、アスナさんへの説明よろしくね」

 ネギがそう声をかけると、アルカはちらりとネギを一瞥し、ひら、と一つ手を振った。そして、マリアは微笑んで頷くと、アルカの後に続いた。

 ネギはその後姿をしばし見つめると、生徒達の元へ歩き出した。



   *   *



「しくじった……」

 学園長は頭を抱えていた。

 学園長のしくじった内容というのは、ネギの頭上に降ってきた瓦礫のことだ。

 学園長だって、あの落下に関しては対策をとっていたのだ。

 落ちる生徒達に関しては、下は湖で、落下の衝撃を和らげる魔法も掛けていた。その際、もし気を失えば、泡が体を包み、岸まで運ぶようにもしていたのだ。
 そして、今回学園長がしくじった瓦礫に関しては、きちんと人の居ない場所に安全に転移させた筈だった。だが、唯一つ。遅れて崩れ、落下した瓦礫はその転移に間に合わず、そのままネギの頭上へと落ちていったのだ。

 あやうく、英雄の息子を、一人の子供の命を奪ってしまうところだった。

 学園長は巨大な組織の長を勤められる程に狸ではあるが、きちんと良識だって持っている。
 確かに、今回の騒ぎでネギが誰かに魔法の事を気付かれ、その誰かが従者候補に上がれば良いと思っていた。その為の、あの偏ったクラス編成なのだ。それぞれが個性的で、良い可能性を秘めており、正に魔法使いの従者としては理想的に思えたのだ。

 それに、あわよくば魔法の事がこのかに知られれば良いとも思っていた。
 このかは、この極東の島国では最も大きな魔力を秘めており、その力を狙うものは少なくない。このかの父の意向に従って魔法に関しては秘密にしているが、自衛の為にもある程度の事は知らせておくべきだと、学園長は常々考えていたのだ。
そして、ネギは確かに年の割にはしっかりしているが、海千山千の学園長からしてみれば、まだまだ青臭い子供だった。その為、今回の騒動で、魔法を使わずにはいられないだろうとも思っていたのだ。

 しかし、現実はどうだろう。

 ネギを命の危険に晒しただけでなく、そのネギを救うためにアルカが魔法を使わざるを得ない状況を作り上げてしまった。
 これは、学園長の責任であることは明白だった。

 学園長は深い溜息を吐く。

 とにかく、今回の魔法を知られたことに関してはアルカへ責任を追及する事など出来ない。学園長がすべきは、謝罪とそれに対する賠償だろう。

 だが、学園長はこの騒ぎに関して、ただでは起きなかった。

 あの、アルカの魔法だ。

 アルカに関する報告では、アルカの魔法に関する成績は酷いものだった。ネギには遠く及ばず、基本の魔法ですら発動が危うい。その筈だった。

 だが、実際この目で見たのは、収束系の魔法である筈の風系統の『魔法の射手』で、瓦礫を砕いて見せた。恐らく、あれは空気を極限まで圧縮させ、カマイタチの様な現象を引き起こしたのであろう。ここまで出来る人間を、はたして劣等生と呼べるだろうか。答えはもちろん否である。

「……ふむ。一度、アルカ君の実力を把握しておく必要があるのう」

 学園長はおもむろに電話に手を伸ばし、ある人物の元へ電話をかけた。

「もしもし、エヴァンジェリンかの?」

 新たな謀を仕掛ける学園長は気付かない。

 この数日後、『物凄い』人物が学園長の元へ送り込まれてくる事を。



   *   *



「……まあ、そういう事なら、内緒にしてあげるわ」

 アルカとマリアの説明、及び説得に、アスナは頷いた。

「すいません、アスナさん」

 マリアの謝罪に、アスナは苦笑する。

「そんな、謝ることじゃ無いでしょ? 確かに魔法だなんて驚いたけど、あんた達がオコジョになるなんて寝覚めの悪いことはしたくないもの。」

 そんなアスナに、アルカが頭を下げる。

「いえ。部外者である筈の神楽坂さんには余計な秘密を背負わせてしまいました。すみません。そして、俺達の為にその秘密を背負ってくださって、ありがとうございます。このご恩は忘れません」

 アルカの謝罪とお礼に、アスナは少し照れたように頬を掻いた。

「そんなに、言われるような事じゃないんだけど……。まあ、安心して。あたしも口が堅いほうだからさ」

 そう言って笑うアスナに、アルカとマリアはようやく肩から力を抜いた。

 そんな二人に、アスナは興味津々の体で質問する。

「ねえねえ、それでさ、魔法っていったら、どんな物があるの?」

 その質問に、アルカとマリアは顔を見合わせる。

「ええと、そうですね。空を飛んだり、アルカくんが使った攻撃魔法があったりします」

 マリアがまずその質問に答え、それにアルカが続く。

「ファンタジーに出てくるような魔法をイメージしてもらえば分かりやすいかもしれません。ただ、死者蘇生だとかは出来ないし、人の心を操るのは禁忌とされています。あと、やっぱり副作用とかが有るものも有ります」

 その他にも、こんな魔法が有り、こんな危険が有る、と二人は次々に事例を上げていく。

 そんな二人の説明に、アスナはしばらくの間、興味深そうに聞き入ったのだった。



   *   *



「アルカ君が帰ってこない……」

 東堂店長は、うろうろと店内を歩き回っていた。

 あの『うきうき☆ストッキングにガーターベルト事件』から、一夜が明けた。

「…もしや、家出という奴だろうか」

 ぶつぶつと独り言を言い、挙動不審であったが、東堂店長の挙動不審ぶりは何時もの事のため、店を訪れた客も慣れたものでスルーしている。

「家出する程嫌だったんだろうか……」

 そんなに嫌がられていたのかと、東堂店長は少し反省する。

「ああ、悪い事をしてしまった……」

 東堂店長は悔やんだ。

「こんな事なら、和ゴスにしておくんだった……」

 反省はしても、自重はしない東堂店長であった。







[20551] 第十九話 来襲
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/08/24 14:06
 ある晴れの日。その手紙は届いた。

「兄貴達ー。マリアから手紙が届いたぞー」

ランドが手紙を片手に庭で筋トレ中のガルトとゴルトに呼びかける。

「何!手紙だと!」

「すぐに読むぞ!」

 双子は筋トレをやめ、ランドの元へ走り寄る。

「さっさと手紙をだせ」

「はいはい」

 急かす双子に、ランドは苦笑しながら封を切り、手紙を開いた。
 そして、可愛い妹が魔法によって映し出され、近況を語る。
 妹によって知らされた彼女等の現状は、三兄弟にとっては信じられないものだった。

「学園側の不手際で住む所を失ったうえに」

「学園長の所為で弟子の命の危機だとぉぉぉぉ!?」

 マッスル双子は怒りに燃え上がった。
 そもそもが、旧世界での魔法使いの修行というのは、魔法使いであることを秘匿し、上手く一般人の中に溶け込む訓練もかねているのだ。その為、選ばれる修行地には万が一に備えて、サポート出来る人材が揃えられている。
 だが、今回はそのサポートする側の人間が原因で、命を危険に晒され、一般人に魔法使いである事が知られてしまった。
 
「「許せん! 今すぐ学園に乗り込むぞ!!」」

 双子は吼え、怒りに身を任せようとしたが、ここで一つの違和感を覚えた。

「……む? いつもならここでランドが止めに入るんだが」

「ふむ。そのランドの姿が見えないぞ」

 双子は辺りを見回し、ランドの姿を探し始めた、その時だった。


 ドルルル……。


 納屋の方からアイドリング音が聞こえてきたのだ。
 双子は首を傾げながら納屋を覗くと、それは居た。

「くくく……なます切りにしてやる………」

 禍々しいオーラを撒き散らし、ランドがチェーンソーを試運転していたのだ。

「ラ、ランド……?」

「何をしているんだ?」

 流石の双子も、ランドの鬼気迫る様子に恐る恐る尋ねた。

「ああ、兄貴達。俺、ちょっと日本に行ってくるから」

 ランドは爽やかな笑顔で言うが、オーラは依然として禍々しいままだ。

「そ、そうか……」

「日本へ、か……」

 双子は頬を引き攣らせながら、チェーンソーを見つめる。

「じゃあ、ちょっと行ってくるな」

 そのままチェーンソーを持っていこうとするランドを双子は必死の形相で止めた。

「ラ、ランド!」

「チェーンソーは置いて行け!」

 巨体を活かして道を塞ぐ双子に、ランドは残念そうな顔をする。

「仕方ないなぁ……。じゃあ、これにしよう」

 そう言って鉈を取り出す。
 禍々しさがアップした。

「ランドォォォォ!?」

「お、落ち着けぇぇぇぇぇ!?」

 慌てふためく双子に、ランドは笑顔で言う。

「嫌だな、兄貴達。俺は落ち着いてるよ。ただ、ちょっと学園長の長い頭はどうなっているのか気になるだけで」

 鉈で素振りをし始めたランドに、双子は青褪める。

「落ち着けランド!」

「殺人はいかんぞぉぉぉ!?」

「大丈夫さ。証拠を残すようなヘマはしない」

 爽やかに禍々しい事を言うランドを、双子が必死になって止めた、とある十三日の金曜日の出来事であった。



   第十九話 来襲



「ふーん。あの人が来るんだ」

 その日、マリアは兄達からの手紙を読んでいた。
 マリアの手にあるのは、魔法が使用された手紙ではなく、普通の手紙だ。
 しかし、文字がくたびれた様に見えるのは何故だろうか。

「マリアちゃん? あの人って?」

 ネギはマリアの呟きに首を傾げた。

「ほら、図書館島での事を兄さん達に手紙で知らせたでしょ?」

「ああ、そういえば……」

 今後の事について何かアドバイスが貰えないかと思い、マリアが三兄弟に手紙を書いたのだ。ただ、ネギはその内容を知らないのだが。

「それで、こちらが不利にならないように兄さん達が友人に頼んだ、って書いてあるの」

「へぇ……、そうなんだ……」

 きっと、頼りになる碌でもない友人に違いない、とネギは思った。

「それで、今日来るって」

「早っ!?」



   *   *



 春の訪れを感じさせる暖かな午後。
 アルカ・スプリングフィールドは勝利の証であるズボンを穿いて接客をしていた。

「似合うと思うんだが……」

 残念そうにゴスロリメイド服を眺める東堂店長は無視する。

 そんな、普通じゃないことが日常の非常識な店『KANON』に、店には不似合いな男性が尋ねてきたのは、丁度客足が途切れた時の事だった。

「すみません。こちらに、アルカ・スプリングフィールド君はいらっしゃいますか?」

 そう言って店に入ってきたのは、黒髪黒目で、病的なまでに痩せた青白い肌の男だった。銀色のアタッシュケースを持ち、品の良いダークグレーのスーツを着たその姿は、まるで現代版の死神の様だった。だが、そんなある意味似合っている男の姿で一つ浮いているのが、男の被っている帽子だ。帽子は白く、極彩色の羽飾りがついており、およそスーツに似合うとは思えない。

「あの、俺がアルカ・スプリングフィールドですが、何か御用でしょうか?」

「ああ、君でしたか。初めまして、私はこういうものです」

 そう言って男が差し出した名刺には『交渉人 ロバート・パーカー』と書いてあった。

「……交渉人?」

 首を傾げるアルカに、男、ロバートは微笑む。

「今回、学園長の所為で不利益を被ったため、それを清算して欲しいとマリアちゃんのご兄弟から依頼がありまして」

 そこでアルカは思い出す。マリアが、物凄いのを送り込んでやる、と呪詛を呟いていたことを。

「ええと、じゃあ、貴方は……」

「私はガルトとゴルトとは古い付き合いでして。いざとなったらそれ用に弁護士資格も持っておりますのでご安心ください」

 どうやら大変優秀な死神らしい。
 感心していると、そっと後ろから忍び寄ってくる気配がした。

「アルカ君。何か込み入った話なら、奥ですると良いよ」

 そう勧めてきたのは東堂店長だ。

「ああ、申し訳ありません。店内ではお邪魔でしたね」

 恐縮するロバートに、東堂店長は笑顔を浮かべる。

「いえいえ。丁度お客さんも居ませんし、大丈夫ですよ。もし、気になるのであれば、コレを着ていただければチャラにします!!」

 ビラッ、と取り出したのは、ゴスロリ風喪服だ。
 まさか、ロバートに対して東堂店長節が炸裂するとは夢にも思わなかったアルカは、ツッコミのタイミングを逃してしまった。
 そして、対するロバートだが……。

「ああ、綺麗な服ですねぇ。ですが、私が着るよりももっと相応しい方が居るはずです。そう、貴女の様な……」

 ロバートは東堂店長の目の前まで距離をつめ、そう言って店長の頬にかかっていた髪を、するりと耳に掛ける。
 そんな、流れるような動作に、流石の東堂店長も固まってしまう。

「ああ、ですが、貴女にはこちらの方が……」

 そう言って、店内からシルエットが美しいスマートなジャケットとスカートを持ってきて、東堂店長に合わせ、微笑む。

「やはり、こちらの方が貴女の美しさをより引き立てますね。この服を購入します。そして、この服を是非、貴女に着て頂きたい」

 歯の浮くような台詞の羅列に、東堂店長もアルカも固まる。

「すみません、こちらの服をカードでの支払いでお願いします。それから、誠に申し訳ないのですが、少々時間が迫ってまいりましたので、早速ですが、スタッフルームをお借りします。では、アルカ君。よろしいでしょうか?」

「へ? は、はい」

 ようやく石化から回復したアルカは、そう返事をして、服の会計を済ますと、ロバートをスタッフルームに案内した。
 この時、アルカは気付いていなかった。
 店内に残された東堂店長が、ロバートが選んだ服を抱きしめ、頬を赤く染めてスタッフルームを熱い眼差しで見つめていた事を。

「素敵な人……」

 まさか東堂店長が、変態店長から恋するヲトメへと華麗なる転身を遂げていたなど、アルカは思いもしなかったのだった。




   *   *



「気が重いのう……」

 近衛近右衛門学園長は、人知れず学園長室で溜息を吐いていた。
 学園長の気を重くしている原因は、今日の午後に入っているアポイントメントだった。
アポイントメントを取った主は、マッスル双子の代理人という名の刺客である。
 何故代理人かというと、修行が始まってまだ一ヶ月位しか経っていないのに、親族が出向いたら修行の邪魔になるだろうという配慮らしい。

だが、実はそれは建前で、ランドの暴走阻止の結果であるというのは秘密である。

「しかし、ロバート・パーカーか。何処かで聞いた様な気がするんじゃがのう……?」

 学園長はロバートという人物の事を思い出そうとするが、中々思い出せないで居た。

「ううむ……、年かのう。ちっとも思い出せん。しかし、どちらにせよあの双子の知り合いというからには、暑苦しい奴なんじゃろうなぁ……」

 まさか、その正反対で筋肉どころか必要な肉までそぎ落としたかの様な痩せた男だとは思いもしない。
 そうやって、鬱々とした気分でその人物を待っていると、扉をノックする音がした。

「学園長。お客様です」

「うむ。通してくれ」

 男を案内してきたしずなが扉を開き、奇抜な帽子を被った男が入ってくる。

「初めまして、学園長。私、本日お約束させていただきましたロバート・パーカーです」

「うむ。知ってはいると思うが、ワシは近衛近右衛門じゃ」

 握手し、ロバートを学園長室に隣接している応接室へ通す。

「掛けてくれたまえ」

「失礼します」

 ロバートに席を勧め、学園長は話題を切り出した。

「それで、今日はワシに何の用かの?」

「はい。本日の用件は、先日のアルカ・スプリングフィールド君等見習い魔法使いの三人が魔法使いである事が一般人に知られた件についてです」

 来たか、と学園長は身構える。

「うむ。その事については、ワシのミスじゃ。その件に関してはワシが責任を取る」

「そうですね。当然です」

 学園長の言葉に対し、ロバートは冷ややかに返す。

「そもそも、あの図書館島に生徒が侵入した際に、気付いていたのなら警備員なり呼べばよろしかったのです。何より、図書館島は一般人の目から見れば、非常識の塊です。いくら学園に認識阻害魔法が掛かっているとはいえ、あのように奥へと侵入を許すべきではありません。あれでは魔法の存在を感づく者も出てくるでしょう。即刻、図書館島を閉鎖し、立ち入り禁止区域に指定すべきです」

 ロバートの言葉に、学園長は反論する。

「図書館島に関しては、こちらで既に対策済みじゃ。現に、今まで図書館島が原因で魔法に関して気付いたものは居らん。今回の件に関しては、ワシのミスじゃ」

「では、図書館島を閉鎖する気は無いと」

「無論じゃ」

 学園長の言葉を聞き、ロバートはアタッシュケースから、書類を取り出す。

「今回の件から、学園の現状を調べさせていただきましたが、どうやら学園内の魔法使い達は今二つの派閥に割れているようですね。まず、学園長率いる強行派。この派閥はネギ・スプリングフィールド君をより良い『立派の魔法使い』にしようと積極的支援という名の余計な世話を焼く組織のようですね。ネギ・スプリングフィールド君の為にあの偏ったクラス編成を考えたのもその一派ですね」

 ロバートにそう切り込まれ、学園長は頬を引き攣らせる。

「それから、もう一つはネギ・スプリングフィールド君等三人を陰から見守り、消極的ながら支援していく穏健派。こちらは、本来先達の魔法使いのあるべき姿と言えるでしょう。こちらは明確なリーダーは居ないようですが、代表的なのはガンドルフィーニ教諭や、弐集院教諭ですね。スプリングフィールド兄弟は幼い子供である上に、大変デリケートな立場に居るのに、このような危険に巻き込むとは何事かと大変憤慨なさっているようでしたよ」

 挙げられた名を聞き、学園長は事件当時の事を思い出す。
 真面目一辺倒のガンドルフィーニがその事件を聞くなり、怒りも顕に学園長室に飛び込んで来たのだ。その後、ガンドルフィーニを皮切りに、次々に魔法先生等が学園長の元へ説明を求めてやって来て、緊急会議を開き、一時事態は沈静化したのだが、学園長の株は穏健派の人間の間では急落した。
 今回の件は強行派の間で決定し、起こしたので、現在強行派の人間は肩身の狭い思いをしている。

「そう言えば、この学園には『紅き翼』のメンバーの一人である高畑氏が居るようですが、彼は出張が多すぎてどちら側の人間とも言えないようですね。と、言いますか、彼が教師という立場であるのが不思議ですね。素直に傭兵として雇ったと言えばよろしいのに」

 ロバートは書類を捲り、更に切り込む。

「そう言えば、マリア・ルデラさんの居住予定だった家の爆破事件ですが、この犯人は何故何も処罰を受けていないのでしょうか?」

「何じゃと?」

 学園長は片眉をひくり、と上げる。

「犯人は英雄の息子等を血族に取り込みたいという阿呆――失礼、自分勝手な思考の元、同じ年頃の女の友人が側に居ては邪魔と思い、住む場所が無ければ日本に来ないだろうという幼稚な考えで爆破したそうですね。泥酔状態だったとはいえ、放火は犯罪、まして爆破など言語道断。処罰が謹慎などと生温い。本国の然るべき機関に突き出すべきです」

 ロバートは更に書類を捲る。

「そう言えば、学園長が学園の長をなさっているのにも疑問を感じます」

「何……」

 流石の学園長もその言葉は聞き逃せなかったらしく、ロバートを睨み付ける。

「聞けば、貴方はずいぶんと女性教員に対しセクハラをなさっているようですね。よくぞ、今まで訴えられなかったものです。それとも、訴えないような女性を選んでセクハラをなさっていたのですか?教育者の長ともあろう者が嘆かわしい」

「うぐっ……」

 まさか、そこでそれを持ち出されるとは思わず、学園長は言葉に詰まった。

「それから、私の独自の調査によりますと、この学園には『闇の福音』が繋がれているそうですね。何でも、彼女をここに繋いだのはナギ・スプリングフィールドだとか。貴方、その彼女をネギ君が受け持つクラスに入れるなんて、何を考えてらっしゃるんですか?」

「それは……」

 流石に、エヴァンジェリンの事を突かれると痛い。

「まさか、惚れた男の息子だから大丈夫だとか、上手くいけば仮契約するかもしれないなんて、そんな馬鹿な事を考えてのことじゃありませんよね?」

「………」

 図星だった。

「他にも、まだまだ色々とありますが……」

「ま、まだ有るのかの?」

 アタッシュケースから新たな書類の束を取り出したロバートに、学園長は頬を引き攣らせる。

「それはもう、沢山有りますよ」

 ロバートはイイ笑顔を浮かべてそうのたまった。
 そして、学園長がロバートの話を全て聞き終わったのは、それから三時間後の事であった。

「では、今回の件で、家を爆破した教員は本国へ強制送還の後、然るべき機関で法の裁きを受けていただきます。それから、どうやらここの魔法使い達は随分と認識阻害魔法に甘やかされている様ですので、再教育プログラムを受けていただきます。それでも改善されないようであれば、教員を入れ替えさせていただきます。それから、今回麻帆良で受け入れた見習い魔法使い達三人ですが、この三人に何かあった場合、学園の長たる学園長に全ての責任を取っていただきます。図書館島に関しては、地下三階以下は立ち入り禁止に。図書館探検部の活動は、必ず顧問の魔法先生が同行し、その行動を制限する事」

「……分かったわい」

 三時間にも及ぶ長時間の間、痛い所を正確に、完膚なきまでに叩かれ、流石の学園長も疲れ果てていた。しかも、このロバート・パーカーという男の話術、情報量は恐ろしい。
 その情報の正確さ、何処から手に入れたのか、証拠すら揃え、全ての情報に裏付けが取ってあった。海千山千の学園長が始終押されっぱなしだったのだ。

「今回の調べで色々と分かりましたので、次に何かあれば、然るべき対処をさせていただきます。分かっているとは思いますが、隠し立てなど無駄ですので、あしからず」

「分かっておる……」

 大きな溜息を吐き、学園長はロバートの案を了承した。

「では、私の用件はこれだけですので、長々と失礼致しました」

「ああ、ご苦労様でしたの……」

 最後に二人は握手を交わし、ロバートは学園長室を後にする。
 ロバートが学園長室から出る際、高畑とすれ違い、ロバートは被っていた帽子を軽く持ち上げて挨拶し、高畑はそれに会釈を返した。
 そうして、高畑は学園長室に入り、ぐったりしている学園長に話しかける。

「戻りました、学園長」

「うむ、ご苦労じゃったの」

 疲れ果てた様子の学園長に内心首を傾げながら、高畑は口を開く。

「先程、廊下で、あの『死神ロバート』とすれ違いましたが、何かあったんですか?」

「……『死神ロバート』じゃと?」

「あれ? ご存知有りませんか?」

 そう言って、高畑が語った所によると、何でも魔法世界で有名な凄腕の交渉人で、『死神ロバート』という名で通っているらしい。彼の知識、情報量は、相手の逃げ道を塞ぎ、その話術で確実に首を刈り取っていく。その様がまるで死神の様だと、その名が付いたらしい。

「ああ、思い出したわい……」

 知識と情報という名の鎌を持つ死神。学園長もその話はチラッとだが、聞いた事があった。しかし、相手は魔法世界の有名人であり、頻繁に話題に上るような人間じでは無い為、忘れていたのだ。

「そうと知っていれば、それ相応に準備したのじゃが……」

 学園長は油断していたのだ。まさか、そんな大物があのマッスル双子と関係があるとは思いもしなかった。

「エヴァンジェリンに連絡せねばのう……」

 疲れたように、深い深い溜息を吐く学園長を、高畑は不思議そうな顔で見ていた。

 その後、学園長はエヴァンジェリンに連絡をするも繋がらず、エヴァンジェリンへの連絡は翌日に回す事にした。
 しかし、学園長はこの時の対応を、後々まで後悔する事となる。何故あの時エヴァンジェリンを探し、連絡を取らなかったのか、と。



   *   *



 その日の深夜。

 麻帆良にある学園長の屋敷に、何者かが侵入した。
 月明かりにギラリと刃物が光るが、それが振り下ろされる前に、二つの大きな影が襲撃者を捕らえ、音も立てずに去って行った。



   *   *



 翌朝。

「……っぎゃぁぁぁ!?」

 雑巾を引き裂くような老人の悲鳴が屋敷に響き渡った。
 学園長の枕元に、肉切り包丁が深々と突き刺さっていたのだ。

 その後、易々と麻帆良内に進入を許してしまった学園長は、犯人を探し出そうと躍起になったが、痕跡は既に消された後で、犯人は分からなかった。
 そんな、犯人探しに気を取られた学園長は、大切な事を忘れていた。

「ククク……、アルカ・スプリングフィールドか……」

 建物の影から、アルカを観察する二つの影。
 『闇の福音』こと、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと、その従者、絡操茶々丸だ。

 そう。学園長は、エヴァンジェリンに連絡し忘れるという痛恨のミスを仕出かしたのだった。








[20551] 第二十話 裏事情
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/08/24 14:09
「マリアちゃん、コレもそうじゃない?」

「あ、はい。それ私のです」

 礼を言いながら、マリアはアスナから櫛を受け取る。

「ようやくマリアちゃんの家が直ったんやねぇ」

 正確には鈴本店長の家の離れなのだが。
 先日、ようやく鈴本店長宅の離れの修理が終わり、マリアはそこに引っ越すことになったのだ。
 このかがマリアの服を畳み、それをマリアに渡す。
 マリアはそれを受け取り、鞄につめていく。

「僕の住む所はどうなってるんだろう……」

 ネギはそうぼやきながら、マリア用のコップや皿等を新聞紙に包んでいく。

「いざとなったら、マリアちゃんの家にお邪魔すれば良いんとちゃう?」

「ええっ!?」

 このかの言葉にネギは驚きの声を上げる。

「つまり、同棲やね」

「同棲っ!?」

「それって、教師としては良いの?」

「そ、そうです! 教師として……」

 慌てふためくネギに、マリアは笑顔で言い切る。

「お友達なんだから良いんじゃない?」

「「「………」」」

 沈黙が降りた。

「ドンマイ、ネギ」

「まだまだ先は長いで」

「うう……頑張ります」

 慰められるネギに、マリアは不思議そうに首を傾げた。



   第二十話 裏事情



 あの図書館島の一件から早十数日。

 図書館島でみっちり勉強しながら一晩過ごし、その後見つけた階段を上り、エレベーターで外に出た。特に何かに邪魔されることも無く、図書館島からの脱出はスムーズに行われた。
 そして、運命の期末テスト。
 バカレンジャーがテストに遅刻するというハプニングはあったものの、二年A組はクラス総合一位の座を獲得し、アスナはなんと平均点78点という点数を叩き出し、高畑に褒められてご満悦の様子だった。

 そしてテストが終わった頃、ようやく離れが直りそうだと鈴本店長に告げられたのだ。

 お別れ会をしようという案が持ち上がったが、鈴本店長の家は学園から結構近くに有る。お別れ会をわざわざする距離でもないので、マリアはそれを丁重に断った。

 そして、引越しが終わった頃、ロバートから連絡が入った。



   *   *



 土曜日。
 ロバートの招集から、マリア達見習い魔法使い三人は、マリアの住む離れに集まっていた。
 小さな卓袱台を囲んで、四人が顔を突き合わす。

「まず、招集に応じて頂きありがとうございます」

 正座が出来ず、胡坐をかいているロバートがそう切り出した。

「以前、簡単に現状を説明したかと思いますが、より詳細な説明をしようと思います」

「はい」

「「お願いします」」

 マリアが頷き、ネギとアルカは頭を下げた。

「では、まず学園内の強行派の内情を少し説明しますね」

 真剣な顔で説明を聞く子供達に、ロバートは告げる。

「実は、この強行派なんですが、学園内での地位は高いものの、人数はそこまで多くないんです。そんな彼等が何故ネギ君達英雄の息子に拘ったかというと、まず先の魔法世界での大戦が大きく関係しています」

「魔法世界の大戦?」

 首を傾げるネギに、ロバートが頷く。

「そう。彼等強行派の人間の殆どが、戦争経験者なんです」

 そのロバートの言葉に、三人は目を見開く。

「戦争を経験して、この旧世界に移住したらしいです。ですから、戦争を終わらせる切っ掛けを作った『紅き翼』の英雄達に対しては他の先生方より思い入れが強いんです。その英雄の息子だからと、過ぎる期待を寄せてしまったらしいですね」

 戸惑う子供達に、ロバートは微笑む。

「今回強行派の人間に迷惑を掛けられたでしょうが、彼等は決して悪い人間という訳じゃないんです。その事を、記憶の隅にでも良いから留めておいて下さい」

 子供達は素直に頷いた。

「まあ、約一名ド阿呆が混ざっていましたが。この離れを爆破した犯人は、既に本国に強制送還されて、法の裁きを待っています。泥酔していたとはいえ、とんでもない事をしたと反省していましたね」

 先日、その犯人の奥さんが鈴本店長とマリアに謝罪に来た。
 鈴本店長に対しては、離れを爆破などという非常識且つ、大変な危険に晒し、申し訳ないと奥さんは深々と頭を下げ、鈴本店長はそれを受け入れた。
 そして、マリアに対しては、何でもマリアと同じ年頃の娘さんが居るらしく、そんな娘と同じ年頃の女の子を寒空の下に放り出す所だったと、奥さんは謝罪し、マリアもまた、その謝罪を受け入れた。

「今回、麻帆良で魔法の秘匿に関し、甘い事が分かったので各魔法使いに再教育プログラムを受けてもらうことになりました。それから――」

「あのう……」

 アルカがロバートの言葉を遮り、尋ねる。

「その、再教育プログラムなんですけど、それが原因で、外部の組織から余計な横槍が入ったりとか、麻帆良が乗っ取られたりとかはしませんか?」

 そのアルカの質問に、ロバートは微笑む。

「心配ありませんよ。そのプログラムはどの組織にも所属しない信頼の置ける人物が監修したものですし、私自身もどの組織にも所属しない身です。何より、今回こそ馬鹿な真似をしましたが、学園長はかなりのやり手ですので、何か重大なヘマをしない限りこの麻帆良が乗っ取られるような事は無いでしょう」

「そうですか……」

 安心したような、けれど何処か不安そうな、複雑な表情でアルカは口を閉じた。

「それから三人に、特にネギ君とアルカ君に注意事項を伝えておきます」

 ロバートの真剣な口調に、ネギとアルカは姿勢を正す。

「この学院には、吸血鬼の真祖、『闇の福音』ことエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが繋がれています。繋いだのは君達の父親、ナギ・スプリングフィールドです。ナギ・スプリングフィールドと『闇の福音』の過去を調査したところ、どうやら『闇の福音』はナギ・スプリングフィールドに好意を抱いているのではないかという結論に達しました。ですが、その好意は彼の子供に向けられるか分かりません。十分に注意してください」

「エヴァンジェリンさんって、僕のクラスの……」

「そうです。彼女です」

 肯定するロバートに、ネギは青褪める。

「といっても、彼女は女、子供を殺したという記録は無く、現在その力を封じられています。出来れば私も接触してみたかったのですが、上手く撒かれてしまい無理でした。力が封じられているとはいえ、実力は確かなようです。まあ、彼女の人となりは、教師であるネギ君が接触し、直接知った方が良いでしょう。これは良い経験になると思いますよ」

「はい……」

 ネギは少し不安そうにしているが、ロバートの案に頷いた。

「学園内に居る多くの魔法使い達が貴方達を見守っていますから、最悪の事態は回避できるでしょう」

 最悪の事態って何だ、と三人は頬を引き攣らせるが、ロバートは言葉を続ける。

「今回、立場上強行派を非難していますが、君達の今後の事を考えると、強行派の考えは決して悪い事ばかりではありません。気を回しすぎている感は有りますが、いつかは必要になるだろう事柄が詰め込まれています。例えば、英雄関係の事で逆恨みし、『闇の福音』の様な実力者が、君達を襲うかもしれません。君達は、それに対する対処を最低限であろうとも、安全が確保されている学園内で学べます」

 その言葉に、三人はポカンとした表情で聞く。

「そして、仮契約。特にネギ君やアルカ君は常に狙われている身ですから、魔法使いである君達を守ってくれる従者を出来る限り早めに決めたほうが良いでしょう」

 ネギは思わず隣に座るマリアを見た。

「まあ、心に決めた人が居る人間にとっては有難迷惑でしょうが……」

 マリアとネギを流し見て苦笑するロバートに、ネギは顔を真っ赤に染め、マリアは首を傾げた。

「良くも悪くも、この麻帆良には、君達がこの先必要とするだろう様々なモノが揃っています。些事は私に任せて、大いに学び、楽しんで下さい」

 そう言って、ロバートは楽しそうに笑った。



   *   *



 用事が有ると言ってロバートは去って行き、アルカも仕事を特別に抜けさせてもらっていたので、急いで店に帰って行った。

 残ったのは、仕事が休みであるネギとマリアだ。

「ちょっと、複雑だな」

 そう呟いたのはネギだ。

「あの図書館島での件で、余計な事をされたって、怒ってたんだけど……」

 強行派の裏事情を知り、ネギは自分が背負わされている期待の一部を垣間見た。

「お父さんのした事はとても誇らしいけど、怖いな……」

 ネギは、再び思い知った気がした。
 父の偉大さと、それに付随する周囲の人間の想いの重さを。

 親のした事が、子供の自分達にふりかかる。
 それは良い事から、悪い事まで。

 英雄の息子であるというだけで、生まれた時から期待されたネギとアルカ。
 あんなに期待しておきながら、アルカの魔力量が少ないからとそっぽを向いて、それに飽き足らず罵った周囲の人間達。そして、魔力量の多いネギこそ英雄の息子に相応しいと、擦り寄ってきた。
 彼等はネギを持ち上げ、アルカを貶した。

 一体、この人達は何を考えているんだ。
 大切な兄弟を貶されて、ネギが喜ぶとでも思ったんだろうか。

 好意の裏に有る人間の汚さを見た瞬間だった。

 そして、そうやってチヤホヤされるネギを面白く思わない人間も居た。
 そんな人間達が集まり、始まったネギへのいじめ。

 たとえ望まない好意であっても、それを妬む人間が居るのだと知った。

 たった十年。されど、十年という長い月日。
 ネギとアルカは否応無しに沢山の人間に関わった。

「皆は、僕等に何を望んでいるんだろう……」

 人の想いは千差万別。純粋な好意も無いだろうが、純粋な悪意もきっと無い。

 誰にでも公平で平等な教師は、生徒達の前で『英雄の息子』という単語を一度も使わなかったが、友人には『英雄の息子』を教えているのだと自慢した。
 いじめっ子の男の子の表情に、罪悪感が浮かぶのをネギは見た。

 そんな、複雑な想いを前に、ネギはそれを汲み取り、自分の取るべき行動を選べるだろうか。

 小さく溜息を吐くネギに、マリアはただ寄り添い、手を握る。

 掌に感じる暖かな熱。
 ネギの、大切なモノ。
 絶対に譲れない、大切なヒト。

 きっと、これからも様々な人の想いに触れ、事件に巻き込まれ、時には自ら飛び込み、危険に晒されるだろう。
 その時、ネギは大切な人達を守れるだろうか。

「強くなりたいな……」

 身も心も、強くなりたい。
 寄せられる期待に押し潰される事無く、襲いくる悪意を跳ね除け、大切な人達を守れる程に強く。

 お父さんみたいになりたい。けれど、お父さんの二の舞いにはなりたくない。

 あの『悪魔の襲撃』のような事は、もう二度と味わいたくない。

 日々増えていく大切な人達。
 けれど、ネギの手は小さくて、いつかきっと大切な人達はネギの掌から零れ落ちてしまうだろう。
 だが、ネギはそれに足掻きたい。零れ落ちてしまった大切な人達を守れるほど強くなりたい。
 そうなるためには、きっと様々な経験が必要なのだろう。
 ロバートの言った通り、きっと、この学園にはネギ達に必要なモノが沢山揃っている。
 この修行は、チャンスなのだ。強くなるための、チャンスだ。

 どれ程この学園で学び取れるは分からない。
 けれど、必要な事だ。

 頑張ろう。必死になろう。



 失ってからでは、遅いのだから……。










[20551] 第二十一話 マリアの一日
Name: みかんアイス◆7deec299 ID:68c9a700
Date: 2010/10/25 22:48


午前五時半。


 ジリリリリリ!!


「ふぁ……んむむ………」

 マリアは寝ぼけながらも手探りで騒音の本、目覚まし時計を探し、ベルを止めた。
 今にも閉じてしまいそうな目をこすりながら、のろのろと布団の中から這い出す。

「朝……支度しなきゃ………」

 そう呟くと、マリアはよろよろとしながら立ち上がり、顔を洗ってさっぱりした後、朝食を作りにかかる。
 今日の朝食はクロワッサンとスクランブルエッグ、彩りにプチトマトとパセリを添え、サラダも用意する。十一歳の子供にしては中々立派な朝食だ。

「いただきます……」

 一人で食べる朝食は何だか少し味気ないような気がしたが、マリアにはしんみりしている時間は無い。

「あ、もうこんな時間」

 急いで後片付けをし、パジャマを着替え、マリアは家を飛び出した。



 第二十一話 マリアの一日



 マリアがまず先に向かったのは、鈴本店長の家の敷地内にある温室だ。この温室はそれなりに大きく、マリアは鈴本店長の家の離れに格安で住まわせてもらう代わりに、この温室で育てている植物の世話の手伝いを頼まれたのだ。朝の水やりはマリアの仕事だ。

「うーん。相変わらず、宝の山だなぁ……」

 そんな事を呟きながら、マリアは水を撒く。
 この鈴本店長の温室には、様々な貴重な、むしろ幻とされるような植物が育てられている。
 それは見たこともないようなシダのような植物や、ザワザワと葉を揺らすマンドレイク、モーリュ、三度栗まで様々だ。
 これで鈴本店長が一般人なのだから驚きだ。
 魔法学校では薬草学や錬金術に興味を持っていたマリアは、この温室を見て何故修行先が鈴本店長の下だったのかが分かったような気がした。
 マリアは植物に水をやり終わると、家に戻り、昼食用のサンドイッチ弁当を作る。
 そして、冷蔵庫から小さなタッパーを取り出し、スポーツドリンクを入れた水筒を用意し、仕事用の鞄を持って家を出た。

 マリアが向かった先は、世界樹が生えている広場だ。そこには、ジャージ姿のネギが居た。
 ネギはじれったくなるほどゆっくりとした動作で、丁寧に武術の型をなぞって行く。
 いわゆる、太極拳である。
 ゆっくりとした動作をスムーズにこなすのは意外と力が要るもので、良い鍛錬になる。
 これを軽くジョギングした後、毎朝晩三セット、素早い動きにしたものを一セット。その後、仮想組み手のシャドウを二セットだ。昼食後は瞑想にあてられる。

 ネギが一息吐いた所で、マリアは声を掛けた。

「ネギくん!」

「マリアちゃん!」

 ネギが嬉しそうにマリアに手を振り、マリハはネギに駆け寄る。

「はい、スポーツドリンクとレモンの蜂蜜漬け」

「ありがとう!」

 マリアは鞄から小さなタッパーと水筒を取り出し、ネギに渡した。
 ネギは嬉しそうにスポーツドリンクを飲み、レモンの蜂蜜漬けを食べる。

「美味しいよ、マリアちゃん!」

「ありがとう」

 にこにこと笑いあい、近況報告をする。
 一緒に住んでいたときと違い、ネギとはこの時間帯以外に中々会えなくなってしまった。だから、この時間はマリアとネギにとって大切な時間だった。
 この時間に、マリアは店であった他愛も無い出来事を話したり、ネギは学校であった事などを話す。
 例えばマリアの場合は、恋のライバル同士が店で鉢合わせし、決闘騒ぎになったのを鈴本店長が慣れた様子でハバネロスプレーにて阿呆共を悶絶させた事や、アルカが東堂店長に追われている様子などを話した。
 対するネギは、終了式で生徒達と『学年トップおめでとうパーティー』という名のお花見で、自分の事をあまり好いていない生徒さんとも少しお話ができた事や、委員長さんの家に家庭訪問に伺い、いつも喧嘩している委員長さんとアスナさんとの絆を見た事を話した。
 騒ぎに事欠かない麻帆良では、話題が尽きる事はない。
 だが、楽しい時間というのは、あっという間に過ぎていくものである。
 ふと、時計を見てみれば、結構時間が経っていた。

「あ、そろそろ行かなきゃ……」

「わっ、もうそんな時間?」

 ネギも慌ててタッパーに蓋をし、水筒ごとマリアに返す。
 マリアはそれを受け取り、ネギと別れ、商店街にある職場へ向かった。



   *   *



 マリアの『フラワーショップ・スズモト』での仕事は、花の水遣りと、会計。仕入れた花の水切りもマリアの仕事だ。
 土日の午後になると、マリアはミニブーケを持って行商に出る。初日はあまり売れなかったが、回数を重ねるにつれ、段々と売れ始め、最近では二時間ほどで完売するようになった。
 この学園都市では、意外と花がよく売れる。
美男美女から奇人変人まで、目立つ人物がごろごろ居る所為なのか、プレゼント用の花束を作ってくれと依頼があるのだ。
 何度振られても果敢にアタックする人物も多く、何人かの常連さんとは顔見知りになり、道を歩いていると時々声を掛けられるようになった。

 マリアが鉢に水をやっていると、中学生くらいの女の子数人が、ネギ君のパートナーどうの、ネギ王子がどうのと楽しそうに話していたのが聞こえたが、何かあったのだろうか。明日ネギくんに聞いてみよう、とマリアは思い、店内に戻った。

『フラワーショップ・スズモト』の閉店時刻は午後六時だ。
 午後五時半ごろから閉店の準備を始め、午後六時半ごろに仕事を終える。
 最近、マリアは家に帰る時は、帰る場所が同じなため、鈴本店長と一緒に帰る。
 家に着くのは午後七時。
 お風呂にお湯を張り、その間に夕飯を作る。
 夕飯を食べ、少し落ち着いた後、食器を洗う。
 食器を洗い終わると、マリアは外に出た。
 この離れに住むようになってから出来た習慣の散歩に行くのだ。
 ただし、この散歩はただの散歩ではない。警備員たる魔法使い達や、学園への侵入者の目を欺き、警備システムを掻い潜り、見つからないようにする『かくれんぼ』を兼ねている。
 マリアは軽く跳躍し、屋根の上に上る。今宵は良い月夜だ。吸血鬼にも気をつけるとしよう。
 ふわふわと羽の様に軽やかに、弾丸の様なスピードで建物の屋根の上を移動する。
 人の気配に気をつけながら、気持ち良く走っていると、遠くの建物に人の気配を感じた。
 マリアは建物から飛び降りて身を隠す。
 そっと、その気配の主を窺ってみれば、それはアルカだった。
 アルカはこちらに気付かず、何かをじっと見つめていた。

「あれは……」

 アルカの視線の先を辿ってみれば、そこに居たのは怪しげなフードを被った中肉中背の男が居た。男は何かしらの呪文を呟き、数対の魔物を呼び出した。
 男が命じ、魔物が動き出そうとした瞬間、強力な『雷の射手』にて魔物達は行動不能にさせられた。
 それに男が驚きつつも、辺りを警戒しだすが、それは既に遅く、『雷の射手』を放った人物、アルカが男の背後に回り、手刀にて男の意識を刈り取った。
 男の意識が無いことを確認し、アルカは移動を開始した。マリアもこっそりその後をつける。
 その後、アルカは警備員等を避け、怪しげな侵入者を五人ほど昏倒させて帰っていった。なかなか良い腕前である。

「けど、バレちゃったみたい。良いのかな……?」

 アルカの後をつけていたのは、マリアだけではなかったのだ。
 闇に紛れ、幼女がアルカの後をつけて、観察していたのだ。

「吸血鬼かぁ……」

 マリアは吸血鬼エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを観察し、診察する。
 現在、エヴァンジェリンはアルカが仕留めた招かれざる客とは別口の客を軽くあしらっている最中だ。
 客人の握る刃がエヴァンジェリンの二の腕が軽く切ったが、それは直ぐに再生し、元の綺麗な肌に戻った。
 エヴァンジェリンが軽く手を振ると、客人は急に動きを止め、そのまま昏倒した。
 そんなエヴァンジェリンの強さを目の当たりにしながらも、マリアは呟く。

「ああ、吸血鬼って、ああいう仕組みになってるんだ……」

 マリアは、『吸血鬼』というモノの仕組みを理解した。
 マリアも自分の中をいじれば、吸血鬼になれるだろうが、そんな事をするつもりは無い、というか必要性を感じない。
 これから様々な事件が起こるというのに、わざわざ弱体化する必要は無いだろう。
 そんな事を考えながら、ニヤニヤと楽しげに笑うエヴァンジェリンが去っていくのを見届けて、マリアも家路に着いた。

 マリアは家に帰りつくと、風呂に入る事にした。
 湯船に浸かりながら、マリアは呟く。

「春休みも、もう終わりかぁ……」

 春休みが終われば、一気に忙しく、騒がしくなるだろう。
 今日、エヴァンジェリンにアルカの実力が知られてしまったようだ。エヴァンジェリンはどう動くだろうか。それに対し、アルカはどう対応するだろうか。
 そして、自分はどう動くべきだろうか。

「忙しくなりそう……」

 溜息を一つ吐き、マリアは風呂から上がる。
 現在、午後十一時五十分。
 アルカとエヴァンジェリンを見つけ、うっかり様子を見守ってしまったために、就寝時間がかなり遅くなってしまった。

 マリアは布団を敷き、水を一杯飲んで、電気を消す。
 そして布団に潜り込み、目を閉じた。明日に備えて、しっかりと休息をとらねばならない。

「おやすみなさい……」

 誰に言うでもなく、マリアの呟きは闇に解けて消えた。

 しばらくして、すうすうと寝息が聞こえるようになり、マリアの一日はこうして幕を閉じたのであった。










[20551] 第二十二話 マスコットには、なり得ない
Name: みかんアイス◆7deec299 ID:68c9a700
Date: 2011/01/01 10:09

 よく晴れた日の午後、ランドは納屋でごそごそと何かを探している様子のガルトとゴルトを見つけた。嫌な予感がするのは何故だろう。

「……兄貴達、何をやってるんだ?」

「おお、ランド」

「見て分からんか、探し物だ」

 だから、それを聞いているじゃないか。

 眉間に皺を寄せながら、ランドは聞く。

「何を探してるんだよ」

「それはだな――」

「おお、あった!」

 ゴルトがガルトの言葉を遮り、声を上げた。何か見つけたらしい。
 見つけたもの、それは……。

「……トラバサミ?」

「そうだ」

 ほくほくした顔で、ゴルトがトラバサミを別の大きな箱に移す。

「ふむ。これも使えるだろう」

 そう言ってガルトが取り出したのは、メリケンサックだ。
 関連性を見出せない取り合わせに、ランドは首を傾げる。

「兄貴達、それをどうするつもりなんだ?」

「ああ、弟子に送ろうと思ってな」

「必要になるかもしれんからな」

 そう言いながらガルトとゴルトはごそごそと荷物を漁り、スタンガンや縄、催涙スプレーなど、様々な物を発掘していく。
 一体、どんな場面に必要になるというのだろうか。
 そんなランドの疑問に気付いたのか、ガルトが説明をしだした。

「実はな、ネカネさんの下着を盗んだという不届き者が日本に逃げたらしくてな。どうも、弟子と接触する可能性が高いらしい」

 そんなガルトの説明に、ランドは納得し、自身も荷物を漁りだす。

「その下着ドロって、あれだろ? 二千枚もの下着を盗んだって奴じゃなかったか?」

「うむ。その通りだ」

 話しながらも、荷物を漁る手は止めない。

「あ、これこれ」

 ランドは目的の物を見つけた。

「ふむ」

「なかなか良いんじゃないか?」

「そうだろ?」

 満足気なランドが持つのは、釘バットだ。
 ランドは釘バットを箱の中に入れ、兄達と共に再び荷物を漁りだす。

「しかし、弟子に下着ドロを捕まえさせるとして、俺達の制裁はどうやって受けさせようか?」

「流石に日本に行くわけにはいかないしなぁ……」

 ランドの台詞に、双子は何とも言えない表情をした。
 そして、気を取り直す様にガルトが一つ咳払いをし、口を開いた。

「荒縄で簀巻きにして送ってもらえば良いんじゃないか?」

「ふむ。ならば、真空パックにして送ってもらうか」

 はっはっはっ、全く笑ってない目でガルトとゴルトが笑う。
 下着ドロ、絶体絶命。

 こうして、納屋での作業後、黒いオーラどころか瘴気を放ちそうな禍々しい荷物を詰め込んだ箱は、日本に居るネギの下へうっかり無事に届けられてしまったのだった。



   第二十二話 マスッコットには、なり得ない



 その日、マリアはアスナとこのかの部屋にお泊まりの誘いを受けた。
 何でもネギの元気が無いらしい。朝の鍛錬の時に様子が変だった為、気になっていたのだ。どうやって聞き出そうか、と考えてきた時に今回のお誘いだ。マリアは渡りに船とばかりに、お泊りセットを持ってお邪魔させてもらうことにしたのだった。
 
 そして、仕事を終えたマリアはアスナ達の部屋を訪れたのだが……。

「……アスナさん。あの禍々しいオーラが駄々漏れの箱はナンデスカ?」

「ああー、アレ……ね……」

 部屋の隅に置いてある大きな箱が、異様なオーラを放っていた。

「えっと、何か、マリアちゃんのお兄さん達からみたいなんだけど……」

「えっ!? す、すいませんすいませんすいません!」

 苦笑いしながら告げられた事実に、マリアは即座に謝罪した。

「後で引き取らせて頂きます……」

 溜息を吐き、心なしかげっそりした様子でマリアはそう告げた。

「本当に、兄さん達は何を考えているんだか……」

 マリアのぼやきに、人の良いアスナがフォローを入れた。

「あ、けどね、マリアちゃん。お兄さん達は悪気は無かったみたいなの。何か、マリアちゃん達の地元を騒がせた下着ドロが麻帆良に行きそうだ、って教えてくれてね、心配してあの箱を送ってくれたのよ」

 箱の中には防犯グッズも入っているらしい。しかし、如何せんあの禍々しいオーラが恐ろしすぎる。箱の中身を見たら絶対に後悔するよう気がして、未だ箱は開けられないでいた。

「……下着ドロ?」

 記憶の端に引っかかるものを感じ、マリアは首を傾げた。

 はて? そういえば、マスコットになり得ない小動物が居たような?

 そんな事をマリアが考えていると、丁度ネギが帰ってきた。

「ただいま……」

「あ、ネギくん。お帰りなさい」

「え、マリアちゃん!?」

 何で居るの、と言いつつも嬉しそうな表情をしながら、ネギはマリアに駆け寄った。

「あんたの元気が無いって言ったら、マリアちゃんが心配して来てくれたのよ」

 にやにやと人の悪い笑みを浮かべたアスナの言葉を聞いて、ネギは頬を染めた。

「あの、ありがとう。心配してくれて……」

「ううん。気にしないで」

 そう言って微笑むマリアに、ネギも笑顔を返した。
 そんなほのぼのとした空気に少し気まずい思いをしつつも、アスナは一つ咳払いをしてもう一つの目的を切り出す。

「それに、エヴァンジェリンの事も話しておいた方が良いと思ってね」

「あ、アスナさん!」

 慌てるネギに、マリアは身を乗り出してネギに尋ねる。

「え!? ネギくん。エヴァンジェリンさんと何かあったの?」

「あ、その……」

 目を泳がせ、逃げ腰になるネギの頭をガッチリ捕まえ、マリアは強引に視線を合わせ、問いただす。

「ネギくん! 今回、隠し事は認めないよ!!」

「あ、あうぅ……」

 いつもの穏やかな様子とは違い、前面に強気な姿勢を見せるマリアに、ネギはたじろぐ。こういう時のマリアは絶対に引かないのだ。しかも、引かない理由がネギを思っての事なので、どうしたってネギは最後には折れてしまう。
 ガッチリと頭をマリアに捕まえられて、無自覚ながらも至近距離で見詰め合うなどという光景を目の前で見せられたアスナは「この二人って無自覚にラブラブ? っていうか、ネギって既に尻に敷かれてるのね」とかぼやいていた。



   *   *



 現在、アスナ達の部屋に居るのはマリアとネギの二人だけだ。
 あの後このかが帰宅し、会話は中断したのだが、そこはアスナが機転を利かせ「元気の無いネギにはマリアちゃんが一番の薬。二人きりにさせてあげましょ」と言ってこのかを連れ出してくれたのだ。
 こうして、マリアとネギは部屋に二人きりになり、マリアはネギに事情を聞いたのだった。

「つまり、宮崎さんがエヴァンジェリンさんに襲われてるのを助けたのはいいけど、エヴァンジェリンさんの『魔法使いの従者』だった絡繰茶々丸さんに捕まって、危うくエヴァンジェリンさんに血を飲み干される所だったと……」

「うん……」

 力なくネギが頷いた。
 吸血鬼の噂が出始めてから、ネギは周囲を警戒していたらしい。まき絵が倒れ、彼女に残された魔法の力を感じ取ってからは特に気を張っていたのだという。そして、噂の発生地である桜通りを見回ってたら、襲われているのどかを見つけたのだという。
 そして、どうにか追い詰めたと思ったのも束の間、エヴァンジェリンの従者たる茶々丸が現れ、一気に形勢逆転され、危うく命の危機、となったらしい。

「アスナさんが助けに入ってくれて、その時は事なきを得たけど、どうも本命はアルカくんみたいだと……」

「うん……」

 力なく頷くネギは、背後にどんよりとした暗い影を背負い始めた。
 何でも、エヴァンジェリンはネギの血を吸う際に、こう言ったのだという。

「やはり、ぼうやでは物足りないな。ぼうやの弟の方が面白そうだ。ぼうやの血を吸いつくし、完全復活した暁には、ぼうやの弟と遊んでみようか」

 それを聞いたネギは居てもたっても居られず、エヴァンジェリンの手から逃れると直ぐにアルカの下へと走ったのだが、アルカの対応は実にそっけないものだったのだという。

「アルカは、エヴァンジェリンさんの興味が自分に向いてる事に気付いていたみたいなんだ……。それで、今さらだ、商売の邪魔だ、鬱陶しいからさっさと帰れって、言われて……」

 ネギが背負う影が負のオーラを増した。

「僕、最近アルカの僕への対応が軟化したから、調子に乗ってたんだ……。アルカは、まだ僕の事、許してなかったのに……」

 鬱々としだしたネギに、マリアは内心舌打ちをする。
 
 あのツンデレ、いらない所でツンを発揮して。全く、いい加減素直になれば良いものを。

 落ち込むネギを慰めようと、マリアが口を開いた、その時だった。

――キャアッ!?

――ちょっ、何!?

 廊下の方から女生徒の悲鳴が聞こえたのだ。

 何事かと思い、ネギとマリアが部屋の扉を開けた、その瞬間。

「うわっ!?」

「ひゃっ!?」

 部屋に小さな何かが飛び込んできた。
 その小さな何かは机の上を飛び跳ね、洗濯物の中へ突っ込み、マリアのお泊り用に持ってきた鞄を引っくり返した後、机の下へと逃げ込んだ。

「一体、何が……」

「ネギくん、気をつけて」

 恐る恐るとネギが机の下を覗いてみると、それは居た。

「あ!」

 そこに居たのは、白い毛むくじゃらの小動物。

「へへっ! 俺っちだよ、ネギの兄貴。アルベール・カモミールさ!!」

「カモ君!?」

 そこには、マスコットになり得ない小動物が居た。



   *   *



「あ、アスナさんのブラ……」

 マリアはカモが盗んできた下着を引きずり出して確認し、ネギはそれを聞いて溜息を吐く。

「カモ君。まだ懲りてなかったの?」

「うっ……、これは、その、どうしようもない男のサガってヤツでして……」

 カモは視線を泳がし、どうにか話を逸らそうと口を開いた。

「い、いやあ、しかし、ネギの兄貴もにくいねぇ。こんな、可愛いお嬢さんとお知り合いだなんて。どうも、初めまして! 俺っちはアルベール・カモミールってもんでさぁ。よろしくお願いしまさぁ!!」

 自己紹介するカモに対し、マリアも自己紹介を返す。

「初めまして、マリア・ルデラです」

 マリアはにっこりと微笑みながらも、よろしく、とは言わなかった。
 マリアは再び、カモが盗ってきた下着を確認しだす。

 実は、マリアとカモは初対面だった。カモはネギの側に何度が出没していたのだが、下着ドロという前科から、鉄壁の兄貴達がマリアに近づけさせないでいたのだ。むしろ、兄貴達に下着ドロとして捕縛され、何度か制裁を受けている。

「カモ君。マリアちゃんはガルト師匠とゴルト師匠の妹さんだよ」

「ヒィッ!?」

 マッチョ双子の名を聞いた途端、カモは青褪めてカタカタと震えだした。どうやら、トラウマを植えつけられたらしい。
 それでも下着を盗み続けているのだから、学習能力が無いというか、懲りない小動物である。

「カモ君。いい加減、下着泥棒なんてやめなよ。犯罪だよ」

 ネギは呆れた様子でカモの脇に手を入れて抱き上げる。

「うう……、俺っちは負けねえ……。マッチョの呪縛から逃れるには、これしか方法が……!!」

 訳の分からない事を呟くカモに、ネギは再び大きな溜息を吐いた、その時だった。

「あ、私のパンツ……」

 マリアのその呟きが聞こえた瞬間、ネギはカモを持つ手に万力の力を込めた。

「きゅっ!?」

 出てはいけないものが出そうなその衝撃に、カモの意識は暗転し、ネギは再び別の意味で黒い影を背負ったのであった。









[20551] 第二十三話 暗躍
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2010/10/30 17:00
 麻帆良で下着ドロがうっかり綺麗なお花畑をさ迷っていた頃、魔法先生であるガンドルフィーニは麻帆良を離れ、青森に居た。純粋に、教師としての出張である。
 仕事を終えたガンドルフィーニは、ビジネスホテルでほっと一息ついていた。

 最近、ネギ達が来てからというもの、学園が騒がしい。

 別にネギ達を責めているわけではなく、むしろネギ達の成長に必要な騒ぎであれば、全力でサポートするつもりだ。だが、最近起きた騒動は、危うく命を落としてしまうような事件であり、麻帆良に第三者の介入を許してしまった。
 そして、ガンドルフィーニにとって最もショックな出来事は、友人が理解しがたい理由で家屋を爆破した事だろう。友人は上昇志向のある男ではあったが、まさか、そんな事をするなどとは到底信じられなかった。

「はぁ……」

 ガンドルフィーニは溜息を吐きながら、スーツをハンガーにかけ、ベッドに腰掛けた。
 正直、ガンドルフィーニは最近の麻帆良での騒動に辟易していた。
 麻帆良で、ネギの修行に関して『強行派』だの『穏健派』だのというくだらない派閥が出来、麻帆良の魔法使い達の足並みが乱れた。学園には魔法に関し、貴重な魔法道具や書物が多数存在し、常に警戒を怠ってはならないのに、魔法使い達の関係はぎくしゃくしてしまっている。ネギやアルカという狙われやすい人物が増え、学園内に侵入しようとする不届き者が増えた今、こういう時こそ足並みを揃え、魔法使い達の結束を硬いものとしないといけないというのに、現実は情けない様相を見せている。
 そして、先日の事件以来、麻帆良に住む魔法使い達に『再教育プログラム』を受ける事が義務化された。
 一体何をさせられるのかと思えば、魔法の秘匿に関する、魔法使い達にとっては当たり前の事を復習させるだけの内容だった。正直、気が抜けた。
 人目につくような所では魔法を使ってはいけない。たとえ誰も見ていないとしても、魔法で何かを成そうとしてはいけない。例えば料理や洗濯など、魔法で簡単に出来るとしても、魔法は使わず、自分の手で成せることは自分の手で成すこと、等々。

 魔法が秘匿される『旧世界』では当然の事で、もちろん自分は――と、そこまで考えて、ガンドルフィーニは思考を停止させた。

 そういえば、生徒が缶の蓋が空かないといって困っていた所を、こっそり魔法を使って空けてやらなかっただろうか。

 ガンドルフィーニの頭から血の気が引いた。

 おかしい、何で気付かなかった? 『再教育プログラム』を受けたときに気付いても良さそうなものじゃないか。一体何時からだ? 自分は何時からこんなに魔法に関してルーズになったというんだ?

 思わず頭を抱えてしまったガンドルフィーニだったが、ふと、ある事に気付いた。

「……魔法?」

 そう、魔法だ。自分は、魔法を使うことに関してルーズになっている。それも、学園内に居る間だ。現に、出張に来てからというもの、一度も魔法を使っていない。学園内に居る時は一日に数回は気楽に使っていたというのに!

 ここと麻帆良との違いは?

「……認識阻害魔法か!?」

 『認識阻害魔法』
 それは、魔法のことを知らない一般人に対し、魔法を認識する前に別のモノに意識を逸らし、深く記憶に残さないための魔法である。この魔法は安全面の考慮から、魔法に対し、完璧に意識を逸らせることは出来ず、各魔法使いの魔法秘匿のための注意、努力が必要となる。

 麻帆良では、数年に一度、その認識阻害魔法を掛け直すのだ。今回、ネギ達が来るということもあって、念を入れて認識阻害魔法を掛け直したのだ。
 それからだ。魔法使い達は、魔法を使う事に躊躇することが激減している。
 それは、何を意味するのか。

「魔法の失敗……」

 認識阻害魔法というのはとても難しい魔法で、巨大にして緻密な魔方陣を各ブロックごとに用意し、数日掛けて多くのベテランの魔法使い達が執り行うのだ。そして今回、どうもその魔法に失敗したらしい。魔法使い達は、魔法を使うという事に関し、認識を阻害されていた。どうやら今回の失敗は一目で分かるほどの大きな失敗ではなかったらしく、小さな綻びがここまで誰にも気付かれず、大きくなってしまったのだ。

 まさか、奴の仕出かした事も、認識阻害魔法に関係しているんじゃ……。

 その思いつきに、ガンドルフィーニは青くなる。
 家屋を爆破するなどという友人の行いが魔法の所為であれば良いなどと、都合の良い事と分かっていながら、そう思ってしまう。
 しかし、もしそうであれば、それは最悪の事態である。何時、再び誰かがそんな事を仕出かすかもしれないのだ。

 事態は一刻を争う。

 ガンドルフィーニは慌てて携帯をスーツから引っ張り出し、学園長に直通の緊急用の番号に電話する。

――プルルル……、プルルル……。

 早く、早く!

――プルルル……、プルルル……。

 鳴り続けるコール音に焦りつつ、ガンドルフィーニは待ち続ける。

――プルルル…ブツッ、もしもし?

「学園長! ガンドルフィーニです!」

――ほ? ガンドルフィーニ君とな? どうしたのじゃ、そんなに慌てて。

「実は……」



 こうしてガンドルフィーニから連絡を受け、学園長は直ぐに調査に乗り出した。
 そして分かった事は、認識阻害魔法による、魔法を使う事に対する意識阻害だった。この効果は、認識阻害魔法を掛け直した際に学園内に居た魔法使い達全員に及び、学園外に出ないと解けないという事だった。
 頭が痛い思いをしつつも、学園長は報告書を読み進め、ある項目に目を留めた。

――魔方陣に、故意に改竄された部位を発見。

「鼠が居るのかのう……」

 学園長は怜悧な光を目に宿らせ、手を打つべく学園長室を後にした。



   第二十三話 暗躍



――ガション!

「ヒギャァァァ!?」

 朝早く、麻帆良の中等部女子寮の一室で、何者かの悲鳴が響いた。

「ふわっ!?」

「ふえ~?」

「ちょ、何の音!?」

「ん~、何やの~?」

 その悲鳴に叩き起こされたのは、ネギ、マリア、アスナ、このかの四人だった。
 各々は眠そうにしながらも、その悲鳴の元へ視線を向ける。
 そして、四人が見たものは、刃を潰したトラバサミに挟まれた小動物だった。

「キュ、キュ~……」

 少々気まずそうに鳴いてみせる小動物の足元には、アスナのブラジャーが落ちていた。

「こ、このエロオコジョ~っ!!」

「カモ君。全然懲りてないようだね……」

 怒りに燃えるアスナとネギは、カモの前に仁王立ちし、流石にヤバイと悟ったカモは冷や汗をかく。
 カモは助けを求める為に視線を泳がせるものの、このかは眠気に負けて舟をこぎ始めており、マリアに関してはあの瘴気を放つ箱の中をごそごそと漁っている。
 先日、まさかこの封印を解く日が来るなんて、と言いながら黒いオーラを撒き散らしながら箱を開けるネギが居たのは余談である。
 
「昨日の三時間の説教じゃ足りなかったようだね……」

 そう言って黒いオーラを立ち上らせながら、カモににじり寄るネギに、カモはガタガタと震える。アスナはその様子に、ちょっと引いている。

 そんなネギに、マリアは怯む事無く声をかけた。

「ネギくん、これなんか効果的だと思うの」

 そう言ってマリアが差し出した物は、一見何の変哲も無さそうなキャリーバックだった。

 ネギは少し首を傾げ、それを受け取り、普通のキャリーバックとは何か違うのだろうかと思いつつ、ふと、バックの内側を除いてみた。

「うっ!?」

 ネギはその内側を除いた瞬間、呻くと共に、びくっ、と肩がはね、少し顔色を悪くしながらマリアに視線を向けた。

「あの、マリアちゃん、これは……」

「兄さんが懲りてないようなら使えって」

 何やらメモらしき小さな紙を見ながら、マリアは答えた。

「一瞬で大人しくなるらしいよ」

「それは……、そうだろうけど……」

 ネギはちら、とカモを見やり、同情たっぷりの視線を投げ掛け、言う。

「カモくん……成仏してね……」

 えー!? おれっち、何されるのー!? とキューキュー鳴きながらトラバサミから逃れようと暴れるカモをネギは鷲摑み、トラバサミを解除して問題のバックの前まで移動する。

 そして、キャリーバックという名の地獄へ、カモは押し込められた。

「――――っ!?」

 ガンッ!

 声にならない悲鳴と共に、キャリーバックから一つ衝撃があった後、バックは沈黙した。

 マリアが徐にバックを逆さに振れば、ぼとり、と泡を吹いて気絶したカモが出てきた。

「マ、マリアちゃん。そのキャリーバック、何かあるの?」

 カモの様子にどん引きしながら、アスナはマリアに尋ねた。

「えっと、キャリーバック内に、兄さん達がマッスル仲間と宴会した時の惨状の写真がみっちり貼ってあります」

「は?」

 アスナは首を傾げながら、マリアに渡されたキャリーバックの内部を覗き込み、べりっ、と音がしそうな程素早く視線を引き剥がした。

「な、何……コレ……」

 アスナが見たもの、それは、某ジャパニーズアニメの美少女戦士姿のマッチョや、某萌えキャラ的魔法少女姿のマッチョといった、モザイクを掛けるべきだと思われる最終兵器共の写真だった。それがバック内部にみっちり貼ってあるのだから、たまらない。悪夢の様な光景だった。

 顔色を悪くしたアスナが、見たものを振り払うかのように軽く頭を振り、一つ溜息を吐いてから、朝の新聞配達へ行くために支度を始めた。

 ネギとマリアはとりあえず泡を吹いて気絶したカモを簀巻きにし、吊るしておいた。

 魔よけの札の如く、マッスル双子の写真をカモの目の前に固定するかどうか話し合うマリアとネギを尻目に、アスナはバイトに向かうために部屋を飛び出した。

 走りながらアスナは思う。
 最近の子供は容赦が無い、と。



   *   *



 時は廻り、午前十時。

 最近、恋の病に侵され、すっかり張り合いをなくした桃色吐息な店長を尻目に、アルカは快適なバイト生活を送っていた。

「この平和に反動とか無いよな……」

 追い掛け回されすぎたのか、素直に平和を享受出来ないのが悲しい。

 アルカは溜息を吐きながら、店先を掃除するために外に出て、気付く。


 見られている。


 視線を感じ、アルカは周囲の気配を探る。
 何となく、誰なのかは分かる。時期的に見て、そして先日のネギからの忠告を考えれば、自ずと答えは出てくる。
 そして、その視線の主がアルカの前に姿を現した。

「アルカ・スプリングフィールドだな?」

「………」

 ロボット少女、絡操茶々丸を従者に引き連れ、アルカに話しかけたのは、吸血鬼の真祖、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだった。

「……『闇の福音』」

「ふふっ、やはり知っていたか。ぼうやが忠告にでも来たかい?」

 楽しげに笑うエヴァンジェリンに、アルカは揺らぐ事なく冷静な視線を向ける。

「何の用だ……」

 静かな問いかけに、エヴァンジェリンは口角を上げ、笑う。

「ふっ、やはり、ぼうやとは一味違うみたいだな……。面白い……」

 ニヤリ、と悪どい笑みを浮かべ、エヴァンジェリンは告げる。

「お前の様子を見るに、私の力が封じられているのは知っているな? そして、この封印を施した相手も、封印を破る手段も」

「………」

 アルカは口を開かず、エヴァンジェリンを見つめる。

「くくっ、私にも運が向いてきたらしい。まさか、奴の息子が二人もこの麻帆良の地にやって来るなんてな……」

 エヴァンジェリンはそこで言葉を区切り、アルカを見つめ、嗤う。

「遊ぼうじゃないか? アルカ・スプリングフィールド」

 数百年もの長き時を生きぬき、悪の魔法使いとして名を馳せた吸血鬼の真祖。たとえ力を封じられたといっても、その豊富な経験に裏打ちされた実力は底知れず、それはただそこに立ち、見つめるだけでも相手を威圧する。
 アルカもまた、そのエヴァンジェリンの迫力を前に、一瞬体が強張ばったものの、直ぐに冷静さを取り戻し、エヴァンジェリンを睨み付けた。

「くくく……。近い内に、遊びに誘わせてもらうよ、アルカ・スプリングフィールド」

 楽しげに笑いながら、エヴァンジェリンは茶々丸を引き連れて去って行った。

「………」

 アルカはそれを黙って見送り、強く拳を握りしめた。



 エヴァンジェリンに意識を集中させていたアルカは気付かなかった。
 エヴァンジェリンが去って行った方向とは間逆の位置。建物の影からこっそりとこちらを窺う人影があった事を。

「ネギくんに教えてあげないと……」

 花束が詰まった籠を持つ少女、マリアはそう呟き、歩き出す。
 マリアは歩きながら、先ほどの光景で少し疑問に思った事があった。

 それにしても、あの三人。周りの人の目が痛くなかったのかな……?

 少女が異様な威圧感を出しながら少年を遊びに誘う姿は、遠巻きにされながらも、通行人に見られていたのだ。

 あれって、一般人から見ると、ちょっと痛い人達だよね……。

 痛い人ですんでるみたいだし、まあ、どうでも良いか、などと、どうしようもなく酷い事を考えながら、マリアはその場を後にしたのだった。



 そしてマリアは昼休みを利用し、ネギにエヴァンジェリンとアルカの一件を伝えるべく女子中等部に向かったのだが、そこで不審な行動を取る白い小動物を発見し、捕獲したのは余談である。



   *   *



 日が落ち、辺りが暗くなった夕刻。
 カモがネギに説教されているその頃、一人の少女が一台のパソコンを見つめていた。

「あちゃー、バレてしまったカ……」

 パソコンには、偵察用に飛ばした機械から送られてきた映像が映し出されていた。
 その映像は、数人の魔法使いが魔方陣を修正している姿だった。

「まあ、良イ。所詮、認識阻害魔法の改竄なんて、実験ついでの布石ヨ。本命の計画は揺るがなイ……」

 映像を見つめながら、超鈴音は静かに笑った。











~後書き~

やっと二十三話をお届け。あぶぶぶ……。
難産でした。やたらと仕事が忙しく、疲れも溜まっていたので余計に頭が回らず、こんな事に……。冬は更に忙しくなるんだゼ……(泣)
今回は、マリアという存在が麻帆良に居たことにより起きた事件と、それにより気付いた出来事、といったお話しのつもりです。
超の暗躍を書いてみたかったんですが、パンチが弱くなってしまいました。切実に文才が欲しいです……。

何はともあれ、更新が遅くなってすいません。今後も更新はスローペースになりそうです。気長に待っていただければ、幸いです。









[20551] 第二十四話 大停電の夜
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2011/01/01 22:39
 マリアは簀巻きにした小動物を片手に持ち、悩んでいた。
 それは、数時間前に聞いたアルカとエヴァンジェリンの会話が原因である。

「どうしようかなぁ……」

 実のところ、マリアはあまり『原作』を覚えていなかった。大筋のストーリーは分かるのだが、細かな所までは覚えていないのだ。
 確か、エヴァンジェリンの封印が弱まる、もしくは一時的に解かれるのが大停電の日だった筈だ。もし本気で襲われるとしたら、その日になるだろう。しかし、ここは物語の中ではなく、現実。それに、狙われているのはアルカである。例えアルカがネギより強いといっても、相手はかの有名な『闇の福音』だ。どう転ぶか分からない。

「どうにかして、協力体制を取れればいいんだけど……」

 けれども、アルカのあの頑なな態度を見る限りでは、ただ断るだけでなく邪険にしそうだ。とてもじゃないが、協力し合うのは難しい。
 大停電の日までエヴァンジェリンが大人しくしている保障はなく、アルカがエヴァンジェリンと戦って無事であるという保障も無い。

「うう、心配事だらけ……」

 せめて、アルカの動向をつぶさに知ることが出来れば良いのだけれど、と思いつつ、マリアが深い溜息を吐くと、マリアの右手辺りから声が聞こえてきた。

「お嬢、どうかなさったんですかい? さっきから溜息ばかり吐いてますが……」

 声の主は簀巻きにされた小動物、オコジョ妖精のカモミールだ。
 マリアはカモを見て、ふと、思いついた。

「ねえ、カモくん」

 マリアはにっこりと微笑み、告げる。

「ちょっと、私に雇われてみない?」

「は?」



   第二十四話 大停電の夜



 ここ最近、アルカ・スプリングフィールドは身の危険を感じていた。

「好き、嫌い、好き、嫌い、スキ、キライ……」

 原因は、そう、自分が勤める店の店長である。
 店の隅でおどろおどろしいオーラを振りまきつつ、花占いをする東堂店長は、いい感じに煮詰まっているようだった。

「いやー、時限爆弾を見てる気分だわ」

「恐ろしい事を言わないで下さい……」

 ケラケラと笑いながらそう言う常連客に、アルカはげっそりした様子で言い返した。

「店長が爆発したら、被害を受けるのは、俺なんですよ……」

「ふふふ、そうね。もし爆発したら、ちゃんと教えてね。次はバニーか純黒のウエディングドレスだと思うの」

「え、何ですかソレ。店長が爆発したら、ソレ着せられるんですか? そんなモンこの店にあったんですか?!」

「うふふふふふ。店には無いわ……。ウチにあるのよ!」

「あんたの家かよ!?」

 ほほほほ、安心して、ちゃんと店長が買い取ってくれるわ! と高笑いしながら常連客は去っていき、アルカは、いや、売らないでー!? と去っていく客に悲鳴交じりの声を上げたのだった。

 身の危険ってエヴァンジェリンの事じゃないのかよ、と突っ込みが入りそうな、ある意味平和な日々を見守る目がある事など、アルカは気付かず、その日を迎える事となる。



『招待状 アルカ・スプリングフィールド殿


 明日、遅ればせながら、貴殿の歓迎パーティーを開こうと思う。
 場所は世界中広場。時間は午後九時から。


            エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル

           P.S. 貴殿が来ないのであれば、兄君を招待しよう。』



 茶々丸からそれを受け取ったアルカは、苦い表情をしながら、その招待状を懐に仕舞い、店内に戻っていった。
 その様子を見ていた小さな影が、走り去るのに気付かずに……。



   *   *



 時刻は午後八時半。
 周りは停電の所為で灯りは無く、暗闇に閉ざされている。

「あ、アルカくんがお店を出たよ」

「ふわー。よく見えるね、マリアちゃん」

 アルカが勤める服飾用品店『KANON』を、店から三百メートル程離れた位置から、暗闇の中でマリアとネギは見張っていた。

「これ以上近づくと気付かれるかもしれないからね……」

「うう、僕が気配を消すのが苦手なばかりに……」

 落ち込むネギをマリアが慰めるが、こればかりはネギの所為ではない。アルカが年のわりに気配に敏感すぎるのだ。

「それにしても、カモくんにあんな特技があるなんて……」

「腐ってもオコジョ妖精、肉食獣だからねぇ……」

 二人はアルカの後をつけているだろう小動物に、思いを馳せる。
 今回、アルカがエヴァンジェリンに呼び出された事を知る事が出来たのは、何を隠そう、オコジョ妖精カモミールのおかげだった。

「まさか、カモくんがあんなに気配を殺すのが上手だとは思わなかったよ……」

 たとえ下着ドロの犯罪者、種族を超えた救いようのない変態に身を落とそうとも、その体に流れるのは小さくとも肉食獣の血だ。気配を殺し、辺りに溶け込み、獲物を狙う能力は衰えてはいなかった。
 その能力や、邪な下心さえ出さなければ、双眼鏡にてアルカの受け取った手紙を覗き見ることすら可能としたのだ。

「肉食獣って凄いよね……」

 なんという能力。
 恐るべし、オコジョ妖精。

 だが、しかし……。

「なのに、なんで下着ドロ……」

 残念な気持ちで一杯になりながら、マリアとネギはアルカの後を追った。



   *   *



 さて、何だかんだでエヴァンジェリンに呼び出され、アルカは世界樹広場にやってきたわけだが……。

「な・ん・で、お前等がいるんだ?」

 眉間にふっか~い皺を刻み、アルカが睨み付けるのは、仲良く手を繋いで、てへっ、と笑うマリアとネギだ。

「えぇっと、何でだろうね? マリアちゃん」

「何でだっけね? ネギくん」

 あらぬ方向へ視線を飛ばしながら、しらばっくれる二人に、アルカは深い溜息を吐く。

「もう、いい。いいから、お前等さっさと帰れよ」

 しっしっ、と手で追い払う仕種を見せるアルカに対し、マリアとネギは、何にも見えない聞こえな~い、とばかりに目を瞑って耳を塞ぐ。

「お・ま・え・ら・な~」

 アルカは口角が引き攣るのを感じながら、二人ににじり寄る。

「邪魔だって言ってるんだよ! さっさと帰れ!!」

 それに対し、ネギは負けじとアルカを睨み返し、叫ぶ。

「嫌だよ! アルカを置いて帰れる訳ないだろ! エヴァンジェリンさんを相手にアルカ一人で立ち向かうなんて無謀だよ!!」

「何だと!?」

 眦を吊り上げて、アルカはネギの胸倉を掴んだ。しかし、ネギはそれに怯む事無く怒鳴る。

「何で誰にも相談しないんだよ!? 僕だって、アルカが他の魔法使いに相談していれば、此処にアルカを助けてくれる人が居れば素直に帰るよ! けど、アルカは一人じゃないか! 何でも一人で解決しようだなんて無茶だ! それは、思い上がりだよ!!」

「なっ……!?」

 一触即発。

 そんな刺々しい雰囲気の中、睨み合う双子を横目に、マリアは走り寄ってきたカモを回収する。

「お嬢、何かあったんですかい?」

「ただの兄弟喧嘩よ。けど、正面きって言い合うなんて、初めて見た……」

 いつもはアルカに対して罪悪感のあるネギが引くのだが、今回は全く引く気は無いようだ。

「このまま取っ組み合いの喧嘩になった方が、お互いの距離が近くなりそう……」

「いや、お嬢。それはちょっと、時と場所が悪いんじゃ……」

 このまま上手く仲直りしてくれなだろうか、というマリアの願いは、カモの言う通り、あまりに条件が悪く、脆くも打ち砕かれた。

「おやおや。予定外のお客様がいるな。ようこそ、我が主催の歓迎パーティーへ。ネギ・スプリングフィールド殿、ならびに、マリア・ルデラ殿」

 暗闇の中、月光に照らされ現れたのは、金の髪をなびかせて歩み寄る、妖艶なる美しい女。

 その声を聞き、ネギとアルカ、そしてマリアは声の主の方へ視線を向けた――その、次の瞬間。

「「見ちゃダメ(見るな)!!」」

 バッチーン!!

「痛ぁっ!?」

 マリアはネギの左目を、アルカはネギの右目を、慌てて塞いだのだ。見事なコンビネーションだ。
 しかし、咄嗟の行動だったため、うっかりネギの目を叩くかのような勢いがついてしまい、ネギが痛みに悶絶する。だが、マリアとアルカの手は離れない。
 アルカは自らも目を瞑り、びしっ、と女に対して指をつきつけ、怒鳴る。

「何て格好してやがんだ、この痴女!!」

「パンツ丸見えの格好だなんて、健全な青少年に対して何考えてるんですか!? この変態!!」

「え? チジョ? チジョって何? 変態って、何? 変質者が出たの!?」

「んなぁっ!?」

 アルカとマリアの抗議に対し、金髪の女はのけ反り、純粋なネギの反応に胸を抉られた。

 金髪の女の格好は、上は黒のマントとボンテージ、下はすけすけのスカートと、それによって丸見えの黒いパンツといった姿だったのだ。

 見えているのはパンツではなく、そういう衣装なのだが、少なくとも、純粋なお子ちゃま達にはそう見えず、色気たっぷりの妖艶な衣装を纏う女は、ただの露出狂に堕とされてしまったのだった。

「ちっ、これから大変な決戦が待ってるって言うのに、こんな痴女が現れるなんて……」

「お巡りさーん! 変態です! 変態がいます!! 助けて下さいぃぃ!!」

「ええぇぇ!? 変態!? 変態が居るの!? 吸血鬼対策はしてきたけど、変態対策はしてこなかったよ!?」

 眉根を寄せて苦悩するアルカ、助けを求めるマリア、そして、二人に目隠しされながら慌てふためくネギ。

 純粋なるお子ちゃま三人組の攻撃に、金髪の女、吸血鬼の真祖エヴァンジェリン・A・K・マクダウェエルは息も絶え絶えだ。もう止めてあげて、彼女のHPはもうゼロよ!
 茶々丸が四つん這いになって撃沈するエヴァンジェリンの背を撫でながら、ふるふると首を振るも、お子ちゃま達は尚も騒ぎ続ける。

「いいか、ネギ。痴女の場合は痴漢と違ってタマがないから、蹴り上げてもあんまり効果は無い、が、しかし、少なからず効果はある。躊躇わずやれ」

「え、チジョって、チカンの仲間なの? チカンって、女性の敵でしょ? 前にアスナさんから習ったよ。そういう場合は、完膚なきまでに叩きのめせ、って言ってた!」

「おまわりさぁぁぁぁん!!」

 騒ぐお子ちゃま達を前に、エヴァンジェリンは四つん這いの格好から遂に崩れ落ち、腹這いになる。その背を撫でる茶々丸は、必死になって首を振るも、お子ちゃま達は我が身を守る事に必死で、彼女の様子には気付かない。

 ぶっちゃけ、戦う前から勝敗が決まりそうになっている。

 純粋なるお子ちゃま達に変態の烙印を押されたエヴァンジェリンは、泣く子も黙る西洋のなまはげ、誇りある悪、闇の福音エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだとは、とてもじゃないが名乗る気にはなれなかった。だって、アレだ。あの様子だと、『エヴァンジェリン=変態』という図式が完成しかねない。

「ちゃ、茶々丸。一旦引いて、着替えてくるぞ」

「はい、マスター」

 よろよろと立ち上がり、一度この場を去ろうとするエヴァンジェリンだったが、ここで、残念なお知らせが有る。

「あれ? もしかして、エヴァンジェリンさん?」

 マリアが思い出してしまったのだ。

 あれ? そういえば、エヴァンジェリンさんって、大人モードの幻術が使えなかったっけ? と、マリアが思い出し、改めて目の前の変態を観察したのだ。

「うーん? 似てる、かも?」

 けど、『原作』では黒いドレスを着てなかったっけ? とうろ覚えの記憶を引っ張り出すも、思い出せない。
 首を傾げるマリアに対し、アルカが口を開いた。

「いや、仮にも『誇りある悪』だぞ? そんな人間がパンツ見せて悦に浸っている訳無いじゃないか!」

 『原作』のエヴァンジェリンの衣装などちっとも覚えていないアルカは、マリアにそう断言した。

「そうだよ、マリアちゃん。エヴァンジェリンさんは怖い吸血鬼だけど、変態なんかじゃないよ!」

「そっか。それもそうだね」

 アルカとネギの言葉にマリアは納得し、素直に頷く。

 純粋なるお子ちゃま達は、たとえ恐ろしい吸血鬼であろうと、有名な悪の象徴に対してちょっぴり夢を抱いており、それがパンツまる見せのエヴァンジェリンの存在を否定する。
 そんなお子ちゃま達の夢を打ち砕く存在、吸血鬼の真祖エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

「マスター、しっかり」

「こんな、こんな筈じゃ……」

 再び地に膝を着き、撃沈していた。

 本当に、世界はこんな筈じゃなかった事ばっかりだ。

「もう、もういい……。もう帰る……」

「ああ、マスター。お労しい……」

 悄然と肩を落とし、ふらつきながら去っていくその背中の何と哀愁漂う事か……。目からオイルが流れそうになるのを茶々丸は堪えつつ、エヴァンジェリンの後を追うのであった。

 さて、無事に変質者を退治したお子ちゃま三人組は、再び緊張感を持ちつつ、恐るべき吸血鬼の真祖を待ち続けたが、遂に彼女は現れることは無かった。

 エヴァンジェリンが現れなかった事に三人は首を傾げつつ、話し合う。

「そういえば、エヴァンジェリンさんって、具合が悪くて最近ずっと学校を休んでるんだ」

「もしかして、今日も具合が悪かったのかな?」

「成程。ネギ、お前お見舞いに行かなかったのか?」

「え、だって、怖くて…行ってない…です……」

 ネギは最近のエヴァンジェリンの出席状況を語り、マリアは可能性を打ち出す。そして、教師としてお見舞いに行くべきだったかと悩むネギを見て、アルカは『原作』との違いから、エヴァンジェリンが風邪をこじらせたと判断し、納得した。

「やっぱり、教師としてお見舞いに行くべきだよね……」

「ネギくん、私も一緒に行くわ」

「俺も行く」

 自分の命を狙う敵である存在を気にかけ、あまつさえ、お見舞いに行こうとする子供達。
 そんな彼等をこっそり物陰から見守るのは、ネギとマリアに頼まれて、様子を見守っていたタカミチである。
 子供達の様子に心が温まるのを感じつつ、タカミチはエヴァンジェリンに向かって静かに合掌するのであった。



   *   *



 さて、大停電のその翌日。
 不貞寝しているエヴァンジェリンが、子供達のお見舞いという名の襲撃に遭い、良心というか、プライドというか、そんな繊細なモノが抉られている、その頃。

 遠く離れたイギリスのウェールズでは、ルデラ家の名物三兄弟は友人を迎え、酒を酌み交わしていた。

「いやー、今回は世話になったな、ロバート」

「いや、少し嫌味を言ってきただけだ。大した事はしてない」

 日本から帰ってきたロバートの土産である大吟醸を早速開けながら、上機嫌でガルトはロバートのグラスに酒を注ぎ足す。

「これで、兄さん達の暴走も無くなる…いや、少なくなるかな」

「いや、俺はお前の暴走の方が問題だと思うんだが……」

 機嫌良く酒を飲むランドに対し、ゴルトは眉間に皺を寄せている。

「しっかし、まさか麻帆良にあの『闇の福音』が居るとはなー」

「ああ、だが、あのナギ・スプリングフィールドの呪いと、学園結界により力を封じられているらしい。それに、あそこは優秀な魔法使いが多いからな。釘も刺したし、大丈夫だろう」

「そうか、なら、安心だな」

 そう言って、酒を酌み交わす彼等は知らない。

 噂の吸血鬼の真祖から、アルカに挑戦状が送られ、それにマリアが首を突っ込んだ事を。そして、その事を書いた手紙を、一番見られてはいけない人物に見られてしまう事を。

 彼等は、まだ、知らない……。



 騒動の本番は、これからである事を……。












[20551] 第二十五話 麻帆良動乱
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2011/05/11 18:09
 可愛い、可愛い娘が生まれて、早十一年。
 蝶よ花よと育て上げ、目に入れても痛くない程の掌中の珠。
 そんな、可愛い、可愛い、可愛すぎる娘が、まさか、そんな目にあっていようとは……。

『兄さん達、お元気ですか? 私はとっても元気です。
 この前の手紙に、あの有名な吸血鬼、闇の福音、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェエルさんが麻帆良に居るって書いたと思うんだけど、この間接触しました。まあ、正しくは、アルカくんが目を付けられたみたいなんだけど。
 ネギくんがとっても心配して、アルカくんに、何で誰も頼らないんだ、ってお説教したのよ。最近のネギくんは、ちょっと見ていて安心できます。
 そうそう。それで、アルカくんがエヴァさん(闇の福音の事ね)に目を付けられた事なんだけど、エヴァさんに決闘を申し込まれたの。けど、それを私が偶然聞いちゃって、どうにか出来ないかと考えました。そこで、カモミールっていうオコジョ妖精を雇ってアルカくんを見張らせて、アルカくんの決闘に参加する事に成功しました。(あ、オコジョ妖精って、あの下着ドロの小動物よ。ちゃんと手綱は握っているから安心してね?)
 その決闘には、ちゃんとあの『紅き翼』のメンバーだった高畑先生にこっそりついてきてもらったから安心して下さい。
 それで、決闘なんだけど、結局エヴァさんは現れませんでした。何でも具合が悪かったみたい。代わりに変な女の人が来たけど、すぐ何処かに行っちゃった。何だったんだろう?
 結局、後日高畑先生についてきてもらって、エヴァさんのお見舞いに行きました。それで、エヴァさんは私達の説得に応じて、学園にいる間は大人しくている事を約束してくれました。最初は嫌がってたんだけど、高畑先生がエヴァさんにこっそり何か囁くと、すぐ大人しくなったの。何を言ったんだろう?
 それで、今ではサボりがちだった学校にも真面目に通ってるみたい。ネギくんがとっても喜んでたよ。
 最近あった事件といえばそれ位で、あとは平和そのものです。そうそう、私の働いている花屋の店長さんが、マンドラゴラを株分けしてくれました。マンドラゴラに悲鳴を上げさせず引っこ抜くなんて、流石は店長。いつかその技を私も身につけたいな。
 それじゃ、兄さん達、この辺で筆を置きます。風邪とか引かないように、周りに迷惑など掛けないように気をつけてお過ごし下さい。

P.S.この手紙はくれぐれも父さんに見つからないように気をつけて読んでね。

                        マリアより』

 剛毛のため、逆立つ短い金の髪。
 筋骨隆々の巨体から漲る強い波動。
 嗚呼、まるでその様は某伝説の戦闘民族の様だ。

 愛娘の息子達宛ての手紙をうっかり読んでしまった歩く機動要塞の脳裏でアラームが鳴り響く。

 えまーじぇんしー、えまーじぇんしー! 愛娘のピンチ、愛娘のピンチ!
 今すぐ総員、娘を危険地帯から奪還せよ!!

 キュピーン。

 青い瞳が危険な色に輝く。

 ズゴーン、ズゴーン!

 荒々しい、というより本当に人間が出しているのかと疑いたくなる程の大きな足音を立て、発進する。
 落ち着け親父、無茶な真似は止せ、と己を止めようとする息子共の幾多の妨害があったものの、それを片手で捻りつつ、機動戦士パーパ、もといグラム・ルデラはイギリスから旅立ったのであった。

 彼の旅立った後には、機動戦士を生身で止めようとした三人の勇者達の屍が転がっていた。

「うう、不甲斐ない兄ですまない、マリア……」
「麻帆良はもう終わりかもしれん……」
「くぅ……お袋が、お隣の奥さんと旅行にさえ行ってさえなければ……」

 嘆く兄達は、父親より一便先の飛行機で日本へ旅立ったロバートへと一縷の希望を託し、そのまま撃沈したのであった。



   第二十五話 麻帆良動乱



 麗らかな午後の昼下がり。アルカが店先の道端でその人を見つけたのは、偶然か、それとも必然か。
 兎にも角にも、それが騒動の始りであった事は確かである。

「ロ、ロバートさん? あの、大丈夫ですか?」

 首の無い鷲の剥製を乗せた不気味な帽子を被った死神面の男、ロバートがボロボロの風体で倒れていた。顔色が青白いを通り越して土気色だ。アルカはぶっちゃけ死体かと思った。

「ああ、アルカ君か……。大変な事になった。麻帆良はもう終わりかもしれない……」

 真面目腐った様子でそんな事を言われ、アルカはぎょっとする。

「ロバートさん、一体何があったんですか?」

 真剣な様子でそう尋ねるアルカに、ロバートもまた真剣に答えを返した。

「至上最強のモンスターペアレントが来る」

「……は?」

 予想していた斜め上の答えだった。

「ちなみに、そのモンスターペアレントは過去、あのジャック・ラカン氏と純粋な殴り合いで引き分けたことがある怪物だ」

「……はい?」

 それって、どんなバグ?
 
「え、それってマジですか? それが今から麻帆良に来るんですか!?」

「来る」

 断言するロバートに、アルカは遠くを見つめる。何だろう、この嫌な予感は。

「……ちなみに、そのモンスターペアレントのお名前は?」

「グラム・ルデラ氏だ」

 麻帆良は終わりかもしれない。

「ところでアルカ君。学園長の警護はどうなってる? 某連邦の白い悪魔でも敗れない感じかい?」

「……ロバートさんって実はガ〇ダムファンなのかと突っ込むべきですか? それとも某連邦の白い悪魔並みにグラム・ルデラ氏は恐ろしいのかと突っ込むべきですか?」

 それとも、それは学園長への死刑宣告ですか、と突っ込むべきだろうか。
 アルカは何処か切なげな表情で、女子中等部へ向かい、十字を切った。

 嗚呼、どうか、安らかに……。

 そんな念を某ぬらリひょんに送っているアルカは気付かなかった。
 店内から、バニーガールの衣装を持った飢えた女豹が、天に召されそうな死神をロックオンしていた事に。



   *   *



「やれやれ、ようやく帰ってこれた……」

 そう呟くのは、出張から帰ってきたデスメガネこと、高畑・T・タカミチである。
 少々くたびれた様子がダンディーさを更に際立たせ、それはおじ様好きの某女子中学生から見れば垂涎ものだろう。
 どんな屈強な戦士でも疲労は溜まるものである。それは、高畑でも同じだ。
 そんな休息を求める高畑だったが、粉塵を巻き上げ、猛スピードで近づいてくる人影を確認し、それが恐らく無理であることを悟った。

「待ちやがれ、この糞店長ぉぉぉぉ!!」

「ふはははは! 無理だよ、アルカ君! 恋するオトメは急には止まれないものさ!!」

「誰がオトメか!? さっさとロバートさんを降ろせよ! もう気ぃ失ってるから! 天に召されそうだからぁぁぁ!?」

「あーっはっはっは! 余計に降ろせるわけ無いだろう! このチャンスをモノに出来なくて何がオトメか!? すぐさま極楽に連れて行ってやるわぁぁぁ!!」

「あんたがオトメを語るな、っつーか、何するつもりだ、この変態ぃぃぃぃ!?」

 こちらに向かって爆走してくるのは男装の麗人、もとい変人でお馴染み東堂店長だ。その店長に担がれているのは、土気色の顔をした死神面の男ロバートで、それを追うのがアルカである。
 近づいてくる騒動の塊に高畑が内心溜息を吐いていると、アルカがこちらに気付き、叫んだ。

「ちょ、そこのデスメガネ! ぬらりひょんにガ〇ダムが襲来するって言っといて下さいぃぃぃ!!」

 ほどよく混乱している様がありありと分かる内容の伝言を高畑に頼み、アルカは死神の大切な何かを守るため、猛獣の後を追っていったのだった。
 そうやって去って行った騒動の塊を高畑は見送り、呟く。

「ぬらりひょんで分かってしまう事実を喜べばいいのか、悲しめばいいのか……」

 ガ〇ダムが何を意味するのかは分からないが、とりあえず、しばらく休むことは出来ないようだ。
 高畑は一つ溜息を吐き、女子中等部へと足を向けるのであった。



   *   *



 時は遡り、高畑がアルカと遭遇する一時間前。
 麻帆良のぬらりひょんこと、学園長近衛近右衛門はイギリスからの一本の国際電話を受けていた。

「なん…じゃと……?」

『………!』

「し、しかしじゃな、あの時はこちらも問題が持ち上がっていて……」

『………?』

「う、じゃが、エヴァを焚き付けはしたがマリア君達には高畑君の他にも何人もの魔法先生を密かに付けておったし、結界の復旧もきっちりコントロールを――」

『………』

「いや、親父は知らないから意味が無いなどと言われても……」

『………』

「何故そこで冥福を祈るんじゃ? ええい、十字を切るな! いや、確かに日本では合掌じゃが、って、するなー!?」

 学園長の命日は刻一刻と迫っていた。



   *   *



 古菲がその人物と遭遇したのは、土曜日の午後、部活の休憩中の出来事だった。

「すまない、お嬢さん。麻帆良の女子中等部にはどういったらいいのか教えてもらえないだろうか?」

 そう古菲に尋ねたのは、巨体をもつ金髪のおっさんだった。

「む? 女子中等部アルか?」

 いかにも外国人風のおっさんが女子中等部に何の用だろうか?
 そんな考えが顔に出ていたのだろう。厳つい顔のおっさんは、その疑問にさらっと答えを返した。

「実は学園長に用があるんだが」

「ああ、学園長のお客さんアルか」

 学園長を訪ねての来客が多い事を知る古菲は、あっさり納得した。

「ここからじゃ、ちょっと分かりにくいアルから、案内するアルよ」

「ああ、それは助かる。ありがとう」

「どういたしましてヨ!」

 この日、この出会いにより、古菲は伝説の目撃者となった。



   *   *



「まったく、冗談じゃないよ……」

 そう呟くのは、麻帆良のヒットマン、傭兵の龍宮真名だ。

「隙が無いうえに、この距離でこちらに気付くなんて、何て化け物だ」

 学園長の依頼により、象でも一発でコロリと眠る麻酔銃を構えつつ、真名は溜息を吐いた。

「1kmは離れているのに、何でスコープ越しに目が合うんだ……」

 真名はその事実に戦慄を覚えつつ、ターゲットの金髪の大男を観察し続ける。

「む、古菲と接触してしまった。まずいな……」

 呟き、真名は二人を追うために立ち上がる。

「まったく、割に合わない仕事だよ」

 後で追加料金を請求しようと心に決めつつ、真名は新たな狙撃ポイントに向かうため、身を翻したのだった。



   *   *



――とにかく、逃げられないなら極限まで体力を使わせて疲れさせるしかないですよ。それなら、少しは生き残る道がある…かも……。

 と、そんな不安で一杯のアドバイスを三兄弟から貰った学園長は、出張から帰ってきた高畑を出迎え、頼んだ。

「いやもう、本当に頼むよ高畑君。ワシ、死ぬかもしれん」

「学園長……」

 まさか、ガ〇ダムの正体がマリアの父だとは夢にも思わなかった高畑である。

「しかし、そのグラム・ルデラ氏はそんなに厄介な人物なんですか?」

 そんな純粋な疑問に、学園長は重々しく頷いた。

「厄介も何も、あのルデラ三兄弟の父親にして、拳で語り合う事が大好きな御仁じゃ。このまま万全の体調でワシの所まで来たら、ワシ、肉体言語で弁解しなくてはならなくなる。相手はジャック・ラカンとの殴りあいで引き分けた男じゃぞ? ワシ、確実に死ぬ」

 バグと引き分けた男。その実力や、押して知るべし。

「えーと、じゃあ、マリア君に説得してもらうとか……」

「ワシもそれは考えたんじゃが、マリア君はどうも留守らしくての。目下捜索中じゃ」

 いくらなんでもネギ達を四六時中見張っているわけではないので、現在マリアが何処に居るのか分からない。しかし、大体の場所は把握できている。見つかるのも時間の問題だろう。

「だからそれまで頼むよ、高畑君!」

「はぁ……。分かりました」

 戦士の休息は遠い。



   *   *



『と、いう訳での。マリア君を見かけたら連絡をくれんか』

「ふん。何故私がそんな事をしなければならいんだ」

『そこを何とか――』

「断る」

――ガチャン。

 森の中に在るログハウス。そこが、エヴァンジェリンの家である。
 その自宅にて、エヴァンジェリンは学園長から一本の電話を受け、取り付くしまもなく電話を切った。

「ふん。爺などくたばってしまえば良いのだ」

 不愉快そうに眉間にしわを寄せながら、エヴァンジェリンは客を待たせているリビングに戻る。
 今のエヴァンジェリンには、学園長の用事などに構っている暇は無いのだ。

「どうぞ、紅茶とチーズケーキです」

「うわぁ、ありがとうございます。茶々丸さん」

「わ、美味しそう」

 エヴァンジェリンがリビングに戻ると、茶々丸が客人、ネギとマリアに紅茶と手製のチーズケーキを出している所だった。

「待たせたな」

「いえ、大丈夫です」

「こんなにご馳走になっちゃって、ありがとうございます」

 にこにことそう返す子供達の前の席に、エヴァンジェリンは腰を下ろした。
 そう。学園長が探しているマリアはネギと共にエヴァンジェリンを訪ねて、彼女の自宅に来ていたのだ。
 電話がかかってくる前まで話していた事の続きを促す。

「それで、ナギは生きているんだな」

「はい。僕の村が襲われた時、確かに僕を助けてくれたのは父さんでした」

 これがその時に貰った杖です、とネギは一本の杖を差し出した。

「……いいのか? 私にそれを持たせて」

 折るかも知れんぞ、とエヴァンジェリンが紅茶を飲みながら言えば、ネギは笑顔で言い切った。

「大丈夫です。エヴァさんはそんな事をしませんよ。だって、エヴァさんは父さんの事が好きなんでしょう?」

 ぶっはぁ!!

「な、ななななな!?」

 動揺のあまり紅茶を噴出したエヴァンジェリンに、チーズケーキをしっかりと避難させたマリアが尋ねる。

「エヴァさんって、何でネギくんのお父さんを好きになったんですか?」

 エヴァンジェリンがナギの事が好きだと断定した質問だった。

「す、すすすすす!?」

「父さんとの出会いって、どんな感じだったんですか? 父さんって、どんな感じの人でしたか? 僕、父さんの事をあまり知らなくて……」

 キラキラと期待に満ちた目でネギに見つめられ、エヴァンジェリンはたじろぐ。

「す、好きって、私が、ナギの事を好きな筈が、なななな」

 動揺しまくるエヴァに、マリアは首を傾げて止めを刺した。

「違うんですか? ロバートさんが、ある筋では有名で、信憑性の有る情報だって言ってましたけど……」

「ゆ、有名……」

 己の秘めつつもバレバレな恋心が有名と聞いて、エヴァンジェリンは顔を真っ赤に染めながら、力なく、ずるずると椅子に沈み込む。
 赤い顔で俯いたまま動かなくなってしまったエヴァンジェリンに、ネギとマリアは顔を見合わせて首を傾げ、茶々丸はエヴァンジェリンのその様子を保存する事に精を出すのであった。



   *   *



 さて、エヴァンジェリンが羞恥心により悶えているその頃、ガンダ――ではなく、グラム・ルデラの前に立ち塞がる勇者が現れた。

「あいや、待たれい! そこを行くのはグラム・ルデラとお見受けいたす!」

 行く手を阻むのは刀を佩いた壮年の男であった。

「……誰だ?」

 グラムの問いに、壮年の男は名乗りを上げた。

「我が名は水池猛! 十年前そなたに決闘を申し込み敗れたが、あれから更に修行し、研鑽を積んだ! 今一度、いざ尋常に勝負!!」

「む……、いいだろう。受けて立つ!」

 しばし逡巡した後、グラムは男の申し込みに首肯し、懐から手甲を取り出してそれを嵌めると、拳を構えた。
 壮年の男もまた刀を構え、二人の視線が交差した瞬間、それは始まった。
 うおぉぉぉぉ、と男達の魂の咆哮が響き渡り、刀と拳が交差する。
 公道にて突如始まった決闘騒ぎに、道行く人々は安全な所へ避難しつつも、安全地帯に収まると、その決闘の観戦を始めた。騒ぎの起こりやすい麻帆良ならではの肝の据わり様である。

「凄えぞ、あのおっさん! 刀を拳でいなしやがった!」

「いや、それよりもあの御仁、あの刃の返しが、何と見事なことか……」

 野次馬達が口々に感想をこぼすが、その野次馬達より一歩前に出て決闘を観戦している古菲は、バトルジャンキーの血が騒ぐのを感じていた。

 道を尋ねられた時から隙が無いと思ってはいたのだが……。

「只者ではないと思っていたアルが、ここまでとは……」

 自分とも是非手合わせして欲しい、と古菲がうずうずしながら決闘の成り行きを見守っていると、次第に刀を持つ男が押され始め、遂にグラムの拳を脇腹に貰い、崩れ落ちた。

「く……、ここまでか……」

 悔しそうに膝をつく壮年の男に、勝者は黙して語らず、とばかりにグラムは無言で視線を向ける。
 しかし、壮年の男はグラムの視線から感情を読み取ったのか、苦笑しつつ、言う。

「ふ……。また十年後、更に腕を磨き、再びそなたに挑戦するとしよう」

「……」

 見詰め合うおっさん達。今ここに、燻し銀の友情が芽生え――そうになった瞬間、それは降ってきた。

「グラム・ルデラァァァァ! 覚悟おぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「む?!」

 ごぎゃっ!!

「ぷげらっ!?」

 ついうっかり条件反射で降ってきたモノを殴り飛ばしてしまったグラムであるが、自分を狙ったものと先の台詞で判断し、飛んでいった迷彩服の男の顔面が原形を残さずひしゃけた事実を問題なしと片付けた。
 突然の出来事に唖然とするギャラリーであったが、騒ぎはこれだけでは終わらなかった。

「グラム・ルデラァァァァ! 積年の恨みぃぃぃぃぃぃ!!」

「あの時の借り、返させてもらうぜ!」

「勝負勝負勝負ぅぅぅ!!」

「マリアちゃんは俺のモノだぁぁぁぁ!」

 グラムへの挑戦者が、ぞくぞくと現れたのである。約一名は死亡フラグが立っているが。

「……ふむ」

 少々困惑しつつも、グラムは拳を構え、迎撃の態勢を取った。困惑しつつも、その目は、オラわくわくしてきたぞ、と語っている。大変危険な状態だ。ルデラ三兄弟なら総員退避とばかりに回れ右しただろう。
 しかし、今ここに集結しつつあるのは過去、グラムと因縁を持つ者ばかりである。退避など考えもしない。

「「「覚悟ぉぉぉぉぉ!!」」」

「ふんっ!!」

 こうして戦いの火蓋は切って落とされたのであった。



   *   *



 さて、うきうきと挑戦者達をグラムが殴り飛ばしているその頃、グラムが麻帆良に来る原因となった愛娘たるマリアは、ログハウスの外によく知っている人物の気配を感じた。そして、どうやらその気配を感じ取ったのはマリアだけではないらしく、エヴァンジェリンと茶々丸もまた、その気配のする方向へ意識を向けていた。そんなエヴァンジェリン達のただならぬ様子からネギもその気配の主に気付き、呟いた。

「アルカ……?」

 全員がログハウスの外に出てみれば、そこに居たのは、膝をつき、項垂れるアルカが居た。

「俺は、無力だ……」

 そう呟き、アルカは己の無力を噛み締めていた。
 実はグラムと因縁のある武術家九十九人を麻帆良に集結させた犯人はロバートだった。そのロバートは自称オトメの手により意識を刈り取られ、うっかりお持ち帰りされそうになっていたのだが、その魔の手から救い出さんとアルカは逃げる自称オトメの後を必死で追いかけた。
 しかし、現実は実に厳しいものだった。
 アルカの手はあと一歩届かず、遂に店長達を見失ってしまったのだ。嗚呼、サヨナラ独身貴族のロバートさん。きっと責任を取らされるに違いない。

「あんな変態の婿になるだなんて、あまりにも可哀想過ぎる! 被害者なのに!!」

 嗚呼、何という悲劇! 何という結末!
 アルカは悔しげに何度も地面を叩いた。
 そんなアルカの様子に皆困惑しつつも、一同を代表してネギが尋ねた。

「あの、アルカ? どうしたの?」

「ネギ……」

 気遣わしげなネギの様子に、アルカはネギの背に天使の羽が見えた気がした。
 そうだよ、人間って、これだけ純粋であるべきだよ。
 こちらを眩しそうに見つつも、何処かへ逝っちゃった目をしたアルカに、ネギは慌てる。

「ア、アルカ? 本当にどうしたの?」

「ネギ……。俺は、俺は……」

 アルカの目が潤み始める。

「ええぇ?! 本当に、どうしちゃったの、アルカ?!」

 アルカの珍しい様子に、ネギはますます慌てる。そんなネギに、アルカは珍しく突っかかることをせず、素直に口を開いた。
 こうしてアルカの口からガ〇ダムの襲来が伝えられ、騒動は終結に向けて動き出したのであった。



   *   *



「ぬうん!」

「うぐぅっ!?」

 グラムの拳が男の腹に突き刺さり、男は悶絶して崩れ落ちた。グラムがこの日沈めた武術家達は男を含めて既に九十九人にのぼるが、グラムの顔には疲労の影は未だに見えない。見事なバグっぷりである。
 そんな戦闘民族ガンダ――……グラムに近づく一つの影があった。
 その影はグラムの拳により、丁寧に寝かしつけられた武術家達の山を見て呟く。

「これはまた、凄いな」

 それは、僕等のヒーロー、デスメガネ高畑であった。
 さて、どうやって勝負を持ちかけようか、と高畑が考えていると、グラムが不意に口を開いた。

「……もしや、ダンディ高畑か?」

「すいません、何ですかそれ?」

 どこぞの芸人の芸名のようだ。

「マリアの手紙に書いてあった。女子中学生を惑わす魅惑のダンディだと……」

「……」

 マリアの手紙の内容が物凄く気になる発言である。

「生徒を惑わすなど、言語道断!」

 完全な誤解である。

「わしがPTAに変わって成敗してくれる!」

「ご、誤解です!!」

 しかし、事実無根ではない。
 こうして、まさかの誤解により、グラムと高畑の戦いが始まった。
 迫りくるグラムの豪腕をいなし、高畑が掌底を叩き込もうとするも、それは巨体に似合わぬ素早さでかわされる。掌底をかわされながらも、高畑はそのまま腕を取り投げの体制に入る。しかし、逆にグラムの怪力により引き剥がされ、片手で高畑は放り投げられた。けれども、宙で体勢を立て直し、無事に着地。そのまま、二人は向き合い、構える。
 ギャラリーはそんなハイレベルな戦いを前に、固唾を呑んで見守る。嗚呼、この戦い、一体どちらが勝つのだろうか。
 しかし、この戦いは、意外な結末を迎える事となる。
 武術家九十九人抜きをし、学園内で大変有名なデスメガネとの対戦など、そんな騒動があれば嫌でも目立つわけで……。

 当然、マリアがグラムを見つけるのは、簡単であった。

「父さんのバカー!!」

「ぐふぅっ!?」

 グラムと高畑が睨み合う間に、小さな影が飛び込み、グラムを吹き飛ばした。

「もう! 何でここに居るのよ、父さん! しかも、何なの、この騒ぎは!?」

 小さな影の正体はマリアだった。
 マリアはグラムの胸倉を掴み、ガクガクと揺さぶるものの、グラムからの返事は無い。返事が無いのは当然だ。グラムは白目を剥いて気絶していた。

「父さん、聞いてるの!?」

 しかし、マリアはそれに気付かずグラムを揺さぶり続ける。

「えーと、マリア君?」

 マリアがグラムを一発KOさせた事実にどん引きしつつも、高畑はマリアに声を掛ける。

「あ、高畑先生! 父がご迷惑をおかけしたみたいで、すいません!!」

 マリアは勢いよく高畑に頭を下げ、その拍子にマリアがグラムの胸倉から手を離してしまったため、グラムは鈍い音と共に強かに額を地面にぶつけた。
 そんな親子の様子に苦笑しつつ、高畑は提案する。

「とりあえず、学園長室に行こうか?」

「はい」

 その後、息を切らして走り、ようやくマリアに追いついたネギと合流し、高畑はグラムを担いで学園長室へと去っていった。
 残されたのは、意識の無い九十九人の武術家達と、ギャラリーである。
 そのギャラリーの一人である古菲は半ば呆然としつつ、呟く。

「ええと、つまり……」

「つまり、九十九人の武術家達を沈めつつも、記念すべき百人目はまさかの自分だった、というオチだな」

「わっ! ま、真名、いつから其処に居たアルか!?」

「やあ、古菲。少々バイトで失敗をしてしまってね、ついさっき来たんだ」

 一つ溜息を吐き、真名は呟く。

「しかし、この沈められた武術家達はどうするつもりなんだろうね……」

「あ……」

 その後、武術家達は水を盛大にぶっかけられ、飛び起きることとなる。



   *   *



「えーと、学園長。ルデラ氏をお連れしました」

「は? ナニコレ、何があったんじゃ?」

 学園長が唖然としてしまうのも無理は無い。なにしろ、学園長の命を脅かしていたモンスターペアレントが気絶していたのだから。
 気絶したグラムはソファーに寝かせられ、ネギはそんな未来の義父の為にハンカチを水で濡らし、額に出来たたんこぶを冷やしている。

「あの、学園長先生。この度は父がご迷惑をお掛けしたみたいで、すいませんでした」

 そう言って頭を下げるマリアに、学園長は疑問符を飛ばす。
 そんな学園長の様子に気付いた高畑が事の経緯を説明し、学園長は納得し、確信した。

 まだ命の危機は去っていない、と。

「つまり、アレじゃな。マリア君に出会いがしら一発KOかまされて、ルデラ君は気を失い、怒りを持続させたままここに来たと。そして、もし今ここで見逃されても、怒りを静めない限り第二、第三の脅威が……」

「が、学園長?」

 ぶつぶつと呟く学園長に、高畑が恐る恐る声を掛ける。
 そんな高畑をスルーし、学園長は結論を出した。

 つまり、どうにかグラムに貸しを作っておく必要がある。今、ここで。

 考え付いたら即実行。学園長の行動は早かった。

「何、迷惑なぞ何も被っていないぞ。それに、ルデラ君はワシが仕事を頼みたくて呼んだのじゃ」

「え? そうなんですか?」

 首を傾げるマリアに、学園長は重々しく頷く。

「うむ。実はな、修学旅行中の生徒達の護衛を頼もうと思っての」

「え、護衛!?」

 話に食いついてきたマリアに、学園長の目が光る。

「うむ。実は、今回の女子中等部の修学旅行先は京都・奈良なんじゃが、先方の関西呪術協会に嫌がられてしまっての」

「関西呪術協会……」

「うむ。実はワシ、関東魔法協会の理事をやっとるんじゃが、関東魔法協会と関西呪術協会は昔から仲が悪くてのう……」

 学園長は甲斐甲斐しくグラムの世話を焼くネギに視線を移し、言う。

「今年は一人魔法先生がいると言ったら、修学旅行での京都入りに難色を示してきおった」

「は? え、じゃあ、僕のせいですか!?」

 いきなり話題がこちらに来て、ネギは焦る。

「いやいや、まあ、話を聞きなさい」

 一つ咳払いをし、学園長は机の中から一通の封書を取り出し、言う。

「ワシとしては、いい機会じゃから、これを機に西とは仲良くしたいんじゃ。そのための特使としてネギ先生、君に親書を預けようと思う」

「は、はい! 分かりました!」

 ネギは姿勢を正し、学園長から親書を受け取る。

「しかし、道中向こうからの妨害があるやも知れん。彼らも魔法使いである以上、生徒達や一般人に迷惑が及ぶような事はせんじゃろうが、万が一、という事もある。その為に、護衛の経験のあるルデラ君に生徒達の護衛を頼もうと、わざわざイギリスからお越しいただいたんじゃ」

「そ、そうだったんですか。文句を言いに来たんじゃなかったんだ……」

 いつの間に、とマリアは気絶した父を見遣る。

「うむ。まあ、あまり大事にはならないと思うが、念のためにじゃ……。おお、そうじゃ。マリア君は京都に行ったことがあるかね?」

「へ? え、京都へ、ですか?」

 キョトン、として、マリアは学園長を見る。

「折角じゃし、マリア君も京都へ行ってみてはどうかの? 親子連れなら、カモフラージュとしてはバッチリじゃし」

「え、ええっ!?」

「そうじゃ、そうじゃ。それが良い。何、鈴本店長にはワシから上手く言っておく」

「え、あの」

「何も心配することは無い。マリア君の旅費くらい、ワシが出してやろう。おお、そうじゃった! 急にルデラ君を呼び出したしもうたから、奥方に連絡がいってないかも知れん! こうしちゃおれん、連絡せねば! で、ルデラ君。奥方の旅行先の電話番号は分かるかの?」

 学園長の質問に、いつの間に目を覚ましたのか、グラムがのっそりとソファから身を起こし、ふんっ、と不満そうに鼻を鳴らした。

「ふむ。自分で電話するかの?」

 学園長の言葉に、グラムは渋々妻の旅行先の宿の電話番号を教えた。

「ほっほっほ。まあ、後は任せなさい。今日は疲れたじゃろう。修学旅行までの逗留先はこちらでも用意できるが、どうするかの?」

 その学園長の言葉に、マリアは少し期待をこめて父を見つめ、グラムは苦笑し、答えた。

「いや、マリアの所に泊まろうと思います」

「そうか、そうか。しかし、寝具が足りんじゃろう。後で布団を届けさせるからの」

 にこにこと笑う学園長に、グラムは己の敗北を認めた。

「……ありがとうございます」

 こうしてグラムとマリアの京都行きが決まり、騒動は一つの暴走を除き、無事、閉幕を迎えたのであった。



   *   *



 ガ〇ダム襲来の翌日。
 燦々と眩しい朝日が降り注ぐ下、ブティック『KANON』の店内に、屍が一体。

「うわぁぁぁ!? ロバートさん、しっかりぃぃぃぃ!!」

 悲鳴を上げるアルカの前には、やつれ、真っ白になったロバートが居た。今にも風に飛ばされて行きそうだ。

「ふっ。何をそんなに騒いでいるんだ、アルカ君。ハニーなら心配いらないよ。ちょっと極楽へ連れて行っただけだからね!」

 何だかツヤッツヤした東堂店長が、上機嫌でアルカに声を掛ける。

「う、うわぁぁぁん! この鬼! 悪魔ぁぁぁぁ!!」

「はっはっは! 何とでも言うが良い! 恋とは常に戦争なのだ!!」

 涙ぐんで東堂店長を責めるアルカに、店長は胸を張って哄笑する。
 今日も『KANON』は混沌としていた。






[20551] 第二十六話 京都修学旅行~起~
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2011/07/31 13:47
 その日、オコジョ妖精カモミールは、命の危機を迎えていた。

「父さん。この子がオコジョ妖精のカモ君よ」

 にっこり笑って己が身を差し出された先に居るのは、マッチョの親玉。キング・オブ・マッチョ。

「ふむ。これが、あの下着ドロか」

 え、これって何ていう死亡フラグ?

 カモミールは戦慄した。

「大丈夫よ、父さん。ちゃんと躾はしてあるから。もう、そんな事しないよね。ね、カモ君?」

 ここで首を横に振ったら、マッチョに捻り潰される訳ですね。わかります。

「も、もちろんっスよ、お嬢!」

 背中を嫌な汗が流れる。

「それなら、良いが……」

 けれども、その目はちっとも良いとは思っていないと語っていた。

「これからしばらくよろしくな、カモ君」

「へ、ヘイ! 親分! よろしくお願いしやす!」

 少しの過ちが命取り。
 こうして、修学旅行が終わるまでの間、カモのデッド・オア・アライブな生活が始まったのであった。



   第二十六話 京都修学旅行~起~



 グラムは数日間マリアの家に滞在し、マリアが世話になっている人物達に挨拶して回った。そして、過去、妻の下着を盗んだ事のあるカモに、言い様のない圧迫感を与え続けた。
 そうして過ごした数日後。問題の女子中等部の修学旅行当日には、カモはすっかり痩せ細っていた。
 新幹線に乗る為、カモはいつもの地獄絵図が張られたキャリーバックではなく、普通のキャリーバッグの中に入っており、マリアはこっそりとバッグ内のカモに尋ねた。

「カモ君、大丈夫?」

 病院に行く? と心配そうにマリアが聞くが、その背後に立つマッチョの親玉が、うっかり去勢手術の予約とか取りそうで怖いので、それには頷けない。

「ダイジョーブッス。オジョーノ、アト、ツイテイクッス」

 かなり危険な状態だ。
 
「あの、カモくん。本当に大丈夫? し、死なないよね? 大丈夫だよね?」

 オロオロとうろたえるマリアに、カモは死んだ魚のような目で笑うだけだった。



 そんな遣り取りをマリア達がしているその頃、麻帆良のとある店で騒動が繰り広げられていた。

「ロバートさん! 今です、逃げてください!!」

「アルカ君!?」

「何をするんだ、アルカ君!?」

 騒ぎの発生地点は言わずもなが。ブティック『KANON』である。

「離したまえ、アルカ君! ハニーが逃げてしまうではないか!?」

「うるせー! さ、ロバートさん! 今のうちです!!」

 東堂店長はアルカに足払いをされ、倒れた後に、後ろから取り押さえられたのだ。
 東堂店長の視線の先には、以前よりもやつれた死神面の男、ロバートが旅行鞄と果物が沢山乗った帽子を手に持ち、店の出口とこちらを見比べ、行くべきかどうか悩んでいるようだった。

「ロバートさん! チャンスは今だけです! 早く逃げて!」

「逃がすかぁぁぁぁぁぁ!!」

 もがく店長に、それを取り押さえるアルカ。力は拮抗しているようだった。というか、『逃げる』が前提となっている事から、店長もロバートに関しては色々と自覚があるらしい。

「すまない、アルカ君!」

 意を決し、振り切るように店から走り去るロバートに、アルカは叫ぶ。

「行って下さい、ロバートさん! 貴方は自由です!!」

「ハニィィィィィィィ!!」

 走り去るロバートに手を伸ばし、叫ぶ店長はもがき続けていたが、しばらくして大人しくなった。
 諦めたかとアルカが思った瞬間。

「ふふふふふふふふふ」

 店長は不気味に笑い出した。

「て、てんちょー……?」

 店長の様子に、アルカは恐々と様子を窺う。

「ハニー、ああ、君は何て可愛い人なんだろう。この私から逃げようだなんて……」

 ぶつぶつ呟く様が物凄く怖い。

「しかし、甘い、甘いよ! 私は既に、ハニーの行き先など心得ているのだから!!」

 ふはははは、と高笑いしながらアルカに取り押さえられながらも這いずりだす。どこのホラー映画だ。

「ちょ、店長!?」

「ふふふふ。アルカ君。君にも付き合ってもらうよ……」

 ギラッ、と目に危険な光を宿し、ぎぎぎ、と振り向く様は、まさにホラー。

「さあ、共に行こうじゃないか。愛の戦場、京都へ!!」

「きょ、京都!?」

「ハニーの次の仕事先が京都なのさ! ふふふ、手帳を盗み見ていて良かったよ!!」

 何という偶然の一致。
 高笑う店長に引き摺られ、アルカは半強制的に京都へと向かう事になったのであった。

「まっていろよ、ハニィィィィィ!!」

「ちょ、勘弁してくれ……」

 京都に予測不可能な自称オトメと、そのストッパーが足を踏み入れる。嗚呼、ロバートとその他諸々の運命や如何に……。



   *   *



 京都へ向かう新幹線の中。そこではカエルが飛び回り、辺りを混乱の渦に突き落としていた。

「キャ、キャー!? カエルー!?」

「キャ、ヒー!?」

 ゲコゲコと元気にカエルは車内を飛び回り、生徒達は悲鳴を上げる。
 そんな混乱の中、以外にも活躍したのはオコジョ妖精カモミールだった。

「キュー!」

 はむっ、ぼふん!
 たしっ、ぼふん!

 小動物の本能のまま、カエルを追い掛け回し、見事なフットワークでカエルを捕まえている。
 捕まったカエルはどういうわけか、捕まった先から煙とともに掻き消えているが、オコジョの可愛らしい狩りの様子に生徒達は気を取られ、それは気にならないようだ。

「す、すごいやカモ君!」

「キュー!!」

 ネギの賞賛を前に、カモは高らかに勝利の雄叫びを上げ、生徒達はそれに拍手を贈った。
 そんな彼等の様子を見て、マリアは呟く。

「カモ君……。そんなに父さんの傍が辛かったのね……」

 いい感じに理性が崩壊し、野生に戻ったオコジョの姿を見て、マリアはやりすぎたとちょっと反省したのであった。
 そんなマリアの横で、グラムは何故か車内に入り込んでいたツバメを捕まえ、どうしようかと頭を悩ませていた。



   *   *



 京都に着き、ルデラ親子はネギ達の後をこっそり着いて行った。
 一応、グラムに依頼された護衛というのは建前の筈だったのだが、長年の勘から、どうにもきな臭い物を感じたのだ。

「少々、やっかいな事になるかもしれんな……」

「父さん?」

 真剣な顔をしたグラムを見上げ、マリアは首をかしげる。彼等の視線の先には、生徒達とネギが恋占いの石の前に掘ってあった落とし穴に落ちている姿があった。

「ふむ。ところで、ネギ君は誰か好きな女の子でも居るのか? 恋占いなんて、大人びた少年だと思っていたが、子供らしい可愛いところもあるじゃないか」

「え? そうなの? ネギくんって、好きな子いたんだ。カモ君、知ってた?」

「……マジで?」

 ルデラ親子のボケを前に、カモはどう返事をすべきか困っていた。



   *   *



 その後、滝の上に仕掛けられていた酒により、生徒達が酔いつぶれてしまうというアクシデントがあった。生徒達は旅館へと運ばれ、教師陣はこのイタズラに対し、責任者へと抗議しに行った。このトラブルの一番の被害者は、その責任者だろう。
 そんなトラブルを経て、旅館に着いたネギは、事情を知るアスナも交え、ルデラ親子と今後の対策を練ることにした。
 学園長が気を利かせたらしく、ルデラ親子の宿泊先も麻帆良女子中等部の面々と同じ旅館であったため、ルデラ親子の部屋で話し合う。

「ホント、何なのよ、あの嫌がらせ。いい加減にしてほしいわ」

 げんなりとした様子で、せっかくの修学旅行が台無しだとアスナがぼやく。

「本当に、何なんでしょうね……」

 恋占いの石で、ゴールに辿り着くかと思ったら落とし穴に嵌るとか何か不吉なものを案じさせる。本当に止めてほしいとネギは溜息を吐いた。

「ふむ。どうにも手が嫌がらせじみていて幼稚だな。周りに被害が及ばないようにするのがわしの仕事だが、こうまわりくどいと守りきれん。さっさと黒幕を潰したほうが早そうだな」

 筋肉をわくわくさせて黒幕襲撃を決めたのは、ネギの恋路を阻む知られざる落とし穴、グラムである。

「いや、親分。黒幕って、関西呪術教会って事になるんじゃ……」

 恐々と意見するカモに、マリアは首をかしげる。

「けど、関西呪術協会全部が敵ってわけではないんじゃない?」

「ああ、マリアの言うとおりだ。確か、学園長の義理の息子であり、このか嬢の父親である近衛詠春殿は関西呪術協会の長だった筈だ」

 一瞬の沈黙。

「「「え、ええぇ~!?」」」

 ネギ、アスナ、カモの三名が驚きの声を上げた。

「ちょ、ちょっと待って!? そ、それって……」

「このかさんが関西呪術協会の長の娘だとすると、もしかしなくとも跡継ぎ、もしくは、その候補なんじゃ……」

「関東魔法協会の長の孫で、関西呪術協会の長の娘……。とんでもねえお嬢様なんっスね……」

 驚きも覚めやらぬ様子で、各々思った事を口にする。

「ふむ。近衛詠春殿は『紅き翼』のメンバーだったから、その動向は結構注目されていてな。その結婚ともなると、当時は魔法使い達の間で大きく報道されたものだぞ」

「「「「へぇ~……」」」」

 今度はマリアまで一緒になって、グラムの話を興味深げに聞いていた。

「う~ん。このかさんのお父さんが関西呪術協会の長だという事なら、もしかして、この親書を届ける仕事って、予定調和の事なんでしょうか?」

「どういう事?」

 ネギの言葉に、アスナが首をかしげる。

「だって、学園長は個人的ではあるけど、既に長の娘と長との間で婚姻という強い繋がりが出来ているんですよ。この親書が作られる以前から、協会同士で話し合い等が行われ、既に仲直りの下地は出来上がっているんじゃないかと思うんです。今回の親書は、その決定になるんじゃないかな?」

 ネギの説明に、グラムは頷く。

「ああ、その可能性が高い。今回の嫌がらせは、それに不満を持つ者の仕業だろう。しかし、この嫌がらせがエスカレートしないとも限らん。今回は、特にこのか嬢を中心に護衛したほうがよさそうだな」

「え、このかを、ですか?」

 聞き返すアスナに、グラムが説明する。

「今回の協会同士の和睦は、ネギくんが言ったとおり、長の婚姻による処が大きい。ならば、本気でこの和睦に反対するのであれば、その婚姻の成果でもあるこのか嬢を害するのが一番手っ取り早いだろうな」

「そ、そんな、このかが……」

 グラムの説明にアスナは顔色を無くす。

「大丈夫ですよ、アスナさん。僕がついていきますから」

 そんなアスナにネギは声をかけ、グラムも頷く。

「わしも居るしな。ただ、やたらと人の多い場所や、逆に人気の無い場所では常にこのか嬢と一緒に居たほうがいいだろう。一般人の手前、おおっぴらには魔法は使えまい」

 二人の言葉を聞き、アスナはぎこちなく頷いた。

「そうだ、マリア」

「なに?」

 グラムに呼ばれ、マリアは視線をアスナからグラムへと移す。

「明日はわしとはぐれたふりをして、このか嬢達と一緒に行動しなさい」

「うん。わかった」

 そう言って頷くマリアに、ネギは少し困ったような笑顔を浮かべる。

「う、うーん……。マリアちゃんが居れば、絶対に安全だけど……」

 そんなネギの呟きに、アスナが不思議そうに尋ねた。

「マリアちゃんが居ると、そんなに安全なの?」

 何か、不思議な魔法でも使えるのだろうか、とアスナが聞けば、ネギは苦笑した。

「いえ。ただ単純にマリアちゃんが強いっていうだけですよ」

「は? 強い?」

 未だ十一歳という小さな体と、それに見合う細い手足のマリアを見るが、何処からどう見ても強そうには見えない。

「強いって、ネギ基準なんでしょ? そんな、大人相手なのよ?!」

 自分より小さい女の子に頼るなんて出来るはずがない、と声を荒げるアスナに、ネギが慌てて訂正する。

「いえ、マリアちゃんは本当に強いんですよ! 本当に、大の大人が束になってもか敵わないくらいなんです!」

「へ?」

 呆けるアスナに、カモが告げる。

「ああ、姐さんは知らないんスね。兄貴だってそりゃぁ、大した腕なんスが、お嬢は遥か上を行くんスよ。兄貴の師匠であるマッチョ三人が数分でのされるスから」

「は、師匠? マッチョ?」

 本当なのか、とグラムとマリアに視線を向ければ、グラムは重々しく、マリアは少し恥ずかしそうに頷いた。

「わしも最近不意をつかれて、一発で意識を刈り取られたな」

「あれは、父さんが悪いのよ」

 苦笑するグラムに、マリアがぷくっと頬を膨らます。
 しかし、それは子供に負けるほど弱いのではないかと逆に不安になったアスナだったが、それを察したネギにそれを否定される。

「アスナさんは、古菲さんが自分より大きい男の人より強い事を知っていますよね」

「え、ええ……」

 クラスメイトを引き合いに出され、アスナは頷く。

「強さというのは、年齢、性別、体格は当てにならないことがあるという良い例ですね。そして、それは魔法使いだととても顕著です。特に年齢を偽る魔法もあるくらいですから、見た目で判断出来ません。マリアちゃんも、その見た目で判断出来ない一人なんです」

 あ、けどマリアちゃんの年齢は見た目そのままですからね、とネギは慌てて付け加え、それにアスナは少し笑う。

「まあ、このか嬢は色々と危うい立場にいるため、元々護衛がついている。今回もその護衛が居るはずだ」

 そう言って、グラムはアスナに優しく告げる。

「大丈夫だ、神楽坂さん。わし等はちゃんと、君達を守るよ」

 年月と共に刻まれた皺。優しい目。大きな体。
 そう言って微笑むグラムは、確かに子供を安心させる力のある、頼りになる父親像そのものだった。

「……はい」

 アスナもまた、その例に漏れず、グラムのその力強く優しい様子に少し安堵し、素直に頷いた。

「そうよね。マリアちゃんも、魔法使いだったんだよね。なら、大丈夫よね」

 微笑むアスナに、マリアも笑顔を返す。
 実際のところ、魔法よりも武術の方がメイン、というか、強いのだが、納得されそうに無いので黙っておく。

「けど、それならこのかの護衛って誰なんだろう?」

 そうアスナが疑問を口にし、その答えを知っていそうなグラムに視線が集まる。

「ふむ。まあ、良い機会だ。ここは協力体制をとるか」

 そう言って、グラムはのっそりと立ち上がる。

「では、その護衛に会いに行こうか」

「「「「はい!」」」」

 元気に返事をする三人と一匹だったが、その時、マリアが立ち上がろうとする姿勢のまま、動きを止めた。

「父さん! このかさんが!!」

 マリアの言葉に、グラムは急いで部屋から飛び出し、マリア達もまた、それを慌てて追いかける。

「え、ちょっと、どういう事!?」

 突然の展開についていけないアスナが、質問を投げかける。そして、その質問にはネギが答えた。足の速いマリアは、既にグラムを追い越し、姿は見えない。

「実は、今朝、マリアちゃんがこのかさんに守りの呪いを込めた髪留めをあげたんです! それで、今さっきそれに反応があったみたいです!」

 走りながらの説明に、思い当たる節があったアスナが頷く。

「あ、髪留めって、もしかして、あたしが誕生日に貰ったピンと色違いの、今日、このかがしてたあれの事!?」

「はい、それです!」

 そうやって話している内に、現場に辿り着き、丁度事態が解決する様子を目撃した。

 旅館の裏手、人気の無い場所に居たのは、数匹の小猿に抱えられ、連れ去られそうになっているこのかと、黒髪をサイドに一つ括った少女、桜咲刹那だった。
 刹那は刀を抜き放ち、小猿に向かって刀を振る。

――神鳴流奥義・百烈桜華斬!!

 小猿達は刹那の刀に切り伏せられ、次々に紙切れへと姿を変えた。

「え……」

 刹那に守るように抱きかかえられ、このかは呆けながら、刹那を見つめる。
 小猿が消えると、こちらを窺っていた気配も消え、刹那はその表情に苦々しいものを浮かべる。

「逃げられたか……」

 そう呟く刹那に、このかが恐る恐る声をかける。

「せ、せっちゃん……?」

「あ……」

 そこでこのかを抱きかかえている事を思い出した刹那は、一瞬うろたえ、視線をあらぬ方向へとさまよわせた。

「なんか、ようわからんけど、助けてくれたん? あ、ありがとう……!」

「え、いや……」

 嬉しそうに礼を告げるこのかに、刹那は動揺しつつも、その視界の端にネギ達を見つけ、このかを地面に降ろすとそのまま逃げるように走り去っていった。

「あっ、せ、せっちゃん!?」

 走り去る刹那に、このかは引き止めようと手を伸ばすが、それは叶わなかった。

「せっちゃん……」

 寂しそうに刹那の名を呟くこのかに、ネギとアスナは顔を見合わせ、次いでグラムに視線を向けた。
 そして、グラムはその質問の意を含んだ視線に答えるように、口を開き、小さく、静かに告げる。

「ああ。彼女、桜咲刹那さんが、このか嬢の護衛だ」







[20551] 第二十七話 京都修学旅行~承~
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2011/10/15 13:39



 黒を基調としたゴシック調の外出着と言う名の戦闘服に身を包み、鋭く辺りを見回す。
 しかし、目的の人物の影は無く、もちろん声だって聞こえない。
 ここまで来て諦めるのか? 否、諦められるはずがない!
 目に映らないのなら心の目で、聞こえないのなら心の耳で聞き取るのだ! 燃え滾る熱いパッション! 溢れ出るこの想いで!!

「……ハニーの気配を十三キロメートル先辺りから感じる!」

「……マジで?」

 未だ簀巻きから解放されないアルカをお供に、東堂店長、京都に来襲。

「ふははははは! 待っていろよ、ハニィィィィィ!!」

「あー……、なんか、何もかもが終わったような気がする……」



 第二十七話 京都修学旅行~承~



「ウチとせっちゃんは、幼馴染で……ウチにとって、初めての友達やってん」

 マリアとネギ、アスナ、カモはこのかにつきそって休憩所へ、グラムは刹那を探しに行った。
 そして休憩所にある自販機で飲み物を買い、一息ついたところで、このかがぽつり、ぽつり、と話し出した。

「せっちゃんは剣道やってて、恐い犬を追い払ってくれたり、危ない時は守ってくれりしたんよ」

「へー……」

「ウチが川で溺れそうになった時も、一所懸命に助けようとしてくれて……。結局、大人に助けられたんやけど、せっちゃんはウチを助けられんかったことを、凄く気にして……。ウチは、そんなん気にしないでほしくて……。ウチはせっちゃんが好きで、一緒に遊んでくれるだけで嬉しかった」

このかは、寂しそうに笑う。

「でも、その後、せっちゃんは剣道の稽古で忙しくなって、あんまり会わんようになって、ウチも麻帆良に引っ越して……。中一のときにせっちゃんも麻帆良に来て再会したんやけど、でも……、昔のようには、いかなくて……」

 このかの瞳に涙が滲む。

「ウチ、何か悪いコトしたんかなぁ……」

「このか……」

「このかさん……」

 それでも、滲む涙を拭い、健気にも笑顔を見せるこのかを部屋まで送り、後のことをアスナに任せて、ネギとマリア、カモは話し合う。

「このかさん、淋しそうだったね」

「うん……。仲直りできれば良いけど……」

 そう言いながら、マリアは『原作』を思い出す。お互いを大事に思っている二人を知ってはいるが、現実として目の前にすると、どう動いていいか分からない。人の心は複雑で、物語のように上手くいく事など稀だ。それに、こちらには父と自分が居るのだ。既に『原作』通りにはいかないのは確実だ。

「とりあえず、剣士の姐さんと話してみたらどうスか?」

 カモの提案に二人は頷き、刹那とグラムを探す事にした。
 ネギは本来の職務である引率の教師として、廊下に居る生徒達に部屋に入るように声をかけていく。

「お疲れさまでござる、ネギ先生」

「あ、長瀬さん」

 楓がネギに声をかけ、廊下の向こうから歩いてきた。

「就寝時刻ですから、自分の部屋に戻ってくださいね」

「わかったでござるよ。けど、その前にネギ先生に少々頼みたい事があるのだが」

「え? 頼みたい事、ですか?」

 楓の言葉に首をかしげるネギに、楓は少し悪戯っぽく笑い、告げる。

「実は、知り合いが京都に旅行に来たは良いが、宿がとれなくて困っているのでござるよ。知り合いの御仁は大人だから良いのだが、連れがまだ十歳の子供で、流石に野宿させるにはしのびなくて。申し訳ないが、ネギ先生の部屋で預かってはもらえないでござろうか?」

「僕の部屋で、ですか?」

 うーん、と悩むネギに、マリアが自分の部屋で預かろうか、と口を出そうとするが、それは楓の目配せにより、遮られた。

「そうですね。楓さんの知り合いの方のお願いですし、流石に僕一人で決定するわけにはいきませんから、新田先生に相談してからでも良いでしょうか?」

「お願いするでござるよ。なに、新田先生には拙者が頼んでおくでござる。そろそろ宿につく頃でござるから、ネギ先生はロビーで待っていてほしいでござるよ」

 視線の先に新田教諭を見つけた楓はネギにそう言い、新田教諭の元へと向かった。ネギは自分も楓について行って新田教諭に頼むべきかと悩んだが、楓がこちらににっこりと笑顔を向け、次いで新田教諭もこちらに困ったような笑顔を浮かべて頷いたのが見え、了承を得たのだと分かったため、ネギは一つ会釈して、マリアとカモを連れ立ってロビーへと向かった。
 ロビーへと向かった一行は、ロビー付近の入り口に札を貼る刹那と、彼女と何事かを話しているグラムを見つけた。

「父さん」

 マリアが声をかけ、グラムが振り向き、それにつられて刹那も振り向いた。

「マリア、このか嬢の様子はどうだ?」

「少し落ち着いたみたい。今はアスナさんが一緒についてくれてるよ」

 二人の遣り取りに、刹那は少し安堵した様子で、ほっと息を吐いた。
 このかの様子を気にしているそぶりをみせる刹那に、ネギはおや、と思いつつも、気になっていた事を尋ねた。

「刹那さん達は何をしていたんですか?」

「え、ああ、これですか?」

 刹那は手に持っていた札を見て、答えた。

「これは式神返しの結界です。剣術の補助程度ですが、私も術を…日本の魔法を使えますから」

「なるほど。ちょっとした魔法剣士って訳だな」

 カモが感心した様子で頷いた。

「敵の嫌がらせがかなりエスカレートしてきましたから、それなりの対策を講じなくては……。ルデラ氏から話は聞きました。学園長から事情は聞いていましたが、お嬢様の護衛として言わせていただければ、もう少し敵への対応をしっかりしたものにしていただきたかったです」

「あうっ、す、すいません」

「申し訳ない」

「ごめんなさい」

 三者三様、素直に謝られ、刹那は少し居心地悪そうに身じろいだ。グラムの護衛に関しては、これは学園長がグラムの怒りの矛先を逸らすための建前だという事を知っているので、少し気まずい。マリアに関しては論外である。
これでもし、建前などではなく、正規の依頼として仕事を頼んでいたら法外な値段を提示されていただろう。それだけ、このグラム・ルデラという人物は傭兵達の中でも群を抜いて優秀な人物なのだ。そもそも、本来ならば既に引退した身として仕事は請けてもらえないのだが。
 それを思えば、今回この場にグラムが居るという事は不幸中の幸い、幸運ですらある。

「……まあ、これからしっかりとお嬢様を守っていただけるなら、私はこれ以上の事は言いません」

「はい! それは、もちろんです! このかさんは僕の大事な生徒ですから!」

 力強く宣言するネギに、マリアとグラムも真剣な面持ちでネギの言葉に同意した。
そんな三人に、刹那は僅かだが微笑み、頷く。

「お嬢様を狙う敵についてですが、おそらく関西呪術協会の一部勢力で、陰陽道の『呪符使い』です」

「ふむ、『呪符使い』か。なら、先程の小猿は式神か」

 グラムの言葉に刹那は頷く。

「『呪符使い』は古くから京都に伝わる日本独自の魔法『陰陽道』を基本としていますが、呪文を唱える間は無防備となる弱点はネギ先生達、西洋魔術師と同じです。それゆえ西洋魔術師が従者を従えているように、上級の術者は善鬼(前鬼)や護鬼(後鬼)という強力な式神をガードにつけているのが普通です。それらを破らぬ限り、こちらの呪文も剣も通用しないと考えた方がいいでしょう」

「う、強そうですね……」

「ふむ。しかし、そうなると関西呪術協会がらみとなれば、京都神鳴流も出てくるんじゃないかな」

「ご存知でしたか」

 グラムと刹那の間で交わされた会話に、ネギは首をかしげた。

「京都神鳴流とは、私も籍をおいている剣術の流派の事です。関西呪術師協会は神鳴流と深い関係にあります。神鳴流は元々京を護り、魔を討つために組織された掛け値なしの力を持つ戦闘集団。呪符使いの護衛として神鳴流剣士が付くこともあり、そうなってしまえば非常に手強いと言わざるを得ません」

「それはまた、厄介ですね」

 刹那の説明を聞き、ネギの眉間に皺がよる。そんなネギの横に座るマリアは、首をかしげながら刹那に尋ねた。

「けど、このかさんは関西呪術師協会にとっても大事な存在ですよね? そうなると、今回の神鳴流はどういう立ち居地になるんですか?」

「……そうですね。今回、おそらくは神鳴流としては静観、という事になると思いますが、深く関西呪術師協会と共にあった身としては、今回の反対派に肩入れする人間も出てくるかと思います。神鳴流に身を置く私としても、本来ならば東へと身を置くお嬢様を護れる立場にはありませんでした。それでも、私がお嬢様の護衛として麻帆良に居るのは、西を抜け、東へついた『裏切り者』だからです」

 刹那は少し寂しそうに、けれど信念を持った瞳で言う。

「私の望みはお嬢様をお守りすること。『裏切り者』といわれようと、私はお嬢様を守れれば満足です」

「刹那さん……」

 そんな刹那の様子を見て、ネギは決意を新たに宣言した。

「僕も、必ずこのかさんを、クラスの皆さんを守ります!」

「わしも、必ず生徒さんたちを守ろう」

「私も頑張ります!」

「へへっ、オレっちも及ばずながら力を貸すぜ!」

「皆さん……」

 刹那は少し戸惑いながらも、それに答えるように頷いた。

「さて、ならわしは館内を見回ってくるかな」

「あ、じゃあ私はこのかさんの部屋に行ってくる。アスナさんに説明しないと。ネギくんはどうする?」

「僕は長瀬さんに頼まれたから、もう少しここに居るよ」

 ネギの言葉を聞き、そういえばネギは楓の知り合いの子供を預かるんだった、とマリアは思い出した。

「うん、わかった。じゃあ、刹那さんはどうしますか?」

「私もお嬢様の傍へ行きます」

 そうしてネギはマリア達と別れ、楓の知り合いの子供とやらを大人しく待ち、そして、程なくしてガラス戸の向こうに見えた姿に驚いた。

「え、ア、アルカ!?」

 ガラス戸の向こう側。そこには、ネギの双子の片割れ、アルカが簀巻き姿となり、男装の麗人に担ぎ上げられているという何ともシュールな姿があった。



   *   *



 アルカの姿を見つけ、自動ドアを抜けて慌てて駆け寄るが、その際宿の職員とぶつかりそうになったものの、それを避け、アルカの元へと辿り着いた。

「な、なんでアルカがここに居るの!?」

「……ああ、ネギか」

 虚ろな目つきで、鈍い反応を返すアルカにネギは慌てる。

「どうしたの、アルカ!? 具合が悪いの?」

「……お前、簀巻きにされて、新幹線に乗って、街中を担がれたまま練り歩いた事ってあるか?」

「え……?」

「いたいけな少年が助けを求めてるっていうのに、皆俺と目を合わせようとしないんだ。華麗にスルーされるんだ。日本って、こんなに冷たい土地だったっけ?」

 フフフ、と生気の無い笑い声を漏らしつつ、ついでに魂までもが漏れ出ているような様子にネギは咄嗟にアルカの襟首を掴み、ガクガクと揺さぶる。

「アルカ!? アルカ、しっかり!?」

「あがががが……」

 そんなプチパニックを起こす双子を苦笑しながら見守るのは、その元凶、東堂店長である。

「ネギ君。楓君から話は聞いてるかな?」

「へ? 楓君って、え、じゃあ、知り合いの子供って……」

 話しかけられ、東堂店長に向けた視線を、再びアルカに戻す。

「そうだよ。預かって欲しい子供っていうのが、アルカ君なんだ。頼まれてくれるかな、ネギ君?」

「は、はい。もちろんです!」

 一体どういう知り合いなのかは知らないが、どうやら楓は自分達双子の気まずい関係を知っているようである。恐らくは、どこまでかは知らないが、その事情を新田教諭にも教えたのだろう。ネギは新田教諭の困ったような笑顔を思い出し、密かに感謝した。

「じゃあ、任せたよ、ネギ君。私はまだ用事があるから、ここで失礼するよ」

「はい、任せてください!」

 そう言って、ネギは東堂店長を見送った。そして、改めてアルカに向き直り、言った。

「とりあえず、このロープをどうにかしないとね!」

 ネギはアルカを担ぎ、意気揚々と鋏を借りにフロントへと向かった。
 アルカと思わぬ所での再会に喜ぶネギは知らない。不敵な笑顔を浮かべ、廊下を走る職員姿の『呪符使い』の女が居た事を。



   *   *



「へぇ……。そっか。桜咲さんって、このかの事、大事に思ってるんだ」

 五班の面々が寝静まった部屋の隅で、マリアはアスナに事情を話した。
 アスナは嬉しそうに笑って、刹那の背を力強く叩いた。

「そっか、そっか! 桜咲さんがこのかの事、嫌ってなくて良かった! それがわかれば十分! 友達の友達は友達だからね! 協力するよ!!」

「か、神楽坂さん……」

 戸惑う刹那に対し、アスナは嬉しそうに笑う。
 そんなアスナと一緒に居るのが気まずいのか、刹那は少し身じろぎした後、立ち上がる。

「あの、私、廊下で各部屋を見回りますので……」

「あ、うん。わかったわ。じゃあ、私はこのかの事見てるね」

 アスナは明るく笑い、告げる。

「大丈夫。このかの事はつきっきりで守るから」

「私も見てます」

 マリアもアスナの言葉に沿うように告げる。

「神楽坂さん、マリアさん……。すみません。でも、何かあったらすぐに私を呼んで下さいね」

 では、と刹那は一礼し、部屋を出て行った。そしてそのすぐ後にマリアの携帯の着信音が鳴った。

「はわわ。すいません、アスナさん。少し部屋を出ます」

「はいはい、大丈夫よ」

 マリアは寝ている五班の面々を起こさないうちに、慌てて部屋を出て行った。
 アスナがそれを苦笑して見送ると、背後でこのかが寝ぼけ眼でのっそりと起き上がった。

「う~、アスナ、誰かおるん~?」

「あ、ごめん。このか、起こしちゃった?」

 慌てるアスナを他所に、このかはフラフラと起き上がる。

「あ、ちょっとダメよ、何処に行くの!?」

「トイレー……」

 トイレなら仕方がないか、とアスナはこのかを見送った。まさか、それが間違いだったなんて、夢にも思わない。



   *   *



 その頃マリアは、携帯をかけてきた相手、ネギと話していた。

「え、預かる子供って、アルカ君の事だったの?」

『うん。そうだったみたい』

 どうやら楓が気を利かしてくれたらしい。できればじっくり話し合って欲しいところだが、今回はあまりに間が悪かった。

「それで、父さんの携帯の番号が知りたいって、どうして?」

『あー、うん……。あの、実は、アルカ……ね、今簀巻き状態で……』

「は?」

 思わぬ返答に、マリアは間抜けな返事をしてしまった。

『それで、その、その簀巻きに使ってたロープが、ザイルで、とてもじゃないけど鋏じゃ切れなくて……』

「え、ざ、ザイル!? なんで!?」

 なんだか訳のわからない状態になっているらしい。

『グラムさんなら、どうにかしてもらえるんじゃないかなー、と思って……』

 ネギの言葉に、マリアはザイルを引き千切る逞しい父の姿を脳裏に浮かべた。うん、イケル。

「わかった。じゃあ、私から父さんに――」

 その時だった。
 ぞわり、と背筋を這うような気配を感じたのは。

「まさか!?」

『マリアちゃん? どうしたの!?』

 マリアはネギの困惑の声に答えず、急いで五班の泊まる部屋に向かうと、其処から必死の形相でアスナと刹那が飛び出してきた。

「マリアちゃん!!」

 こちらに気付いたアスナが、悲鳴じみた声でマリアを呼ぶ。

「ごめん! このかが誘拐されちゃった!!」



   *   *



 その直ぐ後にグラムが現場に駆けつけ、少し遅れてネギが合流した。

「ふははは! わしから逃れられると思うなよ!!」

 ギラリ、と危険な光を目に灯すグラムを先頭に、ネギ達は誘拐犯を追いかける。

「ちょっと、こっちで本当に合ってるの!?」

「大丈夫です! 父さんはこういうことには鼻が利きますから!」

「そうですよ、アスナさん! グラムさんは常識に当てはまらなくらい凄い人なんです!!」

「……あの、兄貴、それって遠まわしに貶してないっスか?」

「お嬢様……!!」

 何にしても、このかを心配する面々は、ついにその誘拐犯の姿を視界に捉えた。そして……。

「覚悟ぉぉぉ!!」

 グラムの豪腕が唸った。

「ヒィッ!?」

 危機一髪。奇跡的に紙一重でその攻撃を避けたおサル姿の誘拐犯は、自分が立っていたコンクリートの道が粉砕されるのを目の当たりにした。

「ちょ、冗談やな――ぷべらっ!?」

 最後まで言わせず、流れるようなマリアの飛び蹴りがおサルの頭に決まった。それでもこのかを離さず、ネギ達から距離をとったのは流石だ。

「お嬢様を返せ!!」

 すかさず刹那が飛び込むが、おサルの着ぐるみ女は懐から呪符を取り出した。

「チィッ、まさかこんなところで使う事になるとは……」

 女は呟き、呪符に力を込める。

「お札さん、お札さん、ウチを逃がしておくれやす」

 呪符を放ち、女は叫んだ。

「喰らいなはれ! 『三枚符術 京都大文字焼き』!!」

「!!」

 目の前に現れた巨大な炎の壁に、ネギ達は足を止めるも、ネギは慌てずに呪文を唱えた。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 吹け一陣の風(フレット・ウヌス・ウエンテ)!!」

――風花風塵乱舞(フランス・サルタテイオ・ブルウエレア)!!――

 ネギの起こした爆風に、炎が掻き消された。

「な、何や!?」

 悲鳴を上げる女に、ネギは高らかに言い放った。

「逃がしませんよ!! このかさんは僕の生徒で、大事な友達なんですから!!」

「くぅ……」



   *   *



 悔しげに呻く女に、すかさず飛び込むのは、ルデラ親子だった。

「ふははは!!」

「このかさんを返して!!」

 その二人の前に立ち塞がったのは、巨大なクマとおサルの人形だった。気付けば、女は着ていた着ぐるみを脱いでいた。

「ええっ!? 何アレ? 着ぐるみが動いてる!?」

「さっき言った呪符使いの善鬼護鬼です!!」

 驚くアスナに、刹那は現れた善鬼護鬼に警戒しながら説明した。
 しかし、その警戒も無駄なものとなる。

「「邪魔!!」」

 ルデラ親子にあっけなく吹っ飛ばされたのだ。

「んなぁっ!?」

 驚愕する女に、隙が出来たのを見つけ、刹那が夕凪を抜き放ち、飛び込んだ。

「お嬢様を……返せー!!」

 しかし……。

「え~い」

 気の抜けるような掛け声と共に、その刹那の刃を弾くものが居た。

「どうも~、神鳴流です~。おはつに~」

 刃を弾いたのは、刹那と同じ年頃と思われるメガネをかけた少女だった。
 神鳴流が護衛についていた事に、刹那は顔色を悪くする。

「く……、分が悪すぎるわ……。ここは一度退くで、月詠はん!」

「は~い」

 誘拐犯の女が悔しげに神鳴流の少女に告げ、腹いせの如くこのかを乱暴に投げた。

「このかお嬢様!」

 そんなこのかを慌てて刹那が抱きとめ、その隙に女は二体目の式神を呼び出し、それに掴まる。

「おぼえてなはれ!!」

 女はそう捨て台詞を残し、少女と共に闇の中へと消えていった。

 女達が消えた方を睨むように見つめる面々に、このかの呻く声が聞こえてきた。

「うぅ……」

「そういや、この騒ぎで全然起きなかったが、このか姉さん、何か変な薬でも嗅がされたんじゃねえだろうな? 大丈夫か!?」

 カモの指摘に、刹那が青ざめる。

「このかお嬢様! お嬢様!! しっかりして下さい!!」

「ん……。あれ、せっちゃん……?」

 うっすらと目をあけ、このかは寝ぼけ眼のままゆっくりと話す。

「あー、せっちゃん……ウチ、夢見たえ……。あのな、ウチ、変なおサルに攫われて、けど、せっちゃんや、ネギ君達皆が助けてくれるんや……」

 ぼんやりとしているものの、しっかりとものを話すこのかに安堵したのか、刹那が優しく微笑み、このかに告げた。

「よかった……。もう大丈夫です、このかお嬢様……」

そんな刹那の様子に、このかの意識が一気に覚醒した。

「よかった――……」

 このかの顔が、心底嬉しそうにほころぶ。

「せっちゃん、ウチのコト、嫌ってる訳やなかったんやなー……」

「えっ……」

 そんなこのかの様子に、刹那は思わず赤くなりながら、つい余計な事まで口走る。

「そ、そりゃ、私かてこのちゃんと話し……」

 そこまで言って、刹那は理性を取り戻し、慌ててこのかから離れた。

「し、失礼しました!」

「え、せっちゃん?」

「わ、私はこのちゃ……お嬢様をお守りできれば、それだけで幸せ……。いや、それもひっそりと陰からお支えできれば……、それで……あの……。ご、御免!!」

 このかと視線を合わせようとせず、刹那はそうまくし立てると逃げるように駆け出した。

「あ、せっちゃーん!」

「刹那さん……」

「うーん。いきなり仲良くしろって言っても難しいかな……」

 引き止めるようにこのかが手を伸ばすが、刹那は止まらない。そんな二人の様子を見て、アスナが大きな声で刹那に告げる。

「桜咲さーん! 明日の班行動、一緒に奈良を回ろうねー!! 約束だよー!!」

 刹那はアスナの言葉に一度足を止めるが、少し逡巡したのち、再び駆け出してしまった。

「せっちゃん……」

「大丈夫だって。すぐ仲良くなれるから。このか、安心しなよ」

「アスナ……」

 アスナに励まされ、このかは頷くものの、ふと、気付く。

「あれ? ウチ、どうしてこんな所に居るんやろ?」

「いえっ、その、それはあのっ……」

「ああ、父さん! 道路、直さないと!!」

「むぅ……」

「いろいろあったわね~……。ホント、これが修学旅行の初日って、これからどうなっちゃうのよ……」

 ネギ達の夜は、まだ終わりそうにも無い。



「……むなしい」

 一人宿に残された簀巻き姿のアルカの夜も、まだ、終わりそうに無かった。








……………………

だいぶ遅くなってしまってホントにすいません。二十七話投稿しました。






[20551] 第二十八話 京都修学旅行~転~
Name: みかんアイス◆25318ac2 ID:68c9a700
Date: 2012/03/14 17:48



「何でしょう……首筋がゾワゾワします……」

 無事に仕事を終えたロバートは、未だかつて無い悪寒を感じていた。

「何だかこう、喰われる草食動物の気がわかるような、というか、肉食獣に狙われているような感覚が……」

 ロバートは、その身に迫る危険を正しく感じ取っていた。



 第二十八話 京都修学旅行~転~



 修学旅行二日目。宮崎のどかは、その日、ネギ人形の前で一人大事な計画の練習をしていた。

「ネギ先生。よろ……よろしければ、き、今日の自由行動、わた、私達と一緒に、まげ……まが……もご……」

 のどかは一端言葉を区切り、再度挑戦する。

「その……、私達と一緒に回りませんかー?回りませんでしょうかー?」

 そこでハルナと夕映に朝食の時間だと呼ばれ、のどかは気合を入れるかのように髪をくくり、小さな戦場へ向かった。



* *



「それでは麻帆良中の皆さん、いただきます!」

『いただきま~す!』

 ネギの声と共に、賑やかな朝食が始まった。

「うー、昨日の清水寺からの記憶がありませんわ」

「せっかく旅行の初日の夜だったのに、くやしーっ!」

 ある者は嘆き。

「せっちゃん、一緒に食べよー」

「っ!?」

「あんっ、何で逃げるん!? 恥ずかしがらんと、一緒に食べようー! 何で逃げるんー!?」

「わ、私は別にー……」

 朝食を持ったまま追いかけっこをはじめる者も居た。
 そして、賑やかな朝食は、それでもつつがなく終了し、生徒達は次の行動を開始する。



   *   *


「う~ん……」

 奈良での班別行動に、ネギは教師としてどう行動すべきか悩んでいた。

(今日は奈良だし、親書はちょっと無理かな。できれば、このかさんの傍に居た方が良いよね……)

 そうやって悩むネギに、のどかが意を決して声をかけようとした、その時だった。

「あの……」

「ネギくん! 今日ウチの班と一緒に見学しよー!!」

 しかし、それは弾丸の如くネギに突っ込んできたまき絵に遮られてしまった。

「ちょっ、まき絵さん、ネギ先生はウチの三班と見学を!!」

 けれど、それに黙っていないのがショタちょ……委員長である。

「あ、何よー! 私が先に誘ったのにーっ!」

「ずるーい! だったら僕の班もー!!」

 そこからネギ争奪戦が始まった。いつもならここで諦めるのどかだったが、しかし、この日ののどかは一味違った。のどかは大きく息を吸い、いつに無い大きな声を出した。

「あ、あの、ネギ先生!」

 のどかの声に、注目が集まる。

「よ、よろしければ今日の自由行動、私達と一緒に回りませんか!?」

「え……」

「み、宮崎さん……?」

 のどかの珍しい様子に、全員が呆気に取られる中、ネギはのどかが属する五班のメンバーを思い出す。

(五班にはこのかさんが居るし、アスナさんと刹那さんも……)

 色々と好都合だった。

「わかりました、宮崎さん! 今日は僕、宮崎さんの五班と回る事にします!」

「え……あ……!」

 嬉しそうにのどかの表情が輝き、周りからどよめきが起きた。
 こうして、ネギは奈良の班別行動は、五班と一緒に回る事となったのだった。



   *   *



 何で自分はこんな所に居るんだろう?

 アルカは遠くを見ながら、そんな事を思った。
 そもそもの始まりは、あの傍迷惑な店長の暴走からだった。
 そんな店長の暴走につき合わされ、保護(?)された先はネギの元。そして、それを引き継いだのは、ルデラ親子だった。
 そんなルデラ親子に、頼まれたのだ。

「あのね、ネギくんと一緒にこのかさんの護衛を頼みたいの」

 申し訳無さそうに、けれど期待を込めてそう告げられた。

「マリアがネギ君と合流するより、アルカ君がネギ君と合流する方が自然だからな」

 それはそうだ。
 何だかんだで説得され、アルカはネギと一緒に行動する事になったのだ。
 そして、アルカは未だに疲れが取れない体に鞭打って、死んだ魚の目のように生気の無い様子で騒々しいネギ達一行の前に立った。

「あー、連れとはぐれてしまったので、一緒に行ってもイイデスカー?」

 『原作』? ナニソレ美味しいの?
 そんな事態になりつつある現状に不安を抱きつつ、アルカはネギと行動を共にする事となった。



   *   *



「もう、告白するしかないと思うのよ」
「こ、告白ぅぅ~!?」

早乙女ハルナは、友人、宮崎のどかにそう告げた。

「いい、のどか? 修学旅行は男子も女子も浮き立つもの! 麻帆良恋愛研究会の調査では修学旅行期間中の告白成功率は87%を超えるのよ!!」
「ははははちじゅうなな?」

 顔を真っ赤にして動揺するのどかの横で、夕映は、またテキトーな事を……、と呆れながら、二人を見守る。

「しかもここで恋人になれば明日の班別完全自由行動日では、二人っきりの私服ラブラブデートも!!」
「ラ、ラブラブデート……!?」

 盛り上がる二人に対し、夕映は、それはちょっと難しそうだ、と思いながら背後を振り返った。そこに居たのは、十歳の双子の兄弟であった。

「アルカアルカ! 鹿煎餅が売ってたよ! 何かな、これ? 美味しいのかな?」
「馬鹿! 食うなよ!?」

 ネギはアルカに引っ付いて離れそうになかった。

「仲の良い兄弟です……」

 可愛らしい兄弟が戯れる姿は、どこかの委員長が見たら興奮のあまり倒れそうな光景だった。

「ひぃぃ!? 鹿が追ってくるぅぅぅ!?」
「ネギ! ホールドアップ! ホールドアップ!! 鹿煎餅を持ってないことをアピールしろ!!」

 夕映は生暖かい眼差しを双子に送り、のどかに視線を戻した。

「ファイトです、のどか!」

 とりあえず、いつにない勇気を持って行動を起こし、なんだかやる気を出している親友に、夕映はエールを送った。たとえ、告白がどんな結果になろうとも、きっとネギとのどかの関係は、何かが変わる筈だ。ネギは、少しでものどかを意識し始めるに違いない。

 ま、そんな訳なので……。

「アスナアスナー! 一緒に大仏見よーよ!」
「せっちゃん、お団子買ってきたえ! 一緒に食べへんー?」
「ついでに、一緒に来るです」

 刹那はこのかに任せ、ハルナがアスナを確保し、アルカの腕を夕映が掴んで、嵐のように連れ去った。

「……へ?」
「あっ、ああ、あのー、ネギ先生……」
 
 夕映は背後に、のどかが緊張しながらネギに話しかける声を聞きつつ、願う。

 どうか、のどかの勇気が無駄になりませんように……。

 ネギに好きな子が居る事は、のどかも自分達も百も承知だ。けれど、それでも諦めなかった、諦められなったのどかを、自分達は応援したい。
 だから……。

「ファイトです、のどか……!」



   *   *



「暇だね~、カモ君」
「暇っスね~」

 さて、ネギと行動する筈だったマリアは、その役目をアルカに任せたため、カモミールと共に宿で待機する事となったのだ。

「けど、お嬢。良かったんスか? 一緒に行かなくて」
「うん、大丈夫だと思うよ。父さんがこっそりこのかさん達の後をつけてるし、他の班の人達には、刹那さんから教えてもらった式神を張り付かせてあるし」

 いざという時には、式神で時間を稼ぎ、自分が駆けつければ良いのだ。
 マリアはカモに微笑み、そう言った。しかし、カモは首を横に振った。

「いや、俺っちが言ってるのはそういう事じゃなくて、ネギの兄貴と一緒に行動しなくて良かったのか、って事っスよ」
「え?」

 不思議そうに首をかしげるマリアに、カモは言う。

「いや、だから、修学旅行といえば、男女の仲が深まるチャンスの場でもあるんスよ? それに、今回兄貴が一緒に行動してるのは、明らかに兄貴に気のある嬢ちゃんス。これは、もしかすると、もしかするかもしれないんスよ?」
「うん?」

 依然として不思議そうにカモを見つめるマリアに、カモはネギに対して同情した。

「兄貴……、道のりは険しく、遠そうだぜ……」

 そんなカモの小さな呟きはマリアには届かず、マリアはふと、ある事を思い出していた。
 そういえば、のどかが修学旅行でネギに告白するイベントが『原作』にあったな、と。

 チクリ。

「……?」

 胸に感じた、一瞬の違和感。
 マリアはそっと胸に手を置き、首をかしげた。



   *   *



 さて、その問題のネギとのどかの様子を見守るのは、ハルナと夕映、そして、アルカである。

「何で俺まで……」

 そんな事を呟きつつも、こそこそと二人のあとをつけるのは、これ以上の『原作』剥離を防ぎたいからに他ならない。
 今までに色々とあったが、何よりも痛いのが、アスナとネギが仮契約していない事だ。アスナはネギパーティーに欠かせない人物だし、のどかだったこの先重要な役割を持っている。
 のどかがネギに好意を持っているのは『原作』どおりだが、ネギは明らかにマリアに好意を持っている。このままじゃ、告白されたとしても断ってしまい、そこでのどかとの関係は終わってしまいそうだ。それだけは、何とかして防ぎたい。

「思いどおりに行かないもんだな……」

 溜息をつきつつ、アルカはこそこそと二人の後を追った。



   *   *



 桜咲刹那は感心していた。

 何度も告白しようとして失敗し、逃げてきたのどかと偶然出会い、彼女のネギへの真っ直ぐな想いを聞いたのだ。

「ネギ先生は、普段は皆が言うように子供っぽくて、カワイイんですけど、時々私達より年上なんじゃないかなー、って思うくらい頼りがいのある大人びた顔をするんです」

 大切な、大切な想いが篭った言葉。

「本当は遠くから眺めているだけで満足なんです。それだけで、私は勇気をもらえるから……。でも……」

 不安に揺れながら、それでも、何かを決意した、勇気が篭った瞳。

「でも、今日は自分の気持ちを伝えてみようって思って……」

 ああ、凄いなぁ……。

のどかは、なんて勇気があるんだろう。元気をとり戻したのどかの後を追い、辿り着いた先でこっそりと茂みに隠れ、のどかとネギの様子を見守りながら、刹那はそう思った。

「私……、私、ネギ先生のこと、出会った日からずっと好きでした! 私、ネギ先生のこと、大好きです!!」
「……え?」

 突然の事に、呆気にとられるネギに、のどかは慌てて言葉を重ねる。

「あ、いえ、わかってます。突然こんな事言っても迷惑なのは……。せせ、先生と生徒ですし、それに、ネギ先生はマリアちゃんが好きなのも知ってますし……」

 のどかは顔を真っ赤に染めながらも、ネギをまっすぐ見つめ、言った。

「でも、それでも私の気持ちを知ってもらいたかったので……」
「え……あ……」

 ネギは予想外の展開に、思考が追いつかなくなり、酸欠の金魚のようにパクパクと口を開閉する。

「そ、それで、あの……ごめんなさい、失礼します、ネギ先生!!」

羞恥に耐えられなくなったのか、のどかは顔を真っ赤にして走り去った。

そして、その日は知恵熱を出してぶっ倒れたネギを残し、その日の班別行動は終了したのであった。



「ふ……、そうかぁ……。ネギ君は、マリアの事が好きなのか……ククク……」
 遥か後方で、ネギ達一行の様子を見守っていた機動戦士が、不穏なオーラを撒き散らしている事など、幸か不幸か、ネギは知る由も無かった。



   *   *



 夕暮れのホテルのロビーにて、ネギはポカンと馬鹿みたいに口を開け、呆然としながら座っていた。
 脳裏を巡るのは、のどかに告白された事。そして、ネカネにからかい混じりに告げられた、先生と生徒の間の恋愛は御法度という情報。

「ああー、僕は、先生失格だー!!」

 転げ周り、苦悩するネギの様子を、生徒達が心配そうに見守る。

「どうしたのかな? ネギ君」

まき絵が呟く。

「何やらただ事ではないご様子……」
「何か悪いもんでも食べたんじゃないの?」

 ネギの様子を見つめ、悩むあやかに、悪戯っぽい笑顔を浮かべ、裕奈が告げる。
 そんな面々が見守る中、ネギに近づいたのは、マリアだった。

「ネギくん、どうしたの? 何だか様子がおかしいけど、お昼に何かあったの? 大丈夫?」
「うひゃい!?」

 まさかの想い人登場で、ネギは余計な事を口走った。

「い、いやあの、別に何も! 何も無かったよ! 誰にも告白されてなんて無いよ!!」
「え、告白?」

 時が止まった。

「……あ」
『こ、告白ぅぅぅぅぅ!?』

 その場は騒然となった。
そして、ネギは目を丸くしたマリアと相手は誰だと聞いてくる生徒達を残し、その場から逃げ出したのであった。



   *   *



「あー、良かった。あんまり、剥離しなかったな」

 ホテルの前で、夕日を眺めながらアルカはほっと息を吐き出した。

「あとは、朝倉和美にネギの魔法バレか……」

 けれど、今のネギは『原作』のネギよりしっかりしているし、警戒心も高く、魔法にあまり頼らないように普段から気をつけている。はたして、ネギは子猫を助けるために魔法を使ったりするだろうか?

「魔法無しでいけそうだな……」

 ふう、と溜息をつき思い悩むアルカだったが、そんな悩みも、ある人物を見つけて、吹き飛んだ。

「おや、見つかってしまったね……」
「お、お前は……」

 それは、宙に浮かぶ白い髪の少年。フェイトだった。



 フェイトは飛ぶのをやめ、大地に着地した。

「君は、ネギ・スプリングフィールドの双子の弟の、アルカ・スプリングフィールド、かな?」
「……そうだとしたら、何だ。お前も、このかさんを狙ってる一味……なんだろ?」

 そう言ってこちらを警戒するアルカに、フェイトは少し目を細めつつも、言う。

「……別に、何もしないよ。ちょっと、あのグラム・ルデラが居るっていうから、見に来ただけさ。すぐに帰るよ」
「……帰すと、思うのか!?」

 アルカは素早く魔法の杖を懐から取り出し、唱えた。

――魔法の射手・戒めの風矢!!

 アルカの魔法がフェイトに迫るが、フェイトはそれをかわし、逃げ続ける。

「ふむ。なかなか、やるね……」

 かわせはするが、その追尾してくる風矢の本数は、尋常ではない。
 前情報と違うその実力に、フェイトは感心しつつ、アルカに告げた。

「それじゃあ、失礼させてもらうよ」
「なっ!?」

 そう言って、強い光を目くらましにし、その姿を掻き消した。

「逃げられた……」

 悔しそうに呟くアルカは、気付かなかった。物陰に隠れた、その存在に……。

「だ、大スクープ……!!」

 アルカの懸念は違う形で、アルカにとって最も意外な形で解消された。

「超特大スクープ! アルカ君は超能力者? いやいや、人間界に修行に来た魔法少女の少年版? あ、それなら、もしかしてネギ君も……」

 物陰に隠れ、忙しなく考える麻帆良のパパラッチ、朝倉和美。そして、その彼女の視線の先には、依然として厳しい表情をしたアルカ。そして、彼女の背後には……。

「あの、朝倉さん。ちょっと、いいですか?」

 異様な気配を感じ、ホテルを飛び出したマリアとグラムが居た。



   *   *



「俺のせいで、魔法バレ……」
「ア、 アルカ、しっかり!」

 死んだ魚の目のような生気の失せた目をして、アルカは部屋の隅で体育座りをして落ち込んでいた。

「はー……。魔法使いとバレると、オコジョの刑、ねぇ……」

 マリアの手によって淹れられた緑茶を飲みつつ、和美は呟いた。

「あー……スクープ……」
「朝倉さん……」
「朝倉さん……」
「………」

 子供特有の濁りの無い純粋な目でネギとマリアに見つめられ、部屋の隅からは体育座りのアルカに虚ろな瞳でじっと見つめられる。

「うぅっ……」

 和美は怯んだ。

「姉さん。もしバラしたら、きっとアルカの兄貴のこの先の人生は散々だぜ。しかも、その原因になった姉さんには、常にネギの兄貴の涙目がついて回る。姉さん、耐えられるのかい?」

 そこに、とどめのカモの囁き。

「う、うぐぅ……無理……」

 朝倉和美、ジャーナリストの卵は、やはり未だ卵であったが故に、良心をがっつんがっつん攻撃する罪悪感に耐える事ができず、敗北した。




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